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2007年9月

2007年9月30日 (日)

和風旅館建築の美

■ 書籍情報

和風旅館建築の美   【和風旅館建築の美】(#983)

  宮本 和義
  価格: ¥1628 (税込)
  JTB(1996/07)

 本書は、旧宿場や温泉など、日本中で営業を続けている旧い和風旅館を紹介しているものです。
 
「竹林院群芳園」吉野山(奈良県)
 本館の大屋根の、「こんなスケールのある煙出しは、他に見たことはない」という高く大きな煙出しや、江戸期の絵師の描いた贅沢な襖絵などを紹介しています。一方で、「よく見ると、襖は傷みがあって、ここでも保存の難しさに行き当たった」と指摘しています。
 
「起雲閣」熱海温泉(静岡県)
 「船成金」と呼ばれ、後に鉄道、農林大臣を歴任した政治家・内田信也の別荘であった大正5年の和風の別荘建築と、富国生命、東武鉄道、根津美術館の創設者である根津嘉一郎の別荘であった大正10年の洋風建築からなり、戦後、金沢の白雲楼ホテルの経営者が、進駐軍にホテルを接収されてしまったために、熱海で根津別荘を引き継いで旅館を起こしたことが解説されています。ただし、2000年からは熱海市の所有になり、熱海市指定有形文化財として、一般公開されています。
 
「福住楼」箱根(神奈川県)
 伝説のように伝えられている名物女将「長谷川まつ」について、嘉永2年に商家の娘として生まれたが、家業が潰れたために、東京柳橋の芸者になり、後に身請けされ、箱根で宿を経営するに至ったこと、最初の店は、現在の場所より上流だったが、明治43年の洪水で一切を失った後、現在地で再開、福沢諭吉、夏目漱石、島崎藤村、川端康成などに贔屓にされたことが紹介されています。
 また、客室の表札や襖の七宝の引き手が盗まれてしまったことがあること、建築好きの先代が、障子、欄間、壁、天井などあらゆるところに質の高い、凝った意匠を施したため、建物の維持の苦労はつきず、木造三階建ての重みで襖や障子の開け立てが不自由になることなどが紹介されています。
 
「奈良屋旅館」箱根(神奈川県)
 廊下や柱、敷居、手摺、障子の桟などを、年に一度、手ぬぐいで作った袋におからを詰めたもの(おからは豆腐店からトン単位で購入)で力を入れて擦って掃除していること、お客様からの苦情でやむなくエアコンを設置し、「壁に穴を開けなければいけないし、涙が出るほど悲しかった」ことなどが紹介されています。
 旅館としては、平成13年5月20日に閉店し、300年の歴史に幕を下ろしましたが、平成19年9月23日に「NARAYA CAFE」として営業を開始しています。
 
「積善館」四万温泉(群馬県)
 元禄4年(1691)の竣工で、本館の梁や柱も300年前のものがあり、「現存する湯宿では最古のものと思われる」と紹介されています。
 
「能登屋旅館」銀山温泉(山形県)
 江戸時代初期に銀鉱があって繁栄した温泉。「温泉街全体のシンボルといえる高楼」は、「正面に立つと五重塔のようにも見える」と、正面からの写真が紹介されています。
 
「強首 樅峰苑」強首(秋田県)
 代々、135万坪を有する大地主であった小山田家の屋敷を昭和41年に旅館に転用したもので、建物は、大正3年の強首大地震で旧建物が倒壊し、大正6年に竣工したもので、高さ15mの入母屋造りで、「まさに変化に富む豪農の館である」と紹介されています。
 
「伊勢屋」奈良井宿(長野県)
 中山道木曽十一宿の中で、「奈良井千軒」と呼ばれた最大の宿場。二階をせり出した「出し梁造り」で、この辺りの典型的な建築様式である「漆喰塗りの袖宇達、庇をおさえた猿頭と呼ばれるサン木」などが見られると解説されています。
 
「旅籠 大橋屋」赤坂宿(愛知県)
 東海道36番目の宿場であった赤坂宿が、明治22年の鉄道開通で急速に衰退し、開通当時64軒営業していたうち、今日まで残ったのは大橋屋のみであることが解説されています。慶安2年(1649)の創業、建物は正徳6年(1716)の竣工で、広重の東海道五十三次の赤坂の画に描かれており、当時は「伊右衛門鯉屋」を屋号を名乗っていたことが紹介されています。
 
「料理旅館 鶴形」倉敷(岡山県)
 著者は、「倉敷の残された甍の家並みを見る度に、日本中にあった同じような町並みを壊し、国籍不明の家並みを造った愚かな人々を呪う気分になる」と述べています。
 
 この他、巻末の座談会では、旅館建築の魅力として、「手摺りとか、書院の組み木とか、欄間とか、ちょっとした引き手の部分の彫金の細工とか、博物館へ行ったら、もう手を触れちゃ困りますよ、っていうようなものに直に触れられる」ことや、「一流ではない、一流藩建築の面白さ」があり、「それを実用に供しているところ」などが挙げられています。
 本書は、温泉好きや和風建築マニアさんはもちろん、普段は目にすることが少ない、江戸や明治の日本を追体験してみたい人にお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されているうち、元が別荘であったり、本陣であったりなど、元々上流階級向けの建物は旅館となった現在も1泊2日で2~3万円するのでなかなか手が出ませんが、元が旅籠であったり、湯治場であったりしたものは現在でも安く泊まれるようです。ただしサービスもそれなりのもののようですが。つげ義春好きの人にはこういうところのほうが向いていそうです。


■ どんな人にオススメ?

・ひっそりと残された江戸や明治を体験したい人。


■ 関連しそうな本

 宮本 和義, 鈴木 喜一 『旅泊の空間―日本旅館建築新発見紀行』
 山口 広, 日大山口研究室, 宮本 和義 『近代建築再見―生き続ける街角の主役たち』
 日本旅行作家協会 『和風木造りの宿』
 つげ 義春 『貧困旅行記』
 つげ 義春 『つげ義春の温泉』
 つげ 義春 『つげ義春旅日記』


■ 百夜百音

BEAUTIFUL BALLADE~20th Anniversary Super Ballad Single Best~【BEAUTIFUL BALLADE~20th Anniversary Super Ballad Single Best~】 徳永英明 オリジナル盤発売: 2006

 いつの間にか、20年選手のベテランになってました。もやもや病という病名をこの人ではじめて知った人が大多数だと思います。

『シングルコレクション(1986~1991)』シングルコレクション(1986~1991)

2007年9月29日 (土)

KJ法―渾沌をして語らしめる

■ 書籍情報

KJ法―渾沌をして語らしめる   【KJ法―渾沌をして語らしめる】(#982)

  川喜田 二郎
  価格: ¥8971 (税込)
  中央公論社(1986/11)

 本書は、「KJ法」の産みの親である著者自身が、進化し続けるKJ法を「KJ法1986年版」という位置付けで総括した一冊です。著者は、KJ法の「最も大きな特色」は、「混沌をよく見つめ、そこから取材し、そうして『混沌をして語らしめ』」ることであると語っています。
 第1章「序論」では、著者がKJ法の創案を迫られた痛切な必要として、
(1)私の仕事のため
(2)私の生活のため
(3)現代の危機の打開のため
の3点を挙げています。
 そして、データをまとめて判断をする場面においては、「正直にデータをして語らしめねばならない」と述べ、「正しい判断に到達するには、『こうに違いない』『これがよいのにきまっている』『こうあってほしい』などという既成概念や通念や希望的観測を、初めから現実に当てはめて、判断を曇らされてはならない」と、このような姿勢や態度を「アテハメ主義」「アテハメ思想」と名づけ、「今日の世界に惨害を流しているのは、このアテハメ思想なのである」と述べています。
 第2章「人間行為の首尾一貫性」では、人間やチームにとっての一仕事の構造を、
(1)問題提起
(2)情報集め
(3)整理・分類・保存
(4)要約化
(5)統合化
(6)副産物の処理
(7)情勢判断
(8)決断
(9)まとめの計画
(10)手順の計画
(11)実施
(12)結果を味わう
の「一仕事の12段階」に配置しています。
 そして、「問題解決の3つの大きなプロセス」として、〔判断→決断→執行〕という流れを挙げ、「物事をやってのけるには、その主題をめぐり、(1)まず判り、(2)次に肚をきめ、(3)最後に手を下す、ということである」と解説しています。
 著者は、「人間にとって、行為の首尾一貫性は驚くべき根源的重要性を持っている」にもかかわらず、文明はその首尾一貫性の維持に失敗し、その最も重要な原因は、「問題解決の方法論の不均衡な発達」であり、「特に判断プロセスの方法論の発達が今日まで取り残されてきた点」であると指摘し、「この隘路を打開」し、「それに科学的方法と実技を提供したのがKJ法なのである」と述べています。
 第3章「W型問題解決のプロセス」では、「データをして語らしめる」ことと「事実をして語らしめる」ことの違いとして、「事実をわれわれは観察し、記録する。それがデータなのだ」と述べ、「知ることができるのは、(1)データと、それを獲得するに至った(2)方法・手段だけなのである」と解説しています。
 また、〔判断→決断〕は「算術の四則演算に似る」として、「状況把握は〔足し算→掛け算〕つまり加乗のようなもの。情勢判断は、〔足し算→掛け算→引き算〕すなわち加乗減のようなものなのだ。そこで、決断とは、加乗減を踏まえて最後に割り算を行うようなものである」と述べています。
 第4章「協議のKJ法一ラウンド」では、「最も基本となるKJ法の一巡工程」である「一ラウンド」の手順について、まず取材活動で定性的データが集められた上で、
(1)ラベルづくり
(2)グループ編成
(3)図解化(またはA型、A型図解化)
(4)叙述化(またはB型、B型叙述化)
の4ステップを順次踏んで完了すると解説しています。
 そして、「ラベルづくり」の最も肝要な心がけは、「各一枚のラベルが、一つの「志」を持つように書け」というものであると述べています。
 また、「グループ編成」は、さらに(1)ラベル拡げ、(2)ラベル集め、(3)表札づくり、の3つの小ステップに分けられることを解説しています。このうち、「表札づくり」については、問題は、ラベル集めによって作られた「一セットの内容を、どのように要約すればよいかという点にある」と述べ、「実に簡単なことのようにみえて、KJ法一ラウンドの諸作業中、最も難しい作業」であり、「この作業が的確であるか否かで、一ラウンドのまとめの成否が最も決定的に左右される」と述べています。
 「図解化」については、模造紙などの大きな紙の上に、グループ編成した紙束のラベルを空間配置し、「島どり」し、島の間の関連付けを行っていく手法を解説しています。
 さらに、「図解化が完成すると、作った人は今までの混沌の闇から一挙に解放されたかのような解放感に充たされ」、そこで「できた!」と叫ぶが、「この図解化を踏み台にしてさらに叙述化をしないと、本当に配置ラウンドが終わったことにならない」と述べています。
 この他、各ステップに対する注意点として、「ラベルづくり」は「ひとつのラベルはひとつの志を持つように記せ。ふたつ以上の志があるのはラベルづくりではない」こと、「表札づくり」に関しては、「理屈を考えるところから出発するのではなく、受けとめた完成から出発するのが自然というものである」こと等を解説しています。
 第6章「KJ法のグループ作業」では、「トランプ」というニックネームが付いた「グループKJ法」の作業のやり方を解説しています。
 また、「KJ法」という名称について、それまで「紙キレ法」と呼んでいたものを、ある会合に出席していた梅棹忠夫氏が、「この名称を改めよ」と注意し、解説パンフレットの隅に書いてあった著者のイニシャル「KJ」にちなんで「KJ法」という名を示唆したことが述べられています。
 第7章「取材の方法」では、「いかに取材ネットを打てばよいか」を意味する「探検」について、
(1)360度の視角から
(2)飛び石伝いに
(3)ハプニングを逸せず
(4)なんだか気にかかることを
(5)定性的に捉えよ
の5点を挙げ、「探検の五原則」と説明しています。
 また、取材に関して、「話題を提供した上で、『存分に好き勝手に語ってください』という方法をとれば、人間は喜んで答える傾向がある」と述べ、常滑市の青年会議所が、都市計画を作るためのフィールドワークで意見を求める中で、「漁民のあるおじさんは、『われわれのところまで意見を聞きにきたのは、あなたがたが初めてじゃ」と喜んで、とりたえのアワビを出してくれ、茶碗酒をついでもてなしてくれた」というエピソードを紹介しています。
 また、「探検ネット」は、「見かけが幾分KJ法のA型図解に似ている」が、探検ネットは、「野菜の仕分陳列」にもあたり、「遥かにスピーディーに楽に行える」反面、「データは本当には高度に活用」されず、「料理以前」であるのに対し、「グループ編成も空間配置も関係線も厳正なA型図解は、各種材料の持ち味を活かしきった調理済みのお料理である」と、その違いを明らかにしています。
 第8章「探検ネット再論――KJ法の実務化」では、探検ネット一ラウンドを、
(1)ラベルづくり
(2)ネットづくり
(3)統合図解化
(4)叙述化
の4つのステップに分けて解説しています。
 また、探検ネットをKJ法は、「根はひとつ」であり、「両者は発達の過程で分化した双子の兄弟と見ることができる」と述べ、「両者に独立した人格を認め、その上で連動させて活用すれば、両者ともに活かされることになる」と解説しています。
 第9章「会議討論法」では、ある組織において、幹部会で定例的に3年越しで論じられた重要問題に関して、著者が、過去の議事録を素に「僅か3枚のシートの図解」にまとめ、100名近い幹部会で20分ほど説明し、「おそらく全員が、論じられてきたことの主要な骨子を漏れなく、全体の構造としてよく理解した」ために、説明を終えたとき、「明解に判ったことのしるし」として、「かすかなため息がいっせいに漏れた」というエピソードを紹介しています。
 著者は、会議の最も大切な会議機能を、「衆知を集め最善の判断を導きだす」ことであると述べ、「算術の四則演算にたとえて、『加乗減除』方式こそ、採るべき大筋である」と述べています。
 第10章「累積KJ法」では、「一ラウンドだけKJ法を用いただけでも、実りは豊かである」が、複雑難解・巨大な課題に対しては、一ラウンドだけでは、「簡にすぎたり底が浅くて、用が足りなくなる」ため、「何ラウンドをも累積的に行使し、いわば畳み掛けるようにして問題を解決する」必要に迫られ、「累積KJ法(Cumulative KJ Method C-KJ)」が生まれたと述べています。
 そして、「W解決に位置づけた6ラウンド累積KJ法」として、
(1)問題提起ラウンド:当事者の問題意識を発掘し、それを確認する。
(2)状況把握ラウンド:当事者の問題意識をめぐる現実はどうなっているのかを冷静に見つめ、状況を総合的に捉える。
(3)本質追求ラウンド:判断の全過程に渡る情報が、能力の範囲で出し尽くされ、しかも消化され尽くす。
(4)構想計画ラウンド:達成されたときの状況が、ありありと具体的に思い浮かべられるような目標を探す。
(5)具体策ラウンド:構想を達成する手段・方法をめぐり、できるだけ発明的(もしくは創意工夫的)な心の姿勢を持つ。
(6)手順化ラウンド:「どんな作業をどんな順番で行えばよいか」に注意を集中する。
の6つのラウンドを累積した累積KJ法を解説しています。
 著者は、「累積KJ法では、心の姿勢をめぐり、集中と場面転換が最も大切だ」と述べ、「どのラウンドでも一見同じような手続に見えるものだから、集中と場面転換の重要性を見損なう人がよく出てくる」と指摘しています。
 第11章「思想としてのKJ法」では、「KJ法とは、技術であり思想であり、また科学でも宗教でも芸術でもある」と述べ、「KJ法とは、そのような概念やジャンルの分化する以前の、人間社会の『生きることそのもの』に深く喰い込んだ何か」なのであり、「KJ法を支え、それよりももっと深いものは、分割された営み以前の、人間が生きるという、その全体性を持った営みそのものなのである」と主張しています。
 また、方法論の立場から、「科学」を「書斎科学・実験科学・野外科学」の3つに分類し、「実験科学的方法は仮説検証的であるのに対し、野外科学的方法は、その仮説をどうして思いつき構成すればよいかを主眼にしている意味で、仮説発想的なのである」と述べています。
 著者は、「KJ法は、現代の最大の悩みのひとつである組織公害を克服する、最も有望な武器のひとつである」と述べ、「管理社会から参画社会へ脱皮するための、決め手のひとつとなりうると思われる」と述べつつも、「KJ法を用いたその組織開発は小さな組織では成功例がいくつかあるが、大きな組織ではまだ存しない」と述べ、「現状ではまだまだ大きな壁が立ちはだかっている」と指摘しています。
 本書は、多くの人が研修などで触ったことはあるものの、本格的に活用して、その効果を実感している人は少ないKJ法の基礎から思想までを網羅した「KJ法の経典」とも言える一冊です。


■ 個人的な視点から

 研修で「KJ法」について習う機会はありますが、実際に職場で使うことはほとんどありません。4月に異動する前までの職場では、付箋をペタペタ貼りながら議論することも多かったのですが、現在の職場では、いきなりパワーポイントで「ポンチ絵」なるものを個々人が作り始めることが多いようです。一応は「企画」という名前のついた職場なのですが、「KJ法」とか「ファシリテーション」とかには縁がないようです。この本自体も20年以上昔の本ですし、やはり時代遅れということなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・KJ法を極めたい人。


■ 関連しそうな本

 川喜田 二郎 『発想法―創造性開発のために』 2005年08月27日
 川喜田 二郎 『発想法 (続)』
 梅棹 忠夫 『知的生産の技術』 2005年05月05日
 久恒 啓一 『図で考える人は仕事ができる』 2005年08月13日
 トニー ブザン (著), 田中 孝顕 (翻訳) 『人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考』 2006年05月07日
 トニー・ブザン (著), 神田 昌典 (翻訳), バリー・ブザン 『ザ・マインドマップ』 2006年12月17日


■ 百夜百音

雨 あなたが帰る時【雨 あなたが帰る時】 三善英史 オリジナル盤発売: 2005

 子供の頃によく母が口ずさんでいたのを聴いていましたが、なんて曲だかよく知りませんでした。Wikipediaによれば、最近カミングアウトしたらしいので、もしかするとまた流行るかもしれません。

2007年9月28日 (金)

どうすれば役所は変われるのか―スコラ式風土改革

■ 書籍情報

どうすれば役所は変われるのか―スコラ式風土改革   【どうすれば役所は変われるのか―スコラ式風土改革】(#981)

  元吉 由紀子
  価格: ¥1890 (税込)
  日本経済新聞出版社(2007/06)

 本書は、「企業だけでなく、自治体・公共団体などにおいて数多くの風土改革を手がけてきた著者が、役所特有の問題を明らかにしながら、単なる行政改革から自治体経営改革へ、ガードの制度改革からソフトの風土改革へと、いかに根本から組織変革を成功に導くかをケースをもとに実践的に詳説」したものです。
 プロローグ「本気のエネルギーの連鎖を巻き起こす」では、著者が、スコラ・コンサルトに問い合わせてくる自治体の職員たちが、「『みずから変わろう』とする思いを燃やし続け、実行につなげるきっかけになればという思い」から、「公務員の組織風土改革世話人交流会」を2000年に立ち上げ、「今では職員が自主的に運営する会へと進展」し、情報発信基地として『公務員Power Station』というサイトも立ち上げたことが述べられています。
 第1章「どうすれば役所は変われるのか――改革の基盤づくり」では、「首長と職員がいかにうまくつながっていくか」が、改革を進めるプロセスで最も重要なポイントであるにもかかわらず、行政組織の場合、「首長は地域(自治体)の経営者であると同時に、その執行機関である行政組織の長でもある」が、住民から選挙で選ばれるため、「職員にとってはある日突然、組織に落下傘で舞い降りてくる異分子的存在」であることを指摘しています。
 そして、「改革といっても、一度にすべてを変えることは困難」であるため、改革の目標設定のフレームとして、
・グレード1:行政の使命見直し、行政サービスの向上、効率化・スリム化
・グレード2:民との協働の促進、新しい地域価値の創造
・グレード3:自治力の向上、「新たな公」における社会システムの構築
の3つの段階を示しています。
 また、どんな課題でも、実行するのは人であり、「制度や仕組み、システムといったハードアプローチ」だけでなく、「人と人の関わり方、仕事のやり方を変えていく組織の風土・体質(=プロセス)に関わるソフトアプローチを組み合わせていくことが大切」になると述べ、「改革を進めるにあたっては、"何を変えるのか"を考える一方で、"どのように変えて行くのか"という『変え方』についても選択をしていくことが重要」であると指摘し、
(1)緊急課題解決型の場合(ハードが多く、ソフトが少ない場合)
(2)根本転換型の場合(ハードも、ソフトも多い場合)
の2つの「変え方」を示しています。
 さらに、「改革に必要なキャスティング」として、「変革マネジャー」としての組織長の影響が絶大であり、「みずから変わる」姿勢を見せることが重要であること、「変革チャレンジャー(世話人)」としての改革の当事者どうしが結びついた「コアネットワーク」を作ることで「『変える』ための強いパワーが生まれる」こと、そして、「改革の当事者たちがプロセスを一つずつつくり上げていくための支援」を行う「プロセスデザイナー」の役割を、当初は外部の人間や、やがては、改革推進部署の担当者や人材育成部署の担当者が担っていくことが期待されていることなどが述べられています。
 著者は、具体的なケースとして、2000年4月に実現した三重県生活部の「ワンフロア化」の改革事例を紹介し、「その革新性は、ワンフロア化という形ではなく、それを導き出した改革の"プロセス"」にあると述べ、ワーキンググループのメンバーである若手職員に対して、当時の北川知事が、「君たちは、今やっていることにどんな意味があるのか分かっているか。これは"改革"ではなくて"革命"なんだぞ。たぶん失敗するだろう。失敗してもいいからやってみればいい。そのときは一緒に責任をとろう」というスポンサーシップにあふれた応援を受けたことなどを紹介しています。
 そして、改革には終わりはなく、一つの改革が終わったときに、
(1)その職場でいかに改革を定着、継続していくか。
(2)一職場の改革を庁内全体にどのように波及させていくか。
の2つの課題が発生すると述べています。
 また、この生活部の取り組みにおいて、「改革のステージアップをしていくプロセスデザイン」の下支えをしている、「知事と改革推進部門長である総務局長、研修センターの担当者、生活部の調整監と部長、若手WGや庶務の女性といった改革の当事者たちが階層を越えてナナメにつながっている緩やかな『コアネットワーク』の存在」を指摘し、「立場や組織の壁を越えて改革当事者をつなぐことが、相互に協力し合うことによって改革の実践力を高め、改革のプロセスを学習して改革を再生産する機能を強化している」と述べています。
 第2章「改革の思いを共有し、信頼関係をつくる――改革の種蒔期」では、「行政職員が首長と同じ方向を向いて、目的を共有し、自分のものとして改革を進めていくことができるようになることが大切」であるとして、「まずは行政組織内にしっかりとこの"種"をまき、首長の本気を職員の本気になるように思いをつなげていくこと」が、第一ステップの目標であると述べています。
 また、三重県庁における<改革種蒔期>において、「職員の名刺による県のPR(名刺の公費負担化)」事例を取り上げ、「やればできる」成功モデルとなっているポイントとして、
(1)すべての職員が関わっている。
(2)「分権自立」を象徴する経緯がある。
(3)継続的に「効果を体感する」ことができる。
(4)誰もが「みずからの言葉で語る」機会が豊富にある。
(5)改革に対して「自信」と「誇り」を持ち始める。
の5点を挙げています。
 さらに、横浜市のエンジンルームの事例を取り上げ、「職員みずからが改革を進める組織風土をどうやってるくるのか」という課題に対し、職員同士が"気楽にまじめな話ができる場"として、毎日夕方に2時間、オフサイトミーティングを毎日開催したことを紹介しています。
 第3章「身近な職場で『改革の成功体験』づくり――改革の萌芽期」では、三重県の本庁の総務局予算調整課で改革初期の取り組みによく参画していた職員が、ある県税事務所に署長として異動したところ、「そこには、改革とは無縁と感じられるほど、のどかで昔と何も変わらない仕事をしている職員と職場の姿」があり、「自分たちがこれまで進めてきた改革は、いったい何だったのだろうか」とショックを受け、「改革の理念やしくみなどの形を変えるだけでは組織や人が変わることにはつながらないことを痛感した」ことを述べています。
 そして、彼が開催した、「気楽にまじめな話をする場」である「オフサイトミーティング」における話し合い方のルールとして、
(1)立場や肩書きをはずして「一人称」で語る
(2)相手の身になって「よく聞く」
(3)弱みを見せて「一緒に困る」
(4)あるべき論で相手をやっつけない
(5)答えは一緒につくっていく
の5点を紹介しています。
 さらに、オフサイトミーティングの大事な要素の一つである「まず知り合うことから始めましょう」という点について、「オフサイトミーティングの最初の段階には、できるだけ『自己紹介』の時間をとって、互いの垣根を取り払う準備運動をする」ようにしていることを述べています。
 著者は、この県税事務所の改革の重要な特徴として、「『何を変えるのか』の中身だけではなく、所長と職員が、変えるプロセスをともにして『一緒に変わる力』をつけてきたこと」を挙げています。
 第4章「部署間の連携を図り、政策価値を向上する――改革の成長期」では、部署間の連携が進まない理由として、
(1)改革が「余計な仕事」になっている
(2)一方通行の連絡会議ばかり
(3)「データ系の情報」のみが流れている
(4)縦の関係に依存する
(5)地域機関には"格下"の遠慮がある
の5点を挙げています。
 そして、第3章で紹介した県税事務所長が、次年度に本庁の"税務政策課長"に移動後、「本庁でたとえどんなに立派な改革を企画したとしても、地域機関ではなかなか実行できない現実」があることを知っていたため、「これまで本庁ですべての方針や施策を企画・計画し、地域期間に通達して一斉に展開していた『一方通行のやり方』を改めよう」と考え、
(1)<生活者起点>の理念に基づいて県民の視点に立つ
(2)県民と接する地域機関における「地域の生情報」や「現場で働く職員の声」に耳を傾ける
(3)本庁と現場で一緒に話し合える場を設ける
(4)両者の情報がスムーズに流れるようにパイプ役をつくっておく
(5)現場のアイデアを生かして本庁と地域機関が一緒に施策を企画し、協力して実行する
のシナリオをイメージしたことが紹介されています。
 そして、税務政策課の職員から8人を、各階層別会議の"世話人"に選び、「単に会議の場をコーディネートするだけではなく、みずから現場に足を運び、現場の声を聞き、本庁と現場をつなぐパイプ役」を担ってもらうため、2日間かけて「世話人オフサイトミーティング」を開催し、「本庁の職員である自分たちが、県税事務所の現場にいる職員たちから、いったいどう見られているのか」「何をすればより役に立てるのか」など、「税務職場の活性化に向けての課題」を話し合ったことを紹介しています。
 また、5つの階層別会議のほかに、県税事務所長によるオフサイトを2日間かけて開催し、「今後の税務職場が目指す方向性」として、
(1)「税金は民主主義社会を運営するための公共サービスの財源である」という基本的な意義がある。その財源を確保することに税務の使命がある。
(2)税務の執行にあたっては、県民に対して「公平・適正に運用する」という基本姿勢(行動規範)を大事にしなければならない。
(3)「県民にわかりやすく説明し、きちんと課税し、しっかり徴収する」ことが業務運営上の課題である。
のポイントに集約されたことを紹介しています。
 著者は、税務職場の活性化の取り組みの改革プロセスの特徴として、「各会議体で熱い思いを持った変革チャレンジャーを見つけ、彼らが部署や階層を越えて結びつく「明日の県税を考える会」という場をつくり、ナナメのコアネットワークを築いたこと」を挙げ、「このコアネットワークがあればこそ、職員の個々の思いを組織の使命に高め、政策としての価値を向上するための施策がさまざまな形で生み出されてきた」と解説しています。
 同じ三重県の農林水産商工部のケースでは、1999年秋に、「農政の今後はどうあるべきか」を考える若手WGを立ち上げ、「県民に対するサービスを提供する」という考え方に立って、自分たちが変わっていく姿勢をまとめた提案を行ったこと、農林水産行政では、「サービスの対象者」として真っ先に思い浮かぶのは生産者であり、「ややもすると目の前の生産者とだけ向き合うことにつながりがちで、その先の消費者まで見据えたサービスには至らない傾向」があったこと、県庁内の議論でも「県民の人口のわずか数パーセントにすぎない農林漁業者のために、どれだけ税金を使うのか。それが県民にとってどんなプラスになるのか」という問いに窮する状態にあったことなどが紹介されています。そして、「地産地消」の取り組みでは、「地域における生産者と住民との関係に目を向け、住民から選択される生産活動をクローズアップすることによって、生産者が地元に支えられてこそよりよい生産物を収穫でき、生産活動を通じて地元に還元する循環を築いていくこと、地域自体がより大きな力を蓄えて地域外にも貢献していくこと」を「提案の骨子」にしたことを紹介しています。
 また、「地産地消」の県の取り組みを推進し、県庁内の関係部署の協働関係を広げるためには、「関係部署との新たな『地産地消』が既存の事業とバッティングするものではないかという不安があり、協働を進めていく上での妨げになる恐れ」を廃し、「むしろ既存の事業の効果をより発揮しうるものである、という認識を共有し、協働のための環境を整備していく必要」があったと述べています。しかし、当時は、他部署にとって「地産地消」は他人事であり、「地産地消・マーケティングチームから何やら余計な仕事を押し付けられるのでは」との懸念が漂っていたため、通常の会議ではなく、「地産地消の本来の趣旨を理解し、みずから主体的に推進していく意欲と行動力がありそうな変革チャレンジャーになりうるメンバー」を人選し、彼らの上司の協力を取り付けた上でオフサイトミーティングの場を設けたことを紹介しています。
 著者は、「地産地消」という新しい政策勝ちの企画だけならば、横断的なWGの設置によってそれなりの形をつくることができるが、実際にある事業の中でその価値を実現できるようにするとなると、「立場の壁」や「こだわりの壁」などが存在し、これを打ち破るためには、「それぞれの部署で核となって動いていく変革チャレンジャー」が部署を超えて集まり、コアネットワークとして結びつく「地産地消バージョンアップオフサイト」の場が必要であったこと、そして、組織全体を動かすためには、「新しい価値の存在をきちんと組織の中で位置づけられるようにしていく必要」があり、三重県農林水産商工部では、「今までの行政における仕事のやり方を、プロダクトアウトからマーケット・インにパラダイム転換する」ことを、「県民に価値あるサービスを提供する農水商工業者を支援する」という組織ミッションを明確にすることで、組織全体に判断軸ができたことを紹介しています。著者は、このプロセスを、「行政機関における組織風土改革においては、とても重要なプロセス」であると指摘し、自治体の「地域(自治体)経営の理念」と「行政経営の理念」を、部局長が「政策ミッション」と「組織ミッション」に置き換えて具体化していく必要があり、「このプロセスを経ることによって、価値判断の軸を持った自律した職員が増え、指示・命令を受けなくても、自主的・主体的に考えて行動する力をもてるようになる」と述べています。
 第5章「改革を再生産して、変わり続ける力をつける――改革の再生産期」では、行政組織において、「改革力の差が致命的なダメージになることは滅多になく、この"困らない状況"が『みずから変わる力』をつけにくくしている」ことを指摘しています。
 また、『DNAどんたく』(福岡市)や『率先実行大賞』(三重県)、『YAAるぞカップ』(尼崎市)、『なごやカップ』(名古屋市)、『ハマリバ収穫祭』(横浜市)、『カイゼン甲子園』(大阪市)などの改善事例発表会を取り上げ、「どのような経緯でそれをやることになったのか、どんな効果を期待してやるのか」という目的意識を持つことが大切であり、「ほめるためにネタをつくるようになったのでは本末転倒」であると述べています。そして、「ほめるマネジメント」のポイントとして、
(1)「小さな活動」からほめる
(2)「陽の当たらない仕事」に光を当てる
(3)「独自性」をほめる
(4)継続した「進化」をたたえる
(5)失敗からの「立ち直り」をほめる
(6)上司が脇役になる
(7)「横展開」をほめる
(8)職員間でほめ合う
(9)他機関との協働取組みを加える
(10)民の改革発表会と相乗りする
の10点を挙げています。
 第6章「改革のシナジー効果を高める『支援』をする」では、自治体経営が民間企業の経営とは大きく異なる点として、「自治体とひと口に言っても、組織構造自体が『自治体』と『行政組織』の二重構造になっていて、現段階で、どちらに軸足をおいて経営をしていくのか、どちらに改革の目標を設定するのかは地域(自治体)によって異な」る点を指摘しています。
 また、これから庁内に養成していくことが求められる「改革支援者」の基本スタンスとして、
(1)"変え方"を変える発想を持つ
(2)「管理」から「支援」へ役割を変える
(3)「評論家」ではなく「当事者」になる
(4)現場に「ニーズ」があるとは限らない
(5)「要求に応じる」と「ニーズに応える」の違いを読み取る
(6)現場の「熟度」に応じた支援をする
(7)「改革支援力」を向上させる
の7点を挙げています。
 本書は、制度やシステムなど、組織の仕組みを変えることはできても、結局は「人」を変えなければ組織は変わらない、という意味で、「役所」を舞台にしていますが、企業にとっても見所が多い一冊になっています。


■ 個人的な視点から

 著者の元吉さんには、本書の中でも紹介されている世話人交流会でお世話になっています。ここのところ、西日本方面での開催が多く、なかなかスケジュールが合わず欠席が続いてしまいましたが、参加すると元気になって帰ってくることができる楽しい集まりです。


■ どんな人にオススメ?

・役所を変えたいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 柴田 昌治 『なぜ会社は変われないのか―危機突破の風土改革ドラマ』
 中尾 英司 『あきらめの壁をぶち破った人々―日本発チェンジマネジメントの実際』
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年2月17日
 柴田 昌治, 金田 秀治 『トヨタ式最強の経営―なぜトヨタは変わり続けるのか』 2005年07月28日
 近藤 哲生 『実用企業小説 プロジェクト・マネジメント』 2005年12月28日
 ジョン・P. コッター (著), 梅津 祐良 (翻訳) 『企業変革力』 2005年02月19日


■ 百夜百マンガ

カイジ―賭博黙示録【カイジ―賭博黙示録 】

 週刊の連載で読んでいると、あまりの展開の遅さにイライラしてしまいますが、この作品の楽しみ方は、ストーリーを追おうとするのではなく、その場その場の駆け引き、それもゲームの駆け引きではなく心理戦、さらに言ってしまえば台詞や絵を楽しむものだと言えます。そのためAAも少なくありません。

「福本AAWiki」

2007年9月27日 (木)

ドキュメント 屠場

■ 書籍情報

ドキュメント 屠場   【ドキュメント 屠場】(#980)

  鎌田 慧
  価格: ¥777 (税込)
  岩波書店(1998/06)

 本書は、「労働現場の記録にこだわってきた」著者が、「労働者の技術と誇りとによって」、屠場で働く人に対する差別と偏見を打ち破ることを目的としたルポルタージュです。
 第1章「日本一の食肉工場」では、1936年に、東京湾の埋立地に作られた「芝浦屠場」(東京都中央卸売市場食肉市場)が、
・鉄道線路及び入り江により完全に人家と隔絶す
・陸・海の運輸の便を享有し、鉄道の引込み線敷設また容易なり
という理由で選定されたことが紹介されています。
 また、屠場の労働者たちが、長い間「タダ働き」させられており、それに対する抵抗として1971年12月に「全芝浦屠場労組」が結成されたことが述べられています。それまで「屠畜の労働は、都の職員によっておこなわれてきた」が、「都側の合理化が人員削減をもたらし、その人手不足分を内臓業者が引き受けさせられることになった」いきさつとして、「屠畜の仕事が遅れると、その発生物を買い取る内臓業者が『あがったり』になってしまう」ので、「無料でも人を派遣して、早く解体作業を終え、臓物を受け取らなければならな」かったこと、「現在内臓業者といわれる人達」が、「何の権利も持たず、芝浦に内臓を買いに来るだけの買い出し人という位置づけにされて」しまっていることが解説されています。
 さらに、一番肝心な作業は、「皮に脂をつければ、枝肉の歩留まりが悪くなる」ため、「皮剥ぐことが一番の技術」であることや、豚と牛では、脂と皮がくっついているため、豚のほうが難しいこと、などが解説されています。
 職業差別の問題に関しては、「部落産業としての食肉を考えたとき、差別の中で、就職の自由を奪われた被差別部落出身者が地縁や血縁を頼って食肉産業へ集まって来ざるを得ないものもあるということを見ると、と場労働者や内臓業者に多くの部落民が結集していることは、容易に判断できる~職場は、事務職員と作業員との交流はほとんどなく、また都の作業員と内臓業者従業員との間には、埋めることのできない偏見差別が存在した」という記録を紹介しています。そして、「若いひとたちで、公務員で通している人たちが多い」こと、屠場労組の体質として仲間意識が強かったこと、「タダ働き反対運動」が、「労働運動に見えるけど、人権闘争として、結局、解放運動につながっていった」ことなどが述べられています。
 第2章「職場の主人公は労働者だ」では、江戸幕府と諸外国が、1864年に「横浜外国人居留地覚書」を締結し、その第4条に「屠牛舎」の造営が約定されていること、1965年に横浜に作られた5区の屠牛舎が、「近代日本での『公営屠場』の最初」であることが解説されています。
 また、横浜市の屠場が、「田村清蔵がはじめた『田村屠場』から、工場地帯の現在地に落ち着くまで、9回もの移転を余儀なくされたことに、屠場にたいする『迫害』の歴史が刻まれている」と述べています。
 さらに、インタビューでは、「おれなんか横浜の300万市民の台所あずかってるって、おれがつくった肉で横浜がうるおってる」という「プライドみたいな」ものがあるという言葉を紹介しています。そして、「父親が息子にこの仕事をやらせたがるのは、プライドがあるからでは」ないかと述べています。
 第3章「仕事師たちのゆくえ」では、「南港市場」(大阪市中央卸売市場南港市場)を取り上げています。
 そして、屠場の機械化に関して、「そこに機械と人間、機械と技術などの問題が、いろんな形で含まれていることがわかる。ロボット化、自動化にむかない生産である。それが『仕事師』たちのプライドである。そのプライドが、おいしい肉を生産している」と述べています。
 著者は、「あとがき」で、屠場の労働が、「これまで独自に表現されたこと」がなく、
「屠殺される牛のように首をくくられる」
「屠所に追われていく羊の群れのように」
「あたかも屠殺人のような冷酷な目つきで」
など、「ハンで押したような表現」がなされることについて、「もの書きとしての感性を疑わせるようなワンパターン」であり、「『みたこともない状況』を『みたこともない状況』のたとえで説明するのは、いかにも無責任である。つまりウソッパチなのである」と述べ、「それがまかりとおってきたことに、表現が増幅してきた差別意識がある」と指摘しています。
 本書は、日本の食卓を支える人たちの働く職場をきちんと伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 毎日の食卓や外食の場など、何らかの形でお世話になっている食肉ですが、その流通の様子についてはあまりよく知られていません。
 子供に対して「食育」ということが言われていますが、子供に限らず、大人にとっても、本書によって、その一片を知ることができるという意味は大きいと思います。


■ どんな人にオススメ?

・毎日食べている肉がどこから来ているかを知らない人。


■ 関連しそうな本

 鎌田 慧 『自律と協働、はたらきがいをもとめて―大阪市現業労働者の60年』 2006年01月18日
 鎌田 慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』 2006年03月09日
 内澤 旬子 『世界屠畜紀行』
 上原 善広 『被差別の食卓』
 森 達也 『いのちの食べかた』


■ 百夜百マンガ

おカマ白書【おカマ白書 】

 自分の女装姿に恋してしまう男、という最初の設定からして相当やばい感じですが、その姿と同じ外見の女の子が登場することでさらにこんがらがっていきます。

2007年9月26日 (水)

私のだいじな場所?公共施設の市民運営を考える

■ 書籍情報

私のだいじな場所?公共施設の市民運営を考える   【私のだいじな場所?公共施設の市民運営を考える】(#979)

  協働→参加のまちづくり市民研究会
  価格: ¥1000 (税込)
  市民活動情報センター・ハンズオン埼玉
(2005/11)

 本書は、「共同→(による)参加のまちづくり市民研究会」(略称「協まち研」)を中心とした「公共施設の市民運営を考える調査プロジェクト」の調査研究報告書です。
 第1部「『私』からはじまるみんなの場所」では、「がくどう」の運営に関して、「保護者の困りごと・解決したいことの本質は、夜遅くまで子供を預かってくれる施設やサービス」ではなく、「長時間の仕事や深夜の仕事と子育てが両立できないこと、そして子供の成長や子育てについて気兼ねなく話し合える相手がいないことなのではないだろうか」と述べています。そして、保護者の持つ3つの側面として、
(1)利用者として→課題・困りごとの当事者
(2)ボランティアとして→担い手、参加、参画
(3)運営主体として→スーパーバイザー、共同保育を支える
の3点を挙げた上で、子育てを、「これほど私的な行為はないかもしれない。同時にこれほど社会にとって重要な行為はないのではないか」と述べ、「子育ては『私的行為・プライベート』と『公的行為・パブリック』をつなぐ重要な社会的行為といえるだろう」と語っています。
 保育所の「民間委託」の問題に関しては、現在の民間委託問題の論点として、
(1)民間になることで保育士の十分な配置ができるだろうか。
(2)役所運営を維持し続けることで、意思決定の権限を各保育所ごとに持つことができるだろうか。
(3)現場で豊かな保育を作るためには、職員が集団として目標を設定し、共同で作り上げるという営為がなければできない。
(4)無認可の共同保育などではボランティアコーディネートがないとそもそも保育所自体が成立せず、多くの人々が「持ち寄り」で場を作るためのコーディネーターが不可欠だ。
の4点を挙げています。
 第2部「円卓のある風景」では、「子どもがつくるまち ミニさくら」(千葉県佐倉市)を紹介する中で、「ミニさくらのきまり」として、
 ミ まもること、
 ニ んたいすること、
 サ しずしないこと、
 ク ちだししないこと、
 ラ くえん天国!
の5点を挙げた上で、「人が自ら学ぶとき、時間はゆったりと流れる。何度も同じところでつまずくものである。それを否定せず、そのループをじっと見守りながら何かが生まれるのを『待つ』のが、ミニさくらを支える大人に要求される忍耐である」と述べ、「失敗から学ぶ権利」が保障されている中で、「既存の社会の枠組みに囚われた大人が予想もしない展開が待っているのかもしれない」と語っています。
 また、「六町エコ・プチテラス」(東京都足立区)に関して、「縄張り意識」が強すぎると、「仲間意識が過剰になり『よそ者』を受け入れない排他的で閉鎖的な空間になってしまい、公共性が失われていく」という問題点を挙げ、「『具体的な環境活動のフィールド』として、そのプロセスや成果を外部に積極的に開き、外部からの訪問者を受け入れていく風通しの良さが必要」だと述べ、「全く異なるベクトルを持つパワーの引き合いが、ブンブン・ゴマ(大きなボタンに紐を通して中央で回転させて遊ぶ道具)のように猛烈なエネルギーをつくり出す」と解説し、「複数の人間がコミュニケーションをとりながら、合意形成をしていく場や機会」として、
(1)円卓テーブルの謎
(2)インターネット・ミニコミ誌の活用
(3)さまざまなイベント
の3つの方法によって、この「絶妙なバランス」を維持していると述べています。
 横浜市の舞岡公園の緑地管理に関しては、「横浜では緑地の多くが、私有地、もしくは緑地保全地区などの制度の下に置かれている民有地」であり、「言い換えれば、非常に公共性の高い緑地しか横浜には残されていないということで、市民が横浜の緑地へ関わる時、あまねく『公設民営』的な性格を帯びる」と述べています。
 第3部「人が育む場所、場所が育む人」では、公共文化施設に関して、「市民と文化芸術の良好な関係を築いていくためには、すべての人々が文化芸術に出会い、触れるなど参加する機会を設けることが重要」であり、そのため、「日常生活の領域、つまり学校や公民間、病院といった場所に出かけていき、多くの市民が芸術文化に触れられる仕組みを作ることが求められてくる」という背景から、もともと「手を伸ばすこと、(地域社会への)奉仕活動、地域出張サービス」を意味する「アウトリーチ」という取組みが登場したことを解説し、
(1)呼び込み型アウトリーチ:「バックステージツアー」など文化施設と市民の距離をより近くする取組み
(2)お届け型アウトリーチ:「出前コンサート」のように、文化施設から外へ出て行き、市民の生活している場で文化芸術活動を行う
(3)バリアフリー型アウトリーチ:障がい者やマタニティ、育児支援などホールへのアクセスが他者に比べて難しい人々に焦点を限定した内容のもの
の3点を挙げた吉本光宏氏による整理を紹介しています。
 高知こどもの図書館に関しては、「これまでの図書館は、公共施設の中でも一番閉鎖的だったのではないか。美術館や博物館はまだ多くの人が訪れるし、利用料ももらう場合が多いけど、図書館は無料だし、図書館の側でも来る人を待っていればいい、と思ってたのではないですかね」という「特定非営利活動法人 高知こどもの図書館」の大原館長の言葉を紹介しています。そして、大原さんたちが自力で図書館を作る方向に踏み切った背景として、「テレビやビデオに遊びを奪われている。遊べない子供たちも増えている。若い親も遊び方を知らない。子供たちの居場所づくりは緊急の課題だ」という「こどもたちの今の状況への危機感があった」と述べています。
 第4部「まちの未来の描き方」では、「市民と行政組織の壁」として、「多くの行政組織の職員は公共施設を市民のものと思っていない。自分たち=行政組織のものであると考えている」という「行政組織が管理する施設」という考えを紹介し、「市民の持つ、公共施設に対しての『思い』や『目的』と、行政組織が公共施設について持つ『考え』と『目的』は、同じ『公共施設』に対するものでも全く異なる」と、「こちら(市民)」と「あちら(行政組織)」の間に存在する「深刻な壁」について言及しています。そして、「施設自体を市民が自ら運営する『市民運営』そのもの」について、「施設を市民運営することが、市民の生活問題を解決するためにもっとも効果的であることが多いという点から正当化される」と述べ、その意義として、
(1)市民運営により市民の側の問題解決の可能性が高まる
(2)問題解決を直接行う者が公共施設を運営することにより、公共施設の持つ能力を最も発揮できる
(3)今の公務員が管理するよりコストが安く運営ができ、問題解決の可能性が高まる
の3点を挙げています。
 本書は、「公共」の施設とは何か、という問題について、答を提供するものではありませんが、考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「公=官」ではない、という話は、学者や首長さんが口にする機会は多くなりましたが、本書のように、実際に「公」の典型である公共施設の管理に携わっている現場の人が語ったものは、やはり説得力があります。


■ どんな人にオススメ?

・「公」とは何かを考えたい人。


■ 関連しそうな本

 稲沢 克祐 『自治体の市場化テスト』 2007年04月03日
 市場化テスト研究会 (著), 本間 正明(監修・著) 『概説市場化テスト―官民競争時代の到来』 2005年10月07日
 内閣府公共サービス改革推進室 『よくわかる!公共サービス改革法(市場化テスト法)入門』 2006年10月05日
 内閣府公共サービス改革推進室 『詳解 公共サービス改革法―Q&A「市場化テスト」』 2006年12月04日
 南 学, 小島 卓弥 編著 『地方自治体の2007年問題-大量退職時代のアウトソーシング・市場化テスト-』 2005年08月22日
 八代 尚宏 (編集) 『「官製市場」改革』 2006年01月27日


■ 百夜百マンガ

シュート!【シュート! 】

 塀内真人や島崎譲、さとうふみやにしてもそうですが、ある時期の少年マガジンは、半分くらいの作品が男性名を名乗った女性漫画家の作品だったわけです。つまり、少年誌(と言っても読者は大人が多いわけですが)の読者は、女性漫画家の作品に対するアレルギーがあったようです。
 一方で、女性名を名乗って少女漫画を描いている男性マンガ家、というのはいるものなんでしょうか。

2007年9月25日 (火)

談合破り!―役人支配と決別、命がけの攻防記

■ 書籍情報

談合破り!―役人支配と決別、命がけの攻防記   【談合破り!―役人支配と決別、命がけの攻防記】(#978)

  桑原 耕司
  価格: ¥1470 (税込)
  WAVE出版(2007/7/6)

 本書は、岐阜市内で建設会社「希望社」を経営する著者が、受注した「(仮称)北東部コミュニティセンター及び岐阜北消防署三輪出張所建築主体工事」の入札から竣工までの経緯を紹介しながら、岐阜市の公共工事執行に関する問題点を指摘したものです。
 第1章「談合の罠」では、自治体発注者が指名競争入札を多用する理由として、「工事実績、財務状況ともに信頼がある会社を選べるから」というのは表向きの理由であり、「業者指名権」を手放したくない、という本音があることを指摘しています。
 そして、入札条件であったJVを組むパートナーを探す中で、「おたくと組むなんて、恐ろしくてできない」とまで言われて断られ、「業界の慣習と訣別している私たちとJVを組めば、今後はゼネコンから仕事が来なくなってしまうかもしれない」ことを恐れられていたことが述べられています。
 また、建設会社の間の談合成立に基づく「落札のシナリオ」について、
(1)発注者側が設定した予定価格を、入札前につかんでおく。
(2)談合で決められた"本命"は、この金額を超えないように、かぎりなく近づけて落札することを目論む。
(3)"お付き合い"として参加する会社は、本命に追従する金額を入れる。
というものであり、「予定価格が分かれば、談合の"本命"ができる限り高値で落札できるようにするのは、あまりにもたやすい」と述べています。
 第2章「請負人の葛藤」では、公共工事において、建設業界では、「請負」を「うけまけ」と呼ぶことが浸透しているように、「公的機関の発注者と請負人の間には、目に見えない主従関係ができあがっている」ことを紹介し、希望社の「現場代理人」であった「Y」が、「公共工事に深く根づくこの関係の意識」から解き放たれることのないまま、代謝してしまったことが述べられています。
 そして、市側が「請負代金内訳書」の単価を変えるように要求してきたことについて、市が独自に設定している専門工事の「設計単価」と希望社側の専門工事単価に歴然とした差がついたままで実績ができてしまうと、「これまで市が適正とみなしていた設計単価は、大幅な見直しを検討しなければ」ならなくなり、「今後の工事で設定する予定価格にも影響するばかりか、コミセン以前の発注工事は高すぎたのではないか、という疑いも抱かれる」ため、希望社が「内訳書に書き込んだ専門工事の単価を引き上げ、市の設計単価に近づけようとした」のではないかと推測しています。
 第3章「不毛なる闘争」では、「型枠」の材料に関して、「一般的な合板(木材)ではなく、ラス(金網)を使う」ことで、「コスト削減、工期短縮につながる提案」をめぐっての市側との争いが語られています。
 そして、「技術的な検討に踏み込んだとは思えないまま態度を硬化させ、"期限切れ"に持ち込む市側のやり口は許しがたい。そして何より、仮設のひとつである型枠の材料選択の権限は、市側にないはずだ」との考えから、「中央建設工事紛争審査会」に仲裁申請をしたものの、国交省の一部である仲裁機関には、行政が行政を裁くことができず、「公平・公正な判断がなされたとは思えない」結果であったことが述べられています。
 また、岐阜市が「調査基準価格」を公開しない理由として、「調査基準価格」とは、「市が設定した予定価格の一部分である『直接工事費』の額」であり、この額のほとんどは、「下請にかかる費用だろうと市が想定した金額」であると解説しています。そして、岐阜市がこの「調査基準価格」を非公開にした理由は、
(1)設計価格が高くなってしまう。
(2)調査基準価格が公開されると、契約の内容に適合した履行を行わない恐れなどのある業者が調査基準価格に近い金額で入札を行い、調査を回避してしまう。また、そのような恐れのない業者であっても、入札に参加する業者に自己の事情により市による調査を避けたい考えがあるならば、調査基準価格以下の入札はしないため、結果として落札価格が高止まりする。
の2点を挙げていることを述べています。
 第4章「役人の欺瞞」では、「設計変更に伴なう変更金額の協議」を開始したという証拠を無理やり作りたい岐阜市側が、希望社を突然訪れ、受付に「協議開始のための書類」を置いていってその様子を証拠として写真を撮ることによって、「協議開始を既成事実にするための"強硬手段"」に出たことが述べられています。
 また、希望社がコミセンを落札した翌年度の岐阜市発注の建築工事では一般競争入札が実施されず、2件の小学校改築工事で「公募型指名競争入札」が実施されたものの、「申込書提出期限(2004年4月)において、岐阜市発注の請負金額4500万円以上の建築工事を受注し施行するものでないこと」という参加条件が定められ、コミセンを請け負った希望社は入札できないカラクリになっていたことが解説されています。
 第5章「癒着構造との決別」では、入札のほとんどで採用されている指名競争入札の問題点として、
(1)入札参加者が特定の数社に限定されることにより、参加者間での調整、すなわち談合が容易になる点。
(2)入札参加条件としてさまざまな制限が加えられているので、入札に参加できる会社が限定されてしまい、その効果がなくなってしまう点。
の2点を挙げています。
 著者は、「単価を示さないで協議をすすめ、発注者独自の方法で算出した増減額を一方的に押し付ける岐阜市の姿勢は、発注者と請負人の請負契約における『対等な立場』を真っ向から否定するものであり、『審議にしたがって契約を履行する』などとはほど遠いものなのである」と批判しています。
 本書は、公共工事に携わる人はもちろん、民間事業者はパートナーとしてではなく「業者さん」としか見ることができなくなってしまっている多くの公務員にとって身につまされる思いのする一冊です。


■ 個人的な視点から

 佐賀市の小学校の工事を扱った『公共事業を、内側から変えてみた』では、他の事業者、とくにゼネコンや専門事業者とのバトルが中心でしたが、今回のバトルの相手は発注者である市役所そのもの。受付に書類を置いて、写真を撮って帰るところはちょっと大人気ないと感じました。


■ どんな人にオススメ?

・公共工事を内側から変えたい人。


■ 関連しそうな本

 桑原 耕司 『公共事業を、内側から変えてみた』 2006年02月22日
 桑原 耕司 『「良い建築を安く」は実現できる!―建築コストを20%も削減するCM方式』 2006年04月12日
 武田 晴人 『談合の経済学―日本的調整システムの歴史と論理』
 加藤 正夫 『談合しました―談合大国ニッポンの裏側』
 鬼島 紘一 『「談合業務課」 現場から見た官民癒着』 2006年03月15日
 木下 敏之 『日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条―佐賀市「電子自治体」改革一年の取り組みから』 2006年10月18日


■ 百夜百マンガ

暴虐外道無法地帯ガガガガ【暴虐外道無法地帯ガガガガ 】

 盛り上がるにつれて、流血率が上がり、白黒漫画ゆえ、インクの消費量が増え、ページをめくる手が黒くなります。昔の『地雷震』や『ニライカナイ』が連載されていた頃を思い出します。

2007年9月24日 (月)

地名の博物史

■ 書籍情報

地名の博物史   【地名の博物史】(#977)

  谷口 研語
  価格: ¥690 (税込)
  PHP研究所(1997/08)

 本書は、「地名の重要性」や「地名の面白さ」を「より多くの人に理解していただきたい、さらには、地名を通じて、それぞれの地域の豊かな歴史を見直していただきたい」という著者の思いが本になったものです。
 第1章「<獣>篇」では、犬に関して、「縄文犬は狼が家畜化されたものではなく最初から家畜犬だった。つまり、大陸から家畜犬が導入されたらしい」と述べています。
 また「各地に犬と人との親密な交流を物語る地名由来伝説がある」として、千葉県、銚子市の犬吠埼に関して、「義経が兄の頼朝に追われて奥州平泉(岩手県)へ逃れるさい、その愛犬が海岸に取り残された。それから愛犬は主人を慕ってなのか七晩吠え続け、ついには石になってしまった」という伝説を紹介しています。
 さらに「狼」に関して、全国に残る「人が狼に襲われた話」を紹介しつつ、「狼は強く恐ろしい獣であるが、古代人は人力の及ばないつよいもの、恐ろしいものを、神として崇めた。オオカミという言葉には大神の意味があるともいわれている」と述べています。
 馬に関しては、「馬喰町」について「博労町」とも書き、「馬苦労町」とも書く例があるとして、「馬喰」が「牛や馬を取引する商人」であり、「馬喰町」とは、「そのような商人が居住していたことに由来する」ものであると解説しています。
 そして「猪」に関して、縄文時代の人々が、「食べられるものなら何でも食べた」ため、動物では、「猪・鹿・カモシカ・熊・カワウソ・兎・猿・狸・ムササビなどから、鯨やイルカまで、北海道などでは、オットセイやアザラシまで」もが食用になったことを解説しています。そして、「縄文・弥生時代の人が最も多く食べた動物は猪と鹿であった」と述べています。
 第2編「<身体>篇」では、井の頭池が神田浄水の起点であり、7つの湧水口があるため、「七井の池」とも呼ばれていたことや、江戸時代に池水を涵養するため周辺にたくさんの樹木が植えられ、江戸っ子の行楽地としてにぎわったことが解説されています。
 そして、京都府久御山町にある「一口」という地名について、「イモアライ」と読むと述べ、その由来については、「交通の要地で、芋を洗うような人ごみができたから」という説もあるがハッキリしていないと述べています。
 また、足柄峠を越える東海道が、「延暦12年(802)」に富士山の噴火で閉鎖されたことがあるが、「足柄峠は東山道の碓氷峠とともに、古代以来、東国への関門とされ」てきたとが解説されています。そして、碓氷峠と足柄峠に関所が設けられたことから、「それまで東国といわれていた関東平野とその周辺の地域」が「関東」と呼ばれるようになったことが解説されています。
 第3章「<位置>篇」では、「元々東海道は相模から海を渡って安房へ入り、安房・上総・下総の順に経由して常陸へ抜けていた」ために、京都に近い側が「上総」だったが、「その後、関東平野南部の開発が進むと、武蔵野国が東海道へと編成替えになり、官道の東海道が陸路をとって武蔵を経由するようになったため、上下が逆さまになった」経緯が解説されています。
 また、平安時代から使われている「坂東」というこしょうについて、「坂東の坂」とは足柄峠のことを指し、この呼称が奈良時代からあったことが解説されています。
 さらに「北海道」の地名が、「幕末に北海道をくまなく探査踏査した松浦武四郎の提案」であり、アイヌの人々が互いを「カイノー」と呼びあっていたことと「海道」という言葉をもじって、「北海道」という言葉に落ち着いたことが解説されています。
 本書は、各地に旅行して、さまざまな地名に触れる機会のある人にはお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 銚子市の「犬吠埼」の地名は義経伝説も残っているのですが、明治期までこの地にいたアシカの泣き声が犬の泣き声に似ているから、という説もあります。なお、「水生類人猿説」を唱えるエレイン・モーガンの本では、アシカは元々犬の仲間が海に入ったもの、ということになっているので犬に似ていることはぜんぜん問題ありません。
 なお、銚子市には「海鹿島」という銚子電鉄の駅があります。


■ どんな人にオススメ?

・地名の不思議さに魅了されたい人。


■ 関連しそうな本

 谷川 健一 『日本の地名』 2005年07月10日
 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 片岡 正人 『市町村合併で「地名」を殺すな』
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年01月07日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日


■ 百夜百音

Beautiful World【Beautiful World】 宇多田ヒカル オリジナル盤発売: 2007

 新エヴァの序、見たいですが、映画館行けそうにありません。
 ところで宇多田ヒカルというと、どうしても「カノッサの屈辱 2007」の「ジャンヌ=宇多田ルク」を思い出してしまいます。

2007年9月23日 (日)

悲しみから思い出に―大切な人を亡くした心の痛みを乗り越えるために

■ 書籍情報

悲しみから思い出に―大切な人を亡くした心の痛みを乗り越えるために   【悲しみから思い出に―大切な人を亡くした心の痛みを乗り越えるために】(#976)

  ケイ ギルバート (著), 大石 佳能子 (翻訳)
  価格: ¥1800 (税込)
  日本医療企画(2005/08)

 本書は、「大切な人を亡くしたときの心の傷み(grief)や離婚の辛さ」などの「人生の困難な時期」に生まれることがある「普通以上に深遠な考えや創造性」を、「誰かと共有すべき」だという強い思いから書かれた「Thanatology(死生学)」の本です。
 著者は、「自分の悲しみを癒す過程」を、
(1)自分におきた喪失感とそれに伴なって生じる感情を「意識し感じること」。
(2)自分の中から湧き出てくる感情を一度ふるいにかけるようにして研ぎ澄まし、個人的に意味のある作業を行うことでその感情の塊をさらに細かく砕く。
(3)書物に目を通し、悲しみに向き合う過程がすべての人に共通した普遍的なものであることを理解するようになった。
という段階を、「漠然と」経てきたと語っています。
 第1章「想いを漂わせる」では、日本人であった著者の祖母が、「ていねいに着物を衣ごとに切り離してから洗濯し、そして太陽の日差しを一杯に浴びるところに干して乾か」し、「再び縫い合わせられ、最後には元の形を取り戻す」のを見てきた著者が、「私たちが人生の中で誰かを失うということ」もまた同じことであると述べ、5人の子どもに先立たれた著者の祖母が、「悲しみを一つずつ取り出してから洗濯し、延ばし、乾かし、そしてつなぎ合わせるという作業を心得て、何度も行っていたのでしょう」と語っています。
 第2章「語り、書き出し、行動する」では、「人生で最も難しくそして大切な課題」とは、「許すこと」であると述べ、「神が許すかどうかに関わらず、現実の私たちの人生で、許すことはわれわれが自分で取り組まなくてはならない課題」であると語っています。
 第3章「理解する」では、「人が身近な人の死後どのようにして向き合うかについて、心理学者たちが一般的に認めている段階」として、
(1)ショックと否定
(2)別れに慣れていく
(3)未来への再出発
の3つの段階を示しています。
 また、ウィリアム・J・ウォーデンによる「悲しみを乗り越える上での作業」として、
(1)喪失という現実を受け入れる
(2)辛さを経験する
(3)以前とは異なる現実に順応していくことを学ぶ
(4)再び人生や生活に取り組み始める
の4点を挙げています。
 著者は、「悲しみ(greif)」は病気ではなく、「ポジティブまたはネガティブなものに関わらず、強い絆で結ばれていた関係を失った喪失状態に慣れていくまでの過程」であると述べ、私たちが強い感情を抱くのは、
(1)亡くなった人との関係が貴重だったか、
(2)その死に方や生前の生き方に葛藤を感じていたか、
であり、「悲しみにとっての最良の薬は、家族や友人からの変わらない愛情と支え」であると述べています。
 第4章「励ましの言葉」では、「別れを体験した人たちは悲しみをどのように乗り越えてきたか」、16人の体験談が収められています。
 著者は、本書のタイトル、『悲しみ(grief)から思い出に』は、「心の痛みから思いやりへ」と言い換えることができると述べ、心の痛みを乗り越えるための課題として、
(1)悲しみと向き合い、体験する。
(2)大切な人の思い出を適切な場所へしまい直す。
(3)再び前を向いて歩き出すことで、新たな現実へと適応していく。
の3点を挙げています。
 本書は、人間誰しも避けてとおることができない、「悲しみ(grief)」との接し方を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「死生学」と言われてしまうと何やら目新しいものですが、死別に伴なう悲しみとそれを乗り越える経験は、学問に関係なく昔から世界中の人々が経験してきたことです。こういう形でまとめて語ってもらえるのもいいものです。


■ どんな人にオススメ?

・「大切な人」を持っている人。


■ 関連しそうな本

 中尾 英司 『あなたの子どもを加害者にしないために―思いやりと共感力を育てる17の法則』 2005年08月14日
 丸の内 くるみ 『告げる日―お父さんは、なんで死んじゃったの』 2005年09月18日


■ 百夜百音

STAR BOX EXTRA 爆風スランプ【STAR BOX EXTRA 爆風スランプ】 爆風スランプ オリジナル盤発売: 2001

 「YOU CAN NOT DO THAT」となるのか、爆風スランプの「無理だ!」は高校の文化祭で演奏しました。懐かしいです。CMの終わりのほうに出てくるクロマチックスケールのフレーズがかなり無理っぽさを表現しています。

2007年9月22日 (土)

会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元

■ 書籍情報

会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元   【会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元】(#975)

  吉田 新一郎
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論社(2000/02)

 本書は、「どうしたら満足感や充実感が味わえ、かつ効率的・効果的・創造的な会議を運営できるのか」という点について、「参考になる具体的なノウハウ」を提供することを目的としたものです。
 序章「『会議社会』のなかで」では、私たちが、「出席しないといけない会議の数の多さ」と、「会議に費やす時間も増えている」という2つの意味で、「私たちは『会議社会』にどっぷり浸かっている」にもかかわらず、「出席してその中味に満足したり、後味がよい会議はきわめて少ない」問題を指摘しています。
 そして、「一人ないし数人の人に独占される会議から、みんなでいっしょにつくり出す会議への移行」が求められていると指摘し、会議の成否を左右するものとして、
(1)コミュニケーション能力、信頼関係に基づいた人間関係を作れる能力、そして好奇心やセルフ・エスティーム(自己肯定)や情報収集能力などを含めた会議に参加する出席者の資質
(2)リーダー的立場にいる人を含めた各出席者の役割の明確化
(3)さまざまな会議の運営方法を知っており、それらをどれだけ体験し、練習しているか
の3点を挙げています。
 第1章「会議を準備する」では、効率的・効果的な会議出席者数が、8~15人くらいと言われているが、「ほとんどの会議は人数のことなどあまり考慮せずに行われているのが現実」だと指摘しています。
 第2章「会議をはじめる」では、「会議を時間通りにはじめることは大原則であり、鉄則である」にもかかわらず、既に、「会議は、時間通りに始まらないもの」ということが原則になってしまっていることを指摘しています。
 また、出席者がお互いをよく知らない場合に、会議の導入として効果的な事例として、
・名刺づくり
・自己紹介→他己紹介
・私はなぜここにいるのか?
・いい出来事の紹介
・名前覚えゲーム
・仲間探し
等の事例を紹介し、「時間的には10~15分くらいかかるが、それで本音が言いやすい雰囲気が出来上がれば極めて有効な投資である」と述べています。
 第3章「会議を運営する」では、「会議をより生産的に、創造的に、しかも効率的に運営するために不可欠」な点として、
・テーマ(議題)をひとつずつ明確にし、出席者がそれを共有できていること。
・個々のテーマを扱う方法についても明確で、出席者の合意があること。
・最低一人は、会議を円滑に運営するための進行役がいること。
・会議の席での個人攻撃を回避するために、出席者を守る役割を担う人がいること。
・他にも、この章で紹介するさまざまな役割を出席者に割り振ることによって、会議へのコミットメントを高めること。
の5点を挙げています。
 また、ファシリテーターである進行役にとって、最も重要な役割として、「会議を時間通りにはじめ、また終わることは、進行役のその後の印象に影響を及ぼすだけでなく、会議そのものの善し悪しも決めてしまう重要な要素である」と述べています。
 さらに、生産性、創造性、効率性の高い会議を運営するのに欠かせない2番目の役割として、「記録係」を挙げ、単なる「書記」ではなく、「模造紙ぐらいの紙(その半分の大きさでも可)に記録をとることによって全員に見えるようにする」方法で記録をとることで、「記録係以外はメモをとることから解放されて、話し合いに集中できる」と述べています。
 第4章「会議で発表する」では、会議の場における発表の問題として、
(1)言いたいことが伝わらないということ
(2)言いたいことを伝えるのに時間がかかりすぎること
の2点を挙げています。
 そして、発表の際に犯しがちな過ちとして、
(1)時間を守らないこと
(2)過剰な情報提供
(3)専門用語や横文字の使いすぎ
(4)準備不足
(5)視覚的な資料の不足、視覚的であっても効果的でない資料
(6)単調なペースの話し方
(7)聞いている人たちと視線を合わさない死生
(8)関心やこだわりが伝わらない発表内容
の8点を挙げています。
 第5章「情報<アイディア>を共有する」では、「問題解決のための6つのステップ」として、
(1)問題を設定する(目標を設定する)
(2)問題を分析する(可能性を分析する)
(3)解決策を考え出す(実現方法を考え出す)
(4)解決策を選び出す(実現方法を選び出す)
(5)計画する→実行する
(6)評価する
の6段階を挙げています。
 また、問題分析の手法として、
・ブレーン・ストーミング
・Tの字分析
・力の分析
等の手法を、さらに解決策を考え出す手法として、「ブレーン・ライティング」などの手法を紹介しています。
 本書は、会議を運営、または会議に参加する人にとって目安となりうる一冊です。


■ 個人的な視点から

 会議がつまらないのは、会議を主催する側が、自分の原案を出席者に呑ませ、「皆で議論して決めた」というアリバイを作るために開いているから、というのが一番の理由ではないかと思います。
 そういう会議には出ない、という強硬手段に出る方法もありまして、特に、まちづくり系など、組織の壁を超えた会議では、主催者がすべて仕切るような会議は櫛の歯が抜けるように出席者が減っていきます。


■ どんな人にオススメ?

・会議はつまらないものと思っている人。


■ 関連しそうな本

 堀 公俊, 加藤 彰 『ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法』 2007年09月07日
 堀 公俊 『問題解決ファシリテーター―「ファシリテーション能力」養成講座』 2006年05月15日
 堀 公俊 『ファシリテーション入門』 2006年04月24日
 中野 民夫 『ファシリテーション革命』 2006年04月28日
 古川 久敬 『チームマネジメント』
 柴田 昌治 『なぜ会社は変われないのか―危機突破の風土改革ドラマ』


■ 百夜百音

Pineapple【Pineapple】 松田聖子 オリジナル盤発売: 1982

 90年代前半のフジテレビの深夜番組は「カノッサの屈辱」にしろ「音効さん」にしろ、面白いものが多かったです。当時学生だったのはラッキー。

『音楽の正体』音楽の正体

2007年9月21日 (金)

NPM実務の考え方・進め方―効率的・効果的な政策形成・実施・評価改善

■ 書籍情報

NPM実務の考え方・進め方―効率的・効果的な政策形成・実施・評価改善   【NPM実務の考え方・進め方―効率的・効果的な政策形成・実施・評価改善】(#974)

  福山 嗣朗
  価格: ¥3,360 (税込)
  学陽書房(2006/12)

 本書は、「新公共経営(New Public Management, NPM)の考え方を活用した効率的・効果的な行財政の運営の具体的な薦め方の全体像を体系的に解説するテキスト」です。著者は、元自治省の官僚で、滋賀県庁で課長、静岡県庁で部長等を経験し、国と県の両方の豊富な実務経験をベースにしています。著者は、本書の最大の特色として、「NPMの考え方を活用した効率的・効果的な行財政の運営の具体的な進め方の全体像について、現実の実務の過程を念頭におきながら、体系的に解説していること」にあるとしています。
 第1編「行財政運営の基本的な考え方」第1章「行政の第一義的目的・運営目標」では、国家公務員法、地方自治法、地方公務員法にあるように、「国と地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営の確保を図ることが必要」であることを踏まえた行政の運営目標を、「行政の効率性・有効性の一層の向上、職員の能力の開発・伸長を含む自己実現および国民の力の活用水準の一層の向上」であると述べています。
 第2章「今後の行政運営システムの基本方向」では、新しい行政運営システムの理念系の考え方として、
(1)戦略面では、国民・住民を公共サービスの顧客と見た、その福祉の増進に資する成果の重視(成果思考)が特徴。
(2)内部マネジメント面では、伝統的な行政管理の利点は維持した上で、献身的に目標達成に尽くすかどうかは、自己実現の欲求充足にかかっているという人間観を理念として採用する。
(3)外部マネジメント面では、国民・住民の参加・共同の促進を図る。
の3点を挙げています。
 第3章「NPMの考え方の導入・推進」では、「新公共経営」(NPM)を、「公共部門においても企業経営的な手法を導入し、より効率的で質の高い行政サービスの提供を目指すという革新的な行財政の運営(行政経営)の考え方」であると定義しています。
 また、そのシステムのポイントとしては、「明確で測定可能な目標をもった戦略計画に従って、予算編成、組織管理、人的資源管理等が行われ、その結果が定期的に評価されて、時期の戦略計画にフィードバックされる」という「戦略経営の推進」を挙げています。
 第2編「全庁的な行財政運営(方針管理)の進め方」第2章「総合計画の策定(政策形成)」では、「戦略計画としての位置づけを持つ総合計画を中心に展開される」NPMが実効性を持つかどうかが、「行政の効率性・有効性の一層の向上等という運営目標の達成を図る上で重要な鍵を握る」とした上で、総合計画の策定手順をかなり具体的に例を挙げて解説しています。
 また、NPMの考え方に基づく予算編成が、「戦略計画で設定した数値目標に基づいて予算に盛り込まれた政策の効果を評価するという簡単な手法」であり、その内容として、
(1)計画・予算・業績評価の連結を図るもの
(2)公会計改革の手法の活用を図るもの
(3)全庁的なコスト意識の一層の向上を図るもの
の3点を挙げています。
 第3章「実施」では、「NPMの考え方の下における権限の分散化」の手法として、総合計画で明らかにされた目標達成に各職員の自発的な貢献意欲を引き出すため、「トップ・マネジメント層と核管理監督者との間で達成すべき任務目的・目標とそのために必要な行政資源の配分、権限の移譲等について協議し、約束を行う手法」である、「目標達成・資源配分等に係る契約概念の導入」を挙げています。
 また、給与管理に関しては、NPMが、「有意義な目標を達成することを通じて職員に自己実現の喜びをもたらし、行政の効率性・有効性の一層の向上を図ることに本来の趣旨がある」ため業績を挙げた職員に評価されている実感を持たせるために給与上の処遇に差をつけることも必要であるが、「成果主義を給与上の処遇に短絡的に導入して本来の趣旨が損なわれることのないように注意することも求められる」と述べ、「内発的動機づけの理論を勘案すると、給与上の処遇と業績をあまりに直接に連動させれば、仕事それ自体の面白さや楽しさを職員から奪い、かえって成果の向上が図れなくなる恐れがある」と解説しています。
 さらに事務の見直しの具体的手法として、
(1)QC(Quality Control, 品質管理)
(2)VA(Value Analysis)・VE(Value Engineering)
(3)ABC(Activity-Based Costing, 活動基準原価計算)
等の手法を挙げ、解説しています。
 著者は、NPMの特徴である、事務事業の執行への市場メカニズム活用について、
(1)広義の民営化・・・公的企業の民営化、民間委託・バウチャー制度
(2)市場化テスト
(3)独立行政法人化(エイジェンシー化)
(4)PFI
等の手法を挙げて解説しています。中でも、民間委託に関しては、静岡県を筆頭にした「総務事務のアウトソーシング」について、詳しく解説しています。
 また、公共工事の新たな契約方式として、「工事発注者と契約した建設技術者等がコンストラクション・マネジャー(CMr)となり、建設プロジェクト全体を管理する方式」である「CM(Construction Management)」を取り上げています。
 第4章「評価・改善」では、「評価・改善」を合わせて「統制」と呼び、「計画の標準に対し達成度合を測定し、計画に従って目標が達成されるように、計画からの逸脱を是正すること」であると述べています。
 そして、行政内部における評価・改善の他、
・国会や地方議会による行政統制
・裁判所による行政統制
・国民・住民による行政統制
等について解説しています。
 第3編「職場の行財政運営(日常管理)の進め方」第1章「職場の行財政運営(日常業務)の考え方」では、「非効率な行政運営システム」の下では、目標が明確に設定されないのに対し、NPMは、「何をどれだけやるかを評価可能な程度に客観的に示す目標を明確にすることを重視する」とのべ、その効用として、
・仕事の生産性を高め、質を改善することができること。
・目標設定の際に、重点事項の選択がより効果的にできるようになり、効果の薄い施策、事務事業のスクラップが行いやすくなること。
等を挙げています。
 第3章「実施」では、自己啓発の学習のコツとして、
(1)担当する事務に必要な箇所、関連があると思われる箇所等をマークしながら、とりあえず目を通すこと。
(2)朝起きてすぐの1時間、夜寝る前の1時間、通勤時間等の短い時間を無駄にせず、こまめに活用すること。
(3)最初に学習してからおおむね1週間後に1度目の復習をし、さらに2週間後に2度目の復習、さらに1ヵ月後に3度目の復習をすることで、脳が短期記憶を長期記憶にして保持する仕組みを踏まえる。
の3点を例示しています。
 また、国会・議会への対応として、本会議の答弁に当たり、
(1)現在行っていることを特に尋ねられた場合以外は、当局として正式に決定した今後の方針(目標・方策等)を答える。
(2)答弁の骨格は、質問に即して組み立てる。
(3)答弁で使用する文章と用語は、できる限り法律、条令、総合計画、長の公式発言、議会の答弁等において使用され、公式にオーソライズされた表現を用いる。
等の留意点を示しています。
 さらに、上司のタイプによって、「読むタイプ」の上司には、「できる限り情報の揃った文書により報告」し、「聞くタイプ」の上司には、「説明資料は簡単なものにとどめ、詳しくは口頭で説明」するなどのコツを伝授しています。
 本書は、役所で生きていこうとする人にとっては、役に立つ一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のタイトルは、『NPM実務の考え方・進め方』ですが、どちらかというと、『NPMの考え方・実務の進め方』という感じです。「NPMの考え方」のテキストとしてはよくまとまっていますし、「実務の進め方」としてはさまざまなノウハウが詰まっています。
 ただし、自治官僚の悲しいところか、テキストとしての性格上か、法律で定めた「あるべき姿」をベースにして「実務」を論じているところが残念です。


■ どんな人にオススメ?

・NPMの理想と実務の乖離を目の当たりにしたい人。


■ 関連しそうな本

 大住莊四郎 『ニュ-・パブリック・マネジメント  理念・ビジョン・戦略』 2005年01月23日
 大住 荘四郎 『パブリック・マネジメント―戦略行政への理論と実践』 2005年05月06日
 Ewan Ferlie, Lynn Ashburner, Louise Fitzgerald, Andrew Pettigrew 『The New Public Management in Action』
 南 学, 小島 卓弥 編著 『地方自治体の2007年問題-大量退職時代のアウトソーシング・市場化テスト-』 2005年08月22日
 南 学 (編著) 『行政経営革命―「自治体ABC」によるコスト把握』
 野田 由美子 『民営化の戦略と手法―PFIからPPPへ』 2006年01月30日


■ 百夜百マンガ

ドッジ弾平【ドッジ弾平 】

 小学校のドッジボールブームを巻き起こした作品。
 子供向け漫画はあたるとでかいのです。

2007年9月20日 (木)

広告に恋した男

■ 書籍情報

広告に恋した男   【広告に恋した男】(#973)

  ジャック・セゲラ (著), 小田切 慎平, 菊地 有子 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  晶文社(1984/11)

 本書は、広告界の「恐るべき子供」と呼ばれ、全くのゼロからスタートしてわずか10年で、日本でいえば電通や博報堂と並ぶ広告会社を出現させ、保革逆転を成し遂げた選挙キャンペーンをフランスで成し遂げた男、ジャック・セゲラがその半生を語ったものです。
 「こうしてルー・セゲラ社が生まれた 1969年」では、薬剤師だった著者が、仕事に嫌気が差して、「フランスの車による初の世界一周」という冒険旅行に乗り出したことで広告と出会ったことが語られています。その旅行中には、東京の西武デパートで、8時間マネキン人形のフリをして人だかりを作り、インドまでの旅費を手にしたことが語られています。
 また、詩人ジャック・プレヴェールに出会った著者が、「広告というものへの恋」に落ち、プレヴェールから、「新しい分野を掘り起こす、それが才能っていうものだ。俺たちの時代は、映画だった。だからこそ映画に飛び込んでいったんだ。君たちの時代は、広告だよ」という言葉を掛けられたことを語っています。
 「まるでライオン狩りに行くみたいだ 1970年」では、戦後ずっと二つの広告会社に支配されてきたフランス広告界に、「一ヶ月ごとに新しい広告会社が生まれていた」状況を、「映画界に遅れること十年、広告界にもヌーベル・ヴァーグがやってきたのだ」と語っています。
 「海辺の村、まるごと売ります 1971年」では、食前酒メーカーの広告用に、1万軒のカフェにオウムを贈り、「おーい! ベルノ一杯」と言わせる、という企画を思いついた著者が、まず50羽のオウムを輸入したが、オウムが一人の主人からしか言葉を覚えず、他の鳥と一緒ではダメだということを知り、「この計画を実現するには、一万人の調教師が、三週間つきっきりで教えなければならない」ことが明らかになって頓挫したことが語られています。
 「巨匠ダリをくどくには 1972年」では、ニューヨークのカフェでダリと待ち合わせた著者が、「普段でもダリのあの奇矯さは少しも変わりない」ことに驚き、さらにダリの拝金主義にも振り回された経験を語っています。
 「ボスたちにつぶされてたまるか 1974年」では、モロッコの観光キャンペーンに関して、「広告は恋と同じで、決してあきらめないことが勝利につながる」と語っています。そして、マールボロのカウボーイを例に挙げ、「イメージを反復するのではなく、再生産するのが広告のアートなのだ。ポール・ヴァレリーの海のように絶えず生まれ変わり、偉大な芸術家のように一貫性を持っている」と語っています。
 また、「広告会社の毎日は、短編小説のようだ。ひとつが終わって悲しみにひたっていたかと思うと、すぐに次のが始まり、新しい冒険に夢中になって、前の不幸などいっぺんに忘れてしまう」と語っています。
 さらに、クリエイティブとしてフランス中を飛び回り、印刷所で製版工に会っている間に、広告界のお偉方たちが、「電話一本で我が社の仕事をかっさらっていった」ことに衝撃を受けた著者が、「クリエイティブから経営者に転身する潮時」を感じ、「広告界のボスたちに、決闘を挑むときが来た」と心に決めたことを語っています。
 「フランスをノーブランド商品でうめつくせ 1976年」では、「文学者にゴンクール賞が科学者にノーベル賞があるように」、「プロデュイ・リーブル(自由製品)」によって、著者が「真の広告人になった」と語り、後にこの広告が、「過去三十年間の最優秀広告」に選ばれたことを誇らしげに語っています。
 一本の電話から突然訪れたカルフールの創立者ドゥニ・デュフォレイから、「メーカー主導の時代、流通主導の時代に引き続いて、商品の第三世代が到来する」として、「プロデュイ・ブラン(無印製品)」の市場投入キャンペーンを持ち込まれたことや、コンセプト・ワークの間に、「無印製品」は「自由ブランド」になり、「プロデュイ・リーブル(自由製品)」へとコンセプトが発展していったこと、フランス広告界からは、「これは、商標に対する宣戦布告にほかならない。もしこのキャンペーンを実施するというのならば、われわれはあくまでも君たちと戦う」と反撃されたこと等が語られています。
 そして著者は、「業界の連中は、天井桟敷から野次を飛ばしていたが、一般の人たちは大喝采だった。広告というのは芝居と同じで、観客が王様なのだ」とキャンペーンの大成功を語っています。
 「ミッテランの選挙キャンペーンを手がける 1977年」では、社会党のポスターの依頼を受けた著者が、仕事を引き受ける条件として、
(1)ミッテラン本人と最低一時間会うこと。
(2)ミッテランの判断を最高決定とすること。
という2つの条件を出したことを語ったうえで、「母親から子供が生まれるように、広告というのは、広告主から生まれるものなのだ。広告マンは、自分に広告を生む力があると思っているが、実は助産婦にすぎない。広告マンにとって、本当の才能とは、人の話を聴くことだ」と語っています。
 そして、一週間でできたポスターに党の承認をとるために二ヶ月もかかり、そのやり取りの中には、
「砂の上を歩くフランソワ・ミッテランというのは、社会主義が砂上の楼閣ということだ!」
「とんでもありません。砂漠を超えるということですよ」
「この空は、嵐の空としか見えないがね!」
「空は、いつでも希望のシンボルです」
というバカバカしいものまであったことが語られています。
 このキャンペーンの成功後、さらに政治広告を手がけた著者が、「三度、党派を乗りかえた」ことに対して同業者から裏切り者扱いされたことについて、「広告マンというのは、いわば通信技師だ。自分が何かを言うのではなく、メッセージを伝えるだけなのだ。だから、嘘や伝達に値しないものではないかぎり、あらゆる情報を送る用意がなければならない」と語っています。
 「アメリカ上陸作戦 1979年」では、著者の最初の職業である「薬剤師」は、「毎日毎日、病人ばかりを見ている暗い仕事」で、次の「ジャーナリスト」は「破局(カタストロフ)しか報道しない」のに対して、「今の仕事は、幸福を売ることができる。それなのにどうして幸せが見つからないのだろう。広告をやっているなんて、母さんには言わないでくれ。安酒場のピアノ弾きだと思うから。広告というのは、消費社会の吹き溜まりでピアノを弾いているようなものだ」と語っています。
 「広告マンは現代の道化師だ 1980年」では、「広告の皮相性は、それ自体に価値があるのだ。ぼくは、広告に感動を覚える。受けた衝撃は、癒えることはない。ただ栄光だけが、その傷を浄化することができるのだ。広告マンは、現代の道化師、実業界の綱渡り芸人、消費社会の軽業師だ。そして彼の手には、幸福を生み出す強力な道具がある」と語っています。
 そして、「ぼくは、なんのてらいもなく、広告は世界を救うと言い切れる。新聞、映画、文字、音楽、絵画は、人々が語り合い、互いに耳を傾けあうために、手を差し伸べている。広告も、そのひとつなのだ。コミュニケーションがあれば、平和が保たれるが、これがなくなれば、戦争になる」と語っています。
 本書は、広告が熱かった時代を切り拓いてきた当事者によって語られた広告の歴史です。


■ 個人的な視点から

 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』も、企業から広告費を集めて世界一周する企画なのですが、フランスではこの手の企画が一般的なのでしょうか。日本だと、電波少年にしてもグレート・ジャーニーにしてもテレビ番組の企画になることが多いようですが、雑誌や新聞では見かけない気がします。


■ どんな人にオススメ?

・広告とは何かを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 デイヴィッド・オグルヴィ (著), 山内 あゆ子 (翻訳) 『ある広告人の告白』 2007年01月02日
 クロード・ホプキンス (著), 臼井 茂之, 小片 啓輔 (監修), 伊東 奈美子 (翻訳) 『広告でいちばん大切なこと』
 ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』 2006年02月16日
 榊 博文 『説得と影響―交渉のための社会心理学』 2006年02月23日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日


■ 百夜百マンガ

学園帝国 俺はジュウベイ【学園帝国 俺はジュウベイ 】

 サンデーが引っ張り出してきた大型原作者。ゲームの世界では知らない人はいない人ですが、マンガの原作としてはちょっと滑った感じです。

2007年9月19日 (水)

リーディング・ザ・レボリューション

■ 書籍情報

リーディング・ザ・レボリューション   【リーディング・ザ・レボリューション】(#972)

  ゲイリー ハメル (著), 鈴木 主税, 福嶋 俊造 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  日本経済新聞社(2001/01)

 本書は、『コア・コンピタンス経営』で知られる著者が、活動拠点を大学からシリコンバレーのコンサルティング会社「ストラテゴス研究所」に移し、「世界的な企業と仕事をする機会」に恵まれ、さまざまな企業が持つ、「ラディカルなイノベーションを求める能力を企業の内部に深く組み入れようとする情熱」に触れてきた経験をベースに著したもので、「経営者が取りがちな表面的で安易な対応策を否定すること」を目的としたものです。
 第1章「進歩の終わり」では、「われわれは、いまや新しい時代に入ろうとしている。革命の時代だ。しかし、頭では新しい時代の到来を理解しているが、不安にかられているのが実態だ」と述べ、「現在では、ゆっくりと進化していく企業は既に絶滅の道をたどっていると言ってよい」と語っています。
 そして、「ビジネス・コンセプトを変革するのは、革命の時代に競争優位を再定義するようなものだ」と述べ、「将来の成功をかちうるために不可欠なのだ」と解説しています。
 また、革命の時代には、ビジネス・モデル間のみならず、「イノベーションのシステム」をめぐっても競争が起こるとして、新しい産業秩序は、「従来とはまったくタイプの異なる革新の産物」であり、「人間の想像力を駆使することで達成されるイノベーション」であると述べています。
 第2章「期待は高まり、収益は減る」では、「収益逓減の袋小路から抜け出すには、まず現在とっている戦略、後生大事にしてきたビジネス・モデルがもう役に立たなくなったと認識すること」であり、「昨今は、ビジネス・モデルの寿命が短くなっている」と述べています。
 そして、「戦略の陳腐化を素直に認め、新しい富を創造する気概は、戦略を変革するための絶対条件だ」と述べています。
 第3章「ビジネス・コンセプトのイノベーション」では、ニュー・エコノミーにおいて、「イノベーションを考える基準は製品や技術でなく、ビジネス・コンセプトである」と述べ、ビジネス・コンセプト変革の目的は、「産業や競争の領域に、戦略的な多様性を持ち込むこと」であると述べています。
 そして、ビジネス・コンセプトのイノベーションは、厳密に言えば競争戦略ではなく、「競合他社との正面衝突を避けるもの」であり、「攻撃よりも回避に重きをおいている」ものであると解説しています。
 また、ビジネス・モデルの構成要素として、
・コア(中核)戦略
・戦略的資源
・顧客とのインターフェース
・価値のネットワーク
の4つの部門を挙げ、これらの構成要素は、
・コア戦略←行動のコンフィギュレーション→資源ベース
・コア戦略←顧客の利得→顧客とのインターフェース
・資源ベース←企業の境界(守備範囲)→価値のネットワーク
の3つの「ブリッジ要素」によって結び付けられていると解説しています。
 さらに、ビジネス・コンセプトに備わる富の可能性の実現にあたって考慮すべき点として、
・ビジネス・コンセプトが顧客に利得を提供するにあたって、どの程度の効率性があるか。
・ビジネス・コンセプトにどの程度の独自性があるのか。
・ビジネス・コンセプトの構成要素が、どれほど適合性があるか。
・ビジネス・コンセプトが、平均以上の利益を生み出す源泉となる利益ブースター(利益を増進するもの)を、どれほど活用できるか。
の4点を挙げています。
 著者は、「新しいビジネス・コンセプトを革新する構想をめぐらしたり、ビジネス・モデルの優劣を決めたりする本能的な能力」が必要な理由として、
(1)洞察力を働かせば優れたビジネス・ケースが築けること
(2)現行のビジネス・モデルから脱皮するには、想像力と忠誠心が必要であること
の2点を挙げています。
 第4章「自分の視点から未来を見よ」では、「戦略の本質は、その多様性につきる」と述べ、「企業の想像力を解き放つ前に、自分自身の想像力に枠をはめるタガを外し、社内で次々と新しい視点を提供できる存在になることが必要だ」と述べています。そして、「斬新な大きいことをしようとするなら、周囲から笑われるようなことをしなくてはならない」というマーク・アンダーセン氏の言葉を紹介しています。
 また、史上最高の子供向け番組になった「セサミ・ストリート」の例を挙げ、「あれか、これか、という『OR』の問題にぶつかった」ときには、「二者択一の必要をなくすような新しい解決法を探すこと」を薦めています。
 第5章「企業の反逆者たち」では、「イノベーションは、許可を得て着手する性質のものではないことは明らか」であり、「革命家自身が決定すべき問題だ」と述べ、「今以上に影響力をもつ方法を習得し、企業内で存在感を大きくする必要がある」と語っています。
 そして、全ての企業の構成モデルとして、
(1)業務モデル:組織の形態、業務内容、顧客との関係、業務プロセスなど、日常業務にかかわりのある部分を詳細に述べたもの。
(2)ビジネス・モデル:ビジネス・コンセプトの構成要素について行った選択。
(3)メンタル・モデル:個人レベルで、業界で成功するための原動力として認識されている信条。
(4)政治的モデル:企業内の権力分布、とくに「メンタル・モデル」を補完する権力分布を述べたもの。
の4つのモデルを挙げ、「ビジネス・モデルのイノベーションには、まず企業の中心に居座っているメンタル・モデルを移動させることが不可欠だ。そのためには、企業に深く浸透している信条を覆さなければならない。メンタル・モデルとビジネス・モデルの接点をずらす必要がある。そのためにはあまのじゃくにならなければならない」と述べています。
 著者は、企業の反逆者の例として、IBMを「ネット関連ビジネスに先鞭をつけ、他社に先んじ」させた「何人かの活動家」を紹介しています。ジョン・パトリックとデビッド・グロスマンは、「ウェブに取り組む準備段階」として、「Get Connected(接続しよう)」と題された9ページの宣言を起草し、「IBMがウェブに真剣に取り組むための条件」として、
(1)社内連絡にはeメールを活用し、書類は減らす。
(2)従業員のすべてにeメール・アドレスを与える。
(3)経営幹部と顧客や投資家をオンラインで直結する。
(4)顧客とのコミュニケーションを円滑にするため、ホームページを開設する。
(5)レターヘッドや名刺など、あらゆるものにウェブ・アドレスを印刷する。
(6)eコマース促進のためにホームページを活用する。
の項目に分けて述べていることを紹介しています。
 また、ソニーの「デジタル革命家」として、「ソニー・コンピュータエンタテイメント」の産みの親である久夛良木健を取り上げ、ライバル会社となった任天堂に協力しつづけるために、経営幹部の支援が必要となったことや、「社内では孤立感を味わい」孤独だったこと、「ソニー・コンピュータエンタテイメント」というプロジェクト名には、「チップの開発で培った技術が、ソニーをテレビゲームをはるかに越えた高みにまで導くことを想定した壮大な名前」であり、当時の大賀社長は「大げさ」だと思い気に入っていなかったことなどが述べられています。
 この他、ロイヤル・ダッチ・シェルにおいて、「再生可能なエネルギーこそ、シェルの将来の可能性が秘められていると確信」し、エネルギー部門の計画を策定したジョルジュ・デュポンロックを取り上げています。
 著者は、4人の活動家が、「4人とも組織の中で働いており、不満分子を引っ張り出して彼らの精神を鼓舞した。容認されなかったプロジェクトを指導し、最終的には世界的な規模と複雑な組織を持つ企業の運命を変えるほどの仕事を成し遂げた。彼らこそは、市民レベルの活動家だ」と述べています。
 第6章「それ行け、反乱だ!」では、「企業内で反乱を起こす方法」として、
・ステップ1:視点を確立する
・ステップ2:マニフェスト(宣言)を起草する
・ステップ3:連合を作る
・ステップ4:ターゲットを決め、タイミングをつかむ
・ステップ5:反対勢力の吸収と制圧
・ステップ6:翻訳者を見つける
・ステップ7:小さな勝利、初期の勝利、こまめな勝利
・ステップ8:孤立し、浸透し、統合する
の8つのステップについて解説しています。
 また、「活動家の価値観」として、
・誠実であること
・思いやりがあること
・謙虚であること
・実利主義
・勇敢であること
の5点を挙げています。
 第7章「年齢を重ねた革命家たち」では、「伝統にどっぷりとつかっている既存の企業ですら、会社ぐるみで年齢を重ねた革命家に変身させることができる。逆に、活動家を公式に支援しなければ、企業は革命の時代に課される二つの挑戦を受けて立つことができないだろう」と述べ、
・企業の再生
・業界の再生
という2点を挙げています。
 著者は、「年齢を重ねた革命家に学ぶ教訓」として、エンロンの例を挙げ、
・市場を、その種類を問わず効率的にしようとする情熱。
・商取引や裁定取引のようなコア・コンピタンスに基づく、ビジネスの境界の大局的な定義。
・新しい富の想像を目指して市場を求める活動的な社風。新人のアイデアでも無視せずに検討するシステム。
・創造的で活力あふれるスタッフをエキサイティングな新しい機会に起用できる開かれた人材登用制度。
・熱意ある起業家が自ら想像した富の一部を報酬として与えられるシステム。
・技術や経営資源が自由に組み合わせられる柔軟な組織。
の6つの要素が重要であると述べています。
 また、シスコの「パックマン・スタイルの買収プロセス」が、「革命的なイノベーションがつづく業界で、会社が生き残る鍵」であったと述べ、シスコの買収戦略が、「業界全般に生じた技術の転換に対応する形でつくりあげられる」ものであると解説しています。
 著者は、本章で取り上げた、エンロン、シュワブ、シスコの3社に共通する「企業自体と業界を継続的に再生する能力」に関して、「高邁な理想、新しい意見を積極的に探し、聞き入れる企業文化、柔軟な組織の枠組み」などが共通した性質であるとした上で、それぞれの独自性として、
・エンロン:肥沃な農地を耕すスタイルのイノベーションを採用しており、コア・コンピタンスを利用して定期的に新しい市場を開拓している。
・シュワブ:らせん階段を登りつめていくスタイルで、顧客である投資家に優れたサービスを提供したいという飽くなき情熱が根幹にある。
・シスコ:技術革新の猛烈なスピードを考えると、外部からイノベーションを導入するしかなかったのかもしれない。
等の点を挙げています。
 第8章「イノベーションをデザインするための法則」では、「必然的かつ永続的にイノベーションを志す企業を作り上げる」法則として、
・デザインの法則1――理不尽な期待
・デザインの法則2――柔軟なビジネスの定義
・デザインの法則3――理想
・デザインの法則4――新しい声
・デザインの法則5――オープンなアイデア市場
・デザインの法則6――オープンな資本市場
・デザインの法則7――オープンな人材市場
・デザインの法則8――リスクの小さい実験
・デザインの法則9――細胞分裂
・デザインの法則10――個人への報酬
の10点を挙げています。
 そして、「あなたの会社にも、きっと革命家がいるはずだ」と述べた上で、「問題は、革命家に発言の機会を与えるプロセスがないことだろう。革命家は孤立し、無力感を味わい、社内にいるはずの熱意ある同僚とも切り離されている」と語っています。
 第9章「新たなイノベーションのためのソリューション」では、「ラディカルなイノベーションを実行する能力」を培うために、
・イノベーションを実行する能力に投資すれば、相応の見返りがある。
・企業には、潜在的な想像力や活用されていない起業家精神が眠っている。
・イノベーションを企業の組織的に能力にすることができる。
の3点を信じて行動することが必要だと述べています。
 また、「マネジメント・プロセスが、イノベーションを阻害してしまうケース」として、
(1)マネジメント・プロセスは、年次計画に合わせて進行していくのが暗黙の了解事項である。
(2)マネジメント・プロセスは普通、成長よりも安定を優先する。
(3)マネジメント・プロセスは、既存のビジネス・モデルを出発点として考えることが多い。
の3点を挙げています。
 本書は、企業の中で孤立している「革命家」にとって、行動の指針となりうる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、C・K・プラハラードとの共著『コア・コンピタンス経営』で知られていますが、本書の前書きにもあるとおり、活動の軸足を大学からコンサルティング会社に移し、その成果が本書に反映されています。
 本書の内容はもちろん素晴らしいものですが、『コア・コンピタンス経営』が登場したときのインパクトというか、新鮮さという点ではややおとなしく、その主張は比較的よくあるタイプのものになっています。
 スモールワールド・ネットワークの理論でネットワーク研究に革命を起こしたダンカン・ワッツも、理論の世界から現実の企業組織にその分析対象を移したとたんに、結論としては、ありきたりな分析になってしまいましたが、理論の世界での革命家が、必ずしも実務の世界でも革命を起こせるわけではないようです。


■ どんな人にオススメ?

・企業の中の「革命家」の人たち。


■ 関連しそうな本

 ゲイリー ハメル, C.K. プラハラード (著), 一條 和生 (翻訳) 『コア・コンピタンス経営』 2005年02月09日
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 2006年01月06日
 別冊宝島編集部(編) 『わかりたいあなたのための経営学・入門』 2005年01月26日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
 若松 茂美, 織山 和久, 上山 信一 『変革のマネジメント―明るい「リストラ」を考える』 2005年08月10日
 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日


■ 百夜百マンガ

コンパイラ【コンパイラ 】

 どの作品でもなんとなくつながっている、という作風は永井豪を髣髴とさせますが、パロディに塗り固められているところが楽しいです。

2007年9月18日 (火)

ネットワーキングへの招待

■ 書籍情報

ネットワーキングへの招待   【ネットワーキングへの招待】(#971)

  金子 郁容
  価格: ¥693 (税込)
  中央公論社(1986/08)

 本書は、「ネットワーキングという観点から、わが国の経済社会に今起こりつつある変化の息吹を伝え、社会変容のプロセスを解明するための一つの考え方を提供すること」を目的としたものです。ただし、この場合の「今」は、出版当時の、昭和60年代初頭である点に注意が必要です。
 第1章「ネットワークとは何か」では、ネットワークを、「複数の『モノ』がある程度持続性のある何らかの関係を基礎にある種のまとまりを形成しているもの」と定義し、「ネットワーキング」とは、「一般にはネットワークが形成される過程を指す」とともに、「その背後にある個と個の関係、個と全体の関係、組織の作り方、等に関する個人的な思想やコンセプトを表現する言葉」であると述べています。
 また、関東地区の日用雑貨卸数社が共同出資した共同販売を目的とするネットワークである「グルッペ」に関して、参加者が遵守すべきルールとして、
(1)価格などの販売条件に関してグルッペ本部が決めた規則に従うこと
(2)グルッペ本部の定めた最低の品揃えを確保すること
(3)取引先の小売店との受発注オンライン化を推進すること
(4)共同販売に関連する研究会に積極的に参加すること
の4つのルールを紹介し、「これらのルールが与える保証が顧客である小売店ボランタリーチェーン、取引先での帳合指定権を持つメーカーの双方を納得させる武器になった」と解説しています。
 そして、ネットワークという見地から、グルッペが持つ「注目すべき点」として、
・参加メンバーが自分のメリットを追及するために自発的に集まったものでありながら、それぞれのメリットの追求は相互に依存しあうことによって初めて可能になっているという、微妙で精巧な関係を実現している。
という点を指摘しています。
 さらに、本章で取り上げた、プロジェクトJ、LANET、グルッペのような参加型ネットワークの特徴として、「メンバーが主体性を保有したまま結合する」点を指摘し、その理由として、「ネットワークに属することで自分一人では得られないメリットがあると自主的に判断する」ことを挙げ、ネットワークの意思決定には、「メンバー全員の合意が原則」であると述べています。
 第2章「生活情報ネットワーキング」では、企業活動を情報という見地から捉え、そのエッセンスは、「意思決定」と「技術」であると述べています。そして、「企業の情報化」を、
(1)情報収集システムを作ること
(2)システムを通じて得られた情報をできるだけ意思決定に使用しやすい形に記述すること
(3)意思決定そのものの効率化を図ること
(4)記述された情報と意思決定の効果的インタラクションを図ること
の4つのフェーズに分けて解説しています。
 第3章「中小企業ネットワーキング」では、中小企業ネットワークの動向の発祥地とされている「ファルマ」を取り上げ、1970年代の大学紛争を経験してきた薬科大出の数人が、「山小屋経営をしようか、薬局をしようかと迷った末始めた」ものであり、「大阪地区を中心に200点ほどを通信ネットワークで結び、取扱高も年間百億円を超えている」と紹介しています。
 また、ネットワークの共有レベルを、
(1)ハードウェア(及び通信プロトコル)の共有
(2)ソフトウェアの共有
(3)外生情報の共有
(4)内生情報の共有
の4つの共有レベルで示した上で、情報共有のディレンマとして、「外生情報を共有すると全体の効率は得られるが、その見返りとして新しい競争原理に対処しなければならなくなる」という事態が発生すると解説しています。
 さらに、企業間ネットワークにおける「競争」という言葉が持つ二重の意味として、
(1)ネットワーク内競争:同じネットワークに属す企業間の競争
(2)ネットワーク間競争:ネットワークをユニットとしてみた場合自分の属すユニットと他のユニットとの競争
の2点を挙げ、企業間ネットワークが持つディレンマは、「ネットワーク間競争に勝ち残るためにはネットワークの共有レベルを高くする必要があるが、それはネットワークない競争の激化をもたらす結果になる」ことを述べています。
 第4章「情報を考える枠組み」では、情報が「ハッキリしている」かどうかという基準、すなわち、「そのものが他のものと区別できるかどうかということについての約束が成立しているか」を基準として、コード化できる「ハッキリした」情報を「コード情報」と名づけ、一方で、「コードでは表しにくいもの、その雰囲気、やり方、流儀、身振り、態度、香り、調子、感じなどより複雑に修飾された情報」を「モード情報」と名づけています。
 また、コンピュータが、「やり方の決まっている判断しかできない」というよりも、「やり方の決まっている判断しかさせてもらえない」と述べ、「コンピュータにできなくて人間にできること」は、「われわれが、自分自身、どうしてそうするか分からないでする判断」であると述べています。そして、人間のそういった判断に関して「決定的に重要な点」は、「それが何かと明確に言えない、ある種の『まとまり』というか、『雰囲気』というものがある」と指摘しています。
 第5章「メディアとしてのコンテクスト」では、「直感の発生のおおもとは、それぞれの人の個人的体験とか個人的確信というものである」と述べ、そのような直感が、「ある意味での一般性ないし客観性を持つこと」によって、「個人のワクを超え、他とつながる」ことができ、その人は、「主観的客観性を獲得した」ということとしています。
 本書は、20年前の本ですが、今では当たり前になったネットワーキングについて、事例が少ないが故に、かえって技術に惑わされずに深く考察を行った一冊です。


■ 個人的な視点から

 20年前の本で当時最先端のネットワーキングの状況を知る、というのはなんだかとっても昔の話のような気がします。単に20年前ということ以上に、当時こういう社会の変化が起こり始めていたことを知るということが新鮮です。


■ どんな人にオススメ?

・社会はネットワークだと思う人。


■ 関連しそうな本

 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『複雑ネットワークの科学』 2005年11月18日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
 スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ』 2006年04月18日


■ 百夜百マンガ

ふしぎふしぎ【ふしぎふしぎ 】

 現在はペンネームも変わり、結構絵柄が変わっているようです。演歌歌手などでは芸名を変えることが少なくありませんが、マンガ家も色々なペンネームを渡り歩くのも悪くないと思います。

2007年9月17日 (月)

外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!

■ 書籍情報

外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!   【外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!】(#970)

  奥井 規晶
  価格: ¥1470 (税込)
  日経BP社(2003/04)

 本書は、日本IBMから戦略コンサルタントに転身した著者が、転職直後の「敗北感と屈辱感、自己嫌悪に満ちた、私の人生において最も長い1年間」に身につけた「不安でも仕事ができコツ」を解説しているものです。著者は、これらのコツの中でも、
(1)百ミツの法則:本質的に重要なことだけを取捨選択する
(2)タテ・ヨコ思考:全体を構造化して理解する
(3)So What?×3:理解を深める
(4)3軸理論:ひとひねり加えて付加価値を増す
などを挙げ、「これらをマスターすることで、私の生産性は明らかに3倍以上向上した」と述べています。
 序章「『3倍速仕事術』のススメ」では、著者が「SE→プロジェクトマネジャー→ITコンサルタント→大企業の管理職→経営コンサルタント→経営者」とキャリアを積む中での実感として、「年収は仕事のスピード感覚に比例する」と述べ、経営コンサルタントは、「スピード感覚は経営者と同等かそれ以上でなくてはならない」と語っています。
 「タテ・ヨコ思考」については、「タテ・ヨコの分類が最も視覚的にわかりやすく全体構造を理解しやすい」と述べています。
 「So What?×3」については、「他人に対してではなく、自分に対して繰り返して」、「So What?(だから何なの?)」と問い直すことで、本質を掘り下げると述べています。
 「3軸理論」については、「物事を『時間』、『視座・立場』、『アナロジー』の3軸でとらえ、何か面白くて付加価値のありそうな『ひとひねり』を捻出すること」であると述べています。
 著者は、これらの「3倍速仕事術」の「コツ」を身につけた上で、どんどん仕事が増えていった上で真価を発揮するのが、「3倍速時間管理術」であると述べ、そのコツとして、
(1)「百ミツの法則」にしがたい、仕事の優先順位の高いものから3つだけに注力する。
(2)すべての仕事は、3倍速で集中できる単位(タイムスロット)に分けて管理する(タイムスロットマネジメント)
(3)常に複数の仕事を同時並行で進める(コンカレントワーキング)
(4)夜は残業せず、休みには好きなことをする(ノーオーバータイム)
の4点に集約しています。
 第1章「『百ミツの法則』でムダを消そう!」では、外資系コンサルティング会社の経営者として「バルクタスク(膨大な量の仕事)」に取り組む著者のタイムマネジメント法として、「とりあえず3つだけコンカレントにできる重要な仕事を選び、それらに常に注力する」一方で、「あまり重要でない仕事はそのタイムスロットの合間にこなす」と述べています。
 第2章「『タテ・ヨコ思考』と『So What?×3』」では、「タテ・ヨコ思考」の作業として、
(1)キーワードを洗い出す
(2)タテ・ヨコのグラフ、または表にして見る
(3)もれがないかを検証する
の3つを挙げ、これらの作業によって、「物事や課題を分類し、全体構造を把握して分析する」と述べています。
 また、「So What?×3」を、「ロジカルシンキング」的に言うと、「ロジカルツリーを3段階層化すること」であると述べ、その基本形として、
(1)What:構造を掘り下げる
(2)WHy:原因を掘り下げる
(3)How:どうすべきかの解決策を掘り下げる
の3点を挙げています。
 第3章「本質をつきつめ賢く説得する『3軸理論』」では、「3軸理論」は説得の場の「最後の一押し」で使われる理論であるとして、
・時間軸――時間の観点から新しい切り口を示し、納得間を加える
・視座・立場軸――視座を変えて客観性を持たせる
・アナロジー軸――わかりやすい話に置き換えて納得間を増す
の3つの観点を示しています。
 第4章「実践・『3倍速時間管理術』」では、「よくできる人」を、「工夫の度合」と「やる気」の2つの軸から、
       <工夫の度合>
          高
 C        ↑ A
   世渡り上手  | 典型的エリート
低←――――――――+――――――――→高<やる気>
 D        | B
   ダラダラ   |  がむしゃら
          低
の4つのタイプに分類し、「工夫」を積極性の高い順から、
(1)段取りをよく考えて効率のよいやり方を探る
(2)よく知っている人に聞いて効率のよいやり方や答えを教わる
(3)誰かにやらせてしまうか断ってしまう
の3つ挙げています。
 本書は、いつも仕事に追われている自分から抜け出したいひとには一読の価値のある一冊です。


■ 個人的な視点から

 「3倍速仕事術」という言葉を聞いて、
「よし、今と同じ時間で3倍の仕事ができるぞ」
と思うか、
「今の3分の1の時間で、今と同じ仕事ができるぞ」
と思うかで人間のタイプが分かれるような気がします。
 ただし、毎日深夜まで残業して人の「1.5倍」の仕事をしている人が、「3倍速仕事術」を使えば「4.5倍」の仕事ができるかといえばそういうものでもなく、本書の内容的には、残業しない(ノー・オーバータイム)で「3倍」の仕事をする、というイメージなのでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・仕事の「加速装置」(by『サイボーグ009』or『虎よ、虎よ!』)を身につけたい人。


■ 関連しそうな本

 デビッド アレン (著), 田口 元 (翻訳) 『ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則』 2007年09月09日
 デビッド・アレン (著), 森平 慶司 『仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法』
 Thomas A. Limoncelli (著), 株式会社クイープ (翻訳) 『エンジニアのための時間管理術』 2007年01月06日
 アレック マッケンジー (著), 倉田 良子 (翻訳) 『時間の罠(タイムトラップ)―タイム・マネジメント20の鉄則』
 梅森 浩一 『残業しない技術』 2005年05月15日
 行本 明説, 日本タイムマネジメント普及協会 『図解・仕事術 最強の時間力―タイムマネジメントの法則60』


■ 百夜百音

The Best of Simon & Garfunkel【The Best of Simon & Garfunkel】 Simon & Garfunkel オリジナル盤発売: 1999

 高校時代の英語の先生がS&G好きだったので、英語の時間に歌詞を配布されて聴かされました。当時の政治情勢はわかりませんが、今聴いてもいい曲です。

『Bridge Over Troubled Water』Bridge Over Troubled Water

2007年9月16日 (日)

百姓の江戸時代

■ 書籍情報

百姓の江戸時代   【百姓の江戸時代】(#969)

  田中 圭一
  価格: ¥735 (税込)
  筑摩書房(2000/11)

 本書は、江戸時代を政治の側からのみ捉えるのではなく、百姓の側から捉えることで、「江戸時代三百年、この国は世界に植民地を持つことなく、また、世界の経済にどっぷりと依存するような貿易も行わずにやってきた」ことを示しているものです。
 序章「『日本近世史』のあやうさ」では、定免制を、「役人の検地の不正、政治の腐敗を追及する民衆の検見制批判の声に応ずる対策として生まれたものであった」として、今日の歴史学者が「それを幕府の意図的な政策」であると、「江戸時代の社会を支配者と被支配者という、かなり一面的な構図で見てしまった」ことを批判しています。
 そして、「目の前に起こった現象の対策に過ぎない禁令に、構成の歴史家が政策のような目的を掲げることを間違っている」として、江戸時代の法が、「原因に関係なく結果だけをおさえようとするもの」であったと述べています。
 著者は、「江戸時代というのは封建社会ではなく、工業化以前の近代社会として捉えた方がよいのではないか」と述べ、
(1)支配者である武士と、支配される百姓・町人の間に封建的身分関係、つまり主従関係が基本的に存在しなくなる。
(2)江戸時代には、士・農・工・商というきびしい身分制度を定めてそれの職業を変えにくいようにしたと言うが、百姓・町人の間で農・工・商を分けることなど誰も考えていなかったし、できもしなかった。
の2点を挙げています。
 第2章「身分社会の終焉」では、「本来、士・農・工・商は職分であり、そのような職分を身分制度として説明すること自体ばかげているのであるが、書物は今もそれを変えることをしない」と指摘しています。
 第3章「法と制度のからくり」では、「だいたい制度とか禁令とかというものは、現に世の中にそれを必要とする状況が存在することによって生まれるものである。原因の部分を何も説明せずに法の意図だけを語ることには無理がある」として、田畑永代売買の禁令が、「年貢の徴収を確実にするため、できるだけ耕地面積と労力の均衡がとれるような政策」として生まれた、という日本歴史学の通説を、「支配者史観とでもよぶべきもの」であると批判しています。
 著者は、「田畑永代売買の禁令は、田畑を永代に売ってはならないと言っている」のであり、「三年季とか五年季とか、年季を限って売ることは売ることは問題がないものと受け取れる」と述べています。
 第4章「新しい社会の秩序」では、「こと百姓に関するかぎり、あらゆることがらが受身で描かれて」おり、「没落とかどん底というような絶望的なせりふだけが随所に充満」しているが、「これはきっとまちがいだろう。明治時代の日本を支えた人たち、つまり土地資本家も銀行家も醸造資本家も織物企業家も、みんな日本の村からおどり出てきた人々である。新しい資本主義のエネルギーは、すべて村から育っているのだ」と述べています。
 また、江戸時代の村に、百姓を拘束する取り決めが多いことに関して、「村の掟としてこのような厳しい秩序を決めることによってはじめて、村は成り立った」が、「そういう秩序を持つ社会を封建社会とする」これまでの見方を批判し、「多くの村の秩序は、封建社会を維持するために幕府や奉行所が作ったものではなく、村人が自分達の生活を成り立たせるため、自らの意思で作り出したものであった」と述べています。
 第5章「百姓の元気」では、「農民自給自足論」を、「近世護持論(幕藩体勢論)者の失敗」であったと述べ、その背景には、「もし村に住む百姓たちの商品生産への活発な動きを認めたら、武士による近世封建社会の確立という考え方自体が成り立たなくなってしまう、という危機感がにじみ出る。そこに幕藩体勢論の危うさがある」としています。
 そして、これまで「無高百姓の出現」について、「田地を持っていた村の百姓が、商品貨幣経済が浸透し、土地を多くもつ者がしだいに土地を少ししか持たない貧しい百姓の土地を集めたため、その結果として心ならずも土地を失って無高の百姓ができ、村は両極分解した」と考えられてきたが、「事実はそうではない。無高の百姓は、土地を売って無高になったのではなくて、最初から農業以外の仕事に従事するために分家したのである」と述べています。
 第6章「民意が公論となるとき」では、新井白石や徳川吉宗が、「民意を問い政治の刷新を実行しようとした背景は、元禄に検地が行われて以来、平百姓が増加し、村における発言権を増したことにある。そこのところが重要なのである」と述べ、それを、「全ての事柄を幕府の事情にのみ重点をおいて記述しているのはどんなものだろう」と指摘し、「幕府が民意に注目して政治を行うようになったことが大切なのである」と述べています。
 また、「百姓が定免制を支持した理由は、年貢が一定になれば営農の努力のし甲斐があるから」であり、「年貢の増徴が目的だったのなら、百姓がそれに賛成することはありえない」と述べています。
 第7章「村に学んだ幕閣」では、「少なくとも、歴史を因果関係としてみることなく、前後の脈絡も考えずに収奪策とか圧制とか言ってのける幕藩体勢論は、歴史研究の方法として穏当ではない。もしこれが闘争の成果であるとしたら、その成果はその後国民によってどのように守られ発展したのかについて語られなければならない」と述べています。
 本書は、教科書で教えられてきた、江戸時代の村の姿、百姓の生活について、豊かなものの見方を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近、江戸時代に建てられた古民家の宿とかに行くことが多いのですが、美しい田畑の中に建つ立派な農家を見ると、農民がすべて豊かであったのではないにしろ、農村がそれなりの経済力を持ち、エネルギーを生み出してきた社会であったという本書の主張が実感できます。


■ どんな人にオススメ?

・江戸時代の農村の姿を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
 大石 嘉一郎 『近代日本地方自治の歩み』 2007年06月12日
 阿部 恒久 『「裏日本」はいかにつくられたか』 2007年07月31日
 佐藤 常雄, 大石 慎三郎 (著) 『貧農史観を見直す―新書・江戸時代〈3〉』
 宮崎 克則 『逃げる百姓、追う大名―江戸の農民獲得合戦』
 田中 圭一 『村からみた日本史』


■ 百夜百音

My Thing【My Thing】 Tuomo オリジナル盤発売: 2007

 今時信じられないくらいの能天気さも、NOKIAの国の人が歌っていると聞くと、なんとなく納得させられてしまいます。

2007年9月15日 (土)

バージェス頁岩 化石図譜

■ 書籍情報

バージェス頁岩 化石図譜   【バージェス頁岩 化石図譜】(#968)

  デリック・E.G. ブリッグス, フレデリック・J. カリア, ダグラス・H. アーヴィン (著), 大野 照文, 瀬戸口 美恵子, 鈴木 寿志, 山口 啓子 (翻訳), チップ クラーク
  価格: ¥5670 (税込)
  朝倉書店(2003/09)

 本書は、チャールズ・D・ウォルコットによって、20世紀初めに発見されたバージェス頁岩から発見されたカンブリア紀の生物の化石の図譜です。
 第1章「研究史」では、「古生物学の研究のほとんどは、生物の生鉱物化した骨格化石に基づいて」いて、「軟体部の詳細が保存されるのは、珍しいことである」とバージェス頁岩の重要性を紹介しています。
 そして、バージェス頁岩の動物の類縁関係に関する理解が、新しい情報と技術・研究方法によって深まり続けていると述べています。
 また、バージェス頁岩動物相の研究が社会全般に知られるようになったのは、グールドの『ワンダフル・ライフ』が出版された1989年以降であると述べています。
 第2章「地質概要と化石の保存」では、バージェス頁岩化石の保存に決定的な役割を果たしたと思われる「カテドラル海底崖」について、そのメカニズムを解説しています。
 また、バージェス頁岩化石の保存の良さを表す「驚くべき特徴」として、「雲母とよく似た組成」を持ち、「光を当てると非常によく反射すること」を挙げています。
 第3章「カンブリア紀の放散」では、「原生累代後期からカンブリア紀初頭にかけて、きわめて多数の系統で多様化が起こったことから、この突然で爆発的な進化的確信を説明するためのさまざまな仮説の提唱を促した」と述べ、議論が、「岩石中に記録されたカンブリア紀の放散についてのもっとも劇的な証拠」である、「成功物化した骨格の出現」に集中していることなどを解説しています。
 また、「バージェス頁岩動物相によって、カンブリア紀の放散についての知識が劇的に増大」したが、古生物学者たちが、カンブリア紀の放散が、「もっと広く生命の歴史について理解する上でどのような意義を持っているのか真剣に検討し始めた」のは過去25年間のことであり、「その研究は完成にまだまだほど遠い」と述べています。
 第4章「バージェス頁岩の化石」では、バージェス頁岩から見つかった、現在知られている125属のうち85属の写真と復元図が収められ、「一般書としては最もまとまったバージェス頁岩の生物の写真集である」ことが述べられています。
 Odontogriphus(オドントグリフス)は、「歯の生えたなぞなぞ」というピッタリの名前が与えられたバージェス頁岩のもっとも稀少な動物の1つであり、「体は幅が広く平坦で、胴には環状構造がある。頭部には、縁が8の字型の小さな構造があり、その縁には25の葉のような構造の痕跡がある」ことが解説されています。
 Haploperentis(ハプロフレンティス)には、「一対の湾曲した独特の付属肢(operculum)が開口部から外へと伸びている」が、ウォルコットがこの付属肢に娘の名にちなんで「ヘレンズ」(helens)と命名したことが述べられています。
 Canadia(カナディア)は、「光をよく反射する保存のされ方と、輪郭のはっきりした無数の剛毛」のおかげで、「華麗で最も写真写りがよいバージェス頁岩の化石の1つとなっている」と解説されています。
 Stephenoscolex(ステフフェノスコレクス)は、今まで2つの標本しか見つかっていない、「バージェス頁岩でもっとも稀な化石の1つ」で、「光を大変よく反射する薄い幕に覆われて保存されてる」ため、「輝く」あるいは「きらきら光る」を意味する「アルグトゥス=argutus」が付けられていると述べています。
 「バージェス頁岩の動物の中でもっとも有名なものの1つ」であるHallucigenia(ハルキゲニア)は、ウォルコットによって「多毛綱の環形動物」として記載されたものであったが、コンウェイ・モリスによって、「奇妙で夢幻的な特徴」に注目してハルキゲニアと名づけられ、1977年の復元では、「棘をまるで竹馬のように使って歩いており、その背中には7本の触手が水の中で揺れていた」というものであったが、1992年にL・タムスケルドによって、慎重に復元され、「バージェス頁岩動物相の不気味さの偶像ともなっていたハルキゲニアのイメージは上下逆さまで、しかも前後もあべこべだったことが確定した」と述べられています。
 Marrella(マレラ)は、ウォルコットによって"レースのようなカニ"と呼ばれ、バージェス頁岩の動物の中でもっとも豊富であったことかとや、ウィッティントンが、彼らを使って、「標本が堆積物の混濁した雲の様な流れによって運ばれ、さまざまな姿勢で泥の中に埋まったことをはっきり示した」ことが述べられています。
 Sarotrocercus(サロトロケルクス)は、海底面上ではなく、水中で生活していたと考えられ、「仰向けになって、同の足を水力に使って海水中を泳いでいたという形に復元」されていることを述べています。
 Pikaia(ピカイア)は、「原始的な脊索動物」であり、「私たち人類も属する門の最も古い一員であることが認識されている」ことが述べられています。
 バージェスの動物の中でもっとも有名かつ最大のものであるAnomalocaris(アノマロカリス)については、その体長が0.5mに達し、死体がバラバラになってしまっていたため、1982年にはその付属肢は「エビのような節足動物の胴体」と考えられたことが紹介されています。また、ウォルコットは、その円盤状の顎を「浮遊性のクラゲの一種」と考え、Peytoia(ペイトイア)と名づけていることが解説されています。
 バージェスの動物たちの異様さを表す図に必ず登場するもう一つの奇怪な生物であるOpabinia(オパビニア)は、5つの眼を持ち、長く突き出した吻の先端には物を掴むための棘が並んでいます。1972年にウィッティントンが新しい復元図を他の古生物学者たちに披露したときには、「大きな笑いで迎えられた」ことが紹介されています。
 本書は、世にも稀なバージェス頁岩の「モンスター」をたっぷり堪能することができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 海水浴場でアノマロカリスのい浮き輪を見かけた、と思ったら、ピザーラの「エビマヨ5号 ピザーラくんバージョン」の浮き輪でした。
 世の中には、浮き輪どころかバージェス・モンスターたちを「萌えキャラ」にしてしまう人たちさえいるくらいなので何でもありです。


■ どんな人にオススメ?

・バージェス・モンスターたちをもっと知りたい人。


■ 関連しそうな本

 アンドリュー・パーカー (著), 渡辺 政隆, 今西 康子 (翻訳) 『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』 2007年08月18日
 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』 2007年03月03日
 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上』 2007年06月30日
 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下』 2007年07月01日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 キム・ステルレルニー (著), 狩野 秀之 (翻訳) 『ドーキンス VS グールド』 2007年02月10日


■ 百夜百音

LAUGHIN'CUNTS UP YOUR NOSE【LAUGHIN'CUNTS UP YOUR NOSE】 ラフィン・ノーズ オリジナル盤発売: 1995

 「インディーズ御三家」と称されていましたが、当時、日本で「パンクロック」を名乗っていた音楽の多くが、「パンク」はファッションだけで中味は日本語フォークとかの方が近かったことにショックを受けました。その点、「心の旅」をカバーしてた有頂天は潔かったです。

2007年9月14日 (金)

黒川和美の地域激論―日本の問題、地方の課題

■ 書籍情報

黒川和美の地域激論―日本の問題、地方の課題   【黒川和美の地域激論―日本の問題、地方の課題】(#967)

  黒川 和美
  価格: ¥1800 (税込)
  ぎょうせい(2002/09)

 本書は、日本の問題、特に地域が抱える問題を中心に、公共選択論の第一人者である著者が鋭く切り込んだ一冊です。全13章が同じくらいの分量で収まっていることから、おそらく何かの雑誌への連載をもとにしたものではないかと推測されます。
 第1章「日本の問題、地方の課題」では、経済の運営原理として、「規制緩和、競争導入、自己責任、情報公開といった市場原理に基づくもので、小さな政府が求められている」背景として、国の財政破綻とそれに導かれる、「将来の大増税」と「公共サービスの市場原理に基づく供給」(NPM)が存在していると述べています。
 また、改革の方向として、「地方自治体の自治意識を高めることを結果的に阻害していた地方交付税制度の改善」を挙げ、国による補助事業ベースの公共事業を縮小し、地方自治体ベースの「コミュニティ型公共事業」を増やすことを主張しています。
 そして、国の仕事は、「垂直的所得の再分配や、国防や外交」など、「極めて限定」されたものになると述べています。
 さらに、公務員に求められる能力と役割して、
(1)起業能力とその事業の先行きを見通すことができる能力
(2)評価する能力・・・コントラクト・マネジャーの時代
の2点を挙げています。
 第2章「国の仕事をなくしてしまおう!」では、「今の国は債務返済機関として存在している状況」であると述べ、「弱い自治体が残ることで、財政調整役としての国の責任が顕著になり、政府や国会の存在理由を確保している」が、「自治体が強くなればますます国は要らない」と主張しています。
 第3章「どうなる税の配分」では、地方への新たな税源を考慮することが、「公共部門にとって推し量ることができないほど大きな痛みを伴なう」として、
・交付税制度の廃止
・すべての消費税は地方の財源になって新たな地域間の再配分を考える
・責任能力のある地方自治体を生み出すのに必要な広域連携の工夫が必要になる
というシナリオを語っています。
 第4章「地方財政という概念がなくなる?」では、日本と諸外国の間における、公共投資の支払いに対する考え方の違いとして、
・日本:建設国債による投資といった長期耐久消費財への支出という観念がある。
・諸外国:キャピタルイクスペンディチュアが中心となっており、長期間のサービスも単年度ごとの経常的な支出として計上される。そのため、PFIのように、単年度ごとに支払う形での公共サービスが確立されやすい。
という対比を行っています。
 第6章「不景気にうろたえるな」では、「環境への配慮や化石燃料の枯渇、人々の健康や高齢化社会における交通弱者対策を考慮しない限り、地域の経済は存立できなくなっている」と指摘し、「歩く」「サイクリングする」ことを魅力的にする街づくりが、求められていると述べています。
 また、既成市街地の空洞化過程を、
(1)自動車社会の進行による中心市街地の商業不振
(2)鉄道利用者の相対的減少と自動車通勤の増加
(3)既成市街地内への自動車アクセスの向上努力
(4)駅にアクセスするバス等の採算悪化と利便性減少による自動車利用の一層の促進
(5)駅前周辺のアクセス減少と道路混雑
(6)道路の拡幅とバイパス整備
(7)沿道への大型商業施設の建設と週末・大量消費型ライフスタイル
(8)全国展開の大型商業施設の増加と家業型商業の衰退
(9)商店街の居住者の郊外移転
の形で模式化しています。
 第8章「さらば『公共事業』」では、基礎的自治体の財源確保の方法が、「世界の先進国に習って固定資産税(都市計画税を含む)あるいは『新事業手法』といわれる制度が中心にならなければならない」として、
・TIF(Tax Increment Financing)方式
・PFI(Private Finance Initiative)方式
などの「マーケット依存型」手法が主流にならざるを得ないと述べています。
 第9章「共通利益意識のない社会資本は滅ぶ」では、河川事業に関して、河川がもともと「コモン・キャリア(common carrier)」として、「道や海と同様に多くの人々が運送や移動に自由入用できる概念を提供」してきたが、その整備・管理の負担が特定の地域に担われることで、「その管理形態から利用の仕方について一定の権利を主張しようとし始めると『便利に』あるいは『効果的に』管理するつもりであった河川の流域が、人々にとっては不都合な非効率な活用しかできなくなってしまう」ことを指摘しています。
 第10章「『都市』か『農村』か」では、日本の「都市計画」制度を、「公共選択論のアプローチ自主的秩序論・ポリセントリシティ(Polycentricity)論」で評価すると、「都市計画制度を支える中心ツールは都市地域における土地利用の誘導・規制である」と述べています。
 そして、「深刻な問題を提起する3つのエリア」として、
・エリア1:都市計画制度で想定された住宅地、商業地、業務地、工業用地といったゾーニングが、それぞれの用途の土地利用を促進する社会資本整備と一体となって相互のスムーズな土地利用ができるための相隣関係を重視した、つまり外部経済を高める、機能の集中と分散を意識的に形作った土地利用計画
・エリア2:第2次産業全盛期、日本の経済活動の拠点とみなされていたウォーターフロントに面しての港湾地域に隣接する大規模な協業地域
・エリア3:都市計画区域と農業農村環境整備の両方が含まれ、従来「未線引き白地」といわれた都市計画区域外の、かつ、農業振興地域から外れた、かつては最も美しい自然環境を提供してくれていた里山とか雑木林のエリア
の3つのエリアについて解説しています。
 また、アメリカやヨーロッパでは、「大都市のセンターコアにインテリジェントビルやスマートビルを建設し金融の拠点づくりをする一方で、小規模なオフィスを山の中やウォーターフロントに建設」することで、「働き手が自然環境の中で能力を発揮してもらおうという動き」があるのに対し、「日本では依然としてITで装備された情報通信関連事業者が、美しい緑や水に囲まれたところで仕事をするコンセプトは生まれていない」と述べています。
 第12章「土地神話の次にくるもの」では、地価が「あるべき水準、賃料からみて合理的」な「収益還元地価」に向かっていると予想しています。
 また、「土地と建物が分離されて設定」されている日本の不動産概念に関して、「欧米先進国では、不動産とは土地と建物が一体になったもの」であり、「土地を保有しているだけ」という行動様式は概念として存在せず、「建物の価値がなくなれば不動産としての土地の価値はなくなる」と述べています。そして、「保有しているだけでは価値は生み出されない」という価値観にあった税体系の導入を主張しています。
 第13章「農家はなくなる、農業はなくしてはならない」では、農村や農業が、「中山間地域」といわれる条件不利地域と大都市郊外の開発の波という「両面からの変化の波」にはさまれているだけではなく、農業という産業自体が、「大規模型アメリカ型農業の産物」と「アジア労働集約型農業地域の産物」にはさまれ、WTOの自由貿易ルールを課されることで「逃げ道が閉ざされている」と指摘しています。
 著者は、「農村においてネットワークの高度化が進み、IT技術が活かされて、情報機器を十分に使いこなすことができるのであれば、土地も安く、生活もしやすく、自由な時間を多く使え、あるいはテレワークやテレコミューティングを利用して仕事以外に資源を集中して、魅力的な生活を獲得することができる」と述べ、「オフィスワークを農村で行うことが十分可能であり、都心と比較して大きなメリットもあり、デメリットと比較して移転を考慮する可能性もある」と主張し、「農村こそ21世紀ニューライフスタイル革命の拠点である」と述べています。
 そして、「地域再生の主要評価基準」として、
・イギリスの地域再生プログラム:雇用の創出問題
・アメリカSBA(中小企業庁)のエンパワーメントゾーン確立型地域再生策:福祉、教育、金融、道路などの都市基盤整備の複合型計画
の例を挙げた上で、「日本で必要な数値目標」として、
(1)若者の居住増加
(2)新規雇用を生み出す産業の誘致や創出
(3)一時滞在者、観光客などの増加
(4)女性や高齢者の雇用創出
(5)地域所得の拡大
(6)地域内の新規事業の起業数
の6点を挙げています。
 著者は、「都心地域では自然を取り込むコストが高く、農村地域では都市機能を取り込むコストが高い」ため、中間の郊外型地域で地価の高い地域が、「理想的な都市機能と自然環境のミックス」である「庭園都市」として自立できているのではないかと述べ、「国土はゼロサムゲームで地域間競争に入っていく。競争のテーマは庭園都市国家にふさわしい庭園空間形成になるはずだ」と主張しています。
 本書は、21世紀の地域のあり方をザックリと斬った、切れ味鋭い一冊です。


■ 個人的な視点から

 先月、黒川教授の御講演を聴く機会があり、切れ味鋭いお話し振りに惹かれて本書を入手してしまいました。それまでは公共選択論の入門書の著者、というイメージを持っていましたが、まちづくりへの鋭い視点は本書で堪能することができました。
 ちなみに、知人の高校の同級生のお父さんだそうです。世間は狭いものです。


■ どんな人にオススメ?

・地域を見通す視点がほしい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 寛 『入門公共選択―政治の経済学』 2005年03月13日
 小林 良彰 『公共選択』 2005年04月15日
 アレンド レイプハルト (著), 粕谷 祐子 (翻訳) 『民主主義対民主主義―多数決型とコンセンサス型の36ヶ国比較研究』 2006年02月20日
 佐々木 毅 『政治学講義』 2005年03月11日
 Eジャパン協議会 (編集) 『eコミュニティが変える日本の未来―地域活性化とNPO』 2005年5月16日
 倉沢 進, 秋元 律郎 『町内会と地域集団』 2007年04月20日


■ 百夜百マンガ

イカロスの山【イカロスの山 】

 どうしてもサッカーマンガの印象が強い人ですが、もともとは、塀内真人時代にも登山ものを描いてました。

2007年9月13日 (木)

ひとりぼっちの私が市長になった!

■ 書籍情報

ひとりぼっちの私が市長になった!   【ひとりぼっちの私が市長になった!】(#966)

  草間 吉夫
  価格: ¥1470 (税込)
  講談社(2006/12/23)

 本書は、児童養護施設で育ち、松下政経塾を経て39歳で茨城県高萩市長に当選した著者が、自らの半生を語っているものです。著者が選挙戦の中、自らが育った「臨海学園」の前で訴えた、「僕も小さいときに臨海学園に来て、親の顔も知らないし、親の愛情も知らない。だけど、夢を持って生きてきて、こうやって市長選に出るまでになれた。みんなもつらいことや、寂しいこともあるだろう。でも、大丈夫だ。自分はこうなるんだという夢を持って生きていけば、必ず乗り越えられる」という言葉は、本書のメッセージを端的に表しています。そして、著者が20代の終わりごろから「自分が施設の出身者であることを公にしてきた」ことが、「かなり異例のこと」であり、全国に約50万人を数える児童養護施設の出身者のほとんどが「自分が施設育ちであることを隠して生きているのが実情だ」と述べ、カナダで行われている、「スピークアウト」という取り組みに出会ったことから、自らの生い立ちを告白するようになったと語っています。
 第1章「なんで、おれだけ」では、2歳のときに水戸の乳児院から高萩市の「臨海学園」にやってきたこと、著者が施設に入ることになった家庭事情、臨海学園で親代わりとなってくれた先生のことなどが語られています。
 第2章「学園の子」では、「騒がしく、腰を落ち着けて勉強できる雰囲気とはほど遠い」、児童養護施設出の生活や、学校生活の中で「学園の子」であることに直面させられる「家庭調査票」や弁当のこと、家庭生活を体験させてくれた当時の高萩市長の鈴木藤太氏の人柄のことなどについて語っています。
 著者は、「人の縁」には「血縁と他人の縁」の二種類あり、「私は血縁にこそ恵まれなかったが、他人の縁には恵まれた」と語っています。
 第3章「『父』と『母』」では、中学生になって初めて実の母に会い、物心ついて以来、「まだ見ぬ母親をマリア像と重ねていた」著者が、イメージとはかけ離れた「病室で見た実際の母親の姿」に強烈な衝撃を受けたことを語っています。
 そして、高校に入った著者が、憧れていた中学時代の同級生の女生徒の影響で、「決して周囲に流されることなく、そして中途半端に終わった中学時代の二の舞になってはいけない」という「誓い」を立て、「自分なりに実行した」ことを語っています。
 また、著者にとっての「お父さん」である、臨海学園の園長、遠藤光静氏のことや、高校卒業後、東北福祉大への進学が決まり、読売新聞の新聞奨学生として、施設を旅立つことになったことなどが語られています。
 第4章「大学デビュー」では、「想像以上にハード」な新聞販売所の仕事に耐え切れず、1ヶ月で高萩に戻ってきてしまったこと、人の縁で家賃ゼロの部屋や好条件のバイト、奨学金の目途が立ち、大学生活を継続することができたことが語られています。ところが、熱心に大学に通う代わりに、「1か月で20日」ディスコに通い、10万円近くする革ジャンに金のネックレスをつけて、遊ぶ金欲しさに授業料に手をつけてしまって、学園の園長や実母に無心するようになったことを語っています。このことについて著者は、「一般家庭で育つと、知らず知らずのうちに経済観念が身につく」が、「多くの施設出身者は経済観念が身につかないまま社会に出ることになり、世間のお金の循環や変動とうまく適合できず」、貯蓄も苦手であると弁解しています。
 そして、大学卒業後、児童福祉の道に進むかどうか迷いながら、親族が経営する浄化槽の会社に就職し、5ヵ月後に、辛抱しきれずに夜逃げしたことが語られています。
 第5章「模索の日々」では、彼女の住む会社の寮に転がり込み、児童養護施設の指導員の職に就き、やがて、「古巣」である高萩の臨海学園に指導員として戻ってきたことが語られています。
 第6章「志とプロポーズ」では、指導員を続ける中で、「児童養護施設に対する世間の無知や偏見」、そして、「児童養護施設が劣悪な状況に置かれているという現実」に直面した著者が、政治の世界を志し、松下政経塾を受験したこと、政経塾の選考では「人物と志」が問われたこと等が語られています。
 第7章「スピークアウト」では、松下政経塾に入塾した著者が、児童福祉の先進事例を見るためにカナダのトロントを訪れ、自分の生い立ちを語る「スピークアウト」という試みに出会ったことや、政経塾卒塾後、母校の東北福祉大の「特任講師」の職に就いたこと、そして、平成17年夏に、故郷・高萩市長選への立候補の話を受け、市長選に出馬、初当選を果たしたことが語られています。
 本書は、決して聖人君子でも並外れた超人でもない、等身大の青年の半生の記録として、一人ぼっちの人、そうでない人にも希望を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書にかぎらず、「若い頃のヤンチャ話」は読み物として魅力があります。市長の話にしても、ヤンキー先生(教師→議員)の話にしても、面白いことは確かですが、ヤンチャの迷惑を受けた当事者にとっては笑い事ではありません。
 このことで親近感を得ることができるのかもしれませんが、抵抗を感じる人も少なくないことは注意すべき点だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「人の縁」の大切さを身に沁みて感じたい人。


■ 関連しそうな本

 逢坂 誠二 『町長室日記 完結編』 2007年08月29日
 逢坂誠二 『町長室日記―逢坂誠二の眼』 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 埼玉新聞社 (編集) 『生き生きまちづくり 埼玉県志木市の挑戦』 2005年04月17日
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 田中 成之 『“改革”の技術―鳥取県知事・片山善博の挑戦』 2006年2月21日


■ 百夜百マンガ

本場ぢょしこうマニュアル【本場ぢょしこうマニュアル 】

 80年代の女子高生を描いた作品。ヤンマガの読者層である男子の皆さんの女子高幻想を打砕いてくれました。

2007年9月12日 (水)

部長のハート―解決!職場のストレス あなたは部下を愛せますか?

■ 書籍情報

部長のハート―解決!職場のストレス あなたは部下を愛せますか?   【部長のハート―解決!職場のストレス あなたは部下を愛せますか?】(#965)

  河合 薫
  価格: ¥1000 (税込)
  プレジデント社(2004/10)

 本書は、「ストレスに対処する能力(Sense of Coherence: SOC)」の概念を用いて、「部長」の心配事を解決に導き、「あなたが元気になること」を目的としたものです。著者は、SOCを用いる理由として、
(1)SOCが「心配事をエネルギーに換えてしまう能力」であること
(2)SOCが「環境で創られる能力」であること
の2点を挙げています。
 第1章「『首尾一貫感覚』――あなたは『楽天力』を持っていますか?」では、SOCが、1979年にアントノフスキーによって提唱された、人間が「どうして元気なんだろう?」と考える「健康生成論(salutogenesis)」という考え方に基づいていることを解説しています。アントノフスキーは、ナチスの強制収容所からの生還者を多く含んだ、イスラエルに住む45~54歳の女性たちへの調査の結果、「そんな経験を持ちながら、ココロの健康を保っていた女性が29%もいたこと」に着目し、「なぜ、彼女たちは極限にいたるほどの悲惨な経験をしているにもかかわらず、人生の新しい局面である更年期に適応する力を持ち、精神的にも元気でいられたのか」と考えたことが、「人間には『ストレスを退治するパワー』があるのではないだろうか?」と考えたことが健康生成論の生まれた背景であり、その結果SOCにたどり着いたことが解説されています。
 このSOCは、「心配事をエネルギーに換えてしまう能力」と説明されていますが、直訳すると「首尾一貫感覚」と訳され、「自分の人生で起こるさまざまな出来事のつじつまを合わせることができる感覚」であると説明されています。アントノフスキーは、SOCを、「人生を通じて人間が元気でいられるように働く、『能力』だ」と述べ、
(1)把握可能感(sense of comprehensibility):ストレッサーを秩序付けられる、ときにはある程度予測できると考え、同時にそれがどういうものなのか自分で説明できるという確信
(2)有意味感(sense of meaningfulness):ストレッサーは自分にとってある意味、挑戦であり、それに対することは人生に必要なことであるという確信
(3)処理可能感(sense of managebility):ストレッサーに対応し、処理するための資源が自分にはあるという確信
の3つの要素から構成されていると述べています。
 著者は、「SOSは性格ではありません。あくまでも『能力』です」と述べ、「乳幼児から思春期を経て青年期にいたるまでの人生の経験を通じて、育ってきた環境との相互作用によって後天的に形成されていく能力であり、成人期以降も人生の経験によって変化することが確かめられて」いると解説しています。
 第2章「『元気になる力』――今も職場に残ってますか?」では、「あなたの会社」に欠落している「失われた元気になる力」として、
(1)夢
(2)働きがい
(3)信頼
の3点を挙げ、「この『元気になる力』を取り戻すことが、楽天力の高い職場をつくるための基本」であると述べています。
 第3章「『把握可能感』――「俺が責任をとってやる」と言えますか?」以降の章では、本書の主人公である「部長」(=読者)に愛人がいる、と設定し、さまざまなストレスのかかる状況を解説しています。本章で、彼女から「誕生日を忘れていた」ことを指摘された「部長」(=読者)は、
(1)忘れるなんてことは誰にでもあることだ。大したことじゃない。「このあとホテルに行く予定にしていたんだ」とかいって、うまくこの場を乗り切ろう。
(2)や、やばい。ど、どうしよう……。どうにかしなくっちゃ! まずは、正直に謝って、今度会ったときにネックレスを買いに行こうと約束しよう。それとも、忘れてはいなかったけど、時間がなかったと言い訳しようか。
(3)あ~、もう終わりだ! 俺はなんてダメな男なんだ。
の3つの中からどれが一番近いかによって、
(1)ホテル部長
(2)言い訳部長
(3)パニック部長
にタイプ分けされ、「この事態にどう対処するか」について解説しています。(1)の「ホテル部長」は、今回の事件を全くストレスとして受け止めておらず、「楽天力の高い人は、低い人に比べ、この段階で『自分にとって、全く問題のないことだ』と認知し、『ストレスでない』と判断する傾向」にあり、「ストレスと認知したとしても、すぐにそれに対する対処法を選択することが可能」であると解説されています。(2)と(3)のタイプは、「今回の出来事を自分にとって危機的状況である」と判断し、「ストレスにさらされている」状況にありますが、「そのあとどうするか?」という対処の原動力を、持ち備えているか否か、という点で違いがあり、(2)の「言い訳部長」は、「いくつかの対処法を持ち合わせており、多少パニックに陥りながらも、どうにか危機を乗り越えること」ができるのに対し、(3)の「パニック部長」は、「この危機を乗り越えるための対処法」を全く考えることができていないと解説され、このような「ストレスにうまく対処するための原動力を持ち合わせていない」人が、「楽天力の低い人」であると述べられています。
 著者は、この「事件」は、職場においても応用できるものであり、「SOC(楽天力)の低い部下の楽天力を高め」、「楽天力の高い部下の能力を最大限に引き出す」ことこそが、「部長であるあなたの仕事」であると述べています。
 そして、「楽天力の高い人は、直面した出来事を説明不可能などうにもならないこととしてではなく、自分で説明できる秩序だった明瞭な情報として受け止めること」ができ、この「説明できるという感覚」がSOCの構成要素の一つ、「把握可能感」であると解説しています。
 第4章「『有意味感』――『おお、がんばってるな』と言ってますか?」では、SOCの構成要素の2つ目である「有意味感」について、「ストレッサーが自分にとって、立ち向かっていく価値のあるものだ」と思える感覚であると述べ、「動機づけの要因」であると解説しています。
 また、「価値あるメッセージがココロに与える影響」について、シグリストらが1980年代に提唱した「努力―報酬不均衡モデル(Effort- Reward Imbalance model:ERIモデル)を取り上げ、「職業生活において『努力しているのに、報われない』状態が続くと、それは慢性的なストレッサーになる」ことを説明した理論モデルであると述べ、ERIモデルが、「仕事から得られる報酬」を、
(1)金銭などの経済的報酬
(2)他者からの尊敬などの心理的報酬
(3)昇進などの仕事(キャリア)の機会
の3つに分類していることを解説しています。
 そして、「仕事を意味のあるものだ」と感じる部下に育てるためには、「社会的に価値ある意思決定への参加という経験の持続は、人が仕事に有意味性を感じる源である」というアントノフスキーの言葉を紹介したうえで、
(1)仕事上の喜びと誇り
(2)自由裁量度
の2つの要素で説明できると解説しています。
 第5章「『処理可能感』――『お前なら大丈夫だ』と言えますか?」では、SOCの3つ目の要素である「処理可能感」について、「ストレッサーに対応し、処理するための資源が自分にはあるという確信」であり、ここで「処理するための資源」とは、「元気にある力」のことであると述べています。そして、さらにわかりやすく翻訳すると、「元気になる力を動員して、困難な出来事に直面しても、自分なら何とか切り抜けられる。何とかやっていけると信じられる感覚」であると述べています。
 著者は、部下の「効力への信念」を強める方法として、
(1)制御体験:何らかの困難にぶつかり、乗り越える努力をした結果、見事に成功することで「効力への信念」が強められる。
(2)代理体験:他人の行動を観察することから、効力感を得る方法。
(3)社会的説得:他人から勇気付けられたり、評価されることで「効力への信念」が強められる。
(4)良好な生理的状態:体長が悪いと、人間は自分の遂行能力が低下していると思い込んでしまう。
の4点を挙げています。
 本書は、職場のストレスに悩む人や、職場のストレスの原因になっている人にぜひ読んでいただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、「部長」や「愛人」が出てきたりして、「職場恋愛相談」か何かと間違えられそうですが、しっかりと、仕事のモチベーションとストレスについて解説している本です。それだけに、思わせぶりな本書のタイトル・サブタイトルは、売上には貢献するかもしれませんが、評価としてはちょっともったいない気がします。著者がぜひ読んでほしいと思う人に素通りされてしまってはもったいないです。


■ どんな人にオススメ?

・部長のハートの中味を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 ヴルーム, 坂下 昭宣 『仕事とモティベーション』 2006年02月17日
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 『熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素』 2006年08月30日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日
 ジーン・リップマンブルーメン, ハロルド J.レヴィット (著), 上田 惇生 (翻訳) 『最強集団ホットグループ奇跡の法則―成果を挙げる「燃えるやつら」の育て方』 2007年09月06日


■ 百夜百マンガ

人事課長鬼塚【人事課長鬼塚 】

 この恐い見た目の上に名前は「鬼」!
 こんな人事課長がいたら恐いですが、実は人事制度やモチベーション、チームビルディングなどを正面から取り上げたビジネス物であり、ほろりとさせる人情ドラマです。

2007年9月11日 (火)

警視庁裏ガネ担当

■ 書籍情報

警視庁裏ガネ担当   【警視庁裏ガネ担当】(#964)

  大内 顕
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2002/04)

 本書は、警視庁事務職員として、18年間会計畑を歩いた著者が、「全国の警察組織のいずれにおいてもなぜか類似した手法で行われている裏金作りのカラクリの一端」を明らかにしたものです。
 序章「命を賭けて告発をします」では、警察を退職後、脳出血による入院生活を経験したことで、自分の死と向かい合った著者が、「自分が死んでもこの世界は自分の存在などなかったかのように動いていくのだろうというあきらめとむなしさに思いが至」ったことから、「見聞した天下の大警察庁における汚点の数々が、私がその真相を胸に秘めたまま自分の墓場まで持っていくことによって、歴史のほんの片隅にも残ることなく闇に葬られ、警視庁は何事もなかったかのように不正経理操作を続けていくのだろう」ということに「何かおもしろくない」という意識が強くなったことで、告発という具体的な形を取ったことが語られています。
 著者は、「強い誇りと使命感を持って警視庁という職場を選んだ多くの若者を、否応なく犯罪行為に巻き込む警視庁に、変わってほしかった。自浄ができないなら外圧しかない」と本書執筆の動機を語っています。
 第1章「プロジェクトI 『今日から極秘任務につけ!』」では、国の支払システムの変更に伴って、これまでプール金として巻き上げてきた機動隊旅費を使った裏金作りの手法が使えなくなることに対応するための、極秘プロジェクトチームに「抜擢」された著者が見聞した一部始終が語られています。
 それまで、「旅費を受け取るべき出張者本人に何も知らせず本人の名前を使って旅費が請求され、本人が受領したことにされたうえ組織がプールして裏金として使っている」という「犯罪行為」が慣習として続いてきました。警視庁ではこの方式を、「集中配分方式」と呼び、機動隊員の勤務地による支給額の格差を掃除させないため、「各隊員には旅費を毎月請求している事実」もしらせず、「各隊員の会計担当で集中保管している隊員の印鑑を使用して旅費を請求し、警備第一課で一括して代理受領したうえ集中管理し、隊員への平等な還元を含め、各種運営資金として使用してきた」ことが解説されています。しかし、国費会計システムの運用開始に伴い、機動隊旅費が隊員個人の口座に直接振り込まれることになり、
(1)隊員への旅費の振り込みが始まると、今まではどうなっていたのかという疑念を抱かれる。
(2)現状では隊員に還元している金額は総額の1~3割であり、残りは運営資金として警備部が様々な用途に使用しているが、個人口座振込後は、この資金が調達できなくなる。
という「大きな問題」が発生したことが述べられています。
 そして、著者が着任したプロジェクトの課題は、
(1)各機動隊員に、過去の旅費請求実態に疑念を抱かせることなく、個人口座振込にソフトランディングさせるための方策の策定。
(2)個人口座振込後も運営資金を確保するための方策の策定。
の2点であったことが述べられています。
 この他、各機動隊にある、「各隊が直接運営し、販売員も隊員である」売店に関して、「売り上げは月200万~300万円、利益が30間年ほど出」て、そのまま隊の運営費となっているが、この売店の存在が外部に知られた場合、法人税法もしくは所得税法、消費税法、さらには薬事法の問題や、国の施設の目的外使用の問題が起きることが懸念されていたことが紹介されています。
 さらに、「機動隊員は旅費を全部吸い取られたうえに隊のまずい弁当を自己負担で食べさせられて、方面機動隊員は機動隊員の旅費で業者のいい弁当を食べている」という実態が明らかになった際には、機動隊員の「暴動がおきたって不思議じゃない」ことが懸念されていたことが語られています。
 第2章「プロジェクトII 『確信犯の裏ガネ作り』」では、結局、警察庁から連絡が来た個人口座振込開始に伴う取り扱いは、「機動隊の出動旅費については、当分の間代理受領制度を存続し、旅行者の委任に基づき、旅行者本人の口座ではなく、新たに開設する受領代理人名義の代表口座に振り込むこととする」というもので、「従来どおり隊員に秘匿したまま組織で運用できる」というものであったことが述べられています。
 著者は、平成13年7月18日に、会計検査院に対して、警視庁の機動隊旅費に対する審査要求書を提出し、「ついに社会に名乗り出てしまった」ことを語っています。
 そして、本書の発売の直前には、警察庁が「警察庁旅費取扱規則」を一部改正し、
(1)機動隊の日額旅費の廃止
(2)全国警察職員の、日帰在勤地内旅行の日当の原則廃止
の2つの措置を発表しているが、このことによって、「この何十年間無駄な20億円を使い続けてきた事実を露呈し、機動隊員に旅費の存在を明らかにする危険をおかし、私を始め、この問題を告発し続けてきたものたちに再び火をつける危険をおかしてまで」、警察庁が今回の発表をした理由を様々に憶測しています。
 第3章「捜査に使われない捜査費」では、偽領収書を書かされるという作業で大多数の職員が裏金作りのシステムの中に組み込まれてしまうため、「警視庁内部でもほとんどの人間が捜査費は裏金の原資という認識を持っている」と述べ、「捜査費による裏金作りは警視庁全職員が共犯になっている」という一部報道が「ややオーバーだがほぼ正しい」と語っています。
 そして、領収書の作成の際に注意する点として、
(1)基本的には手持ちの印鑑がある姓でなければならない。
(2)全くデタラメな住所・氏名は使えない。
の2点を挙げ、「この2つの問題をクリアーして、信憑性に疑問を抱かせない領収書を偽造するために使われる最もポピュラーなものが電話帳である」と述べています。
 また、20年以上前に、はじめて監査員が領収書の住所・指名が実在するかの確認に電話帳を使ったため、警視庁の会計監査室が、「捜査費の監査で電話帳が使われた。今後この手法に適切に対処するように」との指示を出し、電話帳を使って領収書を作る手法が定着したことが解説されています。そして、領収書の筆跡に関して、「捜査員本人の氏名を書く仮領収書や精算書と、それに添付する情報提供者の氏名を書く領収書を同じ人間に」書かせるような「初歩的なミス」を監査検査で指摘されるようなことがあれば、「それこそ捜査のプロとしての沽券に関わる」と語り、「俺は右手で3人、左手で2人の計5人分違った筆跡で書けるぜ」と豪語する捜査員がいることを紹介しています。
 さらに、捜査費の現金出納簿は厳格さを示すポーズとして抜き差しができないノート式のものになっているため、会計監査の直前にミスが発覚すると1年分まるまる書き直しとなってしまうという「担当者泣かせの帳簿」であるが、ベテランの帳簿担当者の中には、「ノートの見開きの中央部を開いて、中の用紙をとめている糸を丁寧にほどき、用紙を一枚だけ差し替える技術を持った人」もいることが紹介されています。
 第4章「『超伏魔殿』警視庁の土壌」では、必要な部分の予算を削られた事業執行課が、「どうでも良い方はどうせ予算が余るから、それを何とか重要な方に使いたい。それには余った予算を現金化してプールしておければいいんだが」と考える時点では悪意はなく、「予算に縛られた業務を、末端の事業執行部署のレベルで融通するためにはこれしかない」と述べています。しかし、「組織のためなら還元された金で事務用品を買っても問題ないだろう」という考えが、「罰金刑」とすると、「組織の円滑な運営のため、係員の飲食に使っても良いだろう」というところでは「禁固刑」、「自分が苦労して作った裏金なのだから少しは自分のポケットに入れても良いだろう」となると「懲役刑」だろうと述べています。
 また、都の監査員に対応した署長が、署長室に飾ってあるの絵について、「管内の協力者からのいただきもの」と口を滑らせてしまったり、昨年度事業のモデル交番の工事が7月になってから完成したと言ってしまったり、という胃の痛い場面を紹介しています。
 さらに、警視庁が「付け届け」社会であり、ビール券や現物の酒、さらには「現金」が行き交うことを紹介し、「付け届け、餞別、ただ酒、謎の金品、搾取、これらが跳梁跋扈する社会で生きている」ことで、「裏金の存在に否応なく気づかされると同時に、懐柔されていく」のだと語っています。
 また、組織内部の不祥事について警視総監に密告があることを「紙ヒコーキが飛ぶ」と言って、「組織は紙ヒコーキの内容を確かめる前に必ずヒコーキを飛ばした人間を洗い出す」上、内部では、「不満分子は結局哀れな末路をたどるという処遇を演出して回りの職員に印象づけ、牽制する」と述べています。
 終章「誰が警視庁を取り締まればいいのか!」では、警視庁に対する誇りを表明するとともに、「何年か後にこの本を読んだ職員が、『こんなセコいことをやっていた時代もあるんだ』と苦笑する組織にしてください」と呼びかけています。
 本書は、「警察」という外部から見えにくい組織の内幕を明らかにするとともに、「役人」に共通する行動原理、行動特性とそのセコい手法と心理を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の面白いところは、著者が「正義の味方」でもなく、むしろ、「金」「女」「酒」の3大トラブル要因を抱えていたために「警察職員にふさわしくない」と諭されて退職したような人物である点です。
 こういう内部の不満分子による告発は、大げさになりがちなのかもしれませんが、生々しさは相当のものです。


■ どんな人にオススメ?

・誰も取り締まることができない警察内部の犯罪の一部始終を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日


■ 百夜百マンガ

検事犬神【検事犬神 】

 検事を主人公にした人間ドラマなんですが、残念ながら主人公のキャラクターが弱いせいか感情移入できないのが長続きしなかった理由でしょうか。

2007年9月10日 (月)

故事成語でわかる経済学のキーワード

■ 書籍情報

故事成語でわかる経済学のキーワード   【故事成語でわかる経済学のキーワード】(#963)

  梶井 厚志
  価格: ¥882 (税込)
  中央公論新社(2006/11)

 本書は、「ともすれば難解であると敬遠されがちな経済学的な考え方と経済学のキーワードを、故事成語を用いて格調高くしかも心に残るように解説すること」を目的としたものです。著者は、「はじめに」では「温故知新」を取り上げ、「学問とは昔のことを研究したり一度学んだことを復習したりして、現在に通用する新しい知識や道理を発見し習得することである」という孔子の学問観を表したものであると述べる一方で、「あとがき」では、本書の性格はむしろ「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」、すなわち、「負け惜しみを言ったり、強情を張ってこじつけをしたりする」という言葉の方が正しく表現していると謙遜しています。
 第1章「覆水盆に返らず──サンク・コスト」では、この言葉が、「何を費用と見なすべきかという経済学の基本を身につけるのに重要な基準である」と述べ、「経済学でいう費用、すなわち経済学的費用とは、これから行われる経済活動によって失われるモノやサービスのための資源、あるいは機会のこと」を指し、「すでに費やされてしまって回収不能なもの、あるいはどう転んでもこれから費やさざるを得ないもの」は、「サンク・コスト(sunk cost)」あるいは「埋没費用」といって、「経済学的な費用とは見なされない。大雑把な言い方をすれば、経済学でいう費用とは、日常感覚でいう費用からサンク・コストを差し引いたものである」と解説しています。著者は、サンク・コストにとらわれて非合理な決断をしてはいないかを確かめるために、「それまで一銭も費やしていなかった場合を仮に想像してみて、果たして同じ決断をするかどうかを自問してみるとよい」と述べています。
 第2章「蛇足──追加的利害を考える」では、この故事が、「斉を攻めるという行動によってもたらされる追加的便益は小さいのに、そのために冒さなければならないリスクによって生じる費用は無視できない大きさのはずだ。ところが、謝って魏と斉の両方を落としたときの便益を基準にしてしまうと、判断すべき便益を過大評価することになるから、すべきでないことをしてしまう可能性がある」という事情を諭すためのものであったことを解説しています。
 第7章「青は藍より出でて藍より青し──インセンティブ」では、インセンティブを、「人から特定の行動を引き出すためのご褒美(あるいは罰)や、その褒美が与えられる仕組みであると理解しておけば間違いはない」と解説しています。そして、インセンティブの構造が変わることで人の行動が変わり、インセンティブを与えることで、人に特定の行動を促すことができるが、「導かれた行動が、正しく望ましいものになる保証はないということ」に注意が必要であると述べ、タバコに対する税率の設定や、著作物に対する印税と公共図書館の無料貸出の問題の例を挙げています。
 第9章「漁夫の利──先読み」では、「ある個人の行動がその本人だけでなく、他人の便益にも影響を与える環境」のことを、「戦略的環境」といい、これを数理的に分析する道具が「ゲーム理論」であると述べ、「自分の行動を決めた後で相手が戦略を決める場合には、自分の行為に対して相手がとると予想される行動を先読みしておいてから、現在の自分の行動を決めるべきである」と述べています。そして、「戦略的な先読みを合理的に行う方法」として、
(1)最後から考える・・・戦略的関係の最終局面でどうなるかを考え、その前には何をすべきか、そしてその前には・・・・・・と考えよ。
(2)自分だけではなく、将来における相手の利害や、行動のインセンティブを考える。
の2つのポイントを挙げています。
 第10章「伯牙絶弦」では、伯牙という琴の名人が、自分の琴を唯一理解できた鍾子期の死を悲しみ、愛用していた琴の弦を断ち切り、その後二度とことを弾かなくなった、という故事を紹介し、「自分が将来とる行動を表明し、それを確実に実行すると約束すること」を「コミットする」というと解説しています。著者は、「宣言どおりのことをするインセンティブがあるかどうか怪しいときは、信頼されるためにはそれが生じるように環境を変える必要がある」と解説しています。
 第12章「臥薪嘗胆──シグナリング」では、「臥薪嘗胆」の故事が、「自分が将来に再起することにコミットする手法であったと解釈できる」が、「それ自体が将来必ず復讐するという保証になるわけではない」という点で伯牙絶弦とは異なり、むしろ、「人に決意を伝えるためのメッセージ、あるいはシグナルという側面」に注目しています。そして、「戦略的に相手にシグナル(合図)を送り、それによって自分の立場をより好ましいものにしようとする戦略的行動」を「シグナリング」と呼ぶことを解説しています。
 第14章「朝三暮四──フレーミング効果」では、「意思決定すべき対象が本質的に同じものでも、それらの記述方法(フレーム)によって、意思決定をする人の感じ方や、その結果としての選択結果が異なってくる現象」である「フレーミング効果」について解説した上で、1999年に7000億円が配布された「地域振興券」の例を挙げ、「地域振興券が地域振興に役立つというのは、朝三暮四の原則に反している。地域で使えといっても、浮いたお金を他で使うだけである」と述べ、「ドングリが減ったことに気づかず、朝三暮四を嬉々として喜んだ猿たちと、それほど変わりはなかったのである」と指摘しています。
 第17章「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す──ロック・イン」では、「確立された方法から逸脱することが難しい理由は、それ以外の方法を採るとよけいな費用がかかるからである」とした上で、
・スイッチング・コスト:行動のしかたを変えることによりこうむる余計な費用
・ロック・イン:スイッチング・コストがあることにより、他の行動に移らず特定の行動をとり続ける状態
の2つの言葉について解説しています。そして、ロック・インの例として、著者の住む京都中心部にある京都御苑の砂利を敷き詰めた30メートルの広い道の中に、わずか30センチほどの自転車が通る「わだち」があることを挙げ、砂利の上を自転車で走ると非常に走りづらいが、わだちの上は走りやすいので、「誰しもこのわだちの上を進むことになり、ますます砂利は撥ね除けられ、くっきりとした溝がさらに形成されてゆく」と解説しています。さらに、このわだちが、「大きくS字型に蛇行」している姿を、「まるで前もって相談したかのように、誰もが一様にS字を描いて御苑の中を通っていく様子は、何となくほほえましい」と述べ、「一度S字型に蛇行してしまった道は、その形状を維持し続けるのだ。道ができてしまえば、それ以外の経路を通るには余計な努力をする必要が生じる」と解説しています。
 第18章「奇貨居くべし──掘り出し物を生かす工夫」では、東京湾アクアラインに関して、「過去の責任問題は追求しなければならないが、これらは済んでしまったことである。現在考える必要があるのは、いったん居かれてしまった奇貨をいかに活用するかという戦略のはずだ」とのべ、「アクアラインに通行を迂回させることにより、都心の道路の混雑緩和だけでなく、騒音や各種環境問題への便益があることに着目」し、「目の前の道路の混雑や騒音が緩和されるのであれば金を払っても良いと考える人はたくさんいるのだから、都心を通らずアクアラインに迂回する自動車やトラックは、お礼にそのお金をもらってもよい理屈だ」として、 「道路の活用とはすなわち適切な交通量を維持することである。適切な交通量に増加するまで段階的に料金を引き下げるべきで、場合によっては通行者に金を払ってもアクアラインを通っていただくくらいの柔軟な発想が必要なのである」と述べています。
 第23章「敗軍の将は兵を語らず──結果論はなぜいけないのか」では、「背水の陣」作戦を用いて趙の大軍を打ち破った漢の将軍韓信が、捕らえた趙の将軍李左車に対し、「目上の客としてへりくだって招き入れ」、もし、李左車が主張していたとおりに先制攻撃を受けていたら漢軍は敗れていたであろうと、李左車の軍事的能力と、上司を恐れずに正論を進言する態度を高く評価し、「漢軍がさらに隣国の燕と斉を征服するためには、今後どのように行動すべきか」と意見を求めたが、李左車は、「昔から、敗軍の将は兵法を語るべきではないといいますし、国を失ったものは国の行く末を語る資格はないといいます。捕虜となった私ですから、韓将軍と大切な相談をする立場にはありません」と答えた故事を紹介しています。
 そして、「失敗から学んでこそ進歩がある」という考えの例として、囲碁の対局後に、「ある局面まで戻り、実践では採用されなかった他の手段が選ばれていたならば、いったいどうなったのであろうかということを調べ、勝負のついた原因を研究する」習慣を紹介し、「終わった勝負を再び調べ、研究成果を今後に活かすことで、現実にお互いにより強くなることができる」と述べ、そのポイントとして、
(1)実現しなかった読みの問題
(2)状況の再現可能性
の2点を挙げています。
 著者は、「戒めるべきは理論の裏付けのない評論である。理論があれば、誰でも兵を語ってよいのではないだろうか」と述べています。
 本書は、ゲーム理論に関心がある人はもちろん、経済学には関心はないが、『三国志』や故事成語が好きだという人も、気楽に経済学のエッセンスに触れることができることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のコラム「千慮の一失」では、「兵を語らず」とした李左車が、「賢い者にも『千慮の一失』があり、愚か者でも千に一つは名案が浮かぶものと聞いています」と前置きした上で、自分の意見を述べ始めたことが紹介されています。
 ということは、「敗軍の将は兵を語らず」と言って、自分の失敗の総括をしたがらない人に、何かものを言わせるにはここまでの原典の話をするのもありかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・経済学のエッセンスは数学を使わなければわからないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 梶井 厚志 『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する』 2005年02月20日
 梶井 厚志, 松井 彰彦 『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』 2005年04月04日
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 金子 守 『ゲーム理論と蒟蒻問答』


■ 百夜百マンガ

対訳・ドタンバのマナー【対訳・ドタンバのマナー 】

 海外でピンチに陥ったときにはさっと取り出すこの一冊。心配性でいて楽天的なこの人のキャラクターにピッタリです。

2007年9月 9日 (日)

ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則

■ 書籍情報

ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則   【ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則】(#962)

  デビッド アレン (著), 田口 元 (翻訳)
  価格: ¥1575 (税込)
  二見書房(2006/05)

 本書は、「仕事や生活の雑事に常に追いかけられているような気分」から解放され、「これまで逃してきたチャンスを活かし、創造的な思考を楽しむ余裕を取り戻」すための新しいアプローチである「GTD(Getting Things Done)」の根底に流れる52の「うまくいく考え方」を紹介することで、ストレスフリーの環境を手に入れることを手助けしているものです。
 著者は、今の仕事と昔の仕事との違いとして、「仕事の終わりがどんどんはっきりしなくなっている」ことを指摘し、こうした「終わりのはっきりしない仕事」、すなわち「やりかけの仕事」が頭の中にどんどん溜まっていくと述べています。そこで、GTDでは、この問題に対して、
(1)頭の中の「やりかけの仕事」を全部書き出す
(2)次に取るべき行動を決める
(3)信頼できるシステムでやるべきことを管理し、定期的に見直す→「週次レビュー」
の3つのステップによる解決策を示しています。
 第1章「創造力は、すっきりとした頭から」では、集中力と全体把握という2つの視点のバランスが必要であるとして、「あなたが全体を見渡せば見渡すほど、目の前のことに集中できるようになる。そして目の前にことに集中すれば集中するほど、物事の本質が見えてきて、全体を見渡す力が増していくのだ」と述べています。
 また、「すべての仕事を把握してはじめて、優先順位をつけることができる」として、生産性を下げている大きな要因が、日頃、「重要かつ緊急な」仕事にかまけて無視していた、「重要だけど緊急ではない」仕事であると指摘し、さらに、「この現象は世界中どこにでも見られるもの」であり、「繰り返し繰り返し再現され、永久機関さながら、永遠に断ち切ることのできないもの」であると述べています。そして、その理由の一つとして、「仕事の優先順位をABCでランク付けしましょう!」という間違った手法を挙げ、「仕事の優先順位はすべての『やりかけの仕事』を把握してこそ意味がある」と述べています。
 さらに、「心に余裕がなければ創造性など望むべくもない」として、我々が、「頭の中をいっぱいにしておくことによって、自分があたかも頭脳明晰で、仕事をたくさんやっているような気になることができる」という「困った問題」に陥りがちなことを指摘し、「無意識に抱いている恐怖に立ち向かい、自分のすべてを紙の上にさらけ出した人たち」こそが、「すばらしい解放感」を得ることができ、「不必要なストレスから解放され、自信に満ちあふれてくる」、「真に創造的な力を得ることができた」と述べています。
 著者は、「『考えない』というのは、なんと素晴らしいことだろう」と述べ、「毎週かならず『やるべきこと』をレビューする機会があるとわかっていれば、次の機会までまる1週間の間、『やるべきこと』について全く考えなくてよい、という贅沢を味わうことができるのだ」と語っています。
 第2章「成果を生む集中の仕方」では、「何事にもくじけないための、ごくシンプルな秘訣」として、「『何をするにもベストを尽くそう』と決心すること」を挙げ、「今この瞬間から、誰にでもできること」であり、「状況に応じて様々な形を取りうる、生き生きとした、躍動感にあふれる体験」であると述べています。
 第3章「成果を生む枠組みを作る」では、ドラッカーが、知識労働者の最も大事な仕事が「仕事を定義すること」であると述べていることを紹介し、そのための要素として、
(1)自分がなぜその仕事をしようとしているのか考えること。
(2)その仕事を片づけるために次にどんな行動を起こす必要があるのかを考えること。
の2点を挙げています。そして、「これらの2つの要素は、プロジェクトを適切に定義し、リスト化して管理することによって解決することができる」と述べています。
 第4章「リラックスして、さあ始めよう」では、「人が成長するとき、意識で捉えられることはさして重要ではないことがある。それよりも無意識下で、自分でも気づかないうちに起こっていることこそが素晴らしいときがある」と述べ、「たとえるならば表面的な変化は料理番組のシェフのようなものだ。素晴らしいのはシェフではない。そこでゆったりとかき混ぜられている鍋の中にこそ神秘が潜んでいるのだ!」と語っています。
 また、「プロジェクトは実行不可能」であり、「そこに至るまでの一つ一つの行動こそが実行可能」であると述べ、「具体的に目に見える次の行動が決定されない限り、『できるだけ早く』は『決して進まない』になってしまう」と述べています。
 さらに、ヨットの上での、「だれかが吐きそうになったら舵をとらせてやれ」という言葉を紹介し、「自分が乗り物を動かす張本人であれば、もっと深いレベルの平衡感覚を持つことができる」と述べ、「GTDの手法である、収集・処理・整理・実行をしているときに気分が良くなる理由は、何もそれによって仕事が減るからではない。その作業をすることで、自分が人生の運転席に座ることができるからなのだ」と語っています。
 第5章「基礎を忘れずに」では、GTDの5つのステップとして、
(1)収集する・・・・あなたの注意を引くものすべてを、一つ残らず「in-box」に入れてしまおう。
(2)処理する・・・「in-box」から一つずつやるべきことを取り出し、それについて行動を起こすかどうかを決める。
(3)整理する・・・ステップ2の結果を適当なカテゴリーに分ける。
(4)レビューする・・・カレンダーと「次にとるべき行動」リストを毎日見直す。このプロセスを維持するためには週次レビューを絶対に行わなくてはいけない。
(5)実行する・・・「次にとるべき行動」リストを見直し、現在の状況、持ち時間、エネルギーレベル、優先順位を考慮して行動に移す。
の5点を紹介しています。
 さらに、「行動につなげるための5つのステップ」として、
(1)目的、判断基準を決めよう
(2)望ましい結果をイメージしよう
(3)ブレーンストーミング
(4)考え得るオプションを整理しよう
(5)次にとるべき行動は?
の5点を挙げています。
 本書は、日々の仕事にストレスを感じている人には、ぜひ一読をお薦めしたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 仕事術系の本は数多く出ていますが、本書の著者が推奨する「GTD」は、「Biz.ID」などのサイトで盛り上がっています。
 なにより、とりあえずやらなきゃならないことを書き出してみる、という汎用性の高さが多くの業界に通用するポイントになっているようです。


■ どんな人にオススメ?

・ストレスなく仕事をしたい人。


■ 関連しそうな本

 デビッド・アレン (著), 森平 慶司 『仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法』
 Thomas A. Limoncelli (著), 株式会社クイープ (翻訳) 『エンジニアのための時間管理術』 2007年01月06日
 アレック マッケンジー (著), 倉田 良子 (翻訳) 『時間の罠(タイムトラップ)―タイム・マネジメント20の鉄則』
 梅森 浩一 『残業しない技術』 2005年05月15日
 行本 明説, 日本タイムマネジメント普及協会 『図解・仕事術 最強の時間力―タイムマネジメントの法則60』
 奥井 規晶 『外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!』


■ 百夜百音

三好鉄生 ベストセレクション【三好鉄生 ベストセレクション】 三好鉄生 オリジナル盤発売: 2001

 「すごい男の唄」や「涙をふいて」などテレビのCMソングで存在感を示していましたが、いまだにカラオケの席での「あ、ドンドン!」は存在感を保ち続けています。

2007年9月 8日 (土)

「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと

■ 書籍情報

「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと   【「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと】(#961)

  八柏 龍紀
  価格: ¥819 (税込)
  ベストセラーズ(2005/12)

 本書は、「消費社会」という言葉が登場した1970年代から現代までを振り返り、「いったい人々は、何でこれほど同一的な『感動』への消費を熱望するようになったのであろうか」を問いかけているものです。著者は、「いまの『この国』には、砂糖菓子のように『感動』や『涙』が溢れ出ている。『感動』と『涙』の大量生産と大量消費。それらが集中豪雨のように一挙にマスメディアから放出され、拉致事件でもスポーツでも殺人事件までもが、『感動』と『涙』の物語に染め上げられている」と述べています。
 第1章「『感動』は奪われた」では、「団塊」世代が、「親たちの刻苦勉励する姿を見て、その生活の重さ、あるいは重苦しさを充分に感じつつ、反面、高度成長下の経済的豊かさの拡大や急速に進む都市文化の自由な空間にあこがれ」、「欲望を消費できる時代」が到来したことが述べられています。
 第2章「『感動』は量産される」では、予備校講師を生業にする著者が、20年間、若者相手の仕事をする中で、「これは『ヤバイ』と感じたこと」として、
(1)やたら「金」のことを話題にする若者が増えだしたこと
(2)小学生まで含む都会の若者の人を愚弄する言葉の豊富さ
の2点を挙げ、こうした問題には「消費」という問題が横たわっている、と述べています。
 また、大量消費社会の注目すべき特徴として、
(1)大量生産と大量消費の相関関係
(2)「汎世界性」・・・カオス国家アメリカのイデオロギーそのものである。
の2点を挙げ、「大量消費社会とは、大げさに言えば、商品市場拡大のための植民地主義である」と述べています。
 さらに、「ブランド」に関して、「『ブランド』によって、『あなた』という個性が生まれてくる」という状況を、「主体と客体が無意識のうちに転倒してしまっている状況が見て取れる」と述べ、「人々は、商品=モノに依存することで、かろうじて自己のアイデンティティを見いだすのである」と指摘しています。
 第3章「『感動』を買ったオンナは、しあわせか?」では、「ほとんど内面化されることなく、むしろ外面的に強いベクトルを保ったもの」であった、80年代の「オンナたちの自己実現」を、「消費による自己実現」であり、「物欲と上昇志向の強い」時代だったとする社会学者の上野千鶴子こ発言を紹介し、「極論すれば、モノの消費を介してでしか、その欲望を満たせないというのが、『オヤジギャル』世代の自己実現のありようだったということである」と述べています。
 第4章「残された『感動』の居場所」では、東京ディズニーランドとサンリオ・ピューロランドを取り上げ、これらのテーマパークに共通するモノとして、「そのキャラクターが、極めて人工的に『かわいらしさ』『やさしさ』『純粋性』をコピーしていること」を指摘し、それが、「現実にある『かわいらしさ』や『やさしさ』『純粋性』のリアルなコピーというより、それ以上にハイパーリアル(超現実的)な再生産がなされていると言えるもの」であると述べています。
 第5章「感心できない『感動させてくれ病』」では、この本そのものの問題提起である、「『感動をありがとう!』『勇気をもらいました!』と叫ぶのはおかしいんじゃないか」という言葉に対する不快感について、「はたして『感動させてくれ』と叫ぶことが人目をはばかるべきことなのかという問題もあるが、私は"べきこと"だと思えてならない」というナンシー関の言葉を紹介しています。
 また、テレビドラマ『おしん』に対して、人々が、「豊かさの根拠、いわばアリバイ」を切実に希求し、「あたかも苦労や辛抱をしてきたという『被害者』感覚、根拠のない感覚を生んだ」と指摘し、『おしん』の影響で、「人々はそうした気分に浸ることができた」と述べています。そして、『大地の子』には、技術者として成功する主人公の陸一心と、貧しい農村の封建的社会で辛苦の淵に沈み若くして死を迎える妹との対比の中に、「中国の後進性が『記号』化されて」おり、文化大革命と共産主義イデオロギーに翻弄される主人公に、「一条の光となって差し込む高度な技術をもつ日本企業との合弁プラントの推進」という設定も、「このドラマの感動や涙の源泉が、一方的な優越性を下敷きに敷いた、ニッポン人への『癒し』に寄り添ったものであったことを意味する」と指摘し、「徹頭徹尾、ニッポン人のために書かれた物語だった」と述べています。
 著者は、「感動は自己自身が感じられる主体的な感情だし、勇気もやっぱり自分の内面からわき出してくるものではないか」と述べ、「少なくとも大量に安売りされるような感動や涙、勇気は買わないように。せめて、この時代の空虚な無自覚さを切り裂くには、そんな迎合という囲みから脱出する必要がある」と語っています。
 本書は、「感動」さえ「消費」の対象になってしまった現代に、「鋭く」はないですが、とりあえず切り込んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、地下鉄サリン事件の実行犯だった井上嘉浩が15歳の時に書いたという「願望」という詩について、「この詩の言葉はシャープであるが、京都に住んでいた中学生の少年には、こうしたラッシュの実感がつかめるはずがない」、「何らかの映像や社会への嫌悪が、少年である彼にこうした情景を空想させた」という指摘がありますが、この詩自体は、尾崎豊の「BOW!」だったかの歌詞をつなぎ合わせただけのものです。
 それこそ、ネットで調べればこうした指摘はいくつでも出て来そうな気がしますが、そういうことはしないで書いているのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「感動をありがとう」という言葉は気持悪いと思える人。


■ 関連しそうな本

 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
 A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
 谷岡 一郎 『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』 2005年12月13日
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』
 マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日


■ 百夜百音

帰ってきた酒飲み音頭【帰ってきた酒飲み音頭】 バラクーダ&ベートーベン鈴木 オリジナル盤発売: 2003

 昔の酒席では欠かすことができなかった名曲です。カラオケなんかなくたって盛り上がれるのがポイント。特に花見ではよく歌われます。

『ゴールデン☆ベスト』ゴールデン☆ベスト

2007年9月 7日 (金)

ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法

■ 書籍情報

ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法   【ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法】(#960)

  堀 公俊, 加藤 彰 (著)

  価格: ¥2,100 (税込)
  日本経済新聞社 (2006/09)


 本書は、「皆の前で議論を描いていけば、メンバーの参加意欲を引き出し、話し合いのプロセスを共有させること」ができるという、 「話し合いを促進する」ための描く技術である「ファシリテーション・グラフィック」について解説しているものです。著者は、会議で最も大きい影響力を持つ者として、
・ファシリテーター(進行役)
・グラフィッカー(板書をする人)
の2つを挙げ、そのポイントは、
(1)ファシリテーション・グラフィックはアート(芸術)ではなく(スキル(技術)である。
(2)ファリシテーション・グラフィックの様々な「作品」に触れて真似することが上達の近道。
(3)完成品の善し悪しだけでなく、描いていく過程がきわめて重要である。
の3点であると述べています。
 第1章「基礎編」では、失敗した話し合いの典型的な症状として、
(1)意見が出ない
(2)意見がかみ合わない
(3)意見がまとまらない
の3点を挙げています。
 そして、ファシリテーション・グラフィックのメリットとして、
○プロセス共有
(1)議論のポイントをわかりやすくする
(2)ポイントに意識を集中させる
(3)共通の記録として残す
○参加の促進
(4)発言を定着させて安心感を与える
(5)発言を発言者から切り離す
(6)議論に広がりを与える
の6点を挙げています。
 また、ライティングのステップとして、
・ステップ1:発言をコンパクトに要約する
・ステップ2:議論のポイントを強調する
・ステップ3:ポイント同士の関係を示す
・ステップ4:図解ツールを使って構造化する
の4つのステップを解説しています。
 第2章「技術編」では、「文字の書き方のコツ」として、
・大きめ、太め、四角文字
・漢字を大きめに
・漢字を忘れたらカタカナで
・上手に書くよりも、テイネイに書く
の4点を挙げています。
 また、多数の水性マーカーを操るためのテクニックとして、利き手ではない方の指の間に何本も挟んで持つ「ファシリテーターズ・グリップ」(別名:ハリモグラ)について解説しています。
 さらに、ファシリーション・グラフィックで最も難しい点として、「話し合いの中から書くべき内容を、適切に選び出す」点を挙げ、「ファシリテーション・グラフィックの良し悪しは、文字や色の美しさでも図解の使い方でもなく、要約力で決まる」と述べています。そして、的確な要約のための「聴く力」である、「ロジカルリスニング」について、
・縦の論理:思考の筋道
・横の論理:発言の位置づけ
の2つの軸を意識しながら話を聞くことであると述べています。
 著者は、発言者の意図を読み解く視点として、
(1)どんな欲求を達成したいのか
(2)発言の目的は何なのか
(3)どういう構図で発言しているのか
(4)発言内容を信頼しているか
の4つの視点を挙げ、「こういった分類を知っておくだけでも、意図を読み解く手がかりになる」と述べています。
 また、うまく要約できない発言への対処法として、
・問いかけて引っぱり出す
 (1)発言の中で活かせる部分を探す
 (2)発言の奥にあるものを探り出す
 (3)発言者に要約してもらう
・パーキングロット(駐車場)を使う・・・テーマから少しはずれた発言を端の方にスペースをとってメモしておく。
等の技術を紹介しています。
 さらに、ポイント同士をグループ化する方法として、
(1)枝から幹へ(帰納的なグループ化)
(2)幹から枝へ(演繹的なグループ化)
の2つのやり方を挙げ、どちらが優れているとは言えず、2つのやり方をうまく組み合わせることを推奨しています。そして、グループ化やタイトル付けの際によくある失敗として、「頭の良い人(またはファシリテーター)が、どんどん作業を進めてしまうケース」を挙げています。
 図解ツールの使い方に関しては、
(1)ツリー型:「モレなくダブりなく」(MECE)まとめるための3つのルール
 ・上位の項目は下位の項目を要約したものである
 ・同じ階層の項目は常に同じ種類のものである
 ・同じ階層の項目は論理的に順序づけられている
(2)サークル型:重なりが新たな発想を生む
(3)フロー型:原因と結果の関係を順に矢印で結ぶことで因果関係を整理する。
(4)マトリクス型:一刀両断に議論を切る
の4つの基本パターンについて解説しています。
 また、レイアウトの基本フォーマットとして、
(1)リスト型:話し合いの流れがわかりやすい
(2)マンダラ型:自由奔放に発想が広がる
(3):チャート型:議論のヌケモレが少ない
の3つのパターンを紹介した上で、紙面をいくつかのブロックに分割する方法として、
(1)段組型:リスト型が使いやすい
(2)表型:チャート型やリスト型に使われ、プロジェクトマネジメントで使うKPT(Keep, Problem, Try)が典型
(3)マルチ分割型:放射状に4~9のブロックに分けて描く、チャート型やマンダラ型でよく使う
の3つのレイアウトを紹介しています。
 第3章「実践編」では、「いつでもどこでもファシグラ」として、
・定例の話し合いの場
・思いや問題意識をすりあわせる場
・網羅的な検討が必要な場
・自由に意見を述べ合うワークショップ
・自由奔放にアイデアを出し合う場
・実行計画に落とし込む場
・意思統一が必要な場
・ちょっとした打ち合わせの場
・進め方のレベル合わせの場
など、様々な場を想定した活用方法を紹介しています。
 第4章「研究編」では、「ファシリテーターの頭の中を解剖する!?」では、話し合いの進行にともなって、ファシリテーターが、「どのようなことを考え、どのような行動をとりながら、ファシリテーション・グラフィックを描いていくのか」を、「映画のコマを送るように」解説して行くとして、
(1)とにかく描く(打ち合わせ)
(2)リスト型(定例のミーティング)
(3)マンダラ型(合宿ワークショップ)
(4)リスト型+チャート型(意思決定の会議)
の4つのケースを取り上げています。
 第5章「熟達編」では、「1人でできる基礎トレーニング」として、
・描く習慣をつける
・他人の「お手本」から学ぶ
・手を鍛えて速く描く
・色や記号を無理にでも使ってみる
・自分で上達目標を定めよう
等のトレーニング方法を紹介しています。
 そして、要約を鍛えるためのトレーニング方法として、
・新聞や雑誌の記事を要約する
・誰かに読み上げてもらった文章をリアルタイムで要約する
・「朝まで生テレビ」をリアルタイムで要約する
等の方法を紹介しています。
 また、ファシリテーションで求められる要約の特徴として、
(1)耳で聴いて要約するので後戻り(聴き直し)ができない
(2)限られた時間の中で要約しなければならない
(3)全体像がわからない中で、逐次要約をしていかなければならない
の3点を挙げています。
 本書は、ファシリテーションに関心のある人にとってぜひ身につけたい技術を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 ファシリテーションと板書は一見関連が薄そうに見えます。実際に、多くの会議では司会と書記は別の人を充てています。
 しかし、その両者には共通する能力として「要約力」が必要とされます。その意味では、ファシリテーションをしながら議論の中身を要約して、参加者にフィードバックし、板書していく能力というのは一貫性があるといえるでしょう。


■ どんな人にオススメ?

 ・議論を目に見える形で要約したい人。


■ 関連しそうな本

 堀 公俊 『ファシリテーション入門』 2006年05月15日
 堀 公俊 『ファシリテーション入門』 2006年04月24日
 中野 民夫 『ファシリテーション革命』 2006年04月28日
 古川 久敬 『チームマネジメント』
 柴田 昌治 『なぜ会社は変われないのか―危機突破の風土改革ドラマ』


■ 百夜百マンガ

おじゃまユーレイくん【おじゃまユーレイくん】

 最近コロコロコミックの復刻版で一部取り上げられましたが、いまだになかなか読めないプレミア本になっているそうです。誰か読まれたくない人が買い占めてる?

2007年9月 6日 (木)

最強集団ホットグループ奇跡の法則―成果を挙げる「燃えるやつら」の育て方

■ 書籍情報

最強集団ホットグループ奇跡の法則―成果を挙げる「燃えるやつら」の育て方   【最強集団ホットグループ奇跡の法則―成果を挙げる「燃えるやつら」の育て方】(#959)

  ジーン・リップマンブルーメン (著), ハロルド J.レヴィット, 上田 惇生 (翻訳)

  価格: ¥1,680 (税込)
  東洋経済新報社 (2007/03)


 本書は、情熱を持って成果を挙げる、「ホットグループ」について解説しているものです。ホットグループは「組織図上の一単位」ではなく、「メンバーに共有されるミッション中心の心のあり方」であるとされています。
 著者は、ホットグループが中心的な存在となる理由として、
(1)イノベーションの重要性が高まったこと。
(2)ピーター・F・ドラッカーが命名した「知識労働者」なる人たちが中心的な存在となったこと。
(3)あらゆることが複雑化したこと。
の3点を挙げています。
 第1章「奇跡の集団ホットグループ」では、「ホットグループとは一つの心のあり方である」と述べ、「メンバーの頭の中は、果たすべきミッションでいっぱいとなり高度の熱を帯びてくる。そして、通常とは違った行動、集中力、力強い姿勢が生まれる」と述べています。
 そして、
・ラーチバッカー大尉の造船所におけるマネジメント・グループ
・ビル・ゲイツのプログラミング・グループ
・航空宇宙産業のプロジェクト・チーム
・『ヒルストリート・ブルース』の制作現場
・マッキントッシュを生んだパソコンおたく集団
・ケネディのエクスコム
等のホットグループを紹介し、これらのグループの共通点として、
・重要なミッションに携わるという誇りを持っていた。
・ミッションが支配していた。個々の人間関係はさほど需要ではなかった。
・活動期間は長くはなかった。しかし、メンバーにとってはいつまでも懐かしく輝かしい思い出となった。
の3点を挙げています。
 第2章「希望の種を蒔く」では、ホットグループが成長する環境として、
(1)親組織がホットグループの発芽に気づいていない。
(2)トップマネジメントそのものがパトロンになっている。
(3)組織が本当に変化しようとしている。
(4)すでに組織が危機下にある。
の4つの点を挙げています。
 第3章「戦略はミッションに従う」では、ホットグループを、「情緒的な集団ではない。カルト集団でも日本型のチームでもない。議論百出の仕事集団である。ホットグループはミッション至上主義である。メンバー相互の感情や親組織に配慮する暇はない。このため、外部からは組織全体のチームプレーに無関心な無法者との見方がされる」と述べ、その欠点は、「迅速な思考と創造力」によって埋め合わされ、彼らが、「多様性を好む」と同時に、「暗黙か明示的かを問わず、一定の思考の枠組みと価値観」を持ち、「正しいこと正しくないことについて同じ考え方を持つ」と解説しています。
 第5章「いかにして『やつら』の魂に火をつけるか──リーダーたる者の条件」では、ホットグループのリーダーのタイプを、
(1)指揮者型:プレイング・マネジャー的なリーダー。
(2)パトロン型:グループを激励し支えるが、日々の活動をともにはせず、触媒としての役割を持つ。
(3)炎の番人型:かたくなにミッションに取り組み、前進させる人。
の3つに分類しています。
 第6章「『人』の共鳴からスタートする──指揮者型リーダーのための12の心得」では、「ホットグループのリーダーであるということは、行政機関を指揮するというよりも、誠二キャンペーンを指揮するのに似ている。大企業の一部門をマネジメントするというよりも、厳しい戦闘態勢下で分隊を率いるといった方が近い」と述べています。
 そして、指揮者型のリーダーがグループをホットにするための心得として、
(1)仕事ではなく人から考える
(2)持てるものは総動員
(3)親組織に売り込む
(4)ミッションの価値を明らかに
(5)弱者を装う
(6)自由を設定する
(7)共同体意識を育てる
(8)息抜きも必要
(9)クールダウンする
(10)燃え尽きさせない
(11)危機を乗り越える
(12)意味づけを行う
の12点を挙げています。
 第7章「野生の叡智を躍動させる──パトロン型リーダーのための10の心得」では、
(1)考えをはっきり伝え、それを行動で示す
(2)リーダー候補を見極め支援する
(3)野鴨を採用し応援する
(4)人選をグループに任せる
(5)不適切な人材は出てもらう
(6)貴重なメンバーを失ったときの対処
(7)外部と競争させる
(8)組織内の他のグループと競争させる
(9)若者に聞く
(10)メンバーではなくグループ全体に報いる
の10点を挙げています。
 第8章「多様なものに自由を与える」では、
・放射型グループ
・円形グループ
の2つの構造を示した上で、「この変化の時代により適しているのは円形である。階層が少なく相互のつながりが強い組織構造が、これからの世界が求める自己改革とイノベーションを生む。ホットグループは円型を好む」と述べています。
 また、ホットグループが短命な理由として、
(1)機能ではなくミッションを中心に組織されているので、目的であるミッションが達成されれば、それ以上活動する必要はほとんどない。
(2)ホットグループそのものが長命を望まない。
(3)活動的で代謝率が高い。
(4)解放性と柔軟性が強さの源であると同時に脆さの原因となる。
の4点を挙げています。
 第9章「親組織とのトラブルを回避する方法」では、ホットグループと親組織の関係が特殊である点として、
(1)ホットグループはミッションのみを重視し、親組織を「ミッションに関係あるか関係ないか」という一つの視点からしか見ることができない。
(2)ホットグループは孤立しやすい。
(3)ホットグループは気まぐれである。
の3点を挙げています。
 第10章「『想定外』の動きで大組織を変革する方法」では、「改革は海老の脱皮に似ている。脱皮したてで殻が柔らかく壊れやすい時期には、捨てられた古い硬い殻の保証と、新しい殻が固まってようやく手に入る新しい保証との間のバランスを取らなければならない」と述べ、人がその時期に不安を感じることを指摘しています。
 第12章「失われた個を求めて」では、「ホットグループで働くことには中毒性がある。ホットグループを経験してから定型的な仕事に戻ることは難しい。ホットグループの活気と刺激が恋しい」と述べたうえで、
・「二度とごめんだ」という気持ち
・「次のプロジェクトを始めよう」という気持ち
の「誰もがかなり矛盾した感情にとらわれる」と述べています。
 本書は、正体をつかみにくい「ホットグループ」について、多くの角度から光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「最強集団」「奇跡の法則」というと良いことばかりな印象を与えますが、重要な点は、彼らが同じ組織にいたら「嫌な奴ら」だということです。そしてそういう集団が飛びぬけた成果を挙げることの不思議さが「奇跡」であり、その「法則」を解き明かそうとしたところに本書の価値があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・組織内で嫌われてもミッションを完遂したい人。


■ 関連しそうな本

 ヴルーム, 坂下 昭宣 『仕事とモティベーション』 2006年02月17日
 ジョセフ・H. ボイエット, ジミー・T. ボイエット (著), 金井 壽宏, 大川 修二 (翻訳) 『経営革命大全』 2006年01月06日
 デビッド・シロタ 『熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素』 2006年08月30日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 松繁 寿和, 中嶋 哲夫, 梅崎 修 『人事の経済分析―人事制度改革と人材マネジメント』 2006年01月10日
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日


■ 百夜百マンガ

TOKYO DRIVE【TOKYO DRIVE】

 柏のカフェに置いてありました。
 東京じゃないですが、こういう雰囲気は好まれているようです。

2007年9月 5日 (水)

霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち

■ 書籍情報

霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち   【霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち】(#958)

  西村 健
  価格: ¥798 (税込)
  中央公論新社 (2002/07)

 本書は、元労働省のキャリア官僚であった著者が、「霞が関身分制度」のせいで、窮屈な毎日を余儀なくされている中央省庁の役人を取り上げ、「現状のままでは国民をだれも幸せにしない霞が関というシステム」の無法の構造に、「大胆かつ具体的に切り込んで」いるものです。
 第1章「キャリアとノンキャリア──『残酷人事』其の壱」では、1990年に旧労働省で「同僚から金を騙し取った」という起訴事実で東京地検に起訴された榊原勝信というノンキャリの係長が、「騙し取った金は競馬などの遊興費に使った」とされているが、現実には其の金で省のキャリア連中に呑み食いさせていたと述べています。
 第2章「事務官と技官──『残酷人事』其の二」では、「同じキャリアといえども、事務官と技官とでは出世レースにおいて明確な"差別”が科せられてしまう」と述べ、河川の改修や近代鉄道網の全国的敷設が喫緊の課題だった明治時代に、「行政組織の一員として政府に組み込まれた技術官僚は、国策にとってなくてはならない存在だった」が、現在では、「もはや国民の必要としていない公共事業に、未だ汲々としている感」があり、「かつての栄光の余波に未だ乗り、すでに失われた存在意義を見いだそうとしている技術官僚たちの、足掻く姿が背後に浮かび上がってくる」と述べています。
 第3章「国家公務員法アンタッチャブル──無視される国法」では、国家公務員法が制定された1947年が日本がGHQの統治下にあった時代であり、当時のGHQメンバーは、「アメリカ本国でニューディール政策を推進した一派」である、「ニューディール左派」の流れを汲む面々が多数顔をそろえていたことを解説しています。
 そして、第57条において、「当該昇任候補者名簿に記載された者の中、昇任すべき者一人につき、試験における高点順の志望者五人の中から、これを行う者とする」とあるが、「すべての官職に格付けを終えるまでには相当時間がかかる」ために、「職階制が完成して、国家公務員法がちゃんと適用できるようになるまでの当面の間は、役員人事その他の運用は従前の例通りでやっていくことにしましょう」という経過措置が戦後50年以上ずっと続いていることを解説しています。
 第4章「永田町という雲上界──霞が関を上回る"特権階級”」では、内閣の最高意志決定機関である「閣議決定」が、その前日に開催される「事務次官等会議」という聞き慣れない会議で了承された議題しか話し合うことが許されないことを指摘し、「いったいどちらがエラいの?」と述べています。そして、「実感として役所内で一番エラいのは実質事務次官。大臣らトップの政治家は、単なるお飾り──帽子みたいなもの」という感覚であると述べています。
 一方で、「政と官の関係」において、「いざすり寄る政治家をしくじると大変である。そこまで築き上げた官僚人生がすべて"御破算”になってしまう」と述べ、1993~94年に旧通商産業省で繰り広げられた「四人組事件」を紹介しています。
 第5章「辞めるか、死ぬか、諦めるか──官僚に残された"地獄の三択”」では、"83年組のホープ”"将来の次官候補"と見られていた"花形"官僚が通産省を後にして2001年の参院選に出馬した松井孝治議員のケースを紹介し、官僚として省庁再編に携わった経験から、「ああ霞が関の中にいるままでは本当の改革は無理。真に政治がリーダーシップをとって進めていかなければ、なるものもならないんだなあ」と痛感して政治の道に進んだことが紹介されています。
 また、霞が関が自殺件数が非常に多いことでも知られていることについて、財務省の3階、4階の窓に、「自殺防止用」といわれる金網まで張ってあり、著者が勤務していた中央合同庁舎5号館はガラス窓を開けることができず、ダスターシュートに飛び込んで自殺した人までいたことが紹介されています。
 さらに、「役人の残業時間などあってないようなもの」と述べ、「誰も正確にカウントなどしてくれない。訴える先もどこにもない。筆者も月200時間並みの残業くらいざらだったものの、月10時間以上の残業代などいただいたことはなかった」と述べています。
 官僚に対する天下りや接待の疑惑に関しては、「役人──とくにキャリアのトップレベルに行く人材というのは、圧倒的に”いいとこ出”のお坊っちゃま出身ばかり」であり、「高級はあくまで名誉の象徴。その程度の意味合いしか、本人たちの中では持っていない」ことを指摘し、「天下り」が官僚のモチベーションの第一になりうるものではないと述べています。
 また、「いくら義憤に駆られようと、一人の官僚に変えられることなど何もない」ので、できることは、「ただ現状の流れに身を任せるだけ。ならばせめて、できるだけ目の前の仕事を早く片づけ、早く家に帰れる方がいいに決まっているではないか!? 残業したってその手当などまずつかないのだから」という官僚の気持ちを解説しています。
 終章「それでも希望を探して・・・・・・」では、若手官僚にお願いしたいこととして、「自分の良心に従う限り、政治の不当介入など勇気を持ってはねつけること」、「ぜひわれわれマスコミをうまく利用してほしい」と呼びかけています。
 本書は、外部からはマスコミ報道を通じてしか知られていない官僚の生態と本音を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書でも触れられていますが、キャリア官僚の一人ひとりが、報道されるイメージのような、杓子定規なタイプというわけではなく、むしろ、法律を作っている側だからなのか、よく取れば物事をフレキシブルに捉えているところがあり、反面、実作業部分の細かいところは大雑把なイメージもあります。これはいい面と悪い面の両方があるのだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「官僚」というと銀縁眼鏡をかけた人たち、というイメージを持っている人。


■ 関連しそうな本

 山本 直治 『公務員、辞めたらどうする?』 2007年08月24日
 末弘 厳太郎 (著), 佐高 信 (編集) 『役人学三則』 2005年12月12日
 新しい霞ヶ関を創る若手の会 (編集) 『霞ヶ関構造改革・プロジェクトK』 2005年12月22日
 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 テリー伊藤 『お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」』 2006年03月16日
 行財政構造改革フォーラム (著), 上山 信一, 樫谷 隆夫, 若松 謙維 『新・行財政構造改革工程表―「霞が関」の三位一体改革』


■ 百夜百マンガ

家畜人ヤプー【家畜人ヤプー】

 過去に石森章太郎版で漫画化されていますが、超えることができるのか、『仮面ライダー THE FIRST』の二の舞になるのか・・・・・・。

2007年9月 4日 (火)

経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス-

■ 書籍情報

経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス-   【経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス-】(#957)

  松尾 睦
  価格: ¥3,360 (税込)
  同文舘出版(2006/6/23)

 本書は、「組織の中で働く人が経験から学ぶ際」に、関係してくる「経験」、「学ぶ力」、「組織」の3要因のうち、「『学ぶ力』が経験学習プロセスを解明する上で鍵を握る」と考え、「人は、健全な組織において、適正な信念を育むときに、経験から多くのことを学ぶことができる」というメッセージを持ったものです。
 序章『本書のアプローチ』では、本書が、「顧客に付加価値の高い製品・サービスを提案する上で重要な役割を担っている営業担当者、コンサルタント、プロジェクト・マネジャーに焦点を当て、彼らが以下に経験から学習しているかを明らかにすることを明らかにすること」を目的としていると述べています。
 著者は、本書の基本的な問いを、「企業における熟達者は、いかに経験から学んでいるのか」であると述べ、分析の視点として、
・経験そのものの特性
・学習する個人の特性
・学習を促進する組織特性
の3点を挙げています。
 第1章「熟達化の理論的研究」では、過去の研究について、
・知識の類型
・メタ知識
・信念の働き
・熟達化のプロセス
・実践による学習
・プロフェッショナリズム
の点からレビューしています。
 そして、過去の熟達研究から、「チェス、テニス、音楽、絵画といった分野において世界レベルの業績を上げるためには最低10年の準備期間が必要であることがわかっている」と述べ、「各領域における熟達者になるには最低でも10年の経験が必要である」、という「10年ルール」を紹介しています。
 また、「あるテーマについての関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」である「実践コミュニティ」の概念を紹介しています。
 第2章「経験の実践的研究」では、経験を、「人間と外部環境との相互作用」であると定義した上で、外的経験の分類特性として、
(1)タスク(課題)の性質:不慣れな課題、変化を創出する課題、難易度の高い課題、短期的課題、苦難
(2)他者からの影響:上司、部下、同僚、取引先
(3)時期:キャリア上の初期・中期・後期
(4)場所:社内―社外
(5)直接―間接
の5点を挙げ、中でも、「タスク(課題)性質が最も学習に影響を与えているのに対し研修などの間接的経験の影響は小さい」と指摘しています。
 著者は、本章において、
(1)経験年数と業績の関係
(2)学習を促進する経験特性
(3)経験からの学習能力
の3分野に関する実証研究を整理しています。
 第3章「10年ルールの検証」では、「熟達研究で提唱されている10年ルールは、ビジネス分野においても適用できるのであろうか。また、このルールの背後には、どのようなメカニズムがあるのか」を問いかけています。
 そして、分析結果から引き出される理論的貢献として、
(1)自動車と不動産といった異なる領域における営業の熟達化にも、エリクソンの10年ルールが適用できることが明らかになった。
(2)従来の10年ルールが、高業績を上げる準備期間として10年が必要であることを示しているのに対し、営業担当者が有効なスキルを獲得するまでに約10年かかるということを示したという意味で、10年ルールの裏に隠されたメカニズムを説明している。
(3)領域によって鍵となる営業プロセスが異なっていた。。
(4)熟達した営業担当者は「顧客志向」のスキルと「目標達成志向」のスキルのバランスをとっているという点で共通していた。
の4点を挙げています。
 第4章「学習を促す経験」では、プロジェクト・マネジャーとコンサルタントの間で、「初期において『SEとしての部分的仕事』や『プロジェクトのサブリーダー』を経験することでコンピューターの基礎知識や業務知識といった『職務関連の知識』を獲得し、後期において『大規模プロジェクト』や『厳しい顧客』を経験することで高度な『顧客管理スキル』を獲得していた点」が共通していることを指摘しています。
 一方で、その経験学習のプロセスに関しては、「熟達プロセスにも領域固有性が存在する」として、「プロジェクト・マネジャーが、徐々にタスクの難易度を高める『段階的な学習パターン』をとるのに対し、コンサルタントは、中期において、『修羅場体験』とでもいうべき難易度の高いタスクに従事する『非段階的な学習パターン』をとっていた」ことを指摘しています。
 著者は、この学習パターンの違いを、「各職種における課題の性質と、核となる知識・スキル特性の違い」にあるとし、「プロジェクトマネジャーの育成において段階的な経験学習が適しているのは、彼らに要求される最も重要なスキルが『集団管理スキル』だからである」のに対し、「コンサルタントの育成において非段階的な経験学習が適しているのは、彼らに要求されている最も重要な能力が『概念スキル』だからである」と述べています。
 第5章「学習を方向づける信念」では、「自分の能力に対して自身を持ち、学習機会を追い求め、リスクをかえりみず挑戦し、状況に応じて柔軟に自分の行動や考え方を変えることができる人ほど、経験から学習する傾向にある」と述べたうえで、「仕事の信念は、経験学習の効果にどのような影響を及ぼすであろうか。また、領域が異なると、仕事の信念の内容は、どのように異なるだろうか」と問いかけています。
 そして、分析の結果から、「顧客志向の信念が高い人ほど、キャリアの初期・中期段階における経験が現在の業績と強く結びつく傾向が見られた」のに対し、「目標達成志向の新年は経験学習の効果に影響を与えていたものの、顧客志向の信念ほど明確な形で関係しているわけではなかった」ことを指摘しています。
 そして、自動車と不動産の営業において、「目標達成志向の信念が販売業績を高めていたのに対し、顧客志向の信念は販売業績と関係していなかった」ことについて、「自動車営業の分析では、顧客志向の信念が業績と結びつくまでに約10年の期間が必要であることが明らかになった」と述べています。
 著者は、「目標達成志向と顧客志向が密接に関係している」として、
(1)顧客志向における「信頼の重視」は、目標達成志向における「努力・挑戦」「情熱・熱意」と結びついている。
(2)目標達成志向における「目標設定」は、単に自身の売上・利益目標だけではなく、「経営者の思いの実現」や「顧客満足」であるというケースが見られ、数値的な目標を達成する手段としての顧客満足というよりも、顧客満足それ自体が目標となっていた。
(3)「顧客と一緒に成長する」「顧客から学ぶ」という考え方は、目標達成志向における学習目標と関連し、顧客との関係から学習することを重視するとき、顧客志向と目標達成志向が結びつく。
の3点が明らかになったと述べています。
 第6章「学習を支える組織」では、組織風土の定義として、「組織の方針、目標、慣行、手続についての共有された知覚」を挙げ、「組織風土は、組織において何が重要で、メンバーにどのような行動が期待されているかを伝えるシグナルを送ること」で、
(1)個人が直面する刺激を意味づける。
(2)行動選択の自由を制約する。
(3)特定の行動に報酬や罰を与え、個人の行動に影響を与えている。
であると述べています。
 そして、内部競争の営業所風土が、「経験の浅い営業担当者が持つ目標達成志向の信念を育てるが、彼らの顧客志向の信念を阻害するという意味で、諸刃の剣としての性質を持つ」と述べています。
 また、「顧客志向を基盤に、行動ベース・知識ベースの評価を重視し、財務業績ベースの評価を強調し過ぎない内部競争」を、「顧客主導のプロセス方内部競争」と名づけ、この競争が、
(1)内発的動機づけの高揚
(2)利他的利己主義に基づく利得構造の創出
(3)共通の判断基準の提供
(4)学習目標の促進
の4つの特性を持つために、知識創出を可能にしていると述べています。
 著者は、「諸刃の剣としての性質を持つ内部競争が、顧客思考と組み合わされることで、内部競争のネガティブな面が打ち消され、ポジティブな機能が強化される」点を興味深いと述べ、「『顧客志向と内部競争を連動させることが学習を促進する』という知見が、個人レベルの調査と、集団レベルの調査の双方から示された点」が、分析結果の妥当性が高いことを示していると述べています。
 第7章「理論的・実践的な示唆」では、本書の発見事実として、
(1)人がある領域において優れた知識・スキルを獲得するには約10年かかり、6~10年目の中期の経験が熟達の鍵を握る。
(2)人は主に挑戦的な仕事から学ぶが、領域が異なると挑戦の仕方も異なる。
(3)人は、目標達成志向と顧客志向の信念のバランスを保つとき、経験から多くのことを学習する。
(4)人が学習目標を持つとき、目標達成志向と顧客志向の信念が連動する。
(5)顧客を重視し、メンバーが知識や行動をめぐって競争している組織において、目標達成志向と顧客志向の信念が高まり、組織内の学習が促進される。
の5点を挙げています。
 そして、「組織における経験学習プロセスに関する仮説的モデル」を提示し、そのメッセージは、「経験学習の質は、所属する組織の特性と個人の信念によって決まる」であると述べています。
 本書は、外部からは見えにくい学習と成長のプロセスを明らかにしているという点で、研究者のみならず、経営者や管理職にもぜひ一読してほしい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書が扱っている、経験や成長、顧客志向、信念などのテーマは、多くのビジネス書が扱っている分野であり、自らの経験をもとにした経営者やコンサルタントが百人百様の「持論」を展開しています。
 もちろん、個々の持論が価値のないものではないのですが、中には相互に主張が噛み合わなかったり、力点の置き方が異なるものもあり混乱を生む原因になっています。
 本書のような形で整理をすることは、多くのビジネス書で展開されている言説や、多くの人の経営論を聞く上で、わかりやすい座標を得ることができます。


■ どんな人にオススメ?

・「経験から学ぶ」ことを体系的に理解したい人。


■ 関連しそうな本

 中原 淳 (編集), 荒木 淳子, 北村 士朗, 長岡 健, 橋本 諭 (著) 『企業内人材育成入門』 2007年08月24日
 北村 士朗, 中原 淳 (編さん), 荒木 淳子, 松田 岳士, 浦嶋 憲明, 小松 秀圀 『ここからはじまる人材育成―ワークプレイスラーニング・デザイン入門』 2005年11月16日
 キャメルヤマモト 『稼ぐ人、安い人、余る人―仕事で幸せになる』 2005年05月24日
 金井 寿宏, 守島 基博(編著), 原井 新介, 須東 朋広, 出馬 幹也(著) 『CHO―最高人事責任者が会社を変える』 2005年08月23日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー, 櫻井 祐子 (翻訳), 野中 郁次郎(解説), 野村 恭彦 (監修) 『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』 2005年08月25日


■ 百夜百マンガ

セキララ結婚生活【セキララ結婚生活 】

 現在では、お茶の間でおなじみの新聞の連載やテレビアニメで知られていますが、当初は、セキララな作品で知られていました。「あたしンち」もセキララなわけですが。

2007年9月 3日 (月)

GHQ日本占領史(24)社会保障

■ 書籍情報

GHQ日本占領史(24)社会保障   【GHQ日本占領史(24)社会保障】(#956)

  天川 晃
  価格: ¥5250 (税込)
  日本図書センター(1996/12)

 本書は、占領期のGHQによる報告書の中から『社会保障』の巻を全訳したものです。ただし、その内容は社会保険に限定され、「社会保険と公務員の恩給・共済制度の記述」となっています。
 第1章「社会保障制度の発達」では、社会保険の最初の形態である恩給制度が、「1871〔1875年の誤りか〕年に発足した」ことについて、「これらの恩給制度は社会保険の一部分というよりも、通常はそれ自体はある階層への所属とみなされてはいたが、社会保険制度の総体的に安定した重要な一部分を形作っていた」と述べています。
 また、1937年以降の社会保険行政の注目すべき側面として、「使用者の保険料または出資、あるいは政府からの補助金により運営されている非政府機関への行政責任の移譲であった」を挙げ、この権限の移譲が、「最低基準の設定や適切な監督なしに行われ」、「権限の移譲がある官庁から他の官庁になされる場合、監督や統制はほとんど存在しなかった」ことを指摘しています。
 第2章「社会保険制度の全般的改革」では、各種社会保険制度の評価と運営に対する観察から、「日本人は西洋の制度を取り入れる際、他の多くの分野においても同様だが、その基本理念を受け入れることなしに取り入れたのだ」と述べ、「被保険者が政策形成や運営の在り方を決定するに当たり、参加する確固たる契約上の権利があるという原則は明確には認識されていなかった」ことを指摘しています。
 第3章「民間労働者の社会保険」では、戦前の失業問題に関して、「失業保険の全国的な制度をつくる代わりに、古い家族制度の慣習の派生物を法制度化すること」になり、「法律は使用者に対して、何らかの理由で離職する労働者へ離職手当ないしは解雇手当を支払うことを強制した」ことを紹介しています。
 また、船員保険に関して、1939年に制度化・統合された社会保険では、医療、年金、障害、退職、老齢、葬祭、遺族への給付等、「他のグループより手厚い保護がなされた」として、戦後においても、「いぜんとして船員保険制度は事実上の完全な単一の社会保険制度」であったが、1947年12月1日以後は、「別個の保険法の下で陸上労働者に提供されているものとほぼ等しい失業保険の給付」が定められたことが紹介されています。
 第4章「公務員の保証制度」では、恩給制度が、「業務上の障害で就労不能な期間に収入を公務員に保障し、勤続年数に応じて退職後所得を提供し、遺族に所得を提供した」物であり、1923年から第2次大戦後までには、「下級公務員までをも含む文官、軍人・軍属、公立学校の教師・図書館司書を含む教職員、善階級の警察官と刑務所職員、消防隊員、政府の下級公務員と同じ地位で恩給の対象として扱われた各府県の青少年感化院の職員」までを適用範囲に含み、「戦争終結時には、約70万人の民間人と110万人の軍関係者が適用範囲に入っていた」と述べた上で、「戦後軍人恩給は廃疾恩給を除いて廃止され、地方自治法が中央政府の下に独立した権限を持ち、より低い水準の行政においてそれまで中央政府が掌握していた機能を果たすよう委任を受け政治的アイデンティティを確立したとき、一定数の公務員が1947年に地方自治体に配転された」ことを解説しています。そして、このように地方自治体に配属された人々について、「地方自治体が1947年5月1日より以前のように各種の恩給の支払いを負わされ、引き続き政府の恩給制度が適用された」一方で、「地方自治体によって新たに採用された人々は、国の恩給制度の一部ではなく、それに匹敵する自治体の恩給制度の適用を受けた」と解説しています。
 また、軍人恩給の打ち切りに関しては、占領開始時点で約100万人の軍関係の被用者が恩給を受けており、「理論的には将校は勤続13年以上から、下士官と召集兵は12年以上から除隊できた」が、
・在外勤務の1年は国内勤務の4年勤務に換算
・航空兵の場合は1年勤務を3年に換算
・潜水艦乗組員の1年勤務は2年に換算
などの換算をされ、「恩給は老齢時の保障というよりはむしろ兵役に対する報奨」であったことが解説され、この寛大な軍人恩給制度が、「軍事的世襲階級制度の権力と人気を高めた」とされ、「この特権階級の排除と民主化の促進、国民負担を軽減するため」に、1946年2月1日以降、除隊手当ないしは勤務恩給の支払いを禁止する指令が発令されたことが述べられています。
 第5章「自営業者の保護」では、国民健康保険が、「本来強制的な健康保険の適用対象でなかった人に、別の手段で医療を提供するための自発的な運動」として1938年に始まったため、「工業化されていない地域と小さな町の住民が最大の適用対象」であったことが述べられ、降伏時点で、「4060万人の農民、自営業者および5人未満の事業所で働く労働者を適用範囲としていた」ことが解説されています。
 また、1948年7月に国民健康保険法が包括的に改正され、「地方自治の1つとして地方自治体の基本的な行政的責任を保証した」ことが解説されています。
 さらに、この制度が、「他のいかなる社会保険よりも政府の補助金に依存していた」ため、「法律は国、県、市に対して、この保険制度を助成する権限を与えはしたが、そうするよう求めるものではなかった」と述べています。
 本書は、現在の社会保険制度を理解する上で必要な基礎知識を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で指摘されている、「日本人は西洋の制度を取り入れる際、他の多くの分野においても同様だが、その基本理念を受け入れることなしに取り入れたのだ」という点については、耳の痛い話ですが、日本が戦争に負けて占領下にあったという当時の状況を踏まえると、戦勝国の立場の強さのことを考えざるを得ません。
 なにより、保険の「基本理念」に基づいた政策が、保険料の引き下げだったのかと思うと残念でなりません。


■ どんな人にオススメ?

・自分の将来の年金が心配な人。


■ 関連しそうな本

 村上 貴美子 『戦後所得保障制度の検証』 2007年08月30日
 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『少子化と日本の経済社会―2つの神話と1つの真実』 2007年01月11日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『日本の所得格差と社会階層』 2006年02月01日
 広井 良典 『持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想』 2007年05月18日


■ 百夜百マンガ

こちら大阪社会部【こちら大阪社会部 】

 テレビのワイドショーのコメンテイターとしておなじみの大谷昭宏さんが原作を担当しています。
 1990年代は携帯電話の普及過程にあたる時期なので、今の目で見ると社会が変わったんだ、ということを実感できるかもしれません。

2007年9月 2日 (日)

ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化

■ 書籍情報

ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化   【ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化】(#955)

  T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  北大路書房(2004/09)

 本書は、携帯電話メーカーのNOKIAがある国として知られ、日本以上にケータイが普及した国であるフィンランドにおける、ケータイがもたらした文化的影響について論じたものです。
 第1章「通信、ケータイ、都市」では、「ケータイをもつとどんな『得』があり、持たないとどんな『損』をするのか、ケータイを所有することで、私たち自身の人づきあいや出会いがどう変わるのだろうか」について論じています。
 そして、ケータイが、「現代の遊牧民とも言える『移動する人々』にとって、究極のモバイルライフスタイルへの追求を象徴するアクセサリーでもある」として、ケータイが、「柔軟な労働形態や多様な社会的相互作用、そして家族の絆を強めるものと結論づけた」、ルールによるライフスタイル研究を紹介しています。
 また、消滅してしまった「都市をぶらつく人たち」である「遊歩者」と、現代の「電子的遊歩者」との違いを、「スピードと移動性にある」としています。
 さらに、電子コミュニケーションが、「新たな共同体や新遊牧民、電子的近隣などと特徴づけられる、共同的かつ集合的な行動を生み出す」として、ケータイの人気が、「コミュニティへの参加と同時に移動を共存させたいという欲求によるもの」であると説明しています。
 フィンランドにおけるケータイの普及については、1994年から1996年の2年間でケータイ加入者数が倍増し、1996年から1997年の1年間でも倍増した、と述べ、ここまで普及した理由として、
(1)規制緩和の結果通信事業者間の競争により、通信が強固な社会基盤の上に成り立っている。
(2)ケーターメーカーも独自に研究開発と販売活動に多大の投資を行ったため、世界の先頭を走っている上、フィンランド人は自らが産み育てた技術に対する愛着が強い。
の2点を挙げています。そして、フィンランドの通信技術が、1960年代前半にフィンランド軍が取り組んだ軍用無線の開発プロジェクトの成果がノキアが開発したケータイ1号機に詰め込まれていることが述べられています。
 著者は、ケータイ普及過程を、
(1)第1期(1975-1990)特定階層市場期:ホテルの高額な電話料金よりも安かったため、外出や出張の多い営業担当者たちが利用し始めた。
(2)第2期(1990-1995)大衆化市場期:メーカーは選択肢を増やすことで「ヤッピー」の持ち物というイメージの払拭を図った。
(3)第3期(1995-現代)市場多様化期:ターゲットごとに異なる仕様のケータイが販売されている。
の3段階に分類して論じています。
 第2章「ケータイの呼称」では、ケータイが、
(1)利用者の移動性
(2)アクセス可能性
を高める装置として定義しうると述べた上で、
ケータイが、「身体の拡張として社会的相互作用をコントロールし、利用者は端末を通して自分達の社会関係の範囲を明確化する」と述べています。
 そして、「ケータイをひとことで形容」すると、
・「便利な装置」「道具」「心の平穏」「電話そのもの」「安全装置」
など、ケータイが実用的であることを反映した回答のほかに、
・「気ばらし」「自慢するための手段」「はけ口」「おもちゃ」「安らぎ」「仲間」「気の利いた小道具」「コミュニケーションツール」
などの、「情緒的で娯楽的、社会的な側面を指摘する回答」も見られたことを挙げ、「ケータイは仕事や日常の用事をこなすための手段であると同時に、不断のつながりと連絡可能性は欠かせない特徴となっている」と述べています。
 第3章「日常生活の調整役」では、ケータイネットワークが、「実際の物理的な近さとは無関係に、近くにいるという感覚(テレプレゼンス)を利用者にもたらす。つまり、常に電話でアクセスできるため、他者はいつでも目の前にいるようなものである」と述べ、ケータイが、「中央集権的な方法で権力を行使する機会を増加させた」一方で、「利用者の社会生活をコントロールする可能性を固定電話よりも大きくした」として、「技術的な理由を強調して通話を切ったり短くできる」こと、相手の名前を確認してから出るかどうかを決められることを挙げ、「ケータイを利用することで社会的なゆとりが生まれる」というインタビュー調査の結果を紹介しています。
 また、ケータイ利用場面の観察の結果として、「モバイルコミュニケーションが労働時間の自由度を高めるための新しい方法を導入してきたことが示された」と述べ、ケータイが、「労働時間と余暇時間との境界」を取り払い、「仕事観傾斜と遊び仲間との境界も不明瞭」にしたと述べています。
 著者は、ケータイ利用の増加とともに定着した新しい時間概念を、「周期的時間」と名づけ、ケータイが、「あらかじめ決められた日常生活の構造を、融通が利くように変化させることで曖昧にしてしまう」と同時に、時間経験の様相を、「あらかじめ予定を組んで先のことを確定するのではなく、時間は切れ目なく未来まで続くものとして経験される」と解説し、ケータイによって「スケジュールされた」社会は、「同期的な相互関係に基づく『社会学的』で周期性を帯びた時間を特徴とする」と述べています。
 第4章「ショートメッセージ」では、フィンランドでよく用いられるショートメッセージが、「誰かと連絡を取るさいの心理的な敷居」は、通話に比べて低いことを解説した上で、その目的は、「情報交換ではなく、むしろ娯楽と社交にある」と述べています。
 著者は、「ケータイは、現実の状況や空間、拘束力を消し去ることはできないが、それらに新しい次元を持ち込み、テキストメッセージに媒介された別の世界に没入する可能性をもたらす。テキストメッセージは、日常生活の習慣的な境界や限界を無効にする道具でもある」と述べています。
 第5章「ケータイの路上考現学」では、ケータイ利用者が、「公共空間において個人の領域を肥大化させている」ことを指摘し、「ケータイを利用することは、公共空間を指摘に利用すること」であると述べています。
 そして、「公共の場での好ましくない行動様式としてのケータイ利用」を、
(1)不快
(2)迷惑
(3)邪魔
(4)不利益
の4次元に分け、「不快」と「迷惑」が「個人の環境と結びついた主観的な『好ましくない』という感覚」であるのに対し、「邪魔」と「不都合」は、「客観的に証明可能な社会構造の特徴である」と述べています。
 また、「ケータイは結局のところ、その会話が公共の場で見知らぬ人に聞かれてしまうところに特徴がある」と述べ、「他人の会話を『強制的に聞かされる』ことによる嫌悪感」について説明しています。
 さらに、電話を受ける場面での、好ましくないケータイ利用の形態として、
(1)鳴るべきでないときに鳴る着信音
(2)長く鳴り続ける着信音
(3)大きすぎる声
の3点を挙げています。
 第7章「モバイル情報社会の今」では、「ケータイは現代人の欲求と期待に対する一つの答えである」一方で、「ケータイの利用は旧来の相互作用の精神的・機能的様式と無関係ではない」として、「ケータイが私たちの生活に入り込んでくる過程は双方向的」であり、「この装置がライフスタイルに順応する方向と、装置の導入でライフスタイルが変化する方向の2つ」であると述べています。
 そして、ケータイが、「ネットワーキングを重視する個人主義社会のイデオロギーにうまく適合」し、「伝統的な社会構造に大変革をもたらした」として、
・友人たちとの時間の共有化が進み、きちっと決まらなくても、個人の選択幅を広げたままでいられる、ある種の「とりあえず」的ライフスタイルが拡がった。
・ケータイによる気軽なおしゃべりによって、対面接触の補完が行われている。
・「割り込み文化」が進行している。
・効率を高め、目的達成を促すきっかけをもたらす一方で、ちょっとした用事やあいさつなどの「無目的」会話も増やしている。
などの点を指摘しています。
 本書は、日本以上にケータイが普及した国における、ケータイによる社会的な影響を垣間見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ケータイは世界中どこでも同じようなものだと思っていたのですが、思った以上に国民性が現れるもののようです。
 日本では、外国人が人ごみの中で大声で母国語を発しているのを聞くことは比較的少ないと思うのですが、特に、中国人など見た目的に日本人特別できない人が、ケータイを使って母国語でいきなり話し始めると、近くにいたときびっくりします。


■ どんな人にオススメ?

・ケータイはどこの国でも同じように使われていると思っている人。


■ 関連しそうな本

 小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著) 『モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影』 2007年08月06日
 小檜山 賢二 『ケータイ進化論』
 水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』
 遊橋 裕泰, 河井 孝仁 (編さん) 『ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に』
 ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
 パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日


■ 百夜百音

The In Sound from Way Out!【The In Sound from Way Out!】 Perrey-Kingsley オリジナル盤発売: 1995

 アーティストの名前は知らなくても、あの「エレクトリカルパレード」の音楽を作った人と言われれば誰でも知ってる人です。


2007年9月 1日 (土)

巨大人脈SNSのチカラ

■ 書籍情報

巨大人脈SNSのチカラ   【巨大人脈SNSのチカラ】(#954)

  原田 和英
  価格: ¥756 (税込)
  朝日新聞社出版局(2007/02)

 本書は、「よかれ悪しかれ世界の構造を変えてしまう可能性を持った存在」である「SNS(Social Networking Service)」について、よい面とネガティブな側面の両方を伝えることを目的としたものです。
 第1章「mixiという化け物サイト」では、mixiの名前の由来として「『i(人)』と『人』を『mix(交流)』させるという意味を持つ」という説を紹介し、その強さの秘訣として、「非常にクイックでインタラクティブなコミュニケーション」である「足あと制度とコミュニティ制度」を挙げています。
 第2章「SNSはインターネットを超えた」では、これまでの「匿名が基本で、だれもがだれのページでも見ることのできたインターネットの世界」に「実名が基本」の「巨大な閉じられた世界が出現した」と述べ、SNSが、「人と繋がりたい」という「人間が元来持っている本能を刺激」したと述べています。
 そしてSNSを「個人専用のマイページがあり、それが他者のマイページとある関係性のもとで繋がっていることが可視化される」サービスだと定義しています。
 また、アメリカのブロガーであるマット・ウェブの言葉として、ソーシャルソフトウェアに必要な7つの要素として、
(1)Identity:一貫した個人の同一性
(2)Presence:利用者の息吹を感じられる仕組み
(3)Relationships:関係性
(4)Conversations:会話
(5)Groups:共通の何かを持った集まりの仕組み
(6)Reputation:自分がどのような人か簡単に分かる仕組み
(7)Sharing:共有
の7点を挙げています。
 さらに、デビッド・テテンとスコット・アレンが挙げるSNSの要素として、
(1)Searchable directory:人のディレクトリ検索
(2)High visibility:ローコストで自分をPRできる。
(3)Receptive audience:適切なコミュニケーションの方法の提示
(4)Easy group-forming:簡単にグループが作れる
(5)Get visibility into the networks of your connections:人のネットワークが見える
の5点を紹介しています。
 第3章「世界のSNS」では、
・音楽SNSのMySpace
・ビジネスSNSのLinkedln
・学生専用SNSのthefacebook
・国民の3分の1が利用し、住民基本番号で完全に個人認証された韓国のCyworld
・世界最大の写真SNSのFlickr
などを紹介しています。
 第4章「日本のSNS」では、日本のSNSの特徴として、
・実名利用が相対的に少ない
・招待制が多い
・次元の隔たり感覚が弱い
・「出会い系」の利用が少ない
・ビジネス利用するケースが圧倒的に少ない
等の点を挙げています。
 第5章「SNSを制するものが、ビジネスを制す」では、日本でも活用され始めた社内SNSについて、その利点として、
(1)社内コミュニケーションの促進
(2)車内の知識を共有できる
(3)社外、車内の人脈の活用
の3点を挙げています。
 また、SNSをビジネスに使う際のコツとして、「あなたが何を知っているか、ということは大事だが、同時に大事なのは、あなたが『だれ』を知っているか、ということだ。」という格言を紹介しています。
 さらに、ビジネスとしてのSNSが成功するポイントして、
(1)先駆者利益の大きさ:一度参加してしまうと他のSNSに移るコストが高い。
(2)ビジネスモデルが確立されていない。
(3)SNSが「必要とされる理由」となる「売り」がなかった。
(4)初期には物凄い勢いで利用者が増えるが、増加が停まった瞬間、増えてきたのと同じ理由で利用者は減っていく。
等を挙げています。
 第6章「SNSが変える人脈」では、SNSによって友人の、
(1)セグメント化:自分の趣味や嗜好に会った人とのコミュニケーションが深まる。
(2)ブロードバンド化:コミュニケーションの幅が拡がる。
(3)ネットワーク化:コミュニケーションが三次元化し予想外のネットワークを作り出す。
の3つが起こりうると指摘しています。
 また、「地域」に関するコミュニケーションの変化として、地域SNSの「ごろっとやっちろ」等を紹介した上で、「今まで廃れる一方だった地域のコミュニケーションが、インターネットにより復活されるというアイロニックな状況は、まことに興味深い」と述べています。
 そして、Googleが「あちら側」を信頼するものであるのに対し、SNSを使った検索が、「『こちら側』にいる人々の知恵を信頼して結果を導き出す」ものであると述べています。
 さらに、SNSがオフラインの交流を「豊饒化」させるとして、フィンランドの携帯SNSの事例を紹介しています。
 著者は、ネットワークの重要性に関して、ジョン・デーリーによる「人脈ネットワークづくり」の要素として、
(1)常にネットワークを広げる機会を探せ。
(2)常にネットワークを築け。
(3)恥ずかしがるな。
(4)近くの人々のことについて、覚えておけ、書き留めておけ。
(5)弱い紐帯の重要性を知っておけ。
(6)ネットワークを動かすために、ネットワークの人々にいいことをしろ。
の6点を紹介しています。
 第7章「SNSがはらむ問題」では、実名を使わなくても、「オフラインのネットワークを活用し、個人の趣味や日々を書いている以上、そこに存在する『名前』はある程度、実名に近い存在になっていく」として、
・いつ家にいるかがばれてしまう。
・IDやパスワードが盗まれるなどのプライバシーの問題。
・住所がばれる恐れ。
等の問題点を挙げています。
 また、著名人などを自分のネットワークにすることで、「自分の素性を意図的にグレードアップ」する「人脈ロンダリング」を指摘しています。
 第8章「SNSNが開く未来」では、「SNS世代」ではオンラインの交流がメインになり、「文章を書く力」が非常に重要になるため、「文章が確実に上手くなっている」と述べています。そして、「コミュニティの掲示板や、日記において、すべてのSNSの舞台では、人々は空気を読むことを強いられる」と述べています。
 また、SNSが、「Googleのように」世界を覆い尽くしてしまうかという仮説に対して、「YESでありNOである」として、「SNSというネットワークの概念」は「あらゆる世界を多い尽くすことになる」一方で、「単一のSNS運営サイトが世界を覆う」ことについては非常に難しいと述べています。
 著者は、「SNSの利用者が増えるということは、単純にSNSサイトに利用者が増えるというわけで」ではなく、「そこに参加している人たちの世界がより狭くなり、よりさまざまな出来事が生まれる土壌が醸成されていく」ことであると述べています。
 本書は、オフラインのネットワークとの親和性が高いがゆえに、オンラインに留まらず、オフラインの世界のあり方を変えてしまう可能性があるSNSについて概説してくれるコンパクトな入門書です。


■ 個人的な視点から

 世界中の色々なSNSを紹介してくれるのが楽しい一冊です。日本では、ほとんど「SNS=mixi」というイメージが定番化されていますが、こういう紹介を読むことによって、mixi自体の特殊性に気づいたり、SNSにたいする受容度の幅が広がるんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・SNS=mixiだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 早稲田大学IT戦略研究所, 根来 龍之 『mixiと第二世代ネット革命―無料モデルの新潮流』 2007年03月31日
 増田 直紀, 今野 紀雄 『「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ』 2006年04月18日
 ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
 ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
 安田 雪 『実践ネットワーク分析―関係を解く理論と技法』 2005年10月04日
 安田 雪 『ネットワーク分析―何が行為を決定するか』 2005年10月13日


■ 百夜百音

Provision【Provision】 Scritti Politti オリジナル盤発売: 1988

 20世紀末に長い沈黙を破った後、活動を再開したグループですが、再開後の音は聴いてません。すみません。
 昔、上の世代の人たちが、6~70年代のロックを「本物だ!」と言っているのを聞いて、真似をして聴いてみましたが、人間は、思春期の頃に影響を受けたものによって価値観が固まってくるんだと気づいたのは最近のことです。

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