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2007年6月

2007年6月30日 (土)

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

■ 書籍情報

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上   【祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上】(#891)

  リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳)
  価格: ¥3360 (税込)
  小学館(2006/8/31)

 本書は、『利己的な遺伝子』の著者として知られる進化生物学者による、生物の進化の歴史書の上下巻ものの上巻です。
 著者は、人間という「一つの種が進化の『本線上』、つまり主役の座にあり、ほかのものは脇役、端役、一場面だけしか見せ場のない俳優であると考えたい人間の誘惑を否定するのは難しい」が、「その誤りに屈することなしに、歴史的な礼儀を尊重しつつ、公明正大に人間を中心にすえる方法」として、「わたしたちの歴史を後ろ向きにさかのぼること」を挙げ、「これが本書の方法である」と述べています。
 また、歴史を語る上での誘惑として、
(1)歴史家は繰り返されるパターンを過去に捜し求めたいという誘惑に駆られる。
(2)後知恵(歴史の結果を知った上で意見を述べること)の思い上がり、過去は私たちが生きている、この現在を生み出すために仕組まれたものだという考え。
の2点を挙げ、後者については、「進化をめぐる神話の象徴(イコン)」として、スティーヴン・ジェイ・グールドが指摘した、「サルの祖先から、直立歩行に向かって漸進的に順次、姿勢を延ばし、大股で歩くようになり、ついには威厳に満ちたホモ・サピエンスに至る、荒唐無稽な隊列を描いた戯画」が、人類は、「進化の再集計であり、すべての営みがそこを目指すべきものであり、過去からの進化をその高みに向かって惹きつける磁石であるという思い上がり」であると指摘しています。
 さらに、「後ろ向きの年代記では、どの主の組合せを取り上げても、その祖先どうしは、必ずどこか特定の地質学的な瞬間に出会うことになる」として、「前向きの年代記で全く違う意味で使うために、是非ともとっておきたい」言葉である「収斂(convergence)」の代わりに、本書では「ランデヴー(rendezvous)」という言葉を用い、「彼らすべてにとっての最後の共通の祖先」である「そのランデヴーの時点でであう生物」を、「コンセスター(consestor)」と呼ぶとしています。
 「巡礼の始まり」では、「狩猟最終生活から農耕への切り替えは、私たちの独りよがりな後知恵で考えるような改善では決してなかった」とするコリン・タッジの説を紹介し、ジャレド・ダイアモンドと共通する見方として、「農業革命は人類の幸せを増大させなかった。実際のところ、大きな人口の集団は、正当な進化的理由から、一般により多くの悪質な病気を巣くわせるからである。」という意見を紹介しています。
 また、考古学が示唆するものとして、「4万年ほど前に、ヒトという種に何か非常に特別なことが起こり始めた」ことを挙げ、ジャレド・ダイアモンドの「飛躍的大躍進(great leap forword)」という呼び方が気に入っていると述べています。
 「ランデヴー0 すべての人類」では、「十分に昔の個体で、ともかくも人間の子孫を持つものがいれば、その個体は、すべての人類の祖先でなければならないこと」を入り法により証明しています。
 また、2人の人間を取り上げ、過去にさかのぼったときに行き当たる、「年代的に最も新しい共通の祖先(Most Common Ancestor=MRCA)」と呼び、「すべての人類の最も年代的に新しい共通の祖先」である「コンセスター0」が暮らしていたのが、「おそらく数万年前で、まず確実に、場所はアフリカではなかった」とする「驚くべき結論」について述べています。著者は、ランデヴー0の年代は、「おそらく数万年前、最大でも数十万年前」だと推計し、「次のランデヴー地点」であるチンパンジーの巡礼たちと出会うランデヴー1は、数百万年の彼方であり、ランデヴーのほとんどは、数億年先であると述べています。
 「ランデヴー1 チンパンジー」では、700万年前から500万年前の間にチンパンジーとボノボという「他の種の巡礼者たちとの始めての出会い」を迎えます。「私たちと彼らの共通の祖先」である「コンセスター1」は、「私たちの25万世代前の祖父母」であり、「チンパンジーのように毛むくじゃらで、チンパンジーと同じほどの大きさの脳を持っている公算が大きい」と述べられています。
 「ランデヴー2 ゴリラ」では、19世紀のダーウィン以後、「人々はしばしば、アフリカ人を、至高の白人に向かって上昇する道筋の、類人猿とヨーロッパ人の中間に位置するものと見なした」ことについて、「すべての人類はすべてのゴリラに対して、正確に同じ近さの親戚なのである」と述べています。
 「ランデヴー3 オランウータン」では、「現在生き残っているすべての類人猿は、最終的にアフリカに住むことになったものも含めて、アフリカを出てアジアに移住した系統の子孫である」という「アジアに飛び出してまた戻った」説を紹介し、「人類の祖先はずっとアフリカにいた」説よりも「最終節約になる」と述べています。
 「ランデヴー4 テナガザル類」では、『カンタベリー物語』の85の異本の歴史を進化生物学的な手段によって跡付けた『カンタベリー物語』プロジェクトを紹介し、「私たちは、単一の系統樹は物語のすべてではないことを認めなければならない。種の系統樹は描くことができるが、それは多数の遺伝子系統樹の単純化された要約であると見なさなければならない」と述べ、「種の系統樹は、ゲノムの民主主義的な多数派の間の関係を表現したものと理解することができる」と述べています。
 「ランデヴー6 新世界ザル」では、大部分の哺乳類が「かなり貧弱な、二色系の色覚しかもっていない」のに対し、「私たち狭鼻猿類である類人猿と旧世界ザルは3種類、赤、緑、青の錐体」を持つ三色系であることについて、「私たちは夜行性の祖先が三色系を失った後で、3種類の錐体を獲得し直した」と述べています。
 ランデヴー10 齧歯類とウサギ類」では、「齧歯類は、哺乳類界における最大の成功物語(サクセス・ストーリー)の一つである。哺乳類全種の40%以上が齧歯類であり、世界中の齧歯類の個体数は他のすべての哺乳類を合わせた数より多いと言われている」と述べています。
 また、ビーバーがダムを作ることについて、「ビーバーは、ダム表現型によって引き起こされる湖表現型を持っている。湖は延長された表現型なのである」と述べ、「ビーバーの湖のような表現型と、扁平なビーバーの尾という通常の表現型の間には、原理的に大きな差がないことが明らかになるだろう」と解説しています。著者は、「慣例的に、生物学者は遺伝子の表現型効果を、その遺伝子のもつ生物個体の皮膚の内部に限定されるものと見なしている<ビーバーの物語>は、それが不必要なことを示している。遺伝子の表現型は、言葉の真の意味で、生物個体の皮膚の外まで延長してもよいのではないか」と主張し、「好適な条件の下では、ビーバーの湖は数キロメートルもの範囲に広がることができ、これは世界中のあらゆる遺伝子の表現型の中で最大のものになるのではないだろうか」と述べています。
 「ランデヴー11 ローラシア獣」では、「人類の最近の祖先が弱い一夫多妻であったという証拠が本当にあるとしても、それを何らかの形で道徳的ないし政治的な姿勢を正当化するために使うべきではないことは、今さら言う必要もないと思いたい。『「である」から「であるべき」を引き出すことはできない」はこれまであまりにもたびたび言われてきたので飽きられてしまっている危険がある」と述べています。
 「ランデヴー14 有袋類」では、本物のモグラとキンモグラとフクロモグラを取り上げ、「これら3つの『モグラ』の類似性は収斂現象である。すなわち、その穴掘りという習性のために、異なった発端から、異なった祖先から、独立に進化したものである」、「「この三者すべては、どれも穴を掘るがゆえに互いに似ているのである」と解説し、「オーストラリネアはフクロモグラ類だけでなく、有袋類の劇的な配役リストに名を連ねる動物たちの故郷でもある。彼らのそれぞれは、他の大陸で有胎盤類が果たしているのと多かれ少なかれ同じような役割を演じている」と述べています。
 「ランデヴー15 単孔類」でjは、「人間の脳地図で手が優越しているのと同じ形」で、カモノハシの脳地図は「くちばしを誇張している」と述べた上で、「このくちばしは手よりもすぐれている。それはそれは実際に触っていないものまで手を伸ばし、『感じる』ことができるのである。それは電気を使ってなされるのである」と解説しています。
 同じように、ホシバナモグラが、「その鼻で『見ている』」と推測し、「私たちが色と呼ぶのと同じクオリアを、肌理の触角を示す標識として使っているのではないか」、同じように、「カモノハシがそのくちばしで『見ており』、私たちが色と呼ぶクオリアを電気感覚の違いを表す内的な標識として使っていると思いたい」と憶測しています。
 「ランデヴー16 蜥形類(=鳥類+爬虫類)」では、「蜥形類は私たちが出会う巡礼者の中で、飛び抜けて大きな新参巡礼者たちの集団である。コンsネスター16が生きていたとき以来の年月の大半を、蜥形類は恐竜という姿で地球を支配していた」と述べています。
 また、ドードーやエピオルニス(ロック鳥の伝説のモデルとされる)、モアなどのすでに絶滅した鳥について、解説しています。
 本書は、生命の巡礼のうち、動物好きにとっては楽しい前半部分です。


■ 個人的な視点から

 本書の中には、たまに生物史にはあまり関係ない方向への脱線が含まれていますが、この中の傑作の一つは、ブッシュ大統領に関するもので、「世界で最も強大な核保有国の指導者は(私はこれを2003年に書いている)、この言葉が『ニュクリア(nuclear)ではなく『ニュクラー(nucular)』だと思っている。彼は、自らの英知あるいは知性が読み書きの能力よりもすぐれていることをうかがわせるような理由を、これまで何一つ見せてくれたことがない」と述べています。
 初のMBAホルダーの大統領であるブッシュ大統領の知性に対する不安は多くの人が書いていますが、本書の文脈では、進化論を否定し、創造論を学校教育に持ち込もうとするキリスト教原理主義者への批判が根底にあるものと思われます。


■ どんな人にオススメ?

・自分の「祖先」を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下』 
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 R. アクセルロッド (著), 松田 裕之 (翻訳) 『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』 2005年12月20日
 ロバート・アクセルロッド (著), 寺野 隆雄 (翻訳) 『対立と協調の科学-エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明』 2005年11月15日
 キム・ステルレルニー (著), 狩野 秀之 (翻訳) 『ドーキンス VS グールド』 2007年02月10日
 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』 2007年03月03日


■ 百夜百音

Hunting High and Low【Hunting High and Low】 a-ha オリジナル盤発売: 1985

 ノルウェー出身。日本では「テイク・オン・ミー」のヒットで知られる一発屋として有名ですが、息の長い活動をしているようです。

『Minor Earth Major Sky』Minor Earth Major Sky

2007年6月29日 (金)

生活保護制度の社会史

■ 書籍情報

生活保護制度の社会史   【生活保護制度の社会史】(#890)

  副田 義也
  価格: ¥5250 (税込)
  東京大学出版会(1995/08)

 本書は、「日本における生活保護制度の社会史」すなわち、「社会学の方法で研究された歴史」です。本書は、生活保護制度を形成・運営した厚生官僚たちを主役に、その葛藤を描いたものです。
 第1章「戦後日本における生活保護制度の形成」では、著者が生活保護制度の形成過程に関心を持ったきっかけが、厚生省社会局保護課編『生活保護三十年史』、木村孔『生活保護行政回顧』であることが述べられています。
 そして、生活保護制度の通史を、
(制度形成期)
1 制度準備期 1945-49年
2 制度草創期 1950-53年
3 水準抑圧期 1954-60年
(制度展開期)
4 水準向上期 1961-64年
5 体系整備期 1965-73年
6 格差縮小期 1974-83年
の6期に区分しています。
 また、1946年に、厚生省が、「戦災者・引揚者の住宅・手当などの費用」を8億円と見込み、各県に内示したものの、大蔵省の査定で2億円に減額され、閣議決定を経た後、GHQに送られ、これに対し、GHQからは厚生省が当初、多めに見込んだ30億円とするよう指令したことが述べられています。
 1946年9月9日には、(旧)生活保護法が制定され、「この法律案をつくるさいの厚生省の基本姿勢」が、「大規模な生活保護はしなければならないが、国民の血税を使うのであるから濫救におちてはならず、惰民養成になってはならないという消極的なもの」であったことが解説されています。
 1949年11月からは、厚生省は生活保護法案の本格的準備に入り、この法案に欠格条項が含まれなかったのは、GHQのマーカソンによる、「徹底した性善説と教育の可能性への信頼に基づき、勤労意欲を持たぬ者でも素行不良の者でも、生活保護を与えつつ指導によって更正に導くことができるし、大事であるという理想主義の色調が濃厚な主張」を受けたものであることが解説されています。
 また、法案成立過程において「社会福祉主事と福祉地区、福祉事務所の制度」に対して、
(1)大蔵省:この新しい機構は経費の増加を必要とする。
(2)自治庁:濫救・漏救の防止のための生活保護の実施機構を専門化する必要があるという説得はある程度受け容れたが、地方自治体の権限を削られることに通じる福祉事務所の独立案には絶対反対であった。
(3)民生委員連盟:旧法の制度の中では自分たちが持っていた生活保護の担当者の役割を奪う案だとして反対した。
の3つが主要な反対意見の出所であったことが述べられています。
 そして、1951年11月に、「主として都道府県と市の機関」として福祉事務所が設置され、社会福祉主事の資格要件も「それのみでは専門職の条件にほど遠いもの」であり、改革案は「きわめて不十分な程度でしか実現されることができなかった」が、「最初の時期、その組織と成員の仕事に取り組む指揮はきわめて高かったと伝えられ」ていることが述べられています。
 さらに、在日朝鮮人の被保護実人員が55年まで急上昇し、その比率が「日本人の保護率の約10倍の高さ」となった原因として、
(1)在日朝鮮人には、よい労働条件の職業につく機会が乏しく、日本人に比較して貧困層に属する人々が多かった。
(2)集団圧力による適正な保護の妨害。在日朝鮮人の保護獲得闘争が激しく展開し、福祉事務所への集団による陳情、暴行・脅迫の件数は全国で1万件を超えた。
の2点を挙げています。この適正化対策にあたっては、「職員の士気はきわめて高かった」と伝えられ、「それは、職員たちがそれまで在日朝鮮人のときには暴力・脅迫を伴う集団交渉に耐えながら鬱積されていた憤懣、不正受給を知りつつ正せず高まっていた正義感のあらわれ」であるとしながらも、一部の職員は、「適正化対策の調査に出かけるおりに、『朝鮮征伐にゆく』というような気分が、行政側にあったのも事実である」と述べています。
 また、1957年から67年にかけて争われた「朝日訴訟」に関しては、「朝日訴訟の提訴と厚生大臣が敗訴する第一審の判決は、生活保護行政に従事する厚生官僚たちの大多数にとっては、起こるべきことが起こり、出されるべきものが出されたと感じられたはずである」、「被保護階層の生活がどのように過酷な状況にあるかは、かれらはよく知っていた」と述べています。
 著者は、「民主主義の観点からみて、総体として、生活保護法は非常に優れた法律である」として、その主要特性を、
(1)国家責任
(2)最低限度の生活保障
(3)無差別平等の原則
(4)生活保護を受ける権利(=不服申し立て制度)
(5)欠格条項の除外
(6)有給の専門職の担当
などの諸規定に見られると述べています。
 第2章「生活保護制度の展開I」では、池田内閣における「所得倍増計画の貧困観」を、「30年余りのちの現在でも通用する相対的貧困観の表明である」と評しています。そして、その対応家庭において、「生活扶助基準となる最低生活費の科学的算定のため」に、厚生官僚たちが、「エンゲル方式と呼ばれる計算式を案出した」ことが述べられています。
 また、社会福祉主事が、「一方では革新組織による保護費獲得のための闘争の矢面に立ち、他方では地域住民たちから保護基準が高すぎるという心理的圧力をかけられていた」ことについて、後者は、「郡部の福祉事務所で特に顕著」で、「地域によっては、役場職員あるいは農協関係の職員という、かなり安定した公務員(などの給料)でさえも保護費を下回る地域」があり、「そういう低所得の地域では、一般納税者側からの圧力のほうが、保護費獲得の圧力の悩みよりも強い」ことが紹介されています。
 さらに、この時期の産炭地の生活保護の代表例として、福岡県筑豊地区の例を挙げ、その特性として、
(1)筑豊地区の保護率は、福岡県内で見ても全国で見ても相対的にきわめて高い。1961年度は全国の保護率17.4%に対し、79.8%に達した。
(2)石炭産業の衰退は国家の政策が作り出したものであり、その事実は広く炭鉱労働者たち、産炭地の住民たちに認識され、国家権力が炭鉱を廃山に追い込み、自分達の職業を奪い、自分たちを経済的困窮の中に突き落とし、自らの手で生活する自尊を挫いたと感じた。
(3)彼らは、さまざまな組織を形成し、福祉事務所や県庁に対して生活保護の要求運動を行った。
(4)それまでに例が無かった大量の生活保護の申請、急激に増加した被保護世帯、苛烈を極めた要求運動の攻勢に対して、筑豊地区の各福祉事務所の対応態勢は不十分なものであった。
の4点を挙げています。このうち、(4)に関しては、現場の社会福祉主事たちが、団交の中で傷害事件が起こり、家庭訪問すると、「大勢の住民に長時間にわたって取り囲まれ、詰問され、心理的に圧迫されて、調査を妨げられる例」も多く、そのような中で、現業員たちの主要な反応類型は、
(1)被保護者や住民を警戒、敵視する反応
(2)挫折感や無気力に落ち込んでしまう反応
(3)運動団体の発想に近い、あるいはそれと同一の考え方をとり、それにもとづいて行政批判、権力批判を行う反応
の3つに分かれたことが述べられています。
 また、「この時期の筑豊地区で生じた被保護者たちの集落の生活における深刻な退廃の諸現象」については、「集落のほとんどの人々が生活保護を不正受給し、不法な就労収入を得て、互いに密告されることを恐れ、猜疑の目を向け合っている。このような生活環境で生まれ育った子供たちは、学力は低く、耐性が乏しく、依存的で、他地域に就職しても、すぐに炭住の生活保護体制の中に帰ってきてしまう。かれらのなかから十代で母親、父親になるものも出てくる。まさに貧困層の世代的再生産である。人々の金銭感覚には二重価格というべきものがあり、享楽のための支出は惜しまないが、教育や医療のための支出は惜しんで、無料を当然とする」と述べた当時の筑豊地区で伝道に従事したキリスト教の牧師の講演を紹介しています。
 第3章「生活保護制度の展開II」では、生活保護を含んだ社会保障の全体系の構想にあたり、「厚生官僚たち、厚生省の相対的貧困概念と、大蔵官僚たち、大蔵省の絶対的貧困概念の対立」という構図が、表れていると指摘しています。
 また、厚生省が、「漏救問題の存在を認めず、その解消のために政策努力を全く行わない」姿勢をとったことが、「生活保護の現業機関である福祉事務所の仕事の仕方」に、「これまでの生活保護行政は『保護しないですむものならすませたい』『申請が無ければ保護しない』『あまり積極的にPRをしない』『保護の中味や認定の内容は対象者に知らせない』などなど、全体として消極的な色合いが強かった」という形で表れたことを解説しています。また、漏救の原因として、国民・住民の側にも、
(1)権利意識の弱さ
(2)制度に関する知識のとぼしさ
(3)申請・受給に伴う恥辱感
などの原因があると述べています。
 著者は、「保護率が1%余の日本の現状は、所得保障の諸制度の中で、生活保護制度を政策的に衰退させた結果である」と述べています。
 本書は、日本が本来誇るべきものとして持っていたはずの生活保護制度について、その社会的意義の変遷を描いたものです。


■ 個人的な視点から

 生活保護制度については、「ナショナルミニマムとは何か」を巡る法学や経済学からのアプローチや、現場のケースワーカーが出会ったエピソードを紹介する体験談的なものが多いですが、本書のような制度の変遷とそれを巡る厚生官僚たちのドラマを描いたものは見たことがなかったので新鮮でした。


■ どんな人にオススメ?

・生活保護の理想に燃えた昔の官僚たちの姿を見たい人。


■ 関連しそうな本

 青木 紀 『現代日本の「見えない」貧困―生活保護受給母子世帯の現実』 2006年03月24日
 三矢 陽子 『生活保護ケースワーカー奮闘記―豊かな日本の見えない貧困』
 三矢 陽子 『生活保護ケースワーカー奮闘記〈2〉高齢化社会と福祉行政』 2006年04月17日
 久田 恵 『ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々』
 柴田 純一 『プロケースワーカー100の心得―福祉事務所・生活保護担当員の現場でしたたかに生き抜く法』
 尾藤 広喜, 吉永 純, 松崎 喜良 『これが生活保護だ―福祉最前線からの検証』


■ 百夜百マンガ

なぁゲームをやろうじゃないか【なぁゲームをやろうじゃないか 】

 ゲームを紹介するコーナーのはずが、ゲームのタイトルから巻き起こる妄想を抱えて町を歩くシリーズになってしまってました。もちろん、こちらの方が面白いのですが、どんどんゲームから離れていくのはスリリングです。

2007年6月28日 (木)

帝都東京の近代政治史―市政運営と地域政治

■ 書籍情報

帝都東京の近代政治史―市政運営と地域政治   【帝都東京の近代政治史―市政運営と地域政治】(#889)

  桜井 良樹
  価格: ¥6510 (税込)
  日本経済評論社(2003/10)

 本書は、「戦前期における東京市の市政構造の変化を1889(明治22)年の東京市の成立から1943(昭和18)年の東京との成立までを対象に跡付けた近代日本における都市政治史の研究」であり、その手がかりを、「主に市政執行機関の内部構造と市会との関係」に求め、「具体的には市長・助役・市参事会・各種委員会などの人事・権限、およびそれらの相互関係を問題にする」としています。
 第1章「戦前期東京市における市政執行部と市会」では、成立当初の東京市(大阪市・京都市も)には、「市長は府知事、助役は府書記官が兼任するという市制特例(三市特例)が付されていた」が、1898年に市制特例が廃止され、「その時点で東京市は、初めて独自の市長と助役を持つことになった」ことが解説されています。
 「市制特例廃止により円滑な運営が期待された東京市政は、1900年前後に大きな波乱を見せ」、このような中、「議決機関と執行機関の癒着が市政腐敗の温床である」との批判から、「東京市公民会」が1900年11月に創設され、
(1)市議に公金取扱銀行関係者がなっていること。
(2)助役が多数で責任が曖昧なこと。
(3)市議が参事会員を兼ねていること。
の3点を批判し、「参事会の市会からの独立と、市議は市の仕事を請負うべきではないという方針を立てて市政刷新を訴えた」ことが解説されています。
 第2章「明治後期・大正期における東京の政治状況と公民団体」では、選挙自体を最大の政治問題と考え、「候補者選定の仕組みや競争のあり方などにも注目することによって、明治後期から大正期にかけての東京市部における政治状況の展開――特に政党勢力の浸透について考え直して」います。
 著者は、「普通選挙以前における東京市の選挙状況」を、
(1)1900年頃までの、公民団体の成立から、公民団体が候補者推薦・調整機能を有効化させていく時期の「予選体制」への歩み。
(2)1912年頃までの、公民団体の候補者推薦・調整機能の動揺。
(3)1920年頃までには、府市区議選でも公民団体の調整力はほとんど働かなくなり、公民団体は選挙団体に変化し、また府議選から政党の影響力の増大化が進展する。
(4)二大政党が府市区会議員も系列化していく二大政党対立時代。
の4つの時期に分けて解説しています。
 第3章「公民会の誕生と1890年代における東京の選挙」では、「1890年代末までに東京市内におけるすべての選挙は次第に平穏化し」、このある種の「予選体制」が、「公民による自治担当意識をきっかけとして生まれたものであり、選挙における競争を平穏化させたという結果をもたらしたもの」であることが解説されています。
 第4章「明治末期・大正初期の東京市政」では、歴代東京市長で最も任期の長かった尾崎行雄の後を次いで、1912年から東京市長を務めた阪谷芳郎を中心に取り上げ、「憲政の神様」と呼ばれた戦前を代表する政党政治家である尾崎が、行政家としてはあまり高く評価されていないこと、坂谷の市長就任後はまず、「役所組織の簡素化と効率化」し大幅な経費削減を行うとともに、「それまで市職員採用にあたって行政専門家としての資格や経歴が問われず、市参事会や市会議員の情実によって左右される場合がしばしばあり、また訓練も充分になされていなかった」市吏員職員採用の条件を、「性行、学識、経歴の参考に付て特に重きを措き銓衡す可し」と訓示していることが紹介されています。
 著者は、「阪谷市長の時代にはじまった助役への高等文官試験合格官僚の登用、役所規律の確立などは、市政事務の専門家、市政人事の官僚化に向けての一つの画期をなすもの」であったと評す一方で、「東京市長と司会関係の実態を見るときには、市長の采配が自由に行えない状況は依然として継続」しており、「市会の会派に担がれなくなった分だけ、かえって市長の座は不安定になった」と解説しています。
 第5章「伊沢多喜男を東京市政」では、「1920年代中頃に東京市政運営に政党の影響が大きくなっていく状況」を解説しています。
 第6章「1920年代東京市における地域政治構造の変容」では、「1920年代から1930年代初めにかけての、東京市における地域政治秩序の変容がいかなるものであったのかを、特に選挙戦のあり方から示し」ています。
 大正末年から昭和初期には、「どの選挙においても二大政党のプレゼンスが格段に大きくなっている」ことを確認し、「東京市政においても政党化が進行していることを意味するものであろう」と解説しています。
 また、公民団体が、「そもそも制限選挙したにおける公民と市住民との区別を前提とした団体」でったため、「普通選挙の実施によって、有権者は衆院選・府議選で約4倍、市議選・区議選で約2倍と大幅に増加し、これまでのような限られた有権者を公民団体に組織化したり、戸別訪問をして投票を依頼するような旧来の地盤に頼った選挙戦術では、当選はおぼつかないことが予想され」、「新たにポスター宣伝と文書宣伝とが新戦術として注目されたのも、従来の情実と買収による選挙運動では対応できないと考えられたから」であることが解説されています。
 さらに1929年の市議選では、市政への政党勢力の関与が批判され、「市政刷新」がさまざまな勢力や団体によって叫ばれたうち、「最も注目される」ものとして、「かつての東京市長経験者である阪谷芳郎や後藤新平などを代表として、市政調査会が中心になって呼びかけ組織された市政問題対策協議会」を取り上げています。
 この市政問題対策協議会の運動は、「のちの内務省主導の選挙粛清運動に繋がっていくものであり、この点で1930年代における政党勢力と官僚勢力との対立を先取りしたものであったと位置づけることもできる」が、この時点では「まだ政党勢力を凌駕するまでの力」は有していなかったことが解説されています。
 第7章「1930年代の東京市政と地域政治」では、普選の実現によって、「これまでのような市内・区内の一部の者、その多くは地主あるいは商業を営む旧中間層によって主導されてきた地域政治を、より『民主的』なものとし、議員の顔ぶれを一新させ、市会や区会のあり方をよりデモクラティックなものと」することが期待されたが、実際には、「さまざまなレベルにおける議員・役員の政党化と、市政運営の政党化という二つのレベルでの政党影響力の増大」が起こったことが解説されています。
 1926年の市議選以後は、「内閣の意向が東京市長人事に大きく影響を与え、また助役も、政党色の濃いものが登用され、さらに市会の会派対立も激しいもの」になり、「市長が変れば助役も変る。局課長の一部もその元蔓が枯れるに従て同じく果敢無い運命に落ちていく」と言われたことが紹介されています。
 また、1929年の市政浄化運動に関しては、「これまでより一歩踏み込んだ市政浄化団体の応援」の一つとして「理想候補の推薦」が行われたことが解説されています。
 さらに1930年代の東京市長が、「新市会の成立とともに選ばれる」ようになったため、「市議選は実質的に市長を選ぶ間接選挙」となり、「市長を新市会の決定に任せることにより市政運営の円滑と安定化を図っていくという、それなりに考えられた結果である」と解説されています。
 第8章「選挙粛清運動と東京市における町内会」では、「東京という大都会における選挙粛清運動の影響を、町内会が果たした実際の役割を見ることによって確認し、位置づけて」います。
 そして、選挙粛清中央聯盟のアンケートによる、「初めての粛清運動で最も有効という回答があったもの」が、
(1)警察官の活動(24%)
(2)部落懇談会の開催(19%)
(3)名士の講演(10%)
という純であったが、市部と郡部とを分けると、懇談会の開催は、郡部の22%に対し市部は14%とかなり差があることが示されています。
 著者は、選挙粛清運動を政治的側面から、「町内会を既成政党の地盤から切り離すこと、既成政党と無関係の議員候補者の推薦母体にしようという方向を有していたわけである」ので、「町内会の活動が十分ではなかったということ」は、「選挙粛清運動が旧市域の地域政治秩序に与えた影響は、それほど大きいものではなかった」ものであると述べています。
 本書は、国政ほど知られていない戦前の「東京市」の政治について、その複雑な内情を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 現在でこそ、「東京都」という言葉や「都道府県」という言葉は一般的になっていますが、「東京都」は戦時中の1943年に東京市と東京府を統合したもので、戦前は「府県」という言葉が一般的だったそうです。
 そうなると、本書で描かれている「東京市」の姿はなかなか現在の私たちからはイメージしづらいものがありますが、歴史を振り返って多様な首都の姿を見ることが、これからの首都の姿を議論する上で必要なのかもしれません。
 ちなみに、猪瀬さんの「東京D.C.構想」は、「東京 The District of Columbia」となるということなので、コロンブスにちなんだアメリカの直轄地になるということなのでしょうか?


■ どんな人にオススメ?

・多様な「首都のかたち」を考えたい人。


■ 関連しそうな本

 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 岡田 彰 『現代日本官僚制の成立―戦後占領期における行政制度の再編成』 2007年02月26日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日
 大石 嘉一郎 『近代日本地方自治の歩み』 2007年06月12日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日


■ 百夜百マンガ

総員玉砕せよ!【総員玉砕せよ! 】

 日経の夕刊に水木しげるのインタビューが連載されています。こういう死線を潜ってきたからこそ「妖怪の目」で人間を見れるのかもしれません。

2007年6月27日 (水)

ソーシャル・キャピタル―人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する

■ 書籍情報

ソーシャル・キャピタル―人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する   【ソーシャル・キャピタル―人と組織の間にある「見えざる資産」を活用する】(#888)

  ウェイン ベーカー (著), 中島 豊 (翻訳)
  価格: ¥2,520 (税込)
  ダイヤモンド社(2001/08)

 本書は、「読者が自分のソーシャル・キャピタルを評価し、それを構築し、活用していくためにはどうしたらいいか、段階を追って実践的な案内をしていくもの」です。
 第1章「ソーシャル・キャピタルとは何か」では、「ソーシャル・キャピタル」を、「個人的なネットワークやビジネスのネットワークから得られる資源」を指し、「情報、アイデア、指示方向、ビジネス・チャンス、富、権力や影響力、精神的なサポート、さらには善意、信頼、協力などがここでいう資源として挙げられる」とされ、こうした資源は「一個人に属するかたちで存在しているのではなく、人間関係のネットワークの中に内在するものである」と解説されています。
 そして、「成功とは社会性を伴うものである。つまり、他の人との関係次第で決まる」と述べ、「個人の業績達成という教訓から離れ、自分を取り巻く世界やそれがどのように機能しているかを見直すことの大切さ」を説いています。
 また、著者が耳にしてきた懸念の一つとして、「人間関係をマネジメントすることに対するうしろめたさ」を挙げ、「我々はみな、常に意識しながら、あるいは無意識に、人間関係に対して決定を下しており、そこには倫理的な意味合いがある」と解説し、「意識的に人間関係をマネジメントすることで自分の道徳的義務について認識を深めることが求められる。この義務を避けられる人間など誰もいない」と述べています。
 第2章「ソーシャル・キャピタルを評価する」では、「個人が持っている人的ネットワークの重要な特徴」である「つながりがある人々の間に存在する関係」を評価するを調査する際の質問である、
「当てはまるものを一つだけチェックしてください。
□友人のすべてがお互いに知り合いである。
□ほとんどの友人が互いに知り合いである。
□一握りの友人だけが互いに知り合いである。
□友人の誰もが知り合いではない。」
という質問を紹介し、「ほとんどの人が現実を理解していないことが証明された」ことを紹介しています。
 そして、「一握りの幸運な人だけが、人間関係の構図を性格に描き出している心象風景を持っている。その結果、このような人は効果的に他者に影響を及ぼしている」と述べ、「心象風景を持たずに物事を決断することは、目隠しをしたまま渋滞した道を走りぬけるようなものである」と説き、ネットワークの観察方法として、「ソーシャル・ネットワーク分析」と呼ばれる手法について解説しています。
 また、ネットワークの基本的な原則として、
・クローズ型:つながりがある人々のあいだに存在する関係が多いほど閉ざされる傾向にある。
・オープン型:つながりがある人々のあいだに存在する関係が少ないほど大きなネットワークはオープンでさらにその外に広がっていく。
の2つのネットワークの傾向を解説しています。
 さらに、ネットワークの分析プロセスとして、ネットワークの密度の求め方を、
「ネットワーク中のアルター(分節点)が互いに結びついている実数
 /ネットワーク中に存在可能な結びつきの最大数」
の式で表しています。そして、演習用のシートを用いて、
(1)親密な相談相手
(2)ビジネス・パートナー
(3)ステークホルダー
(4)友人や知人
の4つのネットワークについて、その絶対サイズ、密度、重複、実効サイズ(絶対サイズから重複を排除したもの)を計算しています。
 そして、「ネットワークの多様性はそのサイズよりもはるかに重要である」として、「多様性に飛んだネットワークは、あらゆる角度から問題を見るようにさせ、グループ思考を阻止し、情報を収集、加工、そして消化する能力が向上するといった利益をもたらす」と述べています。
 また、自分が所有しているネットワークについて、「サイズ、構成、フォーカス」という3つの切り口が、「ネットワークの中にどのようなソーシャル・キャピタルが内在しているのかを暗示している」と解説しています。
 著者は、実証研究から得られた成果として、
(1)極端なネットワークタイプは非常に稀で、たいていの人のネットワークは似通った中間くらいに位置している。
(2)ほとんどのネットワークが、実効サイズ、構成、フォーカスの切り口の点で、最低の数値に近い。
の2つの結論を提示し、「たいていの人が自分のネットワークを分析した後、そのネットワークを拡大、多様化、外向化することによって利益を得られることが可能である」と述べています。
 そして、ネットワークを生み出す大きな言動慮気宇として、
(1)制約:ネットワークに障害、制限、圧力などを生み出す要因
(2)機会:自分の環境に内在しているあらゆる可能性
(3)選択:自分のネットワークについて行う一連の決定
の3つを挙げています。
 第3章「創発的ネットワークを構築する」では、創発的ネットワークをつくる目的について、「人に何かを与えることで、資源が自らの下にやってくるという循環をもたらす」ことを挙げ、「ネットワーキングは、系統立てられたやり方で明確な目的をもって、私たちが知っている人々から彼らの知っている人々へ関係を構築することから成り立っている。そしてその間、自らの役割を遂行することに献身し、見返りは求めない」というドナ・フィッシャーとサンディ・ヴィラスの言葉を紹介しています。
 また、「『この世のいかなる人物とも、間に6人を介すればたどり着く』という不確かな概念を形式化するもの」である「スモール・ワールド現象」について、ケビン・ベーコンやポール・エルデシュの例を挙げ、彼らが、「自分達の世界の中で、ある人々と他の人々を結びつけ、すでによく知られている『スモール・ワールド現象』を生みだしている」という共通した基本特性を持っていると解説しています。そして彼らが、世界のネットワークの中で、「くさび」と呼ぶ役目を果たすような行動、すなわち、「さまざまな群れを結びつけることにより、大きな世界を小さなものに変える近道を提供している」と述べています。
 著者は、「創発的ネットワークをつくるためのガイドとなるスモール・ワールドのアイデア」に対して、
(1)世界は群れによってつくられ、ほとんどの人が群れの中で生活している。
(2)群れと群れを介する数少ない近道が、スモール・ワールド現象を生み出す。必要なのは、異なる世界を旅なれた人々のうちの数人である。
の2つの仮説を示しています。
 そして、創発的ネットワークを構築するための基本的な戦略として、
(1)既存するプログラムや手続き、実践方法、組織、構造を利用して、創発的ネットワークを構築する。→会社のジョブ・ローテーション・プログラムに参加する。
(2)新しいプログラムや手続き、実践方法、組織、構造を作り出して、創発的ネットワークを構築する。→自分自身で「ビジネス・フォーラム」や「職能ネットワーク」をつくる。
の2つを挙げ、「群れを橋渡しするくさびになり、スモール・ワールド現象を引き起こすこと」を目標に設定しています。このうち(2)に関しては、自分のネットワークに、ベーコンやエルデシュのようなくさびになる人につなげることを、「ターボチャージャーを取り付けるようなもの」だと解説しています。
 さらに、これらの戦略のための具体的な方法として、
(1)既存するプログラムや手続き、実践方法、組織、構造を利用して、創発的ネットワークを構築する。
 (1)適切な場所に座る
 (2)二重の役割を見つける
 (3)仕事のローテーション
 (4)多様な機能を持つコミュニティやチームに参加する
 (5)海外勤務を志願する
 (6)学習やトレーニングのチャンスを活かす
 (7)社外ネットワークづくりをする
(2)新しいプログラムや手続き、実践方法、組織、構造を作り出して、創発的ネットワークを構築する。
 (1)圧力グループを動員する
 (2)機能コミュニティをつくる
 (3)組織の壁を越える
 (4)フリーエージェントのように考え行動する
などの実践方法を示しています。
 さらに実際に行動に移すためのアドバイスとして、
・居心地の悪さはよいことだ
・行動が先、態度は二の次
・ネットワークのチャンスを見逃さない
・小さな勝利を見つける
・絶対にやる
などの点を挙げています。
 第4章「自分のソーシャル・キャピタルを活用する」では、著者が講師を務めたセミナーでであった、「もし結果が得られないのならば、この『ネットワークづくり』は時間の無駄」「すぐに結果がほしい」という人の例を挙げ、この話を、「数分時間をかけるだけで、いつでもすぐに結果が得られ、人間関係が自動的に作られるという考え方であり、まるでガムボールの自動販売機にコインを投入すれば、必ずガムボールが出てくるのと同じ」、「自動販売機式のネットワークづくり」という考え方であり、その相互支援についての理解が、「自分が受け取る分だけ相手に与える」というものであると解説しています。
 著者は、ソーシャル・キャピタルを活用するプロセスを、「投資、リクエスト、受け取り、そして結果の報告」の4つの言葉で示しています。
 第5章「組織コンピテンシーとしてのソーシャル・キャピタル」では、「組織の建築家としてのリーダーの仕事」を、「くさびを使って、群れと群れのつなぎ目が離れないようにする」ことで、大きな組織の世界を小さくすること、つまり、「目に見える構造と見えない構造の両方をマネジメントして、組織の壁を破り、それを一体化していく」という、「群れとくさびをマネジメントすること」であると述べています。
 そして、「ネットワークにポジティブな結果をもたらす」「小さな成功」のための原則として、
(1)フォーカスに注目する:職場でどのようなネットワークが形成され、どのように情報の相互交流がなされているかが分かる。
(2)創発的ネットワークを奨励する:簡単に、そして自然に創発的ネットワークがつくられるように、フォーカスの置き方を変える。
(3)統合戦略をとる:構造的な隙間を埋めることで、相互交流を進める力となる。
の3点を挙げています。
 著者は、「組織のコンピテンシーとしてのソーシャル・キャピタルを作る意義」を、「能力を高めることで、目標を達成し、さらに使命を果たし、ひいては世界に対して有意義な貢献を果たすこと」であると述べ、リーダーが、「ネットワーク組織を構築し、組織のコンピテンシーとしてのソーシャル・キャピタルをつくる」ことで、「個人の持つ力を何倍にも拡大し、他人に奉仕するようにそれぞれの個人の活動を束ねていくことができる」と述べています。
 本書は、ビジネスの場面にフォーカスしたネットワーク理論の本として稀少な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、今から6年前に国内で出版されたもので、すでに絶版になっているせいか、アマゾンのユーズド品で8000円以上の値が付いています。
 現在のネットワーク理論ブームからすると、スモール・ワールド現象を扱った本書の主張はやや古い感じもしますが、実践的にビジネスの世界を見る目を与えてくれるという点で今でも稀少な一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・自分のネットワークをみる目を持っていない人。


■ 関連しそうな本

 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー, 櫻井 祐子 (翻訳), 野中 郁次郎(解説), 野村 恭彦 (監修) 『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』 2005年08月25日
 ドン コーエン (著), ローレンス プルサック (著), 沢崎 冬日 (翻訳) 『人と人の「つながり」に投資する企業―ソーシャル・キャピタルが信頼を育む』 2005年12月19日
 ロバート・D. パットナム (著), 河田 潤一 (翻訳) 『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』 2005年03月03日
 ロバート・D. パットナム 『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』 2006年08月28日


■ 百夜百マンガ

神戸在住【神戸在住 】

 その絵柄やナイーヴなストーリーのせいか女性が描いていると思われがちですが、男性だという説があります。そういえば黒大王も著者近影で女装していたような気がしますが。

2007年6月26日 (火)

地方債改革の経済学

■ 書籍情報

地方債改革の経済学   【地方債改革の経済学】

  土居 丈朗
  価格: ¥2310 (税込)
  日本経済新聞出版社(2007/06)

 本書は、地方自治体の債務が、「どのようなからくりで90年代に累積したのか。そこにどこまで国が関与したのか。自治体に主体性はなかったのか。そして、今後債務が返しきれなくなる自治体が続出するのか」という論点について、「経済学的に分析された研究成果に基づいて明らかにしていく」ものです。
 第1章「地方財政の危機――なぜ地方債はこんなに増えたのか」では、地方財政制度が、「歳入面から見ると国の関与が強く、中央集権的な性質を強く帯びた仕組みとなっている」なかで、わが国の地方債が、「国と地方の財政関係の一環として運営され、地方税、地方交付税、国庫支出金とともに、総務省による地方財源配分を統制する政策手段のひとつとして用いられてきた」ことが述べられています。
 そして、地方債制度の機能については、平嶋・植田(2001)により、「この見解は、政府当局の見解というべきもので、経済学的な見解とは異なる」と前置きした上で、
(1)地方債への信用の付与機能
(2)融資等の一元的調整機能
(3)公共投資に必要な資金の配分調整機能
(4)国の経済政策等とのマクロ調整機能
(5)地方財政計画を通じた標準的な行政水準の確保機能
の5点を挙げています。
 また、「国の大きな関与のもとに、補助金のみならず政策の企画立案等に至るまで、地方自治体が国に過度の依存する状態に陥り、国も地方も巨額の債務を抱える結果となった」地方財政の現状について、「これを根源的に改めるには、国と地方の役割分担の見直しをはじめとする公共部門のガバナンス改革を通じた真の分権化によって、水平的政府間競争が地方政府を規律づけ、地域のニーズに即しつつ、効率的な財政運営をうながすことが期待される」が、「こうした分権化の恩恵を実現するためには、自治体に、権限を移譲するのみならず、財政責任を課す必要がある」と述べています。
 著者は、「地方税制、地方交付税制度、地方債制度が相互に制度補完的に運用されている」わが国の地方財政度において、今後地方交付税制度のあり方自身が問われてくることになり、そうなれば、「制度補完的になっている地方債制度も当然ながらそのあり方が根本的に問われることとなる」と述べ、「国と地方の財政関係をより分権的にするために、必要な改革として、地方債制度に何が求められるか」という論点こそが、「本書で究極的に問うテーマである」と述べています。
 第2章「地方債は自治体に何をもたらしたか」では、「地方債許可制度のもとで、民間等資金よりも長期低利である公的資金の地域間配分が、どのような影響をもたらしていたか」について実証分析を行い、
(1)財政力が弱い自治体では公的資金引受比率が高い。
(2)公的資金引受比率が高い自治体では、実効利子率が低い。
(3)公的資金引受比率が過去に高かった自治体では、当該年度でもその比率は高い。
(4)地方債残高対県内総生産比が高い自治体では、実効利子率が高い。
(5)満期構成が短期化している自治体では、実効利子率が高い。
の5点を趨勢的に指摘しています。
 また、自治体が起債の際に、「借入れに伴う規律づけが極めて損なわれた状況」に直面し、「自治体が起債のために財政運営を健全化・透明化するインセンティブはほとんどなく、起債が『借り手』という意識を生まない制度になっている」と述べています。
 さらに、1990年代の景気対策のために増発された地方債について、「自治体が独断で公共事業を増やすべく地方債を増発した結果」という解釈は成り立たず、「景気対策を通じた国の関与は否定しがたい事実である。国が策定した景気対策と整合的に自治体の公共事業を促し、それを実現すべく起債許可を与え、地方債が増発された、と見ることができよう」としながらも、地方自治体の側も、「国につき合わされた」形にして、「この期に乗じて実はやりたかった公共事業を実施した、というのが実態であろう」と述べています。
 著者は、本章の考察の結果として、「日本の地方自治体では、地元住民に求める租税負担と不相応に債務を追っている状況にある」と指摘し、「諸外国では、独自の租税収入を中心とした返済財源がない地方政府は、分不相応な債務を負わないのが常識なのである」と述べています。
 第3章「借り手意識を持たない地方債の構造」では、地方債元利償還金の交付税措置に関して、道路整備事業費を例に挙げ、「道路整備を行うのに、地元住民の純粋な租税負担が必要なのは、全財源のうち2.5%(=50%×5%)の一般財源(主に地方税)と地方債の元利償還費で交付税措置がなされていない部分の4%(=50%×40%×20%)の計6.5%だけでよい、ということを示唆する財源スキームである」ことを解説し、「そのように租税負担を認識すれば、わずかの自己負担(もちろん、残りは他地域や将来の国民が負担)で道路整備ができるとして、コスト意識が希薄になりかねない」と指摘しています。
 また、国による「暗黙の保証」について、
(1)地方債の元利償還に要する財源の確保
(2)地方債協議制度(許可制度)
(3)地方財政再建制度
の3つの仕組みから成り立っていると解説しています。
 さらに、地方債元利償還金の交付税措置について、「元利償還金の交付税措置がいくら措置されていたとしても、地方交付税総額を決定する際には直接的には考慮されておらず、その交付税措置はあくまで普通交付税を各自治体に配分する額を算定する際に用いられるにすぎない」ため、自治体が、「交付税措置された地方債を自らの債務として認識せず、その分過大に債務を自らの名義で負ってしまい、後になって地方交付税が予想した額より少ない額しか来ないことに直面して、いまさらのごとく慌てふためいている」ことは、「誤解した自治体にも責任があるのは自明である」と指摘しています。
 著者は、地方債許可制度の問題点を、「財政力の弱い自治体でも地方債が発行できるように、元利償還費の軽減までも事前に示唆する形になっていることが一因で、借り手意識を生まず財政規律が働かなくなっていることにある」と指摘し、「そもそも返済能力のない財政力が弱い自治体は、地方債を発行してはならない」のであり、「地方債協議制度は、返済能力のある自治体だけが地方債を発行できるようにする、という至極当然の経済原理が働くように改めるべきである」と主張しています。
 また、起債制限比率や実質収支比率という早期是正機能の実証分析を行い、これらの指標が自治体の財政運営スタンスに与えるシグナリング効果として、「実質収支比率は、財政再建団体の申請を行うか否かという究極の場面では意味を持つかもしれないが、自治体の財政運営において基礎的財政収支の改善や債務残高の抑制という財政健全化にむけた取り組みを自治体に早期に促すという機能は充分に果たしていない」と指摘するとともに、「起債制限比率も、基礎的財政収支の改善という観点での早期是正機能は必ずしも果たしていない。ただ、起債制限比率は、民間金融機関に対するシグナルとして、自治体の財政状況の一端を国の政策意図をもって示すことを通じて、債務残高の抑制に寄与している可能性が示唆される」と指摘しています。
 第4章「自治体は破綻しないのか」では、「戦後日本で地方自治体が債務不履行を起こしたことは一度もなかった」背景として、地方財政再建促進特別措置法の存在を挙げ、この制度が、自治体の破綻法制としては十全でない理由として、
(1)歳出削減や歳入増加の努力を課される点はよいが、地方税の増税を強制されるわけではなく、実態としては地方交付税に依存した救済という側面が強い。
(2)地方債は債権放棄を要請できないために、過度に(地方交付税の財源である)国税に返済負担を負わせる結果となっている。
の2つの理由を挙げています。
 また、2007年度から導入された「新型交付税」が、「自治体が歳出削減努力を怠るディスインセンティブを緩和でき」、国による「暗黙の保証」を弱めるという点で、「結果的に地方分権をよりよく進めるためには望ましい動きとして評価されるべきものである」と述べています。
 著者は、本章の結論として、「わが国における地方債の国による『暗黙の保証』の三要素、すなわち地方債の元利償還に要する財源の確保、地方債許可制度、地方財政再建制度は、何の改革もなく現状のままで機能が今後強化されることはなく、このままでは維持不可能な仕組みだ」と述べ、「地方債制度の抜本的改革が求められる」と指摘しています。
 第5章「諸外国に学ぶ:地方債の比較制度分析」では、アメリカとフランスの地方債制度を取り上げ、日本の地方債制度と比較し、「日本以外の国では、地方債を資本支出にのみ充当する制限が強く利いていること、地方債発行に関するルールが整備されていること、国の関与はきわめて限定的であることなどが特徴的」であり、「日本では地方債の使途限定や発行時のルールが甘い一方で国の関与が強いのに対し、他の国では前者が厳格で国の関与を弱くしている」と解説しています。
 そして、アメリカの地方債制度について、「市場志向の地方債制度のもとでは、多様な経済主体がリスクをシェアできるよう、リスクに見合った格付けや金利形成、直面するリスクへの対応として民間の主体による債務保証や債務処理・破綻法制が、市場環境として整えられている」ことを解説しています。
 また、フランスの地方債制度については、民間金融機関のデクシア(Dexia)グループの存在の大きさを挙げ、「DCLから地方自治体への融資については、住民一人当たりの借入額、自己資金力(財政力)、政治的安定性、住民の地方税率に対する意識の4点の審査基準が設けられている。地方自治体への年間約1万件にのぼる貸付案件については、約700名の審査担当者の体制で審査が行われている」と解説しています。
 著者は、わが国の制度上の問題点の克服に参考になるものとして、「諸外国では、自治体の債務について国の保証がない、あるいは極めて限定的であるため、地方自治体間で地方債の金利差が発生している」点について、この金利差の存在こそが、「地方自治体の財政運営の規律づけの源泉となっている」と述べています。そして、市場参加者からの規律づけや自治体の債務整理のルール化、市場を通じたリスク分担などについて解説し、「地方債に関するリスクは、地方交付税を通じた国税納税者だけのより狭い範囲よりも、市場を通じた参加者の間でシェアするのが望ましい。それとともに、市場による規律づけを通じて、自治体の予算制約をハード化することが期待できる」と主張しています。
 第6章「地方債制度の新たな動き」では、2006年7月に出された「地方分権21世紀ビジョン懇談会報告書」において、地方債の完全自由化の方向性が提示され、「地方債発行を自治体の自主性に委ね、各自治体の信用力に応じた地方債の格付けが行われる状況が速やかに実現されるよう」国が環境整備に取り組むことを謳っていることを解説しています。
 これを受けた、2006年8月から議論を開始した「新しい地方財政再生制度研究会」において、自治体の債務免除も含んだ債務調整について結論に至らなかった背景としては、「大半の市町村においては財政投融資資金が最大の貸し手となっている」ため、総務省の研究会で、財務省が所管する財政投融資の根幹に関わる部分に立ち入った提言を取りまとめるには限界があったと推察しています。
 そして、2007年3月に閣議決定された「地方財政健全化法」について、自治体の財政の健全性を、
(1)実質赤字比率
(2)連結実質赤字比率
(3)実質公債費比率
(4)将来負担比率
の「4つの指標で判定し、それらの報告を全自治体に義務付け、悪化の度合いに応じて、財政健全化団体や財政再生団体に認定し、財政健全化を促す」制度であることを解説しています。
 第7章「今後の地方債改革に向けて――政策提言」では、「暗黙の保証」を根拠とした、総務省の「地方債はデフォルトしない」との公式見解が、国税納税者の多大な負担によって成り立っているものであり、「『暗黙の保証』は、セーフティーネットではなく、自治体の放漫財政を是認する装置に過ぎない」と指摘しています。
 そして、「地方交付税を通じて国税納税者がそのリスクをシェアするかたちになっている」現行制度から、市場によって「地方債にまつわるリスクを広く薄くシェアしあうことが、分権時代にふさわしい地方債制度である」と主張しています。
 著者は、政策提言として、
・地方債協議制度は範囲縮小
・元利償還金の交付税措置の即時廃止
・税収の少ない自治体の起債を制限
・格付け機関の活用
・債務調整スキームの早期法定化
などを主張しています。なかでも、税収の少ない自治体の起債制限に関しては、地方債制度以前の問題として、「小規模自治体が分不相応な公共事業を行わないよう、公共事業の権限を上位政府に移譲する改革が必要である。そして、人口が少なく、税収が少ない自治体であっても標準的な行政サービスが受けられるようにしたいならば、、自治体が財源調達を過度に債務に依存しないよう、国から自治体に対して財政移転を行うことで解決できよう」と述べています。
 著者は、自治体の破綻法制の真の狙いは、「本書で提言した地方債制度や自治体の債務調整制度が導入されたならば、結果として破綻処理が実行されることのないよう信用ある脅し(credible threat)として諸制度が機能することを通じて、自治体の財政運営に規律を与えて、自治体の破綻を未然に防ぐことができる」ことにあり、「自治体の破綻法制は、自治体の『破綻』に対応する仕組みでもあるが、『破綻』を起こさない政策を自発的に行う方が得策だと自治体に認識させる仕組みとしていかされることが重要である」と述べています。
 本書は、自治体の財政再生の胆である地方債制度に対して、将来的に現実性の高い提言を行っている一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の主張は、以前からメーリングリストでの議論を読ませてもらっていたことや、各所で発表している論文や、日経をはじめとする新聞各紙に掲載している論説を読んでいるので、本書は非常に読みやすく感じました。
 どの分野にも共通することですが、著者の過去の著書や発言、バックボーンを知ることで同じ一冊の本も立体的に見えてくるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・めまぐるしい地方債改革の背景を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 平嶋 彰英, 植田 浩 『地方債』 2006年12月14日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 土居 丈朗 『三位一体改革ここが問題だ』
 土居 丈朗(編著) 『地方分権改革の経済学―「三位一体」の改革から「四位一体」の改革へ』
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月2日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日


■ 百夜百マンガ

永ちゃん【永ちゃん 】

 暑苦しい「土田節」全開の作品。こういう作品を描けることで着目されましたが、長いストーリーより短編の方が切れがいいです。

2007年6月25日 (月)

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

■ 書籍情報

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実   【ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実】(#886)

  B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  東洋経済新報社(2006/7/28)

 本書は、一流コラムニストである著者が、「単純労働に支払われる低賃金で、人はどうやって食べていくのだろう」という問題に、「『誰か』とは、私よりずっと若くて、意欲満々の、でも時間だけはたっぷりある新米ジャーナリストのつもり」で、「誰かが古い型のジャーナリズムを実践すべきよ。ね? 現場に飛び込んで、身をもって体験してみるの」と口走ってしまったために、「以後何度も後悔するはめ」になってしまったと述べています。
 タイトルの「ニッケル・アンド・ダイムド」とは、5セント硬貨(ニッケル)と10セント硬貨(ダイム)を指し、「取るに足らない」という形容詞や、「少しずつの支出がかさんで苦しむ」または「小額の金額しか与えられない」という「貧困にあえぐ」ことを意味しています。
 著者は、「これは命がけの『潜入』ルポでもなければ大冒険物語でもない。私のしたことは――職を探し、仕事をし、何とか収支を合わせようとしただけで――ほとんどどんな人にもできることだ」と語っています。
 第1章「フロリダ州でウェイトレスとして働く」では、著者が低賃金生活を始めた当初、「顔見知りの商店主や近所の人たちに見つかって、しどろもどろでプロジェクトの説明をするはめに陥るのではないかと、心配だった」が、「貧困ときつい仕事にあえいだ一ヶ月間、私の顔や名前に気づいた人は誰もいなかった。名前は誰にも注目されず、ほとんど口にされることもなかった」、「私はただ『ベイビー』であり『ハニー』であり『ブロンディ』であり、たいていは『ガール」だった」と述べています。
 ウェイトレスとして働き出した著者は、「私がうち捨てた、例えば家とか素性とかのなかで、最も取り戻したいと思ったのは能力だった」と述べ、「この給仕係という仕事では、まるでハチに取り巻かれるように、さまざまな要求が一時に押し寄せる」、「朝の4時に冷や汗をじっとりかいて目覚めるそのとき、わたしの頭に何があったかといえば、原稿が締め切りに間に合わないということではなく、私がオーダーを間違えて、客の家族がすでにデザートのキーライムパイを食べているのに、子供がまだお子様ランチにありついていないという情景だった」と語っています。
 著者は、長年時給6ドルから10ドルで暮らしている人々が、「中流層には分からないなにか生き残りの秘策みたいなものを発見しているのだろう」と期待していたが、「ほとんどの場合、『住』こそが彼らの生活を破綻させる最大の要因」であり、「1日40ドルから60ドルも払うなんて、そんなこと考えるのも無茶ではないかと言った」が、「アパートを借りる1月分の家賃と敷金が、一体どこから出ると思うのよ」と反論され、「物理学の命題と同じで、貧困においても、最初の条件こそがすべて」だと述べています。
 また、ときどき本来の家に帰っていた著者は、「日がたつにつれ、自分のこれまでの生活がひどく奇妙なものに思われだした。本来の私に送られてくるeメールや留守番電話のメッセージが、まるで馴染みのない考えと有り余る自由時間を持ったどこか遠い異民族から送られてきたもののように見える。これまでのんびり買物をして歩いた近所のマーケットは、ユアッピー族の行くマンハッタンのデパートのようで、近寄りがたい。ある朝『本宅』の椅子に座って、送られてきた請求書の整理をしたときは、フィットネスクラブやらアマゾン・ドット・コムやらに払うべき何十ドル何百ドルという金額に、めまいがする思いだった」と語っています。
 このウェイトレス生活は、ある日訪れた「嵐」によって中断を余儀なくされます。著者は、「科学者の精神をもって、この企画に飛び込んだはず」だったが、「長時間の交替勤務と過酷な注意集中を余儀なくされることから、いわば視野狭窄となり、企画はいつの間にか自分を試すものとなっていった。そして、わたしは間違いなく失敗した」と語っています。
 第2章「メイン州で掃除腑として働く」では、採用試験で受けた「アキュトラック性格検査」なるものに、「このアンケート調査に正直に答えなかったり裏をかいたりしようとしても、アキュトラックはそれを感知するさまざまな手段を持っていると注意書きが書かれ、こういう検査の本当の目的が、「あなたはわれわれに隠し事はできない」という「情報を雇用者に伝えるのではなく、逆に雇用される側に伝えることにある」と述べています。
 また、「住」に関しては、「部屋を独り占めしているというだけで、ブルーヘイヴンのあいだでは、私は貴族なのだった」と述べ、他の居住者たちは、「ワンルームかせいぜいワンベッドルームのアパートメントに、3、4人がぎゅう詰めになって暮らしている」と語っています。
 さらに、ランチ休憩には同僚たちが、「コンビニで買ったものか、ただで出してくれる朝食からくすねてきたベーグルやドーナツを食べていた。何も食べない人もいた」ことについて、「いったいどのくらい貧しいのだろうか、私の同僚たちは。いずれにしても、ここで働いているという事実は、何らかの絶望的な状況か、少なくとも失敗と失望の過去を抱えているという動かぬ証拠ではあるだろう」と述べています。
 著者は、「顧客たちだけでなく、誰にとっても、私たちは注目に値する存在ではなかった。時給6ドルのコンビニエンスストアの店員でさえ、私たちを見下しているように見えた」と語り、仕事帰りによるスーパーマーケットでは、「あなた、ここで何しているの?」という耐え難い視線に耐え、「私の正体をあばくのは、黄緑と黄色の派手なユニフォームだった。まるで囚人服を着た逃亡者だ。私は、ふと、黒人であることがどんなことか、ほんのちょっとだけ、分かったような気がした」と述べています。
 また、「ほかに門戸を開いている職場は山ほどあるというのに、どうしてみんなこんなところで我慢しているのだろう」という疑問に、「仕事を変れば、一週間か、ひょっとしたらそれ以上、給料がもらえない」という現実的な理由の他に、見えにくい要因として、職場の上司である「テッドに認められたいという誘惑」を上げ、「同僚たちの『認められること』へのこの渇望は、慢性的に『認められること』を奪われているところから来ている。どんなにいい仕事をしても、顧客たちに感謝されることはないし、もちろん、通りを行く人たちに労働者の鑑と拍手喝采してもらうこともない」、「私たちのしていることは、見捨てられた人間のする仕事であり、表には出ないもの、忌み嫌われるものでさえあるのだ」、「だからこそ、テッドのような男が、その名に値しないカリスマになってしまうのである」と語っています。
 第3章「ミネソタ州でスーパーの店員として働く」では、ウォルマートの面接を受けた著者が、「薬物検査を実施することで、労働移動を制限する効果が生まれるのではないだろうか」、「新しい仕事に就こうとすれば、(1)願書を出し(2)面接を受け(3)薬物検査を受けなければならない」という考えを語っています。
 また、CBSの番組「サバイバー」を観て、「こんなばかばかしくも必死のサバイバルゲームに挑戦して、みずしらずの何百万という視聴者を楽しませるために、作り物の極限状態に自ら飛び込んでいくなんて、一体どんな変わり者なのだろう」と考えたところで、「自分こそ何者で、なぜここにいるのだ」と我に返ったことが語られています。
 終章「自分への通知表――格差社会で働くということ」では、「博士号を持ち、通常の仕事では二週間ごとに全く新しいことに取り組まねばならない人間にとって、単純労働など『楽勝』だと思われるかもしれない。だが、それは違っていた」と述べ、「どんな仕事も、どれほど単純に見える仕事でも、本当に『単純』ではない」ことに気づき、「どれもが集中力を必要」とし、「新しい用語と、新しい道具と、新しい技術をマスターしなければならなかった。思ったほどやさしいものは何一つなかったし、だれも『うわぁ、覚えが早いのね!』とも『彼女、新人だなんて信じられる?』とも言ってくれなかった」、「ほかでどんな業績をあげていようと、低賃金労働の世界では、私は――仕事を覚えることはできてもヘマはするという――並の能力を持った人間でしかなかった」と語っています。
 また、仕事以外にも、「どの職場にも、それぞれの個性や、序列や、習慣や、基準」を「その場その場で学ばなければならない」ことがあり、「底辺から見上げつつ人間社会の機微を見きわめることのほうが、はるかに大変だし、もちろんはるかに必要性が高いことも分かった」と語っています。
 さらに、経営側が、「従業員ができると思うと、ますます従業員を利用し酷使する」ので、「少なくとも自分の能力をぜんぶ見せることは、絶対しない方がいい」と同僚から忠告を受け、「エネルギーをいかにうまく配分して、明日のために残しておくか、その計算をすることこそが、秘訣なのだった」と述べています。
 著者は、「労働者としての私の成績は、BかBプラスといったところ」としながらも、「食や住をも含めた生活全般が、うまくできたかどうか」に関しては、「職業人としての成績より張るかに劣っている」と評価しています。
 そして、他の大勢の人たちも、「もっと割のいい仕事につけるのに(多くは適当な移動手段がないせいだと思うが)ウォルマートで働いていたり、週200ドルから300ドルもする居住型モーテルに住んでいたりする」ことは、「個人的な失敗や誤算のレベルを超えたところ」にあり、「通勤用の車まで持っている健康な独身者が、額に汗して働いているにもかかわらず、自分一人の生活を維持するのさえままならないというのは、どこか間違っている。とんでもなく間違っている」と分析しています。
 さらに、「一時的に貧困層に属していた」著者が、「そこから中流の上の階層に戻ったとたんに、私が落ちたウサギの穴は、私のすぐ後ろで、たちまち、そして完璧に、その口を閉じてしまった」と語り、「富める者と貧しい者が両極端に文化した不平等な私たちの社会は、いとも不思議な眼鏡を生み出し、経済的に上位にある者の眼には、貧しい人々の姿はほとんど映らない仕組みになっている」と指摘しています。
 本書は、現代の「貧困」がどのような形をとっているかを、分かりやすく伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 アメリカのコラムニストの文体、それも100万部を超えるベストセラーになった文体ということで、読む方を飽きさせない読みやすい文体ではあるのですが、なぜだか海外ドラマの「デスパレートな妻たち」の「リネット」が頭に浮かんでしまい、吹き替えの唐沢潤の声で読んでしまったのですが、実際に著者の写真を見るとイメージ的には「リネット」でそんなに間違っては無いみたいです。
http://www.villagevoice.com/news/0121,sandler,24951,1.html
 ただし、全体としての読みやすさや分析の深さとしては、本書をきっかけに、本書がイギリスで出版された際に序文を書いた、同じく一流女性ジャーナリストであるポリー・トインビー(アーノルド・J・トインビーの孫)が貧困生活に挑戦する『ハードワーク』の方に軍配が上がるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「単純」労働なんて誰にでもできると思っている人。


■ 関連しそうな本

 ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳) 『ハードワーク~低賃金で働くということ』 2006年03月08日
 鎌田 慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』 2006年03月09日
 スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳) 『使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト』 2006年11月14日
 熊沢 誠 『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』 2007年01月10日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日


■ 百夜百マンガ

犬を飼う【犬を飼う 】

 ペットもののエッセイということでは、はた万次郎や杉作と同じジャンルに属する作品ですが、巨匠が書くとこれだけ違う、という作品です。

2007年6月24日 (日)

科学にわからないことがある理由―不可能の起源

■ 書籍情報

科学にわからないことがある理由―不可能の起源   【科学にわからないことがある理由―不可能の起源】(#885)

  ジョン・D・ バロウ (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  青土社(2000/04)

 本書は、「知りえないこと、なしえないこと、見えないことこそが、知りうること、なしうること、見えることよりも、宇宙をより分かりやすく、より完全に、より明瞭に定義するのだということ」を伝えようとしているものです。著者は、「科学の限界と限界の科学についての研究」が、「コスト、計算可能性、複合性といった実行上の限界についての考察から、われわれが大きさ、年代、複合性のいずれにおいても自然界がとっている範囲の真ん中にいるということによって課せられてしまう、知りうることに関する制約にいたるまで、いろいろなところに連れて行ってくれる」ものであると述べています。
 第1章「不可能の技」では、「われわれの知識の限界を探ることは、科学が発見を期待できる領域の境界を画するだけでは」なく、「そのことは、科学と呼ばれる集合的な発見の活動のあり方についての理解を左右するような特徴となる」、「われわれには、知りえないことを知ることができる、そういう逆説的なことが明らかになる」と述べ、「これは人間の意識がもたらした中でも最大級の目覚しい帰結である」と述べています。
 第2章「進歩の希望」では、「進化」が、「生物界が完成品だという考え方を廃止」し、「それによって進歩(あるいは退歩)という考え方や、世界は将来どんな風になるかという思弁に道」を開いたことが述べられています。
 そして、科学が急速にその終点のひとつに到達しつつあるという主張を2種類紹介し、「皮肉なことに、いずれも科学が成功したことの結果である」と解説しています。
 第3章「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、今のところ、「自然界の力(フォース)」は「4つだけ」であり、「それも別々の力ではなく、1個の『スーパー』フォースの表れ方が別々になったものにすぎないと思われている」として、「4つの力――強い核力、弱い核力、電磁力、重力」が、「自然界に見られる物理現象のすべてを支配している」ことを解説しています。
 第4章「人間であること」では、「われわれが宇宙を理解する能力に、その頭脳がそもそもこういうものであるということから課せられる限界」について論じています。
 そして、「人の心がもともと、はるか昔の先祖が何百年も前に直面していた一連の複雑な環境を処理するために進化したものだとすれば、その過程は人の頭脳に、彼らが直面した問題を扱うのに適した特有のバイアスをかけることになるだろう」と指摘しています。
 第5章「技術的な限界」では、「知識を得るためのコストを考察するということは、19世紀における科学の進歩についての議論にはめったに出てこないが、今日では主要な考察の対象になっている」として、「こうしたコストや効用についての考察が、科学をテクノロジーから見たときの展望を支配している」と述べています。
 また、「巨大な領域、微細な領域の他に、複合的(コンプレックス)な領域がある」と述べ、「その特徴は、内部の組織であり、その下位成分との間に存在する相互作用の数である。それらのつながりの数が大きくなれば、複合的なふるまいが劇的に、突如として飛躍的に増大する」と述べ、「砂山」という単純な例で代表される「自己組織化する臨界(self-organizing criticality=SOC)」や、ヴォスとクラークという2人のアメリカ人物理学者が、「音楽の曲というのは、西洋、非西洋にわたる広い範囲で、長い時間にわたって平均をとると、音の振動数fごとの強度のばらつきについて、ある特徴的なスペクトル(1/f)を示すことに気づいた」事を紹介し、このスペクトル・パターンは、「自己組織する臨界状態を示すものであることがわかる」と述べています。
 第6章「宇宙論的限界」では、「単純に言えば、<宇宙>の歴史のごく初期段階に生じた拡大が加速される短い時期が生じ、それはひょっとすると、これらのいたるところにあったスカラー場のうちの一つが、<宇宙>にある物質の密度を支配するようになったためかもしれない」とする「インフレーション宇宙論」を紹介したうえで、「インフレーションは、宇宙論のフィルターとして作用する。それは<宇宙>の最初の構造についての情報を、われわれに見える範囲という現在の地平の無効に押しやる。そうしておいて、今度は見える領域に新しい情報を上書きする。それは究極の宇宙検閲官なのである」と述べています。
 第7章「奥底にある限界」では、タイムマシンについて紹介し、映画『ターミネーター』(とその続編2、3、……N→∞)や、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などで取り上げられた「親殺しのパラドックス」や、「時間旅行者が過去にあふれるにつれて、歴史上の重大事件に集まってくる人の数はどんどん増えてくる」という「あふれかえる見物人のパラドックス」について解説しています。
 著者は、ゲーデルやチューリング等を紹介した上で、「不完全性や決定可能性の発見は、決定可能な数学の真理に達する能力にもさらに制限がかかっているという発見につながった」と解説しています。
 第8章「不可能と人間」では、「物理学が数学を利用するからというだけのことで、物理学が<宇宙>のありようについて理解する範囲全体に、ゲーデルが直接に限界をかけているというのは、決して自明ではない」と述べ、「自然界が利用する数理は、不完全性や決定不能性が頭をもたげるのに必要なほど大きくも複雑でもないかもしれない」と述べています。
 第9章「不可能ということ――おさらい」では、「本書が読者に何かを伝えたとすれば、それは不可能というのが、科学の地平はどこまでも広がるという素朴な思い込み、あるいは科学者が悩まされることになる敬虔な希望によって信じられるよりもずっと精密なものだということであってほしい」と述べ、「科学が存在するのは、自然界が許すことに限界があればこそのことである。自然界の法則や不変の『定数』は、我々の<宇宙>を、いくらでもある、なんでもありうる他の考えられる世界から区別する境界を定めている」と述べています。
 そして、「どこまでが不可能化という限界の方が、できることのリストよりも<宇宙>を強力に定義するかもしれない」と述べ、「我々の<宇宙>についての知識には端がある。最後には、<宇宙>についての我々の知識にあるフラクタルな端の方が、その性格を、その中身よりも性格に定義することが分かるかもしれない。知りえないことの方が、知りうることよりも、多くのことを明らかにしてくれるのである」とまとめています。
 本書は、ついつい過大な期待をしてしまいがちな科学の限界を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「科学万能」という言葉には抵抗があっても、科学が進歩していけばどこまでも行けるんじゃないか、という漠然とした期待というかそういうのは誰もが持ってるんじゃないかと思います。
 そんなところに、科学にいかにわからないことがあるのかを突きつけてくれるのは、ありがたいものではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・科学が行き着く先を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 ジョン・D. バロウ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『無限の話』 2007年06月23日
 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 ビル ブライソン (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『人類が知っていることすべての短い歴史』 2007年04月08日
 アルフレッド・W・クロスビー (著), 小沢 千重子 (翻訳) 『数量化革命』 2006年11月18日
 ジョン・ヘンリー (著), 東 慎一郎 (翻訳) 『一七世紀科学革命』 2007年04月21日
 竹内 薫 『99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』 2007年06月16日


■ 百夜百音

Anthology best【Anthology best】 GO-BANG'S オリジナル盤発売: 2002

 サブカル少年たちのアイドルだった森若がボディコン着せられヤマハのSGを持たされているのを見てショックを受けた人も少なくないと思いますが、今見ても元気でいいですね。

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2007年6月23日 (土)

無限の話

■ 書籍情報

無限の話   【無限の話】(#884)

  ジョン・D. バロウ (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  青土社(2006/03)

 本書は、「あらゆる主題の中でも最大の主題」、つまり、「ありうるすべてのものへの、すなわち、無限への旅の、究極の案内、でこぼこの、かつなめらかな案内」です。
 第1章「空ではない騒ぎ」では、「無限大を表す、有名な『寝そべった8』の∞の記号の由来」として、「イギリスの数学者で、イギリスの清教徒革命のとき、どちらの陣営の暗号も書いたことで知られる、ジョン・ウォリス」が、1656年に「大きな数(当時の人々にとっては)である1000を表すために、Mの代わりに用いられることがあったローマ数字の表記を、ペンをちょこちょこっと走らせて変形した」ものであることが述べられています。
 また、無間についての話では、「われわれは本能的に大きいもの」を考えるが、何かを分割し続ける方向での無間に関しても、「分割は、可能性としてはどこまでも続けられるはずの過程について、頭でどれだけ考えようと、現実には制約があることに、正面からむき合わせてくれる」と述べています。
 さらに、「ゼノンの逆説」として知られる4つの論証のうち、「無限を否定し、運動も否定」した第1の逆説や、アキレスが亀に追いつけないという第2の逆説とを紹介しています。
 第2章「ほとんど無限、現実に無限、虚構の無限、事実の無限」では、「人間的には無限でも、神には有限に見えるという考え方」を、アウグスティヌスの思索のめぐらせ方の興味深いところと述べ、近代数学が、「まさにそのような仕掛けを用いて、無限の領域を有限にし、簡単に図に表せるようにすることがある」として、「数学的変形」によって、「無限を有限の点にすることができる」ことを紹介しています。
 第3章「ホテル無限大にようこそ」では、ヒルベルトが考えたとされる有名な話を紹介し、「ヒルベルトが考えたホテルに少々変わったところがあっても、意外なことではないだろう」と述べ、「1号室の客を2号室へ、2号室の客を3号室へというふうに、どこまでも移動してもらえば」、1号室は空く、という架空のホテルを紹介しています。
 第5章「ゲオルク・カントールの狂気」では、カントールが、「数学が神の存在を明らかにするかもしれないことに、大いに関心を抱いた」ことを紹介しています。
 第6章「無限には三通りある」では、カントールが、「次々と大きくなる無限がどこまでも続く塔を、下から築くこと」はできたが、「上から」は無限を扱えないことに気づいたことを紹介し、彼が「神の心にあるもの(絶対)、人の心にあるもの(数学的)、物理的世界にあるもの(物理的)という、3つのレベルの無限を区別」したと述べています。
 そして、「3種類(数学的、物理的、絶対)の無限が存在するかしないかで、8通りの味方ができる」として、それぞれについて解説しています。
 第7章「宇宙は無限か」では、「人々をはじめて無限の概念に引き寄せた疑問のひとつ」が、「宇宙(ユニバース)、つまり存在するすべてのものという問題だった」ことを紹介し、「たいていの文化には、宇宙の有様や、その中でわれわれの市に関するまとまった理論、あるいは伝説を組み込んだ信仰体系があった。その進行は、天地創造の神話や、世界が存在し続ける事情についての物語の形をして、真理的に重要な役割を担っていた」と述べています。
 また、トポロジーの話が、「宇宙論を揺るがす枢要な問題」、すなわち、「宇宙は見える範囲の宇宙と同じではない」という問題を導入することになったと述べ、「われわれの観測結果は、必然的に有限なことについて集めるだけだからで、その範囲を、われわれは『見える範囲の宇宙(ビジブル・ユニバース)』と呼ぶ」と述べています。
 第8章「無限反復の逆説」では、「無限に大きい宇宙では、起きる確率がゼロでないことは何でも、無限に何度も起きなければならない」と述べ、この「空間的な反復の逆説」には、「それがもたらす心理的な不安定感」以外に、「無限の宇宙には、無限の数の生命による文明がなければならない」ので、「その中には、ありうる年齢すべての自分がいる」ので、「そのどれかが真でも、必ず所を変えて、無限の自分がいて、過去の生活での同じ記憶と経験を有して」いて、「死なないでまだ生きることになる」という「奇妙な帰結」があり、この論法が、「神学的な議論にも、けしからぬ話として登場している」ことが紹介されています。
 第9章「果てのない世界」では、イギリスの傑出した物理学者マクスウェルの「画期的な思考実験」として、「マクスウェルの魔物」が紹介されています。
 第10章「無限マシンを作る」では、コンピュータが、「速さはおよそ2年で2倍になり、1ドルあたりで変える処理能力の大きさも、やはり2年で2倍になる」という「ムーアの法則」を紹介し、「コンピュータは、有限の次官で無限回の計算を行うようになるのか」という「無限機会(インフィニティ・マシン)」のようなものはありうるのか、について論じています。
 第11章「永遠に生きる」では、イギリスの哲学者バーナード・ウィリアムズが、「永遠の生は喜ぶべきことか、悲しむべきことか」を念入りに検討した結果として、「永遠に生きることは毒杯となる」と考え、「人生を、ある有限の長さ延ばしたいとは思っても、永遠に生きるとなると、繰り返し、退屈、既視(デジャ・ヴュ)から成る陰惨な未来」だと見たことを紹介しています。
 著者は、「無限は、存在の究極の問題が立てられるときになってやっと舞台に登場する、重要な意味を持つ役者だ。宇宙に始まりがあるのか、終わりが来るのか、生命はいつでもどこかにいるのか、決して完了することがありえない仕事があるのか、そういったことを知ろうとすると、無限が手伝ってくれる。無限は、自分や自分が大切に思っているものの分身について考え、ありとあらゆる可能性、潜在的なものと現実的なものとの説得力について考えよと立ちはだかる。無限は、大切なものという感覚を危うくする」と述べ、「われわれは、自分について知っている以上に、無限について知る必要が出てくるだろう」と述べています。
 本書は、「無限」をキーワードにさまざまな世界に思考を羽ばたかせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 無限の話とは言っても単に数学の話にとどまらず、神学や哲学、特に宇宙論にページを割いていて、無限がいかに色々なところで人々の心を捉え、悩ましてきたかが分かる一冊になっています。


■ どんな人にオススメ?

・「無限大」を単に大きな数のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 ウィリアム・パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『パラドックス大全』 2007年01月13日
 スティーヴン ウェッブ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』 2007年01月27日
 Alfred S. Posamentier, Ingmar Lehmann (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『不思議な数πの伝記』 2007年05月27日
 ジョン・ダービーシャー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦』 2007年06月03日
 ジョン・D・ バロウ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『科学にわからないことがある理由―不可能の起源』 


■ 百夜百音

NSPベストセレクション1973~1986【NSPベストセレクション1973~1986】 N.S.P オリジナル盤発売: 2003

 東北新幹線開業時のキャンペーンソングを歌った岩手県出身のグループ。バンド名の「N.S.P」は「ネコ、サル、ペンギン」の略という説もあります。


『NSPベストセレクション2 1973~1986』NSPベストセレクション2 1973~1986

2007年6月22日 (金)

官邸の権力

■ 書籍情報

官邸の権力   【官邸の権力】(#883)

  信田 智人
  価格: ¥693 (税込)
  筑摩書房(1996/12)

 本書は、「首相は政策決定において、どのようにして指導力を発揮するのだろうか。どんな権限や政治力を持ち、それらをどのように活用してきたのか」を解き明かすことを目的としたものです。
 第1章「官邸機能強化は必要か」では、宮沢首相が、「リーダーシップということを世間の方が誤解している。……白い馬に乗って、刀を振って『ものども続け!』と言っているようなリーダーというのは、私は時代劇の見すぎだと思う」、「日本は巨大なタンカーで、これが間違いなくある場所に、ある時刻に着くというようなことを見ているのがリーダーの仕事」だと語っていることを紹介した上で、その「目的意識の欠如」を指摘し、「明確な目的を持たない日常的な指揮監督は単なる『マネージメント』であり、リーダーシップとは異なる」と述べています。
 また、「日本の首相の権限が弱いのは、決して制度の制ではない」、「首相の権限を弱くしているのは、政治的な慣習である。年に一度は内閣改造があり大臣に実力がつかないため、官僚の影響力が強くなり、行政の縦割りが内閣に持ち込まれる。首相の閣僚任免権が限定されているため、閣僚の首相に対する忠誠心が弱い」と述べ、こうした慣習がどのようにして生まれたのかを解説しています。
 そして、「中選挙区制を遠因とし、派閥という存在を通じて、首相の閣僚任免権が制限される慣習ができあがった」ことを指摘しています。
 第2章「職務権限と政治資源」では、歴代の首相が、「政策調整の直接的な権限は明確ではない」が、「その限られた職務権限を有効に利用して、政策を遂行するのに役立ててきた」として、その法的権限を解説しています。
 そして、「歴代首相のなかで、官僚を活用することが指導力を発揮する秘訣だと熟知していたものは多い」として、「日本の政治システムの中で、官僚を活用することは、首相にとって政策を立案、遂行する上で必要不可欠である」と述べています。
 さらに、「米国大統領と親しい関係、もしくは率直な意見交換ができる関係を築けるかどうかが、国民が首相の国際性をはかる際の目安になることが多い」と述べ、とくに、「政権基盤の安定していない連立政権の場合、日米関係を悪化させれば、野党に倒閣の口実を与えることになり、その意味では米国の支持はより重要になっている」と解説しています。
 第3章「行政改革に見る首相の指導力」では、1960年代前半の第一次臨時行政調査会が、あまり成果を挙げなかった理由として、
(1)行革とは現行システムの変更にほかならず、それから利益を得ている団体や個人から反対が出てくる。
(2)高度成長による歳入増大化で、あえて無理して行革に取り組む財政的理由がなかったため、池田内閣と次の佐藤栄作政権があまり行革に熱心でなかった。
の2点を挙げています。
 また、第二臨調の会長に土光敏夫が就任に当たって鈴木善幸首相に突きつけた、
(1)答申を必ず実行すること。
(2)増税なき財政再建を行うこと。
(3)地方の行革も行うこと。
(4)3Kと呼ばれていた国鉄、健康保険、コメの抜本的改革と民間活力の画期的増強
の4つの条件が、「首相の関与を保証させること」に繋がり、「臨調設置法案の尊重義務が提言の実行義務という解釈となり、尊重はするが実効は困難といって逃げることが不可能になった」ことが解説されています。
 さらに中曾根内閣発足後は、中曾根が「内閣官房や関係省庁に指示して、実施までのタイム・スケジュールを用意させている」ことについて、後藤田正晴が、「中曾根さんはこのタイム・スケジュールを『工程表』という言い方で読んでいた。『工程表』には、これこれの作業はいついつまでに行う、これは立法化する、これは政令事項だというのをぜんぶ書き込んだ。それを党側でもオーソライズさせ、政府と党が一体となって、どんどん進めていかざるをえない態勢をつくり上げた。このやり方は非常にうまかった」と評していることを紹介し、「首相自ら政策実現のためのフォローをするというのは、鈴木前首相には見られなかった姿勢である」と述べています。
 著者は、「中曾根政権の行政改革は、成功した」と評価し、「行政改革は、首相による政策の典型と言うことができるだろう」と述べ、中曾根が「個人的に行革に強い関心」を示すとともに、「ゼロ(マイナス)・シーリングを課すことによって、縦割り行政の弊害を封じることに成功」し、敗北覚悟で衆議院を解散するという政治的リスクをとることで行革関連法案を成立させ、「英国病に対する懸念、レーガン政権による規制緩和の動き」等のタイミングが味方するなど、「色々な政治資源を利用し、世論の支持を維持し、党内の対立を起こすことなく、縦割り行政の弊害を抑えて、行政改革の推進に成功を収めた」ことを解説しています。
 第4章「税制改革に見る首相の指導力」では、日本の税制が、「占領期にコロンビア大学のカール・シャープ教授の進言にもとづいてつくられた」ものであったが、日本経済の成長に伴い、
(1)サラリーマン層の税負担が大きくなってきた。
(2)物品税が公平原則に反していた。
(3)物品税の課税対象が85品目に限られていたため財源としては小規模になっており、政府は税収入の大部分を個人所得税や法人税などの直接税に頼るようになっていた。
等の税制の歪みが生じたことを解説しています。
 そして、中曾根が早い時点から、「増税と減税の規模を一致させる『レベニュー・ニュートラル』の税制改革を考えていた」ことを紹介し、「大蔵省の進言にしたがって一般消費税を導入しようとし、選挙で大敗、その後の党内構想に疲れ果てて選挙運動中に急死した大平昌義元首相」を念頭に、「これまでは税制改革は大蔵省主導でやってきたが、その結果政治家が殺された。私は殺されない。政治主導でやらなければだめだ」と語っていることを紹介しています。
 著者は、「なぜ中曾根売上税が廃案となり、竹下消費税が成立したのか」を、「タテとヨコの分裂」という枠組みで解説し、中曾根が税制に素人だったこと、メディアも国民も売上税導入には議論不足と感じていたこと、「大規模な間接税は導入しない」という公約を守るために非課税品目を多く設けたことで自民党内の分裂を招いたことなどを理由としてあげています。一方竹下は、党内最大派閥の領袖であることを最大限に利用し、「開かれた議論」のイメージ形成に努め、山中自民党税調会長に重要場面で政治決定をさせることで責任をとらせ、バブル景気の下で実質減税となる税制改革を可能となり、巧みな国会対策によって法案を通したことが解説されています。
 著者は、「竹下首相は自派閥をまとめ、党内のコンセンサスを作り上げ、各省庁、族議員を巻き込み、国民を説得し、またある程度の合意を野党から燃えることに成功した」と述べ、「竹下の党内世論をまとめ、税制改革全体を進展させる能力」を評価しています。
 第5章「首相のリーダーシップはどう変わるか」では、首相が利用する政治資源によって、リーダーシップのスタイルを、
(1)安定基盤型:与党内の支持基盤や、官僚や野党との深い関係など「内的」資源が豊富な政治インサイダー
(2)ビジョン型:内的資源を充分に持たず、国民やマスコミの支持に訴える。
(3)神風特攻型:世論の支持を得ることなしに重大な政策を実行し、政治の混乱を招き、退陣に追い込まれる。
(4)優柔不断型:政策決定の過程で政権与党内に亀裂が生まれると、党内構想を恐れ政策を投げ出すリーダー。
の4つの類型に分類しています。
 また、小選挙区制が首相のリーダーシップにもたらす影響として、
(1)首相の党首としての権限が強化される。
(2)これまでの個人後援会を中心にした選挙から党営選挙に映っていき、やはり資金を握る党幹部や党首の権限が強くなる。
(3)内閣に対するコントロールも必然的に強まり、日本の首相も「イギリス型」の強い首相を生み出せる基盤ができることになる。
の3点を挙げています。
 本書は、首相の力の源泉を歴史的背景の中で分析した分かりやすい一冊になっています。


■ 個人的な視点から

 本書は、1996年の時点で、小泉政権の出現を予想したような内容になっていて、10年経った今になって読み返すと、色々と納得させられることがあります。
 本書で著者が用いている分析のスキームを使って、本書以後の、小渕、森、小泉、安倍の各政権の分析をしてみても面白いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・首相のリーダーシップの源泉を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 大嶽 秀夫 『政界再編の研究―新選挙制度による総選挙』 2006年12月28日
 大嶽 秀夫 『小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法』 2007年06月19日
 大嶽 秀夫 『日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅』 2007年05月29日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日


■ 百夜百マンガ

カラスヤサトシ【カラスヤサトシ 】

 関西出身の作者が、「めっさおもしろい」を連発しているんですが、だいたいそういう時は悲劇的な結末が待ってます。オタクにとっては他人事でない親近感がわく作品です。

2007年6月21日 (木)

ソーシャル・キャピタル―現代経済社会のガバナンスの基礎

■ 書籍情報

ソーシャル・キャピタル―現代経済社会のガバナンスの基礎   【ソーシャル・キャピタル―現代経済社会のガバナンスの基礎】(#882)

  宮川 公男, 大守 隆
  価格: ¥3360 (税込)
  東洋経済新報社(2004/09)

 本書は、「広く、人々がつくる社会的ネットワーク、そしてそのようなネットワークで生まれる共有された規範、価値、理解と信頼を含むものであり、そのネットワークに属する人々の間の協力を推進し、共通の目的と相互の利益を実現するために貢献するもの」である「ソーシャル・キャピタル」について、「その概念及び問題の出現の歴史的背景、さまざまな定義や応用分野、関連する諸概念や理論などを取り扱った論考を収録」したものです。ソーシャル・キャピタルへの関心の高まりには、
(1)20世紀末から世紀の代わり目にかけて、資本主義や民主主義に未来はあるか、あるとすればそれはどのようなものかというといに対する関心が高まっている。
(2)行き過ぎた個人主義の隆盛化に対する懸念。
(3)政治的あるいは社会的次元を豊かに持つ政治経済学や社会経済学が、方法論的個人主義をベースにした現代経済学の前にその力を失っていたのに対し、ソーシャル・キャピタル論はその経済学に社会的次元を再導入するものとして歓迎されている。
(4)人口の一部ではあるが影響力の大きい知識的、政治的あるいは経済的エリート層の間にソーシャル・キャピタルの減退に関する議論が実感を持って迎えられた。
の4つの理由が挙げられています。
 第1章「ソーシャル・キャピタル論」では、「古く1830年代にフランス人としてアメリカを観察したトクヴィルが強い感銘を受けたアメリカ人の自発的な市民連帯的活動への参加の程度の高さ」が、20世紀最後の20~30年間に「大きな退潮を見せてきた」というアメリカの「ソーシャル・キャピタル減退論」の代表格であるパットナムの「ひとりでボウリングをする」を、「今日のソーシャル・キャピタル論の隆盛の口火を切った」ものとして紹介しています。そして、パットナムによる、「1965年から2000年の間のアメリカにおける市民的活動参加とソーシャル・キャピタルの減退の要因」とそれぞれの貢献度として、
(1)時間とお金の圧力、とくに夫婦2人が職業を持っている場合に強い(10%未満)
(2)郊外化、通勤および都市のスプロール(約10%)
(3)娯楽用電子機器、とくにテレビによる余暇時間の個人化(25%)
(4)世代による変化。市民的活動への参加の少ない子供や孫の世代への、緩慢ではあるが着実で不可避的な世代交代(約50%)
の4点を挙げています。
 さらに、パットナムのソーシャル・キャピタル論の主張については、
(1)市民社会に組み込まれているさまざまな水平的ネットワークと、それらに結びついている規範や価値は、人々および社会全体にとって重要な意味を持ち、そのようなネットワークにおける個人的接触や友情の絆から生まれる社会的信頼は、協力からの相互利益をもたらす一種の投資のように考えられる社会的資本(ソーシャル・キャピタル)と呼ぶことができる。
(2)このソーシャル・キャピタルは民主主義を機能させるために貢献するという重要な政治的働きをする。
(3)戦後のアメリカにおいて市民的社会およびソーシャル・キャピタルはかなり大きく減退している。
の3点に要約し、「すべての社会において、政治においても経済においても、集合的行為のジレンマが相互利益のために人々が協力することの妨げになっている。第三者による強制執行は、この問題に対する解決策としては不十分なものである。自発的協力(たとえば輪番信用組合)は、ソーシャル・キャピタルに依存している。一般化された互酬関係の規範と市民的活動参加のネットワークは、離反しようというインセンティブを低め、不確実性を削減し、そして将来へむけての協力のモデルを提供することによって社会的信頼と協力とを促進する。信頼そのものは、個人的特性であるだけでなく、社会システムから生まれてくる特性でもある。個人が人を信頼することができるようになるのは、彼らの行動が埋め込まれている社会的規範とネットワークのためである」というパットナム自信による要約を紹介しています。
 著者は、今後解明されるべき課題として、
(1)ソーシャル・キャピタルの昨日とその評価の問題
(2)ソーシャル・キャピタルの特性
(3)ソーシャル・キャピタルは現代社会において減退しつつあるのか。
(4)ソーシャル・キャピタルをどのような数量的速度で把握するか。
(5)ソーシャル・キャピタルの減退が問題であるとすれば、その防止・再生やその創造・新生のためには何が必要か。
(6)現在我々が資本主義の歴史の大転換期にあるとすれば、ソーシャル・キャピタルはどのような役割を果たし、また果たしうるのか。
の6点を挙げています。
 第2章「ひとりでボウリングをする」では、ソーシャル・キャピタルを、「物的資本や人的資本の概念線個人の生産性を高める道具や訓練――との類推によって導かれる」もので、「相互利益のための調整と協力を容易にする、ネットワーク、規範、社会的信頼のような社会的組織の特徴を表す概念」であると紹介しています。
 また、「アメリカ社会のすべての教育水準において(それゆえ、すべての社会水準において)、加入団体数の平均値は過去四半世紀の間に約4分の1近く低下して」おり、「以前とくれべれば、より多くのアメリカ人が(高学歴化、中高年層の増大などの)団体加入を促進する社会的状況の中にいるにもかかわらず、団体加入の総計は明らかに停滞ないしは減少している」ことを指摘し、「市民団体の形態でのアメリカのソーシャル・キャピタルは、過去1世代に渡って大幅に減退してしまった」と述べています。
 第3章「ソーシャル・キャピタルの経済的影響」では、ソーシャル・キャピタルの標準的な定義として、OECDによる、「規範や価値観を共有し、お互いを理解しているような人々で構成されたネットワークで、集団内部または集団間の協力関係の増進に寄与するもの」という定義を紹介し、ここで、
(1)ネットワークという、比較的観測しやすい「もの」を条件にしていること。
(2)そのネットワークが協力関係の増進という「機能」を持っていることを要求していること。
の2つの条件を満たすものとして定義していることに言及し、このことが、「ソーシャル・キャピタルという概念に、必ずしも観測できない側面が含まれていることを示唆している」と指摘しています。
 また、経済成長などのマクロ経済変数に関して、ソーシャル・キャピタルが重要な影響を及ぼしている可能性を指摘しつつも、「そうした仮説を実証的に検証することが容易ではない」と述べた上で、ミクロ経済的な観点からは、「情報の不完全性」に関する経路として、
(1)ソーシャル・キャピタルは契約や訴訟のコストを削減する。
(2)ソーシャル・キャピタルは資源の動学的配分を効率化する上で必要な情報交換を促進する。
(3)ソーシャル・キャピタル、とくに信頼や共有された価値観・理解などが、建設的な交渉を可能にする。
(4)ソーシャル・キャピタルは準秘密情報の交換を通じてビジネス・チャンスを拡大する。
の4つのチャンネルを挙げています。そして、「市民的成熟」に関する経路として、
(5)ソーシャル・キャピタルは産業構造に影響を与える。
(6)ソーシャル・キャピタルはネットワーク外部性のメリットを活用しやすくする。
(7)良好なソーシャル・キャピタルはそれ自身の蓄積を促進する。
(8)ソーシャル・キャピタルは公共施設や公共サービスの経営に大きな影響を及ぼす。
(9)ソーシャル・キャピタルが健全であれば、政府はより効率的に活動できる。
の5点を挙げています。また、「インセンティブを通じた影響」として、
(10)よいソーシャル・キャピタルは人的資本の蓄積と前向きな挑戦を促進する。
(11)ソーシャル・キャピタルは企業のガバナンスに重要な役割を果たし得る。
(12)ソーシャル・キャピタルは地域社会を個性的なものにし、それがビジネス・チャンスや地域文化の創出に繋がりうる。
(13)ソーシャル・キャピタルは社会的消費を促進する。
の4点を挙げています。この他、以上の3つに分類しにくいが重要な、「その他の重要な経路」として、
(14)ソーシャル・キャピタルは貯蓄率に影響を与える。
(15)ソーシャル・キャピタルは企業の清算価値と存続価値の差を拡大する要因になる。
(16)ソーシャル・キャピタルの非経済的な便益は財政赤字の削減に貢献する可能性がある。
(17)ソーシャル・キャピタルは地価に影響を与える。
(18)ソーシャル・キャピタルは地域経済の自律度を高め、地域の所得水準を高める効果をもち得る。
の5点を挙げています。
 著者は、ソーシャル・キャピタルという概念を、「経済学にとって新しいものというよりは、これまでここに分析されてきた諸側面を包括する『傘』のような概念である」と述べた上で、
(1)この概念を用いることにより、人間を基本的にホモ・エコノミクス(経済的存在)と捉えている状況から離脱しやすくなる。
(2)経済的・社会的・技術的な要因を総合的に勘案して現実を分析し対策を講じていくことを可能にさせる。
(3)そうしたアプローチは、近年重要性が高まってきた諸課題を扱うのに適したものである。
の3点において、「ソーシャル・キャピタルが経済学にとって新しく、意味のあるものである」と述べています。
 第4章「知識社会における信頼」では、「信頼」が、「通常『ソーシャル・キャピタル(social capital, 社会的資本)という大きな概念の一部であると考えられている」と述べた上で、多くの国や国際機関の政策決定者に、「ソーシャル・キャピタルを増加させることがコミュニティの反映と幸福に繋がるとの考えが広がっている」ことについて、「こうした努力の多くはお門違いである。私たちにできることは多いが、自分たちが一体何をしているのかは明確ではないのではないか」と指摘しています。
 そして、「公共政策としてのソーシャル・キャピタル」が、
(1)全ての団体活動は社会的協力に繋がると考えること。
(2)原因と結果を混同する可能性があること。
(3)信頼より市民参加を重視してきたために、信頼の構築に必要な方策に関心を払わなくなっていること。
の「3つの点で誤る可能性がある」と述べています。
 著者は、「日本には多くのソーシャル・キャピタルがある。ボランタリー団体への参加率が低いからといって心配することはない。なぜなら、この形態のソーシャル・キャピタルは、信頼に比べてリスクをとるために重要ではないからだ」と述べています。
 第5章「ソーシャル・キャピタルと情報通信技術」では、「伝統的なコミュニティはいかにして仮想の社会的ネットワークと重なりあい相互作用しあうのか。インターネット会戦場のコミュニティは、家族、工場、地域社会にみられるような、対面的な接触にもとづく共同作業や社会的相互作用の伝統的形態に取って代わることはありうるのだろうか。新しい情報通信技術の利用可能性をめぐる『デジタル・デバイド』(digital divide)は、イオンターネット回線上のコミュニティにおける社会的不平等へと行き着くのであろうか。社会的諸関係からもたらされる通常の文脈でのきっかけを一切欠いたまま、インターネット回線上において信頼が生まれることは可能だろうか」という問いかけをしています。
 著者は、「インターネット回線上の集団においてもっとも活動的なアメリカ人」が、・異なる背景と信条を持つ人々との接触に役立つことによってコミュニティの経験を広げているのか。
・既存の社会的ネットワークを再強化することによってその経験を深めているのか。
の2点について、「アメリカにおけるインターネット回線上の集団類型によりその効果はさまざまであるとは言え、一般的に言ってインターネットは双方の機能を有している」と指摘しています。
 第6章「ソーシャル・キャピタルへの経済学的アプローチ」では、「ソーシャル・キャピタルが経済効率を改善するメカニズム」を、
(1)波及効果からみた社会関係資本(ソーシャル・キャピタル):人々が周囲の人々の行動や経験から学習や模倣などを通じて影響を受ける側面。
(2)相互関係からみた社会関係資本(ソーシャル・キャピタル):地域や集団内部における人々の信頼関係や共有される規範などから人々の経済行動が影響を受ける側面。
の2つの側面から検討しています。
 そして、「不確実性がなく、完全情報、完全競争が成り立っている理想でしか存在し得ないような世界から離れることで、信頼や規範などのソーシャル・キャピタルが均衡状態と効率性に影響を与えることが決して稀ではないこと」を明らかにしています。
 また、ソーシャル・キャピタルを理解するためになされた経済理論化の試みを、
(1)ソーシャル・キャピタルを資本そのものとして捉え、投資理論を応用したもの。
(2)自発的な公共財の提供の問題としてソーシャル・キャピタルを考える見方。
の2つに類型化しています。
 さらに、実証研究の成果として、
(1)ソーシャル・キャピタルが経済効率を引上げる効果は全般的に観察されるわけではない。
(2)実証結果から明確に言えることではないが、ソーシャル・キャピタルが経済効率を引上げるためにはソーシャル・キャピタルを利用する際に補完的となる私的投入財が必要であることを示唆している。
の2点を挙げています。
 本書は、論文集という性格上、重複や論者によるずれはありますが、ソーシャル・キャピタルを多角的に捉える上では有用な一冊です。


■ 個人的な視点から

 ソーシャル・キャピタル関係の本はいろいろ出ていますが、パットナムの2冊を読むより、まずはこちらを読んだ方が早いです。本書をざっと読んだ後で、パットナムを読むと、分厚く冗長な書きぶりの先に見通しが出るかもしれません。
 『哲学する民主主義』は、2年前の確か2月10日くらいに、名古屋からの帰りの新幹線の中で読みましたが、天気にたとえれば「冬の曇り空」のような、どんよりとした単調な既述が続いたあとで、終盤で一気に謎解きが進むところは、推理小説のように鮮やかで衝撃的でした。そういう体験は、要約された論文集を読むよりもパットナムを読んだ方がいいかもしれないですね。


■ どんな人にオススメ?

・ソーシャル・キャピタルについて、ざっと先行研究を押さえたい人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・D. パットナム (著), 河田 潤一 (翻訳) 『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』 2005年03月03日
 ロバート・D. パットナム 『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』 2006年08月28日
 ロバート・アクセルロッド (著), 寺野 隆雄 (翻訳) 『対立と協調の科学-エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明』 2005年11月15日
 エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー, 櫻井 祐子 (翻訳), 野中 郁次郎(解説), 野村 恭彦 (監修) 『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』 2005年08月25日
 金光 淳 『社会ネットワーク分析の基礎―社会的関係資本論にむけて』 2006年02月28日
 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年8月29日


■ 百夜百マンガ

夢使い【夢使い 】

 前作「ディスコミ」のサブキャラを主役にして世界観も引っ張ったまま趣味に走った作品。キャラクターへの思い入れの強さのため、描くのは楽しそうですが、ストーリーは単調になってしまいました。

2007年6月20日 (水)

貧困の終焉―2025年までに世界を変える

■ 書籍情報

貧困の終焉―2025年までに世界を変える   【貧困の終焉―2025年までに世界を変える】(#881)

  ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳)
  価格: ¥2415 (税込)
  早川書房(2006/04)

 本書は、「私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本」であり、「何が起こるのかを予想するのではなく、何ができるのかを説明している」ものです。U2のボノからは、「この本は、平等に向けて新しい一歩を踏み出すためのもうひとつの可能性だ」と序文が寄せられています。
 第1章「地球家族のさまざまな肖像」では、マラウイの「パーフェクトストーム」(気候不順、貧困、エイズの流行、長期間に及ぶマラリア、住血吸虫病などがいちどきに襲ってくること)やバングラディシュのマイクロクレジットなどのほか、ボリビア、ポーランド、ロシア、中国、インド、ケニアなどのさまざまな社会で著者が学んだ貧困との闘いが語られています。
 そして、「私たちの時代の大きな悲劇」が、「人類の6分の1が開発の梯子に足をかけることさえできずにいること」であり、「極度の貧困に陥った人々の多くは貧困の罠にとらわれ、あまりにも物資が乏しいために、そこから脱出できなくなっている」と述べています。
 著者は、本書のタイトルである「貧困の終焉」が、
(1)極度の貧困にあって生存のために毎日闘っている全人類の6分の1の苦しみを終わらせること。
(2)中程度の貧困も含めた世界中の貧しい人々全員に、開発の梯子を上れるように機会を与えること。
の2つを意味していていると述べています。
 第2章「経済的な反映の広がり」では、「数世紀前まで、世界にはそれほど大きな貧富の差はなかった」が、「今日の富める国と貧しい国のあいだに差がついたのは比較的最近のこと」であり、なかでも、イギリスが先んじたのは、「社会と政治と地理のすべてにおいて好条件が組み合わさった結果」であり、「イギリス社会は比較的自由で、政治的にも安定していた。科学思想はダイナミックに展開できた。地理的な好条件から、貿易にも有利で、農業生産高も多く、エネルギー資源の面でも地下に大量の石炭が埋蔵されていた。世界中を見回しても、これほどの好条件が重なった幸運な地域はめったにない」と解説しています。
 第4章「臨床経済学」では、著者が、「開発経済学と臨床医学の共通点から」、「臨床経済学」と名づけた「開発経済学のための新しい手法」を紹介しています。著者は、「臨床経済学に応用できる臨床医学の心得」として、
(1)人間の体は複雑なシステムで成り立っている。
(2)複雑であるがゆえに、個別の診断が重要になる。
(3)あらゆる医療は、家庭医療である。
(4)よい治療には観察と評価が欠かせない。
(5)医学は専門職である。それに携わる者には厳しい規範と倫理と行動既定が求められる。
の5点の心得を挙げています。
 そして、臨床経済学において、「個別の診断をもとに、適切な治療計画を立てて、それを実行すること」が重要であるとして、「貧しい国を『検査』するときの7段階に及ぶ診断チェックリスト」として、
(1)貧困の罠
(2)経済政策の枠組み
(3)財政の枠組みと財政の罠
(4)物理的な地理的条件
(5)政治の形態と失策
(6)文化的障壁
(7)地政学
の7つのグループの質問を挙げています。
 第5章「ボリビアの高海抜ハイパーインフレーション」では、ボリビアが抱える大きな障害として、
(1)1985年10月の錫の大暴落によって、国家予算とマクロ経済の安定が大きく損なわれたこと。
(2)差し迫った債務危機。
等を挙げ、著者が3年に及ぶボリビアでの仕事から学んだ教訓として、
・安定化は複雑なプロセスであり、ボリビアのさまざまなマイナス要素を解消することで初めて、ようやく通貨安定の基礎固めができること。
・マクロ経済のツールはパワーに限界があり、この国に固有の問題のため、マクロ経済安定化も長期にわたり大きな困難に苦しめられたこと。
・刷新を成功させるには、テクノクラートの知識、政治家の大胆なリーダーシップ、それに広範囲にわたる社会の関与を組み合わせる必要があること。
・成功には、国内の大胆な改革だけでなく、海外からの財政援助が欠かせないこと。
・貧しい国々は、当然受け取るべきものを要求しなければならず、ボリビアが海外債務帳消しをしつこく求めなければ、ますます増える債務に長く苦しむことになったであろうこと。
等を挙げています。
 著者は、「1980年代半ばにボリビアが安定化に成功し、経済成長を果たしたことがきっかけで、私のアイデア――債務の帳消し、安定化、社会プログラム――が、国際社会の注目を集め」、南米各国から経済顧問として呼ばれるようになり、「南米の歴史や地理、社会状況、経済の動向についての知識が急速に増えていった」ことが述べられています。
 第6章「ポーランドがEUに復帰するまで」では、著者が初めて作成した、「社会主義経済から市場経済への以降のための総括的な計画」の経済的なキーワードとして、
・安定化
・自由化
・民営化
・社会の安全ネット
・制度の調和
の5項目を挙げ、ポーランドとラテンアメリカは、マクロ経済の面では似ているが、「ポーランドは識字率が高く、民族的に均質の社会だった」という違いの方が重要かもしれないと述べています。
 また、「債務を帳消しにしてもらったら、その国はもう信用されなくなる」とよく言われることについて、「この論理は逆である。ある国が多すぎる負債を抱えていたら、その国は信用できない」、「債務帳消しが財政的な現実によって正当化されるなら、そして善意の信念に基づいて交渉されるなら、その国はそれ以後、健全な経済を追求できる。こうして、債務の帳消しは信用を失墜させるよりも、むしろ信用を増すことになる」と述べています。
 第8章「五百年の遅れを取り戻す」では、著者が中国に惹かれた「特別な理由」として、「1978年以来、中国は市場ベースの改革をドラマチックに達成していた」ことを挙げ、「中国とロシアの改革を比較することは、真面目な政治的議論にもなり、アカデミックな分析の対象にもなった」ことを挙げ、「中国の抱える大きな試練を思うとき、私は特別な感慨をもたざるをえない」と述べています。
 著者は、「中国式の改革は漸進主義といわれるが、実は農村地帯の改革は急激で、国際貿易への経済開放もすばやく進み、ただ国営企業の改革だけは遅かったというのが実情である」と述べています。
 一方で、中国の抱える問題として、
(1)中国の成長が均一ではないこと。
(2)市場改革を進めるに当たって、社会や環境を守る立場としての国家の役割をどうすべきか、ということ。
(3)政治改革。国内的にも対外的にも、民主化こそ中国の発展に欠かせないものだと中国の指導者たちが理解していなければ、民主化への道は必ずしも平坦ではない。
の3点を挙げています。
 第9章「インドのマーケット再編成」では、イギリスのインド支配の「否定的な面」として、「統治者としてのイギリスがインド国民の教育――初等教育とエリート教育の両方――をないがしろにしていたこと」を指摘しています。
 また、「IT産業でのインドの成功を支えた要因」として、
(1)一世代以上の間に、インド工科大学(IIT)から優秀な企業家やエンジニアが巣立っていた。
(2)海外に渡ったインド人の多くは故国インドとビジネス上の関係を築くようになったが、そのプロセスは新しい情報テクノロジーによって大いに促進された。
等を挙げています。
 さらに、インドから学ぶこととして、「国際的な分業の利点について、世界に多くのことを教え」、「テクノロジーの可能性に応えることでいかに変われるかを見せてくれた」ことを挙げています。
 第10章「声なき死」では、世界が、「アフリカの長期化する危機に対して即効性のある回答を出そうとした」が、西欧諸国は、「アフリカ諸国の統治を批判する前に」、もう少し慎重になるべきだと述べ、西洋が、「アフリカの長期的な経済開発のための投資」をしてこなかったことを指摘しています。
 そして、マラリアと貧困の関係について、
(1)一人当たりのGDPが低い国の地図
(2)1946年、1966年、1994年におけるマラリア伝播の状態を示した地図
の2種類の地図を重ね、ここから、
(1)マラリアが貧困の原因なのか、それとも貧しいからマラリアが蔓延するのか、あるいはその両方なのか。
(2)アフリカでとくにマラリアが猛威を振るっているのはなぜか。
(3)マラリアと貧困の連鎖を断つにはどうしたらいいのか。
(4)マラリアと貧困をなくすために、さらに何ができるのか。
の4つの疑問が導き出されると述べています。
 第11章「ミレニアム、9・11、そして国連」では、著者が、2001年の暮れに、アナン国連事務総長から、「これらの目標を達成するにはどうすればいいか、事務総長と国連組織に助言をする役目」をもつ「ミレニアム開発目標の特別顧問」への就任を要請されるとともに、この計画と並行して、「持続可能な開発をいかにして可能にするかを考える総合的な研究組織」であるコロンビア大学の「地球研究所」の所長に就任しています。
 第12章「貧困をなくすための地に足のついた解決策」では、「飢えと病気と死が付きまとう社会を健康で経済開発の可能な社会へと変えるための介入」として、
・農業への投資:肥料、改良休閑地、緑肥、被覆作物、雨水貯留と小規模感慨、改良された種苗の導入で、差売りの農家はヘクタール当たりの食料の収穫量を三倍に増やすことができ、これによって長期的な飢餓はすぐに解消される。
・基本的な健康への投資:村の住民5千人につき、医師と看護師一人ずつのいる診療所を作り、マラリア予防の蚊帳を無業で配給する。
・教育への投資:小学校の全児童が給食を受けられるようにすれば、子供の健康状態は改善され、教育成果や出席率も上がる。
・電力、輸送、コミュニケーション・サービス:電力は村に電線を引くか、あるいはディーゼル発電機でも得られる。村に1台のトラックがあれば、肥料などの他農作業に必要なものや調理用の燃料が運べる。
・安全な飲料水と衛生設備:安全で便利な場所に清潔な水場を必要な数だけ設置できれば、女性や子供たちが毎日何時間もかけて水組をしなくて済む。
の5つの援助項目を挙げています。
 第13章「貧困をなくすために必要な投資」では、貧困撲滅に役立つプロジェクトの実例を紹介した上で、これらに共通するテーマとして、「最も大事なのは、スケールアップを成功させるには、広く定着した適切なテクノロジー、組織的なリーダーシップ、十分な資金という支えた必要」であると述べています。
 第14章「貧困をなくすためのグローバルな協約」では、「2025年までに世界の貧困をなくすには、豊かな国と貧しい国が協力し合うことが必須であり、そのスタート地点として、貧富を問わず、世界中の国々が『グローバルな協約』を結ぶことが大事だ」として、そのために必要な枠組みである「国連ミレニアム・プロジェクトが作成した計画案」である「ミレニアム開発目標に基づく貧困削減戦略」を解説しています。
 この、ミレニアム開発目標に基づく貧困削減戦略は、
・鑑別診断
・投資計画
・資金計画
・援助計画
・公営計画
の5つの部分からなり、「この5つを組み合わせれば、最貧困国の援助に消極的なドナーが逃げ道にしたがる口実」である、「援助吸収能力の不足」が使えなくなるだろうと述べています。
 第15章「豊かな社会は貧しい人々を助けることができるか?」では、「すでにドナー諸国が約束しているODAの範囲内でミレニアム開発目標の資金は足りる」と述べるとともに、「今の水準以上の援助がなければ、ミレニアム開発目標は達成的できない」として、ドナー諸国が約束した、先進国の国民総生産に対して、0.7パーセントという約束の実現を求めています。
 第17章「なぜ私たちがそれをすべきなのか」では、「世界各地の国家破綻がアメリカの安全保障にとって重要なのは、そのたびにアメリカの軍事介入が生じるからでもある」と述べるとともに、「先進民主主義国家の政界のリーダーは、現在の時点では不可能に見えることを実現するために、いずれ納税者と有権者の力を再び借りなければならないだろう」と述べ、「開発援助をGNPの0.7パーセントまで増やすというプランに国民の支持を得て、しかもこの援助がさらに二十年間も続くということを説明しなければならない」と述べています。
 第18章「私たちの世代の挑戦」では、「私たちの世代のなすべきことを啓蒙思想家の表現を借りて説明」するとして、
・人民の同意のもとに、人類の幸福を推進できる政治体制の構築に取り組む。
・科学、テクノロジー、分業化の恩恵を世界中に広めるような経済体制の構築に取り組む。
・永久平和をかちえるために国際協力の促進に取り組む。
・人類の生活改善を目的とした、人間の理性に基づいた科学技術の推進に取り組む。
の4つの目標を掲げています。
 そして、「今後の課題」として、
・貧困をなくすことを約束する
・実効計画を持つ
・貧しい人々の声を届かせる
・世界のリーダーとしてのアメリカの役割を回復させる
・IMFと世界銀行を救う
・国連を強化する
・科学をグローバルに活用する
・持続可能な開発を促進する
・一人一人が熱意をもって取り組む
の9つの段階を挙げています。
 本書は、世界の貧困について、それが解決しうる問題であるという希望を与えてくれると同時に、取り組むべき課題を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 テクノロジーの進歩が貧富の格差をもたらしたのと同じように、強い信念とテクノロジーによって貧困問題は解決できる、というポジティブなメッセージは、この本が著者のプロジェクトのパンフレット的なものだとしても、訴えかけるものがあります。


■ どんな人にオススメ?

・テクノロジーは貧富の格差を広げる一方だと思う人。


■ 関連しそうな本

 ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日


■ 百夜百マンガ

大市民【大市民 】

 ダジャレ一発でタイトルをつけられるところに売れていたときの「何をやっても許される」感が強く出ていますが、それだけに思い入れも強いようです。

2007年6月19日 (火)

小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法

■ 書籍情報

小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法   【小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法】(#880)

  大嶽 秀夫
  価格: ¥1785 (税込)
  東洋経済新報社(2006/11)

 本書は、小泉純一郎の「リーダーシップの新しいあり方」を、道路公団民営化、郵政事業民営化、アフガニスタン攻撃とイラク戦争への「人的貢献」の実現、北朝鮮拉致問題への対応、という「事例研究をもとに検討することを目的」としたものです。著者は、「なぜ、小泉は、他のポピュリストと違って、その地位を維持し得たのか。なぜ、改革の本丸と位置づけた郵政事業の民営化や予算、とくに公共事業の削減などを実現できたのか」を、本書の検討課題としています。
 第1章「道路公団改革に揺れた小泉首相のリーダーシップ」では、小泉内閣が、「特殊法人改革を法人の数を減らすことにではなく、特殊法人改革を日本の行政全体の構造的変革に結び付けて実現を図ろうとしたという意味で、画期的なものであった」と分析しています。
 そして、道路公団民営化推進委員会において、「自民党が受け入れられる案を必死に模索していた」今井委員長をおいて、「結論を尊重するといっているのだから、国会で通ると折らないは考えなくていい。政治が判断する」と発言し、ここで、委員会案一本化の望みを絶たれた、「時期日銀総裁候補とまで言われていた」今井委員長が、「これで財界人としての生命を失ったとされる」ことについて、「これは、小泉による使い捨てであり、非常さの一例にすぎない」とする櫻井よしこの言葉を紹介しています。
 また、推進委員会の田中一昭委員長代理が、小泉との会談を通じて、「いったい総理は、どこまで……[委員会の議論を]理解しているのだろう」「理解できていないのではないだろうか」と疑問を抱き、「小泉は日頃から『ウン、なるほど、分かった』を連発するが、『実際に分かったかどうか分からない』」という印象をいただいたことが述べられ、「委員会の意見に対して最後まで関心を示そうともしなかった」上、国交省の指揮を石原伸晃に「丸投げ」したことについて、「小泉が大臣の人選を誤ったというほかない」と指摘しています。
 著者は、道路公団改革の混乱の原因として、
(1)道路公団の民営化とはなにかという問題について、合意が存在していなかった。
(2)小泉政権の改革を支える権力基盤の強さをどの程度の判定し、またどの方向で強化できるかという状況判断の違いが委員の間に存在した。
(3)道路公団民営化に対する国民の支持調達の上で、国鉄の民営化と較べてマスコミの小泉支持が張るかに弱いものであった。
の3点を挙げ、さらに、道路公団が抱える2つの問題として、
(1)道路公団及び国土交通省の官僚の組織利益に関わる既得権擁護のシステム。
(2)道路建設に伴う自民党の利益誘導政治。
の2点を挙げた上で、「道路公団問題は、第1の側面を持っているために、政治争点にすることが容易であるが、第2の側面を兼ねているために、根本的な解決は困難なイシューなのである」と指摘し、「第1の側面は善悪二元論の図式が当てはまるポピュリスト的争点であり、第2の側面は利害調整を本質とする非ポピュリスト的争点である」ので、「小泉が、前者に焦点をあて、後者において自民党政治家、知事などと妥協したことは、偶然ではない」と解説しています。
 そして、小泉を、「一般のイメージとは異なり、合理的で冷徹なマキャベリスト政治家」、「ポピュリストであると同時にしたたかなマキャベリストであり、それがかれを細川のような短命なポピュリストに終わらせなかった重要な一因であろう」と評しています。
 第2章「郵政民営化における劇場型政治とマキャベリズム」では、小泉が、「政治家個人の政治腐敗や官僚のスキャンダルについてはほとんどまったく関心を払わ」ず、「より構造的な問題を重視している」という点で、「小泉と世論の間には、重大なギャップがあった」ことが解説されています。
 そして、郵政民営化という「ハード・イシュー」(一般有権者には理解の難しい争点)を、「イージー・イシュー」(一般国民に緊急の課題としてストレートに受け入れられる争点)に転換するため、
(1)相次ぐスキャンダルを契機に80年代以前から登場してきた官僚に対する国民の反感を動員して、「郵便局員や郵便局長は公務員として特権・既得権益を享受している」という議論。
(2)「自民党をぶっ壊す」というキャッチコピーで、相次ぐスキャンダルによって定着した国民の「政党不信」を小泉支持につなげようとする議論。
(3)郵政改革はすべての構造改革の成功にとっての一里塚であり、これに抵抗する勢力は「構造改革」全体の敵対者であるという議論。
(4)民主党は背後に労働組合がおり、郵便局員の既得権を守ろうとして、「抵抗勢力」の一部になってしまったという議論。
の4つの議論を展開したことが解説されています。
 また、経済財政諮問会議に経済政策の「司令塔」として強力な権限を与えたことについて、「『制度』が首相を強力にしたのではなく、首相が制度を強力にした」と述べています。
 著者は、小泉政権の官邸機能について、「郵政民営化に関する限り、官邸は内閣府や内閣官房によって制度的に強化されていたとは到底言い難い」と述べ、「第二臨調や臨教審における中曽根及びその側近らによるリーダーシップ・スタイルの延長線上にあるもので、小泉による強い決意とそれまでの常識を破る大胆なリーダーシップによって支えられていた」と評しています。
 第3章「9.11同時多発テロとイラク戦争での決断」では、テロ対策特別措置法、有事立法、イラク復興支援特別措置法の制定という、「画期的な外交・防衛に関する政策」が、「一見、強いリーダーシップによる大統領型の政策決定によって特徴づけられるように見え」、官邸を使ったトップ・ダウン式の決定は、
(1)橋本行革の成果たる官邸機能の強化
(2)連立政権ゆえの党首と幹事長への権限集中
(3)小選挙区制による派閥の弱体化と大統領型選挙で総裁に選ばれたという特殊事情に基づく派閥力学からの開放
(4)比較的高い水準で推移した内閣支持率
という4つの条件が指摘できるとしながらも、「外交及びマクロ経済運営に限ってみれば、従来の内閣においてもこれらの政策領域は首相の専権事項」であり、危機管理型の政策領域において、「いやおうなく首相の判断、しかもすばやい判断が迫られた」ため、「小泉内閣の外交上の決定は、何よりも彼の個人的政治理念」、「政局判断、及び政策決定のスタイルに大きく依存していることが示された」と解説しています。
 また、「テロ対策への協力、対米支援の過程を経て、小泉はブッシュとの関係をきわめて良好なものとした」理由として、「元来性格的に『ウマが合う』こと」に加え、「対米支援のために最善の努力をしていることをブッシュに納得させることに成功した」ことを挙げています。
 そして、「具体策こそ下からのイニシアティブで政策の決定が行われているが、それを引き受け、世論や国会で弁護し、いったん決意するとぶれることなくその政策の実現に責任を持つ小泉の姿が浮かび上がる」と述べています。
 さらに、「テロ対策特措法制定に至る過程で示された小泉の論理と思考様式の特徴」として、
(1)法律的な議論、国会答弁の積み重ねのある法律上の根拠についての議論に対しては、そうした議論に取り合わず、しばしば「常識」を建てに政府の方針を擁護し、「素人」の大胆さをもって一刀両断した。
(2)小泉は法律論が苦手であるばかりでなく、論理的な議論そのものだ苦手であり、相手を説得する能力に欠ける。
(3)こうした「論理の欠如」は、彼の決断が自分にも説明できない要素によってなされていることを示唆する。
の3点を挙げ、「小泉は、国民の目線(「常識」)でものを考えており、その意味では、国民感情を自らの直感で捉えていると言える」と述べ、「現代のポピュリズムが、(政治のプロを否定し)『素人による政治』を『セールス・ポイント』にして支持調達するというのなら、まさしく小泉政治はポピュリスト的政治を実践」した、「世論と共鳴しやすい政治である」と解説しています。
 著者は、「小泉外交は、政府の自由度が大きく、そしてそれを利用して一定の政策革新を実現して入るが、状況がもたらした有利さを生かしきってはいない」と述べる一方で、「この『政策革新』を阻んでいる小泉の原点であるハト派的庶民感覚が、彼の外交が暴走することに一定の抑制をかけていたことも評価すべき」であると述べています。
 第4章「北朝鮮拉致問題で示したポピュリズム」では、「拉致を重視したことが世論に対して小泉内閣の評価を高めたことは、否定できない事実であり、まぎれもない『政治的成功』」であると述べ、「この問題の処理における小泉のリーダーシップとその背後にあった世論の動向」を検討しています。
 そして、北朝鮮問題が、「自民党実力者が一度は正常化に手を染めるが、誰一人として成果を得ることができなかった」問題であり、「甘言でパイプ役となった政治家たちは、ほとんどの場合、北朝鮮の態度に『辟易して「疲れた」といって、北とのつき合いをやめてしまう」結果となった」ことが述べられています。
 また、日朝会談をめぐる秘密交渉を、「アメリカとの打ち合わせも全くせず」に行い、「小泉訪朝で一気に局面打開」の方針を固めたことを、「アメリカと協議せず日本外交の重要課題に取り組んだのは、異例のことであった」ため、アーミテージは強い不満を示したが、「ブッシュ大統領の『ジュンイチロウがやるんだから』の鶴の一声で収まった」ことが紹介されています。
 しかし、ブッシュと会談し、日朝首脳会談について説明した小泉は、ブッシュから「厳しい口調で『対話路線』を明確に否定する発言」をされ、「アメリカも賛成してくれると思っていた小泉は愕然としたといわれる」と述べ、「カンのいい小泉が、アメリカの北朝鮮政策の根本、すなわち『核問題が解決しない限り、(核開発に使える大規模な経済援助を伴う)日朝国交正常化をすべきでない」という要求に従う方針に転換」したと述べています。
 第5章「小泉『劇場型政治』の功罪」では、「小泉の権力は、確かに、橋本行革による官邸の強化、そしてなかんずく小選挙区制導入による派閥の弱体化に大きく負っていはいるが、小泉という稀代のマキャベリストと、竹中、本間という学者離れした『政治的素質』をもったブレーン、それにメディア戦略に長けた飯島秘書という、人の要素を抜きにしては考えられない」と述べ、「官邸主導は、こうした稀少な人材なしには不可能である」と述べています。
 そして、「オペラや野球を愛好する小泉」が、「素人」を演じている、「たとえば、小泉は気性が激しくしばしば激昂するが、陰で人の悪口は一切言わない、といわれる」ことを挙げ、「こうした生き様を貫くことは嫉妬と欲望とが蔓延した正解には難しい。しかしやせ我慢をしても美学を貫いてきたことが、最終的には小泉フィーバーを生んだ」と述べ、「そこに職業政治からしからぬ、素人っぽい肌合いを国民に感じさせる最大の要因があった」と解説しています。
 また、「勝負師としての彼の非凡さ」として、「革命家にしばしば見られるニヒリスティックなまでの政治スタイル、アンドレ・マルローの描いた冒険家、革命家の『行動的ニヒリスト』に繋がる要素が認められる」と述べています。
 さらに、大衆を対象とした「劇場型政治」が、「善玉=悪玉の二元論という単純化を伴う」ため、「政治家はあまりものを深く考えたり勉強したりすると、メッセージが弱くなる」、「政治家は直感で行く方がいい。議論するとメッセージが弱くなる」と発言したことを挙げ、「政策をあまり考えない彼の意図的姿勢が読み取れる」と解説しています。
 著者は、「小泉政権の特異性を強調することは、次に続く政権は必ずしも、彼のように強いリーダーシップを発揮しない、あるいは発揮できないのではないか、ということを示唆する」と述べ、続く安倍晋三が、「対決の政治」から「和解と合意の政治」への回帰を目指す姿勢を表していることを指摘しています。
 本書は、小泉内閣の5年間を、特異な個人的資質、人の要素と、制度的な要素とに、分解して解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の拉致問題の解説の中で、警察官僚出身の平沢勝栄議員が、「たまたま大学時代、小学生だった安倍晋三の家庭教師をしていた」経緯から、安倍にこの問題を持ち込んだことが述べられています。
 平沢議員は、TVタックルで、、「安倍晋三さんは、私が教えてから頭悪くなったと言うんですけどね、違うんですよ。安倍晋三さんがしっかりしてるのは私が教えたからで、私が教えてなかったら今頃網走の刑務所に入ってたかも知れないよ。」と語っていますが、不思議な縁という感じがします。


■ どんな人にオススメ?

・首相の指導力の違いはどこに原因があるのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 大嶽 秀夫 『日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅』 2007年05月29日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月2日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 大田 弘子 『経済財政諮問会議の戦い』 2006年12月01日


■ 百夜百マンガ

二輪乃書ギャンブルレーサー【二輪乃書ギャンブルレーサー 】

 モーニングに連載していたものの続編です。人間の欲に終わりがないのと同じように、競輪の開催が終わるまでは続きそうな勢いでしたが、連載終了してしまったようです。次は「三輪乃書」?

2007年6月18日 (月)

公図 読図の基礎

■ 書籍情報

公図 読図の基礎   【公図 読図の基礎】(#879)

  佐藤 甚次郎
  価格: ¥4515 (税込)
  古今書院(1996/09)

 本書は、「公図を地図のうちの『主題図』と捉え、この視座から見ることに主点をおいて考察し、解説」しているものです。著者は、「公図を『地図』として正しく読むこと」の必要性を説くとともに、「地図を対象としながら、地図の本質、その特性をまったく踏まえることがなく、地図を読むことの基本を無視して、きわめて恣意的な見解が行われていること」を、「残念ながら否定できない事実である」と認めながらも指摘しています。
 第1章「公図のルーツとその特色」では、「旧土地台帳附属地図」が、「一般に公図と呼ばれているが、明治前半期に調製された地籍図類、あるいはそれをもとに補訂や作成された図面が根幹をなしている」と述べた上で、「明治期に4回の事業で調製された地籍図類は、作成の目的、用途は必ずしも同じではなかった。また、表現の主点や表現の方法も同一ではなかった」と述べ、「どのような目的で作成されたかによって、表現されている事項が取捨選択されており、目的・用途からして重要とすることが強調され、また一面で省略の行われているのが地図の特性である」ので、「地図を読んだり利用するにあたっては、その作成目的と特徴とを、吟味し、それで言及しうる限度を踏まえて使用することが肝要である」と指摘しています。
 そして、「地租改正における地引絵図」について、「改租作業の諸段階で基本的資料として使用」され、「改租終了の後には地券台帳や地租台帳など地租に関する基本帳簿の付図的役割において、すなわち帳簿記載の各筆について位置特定などのため役所に備置された」ため、「村方の申告書類である地引絵図が、地租に関する公的な図面としての性格が付与され、『地租改正絵図(地図)』として備置されることとなった」ことを解説しています。
 第2章「公図の作成時期判別の仕方」では、地租改正が、「明治新政権が地租収入の増加を企図して断行したものだけに、現反別及び増歩の把握が重要で、関心事」であったことが解説されています。
 また、壬申地引絵図と改租地引絵図とを区別する判断材料として、地所の番号、すなわち「地番」が、「改租作業の折に全面的に付け直され、さらに地籍編制作業において追加付番、字単位に付け直しなどが行われ、地押調査では脱落、あるいは開墾や分・号筆などの地所について補番を行っているので、地番の吟味も判断の重要な一手段」であることが解説されています。地番に関しては、「通しの一連番号である村については、大村では万台にもなって不便であるので、字単位の番号に改めた県もあった」ことが述べられています。
 さらに、壬申地引絵図と改租地引絵図では、「一筆区画に記入する事項に違いがみられ、判別の指標となりうる場合が多い」と述べ、「壬申地引絵図は、その特質からして地番、地目、反別(場合によっては縦・横の間数も)、持主名など多事項を記入している」のに対し、改正地引絵図は、「地番のみ」や「地番と地目と歌唱事項に限定した府県が多かった」ことが述べられています。
 そして、明治6年7月28日の『地租改正条例』によって、「地目名称のうち、屋敷・屋敷地が宅地と改められた」ため、「壬申地引絵図の場合は判例で『屋敷』が用いられているが、改租地引絵図及びそれ以降の作成である更正地図・地籍地図では『宅地』が使用されている」ことが解説されています。
 著者は、「明治期に4回作成された地籍図は、ともにそれ自体の用途だけで作成されたものではなく、地引帳や地籍帳あるいは土地台帳の附属の地図として調製されたもの」であり、「帳簿と地図はペアをなすものであるが、帳簿が主体であり、地図はそれに付属するもの」であることを解説し、「地図の判別については、地図だけでなく、帳簿の記載とも照らし合わせて考え、判断することが必要である」と述べています。
 第3章「公図を読む視点」では、「公図」と一般に呼ばれている「旧土地台帳附属地図」が、『不動産登記法』の第17条で「規定の地図に『準ずる図』として用いられているが、今なお70%ほどの地域ではこれに依存している」ことが解説されています。
 また、「4回の事業でそれぞれ作成された地図」が、「どれも地図が単独で、それ自体が独立的な存在意義において調製されたもの」ではなく、「それは帳簿に添えられ、帳簿の既述では確認できない点を、明瞭にする役割を持ったもの」であり、「その他の事項に関しては、帳簿の記載に任せている」ため、「公図を読むに当たっては、それと対をなした帳簿の記載を併せみて解釈する必要がある場合も少なくない」と述べています。
 さらに、改租地引絵図が、「主題図」であることから、各筆区画内に地番のみを記載した府県が少なくなかったことを解説したうえで、「茨城県や東京府下(郡村部)などのように地目別区別の色彩を施さず、道路と水路だけを彩色している場合が見られる」として、「道路の赤線及び水路の青線は視覚的に協調され、各筆の位置を視認する目当てとして役立っている」と述べています。
 著者は、「地図の区画線と帳簿の記載反別との関係があいまいなことは、地番の場所を特定する地引絵図の用途、主題の点からすればさほどの問題ではなく、むしろそのことは主題外の事項」であると解説しています。
 しかし、「地番の特定とその順序を示すことを主目的とした地引絵図が、地券台帳・地価帳に添えられ『公』の地図にされると、その役割は変化」し、「中でも、売買・譲渡、相続、分合筆などが行われた際の手続で、地券記載の地所の地番とともにその範囲・筆界線について地租改正絵図で照合され、分合筆はこの図面が基本とされた」ことが解説され、「筆界線などがずさんな地図の場合は、その用に立たないこと」になり、「これが、地押調査における地図構成の大きな理由となった」と述べられています。
 そして「字引帳を補足する役割で作成させ、土地台帳の付属地図として機能してきた公図(旧土地台帳附属地図)が、それだけで独り歩きし、その図面でいろいろのことを判断している場合が多く見受けられる」ことを指摘し、公図が本来、「土地台帳記載の各筆の場所を特定し、地番配列を明示する機能のもの」であり、「このような用途で調製された地図においては、区画(筆界線)の表現は、各地番の文字を記入するスペースの確保を必要とするためが第一義で、主題事項の表現を支える役割のもの」であり、「筆界線を筆で太く概略を描いた図面でも、その用は足りたので」あり、「このような図面で、筆界線はその中心線なのか、側線なのか、カスレた部分についてはなどとの論議は、まったくナンセンスなわけである」と指摘しています。そして、「このような公図が独り歩きしていることは、第17条地図との相違を認識せず、同視点で読み、判断しようとしているためか」と推測し、「公図と第17条地図とは、ともに主題図ではある」が、「主題とする点が相違する」ため、「公図が第17条地図に準ずるものとはされているが、両者の地図的特質の相違を弁別せずに、第17条地図に対すると同じ視点で公図を読図し、また評価することは慎まなければならない」と主張しています。さらに、「不正確な公図」という批判は、主として筆界線と地積に関してのことであり、「公図の特質を認識せず、第17条地図との違いを弁別しないための不正確な言であろう」と指摘しています。
 著者は、「明治期作成の地籍図類に共通する特質の一つ」として、「元来、帳簿に添えられて帳簿に記載の各筆の位置を特定する役割のもの」だったが、「それらは異なる4回の事業で調製されたもののうちのいずれかであるので、表現の仕方や記載事項などは必ずしも同じでは」なく、「読図に際しては、まずどの事業で調製された地図かを弁別することが緊要で、その地図の主題を確認し、この図で判断し、また言及しうる限界をわきまえることが必要である」と述べています。
 第4章「改租作業で字と地番の新規設定の経緯」では、「現在の字名及びその区画・範囲については、とかく近世(江戸時代)において使用されていたもの、むしろそれ以前の中世あるいは古代からのものが継承されていると思われがちである」が、「この両者は、明治6~14年(1873~81)に基づいて地所番号(地番)が付けられたもので、これが基本的に現在に至っている」と述べています。
 そして、「字と組み合わせて地所の所在場所・位置を特定する役割を持った」各筆地所の地所番号(地番)は、「丈量検査に際し、その道順にしたがって各筆に番号を付け、地番順に記載した地引帳をもって、地引絵図及び現地と対照しながら検査を行い、脱漏や重複を防ぐこと」を目的としたものであることを解説しています。
 また、番号のつけ方には、「全村通し番号の場合」と、「字別に付番した場合」の2つの方式が見られたと述べられています。
 さらに、明治21年の市制および町村制の公布に伴い、『町村合併基準』が通達され、この合併では、「旧村は新町村域において『大字』という新しい地域単位に位置づけられ、旧村名は大字名とされた」ことが解説されています。
 第5章「改租作業での土地丈量と地引絵図作成」では、改租作業が、「不慣れなこと、また壬申地券公布調査との違いが徹底しなかったことなどもあったが、厳格な検査で再調査を命ぜられることが多く、それが県域の過半に及び場合もあった」が、「農事をほとんど放棄して作業した村方の反発が生じ、紛糾した例も少なくなかった」ため、「誤差許容の範囲も、実際には次第に緩くなったろうことは想像に難くない」と述べられています。
 第7章「壬申地券と改正地券」では、明治前期に発行された「地券」には、「壬申地券」と「改正地券」との2種類があり、「地券における記載と地籍図の表示とは合致すべきもので、両者は密接に関連し、地図における事実の確認とか、誤謬や脱漏などを検討するとき、また地所の地目変換や所有者の変遷とその時期などを調べるには、地券とその台帳はきわめて重要な資料となる」と述べています。
 そして、「地券が土地の所有権の証明とし、また地券台帳が地租や民費などの賦課の基本帳簿としての役割は、明治22年(1889)3月22日」に『土地台帳規則』が制定されたことで終わったことが述べられています。
 第8章「地券台帳と土地台帳」では、「最初は郡役所に備え付けられた土地台帳ならびに地図が、郡役所→府県収税部出張所→府県直税署分署→府県収税署→税務署という変遷を経て、大蔵省管轄の税務署で管理されることと」なり、「以来、昭和30年代まで継続して税務署に備置された」ことが解説されています。
 本書は、「公図」といういかにも公式っぽい名称の地図をめぐる先入観を正してくれる一冊です。

■ 個人的な視点から

 「公図」というと、なにやら「公式の地図」というイメージがあります。新聞などで、「不正確な公図」という言葉を見かけることもよくありますが、本書を読むと、公図が正確でない、という表現は、よく駅前や商店街にある案内図を見て、縮尺がおかしい、と言うようなピント外れな指摘であることが分かります。


■ どんな人にオススメ?

・「公図」とは何かを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日
 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年01月07日
 高久 嶺之介 『近代日本の地域社会と名望家』 2007年06月15日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日


■ 百夜百マンガ

日出処の天子【日出処の天子 】

 聖徳太子といえば昔は「1万円札」の代名詞でしたが、最近はすっかり諭吉さんに取って代わられてしまいました。
 お札の折り紙が流行っているそうですが、聖徳太子の折り紙もあるんでしょうか。超能力が必要になったりするのでしょうか。

2007年6月17日 (日)

パズルでめぐる奇妙な数学ワールド

■ 書籍情報

パズルでめぐる奇妙な数学ワールド   【パズルでめぐる奇妙な数学ワールド】(#878)

  イアン スチュアート (著), 伊藤 文英 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  早川書房(2006/01)

 本書は、マーティン・ガードナーの連載コラム「数学ゲーム」で育った著者が、「連載の精神のみを受け継いで、数学の重要な概念を楽しい雰囲気の中で示すように努めた」連載である「数学レクリエーション」のコラムをまとめたものです。
 第1章「推理の入れ子はどこまでつづく?」では、眠っている間に頭の前額部に塗料で青い染みをつけられた2人の修道士が、もう一人の修道士から「あなたがたの少なくとも一人には、額に青い染みがありますよ」と指摘したことを紹介し、このような論理的な謎かけをが「共通知識」のパズルと呼ばれていることを紹介し、「あることがいったん共通知識になれば、それについての他人の反応を使って推理することが可能になる」と解説しています。
 第2章「もう1つのドミノ理論」では、「真四角に並んだ64の正方形のうち、はす向かいの隅にある正方形を1つずつとりのぞいて」、残った62の正方形を、2つの正方形をつないだドミノで覆うことができるか、というパズルを紹介しています。
 そして、この問題は、碁盤目をチェス盤のように塗り分けることで、どうしても2つ残ってしまうことを解説しています。
 第5章「太陽神のウシはいかに数えあげられたか?」では、「ハロルド王の兵士はいつものようにいつものように整然と並び、すべて同数の兵員からなる正方形の隊列を61つくった。そこにハロルド自身が加わると、全軍が1つの正方形の強大な隊列に変わり、『えい! えい! おう!』と、ときの声をあげた」ときに、「そこにいた兵士の数は最小で何人か?」という問題を紹介しています。
 第7章「裁ち合わせパズルの妙技」では、数学パズルの2大巨匠である、アメリカのサム・ロイドとイギリスのヘンリー・アーネスト・デュードニーが、共同でパズルのコラムを執筆した典型的な例である、「椅子かごの形状の図形をなるべく少ない数の小片に切り離し、並べ替えて正方形を作る」という「かごのパズル」を紹介しています。
 そして、裁ち合わせパズルの例として、
・フィリップ・ティルソンによる五芒星形から正方形への変換。
・ギャヴィン・シオボルトによる正七角形から正方形への変換。
・リンゴルレーンによる五芒星形から正十角形への変換。
の例を紹介し、「裁ち合わせパズルの本当のおもしろさは、それによって合同になる単純で意外な図形同士を見つけることにある」と述べています。
 第9章「<モノポリー>必勝法――理論編」では、ルールを単純化した<モノポリー>のゲーム盤をグラフにして示し、「<モノポリー>がつまるところ公平なのかどうかという、この上なくシンプルな問題に答えたい」と解説しています。
 そして、このコラムへの反応として、第10章「<モノポリー>必勝法――実践編」では、「<モノポリー>の愛好家からは怒りと不満の投書が」、「丁重な手紙から無礼な手紙までさまざま」に殺到したことが述べられています。
 第11章「日付計算はつらいよ」では、「文化によってさまざまなカレンダーがある」理由を、「無理数を有理数で表すのと同じような不可能に、それぞれの方法で挑戦しているからだ」と述べています。
 第12章「恨みっこなしの山分けの方法」では、戦利品を山分けする4人の泥棒を登場させ、「数学者が『等分保証で恨みっこなしの分配手順』と呼ぶ方法」を解説し、章末には20ステップに及ぶ、「ブラムスとテイラーによる4人の間での恨みっこなしの完全な手順」を紹介しています。
 第16章「陣取りゲームの名人を目指せ」では、「古きよき、点とます目の陣取りゲームは、ほとんどの人が想像するよりもはるかに高度なゲームだ。あまりにも複雑なために、必勝の戦略が一つも見つかっていない」と述べ、「子供に人気のゲームとしては、数学の要素が世界一盛りだくさんで、しかも、その量が飛び抜けて多い」というバーレキャンプの言葉を紹介しています。
 第17章「チョコをちょこんとちょん切れば」では、「ゲームが必ず『決着』するとき、つまり、永久に続けることは不可能で、引き分けもあり得ない場合には、戦略についてのきちんとした理論がある」として、
・法則1:相手を必敗の局面に追い込む手が「一つでも」存在するとき、そこは必勝の局面である。
・法則2:「あらゆる」手のどれを選んでも相手が必勝の局面になるとき、そこは必敗の局面である。
という2つの単純な法則で表されることを解説しています。
 第18章「照明の資格を証明する」では、「壁を鏡張りにした直角二等辺三角形の部屋において、45度の内角の頂点に当たる隅の一つでマッチをすると、そこから出ていった光は鏡でいくら反射しても、けっしてもとの場所には戻ってこない」ことを解説しています。
 また、多角形の部屋には、「鏡張りであっても自分の姿が映らないもの」が存在する、として風車型の部屋を紹介しています。
 第19章「海賊版『多数決の原理』」では、「10人の海賊が金貨100枚というお宝を手に入れ、戦利品を分けようと思っている。その海賊には海賊なりの民主的な習慣があり、分ける方法は次のようにして決められる。もっとも冷酷非常なメンバーが分ける方法を提案し、全員が賛否を投票する。一人一票で、提案者にも投票権がある。半数以上の賛成が得られれば、提案は採用され、直ちに実行される。賛成が半数に満たなければ、提案者は海に投げ込まれ、次に冷酷非常なメンバーの提案によって同じ手順を繰り返す」という問題を解説し、「この海賊が秩序を保ってきたのは、海賊版の多数決の原理があったからにほかならない」と述べています。
 第20章「<マインスイーパ>P=NP?問題の鍵」では、マイクロソフトのウインドウズに付属している<マインスイーパ>と、アメリカの実業家であるクレイが100万ドルの懸賞金をかけた「P=NP」問題との関係について解説しています。
 本書は、数学を楽しむための数多くのきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 数学パズルの読み物は、パズル自体も(解けなくても)意外性があって面白いのですが、その数学的な性質を説明するためにシチュエーションに工夫をこらしているのが楽しいです。著者自身もそうなのですが、こうしたパズルをきっかけに数学の世界に子供たちが足を踏み入れてしまうとしたら、幸いではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・数学は教科書か受験科目のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 マルティン・ガードナー, ルイス・キャロル (著), 石川 澄子 (翻訳) 『不思議の国のアリス』 2007年01月28日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
 ウィリアム・パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『パラドックス大全』 2007年01月13日
 サイモン シン (著), 青木 薫 (翻訳) 『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』 2006年05月03日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

ベスト【ベスト】 桑江知子 オリジナル盤発売: 2002

 「私のハートはストップモーション」のヒットで知られるいわゆる一発屋さんですが良い曲です。
 そもそも一発屋だから良い曲に恵まれるというより、数多くの新人が、本人の知名度・固定ファンよりも曲の良さで勝負している中でヒットするからでしょう。
 そう考えると、ヒットを連発する大物歌手の曲も、「この曲が新人の曲だったとしたらヒットするだろうか」という目でみることが大切です。

2007年6月16日 (土)

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方

■ 書籍情報

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方   【99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方】(#877)

  竹内 薫
  価格: ¥735 (税込)
  光文社(2006/2/16)

 本書は、「科学のホントの基本」である「仮説」をテーマにした、「科学の基本をおさえるだけで、あなたの頭はグニャグニャに柔らかくなる」という本です。
 著者は、まず、「いきなり驚かせて申し訳ありません」と前置きした上で、「『飛行機が飛ぶしくみ』なんてものは、案外、よくわかっていない」という衝撃的な事実を突きつけます。そして、「実は、科学はぜんぜん万能ではない」ことを解説し、「『飛行機が飛ぶ』という一見あたりまえの事実でさえ、その本当の原因はさまざまな経験則による憶測に過ぎず、いってみれば、ただの『仮説』にすぎない」と述べています。
 著者は、「科学」は、「絶対的なものごとの基準」ではなく、「あくまでも、ひとつの見方にすぎない」ものであり、「科学はぜんぶ『仮説にすぎない』」、「仮説だからこそ、ある日突然くつがえ」るものだと述べ、本書を通して読むことで、
・世の中はすべて仮説でできていること。
・科学はぜんぜん万能ではないこと。
・自分の頭がカチンコチンに固まっていたこと。
がわかると語っています。
 第1章「世界は仮説でできている」では、ガリレオの望遠鏡の発明を例に挙げ、「望遠鏡の客観的な性能よりも、自分の頭の中にある主観的な思い込みのほうが勝つ」のだということを解説しています。
 そして、「頭の中にこびりついている常識」を疑う習慣をつけることにより、「確実に、あなたの世界の見え方・感じ方は大きく変わ」ると述べ、「とにかく常識を疑え!」と主張しています。
 第2章「自分の頭の中の仮説に気づく」では、フランシス・ベーコンの「実験は、理論の種みたいな物をみつけるために行われる」という考え方を紹介し、「データから理論を導き出す」考え方を「帰納法」、すなわち「個別の事例から普遍的な理論を導き出すこと」、「たくさんのデータをもとにひとつの法則を編み出すこと」であると解説しています。一方で、ベーコン以前に一般的であった「演繹法」、すなわち、「普遍的な理論から個別の事例を説明」することについて、「まずなにかしらの理論があって、そこから世の中のすべての現象を説明しよう」という手法が、「古代以来、科学の基礎として用いられてきた方法」であると述べています。そして、「演繹とはトップダウン方式の考えのことであり、帰納とはボトムアップ式の考えのこと」であるとまとめています。
 しかし、この「帰納法」の弱点として、「データが仮説をくつがえすわけではない。データが理論を変えるということはない」というピエール・デュエムの主張を紹介し、「仮説というのはひとつの枠組み」であるため、「その枠組みからはずれたデータはデータとして機能しない」ことを指摘し、「データが新しい理論を作るというベーコン主義では、枠組みそのものは壊せない」と述べ、「仮説を倒すことができるのは仮説だけ」であることを解説しています。
 著者は、「世界の見え方自体が、あなたの頭の中にある仮説によって決まっている」ことを指摘し、世界を見る上で、「はじめに仮説ありき」であることを解説しています。そして、「『はじめに仮説ありき』と知ること」は、「単なる机上の空論ではなく、実人生にも充分に役立つこと」であることをバブル経済の崩壊を例に解説しています。
 第3章「仮説は180度くつがえる」では、ロボトミー手術を考案して、当時、世界中から絶賛されノーベル賞を受賞したアガス・モニスを例に挙げ、「時代によって『正しい方法』は移り変わる」と述べ、「このような仮説の変遷を『白い仮説』から『黒い仮説』への転換」と名づけたことを解説しています。そして、「猫の目のようにクルクルと評価が変わる仮説」があることを、アインシュタインの「宇宙定数仮説」が、天文学者のハッブルの観測結果によって覆され、アインシュタイン自身、「わたしの生涯で最大の過ちだった」と語ったとされていることを紹介し、アインシュタインの死後43年経ってから、精密な天文観測の結果、「アインシュタインの『生涯で最大の過ち』のはずだった宇宙定数仮説」が、「再び白い仮説として返り咲い」たと解説しています。
 第4章「仮説と真理は切ない関係」では、カール・ポパーによる「科学」の定義、すなわち、「科学とは、常に反証できるものである」という「反証可能性」について、「決定的な証明などということは永遠にできない」こと、「ひらたくいえば、理論に反する実験や観察が出てきたらその理論はダメだということを潔く認める、それが科学だ」と解説し、「そこが、数学と科学との決定的なちがい」であると述べています。
 また、今の科学者が反証可能性について無知であることが多い状況を指摘し、大学で科学史をきちんと教えていないこと、「科学的思考の基礎の基礎」が、「案外無視されているような状況」を指摘しています。そして、「もともと西洋では、科学の前身は哲学」であったのに対し、「日本では、そういった哲学の部分から抜け出て細分化された状態で、まさに『科学』として輸入されてしまった」ので、「日本の科学は、西洋で脈々と受け継がれてきた歴史や精神に欠ける部分」」があると述べています。 さらに、物理学者のリチャード・ファインマンの「科学はすべて近似にすぎない」、すなわち、「科学がどんなに進んでも完全な予言などできないし、永遠に真理には到達し得ない」という言葉を紹介し、「科学と真理は、近づくことはできても決して重なることはできない、ある意味とても切ない関係」であると述べています。
 第5章「『大仮説』はありえる世界」では、「現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説」である「大仮説」を紹介しています。
 ひとつは、「アメリカで物議を醸している科学論争」である「インテリジェント・デザイン説」(知的設計説)を取り上げ、ダーウィンの「進化論」に対する対立仮説として、1999年にカリフォルニア大学サンディエゴ校で作られた、「宇宙のどこかに知的設計者がいて、その知的設計者が例えばDNAを設計して、生物を作り出した」という説を紹介しています。この説は、「かたちを変えた創造説といえなくもない」もので、アメリカの世論調査の結果として、「ダーウィンの進化論は証拠によって支持された、検証済みの科学理論である」と思っている若者が37%しかいないことを紹介しています。
 第7章「相対的にものごとをみる」では、「そもそも物が実在する」という「実在論」を、宇宙論学者のスティーヴン・ホーキングが「ぶち壊しにかかった」ことを紹介し、「大部分の人間が共有している実在仮説というものを、彼はあっさり否定しちゃっている」と述べ、「彼が生きている世界は、『実証論』の世界」であると解説しています。そして、「ホーキングにとっては、この世界全体がバーチャルでもいい」こと、「証明できないもの」である実在には興味がないと言っていることを紹介しています。
 著者は、「お互いの拠って立つところの仮設に気づくことにより、相手の心積もりもそれなりに理解できようというもの」であると述べ、「世の中を相対化してみると、それまで自分が採用してきた(頑なな)仮説のもとではまったく見えていなかったことが見えてくること」があると述べています。
 そして、
・わたしの頭のなかは仮説だらけ
・あなたの頭のなかも仮説だらけ
という2点を理解することから、「科学の第一歩は始まる」と述べています。
 本書は、「科学」的にものを考え、ものをみる上で、色々な気づきを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の各章末には、「あたまが柔らかくなる仮説」と題して、さまざまな仮説が紹介されています。
 「麻酔はよく効く仮説」では、「局所麻酔についてはメカニズムが詳しく分かっている」が、「驚いたことに、全身麻酔については、ほとんど何もわかっていない」ことが述べられています。
 また、「マイナスイオンはからだにいい仮説」については、専門家の間では白い仮説として認められていないと述べ、
「マイナスイオンはインチキか」
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/MinusIonAgain.htm
を紹介しています。
 そして、「世界誕生数秒前仮説」、すなわち、
「この世界は、実は、ほんの数秒前に誕生したばかりです。
 でも、あなたの頭には精巧なニセ記憶が仕込まれているので、あなたはもう長い間生きていると思っているし、地球は何十億年も続いていると考えているのです。」
という仮説に関しては、この仮設を否定する証拠はないと述べています。


■ どんな人にオススメ?

・「科学」は「理系」のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ジョン・ヘンリー (著), 東 慎一郎 (翻訳) 『一七世紀科学革命』 2007年04月21日
 伊勢田 哲治 『疑似科学と科学の哲学』 2006年02月12日
 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 ビル ブライソン (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『人類が知っていることすべての短い歴史』 2007年04月08日
 マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日


■ 百夜百音

あしたのジョー【あしたのジョー】 サウンドトラック オリジナル盤発売: 2000

 「男なら 旅立つ 時が来る」の主題歌でお馴染みです。梶原一騎と高森朝雄が両方クレジットされていることがなんとなく不思議な感じですが。

『あしたのジョー 劇場版』あしたのジョー 劇場版

2007年6月15日 (金)

近代日本の地域社会と名望家

■ 書籍情報

近代日本の地域社会と名望家   【近代日本の地域社会と名望家】(#876)

  高久 嶺之介
  価格: ¥4830 (税込)
  柏書房(1997/01)

 本書は、「近代国家の進行過程の中で、地域の人々がどのような条件の下で、どのような自己主張ができ、能動性を発揮できたかを具体的に明らかにする」ことを目的としたものです。日露戦争後、地方改良運動や民力涵養運動などのイデオロギー運動が、町村役場の構成員を末端の担い手として、町村の「自発性」を喚起する形で行われるが、「町村長はこれを遂行しつつも、彼らの関心はむしろその町村がどうすれば繁栄するかに向けられ」、「その地域の利益、具体的には中等教育機関の設置などの方が彼らにとってはるかに関心事」であり、「これらの利益の実現を巡って、上級機関との対抗を含めた相互作用が展開できる余地が充分にあった」と述べられています。
 第1章「文明開化期の区長」では、文明開化期の大変革が、多くの地域で相対的に抵抗なく受け容れられた要因として、
(1)急速な文明開化に対する抵抗を一揆や騒擾のような形に移すまでには相当なエネルギーが必要とされる。
(2)国の政策自体が身分制の解体という解放の側面を持っていた。
(3)規制的な側面での国の諸政策が、徴兵制度や税制度を除けばすべてにわたって必ずしもストレートに村に入り込んだと考えられない。
(4)地域への「国の登場」は、地域の人々、とりわけ地域の有力者にとって、江戸期の割拠性を打ち破り、自らが国の構成員として国の仕事に参加していくというきわめて進歩と躍動感に満ちた時代の到来と意識された。
の4点を挙げています。
 そして、本章では、滋賀県神崎郡第四区で区長を務めた北庄村の野村単五郎(ぜんごろう)という人物を取り上げています。
 区長の業務は、「訴訟を除く『戸籍ハ固ヨリ土地人民ニ関スル諸事務一切』であり」、具体的には、
(1)県から送られてくる布告や達を区内村々に順達し、国や県の方針や政策を誤りなく伝えること。
(2)集金業務(国税、地方税、その他)
(3)奥印業務(出稼証・寄留証、変換地所御願書、村の役職の選出・変更・給額の届けや伺い)
(4)区会(区長集会)の議長業務
等であったことが挙げられています。
 著者は、単五郎が、「区長として学校行政や地租改正事業を推進」し、「その立場は明らかに国の文明開化政策を支持しそれを積極的に推し進める立場」であったと述べ、単五郎が、「明治維新は『我国ノ一大革命』であり、この革命はひとり政府組織の更革のみならず、民間百般の事業の更改に及ばなければならない」と述べていることを紹介しています。
 そして、この地域が、「江戸後期の寺子屋の普及など、教育に対する情熱が地域の有力者を中心としてかなり強いもの」であり、「地租改正事業に関しては、隣郡との格差に対する不満はあったとしても、地租改正事業そのものに反対ではなかった」上、「文明改革」を唱導する単五郎のような存在があったため、「文明開化の諸現象は容易に地域に入り込んでゆく」と述べています。
 第2章「明治前期の区長役場と村行政」では、「地方三新法の一つである郡区町村編制法が実施される1879年(明治12)から連合区長役場体制になる1885年(明治18)までの町村の区長役場の行政運営システムを、その前後の時期も比較の対象として、滋賀県の一つの村、すなわち約200戸の戸数を抱える滋賀県神崎郡金堂村を対象に明らかにする」ことを目的としています。そして、
(1)郡区町村編制法が施行された1879年(明治12)から連合湖長役場体制をとる885年(明治18)までは、国や県の制度があっても村の行政運営は村独自の融通性でもって運営されていたこと。
(2)村の行政運営は、役職の数から言っても、特定の有力者による運営はできず、村の中上層以上の集団的行政運営であったこと。
(3)村の公的性格が否定され、村独自の融通性を持った行政運営が希薄化され画一化されていく契機が連合戸長役場体制であること。
を明らかにしています。
 そして、金堂村戸長役場が、県の制度によらない融通性を持った体制であることを、
(1)戸長の任期は、滋賀県の条例では2年とされているが、病気などを理由にして事実上村独自の1年の任期となっていた。
(2)戸長役場の人々の給与は、県の制度で定められている地方税からの支給以外に村独自の上乗せがされていた。
(3)県庁や郡役所には正式な戸長を届けながら、戸長の代わりに書役とともに事実上村行政を運営していた戸長代理という制度があった。
の3点によって示しています。
 また、金堂村戸長役場の行政運営に欠かせない機能を持つ「組惣代」及び「伍長」という存在があり、彼らが、「村の協議機関としての機能」を持っていたことが述べられています。
 その後、連合戸長役場体制への移行に伴い金堂村の行政の仕組みは大きく変わり、
(1)新たな戸長は連合戸長役場に置かれることになったため、村の戸長や書役は廃止になり、変わって村を差配する役職として総代が置かれることになった。
(2)村の協議機関は、連合戸長役場レベルの会議に「村会」および「村会議員」という名称が使用された。
(3)財政面では、村の公共的側面の多くが連合戸長役場に移行した。
などの変化が起こったことが解説されています。
 著者は、「明治17年の改正」及びそれに基づくこの制度の地方での実施が、国や県の強力な指導によって行われたことにより、三新法体制期の村行政がもった村行政の融通性が希薄化され、画一化の方向に向かっていったことは明らかである」と述べています。
 第3章「明治期地方名望家層の政治行動」では、「地方名望家河原林義雄の明治初年代から明治20年代中期までの政治的軌跡をたどることにより、一人の人物がどのようにして民権運動に参加し、さらにはその延長線上の運動として『民党』運動をどのように展開していったかを明らかにする」ことを目的としています。
 第4章「大正期の名誉職町村長」では、「愛媛県周桑郡壬生川町の名誉職町長であった一色公平の大正期の活動を通して、大正期の名誉職町村長の実態と彼らが抱えた課題、そして彼らの活動を支えた法を検討する」ことを目的としています。
 そして、「名誉職と有給との差異は実際上の金額においては極めて漠然とした、境界の不分明なもの」であったことを指摘し、一色氏の報酬が、「町長になるまでの村役場での永年の経験と名誉職町長としての長期間の活動に基づいている」ことが解説されています。
 また、当時の町役場の人員が、「町長・助役・収入役・書記3-4名・使丁2-3名の総勢8-9名と臨時雇で、増大していく行政事務をこなすことが要請されたから、吏員の怠慢を見過ごすことはできず、一色耕平は長年の役場事務経験をもとに細かな点まで吏員を指導した」ことが述べられています。
 さらに、名誉職の辞職について、「町村性はなんらの法的拘束力を持っていない」ため、「抗議や抵抗の意思を表明する際には辞職という戦術はきわめて有効な戦術」であったと述べ、法の建前上は、「知事に逆らう人間については知事は認可しなければよいのである」が、
(1)周桑郡各町村の名望家が、強弱の差はあれこぞって反知事の姿勢を示している以上、町村長復職の不認可は火に油を注ぐことになり、第一後任のなり手がいない。
(2)それ以上に地方における政党化の進行が大きな意味をもつ。
等の理由から、「知事が町村長の認可権を行使することは不可能ではないにしてもかなり難しい」ものであり、「町村長の辞職後は郡長の説諭によって町村長を復職させ、復職後はなんらの処罰的処置をとら」ず、「むしろ知事の転任により収集が図られた」ことが解説されています。
 第5章「名誉職と有給の制度と実態」では、
(1)法との絡みでさらに名誉職の実態について考察を深める。
(2)名誉職との関連で有給町村長及び有給助役の制度と実態についてもある程度明らかにする。
の2点を目的としています。
 そして、「北海道と沖縄県を除く45府県に置ける明治期の町村長と助役の平均名誉職比率を高い順に並べ」、
(1)名誉職の比率が高いとはいえ、町村長をとっても90%から50%台まで、府県によってかなり異なっている。
(2)これらの府県を、(a)明治・大正期を通じて町村長も助役も名誉職比率の高い府県、(b)明治・大正期を通じて町村長も助役も名誉職比率の低い府県、(c)町村長の名誉職比率と助役の名誉職比率が大きく食い違う型、の3類型に分けることができる。
であることを明らかにしています。
 著者は、町村長もしくは助役を有給とする理由として、「要するに、人口・戸数など規模の大きい町村、街場化した町村あるいは諸種の事情で煩雑な行政運営を必要とする町村」では、「名誉職だけではきっちりとした専門的行政運営ができないということと、町村長及び助役にその町村公民以外でも就任できるよう選挙の幅を広げること」を挙げています。
 さらに、「有給の方がもらう金額としては有利ということは一般的にはいうことができても、決してそれは絶対的なものではなく、名誉職の報酬がその町村で随意に決められる以上、さまざまな方法によって名誉職がもらう金額も有給に近づける、あるいは有給を追い越すことができた」と述べています。
 本書は、近代日本の地方自治、とくに町村における行政運営のあり方を垣間見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、今まで素朴に昔からあると思っていた「村」が、昔話に出てくる「村」とは異なる、近代が産んだものであることが分かります。田舎の方で見かける「大字」が昔の村の単位であることを考えると、いくつもの大字が集まってできた「村」(行政村)は今イメージするよりもかなり生活圏より広い範囲のものであることが想像されます。


■ どんな人にオススメ?

・「村落共同体」と聞いて現在の「村」をイメージしてしまう人。


■ 関連しそうな本

 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 大石 嘉一郎 『近代日本地方自治の歩み』 2007年06月12日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 岡田 彰 『現代日本官僚制の成立―戦後占領期における行政制度の再編成』 2007年02月26日
 小森 治夫 『府県制と道州制』 2007年04月19日


■ 百夜百マンガ

殴るぞ!【殴るぞ! 】

 ・・・・・・殴らないでください。
 世間の笑いのツボと漫画家の勢いが重なると信じられないくらいの大ヒットしますが、作者の能力や努力に関わりなく、世間の笑いは離れていってしまいます。それでも、一度笑いのツボにはまってしまって抜けられなくなる人もいます。そんな人には描き続けてくれることはうれしいものです。

2007年6月14日 (木)

悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実

■ 書籍情報

悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実   【悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実】(#875)

  SH(ACTION ON SMOKE AND HEALTH) (著), 津田 敏秀, 切明 義孝, 上野 陽子 (翻訳)
  価格: ¥2,100 (税込)
  日経BP社(2005/1/20)

 本書は、「ニコチンに依存性があるからこそ今日のタバコ産業の反映があるという事実」に着目し、「タバコ産業はいかにしてこのニコチンの依存性という特徴を利用しながら世界中でタバコ市場を拡大してきたのか」を明らかにしたもので、英国のNGO「ASH(Action on Smoking and Health)」が、「欧米タバコ産業の内部文書に記された数々の証言をまとめたもの」です。
 本書は、「タバコ産業は1960年代初めにはすでにニコチンに依存性があることに気づいて」いて、「タバコの煙が健康によくないこともタバコ産業内部の科学者は知って」いた上で、「未成年、女性、途上国をターゲットに据え、喫煙者を増やし、タバコ市場を拡大していった」ことを明らかにしています。
 そして本書は、タバコ産業が正当化してきた以下の10項目の「タバコに関する事実」を列挙し、タバコ産業は以下の事実を認めるべきであると迫ります
○タバコ産業が認めるべき事実。
(1)喫煙は、癌、心疾患、呼吸器疾患などさまざまな病気をもたらし、人体に致命的な障害を与えます。にもかかわらず、タバコ産業は喫煙が肺癌の原因になるという事実を決して認めようとしません。
(2)タバコによる死亡者数は世界中で年間400万人にのぼります。(略)
(3)ニコチンはタバコの根幹をなす最も重要な成分です。タバコ産業は、いわば「麻薬ビジネス」です。ニコチンは麻薬の一種で、タバコはニコチンを体に注入するための"注射器"です。それでもタバコ産業はタバコを単なる嗜好品であると主張しています。
(4)ニコチンには肉体的にも精神的にも依存性があり、ヘロインやコカインといった麻薬とその作用が似通っています。(略)それでも、タバコ産業は「ニコチンには依存性がない」と主張し続けているのです。
(5)タバコ産業は、ティーンエイジャー(13~18歳)はもちろん、13歳未満の子供たちすらも重要な"お客様"と捉えています。タバコ産業は、子供たちに狙いを定め、子供マーケットの中でシェアの奪い合いをしています。それにもかかわらず、タバコ産業は「タバコは大人の嗜好品である」と主張しています。
(6)広告宣伝活動によりタバコの消費は増加していますが、タバコ産業は広告で消費量が増加している事実を否定しています。
(7)タバコ広告の多くは、ティーンエイジャーと子供たちに喫煙習慣をつけさせることを目的としていますが、タバコ産業はそれを否定しています。
(8)低タールタバコには、ほとんど健康上の利点がないという研究結果が出ています。それにもかかわらず、タバコ産業は低タールタバコが健康的であるという誤った安心感を消費者に与えています。(略)
(9)受動喫煙は、子供たちに喘息、気管支炎、乳幼児突然死、中耳炎などを引き起こします。成人の肺癌及び心臓疾病の原因となります。受動喫煙は公衆衛生上の大きな脅威です。それでもタバコ産業は「受動喫煙は健康に害はない」と誤った情報を流しています。
(10)他のあらゆる産業では当たり前の話ですが、タバコ産業もやはり「人に危害を与えるような製品」を製造することは許されません。できうる限り安全な製品を製造する義務があるのです。
 第1章「タバコと健康」では、「タバコ産業にとって最も重要な戦略」が、「喫煙の健康への影響を明らかにすることではなく、健康への影響に関する情報の混乱と論争を引き起こし、その状態を継続させること」であることが述べられています。
 また、フィリップモリスが、1968年に、「何百万ドルも費やして調査を行ってきましたが、タバコが原因で癌になった者は1人もいません。調査すればするほど、喫煙には害がないことが証明されていきます」とPRしてきたことが紹介されています。
 さらに、R.J.レイノルズの宣伝に出演していた俳優に、R.J.レイノルズの役員が、「もちろん"そんなもの"(訳注:原文では伏字。おそらくshitと発言した)すわないさ。おれたちはただ売るだけ。煙草を吸う権利なんざ、ガキや貧乏人、黒人、それからその他のおバカな方々に謹んで差し上げますよ」と語ったことが紹介されています。
 第2章「ニコチンと依存症」では、フィリップモリスが、「タバコを吸う理由は人によってさまざまですが、喫煙する最大の理由はニコチンを体内に摂取するためです。ニコチンはタバコという植物に含まれるアルカロイドです。アルカロイドとは生理学的活性がある窒素化合物であり、ニコチンに類似した有機物として、キニン、コカイン、アトロピン、モルヒネが挙げられます」と記していることが明らかにされています。
 著者は、「タバコはニコチンを喫煙者に手軽に注入するために針のない注射器です。タバコを吸う行為は、ニコチンを静脈注射並みに急速に脳に到達させるための手段です」、「一言でいえば、タバコ産業は非常に洗練された"麻薬産業"なのです」と述べています。
 第3章「子供たちを喫煙者に」では、タバコ産業のマーケティング部門が、「タバコに『大人の世界への入口』といったイメージを受け付けて」いて、「その内容は、例えばセックスのような禁断の快楽であり、大人への第一歩を踏み出すための儀式の1つである」というものであり、若年層にタバコの肯定的なイメージを植え付け、少年に向けては、「大人の証明であり、男らしさの象徴であり、そして自信や自由、反抗のシンボルといったイメージ」を、少女に対しては、「女性らしい印象をタバコに結びつけた」ことが述べられています。
 また、フィリップモリスの役員のメモとして、「たとえ(調査や宣伝の)経費がかかったとしても若年層にタバコを売り込めれば、より多くの利益が見込めるはずである。なぜなら、若い連中はタバコを吸いたがっているし、とにかく若い世代というのはお互いに影響を受けやすい。さらに、ひとは最初に吸い始めたタバコの銘柄を忠実にずっと吸い続けてくれるものだからだ」という言葉を紹介しています。
 さらに、インペリアルタバコの調査結果として、「若者が喫煙に求めるのは、『味』や『満足感』よりもむしろ、(タバコを吸っていることで)一人前の大人として周囲に認められることである。そんな若者たちが、喫煙でニコチン依存症に陥るまで、『タバコの味』というのはたいした問題ではないのだ」という証言を紹介しています。
 そして、タバコ産業が「タバコは大人の嗜好品です」と声高に訴える理由として、「子供に向けて『タバコは"大人"の嗜好品』という宣伝活動を続けて」入ることが紹介されています。
 第5章「新しいタバコの開発」では、BATのメモとして、「ニコチン含有量が低いタバコの流行は、タバコ産業にとって危険なことである。ニコチンの量が少なくなれば、喫煙者は禁煙するようになるだろう。もしニコチンの量が、喫煙者が満足できる量を下回るようになれば、喫煙者は金をつぎ込んで喫煙にふけってきたことに対して、直ちに疑問を抱くようになるはずだ」という証言を紹介しています。
 第7章「新興市場を狙え」では、米国のタバコ産業が、政府の支援の下、「経済力にものをいわせ、経済制裁をちらつかせ、台湾や日本などのアジア諸国にタバコ市場を開放」させた結果、「未成年者の喫煙率も上昇し」、「東京では1986年から1991年の間に女子の喫煙率は10%から23%へ増加」したことが述べられています。
 そして、新興市場は、元「東側」諸国や発展途上国に限らず、「喫煙割合が飽和していない市場であればどこでもターゲットになり」、「女性の喫煙割合が低い国」が「新興市場」として狙われたことが明らかにされています。
 第8章「『女性』という最後の巨大市場」では、タバコ産業が、「女性の嗜好や興味を対象にしてマーケット・リサーチ」を行い、
(1)"自立"や"依存"といった女性が欲する状態に対して、より効果的に訴えかける製品を開発できるようになった。
(2)女性に関するリサーチ・データを元に、裏で女性間のトレンドを操作してニーズや欲求を生み出し、夢をでっち上げていった。
という2つの成果を得たことが述べられています。
 本書は、タバコ産業の健康に対する「犯罪計画」を明らかにしているという面でも興味深い内容ですが、マーケティングによって、タバコを肯定したくなるようにトレンドを操作しているというタバコ産業と広告業界の涙ぐましい努力の片鱗を知ることができるという点でも興味深い一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書では、タバコの値上げと未成年の喫煙に関して、「青少年の方が大人よりもタバコの値段の影響を受ける理由」として、
(1)青少年は喫煙年数が比較的少ないために、中毒に陥っている大人よりも値段に敏感に反応し、離脱できやすい。
(2)喫煙者が少なくなったときの影響は大人よりも青少年の方が大きいので、直接的影響だけでなく間接的影響も大きい。
(3)経済理論上、ある商品への支出が収入全体に占める割合が大きければ大きいほど、その商品の値段による購入への影響が大きいことが知られている。
(4)若者には長期にわたる健康問題を訴えるよりも現在の価値から訴える方が関心を呼び、効果がある。
の4点を挙げ、「タバコの値上げは、日本でも問題となっている青少年の喫煙防止に非常に有効な方法」であると述べています。
 さすがに、1箱1000円だと、毎日子供が吸えるもんではなくなりますし。毎日それ以上飲み代に使っている大人はたくさんいることですし。


■ どんな人にオススメ?

・タバコは税金を納めているから社会に貢献していると言い張っている人。


■ 関連しそうな本

 加濃 正人, 松崎 道幸, 渡辺 文学 『タバコ病辞典―吸う人も吸わない人も危ない』
 平間 敬文 『子供たちにタバコの真実を―37万人の禁煙教育から』
 磯村 毅 『リセット禁煙のすすめ―タバコの迷路から脱出し、自由の鐘を鳴らそう!』
 禁煙ジャーナル 『たばこ産業を裁く―日本たばこ戦争』
 林 高春 『たった5日でできる禁煙の本』
 伊佐山 芳郎 『現代たばこ戦争』


■ 百夜百マンガ

ビッグウイング―東京国際空港物語【ビッグウイング―東京国際空港物語 】

 昔、小学館の学習雑誌のお便りコーナーを「ひきちん」の名前で担当していました。六田登もデビュー直後は学習雑誌を担当していたそうですし、お便りコーナーは若手にとって最初の仕事でもあり、子どもたちがどんなことを考えているかを知るための教育の場なのかもしれません。

2007年6月13日 (水)

内務省―名門官庁はなぜ解体されたか

■ 書籍情報

内務省―名門官庁はなぜ解体されたか   【内務省―名門官庁はなぜ解体されたか】(#874)

  百瀬 孝
  価格: ¥693 (税込)
  PHP研究所(2001/04)

 本書は、「霞が関に重厚な官庁様式を誇るレンガ張り6階建て」の庁舎を誇り、「警察権力を背景とした強力な権力をもって、地方行政一般はもとより、国民生活のすみずみまで影響を及ぼした」とされる内務省について、「警察の取締りという観点での治安維持法・特高警察による弾圧、選挙干渉、家庭生活への干渉、官選府知事を通じた地方統制といった慨してよくない印象」を持つ一方で、「戦後解体されて発足した省庁が数局を持ってこなしている仕事を、内務省ではわずか一局で行っていた」という戦前の内務官僚の優秀・能率的であったという両面を取り上げ、旧内務省を知ることによって、現在の行政のあり方を見直すことを目的としたものです。
 第1章「内務省解体」では、1945年1月に完成したアメリカ軍の「民政ハンドブック」に書かれた内務省に関する記述として、「内務省は、649年の孝徳天皇の行政にさかのぼる政府の機関である。将軍の幕府時代には変質していたが、1868年の明治になって、より明確な形が造られ、1885年法的な機構が与えられ、1889年に少し変わって今日のような形になった」という怪しげな説明がされていることが紹介されています。
 また、内務省解体後、内務省人が、「従来官選知事の下で、都道府県知事の責任で各省が所管する事業を行ってきたものが、知事民選を契機に各省が競って全国ブロック別に出先(地方支分部局)をつくって、都道府県から権限を引上げて直轄で事業を行うようになったといい、各省が地方自治をおかす現況である」と主張していることを紹介しています。
 第2章「大久保利通以来の名門」では、内政のほとんどすべてをカバーする「なんでも官庁」として発足した内務省に、「全国の府県庁から、ありとあらゆる種類の質問や伺いが発せられ」、それに対し、内務省が「ていねいに回答し、しかるべき指令を発している」例として、『明治初期内務省日誌』から面白い質疑応答の例として、
・貧窮の中で夫の介護をした女性へご褒美を
・苗字と屋号はどちらを名乗ったらよいか。
・離縁の際生まれた男児を連れ帰ってよいか。
・頭の二つある骨を拾ったが内務省に差し出すのがよいか。
等を紹介しています。
 また、政党が有力であった時期の内務省が、「全国の警察組織を駆使して情報の収集と情勢判断を行うなどの政治機能」を持ち、「地方官には、選挙において与党を援助し、赴任地で党勢拡張に励むことが期待され」、「だからこそ、内務大臣は閣内である程度の重みがあり、内務省には地方官人事の一元的な統制権が与えられていた」ことを解説した上で、官僚を非政党化した結果、「諸政治集団があまねく参加した非政党的ないわゆる挙国一致内閣の下では、内務省の優越性」は失われ、内務省は、「政治的なものでなく、事務的なものに変化」していったことが述べられています。
 さらに、内務省内部の気風の違いについて、地方局と警保局に人材が集まったが、「警保局でのびるのはかならずしも成績優秀な秀才ではなく、人物の力量が重要だったが、地方局は本当の秀才でないとつとまらない」という違いが現れたことが述べられています。
 第3章「府県知事というもの」では、1946年までの府県が、「国の出先行政機関としての性格と、地方自治体としての性格の両方を持ち、知事は内務大臣の部下として政府の任命によるという、今日では想像することもできない存在」であり、当時は、「都道府県」という言葉もなく、「1943年までは、府県及び北海道庁といい、それ以後は都庁府県(都は新規設置の東京都、長とは北海道庁と樺太庁。このとき樺太は内地あつかいになる)といった」ことが述べられています。
 そして、府県の間にも格の違いがあり、
・一等県:知事が指定地加俸年700円を受ける東京都・京都府・大阪府・神奈川県・兵庫県
・二等県:知事が指定地加俸500円を受ける長崎県・新潟県・愛知県・宮城県・広島県・福岡県・熊本県
・三等県:指定地加俸のない県
という非公式な区別があったことが解説されています。
 また、「人民を養い治める」という「牧民官」思想について解説したうえで、府県知事としてのモデル的な人物として、
・有吉忠一:千葉県、宮崎県、神奈川県、兵庫県知事、横浜市長などを務め、国営鉄道の走らない地域開発のため県営軽便鉄道の建設を立案し、農産物の技術向上のために県立園芸専門学校を創設した(ちなみに、本書が書かれた当時、Googleで「23件も表示される」としていますが、現在では925件がヒットします)。
・島田叡:最後の沖縄県知事。着任の挨拶は、「今は非常に緊迫したときで、ちょうど壁に向かって駿馬を乗り付けているようなものだ。そのままぶち当たって倒れるか、そういう本当に緊迫した状態にある。諸君もそういう気持を忘れずにやってほしい」というものであった。死後50年以上経った1999年には、神戸で講演をした当時の大田昌秀沖縄県知事が、「沖縄戦当時の最後の島田叡知事が兵庫県出身であり、米軍が上陸する直前に沖縄へ文字通り死を覚悟して赴任したことについて、兵庫県に対しては恩義を感じている」と述べた。
・奈良原繁:「琉球王」として知られ、自由民権運動の弾圧で知られるとともに、新沖縄の基礎的施設の多くを築き、「内地化を是とする立場からは高評価を受け、内地化を否とする立場からは排斥される」こととなった。
の3人を挙げています。
 第4章「警察」では、警視庁が、今日では「東京都警察本部」であるが、「旧制度にあっては内務省直轄機関であった東京都(1943年以前は東京府)に属さず、いわば国家警察そのもので、それゆえに、警視庁という、いかにも都民から嫌われそうな、おそろしいような名称をもつ」ことが述べられています。
 また、戦後の内務省解体と同時に警察改革が進み、人口5000人以上の市町村には自治体警察を、それより小さい町村部分には国家地方警察を置くことになりましたが、「市の自治体警察警察署と近隣地区国家地方警察の警察署が同居」したところでは、「従来警察費は府県の負担であり、警察署の建物も府県負担あるいは地元寄付などで作られたものなのに、国家地方警察に接収され、自治体警察は間借りということになってしまった」ことなどが解説されています。
 さらに、警察による選挙介入の事例が数多く紹介され、「高知県では吏党側が負けそうなため、郡長が投票箱を焼き捨てておきながら紛失したと称して再選挙し、その開票で民党表を吏党側に加算して吏党を勝利させた」という事件さえ述べられています。
 選挙干渉に関しては、伊藤博文が選挙干渉のあった年の地方長官会議で、
「中央政府が天皇陛下の政府であることは言うまでもないが、地方政府もまた天皇陛下の政府である。すでに地方の政治をなすものであれば、一に地方人民の利益と幸福とをもって、その心としなければならないのはもちろんである。ゆえに、たといその監督長官である内務大臣がいかなる命令を下すことがあってもその命令が地方人民の利益と幸福とに反することがあれば、必ずしもその命令に従うには及ばない」
と訓示したことが紹介されています。
 終章「ふたたび、内務省とは何だったのか」では、アメリカ軍人が持っていた占領マニュアルにおいて、内務省、警察に関しての記述が不正確であったことについて、「この内容にとらわれたGHQ」が、内務省解体や、特高警察罷免に当たっての対象漏れなどに繋がったことが述べられています。
 さらに、1979年に内務省出身者が多数知事に当選し、「内務省地方制覇元年」と言っていたことに関して、「手堅い手法で地方政治を進めた場合もあったが、おりからのバブル景気に乗って、結局財政破綻を再現し、無党派知事を多数生み出す前提でしかなかった場合もある」と述べています。
 本書は、新書という形態もあり、内務省に関する論文調のものではなく、「内務省雑学ブック」的な気楽に読めるものになっています。


■ 個人的な視点から

 意外なことですが、現在でも年末に行われる「大掃除」は、江戸時代から習慣として存在していたものが、「明治以降警察の指導で町内など一斉に行う」ようになり、「伝染病予防のため掃除方法を微に入り細をうがって清掃方法を規定した地方」さえあることが紹介されています。「巡査が巡回してきて大掃除がすんだという張り紙を」していったことについて、「衛生を警察が所管していたから巡回を行ったことで、結果としては衛生向上に役立った」と評されていますが、アメリカから見れば「家庭生活にまで警察、つまり内務省が介入するという不適切なこと」であったと解説されています。


■ どんな人にオススメ?

・毎年、大掃除が習慣になっている人。


■ 関連しそうな本

 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 岡田 彰 『現代日本官僚制の成立―戦後占領期における行政制度の再編成』 2007年02月26日
 カール・S. シャウプ (著), 柴田 弘文, 柴田 愛子 (翻訳) 『シャウプの証言―シャウプ税制使節団の教訓』 2007年02月13日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 小森 治夫 『府県制と道州制』 2007年04月19日


■ 百夜百マンガ

築地魚河岸三代目【築地魚河岸三代目 】

 サラリーマン向けには一定の支持を得やすい「異業種転職もの」です。考えてみれば『ナニワ金融道』や(転職じゃないけど)『県庁の星』なんかもこの系統です。人情ものが得意な作画だけにどの作品も安定してます。

2007年6月12日 (火)

近代日本地方自治の歩み

■ 書籍情報

近代日本地方自治の歩み   【近代日本地方自治の歩み】(#873)

  大石 嘉一郎
  価格: ¥2730 (税込)
  大月書店(2007/04)

 本書は、「近代日本の地方自治制の成立と構造、その変容・危機・再編の展開過程を実証的に明らかにすること」を目的としたものです。
 第1章「大区小区制から地方三新法へ」では、「1890年代ごろに成立した明示地方自治制」が、「近代日本の地方自治の歴史的原型をなしている」という認識の下、「日本の地方自治の歴史的原型を、その特徴的な成立過程から、それゆえにまたその存立の基盤から解明すること」を目的としています。
 そして、明治機に創設された府県制度が、「その権能が地方団体から由来する、府県の固有の権限が容認された制度」ではなく、「創設期の府県がいかなる意味でも自治団体たりえず、行政機関に過ぎなかったのは、元々その前進たる版画封建的統治機関に過ぎず、維新期の藩政改革でも固有の権能を持つ人民の参画する組織になるまでにいたらずして早急に中央集権化されたことに基づいている」と述べています。
 また、大区小区制の特徴を、「廃藩置県後の府県体制の整備に見られた中央集権化の方向を地方制度の末端までおよぼし、明治政府の統治策を貫くために地方団体を最末端まで行政機関化したこと」にあると解説しています。
 さらに、地方民会が民権結社と並行して急速に興隆してきたことによって、明治9~10年頃にその性格を変え、「当初の地方官主導の形態から、地方人民の政治参加を許容する形態となり、しかも、県会と町村会とが基本的に同一の原理に貫かれた組織として問題とされてくる」と述べられています。
 その後、1878(明治11)年の地方三新法の基軸である郡区町村編制法の要点として、
(1)大小区の重複を除いて費用を節約する
(2)かつての郡町村制に服して旧慣良俗に便利にする
(3)郡長の職任を重くして施行に便ならしめる
という主旨から、大区小区制を廃止して、郡町村制を復活したことが解説されています。
 第2章「明治地方自治制の成立とその構造的特質」では、「市町村の上級団体である府県と郡は、市町村と異なって、公法人としての性格が明確化されず(1899年の改正で法人格が明確化された)、府県郡の住民及びその権利義務についても明示されず、条例の制定県も与えられなかったが、府県のみならず郡にも議会が設置され、その議決権が一般化され、さらに、新たに設置された公選議員の参加する参事会が、特定の議決権、府県知事・郡公共事務への住民の参加、すなわち自治権が拡充された」ことなどが解説されています。一方で、「府県・郡は市町村より以上に官治的団体であり、国家的な行政管理たる府県知事・郡長並びに中央政府の、府県軍公共事務に対する支配・監督権が極めて強大であった」ことも述べられています。
 第3章「明治地方自治制の確立過程」では、明治地方自治制の基礎をなす市制・町村制の狙いが、「新たに成立した市町村(いわゆる「行政村」)を拠点として、官僚的とうちに連繋して地方公共事務を担う地方有力者=名望家(地主・資産家)を抱き込んで、地方人民に対する支配=統合体制を作ることにあった」ことが述べられ、市制・町村制施行後しばらくは「行政村」が安定的に定着しなかった理由として、
(1)初期帝国議会における政府・吏党と民党との対立の底辺として、市町村が政争の場となり、そのために、政党・政派の影響を市町村から排除しようとした明治地方自治制の理念が実現しなかった。
(2)町村合併によって成立した新町村が、内包した旧町村=大字(部落)の自立性が根強く存続して部落間対立が避けられなかったため、公共的自治体としての統合性をなかなか持ち得なかった。
(3)自治体として公認されながら、同時に国政委任事務を遂行する末端行政機関たることを要請された新町村が、その要請に応えうる機構と能力をなかなか完備し得なかった。
の3点を挙げています。
 また、日清戦争後の地方行財政の変容に関する論点として、
(1)戦後経営の遂行の過程で、地方団体は多面的な国政事務を新たに委任され、その財政支出が急速に膨張していった。しかも、地方財源を収奪し、かつ限られた補助金によって地方負担を義務付けつつ、97年国庫補助事業に関する法律によって国家の地方団体に対する監督・規制を強化した。
(2)地方支出の中で、道府県の増加よりも市町村とくに市の増加が著しく、1898年の画期に道府県と町村の地位が逆転し、市支出の増加は日露戦後の地位を展望している。
(3)国庫及び府県からの補助・交付金は、一定の水準を恒常的に占めるようになるが、その水準はなお低い。
等の点を挙げています。
 第4章「明治地方自治制の確立・定着」では、「近代天皇制国家の基礎をなす地方支配・統合体制」は、「地方自治制を媒介として、官僚的当地に連繋した地方名望家支配の体制として確立した」が、「この地方名望家支配体制は、府県・郡・市町村の各段階に対応した重層的構成を持っており、また、府県及び郡と市町村とでは支配・統合体制の確立に時期的なずれが見られる」と指摘し、「天皇制国家の全国土的な基礎をなす地方支配・統合体制が、どのような具体的内実と構造的連関をもって定着するにいたったかを、とくに市町村レベルの動向に即して明らかにすること」を課題としていると述べています。
 また、「慎重損を官僚的統治の末端機関として定着させ、その組織運営に町村有力者層を結集させていった最大の契機」は、「新町村を拠点として展開された官治的地方行政それ自体」、すなわち、「教育・土木・勧業・衛生・消防・兵事などの多面的な地方行政が府県知事・郡長・警察署長などの指揮下に新町村を通して展開されたが、それを通じて旧村=大字(部落)の新町村への統合(多面で旧村の「行政村化」)が進められるとともに、その行政に参画する町村有力者層の官僚的統治への連繋及び階層的連合が強められていった」と解説しています。
 さらに19922(明治44)年の市制・町村制の全面改正においては、
(1)国政委任事務の遂行を確保するため、町村の自治的活動の範囲を明確にしながら、町村及び町村長・吏員に対する委任事務について、義務とその範囲を明治及び拡大し、さらにそれと関係して町村の職務についての郡長の代執行の規定を設けた。
(2)町村長を通じる官僚的支配を強化するため、町村長の町村会に対する権限を強化し、さらに町村吏員の任免権を町村長に独占させて町村行政の能率化を図った。
(3)町村の財政力を強化するため、基本財産に関する規定を整備し、寄付及び補助に関する規定を設け、納税義務範囲を拡大し、賦課徴収規定を整備した。
の3点を要点とし、「これを画期に、地方改良事業の進展の中で、町村における国政委任事務の増大と財政基盤の貧困との矛盾が拡大し、そのため、町村の起債や寄附金収入が恒常化し、またわずかな補助金による誘導によって国政委任事務を遂行する補助金行政が一般化し、町村及び町村有力者の官僚的統治への従属的連繋が完成されていった」と解説しています。
 第5章「大正デモクラシーから戦時体制へ」では、「地方自治」や「地方分権」が声高に叫ばれ、団体自治の面でも住民自治の面でも明示地方自治制の近代化=民主化が進み、それを推し進めた大正デモクラシー運動の地方自治要求の成果について、
(1)普通選挙実施の要求は、男子のみの普通選挙制が実現し、反体制運動への弾圧法規である治安維持法の制定と抱き合わせであった。
(2)郡制・郡役所廃止要求のうち、郡制廃止は1921年に成立、郡役所の廃止は1926年に実現するが、郡が地方自治体としての存在価値を失い、府県知事の権限が強化される中で、明治地方自治制の官治的性格を抜本的に変えるものではなかった。
(3)地租・営業税の地方移譲は、農村部を選挙地盤とする政友会が要求したが、憲政会=民政党は義務教育費全額国庫負担を要求し、10年近い係争の末、実現しなかった。
の3点を挙げています。
 そして、敗戦によって戦時行政そのものが崩壊した後も、「戦時『行政村』は、戦後『行政村』に継承される不可逆的な変化――とくに肥大化した『行政村』の機構・機能と村内下層民の政治・行政主体としての形成――を歴史に残した」と述べ、「それが戦後の民主改革と経済復興の前提であったのであり、かつての農民運動の主体が戦後改革の課題を中心的に担って再び登場する」と述べています。
 著者は、「地方財政の現代化を集中的に表現する地方財政調整制度が第二次大戦期に『戦時ナショナル・ミニマム』を確保するために初めて成立した点に、日本の地方自治の特徴がある」と指摘し、「にもかかわらずこの地方分与税は地方財政に不可逆的な変化をもたらし、戦後の地方財政にその性格を変えつつ継続されていく」と述べています。
 本書は、日本近代の地方自治について、戦後の地方自治に繋がる継続性を見出すことを助けてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 現在も市町村合併や道州制の問題、また、「ふるさと納税」などの財政調整制度など、地方制度をめぐる議論が盛んですが、明治維新から敗戦までの時期を考えると地方制度はめまぐるしく変わっていて、戦後60年間ほとんど変化せず、基本的な枠組みを残し続けていることの方が不自然に感じられます。


■ どんな人にオススメ?

・地方制度は基本的に変化の少ないものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 岡田 彰 『現代日本官僚制の成立―戦後占領期における行政制度の再編成』 2007年02月26日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日
 高久 嶺之介 『近代日本の地域社会と名望家』
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日

■ 百夜百マンガ

くどき屋ジョー【くどき屋ジョー 】

「オリは誰だよーっ! オリは誰なんだかいってみろよ!」
 と強烈でした。主人公よりよっぽどキャラが立っていたのが毒薬仁先生です。顔も恐いし。

2007年6月11日 (月)

ブランドの条件

■ 書籍情報

ブランドの条件   【ブランドの条件】(#872)

  山田 登世子
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2006/09)

 本書は、「ブランドの生誕のシーンをほりおこし、その起源の秘密に立ち入って、そこからブランドの本質を照射すること」を目的としたものです。著者は、ブランド現象を、「贅沢の大衆化」であり、「かつては張るかな高みにあった高級品が、20代の女の子にも手の届く品となって、ごく身近にある」ことを、「贅沢と大衆が見事な『結婚』を遂げている」と述べています。
 第1章「ブランドの誕生」では、ラグジュアリー・ブランドが、「贅沢を多くの人々の手に広げること、『近づきがたいものを近づきやすいものに』」変えられたことが述べられています。そして、こうしたラグジュアリー・ブランドが、「起源の神話」を持ち、「伝説のないブランドはブランドではない」と述べています。
 また、ブランドにとって、「はじめに皇室ありき」と述べた上で、
(1)ラグジュアリー・ブランドは特権階級を顧客にして誕生する。
(2)権威と信用の根拠の問題として、ブランドの起源のシーンにあって、オーラを授けているのは顧客である皇室の方である。
の2点を挙げ、「およそすべてのブランドは本質からしてロイヤル・ブランドだといわねばならない」と述べています。
 さらに、ヴィトンの製品が、「もともと貴族財」であり、一般の大衆が持つことのミスマッチを、
「ルイ・ヴィトンって、そもそも自分が持つものじゃないのよね。そうよ、召使に持たせるものなのよ、あのトランクは」
という言葉で言い表しています。
 著者は、フランス第二帝政期を「贅沢の民主化」の次代であると述べ、「直接ブランドの条件に関わる一大イベント」として、万国博覧会を挙げ、1889年万博でルイ・ヴィトンの「ワードローブ」がグランプリを勝ち取ったことを紹介しています。
 そして、「デモクラシーの時代とともに贅沢は貴族財であることをやめ、商品化して金で買えるものになった」と述べ、かつては、「生まれ(オリジン)」と結びついた「贅沢」であった「貴族財」が、「金で買えるもの」になったことから、「現代的なラグジュアリー・ブランドまでは一直線」だと述べています。
 第2章「希少性の神話」では、「ハンドクラフトが貴族財であること」のポイントとして、
(1)ハンドクラフトそれ自体がラグジュアリーである。
(2)いかに優れた職人技が施されていても、その職人の名は表舞台に出ない。「顧客が主人で、職人はその影にいた」
の2点を挙げています。
 また、グアムのショッピング・ビルにある、「エルメスで長く働いたイタリアの職人が独立して開いたブランド」という「Hのロゴが目立つディスプレイ」で「どうみてもエルメス」のバッグを売っている「ハイクラス」というお店と、さらにその「韓国のコピー」だという「ヘンリーハイクラス」とを紹介し、「エルメスに似せたバッグがたくさん流通しているという事実だけでなく、『職人生産(ハンドメイド)』というエルメスの生産スタイルそのものが模倣されてブランドの二次市場を形成しているという現象」であると述べ、「エルメスの職人を務めていたという実績はいまやそれじたいがブランド価値を有し、本当かどうかともかく『伝説化』しているのはまぎれもない」と解説しています。そして、「こうした本物の『分身』たちの群れが本物の価値をさらに高めている」と述べています。
 第3章「貴族のいない国のブランド」では、シャネルが「一つの伝説にほかならない」物であり、その「伝説をつくりあげるのに、シャネルは一人の王侯貴族も必要としなかった。起源(オリジン)から王侯貴族の名を消し去ること、そして、空白となったその場所に、自分の名を刻むこと。それこそこのブランドの革命児がやってのけた離れ業である」として、「デザイナー・ブランドの誕生」を解説しています。
 そして、「シャネルに先んじてモダン・ブランドを立ち上げたモード界の大立役者」として、ポール・ポワレを紹介し、「シャネルの果たしたことのほぼすべてはポワレが先鞭をつけた」と評し、
(1)女性をコルセットから解放した。
(2)グリッフ(商標)を自分の全製品につけたトータル・ファッションを手がけた。
(3)アメリカに注目した。
の3点を挙げています。
 また、シャネルの登場について、「それまでの老舗ブランドが後生大事にし続けたあの『伝統と魂』をラディカルに覆し」、「ウジェニー皇后はじめ特権階級の貴婦人たちが身にまとっていたあのきらびやかな儀礼の衣装を一掃する」ことを企て、その「モード革命」は、「女が自分で着られる服」を生み出したと言い表すことができると述べています。
 さらに、「シャネルとルイ・ヴィトンやエルメスから分け隔てる最大の相違点」として、外国人たちがコピーを大量生産することにクレームをつけなかったことを挙げ、ルイ・ヴィトンやエルメスを「本物主義」と呼ぶとすれば、シャネルは「偽者主義」であり、「コピーされるということは、そのデザインに対する『愛と賞賛』の証なのである。どうしてその賞賛を取締る必要があるというのだろう。コピー商品は広く世界にシャネルの名を流通させる。それがどんな宣伝効果をもたらすことか」と述べ、シャネルが、「どのブランドよりも先に『有名性(セレブレティ)』の威力を知っていた」と解説しています。
 メディアの前に出たがらなかったシャネルが85歳のとき、亡くなる2年前のテレビインタビューで、「モード、それは私だった」と応えていることを紹介し、かつてルイ14世が言った「国家、それは私だ」と対比し、「一代で自分の名を世界に冠たる象徴資本にした実業家ならではのせりふである」と述べています。
 そして、「二重底システム」としてのシャネル・ブランドを極めるものとして、「イミテーション・ジュエリー」を挙げ、「ルイ・ヴィトンやエルメスのような老舗ブランドとシャネルという新興ブランドを決定的に分け隔てる分岐点として、シャネルの『偽者主義』はどれほど強調してもしすぎることはない」と述べています。シャネルは、「幻惑の魅惑ではなく、地位や身分」に仕えている「『金』のための宝石」を唾棄し、「私がイミテーションを作ったのは、宝石を廃絶するためよ」と語っていることを紹介しています。
 第4章「ブランドは女のものか」では、「贅沢な消費が女の領分になったのは、たかだか19世紀以降のこと」に過ぎず、「浪費が『金銭的能力の証』になったのはブルジョワジーの時代であり、貴族の時代には贅沢は男性の領分であった」と述べています。そして、「贅沢が紳士のものであったという事実」を、雄弁に明かすヴィトンのトランク「イデアル」について、その収納力を、「5着のスーツ、1着のコート、18枚のシャツ、下着、靴4足、帽子1つ、3本のステッキと1本の傘がきっちりと収納できる」と紹介し、「驚くべきはむしろ、当時の『エレガントな紳士』の旅にこれだけの携帯品が必要だったという事実」であると述べています。
 そして、20世紀初頭、「ブルジョワジーの時代とともにラグジュアリーはプライバシーの領域にあるもの、室内的(ドメスティック)なものと化し」、さらに、「贅沢の『即物化』」、すなわち、「女性の欲望は、衣装や装身具や家など、もっぱら『もの』の消費に向けられ」たことを挙げ、「近代とともに女性は『消費者』になった」と解説しています。
 本書は、「ブランド」を切り口に、近代から現代への変化を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている小ネタとして、「コンテストのために審査会を設けて金・銀・銅のメダルを授与するというアイディア」は、オリンピックが起源ではなく、万国博覧会におけるナポレオン三世の発案によるもので、「オリンピックの方が後からこの万博に習ってメダル授与を式典化した」と述べられています。


■ どんな人にオススメ?

・ブランドの伝説が誕生する瞬間を見たい人。


■ 関連しそうな本

 博報堂地ブランドプロジェクト 『地ブランド 日本を救う地域ブランド論』 2007年06月04日
 博報堂ブランドデザイン 『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』
 白井 美由里 『このブランドに、いくらまで払うのか―「価格の力」と消費者心理』
 高橋 克典 『ブランドビジネス―成功と失敗を分けたもの』


■ 百夜百マンガ

おかみさん―新米内儀相撲部屋奮闘記【おかみさん―新米内儀相撲部屋奮闘記 】

 相撲部屋を舞台にした人情ものです。お相撲マンガと言えば『両国花錦闘士』がまず挙がりますが、どちらも土俵以外の出来事がメインである部分は共通しています。

2007年6月10日 (日)

「塩」の世界史―歴史を動かした、小さな粒

■ 書籍情報

「塩」の世界史―歴史を動かした、小さな粒   【「塩」の世界史―歴史を動かした、小さな粒】(#871)

  マーク カーランスキー (著), 山本 光伸 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  扶桑社(2005/12)

 本書は、「絵巻物のように魅力的であり、いささかばかげてもいる」、「何千年にも渡って人々が渇望し、戦い、買いだめし、課税し、捜し求めてきた塩の歴史」に関するものです。
 第3章「タラのように固い塩漬け男」では、「ケルトの発明した塩鉱、鉄、農業、貿易、騎馬」が、いずれもローマ帝国を豊かにし、「その塩鉱はローマの富の一部となり、そのハムはローマの食事に欠かせないものとなったが、それらがケルトのものだったことはほとんど忘れ去られてしまった」と述べ、「ケルト人は革新者であり、ローマ人は国家の建設者だった」と語っています。
 第4章「塩ふりサラダの日々」では、ローマ人が帝国の建設という野心のため、「兵に塩を与えることが必要」であり、「兵の給料が塩で支払われること」があったことが、「サラリー」の語源になり、ラテン語の「サル」は、フランス語で支払いを意味する「ソルド」となり、「兵士(soldier)」という単語も生みだしていることや、ローマ人が緑野菜に塩をふったことが、「塩をふる」を意味する「サラダ」の語源となったことなどが紹介されています。
 第5章「アドリア海じゅうで塩漬けを」では、「ヴェネツィア政府以外で、これほど経済の基盤を塩に頼り、塩の政策を拡大した国家は中国だけである」と述べた上で、「ヴェネツィアの政策は有名な一族、ポーロ家の影響を受けていた」ことを「たんなる偶然ではないだろう」と述べています。
 第6章「2つの海に挟まれたプロシュート」では、アドレア海の塩がもたらされたパルマが、「海からの風が山頂に当たって雨を降らし、乾燥した風が吹き降ろす平野に位置するため、ハム作りには最適」であり、「この乾燥した風が、塩漬けの豚の足を腐敗させることなく乾燥、熟成させるために必要」とされ、「ハムを乾燥させるための架け台は、いつでも風を受けられるよう東西に並べられていた」ことが述べられています。
 第7章「金曜日の塩」では、中世カトリック教会が、宗教日の肉食を禁止し、赤身の肉は「熱い」から催淫効果があるとして禁止されたが、水棲の動物である、ビーバー、ラッコ、イルカ、クジラの尾は、「冷たい」と見なされ、宗教日でも食すことが許されたことが紹介されています。
 そして、バスク人の船が急成長する大西洋の塩ダラ市場を独占し、「バスクの船は塩を満載して出帆し、タラを山積みにして戻っていた」ことが述べられ、「塩ダラ料理はヨーロッパじゅうに広まり、新鮮なタラが手に入らない南ヨーロッパで熱烈に歓迎され」、なかでもカタロニア人は塩ダラが大好物であったことが、「塩ダラの平鍋料理」のレシピとともに紹介されています。
 第11章「リヴァプール発」では、「塩の歴史において重要な役割を果たした大河」として、揚子江、ナイル川、ポー川とテレヴェ川、エルベ川とダニューブ川、ローヌ川とロワーヌ川を挙げた上で、「イギリス中部からわずか110キロとの地点でアイリッシュ海に流れこむマージー川」を紹介し、この川の重要性は、「イギリスから何を運び出したかということにある」と述べ、「ここはイギリスの塩、チェシャーの塩、すなわち世界に名をとどろかせるリヴァプールの塩を運び出す港であった」と述べています。
 また、イギリス人が当時、アンチョビー・ソースを発酵した魚のソースであるガルムのように使っていて、18世紀のイギリスでは、「アンチョビー・ソースはケチャップ、カチャップ、キャチャップなどと呼ばれていた」ことが紹介されています。
 第13章「塩と独立」では、「イギリス人もオランダ人もフランス人も、塩を探した」理由が、「この魔法の万能薬を見つけさえすれば、魚があふれる北アメリカの海を無尽蔵の宝物庫に変えることができる」殻であると述べ、北アメリカの入植者にとって、塩が重要な戦略物資であることを解説し、アメリカ独立戦争では、イギリス軍が、アメリカ植民地軍の塩の供給を立つ戦略をとったことを紹介し、「新生国家は、塩を他国に頼らねばならないことが何を意味するかという苦い記憶とともに誕生した」と述べています。
 第14章「自由、平等、免税」では、「フランスの塩税『ガベル』は明らかにフランス王政の欠陥を示していた」として、「貧者も金持ちも塩を必要とするのだから、塩税は万人に均等にかかる人頭税と同じというもの」であり、「歴史を通じ、最も貧しい農民に求める貴族階級にも同額を貸す人頭税は、忌み嫌われるもの」で、「ガベルも例外ではない」と述べています。そして、ガベルの過酷な側面として、「義務の塩」という、「大ガベル地区に住む8歳以上の住民は全員、年に7キロの塩を政府価格で買わなければならない」というもので、「義務の塩を加工品のために使うのは違法とされ、違反者は『塩の詐欺罪』で厳しい刑を科された」ことが述べられています。
 第16章「塩をめぐる戦い」では、南北戦争時のアメリカにおいて、南部で産出された塩が236万5千ブッシェルであったのに対し、北部では1200万ブッシェルが生産され、「南軍の塩不足が戦略上有利に働くことを、北軍はすぐに理解した」ため、「北軍はヴァージニアからテキサスまで、製塩所を手当たりしだいに攻撃」し、「北部諸州の海軍は、南軍側の沿岸の製塩所をことごとく砲撃した」と述べられています。
 第19章「地質学という神話」では、1925年に設立された冷凍水産会社を皮切りとした急速冷凍の実現によって、「ついに皆が望んでいた『塩漬けしていない』魚が内陸の住人にも手に入るように」なり、「塩漬け食品の多くは必需品から『ご馳走』に変わった」ことが述べられています。
 第21章「塩と偉大な魂」では、1804年、イギリスがインドのオリッサの塩を独占管理することを宣言し、私的な塩の販売を一切禁止し、「10年も経たないうちに、イギリス政府以外による塩の製造は違法とされてしまった」ことが述べられています。
 そして、1930年のオリッサが反乱勃発寸前の様相を呈したことに関して、「今日信じられていることとは逆に、塩に的を絞って反乱を起こそうとするのはそれほど独創的な発想ではなかった。だがこれを考えついたのは、まったく独創的な人物、モハンダス・カラムチャンド・ガンディーである」と述べています。
 本書は、塩を切り口に世界史を一冊で読むことができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、塩が世界の歴史の帰趨を握っていた重要な戦略物資であったことが分かります。
 日本でも「敵に塩を送る」という言葉が残っていますが、「塩」という言葉を使った故事が、どれほどの重さを持っていたか、ということを考えると、種々の故事の正確な理解に近づけるかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・世界史における塩の重要性を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 マーク カーランスキー, S.D. シンドラー (著) , 遠藤 育枝 (翻訳) 『世界をかえた魚 タラの物語』
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)』 2006年08月15日
 R.P. マルソーフ (著), 市場 泰男 (翻訳) 『塩の世界史』
 ピエール ラズロ (著), 神田 順子 (翻訳) 『塩の博物誌』
  『』


■ 百夜百音

夢がたり【夢がたり】 久保田早紀 オリジナル盤発売: 1979

 「異邦人」のヒットで知られていますが、当時の本格派ボーカリストブームの一人だけあって聴き応えあります。

『サウダーデ』サウダーデ

2007年6月 9日 (土)

日本という方法―おもかげ・うつろいの文化

■ 書籍情報

日本という方法―おもかげ・うつろいの文化   【日本という方法―おもかげ・うつろいの文化】(#870)

  松岡 正剛
  価格: ¥1218 (税込)
  日本放送出版協会(2006/09)

 本書は、日本を、「一途なところ」がありながら、「たいそう多様な歴史を歩んで」きた、「一途で多様な国」であるとした上で、「このような多様性や多義性や複雑性が機能していたのはなぜだったのか」を解明することを目的としたものです。
 第1章「日本をどのように見るか」では、本書のタイトル「日本という方法」の意味を、「日本は『主題の国』というよりも『方法の国』だろう」と述べ、それを、「編集的な方法」あるいは「日本的編集方法」と捉えたいと述べています。
 第3章「和漢が並んでいる」では、「外来コードを輸入して、内生モードをつくる」という方法のうち、「この『外来』が唐様に、『内生』が和様になっていった」と述べ、このことを日本の社会文化が自覚したものが、「和漢の並立と自立をはたした日本文字文化の実験」であると述べています。
 そして、若の例を通して、「和漢並べたて」の編集方法を紹介した上で、「このような和漢アワセがまさに王朝文化の色々な場面に出現」し、その中の最大規模のものが建築物であったと解説しています。
 第5章「神仏習合の不思議」では、神仏習合は、「日本の宗教形態の中で特異な位置を占めている」のではなく、「むしろそれがもともとのバックグラウンド」であり、「神仏習合という大きな下敷きの上に、仏教も新党も日本の大きな幹と枝の要に成り立っていると考えた方が当たって」いると述べています。
 第6章「主と客と数寄の文化」では、連歌を組み立てていった連歌師たちが、「賦物(ふしもの)」のルールをうまく取り入れたことを、「連歌には押韻がなく、韻字がありません。その代わり賦物の約束がつくられていた」として、「賦物は連句の韻に同じ」という言葉を紹介し、韻の代わりに「分かち配る」を意味する「賦(ふし)」があったことを解説し、連歌では、「好み」を分かち配っていると述べています。
 著者は、連歌を、「唱和」と「問答」の文化であり、「そのことを一座を組んで相互の参画状態にしていく遊芸」であったと述べています。
 第7章「徳川社会と日本モデル」では、秀吉による、「朝鮮半島の陸と海を戦場にした前後7年にわたった過激な戦争」の「惨憺たる結末」が、「次の徳川時代の日本モデルを変えてしまうに足るほどのもの、なにか大事なことが喪失されたか、あるいは目覚めさせられたというべきほどの大失敗」であったと述べられています。
 そして、「家康が征夷大将軍になって開府した徳川幕府」が、
(1)徳川社会が必要としたのは戦後体制だった。
(2)徳川体制とは東アジアの中国中心の華夷秩序から自律するための体制だった。
という2つの意味を持っていたと述べています。
 また、徳川社会の経済に関しては、「株仲間」について、「仲間どうしにイコール・パートナーの思想が貫かれていた」ことが注目されていることや、株仲間が経済力を発揮する上で、「吉宗の享保の改革のときの株仲間の公認、大岡越前守忠相による株仲間の監視制度の強化、さらには田沼意次が盟和年間に実施した株仲間結成促進策と、そこから運上金や冥加金をとって幕府財政に直結させた」ことが大きかったことなどが解説されています。
 第9章「古学と国学の挑戦」では、本居宣長について、「世界に通用するような原理やどこにでも適用したくなるような普遍的な原則などを使って思考したり説得するようなことは、思想の力とは認めたくないと言っている」と理解してみることで、宣長が、「和歌や古典の物語に日本人の思考の本来があるはずだ」と考えたと捉え、「もののあはれ」という心情が、「見るもの聞くことなすわざにふれて、情の深く感ずる事」であると語っていることについて、「『わざ』にふれて『こころ』が感ずるというところが宣長らしい図抜けた特色」であり、「わざ」とは、「歴史や文化の奥に潜んでいる情報を動かす方法のこと、またその方法を言い当てている言葉をしだいに実感しながら、それを使うこと」であると解説しています。
 そして、「宣長の国学」というものが、「現実としての日本をどのように管轄すべきだとか、どのようなシステムが日本にふさわしいかというようなことではなくて、そもそも本来からどのように将来が生まれてきたのかというような、いわば『ウツ』(本来)から『ウツツ』(将来)が生まれてきたプロセスだけを、ひたすら解明しようというような、そういう『日本という方法』になっていった」と解説しています。
 本書は、日本の歴史をたどりながら、その中に潜んでいる「日本という方法」を浮かび上がらせることで、現代を見る視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 松岡正剛さんといえば、「松岡正剛の千夜千冊」で知られていますが、昨年出版された『千夜千冊』は非常に厚くて個人で読破する人がどれだけいるか疑問なのですが、「所有」して見たい欲求に駆られるものではあります。置いとくスペースはありませんが。


■ どんな人にオススメ?

・日本を方法としてみる視点を得たい人。


■ 関連しそうな本

 松岡正剛 『松岡正剛千夜千冊(8冊セット)』
 松岡 正剛 『知の編集工学』
 松岡 正剛 『フラジャイル―弱さからの出発』 2005年11月23日
 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日
 松岡 正剛 『17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義』
 松岡 正剛 『花鳥風月の科学』


■ 百夜百音

ゴールデン☆ベスト【ゴールデン☆ベスト】 ザ・ヴィーナス オリジナル盤発売: 2004

 ベートーベンの名曲「エリーゼのために」をロカビリーにしてしまったヒット曲。結構ベートーベンの曲だと気づかなかった人も少なくなかったのではないかと思います。

『ヴィーナス~ザ・ベスト・オブ・ショッキング・ブルー』ヴィーナス~ザ・ベスト・オブ・ショッキング・ブルー

2007年6月 8日 (金)

GHQ日本占領史 (8)政府機関の再編

■ 書籍情報

GHQ日本占領史 (8)政府機関の再編   【GHQ日本占領史 (8)政府機関の再編】(#869)

  天川 晃
  価格: ¥6090 (税込)
  日本図書センター(1996/02)

 本書は、「占領軍の動きを知るには、この3種類の文献にあたっておくのが便利だろう」とされる、
(1)"POLITICAL REORIENTATION OF JAPAN, September 1945 to September 1948, 1950"
(2)"History of the Non-Military Activities of the Occupation of Japan 1945-1951"
(3)"Summation of the Non-Military Activities in Japan and Korea"
の中でも最も大部で詳細な活動史である(2)を翻訳したものです。
 解説者は、「明治維新に端を発した日本における近代市民革命の完成」とみなされる戦後改革を担った、「ニューディーラーを中心とする一群の人々」について、「冷戦にともなう占領政策の転換により、改革半ばにして、彼らの多くが本国へ返されて」いったことに触れ、本書は、「多くは20代から30代で渡日し、戦前から戦後への日本の変革を担った人々の自己認識に他ならない。戦後改革は、日本占領を舞台とする異文化の交錯でもあった」と述べています。 
 また、対日戦後政策の「原型」が、1944年2月18日に、陸・海軍省から国務省に対して提示された10項目の質問にあり、この中で国家行政の再編に関わるものとしては、
・政府の権限の行使は停止されるべきか
・天皇の地位はいかにあるべきか
・日本政府は中央・府県レベルでのみ監督されるべきか
・無効化すべき悪法はあるか、あるとすればどれか
というものであったことが述べられ、その後の国務省の回答を経て、国家行政の再編に関連する主題が、
・占領の目的とこれを達成するための占領統治の方式
・行われるべき措置・改革の内容
・その1つの、しかも最も重要な対象である日本の政府諸機関の取り扱い
の3点に要約することができるとしています。
 そして、「統治構造改革のために考えられた、国務省における構想の基本」が、「日本国民の代表機関の強化を中心とする政治権力の垂直的、水平的分権・分散化と、国民が政治的発言権を持つための現実的保障を行うことによって、政治と行政に民衆統制を貫徹せしめる点にあった」と述べています。
 解説者は、「占領軍が主導した国家行政の再編」が、「戦前のそれとの間に大きな変化をもたらすものであったと同時に、多くの限界もはらんで」おり、「国家行政の再編の内実を大きく制約した占領軍の問題点」は、
(1)占領軍の統治機構改革政策は、日本を自由主義国家の一員として再生せしめるというアメリカの対日戦後政策との関連において行われたため、その基本方針は、軍事機構の解体と侵略を可能とし必然化した前近代的要素の除去におかれ、国家機構を極度に弱体化することは回避され、さらに、現代国家の要請への配慮が存在していた。
(2)占領下での改革という特殊性は、アメリカ本国からの方針が基本的枠組みにとどまったことに起因し、政策の立案・遂行課程における意見の相違、対立、これによる改革の遅滞、安定と改革のジレンマ、ならびに時間的制約による改革の不徹底を生み出した。
(3)冷戦の勃発による占領政策の転換は、留保・遅滞していた改革の継続を不可能とし、達成された成果さえも覆していった。
の3点に要約できるとしています。
 さらに、廃止されたのが内務省と司法省に限られたように、「戦後改革と冷戦による占領政策の転換、その後の逆コースをへて、占領軍によって主導された国家行政の再編は、戦時下に肥大化した行政の現代的行政への以降をもたらすものであったといってよい」と述べています。
 第1章「降伏以前の状態」では「諮問機関であるとともに、組織上、天皇の至高の顧問である枢密院」が、「一般に老齢の、著名な官僚、軍人、藩閥、貴族の保守的人物で構成されたが、天皇からは位階があまりに下方すぎて、どのような経緯も喚起されず、他方で、国民からはその地位があまりに高すぎて世論の影響を受けなかった」ため、「政府のあらゆる機関の中で、民衆の受けが最もよくない機関」であったことが解説されています。
 また、天皇制について、「日本に1つのお受けしか存在してこなかったという伝説、この王家の始祖である天照大神が全ての日本人の直径の祖先であるという伝説」が、
(1)祖先崇拝
(2)皇室の崇拝
(3)日本国民の厳格な家族制度
の日本の3つの重要な要素を強化するために、「中央の権威によって連綿として育成された」と述べられています。
 さらに、元老が、「明治憲法」や「日本の基礎法のおびただしい体系のどこにも言及されていなかった」ために、「天皇に意見を求められ、また政治的危機が起こったときには、助言を行ったが、法的には責任を負わなかった」ことが解説されています。
 軍部大臣の独立性に関しては、陸海軍大臣が、「軍に関する問題にその役割を限定されていたが、慣例と特定の勅令から生ずる特殊な特権が彼らに法外な権限を与え」、「内閣総理大臣に対しても、内閣に対しても責任を追わ」ず、「天皇に対し直接の責任を負った」ことが解説されています。
 行政機関に関しては、「治安維持、思想統制立法の効果ならびに、陸海軍が押しつけた戒厳令〔軍事立法〕の拘束に加え」、さまざまな期間による規制が、「行政機関を中央集権化し、内閣総理大臣と内閣に、活動のあらゆる階梯に対する有効な統制力を与えた」と解説されています。
 第2章「降伏後の状態」では、アメリカの占領政策が、「占領目的を促進する限りにおいて、天皇を含む既存の政府機構を利用し、国民の自由に表明された意思によって支持される、平和で責任ある政府を最終的に樹立することを求めるもの」であり、「日本国民の間に民主主義的至高を復活し、強化するためのあらゆる障害を除去する」という基本方針を確実にするために、
(1)信教、結社、言論、出版の自由、個人的自由の希求と基本的人権の尊重を剥奪するのを助長した諸機関の廃止
(2)民主主義的かつ責任ある諸機関の形成に対する政府の障害の除去
(3)差別的な慣習を持つと認められる制度の改革
(4)国民を代表し、責任を持つ政府の確立
(5)軍国主義および侵略を促進する目的を持った、全ての政府機関の廃止ないし改革
(6)政府の独占的権限の分権化と地方自治政府の確立
などの諸点が基本政策に含まれていたことが述べられています。
 そして、新憲法が、「代議制の議会と議会に責任を負い、議会によって選出される内閣、独立した司法をもたらすことにより、政府の再編を必要」とし「特定の地方自治を認めることによって行政を分権化した一方で、中央政府に後半かつ高度に重要な活動分野を残した」と解説されています。
 また、復興と再建に関する問題は、1945年11月の「戦災復興院」の創設に帰結し、戦災復興院が、「戦災を受けた地域の都市計画と復興、土地の区画整理、戦災者の生活安定を管理」したことが述べられています。
 さらに、内務省は、「日本の降伏への願望の意思表示」として、大東亜省の機能概観されたことで、一時的に拡大したが、治安維持法に関する事項、検閲、外事の削除によって活動が削減され、国家神道に対する一切の後援、援助を中止したことでその影響力がさらに縮小したことが解説されています。また、内務省の民主主義化の方策と統制の緩和の方策を探るための調査研究が進められ、1946年1月31日には、「調査権だけをもち、実施機能を持たない公安課と防犯課が設置され」、8月7日には、「超国家主義的政党、結社、その他の潜在的に危険な集団の完全な調査を行うための部局が設置」されたことが述べられています。
 本書は、戦前から戦後にかけての政府機関のあり方を概観するにはうってつけの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、戦前、戦中の日本の政治体制、行政組織を見る上で、戦勝国からの偏った目ではありますが、わかりやすい割り切った視点を与えてくれます。もちろん、相当なバイアスがかかっていることを覚悟して読む必要はあります。元々、相対的に短い期間で作られた報告書である上、日本側の協力を得たとしても共通に持っているコンセンサスは少ないと考えられるので、広い意味での「誤訳」は山ほどあるんじゃないかと思います。それでも、こういった形でコンパクトかつ批判的にまとめられている意義は大きいんじゃないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・戦前・戦中の政治体制を概括したい人。


■ 関連しそうな本

 マーク ラムザイヤー, フランシス・マコール ローゼンブルース (著), 河野 勝, 永山 博之, 青木 一益, 斉藤 淳 (翻訳) 『日本政治と合理的選択―寡頭政治の制度的ダイナミクス1868‐1932』 2007年05月17日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 坂野 潤治, 田原 総一朗 『大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!』 2006年11月08
 楠 精一郎 『大政翼賛会に抗した40人―自民党源流の代議士たち』 2006年12月29日


■ 百夜百マンガ

妻をめとらば【妻をめとらば 】

 バブリーな時期にお金持ってる証券マンなのに結局惨めに死んでいった結末は衝撃的だったのかもしれません。途中で飽きて読まなくなったので、衝撃を受けた人は少ないかもしれませんが。

2007年6月 7日 (木)

インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門

■ 書籍情報

インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門   【インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門】(#868)

  白田 秀彰
  価格: ¥735 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2006/7/15)

 本書は、「ネットワークでの方のあり方」について、著者がオンライン雑誌『HotWired Japan』に連載していた「白田秀彰の『インターネットの法と慣習』」を下にまとめなおし、「ネットワークという新しい社会状況に直面する私たちが、規範や法についてどのように考えていくべきか」を解説しているものです。
 第1章「法の根っこを考える」では、インターネットが、「法的にまだ荒野だといえる部分をずいぶん含」み、「ネットワーク全体を掌握する絶対権力がない以上、そこは分散した権力のモザイクである中世的世界」であると述べています。その上で、インターネットが「単なる商売の道具になってしまう」ことを避けるためにも、「そろそろ真面目に『法』を考えてもいい頃だ」と語っています。
 そして、「判例主義」を特徴とする英米法と、「法律主義」を特徴とする大陸法について解説し、それぞれにとって「法律の持つ重みが違う」ことや、表現の自由や知的財産権をめぐるレッシグなどの法学者の諸活動が持つ意味について論じています。
 第2章「権利をしっかり知っておく」では、現時点では、「ネットワーク上の権利の実現については、まだ自らの力に頼るところが大きい」ことについて、解説した上で、ネットワーク上での紛争解決法として、当事者同士による「フレイム(言い争い)」や、掲示板やメーリング・リスト主宰者による「当事者の一方あるいは双方」の排除を解説しています。
 また、現在のネットワークにおいて、「法や制度の助けなく所有できるもの」が「名」しかなく、「ネットワーク内では『名』を軸として信用が築かれる。他の財産的なもの、例えば、コンピュータやネットワークの運用技術は現実世界のあなた自身の技能であるし、知的財産と呼ばれるものも現実世界の法を根拠に存在する」ので、「それらの財産は、ネットワーク上で形成されたとしても、現実世界に持ち逃げできる」ものであり、「ネットワークにおける秩序維持について考える場合には、紛争において『賭ける』ものには」なりえないと解説しています。しかし、「ネットワークにおいて、固定ハンドルを用いている発言者の発言や、実名で発言している人の発言が、匿名の発言者よりも信頼され、重視され、影響力を持っているというような状況」はなく、「発言の真偽は文脈や複数の情報源からの内容をつき合わせることで判断されている」ため、「固定ハンドルを採用することへの社会的あるいは規範的な動機は弱い」と述べ、「紛争解決のルールが形成される前提条件が形成できない」と述べています。
 著者は、「ネットワークで法を生み出そうとするならば、責任を引き受ける覚悟のある独立した個人が、主体にならなければならない」と述べ、「ネットワークに法をもたらすには、他人の力に依存しない自力救済の精神と、それを支える手続き的正義の実現、その手続き的正義を支える名誉感情、権利意識といった、えらく騎士道的な精神態度が要求される」と述べています。その上で、「自らの力と正義に恃み、責任を背景に決闘を行う西部劇的精神は、よかれあしかれ、ネットワーク時代の法発展を駆動している」として、「『名無しさん』の海にまどろむことの危険について少しだけ考えてほしい」と語っています。
 さらに、知的所有権に関して、「私たちが土地所有について取り立てて疑問を持たないのは、社会全体が私たちに与えた教育の結果だ」とした上で、「知的財産権に基礎を置いた『くに』」の成立のために、「知的財産権という観念を野蛮人たちに教育し、自分達の『くに』を安全にしよう、できれば拡大しようと努力している」「神聖知財帝国」と、「誰でも好きな場所で好きな労働をすることができる」とする「知的財産教」の「分派」である「ヌー国」というアナロジーによって、知的財産権とフリーソフトウェアについて解説しています。
 そして、「ネットワークにおける権威」について、「実は環境的威力がもっとも強力」であることを「アーキテクチャの支配」と表現し、「ネットワークの技術的制約が大きかった時代には、利用者の自由は反比例的に小さくなる。できることの幅が狭かった」ため、「このときネットワーク利用者たちはアーキテクチャという世界的な権威に知らず知らず従っていた」が、技術的制約がどんどん解消されるに連れて、「ネットワーク世界を縛ってきた条件が緩んだ」ので、「利用者の自由がもたらす紛争が増大」したと述べています。
 第3章「これからの法と社会を模索する」では、「ネットワークにおける多数派」が、「政治的な活動に消極的な人たち」であるという傾向は、「世界的な傾向」だろうと推測する理由として、政治的なものに対する消極的な立場を、
(1)その人なりの政治的立場はあるけれども、ネットワークを非政治的空間と把握していて遠慮している人たち。
(2)もとより政治的志向がまるでない人たち。
(3)矛盾しているみたいだけど、政治的立場として政治的なものをネットワークから排除することを主張している人たち。
の3点挙げています。
 そして、「基本的な政府の役割が『国防・治安、市場・信用秩序の維持』にあること」から、ネットワークにおいては、「それらに対応する能力の基礎となる傍受能力と暗号作成・解読能力がそのキモに」なり、「それらの力は、現実世界における軍事力に該当する」と述べています。
 また、「妥当でバランスの取れたルールを作るために、利害関係者が議会で正々堂々と対決するというのが民主主義の政治のあり方」であるならば、「ネットワークでしか代表されえないような利益が生じているにもかかわらず、そうした利益集団が代理人を議会に派遣できないような状況がずーっと維持されるならば、内乱や革命みたいなことにはならないにしても、新しい形態のメンドウな事態になるかもしれない」と述べています。
 その上で、「ネットワークの治安とか統治の問題で、今いちばん必要なのは、アンダーグラウンドと呼ばれる領域が何を価値として動いているのかを研究し明確化する作業とか、明確化された価値を正当な政治的要求としてまとめるとか、そういうことなのかもしれない」と述べています。
 「終章」では、「いかにして法を成立させうる政治的回路をネットワークに実装するか」という問いに対する答えを提示すべく、「とりあえず政治的回路を形成するために条件」として、「政治的に行動できる人々が、責任ある同一性を持った状態(顕名あるいは一貫した変名)でネットワークにおいて行動することであり、かつ、私たち一般の人々が、そうした政治的に行動しうる人々をちゃかしたりばかにしたりせず、その主張と活動の当否を理性的に評価すること」であると述べています。
 本書は、インターネットという領域を扱ってはいますが、法と慣習について考えるにはいい教材になるのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 『HotWired』(http://hotwired.goo.ne.jp/)の連載は途中まで読んでましたが、小難しい内容と山形浩生っぽい書き振りが気になって途中で投げ出してしまってました。改めてまとめて読むと思いのほか面白かったです。


■ どんな人にオススメ?

・インターネット上の秩序を考えたい人。


■ 関連しそうな本

 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 アダム N.ジョインソン (著), 三浦 麻子, 畦地 真太郎, 田中 敦 (翻訳) 『インターネットにおける行動と心理―バーチャルと現実のはざまで』
 エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
 金子 郁容, 藤沢市市民電子会議室運営委員会 『eデモクラシーへの挑戦―藤沢市市民電子会議室の歩み』 2005年10月21日
 川上 善郎 (編集), 高木 修 『情報行動の社会心理学―送受する人間のこころと行動』 2005年11月19日


■ 百夜百マンガ

東京ラブストーリー【東京ラブストーリー 】

 トレンディドラマの代表作になりましたが、そういえばどんな話だったのかは思い出せません。
 当時出回り始めたショルダーバッグ型の巨大な携帯電話のことくらいしか覚えてないです。

2007年6月 6日 (水)

開発主義の暴走と保身 金融システムと平成経済

■ 書籍情報

開発主義の暴走と保身 金融システムと平成経済   【開発主義の暴走と保身 金融システムと平成経済】(#867)

  池尾 和人
  価格: ¥2520 (税込)
  NTT出版(2006/5/25)

 本書は、戦後を、第1世代(戦後最初の30年)と第2世代(次の30年)に分け、「いまわれわれは、第2の世代を終えて第3の世代に突入しようとする転換期にいる」と述べた上で、「第2世代期について(若干その前史も含めて)振り返って」いるものです。著者は、今後5年から10年に賭けて解決していかねばならない問題として、
(1)社会保障制度を含む広い意味での財政システムの再構築
(2)次世代の人的資本(人材)の質を維持・向上させること
の2点を挙げています。
 著者は、本書において、「人為的低金利政策(ないしは、護送船団行政)を組み込み、開発主義のエンジンとしての役割を果たしてきた戦後日本の金融システムの姿を『開発主義金融』と命名」し、「戦後の第1世代機には順機能的に作用してきた」が、戦後の第2世代機には、「逆機能的に作用するようになってしまった」と指摘し、「戦後の第2世代期には、開発主義は不要になっていたのに、政策レジーム持続のメカニズムが働いて、それを廃することができなかった」と述べています。
 第1章「開発主義金融システムの形成」では、戦後日本の金融システムが典型的な「銀行中心の金融システム」となった過程において、
(1)1920年代後半の銀行危機の発生
(2)戦時体制への移行とその下での経済統制の実施
(3)戦後直後の諸改革と労働争議の経験
の3つの大きな歴史的出来事が無視できない作用を及ぼしていると述べています。
 また、高度成長期の金融制度について、鈴木淑夫氏の見解、すなわち、
(1)間接金融の優位
(2)オーバーボロイング
(3)オーバーローン
(4)資金偏在
の4点が基本的特徴だという指摘が通説化してきたことを紹介した上で、これらの特徴は、「金融制度のあり方の結果というべきものであって、観察された行動パターンを記述しただけで、金融制度そのものの特徴とは違うと考えられる」と指摘しています。
 著者は、高度成長期に確立した「人為的金利政策を組み込んだ銀行中心の金融システム」が、より端的には「開発主義金融システム」と呼ぶことができると述べ、その定義として、村上泰亮氏による「開発主義とは、私有財産制と市場経済(すなわち資本主義)を基本枠組みとするが、産業化の達成(すなわち一人当たりの生産の持続的成長)を目標とし、それに役立つ限り、市場に対しての長期的観点から政府が介入することも容認するようなシステムである。開発主義は、明らかに国家(あるいは類似の政治的統合体)を単位として設定される政治経済システムである。その場合、議会制民主主義に対して何らかの制約(王政・一党独裁・軍部独裁制など)が加えられていることが多い」という定義を紹介しています。
 第2章「開発主義金融システムの暴走」では、「いったん導入された政策は、当初の目的が達成された後も、あるいは政策導入時とは環境が変わってしまった後も、廃止されず、継続される傾向が強く見られる」という「政策の持続(policy persistence)」の原因として、
(1)政策変更による利益と損失の分布が事前には不確実であるために、変更がなされたとしたら多くによって支持を受けるであろう変更も、実施がためらわれる。
(2)政策の変更には合意の形成が必要であるが、政策を維持するためには改めて合意を取り付ける必要がない。
(3)政策の導入は、それに対応した関係者による埋没費用(sunk cost)になる投資を誘発することになり、事後的には、その投資の価値を守ろうとする関係者の働きかけによって政策の持続が生み出される。
の3点を挙げています。
 また、バブルが、「収益面での強気の期待やリスク・プレミアムの低下に繋がったユーフォリア、または『国民の自信』の強まりという要因と、長期間継続した金融緩和政策による低金利状況という要因の2つが組み合わされることによって発生した」と述べ、「バブルの発生に関する大枠的理解としては、現状ではほぼコンセンサスができているといえる」と紹介しています。
 そして、「世界(特に米国)の金融機関が、最新の金融技法を身につけ、新たな金融手段を活用する能力を高めようと努力していたときに、日本の金融機関は、金利や手数料の自由化に反対することで、資産価格の変動背の高まりという時流そのものに背を向け続けるとともに、国内での利権争いにもっぱら血道を上げていた」と指摘し、「こうした我彼の対応ぶりの違いは、10年もしないうちに、金融業の国際競争力の差として顕在化することになる」と述べています。
 第3章「開発主義金融システムの保身」では、ベルギー国立銀行のミッチェルによる、「銀行部門が大量の不良債権を抱えて危機的な状態に陥っていると分かったときに、政府が取りうる政策」として、
(1)自己責任(self-reliance):不良債権を銀行の勘定に残したまま、銀行自身の問題として銀行に解決を求めるという放任型の対応。
(2)債務移転(debt transfer):不良債権を銀行のバランスシートから専門的な回収機関に移すという対応。
(3)債務取り消し(debt cancellation):不良化した再建を放棄し、借り手の債務を免除するという対応(要するに徳政令)。
の3点を挙げています。
 第4章「開発主義金融システムの瓦解」では、「需要サイドと供給サイドを截然と二分して両者を対立的なものとして考えるのではなく、需要と供給の相互作用まで考慮すれば、負の生産性ショックが発生したことが、需要不足と緩やかな物価の下落を含む1990年代以降の日本経済の長期低迷の最も根本的な原因だと考えられる」とした上で、「ここでいう負の生産性ショックとは、文字通りの生産性上昇率の外生的な低下が生じたと言うよりも、それと同等の効果を持つ期待の下方修正」であると述べています。そして、1990年ごろを境に「2つの重要な出来事(ショック)が日本経済の供給サイドに関わって生じている」という林=プレスコットによる指摘、すなわち、
(1)「時短ショック」:1人当たり労働時間の低下
(2)全要素生産性(TFP)上昇率が1990年以降大きく低下したこと。
の2点を紹介しています。
 著者は、「日本銀行が長期にわたって大幅は金融緩和を続けて、潤沢な資金供給を続けているにもかかわらず、それが経済全体に行き渡らないのは、銀行を通じた資金の供給に目詰まりが生じているからだ」という「目詰まり論」を紹介したうえで、「目詰まり論」の「結論そのものは正しいといえるが、そうした結論が導かれる論拠は違ったものだと考えられるべき」だと指摘し、「生産性低下の背景で問われるべきなのは、開発主義金融システムという日本の金融システムのあり方そのものだった」と述べています。
 第5章「政府と金融システム」では、バブル経済崩壊後十数年が経過し、「民間企業部門は過剰債務の解消を実現した」といわれるようになったことについて、「実際のところは、今はまだ民間企業部門が抱えた過剰債務を政府部門に付け替えるという前半局面が終わっただけで、政府部門に付け替えられた債務の償却という後半局面はこれからだといえる」と述べています。
 また、米国などと比較した国際の保有構造について、「個人による直接的な保有比率が低く、金融機関を通じる間接保有になっている」という点について、「郵便貯金(とくに定額郵便貯金)をどう位置づけるかで、異なった理解になりうる」と述べ、「定額郵便貯金の商品性は、財務省が直接に発行を始めた個人向け国際のそれと極めて近しいものであるとともに、米国で個人向けに出されている国債であるsaving bond(貯蓄国債)のそれとも非常に類似している」として、「要するに、割拠性(縦割り)という日本国の政府組織構造のゆえに、債務負担行為に関する権限が一元化されておらず、(旧)郵政省の発行する負債は国債とはあまり観念されず、(旧)大蔵省の発行する負債のみが国債と見なされてきた」が、「もし債務負担行為に関する権限が一元化されていれば、郵便貯金(少なくとも定額郵便貯金)は個人向け国債として位置づけられて当然なものに他ならない」と述べています。
 そして、財政健全化のためには、「増税と歳出削減が実現できるかどうかが本丸」であり、「郵貯・簡保がその保有資産350兆円の使途を民間部門に向けるためには、それに先行して公的部門から同額の債権回収を行う必要」があり、「いかにして公的部門は債権回収に応じられるのかが問われることになる」と指摘しています。
 終章「ポスト・ビッグバンの課題」では、「日本において市場型金融を拡大する必要が差し迫ったものとなっている理由」として、
(1)価格シグナル機能の活用の必要性
(2)金融システムに負荷されるリスク量が増大しており、銀行部門にリスク負担が集中する構造では負担に耐えがたくなってきている。
(3)成熟化の進展とともに、新たな投資機会を見出すことが難しくなってきている。
の3点を改めて挙げています。
 著者は、「規制緩和を行い、自由化しただけでは、市場機構が十全に機能するようになるものではない」と述べ、「フリーとフェアを両立するためには、既述したように、制度基盤整備が不可欠である」と述べ、「日本経済が真の市場経済として進化するためには、この(個別的利益追求活動のための不可欠な前提となる)制度基盤整備にかかわる集団的行動を組織し遂行するだけの知恵と実行力が必要」であると述べています。
 本書は、日本の経済システムについての現状を明らかにした一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本の戦後というと、「焼け跡からのゼロからの出発」という表現がよく使われますが、占領軍にとっても、まったくゼロから行政から政治から経済から統治していくというのはできないわけで、戦時中のシステムのうち、使えるものは使っていったようです。
 「1940年体制」の真偽のほどは別として、本書で解説されているように、戦時中の統制経済のシステムが戦後の日本経済に残した遺産は決して小さくありません。
 経済と同じように、日本社会に残された戦時中のさまざまな慣習や制度も少なくないと思うのですが、そういうのを正面から取り上げた研究というのはやはり少ないのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・高度成長が戦時中の経済システムをベースにしていることを押さえたい人。


■ 関連しそうな本

 鶴 光太郎 『日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて』 2007年05月23日
 星 岳雄, アニル カシャップ (著), 鯉渕 賢 (翻訳) 『日本金融システム進化論』 2007年05月08日
 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 北坂 真一 『経済政策を担う人々―官の構造改革』 2007年05月25日
 野口 悠紀雄 『1940年体制―さらば戦時経済』


■ 百夜百マンガ

駐禁ウォーズ【駐禁ウォーズ 】

 テレビなどで交通取締りの理不尽さを訴え続けている人ですが、マンガにすると感情移入しやすいですね。
 同じように、マンガ化が向いている分野の本は多そうです。

2007年6月 5日 (火)

「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために

■ 書籍情報

「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために   【「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために】(#866)

  ジョセフ・L. バダラッコ (著), 金井 寿宏, 福嶋 俊造 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  東洋経済新報社(2004/06)

 本書は、「すべてのマネジャーが直面する可能性のある、ともに正しい選択肢をめぐる葛藤について考察」したもので、「こうした対立について考え、解決策を模索するための、あまり知られていない現実的な方法を提示」したものです。著者は、「限られた時間と情報の中で解決を迫られる」マネジャーが直面する「厄介で、複雑で、苦悩にあふれた政治的なジレンマに満ちた」問題に対して、「マネジャーが困難に直面したまさにそのときに、行動の規範となる指針」こそが価値があると述べ、「最も有益な指針は、回答を与えることではなく、『問い』を投げかけることだ」と述べています。著者は、本書の主眼を、「回答を提示するのではなく、読者自らが回答を引き出せるように、読者を刺激し、読者に挑むこと」であると述べ、「生活と仕事につきもののジレンマを解決するうえで、思慮深く、実用的で、個人的に意義のある判断のよりどころを提供することを目的にしている」と語っています。
 第1章「汚れた手」では、マネジャーが直面する「個人の価値観を深く問われるような問題」について、「選択肢の正誤がはっきりしている」状況の判断ではなく、「観点によってはいずれの選択肢も正しい」状況での決断であると述べ、ジャン-ポール・サルトルの戯曲のタイトルから「汚れた手」の問題と呼ばれていることを解説しています。この言葉は、作中で、第二次大戦中の共産党の地下組織のベテラン指導者が、若く熱心な党員に対し、「君は手を汚さずに統率できると思っているのか」と語ったことに由来しています。
 著者は、「ともに正しい選択肢どうしをめぐる葛藤」が、「経営上の問題を超えて人生の問題に波及する」理由として、「ひとたび下した決断は、永遠に消し去ることができない」ことを挙げ、この問題を、「厄介で、複雑で、深刻な問題である」が、「しかもそうした状況での決断は非常に重要であり、無視することもできない」と述べています。
 そして、この「正しい選択肢どうしの間からの選択」を「決定的な瞬間」と名づけ、その基本的特徴として、
(1)その人の本質が明らかになる。
(2)その生き方が試される。
(3)その人格が形作られる。
の3点を挙げ、「正しい選択肢同士の間からの意思決定を通じて、マネジャーや、場合によっては企業そのものの基本的な価値観が明るみに出る」と同時に、「マネジャーや企業のコミットメントの強さが試される」と述べています。
 第2章「ともに正しい選択肢のはざまで」では、本書でくり返し紹介される、以下の3つのケースを紹介しています。
(1)黒人の出席を望んでいるクライアントの要求に応えるためだけに、何の貢献もしていないプロジェクトのプレゼンテーションに出席するべきかどうかという問題に直面する一流投資銀行に勤めるアフリカ系アメリカ人のアナリスト。
(2)家庭の事情で長時間勤務できない部下の女性を、仕事の遅れや他の社員のモチベーションを下げるという理由で解雇すべきか、「家族に優しい」職場の実現という会社の方針に沿って解雇すべきでないかという問題に直面するミドル・マネジャー。
(3)新製品の経口中絶薬の発売をめぐり、中絶手術に伴う傷害や死亡の危険から女性を守ることと、不買運動を展開する可能性のある中絶反対派の圧力団体と、女性の権利擁護や医療費の削減を期待する政府という、複雑に入り組んだ利害関係に直面する製薬会社の経営者。
 著者は、これらのケースの中でも、とくに(3)に関しては、「最も難しいタイプのもの」であるとして、「経営者が三次元のチェスをしているようなものだ」と述べています。
 第3章「役に立たない倫理の大原則」では、これら3つのケースに用意された道徳的指針として、
(1)企業のミッション・ステートメントと倫理指針
(2)法律上の責任
(3)道徳哲学が教える基本的な原則
の3点を挙げた上で、これらの倫理原則が、
(1)非常にあいまいである。
(2)違法行為や犯罪を主要なテーマにしており、その対策にのみ重点が置かれている。
という2つの問題を指摘しています。
 第4章「『睡眠テスト』による倫理」では、「解決の難しい倫理的問題に直面したときは、個人的な洞察、感情、本能に頼るべきである」という「睡眠テスト」と呼ばれる手法を紹介した上で、そのためには、「健全な倫理的本能が機能するには、思慮深く、成熟した人間性が前提としてなければならない」と述べ、「まやかしの睡眠テストの罠に陥る」危険性を指摘しています。
 第6章「ほんとうの自分になる」では、哲学者であるニーチェが、重要な個人的決断が、「個人の将来につながるきずなを作る機会でもある」と考えたことについて、その課題の核心部分を、「本当に自分になれ」という忠告の形で表現したことを紹介し、そのための4つの問い、すなわち、
(1)自分の感情と本能に照らしたとき、そのジレンマは土のように定義づけられるか。
(2)葛藤する責任や価値観の中で、自分の人生や自分が大切にする共同体(コミュニティ)に最も深い根を持つものは何か。
(3)将来を見据えたとき、今後の「わが道」はいずくにあるのか。
(4)自分が最も大切にしている目標を実現するためには、想像力と大胆な行動力とともに便宜主義や抜け目なさをどのように駆使すればよいか。
の4つが重要性を持つことを解説しています。
 第7章「真実はプロセスにあり」では、マキアヴェッリの世界観を紹介した上で、
(1)自分の組織の決定的な瞬間として活用したいと希望している状況や問題について、強力で、説得力があり、競合する解釈としてはほかにどのようなものが考えられるか。
(2)有る人たちからの支援を受けたいと思っているとき、その人々にとって、この状況と自分のアイデアの実用的価値がどの程度あるのか。
(3)自分が大切に思う価値観が、組織にとって真理となるようにプロセスを全体としてうまく組み立てたか。
(4)勝つためにプレイしているか。
(5)社内の政治的問題を個人的な問題に結び付けているか。
の5つの問いを投げかけています。
 第8章「力量(ヴィルトゥ)、美徳、および成功」では、マキアヴェッリの造語であり、「公人の倫理規範」を意味する「力量(ヴィルトゥ、virtu)」という言葉を、「活力、自信、創造力、抜け目なさ、大胆さ、実用的なスキル、個人としての力、決意、自己規律などを組み合わせた概念」であると解説し、マキアヴェッリが、「すべての人場高潔で協力的であれば、力量など不要である」と認めているが、「現実世界はそうはなっていない」ことを述べています。
 そして、「経営者が企業の社会的役割や利害関係者との関係性を定義する決定を迫られたとき」に、参考となるであろうマキアヴェッリの教訓として、
(1)成功の意味を取り違えてはいけない。成功とは、磐石で繁栄する組織を作ることである。脆弱で窮乏した組織では、まともな業績は残せない。
(2)反対勢力の動きを見極めること。反対勢力の倫理観を過大評価してはいけないし、その力を過小評価してもいけない。
(3)経営者は、社会における企業の役割を自社にのみ都合のよいように一方的に定義することはできない。企業の役割とは、必ず交渉を通して決まるものである。
の3点を挙げています。
 本書は、企業の経営者はもちろん、数多くの「決定的瞬間」に直面する多くの人々に読んで欲しい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の巻末の「監訳者解説」では、神戸大学の金井寿宏教授が、本書の原著の書名にある「決定的瞬間(Defining Moments)」を、「人生を彩り、とりわけ節目を彩り、そこを越える前と越えた後で、世界の見え方を変えていき、自分の生き方を変えていく瞬間だ。翻訳を拒む、味のあるフレーズなので、どうか英語のまま覚えてもらいたい」と絶賛しています。
 日本語の「決定的」という言葉は、元々は字面通りに「決定するような」という意味だったものが、ニュアンスが変化してしまったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・正解と正解との間の選択を迫られている人。


■ 関連しそうな本

 ジョセフ・L. バダラッコ (著), 夏里 尚子 (翻訳), 高木 晴夫, 渡辺 有貴 『静かなリーダーシップ』 2006年05月31日
 Harvard Business Review (編集), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (翻訳) 『リーダーシップ』 2005年12月16日
 金井 寿宏 『リーダーシップ入門』 2005年3月31日
 ジョン・P. コッター (著), 梅津 祐良 (翻訳) 『企業変革力』 2005年02月19日
 C.I.バーナード (著), 山本 安次郎 (翻訳) 『新訳 経営者の役割』 2005年03月29日


■ 百夜百マンガ

ヨリが跳ぶ【ヨリが跳ぶ 】

 スポーツマンガのカテゴリーではありますが、ついついひねくれた目で見てしまえるところが楽しみでもあります。

2007年6月 4日 (月)

地ブランド 日本を救う地域ブランド論

■ 書籍情報

地ブランド 日本を救う地域ブランド論   【地ブランド 日本を救う地域ブランド論】(#865)

  博報堂地ブランドプロジェクト
  価格: ¥1995 (税込)
  弘文堂(2006/8/19)

 本書は、地域が、「変革の機会を捉え、地域経営という発想を持ち、自らの魅力を掘り起こし、ターゲットに対してその魅力を積極的に発信することで、選ばれる地域を目指す努力が欠かせなくなって」いる時代のキーワードである「地域ブランド=地ブランド」について解説したものです。「地ブランド」とは、民間企業のブランド論を、「地域経営・地域づくりに応用するもの」であると解説され、
(1)場に着目する観光地ブランド
(2)モノに着目する特産品ブランド
(3)そこに住む人、生活に着目する暮らしブランド
の3つから構成されていると述べられています。
 STEP2「ブランドとは何か?」では、ブランドイメージについて、
(1)受け手(=お客様)の頭の中で作られるもので、送り手の一方的なメッセージだけでは成立しない。
(2)意識する、しないに関わらず、送り手と受け手の数限りない接点すべてによってブランドイメージは形作られる。
の2点を挙げています。
 STEP3「強いブランドとは?」では、数多くのブランド群から頭一つ抜け出す強い「ブランド」には、
(1)オリジナリティ
(2)ブランド・アイディア
(3)インターナルの信頼
(4)継続性
の4つの特徴があることが述べられています。このうち、(3)については、「内部の人間の心を動かし、信頼させる力がない『ブランド』に、外部の人の心を動かし、信頼させる力がないのは、考えてみれば当然のこと」であると述べられています。
 STEP4「地ブランドのつくり方」では、地ブランド作りのステップを、
(1)「推進母体づくり」:専門部会や協議会などの推進母体を創りそのブランドに関わる人々の意志を束ねる。
(2)「シンボルづくり」:ブランドの価値を規定・共有した上でネーミング/マーク等のシンボルを作りそのブランドだけが持てる資産をカタチにする。
(3)「接点づくり」:流通整備やメディア露出等によりブランドと社会との接点を創りそのブランド独自の価値や魅力を知らしめる。
の3段階で解説しています。
 そして、「地ブランドづくりに不可欠」な、「関係者が一体となり合意形成を行うためのプログラム」である「博報堂オリジナルワークショップ(HOW)」を紹介し、その進行を、
(1)共有:所属する部門や組織の立場を超えて自由に意見を出し合える場づくり。
(2)拡散:ヴィジョン設計のためのキーワードとなる各自の夢、想いを出し合い、発想を広げる。
(3)収束:キーワードを分類、整理、優先順位付けし、ヴィジョンをともに創る意識を形成する。
(4)ヴィジョン構築:総まとめとしてヴィジョンの設計、共有化を行う。
の4段階で示しています。
 STEP5「地ブランド・コアコンセプトのつくり方」では、「オリジナリティのない地域」はなく、「問題は、眠っているオリジナリティを輝かせる切り口、あるいはあまりにも当たり前に存在しているため見過ごされているオリジナリティへの光の当て方が理解されていないこと」であると述べています。
 そして、そのための客観的な自己分析の方法として、「SWOT」というマーケティング手法、すなわち、
・Strength(強み)
・Weakness(弱み)
・Opportunity(機会)
・Threat(脅威)
の4つの視点で要素を洗い出す手法を紹介しています。
 SYEP6「地ブランドをつくるあなたへ」では、「前向きに地域づくりを進めたいが、現実にはさまざまな問題を抱えていて、とても地ブランドどころではない」という声に対して、「これまでの事例を見ても、むしろ問題を多く抱えていた地域だったからこそ、地ブランドづくりに成功したというケースは枚挙にいとまが」ないと述べ、問題を抱えているからこそ、「地元の人々が死活をかけて新しい地ブランドづくりに取り組む条件がむしろ整って」入ると述べています。
 そして、地ブランドづくりの過程で必要となる人材として、「ばか者、切れ者、よそ者」の3つのタイプの人を挙げています。
 本書は、問題を抱えている地域にとって、ヒントになるかもしれない一冊です。


■ 個人的な視点から

 お金出して買うものではありますが、イメージ的には博報堂の「地域ブランドづくりカタログ」といった感じでしょうか。決して悪いことが書いてあるわけではないのですが、仕事に結び付けたい思惑が前に出すぎるのはどうかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・地域ブランドのイロハを押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 関 満博, 及川 孝信 『地域ブランドと産業振興―自慢の銘柄づくりで飛躍した9つの市町村』
 小林 憲一郎 『街のブランド化戦略―実現に向けての3技法』
 島田 晴雄, NTTデータ経営研究所 『成功する!「地方発ビジネス」の進め方 わが町ににぎわいを取り戻せ!』
 博報堂ブランドデザイン 『ブランドらしさのつくり方―五感ブランディングの実践』


■ 百夜百マンガ

ウルトラ兄弟物語【ウルトラ兄弟物語 】

 原作の設定無視で飛ばし続ける壮大な宇宙大叙事詩。子供を助けられなかったトラウマに苛まれ、酒を煽るウルトラマンが読めるのは、かたおか先生のウルトラマンだけ。

2007年6月 3日 (日)

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦

■ 書籍情報

素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦   【素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦】(#864)

  ジョン・ダービーシャー (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2730 (税込)
  日経BP社(2004/8/26)

 本書は、1859年8月にベルリン・アカデミーの通信会員になった若き数学者ベルンハルト・リーマンがアカデミーに提出した論文によって公にされた「リーマン予想」、すなわち、
「ゼータ関数の自明でない零点の実数部はすべて1/2である」
について、「この予想の歴史と、そこに関わった何人かの人物について述べるとともに、この深遠で謎の結論を、それを理解するのに必要な分だけの数学を示しながら、一般の読者層にも理解できるようにすることを試みている」ものです。著者は、リーマン予想について、「普通の読者は、たとえ高等教育を受けていても、上級の数学の勉強をしていなければ、この文章はおそらく理解できないだろう」と述べたうえで、本書の対象読者を、「知的であり、かつ好奇心もあるが数学者ではない」と規定しています。
 第1章「カード・マジック」では、数学が従来分けられていた下位部門を、
・算術:整数と分数の研究
・幾何学:空間中の図形の研究
・代数学:数学的対象(数、直線、行列、変換)の代わりをする抽象的記号を用い、それら記号を組み合わせるための規則を研究すること。
・解析学:極限の研究
と示した上で、「数学の4つの部分は、数学の世界の歩き方を示す大雑把なガイドとしては、まだ立派に使える。19世紀数学最大の成果の一つ」、すなわち、著者が後に「大融合」と呼ぶものである「算術を解析学につなぎ、まったく新しい研究分野、解析的数論」を生んだことを理解するための指針としてもいいと述べています。
 第2章「土壌と作物」では、「リーマンの生涯を読み取ろうと思えば、その生涯をこの環境を背景において見なければならない」として、「リーマンが生まれ育ち、大事にし、離れているときも切に求めた環境」であると述べています。
 著者は、「リーマンは地味でいくぶん哀れを誘う人物だった」という味方が、「外見とふるまいだけを考えることになる」と述べ、「サマセット・モームが画家ゴーギャンの生涯に触発されて書いた小説、『月と6ペンス』に出てくるあるエピソード」、すなわち、ハンセン病で死んだ主人公の画家が住んでいた粗末でぼろぼろに荒れ果てた建物の、「内側の壁は床から天井まで、明るい、神秘的な絵が描かれていた」ことを引き合いに、「リーマンはそんな小屋のような人だった。外から見るとなんともみすぼらしかったが、内側では、太陽よりも明るく燃えていた」と述べています。
 第3章「素数定理』では、素数が、「紀元前300年ごろ、エウクレイデス[ユークリッド]がみつけた」ものであり、「だんだんまばらにはなっても、なくなることはない」ことの証明を紹介した上で、「素数の分布」は「広大で多面的」であり、「リーマン予想はその中心にある」と述べ、素数の分布の目立つ特徴として、
(1)だんだん稀薄になる点であり、素数定理がそれを表すいい近似式となっている。
(2)無作為性(ランダムネス)という性質。
の2点を挙げています。
 第6章「大融合」では、「『数える』ための数と『量る』ための数との区別は、人間の思考と言語の習慣の奥にある」と述べた上で、「リーマン予想は計数論理と計量論理との遭遇、本章のタイトルで言う『大融合』から生まれた」ものであり、「それを正確な数学の用語で述べると、算術の観念の一部が解析学の観念と結合して新しいもの、つまり解析的数論という数学系統樹の新しい枝を形成したときに生じた」と述べています。
 著者は、算術がもつ「特異な性格」として、「問題を言い表すのは簡単だが、証明するのは恐ろしいほど難しい」ことを紹介し、1742年にクリスチャン・ゴールドバッハが出した「2より大きな偶数はすべて2つの素数の和として表される」という有名な予想を紹介しています。
 そして、「算術と解析学との間のつながり」である「黄金の鍵」を本格的に使った最初の人物であるディリクレが、リーマンの師であったことを紹介し、「ディリクレの業績のことをきっと知っていたであろうことは思い出しておこう」と述べています。
 第10章「証明と転機」では、極度に論理的な数学者の例として、ドイツの解析学者、カール・ワイヤーシュトラスを紹介した上で、「リーマンはその対極」にあり、「ワイヤーシュトラスが岩登りで、崖を少しずつ手順を踏んで進んでいくとしたら、リーマンは空中ブランコ芸人で、空中に大胆に身を投げても、空中のどこで目標に達するかには自信があって――見ている側からすると、しばしば危険なほど間違っているように見えるが――本人にはつかむべきものがあるのだ」と評しています。
 第12章「ヒルベルトの第8問題」では、20世紀のリーマン予想の物語を、「この時代の大数学者たちを遅かれ早かれとらえたある執着の物語である」と述べています。
 第13章「複素関数を見る」では、リーマンが、「非常に強力な視覚的想像力があったらし」いと紹介し、「問題をこんなふうに考えた。複素平面全体を考えよう。実数軸の負側(左側)に沿って切っていき、原点で止める。その切れ目の上側を持って、それを時計回りに、原点を中心点にして回す。右回りに360度ぐるりと回そう。すると伸びたシートの上に来て、切れ目の反対側が下にあることになる。その部分をシートを潜らせて(複素平面は無限に伸びるだけでなく、もやのようなものでできていて、そこをくぐり抜けることができるとも想像しなければならない)、元の切れ目と合わせる」と述べ、「2乗する関数が複素平面に対して行うことはそういうことである」と述べています。そして、ここからリーマンが一つの理論全体を展開した都市t、絵「リーマン面」の理論について紹介し、「リーマンの大胆で恐れを知らない、独創的な想像力の典型的な産物」であり、「史上最大の精神の一つが生み出した果実である」と述べています。
 第22章「正しいかそうでないか、いずれかだ」では、ヒルベルトが一般の人々に向けた講演で、
・リーマン予想(RH)
・フェルマーの最終定理
・自分が1900年の会議で挙げた23問の問題7
の3つの問題が、上から易しい問題であると述べたことを紹介し、実際には、下から順に証明され、リーマン予想だけが未だに証明されていないことを述べています。
 著者は、「RHの証明はわれわれの今の把握力からはるかに超えているものと信じるということにする。RHに対する試みの現代史を調べていると、長く困難な戦争の話を読んでいるような気がしてくる」と述べ、「RHは登るべき山だが、どちらの方向から迫っても、いずれ広い底なしのクレパスの縁に出てしまうようなものだ」と述べています。
 そして、「われわれは知らなければならない。いつか知ることになるだろう」という言葉で締めくくっています。
 本書は、リーマン予想をめぐる現代人にとっての戦況報告と同時に、それに立ち向かっていった勇者たちを紹介している良書です。


■ 個人的な視点から

 「フェルマーの最終定理」や「四色問題」が証明された今、「リーマン予想」は残された難問の代表的なものなのですが、ヒルベルトは、早々に解決されるだろうと思っていたというのが意外でした。
 この理由が、本質的に扱いにくい問題なのか、パッと見が単純で分かりやすい難問であるフェルマーや四色問題の方に関心が集まってしまった結果なのかは分かりませんが、何世紀も数学者を悩ませる問題というのはロマンがありますね。


■ どんな人にオススメ?

・未だに証明されていない難問に取り組みたい人。


■ 関連しそうな本

 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 Alfred S. Posamentier, Ingmar Lehmann (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『不思議な数πの伝記』 2007年05月27日


■ 百夜百音

八神純子2CD BEST【八神純子2CD BEST】 八神純子 オリジナル盤発売: 2005

 「みずいろの雨」の高音が気持ちいいです。
 「パープル・タウン」のイントロというか、サビ前の転調部分もかっこいいです。

『ザ・ベスト・セレクション』ザ・ベスト・セレクション

2007年6月 2日 (土)

写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎

■ 書籍情報

写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎   【写真と地図で読む!帝都東京・地下の謎】(#863)

  秋庭 俊
  価格: ¥1050 (税込)
  洋泉社(2004/04)

 本書は、『帝都東京・隠された地下網の秘密』、『帝都東京・隠された地下網の秘密2』で知られる著者(秋庭氏)が、これまで著書の中で解説してきた、東京の地下に潜んでいるとされている戦前の地下網をうかがわせる「証拠」を、ふんだんに写真を用いて紹介しているものです。
 日比谷シティの地下の、日本プレスセンター、富国生命、日比谷国際ビルの3つの高層ビルが、「資本も系列も違うにもかかわらず、なぜか揃って地下3回と4階の壁をぶち抜き2層の巨大な地下駐車場を共有している」ことを、「一般の常識では考えられないような話である」と述べ、当時の関係者が、「新しい試みに参加したということです」と証言していることについて、「この地下駐車場は、当時、霞が関駅と同じような状況にあった。防空壕のような地下建築が隠されていたということである。地下3階4階という駐車場のフロアーが、おそらくその地下建築そのものになり、このときの工法は、霞が関駅が防空壕の地下2階を利用した時と同じもの」であり、「地下3階と4階を残して利用すると決まった」ことが、「新しい試み」であるという仮説を立てています。さらに、隣の言いのビルの地下駐車場が地下4階であること、少し離れたりろな銀行の地下駐車場も地下4階であることから、「このあたりの地下4階の駐車場は戦前の地下網の遺跡であり、日比谷シティの建設とともに、その一部がリニューアルされた」と述べています。
 また、溜池山王駅の複雑な構造について、現在の溜池山王駅の北半分にあたる場所に、「東京中央電話局麹町分局」という「地上3階、地下2階のカマボコ型の防空建築」があり、南半分には、1944年、「米国の空襲に備え、官公庁の疎開が行われ」、「東京鉱山監督局の防空壕」に、商工省という巨大官庁がそっくり移ってきたことを挙げ、「その防空壕がいかに大きかったかがわかる」として、「溜池山王駅の構内は、北半分と南半分との間に大きな段差がある。2つの巨大な防空壕をドッキングさせた結果ということではないだろうか」と述べています。
 丸ノ内線の後楽園駅については、地下5階の吹き抜けにそびえる青い柱の写真を紹介し、「地下鉄後楽園駅は、柱の駅である。そんな駅になってしまった理由は、おそらく地下にある。それは古く戦前からこのあたりの地下に眠っていて、丸ノ内線を地上に追い出し、女子中学生の激突事故を引き起こし、それでも、国民には伏せられてきた何か」であるとし、後楽園に、「かつて砲兵本廠が置かれていた。東京最大の武器工場である。帝都に地下網を整備するとなれば、三宅坂の陸軍、霞が関の海軍、竹橋の東部軍などと並んで、重要な拠点のひとつだったことは間違いないだろう」と述べています。
 さらに、戦後着工された丸ノ内線のカーブが、戦前に使用されていた単位の200ヤードに相当するものがあることを挙げ、「東京の地下は権力であり、金である。地下を牛耳っているものは、権力と金を手にしている。膨大な額に上る機密費は、領収書1枚必要とされない。巨額の予算を使って、仮に何一つ建設しなかったとしても、その話は決して公にはならない」として、「東京の地下の真実が今もって明らかにされない」のは、皇室の威光を利用して、「後藤新平の帝都復興計画を潰し、営団廃止法案を闇に葬った」一派の意向であると述べています。
 本書は、取り立てて目新しさはないものの、見慣れた都会の風景をちょっと違った視点から見ることができるようになる一冊です。


■ 個人的な視点から

 今回は写真集ということで、衝撃的な写真の一つも期待したものですが、当たり前に撮れる写真ばかりで、その意味では(予想通り)拍子抜けしました。
 それでも写真と地図をふんだんに使い、前著では分かりにくかった文章が図とともに整理され、新事実はなくても、本書を契機に東京の地下の問題に目を向ける人が出てくることは価値のあることだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・東京の地下に何があるかが気がかりになった人。


■ 関連しそうな本

 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密』 2006年10月4日
 秋庭 俊 『新説 東京地下要塞 ― 隠された巨大地下ネットワークの真実』 2007年03月18日
 今尾 恵介 『日本地図のたのしみ』
 マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年01月07日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』


■ 百夜百音

MAYUMI CLASSICS【MAYUMI CLASSICS】 五輪真弓 オリジナル盤発売: 2002

 江口寿史がよく髪型をネタにしてましたが、今聴き直すとやっぱりいい声ですね。

『恋人よ』恋人よ

2007年6月 1日 (金)

地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較

■ 書籍情報

地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較   【地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較】(#862)

  神野 直彦, 池上 岳彦
  価格: ¥3150 (税込)
  東洋経済新報社(2003/07)

 本書は、「財政調整制度を国際比較と歴史的観点から具体的に分析し、財政調整制度の改革の方向を提示」しているものです。
 第1章「財政調整の理論と制度」では、「本書を貫く立場」が、「地方政府に課税権を認めるだけでは、たんなる『自己責任』に過ぎず、地方自治を支える自己決定権は確保できない。自己決定権を実現するためには、財政調整制度が必要である」と述べています。
 そして、財政調整を正当化する公共経済学の議論として、
(1)地方財政府の権限に基づく歳出責任に対して地方財源が不足する「財政ギャップ」(fiscal gap)つまり財源の垂直的不均衡がある場合、その不均衡を解消する必要がある。
(2)すべての地方政府が同じ税制を持ったとして、供給できるサービスの水準は団体によって異なるという財源の水平的不均衡。
(3)住民の平均所得、必要不可欠な公共サービスの需要量およびその供給コストが異なることは、団体間の不平等な財政力という垂直的公平の問題を発生させる。
の3点を挙げています。
 これらを踏まえ、財政調整の必要性を、「地方自治を支える財政的な地方分権の観点からは、地方税を中心とする自主財源が最も重要である。しかし同時に、国民としての一体感が存在することも事実である。特に対人社会サービスに関しては、標準的なサービスを行うのに必要な一般財源を保障することが求められる。また、人間が一生の間に居住地を移動する権利を有することおよび水・森林・農地等の国土利用・保全を考慮すれば、都市と農山漁村は相互依存関係にあるといえる」とした上で、「同額の地方税を負担したものが同じ水準の地方政府サービスを受けられることを保障する水平的公平の観点から見ても、また財政力の違う地方政府にそれぞれ適切な取り扱いをすることで地域間の所得再分配を行う垂直的公平の観点から見ても、財政調整の必要性が導き出される」としています。
 第2章「日本における財政調整制度の生成過程」では、「大正期における市町村義務教育費国庫負担金制度から地方分与税までを対象として、日本において、どのように財政調整制度を生成してきたかを明らかにする」としています。
 1935年には地方財政の改善策の諮問を受けた内閣審議会が、「国費地方費の負担区分や税源配分の検討など、中央地方を通じた根本的税制改革の必要性を述べると同時に、財政窮乏にある団体に対して、応急的に国庫から一定金額を交付して税負担の軽減を図るべき」であると中間報告し、これを受け、町村のみを対象に「臨時町村財政補給金制度」が成立したことが解説されています。
 さらに、昭和15年の税制改革において、「地方団体が付加税あるいは独立税の形態において直接に課税するもの(直接課徴形態の地方税)と国が特定の租税を国税として課徴し、これを地方分与税として地方団体に交付するもの(間接課徴形態の地方税)に分けられ」、「ここで地方分与税が地方税として明確に位置づけられた」ことが述べられています。この地方分与税は、
(1)地方団体への財源保障(財源付与)
(2)地方団体間の財政調整
(3)国と地方団体との財源調整
の3つの機能を果たしており、「国庫からの『交付金』と『間接課徴形態の地方税』という性格の二重性を持つ」といわれていることが解説されています。
 しかし、「地方団体への財源保障(財源付与)、および地方団体缶の調整だけではなく、国と地方の財源調整を行うという国の立場に立った財政調整制度(地方分与税)は、シャウプの批判するところとなり、地方の立場に立った財政調整制度(平衡交付金)」が1949年に勧告されたことが述べられています。
 第3章「日本における財政調整制度の形成」では、「地方政府と上位政府との関係に焦点を当て」たシャウプの結論として、
(1)シャウプは税源分離について「地方政府の税源も能力原則に従った所得税が望ましい」と大原則を述べながらも、「地方政府の一般財産税を完全に利用できるなら、地方の独立と歳入の確保の両社を実現」できるとして、地方税として独立税源である財産税を選択してる。
(2)シャウプは不可避的な富の分布の不均衡を調整することに対する正当性を主張し、課税力と経済的生産力に不一致が生じた場合には、財政調整が必要となると主張した。
(3)シャウプは補助金に対し、分与税(shared taxes)と比較して「地方政府の要求にも中央政府の統制にもよく適応する」と述べ、補助金の形態は「平衡交付金であるべきであり、促進的補助金や分与税であるべきでない」と手中推しながらも、「国家ないし州全体にとって強い課題となる特定目的に対し付与されるべきである」と特定目的の補助金を想定していた。
(4)シャウプは税源競合緩和のため、財政調整方法を包括的に検討する期間の必要性を主張した。
の4点が述べられています。
 また、1943年のアメリカ財務省による『政府間財政関係報告書』を取り上げ、この報告書が、
(1)財政調整に関する考え方が不安定性を内包していた。
(2)報告書の主目的が、戦時の国防支出のため追加税源を獲得することにあった。
(3)政府間の公債政策に関する提言が欠落している。
(4)連邦補助金の批判が、連邦政府の視点からなされている傾向が強い。
(5)連邦補助金に対する具体的提言がなされていない。
等の限界を有していたことなどを指摘しています。
 著者は、三位一体の改革において、地方交付税の改革のみが先行しようとしていることについて、「交付税改革は地方への税源移譲が先行して初めて効果的に行いうるもの」であり、「地方交付税改革を考えるとき、地方税という自主税源を基軸にして財政調整制度が補完するという『シャウプ勧告』の視点を忘れてはならない」と主張しています。
 第4章「地方交付税」では、現行の地方交付税精度について解説し、「地方債の元利償還に関して、直接の元利補給や利子補給以外に、国が地方交付税制度を行う措置」として、事業費補正以外に、
・単位費用の形で算入する方式
・密度補正で算入する方式(上水道、簡易水道、病院)
・特別交付税の配分基準に算入する方式(災害特例債、防災集団移転、藻場・干潟整備保全など)
があることを挙げ、単位費用における公債費の算入について、
(1)特定の条件下の事業を支援する地方債
(2)地方財政対策としての地方債発行
について論じています。
 また、地方交付税の基本的な仕組み自体は、1954年の創設以来変わっていないものの、「算定の精緻化とともに、特定財源的な要素や財政危機対策という性格が強まってきた」ことを指摘しています。
 第5章「ドイツの財政調整制度」では、「州の独立性が強く、市町村は州に属するとされる」ドイツ共和国について、「州の財政調整は連邦財政調整と呼ばれ、連邦と州の間で行われるのに対し、市町村の財政調整は基本的には州と市町村との間で行われる」と述べています。
 そして、ドイツの財政調整制度の最大の特徴として、「所得税や売上税といった基幹税を連邦、州、市町村の共同財源とし、その一部を財政力が調整されるように配分していること」であると述べています。
 そして、ドイツの財政学者であるツィンマーマンによる財政調整の分類を、
・広義の財政調整
 ┗受動的財政調整(任務と支出責任の垂直的配分)
 ┗能動的財政調整(収入の配分)
  ┗基本的能動的財政調整(税源の垂直的配分)
  ┗補完的能動的財政調整(収入の再配分、狭義の財政調整)
   ┗上から下への支払い(交付金)
   ┗下から上への支払い(財政調整分担金)
   ┗同レベルでの支払い(狭義の水平的財政調整)
のように説明しています。
 また、「任務の割り当て」に関しては、「連邦の憲法である基本法には連邦が立法すべき領域と立法できる領域が示されており、州には連邦が立法を行っていない領域についてのみ立法を行うことが認められている」ことが解説されています。
 さらに市町村財政調整について、「使途の限定を受けず一般財源に充てられる一般交付金、中でも特定のルールに従って配分される基準交付金を中心として構成されている」ことが、「ドイツの交付金制度においては、交付金を通じて州が市町村の活動をコントロールする可能性が、比較的小さく抑えられていることを意味している」と述べています。
 そして、州間財政調整については、「まず、その目的が諸州の財政力を近づけることにあり、そしてその際には諸州の独立性と連邦の連帯性とを同時に配慮しなければならないという基本原則が示された」上で、「課税力については州と市町村のすべての税収によってこれを計ること、財政需要については州と市町村の人口を基準としながらも、追加的な需要が考慮されるよう人口が補正されるべきであること」が示されていると述べています。
 第6章「フランスの財政調整」では、「フランスにおいて国から地方公共団体へトランスファーされる補助金等の財政補助(concour financier)を取り上げ、もっぱらその財政調整効果に焦点を当て」、「財政補助がもたらす地域間再分配効果の実態を定量的に分析することを主たる目的」としています。
 そして、フランスの地方公共団体の数が、その総数は「約3万7,000」と「わが国の約11倍」であり、「平均人口で見れば、フランスの州がわが国の県に相当する」のであり、「市町村の場合は人口1万人以下が3万5,691団体と、全体の97%を占めている」ことが解説されています。
 著者は、本章の結論として、
(1)フランスでの国と地方公共団体館の形式的税源配分の状況は、1990年代において、おおよそ国が8割強、地方が2割弱となっているが、国から地方公共団体への財政補助の存在を考慮した実質的税源配分では、国が約7割、地方が約3割へと変化し、この形式的税源配分から実質的税源配分への変化は、わが国ほど著しくない。
(2)1980年代以降、国から地方公共団体に対する財政補助は、補助金の構成比が低下し、減免税保障等措置の割合が上昇している。
(3)州レベルでは、コルテスに海外領土4州を加えた5つの州において、人口1人当たり地方税収額が突出し、この上、補助金が人口100万人以下の州に傾斜配分されたため、財政補助は地域間財政力格差を拡大する方向に機能している。
(4)県レベルでは、州の場合ほど地方税収の地域間格差が存在せず、財政補助により地域間財政力格差がわずかながら是正されている。
の4点をまとめています。
 第7章「スウェーデンの財政調整制度」では、1993年の補助金制度改革が、「『国の経済政策』と『地方分権』という2つの観点からの要請、すなわち国全体の財政の効率化と地方の財政自主権の強化という2つの要請があるなか、これらの要請に同時に応えるための1つの回答であったと位置づけることができる」と述べています。
 そして、スウェーデンの財政調整制度については、「水平的財政調整と垂直的財政調整の2つの制度に分離して評価するのではなく、トータルとして『地方団体間の財政調整を伴う垂直的財政調整制度』と捉えるのが妥当ではないか」と述べています。
 著者は、スウェーデンにおける財政調整制度と日本における最近の地方財政制度改革にかかる議論との関連から、
(1)スウェーデンの1990年代における補助金制度の改革は、地方分権の推進の観点からだけではなく、国・地方を通じた財政の効率化・健全化を図ることを目的に実施された。
(2)水平的財政調整は、それのみで独立したものではなく、あくまでも垂直的財政調整(包括交付金)とセットで議論され、導入された。
(3)現行制度の見直しをめぐる議論では、コスト構造の調整方法だけでなく、課税力の調整(税収均てん化)の程度・方法がむしろ大きな論点になっている。
の3点を指摘しています。
 第8章「インドネシアとフィリピンの財政調整制度」では、「いまだに地方エリートが中央国家権力からの自立性を強く保っている場合が多い」インドネシアとフィリピンについて、「統合」の視点から財政調整制度改革を論じています。
 終章「地方交付税改革のシナリオ」では、財政調整制度の改革をデザインする上で、「第2次世界大戦後に定着した財政制度の構造的改革の一環として、財政調整制度の改革が議論されなければならない」と述べた上で、「いずれの先進国でも、大2次世界大戦後には、国民国家が所得再分配によって国民統合を図るため中央集権的財政制度を確立してきた」が、その中でも、「日本の財政制度の特色は、地方財政の決定権を中央政府が握ることによって、執行を地方政府にゆだねるという『集権的分散システム』を定着させたこと」にあることを指摘しています。
 著者は、「『集権的分散システム』という日本の財政制度を、『分権的分散システム』に大きく転換させるためには、『2つの非対応』とりわけ『行政任務と課税権との非対応』を解消しなければ」ならず、「そのため国税から地方税への税源移譲により、国税と地方税との税源配分を抜本的に改めなければならない」と述べ、何よりも基幹税の再配分、すなわち、「所得税と消費税つまり消費型付加価値税という2つの基幹税の再配分が必要となる」と指摘しています。
 そして、地方交付税改革のシナリオとして、
(1)使途を限定した補助金は可能な限り削減されなければならない。
(2)中央政府が企画する補助事業を限定した上で、中央政府と地方政府に配分した行政任務に対応して地方税との税源配分が実施されなければならない。
(3)地方政府に配分された行政任務と地方税とによって生じる財政力格差を是正し、地方政府に配分された行政任務のミニマム水準を遂行する財源を保障するものでなければならない
(4)財政力較差を是正し、ミニマムを保障する方式は、地方政府の意思決定を拘束するものであってはならない。
(5)財政力較差を是正する水準や保障するミニマム水準は、国民の共同意思決定によって決定されると同時に、地方政府に意思を述べる権限が保障されなければならない。
の5つの基準を挙げています。
 本書は、財政調整制度について、過去の日本の経緯と国際比較がコンパクトに収まった良書です。


■ 個人的な視点から

 参院選を前にして「ふるさと納税」が盛り上がっていますが、「都市対地方の格差」の問題が、小手先の寄附金の議論で有耶無耶にされてしまうのは、本書を読み終えた人にはいささか納得のいかないところなのではないかと思います。
 寄附税制の問題はもちろん重要ですし、NPOを含めてどんどん議論して欲しいですが、都市と地方との間の財政調整の問題は、きちんと税源配分の問題から議論したいものです。


■ どんな人にオススメ?

・「ふるさと納税」ってよく分からない人。


■ 関連しそうな本

 石原 信雄 『新地方財政調整制度論』 2007年05月31日
 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日
 松本 英昭 『新地方自治制度詳解』 2007年03月12日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 兵谷 芳康, 小宮 大一郎, 横山 忠弘 『地方交付税』 2007年03月22日


■ 百夜百マンガ

藤子不二雄物語 ハムサラダくん【藤子不二雄物語 ハムサラダくん 】

 ついついコロコロ伝説注文しちゃいました。創刊号から読んでた世代としては、実はまんが道よりもハムサラダ君だったりします。「テヅカジチュウ先生!」

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