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2006年3月 3日 (金)

学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程

■ 書籍情報

学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程   【学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程】

  苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集)
  価格: ¥6,300 (税込)
  東京大学出版会(2000/02)

 本書は、1948年に戦後の教育改革によって誕生した新制中学校の卒業者に、戦後発足した国営の職業安定機関がどのように関わり、新規学卒労働市場の需給調整が行われたのか、綿密なスケジュール管理に基づく職業への移行システムが確立されたのかを、実証的研究によって明らかにしているものです。
 戦後、義務教育の出口が新制中学に一本化され、1950年には159万人が中学校を卒業し、72万人が新制高校に、72万人が就職をしました。終戦後の大就職難の時代を経て、高度経済成長が始まることで、求職者の何倍もの求人が殺到し、「集団就職」という社会現象が発生しました。しかし、1960年代後半には高校進学率が上昇し、中卒就職者の絶対数が減少することで、企業の求人は中学から高校にシフトし、1975年には中卒就職者は7%を割り込みます。本書は、この四半世紀の間に起こった中卒就職を巡る制度の変化を、(1)大量の若年者の地域間移動がスムーズに行われた理由、(2)全国的な進路指導体制の確立や学校から職業への歓談のない移行メカニズムが成立した背景、という視点から検討しています。
 まず、新制中学校の誕生は、義務教育期間の延長(6年→9年)により、(1)卒業時の年齢上昇、(2)新制中学と公共安定所との共同による職業斡旋機能、の2つの点で農家子弟の他産業への流出に大きな意味を持ったことが述べられています。また、地域間移動という点では、1960年頃には、福島県の就職件数の65%、岩手県の54%が県外就職者であったことが指摘されています。産業構造の大変動期において、農家出身の新規学卒者の労働移動・地理的移動が労働力需要の期待に応えるものであったことと同時に、職業安定機関が大きな役割を果たしていたことが示されています。
 この職業安定所を媒介とした中卒者の地域間移動を支えたのが、「紹介あっ旋を全国的な広範な地域に亘り、且つそれを計画的に行う場合職業安定局が主催して開催する」という「全国需給調整会議」です。1921年の公営職業紹介所の設置から始まった公共職業紹介制度は、1938年の改正職業紹介法により国営化され、日本経済の計画化の一環として、全国的な労働力の動員・再配置の手段となっていきます。1947年の職業安定法により、「民主化」された職業安定行政は、同時に、「国民の労働力の需要供給の適正な調整を図ること及び国民の労働力を最も有効に発揮させるために必要な計画を樹立すること」を掲げています。また本書では、新規中卒者を巡る企業間競争の激しさの例として、「家族の慰安会」と称した企業による事前運動や、就職支度金の高騰などが紹介されています。
 こうしたマクロレベルでの労働力移動の分析と併せ、本書はミクロレベルの分析として、「全国需給調整会議」に一堂に会した「需要県」と「供給県」の職安職員が、どのように需給の調整を行い、どのように事業所への応募・受験・選考が実際に行われたかが述べられています。当時の問題の一つとして、「母子家庭」の生徒の就職が大変厳しく、労働省、職安、学校が苦慮している様が示されています。
 この他本書では、男子とは異なる特徴を持つ、女子中卒労働市場が制度化された過程の分析や、進学率の向上に伴う中卒者から高卒者への採用のシフトなどが分析されています。
 本書は、ニーと・フリーターなど、現代の若年者の、教育から職業への移行問題を考える上で、それまで所与のもののようにみなされてきた学校経由の就職がどのような経緯を持って制度化されてきたものなのかを知ることができる点で、雇用政策に関心を持つ人はもちろん、社会的格差の問題や教育の問題などの関心を持つ人にもぜひお奨めできる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書では、中卒者を巡る企業間競争の例として家族への接待や支度金、従業員による地元への「手紙作戦」など様々な例が紹介されています。本書には紹介されていませんが、企業から職安職員や進路指導の教員への接待攻勢も相当あったものと考えられます。しかし、時が流れて、バブル期の就職を思い起こすと、企業の接待攻勢の対象は家族や職安、教員から個人にシフトしたのではないかと思います。大学生の就職は中学生とは全く異なるものではありますが、「リクルーター」として学校OBが後輩に会社の経費で高い食事を食わせ、「解禁日」には企業丸抱えで温泉や海外旅行など外界から隔絶した場所に「拘束」していました。この辺りの話は、1991年の『就職戦線異状なし』にユーモラスに描かれていますが、今の学生には何のことやら全く想像も着かないと思います(ついでに言えば、15年前に就職活動をしていた織田裕二が今でも「若手」公務員役をやっていることも驚きですが)。
 高度成長期の中卒者の労働市場が分析対象となった本書のように、いずれは、バブル期の大学生を巡る就職活動のバカ騒ぎも学術研究の対象になるのでしょうか(もう一部ではあるのかもしれませんが)。


■ どんな人にオススメ?

・学校経由の就職の起源を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日
 樋口 美雄, 阿部 正浩, 児玉 俊洋 『労働市場設計の経済分析―マッチング機能の強化に向けて』
 玄田 有史, 中田 喜文 (編集) 『リストラと転職のメカニズム―労働移動の経済学』
 樋口 美雄 『雇用と失業の経済学』
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年03月23日
 金子修介(監督) 『就職戦線異状なし』


■ 百夜百マンガ

東京エイティーズ【東京エイティーズ 】

 音楽界では80年代ブームがありましたが、マンガの世界ではどうなんでしょうか。オールナイトフジの女子大生ブームなんかがあった80年代、若者文化の中心は大学生でしたが、おニャン子クラブ以降は低年齢化してきたような気もします。

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