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2008年1月31日 (木)

捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間

■ 書籍情報

捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間   【捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間】(#1106)

  渡邊 洋之
  価格: ¥2940 (税込)
  東信堂(2006/09)

 本書は、捕鯨問題に関して、「クジラと人間のかかわりの歴史を明らかにしていく」ものであり、「一人一人の前に一つ一つの出来事とその解釈を示すことで、集合化された立場から脱し、これからのかかわりについてとのみ考えていくことを、呼びかけるもの」です。
 序章「本書の課題」では、捕鯨問題が、「特定の野生生物を利用することにあまりに傾斜したために、その生息数の減少のみならず、生態系をも破壊してしまったことで生じた問題である」として、「捕鯨問題は、一つの環境問題としてとらえるべきものであろう」と述べ、「本書ではこの捕鯨問題について、歴史社会学的視点から考察を加える」ものであると述べています。
 そして、日本における議論の「一つの到達点」として、秋道智彌と森田勝昭を取り上げ、「欧米を中心としたある種クジラを擬人化した形での反捕鯨論だけでなく、捕鯨モラトリアム成立以降の日本においてとりわけ流布された、鯨肉食を『日本人』独自の『伝統』とするような、国家・民族主義的な捕鯨擁護論を否定している」と紹介しています。
 著者は、本書において、「クジラと人間のかかわりの歴史についてあきらかにする」としたうえで、「とりわけ、近現代におけるクジラと人間のかかわりについて、取り上げていく」理由として、
(1)今日の捕鯨問題を考えるうえでは、人間の諸活動が大規模化・効率化していく近現代という時期においてのクジラと人間のかかわりについて、あきらかにする必要がある。
(2)近現代におけるクジラと人間の関わりについての先行研究がそれほど豊富にあるとはいえず、ゆえに考察を行なっていくにあたっては、基本的な事柄をまずは明らかにしていかなければならない。
の2点を挙げています。
 第1章「近代日本捕鯨業における技術導入と労働者」では、「近代の日本捕鯨業における技術の導入過程をあきらかにする」作業において、「実際の技術導入の担い手となった捕鯨会社の労働者の構成といった、ミクロな部分に特に注目したい」としています。
 まず、近代の日本捕鯨業の展開過程を、
・第1期(~1896年):網捕り式捕鯨の衰退とアメリカ式捕鯨の導入の試みの時期
・第2期(1897~1908年):ノルウェー式捕鯨が導入される時期
・第3期(1909~1933年):東洋捕鯨株式会社による捕鯨業独占の時期
・第4期(1934~1941年):母船式捕鯨の開始と大資本による捕鯨会社の系列化の時期
・第5期(1942~1945年):母船式捕鯨の中止と統制会社による捕鯨の時期
の5期に分けています。
 そして、網捕り式捕鯨の組織が、「地域の共同体に組み込まれたものであるとともに、当時の社会構造を反映した世襲制・身分制により、労働者がピラミッド型に固定・配置されたものであった」と述べています。
 また、1906年に、東洋漁業が、「網捕り式捕鯨が行なわれていた高知や和歌山だけではなく、それが行われていなかった現在の千葉県銚子や宮城県鮎川といった、日本国内の各地にも事業場を設立して」いったことを紹介しています。
 さらに、ノルウェー指揮捕鯨の技術の導入が、「最終的にはノルウェーで造られた捕鯨具・捕鯨船を用いるという形をとり、またその技術の担い手である砲手も、ノルウェー人を直接雇用するという形をとった」と述べるとともに、「ノルウェー式捕鯨の捕獲活動の技術は、網捕り式捕鯨の経営者が導入したわけではなかったこと、また、『羽刺』が直接捕鯨砲を用いるようになったわけでもなかったことも、あきらかになった」と述べています。
 著者は、「近代の日本の捕鯨会社による捕鯨は、『日本人』のみによってなされたものではなかった」とともに、「『日本人』のみが有していた技術によってなされたものでもなかった」と述べ、「近代の日本の捕鯨会社による捕鯨は、『日本』といったかたちで――寄せ集めではなく全体性を有する有機体であるかのようなものの一つとして、あるいは『西洋』に対するある集団化された存在として――カテゴリー化し得ない」と述べ、「近代日本の捕鯨業は、当時の日本の拡張主義的な方向性を背景として、国籍というもので分けられた様々な人々の混成と様々な技術の混成により、、これまでの捕鯨とはまったく別なものとして形作られていくという過程の中にあった」と解説し、「日本の捕鯨業の活動を『捕鯨文化』と表象し、それを日本の『伝統文化』とすることの正当性は、確保されていないと考えられる」と述べています。
 第2章「経験の交錯としての暴動」では、「新たに捕鯨業が展開されるようになった地域で生活していた人々、とりわけその地で漁業を営んでいた人々はクジラを捕るという行為を目の当たりにして、何を考え、どのように対応したのであろうか」を探るとしています。
 そして、事業場が公害の発生源となって、漁民が被害を受けていたこと、また、「人々とともにイワシを捕るという日々繰り返される行いの中から形成されてきた、クジラをイワシ漁に恩恵をもたらす神とする生活常識があった」こと等をあきらかにしています。
 第3章「クジラ類の天然記念物指定をめぐって」では、「クジラ類に関わる保護をめぐる制度の歴史について、明らかにしていく」としています。
 そして、天然記念物に指定してのスナメリの保護に関して、
(1)本州沿岸がスナメリの分布北限に当たり、ゆえにそれが学問的に見て重要である。
(2)この地の漁民が「スナメリ網代」と呼べるような漁法を行なっており、ゆえにスナメリを保護することが「漁業上肝要なこと」である。
の2つの理由を挙げています。
 第4章「近代日本における鯨肉食の普及過程」では、「近代日本において鯨肉食がどのようにして、そしてどの程度広まっていたのかを、あきらかにしよう」としています。
 そして、「捕鯨問題」を語る文脈において、「しばしば『日本人は昔からクジラを食べてきた』という言説が繰り返し流布されている」ことについて、「最近の研究においては、このような語りに含まれる問題性といったものがあらわにされている」として、森田勝昭が、「確かに鯨肉食は歴史的には古いが、全国的かつ日常的に日本の人々がクジラを口にするようになったのは第二次大戦後であること、また、鯨食を『日本民族』というきわめて曖昧で、高度の政治的な言葉に結びつけることの危険性を指摘しておかなければならない」と述べていることを紹介しています。
 また、沿岸部において流れ鯨や寄り鯨の肉を食することや、長崎・佐賀・福岡、高知、和歌山など、網捕り式捕鯨が行なわれていた地域とその周辺でも、鯨肉は確実に食されていたであろうが、「それはあくまでも局地的な現象にすぎなかったのではないか」と述べ、19世紀末までは、鯨肉を食する地域は、九州北部がもっとも多く、それが関西地方を経て東へ移動するほど、漸次減少していったと述べています。そして、1909年に、東洋捕鯨が誕生したことによって、「捕鯨業は一つの大きな産業」となり、「クジラから生み出されるものの、より多くの販路を作り出そうとすることになった」と述べています。
 著者は、「鯨肉食は、ノルウェー式捕鯨導入以降ひとつの大きな産業となった捕鯨業によって積極的に普及された結果、近代という時期において多少なりとも全国に広まっていったのではないかと推測できる」と述べています。
 さらに、1941年に伊豆川淺吉が行ったアンケート調査を取り上げ、
・1941年の段階で、近畿・中部地方においても8割前後の集落が、鯨肉を食するようになっていたこと。
・府県によっては鯨肉を食べる集落の割合が極端に低いところがあること。
・赤肉の普及は、鯨肉を食べる集落においても6割程度であり、白肉は「縁起物」として非日常的に食されていた部分があると考えられること。
・クジラを「福の神」としているがゆえに、捕鯨や芸肉食を行わない集落も存在していたこと。
等をあきらかにし、「利用しないというものも含め、地域それぞれにおいて異なった利用の仕方、異なった『食べられ方』がなされていた」と述べています。そして、「全国的かつ日常的にクジラを食するようになったのは、第二次世界大戦後であった」と考えられるとともに、「鯨肉食は『日本民族』の伝統的食文化であるなどとする言説は、説得的でないことも確認できる」と述べています。
 第5章「『乱獲の論理』を探る」では、「実際に捕鯨を行なう側が考えていたこと」である「乱獲の論理」を探るとしています。
 そして、東洋捕鯨社長・岡十郎の「永久無尽説」を取り上げ、「日本の近代捕鯨は、このような論理を内包して始まった」と述べるとともに、戦後、日本水産取締役であった宮田大が、『毎日新聞』に、「近ごろクジラはだんだん少なくなって捕らえにくくなったという説もあるが、クジラが捕らえられないように逃げるのが上手になったからなかなか捕らえられないことも否定できない」と投稿していることを紹介しています。
 終章「捕鯨問題における『文化』表象の政治性について」では、「日本においては、クジラ(クジラ目の生き物)と人間の間に複数のかかわりがあった」と述べ、「日本におけるクジラと人間のかかわりについては、捕鯨というかたちでのかかわりを、網捕り式捕鯨確立(17世紀)以降今日に至るまで、『日本人』が『伝統』的に行なっているという考え方が流布されているが、かかわりの歴史を慎重に検討してみると、実際はそうではないということが明らかになった」とし、「クジラと『日本人』とのかかわりを、捕鯨や鯨肉食のみに限定させることはできない」と述べています。
 そして、「複数あったクジラと『日本人』とのかかわりが、近代以降、捕鯨業が『国策』として位置づけられ、一つの大きな産業として成立したことで、捕鯨と鯨肉食というかたちでのかかわりに単一化されていった」とともに、「敗戦後には、一定の規模での鯨肉食が日常化することで、その単一化されたかかわりも『日本人』の日常となっていく」と述べています。
 本書は、とかく感情的になりやすく、ナショナリズムを刺激しやすい「捕鯨」という問題について、情報の少なさを補い、政治的な意図によって流布されている言説には表れてこない、日本人とクジラの関わり方の歴史を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 捕鯨を巡っては過激な環境保護団体の襲撃を受けて注目を集めてしまい、なんだか「賞金首」のような扱いになってしまっていることが危惧されます。どうしても、現に捕鯨に携わって生業にしている人がいる限り、捕鯨のあり方も政治的なテーマとしてばかり論じられてしまうのは残念なことです。


■ どんな人にオススメ?

・自分の先祖もクジラの竜田揚げを食べていたと信じて疑わない人。


■ 関連しそうな本

  『鯨類生態学読本』
 小松 正之 『クジラと日本人―食べてこそ共存できる人間と海の関係』
 小松 正之, 日本水産学会 『よくわかるクジラ論争―捕鯨の未来をひらく』
 大隅 清治 『クジラと日本人』
 星川 淳 『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』
 丹野 大 『反捕鯨?―日本人に鯨を捕るなという人々』


■ 百夜百マンガ

虹色仮面【虹色仮面 】

 作品とは全然関係ないのですが、「きどりっこ」というグループが「虹色仮面」という曲を歌ってました。現在は「おしりかじりむし」です。

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