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2006年9月19日 (火)

正社員ルネサンス―多様な雇用から多様な正社員へ

■ 書籍情報

正社員ルネサンス―多様な雇用から多様な正社員へ   【正社員ルネサンス―多様な雇用から多様な正社員へ】

  久本 憲夫
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論新社(2003/4/26)

 本書は、「これからは『正社員』の時代として考えるべき」と主張し、「正社員」「社員」という働き方あるいは雇用関係の意味と、個人にとって、画一的な正社員像がかなり息苦しくなっている一方で、派遣社員などの働き方があまりに不安定であることの問題をいかに解決すべきか、を論じているものです。
 第1章「雇用の多様化の限界」では、世の中で言われている雇用関係・就業形態の多様化(派遣社員、有期雇用、パートタイマー、契約社員、SOHO、在宅勤務など)の傾向がますます進展するという議論に異論を唱え、これらが量的に限られたものであると同時に、質的に決して望ましいものとは言えないことを指摘しています。そして、統計上は就業形態の多様化よりも、雇用者への集中化傾向があることと述べています。
 また、「正社員」を、
(1)定年までの雇用継続を前提とし、
(2)そのつど企業が求める仕事上の要請に個人が応え、
(3)企業は一定以上の安定した賃金を保証する、
をすべて満たす雇用関係にある人と定義しています。
 さらに、近年非正社員が増えている理由として、
・企業の将来予想が変化し、生き残りのためにダウンサイジングが必要になった。
・正社員を育てる必要性は感じても、背に腹は変えられない。
・多くの企業が不振であるため、有能な人材を中途採用できるようになった。
ことを挙げています。その上で、企業が問題視している正社員の高コストは、画一的な正社員管理が問題であり、多様な正社員化による引き下げの可能性を示唆し、私たちが求めているものが、「多様な雇用形態ではなく、多様な正社員」であると述べています。
 第2章「多様な正社員を望む人々」では、「週40時間しか働かない人(つまり5時に会社を退社できる人)は、正社員とは認められないのが当然のように思われているのが現代日本社会」であることを指摘し、「日本社会が求める、あるいは判例が求めるような正社員の生き方を望まない人は多い。しかし、非正社員では、とても安定した生活は維持できない。だから、正社員という生き方にすがる」という窮屈さを述べています。
 第3章「労働時間と共稼ぎ」では、企業にとっての残業のメリットを、
(1)残業させることが容易である。
(2)残業させた方が割安である。
(3)解雇を減らすことができ、従業員のモラール維持につながる。
の3点挙げ、個人の側にとっては、
(1)残業を拒否することがむつかしい。
(2)少しでも収入が欲しいから残業したい。
(3)雇用保障のためには、やむをえない。
の3点があることを挙げています。この中で、企業のメリットの(2)として、残業が割安となる理由について著者は、社会保険の算定ベースが標準報酬月額であることを指摘し、残業割増率が法定最低基準の25%だと、時間外労働の方が割安となり、残業手当がまったく負担とならない「割増率」は71%であると述べ、これが「企業にとって残業の最大のインセンティブとなっている」ことを指摘しています。
 第4章「長期安定雇用と年功賃金の現実」では、終身雇用あるいは長期安定雇用の定義として、
(1)一企業での勤続が平均して非常に長い。
(2)終身雇用とは定年まで一つの企業で働き続けることを意味し、ほとんどの男性社員はそうしていたのに、現在の不況によって、それができなくなった。
(3)企業はどのようなことがあっても整理解雇しない。
の3つを挙げています。その上で、喧伝されている「雇用の流動化」に関して、全体としては勤続年数の推移が安定的で、激しい変化が見られないこと、男性の30代後半と40代前半の高卒でやや短期勤続化が見られる動きが、あたかも社会全体の動きのように課題に報道された可能性が高いことが述べられています。そして、「近年変化したのは、不振企業の多発とそれにともなう個人の自己防衛意識の強まりという、いわばありきたりの変化があるだけで、終身雇用あるいは長期安定雇用そのものが崩壊してしまったということはできない」と述べています。
 また年功賃金に関しては、「年齢別賃金プロファイルが右肩上がりであること」という意味では、年功賃金は基本的に維持されている一方、勤続による賃金上昇効果としての年功賃金は若干弛緩していることを指摘しています。
 さらに、年功賃金を望ましいとする人の割合が高い理由を、「年功主義が、人々の公平感に合致している一種の能力主義」であり、その公平感とは、「まず最低限の『必要』を前提としつつ(生活給的意識)、それを越えた部分については、実績と努力によって配分されるべきという考え方」であることを述べています。
そして、成果主義の弊害として、「企業の業績は、個人の目に見える業績の単なる総和ではない。企業は企業業績の向上に目的があるのであって、個人の業績だけが上がっても企業業績が低下してはいけない」ことを指摘しています。
 第5章「昇進競争の行方」では、同期入社者間の競争が、普通の職場ない競争よりもはるかに優れている理由として、「職場ない競争は、同僚の間での足の引っ張り合いとなりがちであり、職場内協力を痛めつけてしまう可能性があるが、職場を越えた競争は、それぞれの個人ががんばることが、企業にとっては、相乗効果のみを意味するから」であると述べています。
 また、サービス残業が起こる理由として、
(1)企業という管理の仕組みの中で、法律違反を防止する機関がないか非常に弱いこと。
(2)賃金を労働時間の対価とする意識が個人に弱いこと。
の2点を挙げ、特に、後者については「正社員性」が潜んでいることを指摘しています。
 第6章「能力開発の重要性」では、これまで実態として「とばされた」という感覚の強かった専門職制度がほんとうに機能しうる時代に差しかかっているのではないかと述べるとともに、偽装請負の問題を防止するためにも、正社員雇用が企業にとって割高となるシステムを作りかえる政策が必要であることを主張しています。
 本書は、正社員個々人のキャリアについて考えるうえではもちろん、「雇用形態の多様化ではなく正社員の多様化」という観点を与えてくれるという点で、社会格差の問題を考える上でも重要な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の衝撃的な部分は、通常個人にとっては「割増賃金」を支払われている残業が、企業にとっては「割引賃金」であったという部分です。人を増やすことは、教育訓練の部分でコストがかかるので、今いる人に割増賃金を払ったほうがましなのかと思っていましたが、元々、教育訓練コストを除いても残業させた方が割安になるというのであれば、企業が残業に大きく傾くのは当然だともいえます。
 現在、残業の割増率の引き上げが議論されていますが、その背景にはこんなトリックが隠されていたことがわかる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・残業代をもらって得したつもりになっている人。


■ 関連しそうな本

 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年04月05日
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年03月23日
 伊丹 敬之, 伊藤 元重, 加護野 忠男 (編集) 『人的資源 リーディングス 日本の企業システム』 2005年05月20日
 田尾 雅夫 『会社人間はどこへいく―逆風下の日本的経営のなかで』 2005年02月27日
 松繁 寿和, 中嶋 哲夫, 梅崎 修 『人事の経済分析―人事制度改革と人材マネジメント』 2006年01月10日
 サンフォード・M. ジャコービィ (著), 鈴木 良始, 堀 龍二, 伊藤 健市 (翻訳) 『日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係』 2006年06月02日


■ 百夜百マンガ

冬物語【冬物語 】

 学園ものの狭間で意外に少ない予備校もののラブコメです。中学浪人をテーマにした『チューロウ』の作者はもっと下の年齢を、という意識があったようです。

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