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2008年3月

2008年3月31日 (月)

実は悲惨な公務員

■ 書籍情報

実は悲惨な公務員   【実は悲惨な公務員】(#1166)

  山本 直治
  価格: ¥798 (税込)
  光文社(2008/03)

 本書は、「世の中にはお役所の実像と虚像の区別がつかず、独り歩きしたイメージのみを信じて公務員に憧れる人もいれば、批判している人もいる」という現状を乗り越えるべく、「お役所に対して植えつけられたイメージの『虚実』を明らかにするための材料」を提示しようとするものです。
 著者は、これまでマスメディアや一般国民が、「終わりの見えないお役所の不祥事に接するたびに、お役所のダメさ加減にほとほとあきれつつ、北風のようにきびしくバッシングする態度をとって」きたことを、「まさに"北風思考"」であると述べ、「幾度のバッシングを経ても、不祥事はとどまる様子を」見せない理由として、「この態度は、公務員の指揮を落とすばかりで、実は不祥事をなくしてよりよい行政活動を進めるうえで逆効果になっているのではないか」と指摘しています。
 第1章「給与・福利厚生 お役人の待遇は本当にオイシイのか」では、結婚を機に公務員宿舎に入ろうと考えている部下に、上司が、「悪いことはいわん。新婚早々公務員宿舎に入ることだけは止めておけ。下見にでも行けば奥さんに泣かれるぞ」と賃貸住宅を薦める上司の言葉を紹介し、公務員宿舎の4割前後は、築30年以上であるばかりか、トイレや風呂などの水周りの貧弱さ、そして、台所には「昔ながらの瞬間湯沸かし器」を入居時に自分でつけ、退去時にはそれを撤去しなければならないことの理不尽さを伝えています。
 また、官民人事交流などで、一時的にお役所で働いた経験のある民間企業の人の話として、「公務員の給料って安すぎる」といわれている話を取り上げ、「そこまで話のブレが生じる原因」は、「たかだか『公務員』という三文字が共通するというだけの約372.5万人の多種多様な労働者をついつい一緒くたに扱い、しかも平均値というラフな数字に引きずられて議論してしまっているからでは」内科と指摘しています。 そして、お役所における中途採用が難しい背景として、「実はお役所の待遇が民間より低いために、民間から優秀な人材を採用しにくいという実態もあることはあまり知られて」いないと述べています。
 第2章「天下り問題 ケシカラン天下りを徹底検証」では、「民間と比べて公務員の待遇が高いか低いかという話は、『大手企業などから見れば公務員の給与は安く、中小企業や地方の地場産業から見れば公務員の給与はうらやましい』ということ」が言えそうだと述べています。
 そして、「世の中には悪い天下りと、許される天下りがあるはずだ」と述べ、許されない天下りの要素として、
(1)歪んだ競争・市場を作り出している。
(2)不適材不適所となっている。
(3)過分な待遇を与えられている。
の3点を挙げ、この1つ以上に当てはまる場合としています。
 さらに、民間企業も、マスメディアなどはそれ自身が「天下り天国」であることを指摘した上で、「市場競争の中で消費者(法人も含みます)に選択されることで社会から承認されている民間企業と違って、お役所とその外郭団体については、社会で本当に必要なものごとにお金が使われているのかどうか、市場原理の中では判断」されないと述べています。
 そして、「天下りに頼らず、積極的な理由で民間に飛び出そうとする公務員」に対して、「偏見を持ち罵声を浴びせ、民間へのソフトランディングを阻もうとする考えこそ、『北風思考』」であり、「俺なんか、お役所から民間に移っても通用するわけないよな」と、「彼らはお役所内の待遇や天下りにいっそう強くしがみつくことになる」と述べています。
 第3章「勤務実態 『グータラなくせにクビがない税金泥棒』の実像」では、「政治主導」「官邸主導」の流れのなか、「内閣官房や内閣府に『○○本部』『××会議』といったものが増設・強化」された結果、「タダでさえ留学などで省外にいて手薄な各省庁の若手(課長補佐・係長クラス)が、こうした本部などの事務局スタッフとしてかき集められ」た結果、「霞が関が外部の戦力に頼らざるを得ない状況」になり、「地方自治体や外郭団体などから相当数のスタッフを『中央官庁で業務研修を受けさせる』という名目で、派遣元が人件費を負担するかたち」で派遣させ、「実際には戦力として日々の業務を手伝ってもらっている」(正しくは「使役している」または「酷使している」が実態)のが現実だと述べています。
 また、「公務員はクビにならない」という話の引き合いに出される「民間で離職率の激しい会社」についても、「歩合制報酬とノルマ達成への厳しい突き上げに耐えかねて大量の離職者が出ることを織り込んで、毎年大量の新卒者を採用し続けるビジネスモデルの会社」や、「外資系コンサルティング会社などのように、後輩に追い抜かれたり社内でプロジェクトから外されたりして、いたたまれなくなって辞めざるをえない会社」のような、「ビジネスモデルや組織設計思想がお役所とまったく異なる」物を比較して、「公務員の安定がうらやましいとかケシカランとかいうこと自体、必ずしも的を射ていない」と指摘しています。
 第4章「コスト感覚 お役所はなぜ税金をムダ遣いするのか」では、「予算は余らせるな、使い切れ」という発想が、お役所が「計画経済の発想」で動いていて、その発想自体に限界があると指摘しています。
 また、通商産業省を舞台にした城山三郎作『官僚たちの夏』のなかで、「無定量・無際限に働く」という表現が使われていることについて、「この文脈にこそ、お役所仕事の本質が隠されている」と述べ、「『やればやっただけ日本がよくなる』系統の企画立案仕事こそ、むしろ曲者」であり、「『世の中のためになる』という前提で、いくらでも仕事をする材料が掘り起こされて」いくとして、「お役所では労働コストが正確かつ十分にカウントされていない点」を指摘し、「作業時間と作業内容(いわば品質)のあいだである程度の折り合い」をつけようとしないと述べています。
 第5章「無責任体質 リスクや責任をとらない理由」では、異動が多い官公庁では「それまでまったく経験のない部署から別の部署に移ってくることは少なく」ないなかで、「ときんは、古くから手をつけられていないしがらみや不祥事が澱のように溜まっている部署に配属されること」があり、新しいポストの仕事に慣れるに従い、「この部署(ポスト)は、目の前にパンドラの箱が置かれた状態であるということ」に気づくとして、「お役所に限らず、民間の不祥事も長年たなざらしになる背景は、こういうことにある」のではないかと述べています。そして、「自分の在任中、『臭いもの』を隠し通せば」大変な対処に追われずにすむうえに、「フタを開けた人は、問題が発覚したときの責任者だったという理由により、相当な確率で出世競争上、回復困難なダメージを受け」るため、「普通の人ならフタを開けずに逃げ切りたい」と思うようになると述べています。
 また、「お役所の施策・事業には中長期的なものが多い」ため、「施策の継続中に変更や撤退などを決断した/しなかったことに対する責任については、、特定するのが難しい」として、「中央官庁のキャリア組のように、早いところだと1~2年ごとに人事異動が行われるので、"責任のバトン・リレー"が起きてしまう」と述べています。
 さらに、著者自身が、文部科学省で、宇宙開発を担当する部署に在籍していた経験を述べた上で、「日本人がリスクに耐えられないのではないか」という懸念を示し、「お役所のリスク感覚は、マスメディアや国民が持っている感覚(リスク許容性)に依存している、いわば『役所は国民の映し鏡だ』」と述べています。
 第6章「マスメディア TVもダメ、新聞もヘン?」では、「バッシングにも動と静があります」として、「当初は激しいもののしぼんでいくのも早い一時的なバッシングよりも、穏やかだがしぶとく真綿で首を絞めるように、そして理性的に行政への監視を続けたほうが、実は所期の目的を達成できるのではないでしょうか」と述べています。
 また、公務員による不祥事を、
(1)公務員という立場(環境)が作用して起きた不祥事
(2)当事者(犯罪者・容疑者)がたまたま公務員だった不祥事
の2つに大きく分け、両者の違いを、「その不祥事に『公務員性(あるいはお役所性)』があるかないか」であると分類しています。
 そして、「何かあればすぐ『公務員なのになんであんなことをするのか』『国民(市民)の代表たる公務員が……』『不祥事を起こしたアイツと同じ組織の人間はみなケシカラン』『どうせみんな一緒だ』と、当事者以外の公務員にまでレッテルを貼ることが建設的なのかどうかを、今一度考えていただきたい」と述べています。
 第7章「クレーマー 国民からの苦情窓口としてのお役所」では、行政に対する苦情電話を、
(A)当事者型苦情電話
(B)一般型苦情電話
(C)豹変型(または目的混在型)電話
(D)自分の話を聞いてほしい電話
の4つに類型化したうえで、「こうした苦情電話を含めた一般からのお役所への連絡・問い合わせ電話全般」に対応するため、日本ではじめて市役所内にコールセンターを開設した札幌市役所の例を挙げ、これを主導した職員の北川憲司さんが、「玉子酒の作り方を教えてほしい」「香典はいくらぐらい包んだらいいんでしょうか」等の行政への問い合わせとは無関係の問い合わせもコールセンターにかかってくると明かしていることを紹介しています。
 また、「お気楽公務員」の常識を覆す「激務」として、「セイホの仕事」(生活保護を扱うケースワーカー業務)を挙げ、「実は福祉系の勉強をしてきた人ほど、学問や理想と現実のあまりのギャップに悩み、辞めてしまう人もいる」と述べています。
 「エピローグ」では、「これまでの『古い』お役所バッシングを卒業し、公務員のモチベーションを損なわず、むしろ奮起させるような適度な緊張感を持った『新しい』お役所バッシングに変えていくため」に必要なものとして、
(1)短期は損気。どやしつけずにまずは冷静に考えること
(2)お役所の改革・改善を見守る根気を持とう
(3)怒りも根気を持って
の3点を挙げています。
 本書は、「お役所」や「公務員」を、本当の意味で自分達の役に立つものとして使うためにはどうしたらいいかを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「北風と太陽」の話は、公務員バッシングの目的が、ストレス発散の矛先を向けることにあるのか、自分が住む社会をより良くしていくことにあるのか、の違いにあるような気がしてならないです。その意味で、本書で著者が理性的に整理していることは意味があると思います。


■ どんな人にオススメ?

・公務員は恵まれていると思う人。
・公務員は悲惨だと思う人。


■ 関連しそうな本

 山本 直治 『公務員、辞めたらどうする?』 2007年08月24日
 末弘 厳太郎 (著), 佐高 信 (編集) 『役人学三則』 2005年12月12日
 新しい霞ヶ関を創る若手の会 (編集) 『霞ヶ関構造改革・プロジェクトK』 2005年12月22日
 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 テリー伊藤 『お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」』 2006年03月16日
 西村 健 『霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち』 2007年09月05日


■ 百夜百マンガ

巌窟王【巌窟王 】

 アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』を、舞台を変えてアニメ化した作品を元にしたコミカライズ作品(ややこしい)。マンガとしても独特の雰囲気のある絵がよいです。

2008年3月30日 (日)

報道危機―リ・ジャーナリズム論

■ 書籍情報

報道危機―リ・ジャーナリズム論   【報道危機―リ・ジャーナリズム論】(#1165)

  徳山 喜雄
  価格: ¥714 (税込)
  集英社(2003/06)

 本書は、「マスメディアは本当にやるべき報道をやっているのか、このままでは市民から遊離していく一方ではないか、そうならばどう改革していくべきなのか、市民から何を求められているのか」等の危機感や疑問から、メディアが突きつけられている問題や課題を論じ他のものです。
 第1章「漂流する放送メディア」では、テレビの政治を扱ったワイドショーとお茶の間の関係を取り上げ、「情報の送り手である『テレビメディア』と受け手である『視聴者』、さらにテレビを利用することによって存在をアピールしようとする『政治家』、この三者が三つどもえになり、高視聴率という『黄金の三角地帯』を形成している」と述べています。
 そして、「「いつの時代も権力者は、マスメディアを自分の都合のいいように利用したいもの」であることを、テレビと視聴者は肝に銘じるべきであると述べています。
 第2章「萎縮する活字メディア」では、「権力から市民を守るはずのマスメディアが、いつのまにか市民と市民を守る権力の連合体から敵視されるという『倒錯の構図』」が、「権力を監視するはずのマスメディアが逆に権力から監視されるという方向へと尖鋭化していった」と述べ、人権擁護法案のなかに、「報道機関による人権侵害」も休載対象として盛り込まれることとなったことについて、「世界各国に人権委員会はあるが、報道機関を対象とする国はほとんどない。いずれの国も言論・報道の自由の観点からはずしている」と主張しています。
 そして、マスメディア側が「これまであまりにも取材・報道することに一辺倒で、自分自身について説明することをおろそかにしてきた」と述べたうえで、「マスメディアが市民から遊離し始めた原因はここにもあるのではないだろうか」と明言を避けています。
 第3章「メディアの新しい潮流」では、「ネットの世界においては個人でも用意にニュースを発信することができ、ジャーナリズムはますますマスメディアの占有物ではなくなってきた」と危機感を煽っています。
 また、「耳や尻尾を切断したネコの虐待写真がネット上の掲示板『2ちゃんねる』に流れた」ことや、容疑者が書類送検された後も、「怒りが収まらないネット利用者によって実名や住所、顔写真がネット上で暴露された」ことを取り上げ、「ネットを使って犯罪行為をした容疑者がネットで報復されるという、現代社会をシンボリックに映し出す事態となった」と述べた上で、「一連の出来事の舞台となった2ちゃんねるとは、どのようなメディアなのだろうか」と解説しています。
 第4章「明日のジャーナリズムのために」では、日本の記者の育てられ方について、大学卒業後、新聞社や通信社に入社すると、「まず地方支局に配属され、そこで警察取材(サツ回り)から始め」、「現場で仕事をさせながら戦力になる人材に育てる」という「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)方式によって日本の記者は養成されていく」と述べた上で、警察取材からOJTを始める弊害として、
・まず情報をいただく、という姿勢からスタートする。
・権力側に立った報道姿勢になりがち。
・被害者の人権を脅かす場面に遭遇しやすい。
・一つの事件、自己を大勢の記者で追うパックジャーナリズムになりがち。
・記事がパターン化する。
。新聞記者の仕事が、警察取材という第一歩で嫌になる記者が少なからずいる。
という朝日新聞記者の石川雅彦記者言葉を紹介しています。
 そして、「まず最初にスポーツ取材や街ダネ取材、あるいは徹底的にインタビュー技術を学ぶ、といったいくつもの養成過程があってもいいのではないだろうか」と述べています。
 また、日本型OJTが、「さらの新人を、我が社のカラーに染める」という色彩が濃いことを指摘しています。
 さらに、欧州でジャーナリストになるための道として、
(1)大学でジャーナリズムを学ぶ
(2)独立ジャーナリスト・スクールに通う
(3)「見習い」をしながら仕事を覚える、いわゆるOJT方式
の3点を示しています。
 著者は、「世界的に見ても、新時代に対応できるジャーナリストの養成・研修方法の開発・確率、そして市民に信頼される強靭なジャーナリズムの再構築が不可欠となってきている」と述べています。
 本書は、「ジャーナリスト」を自称する階層の人たちによる、自らの生き残りの道を模索した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のタイトルである「報道危機」とは、メディアスクラムの問題など、市民にとっての「報道」による「危機」を扱っているのではなく、マスコミ関係者が、自分たちにとっての「危機」を訴えているもの、だという前提を理解していないと、市民が読んでも著者が何を言わんとしているのかがなかなか理解できないんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「報道」という聖域を侵される「危機」を感じている報道人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 毎日新聞取材班 『ネット君臨』
 西村 博之 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』


■ 百夜百音

大全集【大全集】 吉幾三 オリジナル盤発売: 2000

 田舎のプレスリーだったころは寄ってくる娘っ子たちもいたのですが、いよいよそれも嫁に出て行ってしまったのか、ついには若いもんは一人だけになってしまったようです。

2008年3月29日 (土)

新聞がなくなる日

■ 書籍情報

新聞がなくなる日   【新聞がなくなる日】(#1164)

  歌川 令三
  価格: ¥1470 (税込)
  草思社(2005/9/6)

 本書は、元毎日新聞記者による、「『新聞はなくなってほしくない』と思っている人間が書いたジャーナリズム論」です。
 第1章「『沈まぬ太陽』と『役員室午後三時』」では、現在の全国紙のルーツが、明治時代に、「小新聞(こしんぶん)」と呼ばれた「下世話な世相の一面や事件を取り上げた」ものにあり、その源流は大阪朝日新聞といわれていることを紹介しています。
 また、「インターネットは地球を襲った巨大隕石である」とのたとえ話の大前提として、「いま新聞界を襲っているデジタル情報革命なるものは、新聞の発生を促した15世紀のグーテンベルクの印刷機の発明以来の、歴史上滅多に起こらない大事件だ」と述べたうえで、
(1)デジタル革命派、"情報の容れ物"の素材革命でもある。
(2)日本の新聞経営のデジタル時代への対応は、米国よりも7~8年、韓国よりも3年遅れている。
(3)日本の新聞界の「電子」新聞の対応が及び腰なのは、戸別配達制度が強固だからである。
(4)戸別配達制度が危うくなるのは、テレビのデジタル化が完了する2010年だ。
(5)2012年頃までに、小さくなった「紙」新聞紙上のパイを巡って、全国紙による争奪戦が起こる。
(6)デジタルテレビ、インターネット、新聞の3つのメディアの大融合時代がやってくる。
(7)日本の「紙」の新聞が姿を消すのは2030年頃だ。
(8)インターネット・メディアは情報伝達の単なる道具ではない。情報伝達の主たるメディアが変わると、ジャーナリズムは大きく変容する。
の8つの仮説を立てています。
 第2章「さようなら? グーテンベルク」では、、ルターの宗教改革をメディア論的に見ると、中世カトリック教会の行動は「メディアの横暴とその弊害」であり、これに反発したルターが、「聖書こそ、神の教えを伝える唯一のよりどころである」と考え、「神と人間をつなぐメディアは『教会』ではなく『聖書』である」と主張し、「『坊主』から『聖書』へと、キリスト教における支配的メディアの改易に成功した」と述べています。
 第3章「韓国に行けば、明日が見える」では、韓国マスコミ学会会長の金教授が、「ニューメディア時代の韓国の大新聞の直面するジレンマ」として、「紙の新聞が、電子新聞に力を入れれば入れるほど、読者は電子新聞の無料のニュース提供の便利さになれてしまい、逆に紙の新聞を読まない人を増やすかもしれない」との言葉を紹介しています。
 また、市民電子新聞である「オーマイ・ニュース」の呉社長が、「私たちの目標は、メディアのパワー・シフトです。閉ざされた保守の紙の新聞から、開かれた進歩のwwwメディアの時代に移行させることです」と語っていることを紹介しています。
 第4章「飛び交う『新聞の死亡宣告』」では、「アナログ時代の情報収集の鉄則」として、「人より早く情報を取りたいのなら、人より良い位置を占める」ことを挙げ、ユダヤ系金融業者のロスチャイルド家が、1815年、ナポレオン率いるフランス軍と連合国軍とのワールテローでの決戦の第一報を掴み、英国公債を買い捲ることで巨万の富を築き上げたことを紹介しています。
 また、アイダホ州、ポスト・レジスター紙の編集発行人、ロジャー・プロソー氏が新教会のホームページに寄稿した「いまからでも、遅くはない」という論文を取り上げ、その論旨は、「アメリカの新聞人は1990年代初め、インターネット・メディアの出現にあわてふためき、自分達の持っている貴重な財産であるニュース・コンテンツの価値を自らの手で、低下させた」として、「『紙』は有料だが『電子』はタダ、それが消費者の常識なってしまった。これは新聞の自殺行為だ」と主張していることを紹介しています。
 第5章「『ぬるま湯』のなかにも、つのる危機感」では、「明治以来続いた日本的宅配制度」に支えられ、「やや落ち目にあるとはいえ、日本の新聞業の規模は世界一」であることを述べた上で、「この欧米にはない新聞店の仕組みの解明なくして、日本の新聞事情を語ることはできない」として、そのビジネスモデルの特徴として、
(1)販売経費が高い。売り上げの4割以上が、日々の新聞の出前費用に回されている。
(2)新聞にはさんで個別に届けられる折り込み広告の収入を店が持っていること。
(3)日本の新聞社の収入に占める広告収入の比率が、比較的低いこと。
等の点を指摘しています。
 そして、「将軍は昔の戦争をしたがる」という欧州の諺を取り上げ、「変革の時代には、過去の成功体験こそが、企業の自己変革の足かせとなる」と述べています。
 また、団塊の世代が新聞好きな理由として、「日本の新聞が世界一の大部数であり得たのは、高度成長期の日本が、価値観の共通性が強い社会だったからだ」と述べ、「人々は日本の発展のために『個』を制して『大同』につく」という「あの時代特有のコンセンサス重視の読者感覚が、ステレオタイプの大新聞の文化とピッタリだったのだろう」として、それが「新聞を読まないことは、恥ずかしいことである」という考え方を生んだ社会的背景であると述べています。
 第6章「201X年『日本型新聞経営』が死ぬ」では「新聞の将来を語るキーワード」として、「市場での共食い」を意味する「カニバリ」を挙げ、破壊的「カニバリ」のポイントとして、
(1)破壊的な「カニバリ」は、イノベーションが既存の製品を市場から駆逐してしまうような「破壊的」技術を生み出したときに発生する。
(2)「破壊的」技術によってもたらされた新製品には、通常、低価格で性能も良く、新しい顧客にもてはやされるものが多い。
(3)「カニバリ」とは無縁なアウトサイダーにとっては、「破壊的」技術によってもたらされた新商品は、千載一遇のビジネスチャンスである。
の3点を挙げています。その上で、「インターネットデジタル情報化という"破壊的"技術が生んだニューメディアだ」として、日本の新聞界は、「深刻な"カニバリ"のジレンマに陥り、目下思案中」であると述べています。
 そして、日本の新聞経営のよりどころとして、
(1)販売収入こそ、新聞経営の命である。
(2)専売店による宅配制度の維持こそが、日本の新聞経営者の至上命題である。
(3)広告収入は重要だが、それも「紙」新聞の安定的発行の継続が前提だ。
の3点を挙げ、日本の新聞経営は、「ニュースや広告を詰め込んで読者に運搬するコンテナーは『紙』でなければならない」という米国とは逆の経営戦略が導き出されると述べています。
 第7章「ジャーナリズムは滅亡するか?」では、「この本に残された最後のテーマ」に対し、「ジャーナリズムは滅亡しない。伝統的なジャーナリズムの定義を書き換えるほど、大きく変容を遂げるだけだ。新聞ジャーナリズムも生き残る。だがメディアの主役交代で、衰退しているだろう」と答えています。
 また、「ブロガー」など、インターネットに情報を発信する「電子」メディアについて、メディア論の見地からは、「彼らのやっていることは、『ジャーナリズムの文化大革命』だ」として、その理由を、
(1)情報伝達の媒体の機能が、従来のジャーナリズムとは全く異なる。
(2)社会への影響の及ぼし方の違い。
の2点挙げています。
 本書は、毎朝、家に配られることが当たり前だと思っていた新聞とは何かを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、1934年生まれということで、結構なお年を召されているのですが、新聞の歴史からネット新聞までの流れを、破壊的イノベーションの考え方で整理している点は、若いジャーナリストがや現役の新聞記者が「ネット君臨」などの場当たり的で感情的な反応を示しているのに比べると、シンプルながらもわかりやすいんじゃないかと思います。この対極的なものの見方は、やはり年の功なんでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・新聞のインクの匂いが好きな人。


■ 関連しそうな本

 毎日新聞取材班 『ネット君臨』
 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳) 『民主化するイノベーションの時代』 2006年10月16日
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日


■ 百夜百音

そばにいるね【そばにいるね】 青山テルマ feat.SoulJa オリジナル盤発売: 2008

 「史上初のアンサーソングで1位獲得」となった曲ですが、シチュエーションとしては、松村和子の「帰ってこいよ」をデュエットで歌ったわけなので、「ベタ」さで言えば現代のほうがはるかにベタになってきているということもできます。
 いつの時代も「春は別れの季節」ということで、一定の需要があるということでしょうか。
 ちなみに「帰ってこいよ」にはアンサーソングとしてセカンドシングル「お加代ちゃん」がありますが、日本初のアンサーソングは、「黒ネコのタンゴ」に対するアンサーソング「ドラネコのゴーゴー」だそうです。

『帰ってこいよ』

2008年3月28日 (金)

新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト

■ 書籍情報

新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト   【新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト】(#1163)

  小林 弘忠
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論社(1998/08)

 本書は、「無名の人が登場するときは名誉か不名誉かいずれの出来事に限られる」新聞の顔写真について、
(1)顔写真はいつごろから掲載されるようになったのか。
(2)顔写真の丸型(あるいは卵形)と四角型(あるいは矩形)について。
(3)最近、民間人の顔写真が新聞の社会面で見られなくなったこと。
等の不透明な点を明らかにすることを目的としたものです。
 第1章「されど顔写真」では、大きな事故があったとき等の顔写真について、新聞記者が符丁として使っている「ガン首」という言葉を紹介し、「死者を冒?するひびきがあり、死者が出たことを歓喜している不埒な様子も伺える」としたうえで、「新聞に故人の顔は載せて欲しくないという遺族の心情はお構いなく、なかば強引に『ガン首』をとるのだから、顔写真集めにはさまざまな悲喜劇がつきまとっている」として、葬儀の準備に追われている家族を尻目に、「祭壇の遺影を盗み撮りしたり」、「記者であることを明かさずに『警察のほうからきた』と偽ったり、額縁の写真を無断拝借することもなくはない」と述べています。そして、「戦国時代、武将の首級の数を競ったように、顔写真は記者の資質判定の素材でもあった」と述べています。
 また、航空機事故の取材では、
(1)取材班
(2)本社内での名簿整理班
(3)サイド記事の執筆班
の3つの班が編成されると述べ、「3つの班の中でも重要視されるのは名簿班」であると述べ、名簿が正確でなければならないのは、「名簿がニュースであることのほかに、名簿を手がかりに顔写真を集めないといけないためだ」と述べています。そして、昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故では、
・朝日117枚
・毎日572枚
・読売892枚
と新聞社によって顔写真の数が大きく異なっていることについて、朝日新聞は、日航機の遭難が確実になった12日当日の午後9時に、「いくら頑張っても、明日の朝刊の締切時間までに全部集めることは無理だ」という理由から、「顔写真集めをやめる決断をした」と述べています。
 さらに、過去の大事故の新聞記事から、「秩序だった顔写真の掲載が見られ始めたのは、昭和20年代後半になってから」であると述べています。
 第2章「顔写真の歴史をひもとく」では、現存する日本人撮影の最も古い銀板写真として、安政4年(1957)の島津斉彬像を挙げています。
 そして、「新聞に写真が掲載されるようになったのは、写真が生活に溶け込み始めた」明治後期であるとして、「世間の写真流行と比べると、新聞写真の登場は大幅に遅れていた」と述べたうえで、明治37年正月の報知新聞に日本で初めて新聞に写真が登場し、報知新聞は、明治37年の日露戦争開戦時に7,8万だった部数を、年末には一挙に20万部まで増やしたことが述べられています。
 第3章「写真競争はじまる」では、写真掲載初期の明治37年前半の新聞の人物写真は、ほとんどが軍人で、「各誌とも初出写真後しばらくは真正面の全体像で、二段ないし三段組みの肖像がほとんどだった」と述べ、人物写真が大きく掲載された理由として、「なまのニュース、報道写真がそれほど頻繁に掲載できなかった技術上の理由のほか」、当時の新聞が、おおよそ7段組で、現在の15段に比べると一段幅が大きかったという新聞の段数を原因として挙げています。
 また、顔写真は、明治37年(1904)5月1日の東京日日新聞に掲載された「名誉の戦死者」と題された、日露戦争で亡くなった軍人たちの一段組みの真四角の人物写真を黒ワクつきで掲載した写真が走りであるとして、「顔写真の歴史も戦争が契機になっている点は注目されていい」と述べています。
 さらに、事件事故の顔写真が、「まず被害者、犠牲者が先行する形で掲載され始めた」後、明治後期には、「まれではあったが、ともかくも被害者と容疑者の顔が読者の目に飛び込んでくるようになった」として、「顔写真は軍人、美女といったブロマイド的肖像から完全にニュースになったのである」と述べ、「その背景に日露戦争後の犯罪増という社会状況があった点を考慮すると、顔写真にニュース性を持たせたのは社会変動だったことになる」と述べています。
 第4章「大正、昭和初期の顔写真」では、大正期の顔写真について、「各紙共通の顔写真が目につくこと」の不思議さを指摘し、その理由として、「新聞者にカメラマンがいなかったために、写真製版所が写真撮影を受け持っていた」という証言を取り上げ、「現場写真も顔写真も、撮影は製版所まかせで、新聞社は書く専門という分業体制ができていた」と述べています。
 また、昭和の戦時中の新聞の顔写真では、軍人の使者たちが目立つことについて、「戦死者は軍国美談として記事にされ、『殉忠報国の精華』『特別攻撃隊の偉勲』『二階級特進の栄』などの麗句とともに顔写真が紙面を埋めた」と述べています。
 第5章「戦後の事件の顔全調査」では、最近の社会面には「犯人のモンタージュや手配写真は載るが、逮捕されても顔はあまり掲載されず、被害者でもかつて新聞では必須だった子どもや女性の顔写真もほとんど見られなくなった」ことを指摘し、顔写真が減ってきたきっかけとして、マスコミ界で一般にいわれているのは、平成元年3月に発覚した東京の女子高校生コンクリート詰め殺害事件で、「むごい結末を迎えてしまった被害者の女子高校生の顔写真を、マスコミ各誌が事件の経過を追いながら掲載した点が反省されたということになっている」と述べています。
 また、新聞の顔写真の形について、「犯罪面に限ってみると□と○の形によって<悪玉>(□=容疑者)と<善玉>(○=被害者)が峻別されている」と述べ、「各紙とも昭和30年代までは、容疑者、被害者の形状にバラつきがあったのに、40年代になると容疑者は□型が圧倒的に多くなり、被害者は○型がふえている」と述べています。
 さらに、昭和20年代までは「むごい現場状況が実写されて、読者の目にも触れていた」が、「世の中が落ち着くにつれて、こうした写真は新聞からは次第に消えていく」と述べ、女性たちからの抵抗や、人権意識の高まりをその理由として挙げています。
 第6章「新聞でみる顔相考」では、「通信社から手に入れる外国人の顔写真は笑顔が多いのに、日本人の顔は一般に真面目なこと」を指摘しています。
 そして、「今日までの紙面で一番輝いた顔が掲載された時期は、戦争直後の昭和20-25年だろう」と述べ、「やはり人の顔は、時代を映し出しているのである。時代とともに人間の面相はまちがいなく変わっている。と同時に、新聞の顔に関する限りでは、世相、社会、風俗を敏感に察知する報道政策側の主観によって掲載されている点も忘れてはならない」と述べています。
 第7章「写真のマコト、写真のウソ」では、太平洋戦争最大の攻防戦と言われた硫黄島の戦闘において、「丘の頂上にひるがえった星条旗を写した写真」が、「当時アメリカでは熱狂的な歓迎を受け、連合国軍側にも喧伝されたピュリッツァー賞獲得の歴史的な映像である」が、「この歴史的写真は、実は最初に頂上に立てられた星条旗を撮影したもの」ではなく、「最初にポールが立てられたのは、それよりも三時間も前で、旗が小さいため立て直しをしていたとき、偶然ローゼンソールが撮影した」ものであり、「おまけにポールを立てている6人は、硫黄島の戦いに参加した兵士たちでもなかった」ことを明らかにしています。
 そして、「映像が『ある事実』をとらえているのはまちがいではない。しかし『ある事実』を強調し、事実をゆがめる場合があるのもまちがいではない。さらに『ある事実』が利用されるのも同じくらいたしかである」と指摘しています。
 また、近年、新聞に顔写真掲載が減っていることについて、「顔写真にたいする疑義が記者たちのなかでふくらみはじめてきたこと、新聞の制作側もひところのように、顔にこだわらなくなった」ことを指摘しています。
 本書は、顔写真を通じて、新聞記事の読み解き方の一つの視点を提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むまであまり気にしていませんでしたが、同じ写真でも卵型のワクで写っているのと、四角いワクで写っているのとでは、たしかに四角ワクの写真に収まると悪人っぽい印象を受けてしまうような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・自分の写真は丸い枠に収まりたい人。


■ 関連しそうな本

 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 大井 浩一 『メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発』 2008年03月22日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日


■ 百夜百マンガ

アリエスの乙女たち【アリエスの乙女たち 】

 ナンノが主演した大映ドラマで知られている作品ですが、少女マンガの王道を突っ走る感じはまた違ったよさがあります。

2008年3月27日 (木)

花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方

■ 書籍情報

花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方   【花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方】(#1162)

  城山 三郎
  価格: ¥420 (税込)
  角川書店(1999/01)

 本書は、作家である著者、城山三郎氏が、一橋大学の恩師である経済学者、山田雄三氏との関わりを通じてまとめた、著者の「自己形成史」ともいえる一冊です。
 本書のタイトル、「花失せては面白からず」は、『花伝書』の言葉、「花なくば面白き所あるまじ」を誤って覚えこんでしまったところ、「記憶ちがいの断定的な表現が叱咤するひびきを伴なって、私の中に根づいてしまっており、私流に意訳した言葉としてそのまま使わせて頂いた」と述べています。
 第1章「生涯を決めたひと」では、一橋大学の山田ゼミに入った著者が、終戦直後、「経済の早急な再建が必要」であり、「限られた資源や所得の配分を、どうするか。資本主義的手法で行くのか。社会主義化するのか」、そして、「ケインズか、マルクスか」のホットな対決の中にありながら、モルゲンシュテルンの『Theory of Games and Economic Behavior』をテキストに使い、「まるで別の時間が流れていた」ことに戸惑いを覚え、「現実はさておき、数学にはじまり、数学に終わる。きらびやかな世界の中だけでの舞い。空の舞台で空しい舞を舞うだけ。その自己満足でいいのか。いや、満足どころか、不満を溜めるだけにならないのか」との迷いから、「やめさせて頂きます」で結ぶ手紙を教授に送ったことを語っています。この手紙に対して、教授からは、「便箋数枚ににもわたる分厚い手紙」が届いたとして、その内容を紹介しています。山田教授は、経済学では、「いろいろむずかしい形式化もやりますが、問題は詮ずるところ個人と全体との在り方や人間の行動の仕方を知るにある」と述べています。そして、著者に、「真に客観的な事実認識に徹しようとしている今日の社会科学の意義を誤解しないようにして貰いたい」、「多少ともこの科学性によって現代人の人間型がつくられていることを十分反省してもらいたい」と諭し、「自分の信念を正当化するために人はさまざまな言葉を用い、これによってイデオロギー的『理論』をつくりあげ」るが、「このような言葉の外飾をはぎとってその奥なるものを見抜くことは実証的研究のやるべき第一の仕事」であると強調しています。さらに、「社会や歴史の動きには力の関係はつきものであって、それがこの世から直ぐに消え去るとは思われません」としながらも、「力の講師者といえどもまた常に敵の出方を考慮に入れて自分の態度を決め、敵も又こちらの出方を考慮して戦略を策するであろうということであり、ここにも、極めて複雑化してくるけれども力の法則というべきものの客観的認識が必要になる」と述べ、「この問題をつかむことこそ最も重要な社会科学の仕事であって、それがまた大きく現代人の性格に影響して」いると語っています。山田教授は結論として、
(1)実証的な社会科学の仕事は君が今考えている程そんなに華々しいものではない。
(2)このような社会科学の仕事は実は現代人の人間型のうちに地となり肉となりつつある形成要素である。
の2点を「君に考えて貰いたい」と述べています。
 この手紙を読んで、教授に詫び、ゼミに戻った著者は、家族の介護のために実家のある名古屋に戻り、そこで、愛知学芸大学の教官の仕事を得ることになりますが、ここでも「常識に欠けていた」として、「仮にも学者の世界に進む以上、何よりもまず教授に相談し、その御意見を伺うべきであった」と語っています。
 その後著者は、『輸出』で文学界新人賞を受賞、『総会屋柳城』で直木賞を受賞したことをきっかけに、大学から退き「文筆一本に」なったが、著者の作品のテーマは、「組織の中で人間はどう生きるか、人間にとって組織とは何なのか」というものであり、教授から、経済学とも「全くちがう世界ではないんだよ」というニュアンスの話が届いたことで、「敵前逃亡を許されたような、ほっとした気分になったりした」と語っています。
 第2章「静謐のひとに激動の世」では、「自らのことを語らぬ人」である山田教授の生い立ちや、一橋大学における「白票事件」などの騒動の中で「あえて火中の栗を拾う」かのような挙に出ていたこと、ベルリンの短期滞在の後のウィーンへの留学時代のことなど、「静謐とは遠い出来事が教授を巻き込み、また若い日の教授がこれに正対する時期であった」と
 また、著者がゼミナールを辞めるべきか悩んでいた時期に、教授自身も「この時代に教科書風の物を書いたり、『ゲーム理論』のような難解なものを追ったり、やや分裂症気味であった」と苦悩していたことが語られています。
 さらに、昭和63年に「教え学ぶ学問と求め探る学問」について教授が語った中で、「研究的な学問の立場」について注意すべき点として、
(1)われわれは全体よりも部分を、一般よりも特殊を重視しなければならない。
(2)われわれは正常よりも異常を、調和よりも不調和を出発点としなければならない。
(3)われわれは一元論よりも多元論を、独裁制よりも民主制を基盤としなければならない。
の3点を挙げていることを紹介しています。
 第3章「二人ゼミナール」では、教授と著者との対話の中で、教授が、「自由主義というものの中に、生来、秩序があるという考え方」などの「自由主義の調和論は不賛成」であると語っていることを紹介し、「むしろ自由とself-interest(個人利害)と結び付けて現実に調和を生む自由を強調」するという言葉を取り上げています。
 また、戦後すぐ、日本でいち早く取り上げたゲーム理論について、「なんか題目もおもしろいし、何が書いてあるかと思って」入手したが、「ゲームの理論は予想を外れてだめだった。数学の本でね。あんまり数学的すぎてね、途中で放棄しちゃった」と語っていることを紹介しています。
 さらに、教授が、「自由主義もしくは民主主義は、価値多元間の相互批判的調整である」と語っていることを取り上げ、合意のあり方について、「価値の問題に関する限りは、なんか多数決のようなもので決定していく他はない」と述べ、「結局は合意という一種の多数決」を尊重しなければならない、と語っていることを紹介しています。その上で、「事実に限定して合意を求めるということは大賛成」だが、「価値の問題について合意を求めるとなると、むしろ私は妥協とかね、あるいは駆け引き、そういうものが必要になるんじゃないか」という言葉を紹介しています。
 第4章「引退後も『おや』の連続」では、大学を引退された後の教授のエピソードを紹介した上で、「まるで、会う度に変化し成長している若者でも見るようで、こんな言い方をしては失礼だが、『老いて、さらに新鮮』とでも言う他なかった」と語っています。
 著者は、「人生の季節季節のあるべき姿を、さまざまな形で私は教授から教えられた気がする」と語っています。
 第5章「花失せては面白からず」では、謡曲に明るい教授が、『花伝書』の中から、
「花なくば、面白き所あるまじ」
という言葉と、「一見これとは全く逆の文句」があるとして、
「花の萎れたらんことこそ面白けれ」
という言葉を取り上げ、「こうした矛盾を、きみはどう考えるのか」という宿題を課されたことを語っています。
 著者は、「今日残った宿題はなんですか。次までに何を考えればいい?」という言葉が、「いまも多摩の方角から、教授の声が聞こえてくる」と述べ、「93歳の師と68歳の弟子の二人だけのゼミナール」の準備をしなければ、と語っています。
 本書は、山田雄三教授という稀有な経済学者の人生を通して、学ぶこと、研究することの意味を考えさせくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 城山三郎氏の小説は面白いらしいとは聞いていながら、結局読むのは本書がはじめてでした。この文体なら読みやすそうでいいですね。
 とりあえず、学生時代に勉強することが社会で何の役に立つのか、という悩みは多くの人にとって一度は経験のある問いかけではないかと思いますが、そういう人にはぜひ山田教授の手紙を読んでいただきたいです。
 でも、「学校の勉強は役に立たない」といっている人の場合、「簡潔に一言で言え」とか言い出しかねないのが難点ですが。


■ どんな人にオススメ?

・学ぶこととは何かを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 鈴木 光男 『社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ』 2008年03月17日
 城山 三郎 『官僚たちの夏』
 城山 三郎 『城山三郎全集〈第3巻〉毎日が日曜日.輸出』
 John Von Neuman, Oscar Morgenstern 『Theory of Games and Economic Behavior』
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』


■ 百夜百マンガ

課長王子外伝【課長王子外伝 】

 昔のHR/HM好きにはたまらない「フライングV」大フィーチャーの作品。元はテレビアニメながらも例によってコミカライズでは原作は無視。
 ちなみに、三井物産マニラ支店長誘拐事件の被害に遭った若王子さんが課長になると「課長若王子」になるのでしょうか。

2008年3月26日 (水)

不安定雇用という虚像―パート・フリーター・派遣の実像

■ 書籍情報

不安定雇用という虚像―パート・フリーター・派遣の実像   【不安定雇用という虚像―パート・フリーター・派遣の実像】(#1161)

  佐藤 博樹, 小泉 静子
  価格: ¥2100 (税込)
  勁草書房(2007/11/8)

 本書は、
(1)非正社員の中でも大きな比重を占めかつパート社員の中で中核を構成する主婦パート
(2)アルバイトや契約社員の中でも若年層を主とするフリーター
(3)非正社員の中では比率は低いが新しい働き方である派遣社員
の3類型を取り上げ、「働いているものの視点から、それぞれの働き方の担い手やキャリア、就業実態、働き方の選択理由やその背景、働き方の問題点、今後のキャリア希望などを明らかにする」ものです。
 第1章「短時間だが職場の主力を担う人々」では、「子どもを抱えつつ、生活のためにそれなりの日数を働いている人」が、自分の働き方を「パートタイマー」とイメージしていることを明らかにしています。
 そして、多くの人が、「正社員から職業生活をスタートし、途中で主婦パートへ移動する過程で出産・育児を経験している様子が伺える」として、10年以上に及ぶそのブランク期間が、合計特殊出生率が低下傾向にあるなかで、「短くなると推測できる」としています。
 また、主婦パートが勤務先を選択する条件として、
・通勤に便利なこと
・労働時間や働く曜日などの条件があっていること
・働く曜日や時間を自分の都合に合わせて選べること
等を重視していると述べ、「主婦パートは、自分のペースを守るために働く場所、日数、時間数をある程度限定し、自分が思う範囲内で働きたいというニーズが強いようだ」としています。
 さらに、「週の労働時間が長い者ほど『まったく同じ内容の仕事をしている』正社員が勤務先にいるとする回答が多くなり、週労働時間が40時間以上ではその割合が3割を超える」と述べています。
 著者は、「現在、パートとして働いている主夫の人々」が、「正社員になりたいのになれないからではなく、自分の生活リズムや、生活を大事にしたいという価値観を実現するために、最も適合する形としてパートという働き方を選択している」と分析しています。
 第2章「正社員なみに働く人々」では、本書が用いている「19~34歳、未婚、アルバイトまたはパートまたはフリーターとして雇用されている者」という定義に該当する者のうち、「フリーターと自己認識している者は3割強であり、半数がアルバイトと自己認識していることが注目される」として、「他者評価と自己認識は一致しない」と述べています。
 そして、「現在、フリーターとして働いている者の中で初職が正社員以外であった人は73.0%と多く、他の働き方を大きく上回る」ことを指摘したうえで、「キャリアをフリーターで始めると正社員に転換しにくいということ」が確認できたとしています。
 また、平均時給が千円余りであるため、「かなりの時間数かつかなりの日数働いても、フリーターの年収は平均で140.4万円にとどまっている」ことについて、同年代の未婚正社員の年収の「半分にも届いていない」ことを指摘しています。
 第3章「定着した新しい働き方」では、派遣社員として働く人たちについて、
・女性が圧倒的に多数を占めている。
・40歳未満が68%を占め、特に25~34歳の占める割合は4割を超えている。
等の特徴を挙げ、「大雑把な言い方が許されるならば、派遣は"若い未婚女性"の働き方だと言える」と述べています。
 そして、パート、派遣、フリーターという働き方の選択に当たり、「未既婚という個人的環境の要素が大きく影響している」点を指摘し、「派遣社員の6割が制約条件なしに派遣を選択した」ことは、「未婚者の割合が高いことが影響している」と推測している。
 また、派遣社員のパソコンリテラシーがかなり高いと評価できること、他の非正社員に比べて資格やスキルアップに取り組んでいる人の割合が高いこと等の特徴を挙げています。
 結章「増大する非正社員と人材活用上の課題」では、主婦パート、フリーター、派遣社員の3つの類型の非正社員について、「仕事レベルなど就業実態は一様でなく、多様な実情が明らかにされた」としています。
 また、非正社員の正社員登用のメリットについて、
(1)労働条件を改善しキャリアを広げて、その定着や仕事意欲の向上を促す。
(2)より高度な教育訓練の機会を与えられる。
(3)実際の仕事振りを見て、その能力や仕事への意欲について適切に把握した上で、選抜できる。
(4)採用力が弱い企業にとって、正社員を補充する有効な仕組みとなる。
(5)パート社員募集の採用条件を魅力あるものにできる。
(6)パート社員の仕事や技能習得への意欲を高められる。
の6点を挙げています。
 本書は、「不安定雇用」という言葉で一括りにされる非正社員を捉える視点を提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ワーキングプア」など格差問題はいろいろな面で問題になっていますが、「不安定雇用」と一括りにされている人たちの実態はあまり知られずに、極端な例ばかりがマスコミで取り上げられてきたような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・不安定雇用と言われる人々の実態を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
 佐藤 博樹 『変わる働き方とキャリア・デザイン』 2006年05月22日
 B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳) 『ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実』 2007年06月25日
 ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳) 『ハードワーク~低賃金で働くということ』 2006年03月08日
 スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳) 『使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト』 2006年11月14日


■ 百夜百マンガ

信長【信長 】

 絶頂期にパクリとの横槍が入ってそのままダウンしてしまう作品が多い中、きちんと書き直して後々からでも入手可能になったことは素晴らしいことなのではないかと思います。

2008年3月25日 (火)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ

■ 書籍情報

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ   【日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ】(#1160)

  飯尾 潤
  価格: ¥840 (税込)
  中央公論新社(2007/07)

 本書は、「日本における議院内閣制の分析を通し、国会、内閣、首相、政治家、官僚制、政党、選挙制度、政策過程などについて、歴史という縦軸、国際比較という横軸から照射し、日本という国の統治構造の過去・現在を、構造的に解き明かす試み」です。
 第1章「官僚内閣制」では、日本政治において、「迅速でダイナミックな意思決定や、社会の変化に合わせた大胆な改革が不足していること」が問題視されるときに槍玉に上がってきた「議院内閣制」について、議院内閣制を採るイギリスでは権力が集中し、大統領制をとるアメリカでは権力抑制の側面が強いことを挙げ、「議院内閣制を権力の分散と結びつける日本の議院内閣制イメージは、どこにでも通用する見方だとはいえない」と指摘しています。
 そして、「日本国憲法制定で民主化されたということは、議院内閣制の採用によって、民主的に選ばれた勢力に権力が集中したという点につきる」として、「日本国憲法によって日本の政治が民主化としたというときに、議院内閣制が機能しているかを見ることが決定的に重要なのである」と述べています。
 また、明治憲法体制について、「権力集中による独裁者を生み出したことによって崩壊したのではなく、意思決定中枢を欠くために、指導者がお互いに手詰まり状況にに陥り、事態打開のための決断が遅れ、積み重なった既成事実が選択肢を狭める中で、対米開戦といった破滅的決定を下し、崩壊へ突き進んだ」と指摘しています。
 さらに、「議院内閣制では、民主政における代表あるいは代理関係が一貫しており、ひとつの連鎖を持っていることが、決定的に重要なのである」として、「有権者から国会議員・首相・大臣・官僚と権限委任の連鎖が生じるところに、議院内閣制が一元代表制となり、また民主制の一形態であることが理解できる」と述べています。
 この他、内閣法において、内閣総理大臣と国務大臣を区別せずに、「各大臣」による「分担管理原則」を規定していることを挙げ、この「強い分担管理原則」のもとでは、「背景に有権者の負託を背負っているという議院内閣制の原則は薄らいでしまう」ことを指摘し、「官僚からなる省庁の代理人としての各省大臣が集合する内閣である『官僚内閣制』は、分担管理原則に負うところが大きい」と述べています。
 第2章「省庁代表制」では、日本の多元主義が、「仕切られた多元主義」「官僚主導大衆包括型多元主義」「パターン化された多元主義」などの「形容詞付き多元主義」論で語られることを挙げ、「日本ではアメリカのように利益集団が自由に結成され、それらが消長を繰り返しながら、政治の主役となる状況がないことを示している」と述べています。
 そして、「日本の官僚制が備えている興味深い特色」として、「人事における官僚の自律性」を大きな特長として挙げ、「形式と実質が大きく乖離しているところに現代日本の官僚人事制度の問題点がある」として、「ほとんどの実務が、非公式制度によっているために、外から見えにくいだけではなく、意識的に改革することが難しい」と述べています。
 また、日本政府を、「省庁連邦国家日本」(United Ministries of Japan)として把握する見方を示し、「官僚内閣制は、省庁を主体とする政府構造を暗黙のうちに前提にしているが、それぞれの省庁官僚制が自律性を確保するならば、政府全体は連邦国家のような様相を呈する」と述べています。
 さらに、中央政府と地方政府の関係について、「いま日本の中央―地方関係も大きな変革期を迎えている」としながらも、「一般に地方自治が語られるときには、『分権』か『集権』かが問われるが、問題はそれほど単純ではなく、『融合』か『分離』かという軸も重要である」として、「実際、戦後日本の中央―地方関係は、高度の融合的体制であった」と述べ、この融合体制が、高度成長のさなかには「一定の成果を上げていた」が、「政策飽和の時代」となった1970年代末ごろからは、「現場を持たない中央政府の官僚制は、次第に現場感覚からかけ離れ、勝手な指示をする病理現象を呈することが増えてきた」ことを指摘しています。
 著者は、「官僚内閣制では、官僚が独自の『支配集団』を形成しているわけではない」として、「日本の官僚制は、社会的な利益の代弁者という側面も持っている」として、「仕切られた多元主義」を、「各省庁を結節点として、国民代表たる議会に対抗して、民意を代弁あるいは利益を媒介する仕組みとを示したものだと再解釈することもできよう」と述べています。
 第3章「政府・与党二元体制」では、「民主化において重要な役割を果たすべき民選議員」が、「憲法が予定したようには行政権を握ることはなかったが、別の形で行政権を統制する方法を見つけた」として、「『与党』による独自機能の発揮」、具体的には「自民党本部機能の拡大と族議員の隆盛」であると述べています。
 そして、日本の特色として、「政権を担うはずの政党が、自ら『与党』と名乗って、政府とは違う立場に立つことを堂々と表明するところにある」ことを挙げ、「『官僚内閣制』のために、首相支持の議員による政府への統制が十分でない」現代日本において、彼らが、「『与党』という自らの政府を内閣の代替物としてもち、それを通じて官僚制を統制しようとする」と述べています。
 また、「族議員であるかないかは、関係する省庁の官僚が決めるといってもよい」として、「日常的な『御説明』によって、当該政策領域に何が起こっているのかを常に把握しているのが、族議員であり、主観的に特定の政策領域に思い入れが強くても、そうした政策コミュニティのメンバーではない議員は族議員ではない」として、「族議員が族議員であるゆえん」は、「日本型の『鉄の三角同盟』をつくり上げているから」であると述べています。
 さらに、政府・与党二元体制が、「公式組織の外に官僚を連れ出して活躍させるという意味で、『政治的官僚』を生み出す構造を持っている」として、一方で、政治家は、「当選回数を重ねてポストが回ってくるのを待つうち、組織化され、制度化された世界に生きる『行政的政治家』になる側面がある」と述べ、官僚の中位あるいは下位との日常的接触が、「政治家の関心を行政運営や政策実施に集中させ、大規模な制度の改変や、政策間調整といった、大がかりな政治への関心を失わせる」ことを指摘しています。
 第4章「政権交代なき政党政治」では、自民党が、「長く政権を維持することができた」理由と、日本政治における意味について論じています。
 そして、議院内閣制で最も重要なものとして、「政権選択という意味での総選挙(政権基盤となる院の全面改選)と、政権基盤となる院(衆議院や下院)における首相指名選挙」という一般原理を挙げた上で、「日本の議院内閣制の脆弱さは明らか」であると指摘しています。
 また、かつて「自民党独裁」「自民党による政権独占体制」という批判的な言葉が使われたことについて、「日本における民主諸制度の定着を考えると、こうした規定には大きな問題がある」として、政治学では、「競争的選挙が行われている点で、一党独裁体制とは明確に違うものの、一党が長期にわたって政権を維持し続け、政権党が交代するという意味での政権交代が実現しない状況」を「一党優位制」と規定することが多くなったと解説しています。
 さらに、自民党長期政権が持っていた「政権交代を求める圧力を緩和する装置」を、衆議院における「中選挙区制」の存在が支えていたことを挙げ、自民党の候補者が、「政権獲得のための部品として存在し、議院、大臣という地位獲得が自己目的化」していたことを解説しています。
 第5章「統治機構の比較――議院内閣制と大統領制」では、各国の政治制度の外観を、「政治権力の集中と分散という観点から」比較しています。
 まず、イギリスについては、「『ウェストミンスター・モデル』と称されるイギリスの政党制、選挙、議院内閣制の仕組みは、議院内閣制の理念型としての地位を占めている」こと、アメリカの政治制度が、「建国時に想定されたものとはまったく違う姿に移行している」こと、フランスの大統領制が、議院内閣制の要素が加わっている「半大統領制」と呼ばれていることなどが解説されています。そして、日韓の政治制度を比較し、「日本の議院内閣制が権力の分散をもたらし、韓国の大統領制が権力の集中をもたらすという興味深い関係にある」として、「議院内閣制と大統領制のもたらす結果が一様ではないことがわかる」と述べています。
 著者は、日本政治における「もっとも基底的な問題」として、「政権交代可能な民主政はどうすれば可能か」であると述べ、1994年の公職選挙法改正による選挙制度改革が、「なにより政権交代可能な民主政を支える政党システムとそれに相応しい政党組織を制度改革によってつくり出そうという試みであった」と述べています。
 第6章「議院内閣制の確立」では、「戦後日本政治の特徴が十二分に発揮されていたのは1980年代半ばであった」として、その頃の日本政治研究が、「反近代主義的な時代思潮の影響も受け、他国とは違う日本独自の民主政が、機能的には普遍的な価値を持っていることを例証しようと努めていた」が、「こうした議論は、日本政治に対する見方を深化させたものの、政治家優位、自民党の支配的地位といった権力配置に関する命題を問題にしただけで発展性が少なかった」ことを指摘しています。そして、戦後の日本政治が、「部分的には特異なようにみえても」、「他の議院内閣制諸国に匹敵する政治的実績があり、全体としては『よくやっている』という評価を得て当然であった」としながらも、「特定の環境によってはうまく機能した仕組みが、別の環境では機能不全を起こすこともある」と指摘しています。
 そして、戦後日本の政治構造の問題点として、
(1)政治の方向を決める「権力核」の不在
(2)権力核の民主的統制の強化
(3)政策の首尾一貫性の確保の難しさ
の3点を挙げています。
 また、小泉首相が内閣主導で自民党内の「抵抗勢力」に勝利したことが、「官僚制にも大きな影響をもたらし」、「首相の手元で政策を決定し、場合によっては立案することが、大きな意味を持つようになり、そうした場面で補佐機能を発揮する官僚へ、省庁に陣取る官僚から実質的な権力が移行する現象が見られた」として、「『内閣官僚』ともいうべき、内閣官房や内閣府の特定部局の官僚の権勢が高まった」ことを指摘しています。
 著者は、「政治改革や行政改革に関して、1990年代に営々と準備されてきた改革が、小泉内閣の下で一斉に効果を現し、官僚内閣制、省庁代表制、政府・与党二元体制といった要素が変化して、政権交代可能な民主制の条件である政権選択選挙も、現実の政権交代という要素を除いては、大きく実現に向った」と述べています。
 第7章「政党政治の限界と意義」では、「政党政治の意義と限界を、さまざまな問題に即して検討してみたい」としています。
 そして、「政官関係」の規範として、
(1)統制の規範
(2)分離の規範
(3)協働の規範
の3つの要素を挙げています。
 本書は、普段ニュースを見て聞きなれている、国会、内閣、首相、政治家、官僚制、政党、選挙制度等の言葉の意味を、もう一度考え直すきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本といえば「官僚支配」という構図があちこちで言われているためか、本当に官僚が実験を握っているかのような先入観がありますが、本書を読むと、やはり政治家は一枚上手のように感じます。
 だからこそ、「国士型」の官僚は次々と政治家に転身していってしまうのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・日本を統治しているのは誰なのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 飯尾 潤 『政局から政策へ―日本政治の成熟と転換』 
 横田 由美子 『私が愛した官僚たち』 2007年11月13日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 猪口 孝, 岩井 奉信 『「族議員」の研究―自民党政権を牛耳る主役たち』 2005年08月03日
 谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日


■ 百夜百マンガ

たとえばこんなラブ・ソング【たとえばこんなラブ・ソング 】

 ラブコメと言えばズバリ三角関係!
 どの作品もちょっと狙いすぎな感じがしてしまう人ですが、娯楽と割り切ってしまえばそれもありかと。

2008年3月24日 (月)

日本の貧困研究

■ 書籍情報

日本の貧困研究   【日本の貧困研究】(#1159)

  橘木 俊詔, 浦川 邦夫
  価格: ¥3360 (税込)
  東京大学出版会(2006/09)

 本書は、「日本において、貧富の格差が拡大している」として、この「深刻な社会問題」である「貧困層の増大」に焦点を当てて、「包括的に分析するもの」です。
 第1章「日本の貧困の歴史」では、「戦争による貧困がいかに人々の生活を悲惨なものにしたか」について、1945年の国民1人当りの栄養摂取量が1,793カロリーで必要摂取量の83%であったものが、47年にはそれが47%まで低下したことを挙げ、「当時の日本人は絶対的貧困の中にいたし、その深刻さも並外れたものだった」と述べています。
 そして、高度成長期とそれ以降の安定成長起因は、「貧困が世の中から消えたと思わせるほどに、貧困率は低下した」と述べ、「それにつれて貧困研究も冬の時代を迎えることとなった」理由として、
(1)高度成長経済は大半の国民の所得を上昇させたので、所得で定義される貧困線以上の所得を稼ぐ人の数が増加し、逆に貧困ライン以下の所得しか稼げない人の数が減少することは、自然のことである。
(2)高度成長の時期は所得分配の平等化が進行した。
(3)この時期は日本の社会保障制度が飛躍的に発展した。
(4)それまでの日本の貧困研究が絶対的貧困を中心になされていたとともに、貧困を生む1つの要因である社会の階層化が、高成長によって鮮明でなくなり、階層化論から貧困を研究することもなくなった。
の4点を挙げています。
 第2章「先進国の貧困」では、「貧困率が突出して高い」国としてアメリカと日本を挙げ、次いで南欧諸国とアングロ・サクソン諸国が続くと述べる一方で、「中欧諸国の貧困率は平均よりもやや低く、最も低い貧困率は北欧諸国で示される」と述べています。
 また、「イギリスで最初に最も影響力のある貧困研究として現れた」Rowntreeについて、「後の世において『絶対的貧困』と呼ばれる貧困の定義の提唱者」であると述べています。
 さらに、スウェーデンとデンマークの国民の間に自由と平等の思想が強固である理由として、
(1)協同組合の創生と発展。
(2)参加型の経営が基本になっている。
(3)共同体で生きることの意味をよく心得ている。
(4)国民の間で社会民主党の政治への信頼が強い。
(5)もともと国民の間に階級社会という顔がさほどなかった。
(6)政治家を含めた知的指導者、さらに経済学者、思想家、実務家の役割も無視できない。
(7)公共部門と国民の間の信頼感が強い。
(8)民間部門が福祉を担当すると、サービスの提供にゆがみが生じる、という危惧を国民は恐れている。
の8点を挙げています。
 第3章「日本の貧困」では、「90年代以降における日本の貧困の推移に焦点をあて」、
・なぜ貧困は増加しているのか
・貧困に陥っている世帯にはどのような特徴がみられるのか
・貧困の削減に向けてどのような方策が有効であろうか
等の諸問題に対する分析を試みるとしています。
 そして、現在の日本の姿について、「相対的貧困の概念で貧困を定義してもかなり貧困ラインは低く設定されている」として、「低い貧困ラインであるにもかかわらず、およそ6世帯に1世帯が貧困ライン以下にある」ことを指摘しています。
 また、「核家族世帯や三世代世帯において世帯主の労働所得しか稼得所得がないケースでは、貧困になる確率が相当上昇する」と述べています。
 著者は、分析結果より、「90年代半ば以降、多くの貧困指標において貧困レベルに上昇が見られ、日本の貧困が全体として拡大中であることが確認された」と述べています。
 第4章「生活保護制度の貧困削減効果」では、「労働力人口として働くことが可能な年代の人に、生活保護受給がほとんどなされていない理由」として、
(1)働く場所のない失業者には、雇用保険制度からの失業給付があるので、次の職が見つかるまでの所得保障制度は用意されている、との認識が世間一般にあること。
(2)身体も精神も健常で働くことの可能な年代の人に対しては、たとえ生活保護受給の申請があったとしても、「まずは仕事を見つけなさい」と説得を重ねて、当局が申請を受理・認可しないケースがある。
(3)生活保護制度は、家族・親族からの経済支援を受けることが可能な人を排除している。
の3点を挙げています。
 そして、本章において、「家計が最低限度の生活水準を満たすための収入額を世帯類型別に貧困ラインとして設定し、貧困を絶対的に定義することを試みる」としています。
 また、わが国の捕捉率が非常に低い理由として、
(1)相当厳格な資格審査、所得調査、資力調査(ミ-ンズ・テスト)が課される。
(2)家族・親族に経済支援の能力があれば、生活保護の受給資格が認定されない。
(3)そもそも生活保護制度に対する十分な情報を低所得世帯が入手できておらず、そのことで申請に二の足を踏んでいる可能性が高い
(4)恥の文化によるのか、なかなか権利を行使しない人が多い。
の4点を挙げています。
 著者は、公的扶助の効率性について、カナダ、ドイツ、スウェーデン、イギリス、アメリカとの比較において、「日本は6か国中最も低い効率性である」と指摘しています。
 第5章「"貧困との戦い"における最低賃金の役割」では、「住宅特別扶助を生活保護支給額に組み入れた場合、生活保護支給額が最低賃金額を上回っているケースがあること」について、この事実が、
(1)生活保護制度による支給額は、人が最低生きていけるだけの生活費保障を念頭にして算出されているが、最賃が生きていくだけの生活費を支給していないと理解することが可能である。
(2)最低賃金を受け取る人は労働をしているのに対して、生活保護を受けている人は労働をしていない人が圧倒的に多い。
の2点から異常であると指摘しています。
 また、最低賃金が賃金分布に与える影響として、「最低賃金を10%上昇させた場合は貧困世帯のうちの約5%、15%上昇させた場合は約6.5%が貧困ラインを脱出できる」と試算しています。
 第6章「人々は貧困をどのように捉えているのか」では、「人々の『貧困』に対する考え方にどのような特徴がみられるかの検証をアンケート調査を用いて」行ない、「人々の『貧困』に対する考え方は、所得分配をどのような公正概念で理解しているか、論点とも密接なつながりをもつと考えられる」と述べています。
 そして、「経済的資源や経済活動の成果をいかに分配するかという判断基準」として、
(1)貢献に応じた分配
(2)必要に応じた分配
(3)努力に応じた分配
の3点を紹介しています。
 著者は、本章において明らかになった点として、
・分布内における自分自身の位置に関する情報があらかじめ明示されていないケースでは、最も恵まれない人の利益を最大にするような分配を望ましいと判断するロールズ型の倫理基準に支持が強かった。
・相対的貧困回避型の倫理時基準に対する支持が、絶対的貧困回避型を上回った。
等を挙げています。
 第7章「所得格差の拡大と貧困」では、「グループ内所得格差が小さい大手企業、官公庁の方が、グループ内所得格差の大きな自営業よりも富裕層である割合が高い」ことを指摘し、「いわば、大手企業、官公庁は、90年代においては、他の世帯業態と比べてローリスク・ハイリターンの特徴を持っていた」と述べています。
 また、「母子世帯、世帯主が非正規労働者の世帯、世帯主が無職の世帯などで、90年代半ば以降、自らの集団と上位集団との所得格差が拡大している」ことや、「就労世代の単身世帯、若年世帯においては、95年から01年にかけて自らの集団と上位集団との所得分布の重なりの程度は、わずかではあるが増加した」ことなどを明らかにしています。
 第10章「岐路に立つ日本社会」では、実証結果より、「所得という金銭上の問題だけでなく、住宅の質、家族や社会との関係が、人々の満足度に影響があるという事実」等を明らかにしたと述べています。
 本書は、格差拡大をめぐる議論が盛んななか、見えにくくなった「貧困」を見つめる目を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本は、終戦直後のどん底の貧困をあらゆる階層が経験しているためか、「豊かになった、あの頃よりましだ」という思いを共有できてきたために、貧困が大きな問題にならなかったのでしょうか。
 その意味では、戦後の貧困を知らない世代が社会の大半を占めるようになった現在、貧困や格差の深刻さに今更ながらに気がつかされた、ということなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・自分は貧しくないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 橘木 俊詔 『アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん』 2007年08月02日
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
 橘木 俊詔, 森 剛志 『日本のお金持ち研究』 2006年06月13日


■ 百夜百マンガ

め~てるの気持ち【め~てるの気持ち 】

 ちょっとヘビーなSF作品の連載が長く続いてしまったためか、初心に帰ったような恋愛モノにちょっとだけ戻ってきました。読み切りのときの「変」の衝撃は大きかったです。

2008年3月23日 (日)

おまけより割引してほしい―値ごろ感の経済心理学

■ 書籍情報

おまけより割引してほしい―値ごろ感の経済心理学   【おまけより割引してほしい―値ごろ感の経済心理学】(#1158)

  徳田 賢二
  価格: ¥735 (税込)
  筑摩書房(2006/11)

 本書は、「日常的、世俗的な言葉である"値ごろ感"に隠された心のメカニズムを、経済学、心理学の初歩的なツールで解明しようと試みたもの」です。この「値ごろ感」は、分数式では、
 値ごろ感↑=価値(Value)↑/費用(Cost)↓
で表すことができ、この上がり下がりには、
(1)分母(費用)をできるだけ小さくすること
(2)分子(価値)をできるだけ引き上げること
(3)分母(費用)を小さくし、分子(価値)を大きくすること
の三通りあると述べています。
 著者は、「値ごろ感の分数式は簡単なようでいて、買物から人生全般につながりうる奥深さを持っている」と述べています。
 その1「おまけより割引してほしい」では、「値ごろ感は欲求の関数であり、何か欲し求めていたこと、すなわち欲求が満たされたと感じそこに価値を見出すところから生まれてくる」と述べ、欲求が「時と場合によって異なり、揺れ動くこと」が、「価値評価と直結した値ごろ感(価値/費用)の分子部分に大きな影響を与えることを意味する」と述べています。
 そして、値ごろ感を左右する心理的なバイアスとして、
(1)損失回避(loss aversion):おまけをする財源があるなら、それを割引に使った方がいい
(2)現状維持(status quo):あらたな価値を得る(gain)よりも、現状を変えないことに価値があるという心理
の2点を挙げています。
 また、「値ごろ感の分子(価値)」を、「私たちの『欲求(欲し求めるもの)』を満たす『価値』を得たという感覚、心理にほかならない」と述べた上で、「その価値の有様、『形』は、対象となる欲求によって変化することに注意しなければならない」としています。
 その2「棚ぼたの好ましさ」では、私たちが、「何かを失う、損失を被ると感じたときに負担感を感じる」として、「目に見える形でお金が減ることに伴なう負担感」の他に、「そこに行くのに多くの時間を要する場合」のように「時間」も我々に負担感を与えるもの、また、「意識しない形で実質的に『お金』を支出していることになる場合」として、洋服を買い換える場合に、「すでに持っている洋服を着なくなる、捨てるという費用」のような「目に見えないお金」も負担感の背景にあると解説しています。
 そして、クレジットカードが、現金に対して優位な点として、「現金と比べてお金を失う感覚があいまいであるという点」を挙げています。
 また、われわれが、「(相対)価格の変化と価値(または価値の変化)とをマトリックス的に天秤にかけて、そのものの取捨選択、意思決定を行う」ときこそ、「値ごろ感」の出番であると述べています。
 その3「うまい、やすい、はやい」では、牛丼の吉野家のコンセプトの最初に「うまい」が来ていることについて、「速さ・安さだけでは値ごろ感形成にはコスト面等々から限界が生じるのだが、うまさを値ごろ感形成に加えることでその限界を超えうる形になっている」と解説しています。
 また、目の前の「現在の価格」に対する負担感が、「比較」によって大きな影響を受けるとして、
(1)過去の価格
(2)隣の価格
(3)支払能力(懐具合)
との3つの「比較」を挙げています。
 その4「ベストセラーの秘密」では、ベストセラーが創っている値ごろ感について、
(1)分子(価値)が分母(費用)にどのように影響を与えているのか。
(2)その前提として、堂分母、分子を作っているか。
の2つの視点からベストセラー商品の値ごろ感を分析しています。
 そして、本の値ごろ感に関して、
・価値の割に価格が低い。
・読んではじめて価値がわかる。
の2点を挙げ、「本に象徴されるこの値ごろ感のジレンマは重要である」と述べています。
 その5「どうして衝動買いをするのか?」では、衝動買いの瞬間について、
(1)予算割当て的な意識が乏しいこと
(2)その価値が測りにくいこと
(3)失敗したとしても生活の実勢に影響のない、実用性とは距離のある一件面白そうな商品も対象になりやすい
の3点を挙げ、「衝動買いとは、このように欲求が動いたと黄、または動かされたとき、心の中のどこかで値ごろ感を感じたときに生じるものである」と述べています。
 そして、衝動買いを、「要するにパッと瞬間的に値ごろ感を感じたときにおおわず買ってしまうこと」であり、「実際の『かね勘定』よりも心の『かね感情』が動いたとき、これならここでお金を使って構わないという『感情』、つまり値ごろ感が動いたときに衝動買いが起こる」と述べています。
 また、「思慮なく思わず大きな買物をしてしまうこと」である「大人買い」についてのポイントを、ジャパネットたかたを例に挙げ、
(1)金利・手数料ジャパネット負担・・・おまけより損失回避
(2)クレジット支払い・・・実感のある目先損失より実感の湧きにくい将来損失
(3)お釣の出る価格設定
(4)具体的な量感を表す表現により価値の大きさを「錯覚」させる
の4つの「仕掛け」を整理しています。
 その6「ついでに買わせるコツ」では、日本人が、「ついでに~する」ことが好きであることについて、「日本人の行動パターン、値ごろ感の有様を考える上で注目すべき点である」と述べています。
 そして、ついでに買わせる仕掛けとして、
(1)「衝動買い」にかかわる仕掛けによって、目的買いで来た客に想定外の複数のついでの買物をさせる。
(2)買物に要する費用をできるだけ小さくするようにする、または感じさせる。
(3)一カ所で買物を済ませられる(ワンストップショッピング)。
の3点を挙げています。
 また、食品スーパーの「入口右に二階売り場に直行できるエスカレーターがある」ことが、「右利きの人をまず念頭に」おき、「足を踏み出したところにエスカレーターがあるという形」によって、「二階にお客をまず行かせれば、必ずまた一階に下りてくる」という「シャワー効果」について、「二階に行く」という負担感を押さえるエスカレーターの配置は秀逸であるを解説しています。
 また、店舗の入口が左側にあることが多く、右回り(時計回り)になっていることについても、「一般に右利きの人には左回り(反時計回り)が合っている」が、「ゆっくり右回りで売り場を回遊させたい」ため右回りになっていると解説しています。
 本書は、日々、それほど深く考えずに行なっている毎日の消費行動を左右している簡単な心理学をわかりやすく解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ことお金に関しては「金勘定」という言葉があるように、感情を廃した冷たい印象を受けますが、実は、「かね感情」ともいうべきくらいにお金に対して人間は心理的な要素に大きく左右されることを理解させてくれる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・金勘定は非人間的なものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 多田 洋介 『行動経済学入門』 2006年08月31日
 友野 典男 『行動経済学 経済は「感情」で動いている』
 ロス・M・ミラー (著), 川越 敏司 (監訳), 望月 衛 (翻訳) 『実験経済学入門~完璧な金融市場への挑戦』 2007年01月17日
 ペリー・メーリング (著), 今野 浩, 村井 章子 (翻訳) 『金融工学者フィッシャー・ブラック』 2006年12月27日
 ディディエ ソネット (著), 森谷 博之 (翻訳) 『入門 経済物理学―暴落はなぜ起こるのか?』 2007年07月06日
 ポール・ミルグロム (著), 計盛 英一郎, 馬場 弓子 (翻訳) 『オークション理論とデザイン』 2008年03月04日


■ 百夜百音

鹿男あをによし オリジナルサウンドトラック【鹿男あをによし オリジナルサウンドトラック】 TVサントラ オリジナル盤発売: 2008

 サントラの評判もいいようで、結構売れているみたいです。オーケストラとシンセリードの組合せというのは70年代っぽくて古臭いんですが、カッコイイです。
 指揮をしてるのはやはり千秋様?

2008年3月22日 (土)

メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発

■ 書籍情報

メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発   【メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発】(#1157)

  大井 浩一
  価格: ¥2520 (税込)
  勁草書房(2004/02)

" 本書は、「第二次世界大戦の敗戦直後、主として1945年(昭和20)年8月から12月までの時期に、日本の『メディア』がどのように『知識人』を使っていたのか、について考察を試みたもの」です。
 序章「『メディアにおける知識人』とは」では、知識人たちを利用することがメディアにもたらす効果として、
(1)補強材料:知識人の見解を掲載することによって、当該テーマについてのメディアの論調・主張を、読者にとって説得力あるものにする。
(2)権威づけ:メディアの論調・主張とは必ずしも合致しないが、当該テーマに詳しい知識人の見解を掲載することで、その記事に対する読者の信頼性を高める『権威づけ』としての効果
(3)読み物:メディアの論調・主張とは必ずしもかかわりなく、その知識人の見識や表現自体が読者にアピールする
(4)特ダネ:メディアの論調・主張とは必ずしもかかわりなく、通常、メディアに登場することが稀な知識人の場合、その人物の表現・行動を掲載すること自体が読者にアピールする
の4点を挙げ、「重要なのは、これらの効果が単独で働くとは限らない点である」と指摘しています。
 第1章「実践の人・賀川豊彦の『復活』」では、1945(昭和20)年8月30日、『読売報知新聞』2面トップに掲載された、賀川豊彦の「マッカーサー総司令官に寄す」と題した寄稿を取り上げ、「紙面から受ける印象としては、賀川はこの時期、紛れもなく日本のメディアにおいて『知識人の代表』として扱われた」と述べています。
 そして、賀川が日本では1920年の大ベストセラー小説『死線を超えて』で知られ、神戸のスラム救済と関東大震災の際の救援活動によって一般の人々にその存在を強く印象付けていたこと、「日本よりアメリカで有名な人」とも評されていたことを紹介した上で、「後に戦犯となる政府中枢の人物とも関わりを持っていたこと、また、後にも述べるが『天皇制の熱心な支持者』であったことなどは、賀川という人間のイメージをわかりにくい、ある意味では非常にうさんくさいものにしている。逆にいえば、こうした『わからなさ』こそが賀川の魅力の源泉でもあった」と述べています。さらに、賀川が、「ほぼ太平洋戦争の勃発とともに、賀川はメディアの表舞台から去り、敗戦とともに復活したと見なすことができる」と述べています。
 著者は、「一応の『民主化』を終えたメディアが賀川を取り上げる際、彼のうちに二つの要素が存在していることを承知していたであろう」として、
(1)組合運動の草分けといった戦前以来の「左翼」的運動家、指導者としての側面
(2)「君主制民主主義」「国体護持」を訴えてはばからない天皇制擁護論者の側面
の2点を挙げています。
 そして、大宅壮一がそのエッセイの中で、賀川豊彦が「知識人に嫌われる知識人」であったことを指摘している点に着目し、「メディアが知識人に期待する第一の条件」は、「論理としての客観性と説得力」異常に、「多くの人々に訴え」「多くの人々を感動させ」得る表現の「内容」とそれを伝える「言語能力」という「実利」なのであると述べています。
 第2章「林語堂『忠言』記事の意味」では、1945(昭和20)年9月26日、『毎日新聞』一面トップに掲載された中国人、林語堂の「日本への忠言」「捨てよ民族神秘感/自らの手で再建完遂」という文章を取り上げています。
 そして、終戦後いち早く「自由」「民主主義」の声をあげた日本の「所謂『文化人』『知識人』たち」の変わり身の早さとは対照的に、「その発言に耳を傾けるべき信頼に足る人びととしてこれら海外の知識人は位置づけられた」として、「その筆頭に挙げられたのが林語堂であった」と述べています。
 また、林の論が重視されたポイントとして、
(1)「忠言」が天皇制「保持」を可能にする条件をきわめて早い段階で、正確に言い当てていたこと。
(2)林が中国人の知識人、それも「世界的に有名な在米中国人」の知識人であったこと。
の2点を挙げ、「林語堂の『忠言』は、戦後から間もない時期、まだ後のような民主化ないし左傾化が本格化する以前の日本人にとって受けいれられやすい条件を備えていた」ことを指摘しています。
 第3章「知識人の布置」では、「この時期に紙面に登場した知識人関連の記事を、当時の二大紙である『毎日新聞』『朝日新聞』を中心に可能な限り俯瞰し、全体的な傾向の変化を概観してみたい」としてます。
 そして、『朝日』の社会面で8月21日から始まった大型連載コラム「英霊に詫びる」と、同28日から『毎日』1面に断続掲載された大型コラム「新日本建設の道」を、「両紙が戦後初めて有力知識人を登場させ(ようとし)たシリーズと見ることができる」と述べて取り上げています。
 まず、『朝日』の「英霊に詫びる」は、大佛次郎や吉川英治らが4日連続で掲載された後、「何の前触れもなく終わった」ことについて、「この連載は、結果としてほぼ失敗に終わった」として、「どんな事情からかこれが突然中断したという以前に、コラムの企画意図が4回の紙面にまったく不十分にしか実現していない」ことを指摘しています。そして、第3回の吉川英治が、「敗戦国民に対して『英霊への詫び方』を説こうとするような、まさに説教じみた新聞の姿勢への違和感」を表明していることについて、「敗戦からいまだ旬日も経たない時期に、いったい(生き残った)日本人がどのように『英霊に詫び』ればよいのか」と述べています。
 著者は、「当時を代表する知識人たちを使い、いわば国民を代表する形で英霊たちへの『お詫び』(=懺悔)を掲載しようとした新聞の企画意図と、当時の敗戦国民一般(読者)の感覚との間にあったと思われるズレ」を指摘するとともに、「この連載を企図した側に、このようなコラムを作ればそこに多くの知識人の発言が得られる(少なくとも発言を寄せる知識人には困らない)という、ほとんど戦時中の延長線のままの『読み』が、事前に働いていた」と推測しています。
 また、『毎日』の「新日本建設の道」については、「『朝日』以上の混迷ぶりをさらけ出したもの」であるとして、石原莞爾(陸軍中将)、鮎川義介(日産コンツェルン創業者)、河野密(衆議院議員)の3回が断続掲載されただけで、「やはり唐突に終わっている」として取り上げています。そして、「敗戦時には政府・軍部の中枢から離れた位置にいたとはいえ、鮎川、また石原といった国策に深くかかわった人々にしても、敗戦から一ヶ月足らずのこの時期においては、自らの被るべき責任が、というより、自らが責めを負うことになるであろう過去の行動・役割への認識がまったく欠けていた」ことを指摘するとともに、「そのような人物に、平気で『新日本建設』への指針を求めた新聞の側にも、この時点では、まだ(メディア自身を含む)戦争責任への明確な認識はなかった」と指摘しています。
 さらに、賀川、林の二人が、「この時期においては、あの『知識人の「色」を判断する最大の基準』である『戦争への関与(戦争責任)』を疑われることを免れており、それゆえかろうじてメディア上の優位な位置を保ち得たのだ」と述べています。
 第4章「戦後知識人の『本流』の形成」では、「この時期のメディアを彩った知識人たちの主要な流れ」を、「日本の民主化ないし左傾化の進行に伴ない、後に進歩派知識人(進歩的文化人)と呼ばれる人々が次々と登場する過程であった」と延べ、そこには「戦前以来のいわゆるオールドリベラリストたちの『復活』も含まれていた」として、憲法学者、美濃部達吉と経済学者、大内兵衛を、「そうした流れを象徴する代表的な人物」として取り上げています。
 まず、美濃部については、「この時期の美濃部による天皇制擁護論や憲法改正への慎重姿勢」が、「むしろ世論の大勢に合致するものであったし、格別その『異変』や『保守的硬化』が批判を招くようなことはなかった」だけではなく、「戦前『機関説事件』で節を貫いたオールドリベラリストの発言」が、「敗戦国民にとって何よりも思い説得力をもって」いたと述べています。
 また、大内については、「森戸事件、人民戦線事件という戦前の弾圧事件に連座し、かつ戦前においてすでに盛名の高かったマルクス主義経済学者」の、「世論に向けた敗戦後の第一声」であった「蛮勇演説」を取り上げ、その反響の大きさを紹介しています。
 著者は、この2人の共通点として、
(1)二人がともに戦前の軍国主義化の過程で言論弾圧の標的となった象徴的な知識人であったということ。
(2)いずれもアカデミズムの最高峰、東京帝大の教授であり、それぞれの専門分野で抜きん出た業績を持つ、名実ともに学界を代表する「顔」であったこと。
(3)「文体」すなわち言語表現能力の点でも、新聞などのメディアから、取り上げるにふさわしい非凡なものとしてともに高く評価されていたこと。
の3点を挙げています。
 そして、二人の「復活」を可能にした政治的、社会的条件として、
(1)この時期は、事前検閲の実施などGHQによるメディア統制が本格化した時期にあたり、メディアが登場させる知識人を選ぶ基準は、その人物に対するGHQの評価を常に意識せざるを得なかった。
(2) 二人がこの時期のメディアで「主人公」として扱われた正当性の源泉は、なんと言っても彼らの知名度と、かつて受けた言論弾圧にあった。
(3)二人の思想的な位置。
の3点を挙げています。
 また、美濃部、大内の二人が、「彼らを登場させたメディアにとって、およそ知識人の利用によって考えうる効果を総合的に備えていたのであり、中でも『論調』というメディアの根幹に関わる要素についてのリーダーシップが強く期待できる知識人だった」と述べています。
 第5章「知識人というメディア」では、「メディアと知識人との媒介項として大衆(社会)かと呼ばれる現象に注目しつつ、まず、従来の知識人論がメディアの関してどのように言及してきたかを一瞥し、次に、従来のメディア研究がどのように知識人を論じてきたかを見ていく」としています。
 そして、「現代のメディア研究に重大なインパクトをもたらしたカルチュアル・スタディーズの諸知見」の中でもステュアート・ホールの所論には、「啓発されるところが大きい」と述べたうえで、「ホールの議論に対する違和感」として、「メディアとオーディエンスのコード変換に関して、常にディコードするのがオーディエンス側であると考えられていること」を指摘し、「大衆社会の中で知識人は、肥大した社会とその中で孤立した個人を媒介するメディアとしての機能を果たすようになった」と述べ、「現代は知識人を『メディアの中のメディア』として、相互的で込み入ったコード交換の過程の前面に押し出した」としています。
 著者は、「敗戦直後の日本のメディアによる知識人『利用』の態様を考察することが、メディア論と知識人論に対して持ち得る意義」として、メディア論に関しては、「メディアが大衆(オーディエンス)との間で行なうコード交換の過程を、より詳細に明らかにするのに役立つ」と述べるとともに、知識人論に対しては、「敗戦直後のメディアの分析は、有益な観点を提供できる可能性がある」として、「この時期の知識人論として多くの論者が力を傾けてきた戦争責任研究、『転向』研究に、新たな角度から光を当てること」等を挙げています。
 本書は、今では当たり前のようにテレビや新聞で見かける「知識人」の姿をより本質的に見ることができる視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 新聞の一般読者からの投書欄は読んでいるとたまに著名人が一読者として投稿しているのに当たったりしますが、あそこへの掲載のセレクションの基準も、単純に内容の善し悪しではなく、いかに新聞社側の言いたいことを一般読者として代弁してくれるかが重要になるようで、場合によっては当初をでっち上げて記者自身が書いている可能性さえ疑われます。
 これを逆手にとったのが、2002年12月23日に朝日新聞に掲載された「赤井邦道」名義による「サッカー中継 韓国リーグも」と題した投稿でした。
 架空の名前をでっち上げていた警察の捜査費の支出先を、ある検査官が電話帳で調べ始めたところ、支出先は電話帳から名前を拾うようになったという笑い話がありますが、読者欄の投稿者も実在するのか裏づけ調査をしたらかなり面白いことになるのではないかと期待されます。


■ どんな人にオススメ?

・「知識人」の言葉にはつい納得してしまう人。


■ 関連しそうな本

 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
 アンヌ・モレリ (著), 永田 千奈 (翻訳) 『戦争プロパガンダ 10の法則』 2007年11月01日


■ 百夜百音

男女【男女】 太郎 オリジナル盤発売: 2006

 1年以上前の曲なんですが、今朝知りました。イントロのベースにNEW ORDER的な香りを感じてしまう作品です。

2008年3月21日 (金)

山谷ブルース

■ 書籍情報

山谷ブルース   【山谷ブルース】(#1156)

  エドワード ファウラー (著), 川島 めぐみ (翻訳)
  価格: ¥770 (税込)
  新潮社(2002/03)

 本書は、著者が、「1989年から1990年にかけて頻繁に山谷に通った16ヶ月間と、山谷に住み込んだ1991年の夏の経験」に基づき、
(1)山谷とその住人を徹底的に詳述することで通俗的な概念とはやや相容れない日本の側面を紹介すること。
(2)日雇い労働者と山谷在住・在勤者を描写して上記の記述を補うこと。
(3)日雇い労働者にとって仕事がいかに重要かを強調するために、路上生活の場ではなくれっきとした職場としての山谷に焦点をあわせること。
(4)ただの統計屋調査ではなかなか理解できないこの土地の味を出すため、山谷での個人的な体験を提供すること。
の4点を目的としたものです。
 著者は、好奇心から山谷の飲み屋の日雇い労働者たちにカメラを向けたことで、手痛い一撃を喰らい、このことをきっかけに、「できる限り学び取ろうと定期的に山谷を訪れるようになった」と述べています。
 第1章「舞台」では、「東京きっての荒廃地区」といわれる山谷が、1950年代末から1960年代初頭の全盛期には1万5千人に上る日雇労働者が住み、現在でも「宿」を反対から読んだ「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊設備を持つこと等の概要を説明したうえで、「非住民」にとっては、「山谷は個人の不摂生や過失のせいで人生に失敗した男たちの不潔な吹き溜まり」であるのに対し、「住民」にとっては、「避難所」であり、「どんなに小さかろうが再出発の可能性がつかめるかもしれない場所」であり、「交通の便が良く、酒、ギャンブル、お手軽なセックス、匿名性、それに何よりもすぐに手に入る収入の魅力が、解雇された労働者、地方出身のはぐれ季節労働者、借金取りから逃げ回る男、ばくち狂い、元詐欺師、元ヤクザを惹きつける」と述べています。そして、「山谷など寄せ場は国籍、民族、社会身分のために長い間差別されてきた人々の住処でもある」として、「不均衡に多い韓国人、中国人を始めとするアジア人、沖縄出身者、アイヌ、現在は集合的に被差別部落民と呼ばれる賎民の子孫が住んでいる」と述べています。
 また、「山谷最大の特色と本当の意味での中心部」として、「週末もほとんどの休日も関係なく毎朝5時(もっと早い場合もある)から7時まで数百人から千人を数える男が数ダース、いや百人入るかもしれない手配師の誰かが頷いて仕事をくれるのを期待して集まってくる」と、寄せ場の様子を紹介しています。
 さらに、ドヤ街について、第二次世界大戦後の数年間は大部屋式の宿泊施設と、「一段が大体一畳分で上下二段に重ねられ」、現在の「カプセルホテル」の発想の元になったと思われる「蚕棚」が一般的であったと述べたうえで、宿泊設備については、
(1)ベッドハウス:二段ベッドが備えられた相部屋
(2)個室式:家賃はベッドハウスの二倍
(3)ビジネスホテル:鉄筋コンクリート造りでセントラルヒーティングとエアコンを誇る
の3種類について詳述しています。
 第2章「生活」では、「山谷在住または山谷内外で仕事をしている人々と1989年の秋から1991年の夏にかけて交わした」会話を紹介しています。
 30代後半の日雇い労働者は、高校卒業後、大企業で働いていたが、地方支社への転勤を断って退職した過去を語り、「そういう会社を一度辞めたら、同じ仕事を他の会社で見つけるのはまず無理だ。目標を下げなければならない。時には相当、低くしなければならない。血の通っているものならたいてい雇ってくれる会社にまで、ということだ」、そして、「親父があの時、死なずにいてくれたらよ。大学にさえ行っていたら今頃は羽振りの良い会社で簡単な仕事について、人並みに身を固めて、お袋を喜ばせることができたろうに」と方っています
 また、組合「山統労」の幹事の男は、大学時代、付き合っていた女の子を妊娠させてしまったことから退学し、「山谷以外に行く場所は思いつかなかった」と語っています。同じく、山統労の幹事の男は、大学卒業直前に、「東京のど真ん中で男たちが寒さと飢えで死んでいるというのを読んで、見に行くことにした」ことをきっかけに、「気がつくと遊び半分で日雇い労働者として働いていた」と語っています。ライター、編集者である活動家の男は、学生運動にのめりこみ、「東京の山谷というところで男が餓死した」ことを新聞で読み、「この目で確かめないわけにはいかなかった」ので歩き回っているうちに、「何がどうなったのか気がつく前に、やくざのような男に引っ掛けられ、飯場に引っ立てられた」、「建設現場収容所の強制労働だ!」と語っています。横浜の寿町で会った組合の指導者は、「こんなに長くここに住んでいると本当にいろいろな人に接するから、日本社会の何たるかがよくわかってくる」として、「厳しい差別の被害者が多い」と語り、「日本人男性の約1パーセントが一生に一度はこのような寄せ場で働く」というが、「生徒が百人いる学級で、俺がその一人なんだろうな」と語っています。
 さらに、城北福祉センターの職員は、「普通わからない、ここの生活のもう一つの特徴」として、「ルンペン労働者階級の中にあるヒエラルキー」を挙げ、
(1)トビと職人:頂点にあり、稼ぎは多く、肩で風を切って歩き、大名であるかのように振舞う。
(2)土方:普通の、特別な技術を持たない労働者で賃金はかなり低い。
(3)アオカン者:いろいろな理由で働けない、あるいは働かないために、路上生活を余儀なくされている人たち。
の少なくとも3つの、「はっきりと異なる階級」があると語っています。
 この他、三井信託の銀行員だった70代前半の日雇い労働者は、自分の母親が駆け落ちして出て行ってしまっていたことを知ったショックから、放蕩成果を始め、「ありとあらゆる種類の女とかかわり始め、酒に溺れ、大金を使い果たし」た末、「結局、三井の資金に手をつけたところを捕まり、これで仕事がダメに」なり、「家族からは勘当され、妻には離婚された。僕はおしまいだった」と語っています。そして、山谷に流れつき、ドヤの事務員などを務めた後、上野公園を住処とした浮浪者の仲間に入り、レストランやバーを巡って、残り物の料理と酒を集め、取材をしていた読売新聞の記者に「発見」されたことで、「他紙に自分のコラムを持ったり、多数の有名人と知り合うきっかけ」になり、「遠藤周作のようなインテリとも酒を酌み交わす仲」になって「『文化人』を相手にする彼の対談集にも」出ていると語っています。
 また、釜ヶ崎のあいりん福祉センターで日雇い労働者の相談員を勤める漫画家は、「心に残る話を聞かせてくれる人たちに会い始めてから、その話は保存の価値があると思った」ことをきっかけにマンガを描き始めたと述べ、「寄せ場の面白さは、主流社会からどんなに隔離されているように見えても、残酷なくらい正確にそれを反映するところだ」と語っています。
 第3章「活動」では、山統労が後援する「山谷(ヤマ)を知るつどい」等の労働組合の活動の様子等を紹介しています。
 第4章「儀式」では、山谷で行われる「四大祭り」やヤマの男の葬儀の様子が紹介されています。
 第5章「仕事」では、1991年の夏に、実際に山谷に住み込み、日雇い労働者として工事現場で働いた経験が日記風に語られています。
 本書は、日本に長く住む日本人にも実態が知られていない山谷の住民の姿を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 山谷と言えば泪橋、泪橋といえば「泪橋を逆に渡れ!」で知られる『あしたのジョー』ですが、今は川も埋め立てられてしまって泪橋は地名としてしか残っていないそうです。
 著者が滞在した1990年代初め頃は、欧米人は珍しかったようですが、2002年のサッカーのワールドカップをきっかけに、今では欧米のバックパッカーが安宿として多く利用しているらしく、著者が再訪しても「おい!ガイジン」と珍しがられることはなくなっているようです。


■ どんな人にオススメ?

・山谷というと岡林信康を思い出す人。


■ 関連しそうな本

 横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
 紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
 山本 雅基 『東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み』 2007年01月25日
 大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
 小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』


■ 百夜百マンガ

獣神ライガー【獣神ライガー 】

 今となっては、プロレスラーの名前の方が有名ですが、当初はこんな「原作」というかネタ元があったようです。タイガーマスクの二番煎じといえなくもない。

2008年3月20日 (木)

日本辺境ふーらり紀行

■ 書籍情報

日本辺境ふーらり紀行   【日本辺境ふーらり紀行】(#1155)

  鈴木 喜一
  価格: ¥1785 (税込)
  秋山書店(2007/12)

 本書は、「日本辺境をこれといった目的もなく、寝袋持参でのんびりと風にのって旅をする」体験を、軽妙な語り口と味のあるスケッチで共有することができるものです。
 「ひとりぼっちで津軽半島の海に向った」では、黒石市中町地区にある藩政時代に考案された「こみせ」を取り上げ、「雁木」とも呼ばれ、「通りに面した木造のアーケード」であり、「歩行者は冬の吹雪や夏の日照りなどを避けながら、通勤や通学がてらに買物もできる」と語っています。
 「島のゴールデン・ウィーク」では、瀬戸内海の小さな島の「飛島(ひしま)中学校」に忍び込んだ著者が、そこに掲げてあった中学校の校訓である「まじめに、やさしく、たくましく」という言葉を「まさしく人間としての基本だ」と思いつつ黒板に書いた後、「赤、黄、緑、のチョークを見つけて、三本まとめて手に握り、さらに一回り大きな字で、≪おもしろく≫とカラフルに書いて」、冒頭に「新校訓」と付け加えて帰って行ったエピソードが語られています。
 このエピソードには後日談があり、著者が、学校宛にお詫びの手紙を著書を添えて送ったことをきっかけに、島の中学生との文通が始まり、3ヵ月後には、島を訪問しての特別授業を行なったことが添えられています。
 「揺られ揺られて小笠原」では、「ふーらり」と小笠原に行きたくなった著者が、「それなら無人島歩きの達人、安井隆弥さんに会ってボニノロジーの話を聞いてきて」という宿題を出され、「ボニノロジー」とは、「無人島の無人がムニンとなり、さらにボニンとなまっていったらしい」という語源が語られています。
 また、この島の島民が、
(1)旧島民:戦前この島に住んでいて、返還後に帰島した
(2)在来島民:かつてここを捕鯨の基地にしていた欧米系住民
(3)硫黄島島民:硫黄島に住んでいた人たちが返還後に父島に住むことになった。
(4)新島民:返還後に来島した移住者で3年以上たっている人たち
(5)新々島民:移住3年未満の人たち
の「5つの島民」によって成り立っていることが紹介されています。
 「西海に浮かぶ弓なりの小島群へ」では、五島列島を訪ね、数多くのカトリック教会を建てた長崎の棟梁建築家、鉄川与助が、「一方で敬虔な仏教徒であった」と述べ、「信者からすれば、いくら鉄川に実力があったとしても、異教徒に神聖な祈りの空間をつくらせる」という矛盾に「双方で複雑なつらい思いがあっただろう」と語っています。
 「神楽坂ふーらりスケッチマラソン」では、1時間のタイムリミットを設けて「ふーらり絵地図」を描き、ポイントとして、
(1)ある程度のバランス感覚は必要
(2)歩きながら描く地図は結構リアリティがある
(3)ポイントをうまく描きこめるとよい
(4)地元の人に声をかけられたら地図のテイストは確実に上がるような気がする
(5)1時間で着色イラストつきの地図はやっぱりきつい
の5点を挙げています。
 「風景の中に閉じ込められて」では、「一人で国境を越えること」という「漠然とした目的」から、下関から釜山、三千浦、紅島と船でさまよい、「わざわざ旅に迷うための意識下の行動」だったと語っています。
 「『おのみち旅大学』めざして西へ」では、著者の出身地の静岡を取り上げ、「黒ハンペンのフライが無性に食べたかったから」という理由で、人宿町の居酒屋「千寿」を紹介しています。
 そして、尾道で1年ぶりに入った「自由軒」のおかみさんが自分のことをかすかに覚えてくれた理由を、「おでん鍋のスケッチをしていたから」だとして、「スケッチをすると、人の記憶に残りやすいのである」と語っています。
 「僕の樺太ふーらり旅」では、ロシア語を何も知らないまま、「まあ、なんとかなるっぺ」と訪ねたサハリンで、「生活風景には実際、驚かされた」として、「日本の戦後あたりにタイムスリップした感じ」で、「民族のるつぼで、ロシア人、朝鮮人、日本人、アメリカ人、それらの混血人といった具合」で、著者が知り合った日本人女性らの「凄惨な人生を思えば僕らの苦労はたいしたことがない」と感じたことを語っています。
 「水郷佐原美味まち建築紀行」では、小野川沿いの常宿にしている「木の下旅館」を取り上げ、船宿として知られ、「佐原演芸場があった時代は旅芸人旅館でもあった」こと、現在でも、浪曲師初代寅三、画家の杵の屋長少、役者の山岡久乃、最近では榎木孝明なども泊まっていると紹介しています。
 本書は、僻地を「ふーらり」と旅したいと願っても叶わない多くの人にとって、ますます旅したい気持ちに火をつけてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本中を「ふーらり」と旅する著者の姿には憧れます。願わくば自分も旅したい衝動に駆られてしまうところですが、とりあえず、黒ハンペンを買うなら、新静岡センター地下の「しずてつストア」で10枚入りを買うと安いですが、美味しい黒ハンペンは、駅の南側にあるようです。


■ どんな人にオススメ?

・日本中を「ふーらり」と旅したい人。


■ 関連しそうな本

 宮本 和義, 鈴木 喜一 『旅泊の空間―日本旅館建築新発見紀行』
 山口 広, 日大山口研究室, 宮本 和義 『近代建築再見―生き続ける街角の主役たち』
 日本旅行作家協会 『和風木造りの宿』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
  『旅篭に泊まる』
 高野 慎三 『郷愁 nostalgia』


■ 百夜百音

エアーマンが倒せない【エアーマンが倒せない】 Team.ねこかん[猫] オリジナル盤発売: 2007

 サビの直前の「何回やっても」のところが耳について離れない曲。できることならライブで演奏したら楽しそうです。

2008年3月19日 (水)

「説得上手」の科学

■ 書籍情報

「説得上手」の科学   【「説得上手」の科学】(#1154)

  内藤 誼人
  価格: ¥1,575 (税込)
  日本経済新聞社(2005/11)

 本書は、「説得学における基本的な知識やデータを取り上げて紹介」したもので、中でも「日常場面ですぐに応用できるような実践的な技法については、現在まで明らかにされているすべての技法を紹介」います。著者は、どんな学問にもある「これだけは絶対にしておいた方がいい」という"核"の部分の知識をきちんと説得学を学びたい読者に理解してもらうことを目的としています。
 第1章「説得がうまくいくための基本条件」では、私たちの感情が、感染しあうものであり、こちらが相手に思う感情が、「そのまま相手から返ってくるもの」であるとする「ミラー・イメージ効果」について解説し、「概して、人に惚れっぽく、人の良いところを探すのが上手な人ほど、交渉に向いている」と述べています。
 そして、私たちが、「鏡を見ると、なぜか自分の意見、感情、本音などに敏感になり、イヤなことをきちんとイヤだと主張するようになる」ため、「説得されにくく」なることをあわせて解説しています。
 また、「母親が、子どもに厳しいしつけをすればするほど、子どもは親が命令したこととは、まるっきり正反対のことをするようになる」という「ブーメラン効果」を紹介しています。
 さらに、「単純に接触回数が増えるだけで、私たちは、その相手に好意を感じるもの」であると述べ、「自分が嫌われているのではないかと思われたときの最善の解決法」として、「今まで以上に頻繁に相手に会いに行く」ことを挙げています。
 この他、「あえて『主張しない』ことで、相手の行動を変化させる」という技法として、「単純に事実をフィードバックするにとどめる」という「フィードバック法」を取り上げ、部下のやる気を高めるときにも、優れた上司は口うるさく説教などせず、「ただ、相手の仕事ぶりに対して、正確なフィードバックを心がける」ものであると述べています。
 第2章「相手の心をぐっと動かす説得の『技法』」では、交渉の定番技法である、
(1)「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」(踏み込み法):小さな要求を飲ませてから、大きな要求を持ちかける。
(2)「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」(門前払い法):わざと大きな要求をして拒絶させてから、小さな要求を切り出す。
(3)「ローボール・テクニック」:いったん要求を飲ませてから、偶然を装って、不利益を追加していく。
の3つの技法を紹介した上で、この3つの中では、(3)→(2)→(1)の順、すなわち、ローボールが一番効果が大きかったという実験結果を紹介しています。
 この他、「ほんの少しでもお願いできませんか?」と「相手の善意につけこむやり方」である「イーブン・ア・ペニー・テクニック」等を紹介しています。
 第3章「すぐれた説得者に共通する『資質』」では、優れた説得者の資質として、
・笑顔を絶やさない
・信頼される瞬時の反応(クイック・レスポンス)
・相手と似ている(類似性の原理)
等を挙げ、それぞれに関する研究を紹介しています。
 第4章「人はこんなことで説得されてしまう」では、「説得が一番うまくいく時間帯」として、「お昼から夕方くらい」、つまり、「2時から4時くらいまでが、相手に何かモノを頼むのに絶好の時間帯である」と述べています。
 また、「女性が男性、女性が女性、あるいは、男性が女性にタッチングするのは、それなりに効果があった」が、「男性が男性にタッチングしても、あまり効果がない」ことなどを解説しています。
 第5章「説得をさらに水増しするための技法」では、私たちが、「相手の服装を見て、その人の注文に従うかどうかを決めている」として、「とりわけ、制服を着た人に対しては、言うことを聞いてしまう」こと、「なるべくフォーマルな印象を出した方が、説得はうまくいくこと」等を解説しています。
 また、相手の権威性、専門性を打ち破るためのカウンター法として、
(1)「あなたは、"すべての"専門家の意見を知っているのですか?」と聞くこと。
(2)絶対に答えられない質問をすること(「どうして人間は結婚するのですか?」等の抽象的な質問など)。
(3)科学的なデータが頼りにならないことを示すこと。
(4)「その研究は、他の研究者に追認されていますか?」と聞くこと。
の4つの方法を挙げ、「この4つの方法を使えば、相手が権威や専門性によってあなたを説得しようとしてきても、かなり効果的にカウンターを食らわせることができるだろう」と述べています。
 一方で、肩書きや地位が上の人に対して、「"弱さ"を武器にする戦術」として、「徹底的に弱い立場であることをアピールし、必要なら、涙を流したりもして、哀願」する「アンダードッグ効果」(川に落ちた犬)について解説しています。
 第6章「こんな話し方をすれば説得できる」では、「説得をするときには、早口を心がけるとうまくいく」として、「単位時間あたりの情報量が増える」だけでなく、「早口で話すと、語り手の信頼性が15%高まる」とという実験結果を紹介しています。また、よどみなく話す「スムーズさが、相手を信頼させる効果をもたらすらしい」こと、「早口で話したほうが、自信に満ち溢れているようなイメージを与える」ことなどを解説しています。
 また、「少し、大きすぎるかもしれない」と思えるくらいの大きな声で話をすることや、おしゃべりが得意でない人は、「冗長な表現をなるべく排除するような話し方を身につけ」、「短文ぶつ切り表現を身につける」ことでパワフルさを感じさせることができること等を解説しています。
 さらに、相手からのきわどい質問をかわす方法として、
(1)質問を無視する方法:サッチャー元首相はこのテクニックがお気に入りだった。
(2)質問者へ攻撃を加える方法:「その質問は、仮定の話にすぎない」「その質問は、誤った前提に立っている」「その質問は不正確である」「その質問は、今の状況に関係ない」など攻撃することで、その質問がくだらないもので、答える価値もないことをアピールする。
(3)相手の質問を遮る方法:「私は、まだ発言中です、質問は後にしてください」
(4)相手の質問に、こちらの質問をかぶせていく方法:「もっと明確におっしゃってください、その質問ではお答えできません」
(5)以前の自分の回答を繰り返す方法:「ですから、先ほども申し上げたように……」
等の方法を紹介し、「相手の質問には、絶対に答えなければならない、というわけでもない」と述べています。
 第7章「相手の性格タイプ別説得法」では、内気なタイプには、「かけられるだけの時間をかけるとよい」こと、権威主義的な人には「権威」を持ち出すのが有効であることなどを解説しています。
 また、心理学では「タイプA」と呼ばれている、「性格的にせっかちで、他人がゆっくりしているのを見ると、『もっと早くやれ』と急かしてくる人、のんびり構えることができず、何かに駆り立てられているように行動する人」、「部下が何かの報告をしようとすると、『結論から言え、結論を』と、急き立てる上司」は、「説得するのは非常に難しい」と述べ、「せっかちな人は、相手に対する共感性が薄く、その話をあまり受け入れないようである。彼らは、たえずイライラしていて、自分以外の人に対しては、敵意を感じている」と解説しています。
 <付録>「売れるセールスマンを心理分析する」では、売れるセールスマンの特性として、
・外交的である。
・我慢強い。
・会社の利益でなく、お客の利益を考える。
・挑戦意欲に燃えている。
・じっくりとお客の話に「耳を傾ける」。
等を挙げた上で、これらの中には、「運命論的に決定されているものではなく、経験によって積み重ねられていくもの」もあると述べています。
 本書は、読んだからといって直ちに説得の達人になれるというものではありませんが、日々の生活の中の説得の実体験やそれに基づく「持論」に裏づけを与えてくれるものです。


■ 個人的な視点から

 書店にはビジネス本コーナーに「説得上手」になるためのハウツー本が溢れてますし、そういったセミナー(結構高い!)も数多く開催されています。こういうのはどんな人が買っているのでしょうか? やはりセールスマンなど、「人を説得する」ことを商売にしている人なのではないかと想像するのですが、実は、こういうことにお金を出すように「説得されやすい」人たちなのではないかと思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・人を説得したい人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』 2006年02月16日
 榊 博文 『説得と影響―交渉のための社会心理学』 2006年02月23日
 マックス H・ベイザーマン (著), マーガレット A・ニール (著), 奥村 哲史 『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』 2005年07月04日
 フランク・ベトガー (著), 土屋 健 『私はどうして販売外交に成功したか』 2006年11月17日
 印南 一路 『ビジネス交渉と意思決定―脱"あいまいさ"の戦略思考』 2005年6月28日
 鈴木 有香 (著), 八代 京子(監修) 『交渉とミディエーション―協調的問題解決のためのコミュニケーション』 2005年09月30日


■ 百夜百マンガ

あすなろ白書【あすなろ白書 】

 「あすなろ」と聞くと「明日は檜の木になろう」を思い出してしまうのですが、恋愛ドラマの定番に似つかわしくないような。そう言えばなんでこんなタイトルなんでしたっけ?

2008年3月18日 (火)

破産する未来 少子高齢化と米国経済

■ 書籍情報

破産する未来 少子高齢化と米国経済   【破産する未来 少子高齢化と米国経済】(#1153)

  ローレンス・コトリコフ, スコット・バーンズ (著), 中川 治子 (翻訳)
  価格: ¥2625 (税込)
  日本経済新聞社(2005/7/23)

 本書は、アメリカの現在の社会保障制度のもとで、最初のベビーブーマーたちの「年金を医療費を賄っていくとすれば、将来世代にどれほど大きな負担がかかるかを赤裸々に描き出し、進行中の年金改革や第二期ブッシュ政権に対するアメリカ国民の期待を打ち砕く」ものです。
 著者は、「今すぐにでも行動を起こさなければ、『最も偉大なる世代』が子どもや孫たちにより良き国を残せる最後の世代になってしまうだろう」と述べ、問題は、「政府の非公式の債務、つまり政府が約束した老齢年金とメディケアが公式の債務をはるかに上回っていること」であると指摘しています。
 そして、「国民が十分な認識を持つにいたっていない理由」として、
(1)政府の羅針盤が本当に壊れていて、実際の債務はその12倍に上るにもかかわらず、財政状態を公的債務額で測っていること。
(2)事実を把握していながら長年、その隠蔽に努めてきたこと。
の2点を挙げています。
 第1章「赤ん坊から老人へ」では、「永遠の若者」だったはずのアメリカが、今から100年以内に「永遠の老人」へと変貌すると述べ、その要因として、「長寿」の達成と出生率の低下を挙げています。
 そして、世界的に高齢化が進むなか、「アメリカがそれほどではない理由」として、
(1)アメリカは長寿オリンピックの上位入賞選手ではないため、他国ほど高齢人口の増加率が高くないこと。
(2)下がりつつあるとは言え、アメリカの出生率は今後50年間に人口現象を招くほど低くはないこと。
の2点を指摘しています。
 著者は、人口変動に関する現実の数字が教えてくれることとして、
(1)平均寿命と出生率の変化によって生じる人口変動が経済成長を妨げる可能性がある。
(2)アメリカの変動は確かに大きいかもしれないが、他の先進諸国に比べればまだ序の口である。
の2点を挙げています。
 第2章「真実は小説より悪い」では、「自分が使った分については自分で代金を払わなければならない」という教訓が、「こと国家財政の問題となると忘れられてしまう」のは、「自分たちが使った分を誰かに、端的にいえば子どもたちに払ってもらえるから」であると述べています。そして、「このような事態が何十年もつづいている」のは、
(1)我々の代わりに政府に買物をしてもらっていること
(2)子供たちの請求書の総額を知らずに済む都合のよい仕組みになっていること
の2つの理由により、「我々がこの実態を十分認識していない」ためであると述べ、この問題を解決する「世代会計」の考え方を解説しています。
 まず、「大きな災い」、すなわち「将来世代の負担をはじき出す方法」として、家計の生涯予算制約を、
  E=S+M(所得の現在価値=支出の現在価値+資産の純債務)
で表し、この式が、「現在価値に換算した生涯の純総所得Eが、住宅ローンを含めた純債務Mと、現在価値に換算した総支出Sの合計をカバーしていなければならない」ことを示していると解説しています。
 次に、国の場合の異時点間予算制約については、家計の予算制約との相違点として、「現在世代と将来世代が集団で政府支出と公的純債務を負担する点」を挙げた上で、  A+B=C+D(将来世代の純税収の現在価値+現在世代の純税収の現在価値=政府支出の現在価値+公的資産の公的純債務)
の式を挙げ、「将来世代と現在世代の純税収の現在価値の合計が、政府支出の現在価値と公的純債務と等しくなる」理由として、「現在世代と将来世代は政府が発行した現在価値に換算した請求書に応じて、ともに現在価値で税金を支払わなければならない」と述べています。
 また、「将来世代の負担だけを算出したい」場合には、式を、
  A=C+D-B(将来世代の純税収の現在価値=政府支出の現在価値+公的債務から公的資産を引いたもの-現在世代の純税収の現在価値)
と書き替え、「政府の請求額に対して、現在世代の支払額が少なければ少ないほど、将来世代の負担が増える」と述べています。
 さらに、「Bの現在世代の純支払い額を、T(将来の税収予想額を現在価値に換算した額)マイナルV(将来の移転支出予想額を現在価値に換算した額)に置き換え」、
  A=C+D+V-T(将来世代の負担=政府支出の現在価値+公的債務+潜在的債務-現在世代の支払う税収の現在価値)
という形で数式を書き直し、「将来世代の負担がDの公的債務と同様にVの潜在的債務に左右されることがわかる」と述べています。
 著者は、「世代会計の観点から見れば、政府の約束が公的債務と潜在的債務に分かれていても、将来世代が担わなければならない負担に変わりはない」と指摘しています。
 さらに、「本題の『大きな災い』(方程式のA)の大きさ」について、Aが、
(1)現在世代の純税率は据え置く
(2)政府支出の削減は行なわない
(3)公的債務の不履行に陥らない
という前提の下での、「将来世代が直面する全体的な財政負担」を示していて、「将来世代の生涯純税率はなんと現在世代の2倍に相当する」と指摘しています。そして、「アメリカの将来世代の税率を倍増することなんてできない」ため、別の方法として、
・所得税の増税
・社会保障税の増税
・政府の裁量的支出の削減
・社会保障およびメディケア給付の削減
などが掲載された「痛みのメニュー」を示しています。
 第3章「ニューヨークの地図でロサンゼルスを走る」では、「一国の財政政策の基本的な物差しが政府債務だとしても、それによって財政政策を決定するのは、ロサンゼルスの地図を見ながらニューヨークの街中を運転するようなもので、まったく意味がない」と述べ、「なんだか不可思議な『フィスカルランド――財政の世界』に紛れ込んだアリスのような気分になだろう」と述べています。
 そして、フィスカルランドの別の国で暮らすトゥイードルダムとトゥイードルディーが、「どちらの国の財政政策がましか」という議論を戦わせていたとして、
「トゥイードルダム わが国は若者1人当り1000ドルの税金を徴収して、老人の暮らしを助けてるんだ。借金はゼロさ。
 トゥイードルディー うちだって高齢者を助けているよ。ただし、若者たちから1000ドルずつ借りる方法でね。で、老人たちに借金の金利分100ドルの税金を払ってもらってるんだ」
という堂々巡りの議論を紹介し、ここに現れたアリスに、「どっちの国の財政政策も同じ、まったく同じよ!」、「どっちの国も若者は政府に1000ドル手渡している。そして、老人はどっちみち政府から100ドル受け取ってるでしょ。こんなふうに政府が若者から1000ドル取ることを、片方の国では税金と呼び、もう一方の国では借金と呼んでいるわけ。同じように、片方では政府が老人に渡す1000ドルを移転支出、もう一方では元本プラス金利(P&I)の1100ドルから税金100ドルを引いた返済と呼んでいる。つまり、呼び方が違うだけで政策は同じだっていうことなの」と説明させています。
 著者は、「一国の公的債務の現在または将来の足跡は、その国の実際の財政政策とは本質的に無関係である」と述べ、「国は任意のあらゆる時期の赤字や黒字を公表し、世代政策も含めて、望みどおりの財政政策を行使できる」理由として、「歳入や歳出をどのような名目で呼ぼうと政府の勝手だから」と述べています。
 そして、「国の債務のレベルが見る人の視点(正確には言い方)によって異なるという考え方」を「財政相対性理論」と名付け、その要点として、
(1)赤字会計に本質的な経済的意味合いは一切ない。
(2)定義が不十分なのは「赤字」だけではない。年間の租税や移転支出や、それに関連する個人貯蓄や可処分所得も同様に無意味である。
(3)具体的な財政政策やその構成要素はラベルの貼り替えが可能である。そのことが、社会保障制度など特定の政策についての独立会計を無効化する。
(4)財政負担A(将来世代の負担)といった一国の財政政策にとってもっとも重要かつ根本的な側面は、どのようなラベルが貼られようとも明確に定義、測定することができる。どのラベルでも結果は同じになるからだ。
の4点を挙げています。
 さらに、「アメリカの財政状態を判断するうえで唯一、有用な分析は、政府のあらゆるプログラムに対して、エコノミストが異時点間予算制約と呼ぶ予算制約に基づいた包括的な検証を行うこと」であると主張し、「政府の政策を理解するには、現在だけでなく将来の意図も明確でなければならない」と述べています。
 第4章「強壮剤、怪しげな薬、その場しのぎの応急処置」では、「生産性向上と連邦支出の明確かつ暗黙の連動を断ち切らない限り、生産性がどれほど上昇しようと、またそれがどれほど長く継続しようと、財政難解決の特効薬にはならないのだ」と指摘しています。
 また、政府資産売却については、「よくても差し引きゼロであり、巨額の損失を伴なう可能性が高い」ことが、「世代会計の方程式に当てはめてみればすぐにわかる」と述べています。
 さらに、無駄な政府支出の削減については、「浪費(waste)、不正(fraud)、乱費(abuse)」の3つの頭文字をとってWFAと呼ばれることに関して、ウィリアム・プロキシマイヤー上院議員が創設した「納税者の金が無駄で馬鹿げたことに使われている」ことを国民に知らせるための「ゴールデン・フリース賞」を紹介した上で、仮にWFAを全額排除したとしても、「問題全体から見れば貢献度は小さい」ことを指摘しています。
 第5章「臨界に向って」では、「政府が赤字問題解決のために紙幣の印刷という手段に訴えた場合の利点」として、
(1)政府が本来ならまったく価値のない紙切れと財・サービスを交換できる・・・「セニョレッジ特権」
(2)公的債務の実質価値を引き下げる役目を果たす
(3)政府支出の実質価値の削減
の3点を挙げたうえで、老齢年金が、「インフレ率が高いと実質年金額は大幅に目減りしてしまう」と述べています。
 著者は、「政府は紙幣の増刷によって実質的な財源を生み出すことはできそうにない」としたうえで、「政府が必要としている財源は高いインフレによってのみもたらされる」と述べています。
 また、「次に臨界に達する国」と訊ねられると、たいていの人はまずブラジルを挙げるだろうが、「たとえ公的債務を一掃できたとしても、巨額の潜在的債務は残り、急激な高齢化が近い将来、危険な状況を招くだろう」として、「我々は日本に賭ける」と述べています。
 第6章「進路を変える」では、社会保障とメディケアの2つの制度について、「簡潔で賢明かつ信頼できる改革案を提示する」としています。
 そして、しかるべき社会保障制度改革が満たすべき条件として、
(1)長期的財政問題の解決
(2)構造的欠陥の是正
(3)公平性と効率性の向上
(4)高齢者、遺族、配偶者に対する所得保障の確率
(5)民主党と共和党の双方が受け入れ可能な改革案
の5つの条件を挙げ、これを満たす「パーソナル・セキュリティ・システム(個人保証制度)」を提唱しています。
 また、メディケア改革案として、全米政策分析センター所長のジョン・グッドマン博士のアイデアを組み込んだ「メディカル・セキュリティー・システム(医療保険制度)(MSS)を提唱しています。
 さらに、「もしも我々2人が大統領と副大統領に選ばれたら」として、
(1)MSS改革案をメディ経度にも適用する。
(2)ブッシュの3つの減税策の撤廃。
(3)政府の裁量的支出の対GNP比を6%に抑える。
の3つの対策を講じると述べています。
 第7章「ライフ・ジャケットにしがみつけ!」では、社会保障制度確立の基礎となっているのが、「人気ホームドラマ"Leave It to Beaver"(ビーバーちゃん)のような典型的なアメリカの幸せな家族だった」と述べています。
 そして、「増税と借金増と紙幣の増刷」の3つを全部行なうのが、「債務の実質価値を軽減し、経済への負担を解消する解決策だろう。多少のインフレをつくり出そう」と、「いずれ政府はこう言い出すだろうか」と述べています。
 第8章「自分の未来を救おう」では、「金融界の医療過誤」として、
(1)嘘の約束
(2)誤った目標
(3)法外な運用手数料
の3点に分類できるとしています。
 そして、社会保障とメディケアという2つの制度の持つ意味の理解のため、
(1)アメリカの高齢者の3分の2は、少なくとも所得の半分を老齢年金に依存し、医療費の大半をメディケアに依存している。
(2)将来の退職者がメディケアから受け取る現物所得額は老齢年金額を超える。
の2つの事実を挙げています。
 また、「これから75年間で自分の健康を気遣うという決断を下せば、現在のアメリカの純資産を超えるメディケアの未払い債務の削減に劇的な効果がもたらされるだろう」と述べ、「健康に関する情報を得て、自分で決断を下すことによって、11兆70000億ドルの『配当』が生じると考えることができる」と述べています。
 本書は、高齢化がもたらす世界の姿を、米国経済を媒介にして教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で衝撃的なのは、架空の国「フィスカルランド」での議論の中で、若者から1000ドルを政府が取り上げるのに、「税金」というラベルを使っても「借金」というラベルを使っても「世代会計」の観点からは同じ政策になる、という点です。「借金」の方が抵抗が少ない感じがしますが、言われてみるとそうですね。


■ どんな人にオススメ?

・「借金」のツケは誰が払うのかが気になる人。


■ 関連しそうな本

 ローレンス・J. コトリコフ (著), 香西 泰 (翻訳) 『世代の経済学―誰が得をし、誰が損をするのか』
 小塩 隆士 『人口減少時代の社会保障改革―現役層が無理なく支えられる仕組みづくり』
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 兪 炳匡 『「改革」のための医療経済学』 2006年12月05日
 B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳) 『ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実』 2007年06月25日
 村上 貴美子 『戦後所得保障制度の検証』 2007年08月30日


■ 百夜百マンガ

日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ【日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ 】

 壮大なストーリーを広げすぎてしまったために読者が着いて来れずに打ち切り、という定番パターンの作品。歴史マニア、軍事マニアには好評だったようですが。

2008年3月17日 (月)

社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ

■ 書籍情報

社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ   【社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ】(#1152)

  鈴木 光男
  価格: ¥3570 (税込)
  勁草書房(2007/10/25)

 本書は、日本のゲーム理論の草分けである著者による、1950年のゲーム理論との出会いのときから最近書かれた随想までが含まれているものです。
 第1章「社会展望としてのゲーム」では、ゲーム理論の理念が、「複数の意思決定主体(プレイヤー)からなる社会状況を『明確に見る』ということにある」と述べ、「これから起こるかもしれない状況を明確に表現したものがゲーム理論であるゲーム」であると解説しています。
 そして、「ゲームの本質」を、『ゲームには相手がいる』ことであると述べ、「自然の法則や社会的条件に従いながら、自由に自主的に自己の判断に基づいて行動するのがプレイヤーであることの要件」であり、「複数の意思決定主体が存在する状況のもとでは、プレイヤーの間には利害の不一致、すなわち、コンフリクトが存在するのが普通」であると解説しています。
 第2章「ゲーム理論成立前夜」では、ゲーム理論の社会科学的な系譜が、「C.メンガーに始まるオーストリア学派の経済学」にあり、「モルゲンシュテルンがゲーム的状況を問題意識として捉えた背景には、オーストリア学派の巨匠たちのもつ問題意識と当時の支配的な経済学に対する批判的見解やマルクス経済学の影響、そして、ナチスの支配やソビエト連邦の成立などのヨーロッパの政治情勢などがある」のではないかと述べています。
 そして、オーストリア学派の特色の一つとして、「方法論的個人主義」を挙げ、「個人の合理的行動についての考察については伝統的に強い関心をもって」いたことなどを挙げています。
 また、「ゲーム理論は複数の主体間における予見と不確実性の問題から生まれたということ」ができるとして、ナイトの『リスク、不確実性、および利潤』が、「モルゲンシュテルンの時間要素や完全予見の考察に大きな影響を及ぼし」たことなどについて論じています。
 さらに、当時のヨーロッパの政治情勢に関して、「ゲーム理論の最初の礎石の誕生からその成立までの間の世界情勢が、このような苦難に満ちた時代であったことは、ゲーム理論成立の時代的背景として見逃すことのできないこと」であると述べています。
 第3章「社会科学の法則」では、モルゲンシュテルンが、「自然科学と社会科学との法則の違い」として、「自然科学では、法則が発見され、その知識が共通認識になったからといって、自然法則それ自体が変わるわけでは」ないのに対し、「社会科学では、知識が共通認識になると、その効果関連として、社会現象が変化し、社会法則それ自体が変化することがありうる」と述べていることを紹介しています。
 そして、モルゲンシュテルンが、「経済学を厳密な科学にするためには、経済の現実に根ざした『科学的言語』が必要であり、人間行動の相互関係を考える固有のロジックが必要である」と言っていることを紹介し、「科学的言語であるためには『明確』でなければ」ならないが、そのためには「かなりの程度の数学が必要」であり、また、「物理学の必要に応える形で発展してきた数学とは異なる数学を必要」とし、フォン・ノイマンは、「それは本質的に組み合わせ論的なものである」と言っていることを紹介しています。
 第4章「ゲーム理論の役割」では、「ゲーム理論の最も基本的な理念」として、「明確に見る」ことを挙げ、「複数の意思決定主体からなる状況を明確に表現し分析するための基礎的言語であり、いくつかの概念によって組み立てられた装置の体系」であり、「多くのレンズと言葉からなる装置」ということができると述べています。
 そして、ゲーム理論を使うということは、「ゲーム理論が開発した言葉と装置を使うこと」を意味すると述べ、「ゲーム理論がこれまでの言葉と異なるところ」は、「優れた装置を通して今まで見えなかったものを明確に見ることのできる技術としての力を持つこと」であると述べています。
 また、ゲーム理論が、「社会的状況における予見とは何か」ということから出発して、「そのような状況における人間の合理的行動とは何か、その基礎にある人間の理性とは何か」ということを追求してきたと述べ、「ゲームの解」を、「与えられた情況において、ある装置を通して合理的と考えられる行動によって『起こりうると予見される可能性としての状態』を表したものということ」ができると述べています。
 著者は、ゲーム理論を、「社会科学の基礎的言葉として、社会を構成する意思決定主体と社会を対象とする社会科学者の双方に使われる言葉となり装置と」なると述べ、企業や政府などの意思決定主体に対して、「ある状況において、どのような意思決定をすべきかを支持する役割を持つ装置としての期待」が生まれると述べたうえで、「ゲーム理論を勝つための理論のように理解」する風潮に対して、「ゲーム理論はむしろ『世の中はそんなにうまくはいきませんよ』と教えることが主」であると述べています。
 第5章「交渉の論理と倫理」では、勝海舟と西郷隆盛の交渉を題材に取り上げ、勝の交渉の極意が、「『誠心正意』と『飛切の臆病者』と『みんな敵がいい』が三位一体をなしているところ」にあると述べ、「それは時代を通して変わらぬ交渉の極意」であると述べています。
 そして、交渉に当たって重要なこととして、「交渉しない場合に起こる状態、交渉によって実現可能な状態、そして、交渉が決裂した場合に起こる状態をいかに認識し、それをどう評価するか」にあると述べています。
 第6章「重層的ゲームのシナリオ」では、「展望される社会状況」は、「非協力と協力とが重層的に織りなす状況をしているのが普通」であり、「利得その他の要素についても共通認識を持つことは困難」であるため、「ゲーム理論を使って意思決定をすることなどは不可能であるという批判がしばしば繰り返されて」北と述べた上で、「企業間の提携や自治体間の協力関係の形成過程を、非協力と協力との重層的構造と考え、そこにおける意思決定のシナリオ」を考えるとしています。
 第7章「ふるさとの崩壊」では、明治以来、日本の経済発展を担ってきたのが、「ふるさとを持った人々」であり、たとえそれが『遠きにありて思うもの』であっても、その人たちのエネルギーが今日の高度工業化社会をつくりあげた」のだと述べ、「そのエネルギーの源泉が、今まさに枯れなんとしている」と主張し、工業化社会に続く情報化社会の担い手が、「ふるさとを後にしてきた人々」から、「ふるさとを失った人々」に移行し、これによって、「経済構造も社会構造も、そして、日本の文化そのものも、変わらざるを得ない」と述べています。
 著者は、情報化社会が、「その基盤としての文化を忘れたとき、自ら破滅する運命にある」と述べ、「情報化社会の頽楽と破滅とを救う道は、日本が日本として独自の文化を持つこと」であり、「日本列島が『心のふるさと』として豊かな文化を持って存在するときこそ、我々は、人間としての存在感の充実を味わい、人類として、真に国際的な連帯感を持ちうる」と述べています。
 第8章「死者のない町」では、著者の住む私鉄沿線のニュー・タウンを取り上げ、「この新しい町は奇妙に明るい」、「ただ明るいというだけではない。それはどこかシラケた明るさである。このシラケた明るさは一体どこから来るのだろうか」と述べています。
 そして、「古い時代の死者を追払い、新しい死者はまだ生まれず、他から移り住んでもいないこの町はまったく死者のない町である」と述べ、「死者と生者との間に何の応答もないとき、世界はシラケたものになる」と指摘しています。
 第9章「民主的計画を求めて」では、「現代は計画の時代である」とした上で、戦前戦後を通した諸計画の底に、「すべてのものの中央集権化による発展の願望であり、目的実現のためには強制もやむを得ないとする力の論理」が一貫して流れていると指摘しています。
 そして、我々が「計画の必要性にとらわれて、その基礎にあるべき倫理観を見失うと、知らず知らずのうちに再び独裁者なき全体主義の道を歩みださないとも限らない」と指摘し、「社会的なものとしての計画が、全体主義的な力としてではなく民主的なものとして、自由を制約するものではなく自由を増大するものとして、その命を保つためには、我々は、計画のもつ意味を、その基盤にさかのぼって考える必要がある」と述べています。
 著者は、「自由で民主的な計画というのは不断の戦いによってのみ可能である」として、その戦いは、「たんなる権力との戦い」ではなく、「目に見えない情報課の力との戦いである」と指摘しています。
 第10章「目的性の倫理」では、「手段の目的化」すなわち、「手段的価値の究極的価値への転化」によって生じた「目的論的計画観」について、「孤島におけるロビンソン・クルーソーのように、自然のみを相手にして目標を定め、それを実行してゆく孤立的個人の計画」であると指摘し、「それでは、社会的な計画として、人々を納得させることはできない」として遺棄しています。
 そして、目的論的計画が、「あらゆるものを素材化し操作の対象とする」と述べ、「計画が素材化された対象の操作可能性の上に組み立てられるとき、素材化され難いものや捜査困難なものは、計画から脱落し拒否される」として、「計画の合理性とか効率性とかいうもの」が、「それらの存在を拒否した場において定義される」と指摘しています。
 第13章「日本における初期の紹介」では、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』に出会った最初の日本人として、戦争中、フォン・ノイマンの元にいて、この本の中の数式の清書をさせられた角谷静夫氏を挙げています。
 また、ゲーム理論誕生前夜ともいうべき1930年代のウィーンに留学していた山田雄三氏も、モルゲンシュテルンの仕事に関心をもち、ゲーム理論の存在を知っていたこと、終戦直後は、外国の文献の入手が困難であったため、山田氏が『ゲームの理論と経済行動』を、「上野図書館にあった原著の一部を学生にタイプしてもらって読んだ」というエピソードが紹介されています。
 さらに、山田ゼミに在籍していた城山三郎氏が、「数学に始まり、数学に終わる。きらびやかな世界の中だけでの舞い。空の舞台で空しい舞を舞うだけ」に不満を感じてゼミを辞めようと先生に送った手紙の返事が、「社会科学を学ぶことの意味を静かに温情込めて書かれたきわめて感動的な手紙」で、「いまも読み返す度に、それこそ胸の熱くなる手紙」であったとして、その一部を紹介しています。
 第15章「ノーベル経済学賞受賞によせて」では、碁が好きだったナッシュとプリンストンで碁を打ったエピソードや、映画『ビューティフル・マインド』には「ナッシュがどういう人物だったのか、さっぱり描かれて」いないことなどが語られています。
 第16章「ゲーム理論の教育と課題」では、ゲーム理論を「社会科学の基礎」であるとして、「低学年のできるだけ早い時期に、ゲーム理論の基礎を学び、その基礎の上に、ミクロ経済学やマクロ経済学など経済学の専門的な内容とゲーム理論とが融合した形で学ぶのが効果的」であると述べています。
 著者は、「ひつようなのは、新しいパラダイムの創造に参加する喜びをもち、さまざまな批判に耐え、希望を次の世代につなぐ覚悟」であると述べています。
 本書は、日本のゲーム理論の第一人者が語った、ゲーム理論への愛が込められた一冊です。


■ 個人的な視点から

 第13章で紹介されている、山田雄三先生とゼミ生だった城山三郎氏の手紙のやりとりは、ゲーム理論に限らず、社会科学を学ぶ意味というか、社会を科学的に見る目をもつことの意味という点で、経済学や社会学などさまざまな社会科学に共通したものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・社会科学を持つ目を持ちたい人。


■ 関連しそうな本

 城山 三郎 『花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方』
 John Von Neuman, Oscar Morgenstern 『Theory of Games and Economic Behavior』
 鈴木 光男 『ゲーム理論の世界』 2005年08月02日
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日


■ 百夜百マンガ

ロックマンメガミックス【ロックマンメガミックス 】

 「何回やっても何回やっても」終わらない名作として知られる定番ゲームのコミカライズ作品。ゲームやアニメのコミカライズでも手を抜かず、自分の作品にしてしまうのが炎燃のやり方なのだが。

2008年3月16日 (日)

黄金比の謎

■ 書籍情報

黄金比の謎   【黄金比の謎】(#1151)

  渡邉 泰治
  価格: ¥1785 (税込)
  化学同人(2007/3/20)

 本書は、「数学における美的感覚を通して『もののかたち』を議論し、なぜ黄金比が人々を魅了し続けるのか、その謎に迫ること」を試みたものです。著者は、造形美と機能美の底流にある感覚として、
・数学におけるちょうどよさ:黄金比、円周率、ネイピア数、虚数単位のような中途半端な数が造形的にも機能的にも美しさをもたらす。
・均斉的なちょうどよさ:黄金比を持つ長方形のように、えもいわぬつりあい感を醸しだす。
・最適なちょうどよさ:物理の法則や成長の法則などによってもたらされる。
・心地よいちょうどよさ:雲や風のように適当な揺らぎを伴なう。
などの「ちょうどよさ」を挙げ、「数学におけるちょうどよさ」、「自然の摂理におけるちょうどよさ」、「人間の間隔におけるちょうどよさ」の3つの意味での「ちょうどよさ」のすべてを具現化したものが黄金比であると述べています。
 序章「黄金比との出会い」では、「(1+√5)/2」という「人類の長い歴史を通して数学者のみならず、多くの人々を魅了し続けている数」である「黄金比」について、割り切ることのできない「1.61803398…」という「中途半端」な値であり、無理数であると解説しています。
 そして、「1,1,2,3,5,8,13,21,…」という「フィナボッチ数列」を取り上げ、「中途半端」な数である黄金比と、簡単な規則で生成される自然数の並びを持つフィナボッチ数列とが、「互いに密接な数学的関係がある」と述べています。
 第1章「もののかたちと黄金比」では、「もののかたちをよくよく眺めることから、黄金比やフィボナッチ数列への旅が始まる」と述べ、正多面体や関数、黄金比の長方形、植物の葉っぱの出方に現れる「黄金角」などについて解説しています。
 第2章「黄金比を解剖する」では、黄金比を数学の話題として始めて意識したものとして、ユークリッドによる、「線分を2つに分けるとき、全体と片方の線分でできる長方形の面積と、残りの線分でできる正方形の面積が等しくなるように分けよ」という幾何学の問題を提唱したことを紹介しています。
 そして、黄金比を持つ長方形が、「自分自身の中に相似な図形を無限に内包している」という「自己相似性」という性質を持つことや、一辺が1の正五角形の対角線の長さが黄金比になることを紹介しています。
 第3章「生物は黄金比を選択するか?」では、植物の分岐モデルの解説した上で、「共通の、しかもたいへん重要な性質」として、「一つの枝を切り離してみると、その枝にも残った部分にも同様の形が見られる」ことを挙げ、「一部分が全体と相似形である」という性質である「自己相似性」について解説しています。
 さらに、ひまわりの種の出方や松かさの観察から、「植物は黄金角が好みのようである」と述べ、「黄金角を回転角に持つことにより、葉は、あたかも今までの葉が出た場所を避けて、できる限り開いている場所を選んで葉芽をだしているようにみえる、つまり、『ちょうどよい』場所に葉を出している」ことの結果、「はの重なり相賀少なくなり、葉には光や養分が効率的に供給され、植物としての頑強さを備えたかのように見える」と述べています。
 また、カタツムリの殻の成長の観察から、らせんの性質について、
・アルキメデスらせん:等間隔で広がるらせん
・ベルヌーイらせん:等比率で広がるらせん
の2つを紹介し、後者が、「黄金比を持つ長方形に内接する」性質を持つことを紹介しています。
 第4章「芸術に見えかくれする黄金比」では、「建築物や美術作品の中に見出される黄金比、フィボナッチ数列、ベルヌーイらせんについて、いくつかの有名な例を紹介」するとして、ピラミッド、パルテノン神殿、ミロのヴィーナスと北斎等の例を取り上げています。
 第5章「数学の美しさと黄金比の中間たち」では、「ちょうどよさ」を「美の極致に通じるキーワード」であるとして、「数学の発展史を振り返ると、この人間臭い『ちょうどよさ』という妥協的、ご都合主義的、調整的な事柄が、美の極致まで昇華されていく過程を見出すことができる」ところに、「数学のやわらかさと美しさを感じている」と述べています。
 第6章「自然も好む関数の造形と機能」では、「質量×加速度=働いている力」という関係にある「運動方程式」について、「この理論が自然界の置く深くまで見抜いた、あまりにもみごとなものであるため、そこに美しさを感じ」、「方程式から導き出される」といってしまいがちになるのは「私だけではないかもしれない」と述べています。
 第7章「予測困難? 数列が織りなすかたち」では、自己相似性を持つ図形が、「自然界に存在するもののかたちの複雑さを連想させる」ことについて、「森全体から葉っぱ一枚にいたるまでの複雑な形状、入り組んだ海岸線の複雑な形状、雲や煙の形状、はたまた銀河宇宙から素粒子にいたるまでの複雑な形状の中に、部分的に自己相似性を見出すことができる」と述べています。
 本書は、「黄金比」をキーワードに、自然の中に見出すことができる数学の美しさと「ちょうどよさ」を考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の著者は、県立高校の教師として数学教育に携わっていて、現在は岐阜県立岐阜各務野高等学校の校長先生をされているようです。
 こういう人が数学の先生だと、数学に興味のある人はとても楽しそうですが、個人的には数学に大きな壁とその向こうの魅力を感じる中学校の先生がこういう話をしてくれたら楽しいのではないかとも思います。


■ どんな人にオススメ?

・数学は味気ない世界だと思う人。


■ 関連しそうな本

 藤原 正彦 『天才の栄光と挫折―数学者列伝』 2007年11月17日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

犬神家の一族【犬神家の一族】 サントラ オリジナル盤発売: 1976

 市川崑監督の追悼企画で、76年版と2006年版の作品が放送されているようで、この曲は有名ですが、ボーカルバージョンがあるのは知りませんでした。というか、金子由香利さんを知りませんでしたが、他の曲も聴いてみたいです。

『悪魔の調べ~ミステリー映画の世界 金田一耕助サウンド』悪魔の調べ~ミステリー映画の世界 金田一耕助サウンド

2008年3月15日 (土)

だから楽しい江戸の算額

■ 書籍情報

だから楽しい江戸の算額   【だから楽しい江戸の算額】(#1150)

  小寺 裕
  価格: ¥1365 (税込)
  研成社(2007/08)

 本書は、「文化としての和算と絵馬信仰がリンクしたもの」であり、「和算の問題を解き、発表の場としての絵馬が利用された」、「算額」に関する本です。著者は、「これまでこのような形で算額を紹介した本はなかった」と述べ、「算額は江戸の文化が詰まったテーマパークといってよい」と述べています。そして、病気治癒への感謝を込めた算額を取り上げ、「算額は江戸時代のブログともいえる」と述べています。
 第1章「見て楽しむ」では、福井県武夫市大塩八幡神社に報じられた「鶴亀松竹ノ絵附□算術一問」と題された算額を取り上げ、その答えが奉納者の竹寿75歳の長寿を祝ったものであるとして、「こんなハッピーな算額は全国でもここだけ」だと述べています。
 第2章「作って楽しむ」では、著者が算額復元の仕事を通じて、「寺への説明、算額作製者への依頼、資金の問題」等をクリアする中で、江戸時代の人の努力を実感し、「江戸時代にタイムスリップしたよう」だったと述べ、「この復元を機会に筆者は二代目福田理軒を襲名」したとしています。
 また、教育活動としての算額の制作について、「準備などがたいへんですが、生徒たちにとっては達成感や学ぶ喜びが得られるので、普段とは違った貴重な授業になる」として、関連する教科として、
・数学科
・社会科
・国語科
・技術科
・書道科
・美術科
・特別活動
等の科目を挙げています。
 さらに、算額の問題については、「自作問題」と「過去の算額から復元」の方法があるが、学校の授業としては「自分の力に応じた問題で奉納を目的として作るのがよい」と述べています。
 第3章「解いて楽しむ」では、鶴亀算を解く歌として残っている、「鶴問はば、頭の数に四をかけて、足数引いて二で割るべし。」という歌を紹介しています。
 また、和算をテーマにした小説として、「和算系小説というジャンルもできつつある」として、中でも遠藤寛子著『算法少女』を「元祖和算系小説」として、近年復刊されたことを紹介しています。
 第4章「算額雑感」では、長野県軽井沢町にある「数字だけで書かれた和歌の碑」として、
「四八八三十一十八五二十百万三三千二五十四六一十八三千百万四八四」
「世は闇と人は言ふとも正道にいそしむ人は道も迷はじ」
という歌を紹介しています。
 本書は、和算と絵馬という江戸の魅力を楽しむチャネルを提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「和算」という分野にも心惹かれるのですが、漢数字の乱れ打ちに腰が引けてしまいます。
 和算のやり方を今のアラビア数字に馴染んだ人たちにもわかりやすく解説してくれる本はないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・文化としての和算に触れたい人。


■ 関連しそうな本

 遠藤 寛子 『算法少女』
 結城 浩 『数学ガール』
 佐藤 健一, 和算研究所 『和算』
 佐藤 健一, 牧下 英世, 伊藤 洋美 『算額道場』
 深川 英俊 『例題で知る日本の数学と算額』
 佐藤 健一 『和算を楽しむ』


■ 百夜百音

Everything【Everything】 MISIA オリジナル盤発売: 2000

 数年前に友人の結婚式の二次会で演奏しました。自分はギターだったので、ボイシングが面倒なこと以外はそれほど大変ではなかったのですが、ベースの人はたいへんだったと思います。終盤の畳みかけが楽しい曲でした。

『MISIA GREATEST HITS』MISIA GREATEST HITS

2008年3月14日 (金)

房総と江戸湾

■ 書籍情報

房総と江戸湾   【房総と江戸湾】(#1149)

  川名 登
  価格: ¥2625 (税込)
  吉川弘文館(2003/03)

 本書は、「地域史の創造」として、
(1)各地域の住民たちが生産と生活を基盤に、自立・自律性をもって蓄えてきた潜在エネルギーを探り、
(2)地縁的まとまりとしての地域個性・文化に照明を当て、
(3)それらの地域と地域が陸路・水路を通して交流し、わが国の母体を形成してきた
と捉えたシリーズの一冊です。
 第1部「房総の街道を歩く」では、房総の街道を、
(1)江戸から房総に達するための道
(2)軍事・参勤交代・幕府役人らの通行を主とした「支配の道」
(3)房総に暮らす人びとの生活・経済活動としての性格を持つ街道
の3つに分けることができるとし、このうち、第二の道の多くは南北に、第三の道は東西に通じていると述べています。
 また、「江戸内湾を描いた絵画のほとんどに房総半島が描かれている」として、「房総の内湾沿いを旅する人は、日頃遠望している風景の中に溶け込むことができた」と述べています。
 第2部「房総・江戸湾の歴史」では、「御成街道」と呼ばれる船橋から東金に向かってほぼ一直線に作られた道が、「一夜街道」(家康の命で昼夜を通して突貫工事が行なわれた)や「提灯街道」(夜間工事の際に堤燈を掲げて位置確認を行なった)とも呼ばれていることが紹介されています。
 また、上総国天羽郡萩生村に、寛永年間に紀州の漁師が移住し、タイなどを捕る桂網を始めたことから、「江戸湾内では関西漁民による活動が拡大」し、のちに、次第に地元漁民が関西からの旅漁の漁民に取って代わったことが述べられています。外房においても関西漁民の出漁とその影響として、先進的な漁法が伝えられ、「生産高や飛躍的に延び、外房漁村の繁栄をもたらした」が、元禄期には、関西からの出漁者が急減した理由として、
(1)地元漁民が関西漁民を締め出した。
(2)元禄16年の大地震により甚大な被害を受けた。
の2点を挙げ、また、土着する関西漁民も増えたことから、現在でも「栖原屋や紀州屋などという関西の地名を付す商店や、加田や西宮など、苗字に関西の地名を持つ家も少なくない」と述べています。この他、銚子半島の南西部に広がる高神村の外川という集落が紀州人によって開かれたものであることを紹介しています。
 そして、江戸湾近海では、勝山浦が捕鯨の中心地で、醍醐新兵衛が代々捕鯨業の元締めを勤めたことが述べられ、大田南畝が、捕鯨でにぎわう勝山の地と醍醐家の繁栄をたたえ、
「いさなとる 安房の浜辺は 魚篇に 京といふ字の 都なるらん」
という狂歌を詠んだことを紹介しています。
 さらに、鹿野山の南の佐貫藩の領地である御林鬼泪山での農民の山稼ぎに関して、老中本多忠良への駕籠訴が起きたことなどの、領主と農民の対立が述べられています。
 第3部「地域史の発見」では、「波の伊八」を取り上げ、「関東へ行ったら波を彫るな」と関西の彫工たちに恐れられたと伝えています。
 また、「伝統を引き継ぐ古代からの海人(アマ)の末裔」とされている「伝統的な海女の誕生」が誤りであることを指摘し、房総半島におけるアマ(海女)による裸潜水漁が、ほとんど明治以降に始められるようになった史的背景について解説しています。そして、海底から浮上した海女たちが、「口を窄めて息を吐き出したり吸ったりする方が肺にかかる負担が少ない」という独特の呼吸法を行っていることについて、その笛のような音色が、「海女の磯笛」と呼ばれていることを紹介しています。
 本書は、房総半島の歴史を概観することができる、千葉県人にはお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 「千葉県人」と一口に言っても、意外と千葉ネイティブは多くないためか「千葉」をアイデンティティに持っている人は少ないような気がします。元々は、安房と上総と下総の国に分かれていましたし、アイデンティティという点では、安房が一番強い気がします。


■ どんな人にオススメ?

・千葉県の人。


■ 関連しそうな本

 武光 誠 『藩と日本人―現代に生きる"お国柄"』 2005年09月03日
 八幡 和郎 『47都道府県うんちく事典―県の由来からお国自慢まで』
 毎日新聞社 『「県民性」こだわり比較事典―お国自慢からウワサの真相まで、気になる話題を徹底調査』
 お国自慢友の会 『県民性がズバリ!わかる本―なんたってオラが郷土が最高ッ!』


■ 百夜百マンガ

超機動員ヴァンダー【超機動員ヴァンダー 】

 前作でデビュー作のウイングマンが大ヒットしてしまっただけに2匹目の泥鰌はいなかったようです。
 ここでいなくなってしまうマンガ家が多い中で、きちんと実力を示せたことは幸せだったのではないかと思います。

2008年3月13日 (木)

都市と地租改正

■ 書籍情報

都市と地租改正   【都市と地租改正】(#1148)

  滝島 功
  価格: ¥12600 (税込)
  吉川弘文館(2003/11)

 本書は、「都市における地租改正」についての研究書であり、「都市の地租改正に関するはじめての成果」としているものです。著者は、本書の研究過程において、「地租改正研究史の基本的な認識とは異なる地租改正の意義を見出すことができた」として、地租改正が、「近代日本の国家の形成と、資本主義社会の発展に重要な役割を果たした政策であるとともに、国内の各地で、土地の所有と利用の関係を基礎にして、多様な形で成立していた地域社会の基本構造を転換した施策であった」ことを明らかにしています。
 序章「都市における地租改正研究の視点と課題」では、「土地と地価」を、「学術研究の分野を横断する多角的な関心が集まる学際的な研究課題」であるとした上で、これまでの学術研究が、「明治以降、近代日本における土地と地価の歩みへの関心、つまり、歴史分析を一切立論の前提としていないという際立った問題点が指摘できる」としています。
 また、地租改正研究史の蓄積において、「都市における地租改正の研究が立ち遅れている理由は明白である」として、「地租総額の約96%の地租を担っていた郡村耕宅地、あるいは、国土面積の大部分を占め、前民有地の約60%を占めていた山林原野などに、研究の関心が集中したため」であり、市街宅地の改正地租は、「耕宅地・山林原野とは量的に比較にならず、有意義な研究対象として認められていなかったのは事実であろう」と指摘しています。
 第1部「明治維新の土地・租税改革と都市」では、廃藩置県前後における政府内部と東京府の動向を中心に論じています。
 第1章「廃藩置県と地租改正」では、「廃藩置県直前の東京では、武家地・社寺地・町地という身分制度支配の原則に基づく土地制度が根底から崩れつつあり、抜本的な改革が不可避な情勢となっていた」こと、「東京を全国の土地・租税改革の端緒にする構想を固めつつあった大蔵省の誘導」により、東京府が「土地改革の実行を直接大蔵省に働きかけた」ことを述べています。
 そして、明治4年9月2日には、大蔵省に上申した伺により、「幕藩制社会の身分制支配の原則に基づく、武家地・町地という土地利用の区別」を基礎にした、「江戸の都市社会の基礎構造の最終的な解消に結びつく、東京市街の土地制度の全面的な改革の実行を決断したといえる」と述べています。
 第2章「東京における市街地券の発行」では、明治4年10月7日付けで大蔵省から正院に上申された「地券税発行ノ儀ニ付伺書」が、「市街と郡損の地租負担の不平等を指摘し、負担の均衡の実現と、税法改革の実行とを一致させる構想」に基づき、「改革の端緒として、東京への地券発行による地租賦課=地券税法の施行と、順次に、『ニ都開港場其他従来地子免除ノ市場』へ拡大していく構想の認可を求めたもの」であると述べています。
 そして明治5年正月12日に大蔵省が東京府に発した「地券発行地租収納規則」および、東京府が市中一般へ布達する地券規則である「地券申請地租納方規則」が同年2月10日に六大区の正副戸長に達せられ、「近世以来の沽券地の地主や、旧武家地を受領・拝領していた居住者・利用者からの『地券願』の提出によって、東京府地券掛による市街地券の発行事務が本格化した」が、「全国の模範としてふさわしい地券税法の施行という期待に応えるために、すべての都市に先駆けることと、成功を義務づけられていた東京における市街地券の発行」が、「市中の土地状況の混乱に起因した難題に、次々と直面しつつ遂行された」ものであると述べています。
 また、旧沽券地への地券の発行は、「各地主が、その土地の現在の地価であると申告した希望どおりの価格に決定した」こと、旧武家地に関しては、「各筆の表間口の広狭・面積・形状などの土地条件の違いは掛による検査も行なわず、地券の交付申請時に申告された総坪数に、一定の数値を乗じて算出するという方法により決定した」ことが述べられています。
 さらに、廃藩置県の実現を契機に、東京府が、「首都としての都市基盤の整備、社会資本の充実の緊急性を強く主張」し、「都市の優遇、とくに、首都東京の都市基盤の整備を促進する意図に基づいた地租税率の軽減によって、大蔵省『地券税発行ノ儀ニ付伺書』が謳った市街と郡損の地租負担の均衡という理念」が、「早くも空論化」し、「市街地券の発行=地租課徴の意義」が、「旧来の慣行に基づく無税地を廃しておくこと、つまり、地券の授与により、政府による土地所有権の法的な承認を得たすべての地主は、旧体制下の身分・由緒などとは一切関係なく、地租を等しく負担するという原則を実現しておくことに変化したといえる」と指摘しています。
 著者は、「東京における市街地券の発行による地券税法の実施の意義」を、「地租改正の範囲に止めずに、近代における地方税体系の形成と、それを基礎にした地方財政の確立と展開、さらには、租税の賦課を通した都市支配の問題としても、その理解を試みる必要がある」と述べています。
 第2部「都市における地租改正の実施過程」では、「市街地の地租税率3%への改定を契機として、都市でも、地租改正法に準拠して実施された地租改正の計画と結果についての検討を目的」としています。
 第1章「東京の地租改正」では、明治9年5月中に、地券局官員の坪数検査の派出によって実質的に始まった東京の地租改正が、明治11年5月中の新税施行の認可まで、約2年を費やしたことについて、「その間における各種の地租改正調査は、市中における土地利用の現況を的確に把握し、いかに地位等級の体系の均衡を整え、地価の水準を適正なものにするかに努力を傾注した点に特徴がある」ことを指摘しています。
 第2章「仙台の地租改正」では、「政策上、全国的な標準の役割を担うものと明確に位置づけられた東京における地租改正の意義を確認するため」、「東京に倣った他の都市との比較研究」として、仙台における地租改正の過程を考察しています。
 そして、宮城県が大蔵省に上申した地券規則案に関して、発生した問題として、
(1)坪数の確認に使用する間竿に関して、六尺一寸竿の使用を指示した大蔵省と、六尺三寸竿を主張する宮城県との対立。
(2)貸付地低価払下げの標準価格。
の2点を挙げています。
 そして、宮城県が、大蔵省との協議を経て、「開墾地を除いて、六尺三寸竿を基準にした坪数の設定を認められていた」措置に関して、「旧慣の襲用によって市街地券の発行を優先する目的で六尺三寸竿を用いた民有地と、六尺竿の官有地とが混在するという混乱が生まれ、使用間竿を六尺竿へ統一したうえで、実地の丈量を早急に実施することが不可避な事態となっていた」ことを指摘しています。
 第3部「『地価』の起源」では、「地租の課税標準である地価を国内全土に余す所なく創定した地租改正が、近現代社会を通した日本経済の景気循環に止まらず、社会情勢の変転をも左右している地価の動向と、それに起因して社会問題となった土地問題の根源であるとの理解を基礎にした記述である」としています。
 第1章「明治維新期三井組の土地所有と地租改正」では、「近世社会を通した江戸における三井にとっての家屋敷の所持」が、「さまざまな幕府の公的な金融業務を受託するために、自己の経営上の必須要件としての意義を認めてもの」であり、「そうした目的以外に土地・家屋を資産運用し、収益を生み出す資産それ自体として活用しようという意識は、収益率の問題から、もとより有していなかった」と述べています。
 そして、地券税法の施行により、すべての土地に地価が設定されたことが、「地券に記載された地租の課税標準である法定の地価という共通の評価基準により、東京全域の地主別の土地資産額を知ることがはじめて可能になったということである」と述べています。
 また、三井組が、「自己の評価額以上に高めた地価を経営拡大のために最大限に活用した」として、明治9年7月、三井銀行創立時の資本金として用いたことを挙げ、三井組が、「政府の金融業務に関して独占的な立場を築くとともに、政権中枢への密着度を深め、一度は断念を強いられた独力による三井銀行の創立を実現した」と述べています。
 著者は、「三井組の東京における土地所有のあり方」が、「江戸・東京における土地所有の歴史的な特質を象徴するものであった」として、「都市の土地を媒介にして成り立っていた経済と金融のシステムは、地租改正を端緒とする土地改革を経て、近代社会と資本主義の発展の基礎となった『近代的土地所有』が法的に確立されて以来、現代までも一貫して、機能し続けてきた」と指摘しています。
 第2章「『地価』の誕生」では、市街地券の発行過程における最大の難題として、「各地主の地租負担額に直結する地価の査定」を挙げ、沽券地を除き、「地価査定の標準となる売買などの慣行が成立していない土地のほうが、圧倒的に多かった」ことを指摘しています。
 また、「市街地券の交付申請に必要なものとして旧沽券地の各地主に求められた土地自体の時価評価の申告価格」が、「新規の地租負担額への関心や、沽券地所持の目的の違いなど、多様な要素が盛り込まれた千差万別なものとなった」と述べ、「全国に先駆けた東京における市街地券の発行過程では、旧沽券地の地価は、すべて地主が希望する随意の価格に決定することになった」ことを解説しています。
 さらに、旧沽券地が区内の地所の大半であり、それを集積した商人地主が多数を占めていた第一大区における市街地券の地価が、「地価を低減するために低廉な金額を申告した地主」と、「自己の経営上の都合によって、所有地の担保価値を高めるために地券の地価を操作し、実勢を超えた水準までつり上げた地主」という「両極端の地価が混在していた」ことを解説しています。
 第4部「地租改正と都市空間の土地処分」では、「都市にもっとも関係する二つの土地改革の問題」として、「都市の生産・流通・消費という枢要な機能を担った水辺の都市空間=河岸地」の利用をめぐる権利と負担の関係を改革した河岸地改正と、「社寺領上知令以降、地租改正の地域的な展開と並行して、全国ほとんどの社寺の旧社寺領・境内地を対象に実施された社寺地処分」について論じています。
 第1章「河岸地と地租改正」では、江戸における河岸地が、「川端の町境や、街路より川岸へ突き当たった先の会所地と呼ばれた共同の物揚場、火除地などとして用いられた『明けておかなければならない』水辺の土地であった」と述べています。
 そして、「明治維新期に、河岸地の存在形態は一変することになる」として、「全国に先駆けて東京で実施された市街地券の発行と地租賦課の開始という改革が、河岸地のような都市空間の改革も不可避にした」ことを指摘し、「東京における市街地券の発行とは、創設した地券制度に基づく、最初の地券税法の施行例という意義に止まらず、それと並行した土地改革の実施、つまり、国内すべての土地を対象に分類した『地所名称区別』の体系に、市中すべての土地を適合させるための処分の実行を義務付けたものであった」ことを指摘し、「河岸地の利用をめぐって成立していた権利や社会的な関係も、一変することになった」と述べています。
 また、「河岸地改正の結果として実現した河岸地の建築制限」によって、「河岸の背後に位置した『町』の社会構造や、商業などをそのまま映し出した」ものであり、「江戸における水辺の景観」は「変化に富んだ風景こそ、自然な景観であったはず」だが、「水際に蔵が並ぶ」という画一的な景観が、「河岸地改正による近代河岸地の成立を受けて、近代土地制度の基礎である国内共通の『地所名称区別』の土地種類の体系に、河岸地のような都市空間も例外なく位置づけられ、『官』による官有地空間への建築制限の強制が、法的に保証されてはじめて実現した」と述べています。
 第2章「明治初年の社寺地処分と地租改正」では、「現代における社寺への信仰、都会や田園の風景に同化して見慣れた社寺の景観などはすべて、明治維新以降の政府の宗教政策と、近代社会における地域民衆と社寺との関わりを通して形成され、社会的に定着して今日に至ったものであることを意識する人は少ない」と指摘し、「現存する社寺や信仰から抱くイメージのほとんどに関して、前近代のそれと混同してはならない」と述べています。
 そして、明治4年正月5日の、いわゆる「社寺領上知令」について、「社寺の経済的基盤である朱印地・除地の多くを社寺より奪って、数多くの社寺を統合整理に導いたことや、近代日本の国家体制と社会の歩みを特徴づけた、祭祀と宗教のシステムを構築する起点となった施策の一つとして知られている」と解説しています。
 また、地券税法の施行と、地券制度による土地売買の自由を法的に承認したことが、「幕藩制社会の身分制支配の原則が、武家地・社寺地・町地という土地の利用と支配関係の区別という形で具現化されており、これを基礎に成り立っていた江戸の都市社会を最終的に解体へと導く結果となった」と述べています。
 終章「都市における地租改正研究の小括」では、渋沢栄一などの行動から、「彼らが租税改革の推進に込めたもう一つの期待が伺える」として、「租税改革という目的に止まらず、幕藩制的土地所有を基礎にしていた旧貢租制度を撤廃することによって、土地所持の権利や、土地利用の制限を要素の一つとして成り立っていた幕藩制社会の基本原理である身分制の解消も、一体のものとして断行しようとして、幅広い近代化政策の根幹となる改革として、実現することであったと理解できる」と述べています。
 著者は、「このような東京における地租改正の研究を通して、近世江戸の都市支配と、都市社会の基本構造は、地租改正の実施とともに最終的に解消され、近代東京の新たなそれらが構築されていく契機となったことを証明できた」と述べています。
 本書は、日本史の時間に習い、農民による一揆が起こったくらいの理解しかなかった地租改正について、その社会的インパクトと、隠された意図についての理解を助けてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 都市部の土地利用については、江戸期には間口で課税されたので町屋は奥に細長い形をしていた、というくらいしか聞いたことがありませんでしたが、武家地がどのようにして明治期の東京の都市インフラとしての機能を果たすようになったのかの経緯を解説してくれる本を読んでみたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・地租改正の年号しか暗記していない人。


■ 関連しそうな本

 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
 高久 嶺之介 『近代日本の地域社会と名望家』 2007年06月15日
 藤原 勇喜 『公図の研究』 2007年12月07日
 佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
 長妻 広至 『補助金の社会史―近代日本における成立過程』 2007年04月05日


■ 百夜百マンガ

TWIN【TWIN 】

 六田登といえば「なんぴとたりとも俺の前は走らせねェ!」 で知られる『F』が有名ですが、同じレースものでもバイクを扱ったこちらの方は少しマイナーです。

2008年3月12日 (水)

グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援

■ 書籍情報

グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援   【グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援】(#1147)

  坪井 ひろみ
  価格: ¥1890 (税込)
  東洋経済新報社(2006/02)

 本書は、バングラディシュのグラミン銀行の女性を中心に、「マイクロクレジットとかかわることで、生活の質を高めようと、懸命に生き、挑戦する女性たちの姿を、具体的に伝えようというもの」です。
 第1章「マイクロクレジットとは何か」では、マイクロクレジットを、「貧しい人々を対象に、フォーマルな少額融資を行い、彼らの生活が成り立つように促す仕組み」であると述べ、これまで、「融資の対象と見なされず、まともに相手にされてこなかった」貧しい人々にこそ融資するのだと述べています。
 第2章「グラミン銀行誕生と貧しさの基本的な考え方」では、「グラミン」とは、ベンガル語の「村の」を意味し、1976年に、チッタゴン大学の経済学部長であったムハマド・ユヌス博士によって始められた貧困削減プロジェクト「グラミン・バンク・プロジェクト」からスタートしたことを解説しています。
 そして、ユヌス博士の言葉の中から、「グラミン銀行の哲学」が感じ取れる言葉として、
・クレジットは、基本的な人権である。
・人はだれでも、機会さえ与えられれば、よりよい生活をしようとする能力と意欲を持っている。
・貧困は外から規定され、人工的・社会的につくり出されたものである。
・人びとが銀行に行くのではなく、銀行のほうが人びとのもとに行く。
・グラミン銀行の原則、原理は、きわめて単純で、普遍であるので、私たちは組織を柔軟に運営することができる。
・貧しい人々が信用に値しないのではなく、既存の銀行が人びとに値しないのである。
等の言葉を紹介しています。
 グラミン銀行の特徴としては、
(1)貧しい人々しか融資を受けられないこと。
(2)メンバーになるためには自分たちで5人グループを作ること。
(3)担保はいらないが5人で連帯して返済に責任をもつこと。
(4)毎週集会所で開かれる集会に参加すること。
(5)支店の行員が集会所に来ること。
(6)自分たちで考えて経済活動に融資を活用すること。
の6点を挙げています。
 また、バングラディシュ社会において、「女性の生きる道は、結婚であり、子どもの頃から、男性に依存するように教えられ」、女性の生き方には、
(1)結婚
(2)跡取り息子を持つ妻
(3)自分の結婚も含め、重大なことに口出ししないこと
(4)夫に対し疑問の余地のない忠誠や服従を示すこと
の4つの伝統的な特質が求められたと述べています。
 そして、5人グループのメンバーは、グループ長とグループ書記を輪番制で公平に役割を経験することを、「女性たちにとっては"公的"で大きな経験となる」と述べ、「もともとリーダーとしての素質がある人にとっては、それをさらに開花させ、ない人にとっては、身につけさせるという訓練の意味合いがある」と解説し、毎週行なわれる40人規模のセンターでの集会において、「"公的"に人前で何かを話すという、この貴重な経験は、女性に自信を与えている」と述べています。
 さらに、女性が行う経済活動について、「多くの女性が屋敷内でできる仕事を選ぶ」理由として、
・すでに身につけている技術であること
・ほとんどがイスラム教徒であるため、さまざまな形で行動が抑えられていること
の2点を挙げ、「夫と共同で活用する場合」には、
・規模の大きな養鶏や牛の飼育
・機織
・三輪のベビータクシー
・リキシャ
・雑貨店
・野菜の栽培と販売
など、「男性の手を必要としたり、男性がする仕事であったり」するものであり、女性の行動が制約されていることや、交渉ごとに不慣れなこと、そして、「夫を巻き込んで共同で働く方が、むしろ家庭内のいざこざを避けることができるし、夫も自営の仕方が学べると、歓迎する向きもある」と述べています。
 第3章「グラミン銀行の活動」では、ベンガル語で「教育を受けていない人」といった場合に、「読み書きができないという技術的なことだけでなく、概念がつかめなかったり、思考の操作ができなかったり、他の人との関係を結び個人的な能力を形成できなかったりする人のこと」を指し、「教育を受けた人」との違いは、「抽象的な知識量の多少」ではなく、「期待される社会的役割の高低」であると述べています。そして、ほとんどが学校教育を受けたことがないグラミン銀行の女性たちにとって、グラミン銀行の行員は、「学校教育を受けた身近なモデル」であり、「言葉だけでなく、学校教育を受けた人とはどのような人かを身近に」示すものであると解説しています。
 また、女性たちが「グラミン銀行に入ってどんなことが変わったか」を訪ねたところ、
(1)子どもは少ない方がよいと思うようになった。
(2)知識が増えた。
(3)自信がついた。
(4)子どもの教育について関心が増した。
(5)以前より忙しくなった。
(6)人間らしい扱いを受けるようになった。
(7)家庭内で発言力が増した。
(8)家計のやりくりができるようになった。
(9)友達が増えた。
(10)夫や家族の付き添いがなくても村の外に出かけられるようになった。
という結果だったことを紹介しています。
 さらに、グラミン銀行が提供する住宅ローンによって、2004年12月現在で、60万4000戸の住宅が建てられ、メンバーの6人に1人が住んでいると紹介し、その条件として、「きちんとした返済実績があり、本人名義の宅地を所有している人」に限定されるため、「このローンを利用した女性は、ほとんどが夫から宅地を譲受けている」と述べています。女性が、本人名義の住宅を持つことは、
(1)安全な場所を確保すること。
(2)老後の住み家を確保すること。
(3)社会的な地位が得られること。
(4)財産を手に入れること。
などを意味し、「住宅を手に入れた女性は、離婚しても家を出て行く必要」がなく、「住宅を持っている女性たちは、幸福感にあふれ、家庭内で意見が通ることが多いと、自信をのぞかせている」と述べられています。
 第4章「フィールド・レポート――また女性たちに会いたくて」では、グラミン銀行2が力を入れている「物乞自立支援プログラム」に参加している女性たちについて、ユヌス博士が、「マイクロクレジットが最貧困層まで到達するということを証明するための実験である」と語っていることを紹介し、2004年8月現在で、1万7600人に910万タカが融資され、260万タカが返済されていること、87人が物乞いをやめ、正規のメンバーになったことなどを紹介しています。
 本書は、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行の取組を、同じ女性の視点から描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ノーベル平和賞を受けたことで世間一般に知られるようになりましたが、グラミン銀行の5人でグループを作って連帯責任を負わせる仕組みは、実は先進国にも応用可能なアイデアなのではないかと思います。日本ではどんな形が考えられるでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・グラミン銀行の仕組みを理解したい人。


■ 関連しそうな本

 ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
 シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
 渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
 C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
 ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
 ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日


■ 百夜百マンガ

彼女のカレラ【彼女のカレラ 】

 ポルシェ・カレラRSといえば、『サーキットの狼』の早瀬左近を思い出してしまう世代なのですが、この作品に登場するものには逆卍や撃墜マークはついていないようです。

2008年3月11日 (火)

先進優良事例に学ぶ地産地消と地域再生

■ 書籍情報

先進優良事例に学ぶ地産地消と地域再生   【先進優良事例に学ぶ地産地消と地域再生】(#1146)

  二木 季男
  価格: ¥1680 (税込)
  家の光協会(2007/12)

 本書は、わが国の地産地消推進に関わってきた立場にある著者が、この時期にこそ必要と考えた、各地での実践活動に役立つ「地産地消実践論」です。
 第1章「地産地消活動の理念・目的・期待効果などをあらためて問い直す」では、地産地消活動を、「わが国の将来あるべき『高付加価値型の地域循環型環境保全農業』をビジョンとして据えて、そこへ向けた農業者と消費者(子どもを含む)、そして地域内の諸産業との確かな共生関係づくりを、地域の諸条件の中で確実に推進し、このビジョンへ向けて道筋を拓くという理念を持った活動」であると定義しています。
 また、地産地消活動の目的・期待効果として、
(1)地域内の直売所など農産物の有利販売・付加価値販売のためのアグリ・ルーラルビジネスの振興をはかる。
(2)子ども(親を含む)の食農教育への支援活動。
の2点を挙げています。
 さらに、地産地消型流通の確立に関して、「複数(マルチ)のチャネルの持つ利点と欠点を承知し、それを巧みに組み合わせたチャネル・ミックス戦略が、地産地消で臍を作り、ブランド化を進めることによって可能」になると述べています。
 第2章「いま求められる地産地消活動のレベルアップと組織的・計画的展開」では、直売所運営の要諦として、
・絶えざる豊かな品揃えと旬による個性的商品のアピール
・安全・安心、新鮮、ほどよい価格の維持
・店内での農業者と顧客との豊富な会話とその販売改善への活用
・POSシステムを売れ行き分析に生かし、販促活動を進める
・各種のアグリ・ルーラルビジネスとの相乗効果の発揮
・有効な各種イベントを生かし、顧客を啓発し、顧客に親しまれる店舗オペレーションの実践
・収支計画の策定とフォロー
の7点を掲げています。
 そして、地産地消活動の目的は、「つまるところは、『食』と『農』と『健康』と『環境』について、農業者と消費者が価値の共有を果たし、それが、購買行動に具体的に現れるということ」であると述べ、「その活動が都市の消費者の側からも進んできて、地方からの地産地消活動と一体化する」という「"国民参加(一体)の地産地消"の実現」が、「最も理想とする地産地消活動の展開」であると述べ、子どもへの「食農教育」が、「『食』と『農』はそれ独自の内容を持っていますが、それをつなげて学ぶところに大きな意味があるのです」と強調しています。
 第3章「レベルアップのための基礎理論」では、「アグリ(農業・農村)マーケティングの戦略モデル図」を示し、ターゲット(ファン層)として、
・地域内あるいは地域周辺の頼れる消費者
・地域外(都市など)から地域の魅力を求めて訪れる消費者
を意識し、このような顧客づくりのために
・P1:良質な商品、個性的商品、再生商品、パッケージ、ブランド、ネーミング
・P2:競争に打ち勝つ生産費保障の価格
・P3:適切な売り場、チャネル展開(流通)
・P4:費用をかけないPRや各種の地域イベント、あるいは店頭での会話など
・P5:地域の合意形成と行政のリーダーシップ
の「5Pミックス戦略」が必要になると述べ、「なかでも、企業マーケティングには存在しないP5が重要」であると述べています。
 そして、農業における最近の経営で、「小規模で多品目少量生産方式によるコスト節約の理論」として、「範囲の経済」や「多様化の経済」と訳される「スコープ・エコノミー(Scope Economy)の理論が注目されて」いると述べています。
 また、地域内市場形成の特徴として、
(1)市場形成に関わる事業主体は、地域の行政体やJA、農家、農家の任意グループ、株式会社など、さまざまな形をとる。
(2)農産物や特産加工品と言った商品だけではなく、サービス事業も同様な役割を果たす。
(3)農業者にとって顧客の反応をつぶさに把握できるため、絶えず改良・改善を図ることができる。
(4)その事業が吸引可能な顧客数(層)とその事業が提供できる商品やサービスの限界を踏まえた規模設定が市場形成の基本条件となる。
(5)地域におけるさまざまな活動とつながりをもつことが肝要。
の5点を挙げ、「地域内市場形成は、食と農の乖離が進む状況のもとで、逆に食と農を結合させる役割を果たすこととなり、量的なウェイトは大きくなくてもきわめて重要な意味を持っている」と述べています。
 さらに、地域ブランド形成に関しては、「丹波ささやま黒大豆」の例を挙げ、「その土地の土壌や気候条件を生かした特産農産物であるだけではなく、その地域の自然や文化、古くからの祭りや食生活習慣などの地域個性を背景にブランド農産物として定着して」おり、「それを生み出した篠山地域の自然の恵みや生活文化が商品の意味価値として示されており、黒大豆づくりへの生産者たちの熱い思いが込められている」ことが、「ブランドの真価」であると述べています。
 第4章「先進優良事例から学ぶ」では、行政(市)とJAそれぞれが主体となって推進を図った事例として、
・愛知県今治市の事例(行政主導型)
・JA秋田やまもと「食農実践会議」の事例(JA主導型)
の2つの事例を紹介しています。
 第5章「先進優良事例から学ぶ〔その2〕」では、「農業者を主体に地域の事業者などを含めた民間による地域振興促進活動があって、それを行政および行動学校の学習活動が連携・支援し、成果を生みだしている」ケースとして、
・広島県世羅高原六次産業ネットワークの事例
・三重県立相加高等学校学校食物調理科の多気町での地産地消活動への連携・支援の事例
の2つを紹介しています。
 第6章「終章――地産地消煮展望をもち、計画・運営のレベルアップを!」では、「地産地消派、日本農業再生への道づくりであり、新しい日本農業、地域再生への道づくりでも」あると述べ、「その道づくりは、消費者と農業者が一体になってはじめて実現できるもの」であると述べています。
 そして、従来の農産物流通が、「卸売市場流通をフォーマル・チャネルと称し、それをすべての基本にし、そこへ可能な限り多量な農産物をはめ込むようにしてきた」が、現在は、農業者と流通の「対等な関係づくりが進められており、従来の流通という感覚からは離れつつ」あると述べています。
 本書は、言葉としては聞く機会の多い「地産地消」を、主に農業者に向けてわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「6次産業」という言葉は、「1次産業×2次産業×3次産業」という掛け算の意味なのか、「1次産業+2次産業+3次産業」という足し算の意味なのか、どちらも「6」になるだけに意見が分かれるところです。実際のところどうなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・農業を地域再生の中心に考えたい人。


■ 関連しそうな本

 博報堂地ブランドプロジェクト 『地ブランド 日本を救う地域ブランド論』 2007年06月04日
 島田 晴雄, NTTデータ経営研究所 『成功する!「地方発ビジネス」の進め方 わが町ににぎわいを取り戻せ!』
 ETIC. (編集) 『好きなまちで仕事を創る―Address the Smile』
 横石 知二 『そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生』
 関 満博, 足利 亮太郎 『「村」が地域ブランドになる時代―個性を生かした10か村の取り組みから』
 立木 さとみ 『いろどり おばあちゃんたちの葉っぱビジネス』


■ 百夜百マンガ

カウンタック【カウンタック 】

 スーパーカーブーマーとしては量産されたLP400よりもLP500の方に魅力を感じたりしてしまうのですが、実際の車は空力的には結構問題があったようです。

2008年3月10日 (月)

未完の明治維新

■ 書籍情報

未完の明治維新   【未完の明治維新】(#1145)

  坂野 潤治
  価格: ¥777 (税込)
  筑摩書房(2007/03)

 本書は、幕末維新期の「武士デモクラシー」を描いたものであり、著者は、「幕末維新期にも明治年間にも昭和初期にも、自由主義や民主主義は単なる思想ではなく、政治的実践の課題だった」と述べています。
 「プロローグ」では、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、板垣退助の4人の明治維新の英雄間の対立を、図式化しています。

      大久保利通
     (殖産興業)
     /    \
内地優先/      \富国強兵
   /        \
  /          \
木戸孝允         西郷隆盛
(憲法制定)       (外征)
  \          /
   \        /「征韓論」
公議輿論\      /
     \    /
      板垣退助
     (議会設立)

 著者はこの図で示したいこととして、
(1)大久保と板垣、西郷と木戸とは政策的な共通点がなく、人間的にも仲がよくなかった。
(2)明治政府内の四路線の合従連衡の過程を見ていくと、「憲法制定」路線は幕末政局には存在しなかった。
の2点を挙げています。
 第1章「明治維新の基本構想」では、勝や大久保を通じて幕府内の開明派や親藩の越前藩などに支持された思想家として、
・大久保忠寛の「公議会論」
・佐久間象山の「強兵論」
・横井小楠の「富国論」
の3人を挙げ、「公議会論」が、諸大名の「共和政治」の原型であり、「強兵論」と「富国論」が、「割拠」しての「富国強兵」に理論的根拠を与えるものであると述べています。
 そして、幕府が、わざわざ自己の権力を削減するような「公議会=藩主議会」を創設する必要は、「欧米列強に日本の挙国一致を誇示して、『対等開国』を行うためにこそ必要だった」と述べています。しかし、日本国の「元首」である天皇と議会制度である「藩主議会」の間になくてはならない「政府」について、『薩土盟約』に基づく建白やそれを受けた『大政奉還の上表』において言及がなく、「完全に空白になっている」ことが、徳川家と薩摩・長州の対立を招き、王政復古をもたらし、鳥羽・伏見に戦いを惹き起こしたと述べています。
 第2章「幕府か薩長か」では、「藩主議会」を開いて再度「政府」に返り咲きたい徳川慶喜と、「藩主議会」抜きで、朝廷の権威と自分達の武力とで申請をまず作ってしまいたい薩長とが、武力衝突の覚悟を固めていったと述べています。
 第3章「大蔵官僚の誕生」では、「王政復古後に大蔵官僚の誕生が、横井小楠の『富国論』や佐久間象山の『強兵論』に待ったをかけた」として、大蔵官僚が、「まず健全な中央財政を確立することが最優先の課題」だと主張したと述べています。
 著者は、「明治4年(1871)旧暦7月の廃藩置県で、中央政府が全国の歳出入を一手に収めた前後には、今日のそれと比べても遜色のない大蔵官僚がすでに誕生していた」と述べています。
 また、長州の井上馨の大蔵省追放が、「緊縮財政から積極財政への転換点を示すものであった」と述べています。
 第4章「三つの『官軍』と『征韓論』」では、2005年似発表された大島明子氏の「御親兵の解散と征韓論政変」を取り上げ、「この論文はこれまでの明治政治史の再考を迫る三つの重要な指摘を行なっている」として、
(1)西郷隆盛らは「征韓」より「征台」を本命としていた。
(2)御親兵が再編されていく明治4・5年の経緯を、もう一つの「官軍」である東京、大阪、仙台、熊本の四鎮台の充実過程と比較するという視点。
(3)明治4年3月から5月にかけて薩・長・土三藩兵によって東京に設立された「御親兵」の正確な数を、歩兵5649名、砲兵539名、騎兵87名、合計6275名、と特定したこと。
の3点を挙げています。
 そして、明治6年の明治政府には三種類の「官軍」があったとして、
(1)御親兵から近衛兵に再編された約6300人
(2)戊辰戦争の中途から朝廷側に馳せ参じた約1万5000人の旧藩兵
(3)徴兵令施行により集められようとしていた農民約3万人
の3点を挙げています。
 著者は、台湾出兵に際しての鹿児島徴募隊の参加から、「薩摩軍団が『征台論』から『征韓論』に急変したとは考えられない」として、「日露戦争から韓国併合に至る時代に『征韓論』が急に人気を集め、自由党の創設者自らが『征韓論』の第一人者であったことを誇示したり、台湾出兵論の中心的人物だった桐野利秋が、その崇拝者によって『征韓論』の代表に書き替えられたりしたのではなかろうか」と指摘しています。
 第5章「木戸孝允と板垣退助の対立」では、長州の木戸孝允が、「廃藩置県を断行した以上、憲法の制定なしには新政府の正統性を長期的に維持できないことを痛切に感じていた」として、そもそも「憲法調査を自己の最優先課題として、岩倉使節団の副使となったようである」と述べています。
 そして、「長・土盟約」の目的が、「政府の目的を立、法を重んずるの方法」をつくりあげること、すなわち「何らかの立憲政治の樹立のために『民撰議員派』と『憲法制定派』が歩み寄ることにあった」と同時に、「木戸と大久保の会談も実現させて、大久保を薩派主流の『外征派』もしくは『旧官軍派』から切り離すことも計画されていた」と述べています。
 第6章「大久保利通の『富国』路線」では、著者が、ジャーナリストの田原総一朗氏から、「熟語としての『富国強兵』という言葉は誰が、いつ使い始めたのか」と質問し、この「奇襲攻撃」に真っ当に答えられなかったことは、「今でも思い出すと顔が赤くなる」と述べています。
 第7章「『維新の三傑』の死」では、「明治維新の近代化政策のすべてにおいて西郷は大きな役割を果たしたが、それは単に下の者に担がれて神輿に乗っただけではない」として、佐久間象山の近代化論を吸収し、勝から大久保忠寛の封建議会論を聞かされ、「理論や思想の面でも、彼は大久保の『富国』論、木戸の『立憲制』論ぐらいは十分に理解していた」と述べています。そして、「後世の西郷像は、彼の識見と実践を極端に矮小化したものである」と述べ、「政治家はよく、自己の評価は後世の史家に委ねるというけれど、西郷の事例は後世の史家ほど当てにならないものはないことを示している」としています。
 第8章「立憲派の後退」では、「地租改正で地租を固定税としてしまったこと、西南戦争を前にして、その固定税の地租をさらに引き下げてしまったことが、不換紙幣インフレへの政府の対応を困難にしていた」と述べています。
 そして、西南戦争後の財政経済の危機打開策が、
(1)外債募集
(2)増税
(3)財政緊縮化
の3つしかなかったと述べています。
 また、「国際収支の悪化と財政危機のいわゆる双子の赤字の下で、大久保以来の『富国路線』を貫こうとした黒田や五代の方策は、二度にわたって天皇もしくはその側近によって拒絶された」と述べています。
 「エピローグ」では、「『強兵』といい『富国』といっても、また『立憲制』といい『議会制』といっても、すべて武士=氏族の代表者が推進したもの」であったと述べています。
 そして、その後、薩長藩閥政府と呼ばれた明治政府が、「『革命派武士』によってではなく、合理主義的な『文武の官僚』によって運営されるようになった」と述べています。
 本書は、明治維新に対する認識を深める助けとなる一冊です。


■ 個人的な視点から

 歴史者が好き、という人の中でも幕末から明治維新にかけてが好きだという人が結構な数いるわけですが、現在の政治体制にかなりつながってくるだけになかなか客観的に見ることは難しかったのではないかと思います。
 「維新の志士」という一言で括られていた人たちの評価に、常に新しい息吹が吹き込まれることで激動の時代の姿がよりクリアに見えてくることを期待します。


■ どんな人にオススメ?

・明治期の姿をよりクリアに見たい人。


■ 関連しそうな本

 坂野 潤治, 田原 総一朗 『大日本帝国の民主主義―嘘ばかり教えられてきた!』 2006年11月08
 坂野 潤治, 三谷 太一郎 (著), 日本の近現代史調査会 (編集), 藤井 裕久, 仙谷 由人 『日本の近現代史述講 歴史をつくるもの〈上〉』
 五百旗頭 真, 瀧井 一博, 伊藤 正直, 小倉 和夫 (著), 日本の近現代史調査会 (編集), 藤井 裕久, 仙谷 由人 『日本の近現代史述講 歴史をつくるもの〈下〉』
 坂野 潤治 『明治デモクラシー』
 坂野 潤治 『近代日本政治史』
 坂野 潤治 『昭和史の決定的瞬間』


■ 百夜百マンガ

俺の空【俺の空 】

 戸川万吉が自分の才覚のみでのし上がっていくのに対し、「結局は勝ち組かよ!」と諦めの気持にさせてくれる作品です。でも、読んでいる時には自分が安田グループの御曹司の気分になってしまうのですが。
 それにしても現実に「安田財閥」がある中で、堂々と使ってしまって大丈夫だったのでしょうか。

2008年3月 9日 (日)

人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ

■ 書籍情報

人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ   【人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ】(#1144)

  西田 利貞
  価格: ¥1890 (税込)
  京都大学学術出版会(2007/08)

 本書は、「ヒトに共通な心理や行動の特徴」が、「長い進化の過程の産物」であり、「それらはいつ、どうして生まれたのか、どういう適応的意義をもっているのか、自然の中のヒトの位置はどのようであるか」を探ることを目的としたものです。著者は、本書の出版の動機として、「人間は文化の産物であり、教育によってどのようにでも変えられる」という考えが、あまりにも根強くはびこっていることを挙げ、その考えが「間違っていただけでなく、今や害毒を流している」として、「進歩思想」との結びつきを指摘しています。
 第1章「現代人は狩猟採集民」では、人の行動の性差の大半が、「霊長類時代から持ち越した違いと、狩猟採集時代の適応の二つから説明できる」としています。
 第2章「人間性の研究の方法」では、本書が、「人の進化史のうちのはじめの部分、つまり『サルからヒトへ』というホミニゼーションと呼ばれている過程と関係する部分」であるとしたうえで、人の自然史を再構成するための人類学の分野として、
・霊長類行動生態学
・実験心理学
・生態人類学
・文化人類学
・分子系統学
・比較解剖学
・古人類学
・古生態学
・先史考古学
・化石生成学
の10点を挙げ、「本書は、ヒトの持っている行動特徴の起源がヒトと近縁な他の動物の中に見つからないかを探るという試み、そして人がチンパンジー属と分かれた後の最も広い意味での採集狩猟の時代での適応は何かを探る試みである」と述べています。
 第3章「社会生物学から見た人類」では、ヒトの行動が、「個体の『包括適応度』を最大にするという形で進化した」と述べ、包括適応度を、「個体の適応度(簡単にいうと、子どもの数)に、『血縁度』に応じて割引した近親者の適応度を加えたもの」であると解説しています。
 また、「どの社会でも夫の年齢は一般に妻の年齢より高い」ことや、姦通が非常に多い社会では、子より姪甥に多く投資する習慣があること、非血縁者の子どもを養子にとる理由が、遺伝学的には「ペットを飼うのと同じ」であることなどを解説しています。
 第4章「社会の起源」では、「血縁関係にあるということは、動物界を通じて、個体を社会的に結びつけるもっと大きな要素である」として、「血縁者を他の個体より優遇すること」を「ネポチズム(nepotism)」と呼ぶと述べ、人類や霊長類におけるネポチズムの例を解説しています。
 第5章「互酬性の起源」では、ヒトの互酬性に関して、北米北西海岸のインディアン社会にあった「ポトラッチ」という奇妙な習慣を取り上げ、「一つの家族集団がライバルの集団を、何年間もの蓄積を消費しつくしてしまうほどの非常に贅沢な宴会に招待し、ご馳走し、多量の引き出物を与える。ライバルは次の機会に、それ以上の規模の宴会を催し、お返しする」という行動には、「ライバルに社会的に打撃を与える」という意図があるとして、これを通常の贈与ではなく「財産を使った戦い」であると紹介しています。
 第6章「家族の起源」では、家族を、「性的独占権、相互扶助義務、生まれた子供の所属、財産相続などについて一定の伝統的な規定を伴なう通常一人の男と一人あるいは複数の女のグループと彼らの子孫からなる集団」であると述べ、ヒトにとって普遍的な特徴である「ヒューマン・ユニヴァーサル」の例であると述べています。
 そして、ヒューマン・ユニヴァーサルの一つである「近親相姦(インセスト)の回避」について、その起源を説明する仮説として、
(1)ジグムント・フロイト:同性の親子が性的に嫉妬する。
(2)エドワード・ウエスターマーク:幼年期に同居して、親しく接触した相手には、成年に達したとき性的魅力を感じなくなる。
(3)マリアム・スレーター:人口学的に制限されていた近親相姦が、後になって制度化された。
(4)クロード・レヴィ=ストロース:家族間のネットワークを維持するため
(5)有害遺伝子ホモ結合説:近親者同士で子どもを作ると、有害劣性遺伝子が顕在して死亡あるいは身体障害者が生まれる確率が高まり、親の繁殖にとって不利である。
の5点を挙げています。
 第7章「攻撃性と葛藤解決」では、競合する資源の優先権の決め方として、
・優劣の確定
・平等関係
・未解決関係
の3つの方法を挙げています。
 また、戦争が人類の歴史に登場したのは、比較的最近のことであるという主張が、「霊長類や狩猟採集民俗には戦争がないという誤った認識による」ものであることを指摘し、「定住や農耕、都市の発生、帝国主義とともに戦争は増加したかもしれないが、その最大の原因は人口過剰である」と述べています。
 第8章「文化の起源」では、宮崎県幸島のニホンザルにおけるイモ洗いや小麦洗い文化という行動の普及が社会的学習によるものであるという説に疑問が呈されているとして、
(1)「普及」に時間がかかりすぎていること
(2)イモ洗いといってもさまざまなパターンがあること
(3)キャプチンモンキーを飼育し、水場を設け、少し離れたところにイモを置いて観察したところ、どのサルもイモを水につけ、洗いだしたという観察から、仲間から習い覚えたという社会的な情報伝達のルートを考える必要はなく、「個別的学習」で十分説明できること。
の3点を挙げています。
 第10章「知能の進化」では、脳の進化を説明する仮説として、
(1)生態仮説:食物メニューや、食物獲得・処理の技術、食物分布と関係したメンタルマップ(認識地図)、食物の季節変化の知識、道具使用、特に石器使用が、知能の進化の選択圧であるという仮説
(2)社会仮説:集団内の社会関係が、知能進化の選択圧であるとする仮説
の2説を挙げ、「一方が正しく、他方がまちがっているということではないのかもしれない」と述べています。
 第11章「初期人類の進化」では、最後の共通祖先が、
・果実中心の食べ物であった
・大人の雄の血縁を核とする50~100人程度の父系集団であった
・主な移動様式は指背歩行(ナックル・ウォーキング)で、採食地から菜食地へ地上を移動した
等の点を推測しています。
 また、最近の人類学の見方で最も変わった点として、「人類進化における直立歩行の意義」を挙げ、「かつては、二足歩行の採用とともに、ヒトの祖先の生活しパターンは、類人猿的なものから急激にヒト的なパターンに変化したと考えられていた」が、二足歩行を始めても、ヒトにならず絶滅した動物が何種類もいたことが明らかになったと述べています。
 第12章「終章」では、農牧の発明とそれに付随する文明の発達によって、「離乳の早期化、出産間隔の短期化、成長加速、病気の克服、寿命の長期化が起こり、人口の限りない増大を招いた」として、人類の目的が「地球上にできるだけ多くの人間を一時的に存在させること」であるならば、それでよいだろうが、「現実に行なわれていることは、『人口の大記録』を達成しようとしているかのようである」と指摘しています。
 本書は、動物としてのヒトという視点で見ることによって、人間の社会の理解を助けてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 人間社会の制度が、人間の理性や智慧によって成り立っていると信じる人にとっては、社会のルールがサルの社会からの延長にあるというのは抵抗があるのではないかと思います。
 人間がいろいろ悩んで考えた結果が、サルの習性と同じだというのはそれはそれで面白いのではないかとも思いますが。


■ どんな人にオススメ?

・自分はサルとは違う、本能で行動していないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年01月28日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『イヴの七人の娘たち』 2006年06月24日
 リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日


■ 百夜百音

安全地帯IV【安全地帯IV】 安全地帯 オリジナル盤発売: 1985

 シングル「熱視線」は、当時の歌謡曲のなかでも飛び抜けてハイテンポかつ歌いにくい一曲だったのではないかと思います。特にサビの前のブレイクは歌い出しを難しくしています。
 さらに、昔のカラオケのレーザーディスク時代は、安全地帯のカラオケは映像がエロイということでうかつにカラオケでは歌いづらかったような気がします。

『安全地帯 ゴールデン☆ベスト』安全地帯 ゴールデン☆ベスト

2008年3月 8日 (土)

テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅

■ 書籍情報

テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅   【テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅】(#1143)

  野田 隆
  価格: ¥777 (税込)
  光文社(2006/4/14)

 本書は、「鉄道ならぬテツ道入門」であり、本書をきっかけに、「テツ予備軍のみなさんが、ときにはクルマや飛行機を捨てて鉄道旅行を試みて」くれることを目指したものです。
 第1章「テツはこう乗っている 日常編」では、「テツはまず何よりも車窓を楽しむもの」であること、「テツにとって、時刻表というのは、キリスト教徒の聖書、法律家の六法全書、ビジネスマンの経済新聞、若い女性の化粧道具と同じく必携品」であること等を述べています。
 そして、「列車に乗って音を楽しむ」ことの初心者向けとして、京浜急行電鉄やJR常磐線の車両が放つドレミ音階(インバータの音が発車時に段階的に変化するのに着目して音をつけたもの、ドイツ製)を紹介しています。
 また、「テツのいちばんの喜び」として、「ある路線の始発駅から終着駅までの全区間を走破すること」である「完乗(かんじょう)」を挙げています。
 第2章「テツはこう乗っている 旅行編」では、「テツは四種類いる」として、
・乗りテツ:列車に乗ることを無常の喜びとするテツ
・撮りテツ:列車の走行シーンを撮影することに生き甲斐を感じるテツ
・収集テツ:切符やカードを始め、普通の人にはガラクタとしか思えないような鉄道部品や廃品を大事に保存し、コレクションに加える。
・模型テツ:「製作派」、「収集派」、「運転派」等の流儀がある。
の4大勢力を紹介しています。
 そして、中でも最大の勢力である「乗りテツ」については、さらに、
・旅情派:風光明媚なローカル線に乗って楽しんだり、趣のある車両に揺られて旅情を感じたりするテツ
・記録派:「全線完乗」や「最長片道切符」などの事業達成のために乗るテツ
に分かれるとしています。この「最長片道切符」については、1978年に作家の宮脇俊三氏が実行したときには、北海道広尾線広尾から九州の指宿枕崎線枕崎までの1万3000キロあまりであったが、四国への連絡線の廃止や赤字ローカル線の廃止のため、「総延長距離はだいぶ短くなって」しまい、2004年にNHKの番組で俳優の関口知宏氏が実行したときには、総延長11925.9キロ、運賃は93879円であったことを紹介しています。
 第3章「テツはここに感動している」では、夜行列車に乗ったテツが、「チェックすることが多すぎて徹夜となる」ことや、全国に十数か所あるデッドセクションの場所を暗記して、「通過の瞬間を待ちわびる」こと等を語っています。
 第4章「テツはこう得している」では、「ケータイやインターネットで、わざわざ乗り換え情報を検索する必要」もなく、「苦なくして、労少なくして電車に乗れる。これこそ、テツならではのお得な一面である」と述べています。
 そして、テツの乗車パターンに対応できるフリー切符や乗り放題切符を紹介し、鉄道利用主体の生活を送っていると「歩くことが日常的」になり「健康に非常にいいこと」である等、「テツ知識があるとずいぶん得することも多い」と述べ、「いかにもテツ丸出しの人間よりは、『隠れテツ』くらいが、案外、人からも信頼され、得な人生を送れるのかもしれない」と語っています。
 第6章「テツはこれを集めている」では、鉄道模型の価格が1台10万円以上するものもあるため、「鉄道」が、「金を失う道」と言われると述べ、ミニカーや飛行機、戦艦などのモデルのコレクターも、「鉄道模型は高くて手が出ないよ」と敬遠していることを紹介しています。
 第7章「テツはこれを食べている」では、日本中の駅弁を紹介する中で、「幻の駅弁」として、福井県小浜の「御食國(みつけくに)濱のかあちゃんのまごころ焼き鯖そぼろ寿司弁当」や1万円を越す高額で知られる「極上松阪牛ヒレ牛肉弁当」等を紹介しています。
 また、珍しい飲み物として、新潟~会津若松間を走る「SLばんえつ物語号」の沿線の新潟県にいつの酒屋が作った「酒酒ポポ酒ポポ」という、「蒸気機関車の形をした陶器に入っていて、煙突から煙ではなく酒が出てくるようになっている」商品などを紹介しています
 さらに、「日本全国を旅しているから、テツは各地の名産を食べ歩いているのだろう」と思われることがあるが、「それは大きな勘違いだ」と、ホームの駅ソバをすすり、中には、「テツ行為中は食べない」など、「その日のテツ行為が終了するまでは、おちおち食事などしている暇はない」という「究極のテツ道」を語っています。
 第8章「テツはこう乗っている 海外編」では、「テツにとって、海外の鉄道は鉄道の範疇に入らない」理由として、
・国内の鉄道に多大な関心を示し、その乗りつぶしや撮影に膨大な時間や労力をつぎ込んできたため、海外の鉄道に目を向ける余裕がない。
・飛行機には敵意や恐怖心を持っているために日本から脱出できない。
・語学に苦手意識を持っている。
等を挙げています。
 本書は、テツ分の少ない一般読者にとっても、たまに見かける「テツ」達が、何を考え、何のために行動し、そこで何をしているのかを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書によれば、イタリアでは「撮りテツ」行為は法律に触れる行為になるそうです。どうやら、テロ対策として駅構内での写真撮影が禁じられているようで、他の国でも駅は軍事施設などとともに撮影禁止になっているところがあるようです。
 そう言えば、列車の中に放置されているバッグがあると思って鉄道関係者が拾おうと思ったら、「録りテツ」が血相を変えて飛んできて、録音中だから触るな、と怒られたそうです。奥が深すぎます。


■ どんな人にオススメ?

・自分自身の「テツ分」を自覚していない人。


■ 関連しそうな本

 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 橋本 毅彦, 栗山 茂久 『遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成』 2006年05月11日
 猪瀬 直樹 『土地の神話―東急王国の誕生』 2006年07月21日
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 丸田 祥三 『鉄道廃墟』


■ 百夜百音

WINK ALBUM COLLECTION 1988-2000 アルバム全曲集【WINK ALBUM COLLECTION 1988-2000 アルバム全曲集】 Wink オリジナル盤発売: 2008

 20年前の中高生たちが30代になり、自由に使えるお金も増えたところを狙った高額商品を出してきているようですが、さすがに妻子がある人は買いにくいんじゃないかと思います。

2008年3月 7日 (金)

番と衆―日本社会の東と西

■ 書籍情報

番と衆―日本社会の東と西   【番と衆―日本社会の東と西】(#1142)

  福田 アジオ
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(1997/09)

 本書は、民俗学の研究対象として必ずしも大きな関心を呼ばなかった近畿地方の村落について、関東地方の村落と対比することで、それぞれの特質を明らかにしようとし、「その相違を『番』と『衆』という言葉に集約して東西の相違を理解する」ことを目的としたものです。
 「関西と関東」では、本書の課題の一つとして、「関西商法と呼ばれる、関西の企業や経営の特質とその意味を、近畿地方の農村社会の特質のなかに位置づけて考える」ことを挙げています。
 第3章「資料としての景観」では、「現代の景観を把握し、それを解きほぐすことで、地域の歴史過程をあきらかにすることができるし、その地域間の相違からはそれぞれの歴史の相違を考えることができる」として、「関東地方の村落と近畿地方村落を対比することでそれぞれの景観上の特質を明らかにし、その意味を考える」としています。
 第4章「集落の色と形」では、東海道新幹線で東京から大阪に移動しているときに、「浜名湖を過ぎる頃から少しずつその景観に変化が見られる」として、目に入ってくる農村の色が、「田畑の中や山裾に展開する緑の塊」から、「屋根瓦や壁の色によって黒い塊」となり、「その塊は大きい」ものに変化することを挙げ、関東の家々が散在しているのに対し、近畿では家々が密集した状態であると解説しています。
 第5章「屋敷と屋敷神・墓地」では、「屋敷を囲む屋敷林は原則として近畿地方にはみられない」のに対し、「関東地方の村落では、個別の屋敷はほとんど例外なく、自分の屋敷を他の屋敷から区別しようとする」と述べています。そして、関東地方の屋敷の庭は広大で、「センザイバタケ(前栽畑)とかサイエンバタケ(菜園畑)と呼ばれる畑が屋敷内あるいは屋敷続きに存在することが多い」と述べています。
 また、近畿地方では、「屋敷内に小祠を設けて神を祀るという例はあまり多くない」のに対し、「関東地方はじめ東日本では、どこでも屋敷の北側の住には必ずのように屋敷神が祀られている」ことを指摘しています。
 さらに、墓地のあり方の問題として、「近畿地方では、多くの土地で墓地は集落の外の田圃の中とか、山の縁、海岸近くに大きなものが一つあるのが一般的」であるのに対し、「関東地方では個別の屋敷に対応して墓地が設定されていることが多い」と述べています。
 第7章「『衆』組織の発見」では、東西の村落の景観の外形を作り出した「村落の社会組織、社会関係あるいは村落運営の地域間の相違」とその特質について課題としています。
 そして、近畿地方では、「村落組織や村落制度の名称の中に『衆』が付けられている」ことを挙げ、「これは他の地方では見られないこと」であり、「その衆の人数、すなわち衆の定員数を名称の中に含んでいる場合が多いこと」を指摘しています。
 第8章「『衆』組織の事例」では、滋賀県甲賀郡水口町北内貴(きたないき)でムラとして行なう年中行事を取り仕切る「十人衆」という組織や、滋賀県伊香郡余呉町下丹生で正月のオコナイを執行する「モロトシュウ(諸頭衆)」等の事例について紹介しています。
 第9章「東の『番』組織」では、関東地方における村落運営組織として、区長や自治会長などの役職者とは別に、「ムラ自らの制度として『番』の組織が存在すること」を挙げ、埼玉県和光市新倉や東京都多摩市連光寺馬引沢の「月番」制度を取り上げています。
 著者は、「関東地方の村落組織の特色は『番』組織にあるといえそうである」として、
・「番」組織は、家を単位にして、家順に担当する役である。
・「番」という呼称は、その役が順番に送られることを示している。
・月番にしても年番にしても、順番に担当するものであり、どの家もいずれは「番」が回ってくるのである。
等の点を挙げ、「関東地方の村落は『衆』組織が欠如し、『番』組織によって運営されている地方」であると述べています。
 第10章「『衆』と『番』の特質」では、「衆」組織の特色として、
(1)原則的に個人を単位にしている。
(2)定員制を採用している
(3)加入・脱退が個人の年齢順(出生順)とか経験順を原則としている。
(4)衆という言葉が示しているように、複数の人間が集まって物事を処理する。
の4点を挙げています。
 また、「番」組織の特質として、
(1)家を単位とした制度である。
(2)家の組合せで組織されている。
(3)個人の条件は考慮されることが原則としてない。
(4)当番制の組織であり、その当番に当たった家がある期間は一定の責任をもって物事を処理する。
の4点を挙げています。
 第11章「祭りの東西」では、関東地方には「宮座」(氏子の中の一定の資格を有する者が神仏の前に一座してムラの氏神の祭りを独占的に執行する組織・儀礼)は少ないが、その少ない宮座は例外なくすべて「株座」(ムラの成員のうち特定の家々のみが世襲的に列席一座する権利を持っている)である一方で、濃厚に宮座の分布が見られる近畿地方は多くが「村座」(一定の条件に適合した個人が列席する資格を持つようになる)であると述べています。
 そして、「ムラとして行事を行い、祭祀を執行することで、個々の家の生産・生活が維持されてきたという近畿地方村落社会の特質は、全体社会の急激な変化の中でかえって顕在化し、人々に意識されるようになってきているのではなかろうか」と述べています。
 第12章「年中行事の東・西」では、各地の多くの年中行事を紹介した上で、「関東地方や中部地方の農村では、名主とか地主の家にこのような年中行事の記録が残されることが多い」と述べています。
 第14章「惣村の展開と『衆』」では、「荘園制の解体過程で、百姓たちの自立が進み、その百姓たちが自らの組織を作り、そこに結集して、時には荘園領主と対抗し、また時には守護大名に代表される武士たちに抵抗して、独立性を獲得し、自治的な世界を形成した」として、その「惣村」が、近畿地方に発達したものであり、「衆」の組織が惣村の組織であると言っても間違いないと述べています。
 一方で、「関東地方では『在家一宇』の形で示される家=屋敷の原理が中世を通じて存在したものと推測される」と述べ、「郷を単位とした地域連合の展開した関東地方に『番』ということは言えるであろう」と述べています。
 本書は、「農村」という言葉で一括りにされているものが、実は多様な存在であることを気づかせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 関東と関西の違いは、結構個人的な資質というか「地域性」という言葉で一括りにされてしまいがちですが、その仕組みというか構造を見てみると、違う国と言ってもいいくらいに違う姿をしているように思われます。
 「関西人」というのが、社会の仕組みというバックボーンを背負った上であのキャラクターを作っていると認識させてくれるのは貴重です。


■ どんな人にオススメ?

・関東と関西の違いのルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 熊谷 真菜 『「粉もん」庶民の食文化』 2007年11月10日
 吉原 健一郎 『江戸の町役人』 2008年01月04日
 福田 アジオ, 新谷 尚紀, 湯川 洋司, 神田 より子, 中込 睦子, 渡邉 欣雄 (編集) 『精選 日本民俗辞典』
 福田 アジオ (編集), 綾部 恒雄 『結衆・結社の日本史』
 福田 アジオ 『柳田国男の民俗学』
 赤田 光男, 小松 和彦, 福田 アジオ, 香月 洋一郎, 野本 寛一 (編集) 『民俗学の方法』


■ 百夜百マンガ

闘将(たたかえ)!!拉麺男(ラーメンマン)【闘将(たたかえ)!!拉麺男(ラーメンマン) 】

 ラーメンマンも本編(キン肉マン)に登場したときには残虐非道な超人だったのですが、いつのまにか善玉になってしまって面白くなくなってきたところでした。
 当時、週刊少年ジャンプを読んでいて「フレッシュジャンプ」の広告を見ながらなかなか手が出ませんでした。

2008年3月 6日 (木)

宿場の日本史―街道に生きる

■ 書籍情報

宿場の日本史―街道に生きる   【宿場の日本史―街道に生きる】(#1141)

  宇佐美 ミサ子
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(2005/08)

 本書は、江戸時代の「宿場」を題材に、「『宿』という都市空間の内実にかかわるさまざまな問題、具体的には、宿の機能や役割、宿駅という公のシステムを支えた民衆の負担、つまり、宿駅制度という公権力を維持していくための民衆の動向について『明』と『暗』の部分からアプローチ」したものです。
 プロローグ「五街道と脇往還」では、元禄4年(1691)に、長崎の出島から江戸までの旅をしたオランダ商館付属医師のドイツ人ケンペルが見た東海道の宿場について、「街道は幅広くゆったりとしている」ことや、「街道には一里塚が築かれ」、「国や大・小名の領地」の境が明示されていることなどを評価している一方、「街道筋に汚物がたまっていること、旅籠屋の風呂や便所の不衛生なこと、交通を阻む関所や河川交通の不便さ、稚拙な橋梁技術」などに着眼していることを紹介しています。
 第1章「宿駅と機能」では、江戸時代の宿駅が、追っていた「重要な役割」として、
(1)旅人や旅人の荷物を宿から宿へ輸送する役目で公儀役としての人足や馬が輸送業務に携わり、機能を果たすこと。
(2)公の旅行者のための宿泊機関を提供し、公家・諸大名・幕閣の役人、公用の武士の旅宿の利便に供すること。
の2点を挙げ、「各街道の宿駅には広義の輸送に必要な人足や馬が常時用意され、いつ、いかなる場合でも、公の旅行者や荷物の輸送が滞りなく行なわれていた」と述べています。
 第2章「東海道小田原宿の生態」では、「宿駅の町人の役負担で最も責任ある重要な役」として、人馬役負担者を挙げ、「東海道の宿駅では100人の人足と100疋の馬をそれぞれ常備し、それを確保しなければならない」と述べています。
 第3章「宿駅の財政と施設」では、「ほとんどの宿が赤字財政のため、その行き詰まりを打開する方策を試みるが、復帰は用意ではなかった」と述べ、幕府も、「あらゆる救済手段、宿再生の方策を講じた」と述べています。
 そして、「過酷な人馬継立の負担に耐え切れず、宿方では、たびたび、宿経営の疲弊を訴える嘆願書を提出している」ことを紹介しています。
 また、「公家や幕閣の重要な地位にある高貴の人びと、いわゆる支配層の人びとが休・宿泊するために設けられた施設」である本陣や、規模ははるかに小さいが、本人と同様の機能を持つ脇本陣について解説しています。そして、「格式が高いだけに営業状態は必ずしも良好とは言えず、次第に困窮をきわめるようになっていった」と述べています。
 第4章「川留と関所」では、江戸時代の河川の架橋禁止に関して、
(1)軍事的・政治的目的によるとする見解
(2)経済的・自然的理由(地形・地質条件に対応する技術的な側面)
(3)前二説を並列的に取り上げる見解
の3つの説を紹介しています。そして、渡舟以外の河川では、「渡渉」(としょう・かちわたり)など、「川越の人足の手を借りて規定の渡し場から渡河しなければならないという原初的方法」であったと述べています。
 そして、河川が増水すると、その場に留め置かれ、「川留は五月の霧雨期のことがもっとも多く、最低3日、時には1ヶ月余にも及ぶ」ため、公用旅行者やわずかな路銀で物見遊山に出かける人などの被害は甚大で、「渡河の許可がいつ下るのか一日千秋の思い」であったと述べています。
 また、酒匂川の渡しから「巡礼街道」と称する脇街道を抜け、「旅人たちは、本街道を通らず、この脇道を通り茶屋でゆっくりと休泊、村民の手を借りて、小船で酒匂川を越した」ため、酒匂川の川越業務に携わっている村々が、道中奉行所に「厳重な取締りを要請」したが、この「廻り越し」は増える一方であったと述べています。
 さらに、交通を阻害するもう一つの要因である「関所」について、その設置目的は「江戸の防衛」にあり、「入鉄砲に出女」といわれ、武器の持込とともに、「諸藩の大名の江戸在府にあたり、人質として江戸に居住することを強いられていた大名の妻たちの江戸出府」であったと述べています。
 第5章「宿場の風景」では、享保期ごろから急速に発展した「旅行ブーム」により、「克明の道中の風景や、地方で遭遇した出来事、見知らぬ人との出会い、宿の食事、風習、行事など、微に入り、細に入りメモし日記に残す人も少なくなかった」として、これらの道中日記の中には女性の書いた日記も多く、「とくに江戸時代の女性の旅は『怖い』というイメージを払拭させた」として、「女たちのたびが、自らの意思で楽しみつつ名所や旧跡を巡り、貪欲に知識を得ようと書き記したとも言われる」と述べています。
 また、幕府が、「宿駅としての規範、秩序を維持するため」、厳しく規制・統制を行い、「旅籠屋に宿泊する旅人の宿帳には、国・氏名・在所など詳細に記させることにした」と述べています。
 第6章「飯盛女の設置」では、旅籠屋が逗留者の増大を図るため、「いかなる手段を講じても旅行者を滞留させる必要があった」ため、「機小屋で奉公する下女に売春を強要し、飯盛女の不足分を補うというあこぎな商売をごく当たり前のように繰り返していた」と述べています。
 そして、小田原宿の『宿勘定帳』より、収入の7%が「飯盛女助成刎銭」という項目であり、「宿の収入源の一つとして、大きな役割を果たしているのではなかろうか」と述べています。
 第7章「飯盛女の生活と請状」では、「飯盛女の身上書であり、身元保証書というべき性格のもの」である「請状」には、「内容も微に入り細に入り記載」され、「飯盛女個人の実態がすべて凝縮されている」と述べています。
 そして、請状には必ず奉公理由が書かれ、多い理由には、
(1)年貢が納められないこと
(2)不作の年で、飢死同然となってしまったこと
(3)長期の病気療養
(4)廻国巡礼による路銀不足
などに凝縮されると述べています。
 著者は、飯盛下女奉公の雇傭条件が、「厳しい制限があり拘束される」ことについて、「近世社会における男女の性差別構造の典型であったと言っても、言い過ぎではないだろう」と述べています。
 第8章「宿場と助郷」では、「宿の常備人馬の補填」のため、「宿に近い近隣の村々から提供してもらう」人馬のことを「助郷(すけごう)」と読んだことを解説しています。
 第9章「富士山噴火と助郷村」では、宝永4年(1707)11月23日の富士山の大噴火による小田原領内の農村の被害が甚大であり、「小田原宿の助郷役を負担する農村は、宝永6年の富士山の噴火による疲弊を理由に、次々に助郷役の軽減や免除を願い出る村が増えていった」と述べています。
 第10章「助郷騒動」では、「近世中期から後期にかけて、全国的に助郷紛争が頻発した」と述べ、交通量の増加により、宿の常設されている100人と100疋の人馬では継立ができないため、助郷村の助成が必要になったが、緊急の継立のために宿では若干の人馬を「囲人馬」として温存しており、これをめぐって宿と助郷村が対立したと述べています。
 第11章「朝鮮通信使の来聘」では、朝鮮通信使の来聘が、「唯一の国際交流であり、日本の維新を海外に示す最大のイベント」であったとして、「将軍の代替わりごとに400~500名余の行列をなして日本を訪れ」たことが述べられています。
 第12章「村々の負担と供応」では、朝鮮通信使・琉球人・オランダの甲斐丹(かぴたん)一行などの外国人の日本訪問が、「国家の重大行事」であり、宿役人は、「人馬不足によって輸送が滞るようなことがおこる」ことを最も危惧していたと述べています。
 また、朝鮮通信使一行の宿泊に際して、饗応に用いる食料品を周辺の村々から提供させていたとして、さらに、各村々で料理人や給仕人が割り当てられ、「藩内の賄所に、羽織・袴の正装で『御目見』した」ことは、「村から御公儀御用の役に個人指名されたことは、個人にとって最高の名誉ではあるが、耕作期などにおける役は、過酷な負担であっただろうと推察する」と述べています。
 本書は、現在では全国で衰退し、わずかに残るのみとなった「宿場」の往時の姿を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 先日、群馬県の旧三国街道にあった須川宿跡を見てきましたが、ここは、明治に入ってから手前からバイパスする新道ができてしまい見事に寂れてしまったところで、40年くらい前の写真を見ると、朽ち果てた廃屋が物寂しい感じでしたが、現在では「たくみの里」として復活しています。
 ふもとの温泉が湧く「湯宿」との客の取り合いになり、須川宿の方では飯盛女を置いていることを売りにしていたようです。


■ どんな人にオススメ?

・江戸時代の旅に思いを馳せたい人。


■ 関連しそうな本

 宇佐美 ミサ子 『宿場と飯盛女』
 宇佐美 ミサ子 『近世助郷制の研究―西相模地域を中心に』
 児玉 幸多 『宿場と街道―五街道入門』
 渡辺 和敏 『東海道の宿場と交通』
 児玉 幸多 『宿場』
 新人物往来社 『異国人の見た幕末・明治JAPAN』


■ 百夜百マンガ

悪女(わる)【悪女(わる) 】

 テレビドラマ化もされて、それなりに知られている作品なのですが、どうしても中島みゆきの曲を思い出してしまうのは歳のせいでしょうか?

2008年3月 5日 (水)

数学者の無神論―神は本当にいるのか

■ 書籍情報

数学者の無神論―神は本当にいるのか   【数学者の無神論―神は本当にいるのか】(#1140)

  ジョン・アレン・パウロス (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥1995 (税込)
  青土社(2007/12)

 本書は、「神様がいるという論証にはいろいろとお目にかかった」著者が、「そこには足りないところ」があり、「そのすべてには非論理的なところが内在している」ことを取り上げたものです。著者は、原著のタイトルである「無宗教(イレリジョン)」を、「宗教だけでなく、他人の信じやすさが信じられないことに発する主題、論法、疑問」と解説しています。
 著者は、「宗教的な伝統や理想や祭祀」いっさいに何の価値も認めないということではなく、「私はずっと無神論者/不可知論者であり、本書では、ひょっとするとあなたもそうなっていいい(あるいはそのままそうでいていい)理由を説明しよう」としていると述べています。
 第1章「四つの古典的論証」では、
(1)第一原因論法(および不必要な仲立ち)
(2)デザイン論法(および創造主義者の計算)
(3)人間原理による論証(および確率論的終末論)
(4)存在論敵証明(および論理学的おまじない)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「世界は象の上に載っていて、その象は亀の上に載っている」と話すヒンドゥー教徒が、「その亀はどうなっているのか」と問われると、「話を変えましょう」と応じる、という話を紹介した上で、「すべてのものに原因があるのか、それとも原因のないものがあるのか。どちらの方針をとろうと、第一原因論は破綻する」と指摘し、「オッカムの剃刀」で剃り落とされるものであると述べています。
 (2)については、「認識された目的あるいは複雑さを、造物主たる神様のしわざとする」ものであると述べた上で、「複雑なものを『説明』するために、もっと複雑なものに訴えていた」ことを指摘しています。
 (3)については、「この宇宙の基本的な物理的定数が、我々が存在できるように『微調整(ファイン・チューンド)されて」いて、そのように正確に調節されていなかったら、われわれが出てきてそれを観察することもなかっただろう」としていることについて、「物理法則の定数が別だったら、あるいは物理定数の生命を許容する値の幅が、人間原理が想定するよりもずっと大きかったら(そうであってもおかしくない)、別の、もしかすると非炭素型の生命がありえて、それが発達するだろうと応じることもできる」と述べています。
 (4)については、存在論的証明が、「紀元前4世紀から5世紀のストア派の論理学者までさかのぼる、自己言及の逆説も頭に浮かぶ」として、「すべてのクレタ人は嘘つきである」という逆説などを紹介しています。
 著者は、「宗教的類論のもっとも平凡な手管」として、「かくかくが成り立つなら、必然的にしかじかが出てくる」という「何かを肯定するように見える仮言命題」をあげ、「仮言命題を立てる試みで用いられる論理は手が込んでいることもあるが、前提は保証されていないので、結論も保証されていない」と指摘しています。
 第2章「四つの主観的論法」では、
(1)めぐりあわせ論法(および9月11日にあった奇妙なこと)
(2)預言論法(および聖書の暗号)
(3)主観からの論証(および信仰、空しさ、自我)
(4)介入からの論証(および奇跡、祈り、証し)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「めぐりあわせ(コインシデンス)に魅了され、そこに意味を読み込む心理的傾向は、多くの人々にとって、神様がいることを示す論拠となり、人によっては偏執的な妄想の誘因ともなる」と指摘した上で、「何かが起きた後にあれこれ操作する例はいくらでもあるが、それで言えることは明らかなはずだ」として、「どんな日付であろうと、どんな言葉や名称の集合であろうと、似たようなことは難なくできるだろう」と述べています。そして、「神様を信じるための論証には、こうしためぐりあわせに意味があると信じる気になる心理的な弱点と無関係ではないものが、いくつかはあるのではないか」と指摘しています。
 (2)については、聖書の最初の五書、トーラーに「いわゆる等間隔文字列(エクィディスタント・レター・シーケンス)、つまりELSがたくさん含まれていて、それが人と事件と日付との無視できない関係を預言しているとする」統計学の論文を取り上げ、「こうした文字列探しが人々の面前では行なわれず、これと思えるものが見つからない場合は捨てられ」、「面白い文字列が見つかったときだけ発表し、確率を単純に計算するだけなら、そうした文字列が、表面的に意味しているように見えることを実は意味してはいないことは確かである」と指摘し、「実際にとくべき本当の問題は、特定のELSが特定の位置に現れる確率ではなく、だいたい同じ意味のものも含めて何かのELSが、テキストのどこかに、何らかの形で出てくる確率ということになる」と述べています。
 (3)については、「ただただわかる。神を骨身にしみて感じる」という論法は、「明らかに妥当ではないが、否定することもまず不可能である」と述べた上で、「この超越を求める希求をばかにすべきではない」が、「感情から断定へ移るのは、話が別だ」と述べています。
 著者は、「特定の宗教を信じる人々や、それに関係する人物や説話が、無神論者や不可知論者を理解できないと説くのはなぜか、何度も不思議に思ったことがある」と述べ、「自我とは、信じていること、知覚、姿勢などの常に変化する集合であり、本質的で永続する実体ではなく、頭で考えたキメラである」とする考えが、「社会全体で広く心の底から感じられるようになったら、その社会に対する影響は、計り知れないものになるだろう」と述べています。
 (4)については、「宗教と科学は一緒になって成長し、両立しないものではなくなったと説くのがいささかの流行になっている」ことに血打て、「私の見解では錯覚である」と指摘しています。
 第3章「4つの心理/数理論論証」では、
(1)定義替えからの論証(および理解しがたい複雑さ)
(2)認知の傾向からの論証(および単純なプログラム)
(3)普遍性論法(および道徳と数学の関連)
(4)ギャンブル論法(および思慮分別から恐怖にいたる諸感覚)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「神様が存在することを言う論証では、多くが神様を別のものに定義しなおしている」と指摘した上で、この定義のしなおしによる論証の概略を、
1.神様は、実はかくかくしかじかのものである。
2.このかくかくしかじかのものの存在は、当然にあるとは言わなくても、いかにもありそうなものである。
3.ゆえに神様は存在する。
と示し、これを表す「蔑称的な言葉」として、「どちらともとれる(エクィヴォケーション)」と述べています。
 (2)については、人々が神様を信じたがることになる因子の中には、「生得の認知的な偏りや錯覚がある」が、「この同じ傾きを真実を告げるものと見る人」がいると述べています。
 (3)については、「文化の境を超えて、正しいと考えられ、間違っていると考えられることの類似は著しく明らか」であり、「これらの類似をいちばんよく説明するのは、それが神様に由来すること」であるとする論法について、「文化の境界を超えた道徳的な掟の類似は、ごく一般的な標準――殺人、盗み、子の養育、基本的な誠実さ――を除けば、紛れもなく決まるものでもないし、この説を唱える人々が声を大にして言いたいほどの類似ではない」と指摘しています。
 (4)については、もっとも有名なものとして、17世紀の哲学者ブレーズ・パスカルが唱えた「有名な賭け」について、「キリスト教徒になるのが好いとする論証」だが、「この論法は、パスカルのようなキリスト教の教義をすでに信じている人にのみ、説得力がある」と述べ、「パスカルの賭けは、数学的な装いはしているが、古くからの恐怖――天国の至福からはじき出される恐怖、果てしない責め苦を受ける恐怖、死の恐怖――による強力な論証とあまり変わらない」と指摘しています。
 著者は、「証拠を重んじ、曖昧なことを避ける非宗教的な人々を表すものとして提案されたことのある新語」として、ポール・ガイサートとミンガ・ファトレルによって提唱された「Bright(ブライト)」という言葉を紹介し、「いろいろな育ち方をした人々がもっとたくさん、ブライトであることを認められれば、もっとこの世のためになると思う」と述べています。
 本書は、多くの日本人にとってはあまりピンとこないかもしれませんが、実はここに挙げられているような論法は結構使っているかもしれない、と気づかされる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書と本書のタイトル(原題)は、日本人にとってはあまりインパクトがないかもしれませんが、大統領自らがあんなふうになっちゃっている国では相当の勇気がいるものだったのか、それとも数学者はそのくらい変わった人だと見られているのか、のどちらなのかも知れません。
 日本人も「神様を信じるか」と聞かれるのは、駅前で外国人に話しかけられた時くらいですが、「幽霊を信じるか」とか「霊魂はあると思うか」という質問だと、結構多くの人が「ありえない」という態度はとりにくいようです。


■ どんな人にオススメ?

・神様はいないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 ブルース シェクター (著), グラベルロード (翻訳) 『My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記』 2006年11月25日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 スティーヴン ウェッブ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』 2007年01月27日


■ 百夜百マンガ

臨死!! 江古田ちゃん【臨死!! 江古田ちゃん 】

 北海道出身者と裸族の人にはまずお奨め。タイトルの「臨死!!」はもはや意味不明なのですが、こういうのは担当の編集の人と考えるのでしょうか?

2008年3月 4日 (火)

オークション理論とデザイン

■ 書籍情報

オークション理論とデザイン   【オークション理論とデザイン】(#1139)

  ポール・ミルグロム (著), 計盛 英一郎, 馬場 弓子 (翻訳)
  価格: ¥5670 (税込)
  東洋経済新報社(2007/11)

 本書は、オークション理論の世界的権威が著した「オークションの理論と実践について包括的な説明を与える広範な内容を持つ学術書」です。本書は、「数学的に厳密な形でオークション理論全体の解説を与える一方、基本的命題の含意とその実践的意義について、経済学専攻の学生や一般読者にもわかりやすい明快な文章で説明している」とされています。
 著者は、オークション・デザインを、「講義・研究・コンサルティングという3種類の活動経験を通じて得た洞察を総合したもの」であるとして、「この3つの活動は長い間相互に絡み合っていた」と述べています。
 第1章「さあ、始めよう」では、オークション理論が社会に応用されるようになったはじまりとして、「1993~94年に、米国で無線周波数オークションが設計・実施された」ことを挙げ、オークションに関する経済理論の誕生は1960年代であったとした上で、1994年以降、専門家たちが、多岐にわたるオークションを設計し、「2001年の尾張には、オークション理論の専門家によって設計された仕組みが、世界全体で総額1000億ドルを超える売り上げを記録した」と述べています。
 そして、「既存のオークション理論に改良の余地があることは事実だが、オークション理論は実際の入札行動の重要な側面をとらえている」として、現実社会におけるオークションの設計では、「理論は有用だが、重要な命題についてはそれが適用可能かどうかを実験によって検証し、実際的な判断によって補足し、経験によってさじ加減することが大事だ」と述べています。
 また、オークション理論が注目を集めるきっかけとなった、米国の周波数オークションについては、元々は、周波数数の権利(免許)が、「比較聴聞(comparative hearing)方式」によって割り当てられていたが、認可手続に時間がかかるために「抽選方式」が採用され、今度は、転売目的の投機家が殺到したために、「より望ましい手続が求められること」となり、その解決策としてオークションの採用が決定されたことが述べられています。そして、オークションの効率性を阻害する根本的要因として、「自分がどれだけの免許を獲得できたのかを知るまでは、個々の免許が自分にとってどれだけの価値を持つか、事業者にはわからない」という「組み合わせ問題(packaging problem)」であったことを解説しています。
 さらに、ニュージーランドの無線周波数利用券オークションで最初に採用された「2位価格封印入札(second-price sealed-bid auction)」方式について、
(1)入札額の刻みが小さい場合の競り上げオークションと、ほぼ同一の結果を生み出す。
(2)この方式の下では、入札者がとるべき入札戦略は、自分の留保価値を計算し、入札が句を留保価値にするという単純なものである。
の2つの長所を持つと述べています。
 著者は、「オークションの設計をする人が最も頻繁に聞かれる質問」として、「売り手にいちばん高い価格をもたらすのは、どんなオークションですか」という質問を上げ、これに対して、「ある重要なクラスに属するオークションと環境」に当てはまるオークションであれば、「それから得られる売り手の平均収入や入札者の平均利得が等しくなる」という「利得等価定理(payoff equivalence theorem)」を紹介し、この定理は、「金融経済学におけるモジリアニ=ミラー定理や、契約理論におけるコースの定理、マクロ経済学における貨幣の中立性命題を使うことに似ている」と述べ、これらの理論が、「何らかの変化を引き起こすだろうと思われる要因が、理想的な条件の下では、実は何の効果ももたらさないことを明らかにしている」と解説しています。
 また、オークション理論と現実判断をミックスさせるという解決策の提案が、経済学の専門家からの攻撃にさらされてきたことについて、
(1)再販売とコースの定理:オークションが終わったあとの取引費用がかからなければ、当初の権利割り当ては最終的な配分に影響することはなく、後者は必ず効率的になるはずだ。
(2)メカニズム・デザイン理論:メカニズム・デザイン理論を使わないで、経済理論をうまく活用したことになるのだろうか。
(3)理論と実験:いまや実験経済学のラボ(研究室)で多様なオークションの設計デザインをテストできるのに、なぜオークションの理論を考えなければならないのか。
(4)現実問題:メカニズム・デザインを使った分析は、いくつかの理由のために、現実に応用するには無意味だ。
等の批判を紹介しています。
 第1部「メカニズム・デザインによるアプローチ」では、「オークション」を、「入札者間での資源配分を決定する1つのメカニズムである」と定義した上で、
(1)潜在的な入札者
(2)実現可能な資源配分の集合の記述
(3)財の配分それぞれについて各参加者がどう評価するかの記述
の3つの主要部分を記述することによって構成されていると述べています。
 第2章「ヴィックリー=クラーク=グローブス・メカニズム」では、「より一般的な分析のための重要な標準的枠組み」を与えてきた「ヴィックリー=クラーク=グローブス」(VCG)の重要な学術上の貢献を解説する、としています。
 まず、VCGメカニズムが、「「誘因両立的な直接表明メカニズム」であり、その利点の1つは、「真の申告をすることが自分の利益になるため、参加者がわざわざ戦略的な思考をしなくてすむ点にある」であることを解説しています。
 一方で、おおkの魅力的な特徴を持つ「ヴィックリー・オークション」が、実務上の問題点として、
(1)入札者の計算能力に過大な負担をかける点。
(2)入札者がしばしば予算上の制約に直面すること。
(3)落札者に必要以上の情報を開示させてしまうこと。
(4)支払額が、必ずしも入札者評価額の単調関数とならない点。
(5)入札者の投資や合併に関する事前の(オークションをする前の)誘因に歪みを与え、その結果、非効率性が生まれること。
の5点を挙げています。
 著者は、VCGメカニズムが、「メカニズム・デザインが何を実現できるかということについて、重要な洞察を与える」として、
(1)すべての参加者にとって真のタイプを申告するのが支配戦略となる。
(2)入札者が真のタイプを申告するとき、評価額の総額を最大化するような意思決定が選ばれる。
(3)評価額が潜在的にどんなものでありうるかについての制限がない場合、これら2つの性質を満たす唯一のメカニズムである。
の3点を挙げています。
 第3章「包絡面定理と収入等価定理」では、Myersonが分析した、「売り手が1個の不可分な財を売って期待収入を最大化する場合に、すべての可能な拡張されたメカニズムの中からどれを用いるべきか」という問題である「最適オークション設計問題(optimal auction problem)」と、Holmstromが分析した、VCGメカニズム以外で「効率的な配分を支配戦略(dominant strategies)で実現するものが存在するか」という研究について、「マイヤソンの補題」と「ホルムストロームの補題」として解説しています。
 第4章「オークションの均衡と収入の相違」では、章の目的として、
(1)さまざまなオークションで均衡の候補となる戦略を求め、それらの戦略が実際に均衡であるかを確認する技術的な方法を示す。
(2)第3章での家庭が成り立たない場合のオークションの機能を比較検討する。
の2点を掲げています。
 そして、分析対象として、
・留保価格のある封印オークション
・消耗戦オークション
・全員支払いオークション
の「均衡戦略を特定化し、それを確認」しています。
 第5章「タイプと価値の相互依存性」では、「結果がプレイヤーにもたらす価値が、自分のタイプだけに依存すること」を意味する「価値が私的(private)」ということや、「タイプの分布が統計的に独立であること」を意味する「価値が独立(independent)」に関して、これらの「仮定を弱めた場合、いくつもの新しい論点が生じる」として、「これら2種類の相互依存性を認めた場合に起こるいくつかの問題を検討」しています。
 そして、「価値に相互依存性がある場合」の例として、「実証的にも成功を収めた油田採掘権モデル(drainage tract model)」等を検討し、売り手が、「情報を収集して公開することで入札者の私的情報の価値を軽減できる」として、このような戦略が、
(1)公表効果:売り手の情報公開により隣接企業の情報の私的性が低下する。
(2)重み付け効果:情報公開により、入札者が価値を評価する際に使う隣接企業の情報の重みが変化する。
の2つの点で売り手を有利にすることを解説しています。
 また、「タイプの分布が統計的に従属な場合、最適オークション問題の解の性質は根本的に変化する」として、「タイプの分布が統計的従属から統計的独立に変わると、解は非連続的(discontinuously)」に変化する」と述べています。
 さらに、「1つの確率変数の実現値が高いときには、他の確率変数の実現値が高くなりやすいこと」を表す概念として、ミルグロム=ウェーバーが導入した「A関連(affiliation)」という概念を紹介しています。
 そして、「競り上げオークション」のモデルに関して、ヴィックリーがイギリス式競り上げオークションのモデルとして2位価格モデルを導入し、「いまだに入札に参加している入札者についての情報のフィードバックが行なわれない競り上げオークションは、ヴィックリーの2位価格オークションと戦略的に同等(strategically equivalent)になる」ことを、「最小情報(minimal information)の競り上げオークション・メカニズム」ということを解説した上で、実際のイギリス式オークションでは、その過程で付加的な情報を観察することができるとして、このようなモデルの1つとして、ミルグロム=ウェーバーによって作られた「ボタン式オークション(button auction)」について解説しています。
 第6章「状況に応じたオークション」では、「オークション自体は単に取引の一部であり、その成功はオークションの前後に何が起きるかによる」として、「取引の全体像を理解するためには、参加者は誰か、どのように品質、配達、支払いが保証されるのか、を問うことが必要である」と述べています。
 そして、非常に特殊な資産のオークションが、「有用ではあっても、買い手の興味を十分喚起することができずに、失敗に終わることがしばしばある」ことを指摘し、「買い手に情報を提供し、買い手のニーズに売却条件を合わせるという経済的に価値ある2つの機能」を「マーケティング」が果たしていると述べています。
 また、本章のモデルが、「オークションへの参入者は自分で参入費用を負担するので、参入が過小か過大かは、参入による利潤のどれほどが個々の参入者に帰属するかという問題に帰着する」と述べた上で、
(1)ある種の私的価値モデルにおいては、参入の純効果はゼロである。
(2)対称モデルでは、入札者とオークション管理者が受け取る価値の総和は入札者間の凹関数であり、より正確には(入札者数が整数でなければならないことと同じくらいの精度で)2位価格オークションにおける最終参入者が社会構成にもたらす貢献の期待値は、参入者数の減少関数である。
の2つの結論を述べています。
 さらに、入札者の事前許可制について、「競争を制限することは売り手に損害を与え、効率性を損なうだけのように見える」が、「売り手がそれを望む」ことについて、
(1)何人かの入札者だけを招くことで、各人に参加の動機を与えることができ、参加の不確実性を減らし、より効率的な結果を得られる。
(2)入札者がデータ・ルームを利用できる前に事前認可を行うことは、事業の機密情報の安全性を高める。
(3)参加が確率的でないときですら、参加を決めた入札者の評価額が相対的に低く、彼らの参加が評価額の高い入札者の参加を阻むことがありえる。
等の答えを挙げています。
 第2部「複数財のオークション」では、第1部で分析した1種類の財のみが売りに出されるオークションの分析では、「財が異質であるか、あるいは入札者が複数単位を需要する場合には、新しい問題が生じる」として、
(1)マッチング問題:財が同一種類のものでないとき、誰がその財を得るか。
(2)入札者が財を複数単位需要するときには、市場支配力が重要になる。
(3)オークションを競争価格を探すメカニズムとして捉えることは、各入札者がたった1つの財しか欲しないときにはもっともらしいのだが、入札者が複数単位欲するときには問題を引き起こす。
(4)オークションの応用は、多くの場合、オークション管理者が直面する複雑な制約を伴なう。
(5)上記のような複雑な状況におけるオークションを考察することは、最適な入札を仮定する理論にとって難題である。
の5点を挙げた上で、複数財の問題を分析する理論が、1種類の財のみを扱う理論ほど発展していないことを認めています。
 第7章「一律価格オークション」では、オークションに関心が寄せられるきっかけとなった1994年以降の周波数オークションについて、「事実上そのほとんどが、オークションのルール自体が同一財に対して同一の価格を指定するか、あるいはオークションのルールがある種の裁定を促して、実質上均一の価格を達成させる、一律価格オークション(uniform price auction)であった」と述べています。
 そして、一律価格オークションの例として、最も簡単な形である「一律価格封印オークション」や、連邦通信委員会(FCC)が1994年に導入した「同時競り上げオークション(simultaneous ascending auction)」とその別形としての「時計オークション(clock auction)」の3種類のオークションについて解説しています。
 第8章「パッケージ・オークションと組み合わせ入札」では、「入札者自身にパッケージを選択させるようなオークションの設計に焦点を当てる」として、これら「パッケージ・オークション(package auction)――組み合わせオークション(combinatorial auction)とも呼ばれる――の設計は、売りに出される財の数が増加するに連れ、オークションが急速に複雑になりうることもあり、過去あまり使用されてこなかった」と述べ、「単に落札者を識別すること、つまり落札者決定問題(winner determination problem)ですら、コンピュータ・サイエンスでの最新のテーマとなっているほど、難しい計算問題である」と述べています。
 そして、「入札者が入札対象となるパッケージをより自由に指定できるようなオークションの設計」として、ロンドン交通当局が、「バス・ルートのすべての組み合わせに対して入札を認めるような封印入札を用いて、民間業者からのバス・サービスの調達を行なった」ことや、チリ政府が、「国の諸地域で学校給食を供給する企業を選ぶために、組み合わせオークションを段階的に実施した」ことなどを紹介しています。
 著者は、「パッケージ・オークションが最も魅力的であるのは、入札者がある資産は落札できたものの、それに必要な補完的資産は入手できなかった、という問題を避けるのに役立つ場合、つまり代替財条件が満たされないかもしれないときである」としながらも、「まさにこれらの条件の下で、ヴィックリー・オークションにも実用的なメカニズムとして重大な、おそらくは、致命的となりうる欠点があることが明らかにされた」と述べています。
 本書は、オークション理論を専門に研究したい人にとっては必読書であることはもちろん、オークション理論の奥深さを探検してみたい人にとってもお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 かつてはオークションは、魚や野菜、花などの市場や公共事業の入札など、一部のプロのためのものでしたが、オークションにかかわること自体は、ヤフオクなどのオンライン・オークションの普及によって身近になったのではないかと思います。
 本書でも、オンライン・オークションで締切り間近に入札する「スナイピング(狙い撃ち)」が紹介されていますが、ヤフオクで得をしたいから、という理由で本書を読むのはあまりお奨めできません。


■ どんな人にオススメ?

・オークション理論の世界を探検したい人。


■ 関連しそうな本

 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年01月24日
 横尾 真 『オークション理論の基礎―ゲーム理論と情報科学の先端領域』
 ジョン・マクミラン (著), 瀧澤 弘和, 木村 友二 (翻訳) 『市場を創る―バザールからネット取引まで』 2007年10月17日
 ラグラム ラジャン, ルイジ ジンガレス (著), 堀内 昭義, 有岡 律子, アブレウ 聖子, 関村 正悟 (翻訳) 『セイヴィング キャピタリズム』 2007年07月12日
 ジョン・ケイ (著), 佐和 隆光 (翻訳), 佐々木 勉 『市場の真実―「見えざる手」の謎を解く』 2007年10月16日
 ロス・M・ミラー (著), 川越 敏司 (監訳), 望月 衛 (翻訳) 『実験経済学入門~完璧な金融市場への挑戦』 2007年01月17日


■ 百夜百マンガ

トニーたけざきのガンダム漫画【トニーたけざきのガンダム漫画 】

 トニーたけざきと言えば真っ先に「岸和田博士」が思い浮かびますが、アニパロの定番であるこの素材も見事に料理してしまうところが天才の天才たる所以です。

2008年3月 3日 (月)

人口減少と地域―地理学的アプローチ

■ 書籍情報

人口減少と地域―地理学的アプローチ   【人口減少と地域―地理学的アプローチ】(#1138)

  石川 義孝
  価格: ¥4515 (税込)
  京都大学学術出版会(2007/09)

 本書は、主に人の移動という観点から、明らかな地域差を示しつつある人口減少問題に対する地理学的貢献を探ったものです。
 本書の特色と意義としては、
(1)近年における、わが国の各種の人口減少に関する詳細な分析を踏まえ、人口減少社会に対する示唆や提言を述べている。
(2)地理学の立場を活かし、各種の人口現象を、地域差を念頭に置きつつ多面的に分析している。
(3)近年の新しい人口動向を踏まえ、旧来の人口地理学の刷新ないしは新しい人口地理学の構築を目指している。
(4)ほとんどの論文が人口移動を扱っており、このことは、(a)人口減少時代においては、とりわけ移動が地域人口の将来変化の重要な鍵を握っている、(b)の人口学的イベントのうち内外の地理学分野においては移動に寄せる関心が圧倒的に大きく成果も豊富である、の2点の意義を持つ。
の4点が挙げられています。
 第1章「世帯の多様化の地域的差異」では、日本における「世帯の単独化」が、
・大都市圏における晩婚化や非婚化に伴なう若年や中壮年世代の単独世帯の増加
・過疎地域などの非大都市圏地および大都市圏中心部における高齢単独世帯の増加
という「質的に異なる単独世帯かが並行して進行している」ことを指摘しています。
 そして、これまで高齢化が指摘されてきた、
・過疎地域
・都市の中心市街地
に加え、「東京を取り囲むような郊外住宅地が多く分布する地域で単独高齢者世帯率が高くなっている」ことを指摘し、いずれの地域にも共通する点として、「若年世代の転出と高齢者世帯の滞留(残留)によって高齢者率が著しく高い地域が生まれてきている」と述べています。
 また、出生率の地域差について、「少子化の原因として女性の就業率の上昇を指摘する声が多いが、専業主婦率の分布と特殊合計出生率の分布を対比させてみると、専業主婦率の高い大都市圏で出生率が高いとは言えず、むしろ出生率は相対的に低い」ことなどを挙げ、「出生率の低下は安易に女性就業率の上昇によるものと考えるのではなく、出産と育児を取り巻く社会的環境のみ整備も考慮することが必要である」と述べています。
 第2章「引退移動の動向と展望」では、ここ数年、各地の自治体が注目し始めた「引退移動(retirement migration)」について、「職業生活や子育ては一区切りついたが、まだ健康で、ある程度の収入が保証されている50歳代から60歳代の人々が、現役時代とは異なるライフスタイルで、充実した第2の人生を実現するために行なう移動」であると解説しています。
 そして、引退世代の府県間移動について、純移動率が高い県のうち、
・山梨県・長野県は東京都・神奈川県からの移動の選択指数が200を超えている。
・鳥取県・島根県・高知県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県は、大阪府・兵庫県からの移動の選択指数が概ね200を超えている。
として、「ニ大都市圏から地方圏へ向かう引退移動の存在が確認できた」と述べています。
 また、団塊の世代が、「広く日本全土で生まれた」として、三大都市圏居住者の中で他の年代に比べ、「0~4歳児の三大都市圏居住者の割合」が低いことを挙げ、彼らが、「親の復員・疎開先などの田舎で生まれ」たことを指摘しています。
 さらに、地方の自治体が、引退移動の誘致に熱心である理由として、「転居後すぐに多くの医療サービスや介護・福祉サービスを必要とする人では困るが、定年後の早い段階で健康なうちに来てくれるのであれば、プラスの影響がマイナスの影響を上回る可能性が高い」という皮算用があると指摘しています。しかし、こうした引退移動を支援しようとする動きは、「今のところ目立った成果を挙げるには至っていない」と述べ、「今の段階では期待が先行している状況」であるとしています。
 著者は、「魅力あるリタイアメントコミュニティ」について、「合衆国におけるリタイアメントコミュニティ産業の盛況ぶりと比較すると、確かに日本には魅力のある物件が少ない、というよりも物件自体が少ない」ことを指摘しつつ、「リタイアメントコミュニティが日本でビジネスとして成功するためには、大きな壁があるように思われる」として、合衆国のリタイアメントコミュニティが、「自分達の手によって自分達の街を運営していることに対する住民の誇りというアイデンティティ」を持っているのに対し、「日本の中高年の新しい社会関係の構築に対する消極性やコミュニティ意識の低さといった部分が変らなければ、リタイアメントコミュニティは一時のブームに終わってしまうかもしれない」と述べています。
 第3章「日英比較を通してみる所得格差と健康格差の地理」では、「人口集団の健康水準の違いが、個人の医療費および関連する社会費用を大きく左右し、こうした問題と関連する健康水準には地理的な格差が存在する」と述べ、健康水準が、「個人が置かれる社会状況に大きく規定され、とりわけ貧困ないし社会的諸権利が剥奪された程度が高いほど人々は不健康な状態に置かれる」と指摘されてきたことを紹介しています。
 第4章「全国年齢階級別市区町村間人口移動パターンの経年変化」では、「平成2年、12年国勢調査報告の人口移動集計のデータを最大限に活用し、1980年代後半と1990年代後半の2時点での男女別年齢階級別市区町村間人口移動データを推定する」ことで、「人口増加が減速し高齢化が急速に進行する、バブル経済の好景気期である1980年代後半と、バブル経済終焉後の景気後退期である1990年代後半の、年齢階級別人口移動パターンを明らかにする」としています。
 そして、「空間的相互作用モデルによる人口移動要因の分析」として、「青年層の距離の逓減効果は弱く、高齢者の距離の逓減効果は強い傾向がある」ことなどを指摘しています。
 第5章「高齢者による都道府県間移動の地域性」では、「2000年国勢調査の移動データを資料として、高齢人口の都道府県間移動に関する移動者の属性や移動パターンの特性を明らかにする」としています。
 そして、高齢者による都道府県間異動の多くが、「退職者による一般世帯へ向けた移動」であると述べています。
 また、前期高齢者と後期高齢者に共通する特徴として、
(1)同一地方内部での移動が活発
(2)東京と大阪というに大都市圏を中心とする移動の多さ
の2点を挙げています。
 さらに、前期高齢者の場合、「大都市圏から非大都市圏へ向かう移動が卓越」し、「男女のバランスがほぼ均衡」しているのに対し、後期高齢者の移動は、「非大都市圏から大都市圏へ向かう移動」であり、「移動人口の大部分は女性であり、移動後はその他の親族世帯に該当する世帯に居住する場合が多い」といわゆる「呼び寄せ移動」を想定しています。
 第6章「人口漸減都市における移動行動の男女差」では、「すでに緩やかな人口減少が始まっている地方中小都市をベースに展開する移動行動について、男女別・年齢集団別の分析を行う」としています。
 そして、
・福井市を基点とする移動範域にはかなり大きな男女差ならびに年齢期による変動が見られること
・転入と転出の2タイプの移動行動でも男女差が大きいこと
の2点を明らかにしています。
 また、人口移動特性を、全県・全国レベルと比較し、「移動率の男女差は小さいが、移動範域に関しては、男女差も年齢時期による変動も、かなり大きい」と述べています。
 第7章「山形検証ない地域出身者のUターン移動」では、「1976~78年高校卒、1986~88年高校卒、1996~98年高校卒の3世代の男女を対象として同様の調査を実施することにより、近年における地方圏出身者のUターン志向の変化について把握する」などとしています。
 そして、分析の結果から、
・出身者の"Uターン率"が伸び悩んでおり、今後は低下する可能性も否定できないこと
・女性の"Uターン率"が、男性に比べて低い状況にあること
を明らかにしています。
 この他、第8章以降は、第3部「外国人の移動」として、日本国内の外国人の国内移動や、「嫁飢饉」といわれた農山村地域の結婚難の対策としてとられた国際結婚などについて論じています。
 本書は、人口というわかり易いテーマで、「地理学」という世界の片鱗を味あわせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で初めて知った言葉として「引退移動(retirement migration)」という言葉がありますが、年功序列を引きずった日本ではなかなかリタイアメントコミュニティは成立しないのではないかと思われます。


■ どんな人にオススメ?

・地理学と言うと地図を見るものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 樋口 美雄, 財務省財務総合政策研究所 『日本の所得格差と社会階層』 2006年02月01日
 湯沢 雍彦 『少子化をのりこえたデンマーク』 2006年03月13日
 白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 速水 融 『歴史人口学で見た日本』 2007年12月26日


■ 百夜百マンガ

ハレンチ学園【ハレンチ学園 】

 PTAからの糾弾というリアルな出来事を、作品の中で戦争という形で扱い、最後にはみんな死んでしまう、という展開を見せた作品。当時の子供たちにはショックが大きかったのではないかと思います。

2008年3月 2日 (日)

旅の民俗学

■ 書籍情報

旅の民俗学   【旅の民俗学】(#1137)

  宮本 常一
  価格: ¥1,890 (税込)
  河出書房新社(2006/8/10)

 本書は、「旅する民俗学者」の異名を持つ著者の対談集です。
 冒頭のインタビュー「旅と民俗学」では、柳田国男先生の還暦祝いを兼ねた記念講演会が昭和10年に東京で開かれたときに、この講習会をきっかけとしてのちの日本民族学会となる「民間伝承の会」が生まれ、「このときが日本民俗学が学問として確立した時期だと言っていい」と述べています。
 また、著者が「民族的な話を聞くことも好き」だが、「貧困の中に生きている人たちがどのように這い出す努力をしていくかという話により深く感動した」と述べ、古い祭りが残るのは、「そこの人たちが貧乏であるから、あるいはその土地が時代遅れであったから残ったんだという考え方」をその場で改め、「むしろ村の人々が前向きに生きようとするときに祭りが必要」なのだと考えさせられたと述べています。
 さらに、これからの宮本民俗学の課題・豊富として、「世の中のすべての人々がよそ事でない眼でものを見てくれるようになると大変ありがたい」と述べるとともに、「未開といわれる、キリスト教の影響を受けていない社会では、共通の文化が広く存在しているんではないか」という考えを掘り起こしたいと語っています。
 筑波常治との「日本人の旅と文化の交流」では、日本人が、「稲をつくっている人と、漁業をやっている人と、それからそれ以外の人と、大きく三つに分けられる」とした上で、「畑作や林業に携わっている人たちは、古い縄文文化を伝えてきた人たち」で、「後に武士階級を作り上げていった」と見ていると述べています。
 秋元松代との「歩く得 歩かぬ損」では、著者が「汽車へ乗っても、乗っていちゃいかんぞや。その駅へ着いたら、乗り降りする人々の服装を見なさい。その服装の良し悪しで、そこのあたりの人が金持ちか貧乏だかがわかる」と父親から教えられたことを語っています。
 丸谷才一、紀野一義との「『人生は旅』の思想」では、日本人と旅の関わりについて、「よそ者を一応信用する。同時に、泊めればいわゆるニュースが聞けるというような、それが泊める側にしても大きかったんじゃないか」と語っています。
 江上波夫、国分直一との「日本人とは」では、鎌倉幕府を形成した連中が山岳民を中心としていたため、「鎌倉と同じように鼻をつめたような山間の狭いところ」を拠点としていることを指摘し、「武士団というものは、稲作地じゃ生まれていない」と述べています。
 水上勉との「日本の原点」では、著者が日本中を旅しているため、「いま私の学校へ来ている学生の郷里くらいなら、全部歩いて」いると語っています。
 そして、関東では、本家を頂点に、古く分家した順に格式があり、本家を中心にピラミッドを作るのに対し、関西では、村の中の大きいうちは1軒しかなく、そのうちが村の中に分家を持たず、遠い村に親戚関係があり、むしろ、ごく最近分家したうちが大事にされていると比較しています。
 松谷みよ子、松永伍一との「旅と伝説に魅せられて」では、「伝説で語り伝えられていることが、意外なほど事実であることもある」として、「伝説の中の脚色された部分というものを除いてみていくと、今まで不明であったものが、かなり明らかになるんじゃないか」と述べています。
 杉本苑子との「高野聖と平家部落」では、全国に「平家部落」と呼ばれるものが百ばかりあり、「そうだといわれているところ」は三百くらいあるが、「調べてみると怪しいもの」があると述べています。
 また、勝者の側ではなく、敗北の平家を選ぶ理由の一つに、琵琶法師らが語った平家物語が影響しているのではないかと語っています。
 さらに、正当な形をとっている平家部落には、「必ず田ンぼがある」ことについて、「平地の住人が移っていったということと、関東系ではないということ」を上げています。
 中西睦との「道の文化史」では、全国を歩くには、「村人のあとをついていたんでは仕事にならない。こちらが先にたって、『これはなんだ、あれはなんだ』ときくだけの体力がないと馬鹿にされてしまう」と語っています。
 河野通博との「漁村と港町」では、漁民が持つ農民とは異質な要素の代表として、「末子相続」を挙げ、狭い家で夫婦と子供が一緒になるので、子供が色気づくと若者宿へ出し、結婚すると間借りさせて所帯を持たせ、船を持たせてやる、ということを重ねると、「親は結局末っ子にかからざるを得なくなる」と解説しています。
 また、漁民の移動方向を考えると、西日本から東日本へということになり、逆はあまり礼がないと語っています。
 本書は、対談という親しみやすい形で、民俗学のさまざまな切り口を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 もしかすると歴史とか民俗学に詳しい人たちにとっては当たり前のことなのかもしれませんが、武士は山岳に暮らす人々の末裔である、という指摘は面白かったです。
 また、日本中歩いて旅していることを、学生の郷里ぐらいなら歩いている、と言い、村人に馬鹿にされないためには自分が先に立って歩くだけの体力が必要だ、と豪語する辺りに「旅する民俗学者」の本領があるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・学術研究は机の上のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 宮本 常一 『忘れられた日本人』 2006年06月25日
 宮本 常一 『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』
 イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』 2006年08月06日
 ハーバート・G. ポンティング 『英国人写真家の見た明治日本―この世の楽園・日本』 2006年08月13日
 佐野 真一 『渋沢家三代』 2005年08月06日
 新谷 尚紀 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか―民俗信仰を読み解く』 2007年11月08日


■ 百夜百音

BATTLE FUNKASTIC【BATTLE FUNKASTIC】 HOTEI vs RIP SLYME オリジナル盤発売: 2006

 聞き覚えのある2つの曲をうまくマッシュアップした曲。それにしても、30年以上前に『仁義なき戦い』を映画で見た人たちは、後々海外の映画で使われたり、ラップとくっつけられたりするとは予想さえしてなかったでしょう。

『Already』Already

2008年3月 1日 (土)

日本の風俗 起源を知る楽しみ

■ 書籍情報

日本の風俗 起源を知る楽しみ   【日本の風俗 起源を知る楽しみ】(#1136)

  樋口 清之
  価格: ¥1575 (税込)
  大和書房(2002/07)

 本書は、「永い歴史の中で生まれ、時とともに一部は選択されながら、今になお私らの生活のもとである心を作っている」礼儀作法や通過儀礼、年中行事などが、「なぜ起こり、なぜやめられず、どのように変遷してきたか」を解明しようとしているものです。
 第1章「礼儀作法の起源」では、礼儀作法の基本原則を、「その社会に住む人々みんなが、それを承認すること、また、誰一人として、そのために不利益を受けないこと」であると述べ、現代の日本の礼儀作法の多くが、「"エチケット"から"マナー"」になっている現状を、「根本にある精神が忘れ去られて、ただああしろ、こうしろという技術だけがはびこっている」と嘆き、「あくまでも、なぜ礼儀作法の仕方が決まったのかという、精神の追求」こそが、本書の目的であると述べています。
 そして、日本の礼の原点は、「お祭り」にあるとして、「日本の礼儀作法の原点が信仰からくるということ」が重要であると述べています。
 第2章「出会いの作法」では、おじぎをする意味とは、「視線をはずして、一番大事な頭を下げて、相手に敵意のないことを伝える」という「無抵抗の表現」であると述べています。
 また、「攻撃性のある右手をおさえる」ことは、「礼儀作法でも理にかなうことになる」と述べています。
 さらに、日本人が知人を紹介するときには、「まず目下の者から順」に行なう理由は、「昔の"取り次ぎ"の形式が土台になっている」として、門番から、玄関番、その家の諸大夫、側近奉仕者を経て、最後に主人へと伝えられる、という順序が、「日本の家屋構造が、門があって玄関があり、さらに事務室があって、廊下を通って奥の部屋がある」という形になっていることからきているもので、この順序が、「のちになって、演説会の演壇でも、前座という意識を生み出し」たと解説しています。
 この他、敷居を踏まない、坐るときに畳の縁を避けるのは、床下から刀を差し込まれることを避けるためであること、お雛様の並べ方が、紫宸殿における天皇の位置をヒントにしたものであること等を解説しています。
 第3章「言葉の作法」では、「すみません」や「どうも」等、「どこにでも通じる都合のいいことば、いわばぼかし語」が、元来の敬語を商業取引に取り入れた関西に多いようだと述べています。
 第4章「飲食の作法」では、お赤飯を炊く理由は、「人工的に白米を赤くする」ことで、「古代米の色を再現しようという知恵」であると述べています。
 また、「昔の日本人はご飯のおかわりの時、茶碗の底に一口だけご飯を残し」た理由として、「何にもなくなると縁が切れるという俗信からきている」と述べ、同様の風習は、他人の家を訪問したときに手ぬぐいや扇子を置いて帰る習慣や、見合いで男性が女性の家に扇子を置いて帰るという習慣にも、「縁をつなぐという意味」があると解説しています。
 第5章「服装の由来」では、「財産が傾いて失敗したりすること」を「左前」と表現する理由が、死者に着物を左前に着せることにちなみ、「財産が傾くと死に近くなる」意味であると解説しています。
 第7章「葬礼の起源」では、お茶が不祝儀のお返しになった理由として、政権と江戸城を明け渡した徳川幕府が、旗本八万騎ともども駿河に流れたときに、失業対策として、失業武士をお茶づくりに投入したことで、静岡茶が宇治茶を圧倒し、新しくできた役人階層が、このお茶を贈答や不祝儀に使うようになったためであると解説しています。
 第10章「共同体の起源」では、明治まではどこの村にもあった若者の組織である「若者宿(わかものやど)」について、「性教育も含めて、青年に知識や技術を伝達する場」であると述べ、「だいたい14歳から17歳を出発点として、結婚するまでがこの宿の構成員」であり、「村の若者たちは、昼は自分の家で労働し、夜は、村はずれにある若者宿に合宿して、先輩や、時には大人を呼んでさまざまな知識を伝授」されたと解説しています。しかし、若者たちの集団が、「トバクなど、時にはとんでもない方に流れてしまうこと」があったため、明治政府はこの弊害を見て、協働宿泊性のない青年団に再組織したと述べられています。
 本書は、とかく技術論に陥りがちな「礼儀作法」や「マナー」の奥に潜んでいる心遣いや信仰の存在を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で個人的に一番の「トリビア」は、静岡が茶の名産地になったのは、明治維新後、失業者であった徳川の幕臣たちがお茶の生産に従事したからだ、というものでしたが、他にも、明治維新後に大井川に架橋されたことで、職を失った渡河に従事していた運び手たちが、茶の栽培に従事したため、という説もあります。
 この後、お茶が香典返しとして普及したのは、「飲めば消えてしまうので悲しみも忘れてしまう」というセールストークが功を奏したからだそうです。


■ どんな人にオススメ?

・礼儀作法は単に古いだけのものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 園田 英弘 『忘年会』 2007年10月23日
 飯倉 晴武 『日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心』
 杉本 仁 『選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層』 2007年11月07日
 奥野 卓司 『ジャパンクールと江戸文化』 2008年01月06日
 大久保 洋子 『江戸のファーストフード―町人の食卓、将軍の食卓』 2007年11月18日
 岡崎 哲二 『江戸の市場経済―歴史制度分析からみた株仲間』 2006年01月19日


■ 百夜百音

Boys and Girls【Boys and Girls】 Bryan Ferry オリジナル盤発売: 1985

 耽美派というか、20年前もかっこよかったけど、今見てもかっこよいです。本人はすでに60歳超えているんですね。

『Dylanesque』Dylanesque

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