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2006年11月

2006年11月30日 (木)

新しい社会契約

■ 書籍情報

新しい社会契約   【新しい社会契約】

  小河原 直樹
  価格: ¥1575 (税込)
  ファーストプレス(2006/11/17)

 本書は、「企業の競争力の源泉は、人材である。しかし、会社と従業員が求めているものにはギャップがある。そのギャップを埋めていくことが人材マネジメントの役割である」という著者の認識の下、「企業と従業員の新しい絆をつくっていく人材マネジメント」として、「企業が従業員の自己実現を支援しながら、従業員の生み出す付加価値により企業価値を向上させていく」"コミットメント型人材マネジメント"を提示しているものです。
 著者は、本書執筆の動機として、外資系企業の人事部門責任者として、「必要な人材とそうでない人材を選別し、評価を明白に反映する人事制度を作成することで、社員が競い合う企業文化をつくれ」という上司の指示の元、社員を強制的に3ランクに区分し、「上位は評価し、中位は教育して、下位は刺激する」案を作成したが、その上司が1ヵ月後に解任され、後任の上司から「これは私の戦略に合わない」の一言で廃案になった経験を紹介し、「あのプランを実行していたとして、はたして優秀な人材の流出に歯止めをかけることができたであろうか」とホッとし、「お金や高いポストだけが優秀な人材をひきつける動機づけになるのだろうか」という問題を考えるようになったと述べています。
 序章「日本的経営の進化版"コミットメント型人材マネジメント"」では、グローバル経済では、「人材価値こそが唯一の差別化要因」であり、競争力の源泉となる「高い専門性と倫理観を持ったプロフェッショナルな社員」を採用し、長い間働いてもらうことが、企業の最重要課題となると述べています。そして、「企業の競争力の源泉である人材価値を高め続けるプロセスと、人材に選ばれる魅力的な環境を提供」するために、
・「プロセス育成型評価制度」と「選択雇用制度」を両輪とした「コミットメント型人材マネジメント」
を提案しています。
 第1章「プロフェッショナルな人材を創造する"プロセス育成型評価制度"」では、今までは、「勤続年数ごとに上がっていく年功序列制度」が有能な人材の採用と長期雇用を動機づける役割を果たしてきたが、「求められる人材能力の変化は、年功序列に代わる企業と従業員を結ぶ新しい絆を必要としている」と述べ、プロセス育成型評価制度の必要性を説いています。
 著者は、この制度が従業員にとって長期雇用の動機づけとなる理由として、
(1)従業員のマーケット・アビリティを高める能力開発制度である。
(2)プロセスを通じて、会社の価値観を働く人の間で共有できる。
の2点を挙げています。
 また、日本の成果主義の誤りとして、
(1)成果主義本来の意味を取り違えている
(2)社員の帰属意識を高める役割を果たしていない
(3)数値目標に基づいた結果主義であり、人材育成の機能を果たしていない
の3点を指摘したうえで、「潜在能力から高い結果を求めるならば、成果に至るまでの"プロセス"を能力開発として運用していかなければならない」と述べています。
 そして、プロセス育成型評価制度の評価ポイントとして、
(1)プロセス主義:成果を上げるために必要な専門知識・スキルと、成果に至る行動や思考などのプロセスを評価する。
(2)成果主義:仕事の成果を評価する。
の2点を挙げ、現在の日本企業の評価基準である、「能力評価、情意評価、業績評価」のうち、「能力評価と情意評価をプロセス主義に一本化し、業績評価を成果主義に置き換えて考えるとわかりやすい」と述べています。
 また、プロセス育成型評価制度を導入するステップとして、
(1)求められる人材像の明確化
(2)リーダーの育成
(3)人材マネジメントを現場に権限委譲
(4)企業戦略の中での個人の役割の明確化
(5)変革する人事部の役割
の5段階を挙げています。このうち、「求められる人材像の明確化」に関しては、プロフェッショナルな人材の要件として、
(1)高い専門性とビジネスの基本能力を有する。
(2)社会的責任に基づく職業倫理感を持ち、企業理念を共有できる。
の2点を実践できる人であることを述べています。また、「変革する人事部の役割」に関しては、これからの人事部に求められる役割として、
(1)経営者の良きパートナーとしての役割
(2)策定した人事施策を現場に浸透させるコーディネーターとしての役割
(3)部門間や社内で生じる"ヒト"に関する問題に対するコンサルタント能力
の3点を挙げ、「どんなに素晴らしい制度をつくっても、従業員一人ひとりが制度を理解し、円滑に運用できなければ意味がない」と述べています。
 第2章「自己実現を可能にする"選択雇用制度"」では、「企業戦略に基づいたさまざまな雇用形態を示すことで、企業と従業員との間に、新しい関係を築き上げる」ことができるとし、「閉塞感のあるサラリーマン社会に、自己実現を可能にする"新しいライフスタイル"を提供するきっかけ」となると述べています。
 著者は、「仕事を通じて自己実現を図っていく」ためには、「従業員が自分の能力を正しく把握し、自分にふさわしい仕事を社内で探して"手に入れる"ための制度」が必要であるとして、
・社内公募制度:各部門長が「必要な人材」「ほしい人材」を社内から公募する制度。
・社内FA制度:勤続年数や社内資格などで一定の要件を満たす従業員には「FA行使の権利」が与えられ、他部門への異動を申し出ることができる。
・社内ベンチャー制度:従業員が立案した新規事業案を社内審査にかけ、採算性が十分に認められると判断した場合は、会社が出資してベンチャー企業を設立する。
等を例示しています。
 また、市場性・専門性を高めていく研修制度をつくるため、
(1)人事評価プログラムとリンクした研修制度
(2)教育研修のための社内インフラ整備
の2点が必要であると述べています。
 さらに、仕事と生活のバランスを考え、自分にあった働き方を従業員が選べる制度が必要であるとして、
(1)早期選抜型コミットメントタイプ:優秀な人材は早い段階で要職につかせ、高いキャリアコースを歩ませる一方で、常に成果を求められ、減俸や降格、クビもありうる。
(2)一般選抜型マネジメントタイプ:経験を積みながら中堅幹部を目指してキャリアを積む。
(3)緩やかな年功序列型専門職タイプ:特定の専門職として、定型業務をこなし、数値目標は特に負わない。
の3つのキャリア形態を示しています。
 そして、「人材マネジメントこそが企業の要である」と述べ、
(1)企業戦略を明確にする
(2)人材の組織化
こそが、経営者の役割であると説いています。
 第3章「"コミットメント型人材マネジメント"を実践する」では、戦略的人材マネジメントが、
(1)企業戦略を明確にして、具体的な目標を事業部単位に落とし込む。
(2)必要な人材の調達/配置を行う。
(3)事業目標を個人レベルに落とし込む。
(4)成果を正しく評価し、従業員にフィードバックすることで、能力開発とキャリアプランに活かす。
(5)評価の結果を給与やボーナスなどの処遇に反映する。
の5段階のプロセスで実行されていることを述べた上で、人材マネジメントは、
・第1:企業戦略に必要な人材を採用・配置するプロセス→(1)(2)
・第2:個人レベルに目標を設定し、評価結果をフィードバックし、能力開発と処遇に反映させるプロセス→(3)(4)(5)
の2つのプロセスに大別できるとしています。
 このうち、事業目標の個人レベルへの落とし込みに関しては、直属のマネジャーと従業員が話し合って目標設定を行う際に、
・企業戦略の中での従業員の位置づけを明確にさせる。
・従業員の個別事情を考慮し、仕事を通じた自己実現を支援していく。
の2点の注意して話し合いを行うことを説いています。
 さらに、プロセス主義の評価ポイントとして、
(1)企業理念に沿った行動規範を実践できたか。
(2)成果に対するプロセスの憲章と問題点の洗い出し。
の2点を挙げています。
 第4章「欧米の社会契約を分析する」では、「日本企業がアメリカと同じようなリストラに踏み切れば、短期的には人件費削減の収益改善になる」が、「長期的には貴重な企業活動の源泉である"人材"の社会損失を引き起こすだけである」ことを指摘するとともに、アメリカの賃金体系では、「同一職務同一賃金の考え方が従業員にも浸透しているため、従業員も自分に何を求められているかを十分把握している」ので、「成果主義がうまく機能する」ことを指摘しています。
 そして、日本経済の屋台骨を支えてきた中高年世代が、会社のために滅私奉公してきたのは、「生活を支えるため」だけではなく、「仕事を通じて自己実現を図り、組織の一員として認知されることが、サラリーマンの働きがいだった」と述べ、「日本人にとって会社とは、生活の手段であると同時に、自己を確立する場所」なのであると指摘しています。
 著者は、「人事政策は企業の価値観を従業員に伝えるメッセージである」と述べ、企業の成功のためには「働く側が価値観を共有」できることが必要であり、「働く側の価値観を反映できる人材マネジメントが必要」であると説き、「日本人の価値観を反映できない人事制度は、うまく機能しない」と指摘しています。
 著者は、本書を通じて、「企業は、プロフェッショナルな人材が生み出す付加価値によって収益を拡大する。そのために企業は、能力開発に必要な環境を従業員に与えていく。企業は従業員の貢献に敬意を払い、従業員は自己実現を与えてくれる場を提供してくれる企業に対して敬意を払う」という"対等な信頼関係"をつくっていくことをといています。
 本書は、人事部門の人間はもちろん、組織で働くすべての人間にとって、組織と自分との"対等な信頼関係"を模索する手助けになる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のもったいないところは、「新しい社会契約」というタイトルだけを見ても、人材マネジメントの本だとはわからない点です。特に、図書館などにおかれた場合には、帯は外されてしまい、「プロフェッショナル人材を会社に引きつけるマネジメント」というコピーを読むことができなくなりますのでなおのことなんだか分かりません。
 「社会契約」と言えば「むすんでひらいて」の作曲者として知られているルソーの方を思い浮かべてしまう人が多いことでしょう。「政治」のコーナーに置かれてしまったりしたら本当にもったいないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・組織と自分との関係を見直したい人。


■ 関連しそうな本

 都留 康, 阿部 正浩, 久保 克行 『日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証』 2005年06月24日
 高橋 伸夫 『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道』 2005年06月16日
 城 繁幸 『日本型「成果主義」の可能性』 2005年12月08日
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年3月23日
 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年4月5日
 松繁 寿和, 中嶋 哲夫, 梅崎 修 『人事の経済分析―人事制度改革と人材マネジメント』 2006年01月10日


■ 百夜百マンガ

愛しのアイリーン【愛しのアイリーン 】

 はじめは農村の嫁不足と国際結婚を切り口にするものの、どんどん深く深く人間を掘り下げていく姿勢は、この作者ならではのものではないかと思います。

2006年11月29日 (水)

日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像

■ 書籍情報

日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像   【日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像】

  中村 伊知哉, 小野打 恵
  価格: ¥1785 (税込)
  日本経済新聞社(2006/05)

 本書は、「産業が文化を形成し、文化が産業を築くメカニズム」である「産業文化力」に光を当て、「産業文化力が新時代を拓く」を基本テーマに、ポップカルチャーを論じているものです。世界のテレビアニメの6割は日本製であり、「ポケットモンスター」は世界67カ国と2地域、「クレヨンしんちゃん」は世界46カ国で放映され、日本のゲームソフトの約半分は海外に出荷されているという状況は、「日本はスーパーパワーを再生している。政治経済の逆境というよく知られた状況に反し、日本の国際的な文化影響力は静かに成長してきている」と評されていることが紹介されています。
 第1章「ソフトパワーとしてのポップカルチャー」では、ジョセフ・ナイが提唱した「ソフトパワー」という概念を、「軍事力と経済力を源泉とする『強制力』としての『ハードパワー』に対し、文化や経済といった『魅力』によって欲するものを得る力」であると解説しています。そして、消費するコンテンツとしての日本のマンガ、アニメ、ゲームを超え、ライフスタイルの広がりととらえることができ「日本のポップカルチャーが生むライフスタイルを「カッコイイ」と感じる世界共通の気持ちが、『ジャパン・クール』という言葉に代表されるムーブメントとなっている」と解説しています。また、中国本土では、日本や台湾、香港で使われる旧字が、「資本主義的な、あるいはポップカルチャーの香り漂う外来文化を表現する文字」ととらえられ、文字表記にも影響を及ぼし始めていることが紹介されています。
 第2章「世界を駆ける変化の兆し」では、これまで欧米の「横書き・左とじ」の文化に合わせ、日本マンガの版下を逆版にしてつくっていた翻訳本が、「本物を見たい」という要望を受けて、「右とじ」で出版されることがほとんどになったことが紹介され、「有史以来、横文字を左から右へ読む『左とじ』の本のみを出版してきた欧米において、ひとつの文化革命ともいえる現象」と解説されています。また、世界の日本ポップカルチャー・ファンにとって、秋葉原が"聖地"となっていることが紹介され、この「世界の『オタク」の聖地としての秋葉原」減少を、短期的集約促進策としてとらえるのではなく、「明治の近代化以降、日本初の、そしてこれが最後となるかもしれない、千載一遇の時機、日本の文化・社会総体の問題としてとらえることが必要」であると主張しています。
 第3章「ポップパワーの源流」では、アメリカのハリウッド映画が、「混血文化ならではの汎世界性」という強みを持って世界に進出した例を挙げ、日本ポップを、「近代ヨーロッパの伝統、アメリカの大量生産・大量消費システム、国際的な若者市場システム、複合的なマスメディア資本の支配する日本社会から生まれた日本発の汎世界的な混血文化として、世界に広がっていった」ものであると指摘し、「これを世界の文化や社会の中にどのように位置づけていくかという課題が、日本に問いかけられている」と述べています。
 第4章「日本ポップカルチャーの構造」では、日本ポップカルチャーの特徴として、「マンガとアニメがコンテンツの多メディア展開という新しいビジネスの典型となっていること」を挙げ、週刊誌に連載されたマンガのうち人気のあるものが書籍出版され、さらに、日本のアニメの6割がマンガを原作としていること、テレビシリーズ終了後はDVDとして発売されるなど、「ひとつの作品で、何度でも『おいしい』というコンテンツの多メディア展開の先端を行く」ものであることが解説されています。
 また、これまで家庭用ゲームのハード、ソフトの強さのみが評価されていたのに対し、日本がこれまで、「家庭用ゲーム、アーケードゲーム、携帯電話ゲームなどの多メディア展開を、厳しいユーザーの評価眼が支えることで国際競争力を築いてきた」ことを指摘し、「日本のファンのニーズを先行指標として、世界市場を見据えた戦略が必要とされている」と述べています。
 第5章「日本のポップはどう見られているか」では、各国における日本ポップの受容状況について解説しています。
 まず、中国で日本アニメの正式参入が進んでいない要因として、
・外国製コンテンツの総量規制:日本からの"技術供与"は歓迎するが国内アニメ産業の振興を目指す。
・人治主義的なセンサーシップ:暴力・正・戦闘シーンの他、政治的な規制も。
の2点を挙げています。
 フランスでは、1978年に放映された「ゴルドラック」(日本名「グレンダイザー」)のヒット(少年層の視聴率は100%と言われる)によって、「キャンディ・キャンディ」、「アルバトール」(日本名「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」)などが放映されるようになる一方、日本アニメへの反発も強くなり、「日本のアニメは全般的に暴力的」と、宮崎勤による連続幼女殺害事件も引き合いに出し、日本製アニメの放映を控える動きが出てきたことが解説されています。また、EUレベルでの「国境のないテレビ」指令(フィクションの放送時間の50%以上をEU製番組にあてる)等の木制によって、1990年代後半にはほとんど日本アニメは放映されなくなったと述べられています。しかし、1999年の「POKEMON」のトレーディング・カード、ゲーム、テレビ放映の開始によって大ブームを呼び、日本のマンガ、アニメへの理解が高まったと解説されています。
 第6章「ポップカルチャー政策」では、1990年代にコンテンツ産業への関心が高まり、通産省や郵政省が政策領域として認識し始め、2000年以降はデジタル化の進行により急速に進展し、政府が内閣官房に知的財産の戦略本部を置き、複数の支援措置法が成立し、インターネット上の規制などの政策議論も高まっていることが解説されています。著者は、コンテンツ政策が急速に重視されるようになった要因として、
(1)ブロードバンドの整備の進展
(2)ポップカルチャーに代表される日本のコンテンツが海外から注目を浴びたこと。
の2点を挙げています。
 そして、コンテンツ政策の特徴としては、
(1)政策の範囲が広く手法が多様である
(2)行政目的が不明確
(3)責任の所在が不明確
等の点を指摘しています。
 また、各国のコンテンツ政策を
・アメリカ――民間主導・産業政策中心――ハリウッド集中型
・フランス――政府主導・文化政策中心――芸術中心型
・韓国――政府主導・産業政策中心――ポップカルチャー集中型
と類型化した上で、日本のスタンスを、「国際社会におけるスタンスのリニューアル段階にあり、そうした中で明確なモデルの設計と選択がまだできていないために不鮮明な政策状況にある」と述べています。
 著者は、日本のコンテンツ政策の今後の展開として、
・デジタル化推進・助成型産業振興から流通構造改革へ
・強みへの集中・総花的産業振興から強みの強化/集中型推進へ
・人材育成・プロ/ビジネス支援から誰でもクリエイターへ
等を提唱しています。
 第7章「デジタルキッズ」では、日本のコンテンツ産業の人材育成施策が、「他国に比べ弱体である」ことを指摘した上で、「日本人は表現下手」というお定まりの評価に対し、「映像で考え、映像で表す時代には、日本なりの力を発揮できないだろうか」と問題提起し、こどもたちにポップカルチャー創造の活動の場を提供するNPO「CANVAS」の活動を紹介しています。
 第8章「産業文化力とコンヴィヴィアリティ」では、もともと「酒席での陽気な大騒ぎ」をさす「コンヴィヴィアリティ」という言葉を紹介し、産業文化力としてのポップパワーを評価する軸として、
(1)産業としてのポップカルチャー
(2)表現媒体としてのポップカルチャーの意義
(3)ソーシャルキャピタルあるいは文化資本としてのポップカルチャー
の3点を提示しています。
 本書は、報道レベルでの情報が多い、日本のポップカルチャーの姿を多面的に見せてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 フランスでは、「必ずしも日本で人気があるコンテンツがフランスで人気があるとは限らない」そうです。日本では大ヒットとは言えない『銃夢』が2005年のマンガの人気ランキング2位に入っていたり、谷口ジローが「もっとも文学性の高い漫画家」と評価されている例が紹介されています。
 そういえば、コミック『アフタヌーン』が翻訳されたり、エヴァが放映されたりと、日本の「文化系オタク」的な文化の受容性が高いのかもしれません。その点では、ドラゴンボールが好きでコスプレではしゃいでるアメリカ人はどちらかというと「体育会系オタク」なのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・オタクは自分には関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 堀淵 清治 『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日
 杉山 知之 『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』
 町山 智浩 (翻訳), パトリック・マシアス (著) 『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』
 浜野 保樹 『模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで』


■ 百夜百マンガ

一球さん【一球さん 】

 『ドカベン』しか知らない人にとっては奥の深い、水島高校野球ワールドの一作。子供の頃は「一休さん」しか知りませんでした。

2006年11月28日 (火)

日本を

■ 書籍情報

日本を   【日本を】

  田中 康夫
  価格: ¥1995 (税込)
  講談社(2006/6/20)

 本書は、前長野県知事にして、新党日本の党首である著者が、「信州・長野県における実践的軌跡」を記した「日本を」を右開き(縦書き)で、「私たちの在るべき社会」を記した「Minima Japonia ミニマ・ジヤポニア」を左開き(横書き)という変則的なスタイルで著した一冊です。
 
■「日本を」
 序章「『怯まない』『屈しない』『逃げない』」では、「『的確な認識・迅速な行動・明確な責任』の下、官でも民でもない公の精神にもとづく"インフォームド・コンセント=情報開示"がなされ、一人ひとりが『自主自律・自己責任』の"矜持と諦観"を抱いて日々、"インフォームド・チョイス=情報選択"の営為を重ね合わせる中で、高齢社会、少子社会の二十一世紀に相応しい私たちの在り方を探り当てねばなりません」と述べ、「『官から民』ならぬ『官から公』、『民から公』の心知こそ肝要」であり、「行政機関が行う公共事業のイメージではなく、誰もが散策可能な開かれた公園のイメージこそが、本来の『公=パブリック』」であると主張しています。
 第1章「『三位一体改革』のまやかし」では、経済財政諮問会議や規制改革・民間解放推進会議に集う「平成の政商」が「官から民へと声高に語る」不透明な改革は、真の改革ではないと指弾しています。そして、補助金自体が悪いのではなく、補助金のあり方を、達成すべき数値を設定し、良い意味での実績を残すことを目的とした「新しい発想の成果主義」に変えていくことを主張しています。また、自身の住所をめぐって裁判になった住所複数説に関しては、「2006年春現在の日本の首相は、その在任中、住民票のある横須賀市の自宅で寝泊りしたことは一度も」ないことを指摘し、[住民票のある場所に5割、週末のセカンドハウスのある場所に3割、そして、自分が支援したいと思う、例えばひい爺さんの出身地に2割、といった具合に住民税を払い込む先を複数選択できるような形のほうが、民法がいう住所複数説の下ではふさわしいのではないか」と問題提起しています。
 さらに、長野県が平成の大合併に明確に反対した唯一の件であることについて触れ、地方自治体の起債残高が膨れ上がった原因の一端として、「もう巨大な公共事業の時代ではありませんよ。文化施設を造りましょう」という総務省(旧自治省)が編み出した「地域総合整備事業債」(地総債)によって、首が回らなくなった自治体の目の前に、新たに合併特例債をぶら下げることは「単なる問題の先送り」であると指摘しています。
 第2章「箱モノ行政からの転換」では、6兆円ものお金が投入されたウルグアイラウンド対策費が、「自律的な農業生産者を育成して食料自給率を高めるソフト事業」にはほとんど使われず、「すべてが形を変えたハード事業の箱モノ行政になってしまった」例として、川上村のふるさと農道の橋が、当初計画の19億円から50億円近い工事へ化けていた事例を挙げ、当時の農政部長の言葉として、「知事、公共事業は小さく生んで、大きく育てるものです(笑)」という言葉を紹介しています。
 また、戦艦大和の悲劇を例に挙げ、官僚の匿名性による国民の悲劇を防ぐために、すべての書類には職員の名前をフルネームで書き、会合の場ではフルネームで自分の名前を述べていると語っています。
 さらに、公共事業をめぐって、市民派が利権で集う人々に敗れる理由として、「利権で集う人たちは、よしんば選挙で候補者が3人立とうとしていても、途中で必ず一本化できる」のに対し、「市民派の、いわゆる理念で集っている人たちは、ほかに食い扶持を持っていないと生活」できないため、行政が「時間をかけて皆さんと議論をしていきます」という言葉の裏には、「時間をかければ住民はみんなあきらめていくと高を括っている」という本心があることを指摘しています。
 第3章「信州から帰るニッポン」では、従来の県庁には、「三階筋」と呼ばれるエリートコース(人事課、財政課、秘書課、地方課)があり、中でも「同じ県内の自治体であるにもかかわらず、その市町村を『地方』と呼ぶ」「地方課」という部署には、「41年6ヵ月にわたって県職員出身者が知事を務め、大多数の県議会守旧派となあなあの関係を続けてきた歪んだエリート意識が染み付いている」と指摘しています。
 第6章「林業再生」では、「林野庁の治山事業の中で、森林整備に使われているお金は総予算のわずか8%に過ぎない」という事実を指摘し、「林野庁の予算が少ないからと言って、森林整備に手をこまねいていると、近い将来、日本中の森林は深刻な事態に陥」ると述べています。
 そして、知事就任当初、職員が係のことを「島」と呼んでいたことを紹介し、同じ課内であるにもかかわらず、「隣の島が忙しくて残業していても、自分の島の仕事がなければ定時で帰」り、「忙しくても隣の島には頼めない」という雰囲気が出来上がっていたことを述べ、この島意識を廃止するために、「課をチームに、係をユニットに」変え、課長ならぬチームリーダーに権限を与え、柔軟にユニット間での水平補完が行えるようにしたことを語っています。
 第7章「『『脱ダム』宣言』で問う公共事業」では、巨大な公共事業を行っても、「地元に還元されるどころか、逆に東京や大阪といった中央にお金を吸い取られてしまう仕組み」であるという「太ったブーメラン現象」として、「国から72.5%のお金がきても80%ものお金が中央に還流されて」いき、「県民は27.5%の負担をしながら、県内の企業に20%しか還流されていない」という事実を指摘しています。
 そして、話題になった「『脱ダム』宣言」が、「ダムを造る、造らないという二項対立」ではなく、「脱物質主義の時代の私たちの社会の在り方、さらには補助金や交付税の使われ方を明らかにした上で、公共事業全体のあり方を見直そうという宣言」であると解説しています。
 第8章「権力化したメディアを溶解させる」では、従来から言われている「政官業は利権分配の三角形(トライアングル)」という言葉に加え、「政官業学報は現状追認の五角形(ペンタゴン)」であるとして、「学」は「多くの"御用学者"を審議会に送り込んできた往時の信州大学や、教職員の世界の人事をも牛耳り、かつては満蒙開拓をはじめとする翼賛的国策にも積極的に関与した信濃教育界なる長野県独特の組織」、「報」は「小坂家の資本系列化にある信濃毎日新聞や信越放送」であると指摘しています。
 また、1991年の湾岸戦争時に「文学者の討論集会」の参加者が出した宣言の主語が、「われわれは日本国家が戦争に加担することに反対する」ではなく、「私は、日本国家が戦争に加担することに反対します」という「個人」であることを述べ、「自立した個人がゆないと」した「ユナイテッド・インディヴィジュアルズ」であるべきと主張しています。
 第8章「エリートを否定するな」では、明治維新、敗戦、オイルショックという3つの変化は、「いずれもヴィジブルな、目に見える変化であった」のに対し、「ここ二十数年間の変化は、目に見えない、インヴィジブル(invisible)なものになってしまった」ことを指摘しています。
 また、著者が県の職員に対し、
「提案するときは、『これをしたい』ということをまず最初に書いてください」
「二番目に『これをしたらこうなる』という見通しを書き、三番目に『なぜこの時期にそれをしなくちゃいけないのか』という理由を書いてください」
と繰り返したにもかかわらず、なかなか理解されず、「彼ら自身の中に、それで何をするべきなのか、という考えが明確になっていなかった」と述べています。
 第10章「田中康夫による『田中康夫』論」では、著者を長野の知事選に引っ張り出した当時の八十二銀行頭取の茅野實氏には、「田中康夫には一期だけ知事の椅子に座っていてもらえばいい。旧勢力の利権構造をいったん壊しさえすれば万々歳」という思惑、すなわち「人寄せパンダ」にしたいという思惑があったにもかかわらず、「パンダだと思って連れてきた田中康夫は、実は自分の足で自立しちゃうレッサーパンダ」であり、「自分でおかしいと思ったことをあれこれ改革し始めた」ことに、茅野氏が慌てたはずだと述べています。
 また、多くの都道府県では、「知事と議会は車の両輪だと言いながら、その実、最初から一輪者で同衾している」ことを指摘し、「橋本大二郎氏の高知県や浅野史郎氏の時代の宮城県、それに長野県の三つを除いた大半の県」は、「議員が最初から推薦を、共産党を除く議会の大多数が推薦をして知事候補が決定する」として、「最初から車の両輪ならぬ一輪者の相乗り」であると指摘しています。
 
■「Minima Japonia ミニマ・ジヤポニア」
 著者は、「脱ダム」宣言が、住民の利益に適う総合的な治水を目的」とすると同時に、
(1)蓄積されてきた官僚主義の歴史全体の転倒
(2)新たな公共性の形成
(3)ハード・パワーからソフト・パワーに基づく政策の転換
という「新しい政治の意味」を持っていると述べています。
 また、日本語では、「エキスパート」「スペシャリスト」「プロフェッショナル」が混同されやすいと述べ、
・エキスパート:職人を意味し、個人的な天分と長年にわたる経験や修練によって会得した技能はあるものの、理論的・体系的裏付けを書いている場合が多い。
・スペシャリスト:研究者や技術者、官僚など。学問的裏付けのある専門技能を持っているけれども、倫理がないため、技能を磨くこと自体が目的となってしまうことさえある。
とその違いを解説し、公社の典型として、ホロコーストに深くかかわったナチス親衛隊の中佐アドルフ・アイヒマンを挙げています。
 そして、党首を務める新党日本の政策として、「政府与党の計画を無批判に受容することなく、コモンズに立脚する地方自治体の編成」を提案し、「1985年に締結されたヨーロッパ地方自治憲章に倣いながら、アジア的コモンズの伝統の息吹を感じさせるアジア地方自治憲章へと結実していく」と述べています。
 
 本書は、現在の「田中康夫」が詰まった一冊です。先日、著者の講演をお聴きする機会がありましたが、ほとんど本書の内容のダイジェスト版でした。


■ 個人的な視点から

 著者は、個人の生活で考えれば、「知事という仕事を引き受けても、一銭の儲けにもなりません」と述べ、知事になる以前の"恵まれた"生活を、「昼すぎまでグーグー寝ていられたし、複数の女性とだって、W嬢も知った上で公然とデートもできました。知事という公職者の立場でテレビに出れば、出演料だって以前の十分の一です」と語っています。
 知事になる前の著者の生活と、知事になった後の著者の生活。どっちの生活の方を選びますか?


■ どんな人にオススメ?

・6年間の「信州」の試みを概観したい人。


■ 関連しそうな本

 田中 康夫 『なんとなく、クリスタル』
 浅野 史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 2006年11月07日
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 北川 正恭 『マニフェスト革命―自立した地方政府をつくるために』
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 村尾 信尚 『役所は変わる。もしあなたが望むなら』 2005年03月18日


■ 百夜百マンガ

風の大地【風の大地 】

 『Dr.タイフーン』とは打って変わって真面目なキャラクターで真面目に描かれたゴルフマンガ。お父さん世代にもファンが多いです。

2006年11月27日 (月)

ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争

■ 書籍情報

ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争   【ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争】

  高木 徹
  価格: ¥1890 (税込)
  講談社(2002/06)

 本書は、ボスニア紛争をめぐって、人々の血が流された「実」の戦いの裏で繰り広げられた、PRや情報戦という「虚」の戦いを描いたものです。この戦いの結果、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボには、「お金と人と資材」が「西側先進国をはじめとした国々から競うように流れこんで来る」のに対し、セルビア共和国の首都ベオグラードには、NATO空爆で破壊されたままの巨大ビルが放置され、「『虐殺者』『人道の敵』のレッテルを貼られ」、「国際社会から締め出され、見捨てられた姿のままである」ことが述べられています。著者は、「今、この瞬間も、国際紛争はもちろん、各国の政治の舞台で、あるいはビジネスの戦場で、その勝敗を左右する「陰の仕掛け人」たちが暗躍している」と述べています。
 第1章「国務省が与えたヒント」では、アメリカを単身訪れたボスニア・ヘルツェゴビナの外相ハリス・シライジッチが、ベーカー国務長官とタトワイラー報道官から、アドバイスを受け、「泣かない赤ちゃんは、ミルクをもらえない」というボスニア・ヘルツェゴビナの諺を思い出し、「国際社会に振り返ってもらうには、大きな声を出さなければならない。そして声の出し方にはさまざまなテクニックがあるらしい」ことを知ります。
 シライジッチは、「PR戦略の専門家が必要だ」という人権活動家フィリップスから、アメリカの大手PR企業であるルーダー・フィン社の幹部社員であり、各国政府をクライアントに持ち、貿易振興や観光誘致から紛争・戦争といった場面で政府に代わってPRを担当しているジム・ハーフを紹介されます。著者は、PRという言葉は「Public Relations」の略であり、「きわめてアメリカ的な概念であるために、未だにこれといった日本語の訳語はない。PR企業のビジネスとは、さまざまな手段を用いて人々にうったえ、顧客を支持する世論を作り上げることだ」と述べ、「CMや新聞広告を使うのはもちろん、メディアや、政界、官界の重要人物に狙いを絞って直接働きかける、あるいは、政治に影響力のある圧力団体を動かす」など、考えられる限りのあらゆる手段でクライアントの利益を図ると述べています。
 1991年まで、偉大な指導者チトーの下で40年余り存続してきた「ユーゴスラビア連邦」は、スロベニアとクロアチアの独立を契機に、連邦軍と各共和国軍との間で戦闘が始まり、「セルビア人中心で運営される『ユーゴスラビア』の版図を維持したいセルビア人と、そこからの脱却をはかる各民族との戦い」という構図になっていることが、解説されています。
 第2章「PRプロフェッショナル」では、ハーフがシライジッチを観察し、
・学生時代アメリカに留学して得た英語力。
・歴史学の大学教授として語彙が豊富で知的である。
・発言が短いセンテンスで構成され、国際ニュース等で数秒から十数秒に編集されてしまう「サウンドバイト」という発言の固まりに適している。
・聞く者に合わせて、その関心をひきつける表情を作る才能。
・ある程度以上の年齢の女性に大きな効果を持つ微笑みの仕方。
・数多くの記者の矢継ぎ早の質問とテレビカメラとマイクのプレッシャーにさらされるスポークスマンに必須の性格であるナルシストであること。
という長所を見出し、「ボスニア・ヘルツェゴビナ外相シライジッチというキャラクターそのものをニュースにする」ために会見を開催しています。
 また、ルーダー・フィン社の特徴として、アメリカ国内の政党をクライアントとすることを禁じていることを紹介し、ボスニア紛争に関しても社内外の委員からなる「倫理委員会」をパスしていることを述べ、フィンが倫理面での慎重さを採算強調する理由の一つとして、1990年に湾岸危機に関して起きた大手PR企業ヒル&ノートン社のスキャンダル(クウェートに侵攻したイラク兵が保育器の赤ん坊を床の上に投げ捨てて殺した、という作り話の証言を在米クウェート大使の娘を使ってでっち上げた)を解説しています。
 第3章「失敗」では、ハーフのテクニックの一つとして、「クライアントが他の国の政府や国際機関に出した公式書簡のコピーをそのまま会見で公開する」というものを解説し、メディアにとっては、「生の外交文書を入手できる」というメリットがある反面、注意すべき点として、「相手が読んだことを確認してから公開すること」を挙げています。
 第4章「情報の拡大再生産」では、ルーダー・フィン社が、クライアントであるボスニア・ヘルツェゴビナ政府が、正式の契約書の締結さえままならない混乱のきわみにあるにもかかわらず、「業界内での名声と地位を高めること」を目的に、採算を度外視して(支払われた金額はわずか9万ドル)バルカンでのPRビジネスに乗り出したことが述べられています。
 ハーフが定期的に行った活動としては、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府から直接入る最新情報をレターサイズ1枚にまとめた「ボスニアファクス通信」を1~3日に1回程度、メディアはもちろん、有力議員、官僚、国連の各国代表部、NGOなどに配信していたことが紹介されています。
 さらに、シライジッチと会見をしたジャーナリストには、すぐにお礼の手紙を書くなどのきめ細かい気遣いを重ねることで、ジャーナリストたちのPR企業に対する警戒感を弱め、「やがてはメディア全体を動かす大きな波を引き起こす」ことができたと述べられています。
 第5章「シライジッチ外相改造計画」では、アメリカの各テレビ局の報道番組の「トークショー」において、「欧州の外れの小国、ボスニア・ヘルツェゴビナから出てきたばかりのシライジッチ」を、「アメリカのニュースキャスターたちと互角に渡り合えるようにする」ために、「シライジッチの『改造』計画」に乗り出したことが述べられ、シライジッチの「致命的な欠点」として、
(1)セルビアを非難するときに、これまでの経緯を詳しく話したがるが、そんな話には視聴者は耳を貸さない。
(2)詩的な表現を使いたがったが、陳腐に聴こえてしまう。
等を挙げ、
(1)過去の話を一切止めるよう指示した。
(2)プロの政治家ではなく、「サラエボで市民が傷つく姿を目の当たりにした一人の人間」として演出するため、質問を受けてから、わざと沈黙してから回答するなどのテクニックを授けた。
ことを解説しています。
 第6章「民族浄化」では、テレビ露出が増え、飽きられ始めてきたシライジッチに代わる次の工夫が必要となったハーフが、「民族浄化(ethnic cleansing)」というキャッチコピーを作り出したことに関して、「私たちの仕事は、一言で言えば"メッセージのマーケティング"です。~セルビアのミロシェビッチ大統領がいかに残虐な行為に及んでいるのか、それがマーケティングすべきメッセージでした」というハーフの言葉を紹介しています。そして、「民族浄化」という言葉には、「『ホロコースト』と言わずに『ホロコースト』を思い起こさせる力があった」ことを解説しています。
 第7章「国務省の策謀」では、弁護士としての法廷での経験を積んだジョン・ボルトン国務次官補が、国連の人権委員会で行った立ち回りを引き合いに、「PRの技術を高めるためには役所の外でしのぎを削る体験が必要」であると述べています。
 第8章「大統領と大統領候補」では、レーガン政権の副大統領の座にあったものの、目立った実績も知名度もなかったジョージ・ブッシュが大統領になれた理由として、PR戦術を駆使したことを挙げ、対抗馬だったデュカキス候補に打撃を与えた有名な選挙キャンペーンCMを紹介しています。
 また、日本の外交当局のPRのセンスが極めて低いレベルにある理由を、「アメリカの高級官僚は、民間で活躍してから役所に入る、あるいは官僚になってからも、いったん外に出て経験を積む人が多い」のに対し、「日本のように大学を卒業してすぐ外務省に入り、一生その中で生きていく外交官が大半、というやり方では永遠に日本の国際的なイメージは高まらないだろう」と述べ、「現在の硬直しきった役所の人事制度を根本から変革しない限り、二十一世紀の日本の国際的地位が下がる一方になることは、はっきり予見できる」と指摘しています。
 第9章「逆襲」では、1992年にユーゴスラビア連邦の首相に、カリフォルニア在住でICN製薬という国際的大企業のCEOのアメリカ人、ミラン・パニッチが就任したことについて、かれが、「日ごとに悪化するセルビアのイメージを挽回し、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府とのPR戦争に逆転勝利を飾る」という使命を帯びていたと述べています。そして、その思惑通りパニッチは首相就任式での演説の最後を、「So, help me God」という英語で締めくくるという異例の演説を行います。この言葉は、「すぐに西側諸国の有力紙で紹介され」、ニュースで扱いやすい「サウンドバイト」に最適のセリフまわしだったと解説されています。著者はパニッチが、「セルビア側のシライジッチになろうと決心していた」と述べています。
 そしてパニッチは、シライジッチと同様に有力なPR会社との契約を模索しますが、その前には、ユーゴスラビア連邦との「あらゆる種類のサービスの輸出入も禁じ」た、アメリカ政府の経済制裁措置が立ちふさがります。
 第10章「強制収容所」では、「セルビア人がつくり、モスレム人を収容している『強制収容所』がボスニア・ヘルツェゴビナに存在するという情報」という荒波が、関係者を直撃し、「あるものはそれを巧みに利用し、あるものは飲み込まれた」ことが述べられています。「強制収容所」という言葉は、人々にアウシュビッツを想像させる、「Loaded」な言葉、「鉛の弾丸のように危険な力」を持つ言葉であると解説されています。
 この「強制収容所」を探して、ボスニア・ヘルツェゴビナ北部を取材したイギリスのテレビニュース制作会社、ITNの取材クルーが見たものは、「捕虜収容所」の概念に当てはまるものでしかありませんでした。取材クルーのカメラマンは、「真夏の暑い時期で、野外では上半身裸で過ごしている人も多かった」中にいた、ひどくやせ、あばら骨が浮いた男性にフォーカスをあわせ、有刺鉄線越しに撮影しています。それは囚人たちを閉じ込めるためのものではなく、たまたまそこにあったものでしたが、結果的に、「やせさらばえた男が有刺鉄線の向こうにいる」という構図になったこの映像は、すぐにイギリスで放送され、アメリカ中の放送局や新聞、雑誌社が先を争うように購入し、繰り返し流され、アメリカ世論を沸騰させています。この取材自体を行ったITNの記者は、きちんとした取材を行い、常に「捕虜収容所」という言葉を使っていますが、1枚の衝撃的な写真が、「受け手の側によってナチスと結び付けられ」、セルビア側に決定的なダメージを与えたと述べられています。
 第11章「凶弾」では、アメリカのセルビア人団体が、ユーゴスラビアへの経済制裁をかいくって契約したPR会社から契約の中止を言い渡されたことが述べられ、その理由として、「セルビア人は"ラジオアクティブ"な存在になってしまっていた」ことが指摘されています。「ラジオアクティブ」とは、「放射能を持っているという意味」で、「彼らに触れたり、近づいたりしたものまでも汚染し、世間の悪評の対象にしてしまう存在になっていた」と解説されています。
 このことが、一つの悲劇を招きます。1992年8月13日に、パニッチ首相による、サラエボ空港から市内への「電撃訪問」を取材していたABCのクルーは、国連の装甲車が不足するという計算違いのため、防弾設備を持たないバンをチャーターして、パニッチに同行し、報道プロデューサー、デビッド・カプランが狙撃によって命を落としています。著者は、この悲劇が、「パニッチ首相を助けるPRのプロがいない、ということに本質的な原因がある」と指摘し、「もし、ルーダー・フィン社がこのサラエボ訪問を仕切っていたら、カプランやABCクルーを危険にさらすことは絶対にしなかっただろう」と述べています。
 第12章「邪魔者の除去」では、ハーフの"障害物"となった人物は、それがカナダの英雄であろうと、「除去」されてしまうこと、「ハーフのようなPRのプロの"障害物"となることが、いかに危険なことか」が解説されています。カナダの国民的英雄であったマッケンジー将軍は、「強制収容所」について、「何も知らない、情報がない、見ていない」と繰り返し発言し、ハーフが進めていた「強制収容所」のキャンペーンに冷水をかけることになりました。著者は、「メディアをさばき、見方につけるための素養」として、
(1)メディア側の人間の心理を理解しようとしないタイプ――日本の政治家や官僚の多くが当てはまる。
(2)本能的にメディアを喜ばせるものの言い方や、行動のとり方を心得ているタイプ――マッケンジー将軍やシライジッチ外相、調子のよいときの田中真紀子元外相など。
(3)センスにもすぐれている上、戦略的なPRの思考もできるタイプ――PR企業などの助けなしに才能でカバーできるのはヒトラーくらいかもしれない。
と分類しています。
 このマッケンジー将軍の振る舞いはハーフにとって許しがたく、ハーフはカナダ政府やメディアに対しての攻勢をかけていきます。ハーフは、「私たちにできるクライアントへの貢献の中で、最も重要なのは、何か悪い事態が起きたとき、即座に反論し、逆によい情報を広めることです。タイミングを逃してしまえば、同じことを言ってもまったく効果がないこともあります」と語っています。のちに将軍は、著者のインタビューに対し、「自分は一人の軍人として取材に答え」、「単純な質問に単純に答えたまでのこと」と語り、「politically correct(政治的に正しい)」答えをしようとは思っていなかったと述べています。
 第13章「『シアター』」では、サラエボ電撃訪問に失敗したパニッチ首相が、「主要国の首脳が一堂に会してボスニア紛争の解決策を話し合う一大会議を開催する」という策を考え、ロンドン会議の開催にこぎつけたこと、そして、パニッチが、「セルビア、そしてユーゴスラビア連邦に対するアクのイメージをミロシェビッチ一人におわせ、すべては彼の責任である、ということにするPR戦略」を立て、自らがその後釜に座ろうという覚悟を決めていたことが述べられています。パニッチは、ミロエシェビッチと並んで座らされ、「同じ穴のむじな」と見られることを嫌い、係員の目を盗んで、名札の位置をすり替えて二人の席を離す、という思い切った手段まで使っています。そして、パニッチは会議の席上で、ミロシェビッチを「だまれ」と一喝するという思い切った勝負に出ます。
 この攻勢にハーフたちは、「つい最近ボスニアの強制収容所から奇跡的に逃れ、ロンドンにたどり着いた難民の親子」という隠し球を用意していました。そのインパクトは絶大で、この難民女性を撮影しようと各国カメラマンたちが殺到したために、即席のステージが音を立てて崩れてしまったほどであったことが述べられています。一方で、パニッチの記者会見は、「すべての面で準備不足」であり、会場も狭く、記者たちは床に座らされ、パニッチの前のテーブルには各社のマイクが一杯に立てられずり落ちるほどであり、この様子を偵察したハーフは、「アマチュアの仕事」と酷評しています。
 第14章「追放」では、ルーダー・フィン社のPR戦略の「第3段階」である、「国連総会に標的を絞った作戦計画」が解説されています。この総会で、ユーゴスラビア連邦は、史上初の追放処分に追い込まれることになります。そして、著者は、パニッチがボスニア政府のPR戦略に敗れたことで、「もはや賞味期限が切れた」と判断され、「ミロシェビッチとブッシュの両方から捨てられてしまった」と解説しています。
 ハーフは、ボスニア・ヘルツェゴビナの「イゼトベゴビッチ大統領はイスラム原理主義者である」という攻撃に、「どんな人間であっても、その人の評判を落とすのは簡単なんです。根拠があろうとなかろうと、悪い評判をひたすら繰り返せばよいのです。~たとえ事実でなくとも、詳しい事情を知らないテレビの視聴者や新聞の読者は信じてしまいますからね」と反論していますが、まさにそれを同じことを自らが得意としていることは、ボスニア紛争をめぐるキャンペーンから明らかなことと思われます。
 終章「決裂」では、シライジッチが、「支払いのことになるといつも気分を害し」、「国際的なビジネス慣行の基準から考えると奇行としか言いようのない行動をたびたびとった」ことを紹介し、ルーダー・フィン社とボスニア・ヘルツェゴビナ政府との実質的な関係が終了した状況を解説しています。
 ルーダー・フィン社にとって、大幅な「持ち出し」となったこのビジネスは、金に換えられない価値をもたらしています。全米PR協会の年間最優秀PR賞において、「危機管理コミュニケーション」部門最高位のシルヴァー・アンビル賞を受賞することで、業績が芳しくなかったルーダー・フィン社は大いに評価を高め、「ボスニア・ヘルツェゴビナの危機を救ったPR企業ルーダー・フィン、その凄腕PRマン、ジム・ハーフ」の評判は着実に広まり、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府への持ち出し分を補って余りある利益がもたらされたと述べられています。
 著者は、このPR戦争の勝敗を決したのは、「ハーフが他のPRのプロより優秀だったということより、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府がPR企業の助けを借りることができたのに、セルビア側はできなかったというアンバランスに原因がある」と指摘しています。著者は、銃弾の代わりにファックスや電話を使って紛争に介入するPR企業を「情報の死の商人」と呼ぶこともできるが、「最も大切なのは、情報のグローバル化が急速に進む現在、PRの『戦場』は地球規模で拡大している、という現実にしっかりと目を向けること」であると力説しています。
 本書は、たまたま国際紛争を取り上げていますが、私たちが目にするニュースの背後には、政治や経済のあらゆる分野で暗躍するPR企業の陰があり、そのことを見抜くこと、その存在を意識してニュースに触れる必要があることの重要性を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書はシライジッチ自身の人格については、「目にしたくないシライジッチのパーソナリティをずいぶん見てしまいました」というハーフの言葉を紹介し、
・ボスニア・ヘルツェゴビナのサチルベイ国連大使に嫉妬し、口汚くののしっていたこと。
・有力メディア記者を含む女性に対するセクハラ
等を紹介していますが、ルーダー・フィン社は、クライアントであるシライジッチと、PR料の支払いをめぐってトラブルになり(トラベラーズチェックで支払った、ポンド建てのマレーシア銀行の小切手で支払われ、為替差損分の支払い時には、「これがお前らと仕事をする最後だ!」と罵声を浴びせられた)、そのことが響いているのではないかとも推測されます。


■ どんな人にオススメ?

・日々目にするニュースの向こう側にある見えないものを見たい人。


■ 関連しそうな本

 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』 2006年11月13日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 石川 慶子 『マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル』 2006年10月26日
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日


■ 百夜百マンガ

石の花【石の花 】

 ユーゴスラビアをテーマにするのであればこの作品を避けて通れません。地味ながら実力派の坂口作品をまだ読んだことのない人も引き込まれてしまうこと間違いありません。

2006年11月26日 (日)

人工知能のパラドックス―コンピュータ世界の夢と現実

■ 書籍情報

人工知能のパラドックス―コンピュータ世界の夢と現実   【人工知能のパラドックス―コンピュータ世界の夢と現実】

  サム ウィリアムズ (著), 本田 成親 (翻訳)
  価格: ¥2415 (税込)
  工学図書(2004/12)

 本書は、人工知能の研究開発に伴う様々な議論、いわば「人工知能研究史」とも呼ぶことができるものです。人工知能研究者は、一部の研究者からは中世の錬金術師と同類視され、何やら胡散臭いものと思われがちですが、著者はその理由を、「考察の対象となっている人間の知性や精神というものが極めて複雑な性質をもっている」からであると述べています。
 人工知能研究の歴史を追うという本書の性質上、本書ではフォン=ノイマンやチューリング等が紹介されていますが、「人工知能(artifical intelligence)」という言葉を最初に使い始めた人物としては、1956年にダートマスで開催された人工知能に関するサマー・カンファレンスで用いた、ジョン・マッカーシーではないか(本人も今となっては定かではないと後に述べています)と述べられています。このカンファレンスの後、人工知能研究は急速に発展したことが述べられています。
 一方で、かなり最近の話ですが、チェスの名人を打ち破ったディープ・ブルーの登場などによって、人々の関心は、『心をもつ機械の時代』、「ロボットの恐怖」、『機械たちの後進――新生ロボット族が世界を支配するまで』などのおどろおどろしいタイトルの書籍や記事が並びます。
 本書では、人工知能を巡る「楽観主義者」と「ヒューマニスト」そして「悲観主義者」の二人を対比して紹介しています。楽観主義者の代表として取り上げられたカーツワイルは、自ら開発したインタラクティブなソフトウェア「ラモーナ」のプレゼンテーションにおいて、自分の分身とのちょっと間のあいた対話を行います。彼は、「演算処理速度の向上と複雑なシステムの構築だけを考えさえすれば、人工知能を実現するのに十分」と考えていると紹介されています。
 一方、皮肉のこもった「ヒューマニスト」としては、1980年代の「ヴァーチャル・リアリティ」(仮想現実)ブームの中心的な役割を果たしたラニアーが紹介されています。ラニアーは、人工知能研究者たちを、「学者たちがアリストテレス的な論理を用いて神の存在を証明しようとした中世の状況」と重ね合わせることができるとして痛烈に批判しています。
 「悲観主義者」としては、サン・マイクロシステムズのビル・ジョイが紹介され、自己複製ロボットやナノテクノロジーが暴走し、将来、生物が生存するための資源や素材を貪り食うという危険を指摘しています。
 本書は、人工知能研究史の概略と、それに対するホットな人物を紹介するという意味で、入門書としても読みやすい一冊になっています。


■ 個人的な視点から

 本書では、自己複製マシンやナノテクノロジーの暴走した姿として「グレイ・グー(gray goo=灰色のドロドロした粘着物のこと)」が地球の表面を覆いつくすまで増殖するという話が紹介されていますが、ある年代の人は、この話を聞いて、『ドラえもん』の「バイバイン」を思い出したのではないかと思います。
 この問題に関しては、既に幾つもの優れた論考が発表されていますので、そちらをごらんいただきたいと思いますが、世界には似たようなことを真剣に危惧している人もいるのだということを知りました。
・「バイバイン宇宙を制す?」
・「現代物理学で考える『ドラえもんその後』」


■ どんな人にオススメ?

・知能は人間だけのものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日
 けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
 長田 正 『ロボットは人間になれるか』 2006年05月20日
 スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年01月28日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日


■ 百夜百音

K2C【K2C】 米米CLUB オリジナル盤発売: 1991

 好きな人にとってはたまらない曲満載のアルバム。サブカル雑誌時代の月刊宝島で人生相談っぽいものを連載していたような気がします。昔、北茨城市の五浦に旅行にいった際にカールスモーキーの地元だということを知りました。


『KOMEGUNY』KOMEGUNY

2006年11月25日 (土)

My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記

■ 書籍情報

My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記   【My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記】

  ブルース シェクター (著), グラベルロード (翻訳)
  価格: ¥2520 (税込)
  共立出版(2003/09)

 本書は、60年以上もの間、世界中の数学者たちの安眠を破り、「マイ・ブレイン・イズ・オープン!」と宣言する訪問者であった、「20世紀最大の数学者であり誰もが奇人と認める」ポール・エルデシュの評伝です。その風采は、「分厚いメガネをかけてしわくちゃのスーツをまとった小柄でひ弱そうな男。男は片方の手には家財一式を入れたスーツケースを、もう片方の手には論文を詰め込んだバッグを持って夜昼の見境なく訪問先の玄関をノックする」と述べられています。
 第1章「旅」では、エルデシュが、「屋根が変わればまた一つ新しい証明が生まれる」という言葉を好んで使い、「二つの頭脳は一つに勝るという単純な方程式」を実践してきたことが紹介されています。
 第2章「証明」では、エルデシュが生まれた20世紀初めのハンガリーが、フォン・ノイマンを初めとする多数の科学者や数学者、芸術家などを輩出したことについて触れ、この「故国を離れた輝けるハンガリー人集団」の説明として、「20世紀の初めに地球の外から数人の男がやってきて地球に降り立った。彼らにとっては地球上の女性の中でハンガリーの女性があらゆる点で最高だったらしい。彼らは人間の姿をまとい数年間地球で過ごしたけれど、結局地球は植民地化するに値しないと判断して去っていったんだ」という「彼らは本当に火星から来た」という説を紹介しています。
 また、エルデシュが最も崇拝していた「神の書にあるそのままの証明」について、「最高の証明とは、最も簡単で最も優美な証明のことである」と解説しています。
 そして、4歳にして負の数を発見したエルデシュ少年の「二番目の大発見」である、「僕の人生を数える年数の序列はいつか途絶えるものなのではないか」という「非存在証明」によって、「僕は泣き出してしまった。僕は自分がいずれ死ぬことを知ってしまったんだ。そのときから若くなりたいと思うようになった」とエルデシュが語っていたことを紹介しています。そして、60歳前あたりからエルデシュが、自分の名前にさまざまなイニシャル、
・60歳前:PGOM "Poor Great Old Man"――みすぼらしくも偉大な老人
・60歳:LD "Living Dead"――生きた死者
・65歳:AD "Archaeological Discovery"――考古学的発見物
・70歳:LD "Leagally Dead"――法的にも死者
・75歳:CD "Counts Dead"――死者として計算
を付け足していったことことが紹介されています。
 第3章「出会い」では、ギムナジウムに通い始めたエルデシュが、「豊富な数学演習を教師や生徒に提供する」ために作られた中学、高校向けの数学誌『コマル』と出会い、13歳の時に初めて彼の解が掲載されたことなどが紹介されています。
 第4章「ハッピーエンド問題」では、「生涯にわたり一人になることを嫌い、友人や研究仲間の中に自分を置くように努めていた」エルデシュが、一方では、「人ごみの中にいてすら侵すことのできない特殊なバリアによって遮られ」、「深く孤独だった」と述べられています。
 また、「エルデシュ語」と呼ばれる隠語の例として、
・「trivial」:愚鈍
・「イプシロン」(極めてゼロに近い小さな寮を表すためのギリシア文字):子供
・「ジョー」:ソビエト連邦(ジョセフ・スターリンにちなんで)
・「サム」:アメリカ合衆国
・「長波長」:共産主義者(赤色の波長は可視スペクトルの中で最も長いから)
・「ノイズ」:音楽
・「毒」:アルコール
・「ボス」:妻
・「奴隷」:夫
等を紹介し、中でもエルデシュが最も興味を持っていたものとして、
・「SF」(Supereme Facist):神
を挙げ、エルデシュが人生の目的を「証明することと予測すること、そしてSFのスコアを低く抑えることだね」と答えていたことを紹介しています。
 第5章「西洋史を変えた出題」では、エルデシュの旅行熱を、「1934年から彼は一週間同じベッドで眠ることはめったになく、マンチェスターから頻繁にケンブリッジ、ロンドン、ブリストルなどの大学へ旅していた」という弟子の言葉を紹介しています。
 第6章「失われた楽園」では、1938年に「知のパラダイス」、プリンストン高等研究所に職を得たエルデシュが、生涯で最も多産な1年半を過ごし、そして契約が延長されないことを知って大きな衝撃を受けたことが紹介されています。また、有名なモンティ・ホール問題にエルデシュがだまされたポイントが解説されています。
 第7章「集合論」では、戦争や友人や家族の運命を心配したエルデシュが、1941年にはエルデシュ語でいう「死」、すなわち、「独自の数学を生み出さない状態」にあり、年に4本しか論文を発表しなかったことが述べられています。
 また、この年にエルデシュが、日本の数学者、角谷静夫らとロングアイランドのレーダー設備を撮影してしまい、スパイ容疑で逮捕された顛末が紹介されています。
 第9章「サムとジョーとアンクルポール」では、エルデシュの研究の多くに通じるテーマが「秩序と無秩序の微妙な関係」であり、典型的には、「完全な無秩序は不可能であることを示した」ラムゼー理論をランダムグラフを用いて追求した研究であることが紹介されています。また、「強い平等意識と個々人の人間性や要求に対する気遣い」という意味で「リベラル」であったエルデシュが、「政治権力との軋轢を招き」、「生涯を通じてサムやジョーとの確執を繰り返」していたことが述べられています。
 さらに、エルデシュの仲間になる唯一の条件は、数学の才能であり、彼が多くの天才を育て、その中でも「最も深い愛情を注いだ」ラヨシュ・ポーシャが、大学進学後、「数学をすることよりも人に教えることにもっと興味がある」と気づき、数学をやめて教師になった際には、「あんなに若くして死んでしまうとは気の毒だった」と嘆いていたエピソードが紹介されています。
 第10章「さすらいの数学者」では、エルデシュが、「いつかは物理的に可能なすべての国を訪れる人」である「エルゴート的人間」であり、「続けざまにあちこち移動して多数の数学者と会うこと」が、「エルデシュを枯渇させるどころか、さらに多産な方向に促した」ことが紹介されています。
 また、複雑ネットワーク理論で必ず紹介される「エルデシュ番号」(または「エルデシュ数」)については、「エルデシュ番号とエルデシュ番号の知識を伝え合うことは、数学者の間で好まれるパーティーゲームである」と紹介されています。
 そして、20世紀半ば以降に数学界で共同研究が急増したことについて、エルデシュが、「共同研究に向かう傾向に拍車をかけ」、「最も頻繁にエルデシュと論文を書いた人たちは他の数学者とも頻繁に共同していたこと」は、彼らがエルデシュから「数学だけではなく社会的に数学をするというスタイルも学びとっていた」ことを示していると述べています。
 75歳を迎え、名前にはPGOMLDADLDCD、すなわち「みすぼらしくも偉大なる老人、生きた死者、考古学的発見物、法的にも死者、死人として計算」というイニシャルが付け加えられるようになった後、1996年9月20日にエルデシュは83年の生涯を閉じます。エルデシュは生前、「仕事をしている最中に急死する」という願いを頻繁に口にしていましたが、著者は、エルデシュが、「実際の死がこの予想にかなり近いところを証明したことにきっと満足しただろう」と述べています。1ヵ月後、エルデシュの墓の前に集まった友人の一人は、「僕たちが背負ったエルデシュ番号はもう減らないんだ」という嘆きの言葉を漏らしています。
 本書は、世紀の奇人にして天才数学者であるエルデシュという数学者以外にはあまり知られていない人物の魅力を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 伝説的な記憶力を誇るエルデシュですが、名前と顔を結びつける能力は完全とは言えず、ある数学者に出会い出身地を聞いた会話が紹介されています。
「バンクーバーです」
「おおそうか、じゃあ君は僕の親友のエリオット・メンデルソンを知っているんじゃないか?」
「私があなたの親友のエリオット・メンデルソンですよ」
 どうも個人的にはエルデシュのイメージを『究極超人あ~る』のR・田中一郎と結び付けてしまいがちです。子供を見て「やあ、イプシロンだ」と言っている姿はどう考えても光画部的です。


■ どんな人にオススメ?

・天才にして奇人の姿を追いたい人。


■ 関連しそうな本

 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日


■ 百夜百音

The Whole Story【The Whole Story】 Kate Bush オリジナル盤発売: 1986

 世間一般には、「恋のから騒ぎ」のテーマ曲で知られている「嵐が丘」が有名ですが、アルバムでは「The Sensual World」が個人的には好きです。
 それにしてもデビューからもう30年経つんですね。


『The Sensual World』The Sensual World

2006年11月24日 (金)

行政組織とガバナンスの経済学―官民分担と統合システムを考える

■ 書籍情報

行政組織とガバナンスの経済学―官民分担と統合システムを考える   【行政組織とガバナンスの経済学―官民分担と統合システムを考える】

  赤井 伸郎
  価格: ¥3,570 (税込)
  有斐閣(2006/11)

 本書は、「行政組織の改革、特に官と民の役割分担の適正化とそのガバナンス・システムの構築に向けた研究をまとめたもの」です。著者は、ガバナンスを、「ある権限を持った主体」が、「希望する目的を達成させるように、権限を持たない主体の行動をコントロールすること」と定義し、このようなコントロールによって、目的を効率的に達成させるシステムが、「適切なガバナンス・システム」であると述べています。そして、行政組織におけるガバナンスとは、「資金、すなわち税金を提供する住民(国民)が、行政実務担当者をコントロールすること」を意味すると述べています。また、住民(国民)と行政実務担当者間のエージェンシー問題を取り除くガバナンス・システムとして、
(1)限定合理性
(2)情報の非対称性
をできる限り取り除ける制度設計を行うことであるとして、
(1)明確性(不確実性の可能な限りの排除)
(2)透明性(情報の非対称性の可能な限りの排除)
の2つをまず実行することになると述べています。
 第1部「理論編」は、第1章から第4章で構成されています。
 第1章「行政組織とガバナンス改革の流れ」では、本書の狙いを、「これまで行われてきた民間的組織、民間活力導入の事例からの教訓を、理論モデル分析に加えて、データに基づく実証分析を通じて導出し、今後の改革の方向性、改革を実現するために注意すべき事柄を明確にするために材料を提供すること」であると述べています。
 第2章「コミットメントとガバナンスの分析」では、「ソフトな予算制約概念を用いて、組織間のガバナンスの欠如に潜む問題点を理解」するために、
(1)これまでのソフトな予算制約に関わる研究生を蚊を紹介し、その理論的構造および議論の流れを明らかにする。
(2)この問題が組織内部で実際に非効率な政策を招いているのかについて実証した研究結果を考察する。
(3)近年議論されている政府構造の改革がこの問題を解決するために有効的なのかについて検討する。
の3点を行うとともに、「ソフトな予算制約」の議論が、契約理論の分野における「コミットメントの欠如」(lack of commitment)の問題との融合によって、より厳密な分析に進展したことを述べています。そして、公的企業の行動を、
・fastプロジェクト:価値がある(補助金を上回る社会便益が発生する)
・slowプロジェクト:価値がない(補助金を上回る便益は発生しない)
の2つに単純化した上で、「分権化された政府システム(小規模な政府を想定)では、政府はslowプロジェクトに対して追加補助をするための充分な財源を保有していない(各政府は1単位の資金のみを保有)とする」というDewatoripint and Maskin(1995)の論文における分権政府での本質的な過程を紹介し、「1つの大政府だけが存在する集権化されたシステム(centralized credit system)のケースに比べて、予算制約がソフトになる可能性は小さくなる」と述べ、「政府が情報を持たない状況でも、文献的なシステムが事後的な予算(バジェット)をハードにすることを通じて、企業に適正なインセンティブを与え、初期段階で適正なスクリーニング(screening)が行われる」ことを解説しています。このことは、「モラル・ハザードを引き起こしている日本の中央集権的な地方財政システムを地方分権下の競争によって改革し、地方政府に自立意識を高めさせようという地方分権の議論と一致するもの」であると述べられています。
 さらに、注意しなければならないことは、「効率的な資源配分を実現するためには、事後的な裁量の余地を狭め、ハードな予算制約を実現できる組織構造が必要であり、すべてにおいて事後的補填を行うべきでない」ということではなく、「裁量的なソフトな予算制約が生み出すインセンティブ問題を考慮して、事前の制度設計を行うこと」であると述べています。
 第3章「独立行政法人のガバナンスの経済分析」では、「効率性を重視した新たなサービス提供手法を構築する」ことを目指した独立行政法人の試みの評価と今後のあり方を論じています。著者は、独立行政法人の特徴を、
(1)目標の明確化+計画+政策評価を通じた説明責任の達成(情報公開)
(2)インプットの裁量
(3)インセンティブ契約
であるとしながらも、このあり方に関する研究は、「成果がつかみにくいことなどから、理論的・実証的にもほとんどなされていない」と指摘し、経済学的な理論モデルによる分析の必要性を説いています。
 そして、独立行政法人システムの特徴を、
(A)裁量性の確保による柔軟な活動の推進
(B)評価委員会の明確な基準に基づくインセンティブ契約の導入による運営努力の推進
の2点に絞り込んだ上で、(A)は、「これまで監督官庁が関与・統制してきた資源を、独立行政法人が自由に活用することによって、社会的に価値のあるサービスを効率的に実施しようという試み」であり、(B)は、「目的を達成するためには、可能な限り社会的な価値を計測する明確な基準・目標を作成し、その目標を達成させるように」独立行政法人を規律づけるメカニズムの構築に当ると述べています。
 さらに、独立行政法人のガバナンス・システムのあり方として、
・提言1:観察可能なインプットと、観察不可能なインプットのアウトカムに対する重要性の把握
・提言2:私的インセンティブと社会的インセンティブの差の把握
・提言3:エージェントのリスク回避傾向の把握
の3つの提言を行っています。
 第4章「損失補填・出資形態のインセンティブ問題」では、利得がプラスになる状況において、「その一部を自治体が搾取してしまうモデル」であるホールドアップ問題と、利得がマイナスになる状況において、「その一部を自治体が補填してくれるモデルであり、どこまでさぼるかがポイントになる」事後的救済問題との2つの概念が、本質的に同じであることを開設した上で、Stiglitz and Weiss(1981)を応用した、損失補填がある場合の事業選択との関係を説明するモデルと、Besley and Ghatak(2001)を拡張した第三セクターへの出資と努力インセンティブの関係を導出するモデルとを示しています。そして、共同出資において、出資主体にとっては、
(1)自分が過半数を占める場合:出資が少ないことにより交渉力が落ち、出資が多いほど努力する。
(2)自分が過半数を占めない場合:出資をしてもその大部分が相手の交渉力を高める源泉となってしまうので、出資が少ないほど努力する
ために、U字型になると述べています。
 第2部「実証編」は、第5章から第8章で構成されています。
 第5章「第三セクターのガバナンスの経済分析」では、第三セクターの経営悪化の制度に起因する原因として、
(1)官と民の共同出資:官と民の中間という特殊な事業形態ゆえに、官民間のリスク分担に関わる契約が十分に締結されていない、または馴れ合いが生じる。
(2)主体の位置づけ:官民の出資により設立されるため、より透明度の低い(地方公共団体の)外部組織となり、公益性のチェックがおろそかになる。
の2点を挙げています。
 そして、第三セクターを、(1)設立数、(2)フロー(経営赤字)、(3)ストック(債務超過)の3つの側面から検討し、
(1)観光・レジャー、農林水産、教育・文化分野の法人数が大きなシェアを占める。
(2)教育・文化は民間法人が多く、観光・レジャー分野は商法法人が多い。
(3)設立は、バブル崩壊前後に最高となっていて、近年は、観光・レジャー、農林水産分野が多い。
(4)フロー面では35%が経常赤字に直面し、運輸、観光・レジャーの額が大きい。
(5)観光・レジャー分野の経営破綻には地域間の差が見られる。
(6)ストック面では、6.6%が債務超過状態にあり、観光・レジャー分野が特に悪い。
(7)資本赤字法人数の地域別割合は、観光・レジャー分野に地域間の差が見られる。
の7点を明らかにしています。
 著者は、財務状況悪化の原因として、
(1)外生的要因主導:失敗することが分かっている分野への進出(事前調査不足または政府による損失補てんを期待した民間による利己的分野への進出が原因)。
(2)内生的要因主導:経営および計画の不備が引き起こした失敗。
の2点を挙げた上で、「経営悪化または破綻法人の出資形態」が及ぼした影響として、
(1)官が出資主体:情報収集能力の不足から設立分野が限定され、リスクの高い分野への進出を回避し、民間企業の影響も受けない。→ローリスク・ローリターン・タイプの設立
(2)官民出資:設立分野が拡大し、責任体制の曖昧さから事前調査努力の低下や、民間の情報操作による問題のある分野への進出の可能性。→馴れ合いによるハイリスク・ハイリターン・タイプの設立
(3)民が出資主体:民間企業がある程度の将来リスクを引き受けるため、外生的に問題のある分野への進出は抑えられる。
の3つのケースを想定し、官民の出資割合と破綻の間での山型の関係を論じ、実際の推計結果としては、
(1)結論1:民間出資比率が山型の影響――民間出資割合約40%ポイントを頂点として、破綻が多い。
(2)結論2:破綻割合と財政力指数やGDP成長率、失業率との間に有意な相関は見られないことから、破綻は地域的な経済要因とは独立であると考えられる。
(3)結論3:出資規模が破綻割合に有意に正の影響――大規模プロジェクトが破綻。
(4)結論4:観光・レジャー分野への進出が失敗原因。
の結論を得ています。そして、第三セクター内部に潜む制度的要因として、
(1)契約の不完全性による責任感の欠如
(2)外部組織の不透明性:説明責任の欠如
(3)政治的効果
の3点を指摘しています。
 さらに著者は、個別法人の財務データの分析から、経営悪化要因を、
(1)マクロ的な景気悪化の影響は、大規模な開発を行った法人の経営に、より大きな打撃を与えた。
(2)官と民の責任分担の曖昧性により、民の努力が低下し、経営が悪化した。
(3)官と官の責任分担の曖昧性により、官の努力が低下し、経営が悪化した。
(4)地域における需要競争(同業者との競合)により、経営が悪化した。
(5)雇用確保として設立、継続により、経営が悪化した。
(6)地域における政治的圧力を通じた過大投資により、経営が悪化した。
(7)情報公開の不備による説明責任の欠如により、経営が悪化した。
(8)リゾート法などのマクロ政策による非効率な設立を通じて、経営が悪化した。
の8点にまとめています。
 著者は、これらの分析を通じて、
・提言1:契約によるリスク分担の明確化が成功の鍵
・提言2:契約の明確化に向けて、官民双方の能力向上が不可欠
の2点を提言しています。
 第6章「地方3公社のガバナンスの経済分析」では、土地・住宅・道路の3公社に関して、
・土地開発公社:バブル前には、その柔軟性から公共用地の先行取得とそれに伴う効率的な公共事業に貢献したが、一方で業務が拡大し、バブル崩壊からは中央政府の土地の買い支え政策に利用されてきた。
・住宅供給公社:2006年度からの会計基準の変更により、債務超過の公社が増えると予想されるが、隠された実態を明らかにし、債務超過の実態を明らかにする上では望ましい。
・道路公社:当初の償還予定が達成できない場合に、延長または税金投入という事実上の破綻となり、事後的な判断としては正しい場合もあるが、そもそもこの道路を作る価値をあったのかを含めた道路建設の事後評価を行うべきである。
と分析しています。
 その上で、各公社に関して、
・後向きの問題:将来このような問題を繰り返さない方策を考える必要。
・前向きの問題:現在保有している資産をどのように活用・処理するのか。
の2つの問題を論じ、今後の3公社の改革に関して、
○土地開発公社
(1)財務状況における債務超過の意味:母体自治体の責任は他の公社よりも大きい。
(2)土地開発公社の存在意義(時代の変化):3公社中もっとも曖昧。
(3)廃止に向けた議論:蓄積されたプロ集団のノウハウはあるのか。活かせるのか。
○住宅供給公社
(1)経営状況を単なる財務上の債務超過で議論すべきなのか。
(2)住宅供給公社の存在意義:公が住宅を作るべきか(時代の変化)――公益性の評価
(3)廃止に向けた議論:蓄積されたプロ集団のノウハウはあるのか。活かせるのか。
○地方道路公社
(1)経営状況を単なる財務上の債務超過で議論すべきなのか。
(2)道路建設のあり方:採算道路と不採算道路
(3)地方道路公社の存在意義
などの論点を提示しています。
 第7章「公営企業のガバナンスの経済分析」では、公営企業とは、「料金徴収が可能で民間でも供給可能性は高いが公益性・安定性を確保する必要のあるサービスに関して、政府がそのサービスを直接供給するもの」であるが、「高度な契約技術による安定供給の確保の可能性や、技術の専門化による官民のノウハウ格差などが現れてきた現在においては、効率性の観点から、民間で供給すべきサービスを官が提供しているものが多いと思われる」と述べています。そして、公営企業に関してさまざまな研究が行われているものの、
(1) 交通分野において、経済学的な理論、日本の制度、日本のデータに基づく実証を含めて、民間委託、民間移譲など官民の役割分担を通じた公営企業の組織形態のあり方の議論は十分になされていない。
(2)データの制約のため、改革効果に関する実証分析がなされていない。
の2つの不足があることを指摘しています。
 そして、公営企業の長所として、
(1)安定度・リスク許容度の違い:突発的なリスクが生じた場合に、そのリスクに対応できるかどうか。
(2)生活保障・ニーズを反映したサービス:不採算路線の維持など生活保障が可能になること、ニーズを反映したサービスが可能になること。
(3)情報公開・説明責任:情報公開や説明責任が達成されること。
(4)規模の経済性:民間単体では最適な投資や黒字経営による事業の存続が達成できない。
(5)(ネットワーク)経済性:他の行政サービスとの相乗効果。
を挙げた上で、それぞれについて、
(1)→官民のリスク許容度の違いと創意工夫のインセンティブの可能性に応じて官民で分担。
(2)→サービスに責任を持つ主体と提供主体が一致する必要はなく、アウトプット・コントロールのインセンティブ契約が可能。
(3)→補助金によるインセンティブ契約に基づき、公共サービス提供に関するデータの開示は請求できる。
(4)→PFIなどの近年の事業手法を用い、補助金を適切に与えることなどで対象可能である。
(5)→外部性を内部化するように、補助金を適切に与え、インセンティブ契約を結ぶことで対処可能。
等を論じ、「考えられている個別の課題はすべて、適切なインセンティブ契約で対象可能」であると述べ、そのためには、情報とそれをうまく利用する能力、技術力、マネジメント能力が重要であると指摘しています。
 著者は、「民営による長所は公営では実現できないのに対して、公営による長所のほとんどは適切なインセンティブ契約で可能である」と述べ、官と民とで事業の継続リスクが異なることを解説した上で、
(1)官のほうがコスト面で効率的な場合、官で供給すべき。
(2)民の方がコスト面で効率的な場合、民で供給すべきかどうかはこの継続リスクとコスト節約のトレードオフで決定される。
と整理しています。
 さらに、大都市の交通事業の効率化が進んでいない要因として、
(1)現行の官民分担と民の受入れ体制
(2)国土交通省規制:バス移譲路線数(もしくは走行距離)の制約
(3)民間と比べ高額な給与水準
(4)人事問題
(5)補助金制約
(6)契約システム・ノウハウの不足
の6点を挙げています。
 著者は、適切な官(国と地方)民分担に向けたガバナンス構築のため、官民の役割分担の改革の具体策として、
・第1段階:民間委託やPFI、指定管理者などを通じた効率化を勧め、コンサルタントを活用した高度な契約技術を学ぶ。
・第2段階:インセンティブ契約・規制を活用した、民営化を含む所有権の適正化の議論を行う。
ことが現実的であるとした上で、
(1)官民の責任分担が明確な契約による、市場からのガバナンス機能を働かせる。
(2)官が契約で責任を持つ部分に対しては、官からのガバナンスを的確に行う。
の2つのガバナンスを働かすようにすべきであると主張しています。
 第8章「地方自治体のガバナンスの経済分析」では、「投資的経費に着目し、透明性が自治体の財政運営の効率性に与える影響を検証」しています。その結果、情報公開の必要性は認識されましたが、前章までの議論の結果と異なった理由として、
(1)地方自治体本体では、目標の設定が難しく、住民も施策の評価が難しい。
(2)データの幅の違い。
(3)国によるガバナンスとしての地方財政制度の不備。
の3点を挙げています。
 終章「行政組織とガバナンス・システムのあり方」では、ガバナンス強化に向け、
(1)官と民の役割分担の適正化の流れで最も着目されている新しい事業手法としてのPFIのあり方。
(2)国と地方の役割分担の適正化の流れで最も着目されている地方財政改革のあり方。
(3)地域住民と地方自治体との目的に乖離が生じている一般的な場合におけるガバナンスのあり方。
をそれぞれ議論し、契約によってリスクを適切にコントロールすることで、リスクとインセンティブのトレードオフ問題を緩和することや、「地方交付税と国庫支出金を統合した上で、財源保証機能と財政調整機能、効率化機能の3機能を分離」した、
(1)財源保証機能を担うブロック補助金
(2)財政調整機能を担う水平的移転または、新交付税
(3)効率化機能を担う特定補助金
の3つの補助金システムを提唱しています。


■ 個人的な視点から

 本書は、わかりやすさ、データの入手・比較しやすさなどの分析しやすさという点では、公営企業や第三セクターを例に挙げていますが、考え方や分析方法自体は行政の個別事業に当てはめて考えることが可能です。
 構想日本が行っている事業仕分けが、外部の人間による常識的な判断をベースにしているものであるのに対し、本書の分析の視点は、経済学の理論的な裏づけを与えてくれるものではないかと思います。
 
※p.225のl.7の「ニーズに反映したサービス」は「ニーズを反映した」か「ニーズに対応した」のどちからの誤字と思われます。


■ どんな人にオススメ?

・官民の役割分担に経済学的裏づけをつけたい人。


■ 関連しそうな本

 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月02日
 赤井 伸郎 (著), 吉田 有里 (著), 鷲見 英司 (著) 『バランスシートで見る日本の財政―政策評価のための財務諸表の作成』
 土居 丈朗(編著) 『地方分権改革の経済学―「三位一体」の改革から「四位一体」の改革へ』
 土居 丈朗 『三位一体改革ここが問題だ』
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日


■ 百夜百マンガ

バリバリ伝説【バリバリ伝説 】

 中高生をバイクに憧れさせるマンガはいくつもありますが、80年代はこの作品でしょうか。『ふたり鷹』という人は少ないと思います。。

2006年11月23日 (木)

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

■ 書籍情報

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀   【統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀】

  デイヴィッド サルツブルグ (著), 竹内 惠行, 熊谷 悦生 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  日本経済新聞社(2006/03)

 本書は、統計学という地味な分野を切り拓いた、数多くの研究者たちを伝えた評伝です。
 第2章「歪んだ分布」では、「統計モデルの概念が科学の一部となった」統計革命の時期を、カール・ピアソンが1890年代に業績をなした時期であると主張しています。ピアソンは、「観測値そのものが確率分布を持っていること」、すなわち、「われわれの測定するものがなんであろうと、実際にはそれはランダムな散らばりの一部分であり、その確立は分布関数という数学上の関数で表現される」ことに気づきます。分布関数を識別する数値は、「観測値に匹敵するもの」を意味するギリシャ語から「母数(パラメータ)」と名づけられ、ピアソンの分布族を完全に表現できる母数として、
(1)平均:観測値の散らばりの中心地
(2)標準偏差:大多数の観測値の散らばりがどれほど平均から離れているか。
(3)対称性:平均を中心として片側だけに観測値が偏っている程度。
(4)尖度:平均から離れて稀に観測される値の散らばりがどれほど平均から離れているか。
の4つが挙げられています。
 著者は、「ピアソンの革命が残したもの」として、「科学の対象となる『こと』は観測可能ではなく、観測値に伴う確率を記述する数学的な分布関数という考え方」であると述べています。
 第3章「かの親愛なるゴセット氏」では、ギネス社に採用された数学者であるウィリアム・シーリー・ゴセットが、印刷物での研究発表を禁止する社の規則のため、「ステューデント」と名乗って、ピアソンが編集者を務める『バイオメトリカ』誌に論文を掲載したことが紹介されています。
 第4章「厩肥の山を調べ上げる」では、ロナルド・エイマー・フィッシャーが、1925年に、「数学界からは無視されたが、農学や生物学分野の研究者には多大な影響」を及ぼした『研究者のための統計的方法』を出版したことに関し、このテキストには正当な理由づけや証明が省かれていたにもかかわらず、「必要最低限の数学しか学んでいないような研究所の技術屋たち」にとって待望の一冊であったことが述べられています。
 第6章「『百年の一度の洪水』」では、エミール・J・グンベルが、ドイツの大学の新米教員時代に、ナチス党員たちによる見せしめの殺人事件の目撃者のインタビューを集めた『四年間の政治的殺人』や『政治的殺人の原因』を出版したことで、1933年のナチス政権成立後は、フランスに亡命したことが紹介されています。
 第9章「ベル型曲線」では、スターリンの恐怖政治が、「ロシアの数学者と他のヨーロッパとの音信を遮断し始め」、ヒトラーの人種政策が、「ドイツの多くの大学に大きな打撃を与えた」ことを述べ、「ナチス軍がワルシャワを制圧した際、ワルシャワ大学のすべての教授陣を見つけしだい捕まえ、残忍に殺害して一緒に埋めた」(焚書坑儒?)ことを紹介しています。また、ナチスが政権をとったときのベルリンの大学では、「『アーリア人』と『非アーリア人』の数学の違い」が扱われ、「退廃的な『非アーリア人(ユダヤ人のこと)』数学者は複雑なアラビア式表記に依存しているのに対し、『アーリア人』数学者はより崇高で、幾何的洞察のより理論的な領域を研究していることを見出した」と講義されていたことが述べられています。
 第10章「当てはまりのよさを検定すること」では、「統計革命によって、科学上の物事は観測値の分布を支配する母数になった」が、「初期の決定論的アプローチでは、測定を精緻化すれば考察対象となる物理的現実のよりよい定義ができるようになるという信念が常にあった」ことが述べられています。そして、カオス理論でよく引用される「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こるのか」という「バタフライ効果」が、「カオス理論の伝道者たちから深遠な心理と見なされている」と述べた上で、「そのような原因と結果が存在しているという科学的証明は一つも」なく、「そのような結果を招く現実をうまく立証する数学モデルは存在」せず、「それは信念を述べているに過ぎない。悪魔や神について語るのと同じくらいの科学的な妥当性しかない」と批判しています。
 第14章「数学のモーツァルト」では、「フィッシャーの仕事の一部を土台にして、数学的な深みと詳細さでフィッシャーをしのぐ数理統計学と確率論上の痕跡を残した」アンドレイ・ニコラエビッチ・コルモゴロフを紹介し、コルモゴルフが、
(1)確率の本当の数学的根拠は何か。
(2)地震(や地下核実験)による地球の振動のような、時間を経て集められたデータをどのように処理すればいいのか。
という「最も差し迫った理論的問題」を解決したことが述べられています。
 第15章「下から見上げた眺め」では、フローレンス・ナイチンゲールが、独力で学んだ統計学者でもあり、「イギリス軍に野戦病院を維持させ、戦場での兵士に対する看護や医療を提供させる」という使命のために、「クリミア戦争でのイギリス軍死者の多くが、戦場ではなく病気に感染して命を落としており、それは負傷兵を適切な処置をしないまま長らく放置したためである」事実を「パイチャート(円グラフ)」を発明して示したことが述べられています。
 第18章「喫煙はがんの原因か」では、夫1958年にフィッシャーが、「喫煙が肺がんを引き起こすことを示そうと目論まれた証拠には欠陥だらけである」と主張し、それは、「じゃまされることなくパイプを燻らせたい老人によって提唱された多くの戯言」ではなく、「『原因と結果』はいったい何を意味するのか」という「科学的思考の核心を揺るがすものであり、たいていの人は問題として認識すらしないもの」であることが述べられています。
 第24章では、日本でもよく知られているW・エドワーズ・デミング博士が日本茶をすすっている写真とともに紹介され、1980年に放送された「なぜ日本にできて、われわれにはできないのか」というドキュメンタリー番組によって、米国内で引っ張りだこになったと述べられています。著者は、品質管理についてのデミングの主要な観点を、「ある生産ラインでの産出量にはバラツキがある、ということ」であると述べています。
 第28章「コンピュータは自分自身に向かってゆく」では、100年以上前にカール・ピアソンが提唱した、「すべての観測値が確率分布に起因することや、科学の目的がそれらの分布の母数を推定すること」が、次第にピアソンの見方が優勢を占めるようになってきたとして、「20世紀に科学的方法のトレーニングを受けた人は誰でもピアソンの見方を当然のものとして受け止めている」と述べています。
 第29章「隠れた欠陥のある崇拝物」では、統計革命が、トーマス・クーンの『科学革命の構造』の言うモデル転換の一例であると述べ、「統計革命が近代科学にあまりにもしっかり根づいたために、統計学者はその進展をコントロールできなくなった」ことが述べられています。そして、「宇宙の統計的な見方における3つの哲学的問題」として、
(1)意思決定に統計モデルは利用できるのか?
(2)実生活に応用する際、確率の意味は何だろうか?
(3)人々は本当に確率を理解しているのか?
の3点を論じています。
 本書は、統計学が無機的でつまらないと思う人にとって、実はエキサイティングな分野であることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 元のタイトルの『The lady tasting tea』は、本書の主な登場人物の一人であるロナルド・エイマー・フィッシャーが1935年に著した『実験計画法』という本に収められたエピソードにちなんでいます。それは、ある婦人が言い出した「紅茶にミルクを注ぐのとミルクに紅茶を注ぐのでは味が違うのよ」という命題を検定するためにはどうすればいいか、というものでした。
 ちなみに結果は、女性の言ったとおりだったそうです。


■ どんな人にオススメ?

・「円グラフを初めて使ったのはナイチンゲールである」というトリビアにピンと来た人。


■ 関連しそうな本

 A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
 ジョエル ベスト (著), 林 大 (翻訳) 『統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門』 2006年01月08日
 ゲルト ギーゲレンツァー (著), 吉田 利子 (翻訳) 『数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活―病院や裁判で統計にだまされないために』 2006年01月14日
 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
 谷岡 一郎 『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』 2005年12月13日
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』


■ 百夜百音

ビューティフル・マインド【ビューティフル・マインド】 ジェームズ・ホーナー オリジナル盤発売: 2005

 原作を最近読んだので、つられて映画版の方も見てしまったのですが、原作とゲーム理論を知らなければ楽しめたかもしれません。ナルシストでジコチュー男というナッシュのイメージが見事に砕かれてしまいました。
 そういうわけなので、映画を見て感動した人は間違っても原作は読まない(実際のナッシュについては関心を持たない)方が幸せではないかと思います。


『ビューティフル・マインド(DVD)』ビューティフル・マインド(DVD)

2006年11月22日 (水)

政策研究のメソドロジー―戦略と実践

■ 書籍情報

政策研究のメソドロジー―戦略と実践   【政策研究のメソドロジー―戦略と実践】

  北川 正恭, 縣 公一郎, 総合研究開発機構 (編集)
  価格: ¥3465 (税込)
  法律文化社(2005/09)

 本書は、「NIRA公共政策研究セミナー」を契機に、「一読することで政策研究の基本を総合的に理解することができる手引書」を企図して作成された、政策研究の入門テキストです。序文で、前三重県知事の北川正恭教授(早稲田大学大学院公共経営研究科)は、「知事として挑戦し続けた8年間」が、「失敗の連続」でもあり、「現場の実践に対して支柱となる理論があれば、より合理的に改革を進めることができる」との考えにいたったことを述べています。
 第1章「政策研究-規範,倫理,公共性」では、公共政策に携わる者は、「システム思考とでもいうべき思考に習熟し、それに従ってものごとを分析し考察することを要求される」として、「システム的政策思考が要請する機会費用への最大限の配慮」には、
(1)政策実施のための資源消費を可能な限り切り詰めるということ。
(2)公共的諸価値間の葛藤という現実を直視し、特定の公共的価値を絶対視してはならないということ。
の2つの次元があることを述べています。そして、「問題認知-政策目的設定および具体的処方箋の構想・策定という一連のプロセスには、高度なデザイン力が必要不可欠である」として、デザイン活動一般に求められる、
(1)デザイン活動のコンテキストに対する鋭い感受性
(2)適切な価値判断の能力
(3)コンセプトに具体的なカタチを与える能力
の3種の能力を「不断に開発・鍛錬せねばならない」と述べています。
 第3章「政策分析の手法-分析入門者への手引き」では、政策分析(policy analysis)を、「現実の課題を解決するための政策代替案の構築、およびそれらのシステマティックな比較と事前・事後の評価」と定義した上で、「問題解決の戦略」として、
(1)目標の明確化
(2)歴史的傾向の叙述
(3)条件の分析
(4)将来の発展の予測
(5)代替案の草案、評価および選択
の5点を挙げています。
 第6章「政策研究の技法-標本調査から検定まで」では、政策研究の基本的な技法の解説として、調査表作成における「ワーディング」が、
・回答者の全てが質問の意図を同様に理解することで信頼性の高い回答結果が得られる。
・質問文の表現が特定の回答を誘導することの内容に留意しなければならない。
上で重要であることや、「クロス表で分類された名義尺度や順序尺度で測定されたデータの間に観測された差の優位性を検定する代表的な手法」である「カイ二乗検定」の解説などが述べられています。
 第8章「パブリック・ガバナンス-公共空間での政策主体」では、近年、「公共サービスの供給は多様な主体によって提供されるべきという主張と実践」である「『ガバメント』から『ガバナンス』(社会問題を解決する行為者の相互関係の構造と相互作用のプロセス)への転換」が世界的に勢いを増していることを述べた上で、ガバナンスのタイプとして、
(1)再生化:国家が問題解決の主体であることは不変であるが、その関与の方法を見直して国家機能の再生を図ろうとする。
(2)委譲化:国家が自己で処理した方が効率的で効果的なものに守備範囲を限定し、残りは他の機関に委譲しようというもの。
(3)外部化:伝統的に国家により統制されていた権限と機能を、自律的な機構(市場制度等)に以降、または、国家・政府による供給を市民社会における国民・市民の自己統治により実施するもの。
(4)ネットワーク化:国家や市場による単独の問題解決能力には限界があり、政府を含む関係主体のネットワークによって問題解決を図るもの。
の4つを挙げています。
 また、NPM(ニューパブリックマネジメント)を、ガバナンスの1つのタイプとみなす考え方を紹介する一方で、そのデメリットとして、
(1)アカウンタビリティの低下
(2)社会的共通資本の低下
(3)起業家的市民の実現可能性
の3点を挙げています。
 第9章「自治体政策と国・地方の関係」では、マニフェストの効果として、「政策本位」の選挙の実現以外に、
・自治体職員の政策実現に向けてのインセンティブが高まる。
・地方議会との緊張も生まれ、議会の活性化につながる。
等を挙げた上で、「補完性の原理」を、「公共の決定は、家族、コミュニティなど個人により近いレベルで優先して行われるべきである」と解説しています。また、地方交付税に関する問題の根本を、「地方固有の財源」であり、「国と地方が対等」であるはずの地方交付税の決定に、地方団体がほとんど参画していない点にあると指摘しています。
 第10章「市民社会の形成と公共政策」では、「現代的市民社会論の最大の特徴」を、「『市民社会』を非国家的・非市場経済的な公共空間領域、すなわち、国家と経済の中間領域と規定し、市民的な自律的社会・公共的政治空間と意義づけること」と述べています。
 第11章「シンクタンクと政策研究」では、シンクタンク(政策研究機関)のタイプを、
(1)「学生のいない大学」といわれる学術型
(2)契約型
(3)政策提唱型
(4)政党系
の4類型に分け、多元的な政策形成の重視により、政府外の政策諮問組織(APAOs, Alternative Policy Advisory Organizations)の重要性が増していることを述べています。また、アメリカのシンクタンクが、
・第1世代:学術型
・第2世代:政府からの契約型
・第3世代:政策提唱型
に分類されることや、日本のシンクタンクのルーツが、1907年の満鉄調査部までたどることができ、戦前には、大原社会問題研究所や労働科学研究所、東京市政調査会などが結成され、戦後には、学術志向が強い民間の財団・社団法人のシンクタンクが、60年代以降は企業シンクタンクが現れたことが紹介されています。そして、日本のシンクタンクの問題点として、
(1)研究の自主性が低い。
(2)報告書の多くが公開されないために研究の質による評価ができない。
(3)1件ごとの契約の積み重ねに依存し、安定した財政基盤に立った長期的な活動ができない。
等の点を挙げています。
 第13章「環境政策-政策の方向と事例研究」では、昭和30年代の公害対策が、「基本的に産業界を原因者とする産業公害についての対策」であったのに対し、昭和40年代の新しい環境問題が、「通常の社会経済活動による環境負荷が集積して発生するという性質」を持っていることを指摘しています。また、従来の主たる政策手法である規制的手法が、「罰則をもって一定の作為または不作為を義務付ける手法」であり、「行政がすべきことをわかっていて初めて」機能するものであるという限界を有することを指摘しています。
 第14章「消費者政策の展開-現状と課題」では、消費者政策の基本原則として、
(1)安全最優先の原則
(2)商品・サービスの勧誘・契約にあたっての適合性原則
(3)頼んでいない人に勧誘してはいけないという不招請勧誘禁止の原則
の3点を挙げ、具体的なケーススタディとして、架空請求と多重債務の事例を解説しています。
 第17章「新しい総合計画論-三鷹市の総合計画を事例として」では、三鷹市において、1969年の自治法改正以前から、計画行政の萌芽が育ち始め、1972年には、総合計画策定における本格的な市民参加として、基本構想策定のための市民会議である「まちづくり市民の会」が発足したこと、「長期計画不要論」もある中で総合計画をつくる意義として、「下水道や都市計画道路等の都市基盤整備など、長期のスパンで取組みが必要な『地味な』事業」のために、「長期の総合的なまちづくりのビジョンと達成目標を明示することが不可欠」であること等が述べられています。
 巻末には、「『政策研究』を理解するための200冊」と題したリーディングリストも挙げられています。
 本書は、「政策」について勉強したい、という人にとっては、ハードルはやや高めですが、程よい一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の元になったNIRAの「公共政策研究セミナー」(http://www.nira.go.jp/icj/seminar/index.html)ですが、2005年度版の募集案内(http://gate.nira.go.jp/icj/seminar/2005/2005pdf/2005boshuu.pdf)をみると、全12回で、時間は平日の夜7時から9時の2時間、場所は恵比寿のNIRAで、受講料は3万円となっています。
 講師の顔ぶれも、それなりに充実していますし、これで1回2500円なら大変お得です。残念ながら2006年度は、「都合により、実施の予定はありません」となっていますが、本書を読んで受講したい、と思った人が受講できないのももったいない話ですので、受講料が多少上がっても実施する価値はあるのではないかと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・公共政策の入門テキストを探している人。


■ 関連しそうな本

 北川 正恭 『マニフェスト革命―自立した地方政府をつくるために』
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 北川 正恭, 岡本 正耿 『行政経営改革入門―経営品質の活用と地域経営』
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 行財政構造改革フォーラム (著), 上山 信一, 樫谷 隆夫, 若松 謙維 『新・行財政構造改革工程表―「霞が関」の三位一体改革』
 村尾 信尚 『役所は変わる。もしあなたが望むなら』 2005年03月18日


■ 百夜百マンガ

仮面天使【仮面天使 】

 作者のアシスタント募集を見ると、市原市が勤務先でした。ということは作品の舞台になっている小学校も市内の学校でしょうか。『ウイングマン』の舞台になった八幡中以来の登場かもしれません。

2006年11月21日 (火)

フォン・ノイマンの生涯

■ 書籍情報

フォン・ノイマンの生涯   【フォン・ノイマンの生涯】

  ノーマン マクレイ
  価格: ¥1,995 (税込)
  朝日新聞社(1998/09)

 本書は、数学を手始めにコンピュータや原水爆、ゲーム理論など幅広い分野に足跡を残した20世紀の巨人、フォン・ノイマンの評伝です。ノイマンの評価は、
(1)スターリンとその後継者が支配するソ連をどう封じ込めるかの議論で一番のタカ派であった点。
(2)おもしろいアイデアにすぐ飛びついて、実用化までの道筋をつけてしまう点(「他人の仕事を盗む人間」とけなす人がいる)。
の2つの点で賛否両論に分かれていますが、著者は、どちらもノイマンを支持しています。
 第1章「頭で世界を変えた男」では、ノイマンが、「新しい概念と表現」、すなわち「人間にとってよりよい道具となり、科学革命を前に進めるために概念と表現」を追い求め、中でもコンピュータを駆使することで、「多様な分野をまともな姿に建て直」そうとしていたことが述べられています。そのため、「あらゆる人からあらゆる着想を堂々と拝借し」、「他人が思いついてまだおぼろげな姿でしかない発想を引き取っていち早く細部まで仕上げ、学問や人類に役立てようとした」と評しています。
 第2章「ブダペストのお坊ちゃま」では、当時のプダペストがノイマンをはじめとする天才を次々に生んだ秘密として、
(1)国に勢いがあって市民が自信たっぷりだった。
(2)移民を自由に受け入れた。
(3)民主主義がなく、見事なエリート教育システムを作り上げた。
の3点を挙げ、最後の一点以外はニューヨークと共通していたことを指摘しています。そして、幼い頃のノイマンが、歴史にのめりこみ、オンケンの『世界史』全44巻を隅から隅まで読みつくしたこと、家庭での食事時の「セミナー」が幼児期からの成長にかけがいのない役割を果たしたこと、等を述べています。
 第3章「ギムナジウム時代」では、ハンガリーのギムナジウム制度が、「最高の学校なら子どもの能力をギリギリまで伸ばす教育をする」という利点を持っていたこと、ノーベル賞受賞者のウィグナーと、のちにエール大の経済学教授となったフェルナーという生涯の友と出会ったことが述べられています。
 第4章「獅子の爪を持つ学生」では、ゲッチンゲン大学のヒルベルト教授のもとで、カントルの数学を公理化する「カエルとネズミの戦い」の議論に加わったこと、ブダペスト大学とチューリヒのスイス連邦工科大学で2つの学位を取得したことなど、ノイマンの学生時代が紹介されています。
 第5章「心のゆとりと数学者たち」では、ノイマンの能力の源として、
(1)大学を終える1926年までに彼が父親から得たもの。
(2)数学の方法論を身につけていった道筋。
(3)古代ギリシャ以来2500年間の数学史から学んだもの。
の3点を解説しています。1点目については、彼の父親が天才児である息子に、(1)落ち着きとユーモアの感覚、(2)考えるのが楽しいと思う心、の2つを植えつけたことが挙げられています。また2点目については、数学の概念が、(1)経験に即した段階、(2)美を求める段階、(3)誤りを素直に認める健康な段階、の3つの段階の歩みを辿ると考えていたことが紹介されています。最後に3点目については、「カエルとネズミの戦い」を、
(1)大抵の数学者は昔ながらの楽な数学を使い続けた。
(2)多くの数学者がヒルベルトの宿題に取り組んだ。
(3)ゲーデルが、ある種の数学定理は証明も反証もできないことを示した。
(4)多くの数学者が古典数学に頼ることになり、大抵の数学者がひどく厳密さを欠いているとわかった。
の4段階で解説していることが述べられています。
 第6章「ゲッチンゲンの量子力学」では、ゲッチンゲン大学でハイゼンベルクが打ち立てた量子力学と出会い、「ヒルベルト空間内のベクトルの幾何学は、量子力学的状態と同じ数学形式をもつ」という直感に道かれ、「多くの数学者たちを量子力学の船に乗せる」という貢献をしたことが述べられています。
 第7章「疾風怒濤の時代、結婚、渡米」では、20代のノイマンが数学の主要論文を次々に量産し、「ヨーロッパの若手数学者のサークルに、ジョニーを教祖とする新興宗教のような雰囲気を生んだ」こと、「写真風の記憶機能を欠いていた」らしく、「言葉や数学記号には抜群のセンスがあったのに、人の顔を覚えるのは下手だった」こと、4時間の睡眠時間を有功に使うため、眠る直前まで問題を考え、意識下の心を働かせ、眼を覚ますとメモをとっていたことなどが述べられています。
 第8章「プリンストンの憂鬱」では、ヴェブレンとフレクスナーが「高等研究所(IAS=Institute for Advanced Study)」を設立し、アインシュタインを獲得したこと、ドイツの大学のヘル・プロフェッサー(教授閣下)たちが口にした「ユダヤ人の物理学」という流行語が、ヒトラーが第二次大戦に敗れた根本原因であること、ノイマンの哲学への貢献として、
(1)数学の哲学(集合論、数論、ヒルベルト空間ほか)
(2)物理の哲学、特に量子論
(3)経済学の哲学
(4)合理行動の哲学
(5)生物学の哲学
(6)コンピュータと人工知能の哲学
の6分野で「おぼろげだった問題を精密に数学化した」こと、等が述べられています。
 第9章「爆発計算プロフェッショナル」では、1939年に陸軍予備役士官の試験を受けたが、年齢制限に引っかかり、そのおかげで、「自由世界の武力にあれほど大きな戦時貢献」が可能になったことが述べられています。また、戦時には、国防研究協議会(NDRC)で、「爆薬の形を精密に設計し、爆圧の威力を修正、集中、または削減する」指向性爆薬や、大型爆弾を有功に爆発させる条件、構造物を破壊する威力などを研究していたことが紹介されています。
 第10章「ロスアラモス、トリニティ、広島、長崎」では、ロスアラモスに集まった科学者たちが、
(1)俺たちは大量殺戮用の爆弾をつくる。なんて罪深い仕事だろう。
(2)だがナチスに先を越されないよう、やらなければならぬ。
(3)戦争の幕引きができたら原爆の国際規制が必要だろう。
という気分でいたのに対し、ノイマンは、原子爆弾の製造は、「戦争を終わらせるためにはやむをえない」ものであり、「もっと強力な水素爆弾」によって第三次世界大戦は抑止できる、と考えていたことが述べられています。
 第11章「経済学に残る足跡」では、ノイマンが残した2つの功績として、
(1)モルゲンシュテルンと書いた『ゲームの理論』
(2)1932年にプリンストン高等研究所の数学セミナーでやった30分の講演「経済学の方程式いくつかと、ブロウエルの不動点定理の一般化について」
の2つを挙げています。モルゲンシュテルンは、経済学の門外漢であったノイマンが経済学に貢献できた理由を、「ジョニーは、何気ない話を交わしながら相手の頭の中をつかみとる鬼才があるんです」と答えています。そして、ノイマンは、「経済学では、大げさといっていいほど数学を使ってきたが、たいした成功は収めていない」として、その原因を、「問題があいまいしごくな言葉で記述され、何が問題かも見えないので、数学で扱おうとしてもはなから無理。概念や問題をはっきり提示しないまま、厳密な方法論をつかおうとしても無駄なこと」であり、「強力だが手ごわい数学という武器を不十分・不適切につかったところで、経済学の根にあるあいまいさと無知は追放できない」と斬り捨てています。
 第12章「フィラデルフィアのコンピュータ」では、1945年に書いた「EDVAC報告書の一次稿」が、「公知の事実」となったことで、世界中の研究者が「EDVACの息子」を作り出し、「それぞれ、開発責任者やチームが、考えながら、実験して直ししながら」ものごとが進歩する、と考えていたことが述べられています。
 第13章「プリンストンのコンピュータ」では、ノイマンが大型コンピュータを開発するために、
(1)開発の場所をどこにするかを決め、世の機運を盛り上げて経費を手にすること。
(2)新しい論理設計が必要になること。
(3)自分専用のマシンをこしらえて大型の科学研究を進めたい。
(4)コンピュータが開く未来を見通すこと。
の4つの決断が必要になったことが述べられています。そして、陸軍兵器局との契約書に「研究上の発見は報告書にして公開する」との条項を設け、後の報告書にも、「本報告にもとづく研究成果のうち、新規知見はすべて公開していただきたい」と付記していたように、1946年から51年までの間に高等研究所が出したこれらの報告書が、世界各国の高速コンピュータの誕生を助けたことが、高等研究所のプロジェクトの成果であることが強調されています。また、このプロジェクトの別の成果として、マシンを気象学に応用したこと、「セル・オートマトン」の着想を得たこと、等が述べられています。
 第14章「水爆への道」では、「モスクワに先制核攻撃を賭けろとわめきちらした戦争屋」という評価を生んだノイマンの行動が、「広島と長崎の原爆が爆裂した道筋の解析(通称ヒッポ計算)」の結果、アメリカの核独占も長くないことを知った結果であることが述べられています。そして、1945年当時、「米ソ開戦が避けられないなら、ソ連が原爆をもたないうちにやるべき」と考えていたことが紹介されています。
 最終章「絶大な影響力」では、1950年に、「武器体系評価グループ(WSEG)」と「国軍特殊武器計画(AFSWP)」の仕事を引き受けた上に、51年から52年にかけては、(1)中央情報局(CIA)の顧問、(2)原子力委員会(AEC)に助言する総合諮問委員会(GAC)の委員、(3)リヴァモア研究所の顧問、(4)合衆国空軍の科学諮問委員会(SAB)の委員、の4つの仕事を引き受けたことが述べられています。そして、通称「フォン・ノイマン委員会」の答申をもとに6種類のミサイル(ICBM3種、中距離ミサイル2種、潜水艦発射ミサイル1種)が開発され、「50年代から冷戦終結までの長期間、世界の平和を守ってくれた」と述べられています。
 ノイマンは、原爆の実験過程で受けた放射能が原因と見られる骨ガンにより、1957年2月8日に永眠しますが、死の直前には、ユダヤ教からカトリックに改宗し、軍はノイマンがうわごとで機密を口走ることがないよう24時間の監視をつけています。
 本書は、20世紀の科学史に欠かすことができない巨人であり、その言動で物議を醸した天才の生涯を丹念に追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 キューブリックのストレンジラブ博士のモデルともなったと言われるノイマンの評伝としては、本書のスタンスはノイマンをべた褒めしています。著者自身が、「伝記作者としては少しまずいのだが」と書いているように、本書での評価はそのバイアス分を割り引いて読む必要があります。


■ どんな人にオススメ?

・「最後の真の万能学者」の生涯を追ってみたい人。


■ 関連しそうな本

 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 佐藤 俊樹 『ノイマンの夢・近代の欲望―情報化社会を解体する』 2006年01月09日
 サム ウィリアムズ (著), 本田 成親 (翻訳) 『人工知能のパラドックス―コンピュータ世界の夢と現実』
 スタンリー・キューブリック 『博士の異常な愛情』


■ 百夜百マンガ

オマタかおる【オマタかおる 】

 『ハゲしいな!桜井くん』でコメディ少女漫画家が青年誌でもいけると思ったのか、投入された作品。さすがに手堅い面白さはありましたが、これで客層を拡げられたかどうかは定かではありません。

2006年11月20日 (月)

ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡

■ 書籍情報

ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡   【ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡】

  シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳)
  価格: ¥2,730 (税込)
  新潮社(2002/3/15)

 本書は、ゲーム理論に多大な貢献をした数学者にして1994年のノーベル経済学賞受賞者であるジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニアの評伝です。2001年には映画化もされています。
 著者はナッシュを、「科学というよりはむしろ音楽や絵画の世界の住人がそうであるような、不思議な才能をもつ天才」と表し、「理性に先立って、まず直感がひらめくのだ」と述べています。そして、「ナッシュほど独創性に固執し、既成の権威を蔑視し、自立心を保とうと心を砕いた者はいない」と述べる一方で、「真に科学的才能を持つ人は、どれほど奇怪な行動をとっているように見えても、現実に精神病におちいることはまずない」にもかかわらず、「ナッシュは悲劇的な例外であった」と述べています。また、「精神分裂病にかかりやすい傾向が、数学者としては異質なナッシュの思考様式の、一要素をなしていたのは間違いない」と指摘し、ナッシュを、「天才、狂気、再生」という「三つの局面を体験した稀有な人間」と表現しています。
 第1部「ビューティフル・マインド」では、子供の頃には「成績不良児」と言われていたナッシュが数学の面白さに初めて触れたのが、13歳か14歳の頃に読んだE.T.ベルの『数学をつくった人々』であるに違いないと述べられています。またカーネギー大学進学後、プリンストン大の数学科長レフシェッツからの「将来有望な人物が、まだ若くて柔軟な心を持っているうちに来てほしいのだ」という手紙を受け、当時、「米国内でかつてないほど高い地位に昇りつめた」プリンストンの大学院に進学したことが紹介されています。そして、数学教育についてのレフシェッツの哲学は、「学生たちをできるだけ速やかに独自の研究に向かわせ、一刻も早く水準に達した博士論文を書かせること」を最大の目標にしていたことが語られています。このときナッシュは、「これほど魅力的な、数学で囲まれた小温室のような世界を初めて知った」のだと述べられています。
 大学院でのナッシュは、「人からあまり学びすぎると創造性が損なわれると考えて、意識的に本を遠ざけていた」ため、「必要な知識や情報は、主に教授や大学院生に質問することで入手した」と語られています。そして、当時、「プリンストン大学数学科の最高に輝かしい星」であった「最期の真の万能学者」ジョン・フォン・ノイマンが著した『ゲームの理論と経済行動』を紹介するとともに、ナッシュが、経済学上の重要問題である「交渉問題」に対し、「交渉する二人の人間が合理的であるなら、それぞれが相手にどのように働きかけるかを予測するという、まったく斬新なアプローチを試み」るという公理系アプローチのアイデアを、カーネギー大での経済学の講義を受けているときに、「啓示のごとく閃いた」ことが紹介されています。そして、1949年の10月に、「アイデアの嵐」に襲われたナッシュは、のちに「ナッシュ均衡」とよばれる「人間の行動に関する見事な洞察」を得ます。このアイデアを携えて、面会に来たナッシュに対し、フォン・ノイマンは、「くだらん。そんなのは、不動点定理の問題に過ぎない」と一蹴しますが、著者は、「他人の感情や動機についてとんと無頓着」なナッシュが、フォン・ノイマンの拒絶の中に、「ねたみやそねみ」を感じ取っていることに「興味深い」とコメントしています。
 後にナッシュは、ランド研究所で働き始めますが、そのアイデアは、「二人ゼロ和ゲーム理論からの解放を保証した」点がランドで働く数学者、軍事戦略家、経済学者たちにとって、最大の魅力だったと解説されています。そして、ナッシュ均衡が、「社会科学の全分野でもっとも有名な戦略ゲーム」である「囚人のジレンマ」に新たな生命を吹き込んだと述べています。著者は、ナッシュの思考パターンを、「いつも事前に解答を見いだし、そこからさかのぼってその正しさを証明するタイプの人間」と評し、「ナッシュは、幾何学的な、視覚的感覚が才能の一部をなしているタイプの人間」であり、「数学の世界を目に見える絵として把握する」というある数学者のコメントを紹介しています。
 23歳の時にナッシュは、MITの講師の職を得ますが、多くの大学院生よりも年下だったナッシュは、「がき教授(キッド・プロフェサー)」というあだ名を付けられています。
 第2部「離れゆく生」では、ナッシュが24歳から29歳にいたる5年間に、「
少なくとも3人の男性と深い情緒的な関わりを持ち、自分の子どもを生む秘密の愛人をもうけ、やがて捨て去り、さらに自分の妻となる女性に求愛する――むしろ求愛される――ようになる」ことが述べられています。著者はナッシュが、「人を自分に尽くさせようと熱心に務めはしたが、自分が人に尽くすことにはほとんど無関心だった」だけでなく、「そういう感情を理解することすらできなかった」と述べ、「私は、自分をそれだけのすぐれた数学者だと考えていた」という後年のナッシュの言葉を紹介しています。
 ナッシュの最初の子どもを産むことになるエレノア・スタイアーは、病院で働く看護婦をしていた当時29歳の「なかなか人目を引く顔立ちをした、働き者で、心の優しい女性」であり、ナッシュが入院した際に知り合っています。ナッシュの25回目の誕生日から6日後に、ジョン・デヴィッド・スタイアーが生まれますが、ナッシュは「出産証明書の父親欄に自分の名前を書くことは拒否し、出産費用も出そうとはしなかった」と述べられています。ナッシュは、子どもができたときに若い男がする二つの反応、ショットガン・ウェディングも逃げ出すこともしない代わりに、「息子を貧困から守ることもせず、断続的ではあれ母親から引き離すに任せながら、自分が父親であることだけは主張して、いつまでもつながりを維持しよう」とする、「どこから見ても利己的で、冷酷とさえ言える道」を選んだと述べられています。
 1954年、ナッシュはサンタモニカ海岸の同性愛者が集まる「マッスル・ビーチ」で、サンタモニカ警察のおとり捜査にはまって逮捕され、ランド研究所を追われることになります。著者は、この事件について、「この逮捕劇はナッシュの人生に一大転機をもたらした」と述べ、ナッシュが精神分裂病を発症する「促進役」となったことを指摘しています。また、当時の当局の「卑劣で陰湿な行為の犠牲」となった他の数学者として、1953年に自殺を図ったJ.C.C.マッキンジーや、1954年に青酸入りのリンゴを食べた天才数学者アラン・チューリングを紹介しています。
 この後ナッシュは、当時のMITでは珍しかった女子学生であったアリシア・ラルデと出会います。「高名な科学者になりたい」という夢をMITの厳しい試験に打ち砕かれた彼女は、「すぐれた男と結婚すれば自分の野心もかなえられる」ことに気づき、ナッシュに接近していきます。
 第3部「ゆるゆると燃え出す火」では、ナッシュが同僚から、「ナッシュはさながら作曲家で、音を正しく聴き取ることは得意でも、楽器や声を通してそれを適切に表現してまとめ上げるのは苦手でした」と評されていたことや、30歳になったナッシュが、「この時期に急に不安になって、創造力のピークが過ぎ去る『恐怖』に襲われた」ことなどが述べられています。そして、1958年12月31日から翌年2月末の間に、「数学科の同僚たちを困惑させるほどの不可解で恐ろしい変貌」を遂げ、「すでに目に見えない境界線を越えていた」と述べられています。ナッシュは「ニューヨーク・タイムズ」を手に、「地球の外からの目に見えない力が、あるいは外国政府が、『タイムズ』を通して自分に連絡をとってきた。メッセージは自分だけに向けられたもので、暗号になっているから解読には慎重を要する。解読のしかたも自分しか知らない。自分だけが世界の秘密に関与することを許されているのだ」と話し出しています。その年の4月、ナッシュはマクリーン病院に入院し、5月にアリシアは、ナッシュが「ベビー・イプシロン」と呼んでいたジョン・チャールズを出産しています。
 第4部「失われた歳月」では、ナッシュがヨーロッパに渡り、アメリカ国籍を放棄し、「NATOに加盟するあらゆる国から離脱した亡命者になる」ことを希望して画策したことや、1961年にトレントン州立病院に強制収容され、「まるで捕虜ででもあるかのように通し番号をあてがわれた」こと、1962年の夏にプリンストンに戻ったナッシュの状態が「すっかり悪化し」、「3年間の不安と苦悩にくたびれはて、気力も失せて、ナッシュの将来はどう見ても希望が持てないという結論」に達したアリシアが離婚訴訟に踏み切ったことなどが述べられています。そして、「ナッシュがますます混乱状態意に陥り、しかも離婚直前であるという噂」を聞きつけた多くの数学者は、「ナッシュをすぐにも治療しなければならない」と資金集めをし、キャリア・クリニックでの治療を受けられるように取り計らっています。
 キャリア・クリニックを退院し、1965年に、単身ボストンに戻ったナッシュは、当時「はつらつとした空気」に満ちていたブランダイス大学での新しい生活を送り始めます。「学内の空気は親しみやすくくだけたもので、ナッシュも非常に居心地がよかった」と述べられ、ナッシュが意欲と活力を取り戻したことが紹介されています。著者は、「1965年までの6年間のほとんどを精神病に冒され、深刻な記憶力の衰退に苦しんでいた人間が、数学上の新たな分野を開拓する論文を発表したことは瞠目すべきこと」であると述べ、「妄想型精神分裂病の患者は、たとえ一定の期間であれ、快復して病気前の水準まで能力が戻ることはめったにない」と信じられていることの例外がナッシュであることを指摘しています。しかし、その夏には、「正常の一線をまっすぐに通り過ぎて、ひどい興奮状態におちいり」、人と交際できる状態ではなくなっています。著者は、「精神分裂病と今日言われている症候群」に典型的な妄想が、「朦朧として、混沌として、支離滅裂というよりは、意識が委譲に研ぎ澄まされ、知覚が極端に鋭敏となり、眠れないほどの警戒心が強まり、執拗な熱中、入念な理論武装、巧妙なこじつけが支配的」となり、「どれほど融通性に欠け、脱線し、自己矛盾していようと、その考えはまったくのでたらめではなく、不可解で一般には理解不能な、固有のルールに則っている」と述べています。
 ナッシュは、1970年代にはプリンストン大学の学生の間で「ファインホールの幽霊(ファントム)」と呼ばれ、「あまり頭を使いすぎたり、人付き合いが悪かったりすると、男でも女でも『あんな風になりかねない』という」一種の警戒心号と見られたことが紹介されています。この「幽霊」は、学内のあちこちの黒板にメッセージを書き残し、ある学生と若手教授は、このメッセージを一語一語正確に書き写し、この内容が、「幽霊の偉大さを感じさせ、彼が天才であるという言い伝えが、けっしてまちがいではないことを示すものだった」と述べられています。このプリンストンでの生活は、「大学が、狂気を吐き出す受け皿になった」ことで、「治療効果のある環境の機能を果たしたのはまちがいない」と述べられています。
 第5部「もっとも価値ある存在」では、重い精神分裂病に冒されたナッシュが、1970年代から80年代にかけて奇跡的に寛解したことが述べられています。そして、1994年10月12日にナッシュがノーベル賞を受賞した裏話として、1994年が「ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの偉大な著作の50周年記念」としてゲーム理論が対象となっていたこと、ナッシュへの受賞が検討されると、反対者からは「ナッシュは出席できるのですか?」とナッシュの病気が取りざたされたこと等が紹介されています。著者は、ゲーム理論によるナッシュのノーベル経済学賞の受賞を、「ノーベル委員会が、経済学で10年以上も前からひたひたと進行していた一大変革を、遅まきながら認めた証である」と述べ、「ゲーム理論を経済学へ適用する際に、最も多く利用されているのがナッシュ均衡という考え方であるがゆえに『ナッシュは新たな出発点』となった」と解説しています。
 本書は、人生の絶頂から突き落とされた若き天才が、数十年をかけてゆっくりと快復し、栄光を取り戻すまでの苦しい道のりを描いた稀有な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書に収められているナッシュのエピソードは、とっぴなものばかりですが、その中でも極めつけは、「アインシュタインに面会を求め、こともあろうにこの大科学者を前に、量子論を修正する自分の意見の概要を述べた」というものです。このときにアインシュタインは、「きみはまだ若い。もう少し、物理学の勉強をしたほうがいいね」と優しくたしなめていますが、本書では、数十年後にドイツの物理学者が、発表していることを紹介しています。


■ どんな人にオススメ?

・絶望のそこから這い上がる姿を見たい人。


■ 関連しそうな本

 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 梶井 厚志 『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する』 2005年02月20日


■ 百夜百マンガ

君の手がささやいている【君の手がささやいている 】

 テレビドラマ化されて話題になった作品。少女漫画系は比較的実写のドラマにしやすいものが多いのかもしれません。

2006年11月19日 (日)

仕事の道具箱

■ 書籍情報

仕事の道具箱   【仕事の道具箱】

  中島 孝志
  価格: ¥580 (税込)
  青春出版社(2006/06)

 本書は、「ちょっとしたやり方一つで、これまで難しかったことがうんと楽になる」ような、「ビジネスマンに認められてきた選りすぐりの道具」を、
・段取り
・時間
・情報
・アイデア
・頭のいい道具箱」
・決断
・言葉
・売れる道具箱」
・癒し
・成功
の10の道具箱に分けて収めているものです。
 第1章の「段取りの道具箱」では、「一番大きな、一番難しい問題から取り組まんとあかん。これができれば、あとは自然と解決するんや」という松下幸之助の言葉を引用して、「パレートの法則」を解説しています。また、トップに対して、「一緒にエレベーターに乗り、階下にたどり着くまでにプレゼンを終了」する「エレベーター・プレゼンテーション」(エレベーター・ブリーフィング)のコツを、「すべての報告は3行で」と解説しています。
 第2章「時間の道具箱」では、世の中には、
(1)時間もお金も、十分にあるタイプ
(2)お金はあるけど、いつも時間に追われているタイプ
(3)時間はあるけど、お金がないタイプ
(4)お金も時間もない、不幸のどん底タイプ
の4パターンの人間がいるとして、本当の意味で成功者と言えるのは、(1)のタイプだけであると述べています。そして、著者が月に1冊ペースで本を出し、年間に3000冊の本を読める理由を、「10分刻み」のニッチタイムを心がけてきたことにあると述べ、「10分という時間があれば、かなりたくさんのことができる」と解説しています。また、人間には、「コア・タイム」という「脳がもっとも活発に働く時間」があるとして、生物学的には、朝の7時がコア・タイムであり、セカンドベストは、朝11時か午後3時であると述べています。著者自身は、『朝4時起きの仕事術』という著書があり、「8時間ずつ、4時起きの時間管理」をする、
・4:00~12:00:頭を使う仕事、実務的な仕事
・12:00~20:00:営業的な仕事、将来的な仕事
・20:00~4:00:たっぷり睡眠
「1日三分割法」を実践していることが述べられています。さらに、朝時間活用のメリットとして、
・上司や周囲の人間たちの注目を集める
・時間を長く使える
・仕事の始動を早くして、段取りよくできる
・忙しい時間にできない「考える時間」が取れる
・身の回りの整理整頓など、雑務的なことができる
・突発事故が起こっても、あとで時間が取り戻せる
・取引先と連絡がつく確率が高い
・メールチェック・返信などを始業前にできる
・通勤時間に座れるので何かができる
・人間関係をつくるための"ひと工夫"ができる
の10点を挙げています。
 第3章の「情報の道具箱」では、最も参考になる情報源は、「人の口」であるとして、深い情報をあつめる「オープン・クエスチョン」を推奨しています。また、「単行本から情報を収集する方法」として、
(1)ポスト・イットでマークする
(2)引用部分はパソコンにインプットする
(3)「サードバリュー」(本から浮かんだ私の考え)は大型ポスト・イットにどんどんメモする
(4)そのメモをパソコン委任プットする
(5)テーマ、タイトル、キーワードのインデックスをつくる
というプロセスを紹介し、中でも、読んだ本から浮かんだ自分の考えをメモした「サードバリュー」が重要であることを解説しています。
 第4章の「アイデアの道具箱」では、W.J.ゴードンによって開発された、
(1)擬人的類比:対象になりきる。
(2)直接的類比:類似したものをヒントに考える。
(3)象徴的類比:詩的な要素を取り入れるもの。
(4)空想的類比:ジャンプ発想
という「シネクティクス」という連想法を紹介しています。また、「思索が効率的に行われる場」として「馬上、枕上、厠上」という言葉を紹介し、ひらめいた瞬間を逃さないため、ICレコーダーを持ち歩くことを奨めています。今は、大抵の携帯電話にはボイス・レコーダー機能がついていますので、電話するフリをして、吹き込んでおくのもいいかも知れません。この他、ポピュラーな「マンダラート」や「マインド・マップ」を紹介しています。
 第5章の「頭のいい道具箱」では、著者が使っている「6つの質問力」として、
(1)論理的な質問「なぜ、そうなるのか?」
(2)分析的な質問「これからどうするか?」
(3)多角的な質問「ほかに何かないか?」
(4)建設的な質問「どうすれば可能になるか?」
(5)破壊的な質問「本当にこれでいいの?」
(6)懐疑的な質問「何かおかしくない?」
を紹介しています。また、「やりたくないこと」を列挙して、それを「やらなくてすむ方法」を考えていったほうが近道という神田昌典氏の「ドーナツ・シンキング」を紹介しています。
 第6章の「決断の道具箱」では、ある決断に悩んだ時に、右にイエス、左にノーを書いてそれぞれ枝を伸ばしていく「ダイアディック・マインド・マップ」などを紹介しています。
 第7章の「言葉の道具箱」では、「相手を動かすのに重要なのは『話す技術』よりも『聞く技術』である」として、「へぇ」「それは大変ですね」「なるほど」などの「使える"あいづち"」を紹介しています。また、論理的に話すためのコツとして、「なぜかというと……」という言葉を使えば、「仮説と検証」の関係がきちんと成立した「ロジカル・トーキング」ができることを解説しています。さらに、どんな話も、まず、「ポイントは3つあります」と言ってし3点挙げて話す「3ポイント話法」や、「部下やクライアントに答えを自分で見つけさせ、解決させる方法」である「刑事コロンボ」などの他、社会心理学などで定番の、
・フット・イン・ザ・ドア:一度、相手の要望を飲むと、二度目からの要望も受け入れられやすくなる。
・ドア・イン・ザ・フェイス:前の要求を断った引け目もあるので、相手も"仕方なく"受け入れてしまう。
などのテクニックを紹介しています。
 第8章の「売れる道具箱」では、ブランドをきずくためには、「徹底的に理念を貫くこと」で、「愛着→信頼→認知」の3つの段階を経ることができることなどが解説されています。
 第9章の「癒しの道具箱」では、「寝る前に精神を集中し、幼い頃や過去の記憶をじっと思い返す」メンタルトレーニングである「タイムマシーン」や、"ギアを切り替える時間"をつくる「タイム・シフティング」などが解説されています。
 第10章の「成功の道具箱」では、「自分がやりたいこと」をカードに書き出していって、グループ化し優先順位を付けていく「知頭脳」や、人をマネることで身につける、
(1)問題を「洗い出し、解決する」力
(2)徹底的に「考え抜く」力
(3)"いざ"というときに爆発する「勇気」の力
(4)自分が「主役で行動する」力
(5)周囲を「巻き込む」人望の力
(6)最後に笑う人の「執念」の力
の6点、人脈を使って「自分の代わりに考えてもらう」ことでプロフェッショナルの質を可能にする「分身の術」などが紹介されています。
 本書は、エンジニアが自分用にカスタマイズしたツールボックスを持っているように、ビジネスマンが自分の「道具箱」に入れるツールを満載した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のエレベーター・プレゼンテーションの解説の中で、「すべての報告は3行でするように、と言ったのは、かつてのレーガン大統領(父親)である」という記述があるですけれども、普通「大統領(父親)」と書く場合は、ブッシュ親子を指すことが多いように思われます。もしかしたら誤記の可能性もありますね。
 かの親子大統領の息子の方だと、「すべての報告は3行」の他に、「小学生にもわかる易しい言葉で」などの条件がつくかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・仕事を楽に高い品質で進めたい人。


■ 関連しそうな本

 中島 孝志 『朝4時起きの仕事術―誰も知らない「朝いちばん」活用法』
 奥井 規晶 『外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!』
 行本 明説, 日本タイムマネジメント普及協会 『図解・仕事術 最強の時間力―タイムマネジメントの法則60』
 加藤 昌治 『考具―考えるための道具、持っていますか?』
 アレック マッケンジー (著), 倉田 良子 (翻訳) 『時間の罠(タイムトラップ)―タイム・マネジメント20の鉄則』
 キャメルヤマモト 『コツコツ働いても年収300万、好きな事だけして年収1000万―シリコンバレーで学んだプロの仕事術』


■ 百夜百音

Jupiter【Jupiter】 平原綾香 オリジナル盤発売: 2003

 「木星」の例のフレーズは、ジブリ好きな日本人にとってはなじみやすいせいか、いろんな人にカバーされてます。本田美奈子だけでなく遊佐未森もカバーしているそうです。


『ホルスト:惑星(冥王星付き)』ホルスト:惑星(冥王星付き)

2006年11月18日 (土)

数量化革命

■ 書籍情報

数量化革命   【数量化革命】

  アルフレッド・W・クロスビー (著), 小沢 千重子 (翻訳)
  価格: ¥3360 (税込)
  紀伊国屋書店(2003/10/29)

 本書は、「ヨーロッパ帝国主義が驚くべき成功をおさめた原因」の一つとして、中世後期からルネサンス期にかけて西ヨーロッパに出現した新しい現実世界のモデル、すなわち、「事物を数量的に把握するモデル」を解説しているものです。著者は、数量化革命を象徴するものとして、時間と空間、数学を取り上げ、また、この革命の十分条件として、楽譜、絵画、複式簿記に象徴される視覚化を解説しています。
 第1章「数量化するということ」では、9~10世紀には西ヨーロッパは、「宦官、女や子どもの奴隷、錦織り、ビーバーの皮、にかわ、クロテン、刀剣」などの供給地でしかなく、「呑みこみが悪く、話しぶりも鈍重で、『北に行けば行くほど、愚かしく粗野で残酷になる』」とムスリムから評されていたことを紹介しています。そして、プラトンとアリストテレスに代表される古代の人々に関して、
(1)計量という概念を現代人より春化に狭く定義し、往々にして事物を計量する代わりに、もっと広範に適用できる評価法、すなわち定性的な叙述と分析を有用であるとみなしていたこと。
(2)現代の私たちが受け入れている、数学と物質世界は密接かつ直接的に結びついているという前提条件などが、自明の真理というより驚嘆すべきものとして多くの賢人たちから疑念を表明されてきたこと。
の2点を強調しています。
 著者は、西暦1300年前後の革命に関して、
(1)いかにして
(2)なぜ
(3)いつ
の3つの疑問を提示し、(1)が本書の重大なテーマであり、(2)が本書後半のテーマになり、(3)については、1275年から1325年までの50年に絞り込むことができると述べています。
 第2章「『敬うべきモデル』――旧来の世界像」では、「中世とルネサンス期の西ヨーロッパ人の大部分が正しいものとして受け入れていた世界像」を「敬うべきモデル」と名づけ、
(1)時間:彼らは時系列的な因果関係という明確な概念を有さず、時間の抽象的な価値を重視し、時間の正確さには無頓着だった。
(2)空間:宇宙は金魚鉢のような有限な球状の空間で、質的な差異のある階層構造をなしていると見なされていた。
(3)数学:ローマ数字を用い、計算には手と指で数える方法と計算盤を使用し、数自身がある種の特性を帯びていた。
という3つの側面から論じています。
 第3章「『数量化』の加速」では、中世の西ヨーロッパ社会に芽生えた、「現実世界を従来のように定性的に認知するのではなく、数量的に把握しようとする機運」を論じています。著者は、西ヨーロッパ人が、「過去から受け継いだ知識と彼らが現在体験している――しばしば商業に関連した――事実に基づいて、現実世界を新しい見方で見るようになり始めた」と述べ、「正確さと物理的現象の数量的把握、そして数学を、はるかに重視している」この世界像を、「新しいモデル」と名づけています。
 そして、「スコラ学者」と総称される大学の哲学教師と神学教師が、「書物の内容を小分けにして示す目次というシステム」などを開発し、その「ものごとを系統立てる技術」、すなわち、「緻密な体系化、論理、正確な語法を極限までおしすすめ」たものが数学であることが述べられています。また、「事物を数量的に把握しようとする傾向」を生んだ一つの原因が、スコラ学者の「事物の性質を叙述する適切な表現方法」の模索の過程である一方、もう一つの原因が「金(かね)」であることが述べられています。著者は、「価格はあらゆるものを数量化した」として、「西ヨーロッパ人ほど金貨や銀貨に心を奪われ、その重さと純度を気づかい、現物の代替物である為替手形その他の証書類について策略をめぐらせた人々は、かつて存在しなかった」と述べています。
 第4章「時間――機械時計と暦」では、機械時計が、「旧来の装置を改良ないし調整したもの」ではなく、「その主要なメカニズムにおいて、真に独創的な発明品」であったことが述べられています。そして、「時間を滑らかに流れる連続体とみなすのをやめて、ある長さを持った瞬間が連続したものとみなし始める」ことによって、「時間をいかに計るかという問題の解決が可能」になったと述べています。
 第5章「空間――地図・海図と天文学」では、コペルニクス革命の影響を、「地球を宇宙の中心から引きずり下ろした」ためだけでなく、「空間そのものの量と質について新たな概念を提示した」ためであると述べています。そして、「敬うべきモデル」が提示した空間概念は、16世紀末までに粉砕され、ニュートンが、「その本質からして、外部のいかなるものともかかわりを持たず、常に同じで、不動のままである」と定義した「絶対空間」が出現したことが述べられています。
 第6章「数学」では、「事物を数学的に考察し、物質的な現実世界の研究に数学を応用するという姿勢がすみやかに進展するための舞台装置」がかなりの程度整っていた一方で、「数学そのものがすみやかに進歩するための舞台装置」である数字については、十分に発達していなかったことを指摘し、インド・アラビア数字がローマ数字に取って代わったことを、「いかに時間を要したとはいえ、きわめて重大な変化の一つだった」と述べています。
 第7章「視覚化するということ」では、「数量的な計測や処理に移行するプロセス」が私たちの想像するように「純粋に合理的には進まなかった」と述べ、「視覚が重視されるようになったこと」を、「数量的アプローチの急激な進展をもたらした」「十分条件」となる「マッチを擦るという行為」と述べています。そして、「作曲家、画家、会計係」が、「巧みなわざをもって、現実の素材を視覚的かつ数量的に表現することに全力を注いだ」と述べています。
 第8章「音楽」では、音楽を、「時の流れとともに進行する物理的に計測可能な現象」として上で、「あらゆる社会と時代を評価する一つの尺度となる」と述べています。また、「あらゆる音の相対的な音高を合理的に書き記せる」ことができる「譜表」の発明を、「ヨーロッパで最初に作成されたグラフ」と説明しています。また、13世紀初頭から14世紀にかけて、西ヨーロッパの音楽を新たな道に導いた2つの要因として、
(1)ポリフォニー
(2)アリストテレスの全著作の翻訳の到来
の2点を挙げています。
 第9章「絵画」では、中世の絵画では、1枚の絵に、「明らかに時点の異なる複数の『現在』が描かれている場合がある」ことを指摘し、中世の絵画に書かれた「現在」が、「ナイフの刃というより、ある程度の幅を持った鞍のようなもので、私たちはその鞍に座って、過去と未来という二つの方向に向かって時間を凝視する」と述べています。また、15世紀には、画家が、「自分が知っている事実を描く」代わりに、「情景を目に見えるとおりに描かなくてはならない」という遠近法が生まれたことが解説されています。
 第10章「簿記」では、「おのれの営みを数量化する人種」である商人が、「生き延びるために、おのれの営みを羊皮紙や紙に書き記して、目に見える形に変えた」として、よい商人が「きちんと帳簿をつけることによって、『バベルの塔にも比すべき混乱』からみずからを救った」と述べています。また、1300年ごろにイタリアの会計係が用い始めた「今日複式簿記と称されている簿記法」の誕生に、「何らかの形で代数がかかわっていたのではないだろうか」と述べ、簿記法が、「日々実践されることによって、私たちの思考様式に強大かつ広範な影響」、すなわち、複式簿記を用いることで、「収集した大量のデータをとりあえず保存しておいてから、しかるべく配列して分析することができる」ことを指摘しています。
 第11章「『新しいモデル』」では、西暦1300年前後の数十年間に、「時間と空間および物質的な現実世界を認知する枠組みに変化が生じ始め」、西ヨーロッパの人々が、「現実世界を従来より純粋に視覚的かつ数量的に認知する新しい枠組みを発展させた」ことが述べられ、「現実世界を視覚的かつ数量的に表現した『新しいモデル』」が、旧来のモデルの欠陥を補う「解毒剤の一つ」であり、「新しいモデル」が、「現実世界を検証する新たなアプローチと、現実世界を認知する新たな枠組みを提供した」ことが述べられています。
 本書は、西ヨーロッパ社会を急激に変質させた数十年間を、現在の私たちに伝えてくれる貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第10章で扱われている、中世イタリアの簿記の始まりに関しては、ボローニャ大にいた星野秀利教授が、フィレンツェの古文書館などにこもって、当時の領収書の類を丹念に調査しています。イタリア政府の奨学生として海を渡った後、そのまま研究を続け、ずいぶん苦労されたと聞いています。また、自宅に遺された大量の蔵書は、研究者としての生涯の重さを感じさせるのに十分な迫力がありました。フィレンツェ郊外の丘の上にある市営墓地から見下ろした風景は、ここで生活していくことを想像すると、くらくらするほど異国でした。


■ どんな人にオススメ?

・普段当たり前に使っている「数で考える」ことが革命の結果であることを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 アルフレッド・W. クロスビー 『飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで』 2006年10月02日
 アルフレッド・W.クロスビー (著), 佐々木 昭夫 『ヨーロッパ帝国主義の謎―エコロジーから見た10~20世紀』
 星野 秀利 (著), 斎藤 寛海 (翻訳) 『中世後期フィレンツェ毛織物工業史』
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日
 ジョン・ヘンリー (著), 東 慎一郎 (翻訳) 『一七世紀科学革命』
 ピーター バーク (著), 井山 弘幸, 城戸 淳 (翻訳) 『知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか』


■ 百夜百音

「のだめオーケストラ」LIVE!【「のだめオーケストラ」LIVE!】 のだめオーケストラ オリジナル盤発売: 2006

 クラシックブームに便乗して、最近はhttp://www.classiccat.net/で音大が演奏しているMP3などを探してきて聴いています。子供のときから聴いていればよかったのにと思うと残念です。


『「のだめカンタービレ」オリジナル・サウンドトラック』「のだめカンタービレ」オリジナル・サウンドトラック

2006年11月17日 (金)

私はどうして販売外交に成功したか

■ 書籍情報

私はどうして販売外交に成功したか   【私はどうして販売外交に成功したか】

  フランク・ベトガー (著), 土屋 健
  価格: ¥1223 (税込)
  ダイヤモンド社(1982/08)

 本書は、デール・カーネギーが、「今日までに読んだ販売術に関する著書のうちで、もっとも有益で、最も示唆に富んだ労作である」と賞賛している生命保険の外交員フランク・ベトガーの自叙伝です。
 第1章では、著者が、プロ野球選手だった青年時代に、「お前はのろまだからクビにする」と解雇されてしまいますが、地方のプロ野球リーグに移ってからは、「誰からもノロマだなどと非難されないよう」に、「つとめてピチピチした動作、生き生きした言葉」で張り切り、「あたかも100万ボルトの電池を背負っている者のようにキビキビと活躍」します。著者はそのことで、
(1)熱中したために恐怖心をまったく克服してしまった。
(2)超人的な熱心さが同じチームの選手に影響を与え、彼らまでプレイに熱中させた。
(3)かえって体の調子がよくなった。
という3つの事実に出会ったと述べています。
 その2年後には、セントルイス・カージナルスの三塁を守り、月給も30倍以上になりますが、守備中に腕を折ってしまうという事故に見舞われます。著者は、「筆舌にも尽くせぬ悲惨なこと」と述べる一方、「むしろこれは、私の生涯にとって最大の幸福をもたらす出来事」だったと、その2年後にデール・カーネギーの話し方教室に入会し、「火の玉のようになって野球というものに打ち込んだあの情熱をそのまま、今度は販売の仕事に打ち込もうと決心」したことを語っています。著者は、「これこそ自分としてできうる唯一のことだ」と自分に言い聞かせるために、「情熱の人となるには、情熱を込めた行動をせよ」というモットーで、30日間続けることを提案しています。
 第2章では、著者に、「過去31年間の私の生涯に、非常に深い感銘と、永久に忘れがたい影響を与えた」保険会社のタルボット社長の言葉として、販売という仕事は、「できるだけたくさんの人に面会する」ことに尽きる、という極めて当たり前な言葉を紹介しています。そして、著者が自分自身の行動を記録することで、「私の時間の50パーセントまでは、契約高の7パーセントに相当する取引を得るために費やされていた」ことに気づき、1訪問当り2ドル30セントだった収入を、4ドル27セントまで増加させることに成功したことが語られています。
 第3章では、「多数の聴衆の前で平気でスピーチができるだけの度胸がつくと、個々の人たちと面接して対談する場合にも、人おじをしなくなるものだ」という発見が紹介されています。
 第4章では、自分の行動を記録することを述べ、これに対し、「私はこのようなスケジュールに生活を縛られる仕事など真っ平だ」という人がいるが、「あなたは好むと好まざるとにかかわらず、すでにスケジュールに縛られた生活の中に」あり、「ただそれが計画性があるかないかの相違だけだ」と述べています。
 第7章では、どんな製品を販売する場合でも利用できる技術として、
(1)面会の約束をすること
(2)準備をすること
(3)主なる論点は何か
(4)主な論点を書き留めておくこと
(5)質問を発すること
(6)ダイナマイトを爆発させること
(7)恐怖心を起こさせること
(8)信用を得ること
(9)相手の能力について正直な評価をすること
(10)必ず商談が成立すると信ずること
(11)対談中にはあなたという言葉を使うこと
の11点をを挙げています。
 第8章では、「独断的なもののいい方をできるだけ少なく」するため、「……と思いますが、あなたはどうお考えになりますか」という習慣をつけることが語られています。
 第15章では、セールスマンに必須のテクニックである、相手の名前の覚え方として、グループの名前を覚えるときには、「その人たちの名前を上手く組み合わせて、ひとつの文章をつくる」というテクニックが紹介されています。さらに、人と名前と顔を覚える原理として、
(1)印象:相手方の名前と顔について明瞭に印象を心に刻み付けること。
(2)反復:短い間隔をおいて、相手方の名前を何度も口の中で繰り返していってみること。
(3)連想:生き生きとして印象と名前とを結び付けて覚えること。
の3点を挙げています。
 第17章では、人怖じを克服するためには、「それを率直にその人の前で認める」という原理を紹介し、世界一の名優や多くの成功者が同じような人怖じに悩まされていることを語っています。
 第19章では、著者が「長い間かかって体得した原理」として、「まず面会したくなるように仕向け、面会の日時を約束することに努力し、しかる後に商品を売る努力をすべきである」ことを述べています。
 第27章では、フランクリンの13項目として、
(1)節約
(2)沈黙
(3)秩序
(4)決意
(5)倹約
(6)勤勉
(7)誠実
(8)正義
(9)中庸
(10)清潔
(11)平静
(12)純潔
(13)謙遜
を紹介しています。
 最後に著者は、読者に対し、40歳を過ぎると、瞬く間に年をとってしまうので、「あまりのんびりと構えていると、とんでもないことになるよ」と忠告しています。
 本書は、著者と同じ販売外交員にとってはもちろん、人と面会して何かを買ってもらおうという仕事をしている人にとっては得るところの大きい一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の「解説」は、元冬季オリンピック銀メダリストで、アメリカン・ホーム保険会社代表取締役の猪谷千春氏が改訂ますが、その中で、ある会社の威圧的な態度の社長と面談しているときに、「このオヤジにスキーをはかせて、急斜面に立たせてみたらどうだろう?」と、「オヤジのへっぴり腰で滑る姿を想像したら、急に気持ちがラクになった」と語っています。このことは、自社の外交員に強気の営業をけしかける(昔、新聞拡張団と見まがうような保険外交員も見たことがあります)には痛快なエピソードでしょうが、広く世間一般にこのことを書くということは、猪谷氏及び氏の会社の外交員は、顔では笑っていても、心の中では、へっぴり腰で急斜面を滑る惨めな姿を想像していると思われても仕方ありません。少なくとも、ベトガーが、人怖じを克服するにはそのことを率直にその人の前で認めること、と書いている内容とはまったく正反対のように思われます。
 その意味で、本書の著者と解説者は、同じ保険外交の世界で生きる人間という共通点はありますが、その語っている内容は整合せず、解説として載せるのは不適切ではないかとさえ思います。
 また、著者は、ある青年に対し、「朝寝坊で長生きする人は割合に少ないし、またそれで成功した者はほとんどいない」というベンジャミン・フランクリンの言葉を引用し、「『六時クラブ』に入ったらどうだね?」と目覚し時計の針を1時間半ほど早くセットすることを勧めたエピソードを紹介しています。
 朝7時半に起きている人が、6時に起きれば、1時間半の自分の時間を作ることができます。夜寝る前に多少夜更かししても、一日の疲れでクタクタになった頭に生産性は期待できません。ましてや、ビール片手にスポーツニュースをボンヤリ眺めているなどは、浪費以外の何物でもありません。夜10時からのニュース番組を見ないで、すぐ床に着けば、「四時クラブ」に入会することも可能です。ちなみに今日は、2時に目が覚めてしまったのですが、さすがに「なんでもできる!」というわけには行かないようで眠いです。

■ どんな人にオススメ?

・他人に何かしらを買ってもらう仕事をしている人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』 2006年02月16日
 マックス H・ベイザーマン (著), マーガレット A・ニール (著), 奥村 哲史 『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』 2005年07月04日
 榊 博文 『説得と影響―交渉のための社会心理学』 2006年02月23日
 デール カーネギー (著), 山口 博 『人を動かす』 2005年07月11日
 鈴木 有香 (著), 八代 京子(監修) 『交渉とミディエーション―協調的問題解決のためのコミュニケーション』 2005年09月30日
 中島 孝志 『仕事の道具箱』


■ 百夜百マンガ

天水【天水 】

 刑務所にはいった漫画家として有名になってしまった人ですが、元々は一部マニアから絶大な支持を受けていました。誰にも似てない独自の世界を持ち、商業誌の中で異彩を放っていました。

2006年11月16日 (木)

女性労働とマネジメント

■ 書籍情報

女性労働とマネジメント   【女性労働とマネジメント】

  木本 喜美子
  価格: ¥3675 (税込)
  勁草書房(2003/06)

 本書は、百貨店や総合スーパーなど、「女性労働への依存度が高く、しかも『女性活用』においてすぐれた実績を持つ大型小売業」の労働組織内部への集中的なインタビューによって、「労働の場におけるジェンダー公正を実現する道筋を見定める」ことを目的としてものです。
 第1章「労働研究をジェンダー視角」では、「従来の女性労働研究は意外にも女性の雇用労働の解明が核をなしておらず、変動しつつある雇用労働の分析に関心を寄せることが少ない」という問題意識から、女性労働研究の到達点と課題を明らかにしています。著者は、日本の研究が、「欧米のマルクス主義フェミニズムを中心とした研究から決定的な影響を受けて」来た一方で、雇用労働分析という「欧米における重要な研究動向」が見落とされてきたことを指摘しています。著者は日本の女性労働研究の課題として、
(1)女性労働の「特殊性」にこだわりすぎた点の克服
(2)現実に迫る実証分析があまりにも手薄であった
の2点を挙げ、「女性の雇用労働を規定する諸要因に関するケーススタディに力を注いでいくべきである」と主張しています。
 第2章「方法と対象」では、
(1)百貨店と総合スーパーを対象に取り上げた問題意識と方法視角
(2)小売業の位置づけと動向
(3)小売業労働に関する先行研究との関係
を示しています。
 第3章「ジェンダー間の職務分離メカニズム」では、早い時期から女性の戦力化に取り組んできた百貨店業界を取り上げ、「労働組織におけるジェンダー間の職務分離メカニズム」を明らかにしています。著者は、百貨店の人事制度が、「あくまでも男性のマネジメント能力の育成を軸に据えており、『女性活用』を視野に入れた問題意識は希薄であった」ことを指摘しています。また、男性の職務が女性と異なる点として、「肉体的に負担の重い作業、知識量、閉店後の業務に責任を負うという点」を挙げるとともに、女性がマジョリティを占める職場組織の中で、「少数の男性同士がチームを組んで動く」という特徴を指摘しています。そして、男性の育成に関し、「かなり明白な男性に対する特別なカリキュラムが新入社員段階から課されており、男性相互の仲間意識がこれを支えている」と述べ、「男性は入社間もない段階から同性の先輩とほぼ同様の残業量をこなしつつ、先輩男性の働きぶりを観察し見習っていく」のに対し、「女性の場合は『飽き』のくる職務とひきかえに潤沢な自由時間を手にしている」と述べています。
 著者は、男性の労働への過剰適応と過剰統合が起こり、「上に立つ」こと、「えらくなる」ことが当然の目標として設定されている一方で、「職務の過度のジェンダーかが、職場の外部から持ち込まれるジェンダー規範を補強し、ジェンダー別の生活価値観を決定的なものとして方向づけることになる」点を指摘し、「労働がジェンダー間に不均衡に『偏在』していること」が、「女性正社員の意欲をそぎ、非効率的な状況を生み出している」ことを指摘しています。
 第4章「労働組織内の応答-交渉関係」では、総合スーパーマーケットにおいて、
(1)職務配分や部門間配置という上からのマネジメント方針にのっとった実践がつくりだすジェンダー間分離の問題
(2)女性一般職および女性主任の昇進意欲の低さをどのように理解するかという問題
(3)<私たち>という分離線の問題
の3つの問題を取り上げています。(1)については、「きつい」「汚れ作業」のイメージのある食品部門が、「商品の回転が速くて活気がある」職場とみなされ、部門の従業員数が多いことから、「男性的」な職場とされてきた点を指摘しています。(2)については、女性一般職の半数近くが、一般職への滞留を希望する現状維持志向が、「職場の中で昇進していくのは男性、とりわけ大卒男性というイメージが長いあいだ定着していた」ことにかかわっていることを指摘しています。(3)については、現在の店舗を当面の唯一の職場としているパートや女性一般職が、「異動していく<あの人たち>とのあいだに垣根を設けて<私たち>という分離線を」引き、「<あの人たち>が、彼女たちの仕事を軽視したり、やる気に水を差し、誇りを傷つけるような言動に接すると激しく反発し抵抗する」と述べています。
 第5章「『女性店長づくり』という挑戦」では、1990年代にトップマネジメントのポリシーとして始まった「女性店長づくり」が、男性幹部の「どうせお飾りだ」「すぐにつぶれるさ」という冷ややかな眼とは裏腹に、労働組合と国家のバックアップを受け、店舗現場では女性の登用が重要課題であると認識されたことが述べられています。ここでは、末端の女性の声を聞こうとしてない例として、レジの売価エラーをなくすために、一般職の女性が、「店舗の第一線にいる男性の胸ぐらをつかんで、値札位置の付けかえを徹底するように迫った」ことが紹介されています。そして、パタナリスティックな姿勢にもとづいた女性人材育成の限界を打破し、「女性人材を将来の中核的幹部候補生として掘り起こし育成せよという方針」が、「女性店長づくり」であったことが述べられています。また、店長のマネジメント・スタイルが、「部下への関心」(部下の育成)視点の有無と、冷静な判断能力の有無という分岐点によって、「部下のひとりひとりに関心を寄せ、部下の育成に熱心な店長」と、「部下に無関心な店長であり、部下を締めて『行け行けドンドン』でやって短期間に自分の成果につなげようとする」店長とに分かれることが述べられています。
 著者は、女性店長たちが、「ひとつひとつの移動にさいして」、「悩み、みずから動機づけしながらいかに切り抜けてきたかについて細部にわたって語る」という共通点について、「女性は『二のつぎの人材』として扱われるため、自己への動機づけが欠かせないし、また店長を目指そうとする場合には、店舗の売り場部門に近いところを経験しつづけるために上司と『喧嘩』をも辞さない角度でキャリアを培ってこなければならなかった」ことを指摘しています。中には、課長から「この会社で男性同様に認められたかったら、犬のように働け」と言われたことが紹介されています。
 また、俗に言う「女の敵は女」という見方から「女性を上の職位に貼り付けることに関して、どうしても、不安感がぬぐえない」という男性の「配慮」が取り越し苦労であり、「むしろ女性であるということで歓迎された人々も少なくない」ことが述べられています。そして、マネジメントのアプローチの違いとして、「男性店長は目先の目標、数字を取ろうとする」「高圧的管理」であるのに対し、女性店長が「生活者の視点に立とうとし、部下とのコミュニケーションを重視するマネジメント」を実践してきたことが紹介されています。
 著者は、「女性店長づくり」と並行して行われた地道な「女性活用」の取組みとして、いわゆる「男性部門」への女性の投入や、長期勤続の女性一般正社員・パートからの主任登用などを取り上げ、女性にも店長への道が開かれたことによって、「女性店長の活躍ぶりを見てきた女性主任が、「私も店長をやりたい」と意欲を燃やしはじめる」ケースを紹介しています。
 本書は、小売業という女性の多い職場を取り上げることによって、将来の日本企業における女性の働き方を示唆した一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、食品部門水産売り場のパートが「刺身や魚の調理は正社員のする仕事だったのだがパートにかわることになった。そのときはどうなることかと心配と不安だらけでしたが、覚えてしまうとそうではなく、むしろ自分のつくった刺身が売れてしまったときなどは、仕事をしたなという満足感を感じるのは達成感につながるのでしょうか」と語っていることが紹介されています。映画『スーパーの女』の、男性の「職人」が、「俺たちがいなくちゃ店は回らない」と反発して出て行ってしまったあと、パートが見よう見まねで刺身を作りシーンを思い出しました。


■ どんな人にオススメ?

・男と女の働き方の形作られ方に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 本田 由紀 『女性の就業と親子関係―母親たちの階層戦略』 2006年05月23日


■ 百夜百マンガ

弁護士のくず【弁護士のくず 】

 トヨエツ主演で無理やりドラマ化してしまった感のある作品ですが、AV撮影現場のドキュメンタリーマンガや新興宗教を扱ったマンガを書いていたこの人の作品がお茶の間に流れるとは予想がつきませんでした。

2006年11月15日 (水)

こんな上司が部下を追いつめる―産業医のファイルから

■ 書籍情報

こんな上司が部下を追いつめる―産業医のファイルから   【こんな上司が部下を追いつめる―産業医のファイルから】

  荒井 千暁
  価格: ¥1500 (税込)
  文藝春秋(2006/04)

 本書は、現職の産業医である著者が、
(1)産業医として働いている現場
(2)市中医療機関の診療室
(3)産業衛生スタッフが集まる交流会の場
の3つの情報ソースから集めた、「上司」や「部下」たちの事例を紹介し、「職場に何が足りず、職場で何を求めればよいのか」を語っているものです。
 第1部「職場でいま、何が起きている?」では、中古車情報誌の編集アルバイトの21歳の青年が、4月の入社以来ほとんど休みなく徹夜続きで働き続け、過労死に至った事例が紹介されています。「109万8千円」という価格を「19万8千円」と誤って入力した同僚が、差額の90万円を給料から差し引かれるのを横目に、トラブル案件を「処理方ヨロシク」の一言を沿えただけで転送してくる上司の下で、疲弊した青年は、「こんな生活がいつまでも続いていたら、50歳くらいまでしか持たないかもしれない」と予想した半分にも満たない年齢で生涯を閉じています。また、夜勤の食堂で働く調理師は、肺炎と肋膜炎を患い、「許されるものなら、あと一週間ほど寝ていたい」と休養を求めていたにもかかわらず、「体の管理もろくにできない者はウチじゃいらないわけね。有給使って遊ぼうなんて考えてるくらいなら、別の仕事に就くことですね」と公言する職長のもとで、出勤を続け、職場で倒れてそのまま亡くなっています。
 著者は、「過労死」という言葉の「過労」とは、「過重労働」のことではなく、「疲労」の「労」であると述べるとともに、「仕事をしていてその場で倒れた」というイメージに反して、「過労の末に生ずるトラブルの大半は就労時間外に起きている」と述べ、さらに、「過労死は肉体疲労だけで論ずることができない」ものであり、「激務の末に心臓や脳にトラブルが生じて死に至るとはいえ、そこには精神的ストレスが大きく関わっている」と述べています。そして、過労自殺の遺書を2例紹介し、「残され対処にはどれも心身の疲労が色濃く出ている」と述べています。
 著者は、「過労死は、生命体としての体の臓器がたまたまトラブルを起こす」のではなく、「過労自殺は、その人の性格や働き方に問題があったのではない」と述べ、過労死の労災認定裁判において問われるのは、「会社が安全配慮義務を怠っていたかどうかであり、残業をめぐる経営者の姿勢」、すなわち、「職場のモラル」が過労死問題のカギであると指摘しています。そして、職場におけるコミュニケーションのあり方一つで、「『過労』や精神的圧迫から身を守る手立てが見えてくるかもしれない」とし、「ここで問われるのが上司」であり、「現代の職場において、部下をつぶしてしまう最大の元凶は上司である一方、逆に部下の健康を守ることができるのは、何をおいても上司なのである」と述べています。
 そして、「部下を育てる視線を持ち合わせていない上司」、「部下に愛を注げない上司」が想像以上に多く見られ、「チームで仕事をしているという認識が希薄であり、職制というのは上から下への一方的な指示命令システムだと思い込んでいる」と指摘し、中でも、「自分の立場でしかモノがみえない」、「目線が落とせない」タイプの上司がいることを指摘しています。また、「叱らねばならない時に叱れない」上司として、業務上のミス以外の、「部下の性格や嗜好に関すること」に起因するトラブルに対して叱れない上司がいることを指摘しています。著者は、新入社員の「孤立状態」が直属の上司との摩擦によって発生している例が圧倒的だとし、30代後半のバブル期入社世代の上司に、いつまでも学生サークル乗りが消えず、「職場の仲間というよりは仲良しクラブのメンバー」といった感じで、「社会人としての自覚に乏しく、仕事が軸になりきっていない」と指摘しています。
 また、目標管理制度と心の病の関係に関しては、「その制度がどう稼動しているかによる」とし、「トップダウン式で一方的にノルマが課せられるようであれば成果主義と変わらない。心の病を持つ者たちは確実に増える」と指摘しています。
 さらに、パソコン作業から「ムダ」が生じる例として、見た目の良い資料作成のために、中身を充実させる代わりに「作品」づくりになってしまうことや、メールへの過信によって、
(1)大事なメールや連絡事項が、何の連絡もなく知らないうちに着信している。
(2)こちらが問いかけているのに、何の応答もない。
(3)質問や意見交換をするのに、もっとも至便な方法だと信じて疑わない人がいる。
のような問題が生じていて、その解決策は「電話をうまく使う」ことにあることなどを述べています。
 一方、部下の側の問題に関しては、「敷かれたレールの上では充分に力が発揮できるし能力もある。しかし先のレールが敷けない」という問題点を指摘しています。
 著者は、健全な職場風土を保つためには、「すべては分業であるとともに、そのとき、そのときに応じて優先順位が変化すること、その順番に従って処理することの必要性」が重要であり、労働時間に関しては、「寝る時間を削ってまでしなければならない仕事を抱えているかどうかが問題」であると指摘しています。そして、「脳がぐったり疲労した状態に陥ると作業能率は極度に落ちる。いつまでやっても仕事が終わらない。にもかかわらず、仕事そのものは大してはかどっていない状態が生まれてくる」と述べ、それをチェックできるのは上司であると指摘しています。
 第2部「倒れそうな部下をどう救う?」では、「休養を要する」との診断書が出た部下に対しては、「頭と体を使わないで極力充電すること」、「三度の食事をしっかり摂って、あとはひたすら眠るような生活が効果的」であると述べ、やってはいけない過ちとして、
(1)いかなる書物も薦めてはいけない。
(2)単身寮にいる若者は、原則として実家に戻した方が効果は見込める。
(3)深夜まで起きているという生活をしている例は、決まって回復が遅れる。
(4)家族がいる場合は自宅での療養が無難であるが、配偶者も外で働いているなどの場合は、成果に戻った方がよい結果になる例がある。
などの注意点を挙げています。
 また、職場復帰に当たっては、「職場復帰の意思があるとの確認が取れた場合は、本人の手による記録を残しておく」という「意思確認」作業から職場復帰が始まることや、復職当初は、「試し(リハビリ)出勤」が無難である理由として、
(1)職場に向かうまでの精神的負担が大きい。職場に到着できない例も珍しくない。
(2)久々の業務は、想像以上の身体的疲労が生じる。
(3)従来の仕事の付加が大きすぎるという理由から、配置転換が行われる場合、新しい環境から緊張感が高まることがある。
などを挙げています。
 本書は、数多くのケースを見てきた産業医ならではのリアリティのある語り口が印象的な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読んでいてつらいのは、冒頭に紹介されているいくつかのケースでの上司の心無い言葉です。
「道楽でやってるんじゃない。クルマ屋のボランティアじゃないんだぞ、オレたちは。キミら、わかってるのか」
「みんな時間ないわけよ。覚えてて欲しいなあ」
「完璧なシステムなんてものがあなた、あると思ってるの? 若いなあ。やってみてダメならそこでもって工夫すればいい」
「おまえさんよ、誰に向かってモノいってる?」
「時間どおりに来いよ。遅くまでたらたら寝ていられちゃ、みんなが迷惑するんだよ」「あーあ、オレも遅刻してえなあ」
 どれも読む人の胸に刺さることを意図して書いていることはわかりますが、自分がこう言われたらと考えると苦しくなります。


■ どんな人にオススメ?

・上司との関係に苦しんでいる人。


■ 関連しそうな本

 高橋 伸夫 『できる社員は「やり過ごす」―尻ぬぐい・やり過ごしの凄い働きを発見した』 2005年05月12日
 橋本 治 『上司は思いつきでものを言う』 2005年07月17日
 宋 文洲 『ニッポン型上司が会社を滅ぼす!』 2005年10月30日
 マンフレッド・ケッツ ド・ブリース (著), 金井 壽宏, 岩坂 彰 (翻訳) 『会社の中の「困った人たち」―上司と部下の精神分析』 2005年11月14日
 マンフレッド・ケッツ・ド ブリース (著), 金井 壽宏 (翻訳) 『会社の中の権力者、道化師、詐欺師―リーダーシップの精神分析』 2005年11月24日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日


■ 百夜百マンガ

部長島耕作【部長島耕作 】

 いよいよこのシリーズもあとは社長を残すのみ、となったと思ったら、まだ「会長 島耕作」という線も捨てがたくなってきます。しかし、当初こそ、団塊の世代がシンパシーを持てる「課長」でしたが、出世レースから脱落した同世代人の目に今の島耕作はどう映るんでしょうか。

2006年11月14日 (火)

使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト

■ 書籍情報

使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト   【使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト】

  スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳)
  価格: ¥2730 (税込)
  岩波書店(2006/03)

 本書は、「米国とカナダのサービス部門の若い組織労働者からなる2つの小集団が仕事と組合を通して経験することを記述することによって、サービス及び販売の労働に従事する若者にとって腰かけ仕事と労働組合がどのような意味を持つのか」を探ったものです。著者は、米国の大都市である「ボックスヒル」の「流通市場を席巻した地域に展開する3つの大きなスーパーマーケット・チェーン」と、カナダの大都市「グレンウッド」にある「『フライハウス』(仮名)というファストフードの多国籍企業」のある系列店を調査対象に選び、これらを選んだ理由として、
(1)スーパーとファストフード点が、腰かけ仕事での若年雇用のひな型となる職場だから。
(2)この2つの地域を調査すれば、サービス部門の腰かけ仕事に携わる若年労働者が労働組合を通して味わう2つの異質の経験をおそらく研究できるから。
の2点を挙げています。
 第1章「サービス部門の現場では」では、ボックスヒルとグレンウッドの底辺のサービス部門では、「若年労働人口に見られる学業成績と学歴はさまざま」であり、「ほとんどすべてのカテゴリーの若者がこれらの職場には見られる」ことが述べられています。また、彼らが、「高ストレス、低い地位、低賃金」の労働環境におかれ、「事故と負傷と襲撃」が、「ファストフード産業と食料雑貨販売業の若年労働者の生活ではありふれた事柄」であることが解説されています。
 著者は、スーパーとファストフード店の「劣悪でしんどい労働環境を重要視する」理由として、
(1)これらの仕事が大人には魅力のない職業だと見なされているのに、若者の労働者のことを考慮する段になると、こうした仕事が申し分なく満足の行くものであると論じる人も多い。
(2)こうした労働環境が、スーパーとファストフード店の若年労働者が職場で抱くアイデンティティや、職場で自分たちを位置づけるありように精通する上で無視できない。
の2点を挙げ、「サービス部門の若年労働者のもっとも明瞭な特徴になっている、ほぼあらゆる職場における腰かけ仕事という位置づけは、劣悪な労働環境を助長する決め手となっている」と指摘しています。
 第2章「職場の若者」では、グレンウッドのフライハウスの若年労働者が、「自分たちが働いている店舗のユニークさをほとんど決まって主張する」ことを挙げ、「店舗ごとに異なるような独特の『やり方』を具現化しているのはむしろ労働者自身である」と語っていることに着目しています。そして、グレンウッドの特徴的なフライハウスの店舗として、
(1)「姉妹たちの店」:従業員ほぼ全員が女性であり、同僚だけでなく顧客とも固い絆で結ばれている人々が少なくない。
(2)「緑シャツの店」:はっきりとシャツの色(マネージャー:白、スーパーバイザー:赤、調理係・接客係:緑)で連帯が区別され、「われわれとやつら」という態度を極めて強く示す。
(3)「競技者たちの店」:フライハウスが開催している数多くの販売促進や売上のコンテストで勝利を収め、自分たちがしっかり団結した「チーム」に属しているという感覚を重視している。
の3つの店舗を紹介しています。
 著者は、店舗レベル単位で団結した労働コミュニティを根強くしている特徴として、
(1)1店舗につき従業員が10人未満から30人強と小さいこと。
(2)調査期間中の若者の失業率が高く、平均より長い期間、若年労働者がフライハウスの仕事に従事していたこと。
(3)労働組合が組織化されていたこと。
の3点を挙げています。
 第3章「スーパーマーケットにおける年齢」では、「さまざまな年齢の従業員が働いているスーパーでは『複数の世代が混じっている』ため、若年労働者は、多様に開かれた新しい人間関係をつくることができるだけでなく、貴重なことを経験から学ぶ」ことを述べています。そして、高校生世代が就く「袋詰め係」が、「スーパーの職務の中でも地位と賃金が最低で、他の部門にもっとも依存する仕事であり、ともかく要求されることがもっとも少なく、一番退屈なもの」であることを指摘し、「職場というコミュニティでは正式のメンバーになれず、あまり関与もできない」ことを述べています。
 第4章「腰かけ仕事の文化」では、若年労働者が、「さまざまなやり方で、スーパーやファストフード店で働く期間の長さを決めている」ことを紹介し、腰かけ仕事には、
・表の面:若い時や在学中に短期間だけ働くには好都合な仕事
・裏の面:この仕事を悲惨な仕事と見なし、大人になった際のキャリアに決してしたくない。
という2つの面があることを指摘しています。そして、彼らが一番恐れることの一つとして、「一時的に働く初級職としか思えないような仕事に『はまりこむ』あるいは『閉じ込められる』危険性」を挙げています。
 第5章「組合活動のアウトサイダーたち」では、ボックスヒルの食料雑貨販売業労働組合第7支部が、「若い組合員たちの大部分の『人心を掌握して』いない」と述べ、「ボックスヒルのスーパーで働く若い従業員には、組合とは何なのか、組合がどんなことをしているのか、ほとんどわかっていない場合も少なくない」として、「第7支部が組合費徴収マシーン、ルール制定機関、慈悲深い保険会社になっている」と指摘しています。
 また、第7支部が若い組合員を、
(1)臨時雇いのパートタイム労働者の都合よりも、長期勤続のフルタイム労働者の都合を考慮して協約の条項を定めている。
(2)品出し係と袋詰め係を「若者向け」の職種と定める。
の2つの方法によって差別していることを指摘しています。
 第6章「若者の労働組合」では、グレンウッドのファストフード産業労働組合C支部とフライハウスの若い組合員のあいだに見られる結びつきに焦点を当て、「C支部が若い組合員を手助けしてきた点を強調しながら、北米の他地域の労働市場に見られる状況を労働組合が改善できる可能性」について述べています。著者は、「腰かけ仕事の若年労働者が組合活動から得る利益」が、ボックスヒルとグレンウッドの間で大いに異なり理由として、「フライハウスの交渉単位において」、C支部が「短期勤続者と長期勤続者との格差や、若者と年配者との格差を最小にしようと横断的に取り組んできた」ことを挙げています。
 第7章「サービス残業を堂解決するか」では、「サービスや小売に携わる若年労働者にとって、時間にどう対処するかは、職場に関する問題の中では極めて重要なものになっている」として、「この2地域で最も重要なもの」である、「勤務スケジュールとサービス残業」に、労働組合の組織化がどのように影響したかに焦点を合わせています。著者はこの目的として、
(1)今日の若者が働く職場では、腰かけ仕事の若年労働者にとって時間管理こそが関心と紛争のテーマになっている状態を明らかにする。
(2)職場での時間管理を改善することに向けられる組合の戦略が、腰かけ仕事の若年労働者の状況に大きく影響することを強調する。
(3)サービス残業という現象を描くことを通して、組合の制度が職場の若者文化に結びつくことに失敗し、それを支援できない場合に生じる問題の事例を示す。
の3点を挙げています。
 著者は、サービス残業(従業員が休憩を取れないこと、シフト開始前に働き始めること、残業手当なしに遅くまで働くこと)が、「従業員が雇用主に対して述べる最大の不満の一つ」であるとして、これを助長する職場環境が生まれる理由を、雇用主が、「生産関係の予算から可能な限り『超過』労働コストを削ることによって、たえず利潤を最大化しようと試みる」からであると述べています。
 この他、終章では、1998年に、メディアに大きく取り上げられた「マック・ストライキ」を起こした19歳のブライアン・ドラップを紹介しています。
 著者は、本書を、「研究者や政策立案者があまりにも見逃してきた若者に対する年齢差別や若年労働者と大人の労働者の間の年齢による階層化が、労働市場や職場において無視できない現象であることを論じている」ものであると位置づけ、「生涯にわたるキャリア雇用が崩壊しつつある中、年齢と年齢差別は、労働市場が階層化されるにあたって主たる領域及び要因としてますます重大になるばかりであろう」と述べています。


■ 個人的な視点から

 本書に登場するファストフード店「フライハウス」は仮名ということですが、実際のチェーンはどこなのでしょうか。
 他のファストフードよりも割高らしいことと、揚げ物ということから考えると、ケンタッキーじゃないかと予想してるんですが。


■ どんな人にオススメ?

・アメリカのフリーター事情と労働組合に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 熊沢 誠 『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』
 玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在 中公文庫』 2005年07月20日
 矢幡 洋 『働こうとしない人たち - 拒絶性と自己愛性』 2005年10月23日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日
 宮本 みち子 『若者が『社会的弱者』に転落する』 2005年05月04日
 小杉 礼子 『フリーターという生き方』 2006年04月04日


■ 百夜百マンガ

ワタナベ【ワタナベ 】

 地球人を観察に来た宇宙人、でも見た目は・・・という設定自体は、缶コーヒーBOSSのCMの「宇宙人ジョーンズ」みたいです。
http://www.suntory.co.jp/softdrink/boss/cm_press/index3.html

2006年11月13日 (月)

PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル

■ 書籍情報

PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル   【PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル】

  矢島 尚
  価格: ¥1575 (税込)
  東洋経済新報社(2006/07)

 本書は、40年前から日本のPR会社の草分けとして活動を続けてきた著者が、「PR=宣伝」と誤って定着してしまった「PRとPR会社についての正しい認識が広がること」を目的に書かれたものです。
 序章「脚光を浴びるPR会社」では、近年の企業不祥事の例を列挙し、「クライシスが発生したときにPR会社に相談するのはいまや常識になりつつある」と述べ、クライシス時のPR会社の活動として、
・状況の把握
・拡散の防止
・記者会見のセッティング
などを行うほか、「立ち居振る舞いや言葉遣いについて、模擬記者会見などのトレーニングを短時間で行う」事まで含めたメディア対応のアドバイスを行うことが述べられています。
 また、2005年総選挙での自民党大勝の原動力として報じられた政党のPRに関しては、まず民主党が2003年総選挙で米国系のフライシュマンヒラードジャパンと契約して躍進につながり、遅れて2005年総選挙では自民党が著者の会社であるプラップジャパンと契約し(本書では、「守秘義務の関係から、私はそれを肯定も否定もできない」としていますが)、記者会見時の壁のロゴを「改革を止めるな。」に変更し、本格的なプレスリリースを出すなどによって、圧勝に終わったことが述べられています。著者は、「細分化する大衆、多様化するメディアという状況は今後ますます進行し」、その中での選挙戦には、「大衆の動向をつかむための世論調査に優れ、あらゆるメディアを知り尽くしている専門家の存在が不可欠」であると主張しています。
 さらに、日本では、「PR」という言葉が、「宣伝・広告、プロモーション、アピール」という意味で捉えられていることに異議を唱え、「パブリック・リレーションズは、『行動』と『コミュニケーション』という2つの要素から構成される」というハロルド・バーソン氏(米国のバーソン・マーステラ社創始者)の定義を紹介しています。
 第1章「戦略的PRの時代」では、プラップジャパンの活動の紹介として、「ぺディグリー」や「カルカン」で知られるマスターフーズが、集合住宅でペットを飼うことの社会的認知を広めるため、「コンパニオンアニマルリサーチ」という非営利団体を設立し、ペット飼育可能な分譲マンションを増やしていったこと、日本ではほとんど知られていなかったキシリトールを薬事法に触れずにPRするために、マスコミ各社にキシリトールの情報を流してメディアに取り上げてもらったことなどの事例が紹介されています。また、医療分野での広告の規制緩和の流れを受け、医療法人がPR会社を利用するケースが増えていることなどが紹介されています。
 第2章「メディア対応の重要性に気づき始めた経営者」では、不祥事のすぐ後に、「メディア対応のまずさから、二次クライシスに発展するパターン」を紹介し、そのポイントとして、
(1)何を話すかを準備する:現時点の情報をはっきり述べる。記者は、現時点での情報を開示しようとしない時に厳しく追及してくる。
(2)情報を小出しにするのはタブー:公表すべき情報は最初からきちんと話す。
(3)仮定の質問には要注意:原因が確定していない段階では、可能性はすべて平等に扱うべき。
(4)適切なスポークパーソンを選ぶ:企業のトップが謝罪することは大切だが、事実関係を把握していないと逆効果になる。
の4点を挙げ、「企業にできることは少しでも二次クライシスを回避するために、メディアや大衆のことを熟知し、想定外の問題が発生しないように体制を整える」ことであると述べています。
 また、記者会見でトップが身につけている高価な腕時計やカフスなどに気を使うことに関して、「社長にものがいえない企業風土が邪魔をして、思ったことがいえない」ケースが多く、「外部の人間だからこそできること」が多いと述べています。
 そして、凝り固まった企業風土を改善するために、「第三者の存在と専門のプログラムがどうしても必要」として、「社内コミュニケーションの問題に対してもPR会社は重要な役割を果たしている」と述べています。具体的な社内コミュニケーション改善プログラムとしては、「ワークプレイスコミュニケーション」というプログラムの概要を、
(1)若手社員を十数名集めて、タスクフォースをつくり、他のシャインにインタビューをして、一般社員の声を拾い上げ、組織の抱える問題点を顕在化させる。
(2)1ヵ月後に、問題点の抽出と優先順位をつける作業を行う。
(3)経営トップに対するプレゼンテーションとディスカッションを行う。
の3段階で紹介しています。
 第3章「アメリカで生まれたPRの歴史」では、第一次世界大戦時に米国政府が「何百人ものジャーナリストやPRマンを徴用し」、「敵対するドイツ、オーストリアなどのイメージダウンにつながる情報を盛んに流した」ことを取り上げ、「PRの手法というのは、よくも悪くも政治と寄り添う形で成長してきたものであり、第一次世界大戦はPRがいかに効果的で、情報に対して大衆がいかに従順であるかを証明する出来事」だったと述べています。また、このことは、ヒトラーにも大きな影響を与え、「宣伝を的確に利用することで、大きな成果が得られることを証明したのは、戦争である」と著した彼は、宣伝活動に娯楽性を持たせること、単純なスローガンによって大衆への浸透度を高めることなど、「実に巧妙」なプロパガンダを行ったことが述べられています。
 さらに、第二次世界大戦後のテレビ時代を象徴する出来事として、1960年の米国大統領選挙での初のテレビ討論の印象が勝負の分かれ目になったことを取り上げ、ニクソンがスーツの色やヒゲのそり忘れなどのために、弱々しく不健康な印象を与えたことで、ケネディに逆転されたと解説しています。
 この他、1990年のイラクのクウェート侵攻時に、「クウェート市内の病院に乱入してきたイラク兵が保育器に入っていた乳児を次々に取り出し、床にたたきつけた殺害した」という15歳のクウェート少女が上院で行った証言が、PR会社ヒルアンドノウルトンによる捏造であったことが明らかになった事件や、1992年のボスニア紛争時に、ボスニア側がPR会社を雇い、「セルビアがいかに残虐かを世界にPRすることによって、悪いのはセルビアで、ボスニアは被害者であるという構図を作り上げ」た例を取り上げています。
 第4章「独自の道を歩んだ日本のPR業界」では、日本における草分けである著者ならではの実体験にもとづいた「日本PR業界史」が語られています。著者がこの業界に入った40年前は、「PRという言葉自体がまったく認知されておらず」、メディアに情報提供を行っても、パブリシティという行為そのものを一から説明しなければならなかったこと、雑誌のプレゼントコーナーに「広告のおまけ」として商品をのせてもらうことからPRが認知されたため、「PR=プレゼントコーナー」という図式が出来上がってしまい、「PRが無料のものだと誤解」されたことなどが述べられています。そして、「企業と社会との間にさまざまな問題」が起こった1990年代中頃から、PR会社が認知され始めたことが解説されています。
 また、日本でPR業界が発展しなかったもう一つの理由として、企業の「自前主義」を挙げ、企業での広報の位置づけは、新聞記者の接待や社内報の作成くらいにしか考えられておらず、「社内において、広報が担う役割が不明確だったり、真の重要性が認められていないのだから、PRという経営機能が育つはずも」なかったと解説しています。そして1990年代に入り、企業と社会の関係が変化し、広報部門が重要性を増し、人気の「3K部署(国際、企画、広報)」と見られるようになった反面、企業のトップシークレットを扱うからこそアウトソーシングできないという理由で自前主義が強固になったことが述べられています。
 第5章「多岐にわたるPR業務の内容」では、PRが、
・マーケティングPR:商品そのもののPR
・コーポレートPR:企業自体のPR
の2種に大別できることや、M&A後の社内コミュニケーションの問題もPR会社の重要な業務であること、メディアに対する訂正要求においては、絶対的な事実の相違を突いていくやり方をとることなどが述べられています。
 第6章「PR会社の上手な活用法」では、PR会社には、総合PR会社と専門PR会社があり、特にアメリカではこの二極化が進んでいること、PR会社との契約時には、「企業がPR会社に何を求めているのかをはっきりさせて、社内で意思統一を図っておくこと」が何よりも大切であることなどが解説されています。
 本書は、「PR会社」という聞きなれない業態を理解する上での入門書として、PR会社を活用したい企業・官庁や、この業界に就職したいと思っている人には最適のガイドブックです。


■ 個人的な視点から

 本書の全般的な印象としては、「中身が薄い」という印象を受けました。よく、刑事事件で出てくる「犯人しか知りえない事実」ではないですが、「著者でしか語れないこと」が少ないように思われます。PR会社の全般的な説明やメディア対応、PRの歴史などは、社員に書かせたんじゃないかと思うほどの平板な感じで、主語のないシンクタンクの報告書のようです。
 しかし、第4章「独自の道を歩んだ日本のPR業界」の部分には、業界の草分けとして語ることができる歴史が語られていて、この章こそが本書の一番の価値ではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日本のPR業界の歴史を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 石川 慶子 『マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル』 2006年10月26日
 五十嵐 寛 『実践マニュアル 広報担当の仕事 すぐ役立つ100のテクニック』
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 世耕 弘成 『自民党改造プロジェクト650日』


■ 百夜百マンガ

てやんでいBaby【てやんでいBaby 】

 「生まれ変わり」や「魂が入れ替わる」っていうのは、マンガの定番ネタなのですが、「ヤクザ+赤ちゃん」にしたところがポイントです。設定一発作品なのですが、面白かったです。

2006年11月12日 (日)

数学の謎―数と数学の不思議な関係

■ 書籍情報

数学の謎―数と数学の不思議な関係   【数学の謎―数と数学の不思議な関係】

  カルヴィン・C. クロースン (著), 好田 順治, 小野木 明恵 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  青土社(2006/09)

 本書は、「美術や音楽と同じように、わたしたちの人生に素晴らしい深みと意義をもたらし、一日一日を、やがて晩年にいたるまで、豊かにしてくれる力を秘めている」にもかかわらず、学生からは対辺に評判の悪い「数学」の面白さを、コミュニティ・カレッジで数学を教えている数学書ライターである著者が解説しているものです。著者は、「20世紀になってとつぜん生まれた有害な神話」として、
(1)数学は退屈だ。
(2)数学者はみな、あごひげを生やしたつまらない老人で、大学のキャンパスに引きこもっていて現実社会との関わりを一切もたない。
(3)人間には二つの種類がある。数学ができる人と、そうでない人。
(4)女の子(大人の女性も)には数学の才能はない(それにどのみち数学は必要ない)
の4点を挙げ、それぞれに対し、
(1)数学はおもしろい。それだけでなく、しびれるほど刺激的で、すばらしく驚異的で、あらゆるものの核心である。
(2)そんな人たちは世界中の数学者のうちのごく一部にすぎない。
(3)数学は、普通考えられているよりもずっと運動や音楽に近い。数学も修練を積めば、上手になる。
(4)「ボーイフレンドより数学ができると嫌われるぞ」というメッセージを教師や親や社会がこぞって女の子に送ることは、若い女性にとって不当なだけでなく、社会全体にとっても有害である。
と答えています。
 そして、数学の歴史を紹介する前に、「数学の多くは、次の3つの知的な力が合わさって成長する」として、
(1)一般化:定義を拡大して、扱う対象や考察の範囲を広げる行為。
(2)無限への拡大:数の体系を拡げて無限を含めようとすること。
(3)記号体系の改善:ある場合には簡易な手法をとり、別の場合には複雑な手法をとれるように、表記法を拡大すること。
の3点を挙げています。
 著者は、「数学の愉悦をいっしょに体験するには、自らも参加して、これから提示する驚くべき関係を、頭の中で具体的に組み立てるのが肝要だ。数学は、美術や音楽のように受身で楽しむことはできず、積極的にかかわらないといけないもの」であり、「数学が人の魂をいかに熱くさせるのかを、深く理解してほしい」と述べています。
 第1章「原初の数え方」では、3万3000年前の狼の骨に刻まれた5個の印のまとまりが11組あるものを紹介しています。そして、1万年前の「肥沃な三日月地帯」で農耕が始まり、定住し、国ができると、先祖たちが、「数学の力を伸ばすように迫られ」、基本的な四則演算が行われたことが紹介されています。この後、エジプトとシュメールの双方で分数が取り入れられることで、「自然数(数える数)だけをあつかう体系から、自然数に加えて自然数の部分(分数)を含む体系になった」と述べています。
 第2章「偉大なるギリシア人」では、それまで、「数学の知識やそれを応用する力をもつ」ことで確固たる権力を握っていた王室天文学者・数学者の秘密主義を、ギリシア人が廃し、数学や科学の本を著すことで、「古くからあった秘密の掟を破り、知識を民主化した」ことが述べられています。まず、タレスが、抽象的な線や抽象的な三角形について説き、「自然界にある具体的な対象から、観念上の心的な対象へと、取り上げるものが移行したことで、数学の様相は永遠に変わった」ことが述べられています。ピュタゴラスは、数の思想を崇拝する教団を作り、「数のあいだの関係があまりに完璧なのに感嘆し、数がほかのすべてのものを生み出しているに違いない」と信じたことが述べられています。そして、「あらゆる現実は自然数と自然数の比の上に成り立っている」と説いてきた教団において、教義にそむくルート2の存在が口外無用の秘密とされ、この掟に背いた弟子の一人は、仲間の弟子の手で湖に沈められたらしいことが紹介されています。
 この他、哲学や数学に無限の概念を導入したゼノンや、当時最先端の数学の知識をまとめたユークリッドなどが紹介されています。著者は、「古代の数学で驚かされるのは、記号代数をもたずに命題を表現していながらも、質量ともに豊かな数学を築いたこと」であると述べています。
 第3章「数学における証明」では、「ある陳述が新であることを立証する試み」である証明をギリシア人が導入したことで、陳述の正当性が、権力者の独断ではなく、証明されるかどうかで決まるために知識の民主化が進み、ギリシア人が、「知識の最高の形態は数学と論理学である」と考えたことが紹介されています。
 著者は、現代的な公理系の構築に期待される2つの特徴として、
(1)その公理系は完全であってほしい。
(2)公理系は無矛盾であってほしい。
の2点を挙げた上で、1931年にゲーデルが、「算術を含むまでに十分な公理系が無矛盾かつ完全であることを明らかにすることはできない」という不完全性定理を証明したことを紹介しています。
 著者は、「アメリカは、どんな国の人々よりも、すぐさま数学を受け入れるべきである」と主張し、その理由として、「数学の証明は、民主主義に合致している」と述べています。
 第4章「知識の灯を伝えて」では、「数学の問題って、どうしてふつうの言葉で書かないんだ? こんな胸くそ悪い方程式なんかなくなればいいのに」という声に対して、方程式の重要性を、「方程式なしで数学を理解するなんで、絵を見ないで偉大な美術を理解するようなものだ」と述べています。そして、「数学はしばしば音楽にたとえられる」理由として、ともに線形をしていて、複雑さを受け入れる余地があり、主題が他の主題とかかわると大きな力を発揮することを挙げています。
 また、ガリレオが異端審理にかけられたことで、デカルトが自然科学についての著書を存命中には出版しなかったことや、『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法序説』において、「代数の式と幾何学の図とを結びつける手法が大まかに記され」、この新たな取組みが、「数学の様相を永久に変えることと」なり、解析幾何学という一つの専門分野が生まれたことが述べられています。
 そしてもう一人、「フェルマーの最終定理」で知られるフェルマーの、解析幾何学や、面積と接線についての研究や確率論の創設などの偉大な業績が、没後になってから世に出た理由として、「生前には、この最高に魅力的な分野に興味を示す数学者が現れなかったから」だと述べています。
 著者はこの二人を比較し、「デカルトは明らかに代数を重視していたが、フェルマーはどちらかというと幾何学寄りの立場」にあり、フェルマーが、「二本の垂直軸を座標系に取り入れた」「直線座標系」に、直線と、円、三つの円錐曲線(放物線、双曲線、楕円)についての方程式を見出したことが述べられています。そして、一般には解析幾何学の創始者として知られているのはデカルトだけだが、フェルマーもその一人に加えないわけにはいかないと述べています。
 第5章「扉を開ける」では、「無限級数と極限という密接につながった2つの課題」を取り上げ、「無限級数という分野はそれだけでもとうてい信じがたいほどにおもしろく、極限の概念は微積分学の理解の鍵となるもの」であると述べ、この問題に取り組んだ、ライプニッツやオイラー、ラマヌジャンらの業績を紹介しています。
 第6章「関数」では、「数学とは基本的に、異なる対象からなる集合と集合との関係にかかわるものであり、関数は、そうした集合のあいだの特殊な関係を示すもの」と述べた上で、「二つの集合のあいだの写像で、一対多ではないもの」と関数を定義しています。そして、関数や写像などの定義を考える理由を、連続性の研究は解析と呼ばれる、ほとんどすべての高等数学へ続く入口であり、「関数には、それを使えば解析において創造的なことができるというほかに類をみない特徴がある」からだと述べています。
 さらに、多くの人が忌み嫌う「対数とかいうおそろしい代物」を、細かく切り刻んで、怖くなくしてみせるとして、対数の一番の威力が、「乗数を簡単に」し、「掛け算の問題を足し算の問題に変える」ことであることを述べています。
 第7章「空間を引き伸ばす」では、ニュートンが、著書『流率法』のなかで、極座標なる新しい座標系を提案したことや、「あらゆる実数や複素数」を書くことができ、「あまたの難問を解決すること」に利用できる「行列」について解説しています。
 第10章「微積分」では、著者が友人から聞いた、ヒマラヤ山脈の奥深くにある洞穴に隠された、古の知恵が記された古代の書物の話を挙げ、「もしもわたしが、人類が誇るもっとも純粋で深遠な知識をそんな本に記す役目を担ったなら」、「数学のありとあらゆることを思うがままに書きつける」と述べ、中でも微積分こそが、一番初めに書くべき「人類の至宝」であると述べています。 
 著者は、微積分が、「継続的な変化を解析するための道具であり、しかもこの宇宙では、ものはもっぱら継続的に変化する」と述べ、「微積分は、高等数学の王冠にはめ込まれた宝石のような輝き」を放ち、「あらゆるものを産み出したこの科学自体が、微積分の上に成り立っている」と述べています。
 第11章「数学の性質についての考察」では、「数学の知識の全容がとほうもなく大きいということは、うれしくもあり、悲しくもある」と述べた上で、「数学の真実のなかには、わたしたちのいるこの宇宙だけでなく、存在しうるすべての宇宙だけでなく、存在しうるすべての宇宙で通用するものもある」と述べています。
 本書は、多くのアメリカの高校生と同様に数学が苦手だ、という人にとっても、数学の興奮を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第9章では、一章分をニュートンの評伝に当てています。ニュートンが、色彩理論をまとめた論文を発表した際に、科学者たちから反論され、それ以来、論文の発表に消極的になったことや、聖書を執拗に調べ上げた結果、「神は三位一体ではなく、ひとつの位格であり、キリストは神に従属する」という異端の教義に到達し、それを隠し通したこと、そして、錬金術に並々ならぬ関心と熱意を持っていたことなどが語られています。また、ライプニッツとの長い期間にわたる確執も紹介されています。
 こういったエピソードの紹介も、少しでも数学に関心をもってほしいという著者の思いの表れなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・受験のために仕方なく数学を勉強した人。


■ 関連しそうな本

 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日


■ 百夜百音

杉山清貴&オメガトライブ CORE BEST TRACKS【杉山清貴&オメガトライブ CORE BEST TRACKS】 杉山清貴&オメガトライブ オリジナル盤発売: 1998

 最近「君は1000%」がカバーされているようですが、やはり杉山清貴時代の「ふたリの夏物語」がオメガトライブらしい曲だと思います。個人的には「君のハートはマリンブルー」がいい曲だと思います。


『究極のベスト! 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ』究極のベスト! 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ

2006年11月11日 (土)

マインド・タイム 脳と意識の時間

■ 書籍情報

マインド・タイム 脳と意識の時間   【マインド・タイム 脳と意識の時間】

  ベンジャミン・リベット (著), 下條 信輔 (翻訳)
  価格: ¥2835 (税込)
  岩波書店(2005/7/28)

 本書は、「私たちが行為をしようと決定したと思う瞬間よりもずっと早く無意識に意思決定している」という「神経事象と経験との間の時間的関係」を、「推論や議論ではなく、実証的な発見に的を絞って」解説しているものです。著者は本書を執筆した動機を、「意識の主観的経験や無意識の精神機能の産出に脳がいかに関与しているか」に関する「いくつかの驚嘆すべき発見」と「それらがもたらす多様な理論的意義を、哲学者や科学者、精神的な問題を扱う臨床家たちばかりではなく、一般の読者にもより広く知らせるべき」と考えたからだと述べ、本書の特徴は、「心脳問題や意識経験の大脳基盤は実証的に研究できることを示した点」にあるとしています。
 第1章「本書の問題意識」では、「すべての感情や意識(アウェアネス)などは、人間の主観的な内的生活の一端」であり、「実体験をしている本人だけにしかアクセスできないという意味」で「主観的」であると述べています。そして、問題提起として、
(1)人が自由で自発的な行為を実行しているとき、その意識を伴う意図が神経細胞活動に実際に影響を与えたり、指示をしたりすることができるのか?
(2)脳はどのようにして意識/無意識の精神事象を識別しているのか?
(3)脳内の神経細胞の物質的活動がいかにして、外界についての感覚的な気づき(アウェアネス)、考え、美的感覚、ひらめき、精神性、情熱といった、非物質的な減少である主観的な意識経験を引き起こすことができるのか?
の3点を掲げています。
 著者は、精神と物質について、
・決定論/唯物論:観察可能な物質だけが現実に存在するすべて、かつ唯一のものであり、思念・意思・感情などを含むすべては、物質とその物質を支配する自然の法則によってのみ説明することができる。
・二元論:心は脳から独立したものである、とする考え方。なかでも宗教色の濃い立場では、生きている間だけ不思議なことに肉体の一部である霊魂の存在を信じる。
の2つの対極的な見方を紹介し、後者は、「その考えがまさに信念としか言いようがないもの」であり、「科学的知識の範疇にすら入らない」と述べています。
 さらに著者は、「意識を伴う経験の内観報告の本質的な特徴」として、「アウェアネス」すなわち、「なにかに気づいている状態」だということを述べ、「脳と主観的な意識経験の関係をどのように研究するか」という問題に対する実験的アプローチとして、
(1)操作的な基準としての内観報告:確かな内観的報告なしで成立するようなものは、それがいかなる行動上の証拠であっても、主観的な意識経験の指標とは見なさない。
(2)脳と心の関係について、先見的なルールは認めない:脳の神経細胞の活動を調べるだけで、内観報告なしに、被験者が何を感じ、考えているかを記述することは不可能。
という2つの認識論的な原則を設けたことを述べています。
 第2章「意識を伴う感覚的なアウェアネスに生じる遅延」では、「事象へのアウェアネスを引き出すには、脳には適切な活性化が最大で0.5秒間という比較的長い時間続くことが必要」という驚くべき発見の証拠を提示しています。
 著者は、脳そのものの感覚皮質に、短いパルス電流による刺激を、1秒間あたり20パルスから60パルスの範囲で反復した結果、「時間的要因が、意識経験を引き出すためのもっとも興味深い必要条件である」ことが明らかになり、「閾値レベルの微弱な感覚を引き出すには、反復的な刺激パルスを約0.5秒間継続」する必要があることを述べています。一方で、「皮膚への単発のパルス入力によって生じた、意識を伴う感覚的なアウェアネスにおいても、0.5秒間の遅れがあるのか?」という問題に対し、
(1)皮膚への単発の有効な刺激に対する大脳皮質の電気反応:皮膚への単発パルスの後に生じる大脳皮質の後からの反応が、意識感覚を生み出すのに必要であるらしく、これらの遅い反応は、アウェアネスの遅れに必要な活性化に十分な0.5秒以上の間持続する。
(2)後から提示された2番目の刺激の逆行性の遡及:微弱な皮膚パルスによって生じた意識感覚は、約0.5秒間遅れた2番目の入力によって遡及的に修正され得る。
(3)意図的に遅らせられた反応への効果:アーサー・ジェンセンによる、被験者の反応時間の測定実験。
の3つの証拠を、この問いに対する肯定的な証拠として挙げています。
 著者は、感覚的なアウェアネスの遅延の面白さとして、「わたしたちの感覚世界へのアウェアネスは、実際に起こった時点からかなりの時間遅延する」ことを挙げています。そして、私たちは主観的には、「このような遅延なしに経験した」と信じているというジレンマが生じますが、著者は、「初期EP(誘発電位)反応の時点まで遡る、感覚経験の主観的な時間遡及が起こる」という仮説によって、「実際には大幅な遅延があるにもかかわらず、私たちが実質上感覚信号を即座に自覚するという主観的な感情と信念」が説明できると述べています。
 第3章「無意識的/意識的な精神機能」では、車を運転していているときに、飛び出してきた少年を見てブレーキを踏んで停止させるような行為、単純な脊髄反射ではなく、「非常に込み入った精神機能が、無意識に行われている」例を挙げ、「無意識(非意識)機能とは何を意味し、意識を伴う精神機能とはどのように異なるのかを明確にする」ことについて解説しています。
 著者は、創造性が、「無意識機能、または少なくともあまり意識的ではない精神プロセスの機能であること」がほぼ明らかになっているとして、
(1)問題または疑問を特定する。
(2)その件に関連した情報を収集または導き出す。
(3)答えを導き出す可能性があるか説を生み出そうという意識的な試みをいったん中止する。
(4)解決への適切な仮説が意識に現れるように波長を合わせて待っておく。
(5)その有用性と妥当性を検証するために、ようやく意識レベルに上ったその仮説に意識を伴った合理的な分析を適用する。
という型にはまった経路を解説しています。
 著者は、「意識および無意識の精神機能の最も重要な違い」を、「前者にはアウェアネスがあり、後者にはそれがない」点であることを指摘したうえで、「無意識の精神機能が生じるのに必要な脳の活動から、意識的な精神機能が生み出されるために必要な脳の活動への移行を説明する」ものとして、「タイム-オン(持続時間)理論」が導き出されたことを解説しています。この理論は、
(1)意識を伴う感覚経験を生み出すには、適切な脳活動が最低でも約500ミリ秒間持続していなければならない。
(2)この同じ脳活動の持続時間がアウェアネスに必要な持続時間よりも短い場合でも、この脳活動にはアウェアネスのない無意識の精神機能を生み出す働きがある。すると、無意識機能の適切な脳活動の持続時間(タイム-オン)を単に長くさえすれば意識機能に変わるということになる。
という「2つのシンプルな主張」から成り立ち、無意識と意識との移行の「一つの制御因子としてみなすことができるかもしれない」と述べています。そして、タイム-オン理論が私たちの精神機能に与える影響として、
(1)いかなる種類のアウェアネスも現れないうちに、すべての意識を伴う精神事象が実際には無意識に始まっている。
(2)発声すること、話をすること、文章を書くことは、同じカテゴリに属する、つまり、無意識に起動されるらしい。→話された言葉が、話し手が意識的に言おうとしていたこととどこか異なる場合、通常話し手は自分が話したことを聞いた後に訂正する。流れがスムーズな話し言葉は、無意識に発せられる。→「自分が実際に何を言ったかを聞かずして、自分が何を考えているかを知ることなどできようか」(E・M・フォスター)
(3)楽器の演奏または歌唱も、同様の行為の無意識のパフォーマンスの働きによるものに違いない。
(4)感覚信号に対する迅速な行動(運動反応)は、、すべて無意識に行われている。
(5)無意識の精神機能がより持続時間の短いニューロン活動によって生み出されている場合、その精神機能はより速いスピードで進行することができる。
(6)意識経験が現れる場合、中途半端を許さない性質がある。
(7)継続した意識の流れについて人々がよく知っている概念は、意識的なアウェアネスのタイム-オン(持続時間)の必要条件と矛盾している。これは、異なる精神事象がオーバーラップしているということでおそらく説明がつく。
(8)意識経験のタイム-オン(持続時間)の必要条件は、どの時点においても意識経験を制限する「フィルター機能」を果たすことができる。→大部分の感覚入力は適切な脳神経細胞が十分な長さのタイム-オンにわたって活動し続けていないため、それらの感覚入力は無意識のままになる。
(9)信号の無意識の検出は、意識を伴う信号へのアウェアネスとは明確に区別しなければならない。
(10)サブリミナルの刺激に対して意識的な自覚が本人にない場合でも、その刺激を無意識に近くできる可能性が明らかにある。
(11)タイム-オン理論は、無意識および意識機能はどちらも同じ脳の領域の同じニューロン群によって、媒介されていることを示唆している。
(12)意識経験内容の変容は重要なプロセスであると、心理学と精神医学の立場から認められている。
の12点を示し、「比較的シンプルな、アウェアネスを生み出すためのニューロンの時間的必要条件(タイム-オン要因)についての発見が、さまざまな無意識および意識的精神機能が作用する仕組みについての私たちの考えに対して、どれほど奥深い影響力を持ちうるか」がわかると述べています。
 第4章「行為を促す意図」では、「行為を実行しようとする自分の意思や意図に気づく400ミリ秒ほど前に、自発的なプロセスは無意識に起動する」という驚くべき結果について述べられています。
 著者は、「自発的な行為の前に、頭頂部にある領域から負の電位が緩やかに上昇」し、この電位変化が、「被験者が自発的であると思われる明らかな行為を実行する約800ミリ秒かそれ以前に開始」するために「準備電位」(RP)と呼ばれることを紹介しています。そして、「脳活動の胎動(RP)と行為を促す意識を伴った意志とのタイミングの関連性」について、
・脳はまず最初に、自発的なプロセスを起動する。
・被験者は、脳から生じて記録されたRPの胎動から350~400ミリ秒程度あとに行為を促す衝動または願望に意識的に気づく。
という順序があることを明らかにしています。
 また、「その自発的な行為を実行する際に、意識を伴う意志には何か役割があるのでしょうか?」という問いに対しては、「意識を伴った意志は、運動行為が表れないようにプロセスをブロック、または『拒否』すること」ができると述べています。
 第5章「意識を伴う精神の場理論」では、「意識を伴う精神場(CMF)」に、「神経細胞の物質的活動と主観的経験の創発との間で媒介作用をする働き」があると述べ、その特性として、
(1)統一された主観的経験が存在する実態である。
(2)ニューロンのある機能に影響を与えたり、変化させたりする原因となる能力がある。
の2点を挙げています。そして、「すべての認知機能(受容、分析、信号の認識、情報貯蔵、学習や記憶、覚醒と注意のプロセス、情動と気分など)は、仮定しているCMF(意識を伴う精神場)によって組織化されていないし媒介されてもいない」ことを指摘し、「CMF理論でモデル化できたのは、複雑な脳機能と結びついた主観的な意識経験の現象にすぎないし、またそれは明らかに思弁的な方法でなし得たにすぎない」と述べています。
 第6章「結局、何が示されたのか?」では、「心と(脳も含めた)体が2つの独立した『実体』を表している」とする二元論説の生みの親であるデカルトと著者との架空対談が収められています。そして、意識と無意識昨日の間の統制要因となるタイム-オン(持続時間)理論の特性が、「私たちの感覚世界における意識経験が大幅な時間、遅延すること」を意味し、私たちが、「真の現在において、意識を持って生きているわけではない」ことを述べています。
 著者は、「もし、無意識のプロセスがあらゆる意識を伴ったアウェアネスに先行するならば、私たちは実際に現時点に生きているのではないし、また人間が意識を伴った生活を送るためには無意識のプロセスが支配的な役割を果たしていると結論づけざるを」得ない、とまとめています。
 本書は、にわかには受け入れがたい衝撃があり、事実、著者の業績は、「最初完全に無視され、やがて論争を巻き起こし、そしてついには承認される」という特徴を持つことが訳者あとがきに述べられています。


■ 個人的な視点から

 本書を読むきっかけは、トール ノーレットランダーシュ (著)『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』に、準備電位に関する記述があったことです。『ユーザーイリュージョン』でも触れられていましたが、意識と無意識に関するこれらの議論は、人類の「意識」の誕生は比較的最近、今から3000年ほど前に芽生えたものであり、それ以前は、「二分心(Bicameral Mind)」の持ち主だった、と主張する、ジュリアン ジェインズ (著)『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』と関連が深そうです。
 これらの議論からは、私たちが「意識」と呼んでいるものが、非常にもろい基盤の上に建った危うい存在であることが伺われます。


■ どんな人にオススメ?

・今この瞬間にも0.5秒後の世界を生きている人。


■ 関連しそうな本

 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日
 ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
 アンドリュー ニューバーグ, ヴィンス ローズ, ユージーン ダギリ (著), 茂木 健一郎 (翻訳) 『脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス』 2006年07月01日
 V.S. ラマチャンドラン, サンドラ ブレイクスリー (著), 山下 篤子 (翻訳) 『脳のなかの幽霊』 2006年09月03日
 ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日
 トム スタッフォード, マット ウェッブ (著), 夏目 大 (翻訳) 『Mind Hacks―実験で知る脳と心のシステム』 


■ 百夜百音

Young Folks【Young Folks】 Peter Bjorn and Victoria Bergsman オリジナル盤発売: 2006

 国内版が出てないのに火がついてしまった「口笛ソング」。エンディングの楽器が減っていく感じがニュー・オーダー好きにはたまりません。これもPR会社の仕込みだったらお手上げな感じですね。


『PV試聴』

2006年11月10日 (金)

制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格

■ 書籍情報

制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格   【制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格】

  河崎 吉紀
  価格: ¥2940 (税込)
  柏書房(2006/07)

 本書は、「政治や文芸の世界から袂を分かち、取材、報道を中心とする職業」としての新聞記者が成立した過程を、就職を中心に描いたものです。
 第1章「自由放任の時代」では、新聞記者が、
・「記者」:漢文調の難解な論説を書く。
・「探訪者」:市井に雑報を漁る。
に分かれていたことを述べた上で、前者に関しては、「議会や政党に参加せず、自律的な立場から政治に影響を及ぼすという新聞記者像」が、「次第に形骸化しつつも理想像として受け継がれ」、「社を超えて公然と政治活動を行うことが、職業意識として共有されていた」ことが述べられ、後者に関しては、「知識人を対象とした政論新聞」である「大新聞」に対して非政治的娯楽紙である「小新聞」の取材担当者を「探訪者」と呼び、「古い時期には、御家人くずれ、町内の口きき、刑事の古手などが含まれ」、文字も知らない無学の者も多かったことが述べられています。
 その後、明治中期に「大新聞と小新聞が接近して、報道中心の中新聞」になり、探訪者が新聞記者に代わった後も、「新聞記者の社会的地位は向上」せず、「新聞屋」「種取り」「羽織ごろ」等の俗称・蔑称で呼ばれていたことが紹介されています。
 また、明治後期には、「政治家や文筆家を目指す者が、新聞記者になるケース」を紹介した上で、「新聞記者は、高等教育出身者にとって、生業からは程遠い職業としてみられていた」ことを紹介しています。
 第2章「職業的確立を目指して」では、学卒者にとって腰かけの職業と見られ、彼らの理想と実際との間のギャップを埋めるために「新聞学科」が創設されるものの、学生たちには受け入れられなかったことなどが紹介されています。
 第3章「新聞記者の学歴」では、新聞の重心が政論から報道に移る中で、新聞社の側から求めるものが、「思想ではなくニュース・センス」、「組織に対する従順さ」となっていったことを、学歴の側面から解説しています。対象から昭和初期にかけての私立出身者は感公立出身者を3~3.5倍と大きく上回り、「私立の優勢」が、「新聞記者を特徴づける指標の一つ」であることが述べられています。
 第4章「学士の苦悩と救いの新聞記者」では、1920年代には新聞社の初任給は一般企業や官公庁に劣るものではなく、「家を貸してくれない、嫁が来ないといった明治後期の惨状」が過去のものとなったことが述べられています。そして、若きインテリが抱く新聞記者に対する「あこがれ」に反して、「現実はもはや新聞を政論や文筆の舞台には」せず、「理念を清算することができず、それゆえサラリーマンとしても割り切れないところに、新聞記者の悩みが生じる」と述べています。
 第5章「採用制度の確立」では、1918年の森本厳『新聞雑誌記者となるには?』に挙げられた、
・知人の紹介
・先輩の推薦
・試験採用
・投書の縁故
・直接の申込
・社内の養成
・招聘
の7つのルートのうち、1920年代には大手新聞社において試験採用制に集約されていったことが解説されています。報知新聞社では、「けさ報知新聞社の玄関をはいつてから、試験場にいるまでのあひだにみたりきいたりしたことをかいてください」という注意力を測る試験を行うために、
・「受験者は楷段から講堂へ」と誤字を入れる。
・ポスターを逆に貼る。
・エレベーターを「運転中止」と掲げながら動かす。
・各階の廊下で方向を指す標識を逆に向ける。
・三階の窓を割ってガラスを散乱させ血痕をつける!
という念入りな準備を行ったことが紹介されています。しかし、「新聞記者の能力を測るという試みは成果をみず、試験採用制は膨大な受験者をさばく装置として定着していった」と述べられています。
 また、朝日新聞社において、1927年の試験に合格した「練習生」に与えられた編集局長訓示には、社員の規範として、
一、入社したる以上はどんな事でもする覚悟あるを要すること。
一、日曜日は休まざることを原則とし、休息日は繰合はせて之を決定すること。
一、本年より練習の期間を一ヶ年となしたること。(従来は8ヶ月)
一、新聞社内の担当は平常の場合のみにして、非常時にさいしまたは必要ある場合は、局長、主幹の命により如何なる方面にも活動すべきこと。
一、社中先輩に対しては、相当の敬意を表し従順たるべきこと。
一、社中の人事または諸計画につきては秘密を守るべきこと、またいやしくも朝日新聞に関する記事を他に発表するには、必ず局長の許可を受くべきこと。
の6項目が挙げられています。
 第6章「記者教育とメディア研究」では、1920年に「大学」に昇格した日本大学に、社会科の選択科目として「新聞学」が設置され、「新聞学は当時あこがれの新しい科目として、専門部社会化の学生などほとんどこれを選択した」という人気科目であったことや、1929年10月、東京帝国大学に「学術的研究を主眼とする」新聞研究室が設置されたことなどが解説されています。
 第7章「新聞記者の資格化」では、1920年代に新聞の企業化が顕著に進展した象徴として、徳富蘇峰が1929年3月に国民新聞社を退社したエピソードを紹介しています。そして、新聞の影響力の増大に従い、言論統制の矛先が、新聞記者に向けられ始め、帝国議会でも議論されたものの、内務省が消極的であり、「新聞協会を設立して間接的に視覚を限定するのが妥当であると」考えていたことが紹介されています。
 第8章「制度の安定と戦時の動員」では、新聞社の試験を通じて、試験委員が測ろうとするものとして、
・「第一に謂ふまでもなく常識である」
・「第二に飽くまで現代的教養が必要条件である」
・「第三は応用融通の習熟である」
・「第四には、ものごとに対する立体的理解である」
としながらも、面接試験での要点は、
・「第一に身体頑強らしきこと」
・「第二はスポーツマンライクであること」
・「第三は、試験委員を懇意な叔父さんか何かに思つて了ふ、こと」
であるとしていることを紹介しています。
 そして、1940年代に入り、「戦時統制団体である日本新聞連盟、日本新聞会が誕生し、終局には事業として新聞記者の資格制度を実現させる」ことで、新聞記者が再び「政治」に接続させられることが述べられています。
 本書は、新聞記者という職業がどのように形成されてきたのかをしつこく追ったマニアックな一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、現在の新聞記者が持っている行動様式や立ち居振る舞いのルーツがわかる気がします。特に、面接のポイントとして示された、身体頑強、スポーツマンライク、人懐っこさはそのまま今の新聞記者に通じそうです。
 生物の進化に喩えてみれば、将来の政治家や文筆家への腰掛として生まれた新聞記者という職業を、「家畜」として飼い馴らすために、「幼年期」で成長を止めてしまった「ネオテニー」のようなものでしょうか。言わば、明治期の「大記者」の「ネオテニー」が現在の新聞記者の姿なのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・新聞記者の行動様式のルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 徳富蘇峰 『徳富蘇峰 終戦後日記ーー『頑蘇夢物語』』 
 米田 雅子, 地方建設記者の会 『日本には建設業が必要です』 


■ 百夜百マンガ

バカドリル【バカドリル 】

 厳密にはマンガとは違うかもしれませんが、笑っちゃうということではどうでしょう。好きな人にはたまらないテイストです。

2006年11月 9日 (木)

日本の総選挙1946‐2003

■ 書籍情報

日本の総選挙1946‐2003   【日本の総選挙1946‐2003】

  田中 善一郎
  価格: ¥6090 (税込)
  東京大学出版会(2005/02)

 本書は、「わが国の政治権力の中心に位置する衆議院の議員を選出する総選挙を分析することによって、戦後のわが国の民意の変遷をかえりみ、戦後政治に登場した諸政党の興亡をたどること」を目的としたものです。戦後のわが国の選挙制度は、
(1)1945年12月:中選挙区制度を大選挙区制限列記制度に改正
(2)1947年3月:中選挙区制度に改正
(3)1994年3月:小選挙区比例代表並立制
の3度改正されていますが、著者は、この3つの選挙制度を通じた民営の反映を、「政党の力ないし大きさを考慮した形で政党の数」を数える「有効政党数」という概念を用いています。そして、戦後を、
(1)46年総選挙~55年総選挙:保革の交替が激しく、有効政党数が多い。
(2)58年総選挙~90年総選挙:自民党主導の議会が出来上がり、有効政党数は少なく、第1党と第2党のシェアが大きい。
(3)93年総選挙~:自民党が衆議院で過半数を割り、社会党に代わる自民党対抗政党を模索する連立政権の時代。
の3つの時代に分けることができると述べています。
 第1章「敗戦直後の総選挙」では、1946年4月の第22回総選挙の特徴として、主要政党に属さない小政党(諸派)が多くの票を獲得した点を挙げ、北海道政治同盟、立憲養正会、宮城地方党、教育民主党、日本民党、埼玉県政振興会、新日本青年党、農本党、日本平和党、日本興誠党、新生公民党、日本職域同志会、日本党、協同民主党、日向民主党、日本農本党の名を挙げています。さらに、今回の選挙で初めて立候補して当選した議員が303人に上り、女性も79人が立候補し、39人が当選したことを、「戦後という可能性に満ちた機会に際会し、政治において何かをやろうという人たちが多く当選したことを示している」と述べています。」
 また、1949年1月の第24回総選挙では、民主自由党から、「池田勇人(大蔵次官)、佐藤栄作(運輸次官)、岡崎勝男(外務次官)、大橋武夫(建設院次長)、吉武恵一(労働時間)ら高級官僚が多数政界に進出」するなど、「中央官庁出身高級官僚が多数進出」していることを指摘しています。このことは、戦後派代議士である吉田茂が、「『吉田学校』といわれる高級官僚出身議員の輩出を促し、終戦直後において戦前派の力の一掃」に力を及ぼしていたことを表していると述べられています。
 第2章「自民党優位期の総選挙」では、1960年代のわが国の社会的経済的状況に関して、埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫では、58年から66年まで転入者数が転出者数を上回っていたことを指摘し、「東京、大阪、名古屋を中心とした3大都市圏に人口が集中し、過密化した都市は、スプロール現象の中で郊外都市を県内に包摂しつつ、ますます巨大化していく一方で、それ以外の農村型の地域では、若年労働力が義務教育を終えると進学や就職の機会を求めて大都市に流出していったために、労働力人口の老齢化減少が起こり、あるいは、大都市によりよい就業機会を求めて一家離村する事例を通じて過疎化減少が深刻な問題を生むという、アンバランスが発生した」と述べ、この「人口の大移動とそれに伴う都市と農村との人口のアンバランス」が、「各選挙区における議員1人当りの有権者数のアンバランス」として表れたことを指摘しています。
 また、1955年総選挙の結果、同年11月15日には、民主党と自由党が、「いったん解党した上で、同日に両社の勢力が合同して自由民主党(自民党)が結成」され、「以後、38年間、自民党は日本の国政を掌握し続けることとなった」ことが述べられています。
 そして、1958年総選挙の頃から世間の注目を浴びるようになった政治家の個人後援会に関しては、「1952年までには大抵の国会議員は自分たちのために後援会を作り上げた」という自民党事務職員の言葉を紹介し、「これが信用できるならば、後援会は50年代半ば頃にはできあがったということができるであろう」と述べています。
 1960年11月の第29回総選挙に関しては、この選挙の投票日が、11月21日(木曜日)であり、「平日選挙のため投票時間が2時間延長され」、「全国的におおむね天候に恵まれたため、まずまずの投票びより」であったにもかかわらず、投票率が前回よりもさらに下がったことが紹介されています。
 また、1964年11月には、「公明政治連盟(公政連)を衆議院に進出させるという、同年5月の創価学会総会の決議を実行に移すため」、「王仏冥合、仏法民主主義を基本理念」とした公明党が結成され、「55年の統一地方選挙、56年の参議院選挙と、着々と政界への進出を進めつつあった創価学会が衆議院に進出するための準備が完了した」ことが紹介されています。
 1969年12月の第32回総選挙では、社会党が前回の141議席から90議席に、51議席、36%もの議席を失う大敗を喫し、票にして275万票を減らしていることを挙げ、その理由を、「中国の文化大革命、反日共系学生反乱、ソ連のチェコスロヴァキア侵入など『社会主義』に対して人々に幻滅を与える事柄』が続いたことと、年末の忙しい時期で大都市を中心とした浮動的な革新票が棄権に回り、「投票率の減少、つまり、棄権の増大の影響をもっとも強くこうむった」ことにあると指摘しています。
 第3章「保革伯仲期の総選挙」では、1976年12月の第34回総選挙で、「自民党から分党した若い議員が作った新自由クラブ」が、「どの選挙区でも上位当選を果たしている」などの華々しい活躍を見せ、このブームが都市部を中心に起こったことを指摘しています。
 また、1979年10月の第35回総選挙が、「台風18号が北上して、東海地方や関東地方に暴風雨警報が出され」、「特に関東地方を中心に本州は大雨が降るという最悪の空模様」であった点を挙げ、「自民党の集票率が、農村型の選挙区より都市型の選挙区において、雨の影響を格段に受けやすく、また、下降する度合が大きいこと」を指摘しています。一方で、「自民党系の農村型の集票率は、雨によってまったくと言ってよいほど影響されない」ことを挙げ、「農村部における自民党系の票は非常に固い」ことを指摘しています。さらに、55年体制からほぼ四半世紀が経過した衆議院議員の属性に関して、選挙に必要な、地盤、看板(政党公認)、カバン(選挙資金)に関して、「候補者の代替わりにおいては地盤とカバンをもっとも継承しやすい世襲候補の増大傾向が認められる」として、「立候補者の3分の1以上が何らかの意味で世襲候補者」であり、特に自民党の新人の半数が二世・三世であることを指摘しています。一方、社会党では、「労働組合出身者が候補者の過半数を占め」、「労働組合の出世階梯に引退役員の次の職場として国会議員が位置づけられるようになった」ことが述べられています。
 第4章「保守復調期の総選挙」では、70年代末から80年代の総選挙において、「投票のボラティリティ(気まぐれ性)が非常に高くなっている」理由として、「自民党の支持率は上昇したものの、基本的にはその上昇分は弱い自民党支持者によっていた」ことを指摘しています。
 1980年6月の第36回総選挙(第1回同日選挙)では、「それまでの『常識』はもはや通用しなく」なり、「『浮動票』は保守的な色彩が強くなっている」ことが述べられています。
 第5章「政権交代の総選挙」では、1991年7月に閣議決定された政治改革関連3法案、すなわち、
(1)小選挙区を300議席、比例区を171議席とする小選挙区比例代表並立制を導入する公職選挙法の改正
(2)企業や労働組合からの政治献金を原則として正当に限定することを中心とした政治資金規正法の改正
(3)国が正当に対して女性を行う公的助成法案
の3つの法案に関して、政局が混乱し、竹下派の分裂と小沢一郎・羽田孜らによる「改革フォーラム21」の結成、細川護煕全熊本県知事による日本新党の結成、武村正義と田中秀征による「制度改革研究会」の発足、93年6月には「新党さきがけ」、「新生党」が結成などが解説されています。
 これを受けた1993年7月の第40回総選挙では、
(1)自民党が衆議院の過半数の議席を獲得できなかった。
(2)自民党から分裂した新生党と魁を加えると、得票率で50%、議席数では301となり、分裂することを通じて、旧自民党陣営としてはかえって膨れ上がった。
(3)前回記録的な議席数を獲得した社会党は140議席を半数近い74議席まで失い、結党以来最低レベルに転落した。
の3つの特徴を述べています。
 また、日本新党ブームが起こった地域として、首都圏、京阪圏、九州の3つを挙げ、中でも首都圏において広範なブームを巻き起こしたことを解説しています。
 著者は、1993年総選挙を、「かつての総選挙とは異なり、自民党から分かれ出て、改革派の名のもとで自民党批判を行う政党が現れ、また、大都市の保守中間層にアピールする日本新党が生まれたために、自民党批判票は社会党まで行かずに、これらの政党によって補足されたと見ることが」できると総括しています。
 第6章「連立政権期の総選挙」では、新しい小選挙区比例代表並立制において、両者の重複立候補が認められているために、「小選挙区で落選して、比例代表選挙で当選した議員は小選挙区選出議員よりも劣った二流の議員であるという規定」がなされることを述べています。
 また、1996年10月総選挙後、大きく議席数を減らした新進党が1997年末に解党し、「自由党」、「国民の声」、「新党友愛」、「黎明クラブ」、「新党平和」、「改革クラブ」や「フロムファイブ」が誕生し、翌年には新たな民主党が結成されたことなどの政界再再編が進んだことが解説されています。
 2000年6月の第42回総選挙では、民主党が選挙前の95議席を129議席へ大幅に増加させ、自民党と民主党の上位2党で、全議席の86%を占めることになったことが述べられています。また、選挙の投票時間帯と支持政党・投票政党の関係に関して、「投票時間帯によって、投票者の年齢や政党支持が変わり、したがって、投票パターンも変わること」が示され、具体的には、
・自民党支持者:早朝に多く投票し、お昼ごろまで同党の支持者は少なくなり、さらに夕方から投票締め切りまで投票する人が少なくなる。
・支持政党なし層(無党派層):夕方の投票者は支持政党なし層が相対多数を占めている。
・民主党支持層:1日の変化に乏しい。
ことが示されています。また、年齢的には、「早朝は老人が、次第に中年が増え、締め切り間際には若者が増える」と述べられ、「投票時間の延長は自民党に不利に作用しているようである」ことが指摘されています。
 2003年11月の第43回総選挙では、2003年1月に三重県で開催されたシンポジウム「分権時代の自治体改革」で三重県知事の北川正恭によって提唱された、「『政策綱領』を、『紀元、数値、財源つきの公約』ととらえ、統一地方選挙の知事選挙で候補者が『マニフェスト』を作成して戦うこと」が、総選挙においても話題となり、7月には「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」が「政権公約(マニフェスト)に関する緊急提言」を行うなどによって、「マニフェストが国政レベルにも浸透」したことが解説されています。
 今回の選挙では、投票の結果、自民党が過半数の議席を確保した一方で、自由党を吸収した民主党が180議席(特別国会招集日)を獲得し、「2党制化がかなり進んだ」ことが述べられていますが、著者は、小選挙区においては、「民主党と自由党の合併は、両党がともに候補者を立てた選挙区においては、その目指した議席数の増加にまったくといってよいほど貢献しなかった」ことを指摘しています。
 第7章「中選挙区制下の総選挙」では、1947年から93年の18回にわたって採用された中選挙区制度の特徴を分析することによって、「戦後日本の総選挙自体の特徴を浮き彫り」にしています。まず、「自社体制が確立した58年総選挙以後について、次点者の得票が最低の得票で当選した候補者の得票のどれくらいであるか」に着目し、「自転車が最下位当選者の9割以上の得票を得ているケース」が、「3人区で43%、4人区で52%、そして5人区では59%」であり、「中選挙区制の下で競争がきわめて激しかった」ことを指摘しています。また、死票率に関しては、死票が半分を超えていた終戦直後から漸減し、「60年代から70年代には25%前後、そして80年代以後は23%が死票となっている」として、「中選挙区制度においては、有権者の4分の3の意思が当選者として反映している」ことを指摘しています。
 本書は、現在の複雑怪奇な選挙制度が、どのような経緯の下で形作られてきたのかを知る上で、大変重要な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、戦前の総選挙を分析した『日本の政党政治1890-1937年』に刺激されて書かれたことが、あとがきに書かれています。大きく体制が変わるところで一区切りをつけることは重要ですが、将来的に戦後の総選挙を区切るにはどこで区切ったらいいのかが悩ましいところなのではないかと思われます。


■ どんな人にオススメ?

・戦後の日本政治の流れをつかみたい人。


■ 関連しそうな本

 蒲島 郁夫 『戦後政治の軌跡―自民党システムの形成と変容』
 土屋 彰久 『50回選挙をやっても自民党が負けない50の理由』
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年3月14日
 猪口 孝, 岩井 奉信 『「族議員」の研究―自民党政権を牛耳る主役たち』 2005年08月03日


■ 百夜百マンガ

め組の大吾【め組の大吾 】

 この作品がきっかけになって消防士になった人も少なくないそうですが、そういえば海上保安庁の人気が急に高くなったこともありました。

2006年11月 8日 (水)

大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!

■ 書籍情報

大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!   【大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!】

  坂野 潤治, 田原 総一朗
  価格: ¥1575 (税込)
  小学館(2006/04)

 本書は、近代日本政治史を専門にする坂野潤治氏とジャーナリストの田原総一朗氏が、明治~大正~昭和と脈々と続く民主主義と、明治憲法下の象徴天皇について対談しているものです。田原氏は、坂野氏の「民主主義は、明治時代から生きている。そして明治憲法は、現実には昭和憲法とほとんど変わらない、民主的憲法として運用されていた」という言葉に衝撃を受けたと語っています。
 第1章「大日本帝国憲法制定をめぐる政権暗闘」では、明治維新後の新しい日本国のビジョンとして、
・「海外雄飛」:西郷隆盛
・「殖産興業」:大久保利通
・「公議輿論」:木戸孝允
の3つのスローガンが掲げられたことを挙げ、西郷の本音は征韓論ではなく、「中国と戦うことだった」と述べています。また、地租改正とインフレによって税金が8分の3になり、大儲けをした農民が、「オレらにもモノいわせろ」と代表を都会に送り出して政党が生まれたと述べています。
 さらに、明治14年に交詢社が出した私擬憲法の内容が、「あらゆる権限は天皇に集中していいけれども、天皇は神聖にして侵すべからずだから、国務は政府の責任、内閣でやる」というもので、戦後憲法とは、「民主主義という点では同じもの」、「象徴天皇で、天皇は神棚に祭り上げておこう」というものであったことを指摘しています。
 また、交詢社憲法と明治憲法の違いについては、伊藤博文は、
・全体責任:内閣が一体となって天皇に責任を持つ。
としたのに対し、福沢ら交詢社は、
・連帯責任:内閣が一体となって議会に責任を持つ。
としている点を指摘しています。
 第2章「美濃部達吉と北一輝はつながっていた」では、明治憲法をつくった伊藤博文が出した『憲法義解』という解説書の、解釈にのっとって美濃部が『憲法講話』を世に出し、「解釈改憲をやってそれが長い間認められていた」ことを指摘しています。
 また、北一輝に関して、右翼ではなく、『国体論』を読めば社会民主主義者だということがわかることを紹介しています。
 さらに、日本陸軍の統制派のボスだった永田鉄山が天皇機関説をとった理由として、永田がソ連を仮想敵国に置いた近代的な陸軍を作るためには、「天皇親政、現人神の国だという神懸りでは、ソ連とは戦争できない」と考えていたことが述べられています。そして、この永田が殺されたことで、天皇機関説を守ってくれる人はいなくなったため、美濃部の天皇機関説、民主的憲法運用がおしまいになったと述べられています。
 第3章「満州事変拡大は米国のミス」では、幣原喜重郎外務大臣が、陸軍の金谷参謀長と必死に関東軍を抑えようとしていたにもかかわらず、日本の憲法や統帥権の独立などを知らない米国のスティムソン国務長官が記者会見でしゃべってしまったために満州事変の拡大を抑えられなかったことを、「スティムソンがヘマをした」と述べています。
 また、美濃部追放によって、日本は暗黒の時代になったという論調を唱えている戦中に育った学者に、「先生、じゃあ美濃部追放の翌年の選挙のことはご存知ですよね」と質問すると、「いや知らない」という答えが返ってくると述べ、「みんな、戦後になって振り返って、美濃部がダメになった頃からだろうなんていっていた」と語っています。
 さらに、2・26事件で陸軍皇道派が衰退し、言論の自由もあり、マスコミも機能していたのに、なぜ日中戦争が始まったのか、という田原氏の質問に、「日中戦争にしても、盧溝橋事件からしばらくは、あれが戦争だなんて誰も思っていなかった」と答え、敵はソ連であり、現地での小競り合いだと高をくくっていたと解説しています。
 この他、東条英機が首相になってから戦争を始める前に、戦争回避に全力を挙げていたために、柳行李に一杯になるほどの、「ばかやろう」、「腰抜け」と書かれた手紙やはがきを受け取っていたことなどが紹介されています。
 第4章「リベラルとデモクラシーは別物」では、戦前の日本において、二大政党の時代が一回だけあったとして、昭和5年2月の総選挙で民政党が、昭和7年2月の総選挙で政友会が声援を取った選挙を紹介し、「日本はいつも、1.5党制でしょ。今だってそうだし、55年体制の自民党と社会党だって、1.5党制といわれていましたよね」と解説しています。
 また、美濃部達吉が、天皇機関説を主張し、「天皇親政だったならば、国民が収めている税金は全部天皇のポケットに入るのか」と演説できた理由を、「東京帝大の教授で、自分の弟子は内務省にもいればどこの役所にもいる」と「自分は体制だと思って」射たことを指摘しています。
 さらに、昭和天皇が、「英米と協調、中国と親善」と語っていたことに関して、「メジャーとは協調で、マイナーとは親善」を指すと指摘しています。
 そして、田原氏の「戦前の民主主義はいつごろからなくなったんですか」というストレートな質問に対し、坂野氏は「やっぱり、南京落とす前後でしょうね」、「最初は相手がマイナーで、日中親善をやめただけだから、戦争だとは思ってなかった。それが戦争になったのが南京事件のときだったでしょう」と答えています。
 第5章「日本では革命は起きない」では、徳富蘇峰が「日本国民は常情の国民だ」と指摘していることを紹介し、「鎌倉以来、基本的な変化は何もない」、「形式的な権威というのは京都においておいて、その京都と一体となった幕府があった」、「日本だけは無血革命をやれたと。それは常情の国民だから、大きな変化は起きないんだ」と解説しています。
 本書は、「戦前」という一言で大雑把に捉えられがちな日本近代政治史を理解する上で、多くのヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 田原氏は、今年の2月に竹中塾で講演をお聴きする機会がありましたが、いつもの癖で前の方に座っていたら、次々に、近くの人を指差して、「君はどう思うのか」と意見を求めていくスタイルの講演だったので、非常に焦って目を合わせないようにしたことがあります。
 話の枕には、その前日に、福島県のシンポジウムで福島県知事と話をしたということを語っていますが、当時はその半年後にこんな事態になるとは予想もしていませんでした。


■ どんな人にオススメ?

・戦前の日本を多角的に見たい人。


■ 関連しそうな本

 坂野 潤治 『明治デモクラシー』
 坂野 潤治 『近代日本政治史』
 坂野 潤治 『昭和史の決定的瞬間』
 坂野 潤治, 小林 正弥 , 新藤 宗幸 (編集) 『憲政の政治学』
 坂野 潤治 『明治憲法体制の確立―富国強兵と民力休養』
 東京大学公共政策大学院, 星 浩 (編集) 『東大vs. (ヴァーサス)』 2006年03月23日


■ 百夜百マンガ

まじっく快斗【まじっく快斗 】

 名探偵コナンとパラレルワールド的な作品です。当時は、金田一とコナンという推理モノ対決がありましたが、個人的にはコナンよりもポップで好きでした。

2006年11月 7日 (火)

疾走12年 アサノ知事の改革白書

■ 書籍情報

疾走12年 アサノ知事の改革白書   【疾走12年 アサノ知事の改革白書】

  浅野 史郎
  価格: ¥1890 (税込)
  岩波書店(2006/05)

 本書は、宮城県知事を3期12年務め上げた著者が、知事として、「貴重な経験を積む中で、さまざまなことを考え」、「自分が経験したことを見える形で残すことは、私にとって権利であり、義務である」との考えから、現在の肩書きである慶応大学総合政策学部教授として使用する「回想録風教科書」という位置づけで執筆されたものです。
 第1章「私が知事を辞めたわけ」では、平成17年10月の選挙を2ヵ月後に控えた四選不出馬表明のインパクトを伝えるとともに、「3期12年は、長過ぎるとは言わないが、十分に長い」「権力は長く続けば、腐敗するとは言わないが、陳腐化する」という不出馬の理由を語っています。「知事としてやり残したことがあるのに」敵前逃亡だという批判に対しては、「任期の終わりまでに、すべての懸案をすっかり解決するなどという芸当はできるはずもない」と、「それを言い出したら、永遠に知事は辞められない」と述べています。著者は、「不出馬宣言に関しては説明不足」と批判する記者に対し、「辞める理由は明確に申し上げている。わかろうとしない、理解できない、あなたのほうの問題ではないのか」と答えています。
 著者は、秘書・運転手つきでどこに行ってもVIP待遇の知事業を、「これ以上続けたら、特権の魅力に効しがたい精神構造になってしまう」と述べ、「このままでは、知事以外のことはできない体になってしまう」「いつまでも、あると思うな、親と知事」と、58歳での転身を表現しています。また、知事の給料の133万円(多くの時期は5~50%までカット、秘書や運転手よりも手取りが少ないことも)が、「その仕事ぶりや責任の重さを勘案すると、決して高額であるとは思えない」と述べています。さらに、全国で知事就任が低年齢化することに関して、知事を務めた後での転身の「ビジネス・モデル」を示したい、という考えも述べています。
 知事業に関しては、「知事の仕事は接客業である」と、来客の多さと出向いての挨拶の多さを語っています(p.27には「レクチェア」という誤記あり)。また、「施策を立案し実施する庁内の各部局とは別な形で発想する、別な方向からの情報を収集する、そして知事に対して複数方向からの攻め口を示唆する」部隊(政策調整官室)が、知事の対応に深みを与える上で必要であることを述べています。
 第2章「組織スキャンダル」では、県庁の食糧費問題に関して、記者会見で絶句した経験を語り、それ以降、「記者会見で絶句するような事態を招いては、絶対にならない」と心に決めたことが語られています。著者は、「不祥事のにおいがし始めた時」に、「逃げたい、隠したい、ごまかしたい」と思ったが、情報公開条例があるために「逃げられない、隠せない、ごまかせない」との認識に至り、ついには「逃げない、隠さない、ごまかさない」とならざるを得なかったと述べています。そして、「不祥事に対して、逃げないで厳正に対処することは、組織にとって必要なことである」と強調し、「転ばぬ先の杖」、予防装置のシステムとしての情報公開条例の必要性、重要性を力説しています。そして、不祥事には、「一次災害と二次災害」があり、ウォーターゲート事件を例に挙げ、「一次災害は『ごめん』で済むが、二次災害、もみ消し工作は『ごめん』では到底済まない。何倍も罪が重くなってしまう」と述べています。
 第3章「選挙は楽し」では、「勝ち目のない選挙」と思っていた最初の選挙の告示日に、道行く人から選挙カーに手を振り返してもらった瞬間に「選挙は楽しい」と思い、不安が吹き飛んだことをはじめ、出馬に至る経緯などが語られています。そして、著者の「障害福祉の師であり、仲間であり、戦友」である田島良昭氏に、「宮城県知事選挙に出馬できない10の理由」を示したところ、著者自身が、「できない理由が百あっても、やるべき理由が一つでもあったらやるべきだ」と発言していたことを逆手に取られたことを語っています(参議院議員の世耕氏も出馬を要請された時に「出馬できない4つの理由」を当時の森幹事長に次々に解決されてしまい逃げられなくなったエピソードを語っていました。関係ないですが、「世耕」って「せたがやたがやせ」に似てますね)。
 また、再選選挙のときには、「何が何でも当選すればいい」という「みっともない選挙」は絶対にやりたくない、「県民一人ひとりが主役の選挙」をやりたい、「宮城県民こぞっての力で、県外の人たちに『宮城県は変わった』という姿を見せつけなければならない」という思いから、政党や団体からの推薦・支持を求めず、「現職知事として、選挙での団体の推薦がもっとも少ないことを目指す」ことを表明したことを語っています。そして、政党の推薦を受けた時に一緒についてくる「二万円パーティー」に対抗して、一人百円のカンパを集めた理由を、「百円カンパした人は、絶対に投票に行く。投票に行かないと『百円損した』という気になる」という田島氏の言葉で説明しています。これは、「人は、自分の行動に一貫性を持たせようとするため、一度小さな要請に応じれば、次のより大きな要請に対しても応じやすくなる」という「フット・イン・ザ・ドア」と呼ばれるテクニックの応用と考えることができ、もう一つの作戦である「電話かけをお願いする」も同じ理由で説明可能と考えられます。
 第4章「議会との緊張関係」では、選挙格言の一つである、「選挙が終われば、敵よりも味方が怖い」に「忠実であろうとして自分の行動を決める傾向があった」と述べています。また、談合に関して、「私の目の前で、『教えろ、教えろ』と県庁幹部に迫る県会議員の姿に驚かされる場面があった」と述べ、「予定価格を聞きだして、それを業者に教え、談合を仕切らせる。そのことが違法性の認識もなしに行われていることに、この問題の底の深さが存在する」として、「談合は悪である」ではなく「談合は犯罪である」と認識する必要性を主張しています。
 第5章「地域おこしの醍醐味」では、平成17年3月1号を最後に突然メルマガを休載した真相として、この号に書いた「ニッポン放送株式争奪戦」が新聞に引用され、その記事への反響に振り回されたことであることを語っています。
 第6章「福祉の現実と理想」では、平成16年2月21日に発表した「みやぎ知的障害者施設解体宣言」について、「解体することに目的があるのではない。あくまでも、知的障害をもった人たちが、普通の生活を送れるような条件整備をすることに主眼がある」と述べ、知事の役割は、「施設解体―障害者の地域生活移行」という「島影を示すこと」にあると語っています。
 第7章「地方活力の時代」では、国の役人の仕事ぶりを「補助金分配業」と揶揄し、その補助金をもらう地方側の問題点として、「手間隙がかかる」こと、そして、なにより、「県職員に『思考停止症候群』がはびこること」であると述べています。著者は、自らも国の役人であった経験から、国の役所が、「補助金を出さないと、特に、行政能力の低い自治体や、意欲の薄い首長を持った自治体では、その補助金が対象としている施策をやらなくなるということを、心底心配している」と述べ、「だから補助金は必要なのです」という国の役所の主張を紹介した上で、「住民が文句を言う、自治体相手に行動を起こす、自治体が目覚める、態度を改める。こういう経緯を経て、自治体は立派になっていくしかない。この過程がほんものの民主主義というものであろう」と述べています。
 また、「三位一体改革」が不本意な決着をみた一因として、「国民の間で『三位一体改革とは何か』についての理解が浸透していなかったこと」を挙げ、三位一体改革は、「地域住民の間に『ほんものの民主主義』を根づかせるためのシステム改革」であると述べ、その背景には、「自治体の施策が一定のレベル以上のものになるよう支えているのは、住民の力、国の各章の補助金の力か」という問題提起があると解説しています。
 第8章「知事の責任」では、県警犯罪捜査報償費の予算執行停止問題に関して、県警が、仙台市民オンブズマンからの情報公開訴訟について、「控訴しないことによって生じる支障」と「知事による捜査員からの聴取によって生じる支障」のうち、後者の支障のほうが大きいと判断したことに対する違和感を表明しています。そして、報償費を支払ったとされる「協力者というのは、実際には存在しない」ことを前提にすると、「この難解なパズルは、するすると解けてしまう」と述べています。著者は、この県警とのやり取りを、「カードをさらしてのトランプ・ゲーム」と表現し、この問題の本質を、「知事という権力と県警本部長という権力のぶつかり合い」、「『適正な予算執行の確認』という法益と、『捜査上の支障の排除』という法益との調整の問題」であると指摘しています。
 本書は、「知事業とは何か」をもっとも判りやすく解説した一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 今年の2月に、竹中塾の講演で、著者のお話を聴く機会がありました。ちょうど、本書を執筆中の時期だったということもあり、講演内容は本書の要約版的な感じでしたが、本書に収録されていない「名言」としては、「10期やっても85歳」というものがあります。さすがに85歳だと冗談で済みますが、「5期やっても65歳」だとまったく本気だと思われます。
 著者は、現職はよっぽどの失政をしなければ、知名度では現職にはかなわない、と言っています。本書の中にも、各種団体や会合での挨拶の機会の多さに触れていますが、4年間の任期中に、堂々と、しかも自分で集めるんじゃなくて先方が集まってるところに呼ばれて、顔を売るという意味での「選挙運動」ができるんですから、現職の強さは相当のものがあると言えます。


■ どんな人にオススメ?

・知事業の実態を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 浅野 史郎 『福祉立国への挑戦―ジョギング知事のはしり書き』
 菊地 昭典 『アサノ課長が知事になれた理由』
 菊地 昭典 『アサノ知事の冒険』
 浅野 史郎 『アサノ知事のスタンス』
 大内 顕 『警視庁裏ガネ担当』


■ 百夜百マンガ

マラソンマン【マラソンマン 】

 「父の挫折とその夢を実現する息子」という組み合わせは、巨人の星からがんばれ元気から青空しょってまでスポーツマンガの王道中の王道ですが、あまりに狙いすぎなところに引いてしまう作品でした。

2006年11月 6日 (月)

経営理論 偽りの系譜―マネジメント思想の巨人たちの功罪

■ 書籍情報

経営理論 偽りの系譜―マネジメント思想の巨人たちの功罪   【経営理論 偽りの系譜―マネジメント思想の巨人たちの功罪】

  ジェームズ フープス (著), 有賀 裕子 (翻訳)
  価格: ¥3990 (税込)
  東洋経済新報社(2006/02)

 本書は、「マネジメントの大家(グル)として、アメリカ人を企業勤務になじませようと、水先案内人の役割を果たした」9人を取り上げ、「経営者、マネジャー、一般従業員、市民などに、大家たちの思想の最良の部分を伝え、同時に最悪の部分からみなを守ること」を目的としたものです。著者は、「マネジメント学者を尊敬しているが、彼らの中には危険な盲信に陥っている人々もいるようである」と述べ、「小規模グループ向けの手法を、統治の一般的手法、あるいはそこまで行かなくてもマネジメントの一般的手法と混同して小規模グループだけでなく大規模組織にもあてはめようとした」と述べています。著者は、本書の狙いを、「権力と不公正がたえず渦巻く倫理面ですっきりしない世界を、経営者やマネジャーがより現実的に捉えられるように、歴史を参考にしながら手助けすること」と表現しています。著者は、「むすび」で、「残念ながら、大家たちの輝かしい思想は、本来は価値のないものまで価値があるように見せてしまう」と警告していますが、「マネジメント思想を受け入れるだけでなく、それを批判的に捉えることも、すべての人にとって必要なのではないだろうか」と述べています。
 第1章「草創期のアメリカでの人材マネジメント」では、「民主主義との矛盾を肝に銘じておくためには、マネジメントに「非アメリカ的である」とのレッテルを貼るのがよい」と述べ、「従業員は雇用面で企業に依存している」という点で、「企業は自由や公正についてのジェファーソンの思想に逆らっている」と述べています。
 また、大勢の男性が働く工場を運営する上で、「軍隊式のマネジメントを導入するのが自然な流れだと思われた」として、「当時凄まじい勢いで革新を遂げつつあった鉄道会社」が、軍隊式のマネジメント・スタイルを取り入れ、
・ライン・アンド・スタッフ型の階層性、組織図、上意下達などの徹底
・「管区」「指令係」「手旗信号」などの軍隊用語があふれ、ごく初期には従業員の規律を守るために「軍法会議」まで開かれていた
ことなどが紹介されています。
 第2章「『悪魔』――フレデリック・W・テイラー」では、「近代マネジメントを生み出し、経済におけるマネジメントの重要性を高めた最大の功労者」であるとし、「トップダウンの権力には濫用の危険があるという点よりもむしろ、トップダウン・パワーには利用価値がある」という教訓を今日に残した点を評価しています。また、「それまでの『何でも屋』的な職長に代えて、『職能別』(効率担当、工具担当、検査担当、修理担当)の職長を配置したこと、「非熟練工の雇用を生み出」すことで、単位コストを押し下げたこと、当時産声を上げたばかりのビジネススクールにおいて、「論理的で整合性のとれたマネジメント手法といえば、テイラー主義が唯一のものだった」ことなどを紹介しています。しかし、テイラーの人間性に関しては、テイラーが、連邦議会の委員会でウィルソン委員長から執拗に追い詰められ、「顔を真っ赤にして相手を罵倒し、いわれのない非難を繰り広げた。こぶしが飛ぶのではないかと思われた局面も見られた」ほどに怒りを爆発させたことが紹介され、「テイラーはマネジメントのパイオニアとしてではなく、社会の預言者として敗北した」と述べています。
 第3章「『技術者』――ギルブレス夫妻とガント」では、ギルブレスが、「その悪意のない無定見によって、科学的管理法に人間的なイメージを与え、テイラー主義の信奉者たちの中でもとりわけ大きな成功を収めた」として、「粗野な外見を武器にして、労働者の仲間としての信頼を勝ち取り、新しいタイプのマネジメント手法を切り開いた」と延べています。著者は、テイラーが、「粗野なレンガ職人が自分のもっとも有名な弟子」であることにばつの悪さを感じて、「ギルブレスの『目立つ』やり方を軽蔑していた」ことを紹介しています。
 また、現在でも用いられるプロジェクト管理ツールとして有名な「ガント・チャート」の産みの親であるガントが、「当時のいわば最悪の思想」であった、「エリート主義的なリベラリズム」に毒されていったことや、「会計制度を改革すれば、民主的で公正な社会が実現する」と信じていたことなどが紹介されています。
 また、ギルブレスの妻のリリアン・ギルブレスに関しては、「マネジメント運動の他の主導者たちと比べて、その人柄はベールに包まれたままである」と述べています。
 第4章「『楽天家』――メアリー・パーカー・フォレット」では、フォレットを知る人々の多くが、「彼女が魅力的な人柄と明晰な社会理論の両方によって時代の光であった」と感じていたと非常に好意的に紹介しています。フォレットは、「企業は人間に近づけるはずだとの考え」にたどり着き、「調和こそが安定に至るただひとつの道である」という結論を引き出したことが述べられています。著者はフォレットが、「かりに100年後に生まれていたなら、マネジメントの大家、そしてコンサルタントとして名を馳せていただろう」と絶賛し、「企業を人間になぞらえるというフォレットの思想は、企業文化をめぐる昨今の思想と比べても、コミュニティのモデルとしての価値が大きい」と述べています。
 第5章「『心理療法家』――エルトン・メイヨー」では、「労働者の生産性と精神面の健康のあいだには相関関係がある」ことを発見したメイヨーが学者としての評価を高めたこと、自然光と人工光の下でのどちらが作業がはかどるか、をテーマに行われたホーソン工場での実験では、何も証明されなかったことなどを紹介した上で、「メイヨーのビジョンは実現性が乏しかったが、にもかかわらず受け入れられたのは、彼自身がそれを信じていたからだろう」と述べています。
 著者は、「メイヨーは、民主的な社会と調和するマネジメント風土の醸成に貢献した」として、「自由意志による草の根的な協力を推奨する彼の考え方は、民主主義的な価値観を大切にするアメリカの経営者たちの良心とうまく呼応した」と評しています。
 第6章「『ザ・リーダー』――チェスター・バーナード」では、「メイヨーが、社会的な責任のある経営者にハーバード・ビジネススクール(HBS)で教鞭をとってほしいと考え」、その人物像にバーナードがピッタリと当てはまったと述べています。そして、ニュージャージー・ベル時代のバーナードに、もてあますほどの時間があり、「通常の報酬を得ながら何年もの休暇をとることができ、休暇が明けても、自分を振り返ったり、学問を追求したりするのに長時間を割けた」ことが紹介されています。著者は、経営者として慎重だったバーナードが、学者としては大胆なタイプであり、「企業の反映は、物質面での力よりもむしろ、精神面での力によるところが大きい」と考えたことを挙げ、「独占企業の頂点という高みにいた彼には、従業員たちはみな一致協力して仕事をしている、と見えたのだろう」と述べています。
 第7章「『統計学者』――W・エドワーズ・デミング」では、デミングが「サンプリング手法を開発して、失業、住宅供給、人口などの動向に変化が生じた際の政府による迅速な対応を可能にした」こと、デミングのメッセージはアメリカの企業経営者には届かなかったが、日本企業の経営者には受け入れられたこと、日本でのデミングの功績を紹介した番組がアメリカで大ヒットし、3万本を売り上げるヒットになり、レーガン政権時代には、商務省の肝煎り(「肝入り」と誤記されています)でボルドリッジ品質賞が設けられたが、政府による悲惨なものであったことなどが紹介されています。
 著者は、デミングが、多くの大家たちと同様に、「トップダウン型権力が不可避だといういう事実を見落とし、マネジメントを民主化する可能性を過大に評価していた」と評しています。
 第8章「『道徳家」――ピーター・ドラッカー」では、「トップダウン型権力の実際を現実的な目で捉え、多くの企業に実質的な影響を及ぼしたことで、ドラッカーはアメリカ社会の形成に貢献した」と評する一方、「唯一、トップダウン型の権力は民主的な社会では決して道義面での正当性を得られない」という事実を見落としたと指摘しています。また、ドラッカーが、「職場を被う『心理面での暴虐』から労働者たちを解放するために、『目標による管理(MBO)』を提唱し」、「『企業の目標』に添って明解なゴールを定めると、経営者が上から非合理な形で心理操作しなくても、部下たちは自立性を持って『自己管理』できる」と考えたことを紹介しています。
 本書は、教科書で歴史上の知識のように覚えてしまいがちな、マネジメントの大家たちについて、時代背景を踏まえた理解を助けてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の「解説」は、神戸大学の金井壽宏教授が執筆していて、本書の特徴として、
(1)毒を含むかもしれない対象なら、毒をもって制す
(2)時代背景と人となりについてのビビッドな記述
(3)意外と知られていないとっておきの話が随所でちりばめられている
(4)古典だからといって、記述やデータ分析の信頼性を鵜呑みにしない姿勢
(5)思わぬアイデアの源泉となりうる
の5点を挙げた上で、
・経営学者を悪者に仕立てようとする姿勢が行き過ぎではないか(誤植「ないないか」となってます)
・誇張のある表現や飛躍
・なぜこの9名なのか
などの問題点を指摘しています。


■ どんな人にオススメ?

・マネジメント草創期の時代の雰囲気を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 ヘンリー ミンツバーグ, ジョセフ ランペル, ブルース アルストランド (著), 斎藤 嘉則, 奥沢 朋美, 木村 充, 山口 あけも(翻訳) 『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』 2005年02月15日
 C.I.バーナード (著), 山本 安次郎 (翻訳) 『新訳 経営者の役割』 2005年03月29日
 P.F. ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳) 『新訳 現代の経営』
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 2006年01月06日
 スチュアート・クレイナー (著), 梶川 達也 (翻訳) 『マネジャーのための経営思想ハンドブック ― 経営学ロジックの歴史をじっくりと確実に学びたい方のために』
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 38400


■ 百夜百マンガ

JINGI仁義【JINGI仁義 】

 少女マンガの線で描いたヤクザマンガということで当初は異色の作品でしたが、いつのまにかこの路線専門の人になってしまった気がします。

2006年11月 5日 (日)

エミシとは何か―古代東アジアと北方日本

■ 書籍情報

エミシとは何か―古代東アジアと北方日本   【エミシとは何か―古代東アジアと北方日本】

  中西 進
  価格: ¥1325 (税込)
  角川書店(1993/11)

 本書は、日本の古代史上で、従来等閑視されてきた北・南辺日本の蝦夷・熊襲・隼人のうち、特に蝦夷に焦点を当てて、東アジアの視野から考えているものです。
 まず、蝦夷の信仰について論じられています。これまで蝦夷の新興についてはあまり論じられていませんでしたが、本書では、出土した道教の木簡などを紹介しながら、「蝦夷の問題は極めて多元的で、いわゆる中央の夷狄観の側からだけで問題を論ずるわけにいかない」と述べています。
 また、人類学の視点からは、生物学的な意味ではアイヌ系の人たちも今の日本人もルーツは同じであることが示され、これまでよく問われてきた「エミシはアイヌか和人か」という設問が、成り立たないものであり、解答はないことが述べられています。
 農耕に関しては、稲作が中国から日本に向かうルートとして、長江下流域から山東半島、遼東半島、朝鮮半島を経由してきた、という説が一般的ですが、九州北部に伝わった稲作農耕文化が日本国内をどのように伝播したのかが論じられています。本書は、主に海路を通じて東北の方向に広がっていくと推測しています。また、「北方日本、本州の北辺の地は、農耕が非常に早くいったんは発達したものの、支配的な生産の分野になることができず、結局、弥生前期に一種の文化現象として稲作が一気に到達した」ことが述べられています。
 さらに本書は、日本の仏教の草創期を考える上で、忘れてはならない存在である恵便法師について、「欽明天皇の末年の使節の船に乗ってきて、その後の高句麗使、あるいは仏教に対する極めて冷淡な、弾圧といってもいいような事件を経て播磨の国に住むようになり、還俗していた」という推測を紹介しています。
 蝦夷の古代文化に関しては、中央の側から書かれた記録の問題点を指摘し、「蝦夷を蝦夷の側から考えること」の重要性を述べた上で、イヌイットにも共通する鼻曲り土偶や、水をすすって誓うという誓いの方法など、「蝦夷の中に、大和圏の人たちの信仰や思想の、古層に属するものが見えてくる」と指摘しています。また、蝦夷の文化の特徴として「斑状の文化」ということを挙げ、弥生式(農耕)と続縄文式(狩猟、採集、漁撈)の2つの生活文化が交じり合っていることを解説しています。
 この他、古い日本地図に描かれた「華夷図」(華だけの地図ではだめで、「華」と同時に「夷」があって初めて世界地図という意味)の描かれ方や、前半の各章を執筆した研究者全員による公開討議などが収められています。
 本書は、古代の日本の姿を多角的に見る視点を与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の後半部分の対談の中で、現代日本語と現代韓国語の文法が非常によく似ていることが紹介されています。紹介者によれば、韓国語は英語の3倍くらいのスピードでマスターできるそうです。これならば、何か一つ外国語をマスターしたいというニーズにはピッタリです。
 ただし、外国語を学ぶ目的は、その文法などと一緒に思考方法も学ぶことにありますので、マスターしやすい言語ということは、思考に与える影響は小さそうな感じです。


■ どんな人にオススメ?

・古代の多元的な日本に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 高橋 崇 『蝦夷の末裔―前九年・後三年の役の実像』
 工藤 雅樹 『蝦夷の古代史』
 中路 正恒 『古代東北と王権―「日本書紀」の語る蝦夷』
 飯村 均 『律令国家の対蝦夷政策―相馬の製鉄遺跡群』
 久慈 力 『蝦夷(エミシ)・アテルイの戦い―大和朝廷を震撼させた』
 高橋 崇 『蝦夷(えみし)』


■ 百夜百音

ザ・ベスト【ザ・ベスト】 小泉今日子 オリジナル盤発売: 1986

 「なんてったって小泉~」と前首相に歌わしめた人気はいまだ健在で、もう今年で40歳になってしまうんですね。


『KYON3』KYON3

2006年11月 4日 (土)

「のっぺら坊」と「てるてる坊主」―現代日本語の意外な事実

■ 書籍情報

「のっぺら坊」と「てるてる坊主」―現代日本語の意外な事実   【「のっぺら坊」と「てるてる坊主」―現代日本語の意外な事実】

  松井 栄一
  価格: ¥2310 (税込)
  小学館(2004/03)

 本書は、明治維新以来130年余りの間に「激動」した日本語の変化を、明治時代の辞書や各種文献を例に挙げながら、「明治時代から現代に至るまでに目立った移り変わりを見せた言葉をいろいろと取り上げてそのあとをたどって」いるものです。
 このような移り変わりが多い理由として、著者は、「日本語は漢字を使うと読みにかかわりなく意味が通じる場合が多いので、読みが軽視される傾向がある」ことを挙げています。その例の一つとしては、入場料金の表示に「大人」「小人」とあるものの読みが、オトナとコビトではなく、ダイニン、ショウニンであることなどが挙げられています。
 本書のタイトルとなっている、「のっぺら坊」と「てるてる坊主」については、明治期の辞書では「のっぺらぽう」と「てりてり坊主」と表記されていることが紹介されています。そして、「てるてる坊主」という呼び方は、大正10年に発表された童謡と、それを扱った国定読本によって定着したことが述べられています。
 また、「輸出」「輸入」の読みは本来「シュシュツ」「シュニュウ」であったのが正しく、「ユ」の読みは日本での慣用音であり、「愉」「諭」「喩」「楡」「癒」などの音がユであったことに引かれてユになったものではないかと推理されています。
 現代でも異形の多い言葉としては、
・「あとずさり」と「あとじさり」
・「こんぐらかる」と「こんがらかる」
などについて、明治、大正、昭和のそれぞれの事例を挙げて紹介されています。
 また、現代では「頑丈」と書かれることが一般的ですが、「岩乗」「岩丈」「岩畳」「巌乗」「巌丈」「巌畳」「頑畳」など、様々な漢字表記があったことが紹介されています。
 昭和初期の流行語の解説では、今でも使われる「ギャグ」が、
「ギャッグ:本来の意味は『猿ぐつわ』だが、喜劇俳優等が、セリフにない言葉を勝手に客を笑はすため入れる事を云ふ。これを案出する人を「ギャッグマン」と云ふ」
と紹介されています。
 また、「とっちゃんボーイ」という言葉は元々、家庭では「とっちゃん」であるべき紳士が、職場では若返って女の子と談笑したりする「モダンボーイ」ブリを発揮するという「おとっちゃん兼モダンボーイ」を略したものであることが述べられています。
 意外なところでは、「ギャル」と「まじ」も昭和初期から使われていることが紹介されています。ただし、「ギャル」ではなく「ギャール」ですが。
 現在は使われなくなった言葉としては、「テケツ」という言葉があります。これはticketがなまった言葉ですが、当時は切符売り場の意味として使われることが多かったようです。今聴くと違和感がありますが、「バケツ」もbucketがなまったものであることを考えると納得が行きます。
 本書は、「正しい日本語」というものがいかに移ろいやすいものなのかを教えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の中でも着眼点が面白かったのは、三食の呼び方についてです。
 朝食だけでも、
・あさめし:朝飯・朝食
・あさはん:朝飯
・あさげ:朝食・朝飯・朝餉
・あさいい:朝飯
・あさがれい:朝餉
・あさしょく:朝食
・あさごはん:朝御飯
・ちょうしょく:朝食
・ちょうはん:朝飯
・ちょうさん:朝餐
・ちょうしょう:朝餉
等10種類以上の呼び方が紹介されています。昼になると、これに「午飯」「午食」「中食」などが加わってさらに種類が増えます。
 普段よく使われる、「朝御飯、昼飯、晩餐」などの言葉がバラバラなことに疑問を持つと奥が深いものであることがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・日本語の移ろいやすさに惹かれる人。


■ 関連しそうな本

 野口 恵子 『かなり気がかりな日本語』 2006年09月09日
 糸井 重里 (編集) 『言いまつがい』 2006年6月11日
 町田 健 (編集), 加藤 重広 (著) 『日本語語用論のしくみ』
 野田 尚史 『なぜ伝わらない、その日本語』
 日本エディタースクール (編集) 『日本語表記ルールブック』
 神辺 四郎 『その日本語は間違いです―正しい言葉の使い方』


■ 百夜百音

WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント【WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント】 H Jungle With t オリジナル盤発売: 1995

 「ジャングル」と言えば、ブレイクビーツを倍速で回してせわしないビートをつくり出すものというイメージがありますが、フォークギターをかき鳴らして人生語るタイプの曲にも合うということが明らかになった一曲です。


『WOW WAR TONIGHT REMIXED』WOW WAR TONIGHT REMIXED

2006年11月 3日 (金)

路地裏のルネサンス―花の都のしたたかな庶民たち

■ 書籍情報

路地裏のルネサンス―花の都のしたたかな庶民たち   【路地裏のルネサンス―花の都のしたたかな庶民たち】

  高橋 友子
  価格: ¥735 (税込)
  中央公論新社(2004/01)

 本書は、14世紀中ごろから後半にかけて、フィレンツェに実在した商人であり、「生涯を通じて詩や小話(ノヴェッラ)を創作し」、『三百話』(トレチェント・ノヴェッレ)を残したサッケッティという人物を案内役に、「14-15世紀のフィレンツェの庶民の生活風景の中から、生活空間と衣食、田園生活、夫婦と子ども、犯罪、売春、同性愛の世界などを取り上げて、そこに現代の私たちの生活とは異質であるように見えて、実は共通する部分、あるいはその逆の部分を抽出し、読み解いて」いるものです。
 第1章「広場と路地」では、1348年に始まり、17世紀前半までほぼ10年に一度の周期で流行した黒死病(ペスト)によって、激減したフィレンツェの人口が、外の地域からの移住者の受け入れによって補われ、また、周辺の都市や農村地帯との戦争によって、領土を拡大していったことが述べられ、1375~78年の教皇庁との戦い(八聖人戦争)をきっかけに市政が混乱し、共和制の伝統が薄れ、メディチ家に代表される有力な上層市民によって支配されるようになったことが解説されています。
 著者は、その当時の広場と路地を、「庶民が生き生きと生活している場所でありながら、もう一方では犯罪や暴力に満ちた、女性にとっては危険な場所でもあった」と述べ、市政から締め出されたグループとして、毛織物労働者や人足などの「市民」とみなされない下層民と、法的社会的権限を著しく制限されていた女性とを挙げています。
 第2章「衣食をめぐる葛藤」では、「帝政期のローマ人よりも質素で貧し」かった「中世初期のヨーロッパの人々の生活」が、11世紀の「中世農業革命」と呼ばれる農業開発によって、「食糧事情が改善され、人口が増加」し、13世紀には、「封建貴族(領主)と農民の生活様式のちがい」が明確化し、食文化にも反映されるようになったことが述べられています。
 また、この時代のフィレンツェでは、社会秩序を守るため、「騒乱と喉の野心(貪食)を抑制するため」の「奢侈禁止令」発布され、衣服に関しては、華美をおさえ、モラルの問題を含んだ規制が行われるとともに、「江戸時代の日本のように、男女とも職業や社会的地位によって服装が規定され」ていたことが述べられています。
 第3章「田園生活は麗しい?」では、農村と都市の関係について、「都市は生き馬の目をぬく経済の中心で、その原動力となっているのは、利に聡い商工業者たち」であるのに対し、「農村は都市に従属し、農民は素朴で単純だから土の中で暮らしているのが分相応」という見解を、サッケッティ自身が示していることを紹介した上で、サッケッティの別の小話の中で、「百姓をぶって、これを友人として耕せ」(「百姓は厳しく接しながらも、友人として使え」)という意味)という当時の諺を引用している」ことを挙げ、「農民の実像は実は多様で、サッケッティが描く、いつも揶揄と軽蔑の対象となる、あくまで素朴で貧相で教養のない農民のイメージは、虚像だった可能性がある」と述べています。
 また、ある農家の盛衰として、トスカーナのデル・ペッレという比較的豊かな農家を例に、「1427年から1435年までのあいだに、急速に進行」したデル・ペッレ家の没落の原因が、「分割相続による土地財産の分散を防ぐために、家のメンバーの結婚が制限されたことが裏目に出て、周期的に発生するペストの災禍に耐えうるだけの子孫が生まれなかったことにある」と推測しています。
 第4章「子作りと子育て」では、この時代のイタリアでは、「日本の結納とは逆に、結婚時に花嫁の親か後見人が嫁資を花嫁につけて結婚させるのが、慣習となっていた」ことを紹介し、15世紀には、嫁資が高騰し、「嫁資がない娘は結婚相手を見つけることができないと言われるまでに」なり、「上層市民でも娘がたくさんいる家では、娘全員を結婚させるほどの財力がないことも」あったため、「由緒はあってもそれほど裕福ではない家では、娘が女子修道院に入れられることがあった」と述べられています。
 また、「男の子を大切にし、女の子を軽んじる傾向」が、「上層市民だけでなく、中下層民のあいだにも見られた」ことを、ヨーロッパ発の本格的な捨児施設であるフィレンツェのインノチェンティ捨児養育院に、1445年から1485年までの約40年間に入所した6346人の子どものうち、女の子が3618人と圧倒的に多いことを例に挙げて述べています。そして、子どもが手放される理由として、「親の死や病気、事故に加えて、貧しくて育てられないといった理由や、親の再婚で子どもが邪魔になったり、子どもが婚外子(とくに聖職者や修道女の子ども)でスキャンダルを招くという理由、子どもが双子や障害児だったという理由など、さまざまである」と述べています。
 著者は、サッケッティが、小話の中で、「人は何度も子どもを欲しがるものだが、子どもは後に敵となって、自分が自由になるために、親の死を願うもの」と語っていることを紹介しています。
 第5章「犯罪と刑罰」では、当時の巷が「日常的な暴力に溢れ」、16世紀末のローマでは、「傷害事件は1日に10件、殺人事件は1年に35件の割合で発生」していたことを紹介しています。また、1406年に子殺しの罪で処刑されたフランチェスカという女性の生々しい記録として、他の男性の子の妊娠を隠して結婚したフランチェスカが、「密かに男の子を出産し、子どもをアーニャ川に投げ捨て」た罪を問われ、「自分が殺した男の子の死体を首に下げてロバの背に後ろ向きに乗り、ピストイアの市中を引き回されたあと、火刑に処せられた」ことが紹介されています。著者は、当時の処刑の方法が、「誰が見ても罪状がわかるものでなければならなかった」として、「嬰児の死体を首に下げさせるのは、加害者の罪を加害者本人と見物人に見せつけるためであり、ロバの背にうしろ向きに乗る刑は、姦通した女や禁欲生活をまっとうできない寡婦、夫を殴った妻など夫婦間の性道徳に対する侵犯者に適用された」ことが述べられています。
 第6章「売春とホモセクシャリティ」では、「13世紀の中ごろ以降フランスや、スペイン、イングランド、北イタリア諸都市などにおいて、特に男性間の性的関係を『自然に反する悪徳』と見なして禁止する立法」が相次いだことを紹介し、1325年のフィレンツェの法令に、「少年とソドミーを犯し堕落したるものが発見された場合は、去勢の刑に処せられる」という条項があることが述べられています。
 本書は、華やかに語られることが多いルネサンス期のイタリア、特にフィレンツェの姿を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 タイトルに「路地裏」とありますが、フィレンツェの地図(3.5MBあるので注意 http://www.firenzeturismo.it/images/stories/documenti/cartafirenzemappa.pdf)を開くと、縦横斜め、いろいろな向きに入り組んだ通りにクラクラしてしまいそうです。だいたいの観光名所が歩いて行ける所にあるのはありがたいのですが、まず迷子になってしまうのではないでしょうか。思わぬ場所に出たりするので、迷子になることこそ旅の醍醐味、ということもあるのですが。


■ どんな人にオススメ?

・700百年前のフィレンツェに思いを馳せて見たい人。


■ 関連しそうな本

 高橋 友子 『捨児たちのルネッサンス―15世紀イタリアの捨児養育院と都市・農村』
 星野 秀利 (著), 斎藤 寛海 (翻訳) 『中世後期フィレンツェ毛織物工業史』
 若桑 みどり 『フィレンツェ―世界の都市と物語』
 高階 秀爾 『ルネッサンスの光と闇―芸術と精神風土』
 中嶋 浩郎, 中嶋 しのぶ 『素顔のフィレンツェ案内』
 宮下 孝晴, 佐藤 幸三 『フィレンツェ美術散歩』


■ 百夜百音

君はToo Shy【君はToo Shy】 カジャグーグー オリジナル盤発売: 1983

 今となっては、映画『ネバーエンティングストーリー』の主題歌だけが残ったという感じですが、当時はほんとにイギリスのニューロマはかっこよかったです。KOJI1200のことではありません。


『ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・カジャグーグー&リマール』ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・カジャグーグー&リマール

2006年11月 2日 (木)

「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針

■ 書籍情報

「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針   【「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針】

  上村 敏之, 田中 宏樹 (編著)
  価格: ¥1995 (税込)
  日本評論社(2006/6/1)

 本書は、「改革」という言葉をもっとも頻繁に使った首相であり、「戦後の政治史上まれにみる『躍動感』に満ちた政策運営がなされた」小泉政権について、
(1)過去の「小泉改革」の評価
(2)「ポスト小泉改革」の指針を示す
という2つの問題意識から執筆されたものです。
 第1章「政策過程改革」では、「小泉改革」の検証には、「経済政策だけに限定するのではなく、政治と製作過程を明らかにする必要」があると述べた上で、内閣機能の強化を目指した橋本行革の目玉の一つであった経済財政諮問会議を、竹中大臣が効果的に活用したことを指摘し、その特徴として、情報公開の積極的な実施と民間人ペーパーによって大まかなプロセスが用意されることを挙げています。そして、その役割として、
(1)アジェンダ設定機能
(2)予算編成機能
(3)閣議の代替機能
の3つの役割を果たしていることを指摘しています。
 第2章「郵政改革」では、郵政改革の本質を、「郵政三事業の中でも、郵便貯金と簡易保険に集約される金融事業のジリ貧状況を食い止め、持続可能なビジネスモデルとしていかに再生させるかという、すぐれて『経営的な問題』であったと理解すべき」と述べています。そして、郵政改革の意義を全うするために、
・膨大に膨れ上がった公的債務を着実に減らし持続可能な財政運営を目指すこと。
・それによって資金調達における金融二社への過度の依存状況を打破すること。
の2点を挙げています。
 第3章「特殊法人改革」では、「政府のリストラ」をたんなる「看板の掛替え」に終わらせてはならないと述べた上で、道路公団の「民営化」が不十分なものにとどまった理由として、
(1)「民営化」が経営の自立性を確保する形で行われなかった。
(2)高速道路整備事業全体の中で道路公団が果たす役割という視点からの考察が不足しがちであった。
(3)「民営化」検討の行われた委員会の運営が、国土交通省からの出向者を中心とする事務局に依存していた。
の3点を挙げています。
 第4章「不良債権処理と金融システム」では、不良債権処理が進んだ背景として、「直接、間接に投入された公的資金のほか、ゼロ金利政策、量的緩和政策という、従来の常識では考えられなかった超緩和的、非伝統的な金融政策により、無コストの経営原資を金融機関に提供した」ことを指摘しています。また、りそな銀行が救済されて足利銀行が見捨てられた問題に関して、「厳正な監督、金融再生、いずれの面においても、金融庁の過度の裁量は許されない」と述べています。
 第5章「公的年金改革」では、年金不信の本当の原因が、「日本の公的年金制度の構造と、これまでの公的年金改革の歴史にある」とした上で、年金給付の主な抑制手段として、
(1)給付乗率のカット
(2)支給開始年齢の引上げ
(3)スライド率の引き下げ
の3点を解説しています。そして、「2004年改正は、危機的状況にあった公的年金財政を健全にしたという点で、国内外から高い評価を得ている。いわば、財政面における一定のルールを提示したことが、2004年改正の貢献である」と評価しています。
 第6章「財政再建と税制改革」では、小泉政権下の経済・財政構造改革において浮き彫りとなった点として、「経済活性化のための税制構築と財政再建の二兎を追うことの難しさ」を挙げています。そして、1000兆円規模の政府債務に関して、
・わが国の経常収支は大幅な黒字である
・国債・地方債は国内の金融機関によって安定的に消化されている
として楽観視する向きもあるとした上で、「長期金利の上昇が国や地方の予算に計上する利払い費に与えるインパクトがどれほどのものか少し見込みが甘くないだろうか」と疑義を呈しています。
 第7章「地方財政改革」では、財政危機の原因を、「90年代以降の不況によって生じた税収不足という循環的な問題」にあるのではなく、「国から地方への補助金制度にほかならない」と指摘し、「地方交付税と国庫支出金がいかにして地方の自立を阻んでいるか」を解説しています。まず、地方交付税に関しては、
・財政調整機能:地域間の税収機会の不平等を調整する。
・財源保障機能:国が決めた国民生活水準の必要な費用を補償する。
の2つの機能を解説した上で、その問題の一つとして、「親が子に必要な生活のレベルをバブルと不況に乗じて大きく引上げてしまった」ことを指摘しています。また、「補助金制度を通じて地方に多くの無駄が生まれる仕組みを正そうとする改革」であったはずの「三位一体改革」の方向性は評価できるものの、国庫支出金改革が、中央省庁の権限の温存が最優先される形で決着したことを指摘し、2004年度に約1兆円削減できた地方交付税も、2005年度には地方の猛反発にあって削減すらできなかったとして、「小泉『三位一体改革』は、規模、質ともにまったく改革の名に値しない」と批判しています。
 第8章「地域経済改革」では、1975年には47都道府県のすべてで増加していた人口が、2004年には47都道府県中33道県が人口減少の現象に陥っていることを指摘するとともに、民間活力を使った行財政改革への取組みの意義を、「単純な価格競争による費用削減だけではなく、多様な民間事業者が参入することによって、サービス水準が向上することにある」と述べています。
 第9章「知的財産改革」では、「失われた10年」において、「もの造り文化が没落したのではなく、むしろ、それらを有効活用する構造に欠陥があった」とした上で、小泉改革が「ソフトパワー構造改革」を目指していたことに言及しています。
 第2部「人口減少国家 日本の将来」では、小泉政権がこれまでの政権と異なっていた点として、「株価がこれだけ落ち込んでも、積極的な財政政策を採用しなかったこと」にあるとして、小泉政権の「構造改革」へのこだわりを指摘しています。そして、これまでの「分配」型システムでは、「人口減少によってもたらされるさまざまな問題を解決することが困難である」として、「分配よりも効率性を重視したしくみ」である「効率」型システムへの移行こそが小泉改革の本質であるとし、それが「官から民へ」「小さな政府」という言葉に表され、「『機会の平等』が重視され、平等な所得ではなく、所得を得るチャンスが平等に与えられることが望ましくなる」と述べられています。
 本書は、6年近い小泉政権が終了し、新しい方向を模索する今の時期にこそ重要な一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書で象徴的だったのは、小泉改革のエンジンとして積極的に改革を進めてきた経済財政諮問会議のトップが、竹中→与謝野と拘置することによって、その意味合いが大きく変わったということです。
 このことは、政権自体のトップが変わったことによって、それがいい方向であれ悪い方向であれ、「小泉改革」自体が上書きされてしまう可能性があることを示唆しているのではないかという気がします。


■ どんな人にオススメ?

・新政権になって、これまでの5年間を総括したい人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日


■ 百夜百マンガ

死神くん【死神くん 】

 とんちんかんのイメージの強い人ですが、その印象の強さゆえに、ちょっと大人向けに書こうとすると苦労するみたいです。この辺のバランスは難しいですね。

2006年11月 1日 (水)

世界の行政改革―21世紀型政府のグローバル・スタンダード

■ 書籍情報

世界の行政改革―21世紀型政府のグローバル・スタンダード   【世界の行政改革―21世紀型政府のグローバル・スタンダード】

  経済協力開発機構 (編集), 平井 文三
  価格: ¥4,830 (税込)
  明石書店(2006/10)

 本書は、OECDの公共ガバナンス委員会が、「過去20年間の各国の行政改革(公共経営改革)の動向を取りまとめた」ものです。訳者は、本書の結論のうち、最も重要なものは、「その国の歴史、文化、発展段階は、異なった特徴と優先事項をその国の政府に」与えるため、「現代化は文脈に依存する」という点であると述べています。また、わが国の行政改革の中で、公務員制度改革が大きく遅れていることを指摘しています。
 冒頭の「概要」では、公共経営改革政策の「てこ」を調べることで、公共経営分野の新しいアイデアが実際にどのように働いたかを明らかにし、以下の6つの「教訓」を示しています。
(1)開かれた政府
(2)公共部門の業績を向上させる
(3)説明責任とコントロールを現代化する
(4)再配分とリストラクチャリング
(5)市場型メカニズムの活用
(6)公共部門の雇用を現代化する
 そして、「現代化は文脈に依存する」ものであり、「すべての政府が、グローバルな傾向に影響されている限り、公共経営に対する万能薬はない」と指摘しています。
 また、「はじめに」では、ガバナンスが「進行中の作業」であり、「多くの国がいまだ、現在はよいガバナンスと見なされる中核的な要素を欠いた体制からの移行期にあるのみならず、ガバナンスというアイデア自体が常に流動的」であることを指摘しています。
 第1章「開かれた政府」では、「開かれた」政府という用語が意味するところとして、
・透明性
・アクセスしやすさ
・応答性
の3つの特性を挙げています。そして、公開性を促進するために注意を払う点として、
・単一の方策のシステム上のインパクトに対処するために政府全体の視角を確保すること。
・予期されない結果を特定して、それにうまく対処すること。
・明確に権利と権限を規定した、開かれた政府の努力のためのしっかりした法的な基盤を確立すること。
・法的な条項、政策措置、制度上の改革及び新しいツールをミックスして適用すること。
・長期にわたる漸進的な変化の受容と継続的な努力の保証。
・変化のための外部の圧力を利用することによる勢いの維持。
などを挙げています。
 著者は、開かれた政府における「重要な傾向と調整」として、
・透明性:情報の提供はすべてのOECD諸国によって共有された目標となっている。
・アクセスのしやすさ:政府は今日、かつてないほどアクセスしやすくて、ユーザー・フレンドリーである。
・応答性:法の作成及び規則制定に関する国民への協議が、公共政策の品質を改善する価値ある方法として受け入れられ、その正当性を強化している。
の3点を挙げています。
 第2章「公共部門の業績を向上させる」では、「予算編成、経営及び説明責任の焦点をインプットから結果に向かって動かそうとする」試みに焦点を当てています。中でも、業績情報に関しては、
・公共サービスの経営上の分析、指示及びコントロールの際
・予算の分析の際
・行政府に対する議会の監視の際
・国民に対する説明責任――政府が自らの決定を開示し、それに対し行動責任をとる一般的な義務――を果たす際
に、「政策を評価し、改善する」上で重要であると述べられています。
 また、問題点として、「業績における改善には時間がかかるのに、選挙の圧力は、政府が短期で改善を示すことを求めること」が挙げられています。
 今後の挑戦としては、測定、中でもアウトカムの測定に関して、
・目標の設定
・業績の正確な測定方法の発見
・データ収集システムの確立と維持
を課題として挙げています。そして、業績の改善に予算編成プロセスを使用することに関して、「良い業績に報酬を与えることが直感的には魅力的である一方で、そのことは費用の問題と政府の優先事項を考慮に入れていない」点を指摘しています。また、「公務員と政治家の行動を変える」ことが、長期のプロセスであり、「政府全体を通じて行動と文化の変化を達成するためには、政府全体のアプローチと、(公式・非公式の)インセンティブとコントロールの正しいミックスの創造と、システムの理解と、主要なアクターの行動が相互にどのような影響を及ぼすかに関する理解を必要とする」と述べています。
 第3章「説明責任とコントロールを現代化する」では、「コントロール」という言葉を、「組織が意図通りに機能することを確保すること」と定め、「OECD諸国におけるコントロールの主要なストーリー」を、「事前コントロールから事後コントロールまでの移行と、内部コントロールのより強力なプロセスの開発」であると述べています。そして、新しい公共経営アプローチによって、「公式のコントロールが抑制され、管理職がより自由になる」という多くの改革者たちの予想に反して、現実には、「より大きな経営上の自由と、より大きな公式のコントロールの両方」が生じ、「コントロールの性質は現代の公共経営のアジェンダの複雑さと野心的な願望のために変化しつつある」ことが指摘されています。
 また、説明責任とコントロールという用語に対する、「より広く、より包括的な」説明として、
・説明責任:政治上及び憲法上の構造を通じた権限の実行に対し説明を提示し、答える義務。
・コントロール:運営の有効性と効率性、報告の信頼性および適用可能な法と規制に対する遵守に関して合理的な保障を提供するように設計されたプロセス。
を与えています。
 さらに、政府が潜在的に直面している現代化の挑戦として、
・政府の複雑さ
・業績の公式化
・分散化と権限委譲
・パートナー結成と第三者提供
・オートメーションと技術
・技術革新、柔軟性、およびリスク
の6点を挙げています。
 そして、「伝統的な公共経営は、純粋に財務上の事前・外部のコントロールを特徴としていたが、現代のシステムは、最高会計検査機関による強い事後監査によって支援された内部コントロールに依存する」と要約しています。
 第4章「再配分とリストラクチャリング」では、「政府が仕事をする方法を見直して、それを再編成するのに影響を及ぼす」トレンドとして、
・インセンティブ
・信頼構築
・説明責任
・多様化
・専門化
などの点を挙げた上で、「過去20年間、中央政府の中で起こった最も重要な組織変化」として、「腕一本の距離の主体の設立、または伝統的な垂直に統合された省から切り離されている既存の主体へのかなり大きな自律性の付与」を挙げています。
 そして、「中核的な中央政府内部での権限配分に影響」したトレンドとして、
(1)伝統的に省から離れていた中央政府の主体に、その主管省との契約枠組み、アウトプット/アウトカム志向の経営及び多年度予算編成による追加的な経営上の自治が与えられた。
(2)多くの政府が、明確な契約の枠組みの下で、報告のヒエラルキーとそのインプット・コントロールの高度の緩和からの利益の中で経営される「執行エージェンシー」と呼びうるものを作り出した。
の2点を挙げた上で、関連するトレンドとして、
(3)政治的干渉から腕一本の距離を置いて、全体のシステムを保ちつつ、妥当な価格で公益事業へのアクセスに関する公共の利益と供給者の商業上の要請のバランスをとる役割を持つ独立規制機関の設立。
を挙げています。
 著者は、「構造変化は改革のための強力な『てこ』であるかもしれないが、リスクが高い場合もある」として、「組織再編成を通じて変化を合図する政治的便益が最初に来て、真の費用が後から来る傾向がある」と述べ、「構造変化の結果」が、「ときどき彼らの当初の意図を超えて、当該組織の意思決定のプロセスと組織の分化だけではなく、政府全体の意思決定のプロセスに影響を及ぼす」可能性を指摘するとともに、「組織構造への変化自体は経営上の変化を保証するものではない」と述べています。そして、「執行エージェンシーの大量の設立を、最近、成功裏に活用したOECD諸国」として、オランダ、ニュージーランド、イギリスを挙げ、重要なポイントとして、
(1)これらの国がどのようにこれらのより独立性の高い主体を設立し、経営したかには、非常に大きな違いがある。
(2)その性向はそれらが置かれているより広い政治上・行政所の文化の性質に非常に依存している。
の2点を挙げています。
 第5章「政府サービスを提供するための市場型メカニズムの活用」では、市場型メカニズムが、「効率性の利得を保証できるという証拠は確かなものである」としながらも、「市場型メカニズムを活用するという決定は、ケース・バイ・ケースでなされる必要があり、これらの手法の個別の設計は、その適用の成功にとってきわめて重要である」ことを指摘しています。
 そして、市場型メカニズムの個別の例として、
・アウトソーシング:各省庁または直接市民に対し政府を代理してサービス提供を行うことを、政府が民間部門の供給者に委託すること。
・官民パートナーシップ:公共部門いによって伝統的に提供されてきたインフラストラクチャ資産を、民間部門が資金を提供し、設計し、建設し、維持し、運営する(design, build, finance, maintain, operate : DBFMO)枠組み。
・バウチャー:財源と公共サービスの提供を切り離し、財源は、さまざまな供給者との間でサービスと交換できるバウチャーを個人に発行する形式により、政府に残す。
の3つを挙げています。
 OECD諸国でアウトソーシングされたサービスの範囲は、
(1)さまざまなブルーカラーのサポート活動:ビル清掃、施設管理、塵芥処理、食物サービス供給所の運営、警備サービスの提供など
(2)省または政府機関の中核的な任務に付属するものと見なされているさまざまな活動:情報技術機能など
(3)従来は政府によって行われていた主要機能のアウトソーシング:刑務所、緊急救助・消防、食品監視、監査部局のサービスなど
の3つのグループに分類されています。
 アウトソーシングに起因するガバナンス上の問題点としては、「伝統的な政府の事業における民間部門に関する国民の関心による」アウトソーシングの導入への強い障害として、既存の政府サービス提供に直接挑戦しているような場合には、「影響を受ける公務員、労働組合及びその政治組織からの強い抵抗」があること、特に、「サービス提供のために民間の供給者と競争するという市場化テスト」を化する場合には、「新たなアウトソーシング政策の導入フェーズでは適切であるかもしれないが、それはかなり敵対的な関係を形成する」と述べています。また、「有功にアウトソーシングを行う政府の能力は、長期にわたって確立され、持続する必要がある」として、「政府が直接にサービスを提供しなくなると、将来のアウトソーシング・オプションを評価する技術的能力が時間の経過につれて失われるというリスク」があることを指摘し、契約条項は、「購入組織が今後の入札のための活動に関する最新の知識を維持、すなわち民間の供給者に『捕獲』(capture)されない能力を維持するように、十分な情報が民間の供給者から購入組織まで戻されることを保障する必要がある」と述べています。
 官民パートナーシップに関しては、「明確な概念としての官民パートナーシップは、1992年にイギリスで登場」し、「今日イギリスは、OECD諸国の中で圧倒的に群をぬいて官民パートナーシップのもっとも大きい利用者」であるとしながらも、「官民パートナーシップの使用範囲については、誇張すべきではない」として、「2003-2004年の公共サービスの総資本投資の約1割しか官民パートナーシップを通じて提供して」いないことを指摘しています。また、問題点として、「官民パートナーシップの資金調達がどのように伝統的な予算制度及び民間のパートナーの資本調達費用に関連するか」を挙げ、官民パートナーシップの活用が、「政府――特定の省――が予算規律を確保し費用を抑制するために確立されたプロセスを迂回できる可能性を提供」する点を指摘しています。
 バウチャーに関しては、「バウチャーの支払い構造が、逆方向のインセンティブを有することがある」として、「民間の供給者が、他の者よりも費用のかからないバウチャー受益者を選別し、より高い費用がかかる受益者を除外する」という「クリーム・スキミング(いいとこ取り)行動を加速しかねない」インセンティブがある点を指摘しています。
 第6章「公務員集団を組織し、動機づける」では、「公職への雇用は他のタイプの仕事と異なるものであり、したがって特別な雇用形態と構造を必要とする」という考え方に基づいて発展してきた公務員集団が、「伝統的に高い水準の雇用保証」を提供されてきたことを挙げ、OECD諸国の政府が、この仮定に疑問を呈し、公務員集団の雇用を改革してきたことを述べています。そして、「もしある国が公務員集団を現代化する際に民間部門をモデルにするならば、、公務員集団の基本的な目的が政府であって経営でないことを忘れてはならない」として、「政府と政治上のシステム全体に対する信頼を維持するために、公正性、公平性、正義、社会的一体性などの基本的な価値に注意を向けること」を強調しています。
 著者は、「OECD諸国における、中核的な公務員集団の雇用に関する2つの基本的なモデル」として、
・終身公務員中心のシステム
・職位ごとに職員を補充するシステム
の2つを挙げ、「どちらの制度を選択するかの影響は、その国の公務員文化に対して深く及ぶ」とし、前者では、「ある公務員が多かれ少なかれその職業人生を通じて公務員集団にいることが期待されている」のに対し、後者では、「外部からの採用か内部昇進かにかかわらず、それぞれの職位に最も適合した候補を選ぶことに焦点を合わせている」ことが述べられています。
 また、著者は、「OECD諸国を通じた業績給の単一のモデルは存在しない」としながらも、共通のトレンドとして、
(1)業績給政策は、過去10年間管理職レベルから、多くの異なった職員カテゴリーをカバーするように拡大した。
(2)業績給政策の中では、チーム/ユニットまたは組織レベルの集団またはグループの業績スキームの使用が増加した。
(3)長い間継続している標準化された業績給スキームは、経営上の機能の権限移譲を推進するような、より分権的なシステムに発展した。
の3点を指摘しています。
 さらに、上級幹部公務員の管理に関しては、「政府部内での省庁間の職員の移動性を高め、『リーダーシップ』を開発して、公務員集団の中に業績志向の文化を取り入れること」を目的に行われてきた改革のトレンドを、
(1)多くの国が、「リーダー」の開発に重点を置いている。
(2)国によっては、上級幹部公務員集団を創造または再構築し、トップの職員を明確に区別されたグループとして管理し始めた。
(3)職位ごとに職員を補充するシステムの国において、将来のリーダーのごく早い時期の識別と、人剤開発の特別な機会が与えられている将来のリーダーの「プール」の創造を強調している。
(4)終身公務員への志向がより強いシステムの国は、民間部門に対し上級経営幹部の採用の門戸を開くなどの、上級公務員の管理の改革を使用した。
の4点挙げています。
 著者は、「政府は、自らの文化に逆らうよりも、むしろ自らの既存のシステムの構造的な長所と短所を理解し、その調書の上に制度を構築すべきである」と述べています。
 第7章「現代化:文脈、教訓および挑戦」では、「現代化は文脈に依存する」として、政府が、「自らの行政システムが有するリスクとダイナミクスを理解し、これらの特定のダイナミクスに一致しているのみならず、全政府的アプローチを採用した改革を設計することが重要である」と述べるとともに、「改革戦略とインセンティブを設計する際には、目的を達成するにはシステム内の多くの相互に関係する主体の行動変化が必要であると認識することが重要である」と述べています。
 また、「変化と足並みをそろえるための重要な要素」として、「公務員のインセンティブと態度に新しい方向性を与えること」を挙げ、国ごとの違いは、「国家の役割と国家と個人との関係に関する根本的な信念」に基づいていると述べています。
 そして、改革プログラムの設計に関して、「アイディア、政策、さらに制度上のデザインの国境を越えた移動を支持する、明らかに機能している諸要素がある」として、OECDの公共ガバナンス委員会にとって「公共経営政策がどの程度移転可能であるかを知ること」が重要な問題であることが述べられています。
 本書は、個々の改革に対する踏み込みは浅いかもしれませんが、比較的中立な立場で、OECD諸国の行政改革をやや長いスパンで見ることができるという点で、適切な視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 行政改革に限らず、世間には、特定の国のライフスタイル、国家のスタイルをことさらに持ち上げる人がたくさんいます。個人としてその国が好きなことに関しては、まったくご自由にしていただければいいのですが、それが、研究者やマスコミ関係者など、社会的に発言力を持っている人である場合にはややこしくなります。
 メジャーなものとしては、アメリカでの考え方を「グローバル・スタンダード」と持ち上げる人もいれば、特に社会保障分野では根強い北欧マニアがいますし、逆に、保守政権下のイギリスやニュージーランドのようなドラスティックな改革に心酔している人もいます。
 その点で本書は、比較的中立な視点を与えてくれるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・世界のさまざまな国の改革を概観したい人。


■ 関連しそうな本

 OECD (著), 平井 文三 (翻訳) 『世界の公務員の成果主義給与』
 アビナッシュ・K. ディキシット (著), 北村 行伸 (翻訳) 『経済政策の政治経済学―取引費用政治学アプローチ』 2005年02月06日
 Andrei Shleifer, Robert W. Vishny 『The Grabbing Hand: Government Pathologies and Their Cures』
 大住 荘四郎 『パブリック・マネジメント―戦略行政への理論と実践』 2005年05月06日
 Ewan Ferlie, Lynn Ashburner, Louise Fitzgerald, Andrew Pettigrew 『The New Public Management in Action』
 アレンド レイプハルト (著), 粕谷 祐子 (翻訳) 『民主主義対民主主義―多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』 2006年02月20日


■ 百夜百マンガ

じゃりン子チエ【じゃりン子チエ 】

 高畑勲によるアニメが有名な作品です。いまだにテツを見ると西川のりおの声で読んでしまいます。

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