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2006年7月

2006年7月31日 (月)

最暗黒の東京

■ 書籍情報

最暗黒の東京   【最暗黒の東京】

  松原 岩五郎
  価格: ¥588 (税込)
  岩波書店(1988/05)

 本書は、明治25~6年頃、日清戦争が始まる前の首都東京の下層社会について、『国民新聞』紙上に発表された下層社会報告をもとに書下ろしを加えて出版されたものです。本書に報告されている「東京」は、江戸末期から持ち越されてきた、産業革命などの近代の社会変革をまだ経ていないものであると解説されています。また、本書は、当時の「文学」のカテゴリーである小説や詩などの規範の下で書かれたものではなかったため、明治の文学史の中からは無視されてきた存在であること、そして、本書こそが、「実は専門作家によって試みられた、大胆不敵な、わがくに最初の記録文学であったことに、今われわれは気付かねば」ならず、文学としても再評価されるべきものであるとも解説されています。
 著者は、本書の冒頭に、このルポルタージュを執筆する動機を以下のように記しています。
「生活は一大疑問なり、尊きは王侯より下乞食に至るまで、いかにして金銭を得、いかにして食を需め、いかにして楽み、いかにして悲み、楽は如何、苦は如何、何によッてか希望、何によってか絶望」
 当時『国民新聞』の記者であった著者、松原岩五郎は、このルポルタージュのために、「何の職業をもてる者ともつかぬ窶しき浮浪の体にて徐々に上野の山を」下り、この「貧大学」の門をくぐります。その眼科には、「蒸気客車の連絡せるごとき棟割の長屋」が東西の伸びる、「府下十五区のうちにて最多数の廃屋を集めたる」下谷万年町の貧民窟が広がります。著者はまず「貧大学課程の第一就業」として、「貧天地の一部分を代表する各種の人物」の状態を観察するため、「下層人種の雑多混合する所」である木賃宿に足を踏み入れます。
 中央のランプが一つだけある薄暗い20畳ばかりの座敷に通された著者は、体中をかきむしり、虱をとっては噛み潰している飴売りの老人に戦慄します。さらに就寝時には、一張の蚊帳に10人以上が押し込まれ、他の客の「労働的の体臭」に息も止まるほどになり、件の老人から伝染した虱が膝の辺りでたっぷり血を吸って「麦粒の如くに肥りたる」のを手でつぶすこともできず、事前に数日の餓えや野宿によって準備してきた自分を「ああ偽なる哉、偽なる哉」、「腑甲斐なき事なり」と嘆いています。
 著者は、ここを起点に上野山崎町、根津宮下町、小石川柳町、伝通院裏、牛込赤城下、市ヶ谷長延寺谷町などの貧窟をさまよい、ついには山の手第一の大スラムである四ツ谷鮫ケ橋にたどり着きます。ここでは、親方株である清水屋弥兵衛を訪ね、「人間は遊んでいて食するものにあらず」「壮き漢が骨を惜しむという事あるべからず」と残飯屋への就職を斡旋してもらいます。著者は、貧民を形容するのに最も適当な言葉として、「飢饉、襤褸、廃屋、葬貌」などよりも「残飯または残菜」が最も適切であると述べています。著者はここで「兵隊飯」と呼ばれる鎮台営所の残飯を売りさばきながら、飯を買い求めにくる人種を観察しています。「虎の皮、土竃、アライ、株切」などの残飯の名称については、『東京の下層社会』のなかでも解説されているので省略しますが、残飯の仕入れの状況に「飢饉」「豊年」と一喜一憂し、飢饉が続くと豚の餌にするはずの腐りかけた餡殻が「キントン」と名づけられ飛ぶように売れる貧民の食生活は当時のスラムの凄まじさを伝えてくれます。
 著者の探検は、下谷万年町、四ツ谷鮫ケ橋に並ぶ当時の三大スラムの一つである芝浦の新網町にも達します。著者は、比較的清潔なのは鮫ケ橋、混雑と頽廃はあるが戸々はボロを顕わしていないのが万年町とした上で、新網町の衛生状態の悪さを、住人自らが「日本一の塵芥場」と認め、「汚水縦横して腐鼠日光に曝露され、セイ(国がまえに下が円の青)厠放任朽屐塚をなし饐飯敗魚の汚穢を極めたる物散点して路傍に祀らるるの有様より破蓆簷檐を覗き落壁人顔を描くの状」を、人間生活最後の墜落を示したものとして、砲撃の後の野営所のようであると述べています。
 著者は、本書で貧民窟に暮らす人々の家計や、種々の商売を紹介しています。死人、病人の衣類をただ同然で引き取って新品に作り直す古物商や、「サルマタ、ヤゲン、ロンジ、ダルマ、チギ、ヤッコ、セイナン、ゴンベ」などの隠語を操る青物商など興味深いものばかりです。著者は、「塩鯖、鱒、棒鱈」などを行商する「宮物師」や風鈴屋の仲間になって各地を周るなかで、伊香保温泉の崖地にへばりつくように建てられた建物の日も差さない最下層に住む、盲や聾唖などの障害者が「座芸者、笛、尺八を吹く者、琴、三味線を弾る者のほかは皆揉療治按腹の輩にして、鍼治、灸焼を主る者の類」として生活していることを聞き及びます。そして、彼ら百数十人を統べている、4人の妻を持つ酋長が、彼らからピンハネした金を原資に商人たちに高利で貸し付けているという話を紹介しています。
 本書はこの他、当時の労働者が利用していた飯屋のメニューや、車夫が利用していた夜間営業の屋台(おでん、煮込、大福餅、海苔巻、稲荷鮨、すいとん、蕎麦ガキ、雑煮、ウデアズキ、焼鳥、茶飯、餡カケ、五目飯、燗酒、汁粉、甘酒など)、車夫たちの使う隠語(ダリカン――五十銭、バンドウ――八銭)、車夫が立ち寄る飲食店のメニュー(丸三蕎麦、深川飯、馬肉飯、煮込、焼鳥、田舎団子)などを紹介しています。
 歴史の教科書で紹介される明治は、蒸気機関車や牛鍋など文明開花の最先端の風俗ばかりに彩られていますが、江戸を引きずったもう一つの明治の東京を知ることができる本書は、東京に暮らす人にはぜひ一度読んでいただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、駅前で乗客をめぐって縄張り争いする気の荒い車夫の風俗が紹介されていますが、ファストフードの夜食を食べながら客待ちで夜を明かし、他の車夫と隠語を使って談笑する様子は、現代のタクシー運転手に通じるものがあるような気がします。
 もちろん現代のタクシー運転手の中に、明治時代に人力車を曳いていた人はいないと思いますが、営業の主体(人力車の元締めが後になってタクシー会社になった)や労働者の移行(車夫が免許をとって転職した)など、車夫の風俗からタクシー運転手の風俗へ連続する要素などはあるのでしょうか。調べてみたい気がします。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の教科書には載っていない明治の東京にタイムスリップしたい人。


■ 関連しそうな本

 紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
 横山 源之助 『日本の下層社会』
 小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
 大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
 西井 一夫 『新編「昭和二十年」東京地図』
 吾妻 ひでお 『失踪日記』


■ 百夜百マンガ

スパイダーマン【スパイダーマン 】

 日本ではなぜか巨大ロボットが登場する戦隊モノ風のスパイダーマンもやっていましたが、劇画にするとこんなにも変わってしまうのが恐るべしです。

2006年7月30日 (日)

健康法と癒しの社会史

■ 書籍情報

健康法と癒しの社会史   【健康法と癒しの社会史】

  田中 聡
  価格: ¥2730 (税込)
  青弓社(1996/08)

 本書は、「紅茶キノコ」や「ぶら下がり健康器」など個々には「ブーム」ではあっても、健康願望や健康関連産業の市場は拡大し続けている現状を、「『健康』願望の歴史があり、文化がある」と考えることで、現代の状況を捉えるべき、というスタンスから、「日本に行われた様々な健康法や一部の民間療法を主な素材として、日本人の『健康』願望の歴史を展望することを」目的としているものです。
 昭和14年に刊行された『わが健康法と闘病術』には建築家の山本拙郎氏が実践している「環獣法」という健康法が紹介されています。これは、人間の病気の原因は「二本足で立つようになって内臓が下に押し下げられたため」なので、「動物の四つん這い生活を人の暮らしにも取り入れよう」と、「四つん這いになって歩き回り、動物の鳴き真似をする」、それも一つの声だけでなく、百獣の声、中でも牛と猛獣の声が最も自然だと紹介されています。
 本書は、「健康法」という言葉が、近代以後に使われたるようになった言葉であり、それまで現代の「健康法」という意味で使われたのは、「日常生活の上で心得ておくべき注意事項であり、そのため倫理的な意味も強かった」「養生法」という言葉であったことを紹介し、その起源を、「シャーマニズムの技術としての呼吸法や舞踊のうちに含まれていた可能性がある」と述べています。また、特殊な食品による健康法としては、平安時代にクコが回春財としてもてはやされたことが紹介されています。
 日本の健康法の歴史を、昭和初期の健康雑誌(『健康時代』、『健康日本』、『世紀之健康』、『先づ健康へ』など)から戦争をはさみ、昭和40年に流行した「奇跡の草」コンフリー(食べると危険らしいですが)、昭和48年の『にんにく健康法』、そして昭和50年代前半に流行したものとして、
「クコ、ウメ、シイタケ、紅茶キノコ、麦飯石、青竹踏み、米酢、マコモ、アマチャヅル、花粉、深海ザメ、クロレラ、酢卵、アロエ、霊芝、ゲルマニウム、酵素、磁気ネックレス、ルームランナー、ぶら下がり健康器」
等を紹介しています。著者は、この背景として、「薬害の怖さや現代医療の非人間性、現代社会の不自然さなどの文明批判」が当時の健康雑誌に記されていることを指摘し、紅茶キノコのブームも、火付け役となった『紅茶キノコ健康法』に「自然そのもので、商業主義に毒されていない原始性」が讃えられていること、商品として売買されず、知り合いの間で授受されて培養されることによって増えるという、特権性や秘密性を感じさせることがある点などが紹介されています。ただし、『紅茶キノコ健康法』の本当の著者は読売新聞元社会部長の小川清であり、マスコミによって広く紹介され、本に添付されていた進呈券を版元に送れば無料で菌をもらえるという仕組みであったことが述べられています。
 著者は『健康ブーム』の背景には、「現状の不安を解消する『秩序』確立への願望」でもある「世直し」の欲望が隠されていたと指摘しています。
 本書では、呼吸法は、「文明に冒される以前の、すべてが調和している資源の理想郷への帰還を、自らの身体で実現しようとする」もの、つまり、「太古のユートピアたる『自然』への復古――革命の夢想をはらんだ健康法」として分析されています。
 この他本書では、「もっとも近くて遠い秘薬」である人肉について、明治以降の薬を目的とした殺人事件を紹介するとともに、「人間の肉や肝、あるいは骨が非常に効果のある薬だということ」がかつては常識であったとして、江戸時代の首斬り浅右衛門の逸話を紹介しています。
 回春法に関しては、大正期のホルモン・ブームの盛り上がりを紹介するとともに、「日本ではホルモンはしばしば生命の源のエネルギー、『記』のようなものとも解釈されてきた」ことが述べられています。ホルモンの他には、フグ毒の成分テトロドトキシンの注射、臭素・サルチル酸・ヨードなどの複塩であるアチカロリン注射や、ツル植物の「何首烏(かしう)」の根、オットセイの肉やペニス、マムシ酒、ニンジンエキスなどが回春効果を謳われたことが紹介されています。
 健康グッズ関連では、昭和35年の「中山式胃腸腹巻」、昭和46年の「中山式磁石腹巻」などの腹巻類、昭和40年代の乾布摩擦ブームを支えた健康タオル、電気や磁気を利用した健康製品、健康枕などが紹介されています。
 薬の広告に関しては、かつての王貞治選手のCMを8年間流していた「リポビタンD」が、「ドリンク剤のCMにスポーツ選手を登場させるのは誤解を招くと警告を受けた」という逸話が紹介されています。
 健康法と並んで週刊誌の広告のお得意様である「コンプレックス産業」に関しては、やせる薬や商品が氾濫している現代とは異なり、戦前には、「少なくとも男の場合なら、むしろ太っているほうがよいとさえ考えられていた」と述べ、「この薬でこんなに太りました」という当時の広告が紹介されています。また、女性の場合にも、頬のこけた顔が病気や貧困、生活苦を連想させる「貧相」と見られていたことから、「豊頬器」や「豊頬液」、「豊頬術」などが広告され、当時は小顔は全くもてはやされていなかったことが述べられています。
 男性にとってハゲが大きなコンプレックスである理由に関しては、ハゲが「老い」の徴であり、それが若いうちに現れてしまうためではないかと述べ、後頭部の写真を使った大正時代の「毛生え薬」の広告を紹介し、その危機感のあおり方の見事さを讃えています。
 性格に関するコンプレックスに関しては、多くの人が、「自分は人づきあいが下手なために損をしている」と思っていることを、「成功者への嫉妬がらみのナルシズム」と指摘し、これが「自分だって、もっと人づきあいがうまければ」という欲望に転じたものであるとして、かつては「話し方教室」などの形で、昭和60年代からはよりストレートな人格改造を目的とする「自己開発セミナー」が流行したことを紹介しています。
 本書にはこの他、「富山の薬売り」の業態の変化(現地営業所で現地採用する業者が増えた)や、売薬の起源が修験道にあり、富山以外の奈良、滋賀、佐賀の売薬も修験道上のあった地で発達したものであること等が紹介されています。
 本書は、出版業界の大お得意様である「健康法業界」を、冷静に分析し、健康法に取り付かれることのばからしさをストレートに表現してしまっている、ちょっと勇気のある一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 紅茶キノコブームの際には、女性週刊誌に、「芸能界における紅茶キノコの授受系統図」が掲載されていたそうです。今でも週刊誌などに芸能人の交友関係図などが紹介されていますが、紅茶キノコの菌を分けてもらえるというのは、今で言えばmixiなどのSNSに誘われるのに近かったのかもしれません(昔のorkutとかはレアでしたし)。
 芸能界の社会ネットワーク分析としては、ケビン・ベーコン・ゲームが有名ですが、どこかに「芸能界薬物汚染系統図」や「芸能界性病感染経路図」とかを作成する勇敢な雑誌はないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・新しい健康法が気になって仕方がない人


■ 関連しそうな本

 水道橋博士 『博士の異常な健康』
 と学会 『トンデモ本 女の世界』
 野村 一夫 『健康ブームを読み解く』
 北沢 一利 『「健康」の日本史』
 鹿野 政直 『健康観にみる近代』
 上杉 正幸 『健康不安の社会学―健康社会のパラドックス』


■ 百夜百音

コンプリート・オブ・B.B.QUEENS at the BEING studio【コンプリート・オブ・B.B.QUEENS at the BEING studio】 B.B.QUEENS オリジナル盤発売: 2002

 BBキングをもじって適当に付けたグループ名にもかかわらず近藤房之助ほか本格的ミュージシャンが紅白に出ちゃっているのが痛快でした。


『まるまるぜんぶちびまる子ちゃん』まるまるぜんぶちびまる子ちゃん

2006年7月29日 (土)

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論

■ 書籍情報

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論   【ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論】

  立花 隆
  価格: ¥1529 (税込)
  文藝春秋(1995/12)

 本書は、『週刊文春』に「私の読書日記」の書き手として書評を連載している著者が、自らの本の読み方、特に仕事で必要となる本を、どのように集め、どのように読んでいるか、そしてどのように収蔵しているか(ビル建てちゃうんですが)について語っているものです。
 著者は、最先端の研究者にインタビューすることの難しさとして、質問の内容がお粗末だと、その問題についての基礎知識を持っていないことが見抜かれてしまい、時間の無駄だからといい加減な答えしかもらえないことを挙げ、インタビューに行くときにはその人の書いたものをほぼ全部(科学者の場合は英語の論文も)読んでからインタビューをしていることを語っています。そのため、著者は自分の生活を、「取材、あるいは執筆のために、朝から晩まで資料を読み、勉強をしているというのが僕の生活」であると述べています。
 著者は、本を書くという仕事におけるインプットとアウトプットの比率に関して、一冊の本を書くのに大型の書棚1個半、約500冊の本を読んでいる例を挙げ、少なくとも100:1くらいの割合であるとして、その源を、自分が本来的に持っている「知りたい」という欲求にあると述べています。著者は人間の行動を、「オートマトン」(ある入力に対して特定の出力を返す構造)の部分と、自動化されていない意識化された行動の部分とに分け、前者に満足せず、後者の部分にいかに振り向けるかによって、永遠に内面的に成長を遂げていくことができる人間になれる、「人間としてより良く生きるということ」なのだろうと述べています。
 本書のメインテーマである読書論に関しては、読書を、
・読書それ自体が目的である読書
・読書が何らかの手段である読書
の2つに分け、これまでの読書論は前者、すなわち文学や教養書の読み方を論じるものが一般的であったとした上で、著者は前者の読書の対象である文学書が売れなくなった理由として、ノンフィクションや専門書などで扱われる現実の方が面白い社会になったこと、前者の読書が映像メディアと一番競合する部分であること等を挙げています。
 著者の本の選び方は、まず関係書の中から入門書的なものを抜き出し、前書き、あとがき、目次、奥付を必ずチェックし、教科書的入門書と一般向け入門書、そしてその分野の古典的入門書の他、助教授クラスまでの若い学者による入門書をおさえておくべきことが述べられています。そして、「一冊の入門書を精読するより、五冊の入門書を飛ばし読みした方がよい」という読み方で片っ端から片付けていくことで、たいていの学問は1ヶ月でその概要を頭に入れることができると語っています。
 また、著者の書斎論に関しては、若い頃の一間暮らしのスペースを独占していたリンゴ箱を積み上げた本棚を、著者の好みの書斎の条件である、「(1)外界から隔絶された、(2)狭い、(3)機能的に構成された、空間」を充たすものとして紹介しています。しかし、木造アパートの壁に本の重さで亀裂が入るとマンションに引っ越し、そこでも本の重みで床を抜いてしまいます。コンクリート打ちっぱなしのマンションを見つけ出した著者は、床をH鋼で補強し、専門業者に移動式書架をすえつけます(書架本体と合わせて10トンを超えるという本を持ち込んじゃうのはどうかと思います。)。ついには、書庫兼仕事場として、十坪ほどの土地に、地上3階、地下1階のビルを建ててしまいます。著者は自分の人生を、「資料の購入とその置き場の確保に稼ぎのほとんどをつぎ込んできたのではないか」とふり返っています。
 本書の後半は、92年夏からの「私の読書日記」を収録したものです。10年以上前であり、かつ新刊本が中心なので、今から読むのはどうかという本も多くありましたが、面白そうだったのは、
『公安警察スパイ養成所』
『超官僚』
『寄生虫館物語』
『フーヴァー長官のファイル』
『おなら考』
『エミシとは何か』
『言葉のない世界に生きた男』
『稀書自慢紙の極楽』
『ブックライフ自由自在』
などです。そのうち読んでみたいと思います。
 立花流読書論としては、本書の続編にあたる『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』の方が体系的な内容になっていますが、ついにはビル(「猫ビル」と呼ばれてます)まで建ててしまった増え続ける本との格闘を綴った本書は、本のスペース不足に悩む日本全国の本読みにとって他人事ではない内容なのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の中に、木造アパートの床が本の重みで抜けそうになった話が出ていましたが、昨年1月には尼崎市でアパートの2階に溜め込んだ数千本のビデオと書籍の重み(家具含めて8トン超)によって床が抜け、階下の住人が圧死するという惨事が起きています。また、同年2月には、56歳の地方公務員(埼玉県S市役所勤務、当時の報道では被害者として氏名や丁目までの住所も公表されています)が20年間溜め込んだ雑誌の重みで床が抜け、生き埋めになって救助されるという事件がおきています。この際、所蔵していた大量の雑誌が付近の道路まで流出し、その中にはエロビデオや盗撮写真もあったことがこの事件の悲惨さを物語っています。
 本を溜め込む際には床の強度に気を配りましょう。


■ どんな人にオススメ?

・本の置き場所に困っている人。


■ 関連しそうな本

 立花 隆 『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』 2006年07月16日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日
 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 立花 隆 『「知」のソフトウェア』


■ 百夜百音

Don't Look Back【Don't Look Back】 Boston オリジナル盤発売: 1978

 トム・ショルツ博士の伝説のサウンドに惹かれた多くのギター小僧が自分でエフェクターを作ろうと試みました。
 凝ってくると、何とか内蔵してやろうとやってみるのですが、結局足元に普通のエフェクターが置いてあるほうが便利だということに気付きました。


『Boston』Boston

2006年7月28日 (金)

ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略

■ 書籍情報

ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略   【ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略】

  C.K.プラハラード
  価格: ¥2940 (税込)
  英治出版(2005/9/1)

 本書は、「経済ピラミッドの底辺にいる1日2ドル未満で生活している40億人」もの「ボトム・オブ・ザ・ピラミッド(BOP)」のために、大企業の資源や、規模、活動領域をすべて活用した解決策を共同で創りあげたらどうなるか?という問題意識から出発し、「実際にどうすればうまくいくか」について様々なケースを分析しているものです。
 著者は、この問題に取り組むにあたり、
(1)解決策を競争するプロセスは、経済ピラミッドの底辺にいる消費者を「個人として尊重する」ことから出発する。ここでは、消費者も問題解決に欠かせないプレイヤーとなる。
(2)BOPを活発な市場に変えるには市場開発としての活動が要求され、新しい創造的なアプローチが必要となる。
という2つの要素が重要であるとしています。
 著者は、「貧困を緩和するフレームワーク」を築くためには、「『貧しい人々は犠牲者であり、重荷である』という先入観を捨て、『彼らは内に力を秘めた創造的な起業家であり、価値を重視する消費者である』と認識を改めれば、ビジネスチャンスにあふれた新しいし世界が開かれる」と述べ、消費力を作り出すために重要な、
(1)手頃な値段(Afforability):品質や効能を損なうことなく手頃な値段で入手できる。
(2)製品・サービスへのアクセス(Access):販売パターンを貧困層の居住地域や労働形態に合わせる。
(3)入手のしやすさ(Availability) :効率的な販売網が重要な要素となる。
の「3つのA」の原則を挙げています。
 本書は、BOP市場の特徴を、「パッケージ単位が小さく、1単位当たりの利潤も低い。市場規模は大きいが、少ない運転資金でも利益を出せる」ビジネスであるとした上で、○BOP市場におけるイノベーション12の原則
(1)コストパフォーマンスを劇的に向上させる。
(2)最新の技術を活用して複合型で解決する。
(3)規模の拡大を前提にする。
(4)環境資源を浪費しない。
(5)求められる機能を一から考える。
(6)提供するプロセスを革新する。
(7)現地での作業を単純化する。
(8)顧客の教育を工夫する。
(9)劣悪な環境にも適応させる。
(10)消費者特性にあるユーザー・インターフェースを設計する。
(11)貧困層にアプローチする手段を構築する。
(12)これまでの常識を捨てる。
の12点を挙げ、事例の分析を行っています。
 著者は、BOP市場のビジネスとしての魅力を、
(1)BOP市場の中には、独立した国家のように広大で魅力的な市場がいくつか存在する。
(2)特定地域で起こしたイノベーションの多くは、他のBOP市場にも転用できる。
(3)BOP市場で起こしたイノベーションの中には、先進国の市場にも通用するものがある。
(4)BOP市場で得られる教訓は、グローバル企業としての経営慣行に活用できる。
の4点挙げ、大企業にとって時間や労力を費やす価値があるチャンスであると説いています。そして、BOP市場において新製品・サービスが普及する際のモデルは、先進国市場の「S字カーブ」ではなく「I字カーブ」を描き、「先進国市場で15年かけて起こっていた変化が、多くのBOP市場では、3~5年で起こってしまう」ことを強調しています。
 本書は、発展途上国において、「伝統や動機が異なり、規模も影響を及ぼす分野も異なることが多い民間企業と社会組織が、共生関係の中で共に活動し、富を創造できるようにするフレームワーク」として「市場原理に基づいた経済エコシステム」という概念が必要であると述べ、このシステムをベースにして取引統治力を生み出すステップとして、
(1)契約の重要性を学ばせる。
(2)契約の不公正を減らす。
(3)貧困層に統治力を培う。
の3つの段階を解説しています。
 また、民間企業にとって、資本、土地、労働力、商品、情報が「透明性」のある市場で取引されることが重要であるとし、「取引統治力」を、「社会が経済取引のプロセスにおける透明性を保証する能力であり、商取引を後押しする能力」であると定義しています。
 著者は、経済開発のプロセスの成功によって、貧困が実際に緩和されたことを、「『ピラミッド』が『ダイヤモンド』の形に変わるということ」であると述べ、「社会に中間層とみなされる人々が何人いるかが経済発展の尺度となる」とし、「社会変革は、中間層のライフスタイルを目指そうと思う人が何人いるかによるのだ。それは、人々の望む対象を変えさせるチャンス、模範となる人々、変化の確かな兆しが増えていることを示す証拠である」と述べています。
 本書の後半及び付録のCD-ROMには、BOP市場におけるイノベーションの多数のケースが紹介されています。
・カサス・バイア:信用販売によってブラジルの貧困層市場に参入。
・セメックス:貧困者が自宅を増改築するためのサービスや建築資材の購入を可能にする「パトリモニオ・オイ(今日から子孫に財産を)」プログラムによって、利益を上げながら住宅を供給。
・ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド(HLL):「石けんによる手洗いを推進する世界的な官民パートナーシップ」を推進し、下痢という健康問題を解決。
・ジャイプル・フット:米国では8000ドルもする義足を30ドルで製造し、貧しい患者に無償で提供。
 本書は、分けて考えてしまいがちである、社会を変えることとビジネスとが同じベクトルを向きうることを示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、「貧困緩和」や「貧困層」という言葉に、歴史的に存在する情緒的な問題が含まれていると指摘し、「貧困層は国の保護下にある」という固定観念に、多くの政治家や官僚、現地の大企業やグローバル企業の経営者が囚われていると述べています。
 「施し」を行うことに対して満足感を得る人たちにとっては、本書のようなビジネスの視点は耐え切れないものなのかもしれませんが、著者はビジネスのイノベーションによって貧困問題は解決可能な問題であると強く主張しています。強く共感を受ける点です。


■ どんな人にオススメ?

・「貧困層」を可哀想な人たちと思ってしまう人。


■ 関連しそうな本

 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日
 D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
 谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
 横山 恵子 『企業の社会戦略とNPO―社会的価値創造にむけての協働型パートナーシップ』 2006年02月27日


■ 百夜百マンガ

湘南純愛組!【湘南純愛組! 】

 続編である『GTO』の方がドラマ化・映画化されて有名になりましたが、作者自身が大きく成長していることがわかる作品です。

2006年7月27日 (木)

東京の下層社会―明治から終戦まで

■ 書籍情報

東京の下層社会―明治から終戦まで   【東京の下層社会―明治から終戦まで】

  紀田 順一郎
  価格: ¥1223 (税込)
  新潮社(1990/05)

 本書は、明治から戦前の昭和にかけての東京のスラムに暮らす人々や娼婦、工場労働者らの姿を描いたものです。本書は、四谷鮫ヶ橋、芝新網町とを合わせて三大スラムと称された現在の上野駅前に広がる下谷万年町をはじめ、明治中葉の東京には実に70数箇所、「下町から山手まで満遍なくスラムが見うけられた」という事実を紹介しています。本書は、そんな明治期の貧民街を描いたルポルタージュの原典ともいうべき『最暗黒の東京』の文庫化(1988)等、古いルポが脚光を浴びている理由を、「大都市のスラム現象は、今日ドヤ街問題を除けばほとんど後を絶ちつつあるが、むしろ一般住宅の狭小スペースやミニ開発による環境悪化、さらには高層住宅の老朽化などという新たなスラム化現象も生じつつある」現代の状況に重なり合う部分が多いことを挙げています。
 この『最暗黒の東京』を著した、当時25歳の「国民新聞」の記者、松原岩五郎は、明治25年の9月下旬に、浮浪者を装い下谷万年町のスラム街に潜入します。民権運動の壮士たちによって、貧富の格差の拡大が叫ばれていた当時、反体制的な新聞各社は相次いでスラム探訪記事を連載し、ライバル紙を抜くためには、「より果敢な突撃レポートを試みる」他はなかったのか、事前の準備として、数日間の絶食、上野の山で浮浪者に混じっての野宿などのトレーニングに明け暮れます。その決死の決意にもかかわらず、彼を迎えた町外れの木賃宿では、着物から悪臭を放ち、虱を噛み殺す飴売りの老人と同室になります。狭い蚊帳の中で、老人から伝染した虱が膝のあたりで血を吸って麦粒のように肥っているのを気持ち悪くてつぶすことができなかった松原は、事前の準備にもかかわらず、いざとなると虫一匹始末できない自分に対する不甲斐なさを書き残しています。
 松原は、鮫ヶ橋の残飯屋に就職し、士官学校の厨房から残飯を仕入れては、丼や桶を抱えた老若男女に売りさばく体験をします。ここでは、残飯の種類を、
・株切:沢庵などの株のついた頭部の切れ端
・アライ:飯の洗い流したもの
・土竃:パンの切れ端
・虎の皮:お焦げ
などの独自の名称で呼んでいることが紹介されています。また、残飯がまったくでない日は、「飢饉」と呼ばれ、飢饉が続いたときには、豚の餌としてゴミに出そうとしていた餡殻や味噌汁の滓、饐えた飯などをもらいうけ、それに群がる人々を見た松原は、「もしもあなた方が注意して見るならば、世の貧民救済を目的に道徳を語り慈善を説く者の、それが必ずしも道徳、慈善ではないことに気がつくであろう」という痛哭の反省に導かれます。
 著者は、スラム住宅が不衛生に陥る原因として、「住民にとってスラムが一刻も早く脱出したい"仮住まい"であると言うこと」を、「本来『宿屋住まい』であろうが『長屋住まい』であろうが、住民はひとしなみに"流民"であり、棟割長屋も"作業用の仮小屋"にすぎないはずだ。じつはこの点にこそ、スラム化現象をめぐる今日的な回答が隠されている」と指摘しています。そして、現代の建築家や建築学者が、「この小屋~長屋の伝統が公営団地や木賃アパートに直結している」と考えていることを挙げ、「都市の地価に追いつかない低収入と貧弱な都市対策。その究極の位置に発生したのがスラムだった」と述べています。著者はこの"流民の伝統"によって、現代の高層住宅の共用部分や公衆トイレの汚れを説明できるとしています。
 本書はまた、スラム探訪記事として、桜田文吾の『貧天地饑寒窟探検記』の紹介の中で、東京以上に衛生状態が悪く排他的であった「人間生活最後の墜落」の地、大阪名護町への潜入記事を紹介しています。ここで採集された隠語としては、
・サツケイ:警察の倒語。
・シケ:所得のないこと。この逆は「テンカツ」
・夜商:夜中に人家に忍び入ること。
・空巣狙い:留守宅を窺い忍び入ること。
などがあり、現在では一般的になった「空巣狙い」という言葉が当時は一般的ではなかったとしています。
 また、貧民外を象徴する商売として、「小さな熊手と目漉し笊を持って下水や溝泥の中から古釘や空き瓶、金物類を拾い出す」仕事である「ヨナゲ」(選り放る)という職業が紹介されています。この商売も、ゴミの埋め立てが始まると業態が変化し、埋立地の塵芥の山から金目のものを掘り出す仕事に変化します。中でも凄まじいのは、灼熱の埋立地で激しく喉が渇いたときには、発酵した塵芥の山の中から蜜柑や林檎のドロドロに腐敗したものを掘り出し、「それをいきなり、ガブリとかぶりついて頬張っているのだが、その味たるや甘露以上であるということだ」という記述です。
 本書は、明治半ば頃の東京の三大スラム街のうち、繁華街に隣接した浅草万年町以外の芝新網町と四谷鮫ヶ橋が生まれた理由として、そこに陸軍士官学校と海軍兵学校があったこと、すなわち軍隊の残飯であった「鎮台飯」の存在を指摘しています。鎮台飯は「良質の上、好不況に無関係な安定的供給源」として、「軍隊から味噌汁のさめない距離を保つことは、福祉なき時代の極貧階級にとって生存のための必要条件」であったとしています。この、スラムと残飯源の関係に着目した草間八十雄によれば、残飯の値段は、当時の米相場の3分の1程度であったことが紹介されています。また、「残飯の残飯」の行方については、売れ残った残飯は糒(ほしい)にして菓子問屋に卸され、「おこし」や大福餅に用いる細粉として和菓子屋に卸されていたことが記されています。
 この他食事に関しては、『最暗黒の東京』で「車夫の食物」として、
・丸三蕎麦:小麦の二番粉と蕎麦の三番粉で打った粗製の蕎麦。
・深川飯:バカ貝の剥き身に刻んだ葱を混ぜよく煮て飯にかけたもの。
・馬肉飯:馬肉の骨付きを煮て飯にかけたもの。
・煮込:牛の臓物を切り、串に刺し味噌醤油で煮込んだもの。
・焼鳥:鶏の臓物を蒲焼にしたもの。
・田舎団子:うどん粉を捏ねて蒸し焼きにし、蜜や黄な粉をまぶしたもの。
等が紹介されています。中には、現代では家庭料理としてよく食べられるものも多くあります。
 本書はこの他、スラムの大火を契機として行われた、本邦初のスラムクリアランス事業である神田の橋本町の再開発に関して、町に規制していた悪徳差配人が、再開発によって利権を失うことを恐れ、「これまでの利得行為や悪行を反省し」、「町内に住民を世話する組織を設け、今後は下水屎尿処理から健康管理まで意を用いる決意なので、引き続き差配人に任命して」という嘆願書を提出したことが紹介されています。
 また、新吉原から死を賭して脱出に成功し、『光明に芽ぐむ』という告発の手記を出版した森光子という娼妓の体験談の紹介では、復讐を決意した彼女が、
「もう泣くまい。悲しむまい。
(中略)
 復讐の第一歩として、人知れず日記を書かう。
 それは今の慰めの唯一であると共に、又彼等への復讐の宣言である。(後略)」
と決意した下りが引用されている他、昭和の初期に自由廃業に成功した娼妓は全廃業者のわずか0.5%にすぎなかったことが紹介されています。
 最終章では、『女工哀史』で知られる女工たちの生活を「吉原娼妓よりも悲惨な運命」として、女工に対する虐待の実態が収められています。
 本書は、明治~昭和の貧民の生活を知る上での資料というだけでなく、現代の都市の問題を理解する上で重要になる"流民の伝統"を知るという点でも貴重な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書では、当時のスラムが今日の想像を絶していた要素として、当時の住居の多くが無灯火の上に窓もなかったこと、日光が差さないために結核菌が蔓延し、入居者が次々に斃れると、幽霊のせいにして家賃が下がり、入居者が後を絶たない、という劣悪な住環境を紹介しています。
 現代でも、周辺の相場より格段に安い部屋などもありますが、実は衛生状態などの理由があるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・現代都市住民が持つ"流民の伝統"に興味を惹かれる人。


■ 関連しそうな本

 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』
 横山 源之助 『日本の下層社会』
 小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
 大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
 西井 一夫 『新編「昭和二十年」東京地図』
 吾妻 ひでお 『失踪日記』


■ 百夜百マンガ

なんか妖かい【なんか妖かい 】

 タイトルはオヤジギャグそのものですが、いつもトラブルを起こす猫の名前は、「マハトマ・モハンダス・カラマチャンド・エルキュールド・サブヴィニアン・レオポール・クレティアン・フレデリック・タコベール・アレクサンダー3世」というそうです。

2006年7月26日 (水)

PFIの知識

■ 書籍情報

PFIの知識   【PFIの知識】

  野田 由美子
  価格: ¥903 (税込)
  日本経済新聞社(2003/01)

 本書は、ロンドンの銀行での勤務経験を持つ著者が、PFI案件の交渉の現場に身を置き、ファイナンスなどの実務を手がけ、試行錯誤の学習プロセスの末に理解したPFIについて解説したものです。著者はPFIを、「国民の視点に立った公共サービスの提供、公共部門における競争原理の導入、官民の対等なパートナーシップ、成果主義の徹底」など、「英国が、80年代以降進めてきた行財政改革の成果や反省をもとに生み出した、公共事業の新たな手法であり、行政経営の哲学なので」あるとしています。
 PFIとは、「良質の公共サービスをより少ない税金で提供することを目的とした新しい公共事業の手法」であり、「官(公共部門)と民(民間部門)の役割の見直し」という特徴を有しているもので、「官が計画立案した事業に対して、民間が、知恵とアイデアを絞り、設計から建設・維持管理・運営までの一連のプロセスを、最も効率的かつ効果的に実施する方法を考え、自己責任にて遂行するもの」と述べられています。
 本書では、英国におけるPFIの発展過程として、1994年11月に大蔵省が導入した「ユニバーサル・テスティング」施策の導入を解説しています。これは、「国・地方政府におけるすべての公共事業は原則としてPFIの適用可能性を検討せねばならず、検討しない案件には予算をつけない」という強硬なルールであり、これにより英国のPFIが離陸したことが述べられています。
 また、PFIの理念を表現する最も適切な言葉である「バリュー・フォー・マネー(VFM)」については、「国民が投じたお金(マネー)に対する対価(バリュー)」を表す概念とされています。PFIの基本理念は、「政府が公共事業を実施するにあたっては、その原資である国民の税金をより効率的かつ効果的に使い、国民にとって少しでも質の高いサービスを提供しなければならない」ものであることが述べられています。
 本書は、「VFMを生み出す4つの源泉」として、
(1)性能発注に基づくライフサイクルの一括管理:公共部門が要求するサービスの内容や水準を指標として明示し、その達成手段については民間に自由に提案させる「性能発注」に基づいて、一つの民間事業者に設計・建設・運営・維持管理を一括して任せることで、事業者は全体を通しての最適な事業プロセスを考えることができる。
(2)リスクの最適配分:あらかじめ、リスクの種類、確率、経済的影響などを厳密に分析・把握した上で官民の個々のリスクを配分し、各々が責任を持ってリスク管理を行う。
(3)業績連動支払い:公共部門は、契約期間中、要求どおりのサービスが提供されているかを監視し、その結果に応じて対価として支払うべきサービス料を変化させる。
(4)競争原理の導入:民間はライフサイクルを最も効率的かつ効果的に管理する手法を提案すべく、そのノウハウを競い合うことになり、その切磋琢磨がVFMを生み出す。
の4点を解説しています。
 本書では、PFIと従来型民活手法の違いとして、
(1)民営化
(2)外注方式(Contracting Out)・アウトソーシング
(3)第三セクター事業
(4)海外BOTプロジェクト
等との違いを比較しています。
 また、PFIが適用可能な事業の用件として、
(1)競争原理が働く
(2)民間に業務を遂行できる能力がある
(3)創意工夫の余地がある
(4)民間にリスク管理能力がある
(5)一定以上の事業規模がある
(6)事業の業務範囲が明確で、アウトプットのモニタリングが比較的容易
の6点の成立要件を挙げています。
 本書ではこの他、PFI事業の具体的な仕組みとして、
(1)サービス購入型
(2)独立採算型
(3)ジョイントベンチャー型
などの事業スキームや、
(1)BOT方式
(2)BTO方式
等の事業方式について解説しているほか、PFI事業のプレイヤーのインセンティブを、
(1)政府・地方自治体:
 ・財政支出の軽減
 ・財政の平準化
 ・公共サービスの質の向上
 ・リスク管理コストの削減
 ・行政経営の改善
(2)民間事業者
 ・長期にわたり安定した収益
 ・事業参画機会の増大
(3)金融機関・投資家:政府からサービス料を得られる安定した事業でありながら比較的リターンが高い。
(4)保険会社
(5)アドバイザー
等、それぞれについて解説しています。
 また、PFIに関する主要契約として、
(1)PFI事業契約
(2)ファイナンス契約
(3)ダイレクト・アグリーメント(直接契約)
等について解説しています。
 さらに、 PFIの実務に欠かせない知識として、パブリックセクターコンパラター(PSC:公共部門が対象事業を水から実施したとして発生するであろう想定コスト)の作成方法などを解説しています。
 本書は、PFIに関する現代的な知識をコンパクトにまとめた良書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者は、本書のまとめとして、今後関係者が取り組むべき課題を、
(1)民間事業者:ビジネスモデルとマインドセットの転換
(2)公共(行政):高度な政策集団への転換
(3)立法機関:自由競争のインフラ整備
(4)国民:VFMの究極の担保者へ
とまとめています。
 著者には本書のほか、『民営化の戦略と手法―PFIからPPPへ』など、より詳しく解説した著書がありますので、関心を持たれた方は、本書を手がかりにそれらに読み進むことをお奨めします。


■ どんな人にオススメ?

・PFIの簡潔な入門書を探している人。


■ 関連しそうな本

 野田 由美子 『民営化の戦略と手法―PFIからPPPへ』 2006年01月30日
 市場化テスト研究会 (著), 本間 正明(監修・著) 『概説市場化テスト―官民競争時代の到来』 2005年10月07日
 南 学, 小島 卓弥 編著 『地方自治体の2007年問題-大量退職時代のアウトソーシング・市場化テスト-』 2005年08月22日
 八代 尚宏 (編集) 『「官製市場」改革』 2006年01月27日
 南 学 (編著) 『行政経営革命―「自治体ABC」によるコスト把握』
 ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳) 『ハードワーク~低賃金で働くということ』 2006年03月08日


■ 百夜百マンガ

破壊王ノリタカ!【破壊王ノリタカ! 】

 この作者の代表作。というか、これ以降、「弱そうな主人公が実は特異な身体能力を持っていて、ボロボロになりながらも巨大な悪役を倒す」という同じパターンの作品が続きます。マガジン名物の編集人芸の「!」や「?」も多用されてたような記憶があります。

2006年7月25日 (火)

女性労働と企業社会

■ 書籍情報

女性労働と企業社会   【女性労働と企業社会】

  熊沢 誠
  価格: ¥777 (税込)
  岩波書店(2000/10)

 本書は、日本の女性たちの多くが働き継いできた「短い勤続、定型的または補助的な仕事、そして低賃金」という<三位一体>構造と、それと整合的な「それなりの共生」システムに見ることができる変化を解説しているものです。著者は、女性労働者について、「その仕事の方向性や遂行方法に関する基本的な決定権というものがない、やりがいがない、うまくできたからといって会社からさほど高く評価されるわけではない、そして報酬も高くない」という意味で「恵まれない」仕事についていることを指摘しています。
 著者は、ここ30年間に変わったこと、変わらなかったことについて、
(1)女性の会職務への重い偏りや低賃金は、労務費コストを低く維持しながら企業内分業を安定的にルール化しようとする経営管理に始まり、女性たちの何らかの主体的選択が込められた「ジェンダー化された慣行」によって受容された上で定着する。
(2)女性労働者の多様化により、「恵まれている」程度も主体的な意識もかなり異なるいくつかの階層・グループが存在する。
(3)EUを中心とする雇用平等政策と、経済のグローバル化による労働法の規制緩和、能力主義的選別の強化、雇用形態の多様化、労働組合組織率の低下とが、一方では女性労働者を一括する直接的な性差別の存立の余地を狭めながら、他方では女性労働者を少数のエリートと多数のノンエリートに鋭く分化させつつある。
の3点を挙げています。
 本書は、女性労働者を
(1)年齢を通じて割合等質な専門・技術職(全体の15%)
(2)20代事務職(12%)
(3)40代と50代の事務職(13%)
(4)同じ年齢層のブルーカラー(13%)
の4つの代表的グループに分け、これらのグループ間での性別職務分離の存否、その度合いと形態、労働生活の中での主な関心、就業コースなどの異同を、
・共同通信社の記者
・住友金属工業のOL
・大手旅行会社
・住友化学工業のキーパンチャー
・森田電句の工場パート
の5つのライフヒストリーを紹介することで現しています。
 また著者は、今日の企業社会のジェンダー状況を、
・男女雇用機会均等法及び労働基準法の改正
・日本的な能力主義管理の強化
・非正社員「活用」の雇用管理
の三者の出合いによって特徴を与えられているとしています。なかでも、派遣労働者の労働条件の保障の危うさに関しては、
(1)賃金は人材派遣各社と派遣受け入れ企業との交渉による派遣料金の70~75%だが、不況期にはユーザーの決定主導権が強まり、賃金にしわ寄せされる。
(2)派遣先での労働条件の細目は多少とも約束や契約と食い違っているのが普通である。
(3)最大の問題は雇用保障と収入安定の見通しである。
の3点を挙げた他、契約打ち切りにともなう休業手当支払いの不確かさ、交通費込みの収入に対する課税、45%という低い社会保険加入率などの問題点を指摘しています。
 さらに「間接差別」の問題に関しては、
(1)「能力」の有無が「家庭責任」をまぬかれている心身の頑健な男性のみに可能なほどの重いノルマ、長時間の残業、ひんぱんな転勤などをもって判定されるとき。
(2)女性は<下位ステイタス>の仕事に「適している」とみなされ、そこへの強力な誘導が行われるとき。
等の例を挙げています。
 本書は、1997年に都内の民間企業の「30代独身OL]450人に対する第一勧銀のアンケート調査の結果、「仕事上男女差別を感じる時」(複数回答)として、
・男性に比べて昇格が遅い(60%)
・女性の給与が低い(52%)
・お茶汲み当番、掃除当番などの雑用(45%)
・責任のある仕事を任されない(22%)
・業務範囲が狭い(22%)
・電話で男性社員と替わるよう指示される(11%)
・女性だけに制服がある(10%)
等の回答があったことを紹介しています。著者は、これら補助的な業務が、ほとんど排他的に女たちに割り当てられる「女の仕事」とする牢固たる伝統があると指摘しています。
 著者は、性別職務分離を間接差別の基礎に他ならないと述べ、「水平的職務分離」が、経営の論理によって意識的に、または慣行・イメージによって無意識的に「垂直的職務分離」に転嫁し、「女の仕事」が<下位ステイタス>に位置づけられてしまう問題を指摘しています。そして、女性に対する偏見を正当化するものとして、
(1)男と女にはそれぞれに適した仕事があるという適性論。
(2)稼得労働の位置づけに関する男女の違いの指摘。
の2点を指摘し、「職場のジェンダー論も結局は避けて通れない慣行・文化のジェンダーがここに立ち現れる」こと等を述べています。
 この他、女性専門職に管理者への昇進志向が見られない要因として、
(1)専門職の相対的高学歴が、彼女らの「初心」を就業継続型とさせていること。
(2)教育・医療を中心に公務員比率が高いこと。
(3)専門職の仕事に対する社会的ニーズの観念が、夫に家事・育児への「協力度」を高めさせていること。
の3点を挙げています。
 また、30代前半の転機として、
(1)職場内条件:勤続も10年になり仕事の質と量が個人間で多様化する。
(2)職場外条件:家事と育児の負担が最も重くなる。
の2つの要因が、女性の就業コースの決定を迫ることが述べられています。
 著者は、これからの「男女共生社会」が追及すべき方向性として、
(1)現在の女性労働者の処遇は、年収300万円未満比率が74%と、男親または夫の収入があってはじめて生活できる水準にとどめられているが、女も、もちろん男も、労働によってシングルでも生きてゆけるようにしなければならない。
(2)女性労働者が職場に定着するためには女性が定型的または補助的な職務に緊迫される状況が克服され、「女には女の仕事が適している」という呪縛からの開放が必要になる。
(3)多くの男女がとりあえず支持している「女は仕事をもつのはよいが家事・育児はきちんとすべきである」という考え方は、時代遅れとみなされるべきである。
の3点については、読者の了解は得られるものであろうとしています。
 そして、具体的に提起したい実践テーマとして、
(1)女性が働き続けやすい職場、男女混合職場の制度と雰囲気を作ること。
(2)性別職務分離の下にあっても女性賃金の著しい低落を防ぎうる、ペイ・エクイティ(同一価値労働同一賃金)という枢要の実践。
(3)非正社員の安易な「活用」の規制と右のペイ・エクイティにもとづく待遇の改善、そしてパートタイムという働き方のノーマル化。
の3点を掲げています。
 本書は、労使関係の研究者の立場から、女性労働者が置かれている状況を分かりやすく解説している一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている露骨な差別の例としては、1987年に住友金属工業に入社したOLのエピソードがあります。
 電話番号が変更されたときに、各製造所の番号を記した新しいシールを社員に配って貼ってもらおうと配布したところ、「これ(シール)を自分たち(男性社員)に貼れ、と言うのか? 君が貼らんか!」と男性課長が激怒したエピソードや、「宴会ではOLはバラバラに男性、とりわけ部長や課長の横に座るよう強制されるといった「セクハラ的常識」、男社会の労働組合が主催する新入社員歓迎会で、組合役員の男性交えて各自が口につまようじをくわえ、「輪ゴムをつまようじからつまようじに渡してリレーする」ゲームも行われたエピソードなど、さすがに15年以上前の鉄鋼会社は今の目から見ると非常識です(同じ頃の白クマ広告社のラテ局のラップやライターにはかないませんが・・・)。
 しかし、宴会で女性を偉いさんの間に座らせるように仕切る幹事が「名幹事」として覚えめでたくなるのは、今の役所でも変わりがないのが恐ろしいことです。


■ どんな人にオススメ?

・女性労働の問題を「自分には関係ない」と思っている男の人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 大沢 真知子 『新しい家族のための経済学―変わりゆく企業社会のなかの女性』
 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 佐藤 博樹 『変わる働き方とキャリア・デザイン』 2006年05月22日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日


■ 百夜百マンガ

ジャストミート【ジャストミート 】

 ラブコメばっかり書いてた人が突如真面目に書き出した野球漫画。個人的にはそれまでの作品のイメージが強すぎて野球漫画として入り込めませんでした。

2006年7月24日 (月)

ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方

■ 書籍情報

ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方   【ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方】

  大沢 真知子
  価格: ¥2100 (税込)
  岩波書店(2006/03)

 本書は、「仕事もプライベートもともに充実させる働き方や生き方」を意味する「ワークライフバランス」をキーワードに、「仕事の対価はお金だけではない。時間でもらうこともできる」ということを自分なりに選択できる社会にするためには、「社会のしくみや、会社の人事管理制度や、私たちの価値観を見直していく必要があるのではないだろうか」という問題意識に基づいて書かれているものです。
 著者は、放送大学の講義の教材作成のために、イギリス、デンマーク、オランダの3カ国を取材した経験から、従来であれば、共働き世帯の増加に対応して働く女性を支援する施策(家庭と仕事の調和、ファミリー・フレンドリー施策)を導入する国が多かったのに対して、これらの国では、これに加え、「男性も含めた働き方そのものを変えよう」とした「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)施策」を導入していると述べています。この施策のメリットは、短時間や週の何日かに集中して働くことによって時間効率が上がること、生活にメリハリがつき、個人と会社全体の生産性を高めること、会社は貴重な人材を確保することができることが挙げられています。
 一方で、日本社会の現状に目を向けると、「低い残業割増率と労働時間の上限規制が欠落した状況のなかでは、とくに新規に労働市場に参入した若者に、そのしわよせがゆきやすい構造になっている」ことが指摘されています。また、若いお母さんから聞いた話として、「朝7時に家を出て、帰るのが夜10時という長時間労働。それからパソコンで上司に報告書を書き、寝るのはいつも真夜中をすぎている。子どもの世話などとても頼める状況ではない」ことを紹介し、「『正社員の短時間労働』や夫の育児参加なんていう話は雲の上の話だ」という言葉を紹介しています。
 また、日本の「雇用神話の崩壊」に関しては、国際比較により、「日本は極端に平等社会でも不平等社会でもない。先進国と比べても普通であり、賃金の格差がとくに拡大しているわけでもない」こと、「日本は戦後40年変わらず、出身階層が子どもの将来の職業や社会的地位などに影響を与える国であった」ことなどを指摘しています。
 日本の「正社員」に関しては、外部人材の活用が増加した理由として、「固定的な人件費を削減するために基幹人材である正社員を抑制すること」を挙げ、国際競争の激化などの外的な条件の変化が、コスト削減という圧力となり、正社員の減少や外部労働者の活用を増やしていることを指摘しています。一方で、正社員を減らしすぎてしまうことで、「製品の質の低下」、「仕事の連携やチームワークが困難」といった弊害についても危惧しています。
 著者は、ダイニエル・ピンクの『フリーエージェントの時代の到来』を紹介しながら、「自分の能力を磨いて(雇用の)保証を自ら確保していく時代へ社会が変化し」、このことは、「労働者を正社員/非正社員というふたつのカテゴリーに分けて論ずる時代が終わったことを意味しているのかもしれない」と述べ、「組織に属していれば身分が保証される」という「(正社員)神話」からの解放が求められ、「どのような雇用形態で働いても、それによってペナルティーが課されない保障のしくみが整えられることが必要」であると主張しています。
 また、日本の税・社会保障制度が女性の働き方や生き方に直接影響を与えている問題については、
・個人を単位として設計されている課税単位に問題があるのではなく、年収が103万円を超えていれば夫の所得額にかかわらず本人が稼いだ所得に対して所得税が課せられる控除制度に問題があり、それが時代の変化とともに合理性を失っていること。
・国民年金制度における第三号被保険者制度に、(1)加入要件が女性の働き方に影響を与える、(2)負担と給付の不平等、という2つの問題があること。
の2点を指摘しています。
 一方で、現在欧州の各国が目指している雇用政策として、「保障と柔軟性の両方を追及することで、グローバル化のニーズに応え経済パーフォーマンスを高めようとする新しいアプローチ」である「フレキシキュリティー(Flexicurity)」という雇用保障(security)とフレキシビリティ(flexibility)を組み合わせた造語を紹介し、そのメリットとして「柔軟性の導入が経済格差をそれほど拡大しない」という点を挙げています。
 そして、本書のタイトルである「ワークライフバランス」施策がひろまった背後の経済変化には、経済のグローバル化が重要であるとし、
「経済のグローバル化は、企業の都合に合わせて柔軟に活用できる労働者をふやしたが、同時に、ワークライフバランス施策の導入にも寄与し、常用労働者の働き方を変えようとしている。
 それは、同時に進展した経済のサービス化が、片働き世帯が標準の経済から共働きが標準の経済へと社会を変えたからである。
 共働きの増加は、働く側の意識の変化をもたらした。それにあわせて企業が雇用戦略を立て、働きやすい職場環境をつくれないと、良い人材を確保し、競争に生き残れない時代になった」
と解説しています。
 このことは、女性の活躍と企業業績の間にはプラスの関係があることが経済産業省の調査で実証され、「女性が活躍できる企業風土」がある企業で、女性を活用することによって利益を上げていること、しかし、仕事と育児の両立支援策は、直接利益には結びつかないこと、という結果を紹介しています。そして、育児休業制度や男性の育児休暇取得を促進するためには「『育児は女性の仕事』という仮定や、『長時間労働をする社員は良い社員である』とか『個人の生活よりも仕事を優先すべき』といった価値観に気づき、それを変えることが重要になる」ことを指摘しています。
 本書は、イギリスで取り組まれたワークライフバランス・キャンペーンの施策が、
(1)時短型:子どもの学校の休暇中は無給休暇が取れる学期間労働、一定の期間のみ労働時間を短縮する期間限定労働時短制度、フルタイムの仕事を数人で分けるジョブシェアリングなど。
(2)裁量型:始業時間と終業時間が自由に設定できるフレックスタイム、一日あたりの労働時間を増加させて出勤日数を減らす「圧縮労働時間制」、在宅勤務、時差出勤・終業など。
の二種類であることを紹介しています。
 本書は、近年使われるようになった「ワークライフバランス」という言葉に関心を持った人にとって、その背景から具体的施策まで一通り解説してくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 先日、(株)ワーク・ライフバランスの社長である小室淑恵氏の講演をお聴きし、御挨拶する機会に恵まれました。小室氏は、資生堂の社内ベンチャーとして育児休業者の支援プログラム「wiwiw」を立ち上げた女性として有名ですが、独立して会社を立ち上げることと、新生児の育児とを両立している姿は、世のお母さんを何よりも励ますことになるのではないかと思います。
 さて、小室氏は、学生インターンを支援するNPOであるetic.では、インターン先の全社員の成約営業件数の87%を獲得した営業活動によって、「伝説のインターン生」として知られていますが、本書で紹介されている病児保育のNPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏もetic.が主催するソーシャルビジネスプランコンテスト「STYLE2003」に出場しています。
 若き起業家たちによって、新しい働き方、新しい社会が模索されていることを頼もしく感じます。


■ どんな人にオススメ?

・仕事と生活のバランスに日々悩んでいる人。


■ 関連しそうな本

 大沢 真知子 『新しい家族のための経済学―変わりゆく企業社会のなかの女性』 
 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 佐藤 博樹 『変わる働き方とキャリア・デザイン』 2006年05月22日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 


■ 百夜百マンガ

100万$キッド【100万$キッド】

MMRの絵を担当していた人です。少年誌向けギャンブルマンガの方がパチスロマンガとかよりおもしろいと思います。

2006年7月23日 (日)

読書術

■ 書籍情報

読書術   【読書術】

  加藤 周一
  価格: ¥945 (税込)
  岩波書店(2000/11)

 本書は、本を「どう読んだらよいか」という「手練手管」、すなわち、「本という相手に対して」著者が「用いてきたあの手、この手を、だれにもわかりやすく書いた」ものです。
 本書には著者の様々な「読書術」として、
[1]おそく読む「精読術」
[2]はやく読む「速読術」
[3]本を読まない「読書術」
[4]外国語の本を読む「解読術」
[5]新聞・雑誌を読む「看破術」
[6]むずかしい本を読む「読破術」
等が収められています。

[1]おそく読む「精読術」
 著者は、「読書百遍、意自ずから通ず」や、「繰り返し読むことのできないような小説ならば、はじめから読む必要がない」などの言葉を引用し、ここでの「おそく読め」とは「古典を読め」という意味であるとして、「遠いむかし、いまとは違った言葉で、違った社会で、違った読者にあてて書かれた本のなかから、今日の私たちにとっても生きているなにものかを汲みとるためには、その本との長いつきあいが必要である」ことを述べています。著者は、この古典として論語、仏典、聖書、プラトンの4つを挙げていますが、この4つのすべてを本当に自分のものにすることは難しいとしながらも、自分が何らかの問題に突き当たっている時に、「四つの中の特別な一つが、他の三つよりも、おそらく、その問題を考える上には役立ちそうだろうと感じられ」、「自分の体験と照らし合わせながら、ゆっくり、たぶん繰り返して読む、という古典の読み方もあるはず」だと述べています。
 また、「本をおそく読む法」と「本をはやく読む法」とは切り離すことができないものであるとして、ゆっくり読むことで、
・たくさんある本の中から読まなければならない本、読みたい本を選び出す手間が大いに省かれる。
・それを読み終わったあとで、他の本を手当たり次第に読み出すときに、仕事がはやく片づく。
としています。

[2]はやく読む「速読術」
 著者は、アメリカ式速読術を、(1)生理的な面、(2)心理的な面、の2つの面から捉え、
(1)眼球をどう動かすか:目で文字を拾ってゆく運動を早くするための、視野を拡大する訓練と視野の一点から他の点へ写す訓練に要約される。
(2)すばやく意味を読み取る法:単語を覚えて語彙を広げる、分の構造を心得て要点だけを読む、一定の方式に従って飛ばし読みをする、等。
と解説していますが、英語と日本語では文章の構造が異なり、英文では長い文章の第一行を重視するのに対し、日本文では文章を逆さまに読みはじめでもするほかないのではないかと述べています。
 具体的な日本式速読術としては、日本文が持つ、はや読みに好都合な特徴として、漢字、ひらがな、かたかな、アルファベット・ローマ数字が併用されていることを挙げ、ページに目をさらすだけで目に入ってくる漢字やかたかなに着目すること、漢字は単語を見るだけで内容がわかること等を述べています。
 さらに、作家の杉浦明平が、月に1万ページを読むのを原則にしている、といううわさを紹介し、著者自らが高校時代に「一日一冊主義」という計画を立てたことに触れ、「その本の内容を十分に汲みとることはできないのがふつう」としながらも、「とにかく読み通せば、その本の著者との何時間かのつきあいになるし、一日に一度、もう一人の人格との何時間かのつきあいは、私の人生に変化を与え、刺激を与え、楽しみを与えてくれ」ると述べています。
 著者は、全体像をつかむことができるという意味で、「多少の犠牲を畑っても速さを尊ぶことは、必ずしも時間の経済のためではなく、作品の本質を理解するためにも必要な場合がある」と述べています。

[3]本を読まない「読書術」
 これは、「目的をはっきりさせて、その目的のために特定の本を選び出し、そのほかのいっさいを無視する」ことが根本となっています。著者はこのために利用できるものとして、(1)書評、(2)ダイジェスト・アブストラクト(抄録の類)を挙げています。
 一方で、ダイジェストに関しては、「それが社会生活、ことに政治にからんでの社会問題を多く扱っている場合には、人を謝らせる危険の大きいもの」であるとして注意を促しています。

[4]外国語の本を読む「解読術」
 著者は、限られた外国語の知識で本を実際に読むための工夫として、
(1)必要は発明の母という原則。どうしてもその内容を知りたい本からはじめたほうがよい。
(2)やさしければやさしいほどよいという原則。表現がやさしいということと、内容が幼稚だということとは、ある水準以上ではほとんど関係がない。
と述べています。そして、「人間の考えは、日本語とか英語とかいう言葉の記号の体系を使わずにはあり得ない」として、「日本語と違う西洋語の構造に現れている西洋式思考の過程と相対する」ことの重要性を指摘しています。

[5]新聞・雑誌を読む「看破術」
 著者は、新聞の大事な特徴として、
(1)事実の選び方そのものに、新聞の性格の違いが現れる。
(2)新聞の個性が「見出し」の付け方に現れる。
(3)情報をすばやく提供し、紙面の制約があるため、古い事実を記憶しない。
という3点を挙げ、なるべく違った種類の2つ以上の新聞を同時に読むことを奨めています。

[6]むずかしい本を読む「読破術」
 著者は、世の中にはむずかしい本があることを前提に、「自分のわからない本は一切読まないということ、そうすれば絶えず本を読みながら、どの本もよく分かることができ」るとしています。本がむずかしい理由としては、
(1)だれが読んでもすぐに意味のはっきりしないようような下手な文章で書かれていること。または、過去の読者を対象として書かれた文章であること。
(2)文章の内容を、筆者当人さえもよく理解していないことがあること(とくに翻訳)。
等を挙げています。
 また、「だれにとってもむずかしい本、だれにとってもやさしい本」と言うものは少なく、読者にとって必要な本は、その本を求めている人にとってはむずかしくないと述べています。
 本書は、読書が好きな人にとっても、苦手な人にとっても、学ぶところの多い本ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者は、「読書は"愛のいとなみ"に通じる」ものであるとして、
(1)睡眠に似ている。両者にとって一番大切な条件は静かなことであり、開いた本のページを除けば、部屋は明るくない方がよいし、閉じた場所であった方がよい。
(2)藍の行為に似ている。社会から切り離され、ただ一人の相手との関係のみに生き、多かれ少なかれ積極的な役割を演じ、相手は策略を弄し、誘い、刺激し、伏線をはり、秘密を暗示しながら、それを明かさずにじらし、ついに秘密を明かす時にはその効果の最大であるように工夫をこらす。
の2つの点を挙げ、「本は寝て読むもの」と、寝台での読書を奨めています。
 この他、読書の能率が上がる場所として、外洋航路の、できれば貨物船が、最もふさわしいと述べ、その理由を、
・人がほとんど乗っていない。
・娯楽の設備もない。
・食べて寝る他にはまったく何もすることがない・・・読書を除いては。
としています。
 他には、「見ず知らずの他人に、だれもけっして話しかけようとはしない」紳士国であるイギリスの電車、荷物の重さ制限を受けずに手荷物として持ち込むことができる飛行機を挙げています。


■ どんな人にオススメ?

・幸せな読書をしたいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 ウィン・ウェンガー , リチャード・ポー (著), 田中 孝顕 『頭脳の果て』
 立花 隆 『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』 2006年07月16日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』


■ 百夜百音

Beautiful Stranger【Beautiful Stranger】 Madonna オリジナル盤発売: 1999

 なぜだか最近あちこちで耳にすることが多くなったことが多くなったような気がす
る曲です。理由はわかりません。youtubeで検索したら「マリみて」が引っかかりましたが、コバルトとかよく分からないので、いまだ原因は解明されません。


『Austin Powers: The Spy Who Shagged Me - Music From The Motion Picture』Austin Powers: The Spy Who Shagged Me - Music From The Motion Picture

2006年7月22日 (土)

喧嘩両成敗の誕生

■ 書籍情報

喧嘩両成敗の誕生   【喧嘩両成敗の誕生】

  清水 克行
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2006/02)

 本書は、「ケンカをした両者に対して、その正否を論ぜず同等の処罰を与える」という「喧嘩両成敗」法について、なぜわが国でこの特異な法観念が生まれてきたのかという歴史的な由来を日本の中世(とくに室町・戦国時代)に求めたものです。喧嘩両成敗という考え方は、小さいところでは兄弟喧嘩の仲裁から、大きなところでは、「ときに現代の国政を左右する事柄や、日本国総理大臣の決定においてまで重要な役割を果たす『日本的風土に根づいた伝統』」でであることが述べられています。著者は、この法観念のルーツを室町・戦国時代の社会に求めます。この15世紀は、「地球規模の環境変動により巨大飢饉が頻発した時代でもあり、日本でも京都やその周辺に難民が続発していた」こと、そして、「人々は上から下まで死力を尽くして往来で敵と渡りあう、凄まじい騒擾の時代でもあった」と述べています。
 本書で取り上げてられているのは、人が自分のことを「笑った」(ように見えた)というだけで、問答無用で相手を惨殺してしまう室町人、それも侍ではなく、僧侶や「田舎人」などの人たちです。著者は、「大人や子供を問わず、京都の大路・小路はつねに『死』と背中合わせの危険な場だった」と述べています。16世紀の宣教師ヴァリニャーノは、当時の日本人の恐るべき執念深さ、陰湿さを、著書『日本巡察記』の中で紹介しています。
 著者は、当時の過酷な「自力救済」社会ゆえに、親敵討や「女敵討」を正当視する通念が生まれたと述べ、「中世社会が(一定の条件のもとで)復習を許容していたことはまず間違いない事実といえる」としています。中世の公権力は、これらを「必ずしも好ましいものと考えていたわけではなかったが、おおむねその行為を一般的慣習に従って黙認して」いたのです。
 室町時代の個人と権力の関係については、「当時のイエは、公家・武家を問わず、室町幕府という公権力すらも容易に介入することのできない排他的な小宇宙」であったと述べ、個人が自らの生命や生業を守るためには、有力大名の被官になること以外に、奈良や京都の町人が「町(ちょう)」という共同体を生活の拠点として、他者や他集団とのトラブルには共闘し復讐を遂げてくれるものであったこと、都市以外の人々にとっては「村」がその役割を果たしたこと、1450年には山伏が報復のために大名の館を集団で取り囲んでしまったこと、1480年には、国人たちに盲人が打ち殺されたことに抗議して大和の国中の盲人300人が口々に「呪詛」を唱えながら行進したことが紹介されています。
 室町時代の法慣習に関しては、フィジー等やニュージーランドに存在した「Muru」、中世ヨーロッパの「アハト刑」などの「略奪刑」を紹介し、日本でも戦国時代に民衆による「落ち武者狩り」が行われたことを述べています。著者はこの行為を、「違法行為というよりも、当時の一般民衆のなかに何らかの正当性をもって受け入れられていた社会的な慣行のように思える」と述べ、「『私刑』の世界に犯罪者の身柄を放擲することで事実上の『公刑』を実現していた」と指摘しています。
 本書は、喧嘩両成敗研究のルーツを、1900年に三浦周行が発表した「喧嘩両成敗法」という論文に求めています。そして、「やられた分だけやり返す」という中世の人々の平衡感覚・相殺主義を、「やられた分」以上の「やり返し」を厳に戒める効果を持つものと解説しています。そして、喧嘩両成敗のルーツを、室町時代の村落間相論で足利義教が採用した「折衷の法」にあるとして、喧嘩両成敗法を、「戦国大名の特質だけを示すものではなく、むしろ本質的には、それを生み出した中世社会の特質を反映したものだった」と指摘しています。
 本書はこの他、室町時代の「本人切腹制」の特徴である、
(1)直接の原因をつくった「本人」を処罰する。
(2)「本人」に対する処罰は、室町殿が直接執行せず、あくまでその主人に対して命じる。
(3)最終的には主人の命を受け「本人」が「自害」(切腹)させられる。
の3点を挙げているほか、江戸時代で「喧嘩両成敗」が認められなかった背景を赤穂事件を例に論じています。
 本書は、日本人が当たり前と思っている「喧嘩両成敗」の不思議なルーツを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、現代の日本で起きた「喧嘩両成敗」的な事件が紹介されています。大阪の自治会で些細なケンカが、「町内に一匹のダニがいる。そのダニはお前だ」などの言葉で名誉毀損の訴訟に発展した事件で、地裁判決は、「BはAに対し、金二万円を支払え。AはBに対し、金二万円を支払え」というものでした。新聞には「言外に『大人気ない争いはやめなさい』との意味を込めたけんか両成敗の大岡裁き」として紹介されましたが、法律判断自体はともかく、現代においても一般社会の価値観に、喧嘩両成敗が深く浸透していることを示す例として紹介されています。


■ どんな人にオススメ?

・「喧嘩両成敗」が日本独自の考え方であることを知らなかった人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 弘夫 『起請文の精神史-中世の神仏世界』
 藤木 久志 『【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り』
 藤木 久志 『飢餓と戦争の戦国を行く』
 齋藤 慎一 『戦国時代の終焉 - 「北条の夢」と秀吉の天下統一』


■ 百夜百音

レザー・シャープ【レザー・シャープ】 忌野清志郎 オリジナル盤発売: 1987

 いつでも出番を待ってる「キレル奴」、清志郎の次の出番を待ってます。なぜかビールのCMでタイマーズが流れてますが、伝説の「FM東京」がCD化される日は来るのでしょうか。何が27局ネットだ。


『HAPPY HEADS』HAPPY HEADS

2006年7月21日 (金)

土地の神話―東急王国の誕生

■ 書籍情報

土地の神話―東急王国の誕生   【土地の神話―東急王国の誕生】

  猪瀬 直樹
  価格: ¥945 (税込)
  小学館(1992/07)

 本書は、「強盗慶太」の異名をとった東急グループの産みの親である五島慶太を軸に、東京の高級住宅地の代名詞である「田園調布」の誕生と電鉄系デベロッパーによって、いかにして日本の「土地の神話」が成立してきたのかを追ったドキュメンタリーです。
 「完成すれば生活の源泉たる工場を中心に、町民の日常生活は精神的にも物質的にも、自給自足できる街に成長する。それが田園都市なのである」という渋沢栄一の四男秀雄の夢をそのまま社名に冠した「田園都市株式会社」は、英国の田園都市レッチワースをモデルに、当時の東京府荏原郡調布村に、現在では高級住宅地として知られる田園調布を建設します。その田園都市株式会社の再建の主柱として、箕面有馬鉄道(阪急)の小林十三の紹介によって迎えられたのが、当時武蔵鉄道常務で40歳の五島慶太でした。
 田園都市株式会社の希望の物語は、関東大震災後の復興特需に関連した復興局疑獄によって、挫かれていきます。「関東大震災で焦土と化した東京を一刻も早く復元しよう、それにとどまらず、近代的な都市計画にもとづいて再生させよう」という掛け声でできた復興院(後の復興局)に、国民の血税を掠め取ろうとするハイエナが群がってきたことが述べられています。著者は、復興局疑獄事件に田園都市株式会社が法人ぐるみで関与していた疑いにメスを入れています。本書では、田園都市株式会社の「業務報告書」をチェックする中で、復興局からの入金が記載されていない利益隠しの手口を指摘し、その金が裏金として、五島による武蔵電気鉄道クーデター→東京横浜電鉄の創立に用いられたのではないかと推理しています。そして、田園都市株式会社の豊富な資金は、子会社であった東横電鉄と目蒲電鉄にどんどんとつぎ込まれていきます。ついには、親会社である田園都市株式会社は、「目蒲電鉄の母体としての役割を完全に果たして、その存在意義を失った」という主客転倒の巧妙なすり替えにより、白昼堂々と乗っ取られてしまいます。「『理想的住宅地』として売り出された田園都市は、多額の利益を上げたのち、置き去りにされた。残ったのは、安い土地に鉄道を敷き住宅をつくり付加価値をつけて売る、その利益でまた土地を買い鉄道の路線延長する、というサイクルを繰り返す営利会社であった」のです。
 五島慶太は、次々と競合私鉄路線を買収し、「強盗」と呼ばれることになるのですが、著者はこの強さの秘密を、「あらゆる私鉄が点と線のみを考えているとき、五島は大渋沢の田園都市プランを吸収することでいち早く面の重要性に気づいていた」ことであると述べています。
 本書には、地下鉄銀座線の虎ノ門駅から新橋駅の途中にある急カーブに潜んでいる「五島の亡霊」についても言及しています。
「新橋駅にはいまは使われていない秘密のプラットホームがあるのだ。虎ノ門から来た電車が新橋駅に侵入する際、本来は直線で入ってくるはずなのに、そこへの進入を避け、現在のホームにつけようとするために急カーヴがつくられた。
 以前、秘密のホームを見せてもらったことがある。地下道脇の変哲もない鉄扉を押すと、そこに人気のない暗い空間が口を開けているのだった。空洞にはホームと行き止まりの留置線が残されていた」
 この空洞こそが、帝都の地下鉄網の覇権をめぐって争った五島の亡霊なのです。
 日本の地下鉄建設の草分けである早川徳次が、ロンドン、グラスゴー、パリ、ニューヨークの地下鉄を調査して回り、地盤調査、建設費用の調達、関係者の説得等の茨の道を踏破し、東京地下鉄道株式会社を設立し、地下鉄の夢を現実化させると、後発の五島は東京高速鉄道を設立し、新橋への乗り入れをめぐって正面から衝突することになります。私鉄の郊外路線が山の手線を横切って直接丸の内、銀座方面まで延長すれば、沿線の顧客ニーズを満たし、乗客と不動産の含み資産の増加を図ることができる、とする自論の「串刺し理論」の実現を、五島は目指していたのです。早川の東京地下鉄道は昭和9年に浅草~新橋間が開通し、五島の東京高速鉄道は渋谷~新橋間が昭和14年につながるスケジュールとなっていたため、新橋駅には2つのプラットホームが併設され、両社は新橋で接続せず折返し運転するありさまであったと述べられています。
 この状況を打開するため、五島は、持ち前の強引さで東京地下鉄道の乗っ取りにかかります。大株主であった穴水熊雄の株を電光石火の勢いで押さえるとともに、セットで京浜電鉄株を手中に収めることによって外堀を埋めていきます。ついに早川は東京地下鉄道社長の座を追われることになりますが、後の総理となる当時の鉄道省監督局鉄道課長であった佐藤栄作によって、陸上交通事業調整法を根拠に二つの鉄道会社は帝都高速度交通営団の名称で統合され、実質的な官営会社とされることで幕引きとなりました。この陸上交通事業調整法は、五島にとって諸刃の剣ではありましたが、地下鉄放棄後も伝家の宝刀として使い続けられます。東横電鉄は目蒲電鉄と合併、京浜電鉄、小田急電鉄、京王電軌を手中に収め、「大東急」を築き上げ、首都圏の南半分の私鉄のほとんどが五島の支配下に入ることになります。
 終戦後、公職を追放され、大東急は解体され、「小東急」としての再スタートを余儀なくされた五島は、横井英樹に出会い、一目惚れしてしまうと、「老舗のデパートを乗っ取るという、自分自身の見果てぬ夢」に突き動かされ、ついには横井を狙撃したヤクザから恐喝を受けることになります。著者は、「五島には、アウトローに乗じられる隙があった。というより彼自身が、もはやほとんど無法者の領域に近いところに立っていた」と述べています。
 本書は、東急王国を一代で築いた怪物「強盗慶太」の伝記であると同時に、東京という都市が、「土地の神話」とともに形成されてきた歩みを伝える優れたドキュメンタリーです。


■ 個人的な視点から

 本書では、五島に手玉に取られた"お坊ちゃん"ぶりばかりが強調されている渋沢秀雄ですが、田園都市建設をめぐって役人から許認可を取り付ける際のやり取りでは「それなりの苦労」をしていることが紹介されています。
 田園都市に遊園地を作る際には警視庁の許可が必要で、取り締まり内規として、「飲食店と浴場は同一屋内に設置を許さず」というものがあり、何度も設計変更を余儀なくされます。この内規の理由というのは、「出歯亀みたいな痴漢が湯上りの女を覗う場合、道路でウロつくのは人目に立つが、廊下だと怪しまれずにいるからだ」というものでした。結局、大渋沢の威光もあり、「内規に対する試験的除外例」として許可は出るのですが、「すぐ十日、これは許可する六か月、調査といわば二年三年」という狂歌を引き合いに出す秀雄を、自身が官僚であった五島が、「役人は民間事業を妨害することによって食っている」と慰めたことが述べられています。
 一方で、既成事実を積み上げて役人を丸め込んだのが五島です。「中心部がスリ鉢状になっており、北から南へ渋谷川が流れている」という渋谷の地形的な特色が、ターミナルビルを建てにくい立地条件であったので、渋谷川を暗渠にしてその上にビルを建てると言い出しますが、「川は公共のものだから勝手にふたをするわけにはいかない」。そこで、
・「宮益橋幅員拡張願」を出し幅員拡張工事をする。
  ↓
・この場所をバスの折り返し場に使用したいと願い出る。
  ↓
・雨天の場合の利用者保護のために屋根の建築を申請し、利用者の利便のため二階建てにして屋根の上に食堂や売店を設置したい。
  ↓
・木造では利用者の安全を保証できないので、鉄筋コンクリート造りなら大丈夫だ。
  ↓
・鉄筋なら2階建てでなく5階建てでも安全ではないか。
  ↓
・利用者の利便のためにはデパートにした方が良い。
  ↓
・デパートにするなら5階建てより7階建ての方が利便性が高い。
 こうして、渋谷川をまたぐ形で、日本唯一の橋上百貨店である現在の東急百貨店東横店東館ができることになってしまいます。
 ちなみに、このとき暗渠にされてしまった渋谷川ですが、この川の支流の一つである「河骨川(こうほねがわ)」は、童謡「春の小川」のモデルとして知られています。
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kasen/ryuiki/08/sh-haru.html


■ どんな人にオススメ?

・日本に「土地の神話」が生まれた経緯を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 猪瀬 直樹 『ミカドの肖像』
 猪瀬 直樹 『日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦』 2006年01月01日
 猪瀬 直樹 『道路の権力』 2006年6月5日
 猪瀬 直樹 『日本システムの神話』 2006年06月14日
 坂西 哲 『東急・五島慶太の経営戦略―鉄道経営・土地経営』
 城山 三郎 『東急の挑戦―五島慶太から昇へ』


■ 百夜百マンガ

とってもひじかた君【とってもひじかた君 】

 なぜ2006年の今になって再発しているのか不明ですが、80年代に本誌より面白いといわれたサンデー増刊の黄金期を支えた作者の代表作です。

2006年7月20日 (木)

雇用の未来

■ 書籍情報

雇用の未来   【雇用の未来】

  ピーター キャペリ
  価格: ¥2625 (税込)
  日本経済新聞社(2001/08)

 本書は、「10年以上続いているリストラクチャリングをきっかけに出現した新たな雇用関係を解説し、人事管理のあり方がどのように変化してきているのかを検討すること」を目的としたものです。本書は、これまで手付かずであった「ダウンサイジングによる直接的な影響にとどまらず、雇用関係は根本的に変化してきているのではないか、それはどのような変化なのか、さらにこうした変化は企業経営にどのような影響を与えるのか」という研究に言及しています。
 著者は、伝統的な雇用主と労働者の関係が姿を消したことで、「社員の組織に対する忠誠心は消滅し、それに代わって自己のキャリアに対する執着心が増大したことは、雇用関係の変化におけるほんの一つの現象に」すぎず、企業が確立しようとしている新しい雇用契約の出現によって、「人事管理のやり方を根本的に改めなければならなくなっている」と述べています。著者はこの新しい雇用関係を、「離婚と再婚を生涯繰り返すようなもの」と表現しています。
 著者は、これまで「伝統的」と考えられてきた雇用関係が、「かなり最近になって現れた現象」であることに触れ、「特に管理者層における長期的雇用関係や内部登用制度」が果たしてきた役割として、
(1)社員の業績向上によってはじめて、回収可能な人材育成投資が徐々にだがなされるようになった。
(2)雇用の安定によって、社員の忠誠心やコミットメントを引き出すことが容易になった。
(3)トップに上りつめる社員は限られているため、昇進機会を与えることはコスト負担が少ないうえに強力なインセンティブとなった。
の3点を挙げています。
 しかし、雇用環境の変化によって、
(1)その組織に固有な能力の習得に対する社員の自己投資が回収できない可能性があると考えられることで、企業の思惑どおりには行かなくなった。
(2)企業がコントロールできない社外の状況による影響が増大しているため、社員の職務態度の問題を解決することが困難になった。
(3)組織のフラット化や雇用保障の低下によって昇進機会が格段に減少し、インセンティブとしての効力を失った。
の3つの変化が生じていることが指摘されています。
 著者は、新しい雇用形態を効果的に機能させるために、
・高水準の情報
・教育訓練に関する取り決めを強制するための一連の契約
の両方が必要であると主張しています。
 著者は、雇用のニューディールについて、企業が一方的に社員に提示したニューディールは、「真のニューディール」に行き着く交渉プロセスの最初の切り込みにすぎず、「真のニューディール」は、「雇用関係を単一企業の枠内でとらえたり、教育訓練、給与、昇進などの社内の人材開発制度で説明したりすることができないといった基本的な特徴を有する」ことが述べられています。その上で、経営者が留意すべきポイントを、
(1)市場介入型の雇用関係へ移行したことで、企業側は社員の態度や行動に対するコントロールや影響力を大幅に失ったこと。
(2)社員に提示する雇用契約をどのような内容にするかが決定的に重要になったこと。
の2点挙げるとともに、真のニューディールが突きつける課題として、
(1)コア社員の維持
(2)忠誠心とコミットメント
(3)スキル
の3点を挙げています。
 また、新しい経営手法が引き起こした雇用のリストラクチャリングとして、
・コア・コンピタンス:コンピテンシーが変化すると大掛かりなリストラクチャリングに踏み切る。
・情報技術:社員を容易に「アンバンドリング」し、供給業者に追いやることができる。
・ベンチマーキング:組織内部のあらゆる管理機能やプロセスについていかにたくさんの競争相手が存在するかを社員の自覚させた。
の3つの例を紹介しています。
 さらに、10年以上も続いている企業側の一方的な雇用契約の破棄によって、組織や社員の業績が失速しなかったことについては、
・その原因が組織外部の要因による場合は自体を容認する傾向が強いこと。
・残った仕事に対する満足度は帰って高くなったようであること。
・大半の企業が同時にリストラクチャリングを実施したこと。
の3つの要因を挙げています。
 また、賃金構造に関しては、社員の生産性が、「職業人生の当初は上昇し続け、中間地点から後半にかけて頂点に達し、その後下降する」という逆U字型の中高パターンをとるという事実において、内部労働市場における賃金体系はこの生産性の増減を平準化し、新人や熟年社員には生産性に見合う以上の賃金を、中間地点周辺の社員には生産性以下の給与を支給していたのに対し、近年の調査ではこの慣例が逆転し、初任給は相対的に減少し、内部労働市場型の賃金構造が崩壊していることが述べられています。このことは、「職業人生における成功の判断材料として、単一企業と終身に及ぶ良縁に恵まれること自体があまり重要でなくなってきていること」と、外部労働市場との係わりの重要性が増していることを示していると述べられています。
 この他本書では、航空会社のパイロットの養成方法として、
(1)市場が提供する訓練プログラムを受けて自力でパイロットになる。
(2)入隊してパイロットになり、20年前後で退役する。
(3)航空会社に就職し、パイロットになるための訓練を施してもらう(アブイニショ・アプローチ)。
の3つの方法を挙げ、世界各国(特に西欧)の航空会社は3番目の方法をとるのに対し、米国の航空会社は、
・外部に多数のプログラム提供者からなる訓練市場が存在し、訓練費用をパイロットに負担させることができる。
・退役軍人がパイロットの安定的な供給源となり、きわめて質が高く膨大なコストがかかる訓練を政府が全面的に引き受けてくれる。
の2つの理由から3番目のアプローチを採用するところは皆無であること、その代わりに労働供給を一切コントロールできないこと、が述べられています。また、市場原理に基づく雇用形態の企業に対するメリットとして、
(1)企業は教育訓練のコストを社員に転嫁し、ゆくゆくはその責任を市場に押し付けることができる。
(2)迅速に、かつ固定費の負担を増やさずに新しいスキルを取り入れたり、組織のコンピテンシーの入れ替えを行うことが可能になる。
の2点が挙げられています。
 著者は、まとめとして、「長期的な見方をすること、そしてニューディールもいずれは過去のものとなるということを認識すること」の2点を雇用のニューディールに関する最後の忠告として述べています。
 本書は、「成果主義」など個別の人事制度の形で日本に紹介されてきた米国企業の雇用をめぐる変化(ニューディール)をリストラクチャリングやダウンサイジングときちんと関連づけて解説している良書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の第4章では、日本における変化の大きさとして、外国企業との直接的な競争を余儀なくされた業界では、日本の現地法人の人員を増強したい外資系企業が、「日本企業の年功序列制度の中で埋もれている状態から抜け出し、より好条件の仕事に就きたいと考えていた中堅社員」を引き抜くことができたこと、特に、「日本企業の内部労働市場型かつ男性優位の昇進制度の下では出世が難しかった有能な女性を大量に採用する機会に恵まれた」ことが述べられています。
 昔から外資系企業は女性が能力を発揮しやすい勤め先として知られていましたが、1990年代はとりわけ、グローバルな雇用慣行の見直しの中で、大量に有能な女性が外資系企業に流れたことを教えてくれています。


■ どんな人にオススメ?

・企業と社員との契約の変化の動きを概観したい人。


■ 関連しそうな本

 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『組織能力・知識・人材 リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年07月19日
 稲継 裕昭 『自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ』 2006年07月05日
 福田 秀人 『成果主義時代の出世術―ほどほど主義が生き残る!』 2006年06月21日
 山中 俊之 『公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋』 2006年06月08日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年04月05日


■ 百夜百マンガ

こっとん鉄丸【こっとん鉄丸 】

 主人公の鉄丸から直々にファッションのアドバイスを受けられるワンポイントコーナーつきのお得な作品。今の目から見ると内容は微妙(当時から?)ですが・・・。
 ダイソーで100円漫画として売られてました。

2006年7月19日 (水)

組織能力・知識・人材 リーディングス日本の企業システム第2期

■ 書籍情報

組織能力・知識・人材    リーディングス日本の企業システム第2期   【組織能力・知識・人材 リーディングス日本の企業システム第2期】

  伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集)
  価格: ¥3045 (税込)
  有斐閣(2006/06)

 本書は、「日本企業の組織能力、知識創造、熟練形成、人材育成に関する近年の代表的論考の一部」を収録したものです。編者は、これを、「『20世紀日本企業の強みといわれてきたもの』の、21世紀初頭における再吟味である」としています。編者は、過去十数年の間に、日本に多くの「流行りもの」の手法が伝来しているが、本書では「流行を超えて十数年同じテーマを追っている研究を優先」させているとして、本書には「温故知新バイアス」がかかっているとしています。
 編者は、企業の組織能力について、
(1)個々の企業に特有の属性である。
(2)組織全体が持つ行動力や知識の体系である。
(3)組織能力は個々の企業の競争力や収益に影響を与え、長期的に企業間の差を生み出す。
(4)競合他社がまねしにくいものである。
(5)組織能力は地道に構築する必要がある。
の5つの特徴を挙げています。
 第1章では、日本型経営システムの国際移転を対象に、日本的経営管理方式の一般性と特殊性について、
(1)共通パターンの検出――「最低限綱領」:比較的地域差が少なく適用点の高い項目を選び出した移転モデルを作り、「最低限綱領」として実践する方法。
(2)地域別・産業別類型モデルの検出――「経営環境対応型」:地域や産業ごとのパターンの違いを類型化し、条件付きハイブリッド工場の限定的「一般モデル」を構築しようとするもの。
(3)東アジア・英国パターンからグローバル収斂傾向へ――「柔軟な一般化モデル」:現実に検出された特定にタイプを素材として、適用・適応のより「望ましい」「理想的な」組合せを持つハイブリッド工場の形をモデルとして取り出す。
の3点にまとめています。
 第2章では、「製品」を「設計情報の束」、「生産活動」を「工程から製品(原材料・仕掛品)への情報の転写のこと」とした上で、「日本型生産システム」を、
(1)「擦り合せ型(インテグラル型)」アーキテクチャの設計情報(例:自動車の外観形状)を、
(2)「書き込みの容易でないメディア」(例:厚さ8ミリの鋼板)に、(金型のようにそれ自体情報書き込みの容易でないツールを用いて)繰り返し転写する、
といったタイプの「擦り合せて作り込む」タイプのものであると述べています。
 第3章では、「組織能力」を、「企業の競争優位に影響を与える知識、ノウハウ、スキル、ルーチンのセット」と定義した上で、「組織的な要因が相対的に重要であると考えられる川下の臨床開発段階に焦点を当て、従来明確にされてこなかった医薬品の研究開発プロセスにおける組織能力を明らかに」し、「医薬品の研究開発プロセスにおける組織能力は、因果関係知識やノウハウの蓄積をもたらす研究開発プロジェクトの『経験』が重要な基礎となって構築されるものである」ことを述べています。
 第4章では、自動車生産職場での技能に関して、技能形成の促進策にはサラリーが枢要であるとした上で、欧米のホワイトカラー風のサラリーである「社内資格給」に一本化すべきとし、その意味を、
(1)個々の仕事ごとには基本給は決めない。
(2)同じ仕事でも高度な仕事は期間に応じて技能は向上する。
(3)経験の幅の拡大には時間がかかる。
(4)高い技能となれば、その向上度に個人差が避けられない。
と述べています。
 第6章では、「知識社会における企業活動の本質的なプロセス原理を説明する」ものとして、「知識ベース企業理論」(knowledge-based theory of the firm)を主張し、知識創造企業としての「綜合力」を、
(1)知識ビジョン:絶対的な価値を追求、長期的な視点に立って知の創造と活用を図る。
(2)知識資産:暗黙知を含むダイナミックな資産。知識創造には「相互作用費用」のうち、その企業の社会的資本の如何によって決定される「正当化費用」が不可避である。
(3)場:知識を効率的かつ迅速に移転し、創造するダイナミックな有機体としての企業における知識創造体の構成単位。自己組織性、境界の浸透性、本質的な対話、自己超越性の4つの条件がある。
(4)インセンティブ・システム:暗黙知を積極的に表出化させるためには内因的モチベーションが必要であり、その条件には、(1)創造性を要求されること、(2)内容が広範囲で複雑で幅広い知識が要求されること、(3)暗黙知の移転と創造が不可欠であること、の3点がある。
(5)クリエイティブ・ルーチン:知識創造のダイナミズムを可能にするのは、クリエイティブ・ルーチンとしての「型」という優れた知の作法の文化である。
(6)自律分散型リーダーシップ:これら5つを綜合するのは、リーダー自身もダイナミックな文脈の中で思索し行動する当事者であるリーダーシップのスタイルである。
の6つの概念で解説しています。
 第10章では、ホワイトカラーの人材マネジメントに関して、
(1)長期雇用と内部人材育成に関するルールの変化
(2)評価・処遇制度についての変化
の2つの内部労働市場ルールの変化が起こっているとして、これらの組み合わせのうち、「成果主義+長期雇用」という組合せが最も多い可能性があることを指摘しています。そして、実証分析の結果、「わが国の内部労働市場の新しいドミナントなパターンが、現時点では『成果主義+長期雇用・内部育成』になっている」ことを指摘し、このパターンは、「企業が望むような従業員側の行動変化をもたらす可能性は少なく、影響があるとすれば、従業員が否定的な反応を示している可能性が示唆された」と述べています。
 第11章では、リーダーシップ研究と育成に関して、
(1)<リーダーシップ理論からリーダ一シップ持論へ>という移行
(2)<リーダーシップ論からリーダーシップ開発論へ>という流れ
(3)<リーダーシップ・サーベイからリーダーシップ・ストーリーへ>という調査方法面での視点の変化
(4)<時間フリーのリーダーシップ概念から時間幅を意識したリーダーシップ概念へ>というシフト
の4つの方向づけを提案し、これらのすべてに「一皮むける経験」の調査がかかわっていることを述べています。
 第13章では、日本型年功制の再評価として、実質的に年俸制や成果主義を導入している会社を、
(1)誕生してまだ間もなく、中途採用の社員が主力で、生え抜きの社員が育ってきていない新興企業。
(2)会社の経営状態が危なく、昇給の原資がないか、もしくは賃金カットも必要となるような状態にある会社。
の2つのタイプがあるとして、(2)のケースで年俸制や成果主義を導入する経営者を「言語道断」であると指摘しています。そして、次の仕事の内容で報いるシステムの例として、同じ係長でも、
「特別な力量が求められ、失敗すると会社にとっても大変なことになるような重要な仕事には、それを任せられるだけの優れた人材を、だれでも努力すればできるような仕事には普通の人材を、そして、どうでもいい仕事にはどうでもいい人材を当てるのです。」
という違いがあるという「年功序列」の典型である会社の人事担当者の言葉を紹介しています。
 本書は、組織や人材の育成に関心のある人、またその仕事に携わっている人にとっては、3000円分の価値が十分ある一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 これで、「リーディングス日本の企業システム第2期」全5巻を全部読み終わってしまいました。シリーズが始まった時には楽しみでワクワクして1冊ずつ手に取ったのですが、読み終わってしまうと寂しいものがあります。「第3期」がもしあるとしても10年以上先の話でしょうから、待ち遠しい限りです。
 とは言え、このシリーズは全部図書館から借りて読んだものなので、これからぼちぼち2~3年かけて古本屋で揃えていくつもりです。このシリーズは、この分野の研究のエッセンスがつまっているので、何か調べ物があるときに、基本をおさえておく「辞書」的な意味で持っておいて損はありません。「第1期」は全部古本で入手することができたのですが、今でも100円で売っているのを見るととりあえず確保したくなってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・組織や人材の育成に関心がある人。
・それを生業にしている人。


■ 関連しそうな本

 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『組織とコーディネーション リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年07月03日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月01日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業と環境 リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月26日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『人的資源 リーディングス 日本の企業システム』 2005年05月20日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『企業とは何か リーディングス 日本の企業システム』 2005年03月20日


■ 百夜百マンガ

仮面ボクサー【仮面ボクサー 】

 石森章太郎の弟子にして、『スカルマン』を書いている作者が送る「仮面」シリーズ。石森先生も最近の「仮面ライダー」シリーズの展開は予想できなかったのではないでしょうか。

2006年7月18日 (火)

四色問題

■ 書籍情報

四色問題   【四色問題】

  ロビン・ウィルソン
  価格: ¥2100 (税込)
  新潮社(2004/11/25)

 本書は、一世紀半もの長きに渡って、数学の難問の中で、「最も有名なものの一つ」であり続けた、地図の塗り分けに関する四色問題の歴史とその会をめぐる愉快な歴史を紹介しているものです。本書の登場人物は、「ルイス・キャロル、ロンドン主教、フランス文学の教授、エイプリル・フールに多くの人々をかついだいたずら者、ヒースを愛した植物学者、ゴルフ狂の数学者、一年に一度しか時計の時刻を合わせない男、新婚旅行の間じゅう地図を塗っていた新郎、そして、カリフォルニアの交通巡査」等となっていて、この難問が有名になった理由、単に問題そのものの難しさだけでないことを教えてくれます。
 「四色問題」とは、
「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように塗り分けることができるのか?」
という問題です。この問題は、地図製作者が印刷代を節約するために起こった問題でもなく、単なる物好きのための暇つぶしのようにも見えますが、道路や鉄道のネットワークや通信網に関する実践的なネットワーク問題は、もとをたどれば地図の塗り分け問題に帰着し、グラフ理論の研究や計算理論におけるアルゴリズム研究も色塗り問題につながっているとされ、「長年にわたる各種の試みがエキサイティングな数学の発達を促し、現実世界の重大問題の解決に応用されてきた」ことが述べられています。
 この問題は、1852年に数学者ド・モルガンが友人の物理学者であるハミルトン卿に宛てて書いた一通の手紙によって提起されました。ド・モルガンは、学生から、「一つの図形を任意の方法で分割して各部分を色に塗るとき、境界線を共有する部分どうしが違う色になるようにすると、四色が必要になることはあっても、それ以上必要になることはない」という「事実」の理由を聞かれ、それに答えられないことに悩み、「わたしは自分の間抜けさに絶望して、スフィンクスに倣うしかなくなるかもしれません・・・・・・」と記しています(スフィンクスは、オイディプスにかけた謎かけを解かれたために、崖から身を投じて自殺したと伝えられている)。
 そして、この問題を質問した学生とは、後にロンドン物理学会の設立者となった物理学者であるフレデリック・ガスリーでした。しかし、この問題は彼の兄であり、後に南アフリカ大学の数学教授となったフランシス・ガスリーが提唱したものであることが明らかになっています。
 この問題は、後の数多くの数学者たちを悩ましましたが、1879年に、ロンドンの法廷弁護士にしてアマチュア数学者であったケンプによって、その証明が発表され、たちまち数学神話の一部として広く受け入れられるようになります。この証明は、非常に良いものではありましたが、11年後に、ダーレム・カレッジの数学講師ヘイウッドによって間違いを指摘されます。
 20世紀に入ると、アメリカ人数学者によって、
・不可避集合:その中の少なくとも一つがすべての地図に現れるような配置の集合。
・可約配置:最小反例には含まれないような国々の配置。
という2つのアイディアが登場することで進展を遂げます。
 1960年代には、地図の塗り分け問題だけを扱った最初の主だった本として『四色問題』が出版されるなど、多くの進歩があったエキサイティングな時代になります。1971年には、当時最高のコンピュータが合った原子力委員会ブルックヘブン研究所のコンピュータ・センター長であった日経二世のヨシオ・シマモトによって、「シマモトの馬蹄」として知られる配置が発見されます。そしてついてに1976年、アッペルとハーケンによって四色問題の証明がなされます。ただし、この証明には、1000時間に及ぶコンピュータの使用時間が費やされ、その出力紙は約1.2メートルに達しました。
 問題提起以来124年後にしてついに解決された証明は、熱狂を持って迎えられた一方、コンピュータを用いたことに対しては、
「わたしに言わせれば、あんな解は数学ではない」
「この定理があんなひどい方法で証明されることを神がお許しになるはずがない!」
等の深い失望の声もありました。また、コンピュータを用いた長い証明に対しては、検証可能性という疑問を投げかけること自体にも困難が生じてきます。
 本書は、1世紀半近く多くの数学者を熱中させた有名な問題をめぐる読み物としてはもちろん、グラフ理論やネットワークの理論に関心がある人にとっても興味深く読める一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の原題である「Four Colours Suffice」とは、四色問題を証明したアッペルとハーケンが、すべての配置の可約性を確認した時に、数学科の黒板の上に発表した、
「Modulo careful checking, it appears that four colours suffice」
という言葉に由来し、後に数学科が料金別納郵便物に押す証明印の標語には、この「四色あれば足りる(four colours suffice)」という言葉が使われるようになったそうです。


■ どんな人にオススメ?

・複雑ネットワークやパーコレーションに関心がある人。


■ 関連しそうな本

 小田垣 孝 『つながりの科学―パーコレーション』 2006年07月14日
 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『複雑ネットワークの科学』 2005年11月18日
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 安田 雪 『実践ネットワーク分析―関係を解く理論と技法』 2005年10月04日


■ 百夜百マンガ

シェイプアップ乱【シェイプアップ乱 】

 当時のジャンプの中では少数派になってしまった汚い絵の作品。最近の作品では、絵自体はうまくなりましたが、(いい意味で)暑苦しさは相変わらずです。

2006年7月17日 (月)

ディズニーの芸術 ― The Art of Walt Disney

■ 書籍情報

ディズニーの芸術 ― The Art of Walt Disney   【ディズニーの芸術 ― The Art of Walt Disney】

  クリストファー フィンチ
  価格: ¥8400 (税込)
  講談社(2001/6/28)

 本書は、アニメーション映画の発達の歴史そのものである、ウォルト・ディズニーの生涯とウォルト・ディズニー社の歩みを、豊富な資料とともに解説しているものです。本書は、1973年に初版が出版され、それ以降も改訂を重ねながら新しい作品も取り入れていますが、やはり秀逸なのは、ウォルトが新しい表現を追い求めて試行錯誤しながら、アニメーション映画を確立していくくだりです。
 ウォルト・イライアス・ディズニーは、1901年12月5日に、シカゴに生まれ、父の転職によって、ミズーリ州のマーセリーン郊外→カンザスシティと転居を重ねます。市立美術学院の土曜日午前のクラスで絵を学び、そこでであった友人と「二人のウォルト」として素人芝居に出演しています。第一次世界大戦渡ったフランスから戻ったウォルトは、カンザスシティの商業美術のスタジオを経て、地元の映画館で上映するコマーシャル・アニメを作る会社に職を得ます。当時のアニメーションに飽き足らなかったウォルトは、短い短編のギャグ映画からはじめて、ラフォグラム社を設立し、「アリス・コメディー」シリーズに着手します。1927年にアリスに続くシリーズとして『しあわせウサギのオズワルド』をスタートさせますが、キャラクター権とスタッフを引き抜きかれ、失意のどん底に突き落とされることになります。
 そんなウォルトの元にやってきた起死回生のチャンスが、ミッキーマウスの誕生です。頭と胴体という二つの円からなる姿は、アニメーションをできるだけ作りやすくするためにデザインされたものであることが述べられています。ミッキーマウスのデビュー作である『蒸気船ウィリー』の、スタッフの奥さんやガールフレンドを招いての試写会では、サウンドトラックをウォルトたちが生演奏したエピソードが紹介されています。このアニメーションとサウンドのリンクは、初期のディズニーアニメの主要なテーマとなり、アクションとギャグを優先したミッキーアニメと、音楽とアニメの完全な合致をめざした「シリー・シンフォニー」の2つのシリーズが並行して作成されます。
 その後、『三匹の子ブタ』や『花と木』などの名作が生み出されるとともに、『かしこいメンドリ』でデビューしたドナルドダックや『ミッキーの陽気な囚人』でデビューした純真なブラッドハウン犬のプルート等、主要なキャラクターたちが生み出されていきます。
 1930年代にディズニーのスタジオがあったハイペリオン街には、「大変魅力のある人物でしたが、時にはむっつりと気むずかしく、ほかの者に無関心になる」というウォルトの情熱に刺激された人々が集まり、「汗箱会議(ハイペリオン街の映写室には冷房装置がなかったので、この部屋は汗箱と呼ばれた)」で創造的なムードが醸し出されたことや、『白雪姫』の製作のために「300人のアーティストを集めてくれ」という指令が出され、新人アニメーターは一度の12~13人が雇い入れられ、昼は人間のモデルを使って仕事をし、夜は大ディズニー美術学校に出席するように言われたことなどが述べられています。
 その当時、アニメ映画といえばこっけいな短編物が中心であり、長編アニメをじっと座って観てくれる人などいないと思われた時代に、ウォルトは初の長編アニメ『白雪姫』に取り掛かります。この作品を作るためは、アニメーションを描く紙の大きさを変え、スタジオの設備すべてを新しくする必要があったほか、自然な奥行きを表現するための「マルチプレーン・カメラ」の導入や、背景画への透明絵の具の使用、白雪姫の美しい顔色を作るための頬紅の使用等、様々な試みがなされています。この作品の成功によって、「クラシック・アニメ」と呼ばれる、『ピノキオ』、『ファンタジア』、『ダンボ』、『バンビ』が次々と生み出されます。
 本書ではこの他、その後のディズニー作品の発展と技術の進化や、死の間際までディズニー・ワールドの地図の幻を見ているかのように細部まで指示を続けるほどテーマパーク建設にかけたウォルトの情熱等が紹介されています。
 本書は、単にディズニー作品やテーマパークが好きな人はもちろん、ディズニーが嫌いな人、関心がない人にとっても、アニメーションに生涯をかけた一人の男の伝記として読み応えのある一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、1977年にも一度日本語訳が出版されています。訳者あとがきによれば、「それは華麗で格調高い34cm×26cm×5cmという豪華本であった」とあるように、非常に大きな、美術書然としたものでした。現在入手できるものは、その24年後にディズニー生誕100周年を記念して改訂されたものの翻訳です。残念ながら一部抄訳されていますが、入手しやすいサイズと価格になっているので、この値段でもお得な一冊といえるでしょう。
 さて、この豪華本には、現在出回っている改訂版にはない貴重なシーンが収められています。それは、ディズニー・ワールドの地下道を移動するミッキーの写真です。おそらく蛍光灯と思われる薄暗い明かりがともる低い天井の地下道を歩くミッキーの姿はインパクトがありますが、当時は日本にディズニーランドもできる前でしたのでそれほど話題にならなかったのかもしれません。
 そのシーンが後の改定で原書自体から削除されたのか、日本語の改訂版で外されたものなのかは、原書を確認しなければわかりませんが、旧版を見る機会があれば確認してみてください。


■ どんな人にオススメ?

・アニメーションにかけた一人の男の生涯に触れてみたい人。


■ 関連しそうな本

 フランク・トーマス 『ディズニーアニメーション 生命を吹き込む魔法 ― The Illusion of Life ―』
 ボブ・トマス 『ウォルト・ディズニー―創造と冒険の生涯』
 兜木 励悟 『ディズニー批判序説―盗むディズニー訴えるディズニー』
 マーク エリオット 『闇の王子ディズニー』
 デイブ スミス 『DISNEY THE FIRST 100 YEARS ― ディズニークロニクル1901-2001』
 ボブ トーマス 『ディズニー伝説―天才(ウォルト)と賢兄(ロイ)の企業創造物語』


■ 百夜百音

グレイテスト・ヒッツ+グレイテスト・ヒッツ・ライヴDVD【グレイテスト・ヒッツ+グレイテスト・ヒッツ・ライヴDVD】 Thin Lizzy オリジナル盤発売: 2005

 『無限の住人』というマンガに「真理路」というキャラクターが登場します。キャラクターにミュージシャンの名前をつけるといえば、なんのひねりもない荒木飛呂彦が有名ですが、この作品も注意していると沢山出てきます。では、「黒衣鯖人」のネタ元はだれでしょう?


『Paranoid』Paranoid

2006年7月16日 (日)

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術

■ 書籍情報

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術   【ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術】

  立花 隆
  価格: ¥1800 (税込)
  文藝春秋(2001/4/16)

 本書は、著者が『週刊文春』に連載していた「私の読書日記」の1995年11月30日号~2001年2月8日号までの約5年分をまとめたもので、それ以前の分をまとめた『ぼくはこんな本を読んできた』の続編に位置づけられるものです。
 著者は、この連載で紹介する本の選び方として、個人的な読書生活をあるがままに記録したものではなく、ベースを新刊本とし、「本屋の店頭にいって、そのとき店頭にならんでいる本の中から、読んでみたい本、面白そうな本、ちょっと気になる本をワーッと買い集め(通常、一回二、三十冊くらい)家に帰ってから、それにサーッと目を通して、紹介すべき本を選んでいくこと」を通常コースにしていると述べています。その理由は、「書店というのは、一国の文化の最前線の兵站基地みたいなものだから」であり、「書店の店頭というのは、一国の文化、社会の現状を伝える最高のメディア」であるからです。
 著者は、「その本に対して同じフィールドの専門家がもっともらしい評価をえらそうに書きつらねている」タイプの「いかにも書評らしい書評」が好きではなく、「その本が読む価値があるなら、そのことだけを手っ取り早く伝えてくれ。評価は自分で下すから、余計な先入観を与えないようにしてくれ」と考えるため、書評子にできる最大のことは、「店頭で本を手にとってみるきっかけ」作りをすることだと述べています。そのため、著者が書評に詰め込むのは、「その本に読む価値があるか否か。読む価値があるとして、どの点においてあるのか」という有効情報を圧縮したものであり、要約と引用によって本自体に語らせるスタイルをとるため、「書く労力の何倍もの労力が、セレクションの過程と、要約・引用抜き出しの過程にかけられている」と述べています。
 この、要約の技術は、著者が文藝春秋社時代に、恐い上司から、「よし、お前、その本がどういう本か、三分間でいってみろ」と要約させられ、できないと言うと、「バカヤロー! お前、どんな本だって、それがどういう本か三分(あるいは五分)あればいえるもんだ。フルに要約しなくても、どういう本かそのエッセンスのポイントくらいはいえるもんだ。それがいえないんなら、お前がバカか、その本の著者がバカかのどちらかだ」(結局、バカが書いた本を選んだお前がバカだ、と言われそうですが)と罵倒され、しごかれた体験を語っています。
 本書のポイントは、「驚異の速読術」の部分です。
 あるパーティで「愛読者」という人から、「あれ、本当にちゃんと全部読んでるんですか?」と聞かれたことに触れ、セレクションにかける前に取り上げる本の三倍以上買ってくること、ダメだと思う本は3分の1も読まないうちに振り落とすこと、等を述べ、「本の中には、もともと、著者の方でも、全文通読を期待していないし、必要性からいっても全文通読が必要でない(必要なところを拾い読みするだけで充分な)本というのは、沢山ある」と述べています。
 速読の対象となる本は限られます。「速読が可能でかつ速読した方が得なのは、読むこと自体を楽しむ本ではなく、情報が沢山つまった、多少専門的な内容の本で、書かれている情報の読み取りそのものを目的とする参考資料のたぐい」です。一方で、趣味性が高い内容をもった本、読むこと自体を楽しもうという本は、本質的にタイムコンシューミングにできているので、速読には適さないとしています。
 そして、「書物の内容はキーワードプラス記号でチャート化することによって視覚化することが可能」であり、実際にチャートを作らなくても、頭の中に本の全体構造をチャート化しながら読むことが大事であることが述べられています。
 また、網膜の周辺視野を担当している桿体細胞を使って一度にサーッと目を走らせておくことで本の流れをつかむことができるとしています。
 著者はこのような読み方を、「音楽的な読みから、絵画的な読みへの転換」と表し、両者を
・音楽的:文字というシグナルを時系列的に追うことで初めて意味把握が可能。
・絵画的:全体像を常に見すえながら、読みの深さ、読みのテンポを自在に変えていく。
のように比較しています。そのための具体的な手順としては、
・はしがきとあとがきをしっかり読む。
・目次を構造的にしっかり把握する。
・パラパラと小見出しの柱をある程度つかむ。
という手順を踏むことで、その本に読む価値があるかどうかを判断していることが述べられています。
 著者は、この世界に、「初めから逐次読みをしていたら一生かかっても絶対に読みきれないどころか、数百年かかっても読みきれないことが明らかなほどの量がある」書物の中から、「本当にじっくり読むべき価値ある本に出会」うために、速読を重ねていくべきであり、「『じっくり読み』の価値がない本までじっくり読むことは、時間と脳のキャパシティを無益に浪費すること以外の何物でもない」と断言しています。
 そして速読のコツとして、パラグラフ単位で飛ばし読みをして強引に目を通してしまうことを挙げ、本は必ずしも、はじめから終わりまで全部読む必要はない、ことを主張しています。
 本書は、フォトリーディングのようなテクニックではなく、本を選び、本当にじっくり読むべき本に出会うために、セレクションを中心にした「大量読書術」として、本を読む時間がない、という人にもお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の冒頭の序章は、著者の読書術というか「本をセレクションする技術」についてのものですが、本文は連載記事の収録です。5年~10年ほど前の本ですが、いまからでも読んでみたい本が沢山紹介されています。早速図書館の検索エンジンで在庫状況を確認して、「借りる本リスト」に追加しました。
・エリザベス・クレア・プロフェット『イエスの失われた十七年』
・山本 弘『トンデモノストラダムス本の世界』
・ポーラ・アンダーウッド『一万年の旅路』
・高山 文彦『霞が関影の権力者たち』
・田中 聡『健康法と癒しの社会史』
・王 永寛『酷刑』
・カール・シファキス『詐欺とペテンの大百科』
・松原 岩五郎『最暗黒の東京』
・プーラン・デヴィ『女盗賊プーラン』
・マルタン・モネスティエ『図説死刑全書』
・マルタン・モネスティエ『図説自殺全書』
・紀田 順一郎『東京の下層社会』
・西原 克成『内臓が生みだす心』
・V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』
・春名 幹男『秘密のファイル』
・中村 禎里『胞衣の生命』
・大泉 実成『麻原彰晃を信じる人びと』
 そのうち、「百夜百冊」に追加されると思います。


■ どんな人にオススメ?

・いい本にめぐり会いたいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 ウィン・ウェンガー , リチャード・ポー (著), 田中 孝顕 『頭脳の果て』
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』
 立花 隆 『「知」のソフトウェア』


■ 百夜百音

ボ&ガンボ【ボ&ガンボ】 BO GUMBOS オリジナル盤発売: 1989

 暑い日が続きますが、こんな時にはねばねばしたオクラです。胡瓜、茄子、生姜、茗荷、紫蘇を刻んだ山形名物「だし」に刻んだオクラを入れて暑い夏を乗り切りましょう。
 で、このオクラは「オクラホマ」に由来していますが、アメリカでは「ガンボ」と呼ぶそうです。


『ゴー』ゴー

2006年7月15日 (土)

奇怪動物百科

■ 書籍情報

奇怪動物百科   【奇怪動物百科】

  ジョン・アシュトン (著), 高橋 宣勝 (翻訳)
  価格: ¥777 (税込)
  早川書房(2005/06/23)

 本書は、1890年に出版された『Curious Creatures in Zoology』の邦訳です。著者は本書の目的を、「私がこの本を著した、いや編んだのは、、こうして急速に忘却のかなたへ去っていく過去の話を救うためである」と述べています。本書が出版された時代は、「旅が地球を征服し、詮索ずきな旅人が世界のあらゆるところへ鼻を突っ込んだため、『昔の秩序が変化して、新しい秩序に席を譲る』〔十九世紀の英国詩人テニソンの詞から〕こととなり、次第に過去の話が忘れ去れて行く運命にある」時代であったからです。そして、著者が救いたかった「過去の話」とは、「旅人は不思議なものを見る」と言われるように、「旅人の報告する不思議な話が現代のように微にいり細にわたる科学的調査にさらされなかった時代」の話です。
 本書からよく引用されるのは、辺境の地に住む奇怪な姿をした人間の話と図版です。なかでも「犬の頭をし獣皮をまとった種族がいる。彼らは話すかわりに吼える。そして、鉤爪がそなわっていて、狩りをしたり鳥を捕まえたりして暮らしている」と解説されている「犬頭人」や、「猛暑のときに仰向けに寝て、足で日陰をつくって身を守る」という足が一本しかない「モノコラリ(またはスキアポダエ)」の図を見たことのある人は少なくないのではないでしょうか。
 また、アマゾンの女戦士に関しては、スキタイの若者らを夫に迎え、アマゾンの生活様式、すなわち「狩りをしたり、夫と一緒に戦いに出たり、夫と同じ服を着たり」という生活を送っていたことに触れ、「これぞ、まさしく、当世の女性が空しく夢見ている本物の生活なりや!」と皮肉を効かせています(この「当世」とは19世紀末を指しています。)。
 エジプトのピラミッドとともに知られているスフィンクスに関しては、その名称が、「ギリシア語で<縛ること>、あるいは優美で快い淫らさで縛ること」に由来していることを紹介し、これに由来した「スフィンクタエ」という公娼がいたこと等を述べています。
 本書から良く紹介される想像上の動物のうち、マンティコラほど気味の悪いものはないかもしれません。マンティコラはインドの動物とされ、「上顎下顎それぞれに、三列の歯並びを持っていたという。ライオンと同じくらいの大きさで、毛深く、足もライオンの足である。しかし顔と耳が人間なのである。目は灰色で、身体は赤い。陸のサソリのような尾をもち、、その中には針がある。尾の先は棘でおおわれている。パイプ(笛)とトランペットを合わせたような声を発し、アカシアに負けないほど早く、野蛮で人を食う」と紹介されています。
 奇怪と言えば、「植物ヒツジ」に触れないわけにはいきません。これは、子羊が短い茎とへそでつながっているもので、「この茎は柔軟性があり、前後左右に動く。そして羊は茎の可動範囲にある草を食べる。しかし草が食べ尽くされたり、あるいは茎が折れてしまうと、子羊は死んだ。この羊は血も骨も普通の子羊と同じであり、ために狼の好物であった」と述べられています。
 想像上の動物としてよく例に挙げられるものとしては、「上半身が鷲で下半身がライオンの巨鳥」であるグリフォンがあります。これは、「人馬もろとも、あるいは、くびきに繋がれた二頭の牛をつかんで、ねぐらへ飛んでいく」ことができると言われていて、『アラビアン・ナイト』のシンドバッドが利用した怪鳥ロックに似ているとされています。
 実在する動物としては、鯨に関して、その肋骨を建築材として使用している例を、「北の奥地は寒さ厳しく、嵐もすさまじく、木が大きくなれない。そのため木で家をつくるのは困難だ。そこで用意周到な自然は、住民が海の生き物のうちで最も大きな鯨の肋骨とそれに付随するもので家をつくるように配慮したのである」と紹介しています。
 鯨と同じく海に棲む想像上の動物としては、巨大イカ「クラーケン」が紹介されています(挿し絵はどれも、どう見てもエビですが)。本書では、この巨大イカに関する伝説は、日本や中国にもあると述べられています。
 この他本書では、巨大な海ヘビや7つの頭を持つ怪蛇「ヒュドラ」等が紹介されています。
 本書は、現代では失われてしまった、過去の旅人の話を伝えてくれる貴重な一冊ではないかと思います。
 
 本書は、その挿絵もすばらしいのですが、英語版のものはネット上で公開されているので、そちらをご覧になっても面白いでしょう。
http://www.strangeark.com/ebooks/Curious.pdf


■ 個人的な視点から

 本書の訳者あとがきには、医学部のA教授の研究室のパーティで出されたという「ゴッコ」という魚のことが書かれています。これは、
「両手で抱えられるくらいの大きさの、つるつるした黒っぽいものである。そして、なんと! 顔があるのだ。人間の赤ん坊のようだ!」
と描写されているとおり、見た目にはとても奇怪な魚ですが、正しくは、「カサゴ目ダンゴウオ科ホテイウオ」といい、「ゴッコ汁」として北海道や東北では親しまれているそうです。
http://www.e-dive.jp/ezo/fish/dangouo/photo_dangouo.htm


■ どんな人にオススメ?

・奇怪な辺境の地にロマンを抱くことができる人。


■ 関連しそうな本

 ハラルト シュテュンプケ 『鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活』
 ベルトルト ラウファー 『キリン伝来考』
 ドゥーガル・ディクソン 『アフターマン 人類滅亡後の地球を支配する動物世界』
 ドゥーガル・ディクソン 『フューチャー・イズ・ワイルド』
 レオ レオーニ 『平行植物』
 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』


■ 百夜百音

Avalon【Avalon】 Roxy Music オリジナル盤発売: 1982

 ロキシーミュージックの最高傑作。ミュートしてコンプを聞かせたクリーントーンのギターがとても気持ちのよい作品です。こんなギターを弾けるようになりたい。


『Flesh + Blood』Flesh + Blood

2006年7月14日 (金)

つながりの科学―パーコレーション

■ 書籍情報

つながりの科学―パーコレーション   【つながりの科学―パーコレーション】

  小田垣 孝
  価格: ¥1470 (税込)
  裳華房(2000/05)

 本書は、社会現象(ワールドワイドウェブ、ファッションの流行、うわさ、伝染病等)や自然現象(高分子を結合させたゲル等)など、「つながりが持つ特徴を対象としたパラダイム」である「パーコレーション理論」を題材に、「『つながり』に焦点を当て、さまざまな現象の性質を決める上でそれがどのような役割を果たしているかを紹介するもの」です。
 本書では、私たちの暮らしの中に当たり前に存在するパーコレーションを紹介しています。
・結婚式の二次会等のパーティーでは定番である「ビンゴゲーム」は、5×5=25個のコマがある中で、約60%、すなわち15個の穴が開いたときに縦、横、斜めのどれかの方向がそろう「ビンゴ」になる。ボールを取り出す回数としては、75個のボールのうち42個(56%)が取り出されたときにビンゴになる数が一番多い。
・マゼランは1519年に世界一周の船旅に出港した。マゼランはどうして海路のみを通ることによって世界を回れると仮定できたのか。どれくらいの割合で海面があれば、海路のみで世界一周できるのか。
・「反間の計」(敵地にスパイを送りうわさによって社会不安を引き起こす)や「悪事千里を走る」などの言葉や、「風評による取付け騒ぎ」、「ファッションの流行」等の社会現象は、うわさや情報の広がりの重要性を表しているが、一人の人が平均4.5人以上に情報を伝えれば、それが全体に行き渡る。
・吊るしてあるハンモックの網目をでたらめに切っていくと、およそ50%を切ったところで網目のつながりがなくなる(ボンド過程:網目が正方格子であれば50%、蜂の巣格子であれば65%の網目が切れると2つに分断される))。
・碁盤の目の上に黒石のみをでたらめにおいていったときに、お互いに隣り合った黒石同士を「つながった」状態とすると、およそ59.2%(浸透閾値)以上の黒石があれば、一つの大きなクラスターが碁盤全体に行き渡る。(サイト過程)
・阪神大震災によって、山陽線沿いの輸送手段が破壊され、その東西の陸上交通が完全に途絶えたように、大都市を一次元的に結んだ都市構造は、災害に対してきわめてもろい。二次元ネットワーク上のつながりをもつような都市構造の方が、一箇所の大災害に対してより安定な社会構造となる。
・液晶ディスプレイの画面の大きさは、電圧を調節する直線状の配線が断線を起こすことによって制約されてきたが、ある技術者が、配線を二本線にしてその間にいくつかのつながりをつくる梯子状の「冗長性配線」をひらめいたことで、何ヶ所かが切断しても両端のつながりが失われない配線が可能になった(現在では技術向上によって一本線でも段線の心配がなくなっている)。
・果樹園の果樹が規則正しく一定の間隔で植樹されているのは、一本の木に発生した病気が果樹全体に伝染することがないよう、隣り合う木の間で伝染病がうつる確率が臨界浸透閾値(ボンド過程)以下となるような間隔で木が植えられているからである。
 本書は、これらの事例を紹介しながら、数学的な説明に終始しがちなパーコレーション理論の解説を、初学者にも分かりやすく解説しています。
 この他、パーコレーション理論の応用として、石油を水や炭酸ガスなどで置き換えることで岩盤から石油を取り出す掘削方法を、インベージョンパーコレーションの過程によって解説しています。また、伝染病の蔓延の防止や、渦状星雲の生成(表紙の図)、生命の誕生過程等が解説されています。
 著者は、「パーコレーションは物理か」という質問に対し、「物理」の本来の語源は、「物に格(いた)りて理を窮む」(世の中の事物を観察し、内在する普遍的な理を究めること)という北宋の儒学者程伊川の考えにあるとして、自然科学としての物理学の本質は、「自然現象を説明する普遍原理を構築すること」すなわち、「単純な普遍原理によって現象を理解すること」こそが物理学の本来の目的であると述べています。
 本書は、「mixi」などのSNSに象徴される社会ネットワークなどや最近の流行語である「web2.0」などに関心がある人にとっても、それらを理解する助けとなる原理を与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、パーコレーションについて簡潔に解説した良書なのですが、既に絶版で、これを書いている時点ではAmazonのユーズド価格が6,800円と、定価の4倍以上になっています。
 2006年6月11日に書かれた、「tlbl @ レコミュニ」によれば、このときのユーズド価格は、「21,000円より」となっていたようですが、何か売れた本や有名人によって紹介されたのでしょうか?


■ どんな人にオススメ?

・SNSや複雑ネットワーク理論に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『複雑ネットワークの科学』 2005年11月18日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
 スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ』 2006年04月18日


■ 百夜百マンガ

青空ふろっぴぃ【青空ふろっぴぃ 】

 ホームレスの少年を描いた作品。この作品で初めて「地見屋」という商売があることを知りました。どこか突き抜けた明るさのある『失踪日記』に比べ、屈託のない少年の目を通した生活には少年誌には重たすぎるテーマがあります。

2006年7月13日 (木)

「学級」の歴史学―自明視された空間を疑う

■ 書籍情報

「学級」の歴史学―自明視された空間を疑う   【「学級」の歴史学―自明視された空間を疑う】

  柳 治男
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2005/03)

 本書は、「自明視されてまったく問われることがなくなってしまった学級制が、どのように現代の学校の中に入り込んできたのかを明らかにする」ために、「そもそも学校とはどのような組織としてできあがったのか」を問うことを課題とし、この作業を通じて、「学校にとっての学級制、されには児童・生徒にとっての『学級』の意味を明らかに」することを目的としたものです。著者は、不登校や「学級崩壊」などの問題の議論の中で、「そもそも学級はなぜ存在するのか」、「学級の秩序はなぜ保たれているのか」、そして「学級がどのような場であるか」という疑問が議論されていないことを指摘し、この問題提起の理由として、「中世までの学校に『学級』が存在しない」ことを挙げ、「明らかに『学級』とは近代の学校に特有の組織である」と指摘しています。
 著者は、学級と類似した集団として、パックツアーを挙げ、その共通点として、制御工学的に、「フィードフォワード・コントロール(事前制御)」という同じ仕組みからなる集団であることを指摘しています。また、日本の「学級」がもつ特異性として、
(1)一斉教授方式が中心である。
(2)単に教授活動の場ではなく、班活動、委員会活動が組み込まれた生活共同体的性格を持つ。
(3)教師と生徒の間に「一生続くような情的な絆に結ばれた師弟関係」が生まれることがある。
の3点を挙げています。
 著者は、教育史を紐解いて、中世の学校には「学級」が存在せず、「もともと生徒を年齢や能力で分けるという発想がなかった」と述べています。そして、学級の萌芽として、19世紀初頭の英国でJ.ランカスターによって作られた学校で採用された、モニターと呼ばれる生徒が、他の生徒に3R's(reading, writing, arithmetic)という「読み書き計算」を教えるモニトリアル・システムを紹介しています。このシステムは、後に「内外学校協会」という組織に発展し、学校運営の基本方針やマニュアルが作成され、イギリス全土に同一のシステムとして駆動する学校網を張り巡らせましたが、このシステムの限界として、
(1)次々に取り込まれた3R's以外の多様な教科や宗教教育・道徳教育を教えることはモニターでは無理であった。
(2)一つの教場内に多くのクラスが存在し、同時並行的に授業が行われることから生じる騒音問題。
(3)規律と権威のみによる秩序の下では、生徒の授業への関心を維持することが困難であった。
の3つの問題が生じたことが述べられています。
 この当時、就労で乳児を育てる暇のない母親のために作られた「幼児学校(infant school)」において、ギャラリー方式という新たな教授法が開発されるとともに、今日の階段教室に似た新たな教場編成原理が登場します。この方式によって、「一人の教師が多くの生徒と向かい合う、対面方式の教授場面」が初めて成立します。この一斉教授は、生徒の相互作用が強調され、集団編成原理としての年齢的均質化が促したことが述べられています。
 この後、1862年の「改正教育令」によって制定された「スタンダード」で教育内容が3R'sに絞り込まれるとともに、6段階からなるカリキュラムと6年間の修学期間が設定され、今日の学年学級制が誕生します。教育史家のサイモンは、このことについて、「基礎学校はその組織について限定的な形式をおしつけられた。可能なところでは、その子どもたちがすべて毎年進級することをねらって、学級が余儀なく標準に合わせて編成され、そこで学級は標準一、標準にというように示された」と述べています。
 著者はこの一方で、19世紀に存在した、地域に開かれた労働者階級のための零細経営の私設学校が、「デーム・スクール」、「インフェリオー・スクール」、「コモン・デイスクール」、「アドベンチャー・スクール」等の蔑称で呼ばれていたことを紹介し、「現代の義務教育制度として教育を独占してしまった学級の背後には、弾圧され、排除された『地域に根ざす学校』、あるいは『生活に根ざす学校』が存在していることを、忘れてはならない」と述べています。
 著者は、こうして完成した「学級」を、「生徒にとっては、疎外に満ち満ちた世界である」として、
(1)多面的・全体的存在である子どもが、ひたすら学習活動をすることのみに自己の行動を限定され、他の多くの活動を制限される。
(2)彼らの意思を無視して、機械的リズムで動く装置である。
(3)学校という組織のリズムに従うことは、学校の権威的秩序に従うこと、生徒が教師の命令に服従することを意味する。
の3点を挙げています。
 そして、このようにできた学校が、
(1)チェーン・システムを作り上げる(脆弱ではあるが)需要供給関係が存在する。
(2)この脆弱性を補うべく、利他的に教師が生徒の幸福のために自己抑制を強化する司牧関係(宗教的関係)が存在する。
の2つの原理が貫いた特異な組織であることを指摘しています。
 この他本書では、日本の学校制度の成立過程を追い、「学級が共同体的な感覚で受容され、そしてまた二項対立的な教育言説によって、『良い教育』と『悪い教育』という論争が過熱してしまった結果、学校ができることとできないことの峻別がまったくなされなくなって」しまい、「ハードウェアとしての学校の特性なり限界なりを冷静に見る目は完全に閉ざされてしまった」ことを指摘しています。
 著者は、これらを踏まえ、
(1)学校問題を簡単に教育問題ということはできず、むしろ、合理化に関連して生じた問題であり、大量の人間を働かせたり、顧客として組み込んでいる組織において生じた問題である。
(2)学校で生じる問題は、「心の問題」ではなく、事前制御という自己抑制作用に求められていかなければならない。
という点を指摘した上で、「学級制は多様な学習形態の中の一つに過ぎない」という基本的な姿勢を明確にすべきことを主張しています。


■ 個人的な視点から

 これまでまったく疑問に感じていなかった、年齢別に編成した「学年」、一人の教師が多人数にいっせいに教授する方式、そして効率のために区切られた「学級」など、現在私たちが「学校」としてイメージするものが、国家財政危機の中でやむなく取り入れられた間に合わせの結果であることを知って衝撃を受けました。
 埼玉県の志木市等で進められている少人数学級なども、あくまで既存の「学級」からの改善なのですが、「教育の原点に立ち返る」という言葉が、人によって様々であることを教えてくれる一冊です。
 現在の「学級」のルーツを知ってしまうと、学級崩壊が起きるようになったのは子どもたちがおかしくなったからではなく、効率のために人工的に作られた「学級」が壊れやすいトランプ・タワーだったからなのではないかと考えてしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・「学級」を当たり前のものだと考えている人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦, 志水 宏吉 (編集) 『学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題』 2006年07月04日
 苅谷 剛彦, 西 研 『考えあう技術』 2006年06月30日
 広田 照幸 『教育不信と教育依存の時代』
 穂坂 邦夫 『教育委員会廃止論』 2006年01月26日
 穂坂 邦夫 『どの子も一番になれる―本当の学力とは何か』
 藤田 英典 『義務教育を問いなおす』


■ 百夜百マンガ

春美120%【春美120% 】

 有名な武道家兄弟の末っ子にしてこれといった取りえ無しの主人公が120%を発揮するのは何だったのか・・・?
 ドカベンでいえば柔道編で終わってしまったようなものです。

2006年7月12日 (水)

行政・非営利組織のバランス・スコアカード―卓越した組織へのロードマップ

■ 書籍情報

行政・非営利組織のバランス・スコアカード―卓越した組織へのロードマップ   【行政・非営利組織のバランス・スコアカード―卓越した組織へのロードマップ】

  ポール・R. ニーヴン
  価格: ¥3990 (税込)
  生産性出版(2006/04)

 本書は、キャプランとノートンによって1990年に紹介されて以来、世界中の多くの企業に採用されている業績評価システムである「バランス・スコアカード」を、行政・非営利組織にとっても先の見えない「変化の森」のなかをガイドしてくれる標識として活用するためのガイドブックです。
 バランス・スコアカードは、当該組織の「戦略から注意深く導いた定量的な指標のセットである」と定義され、過去の正確性や完全無欠性をあらわす財務指標への過度の依存から脱却し、顧客、内部プロセス、従業員の学習と成長、そして財務という相互に連携されつつも独立した4つの評価領域をもつことが大きな特徴とされています。また、バランス・スコアカードの「バランス」とは、
・財務指標と非財務指標
・組織の内部要素と外部要素
・結果指標と先行指標
の3つ目意味でのバランスを指しています。
 著者は、バランス・スコアカードが大きな関心を集めている理由を、
(1)多発する企業の会計スキャンダルによって、あらゆる組織に対するアカウンタビリティと情報公開の徹底が求められている。
(2)成功を測定する唯一の尺度として長年信頼されてきた財務指標の限界。
(3)大部分の組織にとって、戦略の実行はきわめて困難なことだという現実。
の3点を挙げています。
 著者は、非営利機関がこれまで用いてきた業績評価指標として、
・財務的説明責任
・プログラムの生産物あるいはアウトプット
・サービス提供における品質標準の重視
・関係者関連指標
・カギとなる業績評価指標(KPI: Key Performance Indicator)
・クライアントの満足度
等を挙げつつも、大半の非営利組織では、「業績の評価は本気で取り組む領域ではない、あるいは、正直に言えば、現実の結果を十分に表現したものではないといった認識が定着している」と指摘しています。その上で、公共・非営利セクターのバランス・スコアカードの特徴として、
(1)ミッションがバランス・スコアカードのトップにくる。
(2)戦略がバランス・スコアカードの中心に残る。
(3)顧客の視点が高い位置に引き上げられる。
等の点を挙げています。
 また、バランス・スコアカードを「どこから構築するか」については、「トップから始めて、上位レベルのバランス・スコアカードを全組織に適用していくアプローチ」を、
(1)目標と評価指標を全職員に周知させることができること、それにより組織の重要成功要因を気づかせることができる。
(2)すべてのグループが目標と評価指標に注意を向けることで、部門間の協調が促進される。
(3)カスケードへの努力が大いに助けられ、自分たちの日々の行動が長期目標にどのように貢献するかを全職員が示す好機となる。
等の理由から望ましいとしています。
 著者は、ミッション・ステートメントの重要性を、「組織の根本的な目的、そのレゾンデートル――つまり「存在理由」を明らかにするもの」とするとともに、ミッション・ステートメントを実効的かつ永続的にするための特質として、
・簡潔にして明解に
・簡潔すぎてもいけない
・変化を呼び込む
・本質的に長期的であること
・理解と伝達が容易であること
の5点を挙げ、これを構築するために、
(1)私たちは何者か。
(2)私たちの存在は、どのような社会及び公共の基本的ニーズまたは課題を満たすためか。
(3)これらのニーズや課題を、どのように認識し、先取りし、対応するか。
(4)主要なステークホルダーに、どのように応えるべきか。
(5)私たちの指導原理と組織文化はどのようなものか。
(6)私たちの独自性、特異性は何か。
の6つの質問を挙げています。
 著者は、あらゆるバランス・スコアカードの中核である「戦略」について、「組織がその運営環境を認識し、そのミッションを追求しようとするなかで採択する、大づかみな優先事項を表したもの」と定義し、戦略的計画立案手法として、
(1)開始
(2)ステークホルダー分析の実施
(3)SWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析
(4)戦略的問題の割り出し
(5)戦略の開発
の5段階のモデルを示しています。
 バランス・スコアカードの設計に不可欠な業績評価指標に関しては、「戦略のストーリーを明確に表す少数の決定的な指標の絞込み」の基準として、
・戦略とリンクしている
・理解しやすい
・因果連鎖におけるリンク
・頻繁に更新される
・アクセス性
・平均に対して慎重
・「日付」がらみの指標を控える
・数量的
・崩壊
等の点を挙げています。
 この他本書では、組織全体のゴールと自らの寄与を測定するために必要なバランス・スコアカードのカスケードやバランス・スコアカードと予算プロセスのリンク、ソフトウェアを使った自動化システムのメリットとデメリット等の紹介の他、バランス・スコアカード成功の最高の例として広く認められているシャーロット市のスタッフへのインタビューなどが収められています。
 本書は、バランス・スコアカード自体に関心を持っている人はもちろん、現在の戦略や業績評価システムの問題点に直面している人にとっても、多くのヒントを与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている新しい言葉の一つに、「SPOTS」というものがあります。これは、「strategic plan on the shelf」(お蔵入りの戦略計画)の略なのですが、「戦略」や「計画」などのコンサルタントがらみの言葉には、このようなシニカルな見方が付きまとうようです。
 著者は、願わくば「BSCOTS」にだけは、なるなかれ、と述べていますが、こちらは本人が認めるとおり語呂がよくないですね。


■ どんな人にオススメ?

・既存の業績評価システムに不満を持っている人。


■ 関連しそうな本

 石原 俊彦, INPMバランススコアカード研究会 『自治体バランス・スコアカード』 2005年11月01日
 松山 真之助 『会社を戦略通りに運営する バランススコアカードの使い方がよくわかる本』
 ロバート・S. キャプラン, デビッド・P. ノートン (著), 吉川 武男 (翻訳) 『バランス・スコアカード―新しい経営指標による企業変革』
 ロバート・S・キャプラン, デビッド・P・ノートン (著), 櫻井 通晴 (翻訳) 『キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード』
 柴山 慎一, 森沢 徹, 正岡 幸伸, 藤中 英雄 (著) 『実践バランススコアカード―ケースでわかる日本企業の戦略推進ツール』


■ 百夜百マンガ

花村金銀鉄道【花村金銀鉄道 】

 絵の暑苦しさには定評のある人ですが、ストーリーも負けないくらいに暑苦しいです。

2006年7月11日 (火)

人民は弱し 官吏は強し

■ 書籍情報

人民は弱し 官吏は強し   【人民は弱し 官吏は強し】

  星 新一
  価格: ¥500 (税込)
  新潮社改版 版 (1978/07)

 本書は、ショートショートの第一人者として知られる著者による、自らの父であり、星製薬株式会社を一代で築き上げた企業家である星一氏の伝記です。タイトルは、星氏が官僚機構と戦い、時の政権と戦い抜いた末に搾り出した言葉から取られています。
 星氏は、単身アメリカに渡り、12年間の苦学生活を重ねた末、明治38年に帰国し、イヒチオールという売薬の販売を始め、大きな新聞広告と1つの村に1件ずつの特約販売店を置くというアメリカで学んだ新しい販売方法によって、10年後には京橋にコンクリート4階建ての周囲では最も高い自社ビルを構えるほどに、星製薬を成長させました。彼がアメリカで学んだことは、表面的な販売方法ではなく、「金持ちには資金を出させ、従業員には仕事を与え、販売店には商品を回し、消費者にはそれで生活を高めさせる。そして、いずれの関係者にも利益の配当に預からせる」という「組織を作りあげ、運営する」という「本当の意味の事業」を行うことであり、このことについての理解を人々に広めることで、日本を「アメリカのごとく活気のある、能率的で豊かな国」にし、「欧米と真に対等な立場」にしていくことこそが、仕事における方針でした。
 星氏は当時の日本における新興勢力として、昇り調子の中にある一方、同業者をはじめとする、それをよく思わない人々からの嫉妬を浴びますが、アメリカ育ちの星氏にとってはこの感情は理解できませんでした。また、星氏の勢いはとどまるところを知らず、そのことによって、彼らの心のわだかまりは内にこもり、「陰にこもった暗くよどんだ存在」として、後になって星氏を底なしの闇に引きずりこもうとするのです。
 本書に読者をグイグイ惹きこんでいくのは、星氏の奇特なキャラクターです。歳の離れた父への作者の憧れを差し引いても、明治~大正~昭和初期の日本にあって、星氏のキャラクターは際立っています。「事業を育成する時期においては、その責任者は全精力をつぎ込むために、独身であるべきだ」という信条に従って50を過ぎるまで独身を貫き、病気になったときはどうすると聞かれれば、「ぼくはずっと以前から、病気をしないことに決めているんだ」と応え、最後を看取る人がいないと寂しいじゃないかと聞かれれば、「大丈夫だ。ぼくは死なないことに決めているんだ」と応えるアメリカ帰りの実業家の姿は、当時では人々の目に特異に映ったものと思われます。
 星氏のキャラクターは、星氏が事業を拡大し、人々の支持を取り付けていく上でもプラスに働きます。星製薬がリスクをとって獲得した台湾総督府からのモルヒネ払い下げ権を横取りしようという動きに対して、第7代台湾総督の明石元二郎氏は、「きみは努力した。他人が汗を流すのを懐手で眺めていて、その成果を横取りするような連中の方が悪い。こんな風習がひろまったら、世の中、率先して事をなそうとする者がなくなる」と手を差し伸べています。また、普通ならば、特約店主を東京に集めたら宴を催し、東京観光をさせて土産を持たすのが当時の観光であったのに対し、星氏は、「工場や物品に対するだけが投資ではない。人間への投資の方が、もっと重要だ」として、工場のそばに宿舎と講堂を兼ねた今で言えば研修センターを建て、朝から晩まで会社のしくみや商品の知識を徹底的に講義し、特約店主たちを惹き付けていきました。郷里の福島県の政友会から強引に衆議院議員選挙に推し立てられたときには、「政党を超越し、合理的な選挙の模範を実地に示してみたい」として、選挙区内各地で「選挙大学」と題した講習会を開催し、有権者教育に力を注いでいます。この時落選した星氏は、前代未聞の「落選演説会」を開き、「日本の一角に何かの進歩をもたらしたことは確実なのだから」とサバサバしていましたが、「議席を得て発言権を持っているほうが、なにかにつけて強みだろう」という知人の忠告が後になって効いて来ることになります。
 一方、氏のキャラクターは、自身の足を引っ張る「暗くよどんだ存在」をも引き込んでしまいます。既存の製薬業界の慣行と真っ向から対立する星製薬の存在は、監督官庁である内務省衛生局にとっては目の上のたんこぶそのものであり、局を上げた陰湿な嫌がらせが行われます。日本の化学工業の振興のために星氏が中心となって立ち上げた「化学工業研究会」というグループの働きかけで「製薬及び化学工業薬品の奨励法」が可決されるものの、政府の全面バックアップによる製薬会社が立ち上げられ、星製薬はこの後苦しめ続けられることになります。また、阿片法を改正し、競合業者に安い原料阿片の輸入を認め、星製薬が苦労を重ねて大金をつぎ込んできたモルヒネの精製法を、衛生研究所に研究させて官報で公開してしまいます。さらには、星製薬がルートを開拓したキニーネ原料の輸入を他の商社に独占させようと試みて外務省にひっくり返されたりもします。著者はこの衛生局長の椅子を、「この椅子についたからには、周囲の力により、気ちがいじみたこんな応答をしなければならなくなる。悪魔ののろいのこもった椅子があるとすれば、それはこれかもしれない」と述べています。
 そんな衛生局の嫌がらせに対しても、星氏はあくまでフェアに徹し、日本の製薬業の発展をめざします。国際的な阿片相場の変動に対応できない硬直的な役所の予算を星製薬が肩代わりして阿片を輸入してしまいます。このことが、後々まで星氏と星製薬を苦しめることになるのです。「利益よりも、まず公共のことを考えなければ物事はうまく運ばない」というエジソンの言葉を地で行く星氏の行動も、同業者や官庁にとっては足を引っ張る格好の材料になってしまうのです。
 当初は星氏と衛生局との対立が軸となっていましたが、後半は、後藤新平の資金源と疑われたことにより、時の政権を相手に闘うことになります。新聞の夕刊に「星一、市ヶ谷刑務所に収監さる」という誤報まで飛び出す中で、阿片取引をめぐり、総督府が独裁的な権力を握る台湾で裁判を闘い、結果的に無罪を勝ち取るものの、創業以来の友を病で失い、銀行は資金を引き上げ、莫大な裁判費用を負担し、満身創痍となります。「官憲は星を餓死させようとし、銀行から切り離してみたが、それでも息の根がとまらない。そこで、つぎには食を与えないまま、手をもぎ、足をもぎはじめた」のです。
 本書は、官憲と正面から戦い抜き、ボロボロになった父親に対する著者の愛情と誇りが詰まった一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 都内の一等地に構えた(当時の)超高層ビルに社長室を構え、時の権力に翻弄される若き企業家、と言うと、今では疑惑の中心になったホリエモンや村上氏を想像させます。彼らが星氏のように無実の罪で陥れられたと言いたい訳ではありませんが。
 キャラクター的に星氏とはまったく異なりそうですし、イメージを重ねられることは大迷惑かもしれませんが、時の権力とメディアによって、幾らでもスキャンダルを生み出し、時代の悪役の汚名を着せることは可能であることを本書は教えてくれます。


■ どんな人にオススメ?

・戦前の日本社会で奮闘した若き企業家の姿に思いを馳せることができる人。


■ 関連しそうな本

 星 新一 『明治・父・アメリカ』
 大山 恵佐 『努力と信念の世界人星一評伝―伝記・星一』
 荒俣 宏 『大東亜科学綺譚』


■ 百夜百マンガ

ぼくの村の話【ぼくの村の話 】

 こちらは、村を巡って国家と戦った人々の話です。『夏子の酒』の裏側にあったテーマを前面に出した作品です。

2006年7月10日 (月)

花街 異空間の都市史


■ 書籍情報

花街 異空間の都市史   【花街 異空間の都市史】

  加藤 政洋
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2005/10/07)

 本書は、「『花街』という特異な(けれども各都市に共通する)場所を通じて、都市空間の形成にまつわる政治過程の一端を明らかにするもの」であり、土地利用や再開発という地理的な側面に、社会的な思惑(土地所有者、街の有力者、関連する業者、政治家・警察)を加味して、花街の成り立ちから都市のあり方を考えているものです。
 「花街」(かがい・はなまち)は、「かつて都市に存在した遊興空間の一種であるものの、現在そこに遊ぶ人は少ない」なかで、「メディアに流通する観光地化した街景、時代劇に挿入された遊郭の映像、あるいは花街文学とでも呼ぶべき作品群などからその姿を想像するほかはなく」、「言葉としては知っていても、その実像は必ずしも明確でない」と述べられています。しかし、花街は、現在の私たちが考えている以上に全国に遍在し(昭和31年の『全国花街連盟名簿』では600を超える)、「一般に縁遠い異世界・異空間どころか、『花街』は都市の一般的な共通項だったといっても過言ではない」と述べられています。
 また、一般的には、「花街=遊郭」のイメージが強いことについて、一般向け入門書では、「花街を芸妓置屋―待合茶屋―料理屋という産業が営業する地区、すなわち『三業地』として定義」し、「体を売る娼妓と、芸を売る芸妓とは明確に区別され、娼妓の生きる色街と芸妓の生きる花街は、まったく別の世界だった」と述べられていることを引用しながらも、これらの区分は、「東京の花街に顕著な特徴であり、京都・大阪・名古屋をはじめ、その他の都市に必ずしも当てはまるわけではない」ことを指摘しています。そして、花街を、「芸妓を抱える置屋と芸妓の派遣先となる特定のサーヴィス業がある程度集積」したものを「広義の花街」と定義し、「娼妓=主、芸妓=従の遊郭」や「芸妓=主、娼妓=従の花街(大阪や京都)」のどちらもが広義の花街に含まれるとしています。
 著者は、花街を、「都市の空間的な共通項」として位置づけ、「明治期以降の都市形成と再編の過程で生み出された場所に他ならない」と述べています。そして、「花街は近代の所産なのである」という著者の主張を実証するため、「明治・大正・昭和戦前期を通じて創出された数多ある花街の中でも、特にその形成過程と(政治的な)意図とが読み取りやすい事例」を本書の各章として選り抜いています。
 本書は、遊郭の地理的な特徴について、「近代的な都市空間を建設するにあたって市街地に貸座敷があるのでは風紀上、あるいは取締りの上で好ましくない」ため、「旧来の貸座敷や遊郭を整理統合して、近郊の一定の区画に囲い込む事業」が進められたことを挙げ、市街地の周縁にきちんと区画された「一廓」の形態をとることから、比較的容易にその所在地を地図・現実の都市に見て取ることができるとする一方、花街については、芸妓が派遣される料理屋は繁華街を中心に市街地全体に及ぶこともあるため、地図上からのみで確認することは難しく、「地図を確認しながら現実の都市を歩いて把握する作業」が必要となると述べています。そして、全国の花街の類型を、
(1)一廓型の「花街」(豊岡型):秩父(埼玉)、岡崎(愛知)、高岡(富山)、今市(島根)
(2)複数の街区にまたがるが、ある程度のまとまりを有する「花街」(姫路型):青梅(東京)、八王子(東京)、甲府(山梨)
(3)散在型の「花街」(龍野型):松山(埼玉)、足尾(栃木)、山中(石川)、片山津(石川)
の3つに分類しています。
 また、花街の芸妓以外の構成要素を、
・料理屋:客室を設け、客の注文に応じて料理を出すことを本業とする店。
・待合茶屋:客室を設け、客が芸妓を呼んで遊興する店。
・貸席:客室を設け、客が芸妓や娼妓を呼んで遊興する店(お茶屋)。
・芸妓置屋(芸妓屋):芸妓を抱えて、求めに応じて料理屋、待合茶屋、貸席、旅館などに差し向ける店。
・検番(券番・見番):置屋と待合茶屋や料理屋の間に介在して、前者から後者への芸妓の派遣、花代の清算などを取り仕切る事務所。
のように解説しています。
 第2章以降では、各地の花街の事例を紹介しながら、都市の形成過程における花街の役割について解説しています。第2章では、明治維新によって都心部に生じた武家地=空閑地の再開発や、結果的に旧市街地のはずれにできた鉄道駅の目の前に遊郭が立地してしまった鳥取の事例などを紹介しています。
 第3章では、神戸市の西新開地が、もともと広々とした田んぼが広がる土地であり、名ばかりの耕地整理事業によって区画整理が行われた後に、たちまちのうちに市街地が形成された事例として紹介されています。
 第4章では、東京の白山三業地の指定に関して、地域の有力業者がまず着手したのが、花柳界弾圧の急先鋒であった日本橋久松警察署長の追放であり、「業者―政治家―警察」の強力な結びつきによって花街が生み出される過程が紹介されています。
 この他本書では、神戸市の「集娼」から「散娼」へという廓政策の転換や、土地開発や地価の高騰をめぐる大阪の花街史等が紹介されています。
 著者は、終章で花街を研究することの地理学的意義を、「花街が都市形成の緒局面において街の発展を促す動因として利用された(あるいは作用してきた)産業=場所であること、そして風俗営業として取締りの対象となることから、それが都市の建設と(都市内部の)土地の用途にまつわる人々の(政治的・社会的な)思惑を反映するかたちで創出されてきた空間である」ことを挙げています。
 本書は、花街文学に代表される雰囲気が好きな人(もちろん芸者を上げてドンチャンやるのが好きな人)には必ずしもお奨めできませんが、近代の都市の発達に関心がある人にとっては見逃せない一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 花街と言えば、当時の写真に写る、木造三階建て、四階建ての高楼が特徴です。地震と火事の多い日本では防災上不利な部分が多く、多くは失われていますが、日本映画などで紹介される、階段の入り組んだ古い木造建築物は、近代の盛り場にはない趣を湛えています。


■ どんな人にオススメ?

・明治以降の都市の成長と変遷に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 加藤 政洋 『大阪のスラムと盛り場―近代都市と場所の系譜学』
 紀田 順一郎 『東京の下層社会』
 木村 聡 『消えた赤線放浪記 その色町の今は……』
 網野 善彦 『中世の非人と遊女』
 勝谷 誠彦 『色街を呑む!―日本列島やりつくし紀行』


■ 百夜百マンガ

臥夢螺館【臥夢螺館 】

 エヴァンゲリオンの「天使」も奇怪な姿をしていましたが、この作品の気持ち悪さはもっと異質なものです。

2006年7月 9日 (日)

科学の最前線で研究者は何を見ているのか

■ 書籍情報

科学の最前線で研究者は何を見ているのか   【科学の最前線で研究者は何を見ているのか】

  瀬名 秀明
  価格: ¥1680 (税込)
  日本経済新聞社(2004/07)

 本書は、『日経サイエンス』に18回にわたって連載された様々な分野の科学者との対談「時空の旅」をまとめたものです。著者は科学者たちとの対談を通じて、多くの研究者に共通するものとして、
(1)多くの研究者が「見えなかったもの」を「見えるようにする」ことで、自分自身のテーマを掴み、研究の方向を見出している。
(2)優れた研究者は自分のパーソナリティ(個性)を科学のインターナショナリティ(国際性)に結びつけている。
(3)科学は一人の天才によって突然進歩するわけではない。
の3点を挙げています。
 人類形態進化学を専門とする馬場悠男氏との対談では、『イヴの七人の娘たち』の著者である人類遺伝学者のサイクス氏のミトコンドリアDNAに関する研究に触れるとともに、頭蓋骨の研究が、
(1)大脳の進化によって頭の形が変わること。
(2)食生活により顔が変わること。
の二通りの意味を持っていることが語られています。また、ミトコンドリアDNAから割り出された人とチンパンジーとの分岐が500万年前だという数値が、化石研究に基づく1000万年前と大きく隔たりがあって驚いた話なども語られています。
 分子生物学から寿命遺伝子に着目した老化研究に携わっている白澤卓二氏との対談では、老化時計の針のスピードを決めているものが何かはまだわかっていないが、時間を刻めるタイプの遺伝子が結構あることがわかってきていること等が語られています。
 環境考古学を専門とする安田喜憲氏との対談では、山に行けば森があると思うのは日本人の歴史観、風土史観であり、このことが欧米の研究者が着目しなかった森の研究につながっていることが語られています。
 脳科学から言語の研究に携わっている酒井邦嘉氏との対談では、「赤ちゃんの脳の中にある言語獲得装置は、生まれながらにして親や周りの人が話していることに法則があると仮定」し、「このように単語を並べると最適になるという配列をモデルとして脳の中に作っていく段階」があると考えられていることが紹介されています。また、人間と言語の関わりを示す事例として、『言葉のない世界に生きた男』という本に紹介されている、「手話を教えられることもなく成人に達したろう者の話」として、物に名前があることを知ったときに「いちばんショックを受けた」という話を紹介しています。
 疑似科学や超常現象を信じる心を研究している菊池聡氏との対談では、「物事を冷静に合理的に判断する態度」であるクリティカル・シンキングが現代社会を生きるために重要であることが語られています。また、大地震が起こった後になると、動物の行動の異常や発光現象などの前兆現象、専門用語で「宏観異常現象」が多数報告されることについて、「相関の錯覚(錯誤相関・幻相関)」という心理を解説し、人間を対象にした研究には、真実をゆがめてしまう心理的なメカニズムが潜んでいて、こうした研究には社会心理学的な面からクリティカルな検証が不可欠であることが述べられています。そして、「少しでもクリティカルな考え方ができれば、カルト的な宗教にはまったり、悪徳商法に引っかからなくなる」と述べています。
 この他、『脳はいかにして"神"を見るか』の訳者でもある茂木健一郎氏との対談では、「クオリア」や「ホムンクルス」(脳の中の小人)などの脳科学のトピックが語られていたり、人工知能などを専門とする中島秀之氏との対談では、落語の「コンニャク問答」を取り上げたり、量子コンピュータや恐竜、宇宙科学まで、様々な分野の研究者が登場しています。
 本書は、科学というと身構えてしまう人にとっても、気楽に最先端の科学に触れることができる良質の入門書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている研究者はどなたもチャレンジングな皆さんですが、中でも一番のチャレンジャーは、ある学会の「宏観異常現象」のセッションに参加して大荒れになったという菊池氏ではないかと思います。
 科学者の中にすら、科学的に物を考えるのが苦手な人が多いことを知ってしまうと、「況や一般人をや」という感じです。


■ どんな人にオススメ?

・世界を科学の目で見たいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『イヴの七人の娘たち』 2006年06月24日
 安田 喜憲 『文明の環境史観』
 菊池 聡 『超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ』
 アンドリュー ニューバーグ, ヴィンス ローズ, ユージーン ダギリ (著), 茂木 健一郎 (翻訳) 『脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス』 2006年07月01日
 金子 守 『ゲーム理論と蒟蒻問答』


■ 百夜百音

Geffery Morgan【Geffery Morgan】 UB40 オリジナル盤発売: 1984

 プレスリーのカバー「Falling In Love With You」で日本でも有名なレゲエバンドですが、80年代の暗くてチープなアルバムもよいです。


『Labour of Love II』Labour of Love II

2006年7月 8日 (土)

驚異の戦争〈古代の生物化学兵器〉

■ 書籍情報

驚異の戦争〈古代の生物化学兵器〉   【驚異の戦争〈古代の生物化学兵器〉】

  E. メイヤー (著), 竹内 さなみ (翻訳)
  価格: ¥770 (税込)
  講談社(2006/05/16)

 本書は、古代の戦争における、生物兵器や化学兵器の使用の歴史を記したものです。著者は、「生物化学戦争の精霊が、どうやって封じ込められていた壺から逃げ出していったかを追っていく」と述べています。古代の戦争に私たちが持つ一般的なイメージは、「勇敢な男たちが単純な武器を振り回して繰り広げる、失われた時代の英雄的な戦闘」ですが、この華々しい表舞台の裏に、もっと暗い別の現実、戦士たちの勇気を無にしてしまう恐ろしい別の顔が潜んでいることが述べられています。
 著者は、科学戦と生物戦の歴史において、古代の領域が手つかずであった理由として、
(1)多くの歴史家が、生物化学兵器を作るには、古代には発達していなかった科学知識が必要だと決めてかかった。
(2)伝統的な戦争ルールが尊重され、毒素や可燃別を利用した戦う方法を控えただろうという仮定。
(3)古代世界での生物化学兵器やその前段階のついての系統だった資料を集めることが困難であること。
の3点を挙げています。
 著者は、古代の生物化学兵器と現代の武器とを比較した共通点として、「それぞれの時代の最高の知識に従って、自然を武器化することが可能」であることを挙げ、生物化学兵器の狭い定義をもっと拡げる必要があることを述べています。そしてこれらを、
・化学兵器:有毒ガスや焼夷性の原料を軍事利用することであり、水ぶくれを起こさせる薬剤や、目潰し薬剤、窒息性薬剤や鉱物性毒物などが含まれる。
・生物兵器:有機体に基づいており、実現性が高く、伝染性の最近や、ウィルス、寄生体、胞子が含まれ、すべて体内で繁殖して実質的に増加し、接触感染しうる。
と定義し、生物化学戦争を、「敵が逃げ隠れで着ない方法で、その生物学的機能をひそかに攻撃もしくは破壊するために、自然の力や要素を巧妙に操作すること」であると述べています。
 また、古代の戦争において、矢や奇襲攻撃が恥ずべきこと、ましてや生物化学兵器は残酷で不名誉だとされた一般的な感覚にもかかわらず、戦争ルールが無視され、生物化学兵器が使用された状況として、正当防衛がその根拠とされたことが述べられています。具体的には、包囲攻撃された町や、侵略者に脅かされて死に物狂いの住民たちが、生物化学的選択肢を含めたあらゆる種類の抵抗が用いられたこと、特に、敵が「野蛮な本性」を持つ異邦人や文化的部外者の場合は、悪辣な武器と非人道的な戦法を使う免罪符とされたことが述べられています。
 第1章では、神話に見る生物兵器の発明として、ヘラクレスとヒュドラの話、トロイ戦争の話、の2つのギリシア神話を取り上げています。ヘラクレスはラーナの沼地に棲む巨大な毒をもった水ヘビであるヒュドラを倒すと、その身体を断ち割り、その有害な怪物の毒に自分の矢を浸し、その破壊的な武器によって数々の悲劇を引き起こします。ヘラクレスの古い友人や自らの息子がこの毒矢に倒れ、ついには自らもこのヒュドラの毒によって命を落とします。また、トロイ戦争では、踵に毒矢を受けたアキレスが、背後から毒を受けるという不名誉な死への心底からの嫌悪を表明したことが紹介されています。
 第2章では、猛毒物質をコーティングした矢を射ていることを敵に知らせること、すなわち抑止力としての生物化学兵器の強みについて触れられています。また、スキタイ人やインド人が、矢の毒をつくるのにヘビの身体を丸ごと使い、毒だけでなく、腐敗した毒ヘビの排泄物が不潔な細菌をも利用していたことを述べています。
 第4章では、原始的な生物兵器として、モンゴル人の軍勢が、腺ペストに冒された仲間の死骸を、ジェノア人の要塞の中に投石器で投げ込んだことを紹介しています。また、古代の神殿には、毒物に精通した神官たちが、毒と解毒剤、病気や原始的ワクチンさえも実験するための古代の研究所として機能していたのではないかと推測しています。この他、有毒な食べ物や汚染したぶどう酒が使われた事例や、さらには、インド文学に残された「毒の乙女(Poison Maiden)」について述べられています。これは、生涯をかけて少量の毒物や毒液を摂取し続け鍛錬したもので、敵の陣営に踊り子として送り込まれたり、王の暗殺に送り込まれたりした話が紹介されています。同様の戦略は、感染症に感染した娼婦を敵軍のキャンプに追い払った「毒の娼婦」などが紹介されています。
 第5章では、狂気を誘発する薬を混ぜた餌を与えた牡牛を敵に贈り、それを貪り食った人々が狂気に駆られ、「あらゆる人が飛んだり跳ねたり、バラバラの方向に走ったり、喜びに浮かれてスキップしはじめた」逸話を紹介しています。
 第6章では、ネズミや犬等の動物、サソリ、シラミ、スズメバチ、ジガバチ等の昆虫などの生物兵器が紹介されています。ハチの巣爆弾やスズメバチを詰めた瓢箪などは古くから用いられ、ハンニバルはエウメネス王の船に毒ヘビを詰め込んだ土器を投げ込み、インドの戦闘象による包囲網を破るためには火をつけられ金切り声を上げる豚が用いられ(象は豚の泣き声を嫌うと言われる)、あらゆる動物や昆虫が戦争に動員されたことが述べられています。
 第7章では、本書の原題にもなっている「ギリシアの火」など、化学燃料を用いた古代の戦争の様子が紹介されています。
 著者は、古代の生物化学兵器を研究することで、現代の生物化学兵器にとっても、神話が警告するように、「悲劇的な短絡さが毒物兵器に頼る者たちを苦しめる」と、歴史から学ぶことのできる教訓を述べています。
 本書は、単なる雑学ではなく、生物化学兵器による悲劇が、有史以来繰り返されていたことを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 古代の戦争分解においては、弓の名人は「その腕前を賞賛されはしたが、勇敢さの鑑ではなかった」ことが述べられています。これは、「先頭の危険を冒すことなく、安全な場所から敵を驚かして、叩きのめす」ことができるという点で生物化学兵器に共通するものがあるからだと解説されています。
 現代においても、狙撃兵が敵兵からはもちろん、身内と話をしていても、狙撃兵であることがわかると、一歩退かれるという話が『「人殺し」の心理学』で紹介されています。
 生物化学兵器のみならず、もしかすると戦士文化も古代から引き継がれているものなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・生物化学兵器に恐怖感を持つ人。
・ヘビが嫌いな人。


■ 関連しそうな本

 デーヴ グロスマン (著), 安原 和見 (翻訳) 『「人殺し」の心理学』 2006年05月14日
 デーヴ グロスマン (著), 安原 和見 (翻訳) 『戦争における「人殺し」の心理学』
 クリス ヘッジズ (著), 伏見 威蕃 (翻訳) 『本当の戦争―すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄』


■ 百夜百音

中毒~ベストアルバム【中毒~ベストアルバム】 なぎら健壱 オリジナル盤発売: 1995

 「一本でもニンジン」で有名な人ですが、相撲協会からクレームが入って放送禁止になったM1もドキュメンタリーの「放送禁止歌」でも取り上げられていました。
 ニンジンと言えば「NINJIN娘」のこの人も45歳になったそうです。


『田原俊彦A面コレクション』田原俊彦A面コレクション

2006年7月 7日 (金)

変化する社会の不平等―少子高齢化にひそむ格差

■ 書籍情報

変化する社会の不平等―少子高齢化にひそむ格差   【変化する社会の不平等―少子高齢化にひそむ格差】

  白波瀬 佐和子 (編集)
  価格: ¥2,625 (税込)
  東京大学出版会(2006/02)

 本書は、「不公平や不条理も他人事ではないと人々が実感するいま、大きく変化する人口構造の中で、社会経済的な格差や不平等のメカニズムは同様に変化しているのか、いないのか」を主に問うものであり、「少子高齢化の明らかな量的な変化を、社会の配分原理に着目した不平等構造から捉え、量と質の変化の整合性について」考察を行っているものです。編者は、「世の中は不平等か。もちろん不平等だ。不平等があることを人々は確信するが、その中身はなんとなく曖昧で、見えてこない。人々が不平等や格差を実感する一方で、その複雑なメカニズムを見分けるのは容易ではない」と、その難しさを本書の序章で指摘しています。本書は、この問いに対し、「不平等と一言でいってもその中身は一様ではないし、極度に単純化された結論を出せるわけでもないこと」を、少子高齢化という変化に着目した分析の中で明らかにしています。なお、「少子高齢化」とは、
(1)若年層の晩婚化、未婚化
(2)子どもを持たない夫婦の増加
(3)65歳以上人口比率の上昇
(4)後期高齢層の増加に代表される長寿化
の4つの人口学的要因によって実現されるとしています。
 通常、「不平等と格差」は互換的に使用されることが多いことについては、「格差」とは、「こうあるべき」という基準値、期待水準の設定値からのズレの程度が序列を内包し、格付けされた差を指しているのに対し、「不平等」とは、「結果を正当に評価せず個人の能力如何を超えた不条理な要因が評価に介入」することを指し、「不平等の方が格差よりも価値判断が介入し、評価の概念が関与する」ものであることが述べられています。
 第1章では、90年代終わりからの不平等化を「不平等感の爆発」と表現し、その要因として、
(1)数十年単位の中期的変化:戦後型社会のしくみの消失
(2)10年単位の短期的変化:バブル崩壊後の不況とグローバル化にともなう経済や雇用のしくみの変換
(3)政策的な「失敗」:不平等への不安や不信を結果的に増大させる政策の採用
の3点を挙げています。
 その一方で、90年代終わり以前は、実態以上に強く「平等」だと感じられる「不平等感の消失」が起きていたことを指摘し、戦後の日本が作り上げた社会は、「機会の不平等をより軽く感じさせるしくみをもつ社会だったのではないか」と述べています。これは、家族が持つ「機会の不平等」を消失させる機能を、「本人がこうむった機会の不平等の是正を本人の子どもの上でおこなえば、不平等度を確定的に測りつつ、それを本人(の代理)の上で是正できる」として、親と子どもの間に設定される連続性を"準本人"という考え方として説明しています。そして、現在の日本では、「親と人格的に連続している子どもがいる」ことを事実上の標準とした「子どもという"準本人"は設定できなくなりつつある」と述べ、「本人がこうむった機会の不平等を本人の生存中に是正する」という課題に正面から取り組まねばならないとして、
(1)本人の生存可能性・参加可能性を確保する。
(2)個人単位のバランスシートを厳密化する。
(3)不確定性を考慮した再配分をめざす。
(4)親と子の連続性の負の面を縮小する。
(5)選択可能/不能の切り分け基準を約束する。
という5つの戦略的な着目点を挙げるとともに、「最終的な解消が望めない状況下でも、一人一人の生を立ち直り不可能なまでに損ねることなく、資源獲得-配分のゲームを原理的にではなく、現実的にできるだけ公平な方向へもっていきつづけられる方策。そういう「解決」が求められている」とまとめています。
 第2章では、世帯とジェンダーという2つの視点から、「単純に多数派が経験する(経験してきた)ライフコースを『典型』と捉えると、単独世帯や一人親世帯はその典型から外れた例」となることが、「経済リスクと高くし、さらに女性の場合はそのリスクが加重される」と述べ、このズレが明らかにジェンダーを内包していることを指摘しています。
 第3章では、「ふだん収入をともなう仕事をしておらず、さらには通学中ではなく、配偶者のいない35歳以上50歳未満の人々」である「中年無業者」を、
・求職型:就業を希望し、求職や開業の準備をしている。
・非求職型:就業を希望しているが、求職や開業の準備などは実際にしていない。
・非希望型:就業希望を表明していない。
の3つに類型化しています。そして、求職活動をしない最大の理由が「病気やけがのため」であることを挙げ、就業対策だけでなく、健康や医療面での対応を考慮した福祉政策からの視点が重要であることを指摘しています。
 第4章では、義務教育の財政的な制度の問題として、「資源配分としての義務教育の役割が、少なくとも日本においては、アメリカよりも、広く暗黙の支持を受けていた」ことを述べ、「地域の財政事情によらず、国家が教職員の人件費を保証する義務教育費国庫負担金制度や、教職員の定数の標準化を図る教職員標準定数法といった制度は、国の財政を通じて義務教育の機会均等を保証する、資源再配分の象徴的な仕組み」であったことを指摘しています。そして、義務教育人件費の増加のピークが、財政力のある都道府県と弱い府県との間で時期が異なることなどを述べた上で、義務教育費国庫負担金制度が縮小・廃止されれば、「この制度が象徴的に担ってきた義務教育機会均等の幻想が、揺らいでいく」とし、教育財政の分権化の進行によって、「どこで義務教育を受けるかが、その後の教育達成に影響を及ぼす属性的要因として見なされるようになるかもしれない」ことを指摘しています。
 この他、第6章では、「本人には選択の余地のない遺産と年金制度が人々の経済的格差、具体的には純金融資産にどの程度の格差をもたらしているのかを、家族類型で代理させた子育て状況を踏まえて検証」し、「遺産取得という個人(子ども)にとり選択の余地のないことで一生キャッチアップできないような格差が生まれ、かつそれを拡大する政策が展開されている」ことが指摘されています。
 編者は、最終章で、「「急速な変化にある社会の中で、これまであまり見えていなかった格差問題に着目することは、これまでその格差が存在しなかったから見えていなかったのだと捉えるよりも、どうしていまその格差が問題となるのかを議論することに意味がある」と本書の研究の意義を述べています。
 本書は、ヒステリックな反応を呼びがちな格差や不平等の問題について、その代表的な論者の最新の見解をまとめて読めるという意味でも、コンパクトでお得な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 最近は、新書などで不平等問題に関する一般書も多く出版されるようになりましたが、学術書の方はそのペースに追いついていないような印象を持ちます。つまり、一般書については不平等の問題について単著が刊行されやすくなり、口述筆記や講演録、対談をベースにしたようなものが増えました。また、学術書についてはブームが去らないうちに出版したいためか、同じようなメンバーで行っている研究会の論文をまとめた論文集的なものが増えたような気がします。一時期の行政経営や政策評価の出版ブームの時にも同じような現象がありました。
 もちろん、研究成果が世に出やすくなることは悪いことではありませんが、読み応えのあるまとまった学術書が期待されます。そんなにすぐには出ないとは思いますが。


■ どんな人にオススメ?

・不平等と格差の違いが気になる人。


■ 関連しそうな本

 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 山田 昌弘 『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』 2006年01月11日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日
 玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』 2005年07月20日


■ 百夜百マンガ

秘密戦隊ゴレンジャー【秘密戦隊ゴレンジャー 】

 カレーといえばキレンジャー、ということで、永谷園からキレンジャーカレーが発売されました。ところが、このパッケージを見ると「うまそうなカレーたーい」の文字が・・・。

○永谷園が「キレンジャーカレー」発売秘密戦隊ゴレンジャー

 Wikipediaで調べてみると、ゴレンジャーは、国連の秘密防衛組織である"イーグル"の日本の各支部(北海道・東北・関東・関西・九州)が黒十字軍の総攻撃を受けた際に、各支部で一人だけの生き残りだという設定であることを知りました。キレンジャーは九州支部出身なので「たーい」なのです。
 子どもの頃ゴレンジャーを見ていたときにはそんな深刻な事情があるとはわからず観てました。
 ちなみに/.では、「貴様は今までに食ったカレーの数を覚えているのか?」のJOJOネタで盛り上がってます。

○「キレンジャーカレー」新発売!

2006年7月 6日 (木)

住所と地名の大研究

■ 書籍情報

住所と地名の大研究   【住所と地名の大研究】

  今尾 恵介
  価格: ¥1365 (税込)
  新潮社(2004/03/17)

 本書は、
・そもそも番地は何か。
・どこから順番に並んでいるのか。
・京都市の「上がる」「下がる」「東入る」「西入る」という特別な書き方。
・「網走番外地」は住所なのか。
など、「身近でありながら、実ああまりよく知られていない『住所』というものの疑問を」解明するためにかかれたものです。著者は、「従来、地名の本はトラック何杯分も出ているというのに、どうして住所の本がないんだ、という思い」を強く持ち、「地名の由来は納得できても、それを組み立てる住所の仕組みへアプローチするための適当なガイドというものが存在しなかった」ので、自分で書いてしまったと述べています。
 日本の住所の表示パターンにはいくつか原則があり、
(1)都市タイプ:都道府県―特別区―町名―丁目―街区符号―住居番号(東京都千代田区九段南一丁目6番11号)
(2)郊外タイプ:都道府県―政令市―行政区―町名―番地(千葉県千葉市若葉区桜木町567-1)
(3)農村タイプ:都道府県―郡―町村―大字―字―番地(福島県伊達郡霊山町大字掛田字段居45)
(4)京都市:東西・南北の組合せで地点を特定(京都市中央区寺町通御池上る上本能寺前町488)
(5)北海道の都市:通りの名前も数字を用いたものが多い(札幌市中央区北一条西四丁目)
等が示されています。
 本書はまず、「大字」のルーツを明らかにします。これは、明治の大合併によって市制・町村制がしかれた際に、「それ以前の町や村を『大字』」としたもので、この町村制によって誕生した行政村に対して、最小の自治組織であり、幕藩体制下から続いてきたそれまでの村を「藩政村」と呼ぶことがあると述べています(そのため、単独で町村制を施行した町村には大字がない。)。
 また、「番地と地番」の違いに関しては、明治6年の「地租改正条例」によって、全国的に1筆ごとに土地の測量が行われて作成された「地租改正地引絵図」が今に至る「公図」のルーツであり(その不正確さが現在の土地境界訴訟の多発を招いている)、この時つけられた土地の番号が基本的には現在まで継続する地番となっていると述べ、その成立から「課税や不動産登記のための土地の符号」であるとしています。また、番地とは、「その土地にある家や工場、またはゴルフ場、という文脈で使う場合に『番地』が使われる」と述べています。
 さらに、地番を用いた住居の表示との混乱を招くことが多い「住居表示」については、昭和37年に「オリンピックまでに外人さんにもわかりやすい住所を」という気運の元で施行された住居表示法に基づくものであり、
(1)街区方式:道路、鉄道、河川、水路等によって区画された地域を用いる方式。
(2)道路方式:通りの名称を用いて両側に接する建物等を表示する方式。(欧米型)
の二通りがあるものの、道路方式を採用するには自治省への届出が義務付けられ、ほとんど用いられることがないことが述べられています。
 著者は、この「住居表示」に影響を与えた人物として、昭和30年に発足した「町名地番整理研究会」の理事長である元内務官僚の小栗忠七氏を挙げ、「都市の建設がいづれも古いので、封建的名称が大多数を占めているのはやむを得ないとしても、社会生活と遊離した複雑怪奇な町名や、全く意義をなさない字名が多いことに、誰しも驚かないものではないであろう」などの考え方が、町名を「できるだけ読みやすく、かつ、簡明なものにしなければならない」という法律の条文に反映され、歴史的地名が「○丁目」という無機質な表示に変えられてしまったことや、江戸時代以前から通りをはさんで発展してきたコミュニティが道路によって分断されてしまったこと等の問題点を指摘しています。これは、東京都の住居表示の実施基準が、「23区内では原則として丁目を用いる」というものであり、言わば「古くからの小さな町は大々的に統合せよ」という指令に他ならなかったからであり、事実上の「町名抹消事業」であったと述べられています。
 本書には住居表示によって歴史的な地名が消えた例がいくつも紹介されていますが、中でも圧巻なのは、名古屋市の「栄」に統合されてしまった52町です。
・全域が栄になった町:南伏見町、横三ツ蔵町、鉄砲町、南桑名町、南長島町、八百屋町、大坂町、住吉町、入江町、小市場町、南伊勢町、南呉服町、南久屋町、月見町、池田町、七曲町、南武平町、松島町
・一部が栄になった町:木挽町、常磐町、竪三ツ蔵町、天王崎町、中ノ町、西洲崎町、東角町、役割町、東洲崎町、広小路通、南園町、栄町、白川町、末広町、富岡町、日出町、御幸本町通、矢場町、東川端町、富沢町、針屋町、南大津通、門前町、南鍛治屋町、東陽町、西川端町、新栄町、西瓦町、南新町、宮出町、松元町、丸田町、南瓦町
 これらの地名は、住人の出身地や、職人町などに由来していると述べられています。
 この他、公図のルーツとなった地租改正時の測量に関しては、誕生間近の新政府に一斉国土調査権資産調べを行う能力がなかったために、全国の村や町に、「測量の方法を教えるから、手弁当で測量して地図を作ってもらいたい。いろいろたいへんだろうが、お国のためにここは一つボランティア精神でしっかりやってくれ」と命じ、当時の3330万人の人口の3.6倍にあたる1億2千万筆もの土地を短期間に調査させたこと(これが現代の土地紛争の原因になっている)が述べられています。また、「新田」という地名が「田舎風」であるとして嫌われ、
・新兵衛新田 → 新栄町
・長右衛門新田 → 長栄町
・清右衛門新田 → 清門町
・金右衛門新田 → 金明町
・善兵衛新田 → 新善町
などのように「都会風」に変更されたことなどが述べられています。
 本書は、普段、ちょっと疑問に思っても突き詰めて調べることのない「住所」についての調査をまとめた貴重な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 千葉県の旭市、八日市場市などは、地名にイロハが用いられていることで知られていますが、これは、大字にイロハが用いられているものです。旭市の場合は、町村制が施行された明治22年に、旧村を、
・網戸村 → 大字イ
・成田村 → 大字ロ
・十日市場村 → 大字ハ
・大田村 → 大字ニ
のように大胆に解消してしまったもので、住所の表記も「旭市ニ-1920」や「八日市場市ハ-793」のように簡略な印象を受けるものであると紹介されています。


■ どんな人にオススメ?

・住所を書く欄に「__都道府県__市町村__町__丁目__番__様方/___マンション」と印刷されていると邪魔だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 今尾 恵介 『日本地図のたのしみ』
 今尾 恵介 『消えた駅名―駅名改称の裏に隠された謎と秘密』
 谷川 健一 『日本の地名』 2005年07月10日
 片岡 正人 『市町村合併で「地名」を殺すな』
 藤原 勇喜 『公図の研究』
 佐々木 信夫 『市町村合併』 2006年03月27日


■ 百夜百マンガ

リュウ【リュウ 】

 ストーリーはSFなのに、核戦争後の未来の地球の壮大さとかが感じられないのはなぜだろう、という不思議な感じの作品です。
 理由の一つは、この人は人間ドラマ向きの構図が得意だからなのかもしれません。ロボットが取っ組み合いをするのに大ゴマを使わない『パトレイバー』(ゆうきまさみ)とか、巨大宇宙人が大暴れしているはずなのに等身大の大きさに見えてしまう(四畳半にメトロン星人という意味ではなく)実相寺昭雄が監督した回の『ウルトラセブン』に共通する「個性」とも言えるでしょうか。

2006年7月 5日 (水)

自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ

■ 書籍情報

自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ   【自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ】

  稲継 裕昭
  価格: ¥2400 (税込)
  ぎょうせい(2006/04)

 本書は、自治体の最重要課題となっている、新しいタイプの地方公務員をどのように育成していくのか、という人事システム改革について考察しているものです。著者は、時代の大転換期に自治体職員に求められているのは、「旧来の時代の事務処理能力、前例踏襲能力(!)といったものではなく、柔軟な思考方法を持って課題を発見し、それへの対処方法を考え問題を解決する能力」であるとし、前者の例として、安定性、年功給、時間的余裕、楽な仕事という消極的な要素を重視する「デモシカ公務員」の「Bさん」を、後者の例として、「自ら積極的に様々なことにチャレンジしようと考え」、「その創意工夫を発揮する」「Aさん」を挙げています。
 本書の序章では、国家公務員も地方公務員も、法の趣旨としては本来「能力実証主義」を規定しているにもかかわらず、実態としては年功序列の昇任運用がなされてきたことが指摘されています。また、キャリア官僚に対する国民の評価も、「エリート意識を有して鼻持ちならないし、天下りがあって妬ましいが、国を支えてくれているし、また、金銭面で手を汚すことはないだろう」と、高度成長期には決して低くはなかったことを述べています。そのご、公務員の不祥事と公務の閉塞感を引き金に、公務員制度改革の動きが活発化しますが、著者は、「能力・実績主義を重視した人事制度への改革」が法改正の項目として挙げられていることを「不思議、かつ奇妙」であるとして、現在直面している問題の根源を、「現行の『制度』ではなく、弛緩した『運用実態』」としながらも、運用改革に踏み切るためには、「公務員法改正」という「シンボリックな役割」が必要とされているのではないかと述べています。
 著者は、自治体における人事給与制度改革の背景として、
(1)職員構成の変容:高齢化、高学歴化、女性職員比率の上昇により、「男子を基幹職員とみなして年功的に登用していく」という「古典的な人事施策」が破綻。
(2)地方分権:行政課題の複雑・多様化によって、法科万能の時代の法解釈能力、「先例踏襲能力」の重視から、課題発見、課題解決能力、調査・政策立案能力が求められる。
(3)NPMの進展:短期的な評価、分権的な人事制度、柔軟な雇用形態が求められる。
の3つの要素を挙げています。
 そして、このような要請に対応する上で、「自ら学習する、自己啓発」である「自学」を促す制度づくりが重要なポイントであると主張しています。これによる、「限られた財政資源の中で『住民に仕える有能な職員集団』をつくり出せていけるか」という観点からの諸制度の再検討が人事管理の大きな課題であるとしています。
 第1章では、自治体における人事制度改革の背景にある3つの流れについて、詳しく解説しています。1点目の職員構成の変容に関しては、1960~70年代の福祉施策や列島改造ブームによって行政需要が増大し、職員の大量採用→組織の膨張が見られたこと、これを受けた高齢化の進展によって、ポスト不足と組織の不活性化が課題になっていること、ライン型からスタッフ型への移行の背景に「職員の処遇改善」という目的があったであろうこと、積み上げ型褒賞システムが人件費の急増をもたらしたこと等について述べています。また、2点目の地方分権の進展に関しては、それまで求められていた「ルーティンワークを重視し、定型的な事務処理を間違いなくこなす者」、「国や都道府県といった『上級官庁』の法令、通達を間違いなく読みこなすことができる者、確実に前例を重んじることができる者」から、「複雑高度化した課題、多様化した住民ニーズなどにいかに対応できるか、創意工夫をこらして政策形成できるか、豊かで柔軟な発想ができるか、幅広い視野・国際感覚を有するか」などに変容したことが述べられています。3点目のNPMの進展に関しては、「ビジネス・メソッド(の特定の概念)に近い経営・報告・会計のアプローチをもたらす公共部門の再組織化の手法」であるNPM型改革によって、権限委譲、業績指標の明示、業績給、人事・給与の分権化、期間限定雇用、柔軟な採用・給与と勤務形態、職員数の削減などがもたらされることを指摘しています。
 第2章では、採用に関して、歴史を紐解くと、戦前は縁故採用が一般的であったのに対し、戦後は、「情実主義(ネポティズム)の排除」を至上命題として、筆記試験の得点が最重視され、「平等取り扱いの原則」「能力実証主義」が貫徹されるようになったことが述べられています。その後、人物重視の採用への取り組みとして、求める人材像である「柔軟性」、「意欲・情熱」、「行動力」、「チャレンジ精神」、「市民感覚」、「経営感覚」等を備えた人材の獲得に向け、面接試験の重視やプレゼンテーション面接の導入などが図られていることを述べています。そして、より柔軟な採用にむけ、民間企業などの経験者採用や自治体感の人材流動化について論じています。
 第3章では、本書の本題である人材育成に関して、これまでの研修が、職務遂行に必要な知識や技能を修得することに力点を置いた「『研修=習得』観」に基づいたものであったことを指摘した上で、人材育成の基本は「自学」(自己学習、自己啓発)であると主張しています。
 第4章では、人事評価制度の解説に多くのページを充てていて、日本の自治体の人事評価制度をおさらいするのにも有用なものになっています。ここでは、戦後の自治体における「勤務評定」の形骸化や、教員勤務評定反対闘争(勤評闘争)などについてまとめられています(勤評闘争については、「文部官僚対日教組という『イデオロギー的距離感の大きなエリート集団の対抗状況』」と評されています。)。また、既に自治体に導入されている勤務評定に関しては、「本人不治の評定基準に基づいて、上司が一方的な評価を行い、評価の際の面談もなく、そして評価結果は本人には知らせず、人事担当部門で昇格・昇任などに活用する場合もあり得る」と総括しています。
 そして、新たな人事評価制度設計にあたり、人事評価の目的と役割を、
(1)職員の「いまの状態」を知り、評価し、それに基づいて政策を立て実施する。
(2)職員の行動を変える=行動規範の提示…評価は期待の表明→期待する人材像
の2点と位置づけ、従来の勤務評定が(1)の機能ばかりが重視されていたのに対し、人的資源管理の目的からは、(2)の「行動を変える機能」こそが重視されるべきであり、評価基準は公表されるべきであると述べています。
 また、国や多くの自治体で導入されている目標管理制度に関しては、一部の自治体で、「組織全体での活動の統合という、目標管理制度がそもそももつ重要な側面(機能的側面)」が無視され、「各個人がバラバラに設定した目標とその達成度に基づいて処遇への反映をするのでは、システムそれ自体の信頼性が担保されない」として、日本企業が経験してきた失敗例を踏襲していることを指摘しています(P.159のl.22の「効果者」は「考課者」の誤植のようです。)。その上で、「非金銭的なインセンティブを発見、開発」した事例として、岸和田市の人事考課制度導入の事例を紹介しています。
 この他、第5章では、研修制度に関して、これまで日本企業・自治体の人材育成の要とされてきたOJTが、
(1)職員構成の高齢化、フラット化、グループ制
(2)特定の能力に関する上司と部下の間での能力の逆転現象
(3)熟練がものを言う業務割合の減少
という変化によって、それまでの暗黙の前提が崩れていること等が指摘されています。
 本書は、人事・研修の関係者にとって必読書であることはもちろん、今までの人事制度に対する曖昧な疑問を持っていた人にとってもお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のはしがきには何でも積極的にチャレンジするAさんと、「デモシカ公務員」のBさんが登場します。どうやらこれは、テレビ番組の「おすぎとピーコの金持ちA様×貧乏B様」を意識しているように思われます。皮肉なことに、番組では頂点にいるのが「A様」で底辺にいるのが「B様」ですが、減点主義の自治体では「Bさん」の方が「仕事が手堅い」という評価を受けて、チャレンジャーな「Aさん」は評価が低いという状況が少なくないようです。


■ どんな人にオススメ?

・人事・研修関係者
・人事制度に対する漠然とした疑問を持っている人


■ 関連しそうな本

 稲継 裕昭 『人事・給与と地方自治』 2005年12月09日
 稲継 裕昭 『日本の官僚人事システム』 2005年02月10日
 稲継 裕昭 『公務員給与序説―給与体系の歴史的変遷』
 川手 摂 『戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開』 2005年12月29日
 早川 征一郎 『国家公務員の昇進・キャリア形成』 2006年04月20日
 山中 俊之 『公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋』 2006年06月08日


■ 百夜百マンガ

マドモアゼル・モーツァルト【マドモアゼル・モーツァルト 】

 ミュージカル化されて大ヒットした作品。モーツァルトが女だった、というアイデア一発勝負の作品と思われがちですが、ポイントはむしろ、作者独特の白っぽい描画によるところが大きいのではないかと思います。

2006年7月 4日 (火)

学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題

■ 書籍情報

学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題   【学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題】

  苅谷 剛彦, 志水 宏吉 (編集)
  価格: ¥3360 (税込)
  岩波書店(2004/12)

 本書は、「ゆとり教育」への反動である「学力低下論争」を受けた「学力調査の時代」にあって、「調査をすればよしとする風潮が蔓延している」ことに異を唱えた、「教育社会学という専門的な立場から、学力調査を先行実施してきた研究グループによる、詳細な分析結果の報告」です。
 編者は、日本語の「学力」という言葉は、英語のachademic achievementにあたる学業達成という意味に限定されない、多様な意味が与えられていることを指摘し、「学力は、戦後の日本の教育界が生んだ、最大のジャーゴン(専門用語)といってよいだろう」と述べています。その上で、本書では、学力を「ペーパーテストで測定した学業達成」とすることとしています。
 本書で用いられている調査データは、
(1)関西データ:大阪大学を中心とするグループが、1989年と2001年にほぼ同一校・同一問題で実施したもの。
(2)関東調査:国立教育研究所が1982年と2002年に実施したもの。
の2種類で、1992年から本格実施された学習指導要領での教育がどのような影響を与えたかを示すことができる設計となっています。
 本書は、単に学力テストの結果を詳細に分析するだけでなく、「同時に実施した児童・生徒の意識や学校生活、家庭生活、学習活動などに関する質問紙調査と結びつけることで、どのような児童・生徒に、どのような学力形成上の問題があるのかを明らかにできる設計」となっていて、社会政策上の課題として、児童・生徒の家庭の社会・文化的背景の問題を重視しています。
 第1章では、90年代後半以降の「学力低下論争」において用いられたデータが、
(1)学力低下に関する意見調査、授業の理解度などの主観的な指標に基づくデータ、学習時間調査に依拠する部分が大きいこと。
(2)学力低下を直接示しうる学力調査に依拠した知見が乏しいこと。
の2つの点で、実証的知見が十分ではないことを指摘し、学力が実際に低下したことを検証するためには、「(1)同じ内容の学力調査を、(2)学年や地域などの特性が同じで、(3)母集団を代表しうる大規模な対象に対し、(4)複数時点で実施したデータであることが不可欠である」ことが述べられています。その上で、実証的データに基づいた分析においても、正答率の低下が見られ、学力低下が確認できること等を述べています。
 第2章では、学力低下の議論において、単に「水準問題」を指摘するだけでは不十分であり、「格差問題」の視点が不可欠であるとして、「学習遅滞」及び「学習速進」の着目した分析を行っています。これらは、
・学習遅滞:「ある学年の児童が得た得点が、1学年下の児童の平均得点を下回ることがあった」場合を1年遅滞した状態とみなす。
・学習速進:ある学年の児童が得た得点が、1学年上の児童の平均得点を上回ることがあった場合を1年速進した状態とみなす。
と定義されます。
 著者は、「学習遅滞」に関して、「計算など一定量の繰り返しの訓練を通じて獲得する基礎的なスキルやより単純な思考過程ではなく、より複雑な思考過程の介在を必要とする内容や算数の概念の意味理解において『遅滞』が発生しやすいのではないか」と指摘しています。さらに、学力の分極化が、家庭的背景(社会階層)と密接にかかわって生じているとして、「子供たちの学力格差が、単なる『学力』の格差にとどまるものではなく、『社会的につくられた格差』である可能性を示唆している」と述べています。
 第3章では、1989年~2001年の約10年間において、「『新学力観』などに代表される『考える力』重視の授業が試みられていたにもかかわらず、結果としては、一層『知識設問』優位の子供たちが育ったことになる』ことなどが指摘されています。
 第4章では、「子供が学習にどのような意味や意義を感じているか」を意味する「学習レリバレンス(relevarence)」の構造と規定要因、子供の教育達成や意識に及ぼす影響について検討しています。著者は、学習レリバレンスに着目する理由として、
(1)教育達成の説明モデルを拡張する必要性
(2)日本の子供たちの「学習意欲」の低下が極めて問題視されるようになっていること
(3)国際的な教育政策の動向としての生涯学習の成立条件という関心
の3点を挙げています。そして、本性の分析の成果として、
(1)「学習レリバレンス」が「現在的レリバレンス」(面白感)と「将来的レリバレンス」(役立ち感)の2つに分類されうち、現在的レリバレンスの土台という意味で将来的レリバレンスの確保や拡充に一層の政策的・将来的関心が向けられるべき。
(2)「学習レリバレンス」がジェンダーと密接に関連していること。
(3)学習に意味や意義を見出すことができるためには家族との関係性がきわめて重要であること。
(4)「将来的レリバレンス」は一時的・表面的な効果はある程度もちえるが、学習へのより本質的な動機付けという点では、「現在的レリバレンス」が不可欠な条件となること。
の4点を述べています。
 この他本書では、正答率が「高」に分類され、階層格差が10%以下の学級には高年齢のベテラン教師が多いことや、基本的生活習慣が身についているかどうかがペーパーテストの正答率に及ぼす影響が強まっていること、父非大卒層の児童が基礎学力を獲得するためには、父大卒層の児童はそれほど必要としない「学校的努力」を媒介とする必要があること、社会階層的には不利な条件の中で基礎学力を習得している生徒の特徴として、家庭学習に関する事柄との関連が多いこと、等が解説されています。
 本書は、人によって捉え方が異なり、議論が噛み合わないことが多い、学力低下の問題を、一歩ずつ着実に解きほぐしていくためには避けて通れない必読書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、第1部「個人の学力と学習」、第2部「学力と社会」の2部構成となっていますが、「学力低下論争」にきちんとした資料を突きつけたい、という思いからか、第1部の方にテーマ的な重点が置かれているように感じてしまいました。
 もちろん、後半の第2部の方も、編者の一人である苅谷氏が他の著書でも大きく取り上げている社会階層の問題をきちんと取り上げているのですが、これらの著書を読んだ後では、目新しい記述に乏しいような気がしてしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・「学力低下論争」って結局どうなったの?と疑問に感じている人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦 『学校って何だろう―教育の社会学入門』 2006年04月03日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 苅谷 剛彦, 西 研 『考えあう技術』 2006年06月30日
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日


■ 百夜百マンガ

大いなる完【大いなる完 】

 作者本人が「選挙に出る」と宣言して大物政治家たちにインタビューして回るという怪作『やぶれかぶれ』とつながる作品といっていいのでしょうか。
 田中角栄元首相のバイタリティをマンガにするとこんな感じ、といった作品です。

2006年7月 3日 (月)

組織とコーディネーション リーディングス日本の企業システム第2期

■ 書籍情報

組織とコーディネーション    リーディングス日本の企業システム第2期   【組織とコーディネーション リーディングス日本の企業システム第2期】

  伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集)
  価格: ¥3045 (税込)
  有斐閣(2006/05)

 本書は、『リーディングス日本の企業システム 第2期』の1冊目として刊行されたもので、1970年代以降発達してきた、「組織と市場を統合的に捉える分析枠組み」によって、「経済活動のコーディネーションとモチベーション付与に関する多様な様式を比較分析することが可能に」なったもののうち、コーディネーションの側面に関する研究を取り上げたものです。
 本書は4部からなり、
・第1部 産業集積
・第2部 生産組織の歴史
・第3部 サプライヤー・システム
・第4部 日本の企業組織
の4部構成となっています。
 第3章「問屋制の柔軟性と集積の利益」では、群馬県桐生の絹織物業を素材として「問屋制」を再考することで、在来織物業の発展の具体像を明らかにしています。著者は、「1900年代においては、力織機製造技術の制約から、大衆消費需要を掘り起こす多様化に適した先染め織物を力織機で生産することができなかった」ために、「手織機による製織と科学染料による染織を技術的な条件として、最も効率的に、すなわち低価格で、多様な先染織物生産を実現する生産組織として問屋制は選択された」と述べています。
 第4章「『問屋制家内工業』の経営管理」では、戦前期日本の産業発展の重要な部分を担った生産組織としての「問屋制家内工業」の形成と存続・発展の要因を考察することを課題とし、埼玉県西南部の入間地方における織物業の「買入制」から「問屋制」への移行を、「販売市場の情報を生産に反映させる仕組みの進化であり、それは織物全国市場での産地間競争への対応であった」こと、「農家内の相対的に安価な労働力を調達するためには、問屋制経営の採用以外には」なかったこと、織元による管理コスト負担の増大を回避する方策として、取引先賃織の選択的な編成を行ったこと等が述べられています。
 第5章「近世日本の経済発展と株仲間」では、「株を有する者が相寄り相集まって結成する集団」である株仲間が、「独占機能」、「権益擁護機能」、「調整機能」、「信用保持機能」の4つの機能を持つうち、信用取引の執行に関する機能に関し、中世地中海世界のマグリビ商人の「多角的懲罰戦略」と同じ行動様式を持つことが述べられています。この例としては、「召使い・手代・丁稚などが不正を行って、彼らを解雇した場合、速やかに仲間に通知する。仮に解雇した元の雇主が差し支えなくても、仲間の両替屋はその解雇された使用人を雇用してはならない」という株仲間の規約が紹介されています。
 第8章「日本における『流れ作業』方式の展開」では、「トヨタ生産方式が提唱される以前に、トヨタ生産システムの基礎的な条件である『生産工程をできる限り流れるようにする』意識が定着し、一体どのような生産方式が提起されていたのかを考察」するために、航空機産業で生まれた「流れ作業」方式に焦点を当てています。ここでは、戦時期の生産技術者の考え方として、1944年の「流れ作業の本質は物を製造する順序に従って淀みなく作業し、生産過程の中途に於ける間隙と逆流を除くことにある。従って、一人で手工業的生産をなす場合にも流れ作業に依り得る……」という説明が紹介されています。そして、戦後日本でQCサークルの形成や工程での品質の作り込みなどのアイデアが抵抗なく普及していった背景には、戦時中から現場で作業区、機械区等と呼ばれる小規模の管理単位を配置していたことと整合的だったためではないかと述べられています。また、トヨタ生産方式の中核となったアイデアの多くが、戦時期から戦争直後の生産技術者の試みの中に現れていて、後工程が前工程を引っ張るという考えは、航空機工業に既に存在していたこと等から、「トヨタは多くの企業群の中の一社に過ぎず、その生産工程の編成は従来からの考え方から多くを学んでいたのである」と指摘しています。
 第9章「企業間分業における知識のマネジメント」では、アウトソーシングに付きまとう問題として、
(1)短期的な効率性のための要件と、重要ではあるけれどもめったにないイノベーションのための備えとの間の相違。
(2)二つのタイプの知識のトレードオフ。
(3)実際の活動をしないまま知識を獲得し、維持することの難しさ。
の3点を挙げています。
 本書は、企業に限らず、様々な組織の成り立ちやその機能についての理解を深める上では必読書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書には様々なアプローチが収められていますが、仲でも面白いのは、第2部の「生産組織の歴史」です。昔から産業や組織に対する歴史的アプローチはありましたが、ゲーム理論以降の分析手法を用いたアプローチは、複雑なリアルタイムの組織を分析する場合以上に、長いタームでの組織の成り立ちや働きを分析することができる経済史の分野において、より効果を発揮するのではないかと感じました。


■ どんな人にオススメ?

・組織に対する理解と深めたい人。


■ 関連しそうな本

 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月01日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業と環境 リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月26日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『企業とは何か リーディングス 日本の企業システム』 2005年03月20日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『組織と戦略 リーディングス 日本の企業システム』
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『企業と市場 リーディングス 日本の企業システム』


■ 百夜百マンガ

戦え軍人くん【戦え軍人くん 】

 『感染るんです』で読者を突き放すような不条理ギャグを極めた感のある作者ですが、今読むのであれば、未完成のちょっとしたぬるさのあるこちらの方が読みやすいかもしれません。

2006年7月 2日 (日)

本を読む本

■ 書籍情報

本を読む本   【本を読む本】

  モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳)
  価格: ¥861 (税込)
  講談社(1997/10)

 本書は、「読むに値する良書を、知的かつ積極的に読むための規則を述べたもの」であり、1940年の刊行以来、世界各国で読みつがれているものです。
 著者は、読書には4つのレベルがあり、低い方から高い方へと段階的に積み重ねていくものであると述べています。
(1)初級読書:読み書きの全くできない子供が初歩の読み書きの技術を習得するためのもの。──「その文は何を述べているか」
(2)点検読書:与えられた時間内にできるだけ内容をしっかり把握するためのもの。──「その本は何について書いたものであるか」「それはどういう種類の本か」
(3)分析読書:取り組んだ本を完全に自分の地肉とかするまで徹底的に読み抜くこと。──「よく噛んで消化すべきもの」
(4)シントピカル読書:一つの主題について何冊もの本を相互に関連づけて読むこと。──「比較読書法」
 このうち、点検読書に関しては、その方法として、
(1)表題や序文を見ること。
(2)本の構造を知るために目次を調べる。
(3)索引を調べる。
(4)カバーに書いてあるうたい文句を読む。
(5)その本の議論のかなめと思われるいくつかの章をよく見ること。
(6)ところどころ拾い読みしてみる。
の6つの手順を紹介しています。
 また、点検読書で重要な点として、「難解な本に初めて取り組むときは、とにかく読み通すことだけを心がける。すぐには理解できない箇所があっても、考え込んだり語句調べに手間取ったりしていないで先へ進むのである」ことを「表面読み」として述べています。
 さらに、点検読書以上のレベルの積極的な読書のために必要な質問として、
(1)全体として何に関する本か。
(2)何がどのように詳しく述べられているか。
(3)その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か。
(4)それにはどんな意義があるのか。
の4つの質問をしなければならないと述べています。
 著者は、本が本当に読者のものになるために、自分の血肉とする最良の方法として、「行間に書く」ことを奨めています。その理由としては、
(1)目覚めていられるから。
(2)自分の考えたことは言語で表現されるものだから。
(3)自分の反応を書き留めておくことで、著者のいっていることを思い出すのに役立つから。
の3点が挙げられています。
 第3段階の分析読書に関しては、第一段階として、
(1)「読者は、今読んでいるのがどんな種類の本かを知らねばならない。これを知るのは早いほどよい。できれば読み始める前に知る方がよい」
(2)「その本全体の統一を、二、三行か、せいぜい数行の文にあらわしてみること」
(3)「その本の主な部分を述べ、それらの部分がどのように順序よく統一性を持って配列されて全体を構成しているかを示すこと」
(4)「著者の問題としている点はなんであるかを知る」
の4つの規則を挙げています。
 また、本の読みやすさの程度として、「もっとも読みやすい本は、著者が建築的に成功した作品」であり、「もっとも良い本とはもっとも明確な構造を持ったものである」と述べています。
 また、分析読書の第二段階としては、
(5)「重要な単語を見つけだし、それを手がかりにして著者と折り合いをつけること」
(6)「重要な文を見つけ著者の主要な命題を把握する」
(7)「まず重要な論証を述べているパラグラフを見つけること、そのようなパラグラフが見つからないときは、あちこちのパラグラフから文を取り出し、論証を構成する命題が含まれている一連の文を集めて論証を組み立てること」
(8)「著者の解決がなんであるかを検討すること」
の4つの規則を述べています。
 最後の段階であるシントピカル読書に関しては、
(1)関連箇所を見つけること。
(2)著者に折り合いをつけさせる。
(3)質問を明確にすること。
(4)論点を定めること。
(5)主題についての論考を分析すること。
の5つの段階について解説しています。
 本書は、本を読むことが好きな人にとっても、苦手な人にとっても、本を読む楽しみを教えてくれる良書であるといえる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書ではアメリカの状況として述べられていることですが、教育課程において、読書指導の課程が設けられていないことを著者が嘆いている一節があります。
 著者は、「この現状をこのまま放置することはできない」として、
・高校:最低限度「分析読書」
・大学:「シントピカル読書」
を習得することを目標にすべきだと述べています。なぜなら、学士号は、「一般書を読み、ひとりで研究できる読書能力を証明するものであるはず」だからです。
 日本では、漢字さえ読めれば大抵の本は読むことができますが、国語教育では短い文章を細切れに解説するだけで、一冊の本をきちんと読む訓練は行われていません。夏休みの宿題として読書感想文を書かせるくらいで、本書に述べられているような、きちんとした意味での読書能力を身につけるための教育は全く行われていないのが実情です。
 せめて大学生が分析読書レベルの能力を持てる程度の訓練は必要なのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・今まで自己流で本を読んでいた人。


■ 関連しそうな本

 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 ウィン・ウェンガー , リチャード・ポー (著), 田中 孝顕 『頭脳の果て』
 トニー ブザン (著), 田中 孝顕 (翻訳) 『人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考』
 立花 隆 『「知」のソフトウェア』
 外山 滋比古 『思考の整理学』


■ 百夜百音

深紫伝説【深紫伝説】 王様 オリジナル盤発売: 1995

 やっぱり「速さの王様」とか「高速道路の星」とかが最高でした。あのディープパープルメドレーをカラオケで熱唱できるだけでもオヤジには価値大です。
 もしかしたら本当の意味での「一発屋」にはこういうしつこさが必要なのかもしれません。


『王様伝説~祝!即位10周年記念大全集』王様伝説~祝!即位10周年記念大全集

2006年7月 1日 (土)

脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス

■ 書籍情報

脳はいかにして   【脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス】

  アンドリュー ニューバーグ, ヴィンス ローズ, ユージーン ダギリ (著), 茂木 健一郎 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  PHPエディターズグループ(2003/03)

 本書は、神経学者である著者が、宗教的体験として語られる神秘体験を、「科学的に観測できるリアルな生物学的過程」として解きほぐしているものです。著者は、神秘体験に共通する、「自分より大きなものの中に没入する」という変性意識状態を、「単なる錯覚でも、強すぎる願望が生んだ幻覚でもなく、観察可能な一連の神経学的過程と関係している」ものと推定し、この状態が、「脳の正常な機能の範囲内にある」のではないかと述べています。
 著者は、瞑想状態にある被験者の脳の活動をSPECT(単光子放出断層撮影法)装置で解析し、脳の上部の後方領域の灰白質(上頭頂葉後部)に異常な活動があることを捉えます(本書ではこの部分を「方向定位連合野」と呼ぶ)。
 著者は、宗教体験には、
(1)視覚連合野:視覚情報を情動や記憶と照合し、意味のある背景の中に位置づける。
(2)方向定位連合野:感覚情報(触覚・視覚・聴覚など)に基づいて三次元的な「身体」感覚を作り出し、空間内での体の位置づけを行う。
(3)注意連合野:複雑な身体運動の統合や、目的を達成するための行動の制御などに重要な役割を果たす。
(4)言語概念連合野:抽象概念を生み出したり、こうした概念を言語に結びつけたりする役割を負い、意識の発生と、意識の言語的表現にとって必要不可欠な役割を果たす。
の4つの連合野が関与していると考えられると述べています。
 また、各種の変性意識状態を理解し、自律神経系と宗教体験との関係を探る助けとするため、瞑想における自律神経系の状態を
(1)超抑制状態:強い眠りのような
(2)超興奮状態:空中戦におけるパイロットのような
(3)興奮系の活性化をともなう超抑制状態:至福とエネルギー
(4)抑制系の活性化をともなう超興奮状態:クライマックス
の4つの状態に分類しています
 著者は、「ヒトが『人間』らしいやり方で世界について思いをめぐらせ、世界を感じ、経験するためには、その心にどんな能力が備わっている必要があるのだろうか?」という問いに対する答えとして、ヒトの思考や感情をかたちづくる各種の「認知オペレーター」(ヒトの一般的な分析機能を記述するための造語)を発見していきます。この認知オペレーターには、
(1)ホリスティック・オペレーター:無数の構成要素からなる世界を、統一された全体として理解することを可能にする。
(2)還元オペレーター:全体を構成要素に分けて理解することを可能にする。
(3)抽象オペレーター:個々の事実の近くから一般的な概念を形成することを可能にする。
(4)定量オペレーター:われわれが知覚する様々な要素から量を抽出することを可能にする。
(5)因果オペレーター:世界を因果関係の連なりとして捉えることを可能にする。
(6)二項対立オペレーター:複雑に入り組んだこの世界を、対をなす単純な概念に分解し、物事の本質を理解することを可能にする。
(7)実存オペレーター:脳が処理する感覚情報に存在感や現実感を与える。
(8)情緒的価値判断オペレーター:われわれが知覚し、認識する要素の一つ一つに情緒的な価値を与え、動機づけをする。
の8種類があり、これらの「オペレーターどうしが複雑な調和を保って機能することで、われわれを考えたり感じたりする意識的な存在たらしめている」と述べています。
 第4章「神話の創造」では、ネアンデルタール人の埋葬行為を例に挙げながら、「ヒトに複雑な脅威を知覚させつつ、洗練された方法でその不安を解消させる高次の思考過程」として働く認知オペレーターが、ヒトの「標準仕様」に進化するとともに、脳の生物学的構造そのものが認知オペレーターの利用を強制するような形に変化した結果、「ヒトは、世界を分析し、理解しようと試みずに入られなくなった」という「認知強制」が起こったことを述べています。
 また、ヒトが二項対立オペレーターを持つようになったことによって、実存的な問題を分析し、「天国と地獄、善と悪、祝祭と悲劇、誕生と死、死と復活、隔離と統合など、両立し得ない概念の対立として捉え直し、これらを神話の構成要素と」したことを述べています。
 著者は、「神話は、自動的に作られる。……実存的な不安に対する答えを見つけられなかった心は、代わりに物語を創作して提案し、それが宗教的な神話になる」と述べ、「われわれを神話作りに駆り立てる生物学的過程の起源について検証することはできる」ことを指摘しています。そして、「神話の力と権威が、あらゆる時代、あらゆる土地の人々によって認められ、彼らを苦しめる実存的な不安を軽減しているのは、神話の基礎が、ヒトという生物が共有する神経学的過程にあるからなのだ」と述べています。
 第5章「宗教儀式の発生」では、ヒトの儀式が進化論的な利益をもたらすことを、「ヒトの儀式の起源が生物学的過程にある可能性を示唆している」と述べ、動物たちの儀式的行動とヒトの儀式との間の類似点を紹介しています。そして、神経生物学の観点から、儀式がヒトに及ぼす影響である、
(1)自分より大きなリアリティーとの超越的な一体感を経験させること。
(2)各種の感情を、様々な強度で誘発すること。
の2点について、
(1)方向定位連合野における「求心路遮断」
(2)標識動作や嗅覚の刺激
の観点から説明しています。
 第6章「瞑想時の脳を探る」では、「瞑想の技術のほとんどすべてが求心路遮断を起こすように工夫されていて、身体運動を利用した宗教儀式がもたらす合一体験のレベルをはるかに超える体験を可能にしている」ことに触れ、求心路遮断のアプローチには、
(1)受動的なアプローチ:仏教など、心からすべての意識的な思考を追い出そうとする。
(2)能動的なアプローチ:キリスト教など、マントラや経典の一節などを利用して、心の焦点を絞り込もうとする。
の2種類があることを述べています。
 第8章「現実よりもリアル?」では、「脳には自己超越のための神経学的機構があって、この機構が最大限に機能するとき、心から自己の感覚を消し去り、外界に対する意識的な気づきを失わせるのではないか」という仮説を、SPECT装置を利用した研究によって裏づけたことを述べるとともに、「絶対的一者の状態において、自己は他者に溶け込み、精神と物質は同じものになる」という神秘家たちの英知が数世紀も前から予言し続けてきたことを、今日の神経学が証明しようとしていることを述べています。
 最終章「神はなぜ消えないのか」では、「神の存在の仕方がそう単純ではないことを知り、『神』という言葉が、その言葉をはるかに超えたリアリティーの象徴にすぎないことを知ることはできる」というアームストロングの言葉を引用しながら、「人格神とは、各宗教が絶対的一者を解釈する方法の象徴なのだ」と述べ、「すべての人格神の基礎には、たった一つの根源的なリアリティーの神秘的な理解がある」ことを指摘しています。さらに、すべての神話的な信条の体系と同様に、科学が「リアルなものはすべて、科学的測定によって証明できる。ゆえに、科学的に証明できないものはリアルではない」という根本的な過程の上に成り立っていることを述べています。
 本書は、宗教や脳に関心がある人はもちろん、科学とは何か、という問題に直面している人にとってもヒントを与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 私たちは、「新興宗教」という言葉に何やら胡散臭げな印象を持ちがちですが、本章に述べられているような、ヒトの神経学的な機構の働きを追求するという観点から見直してみると、その宗教団体の歴史の長さ自体にこだわることが偏った見方のように見えてきます。
 ただ、新興宗教が「新興」である理由の多くが、権力争いなどの世俗の問題であることを考えると、私たちが抱きがちな警戒心も、あながち間違ったものではないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・多くの宗教が持つ神秘性に疑問を感じている人。


■ 関連しそうな本

 茂木 健一郎 『心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー』
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日
 サム ウィリアムズ (著), 本田 成親 (翻訳) 『人工知能のパラドックス―コンピュータ世界の夢と現実』
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日


■ 百夜百音

音楽王【音楽王】 ホッピー神山 オリジナル盤発売: 1991

 伝説のバンドPINK解散後、精力的にあちこちで活躍していた頃のホッピーが、自ら「王」を名乗った怪作です。
 最近の写真はさすがに年取ったように見えますが、相変わらずパワフルです。


『音楽王・2』音楽王・2

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