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2006年3月 2日 (木)

若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて

■ 書籍情報

若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて   【若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて】

  本田 由紀
  価格: ¥3990 (税込)
  東京大学出版会(2005/04)

 本書は、若者の<教育から仕事への移行(transitionfrom school to work)>をめぐる閉塞の原因を、「学校経由の就職」という独特な<移行>形式に求め、環境変化によって存続が難しくなっているその形式が、過去に「教育の職業的意義(レバレンス)」を損なってきたために<移行>の再編成が滞っていることを指摘するとともに、「教育の職業的意義」を高めるための教育システム改革を主張しているものです。
 著者は、教育―若者―仕事の三者間の結びつき方の枠組みを、日本では崩壊しつつある「学校経由の就職」から、「教育の職業的意義」を基軸に再定義することが、<教育から仕事への移行>の再設計に不可欠であると述べています。
 1960年代には支配的な慣行となっていた狭義・広義の「学校経由の就職」は、(1)経済拡大期の労働力人口の新規動員、(2)農村余剰人口であった農家の子弟が第2次産業の新規労働力プールとして機能しえたこと、(3)戦中・戦後を経た学校・職安が、新規学卒者の組織的・計画的・効率的な供給体制を整えていたこと、(4)進学率の急激な状況によって、高校以上の狭義の「学校経由の就職」(学校と企業の直接的な関係)への転換が生じたこと、によって形成されました。しかし、1990年代には、(1)労働力の年齢構成の変化(第1次・2次ベビーブーマー世代の存在による雇用需要の抑制)、(2)若年女性の就労行動の変化(男女雇用機会均等法の影響)、(3)サービス経済化と非正規労働力需要の増大、等を背景とした新規学卒者採用抑制の影響により、特に新規高卒者の労働需要が減少し、代わって四年制大学進学者が急増しますが、この影響で、新規大卒者中の「無業者」比率を20%以上まで押し上げています。
 また、1960年代にブルーカラーの供給源が新規中卒者から新規高卒者に代わった主な理由は、新規高卒者の知識・能力の高さではなく、進学率上昇による中卒者の激減と労働力確保競争のため、頭数として高卒者を採用せざるを得なかったため、であり、ここで重視されたのは、能力の高さではなく、「実社会でどんな仕事でも着く覚悟」であったことが述べられています。この高卒ブルーカラーの存在は、既存の中卒ブルーカラーとの関係において、企業にとっては「懐中にたえず爆弾を抱えているよう」な存在であったとされています。
 時代が進み、1990年代の高卒就職の変容に関しては、(1)「実績関係」(高校と企業の継続的関係)が1990年代半ば以降顕著に衰退していること、(2)この継続性の強さは、商業高校・工業高校・普通高校の順に強く、就職者比率が高い高校ほど強いこと、(3)校内選抜、企業による受容、成績・生活態度の日常的コントロールの範囲が狭まりつつあること、などが述べられています。
 本書の後半、第4章以降は、現代の若者、特に「フリーター」に焦点を当てています。マスコミなどは、新規高卒時のフリーターに着目していますが、著者は、そのようなフリーターは4分の1に過ぎず、残りの4分の3の層は、「高校以外の教育段階における『学校経由の就職』の限界や問題、あり右派より間接的ではあるが『学校経由の就職』が潜在的にはらんでいるより全体的・総合的な問題性の影響を被った人々である」と述べています。そして、(1)フリーターは進路意識・職業意識が「不明確」な場合だけでなく「きわめて明確」な場合にも生み出されること、(2)一般に認識されている以上に教育領域内部における移行の失敗の結果であることが多いこと、(3)学校の進路指導の難しさ、(4)労働市場要因の重要性(正規労働市場の縮小と非正規・特殊労働市場の拡大・魅力)、(5)安易な移行行動は慎重な移行行動欠如よりも後の悪影響を及ぼすこと、などを指摘しています。
 著者は、「学校経由の就職」が日本の「教育の職業的意義」(教育は人々にいったい何を教えているのか)にもたらした帰結について、「日本の主観的及び客観的な「教育の職業的意義」が、他の諸国と比べて顕著に低いこと」を指摘しています。そして、近年の若年雇用政策(労働市場自由化、インターンシップ、デュアル・システム、生涯学習、キャリア教育、ジョブ・カフェ等)が、若年労働市場の「アメリカ化」を目指すものであるとした上で、日本の教育の最大の課題を、その「職業的意義」をいかに回復するかにあるとし、高校教育の抜本的な改革として、「何らかの基礎専門に特化した高校へと再編すること」(国際、福祉、ビジネス、エンジニア、ライフサイエンス、芸術、情報、サービス等)を提唱しています。
 本書は、本人の意識や労働市場ばかりが問題になりやすい若年雇用問題について、より構造的な、<教育から仕事への移行>に着目している点で、重要な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、普通なら無味乾燥な装丁になりやすい東京大学出版会の本の中にあって、非常に眼を引くものになっているのではないかと思います。それは、表紙に書かれた若者のイラストのインパクトの強さです。
 具体的には、よれよれのスーツを着て、ぼさぼさの髪に無精髭を生やし、くわえタバコの、眼に光のない悲壮感漂う若者のイラストが描かれています。「いくら何でも悲しすぎる!」と叫んでしまいそうなこの姿は、「自由」を謳い文句にフリーターを持てはやし、企業の非正規労働需要に応えてきたアルバイト情報誌に描かれているようなキラキラ輝いている一握りの若者たちの姿の陰に存在する、仕事への移行に失敗した数多くの若者たちの本当の姿を突きつけているように思われます。
 ちょうど、マスコミが「カリスマ美容師」等をもてはやす陰で、多くの若者たちが美容師を目指して挫折していく姿に重なるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・教育と労働政策の狭間にあるフリーター増加の原因を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』 2005年07月20日
 山田 昌弘 『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』 2006年01月11日
 宮本 みち子 『若者が『社会的弱者』に転落する』 2005年05月04日


■ 百夜百マンガ

ついでにとんちんかん【ついでにとんちんかん 】

 鴨川つばめの例を引くまでもなく、ギャグ漫画家の消耗ペースというのは非常に早いものだと感じます。
 80年代のジャンプの看板漫画家の一人だったこの人も今は何か書いているのでしょうか。
 通常、ギャグ漫画家としてデビューして徐々にシリアス系に移行していくのは、コメディ俳優が性格俳優に転じていくのに似ているような気がします。『光る風』のシリアス路線から『がきデカ』のギャグ路線に転じて小説家になっちゃった山上たつひこの例もありますが。

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