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2006年5月

2006年5月31日 (水)

静かなリーダーシップ

■ 書籍情報

静かなリーダーシップ   【静かなリーダーシップ】

  ジョセフ・L. バダラッコ (著), 夏里 尚子 (翻訳), 高木 晴夫, 渡辺 有貴
  価格: ¥2,310 (税込)
  翔泳社(2002/09)

 本書は、「リーダーシップ」と言う言葉から連想される偉大な人物、ヒーローではなく、「忍耐強くて慎重で、段階を経て行動する人、犠牲を出さずに、自分の組織、周りの人々、自分自身にとって正しいと思われることを、目立たずに実践している人」こそを真のリーダーであるとして「静かなリーダー」と呼び、その仕事ぶりの観察から得られる実践的な教訓を述べているものです。著者は、本書の基本的な目的を、「自分の価値観に基づいて生きながら、自分のキャリアや評判を危険にさらすことなく、困難で深刻な問題を引き受けたい人々に、有益で実践的な発想を提供すること」としています。
 まず、静かなリーダーは現実主義者であり、(1)自分の理解を過大評価しないこと、(2)予想外の事態、(3)インサイダーに目を光らせる、(4)信頼しても切り札は残しておく、という4つの原則によって行動していることが述べられます。
 また、常に変化している動乱の中で、正しいことをする人間にとって、
(1)行動の方向性を設定し、動機によって泥沼状態に陥らないこと。
(2)リーダーシップを発揮するのに、自分が不適格だと考えないこと。
(3)特にさまざまな方向に引きずられる場合は、自分自身と自分の動機を信じること。
(4)深刻な倫理的難題を引き受ける前に、自分にとってその問題が本当に重要であるかどうかを確認すること。
の4つの教訓を重要になることを示しています。
 さらに、実践的なリーダーはすぐに「答え」を出すのではなく、「この常に変化する予想不可能な世界では、流動的で多面的な問題に対して、即座に対策を考えるのは無理である」として、「何とかして時間を稼ぐ方法を考える」ことが述べられています。
 静かなリーダーは、複雑な状況を解決するために、自分がどのくらいの「影響力」(主に人の評判と仕事上の人間関係で構成される)を持っているのかを確認し、「自分の影響力を危険にさらす前に、リスクと報酬を考える」と述べられています。
 また、静かなリーダーは、「複雑な問題に直面すると、忍耐強さと粘り強さをもって、自分が何を知っているのか、何を学ぶ必要があるのか、誰からの支援が必要なのかを理解しようとする」ことが述べられています。このための4つのガイドラインとして、
(1)職責を忘れない:物事が複雑でも、責任を曖昧にしない
(2)自分の魚を見よ:状況を深く掘り下げて考え、情報を収集して規定を研究し、他の人々に相談する。
(3)一人でするな:自分ひとりで複雑な問題を解決しようとしない。
(4)一歩下がることを恐れるな:時間を稼ぎ、適切な人間に問題を対処させる。
が挙げられています。
 さらに、静かなリーダーは、複雑で倫理的な窮地に陥ると、
・規則を真剣に考える。
・創造性と想像力を駆使して規則を曲げながら、規則の目的を果たす方法を探す。
の2つのガイドラインに従うことが述べられています。
 最後に、静かなリーダーの特徴として、
(1)自制:難問を創造的に解決するためには、多くの場合、前提条件として自制が必要である。
(2)謙遜:自分の知識や自分が各種の計画で果たす役割に対して、本当に謙遜している。
(3)粘り強さ:粘り強さは、自制と謙遜とは正反対に位置する。
の3点を挙げています。
 本書は、偉人の伝記や「あるべき論」に終わってしまいがちなリーダーシップ論に現実的なヒントを与えてくれるものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「リーダーシップなんて自分とは無縁だ」という人は少なくありません。また、「うちの上司にはリーダーシップが無くて・・・」という話もよく聞きます。確かにビジネス雑誌などで取り上げられている企業改革のリーダー、例えばカルロス・ゴーンのようなリーダーシップを発揮している人があちこちにいるとは思えません。
 しかし、本書で示されているような「静かなリーダーシップ」を発揮している人は周りにいないでしょうか。もちろん、単に「静かである」というだけの人もたくさんいることは承知していますが、それでも注意深く観察すると、大衆のヒーロー像に合致するようなリーダーシップを発揮していないだけで、静かに目立たないようにリーダーシップを発揮している人は周りにいるのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・自分には(自分の上司には)リーダーシップが欠如していると思っている人。


■ 関連しそうな本

 金井 寿宏 『リーダーシップ入門』 2005年3月31日
 Harvard Business Review (編集), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (翻訳) 『リーダーシップ』 2005年12月16日
 ジョン・P. コッター (著), 黒田 由貴子 (翻訳) 『リーダーシップ論―いま何をすべきか』 2006年01月31日
 ヘンリー ミンツバーグ (著), 奥村 哲史, 須貝 栄 (翻訳) 『マネジャーの仕事』


■ 百夜百マンガ

企業戦士YAMAZAKI【企業戦士YAMAZAKI 】

 リーダーシップなんか無いと思っていたあなたの上司は、実はサイボーグかもしれない。
 サラリーマン版の「8マン」ということなんでしょうか。

2006年5月30日 (火)

踊る大捜査線に学ぶ組織論入門

■ 書籍情報

踊る大捜査線に学ぶ組織論入門   【踊る大捜査線に学ぶ組織論入門】

  金井 壽宏, 田柳 恵美子
  価格: ¥1575 (税込)
  かんき出版(2005/09)

 本書は、約15年前の隠れた名著『ウルトラマン研究序説』から金井氏と田柳氏のお二人が再びタッグを組み、官僚制やリーダーシップなど、組織論の観点から映画『踊る大捜査線』を徹底解剖したものです。
 さて、『踊る~』と言えば、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ」という名台詞です。これは、第1作目の映画のCMの最後で嫌と言うほど流れたので、作品自体は観たことがなくてもご存知の方が多いでしょう。作品中では、年寄りばかりの特別捜査本部の会議(ゼーレの委員会@エヴァ的な演出)は空転し、室井の眉間のしわは限界まで深くなり、観客のフラストレーションが高まったところでこの決め台詞が登場するので、なおのこと印象が強くなります。本書では、この台詞が、「ことさら哀愁を帯びて訴えかけてくるのは、組織の末端で現場と対峙する人間に共通する、ぬぐい去れないジレンマを象徴しているから」であるとしています。
 また、1作目で、若手エリート技術官僚たちのプロファイリング技法が行き詰った時、青島刑事が意見を聞きに行った小泉今日子が演じるサイコ殺人鬼から指摘される「おまえらは勝手に犯人像をふくらませ、自ら霧の中に迷い込んだ」という台詞に関しては、集団ゆえに陥りやすい思考の罠である「グループシンク(集団浅慮)」を取り上げ、「組織は常に、こうした集団圧力による幹部の間違いに歯止めをかけることを、意図的に行うよう努力が必要とされる」と述べています。
 『踊る~』シリーズでの主要なテーマとなっている官僚制に関しては、「わたしに指揮権などない。指揮するのは、もっと上の官僚だ」という室井管理官の台詞を引用しながらも、沼上幹氏の『組織戦略の考え方』を引用しながら、官僚制の特性として、
(1)仕事を効率的に進めるためには、組織内での役割と権限の分配が必要になる。
(2)それぞれのユニットや個人が、組織の目的からはずれた行動が起こらないようにするために、ルールやマニュアルのようなものが必要になる。
の2点を解説しています。
 さらに、『踊る~』の特徴である、「本店・支店」、「キャリア・ノンキャリ」の対立軸に関しても、ユースケ・サンタマリア演じる真下を「専門性オタクとは一線を画する、新しい世代の新しいテクノクラート像」として描いていることを指摘するとともに、「本店」(警視庁)と「支店」(湾岸署)の関係を通して、組織図の読み方、さらには組織論の主要なテーマである、機能別、事業別、地域別、マトリックスなどの組織設計について解説しています。
 リーダーシップ論に関しては、第1作から第2作にかけての青島刑事の成長に触れながら、ホランダーの「リーダーシップの信頼蓄積理論」を紹介しています。これは、「これまでの規範に従い、メンバーとして貢献し、有能さを示し続けることによって、やがてその人は、新機軸を打ち出すことが次の役割となる。」というもので、同様の理論としては、「新人の間に一定のパフォーマンスを上げてみせるか、または組織への忠誠心や協調性を発揮してみせて、初めて組織の中で一人前として認められ、自分なりの主張や提案ができるようになる」というフェルドマンの「タスク・イニシエーション」(前者)と「グループ・イニシエーション」(後者)を紹介しています。
 本書は、映画を素材にしていることから、組織論の入門書的な位置づけの本に見られがちなのではないかと想像しますが、内容的には、入門書よりは踏み込んだものになっているので、引用されている元の理論に当たりながらゼミで使うか、初学者に興味を持ってもらうためのネタ元として使うなどの利用方法が考えられます。


■ 個人的な視点から

 実は、『踊る~2』はまだ見てません(^^;
 パート2に期待しすぎるとショックが大きいのと、レンタル屋に行くのが面倒なのとで延び延びになっていたのですが、本書を読んでぜひ見てみたくなりました。
 と言ってもレンタル屋に行くのは半額キャンペーンの時くらいなのでまだ先のことになりそうです。
 ちなみに本書の出版元である「かんき出版」については、これまでどうしても敬遠がちでした。イメージ的に、「通勤電車の中で読むどこかの社長かコンサルタントの説教が書いてある本」という偏った印象を持っていたのですが、こういう読み応えのある本も出しているんですね。失礼しました。


■ どんな人にオススメ?

・「事件は会議室で~」の台詞がなぜここまで心に残るかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 SUPER STRINGSサーフライダー21 『ウルトラマン研究序説―若手学者25人がまじめ分析 科学特捜隊の組織・技術戦略を検証する』 2005年07月16日
 金井 寿宏, 高橋 潔 (著) 『組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト』 2005年04月27日
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日
 沼上 幹 『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』 38388
 金井 寿宏 『リーダーシップ入門』 38442
 金井 壽宏 『仕事で「一皮むける」 関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』 38467


■ 百夜百マンガ

墨攻【墨攻 】

 少年誌から一般誌へ移り、心理描写も円熟して来た作品。特にこの人は、プレッシャーを感じて汗を流している人を描くのが上手だと思います。

2006年5月29日 (月)

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

■ 書籍情報

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ   【戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ】

  野中 郁次郎, 戸部 良一, 鎌田 伸一, 寺本 義也, 杉之尾 宜生, 村井 友秀
  価格: ¥2310 (税込)
  日本経済新聞社(2005/08/06)

 本書は、20年前に日本軍の敗北の原因を経営学や組織論の視点から分析した『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』を現したプロジェクトが、逆に「なぜかれらは勝利を獲得できたのか」を明らかにするために、毛沢東の反「包囲討伐」戦、バトル・オブ・ブリテン、スターリングラードの戦い、朝鮮戦争、第四次中東戦争、ベトナム戦争の6つのケースを分析し、「戦略の本質が最も顕在化するのは逆転現象ではないか」という仮説を検証しているものです。
 第1章「戦略論の系譜」では、クラウゼヴィッツの影にかすんでしまったジョミニの「機動によって軍の主力を交戦地域の決戦を企図する地点に集中し、その優勢な集中兵力によって敵の脆弱な、あるいは重要な部分を攻撃する」という戦いの基本原則・原理を紹介し、また、20世紀前半の戦略論を代表するリデルハートの「心理的にも物理的にも敵の予想していないところを攻撃することにより、最小限のリスクとコストで勝利を達成しよう」という間接アプローチ戦略や、20世紀後半の戦略論として、ルクトワによる「技術、戦術、作戦(operation)、戦域(theater)、大戦略(grand strategy)」の5つの戦略レベル等を紹介しています。
 第2章「毛沢東の反『包囲討伐』戦」では、1921年の創立時には全国で57名に過ぎなかった中国共産党が、貧農、流民、労働者、遊民からなる紅軍を政治教育と激しい訓練によって革命軍に改造していった様子や、毛沢東が「最初の戦闘の勝利は全局にきわめて大きな影響を与え、さらには最後の戦闘にまでずっと影響を及ぼすものである」として緒戦を重視していたこと、370日、1万2000キロにわたる長征によって、紅軍の主力は10の1以下に減っていたが、この過程で人民解放軍の基幹となる「鍛え上げられた」軍隊になったこと等を述べています。また、毛沢東の資質として概念を伝達するレトリックに長けていたことも指摘しています。
 第3章「バトル・オブ・ブリテン」では、イギリス海岸と本土上空の制空権を保持し、ドイツ軍による本土侵攻や空爆を阻止するためには、戦闘機を主体としたイギリスの防空戦力こそが鍵であったこと、イギリス防空戦力の強さはレーダーに代表される様々な戦力の要素を有機的にシステム化していたところにあること、チャーチルとダウディングの政軍指導者のリーダーシップが際立っていたこと、ドイツ空軍が中部ヨーロッパでの作戦を前提(航続距離の短さ)に作られ、技術や生産能力面での限界を有していたことなどが述べられています。
 第4章「スターリングラードの戦い」では、ヒトラーが軍事合理的に優先度の高くないスターリングラードの攻略に執着することで自ら墓穴を掘ったこと、通常の市街戦とは異なり大部分の先頭が壊れた建物の中で行われ、ソ連軍の高度に専門化した小部隊編成(突撃隊・氏延滞・予備隊)による近接戦闘法の開発が、ドイツ軍の強みであった本来の機動力を殺ぐことになったこと等が述べられています。
 第5章「朝鮮戦争」では、仁川港が、「上陸作戦に不適格な条件のすべてを備えている」一方で、上陸を果たせば首都ソウルを奪還することが容易になり、戦略的、政治的、心理的に重要であったこと、この作戦が、情報収集(相手を知る)、欺騙と陽動(相手を欺く)、兵力優位(相手に優越する)という3つの戦術原則を忠実にフォローしたものであること等が述べられ提案す。
 第6章「第四次中東戦争」では、エジプト軍統帥部がイスラエル軍防衛システムを無力化するために、(1)侵攻企図の秘匿・欺騙、(2)局地空中優勢圏の造成、(3)歩兵による対戦車戦闘の完遂、(4)渡河作業の迅速実施の4つの策を行い、イスラエル軍の得手・長所を弱点に変質させ、エジプト軍の不得手・短所を掩蔽したことが述べられています。また、サダトのリーダーシップの卓越性として、革新的な戦略コンセプトの創造と、軍事に対し目標を明示しそのための資源配分に意を用いる他は、軍の統帥実行には干渉しなかった点を挙げています。
 第7章「ベトナム戦争」では、アメリカ軍の優位性の源である火力が白兵戦では発揮できなかったこと、北ベトナム軍の兵士が、成年の大半を戦場で過ごした経験豊かで非情なベテラン兵士であったこと、アメリカが目標としていた「敵の士気の喪失と政治的効果」はベトナムではなくアメリカ国内において広まったことなどを述べています。
 第8章では、戦略の5つのレベルとして、技術、戦術、作戦戦略、軍事戦略、大戦略を挙げ、これらの各レベルは独自の解決すべき課題と固有の文脈を持ち、(1)戦略の構造は全体として重層的である、(2)主体間の相互作用の逆説的因果連鎖は各レベルで展開するだけでなく各レベル間で垂直的にも展開する、の二点が指摘されています。
 本書は、前作と同様に、単なる軍事モノのレベルを超え、リーダーシップや戦略など、組織経営に共通する教訓を含んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 20年前から同じ課題を同じメンバーで追い続けるというのはなんとも羨ましいです。本書の「まえがき」には、「本書の完成まで20年かかり、ヤングソルジャーだった執筆者たちも古武士となってしまったが、一人も書けず無事完成を見届けることができた」という記述がありますが、前作を読んだ人にはぜひ読んでいただきたい内容になっています。
 ただし、本書のプロジェクトが20年もかかっていることに現れているように、戦略や逆転の本質を見出すという作業は極めて困難なもので、前作の胸のすくような明解さは期待できません。


■ どんな人にオススメ?

・『失敗の本質』を読んで気に入った人。


■ 関連しそうな本

 戸部 良一, 寺本 義也, 鎌田 伸一, 杉之尾 孝生, 村井 友秀, 野中 郁次郎 『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 2005年03月09日
 カール・フォン クラウゼヴィッツ (著), 清水 多吉 (翻訳) 『戦争論』
 野中 郁次郎 『知識創造の経営―日本企業のエピステモロジー』 2005年03月02日
 野中 郁次郎, 竹内 弘高 (著), 梅本 勝博 (翻訳) 『知識創造企業』
 印南 一路 『すぐれた意思決定―判断と選択の心理学』 2005年07月07日
 印南 一路 『すぐれた組織の意思決定―組織をいかす戦略と政策』 2005年03月14日


■ 百夜百マンガ

キテレツ大百科【キテレツ大百科 】

 テレビアニメでも人気の作品でしたが、アニメ化されるまでは隠れた名作的な位置づけだった気がします。
 F先生の「SF(少し不思議)」テイストが満喫できる作品です。

2006年5月28日 (日)

日本人はいつから〈せっかち〉になったか

■ 書籍情報

日本人はいつから〈せっかち〉になったか   【日本人はいつから〈せっかち〉になったか】

  織田 一朗
  価格: ¥690 (税込)
  PHP研究所(1997/05)

 本書は、服部セイコーの社員でもある「時の研究家」の著者が、長年かけて調べてきた「日本人と時の関わり」についてまとめたものです。
 江戸時代の「不定時法」に関するものでは、赤穂浪士が時間を見計らって吉良邸に突入できたのは時鐘を活用していたからであること、20分ほど遅れて鐘を撞いてしまった鐘撞人が罰として、免職と5日間の投獄が申し付けられたことなどが紹介されています。
 日本人の時間の感覚を大きく変えた明治期のエピソードとしては、時鐘の代わりに正午に旧本丸で号砲が鳴らされ、そのために正午のことを「ドン」と表現する慣習が始まったこと、陸蒸気の運行ダイヤが日本人に「分」の単位を意識させるようになったこと、明治政府に招聘されたイギリス人ウォルター・フィンチ・ページが密室で神がかり的に作成していた運行計画の秘密が、鍵を書けさすれたことで助手の日本人にばれてしまったこと等が紹介されています。
 また、大正・戦前のエピソードとして、警察の白バイはもともと車体が赤だったがあまりに刺激が強すぎるということで白になったこと、戦前の日本は「働く時は勤勉であっても、休む時は切り替えてゆっくり休む」という理想的な生活を送っていたこと等が紹介されています。
 戦後のエピソードは高度成長期が中心です。昔は、東京大阪間の出張は2日や3日が当たり前で、日帰りで帰ってくると仕事を放り出して帰ってくるようなよくない印象をもたれてしまっていたこと、昭和60年に発表された調査で日本人は世界で一番セカセカしていることが明らかになったこと、クォーツの腕時計が普及するまでは、人と会うときには5分程度の誤差を見込んで行動し、1日のスケジュールの中で用件の前後10分程度は誤差として計算に入れておかなければならなかったこと等が紹介されています。また、都心の真ん中に霞ヶ関ビルを建てるため、工期と資材置き場のスペースが取れず、その工程管理に「PERT: Program Evaluation and Review Technique」が鹿島建設と三井建設によって導入されたことなども解説されています。
 本書は、日本人の時間とのかかわり方に関心がある人にとってはたまらないウンチクが詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 余談ではありますが、本書のp.167の「十秒で預金を下ろせるキャッシング・サービス」のエピソードの挿絵に「10min.」と書かれているのが気になったりしました。書き直すほどではないのですが・・・。


■ どんな人にオススメ?

・時間にいつも気を配っている人。


■ 関連しそうな本

 織田 一朗 『時計の大研究―日時計からハイテク時計まで 時計のすべてがわかる!』
 織田 一朗 『時計の針はなぜ右回りなのか―時計と時間の謎解き読本』
 織田 一朗 (著), タスクフォース1 (編集) 『時と時計の百科事典―時間と時計に関する疑問を解く』
 織田 一朗 『「時」の国際バトル』
 橋本 毅彦, 栗山 茂久 『遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成』 2006年05月11日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日


■ 百夜百音

キテレツ大百科 スーパーベスト【キテレツ大百科 スーパーベスト】 TVサントラ オリジナル盤発売: 2004

 名曲の誉れ高い「はじめてのチュウ」ですが、歌っている「あんしんパパ」の人生もなかなか面白いです。http://www.ric.hi-ho.ne.jp/calgg/index.html
 この他、隠れた名曲「スイミン不足」やコロッケの作り方を何気に覚えられる「お料理行進曲」など名曲が多いことでも知られています。


『Love Is a Battlefield』Love Is a Battlefield

2006年5月27日 (土)

マインドマップ図解術―即効!仕事と人生の可能性を拓く

■ 書籍情報

マインドマップ図解術―即効!仕事と人生の可能性を拓く   【マインドマップ図解術―即効!仕事と人生の可能性を拓く】

  中野 禎二
  価格: ¥1050 (税込)
  秀和システム(2005/07)

 本書は、マインドマップを仕事と人生の両方の場面で活用するための図解の技術を、解説自体にもマインドマップをふんだんに活用して紹介しているものです。
 マインドマップの特徴は、
・思考を柔軟にする。考える上で制限をつけない。
・全体を一気に俯瞰できるので、漏れがなくなる。
・書くのが比較的簡単なので、書くことに抵抗感がない。
・暗黙知を形式知にするのが簡単である。
・色やイメージによって直感的に物事が理解できる。
・物事を理解する時に図解する技術として使える。
・自分の考えを相手に理解させやすい。
等が挙げられています。
 巻頭に収められた『マインドマップ読書術』の著者、松山真之助さんと著者との対談では、世の中の「図解術」の多くが、「ある程度きちんと考え、いろいろ試してみてから『こういう絵にしよう』ということになる」のに対し、マインドマップは考えるのと同時に図解するのが特徴であるとして、その違いをリアルタイムな図解と「バッファード図解」(時間的な緩衝のある=溜めてから描く図解)と述べています。また、実際にビジネスに使っている人の多くは、一般的にイメージされる「アイデア出し」よりも、プロジェクト管理やミーティングなどの日常的な活動に使われているケースが多いことが紹介されています。
 これらを踏まえ、未経験者でも即効性のある利用分野として、議事録、セミナー・メモ、本の執筆の3つが挙げられています。
 本書の後半部分には、ビジネスの現場での使われ方として、
・TODOリストを作る。
・議事録を作成する。
・顧客との打ち合わせでメモを取る。
・プレゼンをする。
等が具体的なマインドマップ入りで提案されています。
 また、本書の巻末には、マインドマップをPC上で作成するためのソフトとして、5つのソフトが紹介されています。
・FreeMind http://freemind.sourceforge.net/
・MapIt http://www.mapitsoftware.com/
・NovaMind http://www.novamind-japan.com/
・MindMapper http://www.mindmapper-japan.com/
・MindManager http://www.nvd.co.jp/mm/
 本書は、仕事と人生に役に立つツールを求めている人にはお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 せっかくマインドマップのことについて書くのに、文章ばかりで書いてもしょうがない、ということなのか、本書にはふんだんにマインドマップが用いられています。松山さんとの対談でも、マインドマップの即効性のある分野として「本の執筆」が挙げられていますので、本書の執筆にもかなり用いられてきたのではないかと思います。
 せっかくならば、マインドマップと文章と両方載せてもらうと、文章を読むのが苦手な人も読みやすいかもしれません。
 さらに一歩進めれば、文章がほとんどなく、全頁マインドマップで構成された本、というのも面白いかもしれません。
 また、よくある名作のあらすじ紹介本のマインドマップ版というのはどうでしょうか。『マインドマップで5分で読める世界の名作』とかあったら面白そうですが。


■ どんな人にオススメ?

・マインドマップを色々なシーンで使ってみたい人。


■ 関連しそうな本

 トニー ブザン (著), 田中 孝顕 (翻訳) 『人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考』 2006年05月07日
 トニー・ブザン (著), 神田 昌典 (翻訳), バリー・ブザン 『ザ・マインドマップ』
 トニー ブザン (著), 佐藤 哲, 田中 美樹 (翻訳) 『頭がよくなる本』
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 永塚 けさ江 (編集) 『あらすじダイジェスト世界の名作100を読む』
 ウィン・ウェンガー , リチャード・ポー (著), 田中 孝顕 『頭脳の果て』


■ 百夜百音

ピンクの心【ピンクの心】 野宮真貴 オリジナル盤発売: 1981

 ピチカートVのボーカルとして知られる以前、ポータブルロックよりも前のデビューアルバムです。ムーンライダーズ色強し。
 時は流れて、A.K.I. Productionsがピチカートをカバーした「万事快調」にも自ら参加。ぜんぜん快調そうに聴こえないですが。


『JAPANESE PSYCHO』JAPANESE PSYCHO

2006年5月26日 (金)

企業と環境 リーディングス日本の企業システム第2期

■ 書籍情報

企業と環境    リーディングス日本の企業システム第2期   【企業と環境 リーディングス日本の企業システム第2期】

  伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集)
  価格: ¥2,940 (税込)
  有斐閣第2期第5巻 巻 (2005/12)

 本書は、企業経営に大きく影響を与える環境の変化、特に1990年代の「失われた10年」と揶揄される日本経済の環境変化が企業経営に与えた影響を中心に論じ、「企業環境をどのような目で捉えるか。それを考える材料を提供し、環境を捉える目をさまざまな角度から提供する」ことを目的としたものです。
 本書の序章と最終章を書き、中心的な役割を担っている伊丹氏は、序章の中で、企業環境と企業の採る経営(制度や慣行)の間の関係を「制度・慣行=環境×原理」という方程式で表現しています。この方程式の意味は、長期雇用などの「慣行」や人事制度などの明文化された「制度」は、企業がおかれている「環境」と、そうした制度や慣行を考え出す際に用いる「原理」という2つの要因の掛け算として決まってくることが述べられています。また、同じ序章では、バブル崩壊がもたらしたキャピタル・ロスが、1993年までで当時の日本のGDPの二倍に当たる1000兆円にも及び、この大きな環境変化の中にあって90年代に平均1%強の成長を続け、実質賃金も増え続けた日本経済は、「驚くべき強靭さを発揮したと見ることもできる」という橋本寿朗氏の言葉を引用しています。
 第1章では、多くの教科書で説明されている「経済全体の失業=需要不足失業+摩擦的失業+構造的失業」という3つの失業のうち、
・構造的失業:労働市場がいくつかの部門に分断され、各々のセクターで失業あるいは欠員が生じる。
・摩擦的失業:労働者の異質性や情報の不完全性により、マッチングに時間がかかり、その過程で失業と欠員が同時に存在する。
の2つは、失業を概念上整理するうえで分かりやすいものの、現実的には区別することが難しいことが述べられています。また、1999年以降の失業の特徴として、「明確なミスマッチや需要不足以上に、その中間的な『希望する仕事がない』が増加していること」を挙げ、何らかの理由による心理的構造が失業者の求職効率をも下げ、単なる労働需要の量的不足以上の影響を及ぼしていることを指摘しています。
 第2章では、「安心」と「信頼」とを、
・安心(assurance):相手の内面にある人間性や自分に対する感情などの判断に基づいてなされる、相手の意図についての期待。
・信頼(trust):自分を搾取する行動をとる誘因が相手に存在していないと判断することから生まれる。
のように区別した上で、日本社会が「信頼社会」ではなく「安心社会」であることを示しています。
 第3章では、大卒ホワイトカラーが企業内で育成・選抜されるプロセスについて、
・選抜:ホワイトカラーの技能・知識・潜在的成長力(trinability)をどう測定し評価するか。
・育成:ホワイトカラーが仕事を修得していく方式として、学校教育と現場のOJT等のうちどれがすぐれていて、これらの間にはどのような代替的・補完的な関係があるか。
という観点から論じています。また、ホワイトカラーの技能の測定が困難であることから、給与の上がり方が「年功的」になる点について、モニタリングと動機付けの観点から解説を行っています。さらに、いくつかの「職能」を経験させることについて、効率性と評価の公正さという2つの観点から解説しています。
 第4章では、銀行業のBIS規制と「追い貸し」の問題を、社会主義経済における国営企業や公営企業に対する補助金によって生じる「ソフト・バジェット問題」の観点から分析を行っています。
 この他、日本経済におけるIT革新の効果と労働の教育水準の問題、対外投資と日本の空洞化の問題、日本のシステムにおける「雇用関係・供給業者との関係・株主資本の関わり方」の制度の間の補完性等について論じられています。
 本書は、1990年代の日本経済を概観することができる、非常にリーズナブルな一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本シリーズ(リーディングス日本の企業システム)の各巻が、それぞれ特定の問題にフォーカスしているのに対し、本書はどちらかというと「その他」的な色合いがどうしても強くなってしまっているように感じられます。
 そのため、一応は4部構成にまとめられているものの各章間の関連性は薄く、どうしても寄せ集め感は否めません。
 しかし、それは本書に収められている論文のレベルが低いことを意味するわけでなく、むしろ、「独立した巻に仕立てるほどカテゴリーとしてのボリュームはないがどうしても収録したかった論文」が収められていると言い換えてもいいかもしれません。
 第7章の青木論文などはそういった意味での必読論文の一つです。
 それにしても、このシリーズもようやく今日1巻が発売されるようです。

■ どんな人にオススメ?

・1990年代の日本経済・企業を取り巻く環境を概観したい人。


■ 関連しそうな本

 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月01日
 青木 昌彦 (著), 滝沢 弘和, 谷口 和弘 (翻訳) 『比較制度分析に向けて』
 小池 和男, 猪木 武徳 (編著) 『ホワイトカラーの人材形成―日米英独の比較』 2005年11月04日
 ロナルド・ドーア 『働くということ - グローバル化と労働の新しい意味』 2005年10月26日
 山岸 俊男 『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』


■ 百夜百マンガ

激烈バカ【激烈バカ 】

 絵も汚い、ギャグも洗練されてない、こういう「一発ギャグ」的な漫画家の場合、飽きられると次回作は辛いことになりそうです。
 結構な歳の人のようですし、何だか、NHKのドキュメンタリーで放送された森安なおやの晩年の姿を想像してしまって辛いものがあります。

2006年5月25日 (木)

製品戦略マネジメントの構築―デジタル機器企業の競争戦略

■ 書籍情報

製品戦略マネジメントの構築―デジタル機器企業の競争戦略   【製品戦略マネジメントの構築―デジタル機器企業の競争戦略】

  伊藤 宗彦
  価格: ¥3675 (税込)
  有斐閣(2005/06)

 本書は、「世界的な文化を共有する製品を開発・生産する戦略立案力は日本企業に十分に備わっているのか」という問題意識の元、デジタル機器産業を中心とした製品戦略を解説したものです。
 デジタル機器の製品戦略は、「CHESS戦略」とも呼ばれ、
・C:Creative combination(創造的結合)、さまざまな組み合わせによる新たなイノベーションの創出
・H:Hrizontal solution(水平的ソリューション)、専門技術を有する企業によって構成される水平的な産業構造
・E:Externalities and standard(外部化と標準化)
・S:Scale and bundling(規模と抱き合わせ)、既存の顧客層を確保し、相乗効果を期待する
・S:System-focused development(システム焦点化製品開発)
の5つの戦略が組み合わされています。
 本書では、ソフトウェアとハードウェアの統合、モジュール化等を実例を挙げて解説しています。第5章では、デジタルカメラ産業を題材として、主要仕様のモジュール化の影響を実証分析し、デジカメ産業でコモディティ化が進み適正利潤を得ることがむずかしくなっている一方で、一眼レフのように製品差別化を図ることで脱コモディティ化を達成している例も紹介されています。
 第6章では、携帯電話産業を題材に、激しいOSの標準化競争と、モジュール化の対応力等が解説されています。
 第7章では、EMS(製造専門企業)の発展の背景を分析し、アメリカ型EMS企業の典型としてソレクトロン社を、台湾型EMS企業の典型としてARIMA社のケースを分析しています。
 本書は、デジカメや携帯電話など、コンピュータ業界以上に変化の大きい産業における製品戦略のあり方に関心がある人には格好のテキストになるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「モジュール化」が製造業のキーワードになってからかなり経ちますが、モジュール化を含めて、実際の製品戦略がどう変わってきたかを実証分析している研究は、まだジャーナル論文や論文集的なものが多く、本にまとまったものとしては少ないのではないかと思います。
 その意味で、松下から研究者に転向した後、これだけの量の論文をを短い期間、しかも40代で量産した著者のバイタリティには感服します。


■ どんな人にオススメ?

・モジュール化などの実証分析に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』
 末松 千尋 『京様式経営 モジュール化戦略―「ネットワーク外部性」活用の革新モデル』 2005年09月20日
 青木 昌彦, 安藤 晴彦 (編著) 『モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質』 2005年04月22日
 安藤 晴彦, 元橋 一之 『日本経済 競争力の構想―スピード時代に挑むモジュール化戦略』 2005年05月17日
 国領 二郎 『オープン・アーキテクチャ戦略―ネットワーク時代の協働モデル』 2005年11月10日


■ 百夜百マンガ

空手バカ一代【空手バカ一代 】

 マス大山が山に篭ったときに、途中で投げ出さないために、片方の眉を剃り、「これで街には帰れない」というコミットメントの方法をとったとかいうことを、サンプラザ中野のオールナイトニッポンでコーナーにしてました。

2006年5月24日 (水)

企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期

■ 書籍情報

企業とガバナンス    リーディングス日本の企業システム第2期   【企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期】

  伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集)
  価格: ¥2940 (税込)
  有斐閣第2期第2巻 巻 (2005/12)

 本書は、『リーディングス日本の企業システム』の第2期シリーズのうち、この10年ほどの間に「一つの重要な研究分野として確立された」コーポレート・ガバナンスに関するものです。近年、「法学、経済学、ファイナンス、経営学等での膨大な研究蓄積が、コーポレート・ガバナンスという名の下で一つの研究分野へ」導かれてきました。
 本書の序章において、編者の一人である伊藤氏は、「さまざまな情報とインセンティブの問題によって、会社の活動は社会的に望ましいものから乖離する可能性がある」として、コーポレート・ガバナンスがとかなければならない問題を、「会社を『適切な』活動に誘うインセンティブを生み出すこと」と位置づけています。そして、現代の経済学において、このような問題を分析する標準的な枠組みである「プリンシパル・エージェント問題」のアプローチを紹介し、コーポレート・ガバナンスをTiroleの2001年の論文に基づいて、「さまざまな利害関係者の利害を経営に反映させる仕組み」と定義しています。
 伊藤氏は序章の中で、コーポレート・ガバナンス問題に対処する仕組みとして、
(1)直接的介入:経営者が法的に負う義務を明確化し、違反した経営者を訴える仕組み。
(2)モニタリング委譲:株主が経営者の活動を監視する役割を、取締役会、市場、支配株主、金融仲介機関等に委譲する仕組み。
(3)間接的インセンティブ:経営成果に依存した経営者報酬(ストック・オプション等)。
の3点を挙げた上で、(1)に関しては、「経営者がこれらの義務を自ら何の規律づけもなく常に遵守する、と考えるのは楽観的過ぎる」こと、(2)に関しては、モニタリングが不十分な水準でしか行われない可能性と、モニタリングが過剰ないし歪んでしまう可能性があること、(3)に関しては、水準が不十分であることや、インセンティブの歪み、強力すぎるインセンティブの問題があること、等を指摘し、「『完全な』ガバナンスの仕組みは存在しない」と述べています。
 第1章「株式会社の本質」では、会社を巡る「名目説」と「実在説」との論争が、形を変えて現在にも受け継がれ、コース以来の企業契約論が法人名目説の末裔であり、進化論的企業論やコア・コンピタンス企業理論が法人実在説の再来に他ならないことを指摘しています。
 第2章「『企業の本質』と法律学」では、1970年代から1990年代にかけての法律雑誌における論文の引用頻度を調べた研究として、1970年代には圧倒的にバーリ=ミーンズの『近代株式会社と私有財産』が引用されていたのに対し、1980年代以降はコースの「企業の本質」とジェンセン=メックリングの「企業の理論――経営行動、エージェンシー・コストおよび所有構造」の引用回数が爆発的に増加したことを紹介しています。また、「法と経済学」の世界で、グロスマン=ハート=ムーア(GHM)の「財産権アプローチ」に代表される不完備契約論を正面から取り入れて法的ルールを説明しようとする文献が少ないことに疑問を投げかけています。
 第3章「企業の境界と経済理論」では、既存の経済理論における企業の捉え方として、
(1)伝統的ミクロ経済学:生産機会としての企業
(2)エージェンシー理論:ヒエラルキーとしての企業(1)
(3)取引費用の経済学:ヒエラルキーとしての企業(2)
の3つのアプローチ方法を紹介した上で、
・企業が統合により境界を外に拡張することの便益がどのように達成されるのか。
・市場での取引と比較して内部組織にはどのような費用があるのか。
という問題点を考慮して企業の境界を体系的に説明しようとする、GHMによって提唱された「財産権アプローチ」を概説しています。
この他、第4章から第6章にかけては、日本のコーポレート・ガバナンスの大きな特徴である「メインバンク・システム」の長所・短所やその構造、効果などについて論じています。また、第7章から第9章にかけては、日本のコーポレート・ガバナンスの実証的な分析を行い、第10章から第13章にかけては、戦略やトップマネジメントに関して経営学的な観点から論じています。
 本書は、日本企業のコーポレート・ガバナンスについて論じる上で、必読書の一つになるものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、経済学メイン+経営学という感じの構成となっています。本シリーズの構成上仕方のないことではありますが、本書の裏バージョン的な位置づけとして「法と経済学」側から編集されたコーポレート・ガバナンスの論文集があったら読んでみたいところです。
 ちょっと古くなってしまいましたが、『会社法の経済学』の最新版のようなイメージでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・コーポレート・ガバナンスの定番の理論を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 三輪 芳朗, 柳川 範之, 神田 秀樹 (編集) 『会社法の経済学』
 神田 秀樹 『会社法』
 ロナルド・H. コース (著), 宮沢 健一, 藤垣 芳文, 後藤 晃 (翻訳) 『企業・市場・法』 2005年04月29日
 柳川 範之 『契約と組織の経済学』 2005年02月22日


■ 百夜百マンガ

釣りバカ大将【釣りバカ大将 】

 明らかに自分の身体よりもデカイ魚も釣っちゃうスーパー小学生。当時は『釣りキチ三平』がテレビアニメ化されたりしてちょっとした釣りブームでした。
 「桜多吾作」という作者のペンネームは「おう!田吾作」なのかな、と思ったりもしました。
 なんと今年の2月には、『漫画 マイボートフィッシング入門 ボート釣り大百科』を出版されています。根っからの釣り好きなんですね。

2006年5月23日 (火)

女性の就業と親子関係―母親たちの階層戦略

■ 書籍情報

女性の就業と親子関係―母親たちの階層戦略   【女性の就業と親子関係―母親たちの階層戦略】

  本田 由紀
  価格: ¥3,255 (税込)
  勁草書房(2004/05)

 本書は、「就業と家庭生活」という日本の女性の前に両立困難な課題として立ち現れてくるという2つの課題について、多様な角度から問題関心を抱く研究者の層の増加と、これらの研究を支える調査データの充実という2つの要因が、10本の論文として結実したものです。
 第1章「女性の階層と就業選択」では、学歴が「高階層の者ほど就業継続理由は主体的でありながら、逆に離職理由は非主体的であるという<非対称性>の問題」が指摘されています。これは、女性の社会進出の先頭にいるこれらの者の仕事が量・不可ともに多いため、<仕事専業>の者しか勤まらないような仕事についているケースが多いのではないかと推測されています。
 第2章「既婚女性の就労と世帯所得間格差のゆくえ」では、「ダグラス=有沢の法則」(夫の収入が高いほど妻の就労率が低く、夫の収入が低ければ妻の就労率が高い)が、夫の収入が1100万円以上の高収入層では崩れつつある可能性が指摘されています。また、夫の収入の多寡が妻の就労選択に影響を与える(正社員女性の夫の収入は低く、無業女性の夫の収入が高くなっている)ことが示されています。
 第4章「育児休業取得をめぐる女性内部の『格差』」では、育児休業取得・非取得に影響を与えるものとして、
(1)末子年齢:末子年齢が高いほど取得率が下がる(制度の普及との関連も予想される)。
(2)親と同居なし:親と同居していない方が実際の取得と強く結びついている。
(3)学歴:学歴が高い方が取得率も高い。
という3つの要因が指摘されています。
 第6章「家族の教育戦略と母親の就労」では、「母親の就労に対する末子の年齢効果は、一定の年齢層を超えると就労を促進する方向に転じること」を紹介しています。
 第7章「小中学生の努力と目標」では、小中学生の努力と目標に対する出身階層の影響が、「学歴の高い親の子どもほど成績が高く、成績が高いほど進路希望が高いということによって生じている」ことを明らかにしています。
 第9章「子どもに家事をさせるということ」では、専門・技術職の父親を持つ男の子の家事数の平均値が女の子の平均値を上回っていることを指摘し、この父親像が「家事に参加する夫」と同じであることから、父親の家事参加と「男の子に家事をさせること」が関係している可能性に言及しています。
 第10章「『非教育ママ』たちの所在」では、「母親が高学歴の場合には『教育ママ』的行動をとったほうが子どもは『お母さんは私を理解してくれている』と思うのに対し、母親が低学歴の場合には『非教育ママ』的行動をとったほうが、子どもは母親から理解されていると感じる」という興味深い指摘を行っています。
 本書は、仕事と家庭の両立という難問を考える上で、大変示唆に富む内容なのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で一番面白かったのは「非教育ママ」の議論です。マスコミの報道などで喧伝される「お受験ブーム」と現実とのギャップを分かりやすく解説しているのではないかと思います。
 子どもが生まれると色々なところから幼児教育のパンフレットが届き、親を不安にさせますが、世に言われているほど誰もが「教育ママ」ではないことを知ると少しほっとします。


■ どんな人にオススメ?

・仕事と家庭との両立の問題に直面している人。


■ 関連しそうな本

 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 子育て体験出版委員会 『ストップ・ザ・少子化 : 27人の子育て体験』
 湯沢 雍彦 『少子化をのりこえたデンマーク』 2006年03月13日


■ 百夜百マンガ

あっかんべェ一休【あっかんべェ一休 】

 絵のタッチやストーリーの淡々さ、飄々さと冷徹に現実を見据える目という作者の持ち味が詰まった集大成です。

2006年5月22日 (月)

変わる働き方とキャリア・デザイン

■ 書籍情報

変わる働き方とキャリア・デザイン   【変わる働き方とキャリア・デザイン】

  佐藤 博樹
  価格: ¥2730 (税込)
  勁草書房(2004/02)

 本書は、契約社員やパートタイム社員、派遣社員など、働き方が多様になり、その人数も増加する中で、「典型労働と非典型労働に従事する人々を対象にして就業間、キャリア志向、就業実態、就業満足度、生活設計などを調査する」ことにより、働き方の多様化を、(1)働く人々のみに負担を強いているという否定的な見方、(2)さまざまなライフスタイルや就業ニーズに対応した多様な働き方の出現という肯定的な見方、の2つの見方から実態に即して検討しようというものです。
 第1章では、働いている人自身による従事している働き方の評価を分析し、
(1)生活価値観と就業形態選択の間に一定の対応関係が見られる。
(2)働いている人々の多くは、現在の就業形態を他の形態よりも望ましいものと考えている。
(3)登録型の派遣社員の中で、民間企業の正社員や公務員を希望している者は、現在の就業形態では充足が難しい事柄を働き方に求めている。
(4)仕事や勤務先に関するパート・アルバイトの総合満足度は、民間企業の正社員の水準を上回る。
ことなどが指摘されています。
 また、第2章では、「ワークスタイルの多様化と生活設計の変化に関する調査」の結果から、
・派遣労働者の仕事への満足度は正社員と比較すれば低くないこと。
・現在正社員である人のうちの6割は他の働き方を希望していること。
等を指摘しています。
 第3章では、SOHOというスタイルの台頭の背景として、「経済構造の変化や情報化の所産であるだけでなく、人生を『企て(プロジェクト)』の対象とみなし、自分の可能性に挑戦する人々による『生活革命』の帰結でもある」と指摘しています。
 第4章では、大学卒・大学院卒者を対象に、「定着者像」と「転職者像」とを対比しています。
・価値観:家庭志向・安定志向⇔仕事志向・リスク志向
・仕事の状況:収入多い・大企業・60歳まで働きたい⇔収入少ない・中小企業・65歳まで働きたい
・家庭の状況:妻は専業主婦・社宅か持家・消費重視⇔共働き・賃貸住宅・貯蓄重視
 また、幸福な転職や独立志向の強さにつながるものとして、「職場以外に信頼できる友人や知人のいること」を挙げ、その理由を何点か指摘しています。
 第5章では、女性の再就職に関して、「再就職時の選択が、その後10年以上も変えることができないような硬直的な雇用制度化では、より安定した雇用・収入や企業福利、あるいは能力発揮を望む女性は、出産によって一時的に退職を選択しても、無業期間を短くするために、子どもの数を抑制する可能性がある」ことが指摘されています。
 本書は、働き方の多様化と働く人自身の満足という問題に関心がある人にお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 第7章では、自己啓発行動と今後の転職・独立志向との関連性に正の関係ががあることが示されています。特に、自己啓発に年間6万円以上を投資している層では、自己啓発未経験者に比べて転職・独立志向が相当高くなります。
 近年、社会人を対象とする大学院が増加し、働きながら大学院に通う人も増えています。企業や役所では、これを奨励するためにお金を出したり、勤務時間を短くするなどの支援策を導入しているところもありますが、気をつけないと、せっかくお金をかけて育てた社員に逃げられてしまう可能性が高いことが分かります。キャリア官僚が公費でアメリカに留学し、MBAを取った直後に外資系金融企業に転職する例などが非難されてきましたが、国内の夜間大学院でも同じような傾向があるのかもしれません。例えば、夜間開講のロースクールもありますが、行くならば職場に黙って行ったほうがいいかもしれません。そもそもロースクールに行く人は転職が前提なのかもしれませんが。


■ どんな人にオススメ?

・働き方と満足度の関係に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 玄田 有史, 中田 喜文 (編集) 『リストラと転職のメカニズム―労働移動の経済学』 2006年04月27日
 樋口 美雄, 阿部 正浩, 児玉 俊洋 『労働市場設計の経済分析―マッチング機能の強化に向けて』 2006年04月14日


■ 百夜百マンガ

電脳炎【電脳炎 】

 どこの職場にもいる(かも知れない)パソコンが苦手な課長を笑っているあなたは、もしかしたら「おしつけくん」になっているかもしれません。
 パソコンが絡むことで露わになってしまう、人の「変さ」を描いた名作です。

2006年5月21日 (日)

日本語の作文技術

■ 書籍情報

日本語の作文技術   【日本語の作文技術】

  本多 勝一
  価格: ¥567 (税込)
  朝日新聞社出版局(1982/01)

 本書は、朝日新聞の記者であった著者が、「朝日カルチャー・センター」で行った文章講座を元に、「読む側にとってわかりやすい文章を書く」という「事実的」・「実用的」な文章のための作文技術を論じたものです。
 第1章では、「言語とはすなわちその社会の論理である」と、作文技術を学ぶことは、その言語が用いられている社会の論理体系を学ぶことと位置づけた上で、それに続く各章、特に第2章から第6章では、修飾の仕方や句読点・助詞の使い方を、いかに書き手の意図する論理を誤解なく伝えることができるか、という技術を述べています。
 第2章「修飾する側とされる側」では、分かりにくい文章の例として、修飾する言葉と修飾される言葉とが離れすぎているものが多いことを挙げ、修飾・被修飾語の言葉同士を直結するという機械的に位置を変えるという操作だけで、かなり分かりやすくなることなどが述べられています。
 第3章「修飾の順序」では、
(1)「句を先にし、詞を後にする」ことで誤解の少ない文章とすることができる。
(2)「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に」するという原則が「物理的な単なる『長さ』だけの問題であるにもかかわらず、文のわかりやすさ、自然さを決めるための最も重要な基礎をなすもの」である。
(3)「大状況から小状況へ、重大なものから重大でないものへ」
という3つの原則が述べられています。
 第4章「句読点のうちかた」では、「字をぬかす人はめったにいない」のにマルが抜けていても平気な人は意外と多いとした上で、「句読点は字と同じか、それ以上に重要」であることを例文を挙げて解説しています。特に、文章を書く上で悩むことが多いテンのうちかたについては、「テンというものの基本的な意味は、思想の最小単位を示すもの」であると定義し、テンの場所次第によって文章の意味が大きく異なってくる例をいくつも紹介しています。
 第5章「漢字とカナの心理」では、漢字とカナを併用する効能を、「視覚としての言葉の『まとまり』が絵画化される」こととして、「ローマ字表記の場合の『わかち書き』に当たる役割を果たしている」ことを指摘しています。
 大きなボリュームの第6章「助詞の使い方」では、最も重要性が高い助詞を「ハ」とした上で、題目を現す係助詞「ハ」と対照(限定)の係助詞「ハ」の使い方を重点的に解説しています。著者は、教科書に書かれている「主語と述語」という文法用語に疑問を呈し、係助詞「ハ」とは、「格助詞ガノニヲを兼務するとみて、文の題目を示すもの」と規定した三上章氏の説を紹介しています。また、対照(限定)の係助詞「ハ」に関しては、「ひとつの文(または句)の中では三つ以上のハをなるべく使わない(二つまでとする」という原則を示しています。
 この他本書では、思想を表す単位としての段落の重要性や、無神経な文章(「紋切り型」「繰り返し」、「自分が笑っている」文章の不愉快さ等)の腹立たしさ、リズムと文体などの文章技法的な話から、新聞記者としての本領を見せる、具体性とそれを裏付ける取材の大切さなどが述べられています。
 また、本書の付録「メモから原稿まで」には、著者が子ども時代にマンガに夢中になり、マンガを描くための最も初歩的な知識が書かれた「マンガの教科書」がないこと、そして、文章の世界では原稿そのものに関する技術について書かれたものがなく、マンガ以下であることが語られています。
 本書は、「名文」「美文」を書きたい人のためではなく、実用的で分かりやすい文章(実はそれこそが本来の意味での「名文・美文」なのですが)を書きたい人にとって、手元においておきたい一冊ではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 本書の第10章「書き出しをどうするか」には、「これ以上考えられないほどの最悪の書き出し」として、「編集者から注文されたことを冒頭でノロける方法」が挙げられています。これは、「○○○について書け、という注文である」や「編集者から表題のようなテーマを依頼された」という書き出しですが、著者はこの書き出しについて、読者には全くプラスになるところがないばかりか、(1)原稿を依頼されるほどオレはエライんだぞという嬉しさ、(2)文章の出来が悪くても責任は注文者にあるという責任回避という2つの傲慢が潜んでいると指摘しています。
 就職試験・公務員試験などでもこういう書き出しをする人は結構多いようです。「○○の××について述べよ」というテーマが示されると、いきなり、「○○の××について述べよということであるが」から書き始めて、それから中身を考える人が結構います。しかも、ボールペンで直接解答用紙に書き込んで、そのまま終わりまで書いてしまう人もいます。
 こういうのは文章の技術というよりも、小論文のイロハの段階の話なんですが、むしろ頭の良い学生であったが故に、それなりに見える文章を書くことができてしまい、大人になってから苦労しているのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・誤解のないわかり易い文章を書きたい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 秀俊 『取材学―探求の技法』 2005年10月16日
 山口 文憲 『読ませる技術』 2006年04月01日
 梅棹 忠夫 (著) 『知的生産の技術』 2005年05月05日
 本多 勝一 『実戦・日本語の作文技術』
 中野 明 『書くためのパソコン』 2005年06月25日


■ 百夜百音

麗蘭【麗蘭】 麗蘭 オリジナル盤発売: 1991

 チャボと蘭丸がまさか組むとは当時は思いませんでしたが、考えてみればRCにチャボが加入したことも当時のファンにとってはショックだったのでしょうか。


『古井戸の世界』古井戸の世界

2006年5月20日 (土)

ロボットは人間になれるか

■ 書籍情報

ロボットは人間になれるか   【ロボットは人間になれるか】

  長田 正
  価格: ¥735 (税込)
  PHP研究所(2005/02/16)

 本書は、日本の知能ロボット研究を牽引してきた第一人者である著者による、ロボットと人間の関わりについて論じたものです。日本のロボットブームは過去3回あり、1960年代と1980年代の産業ロボットブームに引き続き、20年周期で起こった今回のロボットブームは、民生・生活支援ロボットブームであるところに特徴があることが述べられています。著者はこのことを、「ロボットは機械産業の対象から情報産業のそれへと変わりつつある」と述べています。
 著者は、本書のテーマでもある「人間はロボットとどう付き合うべきか」という問いに対して、
(1)ロボットをあくまでわれわれの生活を支援する道具と考える立場
(2)ロボットを夢や憧れの対象と見る立場
(3)人間そのものを研究するための材料と位置づける立場
の3つの立場があることを示しています。
 また、「ロボットは人間と同じ心が持てるか」という問題については、人間の心が持つ「学習と創発のモチベーションは、生存および肉体的かつ精神的な成長と深く関わっている」とした上で、「肉体的な成長を伴わないロボットは、所詮限られた枠の中での心しか持ち得ないのではないだろうか」と述べています。
 ロボットと人間の共生に関しては、その条件として、
(1)フェイルセーフ(たとえ何か事故が起こったとしても絶対に人間に危害を加える恐れがない)の機能を持っている。
(2)マン・ロボットインターフェースの技術の確立。
(3)人間に近い器用さとある程度の汎用的な機能を備えている。
の3点を挙げています。そして、人間がクルマと共生する社会を築き上げるのに百年近くかかったことを挙げ、1990年代後半から数十年をかけて、「人間とロボットが共生するためのハードウェアとソフトウェア両面の社会的インフラを整備する必要がある」ことを指摘しています。
 本書は、次々に新しい成果が生まれ、あちこちで先端研究が華やかになっているロボット研究の全体像を把握する上で有用な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 ロボットと言えば「鉄腕アトム」や「R・田中一郎」(ロボットじゃない!アンドロイドだ)を例に挙げるまでもなく二足歩行が大きなトピックになっていますが、1960年代から70年代にかけて世界の二足歩行研究には、
(1)制御理論の応用、実践
(2)機械工学の見地からの機構学的・動力学的アプローチ
(3)バイオメカニズム的な接近
の3つのアプローチがあったことが述べられています。
 そして、近年のホンダのヒューマノイドの開発成功要因を、「二足歩行原理の研究よりもむしろ実記にもとづく徹底的な実験の積み重ねと、人間の歩行パターンの分析とその実現という自動車メーカーらしい実証研究をベースとし、理論(ソフトウェア)とハードウェアのバランスのとれた研究の進め方にあった」と指摘しています。
 自動車メーカーとしては、二足歩行そのものは、研究成果を目に見える形として示す方法のひとつということなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・人間とともに生きるロボットの姿に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日
 スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年01月28日
 フィリップ・K・ディック (著), 浅倉 久志 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
 新田 克己 『知識と推論 Information Science & Engineering』


■ 百夜百音

the TEARS OF a CLOWN【the TEARS OF a CLOWN】 RCサクセション オリジナル盤発売: 1986

 野音のナオンが気にかかってたのも忌まわ昔。
 童話が原作の音楽劇は日本語訳でもいい感じです。

『音楽物語「ぞうのババール」』音楽物語「ぞうのババール」

2006年5月19日 (金)

暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛

■ 書籍情報

暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛   【暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛】

  佐藤 郁哉
  価格: ¥2,520 (税込)
  新曜社(1984/10)

 本書は、ある暴走族グループを対象に、「参与観察」という手法によって1年近くフィールド調査を行った「民族誌」です。著者は、昭和58年の夏から翌年の夏までの1年間、京都市の暴走族グループである「右京連合」のメンバー・OBとつきあい、毎週の「集会」やパーティーに参加して調査を行っています。
 暴走族の活動の中心である「暴走」がもたらすスピードとスリルに、なぜ彼らは夢中になるのか、という問いに対し、本書はチクセントミハイによって開発された「フロー」という概念を用いています。「フロー経験」の特質は、
(1)行為と意識の融合
(2)限定された刺激領域への注意集中
(3)自我の喪失
(4)コントロールの感覚
(5)明瞭で明確なフィードバック
(6)自己目的性格
の6点が挙げられます。
 著者は、暴走のフロー経験についてのアンケートをパーティーや「集会」で行った他、延べ30名に対してインタビュー調査を実施しています。暴走において、若者たちを日常生活から切り離し、行為への没入をもたらす大きな要素として、単車のマフラーやカーコンポ、ミュージックホーンによる「音」の効果をあげています。また、「危険な状況を克服すコントロールすること」によって、「有能さとコントロールの感覚が危険の感覚を凌駕する」ことの重要性を指摘しています。さらに、暴走のクライマックスにおいては、「自己(セルフ)と行為、自己と環境の間を媒介する自我意識が消失」し、「自我意識の媒介を経ずして、自動的に体が動く」ことが指摘されています。この他、暴走に含まれる最も重要な楽しさの源泉として、「目立つ」こと、「コムニタス」の体験にも言及しています。
 一方で、ロッククライミングなどフロー経験をもたらす他の活動との比較では、暴走は技能と挑戦という面において、極めて狭いフローチャンネルしかもっていないこと、「問題解決」「創造」の項目よりも「危険と運」「競争」の項目が飛びぬけて高い順位にあることなどが指摘されています。
 この他本書では、「民族誌」らしく「暴走族」という民族を特徴付けているファッションとスタイルの分析も行っています。多くの研究やマスメディアが、暴走族のショッキングなグループ名やグロテスクなコスチュームを、その「異常性」によって理解しようとしているのに対し、本書は、暴走族シンボリズムが持つ、「きわめて健康的な『創造性』の発露」や体系性や規則性を指摘しています。
 暴走族の特徴である単車や自動車の改造のパターンにまつわるコミュニケーションが、サブカルチャーやグループに対する帰属意識を高めていること、暴走族のグループ名が、「使われる言葉の意味内容、発音、表記上などについてのいくつかのルールを前提として作られている」こと、特攻服・戦闘服や国粋主義的なシンボルのデザインを特徴とするコスチュームと小道具が用いられるのは、「それがショッキングであり力や悪のテーマと密接な関連をもつからだけでなく、規律と統制を表すシンボルとして利用しやすいから」であること等を指摘しています。
 本書は、マスコミからの情報を元にイメージで語ってしまいがちな暴走族の文化について、参与観察という方法によって内面からの理解を試みている点で、集団や組織のもつ「文化」を理解する手法としてのフィールド調査の重要性を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 10代後半の若者の集まりである暴走族の「集会」やパーティーに、30近いオッサンが入り込んで取材をしているところを想像すると不思議な感じがするのですが、当時、『暴走列島』や「第三書館」などの出版物・出版社が出回っていたため、取材を受け、メディアに写真や名前が載ることに対して、協力的だったようです。
 一方で、本書が文字中心の学術書であり、写真がカラーでないことに失望し、コンタクトが取れなくなったインフォーマントがいたというエピソードも紹介されています。
 ちなみに、暴走族の特攻服のルーツを、「関西の暴力団の傘下にあった清掃労働者の作業服のスタイルに求めることができる」という説は初耳でした。


■ どんな人にオススメ?

・組織・集団の文化を理解するための参与観察法に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 郁哉 『組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門』 2005年11月25日
 佐藤 郁哉 『フィールドワークの技法―問いを育てる、仮説をきたえる』
 佐藤 郁哉, 山田 真茂留 『制度と文化―組織を動かす見えない力』 2005年09月22日
 小池 和男 『聞きとりの作法』
 M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳) 『楽しみの社会学』 2005年02月08日
 M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳) 『フロー体験 喜びの現象学』 2006年05月10日


■ 百夜百マンガ

BAD BOYS グレアー【BAD BOYS グレアー 】

 ずっと前からこの作品を描き続けているような気がします。
 次々に新しい世代が読者に加わっては卒業していくところは、暴走族と同じではないでしょうか。

2006年5月18日 (木)

道路公団解体プラン

■ 書籍情報

道路公団解体プラン   【道路公団解体プラン】

  加藤 秀樹, 構想日本
  価格: ¥735 (税込)
  文藝春秋(2001/11)

 本書は、本来は「政府も企業も手が回りかねる事業を遂行するという使命をもった『知恵』のしくみとしてスタートした」特殊法人の改革、中でも道路公団改革に焦点を絞り、「利用者負担のもとでの公団の民営化」を論じたものです。
 本書は、特殊法人に対する批判を、(1)特殊法人制度に対する一般的な批判、(2)個々の特殊法人の行為(無駄な事業、天下り等)に関する批判、の2つに大別した上で、本当の病巣を摘出するために、
(1)何が問題か
(2)問題があるとしたら、原因は何か
(3)それはどう解消することができるのか
の3つの問いに正面から挑んでいます。
 そして、道路公団の問題の本質を、
(1)事業が赤字になる理由
 [1]過大な需要見通し
 [2]コスト(建設費等)の過少見積り
(2)赤字事業が続けられる理由
 [1]不十分な情報開示
  ――「粉飾」を可能にする財務諸表
  ――需要見通しの根拠の不開示
 [2]「償還主義」により個々の事業の収支がわからないこと
 [3]責任の所在が明確でないこと(市場にチェックも議会のコントロールも直接受けない)
という構造に分析しています。
 第1章「『道路公団は第二の国鉄』か」では、「料金プール制」と「過大な収入見込み・過少な支出見積」によって、作為的に返済計画を操作していることを指摘しています。中でも、道路公団の推計の根拠となっているGDPの推移や自転車免許保有率の増大が、道路利用増加の根拠としては問題があることなどが指摘されています。
 また、旧国鉄との比較の議論にしても、旧建設省の考え方には、
(1)現在の道路公団と末期(民営化直前の昭和61年度)の国鉄を比較する。
(2)企業会計方式を採用していた国鉄の財務諸表をあえて道路公団方式に変換して比較する。
(3)損益計算書だけで比較を行い、貸借対照表を持ち出さない。
という問題があり、作為的な比較である点を指摘しています。
 この他本書では、現実的な償還見通しのシミュレーションや、現実的な民営化シミュレーション、「上下分離」方式における経営の非効率、ファミリー企業の本当の問題点の指摘等を行っています。
 その上で、道路公団改革の絶対条件として、
(1)資産・負債の徹底的洗出し
(2)建設の凍結
(3)「実のある民営化」の担保
の3点を提言しています。
 道路公団が形の上では民営化した現在、「なぜ民営化したのに何も変わっていないのか?」という疑問に答えるヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 道路公団の会計方式の不自然さをイメージしやすくするため、コラム「道路公団の会計方式を前提に東名を走ってみました」では工夫が凝らされています。
 昭和43年以来、5年ごとに再舗装されたアスファルトは、会計上はすべて資産として積み重ねられるため、すべて残っているとすると、55cmもの厚さになります。また、これまで設置されてきた標識も会計上はすべて計上され続けるため、もし会計方式どおりならば、30年間の間の標識の変遷が博物館のように一目で見ることができます。さらには、災害で壊れた橋なども会計上は計上され続けたままです。
 願わくば、せっかく戯画的に表現するのであれば、よく新聞で使われているようなちょっとした図解(積み重ねると富士山の何倍の高さ、並べると地球を何周分など)の一つも入っていればなお面白かったのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・道路問題の根の深さに関心がある人。


■ 関連しそうな本

 猪瀬 直樹 『道路の権力』
 田中 一昭 『偽りの民営化―道路公団改革』
 清水 草一 『この高速はいらない。―高速道路構造改革私案』
 屋山 太郎 『道路公団民営化の内幕 なぜ改革は失敗したのか』


■ 百夜百マンガ

オーバーレブ!―A legend of ultimate hot rodder【オーバーレブ!―A legend of ultimate hot rodder 】

 連載当時でも相当古かった「ミスター」ことMR2ですが、ハチロクよりもちょっとマイナーな感じが良かったです。
 それにしても、「元陸上部の涼子」っていうのはいかがなものかと・・・。

2006年5月17日 (水)

能力主義と企業社会

■ 書籍情報

能力主義と企業社会   【能力主義と企業社会】

  熊沢 誠
  価格: ¥819 (税込)
  岩波書店(1997/02)

 本書は、1990年代後半の加速度的な人事・労務管理の変化の中で、
(1)ひろく終身雇用・年功序列とよばれる日本の人事・労務システムは、もともとそれほど能力主義に背反するものだったのか。
(2)日本企業の能力主義管理は本来どのような特徴を帯びていたのか。
(3)日本企業はなぜいま、その特徴ある能力主義を強化し改変しようとしているのか。
などの問いについて論じているものです。
 能力評価と賃金システムは、
(1)賃金を潜在能力と顕在能力のどちらに対して支払うのか。
(2)労働者個人に対する評価か、集団的属性(職種・勤続・年齢等)に対する評価か。
という2つの軸によって、4つにタイプ分けすることができます。
 本書は、日本の能力主義管理を歴史的に見ていくと、第1期(60年代半ばから70年代半ば)、第2期(70年代半ばから1992年頃)、第3期(それ以降)の3つの時期に分けることができることが述べられています。
 第1期の能力主義管理は、戦後初期に生み出された「年の功」賃金が持つ、賃金コストの高まりと労働者を働かせる誘因不足という2つの問題を解決するために、人事考課付きの定期昇給制を経て、職能資格給が導入されます。これに、「新社員制度」(職能資格をグレードをつけて区分し、それぞれの職務遂行能力を定義)、人事考課(査定)、小集団活動の展開の3つの制度を合わせた4点セットがこの時期の能力主義管理の特徴となっています。
 第2期には、人減らし、ME化、JIT方式との関連から、フレキシブルな働き方の要請が高度になり、労働者の職務割当ての内容と範囲の転変が強制されたことが述べられています。この時期には、正社員たる者は、「その生活の全側面を『仕事第一』『会社大事』で律する生きざまを求められるようになった」ことが述べられています。
 本書は、この時期までの日本の能力主義管理の特徴を、
(1)潜在能力の重視、その主内容をなす高度なフレキシビリティへの適応力と、その自然な惰力としての<生活態度としての能力>の要請。
(2)その要請を具体化するといくつかのレベル設定と、そのレベルを満たす個人のがんばりを年齢・勤続階級に仕切って評価する「年と効」システム。
(3)その帰結としての競争志向の大衆性と長期継続性。
の3点にまとめています。
 第3期には、「一人ひとりの能力や貢献の程度をはかる基準の曖昧さを何とか克服したい」という経営者の意向から、ホワイトカラーの目標管理制度(MBO)が本格的に導入されます。従業員の処遇の基準は、潜在能力の評価から顕在能力の評価にシフトし、「能力」より「業績」というキーワードが多用されることが述べられています。
 この他本書では、日本型能力主義の浸透によって、
(1)リストラと呼ばれる人べらしが日常化する。
(2)配点が広域化し、出向・転籍が頻繁になる。
(3)作業ノルマや労働密度が増大する。「働きすぎ」になる。
(4)賃金体系の変更によって個人間賃金格差が拡大する。
(5)企業活動の中核を支える周辺の作業の担い手として、非正社員を活用する。
の5つの負担が労働者によって引き受けなければならなくなることが述べられています。
 最後に著者は、「働き続けてゆける職場」に必要なものとして、「ゆとり、なかま、日常の仕事に関する労働者の一定の決定権」の3要素を提起しています。
 本書は、約10年前に書かれたものですが、その後の10年間に日本の職場で起こったことを説明することができる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書に紹介されているエピソードの中に、日立製作所水戸工場で、「事務部門もコスト意識をもたないとこの不況は乗り切れない」という理由で、工場事務部の椅子が撤去され、立ったままで事務作業ができるように事務机に下駄を履かせて高くした、という記事が紹介されています。
 「台所の主婦のように」効率的に働くようになることが期待されるということですが、考えてみれば工場では作業員が一日中立ったままで作業しているのは当たり前のことなので、発想としては自然に出てきたのかもしれません。
 とは言え、電器屋で経験するように、立ったままPCのキーボードを打つのは結構肩が凝りますので、せめてちょこっと腰掛けられるくらいの椅子は欲しいものです。


■ どんな人にオススメ?

・日本の能力主義管理の全容をつかみたい人。


■ 関連しそうな本

 小池 和男 『日本の雇用システム―その普遍性と強み』 2005年04月06日
 小池 和男, 猪木 武徳 (編著) 『ホワイトカラーの人材形成―日米英独の比較』 2005年11月04日
 小池 和男 『仕事の経済学』
 城 繁幸 『日本型「成果主義」の可能性』 2005年12月08日
 高橋 伸夫 『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』 2005年3月30日
 高橋 伸夫 『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道』 2005年06月16日


■ 百夜百マンガ

天然少女萬【天然少女萬 】

 なぜか格闘系美少女ものというジャンルをつくってしまった作品。
 映画かVシネマにもなったと思います。

2006年5月16日 (火)

デスマーチよ!さようなら!

■ 書籍情報

デスマーチよ!さようなら!   【デスマーチよ!さようなら!】

  深沢 隆司
  価格: ¥1554 (税込)
  技術評論社(2004/03/31)

 本書は、IT業界における「デスマーチ」を前提としたプロジェクトの進め方に疑問を呈し、著者が生み出した「スペックパターン開発プロセス」という開発手法を提案しているものです。
 本書のタイトルとなっている「デスマーチ」とは、IT用語辞典「e-Words」によれば、「『死の行進』という意味の英語表現。IT業界ではシステム開発現場の過酷な労働環境を表す言葉として使う。」とされており、本書の冒頭にも、著者がIT業界に入って体験したデスマーチの様子が述べられています。
「現地調整の数か月前から終電残業、土日出勤が続き、その後現地に行ったきり2、3か月は自宅に帰ってこれなくなります。他の業者の人たちと旅館の一部屋に8人ぐらいで寝泊りして、朝は8時30分に旅館を出て、戻りは夜中の12時近くという日々が延々と続きます。」
 この後20年が経ち、コンピュータやソフトウェアの環境は格段に向上しました。しかし、著者は、プロジェクトの成功率は目を見張るような改善をしなかったと指摘します。そしてその原因は、プログラミングの技術にあるのではないとしています。できる範囲で適当に進め、設計の後で初めて問題が明らかになり、仕様変更の嵐に見舞われるというドタバタを、仕方のないことと諦めているかのような当事者意識のないプロジェクトマネジャーによって、プロジェクトが混乱しているのが一番の原因だと指摘しています。
 また、建設業界のゼネコンの仕事の進め方をIT業界に持ち込んだ、元請け下請けの構造から引き起こされる問題がプロジェクトが抱える問題の多くを占めていることも指摘しています。
 著者は、プロジェクトを成功に導くためのプロジェクトマネジャーの役割として、・ステークホルダーとwin-winの関係を構築すること。
・思い込みで「言ってもダメだろう」と諦めるのではなく直接顧客と話をすることで軌道修正を図っていくこと。
・何をどこまでやればよいかを具体的かつ詳細にわたりハッキリさせ、不明点や不安を排除すること。
等の点を挙げています。
 また、本書のテーマであり、著者のオリジナルの仕事の進め方である「スペックパターン開発プロセス」の解説に本書の多くの部分が充てられています。著者は、このプロセスのメリットとして、
・顧客にもプログラマにも伝わる「質の高い設計書」の量産を行うことができる。
・全体的な生産性が飛躍的に向上する。
・顧客とのコミュニケーション、仕様策定者とプログラマとのコミュニケーションがしっかりできる。
・顧客とのコラボレーションをスムーズに行うことができ、高い顧客満足につながる。
・業務システム開発にありがちなトラブルを排除することができる。
という点を挙げています。
 詳細の説明は省きますが、著者は、開発プロセスそのものを人に薦めたいわけではなく、「スペックパターン」はあくまで一例であり、顧客やプログラマとの高いモチベーションの共有をどのように行うか、という点にあるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 システム開発関係者以外にも、役に立ちそうなのは、「深沢式会議法・議事録術」として紹介されている会議の進め方です。著者は、会議と議事録を、「プロジェクトを安定飛行させるための両翼」と表現しています。そして、その会議の進め方は、一般の会議と見た目の上では大きく変わるわけではありませんが、その役割分担や、イニシアティブの取りかたに特徴があります。
 この会議法・議事録術のルールは、
(1)必ず録音する。
(2)議事録の作成はパソコンで行い、その画面を参加者全員が見えるようにする。
(3)必要に応じて資料表示用のパソコンとプロジェクト(外部モニタ)のセットを複数用意する。
(4)書記はプロジェクトに通じている人が担う。
(5)書記は会議の進行を止めることができる。
(6)決定事項が明確になる都度、参加者全員で誤解のない表現方法を考える。
(7)会議終了後に議事録の体裁を調整して印刷し、配布する。
となっています。
 特に特徴的なのは、(4)、(5)のように、書記に大きな権限を委ねている点です。多くの組織では、議事録は新入社員に押し付けられる仕事であることが多いようですが、この方式では、プロジェクトに精通している、いわば「ナンバー2」的な人が担当することが特徴です。


■ どんな人にオススメ?

・IT業界以外でもデスマーチにつかまってしまっている人。


■ 関連しそうな本

 近藤 哲生 『実用企業小説 プロジェクト・マネジメント』 2005年12月28日
 中尾 英司 『あきらめの壁をぶち破った人々―日本発チェンジマネジメントの実際』
 近藤 哲生 『はじめてのプロジェクトマネジメント』
 サニー ベーカー, G.マイケル キャンベル, キム ベーカー (著), 中嶋 秀隆, 香月 秀文 (翻訳) 『世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント』
 長尾 清一 『先制型プロジェクト・マネジメント―なぜ、あなたのプロジェクトは失敗するのか』


■ 百夜百マンガ

流星課長【流星課長 】

 どんな満員電車でも必ず座る「流星課長」の名を持つサラリーマンと、「自動ドアのマリア」の激しい空席バトル。しかし、課長の正体は10年前にファンを熱狂させた「グラムロックのあだ花、マリリン伝次郎」だったりする伝説の作品。

2006年5月15日 (月)

問題解決ファシリテーター―「ファシリテーション能力」養成講座

■ 書籍情報

問題解決ファシリテーター―「ファシリテーション能力」養成講座   【問題解決ファシリテーター―「ファシリテーション能力」養成講座】

  堀 公俊
  価格: ¥2310 (税込)
  東洋経済新報社(2003/02)

 本書は、「組織のパワーを引き出し、優れた問題解決に導くためにはどうすればよいか」という問題意識の元で、ファシリテーションという概念を紹介しているものです。
 著者は、問題解決の方法として、
(1)ソフト・アプローチ:コンテクストの共有の元、妥協と調整によって解決を図る。
(2)ハード・アプローチ:論理(事実や原則)に基づいた議論により、合意点を見出す。
(3)ファシリテーション:意見ではなくプロセスをコントロールすることで、組織の意思決定の質を上げる。
の3つのアプローチを挙げ、「論理と感情の両面に働きかけ、自律的な問題解決を促していく」点にファシリテーションのメリットがあると述べています。
 本書では、このファシリテーションの考え方に基づくリーダーシップのあり方を、ジャック・ウェルチやカルロス・ゴーンの発言を引用しながら、解説しています。
 また、ファシリテーターに求められるスキルとしては、
・(初期)プロセス・デザイン:チーム編成や手順など活動プロセスの設計
・(中期)プロセス・マネジメント:チーム全体の発想を広げる手助け
・(終盤)コンフリクト・マネジメント:全員が満足できる創造的な解決を目指した合意造りの支援
の3つのスキルが述べられています。
 このうち、プロセス・デザインに必要な思考としては、以下の2つが述べられています。
・システム思考:
 →フレームづくりの5つの要素(目的、アウトプット・イメージ、活動プロセスとスケジュール、役割分担、行動規範)
 →2サイクル型の問題解決プロセス(発散(創造)思考と収束(統合)思考)
・MECE(ミッシー)思考:
 →Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive、モレなくダブりなく
 →多面的思考と構造化思考
 →ロジック・ツリー
 また、プロセス・マネジメントに関しては、「議論を理解する」ことを目的に、ミーティングにおけるファシリテーターの役割を、メッセージの意味を理解するための「ロジカル・コミュニケーション」と、議論の中に位置づけるための「議論の構造化」の推進にあるとしています。このうち、ロジカル・コミュニケーションについては、
(1)事実(起点)を共有化させる。
(2)根拠(経路)の乱れを正す。
(3)意見(終点)を明確にさせる。
(4)論理で伝えきれない知識(暗黙知)を伝え合う。
(5)復唱を使って主張の中身を確認する。
という基本プロセスが示されています。さらに、議論の構造化については、
(1)意見をハッキリさせる・・・・・・議論の先鋭化
(2)意見の固まりをつくる・・・・・・議論の組織化
(3)意見のつながりをつくる・・・・・・議論の体系化
(4)議論すべき論点を並べる・・・・・・論点の設定
というステップに沿って解説がなされています。この中で紹介されている、
・ポイントを絞り込むための質問法
(a)切断による絞込み
(b)対比による絞込み
の2つの質問方法による絞り込み方は参考になりそうです。
 最後のコンフリクト・マネジメントに関しては、
(1)コンテクスト(文脈)の共有による相互理解
(2)ウィン・ウィン・アプローチによる強調的な問題解決
(3)コンフリクト解消
という3つのステップが示されています。
 コンテクストの共有については、「コンテクストの三つのP」として示されている、(1)目的(Purpose)、(2)視点(Perspective)、(3)立場(Position)の3つの視点の持ち方が参考になります。また、コンフリクト解消の基本アプローチとして、
(1)創造による解決(Win-Win approach)
(2)交換による解決(Win-Win approach)
(3)分配による解決(Win-Lose approach)
の3つの解決方法が示されています。
 本書の後半の応用編・実践編では、具体的なツールとしてのワークショップやファシリテーション・グラフィックの技術や、ケーススタディが示されています。
 本書は、「議論を活発にして出た意見をまとめる人」と単純に思われやすいファシリテーターの役割の本質を、ロジカル・シンキングと交渉理論の視点から解説した良書です。ロジカル・シンキングの力を組織で発揮したい人には絶好の一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「ファシリテーション」という言葉は、「協働」や「まちづくり」、「ワークショップ」などの言葉と結びつきやすく、これまで理念的な部分、精神論的な部分で語られやすい傾向がありました。
 本書は、ファシリテーションという技術が持つ本質的な力である、ロジックの構築と交渉によるコンフリクト解決に重点を置いていて、「ファシリテーション」という言葉になんとなく偽善的な抵抗感を持っていた人にも、納得してもらえる切れ味の鋭さを持っていると思います。


■ どんな人にオススメ?

・ビジネスツールとしてのファシリテーションに関心がある人。


■ 関連しそうな本

 堀 公俊 『ファシリテーション入門』 2006年04月24日
 中野 民夫 『ファシリテーション革命』 2006年04月28日
 古川 久敬 『チームマネジメント』
 柴田 昌治 『なぜ会社は変われないのか―危機突破の風土改革ドラマ』


■ 百夜百マンガ

いとしのエリー【いとしのエリー 】

 サザンのヒット曲と楠田枝里子をくっつけた安易な設定にもかかわらず、人気になってしまい長きに渡って連載されていました。
 途中から読むと何だか分からなかったのが残念です。

2006年5月14日 (日)

「人殺し」の心理学

■ 書籍情報

「人殺し」の心理学   【「人殺し」の心理学】

  デーヴ グロスマン (著), 安原 和見 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  原書房(1998/07)

 本書は、戦争における殺人というテーマに関して、人間が生来持っている同種殺しに対する強烈な抵抗感、「なぜ兵士は敵を殺せないのか」という問題を、過去の戦争の歴史における「非発砲者」の存在を分析するとともに、戦場で殺人を行うことが心理的にどのような影響を与えるのか、そして、現代の軍隊はどのように同種殺しに対する抵抗感を取り除こうとしているのかを明らかにしたものです。
 著者は、20年間米軍に在籍し、自身が直接戦闘で人を殺した経験は持っているわけではないが、カウンセラーとして数多くの兵士から苦しみを聞いてきた経験を持っています。著者は、研究の動機を「殺人というタブーに風穴を開けるのに役立ちたい」と述べ、「はじめに」の中で、マッカーサーの「兵士ほど平和を祈る者は他にいない。なぜなら、戦争の傷を最も深く身に受け、その傷痕を耐え忍ばねばならないのは兵士なのだから」という言葉を引用しています。
 著者は、第1部「殺人と抵抗間の存在」でまず、「平均的な人間には、同類たる人間を殺すことへの抵抗感が存在すること」を明らかにしています。第二次世界大戦中に米陸軍准将のマーシャルは、平均的な兵士たちからの調査から、「敵との遭遇戦に際して、火線に並ぶ兵士100人のうち、平均してわずか15人から20人しか『自分の武器を使っていなかった』」という驚くべき事実を明らかにしました。
 動物界では、同種の生物から攻撃された場合の反応には、<闘争、逃避、威嚇、降伏>のいずれかの反応パターンが選択されることが示され、兵士にとっても、<体面、示威、利益、そして損害の抑制>の方が大事であることが示されます。その上で、「現代戦においては、訓練及び殺人能力における心理的・技術的な優位がつねに決定的な要因として働いている」として、イギリスのフォークランド攻撃やアメリカのパナマ侵攻の例を挙げています。
 また、南北戦争の資料を基に、この時代、すなわちマスケット銃の時代には、ほとんどの兵士は戦闘中にせっせと発砲以外の別の仕事に精を出し、「進んで敵に発砲する兵士のために、ほかの者が銃の装填その他の雑用を引き受けるというのは、例外的どころかごく一般的な現象」であったと述べています。この他、第二次大戦中のアメリカ陸軍航空隊において、撃墜された敵機の30~40%は、全戦闘機パイロットの1%未満が撃墜したものであることも紹介され、「ほとんどの戦闘機パイロットは『一機も落としていないどころか、そもそも撃とうとさえしていなかった』」と述べられています。
 第2部「殺人と戦闘の心的外傷」では、過去の戦争の歴史を紐解きながら、「何カ月も連続して戦闘のストレスにさらされるというのは、今世紀の戦場でしか見られない現象」であることや、、戦闘中の兵士は、「周囲の惨状に深い責任感と後ろめたさを感じるらしい。敵が死ねば自分が殺したように思い、味方が死ねば自分のせいのように思うのである。」という罪悪感と嫌悪感の泥沼にとらわれてしまうこと、特に「自分と同種の生物を目の前で殺すことへの抵抗感はきわめて大きい」ことなどが述べられています。
 第3部「殺人と物理的距離」では、「犠牲者が心理的・物理的に近いほど殺人はむずかしくなり、トラウマも大きくなる」ことを、
・最大距離及び長距離からの殺人
・中距離・手榴弾距離の殺人
・近距離での殺人
・刺殺距離での殺人
・格闘距離での殺人
・性的距離での殺人
の距離別に解説しています。中でも、狙撃兵に対する他の兵士からの嫌悪感について、「合衆国の軍は狙撃兵からあわてて遠ざかる。戦闘中に不可能な任務を遂行するよう命じられた同じ男たちが、戦争が終わって気づいてみるとたちまち不可触賎民扱いなのだ。第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争、すべてそうだった」という記述は、距離と殺人の心理的な関係を現しているように思われます。また、刺殺距離での殺人に関しては、「平均的な兵士は同類たる人間を銃剣で突き刺すことに強烈な抵抗感を覚えること、そしてそれにまさるのは自分が突き刺されることへの抵抗感のみだということ」であることが述べられています。
 第4部「殺人の解剖学」では、有名なミルグラムの電気ショックの実験を紹介しながら、権威者の要求の影響が大きいことが述べられています。また、攻撃者と犠牲者との間の心理的距離をもたらす要素として、文化的距離、倫理的距離、社会的距離、機械的距離(機械の介在)のそれぞれについて解説しています。第二次大戦中の米兵の44%は「ぜひ日本兵を殺したい」と答えているのに、ドイツ兵に対する回答では6%であったことが述べられています。
 また、戦闘中の兵士の2%は、<攻撃的精神病質者>の素因を持っていて、「強制された場合もしくは正当な理由を与えられた場合、全男性の2パーセントは後悔や自責を感じずに人を殺すことができる」ことが述べられています。
 第5部「殺人と残虐行為」では、「殺した相手よりも自分のほうが、倫理的社会的文化的に勝っている証拠」として残虐行為を正当化する心理や、罪のない民間人を殺すなどの残虐行為を強いられた兵士が、罪悪感とトラウマにさいなまれ、嫌悪感から反抗に至ることがあることが述べられています。一方で、残虐行為の背景には、集団免責と同輩の圧力、テロ行為と自己保存の影響(運が悪ければ自分もそうなったかもしれない)が存在していることが述べられています。これらの章で救いとなるのは、罪のない人質を射殺するように命じられた銃殺隊のドイツ兵が、処刑のときに列から外れたことで、その場で反逆罪を言い渡され、仲間の手によって処刑された、という逸話です。
 第7部「ベトナムでの殺人」は、本書のクライマックスとでも言うべき部分です。ベトナムでは、第二次大戦中に、75~80%のライフル銃手が、敵にまともに銃を向けなかったのに比べ、その比率が5%近くにまで下がっている事実が紹介され、どのようにして心理的な安全装置が無効にされたのか、そして、そのことによって重度のトラウマを負う可能性が必然にまで高まったことが解説されています。
 現代の軍隊では、射撃訓練において丸い的ではなく「できるだけ人間らしくした」標的が用いられていることが紹介され、この訓練法において、B.F.スキナーによって発見された「オペラント条件づけ」が作用していることが述べられています。
 また、ベトナム戦争が、反乱分子に対する戦争としての性格を持つことから、女性や子供、民間人の格好をした敵を相手にすることが多く、民間人の戦闘被害と残虐行為が増大し、その結果としてトラウマが大きくなったことが述べられています。
 それ以前の戦争との大きな違いとしては、ベトナム戦争が「孤独な戦争」、「個人の戦争」であったことも述べられています。それは、部隊として訓練を受け、仲間と強い絆で結ばれ、戦争が続く限り自分が戦場にいるのが分かっていた、それまでの戦争と異なり、ベトナム戦争では、ほとんどがバラバラの補充兵であり、勤務期間は12ヶ月であったこと、戦場の兵士を強化するために現代の薬学の力が応用された史上初の戦争だったこと、仲間の兵士とともに長い時間をかけて帰国するという「浄めの装置」が存在しなかったことなどが解説されています。特に、帰国した帰還兵が反戦主義者によって空港で唾を吐きかけられたというエピソードは、帰還兵の精神的な状況を象徴しています。
 著者は、PTSDに苦しむベトナム帰還兵の事例を紹介しながら、「戦争は必要なことかもしれないが、戦争という営為がもたらす長期的な代償についても、私たちはそろそろ理解しなければならない」と述べています。そして、「帰還兵たちに面接調査しているとき、理解されたい、肯定してほしいという、口には出されないが切実なニーズに、私は兵士として心理学者として、そしてなによりひとりの人間として、つねに胸を衝かれるような思いをしてきた」と本書執筆の動機を語っています。
 第8部「アメリカでの殺人」では、兵士に対する研究の目をアメリカ社会に向け、社会全体で起こっている暴力を可能にする心理操作を告発しています。著者は暴力を可能にするには、
・古典的条件づけ(パブロフの犬)
・オペラント条件づけ(B.F>スキナーのラット)
・社会的学習における代理役割モデルの観察・模倣
の3つのプロセスがあるとした上で、全国の映画館やテレビの前で古典的条件づけが、対話型テレビゲームによってオペラント条件づけが、ハリウッド映画によって社会的学習が進んでいることが指摘されています。
 そして、アメリカ社会の「再感作」が必要であることを主張しています。


■ 個人的な視点から

 本書は、表紙が死体と思われる写真であるせいか、電車の中で読んでいるとギョッとされることがあったような気がします。また、タイトルも何やら変質者の心理を扱ったもののようで、本書の重要なメッセージである、戦争における兵士が受ける精神的ストレスの大きさ等は伝わりにくいように感じます。
 本書が別の出版社(筑摩書房)から、タイトルを『戦争における人殺しの心理学』に変更して再発された理由の一つには、内容とタイトル・表紙のミスマッチがあるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・戦争において兵士が受けるストレスに関心がある人。
・殺人マニアの心理状態に関心がある人は読まないほうがいいです。


■ 関連しそうな本

 デーヴ グロスマン (著), 安原 和見 (翻訳) 『戦争における「人殺し」の心理学』
 クリス ヘッジズ (著), 伏見 威蕃 (翻訳) 『本当の戦争―すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄』
 ロバート・K. レスラー (著), トム シャットマン (著), 相原 真理子 (翻訳) 『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』


■ 百夜百音

究極のベスト! 世良公則/ツイスト【究極のベスト! 世良公則/ツイスト】 ツイスト 世良公則 オリジナル盤発売: 2005

 「ザ・ベストテン」とかにも出ちゃうヒットチャートに登場する日本のロックの立ち位置を打ち立てたバンド。
 小学生でもものまねをしたものです。


『Twist』Twist

2006年5月13日 (土)

自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る

■ 書籍情報

自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る   【自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る】

  都甲 潔, 林 健司, 江崎 秀
  価格: ¥945 (税込)
  講談社(1999/12)

 本書は、カオスと並ぶ「複雑系」の二本柱の一つであり、ランダムから秩序へ、ミクロからマクロへと自分で組み上がってしまう現象である「自己組織化」が、どういうところで起こり、なぜ起こるのかを解説したものです。
 自己組織化には、平衡系(静的、目で見て時間的に変化していない)で生じる場合と、非平衡系(動的、ダイナミック)で生じる場合とがあり、多くの要素が集まって急激な変化が起こる「協同現象」などの「非線形」という概念が重要であることが述べられています。また、非平衡系における自己組織化においては、均等な状態からリズムやパターンが生まれるという共通の特徴があり、神経細胞における連続的インパルスの発生や、一定の時間感覚で溶液が赤と青に繰り返し変化する「ベルソフ・ジャボチンスキー(BZ)反応」等が紹介されています。
 生物に関する自己組織化の紹介としては、シャジクモ(車軸藻)の節間細胞に現れる「酸・アルカリバンドパターン」や「カルシウムバンドパターン」、自己組織化の例として必ず紹介される粘菌の生活サイクル、バラバラにしても元の形に再生するヒドラの驚異的再生力、脳における神経細胞間のネットワークの構築、植物の成長等が紹介されています。
 また、本書の後半は、複雑系の科学や人工生命、マイクロマシン、分子素子などの自己組織化から展開する現代科学の潮流を紹介しています。
 本書は、一般向けに科学をわかりやすく紹介する「ブルーバックス」シリーズとして、自己組織化という現象を知るイントロダクションとして最適の一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 複雑系やネットワーク理論などの科学系の読み物には必ず登場する自己組織化現象ですが、起こる現象ばかりに目を向けて「何か神秘的な不思議な現象」ということを強調するような書かれ方をすることもあります。確かに自然の神秘は人々の目を科学に向けさせる大切なきっかけではありますが、一歩間違うとオカルトめいた超常現象などの疑似科学にはまり込む恐れも十分にあります。
 その点で本書は、神秘的な現象の裏側を科学的に、しかもわかりやすく解説しています。理系離れが問題視される現在ですが、中高生だけでなく、ぜひ社会人の皆さんにもお奨めできる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・「自己組織化」のわかりやすいイントロダクションを探している人。


■ 関連しそうな本

 スティーブン ジョンソン (著), 山形 浩生 (翻訳) 『創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク』 2006年02月25日
 マーク・ブキャナン (著), 阪本 芳久 (翻訳) 『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』 2005年12月21日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『複雑ネットワークの科学』 2005年11月18日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日


■ 百夜百音

シングルズ【シングルズ】 甲斐バンド オリジナル盤発売: 2000

 さすがに世代が違うというか、自分の親よりは後の世代で、かつ自分よりは前の世代という感じです。
 なんという作品だったか忘れましたが、本宮ひろしが少年ジャンプで連載していたマンガで、登場人物が酔っ払って「HERO」を歌っていた場面を覚えています。
 子供心にも、「安奈」は演歌テイストが濃くてきつかった印象があります。


『KAI YOSHIHIRO Big History 1974-2000"STORY OF US"』KAI YOSHIHIRO Big History 1974-2000

2006年5月12日 (金)

テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか

■ 書籍情報

テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか   【テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか】

  エリ ノーム, トーマス・W. ヘイズレット, ローレンス レッシグ, リチャード・A. エプスタイン (著), 国際大学グローバルコミュニケーションセンター (翻訳), 公文 俊平
  価格: ¥2,940 (税込)
  NTT出版(2005/02)

 本書は、『フィナンシャル・タイムズ』に掲載された、情報通信産業の現状分析や望まれる政策的対応についての論評を、テーマ別に分類して訳されたものです。
 本書の構成は、5つの各章ごとにテーマが設けられ、それぞれ複数の書き手による論評が収められています。
・第1章 「なぜ通信産業はメルトダウンしたのか」
・第2章 「独占は本当に悪なのか?」
・第3章 「電波は誰のものか?」
・第4章 「情報を支配するのは誰か?」
・第5章 「インターネットは社会のルールを変えるのか?」
 雑誌の論評という性質上、時事ネタも多く、米国では話題になっていても日本ではなじみの薄いトピックも少なくないため、後から読むと、少し白けるところもあるかもしれませんが、その主張の論拠となっている考え方自体は、法学や経済学などのさまざまなバックボーンを持ち、普遍性を持つものが多いので、そこに目を向けることができれば楽しめるのではないかと思います。
 「ドットコム・バブル」以後のアメリカ経済、特に電子商取引や通信産業に関心がある人にはお奨めできる1冊です。
 また、著作権の議論で登場することの多い「アンチコモンズの悲劇」についても紹介されているので、レッシグ教授の一連の著作に関心のある人は必読です。
 さらに、地上波デジタル放送と大画面テレビブームに踊らされて、ついテレビ買い換えてしまおうかと思っている人も、日本でこれから行われようとしていることがどういう意味を持つものなのか、見極めるための材料にもなる1冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 個人的には、著者の2人目に名前が挙がっている「戦うサイバー法学者」レッシグ教授の名前に引かれて、本書を手にとってしまいました。レッシグ教授の著書ももちろん面白いですが、CNETに掲載されている日本語訳されたblogも要注目です。
http://blog.japan.cnet.com/lessig/
 このCNETのblogには、『Web2.0』の著者として知られる梅田望夫氏の「英語で読むITトレンド」というblogも掲載されていました。


■ どんな人にオススメ?

・NHK再編問題など「放送と通信」に関する話題に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 エリック ブラインジョルフソン, ブライアン カヒン (編著), 室田 泰弘, 平崎 誠司 (翻訳) 『ディジタル・エコノミーを制する知恵』 2005年03月10日
 カール シャピロ, ハル・R. バリアン (著), 千本 倖生, 宮本 喜一 (翻訳) 『「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針』


■ 百夜百マンガ

借王(シャッキング)―バブル崩壊【借王(シャッキング)―バブル崩壊 】

 人気Vシネマの原作です。最初はなんて読むのか分かりませんでした。
 銭金モノのドラマは、書くのが難しい反面、どうしても人をひきつける魅力を持っているようです。

2006年5月11日 (木)

遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成

■ 書籍情報

遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成   【遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成】

  橋本 毅彦, 栗山 茂久
  価格: ¥3990 (税込)
  三元社(2001/08)

 本書は、「時間規律の近代日本における起源」、すなわち「われわれが当然のこととして受けとめている時間厳守の行動様式」を、「明治以来このかた百数十年の間、日本人はいつごろどのような経緯を経てそのような時間規律を身につけるようになったのか」という問題を考察したものです。
 この問題でもっとも大きな影響を持つのは鉄道です。江戸時代の人々は、半時(30分)ぐらいを単位として生活していたのに対し、10分以下の単位での時間厳守を求めています。また、鉄道を運営する側にも、定時運行のための時間厳守が求められます。明治前期の「提示」の考え方は、運行間隔に余裕があることから、まだ大らかであったのに対し、輸送量と列車運行密度の上昇、各鉄道間における連結輸送の本格化によって、時間認識に変更が迫られたことが述べられています。
 この定時運行の確保は、1930年代には国有鉄道の分秒単位の時間管理に発展して行きますが、ここには、1920年代の国有鉄道への資本投資の本格化によって、目覚しく進展したイノベーションの存在があります。当時、民間企業においてもテイラーの科学的管理のシステム導入が見られ始めた時期ですが、「わが国のタイム・スタディ、モーション・スタディの研究と応用の系譜では国有鉄道のそれが断然群をぬいていた」ことが述べられています。そして、「国有鉄道合理化の唱道者たちは、テイラー主義を肯定し、その枠内に労働者をしっかり組み込むことによって自動連結器の付替えという大事業に労働者の全面的協力を引き出すことに成功した」ことが、自動連結器取付けの工場別の対抗競技の開催の例を挙げて述べられています。
 第4章「二つの時刻、三つの労働時間」では、時計を持つことができる者の「定時法」の時間と、時計を持たない農民層の「不定時法」の2つの異なる時間体系の存在とともに、都市職人型の労働時間と農村型の労働時間、そして、第3の労働時間として官庁の勤務時間の3つの労働時間が紹介されています。本書では、海軍兵器局工場の例から、都市職人は定時法による15分刻み程度の精度での時間間隔を身につけ、1日10時間程度の労働時間で働いていたのに対し、農村の労働時間は、日の出から日没まで、あるいは不定時法の明け六つから暮れ六つまで(11時間ないし15時間46分)という江戸時代の農村における一般的な労働時間をとっていたことが示されています。一方、官公庁は、午前8時から午後2時まで(または、午前9時から午後3時まで)の6時間の勤務時間が一般的であり、更に夏季には、午前8時から正午までの4時間に短縮されています。本書はこれを、大久保利通が薩摩藩で役所に出ていた時期の日記などを元に、幕末の藩庁の勤務時間と大差ないのではないかと考え、「武士の勤務時間」とでも呼ぶべき労働時間の観念があったのではないかと述べています。この後、明治19年頃にかけて、府県庁まで含めた官庁の勤務時間が9時から5時、あるいは6時の概ね8時間体制に「改革」されていったとしています(ただし、夏季半休制度はその後も存続し、大正11年の閣令で定められた官公庁の勤務時間の規定でも「7月21日から8月31日までは、午前8時から正午まで」とされています。)。著者は、「四民平等と唱えられ、江戸時代の身分制度は崩されたものの、階層や都市・農村の別によって、全く異なる時刻体系や時間感覚、そして労働時間の習慣が並存していた」と述べています。
 この他、第5章では、製糸産業において紡績工場の終業時刻を知らせる時計を一帯の工場がグルになって遅らせていたという話や、庶民レベルでの時間規律の浸透を図る「時の記念日」の制定、日本人の労働形態がだらだら型の蒲鉾の形であるのに対し、欧米人の労働形態がメリハリ型で羊羹の切り口の形である、という大正期の指摘などを紹介しています。
 本書は、日本人の時間意識の形成というテーマとともに、現代の公務員まで脈々と受け継がれている「お上意識」のルーツが、江戸時代の「武士の勤務時間」まで遡ることができることを示している点でも興味深いものです。


■ 個人的な視点から

 本書の第11章「農村の時間と空間――時間地理学的考察」では、現代の農村における時間感覚を分析しています。この中で興味深いのは、「農村は眠らない」ということです。「24時間都市」という言葉があるように、「都市は眠らず、24時間絶え間なく活動が続く」のに対し、「田舎の夜は早い。日暮れとともに火の消えたように寝静まってしまう」というイメージで捉えられがちですが、実態としては、大都市の夜間外出率は意外と高くないことが述べられています。これは、大都市が鉄道を中心とした公共交通機関に依存しているために、帰宅時間が終電に制約されていることが理由の一つとして挙げられています。
 一方、地方都市や農村では、男性は、平日の午後6時からの外出が増え、8時にピークを迎え、10時以降急速に下がっています。一方、女性の場合も夜の時間の外出が活発であることが示されています。内容としては、男性は、酒場か寄り合いで一杯やっていることが多く、女性はママさんバレーなどのレジャーが目立っています。
 都市と農村におけるこのような夜の活動の差は、特に夫の場合は通勤状況の違いが原因とされます。農村部での平均帰宅時間が午後7時半であるのに対し、都市部では8時半と1時間ほどの差があります。
 著者は、このようなギャップは、大都市の空間構造がもたらす人々の活動空間の分裂にあるとしています。一方で、農村においてはモータリゼーションの進展によって、人々の活動の空間的時間的自由度が極めて高くなったことが、活動機会の活発化をもたらしていると述べられています。
 こうしてみると、活動機会が比較的コンパクトな空間に収まっている地方都市や農村の生活の豊かさをもっと評価してもよいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・お役人の時間感覚のルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 織田 一朗 『日本人はいつから〈せっかち〉になったか』
 富井 規雄 『列車ダイヤのひみつ―定時運行のしくみ』


■ 百夜百マンガ

銭っ子【銭っ子 】

 『ドカベン』に代表される野球マンガの大家ですが、貧乏を描く筆致にも気迫がこもっています。
 『ドカベン』で、畳を運ぶ大八車に病気のおじいちゃんを乗せて連れて行くも、あちこちの病院で断られる場面があったような記憶があります。

2006年5月10日 (水)

フロー体験 喜びの現象学

■ 書籍情報

フロー体験 喜びの現象学   【フロー体験 喜びの現象学】

  M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳)
  価格: ¥2,548 (税込)
  世界思想社(1996/08)

 本書は、「困難ではあるが価値のある何かを達成しようとする自発的努力の過程で、身体と精神を限界にまで働かせきっている時に生じる」最良の瞬間に、本人が感じている「フロー」と呼ばれる感覚について解説したものです。
 フローとは、「一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすような状態」と定義されています。
 著者は、ロッククライマーやダンサー、外科医、チェスプレイヤーなどさまざまな人々からの調査面接をもとにフロー体験を抽出しています。多くの人々が、自分が最高の状態の時にどのように感じたかを説明する時に、「流れているような感じだった」「私は流れに運ばれたのです」と述べています。そして、「その状態を達成している人々は、より多くの心理的エネルギーを彼ら自身が選んだ追求目標にうまく投射してきたので、より強い自信のある自己を発達させているのである」と述べられています。
 フロー体験には、大きな身体的努力や高度に訓練された知的活動を必要とし、熟練した能力が発揮されなくては生じない、とされています。「フローの継続中は意識は滑らかに働き、一つの行為は次の行為へと滞りなく続いて」いき、フローの状態にあるときは、自分の行為の必要性についての疑問や批判的な評価を省みる必要はなくなると述べられています。
 この他本書では、ゲームやスポーツ、仕事におけるフロー体験の位置づけについて述べられています。作曲・ロッククライミング・ダンス・航海・チェスなどのフロー活動が、楽しい体験を生むことをその基本的機能としていることや、仕事が常に不愉快なものであるばかりでなく、楽しいものであり得ること、経営者や管理職は事務職や工場労働者よりもかなり多く仕事中にフロー状態にあったこと等が述べられています。
 また、「自己目的的な自己」(潜在的な脅威を楽しい挑戦へと変換し、したがって内的調和を維持する自己)を発達させるルールとして、
(1)目標の設定
(2)活動への没入
(3)現在起こっていることへの注意集中
(4)直接的な体験を楽しむことを身につける
の4点を挙げています。
 本書は、同じ著者による『楽しみの社会学』と合わせて、フロー体験について関心がある人にとっては必読書となるものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の中でフロー体験の一つの例として、日本の暴走族の例が挙げられています。
 「俺たちみんなの調子が合った時、何かが分かるんだ。(中略)……みんなの心が一つになる時なんだ。そんな時はとても楽しい。……俺たちみんなが一つになった時、何かが分かるんだ。……突然『ああ俺たちは一つなんだ』って。そして『思いっ切り飛ばせたら本当の走りになる』って思う。……俺たちが一体になっていることが分かった時は最高だぜ。(後略)」
 暴走族に関する心理学的研究としては、佐藤郁哉『暴走族のエスノグラフィー』がありますが、本書の参考文献リストには、佐藤氏の論文(英語)が確かに挙がっています。
 それにしても、この文章は翻訳者が頑張ったのか、元の日本語の文献があったのか、気になるところです。


■ どんな人にオススメ?

・何かに夢中になってしまう人。


■ 関連しそうな本

 M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳) 『楽しみの社会学』 2005年02月08日
 佐藤 郁哉 『暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛』
 田尾 雅夫 『組織の心理学』
 二村 敏子 (編集) 『現代ミクロ組織論―その発展と課題』 2005年03月26日
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日
 金井 寿宏, 高橋 潔 (著) 『組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト』 2005年04月27日


■ 百夜百マンガ

100億の男【100億の男 】

 TVドラマにもなった割には印象の薄い作品なのは、なんとなく先が読める展開のしょぼさにあるような気がします。
 同じ作者が『アローエンブレム グランプリの鷹』も描いてた人だというのは意外なところです。

2006年5月 9日 (火)

チャータースクールの胎動―新しい公教育をめざして

■ 書籍情報

チャータースクールの胎動―新しい公教育をめざして   【チャータースクールの胎動―新しい公教育をめざして】

  チェスター・E.Jr. フィン, グレッグ バネリック, ブルーノ・V. マンノ (著), 高野 良一 (翻訳)
  価格: ¥3990 (税込)
  青木書店(2001/08)

 本書は、アメリカで起きた教育に関する大きなイノベーションである「チャータースクール」について、その失敗も含めて、改革の動向を生々しく紹介しているものです。
 本書は、チャータースクールの定義を、「選択制の独立した公立学校で、結果に責任を持つ以外は諸規則から自由になれる」ものという簡単な定義を出発点としています。チャータースクールとこれまでの公立校の違いは、
・おおよそ誰にでも創設しうる。
・ほとんどの州および地方の諸規則の適用を免除され、運営は基本的に自律的である。
・家族が選択して、その子どもたちを通わせる学校である。
・そこを選んだ教育者たちが教職員となる。
・満足な成果を上げなければ閉鎖されることに従わねばならない。
という5つの点で差異化できるとしています。ここで、「チャーター(認可状)」とは、「それ自身は正式で、法的な文書であり、学校を立ち上げ運営する主体とそうした学校を認可し監査する公共団体との間で交わされる契約とみなされる」としています。
 本書は、チャータースクールが、アメリカ教育で見慣れた、歴史的にも検出できる特徴として、
(1)地域社会に根付いている。
(2)義務教育(K-12)ファミリーの中で、従兄弟ともいうべき位置にある。
(3)教育問題や教育機会に対する典型的なアメリカ人的な対応(制度的な革新や順応)の賜物である。
の3点を有しているとしています。
 本書は、公立学校に関する「旧説」と「新設」を以下のように対比しています。
○旧説
・その1:公立学校は、行政機関のひとつであり、官僚的な行動様式により運営される。
・その2:公立学校制度はほぼ独占状態にあり、規格化された学校を通じて教育が提供されている。裕福な層のみが、代替的な教育機会をたやすく手にする。
・その3:教育の質は、投入、資源、規則の遵守を基準として測定されている。結果によってアカウンタビリティを果たすという考えは存在しない。
・その4:権力は、生産者の手に握られている。消費者の手にではなく。
○新説
・その1:「公立」学校は、市民に開かれ、市民が負担し、市民に対してアカウンタビリティを負う、あらゆる学校のことである。政府によって設立運営される必要はない。
・その2:公立学校は、異なる多様な方式によらねばならず、すべての家庭がそれらの中から選ぶことができなければならない。
・その3:最も重要なことは、学校が所有する資源や遵守せねばならない規則ではなく、学校が生み出す成果である。
・その4:各学校は、親や教師が重要な役割を果たし、自己管理されるコミュニティである。
 本書では、米国内のチャータースクールの動きだけではなく、イギリスの同様の学校(国庫直接補助学校)や、地方の教育委員会を廃止したニュージーランドの学校運営方法、また、日本におけるチャータースクール研究の動きも紹介されています。
 本書は、教育そのものに関心がある人はもちろん、新しい政府の役割に関心がある人にとっても、具体的な動きとして見逃せない1冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の思想の背景には、オズボーン=ゲーブラーの『行政革命』も紹介されていますが、実際には、さまざまな歴史的経緯や思想的な背景を持っているようです。
 お題目だけ聞くと良いこと尽くめのような印象を受けますが、どのチャータースクールも共通して財政的な問題(プレハブ校舎など)や人的資源の不足に直面しています。特に、やる気があるがゆえに、教職員のバーンアウトの問題は深刻なようです。
 また、本書後半の10の反対意見も読み応えがあります。
1.チャータースクールは、従来の公立学校から資金と生徒を奪う。
2.チャータースクールには過度のリスクが伴う。
3.チャータースクールはアカウンタビリティをまともには発揮できない。
4.チャータースクールは従来の学校とあまり違わない。
5.チャータースクールはもっとも恵まれた子どもたちを「選別し」、最も貧困な子どもたちを切り捨てる。
6.チャータースクールは障害を持つ子供たちにとって必ずしもふさわしくない。
7.チャータースクールはアメリカ社会をバルカン半島のように分裂させ、我われを結びつけている主要な制度を弱体化させる。
8.チャータースクールは、公教育を金儲けの手段にする人々を誘発する。
9.チャータースクールは、バウチャー制導入の隠れ蓑である。
10.チャータースクールの影響は部分的なものにとどまる。
 どれももっともなように聴こえますが、これに対する真摯な反論こそが本書の価値ではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・新しい公教育のあり方に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 鵜浦 裕 『チャーター・スクール―アメリカ公教育における独立運動』 2006年03月31日
 金子 郁容 (編著), 玉村 雅敏, 久保 裕也, 木幡 敬史(著) 『学校評価―情報共有のデザインとツール』 2005年02月25日
 金子 郁容, 渋谷 恭子, 鈴木 寛 『コミュニティ・スクール構想』 2006年04月06日
 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日
 藤原 和博 『公立校の逆襲 いい学校を作る!』 2005年06月17日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日


■ 百夜百マンガ

ミナミの帝王【ミナミの帝王 】

 『ナニワ金融道』のヒットとの相乗作用で同じ時期に話題になりました。
 とは言え、この手の雑誌のマンガはやっぱりきついです。

2006年5月 8日 (月)

不滅の「役人天国」

■ 書籍情報

不滅の「役人天国」   【不滅の「役人天国」】

  斐昭
  価格: ¥1000 (税込)
  光文社(2005/10/01)

 本書は、『週刊文春』に2003年8月から2004年12月まで連載されていた、「サボっている役人の姿を隠し撮り」企画を元に、連載打ち切りで回ることができなかった富山県、長崎県、兵庫県などの写真を加えて出版したものです。
 本書に収められているのは、主に全国47都道府県庁で職員たちが昼休みにロビーなどで昼寝をしている姿か、喫茶店や喫煙コーナーでさぼっている姿です。これらの写真に、それぞれの土地で起きた公務員がらみの不祥事の記事を絡める、というのが基本パターンです。
 この記事でインパクトがあったものとしては、長野県庁の屋上にたむろして煙草を吸っているところが週刊誌に掲載され、県庁の敷地内が全館禁煙になったというものがあります。行き場を失った「タバコ難民」は県庁の周りで「不良少年のようにコソコソとタバコを外で吸うようになった」という写真も掲載されています。
 しかし、多くの記事は、裏をとっていないようで、写真だけ撮ってキャプションは想像でおもしろおかしく書いているだけのような記事が目立ちます。例えば、青森県の記事では、アニータ事件で有名になった住宅供給公社のオフィスに入ってみたものの、すぐに出てきてしまったことが記事にされています。そのため、「仕方なくアニータと元公社職員との関係を想像してみることにした」と、自分の想像で原稿用紙を埋めています。その他の記事でも、「きっと」や「ちがいない」という類の憶測による記述が目につきます。千葉県の記事では、アクアラインの値下げに関して、「これで値下げすれば、市の財政はひとたまりもないほど打撃を受けますが」という記述がありますが、市役所がアクアラインの運営でもしているのでしょうか。
 全体として見ると、現地の都道府県庁に着いたら、喫煙コーナーと昼休みの昼寝スポット(ロビーとか)、売店、食堂周りの写真を撮り、その写真に合わせて、適当に検索したその土地の不祥事の記事をいくつかピックアップして1週分の記事にしているようです。中には当たりの記事もあるのですが、多くはマンネリ化したワンパターンな記事なので、喫煙コーナーと昼寝の写真だけ見せられてもどこの県の記事であっても変わりがありません。著者本人は、全国制覇をしたかったのだと思いますが(取材先での歓楽街めぐりの記事も出てますが)、週刊誌サイドとしては、毎週代わり映えのしない写真、足で稼いだわけではない、記事データベースや感想文レベルの記事だけでは、連載を続けるのは苦しかったのではないかと想像します。
 著者は、「フォト・ジャーナリスト」という肩書きですが、取材先で実際に話を聞いてきたような記述は、タクシーの運転手などが目立ちます。秋田県の記事では、飲み屋でホステスから聞いた話が文面の4割ほどを占めています。
 隠し撮りが得意な「シャイなジャーナリスト」の手による、オッサンたちのタバコと寝姿の写真を見るのが好き、という方にはお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 東京都の記事では、石原知事の「三国人発言」を受けて、終始攻撃的な内容です。特に、外国人の地方参政権に関連した話が半分くらいを占めています。
 しかし、著者の個性が出ている記事はこの他にはほとんどないかもしれません。他の記事は、同じ光文社から出ている写真週刊誌『FLASH』を連想させるような、少し立ち位置をずらし、一歩引いたような書き振りばかりです。その視点は、まさしく隠し撮りの場所からの視点といっていいかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・隠し撮りしたオッサンの寝姿を見るのが好きな人。


■ 関連しそうな本

 塩沢 茂 『地方官僚 その虚像と実像』 2005年08月01日
 中国新聞社編 『ルポ地方公務員』 2005年08月17日
 吉富 有治 『大阪破産』
 中野 雅至 『はめられた公務員』 2005年05月26日


■ 百夜百マンガ

銭ゲバ【銭ゲバ 】

 見ると辛くなる表現の多いジョージ秋山の作品の中でも身につまされる作品です。
 そういえば「ゲバ」ってゲバ棒のゲバですね。「金こそ力」という意味なのでしょうか。

2006年5月 7日 (日)

人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考

■ 書籍情報

人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考   【人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考】

  トニー ブザン (著), 田中 孝顕 (翻訳)
  価格: ¥1575 (税込)
  きこ書房(2000/04)

 本書は、マインドマップの産みの親であるトニー・ブザン氏自らの筆による、マインドマップの解説書です。
 著者は、よく使われる「記憶力のよい人」という表現は適切ではなく、「想起力のよい人」、つまり脳の膨大な記憶の中から、必要な時に必要な記憶をサッと引き出せる人であると述べています。そして、この想起力を高めるのが、著者が推奨するマインドマップによって身につけることができる「放射思考」なのです。著者はマインドマップの効能を、「放射思考をマスターすると、それまでの自分とは一つも二つも次元が違った自分になっていることに気づくはずだ。能力が開発されるに従って視界が広がり、より遠く、より広く、より深いところまで容易に見えるようになっていくからである。そして想起力も高まる。つまり、世間一般でいわれる記憶力が高まるのである。」と述べています。
 著者がマインドマップの開発を思い立ったのは、右脳と左脳の両方を使いこなすべきである、という大脳生理学の情報をきっかけに、「記憶を向上するために、最も重要なのは"関連づけ"と"強調"だ」という自らの大学での講義内容を実践したノート作りをしたことだと述べられています。
 では、マインドマップ以前の箇条書きのノートにはどんな弊害があったのでしょうか。著者はその弊害を、
(1)キーワードが不明瞭
(2)記憶が抑制される
(3)時間の浪費
(4)創造的思考を抑制する
の4点であるとしています。
 著者は、「マインドマップ」というネーミングの意味を、「脳の地図を描く」ことであるとしています。具体的には、一枚の紙の中心にテーマを描き、それに関連する情報・発想・アイデアを枝を伸ばすように放射状に描いていきます。中央に描かれたイメージから伸びる太い枝は「BOI(主要枝)」と呼ばれますが、これを探すには、
・テーマに対して、どんな知識が必要かを考える。
・一冊の本を作るつもりで、どんな章立てにするかを考える。
・目的をできるだけ具体的に思い浮かべる。
・テーマに対して、最も重要だと思われる分野を七つぐらい思い浮かべる。
・基本的な問いかけを最初の太い枝(BOI)に配してもよい。
という方法があると述べています。
 本書の後半は、マインドマップを描く上での心構えとして、
・受け入れよ(ACCEPT)
・用いよ(APPLY)
・応用せよ(ADAPT)
の「3つの"A"」が挙げられています。また、マインドマップ作りのテクニックとして、
(1)イメージを強調する。
(2)関連づけを盛んにする。
(3)わかりやすく仕上げる。
(4)自分だけのマインドマップを追及する。
などの他、レイアウトのテクニックなどもあわせて紹介されています。
 また、マインドマップ作りで陥りやすい罠として、
(1)にせもののマインドマップを作ってしまう。
(2)言葉よりもフレーズがよいと考える。
(3)乱雑なノートで、なぜ悪いのか?
(4)自分のマインドマップが気に入らない。
の4点を挙げています。
 本書は、最近、同著者による別の著作などをきっかけにブームになったマインドマップに関する原点ともいうべきものであり、著者の熱意が伝わってくる1冊です。


■ 個人的な視点から

 『人生に奇跡を起こす~』というタイトルは、何やらラピス・ペンダントなどのまがい物っぽいイメージを想起させてしまうので、私もトニー・ブザン氏を知らなければ本書を手にすることはなかったかもしれません。
 その意味で、流行っている本のタイトルだけ真似ることのリスクは大きく、特に翻訳ものの場合は、元々真面目なきちんとした内容のものなのに、流行ものの軽薄なタイトルを付けたためにタイトルだけで敬遠されてしまうことになるのは非常にもったいないことだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・最近マインドマップという言葉を知った人。


■ 関連しそうな本

 トニー・ブザン (著), 神田 昌典 (翻訳), バリー・ブザン 『ザ・マインドマップ』
 中野 禎二 『マインドマップ図解術―即効!仕事と人生の可能性を拓く』
 トニー ブザン (著), 佐藤 哲, 田中 美樹 (翻訳) 『頭がよくなる本』
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 川喜田 二郎 『発想法―創造性開発のために』 2005年08月27日
 ウィン・ウェンガー , リチャード・ポー (著), 田中 孝顕 『頭脳の果て』


■ 百夜百音

STARGAZER/OVERLAP【STARGAZER/OVERLAP】 杉真理 オリジナル盤発売: 1983

 グリコのポッキーのCMで使われた「バカンスはいつも雨(レイン)」が有名な人です。いい曲だし、いいCMでした。
 ポッキーといえば、「ポッキー四姉妹物語」(清水美砂(すなみ役)、牧瀬里穂(ちなみ役)、中江有里(こなみ役)、今村雅美( えなみ役))ですが、このCMは大ヒットして、映画化もされています。


『四姉妹物語』四姉妹物語

2006年5月 6日 (土)

上達の法則―効率のよい努力を科学する

■ 書籍情報

上達の法則―効率のよい努力を科学する   【上達の法則―効率のよい努力を科学する】

  岡本 浩一
  価格: ¥714 (税込)
  PHP研究所(2002/05)

 本書は、仕事でも趣味でも、新しい知識や技術・技能の習得に関して、「なにをやっても、しばらくするとある水準まで上手になる人」が体得している「上達の法則」を把握することで、効率のよい努力の方法を薦めているものです。
 上達という現象としてイメージしやすいものとして、著者はクルマの運転の例を挙げています。運転免許取得後、ある程度運転を重ねると、「加速感覚」「車間距離」「車両感覚」などが身につくことで、「はじめはあれほど思考に負荷の強い動作や判断を要したものが、雑談をしながらでもできるようになる」のです。
 本書において、上達という現象の肝となっているのは、「コード化」と「スキーマ」です。コード化とは、「技能を修得する過程で、それまで無意味処理されてしまっていた刺激が有意味処理されるようになり、意味のある単位で認識されるように」なることで、それぞれの意味に適した「準言語化処理」が行われて意味が認識されるようになることと述べられています。また、スキーマとは、認知心理学で多用される概念で、元々「枠組み」という意味を持ち、知覚、認知、思考が行われる枠組みを指します。上級者は中級者に比べて、全般的にスキーマがよく形成されているとされています。
 著者は、人間の記憶の方法との関連から、「上達した状態」を、
(1)技能に必要な宣言型知識と手続き型知識が豊富に長期記憶に蓄えられていること。
(2)必要な知識が、必要に応じて長期記憶から検索できること。
(3)検索できた長期記憶が、ワーキングメモリで有効に用いられること。
であると述べています。
 そして、上級者の長期記憶は、効率よくコード化されているために、一つのチャンクに収まる意味の量が多く、同じ量の知識を取り出しても、それが占有するワーキングメモリの容量が少なくすみ、また、目の前の状況判断をするにも、コード化能力が進んでいるために、ワーキングメモリの容量的余裕が大きく、「ながら」行為に充てることができることが述べられています。
 この他、このコード化能力とワーキングメモリの容量の関係から
・上級者のほうが細部へのこだわりがある
・イメージの発生・勘が働く
・他者を見る眼が変わる
・他者の個性に敏感で、模倣もできる
などの上級者の特性を説明しています。
 本書の後半では、上達の方法論として、得意なものにこだわり、「一点を中核とした認識を多種繰り返すことによって、練った形で」全体鳥瞰を獲得することが有効であることや、未熟だからこそ、相対的に少ない練習量・経験量を有効に血肉にするために理論的思考を身につけることが必要であること等が述べられています。
 また、上達の途中で陥りやすいプラトー(高原)型のスランプについては、技能が一定のレベルまでは達して、次の飛躍をするために、
(1)知識の整理
(2)技能の安定化
(3)技能とコードの連合の密接化
(4)チャンク容量の増大
(5)コードシステムの高度化
等の準備をしている時期であると述べています。
 本書は、上達のためのノウハウそのものを教えてくれるものではありませんが、上達の仕組みを判りやすく伝えてくれるものであると思います。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている「上達した人の特徴」の中に、「他者への評価をすぐに表に出さない」というものがあります。著者は、その理由として、
・他者の力量がいろんな手がかりから読めるようになっているから、黙っていても自分の力量が同僚に読み取られていることがわかっている。
・コードのシステムが複線型に形成されているので、自分がこの先、さらに進境があれば、現在の評価スキーマそのものが変わる可能性のあることを承知している。
・自分と同じように努力しつつある他者についても好意的な感情移入を感じる場合があり、特に、ネガティブな評価を表明することに躊躇いを感じる。
等を挙げています。
 現実には、趣味の世界のみならず仕事の世界でも、他者の評価を語ることが大好きな人というのはいるものです。そういう人から、「○○さんのやり方はぜんぜんダメだよね。皆もそう言っているよ。」と同意を求められることほど辛いものはありません。相手は悪気がなく、自分の意見や感情を共有したいという素直な気持ちなのでしょうが、そういうのは、テレビドラマの批評くらいにとどめておいて欲しいものです。


■ どんな人にオススメ?

・何か一つでも得意なものを作りたい人。


■ 関連しそうな本

 斎藤 孝 『「できる人」はどこがちがうのか』 2005年05月14日
 久恒 啓一 『図で考える人は仕事ができる』 2005年08月13日
 金井 壽宏 『仕事で「一皮むける」 関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』 2005年04月25日
 岡本 呻也 『「人間力」のプロになる―誰もここまで教えてくれなかった仕事ができる人の基本メソッド』 2005年05月03日


■ 百夜百音

ローリング・ドドイツ【ローリング・ドドイツ】 モダンチョキチョキズ オリジナル盤発売: 1992

 30年ぶりくらいに上野動物園に行ったので、小林旭の「恋の山手線」をカバーしたモダチョキに注目してみました。
 と言っても若い人にはアシタマニアーナの人としかわからないと思います。


『浜口庫之助カヴァーソングス~ポップス編~』浜口庫之助カヴァーソングス~ポップス編~

2006年5月 5日 (金)

ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論

■ 書籍情報

ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論   【ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論】

  ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  早川書房(2004/12)

 本書は、現代科学の全分野に影響を与えている10の「深遠なアイデア」を紹介しているものです。ここで、「ガリレオの指」とは、「科学研究が新しい方向へ進みだした転機を象徴」するものとして扱われています。

○1 進化:進化は自然選択によって生じる。
○2 DNA:遺伝形質はDNAに暗号化されている。
 「物質に生命を授けるのに必要な要素は何なのだろうか?」という極めて根源的な疑問に対しての答えが、2つの波として登場し、その一つが、博物学者と地質学者の観察から導かれたものであり、もう一つは、「科学の目をもつモグラたちが、外見という地面の下を掘り、多様な生命の分子的な土台を見出した」ものであることが述べられています。
 進化論の巨人であるダーウィンの有名なガラパゴスへの船旅に関しても、当初彼がその重要性に気づかず、「こんなにも人の役に立たない熱帯の島々」は考えにくいを記録していたことが紹介されています。そして、ガラパゴス諸島にダーウィンの乗るビーグル号が立ち寄った理由も、一区間の航海に必要な肉として、特産であった巨大な陸ガメを捕獲するためであったことが述べられています。
 また、同じ時代に遺伝の本質を理解していた唯一の修道士であったメンデルについては、大学時代に科学と数学を学び、これが将来の遺伝に関する計算をするうえで役に立ったことや、生物学の成績が特にひどかったことなどが紹介されています。

○3 エネルギー:エネルギーは保存される。
 本書のタイトルに直結するガリレオの貢献について述べられています。ガリレオは、「権威の足かせを振り払い、観察結果に目を開いて、アリストテレスによる事象の説明の間違いを実験によって証明」するという大きな貢献を成し遂げ、このことが、抽象化と理想化の威力を明らかにし、科学の大きな転換点となったと述べられています。

○4 エントロピー:いかなる変化も、エネルギーと物質が無秩序へと無目的に崩壊した結果である。
 熱力学第二法則が象徴している重要な概念である「世界が衰えつつあり、無目的に崩壊へと――エネルギーの質の低下へと――向かっている」という考えが、ヴィクトリア朝時代の人々をうろたえさせた様子が語られています。また、熱力学第二法則を象徴するものとして、プラハにある機械式の天文時計が紹介されています。

○5 原子:物質は原子でできている。
○6 対称性:対称性は条件を絞り込み、指針となり、力となる。
 第5章と第6章の二段階にわたり、「物質の本質、すなわりこの世の形あるものすべてを構成している要素について、科学は何を明らかにしているのだろうか?」という問いに答えています
 第5章では、表面的なレベルとして、化学の議論の共通言語である「原子」という概念がどのように登場し、これらのそれぞれが「化学的性質」を持つ理由を明らかにしています。本章では、「原子説」の産みの親であるドルトンの科学天秤を用いた分析の功績や、その後、電気分解によって次々と新しい元素の発見が相次ぎ、よそ者が次々とこの領域に乱入してきたことに憤慨したドルトンが、元素記号の表記について同僚と言い争っている時に卒中の発作で倒れたことなどが紹介されています。さらに、初期の元素周期表を生み出したメンデレーエフが、夢のなかで周期表を発見した話や、トランプに元素記号を書いてソリテアをしていたなど、ありそうな逸話が生み出されたことなども紹介されています。
 第6章では、「物質という概念の井戸をどこまでも掘り下げ」、科学が概念の抽象化を進める上で、対称性が与えてくれるパワーについて紹介しています。ここで、「ある物体が対称性をもつ」とは、「それに対してある操作――『対称操作』という――をしても見かけが変わらない場合」を言います。本章では、この対称性を鍵に、「大統一理論(GUT: grand unified theory)」までが紹介されています。

○7 量子:波は粒子のように振る舞い、粒子は波のように振る舞う。
 本章では、19世紀までの古典物理学に進入してきた「ウイルス」である量子論が、「粒子や波や軌跡のように古典物理学がこよなく愛した概念を奪い去ったばかりか、既に定着していた現実世界の仕組みに対する理解を粉々に打ち砕いた」様子が紹介されています。そして、「量子力学」ほど徹底的かつ厳密に検証された理論は他にもなく、この理論が見事な技巧と説得力を持って利用されている(アメリカの国民総生産の30%が量子力学を何らかの形で利用して生み出されている!)にもかかわらず、100年にわたる議論を経てなお、量子論何たるかが誰にもわかっていないという問題があることが指摘されています。
 そして、この量子論によって、古典物理学を覆っていた塵が取り払われ、その中から「はるかに単純で、美しく、納得のいく世界」が現れたことが紹介されています。

○8 宇宙論:宇宙は膨張している。
 本章では、宇宙論の発達によって、それまで「世界の中心にいると思っていたわれわれが、科学の発見によって次々と屈辱を味わい、特別な地位を失って脇役へと弾き飛ばされていったさま」が語られています。
 また、現在大成功をおさめているビッグバン理論に関する5つの問題――膨張の起源、地平線問題、平坦性問題、単極子が見つからない問題、大規模構造の存在――が極めて深刻な問題として紹介されています。

○9 時空:時空は物質によって曲げられている。
 本章では、1907年にミンコフスキーが講演で語った「今後、空間そのものや時間そのものは次第に姿を消してただの影となる運命にあり、両者のある種の結合体だけが一個の実在であり続けるでしょう。」という言葉に登場する「空間と時間の結合体」である「時空」について語られています。
 また、現代物理学で解決できていない大問題の一つとして、一般相対性理論と量子論を統合した「量子重力理論」の問題についても紹介されています。ここで紹介されている「プランクスケール」では、時空が連続体ではなく泡のようなものであると述べられていて、「われわれの世界の認識に革命を起こす見込みがある」と紹介されています。

○10 算術:算術は無矛盾ならば不完全である。
 本章では、「人間の頭脳が生み出した最高の発明のひとつ」として、合理的思考の局地であり、科学的推論を経験に匹敵するほど厳密なものにする数学について述べられています。
 そして、ゲーデルの登場によって、「われわれの使っている公理系が、命題の真偽を決定するには不十分であると結論せざるを得なく」なったこと、すなわち「数学は不完全なのである」ということが述べられています。
 本書は、科学読み物に関心がある大人はもちろん、まだ将来の道を決めかねている中高生にぜひ読んでもらいたい(中身はもちろん簡単ではありませんが)一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の巻頭には、フィレンツェの科学史博物館に保存されているガリレオの亡骸から切り取られた中指の写真が掲載されています。

ガリレオの指

 この指の入った容器の台座には次のように記されているそうです。
"Leipsana ne spernas digiti, quo dextera coeli mensa vias, nunquam visos mortalibus orbes Monstravit, parvo fragilis molimine vitri Ausa prior facinus, cui non Titania quondam Sufficit pubes congestis montibus altis, Nequidquam superas conata ascendere in arces."

「この指の遺物を軽んじてはならない。この右手が天空の軌道を調べ、それまで見えなかった天体を人々に対し明らかにした。もろいガラスの小さなかけらを作ることで、太古の昔に若き巨人たちの力をもってしてもできなかった偉業を大胆にも初めてしてのけたのだ。巨人たちは、天の高みへ登ろうと山々を高く積み上げたものの、空しく終わっていたのである。」


■ どんな人にオススメ?

・理科や数学がなんの役に立つのかと思っている中高生。


■ 関連しそうな本

 ピーター アトキンス (著), 細矢 治夫 (翻訳) 『元素の王国』
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』
 マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーク ブキャナン (著), 水谷 淳 (翻訳) 『歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか』 2005年12月15日


■ 百夜百音

LOVE IS BUBBLE【LOVE IS BUBBLE】 BONNIE PINK オリジナル盤発売: 2006

 「世界は泡のようなものである」と言ってもこの曲には関係ないと思いますが・・・。
 昔、うちのサークル出身のバンドのアルバムに、同じレコード会社ということでコーラスで参加してました。


『Bonnie´s Kitchen #1』Bonnie´s Kitchen #1

2006年5月 4日 (木)

著作権と編集者・出版者

■ 書籍情報

著作権と編集者・出版者   【著作権と編集者・出版者】

  豊田 きいち
  価格: ¥2,310 (税込)
  日本エディタースクール出版部(2004/12)

 本書は、「出版という営みの急所である」はずの出版契約や著作権法のあらましなど、出版に携わる者がぜひ知っておくべき知識をまとめるとともに、特に出版契約に力点を入れたもので、同著者による前著『編集者の著作権基礎知識』の続編的な位置づけを占めるものです。
 本書のテーマである著作権とは、「創作者が『額に汗してできた著作物を出版したりすることを許諾する権利」である」と定義されています。そして著作権法とは、「著作者に敬意をはらって、著作物を大事に扱うルールを定めた」ものであると解説されています。著作権は土地などと同じように権利ではありますが、特徴として、「仮に『権利』を他人に売ってしまったあとでも著作者の名前は動かない」点にあるとされています。そしてこの点が揉め事の元になりやすい点です。
 では、逆に著作物とはみなされないものとは何でしょうか。本書ではこれを以下の3つのジャンルに分類しています。
(1)文芸的なもの―――語、簡単な文、人名など。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な川端康成の「雪国」の冒頭は、「一定の状態(=アイディア)を述べたにすぎず、著作物ではないとされる」。俳句は短くても著作物。
(2)学術的なもの―――自然科学上の法則。学説の内容・中身。定義。
(3)美術的なもの―――書風、画風(描写)、流儀、料理の盛り付けは無権利。平面絵画を撮影した写真にも著作権が発生しない。
 私有の権利である著作権ですが、社会や文化のために著作物を無断・自由に利用できる場合が「著作権の制限」として定められています。本書ではその例を、(1)私的利用、(2)図書館等での複製、(3)引用、教育のための利用、(4)教育のための利用、(5)試験問題での複製、(6)ハンディーを背負う視覚障害者のための点字複製・録音、(7)公開して行われた政治上の発言や裁判手続きなどにおける表現、(8)ある報道の中に、図らずも混入してしまう他人の著作物、(9)物の持ち主が付与された展示権、(10)美術の著作物の原作品及び建築が「屋外の場所に恒常的に設置されている場合」、のように列挙しています。
 本書の中心的テーマである出版契約に関しては、「いまだに、書籍では、多くが、債権的な排他的出版契約で、それも、文書を作らず、口頭で行われる怠慢が目につく」と日本の出版業界の慣行の不備を指摘しています。
 また、編集者・出版者の心がけとして、
(1)原作のまま複製する義務。
(2)約束したら必ず本を出す義務があること。
(3)著作者の修正・増減権の尊重。
(4)増刷の通知義務。
(5)出版者が義務に違反した場合は、複製権者(著作権者)は、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができること。
の5つを挙げています。特に意外だったのは、増刷は刷る前に予め通知する義務があるということです。
 本書は、本来のターゲットである編集者はもちろん、プロの作家以外の多くの人間が、ブログや日記、メールなどで文章を書く機会が増えた現在、読んでおいて損はない一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の巻末には、著作権法学会のシンポジウムでの著者の報告「著作物の引用 一語一意について」が収録されています。この中で、アンブローズ・ビアズの『悪魔の辞典』に収録された「Quotation」という項目の「他人の言葉を誤り繰り返す行為」という説明を紹介しています。
 気楽に引用することがありますが、引用元を選ぶセンスも重要になってくるということであり、また、引用はあくまで引用であって、述べるべき主張は自分の言葉、自分の考えとして責任を持たなければならない、ということでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・出版や著作権に関係しそうな人。


■ 関連しそうな本

 豊田 きいち 『編集者の著作権基礎知識』 
 尾崎 哲夫 『入門 著作権の教室』 
 岡本 薫 『著作権の考え方』 
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』 
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』 


■ 百夜百音

GOLDEN☆BEST【GOLDEN☆BEST】 石川秀美 オリジナル盤発売: 2004

 著作権と言えば、名著『ドロボー歌謡曲』でも指摘されていた有名なパクリは「もっと接近しましょ」ですね。
 出版当時、この『ドロボー歌謡曲』を読んだ時は衝撃を受けました。それと同時に、子供の頃から慣れ親しんできた歌謡曲の世界が広々とした洋楽の世界につながっていることが判り、その後のレコード選びに楽しさを与えてくれました。


『The Glamorous Life』The Glamorous Life

2006年5月 3日 (水)

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

■ 書籍情報

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで   【暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで】

  サイモン シン (著), 青木 薫 (翻訳)
  価格: ¥2,730 (税込)
  新潮社(2001/07/31)

 本書は、一般向けのサイエンス読み物の第一人者である著者による
(1)暗号の発展史を概観する
(2)現代において、暗号は過去のどの時代にも増して重要になっていることを示す
という2つの目的を持ったものです。
 前半は、暗号に代表される「秘密の書記法」の進化の歴史です。古代には、伝令の頭を剃り、メッセージの刺青を入れ、髪が伸びてから出発させる方法や、ゆで卵の殻に明礬と酢を1:20の割合で混ぜ合わせたインクでゆで卵の殻にメッセージを書くと卵の中身にメッセージが記されている、などの「ステガノグラフィー」が用いられてきましたが、伝令が取調べを受けるとすぐに解読されてしまうので、並行して「クリプトグラフィー(暗号)」が発達してきたことが述べられています。
 古代の暗号の例としては、紀元前5世紀のスパルタで用いられていたスキュタレー(木製の巻き軸にひも状の皮を巻きつけ、文字を書くと紐には出鱈目の文字が並ぶが、同じ直径のスキュタレーに巻くとメッセージが現れる)や、キーフレーズを用いた換字式アルゴリズムの暗号が紹介されています。
 そして、暗号の歴史は、暗号作成者と暗号解読者との戦いの歴史でもあります。換字式アルゴリズムは、アラビアの暗号解読者たちによって発明された頻度分析という手法によって、解読されてしまいます。本書では、この頻度分析による解読を実際に読者とともに解読する例が用意されています。
 暗号を巡るドラマとしては、悲劇のスコットランド女王メアリーが紹介されています。このエピソードから著者は「弱い暗号を使うぐらいなら、最初から暗号など使わないほうがましだ」という教訓を述べています。
 第2章では、解読不能の暗号といわれたヴィジュネル暗号と、その謎に挑んだ19世紀のコンピュータの祖先の産みの親であるチャールズ・バベッジのエピソードが紹介されています。バベッジは現代のコンピュータの基本形を作った人物として知られていますが、さまざまな分野に首を突っ込んだ天才であり、暗号解読にも優れた業績を残しましたが、暗号という機密性を重視する特殊な性質のため、その業績は50年もの間公にはされませんでした。
 暗号の歴史上、大きなトピックとなったのは、暗号機の発明です。特に無線通信の発明によって、幾ら傍受されても安全なメッセージ伝達手段が必要とされたからです。そして、その中でももっとも知られているのが、ドイツが使用していた「エニグマ」です。そして、このエニグマの解読こそが、第二次世界大戦の勝敗のカギを握る情報線となりました。イギリスにはこの暗号記を解読するため、ブレッチレー・パークに大量の頭脳が集められました。現代のコンピュータ理論に大きな貢献をしたアラン・チューリングもその一人です。連合軍の勝利に大きな貢献をした彼らは、情報機関の常として、その職務内容を口にすることは許されなかったので、戦後、戦場から帰ってきた兵士たちから向けられる白眼視に耐えなければなりませんでした。同様の話は、アメリカ軍が使用した最強の通信手段である「ナヴァホ・コードトーカー」(ネイティブアメリカンの中でも特に難解な言葉を話す部族出身者から構成された通信兵たち)にも付きまとい、彼らは、1968年までその存在を機密扱いとされましたが、1982年には合衆国政府によって「ナヴァホ・コードトーカーの日」が制定され、その栄誉が讃えられました。
 本書の中盤は、失われた古代の言葉を分析が中心となっていて、ヒエログリフの解読を巡る解読者たちの争いや、長年の謎とされた「線文字B」の解読などが収められています。
 また、本書の後半には第二次世界大戦以降の暗号の歴史、特に公開鍵暗号の誕生を巡るエピソードや、現在世界中で用いられている「PGP(プリティー・グッド・プライバシー)」というフリーの暗号化技術を巡る、政府当局と「サイファー・パンク」たちの戦いが綴られています。
 本書は、暗号や言語学に関心を持つ人はもちろん、言論の自由や監視社会に対する反感を持つ人にとって、ぜひ一読して欲しい内容となっています。


■ 個人的な視点から

 第二次大戦中に日本軍を苦しめた「ナヴァホ・コードトーカー」たちの活躍を目にすると、日本軍も対抗して部外者には解読できない「ズーズー弁コードトーカー」を組織したらいいんじゃないか、と思った人は私だけではないでしょう。
 実際には、暗号としての強度はまるでないんでしょうが、日本軍の通信兵たちが、すべてズーズー弁を習得して用いていたら、と想像するとおかしいです。


■ どんな人にオススメ?

・なぞめいた暗号の世界に関心のある方。


■ 関連しそうな本

 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 ウィリアム パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?』 2005年11月11日


■ 百夜百音

イル・エ・エル~彼らと彼女【イル・エ・エル~彼らと彼女】 クレモンティーヌ オリジナル盤発売: 1994

 10年ほど前に渋谷系残党のオサレ系ミュージシャンに圧倒的に支持されたクレモンティーヌ。
 「男と女」はJ-waveでかかりまくってました。


『アーリー・ベスト』アーリー・ベスト

2006年5月 2日 (火)

大卒女性の働き方―女性が仕事をつづけるとき、やめるとき

■ 書籍情報

大卒女性の働き方―女性が仕事をつづけるとき、やめるとき   【大卒女性の働き方―女性が仕事をつづけるとき、やめるとき】

  脇坂 明, 冨田 安信 (編集)
  価格: ¥1575 (税込)
  日本労働研究機構(2001/03)

 本書は、女性の大学進学率が向上し、「女子大生」という言葉が死語になりつつある時代の、四大卒女性の就職後の歩みを分析したものです。
 大卒女性の働き方の特徴は、日本の女性の就業状況の特徴として知られる「M字カーブ」が存在しないことです。「20歳代、30歳代では他の学歴より高いが、その後急激に下がり、他の学歴のように中高年のもう一つの山が来ることはない」ことが示されています。そして、大卒女性の労働力率はそれほど高くないのです。このグラフは、「平成11年版女性労働白書」では「きりん型」と名づけられているそうです。これに対する説明のひとつは、「ダグラス=有沢の法則」として知られる、「大卒女性は大卒男性と結婚しやすく、高い収入の夫をもつので専業主婦のままでいられる」というものがあることが紹介されています。なお、大卒女性の就業行動を世代別に見ていくと、「若い世代ほどダグラス=有沢法則が弱まったものの、出産・育児による就業中断が多くなっている」ことが指摘されています。
 また、日本企業における派遣社員の増加に関して、銀行においては、金融規制緩和と、業務が機械化されたことにより、融資業務や外国為替業務などの高いレベルのスキルが要求される職務に女性一般職が配置されるようになったことや、そのような高度な仕事への配置を可能にするための教育・訓練が重要になったことなどが解説されています。
 大卒女性の就職先選びに関しては、「日本の会社では活躍のチャンスがないため、意欲と能力のある女性は外資系企業をめざすとか、結婚・出産後も働き続けたいと考える女性は公務員を目指す」など、さまざまなことが言われてきた中で、卒業時の就業意識と就職動機についての調査では、それぞれ以下のような動機が明らかになっています。
・非営利:結婚・出産後も働き続けたいと考えていた人が多い。
・外資系:仕事内容を重視し、賃金・休日数などの労働条件のよさにひかれた人が多い。
・大企業:外資系ほどではないが、仕事内容や労働条件を重視した人が多い。
・中小企業:不本意な就職だったという気持ちを持つ人が多い。
 大卒女性の初職継続期間に焦点を当てた第6章では、大卒女性の多くが30歳を待たずに初職を離れる一方で、仕事に習熟するには最低5年近くかかることから、20歳代で離職する者は将来のキャリアを開いていくには不十分な技能レベルのまま、その後の労働市場に出ている可能性があることが指摘されています。また、第6章の後半では、離職の理由が、20歳代前半では仕事のきつさや会社や仕事への不満であることに対し、20歳代の後半では結婚や出産が第1の理由になることが指摘されています。
 本書は、直接の研究対象である大卒女性はもちろん、今後深刻な戦力不足を憂慮している企業経営者にとっても見逃せないものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 公務員などの非営利の仕事を選んだ人の多くが、結婚・出産後も働き続けたい、という動機を持っていたことに関して、実感としても大卒の地方公務員の女性で、20歳代で辞める人というのは本当に少ないように感じます。結婚や出産を理由に辞めるという話もあまり来ません。
 むしろ多い理由としては、夫の転勤や実家へのUターンに伴い通勤が難しくなったために辞めるという人が多いような気がします。また、夫が転勤しても単身赴任という話も聞いたことがあります。


■ どんな人にオススメ?

・女性の働き方に関心を持っている人。


■ 関連しそうな本

 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日


■ 百夜百マンガ

杯気分肴姫【杯気分肴姫 】

 ドラマ化された『のんちゃんのり弁』のタイトルくらいは知っている人が多いと思いますが、現代の下町ものを模索していた本作品の方がストレートな内容になっています。
 「酸いも甘いもかみ分けた人生知ってる人との出会い」は、夫の新井英樹氏の作品にも共通するところです。

2006年5月 1日 (月)

戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期

■ 書籍情報

戦略とイノベーション    リーディングス日本の企業システム第2期   【戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期】

  伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集)
  価格: ¥2,940 (税込)
  有斐閣第2期第3巻 巻 (2005/12)

 本書は、1993年に刊行され、経営学の分野ではゼミの教材などに広く使われてきた『リーディングス日本の企業システム』の続編として刊行された第2期シリーズのうち、戦略とイノベーションに関する論文を集めた1冊です。
 戦略とイノベーションに関しては、近年、クラーク=ボールドウィンの『デザイン・ルール』や、クリステンセンの3部作に代表される名著の出版が相次ぎ、発展著しい勢いのある分野ですが、本書に収められた論文も、これらの研究を踏まえた、さらに発展を目指す内容になっています。
 第6章「イノベーションと情報の粘着性」では、フォン・ヒッペルによって提唱された「情報の粘着性」(ある所与の単位の情報をその情報の探し手に利用可能な形で移転するのに必要とされる費用であり、移転される情報量が増加する時、それ自身も増加するという性質を持つもの)を鍵概念として、
(1)情報の粘着性がイノベーションにおけるユーザーの役割やイノベーションにおけるユーザーとメーカーの分業関係に影響を与えている。
(2)「情報の粘着性仮説」は、うしろにニーズ情報の粘着性が高い場合、ユーザーが自らにとって必要なニーズを知り、それを自らの手で明らかにしていくことの意義を明らかにする。
等の結論を得ています。
 また、第8章「アーキテクチャという考え方」では、「モジュラー化の功罪」として、
・モジュラー化の効率性
(1)構成要素間の調整にかかるコストを大幅に削減が期待できる
(2)モジュール間の相互調整の必要性が軽減されることによって、各モジュール設計における統合活動やイノベーションの促進が期待できる。
(3)分業による経済性を享受できる。
・モジュラー化のデメリット
(1)システムに関する十分な知識が蓄積されていないと、事前ルールの設定に多大なコストがかかる。また、構成要素間に予期せぬ相互干渉が生じるとシステムが機能不全を起こす危険性もある。
(2)達成可能な最大性能水準がインターフェースによって制約されるため、ある特定時点で見るとモジュラー化されたシステムは最適な性能を達成できない。
 この他、第9章「経営戦略としてのオープン・アーキテクチャ」では、時代を動かす3つの要因として、
(1)機械系システムと人間系システムの処理能力向上のアンバランス(いわゆる情報過多)
(2)ネットワーク普及による情報の非対称性の構造変化
(3)情報の低変動費コスト構造特性の表面化
の3つの要因について論じられています。
 本書は、シリーズとして刊行された他の巻を含め、今後に経営学の標準的教材となることが期待されるものです。


■ 個人的な視点から

 本シリーズは、「各巻予価平均3045円」というやや高めの値段設定ではありますが、1本の論文ですむような内容を1冊に拡げたようなビジネス書を何冊も読むよりも、ハズレが少ないので、読む時間もお金も結果的に節約になるのではないかと思います。
 旧シリーズは、最初は図書館で借りていましたが、古本屋で見つけるたびに購入し、今では全巻揃えることができました。


■ どんな人にオススメ?

・イノベーションに関する最新の学説の動向を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』
 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 クレイトン・クリステンセン, マイケル・レイナー (著), 玉田 俊平太, 櫻井 祐子 (翻訳) 『イノベーションへの解―利益ある成長に向けて』 2005年09月29日
 クレイトン・M・クリステンセン, スコット・D・アンソニー, エリック・A・ロス (著), 宮本 喜一 (翻訳) 『明日は誰のものか イノベーションの最終解』 2005年10月28日
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『組織と戦略 リーディングス 日本の企業システム』


■ 百夜百マンガ

プラモ狂四郎【プラモ狂四郎 】

 自分の作ったプラモを実際に動かして戦わせる、という子供の夢をかなえるという点では、『プラレス三四郎』と共通しているのですが、人気の秘密は、ガンダムなど実際に読者が作っているのと同じプラモを使っていることでしょうか。

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