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2007年5月26日 (土)

フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯

■ 書籍情報

フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯   【フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯】

  スティーブ J.ハイムズ (著), 高井 信勝 (翻訳)
  価格: ¥3045 (税込)
  工学社(1985/08)

 本書は、ジョン・フォン・ノイマンとノーバート・ウィーナーの2人の数学者について、「2人分の伝記という分野に属し、この中でウィーナーとフォン・ノイマン両人の生涯と研究活動に関する要素をいくつか選び、だいたい年代順に並べて検討」し、2人を、「歴史の産物としてだけでなく、同時に自分の責任でなすべきことを選び、それを行った人物だと」見なし、「それらの選択に伴う行動は、はっきりとした自覚とともに、彼ら2人の将来を形成し性格を決定した」と述べ、「周囲の状況や歴史的な力、さらには彼ら自身の性格によって自由が限定されていたにもかかわらず」、「自らの責任で行動した人間たちだった」と評しています。
 第1章「若きウィーナーと父親像」では、1924年から1926年の間にゲッチンゲンで、ノーバートが9歳年下のフォン・ノイマンと初めて出会ったことは、「決して偶然では」なかったと述べています。
 第2章「フォン・ノイマンの青年期」では、理論物理学者のユージーン・ウィグナーが「フォン・ノイマンの能力に出会ったとき人々は、1000分の1インチの精度で噛み合う歯車を持った完璧な機械のような印象を受けました」と語っていることを紹介し、仲間達が、「人類の進化の程度から見て、フォン・ノイマンが他の人間よりも進化していると本気で考えていた」と述べています。
 また、「急速な工業化の時代に、西洋社会のユダヤ人が社会的に出世していくため」の2つの道として、
(1)営利企業によって富を築き、それと同時に多少の政治的影響力を得、次にその富と影響力を使って社会的政治的権力組織に入り込む方法。
(2)経済界や政界でのエリートとの関係では外れ者という立場をある程度受け入れ、知識人としての地位を得ようというもの。
の2つを挙げ、ノイマン家が前者を、ノーバートの父が後者を選択したことが述べられています。
 第4章「理論で勝負するポーカープレイヤー」では、「ゲームは数学者が利用できるものなのです。ゲームが実社会のいくつかの要素を模倣する一方で、数学者がゲームの要素を正確な数学の公式へ移行していったとき、現実の抽象概念を一歩先へ進めることができるのです。数学者としての県治から、もしそれが新しい興味ある数学の創造性を刺激したなら、現実とのその結びつきは目的にかなったことになります」と述べ、フォン・ノイマンによるゲーム理論の創設を解説しています。
 第6章「科学に対する取り組み方と研究態度」では、ウィーナーとフォン・ノイマンを比較し、「2人がそれぞれ選んだ研究課題を、数学会の指導者たちがそれらにどのような重要性を置いたか」について、数学者ウラムの、
「数学者は、その創造的研究の初期に、しばしば2つの相反する動機に直面します。1つは既存の研究の手助けをしようというもので、未解決の問題をとくことにより、早く確実にその功績が認められることが可能です。もう1つは、新しい足跡を示し、新しい体系を創造したいという欲求です。後者を選択するほうがより危険で、価値や成果が評価されるまで、大変な時間がかかります」
という言葉を紹介し、フォン・ノイマンは、「初期の研究では、前者の動機を選び、人生の終わりに近づいて、やっと自分が可能性のある新しい数学の創造に、自由に勤勉に携わっていることに自信を」持ったと述べています。一方、ウィーナーは、「特にルベーグ法とブラウン運動の研究において、初期に後者の道を」とり、「数年遅れて認められ、彼はすぐに認められなかったことに憤」ったことが述べられています。
 また、フォン・ノイマンが、「数学者の動機を、美を求めるもの、特別の種類の数学的美を求めるもの」であると述べていることを紹介しています。そして、ウィーナーが、「ときどき視覚的概念をまったく別の根源から導き」、資格は劣っていたが、「数学の創造過程においては、鮮明な概念を見ること」ができた一方で、「目に見えるような、あるいは幾何学的な視覚化は、フォン・ノイマンの思考において重要な役割を果たすとは思われ」なかったと述べています。
 第7章「基本編」では、フォン・ノイマンとウィーナーが、「数学はその公理、定義、そして規則と矛盾のないことにおいて、完全であることを証明しようと努力して取った態度」が、「各々異なって」いたとして、ウィーナーは懐疑論者であり、1915年には、「論理学の公理から、正当性を引き出すどの論理体系の場合でも、論理学と数学の定理において、論理体系が絶対的であるという確実性を得ることはまずありそうにない」と書いていることを紹介しています。一方、フォン・ノイマンは、「事実や公理的研究に関する正しい認識を持っていたにもかかわらず、論理化や数学家の拡張にできる限り専心」し、「論理体系は普遍性があり、必然的に範囲の広いものであり、ある点で形式的論理構造は、物の概念的な本質を捉える」というものであり、この点では、「17世紀の哲学者、とくにライプニッツを類似」していて、「彼は論理の重要な限界を認識することに、とくに興味は」なく、「もし、限界に至っても、それは乗り越えられる障害として捉え」、「むしろ問題は、形式化が永遠に進歩する過程で、どのようにしてそれを乗り越えるか」にあったことが述べられています。
 実際の研究においても、天気予報に関して、フォン・ノイマンは、「できるだけ最良の方法で計算を実行することにより、純力学手方法を限界まで押し進める態度」を取ったのに対し、「ウィーナーはフォン・ノイマンの研究法にひどく批判的」で、「ウィーナーの予報形式は、あらゆる天候に関する情報をもとにしても、大気の状態に関しては、不完全な情報しか得られないという考え方に根ざし」、「予報に関するあらゆる問題を、統計学的に体系化することが重要であると信じ」、「決定論的力学に基づくのではなく、過去の天気の統計的記録を集めて、体系化する」ことが、「哲学的に正しい」と主張したことが述べられています。
 著者は、「ウィーナーとフォン・ノイマンは両者とも多様な現象と経験の中で、普遍性と統一性を見つけようと考え」たが、「1つの統一された『理解』に向けてそれぞれ違った道を進んだ」と述べ、「ウィーナーの概念的数学の方法とフォン・ノイマンの形式的数学の方法は、両者とも、この目標に達するには難解な道」であったと述べています。
 第8章「数学教授としての日々」では、ウィーナーの研究が、主に解析学の分野であったのに対し、フォン・ノイマンの研究では代数学に重きが置かれ、それでも、「両者の興味はたくさんの点で共通」していて、2人が数学界でよく顔を合わせ、「機会あるごとに相手を捜し求めて、数学に関する議論を交わし」、「このような長い議論と交流とが、人並みはずれて頭のよい、深遠な魂を持つこの2人の親交の中心だった」と述べています。
 第9章「人生の岐路」では、戦時中の合衆国政府科学研究開発機構が、「合衆国の科学者をまとめ、戦争に協力することを第一の目的とした」ものであり、そこでは、原爆製造とドイツの爆撃機対策という2つの大きな課題があり、「特に洗練された科学要員が必要」だったことが述べられています。ウィーナーは、「爆撃機の位置と動きから次の位置を数学的に予測し、命中率が向上するような高射砲をコントロールすること」に取り組み、「フィードバック・ループをもつ自動操縦装置と、人間の行動、例えば、目や感覚器により情報を受け、神経組織によって手が行き過ぎたり戻りすぎたりしないようにコントロールされて、鉛筆やコップを掴むといった行為のアナロジー(類比)を適用しようとした」ことが、後に、「生物と機械におけるコントロールとコミュニケーションの理論」としてまとめ上げられ、「サイバネティックス」の原型となったことが述べられています。
 また、「フォン・ノイマンは定石どおりに行動し、決して無茶は」しなかったが、「他の人々と異なって時間の制約を超えて別のことを楽しんで」いて、ウィーナーは、「物理学、数学において時間的な制約を受けて」いたのに対し、「フォン・ノイマンはそれを無視、あるいは乗り越えて」板と述べられています。
 第10章「共通の興味をもった2人の相違点」では、メイシー基金の援助によって開催された、「数理工学と生物学の連携に興味を示す20人の科学者」を集めた学際間の会合に際して、ウィーナーとフォン・ノイマンが推薦した人物の選び方から、「数理工学と生物という問題に対して、異なった取り組み方をしていたことが」分かるとして、科学史研究家・哲学者であるジョージオ・デ・サンティラナを推薦したウィーナーが、「広く哲学と歴史の分野からその問題を理解しようとした」のに対し、理論学者のゲーデルを推薦したフォン・ノイマンは、「もっとも洗練された形式理論に基づいて頭脳を表現しようとしていた」と述べています。
 また、「いろいろな原因」によって、「2人の偉大な数学者の間の不和」があったにもかかわらず、「専門分野での親交を保ち、共通の興味だった機械と生命体とを結ぶ新しい試みについて語り合うのは、2人にとって互いの利益になること」であったと述べられています。
 第12章「政治権力、人間性、社会に対する認識」では、「ウィーナーもフォン・ノイマンも偽善者では」なく、「社会における両者それぞれの政治上の行動とその社会理論は一貫したもの」であったと述べ、「フォン・ノイマンは、ウィーナーよりも政治家としての能力があり世俗的な活動家」だったが、「2人ともまず第1に思想家」であったと述べられています。そして、「数学からかなり隔たったもののように」見える政治の世界について、2人が、「いくつかの数学的な概念を基礎について、社会を記述する概念上の枠組みを作り上げ」たと述べ、その基礎は、「フォン・ノイマンの場合はゲーム理論であり、ウィーナーの場合はサイバネティックス」であったと述べられています。
 また、ウィーナーは、フォン・ノイマンと違い、「社会に対する考え方とその概観を、多くの一般大衆向けの書物に記述」し、その著作が、「政治学や経済学から心理学へと、統一した観点からすべての社会『科学』にまで及んで」いたことが述べられています。
 著者は、フォン・ノイマンとウィーナーの社会理論が、「他のどの社会理論と同じように、人間性、人間とは何かの本質についての考えを含」み、ある段階で、「機構の形態やメッセージの流れと制御点や決定点の内部形態に着目した有機的組織体のモデルを作り」、これらのモデルが、「人間が異常に複雑な形態の機構を通して働いていることに従う新しいもの」であり、「それらは組織に与える情報を通して、間接的にモデルの役割において、その目的や行動(学習)に変化を招」くものであったと解説しています。
 第14章「『人間』としてのフォン・ノイマン」では、彼のエネルギーが驚くべきものであり、「オフィスで1日を費やした後、しばしば朝の2時まで書斎で仕事をし」、「その間、階下ではパーティーが続いていて、そして6時になると再び起き出し、強靭な集中力で仕事を続け」たと述べられています。
 第15章「ウィーナーの晩年」では、MITにいた頃のウィーナーが、「『ウィーナーの寄り道路線』として知られる散歩に、毎日のように、かなり頻繁にオフィスから出かけて行き」、彼の教え子は、「彼がある考えを思いつくと、廊下をさまよい歩き始め、誰かのオフィスに入ったり、友人のところへ行ったりしました。そして私の家が、その『ウィーナーの寄り道路線』の1つであったということを誇りに思いました」と語っていることを紹介しています。
 本書は、20世紀の偉大な2人の数学者の、対照的な生き様、そして共通点を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 フォン・ノイマンもウィーナーも、どちらも個々に評伝が出版されていますが、この時代の科学者の話はどれをとっても読み応えがあります。この時代の科学者たちが、原爆を作り出し、広島、長崎で実際に使用されたことで、様々に悩んだり、新しい道を見つけたりという生き様を模索する様、時代の高揚感は、最近の科学者にはあまり見られないものなのか、それとも後年になって伝記が出版されるようになってから知ることができるのか、そのあたりも楽しみです。


■ どんな人にオススメ?

・数学者たちが「世界の秘密」を暴き出した時代の高揚感に触れてみたい人。


■ 関連しそうな本

 フロー・コンウェイ, ジム・シーゲルマン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]』 2007年03月25日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』 2006年11月21日
 スティーヴ・J. ハイムズ (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発』 2007年04月22日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日


■ 百夜百音

うる星やつら TVテーマソング【うる星やつら TVテーマソング】 松谷祐子 オリジナル盤発売: 1999

 「ラムのラブソング」は日本のアニメ主題歌の傑作の一つですね。
 youtubeでスペイン語版を聴くことができるのですが、これが凄まじい。日本語版の音量を抑えた上に、スペイン語の歌詞をノンエフェクトで乗せてます。イントロの音が小さいと思って聴いているとびっくりしますよ。


『「うる星やつら」 ラムのベスト・セレクション2』「うる星やつら」 ラムのベスト・セレクション2

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