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2007年8月

2007年8月31日 (金)

租税原理―課題と改革

■ 書籍情報

租税原理―課題と改革   【租税原理―課題と改革】(#953)

  牛嶋 正
  価格: ¥3,990 (税込)
  有斐閣(2004/07)

 本書は、元参議院議員でもある著者が、40年間にわたる研究生活をもとに、
(1)税制が経済社会の中にあって最も基本的な枠組みを与えるものと想定し、それゆえに、税制改革は常に「先行型」で進めるべきであり、また、すべての構造改革に先駆けて進めるべきであることを明らかにしていく
(2)税制が経済構造ないしは産業構造を基盤とする上部構造であって、税制改革を進めるにあたっては経済構造の実体およびその変化を正確に把握することが前提となることを明確にしておく。
(3)「租税論」の経済学における地位を少しでも向上させる。
(4)租税論が既存の経済理論の応用に留まらず、そこで全く新しい分析手法なり、分析結果を生み出されていくように、租税論の内容を高めていく。
の4つの目標を掲げてまとめたものです。
 第1章「租税論の体系と租税原則」では、租税に関する研究が、
(1)税の公平ないしは公正に関する研究
(2)課税の経済効果に関する研究
(3)課税方法や徴収方法など税の仕組みに関する研究
の3つの領域に大別されると述べています。
 第3章「税の公平・公正に関する研究」では、多くの分配論の中から、2つの主要な考え方として、
(1)貢献に応じた分配:誰もが、自分の受け取る所得は生産に対する貢献に基づくものという暗黙の了解の下に、労働に対するインセンティブを持ち続ける。
(2)必要に応じた分配:多くの人々の協力で生産された生産物を社会を構成するメンバーの構成水準を最大限まで高めるために、どのように分配すればよいかを検討する。
の2つを取り上げ、両者の比較を行っています。
 また、1950年のシャウプ税制の租税政策上の成果として、「納税者の税に対する考え方に大きな影響を与えたこと」を挙げ、「所得税の累進的構造を決めるに当たって、税の公平に関する原則が前面に出され、税を負担することは国民の責務とする考え方が前面に押し出され、それを関連して、申告納税制度が建前とされた」ことで、「多くの人々が所得税を納めることで、税に対する関心や意識を高めていったこと確かである」と述べています。
 著者は、「税の公平の基準の一つを与えてきた、利益説ないしは応益原則と、『受益と負担』の明確化の考えにはかなりの違いがある」と述べ、利益説が、「財政支出による種々のサービスの供給は効率に行われていることが前提になっているのであって、そのサービスの供給から受ける受益に応じて、ここの納税者が税負担を負うとき、税の公平が実現する」とするのに対し、「受益と負担」の明確化の考えは、「納税者の立場から、『受益と負担』の関係の明確を求めながら、財政支出の抑制と効率化を要求する」ものであると述べています。
 そして、多くの先進国において1980年頃から累進度を緩和させる方向をたどってきたことについて、「税の公平は累進課税によって守られるという考え」がどのようにして生まれてきたのか、について、「所得税が戦費調達の主力として、はじめに臨時税として導入された経緯と関連している」と述べ、第二次大戦後、税の公平に関する議論が、「所得税の公平は累進課税によって支えられる」という命題の根拠付けに努めてきたが、「いずれの試みも成功を収めたとはいえない」と指摘しています。
 また、「戦後、世界経済が順調に展開されていた1960年代および70年代は、いずれの国も堅実な経済情勢を背景に高所得者から多くの税をとるという考え」を持ち、累進度の高い所得税構造を設定してした状態が長く続いたことで、「誰もが『所得税の公平は累進課税によって実現する』という考えを持つようになった」が、1980年代以降、世界経済に不安定さが増すにつれ、「中堅所得者層の労働インセンティブと関連して累進度が問題にされること」になり、「各国とも所得税の思い切ったフラット化を進めることになった」と述べています。
 著者は、「等しく与えられたものから、等しいものを出し合う」という普遍的な原則を満たす税構造として、「比例課税の所得税と消費税とが導出された」と述べ、この2つの税目が、「いま、わが国の税制が目指さねばならない『広く、薄い』課税に適合することを考えるとき、『等しいものを出し合う』という原則こそ、『広く、薄い』課税を支える基本的理念となるものである」と述べています。
 第4章「税制の変遷と改革」では、シャウプ勧告がわが国の税制に対して示唆した理念ないしは基本的方向として、
(1)公平を重んずる税制
(2)所得税を基幹とする税制
(3)地方自治を支える税制
(4)安定化要因がビルトインされた税制
の4つの項目にまとめています。
 また、高度成長期の後半から安定成長期に掛けての税収の推移について、
(1)所属税収は1974年の大幅な落ち込みを見るまで順調な伸びを示すことになり、健全な財政運営を可能にした。
(2)税収の順調な伸びを支えてきたのは所得税であって、1960年代の法人税に代わって、70年代では所得税が税制において第1位の地位を固めていった。
(3)所得税収の内訳を源泉分と申告分に2分して見るとき、源泉分は1960年代に引き続き堅調に推移し、所得税収の安定性を支えているが、60年代から70年代にかけて、申告分が源泉分を上回る伸びを示している。
などの特徴点を指摘しています。
 さらに、アメリカが所得課税の改革で「広く、薄い」課税の実現を図ったが、わが国の税制だけが世界の潮流から大きく乖離してしまった理由に関して、「減税が恒例化していくなかで、いつの間にか、納税者が『税制改革は減税のために行われるもの』という固定観念を持つようになり、所得税の導入にあたっても、『増減税同額』の原則を持ち込まざるを得なかった」ことを挙げています。
 著者は、1980年代に成熟社会を迎えるに当たり、「世界の税制の潮流に沿って『広く、薄い』課税の方向に向かうべきであった」が、いずれの税制改革も中途半端に終わり、さらにバブルの進行と崩壊によって、その改革が先延ばしとされたことを指摘しています。
 第5章「租税論の課題と挑戦」では、「20世紀から引き続いて日本経済が直面している課題およびこれから直面しようとしている課題」として、
(1)潜在生産力の枯渇
(2)少子・高齢化の進展と人口減少の始まり
(3)地方分権の進展と参加型社会への移行
(4)グローバル化の進行と産業空洞化
(5)地球温暖化の防止と環境問題
の5点を挙げ、税制改革との関連を検討しています。
 また、国から地方への税源移譲によって自主財源比率の向上を目指すときの、税収の地域間格差の是正の問題に関して、「新しい格差是正の仕組み」として、
(1)市町村の合併
(2)逆交付税制度
の2点を挙げています。
 さらに、所得税のフラット化の推進に当たり、「所得税と住民税の統合による共同税の導入は避けることはできない」と述べ、「地方に配分された所得税をここの市町村のどのように配分するか」が問題になり、地域間格差をできるだけ抑えるための配分方法として、「各市町村に対して所得税の納税者数を基準に比例配分する」ことを挙げています。
 著者は、「国と地方の財政調整制度が各自治体間の格差是正とともに、個々の自治体の特色も延ばしていくという役割を持つためには、現行の制度のもとでは、国庫支出金を通じての交付額を抑えて、その分、地方交付税による財源移譲を強めていくことが求められる」と述べた上で、国から地方への税源移譲に当たり、格差の拡大を抑えるために、
(1)税源の異常にあたって使われる税目、特に、自治体側の税目を十分に考慮してできるだけ普遍的な税目を選ぶこと。
(2)現行の地方交付税制度と異なる格差是正制度の導入を図ること。
の2つが考慮されるべきであると述べています。
 本書は、わが国の税制改革について考える上で、長期的な視野と分析視点とを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 いつのまにか、「税制改革」とは減税のことである、ということが日本の有権者の常識になっている、という指摘が新鮮でした。ある意味では、民主主義が強く利きすぎていると言えるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・自分の税金はとられすぎだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 石 弘光 『税の負担はどうなるか』 2007年07月20日
 カール・S. シャウプ (著), 柴田 弘文, 柴田 愛子 (翻訳) 『シャウプの証言―シャウプ税制使節団の教訓』 2007年02月13日
 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日


■ 百夜百マンガ

仮面ライダーをつくった男たち【仮面ライダーをつくった男たち 】

 巨大なウルトラマンと違って、等身大の仮面ライダーは、怪人の造形的にもテレビで見ると少ししょぼかったですが、ごっこ遊びでは感情移入しやすいキャラクターでした。風圧で回る変身ベルトとかありましたし。

2007年8月30日 (木)

戦後所得保障制度の検証

■ 書籍情報

戦後所得保障制度の検証   【戦後所得保障制度の検証】(#952)

  村上 貴美子
  価格: ¥4,725 (税込)
  勁草書房(2000/06)

 本書は、日本の所得保障制度に関して、50年型制度体系の形成過程を明らかにすることを目的としたものです。
 序章「1950年型所得保障制度の研究視点」では、先行研究に関して共通した分析方法として、
(1)基本的にマルクス経済学に依拠した分析である。
(2)その分析方法は演繹法を用い、分析視角が研究者の分析時点にある。
の2点を挙げ、1980年代以降、従来の分析方法と異なる研究方法が台頭してきたとして、「今日から過去の事実を分析するのでなく、過去の一定の歴史的時点で当該事実を把握し、その意義を問い直す方法」が現れ、本書も「運動論ないし理念型のような演繹法は用いず、可能な限り第一次資料を発掘し、徹底した帰納法を用いる」方法に沿っていると述べています。
 そして、本書が、「わが国の所得保障制度の形成過程を、発展史として検証する」ものであると述べています。
 第1章「救済対策の成立」では、明治維新期の救貧政策が、「貧困問題が社会問題として浮上し、その対応策として発案・形成されたとするよりも、新政府の体制確立手段として、その機能を発揮することを目的として発案、実施された」と述べています。
 また、1874(明治7)年12月8日に達せられた「恤救規則」が、救済の前提は人民相互の情誼にあり、公的救済は緊急回避できない場合に限り行うとの立場に立った」ものであったと解説しています。
 さらに、1932(昭和7)年度から実施することになった救護法が、「市町村に救済義務を貸すという公的な義務規定を導入し、対象者の自立を念頭に置いた新しい救済理念を持つ法律として制定されたが、他方において、隣保相扶を基礎とする従来の救済理念を併せ持つ、過渡的な法律として制定された」と述べています。
 第2章「防貧政策の成立過程」では、厚生年金保険法の制定による被用者に対する防貧対策の確立過程の特徴として、
(1)歴史の連動性:海上労働者の保障から出発した船員保険法に、陸上労働者の保障内容を越えた年金制度が導入されたことで、陸上労働者の年金近制度の樹立を促すという連鎖作用
(2)防貧政策の二重性:防貧政策の基底部分に、労働者の生活安定を求めながら、制定された年金制度はあたかも積極的に戦争遂行に加担したかのように、表層部分で戦争と一体化した展開を示した。
の2点を指摘し、「年金保険制度は社会保障制度の中で、歴史的連続性をもっとも明確に体現し、防貧政策は戦時下という時代の波に大きく翻弄されながら、戦前期に着実にその機能を高め、戦後の社会福祉政策に継承する基盤を確立した」と述べています。
 また、1938(昭和13)年の厚生省創設に合わせ、その外局として設置された保険院の初代保険院総務局企画課長となった川村秀文が、「就任と同時に『社会保険の一大体系』を樹立することを企画し、『国民年金保険制度』を構想した」ことが述べられています。
 さらに、年金保険制定に対する時代要請の第一の要因が、「労働力の培養すなわち生産力の増強と産業戦士の士気高揚」似合ったことを指摘しています。
 そして、1941(昭和16)年に制定された「労働者年金保険法案」の趣旨が、「高度国防国家体制下における労働者の生活安定」にあったことを指摘しています。
 第3章「生存権保障理念の形成」では、憲法第25条の制定が、「資本の蓄積を第一義目標として富国強兵策の下に、労働力保全として推進してきた従来の社会政策を、大きく質的に展開させ」、
・平和産業下の労働者対策を主とする労働政策(憲法第27条)
・生存権・生活権を保障する社会福祉政策(憲法第25条)
とに分離・純化し、「基本的人権の確保を前提とする政策へと質的展開をし」、「わが国が民主主義国家を表明すると同時に、国民生活の基底部分を保障する社会福祉政策の生成を促した」と述べています。
 また、1946年10月1日に制定・施行された生活保護法(旧法)が、SCAPIN775号「社会救済」で示された「一般・普遍的な救済政策の基本政策、すなわち国家責任による無差別平等な最低生活保障の原則」に則ったものであり、「戦後生活援護体制はようやく緊急体制を脱し、普遍的な生活困窮者対策としての公的扶助体制を確立した」ものであると述べています。
 また、戦争未亡人に対する特別法の制定を目指していた日本政府は、「GHQの無差別平等の原則の下に、一般・普遍的な母子福祉政策へと展開を図る」こととなったが、「その内実は現行立法の最大限の活用によるものであり、依然として未亡人(母子)家庭の生活は苦しく、社会保障制度審議会における生活保護法の改正審議に影響を与えた」と述べています。
 第4章「被用者年金制度の確立過程」では、1944年にイギリスの「ビヴァリッジ報告案」をひそかに入手した厚生官僚が、戦後国民生活を構想する中で、「基本的に『国民共済組合法』で全国民を一本の法体系に組み入れた上で、被用者および多子家族の特殊性に考慮した非常に簡単明瞭な法体系」を構想したことについて、「今日大きな問題となっている制度間調整あるいは制度の一本化がこのときすでに志向されている」ことを指摘しています。
 また、GHQが、「今の日本の年金制度は現実に機能していない」という理由から、「現実に機能するような法律改正」として、「日本国民は今非常に生活に困っているから、今の掛け金よりも低くする方法を考えてくれ」と指示し、「給付の改善と保険料の減額」と含んだ意向を示したと述べ、これを受けた厚生省が、「保険料負担の増加を回避し保険活動を停止する一方で、給付を引上げることにより社会保障制度としての年金制度を維持するという、保険理論からは到底承服できない改正を実施」したことを解説しています。この結果、「厚生年金保険法は形式的には積立方式による長期保険構想を維持したものの、将来、保険給付が本格化し給付総額が増額した場合には、財政的負担を伴なわざるを得ないという矛盾を内在」したと述べています。
 第5章「非被用者年金(拠出)制度の成立」では、全国民を対象とする年金制度の創設が、社会的要因として、
(1)人口構造の変化:敗戦による在外邦人の引き揚げによる急激な人口の増加と戦後ベビーブームによる出生率の一時的激増。
(2)民法の改正:1947年の民法改正により、生活保持義務と生活扶助義務を規定し、夫婦間および未成熟の子に対する絶対的な扶養規定と、親族間における一般的扶養規定とを分離し、旧民法の家督相続と一体化した親族に対する扶養義務を解消し、夫婦を単位とする扶養関係を法的に成立させた。
の2つの要因を持っていることが述べられています。
 また、国民年金制度の創設に関して、厚生省が1957年に「国民年金委員会」を設けて、拠出制および無拠出制の年金制度について本格的に検討を開始し、その最大の論点は、「拠出制年金の最大の欠点は、低所得者層、無給家族従業者あるいは主婦など拠出能力のない者に、年金が与えられないという結果が生じる」という「低所得者層など保険料負担能力のない者に対する取り扱い」であったことを述べています。
 さらに、85年の年金改正が、「25年前の厚生省および社会保障制度審議会の論点が、高度経済成長を経た結果、形を変えて再燃したもの」であり、被扶養配偶者問題が25年間放置された要因として、
(1)通産年金通則法の施行に伴ない各共済組合法が改正され、配偶者に関する保障規定が厚生年金程度になったことにより、とりあえず各種共済組合に対する厚生省の問題指摘を緩和できた。
(2)当時の夫と妻の社会的役割関係に対し、夫は仕事、妻は家庭という一定の社会通念が存在した。
(3)国民年金制度施行後は、結果として高度経済成長に支えられ、国民生活が安定してきたが、労働力需要が高まったことで、女性の社会進出を促進させ、家計支出の増加を支えるために専業主婦の参入を余儀なくし、次第に夫に扶養される妻の像を形骸化させていった。
の3点を挙げています。
 第6章「補完的年金保険制度の成立」では、国民年金委員が、「全国民を包括的に適用対象とする国民年金制度の一つの構想としての無拠出制は採用しない」としながらも、「わが国において当面要望されている経過的な、限られた範囲における無拠出制度」について検討を行い、その理論的拠り所として、
(1)拠出制ではカバーできない制度発足時の「既発生事故」をカバーできること。
(2)拠出制発足時に最低拠出期間を充足できない、一定年齢以上の層への対応が可能であること。
(3)所得水準が低く拠出能力のない者への対応が可能であること。
の3点を挙げ、「拠出制の年金の網の目から漏れるものに対して、公的扶助によって所得保障を行うことをもって足れりとしないで、少なくとも老齢・廃疾・生計中心者の死亡というようなものについては、無拠出でも年金を支給すべき」であるとの前提認識を持っていたこと、実施に当たっては、
・拠出制の給付額より無拠出制の給付額を低く抑えること。
・公的扶助の基準が句を下回らないこと。
の2点を留意事項としていることを紹介しています。
 第7章「皆年金体制の確立」では、1960年10月から拠出制国民年金制度の加入手続きが開始されたが、政府が、「全国民を対象とする年金制度の確立」を目標におき、皆年金体制を確立するためには、「国民年金法第7条3項に規定する別の新たな法律」である、「通算年金通則法の制定が必須」であると述べています。
 そして、厚生省が、通算規定が存在しなかった理由を、
(1)各公的年金制度間の給付体系および財政方式等が相違していること。
(2)通算による費用の増大の問題が生ずること。
(3)通算により年金制度の性格の変化を来たし、長期勤続者を優遇するという従来の人事管理ないし労務管理的色彩を弱めることになる。
(4)事務量の増大と事務処理の複雑化をもたらす。
のように分析していたことを紹介しています。
 また、通算制度による皆年金体制が、「被雇用者年金制度のみでは達成できず、国民年金制度が被用者年金各制度の基底にあって初めて可能となる」ことが、「国民年金制度の被保険者の強制適用から、被用者年金加入者の被扶養配偶者を適用除外としてことにより、通算制度の前提であると同時に、通算制度の本質ともいうべき被保険者期間を有しないにもかかわらず、被用者年金加入者の被扶養配偶者期間に限って資格期間(から期間)として認めるという法的矛盾を法定する結果」となるという、「甚だしい擬制のうえに立った案」であったことを解説しています。
 著者は、通算年金制度が、
(1)各種公的年金制度を並存させた通算規定であり、1950年所得保障制度体系の一つの特徴である並存型をより複雑化した。
(2)被用者年金の被扶養配偶者の取り扱いに関して、本人は任意加入をしない限り、被保険者期間を持ち得ず、結婚前に公的年金の加入期間がある場合には、通算規定の加入期間25年以上を満たしえず、「じゅずつなぎ方式」の本来の通算理念では、通算年金は支給できないため、被用者年金の被扶養配偶者期間に限り、「から期間」としての加入期間の算定基礎期間に加えることを法定した。
の2つの問題点を内在させたままで施行されたことを解説しています。
 第9章「社会保障税の構想」では、社会保障税構想の挫折要因として、
(1)日本の租税体系を抜本的に改正し、恒久的な租税体系を日本に樹立することを最大のテーマとした、シャウプ慣行における社会保障税構想の位置付けが、間接税の一環に付記されたにとどまったこと。
(2)社会保障税の内容として、社会保障制度全体を包含する目的税構想ではなく、現行社会保険制度の一部の被用者のみを対象として、しかも被用者のうちの政府管掌のみをその対象とする案であり、財政的県治からは確実な歳入財源を確保することになるが、社会保険行政の見地からは、いたずらに事務体系の複雑化をもたらしたこと。
(3)標準報酬体系の廃止・所得課税方式への移行。
の3点を挙げた上で、社会保障税構想挫折の最大の要因は、「シャウプ韓国の主たる目的が、日本の所得税を確立することにあり、社会保険税構想が消極的勧告にとどまったことにある」と指摘しています。
 終章「一体的所得保障制度の構築を、めざして」では、1999年の年金改正が、「21世紀を目指した負担と給付の均衡を求めた改正」であり、その特徴は、
(1)公的年金制度の変化
(2)負担と給付の均衡の構築
であることを解説しています。
 そして、なお一体的な所得保障制度確立のためには、
(1)年金制度の根幹である基本権の事項
(2)個人単位の年金制度の確立
(3)所得保障制度として年金制度の役割の明確化
(4)所得保障制度の一体化、連携化
の4点を挙げています。
 本書は、日本の所得保障制度を理解する上で、避けて通れない重要な一冊であると同時に、これに限らず、政策がフリーハンドで決められるものではなく、常に強い経路依存性を持つことをありありと教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会保険庁の事務処理のずさんさをめぐる年金問題は、今回の選挙の大きな争点になりましたが、本書を読むと、「消えた年金」問題が、社会保険庁自身よりもさらに深い根を持ち、それこそ戦前から抱えた爆弾であることがわかります。
 もちろん、OA化をめぐる非常識な労働慣行を押し通してきたことをはじめとする、社会保険庁の体質に問題がないわけではありませんが、それ以上に、何十年も先送りにされてきた「ハンカチ落とし」のハンカチが団塊の世代の大量退職というこの時期になって爆発したという感じです。


■ どんな人にオススメ?

・「消えた年金」の原因は社会保険庁の職員のせいだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『少子化と日本の経済社会―2つの神話と1つの真実』 2007年01月11日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 目黒 依子, 西岡 八郎 (編集) 『少子化のジェンダー分析』 2006年06月23日
 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『日本の所得格差と社会階層』 2006年02月01日
 広井 良典 『持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想』 2007年05月18日


■ 百夜百マンガ

ぼくのマリー【ぼくのマリー 】

 主人公の名前がカリガリ博士にちなんでいるところがポイントです。結構人気あったのですが、ヤンジャンの雰囲気の中では少しオタクよりな立ち位置だったように感じます。

2007年8月29日 (水)

町長室日記 完結編

■ 書籍情報

町長室日記 完結編   【町長室日記 完結編】(#951)

  逢坂 誠二
  価格: ¥1890 (税込)
  柏艪舎(2007/01)

 本書は、現在は衆議院議員を務める元ニセコ町長の著者が、平成9年11月15日から1697回に渡って毎朝、街の職員に向けて発信した「町長室日記」を元に編集したものの2冊目です。
 ニセコの産業に関しては、ニセコ町の職員全員、最終的には町民全体が、
・シナリオの存在を知ること
・シナリオの内容を理解すること
・シナリオの内容を人に伝えられること
・シナリオの内容に意見を言えること
・シナリオの作成に関与できること
というシナリオの共有が必要だと語っています。
 普通交付税の算定に関しては、「朝三暮四」という言葉があるが、総額も減っているので朝三暮四以下だと述べています。
 道州制に関しては、「北海道が実現すべき道州制は、単なる権限移譲ではその目的を達成できない」と述べ、「判断の主体を国から北海道に移すだけではなく、住民や地域の実態がより鮮明に把握できる身近な自治政府である『北海道』が、分野によっては、既存制度にとらわれない柔軟な裁量権を持つことが必須であり、この点こそが単なる地方分権ではない道州制を検討する意義である」と述べています。
 外国人観光客に関しては、中国、台湾、香港などの漢字圏からの観光客の増加に伴い、ニセコの漢字表記が問題になり、各種パンフレットでは「二世古」や「二世谷」の字を使っているが、「日本以外の漢字圏では"ニセコ"とは読めない」うえ、「あまり良いイメージが沸かない」ものであるため、「新雪谷」を用いることを決めたことを語っています。また、海外からの観光客の急増が、温泉宿や救急搬送、路線バスの乗車率などから実感できると述べています。
 ここ数年の財政改革論議に関しては、「非常に狭小な見方」であると前置きした上で、
・増税は条例で定める地方税によって行う
・国の借金を地方に振り替える
・地方は無駄の権化である。
の3点に集約されると述べ、「私の奥歯は、強烈な歯軋りで、磨り減ってしまいます」と語っています。
 ニセコのまちづくりに関しては、「まちづくり懇談会」で寄せられた町民からの厳しい意見を紹介した上で、「多くの町民のみなさんには、地域づくりの基本は個々人や町内会活動などにあるとの原則はご理解いただいている感じ」がするが、「財政の急激かつ理不尽ともいえる厳しさを前にして、町民のみなさんも右往左往している雰囲気が窺え」ると語っています。
 三位一体改革に関しては、「実態に即していない地財計画を根拠にして、交付税を削減すること」は根拠がなく、「まっとうな議論が通じない国。上意下達で、ある種の意思を強要される国。いくら声を上げても届かない国。日本はこんな国だったのでしょうか」と語っています。
 内閣府の「目標とする自治体」アンケートや第4回環境首都コンテストでトップになった、小さな自治体を代表する町長として全国に知られた著者は、原稿の締切にも追われ、2004年12月には、「長短あわせて7本」の締め切りが集中し、「夏休み最終日の午前0時の気分」だと語っています。
 2005年の御用始めにあたっては、
・合併の是非に関わらず、自治体の劇的な変化のまっただ中にいる
・公共の担い手が変化する
・役所の果たす役割、その本質を見極める時代
・農業と観光・商業の連携によるニセコならではの地域づくり
・環境へのより一層の配慮
・子育て支援対策
・財政難ではあるが、教育への投資が必須
の7点を職員に向けて発信しています。
 著者は、もともと職員向けだった町長室日記を一般向けにもHPで公開していて、100万ヒットを超えたことが紹介されていますが、「HP上の読者層が広がったためか、あまりフランクに公開しすぎると、この日記で言及された関係者のみなさんに最近、迷惑がかかるケースが散見される」ようになったとして、「HPに公開すべき部分と公開しない部分を今よりも明確に分けざるを得ない」としています。
 辻元清美氏との対談の話題では、国会議員や町長の仕事が、
・「なりたい」と思ってなるものではない
・「したいこと、すべきこと」があってなるもの
だという話題になったことを紹介しています。
 北海道町村会総会での梶原拓前岐阜県知事の講演に関して印象に残った点として、
(1)昭和3年時点で「立憲政友会」のポスターには地方分権の訴えが掲載されていること
(2)19年以降の地方財政改革に対し、自治体として交付税のあるべき姿を早急に描く必要があること
(3)「地方分権」こそ「国・地方を通じた財政再建の王道」であることは、世界の理論、実証研究から明らかであること
の3点を紹介しています。
 また、北海道知事の呼びかけで開催された「道州制推進会議」の席上で、
(1)道州制の議論の正統性を担保すること
(2)道州制に対する北海道の基本姿勢が大事
(3)支庁制度・市町村体制のあり方との関連は必須
(4)財政制約を条件として議論すること
の4点を語ったことを紹介しています。
 広報ニセコ2005年8月号に関して、特集タイトルが「町民運動会の意味を考える」であったことを、「こうした記事を自力で掲載できるようになったことに感激」したことに感激して「ついウルウルして」しまったと語っています。
 2005年8月27日に出席した自治体職員有志の会では、職員の発表を見て、
・市町村職員のプレゼン能力が飛躍的に向上し始めていること
・それぞれの地域で、自信を持って仕事をしていること
・直接的な仕事、あるいは間接的な仕事を問わず、自治体の職員が遣り甲斐、生きがいを求め、激しい行動を起こしていること
を感じたと語っています。
 最後に、著者が、衆議院議員への転身の機会となった2005年9月11日の衆議院選挙に関しては、8月9日には解散を淡々と伝え、職員に選挙事務への備えを伝えていただけでしたが、8月10日と11日には休暇を取り日記の更新を休んだことで全国の読者から「さまざまな推測」とともにいろいろなメールが届いたこと、8月15、16日にも休暇を取る可能性があることが語られています。
 8月25日の日記では、24日の課長会議の場で「民主党から衆議院選挙への出馬をお願いされていること」と、その要請を「前向き」に受け止めたことを、HPでは公開しないとした上で語り、その日に、衆院選出馬の記者会見を開いたこと、その際に、「おおさか誠二の基本姿勢」として、
(1)私の本籍は地方自治です
(2)私の原点は、市町村、北海道、ニセコです
(3)私は、市町村や北海道の応援団(見方)です
(4)地方と市民自治の視点で真の民主主義を創造します
の4点を示したことを紹介しています。
 そして、巻末のQ&Aで、「私の原点は、ニセコであり、北海道です。しかも国政の場にいる国会議員ですが、私の本籍は自治だと思っています。その意味で、今の私の仕事は、すべて北海道を念頭に置いて行っているのです」と語っています。


■ 個人的な視点から

 著者は、国会議員になりましたが、あくまでも本籍は地方自治であると述べています。
 これを額面通りに受け止めれば、「次は北海道知事か?」ということになりますが、むしろ、またニセコの町長に返り咲くとか、知事を勤めた後にニセコや別の町の首長に返り咲くとかの展開がご本人的にも幸せなのではないかと思います。
 何より、首長や議員を、双六の「踏み台」や「上がり」であるかのように捉えるのが非常にもったいないと思います。首長に若返りが進む今、浅野前宮城県知事が都知事選に出馬したように、有為な人材が活躍できる機会を歓迎すべきではないかと思うのです。


■ どんな人にオススメ?

・地方自治の現場を感じたい人


■ 関連しそうな本

 逢坂誠二 『町長室日記―逢坂誠二の眼』 2005年05月27日
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 埼玉新聞社 (編集) 『生き生きまちづくり 埼玉県志木市の挑戦』 2005年04月17日
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 田中 成之 『"改革"の技術―鳥取県知事・片山善博の挑戦』 2006年2月21日
 〈横浜改革〉特別取材班, 相川 俊英 『横浜改革中田市長1000日の闘い』 2005年10月19日


■ 百夜百マンガ

Happy!【Happy! 】

 「兄が残した借金のために試合に挑むテニスプレイヤー」って設定が、すごく昔の漫画みたいですが、ノリはもっと軽いです。

2007年8月28日 (火)

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力

■ 書籍情報

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力   【世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力】(#950)

  デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  ダイヤモンド社(2007/2/17)

 本書は、「社会的な課題に、事業として取り組む」試みをする人たちである「ソーシャル(社会)+アントレプレナー(起業家)」を紹介しているものです。著者は、彼らを「世界を変える勢力」として捉え、「社会の重要な問題を解決に導くために新しいアイデアを抱き、不屈の精神でビジョンの実現を目指す人々、頑として弱音を吐かず、決して諦めずに、どこまでもどこまでもアイデアを広げていく人々」であると述べています。
 本書で中心的に扱われているのは、アメリカ環境保護庁(EPA)の元幹部であったビル・ドレイトンが、1978年に立ち上げた、社会起業家の支援組織「アショカ」です。アショカは、「アジア、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパの46カ国で活動」しており、「これまでに支援した社会起業は1400人、合計で4000万ドル近くを提供するとともに、専門的な助言などを行ってきた」実績を持ちます。
 第1部「世界を変えた人・変える人」では、10人の社会起業家を取り上げています。
 第1章「子どもを守る、24時間の電話〔インド〕」では、「子どもたちに困ったことが起きたら、深夜でも対応する、児童保護サービス」である「チャイルドライン」の設立者ジェリー・ビリモリアを取り上げています。ジェルーは、ソーシャルワーカーの育成に携わるかたわらで、「いくつもの児童保護組織があるのに互いに協力しておらず、危険な目に遭った子どもたちを救うのに何日もかかる、という実情」に気づき、緊急事態に対応する電話サービスを実現するため、通信大臣にまで陳情を行い発信無料の電話サービスを実現するとともに、関係する組織にチャイルドラインへの参加を呼びかけ、元ストリートチルドレンの若者にコールセンターのスタッフとして職を与えています。この取組みは、フランチャイズ式に全国に拡大し、2002年10月までに電話件数は270万本に達し、現在は世界にヘルプラインを普及させるための活動に拡大しています。
 第2章「社会起業家のさきがけ、ナイチンゲール〔イギリス〕」では、1845年に、ナイチンゲールが看護師として働くことを志した当時、看護師といえば、「薄汚い身なりの品行の悪い女性」というイメージがあり、裕福な家の娘が就く職業としては常識外れなものであったことが述べられています。
 1854年のクリミア戦争へのイギリスの参戦に合わせ、ナイチンゲールは38人の看護師を集めて現地に赴き、目を覆うばかりの病院の惨状を目にし、「病院内を掃除し、兵士たちの衣類を洗い、軍にかけ合って医療不足の解消を目指し」、資材を投じて備品倉庫まで建てています。兵士たちから「ランプの貴婦人」と慕われた彼女によって、1855年2月に43%だった院内死亡率が5月には2%にまで低下しています。
 偉人伝などでは、彼女の優しさや自己犠牲を強調していますが、この成果の陰には、「不屈の精神を支えにして緻密な手法や厳しい規律を取り入れ、細かいところにまで気を配り、休みなく働く姿勢があった」ことが指摘されています。彼女は、統計学者のウィリアム・ファーと共同で、軍隊での病院や死因についての統計データをまとめ、図を用いて変革を訴えることをしています。
 著者は、ナイチンゲールを、「物事を管理する能力に長け、統計を使いこなし、政府にまで働きかけをしていた」人物であり、「まさに起業家として高い成果をあげた。衛生や病院管理の手法を築き、各国に大きな影響を及ぼした」と述べ、「世の中を変えるには、強い倫理観に突き動かされたナイチンゲールのような社会起業家の力が求められるのだろう」と語っています。
 第3章「世界の環境政策を変えた男〔アメリカ〕」では、後にアショカを組織するビル・ドレイトンが、20歳のときにインドを旅し、土地改革運動の指導者ヴィノバ・バーヴェと行動を共にすることで、非暴力思想をじかに学んだことが述べられています。そして、アメリカ環境保護庁(EPA)の幹部となったドレイトンが、工場自らが大気汚染を減らす方法である「バブル(「透明な半球」の意)を発案し、「ある部門が汚染物質を排出しても、別の部門が排出を減らして、工場全体として汚染ガスの排出量が一定以内に収まればよい、そのための方法は工場側が提案できるようにしよう」というアイデアを実地に移し、当時は環境運動家からも過激だと見られたものだが、今では汚染を防ぐ優れた方法として認められているものであると述べています。
 第6章「スラム街の子を病気から守る〔ブラジル〕」では、1991年にリオデジャネイロで「病気の子供とその母親を対象に、退院後のケアをするための組織」である「ヘナセ(再生)」を組織したヴェラ・コルディロを取り上げています。コルディロは、ヘナセに倣う組織との協力関係を結ぶに当たり、
(1)病院と確かな協力関係を築いている
(2)貧しい親に対処した経験がある
(3)ヘナセと同じ水準を守るという合意書に署名する
(4)純粋な思いに突き動かされている
の4つの基準を設けるとともに、アショカのブラジル支部を通じて、マッキンゼーの協力を得ることで組織を拡大するための専門的な管理手順を取り入れたことが述べられています。コルディロは、「マッキンゼーはヘナセに革命を起こしてくれたの!」と述べた上で、「社会変革に、どのように事業経営の枠組みを当てはめるのか。財務面の考慮と人間的な心配りをどう調和させるのか。プロ意識を持って仕事をしながらも、親しみやすさを保つには、どうすればいいのか」という難しい問題が残されていることが述べられています。
 第7章「低所得者の大学進学支援〔アメリカ〕」では、低収入家庭の子どもたちに、4日間のコースで文章教室やカウンセリング、モチベーション向上講座などを開く「カレッジ・サミット」を立ち上げたJ・B・シュラムを取り上げ、アメリカで毎年、高校を卒業する90万人の低収入家庭の子どものうち、能力があるのに入学を認められない生徒が少なくとも18万人ほどいるという実態に対し、その原因は、「収入の低い家庭の子どもは、自分をアピールするのが下手であるうえ、決め細やかな指導を受ける機会が少ない」との指摘を紹介しています。
 そして、「低所得者層の多い地域で大学進学率が上がるように後押しをすれば、その地域全体、いや、アメリカの低所得者層全体に好ましい変化を及ぼせるだろう」というシュラムの考えを紹介しています。
 第8章「差別の国でエイズ患者を救う〔南アフリカ〕」では、ベテラン看護師であるヴェロニカ・コーサが、「南アフリカには、職のない人も、自宅で介護を求める人も、大勢いる。だから、誰かが若者に介護の訓練を施すべきではないか」と考え、エイズ患者を救う組織「タニーテ」(「歩き始めたばかりの子どもへの愛情」の意)を立ち上げ、
(1)正規の医療を補う役目を果たす
(2)地域社会のあらゆる組織との連帯を目指す
(3)家族、隣人などにも介護技能を広める
(4)タニーテの活動に関して大きな判断を下す際には地域社会に相談する
の4つの原則を掲げたことを取り上げています。
 2001年にはコーサは、「南アフリカで今年一番輝いた女性」の医療部門で第1位に輝いています。
 第10章「2500万人の幼い命を救ったユニセフ事務局長〔アメリカ〕」では、1980年のユニセフ事務局長への就任以来、自身の死の間際まで、シンプルな方法で子どもたちの健康を守ろうと努めたジェームズ・グラントを取り上げています。
 第2部「世界を包む『社会起業』の波」では、「アショカ」を初めとする社会起業家の特質について解説しています。
 第1章「社会起業家の支援組織・アショカの誕生」では、ビル・ドレイトンがアショカを立ち上げてからの5年間で、アメリカの公的な財団からはいっさい資金提供がなかったことを紹介した上で、1984年にマッカーサー財団から20万ドルの奨励金が下りたことがドレイトンがアショカの仕事に全力を傾けるきっかけになったと述べています。
 第2章「アイデアではなく、『人』が世界を変える」では、これまで社会起業かが注目されてこなかった理由として、「社会起業家がいなかったわけではない。だが、彼ら彼女らの推し進めた運動だけが関心を集め、誰がどのような手法を用いてそれを成し遂げたのかは、見過ごされてきた」ことを挙げています。
 第3章「アショカが探し求める人物とは?」では、ビル・ドレイトンが、「人々は、理屈ではなく実在の人物を通して社会起業についてのイメージを膨らませます。ですから、模範となるような人材を探し出さなくてはなりません」と語っていることを紹介しています。
 そして、アショカ・フェローの面接において、
(1)創造性
(2)起業家にふさわしい性格
(3)アイデアの中身
(4)倫理観
の4つの基準に着目していることを紹介しています。
 第5章「世界を変える組織の四つの特徴」では、世界を変える組織が、
(1)苦境にある人々の声に耳を傾ける
(2)予想外の出来事からひらめきを得る
(3)現実的な解決策を考える
(4)適材を見つけ出して大切にする
の4つの共通の特徴を持っていると述べています。
 第6章「成功する社会起業家の六つの資質」では、「大きな成功を手にする起業家は、大切な目標を掲げ、何としてもそれを実現しようとする。だからこそ着々と機械を探り、壁に気づき、途中結果を見きわめ、今後に向けて計画を練っていくのだ」と述べた上で、成功する社会起業家の資質として、
(1)間違っていると思ったらすぐに軌道を修正する
(2)仲間と手柄を分かち合う
(3)枠から飛び出すことをいとわない
(4)分野の壁を越える
(5)地味な努力を続ける
(6)強い倫理観に支えられている
の6点を挙げています。
 第7章「よりよい世界を実現するために」では、社会起業家が、「世の中や他人のために尽くしたい」との思いに突き動かされているのではなく、「自分の熱い思いに従い、本能の赴くままに行動している」と述べ、「そのような行動を通して、得がたい褒美を手にしている」と述べています。
 本書は、現実に世界をどんどん変えている社会起業家を知るための良質なガイドブックとなる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の監訳をしている慶應SFC講師の井上さんは、2年前の8月に本書で主に取り上げられている「アショカ」と、社会変革を起こす投資を行っている「REDF」の2つの組織を日本に招いて「日米ソーシャル・イノベーション・フォーラム」を開催した時の中心メンバーです。
 雑誌『経済セミナー』の2007年9月号には、このフォーラムを開催した専門委員会のメンバーやフォーラムに参加した日本の社会起業家が特集を執筆しています。
「特集=いま社会起業家に注目しよう!」
http://www.nippyo.co.jp/maga_keisemi/ke0709.htm


■ どんな人にオススメ?

・現実に世界を変えている人を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
 ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日


■ 百夜百マンガ

ミヨリの森【ミヨリの森 】

 単発ものでテレビアニメ化されました。「トトロ」や「もののけ姫」のイメージを引っ張るようなストーリーなのですが、実際にジブリ作品の美術監督を務めた人が監督したそうです。

2007年8月27日 (月)

分権社会の地方財政

■ 書籍情報

分権社会の地方財政   【分権社会の地方財政】(#949)

  林 宏昭
  価格: ¥2520 (税込)
  中央経済社(2007/06)

 本書は、著者が考える「分権社会の地方財政論のまとめ」であり、「分権社会における国と地方の関係の在り方を考えるとき、地方交付税のような財政調整制度をどのように設計し運営するかが大きな焦点になる」と述べています。
 第1章「地方分権と三位一体改革」では、地方交付税の不足分が、「国の一般会計での借入、交付税特会での借入、そして、地方債の発行を組み合わせて埋められている状況にあり、その理解や改善のための処方箋が非常に複雑なものになっている」ことを指摘し、「財政の健全化、地方の自立という観点からもこの部分の抜本的な見直しが今後の検討課題である」と述べています。
 第2章「地方財政をめぐる改革論議」では、2000年の地方分権一括法の施行に関して、「行政内容の区分等に変更が加えられても、その財源構成については従来通りの仕組みが継続された」ことを指摘し、財政面での分権化として、地方の自主財源である地方税の充実が求められるが、「補助金削減と地方税の増加は、個別の地方団体ごとに異なった効果を引き起こす」ことを指摘しています。
 また、補助金廃止と補助率の引き下げに関して、「補助金の引き下げだけではなく、個々の事業に対する補助金の廃止を求める地方団体」が、歳入の減少によって生じる住民の厚生(満足度)の低下を自由度の向上によって補わなければならない」方向を選択したと述べています。
 さらに、市町村合併の課題として、
(1)現実に合併を行ったとしても、非常に広い行政区域で人口が少ない団体が生まれるだけで、必ずしも行政の効率化には結びつかない。
(2)もともと人口規模が比較的大きく、充分に効率性を発揮できる団体同士の合併も促進されている。
の2点を指摘しています。
 この他、都道府県と市町村の事務の中に、「各地域固有の行政だけではなく、国が政策的な目的や仕組みを決定し、国が定めたルールに従って地方団体が支出を行っているものも数多く存在する」ことにについて、「その財源として国税を充てるべき事業と地方税を充てるべき事業が混在している」と指摘しています。
 第3章「三位一体改革までの地方の行財政改革」では、都道府県の歳出について、「三位一体の議論が始まる前に、財政支出の規模の縮小という形での地方における改革がすでに始まっていた」ことを指摘しています。
 第5章「地方交付税に何が起きたか」では、80年代に、「補助金以外の資金については、地方交付税の基準財政需要額に入れられる(あるいは地方債を発行して、その償還費用が将来の基準財政需要額に入れられる」という「地方交付税の特定補助金化」が指摘されたこと、90年代には景気の悪化に伴って地方交付税の規模が拡大したことが解説されています。さらに、90年代の交付税の拡大が、「収入面での地方税の減少だけではなく、基準財政需要の拡大が大きく影響していた」ことを指摘しています。
 第6章「地方分権のケーススタディ」では、「アメリカの教育は各地方の財政的な責任のもとで展開されている」と考えていた著者が、実際には、「その財源の多くは州によって保障されている」ことを知って、「日本で、教育の財源保障と運営における地方の責任のあり方についてもっと深い議論が必要という思いを強くした」と述べ、アメリカの公教育の財源について解説しています。
 第7章「地方交付税の改革」では、「07年度からの歳出・歳入一体改革に向けて政府が動き出す中で提案された」改革案として、
(1)現行のシステムを前提としながら地方交付税の総額を圧縮しようとする財務省案
(2)基準財政受容の算定を、人口と面積基準に簡素化する案
(3)国の一般会計を通さずに地方団体に配分することを求めた「地方共有税」への衣替え案
の3つのパターンを示しています。
 そして、「地方税制としては、税源の普遍性とともに安定した税収をもたらすシステムにしなければならない」一方で、「市町村と都道府県が同じ税源を利用するのではなく、各段階の税源をできるだけ独立したものとする」ことが重要であると述べ、「所得・消費・資産」のバランスをとること以上に、「個別の段階ごとに税源を明確にする方が、納税者(住民が税を負担する際に、それがどのような行政サービスに充当されるかがわかりやすい」として、「基礎的自治体である市町村で個人所得に対する税(現在の個人住民税)と固定資産税、広域行政を負担する都道府県では消費税と外形標準化した事業税をそれぞれ基幹税とすること」を提案しています。
 著者は、「財政調整制度を合理的かつ安定的なものとするため」にクリアしなければならない問題として、
(1)合理的なコストの算定
(2)税収増やその源泉となる地域経済の活性化へのインセンティブをどのように確保するか
の2点を指摘しています。
 第10章「道州制について」では、道州制の実現には、「非常に高いハードルがある」として、
・連邦制に近い道州制をイメージするならば日本の憲法の改正から議論する必要がある。
・道州制の提言は、白紙にデザインを描くような結果となることが多く、「実現できれば素晴らしい」が、「できるはずがない」と思う「机上の空論」に近い。
の2点を指摘し、「道州制の導入自体が目的ではなく、それは地方分権、地方の自立を強固なものにするための手段」であることを忘れてはならないと述べています。
 また、「単なる府県合併に留まらない、地方行政の有様を変える道州制の実現には、基礎的自治体の機能、権限、財政力の強化が不可欠」であり、「これが実現してはじめて、『道州制による府県の拡大は、地域住民との距離が大きくなり地方分権に反する』という批判に耐えることができる」と述べています。
 さらに、財政調整に関しては、「国が特定補助金によって財源的な責任を負う分野については当然に道州と基礎自治体の両方に国からの資金移転が行われる」とした上で、「財政調整は、地方が地方税によって賄うことが基本となる部分について行われる」として、
(1)現在と同じように、道州、基礎自治体の両方が国と結びつく仕組み
(2)国全体を通じての財政調整は道州間だけで行い、基礎的自治体については道州が財政町政を行う仕組み
の2つの考え方を示しています。
 著者は、道州制を実現する方法として、
(1)州の創設とその機能、地方税制、財政調整などの制度的な枠組みを一気に考える。
(2)まず府県合併を先行し、その後、国からの権限委譲、歳入構造の見直しを実施する。
(3)機能責任の再構築と財政調整の見直しを先に行い、そのあとにブロック割を考える。
の3案を示し、「このうち第3の方法がもっとも望ましい」とした上で、「国と地方、同じテーブルについてこの議論が進展することを望みたい」と述べています。
 本書は、諸説入り乱れている地方分権について、財政の立場からの整理をするのに適した一冊です。


■ 個人的な視点から

 一口に「分権社会」と言っても、論者によってそのイメージしているものは様々なようです。
 本書もその一つではあるのですが、多くの人がこういった形で持論を展開して本を出してくれると分かりやすくていいですね。


■ どんな人にオススメ?

・「分権社会」のあり方に大きな違いはないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 神野 直彦, 井手 英策 『希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』 2007年08月23日
 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 神野 直彦, 池上 岳彦 『地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較』 2007年06月01日
 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日


■ 百夜百マンガ

クーの世界【クーの世界 】

 哲学的な感じの『拡散』から『ミヨリの森』につながるファンタジー路線の間に位置する作品です。
 まとめきれない感じでしたが。

2007年8月26日 (日)

なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか

■ 書籍情報

なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか   【なぜイノシシは増え、コウノトリは減ったのか】(#948)

  平田 剛士
  価格: ¥777 (税込)
  平凡社(2007/03)

 本書は、「野生動物たちと人間社会との間の軋轢緩和」をテーマに、「生物多様性を最優先するという核心を外さず、フィードバック管理(あるいは順応管理)の仕組みを採用して常に試行錯誤を繰り返しながら息長く最善を尽くし続けるという、このシンプルな骨組み」を示すことを目的としたものです。
 第1章「ダムに風穴を開けろ!」では、北海道のトライベツ側に設けられた、巨大な「トライベツ川砂防ダム」が、絶滅の瀬戸際に追い込んでいる「長寿で巨体の肉食魚」であるイトウを取り上げ、生物多様性を象徴する「アンブレラ種」、すなわち、「食べ物となる小動物類を初め、多種多様な生物と風土に支えられて初めて生きられる動物」であると述べています。
 第2章「田園に舞え、コウノトリよ」では、兵庫県豊岡市におけるコウノトリの野生化プロジェクトを取り上げ、生態系への「再導入」を成功させるためには、さまざまな学識経験者、行政の環境保全部局、NGO、財団、大学、研究機関、動物園、個人飼育家、植物園、その他の専門機関から人材を募る必要があること、そして、豊岡の人々がこの指針を忠実に守ろうとしていることが述べられています。
 また、コウノトリの野生復帰を、「地域社会のシステムを改める、いわば革命なのである」とした上で、「健全な政治家がいて、健全な行政機関にNGO(非政府組織)の協力が加われば、できるんです」という確信を伝えています。そして、野生化を進めている、「国・県・自治体から経済団体まで名を連ねる協議会」について、「官僚組織って言うのは、コンサバティブ(保守的)になりがちっていう欠点はあるんだけど、いったん決めたことをやり続ける能力ってのは、それはすごいもんなんですよ」という言葉を紹介しています。
 第3章「ぼくらツキノワグマ予報官」では、兵庫県養父市のツキノワグマ問題を取り上げ、「春グマ猟」をやめたため、「人間に追われる経験がなくなったせいで、人を恐がらないクマが増えてるんじゃないか」と増加要因の推測を紹介しています。
 また、「狩猟文化研究所」を主宰する田口洋美東北芸術工科大学教授の言葉として、「山間部の人口減少は激しく、野生動物に対して人間は明らかに弱体化しています。これはぼくたちが初めて直面する問題で、明治以来これまで維持してきた『成長を前提としたマスタープラン(国家計画)』を刷新して対応しなければ乗り切れないと思う」という発言を紹介しています。
 第4章「飛ぶ鳥を落とす風車」では、北海道の宗谷岬の風力発電のための風車によるバードストライク問題を取り上げ、「数年前まで『環境にやさしい』ともてはやされていた風力発電所が今、ほかならない環境保護団体の目の敵にされている。こんな皮肉な話はない」と述べています。
 そして、ドイツの有名な「黒い森」を抱えるバーデン・ビュルテンベルグ州では、風車建設派と建設反対派の対立の解消を図るために「風力発電施設の優先建設地域」を地図化して公表していることを紹介しています。
 第5章「キューダイ方式が里山を救う?」では、九州大学が、新キャンパス建設に当たって「世界一の保全」を行っていて、「植物と水生生物と哺乳類の全種を徹底的に保全することを目標にしています。これをやることで生物多様性の保全に必要とされるすべてを満たせるだろうと考えています。まだ世界のどこもやっていません。いわば九大方式です」という、九州大学大学院理学研究院政体科学研究室の谷原徹一教授の言葉を紹介しています。
 そして、「あちこちに調査地点を決めて、コードラート(方形調査区)を設けてその中に生えている植物を調査」するという従来の方法では、「大事な植物のあるところを調査地点に選ばないということが可能」になり、これを「アワス(合わす)メント」というと紹介し、「このアワスメント画で期内容に調査地を、客観的に決める方法」が「ネットワークセンサス」であるとオンベテいます。
 第6章「西洋大円花蜂、知床半島に接近す」では、トマトのハウス栽培のための「優秀な花粉媒介者(ポリネーター)」として1991年に日本に紹介されたセイヨウオオマルハナバチが、原産地と似て冷涼な気候の北海道で野生化した問題を取り上げ、その懸念材料として、
(1)在来のマルハナバチ類と餌や巣穴を奪い合う「種間競争」
(2)新たな病気や寄生虫の持ち込み
(3)在来種との交雑
(4)花粉を媒介する植物への影響
の4点を挙げています。
 第7章「アライグマ鎮魂歌」では、「1980年代をピークに、ペットとして日本に大量に輸入されたアライグマ」が、北海道で野生化し、1997年春には、野幌森林公園ないで、在来種アオサギのコロニー(集団営巣地)がアライグマの襲撃を受け、ニホンザリガニ、エゾサンショウウオが捕食されたり、エゾタヌキやキタキツネとの競合など、この「侵略的外来種」が在来生態系に大きな影響を及ぼしていることを紹介しています。
 第8章「野生動物とサステイナブルなおつきあい」では、兵庫県篠山市の「いのしし祭」の模様を紹介した上で、明治時代に篠山で生まれた名物の「牡丹鍋」を紹介しています。
 そして、市内最大手のイノシシ肉問屋である「おヽみや」でのイノシシの解体の様子を紹介し、精肉にする手順はブタそっくりだが、「ブタが生きたまま食肉処理場に運び込まれるのに対し、イノシシ問屋には、動物がすでに絶命し内臓を抜かれた状態で届く」という違いがあり、イノシシなどの野生動物は、「と畜場法」の埒外であるが、その安全性を高めるために、兵庫県は「鳥獣処理加工指導要領」を定め、「狩猟者からイノシシなどの<と体>を受け入れた後の衛生管理項目を列挙し、加工業者に義務づけている」ことを紹介しています。また、牡丹肉を求める大手スーパーも、公的な安全証明と、いつどこで捕れたイノシシかというトレーサビリティーを求めていると述べています。
 また、イノシシと人間の「戦い」は古代から続いているもので、江戸時代後期の1749年には、八戸藩で約3000人の餓死者を出した「猪飢饉(いのししけがじ)」が言い伝えられていることを紹介しています。
 さらに、狩猟者が減る問題について、各地の農家や林業者がまず窮地に立たされるが、捕獲(駆除)を委託する地元の猟友会所属のハンターたちが地元からいなくなってしまい、農家自身が狩猟免許を取得するケースもあるが、中山間地域では、その農家人口自体が高齢化・減少していて、「野生動物に対する"防衛力"は弱まるいっぽう」であると述べています。
 本書は、自然保護一辺倒でもなく、地域に生活する人間の「生業」とのバランスにきちんと配慮した一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 先日、千葉県南部の道の駅「たけゆらの里」に行く機会がありましたが、そこでは、猪丼650円がメニューに並んでいます。道の駅の建物の裏側には真新しい猪の解体施設が建っていました。せっかくなら日本酒を片手に牡丹鍋をつまめると嬉しいです。とは言え、駅からははるかに遠い山奥の道の駅。何か方法はないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・猪を食べたことがない人。


■ 関連しそうな本

 ジョエル レヴィ (著), 柴田 譲治 (翻訳) 『世界の終焉へのいくつものシナリオ』 2006年12月23日
 ジャレド ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎』 2006年09月12日
 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
 コリン・タッジ (著), 竹内 久美子 (翻訳) 『農業は人類の原罪である』 2007年07月21日
 アルフレッド・W.クロスビー (著), 佐々木 昭夫 『ヨーロッパ帝国主義の謎―エコロジーから見た10~20世紀』 2007年01月30日
 ビル ブライソン (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『人類が知っていることすべての短い歴史』 2007年04月08日


■ 百夜百音

NHKみんなのうた おしりかじり虫【NHKみんなのうた おしりかじり虫】 うるまでるび オリジナル盤発売: 2007

 おしりかじり虫は「やんちゃな妖精」とのことですが、これだけ頭の中をグルグル駆け回られると、ヤンチャにもほどがあります。

『NHKみんなのうた おしりかじり虫(DVD付)』NHKみんなのうた おしりかじり虫(DVD付)

2007年8月25日 (土)

これからホームページをつくる研究者のために―ウェブから学術情報を発信する実践ガイド

■ 書籍情報

これからホームページをつくる研究者のために―ウェブから学術情報を発信する実践ガイド   【これからホームページをつくる研究者のために―ウェブから学術情報を発信する実践ガイド】(#947)

  岡本 真
  価格: ¥2940 (税込)
  築地書館(2006/07)

 本書は、
・研究者の個人ホームページはなぜ増えないのだろう?
・研究の過程や成果を伝える個人ホームページを公開する研究者はなぜ増えないのだろう?
という著者の疑問からスタートしたものです。著者は、公開するインセンティブがない、という理由とは別に、「情報不足に基づく研究者の無知と誤解」があり、「インセンティブを論じる以前に、自分の個人ホームページを作るということを、そこで自分の研究の過程や成果を公開するということを具体的に想像できない研究者も多いのではないだろうか」と指摘しています。
 第1部「個人ホームページを作る前に」、第1章「なぜ、ホームページをつくるのか」では、研究者が個人ホームページを作ることを妨げる要因の一つとして、「同じ研究者の存在」、すなわち、
「ホームページにかまけて、研究を怠っている」
という声を感じさせる視線を「師弟的な関係や同輩的な関係にある同業者から受けとめなくてはいけない」ことを挙げています。
 また、ホームページをつくるならば、「他人の役に立つものでなくてはいけない」という先入観に対しては、「ひとりの人間にとって心から役立つものをつくれたら、それはきっと他の人が使っても役立つ、必ず役立つ」という二木麻里氏の言葉を紹介し、「他人に対して公開できるレベルのものを公開したい」という「よくいえばこだわり」、「悪くいえば見栄」を捨てよう、と述べています。
 第2章「つくる前に知っておきたいこと」では、研究者の名前を検索エンジンで検索したときに、「検索結果の最上位に個人ホームページが表示されるということ」であると述べています。
 そして、「個人ホームページを作り、インターネットで情報共有を図ること自体が、研究の手段に変化をもたらす」として、これまで、著書の献本や論文の抜き刷りを通して共有されてきた自分の研究の過程と成果が、「他の研究者に限らず、不特定多数に対して、自分の研究の過程と成果を提示することである」と述べています。
 また、情報共有を目的に個人ホームページをつくることで、
(1)研究者間の情報共有と、情報共有の先にある研究者間のコミュニケーションが、より活発化する。
(2)研究者間に留まらず、研究者と一般の市民との間の情報共有とコミュニケーションの可能性が高まる。
の2つの点で、研究の過程がこれまでと変わったものとなると述べています。
 第2部「個人ホームページをつくる」、第1章「講義資料を活用する」では、シラバス、レジュメ、参考文献リスト、講義ノート、質問票、試験問題などを活用することを紹介しています。著者は、公開にあたっては、「まず欲を捨てよう。よりよいものにしてから公開しようと思えばきりがない。まずは講義で配付したものと同じものを、そのまま公開するだけでよい」と述べています。
 第2章「研究資料を活用する」では、文献目録、年表・年譜、正誤表、サポートページ、翻訳、ソフトウェア、用語集などの活用例を紹介しています。用語集に関しては、「明確な定義がなされている必要はない。あくまでメモとしてまとめてきたものでもよい」と述べ、「専門的な見地から抜き出した言葉や概念のリストがあれば、まずはそれを公開すればよい」としています。
 第3章「調査資料を活用する」では、アンケート調査の公開に関して、「もっとも公開が容易なのは、調査を行ったという事実である」と述べ、「規模を問わず、調査を行ったという事実の伝達は、調査者本人が思う以上に有用なものだ」としています。
 また、統計資料の公開に関しては、「独自の統計資料を個人ホームページで公開しようとする」ことは敷居が高いが、「すでにインターネットで公開されている統計資料は膨大な数に上る」ので、「どこにどのような統計資料があるのか、どのような統計資料をどこで入手できるのかといった知識は、研究者自身が思う以上に貴重であり、重宝されるもの」であると述べています。
 第4章「著作物を活用する」では、「新聞や雑誌に掲載された書評の場合、規定文字数の制約が大きいため、原稿と掲載された書評とでは、そもそも分量が大きく異なる」ことがあるが、「元来、批評には一定の分量が必要」であるため、「掲載にあたって削られてしまった要素を含め、原稿をそのまま公開しよう」と述べています。
 また、経済学や物理学などの分野では、「ディスカッションペーパーやワーキングペーパー、プレプリントという、なかば未定稿状態の原稿をいち早く公開する研究慣行がある」ことを紹介し、これらをインターネットで公開している機関があると述べています。
 さらに、論文の公開に関して、「不完全な状態で公開することに不安を感じるなら、例えば不完全な記述がそのまま第三者に引用されてしまうことを懸念するなら、公開している内容は草稿に基づくものであることを明記」し、「引用にあたっては、草稿ではなく雑誌に掲載された論文に依拠するよう注意をうながそう」と述べています。
 自らが出版した書籍を一冊丸ごと、個人ホームページで公開することに関しては、その課題として、出版者の同意が得にくいことを挙げながらも、「出版社の関心の対象の外にある書籍」である、在庫切れの書籍や絶版の書籍を公開することを勧め、その成否の鍵は、「著者と書籍を刊行した出版者との関係の一点に尽きる」と述べ、トラブルを招かないために、契約内容をよく確認することを勧めています。
 第6章「インターネットリソースをつくる」では、電子テキスト、法令・判例、掲示板、メーリングリスト、メールマガジン、リンク集について解説しています。メールマガジンに関しては、「最後はとにかく継続することの一転に尽きる。メールマガジンは一度発行を中断してしまうと、なかなか再開できるものではない」と述べています。
 第3部「個人ホームページをつくった後に」、第1章「個人ホームページを作る研究者のための10ヶ条」として、
(1)実名を名乗ろう
(2)サイトポリシーを記そう
(3)著作権を理解しよう
(4)リンクの自由を理解しよう
(5)見栄えより内容を重視しよう
(6)だれもがみやすいものにしよう
(7)更新情報を明記しよう
(8)個人ホームページを核にしよう
(9)批判と向きあおう
(10)楽しさを語ろう
の10点を挙げています。
 このうち、(1)に関しては、「大学や公的な研究機関に身を置く研究者として個人ホームページを作るのであれば、研究者としての実名を明かすべきである」と述べ、「自分の研究が、自分の属する組織があるからこそ実現しているのであれば、所属は明記すべきである」と述べています。
 (4)に関しては、よくみかける「トップページ以外へのリンクはお断りします」という注意書きがいかに「無意味な条件である」かについて、「言及・参照する側は、特定の箇所について言及・参照したい、つまり特定のページにリンクしたいのであって、トップページへのリンクを必要としているわけではない」と述べ、書籍に置き換えれば、「先行研究である研究所の特定の一説に言及する場合、書名だけを記すことに意味があるだろうか。必要不可欠な言及であれば、具体的なページ数を指定して言及することが研究の作法だろう」と述べています。
 (8)に関しては、研究に関する不祥事(捏造や無断転載)などが発生すると、「比較的短期間で関係者や当事者の個人ホームページが閉鎖されてしまう傾向」について、「研究の過程や成果を伝える個人ホームページを公開した以上、まさに研究に伴なって起きた不祥事について、口を閉ざすことがあってはならないだろう」と述べています。
 本書は、ホームページを作成する側の研究者自身にとってはもちろん、そういったページを利用させてもらっている一般ユーザにとっても示唆に富んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、研究者の個人ホームページの実例として、数多くのサイトが紹介されています。自分でも見ているサイトが紹介されているとうれしいものです。
「財政学の館」
「土居丈朗のサイト」
「KH's web site」


■ どんな人にオススメ?

・研究とホームページ作成は相反するものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 三中 信宏 『系統樹思考の世界』 2007年03月11日
 デイヴィッド サルツブルグ (著), 竹内 惠行, 熊谷 悦生 『統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀』 2006年11月23日
 鷲田 小彌太 『新 大学教授になる方法』
 鷲田 小彌太 『社会人から大学教授になる方法』 


■ 百夜百音

夏の日の1993~2003 up to date session~【夏の日の1993~2003 up to date session~】 class オリジナル盤発売: 2003

 夏のカラオケの定番ソングと言えるのかもしれませんが、さすがに知ってる人も減った上、曲も相当昔の感じがします。

『夏の日の2006』夏の日の2006

2007年8月24日 (金)

企業内人材育成入門

■ 書籍情報

企業内人材育成入門   【企業内人材育成入門】(#946)

  中原 淳 (編集), 荒木 淳子, 北村 士朗, 長岡 健, 橋本 諭 (著)
  価格: ¥2,940 (税込)
  ダイヤモンド社(2006/10/20)

 本書は、「人を育てるための心理学、教育学の基礎理論」を簡潔に紹介する入門書です。ターゲットユーザとして、「人材育成部門への異動が決まった方、人材育成部門の十数年勤務し、そろそろ知識の整理を行いたい方」の他、「企業・組織で『人育て』に関わるすべての人々」を対象としています。
 序章「『企業は人なり』とは言うけれど」では、「理論的な裏づけなしに、誰もが語れる」という、従来の人材育成に付随するイメージが、「深刻なデメリットも生み出す」として、「『誰もが語れる』ことは、『なんでもあり(anything goes)』とは違うはず」であると指摘しています。
 そして、本書が、「ワークプレイスラーニングという視点から、ミクロレベルでの方法論のベースとなっている、心理学・認知科学・学習科学・教育学・教育工学の諸理論を商会」するものであると述べています。
 第1章「学習のメカニズム――人はどこまで学べるのか」では、学習に関する心理学的研究が、「わずか100年の歴史しかないが、それが人々にもたらしてきた影響は非常に大きい」として、
(1)行動主義:即時に「フィードバック=結果の知識(Knowleadge of Result:結果の知識)」を返すことで、「刺激と反応の組合せ」がアタマの中に構成される、と考える。
(2)認知主義:人間の知的なふるまいを「コンピュータの動作=コンピュータ内部で行われる情報処理のプロセス」になぞらえて考える。
(3)状況主義:人間が知的に振舞うためには、実際の環境の中でどのように振舞い、どういう相互作用を営むか、といったところに焦点を当てる。
の3つの考え方について解説しています。
 また、オトナのための教育論、「成人教育論」に関して、「P-MARGE」、すなわち、
・P: Learners are Practical.(大人の学習者は実利的である)
・M: Learner needs Motivation.(大人の学習者は動機を必要とする)
・A: Learners are Autonomous.(大人の学習者は自律的である)
・R: Learner needs Relevancy.(大人の学習者はレリーヴァンスを必要とする)
・G: Learners are Goal-oriented.(大人の学習者は目的志向性が高い)
・E: Learner has life Experience.(大人の学習者には豊富な人生経験がある)
の6点を示しています。
 さらに、「ある領域の仕事ができるようになっていくこと」である「熟達化」に関して、「ある領域での長期の経験に基づいて、まとまりのある知識・技能を修得し、有能さを獲得していくプロセス」と述べ、
(1)定型化熟達者(routine expert):決まった手続を、早く、正確に、自動的に行う。
(2)適応的熟達者(adaptive expert):変化しうる状況の中で、一定の手続がない課題に対して、柔軟に、確実に対処できる。
の2つのタイプがあることを解説しています。
 第2章「学習モデル――学び方で効果は変るのか」では、「近年、人材開発の分野において、レイヴとウェンガーに代表される状況論アプローチが、注目を集めている」として、その特徴の一つとして、「従来あまり意識されることのなかった『学習カリキュラム』と『教育カリキュラム』の違いを明確している点」を挙げ、学習を「日常の中で複合的・継続的に進行する組織・個人の行動や考え方が変化していくプロセス」であると述べています。
 また、クロス・ファンクショナル・チームに、「組織横断的なプロジェクト・チームである一方、"学習と仕事の境界線"を越えた人材育成の場でもある」という意味があることを指摘しています。
 第3章「動機づけの理論――やる気を出させる方法」では、マズローが、「複数の人間の欲求に段階があると考え」、
・生理的欲求
・安全の欲求
・親和の欲求
・自我の欲求
・自己実現の欲求
の5段階があるとする「欲求段階説」を唱えたことや、「X理論」と「Y理論」を唱えたマグレガーや「動機づけ・衛生理論」を唱えたハーズバーグが動機づけを経営手法と結びつけたことなどが解説されています。
 また、外発的動機づけと内発的動機づけの関係について、内発的動機づけが、「報酬のような外発的動機づけを与えることでかえって下がってしまう場合」があることを、デシが行った実験で観察された「アンダーマイニング現象」を紹介しながら解説しています。
 さらに、犬が「自分がコントロールできない状況に長く置かれると、受動的で無気力になってしまう」ことを発見したセリグマンらが、「学習性無力感(learned helplessness)」と呼んだことや、バンデュラが、人のやる気にとって、
・結果期待:自分の行動がある結果をもたらすという期待
・効力期待:その行動をうまく行うことができるという期待
の2つが重要であると考えたことなどが紹介されています。
 第4章「インストラクショナルデザイン――役に立つ研修をいかにつくるか」では、「教育を効果的、効率的に、設計・実施するための方法論」である「インストラクショナルデザイン(Instructional design: ID)」について、「教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して教育支援環境を実現するプロセスのことを指す」という定義を紹介しています。
 また、「授業や教材を構成する指導過程を、学びを支援するための外側からの働きかけ(外的条件)」と捉えた「ガニエの9教授事象」として、
(1)学習者の注意を獲得する
(2)授業の目標を知らせる
(3)前提条件を思い出させる
(4)新しい事項を提示する
(5)学習の指針を与える
(6)練習の機会を作る
(7)フィードバックを与える
(8)学習の成果を評価する
(9)保持と転移を高める。
の9点を挙げています。
 第5章「学習環境のデザイン――仕事の現場でいかに学ばせるか」では、1990年にセンゲによって提唱された、「学習を個人のものとしてではなく組織のものとして捉える考え方」である「学習する組織(Learning Organization)」について解説しています。
 また、ウェンガーが提唱した「学習が行われる共同体」である「実践共同体(Community of Practice) 」について、
(1)領域(domain):メンバーが共有する問題やテーマ
(2)コミュニティ(community):メンバー同士の相互交流と関係性
(3)実践(practice):メンバーが共有する一連の枠組みやアイディアやツール、情報、様式、専門用語、物語、文書など
の3点により定義されるものであることなどを解説しています。
 さらに、野中らが提唱した「企業の知識創造の仕組み」である「SECIモデル」について、
・共同化(Socialization)
・表出化(Externalization)
・連結化(Combination)
・内面化(Internalization)
の4つの知識変換モードなどを解説しています。
 第6章「教育・研修の評価――何をどう評価するか」では、教育評価の目的と役割を、
(1)管理や運営の改善や方向づけのためのもの
(2)指導や教授の改善や方向づけのためのもの
(3)学習者自身の学習や努力の直接的方向づけのためのもの
(4)調査や研究のためのもの
の4つに分類して解説しています。
 また、ウェンガーが、これまでナレッジ・マネジメントが経験してきた3つの波として、
(1)テクノロジーの導入
(2)行動、文化、暗黙知といった問題への関心
(3)実践共同体への着目
の3点を挙げていることを紹介しています。
 第7章「キャリア開発の考え方――自分の将来をイメージさせる」では、ホールによるキャリアの定義である「一生涯にわたる仕事関係の経験や活動とともに個人がとる態度や行動の連なり」という定義を紹介した上で、この定義を前提とした「キャリア開発」を、「個人が仕事に対する自らの考え方や嗜好性を自覚し、それらに基づいて意欲的に仕事に取り組めるようにすること」と解説しています。
 また、個人のキャリア・デザインのヒントとして、シャインによって提示された、「キャリア・アンカー」と「キャリア・サバイバル」という概念を解説しています。
 さらに、キャリア開発における偶然性の活用を提唱したクランボルツの「計画された偶然(planed happenstance)」について、「偶然に出会いそれをうまく自分のキャリアに活かしていくため」に必要な、
(1)好奇心:新しい学習機会を探索すること
(2)粘り強さ:失敗に挫けず努力すること
(3)柔軟性:態度と環境を変えること
(4)楽観性:新しい機会を可能で到達できるものだとみなすこと
(5)リスク・テイキング:不確実な結果に直面しても行動をとること
の5つの行動について解説しています。
 第8章「企業教育の政治力学――人材教育は本当に必要か」では、学習の評価において、「組織や部門にとって何が"正当性を持つ(legitimate)行為"と見なされるか」が重要であり、「組織や部門にとって"正しい"行為や考え方を個人が身につけたときにのみ、学習と見なされる」と解説しています。
 終章「人材育成の明日」では、「人材育成という企業活動の専門性に対する認識が変ったとき、人材育成の専門家はどのような姿を見せるのだろうか」という問いに対して、「研修・セミナーの専門家」と「知的生産性向上の専門家」のどちらの意味での専門化が主流になるかについては、「人材育成というビジネスの現場に生きる一人ひとりの実務家が、自分なりの回答を見つけ出すべきだろう」と述べています。
 本書は、「人材育成」という活動に携わる専門家にとって、自らを振り返る機会を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「人材育成」とか「マネジメント」、「若者」などの分野は、だれもが経験をもとにした一家言を持ちやすいジャンルなので、大量に出版され、その当たり外れも大きいですが、本書は「当たり」に属するものだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・人材育成の基本を学びたい人。


■ 関連しそうな本

 北村 士朗, 中原 淳 (編さん), 荒木 淳子, 松田 岳士, 浦嶋 憲明, 小松 秀圀 『ここからはじまる人材育成―ワークプレイスラーニング・デザイン入門』 2005年11月16日
 キャメルヤマモト 『稼ぐ人、安い人、余る人―仕事で幸せになる』 2005年05月24日
 金井 寿宏, 守島 基博(編著), 原井 新介, 須東 朋広, 出馬 幹也(著) 『CHO―最高人事責任者が会社を変える』 2005年08月23日
 ウォルター ディック, ジェームス・O. ケアリー, ルー ケアリー (著), 角 行之 (翻訳) 『はじめてのインストラクショナルデザイン』
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー, 櫻井 祐子 (翻訳), 野中 郁次郎(解説), 野村 恭彦 (監修) 『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』 2005年08月25日


■ 百夜百マンガ

殺医ドクター蘭丸【殺医ドクター蘭丸 】

 「ブラックエンジェルス」に代表される、いわゆる「仕事人」系の作品です。わかっていてもやっぱり読んでしまうカタルシス感は、冒険せず安定した人気を取れるベテランならではといいますか。

2007年8月23日 (木)

希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン

■ 書籍情報

希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン   【希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン】(#945)

  神野 直彦, 井手 英策
  価格: ¥1995 (税込)
  岩波書店(2006/11)

 本書は、「知識産業を包摂することによって拡大している経済システムに対応する政治システムと、社会システムを再調整」し、「拡大していく経済システムと縮小していく社会システムを、財政を媒介して統合していく政治システムを、デザインする」という「希望の構想」を示することで、「市場経済の競争原理を経済システムだけでなく、政治システムや社会システムにも適用しようとする『小さな政府』の市場主義への対抗提案を描くこと」を目的としています。
 この「希望の構想」は、「財政を有効に機能させて、社会的セーフティネットと社会的インフラストラクチュアを張り替え」ながら、所得再分配国家を改め、「政府をメゾ・レベルで再編し、参加可能な『3つの政府』体系」、すなわち、
(1)生活の「場」で自発的協力に基礎づけられた地方政府
(2)生産の「場」で自発的協力に基礎づけられた社会保障基金政府
(3)この2つの政府に対してミニマムの保障を負う中央政府
の「3つの政府」を確立することを主張しています。
 第1章「地方分権改革への道程」では、「三位一体の改革」において、「実際には、『三位一体』での改革を放棄し、地方の自主性、裁量性を損ねる施策が提言され続けた」ことについて、
・何よりも中央政府の財政再建を優先するという視点
・中央政府の権限は維持しつつ、そのための財政責任は回避しようとする無責任な態度
が見られたことを指摘しています。
 そして、「中央集権的な意思決定方式の限界」である「ケインズ政策の限界」を乗り越えるために、分権改革を通じた「スプリング・ボードが作り出されようとしている」とともに、「地方政府を通じた自己決定・自己統治は、最適な資源配分の達成や、財政運営化にもつながる」とした上で、ここで「導きの糸」となる、ドイツの財政学者ポーピッツと、地方自治のグローバル・スタンダードと呼ばれる欧州地方自治憲章を取り上げ、これらにおいて、「中央政府と地方政府の財政関係を考える上で、それぞれの政府にどのような行政任務を割り当てるべきか(事務配分)が決定的に重要」であると述べ、欧州自治憲章が「補完性の原理(principle of subsidiarity)」を基準として重視していることを解説しています。
 また、地方分権改革が、
(1)現在の中央・地方政府間の行政任務と決定権限の非対応を解消し、公共空間における人々の自己決定権を取り戻すため、所得税・付加価値税という現代国家の基幹税を地方税(住民税・地方消費税)へ移譲する。
(2)中央政府の一般会計を介さずに直接地方政府に配分される「地方共有税」を創設する。
の2つの段階を経て行われる必要があると述べています。
 さらに、伝統的に財政学において展開されてきた地方税原則として、
(1)応益原則:政府の提供する公共サービスの受益に応じて、租税を負担することが公正である。
(2)安定性原則:地方税の収入は変動しないことが望ましい。
(3)地域的普遍性原則:税収が偏在することなく、普遍的に存在することが望ましい。
(4)負担分任原則:地方税は地域住民が相互に負担しあう租税である。
(5)自主性原則:地方政府の課税自主権を尊重し、地方税の課税標準と税率の決定に自主性が認められるべきである。
の5点などを挙げています。
 著者は、「歳入の自治」を実現するための改革案として、
(1)個人住民税所得割の税率を一律15%(=15%比例税率)とする。
(2)現在、国対地方=4対1になるように課税されている消費税は、国対地方=1対4とする。
(3)所得税および消費税といった基幹税に加え、偏在性の小さいたばこ税(たばこ特別税を除く)を全額地方に税源移譲する。
(4)税源移譲額に見合うように「地方共有税」の総額を調整し、国庫補助負担金を廃止・削減する。この改革案は基本的に歳入中立である。
の4点を示しています。
 さらに国庫補助負担金改革の原則として、
(1)国庫補助負担金改革は、補助率引き下げによらず、国庫補助負担金そのものを廃止し、一般財源化することによって行うべきである。
(2)特定の事務・事業を奨励するために交付される奨励的補助金は廃止し、一般財源化する。
(3)普遍的・経常的に行われる施設整備に関わる国庫補助負担金、今日共時行頭投資的な国庫補助金のうち、地域偏在性が少ないものについては廃止し、一般財源化する。
の3点を示しています。
 また、今の地方交付税交付金の問題点として、
(1)今の地方交付税交付金制度が、国税として徴収され、これを地方に恩恵として「交付」している形態をとっている。
(2)基準財政需要額の算定の際の不透明さ。
(3)予見可能性の低さ。
の3点を示しています。
 そして、「中央政府と地方政府が真に対等な関係に立って協議を行う機関」として
、「地方政府に関わる事項についての政府の政策立案および執行に関与」するため、「政府と地方政府の代表者が協議を行い、地方政府の意見を政府の政策立案および執行に反映させることを目的として、法律により常設される」、「協議機関」の設置を提言しています。
 第2章「体系的な社会保障制度」では、「現在の公的年金制度において、最も疲弊し、その役割が曖昧になっているのが基礎年金制度である」とした上で、「現行の公的年金制度が抱える最大の問題点は、公的年金制度の中で、基礎的年金部分と所得比例的年金部分の役割を考慮しないまま、現行制度の持続可能性を追求して、パッチワーク的改革を繰り返していることである」と指摘しています。
 また、医療制度の関して、「今構想されるべきは、(1)公平性が確保され、(2)透明性が高く(国民に理解されやすく)、(3)高齢社会のニーズに対応しうる、21世紀の新たな医療制度である」として、「地方政府としての都道府県を主体とした、税方式による医療保障システム」を提案しています。
 第3章「税制改革の将来構想」では、「『3つの政府』体系のうち歳入構造に焦点を当て、各政府の歳入を有機的に関連づけた改革を構想」しています。
 そして、「広く薄くすべての所得階層が負担する消費税の改革も必要であるが、それ以前に、階層間に適切に租税負担を配分する機能を有する所得課税を正常化すること、さらには、国民健康保険や国民年金について不信感が付きまとう社会保険料の改革を構想することが重要である」として、「公平と効率の調和」を主張しています。
 著者は、「抜本的歳入構造改革のシナリオ」として、「中央政府の累進所得税、地方政府の消費税・比例所得税、そして社会補償基金政府の社会保障拠出金を基軸とする歳入構造」を提言しています。
 そして、改革を実現するためには、「租税等の徴収を適切に執行できる仕組み」が重要であるとして、「納税者番号制度の導入、インボイス方式の導入、社会保障拠出金の所得比例化東都の有機的関連」を挙げています。
 また「3つの政府」体系が、「フローとストックの両面を有機的に関連づけつつ、公共空間の決定権限を3つに分散し、財政規律を確保することを構想している」ことを、歳入面から解説したと述べています。
 第4章「資産・負債管理型国家の提唱」では、「私たちは、財政再建と格差社会の二者択一という『不幸の隘路』から抜け出し、有効に機能する政府を構築しなければならない」とした上で、「改革を動かすための改革」である「資産・負債管理型国家」を提言し、「債務管理における政府・日銀の役割分担を明確にし、累積した債務の償還期間を長期化することで、政府債務が管理可能であることを示」しています。
 そして、2005年度末に「国の借金」が827兆4805億円、国民1人当たり約647万6000円の借金を負っていることについて、
(1)バブル崩壊後に急増してきた債務を放置すれば、いずれは債務不履行に陥り、財政は破綻する可能性が高い。
(2)政府の保有する金融資産の規模に着目し、負債から資産を除いた純債務はそれほど大きくない。
の2つの考えを示し、「両者のいずれの立場に立つにせよ、まず重要なことは、現在の財政状況をストック面から正しく把握し、政府の順債務を確定しておく作業」であると述べています。
 著者は、「国民のニーズを充足することに使命をもつ現代国家に関して、近代以降のいかなる時代、いかなる国においても債務がゼロであるという事例は存在しない」として、「債務超過であることそれ自体というよりも、空前の水準で資産と負債がバランスしていることが現状の問題」であり、「肝心なのは、中長期的に債務と資産を両建てで圧縮すること」であり、まずは、「持続可能な債務管理の体系を構築すること」であると述べています。
 そして、「各国の経済危機は、単に財政赤字の高によって説明できるほど単純な問題ではない」ことを指摘し、「現状が厳しい財政状況であることは認めえても、財政赤字のみを取り上げて、破綻が目前にあるかのように主張するのは、反対に、バランスを欠いた議論であるといわざるを得ない」と主張しています。
 また、「日本における資産・負債管理庁構想」を考える上で、「日々の政策運営における独立性の強化、非市場性国債まで含めた包括的な管理、民主主義的な債務管理といった視点」が重要であると述べています。
 終章「未知なる大海を目指して」では、「3つの政府」に政府体系を再編することが、「グローバル化するまでにふくれあがった市場経済によって動揺している福祉国家を克服する『公』の空間の再編」であるとして、「市場社会は市場経済という『私』の領域と、民主主義に支配される『公』の領域という2つの領域から形成されていることを忘れてはならない」と主張しています。
 また、「意外に思われるかもしれない」と前置きした上で、日本の純利払い費(支払利子額から受け取り利子額を差し引いたネットの支払利子額)が小さいことを挙げ、「中央政府と地方政府の債務を資産を検討してみると、ネットでは資産超過の可能性すらある」と述べています。
 著者は、「この『希望の構想』が目指す社会」が、「自分たちに必要なサービスの中味を自分たちで考え、その負担を公平に分かち合う協力の社会」であり、「安心と信頼に支えられた人々の絶え間ない挑戦が、イノベーションを生み出す社会」であると述べています。
 本書は、暗い話ばかりが囁かれる、21世紀の日本の将来像について、文字通り希望を与えてくれる(かも知れない)一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、神野ゼミOBが中心となって執筆しています。色々と政府の審議会の委員などをやっていて、思う存分構想を語るのがためらわれる師匠の代わりに、弟子たちが熱く語っている感じが好印象です。


■ どんな人にオススメ?

・「三位一体」後の地方分権に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 カール・S. シャウプ (著), 柴田 弘文, 柴田 愛子 (翻訳) 『シャウプの証言―シャウプ税制使節団の教訓』 2007年02月13日
 石 弘光 『税の負担はどうなるか』 2007年07月20日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 土居 丈朗(編著) 『地方分権改革の経済学―「三位一体」の改革から「四位一体」の改革へ』
 土居 丈朗 『三位一体改革ここが問題だ』


■ 百夜百マンガ

ドクロ坊主【ドクロ坊主 】

 最近、子供のことを悪く呼ぶときに、「餓鬼」という言葉はいまだに使いますが、「坊主」という言葉は使わなくなった気がします。昔は、男の子の髪型といえば坊主頭だったからなのでしょうか。

2007年8月22日 (水)

新しい人事戦略 ワークライフバランス―考え方と導入法―

■ 書籍情報

新しい人事戦略 ワークライフバランス―考え方と導入法―   【新しい人事戦略 ワークライフバランス―考え方と導入法―】(#944)

  小室 淑恵
  価格: ¥2625 (税込)
  日本能率協会マネジメント 出版情報事業(2007/7/26)

 本書は、「私生活の充実により仕事がうまく進み」「仕事がうまくいくことによって私生活も潤う」という、「仕事と生活の相乗効果を高める考え方と取り組み」全般である「ワークライフバランス」に関して、600社以上のコンサルティングに携わった著者の経験と各種資料をもとに、「企業の人事部、ワークライフバランス改革の推進担当となった方に向けての実務入門書として企画・執筆したもの」であり、「ワークライフバランスを戦略的に捉える視点と、実際に企業の現場に導入するための手法を具体的に解説し、明日からでも役に立つ」ことを目指したとしています。
 著者は、ワークライフバランスというテーマとの出会いとして、
(1)大学生時代に聞いた猪口邦子氏の講演
(2)大学を休学して滞在した米国でのスザーンというシングルマザーとの出会い
(3)王手化粧品メーカー入社後に応募したビジネスモデルコンテスト
の3つの大きな転機を挙げています。
 第1章「ワークライフバランスは21世紀の経営戦略」では、「ワークライフバランス」の本質を、時間の配分だけではなく、「仕事以外の場を大切にすることによって、仕事も短時間で成果を挙げることができるようになる」など、「双方をうまく調和させ、相乗効果を及ぼしあう好循環を生み出す」ことであるとし、"バランス"よりも"ハーモニー"のほうが近いと述べ、その核心は、「仕事での成果を上げるために『働き方の柔軟性を追求する』」ことであると述べています。
 また、ワークライフバランスが、
・短期的には人事労務面のメリット
 (1)優秀な人材の確保
 (2)女性社員の定着
 (3)職場全体のモチベーションアップ
 (4)人事コストの削減
・中長期的には経営全般のメリット
 (1)労働力不足への準備
 (2)労働生産性の改善
 (3)企業体質の改善・強化
 (4)企業イメージの向上
を有していると述べています。
 さらに、ワークライフバランス度によって、
・ファミリー・フレンドリー度
・男女均等推進度
の2つの軸によって、
<A>本物先進ワークライフバランス企業
<B>モーレツ均等企業
<C>見せかけワークライフバランス企業
<D>20世紀の遺物企業
4つの企業タイプ
の4つのタイプに企業をタイプ分けしています。
 第2章「先進企業に見るワークライフバランスへの取り組み」では、NTTデータ、花王、クレディセゾン、サイボウズ、松下電器産業、三菱UFJ信託銀行の6社を取り上げています。
 NTTデータでは、2004年に実施した「企業診断調査と社員満足度調査」の結果、創業当初のチャレンジ精神・新種の気風が薄れ、現状維持のマインドが蔓延していることに危機感を持った経営層の呼びかけによって、新たなグループビジョンとそれに伴なう3つの宣言が決定され、これらを具体化するために社員公募で「経営層へ提案する改革案の作成」作業メンバーが集められ、このWGの中から、「女性活躍推進(後にワークライフバランスWGに発展)」と「社内ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」という2つのプロジェクトが承認されたことが紹介されています。そして、社内SNS内に女性専用のバーチャル名コミュニティを立ち上げ、「仕事の悩みからプライベートまで、多岐にわたる意見交換が行われている」ことが紹介されています。
 クレディセゾンでは、もともと販売担当としての女性社員が多く、小売業から金融業への業態変換の中で、「男性社員の多くが関連会社へと転籍していった」ため、「会社が生き残っていくためには、女性が中心となって頑張るしかなかった」ことが紹介されています。
 第3章「ワークライフバランスを導入する8ステップ」では、変革のステップとして、
(1)プロジェクトチームを作る
(2)スケジュールを組む
(3)社内ニーズを把握する
(4)導入プランを策定する
(5)経営層の理解と承認を得る
(6)計画を実行し、告知する
(7)マネジメント層の協力を得る
(8)チェック&フォローを行う
の8つのステップが示されています。
 このうち(1)では、
・専任メンバーを含むプロジェクトチームを設け、リーダーを決定する。
・各部門の現場とプロジェクトチームをつなぐ応援団的な存在となるワーキンググループを設ける。
の2つの取り組みを紹介しています。
 また(2)では、これからワークライフバランス施策に取り組む企業が、「1年半=18ヶ月」を1つの区切りとして考えることを勧めたうえで、著者が企業から依頼されるケースとして、
・導入プランへの落とし込み
・アンケート結果分析
・インタビュー代行・ファシリテーション
・社内広報
・進行チェック
・社外事例・データの収集
・意識改革研修の講師
などを挙げています。
 (5)では、ワークライフバランス施策の導入プランを「事業計画書」の形で経営層に提出する上で、
・自社にはどんな人事労務上の問題があるのか
・それをワークライフバランス施策でどのように解決するのか
・それはどんな経営メリットに結びつくのか
というシナリオを明確に示すことが非常に重要であると述べています。そして、具体的な人件費削減効果として、ある企業では1日・1人当たり平均1.2時間の残業時間削減を達成することで年間9億円の時間外手当を削減したことなどを示すことで、経営層が、「作業効率が落ちる時間帯の労働に高いコストをかけている」ことを理解しやすく、「ワークライフバランスはラクする社員を増やすための施策ではない」ことを伝えるためのシナリオを示してます。
 (7)では、「ワークライフバランスの各種施策を社内に定着させる鍵を握っている」のが、現場のマネジメント層であり、ワークライフバランスに拒絶反応を示す彼らの価値観が、「『4時間働ける』男性社員を中心に、『同じ釜の飯を食う』関係を構築し、『以心伝心』で業務を進めることで、業績が伸びる時代」を経験してきたという「過去の時代と企業の要請に基づいたもの」であると述べた上で、彼らの「これまでの功績を認めた上で、会社として変化を求めていることを明確に伝える必要がある」として、「時間当たりで生み出される成果」を評価基準とした、仕事の"見える化"が必要になると述べています。
 第4章「ワークライフバランスの各種制度とメニュー」では、制度・メニューの例として、
・休業・休暇
・働き方の見直し
・代替要員の確保
・経済的支援
・意識改革
・その他
のジャンルごとにメニュー例を紹介しています。
 休業・休暇に関しては、育休を初めとした長期休業が、「労使双方からキャリアのブランクという受け止め方をされることが多い」ことについて、「企業側はこれを社員の能力開発のチャンスにしていくべきなのだ」と述べています。
 また、働き方の見直しに関しては、長時間労働の削減のステップとして、
(1)長時間労働の実態把握:残業が恒常化している部門の把握と要因分析
(2)時間コスト意識の徹底:業務効率化の研修実施、業務フローの見直し、マネジメント層による業務整理と再分担など
(3)実際の削減策に着手:残業や休日出勤の禁止、定型作業の廃止、残業の事前申請の徹底など
の3段階を示し、「業務の見直しを伴なわない『ノー残業デー』の設置では社員の負担が増すだけだ」と述べています。
 さらに、代替要員の確保に関して、よく見られる、「社内で同じような業務を担当している、同等ランクの社員」に休業者分の業務を割り振るやり方では、割り振られた社員の負担感が増すことを指摘したうえで、「休業者の1つ下のランク(役職や経験)の社員を代替要員として抜擢する方法」である「ドミノ人事制度」が、ステップアップのためのOJTになり、「休業者が出ることが若手社員のチャンスに結びつき、職場全体のモチベーションアップにもつながる」として勧めています。
 この他、事業所内託児施設について、著者がその整備を多くの企業に薦めている理由として、「託児施設そのものが『既存の、そして未来の社員への強力なメッセージ発信』だと考えている」と述べ、「子供が産まれても保育の心配をすることなく、必ず復職できるという安心感は企業への忠誠心とやる気につながるはず」であるとしています。
 第5章「実務で役立つ基本データ30」では、
(1)人口の変化
(2)海外比較
(3)女性の社会進出
(4)家族のあり方と意識
(5)仕事のあり方と意識
(6)ワークライフバランスと企業経営
の6つのジャンルごとに、「プロジェクトチームでの意識統一や導入プランの作成、経営層へのプレゼンテーションなどにあたって参考になる基本データや統計資料」を紹介しています。
 その内容としては、
・週50時間以上働く労働者の比率は、日本が28.1%と突出して高い。
・男性の4割強は事情が許せば育児休業を取得したい、との希望を持っている。
・子育て期にある男性が、仕事優先の働き方により、家事や育児の時間が確保できていない。
などが挙げられています。
 本書は、人事部の担当者はもちろん、自分自身のワークライフバランスを確立したいと思っている社員自身にとっても、大きな示唆を得ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の小室さんには、春に講演をお願いしました。さすがに伝説の営業で知られているだけに、大きな会場でもすぐに聴衆をひきつける話し振りでした。
 現在、ビジネス誌でプレゼンテーションの講座を連載されていますが、次著は心を掴むプレゼン術の本になるのでしょうか。期待しています。


■ どんな人にオススメ?

・仕事と生活をトレードオフの関係で捉えてしまう人。


■ 関連しそうな本

 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日
 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
 パク ジョアン・スックチャ 『会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案』 2006年10月13日
 佐々木 常夫 『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』 2006年10月31日
 山田 正人 『経産省の山田課長補佐、ただいま育休中』 2006年10月10日


■ 百夜百マンガ

専務島耕作【専務島耕作 】

 団塊の世代の夢を描き続けるこの作品。帯には、「祝 昇進!! 仕事も女性も心の底から愛してる――。彼の生き方こそ、ラブ&サクセス」の文字が。このまま、社長、会長と登りつめた後は、どんな「夢」を実現するんでしょうか? 田舎で自然農業でも始める「隠居」路線に向かうのか、スピリチュアルな方向の「教祖」に向かうのか、気になるところです。

2007年8月21日 (火)

廃藩置県―「明治国家」が生まれた日

■ 書籍情報

廃藩置県―「明治国家」が生まれた日   【廃藩置県―「明治国家」が生まれた日】(#943)

  勝田 政治
  価格: ¥1680 (税込)
  講談社(2000/07)

 本書は、明治維新史研究の最前線で大きな問題となり、「近年さまざまな学説が提出されている」廃藩置県について、「ひとつの廃藩置県像の提示を試みた」ものです。
 序章「藩が消えた日」では、廃藩置県が、「極秘のうちに短期間で計画が進められ、天皇による一方的な電光石火の早業として断行された」ものであり、「261の藩が廃され、そのまま県となり、江戸幕府滅亡後、新政府の直轄地に置かれていた府・県と合わせて3府302県となった。知藩事は罷免され、旧藩地を離れて東京への転居を命じられる」というものであったことが述べられています。
 また、明治政府は、明治4年11月に、3府72県に統廃合し、「新たに設置した府県に、明確な序列をもうけ」、「第1位東京府、第2位京都府、第3位大阪府、第4位神奈川県、第5位兵庫県、第6位長崎県、第7位新潟県」と、「地域とは結びつかない序列」に続き、「第8位の埼玉県以下はおおむね地域単位に関東、近畿、東海、東北、北陸、山陰、山陽、四国、九州地方の諸県が続く」ものであったことが解説されています。そして、長崎と新潟が上位にあることについて、「現代から見ると意外な序列になっている」、「特に、新潟県は明治中期の日清戦争後、"裏日本"として差別され、経済的・社会的・文化的に遅れた地域となった」が、「長崎と新潟は、神奈川(横浜)・兵庫(神戸)とともに開港地であり、明治政府は3府とともに開港地を重視していた」ことが解説されています。
 さらに、県名のつけ方について、「廃藩置県後は藩名がそのまま用いられたが、明治4年11月の統廃合に伴ない、変更」されたが、明治期から昭和期にかけての代表的ジャーナリスト宮武外骨が、「維新政権は『忠勤藩』と『朝的藩』を区別し、『忠勤藩』の大半の県名にはそのまま藩名を用い、『朝的藩』や『日和見の曖昧な態度であった』大藩の県名には、藩名を使わせずに郡名または山川名をつけている」と指摘していることを種お買いしています。
 著者は、廃藩置県を、「江戸時代の幕藩体制に終止符を打ち、真の意味での『明治国家』を誕生させたという重要な意義を有するものである」と述べ、本書の課題として、
(1)維新政権内部で藩体制はどのように考えられていたのか。
(2)廃藩置県断行の要因を維新政権の内部に探ること。
の2点を挙げています。
 第1章「維新政権が誕生したとき」では、地方行政区画としての「藩」が、「政体書」において、「官制上はじめて登場」し、「地方を府・藩・県」と3区分し、「政府の直轄地を府・県とし、その他の大名領を藩とする」もので、「府には『知府事』、藩には『諸侯』、県には『知県事』を置いている」ことを解説しています。著者は、「維新政権が自らの統治体制として、初めて藩を位置づけたのが政体書」であり、「それは、藩を否定するのではなく、藩を自己の統制下に置きながら直轄地である府と県と並存させること」であり、「府藩県三治体制とは、あくまでも藩体制を温存させるもの」であり、「維新政権は、決して成立当初から藩体制の消滅を意図していたわけではなかった」と解説しています。
 第2章「版籍奉還と藩体制」では、明治2年6月25日、維新政権が、「諸藩に対し11か条にわたる指令、いわゆる『諸務変革令』を出し」、「拡販の石高・物産・税高・職制・職員・藩士・兵員・人口・戸数などを調査し、10月までに報告せよ」としたことが、「統一的な政策を実施するため、基礎的データの収集を意図したものである」と解説しています。そして、この指示の中に、
(1)家老以下の藩士をすべて士族とした。
(2)知藩事の家禄を歳入の1割にし、藩庁経費との分離を図った。
の重要な点が含まれていたことを解説しています。
 また、版籍奉還により天皇へ領有権が一元化されたことによって、中央集権化政策に拍車がかかったとして、民部省と大蔵省が、「長官以下の官員が兼任するという実質的な合併を行い」、「府藩県に対する統制強化を意図した地方行政」を進めたとして、
・「府県施政順序」の布告、:府県事務の大綱を上げ、それぞれの土地風俗を考慮し、漸進的に実施するように指示した。
・「府県奉職規則」と「県官人員並常備金規則」の制定:府県官員の服務規程であり、府県行政は民部省・大蔵省・兵部省などに必ず伺いを立てて指示を受けて行うように地方官の先決を戒めるとともに、県の官員と常備金について石高に応じた定員と定額を定めた。
・藩に対しても「府藩県同一治の御趣意」を守り「彼我の別無く」取り扱うよう指示。
・開港所などで「商会所」を設けて商業活動を行うことの「廃絶」を命じる。
等の中央集権化政策を行ったことを紹介しています。
 著者は、「版籍奉還により藩主の領有権が否認され、版画府県と同じ地方行政単位となって、ようやく府藩県三治体勢が制度的に確立した意義は大きい」と述べています。
 第3章「中央集権化への道」では、藩財政の逼迫について、明治3年には、諸藩の借金(藩債と藩札の合計)の平均が、「じつに収入の約3倍」に達し、「大・中藩に比べ小藩の財政はより逼迫しており、藩体制は財政面から維持できない状態となってきている」ことが解説されています。このため、小藩の自主的廃藩が見られ、「政府内では府藩県三治体制の徹底化を意図する動きが顕著に」なり、その最たるものとして、「藩に対する統制強化による画一化を進めて、中央集権化を図ろう」とする「藩制」の制定について解説しています。
 また、同じ頃、岩倉具視が、中央集権化に向けて作成した「建国策」について、著者は、「『藩制』と同様に府藩県三治体制の完成を目指す構想と位置づけるもの」であると述べ、「『藩制』が藩の職制と財政を主眼としたことに対し、『建国策』は中央政府や地方制度のあり方、家禄制改革や士族卒の帰農商化、地方行政権の中央官庁への統一等の項目を立て、全体として中央集権化の推進を図ろうとするものである」と解説しています。
 さらに、「藩政改革の中心は家禄の削減を種とする禄制改革であり、一部には士族の解体を含むものも」あり、「とくに、下級士族卒を犠牲にすることによって、それは進められた」と述べ、「戊辰戦争で奮戦した彼ら」が、「今や藩首脳部からは無用であり邪魔者扱いされる存在になってしまっていた」ため、「彼らが、改革を強行した藩庁ならびにそれを指示した中央政府に対し、激しい不満を持つのは当然のことであろう」と解説しています。
 第4章「一大飛躍としての廃藩置県」では、西郷隆盛が、「薩摩藩内で政府協力体制をまとめることに尽力し、さらに三藩提携論による親兵創設をも提起した」ことについて、「当時の西郷意見書」を取り上げ、それが、「具体的な政府改革案であり、中央集権化に向けた提言となっている。政府改革では、制度や機構をいじることよりも人事問題を重視し、政府官員の政治倫理・姿勢を厳しく問い、その一新を主張」したものであったと述べています。そして、「地方制度に関しては、集権化の一層の推進を主張」し、具体策として、
(1)制度・法制・礼節・刑法・軍制などを府藩県同一にして、独自の改変を禁止すること。
(2)中央政府の政令が府藩県に貫徹するようにすること。
(3)中央政府は府藩県を同一に扱い「愛憎」があってはならないこと。
の3点を提起しています。
 また、廃藩論が政府内部で公然と提起されたのは、長州藩の鳥尾小弥太と野村靖が、山県有朋を訪ね、時事を論じた際に「郡県の治」(廃藩)を実施すべきであるという意見を山形にぶつけ、翌日には井上馨を訪ね、「今晩は『真面目な話』で『国家』のために来たのであり、あなたがもし同意しないというならば『刺し違えるか首をもらうかする』と迫った」ところ、「これに対し井上は、『国家のために俺と刺し違えるか首を斬るかと言うならば今日のところ、廃藩立県の事より外にあるまい』と、両名の言いたいことをズバリと指摘」したというエピソードが紹介されています。
 著者は、廃藩置県が、「薩摩・長州両藩のみの決定により、両藩でも西郷・大久保・木戸の三名の主導により断行されたものである。三条・岩倉はもとより、他の諸藩は全く計画に関与していない。府藩県三治体制による中央集権化の途を断念した時点で、藩に依拠する公論体制は脱ぎ捨てられ、権力のさらなる集中が図られることになった」と述べています。
 第5章「廃藩置県の衝撃」では、「一方的な知藩事の罷免」である廃藩置県に対して、「藩独自の軍事力を有する知藩事が素直に同意するのか」が焦点となり、「廃藩断行を計画したメンバーの間では、反乱者には武力行使も辞さないことが確認されていた」と述べられ、「もっとも懸念された薩摩藩」では、知藩事の父島津久光が、西郷には、「決して藩を廃止するような政策に同意してはならないと念を押していた」にもかかわらず、この約束が完全に裏切られたことから、「久光は怒り心頭に発した」あまり、「急報が届くと、これはすべて西郷や大久保の専断に出たことであるとし、邸内で花火を打ち上げて鬱憤を晴らした」という話を紹介しています。
 著者は、反乱がおきなかった理由として、
(1)版籍奉還の規制力
(2)親兵(政府直轄郡)の威圧力
(3)知藩事および士族に対する優遇策
(4)知藩事自身の反乱防止策
の4点を挙げています。
 一方で、西日本の各地で農民一揆が頻発したことを取り上げ、「廃藩置県に対し蜂起したのは、武士ではなく農民であった」と述べ、農民らが、「廃藩置県に伴なう旧藩主の状況に反対して蜂起」し、その原因の一つには「異人」に関するデマが広まっており、「廃藩置県以前から進められていた急激な開化政策に戸惑い、反発を感じ始めてきた農民は、その政策と『異人』にたいする恐怖感を結びつけ」ていたと解説しています。デマの内容は、「中央政府の役所は『異人』が政治を行う場所であり、『異人』は女性の血を絞って飲み、牛肉を食べ『猿』のような着物を着ているようだが、すでに『異人』が血を飲んでいるところを見た者がいる。中央政府は人や牛を外国に渡そうとしている。今の皇后は毎日生血を飲んでおり、これに供するために近々われわれの生年月日を調べようとしている」というものであったことが紹介されています。
 著者は、「流言」に見られる農民の意識を、
(1)村役人への不信感であり、その不信感は村役人を、開化政策を進める中央政府の官員とみなす意識を連なっている。
(2)年貢を増徴するのではないかという疑念であり、これは農民の生活を直撃するのはやはり租税であることを物語っている。
(3)「異人」にたいする恐怖感であり、その恐怖感が中央政府への不信感と結びついている。
の3点にまとめています。
 本書は、歴史の教科書では、年号と結果のみしか教えられない「廃藩置県」について、明治政府の内部関係からの理解を促してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 明治政府による府県の序列の中で、新潟県が7位に入っていることが目を引きます。これは、海外への開港地を明治政府が重視していたことの表れでもあるのですが、残念ながら新潟港は水深が浅く、日本海側ということもあり、外国船は寄り付かなかったそうです。


■ どんな人にオススメ?

・県がどのようにできたかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 松尾 正人 『廃藩置県―近代統一国家への苦悶』 2007年07月05日
 阿部 恒久 『「裏日本」はいかにつくられたか』 2007年07月31日
 大石 嘉一郎 『近代日本地方自治の歩み』 2007年06月12日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日


■ 百夜百マンガ

ミルククローゼット【ミルククローゼット 】

 SFといえばSFなのですが、かわいい絵だけに余計にシリアス感が増して感じられます。表紙からは想像つかないくらい恐いですし。

2007年8月20日 (月)

公務員、辞めたらどうする?

■ 書籍情報

公務員、辞めたらどうする?   【公務員、辞めたらどうする?】(#942)

  山本 直治
  価格: ¥756 (税込)
  PHP研究所(2006/12/16)

 本書は、「公務員の身分保障や官民人材流動化の問題」がクローズアップされる中で、「一部の公務員にのみ可能な『天下り』や『留学後転職』ではなく、公務員から転職して地道に活躍している人たちの姿を紹介することで、官民人材流動化や公務員の転職について社会に一つの問いかけを試みたい」という目的を持ったものです。著者自身が、旧文部省のキャリア組出身で、現在は人材スカウト行に従事する傍ら、転職支援サイト「役人廃業.com」http://www.yakuninhaigyo.com/を運営されています。
 第1章「公務員社会の現状はどうなっているのか」では、「安定した公務員の地位を捨てて民間に転出している人たちがそれなりにいる」ことを示した上で、「退職の背景の一つとなっている公務員の過酷な現実」として、内閣官房行政改革推進事務局が公表した「各府省の若手職員等に対するヒアリングの結果(概要)について」(平成13年)から「若手公務員が抱えるさまざまな不満や閉塞感」を紹介しているほか、幹部候補として採用された人に見られる問題として、「その人自身の能動的・主体的なキャリアデザイン(職務経歴・スキルの形成)に配慮した人事異動(配属)が行われているとはいいがたい」点を指摘しています。
 また、『霞が関残酷物語』から「辞めるか、死ぬか、諦めるか」の「地獄の三択」という言葉を紹介し、「働きすぎで倒れても役所は守ってくれないから自分の体調は自分で守れ」と教育されてきたと述べています。
 さらに、霞が関の若手職員からは、
(1)民間企業に進んだ大学時代の同級生との比較
(2)苛酷な勤務環境との不均衡
の2点で、「給与についての不満が多数聞かれる」ことが述べられています。
 著者は、「公務員の仕事に不満を持つ人にとっては、そんな仕事を後にして、颯爽と公務員を辞められたらどんなに気分のよいことだろうか」としながらも、多くの人にとって、「その地位の呪縛により、辞めたくても辞められない」ものであると述べ、「そんな足踏みをしている人たちに、公務員からでも転職したり、起業することができるという実例を紹介することで、現実的な選択肢を提供したい。一筋の光明を示したい」という思い出、「役人廃業.com」を開設したと述べています。
 第2章「私の『役人廃業』体験」では、官民の人材流動化が求められる中で、「公務員からの転職に関する社会の認識は、旧態依然としたまま」であると述べています。
 そして、著者が旧文部省からの転職に踏み切った動機として、「組織に特有の『省風』だったのかどうかわからないが、官庁の巨大な組織と堅い上下関係(意志決定過程)」を挙げ、「自分が最も力を発揮できる環境は、フラットで風通しがよい職場だろう」と結論付けたことが述べられています。
 また、著者が転職のための面接を受け、大苦戦を強いられた理由として、「仕事へのホスピタリティーは充分に感じられたが、ビジネスという観点からは物足りなさを感じた」というものであったことが紹介されています。
 第3章「それぞれの『役人廃業』――転職者五〇人の声」では、国家公務員から名門企業に転職した人の意見として、「役所時代は事務処理能力が中心でしたが、今の仕事ではこの他に、ゼロから物事を作り上げる能力が必要になります~役所はどうしても、下のものが発言することは、はばかられましたが、むしろ今は言わないほうがダメですね」という言葉を紹介しています。
 また、外務省キャリアから有名シンクタンクに転じた山中俊之氏の言葉として、「『公務員出身者は営業が苦手では』などと言われたこともありますが、私は、人と会うのが大好きなので、営業は楽しくて仕方ないのです。ですから、そのような周囲の声は、すぐに消えました」と紹介しています。
 さらに、『社会人から大学教授になる方法』の著者、鷲田小彌太氏の指摘として、「社会人から大学教師に転じた人で、かつての仕事に熱中できなかった人は、大学教師の仕事、研究や教育活動にも熱中できないという事実がある」ことを紹介しています。
 この他、Uターンなどの理由で、「地方自治体間で職員の移籍やトレードができるシステム」に対するニーズがあるが、「職員が自ら希望して任意の自治体に出稿し、そこに転籍できるような都合のよいシステムは現状では存在しない」ことを指摘しています。
 第4章「公務員からの転身術――民間企業転職編」では、公務員を辞めたいと考えている人に対して、
「あなたはなぜ公務員を辞めたいのですか? 公務員を辞めてまでやりたいことは何ですか?」
という質問を最初にしていると述べています。そして、
「公務員の仕事より楽な民間の仕事はそうそう存在しない」
「ただし、公務員以上にやりがいのある仕事も民間にはたくさんある」
ことを「心に刻んでおいていただきたい」と述べています。
 また、「自分が何をやりたいかよりも、自分の経験を活かせる転職先が民間にあるかということばかり気にする人が少なくない」ことを挙げ、著者が、「今の仕事にやりがいを感じないとおっしゃるのに、同じような事務仕事を希望されるのですか。そもそも公務員を辞めて転職する意味はあるのですか」と聞き返して絶句されてしまったことを紹介しています。
 さらに、「はっきりと公務員経験者を募集している数少ない求人」である、国内系・外資系のコンサルティングファームやシンクタンクへの転職については、「官公庁経験者を募集すると謳いながらも、実際のところは中央官庁のキャリア組以外の転職は難しい」ことを挙げ、面接においても、「論理的思考を問う事例式の口頭試問(ケーススタディ)が課され」、「とにかく頭の回転の速さと柔軟さが問われる」ため、「『地頭』がよく、それまでの業務経験で高度に知的訓練された人が残る」と述べています。
 著者は、公務員向けの求人情報が少ない理由として、
(1)公務員の多くが転職を見据えた能力開発を考えてこなかった。
(2)民間企業は公務員を転職をする意志のない人と認識していた。
(3)多くの民間企業は公務員のもつスキルを理解せず、活用可能性を考えてこなかった。
(4)多くの民間企業が公務員経験を求める求人を出していないのはそれが理由である。
(5)これまでの民間企業への転職者は、奇特な人で、よほど能力と適性があれば採用されていたに過ぎない。
の5点を挙げ、「公務員自身がもっと自己の能力開発を行い、また民間企業側も公務員の顕在・潜在スキルに着眼し、十分に掘り起こせば、その能力を活用できるチャンスは少なくない」と述べています。
 また、職務経歴書の書き方のポイントとして、
(1)アピールポイントはコミュニケーション能力、バランス感覚そして調整能力
(2)専門的知識をアピールする場合の書き方
(3)マネジメント・リーダー経験があれば必ず書く
(4)「やらされ仕事」以外も書ければ書く
(5)役所用語(略語を含む)は一般には通じない
(6)志望動機には「仕込み」が必要
(7)長くしすぎない
の7点を挙げています。
 さらに、「公務員が現に給与をもらいすぎかという議論はさておき、公務員から民間に転職した場合に年収を維持することは、通常ではかなり難しい」ことを指摘しています。
 第5章「公務員からの転身術――起業編」では、「かつての武士のように為政者側に属し、民間のビジネスの舞台から一歩引いたところにいる。世間一般からは、コスト感覚を疑われている」公務員が起業しても、現代版「武士の商法」となるのではないかという指摘に対して、「半分正解で、半分不正解」だと述べ、不利な点がある一方で、公務員向きの部分もあるとしています。
 また、副業規制に関して、公立学校の教員が、休日に結婚式の司会をやっていたことが発覚した事件を紹介し、「現行法規上、違反は違反」であるが、規制の趣旨上、「本当に法令で規制すべきものなのだろうか」と疑問を呈し、
・休日の結婚式の司会が職務専念義務に影響したといえるのか。
・公務の中立性に影響したか。
・信用失墜行為に当たるかどうか。
の3点を挙げ、「当たり前のように考えられてきた兼業規制も、見直されてよいのでは」と述べています。
 第6章「公務員の転職をめぐる重点問題」では、政府が進めている天下り対策である「早期退職慣行の是正とピラミッド型人事構成の見直し」に関して、
(1)勧奨退職させる代わりに専門スタッフ職として残すというが、それだけの仕事が役所にあるのか。
(2)天下り受け入れ団体の幹部登用に年齢制限を設けて流入を防がないと意味がないのではないか。
の2点の疑問を呈しています。そして、著者の考えとして、
「公務員が天下りに頼らず自力で転職できるように官民の人材流動性を向上させ、天下り不要の社会をつくっていくことが望ましい」
と述べています。
 また、留学費用の返還義務について、「早期退職を劇的に抑止する力はありそうにない」と述べ、「留学者を活用できない役所の組織運営・人事管理に問題はないか。あるいは、公務員の留学における専攻選び(特にMBA)は妥当なのか」と疑問を呈しています。
 第7章「『役人廃業』であなたは変わる、社会も変わる」では、「公務員からの転職・起業成功者に共通して見られる傾向」として、
(1)公務員退職理由とその後のキャリアプランが明確であり、徹底的に検証もした。
(2)公務員としてもそれなりの仕事をし、それなりのものを達成した自負がある。
(3)公務員であった過去を否定しない。
(4)「損して得とれ」の意識を持っている。
(5)周囲の理解がある。
(6)公務員時代から、公務員を辞めた後のキャリアを意識した行動をしてきた。
の6点を挙げています。
 本書は、こんな仕事辞めたいと思っている公務員はもちろん、「公務員は民間では使い物にならない」という「常識」に疑いを持たない人にもぜひお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、『週刊東洋経済』2005年11月5日号の特集「公務員 史上最大の受難」が紹介されています。この号の「中堅若手公務員の本音トーク」という座談会のために東洋経済の会議室に行ったのですが、普段雑誌で読んでいる対談、座談会がどうやって行われているのかを見ることができて面白かったです。
 ただし、「誌上対談」という場合には、スケジュールを合わせることができず、1人ずつ収録することもあるようです。


■ どんな人にオススメ?

・公務員が辞めたら後はないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 山中 俊之 『公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋』 2006年06月08日
 福田 秀人 『成果主義時代の出世術―ほどほど主義が生き残る!』 2006年06月21日
 川手 摂 『戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開』 2005年12月29日
 早川 征一郎 『国家公務員の昇進・キャリア形成』 2006年04月20日
 稲継 裕昭 『日本の官僚人事システム』 2005年02月10日
 上山 信一, 梅村 雅司 『行政人材革命―"プロ"を育てる研修・大学院の戦略』 2005年04月16日


■ 百夜百マンガ

別れたら好きな人【別れたら好きな人 】

 すっかり環境エッセイストみたいになっちゃいましたが、軽い感じのコメディはまた描いてほしいです。

2007年8月19日 (日)

クール・ジャパン 世界が買いたがる日本

■ 書籍情報

クール・ジャパン 世界が買いたがる日本   【クール・ジャパン 世界が買いたがる日本】(#941)

  杉山 知之
  価格: ¥1680 (税込)
  祥伝社(2006/02)

 本書は、海外で「クール・ジャパン」と呼ばれ、熱い視線を浴びている「漫画やアニメをはじめとした日本のポップ・カルチャー」について解説したものです。著者は、「これから、人口も巨大で国土も広い中国とインド」が、日本を越す経済大国へ育っていく中で、「私たち日本が持っているのに、有効に使ってこなかった力」こそが「クール・ジャパン」の世界だと述べています。
 第1章「『クール』の帝国・日本」では、「日本のアニメやゲームなどポップ・カルチャーが、海外では『クール(カッコいい)と呼ばれて人気が高い」と報道されるようになったが、日本にいると「あまりにもそれがごく普通に存在しているためか、実感がわかない」と述べ、アメリカのCGイベントで「さまざまな国籍の人々が盛大な拍手を贈っている様子を見て、ゾクゾクするほどの感動を覚えた」と述べています。
 また、国際的に取引されるアニメの総本数や売買額に関して、「世界で放映されるアニメの約6割が日本製」であるというデータを紹介しています。
 そして、日本の工業デザインの世界で、アニメの「メカ」のデザインの洗礼を受けた世代が工業デザイナーとして活躍することで、「アニメ的な形状が洗練されて製品化されることになる。これもまた文化的な蓄積だ」と述べています。
 さらに、アメリカではビデオテープの時代から、「海外の番組に自分たちで字幕をつけて、同好の仲間に配布する『ファンサブ』という活動」があったことや、日本の作画の技術と世界観が、「メカニカルで暴力的で、どこか性的な部分を感じさせるもの」というエッセンスを持ち、永井豪の作品が欧米で人気を博していることなどを紹介しています。
 第2章「ビジネスとしての『クール・ジャパン』」では、「情報の内容によって対価を生み出す産業」と意味する「コンテンツ産業」という言葉が、「日本に独特」なものであることを述べた上で、今までの産業が、「それぞれの業界ごとに独立して存在してきた」のに対し、「コンテンツ産業は、あらゆる産業を横に串刺しにする」と述べています。
 また、「カワイイ(kawaii)」という日本語を海外に広めた『ハローキティ』が、「シンプルな線で描かれた、喜怒哀楽の見えない表情や、あまり細かな設定のないところが、自由に想像力を働かせることを助け、ファンをひきつけたのかもしれない」と解説しています。
 著者は、コンテンツ産業が時代の日本の牽引力になっていくために必要なこととして、
(1)これまで持っている知財とその権利をきちんと見直すこと。
(2)コンテンツ産業をしっかりと産業として根づかせるための国としての取り組み。
(3)次の世代のクリエイターをいかに育てるかという人材育成。
の3点を挙げています。
 第3章「『ジャパン・オリジナル』の強さ」では、日本のマンガの線が、「欧米人にはなかなか描けない。極端に省略されていながら、かたちの向こう側のエッセンスを描こうとしたようにも思えるのだ。ときにはぽんと描かれた絵だけで不思議な深遠さを表現する」と述べ、「輪郭線で描いた絵によって物語を作り、産業として成功している国は日本以外にない」と解説しています。
 また、「表現に厳格なタブーがない日本では、アニメのヒロインがミニスカートをはいていたり、服を脱いだりするシーンも登場する」ことについて、「アメリカでも、子供たちが見る表現の中にエロティシズムのようなものが入っていることは、古くからあった」として、ディズニー映画の『白雪姫』にちりばめられた性的な暗喩の例を挙げ、「エロティシズムが隠されているからこそ、魅力的に見える部分がある」と述べています。また、『銀河鉄道999』に登場するメーテルが、「大人の女性でありながら、ことさら肉感的なわけでもない。しかし、どこかはかなげな"色気"をかもし出している」として、「ヨーロッパで突出した人気を誇っている」ことを紹介しています。そして、水木しげるを例に挙げ、キリスト教では「霊的なものを主人公に置く」のはタブーなため、映画やアニメになりにくいと述べ、「日本で生まれ育つと、キリスト教に基づく欧米人の宗教観がなかなか理解できないが、宗教的規範はエンターテイメントから科学技術まで強い影響を持つ」と述べ、「欧米では人間型ロボットは作ろうとも想像できないこと」であると述べています。
 さらに、海外の人たちが、「アニメやマンガのおもしろさに気づき、熱中する楽しさを『オタク』という言葉によって認識した」と述べ、「日本型ビジネスと呼ばれた方法論のエッセンスも、アニメなどが示す世界観の中に現れていた」、「つまりコンテンツの輸出にとどまらず、『オタクな心』も輸出したのである」と解説しています。
 さらに、「ヨーロッパに渡り、洗練されて世界のファッションの中に溶け合って」いって「日本のギャル・ファッション」が、「もともとはマンガの中にあった要素」であったと解説し、島田雅彦が日本文化の「三点セット」と表現した「わび・さび・萌え」について解説し絵知増す。
 第4章「『AKIRA』から世界へ――国境を越えて増殖する『OTAKU』」では、英語の辞書にも「otaku」がそのまま載っていて、「何かにはまっていて、社会的なコミュニケーションが下手な人。往々にしてパソコン好き」と説明されていることを紹介しています。
 そして、「ハマる」ことの楽しさ、うれしさを、「一種の『身をゆだねる快楽』ではないだろうか。何もかも忘れて集中することは、ある種の快感を伴なう。モチベーションをもって努力しているかぎり、人間は気力・体力とも、周囲が驚くほどの頑張りを発揮できるものである」と解説しています。
 第5章「『クール・ジャパン』を産み出す人々」では、日本のアニメ産業の負の面として、「手書きにこだわって分業化されてきたこともあって、パソコン環境との融合が遅かった」ことを挙げ、「理系の人材が必要だという認識が浸透していない」と指摘しています。
 さらに、行政などが「クリエイターの育成」を唱えているが、必要なのは、「作れる人」を「束ねて、大きな仕事をやろうという人」であると述べています。
 第6章「新・文化産業のための世界戦略」では、日本が持っている「資産」として、「アニメの原作となる漫画では、世界に知られていないものもたくさんあるし、莫大な資産がまだまだ眠っている」と述べ、その一つが、「これまで日本でも大ヒットし、海外でもシリーズになったようなアニメの『映画化』」であると述べています。
 本書は、当たり前すぎて気づきにくい、日本が持つ「文化」を、気づかせてくれる光の当て方を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書でも触れられていますが、漫画やアニメ以上に「クール・ジャパン」を感じるのは日本の工業デザインです。車などは分かりやすい例かもしれませんが、携帯電話やデジカメなど、西洋のお手本がない分野のデザインには随所にガンダム世代の質感へのこだわりが感じられます。


■ どんな人にオススメ?

・日本製のアニメは海外ではマニアしかみてないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 中村 伊知哉, 小野打 恵 『日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像』 2006年11月29日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日
 堀淵 清治 『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』 2007年04月15日
 ジョセフ・S・ナイ (著), 山岡 洋一 (翻訳) 『ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力』 2007年04月27日
 町山 智浩 (翻訳), パトリック・マシアス (著) 『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』
 浜野 保樹 『模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで』


■ 百夜百音

Van Halen【Van Halen】 Van Halen オリジナル盤発売: 2004

 再結成するのかしないのか、エディーの体調も心配されていますが、当時のギター少年にとってはエディは神様でした。

『炎の導火線』炎の導火線

2007年8月18日 (土)

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

■ 書籍情報

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く   【眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く】(#940)

  アンドリュー・パーカー (著), 渡辺 政隆, 今西 康子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  草思社(2006/2/23)

 本書は、5億4300万年前に、「地史的に見れば一瞬に等しい期間」に、「今日見られる主要な動物グループのすべてが、いっせいに堅い殻を進化させ、それぞれ特有の形態を持つに至った」という「『カンブリア紀の爆発』と呼ばれる出来事を招来した起爆剤は、一体何だったのか」を追ったものです。
 第1章「進化のビッグバン」では、地球上でこれまで進化した38の動物門について、「5億4300万年前からのわずか500万年間に、すべての動物門が複雑な外部形態をもつにいたった進化上の大事変」が、「カンブリア紀の大爆発」であり、「それまでみな同じような形態だった動物門が、この時期を境に多様な外形へと姿を変えた」ことを解説しています。
 そして、この爆発によって、「現生するさまざまな動物の外部形態の青写真が出来上がった。歯や触手や爪や顎をそなえた動物が突如として出現したのだ」、「軟体性の蠕虫という原型から、ここの動物門に特徴的な複雑な形状(『表現形』ともいう)への変化が、致死的なタイムスケールからすると『またたくま』に起こった」として、「進化史における画期的大事件であり、生命それ自体の誕生に匹敵するほど重要な出来事」であると述べています。
 著者は、「複雑で固い外部形態を胚から発生させるには、単なるソーセージ型の袋を形成するよりも多大なエネルギーを必要とする」ため、「大きな一歩を踏み出させ、余分なエネルギーの出費を余儀なくさせた要因は、半端じゃなく重大なものだったに違いない」と述べ、「その要因の正体を明らかにすることで、カンブリア紀の爆発が起きた理由は解き明かされるはずだ」が、これまでの説では、「科学的な精査に耐える説はひとつもなかった」ことを解説しています。
 そして、本書において、「カンブリア紀の爆発の原因を巡る不明確さや憶測に終止符を打つ」として、カンブリア紀の爆発の原因に関する新説である「光スイッチ」説を紹介すると述べています。
 第2章「化石に生命を吹き込む」では、グールドが『ワンダフル・ライフ』を著してからの十数年で、「カンブリア紀の生物学的研究は長足の進歩をとげ」、「かつて『分類不明の珍妙な動物』とされていたものが、現在では、現生種との溝を埋める中間種の新たな発見により、現生種との類縁関係を緊密に探ることができるように」なり、「カンブリア紀初期の岩石からは、さまざまな生痕化石が見つかっている」ことが述べられています。
 第3章「光明」では、「動物は自分を照らす日光を受容するしかない」が、その際の選択肢には、「自分の存在を隠蔽するか、逆に自己主張して存在を目立たせるか」の2つがあると述べています。
 また、「現時点では間違いなく、光が動物の行動を支配する大きな力となっている。生物が現在の段階に達するまで、光は過去においてもずっと進化の重要な要因だったに違いない」という考え方が、「カンブリア紀のジグソーパズルを埋めるひとつのピースとなる」と述べています。
 さらに、「動物が色を生じるしくみには、色素を利用するほかにも方法がある」として、透明な基盤と物理的な構造による「構造色」について解説し、「動物が光にどのように適応してきたか」の中には、「色彩だけではなく形状や行動も含まれる。進化がもたらした光への精妙な適応は、自然界のいたるところで見つかる」と述べています。
 第4章「夜のとばりにつつまれて」では、深海の甲殻類スカベンジャー群集の生態調査の中で、長さ50センチにも及ぶ巨大な甲殻類で、『スター・ウォーズ』の帝国軍兵士(ストームトルーパー)のヘルメットのような頭部を持つ「オオグソクムシ」を引き揚げたエピソードなどを紹介しています。
 そして、洞窟魚を取り上げ、「光が存在しない環境下では進化が遅滞しうる」と述べています。
 第6章「カンブリア紀に色彩はあったのか」では、カンブリア紀の、多毛類ウィワクシアとカナディア、節足動物であるマルレラの表面に「回析格子」の痕跡を発見し、彼らが、「日光が当たる都虹色光沢を放つ」鮮やかな体色を持っていたことを解説しています。
 第7章「眼の謎を読み解く」では、眼を、「大気中を透過する光の波を映像に変換する検知器である」と述べ、「眼が視覚を発明したのはいつか」という問いの直接の手掛かりを追っています。
 著者は、「史上初の眼が登場したのはいつか」について、三葉虫のデータから、「5億4300万年ほど前に、目をもったたくさんの種類の三葉虫が出現したのだが、それ以前に三葉虫は一種たりとも存在しなかった」ことに注目し、「5億4300万年前の地球に最初の三葉虫が登場し、最初の眼が登場したのだ」と述べています。
 そして、「眼が突然、どこからともなく地球上に現れたように見える歴史的瞬間は必ず存在する」とした上で、「重要なポイント」は、「未発達な光受容器の段階にとどまっているものは眼ではない」と述べ、「眼はカンブリア紀のしょっぱなから存在していたが、それ以前にはなかった」という2つの事実を合わせて、「光が降りそそぐ環境に暮らす動物の行動や進化に対してもっとも強力に作用する感覚ないし刺激の出現」が浮き彫りになると述べています。
 第8章「殺戮本能と眼」では、5億4300万年前から5億3800万年前までの間に、すべての動物門が突如としていっせいに硬組織を進化させたという進化こそが、カンブリア紀の爆発であると述べ、「バージェスのすべての節足動物が、防護用のとげか、攻撃から身を守るための何らかの防御を備えていたという事実は、彼らが捕食者であると同時に、食べられる側でもあったことを意味している」と指摘しています。
 著者は、「カンブリア紀の幕開けは、能動的捕食の開始でもあった」と述べたうえで、「原始三葉虫から数種の捕食性三葉虫が進化し、それが連鎖反応にはずみをつけたのだろうか」という問いかけをしています。
 第9章「生命史の大疑問への解答」では、「可視光波」が、太陽から放射される一連の電磁波のごく一部であり、「物体に当たった光線は、屈折偏光され、その物体に関する情報を抱えて環境中を進む。その屈折光が我々の目に入ると、網膜上に集光され、情報の読み取りが可能になる」と述べた上で、「『色』という言葉は、光が存在する場所に生息しているすべての動物の辞書に見つかる。光は、あまねくすべての動物に作用する重要な淘汰圧なのである」と解説しています。
 そして、「自然界の刺激と、政治ニュースを伝える各種メディア(インターネットを除く)を対比させ」、新聞の時代からラジオの登場によって記者のノウハウが変化し、さらにテレビの発明によって、ニュース制作者の仕事が、「劇的な進化を余儀なくされ」、「あらゆるポジションに従来とは異なるタイプのスタッフが必要になった」ことを述べた上で、「光は(少なくとも、今の地球上では)地球上のあらゆる動物がその影響を被る刺激であるという先ほどの見解を考える上での参考となる」と解説し、「光がもつ力を、あらゆる現生動物の行動や進化と結び付けているのは眼である。眼が存在するからこそ、光がありとあらゆる動物動物にとっての刺激となっているのだ。それは、目をもたない動物に対しても同じである」と指摘し、動物にとっての眼のサイズの大きさを挙げています。著者は、「眼は、いうなれば生物進化における『テレビ』であり、登場したが最後、誰にも無視できないものとなっていたという連想が成り立つ」と述べています。
 著者は、「どういう淘汰圧が進化をうながすか」として、「ひとえに目をもつ捕食者の存在がもたらす結果なのだ。もし眼が存在しなければ、光が動物に重大な影響を及ぼすということにはならないだろう」と述べた上で、地質年代を「視覚が出現する前と後とに分ける」と、「この2つを隔てる境界は、5億4300万年前にある」と述べ、「この二分された生命進化史のはざまで、光スイッチが恩になった」、「現在の動物の外部形態には、視覚による大きな制約が課せられているのに対し、カンブリア紀以前には、そもそも眼が存在していなかったのだから、視覚がそのような役割を果たすことなどありえなかった。したがって、当然ながら、光が動物の行動システムに影響を及ぼす重要な刺激たりえることはなかった」と述べています。そして、「ようするに、眼の出現とともに、動物の外観が突如として重要となったのだ。しかし、周囲の世界とそこにすむすべての生物に対する刺激として視覚を導入するに当たっては、最初にたった一対の眼が出現するだけでよかった」と述べています。
 そして、「カンブリア紀初頭、地球上のすべての海で、眼と捕食用付属肢を備えた三葉虫が姿を現した。能動的な捕食の時代が到来したのだ」と述べるとともに、三葉虫に「新たな淘汰圧が作用」、すなわち、「自分が餌食にならないようにすること」が必要になり、「進化のもうひとつの対応は、三葉虫に遊泳能力を与えた固い外骨格に、装甲としての機能が加わった」と述べています。
 また、三葉虫が食べていた軟体性動物についても、それまでの「不活発な受動的捕食」から、「光さす新世界に適応するための必須条件」である「硬組織」を備えることが必要になったとして、「色々な種類で硬組織が出現し、その結果として多細胞動物の形態進化を後押ししたのは、能動的な捕食者だったようだ。この過程こそが、カンブリア紀の爆発だった。しかし、その引き金となったのは、眼の出現だった」と述べています。
 さらに、視覚の進化が、「『見えない』状態から『見える』状態への一足飛びの飛躍だった」ことについて、「眼が機能するには、かなり大きな脳と神経ケーブルが必要なわけだが、それらの一部は他の感覚から借用したものだった」と述べ、「どうやら眼は、感覚器としては型破りの進化をとげたらしい」としています。
 第10章「では、なぜ目は生まれたのか」では、「最初の眼は、進化とは独立の要因である、日光の増大に反応して進化したに違いない」と述べ、「先カンブリア時代の最後に地表面の日光の量が増大したことを示す地質学的証拠が見つかっている」ことを挙げています。
 本書は、カンブリア紀の爆発という進化史上の一大トピックの謎を、「眼の誕生」というひとつの出来事によってスパッと解いてみせた痛快な一冊です。


■ 個人的な視点から

 グールドの『ワンダフル・ライフ』、ドーキンスの『祖先の物語』と読んだあとで本書を読むと、カンブリア紀の大爆発について、ザックリと切れ味のよい解説をしている本書はとても小気味よいです。
 大胆なだけに色々と反論を受けているのかもしれませんが、どれが正しいか、という断定的な「正答」よりも、世界を見るときの新しい視点を与えてくれる一冊は、その学問分野を越えた部分で重要なのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・自分の眼が何のためについているのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』 2007年03月03日
 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上』 2007年06月30日
 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下』 2007年07月01日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 キム・ステルレルニー (著), 狩野 秀之 (翻訳) 『ドーキンス VS グールド』 2007年02月10日
 ジョン・メイナード スミス (著), 巌佐 庸, 原田 祐子 (翻訳) 『進化遺伝学』


■ 百夜百音

ベリー・ベスト・オブ・ELO【ベリー・ベスト・オブ・ELO】 エレクトリック・ライト・オーケストラ オリジナル盤発売: 2005
 テレビドラマ『電車男』の主題歌として日本では人気のこの曲ですが、そのルーツが「大コン」まで辿ることができるとすると、アキバよりも大阪の日本橋の方が適しているのではないかとも考えてしまいます。

『フジテレビ系列ドラマ 電車男 オリジナル・サウンドトラック』フジテレビ系列ドラマ 電車男 オリジナル・サウンドトラック

2007年8月17日 (金)

自治体改革と地方債制度―マーケットとの協働

■ 書籍情報

自治体改革と地方債制度―マーケットとの協働   【自治体改革と地方債制度―マーケットとの協働】(#939)

  稲生 信男
  価格: ¥2,940 (税込)
  学陽書房(2003/11)

 本書は、「自治体経営と資金調達制度(地方債制度)の両者を有機的に、いいかえれば一つの『システム』ととらえることをめざし」、
(1)自治体の資金調達システムをどのように考えるべきか、という切り口。
(2)地方債の発行・流通市場や経営危機の場面での再生制度について、市場や投資家の側の視点を重視して論じている。
(3)米国の地方制度と地方債市場の動向を分析し、日本で米国の制度や手法を導入あるいは応用できるのか、という観点からも論じている。
の3点を柱にしたものです。
 第1章「自治体改革に求められるもの」では、自治体を改革するために求められる視点として、「国からの財政移転には限界が見え始めている以上、資金調達の原点である、『市場』、つまり投資家からの、コストのついた資金導入の原則に立ち返るしかない。それは、地方債制度を、単なる財政の一部としての資金調達制度ではなく、『自治体の資金調達システム』と捉えなおす点にある」と述べ、「自治体の新しい資金調達システムの構築が次なる重要課題」であると述べています。
 また、強調しておきたい点として、本書が、「市場原理をすべての解決の特効薬と位置づけるわけでもないし、市場原理による自治体の淘汰を目指すものではない」と述べています。
 第2章「自治体経営の新潮流」では、ある機関投資家の債券投資担当者の話から、「市場の視点から自治体経営のあり方を考える、いくつかの重要な示唆」として、
(1)自治体の財源保証制度の今後に不透明感が増している
(2)政策目標の明確化と住民ニーズとの対応
(3)公会計など経営の観点の重要性
(4)投資家の自己責任原則の前提となる情報開示
の4点を挙げています。
 そして、「1980年代半ば以降、英国名ニュージーランドなどの諸国で形成された行政部門の経営理論」である「NPM論」の中心的コンセプトとして、
(1)業績と成果による統制
(2)市場メカニズムの活用(市場による統制)
(3)顧客主義への転換
(4)ヒエラルキーの簡素化
の4点を挙げています。
 第3章「地方債の発行市場」では、現在の地方債制度を構成する要素として、
(1)地方債は自治体が負担する債務であること
(2)資金調達、つまり原則的には資金の移動を伴なう形によって負担する債務であること
(3)証書借入または証券発行の形式を有すること
(4)自治体の課税権および地方交付税法に基づき地方交付税を受ける権利を実質的な担保とした債務であること
(5)債務の履行が一会計年度を越えて行われること
の5点を特徴として挙げています。
 そして、その発行状況について、「傾向としては市場からの公募へと、資金調達がシフトしつつある」と指摘しています。
 また、「これまでのような、地方債を引き受けてもらう代わりに公金預金をしたり財務関連の事務を依頼するという自治体と金融機関の密接な関係は崩れつつある」として、「金融機関の体力低下もあることから自治体との関係見直しは今後も進められる」と推測しています。
 さらに、市場公募地方債に関して、「これまで国(総務省)が、統一して銀行や証券会社の代表と毎月交渉し、地方債の利率などの発行条件を決定してきた」方式である「統一条件決定方式」から、利率や価格などの発行条件について、発行団体の「発行規模や財政力の差などが必ずしも反映されていない」という指摘を受け、2002年4月から暫定的に、「東京都とそれ以外の27団体の発行条件を別個に決める」方式である「2テーブル方式(テーブル方式)」が導入され、最終的な目標は、「個々の自治体が引受けを行う金融機関と直接交渉する」方式である「個別条件決定方式」に置かれていることを解説しています。
 この他、共同発行市場公募地方債に関して、地方債協会の「地方債に関する調査研究委員会」による、共同発行のメリットとして、
(1)発行コストの低減(発行ロットの大型化による流動性の向上、スケールメリットによるファンダメンタルズの改善、連帯債務による信頼感の向上)
(2)市場の評価に対するセーフティネットの形成
(3)地方債市場全体のベンチマーク債としての機能の発揮
の3点を紹介しています。
 第4章「地方債の流通市場」では、債権投資において、一般的に挙げられるリスクとして、
(1)元利払いリスク(信用リスク)
(2)金利変動リスク(価格変動リスク)
(3)流動性リスク
(4)為替リスク
の4点を挙げています。
 そして、わが国の国債市場の流動性が低いとされる背景として、
(1)税制:利子所得の所得税にかかる源泉徴収税等
(2)会計制度:時価会計の導入の遅れ
(3)発行市場の問題:10年物国際への集中、一銘柄ごとの発行量が少ない
(4)決済インフラ
(5)保有構造:公的部門のウェイトが高い、非居住者のウェイトが低い
の5点を挙げています。
 第5章「米国地方債発行・流通市場の概要」では、「米国の地方債市場の現状について、発行市場と流通市場とに分けて」論じるとして、その発行形態を、
(1)償還までの期間
(2)課税の有無(課税債か免税債か)
(3)返済原資(償還財源として充当されるキャッシュフローの範囲・・・一般財源保証債とレベニュー債)
の3点によって分類しています。
 さらに、米国地方債の代表的リスクとして、
(1)クレジットリスク
(2)課税リスク
(3)繰上償還リスク
(4)ボラティリティ・リスク(変動リスク)
の4つのリスクについて解説しています。
 第6章「自治体財政の危機管理と再生制度」では、自治体債権の再建として、地方財政再建促進特別措置法による再建について、自治体が措置法に基づいて申請すると、
(1)総務大臣が再建の基準となる日を指定
(2)自治体が財政再建計画を策定し総務大臣に承認申請
(3)総務大臣が計画を承認
(4)再建計画に基づく予算を策定
の手続で再建が進められ、「国の管理下におかれるために、予算編成権をはじめ、首長や地方議会の主体性が失われ、国に委ねる形となる」と述べられています。
 そして、自治体の経営破たんに関して、「現在のところ経営が完全に破綻し、債務不履行を生じることは予定しない制度・システムとなっている」理由として、「公法人は破産しないと言う、日本の破産制度に内在する理念とでもいうべき破産能力限界論も影響している」と解説したうえで、地方債の信用力に関する問題点として、
(1)政府保証ではないこと。
(2)起債に関して許可制度から協議制度に移行する点。
(3)地方交付税制度の改革
の3点を指摘しています。
 本書は、地方債制度について、マーケットとの関係という視点から解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 三位一体改革(補助金、交付税、税源)の3点に合わせて、地方分権改革のキーを握ると言われている地方債ですが、比較的地味な分野だったこともあり、これまであまり書籍類も出ていませんでしたが、三位一体改革と夕張市の破綻をきっかけに続々と面白いものが出てくるようになったと感じます。


■ どんな人にオススメ?

・地方債は地味な分野だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 加藤 三郎 『政府資金と地方債―歴史と現状』 2007年04月10日
 平嶋 彰英, 植田 浩 『地方債』 2006年12月14日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 持田 信樹 『地方分権と財政調整制度―改革の国際的潮流』 2007年03月14日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日


■ 百夜百マンガ

超こち亀【超こち亀 】

 さまざまなマンガ家との合作の中でも、やっぱり見ものは、ゴルゴ13のさいとう・たかをでしょうか。道楽BOXの方は、19800だそうです。マニア心をくすぐります。

2007年8月16日 (木)

道州制で日はまた昇るか―地方分権から市民主権へ

■ 書籍情報

道州制で日はまた昇るか―地方分権から市民主権へ   【道州制で日はまた昇るか―地方分権から市民主権へ】(#938)

  道州制.com (編集), 一新塾
  価格: ¥1,680 (税込)
  現代人文社(2007/03)

 本書は、「『道州制』とは何かをわかりやすく伝え、『道州制』は是か非か? どう変わればいいのか? といった、市民レベルの議論を今この時期に、広く促」すとともに、「権限や財源の移譲がほとんどない、名前ばかりの『道州制』が進行する可能性」を、「市民レベルで道州制の中味を議論する動き」が盛り上がることで変えていくことを目的としたものです。
 第1章「日本の未来を導く答えはどこに?」では、「政府が対応しきれなくなって」いる「日本の社会に起こっている変化」として、
(1)地球規模の「グローバル化」
(2)「低成長」と「少子高齢化」
の2点を挙げ、「これからは、"今までと違う政策"が必要であり、"地域ごと、ケースごとに異なる対応"が必要なのですが、中央集権の政府ではそれがなかなか進みません」と述べ、「変化の時代を乗り切るためには、"中央集権体制"そのものを変えていく必要」があると主張しています。
 また、「道州制」において、「都道府県を廃して、『道州』という単位を基準に地方分権」するのが望ましい理由として、
(1)国の"大きな仕事"を地域に移譲するため
(2)財政基盤の安定のため
(3)グローバル化に対応する成長戦略のため
の3点を挙げ、「日本が、21世紀に国際競争力を持ちえるための戦略的分割の単位が道州である」と述べています。
 そして、道州制を、
(1)現行の都道府県制度を廃止する
(2)広域行政体をつくる
(3)自律のための権限を与える
の3点により定義しています。
 第2章「今、国も地域も大変だ」では、地方交付税交付金の課題として、
(1)国と地方における、税収と必要額とのアンバランス
(2)複雑かつあいまいな算定基準
(3)地方自治体の自主性の妨げ
の3点を挙げると共に、補助金の問題として、
(1)地方自治体の自主的な運営の妨げ
(2)地方経済の公共事業依存体質と政治家利権
(3)地方自治体の「補助待ち」
の3点を挙げています。
 さらに三位一体改革の評価として、
・全体として、目標としていた地点よりは小さい成果だった。
・その中身としては、小さな政府にする方向は少し進んだ。しかし、地方分権への方向は進まず、むしろ交代の面もあった。
の2点を挙げています。
 著者は、「改革のためには、やはり道州制にするべき」として、
(1)<"自己改革"は難しい>という問題に対しては、もっと根本的に、枠組みから作り直す、ということでの道州制。
(2)<都道府県が受け皿として必ずしも適していない>ことに対しては、都道府県の枠組みを権限移譲に適したものにするための道州制。
(3)<議論に国民が不在である>という現状に対しては、地方分権の姿を具体的に見せて、そのキャッチフレーズとしての道州制。
の3点を挙げています。
 第3章「『道州制』は救世主か?」では、現在提案されている代表的な「道州制」提言として、
・自由民主党:「道州制を実現する会」→「道州制推進議員連盟」「道州制調査会」
・民主党:「道州制の導入が適当である」2000年ごろの政策マニフェスト
・地方制度調査会:第28次地方制度調査会「道州制のあり方に関する答申」(2006年2月28日)
・関西経済同友会
・九州地域戦略会議
・北海道
・大前研一氏
などを紹介した上で、
(1)中央集権か、地方分権か
(2)大きな政府(公のサービス大)か、小さな政府(公のサービス小)か
の2つの指標によってプロットしてています。そして、「政府の道州制推進体制においては、道州制はまだわずかしか進んでいない」と指摘しています。
 第4章「こんな『道州制』がほしい」では、「地域に住む一人一人が、まちづくりに創意をもって参加することを要件とし、それを最大限サポートできる枠組みを備えた道州制」である「市民道州制」の条件として、
(1)基礎自治体と道州に、機能を果たすのに十分な権限と財源がある。
(2)自立した市民が地域造りを支える。
の2点を掲げています。
 また、「市民」が力を出し合って、地域の問題に取り組んでいる事例を紹介し、どの地域でも「公務員が大活躍している」という共通点があると述べ、
(1)住民が参加できる分かりやすい仕組みを作り、住民に伝えること。
(2)行政の透明性を高め、信頼を得ること。
(3)確固たるリーダーシップをとること。
の3点が公務員に求められていると述べています。
 さらに、道州制の問題点として、
(1)道州間の地域間格差をどうするか
(2)国から地域へ、大きな権限を移譲して大丈夫か
の2点を挙げています。
 第5章「市民の道州制のために」では、「私たちの望む道州制は、黙っていたら実現しない」ことがハッキリしてきたとして、反対意見を含めた、市民みんなによる議論を求めています。
 第6章「2020年、『道州制』後の日本」では、道州制導入後の日本の姿を、いくつかの例を示しながら紹介しています。
 本書は、道州制のための議論を呼ぶきっかけになる可能性を持った一冊です。


■ 個人的な視点から

 大前研一氏が設立した団体にルーツを持つだけあって、きちんと世界的な経営コンサルタントの大前氏の道州制案も紹介されていますが、反論でも何でも、議論そのものを起こしたい、という気持が伝わってきます。


■ どんな人にオススメ?

・今の都道府県の形が当たり前だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 大石 嘉一郎 『近代日本地方自治の歩み』 2007年06月12日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 小森 治夫 『府県制と道州制』 2007年04月19日
 松尾 正人 『廃藩置県―近代統一国家への苦悶』 2007年07月05日
 副田 義也 『内務省の社会史』 2007年08月10日


■ 百夜百マンガ

惑星ロボ ダンガードA【惑星ロボ ダンガードA 】

 「好きだっ」「好きよ」「ダンガードA~」という主題歌を知っている人は結構な年齢の人にかぎられると思いますが、松本キャラと超合金デザインがミスマッチ感をかもし出しています。
http://youtube.com/watch?v=cdjB_0s8aY8

2007年8月15日 (水)

世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと

■ 書籍情報

世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと   【世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと】(#937)

  ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳)
  価格: ¥1995 (税込)
  青土社(2005/07)

 本書は、著者自身の取材を含む豊富な具体例を示すことで、「現代の貧困の諸相を浮き彫りにし、そのメカニズムを明らかにするとともに、解決への道を提示」したものです。
 第1章「目に見えない貧困」では、「豊かな世界では、貧しい人々は目に見えない存在になっている。彼らが占める場所に、金持ちが踏み込んでくることはない」と述べたうえで、「欧米の貧しい人々は民主主義の死せる魂である。彼らは非参与者、落ちこぼれ、消えた者たちであり、選挙人名簿や公式のリストから漏れている」と述べています。
 そして、エーレンライクの『ニッケル・アンド・ダイムド』が、「アメリカの低賃金経済の中で生きていくのがいかに困難であるかを検証するために、数ヶ月間実際に生活してみた」ことを紹介しています。
 また、「イギリスでは、貧困線は中位の所得の60パーセントに設定されている」ため、「金持ちがより豊かになるにつれ、中央地も上昇し、外見上、より多数の人間が貧しくなった。この定義は、貧困が永遠に続くことを保証するものである」と述べています。
 第2章「貧困を測定する」では、本書の副題のもとになったデータとして、
・世界で12億人の人々が、1日1ドル未満で生活している。世界の人口の半分が1日2ドル未満で生活している。
・世界でもっとも豊かな1パーセントの人たちの収入は、最貧57パーセントの収入の合計に等しい。
・世界でもっとも富裕な200人の資産は、世界人口の総年収の41パーセント以上にのぼる。
・世界人口の最富裕層5分の1が、世界の肉・魚の45パーセントを消費している。最貧層5分の1の消費量は5パーセントである。
 第3章「貧困を定義する」では、「多くの、おそらくほとんどの人々にとって、貧困は相対的なものである。つまり、われわれは自分を周りの人たち、とりわけ自分よりいい暮らしをしている人たちと比較するのである」と述べ、「われわれは、自分と同じくらいの暮らし向きの人間に目を向け、彼らが自分よりうまくやっているかどうかを気にする」と述べています。
 また、「問題は、富が増大すると、貧困もまた増大するということにある。貧困は人間性を傷つけ、発達を妨げるという大きな真実は、人間の生活は個人が享受する富の量に正比例して高められるという、より大きなうそを隠している」と延べ、「貧困の定義が大変難しい理由はここにある」と指摘しています。
 第4章「貧困のメカニズム」では、「グローバル化時代の貧困は、資源の欠乏の問題ではなく、豊かな国々による経済のコントロールの帰結である」と述べ、「グローバリゼーションとは、程度の違いはあれ、すべての国を一つの世界経済システムへと統合することである」と指摘しています。
 また、「開発」が「社会主義というライバルに対抗して考えられたため、それが約束するものは大部分が空想の領域に属していた」と述べ、「欧米のやり方で富の創造に利点があるのは確かだが、それは人類の大多数にとって手の届かないところにある」と指摘しています。
 著者は、「『開発』の最大の秘密は、それが植民地主義的概念であり、搾取のプロジェクトだということである」と指摘し、「限界のある世界での無限の経済的拡大のシステム」が「開発のイデオロギー」であり、「それが実現可能ではないのは、社会主義の統制によって阻害されていた頃も現在も同じである」と主張しています。
 そして、「貧しい人々は、安全を求めて移住する」が、「富は彼らよりも敏捷である。富の方が栄養もよく、健康で、可動性がある」と述べています。
 第5章「富と貧困」では、薬物、不法移民、人身売買などの闇経済に関して、
(1)世界の富を再分配する世紀のプログラムが存在しないことから生じている途方もない社会的不公正への反応として、犯罪活動があることは理解できる。
(2)これらの活動のほとんどは公の経済を影のように追い、機密保持と商業上の秘密の保護という名目で守られ、しばしば役人や企業から黙認されている。政治の犯罪化と犯罪の政治化が、闇経済の再分配の役割を支え、貧しい人間から金持ちへの富の継続的な流れを支えている。
の2つのことが言えると述べています。
 第6章「自立を救い出す」では、「自立、人間とその脆弱な資源基盤との間のより敬意に満ちた関係は、貧しい人々のニーズに全く対応せず、非常に収益を計算することで彼らを暗黒と沈黙へと追いやるグローバル市場の、人を見下したような行き過ぎから救われるのを待っている」と述べています。
 本書は、世界の大多数の人々にとって身近な存在である「貧困」とグローバリズムの関係を問う一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、貧困の原因をグローバリズムに求めたマクロ的な視点が魅力の一つですが、いくぶん観念的というか、統計データを並べた大雑把な議論に感じてしまうところが難点です。


■ どんな人にオススメ?

・貧困が発生する原因を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 ジョセフ・E. スティグリッツ (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』 2007年08月03日
 ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
 ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日


■ 百夜百マンガ

ののちゃん【ののちゃん 】

 出版社がスタジオジブリになっていたのでびっくりしましたが、考えてみれば映画化されたんですね。新聞4コマを映画化するってのも大変なことですが、「サザエさん・ザ・ムービー」なんてのも可能でしょうか。

2007年8月14日 (火)

ワーキング・プア―アメリカの下層社会

■ 書籍情報

ワーキング・プア―アメリカの下層社会   【ワーキング・プア―アメリカの下層社会】(#936)

  デイヴィッド K.シプラー (著), 森岡 孝二 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  岩波書店(2007/02)

 本書は、「ワーキング・プア」と呼ばれるアメリカの貧困層の人々について、「その人々の生活を許される限り徹底的に調査し、一人ひとりを困窮させた原因と結果の複雑にもつれた糸を解きほぐすこと」を目的としたものです。著者は、「ワーキング・プア」という言葉を、「アメリカでは勤勉に働く者が貧困であってはならないはずである」ので、「矛盾した表現」であると述べています。
 序章「貧困の淵に立って」では、「アメリカ社会の底辺では、無数の人々が繁栄の陰で、貧困と福祉の間の薄暗がりに暮らしている」が、「彼らの困窮常態は目に見えない」と述べ、本書が、「何人かのこうした人たちとその家族や、彼らの夢や個人的欠点や、さらにはより大きなこの国の欠陥について述べている」ものであるとしています。
 そして、「世界的あるいは歴史的な基準によると、アメリカ人が貧困と見なすものの多くは贅沢である」が、「彼らは、この国の他の人々が教授しているものから見て貧困化させられており、社会が意志さえあれば提供できるものから見て貧困化させられている。彼は社会の中心から外れたところで生活している」というマイケル・ハリトンの言葉を紹介し、「豊かな国において貧しいことは、貧しい国において貧しいよりも、より耐え難いかもしれない。なぜなら、貧乏を生き抜く能力は、アメリカでは大方失われてしまったからである」と解説しています。
 第1章「お金とその対極」では、「貧困は出血している傷口のようなものである」と述べ、「それは防御力を弱める。抵抗力を減ずる。肉食動物を引き寄せる」として、貧困者から現金を引き剥がす悪徳金融業者や詐欺師の手口を紹介しています。
 そして、「貧しい人々と投資銀行家には一つの共通点がある」として、「彼らはともに、お金について考えるのにかなりの勢力を費やす。彼らは判断し、予測し、計画を立て、そのあらゆる決定が重要性を帯びている」と解説し、貧しい人々が、「アメリカの享楽主義と、貧乏人は諦めて我慢するべきで、もちろん自分の楽しみを手に入れてはいけないという格言との間で、板ばさみになっている」として、「ケーブルテレビ視聴料の支払い」が「貧困追放の仕事に携わっている人々の一部で不快感を引き起こす」ことを紹介しています。
 第2章「働いてもうまくいかない」では、政府の給付金を受けているクリスティにとって、「彼女の賃金がわずかでも増えればすぐ、政府当局は給付金を減らす。そのために、働いているせいで罰せられているような気持ちになる」と述べています。
 また、彼女の家計が苦しい理由の一つが、「忙しく働く母親のために――あるいはあり合わせの材料から料理することを全く習ってこなかった人のために――簡単で予備的な食事を提供してくれる、効果で盛んに宣伝されるスナックや、ジャンクフードや、調理済み食品を多用するためである」と解説しています。
 さらに、キャロライン・ペインが、「人生において男性を求めていて、男性によって負わされた心の傷を抱えるシングルマザーのあいだでしばしば見られるパターンを繰り返した」として、「愛情関係を渇望しながらそれを作り出せない収入の乏しい女性は、貧困層において顕著に見られる」と述べています。
 第3章「第三世界を輸入する」では、アメリカ国内のスウェットショップ問題に関して、「業界史上最も悪名の高いケース」として、1980年代後半に、タイの農村部から貧しい若者を勧誘し、「アメリカの縫製工場で働けば金になると約束」し、「渡米するや否や、労働者たちは、ロサンゼルス東部のエルモンテ市の二階建ての共同住宅に、事実上、奴隷として閉じ込められた。鉄条網と、合板で覆われた窓の向こうで浸食させられ、働かされた」と述べ、タイの仲介業者が、「時給1ドルにも満たない労働者の賃金から、食料雑貨代を4~5倍に水増ししてピンハネし」、「抵抗や逃亡を図ろうものなら、対の彼らの実家に放火して家族を殺し、彼ら自身を痛めつけると言われていた」ことなどが解説されています。
 第4章「恥辱の収穫」では、人里離れた農園の奥深くにあるシリンダーブロックむき出しのキャンプで働く移民労働者たちを取り上げ、「アメリカにとって欠くことのできない移民労働者たちは、この国の円周を移動しながら、円の中にある豊かさには、その接線を通してかろうじて触れる程度であり、円の中には決して入り込まず、中から外を見ることもいっさいない」と述べています。
 第5章「やる気をくじく職場」では、雇用主側が低賃金労働者たちをみるときには、「遅刻、欠勤、『勤労意欲』のなさ、時間を守ることや勤勉さ、やってみせますという態度などの『ソフトスキル』、つまり簡単なスキルを持っていないという事実を見ている」と述べ、「仮に雇用主が、採用すべき低賃金労働者を選ばなければならないとしたら、彼らの多くが、読み書きや計算といった『ハードスキル』よりも、『ソフトスキル』をもつ労働者を選ぶだろう」と解説しています。
 そして、「ソフトスキルは家庭で教えられるべきものだが、多くの場合、家庭はその役割を学校に任せてきた。そして、学校は、次にその役割を雇用主に転嫁している」と解説しています。
 著者は、「あたかも、教育は資本と同じであるかのようだ。つまり、持っているものが多ければ多いほど、さらに多くのものが手に入る」と述べています。
 第6章「父親たちの罪」では、「貧困のがけっぷちに立っている驚くべき数の女性たちが、性的虐待のサバイバーであることが判明している。そのトラウマは、巨額の負債のように、後々まで彼女たちの足かせとなるのだった。だが、それは借金と違い、破産宣告では帳消しにできないものである。こうした女性たちの未来は、その過去によってだいなしになる」と述べています。
 そして、彼女たちが、無力感に苛まれ、「大人になってもその感覚が続くと、人生は自分でコントロールできるものだという信念を持つことは不可能かも知れない」と述べ、「立ちすくむような無力感に襲われ、他の災難がそれに加わって精神を蝕むことで、貧困者や貧困のボーダーラインにいる人たちは、自己変革を遂げる能力を奪い取られてしまう」と解説し、「そうした人たちは、子ども時代に受けた性的虐待が原因で、成人してからも他者と親密な関係を結べないため、経済的にもダメージを被る」と述べています。
 著者は、「低所得世帯においては、貧困が次世代へと持ち越される原因の一つとして、性的虐待が挙げられよう」と述べ、裕福な家庭には、「親の向上心と大きな期待、成功に対するプレッシャー、教育への開かれた道、専門的な業績達成を目指す意欲」などの、「子どもたちを前へ前へと駆り立てるための他のメカニズムが働いている」野に対し、低所得世帯においては、「虐待という要素が多重のストレスに加算される。全般的に見て、性的虐待を受ける少女は4、5人に1人と言われているが、研究者達が世論調査から推定するところによれば、低所得のシングルマザーたちの間では、その率はもっと高くなるかもしれない」と解説しています。
 第7章「家族の結びつき」では、右派の作り話である、伝説の「福祉の女王(不正申請などで生活保護を受けている女性)」と対比するために使われてきた、「援助に値する貧しい人々」であるキング夫妻などを紹介しています。
 第8章「体と心」では、「家計が厳しいとき、変更のきく数少ない支出の一つ」である食費に関して、移民一家が、「母国にいたなら、その国の市場で、自分達の伝統的な民俗料理の食品を何の問題もなく適切に買い求めること」であるのに、「なじみのないアメリカのジャンクフードに囲まれ、不十分な英語力ゆえに、よいアドバイスも消化できない恐れがある」ことを解説しています。
 そして、アメリカ人の中にも、「ソーダとポテトチップ、フルーツジュースで子どものお腹をいっぱいにさせるという、過ちを犯す人々」がいる、として、こうした病理的現象が、「お金を十分に持っていないことが直接の原因で引き起こされるわけではないかもしれないが、低所得者の世界ではありがちな、崩壊した家庭生活を知識不足のもとで蔓延するものである」と解説しています。
 第9章「夢」では、行動医学を専門とする小児科医の言葉として、「注意欠陥障害のある子どもが貧しい家庭環境におかれると、裕福な家庭で育つ場合ほど、学習成果を挙げる機会に恵まれない」と述べ、「低所得世帯にしばしば見られるのは、高所得世帯に比べ、親――両親が揃っていない場合が多い――が、子どもの注意欠陥障害に対処する助けとなる手段をわずかしか持っていないこと」を指摘しています。
 第11章「能力と意志」では、「問題のすべてに、一刻も早く取り組まねばならない」として、
(1)私たちが何をなすべきかを正確に知っているかどうか。
(2)能力を発揮しようという意志があるかどうか。
の2点を指摘しています。
 また、国勢調査局の調査として、「アメリカ人は、所得と学歴が低くなればなるほど、投票が重要であると信じる割合が低くなる傾向がある。その不信は予想されたとおりの結果である。そういった人の大半は、個人生活の試練に疲れ、権力機構について冷笑的であり、世論調査に対し、選挙はつまらなくて政治家は信用できないと思うと答える。低所得のアメリカ人は、選挙で候補者の注意を引くことはなく、より裕福な人々が彼らの利益を代弁するのを当てにしている」と指摘しています。


■ 個人的な視点から

 日本でも「ワーキング・プア」という言葉が注目されましたが、その背景には、「勤勉に働く者が貧困であってはならないはずである」という建前があります。
 しかし、日本に限らず、昔から、「はたらけど はたらけど・・・」というように、働いても働いても貧乏というのは当たり前のことであって、そんなことに驚きを感じるのは、貧乏を体験したことがない人か、働いたことがない人なのではないかと思ったりしました。


■ どんな人にオススメ?

・ちゃんと働いていれば貧乏にならないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳) 『ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実』 2007年06月25日
 ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳) 『ハードワーク~低賃金で働くということ』 2006年03月08日
 鎌田 慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』 2006年03月09日
 スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳) 『使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト』 2006年11月14日
 横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日


■ 百夜百マンガ

大合作【大合作 】

 総勢74人の描き手を束ねてしまう統率力はスゴイの一言につきます。
 一般的にはベルダンディーがたくさん出てくることで知られていますが、当時を知っている人間としては、「オメガー!!!」の方が笑えます。同じ雑誌の真面目な作品をここまで笑っていいものかと。

2007年8月13日 (月)

幕末維新の社会と思想

■ 書籍情報

幕末維新の社会と思想   【幕末維新の社会と思想】(#935)

  田中 彰
  価格: ¥8400 (税込)
  吉川弘文館(1999/10)

 本書は、「幕末維新」の範囲を、「ほぼ天保期から維新政府による一応の統一国家の形態が整えられた廃藩置県(明治4年=1781年)前後まで」と捉え、幕末と維新とを、「たんなる連続ではない。そこには非連続の要素もあり、その複合で」である「非連続の連続」という「複雑な維新変革の複合構造を前提」として「幕末維新」を描いた論文集です。
 第1部「幕末の地域社会」の「百姓一揆の展開過程」では、「百姓一揆の蜂起から打毀しに至る展開過程について、長州藩天保一揆を素材にして考察」しています。
 その組織過程は、「いったん蜂起が決断されると通常は1軒に1人の割合で動員がかけられ、地域ぐるみの参加」となり、「出ない者は打毀すという強制が行われ」、「その象徴として村名を記した昇りが用いられ」ていることが解説されています。
 また、打毀しでは、「綱をつけて家を引倒す」だけでなく、「瓦を打砕く、柱・天井を壊す、戸・障子・畳などの建具、鍋・釜などの道具を徹底的に破壊」し、「帳面の破損、質物の着類の切裂が行われ、総じて不正な富に対する制裁としての意味」ともっているが、人身には危害は加えられない上、「盗みは厳禁されており、そのルールを犯したものは、藩庁側も一段重い罪に処している」ことが解説されています。
 著者は、一揆蜂起のプロセスにおいて、「買喰」層=下層農・貧農が主体的な役割を果たし、その主導のもとに中農層をも含む多様な階層の参加が行われたと述べています。
 「大原幽学と改心楼乱入事件」では、嘉永5年(1852)4月18日に下総国香取郡長部村で起こった、「関東取締り出役から大原幽学の探索を命ぜられた手先のものたちが性学教導所改心楼を突然訪れ、入門を請い、断られるや乱入・乱暴に及んだ事件」である「改心楼乱入事件」を「広くまた深く実証的に分析することによって、大原幽学はさることながら事件の舞台となった東総地域の時代と社会の実態に迫」っているものです。
 そして、事件の影にあって重要な役割を担った人物として、「土浦町本町問屋久兵衛佐左衛門」なる人物を挙げ、町方騒擾を収拾した手腕を幕府から買われたのか、関東取締出役の「其村役人道御案内」に推挙され、彼が東総地域の博徒、飯岡助五郎の勢力一味の捕り物を現場で指揮した功績から、「油断ならない要注意の東総には頼りになる道案内」であったことが解説されています。
 佐左衛門は、関東取締出役から、「近年長部村に幽学という者が滞在して性学を唱え、表向きは質素に見せながら、内実は住居を美麗につくり、暮らし方はもとより、すべてに驕りが目立って百姓のために悪い影響を与えているとの風聞があるので内々探索してほしい」との依頼を受け、二度にわたり長部村を訪れるが、関東取締出役がほしいような悪い情報は得られず、「幽学の落ち度を何が何でもつかみたい出役」は、「こうなったら幽学に入門して探索したらどうか、とその人選まで押し付け」、「くりかえし、くりかえし佐左衛門に幽学摘発の証拠になる探索を求めてくる」が、「二度の探索によって幽学を知った佐左衛門は関東取締出役のやり方に疑いを持ち、自らが手を下すことだけは回避しよう」としたのではないかと解説しています。佐左衛門は、急に剃髪して「義制悔庵」を名乗り、出家と足痛を理由に幽学探索の件から手を引き、代わりに牛渡村忠左衛門を推薦したことが述べられています。
 また、改心楼乱入事件で悪役を演ずる博徒である栄助と半次について、「幽学の敵という固定観念で一方的に排除するところからは時代と社会を総体としてみることにはならない。近世後期の社会にあっては博徒・侠客のアウトローが闇部から姿を現わし、一つの役割を果たしていたと考えられる」として、彼らの実在を確認しています。
 第2部「『攘夷』の諸相」の「下田渡海考」では、吉田松陰の下田事件の目的が、定説とされている「渡海」ではなく、「墨使膺懲」=ペリー視察ではなかったかという観点から考察しています。
 そして、多くの先行研究が、資料第一主義を貫くあまり、「幕府の『申渡書』および松陰が事件後に記した『回顧録』『幽囚録』『三月廿七夜記』などの記述を、ほぼ鵜呑みにしてきたところがある」と指摘しています。
 「文久元・三年の佐原騒動と水戸藩攘夷派」では、文久元年(1861)正月(第1回)と文久3年(1863)9月~11月(第2回)に下総国香取郡佐原村で起こった住民と天狗党(水戸藩の尊攘激派)との抗争事件、いわゆる佐原騒動を中心に、天狗党の鹿島・香取地方での活動と地域住民との関係や幕府の対応を明らかにしています。
 文久元年の佐原騒動に関しては、水戸の浪士7人が佐原村を訪れ、佐原の豪商7軒に「攘夷実行の資金」として一千両を用立てるよう申し入れ、町に繰り出して門を打ち壊すなどの傍若無人の振る舞いをして、800両の資金調達に成功したことが解説されています。
 また、文久3年の第2回の佐原騒動では、浪士5人が大惣代善左衛門を捕らえ、町中で鉄砲を持った村民と対峙したところで、善左衛門が逃げ出し、その騒動の中で寺宿組頭庄左衛門が弓張堤燈を持っていた手を浪士に切り落とされ、ついには死亡し、この騒ぎの中で他の浪士を探して市中に戻ってきた2人の浪士が、屋根に登った多数の村民から瓦を投げつけられ、竹槍・鳶・六尺棒で突き殺されたことが述べられています。浪士側はこの報復に端貝村に身を隠していた善左衛門を斬殺した上、善左衛門の忰大平と手下の石屋新七を捕らえていたこの浪士拠点に連行して追及した後、佐原に戻り、「両人を縛って引き立て、咎の次第を書いた捨て札と磔の柱を持たせて、善左衛門宅まで進ませ」ています。そして、「磔だけは勘弁してほしい」と法階寺の住職が願い出たために打ち首にし、その首を佐原村の大橋の上に晒したことが述べられています。
 著者は、「水戸尊攘激派の浪士たちがなぜ善左衛門とその忰および手下をこれほど憎み、斬殺に及んだのかについては、必ずしも明確ではない」として、文久3年の佐原騒動の発端に、潮来村の沢屋忠兵衛が、佐原村の後家を後妻にし、この後妻の勧めで佐原で呉服商「白木屋」を始め、自らは潮来に留まっていたが、ある日先妻を引き入れていたところを後妻に見つかり、佐原の店に寄せ付けてもらえなくなり、奉行所に訴えたが敗訴となってしまったため、忠兵衛の養子伴次が水戸天狗党に訴え出たことがあることを解説しています。このときに、佐原の伊三郎という鍛冶屋職人が、天狗党を白木屋に案内したことが判明し、善左衛門が伊三郎に出頭を命じ、善左衛門宅で縛り上げていたのを、発見した水戸天狗党が起こって善左衛門を縛って連れ出した、ということの起こりが述べられています。
 著者は、補足として、
(1)騒動の舞台となった佐原の町の性格として、町場として、有力な商人の台頭が見られ、ことに水戸藩尊攘派が標的にした7件の豪商は、河岸問屋・醸造業・商品取引・金融業などで資金を蓄積するとともに、周辺農村の土地を集積し、政治的には町政を掌握するとともに、領主権力との結合も深めていた。
(2)佐原騒動を巡る幕府権力の対応と、そこに見られる幕府の地方支配の実態として、近世後期の関東農村の支配体制である、中小藩領や旗本領の入り組み支配を補完する関東取締出役―組合村体制が形骸化し、充分に機能しなくなっていた。
(3)佐原騒動に登場する尊攘派志士の性格として、彼らが、尊攘派志士の典型ともいえる出自を持ち、行動形態をとり、尊攘運動の前半で活動を終えていて、水戸藩尊攘運動の特質を把握する上でも見逃せない。
の3点を述べています。
 第3部「維新政権をめぐって」の「藩体制解体と岩倉具視」では、政府内において、「諸侯版籍返上」を担当した岩倉が、「東京での『一大会議』に向けて、みずからも版籍奉還断行の原案作成を試み」、その内容は、「総じて、奉還後の地方制度を藩制から州制に改め、小藩を統合して十万石単位の州を設ける方策が特色である」と述べています。
 しかし、明治2年6月の版籍奉還の内実は、「概して大久保などの漸進論が基調となり、政府内の対立もあって、岩倉の州制・知州事構想の検討や郡県制の内実についての審議は十分に行われていない」ものであったことが解説されています。
 そして、岩倉が、明治3年(1870)6月頃から、「建国策」の作成に着手し、政府内で審議が進められていた「藩制」と比較して、「政治体制のあり方から訴訟・教育まで、まさに『施政の基礎』を確定しようとした国家構想であった」と述べ、「建国策」が、「政府内の大久保・副島らの現実的な見通しに配慮していたが、それでも『藩制』に比較してより積極的な改革構想であった」ため、「尾大の弊」が無視できない段階においては、一般に公布されることはなかったことが解説されています。
 第4部「明治維新と歴史認識」の「アメリカから見た日本の南北戦争」では、明治維新に関して、「これまでほとんど関心が向けられることなかった分野」として、「明治維新が外国人にどのように理解されたのかということ、いうなれば外国人の明治維新像」を挙げ、「ほんの数年前まで南北戦争という内戦を経験していたアメリカ人は、興味深いことに、自身の内戦経験を通して明治維新を見ていた」として、「北と南の軋轢として、あるいは、伝統(への執着)と変革(への執心)の間の軋轢として明治維新を注視していた」と述べています。
 そして、1866年に在日アメリカ公使に任命されたヴァン・ヴォールクンバーグが、将軍慶喜を「日本の進歩勢力とみなし」、この段階では、「日本が平和に向けて前進していると見ていた」ことが述べられています。
 また、1867年初頭、徳川軍に合衆国政府から強力な鋼鉄艦ストーンウォール号を売却したことに関して、「ストーンウォール号を徳川軍に引き渡せば、戦争を長引かせ、その結果通商が妨げられるということが分かっていた」ため、「局外中立布告の県治から、ストーンウォール号をタイクンに引き渡さないように指示した」ため、横浜についたストーンウォール号は、交戦団体のいずれにも引き渡されなかったことが解説されています。
 著者は、「ヴァン・ヴォールクンバーグの日本の内戦についての見方には非常に興味深いものがある」と述べ、彼(およびアメリカの新聞)の視点が、「日本史に興味を抱いているわれわれが普段馴染んでいるものとは極端に異なっている」ものであり、
(1)年表が異なっていて、局外中立布告(1868年2月18日)とそのほぼ1年後の解除(1869年2月11日)に特別の注意が寄せられている。
(2)それぞれの立場に対して与えられた役回りが異なっている。
の2点を挙げ、「このようなアメリカ人の見方を鵜呑みにする必要はない」が、「日本史上の重要な事件を別の視点から語っているからこそ、興味深い」として、「限られた情報と偏見の上に建てられた現在の明治維新の諸通説の再検討が以下に必要かを示している」と述べています。
 本書は、幕末維新の時期の歴史を捉える新しい視点を提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 たまたま今日、本書の「下田渡海考」を執筆した川口雅昭の講義を含む2泊3日の研修の案内をいただきました。現代の日本で、吉田松陰の思想を学ぶ集まりがあるというのは、なんだか象徴的な感じがしますが、振り子の振れ方として面白いものではないかとも思います。


■ どんな人にオススメ?

・「幕末好き」の人たちが好きな有名人ではなく庶民の姿を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 松尾 正人 『廃藩置県―近代統一国家への苦悶』 2007年07月05日
 勝田 政治 『廃藩置県―「明治国家」が生まれた日』
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 田中 圭一 『百姓の江戸時代』
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日


■ 百夜百マンガ

フィラメント―漆原友紀作品集【フィラメント―漆原友紀作品集 】

 連載デビュー作がヒットしてそのまま巨匠の手で映画化までされてしまった人なので、初期の作品は現在と毛色が違うようですが、それを含めて楽しめるようになりたいです。

2007年8月12日 (日)

水木しげると鬼太郎変遷史

■ 書籍情報

水木しげると鬼太郎変遷史   【水木しげると鬼太郎変遷史】(#934)

  平林 重雄
  価格: ¥2310 (税込)
  YMブックス(2007/05)

 本書は、「水木翁の自伝的な記述も含め、裏話なども盛り込んで、『鬼太郎』シリーズの紙芝居から今日までのすべてのマンガ作品(絵物語も含む)について、そのシリーズの変遷を解説」しているものです。
 「紙芝居時代1950-1957」では、昭和7年頃、伊藤正美原作、辰巳恵洋作画による『ハカバ奇太郎』をヒントに「蛇の腹から生まれた鬼太郎が人間に育てられるが、もらわれていった先々でいじめられたため、ついに蛇の本性を表して復習するといった怪奇談」である「墓場鬼太郎」を創作したが、グロテスクかつ陰惨であったため、第2作目では水木の兄の長男をモデルにした"可愛い"鬼太郎を登場させた『空手鬼太郎』を描いていることが述べられています。
 「貸本時代1957-1965」では、水木作品の名バイプレーヤーとなる「ねずみ男」には、貸本漫画家の梅田栄太郎というモデルが存在していることが述べられています。
 また、水木による「墓場鬼太郎」シリーズが中断した後、版元が、竹内寛行を起用した続編を書かせ、水木版よりも1冊多い16冊も出版されたことが紹介されています。
 また、1964年の『おかしな奴』に登場する鬼太郎が、「今日の鬼太郎とは違い、生きるために働きもし、報酬に対しても、『ボカァ 何でも金で解決するという現代社会に反発を感じてるんだ』『いや、ぜんぜん貰わないと言うんじゃないんだ。社会事業並の値段でいいんだ』と、タバコをふかして非常にドライ」であることを紹介し、「生活観がにじみ出ていて非常に面白い」と述べています。
 さらに、水木の、「働かないで暮らしていけることが最高の美徳である」というユートピア論が、多くの作品から読み取ることができ、「もともと子供の頃から怠け者であった水木が、戦争中、南方の現地人と暮らすことによって、より身に付いたものである」と解説しています。
 そして、貸本版「鬼太郎」シリーズが、「水木自身の社会に対する不信感を表現した怪奇漫画に姿を借りた『大風刺漫画』であった」と述べています。
 「雑誌時代I 1965-1969」では、1968年に「墓場の鬼太郎」が大ヒットし、アニメ化される際に、「墓場の鬼太郎」ではスポンサーが困るので、「タイトルを水木しげるの子供時代のあだ名"げげ"をもじって『ゲゲゲの鬼太郎』と改められ」たことが解説されています。
 「雑誌時代II 1970-1979」では、1970年に描かれた「その後のゲゲゲの鬼太郎」に登場する鬼太郎が、南の島で「元酋長の娘メリーと、"死の無い世界"の初代自由酋長として暮らしている」というエンディングで、「鬼太郎の復活を待望した読者の期待を裏切る内容となった」ことが述べられ、水木がこの作品に、「自身の南方願望(南方ユートピア論)と死後の世界の探求を描くと共に『鬼太郎』シリーズの終結を宣言した」ことが解説されています。
 また、1971年の2度目のアニメ化の際に原作として連載された「ゲゲゲの鬼太郎」が、全13回で終了し、最終回では鬼太郎親子が「ヤカンズル」に飲み込まれ、「生きかえるには、ヤカンズルを殺さなきゃ出れまい」「そう、運がよくて7年はかかろう」と語られ、「水木が再度、『鬼太郎』シリーズとの決別を図ったものと考えられる。『少なくとも以後7年間は描かない』という表明だった」と解説しています。当時、水木は「ゲゲゲの鬼太郎」を小学館の学習誌に同時連載しており、『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』『小学四年生』の6誌に『週刊少年サンデー』をあわせた7種類の鬼太郎作品を同時進行させていて、「水木自身"鬼太郎漬け"で食気がそがれ、しばらくは描きたくなくなったのではないかと推測される」と解説しています。
 さらに、「西洋妖怪の親玉であるドラキュラ」が、鬼太郎の宿敵として何度も登場するが、「この水木が描くドラキュラのキャラクターは実に統一性がなく、手塚治虫のようなきっちりとしたキャラクター設定とは逆で、水木はその場その場での気分で設定するという、きわめてアバウトな方法をとっていることが窺える」と解説しています。
 「雑誌時代IV 1990-1999」では、『ビッグゴールド』に連載された「鬼太郎霊団」が、現時点で"最新のシリーズ"であること、「鬼太郎最後の作品」は、『週刊漫画サンデー』版「ゲゲゲの鬼太郎・セクハラ妖怪いやみ」であり、登場する、「陰毛を武器として攻撃する下品な妖怪」である「妖怪いやみ」が、本来『ビッグゴールド』に掲載するために執筆されていたが、「鬼太郎霊団」が「エージェントのクレームにより連載が中断していた」ために棚上げになっていたものを、「あれから1年が経過し、『週刊漫画サンデー』に載せるなら文句はないだろうと掲載した」ものであることが解説されています。
 著者は、「鬼太郎」シリーズの間に前後のつながりがないことを、「水木は意図的にいるものと思われる」と述べ、「『鬼太郎』作品に新しい試みをするにあたっては、以前の設定をそのまま引きずっては新しい試みに足かせとなる」ため、「その場その場の設定を設けて、新しい試みを実施している」と解説しています。
 本書は、今や国民誰もが知っているといっても過言ではない国民的キャラクター「鬼太郎」の変遷を通じて、漫画家水木しげるの半生を追った作品です。


■ 個人的な視点から

 本書の著者は、「関東水木会 平林重雄」となっていますが、この「関東水木会」とは、『水木しげる叢書』に協力したファンの有志により、「水木先生をバックアップするための好事家の集まり」として1993年11月に立ち上げられたもので、京極夏彦氏や荒俣宏氏が関わっているそうです。強力メンバーですね。


■ どんな人にオススメ?

・鬼太郎は正義の味方だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 水木 しげる 『完全版 水木しげる伝』
 水木しげる, 荒俣宏 『水木サン大全』
 水木 しげる 『図説 日本妖怪大全』
 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日


■ 百夜百音

LIFE【LIFE】 BLACK BISCUITS オリジナル盤発売: 1999

 当時、ポケビvs.ブラビの対決が盛り上がってましたが、「タイミング」はいい曲だったと思います。ビビアンは活動の拠点を台湾に戻してしまっているらしいです。

『Colorful』Colorful

2007年8月11日 (土)

数学をつくった人びと〈2〉

■ 書籍情報

数学をつくった人びと〈2〉   【数学をつくった人びと〈2〉】(#933)

  E.T. ベル (著), 田中 勇, 銀林 浩 (翻訳)
  価格: ¥861 (税込)
  早川書房(2003/10)

 本書は、、「一般読者や、現代数学を作り出した人間とは、どんな人間なのかを知りたいと思う人々」を対象に、「今日の数学の広大な領域を支配しているいくつかの主流をなす考え方へ[読者を]導くこと、しかもそれらの考え方を作り出した人々の生涯を語ることを通じて導くこと」を目的とした3分冊のシリーズの2冊目で、19世紀に活躍した数学家を取り上げているものです。
 第13章「栄光の日」では、ジャン=ヴィクトル・ポンスレを取り上げ、彼が名著『解析学と幾何学の応用』の序文で、ナポレオン配下のフランス軍の「モスクワからの悲惨な退却の経験」を語っていることが紹介されています。
 そして、ポンスレが、射影幾何学において双対原理を最大限に利用し、「そのきわだった美しさと、その証明のしなやかな優美さをもっていたおかげで、射影幾何学は、19世紀の幾何学者たちのお気に入りの研究対象となった」ことが解説されています。
 第14章「数学界の王者」では、この第2巻に登場する数学者の中でもっとも力が入った解説をされているガウスが登場します。著者は、「数学史を通じて、ガウスの早熟さに匹敵するものはない」として、彼が3歳になる前に、父親が計算していた労働者の週給の長い計算を脇から見ていて、「父ちゃん、その勘定は間違っているよ」と指摘したことや、後年彼が、「自分は話し始める前にもう勘定の仕方は知っていた」と語っていること、学校に入ったガウスが数学に情熱を持つ若い助手バーテルスと出会ったことなどが語られています。
 また、ガウスが、「自分が発見した偉大な業績の発表をさしひかえた」ことについて、ガウス自身が、「自分は、心の奥底から出てくる衝動に刺激されて、科学的な仕事に従事しているまでで、他人の役に立たせるために発表するかしないかというようなことは、全く第二義的なことだ」と語っていることや、友人に、「彼がまた20歳になる前に、新しい観念の大群が彼の心をおそい、彼はそれをほとんど制御することができず、それらを小さな断片に記録する時間しか持てなかった」と語っていることなどが紹介されています。
 さらに、ガウスが、「代数学の基本定理」に関して、「あらゆる代数方程式は解をもつ、という主張も、その方程式がどんな種類の解を持っているかがわかるまでは、やはりはっきりしない」という「漠然とした感じ」を、「代数法定式のすべての根がa+biの形の≪数≫であることを示すことによって、この漠然とした感じを正確にした」ことが述べられています。
 著者は、ガウスがもつ、「彼の秘密の一部」である「自分自身の思考の世界に自らを忘却し得る」能力において、「アルキメデスとニュートンとの両者に似通っている」と述べ、さらに、「正確な観察能力と、彼をして自己の科学研究に必要な器具を案出させた科学的発明の才能」においても「両者に匹敵」すると述べています。
 さらに、ガウスの強みのもうひとつの源泉として、「その科学的冷静さと個人的野心からの超越」を挙げ、彼の野心が、「数学の進歩以外にはない」と述べています。
 また、ガウスの批評が、「印刷物における表現ではいくらか冷淡であったにしても、書信や、また純粋な向学心にもえて彼と交わりと結んだ人々との学問的友情においては、非常に懇切であった」として、『整数論考究』に魅せられてガウスに自分の数論研究を送る際に、「ガウスが女性の数学者に偏見を抱いているかもしれない」からと男名義の≪ルブラン氏≫を名乗ったボフィー・ジェルマンを紹介しています。
 第15章「数学と風車」では、「ハッキリと近代的思想を持った偉大なフランスの数学者のうちの最初の人」であるオーギュスタン=ルイ・コーシーを取り上げ、彼が、「数学的創意において人なみはずれてゆたかであり、その豊富さをしのいでいるのは、わずかに二人、つまりオイラーとケイリーがあるのみである」と述べ、「コーシーの仕事はその時代と同じく革命的であった」としています。
 また、1815年にコーシーが、「フェルマが残して後世を悩ましていた大定理の一つ」である、「あらゆる正の整数は、3つの≪三角数≫、4つの≪平方数≫、5つの≪五画数≫、6つの≪六画数≫などの和である」を証明してセンセーションを巻き起こしたことを紹介しています。
 第16章「幾何学のコペルニクス」では、ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーについて、「コペルニクスの業績の重要席について一般に認められた評価が正しいとすれば、人を『何々におけるコペルニクス』と呼ぶことは、その人間に与えうる最高の賛辞か、出なければ最も厳しい非難である」と述べたうえで、「非ユークリッド幾何学の創造において、ロバチェフスキーがなした業績を知り、重要な構成部分である数学すらほんの一部である人類の思想全体に対するその意義について考えるならば」、「幾何学のコペルニクス」という言葉が「決して過大な誉め言葉でないことが認められるだろう」と述べています。
 そして、「ある意味で、ユークリッドは2200年の間、絶対的真理を発見したとか、その幾何学体系によって、人間的認識の必然的な方を発見したとか、信じられてきた」が、ロバチェフスキーの創造が、「この信念が誤りであることを実証主義的に証明した」と述べ、「彼の挑戦の大胆さと、その大成功」が、「一般の数学者、科学者を駆って、ほかの≪公理≫や公認の≪心理≫に挑戦せしめた」ことが語られていています。
 第17章「貧困の天才」では、ニールス・ヘンリク・アーベルを取り上げ、「解析学の新しい一部門を創設するという、さらに輝かしい業績のかげにかくれてしまっている」画期的な業績として、アーベルの≪不朽の記念碑≫である代数学上の業績を紹介しています。
 また、アーベルが、「大陸の大数学者たちに近づく学術的パスポートになりうる」と信じていた「一般五次方程式の代数的不可解性を証明する論文」を、ガウスは、「あえて論文を読もうともせず、『ここにもまた化け物がいる!』とさけんで、それをわきへほうり投げてしまった」ことを紹介し、それ以来アーベルが、「ガウスをはげしくきらい、おりあるごとにガウスをこっぴどくやっつけた」と述べています。
 第18章「偉大なアルゴリスト」では、フランスの偉大な数理物理学者フーリエが、「熱伝導に関する未解決の問題がまだあるのに楕円関数に時間を≪浪費≫したといって、アーベルとヤコービの二人を非難した」ことに対して、ヤコービが、「なるほどフーリエ氏は、数学の根本的な目的は公共の役に立つことと、および自然現象の説明にあるという意見をお持ちである。しかし氏ほどの智者ならば、科学の唯一の目的が人間精神の栄誉のためにあるということ、そしてこの称号に照らせば数についての問題も世界の秩序についての問題と等しい価値を持つということを心得ていてもよいはずである」と反論したことが紹介されています。
 第19章「アイルランド人の悲劇」では、ウィリアム・ロウアン・ハミルトンの幼時の多才ぶりが、「まるで馬鹿げたつくりばなしのよう」であるとして、「3歳で英語を楽に読み、算数にかなりの進歩をみせた。4歳にしてりっぱな地理学者であった。5歳でラテン語、ギリシア語、ヘブライ語を読み、活躍し、ドライデン、コリンズ、ミルトン、ホメーロスを(最後のものはギリシア語で)延々と暗誦することを好んだ。8歳でイタリア語とフランス語を征服して、自己のコレクションに加え、アイルランドの風光の美しさに接して、平易な英語の散文ではあまりに通俗すぎで高揚した気分を表せないときには、即座によどみなくラテン語で六歩格の詩をつくった。そして最後に、10歳にも達しないうちにアラビア語とサンスクリットに手を染め、これによって東洋の諸国語に対するなみなみならぬ学識の確固とした基礎を築いた」と述べています。
 そして、「ハミルトンの学問的生涯をめちゃくちゃにした、2つの災厄」として結婚とアルコールを挙げた上で、「ハミルトンのもっとも深い悲劇」は、「アルコールでも結婚でもなく、四元数こそ自然界を包括するような数学への鍵を握るものであるという、かれの頑固な信念だった」と述べています。
 第20章「天才と狂気」では、「アーベルが死に追いやられたのは貧乏のためであったが、ガロアが死に追いやられたのは愚行のためである」として、「学術史上、奔放な天才がむこうみずの愚行に身を任せた例として、エヴァリスト・ガリアのつかの間の生涯に匹敵するものはないだろう」と述べ、ガロアが、「ばかげたことの連続に圧倒されて、素晴らしい能力も充分に発揮できず、つぎつぎとばかものどもと闘ううち弓折れ矢つきたのであった」と述べています。
 そして、ガロアが17歳の年に、「自分の才能を理解する能力をもっている人物」であるルイ・ルグランの高等数学の教師、リシャールと出会ったことについて、リシャールは、「掌中の鳥が何者であるか」をすぐに悟り、それが≪フランスのアーベル≫であるとして、ガロアに首位を与え、「この生徒は、どの同級生よりずば抜けている。かれは、高等な部門しか研究しない」と報告していることを紹介しています。
 しかし、ガロアが、度重なる受験の失敗や、彼の父が陰謀によって自殺したことによって、「何にでも不正を疑い、何でも悪い方にとるようになった」と述べ、さらに、彼が、「ぼくは、多くの学者の研究を断念させるような研究成果を挙げた」と語った論文の原稿が、学士院幹事の元に届けられたが、それを見る暇もないうちに死んでしまう、という不幸に見舞われたことが述べられています。ガロアは、「間違った社会制度のために、おべっか使いの凡人どもが利益を得て、天才はいつも公正に扱われていない」と語り、彼の憎悪は、「共和主義の側に立って政治に飛び込み、されには禁じられた過激主義へと進んで」いったことが述べられています。彼は政治犯として投獄され、釈放後は、すぐに政治上の敵と衝突し、1832年5月13日の早朝、≪名誉の野≫で敵と相対し、ガロアは腹を撃ち抜かれて倒れ、病院に駆けつけたただ一人の家族である弟に、「泣くな。20歳で死ぬにはありったけの勇気がいるものだよ」と慰めたことが語られています。
 第21章「不変の双子」では、ケイシーとシルベスタを取り上げ、彼らが「互いに相手を引き立てはげましあっていた。そして互いに相手にかけているものを供給しあった」と述べています。
 そして、「知的興味の広いことにかけては、知るベスタはケイリーによく似ている」が、「身体的にはこの二人は、ぜんぜん似たところはなかった」として、ケイリーが「針金のように屈強で、肉体的な忍耐力も充分持ち合わせていたのだけれども、外見はひ弱そうに見えた」のに対し、シルベスタは「背も高くなくずんぐりしており、大きな頭が広い肩の上にがっしりと乗っかっていたが、それは恐ろしいほどの力と生命を有しているように見えた」と述べています。


■ 個人的な視点から

 「数学者」というと浮世離れした変人、というイメージをもつ人がいるかもしれませんが、19世紀が中心の2巻になって、赤貧にあえいだアーベルや、不幸続きで転落していったガロアなどの、「変人」的な数学者が登場してきました。
 これは、19世紀になってから変人が増えたというよりも、教育システムが整備されるにつれ、経済的、社会的に、それまでであれば世に出なかったような人が、十代で世間の注目を集めるようになったからではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・19世紀の個性豊かな数学家たちの横顔を目にしたい人。


■ 関連しそうな本

 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

ブラスタ天国【ブラスタ天国】 東京ブラススタイル オリジナル盤発売: 2007

 アニメソングを聴いているのが恥ずかしくない、と感じさせる小洒落た企画ものグループです。考えてみれば昔から中学高校のブラバンでは、「宇宙戦艦ヤマト」や「ルパン三世」は定番だったのでブラスとの馴染みは良いはずですし、動きが魅せやすいブラスのグループはパフォーマンスにも期待です。古くは新田一郎とスペクトラムがさまざまなアクションを編み出しています。

『アニジャズ 1st note』アニジャズ 1st note

2007年8月10日 (金)

内務省の社会史

■ 書籍情報

内務省の社会史   【内務省の社会史】(#932)

  副田 義也
  価格: ¥10290 (税込)
  東京大学出版会(2007/03)

 本書は、「大日本帝国と自称した戦前期の日本国家において、政府の中で内政を専管したひとつの省」である「内務省の社会史あるいは歴史社会学」です。著者は、本書を、「大日本帝国と自称した戦前期の日本国家を官僚国家として捉え、その権力中枢としての内務省を社会史の方法によって描いた」と述べています。
 序章「主題と方法」では、内務省自体の歴史の時期区分を、
(1)内務省前史(1867~1873):「王政復古の沙汰書」が出されてから内務省が設立された前日まで。
(2)内務省創出期(1873~1885):内務省が設置された非から太政官制度が内閣制度に切り替えられた日まで。
(3)内務省確立期(1885~1901):内閣制度が始まった日から第4次伊藤内閣の最後の日まで。
(4)内務省発展期(1901~1932):このうち前期(1901~1918)は、桂園時代、後期(1918~1932)は政党政治家が総理大臣を務めた時代。
(5)内務省凋落期(1932~1945):斉藤実内閣の初日から連合国に降伏する調印式が行われた日まで。
(6)内務省解体期(1945~1947)
の6期に区分したことが述べられています。
 また、内務省の各局の中で警保局と地方局が特に有力であるという「二局史観」に対し、神社局、警保局、地方局、衛生局、土木局に注目する「五局史観」を提唱しています。
 著者は、戦前期の政治体制が安定していた時代には「その正当性と有効性はそれなりに高度であった」が、満州事変、日中戦争、太平洋戦争を通じて、政治体制は有効性を大幅に失い、敗戦と外国軍による占領によって、「正当性と有効性は決定的に失われた」と述べ、これらの歴史の全体的ヴィジョンとの関連において内務省の社会史を叙述するためには、「二局史観では不十分であり、五局史観が必要である」と述べています。
 第1章「内務省前史」では、新政府が、「地方行政機構としての府県の設置で新政策を打ち出していった」一方で、「その下部に位置づけられる町村行政では、急激な改革を避ける漸進主義をとった」と述べ、その理由として、「新政府が、末端行政の抜本的変革にまで手が回らなかったこと、および新政権への民衆の政治的反抗をなるべく最小限に押さえ込むことなどのためであった」と解説しています。
 また、廃藩置県前後から内務省創立までの間に、「のちの内政行政としての地方行政に重要な意義」と持つ新しい制度として、
(1)「戸籍法」と戸籍政策:人民の逃亡を防ぎ浮浪を制するとともに、人員の統計を作る。
(2)「地券」法令と地券政策:農民が農地を私有することを法的に承認し、彼らを封建的拘束から解放し、少なくとも法的には自由な経済活動の主体として措定した。
の2点を挙げています。
 さらに、明治維新が、「欧米列強の極東進出による外圧に対して、日本が自衛のために、封建制度としての幕藩体制を解体して、近代国家としての天皇制国家を建設する武力革命」であったという見方において、明治維新が、政治システム、経済システムの根源的変革にあわせて、「文化システムのかなり徹底した変革を伴なった」と述べ、その主要部分である「衛生、教育、芸術」などのうち、「変革が最も根源的であったのは、衛生・医療の分野である」と指摘しています。
 著者は、内務省創設への動きとして、左院少議官儀制課長であった宮島誠一郎が、憲法制定の提案である「立国憲議」とともに、最初に書かれた内務省設置の提案である「新設内務省ノ議」を著し、その主張のポイントが、
(1)人民のための育成活計の任務と人民からの租税徴収の仕事を、大蔵省という一つの省で行うことは不適切である。
(2)政府が府県をおいて人民を保護しているのに、大蔵省が府県を支配しているので、人民は政府が何者かを知らないことは不当な事態であるので、内務省を新設して、府県を支配させよ。
の2点であったことを解説しています。
 第2章「内務省の創出」では、「きわめて有能な内務卿でありつつ、内務卿を大きく超える存在であった」大久保利通について、その威厳の格別の強さを表すエピソードとして、
(1)森有礼の邸宅で行われた送別の宴において、当時の高官たちがにぎやかに談笑していたが、大久保が上座に着くと、今まで大声にわきかえっていた一堂がにわかに静粛になり、厳かな集会となった。
(2)大久保が出勤しているかどうかは、内務省内の静粛さでわかった。大久保が内務省の玄関に入ると、かれのカツカツとなる靴音があたかも一種の魔術的な力を持つようで、それが省内に響き渡ると、役人たちは直ちに雑談を止め、笑い声を止め、あたかも水を打ったように静まった。
などを紹介しています。
 また、この時代に内務省で働いた官吏の数として、1884(明治17)年に、本省の官吏は1173、集治監・仮留監の官吏が1322であることが述べられています。
 さらに、内務省の正史ともいえる『内務省史』において、「功のみをかたって罪にふれない」という元内務官僚たちが執筆したことによる変更とは別の、「さらにきわだってはなはだしい偏向がある」として、「内務省の財政への関心の極度の欠落」と指摘し、「内務官僚は権限、組織、人事などに強い関心を寄せるが、財政にはさして関心を持たないという印象がぬぐいがたい」と述べています。
 著者は、内務省創出期における「同省が直面した最大の政治的課題」として、「明治維新という政治革命によって誕生した近代国家を反革命の諸勢力の攻勢からどのようにして防衛し、維持するか」を挙げ、「明治国家に敵対する反革命諸勢力の主要な担い手」が士族階級と農民階級であったと述べています。そして、士族反乱と関わる歴史的経緯によって、警察組織に、
(1)警察権を内務省が恣意的に行使することにより、法の守護者としての警察の政治的中立性が守られにくくなっていた。
(2)1万人誓い警察官が戦場体験をしてきたことにより、彼らの言動・心理に武断的偏向が生じて、人民の守護者の本分が失われがちになっていた。
の2つの大きな影響を及ぼしたことが解説されています。
 創出期における内務省の地方統治に関しては、最初のトピックとして、1875(明治8)年6月20日から東京浅草の東本願寺別院を議場に開催された地方官会議を取り上げ、議題として、
(1)地方警察
(2)道路と橋梁
(3)河港修築規則
(4)堤防法案
(5)地方民会
が議論されたことが紹介されています。
 また、1878(明治11)年に公布された三新法の施行後の地方行財政の実態については、東京府の例として、「郡区町村編制法」に基づいて、15区6群の構成となり、「新たに任命された区長の多くは華士族で、この点は農村部における自治の尊重と逆の傾向を見せている」こと、「地方税規則」との施行に当たっては「府財政の内部で市部と郡部が別個に財政を行い、ほかに市・群に共通する事務は市群連帯財政を行うという仕組み」である「三部経済性」がとられたこと、連帯・群・区部別地方税支出は、1882(明治15)年度は総額92万円のうち、市群連帯に52.5%、区部に34.3%。郡部に13.2%が支出され、負担者別では、市部が80.7%、郡部が19.3%であったことなどが解説されています。
 1875(明治8)年の「衛生局」への局名改称に関しては、初代衛生局長となった長与専斎が、「医務の二字は本局の事務にふさわしくない」ところがあるが、「言語を直訳して健康とか保健の文字」では「露骨にすぎて面白みがない」ため、思いをめぐらす中で、『荘子』の「庚桑楚編」に「衛生という言葉があったのを思い出し、その原義からはやや離れるけれども、字面は高雅だし、発音しても悪くないので、これを健康保護の意味に使うことにして、衛生局という名称を定めた」ことが紹介されています。
 国土開発政策、土木政策に関しては、内務卿・大久保利通が、1878年に提案した「一般殖産及華士族授産ノ儀ニ付伺」の中で、3つに分かれる提案のうち最初の2つが「安積疎水事業」に代表される華士族(二族)救済のための開墾政策であり、3つ目は、一般殖産についての提案で。「各地方の固有の物産の保護改良と運輸の便の整備」のために、
(1)宮城県の野蒜港の築港
(2)新潟港の改修
(3)越後から上野への道路の建設
(4)茨城県茨城郡北浦と湖沼をつなぎ那珂港に至る大谷川運河の開削
(5)阿武隈川の改修
(6)新潟県の阿賀川の改修
(7)印旛沼より東京への運河の開削
の7点を「特に重要なもの」としていたことが述べられています。
 また、オランダ人技術者が「船舶による輸送を推奨して大久保に重用された」一方で、イギリス人技術者が「鉄道による輸送を推奨して、伊藤博文、大隈重信に重用された」ことを紹介したうえで、野蒜港の築港にはオランダ土木技術の特色である粗朶沈床が用いられたが、この後方は「外海に開いた波浪の烈しい深水海岸に適しておらず」、1884(明治17)年秋の台風によって、「港湾の東突堤の大半が破壊され、突堤間は土砂で閉塞され、船舶が出入りすることができなくなり、内港機能が失われてしまった」ため、そのまま放棄されたことが紹介されています。
 国家神道の形成に関しては、「一般的に行って、政治革命に成功した後、革命政権が革命の理想を表現するために、人工宗教を創出したという事例は少なくない」として、アメリカ独立革命、18世紀のフランス革命、20世紀のロシア革命、中国革命の例を挙げ、「以上に列挙した革命政権の人工宗教はいずれも儀礼的・儀式的性格が、つまり祭祀的性格が濃厚である」とした上で、「国家神道は19世紀に民族革命に成功した明治政府が創始した人工宗教である」と述べ、「前後の世紀に類似例を少なからずもつ」ものであることを指摘しています。
 第3章「内務省の確立」では、1885年に、いとう総理大臣が、「内閣制度のもとにおかれる行政府の機構を整備」するため、「各省事務ヲ整理スルノ綱領」を制定し、(1)各省の組織編制の原則と定員制度の厳守
(2)官吏の採用と昇進は試験などの資格制度によって行うべきこと
(3)事務の簡素化
(4)行政費用の節約
(5)望ましい勤務態度と能力主義の徹底
の5つの原則を示していることが紹介されています。
 また、元勲政権時代の内務大臣の中で、「この時代の内務省に、ひいては内閣と政府に、さらに広くは政治全般に決定的に強い影響力をもった」人物として山県有朋を挙げ、その条件として、
(1)軍人政治家としての巨人的力量
(2)内務大臣としての在任期間の長さ
(3)山県閥の成員が、内務大臣や内務次官を務めた期間の長さ
の3点を挙げています。そして、伊藤博文と対比し、伊藤が、「最初の総理大臣となり、次いで枢密院議長に転じ、『大日本帝国憲法』、『皇室典範』の制定作業に従い、立憲政治の理想を盛り込んで、明治国家のグランド・デザインを描き出すことに努めていた」のに対し、山県が、「自分は重要な部分から形成してゆくのだといって警察制度、地方自治制度などの制定に打ち込んだ」ことを挙げ、「伊藤の理想主義、立憲体制に向かう積極さにたいして、山県の現実主義、議会政治への不信が対照的である」と述べ、さらに、「山県には、内務卿にも総理大臣にも自らより先に就任した伊藤への根強い嫉妬心、反感があった」ことを指摘してます。
 さらに、1886(明治19)年末時点の官吏の数が、本省で773、集治監・仮留監で905であり、出先機関などの多様な行政資源としては、主要な出先機関である府県について、1886(明治19)年に「地方官官制」が公布され、府県行政の基本的骨格が定まり、その組織としては、
・第一部:府県会、町村会、地方税、町村費、備荒貯蓄、外国人、農工商務などに関する事項。
・第二部:土木、兵事、学務、監獄、衛生、会計などに関する事項。
・収税部:租税の賦課、徴収、徴税費に関する事務。
・警察本部:管内の高等警察、警察に関する一切の事務、各警察署と各警察分署への警察官の配置。
の4部構成であったことなどが開設されています。そして、地方官吏が、
(1)庁府長官と雇、郡区吏員:総数5万3942
(2)県郡市吏員:4426
(3)町村吏員:16万9819
に三分されることが述べられています。
 財政に関しては、元勲政権時代を通じて、内務省の財政支出は2.3倍に伸びたが、地方庁の費用と警察の費用に代表される歳出経常部の金額はほぼ安定しており、土木・建築関係と拓殖関係に代表される歳出臨時部の金額の変動が大きいことが述べられています。
 「保安条例」と選挙干渉に関しては、藩閥政治家たちの多くが、自由民権運動を、「一方では国家権力の独占を志向して、この運動の権力への割り込みを嫌い、他方では自らの国家運営の正当性と有効性を確信して、この運動が国家の存立を危うくするものだと恐れていた」ため、この政治家たちの最有力である山県有朋が、内務大臣時代の1887(明治20)年12月の「保安条例」公布により、民権派の制圧を図ったことが解説されています。これに関するエピソードとしては、山県が「保安条例」発布前夜に三島警視総監を呼び、翌日に条例を実施するように命じ、「君の力が足りないのであれば、私が自らこれをやる」と迫り、三島は急遽、府下の各警察署の署員を忘年会名目で一同に召集し、宴たけなわのところで「警官の総動員と翌日の条例実施を命じ」、「万一壮士が腕力をもって命令に反抗するならば、これを殺傷するのも止むを得ない」という内訓を与えたことが紹介されています。
 著者は、山県内務大臣が行った近代的な政治制度の形成のうち、「後代に最も影響が大きかった」ものとして、一連の地方制度の形成、すなわち、1888(明治21)年の市制、町村制と、90(明治23)年の府県制、郡制を挙げ、その形成過程を解説しています。そして、市制、町村制の主要内容として、
(1)住民と公民。市町村に居住する者を住民と公民とに分け、公民のみが市町村行政に参加する権利と義務を有する。
(2)条例と規則
(3)市町村会
(4)市町村行政。市の執行機関は市参事会、町村のそれは町村長である。
(5)市町村の財務
(6)市町村行政の監督。市←府県知事←内務大臣の二段階と、町村←郡長←府県知事←内務大臣の三段階。
(7)国の機関としての市町村長
の7点を挙げています。また、府県制、郡制については、
(1)府県会及び府県参事会
(2)府県行政の監督
(3)郡会
の3点を主要な事項としてあげています。さらに、山県内務大臣が、1888(明治21)年に地方長官を東京に招集して、町村制市制講究会を開催したが、「長官たちの多くはそれらの制度が地方の実情にとって時期尚早のものであると反対を唱え、閉会時にはその施行を一年あとにしてもらいたいと建議した」ことを取り上げ、「このあたりにも、当時における山県の施策の相対的急進性がうかがわれる」と述べています。
 土木行政に関しては、この時期の最重要分野は河川行政であり、河川政策が、
(1)低水工事:河川を航行する舟運の開発を目指し、河川の乱流、浅瀬などを除く工事
(2)高水工事:洪水の防御を目指し、砂防、流量の調節、堤防や法水路の建設工事
に大別することができ、オランダ人技師が主導した前期までは前者を主目標とし、日本人技師の代表である古市公威たちは後者に重点を置いたことが述べられています。
 第4章「内務省の発展(一)」では、内務省所管の官吏数が、1903(明治36)年から1905(明治38)年まで「減少の一途」をたどった理由として、「日露戦争に巨額の戦費が支出されて、内政の費用が最小限に緊縮された結果」であると述べています。そして、内務省本省職員の総数は1033、地方官吏については、29万4176となり、15年前と比較して、約6万4000増加し、警察官のみでは約3万から約4万へと約1万増加していることが述べられています。
 また、地方官人事に関しては、「当時の内務官僚の中には、内務大臣よりは藩閥の首領の方にもっぱら目を向けており、藩閥とのつながりによって地位を維持している老朽あるいは無能の行政官が多かった」と述べたうえで、原内務大臣が、それまで総理大臣の指揮を受けることで「藩閥本位に動くことができ、そこから警視庁の権力乱用も生じがちであった」警視庁について、「警視総監を完全に内務大臣の統制のもとに置き、府県知事並みの存在にした上で、警視庁の政治警察製を薄め、その権力乱用を一定程度まで抑止するようにした」大改革を行ったと述べています。さらに、当時の一連の知事の交代が、「老朽、無能の淘汰と新進、有能の起用にとどまらず、山県閥に対する政友会の攻勢の一環であった」ことを解説しています。
 さらに、土木行政に関しては、当時の主要分野が、
(1)河川行政
(2)砂防行政
(3)港湾行政
(4)道路行政
(5)上下水道行政
(6)都市計画行政
の6つに区分されることを述べた上で、港湾行政と治水行政に限って解説しています。
 内務官僚の採用に関しては、1887(明治20)年の「文官試験試補及見習規則」が作られて以降、明治末期になると「いわゆる純粋の内務官僚」――「学校を卒業して直ちに内務省に入り順次昇進してゆくという形の官吏」が、「本省と地方庁で大部分を占めた」ことを紹介し、「第一次西園寺内閣の原内務大臣の人事」が「この件に特に大きい貢献をした」という『内務省史』の判断が、「大筋では正しいが、細部でいくつかの例外を見逃してはいる」と指摘しています。
 第5章「内務省の発展(ニ)」では、当時の政党政治の基幹部分が、「官僚統治」、あるいは「官僚統治が政党政治という分厚い外皮をまとっていた」ものであり、当時の二大政党である民政党と政友会は体質面で、
(1)東西性は財閥の資金で賄う。三井財閥が政友会に、三菱財閥が憲政会、民政党に献金していた。普通選挙には買収が効果的な方法であることが明らかになると富豪の政界入りが始まった。
(2)選挙のさいの集票の基盤は地方名望家層(地主と実業家たち)であった。
(3)党勢の拡張の主要な手段は、内務省・府県庁の人事に介入し、それらの行政体系に依存することによっていた。
の3つの点で酷似していたことが述べられています。
 また、内務省の管理の全数の動きに関して、
(1)この時代(1919-32年)の全域を通じて、内務省で働く官吏は2652から6221へと、2.3倍に増加し、その最初の契機は、1924年の関東大震災の翌年の復興局の設置であった。
(2)1929年、神宮司庁の神官、官国幣社の神職、都市計画地方委員会などが加わり、内務省の管理数は1.4倍に跳ね上がった。
(3)内務省及所属職員として高等官、判任官、雇のほかに嘱託と傭人が挙げられており、1932年には、内務省で働いた全成員1292の約半数を傭人が占めている。
の3点を指摘しています。
 さらに、1928年(昭和3年)の普通選挙法の実施について、「この選挙法自体は大正デモクラシーの誇るべき成果であったが、それに基づく最初の総選挙の実態はその民本主義の価値基準から見て深い失望を生じさせるものとなった」として、選挙が、「政府の大規模な選挙干渉と与野党双方が競って行う買収そのほかの不正行為に特徴づけられていた」と述べ、率先して選挙干渉を行ったために世論の反発にあった田中内閣の鈴木内相は昭和3年5月に単独辞職に追い込まれ、次の浜口内閣は、「公正選挙」を旗印に1930(昭和5)年に総選挙を行ったことが述べられています。このときに、警保局事務官であった小林尋次は、警保局長から「選挙取締り法規を担当せよ」と命じられたときのことを、「当時は選挙取締りに携わることは内務官僚の禁忌であってこれに携わっていた者は原則として次の内閣では必ず馘になるか左遷である」ため、躊躇したところ、「君のような若い官僚は内務省の至宝なのだから滅多に傷のつくようなことはさせぬ、君も知っている通りこの内閣は選挙粛正を旗色にしているしまた君に委せるのは法規の適正な運用だけであって、もしとくに与党のために手を打つ必要のあるときは、君を使わないから安心して引受けよ」と警保局長に言われたというエピソードが紹介されています。著者は、公正選挙のために動いた内務官僚が、「与党の政治家たちの党利党略に反するばあい」に、「与党の政治家たちから報復される危険が生じる」が、「官僚をその報復から守るのは、内務省の組織やそれと司法省の組織との連携である」と述べ、「このように整理するかぎりでは、内務官僚は大正デモクラシーの推進者であり、彼らは政治の民主化の担い手の突出部分であった」と述べています。
 社会政策に関しては、「政党内閣時代、内務省社会局は、ささやかな規模の前近代的な救貧行政から始めて、近代的な救貧法を制定し、労働行政、保険行政の双翼を急速に伸長させた」として、労働行政では、「後年の労働災害補償保険に発展する基礎的制度を構築」し、保険行政では、「労働者階級のための医療保険制度を創出した」と述べています。
 都市計画行政に関しては、「政党内閣時代の内政の独自的性格のひとつは都市計画の成立・実施と関東大震災のあとの首都復興である」と述べ、1920(大正9)年の市街地建築物法の施行に関して、「従来、自分の土地に自分の金で建てる建築物に、役所からとやかく干渉される筋合いはないというような観念が一般に泌みこんでいる世の中に、この市街地建築物法は画期的な制度であり、これに対する抵抗も相当つよいものがあった。そのため、同法の円滑な施行のために当局は少なからず苦心をした」との『内務省史』の記述を紹介しています。
 関東大震災時の朝鮮人虐殺に関しては、流言蜚語の有力な出所のひとつが内務省と内務官僚であったとともに、「朝鮮人を大量に虐殺した自警団の組織化には内務省と内務官僚のつよい意向がはたらいていた」と指摘しています。一方で、「9月2日の時点で各地に自警団を作らせるとき、政府はそれが朝鮮人の大量虐殺へと暴走することまでは予想していなかったと思われる」と述べています。
 治安維持法に関しては、「政党内閣時代、日本の政治警察は内務省が所管する特高警察が代表し、それらの組織は治安警察法、行政執行法、治安維持法などによって日本共産党を弾圧し、潰滅に追いこんだ」と述べ、「それらの法律は民主主義の観点から見て悪法である」が、「それは、卑俗ないいかたをすれば、悪玉の内務省が善玉の共産党を迫害したとか、共産党が内務省に勝利すれば日本は楽園になったであろうとかいうこと」ではなく、「互いに対立するイデオロギーを持つ二つの政治勢力が争い、一方が勝利し、他方が敗北した経緯をあるがままに把握、分析したい」と述べています。
 内務官僚の採用と昇進に関しては、内務省において、大学卒業後の勤務庁での官名が、「事務系統で属、警察系統で警部」であり、その通称を「見習」と呼んでいたことや、大蔵省ではその代わりに「学士」が使われていたことが紹介されています。
 また、内務省の見習いは判任官であるが、「これが高等官に昇進するとき、明治後期からすべて地方庁勤務に出ることになった」として、「地方官の奏任官となった内務官僚は地方事務官、地方警視など」であり、「その職位は普通府県庁の課長であるが、例外的に部長や警察署長になる者もあった。地方事務官、地方警視は数府県を転勤するのがふつうで、その間に本省の事務官にもどって、また地方に出る者もおり、地方庁に一回勤務しただけで本省に戻る例もあった。地方事務官、地方警視、事務官、警視は、次に書記官に昇進する。書記官は本省の課長、地方庁の部長である」と紹介しています。
 そして、内務官僚の昇進に関連するトピックとして、
(1)成績本位か人物本位か・・・古い時代には成績が重視されていたという証言が多い。
(2)地方局向きか警保局向きか。
(3)専門性志向か政治性志向か。
(4)内務官僚人事への政党の介入。
の4点を紹介しています。
 第6章「内務省の凋落」では、この時代に内務省で働いた職員の地位が、
(1)高等官
(2)判任官
(3)雇
(4)嘱託
(5)傭人
の5つに区分されることや、「1910年以来、10年間隔で、典型的な権力エリートとしての内務官僚が、実数で倍増、内務官僚全体の構成比で30%→20%→15%と減少してきている」ことなどが紹介されています。
 また、『内務省史』が紹介している「各局の代表的官僚数人の小伝」の中に「名脇役的存在ともいうべき嘱託を含めるという粋なはからい」があるとして、地方局の五十嵐鉱三郎を取り上げ、「1884年(明治17年)に内務省に入り、91年(明治24年)県治局市町村課に勤務した。1923年(大正12年)に退官(この退官の年は推定されたもの)、ただちに嘱託として地方局行政課ではたらきはじめ、43年(昭和18年)に辞任するまで『約60年の間、市制・町村制と府県制の解釈運用に当たってきた』。かれは、恐るべき『博覧強記』で、地方行政に『多大な寄与』をなした。五十嵐の世代の内務官僚は知事になるのに必ずしも高学歴が必要ではなかった。かれにも知事就任の打診があったことはあるが、かれは自分の柄に合わないといい、それを受けず、前記の解釈運用に生涯をささげた。かれは行政課の属官の同僚と席を並べていたが、地方の知事は上京・来省すると、かれの席に来て挨拶をするのが常であった。五十嵐は、地方局の『象徴的存在』であったと『内務省史』第2巻は賞賛している」と述べています。
 さらに、現在でも大きなトピックになっている地方の格差問題に関しては、当時の「救貧工事の実相」として、マルクス主義経済学者、猪俣津南雄の『調査報告 窮乏の農村』から、「ほとんどすべての府県に共通することであるが、救農工事としてなにをやるかは村で決定する。その事業が許可になり、工事費総額が仮に3000円と決定されると、その3分の2は政府から補助される。残りの3分の1は村で支弁することになっているが、それは実際には支出されない場合が多い。2000円の経費で3000円の仕事をしたようにとりつくろい、表向き1円の労賃が70銭しか支払われない。しかも、実際の総経費のきわめてかぎられた部分しか賃金にまわらない。残りはどこにいったか。『救農事業でもうかった者は、地主、監督、セメント会社、鉄材料店だ』と農民たちはいっていた。道路工事は、地主の土地を時価よりはるかに高額で買収するところからはじまるのである。労賃に回ったのが総経費の15%という事例もあった」という記述を紹介しています。
 そして、1940(昭和15)年に、米内内閣が、「中央・地方にわたる画期的な税制改革」として、「譲与税と交付税から成る」「地方分与税制度」を形成し、「譲与税は地租・家屋税・営業税であり、一旦国税として徴収されるが、徴収地である各道府県にそのまま配付される」、「交付税は、国税として徴収した所得税・法人税・遊興飲食税・入場税の一部を財政調整的に分与するというものであった」と述べています。
 また、戦時中の防空政策に関しては、空襲による都道府県別被害では、東京都、広島県、長崎県、大阪府、兵庫県、愛知県、神奈川県、静岡県の8都府県が1万名を超え、この「8都府県の比率の合計が85.5%で全国のそれの大部分を占める」ことを指摘しています。
 著者は、「元内務官僚たちが書いた回顧談にはけして出てこない話題」として、「この時代に、政府各省間における内務省の地位が相対的に低下した」と述べ、「戦争をふくめた国政の基本方針を定める斎藤内閣、第一次近衛内閣などでの五相会議が首、陸、海、蔵、外の五相によって、内相ぬきでおこなわれたこと」などを挙げています。そして、「内務省の戦争責任」という主題に行き着く「内務省と軍部・戦争という主題」については、「戦後半世紀以上がたって、いまだ書かれていない一冊の書物の主題である」と述べ、「そこにふくまれるであろう話題」として、
(1)この時代、内務官僚の中に、後には各章官僚の中に、革新官僚、新官僚、新々官僚などと呼ばれるタイプがあった。
(2)松本学は、新官僚という呼び名を作ったといわれており、当時、新官僚の代表的存在の一人であると見られていた人物である。陽明学の大家である安岡正篤を思想的指導者として迎えて新官僚たちの団体、国維会を結成した。
(3)大達茂雄は、世代としてみても、経歴、業績からみても、新官僚の一人に数えられて良いと思われるが、彼をそうであると見た文献を寡聞にして知らない。
(4)高村坂彦は、第二次近衛内閣の首相秘書官として、権力中枢で働き、日米戦争回避のための工作や、その後も戦争の早期終結のための工作を図った。
の4点を挙げています。
 第7章「内務省の解体」では、幣原内閣の堀切善次郎内相が、「選挙制度の神様」の異名を持つ元北海道知事の坂千秋を事務次官に起用し、1945年12月の衆議院議員選挙法の改正に当たり、その根本的改正案の内容として、
(1)選挙権・被選挙権をもつ者の年齢の下限の引き下げ
(2)女性への参政権の附与
(3)大選挙区制の採用
(4)選挙運動の制限の緩和
の4点が盛り込まれたことが述べられています。そして、翌年実施された敗戦後第1回の総選挙に、「公職追放と大選挙区制限連規制」が与えた変化として、
(1)立候補者数は1364人で、乱立気味であった。
(2)当選者は464人、党派別にみると、自由140、進歩94、社会92、共同14、共産5、諸派38、無所属81
(3)新人の当選者は377人で、総定数の81%に及び、新人進出の最高記録となった。
(4)婦人の立候補者は79人で、約半数の39人が当選した。
の4点を挙げています。
 また、地方自治制度の改正に関しては、1946年の吉田内閣における大村内相が、「憲法改正にさきだって地方制度の改正を行うことに意欲的」であった真意として、「自省の地方自治体への影響力をなるべく制度的に確保するところにあった」が、「それは結果としては必ずしも成功しなかった」と述べています。
 さらに、GHQと日本政府、「より限定的にいえばGSと内務省」が、「公職追放を地方公職に拡張するにあたり、資格審査基準を巡って険しく対立」し、この問題をめぐって内務省と日本政府が提出した主要な反論文書が10を超えたことを紹介し、その焦点のひとつが、「新しい基準のカテゴリーに町内会長、部落会長であったことを入れるかどうかであった」と述べています。
 警察制度に関しては、「敗戦とともに、警察官の中で職務を放棄して逃亡する者が続出した」ことや、「47年頃でも、警察官の中で共産主義革命の必然性を信じる者が多かった。日本共産党員や朝鮮人、中国人が警察署に押しかけてきて、署長をつるし上げることも珍しくはなかった」ことなどが述べられています。
 また、警保局・内務省・日本政府の主張と、GS・GHQの意見の間の隔たりとして、
(1)警保局は、警察事務を原則として道府県及び都市に任せ、一部を国家に留保することにし、都市への移管は大都市にとどめることにした。GSは、警察事務を自治体警察と国家地方警察に分離、分担させるべきであるとし、道府県にまとめて任せることに不賛成であった。
(2)都市警察については、警保局は大都市にかぎって認めるとしたが、GSは人口5万以上の都市に認めるとしていた。
(3)中央機構については、GSは、警察事務執行の不偏性を確立するため、それを内務省から内閣に移し、その長官は総理大臣が参議院の同意を得て任命し、その身分を保証すると主張した。日本側は、これについては、中央各省の機構改正の問題であって慎重な研究が必要であり、急速に結論を出すのは困難であると見ていた。
(4)警保局は、首都の特殊性によって、警視庁は国家警察の一部として存続するべきだと主張した。GSはその主張に対して消極的であった。
の4点を挙げています。
 さらに、1947年12月の警察法の施行によって、「警察全体は国家地方警察と自治体警察に分けられ」、「両者は法的・制度的に対等の存在であり、それぞれの定員は前者が3万人を超えず、後者が9万5000人を越えないと制限され」、「自治体警察はすべての市と人口5000以上の町村におかれ、国家地方警察はそれ以外の地域におかれた」ことが述べられ、その難点として、
(1)小さな町村に必要以上の規模の自治体警察をおくのがふつうとなった
(2)その組織が管理職過剰の頭でっかちものになりがちであった
(3)問題がある警察官がいても転勤のさせようがない
の3点を挙げています。
 著者は、GHQが内務省の廃止に踏み切った理由は、「GHQ自身によってはかならずしも充分に明らかにされていない」としながらも、
(1)GHQは内務省を決定的に敵視していた。GSは内務省を権力的、抑圧的、ときに暴力的であった支配組織として認識しており、内務省と内務官僚は新憲法に反する存在であり、だからその憲法下の最初の内閣によって廃止されたのだと主張した。
(2)GHQと内務省は地方自治についての考え方が全く違っていた。GHQは「日本国憲法」と新しい「地方自治法」ができたあとは、中央政府に地方行政を所管する部門は不要であると見ていたが、内務省は、他省の中央集権的圧力から地方自治を防衛するためには自省が必要であると主張していた。
(3)GHQは初期の占領改革、とくに選挙制度改革、地方制度改革、公職追放などで内務省を便利に使ったが、それらの改革が一段落したので、内務省の役割は終わったと見て、その廃止に踏み切った。これは元内務官僚たちに良く見られる言い分である。
(4)GHQは占領政策の一環として、日本の徹底した弱体化を図り、そのための最有力の手段が分権化であった。その弱体化=分権化のためには、強大な警察権と地方の人事権、財政権を掌握してきた内務省の解体が必要であるとGHQは考えた。これも元内務官僚たちによく見かける見解である。この背景には大日本帝国を美化する強国幻想がある。
ほ4点に整理しています。
 本書は、内務省という巨大かつ強大な役所の姿を、社会史の方法で、できるだけ客観的に描いた貴重な一冊であり、現在の地方行政、土木行政、警察行政、衛生行政などを捉える上での足場を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 内務省地方局の「象徴的存在」であったと紹介されている五十嵐鉱三郎は、国会図書館のデジタルアーカイブで検索してみると、
『郡制府県制例規大全』1898(明治31)年
 http://tinyurl.com/369zr7
『地方制度 青年及青年団編輯部編 (国民法典 第1編) 』1912(明治45)年
 http://tinyurl.com/379d24
『市制町村制逐条示解』1912(大正元)年
『府県制と其の沿革』1939(昭和14)年
などがヒットしました。著作権が切れたものはネットから閲覧することもできるようになっています。


■ どんな人にオススメ?

・内務省の歴史を客観的に押さえたい人。


■ 関連しそうな本

 副田 義也 『生活保護制度の社会史』 2007年06月29日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 石見 豊 『戦後日本の地方分権―その論議を中心に』 2007年02月09日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日


■ 百夜百マンガ

スイートスポット【スイートスポット 】

 「オヤジギャル」の言葉を生んだ作品として有名ですが、商社のOLつかまえて「ギャル」って言い方もしなくなったところに時代を感じます。

2007年8月 9日 (木)

経済学の使い方―実証的日本経済論入門

■ 書籍情報

経済学の使い方―実証的日本経済論入門   【経済学の使い方―実証的日本経済論入門】(#931)

  三輪 芳朗, J.マーク・ラムザイヤー (著)
  価格: ¥3570 (税込)
  日本評論社(2007/03)

 本書は、「日本経済に関わる『通念』の誤りを指摘する」著者らの研究論文を紹介しつつ、「『きちんと考えて、証拠に照らして確認すること』の重要性を指摘し、同時に、日本経済を再発見する作業を読者が始めること」を目的としたものです。
 著者は、「経済学の理論と方法は現実世界の出来事の説明に使ってこそ価値がある」ものであり、「現実世界の出来事の説明に使える経済学の理論と方法を選択して、具体的な使い方とともに提示することが読者を経済学に誘う自然かつ最善の方法である」と述べています。
 そして、「日本では経済学の使い方、とりわけ実証科学である経済学の根幹である『実証』研究(作業)に対する理解と関心が低い」と指摘し、「本書では、具体的な経済現象に経済学を適用した実証研究を紹介し、それを素材にしながら『経済学の使い方』を解説するという方法を採用する」としています。
 第1章「実証研究への招待」では、「この10年間、イヤになるほど聞かされつづけたおなじみの主張・『常識』を取り上げ」たうえで、「きちんと考えて、証拠に照らして確認すること」の重要性を理解し、「そのような姿勢を身につける意欲・食欲を刺激する」としています。
 第3章「融資金利(あるいは、借入金利)の決定要因」では、「1970年代半ば以前の日本で政府の金利規制・資金配分が有効に機能し、高度成長の実現に大きく貢献したとする『通説』『常識』『通念』を検討の俎上に乗せ」、「この時期の融資(借入れ)金利の決定要因に焦点を合わせて検討し、正常な市場機構を通じて金利が決定され、資金配分が実現していたことを確認」しています。
 第4章「資金配分政策を海運再編制」では、「1960年代半ばに空前のスケールの『国策』として実施された海運再編制政策に協力しなかった一連の企業群に焦点を合わせ」、「資金配分をコントロールした国の政策に協力しなかった企業群が、協力して低利資金の優先配分を受けた企業群以上に急速な成長を実現し、株式市場の評価も一貫して高かったとする」ことを示しています。
 そして、「海運再編制『政策』に参加せず、用意された開銀融資や利子補給などの政策上の優遇措置を断念した海運会社」として、三光汽船と石油会社を挙げ、「膨大な資金需要を賄うために三光汽船が採用した方法は多様である」として、「増資が先行」し、「借入先は多くの金融機関に分散されていた」ことなどを解説しています。
 第5章「政策融資の有効性と望ましさ」では、「『政策融資』を含む『産業政策』に関わる研究、さらにより広く『論議』『論争』に関する」印象として、
(1)「政策理念」「政策対象」「政策手段」に関わるものを比べて「政策効果」に関わる研究が著しく少ない。
(2)具体的情報に欠しい。
(3)所管省庁と関係業界という直接の担当者を含む利害関係者が「論議」「論争」の中心に位置し、「研究」の多くはその動向を観察し解説しているに過ぎない。
の3点を挙げています。
 そして、1950年代半ば以降に体系化された、「『二重構造論』を基礎とする中小企業政策」が、「『二重構造』下で大企業に『搾取』される膨大な数の小企業のために『二重構造』の除去を企図」し、「二重構造論」の支持者の多くが、「小企業が多すぎ、『過当競争』が不可避だと主張した」ことを紹介した上で、「日本の中小企業政策を基礎づけた『二重構造論』は完全な誤りである」と指摘し、
(1)1960年代前半以前に大部分の中小企業が「搾取」されていたとする主張は観察事実と整合的ではない。
(2)それ以降、最近に至るまでの時期に中小企業が「搾取」されていたとする主張も同様に観察事実と整合的ではない。
(3)「搾取」される中小企業の比率が大幅に低下するという「構造変化」は起きなかった
の3つの結論を導いたうえで、「中小企業のための製作がそれへの対応のために周到に企図した『問題』『目標』は実在しなかった。その上、これらの政策は規模が小さく、対象である膨大な数の中小企業に無差別的に向けられたために、中小企業全体に対しても目に見える効果を持たなかった」と指摘しています。
 第6章「『傾斜生産』政策という神話」では、「『傾斜生産(方式)』と呼ばれる政策が有効に機能し、戦後日本の復興を基礎づけ次の時期の行動成長の基盤形成に大きく貢献したとする主張(『傾斜生産』政策有効説)が『通説』となり、『通念』としての地位を確立して久しい」が、「その実施勝て、とりわけ物資・資金・価格などの『政策手段』操作の実態に関する情報は豊富ではない」うえに、「『政策の有効性』との関連で『政策手段』の操作に焦点をあわせた検討はほとんど存在しない」ことを指摘しています。
 そして、「通念」の成立には、
(1)市場価格を下回る水準での価格規制が有効に機能し、それによって創出される超過需要を維持する有効な価格規制の実施。
(2)ほとんどすべての投資家に実現不可能な「先見の明」を政府に要求する。
(3)市場参加者のほとんどが認知しない「得意」な分野への優先的資源配分を、多様な反対勢力の抵抗を押し切って実現し維持するための強力なリーダーシップ、絶大な「政治力」を分権的経済体制下(しかも敗戦直後)の日本政府が備えていた。
の3つの条件のすべてを満たす必要があることを指摘しています。
 著者は、「現実に『ヤミ市場』が広範囲に存在し、各企業の生産活動に不可欠な役割を果たした。反面、『クーポンの浮遊化』と呼ばれる現象に象徴されるごとく、『傾斜配分』は少なからぬ部分でシリヌケになっていた。政府は『ヤミ市場』の実態をほとんど把握できなかったし、『ヤミ市場撲滅』対策を実質的には採用しなかった」として、これらの観察事実が、「『経済統制』が有効に機能しなかったことを示唆」していると述べています。
 第7章「『メインバンク』を素材にした準備運動」では、「アタマを柔らかくし、識者・権威者を含めた他人の言うこと(もちろん、マスコミの書くこと、言うことを含む)を鵜呑みにせず、自分で確かめる習性を身につけ、積極的にアタマを使う」ことが必要であると述べています。
 そして、「『系列』『企業集団』『財閥』『メインバンク』などという、『誤解』の主要な話題を構成するほとんどのキーワードの『定義』は曖昧」であり、「『誤解』の内容の多くが、キーワードの『定義』が曖昧であることの帰結に多くの人々が無頓着であったために起きた状況の悲惨さを象徴する」と述べています。
 第8章「問題提起と検討の準備」では、「『バブル経済』崩壊後の日本経済の停滞は、日本企業の『コーポレート・ガバナンス』に関わる要因(欠陥)が原因だとする説明が流行した」が、「特定の言葉に関する言説が大流行し早急な対応策が叫ばれているときには、慎重に構えるのが賢明である」、「コーポレート・ガバナンスのように、対象に関する共通の了解を欠いたまま言説が流行し、対応策を叫ぶことが1つの運動の感を呈すると、熱が冷めるまで昼寝をし、その後に冷静に考える方がよい」と指摘しています。
 コラム「市場原理主義(者)、重力原理主義(者)、政府原理主義(者)」では、「経済学に基づく標準的な見方・主張を『市場主義』『市場原理主義』と呼び、『儲け主義』『利益至上主義』『効率性一辺倒』などと批判・非難する人たちが、日本では多数派を占める」が、「『批判』のほとんどは主張の実質的内容が理解不能」であり、「『そんな考え方はキライだ』という趣味の表明以上のものには見えない」と指摘した上で、「儲け主義」「利益至上主義」などの非難の「実質的内容がよくわからない」、「『重力が働くから、地球上では水は低いところに流れる』という類の主張だ」として、「これが、なぜ『主義』なのか?」と指摘し、「こんな主張の支持者を『重力主義者』とでも呼ぶか?」と述べています。
 第13章「きちんと考えて、証拠に照らして確認する」では、「日本経済特殊論や産業政策有効説の『通説』『通念』としての強固な地位の形成と維持」には、「慎重さが欠落する、あるいは慎重さに眼をつむる研究者(経済学者)が少なくなかったこと」が大きく貢献したことを、「anecdote(逸話) economics」と表現しています。
 「あとがき」では、「少なくとも日本では、経済学者の世界は例外としても、マルクス主義および(あるいは)マルクス主義の受入を可能とした基盤が多くの分野で今日でも支配的影響を及ぼしている」理由として、「『なぜそうなるのか?』『主張を裏付ける具体的根拠は何か?』などと問い、具体的証拠に照らして主張の当否を(実証的に)確かめるという方法が積極的には採用されず、そういう方法に沿った作業がほとんど行われていない」ことを指摘しています。
 さらに、研究者の世界にかぎらず、「大学でそのような分野の教育を受けた官僚、マス・メディア関係者、政治家、ビジネスマンにも同じことが当てはまる」と指摘しています。
 本書は、実証的に世界を見る、という本来の「経済学の使い方」の再確認を迫る一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書も日本の経済学界に対して異論を唱えるタイプの本ですが、著者はこれまでにも再販制度をめぐって出版業界とバトルを繰り返しています。こういう人の本は、その是非はともかくとして、目に触れてもらっては困る人がいる、という意味で、ぜひ読んでおきたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・日本経済に詳しいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 三輪 芳朗 『規制緩和は悪夢ですか―「規制緩和すればいいってもんじゃない」と言いたいあなたに』
 三輪 芳朗 『誰にも知られずに大経済オンチが治る』
 鶴 光太郎 『日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて』 2007年05月23日
 星 岳雄, アニル カシャップ (著), 鯉渕 賢 (翻訳) 『日本金融システム進化論』 2007年05月08日
 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日


■ 百夜百マンガ

もみじ拓傑作選紅陽【もみじ拓傑作選紅陽 】

 最初はヘタウマ系の不条理ギャグの人だったのですが、いつの間にか切ない叙情派の人になってました。でも絵はそのままです。

2007年8月 8日 (水)

夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために

■ 書籍情報

夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために   【夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために】(#930)

  保母 武彦
  価格: ¥1500 (税込)
  自治体研究社(2007/02)

 本書は、「財政破たんの第一号」となった北海道夕張市を取り上げ、「夕張市の財政は、なぜ破たんしたのか」、「夕張は、これからどうなるのか」について、「同じような事情を抱えた全国の地方自治体」があるなか、「夕張問題は、夕張の問題であるが、夕張だけの問題ではない」として、「夕張を、国の自治体解体モデルにしてしまうか、それとも地方財政破たん地域の民主的再生モデルとするか」の選択が問われていると問いかけているものです。
 第1章「夕張問題とは何か」では、マスコミや一部の学者を使った「夕張たたき(バッシング)」キャンペーンについて、
(1)夕張市の過大な観光開発を材料にした放漫な財政運営、「ヤミ起債」と赤字隠しの財政運営に対する批判が中心であった。
(2)「財政再建計画の基本的枠組み案」に見られる住民負担と行政サービス削減の厳しさが中心的内容となった。
の2段階であると述べています。
 そして、夕張市の財政破たんの要因として、
(1)炭鉱閉山後の処理負担
(2)観光・リゾート開発とその後の費用負担
(3)国の行政改革の地方(夕張市)への転嫁
の3点を挙げています。
 そして、いわゆる「ヤミ起債問題」について、「北海道空知地域の旧産炭地に対する対策の中で北海道庁トップ層もかかわって行われた起債の引き受けであった」として、「政府と北海道庁の責任が決して小さくないことは、この旧産炭地対策の経緯を見れば明らかである」と指摘しています。
 著者は、「政府が推進してきた市場原理主義に基づく『競争的な経済システム』形成の中で、財政破たんに至った最初の犠牲が夕張である」と述べ、夕張問題を、「全国各地の地域社会と地方自治の将来に重要な影響を与える可能性がある」問題であると主張しています。
 第2章「夕張市財政の現状と『破綻』の主な要因」では、平成18年11月14日に示された「財政再建の枠組み案」に関する問題点として、
(1)財政再建計画とは言うものの、歳入・歳出の骨格、収支計画の概要さえ示されていない。
(2)住民に耐え難い痛みを強制することにより、大規模な人口流出を招きかねず、計画の前提そのものが崩壊しかねない。
(3)広域自治体として夕張を支援すべき立場にある道の対応の問題がある。
の3点を挙げています。
 また、北海道が、「道の市町村行政の中で、産炭地とくに夕張財政問題は、歴代の部長、室長、市町村課長にとって重要課題であり、その困窮度ややりくりの苦境ぶりを道庁は十分に知っていたと考える方が自然で」あり、「不適切な財務手法についても、『財務調査』等を通じて道は十分に知りうる立場にあったことを指摘せざるを得ない」と指摘しています。
 さらに、財政破たんの主たる要因として、
(1)膨大な閉山跡処理対策費:住宅・水道など社会基盤整備に583億円
(2)リゾート開発の破綻と跡処理
(3)三位一体改革と交付税削減
の3点を挙げ、「夕張市の財政破たんの原因は、国策による基幹産業の崩壊とその後の跡処理対策およびリゾート開発が自治体財政に過大な負担を強いたこと、さらには政府による『構造改革』政策が夕張市財政を直撃したこと」であるとした上で、
(1)閉山対策と石炭資本の社会的な責任、さらに夕張の土地問題
(2)典型的企業城下町だった夕張市の再生、社会基盤整備と国・道の責任問題
の2点を補足し、「国際水準の価値評価が高い石炭博物館を道立博物館として整備・管理することもなかった」と指摘しています。
 第3章「夕張市の財政運営に問題はなかったか」では、「ヤミ起債」問題について、「副知事も加わる理事会」で運営規程を改訂して運用したものであり、「地方行財政を指導すべき道企画振興部の市町村課は『この5月まで知らなかった』という」が、「市町村行政を指導監督している部課が、自ら一番困難かつ重要課題の産炭地財政にかかわる問題を『知らなかった』ですむ問題ではない」と糾弾しています。
 第4章「夕張市の再生のために(提言)」では、「夕張市再生のために必要な再生の考え方および再生の課題と方法について」として、「日常生活を保障する社会サービスの緊急確保」や「北海道庁による補完、代行」等を提言しています。
 補論「夕張問題と地方財政『改革』・『自治体再生法制』」では、ビジョン懇報告や「新しい地方財政再生制度」研究会、総務省の検討の方向性に関する「重要な問題」として、
(1)「護送船団方式により形成された『国が何とかしてくれる』という神話が、財政規律の緩みにつながってきた面を否定できない」といった地方財政の現状認識そのもの。
(2)「新しい再建法制」が国による自治体財政の新たな統制強化につながる。
(3)民主的正当性をもたない第三者機関を活用することは地方自治と民主主義の観点からも問題が大きい。
(4)自治体が市場からの監視にさらされ、銀行が自治体の生殺与奪権を握ることになりかねない債務調整の導入問題。
(5)「新しい自治体再建法制」の導入が、地方債の完全自由化と交付税措置廃止、交付税の財源保障機能の放棄などの地方行財政制度の抜本改革とセットで進められた場合、地方の自由度を高めるかわりに自己責任を負わせ、能力のある自治体のみが市場で資金調達できるようにする方向性が前提となること。
の5点を指摘しています。
 本書は、自治体の財政破綻が現実となった時代に、より幅広い「国家の責任」を求めた一冊です。


■ 個人的な視点から

 提言の内容が奇妙キテレツというわけでもなく、こういう視点からの検証が必要であることを否定しませんが、言葉の端々に「大きな政府」志向がにじみ出ているのが、読んでいて少しつまずくところです。
 例えば、国策としてのエネルギー革命によって炭鉱が閉山したのだから、その責任は国が負うべきだ、という主張については、エネルギー革命は日本政府が起こしたわけでもなく、その影響、リスクをすべて国が保障すべきであるかのうような書き振りには違和感を覚えました。


■ どんな人にオススメ?

・夕張市の破綻を多面的に見たい人。


■ 関連しそうな本

 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 橋本 行史 『自治体破たん・「夕張ショック」の本質―財政論・組織論からみた破たん回避策』
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 肥沼 位昌 『図解 よくわかる自治体財政のしくみ』


■ 百夜百マンガ

サンキュウ辰【サンキュウ辰 】

 播磨灘+あぶさん?
 この人の作品の主人公は何を描かせても結局こういうタイプになってしまうというか、大迫力のどアップ顔面に啖呵を切らせて回りがびびって一件落着、というものばかりな気がします。それはそれでいいんですが。

2007年8月 7日 (火)

法と経済学の考え方―政策科学としての法律学

■ 書籍情報

法と経済学の考え方―政策科学としての法律学   【法と経済学の考え方―政策科学としての法律学】(#929)

  ロバート クーター (著), 太田 勝造 (翻訳)
  価格: ¥3150 (税込)
  木鐸社(1997/08)

 本書は、「ゲームの理論を始めとする行動科学的パラダイムの上に構築された実証的理論体系であると共に、それに基づいて具体的な社会問題に対して具体的な処方箋を与えるきわめて実践的な政策科学でもある」、「法と経済学」に関する論文集です。
 第1章「最善で正義にかなった法:法の経済分析の価値的基盤」では、「法律学の議論では価値の問題と意味の問題が大きな役割を果たして」おり、「法理論と哲学は、区別が付かないくらいに重なり合い溶け合っている」ので、「経済学を法理論と接続させ、法と裁判所が経済学を受け入れるように促すためには、一つの哲学的理解を構築することが重要である」と述べています。
 そして、「パレート効率的な法は、他の実現可能な選択肢である法よりも、個人の選好をよりよく満足させることができる」という点で、「法の経済分析は法を最善(best)にするための現実的な指針を提供するもの」であるが、「『最善』の法についての経済学における概念観」が、「『正義にかなった』法についての種々の概念観のどれとも整合的で両立可能」であると述べています。
 また、ロールズが1971年の『正義論』の中で、「社会の最底辺にある人々の厚生を改善するという制約下でのみ不平等が正当化されるという急進的な分配における平等主義の原則」である「マクシミン(maximin)」に賛成し、「その結果として生じる社会状態がパレート効率的であるべきとも論じている」ことを挙げ、「理想的な所得分配とパレート効率性との組合せ」のみが、ロールズによる「最善で正義にかなった社会状態」であると述べています。
 さらに、功利主義と法の経済分析とを弁別する功利主義の中心的な特徴として、「功利主義が基数的で、かつ測定可能であるという仮定」を挙げ、「所得分配をめぐる論争により明確にすることができ」、「これは経済学者で受け入れる者はほとんどいない」と述べています。
 著者は、本章において、「3つの重要な価値」として、個人主義と平等と自由を挙げるとともに、「3つの経済的選択基準」として、パレート効率性、費用便益分析、福祉による重みづけ費用便益分析の3つを挙げ、それらの関係を下記によって表しています。
・経済的選択基準とそれらの価値コミットメント
                         個人主義   自由   平等
パレート効率性                あり      あり    なし
費用便益                   あり      なし    なし
福祉による重みづけ費用便益分析   あり      なし    あり
 第2章「コースの費用」では、ロナルド・コースが1960年の論文「社会的費用の問題」によって「外部性(externality)の経済理論」と、「不法行為(torts)と生活妨害(nuisance)に関するコモン・ローの伝統」という「2つの強力な知的伝統の合流をもたらした」と述べています。
 著者は、「コースの定理の中心的解釈は、決して経済学の通常の仮説群からは演繹できない」ものであると述べ、「賠償責任法、交渉、および合理的行動についての経済学的仮説を説明することを通じて、正確な視点を確立」すると述べています。
 また、「コースとの定理とホッブスの定理は政府の規模について相矛盾する結論を導く」として、取引費用ゼロの理想的世界において、「コースの定理によれば、この条件下では政府はもはや不要となる」一方で、「ホッブスの定理によれば、政府や類似の制度による強制的威嚇は、たとえ交渉には費用が全くかからない場合にも、外部性が交渉ゲイム的状況を作り出す場合には、効率性の達成のためには不可欠である」ことを指摘しています。
 著者は、コースの論文「社会的費用の問題」が、「法と経済学という二つのかけ離れた知的伝統に共通の土台を築いた」が、今や古典となったこの論文にも、「この論文が用いた印象的な諸事例」が、「その基礎にある一般理論に対してしばしばミスリーディングである」という「副作用たるコストが存在する」ことを指摘しています。
 第3章「価格と制裁」では、伝統的に法解釈学者たちが、「法を制裁(sanction)によって担保された義務の集合、ないし、威嚇によって担保された命令の集合として理解する」のに対し、経済学者は法のことを、「公定の価格(official price)の集合として観念する傾向がある」ことを取り上げ、「これらの見方には、二つの学問領域それぞれに特徴的な盲点がある」として、「法の経済分析には制裁についての明確な位置づけがかけており、伝統的法解釈額には価格についての正確な理解が欠落している」ことを指摘したうえで、「法と経済学という二つの学問的伝統の間に架橋するため、価格の行動に対する影響と制裁の行動に対する影響の間の相違についての理論を構築する」としています。
 そして、制裁が「禁止されたことを行ったことに対して課される制動」であるのに対し、価格は「許されたことを行うために必要とされる金銭の支払い」であると定義したうえで、それぞれのインセンティヴ効果は異なり、「価格の場合には便益と費用とが釣り合わされるのが通常であるが、制裁の場合にはそうではない」と述べ、この敏感さの違いを、「行為者の講じる予防の量は、価格の変化に対しての法が制裁のレヴェルの変化に対してよりも弾力的である」と述べています。
 また、価格と制裁の区別として、「制裁は、抑止の必要性の上昇(これは行為者の心的状態によって示される)によって加重される」一方で、「価格は、行為の惹起する外部損害の量(これは行為者の心的状態によっては変化しない)の増加によって上昇する」ことを示しています。
 著者は、「法がある行為に対して価格を設定しているのか制裁を付加しているのか判定することが困難な場合」には、「価格の場合は、行為者の心的状態に対しては一定不変であるが、行為のもたらす損害に対しては反応変化するという点と、制裁の場合には、過誤の重大性に影響を与えるような心的状態と抑止の必要度に対して反応変化するという点」が、分類をする上で有益であると述べています。
 第4章「不法行為、契約、所有権の統合:予防の理論モデル」では、コモン・ローが関わる、事故や生活妨害、契約違反、私権に関する政府の収用等の費用配分のルールの採用に関する2つの目的として、「被害者に賠償するという『衡平』の目的と、社会全体に課せられる費用を最小化するという『効率性』の目的」を挙げ、これらの目的が、「賠償原理と限界原理」という2つの原理として定式化できることを解説しています。そして、「正義の理由から賠償が要求される状況があることを仮定し、効率的な行為へのインセンティヴを弱めることなしに賠償を与えようと試みるメカニズムを説明する」としています。
 そして、コモン・ローが持つ「賠償と効率的な予防へのインセンティヴとを結びつける」メカニズムとして、
(1)過失責任ルール
(2)定額の損害賠償額
(3)生活妨害に対する差止命令のような、裁判所からの強制的な命令
の3点が少なくとも存在していることを解説しています。
 また、契約と不法行為の決定的な差異として、
(1)もし、損害賠償額があらかじめ予定されているならば、被害者は、あたかも賠償がなかったかのように、賠償がない場合と同じ程度に被害の「大きさ」を低減する効率的なインセンティヴを有することになろう。
(2)それと対照的に被害の「蓋然性」を低減する被害者のインセンティヴは、損害賠償額の支払いによってある程度低減され、かくして賠償がない場合よりも低くなる。
(3)不法行為事故に対する予防は、自己の蓋然性も重大さもともに低減しうるが、それに対して、契約に対する信頼の低減は、契約違反によって引き起こされる損害の大きさには影響を及ぼしうるものの、契約違反の蓋然性には影響を及ぼし得ない。
の3つの文章を挙げ、この差異が、「損害賠償額の予定が契約に対する効率的な信頼の問題を解決するが、事故に対する効率的な予防の問題を解決することにはならない理由である」と述べています。
 本書は、理論そのものはまだなじみの浅い「法と経済学」に関する、さまざまな展開を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「法と経済学」と言っても一般にはあまりなじみのない分野です。「法と経済学」そのものを銘打った大学のカリキュラムも多くありませんし、司法試験の試験科目になっているわけでもありません。
 しかし、「法と経済学」は、既存のさまざまな法律のカテゴリーに浸透しています。「会社法」はこの考え方なくしては成り立たないほどですし、規制や環境などさまざまな分野で「法と経済学」は必要不可欠なツールになっています。


■ どんな人にオススメ?

・さまざまな法律の分野に使えるツールを身につけたい人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・D. クーター (著), トーマス・S. ユーレン (著), 太田 勝造 (翻訳) 『法と経済学』
 林田 清明 『法と経済学―新しい知的テリトリー』 2005年06月07日
 ロナルド・H. コース (著), 宮沢 健一, 藤垣 芳文, 後藤 晃 (翻訳) 『企業・市場・法』 2005年04月29日
 柳川 範之 『契約と組織の経済学』 2005年02月22日
 三輪 芳朗, 柳川 範之, 神田 秀樹 (編集) 『会社法の経済学』
 神田 秀樹 『会社法』


■ 百夜百マンガ

シニカル・ヒステリー・アワー【シニカル・ヒステリー・アワー 】

 『いまどきのこども』と並んで子供を使って大人の世界を皮肉る作品でしたが、このあとは動物メインに移って「動物占い」で社会現象を起こしてました。

2007年8月 6日 (月)

モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影

■ 書籍情報

モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影   【モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影】(#928)

  小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著)
  価格: ¥3045 (税込)
  エヌティティ出版(2007/5/31)

 本書は、「ケータイの使用に関する1,000人規模の質問紙調査とその解析結果」をもとに、ケータイの使われ方や、ケータイ使用が生み出す心理、言語能力との関係などを分析したものです。
 第1章「日本におけるケータイの現状と使用実態の調査」では、ケータイの普及によって、「即時性」「モバイル性」「非干渉性」の3条件が同時に満たされ、「個人がコミュニケーションの主導権、管理権を掌握した」ことが述べられています。
 第2章「ケータイの使用実態」では、日本人が、ケータイを所有することにより約7,500円の料金を毎月支払っていることや、1日あたりの通話頻度は、「おしゃべり好きな女性」ではなく、「主に30代以上の男性」が、「仕事に関する用件で頻繁に通話している」こと、「女性は男性に比べて長いメールを書いている」こと、「ケータイのみでメールを利用する人が非常に多い」こと、等を明らかにしています。
 また、「社会的資本(social capital)」という視点からは、ケータイメールが、「私的親密圏内での絆の維持に貢献し、信頼と互酬性の規範を基礎とする『結束型(bonding)』の社会関係資本の担い手となる」が、「私的親密圏の外側に広がる、より広範な社会ネットワークへの参加には、ケータイメールはあまり効力を発揮しない」、すなわち、「地域や属性を超えた集団への架け橋となる、『橋渡し型(bridging)』の社会関係資本の補完には貢献しない」と述べています。
 第3章「ケータイ使用が生み出す心理」では、「ケータイが私たちの心理や行動にどのような影響を与えているか」として、
(1)日本人のモバイル生活に垣間見られる「つながっていたい気持」について、そのつながっていたい気持があるがゆえに生じるネガティヴな側面
(2)ケータイがもたらす対人関係および生活への影響
(3)ケータイのポジティヴな側面
の3点について考察しています。
 そして、「約7割近くの日本人が、四六時中ケータイの電源を一切オフにしないで、常時接続可能な状態に身をおいている」ことについて、「自分へのアクセスを最大限確保しておきたいと願う人が非常に多くいることを示している」と述べています。
 また、メールの返事が来ないことで「不安になるまでの時間」について、「10代の中高生世代が圧倒的に、不安を感じるまでの時間が短いこと」について、「その時間を2時間未満とした人」が34.2%にも達したことなどが述べられています。
 そして、日本人の多くが、「メールの送受信を頻繁に行うことにより、常に誰かとつながっていたいという欲求を満たしているように見える」が、「こうした絶え間なき更新」が、「ネガティヴな影響を与える場合もある」として、「度がすぎると、日常生活に支障を来たし強迫性障害の域に達する可能性もないわけではない」と述べています。
 さらに、「メールの伝達可能性に対する評価」に性差が見られ、「メールを介して自分の気持ちを十分に伝えられると感じているのは、男性よりも女性に圧倒的に多い」ことなどを明らかにしています。
 著者は、本調査で明らかになった特長の多くが、「『世間』という視点の範疇に収まる」として、「メールの即時応答は、まさに『贈与・互酬の関係』の掟に似ている」と述べています。
 第4章「ケータイ使用の国際比較」では、2005年9月現在、世界のケータイ契約数が20億件を突破し、約3人に1人がケータイを持っていることを挙げた上で、日本と「ケータイ先進国」フィンランドの国際比較を行っています。
 そして、フィンランドが、2004年末に契約数500万件に達し、524万人の人口に対する対人口普及率95.5%になり、日本の対人口普及率66.9%と比較して圧倒的に高い数字であると述べています。一方で、インターネット対応やカメラ付き等の高機能ケータイの普及に関しては、「日本はフィンランドよりも一歩も二歩も先に進んでいる」と述べています。
 また、「グループメール」(メーリングリスト)の使用に関して、日本人が、「フィンランド人よりも、グループメールをあまり使用していなかった」ことについて「日本では、ケータイメールがそもそも、その公共性の高い社会圏であまり利用されていない」という指摘を紹介し、「グループメールの低利用率をある程度は説明できるかもしれない」と述べています。
 第5章「ケータイ使用と言語能力」では、言語能力の測定方法として、「NTTコミュニケーション科学基礎研究所で開発した漢字単語の読み能力テスト」である「百羅漢」と語彙数推定テストを用い、「個人が持つ言語能力という要因に光をあて、ケータイの使用態様との関係」を探っています。
 その結果、「公共交通機関の列車・バスの中でのケータイ使用のマナー」と、単語に関する言語能力との間に正の相関が見られ、漢字単語の読み能力テスト(百羅漢)の得点や推定語彙数が高い場合に、「他人に迷惑をかけないようにマナーを守ろうとする傾向」が高いことを明らかにしています。
 また、漢字単語の読み能力テスト(百羅漢)の得点や推定語彙数が低い場合に、音声によるコミュニケーションを行う傾向や絵文字の使用傾向など、情緒的メッセージ交換を行う傾向があることを示しています。
 さらに、漢字単語の読み能力テスト(百羅漢)の得点や推定語彙数が低い場合に、ケータイの電源をオフにせず、メールが来るとすぐに返答し、メールが来ないと不安を感じ、その時間も短く、ケータイによって友人との結びつきが強まったと感じる傾向があることを示した上で、「ケータイメールを頻繁にやりとりする傾向」が、リスザルの「チャックコール」やニホンザルの「クーコール」などのサルのコミュニケーションときわめて類似している、という研究を紹介しています。
 第7章「関東と関西の地域差」では、関東と関西で、ケータイメールにおける絵文字の使用頻度がある(関西の方が、より絵文字を用いている)ことに気づいた著者が、「メールにおける絵文字の利用頻度と、各人の日本語能力の間には、非常にはっきりとした逆相関があるという事実」に着目し、関東と関西の語彙数推定の値を比較してみると、「平均して関東の非調査者の推定語彙数の方が、関西の非調査者のそれをはるかに上回る」という「途方もないほどにはっきりとしたさが浮かび上がってきた」ことが述べられています。
 さらに、PCを使ってインターネット版の新聞を読む頻度についても、PCの所有状況自体には差がないにもかかわらず、「関東の方がはるかに閲覧する頻度が高い」こと、「どのくらいの量の単行本を一定期間に読むか(文芸書を中心として)あるいは図書館でどのぐらい本を借りるか」という質問についても、「関東の方が、はっきりと冊数が多く、値において関西に開きをつけている」ことを挙げ、関西人が、「フォーマルな形式での日本語に接する機会が、関東人に比べて少ないらしいことを暗示する結果が得られている」ため、「公的日本語に依拠してなされるテストでの成績が劣ってもぜんぜん不思議ではない」、また、ケータイメールといえども「フォーマルな形式での能力に依存するところが大きい」ので、「絵文字の登場となるという解釈が生まれてくる」と述べています。
 著者は、「付け焼刃は承知の上」で、平日の午前8時から10時までの間と午後5時から7時までの間に、東京のJR山手線と大阪の環状線の乗客が、「どれだけ活字と接しているか」、「どれだけケータイを操作しているか」を目視で観察し、山手線では、男女平均して18.9%が、活字(単行本、新聞、雑誌、資料など)に目を通しているのに対し、環状線では、男女平均して11.3%にとどまること、ケータイでは、山手線では男女平均で8.8%であるのに対して、環状線では5.4%という低い水準にとどまっていることを示しています。
 著者は、「即断は禁物である」としながらも、「つまるところ関西の言語文化とは、関東より『話し聞く』に比重が置かれているのではないか」、すなわち、「いわゆる上方が、『お笑い』に代表される話芸のメッカ」であり、「浄瑠璃などに代表される『語り』の芸を誇る上方の優位性は揺るがないもの」であると述べ、言語文化が、「声と文字の文化(活字文化)にそれぞれ大別されるという説」を紹介しています。
 本書は、ケータイが私たちの生活と文化の中で欠かせないものになり、そのことが社会や文化自体を変容させていることを示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「私をスキーに連れてって」にも登場していた携帯電話が、世の中を変えてしまうほど普及するなんて当時予想できたでしょうか。
 そういえば当時は、「車載電話」なるものがあって、見栄を張ってアンテナだけトランクに立ててる人もたくさんいました。


■ どんな人にオススメ?

・ケータイがなかった世の中を知らない人。


■ 関連しそうな本

 T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳) 『ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化』 
 小檜山 賢二 『ケータイ進化論』 
 水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』 
 遊橋 裕泰, 河井 孝仁 (編さん) 『ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に』 
 ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
 パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日


■ 百夜百マンガ

さよなら絶望先生【さよなら絶望先生 】

 『ラブひな』の赤松健をネタにしていたら、自らも同じ雑誌に移籍して、同じジャンル(学園もの)を描く羽目になってしまった面白い人。個人的にはいまだにサンデーのヒトという印象が強いです。

2007年8月 5日 (日)

不思議な数eの物語

■ 書籍情報

不思議な数eの物語   【不思議な数eの物語】(#927)

  E.マオール (著), 伊理 由美 (著)
  価格: ¥3150 (税込)
  岩波書店(1999/09)

 本書は、著者が中学で代数を学んでいるときに出会った奇妙な数「e」について、「少々の数学の心得がある読者なら読みこなせる程度のレベル」で話をすることを目標にしたものです。
 第1章「ジョン・ネーピア, 1614」では、「科学の歴史において、対数の発明ほど科学界全体から熱烈に受け入れられた抽象的な数学的概念は滅多にない」として、その発明者であるジョン・ネーピアの名を挙げています。
 そして、彼の考えの筋道として、「任意の正の数を、ある与えられた数(後に底と呼ばれることになる)の累乗として書くことができるなら、数のかけ算、わり算はその数の指数の足し算、引き算に等価である。さらに、ある数をn乗する(すなわちn回その数をかける)ことは、その指数をn回足す──すなわち、指数をn倍する──ことに等価である。そして、ある数のn乗根を求めることは、n回続けて引く──すなわち、nで割る──ことに等価である」というものであり、「各算術演算が演算の階層の一つ下のランクの演算に変わり、それによって数値計算の煩雑さがぐっと減少する」ものであることを解説しています。
 第2章「認知」では、ネーピアが1614年に公表したラテン語の論文について、「科学の歴史の中でこれほど熱狂的に受け入れられた新概念は少ないであろう」と述べ、対数を最初に利用した一人としてヨハネス・ケプラーを挙げ、彼が惑星の入念な軌道計算に対数を用いて大成功したことを紹介しています。
 第5章「微積分の祖先たち」では、偉大な発明が、
(1)ただ一人の人間の創造的思考の所産で青天の霹靂のごとく突然世の中に現れるもの
(2)何十年もの間大勢の人間が醸成してきた着想が長い進化の後に最終産物となって現れるもの
の2つに分類でき、対数の発明は前者に、微積分の発明は後者に分類できることが述べられています。
 そして、ギリシャ人が、「無限への恐怖」と呼ばれる不安感を持ち、代数の言語を持っていなかったのに対し、近世のアルキメデスの追随者たちは、「無限の概念を無頓着に、図々しく取り入れ、いつでも自分達に都合よく使用した」結果、「荒削りの機会仕掛けのようなもので、ギリシャ人の方法の厳格さのかけらもなかったが、それでもとにかくうまくいくように見えた」として、「極微量の方法」を紹介しています。
 第7章「双曲線の面積を求める」では、1600年代の中頃までに、積分の元となる主な概念は数学界にかなりよく知られていたが、まだ一つの統一体系に融合されておらず、「容易にかつ効率よくこれらの問題を解くことができるような一般的で系統だった手順」である「アルゴリズム」の登場が望まれていたことが述べられています。
 第8章「新しい科学の誕生」ではニュートンを取り上げ、彼が23歳の時に、ペストの発生でケンブリッジ大学が閉ざされたことが、「二年間、全く自由に、宇宙について考え、独自の宇宙観を形作ることができた」という意味で、「この"極上の年月"(彼自身が言った言葉)は彼の生涯でもっとも実り豊かな年月」であり、「以後の科学の流れを変えることになる」ものであったことが述べられています。
 そして、ニュートンが「流率法」と呼んでいた微積分が、「それまでかなりの間何となく使われていた」が、「実用上すべての関数の変化率を求められる一般的手順──アルゴリズム──を用意した点」で重要であることが述べられています。
 第10章「e^x:導関数と等しい関数」では、「われわれの目標は指数関数の逆を求めることである」と述べた上で、「常用対数は10^x=yが成り立つような数xのことであった。全く同様にして、数y>0の自然対数はe^x=yが成り立つような数xのことである」と解説しています。
 第11章「e^θ:驚異の螺旋」では、「知の世界では、何世代にも渡り全員が同じ分野で最高級の想像力のある頭脳を持った人を輩出する家系は滅多にない」とした上で、音楽のバッハ家と数学のベルヌーイ家を挙げ、ベルヌーイ一族の業績とベルヌーイ兄弟の間の不和等のエピソードについて紹介しています。
 また、ライプニッツが「和の計算」と名付けた微積分法の分野に、初めて「積分」という言葉を使ったのが、ヤコブ・ベルヌーイであることや、ダニエル・ベルヌーイが旅行中に、「私はダニエル・ベルヌーイです」と自己紹介したところ、相手はからかわれたと思って「私はアイザック・ニュートンです」と答えたというエピソードが紹介されています。
 さらに、ヤコブが、対数螺旋に関する様々な発見に感動し、「この彼の愛する曲線に神秘的な畏敬の念さえ感じるようになった」ためこの曲線に「spira mirabilis(驚異の螺旋)」と名付け、自らの墓石にもこれを刻むように依頼したが、石屋が墓石に刻んだのは対数螺旋ではなくアルキメデス螺旋(1回転する旅に極からの距離が一定比ではなく一定の差で増大する)であったことが述べられています。
 第13章「e^ix:"最も有名な公式"」では、数学界におけるバッハがベルヌーイであるならば、「数学におけるモーツァルト」であるレオンハルト・オイラーを取り上げています。オイラーは、晩年、完全に視力を失ったが、「それでも相変わらず仕事を続け、子供たちや学生たちに彼の多数の成果を口述して書き取らせ」、その際には、50桁の暗算ができ、紙に書かないでも長い一連の数学的推論を覚えたいられたという並外れた記憶力が助けになったことが述べられています。
 そして、「彼の仕事の範囲外かに広かったか」を紹介するために、「数学の範囲の両極端にある二つの研究分野の基礎を彼が築いたという事実が最もよく示している」として、「一つは整数論で、数学の全分野の中で"最も純粋";もう一つは解析力学で、古典的数学の中で最も"実用的"な分野である」と述べています。
 また、「出版された本にeが最初に姿を見せる」のが、「オイラーが解析力学の基礎を築いたMechanica」の中であったことを紹介した上で、「なぜ彼が文字eを選んだか?」について、いくつかの説を紹介しています。
 第15章「eはどんな種類の数か?」では、eが「極限操作によって定義される初めての数となったこと」などを解説しています。
 本書は、「e」という数に焦点を当てて、数学の歴史を紹介した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書と似たタイトルの『不思議な数πの伝記』が、ひたすら「π」にまつわる歴史やエピソードを中心に展開するのに対して、本書は、「e」が生まれた時代背景や関連する数学者のエピソードの紹介がメインになっていて、タイトルからはやや離れる気がします。しかし、数学読み物としては面白く読める一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・ここ数百年の数学の進化の原動力を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 Alfred S. Posamentier, Ingmar Lehmann (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『不思議な数πの伝記』 2007年05月27日
 ジョン・ダービーシャー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦』 2007年06月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日


■ 百夜百音

ザ・ベスト・オブ・東京プリン【ザ・ベスト・オブ・東京プリン】 東京プリン オリジナル盤発売: 2000

 東京プリンよりもバブルを彩った「シャインズ」の方がインパクトありましたが、「私の彼はサラリーマン'98」も入ってるのでとりあえず。

『ザ・ベスト・オブ 東京プリン・2』ザ・ベスト・オブ 東京プリン・2

2007年8月 4日 (土)

不倫のDNA―ヒトはなぜ浮気をするのか

■ 書籍情報

不倫のDNA―ヒトはなぜ浮気をするのか   【不倫のDNA―ヒトはなぜ浮気をするのか】(#926)

  デイヴィッド バラシュ, ジュディス リプトン (著), 松田 和也 (翻訳)
  価格: ¥2730 (税込)
  青土社(2001/10)

 本書は、「一夫一妻制(モノガミー)」、すなわち「単婚」について、生物学のアプローチに基づき、多種多様な生物の生物に見られる多様な「戦略」を分析し、単婚という「神話」を追求したものです。
 第1章「一夫一妻制という神話」では、本書において「単婚」という言葉は、「生殖の段取りに一個の雄と一個の雌が関わっているように見える社会システム」と定義し、生物界において、生物学者たちが多重交尾の存在を認識していなかったことを、「信じているものだけが目に入る」という現象の典型であると述べ、生物界一般、とくに鳥類において、交尾と受精が、「社会的なつがい以外の場所でしばしば起こる」と述べています。
 そして、本書に頻出する省略後として、
・EPC:「つがい外交尾(extra-pair copulation)」
・IPC:「つがい内交尾(intra-pair copulation)」
の2つを挙げ、このような略語を用いる理由として、「記述を明晰かつ簡略にして、コミュニケーションを容易にするため」であると同時に、「いかにも科学論文という雰囲気をかもし出すので、感情的になりがちな難しい問題を考える際に、客観性を維持できる」と述べています。
 第2章「どんな美人も三日で飽きる――男は『質より量』」では、「雌雄の行動の差異を解く鍵」として、「子供のために親が費やすすべてのもの――時間、エネルギー、危険」である「親的投資」を挙げ、「両性の親的投資にはなはだしい差異がある時、より大きな投資を行う側(ほとんど必ず女性)の方が価値ある『資源』となり、投資の少ない側(ほとんど必ず男性)がこれを追い求めることとなる」ため、「雄たちは雌を獲得するために互いに競争しあう傾向」があり、「雄の方は産まれてきた子供の養育にはあまり関与しなくてすむ」結果、「彼らは『解放』され、次の生殖の機会をとことんまで追求することができるようになる」ことを紹介しています。
 そして、スウェーデンのゴトランド島に住むシロエリヒタキという小さな鳥類に関して、「巣79中26、雛459羽中71羽を、つがい外交渉によるもの」であるという研究を取り上げ、「『父性におけるヴァリエーションによる淘汰』――すなわち、一部の雄が『人妻』とのEPCによって子孫を作ること――は、『つがいによる生殖の結果としての淘汰』よりも重要なものとなりうる」という結論を紹介し、「シロエリヒタキの間では、雄の生殖における勝利に至る主要なルートは、自分の『妻』との間に多くの子孫を作ることではなく、多くの『既婚』の『愛人たち』に子供を産ませること」であると述べています。
 また、単婚性の小型の鳥であるサバクヒタキの雌が受胎可能な時期に、その夫を24時間取り除くと、「隣接する雄の侵入回数とEPCの数は急増」するが、抱卵期に夫を取り除いてもこのような増加は見られないこと、侵入に成功する雄には「取り除かれた雄と比較した場合の侵入者の身体状況(体重、健康状態)」が良いという特徴があることから、「EPCを行うかどうか、そして実際に卵を受精させるのに成功するかどうかについては、雌の発言権が重要」であることを解説し、「一般法則として、優良な夫の妻はEPCを行う率が低く、優良な夫はあまり妻を見張る必要がない」ため、年長で魅力的な雄が、
(1)彼らは既婚のメスにとって、性的パートナーとして魅力的に映るらしい。
(2)彼らが魅力的であるが故に、自分自身の妻がEPCを行う可能性も低い。
の2重のアドヴァンテージを持っていると述べています。
 さらに、「多くの種(特に昆虫)において、ペニスは単なる精子搬入のためにパイプラインなど」ではなく、「単に精子を効率的かつ十分に注入することのみならず、それまでに競争相手らが残していった精子をすべて取り除くこと」を目的とし、「以前の雄の精子の全てを除去するための装置や仕掛けをしこたま装備したスイス・アーミー・ナイフ」であると述べています。
 この他、「雄が相手の性行為をハイジャックし、文字通りの精子競争を行う」という奇妙な例として、ドウクツコウモリムシと呼ばれる昆虫の雄が、「他の雄を襲い、精子と精液を相手の体腔に直接注入」し、「生き残った精子の一部は宿主の睾丸にまで到達」した後、「この雄が雌と交尾すると、先の襲撃者の精子の一部を雌に与えることとなる。すなわち、代理父となる」という例を紹介しています。
 著者は、「多くの雄にとっての決断」として、「EPCを求めるか、あるいは家で親をやるか」という「二つの選択肢の間のトレードオフ」、すなわち「交尾の努力(可能な限り多数の交尾を求める)対、親としての努力(すでに達成した交尾の成果を拡充するよう努める)」を挙げ、「一般に雄は、いずれにせよ見返りの多い方を選ぶ」と述べています。
 また、マガモやイエスズメ、一部の霊長類にみられる「複数の雄によるEPCの強要」の例を挙げ、「魅力的でもなく、それ以外にも利点のない雄」は「特に困難な状況」にあり、「たとえ雌とつがいになることに成功したとしても」、「彼らの妻はしばしば、より良い子孫を産むために、より魅力的な押すと隠れて交尾をする」のに対し、魅力のない雄は、「EPCを求めようにも、そもそも妻に浮気をされたのと同じ理由で、他の雌たちにも拒否されてしまう」ため、強姦がこのような「敗者」たちの生殖戦略である傾向が強いと解説しています。
 著者は、「進化生物学者の定説」として、「雄の性行動は子孫の数を増やす方に向かうのに対して、雌のそれは子孫の質を高める方に向かう。故にヒトの男は性的パートナーの数に向かい、女は質に向かうことになる」ことを紹介し、「このような男女の質と量への指向の違いがもっとも明瞭に浮き彫りになるのはEPCの領域である」と述べています。
 第3章「もっと優秀な精子を!――女は『量より質』」では、「夫以外の雄と交尾する雌」が持つ利点として、
(1)EPCによってより優れた子供を産むことができるという間接的な利点
(2)自分自身と子孫に物質的な利益を得られるという直接的な利点
の2点を挙げています。
 そして、雌のウが「一度に産む雛が比較的少ないとき」、イエスズメが「巣の中に夢精卵がある場合」に、「EPCを行いやすい」ことを挙げ、「雌は子育てがうまく行かない場合にEPCを行う率が高い」という共通点を挙げ、「EPCに耽溺する傾向は、単に一部の雌の問題ではない」と指摘しています。
 また、「生物界全体を通じて、雌は雄の欲する何か」すなわち「卵」を持っており、「ほとんど常に、雄は精子の提供を望んで――というか、熱望している」ため、「雌は、選択の余地がないほど精子の提供者に不自由するということはほとんどない」、という事実が、「EPCという現象を読み解くのに有効な事実である」と述べ、EPCが雌に、「さらなる選択」、すなわち、「もし必要とあらば、社会的パートナーとは別の、遺伝子的パートナーを選択できる」機会を提供していると述べています。そして、「非常に広範囲な種において、雌は自らの性的パートナーを直接選択しており、それもしばしば2個以上の雄を選んでいる」と述べ、このような行為が、「夫にばれたときに罰せられるという危険もあるが、うまく行けば非近交系の子供を得ることができる」と解説しています。
 さらに、「雌が独身の雄と交尾するのはきわめて稀」であり、「むしろ彼女たちは既婚者を選ぶ」理由について、「おそらく既婚者の方がより良い精子」と、「その他の資源を提供してくれるから」であろうと推測しています。
 そして、「雌にとって、1個の夫に落ち着くまでに多くの異なる雄をサンプリングする」という方法が、「非常にコストがかかるか、もしくは不可能である」ため、「彼女たちの『選択』は、ほとんどの場合、とりあえず出会えた相手とつがいになる、ということになりがちであるが」、「自分の夫よりも魅力的な雄に出会ってしまう」場合には、「二兎を追って二兎とも得る」という戦略をとると述べ、この戦略を、「逆回りのできない爪車」にたとえ、「雌は、最初の交尾を受け入れた跡で再び別の相手と交尾することになるかもしれないが、それは新たな交尾によって自分の子供の遺伝子的状況が向上する場合だけ」であると述べています。
 著者は、「雌は優秀な遺伝子を持つ雄とEPCを行う傾向がある」とした上で、「優秀な遺伝子」の意味を、
・当の雌からみて十分に異なっていること
・遺伝子の面で相補的であること、あるいは健康な遺伝子であること
と解説した上で、「もしもある特定の特徴(相称性、鮮やかな色彩など)が遺伝子の優秀さを示しており、その結果、これらの特徴を好むことが雌にとって進化的なアドヴァンテージになるとする」ならば、「雌は、他の雌からモテるという以外に何の取り柄もない雄を好むことによって利益を得られる」と述べています。
 第4章「戦略としての女の不倫」では、少し前までは、「一妻多夫」という言葉が、「1個の雌が『逆ハーレム』のような集団を形成するというきわめて稀なケースにのみ限定されていた」が、最近では、「見かけ上は一夫一婦制、あるいは一夫多妻制の家族システムでありながら、遺伝子的には一妻多夫である状況がありうる、ということが判明している。つまり、その見かけ上の社会システムがどうであれ、1個の雌が複数の雄と交尾しているということがありうる」と述べています。
 そして、チンパンジーの群れに関する研究として、「13例の母子のDNA分析が行われ、群内部の雄のDNAプロファイルと比較検討された」結果、「この13例のうちの7例について、郡内の雄全員が、父親である可能性を否定され」、「この7例の雌のいずれもが発情期に群を離れたことを確認されて」おり、「雌たちは近隣の群れに交尾相手を探しに行っていた」という事例を紹介しています。
 また、「夫が子育てに協力しなくなるかもしれないというリスク」が、雌にEPCを控えさせ、「特に両親が揃って子育てをする種」ではその傾向が強いことを解説しています。
 第5章「一夫一婦の起源とは?」では、「単婚」が「生物界に稀」であるが、「確かに存在する」のは、「それが役に立つことがあるに違いない」と述べています。
 そして、「繁殖にまつわる雄と雌の闘争の例」が、自然界には充ち満ちていると述べ、ミバエの雄が、「精子だけでなく、致死量に誓い化学物質のカクテルを一緒に注入」し、「この化学物質は、産卵を早め、他の雄に対する受容性を低め、すでに雌の生殖管内にいる他のオスの精子と戦う」ことで、「雄自身の繁殖の成功率を高める代わりに、雌の体を蝕む」ため、雌にとっては、「交尾そのものが彼女たちにとって危険」であり、「数多く交尾すればするほど、その寿命が縮む」ので、「雄は雌に単婚を強制し、雌は本来の性質がどうあれ、性的アヴァンチュールを嫌うようになる」と解説しています。
 また、「ほとんどの男性にとって一夫多妻制は災いであり、逆にほとんどの女性にとっては良い待遇である」として、「より多くの女性が、有力な成功者と関係を持つという選択肢を得られる」ので、「一般に単婚性は女性にとって利益であると考えがちであるが、実際には男性、とくに中位もしくは下位の男性にとって快適な制度なのである。単婚こそは男性を平等にする。家庭における民主主義の勝利なのだ」と述べています。
 第6章「『自然』なヒトの不自然な結婚」では、「単婚は他の動物にとって自然ではないように、ヒトにとっても自然ではない」と述べ、人の一夫多妻制の証拠として、
(1)ヒトの「性成熟差」と性的「二形性」
(2)男は常に女より暴力的である
(3)世界のどこにおいても、男は性的多様性に対する興味が女よりも強い
などの特徴を挙げています。
 そして、「性的に身持ちが悪いという評判の女は、自分はあまり選り好みしない女であるという信号を発している」ため、「女にとって短期的な性的関係を数多く持つということは、男にとっての同様の評判とは全く逆の交かをもたらす」として、「彼女が質的に低劣であり、長期にわたる魅力を持ち得ないことを公言しているに等しいのだ」と述べています。
 著者は、「ヒトが他の多くの生物から見て異常なのは、一夫多妻的傾向を持っているということではなく、多くのヒトが、少なくとも何らかの形の単婚を実践している」とともに、「セックスに関して、きわめて強い嫉妬を抱く傾向がある」ことを挙げ、このことが、「単婚制というものが長い間、不安定であったことを強く示唆している」と述べています。
 そして、オオツノヒツジや、アカゲザル、カニクイザル、チンパンジーなどの研究を紹介し、「ヒトの行動の中でもっとも醜いもののひとつ」である「配偶者虐待、妻に対する暴力や殺害など」が、「少なくとも部分的には、単婚から逸脱しやすいという普遍的な生物的特性に由来しているのかも知れない」と述べています。
 第7章「だからどうしたの?」では、「生物の単婚は生物学の問題」であり、「ヒトの単婚もそうではある」が、人の場合には、「心理学の、社会学の、人類学の、経済学の、法の、倫理の、神学の、文学の、歴史の、哲学の、そしてそれ以外のあらゆる人文・社会科学の問題でもある」と述べ、「人間という存在の、文字通りあらゆる領域に関わる問題なのだ」と述べています。
 本書は、誤解を受けやすいテーマを、生物学における研究の蓄積と、冷静な文章によって、ていねいに解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、そのテーマゆえに、訳書ではセンセーショナルな副題「ヒトはなぜ浮気をするか」をつけられ、表紙もそれに沿ったものになっていますが、これは邦訳に限らず、原書も「浮気」を連想させるデザインとなっていますが、せっかく興味本位ではなく面白く読める本なだけに、訳書はもう少しセンスのあるデザインにしてほしかったです。


■ どんな人にオススメ?

・人間は他の生物とは違うと思っている人。


■ 関連しそうな本

 David P. Barash, Judith Eve Lipton (著) 『The Myth of Monogamy: Fidelity and Infidelity in Animals and People』
 D・B・バラシュ (著), 桃井 緑美子 (翻訳) 『ゲーム理論の愉しみ方 得するための生き残り戦術』 2007年07月09日
 キム・ステルレルニー (著), 狩野 秀之 (翻訳) 『ドーキンス VS グールド』 2007年02月10日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 ジョン・メイナード スミス (著), 巌佐 庸, 原田 祐子 (翻訳) 『進化遺伝学』
 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日


■ 百夜百音

イエロー・サブマリン音頭【イエロー・サブマリン音頭】 金沢明子 オリジナル盤発売: 1982

 金沢明子といえば、ロウソクの前で歌っても炎がゆれない日東あられのCMを思い出す人が多いのではないかと思いますが、ビートルズの名曲もこんなになっちゃいました。クレイジーキャッツのアレンジャー萩原哲晶のアレンジが冴えますが、松本隆によるサビの最後の「潜水艦」がちょっと無理があります。


『Yellow Submarine Songtrack』Yellow Submarine Songtrack

2007年8月 3日 (金)

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す

■ 書籍情報

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す   【世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す】(#925)

  ジョセフ・E. スティグリッツ (著), 楡井 浩一 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  徳間書店(2006/11)

 本書は、前著『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』の続編的な位置付けとなる、「経済そのものと、経済システム構築のために政治がどう利用されてきたか」を題材として取り上げたものです。
 第1章「不公平なルールが生み出す『勝者』と『敗者』」では、本書が、「商品、サービス、資本、労働のフローが増加することにより、世界各国の経済がさらに緊密になる」という経済面の「狭義のグローバル化」を取り上げ、「グローバル化の利は、世界中で生活水準が向上する点にある」と述べています。
 そして、「実行すべき事柄」は山ほどあるとした上で、
(1)貧困の広がり
(2)対外援助と債務免除
(3)不公正な貿易
(4)ワシントン・コンセンサス
(5)環境の保護
(6)国際経済機関のガバナンスの欠陥
の6つの分野で、
・現時点で改革がどこまで進んだのか
・目標達成まであとどれくらいか
の2点について「国際社会が解明を求めている」と述べています。
 また、「過去150年間にわたり、政治力と経済力」の中核を占めてきた「国民国家」が、
(1)世界規模に拡大した経済の力
(2)権限の以上を求める国際政治の力
の2方面からの圧迫にさらされている、と述べています。
 第2章「発展の約束――ワシントン・コンセンサスの失敗から学ぶ」では、「グローバル化によって、東アジア諸国は貧困から抜け出すことができたが、「グローバル化を無条件で受け入れていたわけではなく、巧みに管理していたのだ」として、「東アジア諸国が成長と安定を同時に実現させた」と述べています。
 また、「重要なのは、個人個人の所得ではなく」、「国全体の生活水準」であり、「個人所得と生活水準は、似て非なるもの」であると述べています。
 そして、開発政策が成功するためには、
・市場
・政府
・個人
の3本柱に合わせて、
・共同体
という4本目の柱が必要であるとして、バングラディシュの「グラミン銀行」の事例を取り上げています。
 第3章「アメリカを利する不公正な貿易システム」では、北米自由貿易協定(NAFTA)が「期待に添えなかった原因を理解することは、貿易の自由化が失望をもたらした原因を理解する一助となる」として、NAFTAが、「関税を撤廃する一方、非関税障壁が丸ごと存続することを容認した」ことを指摘しています。
 また、WTOについて、「最も重要なのは、史上初めて実効的な――もちろん限定的ではあるが――強制メカニズムが盛り込まれた点」であるとして、「違反によって被害を受けた国は、加害国に貿易制限措置で報復することが許される」ことが、「驚くほどの効果を挙げた」と述べています。
 さらに、「多国間貿易自由化交渉の時代は、終わりを迎えつつある」として、途上国が幻影を捨て去り、先進国にも保護主義の機運が高まっていることを指摘しています。
 そして、アメリカにおいて、「巨額の軍事支出を正当化する理由の一つとして、各業界にもたらされる利益が臆面もなく語られる」ことについて、「軍事支出の隠れ蓑の下で、非効率な産業政策を遂行できる」ことを指摘するとともに、アメリカが悪用している非関税障壁として、
・セーフガード
・ダンピング課税
・技術的障壁
・原産地原則
等を挙げています。
 著者は、「わたしはいまでも希望を捨てていない」として、「世界は遅かれ早かれ――早い方が望ましいが――より構成で親・開発的な貿易体制の創出にとりかかるはず」であると述べています。
 第4章「知的財産権を強化するアメリカの利権集団」では、欧米の製薬企業が独占価格を維持する限り、「途上国では、一握りの人々しか薬を得られないという状況が続く」が、既存の救命治療薬の入手性を飛躍的に高めるには、
(1)医薬品を原価で:先進国が自国の製薬企業に対する課税権を"放棄"し、その代償として、途上国が特許を使うことを製薬企業に認めさせる。
(2)特許の強制実施:特殊事態で技術屋衣料品へのアクセスが緊急に必要なとき、政府は特許の強制実施権を発動することができる。
(3)研究資金の調達:大部分の研究資金は、先進国の政府と財団に頼るしかない。
の3つの改革を実行する必要があると述べています。
 また、国際舞台におけるガバナンスが抱えている欠陥として、
(1)途上国の声がほとんど反映されない。
(2)利権集団の声が反映されすぎる。
の2点を指摘しています。
 第5章「天然資源の収奪者たち」では、「有資源国の二大課題」として、
(1)資金を有効に利用すること
(2)資金を適時に利用すること
の2点を挙げた上で、3つ目の課題として、北海油田の代金としてドルが流れ込んだことで、自国の製品が国外での競争力を失った「オランダ病」を挙げています。
 第6章「汚染大国アメリカと地球温暖化」では、今日と議定書の枠組みにとどまり、それを成功させるには、
(1)アメリカを参加させるためには途上国も含めないといけないが、その際には、途上国用の目標を設定する公平なシステムを作る必要がある。
(2)合意が得られた一連の目標を実行させる何らかの方法を見つける。
(3)目標遵守を容易にさせる排出削減のコスト削減の方法を探る必要がある。
の3つの問題に対処しなければならない、と述べています。
 また、「地球環境問題を解決できなければ、経済のグローバル化を成功させてもほとんど何の役にも立たない」が、「グローバル化と経済発展によって、私たちはそれらの資源を容赦なく搾取する能力を、管理する能力を養うより速いペースで高めてきた」と指摘しています。
 第7章「多国籍企業の貪欲――グローバルな独占を阻止する」では、「問題は、どうすれば確実に、途上国がもっと少ないコストで、もっと多くの利益を得られるか」であるとして、
(1)BSR運動
(2)グローバルな独占を阻止する
(3)経営陣に刑事責任を
(4)集団訴訟を可能にする
(5)銀行の秘密主義を規制する
の5項目からなる提案をしています。
 第8章「債務危機への道すじ――借りすぎか? 貸しすぎか?」では、「問題のありかは明白」であり、「途上国は過剰な借入れをして――あるいは過剰な貸付をされて――いるばかりか、二次的な金利の上昇や為替相場の変動、所得の減少など、ほとんどあらゆるリスクを負わされている」と指摘しています。
 そして、アルゼンチンが、「IMF式の緊縮財政もなく、債権者への返済のために国から金が流出することもなく、通貨の大幅な切り下げに助けられて」、「3年間で8パーセント以上の成長を成し遂げ」、同時に「財政赤字を好転させて見せさえした」として、「もしアルゼンチンがワシントンに金を送り続け、IMFの指示を受け入れ続けていたら、ほぼ確実に、ずっと悪い状況になっていただろう」と述べています。
 また、主権国の破産の問題に関して、
(1)先進国が損害を与えないこと。
(2)反景気循環的な貸付への回帰
(3)借入れリスクの削減
(4)ひかえめな借入れ
(5)国債破産法の枠組み
の5つの改革が必要な点を指摘しています。
 著者は、「債務返済を果たす上での多くの難題は、途上国側の失策からではなく、世界の経済・金融制度の不安定さか生じている」として、「リスクを分担して債務問題を解決する有効なメカニズムの必要性」を説いています。
 第9章「外貨準備ステムの崩壊と『ドル大暴落』」では国際金融システム安定化のための「驚くほど簡単な解決策」として、「準備金として機能する新たな不兌換紙幣(ケインズは"バンコール"と名づけた)を国際社会が提供する」ことを挙げ、1997年の東アジア通貨危機をきっかけに、日本が提案した「アジア通貨基金の創設」の構想を取り上げ、「東アジア地域での影響力低下を恐れるアメリカとIMF」が「あらゆる手をつかって」つぶしにかかったと述べています。
 第10章「民主的なグローバリズムの道」では、「グローバル化はそもそも、すべての国、すべての人に、未曾有の恩恵をもたらすはずだった」が、「先進国、発展途上国、両方の側から烈々たる怨嗟の声を浴びるに至っている」ことについて、「グローバル化を本来あるべき姿に近づけるために、どう再創造していけばよいか」と述べています。
 そして、「グローバル化をうまく機能させるためには、考え方を変える必要がある」として、「もっとグローバルにものを考え、行動しなくてはならない」が、「今日、そういうグローバルな帰属意識をもつ人があまりに少なすぎるようだ」と指摘しています。


■ 個人的な視点から

 本書のタイトルやおどろおどろしい表紙だけ見ると反グローバリズムの本なのかな?と少し不安だったのですが、中味はスティグリッツ先生らしい落ち着いていて力強い内容だったのでホッとしました。
 ちなみに原書『Making Globalization Work』の表紙はこんなに恐そうではありませんし、内容に即しているように感じます。


■ どんな人にオススメ?

・「グローバリズム」というと活動家のスローガンのようなものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 Joseph E. Stiglitz 『Making Globalization Work』
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)』 2006年08月15日
 ラグラム ラジャン, ルイジ ジンガレス (著), 堀内 昭義, 有岡 律子, アブレウ 聖子, 関村 正悟 (翻訳) 『セイヴィング キャピタリズム』 2007年07月12日
 ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
 アビナッシュ・K. ディキシット (著), 北村 行伸 (翻訳) 『経済政策の政治経済学―取引費用政治学アプローチ』 2005年02月06日


■ 百夜百マンガ

なつきクライシス【なつきクライシス 】

 ヤングジャンプに連載されている空手マンガと言えば『押忍!!空手部』みたいなのを想像しちゃうのですが、オタクっぽいというか『バスタード』っぽい絵が印象的でした。今何描いてるんでしょうか。

2007年8月 2日 (木)

アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん

■ 書籍情報

アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん   【アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん】(#924)

  橘木 俊詔
  価格: ¥1155 (税込)
  朝日新聞社(2006/08)

 本書は、「格差拡大、社会保障不安、失業問題、若者の苦悩、少子・高齢化、女性の生き方といった諸問題」について、アメリカとヨーロッパの「取り組み方法、すなわちアメリカとヨーロッパの経験を対比することによって、どちらの政策が日本にとって参考となるかを詳細に議論」したものです。
 第1章「アメリカとヨーロッパ 対照的な社会構造」では、戦前にアメリカの影響力がヨーロッパよりも小さかった理由として、
(1)明治・大正期にあってはアメリカよりもヨーロッパ諸国(特に英仏両国)が政治的にも経済的にも強かったし、世界に眼を開いていた。
(2)第1次世界大戦を契機にして、アメリカ経済は発展を遂げて強力なものになったが、自国の経済発展に集中する傾向があったので、対外進出にはそれほど乗り気ではなかった。
(3)政治的にもアメリカは「モンロー主義」の言葉で代表されるように、外国からの干渉を排除する代わりに、自国も他国に干渉しない伝統を持っていた。
の3点を挙げています。
 また、アメリカとヨーロッパの共通点として、
(1)欧米ともに自由主義、民主主義、資本主義を原則としている。
(2)欧米諸国に住む大半の人々は、それ以外の諸国にすむ人たちよりも経済生活は相当に豊かである。
(3)教育水準や科学水準が高く、高い生産性の一つの理由であるとともに、文化水準が高く、政治や社会の安定度も高い。
(4)中心となる宗教はキリスト教である。
(5)個人の自立が重要な人生上の規範となっている。
の5点を挙げるとともに、その差異として、
(1)アメリカは自立の精神が強く、ヨーロッパは個人レベルでの相互依存の精神が強い。
(2)政府に対する期待度と政府の規模の差。
(3)アメリカは経済成長を優先させるのに対して、ヨーロッパは経済成長が第一の目標ではない。
(4)アメリカは市場原理尊重・弱肉強食是認であるのに対して、ヨーロッパは公共政策尊重・ある程度の平等志向である。
の4点を挙げています。
 第3章「それでもお金持ちになりたいか」では、「お金だけがすべてではない」ことを主張する根拠として、「日本人の精神的伝統としての『清貧の思想』」を挙げ、「ごく普通の凡人として生まれた我々に、才能豊かな文人の生き方を真似せよというのは無理なことである」が、「決して豊かではないが、つつましやかな経済生活を欲することは、非人間的ではない」と主張しています。
 第4章「年金改革の切り札は『税方式』だ」では、「公的年金制度を基礎年金部分に限定し、2階部分は積み立て方式の民営化でよい」とする年金制度を提案し、具体的には、
(1)公的年金はすべての国民を対象にして、1階部分の基礎年金を一定額支給する。
(2)現存する2階建て部分は、積み立て方式による民営化に委任する。したがって、加入するしないの自由がある。
(3)基礎年金給付のための財源は全額税収を充てる。
(4)そのための税として累進消費税を導入する。
(5)年金目的消費税を第一歩として導入し、制度が落ち着いたとき時期を見て一般税収に移す。
(6)もし徴税技術が可能になれば、累進消費税から累進支出税に移行する。
(7)現在ある保険料の積立金約140兆円は、ほぼ全額を給付額として保険加入者の積立金額に応じて還元する。
の7点を挙げています。
 第5章「フリーターが日本を滅ぼす」では、「初めて就職する人たちの年齢が先延ばしされる傾向」について、経済学からの理由付けとして、
(1)親の経済が豊かになってきたので、子供を長い教育機関につかせることが可能になった。
(2)できるだけ上級学校に進学することが、社会に出てからさまざまなメリットを享受できるのではないか、とする通念がある。
の2点を挙げています。
 また、企業にとっての非正規労働者のメリットとして、
(1)賃金費用の節約に役立つ。
(2)企業の業績に連動させたバッファー(緩衝材)として利用できる。
(3)社会保険料の事業主負担が節約できる。
などの点を挙げています。
 さらに、「教育に関することにおいて子供がどれだけの勉強意欲があるかの差が、階級分化と関係がある」として、「上層階級の子弟は親の家庭の雰囲気からして、高い教育を受けたいとして勉学・学習に熱心に取り組む可能性が高い」一方で、「非上層階級の親は経済的に豊かでないだけに、日頃から働くことに時間を奪われて、子どもの教育にまで関心が及ばない可能性」がある上、「子供においても高い向上心をもたないかもしれない」として、「階級ないし階層の再生産が教育を通じてなされるとする考え方の一端」を紹介しています。
 第6章「なぜ弱者(貧困者)を助けないのか」では、OECDによる貧困の定義、すなわち、「各国の中位所得の50%にある所得以下にいる人」という定義を紹介し、日本が、OECD諸国の中で、メキシコ、アメリカ、トルコ、アイルランドに次いで5番目に高い貧困率の国であることを紹介しています。
 また、貧困者が増加した理由として、
(1)ここ10~15年の経済不況
(2)高齢単身者の貧困がもっとも深刻。
(3)母子家庭の増加による影響。
(4)若年層における2極化現象。
(5)労働者の中で非正規労働者が激増。
(6)最低賃金制度の不十分さ。
の6点を挙げています。
 さらに、生活保護制度に関して、日本の水平的効率性の低さを、「要生活保護支給対象者の把握の程度が低いということと同義である」として、日本で補足率が低い理由として、
(1)経済支援者として家族と親族に多大の期待がかかっている。
(2)生活保護を受けるための資産保有の状況などの資格審査(ミーンズ・テスト)が厳しい。
(3)国民に恥の感情がある。
の3点を挙げ、「現実には生活保護支給を受けてよいほどの貧困でありながら、それを受けている人の割合は、わが国ではほんの十数%に過ぎない」という報告を紹介しています。
 第7章「十分ではない失業保険」では、日本の最低賃金制度が「きわめて不十分にしか機能していないこと」を指摘し、「なぜ不十分なままに運営されてきたのか、それらの理由を探求し、かつ制度改革がありうるかどうかを検討」しています。
 第8章「少子社会を反転するには」では、「決定的に重要なこと」として、「2人目も生むような環境にない現状を、2人目も進んで生めるような状況にすること」であるとして、2人目を諦める理由として、
(1)1人の子供の出産・育児が大変なことであると経験によって認識する。
(2)働いている女性に特有なこととして、1人目の育児休業を取得したことにより、自分の将来の職業生活に不安を抱く場合が多い。
(3)1人の子供を育てるのに相当なお金が必要なことがわかっている。
の3点を挙げています。
 第9章「働く女性をどうサポートするか」では、「専業主婦誕生と、それへの願望の原因」として、
(1)夫の所得だけで家計が賄えるので豊かである。
(2)農業や商業に従事することや、工場で働くことは労働条件が過酷なので苦痛である。
(3)郊外の家屋に住んで家事と子供の養育に専念できる。
の3点を挙げ、「夫が都市部のオフィス化工場で働き、妻は郊外の家(できれば集合住宅ではなく一戸建て)に住んで家事と育児に専念する」という「いわゆるサラリーマンと専業主婦の世界」が「ひとつの夢」であったことを解説しています。
 そして、男女ともに再び専業主婦への願望が高まっていることの理由として、
(1)女性が子育てをしながら仕事を続けることは、精神的にも肉体的にもきついことに男女ともに気づくようになった。
(2)15年も続いた大不況によって、本人の就きたいと希望する仕事を見つけることが多くの若者にとって困難になっている。
(3)一部に高額所得者が目立つようになって降り、そういう人と結婚すれば自分は働く必要がないと思う若い女性が増加した。
の3点を挙げ、「何がなんでも、あるいはきつい仕事にどうしてもつかねばならない、といった意識が若者の間にやや薄れつつあるのではないか」と述べ、政府による国民への生活満足度を問うたアンケート調査の結果として、「最も満足度の高い女性は、高学歴の専業主婦で夫の所得が高い人」という結果が示されていると述べています。
 第10章「ヨーロッパ型の社会がお手本である」では、「日本国民にはアメリカ型の社会を目指すのか、それともヨーロッパ型の社会を目指すのかを選択する機会が与えられていない」として、「どのような社会を日本は目標としたらよいのか、国民的な議論が沸騰することを期待したい」と述べています。
 本書は、日本社会が抱える問題について、解決のための議論の糸口を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 タイトルは、「アメリカ」が出てくるのですが、結論としてはヨーロッパを志向しています。確かに、「ヨーロッパ型社会を目指す!」とかではインパクトがないですが、こういう本だとタイトルのつけ方も難しいと感じました。


■ どんな人にオススメ?

・日本の将来の社会の姿を考えたい人。


■ 関連しそうな本

 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
 橘木 俊詔, 森 剛志 『日本のお金持ち研究』 2006年06月13日


■ 百夜百マンガ

アカンベー【アカンベー 】

 何しろ主人公がマクラっていうのは、落語の原則から言ってありえませんが、あんまりそういう設定は気にせず読んでた気がします。

2007年8月 1日 (水)

ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図

■ 書籍情報

ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図   【ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図】(#923)

  神野 直彦, 澤井 安勇 (著)
  価格: ¥2730 (税込)
  東洋経済新報社(2004/1/30)

 本書は、「自立的な市民層の社会的活動を中心にすえて、近未来のわが国社会の構図を描いてみよう」ということをテーマとしたものです。著者は、今後、「これまで相対的に弱体だった市民セクターの強化に社会を挙げて取り組むことが緊要の課題で」あり、「まだ未成熟な市民社会組織や弱体化の著しい地域コミュニティの強化・再生などを通じて、ようやく兆候の見えてきた自立的市民社会への狭い道を広げていくことが必要であり、それが実現した政治・社会状況こそ、本書で言う『ソーシャル・ガバナンス』の世界である」と述べています。
 第1章「ソーシャル・ガバナンス」では、「市場の失敗」と「政府の失敗」を克服する道こそが、ソーシャル・ガバナンスの道であり、「ソーシャル・ガバナンスとは『政府の失敗』を再市場化によって克服しようとする新自由主義への対抗戦略と言うことができ」、「市民社会を強化することによって克服しようとする戦略」であると述べています。
 そして、「社会システムが社会の構成員の自発的協力によって実施する機能」として、
(1)社会の構成員が相互に助け合う相互扶助機能
(2)社会の構成員が共同の困難を解決するために実施する共同事業
の2点を挙げ、「相互扶助を目的とする機能集団」である「自助組織」について解説しています。
 また、「ソーシャル・ガバナンス」を、「社会システムが新しい開かれた共同体として、自発的に再組織化されること」であり、「国民が広く参加する国民運動として、ボランタリー・セクターが活性化していくことを基盤としている」と述べています。
 さらに、「アソシエーション」を、「市民社会を構成するための不可欠な要素」であるとした上で、「デモクラシーが再生するには、表決型から対話型へとそのあり方が変らなければ」ならず、「対話型デモクラシーを支えるには、『公』を担う社会アクターとしてのアソシエーションが豊富に存在することが重要である」と述べています。
 著者は、「現代のガバナンス概念」を、「全体社会を構成するさまざまな社会的アクターの相関構造・相互作用関係によって形成される秩序関係または統治システムの発現パターン」という「相対的関係論として語られることが多くなった」と紹介しています。
 第2章「欧米諸国における市民社会組織の機能と役割」では、スウェーデンにおける非営利活動の主体である「フォレーニング」と財団、フランスにおいて、100年以上も前から活動している「アソシアシオン」、アメリカを中心とした諸外国における市民組織の活動状況などについて紹介した上で、サラモンとアンハイアーによる非営利セクターの類型として、
(1)コーポラティスト型:政府支出も非営利セクターも大きい。
(2)社会民主主義型:政府支出は大きいが非営利セクターは小さい。
(3)リベラル型:政府支出は小さいが非営利セクターは大きい。
(4)ステイティスト型:両者とも小さい。
の4つを紹介しています。
 そして、「国家・市場・コミュニティの3領域にまたがる第3セクターの一部として位置づけられる」「ソーシャル・エコノミー」について、その特質として、
(1)社会的目的を有するため利潤最大化を行動原理とせず、民主的経営参加を行うため経営参加が資本の所有に基づかない点において、市場領域のアクターと異なる。
(2)強制性より自発性、全体性より個別性が強調され、かつ民主的な意思決定を行いやすい点において国家領域と異なる。
(3)地縁・血縁に基づく継続的関係によらずに財・サービスの提供を行う点においてコミュニティと異なる。
の3点を挙げ、その課題として、
(1)現実には常に市場領域や国家領域との緊張関係や依存関係をはらんで存在している。
(2)過度の外在的期待が存在する場合には、その自立性・自発性が損なわれやすい。
の2点を挙げています。
 第3章「わが国における市民社会組織の現状と課題」では、「任意参加型市民社会組織のイメージ」として、
(1)市民社会に貢献する活動を行う、政府および関係行政機関でも企業法人でもない組織であること。
(2)市民の自由意志による参加で結成された組織で、かつ、民主的な運営が確保されたものでなければならない。
(3)最小限必要な社会的責任を担えるだけの組織実態と運営ルールを備えている。
の3点を挙げています。
 また、「市民自治や市民活動の単位としての公共圏域」という視点が重要になった理由として、
(1)公共政策の担い手として、個々の市民や市民組織、法人市民としての企業など多種多様なアクターが参加することが要請され、現実にそのような状況が急速に進展しつつある。
(2)経済活動などに対する規制の廃止・緩和などの政府規制改革の課題。
(3)市民組織、なかでもNPOやボランティア組織などの市民活動組織が、自治体の行政区域や国家の領域を超越して、自由に活動領域を展開しうることをその本質とする。
 さらに、「市民活動団体が地域社会のソーシャル・ガバナンスにおいて果たす主な役割」として、
(1)社会的課題の発見
(2)社会的課題の解決に向けての他者への働きかけ
(3)社会的課題の解決に向けての自主的取組み
(4)社会的課題の解決に向けての関係者調整
の4点を挙げています。
 本書は、新しい社会の構図として、著者らが思い描く姿を、多くの執筆者が思い思いに自由に伸び伸びと語っている一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ソーシャル・ガバナンス」という理念がちょっと広すぎるのか、まとまりがなくなってしまったというか、1冊の本にするには収まらないような印象を受けました。
 もう少し、執筆者数を絞り込んで、個々の分量を増やした方がインパクトがあったかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・新しい市民社会の姿を模索している人。


■ 関連しそうな本

 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 神野 直彦, 井手 英策 『希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』
 神野 直彦 『地域再生の経済学―豊かさを問い直す』
 神野 直彦, 池上 岳彦 『地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較』 2007年06月01日
 上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
 D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日


■ 百夜百マンガ

奈津の蔵【奈津の蔵 】

 テレビドラマになった『夏子の酒』の続編です。時代を遡った続編というのは、時代設定はしやすいかもしれませんが、元の作品と辻褄をつけるのが難しいかもしれません。『北斗の拳』と『蒼天の拳』とか。

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