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2006年10月31日 (火)

ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない

■ 書籍情報

ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない   【ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない】

  佐々木 常夫
  価格: ¥1575 (税込)
  WAVE出版(2006/6/15)

 本書は、肝臓病を患い、うつ病で自殺未遂を繰り返す奥さんと、自閉症の息子を支えながら、ビジネスマンとして大企業で同期トップの出世を果たした、東レ経営研究所所長が、自らの家族と仕事を語ったものです。
 本書の構成は、著者の波乱に満ちた家族の物語と、ビジネスマンとしての成長との2本柱を並行させています。家族の物語としては、年子で生まれた3人の子ども(長男、次男、長女)の育児に追われる日々、そして長男の自閉症(高機能自閉症「アスペルガー症候群」)と入退院を繰り返す奥さんの肝臓病とそれに起因するうつ病、そして奥さんと長女の自殺未遂が語られています。また、ビジネスマンとしては、「会社生活を通じて一貫して多忙なセクションを渡り歩」いてきた著者が、何度も転勤と単身赴任を繰り返し、大阪と東京を早朝深夜の新幹線で往復する日々を送りながら、計画性と効率性を信条に、携わった仕事の仕組みを変えていく様が語られてきます。
 著者は、「よくそんな大変な生活を乗り切ってきたものだ」と感心する人に対し、「人の不幸の程度は体重や血圧のように測定することはできないし、他人から見たら小さな不幸であっても、その人にとっては大変な重荷であることもあろうし、私の不幸もそれなりの重荷なのだ」と語っています。しかし、「決して負けるまい、決してあきらめない。きっと良い日が来る」と前に進んできたと述べています。
 著者が、長男の自閉症を知ったのは、赤ん坊の頃に親がいなくても平気で、ミニカーに執着し、立ち歩きや言葉の発達が遅いことを気にしだし、3歳の時に大阪小児センターで「自閉症的傾向」という診断を受けたときでした。幼稚園や小学校では集団生活になじめず、一人で行動する一方、漢和辞典の漢字を全部覚えてしまったり、車や国の名前、歴史や人口などを暗記したり、一度通った道はほとんど覚えてしまうなど、関心のあることには特異な能力を発揮する長男を育てる負担は、著者の家族に重くのしかかります。
 そして、長男が中学生になった年に、奥さんがB型の急性肝炎で入院したことで、著者は、家事と仕事とを否応なしに両立させなければならない「クレイマー・クレイマーの毎日」を送ることになります。朝5時半に起きて、家族の朝食と昼食を作り、子どもの登校の用意をし、8時には出社すると、「その日のスケジュールを確認し、書類を整理し、部下への仕事の指示を決め」、会議は「時間厳守、資料は事前配布」でできるだけ短くし、夕方6時には退社し、夕食を作り、寝るまでには持ち帰った会社の仕事をする、という平日と、奥さんのお見舞いと一週間分の掃除と買物をする週末という生活は、想像を絶するものですが、著者は、「課長というポジションにいて課全体の業務を仕切れる立場にいたことが、効率的な仕事を可能にし」、「もともとマメな方」だったので家事にも負担を感じなかったと語っています。
 高校に入った長男は、急に勉強に興味を持ち出し、「何かを分析したり、いろいろなものをパターン化する」ことで教科書を丸暗記し、2年の後期にはクラスのトップになるものの、高校3年の時に、突然幻聴が聴こえ始め、この幻聴が、この先の家族を苦しめ、特に奥さんにとって大きな負担となっていきます。そんな著者の救いになったのは、横浜の保土ヶ谷に引っ越した時に入会した、自閉症者の親の会「やまびこ会」でした。著者は、「自閉症という概念はある程度わかっていたが、それをもっときちんと勉強もせず、俊介が成人になるまで放っておいた」ことに対する反省を語っています。そして、この親の会の体験が、「私たちは会社の仕事をするだけでいいのか……」という「重い問いかけ」のきっかけになったことが語られています。
 また、高校卒業後、全寮制の看護学校に進んだ長女が、学校生活のストレスから、秩父の山から自殺を図ったこととともに、奥さんとの間で夫婦のすれ違いに気づき始めたことが語られています。「要は何が言いたいのか」と効率主義で結論先行の著者と、「さまざまなことをゆっくり話しながら理解してもらいたい」奥さん、未来志向の著者と過去を引きずる奥さんとの間に横たわる冷ややかな溝が、当時の奥さんの手紙として紹介されています。「母親としての私の役目も終わったのでしょう」「その後には、あとに何が残っているのでしょうか」という手紙を受け取った著者は、奥さんの心の病ゆえではないかと思い、それ以上深く考えることをしませんでしたが、入退院を繰り返す生活の中で、ついに奥さんは「今包丁を持っている、これでお腹を切って死にたい」と職場に電話をかけ自殺を図ります。著者は、この事件をきっかけに、家庭の事情をスタッフ全員に説明することを決めています。
 著者が同期のトップを切って取締役になり、激務の生活が続くようになると、奥さんの病状も悪化し、ついには2度目の自殺を図ります。このとき著者は、「何のために結婚したのか」「何のためにこんな苦労をしているのか」と悩みますが、「『何のため』という問題」ではなく、「自分が出会った人生であり、自分が選んだ人生なのだ。それなのにこんなに惨めになるなんて、それは私の生き方ではない」ことに気づきます。そして、「絶対良い日は、笑い合える日は必ず来る」と自分を勇気付けています。
 著者は、2003年に東レ経営研究所の社長に就任しますが、「会社のトップなので自分の都合で大事な会議やイベントのスケジュールが決められる」ので、家族に起きたトラブルに対応できる効果が大きかったと語っています。
 著者の家庭と仕事との両立が、世間に知られるようになったのは、『アエラ』2004年11月22日号の特集「カエリーマンの仕事術」に記事が掲載されたことです。この記事をきっかけに、「子どもがダウン症」「不登校」「うつ病」など、さまざまな人から家族の悩みを打ち明けられたことが語られています。
 本書は、家族のトラブルに悩んでいるビジネスマンはもちろん、ぜひとも奥さんに読んでもらいたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、著者の家族の物語として、読み応えのあるものであると同時に、生産性の高い効率的な仕事を進める仕事術としても価値のある教訓がたくさん収められています。
 著者は、東京大学での指導教官である隅谷三喜男教授の、「東レに行きなさい、銀行などには行かない方がいい」という奨めで入社後、「入社早々から残業を繰り返す」という生活に染まっていきます。著者は、「人の教育は家庭や学校にはなかなか期待できない」と考え、「不十分な教育のまま入社してきた人たちを一人前の社会人にするのは、企業の大事な仕事」であると自説を述べています。
 そんな著者にとって、「一皮むける」最初の経験となったのは、経営破綻しかけた取引先の一村産業に、再建スタッフとして送り込まれたことです。当時の社長は、一村産業の社長として送り込む取締役に、「どんな人材を何人でも好きなだけ連れて行ってよいから、なんとしてでもこの会社を再建させろ」と命じ(「ゲキを飛ばした」と書かれていますがこの用法は誤りではないかと思います)、最年少の著者を含む「営業・技術・経理・人事・管理などのエキスパート12名」を送り込んでいます。著者は、このときを「赤穂浪士の討ち入りのような気持ち」だったと語っていますが、この12名のうち6名は後に東レの取締に就任しています。このとき著者は、「月月火水木金金、残業時間は二百数十時間という生活」を送っていますが、「並の人間が手を抜かずにそんな長時間労働を続けるのは不可能」であり、「多分そんな人はどこかで手を抜いているのではないだろうか」と述べ、著者の場合は、4ヵ月に一度突然高熱を出し、「二日ほど死んだように眠る」ことを繰り返し、「佐々木の知恵熱」と呼ばれていたと語っています。
 その後東レの繊維事業の中枢機能部署に戻った著者は、最初に書庫の整理を10日ほど行うことから仕事を始めます。昭和20年代以来の資料を、不要な書類は捨て、「重要なもの、やや重要なもの、それほどではないもの」に分類してマークし、書類のリストを作っています。著者は、会社の仕事のパターンをつかみ、「そのパターンに応じていかに効率的に、最良の解答に到達するか」がビジネスマンの仕事であると語っています。
 1984年に繊維企画管理部の統括課長に就任した著者は、課長になって権限を持つことで、自分流の仕事の進め方を徹底していきます。「課員全員の過去1年の実施業務の重要度とそれに費やした工数(延べ作業時間)を試算し、本来そのことに費やすべき工数と対比」することで、重要度の高さと費やした工数とが一致していないことを洗い出しています。著者は課員全員にこのことを理解・共有化するため、『仕事の進め方三カ条』として、
(1)仕事は計画的に重点的に
(2)仕事は最短コースで効率的に
(3)仕事は結果がすべて
の3点を徹底しています。
 著者は、残業の効用自体は認める一方で、「上司のつまらない考えややり方によってどれほど無駄な残業をさせられたか」は事実であり、このためには、「まず形から入る」すなわち、「夜6時で仕事を終えるにはどうするか」に渡来すべきであると述べています。
 そして、課員に対し、「3年で物事が見えてくる。30歳で立つ、35歳で勝負は決まり」というメッセージを配布し、「35歳になるとその人の成長角度は決まってしまう。急角度の成長線を持つ人とそうでない人では差が広がる一方で、緩やかに成長する人は強い意志で努力しようとする人に追いつくことはない」と語っています。
 その翌年には、最も忙しい課の課長就任した著者は、自分の流儀を徹底し、仕事の大部分を夕方までに終わらせ、ついには、毎日10時まで残業し休日出勤していた隣の課も合併してしまいます。著者は、その長時間労働の実態を見て、「会社の仕事というのは何だろう」と思い、「90点の評価を得ようとすると大変だが、それを80点でいいと思った瞬間に30パーセント仕事時間が減る。90点とするか、80点とするかは、組織の責任者の判断が大きい」が大きいと述べ、「業務遂行にはプライオリティーの設定とバランス感覚が求められる」と語っています。
 また、会社以外にも、「官民の中堅幹部人材育成のための勉強会」である「浩志会」に入会し、「この会の活動を通じ、自分の会社以外の動向や官庁の有様なども学ぶこと」ができたことで、「大きな財産」を得たことが語られています。
 著者は、「会社の生活の中で私がひどく腹が立つのは、長時間労働や非効率な仕事の仕方である」と述べ、「なかには長時間労働が仕事の成果につながっていると考えたり、残業しないと落ち着かない人もいる」と指摘しています。著者に対して、「仕事にどっぷりつかる、寝ても冷めても仕事、という時期を何度か経験したことのある人間でないと、本物にはならない」(原文ママ、「覚めても」の誤字と思われる)と反論する人もいることを紹介し、「真剣に頭を使い、計画的に効率的に仕事をやっているかはよく吟味しなくてはならないし、仕事が最優先という考えをすべての人に押付けるわけにはいかない」と、「大きな重い荷物を担いでいる人たち」と調和しながら仕事をすることの重要性を述べています。
 また、「女性の活用」を制度を変えても、「自分の家庭のマネジメントができない男性に会社の中でだけ女性を活用せよと言うのは無理な話」だと指摘しています。


■ どんな人にオススメ?

・仕事のために家族をあきらめたくない人。
・家族のために仕事をあきらめたくない人。


■ 関連しそうな本

 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 オリヴァー サックス (著), 吉田 利子 (翻訳) 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 2006年03月26日
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 オリバー サックス 『妻を帽子とまちがえた男』 2006年10月15日
 安部 省吾 『知的障害者雇用の現場から―心休まらない日々の記録』 2006年06月27日
 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日


■ 百夜百マンガ

遥かなる甲子園【遥かなる甲子園 】

 障害者が出てくるマンガと言えば有名なのはこの作品ですが、マンガの中では聴覚障害者は比較的登場回数が多いようです。

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