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2007年10月

2007年10月31日 (水)

グローバル時代のシティズンシップ―新しい社会理論の地平

■ 書籍情報

グローバル時代のシティズンシップ―新しい社会理論の地平   【グローバル時代のシティズンシップ―新しい社会理論の地平】(#1014)

  ジェラード デランティ (著),佐藤 康行 (翻訳)
  価格: ¥3150 (税込)
  日本経済評論社(2004/10)

 本書は、「とりわけグローバリゼーションと新しいコスモポリタンによる挑戦の台頭を受け、シティズンシップと国籍とのあいだのズレが大きくなっている事態を探求したもの」です。著者は、「こんにちシティズンシップと国籍との違いは、いくつかの理由から曖昧になった」として、
(1)出生より居住の方がシティズンシップの権利を決定する重要な要因にますますなりつつある。
(2)シティズンシップと国籍とが曖昧になってきたことに加え、シティズンシップの権利と人権のあいだのかつての区別もますます曖昧になってきている。
(3)テクノロジーが生み出す新しい種類の権利がより重要になりつつある。
(4)伝統的なシティズンシップの前提の一つであった、公的なものから私的なものを切り離す事態が侵食されてきた。
(5)集団的権利や文化的権利の台頭がかつての個人的権利の関心に置き換わりつつある。
の5点を挙げています。
 著者は、本書の目的として、
(1)シティズンシップの政治理論と社会学のあいだを架橋すること。
(2)コスモポリタンなシティズンシップが何から構成されているのか、そしてこの間の発展が古典的なシティズンシップ理論との関係でどのように位置付けられるのかということを、関心を抱いている人々にできるだけ完結に説明すること。
(3)シティズンシップの理論家に関心を持ってもらうこと。
の3点を挙げています。
 第1章「シティズンシップのリベラルな理論」では、近代的なシティズンシップ理解が、「社会の成員資格が形式的平等原理に基づいていなければならないという考えにあった」と述べ、この原理が、「権利の特別な理解によってて意義付けられていると一般的に理解されてきた。義務もまた同様である」と述べています。
 また、マーシャルのシティズンシップ理論における中心的問題として、
(1)文化的権利からの挑戦。
(2)グローバリゼーションと多元的モダニティからの挑戦。
(3)形式上のシティズンシップに対する実質的シティズンシップからの挑戦。
(4)シティズンシップと国籍との分離の問題。
(5)ネオリベラリズムの登場つまりアメリカの慣習でいう「新保守主義」の出現から、シティズンシップの運命を論じることができる。
の5点を挙げて論評しています。
 第2章「コミュニタリアンのシティズンシップ理論」では、近代的シティズンシップの古典理論が、「シティズンシップを位置づける場所として公共圏をとらえそこなった」と述べています。
 著者は、「権利に基づくシティズンシップの構想について、リベラルと保守的、市民的の三つの主要なコミュニタリアニズムを批判的に議論」し、「これら三つともシティズンシップを政治化するということでは関心を共有し、リベラリズムと社会民主主義に結びついた国家中心の伝統に欠けている実質的次元をシティズンシップに持ち込んだ」と述べています。
 第3章「政治のラディカルな理論」では、「ラディカル・デモクラシーのシティズンシップにはさまざまな立場がある。それらは声、差異、正義の政治を行う三重のシティズンシップモデルである」と述べています。
 第4章「コスモポリタンなシティズンシップ」では、「シティズンシップと国籍がこんにち切断され、国家がもはや主権の独占的な参照点ではない」と述べ、「これはコスモポリタニズムの消極的定義」であり、「積極的な意味でのコスモポリタンなシティズンシップは、国家の内外における参加と権利の新しい可能性に関係する」と述べています。
 著者は、「主権国家はもはや唯一のナショナルな国家ではない。ナショナルな国家は、トランスナショナルなコミュニティとますます重要になる国際法によって変質させられている」と述べ、「コスモポリタンなシティズンにシップにとっては、シティズンシップの基礎的基準は、ナショナル・アイデンティティのばあいと同様にもはや出自ではなく居住であり、アイデンティティを多元的にとらえる批判的言説の質を洗練すること」であると結論づけています。
 第5章「人権とシティズンシップ」では、啓蒙主義の登場以来、個人が、「市民と人間」という二つの合法的に定義された立場を占めてきたと述べたうえで、「シティズンシップの権利は人権とは異なる。シティズンシップの権利は特定のものであり、国籍原理によってほとんど形成されてきた」と述べています。
 また、ポストモダンの時代において、「現在の状況は人権とシティズンシップの権利が曖昧になっていることを示唆する多くの経験的、理論的証拠がある」と述べています。
 著者は、「人権が国民主権に挑戦することができると考えることには十分な根拠がある」と述べ、「いまや人権レジームが他の国々の出来事に介入することがありうる」としています。
 第6章「グローバリゼーションと空間の脱領土化」では、「コスモポリタンなシティズンシップの規範的説明にとどまることなくさらに踏み込み、コスモポリタニズムに対するグローバリゼーションの含意を評価する観点からグローバリゼーションを検討したい」としています。
 そして、グローバリゼーションを、「実際に世界で起こっていることの説明というよりも、その認識であると理解するのが最もふさわしい」と述べ、「グローバリゼーションは構造や作用のどちらをもってしても説明できない」、「グローバリゼーションは新しい構造ではなく、また特定の行為主体の働きでもない」と解説しています。
 また、「グローバリゼーションのほとんどの理論は二つのグループに分けられる」として、政治経済的転換の理論と社会文化的転換の理論の2つを挙げ、これらについて、
(1)それぞれの理論グループ内でつよい議論と弱い議論とがある。
(2)グローバリゼーションの積極的効果と消極的効果に関して規範的視角から明らかにしたい。
の2つについて説明を行っています。
 さらに、「資本主義と民主主義という二つのダイナミクスがグローバリゼーションを推し進めている」ことを強調しています。
 第7章「国民国家の転換」では、「国民国家の国内の転換に関して、グローバルな転換が及ぼす側面を吟味する」として、「国民国家における国籍とシティズンシップとのあいだのズレが増大しつつあること」を問題視しています。
 そして、「こんにちのナショナリズムはもはやイデオロギーに訴えることなく、アイデンティティと物的利害に訴える。新しいナショナリズムにおいては、イデオロギーはアイデンティティというプリズムを通して屈折する。そして、イデオロギーのほとんどが法律以外の力に基づいている」と述べています。
 著者は、「国民国家がグローバリゼーションの圧力によって、いかに国内的に断片化されつつあるかということがわかった」と述べています。
 第8章「欧州統合とポストナショナルなシティズンシップ」では、「コスモポリタンなシティズンシップすなわちポストナショナルなシティズンシップはシティズンシップに有意味な内容を提供するそれ自体特別な市民文化――市民的コスモポリタニズム――を要求する」と述べています。
 そして、「シティズンシップにとって有意味な統治を行うさまざまな秩序を議論する上で、コミュニティの4つのレベルを区別することが有意義である」として、
(1)政治共同体
(2)文化共同体
(3)市民共同体
(4)コスモポリタンなコミュニティ
の4点を挙げています。
 著者は、「ヨーロッパのシティズンシップを定義するにあたって、極めて重要な現実的争点」として、「シティズンシップの概念は出自よりも居住に基づいているということ」であると述べています。
 第9章「シティズンシップの再構成」では、シティズンシップは4つの構成要素を含んでいるとして、
(1)権利
(2)責任
(3)参加
(4)アイデンティティ
の4点を挙げ、「ナショナルなシティズンシップの古典的モデルでは、これらは機能的な統一を有していた」が、「多くはグローバリゼーションの結果、こんにちもたらされたのはこれらの構成要素の分離」であり、「これらの要素が一貫した国家の枠組みではもはや統一されていない事態に陥った」と述べています。
 著者は、「シティズンシップの議論は民主主義の広範囲にわたる転換に取り組むものでなければならない」と結論づけています。
 第10章「結論」では、「コスモポリタンなシティズンシップは、コミュニティとの関係が再び確立さえすれば可能である」と述べ、「コミュニティとコスモポリタニズムとの関係を再考しなければならない」と主張しています。
 そして、「わたしが議論している市民的なコスモポリタニズムという概念は、自己限定的な類のコスモポリタニズムであると理解することができる。それは『薄い』コスモポリタニズムであり、グローバルな市民社会の『厚い』コスモポリタニズムと対照的かもしれない」と述べています。
 本書は、アイデンティティが、自ら出生した国だけに求められなくなった時代のシティズンシップのあり方を考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ヨーロッパの人は、他のヨーロッパの国で暮らすことにどんな感覚を持つのでしょうか。千葉県に生まれ、千葉県から出たことのない自分にはなかなか想像がつきませんが、日本でいえば他の県に引っ越すような感覚なのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「シティズンシップ」に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
 ロバート・D. パットナム (著), 河田 潤一 (翻訳) 『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』 2005年03月03日
 ロバート・D. パットナム 『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』 2006年08月28日
 ジェームズ・A. バンクス (著), 平沢 安政 (翻訳) 『民主主義と多文化教育―グローバル化時代における市民性教育のための原則と概念』
 宮島 喬 『ヨーロッパ市民の誕生―開かれたシティズンシップへ』
 クリスティーヌ ロラン‐レヴィ, アリステア ロス (著), 中里 亜夫, 竹島 博之 (翻訳) 『欧州統合とシティズンシップ教育―新しい政治学習の試み』


■ 百夜百マンガ

モンモンモン【モンモンモン 】

 大ヒットした「マキバオー」の前に連載していた動物ギャグです。個人的にはこっちの方が好きだったですが、一般受けするのはやっぱり「マキバオー」かしら。

2007年10月30日 (火)

選挙裏物語―「当選確率80%」スゴ腕選挙コーディネーターが明かす選挙のすべて

■ 書籍情報

選挙裏物語―「当選確率80%」スゴ腕選挙コーディネーターが明かす選挙のすべて   【選挙裏物語―「当選確率80%」スゴ腕選挙コーディネーターが明かす選挙のすべて】(#1013)

  井上 和子
  価格: ¥1470 (税込)
  双葉社(2007/06)

 本書は、国会議員の選挙から、海外の国政選挙、地方の村長選挙まで、約200件以上の選挙戦にコーディネーターとして関わった経験を持つ著者が語る、「具体的かつ現実的に、テキストとしても関係者の役に立つような、選挙のプロとして当選に必要な知識や技術、方法論など」です。
 第1章「選挙今昔物語」では、公選法が改正される1994年の7~8年位前まではびこっていた「ここまでやるか!」的なすごい選挙違反として、
・国会議員クラスの裏選対の契約金は2000万円。
・不在者投票「1票1万円」、投票券は「1枚5000円」
・おにぎりの"具"に「1万円札」
などが紹介されています。そして、最近は、選挙違反を気にして「妙なことはやらなくなって」きた理由として、「何千万円、いや何億円と使っても、その『見返り』が期待できなくなった」からであると述べています。
 また、電話部隊が、有権者名簿に「◎、○、△、×」の4段階のマークをつけ、追い込み期には「集中的に△印のところに電話攻勢をかける」ことや、「落ちる候補者」の特色として、
・何より自分が最優先の人
・何事も他人のせいにする人
・他人頼みの人
・他人の苦労が分からない人
・感謝の心がない人
・細かい人
・打算で動く人
等を挙げています。
 第2章「選挙コーディネーターの世界」では、女性の「選挙コーディネーター」として表に看板を出しているのは、日本では著者一人だけであるだけでなく、「日本で最初に、この世界でビジネスを打ち立て」た人物であることを語っています。そして、小学生のときに「言葉の力」でイジメに打ち勝った経験から、弁論部→早稲田大学雄弁会に進み、国会議員の私設秘書になったこと、新卒の若造が秘書というだけでチヤホヤされることに不安を感じて半年で辞職し、「政治家に出したい人を自分で応援する仕事があるじゃないか」と選挙コーディネーターという仕事を始めたことが語られています。
 そして、選挙コーディネーターとして日本で第1号の公選法違反で捕まった事件として、35年前に自民党の元花形議員で女優の山口淑子さんの選挙応援をしたときに、ウグイス嬢にギャラを払ったことで、1カ月間警察の留置場に拘留され、「公選法はなんという理不尽な法律なんだろうという怒りが、胸の中に渦巻いた」と語っています。
 また、選挙コーディネーターの仕事の三本柱として、
(1)調査(支持率、世論調査等)
(2)広報(政策立案、イメージづくり、ポスター・パンフレット製作等)
(3)組織づくり(勝つ選挙と負けない選挙のための組織づくり)
の3点を挙げ、この他に『遊説カー、ウグイス上の派遣、事務所設立といった選挙活動に必要なハード面のツールのレンタルを含め、およそ総合的な選挙ビジネスを展開」していると述べています。
 第3章「あなたも政治家になれる」では、出馬する「必要性と必然性」として、
・自分が出なければならない理由
・他の人でなくなぜ私なのか、その理由
・自分が皆さんのお役に立つ理由
の3点を整理して頭に入れておくことが、有権者を説得する上で必要であると述べています。
 また、著者が独自に作成した「選挙チェックシート」として、
(1)特性要因解析・・・人、組織、環境、方法などの要因をチェックし、なすべき選挙活動の方法を項目立てしたもの。
(2)データ収集・・・投票率・議席数などの<参考データ収集>、支持者分析、他候補との比較など<瀬踏み調査に使用する主な方法>、新聞折込、チラシなど<広報手法の概略の確率>
(3)得票要素チェックシート・・・自分がどの程度の支持を得ているのかを、A=定量的に測れるもの、B=抽象的なもの、C=その他の3つの要素から分析
の3項目を挙げています。
 この上で、著者の仕事は、「これまで列挙した項目を、すべてにわたってチェックしながら、データを集め、分析し、候補者の弱点を見つけ出して、今後の"勝つ"ための活動に生かしてゆくこと」であると述べています。
 さらに、著者が、「長年、さまざまな利害と感情が、時にはのっぴきならないくらいに鋭く衝突し、錯綜する、ドロドロの人間関係の場である選挙の現場に身を投じてきて、その交通整理の任も引き受けて」きたなかで、編み出した「人間の性格やタイプを、ごく単純化して、3つに分類する独自の方法」である、「三人三色の法則」として、
・過去からの継続を大事にする人=「過去型」
・今は今と現実を直視する人=「現実型」
・未来のために今があると考える人=「未来型」
の3つのタイプを挙げ、「この分類法は、恋愛、試験勉強、仕事などさまざまなジャンルに応用可能の法則」であると述べています。そして、具体例として、
・過去型=加藤紘一
・未来型=小泉純一郎
・現実型=石原慎太郎
の3人の政治家を例に挙げています。
 第4章「新しい選挙、そして政治家」では、自民党が、「自ら地盤固めをするために、他人への気遣いや心配り、人間関係の機微に通じている候補者が多い」一方、民主党は「公募」で出てきている人が多いため、「人間関係を築くという面では、著しく欠陥があるタイプ」も少なくないと指摘されています。
 第5章「首長戦あれこれ」では、首長戦では、相手候補のこと、特に「女とカネ」を可能な限り調べ上げ、「インパクトのある致命的な情報なら、それでもう勝負がついたも同然」であり、「そんな決定的な情報がないか調査するのも、選挙の厳しい現実の一面」であると述べています。
 また、まったくの政治の素人から、「市長選に出たい」と言って、一旦市議を2期の途中まで務めた上、市長選で善戦した候補者を紹介し、税理士であったこの候補者が、民間企業の経営者が血の滲むような苦労をして払っている税金があまりにもいい加減に使われていることに対する憤りから出馬したことを紹介しています。
 第6章「現役市長に聞く」では、「首長が変われば、政治が変わる」、「政治が変われば、町が変わる」として、佐賀県鳥栖市の橋本康志市長と、茨城県鹿嶋市の内田俊郎市長のインタビューを紹介しています。
 第7章「選挙必勝の実践ノウハウ」では、著者のように、「大量の組織票を抱える有力候補を相手に戦う新人候補からの仕事が多い立場」では、「新たな票の掘り起こしや相手陣営への揺さぶり、切り崩しが必要」となり、「投票率は勝敗のカギ」であると述べています。
 また、ポスターは、「自然な笑顔で、眼にパワーがあり、動的なものがベスト」であり、「まずは清潔さと力強さを欠いては」いけないと述べています。そして、政治広報を長年やってきた著者のパンフレットは、2万枚近く駅で配付したが、その場で1枚も捨てられなかったものであると語っています。
 さらに、選挙戦では、「見た目」も大切だとして、「政策やその人の人柄が不明のうちは、特に見た目で判断されるもの」であること、候補者よりも奥さんのほうに注目することが語られています。
 そして、基本のトーク法として、
・結論(Plan)→理由づけ(See)→目標・展望(Do)=実現可能な具体論
の三部構成で話し、これに、
・決意と責任
を加えた論法で展開し、逆方向ではいけないと述べています。
 また、組織づくりの必勝パターンは、後援会長が最大のキーパーソンであり、この下に、
・勝つ組織:自分の出身校の関係者、各団体、サークル、ボランティアなど市民型組織
・負けない組織:地縁による地域型組織
の2つを置き、「勝つ組織」は、「つむじ風、旋風を巻き起こして戦うもの」、「負けない組織」は、基礎票を固める選挙を行い、「この両方が有機的に連動し、ワンセットになったときに、初めて車の両輪になり、車がスムーズに走り出」す、と述べています。
 本書は、候補者側の人にとっても、それを選ぶ側の人にとっても、興味深い選挙の機微を知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「当選確率80%」の文字と両目が入った達磨が選挙の雰囲気を伝えてくれる表紙になっています。そう言えば、片目の達磨に目を入れるのには順番があるようで、右目から入れることが多いようです。なお、選挙で始めて達磨が使われたのは昭和5年ということなので、選挙に関しては、まだ100年も経ってない風習だということです。


■ どんな人にオススメ?

・選挙は金だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 井上 和子 『勝率八割の選挙請負人が教える劇的!人の心を動かす「三人三色」の法則』
 関口 哲平 『選挙参謀』
 三浦 博史 『最新選挙立候補マニュアル―選挙参謀はいりません』
 三浦 博史, 前田 和男 『選挙の裏側ってこんなに面白いんだ!スペシャル』
 三浦 博史 『洗脳選挙』
 三浦 博史 『舞台ウラの選挙―"人の心"を最後に動かす決め手とは!』


■ 百夜百マンガ

クローズ【クローズ 】

 今度映画になるそうです。「湘爆」のように将来のスターが多数発掘できると良いですが。

2007年10月29日 (月)

行政マンの体験的情報術―こんな成功、あんな失敗

■ 書籍情報

行政マンの体験的情報術―こんな成功、あんな失敗   【行政マンの体験的情報術―こんな成功、あんな失敗】(#1012)

  青山 やすし
  価格: ¥1890 (税込)
  学陽書房(2003/10)

 本書は、「高度情報社会における行政マンの情報術はいかにあるべきか」を論じたものです。
 第1章「行政マンにとって情報とは」では、「情報」という言葉には、英語の、
・インフォメーション:確定した情報、事実
・インテリジェンス:不確定な情報。人間の持つ知性や感性
の2つの意味があると述べた上で、「必要十分条件を満たす情報がそろっていなくとも意思決定するからこそ、管理監督者の存在意義がある」と述べ、「その意思決定によるリスクは、自分が負わなければならない」と語っています。
 さらに、情報源を「養う」とは、「自分が必要とするときに、必要な知識や情報を得られる関係を作っておくということ」であり、情報源としては、「異業種・異分野の情報源こそ貴重だ」と述べています。
 また、「危機管理の要諦」とは、「とにかく連絡が取れること」であると述べ、1週間が168時間あるうち、勤務時間は40時間しかなく、災害や事故、事件などの危機管理の対象となる「事」が発生するのは、7割以上の確率であると述べています。
 著者は、情報化が行政の世界に大きな変化をもたらすとして、
(1)仕事に情報通信技術を活用することによって、市民サービスが充実、迅速化する。
(2)仕事の処理に情報通信技術を活用することによって、行政職員の仕事の能率が上がり、より直接的な住民サービスの仕事や、より知的な労働に従事することができる。
(3)メディアの重要性がますます大きくなる。
(4)行政としては積極的に、メディア戦略を考えなければいけないことになる。
の4点を挙げています。
 第2章「こうして集める」では、「職場以外の人」とつきあう方が、自分が所属する組織にとって有効な情報が多い、と述べています。
 また、重要なポイントを記憶するためには、相手の話のポイントを話題に選んで会話することであると述べています。
 さらに、人間には、
・Aタイプ:時系列に従って最初から順を追わないと説明できない人
・Bタイプ:順番を自分で整理し直し、相手が知りたいと思われることから先に説明できる人
の2つのタイプがあるが、「我慢して聞いていれば、必ず勝ちある情報をもたらす筈」であり、「部下の話を聞くのは仕事の生産性を上げるための出発点と心得るべき」だと語っています。
 著者は、「情報は信頼関係なしにはとれない。そして信頼関係は勉強の努力なしには築けないのである」と語っています。
 第3章「こうして考える」では、「私たちの周囲には、主観を排除できない人が少なくない。そして、それに気づかないで報告を鵜呑みにすると面倒なことになる」と指摘しています。
 第4章「こうしてとっておく」では、「テレビ等で自分の知事が何を話したかは、政策の構築や発表する上で非常に重要なのだ。役人が考えた無味乾燥の表現ではなく、ゴツゴツしてはいるが生き生きとして人々の心を捉える表現は、何気ない日常の発言や著作物の中に転がっている。これらを整理したり、それこそ分析するとなると結構時間がかかるから、普段から取り込んでおくことが大事だ」と述べています。
 また、ろくな引継なしに大量の書類を引き継いだ経験を引き合いに出しながら、「仕事は情報の塊だ。様々な事実やデータ、制度やシステムなどの情報を体系的に把握しなければ、仕事を理解することはできない。紙資料を精読して分類・整理することは、情報を把握する、つまり仕事を理解することにつながる」と述べています。
 第5章「こうしてアウトプットする」では、「行政マンにとって仕事とは、情報のアウトプットによって人を動かし、事態や状況を変え、課題を解決することに他ならない。だから、情報のアウトプットは『仕事』そのものであり、その水準は行政マンの力量そのものを示す」と述べています。
 本書は、行政マンとしての「仕事の達人」たちの生の持論・仕事術を聞くことができる貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第5章で、「紙資料は外見や体裁が大切だ」という項目があり、内容はよくても見てくれが悪かったために突き返されてしまったエピソードを挙げ、「資料づくりにあたっては、作成のプロセスで自己満足に陥らずに、アウトプットの紙を見て、説明の相手にとって好ましいものになっているか否かという観点から再吟味を必要がある」と語っているのですが、よりによってこういう項目の中で、「以外に気づかれていないのが」と、誤字があったのが残念でした。せっかく良いこと言っているのに台無しです。


■ どんな人にオススメ?

・功なり名を遂げた行政マンの仕事を身につけたい人。


■ 関連しそうな本

 青山 やすし 『石原都政副知事ノート』 2005年07月01日
 青山 ヤスシ 『できる公務員のための文章術』
 青山 ヤスシ 『自治体の政策創造』
 青山 やすし 『東京都市論―進化する都市で暮らすということ』
 青山 ヤスシ , 古川 公毅 (編集) 『図解 東京の地下技術―地面の下は「知」の結集、「技」の競演!』
 ケン リビングストン (編集), ロンドンプラン研究会 (翻訳), 青山 やすし 『ロンドンプラン―グレーター・ロンドンの空間開発戦略』


■ 百夜百マンガ

すてきな奥さん【すてきな奥さん 】

 芸風としては同じ感じですが、「和風」テイスト以上にオチに向かっていく過程が師匠によく似ています。

2007年10月28日 (日)

復刊ドットコム奮戦記-マニアの熱意がつくる新しいネットビジネス

■ 書籍情報

復刊ドットコム奮戦記-マニアの熱意がつくる新しいネットビジネス   【復刊ドットコム奮戦記-マニアの熱意がつくる新しいネットビジネス】(#1011)

  左田野 渉
  価格: ¥1785 (税込)
  築地書館(2005/7/29)

 本書は、「『絶版』『品切れ』のため、手に入らなかった書籍を投票により復刊させよう、というサイト」である「復刊ドットコム」の、「様々な試行錯誤の繰り返し」を語ったものです。
 第1章「復刊ドットコムストーリー」では、2000年の6月に「復刊ドットコム」を開設し、提携可能なコミュニティを持つ会社として、
・「紫式部」
・「EasySeek」
・「たのみこむ」
の3つをピックアップし、この中から「EasySeek」を運営するビズシークを選んだことが語られています。
 また、復刊の交渉をしていく中で、絶版になるには、
(1)経済的な理由・・・コストのかかる復刊は、よほどの数が売れないとペイしない
(2)著者側の理由・・・差別用語の使用、解散したバンドメンバーへの許諾、編集者と著者の感情的な軋轢、著作権継承を巡る親族の紛争、版権エージェントの契約切れなど
の2つの理由があることがわかったと述べています。
 そして、古書売買の世界で伝説になっていた「ダル物」こと「ダルタニャン物語」が、差別用語が頻出していて出すに出せない状態であったことから出版元が後込みし、全11巻をブッキング発売で復刊することを決めたことが語られ、このことが、ブッキングにとって、ブッキング自身が出版権を獲得するライツビジネスの領域に踏み込んでいくという、「新しいステージを意味」したと述べられています。
 著者は、復刊ドットコムを、「品切れ書籍へのリクエストという見えない市場ニーズを顕在化するサイト」であると位置づけ、「編集者の企画の泉」ともなると述べています。そして、なかには、復刊ドットコムの投票を勝手に参考にして、「他社の出版物を復刊・刊行する企画のアイデアに用いている出版社」もあると指摘しています。
 また、復刊ドットコムが、「不況といわれる出版業界の中で、唯一成功したベンチャー企業」であると述べ、その成功の秘訣として、
(1)提携先であるEasySeek(現「楽天フリマ」)とのアライアンス
(2)会員制度
(3)相互リンク
の3点を挙げています。
 そして、2001年春には、「われわれが思っても見なかった現象」として、「絶版本の復刊を交渉し、販売し、元の出版社がダメなら出版もしてしまおうという出版社を志向していたつもりだったのが、単品なら、いつの間にか日本で最も力のあるネット書店になっていた」と述べ、その発端が、5万円以上もする「スヌーピーブックス」全86巻が初回予約で300セット以上の注文を集めることができたことであったと語っています。
 第2章「人気本の秘密」では、「いかに希少感のある書籍を、復刊にせよ新刊にせよ、提供できるかが課題であると結論」づけています。
 また、投票ランキングの上位3傑として、
(1)岡田あーみん:先生と連絡が付くのは集英社の数名の編集者のみ
(2)手塚治虫:表現上の問題から先生自身が封印された作品群
(3)藤子不二雄:藤子・F・不二雄先生の作品復刊を望む声が強い。
の3人を挙げています。
 さらに、業界では「ボンコロ」と呼ばれている小学館「コロコロコミック」と、講談社「コミックボンボン」の作品が、幼稚園児から小学校中学年くらいまでを対象としているため、子供たちのお小遣いでは単行本を全館そろえることができず、「大人になって自由に使えるお金を手にした今、彼らは、子供時代に買えなかった『ボンコロ』コミックに飛びつく」のだと解説しています。
 第3章「復刊にまつわるエピソード」では、復刊が難しい本の事情として、
(1)差別用語が多く出てくる作品
(2)著者がお亡くなりになって、その著作権継承者の行方が不明
(3)本人や一緒に被写体になっている方が復刊を拒否した写真集
(4)外国作品で、版権エージェント経由での出版契約がすでに失効している
等の事情を挙げ、具体例として、
・『キャンディ・キャンディ』
・岡田あーみんの単行本未収録作品群
・藤子・F・不二雄ランド
・『ブラック・ジャック』の単行本未収録作品
等を挙げています。
 また、絶版の理由として、
・経済的な事情
・トラブル系の理由
の2つを挙げ、前者の例として、「藤子不二雄ランド」「ドラゴンランス」シリーズ、「江戸川乱歩推理文庫」など、あまりにも巻数が多いためにその資金負担額の大きさに出版社がたじろいでしまうものを挙げています。
 第4章「本好きのためのパラダイスとは」では、「インターネットによってもたらされたコンテンツへのニーズを、インターネットを使ってダイレクトに流通させること」が、復刊ドットコムの究極の使命ではないか、と述べています。
 そして、理想型と考えている組織として、
(1)イギリスで発祥した生活協同組合
(2)神戸に本拠地を置くフェリシモ(通信販売大手)
の2つを挙げています。
 本書は、本が好きな人、特に思い出の本にもう一度会いたいと考えている人には是非一読をお薦めする一冊です。


■ 個人的な視点から

 色々とこじれたり、儲からなかったりで本が出ていないところに交渉に行くのですから社員の皆さんには頭が下がります。Web2.0の話で言えば「ロングテール」の部分を数をまとめていく会社ということもできるでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・探している本になかなかめぐり合えない人。


■ 関連しそうな本

 安藤 健二 『封印作品の謎』 2006年04月02日
 安藤 健二 『封印作品の謎 2』
 森 達也 『放送禁止歌』
 メディア総合研究所 (編集) 『放送中止事件50年―テレビは何を伝えることを拒んだか』
 荻野 友大, なかの 陽 , 白石 雅彦 , 西村 祐次, 円谷プロダクション 『怪奇大作戦大全』
 石橋 春海 『封印歌謡大全』


■ 百夜百音

ザ・ファントムギフトの世界【ザ・ファントムギフトの世界】 ファントムギフト オリジナル盤発売: 1987

 ネオGSブームの代表的なバンドでしたが、今聴いてもまったくかっこいいじゃないですか。解散後も皆さん活動しているのも素晴らしいです。

『ザ・ファントムギフトの奇跡』ザ・ファントムギフトの奇跡

2007年10月27日 (土)

つげ義春旅日記

■ 書籍情報

つげ義春旅日記   【つげ義春旅日記】(#1010)

  つげ義春
  価格: ¥420 (税込)
  旺文社(1983/01)

 本書は、昭和52年に晶文社から発行された『つげ義春とぼく』をベースに改変しなおし、単行本未収録のエッセイ・作品を収録したものです。
 「颯爽旅日記」では、初めての一人旅である東北の温泉めぐりをもとに、「二岐渓谷」「オンドル小屋」「もっきり屋の少女」の3つの作品が生まれたこと、前の2作は、「旅に出る前に大まかな構想があったが、話をもっともらしくするため、実在する場所を使いたい」と思っていたこと、「もっきり屋の少女」はメモしておいた会津の方言が役立ったことが語られています。
 また、群馬県の湯宿温泉では、同行した詩人の正津勉氏が「これでも温泉ですか、絶望的ですね」といいながら、
「もうぼくはここから動けなくなりそうですよ」
「夢も希望もなくなったから、ここで暮らすことにしますよ」
と嘆息していたことを語っています。
 「断片的回想記」では、出版社に持ち込みしていた頃の著者が、「ノイローゼが昂じてマンガ家になる決心をしたくらいなので、もし採用にならなかったら他に生きる道がないような気持ちになっていた」と語っています。
 また、14歳のとき、「ある日ふらりとメリケン波止場へ来て密航をする気になってしまった」と、ニューヨーク行きの日産汽船の日啓丸に潜り込み、畳十畳敷きくらいある煙突の中に隠れたこと、野島崎沖を過ぎたところで発見され、海上保安庁の巡視船で横須賀に連行されたことが語られています。
 さらに、貸本漫画家時代に20歳頃から10年住んでいた錦糸町の下宿では、あっという間に下宿代を2年分溜めてしまい、1日2回の食事を1日1回にしてもらったため空腹に耐えかねたことが語られています。
 「夢日記」では、元プロレスラーの男にかけられた「腰のあたりをスルメが火の上で反り返るように巻かれてしまい、両足は左右に開いたまま」という必殺「スルメがため」の技を掛けられてしまったこと、膝の上あたりのイボのようなものをつまんでみると「細いヒモのようにズルズルと」蛇の尾が出てきて、蛇は「糸の縫い目のようにU状に、胴の一部がももの中にあり、頭部はももの外に出ていた」こと、信濃町駅の駅ビルの3階に「黒川紀章事務所」の大きな看板を目にして「批判的な感情」を持ったこと、「マキはバイトの場所(近所の競輪場の切符売り)がどうしても分からなかったと、九州の地図を開き、鳥尾敏雄氏のいる指宿あたりを指差したこと、等が語られています。
 「猫町紀行」では、甲州街道で「犬目宿」を目指した著者が、迷い込んだ宿場町に、「先ほどと似たようなことをいつかどこかで体験した覚え」を感じ、それが萩原朔太郎の「猫町」を読んだときの体験であったことが語られています。
 巻末に収められている対談「つげ式生活の最近」では、藤枝や焼津よりも「房総の方が、もう断然すごいですよ」という理由として、「海岸線ですね。それからあと、漁村、集落が素朴でね」「房総の方に行くと、わりと素朴な漁村なんてあるし」と語っています。
 また、「夢日記」にエロチックなものが多い理由として、「エロチックなものっていうのが、なんとなく印象に強く残るし、そういうの入れた方が読む方も面白いんじゃないかなって、そういう配慮もあるしね」と語っています。
 本書は、他の全集や総集編との重複はありますが、著者の「旅もの」にはまりたい人、旅のお供には最適な一冊です。


■ 個人的な視点から

 今週末は、大阪まで出かけるのですが、残念ながら夜行バスの旅。本をお供にするわけにはいかないようです。
 以前、九州まで飛行機で行ったときは8冊本を持っていったのですが、行きでほとんど読んでしまって、帰りにひたすら重くて宅急便で送り返そうかと思ったほどでした。


■ どんな人にオススメ?

・つげ的な旅にはまりたい人。


■ 関連しそうな本

 高野 慎三 『つげ義春を旅する』 2007年10月07日
 つげ 義春 『つげ義春の温泉』
 つげ 義春 『貧困旅行記』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
 高野 慎三 『郷愁 nostalgia』
 高野 慎三 『旧街道』


■ 百夜百音

ザ・ワイルド・ワンズ【ザ・ワイルド・ワンズ】 ワイルド・ワンズ オリジナル盤発売: 1996

 どうしても大ヒット曲「想い出の渚」ばかりが頭に浮かびますが、今になって聴き直すとGSはカッコイイです。ファントムギフトやレッドカーテンが活躍したネオGSブームから20年経った今、もう一度評価されてもいいのかもしれません。

『加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズin武道館 2006.11.2』加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズin武道館 2006.11.2

2007年10月26日 (金)

警察の社会史

■ 書籍情報

警察の社会史   【警察の社会史】(#1009)

  大日方 純夫
  価格: ¥591 (税込)
  岩波書店(1993/03)

 本書は、「『民衆の警察化』が典型的に推し進められた大正デモクラシー時期を中心に、社会生活のすみずみにまで及んだ『行政警察』の全体像を解明する」(表紙裏より)ものです。著者は、近代日本警察史を研究テーマに選んだ理由として、「日本近代警察が巨大な影響力をもっていたにもかかわらず、ほとんどまともには歴史研究の対象にされてこなかった」ことを挙げています。
 序章「警察廃止をめぐる二つの事件」では、ポーツマス条約の調印をめぐる集会規制に端を発した1905年の日比谷焼打事件と、1926年に地方官官制の改正に伴う警察署廃止に抗議する群集が長野県庁になだれ込んだ長野県「警廃」事件を取り上げています。前者では、「民衆は一面で警察を恐怖し、非難しつつ、多面で警察から離反し、警察を忌避していった」と述べ、事件を期に、「種と警察として特別の国家的性格を与えられ、東京府から独立して警察行政全般に絶大な権限を振るっていた」警視庁に対して、「藩閥官僚政府への直結性」と「その政治的性格」に批判が集まり、「警視庁廃止論」が提起されたことが解説されています。また、後者については、「有力者中心の運動であり、地方的な利益の主張と、官僚先生に対する批判とが結びついたものであった」とされているが、この「地方的利益」について、「各地域に配置された警察の拠点組織である警察署は、強力・広大な権限をもつがゆえに、各地域の住民の日常生活と密接にかかわりあっていくこととなった」と述べています。
 著者は、この2つの事件を、「廃止か存続かという点ではベクトルの方向はまったく逆」だが、「警察と民衆のぬきさしならない関係を、極限的な形で表現したものであった」と解説しています。
 第1章「行政警察の論理と領域」では、行政警察が重視された理由として、「『予防』こそが中心的任務」とされ、「究極のところ、民衆の秩序を解体し、国家的秩序へと民衆生活を再編成することが、警察活動の目的であった」と述べています。そして、行政警察の具体例として、「風俗警察」「営業警察」「交通警察」を取り上げ、「芝居にも、寄席にも、見世物にも、遊技にも、さまざまな規制がくわえられ」ている例を示し、「警察全体が民衆の生活にどれほどの規制を加えていたのか、おのずから浮かび上がってこよう」と述べています。
 また、当時の地方警察の活動実態を示す資料がはなはだ乏しいなか、偶然、古書店目録で発見した「警察叢書」という熊谷警察署関連の文書との出会いを語り、「地方警察の実態を示すまとまった資料として珍しいだけでなく、警察活動が新たな展開を始める日露戦争前後の状況を伝えるものとして貴重である」と述べています。
 さらに、衛生行政に関して、「衛生組合は、社会生活維持のため必要な機能を確かに果たしていた」」が、「問題は、これが警察活動のなかにくみこまれ、警察強力組織としても機能していたこと」であると述べています。
 第2章「変動する警察」では、日比谷焼打事件後に内務大臣であった原敬が、警視庁の改革を行い、人事の面では、第三部長(警察医長)以外の3部長全員が更迭され、4人の警察署長が依願免官、2人が休職となるという大ナタを振るい、制度の面では、「多衆運動」取締りを担当する「高等課」が新設されたことなどが解説されています。
 また、米騒動後に本格化した「警察と民衆の新しい関係を作り出す活動」のリーダーの一人である警察官僚松井茂が、
・民衆のなかに警察活動を支持する基盤を作り出すこと。
・一般行政と警察行政の連携を強めること。
の2点を強調したことを紹介しています。
 さらに、米騒動の鎮圧活動に際して、警察が得た重要な教訓として、「青年団・在郷軍人会・消防組を核とする警察協力組織、『自衛団』の有効性であった」ことを指摘しています。
 第3章「『警察の民衆化』と『民衆の警察化』」では、1910年代後半に、内務大臣後藤新平が、若手官僚を積極的にヨーロッパに派遣し、彼らが、欧米の警察から、「民衆と警察とが相互に理解と同情とを以って親和している」ことに感銘を受け、このことが、「警察の民衆化」「民衆の警察化」の動きと呼応していったと述べています。
 そして、「警察活動の基盤を民衆の中に広げ、民衆の同意と協賛を調達することによって秩序の維持をはかろうとして、警察は積極的に民衆に対して宣伝する姿勢をとりはじめる」として、交通安全運動、安全週間・災害防止週間などのキャンペーンが展開されたほか、各地の警察にも新しい動きが現れ、千葉県では、「管下の各町村に数箇所の掲示板を設置して、それぞれの時期に応じた注意事項を掲示し、各警察署では講演や印刷物によって趣旨の徹底につとめた」こと、和歌山県では「社会奉仕日』の活動が取り組まれたことなどが紹介されています。また、千葉県警察部が、全国に先駆けて「国民警察」の鼓舞につとめたことについて、大々的に展開された「国民警察日」と「警察展覧会」の活動を紹介し、「すべてを警察に任せるような時代錯誤の考えは一掃し、『完全なる民衆の警察化』につとめ、『無剣の警察官』だという信念を民衆にもたせなければならない。そのためには教育が一番だ」という開催趣旨を紹介しています。
 また、警察による「人事相談所」の開設について、「警察が『積極的』に社会との接点を拡大し、矛盾の未然防止機能を担おうとするものであった」と述べ、その使命は、
(1)狭義の予防警察
(2)思想問題の善導と社会教育
(3)参考資料の提供
の3点とされているが、「やんわりと受けて、帰る時にはぐんにゃりとさせてしまうこと」も職務だとされ、「結局はなだめて、泣き寝入りさせてしまった」例を紹介しています。
 著者は、「警察の民衆化と民衆の警察化」を、「国内外におけるデモクラシーの潮流の中で、模索された警察のあたらしいあり方」であり、「その直接のきっかけは、国内の米騒動と、国外のロシア革命であった」と述べ、「警察の民衆化」が、「一面でデモクラシー状況に対する警察の改善、政治警察・官僚警察の改良をはかるという側面をもちながらも、多面では、より深く民衆のなかから秩序の維持をはかり、デモクラシー状況をしたから掘り崩していこうとするものだった」と解説しています。
 第4章「『国民警察』のゆくえ」では、関東大震災後、「かねてから追及してきた民衆自身の『自警』活動への期待」が対策として立てられたことを解説しています。さまざまな流言が飛び交う不安と混乱の中で、「文字通り民衆自身が『警察』と」なり、「この『民衆警察』の組織が、『自警団』と総称されたもの」であると述べ、自警団に加わった人々が、「それぞれ刀・木刀・棍棒・竹槍・銃をはじめ、鳶口・鍬・玄能・熊手・鎌・鋸など、およそあらゆる『凶戎器』をもって町村の要所や出入り口に非常線を張り、通行人を検問」し、「朝鮮人の疑いがあれば検束して連行したり、虐殺したりした」と述べています。そしえt、警察は自警団について、「『自警』の活動そのものは評価しつつ、統制下で大いに活用しようとしていた」が、9月4日以降、「検問・虐殺など、自警団の弊害があまりにも大きくなった」ため、統制が厳しくなったと述べています。
 終章「戦後警察への軌跡」では、1880年代の政府が、「国家のモデルをプロシアに求め、警察についてもプロシアの制度に学ぼうとした」が、「その際、日本の近代警察はプロシア警察にはらまれていた自治的性格さえも否定し去り内務大臣指揮下の知事の下に、極度に中央集権的・国家的な制度をもって確立された」と述べています。
 そして、日本近代警察の機能上の特徴として、「無限定な膨張性と、政治性とりわけ政府(ないし特定勢力)直結の私兵性にあった」ことを指摘しています。
 また、戦後のGHQによる警察法の改正によって、「警察は、国民の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の操作、被疑者の逮捕及び公安の維持にあたることを以って責務とする」と規定され、「警察の活動は厳格にこの範囲にかぎられる」とされ、「産業・衛生などに関する事務は、他の行政機関にゆだねられることとなった」と述べています。
 さらいん、「戦前的な警察への回帰の試み」が、「あたらしい装い」で現れ、「70年代から警察権限の膨張と警察基盤の拡大がはじまった」として、
(1)「国民の要望に即した警察運営」を掲げて、公害規制・交通政策・暴力取締・少年警察などの領域に警察活動を拡大しようとしたこと。
(2)「国民との連けいの強化」を主張し、外勤警察の機能を強め、CR(コミュニティ・リレーションズ)活動を本格化させながら、警察のもとに住民を組織化しようとした。
の2点を挙げています。
 本書は、戦前の警察のあり方を中心としながらも、現代の警察を見る視点を提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 警察に感心するのは、行政以上に住民の動員、特に幼稚園児や小学生の取り込み方が上手な点です。社会見学として、交通管制センターに行ったり、交通安全教室を開いたり、という活動の成果なのだと思うのですが、消防士と並んで子どもたちの憧れの的になっています。
 本書を読む前は、「子供はお巡りさんに憧れるものだ」と素直に思っていましたが、その背景に戦前から続く「民衆の警察化」の活動の系譜があることを知ってしまうと複雑な気持です。


■ どんな人にオススメ?

・子供がお巡りさんに憧れる理由を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 大日方 純夫 『日本近代国家の成立と警察』


■ 百夜百マンガ

新巨人の星【新巨人の星 】

 「巨人の星」の星飛馬の顔に慣れ親しんでいた子供時代は、5年後のゴツイ顔に違和感を覚え、あまり入り込めませんでしたが、今読んだら面白いのかもしれません。確か、外野からバックホームしなくてはならなくなり、やむなく右手で投げたら剛速球を投げることができ、そのことで右利きであったことに気づく、というような話だったと記憶しています。

2007年10月25日 (木)

マンガ産業論

■ 書籍情報

マンガ産業論   【マンガ産業論】(#1008)

  中野 晴行
  価格: ¥1680 (税込)
  筑摩書房(2004/7/10)

 本書は、「マンガ大国」日本を支える「マンガ産業」の構造を分析することを目的としたものです。
 第1章「マンガが産業になるまで」では、50年代までは、「マンガは小学生まで」という暗黙の了解があり、「中学生になってなおマンガを読んでいるのは問題児扱い」だったが、「ベビーブーマーの子供たちが中学生になり、マンガから離れていくことは児童向けの雑誌にとっては大きな痛手になる」ことから、『小学○年生』の小学館が、少年週刊誌創刊に向けて最初に動き出し、「学年誌大手の小学館にとって、卒業後の読者の受け皿づくりは急務だったはず」であると述べています。
 また、1966年に『週刊少年マガジン』が百万部を達成した当時のマンガ市場を、「ゴム・ボールのような形をしている」と述べ、「ボールの表面の部分が大学生になったベビーブーマーの子どもたちである。中にぎっしりと彼らに続く世代の子供たちが詰まっている」、「外に向かって市場を広げていく力と、新たな消費者を供給していく力はこのとき見事に調和していたのだ」と解説しています。
 第2章「マンガ市場は二つあった」では、「日本が東京オリンピックに興奮していた頃」までの日本には、「もうひとつのオープンなマンガ市場が存在した」として、「赤本漫画」「貸本漫画」の市場を取り上げ、「稚拙な絵や俗悪な表現、あるいは仙花紙や分厚く粗悪な紙を使った安価な造本」などの内容や体裁で語られることが多いが、「流通形態の違いとしてとららえたほうが分かりやすいのではないか」と述べています。この点については、「駄菓子屋の店先からイメージされるものより、ずっと広範なマーケットを持っていた」と述べるとともに、「子ども向けのものに関しては二つの市場では扱われている商品が違っていた」として、「中央の出版社の扱っていたのは主に児童雑誌」であるのに対し、「赤本は単行本であり、赤本市場は主に単行本を扱う市場であった」ため、「異質なものが入り込む余地が大きい」上、「長い物語性のある作品を発表する媒体」としてふさわしかったと解説しています。
 そして、「50年代前半を境に赤本漫画は急激に衰退」した原因として、
(1)マスコミやPTAによる赤本批判。
(2)暴利をむさぼっていた赤本出版社に税務署のメスが入り、追徴税が経営を圧迫した。
(3)53年に登場したテレビに読者を奪われた。
の3点を挙げた上で、「最も大きな痛手」として、
(4)描き手と読者を中央の雑誌に奪われた。
を挙げています。
 また、衰退した赤本市場に代わって出てきた貸本市場が滅んだ理由について、「自らが生み出した『劇画』という形式が認知されたことによって、ソフトの作り手を中央の出版社に奪われたことと、それに代わる描き手を呼び寄せる魅力を失ったことにある」と述べ、「ソフトの再生産という認識を持たなかったために起きた必然の結果」であると指摘しています。
 第3章「テレビがマンガ市場をビッグにした」では、アニメ『鉄腕アトム』を製作した手塚治虫率いる虫プロが、当時30分で50万円前後が相場だったところに、150万円かかるアニメの企画を持ち込むにあたり、「手塚はスポンサーに55万円という破格の制作費を提示した」と述べ、手塚が「虫プロ・エンタープライズ」という子会社を発足させ、「アトム会」という業者の集まりを作り、「アトムを徹底的に商品化して、その版権で製作をうるおそう」とするとともに、海外にフィルムを売ることで、安い制作費をカバーしていたことが解説されています。
 第4章「マンガ生産者としてのマンガ家」では、59年の少年週刊誌の登場をきっかけに、マンガ家の分業体制が確立していったと述べ、プロダクション方式のタイプを、
(1)マンガ家を中心に作画をサポートするアシスタントたちがいるタイプ。
(2)複数のマンガ家が集まって、制作やマネジメントをある程度まで統合するタイプ。
(3)原作者を中心に、その原作に基づいて作品を仕上げるマンガ家たちが集まりプロダクションを形成するタイプ。
(4)映画のプロダクションのように、内部にシナリオライター、マンガ家、アシスタントなどを抱え、完全な分業制によってマンガを作っていくタイプ。
の4点挙げています。
 そして、かつては、「マンガ家になるために、先生に師事して、仕事を手伝いながらデビューを目指」していたが、アシスタントという職種が分化したことで「徒弟制から組織への移行」が進み、「組織となった以上、マンガ家は組織を支えるために描き続けなくてはならなくなった」と述べています。
 第5章「低迷と市場の拡大――七〇年代」では、「オイルショック」と不景気を受け、「出版不況」といわれるなか、マンガは雑誌、単行本の双方で大きく部数を伸ばしたことについて、「67年にはまだマンガ産業はテイクオフしてはおらず、67年から70年はあくまで一時的なブームに過ぎなかった」と述べ、「70年代半ばになって始めて、マンガ産業は本格的にテイクオフするのだ」と述べています。
 第6章「マーケットの多様化と八〇年代」では、82年に創刊された『コミックモーニング』が、「マンガ作品の制作に編集者が深く関わる一種のプロデューサー・システムを導入したこと」や、読者が、「雑誌→単行本ではなく、テレビ→単行本という行動をとることがはっきりしてきた」こと、「マンガ市場全体が子供から思春期・大人へとシフトしていること」などが解説されています。
 第7章「情報としてマンガを消費した九〇年代」では、『週刊少年ジャンプ』95年5月23日号で十年間続いた『DRAGON BALL』の連載が終了したことについて、「メディアミックスによって複雑に絡み合いながら市場が拡大した結果、マンガ家や出版社の都合で連載を終了することはもはや不可能だった」と述べ、「マンガを軸として巨大な産業が成立したことが、マンガそのもののあり方を変質させた」と解説しています。そして、『DRAGON BALL』完結後、『ジャンプ』の返品率は上がり始め、これに引きずられるように単行本の販売も前年割れになったことを挙げ、「マンガであれば売れに売れた時代に、売れなくなった原因があると考えることができるし、長期的に考えれば、売れたことも売れなくなったことも根は同じと考えることができる」と述べ、「80年代に急激な発展をとげたマンガ市場が構造的な問題点をしだいに露呈し始めたのが九〇年代、ちょうどそれから5年後に、ついにそれがはっきりと表に出てきた」と述べています。
 また、「総じて雑誌は低調で、マンガは単行本で読むものになりつつある。その結果、雑誌は部数、販売金額とも落ちているが、単行本は持ち直している」と述べています。
 第8章「少年誌と青年誌が読者を奪い合う」では、「もともと少年マンガ、青年マンガ、少女マンガ、レディスコミックというジャンル分けは強固なものでもなんでもないのだ。クロスオーバーしようにも、境界を曖昧にしようにも、もともとはっきりした境界線など本当のところは存在しないのである」と述べています。
 また、「普通の生徒たちにとって、マンガを読むことすら難しくなっている」理由の一つとして、「ゲームで育った子供たちの多くが、マンガの文法を理解できない」ことを挙げ、「幼い時期にマンガ体験を持たない子どもがそのまま成長すると、4、5年生になっても、フキダシやコマ割り、流線といったマンガ独特のルールが分からない、そんな子どもが増えている」と述べています。
 第9章「新しいマンガはどこから来るのか?」では、各マンガ雑誌が設けている新人省の課題として、「その雑誌の新人賞に応募してくる大半は、その雑誌の読者だ」という点を挙げ、「結局同じような嗜好を持った描き手ばかりが集まることになる」と指摘しています。
 第10章「雑誌の時代は終わるのか?」では、「雑誌の収益は単行本と連結で考えるべきだ」とするのが「半ば業界の常識」となっており、「雑誌は作品の確保とマンガ家とのパイプをつくるため」とする編集者もいると述べています。
 第11章「還暦を迎えるマンガ世代」では、「手塚治虫、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎という、戦後マンガの旗手たちが60歳という若さで、次々と亡くなった」ことで、「マンガ年齢」の存在が囁かれたことが述べられています。
 また、「消費の上限が60歳を越えようとする現在、狩猟型の経営から農耕型に移行するべき段階になったのだ」と述べています。
 第12章「デジタル化は漫画を救うのか?」では、「現状で最もデジタル化が進んでいるのは、おそらく制作現場ではないか」と述べた上で、「デジタル化が最も機能しそうなのは流通部門である」と述べています。
 本書は、今でもマンガ好きな大人はもちろん、最近マンガを読まなくなってきた人にとっても、産業としてのマンガの姿を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 子供の頃は、『ハムサラダくん』を読んではマンガ家に憧れましたが、当時既にそれは幻想になっていて、実態は「白いワニが見える」の世界だったことが確認できた一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・マンガを読んで育った人。


■ 関連しそうな本

 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日
 中野 晴行 『マンガ家誕生。』
 中野 晴行 『そうだったのか手塚治虫―天才が見抜いていた日本人の本質』
 中野 晴行 『球団消滅―幻の優勝チーム・ロビンスと田村駒治郎』


■ 百夜百マンガ

恋するもも【恋するもも 】

 女子中学生ものの作品なのに、えらく昔風のタッチがミスマッチ感があります。15年前でも違和感があったので、今見るとなおのことですが、それもありな気もします。

2007年10月24日 (水)

自治制度

■ 書籍情報

自治制度   【自治制度】(#1007)

  金井 利之
  価格: ¥2730 (税込)
  東京大学出版会(2007/05)

 本書は、「現代日本の自治制度およびその改革について、それを規定する傾向性あるいは拘束性の観点から、自治制度の主宰者としての自治制度官庁にも焦点を当てつつ、分析」しているものです。ここで、本書独自の用語の使われ方として、
(1)「自治制度」:一定の地域ごとの自治に関する側面に着目するため、「地方制度」あるいは「地方自治制度」という用語を使用しない。
(2)「自治制度官庁」:日本の全国政府の特徴である「制度官庁」と呼ばれる一群の官庁が概念化されていることを反映し、「自治制度」を所管する国の機関を一括して捉える。
(3)「自治体」:「自治制度官庁」は、「自治制度」を介して、個々の「自治体」という組織と向かい合う点が特徴である。
という用語が使われています。著者は、本書で扱うのは、「『自治制度官庁』『自治制度』『自治体』の『自治制度改革』をめぐる相互作用の動態と、にもかかわらず、それらに通底して存在するかもしれない拘束性・傾向性である」と述べています。
 第1章「2000年分権改革」では、2000年4月に実施された「第一次分権改革」において、自治体が、「地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うもの」と規定されたことについて、「『自主的』とは、"自己決定権の拡充"を意味することと理解できるから、分権改革にとっては、当然の規定である」が、「『総合的』とは、必ずしも"分権"とは直結する内容を持つものでは」なく、「むしろ、『総合的』であることをアプリオリに制度化することは、"分権化"とは相容れない可能性がある」と指摘しています。そして、2000年改革が、「自治体に、『総合的』と両立する限りでの『自主性』を制度化しようとした」ものであり、「『総合性』に違背しない『自主性』を期待しているものなのである」と述べ、「2000年改革の性格は、『総合性』を要求するところに最も顕著に現れている」と指摘しています。
 著者は、本章において、「2000年改革の性格として、"分権"=『自主性』の影に隠れてあまり注目はされないが、法制自身が総括的に表明している"総合性"に関して、戦後日本の自治制度改革における特定の傾向性という視角から、行政学的に観察する」としています。
 そして、自治制度の記述枠組として、提唱されてきた軸として、
(1)集権―融合の軸
(2)融合―分離の軸
(3)集中―分散の軸
(4)分立―統合の軸
の4つの軸を挙げ、このうち、(2)と(4)に注目し、この2つの軸の組合せから、
(ア)分離・分立路線
(イ)分離・統合路線
(ウ)融合・分立路線(=現状維持)
(エ)融合・統合路線
の4つの方向性が存在しうると述べ、2000年改革では、(エ)融合・統合路線が採用され、残りの路線は棄却されたと指摘し、「国からの関与が否定されなかったことが重要である」と述べ、「『緩やかな融合』へと変化した」としています。
 また、融合・分立路線と融合・統合路線のうち、後者が選択された理由として、
(1)業界――首長・議長・総務系部局職員
(2)政界――「普通の政治家」の不在
(3)官界――主導官庁
の「政官業」という戦後日本の政策決定の傾向性から理解することができると解説しています。
 著者は、「2000年改革は、分権・融合・統合路線を選択するものであり、戦後日本の自治制度を一定程度は、分権化へ向けて再編するものであった」としながらも、「既存の融合体制に手をつけずに、自治体の事務量・活動量を最大限に維持したもの」であり、「既存の集権・融合・分立体制と強制することも可能な路線」であり、さらに「融合・統合的であることを、自治体の『自主性』にもかかわらず、自治体に対して集権的に要請するものでもある」と指摘しています。
 第2章「永遠に未完の分権改革」では、行政学者の西尾勝が、分権改革に関する講演・論説集に「未完の分権改革」という意味深長なタイトルを付けたことについて、
(1)明治維新・戦後改革につづく「第三の改革」としての分権改革は、ベースキャンプ構築に過ぎない未完のものという視点。
(2)2000年改革のテーマは、「未完の戦後改革」以来の残された課題が多かったともいえる。
等の視点を含意するものであると述べています。
 そして、制度改革の過程について、分権改革の「永遠に未完」な特質が、
(1)改革構造:意思決定の構造と、それに由来する決定の傾向性
(2)改革反動:制度改革は、運用段階に入り不具合が発生することは不可避であり、改革後の一定期間を置いてから、実体論・現実論からの反動が発生する。
(3)改革波及:一つの制度改革は、関連する制度改革を次々に引き起こすことがある。
の3つの要因に由来していると解説しています。このうち、(1)に関しては、自治制度官庁が、戦後改革に際して、「内務省解体のトラウマ」を抱えたため、「『総合性』を制度的に確保することに、セクショナリスティックに固執してきた」ことを指摘し、「他の制度官庁以上に、自己保存のためには、『制度設計に情熱を傾け』」て、常に制度改革を課題としてきたと解説しています。そして、自治制度官庁が、「国の政府部内では他省庁に対して"分権"化を求めて行動するが、自治体に対しては"集権"的に振舞う」という「カメレオン体質」と呼ばれていると述べています。
 また、自治制度改革の言説に着目するときに、分権改革の「永遠に未完」な特質が、
(1)横断的制度と個別政策の関係
(2)責任言説
の2つの要因に由来すると述べ、「分権化言説も集権化言説も常に存在しうる。そもそも、絶対的な集権・分権度合いがない以上、現状が『集権過ぎる』のか『分権過ぎる』のかは、水掛け論」であり、「『適切』な集権・分権のバランスなどというものも不明であるから、両言説は、常に一応の説得力を持って存在する」と指摘しています。
 第3章「市町村合併と道州制」では、「市町村合併・同州制を、区域問題の一つとして、区域問題に見られる構造的要因・現象的要因が反映しているものとして、検討を加」えるとしています。
 そして、現行体制の元では、「自治体の区域に関しては、問題認定のベクトルと解決困難のベクトルがともに作用するため、区域問題は浮遊する」と指摘し、その典型として道州制問題を挙げ、「道州制論は、現行府県の区域よりも広い区域が必要であるという問題認定と、現行府県区域よりも広い区域に新たな自治体である道州を設置するという解決方式との組合せ」であると規定し、現行体制が、「道州制という解決を困難にするベクトルを育んでもきた」として、
(1)府県の総合性にとって大きな脅威である。
(2)現行体制のもとで、都道府県は執行保障がされてきた。
(3)現行体制はすでに「大きな地方政府」になっており、道州を新たに設置することは、省庁縦割を反映して現実的な選択肢とはなってこなかった。
(4)既存府県は、現行体制の結節点の位置にあり、市区町村以上に、各種の制度・組織との相互関連性が深い。
の4点を挙げています。
 また、都道府県が「中二階」の「中間団体」として、中核事務の不在・空洞化を指摘されてきたが、「基礎的自治体」にも「基礎となる中核的事務が実はない」として、敢えていえば、「住民登録・印鑑登録などの住民把握・窓口公証事務であるかもしれない」と述べ、「このような市町村の空洞化」が、「事務量の維持による存在証明を、これまで以上に必要と」し、「このような大量の事務を『核心的自治事務』として抱えるためには、『基礎自治体』の事務処理能力としての『受け皿』整備が必要」となり、大規模化が求められたと述べています。
 さらに、道州制が、「議論だけはあっても実現したことはなかった」ことについて、道州制の場合には、「自治制度官庁が自ら触媒者とならなければならない」が、調整に失敗する危険が高いため、「制度官庁として『手を汚す』ことの危険を回避する限りにおいて、道州制の実現は促進されにくい。逆に、道州制の制度官庁が内閣府などに別に設置され、自治制度官庁としてではなく、『下請け機関』としての総務省自治行政局に『成り下がる』のであれば、道州制にも触媒者が生じることになる」と述べています。
 第4章「大都市自治制度」では、「『府県』事務と『市町村』事務の総量一定の下でのゼロ・サム・ゲームとして大都市自治制度を観察」し、「この垂直的なゼロ・サム・ゲームは、府県と大都市とが、それぞれ『総合性』を追及することから生じる構造的な性格を持っている」と述べています。
 また、政令指定都市制度について、「特別市制の自壊現象を回避するには、『薄皮一枚』でもよいから、『特別市』とは別の『府県』の層を維持することが賢明である。これができるのは政令指定都市制度である」と述べ、政令指定都市制度が、「普遍主義的自治制度のもとで、実質的な『特別市』を達成するための、巧妙に開発された制度である」と解説しています。
 第5章「基礎的自治体の諸類型」では、近代日本の基礎的自治体において、「『昇格』への指向性が観察される」として、
(1)村は町へ、町は市への「昇格」が、基本的な発展段階の経路である。
(2)旧六大市の展開した特別市制運動は挫折したとはいえ、かなり有力に展開された「昇格」運動であった。
(3)市は事務権限によって「格付け」られているため、個別法令による事務権限委譲によって「昇格」していく。
の3点を挙げています。
 そして、「これまでは、一旦、上位累計へ『昇格』されると、『降格』はないという制度運用が採られてきた」ため、「上位類型に属する自治体は数は増え、しかも、内実としては、相応の人口規模を持たない自治体をも抱えることになる」として、「市が特にインフレを起こし」、「町村でも相応の人口を持たない小規模町村も存在してきた」ことを指摘しています。
 また、三都および少数の一般市から出発した市が、「明治自治制度のもとでは特例的な存在であった」が、「市と町村の差異が希釈化されていった」とともに、「郡部町村も、人口増加・都市化あるいは市への吸収合併により、市に組み込まれていった」ことから、「市は『格付けインフレ』を起こしていった」ことを述べた上で、「新たな差別化への動き」として、三都に名古屋市・横浜市・神戸市の新興三市を加えた六大市が「戦前の特例的な大都市として登場してきた」と述べています。そして、政令指定都市制度が、「法制上の要件が有意味ではなく、その後、個別的・場当たり的に拡大したため、政令指定都市の定義は不明確になった」ため、「指定された大都市から、逆に実質的な運用基準を推定するしかない」と述べ、政令指定都市制度が、「政令指定都市らしくない政令指定都市」が加わることで「内側から希釈化していった」として、代表的な事例として「千葉市への懸念・疑念」の事例を挙げています。
 著者は、「市町村という類型から出発した戦後日本の基礎的自治体制度」が、「都市特例制度の差別化と希釈化の結果、都市4類型、市区6類型(都市の4類型に、特別区と行政区)が発生した」が、その類型区分は「破綻状態」であると指摘しています。
 第6章「特区制度」では、「規制緩和も地方分権も、『中央政府の統制を弱める』という観点で共通性を持ってきた」として、「『脱中央』や『小さな中央政府』という観点で、『民間化』と『地方化』は共通する」と述べています。
 また、戦後日本の自治制度に、「普遍主義と特例主義の2つの系譜」があり、おおまかには、「法制的には特例主義は未熟であり、財政的には特例主義は成熟している」として、「自治制度は全体としては普遍主義が強く、自治財政制度は、財政的な特例主義と制度的な普遍主義との妥協と棲分けを図るものとなっている」と解説しています。
 さらに特区制度が、「規制改革と分権改革が共存しているように見えて、規制改革が集権化を帰結することもある」ことを指摘し、「特区制度官庁(内閣官房特区推進室)には、そのような指向性が存在しないわけではない」と述べています。著者は、「分権改革と規制改革の交錯である構造改革特区制度の仕掛」が、単純な分権改革ではなく、「集権的要素が不可避的に存在しており、分権改革との関係では両義的である」として、「構造改革特区制度は、≪集権による分権≫であるとともに≪分権による集権≫である」と述べています。
 著者は、構造改革特区制度において、自治体が、「国に受け入れられる特区提案を巡る競争をする」ことから、「国(内閣官房・推進本部)と『お気に入り』自治体」の連合が成立すると述べ、この推進本部=『お気に入り』自治体連合が、「一方では、国の規制を維持しようとする省庁に対抗して、推進本部=『お気に入り』自治体連合の望む方向へ、規制改革を求める」ため、「自治体の意向によって規制省庁の規制改革が進むという意味では、『地方分権化の実験場』として分権的である」が、この連合が、「お気に召さない」自治体とも退治することになるため、「国(内閣官房・推進本部)の望む方向でしか自治体の政策提案は活きないという意味では、集権的である」ことを指摘しています。さらに、この制度が、「国無答責・自治体答責の原理」に基づいており、「特例措置の結果責任は、自治体が集約して負う形になっている」点について、自治体が「住民に対して説明責任を果たすよりも、まずもって、国に対して説明責任を果たす必要がある」点において、「集権的であるという解釈も成り立つ」と述べています。
 そして、構造改革特区制度が、「第一次分権改革の延長であるとともに、それに対する反動でもある」として、
(1)≪集権による分権≫の営みという側面では、延長という色彩が強い。
(2)そのアプローチは特例主義を出発点としており、特例主義的なインセンティブを前提にしている。
(3)≪分権による集権≫という仕掛けが埋め込まれている点で、戦後日本の地方自治の集権・融合・分立体制の有様そのものの再現であり、第一次分権改革への国レベルでの反動でもある。
(4)法制での特例主義という難しい仕掛けを含んでいたため、中期的には特例主義になじむ財政面の地域再生特区に変質していった。
の4点を挙げています。
 本書は、読み始めこそ「自治制度官庁」などの聞き慣れない用語使いに戸惑いますが、それに慣れてしまえば却ってすっきりと理路整然と読むことができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 第6章の特区制度の解説の部分で、構造改革特区推進室のオリジナルメンバーだった福島伸亨さんの言葉が引用されていたことに驚きました。福島さんは非常に熱い人なのですが、こういうガチガチの学術書でお目にかかれるとは嬉しい限りです。


■ どんな人にオススメ?

・日本の「自治制度」を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 大森 彌 『官のシステム』 2007年07月30日
 新藤 宗幸 『財政投融資』 2007年04月11日
 林 宏昭 『分権社会の地方財政』 2007年08月27日
 片山 善博 『市民社会と地方自治』
 西尾 勝 『地方分権改革』
 西尾 勝 『未完の分権改革―霞が関官僚と格闘した1300日』 2007年04月09日


■ 百夜百マンガ

フラン県こわい城【フラン県こわい城 】

 アネモネとイモトモネで姉妹という設定が安易でいて作品の雰囲気をよく表しているのではないかと思います。
 こういうときには「県」という設定はいいですね。

2007年10月23日 (火)

忘年会

■ 書籍情報

忘年会   【忘年会】(#1006)

  園田 英弘
  価格: ¥756 (税込)
  文藝春秋(2006/11)

 本書は、「忘年会という、あまりに日常的な生活習慣を考えることを通して、その日本的固有性の程度を検討し、あわせて日本の生活文化の特色を東アジアの『文化循環』という観点から、位置づけ」ることを目的としたものです。著者は、忘年会を、「年末に開かれる非宗教的な宴会」と定義することで議論を始めています。
 第1章「江戸時代の忘年会――その多元的起源」では、忘年会に関する記録として、
(1)皇族の日記・・・室町時代の『看聞日記』
(2)さまざまな資料を集めた武家に関する古記録・・・戦国末期の「関八州古戦録」
(3)町人を描いた小説・・・井原西鶴の『才覚織留』
の3つの文献を紹介しています。
 第2章「近代忘年会の成立」では、「明治時代の到来とともに、本格的な忘年会時代がやってきた」と述べ、「忘年会を考える上で、無視できない新しい主役」として、「西洋という存在とそれを体現した新しい社会層の出現」を挙げています。
 そして、「江戸時代の忘年会が、既存の人間関係を維持させるための集まりだとするならば、新しい近代の忘年会は、近代化を急ぐ時代の人々のために、人間関係の開拓という役割を期待されていた」と述べ、「忘年会も懇親会も、ともに同じ時期に西洋のパーティを出発点として会合の形式を形成した」が、「官僚重視の社会環境の文脈で模倣したために、会合の官僚制的形式主義が『宴会』を支配した」と解説しています。
 また、御雇い外国人であったチェンバレンの言葉として、「すべての招待状は官職録にしたがって送られる」という言葉を紹介し、日本の宴会には、
(1)男性だけのための日本風の晩餐会で、しばしば芸者が接待する。政治団体や科学者の団体の会合、倶楽部の集会などは、この種類に属する。
(2)ヨーロッパ風のもので、このような会に西洋人が参加すると、共通の話題がなく、言葉の問題もあり「憂鬱」で「退屈」である。
の2つのタイプがあるとの記述を紹介しています。
 さらに、「芸者遊びは、高くつく」ため、近代忘年会では、「経費節減のためか、芸者がいないのに、いや芸者がいないから、かくし芸をやるようになった節がある」と述べています。
 第3章「近代忘年会の拡散」では、明治33年11月に幸田露伴が書いた「宴会」というエッセイを紹介しています。このエッセイは書き出しから、
「背景。何々の候、何々何々。陳れば何々何々会、来る何月何日、何々楼に於て相開き候間、万障御差繰御賁臨被下度候、早々敬具。と書いた後に、但し会費金何円当日御持参之事という一ヶ條と、準備の都合も之あり候間、御出席の有無共来る何日までに御通報下され度候という一ヶ條との小書ありて、明治何年何月、何の某、何の某、と矢鱈に多勢の名前を義士の連判帖を見るように列ぶるもあれば、また何々会会頭何爵何々、と立派な人の名を、羽子板に余るしばらくの面、という格で押し出すもありて、さて何の某殿、と、ぴったり名を指した呼び出しが懸かりて、やがて、宴会というものは始まるなり」
と辛口であり、「この冒頭の文章が、『会』の流行とともに始まった近代宴会を皮肉っていることは、明白であろう」と述べています。そして、露伴が、宴会は「朋友の義理」であり、社会人として生きていくための「税」であると述べていることを紹介しています。
 また、明治時代には「紳士」の会合であった忘年会が、昭和前期には国民的な年末行事になることを指摘し、「このことを理解しておかないと、大正・昭和の忘年会のことは不可解なことになる」と述べています。
 第4章「大衆忘年会の時代」では、「大衆忘年会時代の主役は、急速な経済成長とともに拡大する企業である」と述べ、終身雇用の導入によって、「企業は従来にないほど『共同体』的な色彩を強め」、「企業側でも社員の側からでも、社内年中行事は大いに利用すべきもの」となったが、「起業忘年会は仕事vs.娯楽、全員参加vs.自由参加といういずれとも決めきれないネジレを本質としている」と指摘しています。
 著者は、「企業忘年会は、宴会の連続として捉えるべきである」と述べ、「公的な性格」を持つ一次会と、それから離れた「私的企業忘年会(つまり二次会)」という忘年会も「やはり忘年会だということを理解しておかなければならない」と述べています。そして、企業忘年会は、「社内行事の一環としての『宴会』」であり、「無礼講的な下からのエネルギーと儀式的な組織の秩序が合体したのがこの時期の忘年会であった」と述べています。
 また、『総務部総務課 山口六平太』の第5集に収められている「ああ忘年会」という作品を取り上げ、この作品が、「大衆忘年会の終わりの始まり」というメッセージを持っていると述べ、「この時期を境に企業忘年会の多様化が始まった」と指摘し、企業忘年会に集中していた年末のエネルギーが、同窓会や家族や趣味の仲間の忘年会へ分散した」と述べています。
 第5章「海を越えた忘年会」では、1988年の映画『ダイ・ハード』で、日系企業ナカトミ・コーポレーションがクリスマス・イブに開催した企業のクリスマス・パーティを紹介した上で、多くのアメリカの企業が開催している企業クリスマス・パーティを、「年末に開かれる非宗教的な宴会」という定義上は、「アメリカの忘年会」と言えないかと述べています。
 また、北朝鮮で開かれる「忘年会(ナンニョンヘ)」や台湾の「尾牙(ベーゲ)」、中国の「年夜飯(ニエンイエフアン)」などを紹介しています。
 第6章「忘年会の現在」では、「日本では企業の活動に不可欠の団結新を鼓舞するために、あるいは共同体的な企業の一体感を表現し、確認する場として、企業忘年会は機能してきた」と述べています。
 著者は、「現在の忘年会文化は、成熟し、大人しくなった、大衆文化である。経済格差が構造化された時代に、遅れてきた大衆という趣がある。私はそれが好きだ」と述べています。
 本書は、普段はその存在を当たり前のものとして意識することのない年末の行事の持つ役割と歴史を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 秋も深まり、おでんや鍋物が恋しい季節になってくるといよいよ忘年会シーズンが近づいてきます。昔は色々な名目で職場の忘年会がありましたが、最近はあっさりしてきました。また、昔は二次会三次会四次会に自動的に流れていく雰囲気がありましたが、最近は一次会に顔を出せば「義務」を果たしたと見られるのか、二次会に行く人は好きな人たちだけ、という感じにもなってきています。昔は積立をしてでも開催を心待ちにしていたという忘年会ですが、社内行事としての性格は急速に薄れているんじゃないかと思います。
 それでも、職場によっては、忘年会のために一泊二日で職場旅行に行くところが多く、さらに
・課全体の職場旅行
・課の一部であるグループ単位の職場旅行
・課内有志による職場?旅行
なんてのがあって、財布に重い負担がのしかかることも少なくありません。これもさすがに減りましたが。
 旅行の準備や運営をいかに上手くこなせるかが、幹事や若手の「腕」の見せ所だったりするので、幹事さんの気合の入り方が半端じゃない場合もありました。


■ どんな人にオススメ?

・忘年会は「日本古来の風習」と思っている人。


■ 関連しそうな本

 園田 英弘 『逆欠如の日本生活文化―日本にあるものは世界にあるか』
 飯倉 晴武 『日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心』
 高橋 章子, 怒涛の暴露班 (著) 『忘年会全記録』
 林 律雄 (著), 高井 研一郎 (イラスト) 『総務部総務課山口六平太/ああ忘年会』
 園田 英弘 『西洋化の構造―黒船・武士・国家』
 幸田 露伴 『露伴随筆集』


■ 百夜百マンガ

ZETMAN【ZETMAN 】

 美少女を描くことで定評があっただけに、「ウイングマン」のヒットの後、「超機動員ヴァンダー」でコケ、「電影少女」以降は美少女モノを中心に描いていましたが、久々に大好きなヒーロー、アメコミ系の作品を投入してきました。

2007年10月22日 (月)

満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊


■ 書籍情報

満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊   【満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊】(#1005)

  小林 英夫
  価格: ¥735 (税込)
  平凡社(2005/09)

 本書は、日露戦争後にでき、「ロシア革命から、日中戦争、アジア太平洋戦争を通し、日本帝国の東アジア進出の各段階で、そのときの課題に対して調査活動の最前線に立ち、日本の国策決定に重要な役割を演じた」満鉄調査部をひもといて、その歴史を辿り、「彼らの活動と実績、それが戦前の日本の国策に与えた具体的影響、さらには戦後の日本の政治と経済に与えた『遺産』を検討するもの」です。
 序章「満鉄調査部の誕生」では、満鉄の初代総裁後藤新平の満州経営哲学を表した言葉として、「文装的武備」という言葉を、「文事的施設を以て他の侵略に備え、一旦緩急あれば武断的行動を助くるの便を併せて講じ置く事」である、すなわち、「植民地支配は、単に武力に頼るだけではなく、教育、衛生、学術といった広い意味での『文事的施設』を駆使する必要があり、植民地の人々の間に日本に対する畏敬の念が生じれば、いざという場合に他国からの侵略を防ぐことが出来る」というものであると解説しています。
 また、後藤が調査部を重視した理由として、後藤が「欧米並みの大企業であれば、それ相応の調査部を持つのは当然と考えていた」ことを挙げ、「岡松参太郎に命じてヨーロッパの調査機関の実状を調べさせているが、それを基に調査機関が出来ると、早速英文、仏文でその機関の宣伝を開始している」ことを紹介しています。
 第1章「調査機関とロシア革命」では、満鉄が調査活動の一環として大量のロシア関係資料の収集を行ったことを挙げ、1923年には調査課ロシア係主任であった宮崎正義を中心に4ヶ月に及ぶ調査を行っていることを紹介しています。
 第2章「国益と社益との間で」では、第一次大戦後の大きな変化として満鉄の経営の拡大を挙げ、鉄道や鉱山に対する巨額の設備投資と、中国人従業員の低賃金が、高収益の源泉となり、この収益が満鉄調査部の活動を支え、日本人従業員の豊かな生活を支える財政基盤となったと述べています。
 また、満州事変後、関東軍の手で統治部が組織されると、多数の調査部員が引き抜かれて統治政策の立案に従事し、関東軍参謀の石原カンジらが、新たな調査機関の設立を満鉄調査部に働きかけたことが述べられています。
 そして、宮崎が満州での経済統制策の立案に取り組み、「いかなる経済政策を採用するかは、建国初期の最大課題の一つだった」ことが述べられています。宮崎は、「目先の利益にとらわれない経済統制政策」として、「一番重要なのは産業部門によって統制のやり方を変えること」を挙げています。
 さらに、宮崎が、東京でブロック経済に関心を持つ軍人、官僚、学者の人脈づくりに力を注ぎ、35年8月に、「日本の国力調査と日米戦争に備える生産力拡充計画の立案」を目的とする「日満財政経済研究会」を立ち上げたことが述べられています。
 第3章「満鉄調査部と日中戦争」では、32年2月から様々な国策に関与して活動してきた経済調査会が36年9月にはその活動を終了し、この4年半の間に、「文字通り関東軍の経済参謀本部の役割を演じた」と述べられ、その活動は、作成した立案調査書類だけで368件、各件平均400ページ、中には1000ページを越す大部のものもあるというすさまじい物量であったことが述べられています。
 また、1939年には、調査部が一大調査機関として拡充され、大幅な人員増強が行われ、1939年4月に1731人だった調査部員が、1年後には2345人に増加していることが紹介されています。
 第4章「満鉄調査部事件の真相」では、調査部内には、当時発禁の書であったマルクスの『資本論』が置かれ、世間は「満鉄マルクス主義」と称していたことが紹介されています。
 そして、大調査部の出現によって、新たに多くの調査マンが入社し、彼らの中に「思想的前歴者」が多かったことが紹介されています。
 さらに、「支那交戦力調査」「日満支ブロック・インフレーション」調査報告書が、「日本の戦争継続能力に疑問を投げかけるもの」であり、「しだいに軍部との対立を深め始めた満鉄調査部に何らかの『制裁』が加えられることは時間の問題だった」と述べられています。
 そして、「満鉄マルクス主義」と称された思想は様々出会ったが、「彼らの多くが『現実』を批判的精神で観察し、批判的に行動するという点では共通項」を持ち、「国策に対して批判的視点をもちつつも、満州国から見て合理的とされる行動をとっていた」と解説しています
 第5章「それぞれの戦後」では、満鉄調査部のスタッフの多くが、「敗戦後も当地に残留し、進駐してきたソ連軍や国民党軍のもとで留用され日々の糧を得る生活を送りひたすら帰国を待つこととなった」と述べられています。
 そして、戦後への継承という点では、「中国革命の嵐のなかで彼らが好むと好まざるとに関わりなく受けた影響」を、「見落としてはならぬ」と指摘しています。
 本書は、日本初の本格的シンクタンクの「一生」を概観することが出来る一冊です。


■ 個人的な視点から

 戦後の日本が、「世界で最も成功した社会主義国」と言われたルーツは、満州国での革新官僚たちの社会実験にある、というのが、「1940年体制」論ではありますが、その是非はさており、満鉄調査部の使命感や高揚感は読んでいて心地よい一冊でした。


■ どんな人にオススメ?

・日本のシンクタンクのルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 野口 悠紀雄 『1940年体制―さらば戦時経済』
 小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著) 『「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造』
 小林 英夫 『「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯』 2006年01月02日
 小林 英夫 『満鉄―「知の集団」の誕生と死』
 山室 信一 『キメラ―満洲国の肖像』 2006年01月13日
 小林 英夫 『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』


■ 百夜百マンガ

つるピカハゲ丸【つるピカハゲ丸 】

 「秘技!答案二枚返し」で有名なボクシング漫画?『とどろけ!一番』の作者がヒットさせた作品。あの必殺技も大人になってから見るとやはりギャグだったのが分かります。

2007年10月21日 (日)

古民家再生住宅のすすめ

■ 書籍情報

古民家再生住宅のすすめ   【古民家再生住宅のすすめ】(#1004)

  宇井 洋 (著), 石川 純夫
  価格: ¥2100 (税込)
  晶文社(2001/09)

 本書は、「古民家の移築・再生がメディアでもさかんに取り上げられるようになり、住宅の一ジャンルとして定着してきた」にもかかわらず、「具体的なノウハウを一般の人向けにやさしく書かれた本がない」ことから、「少しでも古民家の移築・再生で失敗する人が少なくなれば」との動悸から書かれたものです。
 序「古くて新しい住宅形態――古民家再生住宅」では、「戦後から高度成長期、そしてバブル期を経て、今日まで連綿と続く日本の住宅のあり方が、今大きく問われだしている」として、「人にも自然にも優しく、心地よい住まい方の知恵や工夫で溢れた、いわば先人たちの住文化の結晶ともいえる昔ながらの民家が再評価され始めた」と述べ、「昔を懐かしむだけのノスタルジーとしての古民家ではなく、今を生きる人が快適で安全な暮らしのできる新しい民家。そんな古くて新しい住居形態が、本書で提案している古民家再生住宅」であると解説しています。
 第1章「なぜ今、古民家の移築なのか」では、現在の新建材の氾濫の理由を「住む側が望んで新建材の安っぽさを受け容れ、味わいのある自然素材を自分達の住まいから追い出してしまった」からであると述べています。著者は、「生産性の工場を目的に開発されたような新建材や新技術ばかりをクローズアップし、新たな建築需要を喚起することに躍起になっている住宅産業の在り方にはどうしても疑問を感じて」しまう、と述べています。
 また、日本では「長期ローンを組んで購入した住宅に一生涯住む人はあまり多くない」として、「日本で過去5年間に解体された住宅を見てみると、平均築年数はたった26年間しか」ないことを指摘し、「一度住宅を手に入れたとしても、住宅購入とローン返済を一生涯繰り返さなければならない」と述べています。
 著者は、「古い民家のように丈夫で味わいのある家に住みたいという単純な気持から、移築・再生を考えてもいいのではないでしょうか」として、「古材の再利用は思想的な運動ではなく、人がより豊かな生活を享受するための住まいの提案」であると述べています。
 第2章「都市生活者のための古民家移築法」では、古民家をめぐる活動を、
再生
(1)元の住宅が古くなった民家を現地で再生して、住み継ぐ。
(2)第三者が古い民家を手に入れ、現地で再生して住み継ぐ。
移築(特に都市部に)
(3)第三者が古い民家を手に入れ、別の場所で元通りに移築・再生して住み継ぐ。
(4)第三者が古い民家を手に入れ、その古材を利用しながら、現代人のライフスタイルに合うように設計しなおし新しい家を建てる。
の4点を挙げ、最も現実的需要が多いケースとして、「本来なら廃材と化してしまう築100年ほどの古い農家を都市部の住人が手に入れ、新築住宅として再利用するケース」を挙げています。
 また、古民改築にかかる費用については、「実際は想像するほどは高くありません」として、「総建築費は坪単価75万~80万円というのが相場」であると述べ、
・木造在来構法で建てられた東京都の個人住宅の平均建築費(平成11年度):坪単価72.5万円
・個人持ち家住宅の平均建築費(平成11年度):67.4万円
と比較しています。そして、「古民家の移築は、最終的な満足度という点では新材による新築と比べ物になりません」と述べ、「住まいとしてのトータルな質を考えれば、古民家の移築は決して高いとはいえない」と述べています。
 また、設計・施行で気をつけるべき点として、一般的に古民家の欠点といわれている、
・基礎の弱さ
・寒さ
・間取りの悪さ
の3点を挙げ、「最低限この三つの欠点を解消することが、移築後に安全で快適な生活をする上で欠かせない条件」であると述べています。
 さらに、古民家の移築が、「基礎を変え、断熱性や機密性を高め、現代人のライフスタイルにあわせて間取りを変更」し、「変更に合わせて造全体を見直す作業も必要」になるため、「名称こそ移築と呼んでいますが、実際は新築とかわりがない」と述べています。
 第3章「古民家を取り入れた暮らしを学ぶ」では、
・シックハウス症候群対策に「アレルギーの出ない、健康に配慮した家」として
・「あばら家でもいいから、合板や新建材などを使わない本物の家を建てたい」
・「おもしろそうだったから」
・築150年の昔ながらの民家の欠点である寒さや暗さを解決したい
などの理由から古民家を移築・再生した事例が紹介されています。
 本書は、古民家好きな人はもちろん、住宅のあり方を考えたい人にとってお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近、古い住宅を見るのが楽しいので、とくに田舎道をドライブするとキョロキョロしてしまいます。
 そう言えば実家も「古」くて「民家」であることには変わりないのですが、築100年の本物の古民家のように高値で取引されることはなさそうです。そういえば柱にほぞを埋め戻した後があったりしたので既に再生済みのようです。


■ どんな人にオススメ?

・自分の「家」のあり方にこだわりたい人。


■ 関連しそうな本

 降幡 広信 『古民家再生ものがたり―これから百年暮らす』
 降幡 広信 『現代の民家再考』
 日本民家再生リサイクル協会 『民家再生の魅力―全国・事例選集』
 服部 真澄 『骨董市で家を買う―ハットリ邸古民家新築プロジェクト』
 降幡 広信 『民家再生の設計手法』


■ 百夜百音

Single is Best【Single is Best】 平松愛理 オリジナル盤発売: 1993

 女性からの「関白宣言」ともいわれましたが、そういえば何で「関白」なんでしょうか。「亭主関白」から来ているのか・・・?

『関白』関白

2007年10月20日 (土)

エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために

■ 書籍情報

エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために   【エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために】(#1003)

  ドナルド・A. ノーマン (著), 岡本 明, 伊賀 聡一郎, 安村 通晃, 上野 晶子 (翻訳)
  価格: ¥3045 (税込)
  新曜社(2004/10)

 本書は、「人間の認知と情動を科学的に理解することが製品のデザインにどのような影響を与えるか」という著者の研究成果について描かれた紋です。
 プロローグ「三つの紅茶ポット」では、著者のお気に入りの紅茶ポットの紹介をした上で、
(1)本能レベル:見かけに関わっている。
(2)行動レベル:使うときの喜びと効率に関係がある。
(3)内省レベル:製品を合理的なもの、治背的なものにすることに関わる。
の3つのレベルの異なるデザイン上の側面について述べています。
 そして、認知科学者が、「情動が人生から切り離せないものであり、人がどう感じるか、どう行動するか、どう考えるかに影響を与えるということを理解している」と述べ、「実際、情動は人を賢くする」として、「情動が働く方法のひとつは、特定の脳の中心を浸していて知覚、意思決定、行動を制御する神経伝達物質を通してである。これら神経伝達物質が思考のパラメータを変化させるのである」として、「驚くべきことに、今や、美的に魅力的なものだと仕事がうまくできる、という証拠が得られている」と述べています。
 著者は、「認知は人を取り囲む世界を解釈し、理解する。一方、情動はそれについての迅速な判断ができるようにする」と述べています。
 第1章「魅力的なものの方がうまくゆく」では、人間の脳の複雑な特性が、「脳機能の3つの異なるレベルに起因する」として、
(1)本能レベル:自動的で生来的な層
(2)行動レベル:日常の行動を制御する脳の機能を含む部分
(3)内省レベル:脳の熟慮する部分
の3つのレベルを示し、「三つのレベルは、最も原始的な単細胞生物から始まって次第に複雑な動物へ、脊椎動物、哺乳類、最後に類人猿と人類へとゆっくり進化したという、脳の生物学的起源を部分的には反映している」と述べています。
 また、本能レベルが、「脳の中で最も単純で最も原始的な部分であるが、非常に広範囲の状況に対して敏感である」と述べ、「本能レベルは推論できない」ことなどを解説しています。
 第2章「情動とデザインの多面性」では、「それぞれのレベルに対するデザインは大きく異なっている」として、
(1)本能レベル:製品が最初に与える効果、概観、手触り、雰囲気に関わる。
(2)行動レベル:製品の使用、経験に関わり、機能面、性能面、使い勝手の面がある。
(3)内省レベル:意識と、最高次レベルの感情、情動、認知が存在し、解釈、理解、推論がもたらされる。
の3つのレベルについて解説しています。
 著者は、「魅力的なモノはよりうまく働く。その魅力が心のプロセスをより創造的にし、ちょっとした困難により耐えるようにして、ポジティブな情動を生み出す。三つのレベルの処理は対応する三つの形のデザインにつながる。本能的、行動的、内省的デザインである。それぞれが人の行動に重要な役割を果たし、デザイン、販売、および製品の使い勝手に均しく重要である」と述べています。
 第3章「デザインの三レベル――本能、行動、内省」では、「本能、行動、内省というデザインにおける3つのレベルのそれぞれが、経験を形作るときに役割を果たしている」として
(1)本能的デザイン:我々は環境から強力な情動信号を受け取るように高度に調整されており、それは本能レベルで、無意識のうちに自動的に判断される。
(2)行動的デザイン:第一に使用の面にかかっていて、外観はあまり関係ない。理屈も問題ではない。性能が問題である。
(3)内省的デザイン:カバーする領域は広く、メッセージ、文化、製品の意味やその使われ方までも関係してくる。
のそれぞれについて解説しています。
 そして、「魅了されるのは、本能レベルの現象である」のに対し、「美は内省レベルからくる」と述べ、「「美は、見かけの内側を見る。美は意識的な内省と経験からもたらされる。それは知識、学習したこと、文化に影響される。見かけは人と惹きつけないものでも喜びを与えうる」と語っています。
 第4章「娯楽とゲーム」では、「テクノロジーは、単に仕事の効率を改善するだけではなく、それ以上のものを我々の生活にもたらすべきだ。豊かさを喜びをもたらすべきだ」と述べ、その方法として、「アーティストの手腕を信頼すること」を挙げ、日本の幕の内弁当やグーグルの例を紹介しています。
 そして、本書の表紙にもなっているフィリップ・スタルクの「ジューシー・サリフ」について、「イカ料理を食べていて、レモンをその上にしぼったとき、彼はひらめいた」ことを紹介し、このジューサーが「実に奇妙だが、愉快でもある」理由として、
・注意を向けさせることによる誘惑
・驚くような新しさを感じさせる
・自明なニーズや期待を超えている
・本能的な反応をもたらす
・個人的なゴールの価値やつながりを共有する
・それらのゴールを満たすという約束
・何気なく見た人に対してジュースを絞る経験について何か深いものを発見させる
・これらの約束を果たす
などを挙げ、この他に重要な要素として、「説明するという内省的な喜び」を挙げています。著者が持っているジューサーは金メッキされた「特別記念版」であり、「これはジュースを絞るためのものではありません。会話を始めるためのものなんです」と言われていると述べています。
 第5章「人、場所、もの」では、「現代のコミュニケーションの本当の問題は、人間の注意力の制限からくる」として、車を運転している最中に携帯電話で話をすることについて、「意識的な注意を危険なやり方で分散していることになるので、計画し予想する能力は減少する」として、「本能レベル、行動レベルは依然としてうまく機能し続けているが、計画と予想の本拠地である内省レベルはそうはいかない。したがって、運転は依然可能ではあるが、それは基本的に機械的で、潜在意識下の本能レベルと行動レベルのメカニズムによる」と述べ、「携帯電話をかけながらでも普通に運転しているように見えることから、いつもより運転が経ただとか、予期しない状況にうまく対処もできないとかの事実が分からなくなってくる。したがって、運転は危険なものになる」と解説しています。同様に、「車の運転をしているとき、同乗者とする会話も、同じ湯尾にある程度注意の散漫が起こる」が、「同乗者との会話は遠く離れた人に比べてそれほどは危険でないことが証明されると思う。同乗者に対して作り出すメンタルスペースには、自動車とその周囲が含まれている。これに対して携帯電話のメンタルスペースは、車から我々を遠ざける」と解説しています。
 第6章「情動をもつ機械」では、「私は家庭は多数の専用ロボットをもつようになると考えている」と述べ、」これらのロボットが発達するにつれ、ロボットの仕事を簡単にするために家の中をデザインするようになり、ロボットと家は一緒にうまく働けるように働けるように共進化していくだろう」と語っています。
 また、「機械の情動も人間の情動と同じくらい自然で普通のものに見える必要がある」理由として、「我々が機械ともっとよくインタラクションできるようにするためには、確かに機械も情動をもち、そしてそれを表すべき」であると主張しています。
 第7章「ロボットの未来」では、「今あるロボットのうち最も協力で最も高機能なものでも、アシモフの段階には遠く及ばない」が、「ロボットと人間のインタラクションの仕方を考える上で、この原則は素晴らしいツールである」として、「アシモフのロボット工学4原則」を紹介しています。
 エピローグ「誰もが皆デザイナー」では、「我々は皆デザイナーだ。自らのニーズに役立つように環境を操作する。どんなものをもつか、どれを身のまわりに置くかを選択する。組み立てたり、購入したり、配置したり、改造したりする。これらはどれもデザインのひとつの形式だ」と語っています。
 本書は、モノに囲まれて生きる我々にとって、不可欠な「デザイン」をより深く理解する上で有用な一冊です。


■ 個人的な視点から

 アレッシの製品はどれもクスリとさせるものです。イタリアに行ったときに有名なワインオープナーを買って来ようかと悩みましたが、結局買わず、今家にあるのは樹脂製のボトルキャップです。食事や酒などのテーブルの上や厨房にあるデザインにはアレッシのデザインは嬉しい感じがします。


■ どんな人にオススメ?

・デザインは一部の人のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ドナルド・A. ノーマン (著), 野島 久雄 (翻訳) 『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』
 ドナルド・A. ノーマン, 安村 通晃, 岡本 明, 伊賀 聡一郎 (著) 『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、"情報アプライアンス"へ』
 D.A. ノーマン (著), 佐伯 胖, 八木 大彦, 嶋田 敦夫, 岡本 明, 藤田 克彦 (翻訳) 『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』
 後藤 武, 佐々木 正, 深澤 直人 『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』
 Jenifer Tidwell (著), ソシオメディア株式会社 (監修), 浅野 紀予 (翻訳) 『デザイニング・インターフェース ―パターンによる実践的インタラクションデザイン』


■ 百夜百音

魔女の宅急便【魔女の宅急便】 サントラ音楽集 オリジナル盤発売: 2004

 とくに90年代は過剰なダブリングによって人工的な声を強調していたユーミンだけに初音ミクには合ってるんじゃないかと思いますが、心配なのは死後に「荒井由実」がソフトで商品化されてしまうのではないかということです。

『Yumi Arai 1972-1976』Yumi Arai 1972-1976

2007年10月19日 (金)

消える本屋―出版流通に何が起きているか

■ 書籍情報

消える本屋―出版流通に何が起きているか   【消える本屋―出版流通に何が起きているか】(#1002)

  山田 淳夫
  価格: ¥1890 (税込)
  アルメディア(1996/07)

 本書は、著者の住む町に、「ショッピングセンターができて大型書店がテナントとして入った後、7軒あった書店が僅か1軒になってしまった」というエピソードを紹介した上で、1990年代に日本中の書店で起こった変化を紹介しているものです。
 第1章「消える本屋」では、コンビニエンスストアの成長の秘密として、POSを活用した売れ筋商品への徹底的な販売集中と、"死に筋"商品の排除を挙げた上で、1992年度にセブン-イレブン扱いの出版物の売上額が1000億円を突破し、出版物小売業界のトップに躍り出たことを紹介しています。そして、千葉県船橋栄町店オーナーの「町の書店の雑誌コーナーは死体置き場ですな」という言葉を紹介し、「出版物をこのように生鮮食品と同じレベルで扱い、商品の回転率一辺倒、最新号の雑誌も売れなくなる前にどんどん返品すると言うやり方は、もちろん書店の商売のやり方にはなじまない」と述べています。
 また、町の本屋が次々と廃業する現状について、書店従業員の労働条件の悪さを指摘するとともに、最近の書店の特徴として、
・郊外化
・複合化
・大型化
・チェーン化
を挙げています。
 著者は、コンビニエンスストアの「情報を駆使したその飽くことなき販売と流通改善の努力に保守的な出版業界が学ぶことは少なくない」としながらも、「その目先の"おいしさ"に目がくらむと、出版社も取次会社もとんでもないことになる危険性をはらんでいる」と述べています。
 第2章「流通の改善」では、書店で本を注文すると何週間もかかる、というクレームが多いことについて、
・書店が注文伝票を起票
・短冊を郵便で取次会社に発送
・取次会社で手持在庫の有無を調べ、ある場合は、書店別に仕分け
・ピッキング(書籍抜き出し)、書店ごとに梱包、伝票作成、発送
・輸送
などのプロセスを紹介しています。
 また、当時の新しい流れとして、1986年にクロネコヤマトがはじめた「ブックサービス」を紹介し、その強みが、「集品と配送に走り回っている宅急便トラックをフルに活用していること」を挙げ、書店とタイアップして、書店への「客注」をサポートする業務を始めたことを紹介しています。
 さらに、「出版流通業界の根幹に関わってくる問題」として、「再販制(定価制)と委託販売制(返品制)」を挙げ、「返品製に支えられて、書店は常に必要以上に多めの注文を出し、一方出版社側は、それが結局売れ残って大量の返品となって戻ってくることを警戒して、必ず注文数を割り引いて送品するという『出庫調整』やすぐには送品しない『出庫保留』によって対抗するというイタチごっこを繰り返してきた」と指摘しています。
 著者は、トーハンの取締役に名を連ねているイトーヨーカ堂社長、セブン-イレブン会長の鈴木敏文氏の言葉として、「いま注文した本が届くまでにどのくらいかかりますか? 読者にとっては読みたいときが買いたいときです。いま読みたいものを二週間も三週間も後にもらったって、その頃は興味は他へ移っていますよ。そういうことをやっているから、読者がどんどん減ってしまう」という指摘を紹介しています。
 第3章「本と再販制」では、政府規制等と競争政策に関する研究会再販問題検討小委員会が1995年7月25日に発表した中間報告書「再販適用除外が認められる著作物の取り扱いについて」が、「業界の予想を上回る厳しい内容」であったことを解説しています。
 そして、再販制が、戦時中から戦後にかけて、国が文化政策として、「新聞と雑誌については国鉄(現、JR)による特別運送制度と第三種郵便制度によって、全国同一料金による輸送を保証してきた」経緯があるため、たラック輸送においても、「送品時の運賃は取次会社負担という慣習に従って、都内の運賃も遠隔地の運賃も取次会社の輸送コストの中に含まれている」ことを解説しています。
 また、わが国の出版物の販売が、
(1)委託販売制:一定の期間内であれば売れ残った商品の返品を認める制度。
(2)再販制:定価販売によって書店、取次会社、出版社の粗利も一定であることが、出版業界の経営を安定したものにしている。
の2つを基本にして成り立っていると解説しています。
 第3章「本と再販制」では、著者の意見として、「多様で豊かな出版文化を支えて行く上で再販制度はやはり必要だと考える。著作物の再販制度は、いわば文化的環境の保護制度と言っても良いだろう」と述べています。
 第4章「情報発信基地」では、「再販制度によって文化が守られると言いながら、出版業界は、出版社も取次会社も経済効率優先で地方の読者をなおざりにしてきた。『地方では本は売れない』として、話題になっているベストセラーなどの配本も後回し。都会で売れ残り始めてから、ようやく地方の書店に配本される」という現状を指摘し、「出版業界が再販制度の維持に当たって、『文化』を掲げるのなら、業界が率先して地域文化を支えていることを態度で示さなければおかしい」と主張しています。
 本書は、本を愛する人にとっては馴染み深い「本屋」が抱える構造的な問題を指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔、本屋でバイトしたことがありますが、まさしく郊外の大型チェーン店で店員はほとんどバイト、というものでした。事前には、「本屋の店員」というと、
・立ち読みしているお客にハタキをかける。
・万引き犯を捕まえる。
なんていうイメージ(妄想?)があったのですが、現実には、立ち読みは自由、怪しい動きをしている客がいたら近くの本を並べなおしたりして牽制する、というくらいで、出口で「お客さん、ちょっと鞄の中見せてください」なんていうやりとりはありませんでした。
 それから返本の山を箱詰めするなどの力仕事が結構ありました。


■ どんな人にオススメ?

・近所の本屋が減って寂しく思っている人。


■ 関連しそうな本

 田口 久美子 『書店風雲録』
 小林 一博 『出版大崩壊―いま起きていること、次に来るもの』
 江口 宏志, 北尾トロ, 中山 亜弓, 永江 朗, 幅 允孝, 林 香公子, 堀部 篤史, 安岡 洋一 (著) 『本屋さんの仕事』
 青田 恵一 『たたかう書店―メガブックセンター・責任販売・万引き戦争 ジャンル別マネジメント・新古書店対策』
 田口 久美子 『書店繁盛記』
 木下 修, 吉田 克己, 星野 渉 (著) 『オンライン書店の可能性を探る―書籍流通はどう変わるか』


■ 百夜百マンガ

暴れん坊本屋さん【暴れん坊本屋さん 】

 本屋さんの日常と活躍を描いた作品です。こういうのを読むと書店員になりたくなります。小さな古本屋のレジで一日中本を読んでる店員さんが一番の憧れですが。

2007年10月18日 (木)

博徒の幕末維新

■ 書籍情報

博徒の幕末維新   【博徒の幕末維新】(#1001)

  高橋 敏
  価格: ¥777 (税込)
  筑摩書房(2004/2/6)

 本書は、「かつて大衆小説や歌舞伎・講談・浪曲などで縦横無尽の大活躍を演じたアウトロー」を取り上げ、「博徒・侠客等が力一杯生きた幕末維新の激動を歴史学のふるいをかけて」語ったものです。ただし、取り上げられるのは「常連の国定忠治や清水次郎長」ではなく、「脇役か陰の役廻り」である、
・甲州博徒の典型「吃安(どもやす)」こと竹居安五郎
・安五郎の遺志を継いだ黒駒勝蔵
・下総天保水滸伝の張本人の勢力富五郎
・彗星の如く現れ幕府を震撼させて消えた武州石原村無宿幸次郎
・新撰組近藤勇ら多摩グループと訣別した伊東甲子太郎の御維新の野望に賭けた岐阜の博徒水野弥三郎
たちです。
 第1章「黒船と博徒竹居安五郎」では、嘉永6年(1853)6月8日に流刑の島新島で、竹居安五郎ら7人の無宿の流人によって敢行された、前代未聞の島抜けの大事件を取り上げています。安五郎らは名主を殺し、水主を拉致して漁船を盗み、新島から伊豆半島の網代に向かいます。「元来支配韮山代官の御膝元の伊豆、しかも網代辺に上陸するのは召捕らえられるために島抜けするようなものである」と述べられていますが、このとき韮山代官は、同年6月3日に現れたペリー提督率いるアメリカ合衆国の黒船4艘への対応に追われていました。著者は、「島抜けの一大事を、訴えのあったであろう6月9日以降、7人を即急に手配し、代官の警察力を総動員すれば、さすがの吃安とて逮捕は免れない。しかし、韮山代官は多忙であった。それどころではなかったのである」と述べています。
 また、島抜けに成功した7名のうち、3人は間もなく捕らえられ処刑され、3人は消息が不明であるのに対し、安五郎は、「故郷の甲州に帰り、子分の黒駒勝蔵を配下に、以前に増して侠客として売り出していった」ことについて、
(1)なぜに安五郎は網代屏風岩から甲州まで逃げおおせたのか。
(2)なぜに甲州の一大博徒にサバイバル出来たのか。
の2つの疑問を投げかけています。著者は、キーパーソンとして田方郡間宮村(現函南町)の博徒久八を挙げ、韮山代官は何かの理由があって、「台場築造」との関わりから「大場久八」と呼ばれた久八が安五郎を逃がすことに「目をつぶったのではなかろうか」と推測しています。
 第2章「博徒の家と村」では、安五郎の清家である竹居村の中村家を取り上げ、村内外のトラブルにおいて指導力と実力を発揮した安五郎の兄甚兵衛を紹介しています。
 また、甲州が、「陸上・水上の交通網・流通網が錯綜」しており、「関東特有の長脇差で武装した無宿の通り者などと称する他所者が横行して犯罪を引き起こすだけでなく村々に逗留して博奕等を介して親分・子分の博徒集団を形成しようとしていた」とともに、「公衆の村々の内部に通り者の無宿を迎える予備軍が生まれていた」と述べています。
 第3章「嘉永水滸伝」では、中国の元代に作られた「水滸伝」が、「反乱を教唆扇動する賊書」として禁書とされたが、「原書→和刻・翻訳→翻案」の過程を経て受容・摂取され、「水滸伝がさまざまなヴァリエイションを展開させながらいかに受け入れられていったかがアウトローの江戸時代史の影絵となっている」と述べています。そして、「水滸伝の流行、ブームの背景には、無宿者、博徒、侠客の躍動とこれに苦慮する幕府政治の現実があった」としています。
 実際に起こった事件としては、嘉永2年(1849)3月から4月にかけて下総国香取郡須賀山村の諏訪明神境内で起きた勢力富五郎の捕り物と鉄砲による富五郎の自決、同年8月から10月にかけて武甲駿遠信の5カ国を股にかけ、やりたい放題に犯罪の限りを尽くした石原村無宿幸次郎、嘉永3年12月に行われた国定忠治の磔刑などを取り上げています。
 著者は、「嘉永2年全国津々浦々に生まれていた博徒は種々の利害や人間関係のなかで任侠のアイデンティティを前面に大規模なネットワークを形成しつつあった。同時に敵対と同盟を繰り返しながらも博徒同士が離散集合を容易に行えるような独自の世界を作り上げていた」と述べ、「一宿一飯の恩義とか仁(辞)義と呼ばれる挨拶とか独特の決まり、掟、不文律を自らのものにしていた」と解説しています。
 第4章「博徒の明治維新」では、島抜け後、甲州に戻った安五郎に対し、中村家が、「公的には、無宿となって除籍した安五郎とは無縁と装いながら内実のところでは陰に陽に安五郎に塩を送り匿った」として、「中村家の嘉永水滸伝の危機を救ったのは家族の強い絆であった」ことを解説しています。
 そして、無宿の世界において、「島を破るという前人未到の偉業を成し遂げ、故郷へ錦を飾った安五郎の存在」が、「関八州・東海地方の博徒・侠客の勢力地図を塗り変えていくことになった」として、
・幕府の指名手配中の最重要人物を捕らえようとする勘定奉行・関東取締役に協力するグループ
・安五郎と種々のつながりからこれに敢えて敵対も辞さないグループ
の二極化が起こったことを解説しています。そして、安五郎は、文久元年(1861)、関東取締約の手先と言われる国分三蔵の卑劣な奸計によって捕らえられ、翌文久2年に最後(牢死とも毒殺とも言われる)を迎えています。
 また、安五郎の子分、黒駒勝蔵については、慶應3年(1867)に薩摩の西郷隆盛、大久保利通らが計画した甲府城攻略のゲリラ作戦の計画に檜峯神社神主武藤藤太が深く関わっており、「藤田の近くに用兵動員力抜群の黒駒勝蔵がいることは十二分に推測しうる」ことを解説しています。そのため、幕府にとって、「勝蔵は甲府城乗っ取りを策する討幕派の有力尖兵と移っていたのであろう。多くの子分を擁し、甲州一円に通じ、神出鬼没、電光石火の行動力を持っている、勝蔵一味を逮捕せよとの命令は幕府上層部から出たものである。この意味で勘定奉行配下の関東取締出役が切れ者の手先を武州から国分三蔵(高萩万次郎)、上州から江戸屋虎五郎、信州から岡田滝蔵と次々と送り込んで勝蔵をお縄にしようとしたことの謎がようやく氷解した」と述べています。
 本書は、小説などで虚実入り混じった形で耳にしてきた幕末の博徒たちの姿を現代に伝えながら、当時の社会の雰囲気を感じさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の他の著書を見ると、国定忠治に相当入れ込んでいることが分かります。本書の中でも、他の博徒たちはあくまで出来事のみを伝えているのに対し、国定忠治の磔刑の部分は装束からセリフから色鮮やか情感豊かに描かれています。


■ どんな人にオススメ?

・小説や歌舞伎に登場する伝説の博徒たちの現実の姿を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 高橋 敏 『国定忠治の時代―読み書きと剣術』 
 高橋 敏 『国定忠治』 『清水次郎長と幕末維新―『東海遊侠伝』の世界―』 
 高橋 敏 『大原幽学と幕末村落社会―改心楼始末記』 
 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
 田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日


■ 百夜百マンガ

打撃天使ルリ【打撃天使ルリ 】

 同じ作者による『打撃マン』と並ぶ「打撃系」マンガの代表作。これを読むと、普段読んでいる格闘系の漫画がいかにウンチクやらでゴタゴタ塗り固められているかがわかります。この作品はそういう不要な部分を削ぎ落とし、代わりにコテコテの絵柄を詰め込んであります。結局は、悪い奴がやっつけられるのを見るのが楽しいんだ、ということを教えてくれます。

2007年10月17日 (水)

市場を創る―バザールからネット取引まで

■ 「千夜千冊」ありがとうございます!

 おかげさまで、2005年1月21日にスタートした「百夜百冊」も、今回をもって「千夜千冊」を達成しました。ご愛読ありがとうございます。
 今後も連載は続けさせていただき、このままのペースで続くと仮定すると「万夜万冊」になるのは2032年6月7日の予定です。どうか末永くご愛顧願います。
 さて、「行政経営」ということでスタートしましたが、だんだんジャンル分けが面倒になってきましたので、千一号以降は、ジャンルにこだわらずお届けさせていただきます。また、「百夜百マンガ」と「百夜百音」についても、不定期連載ということでネタがないときはお休みさせていただきます。
 では引き続き、「行政経営百夜百冊」をこれからもどうぞ御贔屓にお願いいたします。

■ 書籍情報

市場を創る―バザールからネット取引まで   【市場を創る―バザールからネット取引まで】(#1000)

  ジョン・マクミラン (著), 瀧澤 弘和, 木村 友二 (翻訳)
  価格: ¥3570 (税込)
  エヌティティ出版(2007/03)

 本書は、「経済学における新旧のアイディアを用いて、異国風の市場や革新的市場、日常的な市場を徹底的に分析」し、「市場はどのように機能しているのか。市場に何ができ、何ができないのか」を明らかにしようとするものです。著者は、「市場のためのプラットフォームは、主として試行錯誤によって進化する」と述べ、「自生的進化が市場の主要な原動力」であるとする一方で、「市場がその潜在力をフルに発揮するためには、政府の助けが必要である」と述べています。
 第1章「唯一の自然な経済」では、市場取引を特徴づけるものとして、「意思決定の自律性」が鍵になると述べたうえで、「市場には通常競争が存在しており、競争が自律性に付加されている」と解説しています。
 また、「うまく機能する市場設計は、さまざまな取引費用」を抑制していると述べ、「取引のための費用が低いところでは、その費用を抑えるための工夫はほとんど目につかない」が、「不適切な設計は簡単に観察される」と述べ、「政府は市場が効率的に機能できるような環境を確立し、維持することに責任を負って」おり、中でもその基本的な役割は、「財産権を定義することにある」と解説しています。
 さらに、1990年代半ば、共産主義が崩壊し、市場経済への移行が泥沼にはまったモスクワの街で広まったものとして、以下のジョークを紹介しています。
 Q:共産主義の下では、電球を交換するのに何人の人が必要だろうか。
 A:5人、1人がテーブルの上で電球をソケットに突っ込み、4人がテーブルを回転して電球をつける。
 Q:資本主義の下では堂だろうか。
 A:誰も必要としない。市場がやってくれる。
 第2章「知性の勝利」では、ハノイの街頭の行商人、ルワンダの難民キャンプ、第2次大戦中の捕虜収容所などでの即興的な市場を取り上げ、「市場は自然発生するものである。市場はひどい状況でも機能する。市場は雑草のように育ち、効果的に機能することができる」と述べ、「人びとは新しい市場を創造したり、より良い市場を設計したりするなどして、創意工夫で自分達の運命を改善する方法を見つけ出そうとするものである」と解説しています。
 また、オークションサイト「eBay」の成功の秘密が、
(1)インターネットが、売り手と買い手の出会いを容易にすることで、あらゆる種類の小物の取引の可能性を新しく創出することを認識していた点。
(2)使いやすく柔軟なオークションのメカニズムを構築したこと。
の2点を挙げ、「eBayが取引費用を引き下げた結果、低価格商品の取引を望む、あらゆる場所にいる人々が直接お互いに取引をすることが可能になった」と述べています。
 著者は、新たに成長している市場メカニズムを見るときに、「あらゆる種類の市場の鍵となる特徴が明らかになる」として、「どのような取引も売り手と買い手の両者に利益をもたらし、価値を創出する」、「したがって、売買は創造の一形態である」、「取引利益が存在するところ、人々はその利益を実現する方法を見出すことに余念がない」と述べています。
 第3章「地獄の沙汰も金次第」では、「一般に市場インセンティブは、アイディアを純粋科学の領域から利用可能な応用に転換するために必要とされる」とした上で、「市場が失敗しているところで、公的資金を用いた研究が成功していることもある」例として、多収穫穀物品種の開発の例を挙げ、「この目覚しい前例に倣って、各国政府、国際機関、基金によって資金提供された国際エイズワクチン・イニシアティブは、エイズ、マラリア、結核に対するワクチンを捜し求めている」と述べています。
 そして、製薬産業における特許による高値の設定に直面したいくつかの発展途上国が、「自分達の知的財産のルールを設定することによって、独自に製薬市場を再設計し始めた」として、
・インド:政府が食料と医薬品に対しては製品特許を与えないという選択をしている。
・ブラジル:特許を無視した抗レトロウイルス役の製造が行われ、多くのエイズ患者が、特許がある場合には高すぎて受けられなかっただろう治療を受けることが可能である。
・南アフリカ:1997年に強制ライセンス(compulsory licensing)によって必要不可欠な薬を購入可能にする法律を通過させた。
・タイ:南アフリカに倣って、医薬品の特許を潜り抜けることを許す法案を通過させた。
などの対応を紹介しています。
 著者は、「この特別な場合における費用便益の計算は簡単である」として、「高価格のエイズ薬は、アフリカではほとんど販売されていなかったため、仮にアフリカが世界のイノベーションにただ乗りすることを許したとしても、利潤はほとんど減ることはなく、研究の削減もほとんどないか、まったくない」ため、「発展途上国の立場を支持するもの」であると述べています。
 そして、「製薬のグローバル市場は、市場が持つ最悪の側面と最良の側面を同時に浮かび上がらせてくれる」として、「新薬の発見を促すには、市場インセンティブは不可欠である」が、「市場の正しい設計は時間と場所によって異なる」ため、どのような市場も、「ときおり再設計される必要がある」と述べています。
 第4章「情報は自由を求めている」では、「情報は市場の血液である。なにがどこで手に入り、誰がそれをほしがっているかという知識は決定的に重要である。市場を通じて情報が流れないならば、その市場はうまく機能しない」と述べ、「よく機能している市場には、情報の流れを促進し、したがってマラケシュのバザールの買物で直面するような問題を解決するようなさまざまなメカニズムが備わっている」と述べています。
 そして、「情報の不均一な分布は、市場が非効率にしか機能しない原因となりうる」と指摘しています。
 第5章「正直は最善の策」では、「ある人々にとってはお金を掴むということが市場行動の典型例」であり、「それは、骨肉相食む世界であり、弱肉強食の世界である」としながら、「現実はその反対である。人々を信用できないところでは、市場はうまく機能しない」と述べ、「うまく運営されている経済においては、ビジネスは信頼に足る約束ができる能力を基礎として成立する」と解説しています。
 そして、「支払いの約束を破ることによる利益が、売り手との継続的な取引の価値よりも大きいとしても、それによって他の売り手までが取引を拒否するようになるなら、料金を支払うインセンティブが出てくるだろう」と述べ、「広い意味での評判に対する関心が、誠実な取引に対するさらなるインセンティブを提供している」と解説しています。
 また、企業が「取引相手をうまく選ぶことで、紛争の確立を減らし」ている例として、「良い顧客とは自分の製品に対して高い価格を支払ってくれる人ではなく、誠実で約束を履行する人」であるという言葉を紹介しています。
 著者は、「うまく設計された市場は、相互信頼を築くためのさまざまなメカニズムを備えている」として、契約関係が、裁判所だけでなく、「評判をもとにした非公式な仕組み」によって補完されていると解説しています。
 第6章「最高札の値付け人へ」では、築地市場のマグロの競りなどの例を挙げた上で、競争が持つ効果として、
(1)交渉力のバランスを変化させる。
(2)交渉の合意を遅らせるか、もしくはだめにしてしまうような厳しい交渉戦略がなくなることによって、取引費用を低下させる。
の2点を挙げています。
 著者は、「競争は価格を正しく設定し、それが最も高い価値を持つよな仕方で資源が使われることを促す。競争は、競い合うものたちが効率的に運営するように規律づける。競争は需要と供給の情報を生み出す。競争は、その場その場の交渉と言う代替的方法よりも、低い取引費用をもたらす。活発な競争のための諸条件を作り出すことは、市場設計の主要な仕事の1つである」と述べています。
 第7章「サァ、いくらで買う!」では、オンラインのオークション・サイトで無数のオークション・メカニズムを見ることができること、周波数オークションによって新しい市場が創出されたこと、等の例を挙げ、経済理論が、「オークション設計の鍵となる問題に答えるのに役立った」として、「入札の基本的な形態のうち、政府がどれを使うべきかという問題」に対し、「同時上昇オークション」と呼ばれる、「複数のライセンスが同時に値付け可能とされ、そのうちのどれか1つのライセンスでも値付けが行われている限り、全体のオークションが続けられる」というオークションがFCCで採用されたことを解説しています。そして、同時上昇オークションの2つの特徴である「同時入札と上昇入札」が、「どちらも、最良の仕方で使用できる企業にライセンスが割り当てられることを保証する」ものであることを解説しています。
 著者は、「競争は、どんな水準の複雑性を持つ市場でも自然発生するわけではない。競争を支えるメカニズムの設計はしばしば起業家によって行われるが、時には経済学者によって行われることもある」と述べています。
 第8章「自分のために働くときには」では、「所有権」が意味するものとして、オリヴァー・ハートとオリヴァー・ウィリアムソンが定式化した定義として、
(1)残余所得:機会やある土地の区画のような資産の所有者は、その資産が生み出すあらゆる残余収益を受け取る権利を持っている。
(2)残余コントロール権:所有者は資産から生じたどのような超過的な収益も自分のものにすることができるため、その資産を生産的に活用するインセンティブを持つ。
の2つの側面を同定していると述べています。
 そして、財産権の力に関するかなり明確な実験として、1970年代後半に、中国の農業が集団的生産から個別的生産に転換した例を紹介しています。1978年に安徽省の小崗村の農民たちは、秘密裏に、「人民公社の土地を分け合うこと」に合意し、
(1)政府の政策を無視しているので、土地を個別家族に分ける契約は厳格に秘密にすべきこと。
(2)定められた量の米に対する税は国に払い続ける。
(3)もし村人の誰かが投獄されたならば、その子供は他の村人全員が18歳になるまで育てること。
の3点を決議しています。そして、1982年の共産党大会で鄧小平がこの改革を支持したことから、運動をはじめて6年後の1984年には、「どの人民公社も残っていなかった」ことが述べられています。
 さらに、人民公社の問題点として、「人民公社の農民たちには努力をするインセンティブがほとんどなかった」ことを指摘し、「インセンティブがないことは産出量の低さに直結した」と述べ、「農業の生産性は、共産主義者支配が始まった1949年よりも1978年の方が実際に低くなっていた」と解説しています。
 著者は、「財産権を定義することと、それを維持し、実行化するメカニズムを構築することは、市場設計において鍵となる要素である。しかし、財産権はすべての問題を解決するわけではない」として、「所有権には便益だけでなく、コストがある。そのため、財産権は時には制限されるべきである」と述べています。
 第9章「特許という困惑」では、「特許は創造性を促進する」として、「特許によってプレミアムが稼げるとの期待は、イノベーション努力に拍車をかけることになる」と述べ、その一方で、特許の欠点として、「特許は、法的に認可された取引の制限である」ため、「アイディアに対する独占権を与えることは、それを創造する人に対して報いることに成功しているが、それにはアイディアを過度に使用しづらいものにしてしまうというコストが伴う」と述べています。
 そして、「知的財産保護がなくてもイノベーションは行われてきた」とする場合には、「知的財産保護の便益は存在せず、費用便益の基準から見て、その保護は是認されない」として、1998年に著作権の期間を著作者の死後50年から死後70年に延長された状況について、「著作者たちが、自分の死後50年経ったときの収益の見込みに、創作の動機を見出すということはほとんどありえない」だけでなく、議員たちが、「過去に遡り、この延長を現存の著作権についても適用した」ことは「理解不可能である」と述べています。
 著者は、「知的財産は、イノベーターに報酬を与えることとアイディアの完全な利用を許すことと言う、相互に両立しない目的にかかわるため、知的財産保護の普遍的な理想的水準というものは存在しない」と述べています。
 第10章「なんびとも孤島にあらず」では、「外部性は至る所に存在しており、そのすべてを考慮に入れることはできないし、また入れるべきではない」としながら、「外部性が非常に大きい場合には、市場にその機能を発揮させるために外部性に対処しないわけにはいかない」と述べ、ケーススタディとして、海洋漁業の規制の歴史を紹介しています。
 第11章「公衆に対する陰謀」では、名古屋市が発注する道路建設工事についての「談合」を取り上げ、「最終的には小さな純利益しか得られない独占利潤を得るために、企業は非常な努力を費やさなければならない。企業は独占利潤を得るための競争に資源を使い果たしているのである。談合による高価格が生み出す超過利潤の多くは、政治的便宜を得るための競争において使われており、最終的には政治家の手に渡る」と述べています。
 そして、談合の下で生産費用が非効率なまでに高くなる理由として、
(1)競争入札では、仕事はそれに最も適した企業に割り当てられるが、通常、交渉は低費用の企業を選抜する手段として入札より効果的でない。
(2)競争の規律を回避する企業の生産は非効率となる傾向がある。
(3)もし共謀企業が非効率な新規参入者の参入を完全に抑えられなければ、産業全体のコストは競争下にあるときよりも高いものになるだろう。
の3点を挙げています。
 第12章「草の根の努力」では、「中央計画経済の落とし穴は基本的に情報の問題である」として、計画者が、「その意思決定に必要な知識を結集することができない」ため、「経済を上からコントロールすることは成功しない」と述べています。
 また、「市場の知恵」と呼ばれるものが、意思決定の分散から発生するとして、「市場が起こす大きな間違いは、計画者が起こす大きな間違いよりも少ない」と述べ、「市場経済がうまく行くのは、予測が通常正しいからではなく、誤った予測の結果がチェックされるからである」と解説し、「市場経済では、一国全体が分散して賭けをしているのである」と述べています。
 そして、「市場が効果的に機能するためには、財産権と契約を保護し、第三者に対する損害を制限するメカニズムが必要である」と述べ、「現代経済の複雑で大規模な取引を支える」ためには「法と規制が必要」であると解説しています。
 第13章「他人のお金を管理する人々」では、企業が効率的に運営されることの第1の理由として、「私的所有」を挙げ、「株主は企業に直接の利害関係を持っている。株主は収入を増加させ費用を低下させる機会を追求するよう動機づけられている」と解説しています。
 著者は、「私的所有は企業を効率的に運営するための手段の1つとなる」が、所有と経営が分離した大企業においては、「私的所有だけでは十分ではない」と述べ、「製品市場と金融市場の両方からの外的な市場圧力が、企業の誠実さの維持に役立っている」と解説しています。
 第14章「競争の新時代」では、2001年に停電が発生したカリフォルニアの電力市場から得られる教訓として、「規制緩和がどれほど必要とされたとしても、それが実行される際の詳細が重要だということ」を挙げています。
 第15章「空気を求めて」では、計画経済から市場経済への移行に当たり、ロシアが「大きな一跳びで移行するアプローチ」を選択し、そのショック療法が、
(1)政府財政の均衡化
(2)価格統制の即時撤廃
(3)企業の急速な民営化
の3つの要素からなっていたことを述べています。
 そして、通常の経済においても、「私的所有は企業の生産的な運営を促す唯一の力というわけ」ではなく、「株主、株式市場、顧客、競争相手からの圧力といったさまざまな市場圧力」が経営者を規律づけているが、新たに民営化されたロシア企業にはこれらの規律が欠けていたことを指摘しています。著者は、「私的所有は重要であるが、それだけでは効率的な企業を作り出すのに十分ではない。よく機能している製品市場や金融市場もまた必要である」と述べ、「改革が経済の調整能力よりも速く進んでしまったのである」と指摘しています。
 一方で、「中国は異なる改革の道」を選び、「漸進主義的な改革」を採用したことは、「うまく機能し」、「中国は直ちに経済成長軌道に乗り、急速な経済成長を維持した」と述べています。
 著者は、中国とロシアの最も顕著な相違として、「政府の形態の違い」を挙げ、「改革期間を通して、中国は共産党主義的統制の下にとどまり、ロシアは民主的になった」としながらも、「中国の経済は政治とは別物」であるとして、「政府が民主化されていたとしても同様な経済的成功の道を歩んだだろうと信ずる理由はある」と述べています。
 著者は、「うまく機能する市場は、公式のコントロールと非公式のコントロールの両方の懸命な混合に依存している」と述べ、「経済全体を上から設計することはできない。もし改革を計画することが可能ならば、経済全体を計画することも可能だったはずである」と語っています。
 第16章「貧困撲滅の戦士たち」では、「成長だけでは貧困問題を解決できないと思われる1つの理由」として、「極度の貧困が経済成長の開始を妨げてしまうだろうということ」を挙げ、「平均的に見て、所得分配がより平等な国々は、所得格差の大きい国々よりも成長率が高い。反対に、極度に不平等な国々では、不平等それ自体が成長の妨げとなりうるのである」と述べています。
 そして、「持続的経済成長のために正しい分野に十分な料の投資がなされるようにするには、市場が必要である」としながらも、「市場があればよいというものではない」と述べ、「ある種の投資は政府が行わなければならない」ため、「成長を促進するためには政府が存在しなければならない」と解説しています。
 さらに、「経済学者が発見した1人当たり国民所得の増加に関係している変数」として、「投資と制度」を挙げ、「経済成長には、市場が広範に存在していることだけでなく、市場がうまく設計されていることも必要である。堅牢なプラットフォームの存在が必要である」として、「こうしたプラットフォームを前提として、市場は成長を生み出す」と述べています。
 著者は、「市場経済の最も深いレベルでの正当化は、うまく機能する限り、市場は我々が利用できる最良の貧困治療法であるということである」と述べています。
 第17章「市場の命令」では、著者のメッセージを、
(1)貧困を嫌悪している政治的に極左の人々は、貧困を固定化する政策を支持している。
(2)市場を尊重する自由放任主義の熱狂的な支持者たちは、市場の崩壊を引き起こすシステムを提唱している。
の2つの皮肉に要約できる、と述べています。
 そして、「市場システムは民主主義のようなものである。これまでそのときどきに試みられてきたすべてのものを除けば、市場システムは経済の最悪の形態である。市場システムが成功するのは、まさにフォースターの民主主義に対する見方のように、それが多様性を認め、批判を許容するからである」と述べています。
 本書は、イデオロギーによってその見え方が変わりやすい「市場」が持つ機能を正しく理解するための一助となる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「市場」という言葉には、すぐ「原理主義」という言葉がくっつきやすく、全面的に肯定する人か全否定する人かに分かれがちですが、市場が持ちうる機能とその限界とをきちんと見極めて用いようとする本書の態度こそが、本書から最も学べるものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「市場」の持つ機能とその限界を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 ラグラム ラジャン, ルイジ ジンガレス (著), 堀内 昭義, 有岡 律子, アブレウ 聖子, 関村 正悟 (翻訳) 『セイヴィング キャピタリズム』 2007年07月12日
 ジョン・ケイ (著), 佐和 隆光 (翻訳), 佐々木 勉 『市場の真実―「見えざる手」の謎を解く』 2007年10月16日
 ジョン マクミラン (著), 伊藤 秀史, 林田 修 (翻訳) 『経営戦略のゲーム理論―交渉・契約・入札の戦略分析』
 アビナッシュ・K. ディキシット (著), 北村 行伸 (翻訳) 『経済政策の政治経済学―取引費用政治学アプローチ』 2005年02月06日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 伊藤 秀史 『契約の経済理論』


■ 百夜百マンガ

パーマン【パーマン 】

 ドラえもん世代としては、一世代前の作品なのですが、ドラえもんに成長した星野スミレが登場していたりしていて馴染み深い作品です。正体がばれると「クルクルパー」になる、というシリアスな設定には短編シリーズに通じる乾いた怖さがありました。

2007年10月16日 (火)

市場の真実―「見えざる手」の謎を解く

■ 書籍情報

市場の真実―「見えざる手」の謎を解く   【市場の真実―「見えざる手」の謎を解く】(#999)

  ジョン・ケイ (著), 佐和 隆光 (翻訳), 佐々木 勉
  価格: ¥2940 (税込)
  中央経済社(2007/02)

 本書は、「一つの支配的な経済モデルというもの」は存在せず、「反映している国はどこも市場経済に基づいているが、その市場は社会、政治そして経済のコンテクストにしっかりと根付くことによって機能している」ことを論じているものです。
 第1章「市場と制度」では、「我々の経済生活をとり仕切るルール、法律、慣習」が、「数千年をかけて、異なったところで異なった方法により進化してきた」ものであると述べています。
 第2章「生産と交換」では、「取引によるゲインは専門家によって、また個人、組織、場所そして国が持つ異なった能力の活用によって実現される」と述べ、同じ原則が、個人と企業、地域と国のあいだの分業にも当てはまるとした上で、例外として、「人々そして地域や地方は、経済的機能から独立して存在し、権利や価値をもっている」ことを挙げています。
 第3章「配分」では、「経済システムにおいてどのように財が配分されるか」を、
(1)政治的で階層的で個人的な関与があり、主張のメカニズムは投票である。
(2)市場本位で文献的で匿名的であり、主張のメカニズムは撤退である。
の2つのタイプのメカニズムが明確にしていましていると述べています。
 そして、「経済システムの選択はアプリオリな根拠に基づきはしない」にもかかわらず、「中央の計画者と社会民主主義者は、政治的なメカニズムのみがバランスの取れた解決と論理的な結果とを提供できると考え」、「アメリカン・ビジネス・モデルの支持者は、市場の結果は、それが市場の結果であるということだけから、公平で効率的であると思い込んでいる」と指摘しています。
 第4章「中央の計画」では、フルシチョフによるトウモロコシ増産と毛沢東による「大躍進」の決定の例を挙げ、「意思決定のプロセスの集中化と私物化が想像を超える規模の惨禍をもたらした」と述べ、「結果を報告すべきものは悪いニュースに耳を貸さず、また伝えようともしなかった。彼らは自らの地位を守り上司からの信任を得ることに忙しかった。権力を握る指導者たちは、失敗の責任を問われたものの、それは時間が経ってからのことであった」と述べています。
 そして、集権化された経済的な意思決定が、「シングル・ボイスによって決まるという特徴を持つ」と指摘しています。
 第5章「多元主義」では、「世界が複雑で将来が不確実である以上、小刻みに実験され、しばしば見直され、また成功をフォローアップし、失敗しても非難されないという構造の中で、組織や経済システムは意思決定を進めていくのがベストである。そしてそれこそが教訓を踏まえた多元主義のシステムである」と述べ、ジャック・ウェルチが、「世界最大のビジネス組織における経営者の仕事とは、主として適切な人材を適所には位置し、彼らの仕事を信頼することだと理解していた」ために、「彼の時代の最も偉大な経営者と言う評価」を得たと述べています。
 第6章「自然発生的な秩序」では、「初期条件がその後の行動に影響を与えるシステムは経路依存的(path-dependent)と呼ばれる」と述べ、ハリウッドが映画産業のメッカとなっていること、キーボードの配列が人間工学的には非効率なQWERTYになっていること、等の例を挙げ、「技術と制度の共同進化―豊かな国の社会的なそして経済的なインフラの発展―は経路依存的なプロセスをとっている」と述べています。
 第7章「新古典派経済学とその後」では、シカゴ学派の哲学を、「極大化行動、市場の均衡、安定した選好を組み合わせた仮定を容赦なくまたひるむことなく使用することが、経済学アプローチの核心である」と要約したゲイリー・ベッカーの言葉を紹介し、シカゴ経済学の核心は「合理性への執着である」と述べています。
 そして、ゲーム理論と取引費用の経済学によって、「経済学者はアロー・ドブリューのフレームワークが排除していた問題を取り上げる」ようになり、それに続く世代は、「リスクと情報の問題」に関心を払うようになり、彼らが、「情報が不完全ならば、調整はどのように実現されるのか」、「なぜリスク市場はアロー・ドブリューのモデルが示すように機能しないのか」という疑問に取り組んだことを挙げ、2001年にスティグリッツが市場と不完全情報の研究でノーベル賞を受賞したことが、「アロー・ドブリューの単純化した理論的枠組みから、またシカゴ学派の単純な政策規範から、現在の経済学がどれだけかけ離れているかを正式に認めさせるものとなった」と述べています。
 著者は、アロー・ドブリュ-・モデルの目的は、「競争市場の性質をより明確に理解するフレームワークであって、複雑な現代経済の描写ではない」と述べています。
 第8章「合理性と適応性」では、オリバー・ウィリアムソンが、「『制約付き限定合理性』(bounded rationality)の制約下での最適化」と呼んだ問題に関して、「取引費用の経済学が底抜けに楽天的な世界観へと退化することもしばしばある。既存の制度は何らかの制約付き最適化問題に対する解決策に違いないと言う考え方である」と指摘しています。
 第9章「情報」では、「買い手と売り手の間に生じる情報の非対称性(information asymmetry)」の問題について、「これは現代経済のほとんどあらゆる取引に当てはまる」と述べたうえで、「市場経済は不完全な情報の問題を取り扱うためのメカニズムを発展させてきた点で柔軟性を持つ。成功にできているとさえ言える」と述べ、「市場の真実ははるかに複雑なのである」と指摘しています。
 第10章「現実のリスク」では、「現代の経済生活に本来備わる不確実性を管理するという、効率的なリスク市場の概念は魅力的である。そうした市場の理論は知的挑戦として説明され、耳にするものをここと良くする」と述べた上で、我々にとって実際に重要なリスクである、仕事や人間関係、健康に関するリスクは、市場ではなく、「友人、社会的制度、政府の援助に頼っている」と指摘しています。
 第11章「協力」では、現代経済には、「多くの公共財と半公共財(semi-public goods)が存在」し、「それらのすべてについて、取引の社会的コンテクストが重要となっている」と述べたうえで、同時に「個人主義的な行動を抑制させるメカニズムも必要としている」と述べています。
 第12章「調整」では、「3つの異なる調整問題―互換性、ネットワーク、公害から生じる問題―」を取り上げ、それぞれが外部性に関わっているとして、「外部性が存在する場合、完全に競争的な均衡など存在せず、また厚生経済学の基本定理も成立しない」と述べています。
 著者は、「市場経済は自然発生的な秩序と社会制度の組み合わせにより調整の問題を解決する。その解決策が実現されるのか、あるいは実現された解決策が効率的かどうかを保証するものは何もない。しかし両方が進化することによって、いつもその答を出してきた」と述べています。
 第13章「知識経済」では、「市場は整然としたあるいは効率的な方法で知識を生み出すという問題を解決していないものの、市場経済を一部としている社会制度がこの問題を解決してきたのである」と述べ、「並外れた、そして止まることのないイノベーションは、今日の豊かな国における教訓を踏まえた多元主義とともに歩んできたのである」と述べています。
 第14章「貧しい国は貧しいままに」では、「植民地をもっていた国々の植民地政策は機能する市場経済をベースにしていた」にもかかわらず、「植民地として占領した国々ではそれが機能しなかった」ことを指摘し、「おそらく占領は経済発展の醸成に失敗し、むしろそれを妨害したのであろう」と述べています。
 第15章「誰が何を得るのか」では、「所得分配に関する生産性の理論と交渉力の理論は、経済的レントの理論に統合されている」と述べた上で、「我々の収入を決める最も重要な要因は我々が属するチームである。多くのチームやそれに準ずるものが世界の所得の分配に関与している」と述べています。
 第16章「場所」では、スイスに暮らす教師の「ハイジ」の生活水準が、「3つの相互に関連する要素」に関わっているとして、
(1)国内的にも国際的にも非常に広範で十分に調整された分業から利益を得ている。
(2)社会、政治、経済の制度の複雑な組み合わせに配置され、それら組合せが豊かな国における情報、リスクの共有、調整、そして協力という問題を解決している。
(3)直接的また間接的にスイスの制度と企業から数多くの経済的レントを受けている。
の3点を挙げています。
 第17章「アメリカン・ビジネス・モデル」では、「21世紀の幕開けに際して、アメリカン・ビジネス・モデル(ABM)は、政治経済学において社会主義が長い間享受してきた役割を引き継いでいる」として、「資本と階級の代わりにグローバリゼーションと民営化が議論に欠かすことのできない用語となっている」と指摘しています。
 そして、アメリカン・ビジネス・モデルの主張として、
(1)利己心のルール(self-interest rules)
(2)市場原理主義(market fundamentalism)
(3)最小規模の政府(minimal state)
(4)低率課税(low taxation)
の4つの特徴を挙げています。
 著者は、「ABM流の人間行動の規定の仕方への主なる反論」として、「それが不道徳だからというのではなく、それが間違っているから」であると述べ、「経済的動機は複雑であり多面的で、また必ずしも一貫していない。人間行動の研究は経験主義的である。内省的でアプリオリな仮定にのみ基づかせることはできない。ましてや経験に対応しない内省的でアプリオリな過程に依拠してはならないのである」と指摘しています。
 さらに、アメリカン・ビジネス・モデルが、「人間の動機と言う問題への安直なアプローチ、所有権構造に関する単純化した分析、不完全な情報に直面した際に効率性を維持する能力を持たないこと、リスク市場についての誤解を招きやすい解釈、協調や協力の問題に関する表面的な扱い、その真の成功が依拠する新たな知識の誕生についての不十分な説明、これらのために不完全なのである」と指摘しています。
 第18章「経済学の将来」では、本書が扱っている題材が、「マクロ経済学――集計量、GDP、インフレーション、経済成長の研究――よりもミクロ経済学――個々の家計、企業、市場の研究――に偏っている」ことが、「経済学の研究の全体的なバランスを反映しており、また最近になって新しい知識が得られた分野をも反映している」と述べています。
 また、「我々は経済世界で起きている複雑な出来事を目にするが、どんな経済理論が肯定されあるいは否定されているのかを、性格に評価するのは難しい」と述べ、このことを哲学者たちが、「デュエム・クワイン・テーゼ(Duhem-Quine problem)あるいは不十分決定性(underdermination)」と呼んでいると述べています。
 さらに、アカロフの中古車市場モデル、囚人のジレンマのモデルを挙げ、「こうしたモデルの力は、現実をそのまま映し出しているところにではなく、それを鮮明にしているところにある」のに対し、アロー・ドブリューの一般均衡モデルについては、「我々はそのモデルが正しい(correct)かどうか―これらのノーベル賞受賞者が数学を正しく用いたかどうか―を問うことができる」という点で異なっていると述べています。
 著者は、「経済モデルの検証はその真偽ではなく、有用性が問題となる」と述べ、「経済学における優れたモデルは、難解な経験主義の世界の特徴が合致するピーター・ジェイ(Peter Jay)がOIC(oh, I see, わかったぞ)と表現するのに似ている」と述べています。
 本書は、市場の姿を正しく理解したい人にとって、案内板となりうる一冊です。


■ 個人的な視点から

 基本的には市場に信頼を置きながらも、市場を過剰に重視する「アメリカン・ビジネス・モデル」に対して批判的なスタンスは、受け容れられやすいのではないかと思います。
 ただし、『セイヴィング・キャピタリズム』や『市場を創る』と比べると、骨の太さが足りないというか、表面的な感じは否めません。


■ どんな人にオススメ?

・「市場」はなんだか恐ろしいものだと警戒している人。


■ 関連しそうな本

 ラグラム ラジャン, ルイジ ジンガレス (著), 堀内 昭義, 有岡 律子, アブレウ 聖子, 関村 正悟 (翻訳) 『セイヴィング キャピタリズム』 2007年07月12日
 ジョン・マクミラン (著), 瀧澤 弘和, 木村 友二 (翻訳) 『市場を創る―バザールからネット取引まで』
 アビナッシュ・K. ディキシット (著), 北村 行伸 (翻訳) 『経済政策の政治経済学―取引費用政治学アプローチ』 2005年02月06日
 ジョージ・A. アカロフ (著), 幸村 千佳良, 井上 桃子 (翻訳) 『ある理論経済学者のお話の本』 2005年06月03日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年01月24日


■ 百夜百マンガ

実在ニョーボよしえサン日記【実在ニョーボよしえサン日記 】

 マンガの中のこととはいえ、産休・育休を消化した後で退職したときに生まれた長男が、もう中学生かと思うと、なんだか親戚の子供の成長を見ている気分です。ちょっと気を抜くと成人してしまうと思うと時の流れの速さを感じます。

2007年10月15日 (月)

仕事の社会科学―労働研究のフロンティア

■ 書籍情報

仕事の社会科学―労働研究のフロンティア   【仕事の社会科学―労働研究のフロンティア】(#998)

  石田 光男
  価格: ¥3675 (税込)
  ミネルヴァ書房(2003/07)

 本書は、労働制度研究者である著者が、ある労働経済学者から、「労働経済学は労働の制度的研究からこれまで多くの着想を教えられてきたけれど、近年、そういう制度研究がないですね、そういう制度研究をしてください」とハッパをかけられたことに対する回答です。
 第1章「労働研究の方法的伝統」では、1970年以降の労働研究が、「経済的『富裕』の『種明かし』の研究にならざるを得」ず、「かつて近代化への遅れの幅として解釈された雇用に関するルール」が、「ジャパンを『種明かし』するルールとしてまったく新しい解釈を施すことを必要」とし、「この最も大胆な革新的解釈者の栄誉」が小池和男のものであると述べ、小池が、「年功的熟練は(産業の高度化が必然化する)内部化した労働市場に最も適合的で合理的な熟練のあり方であり、そうした職場でのOJTを通じてのみよく培われる年功的な熟練は生産現場で思いのほかよく発生する変化と異常への対応力と言い替えてよく、その対応力こそが生産性を決する」と主張したことを紹介しています。
 そして、1975年度の労資関係研究会議における小池と熊沢誠の論争を取り上げ、小池が日本の労資関係の特質を、
(1)日本の労働者の方がキャリアがやや広い。
(2)日本の方が人の配置が柔構造をなしている。
(3)日本の本工労働者のキャリアの上限がアメリカよりわずかに高い。
(4)キャリアの下限は日本の方がやや「狭い」。
(5)雇用の保証はアメリカのほうが高いといえる。
(6)総じてキャリアに関して日本には「経営の恣意を許さないようなマギレのないルールが見られない」が「アメリカでは、労働組合がほとんどすみからすみまで介入し、交渉し、マギレのないルールを確立している」。
の6点にまとめたのに対し、熊沢が、6つの「『特質』の基軸を(2)『配置の柔構造』に求めたいと思う」、「私たちの国ではまさしく『変化適応的』に、労働者の作業範囲と作業量、職場の定員、配置、昇進、レイオフの人選などがフレキシブルなのだ。」「配置のルール、昇進のルートが柔構造であることは、日本的能力評価を媒介として、労働者を従業員としての成功者と不成功者に分けるほとんど生涯的な競争に巻き込んでいる」。「柔構造が労働者間競争によってこなされているとすれば、それは一方では組合規制の後退を、他方では経営権の貫徹を、分かちがたく同時に意味するのである」、と述べていることを紹介しています。
 著者は、小池和男と熊沢誠のいずれもが、「その道筋はそれぞれに個性的であった」が、「経営管理」という「同じ一つの欠落を私たちに残している」と述べています。
 第2章「仕事の社会科学」では、バブル崩壊後の日本の人事管理に対する半生と改革の議論の特徴として、
(1)雇用システムについてその企業間流動性が高まる、もしくは高めるべきだという主張が労使でおおむね共通していること。
(2)処遇システムについてはより成果や業績を重視した仕組みに変えるべきだという点では労使の相違を見つけることはほぼ困難なほどに一致していること。
の2点を挙げ、「改革の方途について労使の思惑が基本的に一致している」という今時の改革論議の特徴を、「過去4半世紀ほどの日本の労使関係の過熱あるいは風化の事実をわれわれに確認させるものである」と述べています。
 第3章「工場労働の生産性管理」では、「リーン生産方式」をめぐって、
(1)労働内容の理解:リーン生産方式のもとでの労働はwork smarterなのかwork harderなのか。
(2)労働者の合意調達の仕組み
の2つの点が研究者の間で議論になったことが紹介されています。
 第4章「ホワイトカラー労働の生産性管理」では、ホワイトカラー労働の生産性への「接近方法を極力明快に示すことが枢要」であると述べ、その理由を、「ホワイトカラー労働の生産性は個別企業の従業員がますます拾い意味でのホワイトカラー労働の範疇に属する実態の中では、それは企業の競争力を直接に左右するのであって、それだけに企業活動の実践の中で様々な試行がなされておりそれらの実践行為は多かれ少なかれホワイトカラー労働の生産性に無縁ではないはずであり、したがって、この課題への接近は一見して極めて広範囲な切り口が用意されているからである」と述べています。
 また、ホワイトカラーのリストラの研究に当たり、「工場部門で実践されている仕事の管理の厳格さに類する管理が、管理間接部門や製造業以外の諸企業でも実践されていたならば場当たり的な雇用調整を必要としないのではないか」という「素朴な疑問」を呈し、「日本の経営の見直し論が急速に台頭しているが、変えるべき点と継承すべき点の峻別が必要で、変えるべき点の焦点は仕事の管理の側にあり、人事諸制度における一本調子の年功主義→能力主義→成果主義への変更は大いに慎重であるべき」だと述べています。
 第5章「報酬改革」では、戦後日本の人事制度を、
・第1期(1950~60年代前半):日本社会の近代化への希求が人事の面でも色濃く現れた時期であり、「職務給化」が象徴的な改革の標語とされたが多くは失敗に終わった。
・第2期(1965~1980年代):「能力主義」という兵庫の発見により、日本の労働の性格に内在的に労働の活力を引き出そうとすれば[人]の序列化のルールを組みかえる以外にないということを直視することができた結果である。
・第3期(1990年代~現在):年功制の可能な限りの圧縮と能力主義の再定義。
の3期に分けて論じています。
 また、「いかなる人事・賃金制度であっても備えていなくてはならない基本的構成要素」として、
(1)序列=秩序の設定
(2)出来映え(パフォーマンス)の評価方法の設定
(3)賃金の設計
(4)仕事と人のマッチング方式の設計
の4点を挙げ、能力主義人事と成果主義人事とを対比しています。
 第6章「労働組合」では、「通常の外国人の日本の観察の水準をはるかに越えて、日本企業を深く洞察した一フランス人」の言葉として、「日本企業の基盤にはインセンティヴ装置は整っているが、明示的な契約関係は希薄である。したがって、日本企業はまったく民主的ではない。」という言葉を紹介し、こうした非難に対して、「実はこうしていますと言えるささやかな実践の試みが貴重」であり、「その一つ一つが歴史の前人未到の知への教訓多き歩みに違いない」と述べています。
 本書は、経済学や経営学に偏りがちな労働研究にバランスを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 今では経済学や経営学の世界では仕事の分析は一般的であるため、そういった見方を出発点にしてしまいがちになります。何しろ、一昔前は、「労働」という言葉がついた時点で、マルクス経済学の人たちの声が大きかったため、そういった始点から離れた労働経済学の切り口は相当新鮮に見えたのではないかと想像します。


■ どんな人にオススメ?

・「仕事」の姿を多面的に捉えたい人。


■ 関連しそうな本

 小池 和男 『日本の雇用システム―その普遍性と強み』 2005年04月06日
 熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 2006年07月25日
 チャールズ オライリー , ジェフリー フェファー (著), 広田 里子, 有賀 裕子 (翻訳), 長谷川 喜一郎 『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密』 2005年02月03日
 八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年03月23日
 エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年04月05日
 小池 和男 『日本企業の人材形成―不確実性に対処するためのノウハウ』 2006年01月03日


■ 百夜百マンガ

小類人(ちゃいるど)【小類人(ちゃいるど) 】

 ジョジョ的な必殺技の部分はさておき、人間の子供にそっくりな"長命族"が人間社会に紛れ込む、という設定は色々応用が利きそうです。

2007年10月14日 (日)

世間遺産放浪記

■ 書籍情報

世間遺産放浪記   【世間遺産放浪記】(#997)

  藤田 洋三
  価格: ¥2415 (税込)
  石風社(2007/04)

 本書は、「長く人の生業やくらしとともにあった、『用の結果の美』としての建築や道具。または庶民の饒舌、世間アートとでも呼びたくなるような不思議な造形の数々」である、「世間遺産」を収めた写真集です。
 「牡蠣灰窯」(香川県さぬき市津田町)では、ダースベーダーのヘルメットのような構造物を紹介しています。これは、「はるばる広島から牡蠣殻を運び、近くの松林から生まれる松葉を燃料にして、漆喰用の石灰を焼成した」ものであることが紹介されています。
 「空中の伺納屋」(広島県庄原市)では、高床部分に農具と藁を収納し、軒下では牛馬を飼ったという高床式の「伺納屋」を紹介しています。
 「湯の花小屋」(大分県別府市)では、皮のなめしや茄子漬に始まり、日本画・書道・染色・陶芸にも使用された明礬の原料となる湯の花を現在も産み続ける小屋を紹介しています。
 「かわら垣」(兵庫県淡路市)では、廃瓦を利用して積み上げた「かわら垣」を紹介し、このかわら垣が震災を逃れて生き延びたのに対し、「コンクリートで固められた、堅強なはずの阪神高速道路が崩壊した光景を思い出す」と述べています。
 「眼鏡橋」(大分県大分市野津原町)では、「『ドカベン』が『土方の弁当』だったということを知らない世代が増えている」ことを嘆くとともに、「土方のオジサン達も老眼鏡が必要な年代となっている」と語っています。
 「三和土」(福岡県みやま市瀬高町)では、「土を固めて作る土間」を、「叩き」、「敲き」とも書くが「三和土」とも書くことを紹介し、土間用の土は、風化した可溶性珪酸に富む土が良いとされる「叩き土」と、塩に含まれるニガリと石灰を塗して木片で叩いたものであると解説しています。
 「雷おこしの家」(福岡県北九州市八幡東区)では、大正3年着工、昭和2年完成の「東洋一のダム」と称された河内貯水池の管理事務所を紹介し、「ひび割れた泥壁。雑草が芽吹く石垣。それは近代の文明が作り出し、自然が磨きをかけた美しく崩れる建築たち」と語っています。
 「擬洋風煉瓦と黒磨きの土蔵」(岩手県一関市花泉町)では、明治38年に建てられた現役の道具蔵を紹介し、「どこかの開港場で西洋煉瓦を見た気仙左官が、これまたどこかの瓦窯で焼かせた特注品ではあるまいか」と想像を働かせています。
 「アーチのある温泉」(大分県別府市)では、著者が、温泉建築独自の秘技をおって、タイル職人を追いかけたが、「墓場に行って聞け」、「生きていれば何歳」という返事が返ってくるばかりであったと語っています。
 「四階楼」(山口県熊毛郡上関町)では、「上関のピサの斜塔」と称された四階楼について、勤皇の志士・小方兼九朗が明治12年に自邸として建築したものであることを解説し、その擬洋風建築を「鎖国が解け関所や通行手形が廃止された明治時代に、大工と左官の手が見よう見まねで生み出した、和風と洋風が婚姻を結んだような建物」であると語っています。
 「稲わら干し」(国内各地)では、脱穀後に積み上げてさまざまな用途のために保存される藁について、「藁塚・藁にお・藁ぐろ・藁小積み」などといわれるほか、地域によっては、「トシャク」、「ボッチ」、「ススキ」などと全く違う呼び名で呼ばれるほか、
・「ヨズクハデ」島根県温泉津町
・「ボウガケ」青森県
・「ワラトツ」鹿児島県
などの写真を紹介しています。
 本書は、日本各地の「世間」に埋もれている過去の日本の姿、そして左官を中心とする職人の技を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 世間には色々な「遺産」が残っているわけですが、子供の頃に見た風景を残そうとするのも結構大仕事な気がしてきました。牛小屋と馬糞の匂いというのはもはや当たり前の風景ではないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・今見ている風景のうち、50年後は何が残るのか、と考えてしまう人。


■ 関連しそうな本

 小林 澄夫, 奥井 五十吉, 藤田 洋三 『泥小屋探訪―奈良・山の辺の道』
 藤田 洋三 『藁塚放浪記』
 藤田 洋三 『鏝絵放浪記』
  『宮本常一―「忘れられた日本人」を訪ねて』
 高野 慎三 『つげ義春を旅する』 2007年10月07日
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日


■ 百夜百音

CD&DVD THE BEST SCANCH 軌跡の詩【CD&DVD THE BEST SCANCH 軌跡の詩】 SCANCH オリジナル盤発売: 2005

 マッキーの従兄弟としても知られているローリーですが、こういう人は、若い頃よりも年喰った後のほうが味が出てしまうのが恐ろしいです。

『SCANCH'N ROLL SHOW』SCANCH'N ROLL SHOW

2007年10月13日 (土)

アトピービジネス

■ 書籍情報

アトピービジネス   【アトピービジネス】(#996)

  竹原 和彦
  価格: ¥693 (税込)
  文藝春秋(2000/06)

 本書は、「ごくはりふれた慢性疾患の一種にすぎない皮膚炎」が、「民間療法に名を借りたビジネスと一部マスコミの誤った報道」によって、「いつの間にか世間では『難病』のように認識されている」現象を論じているものです。
 「序にかえて つくられた難病」では、アトピー性皮膚炎が難病とされてしまった理由として、「なにより、雨後の竹の子のように誕生する民間療法に名を借りた『アトピービジネス』にとって、アトピー性皮膚炎=難病という前提が企業戦略上不可欠だったから」ということが問題の本質であると指摘し、「患者がアトピー性皮膚炎は難病と思い込むことによって、アトピービジネスは成立する」と述べています。
 第1章「アトピー性皮膚炎とは何か」では、著者が患者に、「アトピー性皮膚炎の人は生まれつき皮膚のバリヤーに異常があって、皮膚が刺激を受けやすく、非常にデリケートな状態になっています。そこに色々な刺激が加わると簡単に湿疹が起こり、自然には治りにくいのです。その刺激にはアレルギー的なものも含まれていますが、アレルギーではないさまざまな刺激でも湿疹は起こるのです。この病気を治療するには、アレルギーだけが原因だという考え方では病気の本質を見失ってしまう可能性があります」と説明していると述べています。
 第2章「ステロイド悪魔化」では、1990年代初頭に、アトピー性皮膚炎を取り上げる報道が爆発的に増加する中で、増加している成人型アトピー性皮膚炎患者が、「患者自身が十分に炎症がコントロールされない状態に対して諦めの気持を持つようになり、ステロイド治療による副作用への不安とあいまって、ますます治療意欲が低下している点」が特徴であると述べ、そうした患者の多くが、「魔法のように短期間に完治させてくれる『青い鳥』を捜し求めて」アトピービジネスに走っていることを指摘しています。そして、そうした報道の極めつけとして、1992年7月に「ニュースステーション」で一週間放送したステロイド叩きの特集の最後に、キャスターの久米宏氏が「これでステロイド外溶剤は最後の最後、ギリギリになるまで使ってはいけない薬だということがよくお分かりになったと思います」と発現したことを取り上げています。
 そして、この時代に、週刊誌を中心に「奇跡の○○療法」「アトピーがみるみる治る××治療」といった報道が繰り返されたことを紹介し、今日のアトピービジネス大手が、1980年代後半に創設され、1990年代前半にメディアを活用して規模を拡大した企業が多く、「メディアがアトピービジネスの格好の宣伝機関となっていた」ことを指摘しています。
 さらに、1990年代半ばに入ると、ステロイド薬害論が、「ステロイド外用薬を使用したためにアトピー性皮膚炎そのものが難治化、重症化する」という方向に変化したことを挙げ、1999年6月7日の読売新聞では、「ステロイドに95%が抵抗感――"副作用感じた""一時しのぎ"患者団体が全国アンケート」という反ステロイド団体による調査結果を紹介する記事を掲載したことについて、「いわば『赤旗』の購読者に支持政党のアンケートをとったら、日本共産党が一位であったことをニュースとして報道したようなもの」であると指摘しています。
 著者は、「ステロイド外用薬を使用したためにアトピー性皮膚炎の炎症そのものが悪化するなどという理論がまかり通るのはわが国特有の現象である」と指摘し、「アトピー性皮膚炎における『悪魔の薬・ステロイド』のストーリーは、アトピービジネスによって作られたもの、と断じて差支えない」と述べています。
 第3章「アトピービジネス全批判」では、アトピービジネスを、「アトピー性皮膚炎患者を対象とし、医療保険診療外の行為によってアトピー性皮膚炎の治療に関与し、営利を追及する経済活動」と定義しています。
 そして、アトピー性皮膚炎がビジネスの格好のターゲットとなった理由として、
(1)今もって病因が明確にされていないこと。
(2)厳密な意味でスタンダードな治療法が確立していないこと。
(3)患者数が多いということ。
(4)マスコミの"支援"。
(5)直接命に関わる疾患ではなく、トラブル発生時のビジネスリスクが低いこと。さらに、自然治癒傾向が高く、症状の消長があること。
(6)皮膚科医によって提唱された脱ステロイド療法がアトピービジネスに格好の口実を与えていること。
の5点を挙げています。
 また、アトピービジネスを、医療機関との関係において、
(1)既存の医療との共存を基本戦略とするアトピービジネス
(2)既存の医療を100%否定することを基本戦略とするアトピービジネス
(3)医療機関における非保険診療として実践されている治療そのものがアトピービジネス
(4)医療機関を経営するアトピービジネス
(5)皮膚科あるいは他科の医師が実践してマスコミに登場してブームになったが、その背景にアトピービジネス企業の関与が大きいもの
の5つに分類し、ジャンル別には、
・健康食品
・化粧品および石鹸など
・温泉療法
・入浴剤
・水治療
・防ダニグッズ
・エステ
・医療機関による特殊療法
などを挙げています。
 これらアトピービジネスが書店や全国紙の広告欄で跳梁跋扈できる理由については、正式な認可なく「アトピーに効く○○」という形で効果を謳うことは、薬事法違反に問われるが、「アトピー性皮膚炎が治る驚異の○○療法! ××博士の新理論」といったタイトルの本を広告することは法律に触れず、「効くということを本の中で主張したり、利いたという人の体験談を紹介したり、その本を広告することは合法」である現状を述べています。
 第4章「皮膚科医の『脱ステロイド療法』を検証する」では、「脱ステロイド療法」というネーミングに誤解を招く部分がある、として、「ステロイドを使わないことそれ自体に治療効果があるような印象を与えている点が問題」であることを指摘するとともに、「脱ステロイド療法」と称する中に、「ステロイド内服例や筋注例が含まれていること自体、既に矛盾は明らかであろう」と指摘しています。
 第5章「アトピービジネス被害調査の報告」では、1998年から1年間実施したアトピービジネスの被害調査の結果として、「1年間の全調査期間において入院または入院が必要と判断された349例中、教育入院30例をのぞく319例において140例、なんと44%が不適切治療による悪化例と判断された」こと、さらに悪化例のうち29%を占める40例においては、「休学、退学、離職、休職など、社会生活からのドロップアウトを余儀なくされていること」が明らかになったとしています。
 本書は、アトピービジネスに限らず、霊感商法など、怪しげな詐欺商法全般に通じるエッセンスを読み取ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第3章「アトピービジネス全批判」には、アトピービジネスの代表例を伏字で紹介しているのですが、図書館で借りてきた本にわざわざ伏字を解説したメモが挿んでありました。
・O社の温泉療法
・C化粧品
・SOD治療のN医師
・Fクリニックのソフトレーザー治療
・B水
・T豆
・アトピービジネス・タレントM・K
などの答が書かれてあり、その真偽は分かりませんが、ネットで調べればすぐに分かりそうです。


■ どんな人にオススメ?

・自分はアトピーには関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
 マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究』
 マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか』
 伊勢田 哲治 『疑似科学と科学の哲学』 2006年02月12日
  『』


■ 百夜百音

演歌名曲コレクション(2)~きよしのズンドコ節~【演歌名曲コレクション(2)~きよしのズンドコ節~】 氷川きよし オリジナル盤発売: 2002
 ピストン西沢がGROOVE LINEの中でミックスに使ってました。日本の演歌もダンスミックスに使いやすいかも、と思ってしまいます。

『大井追っかけ音次郎~青春編~』大井追っかけ音次郎~青春編~

2007年10月12日 (金)

情報操作のトリック―その歴史と方法

■ 書籍情報

情報操作のトリック―その歴史と方法   【情報操作のトリック―その歴史と方法】(#995)

  川上 和久
  価格: ¥756 (税込)
  講談社(1994/05)

 本書は、「現代社会における多種多様な情報操作を整理し、そのメカニズムを多少でも解明することを目的」としたものです。
 第1章「情報を操作する、情報で操作する」では、情報操作を、「情報の送り手の側から見れば、個人、もしくは集合的な主体が、何らかの意図をもって、直接、もしくはメディアを介して、対象に対して、意図した方向への態度・行動の変化を促すべく構成されたコミュニケーション行動とその結果の総体である。また、情報の受け手の側から見れば、意図的・非意図的によらず、受け手の態度・行動に影響を及ぼすコミュニケーション行動、およびその結果の総体である」と定義しています。
 また、態度研究の大家であるマクガイアによる、態度変容の抵抗力形成要因の4つの次元として、
(1)行動への関与
(2)態度間の関連
(3)受け手の中に、変化の働きかけそのものを拒絶するような姿勢を植えつけること
(4)事前に予想される説得メッセージに対して、あらかじめ対応を施しておくこと
の4点を紹介しています。
 第2章「情報操作の歴史」では、「権力が、その持っている力を背景にして情報操作をするやり方」として、
(1)ミランダ:権力を「賞嘆せられるべきものとして」飾り、人々を情緒的・感情的な状態が優先する状態におき、権力に服従させるための操作
(2)クレデンダ:権力を正当化するための理由付けの機能を果たす信条
の2種類があると述べ、ミランダによる支配強化としては、世界の歴史において、「支配の正当化のためにそれが宗教と結びつく例」が多く見られることを挙げ、クレデンダによる支配強化としては、「権力による統治を合法的に具現化するもの」として、戦前の日本において、「大日本帝国憲法のもとで、『現人神』である天皇制の神話と伝承が修身、国史、国語等の教科の中で繰り返し強調され、支配の正統性が教育システムの中に組み込まれていた」ことを挙げています。著者は、「権力による統治そのものが、巨大な情報操作の仕掛けをともなっている」と述べています。
 また、マス・メディア発達以前の情報操作として、「敵国に対する敵愾心を煽る情報操作」や「敵側の戦意を喪失させる」情報操作が行われてきたことを紹介した上で、マス・メディアの発達後、ナチス・ドイツが、「感情に訴え、偏見・差別を助長させるような情報を巧みに用いて、民衆の反ユダヤ主義、反共産主義を煽っていった」ことを解説しています。そして、日本においても、1942年6月のミッドウェー海戦の大敗北以後、大本営発表が意図的に操作されるようになったと述べています。さらに、アメリカが、宣伝分析研究所で効果的な情報操作の研究を行い、政治宣伝の「7つの原則」として、
(1)ネーム・コーリング:攻撃対象の人物・組織・制度などに、憎悪や恐怖の感情に訴えるレッテルを貼る。
(2)華麗なことばによる普遍化:権力の利益や目的を正当化する。
(3)転換:権威や威光により、権力の目的や方法を正当化する。
(4)証言利用:尊敬・権威を与えられている人物を用いる。
(5)平凡化:大衆と同じ立場にあることを示して安心や共感を引き出す。
(6)いかさま:都合のよい事柄を強調し、不都合な事柄を矮小化したり隠したりする。
(7)バンドワゴン:皆がやったり信じていることを強調し、大衆の同調性行に訴える。
の7点を見出していることを紹介しています。
 第3章「政治と情報操作」では、1993年の総選挙で、自民党が過半数をはるかに割り込んだ際に、テレビ朝日の椿貞良報道局長が、「非自民政権が誕生するように報道することを指示した」と発現し、大きな波紋を広げたことを解説しています。
 また、テレビの普及と政治については、1960年のアメリカ大統領選挙における、共和党ニクソン候補と民主党ケネディ候補のテレビ討論の例を取り上げ、視覚効果を重視したケネディ候補と生真面目に政策を訴えるニクソン候補とで、ラジオを聴いた有権者はニクソンが勝ったという印象を受け、テレビを見ていた有権者はケネディの圧勝という印象を受け、「このテレビ討論が、選挙の帰趨に大きな影響を与えた」といわれていることを紹介しています。
 さらに、ノイマンによる、マス・メディアが、「世論認知をある一定の方向に導きやすい3つの特徴」として、
(1)共鳴性
(2)蓄積性
(3)遍在性
の3点を挙げています。
 そして、選挙報道に関するアナウンスメント効果として、
(1)バンドワゴン効果:優勢であると報じられた候補に投票しようとする効果
(2)アンダードッグ効果:劣勢であると報じられた候補に対し、それならば救ってやろうという効果
の2種類があることを解説しています。
 1991年の湾岸戦争における情報操作の例としては、大量の原油流出によって油まみれになった水鳥の哀れな姿が、「イラクによる環境テロの典型」として報じられたが、「ここで問題とされているシー・アイランドから流出した油によるものではなく、カフジ製油所から流出した原油による汚染をイギリスの通信社が配信したものだということが判明した」ことを解説し、同じような情報操作が、テレビゲーム画面のようなピンポイント爆撃によって、人命不在の「ハイテク戦争」であるかのようなイメージを作り出してきたと述べています。
 第4章「日常生活に忍び寄る情報操作」では、1992年から93年にかけて頻発した「ヤラセ」事件を取り上げ、これらの事件が、「私たちに、情報操作の虚実を改めて突きつける格好となった」と述べています。そして、マス・コミュニケーション研究者の渡辺武達氏によるヤラセの定義として、「情報送出において、その主題と全体の編集、およびそれに関連する具体的小項目について社会的・科学的真実と異なる形で意図的に番組制作したり、番組を脚色・演出、ないしはレポートする、あるいは番組内で出演者にそのような表現をさせること、もしくは局外者からそのような番組制作および情報送出をさせられること」という定義を紹介した上で、テレビ番組におけるヤラセとして、
(1)世論を誘導する意図を持った番組の制作と放送
(2)全編の偏向
(3)編集上における意図的な事実の削除、あるいは添加
(4)番組内の個別事項の間違いや虚偽
(5)番組内容の誇張表現
(6)ないことをつくりあげる捏造
(7)事実の脚色と歪曲
(8)事実や真実からの逸脱
(9)速報性と映像だけが真実というテレビのメディア特性に起因するもの
の9点を紹介し、「ヤラセは、情報操作の主要な部分を含んでいる」と述べた上で、「ヤラセを可能たらしめる構造的問題」として、
・ハイテクを駆使して、事実を作り上げる技術が発達してきたこと。
・マス・メディアに携わる者の中に、根強い送り手・受け手観があること。
の2点を指摘しています。
 また、流言に関して、オルポートとポストマンが、流言の伝わりやすさを、「その主題の、受け手にとっての重要性(importance)と曖昧さ(ambiguity)の双方の結果」として定義していることを紹介した上で、流言と情報操作の例として、
(1)木下富雄が調査した、豊川信用金庫の取り付け騒ぎに関する流言の伝達経路の研究
(2)1978年から79年にかけて発生した「口裂け女」の流言
の2つの事例を紹介しています。
 第5章「経済情報の操作」では、広告の機能として、
(1)情報提供機能
(2)欲望創成機能
(3)説得機能
(4)文化創造の機能
(5)情報を多極化・多元化するというより広い文脈の中での広告の機能
の5点を挙げています。
 さらに、スコットによる広告が人々に注目されるための条件として、
(1)訴求力の強さは、相対する訴求物がないほど強い
(2)訴求力の強さは、呼び起こされる感覚の強さによって決まる
(3)注目度の高さは、その前後にくるものとの対比によって変わる
(4)訴求力・注目度を高めるには、できる限り分かりやすく
(5)注目度は、目に触れる回数や反復数に影響される
(6)注目度は、広告を見たときに起こされる感情の強さによる
の6点を挙げています。
 本書は、情報が氾濫する社会の中で、自分の立ち位置を見失わないための「情報リテラシー」を身につけたい人にはお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の川上氏が社会とメディアに精通しているかは、平成17年3月の千葉県知事選挙で、著者が選挙参謀としていかに有能な働きをしたかを調べていただければ分かるのではないかと思います。
 単に研究者としてだけではなく、実践の場にて活躍されている姿勢は、多くの研究者に刺激を与えるものではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・自分は自力で情報を理解していると思う人。


■ 関連しそうな本

 川上 和久 『イラク戦争と情報操作』
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日


■ 百夜百マンガ

パパはなんだかわからない【パパはなんだかわからない 】

 ヤンジャンの四コマ全盛期?を飾った人です。
 ヤンジャンで人気を得た奥さんは、毎日新聞の夕刊でついにお茶の間の顔になってしまっています。

2007年10月11日 (木)

基礎からわかる自治体の財政再建

■ 書籍情報

基礎からわかる自治体の財政再建   【基礎からわかる自治体の財政再建】(#994)

  出井 信夫
  価格: ¥2520 (税込)
  学陽書房(2007/06)

 本書は、「夕張ショック」と財政再建団体への転落を機に、「自治体の財政再建と行財政改革の進むべき方向」に関する解説書の刊行が「愁眉の課題」であるとの認識を受け、「自治体の財政分析と財政再建、さらに今後の行財政改革のあるべき方向」の観点を中心に、自治体の行財政運営のあり方とその方向を示唆しているものです。
 第1章「自治体の『財政破綻』と『財政再建団体』」では、夕張市の人口が、ピーク時に10万8千人だったものが、平成18年9月には1万3千人にまで減少していたこと等を紹介した上で、夕張市の財政破たんの要因として、
(1)市財政の許容範囲を超えた財政支出
(2)出納整理期間(4~5月末)を利用した一時借入金の不適切な処理
(3)年度間にまたがる会計間の貸付と償還を繰り返すなどの不適切な操作
等により、「実質的な財政赤字を隠す」財務処理手法によって、「常識では考えられない赤字額に拡大させた」と、道から指摘されていることを述べています。
 また、平成初の財政再建団体である福岡県旧赤池町については、
・土地開発公社が抱える塩漬け用地となった不良債務を町が肩代わりして引き取ったこと
・炭鉱会社から引き継いだ町立病院の経営も悪化して多額の不良債務を抱えたこと
等から、平成2年度末に町の財政赤字が31億円(病院分含む)に達し、「町独自による自主再建を断念せざるを得ない状況」に追い込まれたと述べています。
 そして、赤字団体(実質収支が赤字の自治体)が財政建て直しを行う方法として、
(1)準用再建:「地方財政再建促進特別措置法」に基づき、同法を準用して行うもの
(2)自主再建:再建法によらず自力で赤字を解消しようとするもの
の2点を挙げた上で、実務的には、「実質収支比率が都道府県では5%、市町村では20%異常になると、財政は破産状態となり、議会の議決を経た財政再建計画を策定して、総務(自治)大臣の承認を受けなければ地方債の発行が制限される」ことを解説しています。この「財政再建計画」の内容については、
(1)住民税等について標準税率を超えて課税するなどの歳入増計画
(2)職員の整理・給与水準の引き下げ・事業の切捨てを中心とした歳出削減計画
の2つの計画が主体になると述べられています。
 財政再建団体に指定された場合、「自治体の財政は完全に総務(自治)省と都道府県のコントロール下に置かれ、わずか千円の出費でも、『決裁を受ける』必要」があり、一方で、国からの財政支援措置としては、
・一時借入金などの政府資金の融資あっせん
・一時借入金の支払利子及び退職手当債についての特別交付税による利子補給の措置
・退職手当債の発行許可と地方債の制限解除
等があることを解説しています。
 財政再建団体の具体的な影響については、法律で自治体の負担が決まっている費用については削減することが困難であるため、「直接、法律には基づかない、各種団体への補助や投資的経費(公共事業)等」を中心に歳出削減が行われ、「特に、自治体が独自に実施しているような事業の廃止や各種団体へ交付する補助金などは、削減の対象となる」と述べています。
 さらに、「財政計画」や「実施計画」を策定していない市町村の多くが、「市町村合併に際して、無計画に安易に『合併特例債』などに依存する傾向が見受けられる」と指摘し、「絵に描いたように、財政再建団体への転落が危惧」されると指摘しています。
 第2章「自治体の財政分析と破綻回避の指標の見方」では、各自治体から公表された財政比較分析表のうち、重要な指標として、
(1)財政力指数:この財政力指数が高いほど、普通交付税算定上の留保財源が大きい
(2)経常収支比率:この比率が高いほど財政構造の硬直化が進んでいる
(3)起債制限比率:この起債制限比率が20%以上の団体については、一定の地方債(一般単独事業にかかる地方債)の起債が制限される
(4)人口1人当たり地方債現在高
(5)ラスパイレス指数:100を超える場合には、国家公務員の給料よりも比較する自治体の職員の給料の方が高い
(6)人口当たりの比較
などの指標について解説しています。
 また、具体例として、
・新潟県旧上越市
・新潟県旧柏崎市
・新潟県旧高柳町
・新潟県刈羽村
・新潟県
の財政比較分析を行っています。
 さらに、自治体における「バランスシート」について、平成12年3月に「地方公共団体の総合的な財政分析に関する調査研究会」の報告書がまとめられ、総務省から、平成17年6月には、「団体間で比較可能な財政情報の開示」に関する「通知」が、17年9月には、「地方公共団体の連結バランスシート(試案)について」の通知が出されていること、平成18年5月には「新地方公会計制度研究会」が発足したことなどについて解説しています。
 公債費に関しては、「公債費比率」「公債費負担比率」「起債制限比率」などの指標があるうち、「起債制限比率」について、「最も重要な指標」であるとして、「地方債元利償還金および公債費に準ずる債務負担行為に関わる支出の合計額から繰上げ償還された額を除き、さらにこれに充当された一般財源のうち、地方交付税が措置されたものを除いたものが標準規模及び臨時財政対策債発行可能額に対し、どの程度の割合となっているかをみるもの」であると解説しています。
 さらに、「実質公債費」を、「公債費」に「土地開発公社等の債務負担行為に基づく当該年度の支出予定額等」を加えたものと定義し、「実質公債費に充当された一般財源を標準財政規模で除した」ものであり、「隠れた債務を明確にして実質的な債務状況を明らかにして、実質的な財政運営の弾力性を判断する」、「極めて重要な指標」であると解説しています。
 また、市町村財政における「地方債」以外の「隠れた債務」の代表例として、
(1)土地開発公社や住宅供給公社などの「債務負担行為」にかかる比較的長期(3年以上)と比較的短期(1~3年程度)の債務
(2)特に、土地開発公社や住宅供給公社などの「塩漬け用地」と呼ばれる不良資産化した先行取得した公共公益用地の未利用地と、その土地購入にかかる代金の元利償還金などの債務。
(3)下水道事業特別会計など地方公益企業(法適用)における企業債のうち普通会計負担分ではない長期及び短期の債務。
(4)観光事業特別会計など地方公益企業(法非適用)における企業債のうち普通会計負担分ではない長期的債務及び短期的債務。
(5)自治体の出資法人である民法法人や商法法人などの中で、いわゆる、「第3セクター」と称される法人の「債務保証」「損失補償」などのうち、自治体負担である長期的債務及び短期的債務。
などを挙げています。
 第3章「自治体の財政破綻回避と再生に向けた国の動き」では、平成18年8月31日に設置された「新しい地方財政再生制度研究会」が、11回の議論を経て、平成18年12月8日に「新しい地方財政再製制度の整備について」と題する報告書を発表したことについて、その議論の概要と内容について解説しています。
 また、自治体の財政再建制度の仕組みについて、
(1)財政悪化を早期に是正するしくみ:起債制限比率等が悪化した団体に対する起債制限や公債費負担の適正化計画の策定、地方債協議制における早期是正措置
(2)財政再建の要件・内容:財政再建団体になるかどうかは赤字団体の意思によるが、赤字が一定水準以上の団体は起債の制限を受けること
の2点に要約しています。
 さらに、新しい地方財政再生制度として、「フロー・ストックの客観的指標が一定値に達する」段階になると、国等から必要な是正措置が講じられるように対応策が導入された点を特徴として挙げ、
(1)早期是正段階:フロー・ストックの客観的指標が一定値に達した場合・・・自主的な改善努力による財政健全化→不十分な場合には国・都道府県の関与
(2)再生段階:さらに悪化して一定値に達した場合・・・国・都道府県の関与による再生
という2段階が設けられたことを解説しています。
 第4章「自治体の行財政改革とその展開」では、枠予算制度などのさまざまな制度改革について解説しています。
 本書は、自治体の再建制度についてコンパクトに解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、実際にいくつかの市町村の財政指標を分析していて分かりやすいのですが、あくまでテキスト+時事ネタという感じで、新規性というか、インパクトに欠けるのは否めないです。
 それでも財政の勉強をするには役に立つ一冊だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・自分の住んでる地域の役所の財政状況を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 日本経済新聞社 『地方崩壊再生の道はあるか』 2007年10月09日
 保母 武彦 『夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために』 2007年08月08日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 肥沼 位昌 『図解 よくわかる自治体財政のしくみ』


■ 百夜百マンガ

闇のイージス【闇のイージス 】

 「イージス」と「ジーザス」は何となく語呂的に似ている気がするのですが、必ずしも長寿作品でなくても、同じ傾向の作品を安定して発表し続けることが実は大事なのかもしれません。

2007年10月10日 (水)

財源は自ら稼ぐ!―横浜市広告事業のチャレンジ

■ 書籍情報

財源は自ら稼ぐ!―横浜市広告事業のチャレンジ   【財源は自ら稼ぐ!―横浜市広告事業のチャレンジ】(#993)

  横浜市広告事業推進担当
  価格: ¥2000 (税込)
  ぎょうせい(2006/12)

 本書は、「営業(?)開始以来、『小さな成功事例の積み重ね』と『転んでも無料(タダ)では起きない』をモットーにチャレンジしてきた横浜市広告事業の現状報告書であり他自治体への指南書」です。横浜市が始めた広告事業には、自治体や議員、シンクタンク、企業などからの問い合わせが殺到(2005年度400件)し、本書出版前には、自治体関係者向け広告事業講座を3回開催し、全国から100名以上の参加者が集まっています。
 第1章「広告事業とは」では、広告事業を、「横浜市が所有する有形・無形のさまざまな資産を、企業の広告出稿や販売促進活動、タイアップ等によって積極的に有効活用し、新たな財源の確保および事業経費の縮減などを図ること」と定義し、例として、
・印刷物に広告を掲載し広告料を得る。
・公共施設での企業PRイベントや広告掲出を認める代わりに相当の広告料・使用料を得る。
・企業(横浜市に資金・物品の提供)都市(企業に広告・PR機会の提供)が、イベントや事業の際タイアップすることで、事業経費の一部を縮減する。
等を挙げています。
 第2章「広告掲載基準」では、広告掲載基準の内容が、「各関係者の利害関係に配慮した多面的な役割を有したものである必要がある」として、
(1)広告媒体側である地方自治体にとっては、広告事業の基本スタンスを示すものとしての役割
(2)受け手である市民にとっては、違法・不当な又は不利益な広告が掲載されないようにするための役割
(3)出し手である民間企業等に対しては、地方自治体の広告媒体を使用する際のルールを事前に明示しておくための役割
の3点を挙げています。
 第3章「広告ファーストステップ」では、実際の広告事業の例として、日常生活に必要な行政情報をまとめた「暮らしのガイド(横浜市民便利帳)」を、「冊子前半が行政情報、後半が民間情報という形の冊子」をフリーペーパー大手の株式会社サンケイリビング新聞社と共同発行することで、経費を2,400万円から600万円に縮減し、印刷部数は従来どおりの年間26万部を確保したことや、税金の封筒への広告掲載に関しては、軽自動車税の封筒に自動車ディーラーの広告を掲載すると市民からの誤解を受けると税務担当部署が主張して厳しい掲載基準を作ったため、「掲載できない業種がとても多い。というより、掲載可能な業種はありえない、というほど厳しい掲載基準が設けられている」こと、等が述べられています。
 税金の封筒に関しては、市民から「税金の封筒に広告なんてふざけている」というクレームがあったが、財源確保のために広告事業にチャレンジしていることなどを説明したところ、「広告料が安すぎる。一企業のために安価にダイレクトメールを用意してやる必要はない。商売やるならシビアにやれ」という「励まし(?)のお叱り」を受けたことが述べられています。
 第4章「公有財産の活用」では、行政財産に掲出される広告を、
(1)建物の壁面(内壁・外壁)に広告を表示する場合
(2)建物の床面に広告物を表示する場合(物品を床に設置し、部分的に独占利用する場合を除く)
(3)屋上に広告物を設置する場合
(4)建物内にパンフレットスタンドを設置する場合
(5)土地や建物内((1)~(4)以外)に広告物を設置する場合
の5つに類型化し、「公有財産規則の規定に従い、使用許可面積の算出方法や使用料月額を定め、広告主の利便性および事務の簡略化・効率化を図っている」ことを解説しています。
 そして、行政財産への私権設定等の制限が、「あくまで当該財産の使用を妨げるような行為を規制する趣旨であり、それに直接関係する物理的な広告物の設置などに関しては目的外使用許可の原則に従うが、財産の本来的な使用に影響を及ぼさない付随的な無体財産権、広告の場合は『広告価値を利用する権利(広告権と言えるであろうか)』のようなものは、当該行政財産とは一体をなすものではなく、行政財産ではない(広告権は法的に確定した権利ではないので普通財産でもないと考えられる)無形の財産として、別途一般私法の適用のもとに処分可能である」と解釈し、広告価値の対価を、「私法上の契約によって、市場価値に基づいて定めた広告料をいただき、それとは別に、実際に広告物を設置するという行為に関しては、法の規定どおり目的外使用許可などを行い、その対価として使用料を徴収する」という2段階の仕組みをとっていることを解説しています。
 また、実際の広告掲出事例として、磯子区総合庁舎への壁面広告や、ダスキンから提案のあった広告付玄関マット、タイヤホイールカバー等の事例を紹介しています。
 第5章「企業タイアップ」では、「他業種が協力し合うこと」である「タイアップ(tie up)」のポイントについて、「双方のイメージが合うこと、双方ともにメリットがあること」であると述べています。そして、企業が、「自社名が報道されること」をとても重視しており、「タイアップの際には、自治体はパブリシティ効果(これだけは、どんな企業にも勝るはずだ)を最大のスポンサーメリットとして活用すべきである」と述べています。
 一方で、自治体職員の懸念として、
(1)タイアップ企業と自治体が特別な関係にあるように思われるのではないか
(2)タイアップ企業が自治体とのタイアップを自社(商品)宣伝に使うのではないか
の2点を挙げ、(1)に関しては、公平性・透明性を保つために、「マッチングシステム」を作り、(a)横浜市への企業からの企画提案は常時平等に受け付ける、(b)横浜市のためによい企画やアイデアをくれた企業は優先する、というルールを明言していること、(2)に関しては、ゴミと資源の分別のパンフレットに広告を掲載した家電メーカーからの、パンフレットを自社負担で増刷したいという要望に対し、「横浜市の名前を利用した自社への利益誘導好意はしません」という念書を取ることでパンフレットの版下を貸し出した事例を紹介しています。
 第6章「広告付きバス停留所上屋整備事業」では、「バス事業者である横浜市交通局が市の事業主体となり、契約、事業調整等を担当し、都市整備局(旧都市計画局)都市デザイン室が道路占用料、屋外広告物許可等の事業導入のための条件整備およびデザイン調整、審査の仕組みづくりを担当」するというプロジェクト体制をとったことを述べています。
 また、留意した点として、
(1)財政的負担がないからといって安っぽいデザインとしないこと
(2)制限の対象である屋外広告物を景観的にいかに「プラス」に変えていくか
の2点を挙げています。
 さらに筆者は、横浜市の屋外刻々活用型事業について、今後問題になると懸念している点として、
(1)少しでも稼ぎになればいいので、とりあえず広告スペースとして売ってしまえ、という発想が横浜市の内部で増えていること。
(2)あまりコストがかからない施設では、収入も多くを必要としないため、結果として質の低い広告になる恐れがあること。
の2点を挙げ、「いずれも、メディアとしての価値や広告の質を高めなくてもそれなりにできてしまう」という共通点があることを指摘しています。
 第7章「横浜国際総合競技場のネーミングライツ」では、わがく院ではネーミングライツがいまだ定着した権利とはなっていないため、導入に当たってさまざまな課題が存在することを前置きした上で、2005年3月1日から「横浜国際総合競技場」等の3施設を、日産自動車株式会社をパートナー企業に、施設名称を「日産スタジアム」「日産フィールド小机」「日産ウォーターパーク」と変更したことを解説しています。
 そして、この競技場が抱えていた最大の課題が、「ワールドカップの開催条件を満たすために、相当な設備投資を行い、それに要する管理運営費用」が重い財政負担としてのしかかっていたことを上げています。
 また、募集に当たっては、「年間5億円・期間5年間」という契約条件を設定しての公募という形態をとったが、「実質的には企業への広告のセールスそのものであり、当然募集期間内には積極的なセールス展開を行った」と述べています。
 第8章「市場へのアプローチ」では、広告代理店の機能として、
(1)媒体側の代理としての機能
(2)クライアント(広告主)側の代理としての機能
の2つの機能を挙げ、広告代理店が部署によって違う機能を持っていることもあることに注意するよう述べています。
 また、自治体ならではの課題として、市の歳入額は公開しなければならないという情報公開を挙げ、「広告代理店にとっては『仕入れ値』であり、公開されると広告主との取引に差し支える場合がある」ことを解説し、発表時には「年間で約○○万円の歳入」などのように表現を工夫したことを述べています。
 著者は、通常市の工事発注などでは、市側がクライアントになるのに対し、「広告事業では、横浜市は、お客様に印刷物や施設などを広告媒体として『使ってもらう・選んでもらう』ことで、『お金をいただく』というまったく逆の立場になる。広告媒体を買うも買わないもクライアントの気持次第なのである」と述べています。
 第9章「自治体の広告事業を阻む二つの壁」では、自治体が、「足りない分を稼ごう」という当たり前の発想に立てない壁として、
(1)現行の公会計制度
(2)公務員特有の組織風土・・・役所の常識は世間の非常識、ビジネスルールを知らない、「やりたくない」公務員心理
の2点を挙げ、これらに関する課題整理と、広告事業を通じて得た解決のヒントを述べています。
 本書は、歳入額以上に、職員の態度や気持の面での効果も大きい、広告事業の概要を知る上では必読の一冊です。


■ 個人的な視点から

 広告事業の効果は、歳入や職員の意識の面にとどまりません。これだけの予算を投入する意味があるのか、また、行政が負担するべきものなのか、ということを考えるきっかけにもなります。例えば、ワールドカップに向けたサッカー場の設備投資のために、後年度必要になった市の予算からの持ち出し分を広告で賄う、という金額設定は、「泥縄」的な印象を免れません。また、防災訓練の際の昼食は、そもそも行政や企業がおにぎりを用意すべきものなのか、会場に売店があれば済むのではないか、というそもそも論的な検討のきっかけになるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・税金は納めるのが当たり前だと思う人。


■ 関連しそうな本

 南 学, 上山 信一 『横浜市改革エンジン フル稼動 中田市政の戦略と発想』 2005年04月13日
 田村 明 『都市ヨコハマをつくる―実践的まちづくり手法』 2005年07月27日
 田村 明 『まちづくりの実践』 38562
 井之上パブリックリレーションズ (著), 井之上 喬 (編集) 『入門 パブリックリレーションズ―双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』 2006年12月13日
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』 2006年11月13日
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日


■ 百夜百マンガ

よいこ【よいこ 】

 昔、「笑っていいとも」で、年齢当てクイズなんかをやってましたが、小学生でも背の高い人はいるものです。
 ところで、最近の小学生は6年生までランドセルを背負っているものなのでしょうか?

2007年10月 9日 (火)

地方崩壊再生の道はあるか

■ 書籍情報

地方崩壊再生の道はあるか   【地方崩壊再生の道はあるか】(#992)

  日本経済新聞社
  価格: ¥1680 (税込)
  日本経済新聞出版社(2007/06)

 本書は、日本経済新聞で「分権のデザイン」というタイトルで特集された自治体改革の動きや、夕張市の動向を詳報した「窮迫地方財政」等の記事をもとに、地域再生の方向性について提言しているものです。
 プロローグ「都市サービスが止まる日」では、近い将来、地方都市が破綻し、中心市街地への住民の移住策が進められるが、住民が地域の中心築ではなく福祉サービスが手厚い大都市に向かう「逆疎開」の人口移動が加速し、都市部の自治体が破綻する・・・というシミュレーションを紹介しています。
 第1章「ドキュメント『夕張破綻』」では、再建計画を策定した夕張市の後藤前市長が、再出馬への周囲の期待にもかかわらず、引退した理由について、「再建計画に沿って自己破産させた観光関連の第三セクター、夕張観光開発が地元信用金庫かr借りていた5千6百万円について、後藤氏は個人保証していた。一括弁済を求められた場合、自信が自己破産する可能性がある」という理由も挙げられると述べています。
 また、夕張市が行っていた「一時借入金を用いた会計間での年度をまたがる不適正な会計処理」について、自治体に許された「出納整理期間」を悪用し、「前年度と新年度が混在している二ヶ月の間に、複数会計にわたる前年度の資金不足を新年度の資金で穴埋めし、赤字を単年度の決算では表面化させなかった」と解説しています。
 そして、「議会のチェック機能の不全」に加え、「監督者」であるべき道にも明確な戦略はなく、「道と市は自治体としては対等関係にあり、道は市に対し、あくまで助言しかできない」という「原則論」に囚われ続けていたと述べられています。
 また、再建計画策定に当たっては、「実際の策定作業に取り組んだのはもちろん市当局だが、道庁が派遣した職員が実務を取り仕切り、実質的な調整を進めたのは総務省と道だった」と述べ、徐々に総務省主導の色が濃くなったと解説しています。
 本書では、財政破綻の原因を突き詰めていくと、「強烈な行動力を持ち膨張路線を突き進んだ元市長の故・中田鉄治氏の責任に行き着く」として、「『炭鉱から観光へ』を合言葉に、豊富なアイデアで観光施設を着想。強烈なリーダーシップで大規模な投資を推進し、一時は『全国一のアイデア市長』の名をほしいまま」にし、「同時に、市に膨大な負債を残した人物」であると評するとともに1990年には「ふるさと創生資金」を使って、第1回の国際映画祭を開催し、「同年には、旧自治省から『活力あるまちづくり優良地方公共団体』として自治大臣表彰を受けて」おり、「あるときまでは国にとっての『優等生』だった事実は忘れてはならない」と述べています。
 また、仲田氏をめぐる政治情勢については、「政治力があり、構想力もある中田氏に、保革相乗りで産炭地の危機打開を託した」という実情があり、「そこにはチェック機能の不在という落とし穴も潜んでいた」と分析した上で、中田氏がこうした支持基盤の下、「フリーハンドで拡大路線を突き進」み、「前半の3期12年を選挙の審判なしに市長の座を守り続けた」と述べています。著者は、中田市政の24年間の政治構造を、「保革相乗りと中田氏の手腕への過度な期待が、地方自治の『ガバナンス(統治)』を機能しない状態に陥らせた」と分析し、「その意味では、中田氏だけでなく、議会や中田氏に投票した多くの市民の責任を免れない」と述べています。
 再建開始後の夕張市政については、「職員の基本給を平均3割減らし、職員数を3年で半減以下にする」という再建計画の枠組みのなか、初年度の退職者は全体の半数に達し、「部長職12人と次長職11人は全員退職し、課長職でも32人のうち29人が去った。市長部局は5部17課30係を7課20係に縮小した」と、市役所の「崩壊」を解説しています。また、医療に関しては、夕張市立病院が診療所と老人保健施設へ縮小されたが、地域医療そのものは残り、「北海道出身で地域医療の第一人者として知られる医師、村上智彦氏の手に委ねられることになった」ことを紹介し、村上氏が、医療法人「夕張希望の杜」を設立し、「市が土地・建物を保有する市立診療所と老健施設の運営を受託」したことを解説しています。
 しかし、夕張市の再建計画に関しては、353億円もの赤字を18年かけて解消するという大変厳しいものであり、近隣の市町村の首長からは、「途中で再建計画が頓挫し、国や道からの財政支援を得た上で、周辺市町村と合併し『夕張』は消滅するのではないか」という声も漏れていることも紹介されています。
 補論「前代未聞の『自治体再生実験』」では、再建計画では、歳出面では、「全国で最も効率的な水準となるよう徹底した行政のスリム化と事務事業の抜本的な見直しを図る」と強調している一方で、歳入面では、「様々な分野で住民負担の増加を求め」、市税は「法令上の上限の税率を基本とする」と謳い、「入湯税の新設、施設使用量の50%引き上げ、下水道使用料や各種交付手数料の引き上げ、ゴミ処理の有料化」等の負担税を求めていることを解説しています。一方で、この再建計画自体が、「歳出削減と歳入確保に向けた対策をフル活用」したものであり、「想定が少し狂うだけで計画の実現性そのものが崩れかねない」と述べ、「『のりしろ』が小さく、弾力性に乏しい伸びきったゴムのような計画。成功させるためには、ほんの少しのズレすら許されない」として、人口動向などの不確定要素を挙げています。
 第2章「改革の荒海のなかで――変わる自治制度」では、三位一体改革について、「国が地方に配分する国庫補助負担金(補助金)を削減し、その分の国税の一部を地方税へと移し(税源移譲)同時に自治体の財源不足を補う地方交付税の見直しを進めること」であると解説し、小泉政権が、「4兆円程度の補助金削減と3兆円程度の税源移譲を実施」したが、「実際には改革に合わせて不要と判断された補助事業が廃止されたため、補助金の削減額は4兆7千億円に上り、期間中に交付税も5兆円減った」と述べています。
 また、道州制を巡る議論や東京都心部の政府直轄化案などを受け、「都と区の間で、二十三区の再編を含めた東京の自治のあり方の議論が始まっている」と述べ、その理由として、
(1)都民の生活圏、経済圏と二十三区の区域に大きなずれが生じている。
(2)二十三区間の人口や財政力の格差の問題。
(3)区の権限の小ささの問題。
の3点を挙げた上で、歴史的には、1943年に東条英機内閣の下で、東京府と東京市が廃止されて東京都が誕生した経緯を紹介し、「現在も緊急避難的な戦時体制が続いている」ことを指摘しています。
 また、2006年5月に、鳥取県日野町で開催された、「財政危機にあえぐ町村長6人」が集まった「小規模町村破たん回避サミット」を取り上げ、「負け組みの会合」だという影山亨弘町長の言葉を紹介しています。
 そして、財政を硬直化させる三大要因として、
・J:一般財源の4割弱を占める人件費。
・F:生活保護などの扶助費
・K:地方債償還などに充てる公債費
の3点を挙げ、「JFK」という言葉を紹介しています。
 さらに、自治体の会計制度である公会計について、「明治中期から百年以上、大きな変更はない。その基本は現金の出入りだけの記録集めた税金を行政サービスという形で還元していた自治体にとって、会計制度はこれで十分だった」と述べた上で、この制度では一時借入金や第三セクターも含め負債の全体像は見えないことを指摘し、福岡県福津市や群馬県太田市、大分県臼杵市などでのバランスシート作成の事例を紹介しています。
 著者は、日経新聞者が2006年9月に実施した全国調査をもとに、
・全国の市のうち、約1割が地方自治体の事実上の倒産に当たる「財政再建団体」転落への懸念を抱いている。
・その3分の1は3年以内に転落の恐れがあるとしている。
等の結果を紹介しています。
 第3章「広がる格差――行政サービス調査から」では、2006年に実施した「行政サービス調査」から、少人数学級、介護保険料等のサービスや負担の格差を取り上げ、県庁所在地の自治体に関して言えば、4分の3が「高サービス・財政悪化型」に分類できると指摘しています。
 第4章「自治体再生への挑戦――破綻の連鎖を防ぐ」では、行政コストを切り詰めた分を、子育て世帯の誘致に戦略的に投資し、村の人口と出生率を向上させた長野県下条村や、日本初のPFI刑務所を誘致した山口県美祢市、市役所の仕事のうち民間にできることを外部委託するサービス会社を設立した愛知県高浜市、「ごっくん馬路村」など村を丸ごとブランド化した高知県馬路村等の事例を紹介しています。
 また、道州制の議論に関しては、2006年2月に地方制度調査会がまとめた答申のポイントとして、
(1)都道府県を廃止し、全国を10程度に再編した広域ブロックに国の出先機関の機能を統合する。
(2)道や州や地方自治体とする。
(3)道や州の長(知事)や議員は住民の直接選挙で選び、知事は多選を禁止する。
の3点を挙げ、道州制になることによって、
・道路のトラブルが減る
・公立で小中高一貫教育
・警察の捜査がスムーズに
・九州はアジアの基地に
・関西は医薬の拠点に
等の未来図が可能になるとしています。
 そして、道州制が政治課題に浮上した背景として、l
・国と地方の二重行政を改称し、行政を大幅にスリム化する必要がある。
・「平成の大合併」で3200あった市町村が1800程度に減り、市町村が力をつけた結果、広域自治体である都道府県の役割が低下した。
等の点を挙げたうえで、今後、道州制の議論を進める上で、
(1)中央省庁の再編案とセットで検討すること
(2)市町村が強くなり、住民が便利になる制度にすること
の2点が大事な点であると述べています。
 本書は、自治体の破綻と再生の現在の動きについて、コンパクトに知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書にも登場する夕張市立総合病院の経営を引き継いだ村上智彦さんが格闘する様子は、10月1日にNHKスペシャル「地域の医療はよみがえるか ~夕張からの報告~」で紹介されています。また、それ以前にもETV特集で続けて取り上げられており、全国に切実な「村上ファン」を増やしているのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・市役所はつぶれないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 保母 武彦 『夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために』 2007年08月08日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 橋本 行史 『自治体破たん・「夕張ショック」の本質―財政論・組織論からみた破たん回避策』 
 肥沼 位昌 『図解 よくわかる自治体財政のしくみ』 


■ 百夜百マンガ

もやしもん―TALES OF AGRICULTURE【もやしもん―TALES OF AGRICULTURE 】

 納豆菌は熱湯消毒ができないため、杜氏は納豆を口にすることがないそうです。ということは茨城県人は日本酒作りには向いていないということか?
 杜氏さんはイカ納豆やキムチ納豆をつまみにできないかと思うとちょっとかわいそうです。

2007年10月 8日 (月)

旅篭に泊まる

■ 書籍情報

旅篭に泊まる   【旅篭に泊まる】(#991)

  
  価格: ¥1533 (税込)
  小学館(1995/07)

 本書は、中高年向けの雑誌『サライ』に連載された全国の「旅籠」を紹介する企画をまとめ、24軒の旅籠を紹介しているものです。
 「旅籠」の名は、「食料・織機・炊事用具を籠に入れ、それを背負って旅をしたことによる」とされています。なお、Wikipediaによると、「旅籠という言葉はもともとは旅の時、馬の飼料を入れる籠(かご)のことであった。それが、旅人の食糧等を入れる器、転じて宿屋で出される食事の意味になり、食事を提供する宿屋のことを旅籠屋、略して旅籠と呼ぶようになった」と解説されています。著者は、「木造の歴史的建造物の中に寝泊りすることで、心の平安を実現できる……。宿泊料金も格安なので、旅籠ファンはますます増えるに違いない」と述べています。
 「笹屋旅館」(福島県・喜多方)では、昭和50年にNHKテレビで「蔵の町」として紹介されるまで、1000人来たかどうかの観光客が、「60年には30万人に膨れ上がった」ことが述べられ、さらに、60軒だったラーメン屋が120軒に急増したことで、「近頃では年間100万人を超す観光客が、この小さな町に押し寄せている」と述べています。
 コラム「旅籠に泊まる 楽しみ方さまざま」では、旅籠に泊まる楽しみを、「江戸回帰の喜び」であると述べ、「都会のビジネスライクで忙しい時間に対し、タイムスリップ感覚を通じての『ゆったりとした時間の流れ』を本質とする。そう、ゆっくり、たっぷり歩きたい。言い換えると、よい散策コースのあるところに、旅籠は生き残った」と述べています。
 また、現代的な観光旅館と、旅籠とについて、
(1)大型鉄筋・多数の部屋数に対し、年月を経た木造で5部屋程度と質素。
(2)まばゆい照明に対し、薄暗い。
(3)バス・トイレ付きに対し、どちらも共同。
(4)間仕切りがコンクリートに対し、襖の仕切り。
(5)水洗トイレに対し、簡易水洗かボッチャン式。
(6)ご馳走を並べ1泊2日の価格帯が1万2000~2万5000円。これに対し、手料理で6500円~1万2000円。
(7)冷暖房エアコン設置に対し、扇風機・石油ストーブ。
の7点を比較対照しています。
 そして、「旅の通は、2泊3日以上の旅程を組み、旅籠に続けて泊まる。都会の俗塵を頭の中から追い出すには2泊は最低必要」であると述べています。
 「和泉屋」(群馬県・永井宿)では、三国街道の最大の難所であった三国峠であったため、「猿ヶ京の関所は通過できても、日のあるうちの峠越えは無理だし、反対に峠は越えられても、関所が通れる時間には間に合わない」ことが、永井宿反映の大きな理由であったことを解説しています。また、永井の家屋の多くが、「二階の床を張り出した、せがい造り」をしている理由として、「旅籠の傍ら営まれた養蚕に適した構造で、大きな軒下は農作業に必要」だったことを挙げながら、「その持送りに実用とはおよそ無関係な、ひときわ立派なけやきの波の彫刻があるのが和泉屋だ」と述べています。
 「越後屋旅館」(長野県・奈良井宿)では、「江戸時代最高の建築技術を駆使して建てられた200年の歴史を持つ旅籠」であり、「二階が前へせり出した出梁造り、猿の頭のような桟木を使った一階の庇、土間に入ると面白いデザインの旅籠行灯、近代に副業にしていた薬舗の看板に講の看板、ランプ、箱階段、吹き抜けの黒光りする天井、磨きこまれた廊下」などを挙げ、「生きている古美術の宿」と評しています。
 「松代屋」(長野県・妻籠宿)では、過疎化のために寂れていく一方だった昭和40年代の妻籠の住民が、「企業誘致の道を選ばず、郷土の文化構成=町並み保存によるにぎわい」を望み、住民運動がリードし、行政がこれを認知して協力するというもので、「先駆者としての妻籠の成功」が、「全国の町並み保存運動の活発化に大きく貢献した」ことが述べられています。
 「大橋屋」(愛知県・赤坂宿)では、安藤広重の東海道53次に、客で賑わう旅籠の様子を描かれた旅籠であったが、大正10年に火災にあい、「広重が活写した部屋の当たりは消失、当時の遺構は旧東海道に面した表の棟だけになってしまった」ことを述べた上で、「往時のたたずまいを残す旅籠は東海道広しと言えど、もはやこの1軒だけである」と述べています。
 「長瀬旅館」(岐阜県・高山)では、「かつては商人宿であり、飛騨街道を通って富山から信州にブリを運んだ飛騨ブリの商人、富山の薬売り、京の染物屋や機屋、大坂道修町の薬問屋、名古屋の呉服屋たちも逗留した」と述べた上で、伊藤博文をはじめとする「多くの文人墨客が好んで訪れた宿」であると述べています。
 本書は、各地の街道に残る江戸の名残を追い求める人にはお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、元が雑誌のグラビアということもあり、単に古い旅籠を紹介するというだけではなく、街道歩きやまち歩きなどと組み合わせた観光コースの提案という側面も持っているようです。そのため、本書の写真や案内を読むと、江戸を追体験できるような印象を与えますが、実際に現地に行くと、ガイドブックを持った観光客や大型バスの団体客でごった返していて風情が損なわれている、ということもありそうです。


■ どんな人にオススメ?

・江戸の旅人気分を味わいたい人。


■ 関連しそうな本

 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
 高野 慎三 『つげ義春を旅する』 2007年10月07日
 高野 慎三 『郷愁 nostalgia』
 高野 慎三 『旧街道』
 宮本 和義, 鈴木 喜一 『旅泊の空間―日本旅館建築新発見紀行』
 日本旅行作家協会 『和風木造りの宿』


■ 百夜百音

バンザイ【バンザイ】 ウルフルズ オリジナル盤発売: 2006

 いつの間にかベテランになってましたが、「ウルフル」は「ソウルフル」から「ソ」を取ったもので、狼とは関係ないそうです。

『ベストやねん』ベストやねん

2007年10月 7日 (日)

つげ義春を旅する

■ 書籍情報

つげ義春を旅する   【つげ義春を旅する】(#990)

  高野 慎三
  価格: ¥903 (税込)
  筑摩書房(2001/04)

 本書は、「月刊漫画ガロ」の編集者であった著者が、つげ義春の作品の舞台を訪ねた紀行文です。
 「『二岐渓谷』と秘湯への旅」では、1968年に発表された「二岐(ふたまた)渓谷」に登場する「湯小屋旅館」を尋ね、「霧がわきあがっている。湯気がゆらいでいる。目をみはった。熱そうでいかにも秘湯といった風情だ。おしえたくない。誰にもおしえない。わたしだけの定宿、湯小屋旅館」というパンフレットの一節を紹介しています。そして、宿の主人、星卓司氏にインタビューし、1974年の「枯野の宿」に登場する三重塔の壁絵が星氏が描いたものをモデルにしていることなどを紹介しています。
 また、二岐渓谷の入口になる岩瀬湯元温泉について、岩瀬湯元の夜景が描かれたペン画を取り上げ、「つげ義春のペン画の中でも秀逸な一点だ」と評しています。
 つげ義春との対談「ワラ屋根のある風景」では、つげが、「ワラ葺きの家そのものが好きというものでも」なく、「やはり、『貧しげな風景』が好きということなのか」と語っています。
 著者は、「とくに会津方面に関しては、江戸時代のままの姿を見ているのは、いまやつげさんだけかもしれないですよ」と、つげを「歴史の生き証人」だと語っています。
 「『海辺の叙景』と外房の海」では、作品の舞台が、つげが幼少時を過ごしたことのある外房の大原を舞台にしたものであり、作中で「子どもを抱いた女の人」の土左衛門が揚がったとされる八幡岬や、地元民だけが知っている、断崖が続く途中にある小さな入り江があることを紹介しています。
 著者は、大原の漁村が持つ、「つつましい漁村の美しさ」について、「御宿や勝浦、興津、鵜原、太海等々の漁村に親しみを覚えるのは、大原の漁村の情景に心を奪われた結果であるのだろう」と語っています。
 「『初茸がり』『紅い花』『西部田村事件』と一軒の宿」では、大多喜の「旅館寿恵比楼(すえひろ)」を、「三十年前、つげ義春が十日間ほどをすごした旅館である」と紹介し、滞在中の1965年10月に「不思議な絵」を描き上げだだけではなく、翌月の『ガロ』に発表された「沼」に関して、
「大多喜の宿屋に娘さんがいて、これがものすごくかわいい女の子なんですよ。十七、八の。ところが言葉を喋ると千葉の方言丸だしなんです。それがかえって、奇妙な違和感があって、その女の子がかわいいせいもあったから、エロティックにも感じた」
と語っていることを紹介しています。
 また、つげが、「西部田村事件」の舞台をさまよいながら、「ある意味で、作品に登場する患者と同じような解放感を味わっていたのではないか」と述べ、つげが、「自然の風物の何もかもが新鮮に見えて、目から鱗が落ちたようでした」と語っていることを紹介しています。
 「『庶民御宿(しょみんおんやど)』と千倉漁港」では、1960年代に外房の千倉を訪ね、当時、「大原や勝浦よりも賑わう繁華な町の印象を受けた。鉄道が敷設される以前は、漁港として、物資の集散地として大きく栄えたのだろうかと想像した」著者が、三十数年ぶりに千倉を訪れた著者は、「町が大きく変貌」し、「往時の賑わいが少しも伝えられない」ことに気づきます。
 著者は、「それでも、私は、千倉の町が好きなのである。たぶん、それは、路地の奥にまで潮の香りが漂ってくるからだろう」と語っています。
 「『ねじ式』のモデルになった風景」では、鴨川市の太海を訪れ、「仁右衛門島から眺めた漁村の情景が心をとらえて離さない。小さな漁村ほど、つつましく、わびしく、それゆえに美しいものはないように思えてくる」として、「太海の漁村は、現代からとり残されたような感じがする」と語っています。
 そして、作品中で、「家の密集する路地裏に蒸気機関車が『ゴッゴゴゴ』と到着する場面のすばらしさ」について、つげと話しているときに、「ああ、あれは千葉の漁村なんですよ。太海というところなんだけど」ということが明らかになったエピソードが語られています。
 「『ゲンセンカン主人』と湯宿温泉」では、群馬県の三国街道沿いの湯宿温泉の「大滝屋」を訪ね、この大滝屋が、「三十年前につげ義春が宿泊したそのままの姿を今に伝えている」と語っています。
 「『大場電気鍍金工業所』をさがして」では、つげが、中学校に通わずに働いていたメッキ工場である「川端鍍金工業所」を古い地図から発見し、葛飾区立石に残っていた看板を発見しています。
 本書は、つげ義春の世界を実際に体験してみたい、という人にとっての重要なガイドブックになる一冊です。


■ 個人的な視点から

 個人的には、つげ義春といえば房総、というイメージがあるのですが、千葉の人間でもなかなか知られておらず残念なことです。とはいえ、つげ作品の舞台である、ということが地域のイメージアップにつながるかと言えば、つげ作品に描かれた、貧しく、わびしく、美しい房総の農村や漁村の風景を認めたくない人、なかったことにしたい人も少なくないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・つげ作品の風景の中に入り込みたい人。


■ 関連しそうな本

 つげ 義春 『つげ義春の温泉』
 つげ 義春 『貧困旅行記』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
  『旅篭に泊まる』
 高野 慎三 『郷愁 nostalgia』
 高野 慎三 『旧街道』


■ 百夜百音

ポリリズム【ポリリズム】 Perfume オリジナル盤発売: 2007

 ACのゴミ分別のCMでしばらく前から流れていた曲なのですが、ようやく一般に認知されるかも知れません。
 ところで、スポンサー企業が不祥事を起こした場合、CMを自粛し、代わりにACのCMが流されることがあります。深夜はともかく、毎週見ているゴールデン枠でACが多く流れていたら、いつもだったら何のCMがあったのかを考えてみてもいいかもしれません。テレビでは一社提供番組は少なくなりましたが、ラジオではDOCOMOの一社提供番組でずっとACのCMが流れていて気持悪かったことがあります。

2007年10月 6日 (土)

手塚治虫とボク

■ 書籍情報

手塚治虫とボク   【手塚治虫とボク】(#989)

  うしお そうじ
  価格: ¥1890 (税込)
  草思社(2007/3/21)

 本書は、児童マンガ家にして、『風雲ライオン丸』や、『マグマ大使』等の特撮作品を世に送り出したピープロダクション社長であった「うしおそうじ」(鷺巣富雄)氏が、円谷英二、手塚治虫、山本嘉次郎の評伝三部作として構想していたうちの第二作です。著者は本書の執筆中の2004年に急逝され、本書は、残された400字詰め原稿千枚近くの原稿をもとに再構成されたものです。
 第1章「予期せぬ出会い」では、連載依頼と人物像の確認のため、編集者とともに著者の自宅を訪問してきた手塚について、「親指を直角に立て、掌を一杯に拡げ」る立ち居振る舞いを、「ディズニーマンガのキャラクターに非常によく似ている」と述べています。
 著者は、「この日を境にして、ボク、うしをそうじは子供漫画家として開眼したように思う。そして、魂を吹き込んだのが手塚治虫であると、今も固く信じている」と語っています。
 第2章「ボクの赤本デビュー」では、東宝の社員だった著者が、労働組合の争議で給与がもらえないなか、生活のために赤本マンガを描き始めた経緯や、出版社の社長から、原稿料の前渡分として、百円札を300枚で3万円受け取ったことなどを語っています。
 第4章「友情のはじまり」では、赤本や単行本の経験しかなかった著者が、手塚番の編集者たちと出会ったことで、「月刊誌の場合、作品を創造する作者と編集者のパートナーシップが大変重要な要素であると強く感じた」ことを語っています。
 また、著者が、極太、中細、極細の線を3本のペンを使い分けて描くのに対し、手塚が、「太線は力を入れて書くと太くなるし、中細は普通の書き方ですらすらと鼻歌混じりに描く。極細を要する場合は事務ペンをひっくり返してペン先の背中を用いて描く。一本のペンで三通りの絵柄を使い分けて立派に仕上げる技術には驚いた」と語っています。
 第5章「編集者たちとのつきあい」では、当時の漫画家と編集者の間柄は、「いったんペアを組むと、作品づくりに二人でともに没頭」し、「担当編集は時に厳しく仕上がりにクレームをつけ、推敲を重ね、作品の完成度を高めるためにはともに陣痛の苦しみを味わった。すぐれた編集者と組んで描かれた漫画は、ほとんど編集者との共同作品のようなもので、その編集担当はマンガ家にとってベターハーフ的存在となった」と語っています。
 第6章「福井英一との確執」では、1954年にカンヅメ仕事と朝までの酒の日々の間で、33歳の若さで狭心症で急死した『イガグリくん』『赤胴鈴之助』の作者、福井英一を取り上げ、当時の月刊少年誌の別冊漫画競争の中で、「大量のページをこなし、しかも読者が欲しがるような綺麗な表紙に仕上げられるベテラン漫画家」として、人気の高い福井英一に注文が殺到し、「徹夜、徹夜つづきの超人的な仕事を求められる」ことになったことが語られています。
 また、「どんなジャンルでも先駆者として独走し、人気の頂点に位置し、現在も圧倒的人気を得て児童漫画界に君臨しているという自負」を持っていた手塚が、『イガグリくん』の登場でその座を脅かされ、『漫画少年』に連載していた『漫画教室』の1954年2月号のなかで、「ストーリー漫画家はページを稼ぐため、無駄なコマや不必要な絵を描く」と描きながら、「悪い例」として『イガグリくん』を挙げた「事件」について、このことに烈火のごとく怒った福井が、立会人として馬場のぼるを連れて、手塚のもとに怒鳴り込んだ顛末を語っています。
 第7章「悪所追放運動」では、マスコミやPTAからのつるし上げの席に呼び出された手塚が、「憤然として、どの吊るし上げの席へも出て」いき、「怖れず臆せず、逃げも隠れもせず、堂々と相手方と渡り合った」姿を、「彼のヒーローキャラの『レオ』のごとき獅子奮迅の働きに心から拍手喝采を送った」と語っています。
 そして、「当時の子供たちは、食料飢餓と同時に娯楽飢餓の日々にさらされ、そのハングリー状態を漫画が埋めていたのである~子ども達は腑抜けた大人よりもはるかに賢い"呑舟の大魚"である。玉石を併せ呑んで、いずれが善かいずれが悪か、是非善悪の理を先刻承知して、漫画に、渇きを癒す手段を求めていたのだ」と語っています。
 第8章「手塚治虫の遺言」では、軽井沢旅行の宿で、40度の高熱を出した手塚が、うわごとで、「私がこのまま死んだら『鉄腕アトム』のあとをうしおさんに続けてもらいたい」と語ったことや、そのことを覚えていない手塚から何を言ったか聞かれてもとぼけて済ませたことを語っています。
 第9章「手塚治虫のアニメ志願」では、「自分は生粋の児童漫画家ではない」というコンプレックスに悩まされていた著者が廃業を決心し、「ピー・プロダクション」を設立して映画界にカムバックしたこと、アニメのノウハウを身につけたい手塚が芦田漫画製作所に入門を断られたことなどを語っています。
 第10章「漫画映画に殉じた人びと」では、日米開戦直前の1941年にアメリカの輸送船から押収した『ファンタジア』を見る機会に恵まれたこと、1945年の秋に復員して東宝にもどると、戦時中の作品や資料はすべて燃やされてしまっていたこと、特撮の技術を円谷英二に誉められたこと、著者が薫陶を受けた政岡憲三が、祖父の代からの不動産事業で築いた財産をアニメのためにきれいさっぱり蕩尽しつくしてしまったことなどを語っています。
 第11章「アニメーター手塚治虫」では、どう見積もって1話5百万はかかるアニメ製作費に対し、手塚が「なんとか350万円で仕上げます」と公言してしまったために、「どれだけ以後のアニメ製作者を苦しめたことか。そして、『鉄腕アトム』以後のアニメーションの質をどれほど落としてしまったことか。天才手塚治虫に功罪ありとすれば、これは明らかに罪の部分であろう」と述べ、ピープロの『0戦はやと』も「当然契約時から1話350万円であった」と語っています。
 そして、「手塚治虫はアニメーションを作ろうという情熱だけは人一倍あっても、企業人として膨大な人間を統括し、一つの仕事に集中させる才はなかった。労務管理もへったくれもなかったのである」と述べ、「アニメとは現実的な手作業と同時に芸術的な感覚を追及する仕事である」と語っています。
 第12章「マグマ大使誕生秘話」では、ピープロ生き残りのために、少数精鋭主義での「リアルアニメ」と特撮番組の企画政策に方向転換をしたことや、『マグマ大使』のテレビ化権を手塚から許諾を受ける際に、『鉄腕アトム』の実写版の失敗で懲りていた手塚が、「実写は困ります。実写で作るのなら許諾しません」と不安を示したため、パイロット版の許諾を取ったことを語っています。
 また、ピープロの社長「鷺巣富雄」が漫画家「うしおそうじ」と同一人物であることを知る人が少なかったことを語っています。
 終章「手塚治虫との訣れ」では、1989年2月9日に亡くなった手塚が、生前、レオの二世の名前を「ルネ」(寝る)と「ルッキオ」(起きる)にしようと話していたことから、「ジャングル大帝の主人公レオは、俺、すなわち手塚治虫自身のことだったのか……」と気づいたことを語っています。
 本書は、等身大の「漫画の神様」の姿を伝えてくれる貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 うしおそうじ氏といえば、『新世紀エヴァンゲリオン』の音楽などで知られる鷺巣詩郎のお父さんですが、ピープロ不遇時代には交通費に事欠いて息子の貯金箱を壊した、というエピソードが伝えられています。ただし、作り話のようです。


■ どんな人にオススメ?

・友人の目から見た手塚治虫を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 大塚 英志, ササキバラ ゴウ 『教養としての〈まんが・アニメ〉』
 中野 晴行 『マンガ産業論』
 夏目 房之介, 宮本 大人, 鈴賀 れに, 瓜生 吉則, ヤマダトモコ 『マンガの居場所』
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日


■ 百夜百音

With Whom?【With Whom?】 郷ひろみ オリジナル盤発売: 2001

 今聴いても「林檎殺人事件」や「お化けのロック」が素敵な樹木希林とのデュエットです。「イヒ」と言っても旭化成とは関係ないかもしれません。

2007年10月 5日 (金)

山が消えた―残土・産廃戦争

■ 書籍情報

山が消えた―残土・産廃戦争   【山が消えた―残土・産廃戦争】(#988)

  佐久間 充
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2002/06)

 本書は、「建材の供給を産業廃棄物の処理とを一体的に捉え、まず千葉県からの山砂の供給とその成果を、次に山砂採取による環境影響、ダンプ公害の歴史と運転手の労働と生活の実態」等のほか、残土や産業廃棄物による投棄現場の実態や地元・行政の対応、建材採取跡地対策などについて述べているもので、著者が昭和59(1984)年に出版した『ああダンプ街道』の追跡調査に当たるものです。
 第1章「経済発展の陰で」では、君津地方の山砂の主な用途が、「東京湾の埋め立て、首都圏におけるビルや産業施設の建設、道路や港湾などの土木工事、コンクリート製品の材料」などであると述べています。
 第2章「『開発』が環境にもたらしたもの」では、著者が前著の中で、「(そんなに掘って)よく房総半島が持ち上がらないものだと、冗談の一つも言いたくなる」と述べているが、実際に国土地理院の地震予報官が、「山を削ると地殻が隆起する」という測定結果を発表していることを紹介しています。
 また、廃棄物による環境への影響として、君津市久留里大谷に建設された産業廃棄物処分場を地元主婦らが見学した際に、業者が見学の車の前後を車2台で塞ぎ、撮影したフィルムなどをめぐって3時間ほど押し問答になった事件が昭和59年に起こり、後に、「安定型処分場」でこの処分場が実態は有害物質を前提とした「管理型処分場」であることが判明して営業停止になった事例が取り上げられています。
 さらに、房総半島のゴルフ場事情について、平成12年4月1日現在、営業中が142、許可済みが39であり、全国的3位の数であるが、許可済みの39がオープンすると全国一になること、山砂採取場にするかゴルフ場にするかに悩んだ結果、「先祖からの山と美林と景観を残し、次世代に受け継ぐ」ために、「自然と共生するゴルフ場」の経営を選択した山主のことなどが述べられています。
 第3章「残土・産廃戦争」では、全国的にも「廃棄物行政の立ち遅れは明らかで、それが今日のような『廃棄物列島』を遺産として出現させてしまった」として、「このように列島を廃棄物で荒廃させるまで、危機感を抱かなかった中央官庁や行政の責任は重い」と指摘し、今後は、「足かせ的な行政を改めて、ある程度、地方に条例などによる自由裁量を認めたほうが、即効的で、かつ実質的な廃棄物行政が展開されるものと思われる」と述べています。
 また、富津市田倉の産業廃棄物処分場建設をめぐる、地元住民・市議会・市長の反対や、「現場での県職員の制止を無視して、業者が森林の80パーセントを違法に伐採するという事件」が起きたことによる、県の許可取り消しと、業者からの行政不服審査請求に対する旧厚生省の「取り消し処分」の取り消し等について述べています。
 さらに、銚子市、海上町、東庄町等の東総台地を巡る「産廃戦争」に立ち向かっている住民の姿に、「『親分』とか『組合村』という昔の伝統がいまだに必要とされるような、わが国の社会体制の立ち遅れを感じざるを得ない」と語っています。
 そして、海上町等の処分場の設置の許可をめぐって、平成13年3月1日に「処分場の設置を許可し、計画地内にある県有地も業者に売却し」、「この数日後に沼田武知事が退任し、堂本暁子知事が就任」したことについて、「昭和56(1981)年から5期20年間にわたり、開発を優先させてきた沼田県政の最後の『起きみやげ』となった」と述べています。
 香川県の豊島(てしま)や青森・岩手県境の不適正な廃棄物処理の問題に関しては、「その廃棄物を排出した企業に、撤去や賠償などの責任が問われるようになった」と述べた上で、企業の責任が追求できないときに、「行政がわれわれの『税金』で撤去し、処理しなくてはならないので、そうなったときの手間や費用を考えると、産廃などの不法投棄がもたらす国家的な損失は測り知れないものとなる」と述べています。そして、豊島の事例において、「一貫して業者を弁護し続けた」香川県の姿勢を注目すべきであると述べています。
 第4章「人々の暮らしはどう変わったか」では、「昭和40(1965)年ごろまでは、この地方の山間部の集落のほとんどが「共有林」を所有し、管理」しており、家屋の屋根の材料である「茅山」が集落単位で維持、管理され、雑木林なども「年間を通して下刈りや枝払い、間伐などの共同作業が行われていた」と述べ、著者自身が高校卒業後、「集落の一員としてこれに加わり、年間の数十日を『山仕事』についやした」ことを語っています。
 また、ダンプ運転手たちの生活については、前著に収められている、小糸・小櫃で、採取場の宿舎や助手席に同乗して行った、昭和52(1977)年の面接調査60名の結果の概要を紹介した上で、四半世紀後の追跡調査として、
・「現在もダンプを続けている」――18名
・「帰省」――15名
・「倒産して夜逃げした」「リストラされて失業保険で生活中」――各1名
等を紹介し、中でも注目すべきは、
・「死亡」――7名
で、「そのうち脳卒中や心臓死が5名と多く、突然死亡したために地元の商店やガソリン・スタンドにかなりの借金を残した者もいる」と述べています。
 そして、平成13(2001)年現在のダンプカー運転手の実態として、ダンプ経営者2名と運転手5名に面接調査を行った結果を紹介しています。ある組合役員の話として、ダンプが当初は山砂業者や運送業者持ちの青ナンバーだったが、維持費や人件費がかさみ、危険が伴なうため、「そのようなリスクをダンプ運転手個人に負担させるような制度を建設業界が考案し」、運転手が銀行口座で手形を分割払いできる制度が生み出され、「このようにして運転手が『ダンプ持ち込み』で、業務上の危険を自ら負担し、『白ナンバー』で独立採算の形で営業するという『代車』制度が誕生した。これは以前、この街道を往復していた馬車引きが、馬と馬車を自分で用意し、事故などの危険負担も自分で背負って荷主に雇われていたのと同じカラクリで、建設業界やゼネコンにとっては安上がりで都合のいい制度だから、永年温存されて今日にいたっているのである」と述べています。
 著者は、「ダンプカーという大型車で、300キロ走っても総売上が3万円というのは、あまりにも安すぎる」と指摘し、「何年経っても『現代の女工哀史』という状況が改善されないことに、歯がゆさを感ずる」と語っています。
 第5章「今後に向けて」では、採取跡地の管理に関して、京都府城陽市では、平成元年に「財団法人・常陽山砂採取地整備公社」を設立して、「京都や大阪などから建設残土を搬入して採掘穴を埋め立てる」事業に取り組んでいることを紹介し、同公社の堀井次長の、「千葉県や君津市のように残土の埋め立てを規制するだけで、残土の埋め立てが適正に行われるだろうか」と、「受入れ策」を具体的に提示しない残土行政に対する疑問を紹介しています。
 最後に、1975年のイギリス環境省骨(建)材問題小委員会が出した報告書の提言として、
(1)建材の輸送には貨車輸送を拡充すべきである
(2)採取跡地は、当初のような生産が可能な農地に戻す研究が必要である
(3)海砂採取の規制緩和を
(4)建設業界は軽量骨材と廃棄物のリサイクルを促進すべきである
(5)採取可能な埋蔵資源のアセスメントを
(6)建材として使える花崗岩を埋蔵しており、かつ海上輸送が可能な巨大な採取地の開発
の6項目を紹介した上で、「わが国の今後の建材供給体制や、廃棄物の処分方法の改善策」を述べています。
 本書は、産業と開発の陰の部分を、20年以上現場に関わった経験を基にくっきりと伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で注目されるのは、前著でインタビューした60人のダンプカー運転手たちの追跡調査です。できれば、健康状態の調査も見てみたいところですが、こうした調査ができるのも、地道な調査と活動を永年続けてきた著者の根気の賜物だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・姿が変わる前の房総の山を見たことがない人。


■ 関連しそうな本

 佐久間 充 『ああダンプ街道』 2007年10月03日
 アレックス カー 『犬と鬼―知られざる日本の肖像』 『美しき日本の残像』 
 石渡 正佳 『産廃コネクション―産廃Gメンが告発!不法投棄ビジネスの真相』 2006年03月28日
 石渡 正佳 『産廃ビジネスの経営学』 2006年04月11日
 石渡 正佳 『リサイクルアンダーワールド―産廃Gメンが告発!黒い循環ビジネス』 


■ 百夜百マンガ

花園メリーゴーランド【花園メリーゴーランド 】

 失われた日本の集落?なのかどうかは分かりませんが、作者はバリバリの千葉人です。そうなるとモデルの集落は千葉?

2007年10月 4日 (木)

犬と鬼―知られざる日本の肖像

■ 書籍情報

犬と鬼―知られざる日本の肖像   【犬と鬼―知られざる日本の肖像】(#987)

  アレックス カー
  価格: ¥2625 (税込)
  講談社(2002/04)

 本書は、日本がいかに近代化に失敗し、「日本の物事のやり方、株式市場の運営、高速道路の設計、映画製作など」が、「60年代で凍結」してしまい、不安になった官僚たちによる派手なモニュメントにお金がつぎ込まれてきたか、そして、ブレーキを持たない「オートクルーズの官僚政治」に誘導された「極限状態の日本」について、論じているものです。本書のタイトルである『犬と鬼』とは、『韓非子』の故事で、皇帝から、描きやすいもの、描きにくいものについて問われた宮廷画家が、「犬は描きにくく、鬼は描きやすい」、すなわち「私たちのすぐ身近にある、犬のようなおとなしくひかえめな存在は、正確にとらえることが難しい。しかし、派手で大げさな想像物である鬼は、誰にだって描けるものだ」と答えたことにちなんだもので、著者は、「現代の諸問題の基本的な解決は地味なだけに難しい。ところが派手なモニュメントにお金をつぎ込むことは簡単なのだ」と述べています。
 第1章「国土――土建国家」では、日本の美しい景色を夢見ている(アメリカの)読者を幻滅させるかもしれない、「ひょっとすれば世界で最も醜いかもしれない国土」があるとして、「山では、自然林が伐採され建材用の杉植林、川にはダム、丘は切り崩され海岸を埋め立てる土砂に化け、海岸はコンクリートで塗りつぶされる。山村には無用とも思える林道が網の目のように走り、ひなびた孤島は産業廃棄物の墓場と化す」と述べています。そして、過疎の農村に流れこむ現金の90パーセント以上が、国土交通、農林水産の2省から道路・ダム建設で落ちる金であり、「建設をやめれば村人のほとんどが職を失うため、毎日コンクリートを流し続けねば村は死んでしまうのだ」と述べています。
 第2章「地産・治水――災害列島」では、日本が、「脱工業化」への準備が整っているにも関わらず、その移行が阻止されているとして、「古くて自然のものは『汚い』『迷惑』、それどころか危険だと考える方へどんどん突っ走っている」と述べています。
 そして、日本の長所であり、作動や能、組み立てラインの品質管理を生み出してきた「トータルコントロール」は「諸刃の剣」であり、「それが近代テクノロジーの力と結びつき、そして自然環境へ向けられたときには、無残にして致命的な影響を及ぼすのだ」と述べています。
 第3章「環境――ステロイド漬けの開発」では、日本の「効率的な経済」が、「ゴミ処理を産業の計算式から除外していた」上で成り立ってきた「ステロイド漬けの開発」であり、「有害廃棄物を規制せずに高いGDPを達成したのと、厳しく管理して達成したGDPとは根本的に質が異なっている」と述べています。
 第4章「バブル――よき日々の追憶」では、供給が限られ、経済は成長し、外資との競争もほとんどなく、外国への流出経路もない「温室」で何十年も過ごしてきた大蔵省と日本の金融機関が、「利益を生む産まないにかかわらず、資産価値はつねに上がり続ける」という「資産の魔術」を信じるようになり、ここから「含み益」という考えが生まれたが、「含み損という考え方は存在しなかった」ことを指摘しています。
 そして、かつて「技術大国」と言われた日本が、90年代には時代から取り残され、メリルリンチやゴールドマンサックスが、精密なコンピュータ計算式を開発しているときに、「野村證券の社員は相変わらずそろばんを使っていた。しかも、ただひとつの演算しか知らなかった――足し算である」と述べています。
 第5章「情報――現実の異なる見方」では、外国の新しいコンセプトが実行に移されるための条件として、
(1)外国人の積極的な関与
(2)受容の態勢が整っていること
(3)確固とした統計的基礎
の3つの条件を挙げています。
 第6章「官僚制――特別扱い」では、日本の官僚機構が、「社会に対して細部にわたるまでコントロール権を握り、各省庁は秘密裏に動いている。外国の圧力から保護されているだけでなく、日本国内の政治体制からもほぼ独立している。学校は、子供たちに黙って従うよう教えており、そのため反対運動はまれで、警察は腐敗を深く追求せず、法廷は罰しない。それどころか、官僚と産業界との馴れ合いで内密のギブ・アンド・テイクは制度化されている。株価からスーパーのトマト、教科書の内容まで、生活のあらゆる側面を公務員がコントロールしていると言っても言い過ぎではない」と指摘した上で、「日本は官僚支配国家がどうなるか『テストケース』を提供している」と述べています。
 著者は、現代日本の「文化の病」は、「官僚構造が時代に合わなくなって、軌道から外れた」という一言に集約できると述べ、「官僚と政治家が企業と手を結び利益を分かち合う仕組み」である「クローニーキャピタリズム」によって、その企業が「特別扱い」され、国の資源(資金、エリートの知力、国家政策などを含める)が流れ込み、「官僚にメリットを与える方面に注がれる」と述べ、「官僚の財布に流れこむカネは、日本の国土のあり様さえ変えてしまった」と指摘しています。
 第7章「モニュメント――大根空港」では、「情報は信用できず、海外の新しい技術の知識は少なく、世論を聞かず、何十年も前のマニュアルが政策を支配する」世界で現実との接点を失った役人が、「何かしなければ」と必死になった結果、モニュメントの建造に力を注いだと述べ、日本中に、「はっきりとした目的もなく建設が進められ」ている「多目的ホール」と博物館、そして、典型的な「犬と鬼」プロジェクトである野菜専用の「大根空港」を取り上げています。
 また、「さまざまな機関は、各省庁が牛から乳を搾るように特殊法人から利益を搾り出している」と指摘し、「えさは財投の資金で、繁殖地はそれらを監督する省庁だ。天敵はいない。排泄物はモニュメントと呼ばれる巨大なフンだ」と述べています。
 第8章「古都――京都と観光業」では、アメリカ国務省が、「単なる日本の一都市ではなく、全人類の遺産」だと考えたため、戦争後も無傷で残った京都の木造建築の連なる街並みが、「市の役人にとっては困惑の種でしか」なく、「古臭く、貧しい京都を世界中にさらけ出す恥ずかしい景色と思っていた」ため、「この街が『近代的』であることを世界に証明せねばならぬと考えた役人たち」によって、「1964年、赤白二色の京都タワーを駅前に建設すると決めた」事を取り上げ、「これが決定的な一打」となり、「それから35年。京都の古い木造家屋の多くが取り壊され、コンクリートとアルミニウムの建築に変わってしまった」と述べています。
 そして、「なるほど庭や寺は素晴らしいが、文化都市をつくるのは世界遺産だけではなく通りや街並みだ」と述べ、「ルーヴル美術館だけが観たくてパリを訪ねたり、サンマルコ大聖堂のためだけにヴェネツィアに出かける人がいるだろうか」と問いかけています(日本の観光ツアーならいるでしょうけど)。
 また、「古いアジアの家屋は改善修理できないわけではない。しかるべき技術があれば、比較的安価に工事はできる」と述べ、「古い家に住むからといって、昔に戻らなくてもいいし、紋付袴を着てちょんまげを結う必要はない」と語っています。そして、「暮らしの場である街並みを保存するには、古さと新しさを融合させる高度な技術が必要になる」にもかかわらず、「日本の修復テクノロジーは65年を境に成長を止め、以来古いものをそのまま完璧に保存する方法しか考えてこなかった。そのため、古い建物の持つ温かみと雰囲気を、新しい建物に魅力的に活かそうにも、その手法を知っている人がいない」ことを指摘しています。
 著者は、国内外の観光客が日本にそっぽを向いた理由として、値段の高さでない「ほんとうの理由」は、「お金をかけて日本を旅しても、美しい景色や快適さという形での見返りが期待できないことにある」と指摘しています。
 第9章「新しい都市――電線と屋上看板」では、「日本が抱える問題は新の近代化を学ばないまま発展したことにある」として、日本の都市の醜悪な眺めが、「古い建物がなくなったからではなく、新しい建物がお粗末なせいだ」と指摘しています。
 そして、「視覚公害」が、都市や郊外にもまかり通っているにもかかわらず、「誰もおかしいとは言わない」のは、「どの建物も規則に厳格に従って」おり、「容積率、建蔽率、機材の設置面積、電話ボックスの間隔、すべて規則通り」であるからであると述べ、「まさに、『アリスの鏡の国』の世界である。規則は厳格なのに無秩序がはびこっている」と指摘しています。
 また、「電話線や電線を地下に埋めていない先進国は、世界で日本ただ一国である」と指摘し、「大都市で電線が一本残らず地価に埋設されるまで国の援助がまわってこないため、地方では電線を埋めることができない」と述べています。
 著者は、「なんとしても地価を上げる」ことが国策となっており、「政府が低い容積率を頑として変えようとしないのも、土地の使用を制限するためである」と述べています。
 第10章「鬼――モニュメントの哲学」では、「犬は難く、鬼は易し」という言葉を、「犬とはゾーニングであり、広告の規制であり、樹木の管理、電線の埋設、歴史的景観の保護、住みやすく美しい住宅の設計、環境に優しいリゾートである。鬼は大蛇の頭をかたどった橋や博物館だ」という意味で用い、「『土建国家』と『傷ついた市民のプライド』が結びついた結果が、世界に例を見ないモニュメントブームを起こした」と指摘しています。
 第11章「『マンガ』と『巨大』――モニュメントの美学」では、建築家を二極に引っ張る力として、
・オブジェクト志向:純粋芸術として自立する建築物
・コンテクスト志向:環境に融けこんだ建築物
の2つの専門用語を紹介し、「日本の場合、この両輪のいっぽうが欠けている『コンテクスト』は存在せず、もっぱら『オブジェクト』があるだけ」であると指摘しています。
 第12章「総決算の日――借金」では、「さまざまなところでさまざまな債務が積み重なっていて、しかも隠れた債務はそれ以上に大きいのだから、はっきりした額をつかんでいる者など一人もいない」と述べたうえで、「目に見えないところでさらに深刻な問題が進行しつつある」として、「積立不足の保険、医療、年金、福祉の分野に見込まれる膨大な財源不足」を指摘しています。
 第14章「教育――規則に従う」では、「絶対的なコントロール」という幕府の夢が、明治政府の「和魂」(トータルコントロール)と「洋才」(義務教育)の結婚によって実現可能になったと述べたうえで、「教育システムが真に目指しているのは教育では」なく、「集団への服従」であり、「去勢」であると指摘しています。
 また、大学教育については、「エリートの頂点に立つ大学」である東京大学について、「先進国の名だたる学府で、世界にも自国の社会にもこれほど貢献していない大学はまずないだろう」と述べ、エリート大学の仕事は、「出来上がった製品にラベルを貼り、出荷する『缶詰工場』に似ている」と指摘しています。
 第15章「教育のつけ――生け花と映画」では、町中に流れる「危険」と「危ない」にあふれたアナウンスの最大の特徴として、「その徹底した子供っぽさ」を挙げて、「戦後日本の教育システムは、日本の次世代を幼児化しようとしている」と指摘し、「幼児化は、現代文化に広範な影響を及ぼしている」として、日本の出版業界の約半分のシェアをマンガが占めていること、国民がハローキティに代表される「かわいい」漬けになっていることを指摘しています。
 第16章「国際化――亡命者と在日外国人」では、医学や先端技術の分野における才能の海外への流出を指摘した上で、「80年代以降、日本に暮らす外国人の構成に大きな変化が起こっていることはあまり知られていない」として、「長期滞在していた外国人が日本を離れ始めている」ことを指摘しています。
 著者は、「国際性」「国際観念」を突き詰めて追及すると、「自国に対してどう思っているか」にたどり着くと述べ、「進まない国際性は何も国際状況に関係なく、問題はみな内にある」として、「若者には『夢がない』、スーパー発明家には『ポジションなし、ボーナスなし』、スポーツは楽しみより忍耐、街と田舎には美しさとロマンがない。それは楽しい国ではない」と指摘しています。
 第17章「革命は可能か――ゆでガエル」では、政府の中核的組織である官僚の役目は、「国の資源(資金、人的エネルギー、企画力、学問知識)をうまく配分することにある」が、その点、「日本の官僚は腐敗と怠惰に侵され、ほとんどすべての分野で資源の配分を大きく誤り、このテストは落第だ。他の先進国と比べると、金融の専門知識、環境保護、道路建設、産業廃棄物の管理、林業、漁業、農業、ゾーニングおよび都市計画、高等教育の水準、薬品の検査、どれも時代遅れで旧態依然としている」と指摘しています。
 また、日本で「三度の革命」として、1853年のペリー提督の「黒船」、第二次大戦後のマッカーサー元帥の進駐軍による指導、そして、「多くの人々が、三度目の革命は今起きるべきだと考えている」と述べています。そして、多くの組織の中間層は現状に幻滅していて、変化を起こせないことにいらだっていると述べ、「未来の改革者たちであるこのグループは、ディケンズの『二都物語』にでてくるドファルジュ婦人のようだ」と述べています。
 著者は、「これからの数十年間、このままやっていけるだけの蓄えはある」ことこそが日本の悲劇だと述べ、「中途半端から日本を目覚めさせることができるのは破産だけだろう」と、アジア経済危機で大幅な構造改革を余儀なくされた勧告を引き合いに出しています。
 「結論」では、「日本のパラダイム」である、「強国・貧民」、すなわち、「国民が大きな犠牲を払うことにより、国家の経済力が増してゆくこと」を見直し、「日本のコンクリートに覆われた川、ゴミゴミした街、金融界の不振、『ハローキティ』化された文化、みすぼらしいリゾート、公園、そして病院などを直視することが必要だ」と述べています。
 著者は、マニュアル化された現代の生け花に「実がない」ことを引き合いに出し、「手の込んだ『鬼』のモニュメントは、『実』の重みに対する一種の防護壁なのだ。しかし、最後には『実』が勝つ」と述べ、「日本が立ち戻らなくてはならない『実』とは、必ずしも西洋で見られる真実ではないかもしれない。日本独自の精神といったものであろう」と述べています。
 本書は、田舎の人間には当たり前のものになり、都市の人間には見えなくなってしまった醜悪な日本の姿を、鏡に映して見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 7月に「情熱大陸」で見て衝撃を受けた後、構想日本のJIフォーラムの会場で流れていたビデオを見て、ぜひ読みたいと思ってました。そして、たまたま8月に茅葺で囲炉裏のある古民家を使った宿に泊まる機会があり、それ以来、古い民家や旅館の建物に泊まったり、蕎麦を食べたり、お風呂に入ったりするのが楽しくて仕方ありません。結構安いところも多いので、そういうところも魅力です。


■ どんな人にオススメ?

・普段目を逸らしている現代の日本の姿を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 アレックス・カー 『美しき日本の残像』
 アレックス カー 『「日本ブランド」で行こう』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
 藤谷 治 『いなかのせんきょ』 2006年10月28日
 佐久間 充 『ああダンプ街道』 2007年10月03日
 佐久間 充 『山が消えた―残土・産廃戦争』


■ 百夜百マンガ

ジゴロ次五郎【ジゴロ次五郎 】

 何の作品を描いても、同じようなテイストにできるという"特技?"を持った人です。週刊マンガ雑誌の連載マンガの在り方というのはこういうもので良いのかもしれません。

2007年10月 3日 (水)

ああダンプ街道

■ 書籍情報

ああダンプ街道   【ああダンプ街道】(#986)

  佐久間 充
  価格: ¥430 (税込)
  岩波書店(1984/05)

 本書は、首都圏において建築資材や埋め立てに使われる山砂の大半を昭和40年頃から供給してきた、千葉県君津市を中心とする一帯で、「給料が次々に削られ、一日に4千台も通るダンプカーが沿道住民に騒音、振動、交通災害や粉じんによる健康破壊を引き起こしている」実態を、保健社会学者である著者が、一軒一軒住民宅を回り、千キロ以上もダンプカーに同乗して聞き取りを行った、精力的な調査によって明らかにしたものです。
 山砂の輸送は、「馬車が通っていた狭い砂利道」に1日4千台のダンプカーがひしめき、「ダンプカーバ巻き上げる砂ほこりで、民家もダンプカーも見えなくなり、日中でもダンプカーはライトをつけ、住民は戸を閉めて電灯をともす日々が6年も続いた。道路は要約舗装されたが、今度は、ダンプカーの荷台からこぼれ落ち、そのタイヤで細かくすりつぶされた山砂の粉じん(=塵)や、排気ガスによる黒い粉じんが、激しい風圧を伴なって沿道を覆うという状態」が続いていることが紹介されています。
 そして、全国にある多数の「ダンプ街道」の中で、本書が扱う君津市は、「参考にした他の都府県のいくつかのダンプ街道と比べても、とりわけ問題が多い」と指摘しています。
 第1章「狙われた山砂――千葉県君津市」では、千葉県君津市を中心とする一帯からの山砂の採取量が、「昭和48年は3773万立方メートルであり、これは全国の山砂採取量の実に72パーセントを占める」と述べ、1年間だけで、「縦・横・高さがそれぞれ100メートルのサイコロ」が37個分、この地方から運び出され、その多くは、東京神奈川の埋め立てに使用されたことが解説されています。その累計は、昭和48年から57年までの10年間で、約1億7000万立方メートルに上り、それ以前を含めると、約2億立方メートルに達するだろうこと、さらに、これら「採取量」は、商品として運び出された他に、表土なども採掘されていて、これらを含めた「認可量」は、「実に3億立方メートルを超える」こと、すなわち100メートル角のサイコロ300個分の山が削られたと指摘し、これだけの山を削り取って、「よく房総半島が持ち上がらないものだ」と述べています。
 沿道の住民の被害については、採取場近くの住民が、「朝は2時ごろから行列するダンプカーのエンジンやラジオの音にまず安眠を妨げられた。小櫃地区では、朝の4時ごろ、走るダンプカーに両手を広げて立ちはだかり、運転手に抗議する主婦も現れた。商店街では、自家用車で来たお客が、店の前に停車したといってダンプカー運転手に怒鳴られ、ついには殴られた。バスの運転手や荷積みをしていた人、電線の工事をしていた人、園児送迎バスの運転手らも同様であった。幅5メートルほどの砂利道に幅2.5メートルのダンプカーが疾走し、すれ違うのだから、沿道の住民との間にトラブルが起きて当然であったが、そのような摩擦が続くうちに、住民はだんだんと泣き寝入りするようになった」と述べています。
 また、道自体も、「砂利道にはダンプカーによって深さ50センチもあるかと思われるほどの穴ぼこやわだちが出現」し、側溝がダンプの重みで潰され、荷台から落ちた砂で埋まったため、雨が降ると一面水浸しになり、おしるこ状になった泥が凄まじい勢いで跳ね上げられたため、民家は昼間も雨戸を閉め、通行人は泥はね用と雨よけ用の2本の傘が必要になったと述べています。
 昼間の砂ぼこりも凄まじく、民家への訪問客が縁側で茶飲み話をして帰ると、くっきりと茶碗の跡が残ったことが紹介されています。
 第2章「ダンプ公害を検証する」では、君津市出身で東大で保健社会学を研究していた著者が、同窓会で革新系の市会議員である榎沢正雄氏から、「生まれ故郷で、ちっとやってみる気はねえかえ?」「こっだけ住民が来るしんでっだもん、学問にもなるはずだけどな……」と声をかけられたことをきっかけに、山砂ダンプとのかかわりがはじまったことが述べられています。
 榎沢氏に案内されて、学生と一緒に山砂採取の現場を回った著者は、「先生、これこそ保健学のテーマじゃないですか。ダンプがいっぱい走っていて、うるさくて、ほこりがあって、人が死んで……」という学生のつぶやきを紹介しています。昭和51年6月に、初めての住民への訪問調査が行われ、その年の10月に行われた日本公衆衛生学会の発表では、「千葉県や君津市などの行政機関が、被害を受けている住民の救済にどのように対処しているか」という質問が出され、「行政は住民の被害を軽く見ているせいか、警察がたまに取り締まる程度である」と回答したと述べています。
 この他、著者らは騒音と振動、粉じんの測定を行っていますが、粉じん測定のときには、住民が「見たこともない」という散水車がやってきて調査ができず、同行した市の職員に「どこかで業者に通じているなという疑惑が一瞬去来した」と述べています。
 第3章「『ダンプ野郎』たちの言い分」では、木更津市の千葉県ダンプカー協会木更津支部(「君津支部」の誤りか?)を訪れた著者が、採取業者から、「ダンプの運転手というのは、、タクシーも、平ボテつまり普通の大型トラックもつとまらない者が多い。計算が苦手で、月々の売上も満足に把握していない者もいる。そのうえ過当競争で、自分のことばかり考えるから買い叩かれてしまう」と解説を受け、ダンプカー運転手の名簿など存在しないことを聞かされます。著者はやむなく、赤信号で停まったダンプにチラシを配り、運転手の溜まり場で睨み付けられながら調査を依頼したことを述べています。著者は、「口数が少なく眼に凄みのある木枯らし紋次郎のような男」に、個人名は出さず、ダンプが苦しいことを書くことを条件に、助手席に乗せてもらい、長時間労働で、1000万円する新車の月賦や燃料費に追われて苦しいことなどの話を聞いています。この"紋次郎"氏は、「朝は4時半に起きて軽く朝食をとり、5時には握り飯をニ食分持って自家用車で家を出る。5時半に採取場に着き、前の日に積荷を済ませてあるダンプに乗ってすぐ港に向かう。世帯持ちだから弁当を持参できるが、独身者などはろくなものを喰っていない」と語っています。
 また、ダンプ宿舎に泊まりこみ、早朝3時半に出発する北国出身の52歳のTさんのダンプに同乗し、「本当はネ、こんなに早く走りたくないのサ……~年よりは年寄りなりに車のいない夜のうちに、こうやって走るのサ」という言葉を紹介しています。
 さらに、東北からの出稼ぎのNさん(29歳)が、採取場から港の岸壁までの一日中のピストン輸送の「レース」で肝臓を壊して入院した話を紹介し、新車の月賦25万円を抱え、1回4500円の売上を1日8往復して3万6000円の中から燃料費1万2000円かかり、保健、修理代などを計算すると、実収入は月15万円程度しかなく、事故をやったり注文の少ない時期には赤字になってしまう実情を紹介しています。そして、出稼ぎの人は、知らない土地で仕事をするために「親」を通すことが多く、一匹狼では事故のときに負けてしまい、一旦にらまれたら他のダンプに意地悪されてしまうので「親の庇護が必要となる」うえ、新車を買うにも、よそ者はディーラーに吹っかけられるので、親のカオや頭金を借りなければならず、親には「子」は「毎月の売上の三分から八分を手数料として、親に支払わねばならない」ことが紹介されています。
 著者は、「ダンプ野郎」たちの生活を、「労働時間は非常に長く、12時間程度が6割、15時間以上が2割もいる。10時間以下は2名しかいない。月当たり労働日数は平均25日である。食事は極めて不規則で、朝食なしのうえ、昼食もインスタント物で済ませ、二食とも満足に取らない者が4分の1である」と紹介しています。さらに、健康状態に異常がある者が約7割(胃腸障害4割、腰痛3割、痔1割)いて、肝臓障害のある3名中2人は最近入院していると述べ、「ダンプカー運転手は、20年近くもあまりかわらない低運賃と過当競争、長時間労働などのために、その3分の2は体を壊し、沿道住民への公害を気にするどころか、みな赤字の脅威におびえ、借金で破産・転落が目前の者が多数いる」と解説しています。
 第4章「舞う粉じん、住民の肺へ」では、昭和54年春に、訪問調査と、騒音・振動・粉じんの測定結果を「山砂を運搬するダンプカーによる住民被害」とまとめ『日本公衆衛生雑誌』に掲載したが、資料集めにいった千葉県庁で、調査報告書を引用した住民からの陳情書を突きつけられ、「こりゃあんたか。なぜマイナス面だけを強調するのか。公害がなくても騒ぐのが今の風潮だ。世の中は"相身互い"ではないか」とたしなめられた(何様?)ことが述べられています。
 昭和56年3月に実施した住民対象のじん肺検診では、「受信者の約半数に、初期のじん肺所見があり、要治療者も15名いる」というショッキングなものであったため、住民への個人通知は「じん肺」という言葉を避け「慢性気管支炎」という表現を用いたことが述べられています。
 しかし、検診結果の発表直後、地元君津市は、「君津市の住民の症状は、じん肺ではなく慢性気管支炎と考える。じん肺と認めるかどうかは、今後千葉県と協議する」と千葉県に下駄を預け、昭和56年6月には環境庁が千葉県に被害調査を命じ、「住民健康問題調査専門委員会」が設置されたことが述べられています。しかし、県専門委員会から著者らへは一度も問い合わせはないまま、「じん肺はゼロ。ダンプ粉じんと人体影響との因果関係は不明」と記者会見し、著者らの診断を全面的に否定した上、著者らに対する報告は全くなかったことが述べられています。さらに、採取業者は、千葉県予防衛生協会に依頼して従業員264名のじん肺検診を実施し、「全員異常なし」という、一部従業員に対して検診した著者らの所見と全く異なる結果を公表したことが述べられています。
 著者は、汚染地区の粉じん量が桜島の火山灰に匹敵する量であると解説した上で、「県専門委員会による『じん肺ゼロ、因果関係不明』という発表は、これらをすべてもみ消すことになり、採取業者はこれによって大いに元気付けられ」たため、ダンプも水平積み、シート掛けをやめ、シートを掛けずに自由な過積載にもどったと述べています。
 第5章「深刻な被害が浮き彫りに」では、地域においては少数派である被害住民の意見がほとんど反映されない「山砂公害対策協議会」が立ち上げられ、著者も理事に就任したが、その理事会の席で山砂組合の理事長から新規の採掘への承諾書へのハンコを求められ、これに反対してからは理事会に招かれなくなり、しかも、当時の沼田武・千葉県知事が「じん肺問題もあり、当分は新規の採掘認可をしない」と言明した矢先に、その採掘が始められてしまい、著者は理事を辞職したことが述べられています。
 また、家の中にダンプが飛び込んでくることもたびたびあり、粉じんや排ガスにまみれ、交通事故死が頻発し、付近には交通事故死の供養柱が絶えないことが紹介されています。
 第6章「各地のダンプ街道を見る」では、神奈川県中井町でダンプ公害をなくしたという「神奈川方式」の産みの親である高橋巡査に会い、街宣車やいやがらせ電話にも負けず、少年院を出たばかりの荒くれ者も多い運転手に向かって上着を脱いで"決闘"を挑み、腕相撲では誰にも負けず、体当たりで徹底した取り締まりをした一方で、「組合も何もないダンプ業界の改革に着手」し、「運転手に組合を作らせ、組合員でないダンプには、採取会社が砂を売らないよう」にさせ、厳しい組合の規則を作り、「組合化してダンプ運転手の統制をとり、運賃を一定にすれば、生活も安定し、事故も減るのだ」と説得を続けたことを紹介しています。この結果、「昭和51年ごろにはダンプ公害がほぼ解消し、運転手の採算状況も安定してきた」ことが述べられています。
 高橋巡査は、「捕らえるだけではイジメッ子だ。彼らの生活を考え、メリットを与えてやらなければだめだ」と語り、協力者の一人である骨材協同組合の石田専務は、「採取会社さえその気になれば、ダンプ公害などは必ず改善される」と語っています。
 第7章「どこまで続く、ダンプ公害」では、著者が、君津の山砂がどの事業に消費されているかの資料を求め、ダンプカー協会や千葉県君津支庁商工労政課に足を運んだが、「国家的な貢献が大で、膨大な資源を動かしている山砂産業ではあるが、その統計資料となるとあまり整備されていなかった」と述べ、採取場関係者の言葉として、
・公害研究者には口が固くなる
・転々と流通するのでその過程が明らかにならない
・業者間でもお互いの手の内は明かさない
という理由を紹介しています。
 さらに、「山砂採取業者と国会議員、県会議員、市会議員との関係は密接である」として、
・採取業界の長老は、故水田三喜男代議士など、有力な国会議員の後援会長を長年続けてきた。
・ハマコーこと浜田幸一代議士は、かつて小糸地区の採取会社第一号である鎌滝建材の役員であった(「東京タイムズ」記事より)。
・その浜田派に属する渡辺二夫県議が千葉県ダンプカー協会君津支部長である。
など、山砂採取業者と政界の密接な関係を指摘しています。
 本書は、20年以上の昔に出版されたものですが、現在に至るまで問題は根本的に解決されておらず、常に悲劇の再来をはらんだ、現代に通じる一冊です。


■ 個人的な視点から

 中学の時の先生が、鬼泪山を削って山砂を取る計画に反対して、一度削ってなくしてしまったら、伝説のある山は二度と戻ってこないんだ、ということを切々と訴えていましたが、当時は子供だったからなのか、そういう時代だったからなのか、その意味が分かりませんでした。山が無くなって、景色が変わってしまう、ということに現実味が無かったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・東京湾は何で埋められたのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 佐久間 充 『山が消えた―残土・産廃戦争』 
 石渡 正佳 『産廃コネクション―産廃Gメンが告発!不法投棄ビジネスの真相』 2006年03月28日
 石渡 正佳 『不法投棄はこうしてなくす―実践対策マニュアル』 
 石渡 正佳 『リサイクルアンダーワールド―産廃Gメンが告発!黒い循環ビジネス』 
 石渡 正佳 『スクラップエコノミー なぜ、いつまでも経済規模に見合った豊かさを手に入れられないのだ!』 
  『』 


■ 百夜百マンガ

ねじ式【ねじ式 】

 千葉というか房総半島には縁の深い漫画家さんです。とりあえず、この本を持って太海の漁師町をウロウロしてみたいものです。

2007年10月 2日 (火)

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年

■ 書籍情報

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年   【選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年】(#985)

  季武 嘉也
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(2007/06)

" 本書は、「選挙といういわば理想的でオモテの制度を、選挙違反というウラ側から覗くことによって、近代社会の歪みの実態を浮き彫りに」することを目的としたものです。
 「何をしたら選挙違反か」では、第1回衆議院議員選挙では、「選挙の自由」に対する犯罪とは、「強て選挙人の本意に反して投票せしむる」行為であり、
・職権乱用
・勢力乱用
・脅迫
・暴力
・詐術
の5点が該当するものとされていたことが述べられ、選挙ポスター、立会演説会、選挙費用制限などの規定は全くなかく、「選挙であろうがなかろうが犯罪となる」ものである「不正行為(あるいは実質犯)」に対する選挙違反は規定されているが、「戸別訪問や選挙ポスター貼り付けなど、それ自体では不正ではないが、選挙においては公平さを欠くという観点から違反とされる行為」である「不法行為(形式犯)」が登場するのは、普通選挙を規定した大正14年(1925)5月5日の改正衆議院議員選挙法(普選法)からであることが述べられています。
 著者は、日本の普選法が、イギリスをモデルに、日本独自の戸別訪問禁止などを加え、「イギリス以上に厳しい制限を設けるもの」となり、選挙粛清運動の直接の契機となった昭和9年6月23日の改正衆議院議員選挙法では、
・事前運動の全面的禁止
・選挙委員の制限
・選挙事務所数の制限
・選挙費用の制限
・連座規定の強化
・選挙公報の発行
など、「運動の制限、公営化、厳罰化が進んだ」ことが解説されています。
 「違反者数の推移」では、第1~9回(帝国議会開設~日露戦争)の時期には、「少数エリートに対し比較的多額な買収がなされた」が、第10~17回(日露戦後~普通選挙実施・政党内閣)の時期には、「買収対象が拡大した一方で額は減少した」ことが解説されています。
 「選挙干渉とムラ」では、帝国議会開設後の初期の選挙干渉について、明治25年の第2回総選挙において起きた、「全国で死者25名、負傷者388名を出す大選挙干渉事件」を取り上げ、最も流血が激しかった高知県では、吏党系議員を指示する知事らの勢力と、村を挙げて自由党派であった宿毛村との間での緊張が高まり、四万十川では銃撃戦に至ったこと、民党勢力が強かった福岡県三池には、吏党系団体が、「数百名の屈強な壮士」を送り込み、衝突が起こったこと、等が紹介されています。著者は、われわれが、「ついつい自由党・改進党など中央の政党本部が厳然と存在し、各地でその支部が機能しているという中央集権的な政党をイメージしがち」であるが、「実は各地域で『自由』を標榜する地方政社が族生し、それらを総称して『民党』と呼んでいた」のであり、「とりあえず自由党と地方政社とは組織上は無関係であった」と述べています。
 また、小選挙区制度が採用された理由として、現在の考えでは、「小選挙区制度は多数による少数の支配として理解される」が、当時は、「小選挙区にすれば、全国的には少数派であるグループも特定選挙区では多数派となるチャンスがあり、その代表が国会に出ることによって少数意見も国会の場で公平に反映される」と考えられ、また、政府の主眼は、「選挙民が候補者を熟知し適切な選択がおこなえる」という点であったこと、そのため、「非立候補制度」が採用され、それを確かにするのが「記名投票」であったことが述べられています。そして、藩閥政府の意図としては、「衆議院議員選挙法は安定志向で人格・識見に優れた人物を地域の中からいぶり出し、天皇・国家官僚と責任を分かち合ってともに進退させることを目指したものであった」と述べています。
 さらに、自由民権運動における、ムラの騒擾と団結については、その要点として、
(1)騒擾の基本は村内対立、村対村、郡内対立など地域間の民対民の対立であること。
(2)その対立はどうやら民党・吏党という形をとっていること。
(3)対立の要因が、戸数割のようにすべての住民に関わってくる税金、小作地引き上げという零細農民の死活問題、行政区画の変更あるいは道路位置という全村民の生活に関わる問題であったため、ムラをあげての騒擾となったこと
の3点を挙げています。
 第4章「買収の実態」では、明治30年ごろに買収に変化が生じ、
(1)当選後の祝賀会がなくなり、替わりに金品が届けられるようになった。
(2)有権者からなる「重立たる者」たちが形成されたこと。
の2点を挙げています。
 また、買収に関する面白い新聞記事として、明治23年(1890)5月29日付『松江日報』に、「国会議員周旋会社」の広告記事という体裁で、「一方で議員希望者の希望をかなえ、他方で貧民に事前を施す意味で本社が買収を斡旋する」というもので、
・1票10円(7万5000円相当)以上:必ず請合ったという捺印つき
・5円:捺印なしの請合書のみ
・3円:書面もない危うげな半請合い
・酒池肉林の大饗応:「一票を投じるよ」という掛け声を進上
・菓子折一箱:「一票ができました」という噂を差し上げる
という内容のジョークであったことを紹介しています。
 「政党化と買収事件の多発」では、明治20年代から30年代初頭にかけての特徴として、町村から国家に至るタテのチャンネルを巡る攻防となり、「政党対藩閥政府という点では政党が勝利したのであるが、『地方主義』対中央集権という意味では敗北した。そして、その要因は官僚勢力の強さだけにあったのではなく、むしろ政党そのものにあった。また、その敗北の慰労金がわりに買収という形でカネがばらまかれることになり、それゆえにこの時期は買収事件が多発する」と述べ、さらに、買収が「団結をなしていたムラ・郡を単位としておこなわれることが多かった」ので検挙者数が多数に上ったと述べています。
 また、この時期の買収の特徴として、
(1)中央から地方へ、買収資金も人=中央人種も動いた。しかも、それが政友会と非政友会系政党という二大政党の形をとったため、県議・町村長・町村議も二つに系列化された。
(2)そのカネを受けて買収に主導的に動いたのは、県議をボスとする町村長・町村議らの地方名望家クラスの地方議員であり、それを受容したのが公民(「重立たる者」)であった。
の2点を挙げています。
 「理想選挙と選挙運動の受容」では、明治44年以降に広く用いられるようになった「理想選挙」運動の影響を受け、第12回衆議院議員選挙(大正4年)では、選挙戦術が大きく変容したことを述べながら、「ムラにおいてはいまだ買収は『労少く安上り』で確実な方法」であり、大熊内閣も「候補者に公認料を支給して買収を助長し、他方で近代的な選挙戦術もとった」と述べています。
 また、国民の「政治思想の発達」によって、候補者の側も「自らの清廉性やスマートさを有権者にアピールしなければならなく」なり、「代議士の質の変化」が促され、「このような選挙戦では演説・言論を得意とする職業的政治家か、あるいは逆にありあまるほどのカネを持っている大実業家が有利となり、従来の地方名望家はますます苦しくなっていった」と述べ、職業政治家たちが連続当選を目指す中で、「カネや選挙運動について制限を加えようという動き」が起こってきたことが、普通選挙法による規制へとつながっていったことが解説されています。
 「普通選挙と地盤培養」では、普選後の選挙において、「集票活動の第一段階は地盤培養であり、第二段階が買収」であり、地番培養の方法としては、
(1)鉄道、道路、官衙、学校、病院、その他の造営物の解説など地元の要求を政府・自治体などに働きかけること
(2)各種地方選挙の際には自分の腹心を極力応援したり、彼らの支部運営費・党費・出張費・大会費などを負担すること、すなわち代議士を中心とした地方議員組織を形成すること
(3)各種工事の補助金下付、水利権許可、土地森林払下、あるいは結婚や就職の斡旋など個人の要望の実現のため働くこと
(4)公私の紛争の際に調停役を引き受けること
(5)青年団・在郷軍人会ら各種団体の行事に参加すること
の5点を紹介しています。
 「大衆化と選挙粛正」では、昭和7年の五・一五事件によって政党内閣が幕を閉じ、政党に対する風当たりは、「選挙から買収など不正行為を一切排除しようという選挙粛清運動」につながり、第19・20回総選挙(昭和11・12年)は「粛清選挙」といわれたことが紹介されています。
 また、日中戦争開始後に、防災活動や物資配給で行政組織の末端として利用されたマチの町内会やムラの部落会を最初に利用したのは、選挙粛清運動であり、町内や村落単位の「懇談会」では、
・まず車座に座らせる。
・「君が代」レコード清聴
・発起人挨拶
・「選挙粛正の歌」レコード清聴
・『選挙粛正絵ばなし』の配付
・お茶と菓子を出して懇談
・印刷物の輪読
・選挙粛正の宣誓署名
・「君が代」レコード清聴
・閉会の辞
という次第でおこなわれたことが紹介されています。
 著者は、内務官僚が、「名望家秩序」という難敵に対し、「彼らのいわば接着剤であるところの選挙買収に徹底した攻撃を加えることによって、確かな手ごたえを得た」と述べ、その効果は選挙以外に波及し、「官僚は名望家を介さず国民全開層に至るさまざまな行政の道すじをつけることに成功」し、「以後、官僚の影響力は、国民精神総動員運動、翼賛体制運動や戦時体制の確立を通じて、一層国民生活に浸透していく」と解説しています。
 「大型化する買収事件」では、昭和24~38年までの第24~30回衆議院議員選挙に関して、戦後、GHQによって一度廃止された町内会組織が、この時期に徐々に復活しつつあったことと、その中には、「町内有力者が町内有権者に対し投票行動において一定の影響力を及ぼす」ことが含まれていたこと、また、「候補者―都議―市・区議―町内会長という縦のラインが形成され、しかもそこから大量の検挙者を出していたことからわかるように、官僚が最も打倒すべき対象とした『名望家秩序』と似たような体制」が、個人後援会という形で復活を果たしたことが述べられています。
 また、この時期の選挙犯罪の特徴として、
(1)選挙運動の主眼が組織の取り合いにあった、すなわち「ぐるみ選挙」であったため、事件が大規模化した。
(2)末端の有権者にはほとんどが百円から三百円相当の酒食であり、非常に安いということ。
(3)候補者側からいえば個人後援会という形式をとり、そのルートを利用して買収することが多かった。
の3点を挙げ、「従来のような地元有力者たちが取りまとめる票では限界に達し、当選のためには『一般有権者の間に直接の支持を組織化』する必要が生じ、それを『会員多数を擁する組織に任せ』たもの」であり、以後も現在に至るまで成長していると述べています。
 「公明選挙運動」では、買収のテクニックとして、
・選挙カーを田んぼ道にわざと落とし、農民に引き上げてもらい、御礼に多大な金を渡す。
・候補者が自宅の新築祝いに近隣住民に多額な金を振舞う。
・親類の家に行き、知らぬ間に千冊すう枚を座布団の下に置いて帰る。
等の事例を紹介し、「それが明確に買収であるというのではなく、社会的慣習か、あるいは出所不明として取り扱うことも可能な形で行われていた」と述べています。
 「イメージ選挙と過疎化」では、昭和54年10月4日に新聞報道されたある選挙参謀の談話として、「買収はカネさえあればよいというのではなく、信頼できる人間同士が一対一で授受を行わなければ密告される危険が高くなったので、ピラミッド型の機密性の高いルートを作り出さなければならない、またこのような買収によって集められる票は全体の一割である」という言葉を、「当時において比較的共通した意見」として紹介しています。
 「鏡としての選挙違反」では、昭和40年以前は、選挙が社会の諸組織と密接な関係を持ち、選挙違反も多かったが、選挙に参加する者も多かったのに対し、それ以後のイメージ選挙では、選挙違反も減ったが、投票率の低下も顕著になった問題について、著者の私見として、
(1)国民の間に一時的興奮を創り出した小泉前首相の劇場型政治において、せっかく向き合った演技者と観客の間に亀裂を生じさせず、さらに継続、拡大して、政党後援会的なものに発展させるように意図してはどうか。
(2)昭和戦前期から、選挙違反を撲滅しようとする運動のモデルは、選挙の公営化や連座制の強化によって成功したイギリスであったが、現在はイギリスを上回る公営化によって多額のカネと複雑な規制を必要としているが、候補者側のより自由な有権者への接近によって、投票率を高めることを期待した、選挙の自由化が必要ではないか。
の2点を述べています。
 本書は、現在では当たり前と思われている日本の選挙の在り方について、ゼロベースの視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 選挙違反自体はもちろん法に反することですが、こと買収に関しては、買収が成立するためには、カネが流れるための血流部分とも言うべき部分をマチやムラの豊かなソーシャルキャピタルが担っている必要があるという意味で、コミュニティとしての豊かさが必要になるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・日本の選挙が当たり前だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 藤谷 治 『いなかのせんきょ』 2006年10月28日
 林 真理子 『幸福御礼』 
 村松 岐夫, 伊藤 光利 『地方議員の研究―日本的政治風土の主役たち』 2005年02月21日
 東大法・蒲島郁夫ゼミ 『選挙ポスターの研究』 2007年01月15日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日
 倉沢 進, 秋元 律郎 『町内会と地域集団』 2007年04月20日


■ 百夜百マンガ

サムライダー【サムライダー 】

 伝説となったバイクKATANAに乗って日本刀を持っている、という設定だけでもだいぶ無理がありますが、近年の和風テイストの仮面ライダーのルーツのひとつなのかもしれません。

2007年10月 1日 (月)

働くみんなのモティベーション論

■ 書籍情報

働くみんなのモティベーション論   【働くみんなのモティベーション論】(#984)

  金井 壽宏
  価格: ¥1890 (税込)
  NTT出版(2006/10/13)

 本書は、大和言葉で、「動機づけ、意欲、やる気という意味合い」を持つ「モティベーション」について解説しているもので、本書では、モティベーション論を「緊張系、希望系、持論系」の3つの系統に分けて取り上げています。
 「プロローグ」では、「この本で言いたいこと」は、「自分のモティベーション(やる気、意欲、動機づけ)を自分で調整できる人間になるための手立てを探ること」であり、そのためには、「モティベーションについて、自分なりの持論(しばしば、本書で持<自>論と表記する)を持つことだ」と強調しています。
 第1章「モティベーションに持論をもつ」では、本書全体を通じて強調したいこととは、「自分を知ること、自分の生きる世界を知ること」であると述べ、前者が「セルフ・セオリー」に、後者が「ワールド・セオリー」に関わると述べています。
 そして、本書で紹介するモティベーション理論の系統として、
(1)緊張系:ズレ、緊張、不協和、欠乏を解消、回避するためにひとは動く
(2)希望系:夢、希望、目標、自己実現、達成など、ありたい姿に近づくためにひとは動く
(3)持論系:自分がどうやれば動くか暗黙にあるいは明示的に知っているまま、ひとは動くことになる。
の3つの系統を挙げています。
 第2章「持論がもたらすパワー」では、すぐれた内省的実践家が自然に気づいているように、「自分の経験と経験の内省と、自分なりの思考からたどり着いた持論を、研究から生まれてきた理論とつき合わせてみたい」というときの理論への接し方として、
(1)シャワーを浴びるように、たくさんの理論に触れること。
(2)世の中にたくさんの理論があるとしても、その根源深いところにおける理論の基本類型をつかむこと。
の二通りがあると述べています。
 第3章「マクレガー・ルネサンス」では、学者であるマクレガーが使った「X理論とY理論」という言葉が、教科書では研究者が構築した理論のように紹介されるが、「これこそが大きな(そして、マグレガーの真意からはズレの大きい)誤解」であると述べ、マグレガーは、「実践家がモティベーションの持論を、いくつかの項目からなる仮定群として抱いている」ことを描こうとしたと述べ、「X理論とY理論」は、「マネジャーたち自身が抱く対照的な人間観であり、持論に他ならない」と指摘しています。そして、「社会科学者が構築する公式の理論のように、科学的に検証されてはいなくても、実践家は、自分なりに自分の意思決定やアクションを左右する仮定群を持っている。それが、実践家が抱くセオリーにほかならない」とマグレガーの考え方を解説しています。
 また、「マグレガーの最大の貢献」として、
(1)管理者になる頃には、意識している度合は低いかもしれないものの、モティベーションについての持論を持っていること。
(2)どのような持論を持っているかによって、部下の働き方、したがって職場のありようが変わってくること。
を明らかにした点にあると指摘しています。
 第4章「外発的モティベーションと内発的モティベーション」では、「外発的動機づけを考えるための理論的視点と、外発的動機づけのみに頼ることの危険」について議論しています。
 まず、外発的動機づけに過度に依拠することのマイナスとして、このことを最もラディカルに批判してきたアルフィー・コーンを取り上げ、外発的報酬が悪影響をもたらす理由として、コーンが注目した、
(1)報酬は罰になる
(2)報酬は人間関係を破壊する
(3)報酬は理由を無視する
(4)報酬は冒険に水をさす
(5)報酬は興味を損なう
の5点を紹介し、さらに、この問題の先鞭を切ったデシの主張として、
(6)報酬は使い出したら簡単には引けない
(7)報酬はそれを得るための手抜き(最短ルート)を選ばせる
の2点を追加しています。
 そして、コーンが、読者からの手紙で、「間もなく3歳になる娘が寝る時間なのに、何度も何度もベッドルームから出てくるときに、どうしたらいいのか」と質問され、その選択肢として、
(1)「3つ数えるうちにベッドに戻らないと、テレビは一週間禁止よ」
(2)「今晩から3晩、ちょろちょろせずにすぐに寝たら、欲しがっていたぬいぐるみのクマを買ってあげるわ」
(3)「なぜベッドから何度も起きてくるのか、理由を探さなくちゃね」
の3点を挙げていることを紹介しています。
 さらに、「内発的動機づけの最も有力な論者として君臨」するデシを取り上げ、彼が、「有能感と自己決定(self-determination)」に注目したことを紹介しています。
 第5章「達成動機とその周辺」では、経営学における経営管理や組織行動のテキストで必ず紹介される理論モデルである「期待理論(expectancy theory)」について、「努力しだいでそのような報酬(実際には、多種多様な報酬の束)にありつける主観的確率(期待)をその報酬(の束)の価値との相乗効果(掛け算)で、実際にどれくらい努力を投入するかという大きさで示されるモティベーションの水準が決まる」というものであり、「期待×価値(誘意性)理論」とも呼ばれると紹介しています。
 また、達成動機の研究を高い達成動機を持ってとことんやりぬいた、デイビッド・マクレランドが、達成動機の所在を、
(1)達成の卓越した水準を設定し、それに挑む。
(2)自分なりの独自なやり方で達成しようとする。
(3)長期間かかるような達成に取り組み、その達成を期待する。
の3つの基準に所在を見極めようとしたと述べています。
 さらに、「内発的動機づけの理論に、デシとは異なる立場でユニークな貢献をおこなった」研究として、チクセントミハイの「フロー経験」とマズローの「思考経験」を取り上げています。フロー経験の特徴としては、
(1)行為と意識の融合
(2)限定された刺激領域への注意の集中
(3)自我の喪失や忘却、および世界との融合感
(4)自分の行為や環境を自ら支配できているという感覚
(5)首尾一貫した矛盾のない行為が必要とされ、そこに明瞭なフィードバックがあること
(6)自己目的的、つまり他の目的や外発的報酬のためにそれをしているのではないこと
の6点を挙げています。
 第6章「親和動機」では、心理学者のデイビッド・ベイカンが、「人間には"エイジェンシー"として生きるという面と、ひとりではなくみんなと一緒だという"コミュニオン"な面の二重性がある」と説いていることを紹介し、日本ではこれを「主体性」と「共同的」と約すことが多いと述べています。
 また、「マズローは、自己実現以外に愛と所属の欲求、マクレランドは、達成動機以外に親和動機、デシは、自律性と有能性意外に関係性にも注目する」理由として、
(1)遺伝子レベルで、われわれは集まり、親密さ、社会性を大事にするようにできているという考え。
(2)ベイカンの言うコミューナルなものが人間性の根底を占めるという考え。
(3)関係性に注目する精神分析の学派の考え。
(4)マッカダムズが、モティベーション論では「親密動機」に強く注目し、生涯発達の面では「世代継承性」にこだわりを見せた。
(5)有能感と自己決定(自立)を重んじるデシも、人が本当に充実した生き方を希求するなら、関係性が大事になってくることを強調している。
等の解説をおこなっています。
 第7章「目標設定」では、モティベーションが、「『今、がんばる』という瞬発力の世界」で、キャリアは、「『長期的な生き方・働き方の意味づけ』という持続力の世界」であり、両者はばらばらではなく、「毎日のがんばりの積み重ねなく、長期的に意味のある生き方はむずかしいし、今打ち込んでいることが長い目で見て意味の感じられる行き方につながると見通せるなら、そのことがいっそう今がんばる気を万全なものにしてくれる」と述べています。
 第8章「自己実現」では、「自己実現の欲求以外なら、『動機づける』ことができる」が、自己実現は別格であると述べ、「下位の四つだけが動機づけの問題で、自己実現は発達の問題だと強調するため」に、「自己実現の欲求」をピラミッドから切り離した図等を紹介しています。
 第9章「実践家の持論」では、世の中に、「努力や能力という自分の側に原因を求めるタイプの人」(インターナルズ=内部帰属者)と、「課題や運という環境の側(自分の外側)に原因を探しがちな人」(エクスターナルズ=外部帰属者)とがいると述べています。
 また、モティベーションを学ぶ意味として、「若いときは自分を動かすためのモティベーションを知れば十分だが、やがて人に動いてもらう立場になると、どうすれば他の人々の動いてもらえるかという点を踏まえてモティベーションを学ぶ必要がある」と語っています。
 本書は、自分のモティベーションで悩んでいる人にも、部下のモティベーションで悩んでいる人にもお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中でも触れられていますが、「モティベーション」を「動機づけ」と訳すのにはやはり違和感があります。どうしても、目の前にニンジンをぶら下げられる絵を想像してしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・自分や部下のモティベーションに悩んでしまう人。


■ 関連しそうな本

 ヴルーム, 坂下 昭宣 『仕事とモティベーション』 2006年02月17日
 ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日
 金井 寿宏, 高橋 潔 (著) 『組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト』 2005年04月27日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳) 『楽しみの社会学』 2005年02月08日
 エドワード L.デシ (著), 安藤 延男, 石田 梅男 (翻訳) 『内発的動機づけ―実験社会心理学的アプローチ』


■ 百夜百マンガ

ボンボン坂高校演劇部【ボンボン坂高校演劇部 】

 「あ~る」にしてもそうですが、若いマンガ家が描く文科系部活漫画は楽しいです。新入生が珍妙なセンパイに翻弄される、という設定はたいてい同じですが。

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