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2006年7月 5日 (水)

自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ

■ 書籍情報

自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ   【自治体の人事システム改革―ひとは「自学」で育つ】

  稲継 裕昭
  価格: ¥2400 (税込)
  ぎょうせい(2006/04)

 本書は、自治体の最重要課題となっている、新しいタイプの地方公務員をどのように育成していくのか、という人事システム改革について考察しているものです。著者は、時代の大転換期に自治体職員に求められているのは、「旧来の時代の事務処理能力、前例踏襲能力(!)といったものではなく、柔軟な思考方法を持って課題を発見し、それへの対処方法を考え問題を解決する能力」であるとし、前者の例として、安定性、年功給、時間的余裕、楽な仕事という消極的な要素を重視する「デモシカ公務員」の「Bさん」を、後者の例として、「自ら積極的に様々なことにチャレンジしようと考え」、「その創意工夫を発揮する」「Aさん」を挙げています。
 本書の序章では、国家公務員も地方公務員も、法の趣旨としては本来「能力実証主義」を規定しているにもかかわらず、実態としては年功序列の昇任運用がなされてきたことが指摘されています。また、キャリア官僚に対する国民の評価も、「エリート意識を有して鼻持ちならないし、天下りがあって妬ましいが、国を支えてくれているし、また、金銭面で手を汚すことはないだろう」と、高度成長期には決して低くはなかったことを述べています。そのご、公務員の不祥事と公務の閉塞感を引き金に、公務員制度改革の動きが活発化しますが、著者は、「能力・実績主義を重視した人事制度への改革」が法改正の項目として挙げられていることを「不思議、かつ奇妙」であるとして、現在直面している問題の根源を、「現行の『制度』ではなく、弛緩した『運用実態』」としながらも、運用改革に踏み切るためには、「公務員法改正」という「シンボリックな役割」が必要とされているのではないかと述べています。
 著者は、自治体における人事給与制度改革の背景として、
(1)職員構成の変容:高齢化、高学歴化、女性職員比率の上昇により、「男子を基幹職員とみなして年功的に登用していく」という「古典的な人事施策」が破綻。
(2)地方分権:行政課題の複雑・多様化によって、法科万能の時代の法解釈能力、「先例踏襲能力」の重視から、課題発見、課題解決能力、調査・政策立案能力が求められる。
(3)NPMの進展:短期的な評価、分権的な人事制度、柔軟な雇用形態が求められる。
の3つの要素を挙げています。
 そして、このような要請に対応する上で、「自ら学習する、自己啓発」である「自学」を促す制度づくりが重要なポイントであると主張しています。これによる、「限られた財政資源の中で『住民に仕える有能な職員集団』をつくり出せていけるか」という観点からの諸制度の再検討が人事管理の大きな課題であるとしています。
 第1章では、自治体における人事制度改革の背景にある3つの流れについて、詳しく解説しています。1点目の職員構成の変容に関しては、1960~70年代の福祉施策や列島改造ブームによって行政需要が増大し、職員の大量採用→組織の膨張が見られたこと、これを受けた高齢化の進展によって、ポスト不足と組織の不活性化が課題になっていること、ライン型からスタッフ型への移行の背景に「職員の処遇改善」という目的があったであろうこと、積み上げ型褒賞システムが人件費の急増をもたらしたこと等について述べています。また、2点目の地方分権の進展に関しては、それまで求められていた「ルーティンワークを重視し、定型的な事務処理を間違いなくこなす者」、「国や都道府県といった『上級官庁』の法令、通達を間違いなく読みこなすことができる者、確実に前例を重んじることができる者」から、「複雑高度化した課題、多様化した住民ニーズなどにいかに対応できるか、創意工夫をこらして政策形成できるか、豊かで柔軟な発想ができるか、幅広い視野・国際感覚を有するか」などに変容したことが述べられています。3点目のNPMの進展に関しては、「ビジネス・メソッド(の特定の概念)に近い経営・報告・会計のアプローチをもたらす公共部門の再組織化の手法」であるNPM型改革によって、権限委譲、業績指標の明示、業績給、人事・給与の分権化、期間限定雇用、柔軟な採用・給与と勤務形態、職員数の削減などがもたらされることを指摘しています。
 第2章では、採用に関して、歴史を紐解くと、戦前は縁故採用が一般的であったのに対し、戦後は、「情実主義(ネポティズム)の排除」を至上命題として、筆記試験の得点が最重視され、「平等取り扱いの原則」「能力実証主義」が貫徹されるようになったことが述べられています。その後、人物重視の採用への取り組みとして、求める人材像である「柔軟性」、「意欲・情熱」、「行動力」、「チャレンジ精神」、「市民感覚」、「経営感覚」等を備えた人材の獲得に向け、面接試験の重視やプレゼンテーション面接の導入などが図られていることを述べています。そして、より柔軟な採用にむけ、民間企業などの経験者採用や自治体感の人材流動化について論じています。
 第3章では、本書の本題である人材育成に関して、これまでの研修が、職務遂行に必要な知識や技能を修得することに力点を置いた「『研修=習得』観」に基づいたものであったことを指摘した上で、人材育成の基本は「自学」(自己学習、自己啓発)であると主張しています。
 第4章では、人事評価制度の解説に多くのページを充てていて、日本の自治体の人事評価制度をおさらいするのにも有用なものになっています。ここでは、戦後の自治体における「勤務評定」の形骸化や、教員勤務評定反対闘争(勤評闘争)などについてまとめられています(勤評闘争については、「文部官僚対日教組という『イデオロギー的距離感の大きなエリート集団の対抗状況』」と評されています。)。また、既に自治体に導入されている勤務評定に関しては、「本人不治の評定基準に基づいて、上司が一方的な評価を行い、評価の際の面談もなく、そして評価結果は本人には知らせず、人事担当部門で昇格・昇任などに活用する場合もあり得る」と総括しています。
 そして、新たな人事評価制度設計にあたり、人事評価の目的と役割を、
(1)職員の「いまの状態」を知り、評価し、それに基づいて政策を立て実施する。
(2)職員の行動を変える=行動規範の提示…評価は期待の表明→期待する人材像
の2点と位置づけ、従来の勤務評定が(1)の機能ばかりが重視されていたのに対し、人的資源管理の目的からは、(2)の「行動を変える機能」こそが重視されるべきであり、評価基準は公表されるべきであると述べています。
 また、国や多くの自治体で導入されている目標管理制度に関しては、一部の自治体で、「組織全体での活動の統合という、目標管理制度がそもそももつ重要な側面(機能的側面)」が無視され、「各個人がバラバラに設定した目標とその達成度に基づいて処遇への反映をするのでは、システムそれ自体の信頼性が担保されない」として、日本企業が経験してきた失敗例を踏襲していることを指摘しています(P.159のl.22の「効果者」は「考課者」の誤植のようです。)。その上で、「非金銭的なインセンティブを発見、開発」した事例として、岸和田市の人事考課制度導入の事例を紹介しています。
 この他、第5章では、研修制度に関して、これまで日本企業・自治体の人材育成の要とされてきたOJTが、
(1)職員構成の高齢化、フラット化、グループ制
(2)特定の能力に関する上司と部下の間での能力の逆転現象
(3)熟練がものを言う業務割合の減少
という変化によって、それまでの暗黙の前提が崩れていること等が指摘されています。
 本書は、人事・研修の関係者にとって必読書であることはもちろん、今までの人事制度に対する曖昧な疑問を持っていた人にとってもお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のはしがきには何でも積極的にチャレンジするAさんと、「デモシカ公務員」のBさんが登場します。どうやらこれは、テレビ番組の「おすぎとピーコの金持ちA様×貧乏B様」を意識しているように思われます。皮肉なことに、番組では頂点にいるのが「A様」で底辺にいるのが「B様」ですが、減点主義の自治体では「Bさん」の方が「仕事が手堅い」という評価を受けて、チャレンジャーな「Aさん」は評価が低いという状況が少なくないようです。


■ どんな人にオススメ?

・人事・研修関係者
・人事制度に対する漠然とした疑問を持っている人


■ 関連しそうな本

 稲継 裕昭 『人事・給与と地方自治』 2005年12月09日
 稲継 裕昭 『日本の官僚人事システム』 2005年02月10日
 稲継 裕昭 『公務員給与序説―給与体系の歴史的変遷』
 川手 摂 『戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開』 2005年12月29日
 早川 征一郎 『国家公務員の昇進・キャリア形成』 2006年04月20日
 山中 俊之 『公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋』 2006年06月08日


■ 百夜百マンガ

マドモアゼル・モーツァルト【マドモアゼル・モーツァルト 】

 ミュージカル化されて大ヒットした作品。モーツァルトが女だった、というアイデア一発勝負の作品と思われがちですが、ポイントはむしろ、作者独特の白っぽい描画によるところが大きいのではないかと思います。

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