« 一七世紀科学革命 | トップページ | 白洲次郎 占領を背負った男 »

2007年4月22日 (日)

サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発

■ 書籍情報

サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発   【サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発】(#822)

  スティーヴ・J. ハイムズ (著), 忠平 美幸 (翻訳)
  価格: ¥3360 (税込)
  朝日新聞社(2000/12)

 本書は、「最終的にサイバネティクスと総称されるようになった多方面にわたる諸問題を討議するために、メイシー財団の後援のもと、1946年から53年にかけて開催された一連の学際的な会議」を主題とし、なかでも、「工学者や生物学者や数学者ではなく、心理学と人類学と社会学の研究者に的」が絞られています。
 本書は、「出版論文の背後に存在する書簡や議事録を読み解くこと」で、
(1)当時の研究者たちの生き生きとしてまた渾然とした発想の現場を描き出すこと。
(2)取り上げる学問研究が当時の政治的社会的状況を密接なかかわりを持ちながら進行していたことを示すこと。
の2つの点で当時の時代性に迫ろうとしていると解説されています。
 著者は、会議の2種類の「背景」として、
(1)当時のアメリカ合衆国の一般的な政治状況、具体的には、自然科学と社会科学の様々な学問分野の一般的状況
(2)個々の会議出席者が第1回会議に携えてきた知的好奇心
の2点が、「科学研究への影響力として前景に浮かび上がってくる」と述べています。
 第1章「アメリカ合衆国、二十世紀なかば」では、本書の目的を、「一連の新しい考え方が人間科学に影響を与え、それまであったいくつかの学問分野を変容させ始めたある重要な時点を描きだすこと」であると述べ、「この歴史的な出来事を的確に描写するには、人間科学分野での公表された研究ばかりか、個々人、小集団、そしてもっと大規模な、その出来事が組み込まれた社会的・政治的基盤をもよく調べる必要がある」としています。
 そして、戦争中に共通の科学的関心に基づいてネットワークを造った一団として、
・数学者:ノーバート・ウィーナー、ジョン・フォン・ノイマン
・工学者:ジュリアン・ビゲロー、クロード・シャノ
・神経生物学者:ラファエル・ロレンテ・デ・ノ、アルトゥーロ・ローゼンブリュート
・神経精神医学者:ウォレン・マカラック
・博識な天才:ウォルター・ピッツ
などを挙げ、「このグループの一部が、自分達の概念は工学と生物学に有用だが、もっと全般的な重要性があり、ことによると、人間科学の研究者にとって格別の関心事かもしれない学際的な統合の手段を提供できるのではないか」と言い出したことが述べられています。
 著者は、「科学史、分けても人間科学の歴史における私の見方は、エリート集団の中で互いに語り合い、影響しあい、何が大切か、物事をどう見るか、どんな方向性の進歩が必要かについて相違をまとめ、自分達の集団の資質と威信を利用して何らかの研究領域を前進させるこうした団体こそが、歴史の進行における重要な要素だということである」と述べ、こうした団体における相互作用の研究が、公表された業績本位の歴史では誤って伝えてしまう科学の本質をうまく補って伝えるのではないかと述べています。
 第2章1946年3月8~9日」では、本書が、「1946年3月8~9日にビー区マン・ホテルでメイシー会議のテーブルを囲んでいた集団、すなわちアメリカで人間科学を研究していた人々のうちでも少数の特別な学者たちが、これらの新しい思想の流れをどのように受け止め、それに対応したか」を述べていると解説しています。
 そして、個々から始まる連続会議で公表された考え方を核に、「その周囲を楽観主義が取り巻いて雪だるま式にふくれあがった」結果、サイバネティクスと情報理論は、「それらの中に予告された新しい統合が、人間にまつわるすべてのことに新しい展望を開き、人間と人間性にまつわる周知の薬価な問題の多くを解決する助けとなるよう運命づけられているのだ、という感情」を、参加者の間に生み出したことが語られています。
 第3章「『精神の具体化』を論述する」では、10回連続で司会を務めたマカラックが、「冷徹で有無を言わせない機械論者の典型的イメージにも、専門的技能と能率に取り付かれた人間の典型的イメージ」にもまったく当てはまらず、「自分の自動車の修繕可能な働きを理解するのと同じように、鮮明で、具体的で、明解な、分かりやすい言葉で人間の精神と論理的思考を理解したい」という強い願望を持っていたことが語られています。
 第4章「レインダンサー、スカウト、トーキング・チーフ」では、本書が取り上げているものが、メイシー会議を牛耳った「人間科学者群(クラスター)」であり、他の類似集団を科学史に探すと、17世紀の『見えざる大学」がふさわしいと述べた上で、この人間科学者群を、「ミードやベイトソンが人類学研究で調査したのと同じようなひとつの部族と見なすこと」により、ベイトソンを「スカウト(斥候)」、フランクを「レインダンサー(雨乞いの踊りをする者)」、ミードを「トーキング・チーフ(首長の代弁者)」の役を演じたと提言し、3人とも「実力者集団すなわち、『部族会議』にぞくしていた」と述べています。
 そして、ミードが、「サイバネティクス・グループのような集団について多くのことを考え、また書いた」上、「そのような集団は、生物学のではなく『文化の進化』という観点からきわめて重要」であるという「説得力のある理論的解釈を提供」したと述べています。ミードは、「進化群の最たる特徴は、かけがいのない個人が少なくともひとりは存在することである。そのような個人は、特別な想像力や発想に恵まれているので、その人抜きではその群れがまったく別の性格になる」と解説しており、著者は、「サイバネティクス会議で、ウィーナーは紛れもなくそんなかけがいのない個人であり、ミードはこの集団をひとつの重要な進化群と認めた」と述べています。
 第5章「明解にする論理、あいまいにする論理」では、若い数学者レナード・ジミー・サヴェッジが、サイバネティクス学者の一群に属さず、「会議に参加していた数年間、彼は数理統計学の再定式化に取り組み、『賢明な』決断をするための体系的な手順を解明しつつあった。彼は、現代の統計学的意思決定理論の創始者の中でもひときわ興味深い人物である。主観的な判断を真面目に受け止め、自分の手法に対する哲学的批判にかなりの注意を払った」と述べています。
 第6章「錯乱した精神、芸術家、精神科医の諸問題」では、「サイバネティクス会議の参加者で精神医学に関与していた人びとの見解」が、本書の言う多様な「部族」や忠誠心に由来し、1950年をはさんだ前後数年委という短い期間に、いくつかの見解の相違が現れたことに言及しています。
 また、ベイトソンが、ウィーナーに宛てた手紙から、「彼がメイシー会議から学んだのは、工学理論がその焦点をエネルギーからコミュニケーションと情報へ移しつつあること、そして、フロイト派のリビドーとエネルギーの考え方が精神医学において概念的に誤解を招くように思えるのに対し、メッセージとコミュニケーションは、サイバネティクスの理念が妥当であれば適切だということだった」と述べています。
 さらに、ノーバート・ウィーナーが、「コミュニケーション理論の用語を使って、一方通行のコミュニケーションと不平等を好む社会制度を批判」し、「脳における記憶と、複雑な回路やコンピュータにおける情報貯蔵との類似性を示しながら、ウィーナーは、ショック療法はやはり有害な影響を及ぼすかもしれないが前部前頭葉ロボトミーよりはましだ、それほどの荒療治でないことだけは確かだから」と書いていることを紹介しています。
 著者は、ベイトソンとマカラックとキュビーが、「精神医学にかんする3つのまったく違う観点を代表して」いるとして、
・マカラック:物理的治療を信頼していたが、仮にそれらが失敗しても患者を別の療法でいじくり回してはいけない、なぜなら患者及びその人のやり方は、どんなに奇異であっても不可侵だ体、と主張した。
・キュビー:わずかに修正を施したフロイト派の精神分析を信じ、精神の病気、病因としての個人史、意識の尊重、中産階級の暗黙の価値観を力説した。
・ベイトソン:狂気の医療的というより人類学的・認識論的な視野を試し、観察し、熟考することを好むが、自分の利益のために人々をじかに操ることは慎む。
という3つの考え方を紹介しています。
 第7章「メイシー財団と世界的な精神保健」では、「社会の影響は、何も戦後の政治状況の影響力だけに限」らず、「人間的なあらゆることを語るときは、最も個人的な感情を語る場合でさえ、つねに数理的な形式を与えること、機械でまねること、あるいは他の点で工学になぞらえること」というキュビーの、「精神分析という『女性的』な実践に形を与えよう」とした努力が、「会議での彼の発表に明らかである」と述べています。
 第8章「ラザーフェルド、レヴィン、そして政治の状況」では、サイバネティクスの考え方が、「きわめて多様なイデオロギーの状況に応用」でき、ウィーナーが、それらを使って、「政治的・行政的な権力集中に反対する激しい議論をぶち、相互作用する小規模な共同体の長所を褒め称えた」ことが述べられています。
 第9章「ゲシュタルトからビットへ(その1)」では、当時、「新行動主義がアメリカの心理学会で最も有力な学派」であり、サイバネティクス会議には、「ゲシュタルト学派とその創始者たち」の影響が感じられたことが述べられています。
 そして、レヴィンが、「いくつかの量的な経験的研究について論じたすえに」到達した結論は、「個人が障害に直面してどれくらい早く諦めるかは……以下の3つの要因によって決まる。目的に向かう心理的な力の強さ……実感される目的達成の見込み……その人の責任の度合」という常識にかなったものであったことが述べられています。
 著者は、サイバネティクス会議が開かれていたい数年の間に「レヴィンのゲシュタルト心理学から、バーヴェラスの情報の『ビット』への大きな転換が起こった」として、レヴィンが「自らのアメリカ化の一環」として、「哲学的あるいは基本的なものから応用的なものへと力点を移した」と述べています。
 第11章「メタファーと統合」では、1960年代に、「マカラックはもはや初期のサイバネティクス学者に匹敵するほど影響力のあるどんな科学部族に属していなかった」が、持ち前の冒険心で、「精神と脳」という最も興味をそそられた問題を追い続けたことが述べられています。
 そして、サイバネティクスの用語が、「新たなコミュニケーションとして人気を博し、コンピュータ技術は生活にあって当たり前のものとなり、そのなじみやすさによって、物事を類推するためのイメージと知識を人びとに与えた」が、「全体に、サイバネティクスの言葉は、概念体系とそれに付随するメタファーの例に漏れず、我々の世界と経験の一面をくっきりと浮かび上がらせる代わりに、それ以外の面を隠すという犠牲を強いる」と述べています。
 第12章「当時と今」では、メイシー・グループの何人かが、「伝統的な実証主義や客観主義や行動主義から『社会構成主義』へと立場を変えた」ことが述べられています。
 著者は、「メイシー会議の物語の真意は、『個人の群れ』、集団、小規模な共同体の果たす重要な役割である」と述べ、「メイシー会議は、より大きな動きの一部ではあったが、たしかに人間科学研究の新たな方向、アメリカにおけるあの歴史的な一時期にふさわしい新たな方向を定めた」と評しています。
 本書は、戦後の一時期、科学がその輝きを増した時期の科学者たちの人間模様に光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、マカラックが研究していた精神障害として、「よくある戦争神経症、一般には『砲弾(シェル)ショック』の名で知られているもの」が紹介されていますが、たまたま、その部分を読んだときに、New Orderの「Shellshock」が流れてびっくりしました。単なる偶然なのですが。


■ どんな人にオススメ?

・現在の世界で当たり前に使っている概念のルーツをたどりたい人。


■ 関連しそうな本

 フロー・コンウェイ, ジム・シーゲルマン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]』 2007年03月25日
 スティーブ J.ハイムズ (著), 高井 信勝 (翻訳) 『フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯』
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』 2006年11月21日


■ 百夜百音

Antonio Carlos Jobim's Finest Hour【Antonio Carlos Jobim's Finest Hour】 Antonio Carlos Jobim オリジナル盤発売: 2000

 今年で生誕80周年だそうです。「生誕○○周年」と「没後○○周年」と「デビュー○○周年」を組み合わせると、だいたい3年に1回はアニバーサリーイヤーがやってきますね。
 それ自体は別に問題ないと思います。重要なのは、没後何年も商売のネタになることです。それこそ、まだ生きているのに忘れ去られた昔の大スターがごまんといますので。


『おいしい水』おいしい水

« 一七世紀科学革命 | トップページ | 白洲次郎 占領を背負った男 »

その他科学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244312/30597103

この記事へのトラックバック一覧です: サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発:

« 一七世紀科学革命 | トップページ | 白洲次郎 占領を背負った男 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ