« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月

2007年5月31日 (木)

新地方財政調整制度論

■ 書籍情報

新地方財政調整制度論   【新地方財政調整制度論】(#861)

  石原 信雄
  価格: ¥5000 (税込)
  ぎょうせい(2000/04)

 本書は、「独立後の地方行財政制度改革の一環として、地方財源の安定確保の要として、戦前からあった地方配布税制度と戦後のシャウプ勧告に基づいて実施された地方財政平衡交付金制度のそれぞれの長所を取り入れて昭和29年度に創設」された、地方交付税制度について解説しているものです。
 第1編「地方財政調整制度の変遷と今後の展望」第1章「序論」では、本書のタイトルである「地方財政調整制度」について、「地方団体相互間に財政力の格差がある場合において、各地方団体の財政需要と財政収入の過不足を解消ないし縮小するために財政需要を削減または増額(財政負担を軽減または過重)し、もしくは財政収入を増強または削減する措置を講ずることを一般に財政調整と呼んでおり、地方団体間の財政力較差を縮小するため、国から地方に財政資金を交付する制度」であると解説しています。
 そして、その解消方法については、「あくまで客観的方法によってできるだけ画一的に行われるべきであって、各地方団体の政策選択の結果もたらされた財政需要の増加要因を基準財政需要額の算定にそのまま反映させることはできるだけ避けるべきである」こと、すなわち、「地方団体間の一般財源の不均衡を調整することを目的とする地方交付税の算定は、地方団体の政策選択に対してはできるだけ中立的であるべきである」と述べています。
 第2章「わが国における地方財政調整制度の変遷」では、昭和初期において、「地方団体間の財源の不均衡を調整し、特に農山村における財政窮乏を救って地方自治行政の円滑な遂行を期するため」、内務省が、「地方団体に対して、直接国庫金を交付する方法」として、「地方財政調整交付金制度要綱案」(昭和7年8月)を発表したことが紹介されています。
 そして、農山漁村の財政のますますの逼迫を受け、昭和11年度から、「応急的に、財政窮乏の著しい町村に対し、2,000万円の臨時町村財政補給金を支出」したことが述べられています。
 昭和15年には、「わが国初の本格的地方財政調整制度」として、「地方分与税制度」が確立され、「中央、地方を通ずる根本的な税財政制度の改正に際し、恒久的な本格的な制度として」創設され、「一定の税を国が国税として徴収し、これを地方団体に交付税に交付するもので、還付税と配布税とから成っている」ことが解説されています。昭和23年には「地方配布税」と改正され、「戦後急速に進展した地方行政の拡大高度化などによる地方財政需要の急激な増加に伴い、地方財源保障の要請が高ま」った結果、「その算定方法には、幾多の技術的な改正が行われ、漸次複雑精緻なものとなっていった」ことが述べられています。
 昭和24年8月には「シャウプ勧告」において、地方配布税制度については、「その総額が特定の国税の一定割合の額として定められていても、現状では極めて不安定であること、地方配布税による財源均衡化は不徹底であり、算定方法も独断的であることなどの理由から、これを国庫の一般資金から支出する『平衡交付金』に改めるべき」であり、「その総額は合理的標準の下に、地方当局の能力と必要とを研究して決定しなければならない」とされたことが述べられています。著者は、「当時は勿論、今日でもこのように徹底した地方財政調整制度を採用している国は欧米先進諸国にはない」と述べています。
 しかし、地方財政平衡交付金の算定は、「いわゆる積み上げ方式によることが規定」されていたにもかかわらず、「実際には従来からあった地方財政計画を用いてマクロ的に地方財源不足額を算定し、この地方財源不足額を基礎として地方財政平衡交付金の総額が決定されて」おり、さらに、「地方財政計画上の歳入の見積や歳出の積算について地方財政委員会と大蔵省の意見がことごとに対立し、毎年度の国の予算編成上の最大の争点となった」ことなどから、「地方財政平衡交付金制度に対する地方団体の信頼感は次第に失われ、また、国庫当局の側にも、毎年度平衡交付金をいくら取られるかわからないということでは国庫予算の編制上も困るので、その総額の決定について何等かの安定したルールを作る方がよいという意見が強くなった」と述べられています。
 そして、地方制度調査会や税制調査会の答申を踏まえ、昭和29年度から、地方財政平衡交付金制度は地方交付税制度の改められ、その改正の要点は、
(1)保障財源を一定国税の収入額にリンクすることによって、地方団体の独立財源としての性格を強め、かつ、地方財政平衡交付金における単年度財源保障方式に対して、長期的財源保障方式としたこと。
(2)各地方団体ごとの交付額については、地方財政平衡交付金における財源不足額補てん方式を踏襲して完全な財源保障機能を持たせたこと。
の2点であると述べられています。
 第3章「地方歳入における地方交付税の地位」では、市町村において、「昭和25年度はシャウプ税制が市町村税の充実強化に最重点を置いたことを反映して44.4%と高い割合を示していたが、税目の構成が固定資産税、住民税などの安定性のある(このことは、同時に伸張性に欠ける。)税に偏っていたことを反映して、その歳入構成比は高度成長期には30%台に低下」し、「最近は30%台半ばで推移している」ことが述べられています。
 そして、「地方税の地位の低下と地方交付税の地位の上昇は、地方交付税の交付を受ける団体数に最も端的に表れる」として、昭和29年度の発足時において、市町村の府交付団体は649団体で全体の7.3%を占めていたのに対し、平成11年度には84団体(全体の2.6%)まで低下し、「特に、税源に最も恵まれているはずの指定都市がすべて交付団体となっていることは、都市税源の弱体化を物語るものといえよう」と述べています。
 著者は、今後は、「税源の偏在性が少なく、税収の安定性を供えた地方税体系の構築に向けて、当面は事業税の外形標準課税の課題を中心に具体的な検討を進め、これらの検討と併せて、地方税と国庫補助負担金、地方交付税等との在り方について議論を深めていくべきもの」であると述べています。
 第4章「地方交付税の総額決定方式」では、地方交付税を、「本来的に地方に権利のある財源であって、いわば『国が地方に変わって徴収する地方税』、すなわち、『地方共有の固有財源』であるという性格を有するもの」であると解説されています。
 そして、現行方式に対する指摘として、地方交付税総額の決定方式について、
・地方財政平衡交付金方式に戻すべし。
・国税収入全体にリンクさせるべし。
・リンク対象に国債特に赤字国債の収入額を加えるべし。
・国の歳入全体にリンクさせるべし。
等の様々な意見があり、地方交付税の性格に関しては、「地方交付税の経理方式を改めるべき」という「いわゆる特会直入論」があることなどについて解説しています。
 著者は、「今後、地方文献の進展に応じて、地方団体が自主的・自立的な行財政運営を行えるようにするためには、地方団体の財政基盤を充実強化していくことが極めて重要である」として、「地方分権推進計画を踏まえ、所得・消費・資産等の間におけるバランスの取れた地方税体系や、税源の偏在性が少なく税収の安定性を備えた地方税体系の構築に努める必要がある」と述べています。
 第5章「地方財政計画」では、地方財政計画の目的の一つとして、「個々の地方団体財政の集合であり、その毎年度における団体ごとの収支の状況は、まちまちである」地方財政を「総括し、全体としての地方財政の収支の状況を明らかにすること」にあるとしています。
 また、東京都と特別区に関して、「都にあっては、道府県に対する交付税の算定に関してはその前区域を道府県と、市町村に対する交付税の算定に関してはその特別区の存する区域を市町村とそれぞれみなして算定した基準財政需要額の合算額および基準財政収入額の合算額をもってその基準財政需要額および基準財政収入額」とする「都区合算特例制度」が設けられている理由として、「東京都と特別区とは事務配分および税源配分の面で他の団体とまったく異なる扱いがされており、両者を一般の道府県や市町村と同様に別々に計算すると非常に不合理な結果となる」ことを挙げています。
 第2編「地方交付税の算定方法の分析と検討」第1章「地方交付前の算定方法の概要」では、地方交付税が、「団体間の税収入の多寡を完全に埋め合わせてしまう場合には、地方団体が努力して税源を涵養しようとする意欲を失わせ、地方団体の自主的な財政運営を損なうおそれがある」として、「基準財政収入額の算定に当たり、税収見込み額の一部」を算入しないことが解説されています。
 第2章「基準財政需要額の算定方法」では、測定単位の数値が、「社会経済情勢の推移、財政環境の変化に応じて改められてきている」として、昭和25年度の地方財政平衡交付金制度創設時、昭和29年度の地方交付税制度への転換時と平成11年度とを比較し、「全般に測定単位の数が多くなっていること、特に公債償還費を測定単位の数値とするものがおおくなっていること、教職員数など法令の規定により算定される職員数を測定単位の数値とするものの比重が高くなっていること」等を指摘しています。
 また、「人口密度等の増減に応じて行政費用が逓減または逓増するものについて適用」される「密度補正」について、「制度創設当初は人口密度の多少や自動車交通量の多少に伴う行政費の割高、割安の傾向を基準財政需要額の算定に反映させるためのきわめて中立的な性格の補正であったが、最近は、"密度"の定義を"測定単位の数値等一定の数値に対する特定の数値の割合"ときわめて広く解釈し、特定の教育行政費や社会福祉行政費等の算入を通じてこれらの行政そのもののレベル・アップに影響を与える政策的な色彩の濃い補正が増えており、交付税制度の中立性とも関連して論議を呼んでいる」と述べています。
 さらに、「地方団体特に市町村の"態容"すなわち人口規模や都市化の程度等に応じて行政費が割高になり又は割安となる経費に適用される」「態容補正」について、「基準財政需要額の算定における影響度合は逐年高くなり、今日では団体間の基準財政需要額の格差をもたらす最大の補正項目となっている」と解説し、「大都市と中・小都市、都市と農山漁村との間の行政質量の差を算定する補正であり、地方団体相互間の財源調整に直接かかわる補正」であり、「5つの補正項目の中で最も重要な役割を果たしており、また、それゆえに最も論議の多い補正である」と述べています。
 具体的には、
(1)補正方法があまりに複雑難解であるので、これを思い切って簡素化せよ。
(2)種地区分の決定の仕方や補正係数算定の根拠が明らかでないとの不満を述べる向きがあり、現行の種地区分の決定方法や補正係数の算定方法があるべき財政需要を的確に反映するものであることの根拠を計数的に立証すべし。
等の意見があることが述べられています。
 第3章「投資的経費と基準財政需要額」では、「昭和37年度から港湾費およびその他の土木秘中の海岸費について、公共事業費の地方負担額の一部を直接基準財政需要額に算入するための密度補正」、すなわち「事業費補正」が適用され、「各年度の地方負担額から従来の減価償却費算入方式によって算出された額を控除した額の一定割合の額(当初の割合は25%とされた。)を加算するものである」と解説しています。
 第4章「基準財政収入額の算定方法」では、基準財政収入額を、「各地方団体の財政力を合理的に測定するために、その地方団体について一定の方法により算定した額であり(交付税法2条5号)、具体的には、基準税率を持って算定した法定普通税収入(これに準ずるものを含む。)、地方譲与税収入および交通安全対策特別交付金の見込み額をいう」と解説しています。
 第6章「特別交付税」では、交付税総額の6%である特別交付税の総額について、「その配分方法とも関連して、地方団体の行財政運営への介入を排除するためにも、これを思い切って縮小し、その交付自由を例えば災害関係等に限るべし」という意見や、「地方団体の財政事情は様々であり、地方業財政の健全な運営を確保保障するためには画一的な算定方式を基本とする普通交付税だけではその対応に自ずから限界があるので、現行6%の枠は拡大する必要こそあれ、これを縮小することは絶対に行うべきではない」とする強い意見があることを紹介しています。
 第3編「諸外国の地方財政調整制度」では、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、韓国などの財政調整制度について解説しています。
 本書は、地方財政調整度について学びたい人にとって、1冊にまとまった基本書です。


■ 個人的な視点から

 石原信雄さんといえば戦後の地方自治史の生き字引のような方ですが、先日、茨城県庁の方とお会いしたときに、石原さんが終戦直後、内務省に入ろうとしたら無くなってしまい、しかたなく茨城県庁に就職した、というお話をしたところ、「なんでそんなこと知ってるんですか?」と驚かれていました。
 当時の自治官僚は、君たちはいつかは内務省を復活させるんだ、という先輩たちの熱い期待を背負っていて、本人たちもそのつもりだったようですが、現在の「実はここにも総務省」は彼らの希望にいくらかでも近づいたのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・現在の財政調整制度の考え方を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日
 松本 英昭 『新地方自治制度詳解』 2007年03月12日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 兵谷 芳康, 小宮 大一郎, 横山 忠弘 『地方交付税』 2007年03月22日
 天川 晃 『GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政』 2007年02月15日


■ 百夜百マンガ

ころがし涼太【ころがし涼太 】

 某市営バスの運転手がリアルで恐い、という噂は聞いたことがありますが、地元のバスはオートマになったせいか最近女性の運転手さんも多いようです。
 そういえば、自分が子供の頃はまだワンマンではなくて、女性車掌さんが一緒に乗ってました。

2007年5月30日 (水)

サイバー経済学

■ 書籍情報

サイバー経済学   【サイバー経済学】(#860)

  サイバー経済学
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2001/10)

 本書は、「新しいテクノロジーを、市場取引のメカニズムの中で見直し、市場経済というのが一筋縄ではいかないものであることを浮き彫りに」し、「とりわけ市場に棲む魔物、経済を混乱させ、暗闇に陥れる伝説の魔物の正体をできるだけ追い求めたい」というものです。著者は、20世紀後半に発達した「通信とコンピューターの技術が可能にする経済」を「サイバー経済」と呼び、この経済の可能性を、「情報操作とリスクの売買の観点から分析し、その経済の中を渡り歩くために最も有望であると思われる方法論として、ベイズテクノロジーを紹介」しています。
 序章「市場に棲む魔物」では、ビル・ゲイツが「21世紀のマイクロソフト社の戦力」としてあげたベイズテクノロジーについて、「IT時代において、実なる市場でも、また虚なる市場でも、有効性のある操作性のよい推測を与えることができる」上、「サイバー市場に棲む魔物を見つける魔法の鏡」でもあると述べています。
 第1章「サイバー経済」では、サイバー経済の光の部分と影の部分があるとして、「ミクロの合理性だけを見るなら、この経済の前途は洋々たるものであろう。しかし、マクロの観点から見ると、克復しなければならない問題が山積みでもある」と述べています。
 第2章「IT時代のベイズテクノロジー」では、ベイズ法則が、別名「逆確率」と呼ばれ、「結果から原因を逆推理する」法則であることが解説されています。「通常の推論方法である『演繹法』が、『原因』から『結果』を導くのに対して、逆確率は、『結果』から『原因』を憶測する、といういわゆる『帰納法』的性格を持っているといってよい。人類は、純粋数学に代表される『演繹』という推論の方法を長らく培ってきたわけだが、20世紀にベイズ推定が確立されてはじめて、『帰納的推論』を数理科学の方法として利用することができるようになった」と述べています。その一方で、ベイズ理論が、「客観確率と主観確率のはざまを渡っていく実にきわどい理論」であることを指摘し、この「恣意性・曖昧性」にもかかわらず脚光を浴びた理由として、「いくつかの面から『憶測のテクノロジー』として優れた性質を供え持っている」という利便性の高さを挙げています。
 第3章「金融工学とリスクの売買」では、20世紀後半の経済で特筆すべきことの一つとして、「リスクを売買する市場システム」が整備されたことを挙げ、「資本主義は、かつて『労働』を商品化し、その後には『貨幣』を商品化した。そして、ついには『不確かさ』までも商品に仕立てようともくろんだ」と述べています。
 そして、「『確実と不確実の交換』を極限まで進化させた形態」として、「あらゆるリスクが交換の対象となる」デリバティブを挙げています。
 また、ファイナンスの世界で「確率微分方程式」という難解な数学理論から導出されるブラック=ショールズ公式が用いられたことについて、「真相は反対なのではないか」として、「ブラック=ショールズ公式が取引価格の『めやす』を与える、ということが市場参加者に一種のコンセンサスを築き上げたからこそ、オプション取引というものが現実に可能になったのではないか」と述べ、「これは貨幣に対してよく論じされることである」と解説し、「貨幣の信頼が自己循環からはぐれて揺らぐとき、ハイパーインフレーションが起きるように、何かのきっかけでブラック=ショールズ公式が自己循環から脱線して、それがオプション市場を混乱に巻き込む可能性もありうるだろう」と指摘しています。
 第4章「投機社会の危険性」では、ビッグバンの謳い文句に欠けている「マクロ経済学の視点」について、「金融商品の利便性というのは、あくまでミクロ経済学的な合理性に裏打ちされているにすぎない」、「このような行為を社会的に集計したとき、はたして効果的であるか、あるいは安定的であるかは、まったくもって別種の問題なのである」と指摘しています。
 著者は、「ファイナンスの技術が、戦略としていくら優れていても、それが投機である限り、社会全体で集計すればなんら追加的な富はもたらさない」、「本来のファイナンスとは優良企業の選別の技術であったが、数理化した現代ファイナンスは、ともすると単なる投機に身を堕とす危険がある」と述べています。
 第5章「個人が合理的でも社会は調和しない」では、アカロフによるレモンの市場のモデルを紹介し、このモデルで取引が成立しない理由として、
(1)売り手と書いての間で情報が非対称である。中古品の品質について、売り手はその実質価格を知っているのに、買い手には分からない。
(2)このような情報不足に対して、買い手が「平均値」(確率用語で言うなら期待値)を判断の指標に用いる。
(3)「せり」という典型的な市場取引の方法を使っている。
の3点を挙げています。
 第6章「バブルに踊るのは愚かな人々か」では、「社会がバブルの罠にはまっていくメカニズムを合理的に説明する」最新の経済モデルとして、「インフォメーション・カスケイド」というモデルを取り上げ、「人々がベイズ的な主観を基準に行動する場合、経済に『付和雷同のメカニズム』が発生しうることを明快に示したもの」であると解説しています。
 著者は、「バブルは、人々が非合理で愚かだから起きる、と考えるには、歴史上あまりに幾度となく繰り返されてきた。だからむしろ、バブルは市場経済に内包されているある種の必然的なメカニズムだと考える方が自然であるだろう」と述べ、「バブルは個々の経済主体の、最善最適の行動では回避できないのかもしれない」と述べ、よりマクロデータに近い政府・官僚や中央銀行の責任や、学問的専門家集団による社会システムの研究の必要性を指摘しています。
 第7章「市場にかける魔法」では、「市場の魔物はいろいろなものに化けて、経済社会をもてあそぶ。その正体のひとつは、『不確かさ』であった。もう一つは貨幣に化けた『自由』であった」と指摘し、「来るべき市場に住み着いた怪物にかける魔法」は、「今後の経済学と確率論の進歩にかかっている」と述べています。
 本書は、21世紀の市場の経済メカニズムについての視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、元々数学を学んでいて、数学エッセイストの道に進んだ後、経済学者の宇沢弘文教授の市民講座に参加したことをきっかけに、経済学の道を志し、大学院に進んでいます。
  経済学出身でなかったことが、「市場」に対する懐疑的な視点を、数学エッセイストであったことが、数学的な概念を分かりやすく伝える語り口につながっているのでしょう。
 流行りモノっぽいタイトルから受ける印象とは異なる良書です。


■ どんな人にオススメ?

・進化する市場を捉える目が欲しい人。


■ 関連しそうな本

 カール シャピロ, ハル・R. バリアン (著), 千本 倖生, 宮本 喜一 (翻訳) 『「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針』』 2007年05月14日
 エリック ブラインジョルフソン, ブライアン カヒン (編著), 室田 泰弘, 平崎 誠司 (翻訳) 『ディジタル・エコノミーを制する知恵』 2005年03月10日
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年01月24日


■ 百夜百マンガ

なんと孫六【なんと孫六 】

 ちばてつやの流れを色濃く残す学園ものです。
 さすがに今読むと相当昔の作品ではないかと思いますが。

2007年5月29日 (火)

日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅

■ 書籍情報

日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅   【日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅】(#859)

  大嶽 秀夫
  価格: ¥966 (税込)
  中央公論新社(2003/08)

 本書は、90年代前期における「政治改革」、90年代中期における「橋本行革」、「加藤の乱」、小泉純一郎と田中眞紀子の自民党総裁選挙キャンペーンに焦点を当て、「この政治現象が、政治学において様々な文脈で論じられてきたポピュリズム概念を用いて分析することが可能であるかどうか、可能であるとすれば比較政治学的に90年代以降の日本政治をどのように特徴づけることが適切であるか」などについて論じたものです。著者は、「1990年代以降現在に至るまで、日本における政治不信には、一定のリズムがある」として、「通奏低音としての政治不信(政党特に与党と官僚への不信)を背景に、ときおり現れる特定政治家への期待の高まりと、その退潮とが、何度か繰り返されている」と述べています。
 序章「『政治改革』とは何であったのか」では、1988年のリクルート事件と92年の佐川急便スキャンダルを、「日本の政党政治の抜本的な再編のための梃子にしようとする政治家たち」が現れ、この「改革派」は、
(1)新保守主義者:小沢一郎に代表され、それまで政権の中枢を担ってきたことによって、日本という国家に突きつけられた長期的、国際的課題を最も敏感に実感してきたグループ。
(2)市民参加と緩やかなネットワークに基礎をおく政党の構築を目指した、日本新党と新党さきがけに結集した若手議員たち。
(3)政権担当能力のある野党を作り上げるという永年の課題の実現を「政治改革」に求め、かつその担い手として社会民主主義的な政党を想定していたグループ。
の「それぞれ独自の構想を持つ3つのグループに分けることができる」と述べています。
 著者は、「制度面から見れば、日本政治が再度の政治改革を不可欠としていることは明白であった」と述べ、1990年代末には、「『改革』を旗印にした政治リーダーが、有権者の期待を担って再度登場する基礎」が存在していたと述べています。
 第1章「派閥政治の終わりの始まり」では、1994年の衆議院の選挙制度改革や、自民党が両院で過半数を維持できなくなり、連立政権が常態化したことによって、「派閥の連合体としての自民党の権力構造、すなわち派閥が自民党の権力の多元的中心であるという構造」が大きく変化し、「少なくとも、党執行部の権力が派閥に対して相対的に大きくなったことだけは疑いがない」と述べています。
 また、従来の党幹事長の地位について、
(1)党の政治資金の集金と分配
(2)党人事の決定と閣僚人事の首相への助言
(3)各種選挙を仕切る責任と権限
の3つが主な仕事であったが、新選挙制度と連立政権という枠組みで「その権限を著しく強化」したが、「幹事長がこの潜在的な権限を使って強力な政治指導を行えるかどうかは、個人的指導力にも大きく依存している」ことが解説されています。
 第2章「国民投票的首相選出の実現」では、地方首長選挙において無党派層の支持を得た無所属候補者が勝利を収めるようになったことに並行して、「総理大臣もまたこうした国民による直接選挙で選ばれるべきだとの声」が高まり、憲法改正の要求においても首相公選が改正事項の重要な位置を占めるようになったことが述べられています。
 そして、2001年4月の自民党総裁選挙において、小泉が出馬を表明するに当たって、「千葉県知事選挙で無所属の堂本暁子が当選を果たした直後であり、その結果が彼の決断に影響を与えている」と推測し、堂本が、「どの政党からも推薦を受けず、財界団体、業界団体、市町村長が推す自民党候補、民主・社民の推薦で、連合も推す候補を相手に勝利を収めた」ことを解説しています。
 また、小泉の政治家像について、
(1)一言でいって古い体質の人間という側面がある「明治的」政治家。
(2)感情をかなりストレートに表現する政治家。
(3)複雑な社会現象を、抽象的なレベルで体系的に思考する能力が弱いため、政治問題を、きわめて具体的、かつ感情的なレベルでとらえる。
の3点を挙げ、「問題の『感情化』『人間化』『単純化』が、大衆受けする手段として有効である」と述べています。
 第3章「日本におけるネオ・リベラル型ポピュリズム」では、「ポピュリズム」を、「『普通の人々』と『エリート』、『善玉』と『悪玉』、『味方』と『敵』の二元論を前提として、リーダーが、『普通の人々(ordinary people)』の一員であることを強調する(自らをpeopleにアイデンティファイする)と同時に、『普通の人々』の側に立って彼らをリードし『敵』に向かって戦いを挑む『ヒーロー』の役割を演じてみせる、『劇場型』政治スタイルである」と定義しています。
 そして、小泉のポピュリズムの特徴として、
(1)ネオ・リベラルな政策志向とネオ・リベラルの持つ政府批判・政治批判を、主張の中核に持つ。
(2)劇場型政治として、テレビを通じた大衆へのアピールが効果的に使われた。
の2点を挙げた上で、レーガンと小泉とを比較政治学的に共通点と相違点を論じています。
 第4章「戦略なきポピュリスト政治家」では、田中眞紀子を取り上げ、その人気を全国的なものにしたのが、「その演説の巧みさ」であり、その典型的な街頭演説の例として、
「橋本候補と麻生候補とそれからもう一人何って言いましたっけ、亀井さんっていましたね。あれは広島はカキなんですよ。本来、名物はね。最近、カメになっちゃいましたね。カメでもすっぽんだったらスープが美味しくて高級なんだけど、ただの泥亀だとね。しかもなんだか五人組ではそんなの一杯入ったらダシも出ないし、濁っちゃって捨てても臭いわね」
という自民党総裁選での演説を紹介しています。
 一方で、身近な人間と起こしたトラブル、というより「いじめ」の例として、
・部屋のものがなくなったとき、自宅のお手伝いさんを疑い、彼女の服を全て脱がせて隠し持っているかどうかを調べた。
・買物を間違えたお手伝いさんの髪の毛を掴んで土砂降りの庭に引きずりだし、正座させた。
の2つを挙げ、「使用人がいつかないというのも当然であろう」と述べるとともに、「眞紀子が金銭に関して以上に猜疑心をもつ」点は、「他人は信用できないという抜きがたい人間不信の一つの現れである」と述べています。
 また、仕事帰りに酒を飲んでいる秘書に、「その給料は、どこから出ていると思っているの。もとは、私のお金なのよ。勝手に使わないで!」と電話し、「機嫌が悪いときには、鉛筆やハサミが平気で飛んでくる」ので、「秘書が次々に辞めていったのも当然である」と述べています。
 著者は、「眞紀子が、使用人に対する扱いがひどく、プライドの高い官僚たちを使用人扱いし、人前で侮辱罵倒するなど、非常識な行為が習性となっていることは明らか」であるとし、「田中眞紀子が正負の強力なパワーを持つ、特異な政治家であることだけは間違いない」と述べ、「田中角栄が利益民主主義の申し子だとすれば、田中眞紀子はポピュリズム政治の申し子であり、しかも両者ともに最悪のケースであった」と述べています。
 第5章「テレビニュースの変容」では、1993年以降10年間の日本政治における特定政治家による「改革」への期待の背景には、「マスメディアによるニュース報道が大きな役割を演じている」として、その最初の例を、「非自民連立政権を作ったとさえいわれた、田原総一朗の『サンデープロジェクト』と久米宏の『ニュースステーション』とであり、堺屋太一による『久米・田原連立政権』との命名が流布した」と述べています。
 そして、90年前後の視聴者が、「単なる娯楽に飽き足らず、内外の政治、経済の動きを知りたいという欲求を持ち、それにテレビが応える形となった」ことを解説しています。
 また、ニュース番組が「視聴者に対してある種の権威と影響力をもつようになった」ことが、特に自民党から批判を浴びるようになり、テレビ朝日の椿貞良報道局長が、「非自民政権の誕生が望ましいと考え、それに沿って報道した」と発言したことに、「自民党からは厳しい批判が出て、国会喚問にまで発展した」ことが述べられています。
 著者は、この「ワイドショー的」報道番組とアメリカの「シクスティ・ミニッツ」「新版CBSニュース」とを比較し、「この種の番組と並行してカーターやレーガンといったポピュリスト政治家がアメリカで登場したことも、日本がそれを十数年後に後追いした形となっている」としながらも、日本におけるポピュリズムの特徴として、
(1)アメリカではテレビ映えする政治家の人気を新聞が辛辣な批評や解説で中和・解毒するという役割分担があるが、日本ではテレビの陰気を新聞が増幅する傾向をもつ。
(2)日本のメディアにおいては、その横並び体質と視聴者にこびる性質が特に強い。
(3)報道番組において、テレビでの発言が世論に対して持つ権威を無視できない。
の3点を挙げ、「日本社会には、ポピュリズムの登場に抵抗する力が決定的に不足しており(あきさせる)『時間』という解毒剤に頼らざるを得ない」と指摘しています。
 本書は、この15年間の政治とメディアとの関係を考える上でよくまとまった一冊です。


■ 個人的な視点から

見ごたえのある(近年としては)見ごたえのある時期なんではないでしょうか。
 まだ、明らかになっていないことが山ほどありますが、10年位後に「回想録」が出回るようになると、「謎解き」がある程度されて面白いんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・この十数年のダイナミックな政治の舞台を概観したい人。


■ 関連しそうな本

 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月2日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 大田 弘子 『経済財政諮問会議の戦い』 2006年12月01日
 東京大学社会科学研究所 『「失われた10年」を超えて〈2〉小泉改革への時』 2007年04月17日


■ 百夜百マンガ

魔界学園【魔界学園 】
 『魔界都市ハンター』の方がおなじみのキャラがたくさん出てきて楽しいかもしれません。そういう意味では親しみやすいかも。

2007年5月28日 (月)

戦後治安体制の確立

■ 書籍情報

戦後治安体制の確立   【戦後治安体制の確立】(#858)

  荻野 富士夫
  価格: ¥6510 (税込)
  岩波書店(1999/01)

 本書は、「戦後治安体制はどのように形成、確立されたのだろうか」という問いに対し、「戦前治安体制が特高警察や治安維持法だけで代表されないように、戦後治安体制も破防法=公安調査庁、あるいは『公安警察』の解明だけで全体像を描くことはできないと考え、治安体制を常に総体として把握するために、政策・機構・法令・運用の四つを一体のものとして捉え」たものです。
 第1章「初期占領下の治安体制再生」では、GHQの「人権指令」を受けた治安当局が、「自らの陣営の罷免者には抜け道を模索し、できうる限りの甘い対応をした」ことを、長野県の例を挙げ、「罷免された元特高警察間の105人のうち、県職員として再採用されたものは48.6%(51人)にのぼり、警部・警部補の幹部クラスの割合では75%を占める」うえ、「その再就職は、『実質的には警察部内の横すべり』に近く、『幹部クラスの再就職先は優遇』され、『下級警察官の再就職は極めて厳しいといった結果を現出した』」と述べられています。
 そして、特高警察の『解体』のわずか2か月後には、内務省内部に「公安課」が設置され、各府県にも警備課の設置が求められたことが紹介されています。
 また、「日本民主化のための地均し」が、「GHQの民政局(GS)主導」で行われたのに対し、「治安確保と反響の観点から警察制度改革で民政局と対立したのは参謀本部第二部(G2)であった」として、G2が、「罷免・追放された元特高警察関係者を雇い、情報収集や謀略活動に利用したといわれるほか、創設されたばかりの『公安警察』とも密接な関係を持っていた」と述べています。
 そして、「警察制度そのものの改革の方向」が定まらず、「日本政府内部においても、さらにGHQ内部においても、自治体警察中心か国家警察中心かで、意見の対立が続」き、「その対立には、警察の司法省移管を巡る綱引きという一面もあった。そして、前者を民政局が、後者を参謀第二部(G2)がそれぞれ後押ししていた」と述べています。
 第2章「占領政策転換と治安体制の形成」では、特別審査局がGSに提出した報告によれば、「49年7月から50年2月までの間に『党員や同調分子』として『排除』された公務員(国鉄・公立学校などを含む)は1万750人に及ぶ」うえ、これに添付されたメモより、「地方公務員1万6048人を加えた2万5189にという数値」が「レッド・パージの第一段階の公務員関係の概数といえよう」と述べています。
 また、「特審局がGSとのつながりを深めていくのとは別に」、「国警や自治体警察はG2やCICとの関係を強め、左翼運動の情報を提供していた」として、「それが共産党内部の会議の出席者や論議の内容にまでおよんでいたことは、明らかに警察の独自のスパイを共産党とその周辺に潜入させたり、獲得していたことを意味」し、「それは創設して日の浅い特審局の情報網に比べ、はるかに強力・有能だったはずで、戦前以来の蓄積された情報とノウハウの継承も寄与したと思われる」と述べています。
 さらに、特審局が、「治安体制のもう一つの軸である『公安警察』を担う国家地方警察や自治体警察から、自ら十分な『調査』機能を持たない」ために、「弱体と見なされる一方で、そのGSと結びついた強力な権限を警戒されていたと思われる」と述べています。
 警察予備隊の創設に関しては、「国警3万人と自治体警察9万5千人に対して、7万5千人の警察予備隊創設と海上保安庁8千人の増員は、飛躍的な警察力の増強となった。しかも小銃・機関銃に加え、迫撃砲やバズーカ砲まで備えることとなった装備は、既存警察力を張るかにしのいだ」ため、「国内治安維持に潜在的な威力を有した」と述べられています。
 第3章「講和独立期の治安体制の確立」では、破防法の固有の機能として、
(1)破防法の本質は「一種の保安的な行政処分」であること。
(2)この「一種の保安的な行政処分」の実施と結びついた公安調査庁の「調査」機能。
を挙げた上で、「冷戦下の国際情勢との関連で国内治安体制の再編のために、破防法の成立が不可欠と認識されていたことは改めて確認しておく必要がある」と指摘しています。
 また、1951年6月に警察法改正が成立すると、「予想通り町村自治体警察は1024町村が廃止を決定し、10月1日から国家地方警察に編入され」、独自の5000人の増員と合わせ、国警は、「それまでの定員の6割増を一挙に実現することができた」と述べています。これによって、全警察の定員は13万人になったのに対し、「公安調査庁の定員は約1700人、予算規模は数億円」であり、「『公安警察』が全警察領域の中で最重要な位置を占めつつあることは確実であるから、講和独立を機に治安体制全体の中で、『公安警察』の存在は公安調査庁をしのぐことになったと言い切ってよいだろう」と述べています。
 さらに、「公安警察」は、「『情報収集』活動の徹底と『警備実施』活動を両輪として機能していた」が、「それらが着実に進展すればするほど、改めて警察の地方分権という1947年の警察法の『壁』」にぶつからざるをえなかったことが述べられています。
 そして、1954年2月に提出された新警察法案では、「自警と国警を廃止し、中央の警察機関として国家公安委員会と警察庁を設け、都道府県には都道府県警察を置くこと、警察庁長官と警視総監の任命権は内閣総理大臣が持つこと、国家公安委員会は存置するが、その委員長は国務大臣を当てること」などを内容とし、「制度的に警察の地方分権を解体し、『効率的』=『能率的』な中央集権体制を確立するという狙い」が一貫したものであることが解説されています。
 著者は、「各方面からの体制整備の進展と前述のような治安諸法令の制定により、『公安検察』は社会運動の抑圧取締りに必要な一連の司法処理のシステムをおおよそ完成させ」、「それは、新警察法施行によって社歌運動抑圧取締の行政・司法警察の一連のシステムをやはり完成させた『公安警察』とも軌を一ににし、公安調査庁の活動も含め、総体として戦後治安体制の確立を画するものであった」と述べています。
 「おわりに」において、著者は、「結局のところ、戦後治安体制を戦前治安体制と画するのは、社会的に自由・平等・平和・人権などの価値がどれほどの深さと強さで根づいているか、であろう」とまとめています。
 本書は、日本の治安について、奇麗事ではすまない切迫した状況の中で構築されてきたことを示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 近年、「治安の悪化」とか「安全安心のまちづくり」とかのキーワードで使われている「治安」と、本書で扱われている「治安」とは、相当意味が異なっていることが分かります。
 前者の「治安」が、国民や住民にとっての安全、安寧のためのものであるとすれば、本書で扱われている後者は、為政者、体制にとっての脅威、国家転覆をいかに治めるかであるか、ということがわかります。
 昔、ゴレンジャーなどのヒーローものに出てくる悪の組織の目的が「国家転覆」であったりしたときに、実際に国家体制が転覆してから一世代、四半世紀くらいしか経っておらず、しかも学生運動など国家に正面から抵抗する勢力があった頃には、リアリティのある脅威だったのかもしれませんが、今時の悪役は「国家転覆」など目論んでないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「国家転覆」という言葉にリアリティを感じない人。


■ 関連しそうな本

 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日


■ 百夜百マンガ

嗚呼 花の応援団【嗚呼 花の応援団 】

 「どおくまん」は、一人の名前ではなく、「独立大阪漫人集団」の略なわけですが、男涙の親衛隊というか、未だに印象に残っている人もいるかもしれませんが、「応援団」といわれても何のことだかピンと来ない人が大多数だと思います。クエックエッ!

2007年5月27日 (日)

不思議な数πの伝記

■ 書籍情報

不思議な数πの伝記   【不思議な数πの伝記】(#857)

  Alfred S. Posamentier, Ingmar Lehmann (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  日経BP社(2005/11/3)

 本書は、「πとそのもっとも美しい面をいくつか理解すること」を主題としたもので、著者は、「本書全体を通じて、πが数としてただ者ではないことを納得してもらえること」が願いであると述べています。
 第1章「πって何?」では、本書の目的を、「この有名な数πの美しさや、さらには楽しさを探すことであり、それが何百年、何千年もの間、数学者や数学ファンを触発し、さらに関連する概念を調べる気を起こしてきた、その理由を明らかにすること」であると述べています。
 第2章「πの歴史」では、インドの数学の天才ラマヌジャンが立てた、「πの値を計算するための公式」の中には、「非常に複雑で、きちんと使うにはコンピュータの登場を待たなければならなかったももある」ことが述べられています。
 第3章「πの値を計算するとは?」では、「πの値を計算するためのいろいろな方法」を示しています。その一つとして、同じ大きさの円に内接する正多角形をいくつか取り上げ、「正多角形の変の数が増えるにつれて、その多角形の周は、だんだん円の周に近づいていく」というアルキメデス式のπの求め方を紹介しています。
 また、インドの並外れて優れた数学者ラマヌジャンが、「πの値の生成に貢献したが、どうやってその結果に達したかについて、確かなことをほとんど残さなかった」ことが紹介されています。
 第4章「熱烈なπファン」では、アメリカのπファンが3月14日をπの日として祝い、アインシュタインが3月14日(1879年)生まれであることから、この「3.141879」がπの良い近似値であることが紹介されています。
 また、「πの数字を一番たくさん覚えた世界記録保持者」の後藤裕之が、「πを4万2000桁以上暗唱したが、時間は9時間以上かかっている」ことを紹介しています。
 第6章「πの使いみち」では、「まず正三角形を作図し、そこから正三角形の各頂点を中心に、正三角形の変の長さを半径とする、3つの同じ大きさの円を描く」ことで得ることが出来る「ルーローの三角形」を紹介し、この形のナットが、専用のレンチでないと開けられない消火栓のコック等に応用されていることが述べられています。
 「エピローグ」では、28ページをかけて実際にπを小数点以下10万桁まで掲載しています。
 本書は、πという数の楽しみ方を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書が書かれた段階では、πの暗誦は4万2000桁となっていますが、2006年10月3日に、原口証氏が16時間半をかけて10万桁を達成しています。原口氏は数字を語呂合わせにして覚えているとのことですが、本書の巻末についている、小数点以下10万桁までのπの数字を、語呂合わせにする作業だけで気が遠くなりそうです。


■ どんな人にオススメ?

・ホワイトでーには「πの日」を祝いたい人。


■ 関連しそうな本

 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日


■ 百夜百音

GOLDEN☆BEST/堀江淳【GOLDEN☆BEST/堀江淳】 堀江淳 オリジナル盤発売: 2004

 「メモリーグラス」がずいぶんヒットしましたが、今でも毎年200万円くらいの著作権料が入るそうです。歌い出しが「水割りをください」だったせいで演歌の仲間にされてしまっていましたが、四半世紀後には演歌として覚えられたことが吉と出たようです。


『微風通信』微風通信

2007年5月26日 (土)

フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯

■ 書籍情報

フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯   【フォン・ノイマンとウィーナー―2人の天才の生涯】

  スティーブ J.ハイムズ (著), 高井 信勝 (翻訳)
  価格: ¥3045 (税込)
  工学社(1985/08)

 本書は、ジョン・フォン・ノイマンとノーバート・ウィーナーの2人の数学者について、「2人分の伝記という分野に属し、この中でウィーナーとフォン・ノイマン両人の生涯と研究活動に関する要素をいくつか選び、だいたい年代順に並べて検討」し、2人を、「歴史の産物としてだけでなく、同時に自分の責任でなすべきことを選び、それを行った人物だと」見なし、「それらの選択に伴う行動は、はっきりとした自覚とともに、彼ら2人の将来を形成し性格を決定した」と述べ、「周囲の状況や歴史的な力、さらには彼ら自身の性格によって自由が限定されていたにもかかわらず」、「自らの責任で行動した人間たちだった」と評しています。
 第1章「若きウィーナーと父親像」では、1924年から1926年の間にゲッチンゲンで、ノーバートが9歳年下のフォン・ノイマンと初めて出会ったことは、「決して偶然では」なかったと述べています。
 第2章「フォン・ノイマンの青年期」では、理論物理学者のユージーン・ウィグナーが「フォン・ノイマンの能力に出会ったとき人々は、1000分の1インチの精度で噛み合う歯車を持った完璧な機械のような印象を受けました」と語っていることを紹介し、仲間達が、「人類の進化の程度から見て、フォン・ノイマンが他の人間よりも進化していると本気で考えていた」と述べています。
 また、「急速な工業化の時代に、西洋社会のユダヤ人が社会的に出世していくため」の2つの道として、
(1)営利企業によって富を築き、それと同時に多少の政治的影響力を得、次にその富と影響力を使って社会的政治的権力組織に入り込む方法。
(2)経済界や政界でのエリートとの関係では外れ者という立場をある程度受け入れ、知識人としての地位を得ようというもの。
の2つを挙げ、ノイマン家が前者を、ノーバートの父が後者を選択したことが述べられています。
 第4章「理論で勝負するポーカープレイヤー」では、「ゲームは数学者が利用できるものなのです。ゲームが実社会のいくつかの要素を模倣する一方で、数学者がゲームの要素を正確な数学の公式へ移行していったとき、現実の抽象概念を一歩先へ進めることができるのです。数学者としての県治から、もしそれが新しい興味ある数学の創造性を刺激したなら、現実とのその結びつきは目的にかなったことになります」と述べ、フォン・ノイマンによるゲーム理論の創設を解説しています。
 第6章「科学に対する取り組み方と研究態度」では、ウィーナーとフォン・ノイマンを比較し、「2人がそれぞれ選んだ研究課題を、数学会の指導者たちがそれらにどのような重要性を置いたか」について、数学者ウラムの、
「数学者は、その創造的研究の初期に、しばしば2つの相反する動機に直面します。1つは既存の研究の手助けをしようというもので、未解決の問題をとくことにより、早く確実にその功績が認められることが可能です。もう1つは、新しい足跡を示し、新しい体系を創造したいという欲求です。後者を選択するほうがより危険で、価値や成果が評価されるまで、大変な時間がかかります」
という言葉を紹介し、フォン・ノイマンは、「初期の研究では、前者の動機を選び、人生の終わりに近づいて、やっと自分が可能性のある新しい数学の創造に、自由に勤勉に携わっていることに自信を」持ったと述べています。一方、ウィーナーは、「特にルベーグ法とブラウン運動の研究において、初期に後者の道を」とり、「数年遅れて認められ、彼はすぐに認められなかったことに憤」ったことが述べられています。
 また、フォン・ノイマンが、「数学者の動機を、美を求めるもの、特別の種類の数学的美を求めるもの」であると述べていることを紹介しています。そして、ウィーナーが、「ときどき視覚的概念をまったく別の根源から導き」、資格は劣っていたが、「数学の創造過程においては、鮮明な概念を見ること」ができた一方で、「目に見えるような、あるいは幾何学的な視覚化は、フォン・ノイマンの思考において重要な役割を果たすとは思われ」なかったと述べています。
 第7章「基本編」では、フォン・ノイマンとウィーナーが、「数学はその公理、定義、そして規則と矛盾のないことにおいて、完全であることを証明しようと努力して取った態度」が、「各々異なって」いたとして、ウィーナーは懐疑論者であり、1915年には、「論理学の公理から、正当性を引き出すどの論理体系の場合でも、論理学と数学の定理において、論理体系が絶対的であるという確実性を得ることはまずありそうにない」と書いていることを紹介しています。一方、フォン・ノイマンは、「事実や公理的研究に関する正しい認識を持っていたにもかかわらず、論理化や数学家の拡張にできる限り専心」し、「論理体系は普遍性があり、必然的に範囲の広いものであり、ある点で形式的論理構造は、物の概念的な本質を捉える」というものであり、この点では、「17世紀の哲学者、とくにライプニッツを類似」していて、「彼は論理の重要な限界を認識することに、とくに興味は」なく、「もし、限界に至っても、それは乗り越えられる障害として捉え」、「むしろ問題は、形式化が永遠に進歩する過程で、どのようにしてそれを乗り越えるか」にあったことが述べられています。
 実際の研究においても、天気予報に関して、フォン・ノイマンは、「できるだけ最良の方法で計算を実行することにより、純力学手方法を限界まで押し進める態度」を取ったのに対し、「ウィーナーはフォン・ノイマンの研究法にひどく批判的」で、「ウィーナーの予報形式は、あらゆる天候に関する情報をもとにしても、大気の状態に関しては、不完全な情報しか得られないという考え方に根ざし」、「予報に関するあらゆる問題を、統計学的に体系化することが重要であると信じ」、「決定論的力学に基づくのではなく、過去の天気の統計的記録を集めて、体系化する」ことが、「哲学的に正しい」と主張したことが述べられています。
 著者は、「ウィーナーとフォン・ノイマンは両者とも多様な現象と経験の中で、普遍性と統一性を見つけようと考え」たが、「1つの統一された『理解』に向けてそれぞれ違った道を進んだ」と述べ、「ウィーナーの概念的数学の方法とフォン・ノイマンの形式的数学の方法は、両者とも、この目標に達するには難解な道」であったと述べています。
 第8章「数学教授としての日々」では、ウィーナーの研究が、主に解析学の分野であったのに対し、フォン・ノイマンの研究では代数学に重きが置かれ、それでも、「両者の興味はたくさんの点で共通」していて、2人が数学界でよく顔を合わせ、「機会あるごとに相手を捜し求めて、数学に関する議論を交わし」、「このような長い議論と交流とが、人並みはずれて頭のよい、深遠な魂を持つこの2人の親交の中心だった」と述べています。
 第9章「人生の岐路」では、戦時中の合衆国政府科学研究開発機構が、「合衆国の科学者をまとめ、戦争に協力することを第一の目的とした」ものであり、そこでは、原爆製造とドイツの爆撃機対策という2つの大きな課題があり、「特に洗練された科学要員が必要」だったことが述べられています。ウィーナーは、「爆撃機の位置と動きから次の位置を数学的に予測し、命中率が向上するような高射砲をコントロールすること」に取り組み、「フィードバック・ループをもつ自動操縦装置と、人間の行動、例えば、目や感覚器により情報を受け、神経組織によって手が行き過ぎたり戻りすぎたりしないようにコントロールされて、鉛筆やコップを掴むといった行為のアナロジー(類比)を適用しようとした」ことが、後に、「生物と機械におけるコントロールとコミュニケーションの理論」としてまとめ上げられ、「サイバネティックス」の原型となったことが述べられています。
 また、「フォン・ノイマンは定石どおりに行動し、決して無茶は」しなかったが、「他の人々と異なって時間の制約を超えて別のことを楽しんで」いて、ウィーナーは、「物理学、数学において時間的な制約を受けて」いたのに対し、「フォン・ノイマンはそれを無視、あるいは乗り越えて」板と述べられています。
 第10章「共通の興味をもった2人の相違点」では、メイシー基金の援助によって開催された、「数理工学と生物学の連携に興味を示す20人の科学者」を集めた学際間の会合に際して、ウィーナーとフォン・ノイマンが推薦した人物の選び方から、「数理工学と生物という問題に対して、異なった取り組み方をしていたことが」分かるとして、科学史研究家・哲学者であるジョージオ・デ・サンティラナを推薦したウィーナーが、「広く哲学と歴史の分野からその問題を理解しようとした」のに対し、理論学者のゲーデルを推薦したフォン・ノイマンは、「もっとも洗練された形式理論に基づいて頭脳を表現しようとしていた」と述べています。
 また、「いろいろな原因」によって、「2人の偉大な数学者の間の不和」があったにもかかわらず、「専門分野での親交を保ち、共通の興味だった機械と生命体とを結ぶ新しい試みについて語り合うのは、2人にとって互いの利益になること」であったと述べられています。
 第12章「政治権力、人間性、社会に対する認識」では、「ウィーナーもフォン・ノイマンも偽善者では」なく、「社会における両者それぞれの政治上の行動とその社会理論は一貫したもの」であったと述べ、「フォン・ノイマンは、ウィーナーよりも政治家としての能力があり世俗的な活動家」だったが、「2人ともまず第1に思想家」であったと述べられています。そして、「数学からかなり隔たったもののように」見える政治の世界について、2人が、「いくつかの数学的な概念を基礎について、社会を記述する概念上の枠組みを作り上げ」たと述べ、その基礎は、「フォン・ノイマンの場合はゲーム理論であり、ウィーナーの場合はサイバネティックス」であったと述べられています。
 また、ウィーナーは、フォン・ノイマンと違い、「社会に対する考え方とその概観を、多くの一般大衆向けの書物に記述」し、その著作が、「政治学や経済学から心理学へと、統一した観点からすべての社会『科学』にまで及んで」いたことが述べられています。
 著者は、フォン・ノイマンとウィーナーの社会理論が、「他のどの社会理論と同じように、人間性、人間とは何かの本質についての考えを含」み、ある段階で、「機構の形態やメッセージの流れと制御点や決定点の内部形態に着目した有機的組織体のモデルを作り」、これらのモデルが、「人間が異常に複雑な形態の機構を通して働いていることに従う新しいもの」であり、「それらは組織に与える情報を通して、間接的にモデルの役割において、その目的や行動(学習)に変化を招」くものであったと解説しています。
 第14章「『人間』としてのフォン・ノイマン」では、彼のエネルギーが驚くべきものであり、「オフィスで1日を費やした後、しばしば朝の2時まで書斎で仕事をし」、「その間、階下ではパーティーが続いていて、そして6時になると再び起き出し、強靭な集中力で仕事を続け」たと述べられています。
 第15章「ウィーナーの晩年」では、MITにいた頃のウィーナーが、「『ウィーナーの寄り道路線』として知られる散歩に、毎日のように、かなり頻繁にオフィスから出かけて行き」、彼の教え子は、「彼がある考えを思いつくと、廊下をさまよい歩き始め、誰かのオフィスに入ったり、友人のところへ行ったりしました。そして私の家が、その『ウィーナーの寄り道路線』の1つであったということを誇りに思いました」と語っていることを紹介しています。
 本書は、20世紀の偉大な2人の数学者の、対照的な生き様、そして共通点を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 フォン・ノイマンもウィーナーも、どちらも個々に評伝が出版されていますが、この時代の科学者の話はどれをとっても読み応えがあります。この時代の科学者たちが、原爆を作り出し、広島、長崎で実際に使用されたことで、様々に悩んだり、新しい道を見つけたりという生き様を模索する様、時代の高揚感は、最近の科学者にはあまり見られないものなのか、それとも後年になって伝記が出版されるようになってから知ることができるのか、そのあたりも楽しみです。


■ どんな人にオススメ?

・数学者たちが「世界の秘密」を暴き出した時代の高揚感に触れてみたい人。


■ 関連しそうな本

 フロー・コンウェイ, ジム・シーゲルマン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『情報時代の見えないヒーロー[ノーバート・ウィーナー伝]』 2007年03月25日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』 2006年11月21日
 スティーヴ・J. ハイムズ (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『サイバネティクス学者たち―アメリカ戦後科学の出発』 2007年04月22日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日


■ 百夜百音

うる星やつら TVテーマソング【うる星やつら TVテーマソング】 松谷祐子 オリジナル盤発売: 1999

 「ラムのラブソング」は日本のアニメ主題歌の傑作の一つですね。
 youtubeでスペイン語版を聴くことができるのですが、これが凄まじい。日本語版の音量を抑えた上に、スペイン語の歌詞をノンエフェクトで乗せてます。イントロの音が小さいと思って聴いているとびっくりしますよ。


『「うる星やつら」 ラムのベスト・セレクション2』「うる星やつら」 ラムのベスト・セレクション2

2007年5月25日 (金)

経済政策を担う人々―官の構造改革

■ 書籍情報

経済政策を担う人々―官の構造改革   【経済政策を担う人々―官の構造改革】(#855)

  北坂 真一
  価格: ¥1890 (税込)
  日本評論社(2006/06)

 本書は、「経済学が教える政策と実際の政策との間に大きなギャップが存在する理由は、政策を担う人々が活動する政策形成の過程に、特有の問題が潜んでいるからである」という問題意識に基づき、「経済学の基本にしたがって政策の原則を示しながら、その政策を考え実行する主体、すなわち『政策を担う人々』に焦点を当てている」ものです。
 第1部「経済政策のしくみ」第1章「経済政策はなぜ必要か」では、「経済政策」を、「人々の経済的満足度を高めるために政府(中央政府や地方自治体)が行う様々な行動」と定義し、ています。そして、稀少な資源をめぐる経済問題の解決方法として、
(1)暴力的解決:腕力に勝るものが勝ち取る。
(2)確率的解決:運に任せる。
(3)合議的解決:話し合いによって決める。
(4)政策的解決:みんなに認められた権力を持つ別の人物が決める。
(5)市場メカニズムによる解決
の5つの解決方法を提示しています。
 第2章「経済政策にはどのようなものがあるか」では、「現代社会で重要と考えられる租税の原則」として、
(1)効率
(2)公正
(3)簡素
の3点を挙げています。
 第3章「経済政策は誰が決めるのか」では、政策の形成過程を時間軸に沿って、
(1)政策課題の設定
(2)政策の決定
(3)政策の実施
(4)政策の評価
の4つの段階に分けて議論することが多いことを述べています。
 また、政策実施に当たり、「その経済性や効率性を検討し、それを次の政策にフィードバックすること」が、最近特に重視されるようになった背景として、「民間企業の経営手法を可能な限り公共政策にも導入し、行政の効率化を図ろうとする試み」である「ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)」という考え方があることが解説されています。
 第4章「経済政策の評価と望ましい方向性」では、経済政策を評価する前提として、「望ましい政策の基準」が必要になるとして、
(1)価値・ビジョン
(2)有効性
(3)費用効率性
の3点を挙げています。
 また、わが国の改革の方向性として、
(1)市場メカニズムの活用
(2)透明性の向上
(3)地方分権の推進
(4)公務員制度の改革
の4つの方向性を指摘しています。
 第2部「政策を担う人々」では、日銀や各省庁、政治家、地方自治体、経済団体、経済学者などを取り上げています。
 第1章「日本銀行(1)」では、大きな権限を持つ日銀総裁への風当たりは厳しく、
(1)政治からの圧力
(2)霞が関の官庁、とくに財務省からの圧力
の2点が挙げられています。
 第3章「内閣府」では、経済財政諮問会議にかんする問題として、
(1)内閣総理大臣が議長を務める経済財政諮問会議の提案に対して、行政を担当する象徴が抵抗することが多すぎる。
(2)三位一体の改革や特殊法人改革なので、多くの閣僚、あるいは与党政治家が行政とともに改革に抵抗するのも奇妙である。
の2点を挙げています。
 第4章「財務省」では、「伝統的な財政学では、租税の制度設計が中心的課題」であったが、「近年の経済学では、むしろ政府の支出や租税が経済全体にどのような影響を及ぼすのか、という側面に注目が集まって」おり、「伝統的な財政学よりも、公共経済学が注目されるようになった」と述べています。
 第6章「経済産業省」では、経産省の特徴として、
(1)経産省がカバーする政策の範囲が非常に広いこと。
(2)戦略的な経済政策を扱う部門と実務的・技術的な問題を担う部門が同居していること。
の2点を挙げています。
 第8章「農林水産省」では、政府が競争力の弱い産業を保護する理由として、
(1)幼稚産業保護論:対象産業が未成熟で今は保護を必要とするが、いずれはひとり立ちして保護が必要なくなる。
(2)外部効果:当該産業に外部効果があり、それ自身が市場価格で評価される以上に、その国に恩恵を与えるため。
の2つの考え方を挙げ、農林水産業の保護政策については、後者の外部効果である「多面性(または多面的機能)」を根拠とすることが多いことが述べられています。
 また、農林水産業に残る大きな仕事である農村の振興についても、「全国一律に行える問題ではなく、地域により事情は様々である」ので、より多くの情報を持っている地方自治体に十分な権限と財源が移譲されれば、農村の振興も地方自治体の仕事になると述べられています。
 第10章「国土交通省」では、従来から公共事業の経済効果として強調されてきた「乗数効果」と「生産力効果」について、前者については、従来から過大評価されていること、後者についても80年代までに社会資本全体の量が十分なレベルに達しており、その後低下傾向にあるという指摘を紹介し、「現在のわが国では公共事業を推進する技術官僚の発想よりも、費用対効果を重視する経済学的発想が重要である」と述べています。
 第11章「総務省」では、1947年に地方自治法成立以後も、「地方自治体の税制や財政制度をみると、戦後から現在に至るまで、依然として中央が地方をコントロールするしくみが残されている」ことを指摘し、「地域的な諸条件を考慮し、住民のニーズを行政に反映させることが地域の資源を有効に活用し、人びとの満足度を高めることになる」と、地方分権の必要性を説いています。
 第17章「国会」では、国会が「その事務職員を形式的には他の官庁の官僚とは異なる国家公務員の特別職として採用し、その呼称にも「事務官」や「技官」といった「官」という政府権力に属する呼び名を」用いず、英国議会における「パーメタリアン」という呼称を紹介していることが述べられています。
 第19章「野党」では、近年の国政選挙の特徴として、
(1)政権交代の条件が整いつつあること。
(2)マニフェスト(政権公約)を中心に政策論争を行う土壌ができたこと。
の2点を挙げています。
 第20章「地方自治体」では、都道府県知事を経歴によって類型化し、官僚出身者が半数以上を占め、中でも旧自治省出身知事が最も多いことが解説されています。
 著者は、地方自治体の政策の重要度が高まることで、「それに適切な人物を知事に選ぶことが重要である」と説いています。
 第23章「経済学者」では、経済学者が時の政策に影響を与えるルートとして、
(1)学術研究を通じる経路。
(2)マスコミを通じる経路。
(3)政府の審議会や研究会の委員、あるいは政治家のブレーンなどにつき、意見を表明したりアドバイスをする経路。
の3つを示し、「経済学者が大臣に就任したり、日銀のように政策決定の要職につくことは、この三つ目の経路の延長線上と見ることができる」と述べています。
 第3部「これからの経済政策」では、経済財政諮問会議の貢献として、
(1)政策決定のプロセスを透明化した。
(2)諮問会議を中心とするトップダウン方式によって、利害調整の難しい政策を動かした。
の2点を挙げる一方、不十分な点として、
(1)本来は経済政策の客観的な審議を行う場が、閣議のようになり、役所の主張や関係者の利害調整の場に変質したこと。
(2)経済の専門家と政治家の役割が不明確になり、それぞれの責任が十分に果たされていないこと。
(3)政府の他の審議会との役割分担が不明であり、全体として整合性のある経済政策が実施できるのか、疑問が残ること。
の3点を指摘しています。
 本書は、経済政策を担う個別の経済主体としての様々な「組織」ごとの思惑を考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 経済学の教科書では、役所も政治家もまとめて「政府」と一括りにしてしまいますが、その「政府」の中身は、各省庁ごとの思惑がぶつかり合い、政治家は様々な利害で動き、個々の役人も自分の利害を持っています。
 そういった個々の経済主体が持つ思惑を分析していくのには、古典的には「公共選択」などの分野がありますが、経済主体それぞれについてのプロフィールを紹介している本書を読むことで、より理解が深まるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・経済政策がどんな人々の思惑で動いているかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 寛 『入門公共選択―政治の経済学』 2005年03月13日
 小林 良彰 『公共選択』 2005年04月15日
 曽我 謙悟 『ゲームとしての官僚制』 2006年02月24日
 アビナッシュ・K. ディキシット (著), 北村 行伸 (翻訳) 『経済政策の政治経済学―取引費用政治学アプローチ』 2005年02月06日
 佐藤 雅彦, 竹中 平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 2005年06月26日
 土場 学, 佐藤 嘉倫, 三隅 一人, 小林 盾, 数土 直紀, 渡辺 勉, 日本数理社会学会 『社会を"モデル"でみる―数理社会学への招待』 2005年11月30日


■ 百夜百マンガ

クロ號【クロ號 】

 「シーモネーター」が「SEAMO」に変わったみたいに、「杉作J太郎」が「杉作」に変わったのでしょうか?
 なんとなくそう思ってたけど裏取れないし。そう言えばタモリ倶楽部といえば金曜日。

2007年5月24日 (木)

テレビは政治を動かすか

■ 書籍情報

テレビは政治を動かすか   【テレビは政治を動かすか】(#854)

  草野 厚
  価格: ¥1,680 (税込)
  NTT出版(2006/2/15)

 本書は、「2005年9月11日の総選挙を象徴とする小泉政治の分析を行いながら、テレビやメディア一般の果たした役割を論じ、それを理解する一助として、テレビ番組一般の特徴を述べる」というものです。
 第1章「9・11選挙―テレビメディアは小泉自民党を勝たせたか」では、小泉首相が変えた日本の政治風景として、
(1)日本の首相は米国の大統領と比べ、指導力という意味で権限も実態も弱いといわれてきたが、その気になればかなり強い指導力を発揮できることが明らかになった。
(2)1996年10月22日以降、4度目となる小選挙区比例代表制による選挙で、初めて小選挙区制度の持つ特徴が鮮明に現れた。
(3)有能な若手官僚など有望な新人は、ほとんど野党、民主党から立候補する傾向が強まるという新陳代謝の不活発さに風穴を開けた。
(4)自民党の中の自民党といわれた、田中角栄元首相の流れを汲む橋本派が、この選挙でほぼ解体してしまった。
の4点を挙げています。
 また、自民党の圧勝が、「沈黙の螺旋が第1段階から第4段階まで機能し、メディアを通じて国民」が踊らされたという仮説に対し、「メディア、とりわけ新聞社説は意見が分かれた」ことを挙げ、「そもそも沈黙の螺旋が成立するよう権を欠いていた」と指摘しています。
 さらに、自民党に大勝利をもたらした理由として、
(1)経済政策の実績:01年に「骨太の改革」を主張して登場し、成果を挙げたことが、小泉自民党に投票した有権者の意識にある。
(2)党内改革の実績:橋本派を潰し、大統領型内閣という新しい政策決定システムを構築した。
の2点を挙げ、さらに、「政治にあまり関心のない一般の人に対し、小泉内閣はなんとなく改革を目指そうとしているとのイメージを、漠然とだが印象づけることに成功した」と述べています。
 第2章「自民党vs民主党―メディア対決の明暗」では、「小泉首相というメディアにとって魅力的なキャラクター」を持つ自民党に対抗する民主党が、「努力の割には、その成果はあがらなかった」として、
(1)岡田代表の、小泉首相とは正反対の極にあるテレビ向きではないキャラクター
(2)解散すら予想していなかったというメディア対策の準備不足
(3)刺客候補が送られた選挙区に過度に報道が集中し、民主党は出る幕がなかった
の3点を挙げたうえで、「小泉内閣の政策決定の視点、方向性と、民主党のそれが似ていること」を指摘しています。
 第3章「テレビ映像は何を伝えたか」では、テレビの特徴として、
(1)一つの事柄が視聴率を取れるとなれば、各局ともそれに話題を集中する洪水報道化する。
(2)時間的制約があるため、善玉悪玉の二項対立で番組を作る傾向がある。
(3)視聴者に提供される情報はカメラが捉えた映像に限られるため、制作者の意図に誘導しやすい。
(4)テレビは映像が命であるために、映像のない事柄はニュースになりにくい。
(5)放送は一定の時間内に終わらせなければならない。
の5点を指摘し、「この制約を逃れて番組を制作するのは、物理的な事情もあり難しい」うえ、民法では視聴率を見込む必要があるため、「視聴者の側が、テレビは『いいところもたくさんあるけれど問題もあるね』ということをわかって、客観的な姿勢で番組を見ることが大切だ」と述べています。
 第4章「メディア政治のつくられ方」では、テレビ批判の盲点として、「『テレビはだめだ』、『テレビはけしからん』と批判する人の多くはテレビ番組を見ていない」ことを指摘し、「実際にはきちんと見ないで印象論のみでテレビ批判をしている視聴者が実に多い」と述べています。
 「おわりに」では、本書の考察の結論として、
(1)小泉自民党の大勝に終わった2005年の9・11総選挙の結果は、日本の政治にとり、良い意味での歴史的な大変化かどうか。
(2)選挙結果を含め、小泉首相の政治は決して望ましいものではなく、継承されるべきものではないと考える人々ほど、否定的な意味でのテレビの影響力の大きさを強調しているという点をどう考えるか。
(3)人々は、政治や経済はもちろん、あらゆる情報を、テレビやインターネットから入手することが、今後一層当たり前となる。
(4)それらのメディア環境を政府も政党も忌避することはできず、その活用ぶりに腐心することになろう。
の4点についてまとめています。
 本書は、政治メディアとしてのテレビの特質を理解する助けを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「TVタックル」をはじめとして、政治家がテレビに出る機会が増え、国政レベルで言えばテレビ映えすることが、議員の重要な要件の一つになってきた気がします。少なくとも、世論を動員したい首相にとっては不可欠です。
 一方で、われわれがテレビを見る際にも、テレビ局によって整理された情報ではなく、かなり未整理な状態で見せられることにもなりますので、かなりの注意が必要になる気がします。


■ どんな人にオススメ?

・テレビを見る力を身につけたい人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 石川 慶子 『マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル』 2006年10月26日
 星 浩, 逢坂 巌 『テレビ政治―国会報道からTVタックルまで』 2007年04月12日


■ 百夜百マンガ

新ナショナルキッド【新ナショナルキッド 】

 「ナショナルキッド」ってこんな話だったっけ?・・・・・・とだまされて買う中高年も少なくないはず?

2007年5月23日 (水)

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて

■ 書籍情報

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて   【日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて】(#853)

  鶴 光太郎
  価格: ¥2730 (税込)
  日本経済新聞社(2006/07)

 本書は、日本の経済システムについて、「どのシステムもメリット、デメリットを持ち、完全なシステムなどないという認識」の上で、「あるシステムがある時期うまく機能していたとすれば、それを支えていた環境条件とは何か、また、システムが機能不全に陥ったとすればどのような条件変化によってもたらされているのかを綿密に検討し、『故障』の原因を丹念に探る」という立場から書かれているものです。
 著者は、バブル崩壊後の1990年から2005年頃までを「失われた15年」という言い方をすることに関して、「はたしてこの期間は本当に『失われて』しまったのであろうか」と疑問を呈し、この時代、日本は、「緩やかであるが大いなる『制度変化』の時代、あるいは『制度進化』の屈曲点に入った」とする青木昌彦氏の解釈を支持し、「『失われた15年』は決して『空白の15年』ではなかった。『制度変化』という移行過程の中で『敗者復活』を信じて努力を続けた一群の人々がいた。そうした挑戦が若い世代にも確実に受け継がれていくことで『格差社会』を超えて日本経済のフロンティアが開拓されていくことを期待したい」と述べています。
 第1章「『制度』『経済システム』をいかに捉えるか」では、「『制度』の要件を満たすような経済主体間の安定的取引・契約関係を『関係依存型』『アームズ・レングス型』の2つに分け」、それぞれ、
(1)関係依存型システム:繰り返しゲームで表現できるような相対型・長期継続的取引関係。
(2)アームズ・レングス型システム:短期的・スポット的・単一的な取引を特徴とする「距離を置いた関係」。
であると解説し、「アームズ・レングス型システム」の発達のためには、「法制度・司法制度の確立が必要であるため、経済の発展段階の低い国では、まず、「関係依存型システム」を採用せざるを得ないと述べています。
 そして、「関係依存型システム」のりシャッフルのためには、「取引関係に関する意思決定をしている主体に一種の『乗っ取り』(テイクオーバー)を仕掛けることが考えられる」と述べています。
 第2章「金融システム」では、金融システムの役割を、
(1)資源配分機能:最も生産的な主体へ資金を回す。
(2)ガバナンス機能:資金提供者に適切なリターンを約束する。
の2つに分けて解説したうえで、「現実には、市場も情報も不完全であり、様々な取引コストが存在するため、資金調達手段(内部留保、負債、株式)の違いが企業にとって意味を持つし、資金調達の構成や銀行部門と株式市場の相対的な規模でマクロで見た金融システムの特徴も決まってくる)と解説しています。
 そして、「関係依存型金融」の下では、「不良プロジェクトに追加融資しないというコミットメントに信頼性(クレディビリティ)がない」ため、「旧共産圏諸国の国営企業で見られた『ソフトな予算制約』(非効率的な借り手に資金が継続して流れる問題)」が生まれやすいと述べています。
 また、バブル崩壊以降、日本経済を覆ってきた「不良債権問題」について、その背景として、
(1)1970年代末からの金融・資本市場の自由化により、優良な製造業・大企業が海外を含め、資本市場からの調達を増やし、結果として銀行借入の依存度を低下させたこと。
(2)金融自由化の流れでノンバンク(住専など)のマーケット参入により金融機関同士の競争が厳しくなったこと。
(3)地価の上昇期待を背景に、土地担保に依存した不動産関連融資への傾斜。
の3点を挙げています。
 さらに、2002年秋に策定された「金融再生プログラム」によって、それまで遅々として進まなかった主要行の不良債権処理が進んだ理由として、
・資産査定の厳格化
・自己資本の充実
・ガバナンスの強化
の「3方向から、主要行を着実に『リング』のコーナーに追い込んでいくことができたから」であると述べています。
 著者は、「『関係依存型金融』の弱まり・見直しと『非干渉・市場型金融』の拡大が見込まれる背景」として、
(1)不良債権問題による経営環境の悪化が、「関係依存型金融」の重要な機能である、メインバンクによる借り手へのコントロール機能を大きく弱めた。
(2)大・中堅企業を中心に、1980年代から続く資金調達における「銀行離れ」が90年代後半以降加速してきたが、証券市場からの調達が拡大するという流れは今後も継続すると考えられる。
(3)1990年代以降の金融再編、金融安定化への対応の結果、金融機関の合併・統合が進み、金融機関の規模が大きくなった影響。
(4)1990年代以降、特定の金融仲介機関がリスクを全部背負うのではなく、貸し出し(借り手)に関する情報がマーケットや他の金融仲介機関を共有化され、リスク・シェアリングが行われるような仕組みが注目されている。
(5)2005年4月にペイオフ解禁が拡大され、普通預金などが部分保護に移行したこと。
の5点を挙げています。
 そして、株式市場の本来の役割を、「個々の企業の業績やその予想を通じ、それぞれに異なった評価を与えること」とした上で、「株式市場が個々の企業をきめ細かく評価し、それがさらに独創的な企業を育て、増やすという好循環にこそ、日本経済飛躍のカギがあるはず」だと述べています。
 第3章「コーポレート・ガバナンス」では、議論に当たって、「プリンシパル・エージェント(依頼人・代理人)モデルの枠組み」を採用し、コーポレート・ガバナンスを、「代理人問題を緩和し、『企業価値を最大化させるような効率的な企業経営に従事させるように経営者に規律を与え、コントロールするメカニズム』」と定義し、そのメカニズムを、
(1)株主の権限・コントロール力の強化
(2)経営者への積極的なインセンティブ付与
(3)経営者交代の「驚異」による規律付け
の3点挙げています。
 さらに、「経営者を効率的な経営に向かわせるための積極的な動機付け」として、成果主義の報酬制度以外に、「日本やヨーロッパ諸国においては、自己の『評判』(reputation)(他者の自分の能力などについての評価)に基づいた『出世願望』(career concern)による動機付けがより重要であったと考えられる」と解説しています。
 著者は、「過去10年近くの歴史的ともいえる制度改革」を、「モニタリング向上改革」が、「アメリカや諸外国の制度との整合化や株主の権限強化という政策目標がまずあり、それに向かって制度改革を行ったという意味で、『政策推進型』の改革であった」のに対し、「柔軟性向上改革」は、「経済界の要望をダイレクトに反映させる形で制度改革を行ったという意味で、『需要牽引型』の改革」であったと解説しています。
 第4章「雇用システム」では、雇用契約が「すべての将来事象を特定化することはできないため、当然、不完備契約にならざるを得ない」ので、「雇用システム」を、「賃金を含め様々な手法を使い、労働者の行動が雇用主の利害に沿うようにインセンティブ付けを行うような明示的、暗黙的な仕組み」であると定義しています。
 また、「成果を賃金に結びつけるという最も単純な仕組み」が、現実には、
(1)労働者の成果は必ずしも立証可能でない。
(2)賃金契約も「不完全」(不完備)なものにならざるを得ない。
という問題を挙げ、このような問題を解決するため、
(1)昇進
(2)後払い賃金
などを利用した「自己拘束的な雇用契約」が用いられていることが解説されています。
 さらに、1980年代までの戦後日本の雇用システムの特徴として、
(1)長期雇用の傾向が他の先進国に比べて強い。
(2)年齢・賃金プロファイルの傾き型の先進国に比べて急である。つまり「後払い賃金」の傾向が強い。
(3)大企業における昇進・選抜は他の先進国に比べて遅い(「遅い選抜・昇進」)。最初の15年程度は昇進・賃金であまり格差がなく、その後、選別が行われる。また、昇進は内部昇進の場合が多い。
の3つの「定型化された事実(stylized facts)」を挙げています。
 第5章「企業組織」では、企業の内部組織を、
(1)情報システム
(2)インセンティブ・システム
の「相互に関連する2つの側面」から考え、前者について、「企業における情報システムとは、企業が様々な業務を執行するにあたって不可欠な意思決定において、組織内で情報が入手、処理、伝達、共有される仕組み」と定義しています。
 そして、システム環境条件の情報の扱い方によって、
(1)ヒエラルキー的分割組織:マネジメントのみがシステム環境条件の情報を入手でき、その推定値を現場に伝え、それに基づいて現場で意思決定が行われる。
(2)情報同化組織:システム環境条件を買い部門同士が共同して観察し、得られた共通情報(推定)に基づき現場が意思決定を行う。
(3)情報異化組織:システム環境条件がそれぞれの現場で独立的に観察され、その推定に基づきそれぞれの現場が分散的に意思決定を行う。
の3つの組織形態を考えることができ、「現場の業務の相互関係によってどのような組織形態が効率的かを考えることができる」と述べています。
 第6章「政府のガバナンス改革」では、政府の「ガバナンス構造を複雑化させているいくつかの顕著な特徴」として、
(1)複数任務(multiple tasks)の問題:政府の目標、担うべき任務が多様である。
(2)複数依頼人(multiple principals)の問題:考えや好み(選好)の異なる国民に広く薄く「所有」されている。
(3)政府のパフォーマンスの計測・評価の問題:絶対評価のみならず相対評価も難しい。
という3点を挙げ、「複数任務、複数依頼人のガバナンス構造は、代理人である政府・官僚に高いインセンティブ(high-powered incentives)を与えることを難しくするという問題点を持つ」ことなどを指摘しています。
 また、官僚のインセンティブを高めるための方策として、Dewatripontらが説いた、「政府機関は多様な目標を持つのではなく、ある「使命」(mission=その組織の構成員に広くかつ熱烈に支持されるような唯一のカルチャー)に特化すべき」であり、「そうすることで少しでも政府機関のパフォーマンスは評価されやすくなり、説明責任(accountability)も向上し、ひいてはそれがその省庁の独立性を促進できる」という説を紹介しています。
 さらに、官僚のインセンティブ・システムが、「内部昇進が原則であり、職務レベルや給料は完全に年功で決まり、成果主義はほとんど使われてこなかった」理由として、「官僚の成果に対する明示的な評価が難しいため、最初の20年間程度は昇進に差をつけないが(「遅い昇進」)、主流(花形)ポストに就けるか就けないかでその官僚の「評判」が積み重なり、時間をかけて評価が形成されていく」という「出世願望」(career concern)の仕組みによって暗黙の評価がなされることを解説しています。そして、官僚の生涯給与が、「どのポストまで上り詰めたかに決定的に依存」した、「典型的な『後払い』システム」であると述べています。
 著者は、日本の官僚のインセンティブ・システムとそれを包含する「仕切られた多元主義」が、「理論的に見ても巧妙に設計された制度であり、戦後、高度成長期から1980年代初頭までは十分有効の機能してきた」と評しながらも、政治・経済・社会の大きな環境変化によって、「仕切り」の意義が変化し、「縦割り主義」に変貌した結果、「『業界』、ひいては所属組織の利益最大化をミッションとする強すぎる官僚のインセンティブ・システム」が大きな弊害を産んだとして、90年代以降、「関係依存型官民システム」のデメリットである「影」の部分が件ざしかしたと指摘しています。
 第7章「真のシステム改革実現に向けて」では、民間の「ソフトな制度」変化をなぞる形で政府の「ハードな制度」も変化する必要があるとして、望ましい制度変化を達成する上での問題点として、
(1)既存の「ソフトな制度」の「均衡」に併せて構築された「ハードな制度」がそのまま残っているため「ソフトな制度」の望ましい変化が妨げられているという問題。
(2)民の側において制度変化の期がまだ熟していないにもかかわらず、制度改革により既存の「ソフトな制度」と相容れないような「ハードな制度」を導入するという問題。
の2点を指摘しています。
 また、「民ができるものは民へ」の原則を重要であるとしながらも、「『官』と『民』による公共サービス提供の違いに意味があるのは、暗黙的に『契約の不完備性』を仮定していることに注意する必要がある」として、「『官』から『民』へ公共サービスの担い手を移して行く場合」の判断のポイントとして、
(1)コスト削減が「契約できない『質』」の低下につながりにくい。
(2)提供するサービスの「質」を向上させる面でイノベーションが重要である。
(3)「民」が「質」の向上に努力するインセンティブを与えるための競争、消費者による選別、評判メカニズムが十分機能している。
の3点を挙げています。
 さらに著者は、「真の制度改革を実現するための4つの原則」として、
(1)成長への「ボトルネック」を特定し、除去する改革
(2)市場経済が有効に機能するための「土台」づくりのための改革
(3)手法・道筋の多様性を許容する改革
(4)試行錯誤、実験志向的な改革
の4点を挙げ、「バブル崩壊以降の様々な調整に目途がついた今こそ日本形の新たな地平を大胆に切り開いていく改革が求められている」と述べています。
 本書は、日本経済について、幅広い視点からの知見を集約した一冊になっています。


■ 個人的な視点から

 「失われた15年」は本当にただ失われただけなのか、という分析と、様々な分野の制度分析のツールを併せて紹介しているので、単なる経済評論に終わらず、また、無味乾燥な理論解説書でもなく、この分野に関心を持つには良質な一冊だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日本の経済システムを概括する視点を得たい人。


■ 関連しそうな本

 星 岳雄, アニル カシャップ (著), 鯉渕 賢 (翻訳) 『日本金融システム進化論』 2007年05月08日
 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日


■ 百夜百マンガ

翔んだカップル21【翔んだカップル21 】

 いくら続編ブームといっても、さすがにこの絵は21世紀のマンガとは思えない古さです。時の経つのは早いものです。

2007年5月22日 (火)

談合がなくなる―生まれ変わる建設産業

■ 書籍情報

談合がなくなる―生まれ変わる建設産業   【談合がなくなる―生まれ変わる建設産業】(#852)

  DANGOを考える会
  価格: ¥1,575 (税込)
  日刊建設工業新聞社(2006/12)

 本書は、「これまで建設業界とは無縁のものが大半」であり、「日本経営倫理学会・企業行動研究部会に所属する有志が集まって組織した任意研究会」である著者らが、建設業が「談合なき産業の再生を実現し誇りと信頼に足る産業として再生して、品格のある産業に変身するため」の処方箋と治療方針を示したものです。
 第1章「激変する談合問題」では、巻末に全文が収録されているテキサス大学のブラック助教授の「The Dango Tango: Why Corruption Blocks Real Reform in Japan(「談合は踊る――日本の改革を妨げる政官業癒着」)について、「米国人の視点から日本の談合問題、特に官製談合がいかに受け止められているかは大変興味のある論文である」と述べています。
 また、談合の背景として、近世以来の建設業の歴史を振り返り、明治期には、入札だけを専業とし、「請負業とは看板だけで談合仲間に加わり価格を吊り上げて嵩上げ文の分配にあずかる」「談合屋」が出てきたことを受け、明治30年に条件付での指名入札制度が導入されたが、その後、例外規定が頻発され、「当初の競争入札制度は形骸化」したことが述べられています。
 著者は、談合の主要な誘因の一つが、「日本の公共事業の入札制度や契約制度にある」と指摘し、最低価格児童落札方式や予定価格による縛りが、「契約交渉の柔軟性を失わせるもの」であり、「圧倒的に優位な立場にある発注者の最良に依存する片務的契約になるため、受注者側は大きな経営リスクを追う可能性がある」ことを指摘し、「そのリスクヘッジの手段が談合になっている」との見方を示しています。
 第2章「談合はなくせる(処方箋その1)」では、「本来、議論sなれと割れるべき本質を過小評価し、安易な法規制で現状を誤魔化すことは、正しい法規制の在り方とは異なる」と述べ、「法律が何のためにあるのかを忘れ公務員の保身のために利用されるが如きは現に排除されなければならない」と主張しています。
 そして、「天下りが至るところで行われ、天下り先には見返りとして何らかの形で多額の税金が投入されていることは明白な事実である」と述べ、その背景として、「天下りは実態として国家公務員のキャリアプランの退職システムになっている」ことを挙げ、「個別の問題でなく公務員制度の問題」であると指摘しています。一方、天下りを受ける企業側では、「その受け入れによる出身官庁との関係強化の程度や、断った場合の悪影響なども十分計算した上」で、「天下りとして迎えれば役に立つと思われる官僚」については、「政治家の口利きでその所属する省庁に『割愛申請』を出して天下りを誘致するというプロセス」を経て受け入れることが解説されています。
 また、具体的な解決方法としては、
(1)各省庁による関係業界への再就職斡旋の原則禁止と「公務員のための再就職斡旋機関」による再就職斡旋
(2)公務員の民間への出向派遣制度の新設
(3)公務員および特殊法人の人数適性化のためのリストラ実施
(4)早期退職勧奨慣行の廃止と公務員定年制の完全実施
(5)天下り受け入れ停止と天下りの行き先の監視と公開
の5点を示しています。
 第3章「談合はなくせる(処方箋その2)」では、現在の日本の入札契約方式の基本的な問題点として、
(1)発注者責任という言葉が盛んに言われ、様々な入札契約制度が実施されたが、発注者責任を価格の低下に焦点を当てすぎた。また発注者の恣意性が見過ごされてきた。その結果が天下り人事の継続、諸官庁の官製談合などである。
(2)発注者の説明責任が求められるため、過度の実績主義が横行した。
(3)見せ掛けの競争性のため、形式的な競争入札を押し付けられている。
(4)発注者の力が強く、契約に片務性がある。
(5)グローバルスタンダードに適合しない。
の5点を挙げています。
 また、「市場競争原理を他の産業のように入札システムの中に入れて、建設産業が健全に発展していく方策の提案をする」という本書の目的にいちばん近い方式として、「CM(コンストラクション・マネジメント)制度の導入」を挙げつつ、「残念ながらCMを入れるための客観的情勢が整っていない。特に人材が育っていない」として、代替案として、日本型ボンド制度の導入を挙げています。
 そして、ボンド制度の導入によって、「永年業界が模索してきた対等な契約関係の実現」を挙げ、「例えば今までなら工期に無理があっても発注者の意向に忠実に後期に間に合わせる業者はいた」が、これから「工期に無理があったら応札者ゼロ」になり、「業者が気にするのは民間の保証会社やボンドブローカーの意向」であり、仕事が始まっても、「発注者側の落ち度があれば訴訟してでもその非を追及してきて、泣き寝入りなど決してしない。その結果、入札時点では自由競争の結果安くなっても、業者は血眼になって発注者側のミスを探し、変更契約を迫ってくる」と述べています。
 さらに、コンストラクション・マネジメントについて、「あるプロジェクトを発注しようとするとき、そのプロジェクトの様々な時点でそれぞれの専門家に個別に発注し契約を結ぶのではなくプロジェクトのスタート時点から、発注者の代理もしくは補助者となってプロジェクトの推進を図るもの」であると解説しています。そして、「CMは基本的にはCMRという個人の能力に大きく関わっているので、建設産業全体でCMRを志す人材を育てていくようにし、プロフェッショナル意識を育てていかなければならない」と述べています。
 巻末には、ブラック論文の邦訳「談合は踊る」が掲載され、「日本が経済危機にうまく対処できない根本原因」が「倫理の欠如にある」と指摘されています。
 また、高級官僚の世界が「天・天界」であるといえる理由として、
(1)とてつもなく高い社会的地位を生みだしている。
(2)高級官僚が政策を決定している。
(3)日本の官僚は多くの不正な報酬を得ている。
の3点を挙げています。
 さらに、日本で公共建設工事に異常なほど多額の予算が投じられている理由として、
(1)公共工事額の1%ないし3%が「リベート」の形で自民党の派閥の領袖の金庫に入ってくること。
(2)バブルの崩壊は災厄ではあるが、その反面として金になる機会だと建設族が見て取ったこと。
の2点を挙げています。
 そして、高級官僚たちが予定価格を入札者に漏らす理由としては、
(1)官僚たちは天下りをした企業や半官半民の組織体で働く先輩の旧官僚達と極めて密接に繋がっている。
(2)官僚たちは情報を漏洩すればこそ早期退職後に天下り先を見つけることができると知っている。
(3)より直裁に必要に応じてリベートが存在する。
(4)自民党と官僚の間に包括的な取引が存在している。
の4点を挙げています。
 本書は、建設産業の繁栄と再生のための処方箋を自ら示した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、「建設業界とは無縁のものが大半」な、有志による研究会が執筆したものとなっていますが、本書の主張の基本的スタンスが一冊を通じて一貫していること、章ごとの文章のずれもないこと、いかにも業界紙的な体裁であることを併せて考えると、少なくとも文章は業界紙記者が書いてるのではないかと思われます。つまり、発行元である日刊建設工業新聞社ではないか。おそらくは、この新聞に連載されたものをまとめたのではないでしょうか。その際に、編著者である「DANGOを考える会」は、積極的に関わった場合で、5人が集まって意見交換したものを記者が記録して、章立てをして本の体裁にしたことが考えられ、よくあるパターンとしては、5人の有識者に記者がインタビューし、出された意見をもとに一冊の本に仕上げたということが考えられます。つまり、役所が自分達の意見を、有識者による審議会を隠れ蓑にして主張するのと同じように、建設業界の立場を、「有志による研究会」という体裁で発表した、という可能性が考えられます。


■ どんな人にオススメ?

・談合がなくなると困る人。


■ 関連しそうな本

 桑原 耕司 『公共事業を、内側から変えてみた』 2006年02月22日
 ベンジャミン・フルフォード 『ヤクザ・リセッション さらに失われる10年』 2006年02月18日
 桑原 耕司 『「良い建築を安く」は実現できる!―建築コストを20%も削減するCM方式』 2006年04月12日
 鬼島 紘一 『「談合業務課」 現場から見た官民癒着』 2006年03月15日
 加藤 正夫 『談合しました―談合大国ニッポンの裏側』 
 武田 晴人 『談合の経済学―日本的調整システムの歴史と論理』 


■ 百夜百マンガ

恋子の毎日【恋子の毎日 】

 やっぱり「ジョージ秋山作品=たけし」なのでしょうか。雰囲気的には照れ屋なところが似合う気がしますが。

2007年5月21日 (月)

町火消たちの近代―東京の消防史

■ 書籍情報

町火消たちの近代―東京の消防史   【町火消たちの近代―東京の消防史】(#851)

  鈴木 淳
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(1999/10)

 本書は、「新たな国家体制の成立や新技術の導入によって、そのあり方に激変を生じたと考えられる明治・大正期の町火消=消防組」について、「町火消の世界から見れば周辺的な資料に頼りつつ、手探りながらその『近代化』の過程を描こうとするもの」です。
 第1章「江戸の火消」では、町火消たちのおしゃれが、「単に自分の威勢だけの問題だけではなく」、「その町の沽券すなわち土地の価格にかかわる」という意味で、「町の威勢を象徴すると考えられていた」と述べ、「してみれば、その費用を町の人々が負担するのは当然であろう」と述べています。
 また、その消化技術について、「すでに火を発している家屋の屋根の一部を破壊すること」が、「火を上に逃がす」と表現され、「屋根を破壊した方が空気の流れも悪く、また炎が上がった先に可燃物がないから合理的である。鳶は雨戸を開けて屋内に侵入した場合、雨戸を閉じていた」と述べ、「燃える屋根を破壊して上に吹きぬかせることによって、炎症力を大幅に弱めることができた」上、「この屋根の穴から手桶の水を狙い済まして柄杓でかけた」ことを、「屋根の破壊から着手することで家を倒さないでも延焼を阻止し、また後の時代から考えれば驚くほど少量の注水との組み合わせによって半焼で鎮火する可能性すらあった」として、「町火消の消防法を破壊消防と呼ぶのは、誤解を招きやすく、明治期に注水による『湿滅法』と対置して用いられた『乾滅法』という言葉のほうがふさわしい」と述べています。
 第2章「幕末・維新期の町火消」では、明治3年(1870)に、東京府が「消防改革」に着手し、消防業務は4年5月に府の府兵局(治安維持)に、5年8月に警察業務とともに司法省警保寮に移管されたが、2ヵ月後に消防業務だけが東京府に戻され、6年末に内務省・警視庁の新設によって再び東京府の管轄を離れたことが述べられています。
 第3章「警視庁による消防再編」では、「人民保護」が警察の職務である以上、消防は祖の中でも重要な地位を占める、という理屈から明治7年1月15日の警視庁の創設とともに、東京の消防事務が移管されたことが解説されています。
 また、消防隊がの設置の背景として、明治14年の警視庁の再置と、士族の窮乏を挙げ、「消化卒として窮乏士族や上京中のその子弟を吸収することが目論まれたのではないだろうか」と述べています。
 さらに、「町火消」の士気の低下について、「大火災が鳶に活躍の舞台を与え、それは彼らの技量と意気を遺憾なく示す場であると同時に、個々の鳶が消防組平人足の月給(25銭)の80倍にも当たる収入を得る可能性がある場でも」あり、「火災後の再建で仕事の機会が増えること」もあったが、「消防体制の中で傍流に追いやられ、将来は排除されかねないという状況の下で、警視庁の指揮下での消防に身が入らなくても不思議はない」と述べています。
 第4章「『近代的』消防体制の確立」では、明治18年に「道路県令」「土木県令」の別名を持つ三島通庸が警視総監に就任した翌年の出初式では、「消防組に梯子乗りに代えてポンプ操法を行わせることで、乾滅法から湿滅法への消防方式の変化をも明瞭に示し」、「従来鳶たちの意気を示す場としての要素が強かった出初式を蒸気ポンプの機械力と消防組の多数の腕用ポンプによる新たな消防体制を示す場へ変え」、「新式機械の威力を示すことにかなりの重点をおく現在の消防出初式の原型は、三島通庸によって作られた」と述べています。
 第5章「近代水道と消防組」では、府県知事が消防組を設置する場合の準拠法規である明治27年の勅令第15号消防組規則の制定について、東京以外の地方では規定がなく、「消防組は市町村の条例に依拠して、あるいはまったく私的に設けられていた」が、「内務省は、これら従来の消防組をすべて廃止し、府県知事の警察権に基づく官設の機関として消防組を設置することを命じ、「これにより、基本的に市町村を単位としてその費用負担によりながら、府県の警察部が任免する人員からなり、警察署長が指揮監督する官設消防組が各地に設置された」ことが述べられています。
 第6章「消防自動車の時代」では、近代的な消防設備や水道管が役に立たなくなった関東大震災が、乾滅法による消火や、屋根に上っての飛び火の防止などを熟知した江戸時代以来の技術を持った鳶たちの活躍の場となったことが述べられています。
 また、昭和14年には、警防団例によって、全国的に消防組が解散され、「旧市部消防組に致命的な打撃となった」ことが述べられています。
 さらに、終戦後、GHQが消防の警察からの分離を強力に行い、昭和23年3月7日、消防組織法の施行により消防業務が警察から分離され、「警察とは異なる消防の独自の象徴として、町火消の伝統が振り返られるのは自然の流れ」であったことが述べられています。
 本書は、時代劇に登場する町火消たちと現在の消防団とをつなぐ、激動の150年の歴史を振り返ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「火事と喧嘩は江戸の華」と言いますが、鳶たちの威勢のよさが、その町の威勢のよさ、沽券にかかわり、実際に地価にも影響する、という話は面白かったです。
 今年の出初式には、子供を連れて見に行きましたが、最新設備のデモンストレーションとしての式典が「道路県令」の三島通庸によって始められたというのは発見でした。


■ どんな人にオススメ?

・なんで消防が過剰に町火消の文化を強調しているのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 長妻 広至 『補助金の社会史―近代日本における成立過程』 2007年04月05日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 石見 豊 『戦後日本の地方分権―その論議を中心に』 2007年02月09日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日


■ 百夜百マンガ

花のあすか組!【花のあすか組! 】

 連載されていた雑誌が『アスカ』だからといって安直なタイトルだと思いますが、現在続編が連載中だそうです。

2007年5月20日 (日)

報道写真と対外宣伝―15年戦争期の写真界

■ 書籍情報

報道写真と対外宣伝―15年戦争期の写真界   【報道写真と対外宣伝―15年戦争期の写真界】(#850)

  柴岡 信一郎
  価格: ¥2940 (税込)
  日本経済評論社(2007/01)

 本書は、「我が国の対外宣伝活動に写真がどのように関わったかについて、昭和初期から第二次世界大戦に至る間の経緯を考察するもの」です。
 著者は、「対外宣伝」を、「主に国の意向に基づいて、自国のイデオロギーを海外に向けて発信する活動」と定義し、「国際観光局と国際文化振興会を詳細に調査することによって、十五年戦争期の日本の対外宣伝活動に写真がどのように関わったかを明らかに」しています。
 第1章「昭和初期の写真界」では、1932年前後にピークを迎えた「新興写真運動」において、独逸国際移動写真展、『新興写真の作り方』と並ぶモニュメント的事象として、「野島康三、木村伊兵衛、中山岩太(1875~1949)、伊奈信男を同人」とした『光画』の創刊を挙げています。
 また、1933年には、独逸で報道写真の仕事を学んできた名取洋之助によって、「外国へ写真を送る写真通信社的な仕事を行う『日本で最初の事業体』とされる日本工房を設立」したことが述べられています。
 第2章「鉄道省国際観光局の対外宣伝写真」では、1930年代初頭、政府が「中国大陸進出による諸外国の対日世論の悪化を食い止めるために対外宣伝に本腰を入れ、国際観光事業に期待」し、「我が国情国力に対する正しい認識を広く世界に徹底させることは、国家総力戦下焦眉の課題である。(中略)ことさらに観光宣伝が深い浸透力を持っているところから、国情宣伝の最も有効な手段として」用いられ、「対外宣伝において、政治的色彩が露骨ではない観光宣伝は重宝されていった」たことが解説されています。
 そして、日本の国際観光事業を、1893(明治26年)の「喜賓会(Welcome Society)」にルーツを持ち、1911(明治45)年2月には、現在のJTBの前進であるジャパン・ツーリスト・ビューローが鉄道院の後援を受けて設立されたところから振り返り、1930(昭和5)年には、「国際観光事業に携わる行政の最高機関」として、鉄道省内に国際観光局が設置され、「対外宣伝、観光地開発、観光経路の整備、統計調査等の観光客誘致の指導および補助を推進」したことが解説されています。その事業は、「日本文化の浸透を図ることが外国人の日本への興味を抱かせ、加えて日本への好意的な理解へと繋がると考えられ」、「観光宣伝で写真が宣伝媒体として組織的かつ大規模に用いられた」と述べられています。
 また、太平洋戦争開戦後には、国内では厳しい用紙統制が敷かれるなか、「国際観光局、国際観光協会から大東亜共栄圏向けに多くのグラフ氏が刊行」されたが、「写真宣伝はすでに従来の観光客誘致を目的としたものではなく、大東亜共栄圏民衆に軍事、産業などの発展ぶりを示すことで、その裏にある日本の広大な国力を暗示する啓蒙的宣伝に移行していた」と述べられています。
 第3章「国際文化振興会の対外宣伝写真」では、1930年代、「満州事変、満州国建国、国際連盟脱退により国際的批判を浴びた日本政府」が、「国益の保護や、国家のイメージアップのための外交政策の一つとして対外文化宣伝の重要性を強く認識し、政府レベルの外交機関の整備に力を注ぐ」ようになり、「従来行われてきた各省庁レベルや民間団体での独自の対外文化宣伝事業を取りまとめる国際文化交流の中枢機関」として、1934年に「国際文化振興会」が設立され、写真史の視点からは、「国際観光局と並んで写真を用いて本格的かつ包括的な対外文化宣伝を行った先駆け」であると述べています。
 また、振興会が事業として行った写真展示が、「受け手である現地で『対外文化宣伝』効果を発揮してたかは定かではない」が、「満州事変以後、日本が国際的に厳しい立場に立たされていた状況下で、国際文化振興会の時局相応の理念に基づく事業が継続的に行われていたことは確かであろう」と述べています。
 一方、中国に活動拠点を移していた名取が、「国際文化振興会よりもむしろ軍との密接な関係による対外宣伝の仕事に従事」していたが、現地において、「日本軍の綱紀なき光景を目の当たり」にし、「名取宣伝隊は当初の目的である対中国の宣撫工作ではなく、略奪や暴行等、悪行を繰り返して進軍する日本軍兵士の綱紀粛正のための活動」を行い、「画家やカメラマンを動員して湖南省の前線で日中友好のペンキ画を描いたり、『焼くな、奪うな、犯すな』のポスター貼り、ビラの配布を行った」ことが述べられています。著者は、「戦時体制下で無理やりにでも自らの仕事を見付け出し、軍にその必要性を説いて回った当時の名取」を、「写真家というよりも類稀なプランナーであった」と述べています。
 著者は、「国が中心となって収集した写真を、組織的に対外宣伝に利用したのは国際観光局と国際文化振興会が最初」であり、「国家的急務であった対外宣伝に、情報手段として台頭した報道写真が利用された」と述べ、時局の養成によって行われたこれらの活動の、「随所の報道写真家なりの眼差しが端的に表れていた」と述べています。
 「結論」では、国による国策宣伝やプロパガンダに利用された写真家たちの活動においても、「それらの情報を分かりやすく印象的、刺激的に映像化した写真の価値はいささかも変わらない。むしろ写真の情報伝達手段としての優位性を証明することとなった」と述べています。
 本書は、報道写真やジャーナリズムに関心がある人はもちろん、より一般的に、広報やパブリックリレーションズの世界の人間にもぜひ読んで欲しい一冊です。


■ 個人的な視点から

 現在もビジット・ジャパン・キャンペーンというのが展開されていますが、その中心になっているのが、戦前に軍事プロパガンダを手がけた国際観光協会や東亜旅行社の流れを汲む、独立行政法人国際観光振興機構ことを考えると、単純に海外からの観光客誘致という表の面だけを見るのではなく、「諸外国の対日世論の悪化を食い止めるために対外宣伝に本腰を入れ、国際観光事業に期待」し、「対外宣伝において、政治的色彩が露骨ではない観光宣伝は重宝されていった」という隠れた意図の方にも着目する必要があるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・対外宣伝の歴史に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 ハーバート・G. ポンティング 『英国人写真家の見た明治日本―この世の楽園・日本』 2006年08月13日
 イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』 2006年08月06日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年6月19日


■ 百夜百音

あっ超ー【あっ超ー】 つボイノリオ オリジナル盤発売: 1996

 20日で放送禁止になったことで有名な「金太の大冒険」ですが、いまだにカラオケで定番にしている人も少なくないオヤジの必修科目です。

『ジョーズ・ヘタ』ジョーズ・ヘタ

2007年5月19日 (土)

「男女共同参画」が問いかけるもの―現代日本社会とジェンダー・ポリティクス

■ 書籍情報

「男女共同参画」が問いかけるもの―現代日本社会とジェンダー・ポリティクス   【「男女共同参画」が問いかけるもの―現代日本社会とジェンダー・ポリティクス】(#849)

  伊藤 公雄
  価格: ¥2310 (税込)
  インパクト出版会(2003/08)

 本書は、「『男女共同参画』という言葉をめぐって、現在、繰り広げられている多様な議論を交通整理するとともに、ぼくなりの考えをまとめるため」にかかれたものであり、保守系のメディアでの「ジェンダー・フリーたたき」「フェミニズムたたき」が目立って増え、「地方自治体の議会などで、急激にバックラッシュ(逆流)の動きが目立ってきた」ことに、「どうも面白がってばかりいられない」という動機から執筆されたものです。
 第1章「現代日本社会とジェンダー・ポリティクス」では、今の社会が、「男だ女だといろんな形で枠づけがされている」ということに敏感になりながら、「今あるジェンダー・バイアスを是正していかなければならない」ということを目的とした研究や教育である「ジェンダー学」の必要性を述べるとともに、戦後、「『男は仕事』、『男は死ぬまで頑張れ」という生き方の中で、男性たちも、人間性を奪われてきた。だから、男性自身のよりよい人生のためにも、男性の意識や生活スタイルの見直しの必要がある」ことを主張しています。
 そして、「女性が働くと少子化が進むんじゃないか」という意見に対し、現在少子化が進んでいる経済先進国として、日本とイタリア、ドイツを挙げ、これらの国が、「戦争に勝つためには人口を増やさなくてはならない。だから、女性は家庭において子どもを産んでもらおう」という共通した家庭政策を持ち、戦後も「女性は家庭にいるのが一番」という政策を採り続けた結果、専業主婦率が高く、少子化が進んでいることを述べています。
 第2章「バックラッシュとその周辺」では、「男女共同参画」という「舌を噛みそうな言葉の成立」が、「『言葉』の『意味』をめぐる『力関係』の結果』でもあったことを指摘し、当初、女性運動から出た「男女平等」という言葉に対し、保守派政治勢力から「平等は困る」という声が出ると同時に、女性たちからも、「『平等』を口実に、女性の妊娠・出産という生理的機能の保護政策を無視するのではという不安」が出てきたために、「男女共生」という言葉が出たが、これに対し、「男女の特性論」を前提にしているとの反論が女性から出されたため、、結局、「男女の意思決定も含む対等な参加・参画」を意味する「男女共同参画」が、1990年代半ば以降定着したことが解説されています。
 また、「男女共同参画の動きは、ソ連崩壊で終焉をつげたはずのマルクス主義者たちの隠れ蓑」という主張の裏に、「だまされた。こんな重要なことと知っていたら、男女共同参画社会基本法など通さなかったのに」という保守派政治勢力の思惑が透けて見えると指摘した上で、日本型バックラッシュの議論が、
(1)「らしさ」の縛りからの自由を進める男女共同参画(ジェンダー・フリー)の動きは、あるべき「らしさ」を否定し日本の文化や男女関係を破壊するのではないか。
(2)「専業主婦」否定の動きではないか。
(3)家族の絆を破壊するのではないか。
の3点にまとめることができると述べています。
 そして、「知っているフェミニストの名前をあげよ」という学生アンケートで最初に名前が挙がる田嶋陽子氏を「象徴」として作られた、「フェミニズム=『男社会を一方的に批判するだけ』という『単調さ』イメージ」が多様なメディアで再生産されていることを指摘しています。
 さらに、米国の保守化の動きの中で注目を集めている、「プロミス・キーパーズ」が、「資金援助者に極右勢力がいる」との指摘を受けるほどの「明らかに保守的な傾向をもったキリスト教の原理主義的な男性運動」であるにもかかわらず、
「男たちよ家庭・コミュニティに帰れ」
「男性はよき夫、よき父たれ」
「男性は家庭のサーバントとして活動せよ」
「男はもっと感情生活を取り戻し、男性同士の友情を深めなければならない」
と、「男性の家庭への回帰」を主張するという「一風変わった傾向」を持っていることを紹介しています。
 第3章「教育をめぐる論争」では、「ジェンダー・フリー」という言葉が、「特に保守系の新聞や雑誌を中心に、ホットな言葉として登場しつつある」とした上で、「フリー」という言葉が、「ジェンダーからの自由」ではなく、「ジェンダーのない状況」→「まったく性差のない状況」へと拡大解釈される恐れを指摘するとともに、「ジェンダーの縛りから自由になった、『男だから』『女だから』という固定的な性別にとらわれない状況を意味する言葉として用いられる」という著者の定義を述べています。
 また、政治面では反ジェンダー・フリー・キャンペーンの急先鋒である産経新聞が、生活面では、「同性愛者や性同一性『障害』者などセクシュアル・マイノリティの人権についての記事の掲載に、全国紙の中でもず抜けて積極的なメディア」であることを紹介しています。
 著者は、ジェンダー・フリーをめぐる議論が、「すでに決着がついているように思う」とする理由を、「これを批判する議論には、一方的な決め付けから出発し、自分で思い込んで勝手に立てたとしか思われない議論(「ジェンダー・フリーは性差の否定だ」)で相手の主張を押し込め、政府の発言(「男女共同参画は性差の否定ではない」というきわめて当然の発言)の一部を引用して、『誤解』を拡大するという印象がどうしてもぬぐえない」からであると述べています。
 また、家庭科教科書をめぐる、高橋史朗明星大学教授によるバッシングのポイントとして、
(1)専業主婦と良妻賢母を否定的に記述している。
(2)「個人の自立と平等なパートナーシップ」をキーワードにして「家族の中の民主主義」をことさら重視し、伝統的な「家族」を相対化して、「脱・家族」を目指している。
(3)「子どもは3歳までは常時家庭において母親の手で育てないと、子どものその後に悪影響を及ぼす」という「3歳児神話(母性神話)」を明確に否定している。
(4)「父性」「母性」という用語を避け、「親性」「育児性」「養護性」という耳慣れない用語を強調している。
(5)「男らしさ」「女らしさ」よりも「人間らしさ」を、ことさら強調。
(6)多様な家族・家族像を強調し、「夫婦別姓」を一方的に支持する偏った記述が見られる。
(7)未成年者を対象にした教科書なのに、「性的自立」すなわち性的自己決定権をことさらに強調している。
(8)児童の権利条約を歪めた拡大解釈をして、子供を「権利行使の主体」と位置付けている。
(9)1995年に北京で開催された第4回国連世界女性会議で、産む産まないを決めるのは、「女性の自己決定権」であり、人工妊娠中絶も女性の基本的人権の一部(リプロダクティーブ・ヘルス/ライツ=性と生殖に関する健康/権利)と明記している。
(10)「女子差別撤廃条約」とのかんれんから。家庭科を男女共修の教育課程としたこと。
の10点にまとめ、解説しています。
 第4章「日常生活の中のジェンダー・ポリティクス」では、夫婦のすれ違いのきっかけが、「何よりも子育て期」にあり、「育児参加の少ない夫たちに対しては、妻たちはいつのまにか、愛情を感じなくなってしまう」という研究を紹介し、日本では、「子育て期の亀裂が(妻の方から見れば)むしろ年をとるにつれて拡大していく」ことを指摘しmその背景には、「子育てへの夫の協力をあきらめ始め」、「自分ひとりに子育てを押付ける夫への憎しみ」が、妻たちの夫離れを生み出すのではないかと述べています。
 また、男性がセクシュアル・ハラスメントに走る原因として、
(1)性役割のあふれ出し論
(2)「暴力は男性の本質」的視点
(3)ヘゲモニックな男性性を求める志向性――男性へのこだわり
の3点を挙げ、このうち(3)に関してはさらに、
・優越志向:他人より優越していたい、勝負に勝ちたいという心理的傾向
・所有志向:できるだけたくさんのモノを所有したい、しかもそれを自分のモノとしてコントロールしたいという心理的傾向
・権力志向:自分の意思を相手に押付けたいという心理的傾向
の3つに区分し、それぞれ、
「男は女に対して優越していなければいけない」
「女性をモノとしてきちんと管理できるぐらいでないと一人前の男ではない」
「男は女に対して自分の意思を押付けられるくらいでなかったら男ではない」
というヘゲモニックな男性性が、「かなり固定的なものとして身体化・内面化されているのではないか」と指摘しています。そして、セクシュアル・ハラスメントは、「優越、所有、権力の三つの志向性が合体する形であらわれる、典型的なケースなのではないか」と述べています。
 本書は、男女共同参画をめぐる議論の、推進派の論点を押さえたい人にはコンパクトな一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 米国のプロミス・キーパーズの資金源が極右勢力ではないか、という記述がありましたが、日本の「反ジェンダー・フリー」戦線を張る全国的な動きの背景にはどういう勢力が援助しているのでしょうか。全国の自治体の議会で一斉に統一的なロジックで行動が進められていることをみると、単に保守政党という枠では捉えきれない動きのように思われます。


■ どんな人にオススメ?

・ジェンダー・フリー論争に足を踏み込みたい人。


■ 関連しそうな本

 赤川 学 『子どもが減って何が悪いか!』 2006年10月19日
 上野 千鶴子 『生き延びるための思想―ジェンダー平等の罠』
 上野 千鶴子, 宮台 真司, 斎藤 環, 小谷 真理 『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』
 大沢 真理 『男女共同参画社会をつくる』 39147
 木村 涼子 『ジェンダー・フリー・トラブル』


■ 百夜百音

細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-【細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-】 Compilation オリジナル盤発売: 2007

 聴く人によりますが、このメンバーは豪華です。細野ファンじゃなくても気になるアーティストが参加しているんじゃないでしょうか。欲しいなあ~~~~!!


『ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-1977』ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-1977

2007年5月18日 (金)

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想

■ 書籍情報

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想   【持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想】(#848)

  広井 良典
  価格: ¥819 (税込)
  筑摩書房(2006/07)

 本書は、「『人生前半の社会保障』というテーマを導入しつつ、『持続可能な福祉社会』というコンセプトを中心にすえて、これからの日本が志向すべき社会のありようについての全体的な構想を描こうとするもの」です。著者は、「日本社会が実現しうる、もう一つの社会」である「持続可能な福祉社会」、すなわち「個人の生活保障や分配の公正が十分実現されつつ、それが環境・資源制約とも両立しながら長期にわたって存続できるような社会」を提示したいと述べています。
 プロローグ「『人生前半の社会保障』とは」では、これまで、「社会保障=主として高齢者の生活保障に関わるもの」という認識が一般的なものだったが、その理由は、「人生における様々な『リスク』が退職期=高齢期にほとんど集中していた」からであり、その背景として、「終身雇用の『カイシャ』と、強固で安定した『(核)家族』という、現役時代の生活保障を強固に支える"見えない社会保障"の存在があった」と述べています。
 そして、「潜在的な失業リスク」は、「高齢期に限らず、ライフサイクルを通じあらゆる年代において常に存在する」ことを指摘し、
・"限りない経済成長=生産の拡大"というシステムの終焉
・「人生前半の社会保障」の重要性の高まり
という2つのことが、「相互に深く連動している」と述べています。
 第1章「ライフサイクル論」では、高齢化社会を、「人間の歴史の歩みの帰結として、いわば『「後生殖期」が普遍化した社会』である」と捉え、「『生産』や『性(生殖)』から開放された、一見(生物学的に見ると)"余分"とも見える時期が、『大人』の時期を挟んでその前後に広がっていること、つまり長い『老人』と『子ども』の時期を持つことが、人間の創造性や文化の源泉と考えられる」と述べています。
 第2章「社会保障論/雇用論」では、日本の社会保障の特徴として、
(1)規模:多くの先進諸国に比べてなお相当に「低い」水準にある。
(2)内容:「年金」の比重が大きく、「失業(ないし雇用)」、「子ども」関連給付の比重が際立って低い。
(3)財源:"保険と税の渾然一体性"ともいうべき特徴を持つ。
の4点を挙げています。
 また、都道府県毎の公共事業投資と一人当たり県民所得の相関をとり、1990年代において、「一人当たり県民所得の低い都道府県において公共事業投資が大きい」ことを示し、「公共事業が実質的に所得再分配機能を持っている」と述べ、日本における「公共事業(ないし公共事業型社会保障)」は、「雇用を通じての生活保障という意味で、ある種の積極的雇用政策だった、と言えなくもない側面を持っている」うえ、「人生前半の社会保障」として機能しており、「中卒・高卒といった比較的低学歴層を『雇用』に吸収する、という重要な意味をもった」可能性に言及しています。
 さらに、「個人の生活保障や平等(ないし分配の公正)が実現されつつ、それが環境制約とも調和しながら長期にわたって存続できるような社会」、すなわち、「定常型社会=持続可能な福祉社会」というコンセプトが求められるようになったと述べています。
 第3章「教育論/『若者基礎年金』論」では、「人生前半の社会保障」というコンセプトが、「これまでまったく別に議論されてきた『教育』と『社会保障』というに分野を結びつけ、一体のものとして議論する舞台を提供することにある」と述べています。
 そして、「『後期子ども』の時期への対応の社会化」が必要であるとして、「この時期に対する社会的な対応は、狭義の『教育』だけで完結するものではなく、『雇用』や『社会保障』などと一体的に考えていく必要がある」と述べています。
 第4章「福祉国家論/再分配論」では、「個人に均等な『チャンス』を保障するためには、例えば相続税を強化し、それを通じた富の再分配を行うことが必要となる」など、「『個人のチャンスの保障』という、それ自体は自由主義的な意思資本主義的な理念を実現するために、ある意味で社会主義的とも言えるような関与が必要になるという、ある種のパラドックス」が生じると述べています。
 第5章「定常型社会論/資本主義論」では、市場化・産業化前後の歴史の大きな流れの中で、「それぞれの段階において分配の不均衡や成長の推進力の枯渇といった"危機"に瀕した資本主義が、その対応を"事後的"ないし『下流』レベルでのものから、順次"事前的"ないし『上流』に遡ったものへと拡張してきた、という一つの太い線を見出すことができる」と指摘しています。
 第6章付論「医療政策論」では、日本が「健康寿命(健康状態や要介護状態等を考慮したうえでの寿命)」において世界一意にランキングされていることについて、
(1)日本人の健康寿命の長さには、「医療システム外の要因」が相当大きく関与している。
(2)こうしたマクロ的なパフォーマンスと場別に、医療の質、安全性、患者の権利などいわばミクロレベルで日本の医療は多くの課題を残している。
の2点を留保する必要があると述べています。
 第7章「コミュニティ論」では、「拡大、成長の時代が終わった今、『関係性』そのものの組みかえという根本的な課題に日本社会あるいは日本人が直面している」という著者の問題意識を述べた上で、
(1)「関係性の組みかえ」という課題は、"尻の追求を最大限(うまく)活用した"システムとしての資本主義がその発展の極において変容し、「市場経済を超える領域」が今後新たに大きく展開していく、という大きな時代状況とも重なっている。
(2)「新しいコミュニティ」作りという方向は、「つながりの二つの形」、あるいは「ケアの二つのベクトル」における原理――(A)共同体的な一体意識と(B)個人をベースとする公共意識――の両方が融合したところに展開する。
の2点を指摘しています。
 本書は、多くの論者が模索している「持続可能な社会」の在り方について、社会保障の切り口からの視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で指摘されているとおり、「社会保障」という言葉は、これまで主に高齢者のための言葉だというイメージを強く持ってて、若年者失業も、本人や家族の問題、という論調をよく耳にしましたが、本書の考え方をベースにすると、これまでの高齢期の保障をベースにした、「カイシャ」による父親の保障→「家族」を通じた子どもの保障、という構造が、父親世代への過剰な保障を確保するために、若年者の採用が抑えられる、という悪循環を招いていたことが理解できます。


■ どんな人にオススメ?

・「社会保障」という言葉は高齢者のためのものという先入観がある人。


■ 関連しそうな本

 玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在 中公文庫』 2005年07月20日
 宮本 みち子 『若者が『社会的弱者』に転落する』 2005年05月04日
 山田 昌弘 『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』 2006年01月11日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 本田 由紀 『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』 2006年09月06日


■ 百夜百マンガ

P.S.元気です、俊平【P.S.元気です、俊平 】

 結構昔のマンガなのですが、20年経ってから突然テレビドラマ化されています。もはやリバイバルの域ですね。

2007年5月17日 (木)

日本政治と合理的選択―寡頭政治の制度的ダイナミクス1868‐1932

■ 書籍情報

日本政治と合理的選択―寡頭政治の制度的ダイナミクス1868‐1932   【日本政治と合理的選択―寡頭政治の制度的ダイナミクス1868‐1932】(#847)

  マーク ラムザイヤー, フランシス・マコール ローゼンブルース (著), 河野 勝, 永山 博之, 青木 一益, 斉藤 淳 (翻訳)
  価格: ¥3780 (税込)
  勁草書房(2006/04)

 本書は、日本における19世紀終盤の30年と20世紀初頭の40年の間の「政治支配体制の根底的変革」、すなわち、1910年代に、「一握りの寡頭指導者(oligarchs)の手中から、光線による職業政治家の一団へと推移し、その後1930年代、今度は独立性を有する軍部指導者層へと推移した」、「二度にわたる政治支配体制の変遷の模様を探求」することを目的としたものです。著者は、「なぜ寡頭指導者が自らの権力を維持するための政治制度の構築に失敗したのか、なぜ公選の政治家も寡頭指導者と同じ運命を辿らなければならなかったのか、そして、そこに看取される様々な政治制度がもたらした政治的帰結および経済的帰結とはいかなるものであったのか」という疑問点を解明することを目的に掲げ、本書を、「二度にわたる体制変化を監察することで、寡頭政治がもたらしたダイナミズムの諸相を説明し、政治制度の構造と政治体制変動との連関を理論的に解明しうるのかを問いかける」ものであると位置づけています。
 そして、これまで戦前日本の政治支配のあり方を説明するうえで、日本研究者の大多数が暗黙のうちに依拠していた3つの仮説、すなわち、
(1)19世紀終盤に政府の支配的地位にあった寡頭指導者が、国家利益の向上に(その努力のすべてとは言わないまでも)多くを捧げていた。
(2)日本の官僚および判事が、自律した存在として行動した。
(3)このように公共の精神に満ち溢れた寡頭指導者と官僚が、経済成長を効果的に促進する政策を導入した。
の3点について、「それぞれの仮説の持つ説得力(plausibility)」に問題があり、「今日の社会科学の基準に鑑みた場合、これら三つの仮説が個別に妥当する可能性はほとんどないし、三つの仮説が全体として妥当する可能性は、既に低い可能性を三乗するようなものである」と指摘しています。
 著者は、戦前日本の指導者が、「制度構造上の多岐にわたる選択を、なぜ当時のような形で行った」のか、という根本的な理由を、「彼らがお互いに強力関係を維持することができなかったことにある」とし、「もし、彼らが相互の協力関係を維持できたなら、自分達の集合的レントを確保し、おそらくはそれを拡大することすらできたであろう」と述べています。
 そして、
(1)稼動指導者は、個人的な富を最大化するために選挙制度を創出した。
(2)競争的な選挙制度が、採用すべき政策に関する情報を提供することから、寡頭指導者は、自らの政権担当期間を引き伸ばすことができると期待した。
(3)寡頭指導者は、国民が欲していた政策に関してではなく、自分たちにとって最大の驚異となりうる政治的企業家が誰か、それを特定するための情報を望んでいた(最も実力のある競争相手を把握するために競争的な選挙市場を導入した)。
の3つの仮説を示しています。
 さらに、戦前の官僚が、「独立した存在として日本の政策立案を先導していた」という主張に疑問を呈し、「官僚は、初期の数十年間は寡頭指導者の要望に応じ、中期の数年間は政党政治家に応じ、戦前最後の10年間は陸海軍の将官の要望に応えていた」と述べ、「結局のところ、官僚と判事は本人ではなかった。つまり、彼らは代理人だったのである」と指摘しています。
 第2章「寡頭政治の崩壊:カルテル維持の失敗」では、「寡頭指導者がその地位を維持するためにいかなる手段に頼ったのか、その目的を達成するために寡頭指導者が政府の諸制度をどのように選択したのか」問い問題を検討しています。そして、カルテル研究の業績を踏まえ、「明治日本において寡頭指導者のカルテルが失敗した」理由として、
(1)カルテルのメンバーが裏切りを監視できない状況では、暗黙のカルテルは瓦解する。
(2)カルテルの生産物に市場の高い需要があった。
(3)市場条件としてカルテル参加者の費用が非対称的であった。
の3つを挙げています。
 著者は、「寡頭指導者は集団として、政府の支配権を独占していくことに関心を持っていたが、公選議会との間で権力を共有することに自発的に同意」したが、「彼らが公職についてからちょうど10年の間、議会の開設を許さなかったのは御しにくい国を統治するのに手一杯だったから」であり、「議会開設に応じたのは、彼らの談合支配に敵対的な環境に当初から直面していたから」であると指摘しています。
 第3章「譲歩か見せかけか:明治憲法」では、「寡頭指導者が議会の設立に不本意ながらも同意した理由」として、
(1)寡頭指導者は自らの所得の最大化を目指しており、効率的な経済体制を構築することがそのための最善の方法であるとの判断を下した。
(2)日本社会の上層に位置し隔絶された地位にあった寡頭指導者が、他の社会階層に生じていた不満の原因に関する情報を欠いていたために、定期的に選挙を施行し、革命の機先を制するために、最も効率的かつ安価な情報がどのようなものかを知ることができた。
(3)寡頭指導者は、政党出身の政治的企業家が全面的な革命に着手する前に、彼らと権力を分け合うことが必要だと考えていた。
(4)ここの寡頭指導者の相違が解消されなかったからこそ、代議政体が出現した。
の4つの理由を挙げています。
 そして、1889年の明治憲法の発布を、寡頭指導者が、「多くの曖昧さを温存しつつも、不測の事態への対処をほぼ終えていた」、すなわち、「天皇の名において憲法を制定し、天皇が主権者であることを再確認したものの、天皇が自分達の隠れ蓑となることを企図していたのであり、憲法の皮相的な解釈が示唆する独裁的君主政体を擁立しようとしたのではなかった」と述べています。
 著者は、寡頭指導者が、権力の分有を受け入れた理由として、「政治的ライバルが革命により政府の転覆を謀ろうとする可能性を低く抑えるために、既存の体制の中でライバルまでが利益を得られるようにした」という仮説が、「歴史的事実にもっとも合っている」と述べ、「寡頭指導者の対抗関係こそが、政治システムにおける新規参入を促進した」と指摘しています。
 第4章「選挙制度と政党間競争:政治的生存を求めての闘争」では、政党にとって、
(1)政党の役割を押さえ込もうとしていた強硬な寡頭指導者との戦い
(2)当時の選挙制度の下で選挙権を与えられていなかった、大多数の国民との戦い
の2つの戦いがあったことを指摘し、「政党は一、二世代前の寡頭指導者とほとんど同じ立場に立たされていることに気がついた」と述べています。
 第5章「官僚:誰が誰を支配していたのか」では、研究者が特に戦前期について「日本における『官僚支配』を強調」するが、「それは誤った議論」であると述べ、「『官僚による統治』という視点から戦前の日本を記述するためには、明治期の寡頭指導者を官僚とみなすことが前提となるが、そのようなことは不可能だ」と指摘しています。
 そして、「標準的なプリンシパル=エイジェント理論(principala-agent theory)を用いて、官僚が自らの政治的監督者から自律して行動できる状況がどのようなものか、またその自律性の程度について」論じ、「とくに、能動的な官僚に対して政治家が受動的であるということだけで、官僚の自律性を結論づけることの危険性を指摘」しています。著者は、「官僚は、政治家である本人に対する主体性なき代理人なのであり、彼らは政治家の再選を確実にするために忠実に働いているに過ぎない」と述べています。
 また、1887年に「奏任官と勅任官のための文官試験が制度化」されたことについて、「寡頭指導者は、この試験制度の導入により、政治家が官僚のポストを政治目的のために利用することを防ごうとした」と述べています。そして、結局、政党政治家が、「この独立しているはずの管理でさえもコントロールする方法」を見出したとして、政治家が、「たとえ官僚を罷免することができなくても、昇進を拒むことができ」、「これにより、出世の階段を登り詰めたいと考える官僚には、政治家の指示通りに行動する以外に選択の余地はほとんど残らなくなった」と述べています。
 そして、経験的データからの裏づけとして、「官僚の任命と内閣の支配との間に、広範でかつ深い関係があること」を明らかにし、「このような配置転換は、選挙と密接に関連したポジションに関して、特に迅速かつ系統的に行われていた」として、「政治家による知事の操作はあからさまであり、政権党が交代した数日のうちにはほとんどすべての知事を交代させている」と述べています。
 著者は、「官僚は、自分を政治的に擁護してくれるものが内閣をコントロールしていれば活躍したが、それ以外の場合には不遇であった」と述べています。
 第6章「裁判所:誰が誰を監視したのか」では、判事が「従順にも退官命令に従った」理由、すなわち、「司法大臣がいかにして判事を説き伏せたのか」という店員ついて、「司法大臣は多くの判事を買収していた」、すなわち、「高額の俸給が支払われ、名声もある裁判所に彼らを昇進させる代わりに、彼らからおとなしく退官する同意を取り付ける」ために、「判事を上級裁から退官させるときに、彼らの面目を保つ機会を与えただけではなく、彼らに支払う恩給をも引上げた」ことを指摘しています。
 また、政治家が「なぜ判事を制約する前から官僚を制約する選択を下した」のかという理由として、
(1)判事をコントロールする方策に関してより厳しい制度的制約に直面していた。
(2)判事をコントロールすることで得られる利益はより少ないものであった。
の2点を挙げています。
 第7章「軍部:自らの運命を支配する者」では、1922年の山県有朋の死によって、「陸軍に対する寡頭指導者のコントロールは消滅」し、「陸軍は完全に独立した存在になり、制約なしに動けるようになった」ことについて、「軍部が独立していることは、山形が生きている間は山形の役に立った。山形の死後、それは日本を破滅に向かわしめたのである」と述べています。
 第8章「金融をめぐる政治」では、「少なくとも、政党が内閣を支配していた1920年代において、金融政策ははっきりと党派的性格を帯びていた」、すなわち、「金融規制は経済的優位を達成するための手段ではなく、議会での過半数獲得を目指す選挙戦のための武器であった」と述べています。
 そして、「大銀行の絶頂は短い政党内閣気、特に憲政会内閣の時期であり、そこでは政党政治化が選挙に勝利すべく、選挙事情によって金融政策を歪めていた」と述べています。
 著者は、「銀行合併も為替政策も、いずれも急速な経済発展を試行する官僚が計画した結果」ではなく、「憲政会・民政党による1927年の銀行合併策は、政友会が頼りとする中小銀行に打撃を与え、政友会の力を奪おうとする選挙戦略の一環であった」と述べています。
 第9章「鉄道をめぐる政治」では、歴史家が、「鉄道業は他の産業に比べ、その重要性が異なる」とし、「労働市場の拡大、国防戦略の円滑化、商取引の広域化をもたらし」、「鉄道業により各種の有益な波及効果がもたらされてきた」と述べていることについて、「こうした議論の正しさは何一つ実証されていない。それどころか、その大部分が誤りである可能性もある」と指摘した上で、「鉄道業は莫大な不正利得を生み出し、毎回のように選挙の行方を左右した」と述べ、「戦前日本においては、一見したところ産業振興を謳った政策といえども、冷徹な選挙の論理と結びついていた」と指摘しています。
 そして、「政友会指導者が民間企業に免許を与えたのは、何も自らの選挙区に鉄道を通すためだけ」ではなく、「彼らは、費用がかさむ選挙戦に欠かせない賄賂を得るためにも、鉄道免許の手続を利用した」と述べています。
 第10章「綿業をめぐる政治」では、「夜業を禁止することによって、繊維企業からそのときの繊維労働者への富の再分配が起こった」ことについて、1923年の時点で、政治家が、
(1)普通選挙権が間もなく法制化されること
(2)潜在的な政治労働者は、これまでどの政治体制においても一貫した政治勢力になっていなかったこと
(3)普通選挙権の下では、当時の繊維労働者の富の増大は、彼らにとって都合のよい政策であること
を知っていたため、「選挙でのメリットを考えれば、かつて夜業禁止に反対した政治家も、その立場を再検討すべき状況に置かれた」と指摘しています。
 第11章「結論:制度と政治的コントロール」では、本書において著者が、
(1)戦前日本における諸制度は、元々軍部を守ることを目的としたものではなかったにもかかわらず、軍部以外に対して機能不全を起こしてしまった。明治憲法とこれに付随し対し決定過程が、日本の民衆にとってまさに破滅的な事態をもたらす一連の出来事への扉を開いた。
(2)官僚は通常考えられているほどには自律的で影響力を持つ存在ではなかく、日本は従来の用語が意味するような「強い国家」ではなかった。
の2点を主張しています。
 著者は、「寡頭指導者は、集合的に代議制を容認したり、軍部の独立を認めたわけでは」なく、「内部対立によって、それ以外の選択肢は残されていなかった」のであったが、「同一選挙区で統一政党の政治家が争うような選挙制度を採用して政治家を分裂させ、ひいては政党を腐敗させることには成功した」と述べています。
 本書は、戦後に多くの「制度」が引き継がれることになる、戦前の日本の政治体制を理解する強力なツールを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の監訳者の河野勝教授には、数年前に仕事で講演をお願いしたことがありましたが、本書の議論と同じく、非常に切れ味の良いお話に膝を打ったことを覚えています。自然科学と社会科学の違いから、討論番組が選挙結果に及ぼす影響まで、一般向けに分かりやすく解説されていたことが印象的でした。
 どっかにテープ残ってたはずなんでまた聴いてみましょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「明治の元勲」、「天皇の官吏」という言葉を鵜呑みにしてしまいそうな人。


■ 関連しそうな本

 坂野 潤治, 田原 総一朗 『大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!』 2006年11月08
 楠 精一郎 『大政翼賛会に抗した40人―自民党源流の代議士たち』 2006年12月29日
 坂野 潤治 『明治憲法体制の確立―富国強兵と民力休養』
 坂野 潤治, 三谷 太一郎 (著), 日本の近現代史調査会 (編集), 藤井 裕久, 仙谷 由人 『日本の近現代史述講 歴史をつくるもの〈上〉』
 五百旗頭 真, 瀧井 一博, 伊藤 正直, 小倉 和夫 (著), 日本の近現代史調査会 (編集), 藤井 裕久, 仙谷 由人 『日本の近現代史述講 歴史をつくるもの〈下〉』
 坂野 潤治 『明治デモクラシー』 http://tinyurl.com/yhot45


■ 百夜百マンガ

月光の囁き【月光の囁き 】

 ヤンサン創刊時からギャグマンガ家として地歩を築いていた作者が、いきなり耽美ストーリーものを始めたので、多くの読者は、どこかで「な~んちゃって」が出るんじゃないかと身構えていたことと想像されます。

2007年5月16日 (水)

分権化と地方財政

■ 書籍情報

分権化と地方財政   【分権化と地方財政】(#846)

  池上 岳彦
  価格: ¥2730 (税込)
  岩波書店(2004/06)

 本書は、著者が、地方行財政に関する研究および政策提言の多くのプロジェクトに参加し、行ってきた議論について、「まとめて体系的に展開し、また新たな論点を提示しつつ、現時点における『分権化と地方財政』の評価を試みたもの」です。著者は、日本の政府部門を、「自治体が公共サービスと公共投資の大半を担う『分権的』システム」をとり、「地方財政は、国庫補助負担金、地方交付税等に見られる国からの財源移転と地方債許可制度によって中央集権的に運営されてきた」「集権的分散システム」の下、「公共サービスについて国民の声が届かないまま政策決定が行われてしまう」ことを問題であると指摘しています。そして、この問題に対して、「分権的福祉政府」システムの構築を提言し、「地方税財政制度の歴史と国際比較を踏まえて、地方税の拡充と地方交付税の改善を中軸とする地方財政改革」を語っています。
 第1章「分権化への圧力」では、分権化が、「それ自体の論理のみで進行しているのではなく、むしろグローバル化、市場化、そして少子・高齢化の圧力に対応して、各国が中央政府と地方政府との関係を改革する必要に迫られている現象」であると述べたうえで、「分権化の内容は一様ではなく、それぞれの思惑が渦巻く中で、様々な分権論が語られているのが現状である」と述べています。
 そして、グローバル化と分家の関係について、
(1)グローバル化の進行は、国際的企業の活動と人間生活との「ズレ」を拡大させており、政策の重点は、教育、保育、介護、保険・医療、環境など、広義の対人社会サービスを担う地方政府の役割が拡大している。
(2)グローバル化は、各国の中央政府が国際問題に精力を集中することを促しており、国内行政サービスに対して中央政府が「身軽」になることが求められている。
の2点を挙げています。
 また、グローバル化、市場化、少子・高齢化の影響を受けた世界各国での分権化の動きの傾向として、
(1)新自由主義的分権:福祉国家的な負担に耐えられなくなった中央政府が、地方政府に権限を移譲して、自らは対外政策に重点を置く、という捉え方。
(2)分権的福祉政府:グローバル化が進行する中でも、ここの人間はどこかの地域に居住して生活しており、退陣社会サービス、生活基盤整備などは地方政府が地域の視点に基づいて分権的に政策展開すべき、という積極的な分権論。
の2つに分けられると述べています。
 第2章「日本地方財政の特徴と改革論」では、日本が、「自治体と国の実質的な歳出割合がほぼ7対3であり、自治体が公共サービスと公共投資の大半を担う『分散』システム」をとり、それを、「特定財源としての国庫補助負担金と地方債許可制度」が中央集権的システムとして支えてきた上、「本来は使途の自由な一般財源であるはずの地方交付税も、公共投資を促進する政策に利用され」、「税源配分における地方税の地位」が相対的に低い、「集権的分散システム」であると解説しています。
 また、「三位一体の改革」について、「本来は地方分権改革の問題」であるが、「現実の論争においては、まず地方財政縮小論の立場からの議論が提起されて、それに対して自治体の立場に近い地方分権論の立場から反論やより具体的な改革論が展開」されたことが解説されています。
 著者は、「集権的分散システムの崩壊に変わるシステムをどのように構築するか」をめぐる「三位一体の改革」には、「分権論と縮小論が混在」しており、「地方税拡充における税源移譲論と独自課税重視論との対立、地方交付税改革に関する標準的財源保障論と財源保障廃止論との対立、国庫補助負担金の廃止・縮減をめぐる一般財源化論と財政再建論との対立」という論争が展開されていることを解説しています。
 第3章「『分権的福祉政府』の財政システム」では、「ワークフェア」(workfare)という言葉が、""work for welfare""、すなわち「就労可能な者が公的扶助を受給する条件として労働に従事する制度」であると解説し、日本の公共投資が、「農村部を中心に慢性的な失業対策としての所得再分配機能を果たしてきた」「公共工事への参加に対して現金を給付する」という意味でのワークフェアの一種と見ることもできるが、「雇用創出は介護、保育、教育・文化、環境保全といった分野でも可能」であるとして、財政支出の重点を建設事業から対人社会サービスにシフトさせることが課題であると述べています。
 著者は、「特定財源としての国庫補助負担金を廃止して地方分権とシステムの透明化を推進すること」は、公共部門の縮小のためではなく、「分権的福祉政府」の下で展開される「普遍主義的な対人サービスの給付に対して、住民は労務提供が形を変えた地方税納付の義務を追う」、「新しいワークフェア」を「財政を媒介とした積極的な強力システムである」と述べています。
 第4章「地方税の拡充」では、「現実の税制改革は決して伝統的税源配分論に忠実ではなかった」が、「州・地方レベルでも所得税の重要性は増している」と述べています。
 著者は、「所得再分配をもっぱら州・地方政府の機能と捉えれば」、「個人所得税を州・地方税とすべきことになる」と述べ、「所得再分配機能のうち現金給付は中央政府が、サービスの現物給付は州・地方政府が、それぞれ主導権を握るとすれば、所得税とくに個人所得税を中央政府と州・地方政府が共有すると考えることができる」として、「期間税としての所得税および消費税を中央政府と州・地方政府が共有することを前提として、州・地方政府の歳出権限を強める分権改革の推進に応じて、国税から州・地方税への税源移譲を進める、という税源配分論が導かれる」と述べています。
 また、「最も負担感が強いとされる消費税を国民が監視しやすい自治体に配分する、という新たな視点を導入すれば、都道府県が地方消費税の税率を独自に設定できることが望ましい」と述べています。
 第5章「財政調整制度の意義と地方交付税の改善」では、「自治体の課税権の拡大」だけでは、「地方自治を支える自己決定権を確立」できず、「財政調整制度が必要」であると述べています。そして、「現代社会に求められる財政調整制度の意義」として、
(1)垂直的財政調整機能の補完
(2)地方政府の財政力格差を踏まえた公平の観点
(3)居住地移動に関わる問題
(4)地方政府のサービスが及ぶ範囲に関わる問題
の4点を挙げています。
 また、現在の地方交付税が抱える大きな問題として、「交付税措置」と呼ばれる「動態的算定」、すなわち、「特定のタイプの投資的経費等について、事業費補正などの形で、後年度の公債費の基準財政需要額算入等を行う手法」を挙げ、「特定のタイプの事業を優遇するため、地方の共有する固有財源を特定財源にリンクさせることであるから、廃止すべきである」と指摘しています。
 さらに、「自治体が共有する固有財源」もしくは「間接課税形態の地方税」という地方交付税の性格づけに内実を持たせるためには、「制度決定に自治体が当事者として参加するシステム」が必要であると述べています。
 第6章「地方債発行の規制緩和」では、「日本において中央政府の債務が跳びぬけて大きい」理由は、「大規模な減税と公共投資を含む景気対策を繰り返してきたからであり、地方財政再建を優遇してきたわけではない」うえ、「国と地方の財政政策が連動しており、租税、交際の両面で国の地方財政に対する権限が大きく、しかもその結果として国・地方ともに国際的に見て莫大な債務を抱えている現状」で、「国の財政事情は地方に比べ厳しい」と比較することに意味はないと指摘しています。
 また、地方債協議制度への転換後も、「財政収支や公債費負担の状況に応じた起債の量的規制」が制度として存続するため、「国がその制度を無視して、景気対策、国の財政再建等の観点から地方税の減税や地方交付税の縮小を強行し、それを地方債発行によって『補てん』させるような政策を採らない限り、地方債の償還能力に問題は生じないはずである」と述べています。
 終章「地方財政運営システムの分権化」では、「地方財政委員会が地方税制および地方交付税の総額と配分の決定に主導権を持てば、毎年の地方財政対策としての増減税が、自治体主導の政策として実現する可能性もある」と述べています。
 本書は、特に税財源の配分に関して分かりやすくまとまった一冊です。


■ 個人的な視点から

 地方分権関係の本は、国と地方の事務の配分や効率性の観点から論じられたものが多く、「財政危機を切り抜けるための地方分権」という面が色濃く(政府がそういうキャンペーンを仕掛けてきたともいえますが)出ていますが、本書のように税制から入ると分かりやすいと思いました。
 竹中前大臣が、「税制は国の形」と言っていましたが、まさに、税制にこそ、その人、その国の国家観が現れると思います。


■ どんな人にオススメ?

・分権時代の税制のあり方を考えたい人。


■ 関連しそうな本

 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 松本 英昭 『新地方自治制度詳解』 2007年03月12日
 平嶋 彰英, 植田 浩 『地方債』 2006年12月14日
 石見 豊 『戦後日本の地方分権―その論議を中心に』 2007年02月09日


■ 百夜百マンガ

国が燃える【国が燃える 】

 満州国を舞台にした大河もの。今回も、広げた風呂敷をたたむことはできませんでしたが、いろいろもめたことが原因です。

2007年5月15日 (火)

近代日本公営水道成立史

■ 書籍情報

近代日本公営水道成立史   【近代日本公営水道成立史】(#845)

  高寄 昇三
  価格: ¥4200 (税込)
  日本経済評論社(2003/12)

 本書は、公営水道事業を対象に、その成立過程をたどることで、今日の水道事業、公営事業、地方財政運営について、「経営戦略となる歴史的事業成果」を、
(1)明治期の政府施策において、水道建設は通信・鉄道建設に比べてなぜ大幅に遅れたか。
(2)地域社会は伝染病の恐怖におののきながら、当該都市予算の数倍という水道建設への決断を迫られた。
(3)事業形態は資金問題とともに、都市自治体にとって重大な選択課題であった。
(4)水道事業の建設経営は、明治気という地方自治権の制約された環境の下で展開されたが、それは地方債の公募や日本人技術者の活用など、都市自治体の卓抜した事業能力を立証した事業であった。
の4つの視点から論述し、「水道事業創設を、地方財政・都市経営の視点から分析」したものです。
 第1章「旧水道と公益事業」では、明治前期において、水道事業の起業化を促進させた外圧・内圧として、
(1)条例改正という「外圧」:長崎・横浜などの居留地に住む外国人は、政府・地方団体に早期の水道建設を迫った。
(2)伝染病という「内患」:明治初期から明治10年代にかけて伝染病が猛威をふるい、流行年次には死亡者10万人を超えた。
(3)都市膨張という「社会的要因」:従来の人力車・旧水道などの方法では、増大する交通・水需要への対応は困難であった。
(4)公益事業の外部効果・独占利益という「経済的要因」:伝染病予防や火災防止効果など外部経済効果という公共性が、公営方式の牽引車となった。
の4点を挙げています。
 また、水道事業が、「交通事業と同様に民営化の危機にされされ、苦難の末の産物」であった背景として、政府の「民営事業志向性」を挙げ、その理由として、
(1)市町村の水道建設の能力は、「近代的地方自治制度としての基盤が確立せず、また内外他事の国家財政は、これを援助する余猶がなかった」ので、自力建設は不安視された。
(2)船舶・鉄道会社などの事業用水の確保を迫られたため、私営旧水道事業に「民間の有力者が会社組織をつくって、市営水道を計画するものが続出した」。
(3)水道事業は一般的には収益性はないと見なされていたが、特定の所得階層に対する個人専用線、事業用の給水サービスに限定すれば、必ずしも収益性がないものではない。
の3点を挙げています。
 さらに、民営市街地交通が、「破天荒ともいうべき巨額の資金」で都市自治体に買収されたのに対し、づ移送事業は、「多くの首長・関係者の努力で民営水道を阻止でき、「このような賢明な選択によって、都市自治体は民営水道買収における、無用の紛争と無駄な財源を回避」できたと述べています。
 明治初期の都市が進めた旧水道の整備に関しては、その致命的欠陥として、
(1)伝染病予防機能の欠落:明治15年にはこれらが流行し5000人以上の死者が出た。
(2)水質汚染の問題:開渠の疏水によって市内まで導入され、そこから木樋で井戸まで運ばれる方式であったため、汚泥、汚物の混入が避けがたかった。
の2つの問題があったことが指摘されています。
 また、水道事業の建設方式に関しては、明治維新期において、「多くの産業・企業が官営で創業され、以後も官業払下げ、同族会社的に経営」されたのに対し、水道事業は、「まず官庁が、危険を民間に転嫁し、民間が会社方式で危険を分散しながら資本を調達し、事業化する」という「逆の形成システム」であった点を指摘しています。
 さらに、横浜民営旧水道に関して、明治4年に起工、6年に竣工したが、経営は半年で破綻し、神奈川県にその事業が引き継がれ、その後も赤字経営を脱することができなかった理由として、
(1)水道給水能力の問題:漏水が多く市内全部に供給できなかった。
(2)当初予想した料金収入をあげることができなかった。
(3)木樋の維持に多額の費用がかかった。
ことを指摘しています。
 著者は、明治20年代になって、公益近代水道建設の機運が高まった理由として、
(1)公共セクターの水道能力が、市制町村制の実施により、水道事業を開始する事業実施能力を持つようになり、政府も財政支援の姿勢を強めた。
(2)私営旧水道事業も、「必ずしも営利主義的目的より出発したものとすることはできない」ものであり、「これらの市営水道計画は、実現を見なくてもその計画設計の多くは公営水道計画に無事引き継がれていった」ものであったこと。
の2点を挙げています。
 第2章「近代水道創業の政策課題」では、「衛生関係の海外視察・留学経験官吏が、政府内部において推進論を展開」したうえ、「ほとんどの水道設計計画書が、技術のみでなく水道建設の効用を力説」していることが述べられています。
 一方で、水道建設に対しては、「事業効果と建設負担費から見て、今日、巨額の経費投入をしても建設効果はなく、事業化を延期すべき」との反対論が出されたことが解説されています。
 また、近代水道建設の効果として、
(1)旧水道・水屋との比較による給水コストの節減
(2)給水安定化による生活・経済活動の活性化
(3)伝染病抑制による志望者減少、衛生費の節減
(4)噴水などによる都市美観の創出
(5)消火栓による火災被害件数の抑制
などが主張されたことが紹介され、中でも水道建設による伝染病抑制が、「即効的効果」があり、「給水前後の年平均伝染病死亡者数」が激減していることが述べられています。
 さらに、「市制町村制が制定され、水道事業に関する方針」が、「民営方式より公営方式へ傾斜していった」背景として、
(1)水道事業は、旧水道の事業経営を見ても、市営水道は経営破たんを来たしている。
(2)当時、旧水道の経営主体は、東京府、神奈川県、北海道開拓使(函館)、長崎県などで、公営方式が主流であった。
(3)水道事業は、旧水道の事業状況から見て、ガス・馬車鉄道などにより収益性が低い事業である。
(4)横浜・函館の近代水道は、公営方式で建設されている。
の4点を挙げています。
 資金調達に関しては、明治40年代まで、政府資金の貸付がなく、「都市自治体は民間市場から資金調達をせざるを得なかった」ため、「金融逼迫気には、極端な高金利でも資金調達を余儀なくされ、最悪の場合は、神戸・岡山市のように不安定極まりない外資にまで手を出して、塗炭の苦しみを味わうはめになる」として、「政府系資金の融資の遅れが、都市自治体にとって致命的欠陥」であったことを指摘しています。
 第3章「近代公営水道の建設普及」では、横浜市の近代水道建設が「東京より緊急かつ切実」であった理由として、
(1)開港都市として伝染病の恐怖が大きく、新興都市として、給水能力の欠乏が深刻で、旧水道の破損・用水欠乏などでしばしば供給不能となり、結局は水屋に依存した。
(2)横浜は巨額の費用で旧水道を建設したが、木樋のため伝染病を阻止できず、市民の非難を浴びていた。
(3)近代水道建設への外圧は、東京より厳しかった。
(4)横浜の井戸水の水質悪化。
の4点を挙げています。
 また、函館水道を、「基金の積み立て、租税での補填、区税の改革などの一連の措置」を、「細民重課ではなく、まさに事業者負担重視の都市政策的施策の実践」であるとして、「都市財政の政策対応の模範として、高く評価されるべきである」と述べています。
 さらに、長崎水道について、「行政当局の長崎市・市議会も反対するという、異常事態を克服して完成された」と述べ、注目すべき点として、
(1)260年の蓄積である貿易五厘金と、国庫補助金によって住民負担が3分の2になった。
(2)住民の反対を考慮して水道料金の軽減措置が導入された。
(3)軽い負担で水道普及を目指し、普及後に料金を引上げた。
(4)労務に受刑者を使用し、人夫費を半額で済ませた。
などの点を挙げています。
 大阪市水道事業に関しては、水道開設によって廃業に追い込まれた水屋組合が、「上水道の敷設は同業者の死活の問題であるから、その完成後は浄水の販売を認めて欲しい」と要望したが、「このような方式を認めると、上水道の普及を妨げ、上水道敷設の目的に反する結果となる」との理由から請願を却下したことが解説されています。
 この他、秦野水道建設事業に関しては、その特筆すべき点として、
(1)自治的精神の発露としての水道建設事業であり、発案・建設・運営において、住民一致の合議制で処理されている。
(2)巨額の建設工事費を粘り強く負担していった。
(3)陶器水道管方式について、工夫を重ねて、水道管として対応できる耐久性を持ったものを開発していった。
の3点を挙げています。
 本書は、今でこそ当たり前になった日本の公営水道事業について、その意味を再確認させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、戦前の自治体の資金調達が、市場や海外資金までを当てにしたかなり自由なものだったことがうかがえます。これは、自治体に限らず、企業の資金調達も戦前においてはメインバンク頼みではなく市場から調達していたことが明らかになっています。
 企業も自治体も、戦争前後の統制経済の下で、資金調達先が限定されてきましたが、だんだん、元の市場型に戻りつつあるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・戦前の自治体の企業的な活動を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 赤井 伸郎 『行政組織とガバナンスの経済学―官民分担と統合システムを考える』 2006年11月24日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 桂 望実 『県庁の星』 2005年09月23日
 荻原 浩 『メリーゴーランド』 2005年12月03日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日


■ 百夜百マンガ

なんてっ探偵アイドル【なんてっ探偵アイドル 】

 キョンキョン? そういえば「なんてったって小泉」と歌った政治家もいたような。
 それにしてもこんな地味な作品がプレステのソフトになってたのが驚きです。

2007年5月14日 (月)

「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針

■ 書籍情報

「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針   【「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針】(#844)

  カール シャピロ, ハル・R. バリアン (著), 千本 倖生, 宮本 喜一 (翻訳)
  価格: ¥2993 (税込)
  IDGコミュニケーションズ(1999/06)

 本書は、「普遍的な経済原則が現代の激しいビジネス環境の下でも我々の指針となりうる事実を示す」ことを目的としたものです。著者は、「技術の変貌と言う気に目を奪われすぎて、森、すなわち成功と失敗を決定づける本質的な経済学的作用を見落としてしまっている経営者があまりに多い」と述べ、「学者として、政府の役人とそしてコンサルタントとして、この森全体の鳥瞰図を描く」と述べています。
 第1章「インフォメーション経済」では、著者は本書の特色として、
(1)「トレンド」を追いかけたものではない。
(2)「語彙」を説明したものではない。
(3)アナロジーを扱わない。
の3点を挙げています。
 第2章「インフォメーションの価格づけ」では、「インフォメーション政策の固定費の大部分は『サンクコスト』(埋没原価/sunk cost)」、すなわち、「生産が止まれば回収できなくなるコスト」であると述べ、市場競争における基本的な戦略として、
(1)製品の差別化を図ること
(2)コストの主導権を握ること
の2つの戦略の原則を示し、「インフォメーション市場特有の性質から、これらの処方箋を活用するまた新たな機会も出現してくる」と述べています。
 そして、価格の個別化におけるポイントとして、
・自社の製品の個性化を図り、価格を個別につけること。
・顧客を理解すること。
・できるときには価格を個別化すること。
・プロモーションを活用して需要を計測する。
の4点を示しています。
 第3章「インフォメーションのバージョン化」では、インフォメーションのバージョンの活用方法として、
・ディレイ:「インフォメーションとは牡蠣のようなものだ。最高の価値があるのはそれが新鮮なときである」
などの戦略を示しています。
 また、バージョン化の特殊な形態である「バンドル化」については、「2種類以上のまったく違う製品を単一の価格をつけた一つのパッケージとして提供するもの」と述べ、「2つの製品のバンドル化は、2つめの製品のための価格の『上乗せ分』が、その単独の価格よりも安ければ買ってもよいと考えている顧客に対して効果的な方法」であると解説しています。
 第4章「権利の運用管理」では、デジタルテクノロジーが、「コンテンツの発行者が負担する2つの重要なコストに変化をもたらしている」として、
(1)複製コスト:まったく同じものの複製が極端に安いコストでできるようになってきている。
(2)流通コスト:複製したものをすばやく簡単に、しかも安く流通させることができる。
の2点を挙げています。
 第5章「ロックインを理解する」では、「あるテクノロジーのブランドから別のブランドに転換するためのコストが相当な額に上るとき、ユーザーは『ロックイン』(lock-in)に直面する」と述べ、「インフォメーションシステムを利用したり販売するとき決定的に重要なことは、自分と顧客の双方に将来発生するであろうスイッチングコストを徹底的に予測することである」と述べています。そして、「ロックインは悩みの種になることもあれば、多額の利益を生み出す源泉になることもありうる」として、その分かれ道は、「部屋の中に閉じ込められてしまった状態なのか、それともその部屋の鍵を持っている立場なのか」であると述べています。
 また、電子メールアドレスのロックインをうまく利用している例として、ホットメールによる「無料」電子メールサービスを紹介しています。
 さらに、コンピュータのソフトウェアの例を挙げ、「ブランドに特化したトレーニングの場合、スイッチングコストは時間が経つほど『上昇』する」反面、耐久財に関しては、「老朽化するほど、そして優秀な性能を備えた新しいモデルが導入されることで、入れ替えの費用が低下する」と述べています。
 著者は、ロックインをダイナミックに考えるために、
・ロックインのサイクル
    →    ブランド選択ポイント  ↓
 ロックイン             サンプリングの段階
   ↑      塹壕の段階     ←
の図を示しています。
 第6章「ロックインを管理する」では、「ロックインがあることを予期しているインフォメーション・テクノロジーの買い手にとっての基本戦略」として、
(1)ロックインされる前、すなわちロックインサイクルの最初の段階で厳しく交渉し"アメ"か、あるいは自分自身が長期的に保護されるような形態を要求する。
(2)ロックインサイクル全体を通して段階的に自分のスイッチングコストを最小化する方策をとる。
の2点を挙げています。
 一方で、インフォメーションシステムの供給者がロックインに対処するための基本戦略として、
(1)投資:顧客の設置ベースを確立するための投資に備える。
(2)落とし込み:顧客の落とし込みを目指す。
(3)強化:ひいきにしてくれるお客に対して補間製品を売り込み、そしてこれらの顧客の情報を利用する権利を他の供給者に売ることによって、設置ベースの価値を最大化すること。
の3点を示しています。
 第7章「ネットワークとプラスのフィードバック」では、旧来の経済と新しい経済との間の「本質的な違い」として、「旧来の産業経済の原動力は『規模の経済』(economics of scales)であり、その一方新しいインフォメーション経済の原動力は『ネットワークの経済』(economics of networks)である」と述べ、その鍵となるコンセプトである「プラスのフィードバック」(positive feedback)について解説しています。
 そして、現実とバーチャルとにかかわらず備わっているネットワークの基本的な経済的性格として、「ネットワークに接続するという価値は、すでにそのネットワークにつながっている『他の』人たちの数によって決まる」ことを述べています。
 また、「プラスのフィードバック」を、「インフォメーション・テクノロジーの経済学を理解するためには不可欠なもの」であり、「強者はますます強くなり、弱者はますます弱くなる。その結果は極端な差となる」と述べています。
 さらに、プラスのネットワークの本質である「ネットワーク外部性」(network externalities)について、これが、「もしネットワークにn人の人がいて、その一人一人にとってのネットワークの価値が『他の』ユーザーの数に比例するならば、ユーザー全員に対するネットワークの価値の総計はn×(n-1)=n^2-nに比例する」という「メトカーフの法則」(Metcalfe's law)の背景であることを解説しています。
 著者は、ネットワーク市場での基本戦略として、
(1)革命と進化どちらの選択をするときに考える「性能」対「互換性」のトレードオフ
(2)「開放化」対「コントロール」のトレードオフ
の2つのトレードオフをどう組み合わせるか、の4つの戦略を示しています。
 また、電話の発明に関する「面白い」標準化戦争として、初期の電話において相手を呼び出すためのまったく新しい言葉として、トーマス・エジソンが英語の"ハロウ"(hallow)の変種である「ハロー」という言葉を考え出し、一方で電話を取るときにどのように応えるか、と言う言葉として電話の発明者アレキサンダー・グラハム・ベルが"アホイ(Ahoy)"が「電話に応答する正しい方法」だと主張し始め、1880年頃には、"ハロー"が標準化競争の勝者となっていたことが紹介されています。
 第8章「協力と互換性」では、本当にオープンな標準が直面する基本的な脅威として、
(1)はっきりしたスポンサーがいなければ、その標準が進むべき方向を誰が決めてくれるのか。
(2)スポンサーがいないとなると、誰がモノや金などのリソースを投資して発展を図り、その標準がジリ貧にならないようにするのか。
の2点を挙げています。
 第9章「標準化戦争の戦い方」では、ネットワーク市場の中核的資産として、
(1)ユーザーの設置ベースのコントロール
(2)知的財産権
(3)革新を起こす能力
(4)創業者利益
(5)製造能力
(6)補完製品分野での影響力
(7)ブランド名と名声
の7点を挙げています。


■ 個人的な視点から

 本書は、一時期流行った「IT革命」モノの1冊として邦題がつけられたようですが、本書が描いているのは「IT以後の経済の姿」であり、21世紀の現在においては、かなりの部分当たり前になった内容で、普遍性を持つものと考えられます。
 なお、標準化に関しては、本書の出版時期(原書は1998年)を反映して任天堂とセガの競争が取り上げられています。今ならば、ソニーとマイクロソフトと任天堂ということになるのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・前世紀の経済学しか知らない人。


■ 関連しそうな本

 エリック ブラインジョルフソン, ブライアン カヒン (編著), 室田 泰弘, 平崎 誠司 (翻訳) 『ディジタル・エコノミーを制する知恵』 2005年03月10日
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』
 奥野 正寛, 池田 信夫 『情報化と経済システムの転換』
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 エリ ノーム, トーマス・W. ヘイズレット, ローレンス レッシグ, リチャード・A. エプスタイン (著), 国際大学グローバルコミュニケーションセンター (翻訳), 公文 俊平 『テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか』 2006年05月12日


■ 百夜百マンガ

ぎゅわんぶらあ自己中心派【ぎゅわんぶらあ自己中心派 】

 それまで竹書房で活躍していた知る人ぞ知る存在だったのが一気にメジャーデビュー。中高生に麻雀ブームを起こしました。

2007年5月13日 (日)

朝4時起きの仕事術―誰も知らない「朝いちばん」活用法

■ 書籍情報

朝4時起きの仕事術―誰も知らない「朝いちばん」活用法   【朝4時起きの仕事術―誰も知らない「朝いちばん」活用法】(#843)

  中島 孝志
  価格: ¥1260 (税込)
  プレジデント社(2003/11)

 本書は、「仕事で二倍の成果を出せ」という要求に応えること、すなわち、「同じ時間で今までよりも二倍」仕事をすること、生産性を二倍にするために、著者自身が実践している「朝4時起きの仕事術」をまとめたものです。「朝の1時間は夜の2時間、3時間に匹敵する」といわれるように、著者は、朝4時起きで、午前中に8時間分の仕事を、午後でも8時間分の仕事をこなすことで、毎日人の倍の仕事をしていると語り、睡眠時間を6~8時間とる、「1日三分割法」を実践していると述べています。
 第1章「こんなにあった! 『朝いちばん』だからできること、すべきこと』では、「成功する人」と「成功できない人」の間にあるたった一つの違い、すなわち、「いいと思った習慣をすぐに自分のものにできること」を指摘しています。
 また、著者が4時起きの習慣を始めたきっかけが、ビジネスマンから「自由業」になったとたんに、徹夜で仕事をし、朝から寝る深夜族になってしまい、子供から「泥棒」と言われたショックであることが語られています。
 さらに、朝の時間がパワーを発揮する理由として、「生理学的にはホルモンとの関係」であるとして、「副腎髄質から分泌されるアドレナリンと、副腎皮質から分泌されるコルチコイドという2つのホルモンが人を精力的にする」が、「これらのホルモンは夜明けから分泌され、午前7時頃にピークを迎える」ことを挙げ、「生理学的にも人間は午後10時頃に就寝して、『朝4時起き」をする」のが「心身ともに理想的なリズム」であると述べています。
 この他、著者が「徹夜」をするときには、「今日は忙しくなる。徹夜だ。よし、その前に寝るから邪魔しないように」とまず短時間の睡眠をとり、その後朝まで仕事をすることをさすことが紹介されています。
 第2章「これだけやればいい! 出社してから、『朝いちばん』にすべきこと」では、ビジネスマンにとって、片道1時間の通勤時間をどう使うか、そのために、「ガラガラに空いた電車乗るために早めに家を出たこと」を挙げ、片道1時間で年間240時間、30年続くと、7200時間、ほぼ丸1年分を何もせずにすごしていることになると計算しています。
 さらに、朝いちばんの挨拶の重要性を、「あなたが若手なら、いつも元気よく挨拶するべきである」として、「朝いちばんの様子だけで評価は天国と地獄に分かれてしまう」と述べ、著者自身の例を挙げながら、「直属上司だけではなく、他部門の上司に評価されてこそ、一人前のビジネスマンになれる」と述べています。
 そして、ビジネスマンが朝いちばんにやるべき仕事として、
(1)「重要な仕事」とは何か
(2)「緊急の仕事」とは何か
(3)「後回しにできる仕事」とは何か
という優先順位を決めるための3つのポイントを挙げています。
 第3章「成功する人、しない人! その違いは『朝いちばん』の活用法にあった」では、「人間の体は正直で、疲れたときは体が動かなくなる。頭も回転しなくなる。それが自律神経のなせる業である」と述べ、「疲れていても、なんら感じない、まだまだ元気というのは、身体がタフなのではなく、疲れを感じるアンテナが錆びつ「いている証拠。自律神経まで調子がおかしくなっている証拠」であるとして、「至急、病院に駆けつけた方がいい」と述べています。そして、疲れを元から取るためには「生活改善に勝るものはない」として、「朝4時起き」を勧め、夜の付き合い(赤提灯コミュニケーション、接待)も自然とできなくなる、今時、そんなものは死語である、と述べています。
 また、著者がこれまで会ってきた3万人の経営者、ビジネスマンの共通点として、ビジネスに成功する人は朝が早いことを挙げ、ある社長が朝早く起きることに込められたメッセージとして、
(1)早く仕事がしたい。
(2)遅れを取り戻せる。
(3)早朝出勤が習慣になっている。
の3点を挙げています。
 さらに、朝いちばんの勉強会への参加を勧め、その理由として、「『朝いちばん』に勉強しようと考える人間とはどんな人たちなのか」を勉強してもらいたいこと、を挙げています。
 第5章「『朝いちばん』の使い方で人間関係はこんなに良くなる!」では、日本企業を見たアメリカ人ビジネスマンが「どうにも理解に苦しむ制度がある」と語った、「なぜ能率のいいビジネスマンより、悪い社員の方の給料が高いのか」という残業代の問題について、彼が、「能率の悪い社員からはペナルティをとってもいいし、残業するなら、規定外労働としてデスクや電気、電話の使用料をとってもいいくらいだ」と述べたことを紹介しています。
 さらに、著者が「Eメールの返信は夜にするものではないな」と思っていると述べ、その理由として、「夜のEメールは昼より、もちろん朝よりも辛辣」ことを挙げ、これを「朝と夜の違い」、すなわち「朝から頭を使いすぎてしまったために、夜の判断はあてにならない」ことであると述べています。
 本書は、朝4時起きに踏み切れない人の背中を押してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、朝4時起きの効能を薦める本でありながら、その書評を夜の10時過ぎに書いているのは、なんだか矛盾しているような気がしますのでもう寝ることにします。


■ どんな人にオススメ?

・朝4時起きの習慣を自分のものにしたい人。


■ 関連しそうな本

 中島 孝志 『仕事の道具箱』 2006年11月19日
 フランク・ベトガー (著), 土屋 健 『私はどうして販売外交に成功したか』 2006年11月17日
 行本 明説, 日本タイムマネジメント普及協会 『図解・仕事術 最強の時間力―タイムマネジメントの法則60』
 Thomas A. Limoncelli (著), 株式会社クイープ (翻訳) 『エンジニアのための時間管理術』 2007年01月06日
 アレック マッケンジー (著), 倉田 良子 (翻訳) 『時間の罠(タイムトラップ)―タイム・マネジメント20の鉄則』


■ 百夜百音

僕と君の全てをロックンロールと呼べ【僕と君の全てをロックンロールと呼べ】 サンボマスター オリジナル盤発売: 2006

 『電車男』の主題歌を歌ったことで知られていますが、電車男といえば「アキバ系」、そしてアキバといえば牛丼「サンボ」を知らなければモグリです。つまり、「サンボマスター」とは、アキバの象徴である牛丼サンボの達人(またはサンボの店長)を表していると考えれば、彼らが『電車男』の主題歌を歌うのは必然であったと言えるでしょう。
 ちなみに本当にメンバーたちが牛丼「サンボ」の常連だったという説もありますが、真偽のほどはどうでもいいです。
 
○参考「サンボファン.com」
http://www.sambo-fan.com/

『電車男』

2007年5月12日 (土)

OLたちの「レジスタンス」―サラリーマンとOLのパワーゲーム

■ 書籍情報

OLたちの「レジスタンス」―サラリーマンとOLのパワーゲーム   【OLたちの「レジスタンス」―サラリーマンとOLのパワーゲーム】(#842)

  小笠原 祐子
  価格: ¥693 (税込)
  中央公論社(1998/01)

 本書は、「先進諸国の中で日本ほど女性の地位が低い国はないと言われている」一方で、「ある閉鎖的な状況にあって、少しでも自分に有利な条件を導き出そうとしている」OLが、「女性一般職であることを理由に、男性総合職社員とは異なる独自の権利と義務意識を形成し」、「女性であることを前面に押し出す戦略が一応の成功を収めている」ことを紹介するとともに、このような「ジェンダーを武器にした抵抗行為によって、女性がますますジェンダーの深みにはまってしまうという逆説」を示しているものです。著者は、OLの士気の問題が、「小手先の対応で解決するのは難しい」理由を、「構造的な問題」であり、「システムの抜本的な見直しに着手」する必要があるからであると述べています。
 序章「OLという存在」では、「OL」という和製英語が、1964年に、週刊誌『女性自身』が読者募集した、「働く若い女性に対する呼称として当時広く使われていたBG(ビジネス・ガール)などに代わる新しい呼び名」であることを紹介し、「BG」とは、「ビル、特にオフィス内で、単純反復的な事務作業に従事する、非管理的、非専門的な職種の婦人労働者」を意味する言葉であることを解説しています。このBGの職場生活は、「きわめて単純な労働の繰り返し」であり、「少したてば、仕事を覚え、そしてあきてくる。しかし、責任を持った仕事には、ほとんどつけてもらえない」ものであったことを紹介しています。
 また、著者は、「OL」を、「正社員として、現在及び将来にわたって管理的責任を持たずに、深い専門的もしくは技術的知識を必要としない一般事務的、もしくは補助的業務を行う女性」と定義しています。そして、著者がインタビューをした多くの女性が、「OLであることで一番屈辱的なことの一つ」として、「女の子」として扱われ、個人の仕事ぶりが尊重されず、組織の中でのOLが、「本当の意味での名前を持たない存在」であるという「名無しの存在」を挙げていると述べています。
 さらに、日本のOLが「社内妻」になぞらえられる理由を、「特定の上司に対する強い結びつき」のためではなく、「OLの社内での役割と仕事の内容」、すなわち、「家庭での妻の役割に擬せられる」ような、こまごまとした、男性の「身のまわりの世話」であるからではないかと述べています。
 第1章「『女の敵は女』のウソ」では、OLが「生来男性社員より嫉妬深いのではなく、職場の環境と仕事の家庭が男性と女性では異なり、その異なる外部要因が、一方の性により多く嫉妬という感情を引き起こすことになる」と述べ、社内の要因として、「男性社員に比べ社内の上下関係の中での自分の位置が不明確であり、そのことによってOL同士の間に無用な緊張関係が生じる」ことを挙げ、「学歴の異なる女性同士の確執をもたらしている主要因」を、「女性の扱いに関する企業の方針が、非常に不明瞭で矛盾に満ちたものであること」ではないかと述べる等、「OLには上下関係を図る指標が複数存在し、それらが相互に矛盾しあうため、互いの対立が深まり、連帯が難しくなっている」と指摘しています。
 また、「仕事と家庭の不可分性が男性と女性では大きく異なり、女性の場合、仕事と家庭が不可分に結びついていることが、職場での女性の連帯を用意ならざるものにしている可能性がある」と述べ、女性が、「男性の硬直的な職業生活を可能にするため自身の生活を適応させている」ことを指摘しています。
 著者は、「職場で男性と女性が置かれている状況が異なることをよく認識せず」に、通説を安易に受け入れることは危険であると述べています。
 第2章「ゴシップ」では、「一人が悪口を言うと、話を聞いた女性全員がその男性を色眼鏡でみるようになる」というOLからの男性の評判が、「一夜にして決定されるものではなく、徐々に築かれるものであること」を述べたうえで、「OLが職場の男性を嫌う理由」として、
(1)傲慢な態度の男性
(2)女性の気持ちを考えない男性
(3)女性の目から見て、仕事ができない男性
の3点を挙げ、「OLの職場の男性についての関心事が、女性に差別的な待遇と無関係ではない」ことを指摘するとともに、「OLの男性批判が、一見感情的で理不尽であるようでいて、実は意外に理にかなった面もある」ことを解説しています。
 また、「おじさん改造講座」がヒット理由のひとつに、「おじさん」という言葉が、「オフィスの職階に対するOLの無関心をも的確に捉えているから」ではないかと述べ、「『おじさん』という言葉は、男性が身につけている権限を容赦なくはぎ取って、まる裸にしてしまうことができるOLとしての立場をも表現している」と解説しています。
 一方で、男性側は、「近年、仕事と会社に人間らしいまともな生活を奪われていると明確に意識する男性が増えている」と述べ、「家庭からあぶれた男たちが、行き場がなくなって、仕方なく群れている場所なんです、企業というのは」というある男性の発言を紹介しています。
 第3章「バレンタインデー」では、日本のバレンタインデーの特徴を、
(1)贈答品としてはチョコレートに執着
(2)女性から男性への一方通行的贈答
(3)職場での盛んな贈答行為
の3点に集約できるとし、職場のバレンタインデーが、「人気投票」という側面を持つとともに、「女性社員が男性社員をからかったり、悪意をこめたチョコレートを贈ったりしおおせる面もある」として、チョコレートに「敵意あるメッセージが込められたりするけれども、同じチョコレートという媒体が使用されるので、本当の意味がわからない」と述べ、職場のチョコレートが持つ多義性(曖昧さ)を指摘しています。
 第4章「OLの抵抗の行為」では、権力を持たないOLによる抵抗行為として、
(1)イニシアチブをとらない受身の仕事態勢:言われたことはやるが、好きではない男性にはそれ以上のことはしない。
(2)頼み事の拒否:昇進の望みが限られているOLにとっては、上司の機嫌をとることは、さほど重要なことではない。
(3)優先順位決定権の掌握:仕事の重要性や緊急度のかかわりなく、ある仕事の優先順位を下げる。事務の仕事を独り占めすることによって、特定の職場の中で力を得る女性もいる。
(4)ボイコット:一切仕事に手をつけず、放置したままにしておく。男性の方も「お前が女の扱い方を知らないから」と罰を受ける。仕事を首尾よく運ぶためにOLの手助けを上手く受けるのも総合職の重要な仕事の一つ。
(5)人事部への通告:人事考課や退職の方法によって、上司に対する不満を人事部に伝えることができる。
(6)総スカン:部や課の女性が結託して特定の男性を無視すること。
等を挙げ、「OLにある種の力を与えている源泉は、女性を男性と同等の戦力として認めない現行の不平等なシステムにある」と指摘しています。
 第5章「男のストラテジー」では、バレンタインデーとホワイトデーの贈答行為が、
・互酬性が必ずしも借りを帳消しにすることにはならないということ。
・贈答の順番が力関係に大きな影響を与える可能性があること。
を示していると指摘し、「組織の中で失うものが男性に比べて少ないOLに、男性が影響力を行使するのは、簡単なことではないようだ」と述べています。
 終章「ジェンダーの落とし穴」では、現代の官僚型組織が、「はるかに広範で、中央集権化した権力構造を可能にした」反面、「さまざまな形のサボタージュを可能にしたため、中央の権力者の、配下の人間に対する依存度」が、「以前に比べ格段に大きくなったとする説」を紹介し、「日本企業で働く男性社員は、女性に大きく依存している」ことを指摘し、「構造的劣位が、弱者にある種の優位をもたらす現象」を解説しています。
 一方で、「性差別的雇用慣行を逆手に取るOLの戦略は、別の意味でも伝統的な性別役割の再生産に寄与している」として、「OLが抵抗すればするほど、女性像のステレオタイプ――女性はすぐ感情に流される、だとか、女性は冷静な判断ができない、だとか、女性は仕事への取組みが甘い、など――を協調する結果になる」と述べ、「個々の女性の意図を離れて、女性全体としては、『ジェンダーの落とし穴』」に落ち込んでしまうことを指摘しています。
 本書は、日本企業における女性の立ち位置を上手く解説した一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 本書に紹介されている「レジスタンス」の数々は、男から見ると身震いのするものばかりです。職場の女性の絶大なる人気を得ているある銀行の次長が、前の支店で女性の総スカンにあって、女性に対する態度を改めた、とか、部下が人事考課用紙に「異動したい」と書かないよう圧力をかけたという噂が広まった話、課の女性から仕事をボイコットされた男性が、「お前が女の扱い方を知らないから」と地方の工場に飛ばされた話など、身につまされます。


■ どんな人にオススメ?

・『OL進化論』を読んでも笑えない人。


■ 関連しそうな本

 秋月 りす 『OL進化論』
 ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳) 『企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』 2005年10月11日
 佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
 能町 みね子 『オカマだけどOLやってます。』
 花のOL集団+α 『こんな上役大ッきらい!―若い独身OL100人の赤裸々な告白!』


■ 百夜百音

働く男【働く男】 PUFFY オリジナル盤発売: 2006

 15年以上前と最近では「働く男」の意味合いも相当変わってきているのか、パフィーが歌うと雰囲気が全然違いますね。個人的には「ロック幸せ」が好きです。

『シャングリラ』シャングリラ

2007年5月11日 (金)

ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える

■ 書籍情報

ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える   【ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える】(#841)

  谷本 寛治
  価格: ¥1680 (税込)
  エヌティティ出版(2007/03)

 本書は、「社会的な課題の解決をビジネスの仕組みを使って取り組む」「社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)」について、6人の社会的企業家が、
(1)どのような想いで事業を始めたのか
(2)起業時に出会った障害/課題をどのように乗り越えたのか
(3)どのように事業を続けてきたのか
(4)今後の課題と展望
の4つのポイントについて語ったものをまとめたものです。
 第1章「ソーシャル・アントレプレナーという生き方」では、「社会的企業はいわゆる慈善活動、ボランティア」とは異なり、「市場で社会的な商品やサービスを提供したり、新しいビジネスモデルをつくって」いくものであることが解説されています。
 そして、一般企業の事業との違いとして、
(1)社会性=社会的使命(ソーシャル・ミッション)
(2)事業性=社会的事業体(ソーシャル・ビジネス)
(3)革新性=ソーシャル・イノベーション
の3つの基本要件を挙げています。
 そして、ソーシャル・アントレプレナーについて、
「ソーシャル・アントレプレナーとは、今解決が求められている社会的課題(例えば、福祉、教育、環境等)に取り組み、新しいビジネスモデルを提案し実行する社会変革の担い手である。彼らは社会的課題を分かりやすい形で明らかにし、事業活動として新しいしくみを提案する能力をもつ」
と定義しています。
 第2章「24時間365時間の在宅福祉サービス」では、特定非営利活動法人ケアセンターやわらぎ代表理事の石川治江氏が、起業するときに気を使ったこととして、「お金を借りるということ」を挙げ、自分に対して、「私はお金を借りるのが大好きです」と自分で刷り込み、「お金は借りたら返すのです。返すためにそのお金を動かす。そして事業を回さなければならない」と語っています。
 第3章「ITベンチャーから『病児保育』へ」では、特定営利活動法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏が、ビジネスセクターでは、「ニーズのあるところにマーケットあり」なのに対し、病児保育ではそういった市場原理が働かず、「既存施設の約9割が赤字」であり、「補助金のジレンマ」によって、「新規参入が阻まれ、結果的に社会的インフラ整備が圧倒的に遅れている」ことが述べられています。そして、「経済的自立ができるような成功モデルを作ること」をミッションに、「補助金に頼らず経済的に自律できるモデル」である、「脱施設型」「保険型」という特徴を持つ「フローレンス・モデル」を開発したことが語られています。
 第4章「知的障害者に就労機会を」では、特定非営利活動法人ぱれっと理事の谷口奈保子氏が、「障害があっても、働きたい人は自分で稼いで自立するという考え方を社会に突きつけていく」ことこそが、ぱれっとが常に主張していることであると語っています。
 また、活動する上での楽しみは、「できるはずがないと思われていることを実現させること」であり、「夢を実現させる」と言い換えてもいいと語っています。
 第5章「不登校の生徒がeラーニングで学んで」では、株式会社アットマーク・ラーニング代表取締役社長の日野公三氏が、創業の動機として、「アメリカには不登校生が一人もない」というホームスクールとの出会い、つまり、「納税者が自宅を学校にしてもいい。『この子は私が家で教育をします』と言って教育委員会などに届出をすると認められる」制度との出会いを語っています。
 また、戦前の日本では、お金がない人でもお金を集めて学校を作ったり、学校を作りたい人は結構スムーズに作ることができた例として、灘高が元々、「灘の酒造メーカーの資産家がお金を持ち寄って独自のカリキュラムで子弟教育をしようと作った」ものであることが語られています。
 第6章「ビジネスとしての自然保護」では、株式会社ネイチャースケープ専務取締役の中川芳江氏が、ビジネスとして自然環境の保護・保全に取り組む理由として、「自然環境の再生力」が、「人の持続可能な生存や営みの基盤を支えるものとして大変重要な役割を果たしている存在」であることを挙げ、「真のクライアント」はものをいわず、お金も払わない「自然環境」であり、「お金を出してくれる人が本当は護りたい・大事にしたいと思っているもの」であると語っています。
 また、「自分がしたいこと」と「自分にできること」と「社会に必要とされること」の3つをとことん突き詰めて考えると、「ソーシャル・アントレプレナーであることというのは、あとからついてくること」だと語り、「たとえどんな組織の中にいたとしても、あなた次第でソーシャル。アントレプレナーになれる」と語っています。
 第7章「開発協力領域の社会的企業」では、フェアトレードカンパニー株式会社常務取締役の胤森なお子氏が、日本でフェアトレードを広めるために、「買い替え需要があってとくに若い人たちが消費する、ファッションのアイテムは不可欠」と考え、衣料品に関しては、日本のフェアトレードカンパニーが、世界的にもパイオニアであると語っています。
 第8章「ソーシャル・アントレプレナーへのステップ」では、「社会的事業を立ち上げ、その活動を諦めずに継続していくことによって、社会をより好ましいものへと変えていくことができる」と述べ、「今後、とくに若い世代、団塊の世代から多くのソーシャル・アントレプレナーが登場しその活動を展開していくことが期待」されると述べています。
 本書は、社会的企業家の生の声を聞くことで、ソーシャル・アントレプレナーの全体像を知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昨夜は、(株)ボーネルンド代表の中西弘子氏にお会いする機会がありました。もちろん営利企業なんですが、28年前の日本で、子どもの健全な育成のために、あそびと生活の道具や環境を提供する、という強い使命をミッションとして掲げ、既存のおもちゃ流通業界では常識破りな、直営店による垂直統合モデルで理念に共鳴するファンを増やしていったというお話は大変感銘深いものでした。
 今でこそお話を聞いていて、その理念にまったく違和感を感じませんでしたが、創業当時は、1つ800円する子どもが使いやすいバケツに対する理解は少なかったそうです。


■ どんな人にオススメ?

・日本の社会起業家の話を聴いてみたい人。


■ 関連しそうな本

 谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
 上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 横山 恵子 『企業の社会戦略とNPO―社会的価値創造にむけての協働型パートナーシップ』 2006年02月27日


■ 百夜百マンガ

スカイハイ【スカイハイ 】

 「お逝きなさい」の決め台詞でドラマも好評だった作品なわけですが、最近ネットでも「逝ってよし」っていう言葉も見かけなくなりました。

ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える

■ 書籍情報

ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える   【ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える】(#841)

  谷本 寛治
  価格: ¥1680 (税込)
  エヌティティ出版(2007/03)

 本書は、「社会的な課題の解決をビジネスの仕組みを使って取り組む」「社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)」について、6人の社会的企業家が、
(1)どのような想いで事業を始めたのか
(2)起業時に出会った障害/課題をどのように乗り越えたのか
(3)どのように事業を続けてきたのか
(4)今後の課題と展望
の4つのポイントについて語ったものをまとめたものです。
 第1章「ソーシャル・アントレプレナーという生き方」では、「社会的企業はいわゆる慈善活動、ボランティア」とは異なり、「市場で社会的な商品やサービスを提供したり、新しいビジネスモデルをつくって」いくものであることが解説されています。
 そして、一般企業の事業との違いとして、
(1)社会性=社会的使命(ソーシャル・ミッション)
(2)事業性=社会的事業体(ソーシャル・ビジネス)
(3)革新性=ソーシャル・イノベーション
の3つの基本要件を挙げています。
 そして、ソーシャル・アントレプレナーについて、
「ソーシャル・アントレプレナーとは、今解決が求められている社会的課題(例えば、福祉、教育、環境等)に取り組み、新しいビジネスモデルを提案し実行する社会変革の担い手である。彼らは社会的課題を分かりやすい形で明らかにし、事業活動として新しいしくみを提案する能力をもつ」
と定義しています。
 第2章「24時間365時間の在宅福祉サービス」では、特定非営利活動法人ケアセンターやわらぎ代表理事の石川治江氏が、起業するときに気を使ったこととして、「お金を借りるということ」を挙げ、自分に対して、「私はお金を借りるのが大好きです」と自分で刷り込み、「お金は借りたら返すのです。返すためにそのお金を動かす。そして事業を回さなければならない」と語っています。
 第3章「ITベンチャーから『病児保育』へ」では、特定営利活動法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏が、ビジネスセクターでは、「ニーズのあるところにマーケットあり」なのに対し、病児保育ではそういった市場原理が働かず、「既存施設の約9割が赤字」であり、「補助金のジレンマ」によって、「新規参入が阻まれ、結果的に社会的インフラ整備が圧倒的に遅れている」ことが述べられています。そして、「経済的自立ができるような成功モデルを作ること」をミッションに、「補助金に頼らず経済的に自律できるモデル」である、「脱施設型」「保険型」という特徴を持つ「フローレンス・モデル」を開発したことが語られています。
 第4章「知的障害者に就労機会を」では、特定非営利活動法人ぱれっと理事の谷口奈保子氏が、「障害があっても、働きたい人は自分で稼いで自立するという考え方を社会に突きつけていく」ことこそが、ぱれっとが常に主張していることであると語っています。
 また、活動する上での楽しみは、「できるはずがないと思われていることを実現させること」であり、「夢を実現させる」と言い換えてもいいと語っています。
 第5章「不登校の生徒がeラーニングで学んで」では、株式会社アットマーク・ラーニング代表取締役社長の日野公三氏が、創業の動機として、「アメリカには不登校生が一人もない」というホームスクールとの出会い、つまり、「納税者が自宅を学校にしてもいい。『この子は私が家で教育をします』と言って教育委員会などに届出をすると認められる」制度との出会いを語っています。
 また、戦前の日本では、お金がない人でもお金を集めて学校を作ったり、学校を作りたい人は結構スムーズに作ることができた例として、灘高が元々、「灘の酒造メーカーの資産家がお金を持ち寄って独自のカリキュラムで子弟教育をしようと作った」ものであることが語られています。
 第6章「ビジネスとしての自然保護」では、株式会社ネイチャースケープ専務取締役の中川芳江氏が、ビジネスとして自然環境の保護・保全に取り組む理由として、「自然環境の再生力」が、「人の持続可能な生存や営みの基盤を支えるものとして大変重要な役割を果たしている存在」であることを挙げ、「真のクライアント」はものをいわず、お金も払わない「自然環境」であり、「お金を出してくれる人が本当は護りたい・大事にしたいと思っているもの」であると語っています。
 また、「自分がしたいこと」と「自分にできること」と「社会に必要とされること」の3つをとことん突き詰めて考えると、「ソーシャル・アントレプレナーであることというのは、あとからついてくること」だと語り、「たとえどんな組織の中にいたとしても、あなた次第でソーシャル。アントレプレナーになれる」と語っています。
 第7章「開発協力領域の社会的企業」では、フェアトレードカンパニー株式会社常務取締役の胤森なお子氏が、日本でフェアトレードを広めるために、「買い替え需要があってとくに若い人たちが消費する、ファッションのアイテムは不可欠」と考え、衣料品に関しては、日本のフェアトレードカンパニーが、世界的にもパイオニアであると語っています。
 第8章「ソーシャル・アントレプレナーへのステップ」では、「社会的事業を立ち上げ、その活動を諦めずに継続していくことによって、社会をより好ましいものへと変えていくことができる」と述べ、「今後、とくに若い世代、団塊の世代から多くのソーシャル・アントレプレナーが登場しその活動を展開していくことが期待」されると述べています。
 本書は、社会的企業家の生の声を聞くことで、ソーシャル・アントレプレナーの全体像を知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昨夜は、(株)ボーネルンド代表の中西弘子氏にお会いする機会がありました。もちろん営利企業なんですが、28年前の日本で、子どもの健全な育成のために、あそびと生活の道具や環境を提供する、という強い使命をミッションとして掲げ、既存のおもちゃ流通業界では常識破りな、直営店による垂直統合モデルで理念に共鳴するファンを増やしていったというお話は大変感銘深いものでした。
 今でこそお話を聞いていて、その理念にまったく違和感を感じませんでしたが、創業当時は、1つ800円する子どもが使いやすいバケツに対する理解は少なかったそうです。


■ どんな人にオススメ?

・日本の社会起業家の話を聴いてみたい人。


■ 関連しそうな本

 谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
 上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 横山 恵子 『企業の社会戦略とNPO―社会的価値創造にむけての協働型パートナーシップ』 2006年02月27日


■ 百夜百マンガ

スカイハイ【スカイハイ 】

 「お逝きなさい」の決め台詞でドラマも好評だった作品なわけですが、最近ネットでも「逝ってよし」っていう言葉も見かけなくなりました。

2007年5月10日 (木)

ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家

■ 書籍情報

ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家   【ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家】(#840)

  ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  早川書房(1998/10)

 本書は、バンクラデシュのグラミン銀行を創設したムハマド・ユヌスの自伝です。グラミン銀行は普通の銀行と異なり、「借り手たちの生活水準を向上させ、世界から貧困をなくすることを最大の目的」とした「貧者の銀行」として知られ、
(1)担保となる資産や土地のない人(特に女性)を対象に指定、資金を貸し付けている。
(2)一般の銀行では融資対象にならないような、数十ドルから数百ドル程度の、ごく小額の資金から貸し付けてくれる。
(3)融資を受けたい人が銀行に出向くのではなく、銀行員が借り手たちのところに直接出向いていって融資をする。
という特徴を持っています。
 著者は、「序文」で、グラミンから、
(1)人間そのものや、人間が互いに与える影響力についての私たちの基礎知識は、まだまだとても十分ではないということ。
(2)各個人の存在がとても重要だということ。
の2つのことを教わったと語っています。
 第1章「ジョブラ村にて」では、1974年の大飢饉を目の当たりにした著者が、大学の教員という立場から、「貧しい人々の本当の暮らしを理解し、近くにある村で毎日実際に使われるような、本当に生きた経済学を見つけたいと考えるように」なり、その近くのジョブラ村から学ぼうと考え、「もう一度学生になることを決意した。ジョブラ村が私の大学だ。そして村人たちが私の教授だった」と語っています。
 第2章「世界銀行との関係」では、1976年に、42世帯に27ドルを貸したところから始まった活動が、1998年には230万世帯に23億ドルを貸すまでになったと述べ、それまでの世界銀行と様々な確執があったことが語られています。そして、「グラミンが一貫して説いているのは、貧しい人たちは借り手として間違いなく信頼できる」こと、「どんな場合でも、施しは金を受け取るものの尊厳を奪い、収入を得ようとする意欲をも奪い去ってしまう」こと、貧しい女性を有志の相手に選び、「彼女たちこそが、貧困に立ち向かう私たちの最も決定的な武器となった」と語っています。
 第5章「アメリカ留学」では、著者が経済学のモデルの大切さとともに、「ものごとは私たちが思っているほど複雑にはできていない」ことを学び、「単純な答えを複雑なものしているのは、私たちの傲慢さだけなのだ」と語っています。
 第6章「結婚とバングラデシュ独立」では、1971年12月16日のバングラデシュ独立戦争の勝利の後、すっかり荒廃し、「経済は完全に破壊され、数百万人が肉体的な損傷を抱えていた」故国に帰り、国の再建に参加することが、自分の義務だと考えたことが語られています。
 第8章「三人農場での実験」では、故国に戻り、「新しいタイプの農業協同組合」を作るというアイディアである「マバジュグ(新時代の)三人農場」を実践した著者が、この方法では本当に貧しい人々に利益を与えることができないこと、「土地を持っていない貧しい人びとにこそ目を向けなくてはならない」ことに気づいたことが語られています。
 第9章「銀行経営に乗り出す」では、貧しい人たちが、「朝から晩まで、まるで奴隷のように働かされ」ており、「高利で資金を貸し、彼らの製品を全て買い上げてしまう<パイカリ>の支配下に置かれていて、自由に商売をすることができない状態」であることを改善するため、既存の銀行の支店長に掛け合ったときのやりとりや、著者が発見した「世界の銀行の基礎原理」、すなわち、「金を持っている人は、もっと多くの金を手にすることができる」、逆に言えば、「金を持っていない人は、それ以上のものを手にすることができない」という「経済的差別(ファイナンシャル・アパルトヘイト)」について語っています。そして、「貧困」とは、「人々の周りを高い壁で取り囲むようなもの」であり、グラミンは、「人びとが意志を持ち、チカラをつけて、自分の手で周りにそびえる壁を叩き、いずれは自分の力で壁を壊すことができるようにさせたいと思っている」と述べています。
 第10章「男性ではなく女性に貸す理由」では、グラミンが、「女性の借り手を優先」する理由として、「女性にクレジットを貸し付けたときの方が、男性よりもずっと変化が早い」ことを挙げ、それは、「飢えや貧困の問題が、どちらかというと男性よりも女性が抱えている問題だから」だと語っています。そして、「経済発展の最終ゴールに、標準的な生活レベルの向上、貧困をなくすこと、きちんとした仕事につくこと、不平等の是正などという事柄が含まれるならば、女性とともに歩もうとするのはきわめて自然なこと」であり、女性が、貧しい人々の多数を占め、職もなく、経済的にも社会的にも不利な立場に置かれていることから、「女性はバングラデシュの未来を開く鍵となるはず」だと述べています。
 第11章「パルダで隠されている女性たち」では、<パルダ>("カーテン"とか"布"という意味)という社会的慣習のため、女性の家に入っていくこともままならなかった著者らが「数々の秘訣と技術」を編み出したとして、そのうちの一つ、女子学生を一緒に連れて行ったことを語っています。
 そして、グラミンに参加しようとした女性が、「あたしは生まれた時からずっと、自分が役立たずだと思ってきました。あたしが生まれたことで、うちの親はもっと惨めな暮らしになっただけ。あたしは女だったけど、うちの家族は持参金なんか払えやしません。母さんが、お前なんか生まれたときに殺しとけばよかったって言うのを、何度も聞きました。あたしは自分が金なんか借りられるような人間だと思えなかったし、借金を返せるとも思えませんでした」と語ったことが紹介されています。
 第13章「グラミンに参加する方法」では、著者らが独自の"貸付-回収メカニズム"を作り上げ、「事業を成功させるための鍵は、借りる人々にグループを組んでもらうこと」であることを発見したと語っています。
 第14章「返済方法」では、著者らが作り上げた返済システムとして、
・ローンの期限は1年間
・毎週一定額を返済
・返済はローンを借りた1週間後から開始
・利率は20%
・返済額は1週間に2%で50週間
・利子の支払額は1000タカのローンに対して1週間に2タカまで
という簡単なものであることを解説しています。そして、貸し手と借り手の間に法的な契約書は交わされず、「信用を礎にして、その上に人々との結びつきを築き上げている」ため、グラミンの貸し倒れ率は1%にも満たないものであると語っています。
 また、
(1)私たちは、グラミン銀行の4つの原則である、規律、団結、勇気、勤勉に従い、どんな人生を歩むことになっても、それを実現することを誓います。
(2)私たちは家族に繁栄をもたらします。
など、グラミンのメンバーたちの心に深く浸透した<16カ条の決意>を紹介しています。
 第15章「グラミンと一般の銀行との違い」では、著者が、「どうやってその革命的なアイディアを思いついたんですか?」と聞かれたときに、
「一般の銀行のやり方をよく見て、あらゆることを逆にしてみたんですよ」
と応えていると語り、一般と銀行とグラミンのやり方とを比較しています。
 第18章「最初はゆっくり始めよう」では、グラミン銀行での実験を国家規模で実現するために、マルクス主義反体制武装ゲリラ<人民軍(ゴノ・バヒーニ)>が支配するタンガイルで新しい銀行プロジェクトを立ち上げた著者らが、反政府の闘士たちに目をつけ、「人民軍あがりの連中は、素晴らしく優秀なグラミンのスタッフに変身」し、「かつて国家を銃の力と革命とで変えたいと願っていた彼ら」が、「今では村々を歩き回って、貧しい人々にマイクロクレジットを広げている」と述べ、著者らが、「彼らのエネルギーをテロリズムよりももっと建設的なものに向けてやった」ことを語っています。
 第19章「心の壁を打ち破る」では、「バングラデシュのように成功させるには、何か特別な文化的な背景が必要に違いない」という疑問に対し、グラミンが、バングラデシュで成功するために、「まったく新しい文化を創造するための激しい戦い」をし、大勢の評者が、「社会革命を企んでいる」と言ったほどであることを述べ、貧しい女性たちが、「グラミンがなければこの国では全く考えられなかったであろう生活様式に変えていく」ために活動していると語っています。そして、グラミンに対する保守的な聖職者たちに代表される反発の強さや、「グラミンの活動やスタッフについて、人々に広められた話」として、
・キリスト教に改宗させられる。
・家と財産を盗まれる。
・本当は奴隷売買のための秘密組織だ。
・キリスト教を伝道する教会の隠れ蓑だ。
・金を借りた女性をどこかに連れ去ってしまい、その後その女性を二度と見かけたものはいない。
・金を持ち逃げしてしまう。
・金をくれるつもりなどないらしい。
・大掛かりな国際密輸団の一組織だ。
・新しい東インド会社と言える西洋の謀略組織だ。イギリスが2世紀半前にしたように、私たちの国をもう一度植民地化しようとしているのだ。
・スタッフには、農村の貧しい人たちをキリスト教徒に改宗させるための、秘密の誓約をさせている。
・女性をパルダから解き放って、イスラム教を破壊しようとしている。
・グラミンから金を借りると、模範的なイスラム教徒には決してなれない。
・グラミンの支店長は何か悪い計画を企てていて、それで女性を追い回している。
・グラミンの借り手だった人の死体には、十字架の焼印が押されている。
などを紹介しています。
 また、イスラム法の下では、利子を稼ぐことは禁止されているが、「グラミン銀行は借りてたちのものでもある」ため、それは当てはまらないことが語られています。
 第21章「グラミンのスタッフへの訓練」では、グラミン銀行の典型的なスタッフの毎日として、
・6:00 起床。
・7:00 視点に出勤。書類と鞄を抱えて自転車で、センターへ行く。
・7:30 40人の借り手たちと体操をしてから会議を始め、ローンの返済と保証金をグループごとに集める。
・9:30 次のセンターに向かう。毎週担当する400人の借り手に会う。
・11:00 メンバーの家を訪ねアドバイスする。
・12:00 支店の事務所で報告書を書き、記録を台帳に綴じる。
・13:30~14:00 昼食。
・14:00 午前中に集めた資金は午後には新しいローンとして支払われる。
・15:00 ローンに関する情報を台帳に記帳する。
・16:30 仲間とお茶。
・17:00~18:30 ローンに関してトラブルを抱えたり、子供の教育プログラムを開始しようとしているセンターへ行く。
・19:00 支店に戻り、書類上の仕事をこなして仕事を終える。
という「グラミンの行員たちの現実の生活」を紹介しています。
 第24章「世界のマイクロクレジット組織」では、「他の国でグラミン方式を実践する」ことは、異なる文化的背景において、「本質的な特徴を複写する」ことであると述べています。そして、グラミン方式のクレジット・プログラムが世界58カ国で実施されていることが述べられています。
 また、各国でのグラミン方式について言及する中で、「先進国で言う『貧しい人』という言葉には、第三世界で『貧しい人』と言うときよりも、より経済的な、物質的な所有に対する意味があり、その心理的な違いは計り知れない。比較的裕福な社会にいる方が、貧しい人々にとってはより耐え難いものなのである」と述べています。
 第25章「合衆国での展開」では、1986年に合衆国に渡った著者が、当時のクリントン・アーカンソー州知事夫妻と会い、「どうやってグラミンを始めたのか、どのように機能しているのか、どうして以前にそれをやってみようと思った人がいなかったのか」と質問されたことが述べられています。
 著者は、「バングラデシュにいて気づいた、近代的な銀行が抱える諸問題は、今や世界的な問題になりつつある」と確信するようになったと語っています。
 本書は、貧困の問題を、施しではなく、人々自身の力を信じて、経済のしくみで解決しようとする社会起業家を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ノーベル平和賞を受賞したことで著者の知名度は一気に上がりましたが、実は、2001年に福岡市などが主催する「福岡アジア文化賞大賞」を受賞され、来日しています。3日間の来日の最終日には、「落ち着けるところに」というリクエストがあり、大濠公園を訪れたそうです。


■ どんな人にオススメ?

・貧困を解決する仕組みを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
 D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日


■ 百夜百マンガ

FLY、DADDY、FLY【FLY、DADDY、FLY 】

 「娘の復讐を誓い訓練を受けるする父」というと、バイオレンス読み物みたいですが、ジャニタレ主演で映画にもなった作品です。

2007年5月 9日 (水)

H. ミンツバーグ経営論

■ 書籍情報

H. ミンツバーグ経営論   【H. ミンツバーグ経営論】(#839)

  ヘンリー・ミンツバーグ (著), DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー編集部 (編集)
  価格: ¥2940 (税込)
  ダイヤモンド社(2007/1/13)

 本書は、『ハーバードビジネスレビュー』誌に掲載されたミンツバーグの10本の論文を、
(1)マネジャーの仕事の分析
(2)戦略形成
(3)組織設計
の3つのテーマに分けて収録したものです。
 第1部「マネジャーの仕事」第1章「マネジャーの職務:その神話と事実との隔たり」では、アンリ・ファヨールが1916年に紹介した、「計画し、組織し、調整し、統制する」というマネジャーの4つの仕事が、「マネジャーが実際にしていることを、ほとんど説明していない」ことを指摘し、「読者をファヨールの4つの単語から引き離し、もっと根拠のある、そしてもっと役に立つマネジャーの仕事の説明に案内する」と述べています。
 そして、マネジメント業務について、
○神話1:マネジャーは内省的で論理的な思考をする、システマティックなプランナーである。
→現実:どの研究をとってみても、マネジャーは弛みないペースで仕事をし、その行動は簡略、多様、不連続を特徴としており、さらに行動に出ようとする強い志向を持っていて、内生的活動を好まない。
○神話2:有能なマネジャーは、遂行すべき決まった職分をもたない。
→現実:例外的な事項を処理するほかに、マネジャーの仕事には儀式や式典、交渉、それに組織を周りの環境に結びつけるソフトな情報の処理など、数多くの決まった職分の遂行が含まれている。
○神話3:シニア・マネジャーが求めるものは集計的な情報であり、それを提供するのに最適な手段は、公式のMISである。
→現実:マネジャーは口頭のメディア、すなわち電話と会議を重視している。
○神話4:マネジメントは科学であり、専門的職業である。現在はそうでないとしても、少なくとも急速にそうなりつつある。
→現実:マネジャーのプログラム――時間の配分や情報の処理、意思決定など――は、マネジャーの頭脳の奥深くにしまい込まれている。
の4つの神話と現実を対比しています。
 そして、著者はマネジャーの役割を、「対人関係における役割」「情報に関わる役割」「意思決定にかかわる役割」に分けた上で、それぞれを、
○対人関係における役割
(1)看板的役割
(2)リーダー的役割
(3)リエゾン的役割
○情報に関わる役割
(1)監視者
(2)産婦者
(3)スポークスマン
○意思決定にかかわる役割
(1)企業家
(2)障害排除者
(3)資源配分者
(4)交渉者
の10の役割に再分類しています。
 第3章「プロフェッショナル組織の『見えない』リーダーシップ」では、カナダのウィニペグ交響楽団のブラムウェル・トーヴィー音楽監督兼常任指揮者の仕事振りを、典型的なマネジャー像と対比し、「オーケストラを指揮する仕事は真似委jメントとしては相当に風変わりに見えるだろう」と述べています。
 そして、プロフェッショナルに対しては、「指示や監督はほとんど要らない」、求められるのは、「保護とサポート」であり、「このためマネジャーは、外部との関係に大きな注意を払う必要がある」と述べています。
 また、ブラムウェルの、「私は自分をマネジャーとは思っていない。どちらかといえば、猛獣使いに近いだろう」という言葉を紹介しています。
 第4章「参加型リーダーのマインドセット」では、マネジメントを実践するために必要な、
(1)内省:自己のマネジメント
(2)分析:組織のマネジメント
(3)広い視野:外部環境のマネジメント
(4)コラボレーション:リレーションシップのマネジメント
(5)行動:変革のマネジメント
の5つのマインドセットについて、それぞれ解説しています。
 第5章「マネジメントに正解はない」では、「盛んに喧伝される『マネジメント』に関して、何が誤っているのか」を見るために、
(1)組織には頂点も底辺もない。
(2)経営上層部のポストを減らすべき時が訪れた。
(3)「合理的」(lean)とは「ケチ」(mean)という意味である。長い目で見ると、合理化を進めても利益を上昇させることすらできない。
(4)有効な戦略が生まれないのは、おおむねCEOが戦略家になったつもりでいるからである。
(5)分権化は中央集権を強め、エンパワーメントは人々から権限を奪う。測定は何も測定できずに終わる。
(6)偉大な組織は一度築き上げれば、偉大なリーダーを必要としない。
(7)偉大な組織には「魂」があるが、「脱」「非」「再」などを冠した言葉はその魂を台無しにする可能性が高い。
(8)従来型のMBAプログラムを廃止すべき時が訪れた。
 →「クッキー・マネジメント」は経営者の育成には適さない。
(9)組織に必要なのはたゆまぬ心配りであって、「余計な治療」ではない。
 →意思よりも看護師の仕事の方がマネジメントの参考になる。
(10)今日のマネジメントが抱える問題は、この論文の欠点に集約されている。全てを簡潔にまとめなくてはならず、深い探求ができないまま終わる。
 (→オチ)
の10の考察を行っています。
 第2部「戦略」第6章「戦略クラフティング」では、「戦略は工芸的に捜索されるというイメージこそ、実効性の高い戦略が生まれてくるプロセスを表しているのではないか」という著者の問題意識を提示しています。
 そして、戦略を策定する行為が、
(1)プランニングの足
(2)創発の足
の「二本足で進んでいく」と述べています。
 また、NFB(カナダ国営映画協会)のような組織に「アドホクラシー」(臨機応変)というラベルを貼り、「このような組織では、プロジェクトを基本単位に、革新的アプローチによって個別の、あるいは特注の商品(またはデザイン)を製造している」と解説しています。
 第7章「戦略プランニングと戦略志向は異なる」では、プランナーの仕事を再定義し、
・戦略プランニング:いわば分析であり、目標や目的を複数のステップに分解し、これらがほぼ自動的に流れるように定型化し、各ステップで予想される成果を具体的な言葉で表現する。
・戦略思考:インテグレーションであり、直感と創造性が関係し、なんらかの意図を反映した総合的なビジョンが生まれてくる。
と対比しています。
 そして、「分析することで、総合化が図られる。したがって、戦略プランニングとは戦略を創造することである」という言葉こそ誤解につながりかねず、ここには、
(誤謬その1)予測は可能である。
(誤謬その2)戦略家は戦略課題と別世界に存在できる。
(誤謬その3)戦略策定プロセスは定型化できる。
の3つの前提が存在していることを指摘しています。
 第3部「組織」第8章「組織設計」では、組織の特徴として、「原子から天体にいたるすべての現象に似て、自然に群れをなし、いくつかのコンフィギュレーション(相対的配置)に落ち着く」と述べ、「マネジャーが効果的な組織を設計仕様と考えるなら、この適合性に注意する必要がある」として、
(1)単純構造
(2)プロフェッショナル的官僚制
(3)機械的官僚制
(4)事業部制
(5)アドホクラシー
の5つのコンフィギュレーションを紹介しています。
 このうち、アドホクラシーに関しては、その限界として、「ある意味で非効率をとおして効果をあげようとするもの」であり、「この構造にはマネジャーとコミュニケーションのための高コストのリエゾン装置が氾濫している」こと、「あいまいな点が多く、それがあらゆる種類の葛藤と政治的圧力を生む」ことから、「アドホクラシーは普通のことはうまく処理できないが、イノベーションの点では桁外れの機能を果たす」と述べています。
 第9章「オーガニグラフ:事業活動の真実を映す新しい組織図」では、著者らが、「組織の実態を表現しその理解を促すような新手法を構築しようと模索」した結果、「今日的な多様な組織のあり方を反映した『ハブ』(中枢、拠点)や『ウェブ』(網状の複雑な関係)といった概念を取り入れた」「オーガニグラフ」を生み出したことが解説されています。
 そして、「組織がハブやウェブとしての性格を持つようになっているのに、何もかもを別々の長方形に押し込んで権威という縦のチェーンでつないだような、旧態依然とした組織図をそのまま使って、はたしてよいのだろうか」と疑問を呈しています。
 第10章『政府の組織論」では、民間企業で用いられているマネジメント理論として、
(1)諸活動は縦横どちらの方向にも分割できる。
(2)業績は客観的な尺度によって的確に測れる。
(3)経営者やマネジャーに業績への責任と自律性を与えて、諸活動を任せればよい。
の3つの前提を挙げ、「以上3つの前提は、政府機関の業務内容や業務方法にはおよそ当てはまらない。政府の諸活動を、企業の活動と同じように自律的に進めるには、あいまいさを排除した明確な政策を政治の場で定め、それを行政が実行するという仕組みが欠かせない」と指摘し、これは言い換えれば、「政策は長い間一定でなくてはならず、政治家や、管轄外の行政組織は、政策の実行に関与してはならない」ことを意味し、「政府活動のうち、このとおりに行われているものはどれだけあるだろうか」と指摘しています。
 そして、政府のマネジメントのモデルとして、
(1)機構(マシン)モデル:ありとあらゆる規則、規制、標準に縛られた機構として政府を位置づける。
(2)ネットワーク・モデル:厳格ではなく緩やか、コントロールではなく放任する、縦割りではなく組織間の相互作用を重んじる、といった特徴を持つ。
(3)業績コントロール・モデル:分離、割り当て、測定をキーワードに、政府活動をビジネスに近づけることを目指す。
(4)仮想政府モデル:「政府がなくなるのが最良の状態だ」という考えが土台にあり、民営化、委託、交渉などのキーワードで特徴づけられる。
(5)標準コントロール・モデル:制度ではなく発想そのものを問題にし、コントロールは必須とされ、価値観、考え方に深く根づいている。
の5つのモデルを示たうえで、「政府は、実に様々な性格を持ち合わせており、われわれの生活と同じように多面的なのだ」と述べています。
 著者は、民間企業礼讃に疑問を呈し、
・企業が全て優れているとは限らない。政府が悪だとも限らない。
・政府が企業から学ぶことがあるとすれば、それと同じだけ、企業も政府から学ぶことがある。この両者は、共同所有組織、所有者のいない組織からも多くを学び取れるはずだ。
・現在必要とされているのは、うつむき加減の政府ではなく、誇りを持った政府である。
・何よりも、各セクターの調和が求められる。
などの点を指摘しています。
 本書は、ミンツバーグの思想のエッセンスを掴むには最適の一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、これまでに、経営学の世界の様々な「権威」や「常識」に挑戦を挑み、数々の論争を巻き起こしたことで知られています。単にいちゃもんを吹っかけるだけの人はたくさんいるはずですが、数々の論戦において負けることなく「常識」を揺さぶり続けた功績は、単なる経営学の「グル」である以上に意味のあることではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ミンツバーグの3つのテーマを概観したい人。


■ 関連しそうな本

 ヘンリー ミンツバーグ (著), 奥村 哲史, 須貝 栄 (翻訳) 『マネジャーの仕事』』
 ヘンリー ミンツバーグ, ジョセフ ランペル, ブルース アルストランド (著), 斎藤 嘉則, 奥沢 朋美, 木村 充, 山口 あけも(翻訳) 『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』 2005年02月15日
 Harvard Business Review (編集), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (翻訳) 『リーダーシップ』 2005年12月16日
 ヘンリー ミンツバーグ (著), 中村 元一 , 黒田 哲彦, 小高 照男 (翻訳) 『戦略計画 創造的破壊の時代』 2006年01月16日
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 2006年01月06日
 ジェームズ フープス (著), 有賀 裕子 (翻訳) 『経営理論 偽りの系譜―マネジメント思想の巨人たちの功罪』 2006年11月06日


■ 百夜百マンガ

江戸前・あ・めーりかん【江戸前・あ・めーりかん 】

 江口寿史のマンガにも「マッチョでお馬鹿なアメリカ人」が登場しますが、丸ごと全部アメリカンにするとこうなりますと言うか、キャバクラマンガでおなじみ。

2007年5月 8日 (火)

日本金融システム進化論

■ 書籍情報

日本金融システム進化論   【日本金融システム進化論】(#838)

  星 岳雄, アニル カシャップ (著), 鯉渕 賢 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  日本経済新聞社(2006/07)

 本書は、「明治時代以降の日本の金融システムの歴史」を分析することによって、「未来の日本の金融システムは、多くの人々によって日本経済の根本であると考えられてきた戦後日本の金融システムよりも、戦前日本の金融システムや現在のアメリカとイギリスの金融システムに似たものになる可能性が高い」ことを論じたものです。
 第1章「序説」では、金融システムの変遷について、19世紀後半から現在までに認められる4つの異なった体制と21世紀に出現しつつある新しい体制について、
(1)家計は貯蓄をどのような資産形態で保有しているのか。
(2)企業の資金調達はどのように行われているのか。
(3)銀行はどのような業務に携わるのか。
(4)企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)にどのように銀行が関与しているのか。
の4つの共通の論点を設定することで、「1868年の明治維新以来の出来事を整合的な枠組みで分析することが可能になる」と述べています。
 また、これらの分析から「時代にかかわらず」得られる教訓として、
(1)金融機関、貯蓄者、資金需要者の動向は、標準的な経済学によってほぼ説明可能である。
(2)システムの大規模な意向は規制の変化を伴ったということ。
の2点を挙げています。
 さらに、本書の目標である、「日本の金融システムの進化と、その環境変化への対応を分析すること」については、
(1)第1の金融体制は、19世紀から1930年代後半の日中戦争開始時まで継続し、この期間の企業金融における銀行の重要性は、戦後の体制と比較して相対的に低く、証券市場は非常に活発であった。
(2)1930年代から40年代前半にかけて、戦時動員されたほとんどの事業会社について銀行借入が主要な資金調達手段となり、特定企業と銀行の結びつきが顕著に増大した。1940年代後半から50年代前半にかけて、戦時に確立した方向性をさらに強め、それらを戦後の銀行中心の金融の確立へと導いた多くの出来事が起こり、これらは戦争直後の大規模債務超過問題を解決するためにとられた。
(3)1950年代から70年代前半まで、金融システムの中心部分に、いわゆるメインバンク・システムがあった。この高度成長期の顕著な特徴は、金融システムにおいて厳格に規制されていたことである。
(4)オイル・ショックの影響で財政収支は一気に赤字化し、多額の財政赤字を賄うために未発達な国債市場が問題となり、この国債市場の拡充が金融自由化への動きをもたらし、銀行中心の金融システムに大きなインパクトを与え、2001年春に金融ビッグバンが完結した。
(5)ビッグバン後の日本経済において、銀行はこれからどの程度、伝統的銀行業を続けていくべきかという決定に迫られる。
の5段階にまとめています。
 第2章「近代的システムの創設」では、20世紀初めの時期に、「銀行は支配的な資金供給源」ではなく、「資金調達は、株式発行によるものが中心であり、社債も銀行融資とほぼ同じくらいの重要性を持っていた」ことが述べられています。そして、銀行自身も、「資金を企業部門に貸し付けることは多くの銀行業務の一つ」に過ぎず、「株式を担保に個人向けにも大量の資金を供給していたことが明らかになっている」と述べています。
 また、戦前のコーポレート・ガバナンスにおける銀行の役割については、「この時期の銀行による救済の特徴と取締役会の構成についての事例は、戦後期に比べて、銀行が借りて企業の問題にあまり介入しなかったことを示唆している」と述べています。
 著者は、「全般的に見て、戦前期は、銀行の役割は主に金融的なものであり、コーポレート・ガバナンスには関与しなかったといえる。むしろ株主が企業のモニタリングと経営者の規律づけにおいて主導的役割を担っていた」と述べています。
 第3章「システムの転換」では、1930年代後半から、「投資資金は徐々に銀行部門を通じて供給され始めた」ため、「企業の資金調達が銀行に依存する度合が高まる」ことで、「銀行と企業は特殊な関係を発展させるように」なったとして、「コーポレート・ガバナンスにおける銀行の役割は大きく変化し」、「戦後の銀行は企業の再建を助ける上で主導的な役割」を果たし、「ある意味で、銀行は戦時統制化で力を失った株主に取って代わった」と述べています。
 著者は、「戦後の日本金融システムの顕著な特質の全てが、戦時期と占領期にわたる期間に現れ、そして発展した」と指摘し、「戦前期に企業をコントロールしていた株主は、戦時中の政府の規制によって企業支配権を奪われた。代わりに、政府、経営者、従業員が企業支配に深く関わるようになっていった。戦後、政府の統制が解除されたとき、多くの企業で経営者と従業員が企業の意思決定とキャッシュフローの支配権をめぐる闘争を始め」、最終的な経営者側の勝利は、「銀行の助けの下にのみ得られたもの」であり、「労働争議による混乱のさなかに流動性を確保するため、企業は銀行に頼らざるを得なかった」と述べています。
 占領期におけるコーポレート・ガバナンスの特徴としては、銀行が戦時期に「特別管理人として奉仕したこと」により「顧客企業の業務に理解を深めるようになっていた」ため、1920年代とは対照的に、財務危機に陥った顧客企業にしばしば介入したことが指摘されています。さらに、占領期におけるもう一つの変化として、「銀行がその顧客企業に役員を派遣するようになったこと」を挙げ、この慣習が、(戦時期の)「特別管理人の知識を生かし続ける方法として始まったのは疑いない」と指摘しています。
 著者は、「たった15年の間に起こった変化を振り返ると、驚くべきものがある」として、「株主資金に取って代わった銀行融資は企業金融の最大の資金源」となり、「証券市場は、戦時中は国債によって占領され、戦後の発展過程では脇役に追いやられ」、「コーポレート・ガバナンスは、原則的に株主のみを主役としたものから、経営者や従業員を含み、銀行に重要な役割を与えるものへと拡大した」と述べ、「日本の金融システムは資本市場中心のシステムから銀行優位のシステムへと転換した」と指摘しています。
 第4章「系列の時代」では、政府が、一般的に預金を奨励するのに加え、「貯蓄資金の流れもコントロールしよう」とし、「その介入の最たるもの」として、郵便貯金制度を挙げ、「郵便貯金は本当の意味で唯一の全国的金融機関であった」と指摘しています。
 また、銀行部門の安定性の追及が、「金融業内部での競争を抑制する『護送船団行政』をもたらし」、「この政策の下では、最も非効率な金融機関でさえ、同じ率で成長するように導かれ、破綻の際の保護が提供されていた」と述べています。
 第5章「銀行の企業『救済』」では、「銀行による企業の救済は銀行中心のシステムの顕著な特徴の一つ」であるとしながらも、「救済」とよばれるものの、「多くの場合、現経営陣は、企業が危機に陥った責任ととって退陣させられ」、「銀行救済は、現経営陣を「救済」するものではなく、むしろ債権者(および終身雇用の従業員)を非効率な経営から『救済』しようとした」ものであると述べています。
 そして、銀行による企業「救済」の事例として、
・丸善石油と三和銀行
・東洋工業(マツダ)と住友銀行
・三光汽船、ジャパンラインと興銀
・大昭和製紙
などの事例を分析し、「メインバンク救済の複雑さ」として、「メインバンクは、債権者間の調整者として行動し、再建計画を策定するための役員を派遣し、新規資金を提供し(最終的には)現経営陣を更迭する」が、「場合によって、典型的な例からの逸脱もしばしば観察」され、「銀行介入の長期的効果についての明確な結論を得ることは、さらに難しい」と述べています。
 第6章「系列金融――その光と影」では、系列金融が、「長いこと良好に機能したが、やがて――成功による規制環境の固定化を主要な理由として――変化する状況への適応に失敗」したと述べ、「こうした状況をもたらしたプロセスを検証」しています。
 そして、「資金調達構造がどのように企業行動や企業価値に影響を与えるのか、また、そもそも影響があるのかどうか」は、企業金融の研究の主要なテーマであるとして、「現実の金融市場が直面する様々な不完全性」、すなわち、
(1)逆淘汰(アドバース・セレクション):リスクが高く、期待収益が低い借り手ほど高い資金調達コストも喜んで負担しようとする傾向
(2)モラルハザード:投資家が経営者の努力水準を観察不可能なときや成果を見ても努力水準を逆算できないような場合は、経営者は努力を怠るかもしれない
(3)債権者と株主の利害の不一致(コンフリクト・オブ・インタレスト):企業の財務状態が悪化し、負債を完全には返しきれそうになくなったとき、負債の保有者と株主では、企業にやって欲しいことが違ってくる。
について、解説しています。
 その上で、系列金融の長所として、
・企業と銀行との間の貸し出しだけではなく株式持合いにも及ぶ系列関係。
・主要なモニタリングをメインバンクに実質上委託することによって、モニタリングの重複を回避できる。
ことを挙げ、その理論的な解説として、
(1)逆淘汰の回避:メインバンクは企業の将来についての情報を収集する強いインセンティブを持つ。
(2)モラルハザードの緩和:メインバンクは、顧客企業と密接な関係を持っており、他の貸し手から顧客企業の経営について責任を持つことを期待されていることから、顧客企業を監視する強力なインセンティブを持ち、緊密な関係は、監視費用の軽減に役立つ。
(3)利害の不一致の緩和および財務危機の実質的コストの軽減:銀行が顧客企業へ貸し出すと同時にその株主を保有しているから、債権者・株主の両者の立場を代弁でき、利害の不一致を緩和しようとすることができる。
などを挙げています。
 また、「系列企業の業績が悪い(あるいは業績がずば抜けてよくない)理由」について、「系列企業は株主価値最大化とは別の基準で行動してきた」ことを指摘し、「債権者、とくに銀行の利益は株主の利益より重視され、系列全体の利益も重要であった」と述べています。
 さらに、日本の産業政策については、「産業政策はいくつかの産業の促進に成功したが、政府からの援助なしに成長した産業も存在した。一方で、高度成長期においてさえ、産業政策は経済成長の促進と関係のない理由のために、非効率な産業を保護した」と指摘しています。
 第7章「金融自由化」では、1970年代前半に日本経済を襲った2つのマクロ経済的ショックとして、
(1)1971年8月15日の「ニクソン・ショック」
(2)1973年10月のオイル・ショック
の2点を挙げ、この影響で公的部門の赤字が増大し、「日本経済の資金循環を大きく変えた」と述べ、「財政赤字の増大に伴って、シ団引き受けによる国債の発行は、銀行の収益に影響を与えるようになった」として、利回りの低い国債を保有することにより、貸出金利と国債利回りの差が銀行の機会費用となることを解説しています。
 そして、金融自由化が起こった5つの主要分野(債券発行規制、新しい金融商品の導入、外国為替取引、金利統制、株式市場規制)について、「借り手、貯蓄者、金融機関の観点から金融システムを考察する分析的枠組み」を用いて検討しています。
 著者は、この機関の資金調達構造に、
(1)資金の供給者としての銀行の重要性が大きく低下した。
(2)銀行離れは大企業で最も顕著であり、とくに製造業において著しかった。
(3)銀行借入依存度を低下させた企業は、主に銀行借入を社債発行で振り替えた。
(4)社債発行による資金調達への以降は比較的速やかなものであり、一般的に、企業は適債基準を満たすようになるとすぐに、社債市場に進出した。
の4つの大きな変化があったことを指摘しています。
 一方で、「銀行と顧客企業の株式持合いと一般的な持ち合い関係は変化することなく続いていた」ため、「経営者は株式市場の圧力から守られ続け」、このことは、「敵対的買収と行動的株主による規律づけで特徴づけられる株式市場中心のコーポレート・ガバナンスも働き得なかったことを意味する」と述べています。
 第8章「1990年代――銀行危機と金融ビッグバン」では、ビッグバンが、「護送船団行政の枠組みを打ち壊すこと」を意味し、1996年に、
・金融監督と検査の行政機能が大蔵省から金融監督庁に分離された。
・銀行法の改正により、早期是正措置(PCA)が導入された。
という「金融システムの規制・監督に大きな影響を与える2つの法律が成立した」ことが解説されています。
 また、邦銀が、「伝統的業務以外の分野に積極的に進出することはなかった(できなかった)」が、「大企業の多くが社債市場での資金調達並行したのと時を同じくして、銀行の中小企業向け融資へのシフトが始まった」ことが解説されています。そして、銀行危機の重要な原因が、「ビッグバン以前の歪んだ金融自由化にあったこと」を指摘し、これはアメリカの銀行危機に共通するものであり、「日本の銀行危機は規模こそ非常に大きなものであったが、原因はそれほど特殊ではなかった」と述べています。
 著者は、「ビッグバンは、金融自由化を完結するための工程を明示し、それを比較的迅速に実行した」として、「これにより、金融危機の重要な要因であった、不完全な自由化による問題は排除」され、ビッグバンが、「日本の金融自由化を最終的に公式に完結させるものであった」と述べています。
 第9章「日本の金融システムの将来」では、ビッグバンを、「日本の金融システムの『第5段階の幕開け』としてとらえられるべき」ものであると述べ、「最も可能性が高いのは、現在(21世紀初頭)のアメリカやロンドンで見られるような金融システム」であり、「1930年代の戦時体制以前の日本の金融システムと、類似する面も持っている」と述べています。
 著者は、「ビッグバンのはるか前から、日本の金融は戦時中に出現したシステムから移行しつつあった」として、「古いシステムはすでにその終焉を迎えた」ことを指摘しています。
 そして、「日本で証券市場が将来より重要になる」ことを、
・大企業は銀行借入から資本市場での資金調達へのシフトをすでに完了している。
・零細企業は銀行借入に依存し続けるが、中小企業は大企業の後を追う可能性が高い。
・家計の資産保有形態も、貯蓄手段が銀行から資本市場にシフトし始めたようである。
などを挙げ、「日本の金融システムは、戦時の政府介入によって転換を余儀なくされた以前の、戦前の金融システムの発展経路へ回帰しているようである」と述べています。
 本書は、日本の金融システムについて、100年単位の視野を与えることで、現在の激変を客観視することを可能にしてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 地方に行くと「第○○銀行」という名前の銀行がたくさんありますが、戦前の日本では、銀行は現在のように巨大ではなく、小さな銀行が多数存在し、企業に対する支配力も強大ではなかったことが伺えます。
 本書の収穫は、高度成長期のメインバンク・システムの原型が、戦時中の統制経済にあったということです。その意味で、現在の「銀行」という存在自体が、戦争の影を大きく引きずっていることが分かりました。


■ どんな人にオススメ?

・なんで銀行があんなに偉そうなのか理由を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 伊藤 秀史 (編) 『日本の企業システム』 2005年04月24日


■ 百夜百マンガ

度胸星【度胸星 】

 SFが一番似合わないタッチの絵だけに、設定はSFでも描かれているのは人間ドラマです。それだけに打ち切りが惜しまれる名作。むしろ、打ち切られたからこそ名作なのかもしれませんが。

2007年5月 7日 (月)

電波利権

■ 書籍情報

電波利権   【電波利権】(#837)

  池田 信夫
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2006/01)

 本書は、ビジネスの観点から電波を語っているもので、「放送の未来を論じる上でも、ジャーナリズムの在り方を考える上でも、電波を取り巻く産業の基盤が大きく変化しているという現実を抜きには語れない」こと述べられています。
 第1章「浪費される電波」では、電波の価値を土地にたとえ、「土地の価値は、それ自体の価値ではなく、それを使ったビジネスによってあがる利益の価値である」のと同様に、「電波の価値も、電波そのものではなく、それを使ったビジネスによってあがる利益で決まる」と述べています。しかし、電波は土地と異なり、「免許が『国有地』を利用する権利として与えられ、自由に取引できない点」を指摘し、「周波数だけでなく用途や出力なども固定されているので、技術革新によってもっと効率的な用途が可能になった場合でも、免許人が勝手に新しい用途に置き換えることはできない」点を指摘しています。
 そして、「国有地」の非効率な使われ方を土地にたとえ、「一方の土地には超高層ビルが建てられて数千万人が住んでいるが、隣の同じ広さの土地には数十万人しか住んでいないという状況」であり、「いわば東京の都心の真ん中に農地があるようなもの」であると述べています。
 さらに、「高度利用している携帯電話が500億円以上の電波利用料をとられる一方、利用していないユーザーは利用料を負担しなくてもよい構造になっている」ため、「土地にたとえれば、集合住宅の部屋ごとに固定資産税をかけているようなもので、土地を遊ばせている方が税金が減る」状態であり、電波利用料が、「高度利用の『逆インセンティブ』になっている」問題を指摘しています。
 第2章「テレビ局を覆い続ける『田中角栄』の影」では、早くからテレビの重要性に目をつけ、それまで重要ポストと見られていなかった郵政相を抑えた田中氏が、首相就任直後に「番記者」を別荘に集め、
「郵政省のときから、おれは各社の内容も、社長も部長も知っている。その気になれば、どうにでもなる。君らもつまらんネタを追いかけるのはやめろ」
という趣旨の発言をしたといわれていることが述べられています。
 第3章「政治に翻弄されたハイビジョン」では、「『電波を押えておきたい』というテレビ局の政治的動機と、『他国に先を越されては恥ずかしい』という役所の面子など、供給側の都合ばかりが先行する中で、HDTVは本当に必要なのかという肝心のことが忘れられていた」ことが指摘されています。
 第4章「地上デジタル放送は『平成の戦艦大和』」では、2000年12月1日に、「役所の面子と日本的な横並びの中、採算の見通しもないまま」、BSデジタル放送が開始された理由について、「日本は20世紀のうちにデジタル放送を開始した」という実績を作るためのものであり、「結果は、予想通り悲惨なものとなった」ことが述べられています。
 著者は、「テレビ業界が『大艦巨砲主義』に固執して赤字を出すのは自業自得だが、そんな時代錯誤の技術のために1億台ものテレビを粗大ゴミにするのはやめてほしいものだ」と述べています。
 第5章「NHKは民営化できる」では、戦前の「日本放送協会」が、役員を全員逓信省から迎えた「国営放送局」であり、「戦時体制に国民を動員する上で、きわめて重要な役割を果たした」とした上で、戦後GHQが占領政策として「こうした言論機関の解体・再編」を行い、「放送委員会」を作ったが、冷戦に伴う占領政策の転換により、こうした民主化の動きは終わり、「NHKは郵政省の直轄の等しい状態になり、そのまま今日に至っている」ことが述べられています。
 また、NHKが視聴料に切り替えない最大の理由を、「これによって料金の不払いに合法的な理由ができ、大きな減収になると考えている」からであるとしながら、「受像機単位で課金できれば、増収になる可能性もある」と述べています。
 第6章「携帯電話『標準化』をめぐる攻防」では、iモードを担当した「ゲートウェイ・ビジネス担当」というチームに終結した、リクルート出身の松永真理氏やネットベンチャー経験のある夏野剛氏ら「外人部隊」のメンバーが、まずは、
・「イギブ」→「移動技術部」
・「エヌテッテー」→「NTT」
・「トラヒック」→「トラフィック」
・「コピーを焼く」→「コピーをとる」
などの「NTT語」を習得しなければならず、
「いきなり紙の束を渡されて『これ焼いといて』といわれるとまずドキッとする」
と語っていることを紹介しています。
 第7章「無線インターネット革命の夜明け」では、無線LANと従来の無線危機との決定的な違いとして、「免許が必要ない」点を挙げ、従来は電波ノイズが多く通信には適さなかった2.4ギガヘルツ帯を、「スペクトラム拡散」という技術を使ってノイズを回避していることが解説されています。
 また、長期的な解決策として、「電波を整理し、非効率な電波を立ち退かせ、とくに1ギガヘルツ以下の帯域で無線LANを使えるようにする」か、「立ち退かせられない場合には、既存の電波と共存させるオーバーレイを認めるべき」ことを主張しています。
 第9章「電波開放への道」では、ブロードバンドの普及によって、「これまで通信・放送・コンピュータなどと分かれていた業界の垣根がIPによって取り払われ、すべてのデジタル情報がIPに乗る"Everything over IP"(すべてがIPを経由する)が実現するだろう」との見通しを述べています。
 そして、放送業界がIPに抵抗を示す理由として、「IPによってメディアが水平分離され、伝送が通信ネットワークで行われるようになると、電波の免許によって守られている彼らの独占が崩れること」を挙げ、2001年末に政府のIT戦略本部が通信・放送分野の「水平分離」を打ち出したときに、「ハード・ソフトの分離を強いられるようなことになれば、こうした公共的な役割を果たすことができず、国民生活及び文化向上のための現行放送サービスが壊滅する恐れがある」という抗議声明を民放連が出したことを紹介しています。
 第10章「電波社会主義を超えて」では、「無線通信の発展を妨げるボトルネック」が、「技術ではなく周波数を政府が割り当てる社会主義的な制度にある」ことを指摘するとともに、「都心に平屋建てのバラック小屋がたくさん残っているのに、それを立ち退かせずに山奥の不便なところに高層ビルを建てているようなもの」であると指摘しています。
 本書は、電波を切り口に、電波をめぐる「政官業」の利権構造を明らかにした一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の池田氏のお話は、経済産業研究所RIETI(経済産業研究所)のIT政策のメーリングリストでよく聞く(読む?)機会がありましたが、電波に関しては相当思い入れが強い感じです。
 このRIETIのメーリングリストで「経産省の意向に反する政策提言」を行った著者は、「研究所のメーリングリストを使って個人情報保護法案に反対するアピールの賛同者を募った」として戒告処分を受けています。
http://slashdot.jp/articles/04/01/25/0117242.shtml
 これに対して著者は、経済産業研究所の「常勤研究員公募のお知らせ」に、「まちがって応募する人がいると気の毒」として、
「・経産省の意向に反する政策提言を行った研究員は、懲戒処分を受ける。1年契約なので、雇用も保障されない。
・研究計画が承認されても、上司にきらわれると経費は支給されない。
・研究員の電子メールは、すべてシステム管理者に監視されている。問題のあるメールは、経産省の官房長まで転送される。
・研究所がいつまで存続するかも不明である。研究員の7割以上が辞めて、2006年までの「中期目標」を達成するのは不可能なので、統廃合される可能性が強い。」
という「補足」をしています。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/1019a49f47fdeed7788fe1984bead381


■ どんな人にオススメ?

・「電波の国有」を知らなかった人。


■ 関連しそうな本

 池田 信夫, 林 紘一郎, 山田 肇, 西 和彦, 原 淳二郎 『ネットがテレビを飲み込む日―Sinking of TV』
 池田 信夫 『ネットワーク社会の神話と現実―情報は自由を求めている』 2005年09月17日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 林 紘一郎, 池田 信夫 『ブロードバンド時代の制度設計』 2006年06月15日
 エリ ノーム, トーマス・W. ヘイズレット, ローレンス レッシグ, リチャード・A. エプスタイン (著), 国際大学グローバルコミュニケーションセンター (翻訳), 公文 俊平 『テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか』 2006年05月12日


■ 百夜百マンガ

ちくろ幼稚園【ちくろ幼稚園 】

 ヤングサンデーで連載していたサイバラ版「いまどきのこども」?
 理性から解き放たれた子供たちはむしろ動物園かもしれません。

2007年5月 6日 (日)

実戦・日本語の作文技術

■ 書籍情報

実戦・日本語の作文技術   【実戦・日本語の作文技術】(#836)


  本多 勝一
  価格: ¥588 (税込)
  朝日新聞社(1994/09)

 本書は、これに先立つ『日本語の作文技術』の続編として出版されたもので、前半部分には実用的な文章技術が、後半には日本語に関する著者のエッセイが収録されています。著者によれば、「あくまで前著の"作文原理"の応用編」であるとしていますが、重複する部分も少なくありません。
 前半部分には、前著でも大変役立った「テンの二大原則」や判決文などを題材にした欠陥文の分析とその修正などが掲載されています。作文に関する技術が、日本の教育では大学まで含めてほとんど行われていない、という著者の指摘は適切なものであるともいますが、残念ながら、前著をすでに読んだ人にとっては、同じものに二度金を払うようなところがありますので、前著を読んで感激したという人も、本書を購入する前には少し立ち読みしてみることをお奨めします。
 また、「テンの二大原則」に関しては、当時出版された大久保忠利という言語学者が書いた『日本文法と文章表現』という本を徹底的に批判していて、読み物としての面白さは多少あるかもしれません。
 後半部分では、日本には、「国語」と呼ばれる共通語に関する辞書はあっても、方言を含めた豊かな言語である「日本語」の辞書がないことを指摘し、
(1)全国の方言をもれなく網羅し、出自も示すこと。
(2)その全てに豊富な用例分をつけること。むろん例文はすべて方言のままだが、共通語訳もつける。
(3)排列は五十音順としても、全単語についての類語辞典もあわせて編集する。
という条件を充たす「日本語辞典」の作成を切望しています。
 本書は残念ながらあり合わせ、焼き直しでページを埋めた印象が強く、日本語に対する著者の思想が込められたエッセイを読んでみたいという人でなければ、前著のほうをお奨めします。


■ 個人的な視点から

 本書の後半には、日本語があるのに敢えてカタカナ英語を濫用する世間に対して、「植民地用語」「家畜人用語」(家畜語)という痛烈なあてつけをしています。
 この「家畜人」という言葉は、今ではあまり耳にすることもなくなりましたが、本書が書かれた当時には、正体不明のペンネームである「沼正三」を巡って世間を騒がした『家畜人ヤプー』が話題に上がっていたことが伺われます。
 今では、石森章太郎か江川達也のマンガくらいしか目にすることも少ない作品です。やはり、「CMネタはすぐ風化するぞ」という鳥坂先輩の言葉(この場合は時事ネタですが)は金言だったということです。


■ どんな人にオススメ?

・『日本語の作文技術』に心酔した人。


■ 関連しそうな本

 本多 勝一 『日本語の作文技術』 2006年05月21日
 山口 文憲 『読ませる技術』 2006年04月01日
 梅棹 忠夫 (著) 『知的生産の技術』 2005年05月05日
 加藤 秀俊 『取材学―探求の技法』 2005年10月16日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日


■ 百夜百音

NHK「みんなのうた」40周年ベスト(2) 北風小僧の寒太郎 / 赤鬼と青鬼のタンゴ【NHK「みんなのうた」40周年ベスト(2) 北風小僧の寒太郎 / 赤鬼と青鬼のタンゴ】 TVサントラ オリジナル盤発売: 2001

 坂本龍一の編曲で知られる「コンピューターおばあちゃん」ですが、コスミックインベンションが歌うバージョンもあるようです。
 生演奏ではサビでもたったりするのが気にかかりますが、作曲者の「東京都杉並区 伊藤良一さん」がうれしそうに映っているのが必見です。

『コスミックインベンション「コンピューターおばあちゃん」』

2007年5月 5日 (土)

エシュロンと情報戦争

■ 書籍情報

エシュロンと情報戦争   【エシュロンと情報戦争】(#835)

  鍛冶 俊樹
  価格: ¥725 (税込)
  文藝春秋(2002/02)

 本書は、「アングロサクソン諸国による世界的通信傍受協力体制」である「エシュロン」が、冷戦終了後、経済競争で米国企業を有利にするために、民間企業をターゲットにした通信傍受が行われているのではないか、等の問題について解説しているものです。冷戦期に、公然の秘密であった米国による同盟国での通信傍受が「安全保障上必要な措置」とみなされていたのに対し、日本やヨーロッパ企業の商談を米国企業にさらわれるケースが多発したことが紹介されています。
 著者は、1997年のアジア通貨危機の際に、マレーシアのマハティール首相は、「これは米国の陰謀だ」と発言し、世界を当惑させましたが、この通貨危機が、「マレーシア、タイそしてインドネシアまでが自国の経済発展にものをいわせ、安全保障面でも米国離れを起こす」という米国に耐え難い動き(ロシアやスペインからの武器購入)と時期を同じくしていることを指摘しています。また、CIAが「それまでの対ソ軍事中心の諜報活動から方針を改め、経済問題に重点を移したこと」を、1995年の日米自動車交渉時の凄まじい円高攻勢などの例を挙げて解説しています。
 エシュロンの技術的な概要については、地上や衛星によるマイクロ波通信の傍受や海底通信ケーブルの傍受、暗号化技術等を解説するとともに、エシュロンが日本では「UFOや超常現象関連の書棚」におかれることがあるなどの誤解をもって受け止められている理由を、「エシュロンは100%我々の通信を傍受している」などのような不正確な形での問題提起をしている側にあることを述べています。
 エシュロンが誕生するまでの経緯については、その起源を、19世紀における電信の整備までたどることができ、1868年には大西洋に海底ケーブルが敷設され、1872年には英国政府によってイースタン・テレグラフ社が設立され、19世紀末には同社が世界中の電信・電話回線の3分の1を所有していたことが紹介されています。そして、エシュロンのルーツの一つとして、第1次大戦時に海軍内部に極秘に設けられた「40号室」(ROOM 40)を取り上げ、ドイツの美人スパイであるマハタリの逮捕や、大戦の帰趨を左右したツィンメルマン電報事件等の功績を紹介しています。また、もう一つのルーツとしては、米国が第一次大戦に参戦後の1917年、若干27歳の暗号解読のエキスパートであったヤードリーをトップとして設立した「MI8」(陸軍諜報部第8課)を紹介し、この二つの組織がエシュロンの先祖であり、「エシュロンは大英帝国とアメリカ合衆国の情報機関の合体であり、いわば双頭の鷲なのである」と述べています。本書では、ヤードリーによって日本が手痛い打撃を受けた例として、1921年のワシントン海軍交渉を紹介するとともに、1929年に解雇されたヤードリーが、1931年に『ブラック・チェンバー』という暴露本を書き、世界中に衝撃を与えたことが述べられています。
 その後、第二次大戦を経て、米ソ冷戦期には諜報活動の中心は対ソ諜報に移り、その代表的な作戦として1943年から始まる「VENONA作戦」が紹介されていますが、この際に使われた暗号の難度があまりに高いために、作戦の全容の解明は70年代までかかり、その頃には関係者がすでに死去していたことが、「情報戦争の息の長さを示すもの」として紹介されています。
 現代のエシュロンをめぐる戦いとしては、1996年にニュージーランドのジャーナリストであるヘイガーが出版した『シークレット・パワー』と、何よりEU議会の調査報告によって、エシュロン問題が世界的に認知されたことが述べられています。冷戦終了後、米国とフランスは、経済政策の諜報活動をめぐり対立し、その代表的な事件として、1994年に、旅客機や武器の売買契約のためにサウジアラビアを訪れたフランスのバラデュール首相が、到着後に約束を覆され、米国企業に契約を持って行かれ、赤っ恥をかかされた事件が紹介されています。また、米国の諜報活動の対象に、米国の戦争に反対する外国人夫婦であるジョン・レノンが含まれていたことや、マーチン・ルーサー・キング牧師が含まれていたことなどが紹介されています。一方で、2001年に起きた米国の同時多発テロ事件を、なぜエシュロンが事前に探知できなかったのか、という疑問の声が上がってきていることも述べられています。
 著者は、日本の政治家が諜報活動にあまりに無軽快な例として、携帯電話で政界工作を行っているらしいこと、とくにテレビで携帯電話を使用している場面が写されていることを挙げ、永田町の周辺に林立する大使館にとっては、テレビで電話の機種まで示してくれれば傍受の手間が大幅に省けることが指摘されています。
 本書は、エシュロンを単なる「米英の陰謀」的な扱いではなく、長い情報戦争の歴史の中に位置づけて解説している一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 つまらないことですが、いきなり冒頭の「はじめに」で大きな誤字があって戸惑いました。p.10には「日本のNECはインドネシアに総額2億円の通信設備の売込みに成功したはずだった」とありますが、p.142を読めば、「2億円」ではなく、「2億ドル」の誤りであることがわかります。
 教科書などだと、著者や出版社のサイトに正誤表や解説が載っていたりすることがあるのですが、新書なんかの場合は次の刷までほっとくのでしょうか。思いつきですが、誤植訂正のポータルサイトとかないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・自分のメールが読まれていないか不安な人(たぶん大丈夫)。


■ 関連しそうな本

 江畑 謙介 『情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴』
 産経新聞特別取材班 『エシュロン―アメリカの世界支配と情報戦略』
 関岡 英之 『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』
 小谷 賢 『イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か』
 大森 義夫 『日本のインテリジェンス機関』
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日


■ 百夜百音

ぼくの先生はフィーバー【ぼくの先生はフィーバー】 原田潤 オリジナル盤発売: 2005

 今の3~40代の学校の先生が教師になろうとした動機として「金八」(ビートたけしの「土八(どんぱち)」ではない)を挙げる人が少なくありませんが、すっかり忘れられているけれど、『熱中時代』を見て教師になろうとした人も少なくないんじゃないかと思います。

『ゴールデン☆ベスト(水谷豊)』ゴールデン☆ベスト(水谷豊)

2007年5月 4日 (金)

日本の公安警察

■ 書籍情報

日本の公安警察   【日本の公安警察】(#834)

  青木 理
  価格: ¥756 (税込)
  講談社(2000/01)

 本書は、「公安警察を中心とする日本の治安機関が何をなし、何をなさなかったのか。治安を名目としてどのような活動を繰り広げてきたのか、繰り広げようとしているのか」を「知る」ことで、「密行性と閉鎖性の壁の向こう側で活動は肥大し、制御を失いかねない」恐れを制御することを目的としたものです。
 第1章「厚いベールの内側」では、現代日本の警察が、「建前上、自治体警察を標榜している」が、現実においては、「警察庁を頂点とし、北海道から沖縄まで全国各地の都道府県警察を配下に置く巨大なピラミッドを形作っており、きわめて中央集権制の高い国家警察的機構である」と述べています。そして、「自治体警察とされている都道府県警察においても、警視総監、各道府県警本部長をはじめとする警視正以上の階級の幹部警察官は国家公務員とされ、主要部門のトップは警察長採用のキャリア官僚の指定席と化し」、「予算面でも選挙違反、広域犯罪などと同様、公安関係予算は国庫から支出されることになっている」ことが解説されています。組織的にも予算的にも「公安警察の活動は現実的にはほぼ全てが『国の公安』に包含され」、「公安警察の活動費は全てを中央が握り、その額は警察長警備局と各都道府県警備部長との間の直結回路において決定され、警察長から直接渡される公安関係予算は当事者以外には知りようもないシステム」であることが解説されています。
 また、公安警察と刑事警察の違いについて、「公安警察とは情報警察である」とした上で、「公安警察の捜査手法とは、いわば完全な"見込み捜査"」であり、その目標は被疑者の逮捕以上に、「対象団体の動向と組織実態の解明が何より優先される」ことが述べられています。そして、その姿勢の違いを端的に表すものとして、「逮捕」に対する認識を挙げ、公安警察における「別件逮捕」は、「対象団体組織に対する情報収集活動の一環としての色彩が濃く、時には対象組織に対しダメージを与えることに重きが置かれる傾向が強い」として、身柄確保最優先の場合の"伝家の宝刀"である「転び公妨」について解説しています。
 第2章「特高から公安へ」では、第二次大戦敗戦後の1945年10月4日、GHQから「人権指令」(政治的・市民的及び宗教的自由制限の撤廃に関する覚書)が発せられ、
(1)治安維持法などの治安法規を廃止すること
(2)政治犯、思想犯を即時釈放すること
(3)一切の秘密警察機関、検閲などを営む関係機関を廃止すること
(4)内務大臣、警保局長、警視総監、特高警察官を罷免すること
が指令されたが、「解体されたばかりの特高警察に代わって、内務省警保局内に『公安課』が新設されたのは1945年12月19日のこと」であり、これが現在の公安警察の源流であることが解説されています。そして、GHQ内部にも民政局(GS)と参謀二部(G2)との内部対立があり、情報・保安・占領地行政などを担当するG2が、「罷免、あるいは追放された元特攻関係者を雇って日本国内の情報収集や謀略活動に利用した」ことが、『内務省史』にも「秘密警察として追放された日本の特高警察を密かに利用したのも参謀部第二部であった」と記されていることが紹介されています。
 また1952年の警視庁の機構改革では、「新特高の中核」と呼ばれた警備二部が新設され、「配下に公安一課から三課までを置き、左右両翼、及び外事事案の取締りにあたった」ことが述べられています。
 1954年には警察法が成立し、「公安警察的な"効能"」としては、
(1)警察組織の中央集権化
(2)それによる公安警察の機能強化
(3)公安関係予算の大幅増
の3点に尽き、1957年には警視庁において、警備二部が「公安部」に移行し、全国の都道府県警で唯一「公安」の文字を冠した部が誕生したことが解説されています。
 第3章「監視・尾行から工作まで」では、1962年に出版され、かつては「公安警察官の教科書的存在」といわれた『警備警察全書』において解説されている情報収集手段として、
(1)視察内偵
(2)聞き込み
(3)張り込み
(4)尾行
(5)工作
(6)面接
(7)投入
の7手法を挙げ、「一部を除き今も公安警察の情報収集活動の基本である」と解説しています。
 この中でも最もベーシックな「視察」については、「集会視察への潜入時における公安警察官の"心構え"とも言うべき留意点」として、
(1)集会には自然な形で入場し、その場の空気に溶け込むよう注意すること
(2)会場内では視察しやすく、連絡または退避しやすい場所に位置すること
(3)会場内に視察員が数名いるときは、一箇所に集まることのないよう分散すること
(4)メモ・写真撮影・録音などは秘匿して行うこと。その場合、原則として防衛員をつけること
(5)視察員が関係者に普請を抱かれたと認めるときは、すみやかに退場すること。退場時には休憩時間、手洗い、喫煙など所用にかこつけるなど不自然で内容に注意すること
などの5点が挙げられています。
 また、情報収集活動の"王道"である、「対象団体内部に『協力者』と呼ばれるスパイを獲得することによって情報を引き出す作業」である「工作」については、警察庁警備局が第一線の公安警察官に対する講習用として作成した「協力者設定作業の基本」から、「協力者獲得」の手法について解説しています。協力者獲得工作の内容については、1958年12月に、大阪府警平野署の公安警察官が忘年会帰りに落とした内部資料から「協力者の獲得と維持に必死になっている様子」が紹介されています。
 さらに、「対象団体の中に身分を隠した警察官が組織の一員に成りすまして潜入し、スパイ活動に従事する」公安警察らしい情報収集作業である「投入」については、「1950年代から60年代を最後に投入が姿を消した」と紹介しています。
 第4章「公安秘密部隊」では、東京・中野の警察大学校にかつてあった「さくら寮」という木造の建物について、「こここそが戦後間もなくから日本の公安警察に存在する秘密部隊の本拠地」であり、「地方分権を建前としながら、中央集権的な機構を持つ公安警察の中枢として全国の公安警察官の活動を指揮・管理する裏組織」、警察内や関係者の間では「サクラ」と隠語で呼称されるようになった組織について解説しています。著者は、「戦後公安警察の暗部を辿っていくと、糸は全てが中野へと収斂されていく」と述べています。
 そして、1986年に発覚した神奈川県警による共産党国際部長宅の盗聴事件では、公安関係者の名義で借りられた「メゾン玉川学園」の206号室に、電柱に取り付けられた電話端子から電話ケーブルが引き出され、「専門的知識に通じたプロの手口」を想起させた上、当初、告発を受理しなかった警察は、突如として実況見分を実施し、大量の"証拠品"を持ち帰ってしまったことが述べられています。その遺留品は、「公安警察による秘密任務が行われていたにしては、あまりに稚拙な証拠品が数多く残されていた」として、
・テープレコーダーにカセットテープ、イヤホンなどの盗聴の"必需品"
・公安警察官の名前が記された懐中電灯やズボン
・1985年9月から86年11月までの日付のサンケイ新聞や雑誌
・神奈川県警の共済組合の勧誘パンフレット
・(「サクラ」のある)中野駅前のコーヒー前専門店の袋
などの遺留品について解説しています。この事件によって、処分は「サクラ」を指示していた公安一課理事官にまで及んだことが解説されています。
 この事件を契機に、1991年には組織改革が実施され、「サクラ」を引き継ぐ「チヨダ」が発足し、この「サクラ」「チヨダ」のキャップを経験した「裏理事官」OBには、衆議院議員の亀井静香議員を筆頭に全国の警察本部長経験者がずらりと並ぶことなどが述べられています。
 第6章「オウム・革マル派との"戦い"」では、1995年3月30日に発生した、国松孝次警察庁長官狙撃事件を契機に、公安警察がその本領を発揮し得た約2ヶ月間を、「公安警察が最も"公安警察らしさ"を発散して教団捜査へ邁進した"幸せな"時期だった」として、その1年半後に、「公安警察の組織を根底から揺さぶる事態」として、「国松警察庁長官狙撃の犯人は警視庁警察官(オーム信者)」と告発する文書がマスコミに送り付けられ、ついには現職の公安警察官による自供が飛び出し、本人がテレビニュースにも登場してしまう事態に発展したことが述べられています。
 また、革マル派のアジトから押収した物品の中には、無線傍受のための設備以外に、使用可能な状態に加工された7000本もの鍵があり、その中には、「警察庁、警視庁幹部をはじめとし、公安部員の自宅の鍵までが含まれていた」だけでなく、元警察庁長官の自宅には実際に進入した形跡があることが確認されていることなどが述べられています。
 本書は、実態が報じられることの少ない公安警察の内幕にわずかながらでも触れることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 公安警察の"伝家の宝刀"である「転び公妨」については、「複数の公安警察官が対象人物を取り囲み、職務質問なり所持品検査なりを強行し、相手が抵抗して取り囲んだ公安警察官に触れたり、押しのけようとしたら直ちに公務執行妨害。時には公安警察官が対象人物の前で勝手に転び、公務執行妨害という"虚像"を演出することすらある」と解説されています。そして幹部の中には、「転び公妨の名手」という称号が与えられている人もいるそうです。
 本当にあったら怖いですが、「各都道府県公安対抗サッカー大会」とかがあったら、
あちこちで勝手に転んでファウルをアピールする選手が多そうです。


■ どんな人にオススメ?

・厚いベールの向こう側を覗いてみたい人。


■ 関連しそうな本

 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 大内 顕 『警視庁裏ガネ担当』


■ 百夜百音

めざせポケモンマスター【めざせポケモンマスター】 松本梨香 オリジナル盤発売: 1997

 「デスノートでポケモン言えるかな?」にはまってしまい、勢いでデスノ全巻一気読みしちゃいました。

『みんなで選んだポケモンソング&ポケモンカード~ポケモン・ベストコレクション』みんなで選んだポケモンソング&ポケモンカード~ポケモン・ベストコレクション

2007年5月 3日 (木)

「悪所」の民俗誌―色町・芝居町のトポロジー

■ 書籍情報

「悪所」の民俗誌―色町・芝居町のトポロジー   【「悪所」の民俗誌―色町・芝居町のトポロジー】(#833)

  沖浦 和光
  価格: ¥893 (税込)
  文藝春秋(2006/03)

 本書は、「悪所」と呼ばれる色町と芝居町のセットが、「近世の重要な文化記号の一つとして用いられていた」が、「幕府の統治理念からすれば、風紀を乱し良俗を侵す『場』」であり、「遊女と役者をともに『制外者(にんがいもの)』と呼んで、溝や塀で町域から隔離された領域に閉じ込めた」ことについて、「『悪所』の存在論的な変化と、その象徴的で濃密な意味を明らかにする」ことを目的としたものです。
 第1章「わが人生の三つの磁場」では、「この人の世には<人生の磁場>とでもいうべき場所がある」として、
(1)幼少年期:昭和初期の民俗を見聞したまだ近世の面影が残っている旧摂津国の街道筋
(2)小学校低学年:日本最大の貧民街として知られる大阪市南部の釜ヶ崎
(3)青春前期:永井荷風の『ぼく東綺譚』に出てくる隅田川の東岸地域
の3つを、著者の<人生の磁場>であると述べています。
 また、江戸時代から「悪所」と呼ばれていた地域の特性として、
(1)色里・遊里
(2)芝居町
(3)すぐ近くに、そこを旦那場(縄張り)とする被差別民の集落があった
の3点を挙げています。
 さらに「釜ヶ崎」の成立について、日本橋の南の「長町(名護町)」の裏通りに「貧しい行商人や遊芸民のための木賃宿が密集し、その周辺に、地方から職を求めてやってきた下層民の貧民街が次第にできて」いったが、1903年に第5回内国勧業博覧会が開催された際に、長町裏一体の再開発が計画され、「電車と警察とに追払われた日本橋筋の最下級民と無頼の徒とが落ち延びた先は旧関西線の鉄橋を潜った住吉街道」のあたりであり、この一体が釜ヶ崎の「寄せ場」として成立したことが解説されています。
 第2章「『悪所』は『盛り場』の源流」では、明治期以降、各地方の自治体が、近代的な都市の体裁を急いで整える上で、「その際に<官>の頭を悩ませたのは近世からの『悪所』の処置」であり、財政的な理由から、「結局は近世からの『悪所』を基盤にして新しい盛り場を発展させ、それを<官>の手でコントロールしていく以外に方法がなかった」ことが述べられています。
 また、近世の「遊郭」論を展開する上で、その源流となった中世の「遊里」まで遡る必要があり、「傀儡女(くぐつめ)や白拍子と呼ばれた中世の遊女の現像を抜きにして、近世の遊女論を展開することはできない」と述べ、
(1)中世の遊女が身に帯びていた「性愛をめぐる<聖>性」の問題
(2)卑賤の出自とされていた遊女が、なぜ法皇や貴族に愛されたのか
(3)その遊女が後世になると、なぜ「廓」に隔離されて女郎・娼婦・売女(ばいた)と呼ばれるようになったのか
の3点について、「かなり原論的な救命を必要とする」と述べています。
 さらに、京、大阪、江戸の三都の「盛り場」が、
(1)旧町域からの「所払い」
(2)町屋の少ない新開地への「囲い込み」
(3)そして堀や塀によって隔離された特定の場への「集住」
という段階を経て形成されたことを解説し、「悪所」が、「遊女町」と「芝居町」と「賎民地区」の3つがワンセットになっていた特質を持っていることを解説しています。そして、「悪所」のすぐ近くに庶民がよく詣でる寺があったことを指摘しています。
 第3章「遊女に潜む霊妙なパワー」では、中世まで漂白していた遊女たちが、「海や川沿いの宿、人通りの多い辻がある市や駅、そして神仏の坐す寺社の周辺」に定着していき、これらの地点が、「ある種の『呪力が宿っている場』とみなされていた」と述べています。
 第4章「『制外者』と呼ばれた遊女と役者」では、「遊里で働く遊女や芝居町で活躍する役者」が、江戸時代には「制外者(にんがいもの)」と呼ばれ、「その意は『人外』であって、人倫の理に背いていること、儒教的に言えば、人と人とのあるべき社会秩序から外れていることを意味した」と述べています。
 また、徳川家康の新都江戸の構想が、「神仏の坐す『聖なる場所』、人々が集住する『俗なる場所』、様々な禁忌をはらんだ『卑賤で穢れた場所』」の3つに区分されたことが解説されています。
 第5章「特異な都市空間としての『悪所』」では、「悪所」が、「身分ごとに区分された居住区とは違った、一種独特の特異な都市空間として発展していった」ことについて、その特異性として、
(1)「遊里」「芝居町」は、誰でも、その身分や職業をいちいち問われることなく出入りできた。
(2)実名を名乗って出入りするわけではなく、きわめて匿名性の高い空間だった。
(3)新しい文化情報を発信する「場」になっていた。
(4)遊郭の有名な遊女の評判と、すぐれた役者の演技・役柄は、直ちに「遊女評判記」「役者評判記」として出版された。
の4点を挙げています。
 第6章「<悪>の美学と『色町』ルネサンス」では、性に関わる道徳観を、「古代→中世→近世」と、時代とともに変化していくさまをまとめています。
 そして、「自由な性愛に基づく『恋』が御法度だった時代に、唯一ひらかれていたのが、遊郭における遊女との『恋』だった」と述べられています。
 また、幕府が遊郭を公認した理由について、「全国各地に遊郭ができると、男女の人倫を紊乱させる<悪>の根源地になることは分かっていたが、必要悪として」公認した、特に江戸では、都市造成のための屈強な働き手や諸国大名の家臣団が入り込み、「女性よりも男子人口が圧倒的に多くなってきた」ため、「これらの男たちの性の欲求を満たす治安対策の一環として、俗界から隔離された『遊郭』の制度化に踏み切り、公娼制度を認可し」、「非公認の娼婦街である『岡場所』での売春も黙認した」という説を紹介した上で、「このような政治的統制論だけで片付けてしまったのでは、人間にとって最も重要な『性』の問題を、生理的な排泄作用に矮小化してしまう」ことになり、「遊郭=悪所に内在する文化史的な意味を捉えることはできない」と批判しています。
 本書は、現存する「盛り場」のルーツをたどることで、現在の「盛り場」を見る歴史的な視点を提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 遊女の厳しい生活については、紀田順一郎が『東京の下層社会』の中で、新吉原からの脱出に成功し、復習のための告発記を出版した森光子という娼妓の『光明に芽ぐむ』という本が紹介されています。


■ どんな人にオススメ?

・都市の要素の一つである「悪所」の成り立ちを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 政洋 『花街 異空間の都市史』 2006年07月10日
 加藤 政洋 『大阪のスラムと盛り場―近代都市と場所の系譜学』
 紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
 横山 源之助 『日本の下層社会』
 小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日


■ 百夜百音

千の風になって【千の風になって】 秋川雅史 オリジナル盤発売: 2006

 すっかりカラオケでも定番になった曲ですが、元々の英語の詩に曲をつけた「Do not stand at my grave and weep」の方をカラオケで歌う人は多分いないでしょう。
 なお、その爽やかさからか、日本語詞をつけた新井満氏は、「『千の風』で歯磨き、化粧品、ビール、清涼飲料、犬小屋等、多岐にわたり商標登録の権利者となっている」と報道されていますが、さすがに、「お墓の前で泣かないで」では、歯磨き、化粧品は無理そうです。

『Free』Free

2007年5月 2日 (水)

「脱・談合知事」田中康夫―裏切り談合知事は逮捕、談合排除知事は落選。

■ 書籍情報

「脱・談合知事」田中康夫―裏切り談合知事は逮捕、談合排除知事は落選。   【「脱・談合知事」田中康夫―裏切り談合知事は逮捕、談合排除知事は落選。】(#832)

  チームニッポン特命取材班
  価格: ¥735 (税込)
  扶桑社(2007/02)

 本書は、「毀誉褒貶に富む6年間の田中県政」から、「成熟を遂げて低成長な資本主義のもと、超少子・高齢社会のもとで、税金の無駄遣いの最たるものである『談合』を、この国から葬り去るための『鍵』」を見つけだすため、「様々な人々の証言を集め、談合排除の方法論を模索」したものです。
 第1章「談合する側の『論理』」では、大林組出身で『「談合業務課」現場から見た官民癒着』の著者である鬼島紘一氏が、宮崎県の事件について、「談合組織がしっかり機能していないから、今回みたいな官製談合が起こるともいえる」ことを指摘しています。そして、公務員が情報を漏らす理由として、
(1)天下り先の確保
(2)予算管理を計画通りにしたい
の2点を挙げています。
 第2章「談合がなくならない『これだけの理由』」では、談合排除を宣言した長野県内の建設関連企業の経営者が、田中前知事の功績として、「先進的に国に先駆けて入札改革をしたこと」を挙げ、談合から「離れたい離れたい」と思っていた著者が、「それを決断するにあたって非常にいい知事」だったと評しています。
 また、談合の時代背景として、「戦後、発注者側がお金のないときに受注者側がそれぞれ調整しあって協力しながらとっていた」が、「それがいつの間にか利権に変わってしまった」ことを指摘しています。
 また、中堅建設会社経営者は、長野県では田中前知事だ談合排除の決断をしたことによって、県庁側の職員の意識が、「談合を排除して予算が余っても、それは田中前知事のいう県民益に、コスト減につながる、と。要は減らした金額は自分達の責任じゃないということ。応札した側の責任」だということに変わってきたことが述べられています。
 第3章「『脱・談合』田中県政とは何だったのか?」では、長野県下伊那郡泰阜村村長の松島貞治氏が、田中前知事の落選の理由として、「政治家として彼が持つ資質は優れていたかもしれない。しかしそれと、組織の長として優れていたか、多くの国民から信頼を得るかということは、また違うということだと思う」と指摘しています。そして、今後の長野県の課題として、「田中県政とは何だったのか?」を自律的に考えること、すなわち、「田中県政をそのまま地域で引き継ごうというのではなく、『しがらみ』のない選挙、自律、行動する民主主義という田中さんの政治理念を、地域の中でどう生かしていくのかということ」であると述べています。
 また、就任以来田中康夫を追い続けていた記者は、田中前知事の実務上の特徴として、「職員任せにしなかった点」を指摘しています。
 第4章「田中県政『入札改革』の真髄」では、全国市民オンブズマン連絡会議代表幹事などを歴任し、長野県副出納長兼会計局長に政治任用された弁護士、松葉謙三氏が、「これまで公共入札のほとんどが談合により行われて」おり、「入札談合が政官財にとって、非常に得なシステム」であり、「長野県、宮城県以外は、もうずうっと談合やらせっぱなしという状況」であると述べています。そして、「アメリカの場合は談合というだけで実刑」になり、「談合による利益の2倍の罰金と1年間の実刑が課され、司法省は必ず談合業者に実際の損害額の3倍の賠償請求」をすることもあるのに対し、日本ではほとんどが執行猶予となり、「談合を奨励しているようなもの」であると述べています。
 また、長野県庁の土木系職員は、長野県の入札改革のキモは、郵送方式をとったことであると述べ、「原始的に見えて、事前に漏洩もしなくて一番確実」であると指摘しています。
 第5章「談合社会のなれの果て~財政再建団体・夕張市ルポ~」では、「まともな産業が育たなかったため、公務員の懐と公共事業ぐらいしかアテにできない」地元産業の実態が指摘されています。
 また、夕張市転落のそもそものきっかけは、「81年に倒産した北炭夕張炭鉱(株)の閉山後処理対策の大半が、夕張市だけに押し付けられた」ことではないかとして、「北炭夕張が滞納していた鉱山税61億円も踏み倒されたまま、北端が運営していた炭鉱住宅や水道の買い取り、道路の整備などに総額583億円もの事業費がかかり、そのうちの3分の2は市が負担させられたんです。これが雪だるま式に増えていく負債の元になりました」という後藤市長(当時)の証言を紹介しています。
 最終章「田中康夫≪特別寄稿≫脱・談合ニッポン実現のために」では、
「言ってみれば、島国ニッポンは談合列島なんだ」
という言葉を象徴する出来事として、
「驚いたことに、長野県下のガソリンスタンドで店頭に価格表示の看板を出しているのは4割にも満たない。残り6割のスタンドは、一見客にとって、値段がわからない。しかも、長野県下のガソリン平均販売価格は全国1、2を争う高さ」
というガソリンの価格表示問題を挙げ、価格表示をしない理由が、
「価格表示すると競争が激化するから困る。表示すると他店舗から苦情が来る。組合で肩身が狭くなる」
という、「全部、内輪の論理」であることを指摘しています。
 そして、
「島国の中の山国・長野県の意識は、"キング・オブ・談合ニッポン"なんです。そこに暮らす人々も、波風立てずに、長いものに巻かれて生きる方が楽チン。内輪の論理」
であると指摘しています。
 本書は、「談合」をキーワードに日本を語ったコンパクトな一冊です。


■ 個人的な視点から

 田中前知事は、「バイネームで仕事を」ということを徹底していて、写真入の名札はもちろん、電話に出る際は所属名と名前を名乗る、文書には必ず担当者名をフルネームで記載する、など役所の名前にあぐらを書こうとする人には辛い方針を徹底していました。
 月刊『ガバナンス』の今月号では、「自治体の「政権交代」と職員」を特集していますが、政権交代による「逆コース」の典型である長野県のケースについては、情報コーナーのコラムに、田中前知事の改革への支持を表明した長野県職員が、同じ職員から連日のように脅迫状を送りつけられた体験が綴られています。
https://www.gyosei.co.jp/home/magazine/gover/gover_07050.html
 「改革」の事例は、新しい取り組みを一覧表にすることが多く、そのような記事、書籍はよく見かけますが、「改革派知事」がどんどん退いていった現在、田中前知事などの取組みが、引き続く4年間の間どういう理屈で元に戻されていくかをリスト化する方が自治体改革の研究としては見るべきものがあるような気がします。田中前知事は「ハーメルンの笛吹き男」つもりなのかもしれませんが。
 というか、誰か調べてくれませんか?


■ どんな人にオススメ?

・日本の談合体質の根深さを見たい人。


■ 関連しそうな本

 田中 康夫 『日本を』 2006年11月28日
 浅野 史郎 『疾走12年 アサノ知事の改革白書』 2006年11月07日
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 北川 正恭 『マニフェスト革命―自立した地方政府をつくるために』
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 村尾 信尚 『役所は変わる。もしあなたが望むなら』 2005年03月18日


■ 百夜百マンガ

島耕作の優雅な1日【島耕作の優雅な1日 】

 『孤独なグルメ』のような面白さもなければ、『美味しんぼ』のような笑えるところもない、単に島耕作を登場させただけのウンチク本です。得たものがあるとすれば、分厚い豚カツは低温でじっくり火を通した後で二度揚げする、ことでしょうか。

2007年5月 1日 (火)

マネジメントの世紀1901~2000

■ 書籍情報

マネジメントの世紀1901~2000   【マネジメントの世紀1901~2000】(#831)

  スチュアート クレイナー (著), 嶋口 充輝, 黒岩 健一郎, 岸本 義之 (翻訳)
  価格: ¥2,625 (税込)
  東洋経済新報社(2000/12)

 本書は、マネジメントについて、「この20世紀におけるこれらたくさんの変化に富んだ要素を集め、経営理論と実務における主要な発展の簡潔で深い洞察のガイドを提供すること」を目的としたものです。
 第1章「ストップウォッチ・サイエンス」では、1899年に米国の軍事長官に任命された「野蛮な羽ぼうき」と呼ばれたエリフ・ルートが、ある議員か彼の行った軍の革新について尋ねられ、「ワシントンとナポレオンには、戦略会議は必要なかった」と言われたときに、「彼らはもう死んでしまった人たちだ。われわれの現在のシステムと同様に」と見事に切り返したことが紹介されています。
 また、「ストップウォッチを持った改革者」フレデリック・テイラーについて、「テイラーは発明家でありスポーツマンであったかもしれないが、それよりも分析的な問題解決者だった」と評しています。さらに、テイラーが、労働者のリーダーたちから反対を受け、1911年と12年には、米国下院の特別委員会から長時間に及ぶ質問を受け、「その結果、いくぶんコミカルなことに、公務員によるストップウォッチの使用を禁ずる法律が国会を通過した」ことが紹介されています。
 第2章「モダン・タイムス」では、フォードが業務組織の原理を、
(1)道具と人が、最終プロセスまでできるだけ少ない距離しか動かないように、一連の作業中で位置を決めよ。
(2)労働者が自分の作業を終えたら、移動作業台かその他の運搬機器を使い、労働者が常に同じ場所で部品を落とせるようにせよ。その場所は、その労働者にとって常に最も便利な場所でなくてはならない。もし可能なら、次の労働者がその作業のために運べるように重力を利用すべきである。
(3)組み立てられた部品が便利な距離で運ばれるように、スライドする組み立てラインを使用せよ。
の3つの簡単なステップで計画していたことが述べられています。
 また、松下幸之助とヘンリー・フォードの決定的な違いとして、松下が、「強いモラルと倫理の要素をビジネスに対して持っていたこと」を挙げ、「会社は単なる生産のための道具ではなく、社会や個人の便益のための媒体だった」とし、「製造の使命は、貧困を克服し、窮乏から社会全体を救済し、富をもたらすことであるべきだ」という言葉を紹介しています。
 第3章「組織の発見」では、マックス・ウェーバーが「工業化の傾向、監督者や中間管理職のいる工場、新しいオペレーションの規模を見て回り、書きとめ」、「組織の将来を予見した」と述べ、ウェーバーが、「官僚システムは階層や非人間性、指揮の明文化されたルール、業績に基づいた昇進、労働の専門分業、そして効率性によって特徴づけられる」と述べたことを紹介しています。
 また、バーナードを、「理論と実践のあいだに橋をかけた人物」として、「20世紀における経営の理想家や実務家の中でも際立っていた」と述べています。
 さらに、アルフレッド・スローンが、「分権化された運営と、調整され集権化された政策コントロールとを統合した組織モデル」である、「戦略事業単位(SBU)」を考案したことが紹介されています。
 第4章「人間の発見」では、ホーソン工場実験の研究チームが、「関与した人間の関係、態度、感情、そして認識」を見落としたと述べ、「人間の特質や社会的動機を考慮しない方法で事業を規定する限り、どの産業でもストライキやサボタージュが頻発するだろう」というメイヨーの結論を紹介しています。
 そして、「テイラーは仕事を発見した。フォードは大規模な仕事を発見した。スローンは仕事を組織化した。しかし、仕事をする人間を発見したものは誰もいなかった」と述べています。
 また、メアリー・パーカー・フォレットの業績の幅広さや人間らしさを、「テイラーやその他の人たちの非人間的視点に対する、新たな反論だった」と述べ、その思想の特徴が、「人こそが、すべてのビジネス活動、いやすべての活動の中心であるということ」であるとし、フォレットがコンフリクトを中心に研究し、問題の対処方法として、「支配、妥協、統合」の3つの方法を指摘したことを紹介しています。
 第5章「戦時中の教訓」では、1945年の夏に、日本の外務大臣だった吉田茂が、「われわれは敗北しても日本帝国を再建できる。科学が進歩し、米国の資本導入でビジネスが強くなれば、最終的にはこの帝国は本当の潜在能力を発揮できる。そう考えれば、この戦争に負けることもさほど悪いことではない」と語ったことを紹介し、「実用主義、楽観主義、計画、そして盲目的なまでの信頼。これらの組合せが、日本再建の特徴だった」と述べています。
 また、1950年に日本工業倶楽部での講義に招かれた国勢調査庁の統計学者であるW・エドワード・デミングが、「私は単に品質についての話をしたのではない。経営者に対して、彼らの責任を説明したのだ。日本の経営者は、自分の責任の何たるかを知り、責任についてより多くのことを学び、そして活動を起こした」と語っていることが紹介されています。
 第6章「夢の生活」では、1950年代の企業の典型として、インターナショナル・ビジネス・マシーンズ(IBM)を挙げ、「IBMの経営幹部は、企業人の具現者だった。その象徴ともいうべき地味なスーツと白いワイシャツ、無地のネクタイを身につけ、販売への熱意と社歌のもとにIBMマンはよく働いた。彼らは企業に忠誠を誓い、その忠誠心は報われた」と述べています。そして、IBMで構築された、
(1)個々の従業員に対して十分に配慮すること。
(2)顧客を幸せにするために多くの時間を費やすこと。
(3)ものごとを正しく行うために最後までやりとおすこと。
の3つの基本信念を挙げ、「力のある企業による強い企業文化の成長は、明らかな進歩だった」と述べています。
 著者は、日本のモデルとの決定的な違いとして、「日本人は企業の成功を、もっと広く社会や個人の向上、日本経済全体の文脈へとつなげた」のに対し、「欧米では、成功は囲いをめぐらされたリングの上のものだった。企業がすべてだったのである」と述べています。
 また、この時代に、企業が、「実質的完全雇用の状況下で労働者の効率を挙げることが、業界の業績を向上させるための第一条件である」との認識から、動機付けへの関心を持ち、マグレガー、マズロー、アージリス、ハーズバーグらの「人間関係学派」が登場したことが述べられています。
 第7章「戦略の理解」では、ドラッカーがマネジメントの基本的役割として、
(1)目標を設定すること
(2)組織すること
(3)動機づけを行い、コミュニケーションを行うこと
(4)評価測定すること
(5)部下を育成すること
の5点を挙げ、「経営者と他のすべての人とを区別する機能とは、教育的機能」であり、「他の人たちに行動ビジョンと行動能力を与えることができるのは、経営者だけだと考えられている。最新の分析に寄れば、経営者を定義するのはビジョンと倫理的責任だけである」と述べていることが紹介されています。
 また、経営史学者であるチャンドラーが、戦略を「企業の長期的目標と目的の決定、行動指針の採用、目的を達成するために必要な資源配分」と定義し、「戦略が組織よりも先行する」と論じたことが述べられています。
 さらに、ミンツバーグが、「今日の戦略策定の実務における3つの大きな落とし穴」として、
(1)不連続的な変化は予想できるという前提。
(2)計画者が組織の現実から引き離されている現状。
(3)戦略策定が公式化できるという前提。
の3点を指摘していることが述べられています。
 第8章「組織的な麻痺」では、経営の自己満足の風潮を批判した「ごく少数の思想家」として、未来学者のアルビン・トフラーと、経営学者のヘンリー・ミンツバーグが紹介され、ミンツバーグが経営者の「職務」を、
(1)対人関係の役割
  名目上の指導者:外部者に対して組織や単位を代表する
  リーダー:部下を動機づけ、努力を統合する
  連絡者:横方向の連絡を維持する
(2)情報提供の役割
  監視者:情報の流れを正しく維持する
  普及者:部下に情報を流す
  スポークスマン:外部者に情報を伝える
(3)意思決定の役割
  起業家:変化を起こし、計画する
  障害の解決者:否定形的なできごとを扱う
  資源配分者:誰が何を作り、今後誰が何をするかを決める
  交渉者:外部者や同じ地位の人たちのあいだでの議論で、組織の優位性を促進する
と考えたことが紹介されています。
 第9章「エクセレントな冒険」では、1980年6月26日にNBCで包装されたドキュメンタリー「日本にできて、なぜわれわれにできないのか?」において、無名の統計学者であったエドワーズ・デミングが「戦後の日本経済が復興を遂げる際に中心的な役割を果たした」ことが明らかになり、「欧米の経営理論と実務の発展に強い影響を与え」、「再登場」したことが述べられています。そして、この番組のメッセージが、「もしも米国が生産性を改善させなければ、私たちの子供は親よりよい生活を送ることができない最初の世代になると、誰もが口にした税所のできごとだった」ことが述べられています。
 また、日本人コンサルタントの大前研一が、「日本の戦略決定手法の裏にある真実」を明らかにするとして、「日本的経営について欧米が信じ込んでいた単純で何の根拠もない説」を論破し、「戦略的思考に日本的な芸術的手法」があり、「日本的アプローチによって縮図的に示された戦略は非合理的で非線形である」ことを主張したことが紹介されています。
 さらに、50年間の失われた時間を取り戻したデミングが、「1950年に日本で伝えたものとまったく同じ」メッセージとして、
(1)経営者は失敗に対する責任を負う。品質管理は、経営トップの主導で行わなければならない。
(2)顧客は王様であり天皇であり、CEOでも独裁者でもある。
(3)プロセス全体に起こる変動を理解し、これを減少させよ。
(4)決してやめるな。あらゆるものに品質を応用せよ。
(5)人を訓練せよ。人はよい仕事をしたがっている。
の5点によって、欧米の経営者たちに凄まじい衝撃を与えたことが述べられています。
 第10章「新しいパワーバランス」では、ビジネス・プロセス・リエンジニアリングの世界的な重要性の高まりと必然的な降下が、MITが発見したマネジメント流行の一般的なライフサイクルに当てはまるものであるが、リエンジニアリングが残した業績として、
(1)どうすれば企業を最適に組織化できるかという厄介な問題を経営者に問い直した。
(2)機能的なラインよりもプロセスに沿った組織の編成をうながした。
の2点を挙げています。
 また、ジャック・ウェルチがGEに「ビジネスの新しい現実を残酷なまでに導入」するにあたり、「われわれが行うすべてのことをもっとうまく行う方法を、情け容赦なく永遠に企業全体で探究すること」である「ワークアウト」(仕事を外へ出す)という概念を用いたこと、「基本的に品質への責任を分散させるもの」である「シックス・シグマ」と名づけられた「広範囲に及ぶ品質プログラム」を導入したことが述べられています。
 著者は、本章で取り上げたABBやGE、トヨタ、デルの共通項として、「これらはすべて完全に現代的な物語」であり、これらの企業の成功が、「どのようにその企業が組織化され経営されているのか」に支えられていることを挙げ、「競争優位を実現するための新しい方法」である「知性の力」を、「労働者が生産の手段を統制するというカール・マルクスの目的が達せられたことを意味する。われわれの脳が、企業世界を支配する。資本(キャピタル)とはこれまで純粋な財務用語とされていたが、今後はだんだん知性を表す用語と見なされる」と述べています。
 第11章「マネジメントの現状」では、「学習する組織」という概念を1990年に広めたカール・センゲによる、学習する組織の5つの構成要素として、
(1)システム思考
(2)自己マスタリー
(3)メンタル・モデルの克服
(4)共有ビジョンの構築
(5)チーム学習
の5点を示しています。
 本書は、「マネジメントの世紀」であった20世紀を、経営理論で振り返る好著であり、「大学の授業で経営学の単位をとったけど暗記科目だった」という方にはお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 マネジメントという言葉は、現在では様々なところで使われていますが、本書を読むと、「20世紀=マネジメントの世紀」という捉え方はよく飲み込めるんじゃないかと思います。
 最近のNPMの議論では、「行政にマネジメントを」というスローガンが使われますが、シティ・マネージャーという専門的な仕事の成り立ちを考えると、少なくともアメリカでは、「行政にマネジメントを」という言葉はかなり昔から成り立っていたんじゃないかと想像されます。


■ どんな人にオススメ?

・マネジメントの考え方を時間順に並べて眺めてみたい人。


■ 関連しそうな本

 ジェームズ フープス (著), 有賀 裕子 (翻訳) 『経営理論 偽りの系譜―マネジメント思想の巨人たちの功罪』 2006年11月06日
 ヘンリー ミンツバーグ, ジョセフ ランペル, ブルース アルストランド (著), 斎藤 嘉則, 奥沢 朋美, 木村 充, 山口 あけも(翻訳) 『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』 2005年02月15日
 C.I.バーナード (著), 山本 安次郎 (翻訳) 『新訳 経営者の役割』 2005年03月29日
 P.F. ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳) 『新訳 現代の経営』
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 2006年01月06日
 スチュアート・クレイナー (著), 梶川 達也 (翻訳) 『マネジャーのための経営思想ハンドブック ― 経営学ロジックの歴史をじっくりと確実に学びたい方のために』


■ 百夜百マンガ

ポケットモンスター【ポケットモンスター 】

 ポケモンっていうと、高校時代に読んでた月刊『宝島』の高城剛のコラムに、田尻智が天才ゲーム少年として登場してポケモンの構想を話してたのを読んだ記憶があります。
 その後、ポケモンがヒットしたときは、「お、あのときの話か」と妙にうれしかったです。

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ