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2006年10月

2006年10月31日 (火)

ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない

■ 書籍情報

ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない   【ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない】

  佐々木 常夫
  価格: ¥1575 (税込)
  WAVE出版(2006/6/15)

 本書は、肝臓病を患い、うつ病で自殺未遂を繰り返す奥さんと、自閉症の息子を支えながら、ビジネスマンとして大企業で同期トップの出世を果たした、東レ経営研究所所長が、自らの家族と仕事を語ったものです。
 本書の構成は、著者の波乱に満ちた家族の物語と、ビジネスマンとしての成長との2本柱を並行させています。家族の物語としては、年子で生まれた3人の子ども(長男、次男、長女)の育児に追われる日々、そして長男の自閉症(高機能自閉症「アスペルガー症候群」)と入退院を繰り返す奥さんの肝臓病とそれに起因するうつ病、そして奥さんと長女の自殺未遂が語られています。また、ビジネスマンとしては、「会社生活を通じて一貫して多忙なセクションを渡り歩」いてきた著者が、何度も転勤と単身赴任を繰り返し、大阪と東京を早朝深夜の新幹線で往復する日々を送りながら、計画性と効率性を信条に、携わった仕事の仕組みを変えていく様が語られてきます。
 著者は、「よくそんな大変な生活を乗り切ってきたものだ」と感心する人に対し、「人の不幸の程度は体重や血圧のように測定することはできないし、他人から見たら小さな不幸であっても、その人にとっては大変な重荷であることもあろうし、私の不幸もそれなりの重荷なのだ」と語っています。しかし、「決して負けるまい、決してあきらめない。きっと良い日が来る」と前に進んできたと述べています。
 著者が、長男の自閉症を知ったのは、赤ん坊の頃に親がいなくても平気で、ミニカーに執着し、立ち歩きや言葉の発達が遅いことを気にしだし、3歳の時に大阪小児センターで「自閉症的傾向」という診断を受けたときでした。幼稚園や小学校では集団生活になじめず、一人で行動する一方、漢和辞典の漢字を全部覚えてしまったり、車や国の名前、歴史や人口などを暗記したり、一度通った道はほとんど覚えてしまうなど、関心のあることには特異な能力を発揮する長男を育てる負担は、著者の家族に重くのしかかります。
 そして、長男が中学生になった年に、奥さんがB型の急性肝炎で入院したことで、著者は、家事と仕事とを否応なしに両立させなければならない「クレイマー・クレイマーの毎日」を送ることになります。朝5時半に起きて、家族の朝食と昼食を作り、子どもの登校の用意をし、8時には出社すると、「その日のスケジュールを確認し、書類を整理し、部下への仕事の指示を決め」、会議は「時間厳守、資料は事前配布」でできるだけ短くし、夕方6時には退社し、夕食を作り、寝るまでには持ち帰った会社の仕事をする、という平日と、奥さんのお見舞いと一週間分の掃除と買物をする週末という生活は、想像を絶するものですが、著者は、「課長というポジションにいて課全体の業務を仕切れる立場にいたことが、効率的な仕事を可能にし」、「もともとマメな方」だったので家事にも負担を感じなかったと語っています。
 高校に入った長男は、急に勉強に興味を持ち出し、「何かを分析したり、いろいろなものをパターン化する」ことで教科書を丸暗記し、2年の後期にはクラスのトップになるものの、高校3年の時に、突然幻聴が聴こえ始め、この幻聴が、この先の家族を苦しめ、特に奥さんにとって大きな負担となっていきます。そんな著者の救いになったのは、横浜の保土ヶ谷に引っ越した時に入会した、自閉症者の親の会「やまびこ会」でした。著者は、「自閉症という概念はある程度わかっていたが、それをもっときちんと勉強もせず、俊介が成人になるまで放っておいた」ことに対する反省を語っています。そして、この親の会の体験が、「私たちは会社の仕事をするだけでいいのか……」という「重い問いかけ」のきっかけになったことが語られています。
 また、高校卒業後、全寮制の看護学校に進んだ長女が、学校生活のストレスから、秩父の山から自殺を図ったこととともに、奥さんとの間で夫婦のすれ違いに気づき始めたことが語られています。「要は何が言いたいのか」と効率主義で結論先行の著者と、「さまざまなことをゆっくり話しながら理解してもらいたい」奥さん、未来志向の著者と過去を引きずる奥さんとの間に横たわる冷ややかな溝が、当時の奥さんの手紙として紹介されています。「母親としての私の役目も終わったのでしょう」「その後には、あとに何が残っているのでしょうか」という手紙を受け取った著者は、奥さんの心の病ゆえではないかと思い、それ以上深く考えることをしませんでしたが、入退院を繰り返す生活の中で、ついに奥さんは「今包丁を持っている、これでお腹を切って死にたい」と職場に電話をかけ自殺を図ります。著者は、この事件をきっかけに、家庭の事情をスタッフ全員に説明することを決めています。
 著者が同期のトップを切って取締役になり、激務の生活が続くようになると、奥さんの病状も悪化し、ついには2度目の自殺を図ります。このとき著者は、「何のために結婚したのか」「何のためにこんな苦労をしているのか」と悩みますが、「『何のため』という問題」ではなく、「自分が出会った人生であり、自分が選んだ人生なのだ。それなのにこんなに惨めになるなんて、それは私の生き方ではない」ことに気づきます。そして、「絶対良い日は、笑い合える日は必ず来る」と自分を勇気付けています。
 著者は、2003年に東レ経営研究所の社長に就任しますが、「会社のトップなので自分の都合で大事な会議やイベントのスケジュールが決められる」ので、家族に起きたトラブルに対応できる効果が大きかったと語っています。
 著者の家庭と仕事との両立が、世間に知られるようになったのは、『アエラ』2004年11月22日号の特集「カエリーマンの仕事術」に記事が掲載されたことです。この記事をきっかけに、「子どもがダウン症」「不登校」「うつ病」など、さまざまな人から家族の悩みを打ち明けられたことが語られています。
 本書は、家族のトラブルに悩んでいるビジネスマンはもちろん、ぜひとも奥さんに読んでもらいたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、著者の家族の物語として、読み応えのあるものであると同時に、生産性の高い効率的な仕事を進める仕事術としても価値のある教訓がたくさん収められています。
 著者は、東京大学での指導教官である隅谷三喜男教授の、「東レに行きなさい、銀行などには行かない方がいい」という奨めで入社後、「入社早々から残業を繰り返す」という生活に染まっていきます。著者は、「人の教育は家庭や学校にはなかなか期待できない」と考え、「不十分な教育のまま入社してきた人たちを一人前の社会人にするのは、企業の大事な仕事」であると自説を述べています。
 そんな著者にとって、「一皮むける」最初の経験となったのは、経営破綻しかけた取引先の一村産業に、再建スタッフとして送り込まれたことです。当時の社長は、一村産業の社長として送り込む取締役に、「どんな人材を何人でも好きなだけ連れて行ってよいから、なんとしてでもこの会社を再建させろ」と命じ(「ゲキを飛ばした」と書かれていますがこの用法は誤りではないかと思います)、最年少の著者を含む「営業・技術・経理・人事・管理などのエキスパート12名」を送り込んでいます。著者は、このときを「赤穂浪士の討ち入りのような気持ち」だったと語っていますが、この12名のうち6名は後に東レの取締に就任しています。このとき著者は、「月月火水木金金、残業時間は二百数十時間という生活」を送っていますが、「並の人間が手を抜かずにそんな長時間労働を続けるのは不可能」であり、「多分そんな人はどこかで手を抜いているのではないだろうか」と述べ、著者の場合は、4ヵ月に一度突然高熱を出し、「二日ほど死んだように眠る」ことを繰り返し、「佐々木の知恵熱」と呼ばれていたと語っています。
 その後東レの繊維事業の中枢機能部署に戻った著者は、最初に書庫の整理を10日ほど行うことから仕事を始めます。昭和20年代以来の資料を、不要な書類は捨て、「重要なもの、やや重要なもの、それほどではないもの」に分類してマークし、書類のリストを作っています。著者は、会社の仕事のパターンをつかみ、「そのパターンに応じていかに効率的に、最良の解答に到達するか」がビジネスマンの仕事であると語っています。
 1984年に繊維企画管理部の統括課長に就任した著者は、課長になって権限を持つことで、自分流の仕事の進め方を徹底していきます。「課員全員の過去1年の実施業務の重要度とそれに費やした工数(延べ作業時間)を試算し、本来そのことに費やすべき工数と対比」することで、重要度の高さと費やした工数とが一致していないことを洗い出しています。著者は課員全員にこのことを理解・共有化するため、『仕事の進め方三カ条』として、
(1)仕事は計画的に重点的に
(2)仕事は最短コースで効率的に
(3)仕事は結果がすべて
の3点を徹底しています。
 著者は、残業の効用自体は認める一方で、「上司のつまらない考えややり方によってどれほど無駄な残業をさせられたか」は事実であり、このためには、「まず形から入る」すなわち、「夜6時で仕事を終えるにはどうするか」に渡来すべきであると述べています。
 そして、課員に対し、「3年で物事が見えてくる。30歳で立つ、35歳で勝負は決まり」というメッセージを配布し、「35歳になるとその人の成長角度は決まってしまう。急角度の成長線を持つ人とそうでない人では差が広がる一方で、緩やかに成長する人は強い意志で努力しようとする人に追いつくことはない」と語っています。
 その翌年には、最も忙しい課の課長就任した著者は、自分の流儀を徹底し、仕事の大部分を夕方までに終わらせ、ついには、毎日10時まで残業し休日出勤していた隣の課も合併してしまいます。著者は、その長時間労働の実態を見て、「会社の仕事というのは何だろう」と思い、「90点の評価を得ようとすると大変だが、それを80点でいいと思った瞬間に30パーセント仕事時間が減る。90点とするか、80点とするかは、組織の責任者の判断が大きい」が大きいと述べ、「業務遂行にはプライオリティーの設定とバランス感覚が求められる」と語っています。
 また、会社以外にも、「官民の中堅幹部人材育成のための勉強会」である「浩志会」に入会し、「この会の活動を通じ、自分の会社以外の動向や官庁の有様なども学ぶこと」ができたことで、「大きな財産」を得たことが語られています。
 著者は、「会社の生活の中で私がひどく腹が立つのは、長時間労働や非効率な仕事の仕方である」と述べ、「なかには長時間労働が仕事の成果につながっていると考えたり、残業しないと落ち着かない人もいる」と指摘しています。著者に対して、「仕事にどっぷりつかる、寝ても冷めても仕事、という時期を何度か経験したことのある人間でないと、本物にはならない」(原文ママ、「覚めても」の誤字と思われる)と反論する人もいることを紹介し、「真剣に頭を使い、計画的に効率的に仕事をやっているかはよく吟味しなくてはならないし、仕事が最優先という考えをすべての人に押付けるわけにはいかない」と、「大きな重い荷物を担いでいる人たち」と調和しながら仕事をすることの重要性を述べています。
 また、「女性の活用」を制度を変えても、「自分の家庭のマネジメントができない男性に会社の中でだけ女性を活用せよと言うのは無理な話」だと指摘しています。


■ どんな人にオススメ?

・仕事のために家族をあきらめたくない人。
・家族のために仕事をあきらめたくない人。


■ 関連しそうな本

 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 オリヴァー サックス (著), 吉田 利子 (翻訳) 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 2006年03月26日
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 オリバー サックス 『妻を帽子とまちがえた男』 2006年10月15日
 安部 省吾 『知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録』 2006年06月27日
 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日


■ 百夜百マンガ

遥かなる甲子園【遥かなる甲子園 】

 障害者が出てくるマンガと言えば有名なのはこの作品ですが、マンガの中では聴覚障害者は比較的登場回数が多いようです。

2006年10月30日 (月)

自治体破産―再生の鍵は何か

■ 書籍情報

自治体破産―再生の鍵は何か   【自治体破産―再生の鍵は何か】

  白川 一郎
  価格: ¥966 (税込)
  日本放送出版協会(2004/11)

 本書は、中央政府主導のもとで、地方自治体が財政規律を失った原因を分析し、この失われた規律づけを、自治体破産制度の導入によって市場を通じて行うことを主張しているものです。
 第1章「危機に瀕した日本の自治体制度」では、地方自治体が直面している「避けて通れない2つのハードル」として、
(1)地方債の償還:1990年代に景気対策として国主導で実施された公共投資のために発行した10年返済の公募債の償還
(2)職員の退職金の支払い:いわゆる「2007年問題」と呼ばれる団塊の世代の退職
の2つを挙げています。また、今後予想される、自治体に財政を圧迫する経済環境の変化として、
(1)金利上昇:国の財政が逼迫した状況では、地方債の借り換えが大きな財政負担となる。
(2)金融機関の不良債権処理の進展:地銀が持つ第三セクターや住宅供給公社、土地開発公社などへの不良債権の処理が加速する。
(3)国の財政基盤の脆弱化:地方交付税の減額(市町村には地価下落による固定資産税収入の減少も)
の3点を挙げ、今後考えられるシナリオとして、
(1)増税による財政赤字の解消→「増税に頼らなければ解決ができないということは、実質的には日本の財政は破綻したと同じ意味を持っていると考えられる」
(2)インフレによる財政赤字の解消→「この方法による財政赤字の解消ほど、行政にとって安易な解決策はない」
の2つのシナリオを論じています。
 第2章「なぜ自治体財政は破綻しないのか」では、90年代に休息に財政収支が悪化した地方自治体が破綻に至らなかった背景として、「自治体の税収不足を補う仕組み」である地方交付税制度を取り上げ、地方自治体への交付税算定の根拠となる基準財政需要が景気変動によって大きく変化しないために生じる、税源と交付税額とのあいだのギャップを埋めるために、交付税特別会計の借入額が増大し、その累積赤字が90年代後半から急増している点を指摘しています。
 さらに、日本で地方財政の破綻と同じ意味に使われている「準用再建団体」という言葉と「地方財政再建促進特別措置法」を取り上げています。この法律は、地方財政が崩壊寸前となった1955年に成立したもので、「昭和29年度(1954年度)の赤字団体について、財政再建計画を策定させ、これを誠実に実行することを条件に、歳入欠陥を補填するための地方債の発行を認める。その一部については、利子の補給を行う」ことを趣旨としたものであることが解説されています。また、近年の例である福岡県赤池町が準用再建団体になった理由を、別法人となっている「土地開発公社の不良資産を清算し、損失を表に出そうという決定をしたから」であるとし、その決断を好意的に紹介しています。
 第3章「なぜ日本の財政規律は失われたのか」では、本来、日本の地方財政規定が、「地方自治体が支払不能や債務超過に陥ることのないよう、かなり厳格な財政運営上の規定が設けられ」、アメリカの州政府や地方政府の「均衡財政法」の考え方とよく似ている点を指摘しています。そして、この仕組みがありながら、財政規律が失われた理由として、ハンガリーの社会主義経済における公有企業の問題を論じた、「ソフトな予算制約」という理論を挙げ、ハンガリー経済における「国と企業の関係」が、日本の「国と自治体」の関係に置き換え可能であると述べ、日本の地方自治体のほとんどが地方交付税交付団体であり、景気変動による税収の減少に対しては、「減収補填債」という本来認められていないはずの赤字地方債を発行でき、この元利償還金を交付税で面倒を見る制度になっている点を指摘しています。そして、1990年から2002年の間の「公債費負担比率」と「交付税比率」との相関関係を、「交付税によって補填される度合が強まっていることを反映したものと考えられる」と指摘しています。
 また、戦後機能してきた「中央統制による財政規律」が破綻した理由として、「いびつなかたちで自治体に裁量権が与えられたためである」と述べ、具体的には地方住宅供給公社、土地開発公社、第三セクターの問題を指摘しています。また、土地の購入に関しては、1987年の自治省通達によって、「土地開発公社の「公的な目的以外の理由での土地取得が可能になり、民間ディベロッパーとの境界がなくなった」ことを挙げ、「その責任がすべて自治体にあるかというと、そうとは言えない面がある」と述べ、「バブル崩壊以降も土地の購入を要請した政府にも、今日の自治体の財政危機をもたらした責任がある」と指摘しています。
 そして、20世紀末からの第三セクター破産急増の背景として、
(1)不良債権処理など金融機関に対する検査基準が厳しくなったため、地方金融機関の第三セクター向け融資が厳しくなった。
(2)自治体の財源が枯渇し、補助や貸し出しが困難になった。
(3)地域住民の監視の目が厳しくなった。
等が挙げられています。
 第4章「アメリカの自治体破産法チャプターナイン」では、米国の地方自治体の権限に関する考え方として、
(1)ディロンの原則:地方自治体は州政府から明示的に与えられた権限しか有していない。
(2)ホームルームの概念:地方自治体が州政府などからの統制を最小限にし、自らの問題は自らの力で解決していくことができるとする。
の2つを挙げ、最近は後者の考えが有力になっていると述べています。
 また、アメリカの地方債市場に関して、その種類を、
(1)一般財源保証債:発行した自治体が全幅の信頼・信用の元にその債務の支払いを約束したもの。
(2)レベニュー債:債券発行によって建設された施設を使用するものによって支払われる使用料を財源とするもの
(3)特定税源債:特別の施設建設の資金をまかなうことを目的に、特別の税源を財源とするもので、一般財源保証債とレベニュー債の両方の特徴を併せ持つ。
の3種類紹介しています。
 そして、「自治体の財政破綻を救済するため」に、「自治体が破産することを認めるという特異な制度」である連邦破産法のチャプターナイン(第9章)に関して、その成立の背景に1929年の世界大恐慌によって、多くのアメリカの自治体が財政的に困難な状態に陥ったという事情があること、その申し立ての要件として、
(1)自治体でなければならない
(2)チャプターナインのもとで債務者になることを州法で認められていなければならない
(3)支払不能(insolvency)であること
(4)債務整理の計画を実行する意欲を有していること
(5)申し立て以前に債務者と誠実に交渉を行っていなければならない
の5つの要件を満たさなければならないこと、等が解説されています。
 第5章「自治体の財政規律は取り戻せるのか」では、地方交付税制度の問題点として、
(1)地方交付税は減税の財源とはならないこと。
(2)財源保障機能が歳出拡大的な効果を持っていること。
の2点を指摘するとともに、日本の地方債市場の資金の大半が政府資金となっていることの問題点として、
(1)「市場によるガバナンス」がほとんど機能していないこと。
(2)政府関係の資金が郵便貯金・簡易保険を原資とする財政投融資の資金であること。
の2点を取り上げています。そして、「ソフトな予算制約」という条件下で失われた自治体の財政規律を取り戻すには「ハードな予算制約」への転換が必要であり、そのために、日本版チャプターナインとして、「自治体の債務の調整と財政再建のための法律」とでも名づけうる「自治体に再生の機会を与えるための法律の策定」を主張し、その制度のメリットとして、
(1)自治体の持つ債務の調整のための新しいルールを提供する。
(2)自治体財政の再建家庭における透明性の確保。
(3)財政再建のスピードが速い。
の2つのメリットを挙げています。
 本書は、現在議論されている破綻法制の前提となる自治体を取り巻く財政状況を理解する上で、コンパクトにまとまった便利な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の中では、過去に著者自らが提唱していたニュー・パブリック・マネジメントに関して、日本の自治体に手法の導入は進んだものの、「新しい行政経営」が成り立つためには「歳入の自主権」が不可欠であり、結局、「NPMという新しい自治体経営手法の導入によって、浮かび上がってきたのは、それを機能させることのできない日本のさまざまな制度の壁である」として、「日本の抱える制度の問題を抉り出すことに成功した」と述べています。
 海外で流行している目新しいものをいち早く日本で紹介する、という行動は、ファッションから音楽から政治から学術研究分野までどこにでも見られ、何かにつけ「あちらでは~~」という「出羽の守」がその分野の第一人者になってしまうということはよくありますが、問題は紹介したものが誤って広まってしまったり、「あちらでは」その流行があっという間に醒めてしまった場合です。
 結局、次から次に新しいネタを探してきては自ら否定するマッチポンプ的な自転車操業を続けるしかなくなってしまうのが辛いところです。


■ どんな人にオススメ?

・財政危機というけど破綻した自治体はどうなってしまうのか関心がある人。


■ 関連しそうな本

 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 中野 雅至 『はめられた公務員』 2005年05月26日
 斐昭 『不滅の「役人天国」』 2006年05月08日


■ 百夜百マンガ

ノンタンいないいなーい【ノンタンいないいなーい 】

 ウゴウゴルーガを見てた世代にとっては、ノンタンをみると千秋を思い出してしまう人も少なくありません。名義が「大友 幸子」と「キヨノサチコ」になっているのは旧姓?

2006年10月29日 (日)

字が話す 目が聞く―日本語と要約筆記

■ 書籍情報

字が話す 目が聞く―日本語と要約筆記   【字が話す 目が聞く―日本語と要約筆記】

  上村 博一 (著), 山城 秀生
  価格: ¥1260 (税込)
  新樹社改訂新版版 (2003/09)

 本書は、「聴覚障害者のためのコミュニケーション保障の手段の一つの方法であって、話し手の話の内容の要点をつかんで、それを筆記して、聴覚障害者に伝達するもの」である「要約筆記」について解説したものです。著者は、要約筆記が、「その場に『参加』している、聞こえに障害のある人のために、話されていることの趣旨を忠実に(正しく)、遅れずに(速く)、読みやすく、『文字』で伝えるという『同時通訳』の役割」を担っていると述べています。
 第1章「コミュニケーションの変遷」では、聴覚障害者・聴者の間で用いられるコミュニケーションの手段として、
(1)手話・手話通訳、指文字
(2)口話、読話(読唇)
(3)筆記(筆談)・空書
(4)要約筆記
(5)補聴器
(6)人工内耳
(7)補聴援助システム(磁気誘導ループ、赤外線補聴システム・FM補聴システム)
(8)IT機器
(9)トータルコミュニケーション
を紹介しています。
 第2章「聴覚障害者の現状」では、聞こえの障害が、「子どものときには『言語獲得の障害』を生み、言語を獲得した大人の場合は『情報獲得の障害』となる」ことが述べられています。
 第3章「要約筆記のあらまし」では、要約筆記者が、
・メイン:話し手の話を聴き取り、要約筆記する。
・サブ:ロールの交換やメインのペンの交換などの補助の他、メインの要約筆記の不備を整える。
・引き手:メインの向かい側に座り、ロールを引く。
の3人で1つのチームを組んで作業を行っていること、OHPを使用する要約筆記の「七つ道具」として、
・ロール:OJP用のロールフィルム
・ペン:中字用の黒の油性ペン
・偏光グラス:OHPの光をカットする
・手袋:手がロールに張り付くのを防ぐ
・紙袋:ロールを入れておく袋
の他、メモ用紙、消去ペン、はさみ、粘着テープなどが必要になること等が解説されています。また、個人を対象とした要約筆記の方法として、医師の診断や就職相談、職場の研修などで必要となる「ノートテイク」について解説されています。
 著者は、「要約筆記の三原則」として、
・速く:要約筆記に「同時性」を持たせる。
・正しく:意図を正確に伝えることが求められる。
・読みやすく:新聞、本などと違い、読み直しができない。
の3点を挙げるとともに、速く書くため、よく使う言葉については「略号」が定められていることを紹介しています。
 第4章「日本語を楽しもう」では、日本語の成り立ちを、
・第1の変化:中国から「漢語」が伝わる。
・第2の変化:平安時代に「ひらがな」と「カタカナ」が作られる。
・第3の変化:室町時代末期に「洋語」が伝えられる。
・第4の変化:幕末から明治の初めに欧米の言葉が押し寄せ、「外来語」とおびただしい数の「和製漢語」が作られる。
・第5の変化:第2次大戦後、カタカナ書きの言葉があふれる。
の5つの段階に分けて解説しています。
 第5章「要約の基本」では、「話しことば」も「書きことば」も、ともに「逐語文」「逐語的」通訳でありながら、「話しことば」による通訳が「ナマ」タイプであるとすれば、「書きことば」による通訳は「パッケージ」タイプ、「フリーズ(冷凍)」タイプの通訳であるとし、「要約筆記は、『字が語る・目が読む』のではなくて、『字が話す・目が聞く』通訳」であると述べられています。
 また、「要約筆記の三原則」である、
・正しく
・速く
・読みやすく
に対応した、「要約の3段階」として、
(1)わかる
(2)ちぢめる
(3)書く
を挙げています。このうち、(1)に関しては読み上げられた文章の内容を問う「国語のヒヤリング・テスト」などについて紹介されています。また、(2)に関しては、
・発話速度(話す速さ)
・筆記速度(書く速さ)
・読む速さ
の3つの面について、発話速度を調べたものとして、
・オール阪神・巨人:679字/分
・清水ミチ子(黒柳徹子の物まね):644字/分
・久米宏:561字/分
等の早口の人がいる一方で、通常は、1分間300~400字程度であること、筆記速度は、普通1分間60~70字程度、パソコンでは120~200字程度であることが述べられています。また、「読む速さ」を考えると、1分間200字程度に抑えるためには、「文字を『目で聞く』情報伝達では、字数の上では、50%~70%以下、1/2~2/3に要約するのが原則」であると述べ、
「要約率=[書く字数]÷[話す字数]」
とすると、
「適正な要約率=50%~70%(1/2~2/3)」
と解説しています。さらに、(3)に関しては、略号の使用以外に、
・漢字の活用
  「手をあげてください」→挙手を
・末尾の処理
  「そういう例はありません」→そういう例はない。
  「それが大切だと思います」→それが大切。
  「説明してください」→説明を。
・箇条書き
・図にする
等を紹介しています。
 本書は要約筆記について、単なる技術面にとどまらず、コンパクトに解説している良書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている、江戸時代の川柳に、
「同じ字を雨雨雨と雨るなり」
というものがあります。これは、「同じ字をアメサメダレとグレるなり」と読みますが、
・雨:アメ
・春雨:ハルサメ
・五月雨:サミダレ
・時雨:シグレ
という読み方から来ているそうです。


■ どんな人にオススメ?

・ものごとを的確に要約したい人。


■ 関連しそうな本

 江時 久, 幡掛 節子, 前田 愛子, 宇田 二三子, 今橋 幸恵, 藤田 保 (編集), 西原 泰子 (編集) 『あなたの声が聴きたい―難聴・中途失聴・要約筆記』
 大阪府難聴者協会 『要約筆記ハンドブック―あなたもボランティア』
 山口 利勝 『中途失聴者と難聴者の世界―見かけは健常者、気づかれない障害者』
 村瀬 嘉代子 (編集) 『聴覚障害者の心理臨床』
 中野 善達, 吉野 公喜 『聴覚障害の心理』
 スーザン シャラー 『言葉のない世界に生きた男』


■ 百夜百音

THE BEST~INNOCENT DAYS~【THE BEST~INNOCENT DAYS~】 ハウンド・ドッグ オリジナル盤発売: 2002

 大友康平の物真似ばかりが未だに印象に残っている、オジサンがカラオケで拳を突き上げる曲が有名ですが、バンド名の由来と、実際のサウンドは大きく乖離していたようです。


『HOUND DOG 20050709 日本武道館帰還』HOUND DOG 20050709 日本武道館帰還

2006年10月28日 (土)

いなかのせんきょ

■ 書籍情報

いなかのせんきょ   【いなかのせんきょ】

  藤谷 治
  価格: ¥1890 (税込)
  祥伝社(2005/12)

 本書は、鄙びた過疎の村を真っ二つにした四五十年ぶりの村長選挙を、真面目一徹の村議、深沢清春が戦う姿を描いた小説です。舞台となる戸蔭村は、「長年の間誰に村長をやらせるかということを、村内の有力者たちが寄り寄り集まって協議」し、無投票にして村長が決まってきたところですが、合併特例債を当てにして「雛わらじ記念館」なるハコモノを建てたりしために合併がご破産になり、にっちもさっちも行かなくなった、という設定です。深沢は、公共事業をどんどん誘致したいインテリの平山助役によって、村長候補に祭り上げられますが、深沢をおもしろく思わない村の有力者たちの思惑で、なぜか平山との一騎打ちの構図になってしまいます。村の有力者の、「平等な競争なんて、この世にあるんだべか」「深沢さんが村長になったらえらいこったぞ。死活問題だ」という言葉は迫力があります。また、村に波風を立てることを嫌い、降りる気でいる深沢に、「口先だけなら、へごおまいのいう通り、早いとこ逃げ出したほうがいいさ。そんな男が誤って村長にでもなった日にあ、村の者に迷惑がかかる」と叱りつける深沢の老母フジも迫力があります。
 本書には、田舎にとって、選挙が祭りであることを教えてくれる場面がたくさんあります。
「みーんな頭に血が昇って、喜怒哀楽が極端になってしまうんさ。人前でスピーカー持って、大声で同なじことを何べんもがなるなんて、常日頃の神経ではとてもできたもんじゃねえ」
「選挙になれば酒が飲める。そう思うのは百姓として当たり前だよ。何が悪いんだか叔父さんには全然判らないね。実際、国政選挙のときはいつも酒が出て当然なんだよ。田舎じゃあ。百合ちゃんも知っているだろうが、村の人間は毎日つまらない思いをしている。華やかなことなんかひとつもない。選挙はお祭りなんだよ」
などのセリフは、数十年ぶりの村長選挙で、熱に浮かされる小さな村の熱気を表しています。
 また、村のルールが法律に優先することは、
「公職選挙法なんてもんは、村の慣習や人間性に比べたら、木っ端みたいなもんさ。村じゃ村のやり方でやる。そう思ってる人はいくらもいるよ。特に威張っている連中の中にはな」
「奇麗事では済まんぞ、田舎てとこは」
などから窺い知ることができます。
 有力者たちにそっぽを向かれた深沢の元には、東京から2人の親族が駆けつけます。秋葉原で広告会社を経営する弟の哲次は、家計のために高校進学を諦めて働いた兄のため、そして、仕送りをもらって東京の大学に出てから野放図にやらせてもらった恩返しのために、戸蔭村に駆けつけます。いたずら好きで、悪知恵も働かせます。恵比寿にある外資系の携帯電話会社で働き、都会の生活に一生懸命馴染もうとしている娘の百合は、都会での仕事のストレスから村に逃げ帰ってきますが、「電話をかける・かけられる」ことを「電話をぬく」という村の方言に、安心と不安を感じたりしています。
 深沢は、「村の借金のおかげで自分の家まで借金があるような気」になり、「合併失敗のおかげで世間から見放された」と暗くなってしまっている戸蔭村を、「都会と同なじ道や建物」があって「都会になりゃいい」のではなく、「国道ができて、映画館ができて、ダムも作ってマクドナルドもあって、そういうのが発展なんだべか」、「戸蔭村を戸蔭村らしく、今のまんまで住みよくなる工夫をすべきじゃねいか」と訴え、選挙戦を戦います。そして、「田舎者だから長いものに巻かれる、大学出てるから理屈が通る、そんなわけがねいじゃねえか。みんな自分の頭でしか、ものを考えるこたあできねいんだぜ」、「田舎だろうと都会だろうと、もう選挙に組織票なんてものはねいんさ。~人と違った工夫をしようって、みんな自分で考げえてやるようになった。~何でもかんでも右に倣えの時代なんか、とっくに終わってるさ」と村人に、自分で考えることを呼びかけています。
 本書は、選挙というエピソードを通じて、そこに暮らす人にとっての田舎、そして、都会に暮らす人の故郷としての田舎を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、公選法どこ吹く風、という田舎の選挙を生々しく描いた、ということも売りになっていて、
「公職選挙法なんてもんは、村の慣習や人間性に比べたら、木っ端みたいなもんさ。村じゃ村のやり方でやる。そう思ってる人はいくらもいるよ。特に威張っている連中の中にはな」
なんてセリフも出てきますが、もうちょっと取材をして欲しかった感じもします。おそらく、選挙の部分に関しての情報源は、都会の人、それも国政選挙の関係者から取材したのではないか、ということをうかがわせる記述が見受けられました。
 田舎の選挙事務所が、弁当を出して酒を振舞ってというあたりも、記述が大雑把な感じがしましたし、昼日中から誰彼かまわず千円札を握らせて回る、というやり方は、絵的には面白いですが、金額が安い割りにリスクが高すぎます。「実弾」は、手が後ろに回ることになったら困る人、血縁などのルートを通じて、それなりの金額を渡さないと効果も薄いと考えられます。さらに、「誰が誰に入れたかなんて、金輪際判らねいんだからな」とありますが、投票用紙を入れたフリをして持ち帰り、皆の見ている前で書かされるという手口が報道されています。
 また、選挙関係の手続も、まるっきりでたらめではないですが、微妙に勘違いが目立ちます。
(1)p.60:深沢が村長選挙の届出をする場面では、告示日の数日前に役場に、届出書類や「候補者となることができない者でない旨の宣誓書」を提出し、「届出の締め切りを待つ」と書かれています。確かに実際にも、告示日の前に届出書類を選挙管理委員会でチェックして、書き漏れや必要書類の不備などをチェックする事前審査と呼ばれる手続を行っていますが、これは、封印をして本人に返し、告示日当日に持参するものであり、届出をするのはあくまでも告示日当日です。
(2)p.61:ということなので、平山が立候補したことを深沢が知る場面、告示日前に役場前の掲示板の「広報」で知るということになっていますが、事前にこれはありえませんし、役場の前に貼り出されるのは、受付終了後に公職法第86条の4第11項の規定により選挙長が行う告示です。
(3)p.62:もちろん、他の候補者の届出書類を見せろと言われて、判断がつかないということはありません。
(4)p.113:関係者やマスコミも間違いやすい点ですが、戸蔭村の村長選挙が「天皇の国事行為」として「公示」されることはなく、選挙管理委員会の「告示」がなされます。
(5)p.114:「この先十日ほどしかない選挙期間」とありますが、村長選挙の選挙運動期間は5日間しかありませんので、衆院選(12日)か県議選(9日)と混同しているものと思われます。
(6)p.118:「選挙事務局長」に幼馴染の小学校の先生に就任してもらう、というのがありますが、「事なかれ主義の男」であれば、教育者の地位利用の選挙運動の禁止の規定などを口実に引き受けないんじゃないかと思います。
(7)p.124:「印刷代を節約して作りました公約のビラ」とありますが、町村長選挙は市長選挙などと異なり、確認団体制度がありませんので、いわゆる法定ビラはありません。
(8)p.240:「哲次のクルマ、剛のクルマ、美智香と百合子のクルマと三台に分かれまして村を走り回り、スピーカーで村の人に訴えます」とありますが、村長選挙の選挙運動用自動車と拡声機は一そろいとなっています。
 まあ、フィクションなんで目くじらを立てるようなものでもないですが。


■ どんな人にオススメ?

・田舎のしがらみの暖かさとうっとうしさを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 林 真理子 『幸福御礼』
 奥田 英朗 『町長選挙』
 村松 岐夫, 伊藤 光利 『地方議員の研究―日本的政治風土の主役たち』 2005年02月21日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日
 選挙制度研究会 『統一地方選挙の手引』


■ 百夜百音

30th ANNIVERSARY HIT SINGLE COLLECTION37【30th ANNIVERSARY HIT SINGLE COLLECTION37】 THE ALFEE オリジナル盤発売: 2004

 江口寿史のマンガでは、ハウンドドッグなんかと同じキモいファンが多いと揶揄されてきたアルフィーですが、すでにメンバーも50を超え、『ドリームジェネレーション』に描かれた、ハイトーンボイスで定食を注文するエピソードも30年以上昔の話になってしまったのです。


『THE ALFEE HISTORY1~3 DVD-BOX SPECIAL EDITION』THE ALFEE HISTORY1~3 DVD-BOX SPECIAL EDITION

2006年10月27日 (金)

吉野家

■ 書籍情報

吉野家   【吉野家】

  茂木 信太郎
  価格: ¥1,680 (税込)
  生活情報センター(2006/09)

 本書は、なぜ、「吉野家でなければ吉野家の牛丼を作り出すことができない」のか、という謎を、アメリカ産牛肉の輸入停止への吉野家の対応から解説しているものです。著者は、安部社長と、「もし吉野家の牛丼の本が実現するならば、その刊行日は、吉野家の牛丼の販売再開の日に合わせよう」との約束を交わしていました(本書の刊行日は、2006年10月10日)。
 第1章「そのときの吉野家」では、アメリカ産牛肉の輸入停止後、1月余りで訪れた、2004年2月11日を、吉野家の特別な日と位置づけ、さらにその1年後の2005年2月11日の、1日だけの牛丼復活の日を「牛丼一周忌」と名づけています。そして、年間約3万トン、アメリカ産輸入牛肉の1割近い量を1社で使用していた、「わが国でのアメリカ産牛肉の最大の消費者」であった吉野家を、「アメリカ産牛肉を使った牛丼専門店チェーン」と位置づけ、当時の吉野家を巡る代表的な話題として、
(1)牛丼が売れなくなって、今にも倒産するのではないか。
(2)何ゆえアメリカ産牛肉にこだわるのか。
という2つの議論があったことを紹介しています。そして、絶体絶命のピンチにもかかわらず、テレビに映る安部社長の表情に動揺の色が見られない理由を、
(1)かつての倒産騒動が、企業のDNAに組み込まれていて、対抗力、免疫力がついているから。
(2)アメリカ産牛肉の輸入停止は、吉野家にとって、絶好のチャンスであり、企業トップとしては、ほくそ笑んでもいいくらいの経営環境の出現なのだから。
と述べ、米国でBSE感染の疑いのある牛肉が発見された翌日には、カレー丼、焼鳥丼を試食、その翌日には、いくら鮭丼を試食するという対応の速さに着目しています。さらに、直営店の営業条件を変更(営業短縮・休業)することで、フランチャイズ店の営業収益の確保を図った点を指摘しています。
 著者は、吉野家が迅速に新メニューを繰り出すことができた秘密を、それまで吉野家が行ってきた、カレー店チェーン「POT&POT」や「うどん吉野家」などの新店舗開発の歴史や、居酒屋や惣菜店事業、回転すしチェーンの「ハミータコーポレーション」の子会社化などの事業展開を紹介し、「吉野家の全貌を見てみると、牛丼チェーンが柱ではあるが、その企業戦略は、牛丼一筋というわけではまったくない」ことに言及しています。
 また、倍倍ゲームで成長してきた吉野家が、1980年に倒産(会社更生法の適用)した原因を、「安くもない、うまくもない、牛丼を売ったからだ」と述べ、その理由として、「急激な店舗増設による牛肉需要の急増化に、牛肉の供給が追いつかなくなった」点を指摘し、当時、政府によって管理されたIQ(インポート・クゥオータ、輸入規制)指定品目であった牛肉の確保がいかに重要であったかを述べています。そして、1991年10月に、「吉野家の牛丼の味が明確に変わった」理由として、同年3月の牛肉輸入自由化を挙げています。
 1992年に、吉野家の倒産騒動を経験した安部修仁社長就任によって、それまでの吉野家の看板であった「早い、うまい、安い」を、「うまい、早い、安い」にコンセプト変更し、「吉野家の牛丼の味を磨きに磨くという路線を敷いた」と述べ、「1990年代の吉野家の牛丼は、メニュー史において、次第と完成に向かう黄金の道を進んだ」として、「倒産の経験が吉野家の牛丼を最強にした」と述べています。しかし、著者は、この最強のメニューの獲得が、「それと引き換えに、事実上、新メニュー開発や新業態開発を手詰まりとした」ことを指摘し、アメリカ産牛肉の輸入停止という事態が、「強制的に、しかも誰からも非難されずに、あまつさえ絶大な同情を買い、全社一丸となって、あらゆる関係者を巻き込んで、堂々と新メニューの実験ができる時が到来した」と推測しています。そして、この新メニューの開発において、「吉野家がこれまでに多くの開発や実験を重ねてきていることが、ここにきて決定的に大きな意味を持った」と分析しています。
 第2章「アメリカ産牛肉にこだわるわけ」では、国産牛肉でも、オーストラリア産牛肉でも、中国産牛肉でもなく、アメリカ産牛肉にこだわる理由として、
(1)値段の問題:価格競争力を確保するため。ただし、競合他社は他国産牛肉を使用しており、長期にこだわる理由ではない。
(2)味の問題:"あの味"が出ないと言うが、一般に人にとってわかりにくい。
(3)量の問題:アメリカ産でないと全量調達が困難というが、オーストラリア産では足りないのか。
の3つの理由について解説しています。
 著者は、ステーキが中心のアメリカ食肉市場では、牛丼に使うショートプレート(バラ肉)は、「脂肪分が多くて引き取り手のいない部位」であり、水に浸して牛肉を煮る、煮込む、という牛丼の料理法が、世界でも稀な料理法であり、「この料理法ゆえに、ショートプレートが、牛丼用に適した」と述べています。そして、吉野家が年間に使うショートプレートが約3万トン(約300万頭分、国産牛3年分の全量に匹敵)という膨大な量であり、さらに、1頭丸ごと販売するオーストラリアのセット販売ではなく、牛肉の部位別流通が成立する世界最大の牛肉消費大国であるアメリカ産でなければならないことが述べられています。
 第3章「牛丼ファンのつくりかた」では、吉野家にことさらファンが多い理由を解説しています。
 まず、メニューに関しては、牛丼という単品メニューでありながら、72通りものバリエーションがあることを、
・牛肉:並盛、大盛、特盛
・汁:通常、ツユダク、ツユヌキ
・タマネギの量:通常、ネギダク、ネギヌキ
・ご飯:通常、大盛、小盛
の4つの品目について分析し(牛肉並盛×ご飯大盛はないため72通り)、「どこの店でも72通りの牛丼が注文できる」と述べています。さらに、吉野家発祥の地である築地市場店だけは、脂身の多さから、「トロヌキ、トロダク」まであることが、「吉野家の幹部の方から、この話は書かないでくれといわれている」と前置きした上で述べられています。
 さらに、サービスに関して、吉野家の店で最も重要なことは、「客の順番を決して間違えないこと」であることが強調されています。同様に、生姜の補充の際にも、容器をすっかりひっくり返して、新しい生姜が容器の底に入るようにしなければならないルールであることが述べられています(この心配は『気分は形而上』のネタになっていました)。
 そして、吉野家の原点である築地店では、日・祭休業、1日8時間営業で年商1億円を目標に掲げ、1日1000人の客に牛丼を提供するために、「客が着席したら間髪を入れずに商品を出す」必要があり、そのためには、「客一人一人のオーダーを全部覚えておいて、オーダーを聞かなくても、その人が店に入ってきたら作り始めるという習慣を作った」こと、すなわち、「マイ・オーダー」を全部記憶するという「はんぱじゃない技術」が必要であったことが述べられています。
 著者は、吉野家にファンが多い理由を、「ファン獲得こそ吉野家の長年にわたる一貫した戦略であり、その戦略は、巧妙にして至るところに仕掛けられており、練り上げられている」からだと主張しています。これに関して、安部社長は、「私が思うに、吉野家品質をひと言で最も的確に表現している言葉は『粋』である」と述べ、「築地場内における江戸前の『粋』と『元気』は、吉野家の店舗が醸し出す特徴的な雰囲気であり、当社の文化形成の気質的コアになっています」と語っています。
 第4章「もう一つの吉野家」では、著者が「牛丼一周忌」と名づけた、1年後の牛丼復活祭を、採算を度外視しても実施しなければならなかった理由を、「吉野家から牛丼が消えて一年経ったこの時点で、いま一度、吉野家の牛丼の味の記憶をよみがえらせて、記憶の糸をつないでおくこと」であると指摘しています。
 そして、今回の危機を乗り切った要因を、「トップマネジメントをはじめとして、主要幹部に倒産経験があり、その経験が語り継がれて、社員の中に息づいていたこと」を挙げ、「これまでは牛丼を完成させるために収斂させてきた全従業員の意識が、この危機に直面して、あらためて白紙の状態から顧客対応を志向するチームワークを形作ったに違いない」と述べています。
 本書は、吉野家ファンにとってはもちろん、牛丼は食べないという人にとっても、「なぜあれほど吉野家好きがいるのか」という謎に答えてくれる一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 吉野家といえば、ネットでは「吉野家コピペ」が定番ですが、本書を読むと、吉野家コピペに対する理解が深まります。
・「お前らな、150円引き如きで普段来てない吉野家に来てんじゃねーよ」―――吉野家が2001年の2月から6月にかけて行った、さまざまな価格の価格実験をしていたことを表しています。ちなみに、「牛丼150円引き」は、2001年4月に行われました。
・「吉野家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。」―――これは、安部社長も語っていた、築地場内の江戸前の雰囲気、つまり「粋」を表しています。
・「隣の奴が、大盛つゆだくで、とか言ってるんです」「大盛りねぎだくギョク。これが通の頼み方。」―――72通りのバリエーションの豊富さを表しています。
・「これを頼むと次から店員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。」―――吉野家の店員が、客の顔、特にマニアックな「マイ・オーダー」を持っている客の顔を覚えていることを表しています。
・「素人にはお薦め出来ない」―――これも、築地場内の「食のプロ」たちのこだわりが、吉野家の企業文化を醸し出していることを表しています。
 こう見てみると、この「吉野家コピペ」がヒットした理由が、「アホかと。馬鹿かと」「おめでてーな」「そこでまたぶち切れですよ」「小1時間問い詰めたい」「素人にはお薦め出来ない」等の、単なる文章の特異さだけでなく、このコピペが短い文章の中に、吉野家の特徴を凝縮したものであるからではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・吉野家が注いでいる江戸のDNAを読み解きたい人。


■ 関連しそうな本

 安部 修仁, 伊藤 元重 『吉野家の経済学』 2005年06月29日
 紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
 横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
 伊藤 元重 『ビジネス・エコノミクス』 2005年02月18日
 C.K. プラハラード (著), 一條 和生 (翻訳) 『コア・コンピタンス経営』 2005年02月09日


■ 百夜百マンガ

鉄コン筋クリート【鉄コン筋クリート 】

 10年以上前の名作ですが、最近映画になったそうです。「劇場超大作」なのも?ですが、なぜにジャニタレ? はじめから海外向けのつもりで作ったのでしょうか。

2006年10月26日 (木)

マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル

■ 書籍情報

マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル   【マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル】

  石川 慶子
  価格: ¥2625 (税込)
  ダイヤモンド社(2004/09)

 本書は、企業向けサービスとしての記者会見やインタビューの仕込みを数多く手がけてきた著者が、「対マスコミ(+世論)という切り口に徹底的にこだわって、コミュニケーションテクニックを書き起こし」たものです。著者は、通常のコミュニケーションよりもマスコミ対応が複雑である理由として、「記者の背後に世論という大衆が加わるために、通常のコミュニケーションテクニックだけでは乗り切れない難しさがある」と述べています。
 序章「なぜ緊急時のマスコミ対応が重要なのか」では、マスコミ対応の失敗例として、
(1)事故が起きたにもかかわらず、なかなか記者会見を開かなかった。
(2)情報を十分公開しなかった。
(3)記者の質問に対し、誤解を招く表現で混乱させたり、横柄な態度で対応したりした。
(4)メモを見て読み上げるだけで形式的なコメントしかしなかった。
等を挙げています。また、記者会見を、「会社の公式見解を述べ、マスコミを通じて世論への理解を求める場」と定義し、「トップ不在の記者会見は荒れる」と述べています。
 第1章「基本的なマスコミ対応」では、
・テレビのコメントは「8秒」以内
・記者が取り上げたくなるキーワード:「弱者救済、弱者のがんばり、女性、チャレンジ、新市場開拓、改革、コスト削減、雇用創出、未来志向、困難に立ち向かう、倫理、ボランティア、地域性、市民生活、大衆」
・まだ決まっていないことについては、具体的に回答してはいけない
・一人で取材対応しない
等の原則を解説しています。
 第2章「緊急時のマスコミ対応」では、
・緊急記者会見では、「社長はいつ知りましたか」「その時社長はどこにいましたか」「最初に何を指示しましたか」が必ず質問される。
・スクープ記事とされてしまわないために個別対応はせず迅速に自社のホームページにコメントを掲載する。
・マスコミが殺到した時には、情報があってもなくても、トップがいようがいまいが、「何時に記者会見を行います」と言って対応すべき。
・緊急時には、電話取材は原則として対応せず、記者会見に来てもらう。
などの原則の他、「記者を怒らせるNGワード」として、
・知らなかった、部下がやった→「監督が行き届きませんでした」
・法的には問題がない、法律は守っている→法律で定められている以上の、自発的な努力
・みんなやっている→まずは自分自身の行いを反省
・たいしたことではない→相手が「たいしたことがない」と感じられるような基準を示す。
などが挙げられています。
 また、緊急記者会見の開き方のポイントとして、
・ドアが2箇所以上ある場所で行う→ぶら下がりを防ぐ
・スポークスパーソンのテーブルと記者のテーブルを離す
・会見時間を区切ってはいけない
・頭を下げる時は、横からの撮影を意識し、手をつかず、スーツのボタンをかける。
等の具体的なポイントを示しています。
 第3章「マスコミ対応・テクニック篇」では、
・第一印象を良くする「良い姿勢」
・嘘は手や脚の動きに出る:ペンをいじる、書類を丸める、足を組む、等
・仮定の質問には、「そのときになったら考えます」が模範解答
等のテクニックの他、NGワードとして、
・ノーコメント
・記事にしてほしい
・記事にしないでほしい
・オフレコだ
・原稿を事前に見せてほしい
を挙げています。
 著者は、マスコミ対応のトレーニングの必要性を、本番では、「撮影用の強い光のライトを照らされるだけで緊張は高まり、汗は噴出し、記者の表情は捉えられず、絶えず歩き回るカメラマンやシャッター音に木をとられ、思わず失言をしてしまう」ためであると述べ、そのメディア・トレーニングの目的を、
(1)記者からの辛辣な質問や誘導尋問に慣れ、どんな質問にも的確に答えられるような能力を身につけること。
(2)記者の背後にいる読者・視聴者・自社のステークホルダー(利害関係者)・世論に的確なメッセージを発信できるようにすること。
(3)記者から理解され、さらに信頼・好感をもたれること。
であるとまとめています。
 本書は、マスコミ対応を担当する広報部門はもちろん、人事など個別に取材の入ることが多い部署の管理職や報道担当者にはぜひ一読いただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、失言など、マスコミから袋叩きにされた企業が、どこで対応を誤ったのかを理解することができます。
 例えば、よく企業のマスコミ対応の悪い見本とされている雪印事件の場合、有名な「私は寝てないんだ」等のように、自分が被害者であるかのような無責任な発言が倫理的な面から非難されていましたが、マスコミ対応の態度としても言ってはいけないNGワードであったことがわかります。また、「工場長どうなんだ」のようなトップに情報を集めていない点などもNGです。さらに、記者会見後に、エレベータ前で記者に揉みくちゃにされるされるようなセッティングのまずさがなければ、「私は寝てないんだ」のような発言を口にしてしまうことはなかったかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・記者会見や取材に追われる可能性のある人。


■ 関連しそうな本

 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 五十嵐 寛 『実践マニュアル 広報担当の仕事 すぐ役立つ100のテクニック』
 ロナルド・J・オルソップ 『レピュテーション・マネジメント』
 猪狩 誠也, 剣持 隆, 城 義紀, 上野 征洋, 清水 正道 『コーポレート・コミュニケーション戦略―経営変革に向けて』
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日


■ 百夜百マンガ

僕らはみんな生きている【僕らはみんな生きている 】

 ODAの実態が、国内にはあらかた道路も橋も農業用水も作ってしまったゼネコンに、金を還流するしくみであることを教えてくれます。

2006年10月25日 (水)

好かれる方法 戦略的PRの発想

■ 書籍情報

好かれる方法 戦略的PRの発想   【好かれる方法 戦略的PRの発想】

  矢島 尚
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2006/9/15)

 本書は、2005年衆院選の自民党の大勝を陰で支えた他、「キシリトール」や「タマちゃん」ブームを仕掛けたプラップジャパンの創業者であり、創業以来35年以上、一貫して「黒子」の立場をとってきた著者が、「PRという仕事への誤解」や偏見を解き、「対象が本来持っている魅力を最大限にアピールするためのお手伝い」というPR会社の本来の役割を解説しているものです。
 第1章「『関係を良くする』という仕事」では、日本では、「宣伝広告活動」という意味で使われている「PR」という言葉が、本来、「Public Relations」の略であり、「大衆や公衆、ひいては社会との関係を向上させて、良好なものにする行為」であることが述べられています。著者はその例として、玉川高島屋ショッピングセンターの依頼でスタートした「ラブリバー運動」を紹介しています。また、フリーのPRマンとして活動していた著者が、道路公団の仕事を受ける際に、個人だと都合が悪い、という理由で1970年にプラップジャパンを設立した経緯が語られています。
 第2章「広告とPRはまったく別物」では、アメリカでは企業が政府や官庁に働きかける際にPR会社を使うこと紹介されています。また、マスコミから「なぜ従業員の声がトップに届いていなかったのか」という非難を浴びる例を挙げ、危機管理の上でも、社内コミュニケーションの適正化が重要であることが述べられています。
 著者は、広告とパブリシティの違いに関して、パブリシティには、「同じ話を同じメディアに何度も取り上げてもらうこと」が難しい「一期一会」の性質があるとして、
・パブリシティによる記事:信頼度が高いが繰り返しが効かない。
・広告:信頼度が低くても繰り返しができる。
という違いがあると述べています。
 そして、広告の本質が「buy me」であるのに対し、PRや広報は「love me」、すなわち「私を愛してください」であり、PRの本質は、「『自分はこういう者です』ということを、まず相手に正確に理解していただくこと」であると述べています。
 第3章「戦略的PRの威力」では、パブリシティ活動に必須なキー・メッセージの性質を、「メディアをコントロールしようというのではなく、あくまでも先方のために要点をわかりやすくまとめておく」ことであると解説しています。また、PRや広告、店頭展開、ウェッブなど、コミュニケーションというものが「トータルで消費者に影響を与える」ものであることが述べられています。
 具体的な例としては、キシリトールをPRするために、ダニスコ社が設立した「日本フィンランドむし歯予防研究会」の広報事務局を務め、メーカーが直接発信することが法律上禁止されている、虫歯予防効果を伝える活動を行ったことが紹介されています。また、宮崎シーガイアの再生のために、プレス関係者以外に、「インフルエンサー」と呼ばれる、「リゾートやエステなどに関心の高い文化人やエッセイスト」を招待してシーガイアを体験してもらったことが紹介されています。さらに、国土交通省京浜工事事務所から受託した多摩川の「親水事業」に関して、川に迷い込んだアザラシである「タマちゃん」をPRするために、ホームページを開設したことが紹介されています。
 著者は、PR戦略の立て方を、
(1)ニーズを特定する:「どんな目的で」「いつ頃までに」「何がしたいか」を明確にする。
(2)調査をする:今までメディアにどう取り上げられたか。
(3)アイディアを出し合う:キー・メッセージを絞る
(4)採用されたアイディアをもとに調査、準備をする:どうしたら実現できるか。
(5)メディアへ働きかける:実際に取材に来てもらう。
(6)臨機応変に対応する:予想外の事態に対応する。
 第4章「危機管理のエッセンス」では、「クライシス」という言葉は、単に「危機」ではなく、「重篤な状況が良い方向または悪い方向へと向かう転換点」「重大な局面へと向かっている状況」という意味であり、「ターニング・ポイント」や「転換点」という意味に近いことを示し、「よりよい方向にうまくマネージして行こうじゃないか、という考え方、前向きの考え方が、いわゆるクライシス・マネージメント」であると述べています。そして、「世の中が一番許さないのは、『失敗』ではなく、『嘘』」であると述べ、日本ハムの食肉偽装問題を例に挙げています。
 著者は、クライシス発生時のメディアへの対応のポイントとして、
(1)記者から逃げない
(2)クイックレスポンスを心がける
(3)情報開示の姿勢と誠意を示す
(4)答えは簡潔に
(5)「企業の論理」を主張しない
の5点を示しています。さらに、耳障りなフレーズとして、
・「ご承知のように……」
・「先ほども申しましたように……」
・「言うまでもなく……」
の3つをワースト3に挙げた他、態度に関しても、
・冗談を言わない
・名刺の扱い方など、ビジネス・マナーにも気をつける
・タバコを吸いながら取材を受けない
・開き直った態度、高圧的な態度を取らない
・身内への横柄な態度を人前で見せない
等を挙げています。
 この他、手強い質問(タフ・クエスチョン)への対応として、
・仮定を含んだ質問
・意味ありげな質問
・複数の複合的質問
・意味ありげな沈黙
・ネガティブな質問
・第三者機関を使った質問
・憶測を聞く質問
・個人的見解を聞く質問
などに対しては、
「大変興味深いご質問ですが、それで思い出したのが……」
「大変重要なご指摘ですが、同じように重要なこととして……」
「忘れる前に申し上げたいことは……」
など、自分のフィールドに引き込むための決まり文句や、
「ここで一つだけ申し上げたいことは……」
「問題の本質がどこにあるかといいますと……」
「ここまでの話を整理しますと……」
等のフレーズで話の流れを転換させる方法を示しています。著者は、私たちが幼い頃から教わってきた「聞かれたことにきちんと答えるのがいい子だ」という教えが「対メディアに関しては必ずしもそれは正解ではありません」と強調しています。
 さらには、会見場のセッティングに関して、カメラが会見者の後ろから回り込むことを防ぐために、「会見場のテーブルを壁ギリギリに置いて、カメラの位置を決めてしまう」という「仕切り」の重要性を述べています。また、雪印乳業の食中毒事件の際に、エレベーター前で社長に記者がぶら下がり、「私は寝てないんだ」という名シーンが生まれてしまった例を挙げ、「会見後に社長が揉みくちゃになるような設定をしてはいけなかった」と述べています。
 本書は、自民党のPRの裏話を聞きたい、という目的には向いていませんが(そういう人は世耕議員の本を読んでください)、今まであまり知られていなかったPR会社の仕事について知りたい方、そして、記者会見に立つ可能性のある企業幹部の方にはぜひ読んでほしい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第5章「政党、国家の発信力」では、民主党の岡田元代表が、広報・PR関係者対象の講演会で「コミュニケーションというのは手段であって、目標ではない」と話していたのを聞き、「民主党の敗因を明確に知った気がしました」と語っています。
 まさか、この部分までは自民党との契約に入っていないと思いますが、広報関係者に向かって、わざわざ反発を買うようなことを言ってしまうことは敗因の一つに違いないかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・自民党大勝の理由を知りたい人、ではありません。


■ 関連しそうな本

 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 世耕 弘成 『自民党改造プロジェクト650日』
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』
 石川 慶子 『マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル』
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日


■ 百夜百マンガ

ラストニュース【ラストニュース 】

 そういえば井上陽水の「最後のニュース」をエンディングに使っていたニュース番組がありましたが、スキャンダルで降板するアナウンサーにはそっけないようです。

2006年10月24日 (火)

政治家の日本語―ずらす・ぼかす・かわす

■ 書籍情報

政治家の日本語―ずらす・ぼかす・かわす   【政治家の日本語―ずらす・ぼかす・かわす】

  都築 勉
  価格: ¥819 (税込)
  平凡社(2004/08)

 本書は、「言葉の選択や使用が政治そのものである」ことを示し、「言葉と政治の不即不離の関係を、現代日本の政治家の言葉を題材として考えること」を目的としているものです。著者は、「政治家は言葉を操る専門家である。彼らのその能力は、いつも多くの人々に自分の考えを話して、説得し、また当事者の一人として対立する人々と交渉して、妥結するというような経験を積み重ねることで養われる」とした上で、「われわれは皆なにがしかの程度において政治家である」と述べています。
 第1章「よぶ」では、「政治がときに人々の生命を左右する力さえも発揮することを考えれば、政治との関わりが言葉との関わりそのものになる」と述べた上で、オーウェルの小説『1984』では、「全体主義的支配を貫徹するために、何よりも人々が使える言葉の数を減らし、単純化するのが有効なことが、繰り返し指摘される」ことを紹介しています。そして、小泉首相が打ち出した「構造改革」という言葉が、「聖域なき構造改革」、「痛みを伴う構造改革」として表現され、「これと特定しない言葉であるだけに、政権のスローガンとしては汎用性が高い」ことを述べています。
 第2章「ずらす」では、政治学者のダールによる、
(1)合理的説得:話し手は聞き手の理性に訴えかけ、最終的な判断はあくまでも聞き手の自由な意思に委ねる。
(2)操作的説得:聞き手を話し手の望む方向に動かすために、聞き手に都合の悪いことは言わず、おいしいことしか言わない。
の2つの説得のタイプを解説しています。また、「金のかからない選挙とかを言っているわけじゃない。金なんかある意味ではなんぼかかったっていいと言うんですよ」という小沢一郎の発言を引用し、政治改革の議論の多くが、金権政治の是正を訴えているのに対し、政治改革という言葉の意味の中心を、「金権政治の是正から政治的リーダーシップの確立へとずらそうとするもの」であると述べています。そして、小沢が元来多義的な「政治改革」というシンボルを、政治的リーダーシップの強化を中心におくことで、93年以後しばらく日本の政治をリードしてきたことが述べられています。さらに、「言語明瞭意味不明瞭」と形容された竹下登首相の、「五尺四寸の身体を燃焼し尽くす」という言葉や、「熟柿作戦」と呼ばれる国会対策手法から、周到な「ぼかし」や「ずらし」の巧みさを解説しています。
 第3章「ぼかす」では、両論併記の効用として、「たとえ事態の認識についての溝が埋まらなくても、話し合いの機会を持ち、対決を回避しただけでも意義がある」ことを述べています。また、93年の細川政権の誕生に当たり、最も政党間距離が大きかった新政党と社会党の間をつなぐために、外交と防衛でのすりあわせが最も困難を極めたこと、この後の自社さ連立政権の合意事項において注目すべき点として、「行政改革と地方分権の推進、情報公開法の早期成立」等が記されたことなどが解説されています。
 第4章「かわす」では、「政治社会からカオスを排除して秩序を再生産させるという目的」に照らせば、「卓越した指導者の演説と、役人の答弁」とが必要となることを述べた上で、1960年の社会党の浅沼委員長刺殺事件を受けた池田首相の追悼演説において、浅沼を「好敵手」と呼び、「ともに議会人として、断固としてテロや暴力と対決するという姿勢」を示したことが紹介されています。また、官僚の発想や行動様式を、すべてセクショナリズムやエゴイズムで説明すべきではなく、「新たな事態や要求の出現に対して、先ずは従来どおりのやり方で処理しようと試みる」という「未来のカオスの侵入を排除しようとするむしろ生理的な反応であり、法的安定性を維持しようとする強い使命感の表れである」としながらも、「大規模な変化が訪れるのを防ぐことはできない」と述べています。さらに、1990年代に地方分権を求める声として、
(1)行政改革を求める声
(2)政治改革を求める声
(3)地方制度改革を求める声
という3つの思惑のことなる声が重なったことが、この時期の地方分権を推進させた大きな原因であったことが述べられています。
 第5章「えがく」では、中曽根首相の「戦後政治の総決算」路線が、「憲法改正などの持論の展開だけでなく、80年代の日本社会の構造変動に対応した考えだったこと」を述べるとともに、橋本首相と小沢一郎とを比較し、「小沢が自他ともに認める新自由主義の闘士だったのに対して、橋本は若き日の初当選以来、足が不自由だった父親の影響もあり、一貫して福祉や社会保障の分野を歩いてきた政治家だった」ことを取り上げ、小沢の「小さい政府」志向に対し橋本が政策的に「大きい政府」志向であったのに、首相としては時代の要請とライバル小沢を意識した「小さい政府」を目指す改革に取り組んだことが述べられています。
 第6章「しる」では、中曽根と金丸との関係について、「たたいているようで、さすっている。さすっているようで、たたいている」という金丸の言葉が政治の本質を衝いていると述べた上で、「中曽根と金丸の政治の舞台での役割分担は、筋書きがある部分と、それだなくてその場で相手に合わせる即興劇の部分とが組み合わさった複合劇であり、共演と競演の二面性を持っていた」ことが述べられています。また、「ボキャヒン」と自らを表した小渕首相が、「ただからっぽなのではなて、何でも飲み込むのである。あたかも巨大な胃袋のようにである」ことを述べています。
 本書は、政治と言葉が表裏一体の存在であることの面白さを教えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の「おわりに」には、小泉首相の政治的資源として、
(1)自民党内では珍しく、利益政治と縁が薄い政治生活を送ってきたために、しがらみがなく、スキャンダルの心配も少ない。
(2)外交、安全保障の分野においては、日米関係重視でブレがあまりない。
(3)「ワンフレーズ・ポリティクス」と言われる言語能力。
の3点を挙げています。今後、小泉政権の評価に関して、様々な解説本が登場することが楽しみです。


■ どんな人にオススメ?

・言葉の力を確かめたい人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 世耕 弘成 『自民党改造プロジェクト650日』


■ 百夜百マンガ

すごいよ!!マサルさん―セクシーコマンドー外伝【すごいよ!!マサルさん―セクシーコマンドー外伝 】

 部活モノという定番の設定を崩して崩してシュールなギャグにしてしまう力技で、見たことのない定番モノを作ってしまったみたいです。

2006年10月23日 (月)

コーポレート・コミュニケーションの時代

■ 書籍情報

コーポレート・コミュニケーションの時代   【コーポレート・コミュニケーションの時代】

  ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  日本評論社(2004/10)

 本書は、「企業が、多方面における情報の受け手であるコンスティチュエンシーズ(企業内外の人びと)が存在する世界に向けて示す企業の意見やイメージの双方向メッセージの総体」である「コーポレート・コミュニケーション」が、「重要な意義を持つにもかかわらず、軽視される傾向にあるという不均衡を明らかにし、コーポレート・コミュニケーションという分野をわかりやすく解説し、企業の収益に与える根源的な影響力の大きさを実証する」ことを目的としたものです。
 第1章では、コーポレート・コミュニケーションが、コーポレート・レピュテーション、企業の意見広告、社内コミュニケーション、投資家向けコミュニケーション、対政府コミュニケーション、メディア・リレーションズ、危機発生時の情報伝達などを包含する概念であることが述べられています。そして、企業には、「自らの主張をはっきり打ち出すとともに、それをしっかり聞いてもらえるよう努める必要がある」とし、「効果的な主張とイメージ作りを理解すること」こそが本書の主題であると述べています。
 第2章では、「パブリック・リレーションズの父」という称号を巡って争った、アイビー・レッドベター・リーとエドワード・L・バーネイズを取り上げ、彼らパイオニアが取り組んできた、
・企業が自らのイメージを作り上げ、メッセージを発信する際の背景にある社会的、政治的、経済的、文化的な風潮を広く把握する。
・「最適の時期」を捉え、「コーポレート・コミュニケーションに適した状況」を創造する。
・コンスチチュエンシーの心理を理解し、効果的に活用する。
・コミュニケーション手段の最良の組合せを見つけ出す。
・コーポレート・コミュニケーションの倫理的側面について責任を負う。
という5つの問題について論じています。
 第3章では、GE社のジャック・ウェルチなどの例を挙げ、「もっとも効果的な広報活動部門を設けている企業が持つ大きな特長は、単に報告系統だけにとどまらず、CEOへの自由なアクセスから生まれる一貫性と信頼性にある」ことを紹介しています。また、CEOが主たる改革の先方を務めるときには、「フェース・トゥ・フェース・コミュニケーション」が、「いかにコストがかかり、非効率であったにせよ、幅広い信用を勝ち得、関係を構築するために、コーポレート・コミュニケーションの中心に位置づけられなければならない」と述べています。
 さらに、コーポレート・コミュニケーションの専門家が身につけるべき3つの資質として、
(1)コーポレート・コミュニケーションと主な戦略的構想との歩調を合わせる能力。
(2)会社の戦略と社員同士が協力し合うという企業文化を両立させる能力。
(3)危機時にコミュニケーション・パワーを活用する能力
の3点を挙げています。
 また、アメリカの主要企業のほとんどが、コーポレート・コミュニケーションの職務の中に社員コミュニケーションを組み込んでいる傾向を、「今日の企業の中で、高度なコミュニケーション技術が必要という点で、社内のコンスチチュエンシーズと外部のコンスチチュエンシーズにそれほど大差はないという認識が広まりつつあることを示している」と述べています。
 第4章では、「組織にとってのプラスとなるレピュテーションをもたらすもの」として、
(1)企業が形成するアイデンティティ
(2)一般大衆が受け取るイメージの首尾一貫性
(3)企業のアイデンティティと、コンスティチュエンシーズが企業に対して抱くイメージとの整合性
の3点を挙げています。そして、企業名やロゴを変えることによって蓄積してきたイメージを一気に失う例として、米国でのダットサンからニッサンへのブランド変更の例を挙げています。
 また、アイデンティティが危機的状況を脱する際に大きく貢献する例として、ジョンソン&ジョンソンのタイレノール事件の例を挙げ、コンスチチュエンシーズは、「確固たるイメージに魅力を感じるばかりでなく、会社への信頼、すなわち会社が語るストーリーが信用に足るという感覚を持つこともある」と述べています。
 著者は、「私たちはアイデンティティとイメージがもたらす多大なる影響を意識し、この重要な資源の効果的な運用方法を学ばなければならない」と主張しています。
 第5章では、企業広告の機能として、
(1)企業の新しいイメージを形成する、または古いイメージを一新する。
(2)企業の反映にとって重要な問題について、企業の立場を前面に打ち出す。
(3)企業に社会的存在意義を与えることで、企業の地位向上を図る。
(4)企業の財務状況を強化する。
という4つの機能があること挙げた上で、そのメリットとして、「会社全体を通じて一貫したストーリーを語ることができるため、規模の大きい組織にとっては地理的な分散や事業の多様性といった制限を越えて、主なコンスチチュエンシーズを念頭に置きながら、イメージを簡素化したり、企業の統合を支える各要素を紹介することができる」と述べています。
 また、その課題として、
・広告の適切な展開
・力強いメッセージを伝えることよりも、見る側の想像力を書きたてること
・ニュース発表のための企業広告キャンペーンによってプラスの情報を流しても悪い評判が払拭できないという現状
を挙げています。
 第6章では、顧客配慮を十分尊重してきた企業経営者が、「顧客と前線で直接的なやり取りを行う社員のほうが、コンスチチュエンシーズよりも事業の成否との関連性が深いことを実感させられるようになってきた」ことを指摘し、「社員ケア(enployee care)とは、社員との間に永続的で柔軟なパートナー関係を確立すること」であると述べています。
 著者は、社員ケアについての実践的教訓として、
(1)適切なリーダーを選ぶ
(2)社員メッセージを伝えるための適切な準備を行う
(3)絶え間なく繰り返す
(4)社員ケアは、効果的な企業ケアに直結している
の4点を挙げています。
 第8章では、「対政府広報業務」が、「事実上どのような企業にとっても、地方と国の双方のレベルで議員とのつながりが維持されるという点で利益となる」と述べるとともに、企業フィランソロピーが、「体系的な管理を通じてグローバルとローカルの両レベルのコミュニティに寄与することにより、コーポレート・レピュテーションを高めるという効果がある」として、エイボンとマイクロソフトの例を紹介しています。
 第9章では、メディア・リレーション部門が、「日常的に、企業にとってもっとも重要な数多くのコンスティチュエンシーに向けて情報を発信する主な役割を担うと同時に、企業全体のレピュテーションに絶大な影響力を及ぼす」ものであることを述べた上で、メディア・リレーションズのステップを、
(1)企業の戦略に従ったメディア部門を設置し、内外の専門家を上手に組み合わせることからはじめる。
(2)メディア戦略の成功と失敗の双方を記録する。
(3)どのレポーターがあなたの会社を担当しているか調べ、不意打ちを食らう前に対応策を準備する。
(4)過去のインタビューを調べ、想定される質問への回答を用意して、脅迫にも対応できるようにする。
の4つ挙げています。中でも、会社の記事について担当記者の考え方を把握するために、「どんなジャーナリストがどんな記事を書いているのかという調査」が重要であることや、インタビューの準備として、
(1)メディア・リレーション担当者と協力して、これまでの実例を参考にしながら記者やプロデューサーの好みのスタイルを大まかに分析しておく。
(2)インタビューを受ける人が、聞き手の見解を明確に理解しておく。
(3)記者が尋ねそうな質問をあらかじめ想定し、こうした問いに対する回答を用意しておく。
の3点を挙げた上で、
・もっともな重要なポイントはインタビューの冒頭で明確に主張する。
・質問に対する答えは、可能な限り簡潔にまとめて説明する。
という注意事項を挙げています。
 第10章「危機発生時のコミュニケーションのポイント」では、企業がおかれた危機的状況の特長として、
・寝耳に水
・事態の急速な展開と悪化
・パニック状態
・激しい感情に伴う不合理で無謀な反応
・危機発生時のコミュニケーション計画を立てていても生じる社内コミュニケーションの混乱
・マスコミによる集中砲火
・レピュテーションと売上げの低下
を挙げています。そして、「早い時期に効果的な危機緩和策を講じておけば、もっとも悲惨な危機に瀕しても事態を好転させることができる」例として、ジョンソン&ジョンソンのタイレノール事件を取り上げています。
 著者は、危機管理の準備として、
・準備:危機発生に備えて、危機対策の組織をどのように編成するか。
・文書化:公式の危機管理マニュアルに対応するように組織構成をどのように作り上げるか。
・実行:実際に危機に遭遇したときに、プランをどのように実行し、いかに効果的なコミュニケーションを維持するか。
の3点を挙げています。
 また、危機管理対策を講じる債のステップとして、
・ステップ1:問題の定義
・ステップ2:関連情報の収集
・ステップ3:コミュニケーションの集中管理
・ステップ4:早期かつ頻繁なコミュニケーション
・ステップ5:メディアの立場で考える
・ステップ6:影響を受けるコンスティチュエンシーに直接働きかける
・ステップ7:業務を継続する
・ステップ8:二次的な危機の発生を避けるために即座に計画を立てる
の8つのステップを示しています。
 本書は、企業の広報部門にとってはもちろん、経営者、特に危機発生時には記者会見に望まなくてはならないような経営幹部にとっては一読しておくべき一冊です。


■ 個人的な視点から

 コンピュータマニアには嫌われることが多い、マイクロソフトのビル・ゲイツですが、本書では、世界最大の寄付企業としてのマイクロソフト社と、2001年に世界最大の寄付団体となったビル&メリンダ・ゲイツ財団が取り上げられています。
 「町田洋次の社会起業家・エッセンス」では、社会起業家に投資する戦略のうまさを評して、「ビルゲーツもノーベル平和賞を受賞する時が来るんだと思った」と述べられています。
「ムハマド・ユヌス:ノーベル平和賞」
「ビル・ゲイツ引退の意味」


■ どんな人にオススメ?

・広報を単なる宣伝と混同している人。


■ 関連しそうな本

 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 石川 慶子 『マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル』
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』
 Shel Holtz (著), 林 正, 佐桑 徹, 浦中 大我 (翻訳) 『実践戦略的社内コミュニケーション―社員に情報をいかに伝えるか』 2005年10月06日


■ 百夜百マンガ

ポリ公マン【ポリ公マン 】

 デビュー作が9年間の長期連載となったためか、2作目は編集者がほとんど作ったような設定で、その安易さがB級感を醸し出していました。『まかり通る』の例のように、最初の作品が長期連載しちゃうと、連載を続けることはできても、新しいヒット作を作るための試行錯誤の経験がないので、こういうときの編集者は辛いと思います。

2006年10月22日 (日)

稀書自慢 紙の極楽

■ 書籍情報

稀書自慢 紙の極楽   【稀書自慢 紙の極楽】

  荒俣 宏
  価格: ¥1173 (税込)
  中央公論社(1997/02)

 本書は、「古今の名医がすべて見逃してきた病気」である「ビブリオマニア」なる病に冒された著者が語る、病に至るまでの著者の生涯と現在の症状自慢です。
 著者は、愛書家がいかに「一般人に歓迎されない隣人である」かを、
(1)「あれは好きでやっていることだから!」と世間の同情を引かない。
(2)貴重所や稀書を目にすると野獣の本性をむき出しにする。
という理由を挙げて解説しています。
 第1章「パルプ・マガジンにはじまる」では、著者が就職した時に、「趣味の本業」を隠すために考えたペンネームとして、
(1)志村みどり→父方の本家があった板橋区志村と実家のタバコ屋の「みどり屋」
(2)団精二→アイルランドの幻想作家ロード・ダンセイニ
(3)孝標(たかすえ)めのこ→『更級日記』の著者、菅原孝標女
の3つを考案するも、1は少女漫画家の妹(ドラえもんの「ロボ子が愛してる」のロボ子をデザインした人)のペンネームに取られてしまい、3は使う間もないままに会社を退社し、本名を使うようになってしまったことが語られています。また、貸本屋から借りた『少年ケニア』を返しそびれて親が弁償することになってしまい、証拠隠滅のためにドブ川に捨てた思い出を紹介し、「あんなに悲しかった思い出はない。同時に、本を持つことの悲しみの、ずしりとした重さにおそれおののいたことはない」と語っています。さらに、大学時代に海外の古書店から『ウィアード・テールズ』というパルプ・マガジンを150号以上も蒐集し、日本随一のコレクターになったはずが、実家の母親に処分されてしまった思い出が語られています。
 第2章「趣味はどこから、版元から」では、中学時代に幻想文学翻訳家で、後に師と仰ぐことになる平井呈一氏に手紙を送り、「いやしくも英米文学を読もうという男が、翻訳をあてにするとは何ごとか。原書(ふきかえなし)でいけ、原書(ふきかえなし)で!」と活を入れられ、洋書集めをスタートしたこと、ダンセイニの『時と神々』を挿絵まで書き写し、自身で装丁したことなどが語られています。
 第3章「倉庫に埋もれた夢」では、「志木の倉庫に貸本屋まんがの山がある」と聞きつけた著者と四方田犬彦氏が、倉庫中をひっくり返して水木、手塚、梅図などの貴重な貸本まんがを一気に手に入れたことが語られています。
 第5章「ぼくのお師匠さんのこと」では、渋谷の喫茶店に現れた、「細身を浴衣に包み、銀色の総髪を揺らし」、「片手を袂に入れ、片手を前合わせに差し入れた、いなせな姿で、下駄をカラコロ鳴らし」、腰に手拭をぶらさげた「江戸時代の生き残り」に初めて会った思い出や、かつて師匠が佐藤春夫と永井荷風の門人であったこと、そして、師匠荷風が門人平井呈一を『断腸亭日乗』の中で悪し様に罵り、小説『来訪者』では、「家庭崩壊の源となった愛人になおも執念深く追われる、みじめな男」として描かれていることが語られています。
 第6章「本を入籍しませんか?」では、「人に履歴書があって、その人の基本的データが一通り書かれているように、書物には書誌がある」として、「書誌学」という「本の目録をつくる問題にだけ心を集中した学問すら存在する」ことが述べられています。そして、著者が、洋古書の通信販売を通じて、目録愛読者になったことが語られています。
 第7章「書誌に生きた諸氏」では、リファレンスブックを作る人を、「あつめて、つくって、しかも売れない、という<辛さ>の三重奏みたいな人生を歩むのが常だ」と述べています。そして、欧米でのリファレンスの充実を、アメリカで出版された『日本江戸期本草学書目録』の例を挙げて述べ、著者の次の仕事を、「欧米に負けない和書のリファレンス・ブックづくり」であると語っています。
 第8章「四百年前の書物を見る」では、西洋の本づくりの4つの「紀元(エポック)、あるいは黄金時代」として、
(1)初期印刷本時代(インクナブラ):グーテンベルクが活字本を製作した15世紀半ばから百年間。
(2)ドイツ木版本黄金時代:アルブレヒト・デューラーが木版彫刻の技術を一気にレベル・アップさせた16世紀後半から百年間。
(3)バロック本黄金時代:ピラネージなど銅版彫刻とその印刷技術の大発展。
(4)フランス出版物の絶頂期:18世紀後半から19世紀中盤。
を挙げています。
 この他、著者の元にイギリスのオランダの古本屋から、「見はからい」と称して、「この本、お前ならきっと欲しがるにちがいない、だから送る。どうだ、いいだろ?」と請求書とともに勝手に送りつけられることや、ヨーロッパでのオークションが、
(1)蝋燭法:1インチの蝋燭を点しておき、火が消える直前に買値を叫んだものが落札する。
(2)競り上げ方式:次々に高値をつけていく。
(3)オランダ方式:あらかじめ売り手がつけた値を少しずつ下げ、買い手から「買った!」の声がかかるまでつづける。
の3つの方式があったこと、などが語られています。
 本書は、本好き、ことに古書好きの人ならば思わずうなずいてしまう一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者が紹介している『利根川図志』という江戸本の中で、犬吠埼の「あしか島」にほんとうにアシカがいる絵が掲載されていて、犬吠という地名も「アシカが吠えている」意味であるということが書かれていることが語られています。
「銚子観光協会」
 当時いたニホンアシカはすでに絶滅し、今では海鹿島でアシカを見ることはできませんが、今でも銚子では犬吠埼マリンパークでアシカのショーを見ることができます。


■ どんな人にオススメ?

・本に生活スペースを脅かされている人。


■ 関連しそうな本

 荒俣 宏 『本の愛し方人生の癒し方 ブックライフ自由自在』 2006年08月12日
 荒俣 宏 『広告図像の伝説』
 荒俣 宏 『帝都物語』
 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日


■ 百夜百音

Ain't We Funkin' Now【Ain't We Funkin' Now】 The Brothers Johnson オリジナル盤発売: 1996

 実家のレコードを整理していたら出てきたのがコテコテのファンク者!
 当時、江川ほーじんが影響を受けたベーシストということで聴きましたが、親指の皮が何度も分厚く剥けてしまうのが痛かったです。


『Look out for #1』Look out for #1

2006年10月21日 (土)

5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン

■ 書籍情報

5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン   【5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン】

  リチャード・G. クライン, ブレイク エドガー (著), 鈴木 淑美 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  新書館(2004/06)

 本書は、150年以上の間積み重ねられてきた、人類の進化を科学的に示す証拠に基づき、「道具、社会組織、概念を発明する高度な能力」、すなわり、「文化を築く、完全な現代人たる能力」が、遺伝子の変異により、「5万年前あたりにアフリカで完全な現生人の脳が促進された」ことによって得られたものであり、このことが、現生人の世界への拡大をもたらしたことを解説しているものです。
 第1章では、5万年前以前までに、比較的ゆっくりと人の解剖学的構造が変化していたのに対し、行動面の進化は5万年前以降、劇的に加速し、「本格的に文化を築くことができる」ようになり、「文化を通じて、彼らは環境に適応する独自の能力を進化」させていったと述べられています。著者は、「この革命を誘発したものは何か?」という問いに対し、ヒトが二足歩行を始めて以降、「少なくとも3つ、ことによると4つの深遠な意味を持つ事件が、何も起こらない長い年月をはさみながら次々と突発的に起こった」として、
(1)250万年前、剥片石器が初めて現れた。
(2)170万年前、完全に人間らしい身体プロポーションを備えた。
(3)60万年前頃、脳の大きさが急速に拡大し、石器の質も大きく変化した。
(4)約5万年前、文化を発明し操作する、完全に現代的能力がもたらされた。
の4つの事件を挙げています。
 中でも、(4)に関しては、「文化は、環境の変化に適応するため特に役立つ手段を提供する。文化的革新が蓄積するスピードは、遺伝子突然変異よりもはるかに早い」と述べ、ヒトが「地球を支配する生物へと変身することができたのは、他でもない、こうした文化的適応戦略があってこそだ」と解説しています。
 第2章では、350万~250万年前に、二足歩行する種が複数現れ、250万年前には、少なくとも2種、「頑丈型アウストラロピテクス」になる系統と、ヒト族につながる系統が存在していたことを述べています。
 第4章では、1984年にケニアのトゥルカナ湖近くで発見された「トゥルカナ・ボーイ」と呼ばれる少年の化石について、亡くなったときは1.62メートルの身長があり、成年になれば1.8メートル以上はあったであろうこと、そして、現生人の胴の上に「ハビリス」並みの小さな頭が乗る、という姿をしていたという特徴を挙げ、「もしその姿を我われがみたとしても他の星から来た宇宙人か、珍妙な遺伝子実験の産物だと思うのではないか」と述べています。そして、「別の星」とは、太古の昔の地球であり、「実験」とは自然そのものであると語っています。このトゥルカナ・ボーイは、「今日の人間と比べると背が高く、力もあり、頭が悪い」ものであり、11歳で死んだボーイは、現生人で言えば、15歳の体格に、1歳の頭脳であったと述べられています。
 第4章では、東アジアの化石から、100万年前までにはヒトがアフリカから拡散していったことを示しているとした上で、どのように広がっていったか、という疑問を解説しています。
 第5章では、ヒトが進化した500万~700万年の間に、脳のサイズがおよそ3倍に増加し、急速に大脳化が進んだことを解説しています。そして、5万年前頃に起こった「人間の文化の曙」の特徴は、「完全に現生人らしい言語の発展」にあり、この一因は神経学的変化にあるとした上で、この脳構造内部の変化は、頭蓋骨化石からはわからず、それを示唆する行動学的(考古学的)証拠がなければ検証できないと述べています。
 また、約5万年前までは似通った行動パターンを続けていた、別の進化の系統に属するアフリカ人とヨーロッパ人のうち、約5万年前にアフリカいjンが、行動面で現生人らしさを見せ始め、瞬く間にまったく違う行動をとるようになり、競争で有利に立ったアフリカ人がたちまちユーラシア各地に広がったと述べています。
 第6章では、ネアンデルタール人に関して、「原始人」というよりも、「私たちとは違うヒト」であるとして、「解剖学的構造の多くの点で、現生人よりも特殊化が進み、共有した最後の祖先からさらに変化してきた」と解説しています。そして、「ムスティエ文化」や「中期旧石器文化」と呼ばれるネアンデルタール人の文化の特徴として、それ以前のアシュール文化と比較して、「機能は同じでも造りやすく持ち運びもしやすい」道具を特徴としていると述べています。また、ネアンデルタール人が姿を消した時期に関して、
・6万年前以前、ヨーロッパではネアンデルタール人だけが生活していたこと。
・3万年前以降消えたこと。
の2点を除いてはさまざまな意見があることが述べられています。
 第7章では、アフリカにはネアンデルタール人が入り込んでいなかったことを述べた上で、スフール洞窟とカフゼー洞窟で発見された初期現生アフリカ人が、「ほぼ現生人」という特徴を持ちながら、どちらも5万年前以降の人の祖先ではなかったこと、そして、重要なのは、「現生人の解剖学的構造がアフリカで進化したことを確実に示すことにある」と述べています。
 第8章では、「ヒト文化の曙」である、上部旧石器文化が、約4万5000年前にアフリカで起こった行動の変化によるものであり、約4万年前に始まったヨーロッパ上部旧石器文化は、それによってもたらされたものであることが述べられています。
 著者は、この「曙」をもたらしたものは、「完全な現生人の脳への発展を促すような偶然の変異」であるとして、
(1)より効率のいい脳への自然淘汰が、ヒト進化を初期段階で大きく前進させた。
(2)脳の増大と脳組織の変化は、それよりずっと以前に起こった行動上・生態上の変化に伴う。
(3)解剖学的構造と行動面での変化、この両者の関係が、約5万年前に一変した。
という3つの状況証拠を示しています。そして、神経系の変化が原因だという立場にとっては、直接化石では確認できない、という反論がもっとも手強いと述べています。
 本書は、人間のルーツ、中でも人間らしい行動のルーツを知る上で、コンパクトにまとまった一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書では、現生人並の狩猟採集能力を持つアフリカ人の末裔によって、約4万6000年前にオーストラリアの大型勇退動物と爬虫類の多くが突然姿を消したこと、1万2000~1万年前の両アメリカ大陸でも同様に大型動物が絶滅に追いやられたこと、同じ時期にはユーラシアとアフリカでも2、3の大型哺乳動物が絶滅したと見られることが示されています。このことは、『人間はどこまでチンパンジーか?』や『飛び道具の人類史』にも書かれていましたが、産業革命以後にスピードが増したとは言え、現生人の出現そのものが地球上の生物にとって脅威であったことを示しています。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の教科書にあるように、人間が猿人から現在に至るまで直線状に進化してきたと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年1月28日
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日
 海部 陽介 『人類がたどってきた道―"文化の多様化"の起源を探る』


■ 百夜百音

LIFE【LIFE】 BLACK BISCUITS オリジナル盤発売: 1999

 バラエティ番組の企画とは言え、台湾出身のアイドルが日本でヒット曲を出していたのは、台湾好きにはうれしいところです。
 ところで台湾と言えば、キョンシーですが、子役だったテンテンも今は日本で活躍しているそうです。


『幽幻道士』幽幻道士

2006年10月20日 (金)

大阪破産 Osaka Bankrupts

■ 書籍情報

大阪破産 Osaka Bankrupts   【大阪破産 Osaka Bankrupts】

  吉富 有治
  価格: ¥1,000 (税込)
  光文社(2005/10/21)

 本書は、第3セクターや厚遇問題など、「これまで大阪市が抱えてきた一連の諸問題を幅広く解説したもの」です。著者は、大阪市役所の職員の市内居住率が約4割しかないことを指摘し、「大阪がさほど好きではないと見える」としながらも、「何でもありのごった煮」文化だけは、自分たちの精神的支柱にして、「何でもあり」の税金の使い方をしていると述べています。
 第1章では、破綻後の大阪のシミュレーションとして、「中之島モンロー主義」を貫く大阪市が、「地方財政再建促進特別措置法」の準用を受けずに自主再建を選択したとして、
・地下鉄料金の大幅値上げで御堂筋が自転車通勤のサラリーマンで一杯に。
・ゴミ収集有料化によって不法投棄されたゴミが山積みに。
・廃墟と化した人工島には夜盗の集団が(『暴虐外道無法地帯ガガガガ』みたいです)
・金持ちが大挙して郊外に脱出し、大阪市中心部は貧困層の巣窟に。
・市役所には、サラ金苦や家庭不和などが相談できる「職員相談室」が。
などが描かれています。大げさではありますが、大筋には絵空事ではない展開だと思います。
 第2章では、「大阪破産」シミュレーションの引き金を引いた第3セクター問題が取り上げられています。内容的には、
「大阪民国ダメポツアー」
と相当かぶりますが、とにかく、その物量に圧倒されます。
 通天閣から200メートルに立地する遊園地「フェスティバルゲート」を訪れた著者は、日曜日にもかかわらず閑散としているドーストタウンに圧倒されています。1階の土産物売り場からはすべてのテナントが撤退、「他の客のプライバシー」を問題に撮影をさせてもらえなかった4階の食堂には、他の客など一人もいない、など、目を被うばかりの惨状です。この遊園地は、大阪市交通局のバス車庫だった土地の有効利用のために土地信託制度によって設立されました。企画当時の資料には、「綿密な計画に支えられた基本戦略の立て方、企画力については~広域からの集客により地域の活性化の起爆剤となることを意図し~ユニークな実現性の高い提案であり高く評価される」と手放しで賞賛されていることが指摘されています。
 「金をドブに捨てる」と喩えられる湾岸開発の象徴である「テクノポート大阪」は、「大阪港に造成した3つの人工島を橋や地下鉄で結び、そこにハコモノをバカスカ建てて人を集め、ハイテク企業や貿易会社を呼び込もうという計画」と解説され、その結果は、「人が集まる代わりに、閑古鳥が鳴き、豪華な建築物だけがむなしくそびえ立っている」という無残なものであったと述べられています。そして、その象徴として、大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)とアジア太平洋トレードセンター(ATC)が挙げられています。WTCに関しては、「世界各国から人やカネ、モノ」が集まる代わりに、約8割は大阪市の部局が入居し、「大阪市第2庁舎」と化している実態が指摘されています。そして、3回にはパチスロ店さえ入居していると驚いています。このビルは、1989年の当初計画では、高さ150m、地上33階のビルだったものが、1995年のオープン時には、高さが256m、地上55階へ大幅に変更され、西日本一高い超高層ビルとなったことを挙げ、その背景には、大阪府が建設した「りんくうゲートタワー」との高さ競争があり、「大阪市側の意地」のために、総事業費は当初計画の520億円が1193億円まで膨らんだことを指摘しています。さらに、この「第2庁舎」に対しては、付近の相場の約1.5倍の家賃を払っていることを、「タコが自分の足を喰うのと変わらない」と述べています。また、「国際交易機能を担う中核的な」存在であったATCには、「海外の貿易機関や企業が入居」する代わりに今では携帯電話ショップや100円ショップが入居していることが指摘されています。
 また、大阪の中心地には、港町開発の目玉として建設された「大阪シティエアターミナル」(OCAT)を取り上げ、関空への始発駅として搭乗手続きが直接できることを売りにしていたものの、計画では1万人が利用するはずが、もっとも利用者の多かった1997年度ですら1日198人しか利用者がなかったことが指摘されています。
 著者は、この3つの施設を運営していた3つの三セクの社長たちが、元大阪市経済局長、元大阪市助役、元大阪市衛生局長と市のOBであることを指摘し、彼らが「何百億円もの公金を焦げ付かせながら、その後は何食わぬ顔で退職」し、関連企業に再就職さえしていることを告発しています。
 この他大阪市関係では、地盤が軟弱でロックコンサートが開催できない「大阪ドーム」(大阪近鉄バファローズのホームグラウンドだった)や、事業費の7割を借入金でまかない、首が回らなくなって破綻したクリスタ長堀を取り上げ、これらの5社の出資母体が、建設局、計画調整局、経済局、港湾局と、すべて頭文字が「K」であることから、地元マスコミが3セク5社の破綻を「5K問題」と書き表していることを紹介しています。
 また、関西国際空港に関して、関空に赤字をもたらした原因となった複合商業施設である「エアロプラザ」や、予想以上の地盤沈下によって、「開港からわずか5年で約12mも沈んでいることが確認」され、「すでに旅客ターミナルビルの地下室の床が海面と同じ高さに」あることが紹介されています。さらに、空港対岸に建設された「りんくうタウン」がバブル崩壊で頓挫し、その象徴として、「バブルの塔」や「りんくうの廃墟」と呼ばれる「りんくうゲートタワー」を取り上げ、テナントが入らず、大阪府の部局や3セク企業が入居していることを指摘しています。このりんくうゲートタワーは、多額の税金を注ぎ込んだ結果、総事業費659億円で建てられた豪華ビルが、開業から9年でわずか7%以下の45億円で新生銀行グループに売却されたことが紹介されています。
 著者は、3セクをめぐる無責任体質を、「大阪では、責任という言葉が、綿毛の何兆倍も軽いのである」と批判した上で、「そのツケは私と私の子どもと孫が泣く泣く背負わなければならないのだから、やっていられない」と嘆いています。
 第3章「お気楽極楽『大阪市役所』生活」では、大阪市役所の"厚遇"を、大阪市本体から受ける給与や手当と、互助会と呼ばれる職員同士の親睦組織から受け取る福利厚生とに分けて紹介しています。中でも互助会に関しては、法的な位置づけも曖昧な任意組織である「大阪市職員互助組合連合会」略して「互助連」に対する13年間で9億円以上の人件費支出や事務局スペースの提供などを、「厚遇以上の、きわめて不正な利益供与ではないだろうか」と指摘しています。また、給食のおばさんの年収が900万円を超える例を筆頭に、衆院予算委員会で当時の麻生総務大臣から「給与が破格に高い」と指摘された現業職の給与の高さや、「列車を低位置に止めるのは難しい」という理由で支払われる等の多種多彩な特別手当等を取り上げています。特に、1ヶ月間の張り込み取材によって明らかになった阿倍野区役所税務課のカラ残業問題では、「手当は市が労働組合の言いなりに配分したのに、処分は労使の悪弊を職員個人の責任にすり替えており、不当」として、訴訟を起こした事件を取り上げ、労使の密約という問題の深さを指摘しています。この他、「ながら条例」を大幅に拡大解釈したヤミ専従の実態や、「こんなものをつくること自体、恥ずかしい」と担当者が語る教職員の不祥事マニュアル、「いまでこそ少なくなりましたが」と前置きしながら(と言うことは未だにいると言うことですね)議員や有力幹部の口利きで入庁する職員が多数いたこと等が述べられています。さらに、『ナニワ金融道』のネタになった、元大阪市財政局主税部指導課長代理の自殺未遂事件を巡っては、公金を使って、市の局部長クラスの幹部や市会議員を高級クラブで接待していたテクニックを紹介しています。さらには、保険料を1円も納めていないのに、「人道的対応」として、慣例で認められていた市健康保険組合の診療所での市議会議員の無料診療なども紹介されています。
 第4章「いまそこにある大阪破綻」では、大阪市の財政赤字の原因として、1.4倍という極端な昼夜人口の差と、第2章で取り上げた無謀な巨大開発を挙げています。そして、大阪市のみならず、「総務省の胸先三寸」でどうにでもなる地方交付税の配分の問題を指摘しています。
 第5章「本当に起きた『自治体破産』に学べ」では、1992年2月14日に準用財政再建団体の承認を受けた福岡県赤池町の例を紹介しています。50億円の一般会計に対し、土地開発公社の利息だけで年間1億円に達し、小学校のトイレはドアが壊れてもそのまま、窓ガラスが割れても修理されず放置されていた例を紹介しています。これによって「町民の意識は大きく変わりました」と述べられていますが、これだけ徹底的に役所が何もしなければ、見捨てられたようなものでしょうか。著者は、今の地方自治体の置かれた状況を、「銀行の護送船団方式に重なるものがある」として、「自治体は潰さない」という国家政策も、あくまで「いまのところは」という但し書き付きであるものであることを指摘しています。
 著者は、取材に協力してくれた大阪市の職員たちが、「本では大阪市のことはボロクソに書く」という著者に対し、「本当のことなのだから仕方がない」「大阪市が立ち直るには膿を出し切るしかない」と、好意的に応じてくれたことを挙げ、本書を、「まだ良心を捨てていない大阪市職員へのエールでもある」とまとめています。
 本書は、公務員の良心なんかあてにならない、と言う人にもぜひ一度読んでいただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で一番ずっこけたのは、大阪市ではなく、10年間「爪に火を点すような倹約」を重ねてきた赤池町の事件でした。それは、10年間の財政再建を終え、やっと再開された公共投資である、総合福祉保健施設の新築工事を巡って、町長が収賄容疑で逮捕されてしまった事件です。元助役は、「再建を完了した01年度以降は国や県の監視もなくなり、たがが外れたようになっていた」と述べていますが、著者は、「監視がなくなれば、あとは好き勝手できる」というのは、「役人の性」なのかもしれないとさじを投げかけています。


■ どんな人にオススメ?

・大阪はどうなっちゃうのか心配な人、またはおもしろがって見ている人。


■ 関連しそうな本

 マーサ スタウト (著), 木村 博江 (翻訳)
 『良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖』
 青木 雄二 『ナニワ金融道 (2)』
 鎌田 慧 『自律と協働、はたらきがいをもとめて―大阪市現業労働者の60年』 2006年01月18日
 中野 雅至 『はめられた公務員』 2005年05月26日
 斐昭 『不滅の「役人天国」』 2006年05月08日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 


■ 百夜百マンガ

浪速グラディエーター【浪速グラディエーター 】

 「市役所も警察も民営化」というと思い出すのはロボコップですが、そうなるとデトロイトシティーを牛耳るオムニ社に当たる企業は大阪では何になるでしょうか?
 関西ということでは京都のオム*ン社? 街中に自動改札が作られそうです。案外市役所の民営化に向いているかも?

2006年10月19日 (木)

子どもが減って何が悪いか!

■ 書籍情報

子どもが減って何が悪いか!   【子どもが減って何が悪いか!】

  赤川 学
  価格: ¥735 (税込)
  筑摩書房(2004/12)

 本書は、男女共同参画を、少子化対策と無理無結びつけるために使われているさまざまな統計データを、チェックしなおすことで、「女性が仕事と子育てを両立できる環境が整ってないから少子化が進む」という言説に「何かおかしい」と一言突きつけているものです。
 序章では、「OECDなど先進国では、女性の就業率が高い国ほど、出生率も高い。日本も考え直さなければいけませんね」という発言を公共放送で聞いた著者が、「いよいよこんなトンデモ発言が、公共放送でも流れるようになったか」と暗澹たる気持ちになり、これらの言明を支える統計的事実を「トンデモ少子化統計」と命名しています。そして、これらの発言に使われている統計データが、発言者の意図によって恣意的にサンプルを選んだものであり、「別の基準を用いれば、まったく逆の結論が導ける」ものであることを指摘しています。
 第1章では、出生率に関する国際比較の問題点を、
(1)特定の国家を偶像崇拝しやすいこと。
(2)お国事情の違いを無視した論法に陥りやすいこと。
の2点挙げた上で、都道府県別の女性の労働力率と出生率の間の相関関係についても、「女性がよく働く社会だから子ども数も多い」のか「子ども数が多いから女性も働かざるを得ない」のかの因果関係が区別しづらいことを指摘しています。
 著者は、「自らの政策提言にとって都合のよい部分だけが強調されている」研究に対し、「ほんとうに考えてみなければならないのは、実証分析と政策提言の関係づけを問う論理、実証分析の倫理というべき問題系」であると指摘した上で、「出生率を高める要因を過去の一時点のデータに求めるという実証分析の作法が有している限界」として、
(1)都合の悪い事実を見てみぬふりをし、都合のよい事実だけを強調するのであれば、もはや実証分析の名に値しない。
(2)実証分析があくまで既存の社会構造を前提にした分析であるのに対し、政策提言は、既存の社会構造を変革して、あるべき未来予想図を提示しようとする。
の2点を挙げています。
 第2章では、実証分析の結果が政策的に都合が悪い場合に、「計量分析を政策策定の道具として用いること自体の是非を問わなければならないはず」であるとした上で、
社会調査にはいろいろな落とし穴があるが、「ある程度共通した事実が繰り返し確認されるとすれば、その事実の一貫性にこそ、驚愕すべき」と主張しています。
 第3章では、「男性家事分担度を引き上げる要因(夫が専門管理職、妻が常勤かつ高学歴)は、子ども数を高める要因にはなっていない」点を指摘するとともに、「子育ての経済的負担が大きいから、仕事と子育てを両立するのが難しいから、女性は結婚しない、子供を産まない」という主張を「産みたくても産めない」仮説と名づけ、この仮説の妥当性の疑義を呈しています。著者は、この内容をある学会で報告したところ、「こんなデータ分析に、何の意味があるのか」、「データがどうであれ、実感としては、女は家事・育児を手伝ってくれる男がいい」「こういうデータ分析は、男女共同参画に熱心に取り組んできた人たちの努力を無にする」という感情的な反発にあったことを述べています。著者はこの問題に関して、男女共同参画が必要だと思うのならば、仮に子ども数を減らす効果を持っていたとしても主張すべきであるが、「男女共同参画と少子化対策を無理やりつなげて論じようとするから、話がおかしくなる」と断じています。
 第4章では、「自らが援用しているデータが怪しげな根拠に基づくことを知りながら、男女共同参画という目的のために、あえて戦略的に使い続けている場合」を厄介であると述べ、「統計的事実(存在)と社会政策(当為)の関係がどのようにあるべきかという、社会調査の倫理問題になる」と指摘しています。そして、朝日新聞の大熊由紀子論説委員による「亭主関白の伝統が根強く、女性が高学歴化したにもかかわらず男性の意識が変わらぬ国で出生率が下がっている、というのは厚生省人口問題研究所の河野稠果所長をはじめ、専門家の定説となっている」というコメントの、「専門家の定説」となっているとの証言がその後どのように広まっていったのかを分析しています。
 また、著者は、本書のタイトルに込められた意味を、「さまざまな政策や制度設計のよしあしを、少子化対策(出生率回復策)としての効果・効率の面から評価するのをやめようといいたい」と述べ、「自己の性別や性役割、セクシュアリティにこだわろうとこだわるまいと、そのことによっていかなる不平等も被らない制度設計こそが、ジェンダーフリーと呼ぶにふさわしい」と主張しています。
 第5章では、少子化が社会に及ぼすと言われている弊害を、
(1)人口減少と若年労働力の減少により、日本の経済社会の活気が失われ、衰退する。
(2)若年労働力の現象は、新たな労働力の不足という問題を深刻化させかねない。
(3)少子高齢化が進展すると、現行の年金や医療保険・介護保険などの社会保障費が増大する。
(4)子どもの数が減ると、子どもの自立性や社会性が減退する。
の4点挙げ、このうち年金制度の破綻に関しては、「政府が現行の年金制度を維持しなければならないという問題関心のもとでのみ、解決すべき難問として立ち現れる」ものであり、その前提がなければ「問題」ですらないと述べています。さらには、経済学者のシグノーの説として、「賦課方式の年金制度は家族の不要システムを崩壊させ、子どもの需要を引き下げ、賦課方式の担い手である次世代の再生産が抑制されることで、自らを崩壊させてしまう矛盾を持っている」という説を紹介しています。
 第6章では、少子化と経済的要因に関して、「実際の世帯収入に差はないにもかかわらず、世帯収入の相対的なレベルが上昇したと認知している女性は、結婚し、子供をたくさん産んでいる」という分析を紹介しています。
 第8章では、「現在の、特定の家族、特定のライフスタイルのみを支援する男女共同参画には大いに批判的である」という著者のスタンス述べています。
本書は、政策提言のために用いられる実証分析のあり方に問題意識を投げかけるという点で、研究者や官僚や政治家などの政策関係者にとって、耳の痛い一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の痛いところは、あちこちに2ちゃんねらー的な言葉遣いがちりばめてあるところです。そもそもタイトル自体が、機動戦士ガンダムの「殴って何が悪いか!」というブライト艦長のセリフからとってること自体狙いすぎの感があるのですが、その他にも、佐々木健介の「正直、スマンカッタ」や、ジーパンの「なんじゃ、こりゃ!」などのわかりやすいネタの他、「小一時間とはいわないにしても、そう問い詰めたい思いである」などの小ネタを楽しそうに使っているのが、出版後2年経った今となっては、痛々しい限りです。
 
○正直、スマンカッタ【しょうじきすまんかった】[成句]

○「小1時間問い詰めたい」

■ どんな人にオススメ?

・同じデータを使っても正反対の政策が出てくることに疑問を持っている人。


■ 関連しそうな本

 大沢 真理 『男女共同参画社会をつくる』
 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 湯沢 雍彦 『少子化をのりこえたデンマーク』 2006年03月13日
 目黒 依子, 西岡 八郎 (編集) 『少子化のジェンダー分析』 2006年06月23日


■ 百夜百マンガ

浮浪雲【浮浪雲 】

 もう30年以上も連載している作者の看板作品です。渡哲也やビートたけし主演でドラマ化もされました。30年間時がとまった作品とも言えるんですが、全巻揃えている人っているのでしょうか。

2006年10月18日 (水)

日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条―佐賀市「電子自治体」改革一年の取り組みから

■ 書籍情報

日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条―佐賀市「電子自治体」改革一年の取り組みから   【日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条―佐賀市「電子自治体」改革一年の取り組みから】

  木下 敏之
  価格: ¥1470 (税込)
  日経BP企画(2006/09)

 本書は、「佐賀市役所を日本の電子自治体のトップランナーにしよう」という思いから、
(1)ダウンサイジング
(2)ソースコードの開示
(3)発注者である市役所がソフトの知的所有権を確保
の3つを、わずか1年のうちに実現した経験を、前佐賀市長である著者自身がまとめたものです。そして、多くの自治体では、「ITゼネコン」と呼ばれる大手コンピュータ企業の言い値のまま、「高いか安いかも判らないものを買うしかなかった」、「金食い虫」である基幹コンピュータシステムを、「黒船」とも言うべき韓国のサムスンSDS社と共同開発した経験や、この取組みをつぶそうと、「佐賀市役所の新システムは失敗した」などのデマを流される苦労なども語られています。著者は、佐賀市の基幹システムの切り替えを、「危ない場面も確かにあったが、はっきり大成功であったと言える」と胸を張っています。
 第1章「日本のはるか先を行く電子自治体先進国、韓国の衝撃!」では、担当者すら「この価格が高いのか安いのか、正直に言うとわかりません」という状態で随意契約を結んで金をつぎ込んできたIT化に疑問を持っていた著者が、行政経営フォーラムの「もやい」MLのメンバーの誘いで参加した、韓国ソウル市の江南区役所に視察で受けた衝撃が述べられています。著者が見たのは、
・家庭からインターネット経由で証明書を発行できる。
・区役所の発行書類200万件のうち4分の1の50万件が自動交付機で発行されている。
・申請者は、庁内の決裁手続がどこまで進んでいるかをインターネットで確認できる。
などの先進的なサービスのみならず、日本ではIT化によるコストダウンが強調されるのに対し、江南区役所では、「IT化によってどれだけ住民が便利になったか」、すなわち、電子申請や電子納付によって、「住民が自分の家から区役所までわざわざ出向く必要」がなくなり、これによって年間約30億ウォン(約3億円)が節約されたことを強調していることに衝撃を受けています。
 著者は、韓国でIT化が進んだ理由として、1997年のアジア経済危機の際に、韓国はIMFの管理下に置かれ、約3割の公務員を解雇し、すでにギリギリの人数でやっていたことを挙げています。また、スピードを重視するコォン江南区庁長のスタイルを象徴する「3ヵ月ルール」(区庁長の指示が出てから3ヵ月以内にそれを実現しないといけない)や、1台約300万円という破格の安さの自動交付機(日本製の自動交付機はATMを改造したオーバースペックなものであるため、佐賀市役所では年間1000万円かかっている)など、具体的な例を挙げています。そして、江南区から、「もし、佐賀市役所が江南区役所のシステムを導入するなら、無料で提供する」という提案を受けたことで、コンピュータプログラムの著作権を自治体が確保することの重要性に気づいたことが語られています。
 第2章「汎用コンピューターからの脱却、ダウンサイジングを決断する」では、著者が、韓国視察の帰途、
(1)汎用コンピュータの能力増強を撤回し、オープンシステムに切り替える。
(2)ソースコードをソフト会社と市役所の共有にし、地元IT企業にメンテナンス参入の道を開く。
(3)以上を、2005年4月までの2年間でやり抜く。
という方針を考え、建設工事をコンストラクション・マネジメント方式で実施したのと同じように、ITの世界でも実施することを決めたことが述べられています。そして、2003年10月には、システム開発会社の募集にあたり、
(1)2005年3月までにダウンサイジングを完成。
(2)世界標準仕様の採用(Java、Oracle、TCP/IP)
(3)ソフトの所有権は佐賀市と受託企業が共有し、ソースコードは開示。
という「これまでの自治体の発注の常識を破るものばかり」であったことが解説されています。この公募には、4社が応募したものの、2社は納期を満たさない提案を、また、3社はプログラム言語にJavaを使用するという条件を満たさない提案をしてきたために、この段階で1社、すなわち江南区役所のシステムを構築したサムスンSDS社だけとなったこと、そして、それまで基幹システムを担当していたA社が、「今までの設けの仕組みを守る立場」から、佐賀市の取組みには「失敗してくれたほうが喜ばしいことになる」ことが述べられています。
 第3章「作業開始したサムスンSDS社と韓国再訪で受けた新たな衝撃」では、2003年12月に約80人のサムスンSDS社の社員が佐賀市に赴任し、開発がスタートしたものの、日本初の試みが、次々にトラブルに直面したこと、具体的には、
・現行運用している基幹システムのプログラムソースの著作権の扱いに関して、A社と文書を取り交わしていなかった。
・データ移行にA社の協力が得られず、出力→変換に相当の時間がかかった。
等のトラブルによって、本来新基幹システムが目指すはずであった
・"To-Be"モデル:業務分析を行ってより効率的な仕組みに作り変えたもの
ではなく、
・"As-is"モデル:今のやり方を基本的にそのまま移し変えたもの
に留めてしまったことが述べられています。さらに、重大な問題として、自治体の仕事に通じた日本人システムエンジニア(SE)が雇えないという問題に直面します。そして、この問題の裏に、「あるコンピューターメーカーの九州支社から、九州のコンピュータ関連会社に向けて、『佐賀市役所のプロジェクトに協力しないように』との趣旨のメールが回っていた」ことが明らかにされています。重ねて、地元には、「韓国の会社が仕事を取った。木下市長は、実は韓国人だ」、「韓国に女がいる」などの悪意に満ちた噂が流されたことや、2005年の市長選挙の際にも、新システムに関するデマが掲載されたことが語られています。
 第4章「大幅な遅れが判明した作業、稼動に向けて関係者が奮闘する」では、2004年8月にソウル市のサムスンSDS社の開発拠点にプログラムの出来具合を確認に行った佐賀市の職員が、大幅な作業の遅れを目にし、てこ入れのために、サムスンSDS社の開発部隊を佐賀に移動させて作業を行ったこと、「ウォーターフォール型」の開発方式に慣れ親しんだ佐賀市の職員には、サムスンSDS社が採用していた「スパイラル型開発方式」は相当のストレスがたまったこと等が述べられています。そして、最大の難関であった国民健康保険関係のシステムの開発に当たっては、現行の基幹システムを半年延長するという退路を断ち、「国保の作業が間に合わないなら、徹夜でやれ。人手が足りないなら、他の課で国保に通じた職員を応援に出せ。もし現役の職員で足りないなら、OBを探せ。適任のOBがいないなら、私が福岡市役所に応援を頼みに行く」とハッパをかけたことが語られています。この作業に関して、ある新聞(とされてますが、2005年3月14日付西日本新聞「新電算システムに"赤信号"」ですね)が、「国保のシステムの開発が遅れていて4月1日には間に合わない」という「大誤報」をしてしまい、今でも全国に出回っているこの新聞記事のコピーが、「自治体のダウンサイジングへの取組みを2、3年遅らせた」責任は大きいと述べられています。
 第5章「新システムの稼動にたった1年で成功したわけ」では、「SHIPS(Saga High Information Processing System)」と名づけられた新システムが、ハードとソフトの発注を別々にしたことで、地元の佐賀電算センターがハードを落札し、大幅なコスト削減を実現したことや、その後の税制改正への対応するための改造作業に、佐賀電算センターや佐銀コンピュータサービスなどの地元企業が参入することができたことが述べられています。また、韓国と日本のシステム開発のスピードの違いが、「日本のソフト会社は道路工事をスコップでやっているが、韓国の会社はブルドーザーでやっている」と表現されていること、韓国のソウル市江南区役所にあった自動交付機を1台350万円で導入したこと、などが紹介されています。
 第6章「見えてきた佐賀市役所の7つの今後の課題」では、新基幹システムの導入をきっかけにやるべきこととして、
(1)新基幹システムのバージョン管理と磨き上げ
(2)各部局でバラバラなシステムを見直し、まとめること
(3)自動交付機の増設
(4)県内市町村のシステム共同化の先頭に立つこと
(5)電子決済、電子文書管理システムの導入
(6)IT化による市民サービスの拡充
(7)職員のIT能力の向上
の7点を挙げています。中でも(2)に関しては、電子地図のシステムを、水道局、下水部門、道路部門、税務部門でそれぞれ異なる電子地図を監理していたことや、プログラム改造の際に、メーカーの言い値で随意契約せざるを得ないことなどが解説されています。
 第7章「自治体も『格差』社会に!二極化の中のIT化へ向けた課題」では、首都圏では2020年には急速に高齢化が進むこと、地方でお金をかけて教育した子どもたちを都市の大学や企業に取られ、地方経済は「跡継ぎの為に故郷に帰って来た少数の人間と、偏差値でいうと第2、第3のグループで戦わなくてはならない」現実等について言及しています。
 第8章「自治体のIT政策が単なる『金食い虫』にならないための14ヵ条」では、自治体がとるべきIT戦略として、
【第1条】ブームに流されるな!
【第2条】トップダウンなしにはIT化は進まないと意識せよ!
【第3条】 情報政策担当課の機能を強化せよ!
【第4条】有能な外部コンサルタントを活用せよ!
【第5条】市長・助役がITを勉強せよ!
【第6条】 職員のIT能力の向上に取り組め!
【第7条】収入の増加につながるIT事業を導入せよ!
【第8条】住民にとって非常に便利なIT化を図れ!
【第9条】 職員・経費の削減効果が明らかな市役所組織の再編成を進めよ!
【第10条】職員・経費の削減効果が明らかなIT化を図れ!
【第11条】ダウンサイジングを実行せよ!
【第12条】電子決裁、電子文書管理システムを導入せよ!
【第13条】電子申請化はタイミングと費用対効果をよく考えよ!
【第14条】電子民主主義システムを導入せよ!
の14条を掲げています。中でも、第2条に関しては、自治体職員の中には、「佐賀市役所のようなことをしてもらっては困る」という反応を示し、「丸投げじゃなくなったら、要件定義書も詳しく書かないといけないし、自分たちに責任も生じるし、いろいろと勉強しなくてはいけないじゃないですか」と、今まで通りソフト開発会社に丸投げしたほうが楽だとはっきり言う人が多いことが語られています。また、第5条に関しては、世界最高水準の自治体の視察が欠かせないことを強調しています。さらに、第10条に関しては、まずは「どうして住民票の写しや納税証明が必要なのだろうか。必要ないようにできないか」という事業分析と業務改善が不可欠であることが解説されています。
 本書は、IT化に正面から向き合わなければならない自治体のトップ(つまり殆どの首長)や職員だけでなく、「ITゼネコン」を通じた「公共事業」にいつまでも依存し続けられるはずがないと危機感を持っている全国のシステムエンジニアにもぜひ読んで欲しい一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者に初めてお会いしたのは、5~6年前のPHPのセミナーの後だったかと記憶しています。同じ会場にいた「もやい」メンバーの福岡市役所の方の紹介で、夕食をご一緒させていただきました。その後も行政経営フォーラムの関係でお会いさせていただく機会がありましたが、まだ40代半ばの働き盛りですので、佐賀市長としての6年間の経験を全国に伝える講演やコンサルティング活動など、これからもご活躍が期待されます。

「木下敏之行政経営研究所」
http://www.kinoshita-toshiyuki.net/


■ どんな人にオススメ?

・「ITゼネコン」支配から何とか脱したいと思っている首長


■ 関連しそうな本

 桑原 耕司 『公共事業を、内側から変えてみた』 2006年02月22日
 桑原 耕司 『「良い建築を安く」は実現できる!―建築コストを20%も削減するCM方式』 2006年04月12日
 鬼島 紘一 『「談合業務課」 現場から見た官民癒着』 2006年03月15日
 上山 信一 『だから、改革は成功する』 2005年11月02日
 榎並 利博 『電子自治体―パブリック・ガバナンスのIT革命』 2005年04月21日
 深沢 隆司 『デスマーチよ!さようなら!』 2006年05月16日


■ 百夜百マンガ

こんなもんいかがっすかあ【こんなもんいかがっすかあ 】

 ほのぼのタッチに似合わないマニアックさがポイントですが、軍事評論家の岡部いさく氏の弟だというのもさらにマニアックさを加速させます。

2006年10月17日 (火)

能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか

■ 書籍情報

能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか   【能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか】

  藤本 隆宏
  価格: ¥1008 (税込)
  中央公論新社(2003/6/24)

 本書は、「戦後日本のもの造りシステムの形成を支えた動態的なメカニズム」は何かという問いに対する中心的コンセプトである「能力構築競争」について、「自動車など戦後日本の一部の産業で厳しい能力構築競争が繰り広げられたことが、そうした部門に属する日本企業の『もの造りの競争優位』をもたらすことになった」と主張するものです。
 第1章「自動車産業における競争の本質」で著者は、本書の目的を、「能力構築競争というキー概念を用いて、20世紀後半の日本における製造業の発展、とりわけ『もの造り』における競争優位確立のプロセスを明らかにしていくこと」と述べています。著者は、日本の自動車産業の台頭を、「二十世紀最後の四半世紀、世界の産業市場で最も大きな出来事の一つ」であると述べ、自動車産業が、単純に「現代日本経済全体の縮図」であるだけでなく、独特の「粘り強さ」「しぶとさ」をもつものであると述べています。また、「自動車産業は他の産業と、どこが、なぜ違っていたのか」という問いに関して、
・組織能力:生産企業経営の「質」のところを表す。
・能力構築競争:企業が経営の質を高めるために切磋琢磨する。
というコンセプトを掲げています。
 第2章「能力構築競争とは何か」では、「製品=情報+媒体(メディア)」という観点から、「製品開発とは設計情報の創造、また生産とは工程から製品への設計情報の転写」であると、もの造りの企業活動を再解釈しています。また、能力構築競争と、教科書的な価格競争とを比較し、
・比較すべき基準が明確でない。
・競争相手の正確なレベルが測定しにくい。
・競争相手への対応に時間がかかる。
・競争相手が少数でも談合が成立しにくい。
・能力構築のプロセスは創発的である。
・協調が競争を促進することもある。
等のポイントをして息しています。
 さらに、製造企業のもの造りに関する組織能力を、
(1)ルーチン的なもの造り能力:他者より高レベルの競争力を繰り返し実現する。
(2)ルーチン的な改善能力:他者より速いスピードで競争力を向上させる。
(3)能力構築能力:他社より速いスピードで上記2つの組織能力を構築する。
の3層構造として解説しています。
 第3章「なぜ自動車では強かったのか」では、日本企業が長年抱えてきた「現場の競争力が健在な割に収益性が高くない」問題の要因として、
(1)円高や不況という個別企業にはどうにもならぬハンディがあった。
(2)国内販売問題のように業界全体としての対応が遅れた収益圧迫要因があった。
(3)個々の企業の戦略ミス
を挙げています。また、製品アーキテクチャのタイプを、
・モジュラー型(組み合わせ型)かインテグラル型(擦り合せ型)が
・オープン型かクローズ型か
の2つの軸によって、分類し、自動車産業に代表される日本企業の得意とする産業が、「クローズ・インテグラル」(囲い込んで擦り合せる)分野に多い点を指摘しています。
 第4章「もの造り組織能力の解剖学」では、自動車に代表される日本の製造企業のもの造り能力の機能的な特徴を、
(1)トレードオフの克服
(2)高いフレキシビリティの達成
(3)組織学習メカニズム
の3点挙げた上で、
・日本の自動車企業が持つもの造りの組織能力の特徴は具体的にどの辺りにあるのか。
・それはどのようなメカニズムを通じて深層の競争力の強さにつながっているのか。
という2つの設問を設定しています。
 そして、トヨタ的な「統合型生産システム」が持つ生産性・生産リードタイムの面での組織能力の基本特徴を、「設計情報転写の効率とスピード」という観点から、
・情報転写密度の重視
・受信側優先のシステム設計
・受発信タイミングの規則性
・情報ストックの冗長性
の4点に要約しています。
 第6章「創発的な能力構築の論理」では、「そもそもなぜ日本企業とライバル企業の能力ギャップが生じたのか」という課題について、「競争環境の変化に直面する製造企業が自らの生産・開発能力を構築していく経路」として、
・事前合理的計算
・偶然試行
・環境制約
・企業者的構想
・知識移転
の5つのパターンを示しています。そして、トヨタにおいては、終戦とともに解体された航空機産業から優秀な航空技術者が自動車産業に受け入れられ、中でも、トヨタは設計技術以外に、「重量級プロダクトマネジャー(PM)制」も移転している点を指摘しています。
 また、「長丁場の能力構築競争で、自社の優位を長もちさせる一つの秘訣」として、「創発的な組織能力は、ライバルにとって認知しにくく、模倣しにくい」点を挙げています。
 第9章「欧米の追い上げと日本の軌道修正」では、外から構造がわかりにくい、創発的に構築された日本企業のもの造り能力を、欧米企業が、「解きほぐし、機能的観点から不純物を除去し、概念化し、システムとして把握し、これをたぶんにトップダウンで学習」してきたプロセスを、組織能力の「純化」と位置づけ、「創発的に構築された組織能力を他者が学習するためには『純化』という手続が必要である」と指摘しています。そして、創発的な組織能力の把握の難しさを示す事例として、日本企業の競争力・組織能力の認識が進み、トータルシステムとしての「リーン生産」という形にまとまるのに10年以上要したことを挙げています。さらに、1990年代には、国際競争の観点から、
・競争機能を持つ日本型サプライヤーシステム
・むしろ夾雑物に近い「系列慣行」
の2社のコントラストがはっきりしてきたが、「系列慣行」に染まっていない欧米企業は、「系列なき日本型システム」の採用が部分的にできたことを、「システム純化」のもう一つの事例として挙げています。
 一方で、能力構築競争が、「能力の過剰蓄積」という副作用を生み、かえって競争力の低下を引き起こす問題を、日本企業の過剰設計を例に解説しています。この点に関して、バブル期に、「資金や人的資源が不十分な状況での製品開発を余儀なくされた場合、結果として過剰設計が回避」された事例として、マツダの「ユーノスロードスター」の例を挙げ、「いわゆるCS(顧客満足指標)手法の総花主義をとらなかった」ケースとして紹介しています。
 本書は、自動車産業を例にしていますが、組織としての能力を持つことが必要とされる、全ての業種に共通したエッセンスが込められている一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、新書のくせに400ページ以上の厚さがあるというクセモノです。文庫本や日経文庫などでは、たまに分厚いのもありますが、中公新書の中では珍しいのではないかと思います。図書館の新書コーナーでも異彩を放っていました。
 このくらいの内容を盛り込むのならば普通に単行本として出してもいいのではないかと思いますが、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
 想像するに、おそらく、初めから新書で出すということで、企画を立て、執筆を開始していったものの、著者のこれまでの研究のエッセンスをまとめるという本書の性質上、どんどん盛り込みたい内容が増えていってしまい、結局この厚さになってしまったのではないでしょうか。と思って、本書のあとがきを読むと、この本の構想から完成まで10年を要した経緯が収められていますが、その10年の間に新しい論点や研究が進み、収めたい内容が充実してきてしまったのが要因のようです。


■ どんな人にオススメ?

・組織が持つ価格以外の競争力に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『製品戦略マネジメントの構築―デジタル機器企業の競争戦略』 2006年05月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『組織能力・知識・人材 リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年07月19日
 藤本 隆宏, 青島 矢一, 武石 彰 (編集) 『ビジネス・アーキテクチャ―製品・組織・プロセスの戦略的設計』 2005年12月05日
 柴田 昌治, 金田 秀治 『トヨタ式最強の経営―なぜトヨタは変わり続けるのか』 2005年07月28日
 ジェフリー・K・ライカー (著), 稲垣 公夫 (翻訳) 『ザ・トヨタウェイ(上)』 2005年09月13日
 大野 耐一 『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』 2005年10月18日


■ 百夜百マンガ

ハートカクテル【ハートカクテル 】

 あまりのさわやかさと陶酔ぶりに、「わたせ風」という言葉さえ生んだこの作品ですが、バブルが終わってみると、その一貫した純愛至上主義的なところが悪くないと思えるようになるのが不思議です。

2006年10月16日 (月)

民主化するイノベーションの時代

■ 書籍情報

民主化するイノベーションの時代   【民主化するイノベーションの時代】

  エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  ファーストプレス(2005/12/9)

 本書は、「製品やサービスの作り手であるメーカー(製造業者)ではなく、受け手であるユーザー自身の、イノベーションを起こす能力と環境が向上している状態」である「イノベーションの民主化」について、このイノベーション・プロセスがどう機能するのかを詳細に説明し、ユーザーによるイノベーションがメーカーにとっての重要な補完機能・フィードバックとなるかについて論じているものです。
 第2章「リード・ユーザーによる製品開発」では、「斬新な製品とサービスはメーカーによって開発されるものだ」という考え方が、一般にも学問の世界でも根強く信じられてきたにもかかわらず、「現在はユーザー企業と個人ユーザーの双方による製品開発とその改良が頻繁に起こり、大きく広がり、しかも重要性を増している」という事実について論じています。
 著者は、「リード・ユーザー」を、
(1)重要な市場動向の最先端に位置している。
(2)自分のニーズに対する解決策の獲得による高い効用がイノベーションを起こす。
という2つの特徴を持ったユーザー母集団の構成員として定義しています。
 第3章「多くのユーザーがカスタム製品を望む理由」では、ユーザー・ニーズの多様性として、「もっとも望ましい製品の特徴」を、「個々のユーザーや企業に特有のものだ」とした上で、カスタム製品への支払い意欲について検討しています。
 第4章「自分で作るか、購入するか」では、この問題を考える上で、「ユーザーとメーカーの間に発生する取引コストと『情報の非対称性』の両方を考慮する必要がある」と述べ、大きな影響を与えるものとして、
(1)望ましい解決策とはそもそも何なのかに関して、ユーザーとメーカー間に存在する見解の相違。
(2)ユーザー側のイノベーターとメーカー側のイノベーターとの間に発生するイノベーションの品質表示(信号)に関する要求度の違い。
(3)ユーザー側、メーカー側それぞれのイノベーターに課せられる法的要件の差。
の3点を挙げ、このうち(1)と(2)はエージェンシー・コストに関わりがあると述べています。
 また、その事例として、オープン・ソフトウエア・プロジェクトに参加するユーザーが、「必要なイノベーションの一部分を自分で作り出し、それを無料で公開することは、結局、自分にとってプラスに作用することになる」ことを紹介しています。そして、個人のユーザー・イノベーターが、開発した製品から以外にも、「製品を開発したり修正したりするプロセスからも利益を得ているかぎり」、製品自体の期待利益が低くてもイノベーションを行う可能性が高いことを示しています。
 第5章「ユーザーによる低コスト・イノベーションのニッチ市場」では、試行錯誤による問題解決のフェーズを、
(1)問題解決者は、自分の知識と理解を総動員して問題を把握し、可能性のありそうなソリューションを着想する。
(2)思いついたソリューションの有形・無形の試作品と、それを使用する環境を構築する。
(3)試しに作ってみたソリューションを稼動させ、何が起こるかを観察する。
(4)結果を分析し、実験で起こったことを理解して、獲得した「エラー情報」を評価する。
の4段階に分けて解説しています。そして、「もし情報がある場所から別の場所へと何のコストもかけずに移転できるのであれば、問題解決者が利用できる情報の質は、それがどこに存在するかという事実からは無関係となる」が、実際には、情報の移転にコストがかかり、中でも、「製品やサービスの設計者が求める情報」は、(「ある所与の単位の情報をその情報の受け手に利用可能な形で、ある特定の場所へ移転するのに必要な(限界)費用」と定義される)「粘着性の高い」情報であることが解説されています。さらに、ときには情報の粘着性がとてつもなく高くなる理由として、
(1)多くの技術的知識は、特定かつ特殊なものを対象としている。
(2)問題解決以前にはどの項目が重要なのかがわからない。
の2点を挙げています。
 著者は、この情報の粘着性が、「情報の非対称性」を生み出し、この解消は容易ではなく、相当なコストがかかると述べ、「結果的に、それぞれのイノベーターは、自らがすでに保有している粘着性の高い情報に依存したイノベーションを開発する傾向が強い」と解説しています。
 第6章「ユーザーは、なぜイノベーションを『無料公開』するのか」では、イノベーションの無料公開が頻繁に行われている事例を紹介し、「ユーザーにとってみると、無料公開がイノベーションからの利益を増大させる最善の現実的手段となりうることが少なくない」点を指摘しています。著者は、ユーザー・イノベーターである企業や個人が、イノベーションの無料公開を行ったとしても、現実に犠牲にしなければならない利益はほとんどないが、無料公開されて他者に採用されたイノベーションは、インフォーマル・スタンダードになりうるものであり、この公開情報がイノベーターの固有の条件に合わせて設計されていれば、イノベーターにとって「永久的な優位性の源泉を作り出すことになる」ことが述べられています。
 第7章「イノベーション・コミュニティ」では、イノベーターたちが、「異なる2つのコミュニティに帰属している事実」から、「以前までは共通点のなかった要素を統合している」ことを紹介しています。また、1人1人は少ないイノベーションしか提供できないユーザーたちが集団で提供する「無料で開放されたイノベーション・コモンズ(共有化されたイノベーション)」の実用的価値が、その情報への容易なアクセス方法が施されると上昇することが、「イノベーション・コミュニティ」の重要な機能の一つであると述べています。
 第8章「ユーザー・イノベーションへの適合政策」では、ユーザー・イノベーションがユーザーによって開発されたイノベーションが、「メーカーの持つユーザーのニーズに関する情報を改善し、新製品導入の成功率を向上させる」と述べるとともに、イノベーション関連情報などのリソースが、「多数の所有者がそれぞれ他者を排除する権利を有し、だれもそれを使用する効果的な特権を持たないときには十分に活用されない傾向がある」という「反共有地の悲劇」に言及しています。
 第9章「民主化するイノベーション」では、ユーザー主体のイノベーションでメーカーが果たす役割として、
(1)メーカーはユーザーが開発したイノベーションを製品化して一般販売したり、特定ユーザーのためにカスタム生産を行うことができるか。
(2)メーカーは製品設計用のツールキットや、ユーザーによるイノベーション関連作業を容易にする「製品プラットフォーム」を販売できるか。
(3)メーカーはユーザーが開発したイノベーションを補完する製品かサービスを販売できるか。
の3つの可能性について多くの実験が行われていることを述べています。
 第10章「適用例:リード・ユーザー・イノベーションを追え!」では、「イノベーターからより先進的なイノベーターへのネットワーク」である「ピラミッディング」が、社会学者が用いる「雪だるま方式」の修正版であることを述べています。
 第11章「適用例:ユーザー・イノベーションとカスタム設計のためのツールキット」では、「ユーザーがイノベーションを安く、迅速に行える環境」を整えることによって、イノベーター予備軍が直面する条件そのものを変更することを指摘しています。そして、ツールキットの機能を、「製品開発とサービス開発の業務を粘着性の高い情報と同一場所に配置して行うこと」と述べ、その例として、「ユーザーが操作する」財務用表計算ソフトを挙げています。また、高品質なツールキットの特徴として、
(1)ユーザーは、試行錯誤を通じて学びながら次に進むという完成したサイクルをたどることができる。
(2)ユーザーが作り出したい設計内容を実現できるソリューション・スペースが提供される。
(3)専門的な訓練をほとんど受けることなく操作できる、使い勝手のよさを提供する。
(4)ユーザーがカスタム設計に使うことのできる標準的モジュールのライブラリーが含まれている。
(5)ユーザーによって設計されたカスタム製品やサービスを、メーカーが手を加えることなく生産設備で生産することができる。
の5点を挙げています。
 第12章「ユーザー・イノベーションと他の現象や分野との関連性」では、イノベーション・コミュニティにかなり類似したものとして、「コモンズに立脚した情報コミュニティやネットワーク」が、
(1)一般には知られていない情報を持った人々がいる。
(2)自分が知っていることを無料公開してもよいと考える人々がいる。
(3)情報公開者の手から離れて、公開された情報を利用する人々がいる。
の条件が満たされたときに発生すると述べています。
 本書は、現在起こっているイノベーションの変容を、オープンソース・ソフトウェアなどの特定の分野や理論からではなく、あくまで企業研究の事実から出発して解説し、的確に捉えた一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の表紙には、なにやら稲妻のような図があしらわれていますが、これは、著者の父親のアーサー・フォン・ヒッペル(1989-2003)が1940年にMITで撮影したものです。名前に貴族を表す「von」とあるように、彼はドイツ人の科学者で、妻(ノーベル物理学賞受賞者であるジェイムス・フランクの娘)がユダヤ人であったために、ナチスの台頭を嫌い、各国を転々としたのち、アメリカに落ち着いたそうです。
 Wikipediaには、彼の100歳の時の写真が掲載されていますが、大変元気そうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Arthur_R._von_Hippel


■ どんな人にオススメ?

・イノベーションにおけるユーザーの重要性を確認したい人。


■ 関連しそうな本

 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 クレイトン・クリステンセン, マイケル・レイナー (著), 玉田 俊平太, 櫻井 祐子 (翻訳) 『イノベーションへの解―利益ある成長に向けて』 2005年09月29日
 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『戦略とイノベーション リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月01日
 ヘンリー チェスブロウ (著), 大前 恵一朗 (翻訳) 『OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて』 2006年06月12日


■ 百夜百マンガ

アクター【アクター 】

 演技と並行して長く続く登場人物のモノローグ部分が、やたらに長い上に熱いのが特徴です。そういえば、少年マガジンにも勝新みたいな人が出てくる役者マンガがありましたが名前が思い出せません。

2006年10月15日 (日)

妻を帽子とまちがえた男

■ 書籍情報

妻を帽子とまちがえた男   【妻を帽子とまちがえた男】

  オリバー サックス
  価格: ¥2982 (税込)
  晶文社(1992/02)

 本書は、神経科医である著者が、「病気と人々との両方に、同じように関心を」持つ「自然科学者と医者との両方」の立場から、「アイデンティティの神経学」とでも言うべき、自らの患者との経験をまとめたものです。
 本書のタイトルにもなっている第1章「妻を帽子とまちがえた男」では、抽象的な形や顔の特徴や写真の色彩を見ることはできても、ものを全体として、直感的に「見る」能力を失った音楽教師の男性が紹介されています。著者は、帽子を探し始めた彼が、「手をのばし、彼の妻の頭をつかまえ、持ちあげてかぶろうとした。妻と帽子とまちがえていた」ことにびっくりしています。そして、「われわれはものに接したとき、それが他者との関係においてどうあるかということを、直感的に『見る』ので」あり、彼には、「この『見る』能力、他者とのかかわりを把握する能力」が欠けていると分析しています。
 第2章「ただよう船乗り」では、19歳の若い時代から先の記憶を失った、コルサコフ症候群の49歳の男性の症例を紹介しています。そして、彼が、ミサの精神とピッタリ一体になって、一心不乱の態度をとっているのを見て、「芸術や聖体拝領や魂のふれあいなどによって人間らしさは回復されうる」と述べています。
 第3章「からだのないクリスチーナ」では、人間には五感の他に、6番目の隠れた感覚として、「体が自分固有のもの、自分のものである」と感じる「固有感覚」があることを述べ、感覚神経の炎症によって、体の感覚である「視覚、平衡器官、固有感覚」のうち固有感覚を失ったクリスチーナが、視覚によるフィードバックによって歩くことを習得し、日常生活を送れるようになれたものの、「脊髄を抜かれた」と感じている例を紹介しています。
 第4章「ベッドから落ちた男」では、自分の足を自分のものとして感じることができなくなってしまい、自分のベッドの中に、「切断された人間の足」があると感じてベッドから落ちてしまう男の話が紹介されています。また、第5章「マドレーヌの手」では、60年間、自分自身の手を認識できなかった盲目の女性が、粘土で人の顔や体を造る盲目彫刻家として有名になった例が紹介されています。
 第6章「幻の足」では、逆に、体の一部分を失った肢切断患者が、切断された部分がまだあるように感じる「ファントム」(幻影肢または幻肢)の症例が紹介されています。この幻影肢の有無は義肢の使用にとって重要なもので、「いわゆる身体イメージというものがその義足の部分にぴたりとおさまって、一体化したように感じられなければ、満足に歩くことはできない」ことが述べられています。一方で、痛みなどのような「悪い」ファントムがあった場合には、「それを追い出すのに一番大事なことは、『使う』こと」ではないかと述べています。
 第8章「右向け、右!」では、自分の体を含めて「左」という概念をまったく失ってしまい、左側のものを見るには右回りに一周し、顔の半分にしか化粧しない片側失認の女性の症例を紹介しています。著者は、彼女に、ビデオで撮影した彼女の姿を見せたところ、彼女にとって存在していない体の左半分を見た彼女にとっては、「不気味なことこの上なかった」ため、「『これを片付けて!』と、悲しそうに当惑したようす」で叫んだことが述べられています。
 第9章「大統領の演説」では、言葉を理解できない失語症の患者が「元俳優の大統領」の演説をテレビで見て笑い出した例を紹介し、「自然な発話とは単語のみで成り立っているのではなく」、「話されるときには必ず調子がつき、言葉をしのぐ力を持った表情がつく」こと、そして、失語症患者には嘘をついても、言葉によって欺かれることがなく、すぐに見破られてしまうことを述べています。
 第15章「追想」では、真夜中に突然、アイルランドの子供時代の歌が流れ続け始めた88歳の婦人の症例が紹介されています。そして、この原因が右側頭葉にできた小さな血栓によって、「大脳皮質にある音楽の記憶の痕跡がとつぜん活発になったせい」出会ったことが述べられています。また、第16章の「おさえがたき郷愁」では、著者が「ふしぎな心のタイムマシン」と呼ぶLドーパで覚醒されたてんかんや偏頭痛の患者に「追想」が起きることが多いと述べています。
 第19章「殺人の悪夢」では、薬の作用中の側頭葉発作によって恋人を殺してしまった男が、交通事故をきっかけに蘇った殺人の記憶に悩まされる症例が紹介されています。
 第23章「双子の兄弟」では、「過去のどの日でも未来のどの日でも、それが何曜日であるか即座に答えられる」無意識のアルゴリズムを持った「知恵遅れの天才(イディオ・サバン)」の双子を紹介し、その鍵を「視覚化」にあるらしいことを述べています。
 本書は、『脳のなかの幽霊』など、類書が多数出版されるきっかけとなったベストセラーだけに、各章も読みやすい一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は本書のほかにも多数の著書を著していますが、他の様々な書籍でもサックス教授は登場しています。単に著作が引用されるのみならず、『言葉のない世界に生きた男』では、著名なサックス教授に相談するエピソードが掲載されています。
 日本ではそれほど著名ではありませんが、アメリカでは有名人のようです。


■ どんな人にオススメ?

・自分でもたまに間違えそうだと思う人。


■ 関連しそうな本

 オリヴァー サックス (著), 春日井 晶子 (翻訳) 『レナードの朝』
 オリヴァー サックス (著), 吉田 利子 (翻訳) 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 2006年03月26日
 V.S. ラマチャンドラン, サンドラ ブレイクスリー (著), 山下 篤子 (翻訳) 『脳のなかの幽霊』 2006年09月03日
 前野 隆司 『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説』
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 スーザン シャラー 『言葉のない世界に生きた男』


■ 百夜百音

Jamiroquai【Jamiroquai】 Jamiroquai オリジナル盤発売: 1993

 グループ名の由来が「Jam+Iroquai」というのは有名ですが、同じネイティブアメリカンでも「ハゲに朗報」のシャンプーの代名詞にされてしまったほうは可哀想だと思います。


『HIGH TIMES : SINGLES 1992-2006』HIGH TIMES : SINGLES 1992-2006

2006年10月14日 (土)

情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権

■ 書籍情報

情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権   【情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権】

  名和 小太郎
  価格: ¥2625 (税込)
  NTT出版(2006/5/25)

 本書は、「21世紀初頭における著作権制度の状況を、ユーザーの視点で見直したもの」であり、「著作権のうっとうしさについて、あるいは著作権のもたらすリスクについて、これを真っ正面から扱ってみたい」という狙いを持ったものです。著者は本書を、著作権法の逐条解説でも、侵害回避用のベカラズ集でも侵害摘発用のマニュアルでもなく、「ユーザーの眼を通した著作権制度批評」と位置づけています。
 著者は、知的財産権に関する原則を、
・原則1:創作者は創作物に対する独占権をもつ。
・原則2:原則1にいう独占権には制限がある。
という2つの原則が重なっているものと指摘しています。この上で、原則1と2の折り合いをつけるため、
・原則3:学問と技芸の進歩を促進する。
があることを述べています。
 また、著作権におけるユーザーに対する配慮としては、
・配慮1:著作権それ自体について、それを禁欲的に定義している。
・配慮2:公共的な著作物について、それを保護の対象から外している。
・配慮3:著作物の利用について、それが公共的な利益にかかわる場合には、その保護を例外として制限している。
・配慮4:著作物について複数の利害関係者がかかわる場合、その人々の利害が衝突しないような秩序を設けている。
・配慮5:著作権の保護機関を有限としている。
の5点を挙げています。
 本書は、著作権とメディアの発達を、20世紀初頭にトマス・エジソンによって発明された映画とレコードの登場からふり返っています。エジソンが、映像コンテンツの使い回しをもくろんで映写方式ではなくキネトスコープにこだわったこと、映画の基本特許を梃子にして競争者を抱きこみ「ザ・トラスト」と揶揄された映画特許会社を作り、映画館やフィルムレンタル会社から上納金を取り上げたこと等が紹介されています。
 著者は、著作権制度を「あいまいな概念の上に組み立てられ」、かつ「明確な枠組みを埋め込んでいる」ものであると述べています。「著作物」の定義が明確ではないこと、一方で、(1)作品のどこを利用するのかという尺度、(2)作品をどのように利用するのかという尺度、の2つの枠組みは明確であることが解説されています。
 また、著作権の国際条約であるベルヌ条約に関しては、
・原則1:内国民待遇。
・原則2:無方式主義。
・原則3:最低かつ共通の保護水準の設定。
の3つの原則があること、一方現在の世界標準は米国主導であり、「その米国においては権利強化の動きが激しい」ことに注意する必要があることなどが述べられています。
 この他本書では、1993年にイスラエルの地方裁判所が命じた『死海文書』に関する著作権訴訟における史上最高額の罰金、2005年に米国議会図書館がパブリック・コメントを求めた「孤児になった著作物」に関する議論、ファイル交換プログラムをめぐる裁判、DeCSSをめぐる4つの論点(互換性は優越しないのか、公正使用ではないのか、表現の自由ではないのか、どんな条件が、表現の自由に優越するのか)、著作権をめぐる3つの利益集団(伝統指向型、市場指向型、ユーザー主導型)、学術出版をめぐる「シリアル・クライシス(逐次刊行物の危機)」、「科学の公共図書館(PLoS)」、ロバート・マートンの学術情報の4つの特性(累積性、共有性、公開性、先取性)、みなもと太郎の「元ネタを知られるとまずいのが盗作で、元ネタを知ってもらいたいのがパロディだ」、等について解説されています。
 本書は、著作権制度について、ユーザーの立場から注目すべき論点を網羅している点で、読み物としてもコンパクトにまとまっている一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書のp.112には、「杉浦民平は1年1万ページ」という記載がありますが、これは、「1月1万ページ」の誤りではないかと思われます。1年1万ページだと、1日約27ページ。これでは、1冊読むのに10日くらいかかってしまいます。これを「豪語」するには相当の勇気が必要です。まあ、月に1万ページだと、1日333ページ、おおむね単行本1冊くらいですので、極端に多いとも思いませんが。
 杉浦氏の話は、加藤周一著『読書術』に記述がありました。


■ どんな人にオススメ?

・著作権制度をめぐる論点を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 福井 健策 『著作権とは何か―文化と創造のゆくえ』 2006年06月10日
 豊田 きいち 『著作権と編集者・出版者』 2006年5月4日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日


■ 百夜百音

「いちご白書」をもう一度【「いちご白書」をもう一度】 バンバン+ばんばひろふみ オリジナル盤発売: 2001

 そもそもユーミンの手によるタイトル曲は知っていても、ネタ元の映画の方を知らない人が多いのではないかと思います。決して小田茜や辺見えみりが出ていたドラマの方ではないことに注意が必要です。


『Super Best Of Yumi Arai』Super Best Of Yumi Arai

2006年10月13日 (金)

会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案

■ 書籍情報

会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案   【会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案】

  パク ジョアン・スックチャ
  価格: ¥1155 (税込)
  朝日新聞社(2002/07)

 本書は、「ワーク・ライフ・バランス」の観点から、「日本のサラリーマンが充実した仕事を豊かな私生活の両方をエンジョイすることができるようにするにはどうしたらいいか」について、考え方とノウハウを提案しているものです。著者が1999年に参加したサンフランシスコのセミナーで耳にした、この「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、「全従業員のライフ・バランスを企業が真剣に考えて環境整備に取り組むべき」という考え方であり、「この考え方を取り入れて真剣に取り組んだ企業は業績が上がったという統計結果」に裏付けられたものであることが述べられています。
 第1章「日本はアジアでも最低」では、米国系企業のアジア地区人事担当者としてアジア各国に出張する機会の多かった著者が、日本が西洋だけでなくアジアの国と比較しても、「仕事と私生活のバランスの取り方」が一番遅れていると感じたことが述べられています。また、海外のワーキング・マザーが、自分の働く理由を、「仕事のやりがい」や「実力の発揮」ではなく、自分たちが望む生活を得る「お金のため」と答えていることを紹介するとともに、日本人男性がほとんど家事をせず、<ぼく稼ぐ人、あなた稼いで家を守る人>になってしまった日本女性の惨めな現状に言及しています。
 さらに、育児に関して、父親のタイプとして、
(1)愛妻パパ:仕事の悩みなどを妻に話す。
(2)父親パパ:なるべく子供と付き合う。
(3)会社型パパ:家庭のことは妻に任せっきり。
(4)市民派パパ:読書好きで賭け事はしないインテリ肌。
の4つを挙げ、「会社型」「市民派」は、子供から、「頼りにもしていないし、父親のようになりたいとも思わない」「一緒にいても楽しくない」と思われていることを紹介しています。
 また、専業主婦の育児に関して、「一人閉じこもって子育ての全責任を負うため、より高い傾向の育児ノイローゼや育児不安が見られる」こと、「密室で子育てをする状態は、過保護、過干渉、暴力、心理的虐待などの問題を生じやすい」ことを述べるとともに、父親に関しても、「カローシ」がそのまま英語になっていること、「死ぬほど働かなければ仕事が処理できない」ことは尋常ではないとして、問題の本質を、「雇う側の仕事の処理方法のシステムにある」と指摘しています。
 第2章「かつてはアメリカも停滞していた」では、シアトルのマイクロソフト社の退社ラッシュが夕方の4時から始めることを紹介し、その代わりに「アメリカのビジネスマンはエリートほど朝が早いと言われ」、ブレックファスト・ミーティングなど「ビジネス活動は早朝からスタートしている」ことを述べています。エリートビジネスマンが語る「早朝は頭も冴えて何をやっても能率がよく、朝の1時間は少なくとも夜の2時間に匹敵する」という言葉が、<フレックス・タイム>の効果であると述べています。
 一方、働きすぎが引き起こすバーンアウトに関しては、なりやすい人の一般的特徴として、
(1)慢性的疲労
(2)自分に何かを要求する人に対しての怒り
(3)高い要求に耐えている自分に対する自己批判
(4)冷笑的、否定的、いらつく態度
(5)包囲されている感じ
を挙げています。
 また、ワーク・ライフ・バランスの思想と実践が要請される背景としては、
(1)労働人口構成の変化:共働きが一般化(既婚労働者の78%が共働き)
(2)ビジネス環境の変化:IT技術の発展に見合う新しい働き方が急務に。
の2点を挙げ、古典的な労働観の変化を、
(1)女性の社会進出
(2)ファースト・トラッカー(出世頭)の後悔
(3)ミッド・ライフ・クライシス(中年危機)
(4)若者の労働観
(5)男性の意識と行動の変化
の5点挙げています。
 そして、80年代後半の米国企業が「働く母親の仕事と家庭の両立」を目指して行った一連の「ワーク・ファミリー・バランス」施策が、「全従業員の私生活と仕事の共存」を配慮した「ワーク・ライフ・バランス」へと名前を変えていったことが述べられています。
 第3章「『ワーク・ライフ・バランス』の改革」では、「多くの企業が100年以上も前の産業革命時代に開発されたビジネスモデルや仕事のやり方を、このIT時代にそのまま踏襲している現状」の中で、「ワーク・ライフ・バランス」手法を取り入れるためにはトレーニングが必要であるとして、フォード財団が設計した<仕事の再設計>プログラムの、
(1)仕事と理想的な社員像についての既存の価値観・規範を見直す。
(2)習慣的な仕事のやり方を見直す。
(3)仕事の効率と効果を向上させ、同時に仕事と私生活の共存をサポートするための変革を行う。
の3つの段階を紹介しています。
 また、ワーク・ライフ・バランスの取組みプログラムのうち、普及率や注目度の高いものとして、
(1)フレックス・ワーク
(2)保育サポート
(3)介護サポート
(4)養子縁組サポート
(5)転勤サポート
(6)EAP(社員援護プログラム)
(7)ヘルス&ウェルネス
(8)フレキシブル保険制度
(9)休暇制度
(10)教育サポート
(11)コンビニエンス・サービス
の11点について解説しています。中でも(1)に関しては、フレックス・タイム、裁量労働制、短縮労働週、時短勤務、ジョブ・シェアリング、テレコミュートなどのプログラムを取り上げており、中でも、週40時間の仕事を、4日で1日10時間働いて、余った1日は休むという<週内労働凝縮週>ともいえる短縮労働週は、日本では目新しいものです。
 第4章「『ワーク・ライフ・バランス』の成果」では、企業へのメリットとして、
(1)優秀な人材の確保
(2)生産性の向上
(3)社員の企業へのコミットメントの向上
(4)社員の満足度とモラルの向上
(5)医療費の削減
(6)企業業績の向上
の6点を挙げています。
 最終章「自己把握と自己実現のための演習」では、著者が行っている<ライフ・バランス・セミナー>を再現した紙上セミナーを展開しています。
 本書は、言葉としてはよく聞くようになった「ワーク・ライフ・バランス」を、この言葉を生んだ90年代の米国企業の状況を踏まえて解説したコンパクトな一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の内容は、主に働く母親の視点を中心にしていますが、<父親不在>の問題に関しては、世界的な現象としての<少年犯罪の増加と低年齢化>を取り上げています。ドイツの雑誌の記事として、「特に難しいのは、死や離婚などによる"父親不在"の家庭の場合である。また、両親がいても父親が子供に無関心な場合は同じ結果を導きやすい」という文章を引用しています。
 少年犯罪の増加に関しては、パオロ・マッツァリーノ氏が『反社会学講座』で、戦後の日本における少年犯罪の傾向を分析し、一番キレやすいのは、「昭和35年当時17歳だった現在の中高年世代」であると述べていますが、世界的な状況はどうなのでしょうか。もしかすると、海外のマスコミで取り上げられている<少年犯罪の増加と低年齢化>の記事や論調そのものが日本のマスコミに輸入され、それに合わせた形で統計データを加工して紹介しているのかもしれません。ドラマやクイズ番組なども、海外の番組をパクったものが多いですし。


■ どんな人にオススメ?

・自分は会社をつぶしそうだという不安のある人。


■ 関連しそうな本

 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日
 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 佐藤 博樹 『変わる働き方とキャリア・デザイン』 2006年05月22日
 熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 2006年07月25日
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 橘木 俊詔 『家計からみる日本経済』


■ 百夜百マンガ

風します?【風します?】

 亀より遅いのに転ばないってのはそっちのほうが曲乗りではないでしょうか。
 さて、世の中にはバイク乗り専用マンションというのがあるらしいですが、「マンガ読み専用マンション」とかないでしょうか? まあ、家賃に回す分を購入費に充てるのが本当のマンガ読みなのかもしれませんが(だから古アパートの床が抜けたりします)。

2006年10月12日 (木)

新米パパは育休さん ~仕事と育児の両立をめざして~

■ 書籍情報

新米パパは育休さん ~仕事と育児の両立をめざして~   【新米パパは育休さん ~仕事と育児の両立をめざして~】

  石井 憲雄
  価格: ¥1000 (税込)
  産経新聞出版(2006/4/26)

 本書は、山形県庁の職員である著者が8ヶ月間育休を取った、8ヶ月間育休を取った経験を、「千育休(せんのいっきゅう)」というペンネームで綴った、毎日新聞のwebサイトの連載をまとめたものです。
 男性が育休を取ることへの反応としては、市が主催する育児教室の対象者が「乳児とそのお母さん」となっていることに、問い合わせをして前代未聞の出来事に担当者が返答に困ったことや、この連載をきっかけに、市の男女共同参画式典にパネリストとして招かれ、男性の育児休業取得に尽力した赤松良子元文部大臣(元労働省婦人少年局局長)と同席し、連載のプリントアウトを渡したこと等が語られています。
 また、平日の昼間に子供を散歩に連れて出ると、道で会った近所のおばさんが、突然親しげに話しかけてきて、町中の人が突然イタリア人のように愛想良くなったエピソードを紹介し、子供を連れて歩く楽しさを語っています。
 育休をとって気づいた育児の大変さに関しては、「赤ちゃんをお風呂に入れるというのはかなりの重労働」であるとして、夫婦2人がかりでの作業を説明し、「女性1人ではさぞかし大変だろう」「核家族で夫の帰りが夜遅い家庭では、一体どうやってお風呂に入れているのだろうか」と語っています(慣れれば自分が湯船に入らなくても普通に洗えるので心配もないと思いますが)。さらに、10倍粥やカボチャのポタージュ、ジャガイモと麩の煮物などの離乳食教室に参加し、お粥を煮込んだり、カボチャを裏ごししたりする手間のかかる作業に、「およそこの世の先輩ママたちが、たとえ愛しいわが子のためとはいえ、この面倒極まりない地道な作業を当然のごとくこなしてきたのだとすると、本等に頭の下がる思いである」と語っています(個人的にはそんなに手間かけてやる人は少ないと思いますが)。
 そして、子育ての制度については、著者が育休を11月末までにした理由のひとつとして、冬のボーナスの基準日である12月1日に在職していないとボーナスをもらえないことを挙げています。また、育休中の休業給付金や共済組合の掛金免除が、満1歳までしか受け取れないこと等、実際に育休を取ろうと思った人にとって、給与や福利厚生の制度をよく調べておくことの大切さを語っています。
 さらに、男性職員の育休がほとんど想定されていないような労働環境下では、法令上整備されていても、よほど"ずうずうしい"者でないと実際に取得に踏み切ることは難しいという実態を語るとともに、職場復帰後、保育園への送迎と本庁への人事異動という環境変化に対応するため、育児時間を利用するようになったことや、慢性的に残業を強いられるような多忙な部署では育児時間も有名無実となってしまうため、「時間外労働の制限の制度」を併せて利用し、担当業務も変更してもらったこと等、育休が終わって職場に復帰したあとも続く育児の苦労話が多く語られています。
 本書は、多くの男性にとって未知の世界である「育児休業」中の生活を、リアルに語っているという点で、多くの将来の父親に勇気を与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の元になった連載は、毎日新聞のサイトに掲載されています。写真入りで成長も見ることができるので、単行本とは違った楽しみ方ができます。
(第1部)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/bebe/papa/archive/
(第2部)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/bebe/papa_2/archive/


■ どんな人にオススメ?

・未知の「育休ライフ」を疑似体験してみたい人。


■ 関連しそうな本

 山田 正人 『経産省の山田課長補佐、ただいま育休中』 2006年10月10日
 脇田 能宏, 中村 喜一郎, 太田 睦, 中島 通子, 土田 昇二, 小崎 恭弘, 中坂 達彦 (著), 朝日新聞社 (編集) 『「育休父さん」の成長日誌―育児休業を取った6人の男たち』 2006年10月11日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 パク ジョアン・スックチャ 『会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案』
 山本 秀行 『ダッドガレージスタイルブック―ビジネスマンのための子育てガイド』 2005年10月08日
 藤原 和博 『父生術』 2005年06月12日


■ 百夜百マンガ

ちいさなのんちゃん【ちいさなのんちゃん 】

 マニアックなSFオタクぶり、怪獣オタクぶり全開の作風で知られる作者ですが、その合間に見せるリリカルさがこの作品では温かく泣かせる場面に生かされています。

2006年10月11日 (水)

「育休父さん」の成長日誌―育児休業を取った6人の男たち

■ 書籍情報

「育休父さん」の成長日誌―育児休業を取った6人の男たち   【「育休父さん」の成長日誌―育児休業を取った6人の男たち】

  脇田 能宏, 中村 喜一郎, 太田 睦, 中島 通子, 土田 昇二, 小崎 恭弘, 中坂 達彦 (著), 朝日新聞社 (編集)
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2000/04)

 本書は、朝日新聞紙上に連載された6人の男性の育児休業体験をまとめたものです。サラリーマンや国家公務員、市役所の男性保育士、大学講師などさまざまな分野での、男性の育児休業のパイオニアの皆さんが、直面してきた世間の壁と、父親が育児から逃げ出してはいけないことの大切さを語っています。
 男性が育休を取ることへの反応については、著者の皆さんが育児休業を取った前世紀の社会において、いかに珍しいものであったのかを教えてくれます。
 脇田氏は、「超過密スケジュールで開発をバリバリ進めている部署」で前例のない育休をとるためのポイントとして、「何ヵ月も前から休むのがわかる」育休ならではの、
(1)周知徹底:普段から自分の生活状況や考え方を知らせておくと理解が得られやすい。
(2)事前準備:極力早く上司に相談し、休業前までに区切りがつく仕事を与えられた。
(3)堂々と:とると決めたら妙に卑屈にならず「これからも生き生きと働いていくため」と堂々とすること。
の3点を挙げています。
 土田氏は、育休を取った最大の理由を、「一人で育てた」と「妻に偉そうな顔されたくなかったから」だと語っています。また、職員数11人の小さな事務所で係長をしていたので、上司からは「考え直すつもりはないか?」と問い直されたというエピソードを紹介しています。その後、復職後には、単身赴任で転勤になりますが、奥さんの復帰が早まったことが奥さんの係長への昇進につながったのではないかと語っています。そして、週休二日制も、銀行や官公庁が率先して実施して定着したことを挙げ、男性の育児休業も官公庁がリードすることで「男女共同参画社会」が実現できるのではないかと述べています。
 中村氏は、「私の復帰を支えているのは家族だけではない」として、まずは「多様性を重んじる企業理念の中に、『個々の社員を尊重する』というのがある」会社、そして、徒歩圏内に新しくできた保育所を挙げています。
 市役所の保育士である小崎氏は、「自分の子を初めて保育所に入れるとき、当時の僕はまだ保育所で働いていなかったので、何時間も子どもを人さまに預けるのは『かわいそう』という意識」があったが、自分が保育士として働き始め、そんな考えは微塵もなくなったと語っています。
 太田氏は、育児休業法の施行日前に休職予定だったために、いったんは会社に断られ、最後には労働組合まで動き出して特例として休職が認められたことを語っています。また、休職中にも、会社のネットワークに接続し、掲示板に書き込んだり、部下に電話をかけて仕事の進行状況を聞いていた経験から、「依存していたのは『仕事』ではなく『職場』だったのかもしれず、育休中のストレスは職場から離れた禁断症状にも思える」と語っています。さらに、休職後に昇格試験にパスし、育休がキャリアには影響していないと述べています。
 中坂氏は、会社で「おまえか!産休とって会社休んだやつは」と言われたり、人事部からも「あとの20年の会社生活を捨ててもええねんな」と言われたことを述べ、「少し残念であった」と語っています。また、「病気や子供のことなど個人的なことやから自分でなんとかせえ。それが当たり前や」と言われてしまうことのインフラや制度の不足を指摘しています。そして、育休を取ったことにより、「責任感の著しくかけたやつ」という評価を受け、「権利だけ自己主張するバランス感覚のないやつ」と言われ、「仕事のノルマをあげたことなんて関係ない」と正面から言われてしまったと語っています。
 巻末の育休を取得した男性のアンケートでは、
(同僚に受けた差別)
・「子どもは母親のそばがいちばんいいの」と年輩の女性から言われた。
(上司から受けた差別)
・校長から「きみのことを権利意識が強すぎると心配している人がいる」と遠回しに非難された。
(人事に受けた差別)
・残りの会社生活を我慢するように言われた。
・校長同士の申し送り事項で「危険人物」と紹介され、市の社会科部長の内定を外された。
などが紹介されています。
 育児の悩みについては、育休をとって24時間子供に直面することで生じるストレスや、社会から隔絶される不安が多く語られています。
 脇田氏は、「近所に同性の育児仲間がなく、互いの家に上がりこんでだべるという息抜き」ができないため、インターネットで「男も女も育児時間を!連絡会」という集まりに参加し、おしゃべりと情報交換をしていたことを述べています。
 土田氏は、休業生活に慣れた頃に、職場からの疎外感が芽生え、久しぶりに同僚が誘ってくれた飲み会でガス抜きできたことを語っています。
 中村氏は、平日に娘を連れて歩くときの周囲の視線を挙げ、「一時的とは言え、『会社員』という社会的認知を失い、世間から断絶されたように感じていた」ことを語っています。
 小崎氏は、「大学で学び、保育所にも実習に」行ったが、「赤ん坊は、教科書にも載っていない、実習中にもであったことのない不気味な動物でした」と語るとともに、「閉ざされた空間で、子と親という一対一の対人関係では逃げ場がなく、その狭い空間が全世界のように」感じられると語っています。
 まとめとして、著者たちは、一様に父親が子育てをすることの喜びを語っています。
 脇田氏は、保育園のお母さんたちが、「うちの夫は仕事が忙しくて……。こういう喜びを味わえないのはかわいそう」と話しているのを聞いて、「子育ての報酬とは、こういった形に残らない思い出の積み重ねではないだろうか。子供と向き合い、子供と接しなければ決して得られることのない幸せ」と語っています。また、子供が病気になった時にも、「一人で対応すると仕事との両立は本等に厳しい」が、夫婦で育児をしていると融通が利きやすいことを述べています。
 土田氏は、育休を取ったことを、「一社会人、ひとりの人間」として有意義に感じたこととして、
(1)コミュニケーションスキルが身についた
(2)物事について最後まで責任を持てるようになった
(3)社会の不合理や矛盾に気がついた
(4)親として存在していることに自覚を持てた
の4点を挙げています。
 太田氏は、「公園デビュー」という言葉も知らないまま、平日の公園の母親達の三大派閥に入れずに、ベンチにポツンと座っていた経験を語っています。そして、保育園の父母会の役員を引き受け、「年間計画を立て、各行事の担当者を決め、担当者の報告を聞いて問題を話し合い、皆の意見が割れた場合は調整するといった仕事は管理職が会社で普段やっていることばかりで、いかにも『会社のやり方』を持ち込みやすい」と割り切り、効率第一で仕切っていたと述べています。
 中坂氏は、「育休を取ってよかったこと」として、「子供達がとってもなついてくれること」を挙げ、「育休を取ったからこそ、その後、単身赴任でたとえ離れていても『パパ、パパ』と慕ってくれるんだ」と語っています。
 本書は、今でもまだ取得者の少ない父親の育児休業を、前例のない中で模索しながら切り開いてきた先輩たちの言葉を聞くことができる貴重な一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 本書巻末のアンケートの中で、育児休業を取ろうとしたら上司(校長)から、そういう思想にかぶれた団体かなにかに入っているのか、と訝しがられたという回答が紹介されています。本書の元になった連載以降、さまざまなメディアで父親の育児が取り上げられ、男性の育児休業も言葉としては一般的になった今となっては隔世の感がありますが、当時はそういう思想的背景でもなければとる人はいないだろうと思われていたことが伝わります。


■ どんな人にオススメ?

・前世紀の社会の中で父親が育児をすることがいかに特殊だったかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 山田 正人 『経産省の山田課長補佐、ただいま育休中』 2006年10月10日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日
 大沢 真知子 『新しい家族のための経済学―変わりゆく企業社会のなかの女性』 2006年08月07日
 熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 2006年07月25日
 橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日


■ 百夜百マンガ

ママはぽよぽよザウルスがお好き【ママはぽよぽよザウルスがお好き 】

 テレビアニメにもなった育児マンガの定番。もう10年以上前の本です。母親向けの育児マンガは「あるある」系のネタが中心になりますが、父親向けの場合はカルチャーショック系のネタが多くなるのでしょうか。

2006年10月10日 (火)

経産省の山田課長補佐、ただいま育休中

■ 書籍情報

経産省の山田課長補佐、ただいま育休中   【経産省の山田課長補佐、ただいま育休中】

  山田 正人
  価格: ¥1470 (税込)
  日本経済新聞社(2006/01)

 本書は、現職のキャリア官僚の男性が、1年間の育児休業を取得した体験記です。著者は、育児休業を取った理由を、同じ霞が関に勤める奥さんが、「2人前に育休を取得し、さらに、また1年間育休を取ることは、夫婦間で公平さに欠けるような気がした」ためと語っています。
 男性が育児休業を取得することに対する周囲の反応は様々で、著者は、「私のところで、男性が育休を取りたいなんて言いだしたら、常識的にももう『アウト!』でしょうなぁ。『やる気なし」という烙印を押されて一生復活できないでしょうね」と語った地方自治体の言葉が最終的な引き金となり、「自分の育休が、自分のみならず、他の組織の『常識』を覆すきっかけになるかもしれない」と考えたと語っています。また、世の中の男性がいかに子育てを甘く認識しているかが「いいリフレッシュになるね」という言葉に現れていると述べています。
 男性が育休を取ることへの世間の反応は、
・昼間にかかってきた「お母様いらっしゃいますか」というセールスの電話に「父親である私ならいますけど」と答えたらガチャ切り。
・職場の友人からは、「世の中では、男の育休は出世に悪影響、って思われている」「やっぱり自分が仕事をしているときに仕事をしていない奴がいると腹が立つもんね」と言われる。
・「育休をとるなんて、勤務先でよほどつらいことがあったのか、と思うと、いろいろ心配してしまって、夜も寝られなかったよ」と心配された。
等さまざま語られていますが、特に女性には好意的に受け取られているようです。
 また、父親の子育てに関しては、「子育てに関して、母親でなければどうしてもできない、ということはほとんどない。むしろ、子育ては結構腕力や体力を使う。父親の方が向いていることも多い」と述べ、子育ての喜びは、「親の前でしか見せないとびっきりのかわいらしさ」は、子どもからの特別のプレゼントだと語っています。育休前の自分への反省としては、奥さんにが帰ってくると、今日自分が発見したことを妻に話したくて仕方がないのに、「昔のあなたなら、私がそういう話をすると『うるさい』と言っていたわよ!」と笑顔で冷や水をかけられてしまったことが紹介されています。そして、左手首が腱鞘炎になり、保育士さんから「育児の勲章ですよ」と励まされたことや、霞ヶ関の同期の友人の、「いつも俺は家で疲れているし、子どもも家内の方になついているから、家内が面倒を見る方がみんなハッピーなんだよね」という言葉に、「子どもの面倒をお父さんが見ないから、奥さんの方になつくのだ」、「霞ヶ関では普通かもしれないけど、世の中から見れば、それは異常」とお説教してしまったことなど、子育てを通じて得ることができた気づきが語られています。
 さらに、保育園の送迎の時間帯を「一種の魚河岸のような状態」であるとして、
(1)子どもをベビーカーから降ろし、
(2)ベビーカーを置き場にしまい、
(3)子どもの靴を下駄箱にしまわせ、
(4)子どものコートを玄関の壁にかけ、
(5)手をつないで階段を上がり、
(6)体温・体調を台帳に記入し、
(7)オムツ入れの袋を壁にかけ、
(8)洋服の着替えを籠に入れ、
(9)脱いだ洋服を入れる袋を壁にかけ、
(10)お昼とおやつのエプロンをケースに入れ、
(11)使ったエプロンをしまう袋を壁にかけ、
(12)タオルを壁にかけて、
(13)連絡帳を箱に入れて、
(14)先生によろしくお願いします、と声をかける
の14種類のプロセスをテキパキにこなさなければならないと語っています。
 育児休業中の悩みとしては、一時、風邪の症状とあわせ、気分がすぐれず、すぐにベッドに潜り込むようになってしまった自分に気づき、「プチうつ」状態であったと語り、その原因を、
(1)疲れが蓄まっている。
(2)社会から隔絶されているという孤独。
(3)職場との関係。「男性の育休は出世に悪影響」という世の中の意識。
の3点挙げています。
 巻末には、官僚らしく政策提言も行っています。まずは、子育て支援策としては、政府の支出を拡充するよりも、「子育て控除」のような形で税を活用することを主張しています。その理由は、
(1)「大きな政府」を志向しない。
(2)確実に少子化対策に使われる→飲み代に化けない
(3)きちんと納税している人に恩恵が与えられる。
(4)DINKSや独身者にも理解が得やすい。
の4点を挙げています(ほとんど税金払ってない低所得者には恩恵がないですが)。
 また、首都圏では、住居の狭さが2人目、3人目のハードルになることを指摘しています。
 本書は、忙しくて長時間残業し家庭を顧みないことでは、人後に落ちない霞が関の官僚が育児休業をとってしまうことのインパクトはもちろんですが、間に挟まれる、やまもと妹子のイラストも楽しいので、気軽に読んでいただきたい一冊です。
「やまもと妹子のページ」
http://members.jcom.home.ne.jp/nes_imo/


■ 個人的な視点から

 著者が、育休復帰に当たり、子どもの保育園の迎えがあるので、定時退庁日(水曜・金曜)には定時退庁したい、と人事当局に申し入れたことが述べられていますが、人事当局のお墨付きをもらわないと退庁できないのは、「定時退庁日」とは言わないのでは?と思いました。
 また、ポリオの予防接種に3分遅れて締め切られてしまったときに、窓口で「お役所仕事だな。本当にお役所仕事ですなぁ」と厭味を言うエピソードが紹介されていますが、役所の窓口で一番手強いのは、(元)公務員や(元)教員だといわれています。窓口のない霞が関ではそんなことはないのでしょうが。
 そういえば、育休中の社員サポートで知られる(株)ワークライフバランスhttp://www.work-life-b.com/の小室社長の旦那さんも霞が関で働いているそうですが、こういう考え方の官僚が増えると日本企業の働き方も変わりはしないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・官僚と育児休業というミスマッチに惹かれる人。


■ 関連しそうな本

 脇田 能宏, 中村 喜一郎, 太田 睦, 中島 通子, 土田 昇二, 小崎 恭弘, 中坂 達彦 (著), 朝日新聞社 (編集) 『「育休父さん」の成長日誌―育児休業を取った6人の男たち』
 石井 憲雄 『新米パパは育休さん ~仕事と育児の両立をめざして~』
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
 藤原 和博 『父生術』 2005年06月12日


■ 百夜百マンガ

新ご出産!―まるごと体験コミック【新ご出産!―まるごと体験コミック 】

 育児マンガのおもしろさは動物マンガに通じるような気がします。親馬鹿全開でも許せてしまうのはマンガだからでしょうか。

2006年10月 9日 (月)

図説 自殺全書

■ 書籍情報

図説 自殺全書   【図説 自殺全書】

  マルタン モネスティエ
  価格: ¥3780 (税込)
  原書房(1997/04)

 本書は、「好奇心が極端に強い、一介のジャーナリスト」を自称する著者が、「逸話」、「ゴシップ」、「裏話」などの「三面記事的」と呼ばれるものを取り揃えて自殺の歴史を書き上げたものです。著者は、「ひとつひとつの自殺行為の中に、その人間の気質、ことの発端、極端な状況を映し出す、個人的な刻印が記されている」として、「生よりも死を選んだ人間の歴史を集めることは、興味深いものである」と述べています。
 自殺の方法に関しては、「年齢、階層、職業、性別、その他特定しがたい多くの状況が、人生を捨て去る方法に明らかに影響を及ぼす」として、男性が火器などの絶対確実な方法を用いることが多く、女性が薬や毒を選ぶことが多いために、男性の自殺の達成率は女性を3倍上回っていることなどが述べられています。変わった自殺の方法としては、賭博で財産を失った男が三頭のライオンの入った檻に自ら入って自殺した事件の他、熊や鰐など猛獣の檻に身を投げた記事が紹介されています。
 自殺が流行しやすい現象に関しては、同じ動機を持つ者が死ぬだけではなく、単なる真似によって自殺する場合があること等が紹介されています。
 集団自殺に関しては、歴史上の集団自殺から軍隊における集団自決、そして戦争以上に集団自殺を引き起こすものとして宗教によるものが紹介されています。中でも1978年のガイアナで起きた、教祖ジム・ジョーンズに率いられた「人民寺院」の千人近い史上最大の集団自殺や、1993年にテキサス州ウェイコで起きた「ブランチ・ダビディアン」の集団自殺などは詳しく紹介されています。著者は同様の宗教による集団自殺が世界中いたるところで起きていることについて、「世界中のどこかで、また新たな導き手が信徒から精神的な上前を大きくはねる。その結果、ふたたび信徒の自己犠牲がこの上ない殺戮まで導かれる。こうしたことが起こりえないと、誰に言えよう?」と述べています。 
 恋愛を理由にした自殺については、日本の「心中」の紹介の他、ヒトラーの生涯にかかわった3人の女性が愛のために自殺していること、「自殺のセイレン」とあだ名されたモンテ=カルロのベル・オテロ等が紹介されています。
 軍隊と自殺も関係深いものですが、ヒトラーが「死よりも降伏を選ぶ戦争の指揮官を常に軽蔑し、怒りを見せていた」ので、ナチスの高官や軍人、例えばナンバー2のヒムラーや国民的英雄のゲーリング元帥などは総統の望みどおりに毒を飲んで自殺しています。また、太平洋戦争時の日本軍の集団自殺や、カミカゼ特攻隊、1トンの爆薬とロケットエンジンを積んだ特攻兵器「桜花」などについて解説されています。
 また、自殺と政治的環境に関しては、「自殺は豊かさが目に見えて広がるとそのたびに増加し、政治的危機や戦争の時代になると減少する」という逆説的な関係が述べられています。
 自殺と自殺志願者の関係については、性別が大きな要因であることが述べられています。これは、自殺で死ぬものの4分の3は男性であること、そしてヨーロッパの自殺未遂者の4分の3が女性であり、比率が逆転するという興味深い数字として示されます。また、自殺の理由として、「人生がどう考えても長すぎるという、ただそれだけの理由で、特別な苦しみも不幸もないまま自殺する」人がいることが、「死を待つのに嫌気がさして」首吊り自殺した115歳の老人や、119歳の農民の例が示されています。そして、老人が、誕生日、支払期日、引越し日などの特定の日を選んで自殺すること、ほとんどの場合最後のメッセージを残していることなどが述べられています。
 この他本書には、19世紀末から20世紀初めのヨーロッパに出現した「死の考えを広め、実行を容易にするために尽力」する「自殺クラブ」の存在や、19世紀にフランスで提案された「死ぬ間際の人だけを対象とする新たな道徳税」(パリと各県に工場を建て、フランス全土で毎年30万人以上の自殺者から100フランを受取り、自殺志願者を「穏やかな、心地好い方法で殺す」ことで国庫を楽にする)等について解説しています。
 なかでも、最期のメッセージに書かれている内容を分析した『フランスの倫理統計論』からの以下の引用は興味深いものです。
(1)人や人生に対する非難、不満
(2)両親や愛する人への別れの言葉
(3)葬儀に関する支持
(4)神の慈悲に対する信頼
(5)来世に対する信仰
(6)愛する人と別れる無念さ
(7)過ちを償いたいという願い
(8)自分を偲んで祈ってほしいという願い
(9)自分を自殺行為へ導いた恐怖について
(10)自殺を公にしないで欲しいという願い
(11)精神的苦悩
(12)子どもに自分の死に方を教えないでほしいという願い
(13)思い出の品(肖像写真、指輪)を一緒に埋葬してほしいという願い
(14)勇気を失うことに対する恐れ
(15)髪の毛を一房残してほしいという願い
(16)死体公示所で晒しものになることへの恐れ
(17)聖職者に対する侮蔑
(18)自分の行く末に対する不安
 本書は、基本的には記事の寄せ集めで深い考察はありませんが、その淡々とした筆致こそ、文筆家ではなくジャーナリストならではの恐さのようなものを感じます。


■ 個人的な視点から

 自殺に関する本ということで、日本の「心中」、「切腹」、「自決」などが紹介されています。
 心中に関しては、カップルでの自殺は日本が最も多いとして上で、火山の噴火口が心中の場所として最も多く用いられていると紹介されています。
 また、日本人の切腹の長い儀式に関しては、
・食事をし、精神集中をして心の準備をする・
・畳の上で瞑想を続ける。
・来ているものを腰の下まではだけ、着物を背中側に寄せ、袖を膝の裏側で結ぶ。
・介錯人から短刀を受取り、重々しくゆっくりと、刀の先を左脇腹に刺し、ゆっくり右脇腹まで横に切っていく。
・すべての動作を見守っていた介錯人が立ち上がると受刑者の首を斬る。
 また、1993年2月に東京の女子学生が、三原山の噴火口に身を投げて自殺したことにちなんで大島が「自殺島」として自殺の名所となり、これ以降、337人が後を追い、1408人が引き止められたことが紹介されています。
 ヨーロッパ人にとって日本の自殺の慣習は興味と関心を惹くもののようです。


■ どんな人にオススメ?

・世界中のさまざまなゴシップを流し読みしたい人。


■ 関連しそうな本

 マルタン モネスティエ 『図説死刑全書完全版』
 マルタン モネスティエ 『図説 奇形全書』
 鶴見 済 『完全自殺マニュアル』
 雨宮 処凛 『自殺のコスト』


■ 百夜百音

とんねるず【とんねるず】 とんねるず オリジナル盤発売: 2005

 まさか、とんねるずの「一気」の作詞作曲のコンビによって日本歌謡界の名曲が生み出されたと誰が予想できたでしょうか。作曲は「すみれSeptember Love」の一風堂のキーボードの人です。


『川の流れのように』川の流れのように

2006年10月 8日 (日)

読書力

■ 書籍情報

読書力   【読書力】

  齋藤 孝
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2002/09)

 本書は、「なぜ読書をしなければいけないのか」という問いに、読書によって身につけることができる「読書力」とはなにか、の形で答えているものです。
 著者は、「読書力がある」ことの基準として、「文庫100冊・新書50冊」を挙げています。これは、単なる娯楽本は除き、「精神の緊張を伴う読書」を想定していて、文庫本は、「日常でいつも本を携帯し、時間の空きを見つけて読む」という読書スタイルを身につけることにつながり、新書は、「より大きな知識体系への入り口」であると述べています。そして、本を読んだことの基準を、「要約が言える」ことであるとし、新書というスタイルは、「その本の主旨が要約されている箇所が一般的には、はっきりして」いて、本の内容を論理的に把握し要約力を鍛えるのに向いていることが述べられています。著者は、内容把握のコツは、「本の一番の主旨が書かれているところをしっかりとつかみ出し、そこを頭の中に叩き込むこと」であるとしています。さらに、本を読む力をはっきりと表に出させるものとして、「重要なところに線を引く」という行為を挙げ、「線の引き方でその人に対する理解度がわかる」と述べています。
 著者は、「本はなぜ読まなければいけないのか」という問いに、「まず何よりも『自分をつくる最良の方法だからだ』」と答え、「矛盾しあう複雑なものを心の中に共存させること」が読書によって培われると述べています。また、種類の違う複数の本を幅広く読み続けることが重要であること、一人の著者をきっかけに、本の網の目が広がり、関心の広がりを持つことが世界観の形成に役立つこと、読書が体験の質を高くし、読書をすること自体が体験となることもあること、等を解説しています。
 また、わざとしての読書を習得するために、その上達のプロセスを、
・ステップ1「読み聞かせ」:物語を目で追わずに、耳からだけで聞くという経験は、イマジネーションを喚起させる。
・ステップ2「声に出して読む」:何度も音読することで、言葉が体に馴染み、自分の読んでいるところの先にまで目を届かせるアイ・スパンを拡げる訓練になる。
・ステップ3「線を引きながら読む」:どこに線を引こうかと考えながら読むことで、読みが積極的になり、その本の中に重要な自分にピンと来る文章を見つけることができる。
・ステップ4「読書のギアチェンジ」:本に緩急をつけて読む。
の4つのステップに分けて解説しています。なかでも線を引くことに関しては、著者は、3色ボールペンで色分けをしていて、
・赤:「すごく大事」な客観的な要約。
・青:「まあ大事」程度の客観的な要約。
・緑:主観的に「おもしろい」と思ったところ。
と線を使い分けていることが紹介されています。
 さらに、著者は、読書をすることで、「コミュニケーション力が格段にアップする」と主張しています。読書をしているかしていないかによって、会話に脈絡があるか、すなわち「相手の話の要点をつかみ、その要点を引き受けて自分の角度できる返すこと」ができるか、という違いが生じると述べています。単なる相槌や鸚鵡返しに加え、「相手の言っていることを自分の言葉で言い換える」ことが、「コミュニケーションの中で最も基礎的なもののひとつ」であるとしています。
 著者は、「本を読んでもその内容をすぐに忘れてしまう」というもったいない経験を防ぎ、咄嗟の時に使いこなせるようになるための効果的なやり方として、「本を読んだらとにかく人にすぐその内容を話す」ことや、好きな分を書き写して文章に書くことを勧めています。
 本書は、読書が好きな人はもちろん、「読書よりもまずは体験が大事だ」と思う人(またはそれを言い訳にしている人)にとっても、多くの気づきを与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者は、「本棚を見ればその人がわかる」という言葉を紹介し、「読んできた本のラインナップを眺めさせてもらえば」、その人自身の考えを直接聞かなくてもおよその見当がつくと述べています。そして、自分の本棚を持つことの楽しみを、「自分の世界が広がっていく様子が手に取るようにわかる」と述べ、「自分の今まで読んできた本が見渡せるというのは、非常な喜びだ」としています。そのため、一家四人であれば、すくなくとも、4つの大きな本棚(横1メートル、縦6段ほど)が各人用にあってしかるべきだと述べています。
 そして、本棚に置く本の背表紙が大事であり、本を二重に置くのはあまりいいことではなく、「探せばある」ことと「自然に目に入ってくる」ことの間には大きな開きがあるとしています。
 確かにそうなんですが、4人家族で4メートル分の本棚を入れるスペースを考えると気が重いです。ちなみに、我が家の子供たちの絵本は、横置きにしたカラーボックス1本分くらいで、まだ2メートル分の本棚はなくても間に合いそうな状況です。


■ どんな人にオススメ?

・体験と読書の両方が大事だと思う一。


■ 関連しそうな本

 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年1月15日
 松山 真之助 『仕事と人生に効く100冊の本』 2006年01月22日
 荒俣 宏 『本の愛し方人生の癒し方 ブックライフ自由自在』 2006年08月12日


■ 百夜百音

ベリー・ベスト~すみれSeptember Love【ベリー・ベスト~すみれSeptember Love】 土屋昌巳, 一風堂 オリジナル盤発売: 1998

 アニメの「みゆき」の主題歌「10(テン)%の雨予報 」がそっくりだということに気づいたのはいつの頃でしょうか。まあ「想い出がいっぱい」もいろいろな曲に似てますが。


『OLDIES-SHAZNA BEST ALUBUM 1993 2000』OLDIES-SHAZNA BEST ALUBUM 1993 2000

2006年10月 7日 (土)

数学は科学の女王にして奴隷〈2〉科学の下働きもまた楽しからずや

■ 書籍情報

数学は科学の女王にして奴隷〈2〉科学の下働きもまた楽しからずや   【数学は科学の女王にして奴隷〈2〉科学の下働きもまた楽しからずや】

  E・T・ベル
  価格: ¥840 (税込)
  早川書房(2004/10)

 本書は、副題に「科学の下働きもまた楽しからずや」とあるように、応用数学を中心に、科学者と数学者の方法論の違いなどを論じています。第1巻が、数学そのものの歴史を中心にしているのに対し、こちらは、科学への応用の歴史が中心になっています。
 第11章「数学の女王」では、「女王としての数学」の「気に入りの領土」である、数に関して論じられています。ガウスが数学の女王の冠を載せた整数論においては、「1920年以来広範囲にわたり発見が相次いだ」が、その全領域を見渡せるような展望台は獲得できず、著者はその状況を、「整数論は、数学において残された最後の大きい未開の大陸である。それはおびただしい数の国に分かれ、それぞれに豊沃であるが、いずれも他国の幸福には冷淡であって、有能な統一政府の痕跡も見られない」と述べています。なお、ガウスに関しては、その発言として、「数学史上、時代を画した数学者は三人しかいない。それはアルキメデス、ニュートン、そしてアイゼンシュタインである」という言葉が引用されています。
 また、「初等整数論のうち乗法に関連する部分を建築する材料」である素数が、「整数論の基本定理」である、「正の整数は本質的にはただ一通りのしかたで素数の積として表される」という「整数論の基本定理」の結論に関係していることが述べられています。
 さらに、出版当時は未証明であったフェルマの最終定理に関して、フェルマが「発見したことがらを、蔵書であるディオファントス著『整数論』(C.G.バシェ〔1581~1638〕版)の余白に書き留めておくこと」が多かったことに触れ、そのうちの一つとして最終定理を取り上げています。
 第12章「抽象と予測」では、「数学的推論の独特な力」をもっとも強く感じさせるものは解析学であると述べ、その理由として、「この力は、少なくとも部分的には、数学は与えられた問題ごとに、それを解くうまい攻略法を指南するのではなく、思考の巧妙で透徹した全体をよく練りあげて、新しい推論エンジンに仕上げる」と述べています。
 そして、「数学と他の精密科学部門とを判別する試金石」として、「抽象的でないものは数学ではない」という言葉を紹介し、「数学の本質は、公準と名づける明確に記述されたいくつかの仮定にもとづく演繹的推論である」と述べています。著者は、「理想的な場合へ向かって段階を一つずつ進んでいく」につれ、
 センス(感覚)→ナン・センス(非感覚的なもの)→ナンセンス(無意味)
へと上昇し、「抽象化が行きつけるところまで行ったら、今度は過程を逆向きに進行させて、抽象の最終的結果を実在、すなわちわれわれの感覚的印象と比較してみる」と述べています。
 第13章「キジュコスから海王星まで」では、「科学史上もっとも驚嘆すべき偉業の一つ」であるケプラーの法則を、
・すべての惑星は太陽の周囲を楕円を描いて運動する。太陽はその楕円の一焦点である。
・太陽と任意の惑星とを結ぶ線分は、同じ時間の経過に対して同じ面積だけ掃く。
・各惑星の周期の二乗は、その太陽からの平均距離の三乗に比例する。
と紹介し、ケプラーが15年間もあくせくと働きつづけた理由が、「ケプラーは心から占星術を信じていた」ことであると紹介しています。
 また、著者は、「自然を上手に抽象しておいて、これに数学を適用すると、数学は大きな予言能力を発揮する」と述べ、この例として、ニュートンの万有引力法則を紹介し、「ニュートンの法則ほど、ある多用な現象の大集団に統一を与えた理論(物理科学の一般化)は、今日でさえほかに見当たらない」と絶賛しています。そして、「単純さの点でこれと肩を並べられるもの」として、「現代科学のもう一つの強力な法則」であるエネルギー保存の法則を紹介しています。
 第14章「2種類の絵」では、科学者にとっての数学が、「かれが利用するいくつかの手段の一つにすぎず、しかもあまり重要な手段でない場合も多い」として、科学者が、「一つの研究のどの段階においても」、「計算結果を自然それ自体と比較」できることを述べ、数学者や論理学者が、「でたらめ数学」と読んでいる「科学者の数学」にいちいち文句を付けることの無意味さ等を指摘しています。
 第15章「応用数学の主な手段」では、積分法の主な用途を、「自然から、微分法の言語に翻訳された問題を解くことにある」とし、この2つの算法がなければ、「自然界の永遠流転のある程度満足できる記述はまず得られないであろう」と述べています。
 第16章「微積分学を越えて」では、「微積分学によって数理経済学を攻める行きかた」が、1940年代にゲーム理論の支持者から無視されるようになったことが述べられています。
 第17章「波動と振動」では、「ある条件の下で周期曲線は単純な成分(正弦あるいは余弦)に分解される」というフーリエの定理等が解説されています。
 第18章「選択と偶然」では、選択の理論が、組み合わせ論という広大な分野の一部門であり、偶然性の理論(確率論)は、これよりもさらに一段進んだものであり、この2種類の問題が互いに補完しあうものであることが述べられています。
 最終章である第20章「基盤」では、現代数学の大きな主題が、「公準的方法」と「実数体に基礎をおく解析学」の2つにあるとし、この2つの底には、ブールの『思考の法則』(1854)や「1910年から1914年にかけて行われたホワイトヘッドとラッセルの、数学はすべて記号論理学の練習問題であることを示す試み」以来発展してきた現代論理学が横たわっていることが述べられています。
 本書は、数学に精通している人にとってはもちろん、数学は苦手だという人も、数式はジャンジャン読み飛ばしてもおもしろく読める1冊(上下刊だから2冊)です。


■ 個人的な視点から

 著者は、フェルマの最終定理に関して、「この定理の証明をなしとげた」と思って著者の元に証明を送りつけてこないように注意を、読者に対して促しています。その理由とは、「私はもうそのような間違った証明の試みを100通以上は受けとって点検しているので、もうそのお役目は放免していただけるのではないかと思う」からです。
 結局、この最終定理が証明されるのは、著者の死後34年経った1994年です。それまでの間は、他の数学者の元に「間違った証明の試み」が大量に送りつけられてきたかと思うと、数学者というのも大変な商売だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・数学者の頭の中身を覗いてみたい人


■ 関連しそうな本

 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日


■ 百夜百音

WONDER3【WONDER3】 DREAMS COME TRUE オリジナル盤発売: 1990

 学生時代に「エスケイプ」をコピーしましたが、コード進行が独特で印象的な曲でした。Vo+Key+Gt+Drの4人編成で、毎回練習のたびに、スタジオでシンセと音源をつないでシーケンサーで動かしていたので、練習時間の半分くらいはセッティングに費やしていたような気がします。


『MILLION KISSES』MILLION KISSES

2006年10月 6日 (金)

人事制度イノベーション

■ 書籍情報

人事制度イノベーション   【人事制度イノベーション】

  滝田 誠一郎
  価格: ¥756 (税込)
  講談社(2006/6/21)

 本書は、"企業における組織と人との関係"をテーマに400社を超える企業を取材し、専門誌である『賃金実務』(『人事実務』)や『労務事情』で企業レポートを数多く手がけている著者が、その経験を踏まえ、「成果主義が抱える問題の『解答』を導き出すための方策について考えたもの」です。著者は取材を通じて、
(1)経営環境を取り巻く変化が激しくなる中、人事制度の耐用年数がかなり短くなっていること。
(2)成果主義の人事制度を入れてはみたものの、それ制度として定着していない企業、制度として機能していない企業が多いということ。
に気づいたと述べています。
 第1章「幸せな成果主義・不幸な成果主義」では、日本企業が導入している年俸制を、
(1)賞与を12等分し、月々の給与に上乗せして支払うタイプ。
(2)目標管理制度による業績評価の結果を賞与のみに反映させるタイプ。
(3)目標管理制度による業績評価の結果を賞与と給与に反映させるタイプ。
の3つのタイプがあることを述べるとともに、年俸制に代表される成果主義型の賃金体系の導入が急速にすすんだ1995年を"成果主義元年"と呼び、同時に「リストラ元年」でもあったと述べています。そして、成果に応じて支払う成果給が賃金リストラの決め手となった理由として、
(1)総人件費の伸び率をいかようにもコントロールできること。
(2)総額人件費の伸び率を限りなくゼロに近く抑え込んでも、成果に応じて報酬にメリハリをつけることで社員のモラールアップを図ることができる(?!)という理屈が成り立つこと。
の2点を挙げ、成果主義の本質を、「ひたすら走り続け、勝ち続けなければならないサバイバルレース」であると指摘しています。
 第2章「いい成果主義・悪い成果主義」では、多くの日本企業が導入している成果主義が、「成果に応じた報酬を払いますよといいながら、実は成果に応じた報酬格差がきちんとつかない制度上、運用上の矛盾を抱えている」ことを指摘し、その理由として、
(1)制度上は可能でも、目標を150%、200%達成して再考評価を取り続けることは至難の業であること。
(2)"これでパーフェクト!"といえる評価システムが確立されていないこと。
の2点を挙げています。そして、目標管理制度をベースにした評価制度の問題点として、
(1)あいまいな絶対評価の基準
(2)「目標」の貢献度の違い・難易度の違い
(3)成果を水割りする「相対評価」
の3点を挙げ、中途半端な成果主義の下で一番戸惑っているのは、自らが評価され、部下を評価しなければならない中間管理職ではないかと述べています。
 また、成果主義の問題点に関する労使の考え方について、
(1)『成果主義人事制度の導入効果と問題点』財団法人労務行政研究所、2005年3月実施
(2)「『成果主義』をテーマに実施したwebアンケート」日経BP社、2004年実施
(3)「『こころの健康』をテーマに実施したwebアンケート」日経BP社、2004年実施
の3つのアンケートを紹介し、「成果主義がもたらす弊害を解消・回避するための工夫」が評価制度と目標管理制度に集中していることを指摘しています。
 第3章「人を活かす人事・賃金制度のヒント」では、
・ジェネレーション・ギャップ賃金制度:経済的に気楽であり貪欲な若い世代にのみ成果主義の色合いの強い賃金制度にする。
・フリンジ・ベネフィット制度:プロセス評価の結果を給与以外のもので処遇する。
・中高年コーチ制度:実務、実技面における理論的・実践的指導者としてスタッフの管理職層を活用する。
・社内ダブルワーク制度:社内での副業(拘束勤務/非拘束勤務)を認める。
・社内人材公募制度
・フリーエージェント制度
等が解説されています。中でもFA制度の関しては、2002年に、「一定の経験年数を有する職員が人事当局に申し出をすると、異動希望の優先権が得られる」という制度を自治体として初めて導入した群馬県太田市の事例が紹介されています。
 第4章「成果主義とITで変わるキャリア設計」では、本来成果主義に馴染みにくい間接部門のワークスタイルを、「より進化したITの活用によってシステム化、データベース化」し、「それに合わせて定量化ができるように再構築」するならば、「間接部門においても成果主義がきちんと機能するようになるはず」であると述べています。
 著者は、本書を、「会社が置かれた状況に合った人事制度を取り入れ、状況の変化に応じて見直すこと。特定の層にフォーカスし、そこに対してはっきりとしたメッセージを送ること。そうすれば、少なくともフォーカスした層の人材は活性化する。残念ながらそこからはずれた人材の活性化は望めないが、全体としてみれば会社の業績を下支えする要因の一つにはなる。それこそが考える最良の人事制度だ」とまとめています。
 本書は、数多くの丹念な事例に支えられ、理論ではなく事実による説得力を持った一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 現在「2007年問題」として、世間の人事担当者を悩ましている団塊の世代問題ですが、この問題が危機感を持って受け止められ始めたのは、80年代の円高不況で、本書では、
・「つなぎ年金制度」(三井物産、86年4月導入):早期退職して関係ない会社に再就職すると、三井物産にいたらもらえたはずの年収と再就職先の年収の差額の半分が定年時まで支給される。
・「準定年年金制度」(三菱商事、86年4月導入):早期退職時の年収の約3割が支給される。
という「そこまでやるか!」という制度が紹介されています。


■ どんな人にオススメ?

・成果主義の実際を目にしたい人。


■ 関連しそうな本

 溝上 憲文 『隣りの成果主義』 2006年01月20日
 高橋 伸夫 『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』 2005年3月30日
 高橋 伸夫 『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道』 2005年06月16日
 城 繁幸 『日本型「成果主義」の可能性』 2005年12月08日
 松繁 寿和, 中嶋 哲夫, 梅崎 修 『人事の経済分析―人事制度改革と人材マネジメント』 2006年01月10日
 サンフォード・M. ジャコービィ (著), 鈴木 良始, 堀 龍二, 伊藤 健市 (翻訳) 『日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係』 2006年06月02日


■ 百夜百マンガ

リストラマン太郎【リストラマン太郎 】

 大ヒット作はなかったですが、『代打屋トーゴー』などの渋くていい作品を書いていたことで知られています。もっとたくさん名作を生んで欲しかったです。

2006年10月 5日 (木)

よくわかる!公共サービス改革法(市場化テスト法)入門

■ 書籍情報

よくわかる!公共サービス改革法(市場化テスト法)入門   【よくわかる!公共サービス改革法(市場化テスト法)入門】

  内閣府公共サービス改革推進室
  価格: ¥1200 (税込)
  ぎょうせい(2006/07)

 本書は、平成18年7月7日に施行された「公共サービス改革法(市場化テスト法)」をわかりやすく解説したもので、対象読者は、「これから、公共サービスの改革のための官民競争入札などの導入を進めようとする行政職員、官民競争入札等に参加しようと考えておられる民間事業者、NPO、公務員、公共サービスの受益者となる国民の皆様方」とされています。本書の問題意識としては、「わが国ではこれまで『公』と『私』あるいは『官』と『民』という二分法によって事業を位置づけ、考えてきた」が、民主主義の観点、国民の視点からは、「『公』と『私』の間には『公共』という幅広い時間や空間が存在し、実際に『官民協働』で担われている分野も少なく」ないことから、公共サービス改革法には、「公共という分野をきちんと位置づけていくことが必要ではないか」という考え方が盛り込まれていることが述べられています。
 序章では、公共サービス改革法制定の背景として、「我が国全体にとって喫緊かつ最重要課題の1つ」として、「政府が大きな役割を果たしてきた過去の制度を見直し、行政部門の徹底した効率化、経費削減を通じた『簡素で効率的な政府』を実現すること」を挙げるとともに、限られた財源で高度化する公共サービスへの要望に対応するために、「『バリュー・フォー・マネー』の視点から、投下した資金(=税金)に見合った公共サービスの提供を行うように、公共サービスの提供のあり方を見直すこと」が求められていることが述べられています。
 また、法律の目的は、「『民間にできることは民間に』という構造改革を具体化するため」、
・公共サービスの質の維持向上
・経費の削減
の2つを同時に実現することであると述べられ、競争の導入による公共サービス改革に当たっては、
・「簡素で効率的な政府」(国または地方公共団体)を実現するという観点
・官民競争入札等の透明かつ公正な実施の確保の観点
・官民競争入札などにより落札した民間事業者が有する創意と工夫が効果的に業務の実施に反映されるようにする観点
の3点を基本理念であるとしています。
 さらに、「市場化テスト(官民競争入札)」の背景として、「1970年代以降、構造的な不況に陥った各国政府が導入した新公共経営(New Public Management: NPM)の流れの中で生み出された行政改革手法」であることが解説され、
・英国:""market testing""または""maeket test""
・米国:""Competitive Sourcing""の他、Marketization, Public-Private Competition, Managed Competition
・豪州:Competitive Tendering and Contracting
という各国での呼称が紹介されています。
 第1章「公共サービス改革法のキーワード解説」では、「公共サービス改革基本方針」の作成のために、
(1)民間事業者:
 ・自らが担うことができると考える業務の範囲
 ・そのために必要な政府(国)が講ずべき措置
 ・廃止すべきと考えられる業務の範囲
(2)地方公共団体:
 ・現在、公務員が行うとされている地方公共団体の公共サービスに関し、その実施を民間事業者に担わせることが適当と認める業務の範囲
 ・そのために必要な政府(国)が講ずべき措置
の大きく2つから意見聴取を行うことが解説されています。
 また、官民競争入札等の対象となる公共サービスとして、「行政処分を除く国の行政機関等の業務」のうち、
・必ずしも国の行政機関等が自ら実施する必要がないもの
・「特定公共サービス」
を挙げ、特定公共サービスを、「官民競争入札等の結果、民間事業者が公共サービスを実施する場合に必要となる法律の特例(参加資格、監督上の措置、規則の緩和等)が適用とされる業務」と解説しています。
 さらに、地方公共団体においては、特定公共サービスとして、
(1)戸籍謄本等の交付の請求の受付および引渡し
(2)納税証明書の交付の請求の受付および引渡し
(3)外国人登録原票の写し等の交付の請求の受付および引渡し
(4)住民票の写し等の交付の請求の受付および引渡し
(5)戸籍の附票の写し等の交付の請求の受付および引渡し
(6)印鑑登録証明書の交付の請求の受付および引渡し
の6業務を規定していることが解説されています。
 第2章「官民競争入札・民間競争入札の概要」では、「公共サービス改革基本方針」の策定にあたり、
(1)民間事業者等からの意見を聴取
(2)内閣府が関係府省等と協議
(3)官民競争入札等監理委員会の審議
(4)閣議決定
の手続を経ることを述べ、この過程で、
(1)官民競争入札の対象とすべき業務
(2)民間競争入札の対象とすべき業務
(3)廃止の対象とすべき業務
とを事業仕分けすることが解説されています。
 この他、官民競争入札においては、「透明・中立・公正な競争を実現」するために、「競争条件の均一化(イコールフッティング)」が図られること、民間事業者が公共サービスを担うことになった場合には、守秘義務を課され、みなし公務員とする規定が設けられていること、落札した民間事業者がそれまで業務に従事していた公務員を受け入れやすくするために、国家公務員退職手当法の特例が設けられていること、等が解説されています。
 第3章「地方公共団体における官民競争入札等」では、対象公共サービス実施期間終了時の業務全般の見直しが義務付けられていないこと、など、国の場合と異なる点が解説されています。
 第4章「諸外国の取組み」では、市場化テストの先駆けとなった、1980年イギリスの「強制競争入札(Compulsory Competitive Tendering: CCT)」や、米国、オーストラリアの制度の解説の他、我が国への教訓として、
(1)明確な政治的意思と強いリーダーシップ
(2)情報開示の徹底
(3)重要成果指標の設定
(4)第三者機関による公平性の担保
(5)市場化テストで官が敗退した場合の公務員の処遇
等が解説されています。
 本書は、制度をつくった役所が書いている解説書なので、食い足りないところがある部分は否めませんが、まず制度の概要を押さえる上では手頃な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「官官接待」という言葉がありますが、市場化テストの応用として、「官官競争入札」なんてのはできないもんでしょうか。すなわち、エクセレントな行政サービスを実現した自治体や国の機関が、他の機関のサービスを受注してしまう、という方法です。
 例えば、A市の戸籍関連の業務を、徹底的な業務フローの見直しでスピードと低コストを実現したB市の市民課が受注してしまうとか、国の機関であるC事務所の道路管理業務を、D県の土木事務所が落札するとかです。
 こうなると、優れたビジネスモデルを確立したところが、「版図」を拡大して次々にチェーンを広げることになるので、相当な競争圧力になるのではないかと思います。
 強制的に合併させるよりも、一つ一つの実務ベースで白黒つけて行った方が、「合併時には低い水準に合わせる」という悪弊がなくなるのではないかと思うのですがどんなもんでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・市場化テストの概略を押さえたい人。


■ 関連しそうな本

 内閣府公共サービス改革推進室 『詳解 公共サービス改革法―Q&A「市場化テスト」』
 八代 尚宏 (編集) 『「官製市場」改革』 2006年01月27日
 野田 由美子 『民営化の戦略と手法―PFIからPPPへ』 2006年01月30日
 南 学 (編集) 『実践!「自治体ABC」によるコスト削減―成果を出す行政経営』
 南 学 (編著) 『行政経営革命―「自治体ABC」によるコスト把握』
 大住莊四郎 『ニュ-・パブリック・マネジメント  理念・ビジョン・戦略』 2005年01月23日


■ 百夜百マンガ

マーダーライセンス牙【マーダーライセンス牙 】

 昔の漫画家は、子供たちがマンガから卒業してしまうために、自分はもう飽きられる、古くなる、というプレッシャーに追い立てられ、あの"神様"手塚治虫ですらスランプに陥ったと聞きます。
 最近は、若いサラリーマン向け、中年向け、熟年向けとどんどん高年齢向け雑誌が出てくるせいで、昔のテイスト、マンネリのストーリーのままで生き残れるようになったのではないかと思います。
 いつか『熟年ジャンプ』や『シニアジャンプ』が出るまでこの人は生き残るでしょうか。

2006年10月 4日 (水)

帝都東京・隠された地下網の秘密

■ 書籍情報

帝都東京・隠された地下網の秘密   【帝都東京・隠された地下網の秘密】

  秋庭 俊
  価格: ¥1995 (税込)
  洋泉社(2002/11)

 本書は、東京の地下には終戦前に掘られた無数の地下道網が縦横に張り巡らされていて、その中には国民には知らされていない多数の地下鉄も含まれ、銀座線以外は戦後になってから作られたという地下鉄網も、すでに終戦前に掘られていた地下道を「処理」して作られたものである、という衝撃の事実を明らかにしたノンフィクションです。
 著者は、国会議事堂前駅付近の地下鉄のルートが、国土地理院の地図と営団地下鉄の線路図で異なっていることに気づきます。2つの地図の丸ノ内線のルートが異なり、千代田線と交差している地図と交差しない地図の2通りが市販されていたのです。著者は、国際地学協会や国土地理院を取材しますが、誤差ではないかという回等しか得られません。しかし、著者は、「改描」(地図の改ざん)の疑いを強くします。
 著者はまた、三宅坂の国会図書館の建設を受注した大成建設に首都高、地下鉄などの受注が集中していること、首都高の工事の中で「営団の仕事をした」との言葉が残されていることに注目します。そして、戦前、大成建設の前身であった大倉組が東京高速鉄道という地下鉄会社を興し、同社が新宿と築地を結ぶ地下鉄新宿線の免許を持っていたことに触れ、「この地下鉄が実際に建設されていたのではないか」との疑念を抱き、「仮に地下鉄の新宿線が建設されていて、それが首都高の新宿線に変わったとすれば」との仮設を立て、大成建設への工事集中の理由を、新宿線の処理ではないかと推測しています。そして、日比谷、銀座、東銀座、築地は現在の日比谷線のトンネルになったのではないかと推測しています。
 1990年に御徒町で起きた道路陥没事故に関して、地象に関する第一人者である大学教授から、そこに陸軍のトンネルがあったこと、「陸軍のトンネルは東京のいたるところに合って、どこにあるかわからない」ことを聞き出しています。また、都営大江戸線が戦前の要所ばかりを結んでいて、「広軌」を採用しているにもかかわらず車両がコンパクトであり急カーブも多いことに疑問を抱き、「昭和の宿題だった」という都営地下鉄OBの発言を紹介し、東京のそこかしこに残っている地下鉄と地下道を処理し、戦前の広軌の線路をそのまま使うことができたと述べています。
 著者は、営団地下鉄が設立された理由として、空襲下の交通機関として不可欠なものであったことを指摘し、その資本金も、都と私鉄が出せなければ政府が全額支出するつもりであったと述べています。
 また、地下鉄丸ノ内線・赤坂見附―四谷間にあるカーブの半径が「182メートル88センチ1ミリ」であることに着目し、このトンネルが戦前に使われたマイル法の200ヤードに当たることを発見します。そして、このトンネルが「戦前からあったといういう以外の説明は」つかないと述べています。
 著者は、GHQが製作した地図の中に、赤坂見附から荻窪まで「広軌」の線路が示され、新宿荻窪間のうち、新宿―中野坂上は「西武新宿」、中野坂上―荻窪は「東京地下鉄道」と記されていることに着目し、戦前のうちから赤坂見附―荻窪間に地下鉄があったとすると、戦後営団地下鉄がつぎ込んだ膨大な建設費はどこに消えたのか、という疑問を述べています。
 そして、著者は現在の地下鉄の壁にも注目しています。都心部の路線に見ることができる銀座線よりも古そうな薄茶色の壁が姿を現す場所を調べ、全路線に共通することを確信すると、「この壁は道路のもので、地下鉄のものではない」という仮説にたどり着き、東京の地下鉄は元々あった地下道の壁の両脇に線路を敷いたものではないかと述べています。
 また、関東大震災後の「帝都復興」時に東京市から申請された地下鉄の6路線について、
・第1線:築地-日本橋-浅草橋-浅草-押上
・第2線:戸越-五反田-三田-赤羽橋-新橋-銀座-日本橋-秋葉原-上野-千住大橋
・第3線:目黒-恵比寿-六本木-虎ノ門-日比谷-東京-神田-本郷三丁目-巣鴨-板橋
・第4線:渋谷-高樹町-赤坂見附-桜田門-日比谷-築地-月島
・第5線:新宿-四谷四丁目-市ヶ谷-五番町-東京駅前-永代橋-南砂町
・第6線:大塚-池袋-目白-江戸川橋-飯田橋-九段下-大手町-日本橋-人形町-大島町
のうち、「皇居の中央を横切る地下鉄」である第5線から建設したはずだと推測しています。
 この他著者は、「戦前から多数の地下鉄があった」ことを示唆する資料が山とあふれているとしています。
 本書は、大胆な(!)仮説が多く、荒唐無稽な印象を与えますが、戦前に地下の防空壕や地下道があったこと自体は疑いのないことだと思われますので、その地下処理についての本格的な研究、記録の必要はあるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の特徴は、とにかく読みにくいことです。唐突に仮説が示されたり、図の解説がわかりにくかったり、とにかく普通の本の倍の時間がかかる印象です。
 著者は、あまりあからさまに書くと、本自体が出版できなくなってしまう、と言い訳をしていますが、だれかもっと読みやすく「翻訳」してくれる人はいないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・地図に現れない東京のもう一つの顔に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密〈2〉地下の誕生から「1‐8計画」まで』
 秋庭 俊 『新説 東京地下要塞 ― 隠された巨大地下ネットワークの真実』
 秋庭 俊 『帝都東京・地下の謎86』
 秋庭 俊 『写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎』


■ 百夜百マンガ

トイレット博士【トイレット博士 】

 「七年ゴロシ」とかいろいろありましたが、真似しないように。突き指に注意。
 作者本人は博士じゃなくて教授になってました。
http://www2.aasa.ac.jp/faculty/hyogen/tutor/main.html#

2006年10月 3日 (火)

超官僚―日本株式会社をグランドデザインした男たち 宮崎正義・石原莞爾・岸信介

■ 書籍情報

超官僚―日本株式会社をグランドデザインした男たち 宮崎正義・石原莞爾・岸信介   【超官僚―日本株式会社をグランドデザインした男たち 宮崎正義・石原莞爾・岸信介】

  小林 英夫
  価格: ¥1631 (税込)
  徳間書店(1995/04)

 本書は、今日までつながる「日本型経済システム」の底流として流れ続けている、"国家統制計画"の原型をつくった「昭和史の黒衣・宮崎正義」に光を当てて、まとめなおした昭和の経済史です。著者は、日本現代史において、きわめて個性的な人物を輩出してきた満州において、児玉源太郎、後藤新平、石原莞爾、板垣征四郎、松岡洋右、鮎川義介、岸信介、星野直樹、東条英機、溥儀などの影に隠れた「きわめて重要な人物」として、宮崎を紹介しています。
 第1章「仮面の国家・満鉄」では、後藤新平の「文装的武備論」を象徴する組織として、シンクタンクである満鉄調査部を紹介するとともに、満鉄が「その創立当初から、南満州鉄道株式会社という仮面をつけた国家」であったことを述べています。
 第2章「歴史の主役と黒衣」では、表舞台で活躍した石原莞爾と、黒衣であった宮崎正義の生い立ちに触れ、ロシア革命が宮崎の人生に大きなインパクトを与え、「行き詰った資本主義の行く末、あるいは国家経済のあり方というものについて、目の前に『どうだ』とばかりに問題を突きつけられ」、そして、「革命後のソビエト社会主義の功罪を徹底的に分析し、得るものは得、捨てるものは捨てることによって」、「新しい国家経済というものを日本に作り上げようとした」ことが述べられています。また、石原が、過去の人類が、「決戦戦争と自給戦争を交互に繰り返し行ってきた」という戦争観を元に、『世界最終戦論』を構築したこと、この最終戦争が、
(1)欧州連合
(2)アメリカ合衆国
(3)ソビエト連邦
(4)日本とアジアを結ぶ東亜連合
の4つの勢力のうち、東亜とアメリカによって行われると予想していたこと、等が紹介されています。さらに、宮崎が、ソ連における新しい経済政策であったNEPに着目し、「NEPは資本主義への後退などではなく、戦時共産主義政策の失敗を踏まえての新しい社会主義を目指す政策である」と評価してきたことなどが述べられています。
 第3章「新国家・満州の設計図」では、満州事変の翌年、関東軍の意向を受けた宮崎が、「満鉄調査課の付属機関ではなく、まったく独立した組織」として「経済調査会」という組織を作り、その目指す「満州国」の基本経済建設の方向性として、
(1)日満経済を単一体に融合し、両者の間に自給自足経済を確立す
(2)国防経済の確立(国防資源の開発)
(3)人口的勢力の扶植
(4)満州経済を自由放任に任せず、国家統制のもとに置くこと
の4点が示されたことが述べられています。そして、宮崎が、「決め手は経済統制だが、何から何までやたら統制すればいいということではなく、統制の要不要をきちんと判断した上で目的と計画を立て、それにそって方法と程度が妥当な範囲で、実行可能なことを考えろ」と考え、国家統制を、
・権力的統制:国家による計画にしたがって運営されるもの。
・経済的統制:あくまでも営利を前提とするもの。
の2種類に考えていたことが述べられています。
 第4章「『日本株式会社』のグランドデザイン」では、1933年に宮崎が東京に"左遷"された理由として、「満州を含める日本関係全地域の経済建設計画」実現のために、中央政府の賛同と協力援助を得る説得を行う目的で、満鉄から日本に送り込まれたこと、石原の私的機関として設立された「日満財政経済研究会」が、参謀本部機密費から資金を得て、「日本で唯一のシークレット・チャンバー」としてどんな資料でも手に入れることができたこと等が述べられています。なかでも、1936年に完成した日満財政経済研究所の活動の原型ともいえる『昭和十二年度以降五年間歳入及歳出計画、付緊急実施国策要綱』において、
(1)行政機構の根本的改編:総務庁の新設など。
(2)国防費の徹底的経済強化
(3)国防産業の飛躍的増産及輸出計画の実施
(4)経済各部門(産業、金融、貿易其他)に対する国家管理の強化
が緊急実施国策として示され、ここに「資本主義経済に対する国家管理の強化」という宮崎の経済思想がはっきりと現れていること、「ここに示されている官僚統制の思想は、よくよく検討してみると、まったくそのままではないにしても、非常に多くの部分が今日まで引き継がれていることに気づかされる」ものであり、「『日本株式会社』の原型として、戦後の高度経済成長をもたらした日本独自のシステムにつながるもの」であることが述べられています。
 そして、この計画を国の政策として実行するために、各方面に働きかけ、満州の部分は、『満州に於ける軍需産業建設拡充計画』として、満州の湯崗子温泉で会議が開催されたこと、陸軍の五カ年計画として『重要産業五年計画要綱』が策定されたことを述べ、日中戦争の勃発により、「石原、宮崎たちのいう統制を通じた重要産業五年計画実現と構想」が、「統制を通じた戦時経済完成へとその姿をかえた」ことが述べられています。
 第5章「完成した『官僚資本主義』」では、宮崎が完成させた『重要産業五ヶ年計画要綱実施に関する政策大綱』において、
(1)金融政策
(2)貿易対策
(3)為替政策
(4)物価政策
(5)産業統制政策
(6)機械工業対策
(7)交通対策
(8)国民生活の安定保証政策
(9)財政政策
(10)行政機構の改革
の10項目の政策が提示されたことが紹介されています。そして、宮崎が関心をもっていたのは、「思想としての社会主義ではなく、技術としての社会主義」であり、極端に言えば、「彼はみずから提示した技術を、誰がどのような思想のもとで使用しようと、自分の関与するところではないと考えていたような節がある」と述べ、宮崎が「徹底したテクノクラートであって、決して思想家ではなかった」こと、彼の主張が、「有能なテクノクラート集団としての『官僚国家』の確立にあった」こと、すなわち「日本独特の『官僚資本主義』というべきもの」であったことが述べられています。
 また、本書のもう一人の主役級である岸信介について、岸と松岡と鮎川が、統制経済を実現するため、「満鉄の財産を松岡が切り離し、それを鮎川が引き受け、それを統制して切り盛りしたのが岸であった」という"三スケ"談合説を紹介しています。
 第6章「『日本株式会社』の戦後」では、日本の特異な社会制度がつくられた大きな転換期として、1920年代を挙げ、この時代に、労働者が一つの会社に定着する年功序列体系が整えられ、金融統制によってメインバンク制の原型が生まれたことが述べられています。
 本書は、現在に連なる「日本株式会社」の原型を知るという点で有用であると同時に、戦前の満州と東京を舞台に歴史の黒衣として暗躍した人物の生涯を読む楽しみを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、1929年に「満蒙独立」を掲げた「満州青年同盟」が立ち上げられたエピソードとともに、この運動の中心的人物として、長春で歯科医を開業していた小沢開作という人物が紹介されています。彼は、自らの息子に、板垣征四郎の「征」と石原莞爾の「爾」をとった「征爾」と名づけますが、のちに世界的指揮者として知られることになります。また、征爾の兄の俊雄は、ドイツ文学研究者として筑波大学の副学長も務めた人物ですが、その息子はコーネリアスこと小山田圭吾とフリッパーズ・ギターを結成したことで知られています。


■ どんな人にオススメ?

・日本の「官僚資本主義」のルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 小林 英夫 『「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯』 2006年01月02日
 山室 信一 『キメラ―満洲国の肖像』 2006年01月13日
 小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著) 『「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造』
 小林 英夫 『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』
 小林 英夫 『満鉄―「知の集団」の誕生と死』
 岡崎 哲二, 奥野 正寛 (編集) 『現代日本経済システムの源流』


■ 百夜百マンガ

犬神【犬神 】

 人智を超えた「人ならざる者」との出会い、というテーマは、作者の他の作品にも通じるものですが、どうしてもこのテーマだと、世界観がインフレしていって書ききれなくなってしまうのが残念なところです。
 とは言え、クライマックスに向けて加速していく筋書きはとても楽しめます。

2006年10月 2日 (月)

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで

■ 書籍情報

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで   【飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで】

  アルフレッド・W. クロスビー
  価格: ¥2940 (税込)
  紀伊國屋書店(2006/05)

 本書は、人類が持つ「物を飛ばしたり燃やすことを好む傾向」と「それを巧みに行う技量」が、「地球上の生命にどのような影響を及ぼして」きたのかを探ろうというものです。著者は、ヒトに特異的な特性の中から、
(1)二足歩行
(2)地球に生息する動物の中で随一の投擲力
(3)火を操る能力
の3つの特性に着目し、ホモ・サピエンスを、「二足歩行し、ものを投げ、火を操る動物」と定義しています。
 第1部に当たる「第1の加速 ものを投げる、火を操る」では、ヒト科がものを投げる能力によって、「被食者から捕食者に変貌した」こと、つまり、「石や槍や矢を投げたり飛ばすことにより、離れたところにいる獲物をしとめられるようになった」ことが述べられています。
 第2章「人の強さは投げるものしだい」では、アウストラロピテクス類の先祖が、木から木へすばやく移動する「腕渡り(ブラキエーション)」を可能にする、360度回せる肩を持っていたことを指摘し、アウストラロピテクス類が、「どのように石を使うか」という点で革新性を発揮し、石を投げていたのではないか、「アウストラロピテクス類が成し遂げた決定的に革新的な行動とは、なにかに当てるために物を投げたということだろう」と推測しています。著者は、数百万年にも前に、物を投げることが重大な結果を招いたことを裏付ける、最良の証拠として、私たち自身を挙げています。著者は、「石を投げて的に命中させるという行為は自然界の脅威の一つであり、コウモリが反響定位によって闇の中で昆虫を捕らえるのに匹敵するもの」であると述べ、「4メートル先に置いたウサギ大の的に石を命中させるためには、11ミリ秒の『発射時限』の間に石を手放さなければなら」ず、これが8メートルになると「発射時限」がわずか1.4ミリ秒になることを挙げています。
 また、後期石器時代には、私たちの先祖が「飛び道具(ミサイル)」を発射する斬新な方法である、「アトゥラトゥル」という「矢や槍を投げる時に用いる棒状の道具」を発明したことが、「石器時代のカラシニコフ」という言葉とともに述べられています。著者は、このアトゥラトゥルが、「単に食物の獲得や攻撃ないし防御に役立つ新たな手段」にとどまらず、「二つの取り外し可能なパーツからなる道具をつくり始めた」という点で、「旧石器時代に道具という概念に革命的な変化が生じていたことを示唆する、現存する最古の証拠」であると述べています。
 第3章「地球を料理する」では、ヒト科が、「さまざまな形で地上に蓄えられた太陽エネルギーを解放した」ことによって、他に抜きん出た存在になった存在となったことが述べられています。この「火を操る能力」を獲得したことにより、人類は、「ある惑星の環境を『とくに人類の生存に適するという観点から』地球に似た環境に変えること」である「テラフォーム(terraform)」を実践することができるようになったことが述べられています。
 第4章「人類と動物界の大激変」では、後期更新世における多様な動物種の絶滅の特徴として、
(1)その規模がきわめて大きかったこと。
(2)大きな動物の方が小さな動物より、はるかに大きなダメージを受け、成長した個体の体重が44キログラムを超える「大型動物(メガファウナ)」に分類される哺乳類の半分以上の属が絶滅した。
ことを挙げ、この原因として、人類の行動の強力な原因とみなす「人為説(過剰殺戮説)」を紹介するとともに、これに対する疑問として、(1)当時人間の数が圧倒的に少なく、(2)これほど多くの大型動物を殺せるような技術を持っていなかった、ことを挙げています。また、ヒトの狩猟能力が遺伝的進化の産物ではなく、文化的進化の産物であるために、同類との闘争ではとどめの一撃を自制するメカニズムが、「道具とりわけ飛び道具で敵をしとめる」人間には備わっていないことを、「打ち負かされたオオカミが腹を上に向けると、勝った方のオオカミは本能的な騎士道精神にしたがって立ち去るが、負けた人間が降参すると、勝者はその原にどめを刺す」というカートミルの言葉を引用しています。
 第5章「飛び道具の発展」では、武器の進化の中で、「梃子と歯車と鋼鉄でできたクロスボウ」が、戦争の性質を一変させる「機械化された兵器」であるという点で、「軍事テクノロジーの潮流の変化を示す前触れ」であったことが重要であることを指摘しています。また、トレビュシェットと呼ばれる攻城用投石器が、「平衡おもり式」に進化し、クリミア半島沿岸のカッフェでは、ペストの犠牲者の遺体が投げ込まれ、この出来事をきっかけに西ヨーロッパにペストが大流行したことが述べられています。また、何にでもこびりつき、水をかけても消えないため、十字軍によって「ギリシア火」と呼ばれて恐れられた焼夷兵器を用いたビザンツ人が、その製法を秘匿していたことなどが紹介されています。
 第2部の「第2の加速 火薬」では、マルコ・ポーロやイブン・バトゥータに代表される職業的旅行家がユーラシア大陸の端から端まで伝えたクロスボウやトレビュシェット、ギリシア火などの兵器のうち、最も重要なものが火薬であることが述べられています。
 第6章「中国の不老不死の霊薬(エリクシル)」では、中国の道教の錬丹術書に、「火薬の君は硝石で、硫黄と木炭は臣である」と述べられていることや、火薬によって物を飛ばす「火槍」(火砲の一種)、籠から多数のロケットを発射する「火籠箭」などが発明されたことが紹介されています。
 著者は、人類が爆発物に執着する理由として、「人類は爆発物そのものを、それが生み出す壮観な情景と歓喜と恐怖ゆえに、熱愛している」からであると述べ、「人類には轟音と閃光に強く心を惹かれる性向がある」ことを、祝い事で打ち上げられる数多くの花火や、詩人の言葉を引用しながら述べています。
 第7章「『火薬帝国』の誕生」では、「火薬の影響を考慮せずに第2千年紀を理解しようとするのは、火山活動を無視して地質学を講じようとするに等しい」と述べ、
(1)社会が火薬を導入した速度
(2)火薬と結びついた社会の変化に抵抗する政治的及び広義の文化的伝統の根強さ
の2つの変数に着目しています。著者は、日本の戦国時代の火薬の受容と放棄、オスマントルコに登場した全長7メートル近い世界最大の大砲「マホメッタ」、ハワイ諸島の統一を果たしたカメハメハ1世が、600挺のマスケット銃と14門の大砲、40門の旋回砲、6門の小型迫撃砲を保有していたこと等を紹介しています。そして、西ヨーロッパ諸国が帆船に「可能な限りの大砲」を積むことができるようになったことで、1800年には地球上の陸地の35%を占有または支配したことが述べられています。
 第8章「機関銃・大砲・第一次大戦」では、銃身や砲身への腔線の施条やガトリング銃の発明、黒色火薬からニトロセルロースなどへの火薬の進化により、鉄砲の破壊力を飛躍的に高めたヨーロッパ諸国が、19世紀後半の数十年の間に、世界の全域に対し、有史以来例のない突出した軍事力を持ったことが述べられています。そして、この新しい飛び道具のテクノロジーが、「火薬時代の到来とともに出現した国民国家の間の競争意識を抑えることが」できず、「国家間の衝突を従来よりはるかに破壊的で血なまぐさいもの」にしたことを指摘しています。そして、第一次大戦時に、フランス人の士気をくじく目的でドイツが導入した重量140トン、砲身の長さが34メートルに達する「パリ砲」が紹介されています。このパリ砲は、フランス北部のラオン近くの林から55度の射角で発射され、成層圏に突入し、高度40キロメートルに達すると、パリのセーヌ河岸に着弾し、その距離は地表面に沿って測ると140キロメートルに達したことが述べられています。
 第3部に当たる「第3の加速 地球外空間と原子内空間へ」では、第二次世界大戦が第一次大戦よりも数倍残虐なものとなった理由として、
(1)中国と日本の主役級としての参戦
(2)ドイツとロシアで皇帝に代わって権力を握った怪物が実行したジェノサイド
の2つに合わせ、
(3)人類が火を投げる能力が1939年から1945年の間に飛躍的に高まったこと
を挙げています。
 第9章「V-2と原子爆弾」では、第二次大戦中における飛び道具のテクノロジーの進歩を物語るものとして、「V兵器」と称されるヒトラーの「報復兵器(フェルゲルトゥングスヴァーフェン)」である、
・V-1:飛行爆弾。飛行家の発想の産物。あらかじめ定められた距離を飛ぶと、自動的にエンジンが低下し、爆薬を詰めた巨大な暖冬もろとも期待が自由落下する仕組み。
・V-2:史上初の長距離ロケット。科学者と予言者の想像力の産物。このロケットで殺傷された人数(2700人)は、このロケットを製造中に志望した奴隷労働者(2万人)よりも少なかった。
・V-3:通称高圧ポンプ砲。砲手の発想による飛び道具のテクノロジーの精華。極端に長い150メートルの砲身を通って、160キロメートル離れたロンドンに爆風の嵐をお見舞いする、はずだった。
の3つを紹介しています。そして、ヒトラーが理解を示していなかったユダヤ系の物理学者たちが、米国に亡命し、マンハッタン計画に加わり、成果を挙げられなかったV-2の弾頭にふさわしい原子爆弾を開発したことが述べられています。
 第10章「はるかなる宇宙へ」では、冷戦期の宇宙開発史における米国の偉業として、1969年の月面着陸と、1972年の木星探査機を取り上げ、これらを成し遂げることができた理由として、
(1)財力に恵まれていたこと。
(2)科学と産業のインフラストラクチャーが第二次世界大戦によって損なわれなかったこと。
(3)20世紀前半の世界で最も優れたロケット研究者の集団を手中に収めていたこと。
を挙げています。なかでも3つ目の理由については、ドイツのロケット研究者集団が、
「私たちはフランス人を見下しており、ロシア人を死ぬほど恐れていた。イギリス人には私たちに研究を続けさせる余裕があるとは思えなかったので、最後に残ったのはアメリカ人だった」と考えていたことが紹介されています。
 第4部「第4の加速 ふたたび、地球へ」では、「物を投げたり飛ばすという行為は、走ることがチーターの特性を示すように、ヒトという種に特徴的な行為である」と述べています。
 本書は、飛び道具をキーワードに、人類の文明史を鋭く切った一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 「ナチスの科学は世界一チイイイイ!」といえばジョジョ第2部のシュトロハイム大佐の名セリフとしてあまりにも有名ですが、本書を読むと、ロケットに関してはほんとうに世界一であったことを実感させられます。


■ どんな人にオススメ?

・物を投げ、物を燃やすことが好きな人。


■ 関連しそうな本

 アルフレッド・W・クロスビー (著), 小沢 千重子 (翻訳) 『数量化革命』
 アルフレッド・W.クロスビー (著), 佐々木 昭夫 『ヨーロッパ帝国主義の謎―エコロジーから見た10~20世紀』
 E. メイヤー (著), 竹内 さなみ (翻訳) 『驚異の戦争〈古代の生物化学兵器〉』 2006年07月08日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)』 2006年08月15日


■ 百夜百マンガ

柔道部物語【柔道部物語 】

 とりあえず名前が「三五十五」なのがあんまりです。YAWARAのような派手さはありませんが、部活マンガの楽しさとギャグが満載の作品です。

2006年10月 1日 (日)

ジンクス〈ギャンブル篇〉

■ 書籍情報

ジンクス〈ギャンブル篇〉   【ジンクス〈ギャンブル篇〉】

  荒俣 宏
  価格: ¥357 (税込)
  角川書店(1988/10)

 本書は、古今東西のギャンブルに関する雑学を集めた、「ギャンブルの博物誌」です。
 著者は、フランスの哲学者カイヨワが、人間文化の基本の一つである「遊び」を
(1)競争:スポーツ全般
(2)運:富くじや賭博
(3)模倣(物まね):演劇やダンス、儀式、芸術
(4)めまい:ジェットコースター、ブランコ、登山、スキー
の4つに分けたうち、ギャンブルは第2の区分に属していることを述べ、まずは重要な文化を担っている「遊び」について解説しています。世界各地の伝統的な遊びは、古代の神事にルーツを持ち、ギャンブルと占いとは深い因縁につながれていることが述べられています。そして、占いに端を発するゲームとして、
(1)板または象徴的小片(駒)の落下あるいは位置の観察による占い
(2)矢や棒を放りなげる占い
の2系列から発し、前者が碁やチェス、将棋、後者が八卦、サイコロ、ドミノにつながったことを紹介しています。
 本書がまず取り上げるギャンブルは麻雀です。麻雀のルーツを扱った正式な歴史書は中国にも存在せず、著者はその理由を、
(1)宮中の秘事として、遊びというよりは占いのようなことに使われたから。
(2)清朝末期の混乱にまぎれて作り出された全く新しいゲームだから。
の2つ挙げています。日本に麻雀を紹介したのは、日本最初の麻雀指南書の一つとされる『支那風俗』を著した井上紅梅という人物です。彼は中国の賭博に相当詳しいことから、いわゆる「悪社会」に深く首を突っ込んだ人物ではないかと言われています。
 中国ではマージャンの他に「チーハ」というオカルティックな賭博が大流行しました。これは、「中国では鳥獣虫魚の性質を持つ伝説の人物36門の中から、親が選ぶ1問を当てる」という簡単なルールを持ち、これに勝つための奇妙な占いや呪いが各地で生み出されたことが紹介されています。
 第2章では、チェスをはじめとする盤上ゲームが取り上げられています。チェスのジンクスには、
・思わぬときにチェスをやると、厄介なことに巻き込まれる。
・誕生日にチェスをすると、友人をうしなう。
・ライバルとチェスをして勝てば、つらいことにも打ち勝てる。
などがあることが紹介されています。また、ソ連から西側に亡命したチェスのチャンピオンを巡っては、ソ連側がプロパガンダのために、対戦場にコンピュータ、統計学、医学、心理学、オカルトまで総動員し、中でも、相手の思考能力を奪おうと、ゾハール博士という強力な催眠術師まで送り込まれたことが紹介されています(対する西側も、テレパシーによる思考攪乱のためにヨーガの達人を送り込んだというのでどっちもどっちですが)。
 また、1770年にウィーンに登場した人間の相手をするチェスの自動人形「トルコ人」にも触れられています。人間相手に約300局戦いほとんど負けず、かのナポレオンにも勝ったことがあるということ人形は、「ボードの下の装置の中にチェスの強い人間が入って人形の左腕を動かしていた」というものでしたが、現代のトルコ人形である「DeepBlue」がチェスのチャンピオンを破ったのは本書の出版後ですが、本書にもコンピュータどうしのチェスの世界選手権が1977年から開催されていることが紹介されています。
 ギャンブルにはイカサマがつきものですが、本書では「番灘(フワンテ)」という賭博において胴元が仕掛けるさまざまなイカサマとして、
・急眼神:札を伏せた時点で中の枚数を把握していて、人気に従い、耙(匙)で数えながら臨機応変に対応する。
・飛子:ふたを取る際に早業で、中の一個を耙で跳ね除ける。
・提子:耙で銭を数えながら、中指を用いて巧みに1、2枚を掌に隠しこむ。
・添丁:あらかじめふたの内側に銭をつけておき、必要に応じて落としてしまう。
・攝子:小さな磁石を掌に隠し持ち、銭を引きつける
・一聲雷:賭場に偽巡査を混じらせて、ふたを開ける際に客の視線をそちらにそらせ、その隙に銭を飲み込む。
等が紹介されています。
 この他、カード・ゲームを解説している第3章では、「シカト」の語源として、「花札の10月のシカがそっぽを向いていることに由来する」という「10月のシカ→鹿十(しかと)」説を紹介しています。
 また、ジャンケンのバリエーションとして、本来の「拳」は、格調高く無言で行われたので「正拳」と呼ばれ、歌や掛け声をともなう現在のジャンケンなどは「軟拳」と区別されたことが述べられています。よく昔のメンコに書いてあった「狐、庄屋、鉄砲」は「狐拳」(庄屋拳、藤八拳)と呼ばれるもので、
・狐:両手を耳にあてて形をまねる。
・庄屋:両手を膝にあてていばる。
・鉄砲:左腕を伸ばして漁師が撃つ真似をする。
という動作をするものであったことが紹介されています。この他、「虫拳」(親指:ヘビ、人差し指:蛙、小指:ナメクジ)や「薩摩拳」(相手の開いている指の数を言い当てる)等が紹介されています。
 競馬に関しては、「競馬というギャンブルが実は巧妙に仕組まれたショーだという視点から、そのシナリオを読み解くことで勝てる」とする必勝法を「競馬謀略説」と名づけ、高本公夫『競馬で勝って喚起する本」のポイントを、
(1)馬は「経済動物」であり、競馬サークルは共存共栄をはかる。
(2)勝つ馬はあらかじめ決定されている。
の2点挙げています。この説の延長には、年間を通じてレースが面白く適度に荒れ、血統的な裏づけや出目馬券もある程度満足させるアレンジを行う「レースデザイナー」の存在が浮かび上がってくることが紹介されています。
 協議系のギャンブルとしては、戦後十年近くの間、女子競輪レースがあったこと、闘牛、闘犬、闘鶏の他、闘ウズラ、闘魚、闘ゴキブリ、闘コウロギ、闘サソリ、闘ヘビなどがあることが紹介されています。
 この他、当てもの・運命ゲームとして、パチンコ、猿に輪かけ等が紹介されています。
 本書は、ギャンブルに勝つためには全く役に立たないと多いますが、ギャンブルをやめたい人にとっては、くだらないと思わせるに十分な内容ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 そういえば、本書のタイトルでもあるジンクスに関しては、
・つくりたての墓石を削り、破片を左手の袖に入れて賭場に行くと必ず勝てる。
・ネコの皮を身につけるとギャンブルに勝てる。
・ウサギの足は賭け事のお守り。
などの全くのジンクス系の話もありますが、
・試合中に、側に人がいると凶。
等は、イカサマの危険を言っているものではないかと思います。
 碁打ちの言葉に、
「碁でも善知鳥安方(うとうやすかた)」
という言葉がありますが、これは、善知鳥(うとう)の母鳥が「うとう」と呼ぶと、子が「やすかた」と答えるという伝説に基づいたものです。
 「島崎くんはイルカの曲芸」みたいなものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・ジンクスを担ぎがちなギャンブラー


■ 関連しそうな本

 荒俣 宏 『ジンクス事典 恋愛・結婚篇』
 日本博学倶楽部 『あの「迷信・ジンクス」は本当か?―「運の良し悪し」から「恋愛」、「ギャンブル」、「数字」まで』


■ 百夜百音

黄昏めもりい【黄昏めもりい】 丸山圭子 オリジナル盤発売: 2002

 「どうぞこのまま」で知られる、世間的には「一発屋」アーティストですが、こういう曲がヒット曲としてラジオから流れる世の中というのは、今と比べてもとても羨ましいような気がします。


『ベスト撰集』ベスト撰集

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