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2006年6月

2006年6月30日 (金)

考えあう技術

■ 書籍情報

考えあう技術   【考えあう技術】

  苅谷 剛彦, 西 研
  価格: ¥819 (税込)
  筑摩書房(2005/03/08)

 本書は、教育社会学者と哲学者との対話の中から、「どうすれば教育の意義、学ぶことの意味を再構築できるか」を模索しているものです。
 西氏は、日本社会において、1980年くらいの「豊かな社会」の到来を境に、「社会全体の目標がなくなり、個人も自分をどう方向づけてよいか分からない」時代が始まったと述べています。その上で、新たに教育の目的理念を、「教育とは、子どもを『社会の成員(大人)としてふさわしい存在』へ育て上げていくこと」と再定義し、この「ふさわしい」とは、「技能や知識」と「他者との関係能力」の2つに分けることができるとしています。
 また、苅谷氏は対談の中で、「『個人』と『自己』を区別して『個人』の能力を高めるという話を具体的に教育の理論の中に持ち込みたい」と述べ、これまでの教育論では、これらが未分節のまま議論されてきたことを指摘しています。
 さらに、財界人らの日本の教育批判の中で、起業家精神の欠如が指摘されることがあるが、起業は大抵複数の人間と企業を興すのであり、「複数の人間が何かを立ち上げる時の能力は、必ずしもばらばらな個人を作り出すためでもない」ことを指摘しています。
 これに関しては、「集団・結社をつくる能力と自由」として、鳥取県の倉吉市で開催された高校生のコンテストが紹介されています。これは、「現代社会の難しい課題を高校生たちに与え、それをグループごとに議論させる」というもので、スポーツや芸術関係のコンペティションではなく、知的な集団でのコンテストという点に特色があります。
 苅谷氏は、自由な社会を実現・維持・拡大する担い手となる個人に求められる力能と学校の果たす役割として、
(1)経済的な自立:仕事に就いてからの知識や技術の習得のための「訓練可能性」を高める。
(2)政治的な自立:できるだけ、公正で良識的な判断ができるような「利口な」個人を育てる。
(3)社会・文化的な自立:異質な他者への理解と慣用とを身につける。
の3点を挙げています。
 本書は、社会にとっての教育のあり方を考える上で、ヒントを与えてくれる一冊ではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 教育の問題を考える上で、現代の学校の仕組みがどのように形成されてきたのかを知ることは大きな意味を持ちます。特に本書は、近代社会の成立と教育の問題に焦点を当てていますが、技術的な面、例えば教科書やカリキュラム、教室が今の形になるまでの推移を追っても面白そうです。


■ どんな人にオススメ?

・学ぶことの意義をもう一度考え直してみたい人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦 『学校って何だろう―教育の社会学入門』 2006年04月03日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 苅谷 剛彦, 志水 宏吉 (編集) 『学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題』
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日


■ 百夜百マンガ

ブラックジャックによろしく【ブラックジャックによろしく 】

 『海猿』はドラマ化・映画化され、海上保安庁の志望者が急増したそうです。
 この作品もドラマにもなりましたが、医者になりたい人が減るんじゃないかが心配です。

2006年6月29日 (木)

競争社会をこえて―ノー・コンテストの時代

■ 書籍情報

競争社会をこえて―ノー・コンテストの時代   【競争社会をこえて―ノー・コンテストの時代】

  アルフィ コーン (著), 山本 啓, 真水 康樹 (翻訳)
  価格: ¥5040 (税込)
  法政大学出版(1994/06)

 本書は、私たちの周りに空気のように存在している「競争」の美化を疑い、その弊害を指摘するとともに、主に教育に関する「協力」の実現を提唱しているものです。
 著者は「あとがき」の中で、競争に関する著者の見解に対する聴衆や読者の反応が、
(1)「そのとおりだ。私も15年間そういう風に考えてきたんだ。だが、おおきな声でそういうのをためらっていたのだ」のように、絶え間なくうなずく人(とても多い)。
(2)著者を共産主義者とか、いくじなしと非難する人。
(3)競争が反生産的なものだという噂を必死になって打ち消そうとするものの、そのような願いがかなう可能性がないことに気がついている人。
の3つのカテゴリーに分けることができると述べています。
 著者は、魚が水のない状態を想像できないのと同様に、私たちも競争の存在について熟考することができないことを指摘しています。特に米国においては、「アメリカ文化の常備薬」とみなされ、「競争に反対すれば、反アメリカ的だとみなされる」、ほとんど宗教そのものとなっていることを述べています。
 著者は、競争の問題を、
(1)構造的な競争:勝利/敗北の枠組みを取り扱う外来的なもの。
(2)意図的な競争:ナンバー・ワンになりたいと思う個人の願望に関する内在的なもの。
の2つに区別して扱うべきであると述べるとともに、構造的な競争の特徴として、「互いに排他的な目標達成(MEGAと表記)」を挙げています。
 競争の不可避性について論じた第2章では、「生存競争」という言葉で、競争を避けられないものとする主張に対しては、ダーウィン自身が用いた「生存競争」という言葉が、「ある生物が他の生物に依存している場合も含めて、広い、比喩的な意味」で用いられていることを指摘し、「自然淘汰は、競争をもとめるのではなく、ぎゃくに競争をおさえる」ものであると述べています。
 また、競争社会と非競争社会とを比較した研究から、
(1)競争意識と達成されたものとの間には必然的な関係は何もない。
(2)競争は、強力な自我を発達させていく前提条件をなすものではない。
(3)協力が場所と時間にゆとりがある時に許される贅沢であるという主張は全くの誤りである。
の3点を挙げ、競争について広く受け入れられている説のうちのいくつかは、疑わしいものであることを述べています。
 競争と生産性の関係について論じた第3章では、米国では「成功(あるいは生産性、あるいは目標の達成)が競争を意味しているという前提に依拠」することが当然視され、「とくに、アメリカ人の心は、成功を勝利とおなじものだとみなし、うまくやるということを、だれか他人をうちまかすことと同一視するように訓練されてきている」ことを指摘しています。この点について著者は、「他人をうちまかそうとしている場合の方が、他人と協働したり、自分ひとりで作業を行う場合よりも、もっとすばらしい成果をあげることになるのだろうか」という疑問を投げかけます。そして、「競争がすばらしいものを生み出さない理由」として、「うまくこなそうとすることと、他人をうちまかそうとすることが、まったくちがうもの」であることを挙げています。また、この説明の一つとして、内発的動機づけに関するデシィの研究から、「外的な動機づけの誘引を利用すると、実際には内的な動機づけをほりくずしてしまう傾向があり、そのため、ながい目でみれば作業の遂行に逆効果をあたえてしまう」ことを紹介しています。
 競争と楽しみについて論じた第4章では、チクセントミハイの「フロー体験」の研究の紹介などを交えながら、スポーツの競争意識と呼ばれるものが、「勝利にたいする過剰な、制度化され、コード化された崇拝による」ものに過ぎないことなどを指摘しています。
 競争と人格形成について論じた第5章では、アメリカ流の「死にものぐるいの競争(ラット・レース)」がもたらす心理的な犠牲に着目し、「競争的な行動をするのは、競争的にふるまうように教育され、まわりのだれもがそうしているからであり、競争をやめるなどということは思いもつかないからである」ことを述べています。そして、「競争を行うのは自分の能力にたいしていだいている根本的な疑いにうちかとうとするためであり、そして、最終的には、自尊心の欠如をうめあわせするためである」ことを指摘し、その構成要素として、
(1)ある活動を行う際に競走するのは、一面では自信のなさを反映している。
(2)一定の能力が備わっていたとしても、全体としては不十分であるといった感覚をあらわしている。
の2点を挙げています。
 競争と対人関係について論じた第6章では、職場を発生源とする競争という病気が、家庭に持ち込まれているとして、人間関係における、
(1)羨望:望まれているものを手に入れる方法が限られているということと、誰か別の他人を犠牲にしてそれを手に入れるのだという信念。
(2)軽蔑:勝利することが勝者であるということの当然の報酬なのだと主張することによって、商社が自分の成功を正当化しようと努力するかどうかによる。
(3)不信感:互いに競争しあわなければならないシステムができあがってしまえば、不信感が育まれる土壌はもう用意されたことになる。
の3つの帰結について述べています。この章では、社会心理学の定番である「強盗の洞窟」実験についても紹介されています。
 この他本書では、競争が汚い手を使う口実、すなわち「他人をうちまかせという構造が発する命令は、可能ならばどんな方法でも利用するようにしむけていく」ことや、女性と競争、等について述べています。
 著者は、「競争すればするほど、ますます競争することが要求される」という罠から最終的に逃れるためには、「自分たちの自尊心をたもっていけるようにするもっとうまい方法をみつけだすこと」、すなわち、「自分たちの優位性を証明しつづける必要などなくなるぐらいに、自分たちにたいする無条件の信頼をきずくこと」であると述べるとともに、「われわれの心理的な状態と他者との関係のあり方は、意図的な競争意識がどの程度そなわっているのかということと互いに関連しているだけでなく、構造的な競争の枠組みによって変化させられてもいる」ことを指摘しています。
 本書は、「競争」に盲目的な信頼を置いてしまいがちな私たちに、もう一度前提から疑って思考する機会を与えてくれる貴重な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者は、競争に関して必ず引き合いに出されるソヴィエト連邦の崩壊について、多くのアメリカ人が、
(a)アメリカの経済システムは、競争に基づくものだった。
だから、
(b)ソヴィエトのシステムは崩壊した。
そして、
(c)アメリカとソヴィエトは、ライバル同士だった。
これは、
(d)競争が作用していることを意味しているだろう。
という演繹法を作り出していることを指摘しています。そして、「競争が存在しないことではなく、ソビエトでは個人の自主性も、真の民主主義も存在していなかったために、自分たちがなすべきはずのことに市民がかかわっていなかった」ことに焦点を当てるべきと述べ、さらに、全く同じ要因がアメリカにも存在することを指摘しています。
 この議論は、市場と組織(企業)のそれぞれがもつ特質を明らかにしたコースやウィリアムソンの取引コストの経済学の議論に共通する論点を持っていると考えられます。そのような観点で本書を見ると、単なる理想主義や平等主義を論じているのではなく、競争というメカニズムがもつ社会的なコストについて論じているものであることが見えてくるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「競争」を所与のものだと考えてしまう人。


■ 関連しそうな本

 アルフィ コーン (著), 田中 英史 (翻訳) 『報酬主義をこえて』 2005年11月8日
 太田 肇 『選別主義を超えて―「個の時代」への組織革命』 2006年01月04日
 エドワード L.デシ (著), 安藤 延男, 石田 梅男 (翻訳) 『内発的動機づけ―実験社会心理学的アプローチ』
 オリヴァー・E.ウィリアムソン 『市場と企業組織』 2005年04月19日
 ロナルド・H. コース (著), 宮沢 健一, 藤垣 芳文, 後藤 晃 (翻訳) 『企業・市場・法』 2005年04月29日
 高橋 伸夫 『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道』 2005年06月16日


■ 百夜百マンガ

童夢【童夢 】

 「サイキックネタ+年寄り」の組み合わせはさすがに異色でしたが、団地が崩れ落ちるダイナミックな超能力の表現は、後の大友作品に受け継がれるだけでなく、多くのフォロワーによって真似されていきました。

2006年6月28日 (水)

経営学のフィールド・リサーチ―「現場の達人」の実践的調査手法

■ 書籍情報

経営学のフィールド・リサーチ―「現場の達人」の実践的調査手法   【経営学のフィールド・リサーチ―「現場の達人」の実践的調査手法】

  小池 和男, 洞口 治夫 (編集)
  価格: ¥2940 (税込)
  日本経済新聞社(2006/01)

 本書は、「大学院生とMBA課程で教える大学院教授、さらには実際に企業調査に携わっているアナリストの方々のために、企業とその組織の実例(ケース)を研究する方法論について、やさしく解説することを目的」とするものです。本書のタイトルの「経営学の」とは、企業や軍隊など、人が複数集まっている研究対象の動きを研究する学問ですが、企業も軍隊も、「手の内が相手に知られては、競争に生き抜いていけない」ので、「肝心のことはなかなか外からはわからない」というジレンマがあります。そして、そのためには、「企業のことをよく知る人にじっくり話を聞いたり」、「じっとその職場を観察」する必要が生じます。本書は、このような「企業やその場に出かけ見事な業績をあげた方たちに、そうした方法に強い関心をもつ二十-三十人の聴衆にじっくり語ってもらった」内容によって構成されています。この語り手に共通する点としては、
(1)具体的な観察方法ではなく、何が知りたいか、どうして知りたいかを強い熱意をもって語られている。
(2)文献、文書資料、統計などを尊重し、重視している。
(3)数少ない調査事例からいかに一般化できるか、一見主観的な聞き取りからいかに客観的で他に対して説得的なものを引き出せるか、という共通の悩みを持っている。
等が上げられています。
 第1章の藤本隆宏氏は、学生時代にフィールド調査を始めるにあたり、「学生がただで、しかも自由に入って見られる生産現場」という理由で農業を調査対象に選んだという「不純な動機」を語っています。印旛沼の灌漑システムの調査では、当時、成田闘争があったために、成田周辺の詳細な地形図を持ってうろうろしていて警察に怪しまれたこともあったというエピソードを語っています。また、『リサーチ・マインド 経営学研究法』でも語られていた、理論と実証の両方からトンネルを掘る、というお話もされています。工場など企業を対象とした調査では、機密性の高いデータを企業から教えてもらうための鉄則として、
(1)フィードバックは必ずすることを約束する:未公表の分厚いフィードバック・レポート(英語版と日本語版)を作成した。
(2)原データは絶対に外に出さないという守秘義務。
の2点を挙げています。
 第2章の和田充夫氏は、ケース・メソッドで用いるケースには、
(1)ディシジョン・ケース:ある特定の意思決定問題を摘出して、それに対しての意思決定・プランニングをするなど、実際の企業経営活動を再現する。
(2)アプレーザル・ケ-ス:企業の経営を評価することによって、インプリケーションや教訓などを見つけ出す。
の2種類があることが語られています。また、調査対象に地方都市を選ぶ理由として、
(1)全国的な傾向を見るためには、尖ったトレンドが現れる首都圏ではなく、平均的な地方都市が望ましいこと。
(2)回答率の高さ
の2点を挙げています。
 第3章の三品和広氏は、工場の調査などで長期取材をするコツとして、まずは、現場の人と仲好くなってしまうことを第一に上げています。
 第4章の櫻澤仁氏は、三菱総研のコンサルタントから静岡県の新設大学の教員に転職し、県内の中小企業から話を聞いていた時期を、「漁場にたとえると、タイやヒラメというような付加価値の高そうな研究対象はもう売約済みだったのですが、活きのいいイワシやアジのような研究対象は完全に入れ食い状態のまま残って」いたと語っています。
 第5章の佐藤郁哉氏は、「ヒアリング」や「アンケート」のような怪しげな和製英語や和製仏語をタブー語のように扱っていること(アンケートという言葉を使っている学術論文はいい加減な調査が多いこと)を述べています。また、「現場で直接見聞きしたことや、体験したことを根拠にして、どれだけ自分の議論を展開できるのか」という問題に対する理論武装として、
(1)トライアンギュレーション(方法論的複眼):フィールド・ワーク、サーベイ、実験など、いくつかの技法を組み合わせること。
(2)定量分析と定性分析:事例研究としての強みがフィールド・ワークにはあること。
の2点を挙げています。また、フィールドワークが陥りがちな失敗として、
(1)データは一応あるが理論や論理がない。
(2)理論的前提とデータがあるが論理がない。――「壮大な仮説、まめな調査、最後のハッタリ」
(3)理論はないがデータも論理もキッチリしていて日常的なロジックでまとめられている。
の3つのパターンがあることを述べています。
 第6章の川喜多喬氏は、自らの人生を「白表紙人生」と述べています。「白表紙」とは、「公刊されていない調査報告書」の意味で、「売る形にするために努力する暇があったら、調査報告をひとつでも余分に書きたい」という思いが込められているそうです。また、他の研究者、特に経済学者に対する皮肉があちこちに込められていて、数々の学界ジョークがたっぷり収められています。また、「政府・行政官庁から民間企業に至る、『現実的要請』に応える調査研究業者」の登場によって、調査商業主義と官公庁需要の時代が生まれたことを批判しています。某コンサルタントの調査報告書が、サンプル数が少なすぎるため、回答を倍に膨らまし、すべての回答が偶数になってしまった例などは笑い話になりません。さらに、アンケート調査に協力する理由として、
・たたり:役所と新聞社と金融機関がやる調査
・ぎり:業界団体や同業他社、系列シンクタンクの調査
・ちり:大学、大学院生、無名シンクタンクの調査→捨てられる
・のり:「のり」で答えてくれる。
の4点を紹介しています。
 本書の巻末には、本書作成過程での発見として、
(1)報告者が例外なく言語能力(外国語・日本語)に優れていること。
(2)報告者がエンターテイナーであったこと(インタビューワーの魅力が必要)。
(3)学者という職業に関するオーラル・ヒストリーになっていること。
の3点を述べています。
 本書は、研究者としてフィールドワークを志す人はもちろん、採用面接など、人から話を聞く仕事に携わる人にとっても得るものが大きい一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の語り手に共通する特徴として、具体的な手法ではなく、何が聞きたいか、どうして聞きたいか、という熱意が語られていることが挙げられていますが、これには2つの見方があると思います。
 一つは、具体的な手法はあくまで研究者が身につけておくべき「道具箱」の中身であって、それ自体に特徴があるわけではなく、シチュエーションによって自由自在に使い分けられることが必要であるということです。道具の使い方自体が大事なのではなく、どういう場面でどのように道具を使うかが重要であるので、一般的には語られるものではない、ということが考えられます。
 もう一つは、人それぞれに、自らが編み出した特技は持っているが、オールマイティーに一般化して使えるものではないので、技法としては語りにくい性質のものであるということが考えられます。これも出し惜しみをしているのではなく、ケース・バイ・ケースで使われるために体系化して話すことができる性質のものなのではないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・人から話を聞くことを生業にしている人。


■ 関連しそうな本

 藤本 隆宏, 新宅 純二郎, 粕谷 誠, 高橋 伸夫, 阿部 誠 『リサーチ・マインド 経営学研究法』 2006年6月6日
 小池 和男 『聞きとりの作法』
 佐藤 郁哉 『組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門』 2005年11月25日
 ギデオン・クンダ (著), 金井 壽宏 (監修), 樫村 志保 (翻訳) 『洗脳するマネジメント~企業文化を操作せよ』 2005年12月30日
 佐藤 郁哉, 山田 真茂留 『制度と文化―組織を動かす見えない力』 2005年09月22日
 佐藤 郁哉 『暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛』 2006年05月19日


■ 百夜百マンガ

ゼロヨンQ太【ゼロヨンQ太 】

 曲げたコインで空気抵抗を変えてチョロQを自由自在に操る、というのを真に受けて、10円玉をペンチで曲げたら父親にたっぷり怒られました。
 お金の大切さを教えてくれた作品です。

2006年6月27日 (火)

知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録

■ 書籍情報

知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録   【知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録】

  安部 省吾
  価格: ¥1260 (税込)
  文芸社(2003/01)

 本書は、企業の人事担当者として、手探りで知的障害者雇用に取り組んできた著者が、「この一年間の彼らとの笑いと苦難の交流の記録」をまとめたものです。著者は本書を、事例や理論を紹介するものではなく、「私(たち)と彼らのヒューマンドキュメント」と位置づけています。
 著者が勤めているのは、エレクトロニクス機器関連の商社・メーカーですが、電子部品等の梱包に欠かせない緩衝材を、社内から出される使用済みダンボールや廃棄書類などの古紙を裁断して袋詰めにした緩衝材に置き換えるため、緩衝材製造機「リサイクルパッカー」に置き換えることになり、この古紙のリサイクル作業と環境清掃・古紙の分別作業を二グループの知的障害者が担当しています。
 本書では、社会福祉法人 電機神奈川福祉センター「障害者雇用システム研究会」による『障害者雇用管理マニュアル(知的障害者雇用のためのガイド)』にある、
・話し言葉を使った意思伝達は問題ないが、抽象的で比喩的な表現や婉曲な言い回しは苦手。
・簡潔で易しい表現の文章の読みは理解は可能(漢字には振り仮名)
・交通機関の利用や買い物など、基本的で毎日繰り返しとなる生活能力は十分。
・明確な決まりやルールは守るが、暗黙の伝統や文化を感じることは苦手。
・得意な領域と苦手な領域の格差が大きい。
・自己アピールは苦手
など、働いて入り知的障害者(中度・軽度)の人たちの特徴が紹介されています。
 また、毎朝の朝礼では、必ず一人ひとりの名前を呼び、声をかけ、その日の健康状態などをチェックすること、そのとき必ず全員の名前を呼び「さん」「君」抜きで声をかけること、名前を呼ばれなかったり人により「さん」をつけたりするとストレスが溜まって辞めてしまうこともあること等が述べらています。
 著者は、知的障害者雇用に対する哲学として、「一旦雇用を決定した以上、本人が退職する意思を表明する以外、特段の事情のない限り解雇とか本人の意思に反する契約修了はしない」ことであると述べています。
 本書の大半は、1年間の間に著者が直面した様々なエピソードです。中でも、緊迫感があるのは、雑誌の出会いコーナーで知り合った女性との交際のためにサラ金に手を出してしまった佐野君(仮名)のエピソードです。オフィスにかかって来た不審な電話をきっかけに露見した100万円を超える借金を巡り、「職業生活相談員」としてどこまで私生活に踏み込むべきかを悩む場面や、借金の返済のために夜アルバイトを始めたために会社を休むようになってしまったことなど、サブタイトルの「心休まらない日々の記録」そのものです。
 本書は、障害者雇用に携わっている人はもちろん、多くの人にとって、働くことの意味を考えさせられる一冊ではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 本書の後半には、知的障害者を雇用する際の妥当な賃金や、著者が以前に法定雇用率未達成企業としてハローワークに呼び出され、悲痛とも脅迫とも取れる強い調子で督促されたことなどが述べられています。
 また、神奈川県知的障害者養護学校教頭会が企業訪問で現場を見学した様子が神奈川新聞に写真入りで紹介され、社内で孤軍奮闘してきた著者に、社内の多くの人からメールが寄せられたことなど、うれしい逸話も紹介されています。中でも役員から寄せられた「理屈では尊い仕事と分かっていても実施することは大変なことだと思いますし、『会社』と『社会』の係わり合いも重要なことだと理解しております。当社として胸の張れるニュースで大変嬉しく思います。」というメールには、著者の報われる思いが伝わってくるようです。


■ どんな人にオススメ?

・知的障害者雇用の現場の苦悩を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 安部 省吾 『知的障害者雇用の現場から〈2〉働く喜び、自立する若者たちの記録』
 中島 隆信 『障害者の経済学』
 小倉 昌男 『福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出』
 牧野 節子 『はばたけスワンベーカリー』
 坂井 聡 『自閉症や知的障害をもつ人とのコミュニケーションのための10のアイデア―始点は視点を変えること』
 大阪障害者雇用支援ネットワーク (編集) 『障害のある人の雇用・就労支援Q&A』


■ 百夜百マンガ

ザ・ゴリラ【ザ・ゴリラ 】

 ダーティ・ハリーのお子様版という感じの作品。戦闘機からパラシュートで飛び降りながら犯人を狙撃してしまう回では、「落ちる標的は狙いにくい」ことを知りました。
 刑事モノらしく人情話もあって、都会に生きる警察犬の肺は、鼻の位置が低いので排気ガスで真っ黒だという話を記憶しています。

2006年6月26日 (月)

働く過剰 大人のための若者読本

■ 書籍情報

働く過剰 大人のための若者読本   【働く過剰 大人のための若者読本】

  玄田 有史
  価格: ¥2415 (税込)
  NTT出版(2005/10/25)

 本書は、『仕事のなかの曖昧な不安』や『ニート』など若者と仕事の問題に関する第一人者である著者が、「私なりの現代若者仕事論の集大成」と位置づけ、「大人たちが、若者たちを、理解不能な存在、弱い存在、ダメな存在と排除することなく、若者の就業と自立のためにすべきことは何なのか」をデータによって示し、若手社員の育成に取り組んでいる企業や、若者の支援活動をしている人たちからのお話を紹介しているものです。
 著者はまず、「即戦力志向」という言葉が、「育成軽視の別表現」に過ぎない幻想であることを指摘しています。著者はあとがきでも、「まともな企業は大学を卒業したばかりの学生に即戦力など、まったく期待していない。」と断言し、「即戦力」という言葉を口にしだした企業には衰退が待っていること、「『即戦力がいる、けれどもお金は払えない』という企業に良い人材が集まるわけがない」と述べています。
 また、「七・五・三」転職と言われ、若者の転職の増加が指摘される中で、「勤続年数(同一企業へ継続就業している年数)」は1994年に比べ2003年は長くなっていて、正社員の若者の会社にとどまる傾向は強まっていることを指摘するとともに、リストラによる人員整理で中高年の離職増加が言われてきたが、「中高年のすべてが離職をしているわけではなく、再就職のむずかしさを知る大部分の中高年正社員は、むしろなんとかして会社にとどまり続けようとしてきた」のであり、中高年の勤続年数も長くなっていることが指摘されています。
 本書のタイトルでもある「過剰」が最も現している問題は、正社員の長時間労働の増加です。(主に正社員のうち)週60時間以上働く人の割合が、男性全体では1990年代までには2割強であったものが2002年には27.6%にまで増加していること、中でも30代の男性の3人に1人は60時間以上働いていることが指摘されています。この60時間以上の労働時間とは、週休2日の会社の場合、「平日朝9時に出勤して、1時間の休憩を挟んで毎晩10時以降まで仕事をしている」という状態を指します。特に、若い世代に特有な状況として、「大量の人員削減や採用抑制のため、残された社員の業務量は圧倒的に増えている」ことが指摘され、下記のような「悪循環」を生んでいることが述べられています。
 
<悪循環>
 業績悪化  →   採用抑制・早期退職
   ↑              ↓
 雑な仕事・暗い職場  ←  業務負担増
 
 また、長時間労働と家族の関係に関しては、週50時間以上労働している男性ホワイトカラーの既婚率が高いこと、また、既婚の長時間労働者の配偶者が無業である割合が高いことから、「夫である男性の長時間労働を、多くの妻が専業主婦化することで支えている」実態を指摘しています。さらに、サービス残業を多くしているホワイトカラーが、ボーナスなどを通じて平均的には高い年収を獲得しているという調査を紹介する一方で、長時間労働者の仕事への満足度の低さから、「長時間働いているのは好きで働いているだけだ」という見方に疑問を呈しています。
 この長時間労働が生まれた原因としては、人件費の削減と併せた事業の再編や再構築という企業の選択によって、30代男性ホワイトカラーの多くに長時間労働というしわ寄せがもたらされていることを指摘しています。
 この他本書では、ニート、フリーターの問題に関して、21世紀になってニートが増えた直接的なきっかけを、「若年にとっての就業機会が社会の中から奪われてきたこと」とした上で、「学卒・独身・無職(NEETM)」の増加の問題や、「家事手伝い」をニートから排除することの危険性、家計の豊かさがニートを生んでいるという状況がすでに過去のものであること等について述べてられています。
 テレビや新聞では断片的にしか伝えられていない、現代の若者像を、データをベースに分かりやすくまとめている一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で週に60時間働く生活を、朝9時に出勤して毎晩夜10時以降まで仕事をしている、と解説していますが、首都圏の場合は、この上さらに長い通勤時間がプラスされます。ドア・ツー・ドアで1時間30分だとすると、朝7時30分に家を出て、夜は11時30に帰宅することになります。このパターンだと、家にいる時間は正味8時間です。
 出かけるとき、子供から「パパまたあした」と言われてしまう生活が、働いている人自身と、将来の働き手である子供の両方を蝕んでいることを本書は教えてくれます。


■ どんな人にオススメ?

・長時間労働とニートという極端な姿を持つ若者像の全容を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 玄田 有史 『ジョブ・クリエイション』 2005年11月9日
 玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在 中公文庫』 2005年07月20日
 玄田 有史, 曲沼 美恵 『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』
 玄田 有史, 中田 喜文 (編集) 『リストラと転職のメカニズム―労働移動の経済学』 2006年04月27日
 玄田 有史 『14歳からの仕事道』 2006年04月25日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日


■ 百夜百マンガ

ドーベルマン刑事(デカ)【ドーベルマン刑事(デカ) 】

 大人になった今では『ダーティ・ハリー』のパクリだとわかるのですが、当時は刑事は44マグナムを撃ちまくるものだと思ってました。コロコロで『ザ・ゴリラ』とか読んでましたし。
 なお、44マグナムと言えばヘビメタのバンドを連想する人は相当年行ってます。

2006年6月25日 (日)

忘れられた日本人

■ 書籍情報

忘れられた日本人   【忘れられた日本人】

  宮本 常一
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(1984/01)

 本書は、全国をくまなく歩き、老人たちから聞いた話を書き留めたもので、もとは、「年よりたち」と題して「民話の会」の機関紙『民話』に連載されていたものです。
 本書はまず、各地の村の寄りあいを紹介しています。対馬の村では、皆が納得のいく結論が出るまで何日も話し合い、腹が減ると家から弁当を届けさせたり、食べに帰り、ときには泊り込みで話し合っていました。。諏訪湖のほとりの村では、60歳を越えた年より仲間だけで、村で起こった隠された話が話し合われ、その話は年より以外には決して話されず、年よりがそういった話をしていることすら誰も知らない、という集まりがあったことが紹介されています。同じような話は、福島県の話として、「世話焼きばっば」という安定した生活をする物分りの良い年よりが、村の中の女たちだけのネットワークを築き、村の中の不幸な者に、ものを届けたり相談に乗ったりしている例が紹介されています。こうした「世話焼きばっば」が、狭い村の中の男女関係のもつれなど、若い者だけでは手に負えなくなった問題を捌いていたのです。また、敦賀の海岸近くでの、村の老女が「観音講のおこもり」と称して嫁の悪口を言い合い、その悪口は決して他言しないという「年よりだけの泣きごとの講」を紹介しています。
 著者は、こうした寄りあい制度によって、村里内の生活慣行は今日の自治制度と大差のないものが近世にはできていたのではないかと述べています。
 さて、本書の魅力として語られることが多いのは、著者が各地の年よりから蒐集してきた若い頃の無茶な話、エロ話の類です。中でも夜這いの話は充実しています。「女と仲ようなるのは何でもない事で、通りあわせて娘に声をかけて、冗談の二つ三つも言うて、相手が受け答えをすれば気のある証拠で、夜になれば押しかけていけばよい。こばむもんではありません」と語る古老の楽しそうな顔が目に浮かびます。
 また、四国の若い娘が、「旅に出ていき、旅の文化を身につけて来て、島の人にひけらかすのが、女たちにとっては一つのほこり」であったという話も、昔の日本の旅の姿を教えてくれます。
 南河内郡磯城村の「上の太子の会式」では、旧暦の4月22日の会式の夜は、男女共に誰と寝てもよいということになっていて、「女の子はみなきれいに着かざって」出かける、「よい子だねをもらうため」の風習があり、「この時はらんだ子は父なし子でも大事に育てたもの」だと語られています。
 「世間師(せけんし)」という言葉は本書を読むまで聞いたことがありませんでした。著者は、「若い時代に、奔放な旅をした経験を持った者」と解説しています。本書では、長州征伐の戦いに人夫として狩り出され、その後は土佐の山中で木挽になり、20歳をすぎてからは大工になって、西南戦争で丸焼けになった熊本の街の復興に行き、その後は鹿児島や東京、美濃などを転々とした後、一家で台湾や朝鮮に渡る、という旅の生活を送った一人の世間師の一生が紹介されています。その生活も奔放で、大工仲間と若い娘の家に夜這いに行ったついでに鶏を盗んで肉鍋にして食べていたら、村中の鶏がいなくなったといって戸締りを厳重にされてしまったので、夜這いに行けなくなった仲間たちは村から引き上げてしまった話や、家に新婚の女房を残しているのに、旅先で気に入られて入り婿になってしまい、2年後に見つかって連れ戻される話など、かなり無鉄砲な生活を送っていた様子が語られています。
 著者は、「明治から大正、昭和の前半にいたる間、どの村にも」少なからずいた彼ら世間師が、「村を新しくしていくためのささやかな方向づけをしたこと」に着目し、「こうした人々の存在によって村がおくればせながらもようやく世の動きについて行けた」として、世間師の姿を再評価すべきと述べています。
 本書は、教科書で習う日本の歴史には決して現れない、村人の歴史を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、夜這いの具体的なテクニックとして、親を起こさないよう、音のしないように戸をあけるため、敷居に小便をする、という方法が紹介されています。この方法は、本宮ひろ志の漫画『旅の途中』でも紹介されていた手口ですが、夜這いの手口としては一般的なものなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の教科書には載っていない日本人の姿に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 宮本 常一 『塩の道』
 宮本 常一 『日本の村・海をひらいた人々』
 宮本 常一 『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』
 イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』
 佐野 真一 『宮本常一の写真に読む失われた昭和』
 網野 善彦 『日本社会の歴史〈上〉』 2005年09月04日


■ 百夜百音

NIPPON NO ROCK BAND【NIPPON NO ROCK BAND】 KUWATA BAND オリジナル盤発売: 1986

 「スキップビート」のイントロのリフがかっこよくて一生懸命練習しましたが難しかったです。
 スージー甘金のイラストもポップでした。


『ROCK CONCERT』ROCK CONCERT

2006年6月24日 (土)

イヴの七人の娘たち

■ 書籍情報

イヴの七人の娘たち   【イヴの七人の娘たち】

  ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳)
  価格: ¥1,680 (税込)
  ソニーマガジンズ(2001/11)

 本書は、現代人のDNAを分析することで、その中に込められた祖先から直接届いたメッセージを読み取り、私たちの祖先がどこから来たのか、という過去の謎を解き明かしているものです。本書のタイトルは、現代に暮らす6億5千万人のヨーロッパ人の母系祖先が、たった7人の女性につながっている、という分析結果に基づいています。
 著者が目をつけたのは、母方からしか受け継がれないミトコンドリアDNAの特異な性質です。この遺伝子を調べることによって、「ふたりの人間のミトコンドリアDNAが非常に似通っている場合、この遺伝子にかんする限り、それが非常に異なる人間と比べて彼らはずっと近しい関係にあること」がわかり、「ミトコンドリアDNAが大きく異なる人たちは、さらに遠い過去に共通祖先がいたこと」がわかります。さらに著者は、「突然変異のプロセスを利用することにより、ミトコンドリアDNAが時間とともに変化する速度を計算すること」ができることに着目し、進化の時間の尺度が分かることも明らかにしています。
 本書の主たる構成は、前半部分には、このミトコンドリアDNAの特異性に着目した著者が、この分析手法を用いて、それまでの人類の進化の定説を塗り替えていくこと、及びそれまで定説を唱えていた数多くの学会の権威者(その中には進化ゲーム理論を打ち立てたことで知られる大御所のジョン・メイナード・スミスも含まれます)との熾烈な論争が収められています。また、後半部分には、ヨーロッパ人の祖先である「7人のイヴ」がどのような生活を送っていたかを、当時の時代背景を交えたフィクションで紹介しています。
 著者はまず、ポリネシア人の起源をめぐる「アメリカ起源説」(コン・ティキ号の冒険で知られています)と「アジア起源説」との論争をミトコンドリアDNA配列によって明らかにしています。その後、分析のフィールドをさらに熾烈な論戦が交わされているヨーロッパ人の起源に移していきます。それまでは、ネアンデルタール人に取って代わったクロマニョン人や旧石器時代の狩猟採集民の末裔たちが、1万年ほど前に近東から移住してきた大量の農民たちの侵略によって飲み込まれてしまったとする「移住説」が定説でした。これは、遺伝学のみならず、考古学や言語学までが支持するものでしたが、著者が調べた数多くのヨーロッパ人のミトコンドリアDNAには、1万年をはるかに越えた過去の狩猟採集生活を送っていた祖先からの声高な「われわれはまだここにいるぞ」というメッセージが込められていました。しかし、著者は、「主流の説に反対すると、とんでもない波風が立つことになる」と述べているように、進化生物学者のいちばんの大御所であるジョン・メイナード・スミスから反論を受けるなど、数々の論戦を潜り抜け、ついに、数年来の攻防戦において批判の最先鋒であった旧敵から、著者の主張を裏打ちする研究成果が発表され、長い戦いにけりをつけます。このスリリングな論戦こそが、進化生物学の専門家ではない一般読者の知的好奇心をいちばん刺激する点ではないかと思います。
 本書の後半の「7人のイヴ」編は、遠い祖先に思いを巡らすには面白いものですが、基本的にフィクションであり、それほど知的刺激を受けるものではありませんでした。ただし、前半の途中で頭がこんがらがってしまった人は、いったんこちらから読んでもいいかもしれません。


■ 個人的な視点から

 本書の最後に、著者は第3の名前として、ミトコンドリアDNAと密接に一致する「母名」を受け継いでいってはどうか、ということを提唱しています。著者はその理由として、子供の母親が誰だかわからないという事態がめったに起きないことや、記録されたものだけで母系図を再構築することが父系図よりはるかに難しいことを挙げています。
 または、ミトコンドリアDNAの判別が自動化・低価格化して希望者は簡単に調べられるようにするというのも面白いかもしれませんね。一方で、鎌形赤血球形質とマラリア耐性のように遺伝病の結婚前診断に用いられるようになると問題があるかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・自分の祖先の暮らしに思いを馳せたい人。


■ 関連しそうな本

 ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『アダムの呪い』
 斎藤 成也 『DNAから見た日本人』
 スティーヴ ジョーンズ (著), 岸本 紀子, 福岡 伸一 (翻訳) 『Yの真実-危うい男たちの進化論』
 道方 しのぶ 『日本人のルーツ探索マップ』
 三井 誠 『人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」』
 クリス ストリンガー, ロビン マッキー (著), 河合 信和 (翻訳) 『出アフリカ記 人類の起源』


■ 百夜百音

時をかける少女【時をかける少女】 原田知世 オリジナル盤発売: 2002

 『セーラー服と機関銃』や『スケバン刑事』がドラマでリメイクされるということで話題になっていますが、筒井康隆好き∩エヴァ好き∩原田知世好きには見逃せないのがアニメでリメイクされる『時をかける少女』です。
 
・「筒井康隆、アニメ『時をかける少女』を語る」
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0606/20/news060.html
 
と言うことでで原田知世ですが、某ハリウッド女優がやかんを持って駆け抜ける「お湯をかける少女」というCMもありました。


『時をかける少女』時をかける少女

2006年6月23日 (金)

少子化のジェンダー分析

■ 書籍情報

少子化のジェンダー分析   【少子化のジェンダー分析】

  目黒 依子, 西岡 八郎 (編集)
  価格: ¥3,675 (税込)
  勁草書房(2004/05)

 本書は、「少子化の要因と背景を探るとともに少子化についての政策的インプリケーションを引き出すことを目的と」して、「既存の統計・調査データによって、経済社会変数と出生率ないし子ども数の関係を明らかにし、政策変数の効果を推定しようとしたもの」です。具体的には、
・女子労働
・育児の経済コスト
・家庭内・家庭外のジェンダー関係
・住宅を中心とする結婚の経済コスト
の4つの要因を研究課題としています。
 第3章「ジェンダー意識の変容と結婚回避」では、「ジェンダー意識の変容が、結婚の選択に際して相手の役割意識などに知っている必要性を高めている」一方で、「男女とも相手がどのような役割意識を持っているかどうか分からない状況を」生み出したこと、役割意識をめぐる男女間のコミュニケーションが誤解と曲解の相互応酬となり、男女間のコミュニケーション・ギャップが結婚会費意識と結びつくことから、「男女間の相互理解を困難にしている状況にあること」を明らかにしています。
 第4章「妊娠・出産をめぐるジェンダー意識の男女差」では、「男女間のジェンダー意識の相違やそれに基づくコミュニケーション・ギャップを埋める」ために、
(1)社会教育や学校教育において、「女性学」などを導入すること。
(2)性・妊娠・出産・育児などに関する学校教育内容の中心を、「生理学的知識」から「行為や経験」に変革していくこと。
(3)男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念を確立し、女性のそれとの関連性の整理。
(4)性・妊娠・出産・育児に関連する情報サービス・相談体制・社会的サービスの整備。
の施策が重要になるとしています。
 第6章「独身女性の結婚意欲と出産意欲」では、
・「結婚したら家事を女性である自分がするのだという負担感」が出産意欲に歯止めをかけていること。
・仕事と結婚生活の両立の難しさが仕事と結婚・出産を二者択一的にしているために仕事が好きだと思う女性の結婚意欲を下げていること。
を指摘しています。
 第7章「既婚男女の出生意欲にみられるジェンダー構造」では、計量分析とグループ・インタビューにより、
(1)人々が既存の性別役割分業システムを前提に出生の意思決定を行っていること。
(2)このシステムが持つ女性にとっての負担の重さの認識が、様々な形で出生意欲を抑えていること。
(3)子どもや家族をめぐる価値観が多様化し、「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要がない」という価値観や子どもに対する否定的なイメージの強さが出生意欲を抑えていること。
等が指摘されています。
 本書は、仕事として少子化問題に携わっている人はもちろん、家族を持ち子育て中の人、独身の人にとっても一読の価値のあるものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書を読んで感じるのは、育児の経済コスト、結婚の経済コストが非常に高いこと、特にその多くが女性に対して降りかかっていること、それが重圧になっていることです。
 本書のように、これらのコストに正面から取り組んだ研究成果が今後も蓄積されるとともに、より伝わりやすい一般書として書かれることが大事なのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・少子化問題をわが身の問題として切実に考えられる人。


■ 関連しそうな本

 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年9月8日
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 湯沢 雍彦 『少子化をのりこえたデンマーク』 2006年03月13日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日


■ 百夜百マンガ

ハイティーン・ブギ【ハイティーン・ブギ 】

 マッチが歌う映画版の主題歌が有名です。作曲はあの山下達郎です。
 「知泉的雑記」によれば、マッチの歌唱力の欠点をカバーした職業作曲家としての力量が光る一曲だそうです。

2006年6月22日 (木)

ブログ 世界を変える個人メディア

■ 書籍情報

ブログ 世界を変える個人メディア   【ブログ 世界を変える個人メディア】

  ダン・ギルモア (著), 平 和博 (翻訳)
  価格: ¥2205 (税込)
  朝日新聞社(2005/08/05)

 本書は、ブログに代表されるテクノロジーの進化が引き起こしているジャーナリズムとの衝突が、
(1)ジャーナリスト
(2)取材対象者
(3)読者
の3つのグループに大規模な変化を起こしていることを解説し、「新たなメディア」と名づけたジャーナリズムの進化を解き明かしていこうとしているものです。特に3番目の読者に関しては、「元読者」と呼ばれる人たちが、これらのツールを手にすることで、「尽きることのないアイディアを、ジャーナリズムへと昇華させていった経緯」が強調されています。
 著者はパーソナル・ジャーナリズムの歴史を、合衆国建国以前のパンフレット発行人であるトーマス・ペインや、当時匿名の作者によって作成された「フェデラリスト。ペーパーズ」まで遡ります。その後、20世紀の企業ジャーナリズム時代を経て、「脅迫状メディア」(素人がDTPで作成した文書に様々なフォントが盛り込まれていて脅迫状のスタイルに瓜二つであることから)の登場、そしてウェブ時代の到来(WWWとモザイクの誕生)によって、「コミュニケーションの変容の過程が、完了した」、すなわち、「自分たちが望むとおりの形態をとることができるメディア」を私たちが手にすることができたと述べています。そして、最後の仕上げとして、
・テクノロジー:普通の人たちがジャーナリズムという創発的な「会話」に参加するためのツール。
・文化:数百万の人々がこのツールを手にしたときに、見たこともないようなコミュニティを作り出す。
の2つの道具立てをはめ込む必要があると語っています。
 として、「われわれのメディアを実現するテクノロジー」として、著者は、メーリングリスト、フォーラム、ブログ、ウィキ、携帯メール、携帯カメラ、インターネット放送、ピア・ツー・ピアなどのツールを紹介したうえで、RSSによる革命に言及しています。本書(邦訳)のタイトルにもなっているブログに関しては、ジェイ・ローゼンが「極めて民主的な形式のジャーナリズム」と述べている理由から、
(1)ブログは贈与経済に由来する。
(2)ブログはアマチュアの領域である。
(3)ブログはジャーナリズムの世界の参入障壁を引き下げた。
の3点を紹介しています。また、RSSについては、クリス・ピリロの言葉として、「RSSによって、インターネットは突然、あるべき姿で動くようになった。すべてを自分で検索しまくる代わりに、インターネットが望みどおりに向こうからやってくるんだ」という言葉を引用しています。
 また著者は、現代のコミュニケーション・ツールの誕生によって、「かつてはニュースをコントロールしようとしていた人々や組織」について、詳細に調べ上げることができるようになったこと、さらに、「誰かがいったん見つけ出した情報は、グローバルに広めることができてしまう」ことの重要性を指摘し、取材対象者は、この新たな現実を受け入れるべきであると述べています。
 この他本書では、インターネットを使ったオープンソース政治の流れや、ジャーナリストたちの変容、コミュニティー・メディアの存在が(1)自分たちもやればできることを示し(2)巨大メディアとは逆に情報の蓄積を進めていること、等について言及しています。また、ネットのネガティブな側面である、荒らしや情報誘導に関しても、スラッシュドットのモデレーティング等を紹介した上で、「インターネットっていうのは、事実関係の自己修復機能があるだけじゃなくて、道徳的な自己修復もできるんだな」というデビッド・ワインバーガーの言葉を引用しています。また、終盤の何章かでは、ネットを巡る司法の動き、特に著作権を巡る動きを紹介し、ローレンス・レッシグ教授の主張を紹介するほか、本書の(原著)がクリエイティブ・コモンズのライセンスで出版され、著作権保護期間を明示的に14年に設定したこと、ウェブ上でも配信していることなどが述べられています。
 本書は、ネットとジャーナリズムのあり方を語るという意味では、やや散漫なところもありますが、読み物としては魅力ある一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の日本語版序文には、著者が数年前に日本を訪れ、「2ちゃんねる」管理人の西村博之(ひろゆき)氏にあったことが述べられています。本書が日本で出版されたのは2005年で、その数年前というと、2001年頃の話でしょうか。
 Wikipediaによると、2ちゃんねるがスタートしたのは1999年5月30日、その1年後にはネオ麦茶による西鉄バスジャック事件が起き、世間に大きく知られるようになっていますので、ちょうど2ちゃんねるが急成長している時期に会ったのかも知れません。
 本書の中でもWikipediaの創設者であるジミ・ウェールズが、都市計画や犯罪学の分野で話題になっている「割れた窓」シンドロームの理論を、ネット上に適用しているということが紹介されていますが、2ちゃんねるが「板」によって書き込みの傾向が全く異なること、「良スレ」と呼ばれるスレッドでは、議論の質を保持したい参加者によって乱暴者のふるまいがチェックされ、すぐに軌道修正がなされることなど、本書に関連させると面白いものができそうです。


■ どんな人にオススメ?

・ネットとジャーナリズムのあり方を手探りしている人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年7月13日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』


■ 百夜百マンガ

ぶっちぎり【ぶっちぎり 】

 「ヤンキー+野球」という無理のある組み合わせも、当時すでに下火であった野球マンガを盛り上げるために考え出されたのでしょうか。
 今となっては、どちらも敬遠されてしまう組合せです。

2006年6月21日 (水)

成果主義時代の出世術―ほどほど主義が生き残る!

■ 書籍情報

成果主義時代の出世術―ほどほど主義が生き残る!   【成果主義時代の出世術―ほどほど主義が生き残る!】

  福田 秀人
  価格: ¥1365 (税込)
  ベストセラーズ(2006/04)

 本書は、「働けば働くほど、どんどんリスクが大きくなる」という成果主義が持つ「負のスパイラル」を回避するための「ほどほど主義」の秘訣を、著者の経営コンサルタントや起業再建の経験、そして組織の経済理論で、分かりやすく解説したものです。
 著者が掲げる「保身と出世の3原則」として、
○保身の3原則
(1)都合の悪いことはいわない(省略)
(2)都合の良いことは大げさに伝える(誇張)
(3)必要に応じてウソではない程度に内容をアレンジして伝える(変形)
○出世の3原則
(1)部下や下位部門からの提案には「NO」と却下する(拒絶)
(2)同僚・同等部門には同意はしても協力はせず、「頑張れ」と激励に回る(回避)
(3)上司・上位部門からの指示や意見には無条件で賛成し、ゴマをすりつつ従う(盲従)
のそれぞれ3つの原則を掲げています。
 本書の「ほどほど主義」を支える理論的な解説は、ミルグラム=ロバーツの『組織の経済学』で解説されている「ラチェット効果」です。「ラチェット」とは、「爪車」と訳されますが、一方向にしか回らない性質を持っていて、工事現場などで「ガチャ」と呼ばれているボルトを締める道具もラチェットです。「ラチェット効果」とは、「ノルマを達成すれば、さらにノルマが上げられ、以後それが下がらない」と説明されていますが、本書では、この効果を発見したソ連経済の研究からの引用として、「釘1トン」のノルマを達成するために「1トンの釘1本」を作ったというアネクドート(小話)を紹介しています。
 同様に『組織の経済学』をネタ本にしたものとしては、「均等報酬原理」をサラリーマン向けに解釈したものがあります。これは、「最小のリスクと最小の努力で、まあまあの報酬を安定的に得ることを追求する」と解説されていますが、この結果、サラリーマンの望ましい行動は、
(1)評価の対象となる結果だけを手段を選ばず追い求める。
(2)高い評価を得やすい仕事にはできるだけ時間と労力を配分する。
(3)評価を得にくい仕事にはできるだけ時間と労力を配分しない。
(4)評価の対象とならない仕事は、重要な仕事でも一切しない。
という「ジコチュウ」そのものの行動であることをズバリ指摘しています。一方で、運悪く(?)思わぬ業績をあげてしまったときには、期待値が切り上がることを避けるために、「たまたまです」と運の良さを強調することを推奨しています。
 さらに、成果主義がもたらすモラルハザードとして、カッペーリによる、
(1)会社へのロイヤリティの低下と不信感の増大
(2)有能なキーマンの流出
(3)企業独自の技能育成の阻害
の3つの指摘を紹介している他、これをアレンジした「成果主義の副作用」として、
(1)みんながライバル心むきだしに戦う。
(2)職場ぐるみでさぼる。
(3)人材が育たなくなる。
(4)チャレンジ精神が失われる。
(5)目標未達の説明(=言い訳)がうまくなる。
の5点にまとめています。
 本書の魅力は、大学教授だからといって学術的な解説一辺倒ではなく、あくまでサラリーマンがうなづきやすい視点で解説をしていることです。他の社員との関係の中でのラチェット効果として、「優秀な人間にお茶の子さいさいで仕事をこなされたのでは、他の社員はたまったものではない」ので、このような「出る杭」は、徹底的に「イジメ抜き、足を引っ張って、引きずり下ろさなければならない」という解説は、サラリーマンの生態に通じていなければ書けないものではないかと思います。
 また、労働評論家の孫田良平氏からの言葉として、「あいや、しばらく、ごもっとも、そうでござるか、しかと存ぜぬ」の「サムライ応答5原則」を紹介しています。
 さらに、直属の上司の権限強化を伴う米国流人事管理をグローバル・スタンダードと捉えるのであれば、同じく世界の常識、グローバル・スタンダードである「ゴマすりと保身」こそが重要になることを、『奥様は魔女』を引き合いに紹介しています。同じことは、外資系企業で人事部門の経験を積んだ『「クビ!」論。』の梅森浩一氏も著書の中で指摘しています。
 この他、本書では、「ヤクザ出世の条件」として、
(1)そこそこのヤマを踏む
(2)妻や愛人が出所まで待っている
の2つが絶対条件であることや、「喧嘩はいつも主流派とやる」という喧嘩の原則等が紹介されています。
 著者は、最後に、理想には程遠いが、現状ではベストの人事制度は、「年功要素を反映させて雇用と年相応の生活をまず保障し、その上で本人の資質と努力の反映である仕事への姿勢と能力を重視する能力主義を制度化した、これまで主流であった職能等級制度」であるとし、「成果の評価も賃金に反映させるべきだが、それが賃金に占める比重はこれまで同様に小さく抑え、組織的怠業やモラルハザードをひどくしないようにすべき」ことを指摘しています。
 本書は、建前論に陥りがちな「あるべき論」の人事制度の議論に、理論に裏付けられた豊富な経験によって、矛盾を突きつけているとともに、サラリーマン個人として生き残るためのサバイバル術を教授してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、大学教授の本ということで、敷居が高いように感じられますが、学術的な内容を直接、サラリーマンの現場に適用することはなく、著者の豊富なコンサルタントとしての経験をうまく接着剤として使っているように感じます。
 その一方で、「ラチェット効果」や「均等報酬原理」など、本書の中核部分のネタ本である、『組織の経済学』の著者名に誤りがある点が悔やまれます。
 具体的には、P.20とP.41で、
「スタンフォード大学の組織経済学者ロバート・ミルグロムら」
と紹介されていますが、『組織の経済学』の著者は、Paul MilgromとJohn Robertsの2名であり、書くのであれば、
「スタンフォード大学の組織経済学者ポール・ミルグロムら」
とするか、
「スタンフォード大学の組織経済学者ポール・ミルグロムとジョン・ロバーツ」
とするべきでしょう。
 1箇所であれば単なる書き間違いかと多いますが、2箇所が同じように違うということは、著者がうろ覚えで1箇所間違えたところを、編集者が表記揺れを合わせるために間違えた方に合わせたのかもしれません。
 いずれにせよ、本書がサラリーマンの共感を呼ぶ部分は、著者の長い企業でのコンサルティングの経験に基づいた(経営者の視点を含む)現場感覚であり、理論はそれを補強するものでしかないので、本書の魅力には余り影響しないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・個人として成果主義の風潮を生き延びたい人。


■ 関連しそうな本

 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年04月05日
 伊藤 秀史 (編) 『日本の企業システム』 2005年04月24日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年03月23日
 梅森 浩一 『「クビ!」論。』 2005年06月02日


■ 百夜百マンガ

フリテンくん【フリテンくん 】

 「かりあげクン」とどこが違うのかと聞かれると困ってしまいそうですが、「カタカナ+くん」という表記と「ひらがな+クン」という表記が違うのではないかと思います。
 もちろん顔は違いますが、目の付け所は同じ感じがします。それでこそ良いんですが。

2006年6月20日 (火)

ザ・サーチ グーグルが世界を変えた

■ 書籍情報

ザ・サーチ グーグルが世界を変えた   【ザ・サーチ グーグルが世界を変えた】

  ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  日経BP社(2005/11/17)

 本書は、今や私たちの生活、少なくとも私にとっては、欠かすことができなくなっている知識のインフラであるGoogleの歴史とその先にある世界を描いたものです。
 著者は、Googleを、「意思あるデータベース(Database of Intentions)」と名づけ、Googleが「私たちの文化の動向を探っているだけでなく、その文化の神経組織の奥深くまで潜入している」と述べています。また、コンピュータ科学者のダニー・ヒルズの「まちがいなく検索エンジンは知能を持つことができます。」という言葉を引用しながら、チューリングテストに合格することができる、すなわち、「意志を持ち、考える検索エンジンに成功するのはGoogleしかいない」と述べています。
 第2章「検索のイロハ~五つのW、ひとつのH」では、近年Web2.0で脚光を浴びた「ロングテール」(検索クエリーをランキングしたグラフのうち、平坦な無限に続くかのような長い尻尾状になった質問回数の少ない部分)が紹介されています。また、私たちが検索するのは、「知っていることを検索しているだけでなく、知らないことも探している」ためであることも述べられています。
 本書で述べられている歴史は、Googleが出現する以前の検索の姿から始まります。特に紙幅を割いているのは、1990年代のGoogleであったアルタビスタに関する記述です。
 また、Google誕生を巡る記述では、Googleのアルゴリズムの発想のベースとして、創業者の一人であるラリー・ペイジがウェブの数学的特性に関心を持ち、各コンピュータをノード(結節点)に、それらを結びつけるリンクをエッジ(枝)に見立てたグラフ構造をとっていることを見抜いたことが挙げられています。そして、学術論文が先行研究を引用することで、その論文のランキングとオーソリティを自分の論文に付与できる、というコンセプトを手がかりに、Googleの手法が生み出されたことが述べられています。
 Googleは、スタンフォード大学内の1プロジェクトとしてスタートしましたが、検索エンジンの必要な大量のリソース(ハードディスク、CPU、帯域幅等)の不足に常に悩まされます。大学中からハードウェアをかき集め、学生寮の部屋にフランケンシュタインのような機材の山を積み上げます。そして、当時バックラブと名づけられていたこのプロジェクトは、世界一ネットワークの整備された教育機関であるスタンフォード大学のネットワークの帯域幅を半分近くも消費してしまう異常なものでしたが、スタンフォードの進取の気性のおかげで、それ自体はあまり問題にはされませんでした。問題は、当時のネットの行動規範では、突然やってきてウェブサイト全体をコピーし、インデックス化していくクローラーの行為は「不法侵入同然の犯罪」とみなされていたために、大学当局にウェブサイトの管理者からの苦情が殺到したことであったことが述べられています。また、他のサイトからどれだけリンクされているか、という事実に基づく冷厳なランキングは、サイト管理者からの「俺たちがサイトに注いでいる情熱が分かってたまるか!」という抗議に直面します。なお、この理論は、学術的には「大規模なハイパーテキスト的ウェブ検索エンジンの分析」という論文として彼ら自身の手による発表され、世界中でいちばん引用される検索関係の文献となっています。
 本書には、Google誕生を巡って、創業者と初期投資者であるアンディ・ベクトルシェイムとの間で交わされた有名なやり取りが収められています。Googleを実際に操作したプレゼンを一目見ただけで、「わたしは時間を無駄にしたくない。この場で小切手を切ったら、きみたちのためになると思うがね」と10万ドルの申し出を受けた話は、多くの場で紹介されています。ちなみに、創業者のプリンとペイジは、この資金援助をバーガーキングでお祝いしたという逸話も掲載されています。
 本書ではこの他、「アドワーズ」や「アドセンス」などのビジネスモデルを模索する姿や、Googleの社訓である「邪悪にならない(Don't Be Evil)」、SEO(検索エンジン最適化)業界と頻繁な検索アルゴリズム変更(「Googleダンス」と名づけられた)とのいたちごっこ、それに振り回される零細なネット通販業者の悲哀などが述べられています。
 また、Googleによって一変した世界の例として、自分の名前を検索した17歳の少年が、自分の親権を巡る争いから、15年前に母親が赤ん坊の自分を誘拐して逃げていることを知ってしまった事件が紹介されている他、Gメールに添えられたアドワーズ広告を巡るいざこざなどが述べられています。
 最後に、Googleの先にある世界としてのセマンティックウェブの姿を、「タグによってウェブが、レクシスネクシスや航空予約システムのセーバーのように構造化されてデータベースとなり、情報の発見をより早く容易にする」ものであり、「これによって論理、ないしは理性の法則を方程式化できる」としています。
 本書は、Googleという1つのテクノロジー、1つの企業だけについてものではなく、広大なウェブの大陸の地図を塗り替えたこの10年間のテクノロジーの進化について書かれたものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 検索エンジンの使い方にも好みがあって、人によって、Yahoo!しか使わない人や検索デスク(http://www.searchdesk.com/)で徹底的に調べる人など様々です。
 Google以前は、Infoseekの検索が切れ味がよくて好みだったのですが、Google以降はもっぱらこちらを使っています。演算式の使い方も大事ですが、いずれにしてもポイントはいかに切り分けていくかという点で、この点は仕事などでも変わらないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・この10年間にがらりと変わったネットの世界を概観したい人。


■ 関連しそうな本

 梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
 佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』
 小川 浩 (著)サイボウズ株式会社, 後藤 康成 (著)株式会社ネットエイジ 『Web2.0 BOOK』
 嶋田 淑之, 中村 元一 『Google―なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか』 2005年08月18日


■ 百夜百マンガ

ハゲしいな!桜井くん【ハゲしいな!桜井くん 】

 男にとっての大問題であるにもかかわらず、なかなかマンガになりにくかったのは、やはり生々しすぎるからでしょうか。
 劇画タッチのハゲ漫画とかあったら笑えないですね。

2006年6月19日 (月)

世論の政治心理学―政治領域における意見と行動

■ 書籍情報

世論の政治心理学―政治領域における意見と行動   【世論の政治心理学―政治領域における意見と行動】

  ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳)
  価格: ¥1,995 (税込)
  世界思想社(2004/12)

 本書は、世事における世論に関する過去の研究成果を体系的に整理するためのコンセプトを作り出すことを目的にしたものです。本書は主に第二次大戦以降のアメリカを主な対象とし、「アメリカ人はあまりに無知で、狭量で単純なために、賢明で、分別ある政治への参加ができていない」という懸念に対し、「『集合による奇跡』のおかげで全体として見たアメリカの世論は情報に通じていて洗練されている」という結論を示しています。
 市民が十分な情報を獲得していないという民主主義の課題に関しては、ダウンズの「合理性に基づく無知」や、エリートやテレビ番組などの専門的な情報源に頼ることによって、「政治についての大量の知識がなくとも、理由を十分に自覚したうえで、政治的に選択していると思われる」という「ヒューリスティック」(発見法)などの分析が解説されています。著者は、「人々のうち、政治的抽象概念を使う人はごく少数である。」と要約しています。「全体としての公衆」がどのように賢明な選択ができるのか、という問題に関して、(1)機械的な多数決の原理の世論への適用、(2)コンドルセの陪審の一般法則より「集団としての世論」は完全情報の下で公衆がとるであろう見解に近づくというもの、(3)複雑な政治システムを通じて、情報提供→分析の後に意見が広められるというプロセスである「集合的な討議」により賢明なものになりうるというもの、の3つの説明を与えています。
 また、世論を構成する大きな要素である「個人的利益」の問題に関しては、自己利益が重要になりうるのは特定の状況に過ぎず、世論を動かすものとしては不十分であるとしています。その上で、自己利益以上に「自己の集団にとって何が利益になるか」という集団の利益や集団感情が世論を形成する大きな役割を果たしていると述べています。
 世論の研究に不可欠な政治的なキャンペーンに関しては、マスメディアの影響として、「課題設定」や「プライミング」(政治的判断や政治的選択のための言葉を前もって教え込む)という問題について解説しています。
 政治参加に関しては、平均的なアメリカ人は政治との関わりが少なく、政治活動の多くは少数の国民によって行われ、「人生という大掛かりなサーカスの中で、政治は余興のようなものに過ぎないのである。」と述べています。この点に関して、レーンは、
・内的な政治的有効性感覚:自分が政治的影響力を有するとのイメージ
・外的な政治的有効性感覚:政府は人々の声に敏感であるとのイメージ
の間に大きな隔たりがあることを指摘しています。
 最後に著者は、結論として、「社会心理学と政治学の間で続けられている対話は、非常に有益なものである。」という言葉で締めくくっています。


■ 個人的な視点から

 世論に関する研究は、政治学でも社会心理学でも大きなトピックではありますが、本書のような二つの学問分野をクロスオーバーした研究は、実務家にとっては単なる専門書以上に得られるものが大きいような気がします。
 研究者は「学際的」という言葉を使うときには、ものすごい大変な偉業のように語ったり、決して踏み込んではならないタブーのように忌み嫌ったりします。学者の中には、「君はどっちの立場につくのか」という踏み絵を迫る人もいますが、実務家にとっては現実に目の前に問題が存在しているのです。


■ どんな人にオススメ?

・民主主義における世論の重要性を確認したい人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年6月23日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 横江 公美 『Eポリティックス』 2005年02月11日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 佐々木 毅 『政治学講義』 2005年03月11日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日


■ 百夜百マンガ

ダッシュ勝平【ダッシュ勝平 】

 最近、長編作品『龍』を書き終えた作者の初期の作品です。
 やっぱり新人マンガ家は最初はコミカルなものから書かされるものなのでしょうか。
 それとも、シリアスな作品を書く上でもマンガの基礎体力としてのギャグは欠かせないのかもしれません。

2006年6月18日 (日)

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

■ 書籍情報

ユーザーイリュージョン―意識という幻想   【ユーザーイリュージョン―意識という幻想】

  トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳)
  価格: ¥4410 (税込)
  紀伊國屋書店(2002/09)

 本書は、「意識とは何か、人間生活のどれほど多く――あるいは、どれほどわずか――が本当に意識的であるといえるか」という問題に対し、数多くの科学的洞察を紹介することによって、私たちの自己認識や自由意志の捉え方にとってのこれらの洞察の意味合いや、この世界を理解する可能性、人間同士が言語という狭い経路以外のところでどれだけ接触を持っているのか、を語ったものです。
 本書の構成は、
・第1部「計算」
・第2部「コミュニケーション」
・第3部「意識」
・第4部「平静」
の4部構成になっていて、本書のタイトルになっている「ユーザーイリュージョン」は、第3部で語られています。
 第1部では、サイエンス読み物で何度も登場する「マックスウェルの魔物」やチューリング・マシーンなどが語られています。ここでの登場人物は、人工知能関係の本に共通する、ゲーデルやヒルベルト、チューリング、ウィーナー、チャイティン達です。
 第2部では、第5章「会話の木」で、「ある人が最終的なメッセージを作り上げる過程で、意識にある大量の情報を処分し、メッセ維持から排除」した「外情報(exformation)」(処分された情報)について解説されています。この例として、『レ・ミゼラブル』の売れ行きが気になるユゴーと編集者の間で交わされた「?」と「!」という短い通信文や、所謂「便りの無いのは良い便り」などの例が紹介されています。そして、意識が処理できる情報量(帯域幅)との関連で、「<外情報>は情報より重要である。人が口にした言葉を理解するより、その人の頭で起きていることを知る方が大切」であることが述べられています。
 また、本書がよく引用される「意識の帯域幅」に関しては、感覚器官による知覚の段階では、目は少なくとも毎秒1000万ビットを、皮膚からは100万ビット、耳からは10万ビット、嗅覚器官から10万ビット、味蕾から1000ビットなど、合計毎秒1100万ビット(ということは11Mbps?)を超える情報が、外界から感覚メカニズムに入ってきているのに対し、私たちの意識は、毎秒およそ40bps鹿知覚していないことが紹介されています。このことを、ドイツの生理学者のトリンカーは、「人間の頭には、意識が知覚する情報の100万倍の情報が入ってくる」と要約し、「我々の感覚器官から能に常時流れ込んでくる情報のうち、意識に上るのはほんの一部だ、知覚作用と統覚作用の容量の比率は、よくて100万対1である。すなわち、我々の目が見、耳が聞き、その他の感覚器官が伝える情報の100万分の1だけが意識に現れる」と述べています。一方で、本書では「意識を呼び起こすことなく行える」高度な仕事の例として、自動車の運転などがあることも述べられていて、これは第3部の「二分心」の解説にもつながっていて、ジェインズの「意識が心的営みに占める割合は、我々が意識しているよりはるかに小さい。というのも、我々は意識していないものを意識することができないからだ」という言葉が引用されています。
 さらに、錯覚の例を多く紹介し、「意識が外界を経験するはるか以前に、感覚情報は無意識のうちに処分され、物事の解釈がすんでしまっている」こと、すなわち「私たちの経験する事柄は、意識される前に意味を獲得している」ことを述べています。そして、「意識を生み出すにも時間がかかる」こと、すなわち、「意識に時間がかかるなら、意識はつねにいくらか遅れていることになる!」という問題を提起しています。
 第3部では、意識のリアルタイム性に関する「準備電位」などの議論(指を動かそうと決意する前に脳が始動しているのなら、人間の自由意志があるといえるだろうか)を紹介しています。そして、本書の中心的なテーマである<私>と<自分>の問題に踏み込んでいきます。著者は、自由意志の問題に対する解答を、「人には自由意志があるが、それを持っているのは<私>ではない。<自分>である」と述べています。ここで、<自分>とは、「<私>、意識ある<私>、が引き起こすことのない、あるいは実行することのない、体の動きや精神作用全ての主体が含まれる。<私>という言葉には、意識に上る体の動きや精神作用が全て含まれる」ものであるとされています。
 また、本書のタイトルである「ユーザーイリュージョン」(コンピュータの設計に関する用語で、ユーザーが描くコンピュータのイメージ)に関して、「意識が示すものは、生のデータのように思えるが、じつはコンテクストというカプセルに包まれて」いること、「感覚とは、体験された感覚データに深さを与える処理がなされた結果」であること、そして、「人が体験するのは、生の感覚データではなく、そのシミュレーション」であることが述べられています。そして、「私は、私自身の、私にとってのユーザーイリュージョン」であることを指摘しています。
 さらに、意識の起源に関しては、1976年にジェインズによって提唱された「二分心」仮説の発展型として、紀元前1000年頃に誕生した意識が、西暦500年頃にはもう一度消滅し、それが500年以上続いたとする説を紹介しています。
 第4部では、ガイア理論や細胞内共生説、複雑系などが紹介されています。ただし、第3部までの盛り上がりに比べると「平静」のタイトルどおり、やや盛り上がりに欠ける感じがします。
 本書は、意識という哲学的なテーマに対して、科学の視点からアプローチした良書で、500ページをはるかに超える大著ですが、一気に読みきってしまいました。


■ 個人的な視点から

 「魔法の数7」に関しては、人間が一度に情報処理できるのは「7プラスマイナス2」という記述がありました。学生時代に予備校で事務のアルバイトをしていた時に、生徒にプリントを配ることが多く、プリントを扇型に広げ5枚ずつ数える数え方を覚えました。これも人によって流儀があって、3+2で「5,10,15」と数える人もいるのですが、私は一度に5枚を見るようにしています(もちろん銀行員の「札勘」には全くかないません)。ところが、さすがに一度に10枚は認識することはできません。やはり「7プラスマイナス2」しか認識できないようです。
 こんなところにも脳の働きが解明されているかと思うと、なかなかハードルの高い本書も親しみがもてるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・普段意識することのない、自分の「意識」について考えてみたい人。


■ 関連しそうな本

 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日


■ 百夜百音

Barbee Boys【Barbee Boys】 バービーボーイズ オリジナル盤発売: 1992

 男女ツインボーカルで男と女の恋愛模様を歌うバンド。面白いけど、すぐにネタが尽きそうな気もします。
 イマサのアルペジオギターがアンディ・サマーズっぽくてかっこよかったです。
 他のメンバーはどこに行ってしまったやら。


『星のかけらを探しに行こう~Again』星のかけらを探しに行こう~Again

2006年6月17日 (土)

言い間違いはどうして起こる? もっと知りたい!日本語

■ 書籍情報

言い間違いはどうして起こる?    もっと知りたい!日本語   【言い間違いはどうして起こる? もっと知りたい!日本語】

  寺尾 康
  価格: ¥1575 (税込)
  岩波書店(2002/11)

 本書は、「みやこ」を「みそら」と言い間違えてしまうような、「ついうっかり間違ってしまった言葉」を糸口にして、「言葉が発せられる現場を観客席からではなく、こっそり舞台裏から楽しむ」ことによって、日本語の姿を分析し、話し手本人が意識できない発話メカニズムを知ろうというものです。。著者は、大量の言い間違いの事例の分析の中から、「言い間違いは『間違い』と言う言葉自体の持つイメージとは正反対に、決して無秩序に起こるものではな」く、「そこにはきれいな規則性があること」を述べています。
 著者は、言い間違いを、「故意にではない、発話の意図からの逸脱」と定義しています。
 言い間違いには、いくつかの基本形があり、本書では、
・付加型
・欠落型
・代用型
・交換型
・混成型
・移動型
の6つのタイプが示されています。このうち、最も頻度が高いのは、全体の80%を占める代用型で、他には欠落8%、交換5%、混成2%の順になっているそうです。
 本書は、これらの言い間違いが生じるメカニズムを、言語学的な単位や、音韻構造、心理学的な分析など、様々なアプローチを駆使して、
(1)語彙代用の誤りが生じるメカニズム
(2)混成の誤りを引き起こす要因
(3)音韻代用を説明するモデル
(4)音位転倒が生じるメカニズム
のそれぞれについて解説しています。
 著者は、「私たちの発話は限られた時間と求められる正確さとのせめぎ合いの中で展開」されるものであり、「そもそも言い間違いには、間違ったとしても聞き手には理解できる、という許容範囲があるよう」であると述べています。
 本書は、日々、様々な言い間違いをしている私たちにとって、言い間違いが当たり前のことであることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で最初に取り上げられている言い間違いは、昭和59年の紅白歌合戦で、これを限りに引退すると宣言していた都はるみを紹介しようとした総合司会のアナウンサーが、つい、「みそら」と口走ってしまったという事件です(このアナウンサーは進退伺いまで書いたそうです。)。
 著者は、この言い間違いが生じた要因として、
(1)意味的特徴の一致:紅白でトリをとれるような大物女性歌手
(2)音韻的特徴の一致:3モーラで平板アクセント、/mi/という語頭音を共有
(3)品詞の一致:名詞
(4)心理面:言ってはいけないと思うものほどつい口から出てしまう。
という4つの要因を挙げています。
 そして、言い間違い研究の立場からは、あの誤りは起こるべくして起こった、最も典型的な誤りであると述べています。


■ どんな人にオススメ?

・「言いまつがい」を読んでいて、その規則性に気づいた人。


■ 関連しそうな本

 糸井 重里 (編集) 『言いまつがい』 2006年6月11日
 糸井 重里 (編集) 『オトナ語の謎。』
 加藤 重広 (著), 町田 健 (編集) 『日本語学のしくみ』
 町田 健 (編集), 加藤 重広 (著) 『日本語語用論のしくみ』
 野口 恵子 『かなり気がかりな日本語』
 野田 尚史 『なぜ伝わらない、その日本語』


■ 百夜百音

嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト-オール・シングルス+爆笑セレクション1983~1989-【嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト-オール・シングルス+爆笑セレクション1983~1989-】 嘉門達夫 オリジナル盤発売: 2005

 知人が営業で嘉門達夫のツアーに参加したとき、昔ファンだった東南西北のベースの人がバックバンドに入っていたのでビックリしつつも盛り上がったそうです。
 嘉門といえば、加山雄三→嘉門雄三→嘉門達夫つながりということで。このLP実家にありました。


『もも』もも

2006年6月16日 (金)

コンピテンシー面接マニュアル

■ 書籍情報

コンピテンシー面接マニュアル   【コンピテンシー面接マニュアル】

  川上 真史, 齋藤 亮三
  価格: ¥2415 (税込)
  弘文堂(2005/12)

 本書は、企業にとって最も重要な資産である人材を獲得する上で、これまで人事の若手スタッフに適当に任せられてきた人材採用、特に面接を、新規の設備投資やIT投資を行う場合と同じような重要な意思決定として位置づけ、そのための手法としてのコンピテンシー面接の具体的な方法を、ふんだんな事例とともに紹介しているものです。
 「コンピテンシー」とは、英和辞典では「能力」と訳される言葉ですが、あえてカタカナで表記する理由として、「能力を見る観点が、従来の能力観とは異な」り、「成果につながるかどうか」という観点から能力を見ることを意味していると述べられています。
 コンピテンシーは、元々は米国の政府機関における人材採用手法として開発されたもので、1990年代後半からは、日本でもコンピテンシー面接が注目を集め、2000年からは、東京海上日動火災保険をはじめとする多くの企業に採用されたことが述べられています。その理由としては、多くの日本企業の人事担当者が、「頭もよい、性格もよい人材を採用しているはずなのに、配属した部署から、人事は現場で役に立つ人材を採用していないと苦情が出て困っている」という悩みを抱えていたからです。
 従来型の面接とコンピテンシー面接の大きな違いは、「優秀かどうか」ではなく「成果を生み出す行動特性を持っているか」、「志望動機、将来の希望などの考え」ではなく「過去の行動事実」を見るという点で、客観的な評価基準を設け、面接手順が構造化・標準化されていること、そしてそのために、一夜漬けの面接対策が効き目を持たないことであると述べられています。
 この面接方法は、企業側だけではなく、採用に応募する側にとってもメリットのあるWin=Winの関係づくりにも効果を持ちます。それは、「とことん話を聞いてくれ、自分をよく理解してくれた上で客観的事実に基づき、公正に評価してくれたという満足感」を持ってもらえるからです。なぜなら、成果につながった過去の体験(行動事実)をたくさん聞き出してくれるコンピテンシー面接は、「自分はこんなふうに考え、行動し、こんな成果をあげてきたという手柄話をするようなもの」であるからです。逆に考えれば、一夜漬けで面接対策をしてきた応募者(採用されない応募者)にとっては、次々と自分の話の底の浅さを白状しなければならず、辛く苦しい面接になるのではないかと思いますが。
 本書の後半には、面接者と応募者との具体的な面接シーンを想定した事例が多数収められており、人事担当者にとっては、ウンウンとうなづけるものが多いのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 過去の面接対策の一つとして、「学生時代のユニークな体験を語る」というものがあります。本書では「自転車で日本中を旅行した」、「数十種類のアルバイトをこなした」などの面接官受けの良い「ユニークな体験」の例が挙げられています。
 著者は、そういう学生に対して面接官が、「どことなく見所がある」「個性的な」人材であるという気になりやすい、という落とし穴を指摘しています。「『他人と違う経験をした』というだけでは、『それがどうした』ということでしかありません」というのは手痛い指摘です。
 これは、数々の面接マニュアルによって「武装」した学生によって、面接官受けの良い「ユニークな体験」が乱発されてきたことへの反省でもあります。就職に役に立つから、という理由で「ユニークな体験」をしようという考え方は、揃いも揃って仲間内で同じような「個性的な服装」をしている中高生と全く変わらないような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・面接の質を上げたい人事担当者


■ 関連しそうな本

 原井 新介 『キャリア・コンピテンシー・マネジメント―どうすれば人材のミスマッチは防げるのか』
 金井 寿宏, 守島 基博(編著), 原井 新介, 須東 朋広, 出馬 幹也(著) 
『CHO―最高人事責任者が会社を変える』 2005年08月23日
 キャメルヤマモト 『稼ぐ人、安い人、余る人―仕事で幸せになる』 2005年05月24日
 キャメルヤマモト 『コツコツ働いても年収300万、好きな事だけして年収1000万―シリコンバレーで学んだプロの仕事術』
 北村 士朗, 中原 淳 (編さん), 荒木 淳子, 松田 岳士, 浦嶋 憲明, 小松 秀圀 
『ここからはじまる人材育成―ワークプレイスラーニング・デザイン入門』 2005年11月16日
 加藤 昌男 『超・成果主義―個力を引き出し強い組織をつくる』 2006年02月06日


■ 百夜百マンガ

包丁人味平【包丁人味平 】

 後に味っ子などに引き継がれる「荒唐無稽な料理対決」の原型を作った作品です。
 今読んでもその無茶苦茶さには驚けると思います。

2006年6月15日 (木)

ブロードバンド時代の制度設計

■ 書籍情報

ブロードバンド時代の制度設計   【ブロードバンド時代の制度設計】

  林 紘一郎, 池田 信夫
  価格: ¥2625 (税込)
  東洋経済新報社(2002/04)

 本書は、「インターネット規制政策のあり方研究会」のメンバーを中心に、「米国の情報通信規制を研究し、今後の政策に一石を投じよう」という論文を集めたものです。
 第1章は、この分野の世界的第一人者であるローレンス・レッシグ教授から寄せられています。氏は、インターネットやその他の全てのコミュニケーション・システムが、
・物理層:コンピュータをつなぐ回線。
・コード層:インターネットを構築するコンピュータや回線が、どのように相互作用するかを決定する論理・基本原則。
・コンテンツ層:ネットワーク上で提供されるウェブ上のプログラムや音楽その他。
の3層からなる階層構造であることを述べています。
 この中でも、インターネット以前とインターネット出現後を識別する決定的な特徴が、コード層であり、初期のコード層を決定するプロトコルが、「誰でもアクセスでき、自らの選択に従って使用することのできるオープンな資源」であるという点で「フリー」なものであったことが指摘されています。
 著者は、この「フリー」であったコード層の特徴が、物理層とコンテンツ層の両方で起こった変化によって台無しにされようということを、「古くからある利害関係者が、どうやって政府と市場に影響力を行使し、新参者のもたらした創造から身を守ったか」という話であるとして述べています。そして、現在、政府が、
・既存の大企業の側:法と規制を使って自らをインターネットが提供する創造の機会から守ろうとする。
・新しい創造の側:市場とわれわれが誰も創造できなかったような機会を作り出す。
のどちら側に立つのかという根本的な選択を迫られていると述べています。
 また、第5章の池田信夫氏は、電波利用の「免許」制度が前提としている、電波が「稀少な資源」であるという通年に疑問を投げかけ、インターネットの急速な普及や、デジタル無線技術の発達が、この前提に基づく「放送型」電波行政から問題点をあぶりだしていることを指摘しています。
 この中では、スタンフォード大のミルグロムとウィルソンがゲーム理論(より正確にはオークション理論)を用いて設計した「同時多段階オークション」を行うソフトウェアによって、米国連邦政府が周波数オークションで77億ドルの収入を得ることができたことを紹介しています。
 著者は、電波を「土地と同様に稀少な資源」とする考え方が、最近のデジタル無線技術の発展によって過去のものとなりつつあることを、「国家が赤い色についての権利を売ることができるのか? Aフラットの音階は?」というNoamの言葉を引用しながら解説し、「周波数は、信号の送信者を識別できないというアナログ無線機の処理能力の制約のために、便宜的に使われた識別特性にすぎない」と指摘しています。
 この他にも、インターネット規制に関する(当時)最新の論文が集められた本書は、政府による規制に関心のある人や、通信技術の活用に関心を持っている人にお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 土屋大洋氏が執筆している第7章では、「ハイテク装置の開発専門技術者、テクニシャン」を意味する「テッキー(techie)」という言葉が紹介されています。最近は、「ナード(nerd)」や「ギーク(geek)」の方が使われている気がします。
 直接関係ないのですが、80年代には『TECHIE』というテクノポップの専門誌が存在していました。こちらは「テッチー」と呼んでいましたが。
 これらの間には、大きな壁があるようですが、テクノポップ好きの中にはコンピュータの方面にもオタクぶりを発揮している人が数多くいましたので、案外かぶる部分は大きいかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・インターネットと政府の関わり方に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 エリ ノーム, トーマス・W. ヘイズレット, ローレンス レッシグ, リチャード・A. エプスタイン (著), 国際大学グローバルコミュニケーションセンター (翻訳), 公文 俊平 『テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか』 2006年05月12日
 奥野 正寛, 池田 信夫 『情報化と経済システムの転換』
 池田 信夫 『ネットワーク社会の神話と現実―情報は自由を求めている』 2005年09月17日
 国領 二郎 『オープン・アーキテクチャ戦略―ネットワーク時代の協働モデル』 2005年11月10日


■ 百夜百マンガ

ブレイクショット【ブレイクショット 】

 ライブドアの株主総会が開かれたのは幕張メッセですが、「マッセ」といえばこの作品。
 当時はあちこちのゲームセンターにビリヤード台が置かれたり、急ごしらえのプールバーが出てきましたが、マンガを真似してマッセで穴を開けちゃう人が続出したので「マッセ禁止」の店が続出しました。

2006年6月14日 (水)

日本システムの神話

■ 書籍情報

日本システムの神話   【日本システムの神話】

  猪瀬 直樹
  価格: ¥700 (税込)
  角川書店(2002/10

 本署は、道路公団民営化推進委員として小泉改革の重要な一角を担った著者が、2001年から2002年にかけて、国会議員の勉強会や東京大学経済学部での講義、外国特派員協会等で行った講演等を収めたものです。
 著者は、大正時代の関東と関西の私鉄の発達における、ハードだけでなくソフト(遊園地やターミナル駅のデパート)のインフラ整備の例を挙げながら、日本道路公団を始めとする「国営企業」が、隠れ不良債権が表面化せず、倒産しないから経営努力をしないことを指摘しています。
 第1章は、国会議員との勉強会での講演ですが、ここでは、「1940年体制」と呼ばれる日本経済がソビエト、ドイツと並び、徹底した国家による統制経済で傾斜生産方式と呼ばれる産業振興を行ってきたこと、高度経済成長まではエリート官僚によるコントロールが成功していた要素もあること、電電公社の時代に誰も電話を取らないので「電話にでんでん公社」のようなものだったこと、昔のタバコ屋が一軒一軒距離を置いていたのは、戦争未亡人が生活するために地域独占されていたこと等が語られています。
 第2章では、東大経済学部の講義の中で、『日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦』でも紹介されている、東条内閣の唯一の生き残り(1982年当時)であった鈴木貞一元企画院総裁へのインタビューの様子が語られています。千葉県成田市の農村に隠棲し、近所の人から「閣下」と呼ばれる老人へのインタビューは、何だか映画のワンシーンのようです。ここでは、鈴木元総裁が、開戦後3年分の石油は何とかなるという辻褄を合わせるための数字を出したことを聞き出したエピソードを紹介しながら、現在の道路公団の改革でも、執拗に数字の根拠を要求している理由を述べています。また、現在でも驚くような数字の辻褄合わせが行われている例として、羽田空港再拡張時にメガフロートとの競争に晒された土木業界が、1.5兆円、工期10年の見積を、「分刻みの工程」で努力したといって、3分の1の5千億円、4分の1の二年半の工期で再提出した例を挙げています。
 この他、当時話題を独占していた鈴木宗男議員が拓殖大学出身であることに触れ、「戦前の拓殖の精神が行き場を失った結果、歪んだ形に膨れ上がった」ものが、鈴木議員の絡んだODA疑惑であったことを述べるなど、当時の猪瀬氏の主張のエッセンスを凝縮した「ダイジェスト版・猪瀬直樹」とも言うべき内容になっています。
 個別のトピックではなく、猪瀬氏の行革絡みの主張を概観したいという人には、1冊目としてお奨めできるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書での猪瀬氏の攻撃の矢は、官僚や国会議員ばかりに向けられているわけではありません。「第三者」の肩書きで、道路がらみの公共事業にお墨付きを与えてきた大学教授らの審議会委員に対しても、「族委員」という言葉で激しく攻撃しています。
 確かに、「御用学者」という言葉は昔から使われ、加藤寛千葉商科大学学長のように、国鉄民営化をはじめとする数多くの審議会の委員を務める研究者の名前は知れ渡っていますが、本書で紹介されている道路公団がらみの審議会の委員は技術系の人が多いせいか、個人的にはあまり名前を聞いたことがありません。
 本書のようなやり方がいいかどうかは議論があるかもしれませんが、完成して供用開始されてから様々な問題が露呈するような事業については、その着手にお墨付きを与えた「族委員」たちに記者会見で弁明してもらうという習慣ができると、第三者だからといって何でもYESとは言えなくなるかもしれません。引き受け手がいなくなるのかもしれませんが。


■ どんな人にオススメ?

・道路公団と激しく戦っていた頃の猪瀬氏の主張を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 猪瀬 直樹 『道路の権力』 2006年6月5日
 猪瀬 直樹 『日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦』 2006年01月01日
 猪瀬 直樹 『ミカドの肖像』
 加藤 秀樹, 構想日本 『道路公団解体プラン』 2006年5月18日
 野口 悠紀雄 『1940年体制―さらば戦時経済』
 田中 一昭 『偽りの民営化―道路公団改革』


■ 百夜百マンガ

静かなるドン【静かなるドン 】

 『漫画サンデー』というとラーメン屋においてあって、そこかしこにラーメンの汁がシミになっているイメージがあります。
 それにしてもテレビドラマ版の中山秀征は「静か」なイメージとは正反対のような気がします。

2006年6月13日 (火)

日本のお金持ち研究

■ 書籍情報

日本のお金持ち研究   【日本のお金持ち研究】

  橘木 俊詔, 森 剛志
  価格: ¥1890 (税込)
  日本経済新聞社(2005/03)

 本書は、日本の「お金持ちたち」の実態を幅広い角度から、系統的・学問的にアプローチしたものです。
 著者は、私たちがお金持ちに持っているイメージとして、
(1)何か、とんでもなく新しい発明でもしないと、お金持ちなどにはなれない。
(2)親から、とてつもない財産を相続でもしなければ、お金持ちなどにはなれない。
(3)何か素晴らしい才能に恵まれていなければ、お金持ちなどにはなれない。
(4)法律ぎりぎりの危ないことでもしないと、お金持ちなどにはなれない。
を挙げ、これを「特異な人しかお金持ちになれない仮説」と名づけています。しかし、これまで日本のお金持ち像は系統だって明らかになってきませんでした。そこで、著者は、全国6000人の全国の億万長者にアンケートを行います。著者は、この試みに対して知人から、(1)金持ち多忙説、(2)金持ち猜疑心説、(3)金持ち危険説の3つの理由から警告し、回答率は5%を切るのではないかと心配されますが、結果的には有効回答数465通、約8%の回答がありました。
 この集計結果から、日本のお金持ちは、
(1)東京在住の企業家
(2)地方在住の開業医
の2つのタイプに分けられることが明らかになっています。
 また、これらのアンケートおよび追加的なインタビューからは、「成功のモデルは変わった」ということが明らかになりました。企業であれば、「名門大学に行き→大企業で出世する」というサラリーマン社長のモデルからベンチャー企業を設立する起業家モデルへ、医師であれば、国立の大病院で主流の内科や外科の教授になることから、傍流の眼科、美容外科を若いうちに開業独立する医師が経済的成功のモデルになっています。
 さらに本書は、日本の経営者の特性の変化について、明治期に遡って分析しています。明治期には、財閥系企業において、「身分は高く、しかも教育水準が高くて、海外経験のあるエリートが、若い時期から企業経営にあたった」ことが述べられています。戦後は、経済的に豊かではない家庭の子供にも、能力と意欲のある人には大学進学の道が開かれたため、本書では、経営者層と学歴との関係が論じられています。しかし、経営者自身の自己診断によれば、経営者になるために大切なものは、
(1)幅広い分野を経験し、全社的な見方ができるようになった。
(2)部下から厚い信頼を得、かつ支持を得ていた。
(3)自分の専門分野で大きな業績をあげた。
の3点に加え、
(4)よい上司に恵まれた。
(5)運がよかった。
の計5点が挙げられています。
 日本の「上流階級」について論じた第4章では、「社会を実際に動かしている人は必ずしも経済的に非常に裕福な人ばかりではない」点に着目し、過去には、「日本の社会・経済を動かす層としては、政治家や官僚の方が大きな影響力を持っていた」が彼らの所得は一部を除いてそれほど高くない点に言及したうえで、規制改革の時代になり、「政官財の三者による支配構造の中から官が脱落する可能性」について述べています。
 お金持ちの日常生活というと、「豪華客船に乗り世界一周の旅行や、週末にはクルーザーを走らせたり、自家用ヘリコプターで空中散策を楽しんでいる」というイメージがあるかもしれませんが、余暇の過ごし方の実態としては、旅行などのレジャー派と仕事人間に大別され加齢につれて仕事人間が増加する傾向があることが明らかになっています。
 また、高額納税者が経済的成功をおさめるのに重要であると回答した要因は、
(1)肉体的・精神的に健康である
(2)自分の職業を愛している
(3)正直な人柄
の3点であるのに対し、重要でないと回答したものは、
(1)一流大学に行く
(2)器用さ・要領のよさ
(3)知能指数が高い・優秀な頭脳を持つ
であることが述べられています。
 本書は、テレビなどで面白おかしく取り上げられることの多い日本のお金持ちの実態をできるだけ正しく伝えようという稀な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 日本のお金持ちに対するイメージは、主にマスコミを通じて形成されているのではないかと思われます。古くは、「宮尾すすむと日本の社長」を筆頭に、高田純次の「お嬢様を探せ」など、お金持ちを紹介し、その感覚のズレを笑いのネタにした番組はたくさんあります。その中では数多くの名物社長をテレビに登場させ、「素人いじり」という芸風も確立されています。古くは城南電器の「宮路社長」から、APAホテルの社長、最近ではホリエモンもお茶の間の人気者になっていました。
 本書は、こういった誇張された「お金持ち」のイメージの影に隠された以外に地味な生活を垣間見せてくれる貴重な機会ではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・本物の「日本の社長」の実態を知りたい人。
・「お金持ちになれる本」がいかに胡散臭いかを確認したい人。


■ 関連しそうな本

 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年2月10日
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 山田 昌弘 『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』 2006年01月11日
 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『日本の所得格差と社会階層』 2006年02月01日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 佐藤 俊樹 『不平等社会日本―さよなら総中流』 2005年03月22日


■ 百夜百マンガ

右曲がりのダンディ【右曲がりのダンディ 】

 お金持ちを徹底的に揶揄したマンガですが、子供たちにはそんなことより「ともだちんこ」の方が受けたみたいです。

2006年6月12日 (月)

OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて

■ 書籍情報

OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて   【OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて】

  ヘンリー チェスブロウ (著), 大前 恵一朗 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  産業能率大学出版部(2004/11)

 本書は、イノベーションの方法自体のイノベーションのための「オープン・イノベーション」について論じているものです。著者は、イノベーションのイノベーションが必要な理由として、
(1)企業の外部から情報を得ることが格段に容易になったこと。
(2)優秀な人材は1つの組織に所属しなくなってきたこと。
の2点を挙げています。
 著者は、巨大企業のイノベーションの失敗の研究から、「イノベーションをマーケティングするプロセスが大きな変化を遂げている」として、従来型の「クローズド・イノベーション」から「オープン・イノベーション」への、「イノベーションのパラダイム・シフト」が起こっていることを指摘しています。ここで、クローズド・イノベーションとは、
・業界で最も優秀な人材を雇わなければならない。
・新製品をマーケットに出すためには自ら開発しなければならない。
・最も早く新製品を開発した者が、それを最も早くマーケットに出すことができる。
・イノベーティブな商品を最初にマーケットに出した者が勝つのが普通である。
・業界最大の研究開発投資をすればベストな新製品が開発でき、業界をリードすることができる。
・知的財産を守り他者が真似のできないようにすべきである。
という性質を持つのに対し、新しいアプローチである「オープン・イノベーション」は、
・社内に限らず社外の優秀な人材と協働して働く。
・外部の研究開発によっても大きな価値が創造できる。
・利益を得るためには、必ずしも基礎から研究開発を行う必要はない。
・社内と社外のアイデアと最も有効に活用できた者が勝つ。
・他社に知的財産権を使用させたり、他社の知的財産権を購入するビジネスモデルの発展も考える。
という性質を持つと述べられています。
 本書では、クローズド・イノベーションの典型例として、GUI(現在のウインドウズやマックでお馴染みのマウスやアイコン)やイーサネット等を生み出したゼロックスのPARC(Palo Alto Reserch Center)を取り上げています。そして、PARCを飛び出した研究者達がその商品化に成功したことに触れ、「PARCで開発されたテクノロジーは、オープン・イノベーションにおいてのみ、真に経済的価値を創造することができた」と述べています。このことを著者は、「変化の激しい時代においては、企業はチェスのみならずポーカーもプレーできなければならない」と表現しています。
 また、20世紀前半に、企業内部の「中央研究所」が大きな役割を果たした理由として、これらの企業が「規模の経済」による業界独占と「範囲の経済」による新素材・新製品の開発に成功したことを挙げています。そして、これらのクローズド・イノベーションが時代遅れになった理由を
(1)優秀な労働者の増加と流動化
(2)ベンチャー・キャピタルの登場
(3)棚上げされたアイデアの流出
(4)外部サプライヤーの増加
の4点であると述べています。
 さらに本書では、ケースの分析として、
・ゼロックス社のクローズド・イノベーションとそこから飛び出した3Com・Adobeのオープン・イノベーション
・クローズドからオープンへのIBMの変遷
・インテルのオープンイノベーション
等を解説しています。
 本書は、IT業界を舞台にしていますが、イノベーションを生み出すためには何が必要か、を考えるすべての人にヒントを与えてくれるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 読み物として面白かったのは、現在のコピー機のビジネスモデルの誕生にまつわる逸話です。1950年代半ばに開発されたxerographyというトナーを紙の上に電子的に配列する技術の商品化に当たり、従来より高速で高品質のコピーが取れるにもかかわらず、湿式または熱式コピー機が1台300ドルの時代に、xerographyは1台2000ドルも製作費がかかるために、商品化はむずかしいと考えられていました。当時のコピー機のビジネスモデルは、コピー機本体と消耗品の両方から利益を得る「安全カミソリ方ビジネスモデル」だったからです。当時、1日あたり15~20枚程度のコピーしか作っていなかった時代にそんな高いものは売れないと考えられたのです。
 しかし、Haloid社(ゼロックス社の前身)は、高額なコピー機を月95ドルでリースし、毎月2000枚を超えるコピーにのみ1枚4セントを請求するという新しいビジネスモデルを作り出しました。この結果、多くの顧客は1日で2000枚以上のコピーを取り、2日目から利益が上がるようになり、ゼロックス社は世界的な大企業に発展しました。
 面白いのは、こうして生み出した莫大な利益をPARCに投入した結果生み出された多くのイノベーションは、ゼロックス社の外部で花開いたということです。


■ どんな人にオススメ?

・これまでのイノベーションの起こし方に行き詰まりを感じている人、。


■ 関連しそうな本

 マイケル ヒルツィック (著), 鴨澤 眞夫, エ・ビスコム・テック・ラボ (翻訳) 『未来をつくった人々―ゼロックス・パロアルト研究所とコンピュータエイジの黎明』 2006年2月19日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』
 国領 二郎 『オープン・アーキテクチャ戦略―ネットワーク時代の協働モデル』 2005年11月10日
 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 米倉 誠一郎 『経営革命の構造』 2005年09月09日


■ 百夜百マンガ

男一匹ガキ大将【男一匹ガキ大将 】

 作者を発掘したいきさつについては、西村繁男『さらばわが青春の「少年ジャンプ」』に詳しく書かれていて、まさに主人公のキャラクターそのものといった感じの好青年だったそうです。
 キャラクターや生い立ちこそまるで違いますが、才覚と人脈で財界を震撼させた村上氏も万吉に憧れながら育ったのでしょうか。

2006年6月11日 (日)

言いまつがい

■ 書籍情報

言いまつがい   【言いまつがい】

  糸井 重里 (編集)
  価格: ¥1575 (税込)
  東京糸井重里事務所(2004/02/14)

 本書は、「言い間違いや、やり間違い、長い間の勘違いなど、日常に起こったあらゆる間違い」である「言いまつがい」を、編者が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」で蒐集したものです。本書の冒頭には、「編集部からのお願い」として、「不特定多数の人々が集まる場所、真剣さが必要な場面などでは読まないでください。」、「編集部は一切の責任を負いません」と断り書きがあり、例として、「電車内・会議中・授業中・図書館・高級寿司店・おしゃれオープンカフェ・見合い中・ひげそり中・葬儀中・争議中・息を潜めて穴倉に潜伏中・二枚目気取り中・恐喝中・取り調べ中・講習会・公衆トイレなど」が挙げられています。この中には、物理的に本を読むのが難しそうな場面も含まれていますが、実際に読んでいなくても、さらに危険な「思い出し笑い」も想定されますので、例えば、重要な会議がある日の朝や、髭剃り前には読まないほうが安全ではないかと思われます。
 本書は、最も言いまつがいの危険性が高い慣用句のコーナーから始まります。p.17の「のんだらのむな、のるならのるな」は、以前、ガキの使いで、山崎邦正が「飲んだら飲むな」というネタで使っていたような気がします。また、「馬車馬」と「種馬」は、職場の先輩が、「昼は馬車馬のように、夜は種馬のように働く」をキャッチフレーズにしてました。
 有名人の名前の言いまつがいでは、定番の「シガスカオ」が紹介されていますが、同じタイプでは、「ジョン・ジョンジョビ」とか「ジョン・ボンジョビ」とかがあります。
 病院ネタの「しゅじゅちゅしゅちゅ」関連では、永野のりこの『科学少年01くん』で、「シジチュ」ネタが思い起こされます。「こわいからせめて「手術(しゅじゅつ)」と言っておくれよーっ」というマサハルくんの絶叫が聞こえてきそうです。
 小さい頃に歌詞の意味が分からないまま覚えるせいか、何十年も思い違いをしていることの多い童謡ネタでは、有名な「イージーサン」の言い間違いが出ています(沢木耕太郎氏も間違えて覚えていたそうです。)。実際にはモデルになった女の子は結核をわずらってしまったために船に乗せてもらえず、日本に置いていかれ、そのまま短い人生を閉じたという悲しい逸話もあるのですが。
 また、「ABCのうた」を甥っ子が「ABCDEFGHIJKエロエロピー」と歌っているというエピソードは、投稿した人の方が間違っている、という恥ずかしい話でもあります。つまり、古い世代の人は、「HIJKLNM」でいったん切り、「OPQR~」と続く日本人にも発音しやすいバージョンで歌を覚えていたのに対し、英会話を習い始めたという4歳のこの子は、「HIJKLMNOP」まで一気に歌い、「QRS,TUV」と続く英語圏の子どもと同じような歌い方で覚えていたのだと考えられます。そのため、投稿者は「LMNOP」を「エロエロピー」に「聴きまつがえた」ようです。その意味で、本書に掲載されている内容自体が「言いまつがい」の可能性がある珍しい例ではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 本書で個人的にツボにはまったのは、「ゴールドマン・サックス証券」からの電話を「ゴールド万作商店」に聴き間違えたエピソードです。しりあがり寿氏が描く「万作」っぽいイラストも素晴らしい。しかし、電話での聴き間違いが多いのは、もともと音声だけでは固有名詞の音を全て聞き取るのがむずかしく、聞き取れなかった音を補いながら、自分の頭の中で「漢字変換」するためではないかと思います。この仕組みを解明してくれる人はいないでしょうか。
 また、本書のような投稿モノの場合、昔どこかで聞いたことのあるようなネタを多く見かけます。間違いやすい定番モノである以外にも、投稿する「ネタ職人」たちがどこかから持ってくる場合も少なくないのではないでしょうか。特に、「うちのおばあちゃんが~」とか「先輩が~」というエピソードは、盗作の匂いがするものが多いです。
 こういう、小ネタの歴史的な変遷をたどった研究なんかがあれば読んでみたいです。


■ どんな人にオススメ?

・自分でも気づかない「言いまつがい」を連発している可能性のある人。


■ 関連しそうな本

 糸井 重里 (編集) 『オトナ語の謎。』
 糸井 重里 (編集) 『智慧の実のことば~ほぼ日刊イトイ新聞語録~』
 寺尾 康 『言い間違いはどうして起こる? もっと知りたい!日本語』
 加藤 重広 (著), 町田 健 (編集) 『日本語学のしくみ』
 野口 恵子 『かなり気がかりな日本語』
 野田 尚史 『なぜ伝わらない、その日本語』


■ 百夜百音

Slippery When Wet【Slippery When Wet】 Bon Jovi オリジナル盤発売: 1988

 当時、カセットテープ(AXIA)のCMソングに3曲目の「Livin' on a Prayer」が使われ、日本のお茶の間にもお馴染みになった頃のアルバムです。
 イントロの「ゥワゥワゥゥゥワ」は初めて聞いたときびっくりしましたが、ミニアンプと漏斗とホースでトーキングモジュレーター(トーキングワウ)を自作したときには早速真似してしまいました。


『New Jersey』New Jersey

2006年6月10日 (土)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ

■ 書籍情報

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ   【著作権とは何か―文化と創造のゆくえ】

  福井 健策
  価格: ¥714 (税込)
  集英社(2005/05)

 本書は、「芸術文化活動が活発に行われるための土壌を作る」ことを最大の存在理由としている著作権を、「その目的に沿うように使ったり、設計すること」が私たちに課せられた課題として、具体例を挙げながら解説したものです。
 著者は、著作権を、
(1)それがあなたの権利なら、一定の利用をコントロールできる。
(2)著作権は、著作物について、それを創作した人に与えられる。
という2つのルールによって解説しています。
 本書の第1章では、著作権に関していちばんの論点となる、「創作性」(オリジナリティ)の問題を解説しています。この創作性に関してよく引き合いに出される「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という『雪国』の冒頭の一文も紹介されています。また、「単なる事実やデータは著作物ではない」ことを表した言葉として、「額の汗は報われない」と言う言葉が紹介されています。さらに、アイデアは自由に利用できるという原則と、そこか派生する問題として「パスティーシュ(作風の模倣)」は許されることも述べられています。
 第2章では、よく用いられる「○Cマーク」という著作権表示が、ベルヌ条約加盟国では必要ないこと、著作権にうるさい国として有名なアメリカが、1989年までベルヌ条約に加盟していなかったこと等が解説されています。また、著作人格権の解説には必ず登場する「剣と寒紅」事件についても紹介されています。
 ここまでは一般的な著作権のテキストとあまり変わりませんが、本書が俄然面白くなるのは第3章以降、様々な事例を挙げてあいまいな著作権の世界をクルーズする部分です。特に盗作かどうかを争われた裁判の解説は秀逸です。注目を集めた「どこまでも行こう」と「記念樹」の裁判に関して、真似をするつもりではなく、記憶の奥底に眠っていたメロディが作曲中に浮かび上がってきて、自分の独創だと思って発表してしまった時、それは著作権侵害なのか、という論点が紹介されています(実際にはこの裁判はJASRACという巨大な利権をめぐる権力争いだったとも言われていますが)。
 また、『ウェスト・サイド物語』と『ロミオとジュリエット』の類似点の分析や、シェイクスピアの作品にも古くから代々の底本があったこと、生前のシェイクスピアが、同時代の作家から盗作を批判されていたことに関して「われわれの羽毛で着飾った、成り上がりのカラス」と攻撃されたというエピソード、『ライオン・キング』と『ジャングル大帝』の類似点の分析など、どの話も興味深く読むことができます。
 第4章では、テクノロジーの発達と著作権を守りたい業界との攻防が時代を追って紹介されています。古くは、ビデオデッキの販売をめぐる「ベータマックス事件」から、MDに課せられている「私的録音録画補償金制度」、ナップスター事件などが紹介されたほか、最近のウィニー開発者の逮捕なども紹介されています(さすがに、自分の身内がウィニーを使って捜査資料を流出させてしまったことに逆切れして逮捕したとは書かれていませんが)。
 また、パロディをめぐる、マッド・アマノの裁判や、『バターはどこへ溶けた?』事件の痛烈な皮肉、『脱・ゴーマニズム宣言』事件、「ミッキーマウス保護法」や日本の敗戦に伴う「戦時加算」(敗戦の影は20世紀末のDVDにまで届いているのです)等のエピソードも読み物として興味深く読むことができます。
 本書は、著作権に関する入門書として、また、著作権に関する四方山話としても楽しく読むことができる一冊です。

■ 個人的な視点から

 本署のp.201では、「戦うサイバー法学者」ことローレンス・レッシグ教授を「ハワード・レッシグ」と書き間違えています。では、「ハワード」は一体どこから来たのでしょうか?
 サイバーつながりでは、『思考のための道具』などで知られるハワード・ラインゴールドが浮かびます。また、米大統領選に出馬し、ブログを使った選挙運動で知られたハワード・ディーン候補も浮かんできます。
 実際のところ、本当は誰なのかは分かりませんが・・・。


■ どんな人にオススメ?

・盗作事件に関心を持った人。


■ 関連しそうな本

 豊田 きいち 『著作権と編集者・出版者』 2006年5月4日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日


■ 百夜百音

Human's Lib【Human's Lib】 Howard Jones オリジナル盤発売: 1983

 「ハワード」・ジョーンズかもしれない・・・ということはないでしょうが、この人もずいぶん長い間現役で頑張ってますね。


『Revolution of the Heart』Revolution of the Heart

2006年6月 9日 (金)

ボランティア・NPOの組織論―非営利の経営を考える

■ 書籍情報

ボランティア・NPOの組織論―非営利の経営を考える   【ボランティア・NPOの組織論―非営利の経営を考える】

  田尾 雅夫, 伊佐 淳, 桜井 政成, 川野 祐二, 小島 広光, 吉田 忠彦
  価格: ¥2100 (税込)
  学陽書房(2004/04)

 本書は、私たちが例外なく所属している多種多様な非営利組織の運営に不可欠な組織論・マネジメントに対する理解を深めることを目的としたものです。本書の「効能」としては、
(1)ボランティア・NPOの本質と全体像を把握できる。
(2)集団の成長とそれに応じたマネジメントを知ることができる。
(3)人材や資源を生かす戦略的な思考が身につく。
(4)マネジメント上の問題点を発見できる。
(5)生じた問題の解決に向けての対応策を学ぶことができる。
が掲げられています。
 本書のタイトルにもなっている「ボランティア」という言葉は、徴兵に対する志願兵に由来し、これを支える理念としてのボランタリズムは、
○古典的定義
(1)自発性
(2)無償性
(3)利他性
の3点に加え、
○現代的追加
(1)先駆性:既存の利害関係者に遠慮することなく政治や行政に異議申し立てできる。
(2)補完性:公共・行政サービスでは充たせない社会的需要を充たすことができる。
(3)自己実現性:自分に秘められた可能性を知り、高めたいという動機。
の3つの特徴を併せ持つことが述べられています。
 また、違いが分かりにくい、「NPO」と「NGO」の解説の他、「PVO:
Private Voluntary Organization、民間ボランタリー組織」や「CSO: Civil Society Organization、市民社会組織)という用語も紹介されています。
 本題であるマネジメントに関しては、組織のリーダーの役割として、「目標を立て、組織化し、計画し、統制し、動機づけをし、評価をする」責任を負っていることが述べられています。さらに、非営利組織のマネジメントの特徴として、
(1)ボランティアは、組織という枠組みに拘束されないことを原則としている。
(2)ボランティアその人が、自発的、自律的にその活動に参加していることを前提としている。
(3)ボランティア活動とは、多くの者にとって二次的で部分的な関与でしかない。
の3点を挙げています。
 また、ボランティア活動への参加を促すモチベーションに関しては、
(1)利他主義(alotruism)アプローチ:他者のことだけを考えて、自己犠牲的に、奉仕精神に基づいて行われる活動であるとする立場。
(2)利己主義(egoism)アプローチ:一般交換理論、投資理論、消費理論の3つの理論。
(3)複数動機(multiple motivation)アプローチ:利他・利己の両方に加え、それ以外の動機を含めた複数の動機を併せ持つ。→自分探し、利他心、理念の実現、自己成長と技術習得・発揮レクリエーション、社会適応、テーマや対象への共感
の3つのアプローチを紹介しています。
 これに関連して、ボランティアの活動継続を促す要因として、
(1)業務内容
(2)集団性:「関心縁」、「好縁」
(3)エンパワメント
の3種類があることが述べられています。
 具体的なマネジメントの要点としては、コミュニケーションの円滑化のために、
(1)時間や空間の共有機会をできるだけ多くする。
(2)互いの役割関係の明確化
(3)メンバーシップの明確化
(4)コミュニケーション
(5)小規模化
等の工夫があることが紹介されています。
 さらに、NPOにとっての重要な経営資源である「人材」について、単なる「人手」とは区別して論じ、

         [キーパーソン]……リーダー&補佐(組織の中軸となる人材)
育成・選抜――――――→ ↑
中途採用(即戦力)    ↑
         [人    材]……能力あるヒト
教育・訓練――――――→ ↑
         [人    手]……経営資源のなかのヒト

の図にまとめています。
 NPOを特徴付けるものとしては、企業組織以上に「ミッション」が重要であることが述べられ、「ミッション・ベースト・マネジメント」や「フォー・ミッション」の組織であり、NPOが「ミッションを実現するために設立される組織」であることが強調されています。ミッションは、事業活動を継続する「よりどころ」となる価値、規範、倫理、道徳などを示すものであり、「組織のアイデンティティ」を示す機能を持っている一方で、副作用として、組織が保有する資源の活用を制限・限定する場合もあることが述べられています。
 この他、本書は、NPOにとっても重要なマーケティング(個人および組織の目標を満足させる交換を創造するために、アイディア・製品・サービスについてコンセプトをつくり、価格設定、プロモーション、流通を計画し、実行するプロセス)や、成長戦略、競争戦略・組織再編戦略などについて述べられています。
 本書は、各章が簡潔にまとめられているので、読みやすいだけではなく、NPOに関する勉強会や、学部生や社会人向けの講義のテキストにも適している一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「NPO」という流行りものの言葉に抵抗感を持つ人も少なからずいらっしゃいます。また、古くから活動されている人の中には、権力に対してモノを申す「市民運動」「市民団体」としての活動経歴を持つ人も多く、そういった「プロ市民」的な理念や姿勢、言葉遣い、そして服装や髪型(笑)に馴染めず、一歩距離を置いてしまう人も少なくないのではないかと思います。

・「プロ市民」(Wikipedia)

 これに対して、本書の穏健なところは、『大江戸ボランティア事情』を引用しながら、ボランティアという言葉が日本に入ってくる以前の「互助」の世界を紹介しているところです。現在のNPOにあたる、「町火消しや、講(こう)、結(ゆい)、舫(もやい)、義倉(ぎそう)」などの相互扶助グループの紹介は、横文字の言葉よりもしっくり来る人が多いのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・PTAなど様々な非営利団体の運営に携わっている人。


■ 関連しそうな本

 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年8月29日
 石川 英輔, 田中 優子 『大江戸ボランティア事情』 
 谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
 レスター・M. サラモン (著), 入山 映 (翻訳) 『米国の「非営利セクター」入門』 2005年01月25日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 P.F. ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳), 田代 正美 (翻訳) 『非営利組織の経営―原理と実践』 


■ 百夜百マンガ

ファントム無頼【ファントム無頼 】

 『北斗の拳』でお馴染みの武論尊先生お得意の自衛隊モノです。『右向け左!』でもペンネームは「史村翔」を使ってます。 
 自衛隊員時代に出会った本宮ひろしの仕事場でブラブラしてた縁で原作者になった話は有名です。

2006年6月 8日 (木)

公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋

■ 書籍情報

公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋   【公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋】

  山中 俊之
  価格: ¥1785 (税込)
  東洋経済新報社(2006/05)

 本書は、元外務官僚で、現在は組織人事マネジメント改革のコンサルタントである著者が、述べ1万人近い公務員への研修や述べ1000人程度の公務員へのインタビューに基づき、現在の公務員が抱える問題点を指摘し、人事制度改革の進め方を実例を交えながら解説しているものです。
 日本は諸外国に比べて公務員の人口比率が小さい「小さな政府」だということがよく言われます。しかし、著者は、国家公務員と地方公務員を合わせた400万人(これだけでも十分大きな県の人口と変わらないレベル)に、「公務員もどき」(公社、公団、事業団、政府系銀行など公的な資金が入っている団体に勤務する職員)を加えると約893万人に上ることを指摘しています。また、その人件費は、国家・地方公務員だけで約31兆円(国内総生産の6%)、「公務員もどき」を加えると60~70兆円ではないかと試算しています。
 著者は、これらの人件費が非効率に使われている理由として、公務員の持つ、
(1)目的と手段と取り違える
(2)前例を踏襲する
(3)市民や国民を公平に一律に取り扱わなければならない
という3つの「思い違い」があることを指摘しています。その上で、効率的な国家に求められる、
(1)顧客志向:真に市民や国民といった顧客の方向を向く。
(2)市場志向:民間にできることは民間に。
(3)透明志向:マネジメントの中に透明性を高める仕組みが求められる。
(4)公立志向:同じ成果を出すのに、できるだけ少ないコストで。
の4つの志向を挙げ、これらを人材マネジメントの仕組みに連動させる重要性を述べています。
 著者は、公務員の人事制度の問題点として、
(1)組織のミッションが不明確であること――顧客の視点が弱い
(2)マネジメントが欠如していること
(3)キャリアの重要性の認識が不足していること
の3点を指摘しています。その上で、公務員の人事評価が適切に行われてこなかったことを指摘し、その理由として、
(1)年功的人事
(2)人事評価結果によって解雇されにくい制度
(3)行き当たりばったりの人事異動
の3点を挙げています。
 そして、公務員の人事評価項目として「コンピテンシー」(成果につながる重要な行動)が有効であることを述べ、
(1)成果との関係が明確で、成果に結びつく蓋然性が高い。
(2)役所では目標を数値化できないことが多いため、その代替物として。
という理由を挙げています。また、著者の1000人近いインタビューの経験をもとに、事務職の管理職職員に求められるコンピテンシーは、
(1)顧客満足志向
(2)変革志向
(3)継続的学習
(4)目標達成志向
(5)戦略的立案
の5つであると述べています。
 この他本書では、人事評価の実務について、公務員が陥りやすい問題点を挙げながら、事例を交えた解説を行っています。公務員に特有な留意点としては、
・幹部を対象者から外してはいけない。
・評価できるのは10~15人まで。
・倫理観は当然の前提
・多様な職種を考慮する。
の4点が挙げられています。また、ハロー効果などの一般的な評価エラーの他に、役所独自のエラーとして、
(1)年次エラー:高年次の職員を高く評価する傾向。
(2)残業エラー:残業していることが仕事をしていると錯覚してしまう。
(3)内部調整エラー:波風を立てない無難な職務遂行を高く評価する傾向。
(4)学歴エラー:出身大学が企業以上に重視される傾向。
(5)人格者エラー:倫理観や行動規範に優れた人格者を高く評価する傾向。
の5点を挙げています。
 また、多くの役所で人事評価のためのツールとして誤解されている目標管理が、あくまでマネジメントのツールであることを強調し、
(1)政策施策との連動:行政評価の目標と必ず連動させる。
(2)顧客の視点を重視:「組織の論理」に偏らない。
(3)面接を重視:「目標管理がうまくいっていない=面接がうまくいっていない」
の3点を、公務員の目標管理の前提条件として挙げています。
 さらに著者は、公務員のキャリア形成を促すため、「役所型のπ型人材」(基本知識(横棒)と2つ程度の専門知識(縦棒)を持つ)のススメや、コンピテンシーを用いた異動、庁内公募制度などについて述べています。中でも庁内公募は、
(1)人材の流動化や適材適所の実現による組織風土の活性化。
(2)受身になりがちな公務員の意欲や能力を高める。
(3)特殊な能力や特殊なテーマへの関心を持った人材の発掘。
というメリットがあることを述べ、そのポイントとして、
(1)公募対象ポストはできる限り多くすること。
(2)人事課への直接応募を原則とすること。
(3)公募の決定基準にはキャリア形成を考慮し、募集部署の管理職と人事課の担当者が面接を行うこと。
(4)公募でもれた職員にはその理由をフィードバックすること。
の4点を挙げています。
 最後に著者は、古巣である霞ヶ関を念頭に置いた公務員制度改革として、
(1)公務員人材マーケットの徹底的な流動化:新卒採用をやめ、原則中途採用に。
(2)霞ヶ関キャリア制度の抜本的改革:中途で採用した職員をコンピテンシーや専門知識を活用して厳格な基準で昇任・昇格させる。
の2点を主張しています。
 本書は、「役所の人事制度はおかしい!」と不満を持っている方はもちろん、人事制度改革に携わる担当者にとっても実務的に役立つ一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書に関心を持たれた方は、まずは立ち読みでもよいので、P.85の「甘ちゃん公務員度チェック」をやってみてください。20問中5つ以上「はい」が付くと要注意とのことですが、
・苦情電話にはなるべく出ないようにしている。
・飲み屋で会った人に職業を聞かれても公務員バッシングが気になって口ごもる。
など、思わず「ニヤリ」としてしまう辛口の項目が並んでいます。


■ どんな人にオススメ?

・公務員の人事制度に問題意識を持っている人。
・人事担当者


■ 関連しそうな本

 川手 摂 『戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開』 2005年12月29日
 早川 征一郎 『国家公務員の昇進・キャリア形成』 2006年04月20日
 稲継 裕昭 『日本の官僚人事システム』 2005年02月10日
 上山 信一, 梅村 雅司 『行政人材革命―"プロ"を育てる研修・大学院の戦略』 2005年04月16日
 村山 昇 『「ピカソ」のキャリア「ゆでガエル」のキャリア』 2005年07月19日
 テリー伊藤 『お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」』 2006年03月16日


■ 百夜百マンガ

孔雀王【孔雀王 】

 この作品をきっかけに密教に対する関心を持った人も少なくないんじゃないかと思います。方向としてはなんか違いますが。

2006年6月 7日 (水)

英国地方政府会計改革論―NPM改革による政府間関係変容の写像

■ 書籍情報

英国地方政府会計改革論―NPM改革による政府間関係変容の写像   【英国地方政府会計改革論―NPM改革による政府間関係変容の写像】

  稲沢 克祐
  価格: ¥2300 (税込)
  ぎょうせい(2006/02)

 本書は、ニュー・パブリック・マネジメントと呼ばれるこの四半世紀の政府改革によって、政府の姿、特に地方自治の姿が大きく変わってしまった英国の、「地方政府の行財政改革を会計改革の視点から整理しようとするもの」です。中でも、本書の特色は、わが国で紹介されることの少なかった地方政府改革を、保守党政権の「統制」と労働党政権の「分権」とを対比させ、地方政府会計改革と関連づけて整理しています。
 著者は、本書執筆のきっかけとして、元群馬県庁職員時代の1995年から2年間の英国勤務経験と、財政課で予算編成を経験していたことを挙げています。
 第1章「英国政府会計の概要と改革の前提」では、英国の自治体の特徴として、日本の都道府県と市町村が「重畳的に業務を執行する『縦割り型』」の関係であるのに対し、英国は『二層制でも県と市の間で業務を分担している『横割り型』である」点を挙げています。また、英国と日本の地方政府会計の相違点として、英国では資本支出が少なく、幹線道路・橋りょうの建設、災害復旧、農地改良などの公共事業は国の所管であり、自治体が行う資本投資は、大きなもので公営住宅、学校施設や福祉施設の建設・改築であることが挙げられています。
 第2章「サッチャー・メイジャー保守党政権による地方政府経常会計の改革」では、それまで自治体の守護者であった保守党が、民間企業の経営理念・手法に範を得た「経営(management)」重視の改革に踏み切った理由として、
(1)マネタリズムに基づく公的債務の削減などの財政金融政策。
(2)地方公務員の仕事は非効率という保守党政権内の受け止め方。
の2点を挙げています。
 また、地方政府会計をミクロとマクロの両面から統制する手法として、ミクロレベルでは「キャッピング」という「中央政府による自治体の純経常歳出予算額制限」が取られ、マクロレベルでは「歳入援助交付金(RSG)」という政府間財源移転を含む「外部援助財源(AEF)」補助金総額の増減を通じてマクロベースの地方税額を統制したことが述べられています。
 第3章「サッチャー・メイジャー保守党政権による地方政府資本会計の改革」では、サッチャー政権が行った地方政府の資本支出の統制によって、交際(長期借入金)を財源とする投資事業に厳しい制限がかけられたこと、これによって地方政府の債務残高が減少した一方で、公共施設への投資・再投資の水準が低下し、インフラ整備や公共施設の更新が打撃を受けたことなどが述べられています。
 第4章「ブレア労働党政権による地方政府会計の改革経緯」では、1997年労働党マニフェストに基づく地方政府会計改革を、「緑書→白書→法案化」の流れに従って解説しています。地方政府への分権化を志向するブレア改革では、
(1)キャッピングの廃止
(2)カウンシル税手当補助金限度額制度の廃止
(3)自治体への中期的な財政支援を導入
(4)補助金配分システムの見直し
の4点の政策が掲げられています。
 また、中央政府との関係を強化するために、保守党政権下の「地方政府協議会(CCLGF)」の代わりに登場した「中央地方政府パートナーシップ(CLP)」について解説されています。
 第5章「ブレア労働党政権による地方政府経常会計の改革」では、自治体のパフォーマンス向上のために、強い統制を受けてきた地方政府会計が、「歳出の分権化」に注力して改革されたことが述べられています。歳出援助交付金(RGF)については、(1)標準支出カウンシル税額(CTSS)の引き上げ
(2)標準支出査定額(SSA)/公式算出支出配分額(FSS)の引き上げ
(3)FSSにおける算定公式の改革
を要点とする改革が2003年に行われたことが述べられ、その内容が解説されています。
 第6章「ブレア労働党政権による資本会計の改革」では、保守党政権後半に、PFIの導入などにもかかわらず自治体の資本投資活動は再活性化せず、インフラ資産の挽回が図れなかったことに対し、労働党は自治体の経常財源、資本財源を増加させ「歳入・歳出の自治」の回復を図ったことが述べられています。そして、保守党政権の厳しい地方会計統制は、資本投資の冷え込みだけでなく、経常的なサービスも減退させ、このことが教育を最重要政策に位置づける労働党政権にとっては最も改革すべき点であったことが述べられています。
 また、2004年度からは、それまで政府によって行われてきた自治体借入金(起債)額の統制が排除され、「自主決定方式(The Prudential Limit)」が導入され、借入に係る財政自主権が回復されたことが述べられています。さらに、この方式の核心である、
(1)財政の健全性(affordability)に関する自主決定指標
(2)償還の余裕度(prudence)に関する自主決定指標
(3)財政の持続可能性(sustainability:資本支出、外部借入と出納業務)に関する自主決定指標
の3つの自主決定指標について解説されています。
 第7章「中央政府会計の改革」では、過去最高の財政赤字額を記録した1993年前後の時期が、
・マーストリヒト条約:欧州連合加盟国の通貨統合のため、各国の財政赤字規模が制限された。
・コントロール・トータル:政府が統制可能な公共支出
の2つの点で、英国財政にとっての転換点であったことが述べられています。
 また、1997年には財政に関するルールとして、
(1)ゴールデン・ルール:経常経費の補填のための借入は認められない。
(2)公的債務の増加抑制:公共部門の純債務額の対GDP比率を順当なレベルに堅持。
の2つのルールが掲げられたことが解説されています。
 第8章「地方政府の経営改革」では、英国の政府部門改革の基準となった「バリュー・フォー・マネー(VFM)」の重要な視点である、経済性(Economy)、効率性(Efficiency)、有効性(Effectiveness)の3つの「E」について解説されています。また、保守党政権下で導入された「強制競争入札(CCT)」が職員の雇用不安・士気の低下を招いたとして見直され労働党政権では廃止されたこと、その代わりに「ベストバリュー」が導入され、VFMの3つのEに品質を加えるために、挑戦(Challenge)、比較(Compare)、協議(Consult)、競争(Compete)の4つの「C」が重視されたことが述べられています。
 本書は、「NPMの旗手」と呼ばれる英国の改革、特に地方政府改革が様々な紆余曲折を経たものであることを解説するもので、NPM的な改革を進めている自治体にとっては必読書と言えるものではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 本書の著者である稲沢さんには、5年前、当時群馬県の東京事務所にいらしたときにお会いして以来、しばらくお会いする機会がなかったのですが、先日、地方財政学会でお会いすることができました。
 久しぶりにもかかわらず、5年前の印象よりもお若く見えたのは、やはり日々若い学生たちを相手にしているせいでしょうか。
 そう言えば大学の研究者と役所の幹部では、同じ50代でも全く印象が違って見えるのは面白いものです。何かそういう理由を研究した本でもないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・NPMに範をとった改革を進めたい人。


■ 関連しそうな本

 稲沢 克祐 『公会計』
 大住莊四郎 『ニュ-・パブリック・マネジメント  理念・ビジョン・戦略』 2005年01月23日
 大住 荘四郎 『パブリック・マネジメント―戦略行政への理論と実践』 2005年05月06日
 大住 荘四郎, 玉村 雅敏, 上山 信一, 永田 潤子 (著) 『日本型NPM―行政の経営改革への挑戦』 2005年04月26日
 上山 信一 『だから、改革は成功する』 2005年11月02日
 上山 信一, 伊関 友伸 『自治体再生戦略―行政評価と経営改革』 2005年4月30日


■ 百夜百マンガ

ギャートルズ【ギャートルズ 】

 最近はガスのCMで復活してますが、ギャートルズと言えば何よりも印象に残っているのはマンモスの「あの肉」!
 吉田戦車か誰かの四コマで「あの肉」を食べさせるレストラン、というネタをやってました。

2006年6月 6日 (火)

リサーチ・マインド 経営学研究法

■ 書籍情報

リサーチ・マインド 経営学研究法   【リサーチ・マインド 経営学研究法】

  藤本 隆宏, 新宅 純二郎, 粕谷 誠, 高橋 伸夫, 阿部 誠
  価格: ¥2100 (税込)
  有斐閣(2005/09)

 本書は、実証的な経営学の方法について、現役の研究者たちが、「基本概念をどのように応用し、時には逸脱し、四苦八苦しつつ研究成果を生み出しているのかを、かなり本音ベースで書いたもの」です。本書を生み出す母体になったのは、2002年に設立された、経営学を中心とする産学連携のためのNPO法人「特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター」(GBRC)の活動です。特に、本書の後半部分は、ここが毎週発行している「GBRCニューズレター」に設けられた「リレー対談」がベースになっています。
 本書の総論的位置づけにある第1章「実証研究の方法論」には、「理論・実証と『良い研究』」について、分かりやすい図解がなされています。1つは山登りにたとえたもので、「良い研究山」という同じ山の頂上を目指す上で、「実証県」側の登山道から登ると最後が結構きつく、「理論県」側の登山道から登ると最初が結構きついことや、この2つの登山道はあちこちでつながっていること、いずれにしても頂上では合流することなどが説明されています。もう1つはトンネル掘りのたとえで、「理想的な『良い研究』トンネル」の場合は、「実証県」側と「理論県」側の両方から掘り進み、真ん中辺りで貫通するのに対し、「実証県」側からひたすら掘る、「理論県」側からひたすら掘る、という方式では貫通してみると「不毛地帯」だった、ということがあると戒められ、現実的には「実証」から主に掘りつつも、最後は「理論県」側の広く地帯からいくつかためし掘りをして貫通させる方法があることが述べられています。
 また、社会科学の分野で実証研究を志すならば、「型にはまった研究」を一度はやってみて、その後自分のスタイルを確立するという「守・破・離」が重要であることが述べられています。
 本書の中核をなし、また最も読み応えがあるのは、高橋、藤本、新宅の3氏による自らの出世作ともいえる代表的な研究ができるまでの生々しい道のりを描いた、第2章から第4章までです。高橋氏の「ぬるま湯的体質の研究ができるまで」は、単行本や別冊宝島の方も読んでいただけに全部の話がつながって読み応え十分でした。まとまったものを読むと、実にうまく切り込んだものだと感心しますが、最初はどうしていいのか分からず、ストレートに「あなたの会社はぬるま湯ですか」と聞いたというのは笑いました。また、学会に発表したら多くの重鎮から「冗談を論文にしてはいけない」とたしなめられたというエピソードはいつ読んでも落語みたいです。また、その反論として、「実際の企業で問題になっていることには目をつぶりながら、欧米で話題になっているトピックスに学問的香りのする難解な訳語をつけたり、そのままカタカナ表記したりして、それをタイトルに入れて何か書きさえすれば、内容はどうあれアカデミックな論文だと悦に入っているようなやからの輩の方が、研究者として失格ではないんですか。」と心の中でつぶやいた、というのは明らかにマンガの一コマです。
 この他、藤本氏のフィールドワークにかける情熱や、新宅氏の博士論文をまとめるまでの苦節10年など読みどころは一杯です。


■ 個人的な視点から

 高橋氏の「ぬるま湯」の研究に関する予断として、社員の多くが、湯加減が熱すぎると感じている会社が、成長していると見えながら、やはり破綻してしまったという話は示唆に富んでいます。
 ところで、茹で蛙の逸話は、本来、熱湯に急に入った蛙は逃げ出せるけれど、ぬるま湯からだんだん温度を高めていくと熱湯になっても逃げられない、という話だったように記憶しています。すると、「湯加減(=システム温)」が高すぎる職場に新入社員を投入すると辞めてしまうけれども、最初はぬるま湯的な職場に投入し、徐々に湯加減を高くしていけば辞めることができない、と解釈することもできそうです。
 よく「茹で蛙になるな!」という言葉を聞きますが、字面どおりの解釈だと、「湯加減が熱い(仕事がきつくて着いていけない)とちょっとでも感じたらすぐに転職しよう、そうしないと転職に間に合わなくなるよ」という意味にもなるのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・経営学の具体的な研究手法を身につけたい人。


■ 関連しそうな本

 高橋 伸夫 『ぬるま湯的経営の研究―人と組織の変化性向』 2005年3月16日
 藤本 隆宏, 青島 矢一, 武石 彰 (編集) 『ビジネス・アーキテクチャ―製品・組織・プロセスの戦略的設計』 2005年12月05日
 新宅 純二郎 『日本企業の競争戦略―成熟産業の技術転換と企業行動』
 高橋 伸夫 『経営の再生[新版]―戦略の時代・組織の時代』 2005年06月10日
 高橋 伸夫 (編著) 『組織文化の経営学』 2005年08月26日


■ 百夜百マンガ

クラッシャージョウ【クラッシャージョウ 】

 長い間一線で活躍を続ける作者のデビュー作です。
 そういえば、同じ高千穂作品の『ダーティーペア』のキャラクターデザインもこの人でしたね。

2006年6月 5日 (月)

道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日

■ 書籍情報

道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日   【道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日】

  猪瀬 直樹
  価格: ¥1,680 (税込)
  文藝春秋(2003/11/13)

 本書は、道路公団民営化委員会の委員として、メディアで「抵抗勢力」と扱われた道路族議員や、その裏で姑息な情報操作やサボタージュで妨害を行う巨大な官僚機構との戦ってきた日々を当事者自らが記録したものです。
 本書のタイトルは、著者が本書で述べている以下の文章に由来していると考えられます。
「道路はただの道路ではない。道路建設は巨大な資源の分配であり、どこに、いつ、どれだけのコストをかけてつくるのか、それを決めるのが政治であり、権力行使そのものだからだ。そして日本の意思決定は、官僚機構と族議員との間で、国民の与り知らぬ密室でなされてきたのである」
 また、他にも、
「限られた資源が、平等に分配されるという幻想。平等という要求は、限られた資源を無限の資源と錯覚させるのである。それが"道路の権力"の実態である」
とも述べられています。
 作家である著者が道路公団の問題に深く関わるようになったのは、『日本国の研究』と題した特殊法人・公益法人について調査・分析を1996年に文藝春秋に連載したことがきっかけであることが述べられています。その後の橋本行革を経て、小泉内閣が誕生し、石原伸晃行革担当大臣をサポートする行革断行評議会の5人のメンバーの1人に名を連ね、特殊法人の中でも最大・最強の日本道路公団の分割民営化案へと続くさまが当事者ならではのスピード感のある筆致で語られています。
 この、行革断行評議会からは、小泉首相の80%を超える支持率の後押しを受け、
(1)税金の無駄遣いは許さない。
(2)無責任な経営は許さない。
(3)看板のかけかえは許さない。
(4)民業圧迫は許さない。
(5)だらだらとした民営化・廃止は許さない。
(6)子会社への利益隠しは許さない。
(7)おしつけの天下りは許さない。
との「小泉七原則」が掲げられたことが述べられています。
 本書には、さまざまな方法によって繰り広げられる著者への妨害工作が代わる代わる紹介されます。行革断行評議会にかけるはずの道路公団分割民営化プランの概要が会議開催当日の朝刊一面を飾ったのは序の口で、自民党の大物議員からは、"変な作家"が勝手にやっていることについての不満が噴出し、
「だいたい猪瀬というのはどういう立場でやっているのか」
「あんなのが議論を引っ張っているようでは、政治が何のためにあるのかということになってしまう」
といいたい放題の挙句、その火の子は石原行革相にも飛び火し、文字通り「サンドバッグにな」ってしまいます。
 また、雇用・能力開発機構の無駄なハコモノの問題を、そのスパウザ小田原を会場に「行革断行フォーラム」で追求したいという著者の要求に対し、行革推進事務局が警備の問題などを理由に別の会場を予約してしまったこと、他の会場も故意に小さい会場を用意したことなどを挙げ、小役人根性丸出しの「陰湿で汚い抵抗」にあったことなどが述べられていますが、こればかりはスケジュールがタイトな中では多少仕方ない面もあるのではないかと同情してしまいます。
 この他の小役人の抵抗としては、交通需要推計のデータを計算式ごと提出するようにとの要求に、「形式を選択して貼りつけ」してわざと数字だけのデータに変えてから提出し打ていること、挙句には、委託先が著作権を保有しているので公表できないと抵抗したことなどが述べられています。著者は、この官僚機構との戦いを、「理詰めでようやくここまで攻め込んだ。武器と論理とデータだけの戦いである」と語っています。このことは、
「官僚機構は磐石との幻想は、決して誤りを認めなかったためだ。また情報を一方的に秘匿しているので誤りを誤りとして指摘しにくい構造にもなっている。行政を監視するには、厳密にデータを分析した上で正論を述べ、資料請求を繰り返し、相手側に無視されてもなお挫けずに執拗に追及する覚悟が必要になる。」
という文面にも表れています。
 さらに、ニュース番組で道路族の大物である古賀議員と対決した際には、番組終了後、
「俺は騙された。猪瀬が来ているなんて知らなかった」
と蛇蝎のように嫌われます。他の番組では、農水族の松岡議員から「あんたはタリバンだ」「何でこんな関係ないやつがここにいるんだ」とまで言われてしまいます。もちろん著者はそんなことは意にも介さず「タリバン松岡」というテレビ受けする「尊称」をつけて呼ぶようになったそうです。)。
 本書のクライマックスは、民営化委員会の「七人の侍」同士が切りつけ合う場面です。委員たちに疲労が蓄積し、どんどん感情的な言葉や態度が飛び交う中で、タイムリミットのプレッシャーを浴びながら、それでも少しでも実のあるものを作り出そうと足掻く著者たちの緊迫感が伝わってきます。
 本書は、道路公団民営化を題材にしていますが、戦いが本格化するにつれ、「フロントマン」であった族議員たちとのメディアをにぎわす派手なドンパチから、巨大な官僚機構との行き詰る緻密な情報戦にもつれ込むにつれ、著者らが戦ってきた本当の敵の姿が見えてくる構成が秀逸です。


■ 個人的な視点から

 本書を、魅力的なものにしているのは、正面から敵対する族議員たちを含めた国会議員たちの生き生きとした描写です。
 橋本元総理の事務所では、20分の予定が1時間に延びるほど議論を交わし、「橋本龍太郎は権威主義者でなく好奇心の人だった。そして理論の人だった」と述べています。
 また、亀井静香建設相との議論では、役人とは異なる斬新な発想を持ち出すことができる点と並の政治家にはない決断力とを評しながら、抜本的な改革という点ではお互いに平行線であることが述べられています。
 鈴木宗男議員とのテレビ討論では、テレビの不思議さとして、「最初は本気で睨み合っていても本番が終わってしまうとほっとすることもあり、その後は案外、和気あいあいとなるもの」であることが述べられています。


■ どんな人にオススメ?

・道路がなぜ権力争いの道具になるのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 秀樹, 構想日本 『道路公団解体プラン』 2006年5月18日
 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 田中 一昭 『偽りの民営化―道路公団改革』
 清水 草一 『この高速はいらない。―高速道路構造改革私案』
 屋山 太郎 『道路公団民営化の内幕 なぜ改革は失敗したのか』
 猪瀬 直樹 『日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦』 2006年01月01日


■ 百夜百マンガ

人魚の森【人魚の森 】

 『犬夜叉』に通じる伝奇ロマンです。
 『うる星やつら』の諸星が「ウルトラセブン」ではないことがよく分かります。

2006年6月 4日 (日)

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

 おかげさまで、本日で500冊目を迎えることができました。
 次はいよいよ千冊?


■ 書籍情報

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡   【神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡】

  ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳)
  価格: ¥3360 (税込)
  紀伊國屋書店(2005/04)

 本書は、人類の「意識」の誕生は比較的最近、今から3000年ほど前に芽生えたものであり、それ以前の人類は、「二分心(Bicameral Mind)」の持ち主で、右脳からささやかれる神々の声に従って行動し、文明を築き上げ、そして言葉の発達とともに人間に「意識」が芽生え二分心は崩壊し、右脳からの神々の声は通常聞くことができなくなった、とするものです。
 まず著者は、「意識とは何かを規定する」ために、「それが何でないかを問うことから始め」ます。著者は、「意識が心の営みに占める割合は、私たちが意識しているよりはるかに小さい」とし、
・意識は経験の複写ではない
・意識は概念に必要ではない
・意識は学習に必要ではない
・意識は思考に必要ではない
・意識は理性に必要ではない
・意識に在り処などない
ことを例証し、「私たちの活動の多くに意識はたいした影響をもたない」と結論付け、「私たちのとる行動のほとんどを、全く意識をもたぬ状態でこなす人々がかつて存在しえた可能性は十分ある」と述べています。
 その上で、意識の特性として、
(1)<空間化>:内観するとき、私たちは意識に上る新たな事物や関係でこの比喩上の<心の空間>を絶えず更新し、「広げて」いる。
(2)<抜粋>:ある事物には様々な注意を向けうるが、私たちはその一部を<抜粋>し、それがこの事物に関するわたしたちの知識となる。
(3)アナログの<私>:「想像」の中で私たちの代わりに「動き回り」、私たちが実際にはしていないことを「する」。
(4)比喩の<自分>:アナログの<私>は、比喩の<自分>でもある。
(5)<物語化>:意識の中で私たちはつねに、自分の人生の物語に出てくる主要な登場人物として代理の自分自身を見ている。
(6)<整合化>:知覚された対象がやや曖昧なとき、それを過去に学習されたスキーマに整合させる。
の6つの点を挙げ、
・意識が比喩から生まれた世界のモデルであるという考え方から、じつに明白な推論がいくつか得られること。
・それらの推論は私たちの日常における意識ある経験によって検証できること。
を示し、「意識が言語に基づいて想像されたアナログ世界であり、数学の世界が事物の数量の世界と対応するように、行動の世界と対応していると」すると、意識の起源は「これまで考えられてきたより、かなり現在に近いことになる」と述べています。
 本書の第3章では、これらの仮説を検証するために、「確実な翻訳が行える言葉で書かれた人類史上最初の著作」である『イーリアス』における心とは何かを分析しています。著者は、『イーリアス』に用いられている語彙から、この作品の登場人物に、主観的な意識も心も魂も意志もない可能性を指摘するとともに、彼らが、今日では幻覚と呼ばれる神々からの指示に従って行動していたのではないかと推論しています。つまり、「トロイア戦争は幻覚に導かれて戦われた。このように幻覚に導かれた戦士たちは、私たち現代人とはまったく違っていた。彼らは何をしているのか自覚のない、気高い自動人形だったのだ」と述べているのです。著者は、このようなミケーネ人の精神構造を<二分心>と名づけています。その意味で、著者は『イーリアス』を、「主観的な意識のない時代を垣間見させてくれる窓」であるとして、時代の一大転換期に立つ作品と位置づけ付けています。
 また、著者は、人間の言語が主に左半球だけでつかさどられていることに着目し、右半球の領域を、「訓戒的な経験を統合して『声』に変え」る、神々の言葉のための領域だったのではないかと推測しています。著者はこれらの仮説を裏付ける証拠を、
(1)両方の半球が言語を理解できる。
(2)ウェルニッケ野に相当する右半球の領域には、神々の声に似た機能の名残がある。
(3)二つの半球は、特定の状況下ではそれぞれが独立して機能することができる。
(4)二つの大脳半球の認識機能の違いは、人間と神との違いを反映している。
(5)脳は環境によって形作られる余地が大きく、主に学習と文化の影響により、<二分心>の人間が意識を持つ人間へと変化した可能性がある。
という5つの知見としてまとめています。
 第2部では、第1部で示した説により、古代の諸文明が持つ考古学的特徴を解き明かしています。まず、<二分心>の文化に由来した土地計画として、「中央に比較的大きな建物があり」、「とりわけ、その建物内に人間をかたどった像のようなものがある場合」を挙げています。
 また、紀元前2000年紀には、戦争と大災害と民族移動による大混乱により、ヒエラルキーが崩壊し、行為と神からの言葉との間に影が差し、ついには、「言語に基づいてアナログの<私>を伴うアナログの空間が創造され、神々の専制政治は遮蔽された。入念に作られた精巧な<二分心>構造はぐらつき、意識に変わっていった」ことが述べられています。
 そして、<二分心>から意識への飛躍の過程で作用した要因として、
(1)文字の出現によって幻聴の力が弱まったこと。
(2)幻覚による支配には脆弱性が内在していたこと。
(3)歴史の激変による混乱の中で神々が適切に機能しなかったこと。
(4)他人に観察される違いを内面的原因に帰すこと。
(5)叙事詩から<物語化>を習得したこと。
(6)欺きは生き残るために価値があったこと。
(7)少しばかり自然淘汰の力を借りたこと。
の7点を挙げています。
 本書は、この時期に、「人間の精神活動から幻覚の声が消えてしまった影響」を、
・権威そのものに対する混乱。
・<二分心>と神々の権威の崩壊に呼応して、新しい文化的テーマが芽生えたこと。
の2点とし、特に後者が重要であることを強調しています。
 第3部では、「そう遠くない<二分心>の時代を偲ばせるもの」として、現代にも残る数々の儀式、特に多種多様な宗教の伝統を挙げた上で、古い時代に<二分心>の名残をとどめる習慣として、
(1)神託
(2)預言者と憑依
(3)詩と音楽
(4)催眠
(5)統合失調症
(6)科学という占い
の6点についてそれぞれ章を割いて解説しています。
 本書は、600ページを越える大著であるため、読むのに時間がかかるかもしれませんが、普段意識していない「意識」について深く考えるための良いきっかけになる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、その荒唐無稽ともいえる発想から、最初のうちは、「このまま最後まで読み進んじゃって良いのだろうか?」と不安になることも少なくありません。かなりこじつけっぽく感じる推論には、「やっぱりトンデモ本の類かな」と警戒させられるのですが、そえrでも途中まで読んでしまうと、その発想の豊かさに惹きつけられてしまいどんどんと読み進んでしまいます。
 本書の前には、『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』や『火星の人類学者』を読んでいたので、言葉機能を用いることが人間の脳の使われ方をどのように規定するのか、という著者の問題意識にはすんなり入っていけたのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・人間の意識の誕生に思いを馳せたい人。


■ 関連しそうな本

 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 オリヴァー サックス (著), 吉田 利子 (翻訳) 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 2006年03月26日
 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 38703
 スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 38745
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』


■ 百夜百音

十七歳の地図【十七歳の地図】 尾崎豊 オリジナル盤発売: 1983

 500回記念ということで、初心に戻って中学時代に聴きまくった尾崎ネタです。
 「盗んだバイクで走り出す」や「夜の校舎窓ガラス壊して回った」という歌詞から、一般には親や学校、社会に反抗する若者の象徴のように見られがちですが、歌い手の立ち位置は、そんな感情を、過去を回想するか幽体離脱して見下ろしているかのように客観視していて、そのクールな語り口が良かったです。
 決して親を悪く言わない、学校や社会のせいにはしない、でも自分は無力で何もできない、というジレンマを等身大で歌っているところに共感できたのではないかと思います。
 先日、渋谷の記念碑のある歩道橋を通りかかって思い出しました。


『回帰線』回帰線

2006年6月 3日 (土)

学習障害(LD)―理解とサポートのために

■ 書籍情報

学習障害(LD)―理解とサポートのために   【学習障害(LD)―理解とサポートのために】

  柘植 雅義
  価格: ¥714 (税込)
  中央公論新社(2002/06)

 本書は、日本においても、「一般市民を含む社会全体の理解とサポートを求める段階に入った」学習障害(Learning Disabilityies: LD)のある子どもたちのサポートのあり方について解説しているものです。
 学習障害の定義としては、1999年7月に当時の文部省の学習障害に関する会議が取りまとめた報告書の定義として、
「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
 学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない」
という定義が紹介されています。
 この他、アスペルガー障害のような周辺に位置する障害について紹介し、アメリカでは近年Mild DisabilitiesやMild Hadicapsという言葉が使われ始めていることも紹介しています。
 また、特殊教育の在り様を検討する指針として使われ始めている、インクルージョン」という理念について、「障害のある子とない子という二つのグループが始めから存在し、それぞれのグループの子どもへそれぞれ異なった教育(すなわち、通常教育と特殊教育)を提供するという発想ではなく、もともと子どもという一つのグループしかなく、しかし子どもには、さまざまなニーズがあるので、それぞれの子どものニーズに対応した教育を提供する必要がある」と解説しています。
 著者は、学習障害のある子どもが、特別なサポートを早い時期から受けられないことで、小学校高学年になって、特定の教科や領域でのつまずきが大きくなり、それが強化全体や学習全体に拡大することで、授業に参加するのが辛くなり、不登校になってしまう例があることを紹介しています。一方で、アメリカでは、「知的発達には遅れがなく、ある特定の領域で著しい困難を示すが、その代わりに、他の人にはない優れた能力を持った」子どもである「ギフティッド」に対して、マグネットクラスという「ある特定の教科で特に理解が進んでいる子に対し、さらにその能力を伸ばすクラス」を設置していることを紹介しています。
 著者は、学習障害への教育的支援に求められるキーワードとして、
・ニーズ:教育というサービスを受ける側に立って教育を提供するという視点
・サイエンス:時間や空間や人間を越えて確認可能
・パートナーシップ:多様な専門家によるチームでの対応が必要
の3点を挙げています。
 本書は、教育に関するさまざまな情報が錯綜する中で、地に足の着いた視点から安心して読むことができる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書では、子どもの側ばかりでなく、教師側にも視点を充てて、学習と教授の全体的な状況を把握することの大切さが指摘されています。この中で、アメリカで出版された『わが子を「悪い先生」から守る方法』という本で紹介されている6つの「悪い先生」の例を挙げています。
(1)クラスをコントロールできない先生
(2)子どもを理解できていない先生
(3)マニュアルにこだわる先生
(4)教育目標が間違っている先生
(5)やる気のない先生
(6)気分にムラがありすぎる先生
 日本でもようやく教員免許の更新制度の議論が活発になってきました。教師が個人として主義主張を持つことは自由ですが、それを生徒に押し付けたり、児童に先入観を与えたり(というよりも洗脳に近い場合もあるかもしれませんが)、政治活動に夢中で授業をよく休んだりするのは親として勘弁してもらいたいです。


■ どんな人にオススメ?

・学習障害という言葉に関心を持ち始めた人。


■ 関連しそうな本

 吉田 昌義, 吉川 光子, 河村 久, 柘植 雅義 『つまずきのある子の学習支援と学級経営―通常の学級におけるLD・ADHD・高機能自閉症の指導』
 榊原 洋一 『アスペルガー症候群と学習障害―ここまでわかった子どもの心と脳』
 品川 裕香 『怠けてなんかない! ディスレクシア~読む書く記憶するのが困難なLDの子どもたち』
 国立特殊教育総合研究所 『自閉症教育実践ガイドブック―今の充実と明日への展望』
 ガイ ストリックランド (著), 岡田 好恵 (翻訳) 『わが子を「悪い先生」から守る方法―「悪い先生」に当たってしまったとき親はどうすればよいか?』


■ 百夜百音

Michael Schenker Group【Michael Schenker Group】 Michael Schenker オリジナル盤発売: 1980

 白と黒のツートンカラーのフライングVといえばこの人しかいません。
 股にはさんで弾きまくる姿はまさしく「神」!
 ギター本体を力任せにたわませてピッチを下げる大技は真似するとギターが折れるので気をつけましょう。


『完全版・英雄伝説 ~ マイケル・シェンカー・アンソロジー ~』完全版・英雄伝説 ~ マイケル・シェンカー・アンソロジー ~

2006年6月 2日 (金)

日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係

■ 書籍情報

日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係   【日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係】

  サンフォード・M. ジャコービィ (著), 鈴木 良始, 堀 龍二, 伊藤 健市 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  東洋経済新報社(2005/10)

 本書は、経済のグローバル化によって、研究と論争の焦点が「アメリカ流の規制やリスク・シェアリング、ガバナンスのパターンなどがいかに速やかに世界に根を張るかを予測するところへ移った」中で、米国と日本の大企業における人事部の役割を比較することで、「グローバル化が日米企業組織に収斂をもたらしつつあるのかどうかを判定すること」を目的としたものです。本書は、日本的システムの核となる要素の一つとして本社人事部を挙げ、人事管理者が取締役会において、「従業員の関心事項を他の経営者たちに説明し、戦略的意思決定において正社員すなわち中核的従業員の代弁者としても行動」しているのに対し、米国では、「人事管理者は経営管理階層序列の最下層かその近辺に位置づけられ」、力のある職能部門といえば、製造、マーケティング、財務部門であることが述べられています。
 まず、日本企業において、人事部の規模と権力が大きかった理由としては、
(1)社員に「生涯にわたる」キャリアを形成させるための教育、能力開発、そして昇進の計画的管理。
(2)多くの企業にごく一般的に見られる企業別組合との交渉と協議。
(3)他者あるいは外部労働市場における水準ではなく、年齢・年功・業績評価といった社内要因を重視する給与制度。
(4)社員の教育、レクリエーション、福利厚生といった施策の本社集権的な管理
の4点が挙げられていて、これらの慣行の起源を、社会保険制度の未整備、熟練労働者不足、戦闘的な労働運動の波などの要因に求めています。
 また、日本企業の人事部の持つ影響力には、経営トップ選抜の影の実力者としての評判が寄与していたことなどについても触れられています。これは、コーポレート・ガバナンスの問題においても、「経営陣に社会に貢献する会社の将来展望を共有するようにさせ、次にその将来展望に沿って企業という共同体を統治するのに最良の人物を抜擢する」ことが、人事部の責任であることが述べられています。
 本書は、理論的な分析に加えて、6業界から7つの日本企業をケースとして分析しています。その観察によれば、日本企業はかなりの多様性を示し、
・権限が人事部に集中:J証券、J運輸、J部品工業
・適度に集中:J電機と2つの建設会社
・適度に分権化:Jエレクトロニクス
とさまざまであることが明らかになっています。
 一方、米国企業に関しては、人事管理者が、「明確な歴史を持つセミプロとして自身を形成してきた」ことが述べられ、管理階層上の一集団として弱い立場におかれている理由として、
(1)量的な基準で考える人々に支配されているビジネス文化のなかで、質的な問題を取り扱っていたこと。
(2)自分たちが容易に利用できるモデルがあったにもかかわらず、首尾一貫した理論的枠組みを一度も構築してこなかったこと。
(3)在職期間が短く、あまり教育に熱心でないといった雇用慣行のもと、雇用管理に関する組織独自の規則や手続きをそれほど必要としなかったこと。
を挙げています。
 歴史的には、第二次大戦後に、人事管理で心理学が演じる重要性が増大し、従業員モチベーションの研究が進んだこと、1980年代以降、株主志向の高まりによって、企業特殊的な技能の獲得といった長期(組織思考)の基準よりも短期(市場指向)の基準が重視される場面が増え、人事担当役員の力が弱体化したことが述べられています。
 米国企業に関するケース分析では、米国の本社人事部職能が著しく多様であることとともに、その分布パターンとして、
(1)競争優位を生み出す企業特殊的スキルをもった従業員を基盤として、資源ベースの事業戦略と人的資源戦略を追求する企業群。
(2)相対的には汎用スキルを持った従業員を主体にしており、短期の株主利益追求志向が強い企業群。
の2つの山を持っていることが述べられています。
 本書はこの後、日米両国の人事部の機能について、ケース分析に基づいた比較を行っています。
 本書は、日本企業の人事制度に問題意識を持つ人にとって、米国企業という比較対象を置くことで、その強みと弱みを明らかにしてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、成果給の導入の重要な理由の一つとして、「業績の振るわない者の給料を抑えることで解雇しない方針(ノー・レイオフ・ポリシー)に伴うコストを埋め合わせる点にある」ことが述べられています。このようにして集められた金額の一部は「業績を上げている」社員に再配分されます。
 著者は、このようにして生じた「これまでよりも大きな給与格差」を「終身雇用を維持する代価なのである」と述べ、その例証として、J証券におけるリストラクチャリングが、人員削減無しに達成することを意図したものであり、社員数が過剰なのではなく、「社員に支払われる最低保障給与である基本給が高いこと」が問題であるとしています。
 この新しい給与体系は、本社人事部にとって、注目度の高い制度である一方、成果の重視は意思決定の分権化を伴い、組織上の縄張り争いが生じることが述べられています。


■ どんな人にオススメ?

・「日本企業の人事はおかしい」とは感じているけれど、どこがおかしいのかは指摘できない人。


■ 関連しそうな本

 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 38447
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 38434
 都留 康, 阿部 正浩, 久保 克行 『日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証』 38527


■ 百夜百マンガ

ジャスティ【ジャスティ 】

 サンデー本誌では当時流行のラブコメっぽい作品を書いていた作者ですが、増刊号では自分の趣味で書いているようです。
 でも超人ロック?

2006年6月 1日 (木)

自民党と戦後―政権党の50年

■ 書籍情報

自民党と戦後―政権党の50年   【自民党と戦後―政権党の50年】

  星 浩
  価格: ¥735 (税込)
  講談社(2005/04/19)

 本書は、結党から半世紀を迎え、そのほとんどの期間にわたって政権の座にあった自民党という「巨象」の姿を、「様々な角度から眺めて」いるものです。
 著者は、自民党を同じ時代の日本人の「相似形」であると述べ、「敗戦から立ち上がるときのたくましさ、高度経済成長を支える勤勉さ、冷戦構造の枠内で、できることなら血を流したくないという平和志向。その一方で、冷戦とバブル経済が崩壊した後の激動に十分対応しきれない保守性。」という特性を「日本人そのものといってもよい」としています。
 また、朝日新聞の政治部員として長い間自民党を担当した経験から、「時に過ちをおかすけれども、意外に柔軟で、おおらかで、そしてお人よし。自民党はそんなよさを兼ね備えている」という印象を持ったことが述べられています。
 本書の構成は、2003年秋の衆院選で落選した人・当選した人など自民党の現状を特徴付ける人々を追った第1章「政治家たち」、業界団体離れなどで苦戦し、都市部で民主党の議席を奪われた2004年の参院選を中心に、弱体化する組織・政策・人材・派閥を描いた第2章「衰弱する巨象」の2章で自民党の現状を述べた後、第3章からは自民党の半世紀の歴史を描いています。中でも興味深いのは、自民党の政策立案を支えている「事前審査制度」に関するコラムです。この制度は、昭和37年2月23日付で、当時の赤城宗徳自民党総務会長から大平正芳内閣官房長官に宛てられた「法案審議について 各法案提出の場合は閣議決定に先立って総務会に御連絡を願い度い。尚政府提出の各法案については総務会に於て修正することもあり得るにつき御了承を願い度い」という書類によって始まったもので、自民党に巨大な権限をもたらす「玉手箱」となっていることが述べられています。著者は、この書類の裏に、当時の田中角栄政調会長の存在があるのではないかと推理しています。
 本書の中心をなすのは第3章以降に綴られた自民党の歴史です。1958年に佐藤栄作蔵相が、マッカーサー駐日大使に「共産主義と戦うため」という名目で自民党への資金援助を要請していたことや、この後にCIAから数百万ドルの資金提供を受けていた事実などは、共産主義に対する防波堤としての当時の日本の位置づけを示しています。
 また、時代は下って、不信任案が福田・三木両派の欠席によって欠席によって可決され、初の衆参同日選挙となった大平内閣において、次期首相には「福田が適任だ」と語ったという大平首相の公正な人柄を示すエピソードなどが語られています。
 さらに、田中角栄元首相の金銭スキャンダルを目の当たりにして、特定の企業から献金を受けることの危険性を察知した竹下登氏が、月額2万円程度の小口の献金を数千社から集めるという「お賽銭方式」という献金システムを作り上げたことなど、自民党の集金システムの歴史(それは政治資金規正法とのいたちごっこの歴史でもあるのですが)が、解説されています。
 この他、93年の細川政権の誕生に伴う苦しい野党時代など、自民党の歴史こそ戦後日本政治史の歴史にそのまま重なることを本書は教えてくれます。


■ 個人的な視点から

 本書の面白いところは、社会党にしても民主党にしても、日本の政党の歴史や立ち位置は、あくまで自民党を基準点としてみることで明確になることを示しているところではないかと思います。
 非自民政権として誕生した細川内閣も、小沢氏など自民党出身者がどのようにして自民党を離れ、自民党とどのような対立軸を立てていったかかが重要であることが本書から窺い知ることができます。
 本書は、「自民党を基準に戦後政治史を見る」という分かりやすい視点を提供してくれる、良質のテキストではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・戦後政治史を概括したい人。


■ 関連しそうな本

 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年3月14日
 猪口 孝, 岩井 奉信 『「族議員」の研究―自民党政権を牛耳る主役たち』 2005年08月03日
 村松 岐夫, 伊藤 光利 『地方議員の研究―日本的政治風土の主役たち』 2005年02月21日
 谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日
 佐々木 毅 『政治学講義』 2005年03月11日
 加藤 寛 『入門公共選択―政治の経済学』 2005年03月13日


■ 百夜百マンガ

となりの異邦人【となりの異邦人 】

 ゆうきまさみ氏の初期短編集です。「あ~る」や「鉄腕バーディ」でブレイクする前の「お試し期間中」の短期集中連載や読み切りなど初々しい作品を読むことができます。

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