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2007年4月23日 (月)

白洲次郎 占領を背負った男

■ 書籍情報

白洲次郎 占領を背負った男   【白洲次郎 占領を背負った男】(#823)

  北 康利
  価格: ¥1890 (税込)
  講談社(2005/7/22)

 本書は、第二次大戦敗戦後、吉田茂の側近としてGHQとの交渉に当たり、マッカーサーさえ叱り飛ばし、「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれた男、白洲次郎に惚れ込んだ著者が描いた評伝です。
 神戸一中時代までを描いた「育ちのいい生粋の野蛮人」では、旧制中学の最上級になったときに、父・文平から、ペイジ・グレンブルック1919型という米公社を買い与えられたことや、中学時代の友人の今日出海(作家、文化庁長官)から、「背が高い・訥弁(どもったらしい)・乱暴者・かんしゃく持ち」という印象を持たれ、「育ちのいい生粋の野蛮人」と評されたことが語られています。
 イギリス留学時代を描いた「ケンブリッジ大学クレア・カレッジ」では、「僕は手のつけられない不良だったから、島流しにされたんだ」という本人の言葉が紹介されています。また、ケンブリッジでは、「君の答案には、君自身の考えが一つもない」と低い点をつけられ、「これこそオレが中学時代疑問に思っていたことの答えじゃないか!」と喜び、次の試験では自分の意見を存分に書いて高得点をもらったことが述べられています。また、小学校教員の初任給が45円程度だった当時、一度に1万円ほども送金があったというエピソードが紹介されています。しかし、留学生活を謳歌していた次郎の元に、昭和恐慌のあおりで白洲商店父さんの知らせが届きます。次郎は帰国後、当時稀少だった欧米をよく知る人材として、日本水産の取締役などを歴任しています。
 政界への接近を描いた「近衛文麿と吉田茂」では、軍部と対立し、開戦阻止に動いていたことから「吉田反戦」をもじって「ヨハンセングループ」と呼ばれ、駐英大使として日本から離れていた吉田と、日本大使館で親交を深めたことが語られ、「吉田とは歳が24も開いていたが、この頃築いたある種の友情がその後の二人の関係を決定づけた。吉田もまた次郎の中に自分と似た資質を見出したのだろう。議論べたで、気が早いため癇癪が先に来て、すぐ"うるさい""ばかやろう"になってしまうところまでそっくりである」と述べられています。
 また、いちはやく日本の敗戦を予期した次郎が、南多摩郡鶴川村の農家を買い取り、「武蔵野国と相模の国の国境にあるから武相荘(ぶあいそう)だ。立派な名だろう」と名づけたことがかたられています。
 「終戦連絡事務局」では、外相に就任した吉田が、「戦争に負けて外交に勝った歴史もある。ここからが正念場だからな」と次郎を引っ張り出し、終戦連絡事務局参与に大抜擢したことが語られています。このことは、次郎にとっても、「舞台は整った。斜に構えることも韜晦する必要もなく、全身全霊でぶつかっていける場所を見出したのだ」と描かれています。
 また、日本語を話すときには、「口の中でこもったようなしゃべり方をする上に吃音も残っていた」次郎が、「英語での喧嘩はお手のもの」で、GHQ民政局長であったホイットニーがお世辞で、
「貴方は本当に英語がお上手ですな」
と言ったときには、
「閣下の英語も、もっと練習したら上達しますよ」
と切り返したという有名なエピソードも紹介されています。
 さらに、GHQに近づくため、初めはミルクマンさえも装い、"Scapanese"と言われていた次郎が、タフネゴシエーターぶりを発揮するに連れ、"Mr. Why"、"Difficult Japanese"、"Sneaking eel"とまで呼ばれるようになったことが語られています。
 GHQに裏切られた友の死を描いた「憤死」では、「あんなに気位の高かった近衛がGHQに振り回された挙句に悲惨な最期を遂げた。哀れでならなかった、悔しくてならなかった」と次郎の心境を描いています。この事件から一週間後の、天皇陛下からマッカーサー家へのクリスマスプレゼントを届けに行った次郎が、マッカーサーに
「そのあたりにでも置いておいてくれ」」
と言われ、
「いやしくもかつて日本の統治者であったものからの贈り物を、その辺に置けとは何事ですかっ!」
と叱り飛ばした有名なエピソードが、「天皇に対する不敬だけが理由」ではなく、「近衛を振り回した挙句死に追いやったマッカーサーの横暴に対する抑えようのない義憤があった」ことが述べられています。
 「"真珠の首飾り"――憲法改正極秘プロジェクト」では、昭和21年2月3日、ホイットニー民政局長を部屋に呼んだマッカーサーが、「象徴天皇、戦争放棄、封建制廃止という三つの原則に則ったものとなるようとくに留意してもらいたい」と憲法改正草案の作成を命じ、この「わずか9日間で憲法を作れ」という極秘プロジェクトのコード-ネームが"真珠の首飾り"と呼ばれたことが述べられています。
 「ジープウェイ・レター」では、GHQを説得するために次郎が書いた、
「マッカーサー案は、日本の固有の事情をまったく顧みない"エアウェイ"(空路)のようなものです。それに対して"彼ら"の案は、日本の狭くて曲がりくねった山道(固有の事情)をなんとかジープで走っていこうとしているわけです。回り道であっても日本の伝統と国情に即した道をとる方が混乱を招かないからです。ぜひ"彼ら"の考えをご理解ください」
と、あたかもGHQサイドからものを見ているかのように、日本人を"彼ら"と呼んだ「ジープウェイ・レター」が紹介されています。
 憲法改正までの緊迫したやりとりを描いた「『今に見ていろ』ト云フ気持抑ヘ切レス」では、「シンボル」という言葉を日本語訳する際に、「井上英和大辞典」を引いて、「象徴」という言葉に決まったやりとりを紹介し、「後日学識高き人々がそもそも象徴とは何ぞやと大論戦を展開しておられるたびごとに、私は苦笑を禁じえなかったことを付け加えておく」と語っていることを紹介しています。
 また、GHQ主導による憲法案を日本政府案として公表するという要求を吉田が受け容れた際に、「次郎には悪いが、"抵抗したんだ"という事実は残った。今回の憲法は独立を回復した後に我々の手で改正すればいい」との思いを持っていたと述べられています。一方の次郎は、一連の憲法改正作業の間自宅に帰れず、「監禁して強姦されたらアイノコが生まれたイ!」と吐き捨てるように語っていることが紹介されています。他方で、憲法について全否定するのではなく、「新憲法のプリンシプルは立派なものである。主権のない天皇が象徴とかいう形で残って、法律的には何というのか知らないが政治の機構としては何か中心がアイマイな、前代未聞の憲法が出来上がったが、これも憲法などにはズブの素人の米国の法律家が集まってデッチ上げたものだから無理もない。しかし、そのプリンシプルは実に立派である。マックアーサーが考えたのか幣原総理が発明したのかは別として、戦争放棄の条項などその圧巻である。押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと素直に受け入れるべきではないだろうか」と語っていることが紹介されています。
 白洲家の系譜をたどった「海賊と儒学者と実業家のDNA」では、綿花貿易で財を成した次郎の父・文平が、『二十世紀の商人白洲文平」と大書した番傘をさして街中を闊歩し、『白洲将軍』と呼ばれたエピソードなどが紹介されています。
 宿敵であるGHQ民政局との戦いを描いた「巻き返し」では、次郎が、「ボクは人から、アカデミックな、プリミティブ(素朴)な正義感を振り回されるのは困る、とよくいわれる、しかしボクにはそれが貴いものだと思ってる。他人には幼稚なものかもしれんが、これだけは死ぬまで捨てない、ボクの幼稚な正義感にさわるものは、みなフッとばしてしまう」と語っていることが紹介されています。
 また、経済安定本部の次長を兼務するようになった次郎が、長官とウマが合わず、大喧嘩の末まったく出仕しなくなり、
「何が"経本"なもんか、"アンポンタン"だから"安本"だ」
と言う言葉が広まったことが紹介されています。
 「ケーディスとの最終決着」では、次郎が蛇蝎のごとく嫌っていた楢橋渡が仕込んだGHQ将校と華族夫人たちとのパーティーをきっかけに、次郎の交渉相手のケーディス中佐が華族の鳥尾子爵夫人とのスキャンダルを起こし、そのことに後ろめたさを持っていたケーディスが、鳥尾子爵からの要請に応じて昭和電工の捜査を命じたことから一大疑獄事件に発展したことが語られています。
 「通商産業省創設」では、「この通商産業省という役所は、実に、ひとりの男の執念が作り上げた"日本復興"の切り札」であり、「GHQとあれほどの死闘を行った次郎からすれば不満かもしれないが、日本の歴史を振り返ってみたときに、白洲次郎という人物の最大の功績は、まさにこの通商産業省を創設したことに尽きる」と評しています。
 また、当時まだ37歳の少壮官僚であった、後に"通産の天皇"と呼ばれるようになる永山時雄を通産省の最初の次官にしようとして固辞されると、当時の官庁にない「官房長」ポストを新設したことが述べられています。
 東北電力会長時代を描いた「只見川電源開発」では、「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門との丁々発止のやりとりや、只見川開発をめぐる東京電力との衝突で見せた、「白洲三百人力」(次郎一人で自由党代議士300人に匹敵する)と称された政治力が描かれています。
 舞台をアメリカに移した「講和と独立」では、後に国務長官を務めるダレスを相手に、「何とかしろなんて無責任なこと言われても責任はもてませんよ。今度政府が国民の信用を失ったら日本は赤化しますよ。それでもいいんですか!」と小気味よい短歌を切った様が描かれています。
 また、講和会議での吉田の演説の原稿を、GHQと相談して英語で書いてきた外務官僚を叱りつけ、「講和会議でおれたちはようやく戦勝国と同等の立場になれるんだろう。その晴れの日の演説原稿を、相手方と相談した上に相手国の言葉で書くバカがどこの世界にいるんだ」と、チャイナタウンで急いで和紙を買い求めさせ、筆で日本語原稿を書き始め、その巻紙の原稿は長さ30メートル、直径10センチになり、各国のマスコミは、"吉田のトイレットペーパー"と打電したことが述べられています。
 「そして日の丸は再び揚がった」では、独立国家に復帰後、次郎が、"天皇の退位"と"吉田の引退"によって筋を通すべきだという持論を曲げず、宮沢喜一は、「当時マスコミで言われた『白洲の側近政治』なんていう批判はまったくあたらない」と語っていることを紹介しています。
 政界を離れ、再び実業界に戻った次郎は、川崎製鉄の千葉工場の建設を通産省を通じて後押しし、四日市旧海軍燃料廠払い下げ問題に関しては、当時、「次郎の伝がなければ入札には入れないというクチコミが広がった結果、次郎の名刺が1枚5万円という異常な高値を呼んだという噂」が流れたことが語られています。
 次郎の遺言をタイトルにとった「葬式無用、戒名不用」では、病床の次郎が、若い看護婦に、
「右利きですか? 左利きですか?」
と尋ねられ、
「右利きです。でも夜は左(酒飲み)」
と真面目に人生最後のジョークを口にしたことが紹介されています。
 本書は、白洲次郎という人物の魅力を伝えると同時に、戦後史に関心を持つきっかけにもなる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、読み物としては非常に面白いのですが、実在の人物や現実の政治的出来事は、あくまで白洲次郎という人物の魅力を引き立てるための脇役・舞台装置として登場しているものであり、その部分は割り切って読まないと、いちいち腹を立てたり、後で恥をかいたりする恐れがあります。
 それこそ、「サラリーマン金太郎」などの本宮マンガに代表される、
・実家は大金持ちだがそれを感じさせない爽やかさ。
・困っているお婆さんを助けたら実は伝説の超大物だった。
・若い頃から「こいつは大物になる」と一度あっただけの人に見出される。
・喧嘩は強いが、その後は意気投合して仲間になる。
などの主人公のイメージにピッタリです。もしかすると、本当に本宮作品の主人公のモデルの一人なのかもしれません。
 ぜひ本書を原作にしてコミカライズしてほしいところです。『勇午』の赤名修の作画なんかだとかっこいいですね。
 ところで、21世紀に入って憲法改正の議論の下地を作るような時期にこの人物が脚光を浴びたというタイミングは、時の政権からの働きかけがあったのではないか、というのは穿った見方でしょうか。何しろ、「パブリック・リレーションズ」に力を入れているだけに、世論形成の手法としては比較的オーソドックスな手法なのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・敗戦後の日本を舞台に「日本一かっこいい男」が活躍する活劇を見たい人。


■ 関連しそうな本

 白洲 次郎 『プリンシプルのない日本』
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 ジョン・G. ロバーツ 『軍隊なき占領―戦後日本を操った謎の男』
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日


■ 百夜百マンガ

ダンダラ【ダンダラ 】

 「かっこいい男」を描かせたら作画としては本宮ひろ志以上にかっこいい男が描ける人です。この人の絵で白洲次郎を描いてくれたらぜひ読んでみたいです。

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