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2007年4月15日 (日)

萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか

■ 書籍情報

萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか   【萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか】(#815)

  堀淵 清治
  価格: ¥1680 (税込)
  日経BP社(2006/8/14)

 本書は、「日本のマンガが北米のコミックス市場へどのようにして登場し、発展したかということについて、出版する側の実体験に基づいて書かれたおそらく最初の本」です。
 著者は、1986年、「今後十年以内に、アメリカのコミックス市場を急成長させること」を目的に掲げ、サンフランシスコに「ビズコミュニケーションズ」を立ち上げ、市場規模がほとんど「ゼロ」だったアメリカ市場に参入しています。本書はそんな著者の半生を描いたものです。
 第1章「八〇年代、ゼロからのスタート」では、大学時代「ワセダフォークソングクラブ」という音楽サークルの先輩から西海岸の様子を聞き、同期の友人であり、のちに「二十年来のビジネスパートナー」となり藤井氏とカリフォルニアに一ヶ月の旅にでて、西海岸のヒッピー文化に衝撃を受けたことが語られています。著者らは、「この社会の常識や規範など気にもかけずに好きなだけ自由に表現活動をすることができる西海岸の風土のすっかり魅了」され、「大学を卒業したらアメリカへ渡るしかない」とすっかり腹を決めてしまいます。
 大学院に留学する名目でカリフォルニアに渡り、ニューエイジ・ムーブメントに出会った著者らは、そのまま、サンフランシスコから車で3時間ほど離れたエルク・バレーと呼ばれる山岳地帯に移り住むことになります。著者は、「こうした山での生活は、たとえ世界じゅうどこへいっても自分は生き残れるだろうという自信のようなものを与えてくれた」と語っています。著者の様子を心配してアメリカに尋ねてきた両親を山に連れてきた下りでは、著者の予想に反して、「息子の選んだ風変わりな生活をただ淡々と受け入れている両親の姿」に、「このときほど、僕は両親を尊敬したことはない。かっこいい親を持ったな、と感じたものだ」と語っていますが、本心では、「そりゃあ、この子はいったいどうなることかと思ったで」と心配していたことが紹介されています。
 著者が、コミック業界と出会ったきっかけは、1985年に「ある映画の企画を持ち込むために役員を含め数名が訪米するので、現地でミーティングの手配などをやってほしい」との依頼を受けた、小学館・相賀昌宏氏との出会いであることが語られています。「出会った瞬間に『この人だ!』と直感的に分かる」奇跡的な出会いだったと語られています。
 当時のアメリカのコミックス市場は、「日本と比較すると最低でも20年は遅れているとされ、その未成熟さゆえに日本マンガのような質の高い『ストーローマンガ』を受け入れる土壌はまだできていない」と考えられていましたが、著者の、「アメリカで日本のマンガを出したら面白いでしょうね」という言葉に、「実は、私もまったく同じことを考えていたんですよ」と相賀氏が応え、「アメリカのコミックス市場がいまだかつて誰も本気で開拓しようとしたことのない未知の可能性を秘めたマーケット」であったことが述べられています。
 そして、1986年に社員4名の小所帯でスタートしたビズコミックスの創刊号には、
・白土三平『カムイ外伝(The Legend of Kamui)」
・工藤かずや/池上遼一『舞(Mai The Psychic Girl)』
・新谷かおる『エリア88(Rrea 88)』
の3タイトルに絞り込まれたことが解説されています。
 しかし、実際に出版という作業に当たると、「克服しなければならない実務的なハードル」が数え切れないほど表れ、「そのほとんどが、日本人とアメリカ人の文化的慣習の違いから生じる問題」であり、
(1)読み方の違い:アメリカではすべての書物が横文字で左開き:相賀氏の助言によってオリジナルの原稿を反転印刷することで右開き→左開きへ。
(2)翻訳の難しさ:マンガ特有のボキャブラリーやオノマトペ(擬態語や疑似語)、そして流行語などの翻訳は非常に辛抱強い作業と広い知識が必要になるため、日本の文化に精通した上で、アメリカのコミック文化も熟知している翻訳家を見つける必要があった。→下役を行う日本人翻訳家と、ネイティブチェックを行うアメリカ人翻訳家、編集者の共同作業によって自然なマンガ翻訳を実現。
(3)ページ数の違い:アメコミのページ数は24~36ページで全ページカラー印刷、月刊が基本。週刊誌ベースでページ数をたくさん使う日本のストーリーを読ませるために、隔週コミックスとして連載スピードを速めた。
などの工夫が解説されています。
 これらの苦労の結果、「ビズコミックスはこれ以上ないほど幸運な滑り出して全米デビューを果たす」ことができたと語られています。
 第2章「九〇年代、ピンチをチャンスに変えるまで」では、90年にはいって、「膨らみすぎたコレクターズバブルの泡がついに弾け飛んだ」ことで、コミックス出版社は次々に崩壊し、資金力のある主要アメコミ出版社とビズだけが生き残ることができたと語られています。
 著者は、「沈みかけた船の上で生きながらえる方法はふたつにひとつ」であると、「そのまま船に残り、いつ沈没するかもわからないその瞬間まで必死に欄干へしがみついて助けを待つのか、あるいは、思い切って大海へ身を投げ出し、なんとか岸に泳ぎつけるまで自分の『運』を試すのか」の二者択一を迫られ、そこで、イタリアで武論尊/原哲夫『北斗の拳(Fist of the North Star)』を出版したいという話が舞い込みます。著者は、ヨーロッパのメディアの反応から、「マンガという日本の文化に対する彼らの姿勢にどこか親近感のようなものが感じられた」として、「古くから人種や文化の異なる近隣諸国と肩を並べているヨーロッパ人にとっては、マンガのような異国文化に理解と敬意を示すことがそれほど特別のことではないのかもしれない」と語っています。
 また、90年代に入ってようやく「グラフィックノベル」と呼ばれる単行本形式のマンガを全米の一般書店に売り出すことができた著者らは、ビズのグラフィックノベルに一定のイメージを定着させるため、「サイズをすべて日本の原紙寸法である『菊版(縦21.8センチ×横15.2センチ)』に統一」し、サイズや装丁に統一感をとったことが解説されています。アメコミ式フォーマットに対する著者らの「反逆」は見事に成功し、その後参入してきた他社も日本の菊版サイズでグラフィックノベルを出版するようになり、「コミックスに関してはほとんど手付かずのような状態だったトレードブックマーケットで、我々はアメコミの常識から解放されただけでなく、そこに日本式のグラフィックノベルを確立することになった」と語っています。
 さらに、「ビズには昔からピンチを救う勝利の女神がついている」と、「コミック不況の暗いトンネルを彷徨っていた我々を光へと導き、アニメビジネスという新たな挑戦に成功をもたらしてくれた」、「小柄で愛らしい、しかし圧倒的なパワーと個性で世界を熱狂させてしまう女神」として高橋留美子氏を紹介しています。94年には、サンディエゴのコミックコンベンションに『らんま1/2』の著者として高橋氏を登場させ、「会場は割れんばかりの拍手と歓声で湧きあがった」と語っています。
 そして、「さらなる幸運」として、日本でベストセラーになった『C・G・ステレオグラム―驚異の3D』をアメリカ、ヨーロッパでヒットさせ、この成功が、「我々ビズに商業的な利益だけでなく、世界というフィールドで堂々と勝負していけるという自信と確信をもたらしてくれた」とともに、「ビズの存在感を小学館社内にアピールする上でも大いに役立った」と語っています。
 90年代後半には、ポケモン旋風が全米を吹き荒れ、『電撃!ピカチュウ』が百万部を超えるヒットとなり、このことをきっかけに、「小学館プロダクションUSA」の設立につながったことが語られています。
 第3章「二十一世紀、新たなる革命に向けて」では、日本の怪物雑誌『少年ジャンプ』をアメリカにも『SHONEN JUMP』として参入させる際に、滅多に人前に出ないことで有名な鳥山明氏を、カリスマ編集長であった鳥嶋和彦氏(Dr.マシリトで有名、小泉元首相ではない)の尽力によってアメリカのパーティに引っ張り出したエピソードや、「アメリカで売られている雑誌のうち、87パーセントが定期購読によるもの」という小ネタも紹介されています。
 そして、2002年に北米における日本マンガ単行本市場が1億ドルに達すると、後発のグラフィックノベル出版社であるトウキョウポップの猛烈な追い上げを受け、低価格化「戦争」に発展します。それまで、翻訳やレタッチの人件費などのため、15ドル前後の定価を保っていたグラフィックノベル市場に、定着してきた菊版サイズから日本の単行本に近い小型サイズに切り替え、表紙をつけないペーパーバックス・スタイルにすることで10ドル以下の低価格で参入したトウキョウポップに、市場シェアは奪われ続け、2003年にはトウキョウポップが市場の70%を押さえるという事態に発展します。著者は、「もはや、これは戦争です。そして、私たちはこの戦争に必ず勝たなければならない」と宣言し、まずは、9ドル95セントという同額まで下げ、「少年ジャンプ」作品については、7ドル95セントまで値下げし、そのために翻訳のギャラの引き下げのほか、「これまで刊行したものを含めたすべてのグラフィックノベルを日本式の右開きで刊行する」という挑戦にでます。
 本書は、日本のマンガに半生をかけた著者の自伝として、マンガに関心がない人にもぜひ読んでいただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書では、海外のマンガ・アニメファンたちが、自らを誇らしげに「OTAKU」と呼び、「そこには、自分たち外国文化に精通している『コスモポリタン』なのだと自負する気概も感じられる」と語られ、著者は、中でも、「japanophile」(日本偏愛)という言葉が現れるほど、「マンガやアニメを入口にして日本の文化や歴史、そして言語や政治、時事現象に至るまで並々ならぬ興味を載ってのめり込む『超親日』を生みだしている」事を紹介しています。極端な例としては、「白人のアメリカ人であるにもかかわらず、とにかく日本に住みたい、日本人になりたい、というような『同一化願望』を抱く日本オタク(とくに白人)を揶揄する『wapanise』などというスラングまで造られ」ていると述べられています。
 日本では「オタク族の研究」などのイメージが強いですが、そういう語彙はなかなか伝わらないようです。


■ どんな人にオススメ?

・自分を「OTAKU」と自認したくない人。


■ 関連しそうな本

 中村 伊知哉, 小野打 恵 『日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像』 2006年11月29日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日
 杉山 知之 『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』
 町山 智浩 (翻訳), パトリック・マシアス (著) 『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』
 浜野 保樹 『模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで』
  『』


■ 百夜百音

シモダス【シモダス】 シーモネーター&DJ TAKI-SHIT オリジナル盤発売: 2003

 さすがにいつまでも下ネタアーティスト名ではきつかったようでアーティスト名を変えたようですが、なんとなく、カラスヤサトシ的なしょうもなさがよい感じです。


『Live Goes On』Live Goes On

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