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2007年12月

2007年12月31日 (月)

音の不思議をさぐる―音楽と楽器の科学

■ 書籍情報

音の不思議をさぐる―音楽と楽器の科学   【音の不思議をさぐる―音楽と楽器の科学】(#1075)

  チャールズ テイラー (著), 佐竹 淳, 林 大 (翻訳)
  価格: ¥3780 (税込)
  大月書店(1998/03)

 本書は、1989年から1990年にイギリス王立研究所で行なわれた「クリスマス講演」を再現したもので、生徒たちが科学に興味を抱くように促すために、科学と音楽の結びつきについて実験つきで講演したものです。
 第1章「音楽とは何か」では、
(1)聴衆が講演を聴こうとして階段行動に入ってくるときの音
(2)シンフォニー・オーケストラがメンデルスゾーンのバイオリン・コンチェルトの第一楽章を終えるときの音
(3)シンフォニー・オーケストラがコンサートの前に音合わせをしているときの音
の3つの波形を示し、みんな同じに見えるが、1、2秒聞けば音の種類が分かることについて、「私たちがこの3つの音のどれを聴くときでも、とても精確な情報を受け取っているという事実」を指摘しています。そして、この3つの音の波形のトレースが、「一本の線だけでできている」ことが、「音を記録するマイクロフォンの前で変化する圧力を表しているのですから、これは予想されることです。圧力は急速に変わるとしても、どの時点でも各点で一つの値しか持ちません」とした上で、音源が一つだけではないことが即座に分かり、少し練習すれば楽器を聞き分けられることができることを、「人間の脳は驚くべきもので、この離れ業をやってのけるだけでなく、信じられないほどすばやくやる」と述べています。
 また、「第一族の楽器」として、「それぞれの音に対して別々の振動する装置が使われて」いる楽器として、ハープ、チェレスタ、オルガン、ピアノなどを挙げています。
 さらに、「いくつくかの音の組合せが『心地よい』か『耳障り』かを何人の人たちに判断してもらう」という音響テストをした際に、「新たな組み合わせの音をはじめて聞くとき、脳は未知の音の正体を特定しようと」するが、「二度目にその組合せを聞くとき、脳は即座に、その音を前に聞いたことのあるものだと認識」し、「この実験をおこなうという行為そのものによって、実験をしている被験者が変わってしまう」ことを解説しています。
 この他、「可聴領域全体にわたって、音楽的に等しいと判断された音程は実際に、等しい周波数比に対応していると暗黙のうちに仮定」していたが、「領域の上の端と下の端では、この法則からのずれのあること」について、「領域の上の端では、ピッチの変化は普通、この単純な法則が予測するより小さく判断され」ると述べ、このことから、「客観的に測れる量との関連で主観的な量を測定しようとしているときはいつも、私たちの驚異的な脳が考慮に入れるさまざまな変数があまりにも多いので、正確にどんな条件で測定が行なわれているのかを明確に述べるのはきわめてむずかしい」と指摘しています。
 第2章「楽器の本質」では、「第二族の楽器」として、「振動装置が一つだけ、あるいは、わずかな数だけしかない楽器で、何らかの方法で振動体を変化させて、ピッチを変え」ると述べ、木管楽器やバイオリン、チェロ、ギターなどを挙げています。
 また、「第三族の楽器」として、倍音を使用する楽器を挙げ、「厳密に言えば、第三族の楽器は信号ラッパとポスト・ホルンだけ」であると述べています。
 さらに、楽器を識別する上で、「エンベロープは全体が極めて大切」とした上で、「その中でも格別に重要な部分」として、「アタック」あるいは「立ち上がり」と呼ばれるはじまりの部分を挙げ、「脳が楽器を識別するプロセスでそれぞれの音のはじまりがいかに重要であるか」と述べています。
 第3章「科学、弦楽器、シンフォニー」では、悪いバイオリンとよいバイオリンを区別する上で、問題点として、「名演奏家が持つと、よいバイオリンはほとんど演奏者の肉体の一部のようになって」しまい、「弓は腕の延長になり、脳、演奏者の腕の運動神経と筋肉、神経信号の間には信じられないほど複雑な相互作用が生じ」るため、「こうした演奏家は反応の大きな違いを補正してひくことができ」、悪いバイオリンでも、「超一流の演奏家が手にすれば、実に見事な音を」出すと述べています。
 また、ピアノの弦が「太くてかたいため、現の振動は他の弦楽器の軽くて細い弦のように単純」ではなく、「特に上音が、基音の整数倍からかなりずれて」いると述べ、「正確な倍音でピアノの音を電気的に合成すると、ピアノの音らしく聞こえず、あまり心地よくない音に」なり、「現実のピアノと同じように倍音からずれた上音を合成すると、音楽家がよく『暖かさ』と呼んでいる性質を帯びた音」になるという現象を紹介しています。
 第4章「テクノロジー、トランペット、曲」では、フルート、オーボエ、クラリネットなどの楽器にある孔の基本的な目的が、「音のピッチを変えるために、振動する空気柱の長さを変えることにある」のはもちろんだが、「孔には楽器の演奏でこれとほとんど同じくらい重要な役割を果たす機能」が他にもあるとして、「楽器から放射される音のエネルギーの放射のされ方を調節すること、そして、楽器の開いた端で反射されるパルスの反射のされ方を調節することによって振動パターンを保つのを助けること」を挙げ、指孔のはっきりとした機能として、
(1)ある音のピッチを決めること
(2)管の中の振動を保ち、レシピをコントロールすること
(3)音の放射をコントロールすること
の3点を挙げています。
 また、初期のトランペットとホルンが、倍音列に属する音しか出せなかったため、「バッハ時代のトランペットは高音域でしか演奏することが」できなかったが、「ヴァルヴの開発がもたらした直接的結果の一つは、作曲家が、あらゆる音域の音を含んだトランペットようの曲を書くことができるようになった」ことであると述べています。
 さらに、人間の声が、「同一のシステムのパラメーターを変えることによって必要なピッチをすべて出せる」ので「第二族の楽器」に属したものであり、主要な音源は声帯で、「声は、明らかにリード楽器の仲間ですが、関わる空洞――のど、口、副鼻腔など――の形は、もっとずっと複雑で、通常の楽器よりはるかに多くの変化を作り出すこと」ができると解説しています。そして、「ホルマントのはっきりしたタイプとして、考えなくてはならないもの」として、
(1)その人の話し声に特徴的な、ほとんど変動しないもの
(2)意図的に声の質を変えることができる、制御可能なホルマント
(3)母音の性質を決める、制御可能なホルマント
(4)話し声を歌声に変えると言われるホルマント
の4点を挙げています。
 第5章「音階、シンセサイザー、サンプラー」では、「最初にはっきりさせておくべき点」として、「音楽が先で、音階は後だということ」を挙げ、「音階は言語の文法のようなもの」であり、「一生涯、文法を理解しないまま、ことばを話し続けるということ」が間違いなくありえるように、「音楽家、特に民俗音楽の流れを組む人々は、音階の構造を意識せずに曲を書き、演奏し、歌うこと」ができると述べています。
 また、「鍵盤楽器以外の楽器の演奏者は純正律と平均律のどちらで演奏しているか」という問題について、「いささか異端的なことを言う覚悟」を表明した上で、「演奏する曲の性質、あるいは関わっている楽器や声の性質によって、その時々で違う」と述べ、「私の見るところでは、演奏者は本能的に状況に応じた『正しい音』で演奏しているのであり、少なくとも部分的には、どの音階を使っているかを意識していないかもしれません」と述べています。
 さらに、シンセサイザーの発展には、「互いに重なり合いがちではあっても、独立した4つの流れを見ること」ができるとして、
(1)アナログ合成:20世紀のかなり早くに始まり、実現はしなかったが、理論という点でさきがけとなったのは、カーヒルの「テルハーモニウム」である。
(2)ミュージック・コンクレート:テープレコーダーを利用し、現実の音を合成する。
(3)デジタル合成
(4)電圧制御の考えに始まるアナログシンセサイザー
の4点を挙げています。
 第6章「反射、残響、リサイタル」では、音響設計を難しいものにしている主な原因として、
(1)ホールの使用目的について依頼主からはっきりした説明をえるのが、大変難しい場合が多い。
(2)どれか一つの目的を達成するのに理想的な音響効果を実現しようとすると費用が極端に高くなってしまう。
(3)依頼主、音響コンサルタント、会計士の間で、ある設計に決まっても、設計図から建物が完成するまでの間に、いろいろなミスが起こる可能性があること
の3点を挙げています。
 本書は、多くの人にとって馴染み深い「音楽」と、多くの人にとってはなじみの薄い「科学」(特に物理学)とをつないでくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 今年のクリスマスに、娘がサンタさんからボンゴをもらったのですが、縁のところを叩いていると結構な倍音が鳴ってかわいい音がするのが楽しいです。こういう些細なことでも、その背景に科学があることを意識するかどうかで楽しみ方も違ってくるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・「音楽」は好きでも「理科」は苦手な一。


■ 関連しそうな本

 安藤 由典 『新版 楽器の音響学』
 早坂 寿雄 (著), 電子情報通信学会 (編集) 『楽器の科学』
 N,H. フレッチャー, T.D. ロッシング (著), 岸 憲史, 吉川 茂, 久保田 秀美 (翻訳) 『楽器の物理学』
 チャールズ・E. スピークス (著), 荒井 隆行, 菅原 勉 (翻訳) 『音入門―聴覚・音声科学のための音響学』
 小方 厚 『音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか』
 ジャック ライアルズ (著), 今富 摂子, 菅原 勉, 荒井 隆行 (翻訳) 『音声知覚の基礎』


■ 百夜百マンガ

燃えよペン【燃えよペン 】

 マンガ家がいかに体を張り、命を削る仕事であるかは、手塚治虫や藤子・F・不二雄先生を見ても分かるかと思いますが、「神様」と同じ名前を持つ作者も命を削ってマンガを書いている様子が伝わってくる作品です。

2007年12月30日 (日)

警察官の「世間」

■ 書籍情報

警察官の「世間」   【警察官の「世間」】(#1074)

  久保 博司
  価格: ¥630 (税込)
  宝島社改訂版 (2003/2/8)

 本書は、「警察の本当の姿を知っておく」ために、「警察官がどのように誕生し、何を思いながらどのような活動をしているのか、不祥事件はどういう場合にどういう形で起きるのか、そして、近い将来の警察の姿はどうなるのか」を描いたものです。
 著者は、警察に対する厳しい世論が、「日本警察の歴史に起因している」として、日本の近代警察が、「短く見積もっても発足後百年間は、政府により反対勢力の鎮圧手段として使われてきた」のであり、「当初の理念とは全くかけ離れた性格を持たされてきた」という「日本の警察の不幸な宿命」を指摘しています。
 第1章「警察官の誕生」では、千葉県東金市にある千葉県警察学校で学ぶ警察官の卵を取材し、最近はデモシカ警察官が減り、「積極的に警察活動の意義を認め、自分の適性を考え、他に就職口があるにもかかわらず警察官を志望している」と述べています。
 第3章「制服を着た捜査官」では、「職務質問の神様」と呼ばれる地域警察の長い警部が、「周りのものが検挙できないのに自分は検挙できる。そこに面白さがあるんです。操作は共同作業ですが地域警察官は単独です。自分のやり方を工夫して、自分のやり方で結果が出せる」と語っていることを紹介しています。
 そして、職務質問が、「暴力と暴力の争いではなく、圧力と圧力の争い」であり、「一瞬のひるみを見せたほうが負ける」と述べています。
 また、地域警察官が、それぞれ職務質問の秘術を持っていることについて、「各人が自分に適した武器を作ることが大切です。人まねは通用しません」ということばを紹介し、「私たちには、制服を着た警察官は皆同じに見えるが、制服の下には磨かれた個性が隠されている」と述べています。
 第4章「刑事たちの肖像」では、警察官になったからといって、どういう仕事をやるかが決まっているわけではなく、「どれを選ぶかは、当局が一方的に押し付けるのではなく、本人が長い時間をかけて自主的に選択する」天は、一般官庁や企業とは異なり、「むしろ司法修習生に似ている」と述べています。
 そして、警視庁刑事部の構成から、
・捜査一課:殺人、傷害、強盗、放火など強行犯
・捜査二課:詐欺、背任、横領、汚職、選挙違反、告訴・告発、コンピュータ犯罪、金融事件、名誉毀損などの知能犯
・捜査三課:窃盗、通過偽造など
・操作四課:暴力団、総会屋などの暴力犯
・暴力団対策課:暴力団の実態を調査し行動を規制して犯行を未然に防ぐ
・捜査共助課:全国の警察本部と捜査協力するときの窓口
・国際捜査課:外交人犯罪に対応
などの役割分担について解説しています。
 捜査一課については、「伝説的に崇められている」存在として、「吉展ちゃん事件を解決した警視庁捜査一課の平塚八兵衛氏」を紹介しています。
 捜査二課については、「二課刑事が守るべきことは、秘密保持である」として、捜査二課では、「秘密を漏らす者は徹底的に糾弾される」と述べています。
 捜査三課については、「三課の刑事はいたって地味」で、「真面目で素朴な人が多い」と述べ、「三課刑事に必要なのは、何よりも相手に信頼感を与えるような人格ではないか」と述べています。
 操作四課については、その仕事として、
(1)発生した事件の解決
(2)事件を掘り起こしての摘発
の2つがあると述べた上で、「四課でもっとも大きな顔ができるのは、階級の高い者ではなく情報力のある者だ」と述べています。
 また、公安警察については、警察内部では、「公」という漢字を「ハ」と「ム」に分解して、公安のことを「ハム」と呼んでいることを紹介した上で、「デカはデカしか信用しない」が、「ハムって奴はよく分からない。何を考えているのか分からん」という捜査部門の刑事の批判を紹介しています。
 第6章「学歴有害の社会」では、大卒の警察官は出世しないことについて、恵まれた環境で育ち、「警察官になった大卒はノホホンとしている」のに対し、「高卒で入った者の中には大学へ行きたくても行けなかった者がいる。そういう連中は出世欲がギラギラしている。最初から心構えが違う」という発言を紹介しています。
 第7章「低下する(?)士気」では、警察内部で「ごんぞう」という言葉があり、「組織運営の足手まといになる人」を意味することを紹介した上で、最近、試験によらない昇進が増え、「全国の警察が永年勤続者を昇任試験の合格者とは別に昇進させるようになってから、幹部に登用される『ごんぞう』が目立ち、問題が大きくなっている」という発言を紹介しています。
 第8章「不祥事の深層」では、報道された不祥事事件を、
(1)警察官の不安定な心理状態に起因するケース
(2)モラル崩壊に起因するケース
の2つのタイプに分け、さまざまな誘惑をはねのける警察官には、
(1)出世志向の警察官
(2)仕事に熱中しているタイプ
の2つのタイプがあることを解説しています。
 第9章「警察官の私生活」では、「刑事の妻の中には、夫が警察署などに泊り込んでいるうちに子供と一緒に実家に帰ってしまう、というケース」もあり、「そういう場合は、たいてい離婚になるという」と述べ、大事なのは、たとえ旅行先で急に呼び出しを受けることがあっても、奥さんを「旅行に連れて行く」という心配りそのものであると述べています。
 また、地域部門や捜査部門の個性的な警察官に共通する点として、「彼らのなかに『父親』が見える」という点を挙げ、その理由として、
(1)警察社会では戦前に対する反動、揺り戻しが少ないこともあって、伝統的な価値観が残っていること。
(2)社会のルールを人々に守らせるという職業的な性格。
の2点を挙げ、「警察社会に二代目や三代目が目立つのは、こういう点にも理由があるだろう」と述べています。
 本書は、普段の生活では積極的に関わりを持たない相手である警察官の素顔を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 知り合いに警察学校の教官の人がいるのですが、「ダイエットならビリーに入隊するよりうちに入った方が手っ取り早いよ、すぐに体脂肪率10%ちょっとに落とせるよ」と言ってました。やっぱり厳しそうなのでビリーにしておこうかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日頃警察官との接点がない人。


■ 関連しそうな本

 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 大内 顕 『警視庁裏ガネ担当』 2007年09月11日


■ 百夜百音

尾崎紀世彦の世界【尾崎紀世彦の世界】 尾崎紀世彦 オリジナル盤発売: 2007

 今年は、阿久悠が亡くなったことで昭和を語るテレビ番組では必ずこの人の映像が使われていました。昔は曲は知らないけどもみ上げの人という印象しかありませんでしたが、今見るとちょんまげの人でした。

『ゴールデン☆ベスト』ゴールデン☆ベスト

2007年12月29日 (土)

東京・江戸 地名の由来を歩く

■ 書籍情報

東京・江戸 地名の由来を歩く   【東京・江戸 地名の由来を歩く】(#1073)

  谷川 彰英
  価格: ¥893 (税込)
  ベストセラーズ(2003/06)

 本書は、東京人の「ちょっと足下を振り返ってもらう意図で書いた」、「江戸時代から受け継がれている地名」の由来を解説しているものです。
 第1章「坂のある町 東京では、グレープの「無縁坂」で知られている無縁坂が、「坂上の北側にある称仰院(現、講案寺)というお寺が昔は無縁寺であったこと」によるといわれていることを紹介しています。
 また、九段坂については、江戸時代にあまりに急だったため、坂沿いに屋敷をつくることができず、「道に9つの段を設けて、道路わきの家を水平に建てた」ことに由来していると述べています。
 第2章「東京の橋を訪ねて」では、水道橋の地名が、井の頭池から引いた神田上水が、元々は一つの山であったところを開鑿して通した神田川を渡るために、「谷を渡る懸樋が必要になった」ため、「江戸で唯一、川を渡る水道の懸樋の景観が実現した」と解説しています。
 第4章「大名屋敷は今」では、新宿が、元々「内藤宿」と呼ばれたところに新しい宿場を開いたので「内藤新宿」と呼ばれたことに由来し、表向きは、日本橋から甲州街道の第1の宿場である高井戸までの距離が長すぎたので、甲州街道と青梅街道の分岐点に新しい宿場を開いたとされているが、実際には、江戸の町が、武士の町であるだけではなく、「江戸の町づくりのため全国から集められた人夫の数も膨大であり、つまるところ男が異常に多い町であった」ため、公営の遊郭を設ける必要があったため、「浅草の商人が名を連ねて新宿の設置を幕府に陳情した」と解説しています。
 第5章「江戸の歴史を歩く」では、「虎ノ門」の地名の由来が、
・「千里ゆくとも無事にて千里を帰る」といわれる虎にちなんだ。
・朝鮮から虎を運んできたとき、その檻が大きくて門を入れなかったので門柱を改造したところからきた。
などの俗説があるが、「四神相応」の考え、すなわち、東の「青竜」、西の「白虎」、南の「朱雀」、北の「玄武」という「天の四神の方角に相応した最良の地勢」を意味する古来中国の思想に基づいたものであると解説しています。
 また、吉祥寺に吉祥寺という名の寺がないのは、「振袖火事」と呼ばれた「明暦の大火」と翌年の大火で罹災した神田駿河台の吉祥寺が駒込に移された際に、門前にいた住人たちや浪人たちが、武蔵野の原野に土地を与えられ、「吉祥寺」という村を作ったことにちなんでいると解説しています。
 第7章「訪ねてみたい寺院など」では、入谷の鬼子母神の「鬼」の字が、上の「ツノ」がない字を使うことについて、子供を奪って食べていた鬼子母神が、釈迦に自分の末子を隠されたことで親の気持ちに目覚めて仏教に帰依したことから「ツノ」がなくなったとされていることを解説しています。
 また、「府中」という地名が、「古代律令時代の政治の中心地」を意味し、全国に府中という地名は確認されているだけでも21ヶ所あり、「駿府」も「駿河府中」の、「甲府」も「甲斐府中」の略であることを解説しています。
 第8章「戦いにちなんだ地名」では、「紀尾井坂」という地名が、「紀伊徳川家、尾張の徳川、そして彦根藩主井伊家の中屋敷があったところから、その一字ずつをとって」つけられたものであると解説しています。
 また、「将門塚」について、明治維新後、大手町に大蔵省が建設され、その玄関前に首塚が伝えられていたが、関東大震災によって塚が壊れてしまった後に、「多くの官僚たちが次々に亡くなり、将門のたたりだといわれた」ことを紹介しています。
 第9章「東京の近代を往く」では、「火防の神様」であった秋葉神社前の火除地のど真ん中に鉄道が敷かれることになった際に、新しくできた「秋葉原」の駅の読み方を「あきはばら」にしてしまったため、「それ以降、秋葉原の歴史から秋葉神社が消えてしまった」として、「駅の命名で地名が変えられてしまうよい例である」と述べています。
 また、「こち亀」で知られる「亀有」の地名が、江戸時代より前には、「亀無」「亀梨」と書かれていたことを紹介し、正保元年(1644)に幕府が国図を作成するに当たり、「『なし』は縁起がよくないので、『あり』にした」と伝えられていると述べています。なお、「亀」とは、「亀の背中のような島状の小高い土地」を意味し、「なし」とは、肯定の「なす」に通じる使い方や「成す」等の解釈が可能であり、「亀無」は「亀のような土地」を意味していたのではないかと述べています。
 本書は、普段当たり前に使っている東京の地名を通じて、江戸を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 小学生のときに、電気街好きの父に連れられて秋葉原に来たときに、父が「あきば」と呼んでいたのを聞いて「あきはばらでしょ」と聞きなおしたことがあります。
 そう言えば、昔のヨドバシカメラのCMソングが「まるいみどりのやまてせん」だったためか、山手線を「やまのてせん」とよぶのか「やまてせん」と呼ぶのかも迷いました。「こいのやまてせん」という歌もあるのですが。
 ヨドバシカメラさんには、今日デジカメを買いに行って19800円を14600円に負けてもらったので大感謝です。


■ どんな人にオススメ?

・東京の地名の中に江戸を感じたい人。


■ 関連しそうな本

 谷川 彰英 『京都 地名の由来を歩く』
 谷川 彰英 『地名の魅力』
 手塚 治虫 (著), 谷川 彰英 『「いのち」と「こころ」の教科書―手塚治虫からのメッセージ』
 鈴木 理生 『スーハ゜ーヒ゛シ゛ュアル版 江戸・東京の地理と地名』
 新創社 『東京時代MAP―大江戸編』
 ロム・インターナショナル 『東京を江戸の古地図で歩く本』


■ 百夜百音

Modern Minds and Pastimes【Modern Minds and Pastimes】 The Click Five オリジナル盤発売: 2007

 「キター」とか「栗っ喰」とか出てきちゃうジャパニーズ・クールな映像を見てしまうと、邦題は「Jennyはご機嫌ななめ」ではどうかと思ってしまいます。

2007年12月28日 (金)

日本の刑務所

■ 書籍情報

日本の刑務所   【日本の刑務所】(#1072)

  菊田 幸一
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2002/07)

 本書は、日本の刑務所の持つ問題点を「心ならずも」批判的に論じながら紹介しているものです。著者は、刑務所を、「受刑者が自己の言動に責任を負い、自由を拘束された時間の中で、自ら健全な社会人として復帰するため服役し、そのことが、結果的に単に受刑者本人だけではなく、最終的には被害者ないしは社会への償いとなる場なのである」と述べ、「受刑者が遵法精神を潜在的に有することを確信し、そのような者を再生する場でなくてはならない」としながらも、「現実はあまりにもそれとは遊離しているし、そのことを大部分の国民が容認しているようにも思える」ことについて、「その考えの間違いを本書を通じて少しでも理解願いたい」と述べています。
 そして、日本の刑務所収容者の特色として、
(1)累犯者を含め、繰り返し入所する者が多数を占めている。
(2)結果的に受刑者が高齢化している。
(3)近年の受刑者全体の4人に1人までは覚せい剤事犯者であり、ほぼ同じ割合を暴力団関係者が占めている。
の3点を挙げています。
 第1章「受刑者とはどのような存在か」では、2001年現在、日本の刑務所に収容されている既決囚が、1日平均4万7684人であり、施設としては刑務所59、少年刑務所8、拘置所7ヶ所、その他に支所があると述べ、既決囚の収容定員は4万8393人に対して、ほぼ定員に見合った収容が確保されていると述べています。
 そして、既決囚となって刑務所に押送された受刑者は、名前に代わって「称呼番号」が言い渡され、「個人がなくなる」ことを解説しています。
 また、日本における行刑の基本原則の一つとして、「行刑密行(秘密)主義」を挙げ、その元々の目的は、「国民の健全な良心を傷つけない」ことにあるとされているが、そのほか、「施設の安全と秩序維持、受刑者の名誉確保」等が挙げられるとした上で、「近代行刑においては、受刑者の再教育と改善を行刑目的とし、秩序維持を図りつつも、開放施設や受刑者の社会復帰をいかに促すかに実務の工夫が求められている」と述べ、「国家機能の一つが、専門化を遂げることは望ましいにしても、その帰結として、社会に対し孤立化し、独善化するものではなく、国民に『開かれた刑務所』を目指しつつ専門化が追求されなければならない」と述べています。
 さらに、受刑者の権利について、「一般市民が有する、市民的、政治的、社会的権利といった広範囲にわたる基本的な権利を、すべてそのまま受刑者に認めることは現実的ではない」が、「どの権利が剥奪され、あるいは制限されているのかについては、一般にあまり知られていない」と述べ、例として、刑務所に収容されることによる住民票の抹消が、「労働者災害補償保険、国民健康保険、国民年金保険、失業保険あるいは生活保護法などすべてに関連し、これらの社会保険が刑務所入所により事実上の不利益を受ける可能性に直結する」ことを挙げています。
 そして、国際的視野から見た刑務所収容と「法の支配」に関して、受刑者の処遇改善についての国連会議などの勧告が、「ことごとく無視されつづけている現状」を指摘しています。
 第2章「刑務所の日常生活」では、刑務所では食事を「糧食」と呼ぶが、隠語では、「官食」と呼ばれ、短い食事時間の間(朝食は7時から7時35分まで)に、「配色、食器洗い、食器回収、用便、出役用意(工場に出る用意)」などのため、「実際の食事時間は5から7分」と短く、受刑経験者は、「日本の刑務所での食事は、それ自体が一口で言えば苦渋に満ちたものである」と語っていることを紹介しています。
 そして、主食には麦が3割入っていて、「かつての、刑務所の主食が『黒い・臭い・口内に残留感がある』という定評が現在では消えつつある」が、白米より高価な麦を混入している根拠が不明確である点を指摘し、「刑務所で、受刑者に白米中心の糧食をさせることは贅沢である、というのが本音ではなかろうか」と述べています。
 また、入浴に関して、風呂の湯は10杯と決まっていて、「1杯でも多く使ったら2000円の罰金と10日間の懲罰。石鹸で体を洗ったことがない。洗う間がない。入浴は5分。石鹸が飛んでも訓戒です」との証言を紹介しています。そして、受刑者は夏でも長袖に決められており、冷房のない房内で作業しているときに、吹き出る汗を許可なく拭けば「不正拭身」として「軽屏禁」や作業賞与金没収の懲罰となるとして、「この入浴の方式や清拭の禁止は、まさに日本の刑務所が、受刑者を個人として、また人間として扱うという基本的姿勢を徹底的に排除していることを象徴するものではなかろうか」と述べています。
 著者は、受刑者の刑務所での生活条件について、「毎日の生活条件が受刑者を人として品位ある扱いをしているかどうかの視点から問われなければならない」と述べ、「そのような視点からは、残念ながら日本の行刑は根本的にその観念が欠落しているように思われる。むしろ懲罰的観念が優位を占め、それが行刑の理念であると錯覚しているのではなかろうか」と指摘しています。
 第3章「外部世界とのつながり」では、外部との通信に関して、「一般に受刑者は、管理者側の指示に従い削除や訂正に応じている」のは、「これを拒否すれば発信・受信が事実上できなくなるからである」と述べ、これを問題として裁判を提起することは、
(1)裁判を提起しても死刑囚や無期囚でない限り、在監中に結論が出る可能性はない。
(2)提訴する者は、集団処遇になじまないとの理由で昼夜独居処遇となり、昼間の工場での刑務作業も不可能となり、あらゆる集会にも参加できず、累進処遇の階級が上がらないため、仮釈放は事実上放棄せざるを得ない。
などの有形・無形の不利益を受けることを意味すると解説しています。
 また、図書・新聞の閲読について、矯正局長の依命通達では、
(1)逃走、暴動などの刑務事故を取り扱ったもの
(2)所内の秩序紊乱をあおり、そそのかすおそれのあるもの
(3)風俗上問題となるようなことを露骨に模写したもの
(4)犯罪の手段、方法などを詳細に伝えたもの
(5)通信文または削除し難い書き込みのあるもの、あるいは故意に工作を加えたもの
(6)「強化上不適当」なもの等
のような文書・図画の閲読を禁じており、「いずれも管理者側の都合により、いかようにでも解釈できる事項」であり、最後の「教化上不適当」と見なせば制限できるとの文言は、「まさにその恣意性を象徴している」と指摘しています。
 第4章「刑務作業は労働か」では、行刑関係者が、刑務作業の意義として挙げている、
(1)単調な刑務所生活における心身の退廃を防ぎ、所内の規律維持に役立つこと。
(2)勤労の精神を養わせ、社会生活への準備をさせること。
(3)刑務作業で行刑費を賄う、いわゆる刑務所の自給自足主義
の3点について、「いずれの論拠も刑務作業の現状からとらえ直してみる必要がある」として、
(1)刑務作業を所内の秩序維持手段としているところに、現在の刑務所の根深い問題があり、刑務作業そのものを苦役の手段として認めていることでもある。
(2)現在の就業が労働とは言い難い「奴隷的就業」であるという現実を見れば、そこに勤労の精神を持ち出すことは筋違いである。
(3)刑務所が伝統的な「自給自足主義」の原則を完全には放棄していないこと自体が問題である。
の3点を指摘しています。
 第5章「規律と懲罰」では、監獄法に規定されている12種類の懲罰のうち、実際に課せられるものとして、
(1)文書、図画閲読の3ヵ月以内の禁止
(2)作業賞与金の減削
(3)処遇の廃止(累進処遇適用者の階級校歌や進級停止)
(4)軽屏禁
の4つがほとんどを占め、これらの懲罰に優遇停止(新聞閲読、運動の停止など)が併科され、「多くの刑務所では該当者の胸にバツ印のついた布を付けている」と述べた上で、懲罰の根拠となる監獄法第59条には、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」とあるだけであり、「どんなことで、どのような懲罰となるか、つまり法律用語でいう構成要件が示されていない」ことを指摘しています。
 また、懲罰の対象となる行為をしたと思われる者に対し、懲罰に先立って一時隔離する「保護房収容」について、多くの経験者が、「革手錠をかけられていると、用便は垂れ流しとなってしまうため水も飲まず、食事もとらない」と語っていることを紹介し、受刑者の間では「拷問房」、「虐殺房」と呼ばれ、「完全な密室であるため、刑務官による集団リンチの場となることがありうる」ことを指摘しています。
 さらに、懲罰同様に利用されているものとして、昼夜独居拘禁をさす「厳正独居」について、「戒護上隔離の必要な者を昼夜拘禁することが、事実上、厳正独居と呼ばれている」とした上で、その基準が、「他の者と共同生活のできない者」という項目に象徴されるようにあいまいであり、「在監中に訴訟を起こしている者は、例外なく、この理由で厳正独居となっている」ことを指摘し、「事実上、刑務所にとって問題ある受刑者を他の受刑者から隔離する手段として利用されていると見られる」と述べています。
 著者は、不服申し立て手段が、「ことごとく現実の問題処理には役立っていない。ましてや裁判による問題提起をしようと思っても、受刑者の大部分が刑の確定後は弁護士とも無縁であるため、弁護士への委任すら困難である」と指摘しています。
 「おわりに 受刑者の社会復帰を妨げるもの」では、日本の刑務所が、「そこに入ると同時に、いかにその者の社会復帰を妨げるかに、すべての施策が向けられているとでも言いたくなるかのような現状」であり、受刑者にとっては、「刑務所は社会復帰どころか人間としての存在自体を否定し続けられる屈辱の日々である」と述べています。
 本書は、多くの縁のない人にとっては、全く目に触れることのない日本の刑務所の特殊な姿を、目に見える形で示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のあとがきでも花輪和一の『刑務所の中』について触れられていますが、刑務所の単調な暮らしや、あほらしいと思うような食生活などは、単なる告発的な形ではなく、マンガのようなスタイルの方が反響を呼びやすいようです。


■ どんな人にオススメ?

・刑務所の「臭い飯」は本当に臭いかどうかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 菊田 幸一 『受刑者の法的権利』
 佐藤 友之 『ニッポン監獄事情―塀の向こうの閉じられた世界』
 斎藤充功&刑務所特別取材班 『日本の刑務所―全国59か所!! (東日本編)』
 永井 道程 『刑務所の中のごはん』
 山本 譲司 『獄窓記』
 坂本 敏夫 『刑務官しか知らない刑務所のルール―改正監獄法でムショはどう変わったか!? 衣食住、懲罰、死刑囚-かくも哀しきムショ』


■ 百夜百マンガ

刑務所の中【刑務所の中 】

 逮捕される前までは、気持ち悪い絵を描く変なマンガ家、という世間の目が向けられていましたが、この作品以来、塀の内側と外側をつなぐ稀有な存在となっています。

2007年12月27日 (木)

世界の〈水道民営化〉の実態―新たな公共水道をめざして

■ 書籍情報

世界の〈水道民営化〉の実態―新たな公共水道をめざして   【世界の〈水道民営化〉の実態―新たな公共水道をめざして】(#1071)

  コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリ, トランスナショナル研究所 (編さん), 佐久間 智子 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  作品社(2007/04)

 本書は、「国際的に沸き起こっている水に関する議論に一役買うことを目的と」したものです。本書は、「公共による水供給の画期的・刷新的な例を多数紹介して」おり、そのきっかけは、「こうした試みが成功をおさめているにもかかわらず、世間の注目を十分に集めていない」からであり、「これらは水の供給という分野を超えて、新自由主義的な企業主導のグローバル化に抗するオルタナティブの共通のヒントと見ることができる」と述べています。
 序章「水道民営化の失敗と、代替策に取り組む各国の動き」では、「今世界の各地では、民営化をめぐって驚くほど共通点の多い、同様の経験が積み重ねられている」と述べ、共通点として、
・民営化が失敗であったこと
・民営化に反対する運動が拡大していること
・過去の公共セクターの欠点についても批判があること
・これまでの「北」の公共セクターのモデルと、最近の「南」における参加型民主主義の形態の、それぞれの長所から導き出された新たな形態が構築されつつあること
などを挙げています。
 そして、1990年代の「水道民営化の10年」が、「明らかに失敗」であり、「民営化によって、効率化が進み、料金が安くなり、特に途上国地域に多額の投資が行なわれ、水道に接続されていない貧しい人々に上下水道が提供されるようになる」と期待されていたが、実際はそれとは異なり、「当初の約束とは違った結果がもたらされた経験」によって不評を買うようになったと述べています。
 第1部「成功している公営水道」では、インド・ケータタ州オラヴァナ村の事例を挙げ、、「オラヴァナの成功は、上水道セクター全体の民営化に抗する強力な武器である」と述べ、「世界銀行のモデルは、オラヴァナから数々の重要な教訓を得て修正され」、「いまや世界銀行が支援するプロジェクトにおいてさえも、飲料水は人びとの所有となっている」と解説しています。
 また、「参加型の自治体水道運営のモデルを実現」した例として、スペイン・コルドバ水道公社の事例を取り上げ、「コルドバで、質の高い、市民主体の水道サービスが実現したのは、参加と政治的意思によるものであった」と述べています。そして、「市民が参加する公営サービス事業を通じて、都市水道及び都市の水循環を管理しているコルドバ市の事例は、民間事業者よりも質が高く効率的なサービスを実現している公共機関が存在することを示している」と述べています。
 さらに、米国の事例を通じて、「公共事業体を民主化するということは、事業体の所有を公とするのか、私とするのか、という単純な問題ではない。民主主義とはプロセスであり、所有形態の話ではないからだ」と述べ、「公共事業体が民間企業に所有されている地域において、民主化を追及する人々は、公営化を要求するだけで満足してはならないだろう」として、「市民が規制プロセスにおいて公営事業体をコントロールし、行政トップに影響力を行使すること」も可能であることを解説しています。
 コラム<ヨーロッパの二重基準>では、ヨーロッパの多くの国で、「上下水道のすべて、または、ほとんどが公営である」にもかかわらず、EUが、「水道部門を世界貿易機関(WTO)の貿易協定の対象とするよう求めている急先鋒」であり、欧州委員会(EC)が、「自由化推進に固執し、自由化こそ途上国が本当に必要としている政策であるとさえ主張している」と述べています。
 第2部「新たな公共水道を目指して」では、ボリビア・コチャバンバの事例を取り上げ、1999年9月にコチャバンバ市営上下水道(SEMAPA)が民営化され、「世界銀行の圧力の下、不透明な入札プロセスを経て、アグアス・デル・トゥナリ社に売却された」が、その年末には、「水道料金は跳ね上がり、地域共同体が所有する水道は取り上げられ」るなどのトゥナリ社の横暴なやり方に、「コチャバンバの住民が抗議行動を開始」し、2000年4月には1週間に及ぶゼネストがコチャバンバ市を機能停止に追い込み、政府による激しい弾圧で17歳の少年が死亡し、最終的に「政府は2000年4月11日に敗北を認め、アグアス・デル・トゥナリ社」が去ることで「水戦争」が終結したことを解説しています。著者は、今回の変化が、「社会運動の連合や市民社会組織(CSO)の手で実現されたという意味」で大きなものであるとともに、より効果的な結果をもたらすためには、「運営管理の民主化が十分に制度化され、組織内部と職員の間でよく理解されることがどうしても必要である」と述べています。そして、「公営事業体と地域社会の共同運営を実施しているSEMAPAの基本原則」を、「効率を高めるためには社会による管理と住民の参加が不可欠であり、効率化と民主化は同時に進められなければ、どちらも達成できないという考え方」であると解説しています。
 また、アルゼンチンの事例では、ブエノスアイレス州において、米国企業のエンロンが、現地法人のアズリックス・ブエノスアイレスを通じて、「同社に好都合な条件でサービス供給契約を獲得」し、事業運営後、1年もたたないうちに、「これらの企業にはほとんど実体がないこと、そして、本当に必要とされる投資が行なわれず、契約にかかった費用を最も早く回収する方法が模索されているに過ぎないことが明らかに」なり、「エンロンには事業自体への関心がなかったため、水の生産と供給及び下水の回収と処理に深刻な問題が生じた。水道網は汚染され、浄水場は甚大な被害を受けた。汚水の回収・処理を行う施設は機能しなくなった。設備と技術に対する投資は行なわれず、重要なサービスが外部委託に切り替えられた」と述べています。そして、「現地の言語を話さず、既存の技術を知らず、基礎的な業務に十分な予算を割り当てないアズリックスと、問題の緊急な解決を求める利用者からの圧力という現実を前に、アズリックスと州政府の関係は険悪になって」いき、契約開始から2年もたたないうちに、親会社のエンロンが倒産したことで、「アズリックスは契約上の重要な約束を果たすことなく撤退することとなった」と述べています。
 第3部「公共の水道を求める人々の闘い」では、イタリアの水道で、「慢性的に漏水が起き」、「供給される水が漏水で失われる割合は平均で39%にもなる」とともに、実際乗せたいあたりの水道使用料も多いため、「欧州諸国の中で一人当たりの水消費量がもっとも多い」だけでなく、「持続不可能な水準に達している」と述べています。
 また、南アフリカでは、政府が、「世界銀行、国際通貨基金(IMF)、および欧米諸国の政府の新自由主義の理論に基づいた助言にしたがい」、「地方自治体や地方議会への助成金や補助金を大幅に削減し、公共サービスの民営化に向けた資金調達手段の開発に協力した」ため、数多くの地方自治体が、「多国籍水企業との『パートナーシップ』契約を結び、水道事業を民営かまたは企業化するように」追い込まれたと述べています。
 さらに、フィリピン・マニラの事例を元に、民間事業者に取って代わろうとする公営事業体が満たすべき要件として、
(1)運営の実施可能性:もっとも貧しい地域への水道の拡張と、最も破損の激しい、あるいは破損する可能性の高い水道網の修復を重点化した、明確な資本支出計画に当てる資金が用意できること。サービスに関して義務づけられた目標を達成する組織的能力があること。
(2)有用な政策環境及び法的枠組み:ミレニアム開発目標及び一般的な貧困削減目標に沿って、全世帯への水道普及を実現するための広範な国家政策を掲げること。業績に関する基準や、そのような基準を満たさなかった場合の罰則など、公共水道事業体に適用される法規則を制定すること。
(3)正統性及び説明責任:水に関する責任、権利、義務について合意を形成し、それを実施に移すための社会的な準備、教育、対話を継続すること。公営水道事業体の技術的及び財務的プロセスの透明性の確保。責任と説明責任が明確に連鎖されていること。
(4)財務的持続可能性:内部補助及び料金調整。
(5)独立した、実効性ある規制システム
の5点を挙げています。
 中国に関しては、中国政府が、「水を商品化し、水道を民営化することによって、淡水の供給不足の問題が解決すると主張している」と述べています。
 第4部「これからを考える」では、「人びとを中心とする多様な公営水道が成功」するためのもっとも重要な要件として、「その地域に十分な水資源があることや、行政にサービスを提供する能力があることなどが挙げられるが、決定的な要素として、国家や国際機関、地方政府、政党などから政治的な支援を得られるかどうか」を挙げています。
 また、公営水道サービスが、いくつもの矛盾を抱える可能性があるとして、「新自由主義のイデオロギーが、公営及び民営の水道運営を非常に問題のある形に収束させつつあるという問題」を挙げ、「新自由主義に基づくビジネスと経営のモデル(NPM:新公共経営論と呼ばれている)によって商業化が進められていることは、前述した公共サービスの精神に完全に反している」と指摘しています。
 さらに、1990年代に南の国々を襲った民営化の波場、「公営水道が支配的である米国、カナダ、日本、そして特に(西)ヨーロッパに襲いかかりつつある。すなわち、来たの国々の市民社会が大きな試練を迎えている」と指摘しています。
 本書は、世界的な潮流である「水道民営化」の負の側面を示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、グローバリズムに対抗する立場から、水道民営化の失敗事例と、経営に成功している、または、成功に向けて取り組んでいる公営水道の事例を集めたものですが、逆の立場の人からは、経営の悪い公営水道と民営化の成功事例を集めた事例集を作れそうです。
 ポイントは、いかに適切にガバナンスするかで、本書は、市民参加と民主主義のプロセスによるガバナンスを主張しているものと捉えることができます。


■ どんな人にオススメ?

・水道事業の経営形態は以下にあるべきかを考えたい人。


■ 関連しそうな本

 高寄 昇三 『近代日本公営水道成立史』 2007年05月15日
 宮脇 淳 , 眞柄 泰基 『水道サービスが止まらないために―水道事業の再構築と官民連携』 2007年11月28日
 国際調査ジャーナリスト協会(ICIJ) (著), 佐久間 智子 (翻訳) 『世界の"水"が支配される!―グローバル水企業(ウオーター・バロン)の恐るべき実態』
 ロビン クラーク, ジャネット キング (著),沖 大幹, 沖 明 (翻訳) 『水の世界地図』
 持続可能な水供給システム研究会 (編さん) 『水供給―これからの50年』
 ジェフリー ロスフェダー (著), , 古草 秀子 (翻訳) 『水をめぐる危険な話―世界の水危機と水戦略』

■ 百夜百マンガ

キーチ!!【キーチ!! 】

 常識外れのスケールの大きい人生を描こうと、幼稚園児の時代から始まる作品ですが、この先どこまで続くんでしょうか。幼少時から登場する作品といえば『六三四の剣』なんかが思い浮かびますが、このまま成人するまで描き続けられれば、著者の代表作になりそうです。
 ところで、主人公の名前が「輝一」というと、時の首相から名前を取った「宮沢熹一」が思い出されます。

2007年12月26日 (水)

歴史人口学で見た日本

■ 書籍情報

歴史人口学で見た日本   【歴史人口学で見た日本】(#1070)

  速水 融
  価格: ¥714 (税込)
  文藝春秋(2001/10)

 本書は、「近代国勢調査以前の不完全なデータを基礎にしながら、人口学の手法を用いてそれを分析する学問」である「歴史人口学(historical demography)」という耳なじみのない学問分野について解説しているものです。
 第1章「歴史人口学との出会い」では、ポルトガルのリスボン大学とベルギーのゲント大学に学んだ著者が、「教区簿冊」(parish register)の分析によって「歴史人口学」として確立したルイ・アンリの著作に出会い、著者自身が慶應義塾大学の助手時代に「宗門改帳」の整理をした経験を持っていたことから、「日本の資料(「宗門改帳」)に彼の方法を適用すれば大変な成果になるということ」に気づいたことを語っています。
 第2章「『宗門改帳』という宝庫」では、帰国した著者が、普通のカメラやマイクロフィルム撮影機を持ってあちこちの「宗門改帳」を撮影して回ったことを語っています。
 また、「少なくとも室町時代まではよき中華世界秩序の一員」であった二本が、江戸時代の鎖国令によって、「ヨーロッパあるいはキリスト教を拒否することを建てにしながら、実は中華世界秩序から抜け出して独立することを意味した」のではないかと述べ、17世紀末には自国の暦を作っていることを挙げ、「鎖国令とともに始まった宗門改めの制度も、そうやって自立した日本の、一つの基本方針として行われたというふうにいっていいのではないか」と述べています。
 一方で、「宗門改帳」が、「日本に固有の、すぐれた資料」であるが、全国200くらいに分かれていたそれぞれの地域で、「宗門改帳」だけでなく、いろいろな資料の作り方について統一性がない上、残り方もばらばらなので、「これを使った全国を対象とする研究は非常にやりにくい状況にある」と述べています。
 第3章「遠眼鏡で見た近世――マクロ資料からのアプローチ」では、享保6(1721)年に8代将軍吉宗が始めた全国の国別人口調査を元に、享保期の日本の人口は、3千万人ちょっと位ではなかったかと推定しています。
 また、享保6(1721)年から弘化3(1846)年の間の、「高死亡率期」と呼ばれる危機を挟む時期(危機年)の全国人口の変動を国別に地図に落とすことで、「その危機のときにどこで、いかに人口が減ったかということが全国的に明らかになる」として、「平常年、危機年、あるいは地域別に整理してみると、ダイナミックな人口変動の本質が出てくる」と述べ、「大雑把に言えば、『西高東低』型の人口変動が見られた」と指摘し、「江戸時代(後半)の日本の人口は停滞していたという俗説はとんでもない間違いだ」と述べています。
 さらに、江戸初期の人口を「千2百万人プラスマイナス2百万人くらい」と推計した上で、17世紀中(元禄期より前)に、日本に大変な人口増大があったと述べています。
 第4章「虫眼鏡で見た近世――ミクロ資料からのアプローチ」では、諏訪藩の資料から、「17世紀に一種の人口爆発ともいうべき急上昇があり、それが享保5年頃(村によって違うが、元禄13=1700年から寛永寛延3=1750年くらいにかけて)に頭打ちになって横ばいに転じ、文政3~天保元(1820~30)年頃から再増大して明治に至るという線が引けた」と述べています。著者は、17世紀に人口増大が怒った理由として、「この時期に世帯の規模・構造が大きく変化」し、「一つの世帯に15人とか20人いる大規模な世帯」である「合同家族世帯」が、「直系家族世帯」あるいは「核家族世帯」へと「ばらばらに分解」していった中で、結婚率が上がり、みなが結婚するようになって出生率が上がることにより「人口爆発」が起こったと解説しています。
 また、効率の低い伝統型の農業がだんだん変わり、「諏訪では村あたりの世帯規模が4.5人という数字になると、もうそれ以下にはならない」安定した数字になることについて、「その村の農業生産がだいたい小規模になり、家族単位になった証拠」であると述べ、「百年くらいのうちにがらりと変わって、日本全体が家族経営になって」しまった江戸時代は、「ひじょうに大きな変化が起こったのだといっていい」と述べています。
 また、日本の村で、人の数と家畜(ここはほとんど馬)の数の比率が大きく変化し、「人口は増えるが馬の数は減っている」という変化について、「畜力から人力へというエネルギーの代替」が起こったと述べ、「この変化は、ヨーロッパ型の農業発展とは全く逆」であるが、この時代の農民の生活水準は上がっていることを、「勤勉革命」(industrious revolution)と名づけ、労働資本比率において、労働部分が相対的に増える変化であると解説しています。そして、「勤労とソフト面でのいろいろな発明・応用によって、江戸時代の農業生産性というのはかなり上がった。おそらく単位面積あたりの生産量は世界でも最高の水準までいっていたと思われる」と述べています。
 さらに、出稼ぎ奉公の人口学的意味について、「出稼ぎ先で死亡する者が多いことから、過剰になった人口を減らすという意味」があるとともに、それ以上に、「出稼ぎ方向にいったものが帰村しても結婚年齢が遅れ、その結果、生まれる子供の数が減るということ」、しかも階層的には圧倒的に小作層が多いことを指摘し、小作層の絶家と地主や自作の分家の組み合わせによって、「地理的移動と、社会的移動あるいは階層間移動というものが見事に組み合わさっている」ことを指摘しています。
 第5章「明治以降の『人口』を読む」では、日本における人口統計の確立者として、緒方洪庵の適塾に学んだ杉亮二を挙げ、幕臣としてオランダ語の本を読む中で統計書に出会い、「統計がいかに大事か、統計を通じてその国の状態を知るということがいかに重要か」を知ったことを紹介しています。そして、杉が、明治維新のさなかに静岡県下のいくつかの町で国勢調査をやったことや、明治政府の元で、のちの『日本統計年鑑』の元になる『政表』の編成を始めた琴などについて述べ、「自ら戸籍によらない統計をつくり、さらに国勢調査を実施する人たちを育てた杉という人物は、もっと認められていいのではないか」と語っています。
 また、脚気や結核等の病気にもかかわらず、明治になったときに3千5百万人くらいだった日本の人口が、日清戦争のときに4千万人、関東大震災の頃に5千数百万人、昭和10年頃には7千万人を超えるくらいと、「明治・大正期の日本の人口が等比級数的に増大していった」と述べています。そして、このように、「近代以前の社会の、出生率も死亡率も高い状態から、出生率も死亡率も低い、今の日本のような状況に変わっていくこと」を「人口転換」と呼び、「明治期というのは、長期的に見て死亡率が下がりだす、まさに日本の『人口転換』の時期だった」と解説しています。
 さらに、歴史人口学で、「出生率よりも死亡率のほうが高いような時期」を「高死亡率危機」(mortality crisis)と呼ぶことを紹介し、天明の飢饉の時期や、天保の飢饉の時期を挙げ、大正5年から8年にかけ、死亡率が急に上がり、「明治期にせっかく下がった死亡率が一挙に元へ戻ってしまった」大正中期を「大正高死亡率危機」と名づけています。
 第6章「歴史人口学の『今』と『これから』」では、著者が平成7(1995)年に立ち上げた「EAPプロジェクト(ユーラシア人口家族史研究プロジェクト)」について、その目標を、「イギリスやフランスではあまり使われてこなかった住民台帳型の資料を使った研究を行なうこと」にあると述べ、その特徴として、
・住民台帳型の資料を利用したこと
・高度な人口学や統計学の方法を適用したということ
の2点を挙げています。
 また、歴史人口学の意義として、
(1)対象とするのは「個人」ではなく、個人行動にまで観察の焦点を絞りうる人口集団であり、個人・夫婦・家族・世帯を認知しうるものである。
(2)対象とする人口集団を人口学や統計学の方法を用いて分析することができる。
(3)その界面が非常に広い研究分野である。
の3点を挙げたうえで、このような特徴から、「歴史人口学は、個人ですべてをカバーするより、何人かが集まって行なう、分業と協業によるプロジェクト型の研究に向いている」と述べています。
 さらに、「宗門改帳」で家族や人口のあり方を見ると、「大きく東北日本、中央日本、西南日本の3つのタイプに分けて考えることができる」と述べ、
・東北日本:早く結婚するけれど子供の数が少なく、直系家族を構成する。
・中央日本:結婚年齢は比較的遅いが子供はたくさん産み、核家族か直系家族を構成する。
・西南日本:結婚年齢は遅いが、結婚前に子供を産むことがあり、離婚も多く、一つの結婚と次の結婚との間に子供を産むこともある。傍系の夫婦まで一緒に住む合同家族と直系家族を構成する。
の3つのタイプを挙げ、このような違いが生じた理由として、「それぞれの地域に住み着いた人々が、元来持っていた価値観・風習などをずっと維持してきたことによるのではないか」と述べ、
・東北日本――アイヌ・縄文時代人
・中央日本――渡来人・弥生文化
・西南日本――海洋民
の3つのタイプについて解説しています。著者は、「江戸時代の『宗門改帳』は、かなり同化・混血が進んだとはいえ、今だ近代の法的強制力を持った改変以前の社会、特に家族のあり方を的確に示してくれる資料である」と述べています。
 本書は、人口や統計という切り口から日本社会のあり方とダイナミックな変化を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 高度成長期以降の日本社会の変質に対する反省から、昭和初期や明治、江戸時代の農村の生活を見直す人が増えていますが、そういった世界に対するノスタルジーもすでにリアリティを失ってきてバーチャルなものに画一化しているのではないかという気がします。本書が示しているように、村の暮らしや家族のあり方は地域によって大きく特色があるものですし、300年間変化が少ないと思われがちな江戸時代の暮らしもダイナミックに変化しています。


■ どんな人にオススメ?

・江戸時代は変化に乏しい時代だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 速水 融 『歴史人口学の世界』
 速水 融 『歴史人口学と家族史』
 鬼頭 宏 『人口から読む日本の歴史』
 田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日
 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
 高橋 敏 『博徒の幕末維新』 2007年10月18日


■ 百夜百マンガ

巨娘【巨娘 】

 「巨大な娘」だから「小娘」ならぬ「巨娘」という設定も一発モノっぽいですが、だんだん設定がエスカレートしていく様子はまるでジャンプのマンガのようでした。

2007年12月25日 (火)

ネットで人生、変わりましたか?

■ 書籍情報

ネットで人生、変わりましたか?   【ネットで人生、変わりましたか?】(#1069)

  岡田 有花, ITmedia News
  価格: ¥1680 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2007/6/1)

 本書は、専門用語だらけの製品解説記事があふれるITニュースサイトで、誰も問うてなかった「それらの製品や技術が人の生き方にどう影響するか」という肝心な部分に正面から取り組んだシリーズ「ITは、いま」など、「IT戦士」異名を持つ著者の記事をまとめたものです。
 2004年4月19日の「自分の手でネットを"進化"させたい――『はてな』社長の夢」では、「ドットコム企業の株価は上がっても、一般の人の生活は一向に変わらない」という状態に業を煮やし、「自分なら世の中を本当に便利にするネットサービスが作れる」という思いから、「はてな」を立ち上げた近藤淳也社長を取り上げています。近藤社長は、「1億円稼いだとか、いい車を乗り回しているとか、そういうことは死ぬときの自慢にはならない。でも『インターネットでたくさんの人が当たり前のように使っているあのサービス、実は僕が考えたんだ』と言えたら、それは死ぬときに自慢できる。そういうものをたくさん作りたい」と語っています。
 2004年7月17日の「真夏に長袖! なのに裸より涼しい『空調服』」では、「背中についた2基のファンが、体全体に風を送って汗を気化。気化熱で体が冷えるという仕組みで、お風呂上りの濡れた体に扇風機が心地よいのと同じ原理」という長袖の作業服「空調服」を紹介しています。そして、開発したピーシーツーピーの市ヶ谷社長が、東南アジアの取引先のTV工場を視察した際に、クーラーなしで作業する作業員の姿を見て、「今はクーラーを使っていない発展途上の国の人たちが将来、日本人のようにクーラーを常用するようになったら、エネルギー危機が起きる」という危機感から「省エネルギーな冷却装置」として6年かけて空調服を開発したことが述べられています。
 2005年5月23日「『ブログがすべてだった』――20歳ガングロ社長の"ギャル革命"」では、渋谷のカフェでの2時間を越えるインタビューで、「カリスマというか、オーラというか、何か得体の知れないパワー」と、「時代を変える人というのはこういう人なんだろうな」という印象を感じた著者が、「とにかくすぐに記事にして、彼女の存在を世の中に伝えたい」という「使命感めいたもの」に動かされ急いで記事にしたと述べています。著者は、「ネットが人との出会いを広げ、彼女の生き方を加速するツールになったとすれば、ネット業界に関わる一人として、嬉しく思います」と語っています。
 2005年8月19日「2ch発『Mona OS』作者がはてなに来た理由」では、「ひげぽん」こと箕輪太郎さんが、ある大企業の子会社で、SEとして仕事をする中で、「このままでは腐ってしまう」と焦り、「人と違うことをしなさい」という「父の口癖」から、個人でOSを作ろう、と2chに「ひげぽん」のコテハンでスレッドを立て、アドバイスを受け、本を読んで勉強し、活動拠点をMona OSのWikiに移してからは素晴らしい技術者と交流を重ねていったことが述べられています。そして、レベルの高い技術者との交流の中で、「同い年なのに、自分の20倍も生産性を持っている人がいる。一生かかっても追いつけない」と焦りを感じる中で、「自分の全盛期かもしれない20代後半に、こんな会社にいていいんだろうか」と感じ、はてなの求人を見つけ、面接に出向いた先で、近藤淳也社長に出会い、「ヤバイ、この人だ」、「この人についていけば間違いない」と思い、元の会社の管理職のポストを捨てて、はてなに入社したことを紹介しています。
 2006年3月20日「ひきこもりからIT社長に"paperboy"の軌跡」では、高校を中退して3年間引きこもり、家庭の事情でサラリーマンになってからは、2ちゃんねるの「祭り」のネタに「先行者」サイトや、田代まさしの「Time」コラージュなどを作っていたpaperboyの家入社長が、会社勤めが嫌になり、「妻と子供を養えるくらいの収入が在宅仕事で得られれば、家族と一緒にゆっくり過ごせる」という理由から企業を思い立ち、女性向けのポップで安価なホスティングサービス「ロリポップ」を始め、会社が見る見る成長してしまったことを紹介しています。
 2006年4月7日の「個人アニメ作家にFlashがくれた"力"」では、蛙男商会会長の小野亮さんが、映画・テレビ業界での政策スタッフの仕事に疑問を感じ、結婚を期に島根に移住してから、「個人クリエイターが安価にコンテンツ制作できれば、ニーズはきっとある」という可能性を感じ、役者もスタッフもいない島根で、一人で声色を変えてセリフを録音してFlashアニメを製作したこと、そして小野さんが、「ITは、地獄から這い上がるための、蜘蛛の糸みたいなもの」と語っていることを紹介しています。
 2007年3月12日「『ネットは遊び場』――『字幕.in』を一人で作る25歳・無職」では、矢野さとるさんが、ネットに夢中になりすぎて大学受験に失敗し、地元の予備校に通いながら、予備校名と同じドメインで冗談サイトを運営していたところ、学長から呼び出され、内容証明郵便を送りつけられた挙句に、退学になったエピソードを紹介しています。
 また、毎年クリスマスの恒例となった「IT戦士のクリスマス」企画は、2003年12月25日の「やっぱりキミは来なかった『線メリ』と過ごすひとりきりのXmas」での、部屋の隅でサンタ帽をかぶり、クリスマスケーキと「線メリ」とともに独り膝を抱えてチキンを齧る写真が、強烈なインパクトで一気に「IT戦士 岡田有花」の名を上げました。
 第2弾企画の、2004年12月24日「今年もキミは来ないのね――聖夜にかけるIT戦士かく闘えり」では、2003年の反響で「線上のメリークリスマスIV」に著者をモデルにしたフィギュアが登場(不良在庫の山を築く)。読者からリクエストのあった「サンタミニスカのコスプレ」に応えるはずが、なぜか赤い彗星シャアザクのTシャツを着て、新宿西口のイルミネーション前に立ち、遠巻きに「ザクだよザク!」と叫ばれるという結果に終わっています。
 第3弾の2005年12月25日「一人のイブでもアツアツさ――『線メリ』と過ごす3度目のXmas」では、「USBあったかスリッパ」と「USBハンドウォーマー」、電池でおなかと背中を暖める「ベストウォーマー」を装着し、「USBカップウォーマー」で暖めたおでん缶で「ITウォームビズ」をきめています。
 第4弾の2006年12月25日「ITは孤独を救う!?――"2次元彼氏"を過ごすラブラブXmas」では、「ITを使って素敵な男子をクリエイト」ということで、「理想の彼氏」を実物大パネルに貼り付けて作成した「2次元彼氏」を定番のデートスポットに連れ出して周囲の不審な視線に耐えながらいちゃいちゃして見たりしています。
 彼氏といえば、読者の涙を誘った「年始、ロボットと愛し合う」では、恋するロボット「ペコロン」を甲子園の実家に連れて帰り、一緒に初詣にいった利するも、「ナルシストで自分勝手なペコロンがだんだんうっとうしく」なり、別れを決め、リセットスイッチを押しています。
 著者は、印象に残っている記事として、
・空調服
・ギャル社長
の2つを挙げ、「私の記事で、世の中を少し動かせた気」がしていると語っています。
 本書は、IT戦士ファンにとって必読の1冊です。


■ 個人的な視点から

 ついに5年目となる今年、IT戦士は何をやらかしてくれるのでしょうか。やるならすでにネタは仕込み済みのはずですが、毎年の恒例行事として非常に楽しみです。
 と思ってたら、昨日アップされてました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/24/news011.html


■ どんな人にオススメ?

・IT戦士と一緒に闘いたい人。


■ 関連しそうな本

 近藤 淳也 『「へんな会社」のつくり方』 2007年12月14日
 梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
 ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日
 ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ (著), 井口 耕二 (翻訳) 『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』
 西村 博之 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』
 佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』 2007年11月20日


■ 百夜百マンガ

花のうた【花のうた 】

 バイクと喧嘩と男の生き様、っていう感じのパターンの作品が多い人でしたが、主人公を犬にしたり女の子にしたりと工夫が感じられます。結局雰囲気としては同じようなものですが。

2007年12月24日 (月)

自白の心理学

■ 書籍情報

自白の心理学   【自白の心理学】(#1068)

  浜田 寿美男
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2001/03)

 本書は、「世の中の仕組みの中に根ざした一種の構造的な不幸」と言える冤罪について、「たいていの人は、それをほとんど自分には無縁のことだと思っている」が、「犯罪の被害者になることは自分の意思で避けることができない」のと同じように、「決意だけでそれを逃れることはできない」ものであることを解説し、「冤罪の実態をさぐることで、私たちが生きているこの社会のありよう」を浮かび上がらせているものです。
 序「自白と冤罪」では、冤罪にも「逮捕以前の集中的操作、誤認逮捕、誤起訴、そして誤判と、さまざまなレベルのもの」があり、「それらをすべて含めれば、年間数百例では収まらないかもしれない」と述べています。
 そして、「うその自白は自分の利益にならないどころか、逆に自分を悲惨な状況に追い込む」にもかかわらず、「人はそのうそに陥ってしまう」のであり、「このうその自白の謎を解き明かすことが、本書の課題である」と述べています。
 著者は、本書で取り上げるべき問題として、
(1)うそとは何かという問題
(2)有罪判決を受ければ刑罰を受けることが分かっていながらやってもいない犯罪をやったと言うのはなぜか。
(3)やってもいない人間がどうして反抗の筋書きをそれらしく語ることができるのか。
(4)一見はもっともらしく語られる嘘の自白をどのようにして偽物と見抜くことができるのか。
の4点を挙げています。
 第1章「なぜ不利なうそをつくのか」では、「無実の人がうその自白に落ち、さらにうその犯行ストーリーを語るというのは、心理的に極めて異常な事態であるように思われている」が、「班員として決め付けられ、取調べの場で追い詰められ、決着をつけることを求められたとき、誰もが陥りうる、ある意味で自然な心理過程であることを知っておかねばならない」と述べ、異常があるとすれば、「当の被疑者を囲む状況の側の異常なのである」と指摘しています。
 そして、うそについて、私たちが、「うそは自分勝手な思いで、自分自身の利益のために、自分の側から積極的に他者をだますものだ」という「固定的な観念に囚われている」として、「うその個体モデル」と名づけています。しかし、うそは、「関係の場の中で生まれる」ものであり、有名なアッシュの同調実験に見られるように、「関係の側に主導権を握られた受動のうそ」もあるとする「うその関係モデル」を示しています。
 著者は、うその自白が、「うそがほんとうだと思われたときには、むしろそれを促され、支えられることもある」という種類のうその典型であると述べ、それを、「通常のうそと同列に並べて、<だまる―あばく>という枠組みの中で理解しようとしたのでは、その実相を捉えることはできない」と指摘しています。
 一方、「わが国の刑事取調べにおいて推定無罪は名ばかりで、取調官は被疑者を犯人として断固たる態度で調べるというのが常態になっている」として、警察官向けテキストには、「頑強に否認する被疑者に対し、『もしかすると白ではないか』との疑念を持って取調べてはならない」と明記されていることを紹介しています。
 第2章「うそに落ちていく真理」では、うその自白への転落過程として、
(1)自分の側から名乗り出る身代わり自白
(2)事件の周辺にいた人が疑われ、事件前後のことを問い詰められて、うまく思い出せないまま、自分の記憶に自信を失って、自分がやったのかもしれないと思うようになる自白。
(3)取調べの強圧に晒されて、自分がやっていないという記憶そのものまで揺らぐことはないが、この辛さに耐え切れず、相手の言うままに認めてしまう迎合型の自白。
の3点を挙げています。
 そして、被疑者が、「孤立無援の不安に晒され、生活すべてをコントロールされ、罵倒の屈辱を味わい、罪責感を刺激され、さらに弁明しても通じない無力感にさいなまれる」上、時間的な展望が見えず、「取調官からむしろ自白したほうが有利ではないかと思わされていく」ことを解説し、さらに、「しばしば陥る錯覚」として、「自白することの不利益(へたをすれば死刑)と否認をつづけることの不利益(取調べにさらされ続ける苦痛)をはかりにかけるというイメージ)の錯覚を指摘しています。
 また、「予想される刑罰」についての現実感の問題として、真犯人は、自分の中に犯行体験の記憶がしっかりと刻まれ、「自白をすれば、あのときのあの自分の犯行の結果が刑罰として自分にかかってくるのだということを、文字通り実感を持って感じることになる」が、無実の人の場合は、「追求されるままに罪を認めてしまった」としても、「そのことが実際の刑罰につながるとの現実感はもてない」と解説しています。
 第3章「犯行ストーリーを展開していく心理」では、1954年の仁保事件を取り上げ、そのような古い事件を取り上げる理由として、「この事件には被疑者を取調べたときの録音テープが大量に残されていて、そこから取調べの様子を直接に知ることができること」を挙げ、「否認段階の取調べ、あるいは否認から自白へと展開する家庭の取調べがテープに収められていれば、その自白過程を解明して、果たしてそれがうその自白に陥る過程であったのか、それとも真の自白を獲得する過程であったかを検証できるし、ひいてはうその自白を防止する手立てを考える手がかりにもなる」と述べています。
 また、取調べの中で、被疑者が語った「犯人になったろ」という言葉について、「これほど無実の被疑者の心境を率直に語ったことばは、おそらくほかにない」と述べ、「『犯人になる』という心理は、一見、常軌を逸しているように見える。しかし無実の人がうそで自白するとき、ほとんどがそうした心理状態に陥るものだと知っておく必要がある」と解説しています。
 第4章「自白調書を読み解く」では、1966年の袴田事件を取り上げ、「お金を取った状況を詳しく語らなければならなくなった袴田さんが、まさに『犯人になって』考えた結果」、犯行の実際を知らない袴田さんが、「その『無知』を暴露してしまった」ことについて、後に「まちがった供述」として訂正されたが、「9月7日その日の自白調書にはっきり録取された『無知』の証拠そのものは、もはや消し去ることはできない」と述べています。そして、「この種の『無知の暴露』はここだけにはとどまらない」と述べ、「語らなければならない供述要素について、おおよそ客観的な状況を勘案した犯行筋書を語りはしたが、そのあちこちのディテールで無知をさらけ出してしまっている」ことを指摘しています。
 著者は、「うそ分析、無知の暴露分析、誘導分析という3つの観点から供述分析を行った結果として、袴田さんの自白を真犯人のものと見ることには、心理学的に明らかに無理があるし、他方その自白変遷は、無実の被疑者に十分可能な範囲におさまっていることが判明した」と述べ、袴田さんの45通の自白調書が、「無実の人が『犯人になり』、取調官とのやりとりを通して、どうにかこうにか語り上げたうその自白であることを強く示唆している」と述べています。
 「おわりに」では、犯罪の証明に必要な「証拠」と呼ばれるものが、「どれほど人のことばによって歪められてしまうものか」を、「冤罪事件に多少とも付き合ってみれば、誰もが痛感させられることの一つである」と述べ、「日本の刑事捜査、刑事手続きの中にはブラックボックスがあまりに多い」ことを指摘しています。
 本書は、誰もが陥る可能性のある「冤罪」について、最低限の知識を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 冤罪事件について、報道で知ることができるのは、裁判の結果がほとんどで、とどのつまり、どう白黒がついたか、というところだけですが、冤罪を生み出すその仕組みを理解することで報道から得られる断片的な情報を読み解く力がつくのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・冤罪の仕組みを心理学の見地から理解したい人。


■ 関連しそうな本

 浜田 寿美男 『自白の研究―取調べる者と取調べられる者の心的構図』
 浜田 寿美男 『取調室の心理学』
 浜田 寿美男 『「うそ」を見抜く心理学―「供述の世界」から』
 小田中 聰樹 『冤罪はこうして作られる』
 秋山 賢三 『裁判官はなぜ誤るのか』


■ 百夜百音

高田みづえ シングル・ベスト30【高田みづえ シングル・ベスト30】 高田みづえ オリジナル盤発売: 2003

 現在は、相撲部屋のおかみさんということで、テレビで見かけませんが、昨今の相撲界をめぐるスキャンダルで、「おかみさん」の印象が悪くなっていることが気の毒です。

2007年12月23日 (日)

日本の大学教授市場

■ 書籍情報

日本の大学教授市場   【日本の大学教授市場】(#1067)

  山野井 敦徳
  価格: ¥6090 (税込)
  玉川大学出版部(2007/09)

 本書は、「わが国の大学教授市場について明治期から現在までの、その形成と展開を実証的に検討」すると同時に「現在の構造改革期における社会動向を踏まえて大学教授市場の現状を豊富なデータで明らかにする」ものです。
 本書の成果について、著者は、「戦前期における大学教授市場の形成過程に関する研究は空白であったが、市場形成期の骨格の一端が明らかにされたばかりでなく、戦後から1990年代の構造改革期を経た2000年代の現在まで、およそ60年間の市場全体の変貌ぶりが、一人ひとりのレベルにおける具体的なデータで以って実証的に検証された」ことを挙げています。
 第1章「帝国大学の大学教授市場」では、「帝大システムの発展・拡大プロセスの中での、帝大教授職をめぐる市場の形成・展開過程を明らかにする」としています。
 まず、1886年の最初の帝大が発足したときに、教員数は前身校の教員数合計よりも大幅に減員され、「帝国大学は最高学府としての位置付けを得たばかりであり、そこでの教授職の地位はいまだ磐石ではなかった」ため、「多官庁の行政官との相対的な待遇の悪さが、人材の流出を引き起こしてもいた」ことを述べた上で、1893(明治26)年の帝国大学令改正による講座制と教授会の制度化が、こうした状況を大きく変える契機となったと述べ、同時に、これらの「制度的展開が帝大教授たちのキャリア・パターンの制度化を伴なっていた」と解説しています。
 そして、帝大教員集団による市場形成について、「帝大教授市場の閉鎖性は概して強く、他の職業との交流は一部の分野を除いては少ない。しかもこの傾向は時期を下るに連れて強くなっている」と述べています。
 第2章「私立大学の大学教授市場」では、「戦前期の硬直的な階層構造をもつ高等教育システムにおいて、ながらく傍系の高等教育機関と見なされてきた私立大学で、一体どのような経歴を持った人たちが、これらの機関に教員として補充されてきたのかといった観点を中心に、戦前の私立大学における大学教授市場の特徴を明らかに」しています。
 そして、1903(明治36)年の「専門学校令」において、「教授資格の条件が厳しかったため、この時期に認可を受けた私立専門学校は、ほとんど専任の教員をもたず、非常勤講師に全面的に依存していた」が、「大学令」によって、この「非常勤講師依存の教育体制」からの転換を迫られることになったと述べています。
 また、慶応大学が、「自校卒業生を海外に留学させ、その帰国をまって順次、自分の大学の教壇に立たせていくという方針」によって、「着々と母校出身教員の数・比率を上昇させていった」と述べています。
 さらに、法政大学でも、「遅くとも昭和初期までには、講師・助教授といった、下級教授職を経由する形での教授養成ルートも、部分的とはいえ確立しだしたこと』を解説しています。
 第3章「高等師範学校と文理科大学の大学教授市場」では、「先行した帝国大学と教員養成の最高峰としての高等師範学校や文理科大学の相克や確執を背景に、両者の機能や目的、カリキュラムの異同を分析ながら、高等師範学校と分離が大学における教員の意識とそのリクルートを検証する」としています。
 そして、高等師範学校・文理科大学と帝国大学とが、「中等教員の養成、さらには人文科学・自然科学というリベラルアーツ中心の教育内容など、両機関の機能が重なり合うがゆえに競合関係に立たされることになった」と述べた上で、「それゆえ高等師範学校は一般に地位の低い教員養成機関として特化するのではなく、帝国大学と同レベルの学術的な教育を維持しようとした」が、その実質的な機能は中等教員の供給にあり、教員養成・教育学研究の側面と学術研究の側面の「いずれかに特化できないまま発展することになった」と解説し、この「アンビバレントな位置づけ」が1929(昭和4)年の文理科大学にも引き継がれたと述べています。
 第4章「若手大学教授市場とアカデミック・キャリアの形成過程」では、「帝国大学の教員集団を対象として、職階とキャリア形成の関係に焦点を当てながら、この時期における若手大学教員市場のあり方について議論」し、「戦前期における助手、講師、助教授層などを中心とする、若手大学教員のキャリア形成過程を検証」しています。
 そして、日本のアカデミック・キャリアの重要な特性として、「同じ大学の中で、大学卒業→助手→講師→助教授と昇進を続け、教授に至るといった、『エスカレーター式昇進』」を挙げ、このような「閉鎖的なアカデミック・キャリア」が、いつごろ成立したのかについて、「教授より下の職階・地位(下級教授職)に位置する立場の教員集団、つまり若手大学教員(junior faculty)に対する、教授候補生としてのキャリア形成が、高等教育機関内部で、しかも同一大学内でなされるような大学教員養成体制が、遅くとも1937年時点までには確立していた」と述べています。
 また、1940年時点での東京帝大法学部・経済学部での助手の位置付けが、研究助手となっていることについて、「1919(大正8)年以前から既に東京帝大法学部では、助手全員が東京帝大出身者で固められ、しかも助教授を経て教授に昇進していた」ことから、「東京帝大法学部助手は、助手制度の活用当初から、研究助手的性格が色濃かった」と述べ、「大正8年ごろまでは、帝大卒業後直ちに助教授任用する例が多かった」ことから、「助手は、大学院同様、助教授までの待機場所としての卒後研修的性格が強かったものと推測される」と述べています。そして、東京帝大法学部の助手実員が、1917(大正6)年までの毎年2名以下から、漸増し、1920(大正9)年以降は毎年10名前後となったことについて、「すべての助手が助教授に昇進したわけでは」なく、「3年間の任期制とともに、『昇進か転出か(up or out)』政策が採られるようになった」と解説し、大正期には、教授・助教授ポストが閉塞状況を呈し、将来の教授候補者の多くが大学院で待機させられる中で、給与等の面で、相対的に帝大教授の魅力が低下し始めたと推測されるため、「とくに東京帝大では、優秀な人材には、『公務員でも大企業でも売手市場の法学部にあっては身分不安定ばかりか、逆に授業料を払う大学院』ではなく、『大学が月給を払って、残ってもらう必要が』でてきた」ため、「優秀な人材の確保策」として、研究助手をアカデミック・キャリアに位置づけるようになったと解説しています。
 第5章「統計からみた大学教授市場」では、戦後60年間の統計を元に、
(1)東大の寡占状態の終焉
(2)大学教授市場の分割化
(3)海外での学位取得者や外国人教員の増加
(4)勝ち組と負け組みの明瞭化
の4点の特徴を挙げています。
 そして、「通史的に戦後60年の動きを総決算すると、わが国の大学教授市場は国際化、グローバル化への動きを着実に進めている。それと同時に流動性は時代、時代の改革によって断続的に規定されている。現在は、知識基盤社会の到来によって、ある分野では大学と社会の間の人事交流が一段と活発化してきた」と述べています。
 第6章「大学院と大学教授市場」では、わが国の大学院が、「1990年代以降、急速な拡大を遂げた」として、1990年に9万238人だった大学院学生数が、2005年には25万4480人に拡大したことが、大学教授市場に及ぼす影響として、
(1)教員需要の増加
(2)教員供給の増加
の2点を挙げています。そして、1990年代以降のわが国の大学が、「大学院重点化などにより博士課程を急速に拡大させたにもかかわらず、博士課程が供給する人材を自ら直接には十分に活用せず、大学など教員以外の職業開拓のスピードも博士課程の拡大には追いついていない」ことを指摘しています。
 第8章「アカデミック・サイクル」では、「大学教員から構成される集団の中に『一定の年齢構造が数十年ごとに繰り返す現象』」である「アカデミック・サイクル」について、「現在の大学教員の人事システムや大学構造改革を通して、それぞれの次元におけるアカデミック・サイクルに従前とは異なる傾向が見られるか否かに焦点がある」として、
(1)アカデミック・サイクル論を仮説的に展開して問題点を整理
(2)マクロデータを用いてわが国の大学教員の年齢構成についての全体的状況を俯瞰し、それを踏まえてある研究大学の一講座を事例とした分析を行う。
(3)大学の採用人事に大学人がどのような意識を持っているかについての分析を行う。
(4)現在の法改正に伴なって今後の問題点を整理。
(5)アカデミック・サイクルに影響を与える内部組織や職階の改革動向ならびに全国の実態調査を通して現在の状況を探る。
の5点を取り上げています。
 そして、現在の大学教員市場が、「一部で超高齢化現象というアカデミック・サイクルの問題に晒されており」、その本質的な問題は、「単なる年齢の問題ではなく、年齢のサイクルによって、大学の基本的な鋭意である教育研究の継続性に問題が生じることにある」と指摘しています。
 第9章「流動化する大学教授市場」では、有力大学による市場占拠率が、「構成比で見る限り逓減しているものの、修士授与数を母集団とした教員輩出率で見ると、有力大学は依然として優位である」と述べています。
 第10章「研究大学の大学教授市場」では、わが国の研究大学市場について、「国内的には東京大学を中心とした閉ざされた市場を形成しつつも、他方では、学位や最終学歴の動向を分析してみると、特に社会科学の領域において急激に国際化・グローバル化しつつある」と指摘しています。
 第11章「大学教授市場の国際化」では、「講師以上、中国系教員は全国の大学で669名いることが判明した」と述べた上で、「21世紀の日本の大学の国際化を検討する場合、日中との関係は極めて重要な関係にあり、大学の国際化とりわけ中国系教員の果たす役割は日中にとってますます重要な意味を持ってくる」と述べています。
 第12章「融化する若手大学教授市場」では、若手のための大学教員ポスト不足が、「博士課程修了者の大学教員就職率の低下や最低在学年数釣果学生の増加、博士課程終了後もそのまま大学に残り研究を継続するケースの増加など」をもたらし、1970年代後半から1980年代の前半にかけて深刻な社会問題となった「オーバードクター問題」について解説しています。
 そして、従来の教員組織が、「教授、助教授、講師、助手という常勤スタッフの身から構成されていた」が、「いまやその周縁で、次世代を担うことが期待される多数の若手研究者が不安定なポジションの下で活動を続けている」ことを指摘しています。
 本書は、多くの人には関わりを持たない閉ざされた市場である大学教授市場について、体系的に整理した貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 大学教授のリクルートに関しては、これまで鷲田小彌太著『大学教授になる方法』などがありましたが、こういったマクロ的なデータを元に大学教授業界を分析したものは貴重なのではないかと思います。
 本書を読んだ後で、『文学部唯野教授』を読むと、あの「講師になりたいよお」の場面にリアリティが増すんじゃないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・大学教授になるのも楽じゃないと思う人。


■ 関連しそうな本

 鷲田 小彌太 『新 大学教授になる方法』
 筒井 康隆 『文学部唯野教授』
 石渡 嶺司 『最高学府はバカだらけ―全入時代の大学「崖っぷち」事情』
 水月 昭道 『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』
 金子 元久 『大学の教育力―何を教え、学ぶか』
 杉山 幸丸 『崖っぷち弱小大学物語』


■ 百夜百音

あなた‐小坂明子の世界【あなた‐小坂明子の世界】 小坂明子 オリジナル盤発売: 1994

 小さな家と古い暖炉と子犬とレースを編むのよというのが、専業主婦願望の歌というか、「関白宣言」の裏返しとか「部屋とYシャツと私」とか色々批判されていますが、主旨としては、私の横にはあなたがいてほしい、というひどく当たり前な曲なのじゃないかと思います。
 当時の時代背景としては、専業主婦願望の歌というわけではなく、横にいてくれる「あなた」を望んでいる歌なのではないでしょうか。

『ベスト』ベスト

2007年12月22日 (土)

味方をふやす技術―[よのなか]の歩き方

■ 書籍情報

味方をふやす技術―[よのなか]の歩き方   【味方をふやす技術―[よのなか]の歩き方】(#1066)

  藤原 和博
  価格: ¥609 (税込)
  筑摩書房(2002/01)

 本書は、リクルートを経て、都内初の民間人出身校長になり、現在は杉並区立和田中学校の校長を務めている著者が、「スーパーサラリーマン」を標榜していた時代に、「[よのなか]の歩き方シリーズ」の一冊として著したものです。
 第1章「心を通わせたいなら『ネガティブ・コミュニケーション』で」では、著者が会社員時代、泊りがけの研修の初日の夜に、「自分はどこから来て、どこへ行こうとする人なのか、3分以上の長い自己紹介をしてください」と働きかけたことを紹介し、自己紹介で、「自分は何ができなかった人なのか」という<弱気の>自己紹介(ネガティブ・プレゼンテーション)をしてもらうと述べ、「マイナス・イオンの法則」と著者が名づけた、「人間が持っているエネルギーにも、プラスとマイナスが引き合い、マイナスがプラスを引き寄せる磁石のような性質がある」と解説しています。そして、「人は、なにか自分が失ったものをバネにして生きている」と語っています。
 第2章「『エネルギーを奪う人』から今すぐ逃げよ!」では、著者が「つきあわない方がいい人」として、
(1)ヨーガ星人:年賀状に「よろしく!」「がんばろう!」しか書いてこない人
(2)100%ソシキ星人
(3)カンリョウ成人
(4)アパルトヘイト星人:現場で仕事をしている人に対して、妙に色づけしたがる人たち
(5)ヤクショク星人:相手のヤクショクがわかるまで仕事ができない
(6)メイガラ星人:相手の会社のランキングが判るまで仕事ができない
など21の星人を挙げ、「21の成人はあなたの中にも住んでいるはずです。この21のキャラクターは、すべてあなたが仕事の主人公になることを邪魔します」と述べています。
 第3章「愛情について」では、「ケータイもPCも、名刺も会議もテレビも新聞も、お葬式も結婚式もみな、人間同士のコミュニケーションを深めるための『手段』である」にもかかわらず、いつのまにか、「手段のためのコミュニケーション世界が生み出されてしまった」と指摘し、これらの道具(ツール)の使い心地がわかったら、「しばらく道具たちから逃げてみる」と、「意外と何てことないじゃあないか」と気づくだろう、と述べています。
 また、個人として会食やパーティーで紹介を受けるときには、「自分を多少大げさに少し細かく紹介してもらえたほうがありがたい。なぜならその方が、紹介された相手方との間で話題を見つける糸口になるからだ」と語っています。
 さらに、「『自分探し』で何年もモラトリアムするより、『もうひとりの私』を何人も持つほうが豊かになれる」と述べ、「2人の私が、ひとりであった私よりも多層的な人とのつながりをつくる」、「つながりの多様さと確かさは、幸福感の源泉だ」と語っています。
 第4章「あなたを貧しくする『常識』を脱ぎ捨てよう」では、「20代から30代の変態期に、私自身は少なくとも3回ほど重症の病気にかかった」として、
・シゴト中毒症
・お買物症候群
・メニエル氏症候群
の「3つの病気の波状攻撃で、ついに私は正気に戻った」、「いったい自分の人生のオーナーは誰なんだっけ?」と我に返ったと述べ、「男というのはこんなふうに、3回くらい病気にならないと自分をビッグバンできない動物なのではないだろうか」と語っています。
 また、「過去に成功した人のイメージを追っていくと、自分もその成功や幸福を疑似体験できるように思ってしまうバーチャル・リアリティ的な錯覚は、いつも"幸福論の落とし穴"だ」と述べ、「自分で生み出した新しい幸福論に基づいて、オリジナルな仕事スタイルを作っていかなければ、自分が幸福にはなれない」が、それを阻害する心理的な理由として、
(1)どうしても過去の歴史的なカッコイイ人のイメージが頭に残ってしまうこと。
(2)自分のオリジナルなカッコよさを求めて、独自のワークスタイルを作っていくことは、けっこう孤独でタフな仕事だという点。
の2点を挙げています。
 さらに、「「私の息子たちは実に見事に家出電話を取るときの私の声の調子を真似する」、「幼児はこのようにパターン認識の天才だ」と述べ、子供にとって、「魔法のワンダーボックス」である「電話」に親が出る声に、「彼らは体中を耳にして反応する」と述べ、「だから、親の態度はこの態度として伝播するのだ。いでんするのではない。私たちの言葉と体の両方の調子(トーン)が、無意識にコピーされ、子供の言葉と体にペーストされてゆく」と語っています。著者は、「長男に、私が電話する姿を真似された日の夜」に、「会社を辞めよう」と決心したと語っています。
 本書は、冒頭に、「味方をふやすためには、嫌われる覚悟も必要だ」と書いているように、決して社交術ではなく、むしろ、いかにして自らが人に対して接するべきかを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 テレビを見ないし、いわゆるビジネス雑誌の類も知り合いが書いているところを立ち読みするくらい(それすらもあまりしない)という、社会人にあるまじき情報収集を怠っているためか、著者が、スーパーサラリーマンとしてテレビに出ていた時代というのを知らないのですが、最近ではこういうことを言う人はずいぶん増えているものの、まだ、会社員が外でものを言うことがはばかられた時代、こういう組織の中から突きぬけた人は、読む人に元気を与えてくれたのではないかと想像します。


■ どんな人にオススメ?

・人に嫌われたくない、という壁を超えて行きたい人。


■ 関連しそうな本

 藤原 和博 『父生術』 2005年06月12日
 藤原 和博 『公立校の逆襲 いい学校を作る!』 2005年06月17日
 藤原 和博 『世界でいちばん受けたい授業―足立十一中『よのなか』科』
 藤原 和博, 天野 一哉 『民間校長、中学改革に挑む』 2006年04月07日
 藤原 和博 『サクラ、サク』 2005年12月04日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日


■ 百夜百音

真夜中のギター【真夜中のギター】 千賀かほる オリジナル盤発売: 1994

 確か高田みづえがカバーしたのをカックラキン大放送か何かで聴いたのではないかと思うのですが、記憶が定かではありません。

2007年12月21日 (金)

道路の経済学

■ 書籍情報

道路の経済学   【道路の経済学】(#1065)

  松下 文洋
  価格: ¥735 (税込)
  講談社(2005/5/19)

 本書は、「ヒト・モノ・カネという限られた資源をどのように使ったら豊かな暮らしができるか、それについて国民や市民みんなが納得するためにはどんな説明が求められているか、ということを、道路を通して考えて」いるものです。
 第1章「なぜに本の高速道路は有料で世界一高いのか?」では、日本の高速道路の料金が「非常に高い」ことを、
・ドイツ:無料
・イタリア:1キロ当たり7~8円
・日本:1キロあたり27~30円
とで比較し、「これほど突出して高い」理由を、道路公団発足の歴史から説明しています。1956年に日本道路公団がスタートした当時、日本はまだ貧しく、「高速道路のような贅沢な道路」を建設する財源がなかったため、「やむをえず世界銀行などから借金をして建設し、完成後は借金を返す(償還する)ため、利用者から通行料金を徴収するという方法をとり」、当時は、「一般庶民は自家用車などもてないから大して困らないだろうと考えられて」いたと述べています。そして、建設省ではなく「公団」を設立した理由として、
(1)公団をいったん廃止したため、戦中戦後の統制経済を仕切ったエリート官僚たちの再雇用の受け皿が再び必要であった。
(2)「クロソイド曲線」と呼ばれるカーブや、「インターチェンジ」の建設などに特殊な技術が必要だったが、未知の技術だったので、政府が行なうよりも専門の特殊会社に任せたほうが効率が高いと期待された。
(3)最初に建設すべきルートは誰が考えても東海道、東北道、中国道となるので、ルート選択において間違いの起きる可能性も少なかった。
の3点を挙げています。
 第2章「アクアライン通行料は800円でよい」では、アクアラインの開通が、地元の経済に対し、「貢献どころか千葉県の商業を壊滅状態に陥れている」として、「千葉県の若者、富裕層は横浜や東京に買物に出かけるようになり、千葉県の商業が打撃を受けるという『ストロー現象』が起き」、JR木更津駅前からは、そごう、ダイエー、西友などが撤退し、中心市街地の富士見商店街は「シャッター通り商店街」となってしまったことや、10万人規模の人口増加を見込んで進められた土地区画整理事業1000ヘクタールも「買い手不在で販売はストップしたまま」といわれていると述べています。
 著者は、アクアラインの開通前に、「MEPLAN(ミープラン)都市総合分析モデル」(MEPLAN東京圏モデル)を使ってアクアラインの交通量を予測し、
・4000円という高い料金では建設省予想の1日3万3000台には届かず、1日1万1000台にとどまる。
・1000円に値下げすれば、利用台数は1日2万5000台前後に上昇する。
との結論を得て専門誌で発表し、改行1年記念のテレビ番組でも、「産業競争力を高め、地域経済を再生するためにも大幅な値下げが必要。1000円にすれば1日約1000万円の減収となるが、逆に1日1億円の経済効果が生まれる」と訴えたと述べています。また、木更津商工会議所の招きで講演し、この講演がきっかけに2001年1月に「アクアライン通行料金研究会」が立ち上がり、2003年3月には、「アクアライン800円実現化100万人署名活動推進協議会」として、仲間から市議会議員も当選し、運動が広がりをみせていると述べています。
 著者は、1000円に値下げしたときの効果について、
(1)経済性:アクアライン単体の収支で判断するのではなく、首都圏全体の利益から判定する必要がある。
(2)環境:アクアラインの利用増加は東京・千葉県幹線道路の交通量を減少させるだけではなく、加えて車の平均移動距離を短縮しているので、主要な路線の速度を向上させている。
(3)社会的な公平性:高い料金がネックになって使えなかった中間所得層、中小運輸業者などが利用頻度を高めることができる。
の3つの視点から分析しています。
 第3章「『経済性』をどう評価するか」では、道路建設の経済効果は、
(1)建設中の効果(需要創出効果)
(2)完成後にその道路を利用することで発生する効果
の二つに分けられるが、前者に関しては、「ケインズの乗数効果」を持ち出して、「都合のいい数字をはじき出すことで、予算をとることができる」役所と政治家が、「実際は役所や政治家のエゴのために公共投資が使われている」にすぎず、「公共投資の効果をはかるとき、現状ではケインズ理論を使うことはおすすめできません」と述べています。後者に関しては、さらに、
(1)道路を利用する利用者利益(ユーザー・ベネフィット)
(2)土地利用の変化、雇用の増加など
の2つに分け、これらをはかるうえでの「客観的基準」として、「費用対効果分析(COBA)」について解説しています。また、投資分析の世界で常識になっている「DCF」(ディスカウント・キャッシュフロー)という考え方について、「投資の全期間を視野に入れて考え、同時に将来の利益を現在の価値に計算し直して(割引=ディスカウントして)分析」すると述べています。
 また東京湾アクアラインが、計画時には、1日6万台の通行を見込み、その前提条件は、「橋の完成によって神奈川県から千葉県(木更津)に10万人が移住し、毎日橋を使って神奈川県側に通勤するという荒唐無稽なシナリオ」が描かれ、「千葉県側では小売業やサービス業が爆発的に増え、木更津市などの地域経済は大きく発展するとされ、そのシナリオに沿って試算すると周辺市町村は年率30~50%という驚異的なスピードで成長すること」になっていたことを紹介し、「さすがにこの数字については、計算した学者でさえおかしいと思った」が、与えられた前提条件ではこの数字になってしまい、「これで利用料5000円(普通車・片道)で1日6万台が利用するというでたらめな事業計画ができ、建設にゴーサインが出された」と述べています。
 さらに、日本の高速道路の建設費をイギリスと比較し、1車線あたりの純粋の建設費では、日本の圏央道は1キロ・1車線あたり43.5億円となっているのに対し、ロンドンのM25環状高速道路は、1キロ・1車線あたり2.1億円で、「日本の圏央道はM25環状高速道路の20倍もかかっている」と述べ、その背景には、「公共事業から甘い汁を吸おうとする業者たちの姿勢」があると指摘しています。
 第4章「環境への影響をどう評価するか」では、交通渋滞によって、「東京都だけで年間4兆9000億円」の損失が発生していると述べ、「日本の大都市は世界一渋滞による損失が大きいのではないでしょうか」と述べています。
 第5章「持続可能な成長と交通政策の転換」では、「持続可能な成長」の要素として、「経済性、環境、そして公平性のバランスをとっていくことが重要」だと述べています。
 また、「MEPLAN都市分析モデル」について、「1950年代後半から急速に進歩した都市研究や交通輸送に関する工学的モデル、近代経済学の理論を統合したもので、土地利用と交通計画を関連づけて分析する手法」であると解説しています。
 第6章「本当の民営化とは」では、改革しようとするリーダーが、「民営化によってどんなメリットが国民に生まれるのかを明らかにしなければ」ならないとして、イギリスでは、
(1)政府が建設・運営するよりも民間が手がけた方が安くできるならば、その差額が国民の利益だと見なされる。
(2)資金負担が減り、財政にゆとりが生まれる。
(3)競争原理が働いて、より安い通行料金やサービスの質の向上が期待できる。
(4)政府の保有する非効率な資産を民間に売却することも、財政建て直しの有効な選択肢となる。
の4点が明快に示されたと述べています。
 著者は、「なぜ民営化なのか」の問いに対し、「財政を立て直すと同時に、限られた予算の中で、民間の活力を導入することによって、よりやすく質の高いサービスを提供するため」と同時に、「肥大化し、自己目的化した『官』の力を削ぎ、適正なものにする」という目的があると述べています。
 本書は、道路をいかに有効に活用できるかを、わかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 作ってしまったアクアラインは、梶井厚志『故事成語でわかる経済学のキーワード』でも「奇貨居くべし」に絡めて、、「過去の責任問題は追求しなければならないが、これらは済んでしまったことである。現在考える必要があるのは、いったん居かれてしまった奇貨をいかに活用するかという戦略のはずだ」として、騒音や環境問題の点からも、「適切な交通量に増加するまで段階的に料金を引き下げるべき」という指摘がされています。
 問題は、これが「やったもの勝ち」の前例になってしまうことなんでしょうか。今でも十分「やったもの勝ち」の状態であるようにも見えます。


■ どんな人にオススメ?

・道路にこれほどお金と権力がつぎ込まれるのはなぜかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 梶井 厚志 『故事成語でわかる経済学のキーワード』 2007年09月10日
 加藤 秀樹, 構想日本 『道路公団解体プラン』 『この高速はいらない。―高速道路構造改革私案』 
 猪瀬 直樹 『道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日』 2006年06月05日
 猪瀬 直樹 『日本システムの神話』 2006年06月14日
  『』 


■ 百夜百マンガ

レッツラ☆ゴン【レッツラ☆ゴン 】

 赤塚ギャグの世界を煮詰めに煮詰めた蒲焼のタレみたいな作品。とはいえ甘くなく万人受けでもない、こういう作品を出せちゃうところに当時の勢いを感じます。

2007年12月20日 (木)

概論 ソーシャル・ベンチャー

■ 書籍情報

概論 ソーシャル・ベンチャー   【概論 ソーシャル・ベンチャー】(#1064)

  神座 保彦
  価格: ¥2940 (税込)
  ファーストプレス(2006/12/9)

 本書は、「社会貢献領域におけるイノベーションを『ソーシャル・イノベーション』と呼び、その視点から、社会起業家やマネジメント組織であるソーシャル・ベンチャーについて整理」したものです。著者は、本書執筆の動機を、「社会貢献への志を持ち、社会問題解決に取り組む人々の姿を見て心打たれる一方で、このやり方ではパフォーマンスが上がらないのではないか、それどころか活動が続かないのではないかという懸念を抱いた」からであると語っています。
 第1章「ソーシャル・ベンチャー」では、「ソーシャル・ベンチャー」を、一般的に、「社会に貢献することを目的に、社会起業家がビジネス・スキルを用いてマネジメントする組織と解釈されている」と述べ、「組織形態は、NPOのような非営利法人であれ、株式会社のような営利法人であれ、どちらでもよいとされる」と述べ、「組織内に社会貢献のための社会貢献モデルとキャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルを併せ持ち、社会貢献という目的を達成するために、社会起業家がその持てるビジネス・スキルを活用してマネジメントする組織」であると述べています。
 そして、「効率性を追及するビジネスの発想を、社会貢献創出における投入と産出の関係改善に活用することは、社会起業家にも止められる重要な役割である」と述べています。
 また、ソーシャル・ベンチャー支援の形態として、シアトル在住のポール・ブレイナードが1997年に立ち上げた「SVP(Social Venture Partners Seattle)を取り上げ、資金提供とともに、「その組織の社会貢献能力を高めるための組織機能強化支援」として、「専門的な技能を持つ経験豊富な人材が、資金提供先に対してボランティアでコンサルティングやトレーニングを実施している」と述べ、「資金提供先の選定プロセスや資金提供後の支援内容は、ベンチャー・キャピタルがベンチャー・ビジネスに対して行なっているものに極めて近い」と述べています。
 第2章「社会起業家」では、社会起業家を、「社会問題解決のためにアントレプレナーシップを発揮する人」と幅広く捉え、事前かとの相違点としては、社会問題解決のために、「ソーシャル・イノベーション創出を意図し、構造変革に自ら踏み込む」ことを挙げています。
 そして、社会起業家が発揮する「ソーシャル・アントレプレナーシップ」の特徴として、
・特異なパーソナリティ
・ソーシャル・イノベーションの推進者
・高いマネジメント能力
の3点を挙げています。
 また、日本における社会起業家を志す人を支援する団体として、社会起業家を支援する組織であるNPO法人のETIC.が、ホームページ上で社会起業家向けの「Social Venture Center」を解説し、基礎知識から国内外のケース紹介までさまざまな情報提供を行なうとともに、日本初のソーシャル・ベンチャーのビジネス・プラン・コンテストを実施していることを紹介しています。
 第3章「ミッションと戦略」では、ミッションが、「ソーシャル・イノベーション創出の出発点として重要な意味を持つ」と述べ、既存の手弁当的なボランティア団体も、「新たな視点からミッションを再定義したことを契機に画期的な解決策が導き出され、それが実際に提供されて社会問題が解決されるといった展開され想定される」と述べています。
 そして、ソーシャル・ベンチャーの戦略の特徴として、「社会貢献実現とキャッシュフロー獲得の二重構造になっていること」を挙げ、ゴーイング・コンサーンとして安定的に社会貢献を果たすためには、「社会貢献領域と事業領域を取り巻く環境の変化や組織の成長段階などに応じて、二重構造の戦略の『バランス感』を微調整しなければならない」と述べています。
 第4章「ソーシャル・イノベーション」では、「ビジネスモデルと社会貢献モデル」から構成されるソーシャル・ベンチャー・モデルの特質から、ソーシャル・イノベーションのパターンが、
(1)ソーシャル・ベンチャー・モデルづくり自体がイノベーションとなっているパターン。
(2)キャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
(3)社会貢献モデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
の3つに大別されると述べています。
 第5章「マネジメント」では、ソーシャル・ベンチャーにおける理想的な人材が、「社会貢献意欲が高く、かつ、ビジネスの手腕を持ち合わせている」ことであるのに対し、「現実に目を転じると、非営利組織には社会貢献意欲の高い人材が終結しているのは当然としても、ビジネスの知識やスキルを兼ね備えた人材は少ない。そのため、目下のところ、ビジネス人材(ビジネス・プロフェッショナル)を外部から採用するしか手立てはない」とのべています。
 第6章「資金調達とソーシャル・ファイナンス」では、ソーシャル・ベンチャーにとってファンドレイジングで得た資金が、「感覚的には売り上げの一部を構成する資金と位置づけられ」、まさに「フロー」の感覚であることについて、「営利企業にいた人間からすれば驚き」であり、「外部から調達した資金は、調達方法により資本金や借入金として認識され、近代的な会計制度を備えた営利企業では売り上げと同列に扱うことはけっしてない」ため、初めて接したときは「放漫経営の営利企業を見た思いがした」と語っています。
 そして、「ベンチャー企業でさえ、スタートアップ段階の資金調達には苦労がつきまとう。ましてや営利第一ではなく、社会貢献を最優先するソーシャル・ベンチャーは、なおさら困難と言わざるをえない」と述べています。
 また、NPOやソーシャル・ベンチャーの活動が社会に浸透することで、「社会貢献の意義については、金融機関も認識し始め」、「ソーシャル・ファイナンス」という発想を基盤とした新しいタイプの金融機関が生まれ、「社会貢献目的を掲げる組織への資金提供が可能となった」と述べています。そして、ソーシャル・ファイナンスが、「既存金融機関が提供する金融商品と預金者ニーズとのミスマッチ、および、ファイナンスの枠組みと資金ニーズの強いソーシャル・ベンチャーとのミスマッチ、この2つのミスマッチを解消し、問題解決を図るイノベーションと言っていい」と述べています。
 さらに、「経済的リターンと同じように社会的リターンも評価すべき」という発想の広まりに余って、「収支の計算の帳尻」と「金銭では表示できない社会貢献の最終的な帳尻」という2つの帳尻、すなわち「ダブル・ボトム・ライン」の発想を持った投資家について注目しています。
 そして、海外のソーシャル・ファイナンスの事例として、
・イタリアの倫理銀行・・・基本理念は「Giving credit to social economy」
・オランダのトリオドス銀行・・・社会的、倫理的、金融的なアプローチをミッションに掲げる
・アメリカの地域コミュニティ開発金融機関(CDFI : Community development Financial Institution)
等の事例を紹介しているほか、日本の事例としても、1989年にプレス・オルターナティブと永代信用組合が提携して発足した「市民バンク」を紹介しています。
 第7章「業務評価」では、「インプットとアウトプットの比較による効率の概念、すなわち、より少ない経営資源の投入で、より大きな社会貢献が生み出されることが効率的であるという考えは、ソーシャル・ベンチャーの経営でも有効」であると述べています。
 第8章「今後の方向性」では、ソーシャル・ベンチャーが、「社会貢献目的との関係から、ベンチャー企業なら到底選択しないような収益性に欠け、成長性も期待できない事業領域を選ぶこともある」と述べ、その成功基準が、「組織を維持し、安定的に社会貢献を果たすだけのキャッシュフローを生み出すことに置かれている」ため、「この特性に合わせた支援策を打ち出さなければ、絵空事になってしまう」と述べています。
 そして、社会起業家が、「社会問題の捉え方や解決策について、ある種の思い込みがあるときは、皮肉にもその信念が解決を遅らせてしまうこともある。強い信念で社会問題解決に取り組むがゆえに、思い込みに近いミッションの呪縛から離れられない思考パターンに陥ってしまう」ことを指摘するとともに、ソーシャル・ベンチャーのミッションが、「往々にして、受益者には押し付けがましく見えたり、傲慢に思えたりするもことを指摘しています。
 本書は、社会起業家について、体系的に理解したい人にとって重宝する一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会起業家を紹介する本は、個々の事例、と言うよりも、「こんなすごい人がいる」という紹介物が多いのですが、本書のように体系的に解説した本は、味気ない部分もありますが、大事だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ビジネスの人の目から見た社会起業家の姿を捉えたい人。


■ 関連しそうな本

 駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
 デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
 谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日


■ 百夜百マンガ

おれは鉄兵【おれは鉄兵 】

 名門学校のお坊ちゃま・お嬢様たちを、野性的な主人公が翻弄する、というのが後々の学園マンガでも基本パターンとなっていますが、本作品もまさにストレートな設定です。

2007年12月19日 (水)

図解 東京の地下技術―地面の下は「知」の結集、「技」の競演!

■ 書籍情報

図解 東京の地下技術―地面の下は「知」の結集、「技」の競演!   【図解 東京の地下技術―地面の下は「知」の結集、「技」の競演!】(#1063)

  青山 ヤスシ, 古川 公毅
  価格: ¥1575 (税込)
  かんき出版(2001/12)

 本書は、「世界一の地下利用都市」とも言える、東京の地下の「凄い世界」を紹介し、それを支える地下利用の技術を解説しているものです。著者は、超高層ビルがどんどん増えているのも、「それを支える地下の構造物を扱う技術が飛躍的に進歩したから」であると述べています。
 第1章「地下の世界を概観する」では、「東京のように地下水位が高かったり、軟弱地盤の厚い層が堆積しているような場所では、地下を利用するのは長い間無理だとされて」きたが、「掘削技術が人力から動力、機械を使用したものへと進み、トンネルの掘削技術も進歩を始め」た結果、「シールド工法」が注目され、東京では1957年の営団地下鉄丸の内線の永田町工区での「ルーフシールド」工法の採用以来、数多くのシールド工法が採用され、発達してきたと述べています。
 第2章「トンネルを掘る」では、「駅は、ほとんどが『開削工法』でつくられて」いるが、「外堀通り・目白通り・大久保通りの交差点下・東側に位置する飯田橋駅」は、「地上が五叉路な上に、上空には高速道路や歩道橋があり、昼夜を問わず車や人の交通が」絶えず、「近くを神田川が流れ、地下には営団地下鉄東西線・有楽町線・南北線も走って」いるため、「地上の交通を遮断するのは難しく、地下構造も複雑多岐で沈下や出水のおそれもあり、開削工法での駅舎工事は不可能」と述べ、そこで、ホーム部分は地価32mを「3つの円形カッターヘッドを横に連ねて、中央円でホーム部分を、左右円で線路部分を」掘る「3心円シールド機」を採用したことを解説しています。
 また、同じ大江戸線の六本木駅では、「地上・地下の制約条件が飯田橋駅異常に厳しく、よりコンパクトに、そして曲がったホームを設置できるように、トンネルを作る必要があった」ため、「それぞれ独立して稼動できる、大きな双胴のカッターヘッドと、その中央の上下部分に付いた小さな2つのカッターヘッド」からなる、「4心円シールド機」が採用されたことを解説しています。
 さらに、海底トンネルを作る工法として、「陸上でつくった一つの長さが120mで重さがなんと4万tものトンネル・ブロックを、そのまま海に浮かべて引っ張っていき、これを沈めて海中でつないで、海底トンネルを作る工法」である「沈埋工法」について、総工費はシールド工法の約半額ですむと述べています。
 第3章「特殊な地下を掘る」では、地下鉄の都営新宿線と営団半蔵門線を、九段下駅から神保町駅まで、並行して通す事業において、日本橋川の下を横切るトンネルの工事において、通常であれば、
(1)川をせき止めて流れを変え、露出した川底を上から機械で掘る。
(2)川の流れの一部を変えて仕切りをつくり、少しずつ掘り進む。
(3)川底に影響しない地下深くをシールド機で掘る。
の3つ方法のどれかををとるはずが、(1)と(2)については、
・日本橋川をせき止めたり流れを変えると、常時往来している船が通行できなくなる。また高潮や集中豪雨時に水位が上がり氾濫の恐れがある。
・地上にも高速道路が通っていて桁下まで5mしかないため、大型の土木機械を使えない。
という理由から採用できず、(3)についても、
・地下鉄の駅は利用客のためにできるだけ地中に浅く設置しており、駅から近いこのトンネルでは川底から5m下を通すことになるため、あえてシールド機を使うと、その影響で川底が崩れる恐れがある。
・たった80mの短い工区のためにシールドを組むのは経済的ではない。
との理由で採用されず、最後に、「土をカチンカチンに凍らせ、固く安定したところでトンネルを掘り、しっかり内壁をつくり上げた後に、凍土を溶かして元に戻す」という工法が採用されたことを解説しています。
 第4章「軟弱地盤を固める」では、羽田空港の沖展工事で、「マヨネーズ状態」の地中から紙や砂のバーチカルドレインによって水を抜いて地面を引き締めた後、滑走路を上に作るためにさらに丈夫な地盤が必要な場合には、「直径1m前後の太い鋼鉄パイプを地中に打ち込み、中に砂を注入して、上から突き固めていく」工法である「サンドコンパクション工法」を採用したことについて解説しています。
 また、羽田空港の滑走路とターミナルビルの間の飛行機の駐機場である「エプロン」には、「強さもさることながら、水平を保持することが第一の課題」になると述べ、現在も沈下が進んでいるエプロンの舗装では、「沈下を均一に補正する装置を据付、毎晩これを稼動させて地表の水平を維持・管理」していると述べています。
 第5章「見えないままで掘る」では、地中の古い下水管を地中で更新する方法について、「老朽管の内側に自走装置で新しい管をつくる方法」である「SPR工法」と、「古い管を噛み砕きながら、外側に新しい管をつくる」工法である「置換式推進工法」について解説しています。
 第6章「地下は環境を守る」では、建物が密集する東京では、巨大な構造物をダイナマイトで破壊することが困難であるため、「構造物の内部に膨張率の高い化合物を注入して、化学反応を待ち、その膨れ上がる力で、組織全体を」壊す「サイレントダイナマイト工法」について解説しています。
 第7章「都市を支える面白技術」では、「海を利用し工場で製作した大ブロックの橋桁を台船に乗せて運び、干満の差とジャッキを活用して」架ける工事を取り上げ、「潮の干満差を利用するというのは、いかにも原始的に見えますが、土木工事の原理はおおむね単純で、、それでいて機械による近代工法以上にダイナミックな仕事を成し遂げることもある」と述べています。
 また、「力学原理以前の人力とクレーンによる人海戦術」の例として、地上の西武池袋線と高架道路の目白通りを、たった一晩で上下入れ替えた工事を紹介し、「土木工事の技術はやさしい力学原理が応用されて」いて、「これをダイナミックに、かつミリ単位の制度で完成させるところに、現代技術の面目が」ある、と述べています。

■ 個人的な視点から

 東京に出かけると地下道を上がったり下がったりしながら進む機会が多くあります。何でこんなに地下道は歩きにくいんだろうと思うのですが、本書を読むと、いかに苦労して地下空間を利用しているかが実感できます。


■ どんな人にオススメ?

・東京の地下を歩く機会のある人。


■ 関連しそうな本

 青山 やすし 『行政マンの体験的情報術―こんな成功、あんな失敗』 2007年10月29日
 青山 やすし 『石原都政副知事ノート』 2005年07月01日
 青山 ヤスシ 『できる公務員のための文章術』
 青山 ヤスシ 『自治体の政策創造』
 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密』 2006年10月4日
  『写真と地図で読む!知られざる軍都東京』


■ 百夜百マンガ

瑪羅門の家族【瑪羅門の家族 】

 バラモンといえばインドかと思いきや結局のところ民明書房のノリは変わりませんでした。

2007年12月18日 (火)

もっと!冒険する社内報

■ 書籍情報

もっと!冒険する社内報   【もっと!冒険する社内報】(#1062)

  福西 七重
  価格: ¥1,575 (税込)
  ナナ・コーポレート・コミュニケーション(2007/09)

 本書は、リクルート社の伝説の社内報『かもめ』を創刊から26年間編集長を務めた著者が語った、社内報をめぐる冒険の物語です。著者は、「後輩の皆さんに、企業の経営者や管理職の方たちに、社内報の奥深さを理解していただけたらうれしい」と述べています。
 第1章「社内報の底力」では、リクルートの社長秘書をしていた著者が、当時の江副浩正社長に呼ばれ、「コミュニケーションを中心にした社内報を月刊でつくりたい。やってみないか」といわれ、その理由として、「一つは、会社の組織のことを知っていること、もう一つは、社員のことをよく知っているからだ」と語っていたことを紹介しています。
 そして、1971年8月の『かもめ』の創刊当時は、「社内報の発展途上期で、社内報の担当者同士の横のネットワークも少なかった」ため、『会社四季報』を眺め、最初に目に留まった「アイワ」に電話をして、当時の社内報編集長から社内報界の現状や編集のコツを教わったことを語っています。
 また、社内報の役割として、
・経営トップの方針を社員に公平に伝える<目的の共有>
・経営に関する情報をタイムリーに伝える<情報の公開・共有>
・社員や経営者に刺激を与え、考えさせ、学ばせる<教育・気づきの場>
・企業文化や企業風土を育て、継承する<風通しの良い、活力ある風土づくり>
の4点を挙げ、「社内メディアの存在意義」として、「経営陣と社員双方向の、自分たちが働く場をよくしたいという希望が出会うところ、ときに合意点を見出し実際の改革や前進に結びつくところ」であり、「それが社内報の役割の一つである」と述べています。
 また、社内報が、
・会社について知れば知るほど、会社にいる時間がラクになる。
・車内のどこで、誰が、どんな仕事をしているかを知ることで、みんながんばっているな、と実感できて、会社全体をイキイキと把握できる。
という、「社員の心を開いていく役割を持つ情報ツール」になると述べ、「同じ長い時間を会社で過ごすなら、働きやすい、いい環境の下で過ごすにこしたことはない」と語っています。
 第2章「『社員7、会社3』の姿勢」では、「編集長は経営側に3割の顔を向け、社員に7割の顔を向けていくことが基本」だと述べ、「経営側の無理な一方的な押し付けは、読まれない」ため、「社内報の編集者は編集権を持ち、経営側から適切な距離を置いて、自由な場にいる『キーパーソン』でなくてはならない」が、「そのところをきちんと理解している経営者や管理者が少ない気がする」と述べるとともに、社内報に必要なものは、「問題把握能力」と「課題解決のためのケア的センス」であると述べています。
 また、欧米の企業では、「PRはまず内から始めよ」といわれ、「企業の従業員は同時に地域社会の住民でもある。これらの従業員は、地域におけるオピニオンリーダーになり得る、という考えのもとに、各企業では社内PRに力を入れている」と述べています。
 さらに、社内報が、
・企業をつぶすような機密情報を漏らすこと
・個人を中傷誹謗すること
・人事情報をすっぱ抜くこと
の3つを除けば、「あとはたいていなことは企画にできる」として、「編集の仕事は、ちょっとした気配りを心がければ、これほどやりがいに満ちた仕事はない」と語っています。
 そして、社内で不祥事が起きたときに、「正面から触れるのは厳しいことかもしれない」が、「そういうときこそ情報遮断が起こりがちで、噂や憶測が飛び交うことが多い。会社としては非常に不健康な状態で、社員のやる気が減退していく」中で、「事態収拾のための戦略的ツールとして、改めて社内報を見直すことが必要となる」、「混乱する社内情報を整理し伝えることで、社員やその家族など関係者に安心を与え、会社の信頼を取り戻る一つのキッカケとすることもできる」と述べ、大切なのは、「ほんの少し先の未来を見つめる視点」を持つことであると述べています。
 さらに、地方の営業所を含め、発行日の1日に前者いっせいに配布することにこだわった理由として、「情報の"同時性"を重視したから」であり、「本社から遠い人ほど情報に対する飢餓意識を持つ。だから逆に気を遣う。そういう人たちほど熱心な読者であり、協力者でいてくれる」と述べています。
 また、『かもめ』創刊当時のリクルートが、まだ無名な会社であったため、「せっかくいい人材を採用しても、社名が知られていないために父母から反対されることがあった」ので、「社員のご両親にも、会社のいいところも悪いところも含めて、普段の姿をわかっていただこう」という江副社長の発案で社員の実家にも毎月送っていたことを紹介しています。
 社内報の担当セクションについては、
・広報系・・・53.9%
・総務系・・・30.6%
・経営企画系・・・11.4%
・編集委員会・・・6.6%
となっていて、歴史的には、「終戦後の労働運動が激化した時代に組合対策として発刊された例が多く、労務部のような部署でつくるケースが多かった」と述べています。
 第3章「『人を動かす』組織活性化のための社内報」では、社内報の役割と可能性として、「良い社内報は、労働生産性の向上、業績アップ、企業風土の電波や再構築、法遵守や倫理徹底のツールとしても力を発揮する」と述べています。
 そして、「記録としての社内報」の役割として、
(1)社員の存在証明としての記録
(2)会社の動きの記録
(3)社内外へのデータの提供
(4)過去の事例研究
(5)社員同士のヒト情報の交換
(6)社史(誌)編纂のときの資料
の6点を挙げています。
 また、「社内報が企業風土を変える」ことは事実であり、「"もの言う"場をつくれるから」であると述べ、「紙媒体であることで、繰り返し読んだり、あるいは時間をおいて読んで考えることができるのが利点」であり、WEB社内報があっても紙媒体の社内報がなくならないのは、「まさにその利点によるもの」であると述べています。そして、社内報でできることは、「褒める、動かす、褒める」であり、「いかに当事者意識を持ってもらうか」が大切であると述べ、『かもめ』では、
・社員みんなの参加意識を高めること
・外部のコンサルティング会社などに頼むと料金がかかること
から、誌名の公募を行い、「ゴッドファーザー(名付け親)」は社内報で大々的に紹介し、後々まで記録として残すように仕組んだと語っています。
 さらに、読んでもらうための秘訣として、「できるだけ多くの人に紙面に登場してもらうこと」を挙げ、社内報の別冊として、「入社内定者も含む、リクルートで働いている従業員たち全員が、顔写真と一言コメントとももに掲載されているアルバム号」である『人間地図帳・アトラス』という年間誌を15年間作ったことを紹介しています。
 第4章「自分で納得できる編集者になろう」では、編集者になったことは、「人生全般のスキル獲得」のチャンスになるとして、
(1)会社を活性化するという目的意識をハッキリ持つこと
(2)読まれるため、役に立つための工夫をすること
(3)会社と社員の中間に立って視野を広げ、客観性を持つこと
の3つの方向性を挙げ、「こうした思考を身につければ、実は個人の生活もイキイキとしてくる」と述べ、「編集者として苦労すればするほど、人間の幅も広がり、感情も豊かになっていく。編集は結果的に人間力アップにつながっていく仕事なのだと思う」と語っています。
 そして、編集は始めて数年たった頃に、当時のダイヤモンド社の石山社長から、「読者は一人だよ」というアドバイスをもらったことを紹介しています。
 また、編集者は、「ギブギブギブがあってそのあとテイク、ぐらいのストイックさがちょうどいい」として、
・「ありがとう」といわれなくてもいい
・こちらがあげた情報や労力に関して、本人から報告がなくても気にしない
・そのときどきに誠実であれば、自分で自己満足してしまおう。見返りや感謝を求めない
の3点を挙げ、「人脈は回る、良きことに回る、そういうものなのだ」と語っています。そして、「ギブギブギブあんどテイク」を心がけたことで、仕事もラクになり、人間としても成長し、人との間のとり方を快適にできるようになったと語っています。
 さらに、1974年以来、PR研究会の全国社内報コンクールに応募し、24年連続受賞し、11回には最優秀賞を受賞したことを、「外部からの客観的な評価が、逆輸入的に自分の仕事をやりやすくしてくれた」と語っています。
 第5章「危機のときこそ社内報の出番」では、リクルート事件のときに『かもめ』が果たした役割を語っています。リクルート創業者の江副氏は「社内報は会社の中枢神経だ」と語っており、「その言葉が身にしみて理解できたのは、それ以後、危機に出会ったときである」と述べています。
 事件は、1988年6月18日の朝4時半に広報室から、
「今朝の朝日新聞にリクルートの記事が載るので承知しておいてくれ」
と電話があり、政官財界を巻き込み、当時の竹下首相を辞任に追い込んだ「リクルート事件」が幕開けを、「私ももちろんだが、ほとんどの社員はとまどうばかりだった」と述べています。
 そして、「社内報ができることは、ともあれ何かの情報を発信することだけだった」として、江副会長の辞任に当たり、「社員が一番欲しい情報」は、「なんといっても、江副さんの言葉だろう」と、「誰にも相談せず、臨時特別号を出すことを決め、インタビューをお願いすることにした」ことを語っています。
 また、会社の幹部が起訴されたり逮捕されたりという最悪の事態になったときの社内報の編集の態度について、PR研究会代表の故・池田喜作氏による、
(1)ほうかむり
(2)会社論理でマスコミ批判をする
(3)困惑して何もできない
(4)イメージで回復を訴える
(5)反省して糧とする
の5つを挙げ、過去のリクルートバッシングの経験から、「反省して糧とするしかない」と思っていたと述べています。
 「エピローグにかえて」では、江副氏との対談を掲載し、業務情報は『週刊リクルート』で、新しいコミュニケーションの場としては『かもめ』をと、社内報を2つに分け、プロフィットセンターごとの社内ミニコミ誌的な社内報・部内報に対して、「社内マスコミ誌」として『かもめ』を位置づけていたこと、「自由なコミュニケーションを取り合い、お互いが理解できれば、みんな働きやすくなる」、「みんなが情報を知らされずに、ただ黙って仕事をしていなさい、と前近代的なことを言われたらつまらないし、会社にとってももったいない」と語っています。
 本書は、社内報の編集者にとっては必読書であることはもちろん、より楽しく仕事をしたい人にとってヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 社内報を無駄なコストと見る考え方は、特にイントラネットとメールが普及してから顕著になった気がします。ネットがあるから社内報が要らない、という考え方をする人は、社内報がどんな役割を担っていたのかを表面的にしか理解してなかったということでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・社内報を読むのが息抜きな人。


■ 関連しそうな本

 Shel Holtz (著), 林 正, 佐桑 徹, 浦中 大我 (翻訳) 『実践戦略的社内コミュニケーション―社員に情報をいかに伝えるか』 2005年10月06日
 藤江 俊彦 『はじめての広報誌・社内報編集マニュアル―目からウロコのデジタル時代の編集・印刷知識』
 丸山 尚 『広報紙・社内報づくりの実務』
 佐桑 徹 『広報部 図解でわかる部門の仕事』
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 井之上パブリックリレーションズ (著), 井之上 喬 (編集) 『入門 パブリックリレーションズ―双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』 2006年12月13日


■ 百夜百マンガ

ONE&ONLY【ONE&ONLY 】

 オートマしか運転できない走り屋、という設定が強引だけどちゃんと設定としてストーリーを引っ張っていった良い作品です。

2007年12月17日 (月)

組織の〈重さ〉―日本的企業組織の再点検

■ 書籍情報

組織の〈重さ〉―日本的企業組織の再点検   【組織の〈重さ〉―日本的企業組織の再点検】(#1061)

  沼上 幹
  価格: ¥3990 (税込)
  日本経済新聞出版社(2007/08)

 本書は、「日本企業が深厚な組織劣化の問題に直面していた際に、日本企業の組織構造に関する体系的な実証研究の蓄積」があれば、「どの段階でどのような問題が発生していたのかを明確に把握でき、またその問題に対する対処法についても重要な手がかりが得られたかも知れない」という反省に基づいて立ち上げられた「組織の<重さ>プロジェクト」から得られた知見をまとめたものです。
 著者は、本書を、「日本企業が直面している組織問題を明らかにし、また日本企業の組織構造や組織内の相互作用などの実態を明らかにしながら、日本企業の組織を劣化させている背後の因果的なメカニズムを読み解こうという試み」と位置づけています。
 第1章「日本企業の組織問題:創発戦略・効率的組織運営を阻む組織の劣化」では、多くの経営学者たちが、日本企業の強みの源泉として、「企業内に発達した横のネットワークを基盤としてミドル・マネジメントたちが自由闊達に議論を戦わせ、緊密なコミュニケーションをとりながら戦略を生成し、その実行のコミットしていくという組織の特徴」を挙げています。そして、この「ミドルの濃密な相互作用による創発戦略の創出と実行が日本企業の強みであり、ミドルに自由度を与えることでその強みは実現できる」という基本認識が、バブル崩壊以後の日本企業のパフォーマンス低下とともに、反省のまなざしを向けられるようになってきたと述べています。
 著者は、本書の研究が、「創発戦略の創出・実行プロセスを阻害する組織構造の実証的な解明を目的とする」ものであり、
・日本企業の組織構造が現在どのような状態になっているのか。
・そこで観察されるリーダーシップ・スタイルの特徴やコンフリクト解消法の特徴はどのようなものであるのか。
・現状の日本の企業組織ではヒエラルキーの上下間でどれほど情報が流れるようになっているのか。
・組織内のネットワークはどの程度の広がりを持ち、根回しなどの調整活動にどれほどの時間が費やされているのだろうか。
などについて、「組織構造を中心として、様々な組織特性を実証的に捉え、創発戦略を阻害する調整困難な組織の実態を把握」したいと述べています。
 第2章「組織の<重さ>指標の作成」では、「組織内調整が非常に難しくなっている組織劣化状況はどのように組織メンバーに認知されているのか」を表す変数として、「組織の<重さ>」という概念を構築し、多様な組織構造変数の特徴を捉える作業を行っています。
 まず、当初想定した概念的な次元として、
(1)過剰な「和」志向
(2)経済合理性から離れた内向きの合意形成
(3)フリーライダー問題
(4)経営リテラシー不足
の4点について解説しています。そして、この4つの次元が、「近年の日本企業においてミドルが創発戦略を生成・実現していく組織内調整の困難度と密接に関係している」と述べた上で、この4つの次元が、「2つずつセットになっていることが判明した」として、
・<過剰な「和」志向>と<経済合理性から離れた内向きの合意形成>
・<フリーライダー問題>と<経営リテラシー>
がそれぞれ1つの次元に集約されると述べています。
 第3章「調整比率と組織の<重さ>」では、「様々な調整比率と組織の<重さ>の関係」を探る、として、「組織内調整にかかる時間の比率」等を具体的な数字で把握する実証研究が、「必ずしもこれまで頻繁に行われてきたわけではない」と述べています。
 そして、「組織の<重さ>と調整比率の間には高い相関が見られるが、組織の<重さ>と各種日数、あるいは各種日数と調整比率の間には強い相関は見いだせない」という知見を述べています。
 また、「モデルチェンジと新規事業と撤退の3つのカテゴリーに分けて必要な日数と調整にかかる時間の比率を尋ねたところ、日本企業では平均的に調整に4割前後の時間を割いていることが判明した」と述べています。
 第4章「計画・標準化・ルール」では、「組織の<重さ>を軽減する効果という点では計画達成と昇進・昇級のリンク強度→全社計画参照度という経路が最も有望であり、新規活動の調整比率を軽減する効果という点では計画作成への参加可能性→職能計画参照度という経路が最も有望である」との知見を述べています。
 そして、「一人前に作法を身につけ、会議中のタテマエの議論からホンネの話をくみ取るのにかかる時間が長くなるほど、組織は重くなる傾向が見られる」と述べています。
 第5章「ヒエラルキーと組織の<重さ>」では、「命令の背後の理由を説明する行動は全般に組織の<重さ>を軽減する傾向を示している」と述べた上で、「ミドルがBU長から命令の背後の理由を説明してもらっているほど、内向きの調整ではなく、組織弛緩性が低い値を示す傾向が見られることは興味深い」と述べています。
 そして、「命令の背後の理由を説明するという行為は有機的組織と機械的組織の両方のイメージを融合した特徴のように思われる」と指摘しています。
 第6章「パワー分布と組織の<重さ>」では、「この四半世紀前の日米企業のパターンを比較すると、今回の<重さ>プロジェクトの結果は対照的である」として、「この四半世紀の間に日本企業内での製造部門の発言力が研究開発部門よりも低下した」と推測しています。
 第7章「水平関係と組織の<重さ>」では、「BU正規従業員平均年齢が高くなるほど、目上の説得対象者数は優位に増えるが、支援者数は増えない」という知見に着目し、「高齢化の進んだBUほど、説得しなければならない人は多いが、支援してくれる人の数は多くなるわけではない、という事実は、組織内で後輩の育成をサポートするメンターが育ちにくいことを意味しているのかも知れない」と述べています。
 第8章「組織プロセス変数と組織の<重さ>」では、「組織の<重さ>は周囲から敬意を集めることや人間的な思いやりを持つような『優しい』リーダーシップよりも、どちらかというと『強面』のリーダーシップと関係が強い」と述べ、「弛んだ共同体」にとって、「強面」のリーダーシップが救いになるということかも知れないと述べています。
 第9章「組織の<重さ>の克服に向かって」では、「人間関係志向とタスク志向のリーダーシップ」が、「組織の<重さ>を軽減するという意味では両方必要である」ことを認めた上で、「あえて両者を比較するのであれば、ややタスク志向のリーダーシップが高い重要性を持つように思われる」と述べ、「経営判断の適切さをベースとした影響力行使が重要な役割を果たしているという点」を追加すると、「実務的に有能で強いリーダーシップを発揮できるBU長が組織の<重さ>を軽減する上で重要な役割を果たすと考えられる」と述べています。
 終章「日本型組織の再活性化に向けて」では、「優れた創発戦略を生み出し、実行すること、またそれを支える組織的プロセスこそが日本企業の強みの源泉である」と多くの経営学者たちが認識してきたが、「早ければすでに1970年代から、遅くともバブル崩壊後の1990年代には、この創発戦略とそれを支える組織プロセスには問題が発生していた」と述べ、さまざまな見解が提出されるなか、著者は、「戦略創発の組織的プロセスを阻害する構造的な要因があるのではないか」との仮設を立て、それを実証的に検討する研究として、「組織の<重さ>プロジェクト」を行なったと述べています。
 そして、日米企業の組織劣化現象は、「そもそもタイプが違う」として、「アメリカ企業の組織劣化現象は機械的組織により過ぎてしまうのに対し、日本企業の組織劣化現象は、少なくとも現段階では、機械的組織の過剰ではなく、有機的組織の過剰による内向きの弛んだ共同体という形態をとるのではないだろうか」と述べています。
 本書は、言葉にすれば、いろいろな「評論家」が感覚的に口にしていたことを、実証的に裏づけを行なった一冊です。


■ 個人的な視点から

 普通の会話の中でも、組織の「重さ」は話題に上りますが、実際に実証的な調査をすることで、見えてくるものというのもあるのではないかと思いました。こういうことを真面目にやるから、研究者というのは面白いです。昔、高橋伸夫教授が、「ぬるま湯の研究」をしていて大御所にたしなめられたことから考えると隔世の感があります。


■ どんな人にオススメ?

・自分の組織は「重い」と思っている人。


■ 関連しそうな本

 高橋 伸夫 『ぬるま湯的経営の研究―人と組織の変化性向』 2005年03月16日
 高橋 伸夫 『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』 2005年3月30日
 沼上 幹 『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』 2005年02月05日
 マンフレッド・ケッツ ド・ブリース (著), 金井 壽宏, 岩坂 彰 (翻訳) 『会社の中の「困った人たち」―上司と部下の精神分析』 2005年11月14日
 金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
 高橋 伸夫 『組織の中の決定理論』


■ 百夜百マンガ

取締役平並次郎【取締役平並次郎 】

 ベテランだけあって手堅いので、安心して読めるとも言えますが、大いなるマンネリとも言える作品です。これも漫画産業の成熟の結果なのでしょうか。

2007年12月16日 (日)

SEのフシギな職場―ダメ上司とダメ部下の陥りがちな罠28ヶ条

■ 書籍情報

SEのフシギな職場―ダメ上司とダメ部下の陥りがちな罠28ヶ条   【SEのフシギな職場―ダメ上司とダメ部下の陥りがちな罠28ヶ条】(#1060)

  きたみ りゅうじ
  価格: ¥1554 (税込)
  技術評論社(2003/11)

 本書は、「どんな風に育って、どんな風に引退していくものなのか、そうしたサンプルの積み重ねが非常に少ない業界」であり、「未熟だからこそ因習がなく、理不尽さと人情味があふれている世界」であるSEの世界を舞台に、SEの「人」に着目し、「仕事を覚えたなと思えたあたりでふと気づく、社内に対する自分の態度」を見直すきっかけになることを目指したものです。
 第1章「こんな上司はダメ上司…編」では、新年度に向けた会社方針説明会で、
「今日は話をしたいことがたくさんある」
「だから業績報告などはなしにした。ボクの話が全部になります」
と宣言し、1時間近く「社長オンステージ」を繰り広げて会社の危機的状態を訴え、
「私は鬼になります」
「今までの倍、いや三倍は生産性を上げてもらわないといけません」
とぶってしまった社長を取り上げ、その席にいた技術者の多くが、「別に俺の未来なんか、この会社にこだわらなくても切り開くことできるもんな…」と感じ、「実際その年の退職者はかなりの数になり、中堅どころの開発者がすべて消えるという空洞化現象が巻き起こった」と述べています。
 また、数本のプロジェクトを並行して進めている管理者が、
「コピーロボットがいれば助かるのに!」
と口にしながら、部下には仕事を振り分けられず実務を背負い込み、「忙しい忙しい」と言っているので部下からは質問をためらわれるような状態を、「悪循環にはまったのも、そこから抜け出せないのも、上司の心得違いが原因」と指摘し、「上司とは、仕事を『する』のではなく『させる』べきもの」と述べています。
 さらに、「ちゃっちゃと好きなようにやったってよ」と部下に指示を出しながら、7割完成と言うところで、「う~ん絶対必須ってわけじゃないんだけどねぇ」と言いながら口を挟んでくる、「最初から細かい事を決める」ことはしないけど「後々になってから思いついた自分の考えで染めたがる」上司の取り上げ、「上司として一任した責任を負う覚悟」がないのなら、「最初から責任持って指示出しをすべき」と述べています。
 また、「全体で6人月」という工数の仕事を2人で2ヶ月で作業しろと指示をしておき、徹夜が続き、納期まで残り1週間、遅れは1人月、というところで、
「今日からお前んとこに、4人増員してやるから」
「遅れが1人月分なんだろ?じゃあ残り1週間、4人追加されれば無理なく片付けられるってことだよな」
と要員を乗せられ、その分が大赤字になったエピソードを紹介しています。
 この他、「これはキミのためでもあるんだよ」といいながら自分のやりたいことを押し付けてきて、「相手が騙されてくれないとキレ出す」上司などが登場します。
 第2章「ダメじゃない上司の仕事術」では、「俺はやってるよ」と思っている人の数と実情が合わないものの最たるものとして、「階層によって仕事を噛み砕いて行く」ことを挙げ、「ただ数字を言うだけの上司」や「上から言われた仕事を分割して下へ流すだけ」の上司がどれだけ多いことか、と語っています。
 また、「やることは同じだったとしても、単に課題だけを細切れに課せられている状態と、目標が定められた上で近づいていこうと努力する状態。その両者には精神的に大きな違いがある」と述べ、部下に「目先の目標を掲げさせる」ことが目標設定だと思い込んでいる上司が多いことを指摘しています。
 第3章「こんな部下はダメな部下…編」では、
「ボクはきたみサンにずっとついて行きますよ!」
と慕ってくれる新人が、経営者と対立し、「もうあんな奴らにはついていけないから、おらぁとっとと辞めるわココ」と会社を見捨て始めた著者を見て、
「きたみサンの敵はボクの敵。ムカつく噂もいろいろ聞いた、アイツはきっと悪者なんだ」
という結論に達してしまい、「よりにもよって、一番真似しちゃいかんところを真似してくれた」エピソードを紹介しています。
 また、プログラミング大好きっ子の部下を、「貴重な戦力」と思っていたら、「彼から提出されるプログラムは、どれをとっても『独創性』なるものが組み込まれて」いて、「やるのであれば、事前に逐一お客様から確認を取らなきゃ」とたしなめると、上司をすっ飛ばして、直接お客様へ仕様変更の許可を取ってしまう。「まったく行動力のある子供ほど、手に負えないものはありません」と嘆いています。
 さらに、「一度も納期通りにプロジェクトが終了したことのない男」というジンクスを持つ同僚と初めてプロジェクトを組んだ著者が、納期前日の深夜、原因不明のバグを目の前に、
「あ~、もうダメだ!わからん!今日はもう帰って明日頑張りましょう!」
と言って、帰宅準備を始める同僚を慌てて取り押さえたことを語っています。
 第4章「ダメじゃない部下の仕事術」では、「望ましい部下」とは、「目先の作業を手早く片付けられる」ということではなく、「やるべきことがわかっているか否か」である人こそが、「本当にデキる人間」であり、「望ましい部下」であると述べています。
 本書は、SE業界を舞台にしながらも、どの組織にも応用が利きそうな一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の読者層は、本来は同業者であるSEのはずですが、専門誌だけでなく単行本も売れているということは、SEの世界が特殊なわけではなく、歴史が浅く、人の出入りも激しい分だけ、日本の会社の問題点が際立ちやすいからではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・SEの世界は特殊な世界だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 きたみ りゅうじ 『SEのフシギな生態 失敗談から学ぶ成功のための30ヶ条』
 近藤 哲生 『実用企業小説 プロジェクト・マネジメント』 2005年12月28日
 深沢 隆司 『デスマーチよ!さようなら!』 2006年05月16日
 大久保 幸夫 『上司に「仕事させる」技術―そうか!ボス・マネジメント!』 2007年01月12日
 Thomas A. Limoncelli (著), 株式会社クイープ (翻訳) 『エンジニアのための時間管理術』 2007年01月06日
 村山 昇 『上司をマネジメント』


■ 百夜百音

SMILING~THE BEST OF NORIYUKI MAKIHARA【SMILING~THE BEST OF NORIYUKI MAKIHARA】 槇原敬之 オリジナル盤発売: 1997

 「どんなときも」のサビの部分を「こんにゃくいも、こんにゃくいも」と歌ってみるとなんだか楽しいです。ただそれだけなんですが。

2007年12月15日 (土)

古民家再生ものがたり―これから百年暮らす

■ 書籍情報

古民家再生ものがたり―これから百年暮らす   【古民家再生ものがたり―これから百年暮らす】(#1059)

  降幡 広信
  価格: ¥1785 (税込)
  晶文社(2005/02)

 本書は、「長い時間と風土の中で育まれ」、「残るべくして残った究極のデザイン」である古民家の「再生」を長く手がけてきた著者が語った、クライアントと民家をめぐる物語です。著者は、「古い民家を残したいと、相談に来られる方には、不思議と女性が多い」と語っています。
 著者は、信州・安曇野の三郷村で家業である材木屋と土木建築業を継ぎ、老朽化した民家を取り壊して、新しい住宅を造る中で、「私が造ろうとしている家は、百年以上経ったときに、こんな風格や存在感を持つことができるだろうか」と疑問を持つことが多くなり、一方で、「古い家を残す模様替えや増築には、物を捨てるときの心の傷みは感じられず、むしろ気持ちよく仕事に入れた」と語っています。そして、「初めから民家に対する将来の展望があり、計画があってしたことでは」なく、「生活の近道」として地域とともに生きていった結果、本格的な「古民家再生」に取り組むことになったと語っています。
 第1章「病んだ民家の医者になる」では、松本地方の大庄屋である草間家の「290歳の家」を手がけた著者が、「民家」と「再生」という言葉に出会ったこと、そして、
<再生工事の五ヵ条>
として、
一、民家の持っている特徴を尊重すること。
二、再生する民家に相応しい本格的な工事であること。
三、無駄を省き、費用のかからない方法をとること。
四、新築同様に便利なものになること。
五、長持ちして、いつになっても飽きないものにすること。
の5点を掲げ、これらを、「民家を造る時の基本姿勢であり、最小の経費で最大の効果を狙う民家の精神に一致するものである」と語っています。
 第2章「民家再生が町づくりに」では、大分県臼杵市の味噌・醤油製造の家業を継ぐ若いカップルが、創業の地「浜町通り」にあった、誰も住んでいない白壁土蔵造り総二階の味噌屋の再生の相談に信州まで訪れ、工事の間、多くの方に民家再生を知ってもらうため、「民家再生の集い」を催し、この再生をきっかけに、浜町通りが、「歴史を伝える町」として生き返り、「今や臼杵の観光の中心にもなっている」と語っています。著者は、その後20年の間に、臼杵でさまざまな再生に携わり、述べ150回は通ったと語っています。
 第3章「蔵造りの家は西洋の香り」では、臼杵の「民家再生の集い」を通じて出会った、明治20年ごろに建てられた総二階造りで、「外観は、『社寺風』のところがあったり、『擬洋風』の不思議な雰囲気」を持ち、「日本の伝統技術を持った職人が、見よう見まねで洋館の形を造った」と想像される商家の住宅を取り上げ、「社寺風の入母屋、土蔵風のなまこ壁、洋風の開き窓――。伝統的な蔵造りでありながら、西洋の雰囲気を漂わせ、堂々と自己主張をしている。まさに、時代の生き証人である」と語っています。
 そして、著者が民家再生にあたって必ず行なっていること、として、「最初にその家の仏前にお線香を上げさせていただく」ことについて、「古い家には、現在暮らす人だけでなく、先祖からのつながりがある」、「あいさつするにはお線香を上げるくらいしか方法がないのだが、そうすることで、私の中にも家のイメージが膨らみ、ご家族と親しくなることができる気がしている」と語っています。
 この民家再生では、商売上の取引企業からも、「古いものを大切にするところだから、当然古いお付き合いを大切にするところだろう」という評価を得ることができたと述べています。
 第4章「建築家・清家清さんの導き」では、クライアントが、「新しいものを造る建築家」であったからこそ、「古い建物には畏敬の念を持っておられたのだろう」と語っています。
 そして、民家再生の記事が朝日新聞に紹介された反響から、近所で何軒も再生工事を手がけることになったことを、「爆弾」が落ちて「各所に飛び散った」と言われたと語っています。
 第7章「十年後の民家」では、古い家を新しく造り替えようという話が出たときに、「長い間その家を守ってきた父親は母親は、強く反対することが多いようだ。暮らし慣れた家への愛着、信頼や安心感もあって、そこから離れる淋しさは若い者の想像を超えたものかもしれない」と述べ、「自分の目の黒いうちは、絶対にこの家には手をつけさせぬ……」という話をよく耳にすると語っています。
 第9章「農家の主婦の行動力」では、並々ならぬ家に対する愛情を持つお母さんの気持を考え、「自分には、あの家を壊すことは考えていません。私に遺された大切なものです。しかしこのままでは困るんです。何か良い考えはありませんか」と息子さんから相談されたことを語っています。
 そして、「日本の民家は、明治時代が最高だといわれる。江戸の高度な技を引き継ぎ、家として結実した頃だ。しかも、明治の後半は運輸事情が発達したため、大きな部材を使って豪壮な家を建てる人が多かった」と述べています。
 本書は、古民家に対する愛着やこだわりを通じて、そこに住むさまざまな家族の物語を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者にしても、著者のクライアントにしても、共通するのは、先祖からの大きな遺産を持て余してしまう悩みではないかと思います。そのような遺産など持ち合わせていない身にとっては御苦労様なことですが、本人達にとっては深刻この上ない悩みのようです。


■ どんな人にオススメ?

・古い民家の魅力に惹かれ始めた人。


■ 関連しそうな本

 降幡 広信 『現代の民家再考』
 日本民家再生リサイクル協会 『民家再生の魅力―全国・事例選集』
 アレックス カー 『犬と鬼―知られざる日本の肖像』 2007年10月04日
 アレックス・カー 『美しき日本の残像』
 宇井 洋 (著), 石川 純夫 『古民家再生住宅のすすめ』 2007年10月21日
 降幡 広信 『民家再生の設計手法』


■ 百夜百音

「勝手にシンドバッド」25周年記念BOX【「勝手にシンドバッド」25周年記念BOX】 サザンオールスターズ オリジナル盤発売: 2003

 「いま何時?」って流行ったころに、「いま何時?」「肥満児」、「いま何時過ぎ?」「太りすぎ」というギャグがありました。

2007年12月14日 (金)

「へんな会社」のつくり方

■ 書籍情報

「へんな会社」のつくり方   【「へんな会社」のつくり方】(#1058)

  近藤 淳也
  価格: ¥1575 (税込)
  翔泳社(2006/2/13)

 本書は、「人力検索はてな」や「はてなダイアリー」等のサービスで知られる「株式会社はてな」社長の著者が、「へんな会社」と呼ばれる自らの会社について語ったものです。著者は、「はてな」を経営し、ネットサービスを提供する中で、「インターネットは知恵を預けると利子をつけて返してくれる銀行のようなもの」だと語っています。
 第1章「情報を共有する」では、著者が、「世の中は、誰かが適当に作った、とんでもなく"でたらめな仕組み"で動いている」という世界観を持っていて、「誰もが当然と思って使っている仕組みや環境」に常に疑問を持ち、「ついつい違う方法を試して」しまうと語っています。著者は、「ルールなんていうのは、たくさんある可能性の中の単なる1つにすぎない」と述べ、「ルールはハックするから面白くなる」と語っています。また、中学生時代の経験から、「次第に『権力』と『情報の隠蔽』に敏感」になり、「でたらめさを感じる時はいつも、『権力』や『情報の隠蔽』が関係していそうだと気が付いた」と語り、著者自信を、「好きなようになりたいのに、そうさせてくれない強制的な力」の根拠を「納得いくまで知りたがる傾向がある」と語っています。
 また、はてなが、「ユーザー参加型のコミュニティ」と語られることについて、「社内と社外の情報共有を行なうには、その前に必ず『社員個人のコミュニケーション能力の向上』や、『社内での情報共有』という問題を解決」する必要があると述べ、社内で情報を共有する仕組みとして、
・情報の私物化をしない・・・「プログラムは個人のものではなく、会社のものである」という意識の徹底
・ミーティングは立って行ない、すべての会議は音声ファイルでグループウェアにアップロード
・コピー用紙で作った進行管理システム「あしか」(「はてな しんこう かんり」を略した「はしか」がなまったもの)
等の仕掛けを行なっていることを述べています。
 第2章「仕事をする場所」では、開発者が楽しく仕事できるために、
・ペアプログラミング・・・2人1組でプログラムを開発。
 (1)ペアで作業を行うため、仕事以外のことは一切できない。
 (2)「これはあとからちゃんと作るから今は適当に作っておこう」という「とりあえず」なプログラムができにくく、プログラムの品質が上がる。
 (3)作業者間のノウハウが共有され、スキル向上につながる。
・フリーアドレス・・・「前日と同じ場所に座ってはいけない」
 (1)コミュニケーションの相手が固定化しない
 (2)オフィスが美しく保てる
 (3)毎朝「今日の仕事」を意識できる
・サービスのディレクターを社内コンペで決める
等の取り組みを紹介しています。
 また、開発業務を「連続的」「非連続的」に分け、「いかがわしくて、怪しい雰囲気」を持っている「非連続的なアイデア」を形にするために、「環境を変えて仕事をする」として、
・開発合宿:5人ほどの開発者がインターネット環境のある高原のペンションなどに3日間ほど缶詰になって開発を行う。
・移動オフィス:平日に普段のオフィスとは違う別の場所に集まって1日仕事をする。
に取り組んでいることを解説しています。
 著者は、トランプの「大富豪」等のゲームをすると、「プレーヤーにはいろいろなタイプの人間がいること」がわかると述べ、「企業家に向いているのは、大富豪と大貧民を両方楽しめる性格の持主」であると語っています。
 さらに、はてなの社員の8割以上が自転車通勤をしている点を挙げ、「自転車とインターネットの共通点」として、
・競争がとても自由で公平。
・誰かが安全を保証してくれるというよりは、どちらかというと自分でスキルを身につけて自分で身を守っていくしかない。
・場所に縛られない。
等の点を挙げ、「決まった産業構造がないからこそ、サービス提供者は自分の頭で考えてユーザーを対話していくこと」になると語っています。
 第3章「ユーザーとともに」では、はてなのような小さなインターンネットサービス提供会社にとって、「ユーザーとともにサービスを開発する」ことがより重要になると述べ、「情報を社内に閉ざし、自社の能力だけに頼ってサービスを開発している場合は、社員の知識や知恵の合計以上の製品を作ることはできません」と語っています。そして、「はてなダイアリー」のベータテスト段階で、「XSS脆弱性」がユーザーからの報告で発覚し、その作業内容と結果を公式ブログで公表していった体験から、「場合によっては『不具合が存在するかどうか』よりも重要なこと」があり、「これからも未知の不具合や脆弱性が発見される」ことを出発点に、「サービス提供者が不具合や脆弱性にどのように対処するのか、そしてそられの情報がどのように公開されるのか」ではないかと語っています。
 また、はてなが、新しいサービスを、「50%くらいの完成度で出す」ことを心がけている理由として、「必要な機能や基本機能が揃った時点でリリースしてしまい、後はユーザーとの対話を重ねて発展的な機能を追加していけばよい」と述べています。
 さらに、2005年4月に試験運用を開始した、ユーザーからの要望窓口サービス「はてなアイデア」について、「株式市場のような市場システムを用いて将来の出来事を予測」する「予測市場」を取り入れて、「かねてからの課題であった要望窓口の効率化」を目指したものであると述べています。そして、登録された各要望について、社内で「実装する」「他の方法で実現する」「却下する」「検討する」といった判断を行い、2005年6月下旬からはこのためのミーティングをMP3ファイルでインターネット上に公開し始めたと述べています。
 一方で、「社内での議論や方針をなるべくオープンにしていこうという方針」をうまく実行できなかった経験として、2004年末の「住所登録問題」を挙げ、事前にユーザーとの対話などを行なわないまま住所登録の方針を発表したため、「たくさんのユーザーから質問や批判的意見、失望の声等」が寄せられ、約1ヵ月後に方針を撤回したことについて、「十分に社内で議論を尽くしていても、時としてその内容が、多くの一般ユーザーの意識から大きくずれたものになり得る」ことを感じたと語っています。
 著者は、はてなの取り組みの根底に「いろいろなことをオープンにしよう」という思いが流れていると述べ、「オープンさ」にこだわる理由として、インターネットによって、「人間の意識と意識が距離や時間を越えて繋がったときに何ができるのか」という「壮大な社会実験」が行われ、「意識と意識、知恵と知恵を結んだ人間同士が新たな価値の創出を模索している」と感じているからだと語っています。
 本書は、はてなという「へんな会社」を媒介にして、インターネットが私たちの社会をいかに変えているかを思い知らせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている「あしか」は、前に職場で実際に使ってみたことがあります。週1回の進行管理のミーティングのときに、
・すぐやる
・そのうちやる
・ペンディング
・終わった
の4つに仕切った中に入れたメモ用紙を見ながら、班員の仕事の進行状況を共有していったのですが、「すぐやる」に入れておきながら毎週読み上げられると辛いものがありました。


■ どんな人にオススメ?

・「へんな会社」に憧れてしまう人。


■ 関連しそうな本

 梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
 ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日
 岡田 有花, ITmedia News 『ネットで人生、変わりましたか?』
 ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ (著), 井口 耕二 (翻訳) 『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』
 西村 博之 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』
 佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』 2007年11月20日


■ 百夜百マンガ

はいからさんが通る【はいからさんが通る 】

 アニメのほか、南野陽子主演の映画も作られていました。ハイ、ハイ、ハイ~の主題歌を思い出す人は30代以上ではないかと思います。

2007年12月13日 (木)

2大政党制は何をもたらすか 日本大変革への道

■ 書籍情報

2大政党制は何をもたらすか 日本大変革への道   【2大政党制は何をもたらすか 日本大変革への道】(#1057)

  川上 和久
  価格: ¥735 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2006/9/16)

 本書は、日本を、「政治・経済ともに三流の国家」から「一流の国家」へと押し上げる方法の一つである「政権交代可能な『2大政党制』の実現」について、「政権交代可能な批判勢力の存在は、政治に緊張を生み、政策を研ぎ澄まさせる」ものとして解説しているものです。
 第1章「日本は今、なぜ『2大政党制』に向かいつつあるのか」では、2大政党制にもいくつかのパターンがあるとして、
(1)国会や連邦議会などに議席のある政党が2つ(アメリカ)
(2)議席のある政党が3つ以上存在するが、実際に与党となりうるのがそのうちの2党のどちらかで、第3党以下が与党となる可能性が低い場合(イギリス)
(3)議席のある政党が3つ以上存在するが、それらのうちの2つの陣営が政権を争っていて、しかも連立の組み換えがない場合(オーストリア)
の3点を挙げ、「2大政党制とは、議席のある政党が2つだという意味ではなく、あくまでも拮抗する2つの政治勢力が政権を争っている状態を指す」と述べています。
 そして、2大政党制のメリットは、「有権者の意思を投票による政権交代という方法で、政治に直接反映させられる」ことであり、デメリットは、「両党の政策は大筋で似通っており、自党の独自性を打ち出すのが難しい場合が多くなる」ことであると述べています。
 また、「政党」の機能としてもっとも重要なこととして、「国民の『欲求の濾過装置』としての機能」を挙げ、「私的な欲求を公的に濾過する機能」である「広聴機能」を挙げるとともに、この機能と対になる「広報機能」(教育的機能)と合わせて、「広報・広聴機能」は、「政党の2大機能」とされていることを解説しています。
 さらに、現在の日本は、衆議院の議席数だけを見れば、55年体制とさして変わらないように見えるが、公明党が、
(1)弱者保護や福祉の充実といった公明党本来の政策は、どちらかといえば自民党よりも民主党の路線に近い。
(2)自分達の政策を実現するには与党であるほうが圧倒的に有利であり、「自民が野党となっても」という状況を、党幹部が決めたとしても公明党の支持者が許さないかもしれない。
であることから、「民主党と連立して与党となる可能性もないとはいえない」ため、「現在の日本の政治体制は、『自民VS民主』+『公明』という『2大政党プラスアルファ制』という定義できるのではないだろうか」と述べています。
 また、「小選挙区制を採用しているからといって、必ずしも2大政党制になるとは限らない」として、カナダの例を紹介し、「日本は現在2大政党制に向かいつつあると考えられているが、必ずしも2大政党制になるかどうかはわからないのである」と述べています。
 第2章「『2大政党制』になると、日本はどう変わっていくのか」では、2大政党制が実現すると、
(1)有権者は政権与党の業績に対する評価を、投票によって示すことができるようになる。
(2)いつでも政権交代が起こりうる状況になれば、政治に緊張感が生まれる。
(3)政治に興味を持つ人が増える。
の3点が大きく変わると述べた上で、「どちらの党も有権者の過半数の支持を得ようとするため、政策の大枠は国民の要望を包括的に含んだ、中庸なものになっていかざるを得ない」と述べています。
 また、政策中心の政治になる2大政党制は、「官僚を政治主導で使いこなすのに向いている体制」であると述べ、政治家には、「自分達の望む政策の実現に向けて、官僚組織を動かせるだけの頭脳」が求められると述べています。
 さらに、地方政治においては、「2大政党制になる必要性が、国政と地方政治では異なっている」ため、おそらく2大政党制にはならないと述べています。
 一方で、2大政党制のデメリットとして、「政治家が民衆の好む調子のいいことばかりを掲げ、批判能力のない愚かな民衆がその政治家を支持し、圧倒的勝利を得た政治家が力を頼んで好き勝手なことをする」という、「一歩間違えば衆愚政治に陥ってしまう危険性」を指摘しています。
 著者は、「本来2大政党制とは、多党制のように多様な意見を戦わせる面と、1党制のように一気に目的に向かって突っ走っていく面との双方を、局面に応じて使い分けることができる政治体制」であると解説し、「政治体制としてはもっとも融通のきく優れた体制といえるのではないだろうか」と述べています。
 第3章「現在の自民党と民主党で『2大政党制』は実現するのか」では、小選挙区制のもとでの、1996年、2000年、2003年、2005年の4回の総選挙について、「それぞれの選挙の持つ意味と、それによってもたらされつつあるもの」を探っています。
 「メディアを活用した政治活動」である「メディア・ポリティクス」については、1996年に産声を上げ、20000年の選挙では多少停滞したものの、小泉首相の登場で、がらっと変わり、「『小泉改革』を掲げ、メディアに向かって簡潔な言葉で訴えかける小泉純一郎は、まさにサウンド・バイトの名手だった」と解説しています。
 また、2005年の第44回総選挙について、「得票率がわずかに上回っただけで議席率が大幅にアップするのが、小選挙区の特徴である」として、「議席数だけを見て、2大政党制の実現が遠のいたというのは当たらない」ことを指摘しています。
 著者は、4回の選挙を経て、「政策上の与野党の争点が明確化されたかどうかは別として、実質上は、2大政党制という形に、日本も近づいてきた」と述べ、「『政権交代するまでは、何が何でも自民党には吸収されない』という、現在の民主党の姿勢は、2大政党制実現への過程として評価していいだろう」と述べています。
 さらに、小選挙区制になったことで、集票組織の弱体化がはっきりと見えてきたことを挙げ、このことと「表裏一体の関係」のある無党派層の増大について、「いわば価値観の多様化が、集票組織の弱体化を促進している」と指摘しています。
 そして、「2大政党制」に向けて、自民党は、支持基盤であった各種の組織が弱体化した今、「無党派層の支持をどうやって集め、それを固定化していくか」が生き残りの一つの鍵になると述べ、「下野することを恐れずに、しっかりとしたビジョンを提出し続けることが、結局は政権維持につながる」という認識の必要性を強調しています。
 また、民主党が「政権交代可能な野党」になるためには、「地方での足腰の強さと、その基盤となる組織力」であると述べ、「地道に選挙区に足を運び、選挙区の声を吸い上げてそれを政策に反映していくしかない。そのような選挙区との関わりの中で、組織は作られていく。そこでの選挙民との関わりの中でしか、組織をしっかり作り上げていくことはできないのだ」と指摘しています。
 第4章「私たち日本国民はどう考え、どう行動すべきか」では、2大政党制の下でのリーダーに求められる資質として、
(1)自分の言葉で国民に対して語りかけられる能力であり、討論を有利に展開して政敵を論破できるだけの、言語による高いコミュニケーション能力。
(2)自分なりの政策提言ができ、官僚とも渡り合うことができて、なおかつ野党からの質問や反論にもきちんと答えられるだけの専門性。
(3)時代の求めるリーダー像に合致していること、そして時の利を我がものにできるかどうか。
の3点を挙げています。
 また、2大政党制の政党に求められる役割として、
(1)政策立案能力
(2)政策宣伝能力
(3)政策実現能力
の3点を挙げています。
 さらに、小泉純一郎のメディア・ポリティクスが政治と国民に与えた功罪として、
・「功」:メディアを利用して世論の支持を得ることで、権力の二重構造を脱することができた。さらに、信念を持ってやり遂げたいと考えている政策については、メディアにニュース価値を提供しながら、それを国民的関心にまで高めていくことが有効であると知らしめた。
・「罪」:本当に国民に対する説明責任を果たしてきたかといえば、そうともいえない。
と解説しています。
 そして、メディアが果たすべき役割として、「1993年の政界再編以来、ずっと同じ政党に投票し続けた有権者は一桁でしかない」という事実から、「イメージだけでなく政策の中身をきちんと伝える」ことが重要であると述べ、「政党のイメージ戦略に乗らず、大衆に迎合することなく、確かな目を持って、重要な争点を洗い出すこと」が「2大政制時代にメディアが果たすべき役割」であると述べています。
 著者は、「問題を解決できるかどうかは、最終的には私たち国民の意識にかかっている」と述べ、「政党が責任あるコミュニケーションをし、有権者はそれに関心を持つという両輪が、しっかり機能していくことが大事なのである」と主張しています。
 本書は、選挙の時にだけ話題に上りやすい「2大政党制」について、日本における意義をわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、「選挙」や「政治とメディア」に関する著書も多く、この分野における日本の第一人者であるとともに、実際に自身が選挙運動に関わられた実績をお持ちです。そのため、本書で語られる言葉も、単に学者の講釈にとどまらないリアリティを持って聞くことができます。


■ どんな人にオススメ?

・投票することで政権交代に関わりたい人。


■ 関連しそうな本

 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 川上 和久 『イラク戦争と情報操作』
 佐々木 毅 『政治学講義』 2005年03月11日
 加藤 寛 『入門公共選択―政治の経済学』 2005年03月13日
 小林 良彰 『公共選択』 2005年04月15日
 谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日


■ 百夜百マンガ

初恋スキャンダル【初恋スキャンダル 】

 「みゆき」や「めぞん一刻」などのラブコメブームの一角を占めた作品。どの雑誌もじれったい展開が目白押しでした。

2007年12月12日 (水)

まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生

■ 書籍情報

まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生   【まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生】(#1056)

  伊関 友伸
  価格: ¥1995 (税込)
  時事通信出版局(2007/12)

 本書は、複雑で解決が非常に困難な地域医療や自治体病院の経営問題に対して、行政学者である著者が、「『お役所組織』である自治体病院の問題点という視点」から分析を行い、「自治体が病院を経営することは限界を迎えており、今後、今のような形で経営を継続できる自治体病院は一部にしか過ぎない」という結論を提示しているものです。
 第1章「自治体病院・地域医療に何が起きているのか」では、2007年3月23日に54年の歴史を追え、事実上閉院した宮城県石巻市の公立深谷病院を取り上げ、「自治体病院はつぶれない」「公務員の身分は安定していて仕事を失うことはない」という神話が崩れたことを示し、今、自治体病院と地域医療に何が起きているのかを解説しています。公立深谷病院は、06年10月、銀行から一時借入金の融資を拒絶され、職員の給料も払えないほど資金繰りが完全にショートし、経営している病院企業団の廃止と「民設民営」への移行の手続が遅れるなか、後継法人が発表された3月23日は、「公立深谷病院が患者の診療を停止した事実上の閉院の日」となったと述べています。
 そして、舞鶴市民病院や江別市立病院などの例を挙げ、「全国の自治体病院で医師の退職が相次いでいる」と述べ、「自治体病院の崩壊は地域医療の崩壊に直接つながることになる」と解説しています。
 また、自治体病院が、「民間の医療機関が手を出しにくい不採算な医療である、へき地、小児、産科、救急、結核、感染症、精神、高度専門などを担うことが求められている」ことを挙げ、自治体病院の多くが、「医療機関が少なかった時代に、地域での医療を提供する機関として設置されてきた歴史」を持っているが、民間医療機関が充実してきた現在、「自治体病院・診療所に求められる使命は、時代の変化により変わってくる」と指摘しています。
 著者は、自治体病院をめぐる課題として、
・財政的な問題か医療提供の問題か
・自治体全体の問題か病院現場の問題か
の2つの軸を設定し、下図のように整理しています。
 
<自治体立病院の課題>
        地方自治体全体の問題
            ↑
医・病院機能の再編   |・財政健全化法
療・医療資源集約化   |・公立病院改革ガイドライン
の・病院の機能連携 等 |・民営化 等        財
提           |              政
供←―――――――経営能力の欠如――――――――――→的
に           |              な
関・進歩する医療技術  |・医療機器の購入      問
す への対応      |・電子カルテ導入      題
る・住む地域にかかわら |・DPC導入 等      
問 ない等しい医療の  |              
題 提供 等      |              
            ↓
        病院現場固有の問題

 
 さらに、「相当数の自治体病院が一時借入金によって病院運営を維持している」現状を指摘し、「生命維持装置である一時借り入れができなくなった瞬間に、一時借入金を頼りにする自治体病院の命運は尽きる可能性が高い」と述べています。
 また、「医師不足」と呼ばれる問題に関しては、一般には、「新しく導入された臨床研修制度の影響や医師の都会志向が大きな要因といわれている」が、現役の医師からは、
「役所一律の定数管理をしていて、現場に必要な人員が配置されない」
「病院の要となるべき事務が短期間で異動してしまう」
「民間病院に比べて仕事はきついのに給料が低い」
「箱ものばかりにお金をかけて、医療スタッフにはお金をかけない」
「医療は進歩しているのに、医療スタッフの知識や技術の向上が必要という発想がない」
「何人もの住民が軽い症状で深夜に外来に来る」
などの声が聞かれることを紹介しています。
 著者は、「自治体病院をめぐる状況は、八方ふさがりという状況にある」と述べ、これまで、現場の医療スタッフが献身的に働くことで支えてきたが、「過酷な現場の仕事に疲れた医師・看護師たちが、疲れ果てて立ち去っていくのが、今の自治体病院の現状である」と指摘し、「民間病院でも厳しい病院経営を、医療の素人である地方自治体が行うには、能力が絶対に不足している」と述べています。
 第2章「医師はなぜ病院から立ち去るのか」では、「自治体病院の経営や地域医療に深刻な影響を与える医師不足の問題」を、「自治体関係者や地域住民は、現在起きている(おきつつある)事態を理解できていない」と指摘した上で、その要因を分析しています。
 まず、最大の要因として、新しい臨床研修制度の導入を挙げ、新制度では、新人医師の多くは2年間研修プログラムを受けることになり、「複数の診療科をローテーションで回るため、現場の戦力とはならない」ため、日本の医療現場から一気に6%の「若く、体力のある医師が現場からいなくなった」上、研修後もその病院に勤務し、医局に戻ってこなかったため、大学医局に所属する医師が激減し、医局から自治体病院に派遣していた医師を引き上げる事態になったことが解説されています。そして、「自治体病院に勤務する医師たちは、以前のように大学医局からの派遣が復活することを期待して、少ない医師数でハードな仕事を一生懸命こなしていた」が、「相当数の医師が、大学医局から新しい応援医師が来ないことに希望を失い、自治体病院を辞め、開業やより勤務条件が過酷でない病院に移っていった」と述べています。著者は、千葉県立東金病院の平井愛山病院長が、前者を退職の「第一波」、後者を「第二波」と呼んでいることを紹介しています。
 次に、現場では、「多くの医師が疲れ果て、現状に怒りを持ちながら勤務している」状況を指摘し、医師のやる気を失わせるもっとも大きな要因としてハードな労働環境を挙げています。まず、月に113時間以上、勤務時間外に勤務し、もっとも長い例では週に152.5時間(!)勤務しているという長い労働時間を挙げています。また、医療が専門化・細分化し、1人の医師が受け持つ診療密度が高くなったことや、医師の「集約化」、そして、低い待遇を挙げ、「ただでも仕事が厳しいのに、報酬まで抑えられては、自治体病院に勤務する医師のモラールが低下するのは当然だ」と述べています。さらに、「医師と住民(患者)、行政とのコミュニケーションの断絶」を挙げ、クレーマー患者の存在や、「24時間、軽い症状で、夜も休みも患者の都合で医療にかかる『コンビニ的な医療』」を挙げ、コンビニ的な医療で医師が大量に退職した事例として、新潟県阿賀野市立水原郷病院では、人口4万7000人の阿賀野市で年1万件の時間外救急があったことを紹介しています。そして、2006年2月、福島県立大野病院の産婦人科医が、業務上過失致死と医師法第21条違反で逮捕される事件に象徴される、医療訴訟の増加を挙げ、医師たちが、「いわゆる『防衛医療』を意識して医療を行なわざるを得なくなる」状況を解説しています。
 著者は、医師と住民(患者)のコミュニケーションの断絶を、「『こちら』と『あちら』の溝」と呼び、この溝を埋めなければ、「医師にとって勤務条件の悪い医療現場からの退職は止まらないであろう」と指摘し、「両者をつなぐ存在が必要である」と述べています。そして、医師と患者をつなぐ可能性の最も高い組織である「行政」と医師との間にも深刻な溝が存在すると述べ、「勤務が過酷で燃え尽きてしまう小児科医が続発する中で」、「休日や夜間の受信を促進する通院医療費の無料化を行なうことが適切な政策であるのか、疑問に感じる」と指摘し、「たとえ、子育て支援のために親の金銭的負担を軽減しても、小児科医師が病院から疲れ切って立ち去り、地域の小児医療が崩壊してしまえば、子育てにとってはかえってマイナスになる。すくなくとも休日・夜間については、通院の医療費の無料化は見直すべきときに来ているのではないか」と述べています。
 第3章「自治体病院の経営はなぜ限界を迎えているのか」では、著者が、2006年度に夕張市の病院経営アドバイザーを委嘱され、行った調査などをもとに、「赤字経営や医師不足に苦しむ全国の自治体病院に共通の」問題を洗い出しています。
 まず、夕張市総合病院の経営破綻の要因として、
・急激な人口減と立地条件の悪さ
・医師の退職
・看護師不足
・病院マネジメント能力の欠如
などの点を挙げ、「夕張市総合病院は組織としての体をなしておらず、崩壊状態にあった」と述べ、ここの職員は真面目に仕事をしていても、「病院のお役所文化の中で、問題を先送り」し、「ある日突然、夕張市本体の財政破綻と同時に問題が顕在化し、職員や患者にとって悲劇が起きたのである」と述べています。
 そして、2006年8月30日に、経営診断結果の報告を行い、病院経営アドバイザーとしての基本的な考えと現地調査に基づく提案として、
(1)医療の継続
(2)公設民営での病院運営
を提示し、夕張市の地域医療は、元瀬棚町立国保診療所長の村上智彦医師が新たに設立した医療法人財団「夕張希望の杜」が指定管理者として受託して行なうことになり、村上医師は市民にも、「夕張の破綻は住民にも責任がある。夕張の再生のため、すべてを行政や病院の責任にして済ませるのではなく、自分のこととして考えよう」と訴えていることを紹介しています。
 また、質の高い病院経営の実現に必要なことを、
・ガバナンス:自治体謬尾に経営の健全性、安定性を確立するための社会システム
・マネジメント:病院の持つ潜在価値を最大限に生かすため、管理者層が行なう各種の経営行動
・オペレーション:病院現場での業務の運用を、いかに能率的・効率的に行なうか
の3つのレベルで整理しています。そして、経営破たんした夕張市総合病院や公立深谷病院が、このような状況からほど遠く、「多くの自治体病院の経営も、2つの病院と大して変わらない状況にある」と指摘し、
・ガバナンス:病院長は、医療には責任を負うが、病院経営には権限も責任も与えられていない自治体病院が多く、曖昧な形で運営されている。
・マネジメント:「病院の進むべき方向が示される」べきであるが、現状維持を望む関係者の抵抗が大きく、なかなか示せない。
・オペレーション:おかしいと思った問題を改善することができず、職員はバラバラで、病院としての共通の意識を持つことは少ない。
などの課題を挙げています。
 著者は、過去には公設「公営」が持つ「権威」にメリットがあったことを認めた上で、時代は変わり、「住民の自治体病院への尊敬は少なくなり、苦情と憎悪の対象となることが多くなった」、「かつて輝かしく存在した病院としての『権威』が崩壊した自治体病院は、その残存する自らの『権威』に苦しむという構図があるように思われる」と述べています。
 そして、「自治体病院の『お役所流』の中央集権的で、規則にガチガチに固められた意思決定システムでは病院経営ができない」、「医療を維持するために必要なことができない。医療の維持にとって不要なことを『あえて』する。既得権を突き崩すことができない」と述べています。
 第4章「自治体病院の経営をどのようにして変革するのか」では、「病院の崩壊を防ぎ、地域の医療を守っていくためには、自治体病院が、時代の変化に対応し、自らを変革していくことが求められる」とした上で、そのためには、
(1)経営形態の変革
(2)職員の意識の変革
の2点が重要であると述べています。
 まず、前者については、
(1)運営形態の変革:
 ・地方自治体・行政法人が運営
 ・民間法人が運営
 ・運営そのものを廃止
(2)医療提供形態の変革
の2つがあると述べ、経営形態の変革によって、「ガバナンス・マネジメント・オペレーションの3つのレベルで、質の高い病院経営が実現されることが重要である」と述べています。
 そして、運営形態の変革の中で、一番多く行なわれている「地方公営企業法の全部適用」に関して、効果がでない理由として、「制度を導入したものの病院事業管理者に十分な権限を与えていない」ことを挙げ、病院事業管理者を「病院局長」と呼び、特別職としてではなく、末端部長の待遇に置き、「病院事業管理者の権限を与えられておらず、予算編成や組織定数・職員採用で財政や人事セクションにいちいちお伺いを立てなければならない病院事業管理者も少なくない」ことを指摘し、地方公営企業法の考え方が、「お役所主義の組織文化に骨抜きにされてしまう」と述べています。
 また、指定管理者制度による公設「民営」病院のパターンとして、
(1)外部誘致型:既存の医療法人などに運営を委託する
(2)自立経営型:それまで自治体病院に勤務する病院職員が中心となり、公務員の身分を離れて医療法人を立ち上げ、運営の委託を受けるもの
の2つを挙げています。
 さらに、経営の譲渡の場合でも、「外部誘致型」と「自立経営型」の2つのパターンを挙げています。
 著者は、指定管理者制度や経営譲渡などにより、民間の医療法人が病院を運営するメリットとして、
・「お役所組織の病理」からの脱却
・病院と行政・住民が対等の立場に立つ
・条例や規則などの製薬が少なく、迅速な意思決定が可能
・職員が危機意識を持って仕事をする
などの点を挙げる一方で、デメリットとして、
・必要な医師数の招聘がかのうな法人が少ないこと
・不良な医療法人等が運営を引き受ける危険性
・「自立経営型」の医療法人を設立するキーパーソンの不在や資金面の不安
などを挙げています。
 著者は、職員の意識を変える難しさを指摘した上で、愛知県東栄町の国民健康保険東栄病院の例を挙げ、「外部の人間を招いた職能分析の実施」が大きな要因であったことを述べています。そして、意識改革に必要なものとして、
・外からの刺激と組織の揺らぎ
・職員が現実に直面(データの提示)
・リーダーから新しい方向性が示される
・意味のない規制・ルールの撤廃
・自らの思考や行動の問題点に気づく
・自由な発言、具体的行動と小さな成功の積み重ね
などの点を挙げています。
 第5章「地域医療再生への処方箋」では、「医師不足問題に対して国や地方自治体、そして地域がどのように対応していくべきか」を論じています。著者は、「医師や看護師などの医療専門職は、国民全体が共有する人的な財産」であり、「水量に限界のある泉のようなもの」であると述べています。そして、「医師不足」の問題を、「地域社会における病理を浮かび上がらせるリトマス試験紙である」と述べ、「行政、議会、住民が知恵を絞って医師が働きたくなるような職場環境をつくらなければ、医師は地域で勤務しない」と指摘しています。
 そして、「住民ができること、すべきこと」として、「地域医療の崩壊で一番困る地域住民が自ら主体的に行動を起こすべき」であるとして、兵庫県丹波市の「柏原病院の小児科を守る会」や千葉県山武地域の「NPO法人地域医療を育てる会」などの活動を紹介しています。
 また、「地方自治体ができること、すべきこと」については、自治体病院が医師の招聘を図るために重要な点として、
・関係者が、その地域の進む方向を「言葉」にすること
・必要な資源の投入
・マネジメントの変革
・病院職員にできること、すべきこと
などの点を挙げています。
 さらに、「国ができること、すべきこと」として、「医療にかける国家予算の増額、医師数の増加」を挙げ、「少なくとも労働基準法違反で疲れ果てている医師が患者を診るという状態は、一国の医療のあり方として正しいとは思えない」と指摘しています。そして、日本の医療を崩壊させないための国民の選択肢を下図によって示しています。
<国民の選択>
         財政的負担
           ↑
国 行政支出の見直し | 税金、保険料負担を 国
民          | 増やす       民
以←――――――――国 民―――――――――→が
外          |           負
が 医療現場の改革  | 安易な受診をやめる 担
負          |
担          ↓
         労力の負担

 
 著者は、「国民の意識が変わらないのに、国の意識が変わるはずがない」と述べた上で、「国民は自分達の医療を守るため、自ら発言と行動をすべきである。それが地域医療のみならず、日本における民主主義の再生につながる」と述べています。
 第6章「病院PFIを考える」では、自治体病院の「経営改善の切り札」といわれている病院PFI(Private Finance Initiative)について、「課題も次第に明らかになってきている」として、その意義と課題について論じています。
 そして、PFIに関わらず、自治体病院の建築費が高くなる要因として、
(1)キャッシュフローを考えない建築
(2)起債制度と交付税措置
(3)病院経営や医療現場を知らない設計事務所
(4)高い建築費での発注を期待する建設業者
の4点を挙げ、この高い建築費が病院経営に与える影響として、
(1)起債の元利償還金負担
(2)過大な減価償却
(3)病院財政の硬直化による医師不足時代への対応の遅れ
(4)過剰な病床数による赤字の拡大
の4点を挙げています。中でも、(3)に関しては、「吹き抜けのある新築病院から医師がいなくなる」との法則を唱える理由として、「病院がきれいで豪華になると、本来なら地域のかかりつけ医の診察の受けるべき軽い症状の患者まで、外来の診察にやってくる。地方自治体も建物の借金を返すために、医師に一人でも多くの外来患者を診察することを求める。その結果、医師は多くの患者を見てヘトヘトになり、退職する」という理由を挙げています。
 また、高知医療センターの巨額の病院建設費について、「PFI自体の問題というよりは、発注者側が病院経営を考えず、過大な設計をしたことに基づくものである。PFIでも、行政側の課題発注を抑える力はない」と指摘し、「これらの問題はPFIの理論やSPCの努力の範囲外というべきものである」と述べています。
 さらに、PFI事業のムダとして、
(1)隠れた経費としての応募コストのムダ
(2)設計作業のムダ
の2点を挙げ、「設計・建築者と建物を使う人との協働や共感というプロセスが少ないことが病院PFIの持つ問題の一面なのである」と指摘しています。
 著者は、PFIを含めて、少ない資金で質の高い病院建築を行うために必要な流れとして、
(1)キャッシュフローを考え、病院建築に可能な投資金額を考える。
(2)可能な投資額で、その病院が望まれる機能は何か。どのような病院構成とすべきかを絞り込む。
(3)具体的に、医療を行なうのに必要最小限の機能を考え設計を行なう。
(4)このとき、病院で行ないたい医療は何かを意識し、モレやムダをなくし、追加工事や手戻りが起きないようにする。
(5)適正な利潤の中で、最も安い建設費で建築をする建設会社に工事を発注する。
(6)建設会社に工事コストを削減してもらい、適切なものは積極的に採用する。
(7)病院開設後の財務の危機に際して、どのように行動すべきか職員の意識変革をする。
の7点を挙げ、「現場職員にとっては、天から病院施設が降りてくるだけであり、意識変革にはほど遠いのが、PFIを含めた多くの自治体病院の建設である」と指摘しています。
 また、運営に関するPFIが持つ「根本的な問題」として、「医療行為を行なう病院側と周辺業務を行なうSPCという2つの組織が病院内に存在」し、「2つの組織の利害は対立しやすい」ことを指摘しています。
 著者は、PFIの考え方自体には、誤りはないが、「それが現実の自治体病院の現場に導入されると行政組織の病理によって、本来想定した形とは別なものに変容してしまう」と述べ、その原因は、「病院PFIの前提にある『病院の建築とはどういうものか』『病院の経営はどのようにあるのか』について深く考えないで、外国産まれのPFIというツールに飛びついたことにある」と指摘しています。
 本書は、自分のまちで安心して医療を受けたいと望む人にとって、今何が問題になっていて、これから何をすべきなのかを示唆してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の伊関さんは、埼玉県職員時代に県立病院行政に携わった経験から、自治体病院経営の世界には専門の研究者がいないことに気づき、近い将来、自治体病院の経営問題が全国で喫緊の課題になること、そして、行政学の分野で自治体病院の研究をすればオンリーワンの研究者になれることに注目され、研究者に転身されました。
 はたして、その読みはずばり当たり、今では全国から引っ張りだこです。誤算があるとすれば、あまりに全国からの引き合いが多くて、休みが取れないことでしょうか。最近ではすっかり痩せ細ってしまいました(ダイエットに成功したとも言います)。


■ どんな人にオススメ?

・なぜ医師が病院を辞めるのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 上山 信一, 伊関 友伸 『自治体再生戦略―行政評価と経営改革』 2005年4月30日
 上山 信一, 玉村 雅敏, 伊関 友伸 (編) 『実践・行政評価―事例、解説、そしてQ&A』
 小松 秀樹 『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』
 真野 俊樹 『入門 医療経済学―「いのち」と効率の両立を求めて』
 西村 周三, 田中 滋, 遠藤 久夫 『医療経済学の基礎理論と論点 講座 医療経済・政策学』
 兪 炳匡 『「改革」のための医療経済学』 2006年12月05日


■ 百夜百マンガ

気まぐれコンセプト クロニクル【気まぐれコンセプト クロニクル 】

 80年代から四半世紀の間、合コンネタと下ネタを繰り返し再生産する間に、その時々の流行りものを織り交ぜてきた作品です。白クマ広告社の営業はラップがなければ勤まりません。

2007年12月11日 (火)

自治体倒産時代

■ 書籍情報

自治体倒産時代   【自治体倒産時代】(#1055)

  樺嶋 秀吉
  価格: ¥840 (税込)
  講談社(2007/9/21)

 本書は、夕張市の財政再建団体転落をきっかけに、国民の関心が集まっている自治体の財政問題に関して、「住民の自治能力」、すなわち「主権者である住民一人一人が自治に関わっていく能力」である「住民力」が試される時代がやってきたことを、夕張牛をはじめ全国の自治体財政を取り巻くさまざまな状況を報告しながら論じているものです。
 第1章「ルポ・夕張市――財政破綻の町を歩く」では、「在職し続けても、ただ働きのような状態になる」退職金カットを怖れて、「あたかも、沈み行く泥船から逃げ出すように」、夕張市の職員があわただしく退職していった様子を述べています。
 また、「これからの夕張再生を考える上で欠かすことのできない」キーマンとして、
(1)経営破たんした三セク施設の運営を引き受けている夕張リゾートの西田吏利社長
(2)全国ブランドとなった夕張メロンを生産する夕張市農協の長沼誠一組合長
の2人の話を紹介し、「結局のところ、夕張を本当の意味で変えていけるのは、こうした人たちなのかもしれない」と述べています。
 第2章「どこでもなりうる『第二の夕張市』」では、2006年度の地方債の協議制への移行に伴ない、新たに導入された、「自治体財政に占める借金返済の割合」を示す指標である「実質公債費比率」について解説し、この比率が、33.3%と、起債制限比率(11.1%)の3倍になった長野県王滝村を取り上げ、20077年6月に成立した自治体財政健全化法によって、「住民の目に触れていない『隠れ借金』が今後、次々とあぶりだされてくるだろう。自治体の借金の全体像が明らかになったとき、王滝村のような住民の反乱が各地で起きることは間違いない」と述べています。
 また、自治体財政悪化の背景にある、1990年代の地方単独事業について、「その事業費を捻出するために利用を推奨」された「地域総合整備事業債」(地総債)を挙げ、「どの事業にどの種類の地方債が使えるかを図表・写真をふんだんに使って百数十ページにわたって説明」した『地方単独事業事例集』が、「市町村長さんと議員さんの知恵袋」と題した「隠れたベストセラー」になっていたことを紹介しています。そして、「全国の自治体はこの地総債を使って文化施設や運動施設といったハコモノを競うように建てた」と述べ、保守王国の群馬県では65の市町村で防災関係以外で469の事業が行われ、なかでも、「福田、中曽根両元首相が激しい地盤争いをしたことで知られる衆議院旧群馬3区の大票田・高崎市(合併前)」では、25もの事業が行われたと述べています。
 著者は、「結局のところ、自治体の借金を強いて地方単独事業を行わせた国の政策は、地域間の所得格差を一時的に解消したものの、地域経済を根本的に活性化させることはできなかった。しかも、その借金の返済が終わらないうちに、小泉純一郎内閣が三位一体改革として地方交付税の削減を行なった」ため、「財政力の弱い自治体がその衝撃をもろに受け、財政悪化が一気に進んだ」と述べています。
 第3章「破綻を回避する『もう一つ』の選択肢」では、全国に先駆けて、「市町村合併をしない宣言」をした福島県矢祭町の「もったいない図書館」の取り組みや、2003年2月に、自立を模索する46人の首長と600人以上の自治体関係者を集めて、「小さくても輝く自治体フォーラム」を開いた長野県栄村の「田直し」事業などを取り上げています。
 そして、栄村の高橋村長が、財政上の数字以上に、「コミュニティの再生」を重視し、今は、「役場が集落でなく、住民一人ひとりを対象に行政をしている」行政をしているので、「行政体である役場が合併によって遠くへ行ってしまうと、集落はたちまち崩壊してしまう」が、「逆に、コミュニティがしっかりすれば、合併しようがしまいが、頑張っていける」、「村としての自立以前の『集落の自立』ということを考えている」と語っていることを紹介しています。
 第4章「平成の大合併で住民サービスは変化したか」では、合併特例債という「アメ」がばら蒔かれた結果、「基盤整備を名目に各地で『合併バブル』と呼ばれるほどのハコモノ建設が行なわれ」たことを紹介した上で、「合併を期に住民サービスの充実に取り組んだ」市町村は全体の約77%に過ぎず、その内容も、「住民の暮らしが飛躍的によくなったと感じられるものは少ない」と指摘し、「平成の大合併が住民生活にもたらしたメリットはこの程度のものかと失望してしまう」と述べています。そして、「将来的には合併特例債の返済や地方交付税の削減などが自治体財政を圧迫していくことは必至であり、住民サービスの低下や住民負担の増加が懸念される」と述べています。
 また、過疎化に悩む地方の自治体が熱心に取り組んでいる「IJU(移住)ターン」と呼ばれる都市住民の呼び込み策について、「自治体が移住策を進める一番の狙いは、その経済波及効果にある」と述べ、「地域が輝いていたことを知っている最後の世代でもある団塊世代には、都会で学んだ技術、経験、ノウハウ、それに年金と退職金をもって、過疎化、高齢化、都市間格差などたくさんの問題を抱えているふるさとへ帰り、もう一度地域から日本を変えてほしい」というふるさと回帰支援センターの高橋公氏の言葉を紹介しています。
 第5章「住民にやさしい自治体」では、豊かな財政力に支えられている大都市部も、将来には「老齢人口の増加」という大きな不安を抱えていると延べ、「首都圏の自治体が若い世代の流入を促進するために優遇措置を講じる背景には、こうした問題もあることを忘れてはならない」と述べています。
 第6章「やっぱい『最後の頼み』は核マネー」では、高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設地の選定をめぐる全国の動きを紹介した上で、「核マネーは、一度はまると抜け出せない麻薬のようなものでもある」と述べています。
 第7章「自治体倒産時代に備える」では、夕張市の一時借入金を用いた不適切な会計操作について、「実質的な赤字として露見しにくかったが、さまざまな決算資料を目にすることができた市議らに気づけなかったはずはない。気づいたのに放置していたのであれば市民に対する背信行為であり、気づかなかったのであれば職責の放棄と言っていい」と指摘し、「いったい、夕張市の議員は何をしてきたのか」と述べています。そして、「決算委員会でも分厚い決算書を渡されてべらべらっと説明が進む。質問なんてできないのさ。土地公社やら三セクやらゴチャゴチャだった」という元・現議員のホンネを紹介しています。
 また、官製談合の悪弊の原因として、首長選挙のあり方を指摘し、前ニセコ町長の逢坂誠二氏が、当選が有力視された北海道知事選への出馬を土壇場で辞退した理由として、「当選した後の政治的な色合いが、お金を出した方に縛られるのは当然のこと。2年経ち、3年経ち、そろそろ任期も終わりが近いというときに、そのことが色濃く出てくる」と、著者が代表理事を務めていたNPO法人コラボ主催のシンポジウムの講演で語っていたことを紹介し、「選挙に潜む恐ろしさを垣間見た思いがしたものだ」と語っています。
 さらに、地方議会の機能麻痺の改善が見込めないのであれば、「将来的には別の形の自治体運営を考えることも必要になってくる」として、「議会から業務を委任された支配人が専門家として自治体の『経営』にあたる『シティ・マネジャー制』の導入が本格的に検討されてもいいのではないか」と述べています。
 最後に、2007年に成立した「自治体財政健全化法」について、自治体の財政状況を把握するために、
・実質赤字比率
・実質公債費比率
・連結実質赤字比率
・将来負担比率
の4つの指標により、「政府が政令で定める基準をクリアできない場合は、まず第1段階として財政健全か計画の策定が義務づけられて自主的な改善をめざし、それでも財政状況が好転しない場合は第二段階として財政再生団体となる」ものであると解説しています。
 本書は、夕張の財政破綻で現実のものとなった「自治体倒産」の姿を、専門家向けではなく、わかりやすく解説している一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、「ジャーナリスト」と肩書きにあるように、元新聞記者で、決して財政の専門家ではありませんが、それゆえに、本来は専門家であるはずの行政関係者でもなかなか理解できない複雑な地方財政の仕組みを、一般読者向けに分かり易く橋渡しをして解説しているのではないかと思います。
 一方で、本書の内容は、オリジナリティという点では弱く、新聞や雑誌で集められるような内容が中心となったことや、「夕張ショック」の衝撃も一段落し、対策もまとまった頃に出されたものであることから、派手なタイトルと比してインパクトは弱いところがあります。
 しかし、対策がある程度でたところでまとめたことで、消化しやすくなったことは事実ではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「夕張ショック」の全体像を俯瞰したい人。


■ 関連しそうな本

 樺嶋 秀吉 『採点!47都道府県政』
 樺嶋 秀吉 『知事の仕事―一票が地域と政治を変える』
 樺嶋 秀吉 『日本全国発 知って呆れるチホウ自治ニュース』
 鷲田 小彌太 『夕張問題』 2007年12月05日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 日本経済新聞社 『地方崩壊再生の道はあるか』 2007年10月09日


■ 百夜百マンガ

反逆ののろし【反逆ののろし 】

 作者は誰に対して「反逆」ののろしを上げたのでしょうか。ゴールデン・ラッキーのリベンジなのでしょうか。

2007年12月10日 (月)

MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て

■ 書籍情報

MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方   【MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方】(#1054)

  ヘンリー・ミンツバーグ (著), 池村 千秋 (翻訳)
  価格: ¥2,940 (税込)
  日経BP社(2006/7/20)

 本書は、「マネジメント教育と(そこに映し出される)マネジメントそのもの」をテーマとしたものです。著者は、「マネジメント」教育の問題点として、「それが実際にはビジネス教育と化しており、マネジメントのイメージを歪めていること」を挙げ、「マネジメントとは本来、『クラフト(=経験)』『アート(=直感)』『サイエンス(=分析)』の3つを適度にブレンドしたものでなくてはならない」と述べ、必要なのは、「バランス感覚のある献身的な人材。言ってみれば『関与型』のマネジメントをおこなえる人物だ」と述べています。
 そして、アメリカだけでも、10年で100万人近くのMBA取得者が送り出され、「その大半は、顧客や従業員、製品や工程に関する現場の知識をろくに持っていない」のに、「そういう知識を実際に持っている人たちを管理することが期待されている」と指摘し、「従来型のMBAプログラムはマネジメント教育のコースだと思われているが、実際には、間違った人間を間違った方法で訓練し、間違った結果を生んでいる」述べています。
 第1章「間違った人間」では、「マネジメント経験のない人にマネジメントを教えるのは、他の人間にあったことのない人に心理学を教えるようなものだ」と述べています。
 また、「学ぶ時期が早すぎるだけ」ではないかという意見に対して、
(1)時期尚早だと、正しい人物までも正しくなくなる。
(2)MBAはその性格上、間違った人間を多くひきつけてしまう。
の2点を挙げています。
 第2章「間違った方法」では、「MBA教育は、マネジャーの育成に成功していないばかりか、学生のマネジメント間を歪めている。そして、間違ったマネジメント間を持った卒業生が世に出て実務に就く結果、組織や社会の土台が蝕まれている」と指摘しています。
 そして、「今日の典型的なビジネススクールは、統合ではなく専門分野への特化、マネジメントの実務より業務機能に関心がある」ことを指摘しています。
 また、ハーバードで行なわれているケースメソッドという教育方法が、ロースクールで生まれたものであり、「法律家の仕事にそもそもシミュレーション的性格がある以上、それを教室でシミュレーションすることは十分に合理性があるように見える」一方で、「マネジメントは、弁護士業とはかなり違う」、「論理的な結論を導き、他人を説得することは、確かにマネジメントの重要な側面」であり、そうしたスキルを養う上ではケースメソッドは役に立つが、「マネジャーは、物事を感じ取り、複雑な現象を解きほぐし、情報を掘り起こし、地中深く探求しなくてはならない」のであり、「ケーススタディが再現し、結果として奨励しているのは、今日のマネジメントをしばしば蝕んでいる問題そのものなのかもしれない」と指摘しています。
 そして、ハーバードとスタンフォードのビジネススクールのアプローチは、「実は極めてよく似ている」と述べ、「どちらも、学生は『マネジメント』の経験をほとんど、もしくは全くもっていないのに、マネジャーとしての訓練を受けることになっている」点を指摘しています。
 第3章「間違った結果(1)――教育プロセスの腐敗」では、MBAプログラムの弊害が、「MBAの課程を終えてマネジャーになる人たちに及ぶだけ」ではなく、「その人たちがマネジメントする組織、さらにはそうした組織によって形成される社会にも悪影響は及ぶ」と述べています。
 また、卒業生がMBA教育の長所としてよく口にする「自信」という言葉について、「自信-能力=傲慢」という数式を示し、「能力なき自身は傲慢さを生む。もしかすると、MBA取得者の名だたる傲慢さは、弱さの現われなのかもしれない」と指摘しています。 著者は、「MBA教育の目的は、就職や給料、係員月駐車場ではない。ビジネススクールの任務は、学生の教育、すなわちマネジメントの実務を改善できる思慮深い人材を多く輩出することのはずだ」と述べています。
 第5章「間違った結果(2)――マネジメント実務の腐敗」では、ビジネススクールが、「高価な人材派遣会社」や「単なる就職斡旋所」と化しているという言葉を紹介したうえで、「MBAプログラムには、忍耐心がなく、攻撃的で、独善的な傭兵型の性格の持主があまりに大勢集まってくる。そしてビジネススクールは、社会で影響力をもつ地位に向かう追い越し車線に、この人たちを送り出す」と述べ、MBAの卒業生が、「組織の上に立って『収益』を操作し、『株主価値』を高めるべく『ダウンサイジング』を行なうことばかりにご執心になってしまう」ことは、「リーダーシップなきマネジメントといわざるを得ない」と述べています。
 また、MBA教育がバランスを失しているとして、
(1)クラフトがすっかり抜け落ちている。
(2)MBA教育はアートの面でも弱い。
の2点を挙げています。
 著者は、「MBAは大勢の不適切な人材にあまりに大きな優位を与えているのではないか。マネジャーの評価は仕事で決まるべきだ。学んだ学校の名前によって昇進が加速することなどあってはならない」と述べています。
 第5章「間違った結果(3)――既存の組織の腐敗」では、「『探検』と『開拓』という二つの概念を取り上げ、MBAプログラムで学んだマネジャーがいかに両者のバランスを崩してしまうか」を論じています。
 著者は、「MBAは新しい時代の『官僚』」である、「ビジネススクールで教わったことを額面どおりに受け取ると、MBA取得者は『官僚』になる」と述べ、「官僚」という言葉が持つ侮辱的な意味と学術的な意味の「両方の意味でこの言葉を使っている」と述べています。そして、侮蔑的な意味では、マンガ『ディルバート』の上司のようなMBA取得者があまりに多いこと、学術的な意味では、古典的な官僚主義の特徴が「形式化と集権化」であることを挙げた上で、「MBAプログラム(とその卒業生)はこの両方の性格に拍車をかけている」と指摘しています。「形式化によって人間の行動をコントロールしよう」というのが、古典的官僚主義の中核をなす指導原理であり、そのツールである、「計画、システム、業績評価」は、「すべてMBA教育で強調されているものであり、MBA資格を持つマネジャーたちにも好まれる」と指摘しています。
 第6章「間違った結果(4)――社会制度の腐敗」では、「アカデミックな学位を持つ人間が実務経験を持つ人たちの上に君臨するという社会の二層構造を許していいのか」と述べ、「リーダーの選考はその人の能力を基準に行われるべきであり、学位や経歴、ましてやアウトサイダーに好印象を与える能力によって判断されてはいけないのではないのか」と述べています。
 また、最近脚光を浴びている「ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)」について、「その実態は、旧態依然の企業型価値観の看板を架け替えただけにすぎない」と指摘し、「行政はビジネスではない。それをあたかもビジネスのように扱えば、行政の品位を落としてしまう」と述べ、「その性格上、政治や行政の目的は曖昧で矛盾に満ちている。政治に関わるファクターは入り組んでいて、コストはともかく利益は計算するのが難しい。政治をビジネスのように扱い、そこにビジネス教育を入り込ませるのは理にかなわない」と指摘しています。
 著者は、MBAが、「これまで指摘してきた問題に加えて、ビジネスの世界以外では何の役にも立たないお荷物を社会に大量に持ち込んでいるのだ。どんな組織でもマネジメントできると思い込んでいる自信満々のMBA卒業生は、社会の脅威以外の何物でもない」と述べています。そして、1968年にハーバードでMBAを取得したマーティン・ソレルが、「私たちは温室の中にいた。1日に3つのケーススタディーを行い、企業の会長やCEOがどういう理由でいかに振舞うべきかを学んだ。その結果、自分たちは何でもできて、世界を支配できると思うようになった」と語っていることを紹介し、ソレルと同窓のOBの一人が、ワシントンDCの「白い建物」で「それを実践している」と述べています。
 第7章「新しいMBA?」では、「T型フォード」のように「市場を席巻してどっかり居座る商品やサービス」である「支配的デザイン」について述べ、「数ある支配的デザインの中でも、ビジネス教育のMBAプログラムほど『支配的』なものは珍しい」と指摘しています。
 著者は、大学院レベルのMBA教育の方向性として、
(1)MBAの「B(=Business)」の側面、若い人向けの専門的な業務機能の教育
(2)MBAの「A(=Administration)」の側面、現役マネジャー向けのマネジメント教育
の2点を挙げ、この両者は全く異なるアプローチをとると述べています。
 第8章「企業のマネジャー育成」では、「企業のマネジャー育成は、多様性・実用性・表面性が高く、よく考え抜かれた取組みがいろいろなされており、マネジメント教育にとっても参考になる」と述べています。
 また、「マネジメントはセックスと同じような扱いをされている。試行錯誤しながら学んでいくしかないのが現実だ」と述べた上で、「それでも、マネジャーが泳ぐのを助けることはできる」として、
・OJT(オンザジョブトレーニング)
・コース
・アクションラーニング
・企業内大学
の4つの方法を紹介しています。
 さらに、本章の議論の大部分は、「日本とアメリカのマネジャー育成方法の違いに集約できる」として、「この2つの国のマネジャー育成方法は対極をなしているように見える」と述べています。そして、「マネジャー育成方法の中には、経験と仕事を重んじるものもあれば、教育と個人を重んじるものもあるし、結果と会社を重んじるものもある。そのそれぞれに長所と短所がある。一番いいのは、このすべてを統合した取組みだ」と述べています。
 第9章「マネジメント教育の構築」では、マネジメント教育の「定石」として、
・定石1「マネジメント教育の対象は、現役マネジャーに限定すべきである」
・定石2「教室では、マネジャーの経験を活用すべきである」
・定石3「優れた理論は、マネジャーが自分の経験を理解するのに役立つ」
・定石4「理論に照らして経験をじっくり振り返ることが学習の中核をなす」
・定石5「コンピテンシーの共有は、マネジャーの仕事への意識を高める」
・定石6「教室での省察だけでなく、組織に対する影響からも学ぶべきである」
・定石7「以上のすべてを経験に基づく省察のプロセスに織り込むべきである」
・定石8「カリキュラムの設計、指導は、柔軟なファシリテーション方に変える」
の8点を掲げています。
 第10章「マネジャーの育成(1)――IMPMプログラム」では、「有能なマネジャーを育てるだけでよしとせず、聡明な人間――思慮深く、世間を知っていて、魅力的な人物――を育てるプログラムをつくろうと考え」、カナダ、イギリス、フランス、インド、日本の仲間と「IMPM(国際マネジメント実務修士課程)」を発足させたことを語っています。
 また、マネジメントの実践において、「5つのものの見方を組み合わせる必要がある」として、
・自己のマネジメント=省察のマインドセット
・組織のマネジメント=分析のマインドセット
・文脈のマネジメント=世間知のマインドセット
・人間関係のマネジメント=協働のマインドセット
・変革のマネジメント=行動のマインドセット
の5点を挙げています。
 第11章「マネジャーの育成(2)――5つのマインドセット」では、「IMPMが目指してきた」ものが、「5つのユニークな経験を生み出し、それを一つのプログラムに統合すること」だったと語っています。
 第12章「マネジャーの育成(3)――職場における学習」では、「IMPMのもっとも好ましい決断の一つ」として、「希望により修士号を取得できるようにしたこと」を挙げ、最初のうちは、「重要なのは学習であって、学位ではないはずだ」と思い、「複雑な気持ちだった」と語っています。
 そして、「MBA]という言葉が、「分析テクニックを偏重し、個別の文脈を無視して一般的・抽象的な教育を行い、雇用市場で市場価値の高い人材を輩出しているかのような印象を与えてしまう」ものであり、「これらはいずれも、私たちが打ち破りたいと考えているもの」だったことから、「マネジメント実務修士課程(MPM)」という名称であることを語っています。
 第13章「マネジャーの育成(4)――学習のインパクト」では、インパクトには、
・行動を通じたインパクト:何らかの方法で組織を改善するという形での影響
・教育を通じたインパクト:プログラムの参加者が学んだことを同僚に伝える
の2種類があることを述べた上で、IMPMでは、参加企業と協力することで、環境を変える変革を目指していると述べています。
 第15章「本物のマネジメントスクールをつくる」では、マネジメント/ビジネススクールは、「MBAプログラムを解体して3種類のプログラムに再編すべき」として、
・「B」のビジネスを学ぶプログラム
・「A」のアドミニストレーション(管理)を学ぶプログラム
・「M」のマスター(学問研究)のためのプログラム
の3種類を挙げています。
 著者は、、「いま存在するスクールは、あくまでもビジネスの学校であり、マネジメントの要素は乏しい」ことを指摘した上で、「マネジメントに真剣に取り組むスクールがたくさん登場すること」を願い、「もし仮に学部長を務めることがあれば、世界で一番のビジネススクールを作りたいとは思わない。世界で最初の上質なマネジメントスクールをつくることを目指すだろう」と語っています。
 本書は、今日の社会におけるMBA教育のあり方を考える上で、賛否に関わらず、必読の一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 MBAを取ったからといって直ちに経営幹部になれるわけがない、というのは日本企業では普通なのですが、アメリカではそうではないようで、だからこそ、日本企業から派遣されてMBAを取得した社員が帰国後に退職してしまうのかもしれません。
 日本の公務員でも役所丸抱えでMBAをとるために留学するケースがありますが、やはり帰国後に退職してしまうケースは少なくありません。そもそも何のために派遣しているのか、検討しなおす必要があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・MBAは2年間で「経営者として仕上げられてくる」と思っている人。


■ 関連しそうな本

 ヘンリー ミンツバーグ (著), 奥村 哲史, 須貝 栄 (翻訳) 『マネジャーの仕事』
 ヘンリー ミンツバーグ (著), 中村 元一 , 黒田 哲彦, 小高 照男 (翻訳) 『戦略計画 創造的破壊の時代』 2006年01月16日
 ンリー・ミンツバーグ (著), DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー編集部 (編集) 『H. ミンツバーグ経営論』 2007年05月09日
 山田 英夫 『ビジネス版 悪魔の辞典』 2005年09月24日
 溝上 憲文 『隣りの成果主義』 2006年01月20日
 ヘンリー ミンツバーグ, ジョセフ ランペル, ブルース アルストランド (著), 斎藤 嘉則, 奥沢 朋美, 木村 充, 山口 あけも(翻訳) 『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』 2005年02月15日


■ 百夜百マンガ

ROOKIES【ROOKIES 】

 ボクシングの次は野球なのかという感じですが、それを読ませてしまう構成力はさすがなのです。

2007年12月 9日 (日)

ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝

■ 書籍情報

ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝   【ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝】(#1053)

  松岡 正剛
  価格: ¥1680 (税込)
  求龍堂(2007/06)

 本書は、ウェブサイト「松岡正剛の千夜千冊」をもとに、すべて並べ替え、「半分ほど文章に手を入れ、ヘッドラインなどもつけて」仕上がった全集『松岡正剛 千夜千冊』の「いくつかの特徴を語りおろしてみたもの」であり、「全集が入手できていない読者のための、未知の世界への書物案内」です。著者は、「あとがき」で、全集はとても分厚く、入手には10万円近くかかるので、「せめて本書によってそのアウトラインを高速ツーリングしていただきたい。題して『ちょっと本気な虎の巻』。全集を第1巻から順に俯瞰できるようになっています」と語っています。また、「いったい読書によって何を経験したのかと問われてみると、案外わかりにくい印象がある」のは、「読書しているという行為がどういうことをしているのか、さっぱりわかっていない」からであると述べた上で、読書は「著者と読者の相互編集であり、著者と読者と版元とブックデザイナーたちとの相互編集」であること、すなわち、「読書行為そのものは一人が体験していることが多いけれど、そこで起こっていることはもっと相互的であり、多層的なのではないか」ということを感得したと語っています。
 序「『千夜千冊』の誕生」では、「そんなに本って読めるものですか」との質問に対し、「そもそも本はリセプタクル(容器)であって、ヴィークル(乗物)なんです。本には古代でも宇宙でもシェイクスピアでもラーメンでも何でも入るし、どこにでも行ける。それはいつ行ったっていいんです。乗船自由」と答えています。そして、「本はどんな情報も知識も食べつくす貪欲な怪物であり、どんな出来事も意外性も入れられる無限の容器であり、どんな遠い場所にも連れて行ってくれる魔法の絨毯なのです」と語っています。
 また、書物とのつきあいかたについて、「本を読むとは、その本を通して未知の世界や未知の人間に接触したということ。また、その本の書き手やその本の写真家の思索や感覚といっとき交わったということです。読書は交際なんです。行きずりの恋かもしれないし、一期一会の出会いだったかもしれない。そういうことを、ぼくは『かけがいのないもの』だと見ているんです」と語り、だからこそ「読んだ本についてもちょっとお返しをしたい」と語っています。そして、つまらない本は無理に読む必要はなく、「世の中にいろいろな人物がいるぶん、書物にもいろんな個性がある」、「書物は共感を起こすとともに、われわれへの背信でもあるのです」と語っています。
 さらに、本の読み方については、「絶対に再読すること。これは絶必。そこに読書の醍醐味がいくらでもひそんでいますね」と述べ、初読と再読では見え方が違ってくることを解説しています。そして、「本をノートにする」ことが「極意のひとつ」であるとして、「もともと一冊の本は一冊のノートなんですよ。著者がそこに最初に書き込んだノートです。そこにぼくがマーキングを加えながらまた書き込んでいく。それがぼくの読書法のひとつです」と語っています。
 この他、全集の中で一番分厚い第7巻<男と女の資本主義>は、「東京中の製本屋の、どの製本機械にもはまらなかった」というエピソードを紹介しています。
 第1章「遠くからとどく声―少年少女のころの本がセピア色にいまよみがえる」(第1巻)では、巻名について、「ふだんは忘れているような世界のどこかから、名状しがたい『ささやき』や『ざわめき』が聞こえてくるというような意味」であると述べ、構成的には、
(1)少年少女がかつて出会ったであろう本。
(2)そういう世界を、のちに作家たちが新しい感覚や新しい表現にしていったもの。いわば大人になって聞こえてきた遠い声。
(3)その作品の世界そのものが遠くの世界になっていて、ハイパー・ノスタルジアともいうべきものを感じさせる作品。
の3つのグループがあると語っています。
 そして、犀星を例に挙げ、「読書では、このように著者の異様な目に出会うこともとても大事なんです。そこでギョッとしたい。わかったフリをするのが一番つまらない読書法。読書はね、脱帽したり、投げ飛ばされるのがいいんです」と語っています。また、近代文学の名作には、「人間の精神のこわさをどう描いたか」があり、「これらは人間の精神の深さをあからさまに描いているんだけれど、それにもかかわらず心理描写が一行もない」ことを指摘しています。
 第2章「猫と量子が見ている―カンブリア紀からホーキングまで、『読書する科学』をひもといていく」(第2巻)では、「読書する科学」について、「理系の人が歴史小説やマンガに夢中になるのと同じ。書物を通して科学や科学者の考え方に興味をもった」と解説しています。
 また、「科学には大きくは2つの方向」があるとして、
(1)宇宙や物質の究極像を求めている
(2)できるだけいろいろの現象をたくさん集めてそこに共通した特徴を発見する
の2点を挙げ、「科学史ではこの二つがかわりばんこにおこっている」と語っています。
 さらに、「数学的な考え方」のすばらしさとして、「なんだか急に自由になっていくところがある」ことを挙げ、「数学的自由」、すなわち、「数学こそ思考を自由にしてくれる」という言葉を思いついたと語っています。
 第3章「脳と心の編集学校―本は記憶と再生のための編集装置である」(第3巻)では、著者にとって最大のキーワードである「編集」について、「ぼくの研究や仕事は『編集とはなんだろうか』ということを考え、それをひとつひとつ実践に移し、その応用を試みることです。そのために人間の意識や文化の歴史やメディアの将来にとって、編集とは何だろうかということを研究や仕事にしてきたんです」と語っています。
 また、「言語というのはどのような文化を築いてきたのか、『書かれた言葉』が『意味』として読めるとはどういうことなのか」という問題に関して、
(1)活版印刷が発達する以前、世界中の人々はすべからく本を声を出して"音読"していた。
(2)本を目で読む"も口説く"が広まるにつれて、意識の奥のどこかに今ではまとめて『無意識』と呼ばれている領域のようなものがだんだんできあがってしまった。
という仮説を紹介した上で、「どんどんこういう社会の拡張が加速している以上は、現在のわれわれはどのようなことを『言葉』や『テクスト』に感じるべきか。もう一度根本的に考えなおしたほうがいい」と語っています。
 そして、「読書を通して知覚したり摂取している『知の方法』を、もっともっと自覚的に交し合うべきではないか」と述べ、「実は読書って編集なんですよ。編集しながら本を読むんです。ぼくはそう確信しています」と語り、「個々のテクストの間をまたいで読む」という「間テクスト性(インターテクスチュアリティ)」に注目すべき、すなわち、「本は一冊では閉じてはいない」と述べ、そのことをヴィジュアルに表現するための、「コンピュータ・ネットワークの中に入った『書物の知密都市』」である「図書街」プロジェクトについて解説しています。
 第4章「神の戦争・仏法の鬼―ドストエフスキーとフロイトが投げかけた謎」(第4巻)では、「世界観がどのようにダイナミックの変遷してきたか」を濃厚に追えるようになっており、序文で、「世界は約定と逆上の歴史である。神と王と仏と鬼の相克である。それはオデュセイアーの記憶を持った魔の山であって、ゴドーの門とカフカの城を待つ浄土と千年王国なのである云々」と記したことを語っています。
 また、「間テクスト性」(インターテクスチュアリティ)について、「どんなテクストも、それ以前の無数の文化の中心からやってきた引用の織物」であると述べ、「この見方は、ぼくの編集的世界観にとてもよく近似しますし、また、ぼくが実践して行きたい読書という方法にひそむ『本来の読み方』にも密接に関係してくる」、「本を読むとは、結局さまざまに世界を間テクスト的に読むということなんです」と語っています。
 第5章「日本イデオロギーの森―この国の奥を見るために、七つの読書モデルをつかってみる」(第5章)では、「セイゴオ流読書法」の入門篇として、「Aの方法、Bの方法、Cの方法という3つがある」と述べています。まず、「ビタミンA読書法」は、本ごとにコンディションによって読み方を変える方法。次に、「ビタミンB読書法」は、「本を食べるように読んだり、本をワインのように嗜んだり、本を百メートルを走るアスリートのように疾駆するというふうに、読書そのものをさまざまな生活や趣味のモードに照応させるように読むという方法」であると解説した上で、「読書はリラックスするときも、忙しいときも、悲しいときも、つかれきっているときもすべてがチャンスなんです」と語り、AとBは、「環境条件や活動条件とつなげて、そこでフィードバックしてくる感じを本を読む方法にしていくということ」であると解説しています。
 また、著者がたくさんの本を読んでいるりゆうとして、「日々の活動のいろんな場面との関係を本たちが受け持ってくれるようにしてあるからです。ぼくが何かをしたい感じになっていること、ぼくが本を選ぶこと、ぼくがその本を読むことがいろいろの脈絡で連続的につながっている」と語っています。
 最後の「ビタミンC読書法」については、「中身をどう読むか」であり、ここに「読中(どくちゅう)モデル」というべき読書モデルがあり、「アタマの中にいくつもの読書モデルを棲息させて」おき、「そのモデルとの間でさまざまな情報交換をしながら読んでいくという方法」であると語っています。そして、読書モデルとして、
・暗号解読型の本にはその裏に典型的なモデルが潜んでいる。
・世の中の伝承には、「典型(ステレオタイプ)」、「類型(プロトタイプ)」、「原型(アーキタイプ)」の3つの「型」がある。
・目次読書法:目次をアタマに入れる
・マーキング読書法
・要約的読書法:図解しながら読む
などを示しています。そして、「そもそも読書するとはどういうことかというと、要約するということなんです」、「そもそもニュースや会話もダイジェストなんです。要約なんです。つまりようやくは編集の基本中の基本の作業なんですね」と語り、『千夜千冊』のうちの600冊くらいは、「すべて要約編集を駆使している」と述べています。
 第6章「茶碗とピアノと山水屏風―古今東西のアーティストごとに本を読む」(第6巻)では、「構成にはけっこう苦労した。でもぼくの好みが一番よく反映した一巻になっている」と語り、巻末の「あとがき」には、「数寄の芸風の一巻」と書いたと述べています。
 また、「目を鍛える」には、「たくさん見るしかない」が、「専門家や苦労との言うことをあまり聞かないほうがいい。自分で見抜けるまでとことん見ること」だと語っています。
 さらに、日本の近現代思想史が、「概してはおそろしく貧しいもの」であり、「その時代のメインアートや民衆の芸能やマイナーアートを見ていない。そのため日本の歴史的現在に関する歴史感覚が鍛えられていない」と語り、「わかりやすくいえば二・二六の青年将校が聴いていた歌謡曲や小唄など、知識人にはまったく勘定に入っていない」と述べています。
 第7章「男と女の資本主義―貫一お宮からディートリッヒまで・フェミニズムからネット市場まで」(第7巻)では、本文が1500ページ、索引が100ページになってしまったために、「最初は東京中の製本屋さんのどこにもかからないほどだった」と語っています。
 また、フローベールの『ボヴァリー夫人』や、モーパッサンの『女の一生』、トルストイの『アンナ・カレーニナ』に共通するものとして、「社会においては理想と欲望が全く一致しえないということを描いた」物であると述べています。さらに、「一番身につまされた本」として、大原富枝の『婉という女」を挙げています。
 本書は、本書を人生の友にしたい人にとっては、最良のガイドブックになりうる一冊です。


■ 個人的な視点から

 松岡氏の「千夜千冊」にあやかって「百夜百冊」を名乗らせていただきましたが、さすがに本家は質・量ともに圧倒されます。
 その全集『千夜千冊』の「虎の巻」として企画されたのが本書ですが、著者の読書術の一端を窺い知ることができるのが嬉しい一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・千冊の本をネットワークにしてみたい人。


■ 関連しそうな本

 松岡正剛 『松岡正剛千夜千冊(8冊セット)』
 松岡 正剛 『フラジャイル―弱さからの出発』 2005年11月23日
 松岡 正剛 『知の編集工学』 2007年11月25日
 松岡 正剛 『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 2007年06月09日
 松岡 正剛 『花鳥風月の科学』
 金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日


■ 百夜百音

GOLDEN☆BEST【GOLDEN☆BEST】 岩崎宏美 オリジナル盤発売: 2007

 歌謡曲全盛期の名曲です。ライブでこれだけ歌える新人が出てくるあたりは、下手糞なアイドル歌手が目白押しだった80年代より幸せな感じです。

2007年12月 8日 (土)

公職追放―三大政治パージの研究

■ 書籍情報

公職追放―三大政治パージの研究   【公職追放―三大政治パージの研究】(#1052)

  増田 弘
  価格: ¥5040 (税込)
  東京大学出版会(1996/06)

 本書は、「昨今進展著しいわが国の占領史研究の中でほぼ唯一取り残された未開拓の分野」である「公職追放、いわゆるパージ〔purge〕」について、「公職追放の幅広い領域の中でもっとも複雑かつ不透明な追放の実施過程に焦点を当て」、「アメリカ側の豊富な資料、また日米両国における多くの関係者の証言を研究の基軸に据え」、「多角的視点から考察ないし分析し、深層の究明を試み」ているものです。著者は、公職追放研究が例外的に遅延してきた理由として、「追放実施の過程で、日米双方に著しく疑念を生むケースが多かったこと」を挙げ、その背景として、
(1)公職追放者、つまり「好ましくない人物」や「日本の民主化にとって有害と見なされる人物」の定義が極めて難しく、したがって審判側の裁量が追放決定を左右する例が少なくなかったこと。
(2)連合最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)、いわゆるGHQの内部には、ポツダム精神を忠実に履行して日本を民主主義国家へ再生しようとするニューディーラーら理想派と、、米ソ冷戦に対処すべく日本を軍事的同盟国へと導こうとする職業軍人ら現実派との間で鋭い意見の対立があり、それが微妙にパージ問題にも反映したこと。
(3)追放処分が司法的ではなく行政的に実施されたため、GHQ側が日本の内政に関与できたと同様、日本側もGHQという新たな絶対的権力を利用し、追放を自己に有利に適用あるいは運用しようとする悪質かつ陰惨な政争が繰り広げられたこと。
の3点を挙げています。
 序章「公職追放の概要」では、正式には「好ましからざる人物の公職からの除去および排除」(Removal and Exclusion of Undesirable Personnel from Public Office)と呼称される、公職追放について、「日本の非軍事化・民主化を目標としたアメリカの対日占領政策の一翼を担い、戦後日本の変革史に重大な足跡を残した」と述べ、「新憲法や農地改革等が『目的』であったのに対して、それら目的を達成するための『手段』として機能し、かつ絶大な威力を発揮した」と述べています。
 そして、1946年1月4日、GHQが日本政府に「公務従事に適せざる者の公職からの除去に関する覚書」と「政党、政治結社、協会及びその他の団体の廃止に関する覚書」を発出し、「日本の各界では楽観的なムードが強かったため、A項からG項まで幅広い領域の責任者が追放に該当する旨が公表されるや、脛に傷をもつ日本人は震え上がった」と述べています。
 著者は、1946年2月28日の第一次公職資格審査委員会(いわゆる楢橋委員会)以降の公職追放の沿革と、先行研究の概要を紹介した上で、「公職追放の実態はまだまだ解明されていない」と述べ、「GHQが直接追放を指令したいわゆるメモランダム(覚書)・ケースの経緯、『大日本武徳会』の解散が命じられた背景、第二次公職追放令(経済・言論・地方パージ)の法令化過程、公職追放令の終結過程、また訴願と追放解除の審査過程、追放解除の政治的影響など研究課題が山積している」と指摘しています。
 第1章「鳩山一郎の公職追放」では、1946年5月4日に追放された日本自由党総裁鳩山一郎の事例について、石橋湛山、平野力三の追放と並んで、「占領期における三大『政治的』追放として多くの疑惑をはらんだまま今日に至っている」と述べています。
 そして、鳩山自身は、「彼と彼の同士を東條(英樹)内閣から弾圧された被害者という意識で固めていたし、戦前戦中期、全体主義・軍国主義の風潮の中で孤塁を守り通した議会主義者・自由主義者を自負していた以上、自己の追放について終始楽観的であった」と述べています。
 また、鳩山が戦後初の総選挙での勝利のため、「台頭めざましい共産党との対決姿勢を明らかにした」ことが、「連合国側からすれば、鳩山の声明は敗戦国という立場を忘れ、戦前に見られた日本人の傲慢さを顕在化したものと映った」上、総選挙後に樹立される新政権が、新憲法下初の政権を意味するため、鳩山が、「新時代に適合できる人物なのかどうかが問われることとなった」と述べています。
 著者は、鳩山の追放理由について、明らかに「根拠が薄弱」であることを指摘し、「総じてGHQによる鳩山追放は、日本がいまだ敗戦後の政治的、経済的、社会的混乱から脱していない時期、占領軍という勝者がその威信にかけて敗者に下した個別的弾劾事件」であり、「もし日本側が占領の意思に反逆するなら、GHQはその者の追放をも辞さないという、多分に『見せしめ的恐喝』という政治性を伴なっていた」と述べています。そして、「楢橋の陰謀あるいは吉田の策謀によるもの」という世評にないことは明らかであるとして、「あくまで追放の決定権と実施権とはGHQ側の掌中にあり、彼らの役割は限られていた」と指摘しています。
 第2章「石橋湛山の公職追放」では、東洋経済新報者の戦前における言論を根拠に、1947年5月16日付で公職追放に処せられた石橋湛山について、湛山追放の契機が、
(1)1946年6月、第一次吉田内閣の蔵相として入閣した直後、極東委員会のソ連代表が、湛山を含む新閣僚4名の追放を要求し、GHQがそれに応じなかった。
(2)1946年7月、湛山が戦時補償打ち切り問題をめぐり経済科学局(ESS)と衝突した。
(3)湛山の終戦処理費削減要求が、敗戦国の立場をわきまえない反占領軍的姿勢であり、石炭増産政策などの石橋財政が、インフレを意図的に煽る危険な経済財政政策として、GHQばかりでなく第八軍など地方の軍政部から批判を招き、さらに、湛山が自由党内で急速に政治力を増したことが、反占領軍勢力の形成を懸念したGS首脳部による強権発動を招いた。
の三度あったことについて解説しています。
 そして、湛山の財政方針にはケインズ経済学が深く投影され、湛山の財政演説における、「この目的(遊休生産要素を動員し、生産活動を再開せしめる)を遂行するためならばたとえ財政に赤字を生じ、ために通貨の増発をきたしても何ら差支えがない。それどころか、かえってこれこそ真の健全財政であると信じる」との発言が物議を醸したことを紹介しています。さらに重要なこととして、「本物の社会主義者とまではいわないにしても、一種の統制経済の信奉者であり、人為を以て一国の経済の在り方や動きをどうにでもできると考え、彼等が描いた青写真を基にして、平素の持論を日本で実験してみようという野望と熱意に満ちてきた」GHQ内部のニューディーラー達が湛山の積極財政方針を嫌ったことを挙げています。
 また、吉田茂が、「外交官時代に培った経験を存分に活かしながら、時の権力者に面従腹背あるいは権謀術数を駆使して、日本に有利な条件をもたらすべく腐心」したのに対し、「湛山はあくまでも言論人・思想家であり、『至誠天に通ず』との固い信念に基づき、占領軍といえども不正は許さずとの堅固な態度を崩すことはなかった」と述べ、「このような両者の基本的姿勢の相違が、その後のふたりの明暗を分けることになる」と指摘しています。
 さらに、湛山追放の根拠となった、『東洋経済新報』の言論に対する処断が、「事実を歪曲し、きわめて作為に満ちたもの」であり、その本音は、「石橋蔵相は意図的にインフレを更新させ、その経済財政政策は一握りの財界の利益に供している、石橋は占領行政に反しており、その存在を放置できないとの判断」であったと指摘しています。
 また、吉田が湛山追放に際して、動かなかった理由として、
(1)動いても無駄だと思ったため
(2)物臭の性格によるもの
(3)石橋が追放となっても構わないと考えたため
との見解があることについて、「GHQ側の石橋追放の動きを十分承知しつつ、敢えてそれを阻止せず、また石橋側にも知らせることなく、傍観したのかということである」可能性が大きいと述べています。
 著者は、石橋湛山の公職追放を、「本来の公職追放の法的規範外に位置したきわめて不正常な形態として生じたばかりでなく、追放の経緯、結果及び影響いずれの面でも無数の追放事例の中で特筆すべきものであった。要するに、GHQが問題の対象とすべきは政治家湛山であるにもかかわらず、あえて言論人湛山にすり替え、公職追放理由が捏造されたのも、占領行政に対する反逆罪規定を周囲の事情から適用できなかったためであり、湛山への政治的処断を糊塗して表面上正当性を装うための苦肉の策であった」と述べています。
 第3章「平野力三の公職追放」では、平野力三農相の罷免と公職追放について、「鳩山一郎及び石橋湛山の追放とともに三大政治パージとして位置づけられ、この衝撃的事件の内実について多くの著作が論及している」が、「いずれも日本側の見地に依拠するだけでアメリカ側の資料的裏づけがなく、その意味で実証性を欠いていた」ことを指摘し、アメリカ側資料を持って先行著作の空白を埋めると同時に、平野関係者の証言や資料も用いて平野問題の全貌を明らかにするとしています。
 著者は、平野の追放を、「基準に則ってかなり公平かつ機械的に実施されたGHQの追放政策の中できわめて例外的に主夫姿勢自制が濃厚であり、そのため、日本の非軍事化・民主化の礎石と位置づけられた公職追放の歴史に汚点を記すこととなった。つまり、この一件によって、パージ政策全体があたかもGHQ側の気まぐれな政争の道具であるかのようなマイナス・イメージを国民世論に浸透させてしまった」と指摘しています。
 第4章「吉田茂と公職追放」では、吉田とパージ問題のかかわりについて、
(1)吉田は内閣総理大臣在任中、日本側における公職追放の決定ないし実施面の最高責任者の地位にあった。
(2)外務大臣兼任者として、GHQとの渉外機関である終戦連絡中央事務局の総裁を兼任し、これを統括したので、GHQ内部の動向やパージに関わる情報を誰より早く入手でき、また迅速に対応できた。
(3)連合国最高司令官であるマッカーサー元帥と容易に単独会見できる唯一の日本人であり、占領期を通じて、その個人的信頼関係に基づいて、マッカーサーにパージ決定の変更を要請できる唯一の日本人であった。
の3点を挙げています。
 そして、吉田がパージ政策を根本的に否定し、「GHQ側に対しその非を問い、できるならばパージそのものの撤回を求める気持すら抱いていた」が、「徹底してパージに抵抗するとの姿勢」ではなく、「占領軍の政策について、それが日本の実情に合わないときには、はっきり意見を言う。しかしそれでもなお占領軍の言い分どおりに事が決定してしまった場合は、それに従い、時が来てその誤りや行き過ぎを是正することができるようになるのを待つ」というのが、占領軍に対する基本姿勢であり、吉田が官僚生活で培った処世術であったと述べています。
 著者は、「吉田前後の首相ないし外相歴任者と比較しても、彼ほどマッカーサーと個人的関係を築くことに成功した人物はいない。ましてやその関係をパージという高度の政治問題に転嫁し活用できた政治家は存在しない」と述べ、「ここに吉田の卓越した政治的資質が浮き彫りにされるわけであり、吉田こそ、占領期のみならず、戦後の日本を代表する大政治家と高く評価される一因がある」としながらも、パージに関しては、「首相の特権を巧妙に操る陰険な政治家吉田の姿」を導き出すと述べ、「吉田は首相兼外相として、終連総裁として、また審査委員会の統括者として、さらにはマッカーサーからもっとも信頼厚い日本人として、俎上に乗った追放『予定』者を追放『擬似』者として委員会の密室内にしばしとどめ置くことも、逆に追放『決定』者として直ちに公表することも自在であった」と述べています。
 終章「公職追放の歴史的意義」では、公職追放が「しだいに不透明性を帯びていき、ひいては陰湿なものへと変質してしまった」理由として、「公職追放令の形成過程、実施過程、終結過程の各々に問題が所在した」として、
(1)形成過程:公職追放が本質的に強度の政治性を伴なったこと。
(2)実施過程:GHQ内部で追放を所轄したGSが追放を好んで政治的操作に利用したこと。
(3)終結過程:アメリカの対日占領政策の転換に伴なう公職追放政策の変更が問題となった。
の3点を挙げています。
 本書は、今まで日本の研究者が積極的かかわりを持ちたがらなかった公職追放について、アメリカ側の資料をもとに、その歴史的空白を埋めていくことを試みた一冊です。


■ 個人的な視点から

 占領期の政局を見ていく上で、このパージの直接的・間接的影響は欠かすことができません。あたかも「デスノート」のごとく、重要な人物を「消す」ことができるこの公職追放をめぐる、さまざまな駆け引きは60年経ったいまでもスリリングです。

■ どんな人にオススメ?

・占領期のスリリングな政局を追体験したい人。


■ 関連しそうな本

 北 康利 『白洲次郎 占領を背負った男』 2007年04月23日
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 天川 晃 『GHQ日本占領史 (20) 教育』 2007年02月20日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日


■ 百夜百音

五番街のマリーへ【五番街のマリーへ】 ペドロ&カプリシャス オリジナル盤発売: 2002

 バンド・サウンドというと今ではバンドブーム以来の思慮の足りなそうな若者が作りこみの足りない音をかき鳴らしているイメージがありますが、この当時は、曲にしてもサウンドにしても高品質なイメージがあったのかと思うと羨ましいです。

『究極のベスト! ペドロ&カプリシャス』究極のベスト! ペドロ&カプリシャス

2007年12月 7日 (金)

公図の研究

■ 書籍情報

公図の研究   【公図の研究】(#1051)

  藤原 勇喜
  価格: ¥2037 (税込)
  大蔵省印刷局三訂版版 (1997/06)

 本書は、「昭和35年の土地台帳法の廃止により、その法的根拠を失ったが、地図に準ずる図面として依然として重要な機能を営んでいる」、いわゆる「公図」と呼ばれる土地台帳附属地図について、「その基本的な機能、あるいはその限界につき、つぶさに考察を加え、その理解を深めると友に、公図の訂正等を初めとする種々の困難な事例の紹介、その整理、分析を通してその背景にある基本原理を習得することを目的とするものであり、いわば公図の正体とでもいうべきものを浮き彫りにしようとするもの」です。
 第1章「はじめに」では、「公図にまつわる争いは少なくない」理由として、「公図を無条件に信頼することによって思わぬ事態を招くという、いわば公図に対する過度の信頼に起因する場合も決して少なくない」と述べ、「公図というものの性格とか効力などといったものが必ずしもよく知られていないことが一つの原因になっている」と指摘しています。
 第2章「公図とは」では、公図が、「旧土地台帳法施行細則(昭和25年法務府令88号)第2条1項の『登記所には、土地台帳の外に、地図を備える』という規定により、登記所が保管している旧土地台帳法所定の土地台帳附属地図」のことであり、登記簿と台帳の一元化前の土地台帳制度の下において、「土地台帳のほかに土地の区画および地番を明らかにするため」に備えていた旧台帳附属地図を公図と言う、と述べ、さらに、「そのうちの大多数のものは、従来、税務署において租税徴収のための資料として保管していたもの」が、昭和25年の台帳事務の登記所への移管に伴ない、「土地台帳とともに登記所に移されてきたもの」であると述べています。
 この公図は、昭和35年の不動産登記法の一部改正により、旧土地台帳法が廃止されたことで、「その法的根拠を失った」ものの、「なお不動産登記法第17条所定の地図が整備されるまでの暫定的措置として登記所に保管され、土地の異動等に伴なう所要の修正などを加えて一般の閲覧に供されている。すなわち、不動産登記法第17条に規定する地図に準ずる図面として取り扱うこととされている」」ことを解説しています。
 第3章「公図の沿革」では、現在の公図が、「明治6年以降14年までの間になされた地租改正の際に作成された地租改正図(改租図、字切図(あざきりず)、字限図(あざかぎりず)、字図(あざず)などとも略称される)を基礎として作成された字押(じおし)調査図(更正図ともいう)が基本となっているといわれる」と述べ、地租改正図が政府の命により作成されたものであるが、
・短期間に成し遂げられた
・測量技術が未熟であった
・団子絵図(談合図)的なものが多い(一般の野取絵図とも称される)
・一筆の土地の形状が現地と適合せず、あるいは脱落地、重複地などがあり、位置が東西転倒しているものもあったといわれる
・地図作成後異動に係る土地があっても、その書入れをしていない
等の問題があったため、明治18年に「地押調査ノ件」、明治20年に「地図更正ノ件」が定められ、町村に再測させ、「おおむね明治20年から22年の間にかけて地押調査図が作成された」という経緯が解説されています。著者は、この地押調査図について、「当時としては比較的進歩した技術で作成されたもの」であり、「この方法が実行されて作成された地図であるとすれば、ある程度の信頼はおけるものと考えられる」と述べていますが、
・改租図がある程度正確なものである場合には地押調査図を作成しなかった地方もあった。
・山林、原野については補足、目測によることも認められ、見取り図的なものが大半である。
という問題点も指摘しています。
 この地押調査図は、明治22年の土地台帳規則の制定に伴ない、土地台帳附属地図として、正本は税務署に、副本は地元市町村役場に保管され、昭和25年以降は登記所に保管されることになった、という経緯を解説しています。
 著者は、公図の意義について、「境界画定の本質が明治初年に設定された地番と地番の境界を発見あるいは設定することにある(通説)とすれば、公図はその資料として重要な意義を有することになる」と述べています。
 第5章「公図の見方」では、公図が、「測量経験のない村民が、簡易な測量方法によって一筆ごとに地図を作成し、これを基礎として『字限図』すなわち公図を作成し、されに字限図を寄せ集めて『町村図』を作成する仕組みになっていた」ため、「まず大きいものをはかり、それを小さく分けていく」という測量の大原則に逆行するものであり、「現時点で考えれば、この面からも精度は低いものが多いといえる」と述べています。
 また、公図の多くが、「明治の初期又は中期において地租徴収のための資料として作成されたもの」であり、「村民は地租をできるだけ少なくしたいということから、縄のびが行なわれ、現況より小さく作図されているといわれる」と述べ、「そのほとんどのものが現況より小さく作図されているところに特色があるわけである」と述べています。
 第6章「公図の性質」では、土地台帳が、「税金の徴収のための基礎資料ということを中心として作られていたため、田とか畑とかの地目、そして収穫の上で何等級の土地であるか、すなわち上田であるか、中田であるか、下田であるかということ、またそれを金額で表すべき賃貸価格というものが一番の関心事であり、地租の計算の基礎となる地籍と納税者である所有者などの把握が重要視された」ものであり、「各筆の土地がどういう風に隣接しあっているのか、どういう形をしているのかといった点はあまり重要視されなかった」ことを指摘しています。
 第7章「公図の維持・管理」では、現実には、公図と現況が一致しない地域がある理由として、公図作成技術の未熟さのほか、
(1)公図を無視した宅地造成、私設区画整理が行なわれたことによるもの
(2)耕地整理、区画整理が途中で中止されたことによるもの
(3)自作農創設特別措置法による売渡図面に誤りがあったことによるもの
(4)国からの払下げ地図に誤りがあったことによるもの
(5)災害等により現地の境界が不明になったことによるもの
(6)昭和37年の法務省民事局長通達の「なお書」によりを処理を行ったもの
等の要因を挙げています。
 第8章「公図の機能」では、公図が、その沿革的理由から必ずしも精度は高くないが、「単なる私人が作成したものではなく、国が関与して作成したものであり、不動産に関する権利関係を公示する官署である登記所において閲覧の用に供されていることから、不動産登記法17条所定の地図が整備されていない地域においては、各筆の土地の位置、形状、境界線、面積などの概略を明らかにする一応権威ある資料として、現実の不動産取引に際して広く利用されているものということができる」「と述べています。
 第9章「公図と土地の分筆・合筆」では、地番について、「地押調査において、公共用地である道路、井溝、堤、河川のようなものは除き、その他は土地の状況ないし使用状態、すなわち地目が田畑であろうと宅地であろうと、また所有権の如何に関わらず、ある場所に一番とつければ、その隣接地に二番とつけ、また地番の地続きに三番とつけたといわれる」と述べています。
 第11章「公図と地積測量図」では、「地籍」について、「一筆の土地の広さ、すなわち面積のことであり、所在、地番、地目とともに当該土地を特定するための、土地の表示に関する登記事項の一つとされている」と述べ、「隣接所有権者間に境界争いがある場合などにおいては、当該土地の地籍を定めることが出来ない場合もある」と述べています。
 第13章「公図の訂正」では、公図の訂正の種類として、
(1)土地の筆界の誤認
(2)測量の誤り
(3)作図の誤り
の3点を挙げています。
 第14章「公図の役割と今後の課題」では、公図の役割として、
(1)公証力
(2)反証
(3)形成力
の3点を挙げた上で、(1)については、一旦法律上の根拠を喪失したにもかかわらず、「平成5年の不動産登記法の改正によって地図に準ずる図面としての法的位置付けが与えられた」理由として、
(1)公図のほかに資料となるものが少ない。
(2)地域によっては、土地の位置関係はもとより、その形状もほとんどが現地と一致するものも相当多くある。
(3)従来現実の取引において国民の一定の信頼を得、一定の役割を果たした背景として、土地の所有者や境界についての社会的承認関係があるため、ある程度の精度を有する公図で十分機能し得た。
(4)境界確定訴訟においても、一定の役割を果たしている。
の4点を挙げています。
 第15章「地図の整備」では、登記所に備え付けられている地図約550万枚の約半分が、不動産登記法第17条に規定する地図であり、その大部分が、地籍調査による地籍図であると述べ、「今後における地図の整備はこの地籍図を中心に行なわれることになろうが、問題は、この地籍調査事業の進捗率が地域によってかなりの差があり、しかも、都心部もしくはその周辺部の進捗率が低いということである」と述べています。そして、都心部で地籍調査が進まない理由として、
・地権者の協力を得ることが難しいこと
・建築物などの障害物が多く、測量に手間がかかる上、高い地価水準・強い権利意識に対応して高精度の測量が要求されること
などを挙げています。
 第16章「おわりに」では、公図を、「不動産に関する権利変動を公示するための単位を明確にするものであり、分筆・合筆等の場合を除き、それによって土地の位置・筆界が創設されるものではなく、また、それによって所有権の及ぶ範囲が定まるものではない」と述べた上で、「公図に表示された土地の位置関係や形状、広狭等が現地の実際と符合するや否やの判断は公図を利用するものの調査と検討に委ねられるべき性質のものであるということを認識した上で取引に挑むことが期待されるのである」と述べています。
 本書は、不動産取引や用地買収などに携わる人には必読の一冊です。


■ 個人的な視点から

 公図が作られたときには、地租を少なくしたいために「縄のび」を行なって現況よりも小さく作図していたのに、時が下って土地の値段が上がり、特に都市化によって農地が宅地に変わったような地域については、今度はできるだけ大きく書かれていて欲しいように土地所有者の欲求が変わったので公図にまつわる紛争が頻発しているのかもしれません。
 そういえば、学生時代に市街地の土地の境界の基準点の上に棒を立てて測量するバイトをしてました。塀に登ったりしながら、垂直を維持(空気の泡が丸の中に納まるように)しなければならないのが結構大変でした。


■ どんな人にオススメ?

・土地を持っている人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年01月07日
 高久 嶺之介 『近代日本の地域社会と名望家』 2007年06月15日


■ 百夜百マンガ

東京大学物語【東京大学物語 】

 妄想のスピードはどんなコンピュータもかなわないわけですが、ストーリーの展開は無茶苦茶遅かったので途中で読まなくなってしまいました。

2007年12月 6日 (木)

駅名の「謎」―駅名にまつわる不思議な話

■ 書籍情報

駅名の「謎」―駅名にまつわる不思議な話   【駅名の「謎」―駅名にまつわる不思議な話】(#1050)

  所沢 秀樹
  価格: ¥1470 (税込)
  山海堂(2001/05)

 本書は、「ごく平凡な駅名に謎を見出し、いろいろ考察してみよう」としたものです。
 第1章「同名・類似名なんでもござれ」では、よく話題に上る難読駅名として、
・五能線「驫木(とどろき)」駅(青森県)
・山陰本線「特牛(こっとい)」駅(山口県)
を「東西の横綱格」として挙げた上で、「駅名とはなかなか置くが深いものであり、その多くが、地名の奥深さに起因するものにほかならないが、ここまで難解不明な駅名でなくとも、意外と見落としやすい身近に、考えさせられる駅名というのが存在している」として、「大阪阿部野橋」について、
(1)正式な駅名を認識している人がほとんどいないこと
(2)他社の乗換駅は「天王寺」を名乗っていること
(3)地名は「倍」を使った「阿倍野」であること
(4)駅名に「大阪」という広域都市名を関していること
の4点を挙げています。
 また、ライバル会社であった阪神急行電気鉄道と阪神電気鉄道が、戦前に、「沿線のとある神社の縁日のとき、参拝客輸送のため阪神急行電気鉄道は臨時駅を設けて対処したのだが、当時、この地域で電力供給事業も手がけていた阪神電気鉄道は、臨時駅からの参道の街灯をすべて消してしまった」という「子どもの喧嘩」のようなことが多々起こっていたことを紹介しています。
 さらに、駅名を区別している理由で一番多いものとして、「異なった会社の鉄道路線をまたがって利用する乗客の便宜を図るため、会社間で契約を交わし、切符を通しで発売する」という「連絡運輸」を挙げています。
 そして、旧国鉄の駅と私鉄の駅とで駅名の重複を避ける手法として、私鉄側が駅名に社名を冠する方法のほか、
(1)駅名に"新"を冠して区別する
(2)"市"をお尻につけて区別する
(3)位置または方角を表す字を冠して区別する
(4)広域地名あるいは旧国名を冠して区別する
(5)社名を関する駅名の
(6)地域に関係する適当な言葉を加えて区別する
等の手法を紹介しています。
 この同一駅名について、もっとも神経質だったのが旧国鉄であり、駅名は、「旅客・貨物業における運賃算出のための識別コードのような要素も持ち合わせている」ため、それを全国的な視野で管理し、さらに連絡運輸がある私鉄まで眼を光らせておく必要もあったので、「神経を使う度合いは尋常ではない」と述べています。そして、重複を避けるための最も多く用いられた手法として、「地名に旧国名を冠して区別する」という手法を紹介しています。
 第2章「わけありの名前もあるようで」では、徳島線の「府中」駅を「こう」と読ませていることについて、「『ふちゅう』は"不忠"につうじつことから、『こう』と読ませることになった」という説があり、これを実行した者は、「府中は国府のことだから、その国府の読み方の一つである"こう"を"府中"に当てたとしても、大義名分は立つ」と考えたのではないかと述べています。
 また、"遊楽旅行廃止"などのキャッチフレーズが横行していた戦前には、私鉄の多くが、聖地参拝客に支えられていたと述べ、「次いで、遊里などの"性地(?)"参拝客もかなりの貢献度であったようだ。大軌はこちらの参拝客も見逃さなかったようで、自ら遊里を創設したという話もあるぐらいだ。今里新地が、どうもそれらしい」と述べています。
 さらに、関東の関西の違いとして、地名の"谷"を、関東は「や」で、関西は「たに」で読ませることが多いことや、関西圏の私鉄・地下鉄に"口"の字をお尻につけた名称が多いことを挙げ、「榊原温泉口」などは、「関東ならば遠慮なく"榊原温泉"とやってしまうだろう」が、「関西だと、駅からその温泉地まで約3キロも離れているのだから、そんな名称にしようものなら、すぐにいちゃもん騒動となって、鉄道会社に対し『タクシー代を出せ』といった交渉にまで発展しかねない」と述べています。
 第3章「由来をたずねて幾千里」では、旧国名を関した駅名について、第1位の「伊予」が付く駅が26駅存在していることを数え上げたほか、「会津」が付いた22の駅名のうち16駅が只見線に集中していることを指摘しています。
 また、駅名の並びに関しては、北海道石北本線の"白滝シリーズ"と呼ばれる「下白滝―旧白滝―白滝―上白滝―奥白滝」と5駅連続している例や、富良野線の「西御料―西瑞穂―西神楽―西聖和」の4駅連続して「西」が続く例を紹介しています。
 第4章「手を代え名を変え品をかえ」では、駅明改称の要因を、
(1)駅が所在する自治体の市制施行、ならびに市町村合併に伴なう改称
(2)経営する鉄道会社が変わったことによる改称
(3)駅名の重複を避けるための改称
(4)他社との連絡運輸開始に伴なう改称
(5)他の駅と紛らわしい駅名であったことによる改称
(6)駅周辺の観光地のアピール、ならびに、その土地のイメージアップを図るための改称
の6つに分類しています。
 本書は鉄道マニアでなくとも、普段使っている駅名に込められたいろいろな事情を理解させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 知らない土地に行くと、駅名だけでは場所の見当が付かず迷ってしまうことが多々あります。特に、本書で紹介されているように、乗換なのに名前が全く違ったりすると迷子になってしまいます。一方で、東京の地下鉄のように、同じ駅名なのに乗り換えに一駅分くらい歩かされるのも辛いです。


■ どんな人にオススメ?

・地下鉄の乗換で迷子になってしまう人。


■ 関連しそうな本

 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密』 2006年10月4日
 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密〈2〉地下の誕生から「1‐8計画」まで』
 秋庭 俊 『帝都東京・地下の謎86』
 今尾 恵介 『消えた駅名―駅名改称の裏に隠された謎と秘密』
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日


■ 百夜百マンガ

天才ドンベ【天才ドンベ 】

 「ドンベ」という言葉を最近聞かなくなったのは、世の中が平等になったからなのでしょうか。格差が拡大したといわれますが、「ドンベ」の時代には努力ではどうにもならない圧倒的な格差があったような気がします。

2007年12月 5日 (水)

夕張問題

■ 書籍情報

夕張問題   【夕張問題】(#1049)

  鷲田 小彌太
  価格: ¥777 (税込)
  祥伝社(2007/04)

 本書は、2007年3月6日、政府に財政再建計画を認められ、財政再建団体に移行した夕張市について、「政府や道庁あるいはマスコミとは違った視点で、夕張市の固有な歴史にまでさかのぼって考察」し、解答を見出すことを目指したものです。著者は、今回の再建計画を「夕張市財政の救済=健全化策ではあるが、夕張市と住民が抱えているもっとも困難で基本的な問題にほとんど答えていない」と指摘するとともに、調べれば調べるほど、「自治体に共通な要素、役人仕事のいい加減さと無能さと無責任さが判然としてくる」とともに、「他の自治体と比べて桁外れであるということもはっきりしてくる」と述べ、「これほどの杜撰さが数十年にわたってまかり通ったのだという事実、それが夕張の特異性の一つでもある」と述べています。
 第1章「ダイヤ型=心臓の形をし、Y字型に伸びる旧石炭の町・夕張」では、夕張が「衰弱しつつある石炭=心臓」に代わる、新しい心臓である「観光」を移植する手術と行い、「タンコウからカンコウへ」という中田鉄治の「夢」に乗った「多くの商工業者をはじめとする夕張市民がいたことも事実だ」と述べています。
 第2章「『財政破綻』か、『市破綻』か? リストラは可能か?」では、再建計画案を一瞥した著者が、当初は「居直り」じゃないかと思ったが、よくよく読んでみると、「1万人余サイズの町で、ごく普通の生活がはじまるだけなのである」と述べ、「問題は5~10万人サイズの財政で生きてきた夕張市民にとっては、生活全般をダウンサイズさせるのは大変である」ということであることを履き違えないほうがいい、と述べています。
 そして、市破綻の遠因と真因、そしてこれらを座視してきた「近因」として、
「遠因 あいつぐ廃坑と補助」
「真因 観光とバブル」
を挙げ、「夕張には、石炭を『人質』に国費を引き出し、石炭産業の『衰減』とひきかえに観光や不動産業で『成功』した実例がすでにあった」と述べた上で、
「近因 死に体のまま放置された夕張」
を挙げています。
 一方で、「もうひとつの夕張」として、「石炭にも観光にも、国にもそして夕張市役所にも依拠しない、文字通り、夕張のメロン生産者と生産組合の長年にわたる、試行錯誤に満ちた真摯な努力によって成長してきた」夕張のメロン生産を挙げています。
 第3章「夕張の繁栄と衰退」では、「消し去ることのできない栄光の歴史をもっている」夕張の、「現局面だけで夕張を語ることは、夕張の一部をさして『裁断』、すなわち、『有罪判決』をするに等しい」と述べ、「歴史に実在する夕張の姿を直視し、その上で夕張の『いまある危機』の深度を測ってみたい」として、夕張の歴史を振り返っています。
 そして、夕張人の多くが取ったコースである「炭鉱から観光」は、「炭鉱≪から≫観光」ではなく、「炭鉱≪の≫観光」であったことを指摘し、「これでは、炭鉱も観光も廃れる、いわゆる『廃墟(ゴーストタウン)への道』である。しかも、『市』が企画・運営した事業で、役人の、役人による、役人のための事業である」と述べています。著者は、「私企業が手を出さない観光事業を、市がはじめた。集客増はあったが、頭打ちになり、進出した私企業でさえ撤退してゆく。かくして丸ごと市の事業である」と述べ、「そもそも夕張市が観光事業に手を出さなかったら、今日の破産を迎えることはなかった」と断言しています。
 また、「過疎地がどうして忌み嫌われなければならないのか?」と投げかけ、「夕張程度の、歴史も伝統もないところからはじまった炭鉱町が、廃坑になり、人口が流出して、一万人を切る。しかし、その町の歴史はようやく100年を超えたのだ。わずかだが、残るべきものは残った。残すべきものだってある」、「だが、夕張が好きで、そこで厳しくとも楽しく生きていくことができる人は、数千人単位で存在するのだ」と述べ、中田市長らが言った、「過疎化を押しとどめなければならない、夕張は瓦礫の山と化す」と、人口流出を無理に押しとどめようとしたことが間違いの根源であり、「夕張に住んで、素敵だ、好きだという心」、愛郷心が、「夕張人の手からこぼれ落ちてしまったんじゃないの?」と述べています。
 第4章「夕張再生のシナリオ 10のテーゼ」では、
「現実的で最善のシナリオ・困難な道」
として、「夕張の再生は、財政を再建すると同時に、自前の努力で政治経済的に生きてゆく生産と消費の基盤を確保する道を作ることである」と述べ、
・テーゼ1 石炭にパラサイトできない夕張が大前提
・テーゼ2 市政の一新を図る
・テーゼ3 高齢者対策には「仕事を!」を
・テーゼ4 農業で立つ、夕張
の4つを挙げています。
 そして、「現実的な道であり、再建は十分可能」であるが、「再生の道」ではなく、「この道をたどれば、遠からず夕張は終焉する」という、
「現実的で次善の策・夕張『終焉』の道」
として、
・テーゼ5 財政再建しても、自立できない
・テーゼ6 夕張市は終焉しても、「夕張」には残るものがある
・テーゼ7 市財政再建案は夕張「終焉」策である
の4点を挙げています。
 最後に、夕張の財政再建と再生を阻む道である「イージーゴーイング(easy going)」の道として、「夕張市がパラサイト性向を変えることができない可能性」も大いにある、
「最悪のシナリオ・衰減の道」
として、
・テーゼ8 国に依存(パラサイト)する
・テーゼ9 住民が現在のサービス維持を要求する
・テーゼ10 衰減の道は自滅の道
の3点を挙げています。
 第5章「夕張、その可能性の条件=哲学」では、日本の居住地の寿命が、「およそ30~50年で一変する」という持論を紹介した上で、故郷を失うのは、
(1)過疎化し、故郷が衰減すること
(2)過密化して大変貌を遂げることで家郷の実体が消滅すること
の2種があると述べ、「いずれが『辛い』かは必ずしも簡単ではない」と語っています。
 本書は、夕張問題に、財政や経済の視点だけでない、別の視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、元々は哲学・倫理学の教授なのですが、評論活動として大量の著書を持ち、中でも決め手になったのは、自身が過疎地で生活していて、『過疎地で快適に暮らす。』という著書まであることだったのではないかと思います。「過疎地がどうして忌み嫌われなければならないのか?」、「「ごく普通の生活がはじまるだけ」という著者の言葉は、過疎地での生活に裏付けられた、著者の実感ではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・北海道の中での夕張の意味を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 鷲田小彌太 『過疎地で快適に暮らす。』
 保母 武彦 『夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために』 2007年08月08日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 日本経済新聞社 『地方崩壊再生の道はあるか』 2007年10月09日


■ 百夜百マンガ

少女ファイト【少女ファイト 】

 女子バレーボールという一部熱狂的なファンの多い題材を扱いながら、シリアスに走り過ぎない展開は今風のスポーツマンガなのでしょう。

2007年12月 4日 (火)

黒川温泉 観光経営講座

■ 書籍情報

黒川温泉 観光経営講座   【黒川温泉 観光経営講座】(#1048)

  後藤 哲也, 松田 忠徳
  価格: ¥777 (税込)
  光文社(2005/2/16)

 本書は、熊本県の黒川温泉「山の宿 新明館」の館主である後藤哲也氏から、旅行作家として全国の温泉を紹介している札幌国際大学観光学部教授の松田忠徳氏が、黒川温泉の景観造り、宿造り、人づくりの秘訣を引き出した対談を収めたものです。
 第1章「黒川温泉はスゴかあ!」では、「日本一の活動をしとる」という黒川温泉の温泉組合がたった24軒の旅館で年間1億5千万円強の予算を組み、「全部が黒川の街造りに使われておる」から高い組合費にも文句が出ないと語られています。そして、露天風呂がない旅館には、組合が助け合って風呂を造り、土地がなければ土地の斡旋もし、「みんなで苦労を共にして、一緒に前進」した結果、「24軒全部に露天風呂が揃」ったと語っています。
 後藤氏は、「お客さんは一度悪い印象を持ったら、もうなんもかんも悪いということになってしまう」ので、「駐車場に来られた時が、一つの勝負」だと語り、秋田の乳頭温泉郷の「鶴の湯」は、お客さんが「まずバスから降りたところで『うわあ、これはすごいなあ』と言う。それは、自分達の生活とはかけ離れた別世界だからでしょう。お客さんはすでに駐車場で感動しとるわけです。今そういう感動を与える旅館でなければ、全く経営にはならんのです」と語っています。そして、そのためには、「観光地全体が造り物に見えては絶対にいかん」ので、黒川に雑木を植えてきたのだと語っています。
 後藤氏は、「旅館の雰囲気造りは、その場所で最高なことは何か、というところから考えていくもの」であるとして、「その場所、その場所で最高の感動は何かを考えて、解決した方がいい」と語り、「古い家をわざわざ改築するよりも、古いなら古いものの良さを出していったほうがずっといい」、宿の大きさも「小さいところの方が、本当にお客さんに喜んでもらえるサービスができ」、「工夫次第で、小さな部屋も結ったりを見せることはできる」と語っています。
 また、黒川温泉のある経営者の言葉として、「ある株式会社が黒川温泉の経営をしている。お客さんは、それを廊下伝いでずっと回る。そういう雰囲気を造ろうじゃないか」と話したことを紹介しています。
 第2章「後藤哲也はスゴかあ!」では、黒川温泉を日本一の温泉にした仕掛け人である後藤氏自身の生い立ちから迫ります。新明館の名物である洞窟風呂は、27歳のときに3年がかりで掘ったもので、「狭い土地で、お客さんに感動を与えられるのは何か」から考え、「何か感動を与えるものを造るとなると穴を掘るしかない」ということで始めたと語っています。
 そして、「山の中の木を切って、その中に家を造ったのか」のように見えるという後藤氏の植栽の技術が、「自分が山に行って採ってきて植えた」ことで身につけたものであり、「その木がどういう種類でどういうような性質を持っているかということや木の気持ちまで」わかると語っています。
 また、風呂造りのポイントとして、「露天風呂の場合は、できるだけ湯を少なめに入れて、広く見せるのが一つのコツですな。広く見せるとお客さんは喜びます。風呂はできるだけ広く、でも湯はあまりむだにならないように考えます」と語り、「狭い風呂では感動がない」こと、そして、「できるだけ自然に近いものにする」ことであると語っています。そして、露天風呂は毎日、必ず後藤氏自身が掃除をしており、「そうすると、風呂が喜んで元気が良くなります」と語っています。
 さらに、17、8歳の頃から家業の旅館業に関わり、お客さんの送迎をしていた後藤氏が、「ここは料理が悪いな。温泉がようなかったら絶対ここには来ん」とお客さんが話していたのを聞き、親に言っても聞いてもらえず、だからこそ「自然に僕は風呂の方に力を入れてきた」という面もあると語っています。そして、温泉旅館の経営者にとって、「一番の勉強は、旅じゃなかですか。旅でよそのよさを学ぶことでしょう」、「それが一番自分の商売を成長させるコツじゃなかろうかと思います」と語っています。
 第3章「現代人のための温泉論」では、「温泉造りには風景ではなく雰囲気が大切」であるとして、「これがわかっていない旅館が多い」と嘆いています。後藤氏は、景色がよいと「お客さんの気持が散る」と指摘し、「今の日本人にとって風呂とは何か」を考えると、「お客さんは、じっくり温泉を楽しみたい」ので、「とにかく温泉に入ったらよそに気が散らんように、じっくり温泉に集中して日頃のことは一切忘れたい」のだから、「これからはそういう造りにしないと、決して『温泉がよかった』とは言ってくれんでしょうな」と語っています。
 また、経営者からアドバイスを求められると、「自分の守りをピシャッとしなさい。街の守りをせんとお客さんは来んよ」と語り、「都会の人は、自分の生活とは違うと感じられる雰囲気を求めているわけです。それに敏感に反応しなければ」と語っています。
 第4章「公共温泉という矛盾」では、「温泉を知らない役所が本当に温泉を経営できるのか、ということが一番の問題」であると指摘し、「県の考え方、自治体の考え方は、まったくお客さんという存在を考えとらん」と語っています。
 また、松田氏は、1年8ヶ月で全国2500湯を回った経験から、東北の湯治場と九州の共同浴場こそが、日本の温泉を支えている、そして、宿の面では「今の時代のセンスにあった宿」の6割は九州にあると語っています。
 第5章「黒川温泉の現在」では、黒川温泉が全国に知れ渡った結果、団体が押し寄せてしまい、「満員の風呂に入られたお客さんの中から、『なんだこりゃあ、風呂に行ったような気が全然せんぞ』という声が聞こえてきた」ことを、「それは、ものすごく怖かった」と語り、一時的に団体バスで湯巡りに来るツアーを止めることにしたと語っています。そして、「昔は風呂がよかったが、もうこんな人の多いところなら行きたくない」というお客さんの風評が一番怖いと語っています。
 本書は、お客さんが何を求めているのかを何十年も考え続けて黒川温泉を再興した後藤氏の哲学がつまった一冊です。


■ 個人的な視点から

 お客さんにいかに感動を与えられるか、に徹底的にこだわって、雑木を植え、黒川温泉全体で感動を創造しようとする後藤氏と、とにかく温泉、それも源泉かけながしと共同温泉にこだわり続ける"温泉教授"こと松田氏の共通点は、いかに温泉に集中するか、という一点でしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・温泉はどこも同じだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 後藤 哲也 『黒川温泉のドン後藤哲也の「再生」の法則』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
 アレックス カー 『犬と鬼―知られざる日本の肖像』 2007年10月04日
 高野 慎三 『つげ義春を旅する』 2007年10月07日
 つげ 義春 『つげ義春旅日記』 2007年10月27日


■ 百夜百マンガ

クライング・フリーマン【クライング・フリーマン 】

 涙を流す殺人者、という設定でグイグイ引きこむさすがの大御所です。後にギャグとしても真似される池上ワールドを堪能できる作品です

2007年12月 3日 (月)

江戸のみちはアーケード

■ 書籍情報

江戸のみちはアーケード   【江戸のみちはアーケード】(#1047)

  鈴木 理生
  価格: ¥2520 (税込)
  青蛙房(1997/01)

 本書は、江戸の町の「"みち"を適当なところで輪切りにしてその断面の有様を見よう」とするものです。
 第1章「"みち"を輪切りに」では、一般的な町地の公道の構造を、
(1)公道の両側の私有地から幅3尺の土地を拠出させて、その部分を「犬走り」とした。
(2)「犬走り」の上いっぱいに、「釣庇(つりびさし)」というものが付けられた。これは町屋の軒から庇を長く張り出して、その下を通路にしたもので、道路側に庇を支える柱を付けないように命じている。
(3)庇の雨垂れが落ちるとことに公儀が管理する下水溝がある。
と解説しています。
 また、江戸の「都市計画」で一番優先的に考えられたことは、下水の路線のことであるとして江戸の町の中心道路の「通り町筋」の決定に当たっては、「江戸前島」の背骨(尾根)にあたるところをうまく選んで「町割」が計画され、「中央通り」が新橋―京橋間、京橋―日本橋間、日本橋―筋違橋間で3つに折れて取り付けられたのは、「下水の排水ための勾配が取れるような場所を選んだための結果」であると解説しています。
 第2章「江戸の町の構造」では、江戸時代の町人が「町」の間口にこだわる理由として、「公道に面した町人地の地所の間口は、江戸時代のすべての"税金"の課税標準としての意味を持っていたから」であると述べています。
 また、江戸の「町」には、間口60間の「大町」や間口40間の「中町」、間口20間の「小町」等の違いがあった理由について、「江戸の町の並び方には二つの『向き』があったため」であるとして、
(1)「通り」:江戸城を中心として放射状に延びた道路に沿って並んだ町の列
(2)「筋」:江戸城に対して同心円状に巡る道路に沿った町の列
の2種類の向きを解説しています。
 さらに、町の最小のコミュニティの「つながり」を維持するためのもっとも大きな力として、「それぞれの『向こう三軒両隣』の人々を強く規制した連座制」を挙げ、「6軒の中の1軒から、1人の法令違反者や犯罪人が出ると、最低5軒の隣り合った家の住人は、すべて違反者や犯罪人の受ける処罰に応じた罰を受けなければ」ならず、「事件によっては一つの町全体が連帯責任を負う場合も珍しくはなく、さらにその町を含めて、同じ名主の支配下にある数町から十数町といった広範囲に連帯責任が及ぶことも」あったと解説している。著者は、「現在、このような事情を全く無視した形で『下町人情』がもてはやされている傾向が強いのですが、『下町人情』の実態は相互監視が基本的なことであり、その監視を完全にするために『相互扶助』が奨励されたといえましょう」と述べています。
 第3章「庇・ピロティ・アーケード」では、著者がかなり以前から、「庇――庇地の問題、いいかえると公道の一部と私有地の一部を出し合う形で、公道の一部にさらに一種の公共的空間を作り出している都市制度」に関心を持っていたと述べています。
 第4章「江戸の"みち"と司法取引」では、夜の木戸だらけの地上の道を歩いていたのでは、泥棒商売もそれが発覚して逃げる場合でもどうにもならないため、「アウト・ローの紳士諸氏の"主要道路"は庇地の庇、つまりアーケードの屋根」であり、「それを伝わっていけば、軒から軒と目立たず、しかも掴まりにくいという長所がある」ため、捕方側も梯子と有力な武器にしていたと述べています。そして、「戦後は映画・テレビともに、捕物風景の中から木戸が姿を消し、したがって梯子も全く見られなくなりました」とおんべ、「依然として江戸の町は木戸のない広々とした道路の都市として取り扱われて」いると指摘しています。
 また、江戸八百八町には「各1件ずつの髪結床の『株』」が制定され、「町民には理髪店を選ぶ自由がなかった」ことについて、髪結にはそれ相当の義務があったとして、
(1)「町境・往還(道路のこと)のうち、または橋台、あるいは河岸地、広場等」の見守番=見張り番。
(2)それぞれの髪結床の帳場(縄張り)の町の人々の人数の点検、その健康状態や旅行中かどうか、またよそ者の町内逗留などを、月代を剃ることを通じて見張る役割をも兼ねていた。
(3)大家の際には南北町奉行所や三ヶ所にあった町年寄の役宅に駆けつけて、重要書類を運び出す役目。
等の役を負っていたことを解説しています。
 第5章「明治になって」では、東京の路上から木戸を始め自身番屋、木戸番屋などの都市施設が姿を消し始めた直接の原因として、「江戸市中の行政費用が占領軍にはうまく集められなかったため、費用節約の名目でそれらの都市の施設の取り払いが奨励された」ことを挙げるとともに、より直接的な理由として、「天皇が旧江戸城に行幸するに当たり、警備の必要から道路上に余計なものがあるのを取り払うこと」があったことを挙げています。
 第6章「欧風化と便所と下水」では、「これまで多くの都市史研究者や、都市計画研究者が、例えば沽券図などを手掛かりに江戸の町割と論じたり考証して」きたが、「なぜか下水を含む庇地、つまり私有地と公儀地=公共用地の関係については、まともに取り上げたものがないのが実情」であったことを指摘し、「下水こそ都市固有の施設」であると述べています。
 第7章「"みち"の舗装」では、高度成長期に協力に実施された住居表示の影響が大きかったとして、「街郭(ブロック)方式から取られた結果、"みち"を中心に成立し存続してきた町が、都心部の場合は大抵は"道"で真っ二つに分断されてしまい、新しい町名がつけられ」たと述べ、「今そうした地域にお上の主導による『まちづくり』が盛んですが、"道"をまたぐ歩道橋の見える市街地は『町』ではなくて、たんなる『市街』を見る思いがします」と述べています。
 本書は、江戸の町と"みち"の構造を見ることで、現在の町の姿の原型を確認することができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 確かに昔の時代劇では屋根の上の捕り物が多かった気がしますが、いつの間にか地上で銭を投げたりしたりするようになったような気がします。昭和初期くらいだと、まだ江戸の町を知っている生き証人がいたから無理な設定はできなかったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・現在の東京が江戸を引きずっていることが実感できない人。


■ 関連しそうな本

 大久保 洋子 『江戸のファーストフード―町人の食卓、将軍の食卓』 2007年11月18日
 岡崎 哲二 『江戸の市場経済―歴史制度分析からみた株仲間』 2006年01月19日
 橋本 毅彦, 栗山 茂久 『遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成』 2006年05月11日
 倉沢 進, 秋元 律郎 『町内会と地域集団』 2007年04月20日
 田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日
 高橋 敏 『博徒の幕末維新』 2007年10月18日


■ 百夜百マンガ

ナマケモノが見てた【ナマケモノが見てた 】

 今では人気者になったレッサーパンダを見ても「腹黒い奴」という目で見てしまうのはこの作品のせいです。

2007年12月 2日 (日)

フーコーの振り子―科学を勝利に導いた世紀の大実験

■ 書籍情報

フーコーの振り子―科学を勝利に導いた世紀の大実験   【フーコーの振り子―科学を勝利に導いた世紀の大実験】(#1046)

  アミール・D. アクゼル (著), 水谷 淳 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  早川書房(2005/10)

 本書は、「地球が自転していることをわれわれに知らしめ、何世紀にもわたる執拗な懐疑論や科学と宗教との論争に終止符を打った」ジャン・ベルナール・レオン・フーコーの振り子をめぐる物語であり、「皇帝と不遇の天才との奇妙な協力関係、地球の自転を知らしめた振り子、そして無知に対する科学の勝利の物語」です。
 第1章「地下室での驚くべき発見」では、1851年1月6日の午前2時ちょうどにフーコーが行なった、「史上もっとも厄介な科学上の問題を解決」する実験について、「ついに彼は目撃した。追い求めていたとおり、重りの揺れ動く面(これを振り子の振動面と呼ぶ)が徐々にだがはっきりと目に見える変化を起こしていることに、彼は気づいた。振り子の振動面が、最初の位置からずれていたのである。それはまるで、悪魔の手が邪魔をして、振り子を徐々に押しやっているかのようだった。フーコーは、今まさにありえないはずの現象を目撃していると悟った」と述べています。
 第2章「かつての考え方」では、プトレマイオスが、その数学的才能を駆使し、「地球が宇宙の中心だということを人びとに信じ込ませつつ、天体の見かけの動きをすべて説明するという偉業を成し遂げた」と述べた上で、彼の本を念入りに読んだコペルニクスが、そこにいくつかの間違いがあることを発見したが、「コペルニクスの体系を支持しようとする人々がみな直面した最大の問題は、地球の自転を明解に証明できないこと」であったと述べています。
 第3章「失敗に終わった物体の落下実験」では、ヨーロッパ内外の多くの知識人が、「地球は知事句を中心に自転しながら太陽の周りを公転していると信じていたが、それでも世間は、地上ではっきりとわかる証拠を求めていた」と述べ、「コペルニクスの宇宙観、ケプラーの惑星運動の法則、ガリレオによる木製の衛星の発見、ニュートンによる数学と科学に関する重要な研究、地動説に一致する数々の天文観測結果、そしてあらゆる科学の進歩にもかかわらず、1851年の時点ではいまだに、地球の自転を地上ではっきり証明することは不可能だった」と述べています。
 第4章「技術者時代の『不正規な科学者』」では、フーコーには、「手先が極めて器用で、複雑な装置を極めて高精度かつ入念に設計し製作することができた」という才能があり、「その意味で彼は、19世紀の申し子だと言えよう」と述べています。しかし、フーコーは、光、写真、顕微鏡、技術的装置の研究において、いくつかの科学的成果を収めたが、顕微鏡額教授ドネの実験助手であって専門の科学者ではなかったため、大きな評価を受けることがなかったことが述べられています。そして、「科学の何でも屋」であったフーコーが、「平均的な市民を相手にした優れた科学解説者で、同時に優秀な技師、発明家、そして独学の科学者」であると述べ、ある初期の伝記作家がフーコーを「不正規な科学者」と呼んでいることを紹介しています。
 第5章「パリの子午線」では、フーコーが、「パリ天文台長で科学アカデミーの終身書記、そして国民議会の重要人物」であり、「彼の才能を最もよく理解し、彼の最新の発見に光を当ててくれる立場にある世界でただ一人の人物」であるフランソワ・アラゴーが、「きっと助けてくれる」と信頼を寄せていたことを述べています。
 第6章「『地球が自転するのを見に来られたし」では、アラゴーがフーコーの振り子を天文台で公開することを喜んで許可し、「天文台で最も広く最も天井が高く、そしてもっとも有名な部屋」であるメリディアン・ホール(カッシーニ・ホール)が提供されたこと、そして、フーコーが、
「明日3時から5時、パリ天文台のメリディアン・ホールに、地球が自転するのを見に来られたし」
と記した招待状を、「知りうる限りのパリの科学者」に送ったと述べています。
 そして、「フランス科学界とフラン社会の頂点」に立つフランス科学アカデミーのメンバーたちが、「自分たちが絶対に過ちを犯さないと信じ、メンバー以外の人物の研究を斥けようとした」と述べ、若き数学の天才エヴァリスト・ガロアが十代のときに、現在ガロア理論と呼ばれているまったく新たな美しい数学の理論を発見し、科学アカデミーのコーシーに送ったが、コーシーはそれを紛失してしまい、次にこの論文を送られたポワソンは、「自分も同僚のラクロアもこの論文を理解できなかったので、この論文の承認は却下する」と取り扱ってしまったために、自暴自棄に陥ったガロアが、その少し後に決闘で命を落とした例を紹介しています。
 第7章「数学界に起こった大騒動」では、1851年2月3日、パリ天文台で「地球が自転している」のを目撃したフランスの学者たちの中で、「自分たちは実は振り子の下にある地球の自転を目撃しているのだということに疑いを抱く者は、誰一人としていなかった」が、すぐに、「これ以前に誰一人としてこの実験を思いつかなかったなどということが、果たしてありうるだろうか?」という疑問が湧き上がったとともに、「数学者たちは、自らの方程式ではこの現象を予測できなかったことに憤りを覚え、物理学者たちも同様に、自分達の物理学的直感と考察では地球の自転を明解に証明する『美しい実験』にたどり着けなかったことに、心をかき乱された」と述べています。そして、フーコーが振り子に注目すべきことを知ったきっかけが、旋盤のチャックにぶら下がって振動していた鋼鉄の棒が、チャックが回転してもその振動面が回転しないことに気づいたことを紹介しています。さらに、フーコーが、「任意の緯度において、振り子の振動面が一周してもとの位置に戻るまでの時間を導くことができる」、
現在「正弦則」と呼ばれる公式を発表したことを述べています。
 第8章「ボナパルトを継ぐもの」では、ナポレオン=ボナパルトの甥、ルイ=ナポレオンが、反乱の罪で幽閉された際に、独学で科学を学び、それ以降、生涯にわたって科学に興味を持ち、後には、「自分と同様に成功への野望を抱き、厳しい環境の中で困難に立ち向かって苦闘を続ける、もうひとりの独学の科学者に魅了されることとなる」と述べています。
 そして、ロンドンでの亡命生活の後、帰国し復権を果たし、ついには共和国大統領の地位に就いたルイ=ナポレオンが、「パリで最も背が高くもっとも有名なドームの中で、フーコーの振り子実験を再演するように命じた」と述べています。
 第10章「パンテオン」では、歴代の君主たちが、教会と連携し、国王は神によって認められたという神話を保ってきたのに対し、共和国は、「偉大な聖ジュヌヴィエーヴ教会をパンテオンに変えて」しまい、「地球が静止しているという聖書の教えに反するフーコーの振り子実験をルイ=ナポレオンが命じたことは、俗人による支配に賛同し、君主制と教会に背を向ける行為だった」と述べています。
 第11章「ジャイロスコープ」では、1851年に、「彼にとって最大の偉業」であるジャイロスコープの発明を成し遂げたことが紹介され、当初は、「地球の自転を証明する目的」で発明されたものだったが、「すぐに、フーコーの新発明にはある重要な使い道があることが明らか」になり、20世紀になると、「あらゆる船舶や航空機は、フーコーのジャイロスコープを改良したものをメインのコンパスとして搭載するようになった」と述べています。
 第12章「クーデターと第二帝政」では、1851年12月2日にルイ=ナポレオンは国民議会の解散と非常事態を宣言した上で、「国民に自らをフランス皇帝へ選出させ、フランス第二帝政を樹立した」ことが述べられています。
 そして、アム監獄で科学を独学で学んだルイ=ナポレオンが、「やはり独学の科学者レオン・フーコーに自分の姿を重ね合わせた」として、「ふたりとも、敵意を持ったエリートたちと戦った過去を持っていた。どちらも目的達成のために戦いを強いられ、そして自らの才能に特段の自信を持っていた」と述べ、「おそらく、このような共通点を持ち、科学に対する愛情を共有し、そしてお互いに親近感をもっていた理由から、ナポレオン三世はフーコーに、他の学者には望むべくもない便宜を図った」と解説しています。
 第13章「失業中の天才」では、ルイ=ナポレオンがフーコーのために、「パリ帝国天文台付き物理学者」という職をこしらえたことを述べています。
 第15章「最後の栄光」では、「レオン・フーコーが業績にふさわしい栄誉の多くを得たのは、亡くなるまでの何年間かのことだった」として、物理科学の博士号を得、フランス・レジオン・ドヌール勲章を授けられ、「世界じゅうの偉大な科学者が所属する経度委員会のメンバーに選出」された一方で、フランス科学アカデミーのメンバーになれたのは、彼がなくなる僅か3年前の1865のことであったと述べています。
 第16章「早すぎる死」では、1867年6月10日に、「フーコーは初めて体の自由がきかないこと」に気づき、麻痺症状が急速に進行した結果、1868年2月11日に49歳で亡くなったことが述べられ、「何の病気にかかっていたかは正確にはわかっていないが、おそらくルー・ゲーリック秒(筋萎縮性側索硬化症)のような退行性の病気だったのだろう。有毒化学物質や水銀のような危険な勤続を長年にわたって扱い続けたことが、この病気に何か関係があったのかも知れない」と述べています。
 第18章「余波」では、「フーコーの偉業は、人間の知性の勝利だ」と述べ、
(1)物理的直感や技術的能力、そして忍耐力が、現実世界から乖離した数学の傲慢さに打ち勝つことができることを証明した。
(2)時代を画したフーコーの実験が、長年の空論と誤った信念に終止符を打った。
の2つの意味で「無知に対する知識の勝利だった」と述べています。
 本書は、知識と信念に対する信頼を力強く後押ししてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の構成の素晴らしいところは、唐突に登場するルイ=ナポレオンの人生がどんどんフーコーの人生に接近していく下りです。反乱と投獄、亡命の生活を送りながらフランスの皇帝の座を目指すルイ=ナポレオンと、科学アカデミーの数学者たちからのペンによる迫害を受け、研究成果を斥けられ続けたフーコーの人生は、ともに既存のエリート層との闘いではありますが、ここまでドラマチックに結びつくとは想像できませんでした。


■ どんな人にオススメ?

・地球が自転している、と知識で知っていても納得できない人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・P・クリース (著), 青木 薫 (翻訳) 『世界でもっとも美しい10の科学実験』
 ジョシュア ギルダー, アン‐リー ギルダー (著), 山越 幸江 (翻訳) 『ケプラー疑惑―ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録』
 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 ビル ブライソン (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『人類が知っていることすべての短い歴史』 2007年04月08日
 アルフレッド・W・クロスビー (著), 小沢 千重子 (翻訳) 『数量化革命』 2006年11月18日
 ジョン・ヘンリー (著), 東 慎一郎 (翻訳) 『一七世紀科学革命』 2007年04月21日


■ 百夜百音

ミラーボーリズム ~ニュー・ジェネレーション・ダンス・クラシックス ~【ミラーボーリズム ~ニュー・ジェネレーション・ダンス・クラシックス ~】 ダンス☆マン オリジナル盤発売: 1998

 ピストン西沢が「TOKIO HOT 100」の1000回記念番組に出てました。初代ディレクターを務めていた時代にクリス・ペプラーが寝坊して遅刻した話とか楽しかったです。

『THE JADOESゴールデン☆ベスト』THE JADOESゴールデン☆ベスト

2007年12月 1日 (土)

ものが壊れるわけ

■ 書籍情報

ものが壊れるわけ   【ものが壊れるわけ】(#1045)

  マーク・E・エバハート (著), 松浦 俊輔
  価格: ¥2310 (税込)
  河出書房新社(2000/11/16)

 本書は、「いろいろなものが壊れるという現象に注目し、自身を含めた人々がこの現象とどうつきあってきたかを見渡すことによって、人と技術のかかわり方を広く考察しながら、現代の化学結合論の概略を解説」(訳者あとがき)しているものです。
 第1章「原子、ビー玉、壊れ方」では、1950年代から60年代に育った著者が、「核爆弾」がいつ落とされるかを心配しながら暮らし、学校では教師から「伏せて丸くなって(ダックンカバー)と命令されると、「生徒は床に伏せ、胎児のように丸くなり、手は首の後ろで組むことになっていた」が、「この世の無生物の部分はきっと破壊されてしまうのだろうと思っていた」ため、「頑張ってものを作っているのに、どうしてそれが壊れてしまうのか。私にとっては、壊れないものを作ることは、核戦争がもたらすであろう破壊を避ける一つの方法だった」と、「ものが壊れる」ことに対する関心のルーツを辿っています。
 そして、大学生時代に、「両親からクリスマス・プレゼントにもらった新しいスキー板が折れた」こと、カヌーにデュポン社のケヴラー繊維を使ったが、激しい衝撃があると、「ケブラーが裂けて、みかんの皮をむいたようにはがれて」しまったことをきっかけに、「誰も破断が化学の問題だとは思っていない」ことに気づき、「化学を使って破断を扱ってみるのは実に有益だと確信するようになった」ため、大学院の「材料科学」という分野に応募し始めたことを述べています。
 第2章「古代の芸術、古代の工芸」では、科学者同士の会話で「ところで先生は何を研究されているんですか」と質問されたときに、「量子化学をやっています」と答えた上で、「私はものが壊れるわけを研究しています」と答えると、質問者は「機械工学」をやっていると思うが、そこで著者は、「いえ、研究しているのはなぜ壊れるかの方で、いつ壊れるかではないです」と答えて相手を混乱させるいたずらをすると述べています。
 著者は、「いつとなぜとの混同はよくある誤解だ。人が理解しているのは、実はものがいつ壊れるかである。他の現象もすべてそうであるように、破壊も二つの部分、原因と結果からなる。いつの問題は原因を左右することにあり、なぜの方は結果を左右する」と述べ、「グラスを落としたら割れる」ことに対する技術者の対策は、床にカーペットを敷くことで「割れる原因〔固いものとの衝突〕」を回避することもできるし、グラスの材質を変えることで、「「なぜの方〔割れやすいものでできている〕」を変えることもできると解説しています。
 そして、実験的研究を通じて得られる新合金や知識をもってしても、「ものは予想外の壊れ方をする」という問題があり、「何千年にもわたって試行錯誤で得られた経験からは、予測する能力は得られない」ことを指摘し、「二十世紀の初頭、勃興する技術は信頼できる材料を必要としていた。そうした材料を開発するには、破壊について、それがいつになるかを制御する技術が科学となる必要があった」と述べています。
 第3章「古代科学」では、「破壊を制御するには、原子の面をまとめている結合を変える能力が必要に見える」ため、「素材の化学組成を変える」ことで「割れる理由が変わる」はずだが、歴史的なそうはならず、「われわれはむしろ、原子の面がいつ互いに対してずれるかを変える方法を覚えた」と指摘しています。そして、「破壊の微細構造制御は、強力かつ有効だが、破壊がいつ起きるかを扱うだけである」と述べ、「1979年の時点では、なぜの問題を考え、ましてやその問題に答えるために、時間や資源を費やそうという科学者はごくわずかだけだった」が、「幸い、私はそういう科学者と出会い、答を求める研究に加わることになった」と述べています。
 第4章「脆化とめぐりあわせ」では、大学院選びをするなかで、「脆化(エンブリトルメント)の方が、この分野に突きつけられた問題としてはもっとも重大」であることがわかり、タイタニック号沈没事件も、「硫黄による脆化の恐ろしい結果として一番有名で顕著な例」であることを、展性=脆性(DTB)温度大きく下回る衝突当日のマイナス2度の海水に浸かった喫水線とその下の鋼材は、わずかな量のエネルギーでも破断がもたらされたためであると解説しています。
 第5章「衝撃的、ただただ衝撃的」では、「破壊力学は科学と工学の大勝利の一つだと思う」と述べ、「この発見こそが、われわれの社会に大飛躍(クヮンタム・リープ)をさせ、われわれが作るものとそれを作る技術者のイメージは、その後すっかり変わってしまったからだ」と解説しています。
 そして、1986年1月28日のチャレンジャー号の爆発事故について、「世界中が待っている間、NASAの下請企業に勤める何人かは、何があったのかをよく知っていた。その人たちは、この事故を予測していたのである」と述べ、そのひとりである、モートン=サイオコル社の上級技師であるロジャー・ボイジョリーは、ブースターの継ぎ目に使われるゴム製Oリングが、「冷たくなると、膨張する速さがブースターの継ぎ目を埋めるのに必要な速さより遅くなることを気にして」いて、「直ちに対策を取らなければ、打ち上げ台もろとも打ち上げに失敗すること」をきっぱりとNASAに伝えていたが、NASAの代表は、「業者側の承認がなければ打ち上げは進めないことを指示したが、サイオコル社の勧告は根拠がないと思っていた」ことを取り上げ、サイオコル社の4人の最高幹部が、「技術陣の最高の助言を無視し、『経営判断』としてサイオコル社の勧告を『打ち上げ続行』に変えたことについて、「これはまさにNASAが望んでいたことだと信じざるを得ない」と指摘しています。著者は、タイタニック号とチャレンジャー号の事故の類似は「不気味なほど」だとして、「どちらの惨事も、責任者が危険を知っている人の警告を気に留めていれば防げたかもしれない。いずれの場合にも、熱の影響で機材が破損している」、「どちらの事故も、テクノロジーの適切な役割に関する世界的な議論を引き起こした」ことを挙げ、一方で、もっとも大きな違いとして、チャレンジャー号の場合は、「姿勢は最初から『何が故障したかを特定して、それを修理せよ』だった」のに対し、タイタニック号の場合は、「将来、同様の状況にならないようにせよ」だったことを挙げ、「現代の姿勢の方は、世界とわれわれが作るものは安全にできるという信仰が大きくなったことを反映している」と指摘し、「私はこの姿勢の変化こそがクヮンタム・リープだと思う」と述べています。
 また、1993年に起きたGM社の1979年型チェヴィ・マリブの燃料系統の安全性に関する裁判の例を紹介し、「われわれには選択肢が二つある」として、第一は、「安全を第一の関心にすること」であり、「こちらを優先すれば、費用や時間の遅れは問題にできない」が、第二は、「この世にはリスクが満ちていて、テクノロジーにそのリスクをすべて取り除くよう期待するのは理に適わないことを認めること」であると述べ、「われわれはますますテクノロジーに対して性急になり、この性急さによるリスクを受け入れようとしなくなっているように見える」ために、「設計する側、エンジニアの側をスケープゴートにしている」と指摘しています。
 著者はさらに、裁判で鑑定人として証言を求められた製油所の鋳鉄ポンプの破断に起因する事故の例を挙げ、「50年も経たないうちに、われわれはものがいつ壊れるか予想できない時代から、すべてのものは決して壊れないように作るべきだと期待される時代へと移った」と指摘し、「この期待は理に合わない」と述べています。
 第6章「壊れないもの」では、コーニング社の「割れない」食器「コレル」を取り上げ、この、「強化ガラス、強化セラミックスの最新商品」にいたる道のりが、19世紀後半に「列車事故で何万人もの人が亡くなっていた」という深刻な問題から始まったものであり、「割れにくい」鉄道信号用の電球を作ったコーニング社が、「製品は明らかに優れていたが、鉄道用信号はほとんど壊れなくなり、交換用信号灯の需要がなくなった」ために、「新たな消費者向け製品を探す必要」が生じ、このことが、調理用ガラス製品の「パイレックス」や「パイロセラム」等の商品を産み、1970年には「コレル・リビングウェア」の登場に結びついたことを解説しています。
 第7章「どんどんタフに」では、「強度は、ものがいつ壊れるかを決めるいくつもの特性の一つ」であり、破断を考えるときには、「材料の特性としてやはり重要なものに『靭性(タフネス)』」があり、「靭性を定義するという問題は、靭性を測定する方法を特定することに帰着する」と述べ、「何かを壊すのに必要なエネルギーが多いほど、その物の靭性は高い〔タフである〕と言う」と解説しています。
 第9章「なぜ、なぜと問うのか」では、「われわれの世界を、この世界の『もの』を改良しながら安全にするためには、何がいつ壊れるかを理解するだけでは、もう十分ではない。ものがなぜ壊れるのかを理解する必要がある」と述べ、「改善する必要が一番大きい『もの』」として、「エネルギーを生成したり利用したりするもの」を挙げ、中でも筆頭に熱機関を挙げています。
 そして、今日のジェット機のタービンが、「二十世紀半ばのものとはずいぶん違っている」として、「ジェット機用タービンの効率に量子跳躍(クァンタム・リープ)をもたらしうる新素材の探求」が進められていたと述べ、1970年代の末から1980年代の初めにかけて、政策立案に携わる人びとが、「材料発見のための新たな手法にてこ入れしよう」とし、「試行錯誤のような当てにならないものに頼らず、もっとねらって得られるようにすること」を望み、「材料設計(マテリアルズ・デザイン)」という新しい用語が登場したが、それが「どういう研究からなるのか、明瞭には述べられていなかった。基本的には政策を立案する側が、自分たちが創生したいと思う分野について、ぼんやりとしたイメージした抱いていなかったからだ」と述べています。
 第10章「正解、不正解、無益解」では、「何かの科学上の問題に絞って投入される資金は、餓えた犬の群れに肉を投げ込むのに似たところがある――みんながひとかけもらおうと思うのだ」と述べ、「よく言われる格言、『発表しなけりゃ身の破滅(パブリッシュ・オア・ペリッシュ)』では十分ではない。もっと正確に言えば、『資金を取り、発表してもっと資金を取らなきゃ身の破滅』である」と指摘しています。
 また、補助金を出す役所が、「硫黄のように、鋼鉄を脆化し、鋼鉄の靭性を下げる元素がある一方で、硼素のように、脆い合金を展性のあるものに変える元素もある理由を説明する研究計画を求めていた」ことに対し、コンピュータのプログラムの正確さが増し、「1990年代の初めには、ある意味深い里程標を通過した。一部の熱力学的な料が、実際に測定できるよりも正確に計算できるようになったのである。その一つが界面エネルギーである」と述べています。そして、「界面エネルギーは必需品」となり、「コンピュータのプログラムを開発し仕上げるために何百万ドルが注ぎ込まれ、そのプログラムが界面エネルギーを測定よりも正確に決めるようになると、研究者はその道具を現実の問題――脆化――に向けるようになる」と述べ、「脆化の問題は、今や単純なことに見えた」として、計算の結果、「硫黄電子が鉄の結晶粒界の界面エネルギーを減らすことを示した。問題は『解けた』」こと、そして、「硼素原始がニッケルとアルミニウムの脆い合金を強靭にする理由もわかった」ことについて、「なんとうれしいことか(オー・ハッピー・デイズ)。計算科学の勝利だ。材料設計は転機を迎えた」と述べています。しかし、「計算機で求められた脆い素材や展性のある素材の電荷密度を手早く比べれば、設計担当が望むものが得られるだろう」という著者の目論みは外れ、「つかの間の、高価な材料設計計画は失敗に終わったかに見えた」と述べています。
 第11章「設計による材料――その内側」では、「計算機屋の人々が電荷密度にしかるべき構造を見つけよう」と苦労している間に、著者は「その電荷密度を比べるという問題」と格闘し、「当時は、どちらも同じ課題に立ち向かっていることは、誰も認識していなかった」と述べています。
 第13章「壊れた、直さなきゃ」では、「基礎科学で片がつくと、産業界が入ってきて、新発見を商品化するのに必要な技術的開発を行なうのだと、広く信じられている」が、「残念ながら、これはまったくの誤りだ」と述べ、「技術開発は民間企業を介するもの」という考え方は、「連邦政府が二十世紀の主要な技術のすべてではなくても、その多くを立ち上げていることを知らないのだ」として、
・自動車の需要を生み出したのは、州間(インターステート)高速道路網だった。
・集積回路は、大陸弾道弾などに搭載するために空軍が金に糸目をつけずに開発させた。
・最初の電子計算機であるENIACは砲弾の軌道計算方法の開発のために陸軍が資金を出した。
・国防総省の高等研究企画局(ARPA)の監督の下で生まれたARPANETがインターネットの中核となった。
等の例を挙げたうえで、「電荷密度の中に構造を発見して、それが新しい技術と革新的な材料設計への手法につながる前に、長期の、あるいは費用にかかる、孵卵(インキュベーション)期間がある」と述べ、その発見が国家の安全に係わるものと見なされなければ転用の歩みは遅い、と指摘しています。
 著者は、本書が、「ものが壊れるわけの科学を論じながら、科学が行われるシステムのことも論じている」が、「二つの話の筋はそこに収斂する」として、「今日の科学と技術を促進するシステムは、政府の政策、学問、技術の発達相互の関係について、まだあまり経験がない時代の中で動かされている」という欠陥を抱えており、「科学と技術がわれわれの文化のあらゆる面で不可欠の成分となっている以上、このシステムを更新することが大切になる」と指摘しています。
 本書は、化学結合論の発展の小史という体裁をとりながら、現代の科学が直面している政治などの現実世界との関係の問題について考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のタイトルを見たときには、物理学形の本だと思っていたので、まさか「化学(ばけがく)」の話だとは想像もしていませんでした。
 著者が初対面の人をからかう下りもそういう先入観を巧みに利用したものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ものが壊れる理由は物理学の領域だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ウィリアム・パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『パラドックス大全』 2007年01月13日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 スティーヴン ウェッブ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』 2007年01月27日
 Alfred S. Posamentier, Ingmar Lehmann (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『不思議な数πの伝記』 2007年05月27日
 ジョン・ダービーシャー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦』 2007年06月03日
 ジョン・D・ バロウ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『科学にわからないことがある理由―不可能の起源』 2007年06月24日


■ 百夜百音

Rocket【Rocket】 POLYSICS オリジナル盤発売: 2007

 アニメ「もやしもん」のエンディングとして、キュートなおりぜーたちと競演している曲です。農大の理系テイストにあった曲なのかもしれません。

『カリキュラム』カリキュラム

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