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2008年4月

2008年4月30日 (水)

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫

■ 書籍情報

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫   【東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫】(#1196)

  一坂 太郎
  価格: ¥1050 (税込)
  中央公論新社(2007/09)

 本書は、「東京・新大阪間を2時間25分で走り抜ける」東海道新幹線の車窓から、「さまざまな人々が古代から現代までの間に築いた豊かな歴史の痕跡が、確認できる」という「走る博物館」としての新幹線にスポットを当てたものです。
 第1章「東京―品川」では、東京駅丸の内北口に建つ「鉄道の父」井上勝の銅像について、「わが生涯は鉄道を以って始まり、すでに鉄道を以って老いたり。まさに鉄道を以って死すべきのみ」と晩年語っていた井上が、ヨーロッパで鉄道視察中に倒れて息を引き取ったことを紹介しています。
 第2章「品川―新横浜」では、新幹線をまたぐ「八ツ山橋」について、「東京湾に出現したゴジラがハジメテ品川から上陸し、八ツ山橋を破壊する夜のシーン」を思い出すと語っています。
 また、幕末に御殿山にイギリスが公使館建設を始めた際、「外国勢力排撃(攘夷)を唱える長州藩の高杉晋作・久坂玄瑞・志道聞多(井上馨)・山尾庸造(庸三)・伊藤春輔(博文)ら10余名の若者がイギリス公使館に忍び込み、火を放ち全焼させる」という事件が起こったことを紹介し、「当時、犯人は分からなかった」が、明治になってから、「倒幕を成し遂げ、維新の元勲となって栄達を極めた伊藤や井上が、若き日の武勇伝として自慢した」ことについて、「外国の公使館に放火した犯人が、総理大臣(伊藤)や外務大臣・大蔵大臣(井上)の椅子に座るのだから、明治日本はまだまだ野蛮国であった」と語っています。
 第5章「熱海―三島」では、、熱海駅南方の「海中に突き出た魚見崎」にそびえる「熱海城」について、「ここには元来、城などなかった」が、各地の「城ブーム」に便乗して、「昭和34年(1959)、観光目的で新たに建てられた城」であると述べ、昭和38年の「キングコング対ゴジラ」では、熱海城が徹底的に破壊されるシーンがあることを、製薬会社の広告塔として日本に連れてこられたキングコングが、「核実験の被害者であるゴジラとともに、逞しい商魂の象徴のような熱海城を無我夢中で壊し続ける」シーンを、「強烈なブラックユーモアに満ちた作品であった」と語っています。
 また、「新丹那トンネル」について、「その一部は、戦前の弾丸列車計画が進む中で掘削された」と述べ、高度経済成長のシンボルとして知られる新幹線が、「実は計画は戦前から進められていた」ことを解説しています。
 さらに、富士山について、「それにしてもなぜ、日本人はかくも富士山が好きなのか」と述べ、幕末、イギリス初代駐日公使オールコックが、「富士山に特別固執する日本人が、不思議でならなかった」ため、「富士登山に挑戦する」と言い出したことを紹介し、富士登山を敢行したオールコックの言行が「外国勢力排撃を唱える攘夷派を刺激」し、水戸浪士ら十数名によるイギリス公使館襲撃事件が起きたことが述べられています。
 そして、田子ノ浦では、「戦後、この地は製紙工場から出る汚水がヘドロをつくり、生活環境が悪化した」と述べ、昭和46年には、「駿河湾のヘドロが怪獣化したという設定の『ゴジラ対ヘドラ』という映画が公開」され、「それほど大きな社会問題になった」と述べています。
 第8章「静岡―掛川」では、日本坂トンネルについて、「戦前の弾丸列車計画」によって、昭和16年(1941)より掘られ、完成していたものであり、昭和37年までは東海道本線のトンネルとして使われていたと解説しています。
 第10章「浜松―豊橋」では、「現存する唯一の関所遺構」である「新居関所跡」について、維新直前の慶應3年(1867)8月9日朝に、「伊勢神宮のお札が降った」事件である大衆乱舞「ええじゃないか」騒動を取り上げ、「そこには幕府倒壊を目前にした段階での、庶民の変革への期待が強く表されていた」と述べています。
 第12章「三河安城―名古屋」では、「七里の渡し船着場跡」について、「かつてはこの船着場から海を渡り、伊勢桑名まで行った。ここで海を渡るため、東街道ではなく東海道なのだという説もある」と述べています。
 第14章「岐阜羽島―米原」では、藤古川を渡る際に見える「ラクダの背のような突起する天満山」の南峰辺りが「関ヶ原合戦のさい、西軍宇喜多秀家の陣で、開戦地でもある」と述べ、「明治以前の国内線では、最大規模といわれる闘いだったが、たった半日で雌雄が決した。それは事前の裏取引、つまり政治で大方の決着がつけられていたからである」と解説しています
 第15章「米原―京都」では、現在は「ひこにゃん」で知られる彦根城について、「明治の初め、地元住民の反対により取り壊しを免れた彦根城は、現在では国宝に指定されている。城と城下町がセットでよく残り、日本で最も江戸時代の近世都市の姿を伝えていると評される」と述べています。そして、「開国の恩人」である井伊直弼が、「全国的に見れば、薩摩・長州を中心とする維新紙が幅を利かせ、直弼は悪役だった」が、戦後、舟橋聖一著『花の生涯』で「彦根人たちの悔しい思い」が払拭されていくと述べています。
 また、昭和39年に、娯楽施設「伏見桃山城キャッスルランド」のシンボルタワーとして、復元された伏見桃山城が、平成14年に業績不振を理由に閉鎖と取り壊しが発表されたときに、「天守は残してほしいとの市民の声が強く、取り壊し計画は中止された」ことについて、「昭和の復元天守も、すでに文化財的価値を持ち始めているのかもしれない」と述べています。
 第16章「京都―新大阪」では、京都駅を出ると、「左手に東寺(教王護国寺)の五重塔や金堂が見える」ことについて、「絵葉書的な風景だが、古都に来たという実感が湧く」と述べています。
 本書は、東海道新幹線をよく利用する人にとっては、ぜひ一度手にとって、車窓からの風景を楽しんでほしいと思う一冊です。


■ 個人的な視点から

 東海道新幹線は一時は毎週利用していましたが、新幹線の中は本を読んだり仕事をしたりするのにはちょうどいい場所なのであまり車窓からの風景には注目せず、ぼさっと眺めることが多かったような気がします。
 ぜひ、本書を片手に新大阪まで窓を行ったり来たりしながら車窓の風景に張り付いてみたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・新幹線は単なる移動の道具と思っている人。


■ 関連しそうな本

 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 クリスチャン ウルマー 『折れたレール―イギリス国鉄民営化の失敗』 2006年08月03日
 筒井 康隆 『東海道戦争』


■ 百夜百マンガ

学級王ヤマザキ【学級王ヤマザキ 】

 山崎邦正が歌っていたテレビアニメの主題歌は、「Go West」のカバーかと思ってましたが、単なるパクリだったようです。ちなみに、ドリフのニンニキニキニキの歌の方ではありません。

2008年4月29日 (火)

実験経済学への招待

■ 書籍情報

実験経済学への招待   【実験経済学への招待】(#1195)

  西条 辰義
  価格: ¥2940 (税込)
  NTT出版(2007/11)

 本書は、「日本の実験研究の水準を示す書物」でありながら、「アカデミックな水準を犠牲にせずに大学初年級の皆さんが読んでよくわかり面白いもの」というオーダーで書かれたものです。
 第1章「実験経済学の事始め』では、経済学の理論が前提としてきた「合理的な個人」に対し、1970年代後半、「不確実性下の意思決定」という基礎領域で、認知心理学者のカーネマンとトヴェルスキが、「プロスペクト理論」と呼ばれるアイディアを出したことで、「経済学の教科書にある『期待効用』は、フロンティア研究の主役の座を奪われた」と述べています。
 そして、半世紀も昔から行なわれている「売り手と買い手が折り合えば直ちに取引を成約していく『ザラバ』と呼ばれるマーケットを調べる」実験が、チェンバリンという産業組織の大家によって考案されたことを解説しています。
 著者は、「ゲーム理論から生まれたアイディアがどんなにすばらしいものであっても、実践に使われないのでは『絵に描いたもち』」であるとして、「今後ゲーム理論や既存の経済学とより良く付き合う1つの作法」として、「アイディアがどのような状況においてうまく働き、どのような状況においてそうではないのかをまずよく知ること」であると述べています。
 第2章「『意図』が織りなす市場」では、「『市場』競争にとって、社会的関係性を重視する行動は、市場本来の機能を撹乱するやっかいものなのか、それとも人間の本源的情動をうまく利用しつつ市場機能を発揮しうるものかという、これまでの経済学にはなかった問題提起を行なう」と指定します。
 そして、「個人は相手の意図を探って、それに応報的に対応しようと考える傾向が強いと結論づけることができそう」だと解説したうえで、「社会的関係性から生じる行動で、行動学的に見て重要なもの」として、「自分が損することになっても、相手の利得を下げてやろうとする行動」を挙げ、「一見不毛なこの行為」が、「スパイト(Spite)(=意地悪、嫌がらせ)と呼ばれ、生存競争の激しい他の生物にも広く観察される行動」であると解説しています。
 第3章「株価の決定メカニズム」では、「株価がどのように決まり、何によって動くのかということ、すなわち株価の決定メカニズムは、現実のデータによってこれまでに十分に明らかにされたとは言えません」と述べた上で、「株式市場の実験研究」の利点として、
(1)現実の株価と比較するべきファンダメンタルバリューの値がよくわからない、という問題をクリアして、株価が効率的についているのか、それともバブルが発生しているかどうかを明確に判断できる。
(2)さまざまな要因が株価に与える影響を一つひとつ順に調べられる。
の2点を挙げています。
 また、「株式市場実験の結果」に基づく、「現実のバブルを抑えるための方策」として、
(1)非合理バブルを抑えるために、市場全体のファンダメンタルバリューの計算能力を高める。
(2)投機的バブルを抑えるために、短期的な投機が市場を支配することがないよう、長期の投資家を育成する。
(3)市場の情報効率性と高めてより適切な価格付けを可能にするために、先物市場の整備も重要になる。
の3つが考えられると述べています。
 第4章「排出権取引実験」では、「排出権取引という仕組みに着目し、まず、その利用が認められた場合、どのような状況に至るのかについての理論的な予測」を示すとしたうえで、「地球規模での国際排出権取引のような、これまでに存在せず、よって過去の現実データが存在しないような制度のパフォーマンスをチェックするには、新たなデータを作り出すことができる実験経済学の手法が非常に有効」であると述べています。
 第5章「オークション・マーケットデザイン・実験経済学」では、「限られた資源を、最も必要な人、最も能力のある人に効率的に配分する」ためには「どのように資源が配分される仕組みを整備していければいいか」という「マーケットデザイン」の問題を取り上げるとしています。
 そして、「実験経済学は社会現象の複雑な要因をコントロールして因果関係を調べる上で役に立つとともに、政策決定の過程での有効性をコントロールする手段としても有効であること」がわかったと述べています。
 第6章「公共財供給実験におけるいじわる行動」では、「お金のみを目指すのか、それとも相手に勝つことを目指すのか、という2つの目的の間で私たちの心は揺れ動く」という現象を、Saijo and Nakamura(1995)が、「スパイト・ジレンマ」と命名したと述べています。
 また、Gintis (2000, 2004)が、「進化モデルを用いて、我々が戦争、飢饉、疫病といった危機に直面したとき、社会規範から逸脱した人に対して自己犠牲を払っても罰を与える人々がたくさんいる社会のほうが生き残りやすい」と主張していることについて、「いじわる行動が適応度を高める」と解説しています。
 第7章「人はどれだけ先読みをするか」では、「ゲーム理論では合理的な人間を仮定し、そのような仮定の下での人間の行動を分析しいて」いるとした上で、「その理論の根本である人々の合理性に対しては、このような実験により、すべての状況で無限の合理性を持つと仮定することは難しいことがわかりました」と述べ、「さらに、人々は、さまざまな合理性の程度を持っていることが観察されました」と解説しています。
 第8章「フィールド実験の歩き方」では、「Speed Datinguを主催して密かにデータを集めてみたり、架空の履歴書を大量に送って性別や大学名によって企業の反応がどう違うかを調べてみる」という「フィールド実験が最近広く用いられるようになってきた」理由として、
(1)実証実験で、バイアスのない正しい推計結果を得るため。
(2)ラボ実験の結果が、現実世界に適用可能かどうかをチェックするため。
の2点を挙げています。
 そして、経済学の数多くの理論ののうち、「実際に実証研究によって検証されてきたのは、そのうちの一部に過ぎません」と述べ、その理由として、
・経済理論でキーとなる重要な変数が実際のデータからは観察されないことが多いため。
・経済理論はある1つの側面にのみ焦点を当てるが、実際の経済で観察されるものはさまざまな理論の複合的な効果であって、一つひとつの効果がどのていど重要なのか識別できないことが多いため。
等の理由を挙げています。
 また、マイクロファイナンスの理論で重視されている「ダイナミック・インセンティブ」が返済率を改善するのに有効であり、「逆選択」や「モラルハザード」が「従来考えられていたほど大きな効果はなかった」ことを実証実験で明らかにしています。
 著者は、「実験を有効に活用することによって、実際のデータでは混在してしまっているさまざまな効果を、一つひとつ切り離してみることが可能に」なると述べ、「そうすることによって、あるプログラムにどのような効果、逆効果があり、それを改善するためにどのような改良を加えればいいかが見えやすく」なると述べています。
 本書は、日本の実験経済学の現状を、わかりやすく解説している一冊です。


■ 個人的な視点から

 「実験経済学」というと、なんだかイロモノ的な印象が昔はありましたが、心理学等の他の学問分野からの後押しを受け、今ではすっかり重要な一分野になってきた感があります。


■ どんな人にオススメ?

・経済学は実験できないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ロス・M・ミラー (著), 川越 敏司 (監訳), 望月 衛 (翻訳) 『実験経済学入門~完璧な金融市場への挑戦』 2007年01月17日
 ポール・ミルグロム (著), 計盛 英一郎, 馬場 弓子 (翻訳) 『オークション理論とデザイン』 2008年03月04日
 スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー (著), 望月衛 (翻訳) 『ヤバい経済学』 2008年02月13日
 多田 洋介 『行動経済学入門』 2006年08月31日
 友野 典男 『行動経済学 経済は「感情」で動いている』
 A. シュレイファー 『金融バブルの経済学―行動ファイナンス入門』


■ 百夜百音

Von Hier an Blind【Von Hier an Blind】 Wir Sind Helden オリジナル盤発売: 2005

 日本のバンドでも歌詞は英語のみ、というバンドがありますが、クリス・ペプラーによれば、ネイティブ・スピーカーからは、良くも悪くもちょっと変なアクセントが引っかかるのだそうです。

2008年4月28日 (月)

リーダーシップは教えられる

■ 書籍情報

リーダーシップは教えられる   【リーダーシップは教えられる】(#1194)

  シャロン・ダロッツ・パークス (著), 中瀬英樹 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  ランダムハウス講談社(2007/6/14)

 本書は、「リーダーになる人というのは、他者を率いるための特別な資質を、生まれながらにして神から授かっている」という「根強く生きつづけている幻想」があるなか、「リーダーシップとは学習によって、身につけられる、あるいは身につけるべきもの」であることを「きわめてたくみにやってのけている」ロナルド・ハイフェッツ氏の教授法の「貴重な成果をまとめた」ものです。本書の目的は、「ケース・イン・ポイント教授法」を、「検証して解き明かし、評価を下していくことにある」と述べています。
 第1章「変化の時代に求められるリーダーシップ――適応の仕事の創出」では、「リーダーシップへの危機感が強まった背景」にある5つの欲求として、
(1)すべての人に潜む、何らかの決定権への欲求
(2)オーソリティ(権威、権力)への欲求
(3)めまぐるしく複雑化するシステムに対応できるリーダーシップへの欲求
(4)複雑化に伴なう変化の深さ、広さ、速さに、適切に対応できるリーダーシップへの欲求
(5)「公共の利益」に貢献するリーダーシップへの欲求
の5点を挙げています。
 そして、ケース・イン・ポイント教授法を構成しているフレームワークが、
(1)オーソリティとリーダーシップ
(2)技術の課題と適応の課題
(3)権力と進行力
(4)人格と存在感
の4つの重要な区分を定めていると述べています。
 第2章「『どういうふうに始めましょうか?』――学生たちのさまざまな期待」では、講師(ハイフェッツ氏)が、「ある共同体や組織を動かして、困難な問題を前進させるという能力」こそリーダーシップであると考えていることを紹介しています。
 そして、講師の任務が「みなさんの考えを表面に出し、細かに検証できるようにすること」であると解説しています。
 第3章「ケース・イン・ポイント教授法の使い方」では、学生たちが取り組むべき「適応の課題」は、「『固い地面』とは正反対の『沼地』という表現がぴったりだと気づくようになる」と述べています。
 そして、
・伝統的な教室:開拓ずみの分野がずらりと揃っている
・実験室またはスタジオ:整備されてはいないが、活気はある
の2点を挙げ、「この断絶を埋める架け橋として機能するのが、ケース・イン・ポイント教授法」であると述べ、この教授法のプロセスで使われる、「ダンスフロアとバルコニーのあいだを移動する」というイメージが、「行動と思考」や「実践と理論」についての教えるための一つの手段であると述べています。
 また、この教授法では、「リーダーシップの実践力を磨きながら、社会システムに存在する重要なパターンを読み取る能力を養う」ことを、「複雑な世界でのリーダーシップには欠かせない能力」であると述べています。
 第4章「失敗を糧に――グループ演習の効果」では、「グループ演習が適応のリーダーシップの学習プロセスとして機能する」理由として、
(1)失敗経験に基づく対話ができる。
(2)いくつもの違う役割を演じる機会がある。
(3)それぞれの経験に関して交わされた会話について、授業で扱われている概念を使いながら、文章にまとめる機会がある。
の3つの要素を挙げています。
 そして、「グループでの討論や質問によって教え、学ぶという方法は、『集団に仕事を戻す』という適応のリーダーシップの必要条件に対応する」と述べています。
 第5章「存在感の強化――『歌セッション』から学ぶ』では、「複雑なシステムの中で適応のリーダーシップを断行する」ために、「本当に必要なのは、集団に効果的にかかわり、人々の力を育成できる存在になることだ」と述べています。
 そして、学生たちが、「存在感について手ほどきを受ける姿を観察し合う」中で、「内面的な資質、目的意識、自己認識を高めれば存在感が増し、共通の利益を生み出せるようになる」と納得できると述べています。
 また、存在感に関して、
・場の緊張感に耐える自信を持つ。
・深いところにある感情に基づき、つくられた態度ではなく、真の自己で行動するというやり方を飲み込む。
という2点を「具体的な形で学ぶ必要がある」と述べています。
 さらに、「リーダーシップの実践では、感知したことを効果的な戦略に結びつける才覚が必要」になり、「複雑化する戦略をつねに把握することに加え、それを表現する有効な手立て」の助けとなるものとして、「比喩によるイメージ」を挙げています。
 第7章「勇気と犠牲――学習プロセスをマネジメントするリーダーシップ」では、「適応のリーダーシップによって人々を導くには、学習、そして改革というプロセスを踏まなくてはならない」と述べた上で、「リーダーシップには、視野を広げ、理解や行動の範囲を拡大してくれる体系的なフレームワークが必要になると述べています。
 第8章「『リーダーシップ神話』を見直す」では、「羊飼いと羊たち」や「ヒーローと、彼に救出された人たち」などのような「リーダーとフォロワー」という「英雄的な『指揮統制型』のリーダー像がいまだ守られ、影響力を保っている」原因として、「人々がそれに順応しているからだ」とハイフェッツが指摘していると述べています。
 そして、「適応のリーダーシップの本質は、困難な問題を解決するために人々を動かすこと」であり、「それを会得するには、従来とは違う形の学習が必要だ」と述べています。
 また、「人間の想像のプロセス」を、
(1)意識的な対立
(2)小休止
(3)イメージと考察
(4)パターンの再認識
(5)解釈・証明・実験
の5段階に分け、「芸術のリーダーシップ」もこれに沿って実践されると述べています。
 著者は、「私たちがリーダーシップや教える仕事などを芸術、あるいは芸術的活動として捉えるのは、すべての人間に潜む芸術家としての能力を重視したいからだ」と述べ、「その力によって人間は、世の中のさまざまな声に応え、他者とともに創造的に行動できる。集団として想像性を発揮し、すぐれた芸術性を共有できる」と述べています。
 第9章「リーダーシップは学ぶことができる――ケース・イン・ポイント教授法の強みと限界」では、ケース・イン・ポイント教授法の長所として、
(1)リーダーシップの理論とそれを教える方法とが、見事に一体化している。
(2)ほとんどの作業が学習者の実際の経験と関連づけられる。
等の点を挙げています。
 著者は、「リーダーシップは結局のところ一つの技術であり、月並みな方法では無理でも、正しいコーチング技術を使えば教えられるものだ」と仮定するならば、「実践的な取組(演習)を学習プロセスに組み込むことが何より大切になる」と述べています。
 本書は、「リーダーシップは天賦のもの」という先入観を打ち砕いてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 リーダーシップは学ぶことができる、ということまでわかったところで、問題はどうすればそれ身につけるか、というところですが、本書を読んでも、そこはまだまだハードルが高いようです。
 企業の採用面接などで、部活や生徒会で部長や会長をやった経験があるかどうかを聞きますが、こんな形で、若いうちからリーダーシップをすでに発揮している人を見つけ出す方が企業にとってはわかりやすいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・リーダーシップは生まれつきのもの、と思っている人。


■ 関連しそうな本

 金井 寿宏 『リーダーシップ入門』 2005年3月31日
 金井 壽宏 『仕事で「一皮むける」 関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』 2005年4月25日
 ジョセフ・L. バダラッコ (著), 夏里 尚子 (翻訳), 高木 晴夫, 渡辺 有貴 『静かなリーダーシップ』 2006年05月31日
 ジョセフ・L. バダラッコ (著), 金井 寿宏, 福嶋 俊造 (翻訳) 『「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために』 2007年06月05日
 Harvard Business Review (編集), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (翻訳) 『リーダーシップ』 2005年12月16日
 C.I.バーナード (著), 山本 安次郎 (翻訳) 『新訳 経営者の役割』 2005年03月29日


■ 百夜百マンガ

もう、しませんから。【もう、しませんから。 】

 とにかく、いろいろ作者がいじられる体当たり作品。講談社系のマンガ家の素顔(裏の顔?)が見られるのがポイント。

2008年4月27日 (日)

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎

■ 書籍情報

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎   【占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎】(#1193)

  今西 光男
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2008/3/7)

 本書は、『新聞 資本と経営の昭和史――朝日新聞筆致・緒方竹虎の苦悩』の続編であり、敗戦以後の、「混沌の時代であり、激動の時代」を描いたものです。
 第1章「『朝日内閣』と児玉誉士夫」では、1945年8月17日に成立した東久邇宮内閣の実体が、「緒方朝日内閣」であり、東久邇宮は緒方に、「言論人としての文筆能力、世論の動向に対する洞察力」を期待していたと述べています。
 そして、「一億総懺悔」の表現が厳しく批判された、首相の発記者会見が、「五箇条の御誓文」を用いるなど、「緒方のシナリオによるものだった」と述べた上で、「日本再建のためには一億国民が一致団結して対処する必要がある」と強調するあまり、「その出発点である反背・懺悔を『一億総懺悔』と表現した」ことを解説しています。
 第2章「マッカーサーの顔色」では、緒方と吉田茂が、「吉田が田中義一内閣の外務次官であった頃から旧知の間柄だったが、それほど深い関係ではなかった」と述べ、「もし、このとき、緒方が大磯に逼塞していた吉田を外相として推さなかったとしたら、あと4日で満67歳になる吉田に、その後の宰相への道が開けたかどうか」と述べています。
 第3章「戦争責任と『十月革命』」では、朝日新聞東京本社社長村山長挙が、「社員に『聖戦完遂』を鼓舞し、『戦争新聞』をつくらせてきた最高責任者」であったことから、「自らが『戦争犯罪者』の列に連ねられることへの恐れがあった」と述べた上で、「社内体制の刷新計画」を練った、千葉、香月、白川、細川、嘉治、佐々の6人組が、連名の申し入れ書として、「社長、会長はその地位を退き社主の地位につかれたし」などのの4項目を村山社長に提出したことを述べています。
 そして、「30歳のとき(1918年)に白虹事件の処理にかかわって以来、『資本と経営の分離』こそ、朝日新聞の経営安定、編集の独立に不可欠の課題と認識していた」緒方が、「この機会に抜本的に、資本と株の問題に切り込まなかった」理由として、
「緒方が主導して1924(昭和17)年5月の株主総会で朝日新聞の定款を改正」し、「議決権を5%以下に限定する」規定がある以上、「所有株式について更なる制限を重ねる必要は感じられなかったということが考えられる」と述べるとともに、「左派の活動家がリーダーシップを握る従業員組合が、相対的に朝日社内で影響力を拡大することに対する懸念もあったのであろう」と述べています。
 第4章「徳田球一が読売新聞を握った」では、読売新聞社長の正力松太郎が、「自分の戦争責任追求につながる社内の動きは絶対に認めない」と強く決意していたことを述べた上で、1945年10月23日に始まる第一次読売争議で、11月10日に、「読売闘争支援の1000人のデモ隊が読売本社に押しかけてきた」時には、「正力は『「共産党が来るぞ」という通報にあわてふためき『下駄箱に頭を突っ込んで尻を出していた」、そして配下に注意されて非難した」と山本潔の『読売争議』に描写されていることを紹介しています。
 そして、正力が弾圧した「第一次共産党事件」で検挙された徳田球一日本共産党書記長が、「18年間の獄中生活を非転向で貫き、1945年10月10日に出所」したばかりであり、「弾圧した者とされた者、敗戦の結果、一転して戦犯容疑者とその告発者の立場に変わり、調停交渉は二人の宿命的な対決の場になった」と述べています。
 また、「徳田の最大の誤り」として、正力が保有する株に「重大な関心を持たず、きちんと詰めておかなかったこと」を指摘し、徳田が「株取引は資本主義の手段で、手を汚すことが考えていた」と述べています。
 第5章「GHQ、社主家、三等重役、そして労働組合」では、GHQと吉田政権の圧倒的な圧力の前に、新聞ゼネストが挫折し、その後、「朝日の労働組合はいわゆる『右旋回』し、経済闘争を重視する企業内組合の道を歩むことに」なったと述べています。
 第6章「社主家の攻勢と『アサヒ・マン』」では、朝日新聞の長谷部社長が、GHQのインデボン新聞課長から「朝日新聞社内の共産党関係者のリスト」を提示され、「共産党分子を『徐々に排除すべき』で、一時に大勢を排除するのは望ましいことではない」と告げられていたと述べています。
 また、後に昇進したインデボン中佐が、「彼の朝日新聞関係のスパイを、アサヒ・マン」と呼んでいたことについて、「当時、風評にその名があがったのは、『十月革命』で村山とともに退陣した鈴木文四郎だった」と述べています。
 第7章「公職追放と『フジヤマのトビウオ』」では、1949年の「夕刊朝日」の創刊号から、「四コマ連載漫画にはほとんど無名だった長谷川町子を創刊号から起用、その『サザエさん』が大評判になった」と述べ、もともとは、「福岡の新興夕刊紙『フクニチ』に1946年4月22日から連載された」と述べています。
 第8章「朝鮮戦争と『ゾルゲ』の呪縛」では、1950年7月11日夜、朝鮮半島への出動拠点になった北九州・小倉の米軍城野キャンプから、「前線出動を忌避する黒人兵200数十人が集団脱走」し、「脱走兵の一部は民家に乱入して略奪や暴行事件を惹き起こし、鎮圧のMPとの銃撃戦も起こし、市民はパニックになった」と述べ、「この騒ぎは米軍によって関連報道がすべて禁止され、事件の内容を話すことも禁じられた」が、「当時、朝日新聞西武本社広告部意匠掛」で、「城野キャンプ近くに住んでいた松本清張」が、「後年、この事件をもとに小説『黒字の絵』を書いた」と述べています。
 そして、「全軍あげて戦闘態勢にあり、しかも朝鮮半島南部の釜山周辺まで追い詰められていた米軍・GHQにとっては、『客観的立場』や『中立』『冷静』を主張する朝日社説」は許しがたいものであったが、「長谷部の必死の弁明で、事態が深刻化することはなかった」と述べています。
 また、「報道機関から始まったレッドパージ」として、1950年7月28日午後3時を期して「朝日など報道8社で336人が解雇を言い渡された」と述べ、「パージされた人たちは、その日から、一切の報道機関、一般企業からも門戸を閉ざされ、長く苦しい生活を強いられた」と述べています。
 第9章「村山復辟で緒方去る」では、「敗戦直後の『十月革命』で編集局次長から三段跳び、四段跳びで突如、朝日新聞社の経営トップに据えられた長谷部」が、「経営の仕組み、歴史的な事情、背景、さらには新聞経営者としての基本的姿勢、心構えなど、多くの点を緒方から学んだ」と述べ、公職追放中の身であった緒方は、「自分が知る限りの朝日新聞の社史や経営上の問題について懇切に説明し、その経営に誤りがないように助言していた」と述べています。
 そして、用紙統制、価格統制の撤廃によって、「自由に用紙を確保できるようになった新聞各社は、独自の魅力ある紙面展開を目指し、他社との違いを際立たせようとした」と述べ、「新聞社と販売店との直接契約は、かつての特定新聞社と販売店の濃密な関係を復活させ、新聞社の系列による囲い込みが始まった」と解説しています。
 また、「戦後、あらたにこの業界に参入してきた若手店主たち」には、「復員はしたが職がないという元軍人も多かった」と述べています。
 さらに、「共販制度から専売化への動きは、全国各地で紛争を起こしていた」として、専売化のやり方として、
(1)協議専売:各社間の話し合いで専売に移行する
(2)裸専売:一社が一方的に他社に通告して専売に移行する
(3)なぐりこみ専売:専売直前に通告するか、無通告で断行する
の3つの方法を紹介したうえで、「裸専売」の代表的な例として、1951年9月に神奈川県川崎市で起きた「醤油専売」を取り上げています。
 終章「かかる時 君しあらばと」では、1956年(昭和31)年1月28日、緒方竹虎が五反田の自宅で、急性心臓衰弱と環状動脈硬化により、満67歳で死亡したと述べ、その後も、「朝日新聞で経営上の問題が起こるたびに、緒方を知る人たちは『かかる時 君しあらば』と、いくたび思い起こしたことであろうか」と述べています。
 著者は、「朝日新聞は緒方筆致時代、『経営』が『資本』を凌駕する力を持った。緒方筆致が率いる『編集』が、タブーを恐れぬ果敢な論説を展開し、深層をえぐった特ダネをものにし、多くの購買者の支持を勝ち得たからである」都市たうえで、「いまの新聞界には、『資本』と『権力』に対峙しようとする気骨ある『筆致』は見当たらない」と指摘しています。
 本書は、新聞社の「筆致」がその新聞を本当の意味で代表していた時代を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 朝日新聞といえば、マスコミの中でも飛び抜けて給料が高いというイメージで有名ですが、戦後史を振り返ってみると、一度労働組合が「革命」に成功し、後に資本家によって巻き返しを図られた、という経緯があるからこそ、「経済闘争」の結果、逆らわないように高い給料を与えられているのかもしれないと思ってしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・朝日新聞記者の給料はなぜ高いのかと思う人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』 2008年04月24日


■ 百夜百音

Poupee de Son【Poupee de Son】 France Gall オリジナル盤発売: 1992

 結構日本でカバーされる割合の高いアーティストではありますが、「フレンチポップ」というジャンルを代表する人になってしまっています。

『夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション』夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション

2008年4月26日 (土)

「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造

■ 書籍情報

「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造   【「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造】(#1192)

  小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著)
  価格: ¥1890 (税込)
  創元社(1995/06)

 本書は、1994年にNHK教育テレビで4夜連続で放送されたETV特集「日本株式会社の昭和史」をベースに、放送に盛り込めなかった資料や証言をくわえたドキュメントです。
 本書が扱っているテーマは「間接金融システム」、「終身雇用等、日本型雇用慣行」、「官僚機構の民間企業への関与」の3点となっており、それぞれ当時気鋭の研究者であった3人の著者が解説を加えています。これらのテーマは相互に深く関わりあっているので単純に切ることはできませんが、専門に沿っておおざっぱに分けると、
・「間接金融システム」・・・岡崎
・「終身雇用等、日本型雇用慣行」・・・米倉
・「官僚機構の民間企業への関与」・・・小林
という分担になっています。
 本書は、時系列に構成されていて、第1章の「システムの萌芽 『満州』」を小林が、第2章の「戦争と革新官僚の登場」を岡崎が、第3章の「高度成長の光と影」を米倉がそれぞれ章末に解説を加えていますが、それぞれの研究分野は相互にオーバーラップしていますので、そのあたりの議論が第4章の「『日本株式会社』と官僚支配」という座談会になっているのだと思われます。


■ 個人的な視点から

 本書で印象に残ったのは、戦後の激しい労働運動で、労働者が自ら組織を作り、団交やストを行った背景に、産業報国会の体験が影響を与えているということを労働運動の関係者自身が証言していることです。また、当初日本の直接統治を予定していた米国が、占領の予定が早まってしまったためにやむなく日本を良く知る専門家集団としての官僚を通じた間接統治を選択したので、官僚機構による関与が温存されたという証言も印象に残りました。
 戦後の経済政策に関しては、池田内閣の国民所得倍増計画の発案者も岸信介であったという証言がありました。「政治家としてはGNPなんて言ったって国民にはわかりゃしないからおまえの所得が倍になるんだと言わなきゃ話にならない。政治家はそういう話し方をするんだよ。」というのはなるほどという感じでした。


■ どんな人にオススメ?

・戦前から戦後にかけての日本社会の変化を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 岡崎 哲二, 奥野 正寛 (編集) 『現代日本経済システムの源流』
 米倉 誠一郎 『経営革命の構造』 2005年09月09日
 小林 英夫 『「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯』 2006年01月02日
 山室 信一 『キメラ―満洲国の肖像』 2006年01月13日
 小林 英夫 『満鉄―「知の集団」の誕生と死』
 小林 英夫 『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』 2007年10月22日


■ 百夜百音

Supergott【Supergott】 Caramell オリジナル盤発売: 2001

 聴けば聞くほど中毒になるお馬鹿なユーロビート。ウマウマ言ってる場合じゃないですが、そう言えば餃子はバルサミコ酢で食べるとおいしいです。

『ウマウマできるトランスを作ってみた』ウマウマできるトランスを作ってみた

2008年4月25日 (金)

地域再生の経済学―豊かさを問い直す

■ 書籍情報

地域再生の経済学―豊かさを問い直す   【地域再生の経済学―豊かさを問い直す】(#1191)

  神野 直彦
  価格: ¥714 (税込)
  中央公論新社(2002/09)

 本書は、「『公』を再生し、大地の上に人間の生活を築く戦略」である「地域再生」を、「未来の『人間の歴史』を描くビジョン」として示したものです。
 第1章「工業社会の苦悩」では、「都市の二つの顔」として、
(1)「市場」という顔
(2)「自治」という顔
の2つを挙げた上で、「地域社会の衰退は、こうした都市の衰退を基軸に展開している」として、地域再生の道は、「工業社会から情報・知識社会への転換に、地域社会がいかに対応するかにかかっている」と述べています。
 第2章「市場社会の限界」では、「経済とは人間が自然に働きかける行為である」が、「工業社会では人間も自然も排除しようとする方向に動く」と述べています。
 第3章「財政の意味」では、19世紀末のドイツで誕生した財政学が、「ドイツの産んだ偉大な経済学者リスト」の思想を継承する「歴史派経済学の流れの中に位置づけることができる」と述べています。
 そして、財政学を大成させたワグナーが指摘するように、「『文化および福祉目的』分野の政府機能が拡大すれば、地方分権を推進せざるを得ない」にもかかわらず、総力戦の遂行過程において、「社会システムから忠誠を調達するために、公的扶助や社会保障が地方自治体から中央政府に吸収されていく」とともに、「市場経済そのものが拡大していった」ことが重要であると述べています。
 第4章「日本の地域社会の崩壊」では、「社会的セーフティ・ネットが綻び始めると、社会を再生する二つの戦略が登場する」として、
(1)新自由主義の再生戦略:綻び始めた社会的セーフティ・ネットを取り外す。
(2)地域再生戦略:社会的セーフティ・ネットを張りなおす。
の2点を挙げています。
 また、「グローバル化や産業構造の変化に対応して、大都市圏における生産基盤社会資本整備」を行なった副作用として、「四全総が掲げた『多極分散型国土』の形成を掘り崩してしまうこと」を挙げています。
 第5章「財政から再生させる地域社会」では、「日本の地方自治体は2つのチャネルで自己決定権を奪われている」として、
(1)歳出そのものを決定する権限を奪うチャネル
(2)「歳入の自治」奪うチャネル
の2点を挙げ、前者については、機関委任事務が廃止された後も、「中央政府が決定した仕事を、地方自治体に執行させていく仕組みの根幹は残っている」として、「自治事務といえども、中央政府は法律、政令、省令という法令に書き込んでしまえば、中央政府の義務づけたとおりに執行させることができる」と述べ、後者については、「中央政府が地方自治体に対して厳格な課税統制を実施」しており、「地方債の発行にも厳格な統制が加えられてきた」と述べ、「日本の地方自治体が景気政策で公共事業に動員されてしまうのもこのためである」と解説しています。
 第6章「税制改革のシナリオ」では、「補完性の原理」について、「個人でできないことは家族が、家族ができないことは市町村が、市町村ができないことは県が、県ができないことは国が、国ができないことはEUが」という原理であるとして、ヨーロッパ地方自治憲章が、「公的部門が担うべき責務は、原則として、最も市民に身近な公共団体が優先的にこれを執行するものとする」と規定していることを解説しています。
 そして、フランスが、「第二次大戦前の日本の財政制度の母国」であり、「こうした集権的分散システムを文献的分散システムに改めるには、税源移譲による税源配分の見直しが基軸となる」と述べ、1982年のフランスの地方分権改革において、「垂直的財政調整」としての税源移譲が実施されたと解説しています。
 また、「伝統的な税源配分論では、国税と地方税との税源配分には、税源の移動性が基準とされる」として、「税源に移動性を基準にすると、土地のような移動性の低い税源に課税する物税が地方税に適することになる」と述べています。
 さらに、「地方税の課税の根拠を、『協力原理』と呼んでおくと、『協力原理』に基づく地方税は比例所得税を中心に組み立てればよいことになる」として、「その財源は比例的所得税が望ましい」と述べています。
 著者は、「交付税は地方税とともに分権型財政を支える重要な収入上の支柱である」が、「交付税は課題にすぎれば、地方自治を破壊しかねない」ため、「交付税が地方自治体間の自発的協力にベースがあるという性格を強めていく必要がある」と述べています。
 第7章「知識社会に向けた地域再生」では、スウェーデンに学ぶべき点として、「地域住民の自発性と、政府の政策、企業の経済民主主義的経営が有機的に関連づけられ、産業構造を転換させたことにある」と述べ、「その原動力は、あくまでも地域社会の構成員によるグラスルーツの運動にある」と強調しています。
 終章「地域社会は再生できるか」では、地域社会再生のシナリオを、
(1)あくまでも工場誘致という従来の路線の延長線上で持続可能性を求めるシナリオ
(2)地域社会を人間の生活の「場」として再生させるシナリオ
の2つを挙げ、「知識社会では生活機能が生産機能の磁場となって市域社会を再生させる」ため、後者が「地域社会の生産活動をも活性化させる」と述べています。
 本書は、地域を再生させる意味はなんなのかを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 何となく「地方の時代」とか「地方分権が必要だ」という言葉がすっかり刷り込まれてしまい、そうするのが当たり前のような雰囲気がありますが、そもそもなぜ分権が必要か、地方が重要か、ということをきちんと考え直す機会というのは重要だと感じます。


■ どんな人にオススメ?

・「地方分権」は既定路線だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 神野 直彦, 澤井 安勇 (著) 『ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図』 2007年08月01日
 神野 直彦, 井手 英策 『希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』 2007年08月23日
 神野 直彦, 池上 岳彦 『地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較』 2007年06月01日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月2日


■ 百夜百マンガ

闇金ウシジマくん【闇金ウシジマくん 】

 そう言えばこの人もデビュー10周年となりました。日本のマンガがみんなカラーで描かれていたらかえって作品に入り込めないのかもしれません。この人の作品はとくに赤そうです。

2008年4月24日 (木)

新聞があぶない―新聞販売黒書

■ 書籍情報

新聞があぶない―新聞販売黒書   【新聞があぶない―新聞販売黒書】(#1190)

  黒薮 哲哉
  価格: ¥1785 (税込)
  花伝社(2006/01)

 本書は、「新聞のブラック・ボックスを解明したもの」であり、「日本の新聞社の大半が採用してきた『押し紙』政策(新聞販売店に対する新聞の押し売り)を中心に据えた経営構造が、いかに深刻な人間疎外を生み出し、ジャーナリズムの精神に反するかを指摘し、メディアが堕落した原因を、経営構想の中に位置づけようとしたルポルタージュ」です。
 著者は、新聞社という「巨塔の足下」に、「新聞記者の立ち入りが厳しく禁止された『特別地区』」があり、「住人は40万人あまり。独禁法も労基法も施行されていない。時には犯罪者が身を潜める。情報産業の裏庭、いわゆる新聞販売の現場である」と述べています。
 第1章「新聞社の下部構造――新聞販売の現場から」では、「新聞販売店に搬入される日刊紙は売れ残っても返品の対象にはならない。新聞発行本社は、販売店に搬入したすべての新聞について卸代金を徴収する」とした上で、「収益を上げるために必要部数をはるかに超えた新聞を搬入することが半ば当たり前になっている」として、「こうした商慣行が原因で配達されないまま、販売店に残った新聞のことを『押し紙』と呼ぶ」と解説しています。
 そして、「押し紙」をめぐる裁判で、「配達されずに残っていた新聞の部数をめぐって両者の間で主張が食い違う」原因として、「実際に配達される新聞と『押し紙』の区別を書類上でつけない商慣行になっている」ことを挙げています。
 また、「新聞社が執拗に『押し紙』の存在を否定する理由」として、
(1)社会的な信用度が企業存続の絶対条件である新聞社が、販売店に対して新聞の押し売りをして、莫大な利益を上げている事実が公になれば、世論の批判を免れないこと。
(2)『押し紙』が独禁法に抵触すること。
の2点を挙げています。
 さらに、販売店が、「多量の『押し紙』を引き受けながら」、経営が成り立つ理由として、「販売店が『押し紙』部数に相応した折込チラシを水増し、しかも、これらのチラシの折込手数料を徴収している」と述べています。
 その上、「『押し紙』によって生じる損失を折込チラシの水増しだけでは相殺できない」ため、「販売店の赤字を、発行本社が補助金を投入することで埋め合わせる」と述べています。
 著者は、「『押し紙』が第一の不正を呼び起こし、折込チラシの水増しが第二の不正を誘発し、さらに裁量による補助金制度が第三の不正の温床となる」として、「新聞社の販売局がブラックボックスといわれるゆえんである」と述べています。
 第2章「『押し紙』の実態」では、「新聞関係者の手で全国規模の『押し紙』調査がなされたのは新聞史の中でたった一度しかない」として、1977年に日本新聞販売協会が実施した「残紙調査」を取り上げています。
 そして、「一般紙の総発行部数が4700万部を優に越える日本の新聞社が腕を組んで、反共キャンペーンを展開すれば、共産党といえども太刀打ちできない」と指摘しています。
 さらに、「押し紙」の実態について、右翼の政治団体・正気塾の中尾征秀郎塾長代行が『スキャンダル大戦争』のインタビューで、東京都の『広報東京都』や『都議会だより」が実際には配達されていないことを、「東京都民の税金」を「騙し取っている」「詐欺」であると語っていることを紹介し、このインタビューが世に出て数日後に、「正気塾の幹部3人が警視庁公安部に逮捕」されるという「不可解な事件」が起きたと述べています。そして、その半年後には、発行元である鹿砦社の松岡利康社長が、別の単行本における名誉毀損で逮捕され、長期拘留されている事態を「明らかに異常だ」と述べています。
 第3章「ABC部数の表と裏」では、日本ABC協会の目的が、「広告の媒体となる新聞及び雑誌の部数並びに分布状況等を公正に調査、確認することにより、広告及び宣伝の合理化を図り、もって国民の文化的生活の向上に資すること」とされているにもかかわらず、その役員構成から判断すると、決して広告主の利益にかなう勢力図にはなってはないない。むしろ新聞社の権限の方が強いような印象を受ける」と述べています。
 そして、「ABC部数を決める実質的な権限を握っているのは誰かという観点から考えれば、折込チラシ水増しの現況は自ずから明らかとなる。それは新聞社である」と述べた上で、広告主の対応が、
(1)正確に折込定数と同じ枚数の折込チラシを依頼する広告主
(2)折込定数よりも少ない枚数を依頼する広告主
(3)折込チラシの配付枚数を折込定数よりも多めに設定する広告主・・・自治体などの公共団体に該当する組織が大半を占める
の3つのグループに分類されるとしています。
 また、「ABC部数を修正すれば、すべてが簡単に解決するようにも思える」が、「広告主が新聞社に対して賠償請求するなどの動きを起こす恐れがある」上、「もし、数年前までさかのぼって補償するように請求されたらパニックになりかねない」と述べています。
 第4章「片務契約と拡販戦争」では、「読売新聞の拡張員」が、「自ら暴力団の組員であることを明かしてから、購読を迫ってきたケースもある」ことや、購読を中止した毎日新聞が投函され続けたことについて、「おそらく販売店に新聞が余っているのだ。『押し紙』である」として、「景品を提供する代わりに無料で新聞を配達し続け、2ヵ月後か3ヵ月後に購読の再契約を迫る」という「販売戦略」であるという著者自らの体験を語っています。
 そして、新聞社と販売店の契約書のコピーを紹介し、「取引先企業が所有している帳簿類の閲覧権を、パートナーが有していることなど普通はあり得ない」と指摘しています。
 また、読売新聞社の理不尽な販売政策に対して、裁判に踏み切った販売店(YC広川)が、
(1)筑後読売会から脱会。
(2)息子(販売店の従業員)は退職。
(3)労災関係は一切、打ち切る。
(4)書類関係は一切、提出しなくてもよい。
(5)1500部ぐらいの店は、本社は捨ててもよい。
(6)今後はYC広川を死に店として扱う。ただし、新聞だけは供給する。そうしないと、自分がお縄になる。
という方針で対抗措置をとられたことを解説し、「販売店と新聞社の商契約は、新聞社が法的に優越的な地位を確保するための役割しか果たしていないのが実情だ」と述べています。
 著者は、「専売店制度の導入こそ、日本の新聞業界がメディア史上で侵した最大の誤りだった」と指摘し、「読者が自分の意思で新聞を選択する機会を狭め」、「ジャーナリズムの母胎であるはずの新聞社を、収益最優先の組織へ変えていった」と述べています。
 第5章「日販協の政界工作」では、「言論機会が特定の政党と関係を持つのは、新聞の公器性を考えたとき、世論の批判を免れない」ため、「新聞販売店の業界団体である日販協が中心になって」政界工作が進められたらしいと述べています。
 そして、「新聞の部数至上主義に走り、激しい拡販競争を展開し、挙句の果てには『押し紙』によってバブルのように膨れ上がった現在の新聞社を存続させるには、グレーゾーンの中で、公権力の顔色をうかがいながら、詐欺的な新聞の商取引を続ける以外に道がない」ことこそが、「新聞社の販売政策が招いた悲劇ではないだろうか」と述べています。
 本書は、毎朝届く新聞を支える「ブラックボックス」を少しだけ覗かせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔は新聞の拡張団と言えば893か苦学生と相場が決まっていたものですが、最近は女性や気の弱そうなサラリーマン風の人もやってきます。警戒されない分だけ成績がいいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・新聞の勧誘におびえた経験のある人。


■ 関連しそうな本

 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』


■ 百夜百マンガ

はだしのゲン【はだしのゲン 】

 今でこそ、道徳の教科書みたいな扱いですが、もともとの漫画としての破天荒さというか、そういう部分があるからこそ受け入れられたのではないかと思います。

2008年4月23日 (水)

ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち

■ 書籍情報

ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち   【ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち】(#1189)

  ロバート・スコーブル, シェル・イスラエル (著), 酒井 泰介 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  日経BP社(2006/7/20)

 本書は、「企業と消費者のコミュニケーションを一新しつつある革命について記したもの」です。著者は、「すべてのブログによって構成されるコミュニティを指す言葉」である「ブログスフィア」を無視したら、「自社の評判がわからない。顧客から学ぶこともできないし、あなたのビジネスや評判を気にしてくれる誠実な人間としての彼らとも出会えなくなってしまう」と述べ、本書が、「この会話になぜ、そしてどうやって参加するのかについての一冊」であると述べています。
 第1章「『悪の帝国』の使者たち」では、マイクロソフトの企業ブログ「チャンネル9」を取り上げ、近年、マイクロソフトに対する敵意が弱まっていると思われる要因として、社員ブログを挙げ、「マイクロソフトの看板を背負っていると、顧客から信頼されない」というジレンマに苦しんだある社員が、2年に1度開かれる「マイクロソフト・プロフェッショナル・デベロッパーズ・カンファレンス(PDC)」では人間どうしのふれあいがあったことをヒントに、「マイクロソフトに必要なのは、人間的な表情を明らかにする何らかのチャネル」であると考え、ビデオ・ブログ「チャンネル9」が実現したことが述べられています。なお、「チャンネル9」とは、ユナイテッド航空の機内オーディオの空きチャンネルで、「フライトの最中にパイロットの声を聞くことができる」もので、「チャンネル9を通してパイロットの様子を聞くことで、不安が解消されていった」経験がヒントになっていると述べています。
 著者は、「ブログがマイクロソフトに対してこれだけのことができるのなら、あなたの会社にとっては、いったいどれだけのことができるか、ぜひ考えてみてほしい」と述べています。
 第2章「ブログはすべてを変えるか」では、「ブログを生んだ小さな出来事の連鎖」が、「仕事に、マーケティングに、顧客サポートに、社内コミュニケーションに、投資家向け広報に、製品開発に、そしてR&Dにさえ、革命的な変化をもたらすと信じている」と述べています。
 そして、「ブログについて最も重要な点」として、『会話ができる」ことを挙げ、「もっとも低コストのコミュニケーション手段でもあるから、わずかな時間と数千との金額で、数千人、いや潜在的には数百万人もの相手と、コミュニケーションできる」と述べています。
 また、「ブログの6本柱」として、
(1)公開性がある
(2)見つけやすい
(3)社会性がある
(4)感染性がある
(5)シンジケート性(配信性)がある
(6)リンクできる
の6つの特性を挙げています。
 第4章「ダイレクト・アクセス」では、ブログを、「ビジネスマンが直接、人々に語りかけられるようにした初めてのツール」であると述べた上で、ブログのあるべき姿が、「未編集の個人の声であるべきであり、集団の考えを代表するものではない」とする考えを紹介しています。
 また、「プロの縁結びの人たちは、どこの業界にもいる」として、「業界でやたらと顔が広く、最新情報に通じている人」を挙げ、ブログの世界における「コネの鉄人」として、アクティブワーズのCEOバズ・ブラッガマンを挙げています。
 第5章「無限のリーチ」では、「成功のためのヒント」として、
(1)語れ、売り込むな
(2)頻繁に投稿し、面白いものを書け
(3)興味のあることについて書け
(4)ブログは費用の節約になるが時間がかかる
(5)人の話に耳を傾けよ
の5点を挙げています。
 第6章「コンサルタント」では、「コンサルタントがブログにとって重要である」理由として、
・ブログをやっているコンサルタントは、限られた地域、もしくはニッチ市場で、カテゴリー・リーダーとしての評判を築いている。
・コンサルタントはブログを企業活動に生かすエバンジェリストになりつつある。
の2点を挙げています。
 第7章「PR」では、「いまやふたつのPRの流派が並存している」として、
(1)命令型:企業の広報活動は常に一貫しているべきであり、小さな欠点は隠すべきと考える。
(2)耳を傾け、参加する:もっと会話に重点を置いている。
の2点を挙げ、プレスリリースは、「ブログスフィアと伝統的なPR戦術の対立点」であると述べています。
 そして、「どんなPR会社もブログを通じて顧客に強力なサービスを提供し、それによって利益を上げることができる」とするスティーブ・ラベルの言葉として、「最高のPRマンとは、常に良き仲介者なんだ。クライアントとメディアの間を取り持つためのね。ブログは、そのためのこれまでで最高のツールだ」という言葉を紹介しています。
 また、ブログによって生じた「大きな流れ」として、
・ブログはメディアを民主化している
・ブログは企業の透明性を高める
・ブログは伝統的なPRを変える
の3点を挙げています。
 第8章「ブログと文化」では、ブログが「フランスで陽の目を見て、ドイツで遅れている」ことや、日本のビジネス・ブログの大半が、「まるで親しい友人を迎えるようなくだけたスタイルとをとっている」ことなどを挙げ、「ブログの発展には、国の、人種の、企業の、部門の文化が、明らかに影響している。人は、声を上げるように促され、監督者から信用されてまかされれば、ブログを書くようになる」と述べています。
 第9章「バラの棘」では、ブログのデメリットとして、
・企業の文化の問題
・わずか数人が大声を上げているために、現実以上に人気を博していると誤解してしまう――「反響室」
等を上げています。
 そして、「もしあなたの組織文化が閉ざされているなら、ブログの生態系にショックを受ける前に、まず文化の開放から手をつけるべきだ」として、「人の話に本当に耳を傾ける気がないのなら、ブログは文化にそぐわないだろう」と述べています。
 第10章「方法の誤り」では、「従来のマーケティング手法をブログスフィアに単純に持ち込もうとして失敗」した例として、マツダやマクドナルドの例を挙げ、「ブロガーはマーケティング上の小細工をしたブログに対して容赦がない」と述べています。
 そして、フランスの化粧品大手ロレアルの一部門であるヴィシーの例を挙げ、「もし間違ったらブログスフィアは改善の方法を教えてくれる。そしてそれに耳を傾ければ、ブログはおそらく、あなたが目標を達成するために役立つ」と述べています。
 第11章「ブログをより良くするには?」では、「正しくブログをやるための11のヒント」として、
(1)名前と検索エンジン
(2)始める前に、山ほど他人のブログを読め
(3)焦点を絞って単純に
(4)情熱を示せ
(5)正統性を示せ
(6)コメント機能を忘れずに
(7)近づきやすくせよ
(8)物語をせよ
(9)リンクをうまく使え
(10)現実の世界に踏み出そう
(11)李ファラー・ログを使おう
の11点を挙げています。
 第12章「クビにならないブログの方法」では、「ブログを書く上で、自分の会社について知っておくべきこと」として、
・社員がブランドよりも前面に出ることを会社は嫌っているか
・「ひとつの声」政策をとっているか
・会社は「市場は保守的なもの」と思っているか
・あなたの会社は、法務面にどのていど慎重か
の4点を挙げ、「すべてのブロガーは、常に片手で安全弁を握っておくべきである」と述べています。
 第14章「新興技術」では、「ドットコム・バブルの崩壊以来、たいした技術革新は起きていないと思われがちだが、実際にはさまざまなイノベーションがひっそりと進んでおり、その多くはブログやソーシャル・メディアに関係している」として、「もはや、コミュニケーションの時代に入っているのだ」と述べています。
 第15章「会話の時代」では、著者が、「私たちはブログとソーシャル・メディアが企業とその利害関係者との関係をどう変えつつあるのかに焦点を当て続けようとした」と述べています。
 そして、「ブログは一つの時代に終わりをもたらし、新たな時代を開くものになるだろう」と述べています。
 本書は、ブログというツールを切り口に、企業と消費者のコミュニケーションのあり方を捉えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「マイクロソフト=悪の帝国」という図式はネットの世界では「お約束」みたいなところがあって、本気で嫌っている人は一部の人なのかと思ってましたが、やはりご当地のアメリカではビジネスに差し障りが出るくらい影響があるものなんですね。


■ どんな人にオススメ?

・ブログは個人の日記だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 コモエスタ坂本 『ビル・Gからの手紙』
 ウィリアム パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?』 2005年11月11日
 ビル ゲイツ 『思考スピードの経営 - デジタル経営教本』
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 ダン・ギルモア (著), 平 和博 (翻訳) 『ブログ 世界を変える個人メディア』 2006年06月22日 06:00
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日


■ 百夜百マンガ

D・N・A2 FILE1―何処かで失くしたあいつのアイツ【D・N・A2 FILE1―何処かで失くしたあいつのアイツ 】

 未来の世界を変えるために、過去の先祖を操作しよう、というのは「ドラえもん」以来の正統派SFマンガのストーリーですが、子ども100人はすごいなと。

2008年4月22日 (火)

新聞社販売局担当員日誌

■ 書籍情報

新聞社販売局担当員日誌   【新聞社販売局担当員日誌】(#1188)

  崎川 洋光
  価格: ¥1575 (税込)
  日本評論社(2006/12)

 本書は、新聞社において、販売局で、「新聞販売店のコンサルタント的役割を担う」任務を持つ「担当員」について、「認知度は低い」とした上で、「担当員業務を体系的なものにまとめ、広く知ってほしい」という願いから書かれたもので、著者は、「ブラックボックス」に例えられる「販売局の業務内容に、光が差し込むことがあれば」と述べています。
 第3話「新聞販売業」では、「新聞販売業のメリット」として、「朝が早い」、「大雨が降っても配達は中止できない」、「休みも取れない」、「交通事故の危険も多い」というデメリットの反面、
(1)経営計画が立て易い
(2)新聞代金が月内に回収可能
(3)仕入れの苦労がない
(4)在庫管理の必要がない
(5)景気に左右されない
(6)店舗作りが簡単
(7)テリトリーが決まっている
(8)再販売価格維持商品に指定されている。
(9)織り込み収入がある
(10)社との繋がりが強い
の10点を挙げています。
 また、第4話「従業員表彰」では、著者が駆け出しの頃は、「優秀とされるセールススタッフの1ヶ月のカード枚数(購読契約数)」が、「1日平均10枚×30日稼動で300枚」であったのに対し、「現在は1日平均2枚×25日稼動で50枚に落ちている」ことを指摘し、その理由として、「以前は単カード(1ヶ月契約)が大半であったが、最近はしばりカード(長期契約)が主になったためである」と述べています。
 第5話「専売店」では、「すべての銘柄の新聞を1店で取り扱っている新聞販売店」を意味する「合売店」について、「合売制を維持している合売店は、どこの新聞社からもクレームを付けられない普及率、具体的には県単位の各新聞の普及率に合わせた部数を扱っているところが多い」と述べています。
 第7話「増紙経費」では、「新聞社は新規読者にはサービスをするが、長年の固定読者には何もしない」という批判に対して、朝日新聞では、「アスパラクラブ」という会員制組織のサービスがあると述べています。
 第8話「ABC公査」では、「1952年10月にABC懇談会の名称で発足した社団法日本ABC協会が行なう、新聞販売数調査のこと」であると解説しています。
 第9章「押し紙」では、「新聞社が販売店に対し、注文部数より多くの部数を送りつける行為であり、新聞業における特殊指定により厳禁とされている」「押し紙」とともに、「販売店が実際の販売部数を上回る部数を、自らの意思で注文する行為」である「積み紙」を取り上げ、「積み紙」の発生原因として、
(1)名誉
(2)折込み
(3)義理
の3点を挙げています。
 第16話「高校野球」では、「朝日の場合、主催する夏の高校野球は特別だ」として、「県大会開催直前に行なわれる、高校野球連盟(高野連)や地元警察との打ち合わせ。球場整備や観客への対応。試合の経過報告。そして、最近は自粛されているが優勝パレードの設営等等」を挙げています。
 第23話「補助」では、「販売店に対する資金援助のことであり、販売費の中から支出」される「補助」について、「部数に連動させている新聞社が多い」とした上で、「担当員は思いのままに販売費を使用して販売店に補助を出せる、と考えられているようだが、まったくの誤解である」と述べています。
 第27話「新人社長」では、新聞業界が「インテリが作ってヤクザが売る」と揶揄されているが、「昭和40年代には本当にヤクザの販売店長が存在した」ことうを挙げた上で、「目の前の畳にドスを突きつけられ、居直られている」店主を紹介しています。
 第30羽「足跡」では、41年にわたる著者の勤務実態として、
・新聞販売店延訪問店数 964店
・出席結婚式集:157回
・参列葬儀数:参列葬儀数 362回
の3つを挙げています。
 本書は、世の中からよく知られていない新聞販売の現場の姿を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 コンビニなどでも、地域を受け持つ「スーパーバイザー」がいるので、決して他業種と比較して珍しい存在ではないのですが、その閉鎖性ゆえに謎の存在とされてきた「担当員」ですが、新聞社と販売店の関係について、経済学の観点からきちんと分析できたら日本に限らず世界中の経済学や経営学の教科書に扱われそうです。


■ どんな人にオススメ?

・新聞がなぜあれほど執拗に押し売りに押しかけるのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』


■ 百夜百マンガ

なんて素敵にジャパネスク【なんて素敵にジャパネスク 】

 大ヒットした小説のコミカライズ版。テレビドラマになったり、最近になって続編が出たりしているようです。

2008年4月21日 (月)

広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー

■ 書籍情報

広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー   【広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー】(#1187)

  日本パブリックリレーションズ協会
  価格: ¥2520 (税込)
  宣伝会議(2006/12)

 本書は、日本パブリックリレーションズ協会の設立25周年を記念した、「PR業務の発展・充実に寄与する書籍」として、「広報関係者に役立つ有意義なケーススタディを紹介」することを目的としたものです。
 第1章「ヒット商品秘話」では、伊藤園の「お~いお茶新俳句大賞PR」について、発売当時、「お茶はタダで飲むもの」と考えられていて、「金はないけれど何とかならないか」ということでPR会社に相談し、俵万智の『サラダ記念日』いらい、「短歌や俳句がちょっとしたブームになっていた」ことに眼をつけ、「俳句を一般から募集し、受賞作品を製品パッケージに掲載」すれば、「話題づくりにもなるし、受賞した人もうれしいに違いない。俳句はわが国特有の伝統文化だし、緑茶も日本の文化だ」ということで、新俳句大賞がスタートしたことが解説されています。
 また、キシリトールの日本導入のキーパーソンとして、ダニスコジャパンでマーケティングディレクターを務める藤田康人氏を取り上げ、「虫歯予防なら、専門の歯科医の理解を得ることが第一ではないか。歯科医に支持されれば認可に道が開けるだろうし、その効能もクチコミで浸透するはず」と考えたことが紹介されています。そして、「食品添加物であるかぎり、効能をうたえない」という制約に対して、「直接、効能を訴求できないなら、関連する客観的な研究情報や資料をそろえてメディアや歯学界などに発信することで理解を深める」という方策を採ったことが紹介されています。
 さらに、ミツカンの「金のつぶ『におわなっとう』」が、当初は、「気になる匂いを抑えた納豆で、大阪の納豆嫌い層を開拓して間口を広げる」という思惑が外れたものの、「毎日食べるようなヘビーユーザーでも7割の人が大なり小なり臭いを気にしている」ということを発見し、「『気になる臭いを抑えた納豆』を商品化すれば、彼らも朝から心置きなく納豆が食べられる」と考え直したことが述べられています。そして、「2000年9月の発売から2001年1月に至る半年間にわたり、シドニー五輪など話題性のあるイベント、消臭ブームや健康ブーム、伝統食品見直しといったトレンド、季節の話題に絡ませた『広報歳時記』と呼ぶ情報シナリオ」を作成したことを紹介しています。
 この他、シャープの「水で焼く」ヘルシオのデビューに際して、「広報活動や販売活動においても、第三者である研究機関に客観的に効能を実証してもらいながら訴求していこう」という「アカデミックマーケティング」の考え方を採用したことが述べられています。
 第2章「ブランドの創造と回復」では、1997年6月に安居祥策が帝人の社長に就任すると、「広報とIRは経営トップの仕事である」と宣言し、2002年5月には、「当時、8歳の"カトリーヌ"を起用したテレビコマーシャル『だけじゃない、テイジン』」をスタートし、企業イメージの刷新を図ったことが紹介されています。
 また、国際協力機構(JICA)が独立行政法人としてスタートするに当たり、「JICA広報の問題点と解決策について部署を超えて自由に話し合う『広報タスクフォース』」が組織され、「民間企業におけるさまざまな広報活動のケーススタディをもとに、広報に関して一から勉強し、JICAの現状の問題点を共有して」いき、「全員が広報の意義や面白さに目覚め、非常にいいムードになってきた」が、彼らに「若くて行動力はあるけれども、残念ながら決定権がない」ことが問題になったことから、部長クラスを集めた「CI検討委員会」が組織され、さらに、「上の人たちが勝手にやっているんでしょう」という若手を巻き込むため、「若手を中心に自発的な参加を募」った「広報エージェント」を組織したことが解説されています。
 第3章「企業の社会的責任(CSR)」では、資生堂が、「創業以来、常に文化の発信と一体になって事業を進めてきた」ことを紹介し、「CSRの本質は、企業が本業を通じて社会に貢献することにある」として、「資生堂の企業文化活動は本業と不離一体の活動だから、バブル経済が崩壊したときに多くの企業がメセナ活動から脱落していったなかで、資生堂は途切れることなく活動を継続してきた」と述べています。
 また、日本GEが、2003年10月から取り組んでいる「地域に役立つ発明家になろう」プロジェクトにおいて、「日本GEの社員が、小・中学校を対象に行うボランティア活動」として、「GEの創始者であり、発明王として誰もが知っているトーマス・エジソンをキーワードに、生徒たちが自ら、自分の住んでいる地域の問題点を見つけ出し、解決策を"発明"してもらおう」という活動を紹介しています。そして、この活動に当たって、メッセージを、
(1)エジソンを創始者に持つGEが行なう、"発明"をキーワードとしたプロジェクトであること。
(2)物質的な支援ではなく、GE社員の得意分野である問題解決手法やプレゼンテーション手法を用いて、子どもたちの創造力を刺激する活動であること。
(3)学校・ボランティアセンター・企業の三者が一体となって取り組んでいる新しいスタイルの社会貢献活動であること。
の3点にフォーカスしたことを解説しています。
 第4章「コーポレート・レピュテーション」では、2001年にニチレイの代表取締役社長に就任した浦野光人氏が、「企業にとって広報はこれからますます重要になる」と入社時に配属希望を出して以来、30年経って「ようやく広報の仕事にかかわれる」ことになり、「トップとして広報の最前線で活躍できる機会をもらった」と語っていることを紹介しています。そして、企業の不祥事が続発する中で、「メディアを通じたコミュニケーションの重要性を痛感」し、自らも、「主としてクライシス発生時に企業・組織がどう対応するべきかを訓練するプログラム」である「メディアトレーニング」を受けたことが紹介されています。そして、浦野氏は、「広報とは、自社の情報を発信することよりも、社内外の声に耳を傾け、真摯に受け止めることが根本であると確信」していると語っています。
 また、「かつて大人の食べ物であったカレーを子どもの人気メニューへと変えた」ハウス食品が、「いかに、大人たちの目をカレーに向けさせるか」について、PRのコンセプトとして、「健康をキーワードにしたカレーの再評価」に注目し、「単なる日常の食品としてしか捉えられていなかったカレーに、『健康効果』や『効能』という付加価値を改めて見出してもらう」ため、「カレーの健康に関するファイルをきちんと整備し、それを発信する基地をハウス食品ではなく、『カレー再発見フォーラム』と命名された情報発信母体をつくって、そこからメディアに新しいカレーの魅力情報を発信していこう」となったと述べています。
 第5章「啓発・啓蒙キャンペーン」では、一般的PR活動の要件である、
(1)的確な状況分析
(2)PR活動のゴール目標の設定
(3)シナリオ設定
(4)コミュニケーション対象者層の明確化
などのほか、
(5)納得や合意、支持を得るためにメッセージの説得力の強化
(6)対象者を巻き込む"仕組みづくり"
に留意する必要があると述べています。
 そして、日本漢字能力検定協会が、1975年11月の日本漢字能力検定のスタート以来、「その普及と認知で絶大な効果をもたらした」ものとして、1995年からはじめられた「今年の漢字」イベントを取り上げ、「たった一字の漢字が、見事に世相を射抜いていて、『今年の漢字』からさまざまなことが想起される」と述べています。
 また、環境省のクールビズ・スタイルのPRにおいて、小泉総理と小池環境大臣という「史上最強のPRパーソン」を得て、「地球温暖化に本気で取り組むのだという姿勢を、国民にわかりやすく伝えてくれたことで、活動は一気に動きはじめ」たと述べています。そして、第1期目の温暖化防止キャンペーンが、「楽しみながら広がる」「参加することで考える」、そして「企業には、本業でビジネスチャンスを広げることができる」というコンセプトを貫いていたと述べ、「WIN-WINの関係を作り出せてこそ、実効があがる」と解説しています。
 第6章「地域活性化」では、浦安市の「ゴミ減量・再資源化啓発プロジェクト」を取り上げ、1991年から指導した「ビーナス計画」が、「静脈を意味するvenousと愛と美の女神Venusの2つの事柄を表して」いると解説したうえで、市民をメンバーに加えた「ビーナス委員会」が、
(1)ゴミを減らそうという「気持ちの参加」
(2)一人ひとりが自分の範囲内でできることをやろうという「できることへの参加」
(3)市民の要望を反映させる「システムづくりへの参加」
(4)市民の積極的な協力と持続を図る「システム運用への参加」
の4つの「参加」をキーワードに、「自分たちの毎日の生活にかかわる基本的な問題としてゴミの減量やリサイクルを考えてもらおう」としたことが述べられています。
 本書は、PR会社が自分たちの事業成果自体をPRに使おうというものではありますが、具体的にPRを考えさせてくれるという点でよくまとまった一冊です。


■ 個人的な視点から

 業界の人が自らの業界の成功例を載せているだけに、眉唾や話半分で聞かなければならないと思ってしまうものの、やっぱりいい話には心を惹かれてしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・PRとは宣伝のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 アル・ライズ, ローラ・ライズ, 共同PR株式会社 『ブランドは広告でつくれない 広告vsPR』 2008年01月26日
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』 2006年11月13日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日


■ 百夜百マンガ

王家の紋章【王家の紋章 】

 昔からの名作にして、現在も名作。こういう、「読む側も完結を期待していない作品」というか、ずっとこの世界観にひたり続けていたい作品というのはあるものです。

2008年4月20日 (日)

官僚とメディア

■ 書籍情報

官僚とメディア   【官僚とメディア】(#1186)

  魚住 昭
  価格: ¥720 (税込)
  角川書店(2007/04)

 本書は、「メディアと権力の接点で起きている出来事ばかりを取材してきた」元共同通信記者の著者が、特にジャーナリズムの現場で働く人々に「メディアはだれのものか」を改めて問いかけているものです。
 第1章「もみ消されたスキャンダル」では、安倍晋三前首相の就任直後、「安倍の地元事務所と暴力団関係者の関わりを浮き彫りにし、事件の全体像を描き出す」という「山口県下関市の安倍邸や地元事務所に火炎瓶が投げられた事件をめぐる記事」の出稿にストップがかかった事件を取り上げ、共同通信幹部にとって、平壌支局開設直後で、「安倍首相の反応に神経を尖らせていたことが大き」かったと述べています。
 第2章「組織メディアの内実」では、「かつての共同通信は日本で最も自由な報道機関」と言われていたが、「元首相竹下登の金庫番と言われ、リクルート事件の最中に自殺した青木伊平の生涯」を追った連載の単行本への収録をめぐって上層部と対立する著者の様子が描かれています。そして、「一時は会社を辞めようかと思い詰め」ながらも、結局は泣き寝入りし、半年ほど、「テニスクラブに通ったり、パチンコをしたりして時間を潰し」て「サボタージュ」を続けることで、「組織の論理から抜け出すことができたという解放感」から「以前よりずっと幸せな気分になっているのに気づいた」と語っています。
 その後、京都支局デスクへの異動を命じられ、若い記者たちと一緒に働くうちに、いつの間にか「内心軽蔑していた大阪支社や本社の連中と同じように、いや彼ら以上に小さなミスをおそれ、細かい、くだらないことにこだわるデスクになっていた」自分に築き、「このままいけば自分場自分でなくなってしまう」という恐怖から共同通信を辞め、フリーのライターになった経緯が語られています。
 著者は、共同通信を辞めて1年後、当時の読売新聞社長、渡邉恒雄の評伝取材の仕事に取り掛かり、10時間に渡る本人のインタビューを読み返す中で、「テーマはこれだ」と思えるようになったものとして、ナベツネ氏が、読売のトップに駆け上がるきっかけになった、昭和40年代に「大手町の国有地の払い下げを受けるときの政府との交渉で活躍したこと」と、「昭和50年(75年)の中部読売新聞社ダンピング事件で公正取引委員会が同社の不当廉売を立件する際、政界などに働きかけて公取委の動きを抑えようと画策したこと」の2つの出来事について、「ナベツネ氏の頭の中には、自分の会社の利益のために政府に圧力をかけるのは、報道機関の禁じ手なのだ、という意識がまったくない」ことに気づき、自分も共同通信時代に「ナベツネ氏の小型版を見ていた」事に気づき、「ナベツネ氏の連載で自分が何を打つべきなのかがようやく分かったような気がした。読売新聞にも、共同通信にも共通する腐敗の構造、それをえぐりださなければならないのだ」と述べています。
 第3章「悪のトライアングル」では、日本中を震撼させたマンションなどの耐震データ偽装問題をめぐって、取材を通じて、「ヒューザー幹部や設計事務所長たちが構造計算の実務にあまりに無知なこと」が、「建築界の実態なのだ」と気づき、「構造設計者とその他の建築関係者たちの間に横たわる専門知識の溝は驚くほど深い」と述べています。
 そして、姉歯建築設計事務所が行った偽装が、当初は木村建設からのプレッシャーなどよりも、「時間がなく、とりあえず(構造計算書を確認機関に)出した。後で差し替えようと思っていたので、単純な偽造だった」という簡単なもので、「建築確認の際、意匠や構造に関する図面や計算書を同時に出すことになっているが、実際に構造審査が始まるのは意匠審査が終わった後」なので、「当初は適当にダミーの書類を提出しておき、『意匠』審査の間に正規のものを作成して、構造審査の呼び出しがあったときに差し替える」ということについて、「おそらく姉歯さんは意匠審査の間に正規の書類を作って呼び出しがかかったら差し替えようと思ったんでしょう。そうしたら呼び出しが来ずに差し替え前の書類が通っちゃった」という業界関係者の証言を紹介しています。
 著者は、「耐震偽装事件の真相が姉歯の個人犯罪だったことは、私の取材でも疑問の余地がないほど明らかになった」にもかかわらず、「なぜ『悪のトライアングル』という間違った事件の構図が作られてしまったのか」について、耐震強度偽装事件の翌年に拓かれた「耐震偽装事件に何を問うべきか――本当の黒幕は誰だ――」と題したシンポジウムで、
「国交省が『震度5で倒壊のおそれ』と発表したが、なぜそんなことが言えるのか? もし、間違っていたら、国交省がやったことは計算書偽造よりもはるかに大きな犯罪になる」
「『強度0.5以下の建物は取り壊し』の方針にはまったく根拠がない。取り壊しの決まったホテルやマンションには耐震補強で対応できるものがたくさんあるはずだ」
「この事件に黒幕はいない。あほな役人が烏合の衆のエンジニアを集めてワーワー騒いでいるだけ。それにマスコミが乗って何がなんだかわからなくなっている」
などの、「研究者や実務家から国交省に対する厳しい批判が相次いだ」ことを取り上げています。
 そして、「姉歯だけでなく、小嶋や木村建設の幹部たち、それにイーホームズ社長の藤田らが逮捕」されたことについて、「彼らは事件の被害者であって、姉歯の反抗にはまったく加担していない。あれほど大胆な耐震データ偽装が行われているとは夢にも知らなかった」として、「社会的あるいは道義的責任がある」が、「刑事責任とは別の位相のものだ」と述べ、「当局が当初描いた事件の構図」も「『悪のトライアングル』による組織的な詐欺事件」だったが、「すべての証拠が『姉歯の個人犯罪』を指し示しているということが次第に分かってきた」ため、「本来なら、真相に気づいた時点で捜査本部の体制を縮小し、姉歯一人の立件で操作を終えるべきだった」が、「東京地検や警視庁はそうしなかった」理由として、
(1)「悪のトライアングル」の構図を信じ込むマスコミや世論がその結論を歓迎しないことが目に見えていたこと。
(2)いったん大がかりな人員を投入した以上、理由はどうあれ、何も成果が上げられなければ、彼らの官僚としての地域や評判に傷がつくと考えたこと。
の2点を挙げ、「事件関係者の身柄を拘束して、見せしめにするためのあからさまな別件逮捕」であり、「彼らが事件に関係して世間を騒がせたこと、あるいはマスコミ世論の指弾を受けたこと自体とけしからんとする『ケシカラン罪逮捕』である」と述べています。
 著者は、この事件の構図を、「報道が悪のイメージを作り出し、そのイメージに乗っかって当局が罪人を作り出す。その結果、人々の目は最も肝心なところからそらされていく」と述べ、「この事件で問われるべきは国交省の官僚たちの責任だった」として、「建物の安全を支えるはずの建築確認システムが完全に形骸化し、機能しなくなっていたということ」を事件があらわにし、「国交省の官僚たちはおそらくそのことに薄々気づきながら、何の手も打たずに放置してきたのだろう」と述べるとともに、彼らが、「1998年の建築基準法改正に際して検査業務の民間委託と限界耐力法の導入によって建築確認システムを破綻させた」ことを指摘しています。そして、国交省の官僚たちが、「自らの責任回避に成功した」のは、「事件発覚から強制捜査着手までの約5ヶ月間、メディアを通じて流された情報の大半は国交省を発信源としている」として、国交省の情報操作を指摘しています。
 第5章「情報幕僚」では、記者クラブ制に関して、「事件記者たちが当局の捜査を批判する記事のスタイルを持っていないのは、日本のメディアの報道が『客観報道主義』に基づいているから」であるとして、「記事のスタイルはこの客観報道主義に基づいて交通事故や窃盗事件から誘拐殺人のような大事件に至るまでそれぞれに応じて決められて」いることを指摘しています。
 そして、「記者たちの多くが官庁の中に設けられた、閉鎖的な記者クラブに所属し、そこで役人のレクを受けたり、役人宅に夜討ち朝駆けをかけたりして情報を取る」なかで、「官庁情報をいち早く簡潔に、しかも正確に記事化すること」が要求され、「そんな作業を長年続けていると、知らず知らずの間に官庁となれ合い、官僚と同じ目線で社会を見下ろすようになる」と指摘しています。
 また、著者自身の体験談として、東京社会部で事件記者にとっての桧舞台である検察担当になったときに、ヒラの検事たちに接触し、「特捜部内に2人の有力な情報源」を持つことができ、彼らと情報交換を繰り返すうちに、「いつのまにか彼らのインナーグループの一員になっていた。彼らに情報を提供し、彼らの捜査に協力しながら、自分の仕事に必要な情報をもらっていた」と語っています。
 そして、著者が、共同通信の記者を目寝る直前に手がけた『沈黙のファイル』の取材で、太平洋戦争開戦前夜の参謀本部作戦課の内情を調べた際に、「あのとき新聞の論調はわれわれが弱腰になることを許さなかった」という元参謀の証言に出会い、「それまで新聞は軍部の圧力に屈して戦争に協力させられたのだと思い込んでいた」著者は衝撃を受けたと述べ、「彼ら新聞記者たちは政官界の随所に濃密な人間関係を儲けて食い込み、情報を物々交換することで、あるいは情報を通過のように利用することで密着度を高めながら、実態としては情報提供者・情報幕僚としてふるまい、時としては政治ブローカーのごとき役割も果たしていた」ということを、「かなりの確信を持って言うことができる」と、検察庁における自分自身の立ち振る舞いに照らしながら語っています。
 著者は、「情報には魔力がある。それがディープ名ものであればあるほど情報の出し手と受け手の一体感が強まり、それに伴なって受け手の出し手に対する批判的な目は失われていく。もっとありていに言えば、記者は無意識のうちに自らの情報源に跪いてしまう」と述べています。
 第6章「検察の暴走」では、「特捜検察は今ブレーキの壊れた車のように暴走し始めている」と述べ、ライブドア・村上ファンド事件に関して、「一見華やかでも、操作の中身は疑問だらけだ。これほど無理筋の経済事件は戦後検察しにもほとんど例がない」と指摘しています。
 そして、「情報をエサに新聞やテレビを味方につければ、検察が批判されることはほとんどない」として、「検察は自らの威信や影響力を保つために次から次へと事件を摘発しなければならないという自転車操業的体質をこの十数年で身につけてしまった」ため、「検察組織の劣化は急激に進んだ」一方で、「『この国を統治するのは俺たちだ』と言わんばかりの権力的な自意識だけが肥大化した」と指摘しています。
 第7章「NHKと朝日新聞」では、「日本のメディアの現状を最も端的に示したのは2005年1月、朝日新聞の報道で明るみに出たNHK番組改編問題だった」とした上で、「この番組改編劇にはかなり巧妙な仕掛けが施されている」として、「松尾や野島らNHK幹部たちは安倍に呼びつけられたのではない。安倍ら『若手議員の会』のもとに出向くよう仕向けられたのである。そして『仕掛け人』が目論んだとおり、安倍らの意向を敏感に察知して、制作現場に改変を命じたのである」と指摘しています。
 そして、「この問題ほど日本のマスコミの異常さを内外に知らしめたものはない」とした上で、「その政治的圧力がなかったかのような報道がまかり通る原因を作ったのは当の朝日新聞である」と指摘し、朝日の本田記者らは、「自分の組織に負けたのである」と述べています。
 また、番組改編問題が明るみに出る約3ヶ月前に起きた「辰濃事件」の際の朝日の処置が、ネックになっていたと指摘し、「管理を強化し、効率化を追求すればするほど組織はガタガタになる。もうそろそろメディアの経営陣はそのことに気づいていいはずだ」と述べています。
 第8章「最高裁が手を染めた『27億円の癒着』」では、「産経新聞大阪本社と千葉日報社の2社が最高裁と共催した裁判院制度のタウンミーティングでサクラを動員していた」事件について、「この問題には見えないカラクリが潜んでいるのではないか」と直感したとして、「最高裁とパイプを持ち、日本最大の広告代理店・電通の大株主であるうえ両新聞社に記事を配信している共同通信社しかないのではないか」と推測しています。
 また、タウンミーティングの開催結果を伝える特集記事と最高裁の裁判員制度についての5段広告について、「事前広報及び事後広報」と「実施主体の中立性」がポイントになるとして、「官庁や裁判所とは一線を画し、独立した新聞者の編集権に基づく特集記事だと思い込ませ、裁判員として参加するのが国民の義務だという空気を醸成することができる」という「実施主体の中立性」を全面員出しながら、「全紙が同じ企画で詳報を載せている」ことは、「あらかじめ電通が『特集10段・広告5段』と指定しているためだ」ということは「電通の仕様書を読むとすぐにわかる」ことを指摘し、「質の悪い企業が読者を騙して新商品を買わせようとするときに使う"偽装記事"(記事を偽装した広告)と同じ手法が使われている」今年糾弾しています。
 そして、「こうした偽装記事と広告の抱き合わせ方式が実行されたのはこれが初めてではない」として、共同通信が10年以上前から、「社内で『パックニュース』と呼ばれる特殊な企画記事を加盟紙に配信」していて、「株式会社共同通信社(報道機関である社団法人共同通信者の関連会社)が電通と連携しながら始めたサービス」であることを明らかにしています。
 また、電通が最高裁に提出したタウンミーティング「仕様書」には、「新聞者の編集関係者の意識を高めてもらい、執筆意欲を喚起する」とするとともに、「地域オピニオン層の巻き込み」を図るとしていること、「コーディネーターとして地元新聞者の論s熱意員・編集関係者などを立てることで、司法及び裁判員制度に対する正しい理解に基づく、前向きな地域世論の醸成を図る」とあり、「ここからは報道機関である地方紙や共同通信を政府の広報機関として利用しようという電通の意図が明確に読み取れる」ことを指摘しています。
 さらに、裁判員制度について、「当の裁判官たちの大勢が内心では受け入れがたいと思っている制度だからこそ、最高裁は電通と結託した大がかりな世論誘導プロジェクトを仕掛けなければならなかったのではないだろうか」と述べています。
 本書は、メディアと「当局」とが、互いに力を及ぼしながら世論がエスカレートし、事実が隠されていくメカニズムを解き明かした一冊です。


■ 個人的な視点から

 悪い本ではないですが、何となく読みづらいと感じてしまうのは、本書のテーマが「権力とメディアの関係」であるにもかかわらず、おそらくは叩きやすい権力の代表としての「官僚」を持ち出してきたタイトルのせいではないかと思います。たしかに「官僚」でも間違いではないのですが、官僚制の問題を扱っているわけでもなく、焦点がぼけて感じるのはもったいない限りです。


■ どんな人にオススメ?

・メディアの人間がいかに権力に取り込まれるかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 魚住 昭 『国家とメディア―事件の真相に迫る』
 魚住 昭 『渡邊恒雄 メディアと権力』
 魚住 昭 『特捜検察の闇』
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日


■ 百夜百音

九ちゃんとパラキン【九ちゃんとパラキン】 坂本九ほか オリジナル盤発売: 2005

 先週、パラキンのボーカルだった佐野修さんのステージを見る機会に恵まれましたが、70歳を超えてステージの上で走りまくりながら歌う若々しい姿と、客席を見事につかむ存在感はさすがだと思いました。

『レア・コレクション』レア・コレクション

2008年4月19日 (土)

ディック・ブルーナさんの絵本のつくりかた―ミッフィーはどうやって生まれたの?

■ 書籍情報

ディック・ブルーナさんの絵本のつくりかた―ミッフィーはどうやって生まれたの?   【ディック・ブルーナさんの絵本のつくりかた―ミッフィーはどうやって生まれたの?】(#1185)

  みづゑ編集部
  価格: ¥1890 (税込)
  美術出版社(2007/03)

 本書は、1955年の誕生以来、世界中で50年以上も愛され続けている「ミッフィー」とその産みの親であるディック・ブルーナさんを紹介していているものです。
 1955年の誕生時には、「素朴なタッチ」で描かれていたミッフィーは、後に新しく描き直され、「わたしたちのよく知っている形」になったことが、新旧の絵を比較して紹介されています。
 また、「くまのボリス」について、ブルーナさん自身が「自分とよく似た性格をもっている」と語っています。
 「ブルーナさんに聞きました」では、「ミッフィーが、たくさんの人に愛される理由」は、「ミッフィーがシンプルで、あたたかで、正直で、ヒューマニティがあるから」だと答えています。そして、絵本の登場人物たちが、常に正面を向いている理由を、「読者と真っ直ぐに正直に向き合うようにしたい」からだと語っています。
 また、ミッフィーが生まれたきっかけが、夏の休暇で海岸に出かけたときに見かけた走り回っている野うさぎに、長男のシルク君が大はしゃぎしたので、ブルーナさんが毎晩「子うさぎの物語を即興でつくって」きかせたことから、「このお話を絵本にしたらどうだろう」と思い立ったことだったと述べられています。
 さらに、『ミッフィーとメラニー』や『ボリスとコー』が、「たとえどんなところに住んでいても、肌の色が違っても、友達になれるし、とっても親しくなれる」というメッセージが込められていることが語られています。
 「ミッフィーの描きかた」では、「"これだ"と思う瞬間」を求めて、「ワンシーンを描くために、100枚以上もスケッチすることがある」ことや、「一気に線を引くのではなく、点を重ねるように、ゆっくりと描いていく」こと、「1ページに載せる文章は4行だけにすること。そして、2行目と4行目の最後の言葉で、いつも韻を踏んでいること」、描きあがった作品を発表するかどうかは「奥様のイレーネさんをスタジオに呼んで、必ず意見を聞く段階を設けている」ことなどが語られています。
 また、「通常、カラー写真などを再現する場合は、CMYKの4色のインキ」を使うが、「ブルーナさんの絵本では、ブルーナカラーとして特別に調合されたインキが使用」されることが解説されています。そして、最初は、赤、青、黄、緑で表現していたブルーナさんが、1967年の『ABCってなあに』ではじめて灰色でうさぎを描き、1969年の『こいぬのくんくん』で描いたスナフィーで茶色を使うようになり、現在では、この6色のみを使用していることが解説されています。
 「ブルーナスタイルができるまで」では、ブルーナさんが自分自身をグラフィックデザイナーであると捉え、「グラフィックデザイナーと同じように、物事を整理し、クリアにしようとディレクションしている」と語っています。
 そして、若き日のブルーナさんが、出版社経営の研修のために訪れていたパリでモダンアートに出会い、南フランス・ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂で、「マティスが晩年、体調がすぐれない中で精魂込めて手がけた」教会を見たことで、「絶対に描きすぎてはいけないこと、複雑にしてはいけないこと」を学んだことが解説されています。
 「ブルーナさんに教えてもらったこと」では、ひびのこづえ、セキユリヲらの日本のアーティストがブルーナ作品について語っています。
 そして、ブルーナさんが日本の絵本作家の中で、安野光雅を好きな絵本作家としてあげています。
 「ブルーナさんが生まれた街、ユトレヒトを訪ねて」では、2006年にオープンした美術館「ディック・ブルーナ・ハウス」を紹介し、街中のミッフィーの形をした信号機などもあわせて紹介しています。
 本書は、ブルーナ作品が好きな人ならぜひ手元においておきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 昨年の夏に、「ミッフィーとあそぶ夏休み 美術館に行こう! ディック・ブルーナに学ぶモダンアートの楽しみ方」を見に行ってきたのですが、その内容と多少かぶっているような気がしています。
 本で見るのも楽しいですが、美術館の方が楽しいです。


■ どんな人にオススメ?

・ミッフィー好きな人。


■ 関連しそうな本

 ディック・ブルーナ 『ディック・ブルーナ ぼくのこと、ミッフィーのこと』
 ディック ブルーナ 『ブルーナミュージアム―ミッフィーのすべてがわかる』
 芸術新潮編集部 『ディック・ブルーナのデザイン』
 Joke Linders 『Dick Bruna』
 Dick Bruna 『Miffy』
  『ディック・ブルーナのすべて』


■ 百夜百音

Clara Rockmore's Lost Theremin Album【Clara Rockmore's Lost Theremin Album】 Clara Rockmore オリジナル盤発売: 2006

 何にも触れず演奏している姿は初めて見るとびっくりしますが、電子楽器とは思えない人の声のような音色は他の楽器ではなかなか真似できません。
 そう言えば、テルミンのキットが昔イシバシ楽器で売ってたような気がします。

『Music from the Ether: Original Works for Theremin』Music from the Ether: Original Works for Theremin

2008年4月18日 (金)

メディアは戦争にどうかかわってきたか 日露戦争から対テロ戦争まで

■ 書籍情報

メディアは戦争にどうかかわってきたか 日露戦争から対テロ戦争まで   【メディアは戦争にどうかかわってきたか 日露戦争から対テロ戦争まで】(#1184)

  木下 和寛
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2005/6/10)

 本書は、「メディア(media)、経済(Money)、軍事(Military)」の「3つのM」が、「互いの相乗効果でその国の地位と発言力を押し上げてきた」として、「メディアがどのように『戦力あるいは国力』となってきたか。戦争や紛争の際に、どうその威力を発揮してきたか。またその際、政府・軍当局とメディアはどのような関係にあったのかを検証して、ジャーナリズムのあり方を考える」ものです。
 第1章「メディアの参戦――日露戦争・第一次世界大戦」では、「日露戦争が、世界史上でもエポックメーキングな闘いだった」として、「メディアが国際政治を左右するパワーを発揮した、最初の大戦争でもあった」と述べています。
 そして、日本の各軍司令部が、「内外の従軍記者を邪魔者扱い、あるいはうさんくさい目で見て取材機会を与えず、情報提供もろくろくしてこなかった」ことを指摘した上で、1905年5月27日の日本海海戦によって、ロシアのバルチック艦隊が壊滅した時点で、「声高に日本の勝利を宣言して講和を促した」のが、「英国を中心とした欧米メディアだった」ことについて、「日本が絶体絶命の淵に立とうとしていたとき、欧米のメディアが『日本の勝ち』と判定した上で講和会議の開催を促進してくれた」と述べています。
 一方で、「講和会議の結果はロシアの大逆転勝利となった」として、「ロシア側勝利の最大の力となったのは米国を中心としたメディアの力だった」と述べ、ロシア側のウイッテ全権が、「最初から米国を始め世界の世論を見方に付けて交渉を乗り切ることを考え、記者または元記者の新聞通信担当官を3人も随員に加え」、「記者たちに次々と情報をリークしてロシア側に有利になるよう誘導した」のに対し、「日本側小村全権は記者たちに木で鼻をくくったような態度を続け」たと解説しています。
 著者は、「日露戦争は欧米のメディアによって注視され、その報道によって帰趨を定められた」として、その背景に、「有力メディアが組織・システムの面でも通信手段の面でも世界をカバーする報道を行なえる力をつけた」ことを指摘しています。
 そして、「情報が多くの人々に提供されることで『世論』が作られ、政府当局もこれを無視できなくなってメディアの影響力は増大する」ため、「指導層や政府当局は、次第にこの利用を図るようになる」と述べています。
 また、日露戦争の約十年後の第一次世界大戦では、英米の新聞が「暴虐ドイツ軍」として、伝えた記事の多くが、「のちにまったくの作り物であるとされている」として、「両手を切られた赤ん坊」の目撃談等の検証をしています。そして、「こうした非道・残酷な話はほとんどが後に否定されるが、そのときには敵愾心を煽るという役割を果たして終わっていた。否定されても、いったん刷り込まれた不信感は、なかなか消えなかった」と述べています。
 著者は、「日露戦争時には客観的な報道スタイルをとる姿勢を見せていた欧米メディアだが、第一次世界大戦に際して、特に開戦後はプロパガンダ合戦の一翼を担ってしまった感が深い」と述べ、「第一次世界大戦は、メディアが戦争に『参戦』し、国家がその有用性に目覚め、本格的に利用を図り始めることになった闘いであった」と解説しています。
 第2章「新媒体の登場――第二次世界大戦前夜」では、メディアの世界における「強国」が、「第一次世界大戦までにほぼ形成されていた」として、英国、ドイツ、フランス、米国の4国を挙げ、「中でも英国と米国は突出していた」と述べています。
 そして、1920年、ワルシャワ郊外のビスワ河畔で、ソビエト軍をワルシャワ防衛軍が撃退した「ビスワ川の奇跡」が、「欧米主要国の人々に知られることはなかった」ことについて、もし、「その意味合いと戦況が詳しく報道されていれば、英米の市民がポーランドとその公民についての知識を敬意、共感を育て、各国のメディアもこの国への注目を続けた可能性が大である」と述べ、1939年のナチス・ドイツ軍によるポーランド侵攻と、1944年のワルシャワ蜂起の「二度にわたる『見殺し』を各国の世論は許さなかったのではないだろうか」として、「ポーランドの悲劇は世界に対する情報発信能力の欠如に一因があったのではないか」と分析しています。
 一方で、フィンランドについては、ソ連-フィンランド戦争において敗北しながらも、「ソ連軍に国土全域を占領されることはなかった」理由として、「報道を通じてい国際社会の注視を受けていたことが大きく影響していた」と述べ、ヘルシンキの「ホテル・カンプ」にも受けられたフィンランド外務省が設けたプレスルームから、「世界にフィンランドの戦いを伝え、同情的な世論を形成していた」と解説しています。
 また、日中戦争に際して、「中国側で日本の運命を決定づけたとも言える女性」として、「大日本帝国を国際的に孤立させ、滅亡に導いた」宋美齢を挙げ、彼女が「留学中に築いた人脈と米国人の宋美齢に対する親愛感は、中国の立場を世界に主張する大きな力となった」と述べています。
 第3章「電波が左右――第二次世界大戦」では、無線通信とレーダー、ラジオなどを挙げ、「実践でもメディア戦でも、電波が巨大な存在となったのが第二次世界大戦であった」と述べています。
 そして、ゲッペルスがチャーチルに対して、異常なばかりの敵意を示したことについて、「BBCとチャーチルの組合せが生み出す巨大な影響力を正確に認識し警戒したことに加え、彼自らが築き上げてドイツこそ世界一を自負したラジオによる宣伝戦で、英国が攻勢に出てきたことに対する焦りといらだちもあったようである」と述べています。
 また、ゲッペルスが英国の戦時宣伝を「宣伝見習生」とあざ笑っていたが、その真の敵手はチャーチルではなくルーズベルトであり、「自主性と自発性、自由な競争があってこそメディアの力は発揮される。強権によってでは真に効果的なメディア活用はできない」として、「ルーズベルトはその機微を知り、柔軟に巧みにメディアを利用した」と述べ、「ゲッペルスがけたたましく吹き鳴らすばかりで聴衆をうんざりさせるトランペッターとすれば、ルーズベルトは繊細な音色で聴衆から思い通りの反応を引き出すバイオリンの名手にたとえられる」と評し、「日本は、見習生のレベルにも遠く及ばなかった」と述べています。
 第4章「アメリカ合衆国の挫折――朝鮮戦争まで」では、「英米軍、とりわけ米軍は、従軍する特派員を厚遇していた」として、「まだ占領状態に置かれていた敗戦国日本の記者でさえ少佐の待遇をしていた」と述べています。
 しかし、「戦況不利が検閲強化に影響していたのは確実である」として、「多くの者が何事でも軍の言うとおりをそのまま書こうとした。軍の文書というより広告文といった方がよく、しかもしばしば誤った内容の配布資料によって記事を書いた」という指摘を紹介しています。
 第5章「テレビの登場――ベトナム戦争(1)」では、「米国がベトナムから手を引かざるを得なくなった背景にメディアの力があったのは間違いない」が、「それは『背後からの一突き』だったのだろうか」と述べ、「テレビが反米、反戦運動に影響を与えたことは間違いないだろう。だが、その影響力は実態異常に大きく見られたところもあったようである」と述べています。
 第6章「米国の敗北――ベトナム戦争(2)」では、「ベトナムで取材する米国記者が通過する5つの段階」として、
・第1段階=この戦いは勝ち抜ける。やるのだ――
・第2段階=やれる。ただし、これまでのところは成果はあがっていない――
・第3段階=やれるかどうか、定かでなくなった――
・第4段階=ことを台無しにしているのはベトナム人だ。米国人ではない――
・第5段階=もう駄目だ。めちゃくちゃだ――
5つの段階を紹介しています。
 そして、「反戦運動の高まりと交渉での解決に向けて、強く背中を押したのがメディアによる報道であり、ここではテレビの力がきわめて大きかった」と述べています。
 また、「米軍当局が流し続けた楽観的な見通しは『ごまかし』ばかりではなく、当局自体もそれを信じていたフシがある」と指摘しています。
 第7章「英国の反攻――フォークランドの戦訓」では、フォークランド諸島をめぐる戦いで」「英政府と軍当局はベトナム戦争の戦訓を十二分に活用」し、ここで生み出された「フォークランド方式」が、「政府・軍当局にとって好ましいモデルとなり、湾岸戦争をはじめ以降の戦争報道に大きな影響を及ぼしてゆく」と述べています。
 そして、「英政府・軍当局はメディアの戦争報道を厳しく統制した」として、「ベトナム戦争の戦訓研究を踏まえた統制」が、
(1)メディアがアクセスできる取材源をできるだけ絞り込む。
(2)記者・カメラマンを従軍させるが野放しにはせず、軍規に服させる。
(3)ニュース好評の時期決定権は政府・軍当局が握る。
(4)テレビ中継はさせない。
の4点を大要としていたと述べています。
 また、英当局が、「記者・カメラマンの本能とも言える『現場主義』を巧みについて統制に成功した」として、「現場からの新鮮な映像」を必要とするテレビニュースが、「万難を排して現場に行かなければならない」ため、「従軍取材を認めない」という当局の恫喝は、「正確にテレビの弱みを突いた」と解説しています。
 さらに、米国の政府・軍当局が、英国当局の「メディアに対する勝利」に注目し、「今度は米国がフォークランドの戦訓を賢明に研究することになる」と述べ、米当局は、英国のメディア統制を「有用な新しいモデル」として分析し、
(1)戦場への接近、取材を制限する。
(2)映像は好ましくない部分を削除し"消毒"する。
(3)当局に不都合な情報は隠す。
(4)軍事上の失敗・成功に事実と異なる説明をする。
(5)テレビを優先し、新聞の役割を弱める。
という「新しい管理テクニック」を打ち出したと述べています。
 そして、米国が、1989年12月のパナマ侵攻において、「前線への立ち入りを厳しく制限しながら、少数の記者とカメラマンを選抜して代表取材させる」方式である「プール」システムを導入し、「『フォークランド・モデル』によるメディア管理にますます自信を深めた」と解説しています。
 第8章「メディアの敗北――湾岸戦争」では、「ある一国での当局とメディアの力関係は多かれ少なかれ他国にも影響する」として、「『当局連合』側は米国という強力な一翼をベトナム戦争で崩されかけた。これを見て、英国がフォークランド戦争で攻勢に出て『メディア連盟』側を圧迫。この間に米国が戦線を立て直し、83年のグレナダ侵攻、89年のパナマ侵攻で反攻をかけた」末に、「91年の湾岸戦争で、当局側の優勢はクライマックスに達する」と述べています。
 そして、「ブッシュ・シニア政権が目指した戦略・戦術の基本原則」である「意図の秘匿」が、「ほぼ成功し、重要な成果を挙げた」と解説し、「秘密主義を貫く一方で、報道機関を威嚇し、懐柔し、分断した」として、「自主的な規制」「われわれの部隊を保護するため」というキーワードによって「報道を縛り続け」、「メディア側は米兵の生命を守るという大義名分に抵抗できなかったし、無視して報復されるのを恐れた」と述べ、「とりわけ怖かったのが、取材の『プール』から外されることだった」と解説しています。
 著者は、「プール」システムについて、「圧力をかけ、『蛇口』を絞り、内部からの情報漏れを厳重に防止する一方で、情報を選択的に公表したり漏らしたりして報道を誘導した」と述べています。
 また、「イラク軍による『蛮行』や『虐殺』の告発は、多くが誇張であり、あるいは捏造されたものだった」として、イラク軍がクウェート市内の病院の保育器から未熟児を放置し、多数を死に至らしめたとの情報が、「事実に反していた」と報じられたことや、イラクによる「環境テロ」の象徴として報じられた油まみれの海鳥の映像が、「イラクのタンカーに対する米軍の航空攻撃によって流れ出したもの」であったことなどを挙げています。
 そして、「湾岸戦争で過程のテレビ画面に届けられる『戦場からのメッセージ』」の大半が、「国防総省による国防総省のためのニュース」であり、「国防総省(ペンタゴン)とテレビジョンの合成語」である「ペンタビジョン」と呼ばれたとして、「その威力は、米国民の戦争に対する疑問や反感を効果的に抑制したばかり」ではなく、「報道は、欺瞞作戦の道具となった」として、その典型的な例として「幻の上陸作戦」を挙げ、「米海兵隊によるクウェート上陸作戦をうかがわせる情報やデータを流した」と述べています。
 さらに、米国のプロパガンダ戦での「唯一の『強敵』」として、ピーター・アーネットのCNNを挙げ、「ベトナム戦争取材でピュリッツァー賞を受けた歴戦のリポーターは、再び米当局の発表に疑問符を突きつけた」と述べた上で、「湾岸戦争時のアーネットは、"孤軍"だった。彼の報道は米国の世論を大きく動かすには至らず戦争終結を迎える」と述べています。
 また、「日本の資金拠出がなければ、多国籍軍が湾岸に展開することはできなかった」にもかかわらず、「資金拠出による貢献は不当なまでに低く扱われた」として、「日本政府の対外PR能力の低さが大きく影響した」と指摘する一方で、「あざといばかりの宣伝戦を展開して『勝利』を勝ち取ったのがクウェートだった」として、1990年10月10日の米下院での「公聴会」での、「少女ナイラ」の証言が、世界に流され、「イラクとサダム・フセインに対する米国民の敵意をかき立てた」が、この「ナイラ」は、「実は駐米クウェート大使サウド・ナシル・サバハの娘ニジラ・サバハであり、彼女の証言はまったくの虚偽であった」ことが1年以上も後になってから判明し、米国の大手PR会社ヒル・アンド・ノウルトンが制作した「コマーシャル」であったと述べ、「『クウェートの戦い』とその目覚しい『戦果』は、H&KをはじめとしたPR会社の効用に、各国当局の目を向けさせた。イメージを売るビジネスに取り組むPR会社は戦時の政府当局を顧客とするとき、いわば宣伝戦の傭兵となる」と述べています。
 第9章「セルビアの転落――旧ユーゴ内戦」では、ユーゴ内戦において、「誇り高いパルチザン戦士の流れを汲むセルビア人兵士」が、「『他民族に対する残虐な民族浄化の執行者』と糾弾されて汚辱の底に沈んだ」として、『セルビアの指導者スロボダン・ミロシェビッチとセルビア人兵士を打ちのめしたのは、戦闘よりもメディアによる打撃であった」と述べ、「湾岸戦争でその力を強烈に印象づけたPR会社」が、「メディア戦の『砲弾』をさまざまな媒体にせっせと供給し、反セルビアの機運を高々と盛り上げ、戦いの帰趨を決めたとさえ言える」と述べています。
 そして、「民族浄化」という言葉を使ったニュースが、ボスニア政府とルーダー・フィン社の契約が成立した1992年5月18日から間もなく、「新聞やテレビにあふれ始めた」ことから、ルーダー・フィン社の担当取締役ジェームズ・ハーフと「そのチームによるメディア工作の成果であったことは明らかだ」と述べ、その「主戦場」は、ルーダー・フィン社ワシントン支社内のオフィスであり、「主武器」は「カードファイル、コンピューター、ファクス」で、「広めるべきだと判断できる情報を入手すると、カードファイルから最適の人々を選び、コンピューターと連結したファクスで情報を送る」という手法で、「米国内外の約300ヵ所に『ボスニア・ファクス最新情報』を送り続けた」と述べています。
 著者は、「メディア戦の主目標をどこに置くかの違いが、勝敗をこれほど大きく分けた」として、ミロシェビッチのプロパガンダが、「旧ユーゴスラビア連邦内、主としてセルビア共和国およびセルビア人居住地に向けられていた」のに対し、クロアチアやボスニアは、「当初から国外への発信を重視し、力を入れた」と解説しています。
 さらに、ユーゴ内戦の過程で、「PR会社や当局の『プロパガンダ』に動かされた要素は否定できない」として、「その背景には『プレスリリース攻勢』だけでなくメディア界全体に内在する構造的問題があることも間違いない。ユーゴ内戦は、現代ジャーナリズムが抱える課題を象徴的に示すことにもなった」と述べています。
 第10章「『9.11』とアフガン――対テロ戦争(1)」では、「9.11」テロ後の政治的危機をしのいだブッシュ・ジュニアが、「メディアを最大限に利用しての政治・心理戦」による反撃を開始したと述べ、そのターニングポイントとして、「グラウンドゼロ(爆心地)」でのスピーチを挙げ、「ブッシュ・ジュニアとそのチームは、ビンラディンとアルカイダの一撃を奇貨として、定かでなかった政権の足元をしっかりと固めたのである」と述べています。
 また、アルカイダの指導部が、「米国人の性向とマスコミのシステムを知悉し、映像が繰り返し全世界で放映されるであろうことを計算していたのは確実だ」として、「『9.11』は単なるテロではなく巨大なPRイベントでありメッセージだった」と述べています。
 さらに、2001年10月に国務次官に登用された「マジソン街の女王」シャーロット・ビアーズによる「イスラム圏向けPR戦」について、「当初から政権内外で疑問の声が多かった」とした上で、「アンクル・サム(アメリカ合衆国の愛称)のイメージ」を売り込む「開かれた広報外交(パブリック・ディプロマシー)」が、「食品やシャンプーの売り込みそのまま」の手法で行なわれ、「米国の価値観を押し付け」るものであったため、「反米感情は世界的に強まり、マクドナルド・ハンバーガーやナイキの靴といった米国ブランドの商品にまで影響は及んだ」と述べています。
 著者は、「マジソン街の女王」のPR戦略が「みじめな失敗」に終わった原因として、「調査に基づいて、視聴者の感覚・感情に働きかけるメッセージを繰り返し流」すというブランド理論の実践が、イスラム圏の人たちが強い関心を持つテーマである「パレスチナ民衆とイスラエル軍との対立、なぜ米国はイスラエルに肩入れするのか」という問題に触れなかったことに、「中東をはじめとしたイスラム教徒たちが強い不満を抱いた」と指摘しています。
 第11章「泥沼化したイラク戦争――対テロ戦争(2)」では、米当局が「湾岸戦争以来のメディアコントロール方式を大転換」し、「エンベッド(埋め込み)」と呼ばれた「新しい従軍システム」を導入したとして、「前線取材を厳しく制限せず、むしろ積極的に受け入れる。ただしベトナム戦争時のように自由な取材は許さず、取材者を陸軍・海兵隊、海軍の艦船と、それぞれ指定された部隊と常に同行させる」方式について、「ナチス・ドイツの宣伝相ゲッペルスが第二次世界大戦の際に創設した『PK』を彷彿とさせる」と述べています。
 そして、「米政府、米軍の視点から見ると、従軍取材は大成功だったと言える。従軍記者たちは、情報操作や強い当世をかけなくても、米軍側の意思を発信してくれる『伝達者』になったからだ」とする米ブルッキングス研究所のスティーブ・ヘス上級研究員の指摘を紹介しています。
 しかし、「米英当局発表の、嘘や誇張も次々と明らかになる」として、「戦闘中にイラク軍の捕虜となった米陸軍の女性兵士ジェシカ・リンチの救出劇」をその典型例としています。
 本書は、過去百年間のメディアと戦争のかかわり方の歴史をコンパクトにまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 戦時におけるメディア戦の重要性は昔から言われてきたことではありますが、最近の戦争では、メディア戦が主戦場で、実戦はそのためのイベントとして行なわれているんじゃないかと思うことさえあります。


■ どんな人にオススメ?

・メディアと当局との微妙な関係を俯瞰したい人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』
 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日
 アンヌ・モレリ (著), 永田 千奈 (翻訳) 『戦争プロパガンダ 10の法則』 2007年11月01日
 菅原 出 『外注される戦争―民間軍事会社の正体』 2008年01月07日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日


■ 百夜百マンガ

仮面の忍者 赤影【仮面の忍者 赤影 】

 当時の忍者ブームを巻き起こした作品。数年前には映画としてリメイクされました。

2008年4月17日 (木)

ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで

■ 書籍情報

ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで   【ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで】(#1183)

  ヘンリー・ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳)
  価格: ¥1,365 (税込)
  朝日新聞社(2003/8/6)

 本書は、「工学とはどんなもので、その根本はなんなのか、そして科学技術は他の経験とどんな関係があるのか?」といった疑問を探求するものです。著者は、「工学の歴史には、失敗を乗り越えた成功の物語がたくさんある」として、「技術者たちが問題にどのように立ち向かい、判断力を発揮したかの物語は、工学という名で知られる人間的な努力の――本質的な、とはいわないまでも――基本的な特徴のいくつかについて、多くのことを教えてくれるのだ」と述べています。
 第1章「ペーパークリップと設計」では、クリップの箱には、「使い方の説明」が書かれておらず、「あの小さな優れものをどうやって使うかも、難なく理解できて当然だと思われている」が、「こうした動作はすべて瞬時に、しかも無意識になされるので、そこに要求される複雑な運動技能はふつう見過ごされてしまうけれども、クリップをはめるという動作は、クリップを使うこと――そして工学の一つとしてそれを正しく理解すること――の中心をなしている」と述べています。
 また、「最も成功したクリップのデザインで事実上『ペーパークリップ』の代名詞として知られるようになったものは、特許を与えられたことがなかった」として、「ゼム」の名で知られるあのクリップの基本理念が、「明らかに19世紀後半には存在していた」と述べています。
 さらに、近年の多くの発明家たちが発見または再発見したゼムの欠点として、
(1)一方向にしか使えない。二回に一回は反転させてから取り付けなければならない。
(2)サッとはまらない。まず輪と輪を押し広げなければならない。
(3)きちんと留まっているとは限らない。書類や何かに引っかかって外れる。
(4)書類を破る。取り外すとき、鋭い先端が書類につきささる。
(5)枚数の多い書類はうまく把持できない。
(6)書類の山がかさばる。書類整理スペースの多くがクリップにとられてしまう。
の6点を挙げ、「あらたなデザインが現れて、こうした不満のひとつを解消しても、多分他のいくつかの問題を処理しそこねるか、それ特有の問題をあらたに一つ生み出すかするだろう。だから技術者と発明家はひどくてこずるのだ。すべてのデザインには複数の相容れない目的が絡んでいて、したがって妥協が必要だから、最良のデザインは常に最良の妥協案を提供する」と述べています。
 第2章「鉛筆の先と分析」では、「鉛筆は、荷重に耐えるように設計された材料集合体だから、ひとつの構造物である。もっと正確に言えば、字を書いたり絵を描いたりする鉛筆は片持ち梁、要するに一端だけで支持されている構造物と考えられる」と述べた上で、「鉛筆の製造には明らかに二つの相容れない目標がある」として、
(1)芯をできるだけ細くして、申し分のない細い線を描けるようにすること。
(2)芯をできるだけ太くして十分な強度を持たせること。
の2点を挙げ、「工学技術を駆使する仕事の大半がそうであるように、鉛筆の製造も、同時に満たしえないことが多い複数の目標があるうえ、つねにさらなる目標が加わって、問題をいっそう複雑にする」と述べています。
 また、カリフォルニアの工学者ドン・クロンキストが、「鉛筆の折れた芯先(BOPP = broken-off pencil point)が、「おびただしい数のBOPPにかんして不可解なのは、どれもこれも大きさと形がほぼ同じだったこと」に気づき、「妙だと思うようになった」ことについて、このような観察結果に接すると、「工学者や科学者は、鉛筆の先がそのように折れた理由を、技術的あるいは科学的に説明できるのではないかと考える」と述べています。
 そして、BOPPの問題が、「工学的な分析結果を吟味し解釈する際、根本的な前提を忘れずにいて、そこに立ち戻ることがいかに重要かということ」を例証していると述べています。
 著者は、「鉛筆でものを書くことは、壁から突き出た梁を作ることや、飛行機の翼を暴風の乱気流にさらすことほど重大ではないし、構造にひどい損傷を与えるほどの過重でもないが、見た目がまったく異なる構造物どうしの、機能のしかたや機能のしそこない方の類似性を調べることは、成功する工学技術には不可欠である」と述べています。
 第3章「ジッパーと開発」では、「発明家はつねに、自分の発明を発展させて具体的な製品を作る道を選ぶことができるが、それにはお金と時間がかかる」と述べ、プラスチックのジッパーを思いついたボーデ・マセンという発明家が、その権利を他の発明家に売り渡したと述べています。
 そして、「初期のジッパー、ベルクロ、プロスチック・ジッパー、そしてそれから派生した制密封可能なビニール袋の物語は、それぞれが何年もの期間に及び、一つの概念設計や特許のアイデア開発がいかに長い期間を費やし、困難であるかを示している」とともに、「一つの製品の成功が、どのように数多くの派生的なアイデアの構想や開発をもたらし、そこからさらに他のアイデアへ繋がるかの説明にもなっている」と述べています。
 第4章「アルミニウム缶と失敗」では、「すべての工学技術を統合する考え方の一つは、失敗という概念だ」として、「そのような最初に明らかにされる要件は、ふつう失敗基準といわれており、橋であれ建造物や飲料缶であれ、人工物の設計が進むにあたって越えてはならない限界になる」と述べています。
 そして、「技術者と技能者の違いは主として、市場に提示された設計案を失敗基準の点から試験するのに必要な、力とたわみ、集中と流れ、電圧と電流などの詳細な計算式を立て、その値を求める能力にある」と述べています。
 第5章「ファクシミリとネットワーク」では、「科学技術という言葉は守備範囲が広く、ものと、それらを取り巻くネットワークやシステムやインフラはもとより、われわれ人間がそれらに課したり、それらから課されたりする利用形態を表すのにも使われる。科学技術は明らかに周囲の状況に左右され、絶えず進化しつづける」と述べています。
 そして、「一つの発想から実際に使えるものを生み出すには、おしなべて、工学上のさらなる努力が必要である」として、「技術者は科学美術の発達に影響を及ぼす(アフェクト)ばかりか、その発達を引き起こす(イフェクト)といえるかもしれない」と述べ、「いまやどこにでもあるファクシミリ装置は、技術をめぐる状況の大切さを物語る興味深い事例である」としています。
 また、「数学の問題の成果がたいてい一つであるのとは違って、工学や科学技術の場合は、一つの問題に幾通りもの解決策がある」として、ベータとVHSという2種類のビデオカセットレコーダーの市場の覇権争いを紹介しています。
 さらに、ファクシミリ装置の開発に、「日本人がアメリカ人よりもデジタル技術開発に強い意欲を見せた」理由として、「日本語の多様な表音文字[カタカナ、ひらがな]と表意文字[漢字]は、電信やテレックスのシステムで通信するための符号化がむずかしかった」という「文化的な理由もあった」と述べています。
 著者は、「新たな代替技術が何であるか」は、「単に技術だけの問題ではない」として、「文化、社会、経済、政治の発達は、電子回路や機械運動を支配する自然法則にも劣らない制限に要因になりうる」と述べています。
 第6章「飛行機とコンピュータ」では、エアバスやマクダネルダグラスとの競争に遅れをとったボーイングが、「競争に追いつくためのマーケティング戦略の一環」として、「国内外の航空会社8社を招き、概念設計の初期段階で機体の設計に参画させ」、「この段階ではほとんど何も確定されていないので、顧客に合わせた仕様変更が容易にできる」と述べています。そして、「顧客になりそうな航空会社は、ボーイングが競争相手と見た他社の飛行機の客室の幅に不満を抱いていた」ため、「逆説的ではあるが、競争に遅れをとったことで、ボーイング社は優位に立つことができた」と述べています。
 著者は、「技術者が最高の成果を挙げるのは、製品の未来の顧客――航空会社であれ乗客であれ――と意見を交換するときなのである」と述べています。
 第7章「水と社会」では、「水は生活そのものになくてはならない要素」であるとして、「治水は、農業社会が確立してからの数千年間で工学技術が成し遂げた最もすぐれた功績の一つである」と述べています。
 著者は、「水の十分な供給、廃水処理、上下水道システムの汚染対策は、21世紀の技術者が直面している最も困難な部類の問題である」として、「効果的で、経済的で、最適な利益になる提案の設計と展開のためには、工学的な正しい判断が必要である」と述べています。
 第8章「橋と政治」では、「大きな橋にまつわる計画の発端、設計、資金調達、建設の物語はどれもみな、こうした紆余曲折をともなう長い歴史と、どんな大規模工学プロジェクトにもついてまわる数々のしがらみを説明するモデルになる」と述べています。
 そして、「工学上の問題は、どれもみな複雑な、人間らしい試みだ。あらゆる工学の取組は、それを取り巻く文化や政治や時代によって方向づけられ、その逆もまたいえるのである」と述べています。
 第9章「建物とシステム」では、「過去最大級の公共建造物と考えられ、その建設と運営の両方を視野に入れたシステムが必要だったと思われる」ものとして、「1851年にロンドンで開催された初の世界博覧会」の器として設計され、ロンドンのハイドパークに16エーカーというかつてない広さで「展示品と人間のいっさいを一つ屋根の下に収める」期間限定の「木と鉄とガラスの巨大建物」である「水晶宮(クリスタルパレス)」について解説しています。そして、1936年には完全に焼け落ちてしまった水晶宮が、「工学、建築学、建築システム全般に及ぼした影響は今日まで続いている」と述べています。
 また、「ビルは、高層化が進むと同時に比較的計量になり、したがってしなやかになった」として、超高層ビルの設計が、「新たな構造システムや、コンピュータ解析の発達とともに進化してきた」と述べています。
 著者は、「大都市の人口ほどの膨大な数の人間を収容する超高層ビルが増えるにつれて、次第にはっきりしてきたことがある」として、巨大な建物が、「周辺の地域社会の環境に甚大な影響をおよぼすこと」を挙げ、「よくできた建物とは、その内部の主要なシステムとその下のさまざまなサブシステムとの複雑な結びつきや相互作用、そして周囲の環境およびシステムに対するそれらの影響と相互作用が、技術者によって的確に予想されている建物なのである」と述べています。
 本書は、一見、理論や技術の世界で完結すると思われがちな「工学」が、いかに人間社会と密接に結びついた存在であるかを判りやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 普段何気なくゼムクリップを使っていますが、その形がこれほどまで紆余曲折を経て、今だに完成していないものであるとは知りませんでした。
 ただし、本書は、工業デザインの部分と土木・建築の部分が入り混じっていて、何となく後半部分がだれてしまった印象がぬぐえないのが残念なところです。


■ どんな人にオススメ?

・日々ゼムクリップにお世話になっている人。


■ 関連しそうな本

 ヘンリー ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論』 2005年12月31日
 ヘンリー ペトロスキー (著), 池田 栄一 (翻訳) 『本棚の歴史』 2006年03月12日
 ヘンリー ペトロスキー (著), 渡辺 潤 (翻訳), 岡田 朋之 (翻訳) 『鉛筆と人間』
 ヘンリー ペトロスキー (著), 中島 秀人, 綾野 博之 (翻訳) 『橋はなぜ落ちたのか―設計の失敗学』
 ヘンリー ペトロスキー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『もっと長い橋、もっと丈夫なビル―未知の領域に挑んだ技術者たちの物語』
 テッド・ヴァンクリーヴ 『馬鹿で間抜けな発明品たち』


■ 百夜百マンガ

鳥山明○作劇場【鳥山明○作劇場 】

 「ギャル刑事トマト」は、お祭りの夜店で買った付録の本か何かで読んだことがあります。同じ本に収録されていた、死体運びのアルバイトの話(死後硬直で物音を立てたり、車のライトの片方が消えてしまって崖沿いの細い道に迷い込んでしまう)の作者が誰だったのかが気になります。

2008年4月16日 (水)

築地

■ 書籍情報

築地   【築地】(#1182)

  テオドル・ベスター (著), 和波 雅子, 福岡 伸一 (翻訳)
  価格: ¥3990 (税込)
  木楽舎(2007/03)

 本書は、「日本市場に関する書」であり、「水際の土地」である築地を舞台に、「馴れ合いや身贔屓、無駄にも映る要素が多く見られる傾向や、業界カルテルと政府官僚との緊密な関係、内部取引のパターン、そして、情報の偏った流れ」を検証するものです。著者は本書を、「取引や経済的制度の民族誌とでもいうべきもの」であり、「経済が――市場が――モノやサービス、金融資産のみならず、文化的・社会的資本の生産と循環によってできあがっている、その仕組みについて記した民族誌」であるとしています。
 第1章「東京の台所」では、1975年、語学を学ぶ学生として日本に滞在していた著者が、常連になった深川の寿司屋で、「どこで魚を仕入れるのか気になって」角の小売の魚屋で買うのかと聞いたことがきっかけで、「外人だから、わかるはずがないんだ。一度連れて行こうか?」と築地に連れて行ってもらった経験を語っています。
 そして、1989年に、「東京中の何十という通りに店を出す商店主を対象とした研究」のために再び来日した著者が、東京都の職員から市場の説明を聞くうちに、「需要と供給、委託とせり、信用と取引、リスクと競争、といった味気ない論理が社会的コンテクストにしっかり結びついて感じられ」。「これだ、という気がして、俄然築地という存在がクローズアップされてきた」と述べています。
 著者は、築地を、「技術的に洗練され、数十億ドル単位の取引が行われる国際水産業の中心地である」と述べ、グローバルな漁獲物を売るローカルな市場という顔」を持つともに、「多数の複雑な社会的絆や制度の中で取引が行われ、相した絆や制度がなければ経済活動が成り立たない」点で、「ほかの市場と変わらない」と述べ、「築地は日本経済の活動・組織全体の制度的枠組みを例証する存在であり、制度の仕組みに加え、経済的生活が社会・文化に根付いたものであることを示すケース・スタディなのである」と述べています。
 そして、著者の築地分析が、「組織的パターンと制度的取り決め」が、「市場という場の活動の枠組みを作り、その中で、市場――現実の行為者間で交わされる、一揃いの特定的・限定的相互作用としての、そしてまた、経済的プロセス自体としての――が形成されていく」という「単純な前提で始まる」と述べています。
 また、築地が、「経済的現象としての、また社会的枠組みとしてのマーケットが、空間的にも法的にも制約された特定の場所――マーケットプレイス――に位置している」として、「築地では、経済プロセスとしての市場(market)対社会的制度としての市場(market)という構造に、さらに場(place)と市場(marketplace)との区別が曖昧だという問題が絡んできてしまう」と述べています。
 さらに、築地が、日本の水産業の「一大ハブであり、自身、日本経済の大きくダイナミックなセクターとして、社会的にも政治的にも相当な国内影響力を誇っている」と同時に、「日本国内の水産・食品業界をより大きな国際経済ネットワークに結びつけることにおいても、等しく中心的な(といっても決して排他的ではない)役割を果たしている」と述べています。そして、「事実上、世界中の漁村を網羅するグローバルな水産物貿易の中心地であり、そこでは商業利用可能な水産物のほぼすべてが扱われる」と解説しています。
 著者は、「一番関心を引かれる」点として、「築地に場所の感覚を与える社会的制度や文化的意味、社会的アイデンティティ、構造的秩序、歴史の記憶、そして、経済的目的」という「市場の専門的な面を結び付けたり分断したりするものたち」を挙げ、「築地の文化を分析し、文化的プロセスがこの市場の社会的制度と経済活動をどう律しているのかを分析すること」を意図していると述べています。
 第2章「掘られた溝」では、「東京の人々が通常働いている時間のほとんどの間、築地は静まり返って」いて、「近隣の銀座のバーが閉店する頃に活動が始まる」と述べています。
 そして、築地が、「場内市場」と「場外市場」二波っきり区別され、「場内市場は東京都が所有・管理しており、そこで取引を行う商人は卸売免許を持っていなければならない」のに対し、「場外市場は、単なる独立事業体の集まり」であるが、「東京住民のほとんどにとってはこの場外市場こそが築地なのだ」と述べています。
 また、築地に20ヶ所ほどあるせり場が、「見た目には特徴があり、制度としては多様であり、物理的にはあちこちに散らばっている」と述べ、それらが、「何と言ってもまず扱う商品の違いによって区別」され、「市場の物理的レイアウトも専門化の必要に拍車をかけている」と解説しています。
 さらに、証明と看板には規制があり、「市場の規則で、水産物の室をごまかす恐れのある色付き証明は禁じられているため、至るところに無色の裸電球がぶら下がり、むらのない直接光で店舗内を照らしている」と解説しています。
 そして、築地商人たちが好む言葉遊びが、「値付けのシステムと個人的な関係性との複雑な相互作用にまで持ち込まれる」として、築地商人たちが、「馴染み客に提供する秘密の値段を悟られないよう、築地では、店員同士で値段の話をする際には≪符丁≫と呼ばれる特殊な暗号を使うところが多い」として、「サ・リ・ト・ハ・オ・モ・シ・ロ・イ(さりとは面白い)」や「ア・キ・ナ・イ・ノ・シ・ヤ・ワ・セ(商いの幸せ)」、「シ・ロ・ハ・マ・ノ・ア・サ・キ・リ(白浜の朝霧)」等の暗号化された詩に「1から9までの数字」を当てた符丁を紹介し、「常連客ならおそらく店の暗号を解読できるかもしれないが、滅多に来ない客や初めての客にはさっぱりわからないはずだ」と述べています。
 第3章「埋立地が築地市場に変わるまで」では、「バックミラー越しに見た築地の歴史を描いていく」として、この土地が、17世紀に、「隅田川河口沿いの低湿地に作られた土地」であること、「徳川時代を通じて袋小路の僻地」であったため「19世紀末に築地居留地ができた」こと、「≪上納≫という封建的な年貢制度に取り込まれて」存在していた日本橋の問屋が、明治維新後に上納制度廃止による経済的自由を手にしたが、多くの武家が「帰郷」して江戸の人口が半数ほどにまで落ち込んでしまった中で、魚市場の操業を続け、確立された取引ルートを通して機能し続けたこと、1923年の関東大震災で日本橋河岸が破壊され、市場が築地に移されたが、「市場の新たな制度的枠組みの整備」は1935年の新施設完成を待つ必要があったこと、等が解説されています。
 また、豊洲への移転問題をめぐり、「現行の市場が半ば解体されたまま、新しい建物群がいつどこに造られるのか、いや、そもそも造られるのかどうかさえはっきりしない」という状態が1996年から続き、築地商人たちが、「工事や移転が商売にどう影響するのだろうかと不安がっていた」ことなどについて解説しています。
 第4章「生ものと火を通したものと」では、「水産物は日本料理の柱であり、こまごまとした食の知識はフジツボよろしく食物の消費と調理にしっかりと付着している」と述べ、築地商人の経済生活が、「生鮮食品を中心に回っているという単純な事実」において、他の商人とは異なっており、「そうした食品は、練り上げられた文化的意味合いの数々や、やはり複雑で急激に変化する生産・流通・消費パターンを伴っている」として、「市場の取引メカニズムと、プロの商人や一般消費者の料理の嗜好。これらが同時に、理想・物質両面の要素によって切り回されている」と述べています。
 そして、クジラやイルカ、錦鯉などの例を挙げ、「食用か、装飾用か、野生か、擬人化されているか、といった点で生物を分類する際のアメリカ人と日本人の基準はかなりずれている」と解説し、「こうしたすべての意味において、料理が築地を作っているのであり、築地が料理を作っている」と述べ、「象徴性と物質的な実態が複雑に交じり合って市場の内外を循環している状態。そこには、食品産業のことはむしろ食の文化産業と考えた方がいいのではないかと思わせるものがある」と述べています。
 また、1940年代以降、「日本では食のあり方と食べ物とに大いなる変化が起こった」として、「外国料理の影響、栄養についての科学的知識の拡大、生産・輸送・加工のための新技術の開発など、相互関係持つ要素が数多く」日本料理の進化に反映された結果、「食物の入手可能性・生産・取引に加え、消費、特別な食物に対する文化的姿勢、料理と個人・地方・国家のアイデンティティとの関係、といった社会的コンテクストまで変えてしまった」と述べています。
 そして、「≪江戸前>料理の人気」をれに挙げ、「江戸前ほど新鮮な魚介類はない」という考え方を原則としているが、「そのような水産資源はどんどん乏しくなっている」実態にもかかわらず、「すし職人やフード・ライターたちは『江戸前』なる言葉を復活させ、江戸で発達し、今も東京で食されている≪握りずし≫を指すだけではなく、東京の高級レストランで出され、新たに人気を博している鮮魚料理のスタイルを売り込む『概念』としても使うようになった」と述べ、「しかし、江戸文化は、せいぜい、『江戸湾に対しては曖昧な、敵意に近いとさえ言える考え方』しか抱いていなかった」ことや、「『江戸前』というキャッチフレーズを寿司屋が当たり前のように使い始めたのは、この湾が鮮魚類の一台供給源としての役目を終えて久しい第二次世界大戦後のことだった」ことを指摘しています。
 第5章「見える手」では、「電光石火のスピード」で進む築地のせりについて、「せり人のしゃがれた怒鳴り声と、感情を表に出さない買い手の無言の手やりとで秘密裏に交わされる」と述べ、「一日のせりが終わる午前7時か7時半には重さにしてだいたい230万キロ、金額にして約21億円相当の水産物が競合入札という方法で売り渡されていることになる」と解説しています。
 そして、「せりの根底にある原理は明白でストレートに見える」が、「その実際の行なわれ方ははるかに複雑である」として、「せりの上演は元々社会制度と文化的合意の産物であり、この二つはせりへの参加、情報の入手パターン、入札者間の競争・談合の可能性などの枠組みとなる非公式の規範や公式の規制といったものを形作っている」と解説し、せりと仲卸業者の重大な使命は、「一つの大きな生産物の流れをもっと多様な流れに変えることによって、重要に供給を合わせることなのだ」と述べています。
 著者は、築地のせりを構成している取引関係として、
(1)卸業者と生産品を築地に供給する供給者との関係
(2)卸業者と築地のせりで仕入れを行なう仲卸業者との関係
(3)仲卸業者と小売業者・料理店主といった顧客との関係
の3点を挙げ、「それぞれの関係は、国が定めた市場システムを背景に存在している」として、「築地のせりを理解するには、こういった国のシステムをまず理解しなければならないのだ」と述べています。
 また、築地に到着する水産物を、
(1)委託販売:供給者が特定の卸業者に取引を委託するもの
(2)買付:卸業者が商品を直接買い取って売るもの
の2つのパターンにわ分け、前者は鮮魚によく見られるのに対し、後者は、「入荷が安定していてコントロールしやすく、コスト要因がわかっていて、市場リスク(卸業者にとっての)が低い冷凍品・加工品・養殖魚に集中している」と解説しています。
 さらに、日本の経済組織に関する研究が、
(1)競争的な市場力(スポット市場)
(2)制度的要因(特に≪系列≫として知られる結合による垂直統合など)
(3)長きにわたる義理と互恵主義という社会的・文化的なパターン
の3つの類型に分けられるとした上で、「経済学的・社会学的分析が理想とする構造においては、これらの組織上の形の違いは、はっきりしているように見えて、その実、区別するのは難しい」と述べています。
 著者は、「場外流通ルート――個人的に作られたルートも、内輪の取引も――に対して場内流通ルートが果たす役割が示唆するように、相対立する二つの統治構造が、生産者と卸業者との関係を形作っている」とした上で、「組織の一形態としての市場は、しばしば、ヒエラルキーによる統治、すなわち所有や直接の経営管理による形式的な縦のつながりと対峙している」と指摘しています。
 また、「築地における取引関係のヒエラルキーの底辺」として、毎日築地を訪れる約1万4000人のプロの買出人について、「ここでも、その場の価格よりも、情報(そして関係)の方がはるかに重要な問題であるように思われる」として、「客は、付き合いのある中卸業者に、自分の商売のことを知ってもらい、扱う品物の特殊性を理解してもらい、変化する市況情報を入れてもらえることを当てにしているのだ」と解説しています。
 第6章「家族企業」では、「卸業者が上流の荷主や生産者のほうを向いているとすれば、仲卸業者は下流の飲食店や魚や、一般消費者のほうを向いている」と述べ、「市場のプロセスの進行役、目立ったシンボルといえばせり人だろうが、人々の概念においては、仲卸業者こそが市場の真の主役なのだ」と述べています。そして、「築地の仲卸業者は、ほとんどが家族経営企業であり、業務の大部分は家族の手に委ねられている」として、「職住が切り離された日本のホワイトカラーの世界と違って、家族と仕事の関係がかなりの部分重なり合っている」と述べています。
 また、「仲卸業者の日々のビジネスは、個人的な絆や義務、反目、政治的利権、家族のつながり、そして日々作り出される愛顧のパターンといったものが複雑に組み合わさった枠組みを持ち、同様の計算が何年、何十年と積み重なったものがその背景となっている」と解説し、「こうした中から生まれてくる提携関係の源や具体的な関係」として、「東京から100キロほど離れたかつての漁村の出身者が作るグループ」として、「常磐海岸の出身者」と「銚子の出身者」の2つのグループを同郷のグループの例として挙げています。そして、「同郷の絆そのものが、特定の経済的ニッチを仕切る存在へと具体化している例」として、「浦安≪連中≫」と呼ばれる集団を挙げ、「築地では仲卸業者のおよそ10ないし15%が『浦安系企業』とみなされており、彼らは概して、貝類の商いやその関連の専門分野(たとえば、すしだね)に携わっている」と述べ、彼らがここ20、30年の間に、「浦安での貝類採取が行われなくなると、多くの漁師は徐々に築地商人へと変貌していった」として、「まずは仲卸業者の従業員として働き、卸売業の経験を積んだ後、免許を購入して自ら仲卸業者になった」と解説しています。これには、漁業権損失に対する金銭的補償が、「大勢の浦安の漁師たちに、築地に注ぎ込む多額の資金を提供しただけではなく、彼らの結束と共通のアイデンティティを育てる一因ともなった」と解説しています。
 第7章「取引の舞台」では、「免許交付の規則や取引ルールには、仲卸業者は特定の種類の商品しか取り扱ってはいけないという決まりはないし、各店は市場のあちこちで行なわれるどのせりでも参加できることになっている」にもかかわらず、専門分野ができる理由として、「料理の特徴や、商人が通常のビジネス戦略として自ら開拓した市場のニッチ」のほか、「市場の物理的レイアウトも一枚噛んでいる」と述べ、「免許一つにつき店舗一つというように、店舗の運営権でせりへの参加を括るシステム」である免許交付システムそのものが、「一つのバッジを一度に複数のせり場で使うことはできない」という点で、「仲卸業者の専門化とせり参加の排他性を強めている」と解説しています。
 そして、「せりのルールと調停手順の形成に中心的な役割を担っている組織」として、「慣習的な同業者集団」を指す≪最寄業会≫、または単に「同業者集団」を指す≪業会≫と呼ばれる16のギルドを挙げ、「専門と目的を等しくする企業が自分たちの取引条件を調整するために寄り集まった集団」という意味で、「それらは中立的な意味でカルテルであるといってもいいだろう」と述べています。
 また、16の職業ギルドは、「仲卸業者間のアイデンティティや相互利益の制度化における第1段階にすぎない」として、「もっと大きな連合組合」である、「すべての中卸業者が所属する東京魚市場卸協同組合」、通称「東卸(とうおろし)」について、「さらに高度で全包括的な『横の』組織である」と述べています。
 さらに、「口語では≪茶屋≫(代理業者を指す古風な呼び方である)と呼ばれる」配送所について、「市場中で買ったものをまとめて預かってくれる便利な存在」であると述べ、「茶屋が3つのグループに分かれているのは、制度面で3つの異なった進化をたどってきたためだ」として、
(1)東京の小売業者の連合組合が自主運営している第二次世界大戦後にできたもの。
(2)貸船業(≪船宿≫)を起源とするもの。
(3)≪潮待ち茶屋≫なる陸上拠点の配送取り扱い業者を起源とするもの。
の3つのグループを挙げています。
 また、市場のレイアウトが、「マグロ売場とか干物売場とかといったふうに、特定の区画分けをしていない」理由について、4~5年おきに行なわれるくじ引きによって配置換えがあると述べ、「定期的に店舗を交代すること」の根拠として、
・場所替えによって個々の店舗の設備・用具をよりよいものに取り替えるきっかけができる。
・自らの営業状態や市場のニッチを見直す機会にもなる。
ことなどを挙げ、「市場の効率性とインフラの改善という実際的な面だけでは、店舗移動の十分な理由にはならない。それは、仲卸業者たちがモットーとしている公正な態度を前提としたものであるのだ」と述べています。
 著者は、「築地は社会に根ざした経済制度」であり、「おそらくは二重の根付き方をしているものだと考えるのが最も適当だろう」として、
・市場内部の経済的生活は市場統治の社会的構造を通して成立している。
・市場は貿易・都市計画・消費・天然資源などに関する国内外の政治経済という、より大きな領域に根づいている。
の2点を挙げています。
 第8章「丸」では、「市場の歴史を眺めると、移転か再建かに関する決定を行う際には決まって政治問題が提起されてきた」と述べ、「築地のビジネス――場内外を問わず――が豊洲への移転によって脅かされるかどうかは、各事業体が現状に対してどんな投資を行っているかによるところが大きい」として、「場外市場の店や小規模な個人商店の形態をとる仲卸業者のように、振りの客頼みという事業体の場合、金銭的・社会的資産が現状院しっかり組み込まれてしまっている」が、「大手仲卸業者などは、所有物や設備ではなく社会的な関係やコンテクストに根付いた、非常に流動的な社会資本を土台にして」おり、「こうした社会資本は移動可能である」と解説しています。
 そして著者は、「市場と場所――経済取引と、それを可能にする制度的枠組みと文化的プロセス――は、分かちがたくしっかりと結びついている。築地の取引を、その社会的・文化的コンテクストから切り離すことはできない。形式主義と実在論の態度が同居するのは避けられないことなのだ」と述べています。
 本書は、日本人にとって、テレビなどでは馴染み深い場所でありながら、実際にはほとんどの人が触れたことのない「築地」という世界を、外国人の目を通してありありと見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、≪一本締め≫を、「築地商人たちが日本橋魚河岸から伝わる独特の遺産と見なす、集団で行なう手拍子の作法である」と解説し、普通はどこでも、「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン」というプロセスを3度繰り返す≪三本締め≫を行なうが、「築地が他と違うのは、それを1回しか行なわないこと」だと解説しています。
 そして、本書の第8章のタイトルである「丸」について、「3回手を叩くのを3回繰り返すと9(九)回になる」、最後の1回は≪締め≫を現し、「〆」と核と述べ、「漢字の九にこの≪〆≫を重ねると≪丸≫という字になるが、これはいたるところに見られる水産業会のしるしなのだ。≪丸≫の一般的な意味には、充満、合計、完全、円、循環といったものがある」と解説しています。
 ところで、飲み会などで「一本締め」というと、「ヨーッ、シャン」の1回で締めることがあるのですが、本来の意味での「一本締め」はどちらを指すのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・築地は単なる「市場(いちば)」だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 オリヴァー・E.ウィリアムソン 『市場と企業組織』 2005年04月19日
 ロナルド・H. コース (著), 宮沢 健一, 藤垣 芳文, 後藤 晃 (翻訳) 『企業・市場・法』 2005年04月29日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
 ロナルド・S. バート (著), 安田 雪 (翻訳) 『競争の社会的構造―構造的空隙の理論』 2007年07月19日
 スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
 キム・クラーク, カーリス・ボールドウィン (著), 安藤 晴彦 (翻訳) 『デザイン・ルール―モジュール化パワー』


■ 百夜百マンガ

魔法騎士レイアース【魔法騎士レイアース 】

 キャラクターその他の名前に当時の自動車の名前やらが使われているのですが、セフィーロとかランティスとかアルシオーネとかの車名に時代を感じてしまいます。

2008年4月15日 (火)

行政手法ガイドブック―政策法務のツールを学ぼう

■ 書籍情報

行政手法ガイドブック―政策法務のツールを学ぼう   【行政手法ガイドブック―政策法務のツールを学ぼう】(#1181)

  山本 博史
  価格: ¥1575 (税込)
  第一法規出版(2008/04)

 本書は、「行政が一定程度関わって公共的に解決すべき課題(行政課題)」を解決するためのツールである「行政手法」を知り、「それぞれの行政手法(薬)のメリット(効能)ばかりでなく、デメリット(副作用)も知っておく」ことを目的としたものです。
 本書では、「条例等の制度設計の骨格」である、
(1)誰が(主体)
(2)何に対して(対象)
(3)どういう手段を(手法)
(4)どういう手続と基準で(手続と基準)
実施するかのうち、行政手法という「薬」のメニューについて、実例を挙げ、その「使用上の注意」を説明しています。
 著者は、本書執筆の動機として、「行政課題を解決するための『行政手法』は、きわめて身近な問題を扱って」いるため、「行政において秘匿されるべきものではなく、もっと開放されるべきものと考えて」いると述べています。
 第1章「行政手法の基本的な考え方」では、「行政手法」について、「公共的に解決することが求められる課題(行政課題)を処理するための、現実的で実用性のある手だて(政策法務のツール)である」と定義した上で、その類型として、
(1)行政活動の資源(リソース)に着目する類型
(2)行政活動の時間的な経過に着目する類型
(3)コントロールの性格に着目する類型
の3つの類型を挙げています。
 また、行政手法を採用するに当たっての留意点として、
(1)多くの行政手法を知り、その内容を理解すること
(2)各行政手法のメリットのみならず、デメリットも理解しておくこと
(3)複数の行政手法を検討し、最も適しているものを採用すること
(4)法令違反などをしないこと
(5)複数の行政手法の組み合わせも検討すること
(6)将来的に見直すことも視野に入れておくこと
の6点を挙げています。
 第2章「行政手法の諸類型」では、行政手法について、下記の6つに類型化し、それぞれ解説しています。
(1)計画手法:「具体的な現実の事象を基礎にした正しい現状認識」と「利用可能な行財政上の能力」とを考慮して、一定の目標年次までに達成可能と考えられる「具体的な行政目標とその実現手段」(目標プログラム)を示す手法
(2)誘導的手法:対象者(住民、企業等)に何らかのインセンティブ(誘因)を与えることによって、一定の行為を行なうよう、又は行わないように働きかける非権力的な手法――補助手法(経済インセンティブ手法)、経済的手法(経済的ディスインセンティブ手法)、情報手法、行政指導手法
(3)コミュニケーション手法:対象者(住民、企業等)と行政との間または対象者相互の間で、情報の提供・収集などのやりとりを促進・保障することにより、行政活動を円滑化させたり、関係者の合意形成を図る手法――ワークショップ、パブリック・コメント、パブリック・インボルブメント、ノー・アクション・レターリスクコミュニケーション等
(4)規制的手法:対象者(住民、企業など)の意思に反しても、一定の行為を行なうよう、または行なわないように働きかける権力的な手法――許可制、協議制、届出制(「届出+勧告命令」制)、確認制・指定制
(5)実効性確保の手法:義務を履行しない者等の身体または財産に直接実力を加えることなどにより、行政目的を確実に実現させるための手法――罰則制、命令制、許可制の取消しその他、立入調査、直接強制・即時強制など
(6)その他の手法――契約的手法、民間活力活用手法、紛争処理手法など
 第3章「行政手法の組合せ」では、行政手法が、「単独でその効果を十分に発揮できるのは、むしろまれ」であり、複数の行政手法を「組み合わせることにより、それぞれのメリットを最大限に生かし、又はそれぞれのデ
メリットを軽減させること」が必要であるとしています。
 そして、「様々な組合せ方法」として、
(1)「規制的手法」内における組合せ:「許可制」と「届出制」、「許可」と「変更許可」、「協議制」と「許可制」
(2)「規制的手法」と「実効性確保の手法」との組合せ:「許可」と「許可取消し」、「届出」と「命令」、「届出」と「罰則」
(3)「規制的手法」と「誘導的手法」との組合せ:「許可制」「基準に適合しない場合の行為の禁止」と「補助金」
(4)その他の組合せ
(5)条例立案等の実践における行政手法の組合せ
の5点を挙げて解説しています。
 また、千葉県において、「新規条例の立案過程の初期段階や、パブリック・コメントの案の公表」の際に作成・活用している「条例のチャート」について、「厳密性にかける部分もあるが、条例の基本構造と行政手法間の関係を短時間で把握し、説明するのに適したスキル」であると解説しています。
 第4章「条例立案のプロセスとスキル」では、「もしも新規条例の担当者になったら」という想定で、著者を投影した「政策法務担当職員Y」氏から、やさしく厳しい条例立案の指導を受けることができます。
 そして、条例立案に際してぜひとも知っておきたい重要なスキルとして、
(1)行政手法:多くの行政手法とこれらの組合せ方法を知る。
(2)立法パターン:基本的なパターンは、実はそれほど多く存在しない。
の2点を挙げています。
 まずは、「とにかく急いでつくれ」と上司に言われて血相を変えて飛び込んできた「原課」担当職員氏に、条例案の作成スケジュールとして、
(1)新規条例制定の方向性の決定(検討開始の決定)
(2)スケジュールの作成
(3)立法事実(条例の必要性を裏付ける事実やデータ)の収集・整理
(4)庁内調整(継続)
(5)市民参加(継続)
(6)審議会への諮問・答申
(7)条例案の作成
(8)他の自治体等との調整(継続)
(9)幹部職員への説明(適宜)
(10)予算・人員の確保の見込み
(11)条例審査
(12)検察協議
の手順を示し、「基本的に、短期間では条例はつくれない」と諭しています。
 また、「条例の目的・採用する行政手法を含めて、条例化の必要性・正当性を根拠付ける社会的な事実」である「立法事実」を説明する資料において、
・害悪などの抽出・分析
・これまで本県が取り組んできた対策とその限界の説明
・社会学的な調査や専門家の意見
・条例に盛り込もうとする行政手法を選択する理由
・関係法令の趣旨・目的に反していないことの説明
などを盛り込む必要があると解説しています。
 さらに、「タウンミーティングや勉強会の開催、専門家や公募委員などで構成される条例検討会」などの「市民参加」のメリットとして、
(1)市民の主体性が確保できる。
(2)多様な意見を条例案に反映できる。
(3)条例制定過程で、関係者等の一定の理解が得られる。
の3点を挙げる一方、そのデメリットとして、
(1)時間がかかる。
(2)一部の声の大きな者の意見が、すべての者の意見として反映されてしまうおそれがある。
(3)「条例でできること」、「条例ではできないこと」が理解されていないと、議論の収拾がつかなくなるおそれがある。
の3点を挙げています。
 そして、条例案の作成の段取りとして、
(1)条例チャート案(全体像)
(2)骨子案(項目)
(3)条例要綱案(文章化)
(4)条例素案(ラフな条文形式)
(5)条例案(緻密な条文形式)
の5つの流れを示しています。
 条例素案ができた段階では、条例立案に際して、「既存の法令との調整をしつつも、いわば"攻めの法務"」を行っている「政策法務担当」に加えて、「法令用語や既存の法令との整合性などのチェックを重視する、いわば"守りの法務"」を行っている「法規審査担当」によるチェックを受ける「条例審査」について解説しています。
 本書は、「政策法務」の最前線にいる実務担当者自らが、そのノウハウを隠すところなく明かした、大変お買い得かつ有用な一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の山本君は、同い年で十数年来の友人ということもあり、このたび単著を出したことは羨ましくもありつつも、日頃、深夜遅くまで忙しくしているのを見ていると、やっぱり実務の蓄積の大切さを感じます。


■ どんな人にオススメ?

・行政のさまざまな手法を体系的に理解したい人。


■ 関連しそうな本

 田口 一博 『一番やさしい自治体政策法務の本』
 東京都市町村職員研修所 『これだけは知っておきたい政策法務の基礎』
 太田 雅幸, 吉田 利宏 『政策立案者のための条例づくり入門』
 木村 純一 『行政マンの政策立案入門―キャリア・アップ!』
 兼子 仁 『自治体行政法入門―法務研修・学習テキスト』
 鈴木 庸夫 『自治体法務改革の理論』


■ 百夜百マンガ

るろうに剣心―明治剣客浪漫譚【るろうに剣心―明治剣客浪漫譚 】

 何となく時代劇のイメージで見慣れている江戸に比べ、明治維新後の東京はビジュアル的には江戸の雰囲気を引きずりながら常に変化し続けていて固定したイメージがないような気がします。

2008年4月14日 (月)

新聞記者という仕事

■ 書籍情報

新聞記者という仕事   【新聞記者という仕事】(#1180)

  柴田 鉄治
  価格: ¥693 (税込)
  集英社(2003/08)

 本書は、「産業としての新聞の危機ではなく、ジャーナリズムとしての新聞の危機」を訴えたものです。著者は、「日本のメディア状況に対する」憤懣からスタートし、「新聞よ、しっかりせよ」という思いで書き下ろしたと述べています。そして、「本来なら政党が担うべきもの」である、「新聞論調の二極分化」について、かねてから「本に書きたいと考えていた」と述べています。
 第1章「新聞の輝き」では、大学時代は理学部に進んでいた著者が、「戦争体験と憲法への思い」から、「もし、就職するなら、平和と人権を守る仕事、すなわちジャーナリズムの仕事をしたい」と考え、記者になったことを語っています。
 そして、入社6年目の1965年、東京本社社会部の「かけだし記者」であった著者が、第7時南極観測隊に同行し、「大自然の素晴らしさもさることながら、南極大陸が国境もなければ軍事基地もない、人類の理想を実現した平和な大陸だ」ということに感動したと述べています。
 また、「新聞の輝きの中でスクープほど輝かしいものはない」として、「ビキニの死の灰」をスクープした読売進軍の阿部記者や、天下に名を轟かせた「読売・社会部」の辻本記者、「朝日新聞きっての名文記者」といわれた疋田記者、ベトナム戦争取材やルポルタージュで知られる朝日新聞の本多勝一記者等を挙げ、「新聞が輝いていた時代は、こうしたスター記者が輩出した時代でもある」とともに、「スター記者を育て、活躍の場を与え、社会に押し出す『名伯楽』が必要」だとして、「新聞にとってスター記者は欠かせない存在であり、同時にスター記者になる資質を見抜き、活躍の場を与えて育てていくエディターの存在も欠かせない」と述べています。
 さらに、「新聞が輝いていた時代はまた、社会正義の実現を求めて行なうキャンペーンが、面白いように、ビシビシと決まっていた時代」であったとして、
・神風タクシー
・黄色い血
・欠陥車
等のキャンペーンを紹介した上で、「最も長期間にわたり、最も成果を挙げたもの」として、「公害・環境問題」を挙げています。
 第2章「テレビと新聞」では、1972年の佐藤栄作首相の「退任記者会見事件」をきっかけに、「日本の政治報道の主役はテレビとなり、テレビを中心に回るようになる」と述べる一方、事件報道では、「浅間山荘事件をはじめ70年代に多発したハイジャック事件など、同時進行型の事件では、テレビの強さは圧倒的だった」と述べています。
 そして、「政治報道は、本来、新聞の独壇場だった」として、「政治記者の競争は有力政治家にどこまで食い込むかであり、私邸に、いわゆる『夜討ち朝駆け』を繰り返した」として、50、60年代に活躍した有名な政治記者として、
・朝日新聞の三浦甲子二(三浦ゴジラ)
・読売新聞の渡邉恒雄(ナベツネ)
・NHKの島桂次(シマゲジ)
の3人を挙げ、「政治家の下働きから根回し・談合、さらには首相選びのフィクサー役まで、それぞれの自伝などを読むと『よくぞこんなことまで』と驚嘆するほど、記者というより政治家そのものの動きをしている」と述べ、「この3人に共通することは、「政界内での力をばねにして社内権力の階段を上り、それぞれの組織で権勢を振るったということ」であると解説しています。
 第3章「新聞の弱点」では、新聞各紙が、「世間から『似たり寄ったり』だといわれ、そういう印象がますます広がっている理由」として、
(1)何かが起こるとどの新聞も一斉に走り出し、そのニュース一色に染まってしまうことがしばしば見られて、その印象がきわめて強烈なこと。
(2)実際に「横並び」の記事が多いこと。
の2点を挙げています。
 そして、「新聞がどれも似たり寄ったりになり、前夜のテレビで見たニュースばかりだと言われる最大の原因」として、記者クラブを挙げ、「弊害とメリットが表裏一体となっていて、弊害だけを取り除くことは至難の業」であると述べています。なかでも、最大の弊害として、「クラブごとに結ばれる報道協定、いわゆる『しばり』の問題」を挙げつつ、「クラブ協定の弊害は、現場にいるとよく見えない」と述べています。
 また、「日本の新聞を支える確固たる基盤」といわれる「日本の戸別配達制度」について、「同時にこれは、日本の新聞の最大の弱点でもある」と指摘し、「『買う』と『とる』の違いは、紙面の中身が問われないこと」であると述べています。
 さらに、部数拡張の勧誘に、「販売店が専門の『拡張団』を雇って行なっているケースも少なくない」として、「インテリがつくってヤクザが売る」という言葉を、「まんざら誇張とも言えないような現実がある」と述べ、さらに、「新聞社が販売店に実際に売れている部数より多くの新聞を押し付け」る「押し紙」がまかり通っていることについては、「折り込み広告の依頼主から見れば、詐欺行為にも等しいこと」であると指摘しています。
 第4章「新聞と調査報道」では、「地方紙が地方権力を一体化してしまうケースが時々見られる」と述べ、「チェックのないところ必ず権力は腐敗する」と述べています。
 そして、「新聞報道で何が素晴らしいといって、その報道がなかったら陽の目を見なかったであろうスクープほどすばらしいものはない」として、その「本来の調査報道」の「日本における金字塔がリクルート事件である」と述べています。
 第5章「新聞の落とし穴」では、1971年に、沖縄返還に絡む日米の「密約」をすっぱ抜いた毎日新聞の西山記者が、捜査当局の起訴状の中で女性事務官と「情を通じて……」とわざわざ書かれていたことから、「国民の怒りの矛先は、政府から毎日新聞へと移っていった」と西山事件を取り上げています。
 また、「新聞の落とし穴として最も大きな穴は、記事の捏造であろう」として、1989年に起こった朝日新聞の「サンゴ汚したK・Yってだれだ」という見出しのついた事件を取り上げています。
 第6章「読売・朝日の憲法対決」では、「憲法をめぐる奇妙な『よじれ』」が生まれた理由について、「日本国民の選択が、体制としては西側の一員であることを望み自民党政権を支持しながら、憲法については改定を望まないという一見、矛盾したかたちをとったからである」と述べています。
 第7章「新聞復権への道」では、「報道の自由のないところ、必ず人権侵害あり」という言葉を紹介し、「拉致問題を契機に明らかになってきた北朝鮮の状況は、知れば知るほど、戦前・戦中の日本にそっくりである」と述べ、「まるで戦前の日本をモデルにして『国づくり』を進めてきたかのように、よく似ている」と述べています。
 また、「新聞はできる限り国家権力から独立していなければならない」という原則論のほか、「新聞とテレビの系列化は、現実問題としても、さまざまな弊害をもたらしている」として、クラブ協定の問題や、公平なテレビ批評ができない問題を取り上げています。
 さらに、スター記者を育てる方法の一つとして、「署名記事を増やしていくこと」であると述べています。
 本書は、仕事としての新聞記者について、著者自らの経験、特に、新聞が輝いていた時代との対比で語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 西山事件をきっかけとした毎日新聞の不買運動については当時は相当凄まじかったらしく、まあ、その後を読売と朝日で食い合ったわけですが。
 高校時代に、社会科の時間に、憲法の報道の自由の絡みで西山事件について解説がありましたが、「いわゆるオールドミスをこましちゃったわけですね。ウヒヒヒヒ」と嬉しそうに説明していた社会科教師には当時の高校生たちは引いていました。


■ どんな人にオススメ?

・新聞記者がヒーローだった時代を知っている人、知らない人。


■ 関連しそうな本

 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』


■ 百夜百マンガ

鉄のほそ道【鉄のほそ道 】

 二番煎じもここまでくるといさぎよいというか、「がんばれドンベ」に免じてこれはこれで仕方ないと諦めるか、それにしてもあんまりと言えばあんまりです。

2008年4月13日 (日)

暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る

■ 書籍情報

暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る   【暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る】(#1179)

  山極 寿一
  価格: ¥1019 (税込)
  日本放送出版協会(2007/12)

 本書は、「人間と類人猿との遺伝的な違いは、類人猿と他の霊長類との違いよりも小さい」などといった「系統的な違いに基づき、さまざまな主の生態や行動についての最新の報告」と著者自身の「長年のフィールドでの知見を踏まえながら人間の特長について考えて」いるものです。
 第1章「攻撃性をめぐる神話」では、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンにおける、「道具を持たなかった猿人たちが、あるとき宇宙から来たと思われる謎の物体に遭遇して霊感のように知性のひらめきを得、動物の骨を狩猟の道具として用いることを思いつく」シーンを紹介し、「人間の祖先が武器を用いて狩猟者としての能力を高め、それを同種の仲間へ向けて戦いの規模を拡大してきた」というロバート・アードレイの説や、「攻撃性というものがいかに動物たちの基本的な行動を形作っているかを解説し、同種の仲間に対する攻撃が内的な衝動によって引き起こされるものである」かを説いたコンラート・ローレンツらの説を紹介し、現在では、「この考えが間違いであることは、いくつかの証拠によって明らかとなっている」と述べています。
 また、「食と制という異なる葛藤とその解消法は、霊長類のさまざまな生態と社会の特性に応じて多様に発達してきた」と述べ、「人間の社会にみられる争いも、和解の方法も、その延長線上に形作られているのである」と解説しています。
 第2章「食が社会を生んだ」では、「私たち人間にとっても争いごとの原点は食物にある」として、「他の生命とさまざまにぶつかり合いながら、それが致命的にならないような方法を編み出して共存にいたる」と解説しています。
 また、中高生の霊長類が、「単独で目立たないように行動する性質を進化」させるという夜行性の霊長類の対捕食者戦略をやめ、「群れを作ることで捕食者の危険を減じようとした」として、「捕食者を早く発見し、素早く逃げたり、数を頼りに対抗する戦略を発達させた」と解説しています。
 第3章「性をめぐる争い」では、19世紀の人類学者たちが、「家族が人間の社会を特徴づけるものであること、それがインセストタブーによって成立していることを論じた」ことを紹介した上で、「人間の家族は、その始まりにおいて、ペア社会から生まれたものではない。群れがまずあり、そこに家族というペア社会を可能にする仕組みができたのだ」と述べ、「ペアではない集団生活からどのようにして、ペアに性交渉を限定するような家族が生まれたのか。そのプロセスにインセストの禁止が大きな働きをしているはずである」と述べています。
 また、伊谷純一郎が、「霊長類の社会構造を動かしている回転のシャフトは、インセストの回避機構であると考えた」ことを紹介しています。
 さらに、チンパンジーやボノボなどの父系社会では、「メスは子どもを産む前に生まれ育った集団を離れることが知られている」と述べ、「初期の人類社会がもし類人猿と同じような父系的な性格を持っていたならば、やはりインセストの起こる可能性が高かったに違いない」が、「それを人類はタブーという規範にして社会をつくったのだろうと思われる」と述べ、「そんな規範が必要だった」理由として、「インセストの回避によって親子兄弟姉妹が性的な競合を減じて共存できる」点を挙げています。
 第4章「サルはどうやって葛藤を解決しているか」では、ニホンザルが「優劣順位によって場所の優先権を認め合い、争いが起こらないようにしている」ことを紹介し、「オスの間には直線的な優劣順位がある」のに対し、「メスたちは、母親から順位を継承し、自分の属する家系のメスを援護することによって、直線的な順位を維持している」ため、「すべてのメスと順位を確認しあう必要はない」と解説しています。
 そして、優劣順位が、「あくまで群れの中でサルたちが共存しあうための了解」であり、「群れの外でも通用するわけではない」と述べています。
 また、ボノボの「変わった仲直り行動」として、「メスどうしが対面し、膨張した性皮を左右に擦り合わせる」という「ホカホカ」と呼ばれる行動を紹介し、「ボノボは社会的緊張が高まると、性交渉によってそれを解消しようとする」と解説しています。
 さらに、チンパンジーやボノボが、「生きるために必ずしも重要とは思えない食物をあえて分配している」ことについて、「食物を社会的な手段として用いて、互いの関係を調整していることを示唆している」と解説しています。
 第5章「暴力の自然誌」では、「オスによる子殺しは多くの霊長類で見つかるようになった」ことについて、「子殺しが起こる種は、メスが群れ外のオスと交尾をしないという特徴」があり、「発情に季節性がなく、メスが一斉に発情しないという特徴」があると述べ、他の類人猿との比較では、「形の上で単独生活やペア生活を送るか、複雄複雌で完全な乱交という交尾様式の主には子殺しが起こっていない」が、「雄の雌に対する占有志向が強く、それが果たせないような社会型や交尾様式の種に子殺しは起こる」と解説しています。
 また、食物を「分け与える」ことと「分かち合う」ことは異なると述べ、「負債のイデオロギー」と「共存のイデオロギー」とを対比させています。
 著者は、「大量殺戮を辞さないほどの苛烈な戦争が人類に起こるようになった」要因として、「言語の出現と土地の所有、そして死者につながる新しいアイデンティティの創出によって可能になった」と述べ、「現代は、そうした人間のアイデンティティをそのままにして、ボーダーレスに突入してしまった混乱の時代である」と指摘しています。
 本書は、人間の本質を、我々に近い類人猿の社会の観察に求めた一冊です。


■ 個人的な視点から

 よく凶悪な事件、特に肉親の間の殺人事件などが起こると、「太古の人類にはこんな自然の法則に反したような犯罪はなかった。人類が自然を忘れてきたことへの警告として受け止めるべきではないか」的な、「社説」なり「読者投稿」(実際には同じ人が書いてるのかもしれませんが)が掲載されたりしますが、原初の人類や類人猿や自然をあまりに美化しすぎるのも考えなさ過ぎな気がします。


■ どんな人にオススメ?

・なぜ人間は戦争をするのかを考えたい人。


■ 関連しそうな本

 西田 利貞 『人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ』 2008年03月09日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『イヴの七人の娘たち』 2006年06月24日
 リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日


■ 百夜百音

和田弘とマヒナスターズ【和田弘とマヒナスターズ】 和田弘とマヒナスターズ オリジナル盤発売: 2005

 マヒナスターズと言えば、若い人にとっては、コーネリアスのお父さんが在籍していたグループとして有名ですが、もともとお座敷向けの歌なので、カラオケである年齢層以上だと単純に盛り上がれるのもポイント高いです。

『松尾和子』松尾和子

2008年4月12日 (土)

看板建築

■ 書籍情報

看板建築   【看板建築】(#1178)

  藤森 照信, 増田 彰久
  価格: ¥1680 (税込)
  三省堂新版版 (1999/07)

 本書は、東京を中心に、道路に面して、看板のようなファサードを持つ特徴的な建築物である「看板建築」について紹介しているもので、1988年、1994年に刊行されていたものが、1999年に「新版」として出版されたものです。
 著者は、全国にあった、「昔ながらの二階、まれに三階の木造建築」を、「店と住宅との併用建築が多く、そうしたにぎやかな中に店を仕舞った静かな『仕舞屋』もまじり、なかなか風情のある町並みを形成していた」と評した上で、「そうした戦前までに生まれたストリートの光景」が。「空襲で焼かれ、高度成長で壊され」、三十年前には、まだ「なんとか町並みとして認識できるていどには残っていた」が、バブル経済が湧き立ち、そしてはじけてみると「もはや町並みとしては消滅し、焼け残りの棒ぐい状に転々と残るに過ぎない」と述べています。
 第1章「出会い」では、「看板建築」という言葉が、昭和50年10月11日の日本建築学会の席上で、当時27歳だった著者によって発表されたこと、著者が、「この名もなき木造二、三階建ての商店建築で面白いと思ったのは、そのファサードのデザインであった」ことなどが述べられています。
 そして、この建築様式が、「東京だけのものじゃなくていろんな町に立っていることがわかってくるが、しかしことは単純ではなくて、いろんな町と言っても日本全国一律ではなくて偏りがあることが明らかになって」きたと述べています。
 第2章「江戸・東京の商店はどんなものか」では、「出桁(だしげた)」によって「支えられた軒先が強く印象づけられる」江戸風の造り方である「出桁造」について、「この形式が、江戸・東京の商店建築の伝統のベースになっていると述べています。
 そして、この出桁つくりは、「ベースではあったがトップではなかった」として、「純粋に木造で木材が表に露出しているから火に対して弱く、お金のある商人は防火対策上、出桁造を好まず」、
・蔵造(くらづくり):木造の上に土を厚さ五寸以上土を盛るもの
あるいは、
・塗屋造(ぬりやづくり):木造の上に盛る土の厚さが五寸未満のもの
を好んだと述べています。
 第3章「大震災が街を根こそぎ変えた」では、「大正12年9月1日までの東京の商店街は、江戸の延長の上に発達していた」として、「銀座と並ぶ東京の中心商店街の日本橋大通は、関東大震災の前まで、蔵造の街」であり、「他の下町地帯の商店街のほとんどすべてが、蔵造、塗屋造、出桁造といった伝統形式で造られていたと考えても間違いはない」と述べた上で、関東大震災によって、「土壁が落ちて丸裸となったただの木造商店は、火の攻勢の前にひとたまりもなかった」と述べ、その後、焼け跡に立ち上がった、バラックの商店が、「やがて看板建築の誕生に大きな影響を与えることになる」と解説しています。
 そして、バラック商店の造りで注目すべき点として、
(1)木造であること
(2)ファサードは平坦に仕上がっていること
の2点を挙げ、商店がバラックで急場をしのいでいる間に、政府は、「これまでの狭い道を広げ、新しい道を通し、大小の公園を作り、魚河岸を築地に移し」といった都市計画を立案し、そこに、「区画整理」という新しい手法を用いたことを解説しています。この区画整理が、「震災の後5年かけて東京中で行なわれ、昭和3年に完了した後、はじめて、新しい敷地の上で、本建築が許されるようになる」として、「そして、看板建築が誕生する」と述べています。
 第4章「看板建築の使われ方」では、「震災を境とした商店建築の変化」として、
・中心商店街の変化
   蔵造→表情豊かなバラック→アール・デコ・ビル
・周辺商店街の変化
   出桁造→ただのバラック→看板建築
と模式的に表しています。
 そして、看板建築の共通点として、「通りに面した表半分を店にし、裏半分を住まいにしている」ことを挙げるとともに、看板建築の「三層目に当たるところがたいへん珍しい形をしている」として、「マンサール屋根」という「将棋の駒のような腰折れの屋根になっている」ことについて、「自由が許される近代の中で、なおかつ"軒並み"が生まれるとしたら、その強制力は法令しかない」として、当時の「市街地建築物法」の「三階建ての禁止」の規定に着目し、当時の警視庁の係官が、「マンサールっていう屋根の造り方」にすれば、「部屋としても使えるし、屋根だから階にはならない」と指導していたことを解説しています。
 第5章「看板建築の表現」では、「日本の町屋は屋根を見せる」という「日本の商店の造り方の伝統の中で、看板建築は、屋根の代わりに壁面を前面に押し出して見せ場とした」と述べています。
 また、看板建築の「デタラメなデザインの中で、ひとつ注目に値し、かつ強調しておきたい」点として、「銅版を貼って仕上げた看板建築に特徴的に観察される<江戸趣味>の問題」を挙げ、「戸袋や手摺やいろんな部位に表れている<江戸小紋>」が問題となるとして、「亀甲崩し、七宝つなぎ、麻の葉、青海波、網代、亀甲、矢羽、竹といった紋様が銅版で浮き出されている」ことを指摘し、「洋風を表に立てながら、その影に江戸趣味が咲いている」理由として、「下町の文化の伝統」を挙げ、「看板建築は、洋風デザインをベースにしながら、しかし洋風だけでは満たされない下町の商店主や職人たちの心の底にたまる江戸の記憶を呼び覚まし、形を与えたのだった」と述べています。
 第6章「広がりの中で」では、「やや広い目で見た看板建築」について、
(1)東京以外の地域での看板建築はどうなっているのか。
(2)前近代から近代そして現代へと続く商店街の長い歴史の中で看板建築とは一体なんだったのか。
の2つのテーマを挙げています。
 そして、前者については、「看板建築の地域分布は、東京を中心に関東平野全域に広がっている」が、「西日本には、建物の表を銅版で包んだようなシロモノは建っていない」と述べ、「銅版貼りの看板建築は、関東地方と中部地方(北陸、韜晦、甲信越)の2つに分布すると見られる」として、「やはり震災後の東京がその発生源であったと見ていい」と結論づけています。
 また、後者については、「消費的なデザインとファサードの重視」を「看板建築の性質」であると述べ、「東京は、看板建築の誕生によって、近代という名の<消費の時代>へ、街ぐるみ突入したのだった」と指摘しています。
 本書は、関東大震災によっていったんリセットされてしまった、再生後の東京の姿を捉えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 古い町並みというと、看板建築以前の出桁造や蔵造、塗屋造の町並みがイメージされ、そういった町並みが今では「江戸を偲ばせる」、「小江戸」などということで観光地化していますが、大正以来昭和までの「東京」の町並みである看板建築については、単に古いものとして次々に壊されてしまっているのは寂しいことです。
 街は生き物だから仕方のない部分もあるのかもしれませんが。
 ところで、Amazonではこの本にプレミアがついていて、14,800円してました。


■ どんな人にオススメ?

・古いものはありがたがるけど、ちょっと古いだけのものには目もくれない人。


■ 関連しそうな本

 藤森 照信, 増田 彰久 『建築探偵 神出鬼没』
 藤森 照信 『建築探偵の冒険〈東京篇〉』
 藤森 照信, 増田 彰久 『建築探偵奇想天外』
 藤森 照信 『日本の近代建築〈下 大正・昭和篇〉』
 藤森 照信 『明治の東京計画』
 鈴木 博之/藤森 照信/隈 研吾/松葉 一清/山盛 英司 『奇想遺産―世界のふしぎ建築物語』


■ 百夜百音

OZ MEETS JAZZ(2【OZ MEETS JAZZ(2】 オムニバス オリジナル盤発売: 2004

 J-Waveのトラフィック・インフォメーション(カルナヴァル・プラ・マニャン)とウェザー・インフォメーション(ウォーキング・トゥゲザー)の曲が収録されています。車に乗る機会が少ないと無性に聞きたくなってしまうのです。
 ともに、下記のサイトから試聴することができます。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1796641


『TVドラマ「あしたの喜多善男」オリジナル・サウンドトラック』TVドラマ「あしたの喜多善男」オリジナル・サウンドトラック

2008年4月11日 (金)

小泉の勝利 メディアの敗北

■ 書籍情報

小泉の勝利 メディアの敗北   【小泉の勝利 メディアの敗北】(#1177)

  上杉 隆
  価格: ¥1575 (税込)
  草思社(2006/11/25)

 本書は、「ジャーナリストである筆者の記事に、率直な自己評価、自己批判を加えることで、小泉政権の5年間を検証しようとするもの」です。著者は、「退陣してもなお、一部のジャーナリストや評論家が、小泉の5年間を声高に責めている」ことについて、「宰相としての小泉純一郎という政治家を見た場合、メディアの側は明らかに完敗している」と述べています。
 ≪開幕前≫「政権前夜――嵐の前の静けさ」では、「『鉄の主婦』田中眞紀子は『虚像』である」と書き、「彼女の言動には、同じ父にあったはずの『細やかな愛情表現』や『近親者への思いやり』が完璧なまでに欠けている」と評していたことに関して、「小泉という政治家の本質を、私はぜんぜん理解していなかった。そうした分析力の欠如という点で、私も田中眞紀子の持つ危険性を認めなかった他の記者たちとさして変わらないのである」と述べています。
 ≪第一幕≫「政権発足――テレポリティックス」では、「小泉のメディア対策はすべて飯島がやっている」と報じたことについて、「首相の露出を高めていく飯島氏の戦術は、それが長期にわたった場合、飽きられた末に効果を失っていくという最悪の結果を招く可能性を孕んでいるとみえた」ため、「飯島氏の場当たり的なメディア戦術への不安」と結論付けていたことについて、「これより5年半、メディアは飯島氏の演出した小泉劇場に熱狂し続けた。首相のメディアへの露出は増えながらも有効であり続けた。派閥取材に時間と労力を費やして自民党や派閥事務所に通っていたそれまでの政治部記者は、情報を求めて首相官邸を向くようになった。そして、内閣記者会は飯島氏の狙い通り、その性質を大きく変えたのだった」と述べています。
 また、田中眞紀子外相就任に関して、「熱狂的な小泉・田中フィーバーの中」でのテレビ取材で、「強いて言うならば」の前置きを付け、コメントの最後では、「やはり彼女のこれまでの振る舞いや政治に対する姿勢を取材してきた私は、決して彼女を評価することはできません」とコメントしたにもかかわらず、「日本外交の顔としてうってつけなのではないでしょうか……案外適任なのかもしれません」というテレビ局が意図した部分しか放送されなかったと述べています。
 著者は、日本のメディアを、「タブーに直面したとたん見えないフリをするか、『三流メディアの仕事』と勝手に分類するか、あるいは自己規制という蓋を慌てて被せるかのいずれかであった」と批判したうえで、筆者自身もテレビメディアの一端を担う仕事を請けることで、「かつて批判の矛先を向けていた人々と同じように、あえて人気者を作る作業に関わっているのではないか」という疑念に捉われる時を「繰り返し恐れる」と述べています。
 ≪第二幕≫「その人脈と側近たち」では、「小泉の経済政策は表向き竹中の手中にある」が、実際は、財務官僚のブレーンが存在すると報じ、「小泉の経済政策の介在する人物図」を、
(1)竹中平蔵を象徴とした経済財政諮問会議のグループ
(2)母校でもある慶応大学を中心とした経済・財界人脈
(3)丹呉という強いパイプ役を生かした財務省人脈
の3つのグループに分けられるとしてきたことについて、「厚生族だとばかり思っていた小泉が、実は生粋の大蔵族であり、その政治人脈も大蔵省に連なっていることはそれまであまり知られていなかった」ことや、「慶応人脈を重宝し、その古い人間関係を腐らせずに維持してきたことは、巷間『冷酷』と評されてきた小泉のまた違った一面を見る思いがした」と述べています。
 ≪第四幕≫「小泉外交――北朝鮮」では、ある外務省キャリア官僚の言葉として、「ここまで日本の外交を滅茶苦茶にしたのは、眞紀子外相もさることながら、放置してきた任命権者としての小泉首相の責任が一番重い」と報じてきたことについて、「拉致事件に関しては、政治家だけの責任に帰すのは甘えがあると言わざるを得ない。北朝鮮報道に関しては、おそらくすべてのメディア、ジャーナリストがその過ちと不明を認め、謝罪すべきだろう」と述べています。
 そして、「政治とは、すなわち結果責任である。周囲の反対を押し切ってまで自説を貫く小泉のパーソナリティがなかったら、訪朝はあり得なかった。結果として、二度の訪朝を通じて、小泉は5人の拉致被害者とその家族を日本に奪い返した。たしかに、日朝平壌宣言などにも見られるように、小泉の政治手法は多分に『結果オーライ』の要素を含んでいる」と述べています。
 ≪第五幕≫「抵抗勢力の反撃」では、「竹中は運と小泉からの引きを待って拱手傍観している男ではなかった。着々と布石を打って、現在の地位に登りつめたのだ。政治家異常に周到に、竹中は政治闘争を戦い抜く術を身に付け、権力を獲得する準備を怠らなかったのだ」と報じたことについて、「当時のマスコミ報道では、竹中には政治志向はまったくなく、絶対に政治家にならないという観測が大半だった」としながらも、「竹中のことは分かっているはずだ、という根拠のない過信と、このときの取材で培った情報ソースの正確さをいいことに、それ以降の取材を怠った」ことで、「後に大誤報(後述・第九幕『竹中総理』)をやらかすことになる」と反省しています。
 ≪第六幕≫「靖国参拝」では、「皮肉にも、6回に及ぶ小泉の靖国参拝が、靖国問題を改めてクローズアップさせることになった。中国、韓国のみならず、米国までが関心を寄せるようになった。また、国内でも、靖国神社、日本遺族会、旧厚生省を巻き込んだ一大論争に発展したのだった」と述べています。
 また、御厨貴が小泉の政治姿勢を「説得せず、調整せず、妥協せず」の「三無主義」と呼んでいることについて、「国内政治で貫いた政治手法を、小泉は外交にも使った。ただそれだけなのである」と述べ、2006年8月15日には、「小泉の迎合しない政治姿勢は、最後の最後にまたしても成功を収めた。そしてわたしを含めたメディアは、この瞬間、再び敗北を喫したのだった」と述べています。
 ≪第七幕≫「重要法案」では、「小泉政権5年半で成立した法案の中から一本を選べといわれたら、私は躊躇なくこの有事法制を挙げる」と述べるとともに、「小泉首相は時に涙を流しながら、これまで数々の政治判断を下してきた」として、「小泉政治の『功』を挙げろと問われれば、拉致問題、ハンセン病、ドミニカ問題の3つの決断だと即答することにしている」と述べています。
 ≪第八幕≫「郵政選挙」では、郵政選挙の「最大の敗者」は、「小泉の欺瞞を見抜けなかったすべてのメディアだと考える」として、2005年夏の郵政選挙を、「ジャーナリズムにとっての『敗北の墓碑』だと断言する」と述べています。
 ≪第九幕≫「後継者たち」では、「小泉&ブッシュ『竹中平蔵を次の総理に!」10の理由」を報じたことについて、「まったく愚かな記事である。これまでの取材の中で得た小泉・竹中の特別な人間関係の情報に引き摺られ、取材が単調になって、そして冷静な分析を失った結果がこのありさまである」と酷評しています。そして、「多くの反論が寄せられ、いくつかのメディアで批判され、何人かの記者からは嘲笑された」と述べています。
 そして、「この記事を書き終えた直後、私は、自身がずっと批判してきた日本の政治報道の手法に、どっぷりと浸かっていることに気づいて愕然となった」として、「この種の政治予想や人事予測は、ジャーナリズムの仕事とはまるで遠いところにある」理由として、「前打ち記事は権力監視にはまったく繋がらない。単に権力の道具として利用されるのがオチだからだ」と述べています。
 また、「署名で記事を書くことは海外メディアでは常識である」が、「執筆者を探そうにも、署名のない新聞記事ではそれもままならない。政治に責任の所在を求める割には、自身の説明責任は一顧だにしない。はたして相した新聞に小泉を責める資格があったのだろうか」と指摘しています。
 ≪閉幕≫「兵どもが夢の跡」では、「小泉純一郎ほど、派閥政治に精通していた政治家はいない。首相になるまでの約30年間、派閥の外にいるようで、実は一貫して閥務の中枢に絡んできた」として、「小泉こそが派閥政治の申し子である。そしてそれゆえ、派閥解体の梃子の使い方を熟知していたのだ」と述べ、「同様に小泉ほど選挙の強い政治家はいない」と評した上で、「権力闘争に勝つための手段として、小泉ほどあらゆるものを利用した政治家は見当たらない」、「最も見事に利用したのは、他でもない、結局5年半経ってもなお利用されたことにすら気付かないわれわれメディアなのである」と指摘しています。
 そして、「小泉の登場によって、永田町の鬱屈した政治風土に風穴が開き、硬直した政治システムは激変した。」と述べるとともに、「日本のジャーナリズムが権力との緊張感を失ってすでに久しい」が、「皮肉なことに政治とメディアの緊張関係を、政治の場に思い出させたのは他ならぬ小泉純一郎であった」として、「オフレコを廃し、1日2回テレビカメラの前に出て直接国民に語り掛ける。事前に記者からの質問を気にする風もなく、曖昧な言葉の世界に逃げ込むこともしない。親しいジャーナリストにも非常を貫き、自身は政治的なリークを行なわない」と述べています。
 ≪結論≫「ジャーナリズムよ率直であれ」では、本書の目的が、「小泉純一郎という不世出の政治家の5年半を検証するもの」であるが、「本当に私が目指したのは、自身の記事を批判するという『自爆行為』によって、日本のメディアの観衆を打ち破り、権力との健全な緊張関係を取り戻したい、という目標の実現にほかならない」と述べ、残念ながら日本のメディアが、「緊張関係を維持しようとするどころか、構築さえされていない」と指摘し、「自らの失敗には目を瞑りながら、取材対象に対しては匿名で批判を加える報道姿勢に私たちジャーナリストはいったいいつまで甘え続けるのだろうか。むしろ、私たちジャーナリズムに賭けていたのは、小泉首相に見られる率直さだったのではないだろうか」と述べています。
 本書は、日本のジャーナリズムの「自爆」を、自らの身をもって指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、過去の自分の記事を寄せ集めただけのよくあるお気軽本のようなものでもありますが、5年半の間、特に初期は評価の定まらなかった小泉政権に関するものだけに、普通ならばお蔵入りにするような失敗記事や大誤報についても、それをネタにして検証する姿勢は望ましいものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日本にジャーナリズムはあるはずだと思う人。


■ 関連しそうな本

 飯島 勲 『小泉官邸秘録』 2008年01月30日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 清水 真人 『官邸主導―小泉純一郎の革命』 2007年03月19日
 御厨 貴 『ニヒリズムの宰相小泉純一郎論』 2007年03月08日
 竹中 平蔵 『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』 2007年11月05日


■ 百夜百マンガ

私を月まで連れてって!【私を月まで連れてって! 】

 エヴァのエンディングテーマとしても知られる「Fly Me to the Moon」を日本語に訳すとこんな感じ。小学生のときに取り寄せた小学館の目録でそのタイトルが印象に残っていました。

2008年4月10日 (木)

働くパパのための「幸福な家族」のつくり方

■ 書籍情報

働くパパのための「幸福な家族」のつくり方   【働くパパのための「幸福な家族」のつくり方】(#1176)

  あいはらひろゆき, 読売広告社ネオパパ研究プロジェクト
  価格: ¥1365 (税込)
  日経BP社(2007/2/15)

 本書は、「かつては『やり手ビジネスマン』としてあこがれの存在でもあった、家庭を顧みない仕事人間たち」が、「いまやすっかり時代遅れと見なされ」、「家族があこがれの対象になっている」時代に、若い父親予備軍からの多くの支持を集める「新しい父親のスタイル」を提案しているものです。
 第1章「『幸福な家族』のつくり方」では、父親たちのとっての最大のテーマとして、「仕事と家庭の両立」を挙げ、「日本ではワークライフ・バランスと言えば、働く女性の育児問題だという認識が特に強い」が、「これは実は、父親にとっても重要な問題」だと指摘し、労働問題の先進地域である北欧諸国の施策として、ノルウェーの「パパ・クオータ制」やスウェーデンの「サバティカル休暇制度」、フィンランドの「ジョブローテーション制度」などの父親も対象にした長期休暇制度を紹介しています。
 そして、ワークライフ・バランスの実践のための提案として、「わがまま社員」になる勇気を持ってほしいと述べ、「わがまま」な仕事の仕方で生きていくためには、
・仕事の実力をつけること
・スケジュールや内容以外のことでわがままは言わないこと
等を挙げ、「仕事に対して、いい意味でわがままになることは、仕事の質や能力を高めることに通じる」と述べています。
 また、「仕事と家族の狭間で動きが取れなくなる」時には、「いま、本当に重要なのはどっちだ?」と自問する「プライオリティ・シンキング(優先順位発想)」を徹底すると述べています。そして、「会社と違って、家族はぼくらのがんばりに、ちゃんと理解を示してくれ」、「ぼくらのがんばりに必ず応えて」くれると述べ、「だからこそ、綱渡りのようなハードな生活でも、何とか頑張っていける」と述べています。
 著者は、「幸福な家族」を、「総合的人間力に満ちたメンバーが円滑なコミュニケーションを行なう家庭」であると述べ、「かつて、会社と社員が、そしてその家族が密接に繋がっていた時代には、家族のブランドシンボルは父親」だったが、「ぼくらにとっての『幸福な家族』づくりとは、オンリーワンの家族ブランドをつくること」であると述べています。
 第2章「いまどきの父親たち(ネオパパ vs オールドパパ)」では、「ネオパパの特徴」として、
(1)父親を楽しむ――とにかく前向き、積極的!
(2)親子で共通の夢や目標を持つ――子どもと一緒に体験したい!
(3)積極的な子ども消費――子供服選びは最高!
(4)幼い頃からの教育環境重視――お受験ブームの先導者
(5)子どもの食は父親の担当――情報収集は欠かせません!
(6)子どもとの会話重視――テレビよりも食事、絵本だ!
(7)子どもと街を歩くのが大好き――娘連れの姿を見られたい!
(8)かっこいいパパでありたい――おしゃれは自己証明なんだ!
の8点を上げ、「家族を愛し、ときに甘やかしや消費専攻になりながらも、父親として子どもとのコミュニケーションや子育てでの関わりを積極的に楽しもうとしている父親たち。そして、いくつになってもおしゃれで、素敵な男としてありたいという意識を持ち続ける父親たち」という「新しいタイプの父親=ネオパパ」が増えてきていることが「データからも裏付けられた」と述べています。
 第3章「ネオパパ、3つのタイプ」では、父親のタイプを、「情報感度の高さ」と「個性、自分らしさ重視か保守的、社会性重視」かの2つの軸で分類し、ネオパパについては、
(1)コンサバ優秀パパ:まさに「優等生」で、子どもに英才教育を施し、理想の家族像を作ろうとしている。
(2)ちょいモテ志向パパ:遊び人で見栄っ張り。でも、奥さんや子どもには頭が上がらない「ダメパパ」の面も持っている。
(3)らしさ追求パパ:「自分らしさ」にこだわり、消費や流行にも惑わされることなく、生粋の家族志向でもある。
の3つのタイプに分け、「あえて言えば、子育てへの積極性、父親であることを楽しむ姿勢は『コンサバ優秀パパ』がトップ、仕事より子育て、そして子育ての楽しさについては『らしさ追及パパ』がトップ」であると述べています。
 第4章「オールドパパたちの安穏と苦悩」では、オールドパパを、
(1)住圧ローンパパ:幸か不幸か向上心がなく、自分の現在の生き方に疑問を持つこともないので、結果として生活への満足度は比較的高い。
(2)ふわりさまよいパパ:会社からも家族からも離れ、行き場を失った苦悩するパパ。
の2つのタイプに分け、特に(2)に関しては、「なんらかの方法で、家族や子どもたちにもっと愛情を向けるようになってほしいと思わずにはいられません」と述べています。
 終章「『幸福な家族』づくりは今日も続く」では、著者が講演会で話す最近の父親たちの変化について、
(1)とても共感したり、興味を示す人:30代前半が多く、自分が思い描く理想の家族像に近いものを感じてくれている。
(2)そうでない人:40代の管理職の人が多く、「ぼくのまわりには、あなたが言うような父親は見当たりません→私は、そんな父親になりたいとは思わない」と一様に反応する。
とに大きく分かれると述べています。
 そして、著者が、「朝起きてから夜寝るまで、分刻みでスケジュールをこなす、まさに『ジェットコースターライフ』そのもの」の「仕事と家庭の両立で、息つく暇もない」生活を楽しむことが出来るのは、それが「ぼくら家族のスタイル」だからだと語っています。
 本書は、軽い書き振りの中に父親の責任の重さを感じさせる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、20代後半の頃にバブル期を体験している広告代理店社員だっただけに、旺盛な消費やファッションやブランドへのこだわりを隠さないところなどに、なんとなく世代の違いを感じてしまいますが、40代のお父さんが「ネオパパ」を標榜してくれるのはありがたいことです。


■ どんな人にオススメ?

・自分は「ネオ」か「オールド」かが気になる人。


■ 関連しそうな本

 小室 淑恵 『新しい人事戦略 ワークライフバランス―考え方と導入法―』 2007年08月22日
 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
 玄田 有史, 斎藤 珠里 『仕事とセックスのあいだ』 2008年01月10日
 パク ジョアン・スックチャ 『会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案』 2006年10月13日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日


■ 百夜百マンガ

社長DEジャンケン隊【社長DEジャンケン隊 】

 元々は芸能人とか有名人とかガチャピンとかにターゲットを定めていましたが、やっぱりおごってもらうなら社長でしょうか。

2008年4月 9日 (水)

貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊

■ 書籍情報

貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊   【貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊】(#1175)

  永田 宏
  価格: ¥693 (税込)
  集英社(2007/10)

 本書は、「ほとんどあらゆる科目において、すでに医師不足が限界にまで達しつつある」という現実を、「他ならぬ厚生労働省の資料に基づいて明らかにしていこう」とするものです。
 第1章「表面化する医師不足」では、医師不足が表面化したターニングポイントを、小児救急病院の36時間勤務に耐えかねて病院を去る医師が出始めた2000年前後においています。
 そして、「医師たちが地位も名誉もかなぐり捨てて、医療現場から逃げ出していく」という国立循環器病センターの出来事を、「まさに日本の医療が置かれた現状そのものを象徴しているのかもしれない。そしてその根底にあるのが、深刻な医師不足なのである」と述べています。
 第2章「医師不足は現実である」では、厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」の資料を元に、「すべての医師が週48時間のみ勤務すると仮定すると、2004年において9000人の医師が不足していることになる」が、「報告書の中には、9000人が不足しているとは書かれて」おらず、「厚生労働省は、口が裂けても医師不足とは言わない覚悟なのかもしれない」と述べています。
 そして、1986年から2006年までの4つの報告書を比較し、「文字通り、大本営発表である。20025年頃には医師が過剰になるというお題目が最初からあって、それに沿うように辻褄を合わせているとしか思えない」と指摘し、「高齢の医師たちが死ぬまで一人前の働きをするという、無理に無理を重ねた仮定の上に立って計算すれば、2022年には医師が必要数に達すると言い張っている」と述べています。
 著者は、「医療経済学のドグマのひとつ」として、「医師の増加が国民医療費の増加を招く」、すなわち「医師が増えることによって、新たな医療ニーズが掘り起こされ、その結果として国全体の医療費が増加するという学説」を挙げ、「日本政府もこれに従って、1980年代後半から医師数の抑制策に乗り出した」と指摘しています。
 また、多くの新聞記事が、地方の医師不足の原因を、「2004年度からスタートした新臨床研修制度に求めている」が、2006年3月に研修を終え、大半が地方に戻らなかった新臨床研修制度の一期生たちが、「都会の病院に就職先を見つけ、そこに定着した」こと自体が、「都会においても医師が不足している事実を間接的に証明している」と指摘しています。
 さらに、日本の医師数27万人が、医師免許を持っている人の人数ということであり、「医療機関で働いている人の数はこれよりも少なくなる」と述べ、「医師のうち、医療施設従事者数は合計で約25万70000人」であり、このうち、「4万30000人余りが医育機関付属の病院の勤務者。平たく言えば大学病院の医師」であり、「その半分が医学部の臨床系の教官」で、「残りの半分が医局員。つまり平の医師」であるとして、「医療にフルに従事しているのは、一般病院の勤務医と診療所の医師の、合わせて21万3000人に過ぎない」と指摘し、WHOの統計では、第68位の韓国や第69位のクウェートと同じ程度であると述べています。
 第3章「なぜ医師は不足したのか」では、「医師の需給に関する検討会報告書(2006年)」が、指摘している理由として、
・医師の地域別、診療科目別の偏在
・患者の入院期間短縮等による診療密度の上昇
・インフォームドコンセント、医療安全に対する配慮の強化
・医療技術の向上と複雑化、多様化
・いつでも専門医に見てもらいたいという患者側の要望の拡大
・医師が作成する文章量の増大
等を挙げた上で、「特に医師の地域別、診療科目別の偏在が大きな原因であって、これさえ解消すれば、不足感も解消されるというのが、厚生労働省の主張だ」と述べています。
 しかし、著者は、医師不足の本当の理由は、おおもとを辿れば、昭和23(1948)年、今から60年も前に遡る話であるとして、戦後の法整備の根幹をなす医療法の施行規則の中に、「人員配置標準」と呼ばれる「病院の従業員の人数に関する規定」があり、「それに基づいて、特に医師、薬剤師、看護師の人数が厳密に決められている」ことが、「後々の判断を狂わせた」と指摘し、もともと、「個々の病院が満たすべき基準だったはず」の人員配置標準が、いつの間にか「日本全体としての医師数を決める基準になって」しまい、「人員配置標準に照らした最低医師数が、日本全体の医師数の上限であるかのように、その意味までも捻じ曲げられてしまった」と述べています。
 著者は、医師不足の原因を、「今から60年も前の、昭和23(1948)年に作られた医師の人員配置標準をずっと引きずり続けたこと、その標準を日本全体の医師数の上限と読み替えてしまったこと、さらにその勝手な解釈に従って医学部の定員を削減してしまったことにある」と述べ、「地方の医療が崩壊の危機に瀕しているのは、人員配置標準を最低限の医師数として地方病院に厳しく押し付けたこと、平均入院日数が大幅に短縮されたことなどが主な原因だ」と指摘しています。
 第4章「医療訴訟が医師不足を加速する」では、「昨今、明らかなミスや不正がなかったにもかかわらず、訴訟に至るケースが増加している。さらに、医学的にはまったく正しい医療行為を行なったにもかかわらず、医師が訴えられるケースも続出している」と述べ、「そのことが現場の医師を萎縮させ、結果として特定の地域や科目における医師不足を加速させている」と指摘しています。
 著者は、「医療とは最大多数の最大幸福を追求する行為」であり、「そのために多少の犠牲が出ることはやむを得ない」という「暗黙の了解が社会的に成されているという前提に立って、医療行為が行なわれている」が、「残念ながら、患者の側にはこのような認識がきわめて薄」く、「今では多くの人が、医療とは本来完璧なものであるという錯覚に陥ってしまっている」と指摘しています。
 そして、「患者にとって結果が好ましくなければ、すべて医師の責任。やったことが医学的に正しくても結果がすべて。そうなってしまったら、医療の根本が揺らいでしまう」と述べ、「医療訴訟は能力の低い医師や不良医師を排除するためには必要だが、優秀な医師までも地域から追い出してしまいかねない諸刃の剣であることに、そろそろ我々も気づかなければならない」と指摘しています。
 第5章「20025年の真実」では、2025年に供給できる医療サービスの総量は、「高々40兆円を少し上回る程度にしか過ぎない」と述べ、「厚生労働省の65兆円という予測には遠く及ばず、日医の49兆円にも達しない」と指摘した上で、外科に関しては、「外科医が3割減って、患者が3割増えるのだから、20025年には患者当たりの外科医の人数が半減する」と述べ、「仕事がきつく、参加と同様、医療訴訟が多いことで有名」な外科に、20代の外科医がそのまま全員踏みとどまるかどうかは、「はなはだ疑問と言わざるを得ない」と指摘しています。
 そして、病院の入院日数が短縮され、医師の集約がさらに進むと、「ほんの数年後には病院外来が事実上廃止されることも十分に有り得る話なのである」と述べ、「病院から締め出された外来患者は開業医に流れることになる」が、「そのとき、開業医は受け皿として持ちこらえられるだろうか」と指摘しています。
 さらに、医師不足の影響が最も大きい救急医療に関して、需要が増大している最大の原因を、「救急車をむやみに呼ぶ患者側にもある」と指摘した上で、さらに年間6万8000回余りにも及ぶ死体搬送の是非が議論に上がるはずだと述べています。
 第6章「イギリスの惨状」では、税金によって賄われているイギリスの医療費を管理し、医療機関に振り分けるためのNHS(National Health Service)について、1980年代のサッチャー政権の医療改革の影響で、医療のための予算が大幅に削られたため、病院の多くが経営難に陥り、現在でも深刻な医師不足をもたらしていると述べ、その結果「待機リスト(waiting list)」という、入院待ち患者のリストができ、「病院はどこでも医師不足で、入院患者の受け入れ能力が極端院低下してしまった」ため、登録後の待機期間が長く、「数週間はザラ。三ヶ月待ちも珍しくないし、中には半年近く待たされる患者もいる」と述べています。
 また、アメリカの医療について、「完全に金持ちのためのもの」であり、「そうすることによって、アメリカは医師不足に対処しているとも言える」と述べています。
 著者は、「医療制度は国によって様々だし、医師不足の様相も様々だ」とした上で、「日本の人口1000人当たりの医指数は、これらの国々よりも少ない」にもかかわらず、患者はどの医療機関を受診しようと、まったくの自由であり、しかも病院窓口で支払う金額はごく僅かであることを、「わざわざ医師不足を助長し、かつ患者がちょっとしたことで医師にかかることを奨励しているようなもの」だと指摘しています。
 第7章「日本が取り得る医師不足対策」では、イギリスの対策が参考になるとして、
(1)医学部の定員を増やす。
(2)国外から医師を輸入する。
(3)患者を国外に輸出する。
の3点を挙げた上で、「国内で医師の大量育成は出来ない。国外からの医師の輸入もままならない。メディカル・ツーリズムを国策として推奨するわけにもいかない」として、「日本はほとんど無策のまま、本格的な医師不足時代に突入してしまうことになる」と指摘しています。
 第8章「医師不足時代を生きる」では、「とにかく金である。いい医療を受けたかったら、それ相応の金を積む以外にないし、それができなければ、それなりの医療で満足するしかない。そういう時代が確実にやってくる」と述べ、「日本に住んでいる我々は、医療は安いものだという錯覚に陥っている」と指摘しています。
 そして、「日本の医療に大きな影響を与えた人物が3人いる」として、
・赤ひげ先生・・・博愛主義
・『白い巨塔』の財前先生・・・権威主義
・ブラック・ジャック先生・・・実力主義
の3人を省庁としてあげ、「多くの日本人が、これら3人をミックスした医師象を思い描いているし、医師になった人たちも、心の片隅でこの3人を意識し続けている」と述べています。
 また、2003年に施行された健康増進法に費え、「国が国民に向けて発した最終警告のようなもの」であり、「もうじき医療が受けられない時代が来るぞ、今から備えておけ」ということを、暗に伝えたかったのかもしれないと指摘しています。
 本書は、とかく個別要因が取り上げられがちな医師不測問題に関して、マクロな視点から問題提起している一冊です。


■ 個人的な視点から

 医師不足問題については、特に地方の公立病院を中心に、医師の厳しい労働条件や医師の偏在、患者のわがままさが取り上げられることが多かったように思いますが、それ以前に、マクロの数字で足りない、そして将来に向けて悪くなる一方というデータを示されることは厚生労働省の官僚じゃなくても暗い気持ちになりそうです。


■ どんな人にオススメ?

・地方の医師不足は医者のわがままだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 小松 秀樹 『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』 2008年01月08日 06:00
 伊関 友伸 『まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生』 2007年12月12日
 兪 炳匡 『「改革」のための医療経済学』 2006年12月05日
 小松 秀樹 『医療の限界』
 小松 秀樹 『慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理』
 樋口 範雄 『医療と法を考える―救急車と正義』 2008年02月11日


■ 百夜百マンガ

山田芳裕傑作集 考える侍・やぁ!【山田芳裕傑作集 考える侍・やぁ! 】

 漫画界において、自分の立ち位置というか居場所を模索しているかのような頃の作品。変なカルトさを狙うでなしに稀有なマンガ家だと思います。

2008年4月 8日 (火)

新聞社―破綻したビジネスモデル


■ 書籍情報

新聞社―破綻したビジネスモデル   【新聞社―破綻したビジネスモデル】(#1174)

  河内 孝
  価格: ¥735 (税込)
  新潮社(2007/03)

 本書は、元毎日新聞者常務取締役である著者が、「ビジネス、産業としての新聞の現在を見つめ、その将来を考え」たものです。
 第1章「新聞の危機、その諸相」では、販売経費率が40~50%強という「相当なコスト高体質」を指摘し、新聞経営者でさえ、「社長になって一番驚いたのが、総コストに占める販売経費の高さでした。費目の中に奨励金とか、補助金といった項目が目について、これを何とかしないと経営はうまくいかない」と思うほどであったと述べています。そして、これが「世界に冠たる戸別配達網」を維持するためのコストであり、「100円で売って50円しか手元に残らない。そこから原料費や人件費を引いたら、ほとんど何も残りません」と述べています。著者は、「それほどのコストをかけて専売配達網・戸別配達を維持する」理由として、この制度こそ「巨大部数の『生命維持装置』であることを、骨身にしみて知っているから」であると説明しています。
 また、「読売の拡張旋風に翻弄され続けた」思い出として、聞いた話として、銚子市内の朝日の販売店が火事で全焼した際に、近くの読売店の店長が、「村八分でも火事と葬式は別」という義侠心から、「新聞を仕分けて折込を挟むための作業台」を貸したところ、読売の担当員は、「敵に塩を送るような不心得な者に読売を販売させることはできない」と「改廃(契約破棄)」を申し渡した、という話を紹介しています。
 そして、「数字は本当に正直」だとして、著者が赴任した70年の千葉県内の各社部数が、「読売29万、朝日22万、毎日18万」で、「郡部では毎日が朝日を上回っていた」が、35年後には、「読売87万、朝日54万、毎日20万」と「完敗」したと述べています。
 著者は、過ぎ去った「幸福な時代」として高度成長期の新聞躍進、部数拡張の理由として、「人口の都市集中と核家族化が同時に進行し、世帯数が爆発的に増加」したことを挙げ、「幸福な時代」が終わったトレンドシフトが、「80年代に始まり、90年代に表面化した」として、「転換点は90年代の初頭。バブル崩壊が国民の生活意識を根本から変えてしまった」ことに加え、インターネットの普及と携帯電話の爆発的普及を外からの変化として指摘しています。
 第2章「部数至上主義の虚妄」では、著者が聞いた最も説得力のある世代論として、勝又自動車会長の、「子どもは親の乗っていた車には、乗らないものですよ」という言葉を紹介し、「朝日新聞と岩波書店の言うことがすべて、みたいな親(世代)に子供が反発するのは、不思議ではありません」と述べています。
 そして、「新聞社が、毎日南部の新聞を印刷し販売店に搬入しているかは、ABC公査を見れば」出るが、「運び込まれた新聞のうち、何部が実際に読者の手に届いているのか、言い換えると何部が販売店に取り置かれている」のかは、「実に深い闇に包まれている」と述べ、「大手の社長で、正確な実売部数をご存知の方はいないのではないでしょうか」と指摘しています。そして、発行本社は、「独禁法と特殊指定によって、『販売店の注文部数を超えて新聞を供給する"押し紙"を禁止」されている」こと、「業界の取り決めで認められている予備紙は、注文部数の2%まで」とされているが、発行本社は、「メーカーとして販売店(卸もしくは小売)から注文された部数を搬入しているに過ぎない」という建前があり、「『新聞を運び入れた後』の全責任は、基本的に販売店側にある」と解説しています。
 著者は、搬入部数と実際に配達されている部数の乖離について、「少なく見積もっても、全国の日刊紙で平均10%の残紙があるとしたら、それ自体が大変なこと」である上に、直接の被害者として、「新聞広告、折り込み広告を出している広告主」を挙げ、「もし新聞社が自ら残紙の存在、その数量を認めたら、広告主、代理店から料金の値下げはもとより、何年か過去にさかのぼって損害賠償請求を受ける可能性が大きい」として、販売関係者が、「口が裂けても言えない」と「ひたすら沈黙を守る理由」があると述べています。
 さらに、折込広告に関しても、「折込代理店が販売店に何部の折込チラシを搬入するかは、長い間の慣行で、業者間の話し合い、販売店の自己申告によって行なわれてきた」ことを、「いささか信じがたい」話として紹介し、スポンサー側からの業界慣行の近代化を求める声の最大の要求が、「搬入枚数は、ABC部数を基準にしてほしい」というものであるが、「それを実行するには市町村別のABC部数をさらに販売区域ごとにブレークダウンしなくては」ならず、「店力差も露骨に出るので、販売店、発行本社は抵抗した」と述べています。
 また、販売店が補助金漬けになっている現状を指摘し、「注文数を増やす→予備紙が増える→ABC部数が上がる→折込収入が増える→本社からの補助金も増える→」のここまではいいが、「この後に読者像がつながらないと、連鎖はいつか破綻」すると述べています。
 さらに、悪質な拡張方法について、ネットで見かけたある学生の書き込みとして、「ドアを開けた瞬間、典型的な"拡張団顔"と目が合った。あわてて部屋に戻ってチェーンをかけたところ、男がドンとドアを開けた。『オレは、いつもは団を仕切っていて現場には出ない。あんたはよかった。ウチの若い者なら、こんな細いチェーン……あんたと俺との間にはこれ一本しかない。六ヶ月取ってくれれば、ここらはうちが仕切っているから二度とうるさいことなしだ』」と粘られた経験が紹介され、「いまだにこのような拡張が行なわれているかと思うと、鳥肌が立ちます」と述べています。そして、新聞業界紙に必ず「お尋ね者欄」があり、「集金を持ち逃げした者、カード料をくすねた者、ひと癖もふた癖もありそうな顔写真が幾つも並んでいる。業界紙に、『お尋ね者欄』があるのは新聞産業だけではないでしょうか」と述べています。
 第3章「新聞と放送、メディアの独占」では、「マスメディア集中排除原則」(マス排原則)について、「新聞事業、テレビ事業、ラジオ事業を同一事業者が所有することを原則的に禁止」等解説した上で、「マス排原則というのは、基本的には新聞という縦系列と、東京キー局という横系列との兼ね合いの中でできあがっている」という放送・通信コンサルタントの西正氏の言葉を紹介しています。
 そして、「マス排原則」を逆読みし、
(1)全国で1つなら20%以上の株主となり、経営支配できる。
(2)支配している放送局と別地域では、他局の株も20%までいくつでも持てる。
(3)同一地域の放送局でも、10%までならいくつでも持てる。
と読み替えています。
 著者は、「噴出したマス排原則違反事件の本質」として、株保有の形態ではなく、原則の核心である、「特定の事業者(新聞や放送局)が複数の放送局を支配することを許さない」方針そのものが、空洞化していることを指摘しています。
 そして、「マス排原則で真に守るべき」ものは、「『新聞とテレビの経営分離』、つまり『言論の独占防止』に絞って厳格に運用する。あとは原則自由として柔軟に運用してゆけばよかったのではない」がと述べています。
 第4章「新聞の再生はあるのか」では、「このままの状態が続けば、新聞界は読売と朝日、局外中立でわが道を行こうとする(行けないと思いますが)日経という『2もしくは2.5」の流れに再編成されていくでしょう」と述べ、「日本の新聞界に第三極が必要」として、「毎日、産経が、中日新聞に『無血開城』」する道を提案しています。
 また、新聞社の財産を、「世界中から自社の記者が信頼できる記事を送ってくるかどうか」、すなわち「人材しかない」と述べ、「新聞の価値は的確なニュース取材ができているか、優れた分析ができるかであって、紙にするか電波で送るかといった伝送路の問題は二の次」であり、「何人が読んだか、ではなく、誰が呼んだかが重要」だという点に「新聞機能を復権させるカギ」があると述べています。
 第5章「IT社会と新聞の未来図」では、「既存のメディアは放送免許の取得とか、大規模な輪転機を購入するといったコンテンツ流通のボトルネックを押さえることで高収益を上げ、新規参入を防いできた」が、「その時代が終わろうとしている」と述べ、「日々のニュース項目を一覧して、関心あるものをじっくり読むという人間の行動パターンは変わらない」ため、「調査報道やスクープで、専門記者集団が活躍する分野は残るに違い」ないと述べています。
 そして、「21世紀の最初の10年間で、業界再編成と健全な合理化を実現できれば、次につながる道が見出せる」として、「毎日新聞社という企業形態が残るとすれば、300~1000種類のニュース・コンテンツを提供するE-ペーパーのサーバー管理会社になっているのでは」ないかと述べています。
 本書は、新聞業界の当事者による「部数至上主義」からの生き残りの道を模索した一冊です。


■ 個人的な視点から

 学生時代に、拡張団に困ったことがありました。アパートの部屋のカギを閉めてなかったら、見るからに「成長期に煙草吸い過ぎた」感じがするミッキー岡野みたいな感じのヤンキーが玄関に入ってきて、「新聞取ってくれるまで帰らない」と言い出したのですが、ちょうど麻雀の面子が集まっているところだったので強気に出たらすごすごと帰りました。
 同じアパートに住んでいた友人はもっと上手で、拡張団からさんざん洗剤やら巨人戦のチケット(何新聞だかわかってしまいますが……)やらをせびった挙句、クーリングオフの葉書を本社に出して解約していました。店にとっては報奨金を払ってしまった後の祭りなので毎朝ポストやらガスの配管の隙間やらあらゆるところに新聞を突っ込んでいきましたが、友人は頑として新聞をとっていることを認めず、「引き取ってください」と張り紙をしてドアの前に山積みにしていました。上には上がいるものです。


■ どんな人にオススメ?

・某巨人戦のチケットを持って押し売りに来る新聞の怖さを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
 池田 信夫 『電波利権』
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』
 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』
 大塚 将司 『新聞の時代錯誤―朽ちる第四権力』


■ 百夜百マンガ

しわあせ【しわあせ 】

 自分がじいさんになったときにこんなカッコイイじいさんになれれば幸せです。色気づいた「チョイ悪オヤジ」なんかより、遥かにジジイの方が素敵なのはなぜ?

2008年4月 7日 (月)

新聞があぶない

■ 書籍情報

新聞があぶない   【新聞があぶない】(#1173)

  本郷 美則
  価格: ¥725 (税込)
  文藝春秋(2000/12)

 本書は、「『透明度』の高い新聞と、『知る権利』への奉仕者としての健全な『新聞ジャーナリズム』を夢見て、三十四年を新聞社の内部で、それなりに改革を訴え、行動してきた」著者による、新聞ジャーナリズムへの警告の書です。
 第1章「ドタッジ・レポート」では、クリントン大統領とモニカ・ルインスキーのスキャンダルを「世界で最初に文字にして公の場にさらした」マット・ドラッジという青年の『ドラッジ・レポート(Drudge Report)』を取り上げ、「ひとりの無名の青年が、新しい情報流通網に載せて、こともなげに流した一種のアングラ情報が、伝統に安住し、情報の世界に君臨していた規制メディアを走らせ、揺さぶり、慌てさせた」と述べています。
 そして、新聞が直面している「情報ビッグ・バン」がもたらした危機の構図を、「自ら誇る『権威と良識』で築かれた編集機能『情報の濾過装置』を武器に、流通情報を牛耳ってきた規制メディア、特にメディアの主力艦だった新聞・雑誌の鼻面を曳き回し、『編集されていない情報』こそが情報だとうそぶいて、規制メディアに対する不信を奏でる振興メディアの騎手」であると述べた上で、インターネットの登場によって、「情報がメディアの頭越しに、個々の情報源から不特定無数の受け手に向けて、直接飛び始めたのだ。しかも、受け手の側からも積極的に発信する、大規模な双方向の情報流通が始まった」と述べています。
 著者は、「現在進行中の『情報革命』は、『権力革命』の性格を併せ持っている」として、「インターネットという新興勢力の朝鮮に揺さぶられている情報帝国のアンシャン・レジーム、すなわち規制メディアにも、こうした革命の必然性が内在している」と述べています。
 第2章「新聞の信頼度調査は何を物語るか」では、「マス・メディアが特定の事象を設定し、ある姿勢を固めて集中豪雨的な報道をする傾向」である「アジェンダ・セッティング」が「マス・メディア、特に新聞の独善を批判する際の主要テーマの一つになっている」と述べています。
 そして、日米の「新聞信頼度調査」の結果を紹介し、「二大新聞王国とされる日本とアメリカで、情報ビッグ・バンの衝撃波をまともに受けた新聞が、読者・国民の信頼の面で大きくぐらついている実態を物語っている」と解説しています。
 第3章「インターネットへ走り出す」では、「インターネットの大衆化で先頭を切ったアメリカでは、新聞業界の危機感は切実で対応も素早かった」理由として、10年間で日刊紙の部数が10%強減っていることを挙げ、「新聞の収益に占める広告収入の比率が7割前後と極めて大きい」米国の新聞は、「急激に伸びてきた電子情報の世界に素早い対応をとり、積極的に参入していった」と解説する一方、日本では、「主として広告集めの有利さを狙って、ひたすら部数第一主義で突っ走った販売競争のひずみを指摘する新聞関係者が多い」として、朝刊のみで夕刊をとらない「セット割れ・単落ち」の増加を指摘しています。
 また、新聞社のホーム・ページのパターンとして、
(1)「紙の新聞」に載っている主要ニュースの要約ないし全文の転載
(2)時々刻々と更新される最新情報を流す
(3)既報のニュースの蓄積データ
の3つのパターンを示し、「これほどまで手を変え品を変えして、各社がホーム・ページの情報に工夫を凝らす」理由として、「情報流通の世界に世紀を超えて君臨してきた新聞の意地」が動機の根底にあると述べています。
 さらに、新聞社のホーム・ページが、「新聞本体から速報系のニュース、蓄積系のニュース、そして企画特集情報といった"魅力ある新聞情報"の供給を受け、これらを目玉にして多くの来訪者を獲得することによって、広告収入を得て成り立つ」という事業像を持つと解説しています。
 第4章「有価証券報告書と記者クラブ」では、新聞が享受してきた特典と問題点として、
・新聞社は、半世紀にわたって事業税を減免されてきた。
・輸入新聞用紙の関税は、特別に減免されている。
・法人税の課税基準になっている減価償却資産・設備の耐用年数について、新聞社には特例が認められている。
・取材に伴なう飲食費は、交際費に参入されない。
・新聞社の株式は自由に売買できないよう法律で定められ、特別に保護されている。
・一部の新聞社は「有価証券報告書」の提出義務を、特別に免除されている。
等の点を挙げた上で、
・「第三種郵便物」の認可が新聞の選挙報道まで規制している。だが、違法状態がゴマ化され、不明朗なもたれ合いの疑惑を招いている。
・特典が絡み、情報源との癒着の温床に。抜本改革を迫られる記者クラブ制度。
等の点を指摘し、「新聞が、情報源から記者室の施設・設備を無償で提供されていることは、さまざまな弊害を生む。中でも、新聞の社会的機能を損ねる原因としてゆるがせにできないのは、その閉鎖性と絡んで、情報源との狎れ合いや癒着が生じ、結果的に報道が画一化され操作させれることだ」と述べています。そして、「省庁から市役所に至る官庁、警察庁、県警本部、政党や特殊法人、農協、一般企業などから、記者クラブに対して行われている便宜供与は、独自のアンケートでわかった分だけでも年間約111億円に達して」おり、その大部分が、「国民の税金でまかなわれている」と指摘しています。
 第5章「宅配制度と表裏の再販制度」では、新聞業界が享受している特典の極め付きとして、「商品の製造元が決めた価格を、卸・小売店などの再販売業者に契約して守らせる『定価販売制度』」を意味する「再販制度」を指摘しています。
 また、「インテリがつくってヤクザが売る」という非難と嘲笑のなか、「独禁法で定価販売を許しているから景品や無代紙が出る。景品や無代紙は、実質的な値引ではないか」という意見が、業界内部からも出ていると述べています。
 第6章「新聞社経営と新聞販売店経営」では、実際の新聞販売店の経営について、「大方の新聞社で、販売経費が何にどう使われているかは、経理部門でさえ正確な把握がむずかしく、販売関係のカネにはまるで軍事費なみの秘密主義、別枠主義が支配している」と述べています。
 また、新聞産業が、「販売店においても広告配布による収益への傾斜を大いに強めている」という「明らかな流れ」を指摘しています。
 終章「新聞に未来はあるか」では、「新聞の根幹を揺るがし、自滅を誘いかねないような問題例」として、「○○新聞社広告局企画・制作」などと銘打たれた広告スペースによる「メディア内メディア」の問題について、「一つの新聞の中に、その新聞社の『編集権』のもとに制作されたページと、広告部門が広告営業の目的で制作したページが同居する姿」が、「読者に2つのスタンダードを押しつけることを意味する」と指摘し、「読者は、新聞社が『編集権』で濾過した上で送ってくる情報に対して、購読料を払っている」として、「読者が第一の顧客であり、その読者に向けた情報であるところの広告を新聞に託す広告主は、第二の顧客なのだ」と述べています。
 本書は、インターネットの台頭と広告主義との矛盾を指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 新聞社がこれほど多くの特典を受けていたことを知ってしまうと、「言論の自由」という言葉も権利というより「特権」といった方が似合うのではないかと思ってしまいます。もしかすると当の新聞記者自身も新聞社がこれほどの特権を受けているということを自覚していないのかもしれません。というよりも、自覚していて何も感じないとしたら、そんな人たちの「言論」とはどれほどの意味を持つのかと思ってしまいます。そんなことすら自覚していない人が情報産業を担っているということも不安ですが。


■ どんな人にオススメ?

・新聞業界が特権階級だということを認識したい人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
 大井 浩一 『メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発』 2008年03月22日


■ 百夜百マンガ

ヤマトナデシコ七変化【ヤマトナデシコ七変化 】

 どうしてもキョンキョンを思い出してしまうのは30代ゆえの悲しさなのでしょうか。それにしてもいい曲でした。

2008年4月 6日 (日)

算法少女

■ 書籍情報

算法少女   【算法少女】(#1172)

  遠藤 寛子
  価格: ¥945 (税込)
  筑摩書房(2006/08)

 本書は、江戸時代に出版された算法書『算法少女』からインスピレーションを受け、その著者といわれている千葉桃三という医師とその娘「あき」の父娘を中心に、生き生きとした町人たちを描いた小説です。
 「花御堂」では、当時の算法の主流派中の主流であった関孝和を祖に持つ関流に学ぶ武家の少年が掲げた「算額」の誤りを指摘してしまう顛末が描かれています。「算額」とは、「算法を勉強している人が、観音さまのおかげで、こんなにむずかしい問題がつくれるようになりましたって、お礼の意味で、じぶんのかんがえた問題を、観音さまに見ていただく」という意味の絵馬のことですが、算額をあげる「ほんとうの目あては、人の大ぜいあつまる場所で、自分の学力を発表し、誇示すること」にあったが、このときには、「それが、かえってうらめにでてしまった」ため、少年から逆恨みを買うことになります。
 「てまりうた」では、筑後久留米藩主にして自身も算法家として知られ、多くの算法家を召抱えている有馬頼ゆき(「ぎょうにんべん」に「童」)から、お姫様の算法御指南役の誘いを受けますが、あきが学んだ算法が、大阪出身の父から学んだものであり、江戸の算法の中心となっている関流の排他性を心配して、ためらう様子が描かれています。
 「九九をしらぬ子」では、木賃宿に泊まっている子どもたちが、読み書き、そろばんも九九も知らないことに、あきがショックを受けた様子が描かれています。
 「雨の日」では、あきの噂を聞いた、関流の宗統が久留米藩邸を訪れ、お姫様の御指南役をめぐって関流の娘と算法比べをすることになってしまう経緯が描かれています。
 「縁台ばなし」では、桃三の友人の谷素外が、「関流の本すじでない算法を習った、それも武家でもない町の娘のあんたが、これほどの算法の実力を持っていると、天下にしらせてやりたい」という思いから、桃三とあきに算法書の出版を持ちかけた様子が描かれています。
 有馬のお姫様の御指南役をめぐる算法比べはついには、関流との算法比べの様相を呈してきますが、そんななか、あきは本多利明という算法家を訪ね、オランダの算法書や『解体新書』を見せられ、「関流だの、上方の何流だのと、あらそっている時ではない」と諭されます。そして、「「女であれ、男であれ、すぐれた才をもっている人は、だれでもおなじように重んじられなければならない」が、「いまこの国では、どんなにすぐれた才をもっている人でも、身分がひくかったり、じぶんたちのなかまに入っていないと、その才能を認めようとしない人がおおい」、「この国がのびていくためには、なによりも、人びとが算法をしっかりと学ぶことが必要」だという本多の言葉に深い感銘を受けます。
 本書は、こうしたメインストーリーに、久留米藩をめぐる陰謀や、何かと桃三・あき父娘の世話を焼いてくれる素外の正体などのサイドストーリーが絡み、「少年少女歴史小説シリーズ」というジュブナイルものでありながら、大人が読んでも十分楽しめる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、1973年に出版され、長らく絶版になっていましたが、実際の教育現場で課題に用いられるなど熱心なファンが多く、復刊ドットコムでの盛り上がりなどをうけ、30年ぶりに復活したものです。自分でも早速注文してしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・数学が人生にとって何の役に立つのか、と思っている人。


■ 関連しそうな本

 小寺 裕 『だから楽しい江戸の算額』 2008年03月15日
 結城 浩 『数学ガール』
 佐藤 健一, 和算研究所 『和算』
 佐藤 健一, 牧下 英世, 伊藤 洋美 『算額道場』
 深川 英俊 『例題で知る日本の数学と算額』
 佐藤 健一 『和算を楽しむ』


■ 百夜百音

Impressions【Impressions】 竹内まりや オリジナル盤発売: 1999

 夫婦は似て来るといわれていますが、「山下まりや」や「竹内達郎」と呼ばれるピッチを変えて女声、男声にすると似ているのは、ボーカルの処理などレコーディング方法に負う部分も大きいのではないかと思います。

『NIAGARA TRIANGLE 1』NIAGARA TRIANGLE 1

2008年4月 5日 (土)

新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩

■ 書籍情報

新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩   【新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩】(#1171)

  今西 光男
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2007/6/20)

 本書は、「新聞の隆盛期といわれた20世紀前半の大正時代から昭和戦前期にかけて、『大日本帝国』の膨張による日中戦争の長期化と戦時体制の強化によって、新聞の自由が次第に奪われ、新聞統制の結果、ついに国策新聞化してしまった『新聞の屈服』を、新聞経営の視点から改めて検証」を試みているものです。
 第1章「新聞はいかにして一大敵国となったか」では、第一次大戦中にわが国最大の産業都市となった大阪を舞台に、「大阪朝日新聞(大朝)と大阪毎日新聞(大毎)」が、「特ダネや速報で激しくしのぎを削っ」ていたことを紹介し、懸賞投票や連載小説「虞美人草」など、イベントの開催が、「新聞販売の拡張手段になり、その知名度の上昇は広告媒体としての価値を高め」、「商業新聞」と呼ばれるようになったと述べています。
 そして、戦争、スポーツ、航空ショーといった大ニュースやイベントが、国民を熱狂させ、「新聞読者を激増させた」ため、「1895年から1901年にかけては、半期ごとに2万~4万円もの純益を上げ、繰越金も雪だるま式に増えていた」として、中でも朝日は、「きわめて高率な出資者(株主)への配当」を誇り、1907(明治40)年上半期には「14割8分」という、「出資金を上回る驚異的な配当を記録した」と述べています。
 また、大朝が、その「自由な論調」により、「読者の知的欲求を満たすとともに、世界の動向や政治問題に目覚めさせた。大正デモクラシーという言われた社会意識の高まりは、新聞を通じて、さらに各階層、地方へと広がろうとしていた」と述べ、「大朝は時の権力から『一大敵国』と名指しされる、権力批判の牙城となっていた」ため、「朝日新聞、とりわけ大朝が、言論弾圧の標的とされたのは、当然ともいえる成り行きだった」と解説しています。
 そして、1918(大正7)年8月に起きた「白虹(はっこう)事件」について、「白い虹が太陽を貫くように見えるのはその国にとって兵乱の兆しである」という故事に基づく表現である「白虹日を貫けり」という言葉を内務省・警察当局に見咎められ、「権力の転覆、あるいは『皇室の尊厳』を冒す疑いがある」として告発されたと解説しています。
 この事件で朝日新聞は大きな打撃を受け、「全面降伏」を余儀なくされた裏の事情として、朝日新聞は、創業期に「政府の機密費からの融資を受けていた」という過去があったことが紹介されています。
 さらに、有山照雄・東京経済大教授の「白虹事件は、日本のジャーナリズムにとって最大の転換点であり、現在のジャーナリズムをも根幹のところから緊縛している」という言葉を紹介した上で、朝日新聞が、「その内部では、経営者と資本家である社主家との間で、激しい暗闘が何度も繰り返され」、その中心となっていたのが緒方竹虎であったと述べています。
 第2章「『筆致』緒方の誕生」では、「筆致」という「正式の役職名ではない」が、「その権威と実力を表現する呼称として、あるいはその体制をさして使われた」言葉について、「新聞者の編集部門・方針を掌握することであり、その最高責任者をさす言葉でもある」と解説しています。
 そして、緒方竹虎が、1912(明治45)年7月30日に、明治天皇が崩御、大正天皇が即位した際、入社1年足らずで、「政治記者にとって最大の取材対象」である「新しい元号はどうなるのか」という大スクープを物にした経緯を述べています。
 緒方は、1925(大正14)年2月に、編集局長に就き、満37歳、政治部長、支那部長を兼務したまま、東朝の筆致を担うことになり、ここに「緒方筆致」が誕生したと述べています。"
 第3章「軍部に抗することはできたか」では、大朝が、「ワシントン会議で示された主力艦対英米6割案に賛同する社説を掲げ、対英米7割を主張する海軍などの姿勢を批判した」こと等を挙げ、「普選運動、軍縮問題とも、大学、新聞が一体となって世論の盛り上げが大きな力になった」と述べています。
 しかし、「大朝の期待とは裏腹に、『武力がオールマイティの時代』がまさに日本を多い、その武力による『猪突主義による顛落』が現実になろうとしていた」として、「その弾圧の嵐は、朝日とりわけ大朝に向っていた」と述べています。
 そして、「大朝がひとり、集中砲火を浴びることになった」理由として、「普選問題、軍縮問題でこれまで共闘してきた東朝が、実は満州事変の直前に『変節』していたから」であったと述べています。
 さらに、「新聞経営にとっては追い風が吹いていた」として、「地方の読者獲得のために、地方版の拡充が行われ、1930(昭和5)年までに一県一版の地方版が完成」し、「出兵している地元紙団の動向などが掲載され、それが大きな目玉になった。従軍している兵士の留守宅では、新聞は不可欠の情報源になった。肉親の安否を知るには現地の特報が載る新聞しかなかった」と述べています。
 第4章「二・二六事件の仁王立ち」では、緒方が「政府に協力的な姿勢をとるようになった」理由として、「首相に就任した先輩の広田や、懇意だった米内光政が、新聞界の代表として、されに個人的相談相手として、緒方を指名した」ことや、「日増しに強まる軍部の構成、軍国主義化の情勢をみて」、「これに歯止めをかけるには、新聞紙上における言論活動だけではもはや難しくなっていると判断し、政府中枢に直接、発言力、政治力を発揮しうる立場に自らを置こうと」したという「計算」があったと述べ、「そのことは、『新聞人』としての緒方の限界を示すとともに、緒方のその後の人生を大きく変えることにつながることになった」と述べています。
 第5章「日米開戦への道」では、日本の前途を憂慮した緒方が、「密かに中国との『和平工作』に取り組んでいた」ことを、「新聞記者本来の職分を逸脱するものであったが、三国同盟の締結、日米開戦の危機という非常時に、このまま、手をこまねいているわけにはいかないと判断した」ためであると述べています。
 第6章「ゾルゲ事件と中野正剛の憤死」では、1941(昭和16)年10月15日朝、「元朝日新聞上海特派員で満鉄嘱託、尾崎秀実が検察当局にスパイ容疑で逮捕され」、「3日後の18日にはドイツ人新聞記者リヒアルト・ゾルゲが、同容疑で捕まった」事件について述べ、「緒方や編集局長の野村秀雄らは尾崎逮捕の極秘情報をつかむや、ただちに事件の朝日への波及を懸念したと思われる」が、「厳しい緘口令がしかれ、朝日新聞にはなかなか情報が集まらなかったであろう」と述べています。
 また、12月8日朝、毎日新聞が、日米開戦の歴史的スクープを掲載した経緯について、東日政治部黒潮クラブ(海軍省担当)記者後藤基治記者らの徹底取材があったとして、ある海軍提督(のちに米内光政だったことが明らかにされる)の私邸に招かれた記者が、提督がトイレに立った隙に、鞄の中の「対米英作戦要項」に「開戦時期は12月1日から10日までのX日」とあったことを覗き見し、提督から、「このカバンの中には、君が見たがっている書類がある。だがこれを見せたら、僕は銃殺される。重臣、大臣でも銃殺だ」と言われたことが述べられています。
 そして、「日米開戦」という新聞にとって歴史的大事件の日に、「朝日新聞は完敗していた」と述べています。
 第7章「『反緒方』のクーデター」では、「東条英機内閣による『ゾルゲ』と『中野正剛』の二つの事件は、『朝日新聞の顔』である緒方竹虎の維新とその社内体制を大きくゆるがした」として、事件の摘発が、「その標的が朝日新聞であり、とりわけ緒方に向っていることを示していた」と述べ、「これまで、緒方が朝日社内で重用され、社主家を上回る実権を振るうことができたのは、緒方の持つ政府や軍部への影響力であり、権力との調整能力があったからだ」が、「時の独裁的権力者・東条英機はその緒方を明らかに敵視していた」と述べています。そして、白虹事件の際と同様に、「権力の弾圧が加えられたときに、それに呼応するかのように、朝日新聞社では社内抗争が勃発する。そうした朝日の体質、社内風土を、政府や軍部はすでに把握していた」として、1941(昭和16)年10月4日付の内閣情報局の調査文書が、朝日新聞の経営体質を「個人商店特有の老舗思想」であり、「諂いが出世の第一」と看破していることについて、「残念ながら、現在の朝日新聞についてもそうだと肯かざるを得ない」と述べています。
 また、「『筆致』としての社論形成や対外的な影響力では緒方は自他共に認める存在だったが、車内のバランスやさまざまな思惑にも配慮しなければならない社内人事については苦手」で「人事について口を出すことも稀だった」と述べています。
 第8章「潰された和平工作」では、戦時体制下に、「統制は新聞社のみならず、取材現場である記者クラブにまで及んでいた。というより、記者クラブ制度の確立が統制の大きな柱になっていたといったほうがいいかもしれない」と述べ、「記者クラブの統制強化で、記者の意識も行動も変化していた」として、緒方が、「一連の情報公開、統制緩和に賛同すると思っていた記者の間から、『色々なことを話していただくのはありがたいが、どの程度記事にしてよいか判らなくなる」との苦情が出て驚いた。身も心も『御用クラブ』になっていた。緒方は検閲を緩和しようと務めたが、実態は変わらなかった」と述べています。
 第9章「統制に屈服した新聞」では、大空襲などで主要交通網が寸断される事態となっても、国民が少なくとも一紙を読めるように、「中央紙と地方史との販売地域を分け、大都市部の印刷設備についても共同化を図る」とする「新聞非常態勢に関する暫定措置要項」が、1945年3月13日に閣議決定され、「この結果、東京、大阪、福岡の三大都市圏以外の道県においては、中央紙(全国紙)は配達をやめ、一県一紙の地方紙のみしか販売できなくなった」とする「持分合同」について解説し、さらに、地方紙の強化のため、中央紙から人材と資材(輪転機など)の提供が行なわれ、「この結果、地方紙の取材力、設備などは著しく強化」され、「戦争末期という非常事態かとはいえ、文字通り一県一紙の独占的支配を確立し、中央紙からの人材、機材によって、最新の技術と編集ノウハウをつかんだ県紙が、戦後、それぞれの県で圧倒的な市場支配(購読率)を確保したのは、この『持分合同』といわれる新聞統制の結果だったのである」と解説しています。
 第10章「新聞にとって『戦争』は終わっていない」では、「戦時下で進められた新聞統制の結果、新聞は大きく変容した」として、1935(昭和10)年ごろには全国で1200あった日刊紙が、統制の結果、1943年にはわずか55社に減少し、「しかも用紙配給や価格の統制、さらには共販体制移行による販売部門の共同化や持分合同によって、新聞は政府の統制下に入った」と述べています。
 そして、「かつて大正時代から、昭和初期にかけて、朝日新聞をはじめとする新聞は時の権力から『一大敵国』視され、さまざまな弾圧を受けてきた」が、「残念なことに、いまや朝日新聞も含めた日本の新聞は、『一大敵国』と呼ばれるような、権力から本当に恐れられる存在ではもはやないようだ。戦時下の新聞統制で作られた新聞業界の棲み分けと与えられた既得権の数々によって、敗戦と占領という激動を超えて、半世紀以上にわたって新聞産業を反映させてきたが、その一方で『権力』によって新聞が『馴化された』面もなしとはしないからだ」と述べています。
 本書は、朝日新聞の歴史を通じて、現在の朝日新聞と新聞産業の危機を訴えている一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、基本的には戦前・戦中の朝日新聞の論陣の中核にあり、時の権力に大きな影響力を持ち、それゆえに権力から追われた「筆致」緒方竹虎の評伝という体裁をとっていますが、そこかしこに、現在の新聞界、特に朝日新聞社に対するメッセージが込められています。本書が元々、「朝日総研リポートAIR21」に連載されていたものを元にしているためということもありますが、人が歴史に夢中になるのは、その中に現在のエッセンスを透かし見ることができるからなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・なぜ各県に「県紙」が一紙だけあるのか疑問のある人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
 大井 浩一 『メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発』 2008年03月22日


■ 百夜百音

ハチミツ【ハチミツ】 スピッツ オリジナル盤発売: 1995

 ヒット曲「ロビンソン」のタイトルは、タイのロビンソンデパートに由来しているそうですが、普通は想像するのは「ロビンソン・クルーソー」か「宇宙家族ロビンソン」なのではないかと思います。

『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection

2008年4月 4日 (金)

地方財政改革の政治経済学―相互扶助の精神を生かした制度設計

■ 書籍情報

地方財政改革の政治経済学―相互扶助の精神を生かした制度設計   【地方財政改革の政治経済学―相互扶助の精神を生かした制度設計】(#1170)

  小西 砂千夫
  価格: ¥3465 (税込)
  有斐閣(2007/07)

 本書は、「近年の地方分権改革、小泉改革の下での三位一体改革、歳出・歳入一体改革の成果を踏まえて、さらなる地方財政改革を進めていくためには、どのような課題があり、それを解決するうえでどのようなビジョンが成り立つかを提示するもの」です。
 著者は、地方財政を見通すときの観点として、
(1)自治体財政論:地方自治体における行財政運営の工夫
(2)地方財政制度論:国として地方財政制度をどのように仕組むことを通じて国全体の地域間バランスと地方自治の保障を両立させる観点
の2つがあると述べ、地方財政にとってのフィールドは、この2つの観点に対応して、
(1)地方自治体
(2)国(総務省自治財政局とそのカウンターパートとしての財務省主計局、経済財政諮問会議、自民党政務調査会など)
の2つがあると述べています。
 序章「制度全体を見通す必要性と市場主義的改革への疑問」では、「一言で言えば、『改革課題の全体像を見えている者が少ない』ということが、現代日本の改革を難しくしている」と指摘しています。
 そして、本書が、「今後は地方財政制度の規模を基本的に大きくし、もちろんそれに伴なう国民負担を伴なう方向で、地方財政制度を構想」しており、国税・地方税は別として、「増税が実現しなければ成り立たないものである」と述べています。
 第1章「地方分権改革の系譜のなかでの三位一体改革」では、地方自治体地方財政のあり方を議論する場合の、「戦後的なパラダイムの転換」とは、「都市と農村のバランス感覚(つまりどこまで経済格差を是正すべきか)の変化という形をとっている」と述べ、1990年代半ばからの分権改革の動きは、「従来からあった戦後的自治の理念実現という宿題だけが原動力ではなく、それとは別の力が働いたからこそ実現した」として、「『都市と農村』のバランスが変化し、これまでの格差是正を行き過ぎと考える時代的雰囲気」を挙げています。
 また、「増税に関する決断ができなければ、地方財政をめぐる不毛な議論は、根本的には解消できない」と述べています。
 第2章「『受益と負担の一致』と財源保障のあり方」では、「あるべき地方財政制度」とは、「財源保障の範囲に十分留意した上で、一定の範囲で財源移転をしながら、団体によってさまざまなレベルの超過課税を実現するように、課税自主権を付与しながら過度の財源保障をしない姿である」、すなわち、「課税自主権を拡大し財源保障の範囲と内容を精査することが重要である」と述べています。
 そして、問われているのは、「財源保障するかどうか」ではなく、「財源保障の対象と程度」であると述べた上で、「多くのエコノミストが共有する見方ほどには、地方交付税がモラル・ハザードの原因とは言えない」と指摘しています。
 第3章「税源移譲と『東京問題』の克服」では、三位一体改革について、「地方財政が原因となった財政赤字の縮小を目指すという課題があり、その一方で、小泉内閣は増税ではなく歳出の合理化を優先させる原則に立ち、任期中の大型増税を封印していたことから、三位一体改革を進める上で、そのなかに財政再建につながる歳出の見直しを盛り込まざるを得なかった」と述べ、このことが、「地方財政計画の歳出の圧縮を促し、その結果として地方交付税(臨時財政対策再を含む)の縮減をもたらした」と解説し、結果として、「歳出と歳入の自治を拡大するはずの三位一体改革が、財政再建のインパクトに押されて、本来のねらいが十分に評価されない結果となった」と述べています。
 著者は、「税源移譲は分権改革には資するが、一方、地方にとっては、地方交付税という財政運営の上の安全弁が縮小することになるので、それもまた大きな課題である」と述べています。
 第4章「地方分権改革における三位一体改革の位置づけ」では、地方分権改革の課題として、
(1)国と地方の法的な関係
(2)国による地方への義務づけ・基準づけの廃止
(3)地方財源の充実
(4)行政体制整備(市町村合併や道州制)
の4点を挙げています。
 また、小泉内閣が、「批判はあるものの、少なくとも変えられないと思われたものを変えてきた」ことについて、「三位一体改革も小泉首相のリーダーシップがあったからこそできたものである」と評している一方、「地方交付税という制度への評価」の姿勢は明確でなく、「財政危機の時代にあってなお税源移譲をすべきかへの判断」については、「国民負担率の引き上げという点を放棄していることで、財務省と総務省を引くに引けない状況に追い込んでいる」と述べています。
 第5章「三位一体改革の過程と成果(2003年度)」では、「基本方針2003」が、「三位一体改革の実現に向けて相当踏み込んだ内容になっており、その後の議論の骨格を決めた部分である」と述べています。
 また、いわゆる「地財ショック」について、「2004年度予算を編成する過程で、12月に地方財政計画の骨格である地方財政対策を発表し、そこで、地方交付税を対前年度6.5%減、臨時財政対策差異をも含めた分では12.0%減とするとした」と述べ、この2004年度の減額によるショックが「相当なものであった」理由として、
(1)相対的に見て2004年度の下がり方は、それまでの年度と比べて大きかったこと。
(2)地方交付税の減額が今後本格的に進むという心理的ショックを与えたこと。
(3)財政力格差が拡大して降り、小規模団体には平均以上の痛みがあること。
の3点を挙げています。
 第6章「三位一体改革の過程と成果(2004・05年度)」では、国庫補助負担金についての地方6団体の改革案を取りまとめる上で、「特に難航したのは義務教育費国庫負担金であった」と述べています。
 著者は、「国庫補助負担金改革は目標額をクリアし、税源移譲の目標額も達成し、施設整備補助金に風穴を開けたという成果はあったが、分権改革という意味では、決定的な成果は得られていない」と述べ、「もう一段の改革のためには、国の地方への関与のあり方を見直す場の設定が必要」であることが、「三位一体改革の限界であった」と述べています。
 第7章「三位一体改革による量的縮減」では、地方財政計画の運営に関して、「まず地方財政計画で枠組みが決まって、その財源枠をいわば団体別に配分する感覚で地方交付税の『算定』が行われる」ということが、「なかなか実感されていない」と述べ、「地方自治体の感覚からすれば、地方財政計画(マクロ)と自らの団体の基準財政需要額(ミクロ)との関係は意外に見えていない」と述べています。そして、「基準財政需要額が決まっても、地方財政計画の歳出が決まるわけではなく、地方財政計画の歳入歳出に合うように、基準財政需要額を算定していくという手順で制度運営が行なわれる」ことを強調しています。
 また、「算定の過程」から事後的に読み取ることができるのは、「地方交付税とはいわば統治の手段であって、総額として確保された財源を、どのように的確に配分するかの配分根拠である」と述べています。
 さらに、「留保財源を経由する影響も深刻である」として、特に2006年度に関しては、
(1)地方税収が伸びているので、留保財源額が大きくなるだけ、地域間格差が広がる傾向がある。
(2)一般財源が伸びずに地方交付税が減っているので、交付税でカバーできる範囲が小さくなり、地域間格差の是正に制約が加わる。
(3)財源総額が変わらない中で、不交付団体が増えたことで、不交付団体と交付団体間の格差が拡大する傾向がある。
(4)決算乖離の是正で、投資的経費から経常費にシフトした部分が大きく、投資的経費のウェイトの高い地域の影響を勘案して、基準財政需要額の算定を行う必要がある。
の4点を挙げ、「これらの要素を打ち消すように基準財政需要額を決めることは容易ではない」と述べています。
 第8章「量的改革としての歳出・歳入一体改革、質的改革としてのビジョン懇」では、竹中総務大臣の私的諮問機関として設けられた「地方分権21世紀ビジョン懇談会」の報告書が、
(1)政府によるガバナンスではなく市場による自治体監視を通じたガバナンスの強化
(2)ミクロの財源保障機能(実需に応じた財源の手当)の縮小
(3)地方財政計画の廃止を含むマクロの財源保障の機能(実務配分に応じた財源保障)の縮小
の3つの柱からなると述べ、このうち最も重要な点として、(3)の「マクロの財源保障の廃止または大幅な縮減」が透けて見えると指摘しています。
 また、「長期では国と地方の税収比率を4対6に近い水準にすること」という点について、「そこで出てくるのは、いわゆる狭義の水平調整であって、富裕な団体の地方税を供出してもらって、それを自治体間の相互で配分し直すという仕組みが想定されていると思われる」と述べ、「それが内国の統治上望ましいといえるかは大いに疑問となるところであろう」とその難しさを指摘しています。
 第9章「分権一括法・新型交付税・破たん法制:神野委員会とビジョン懇の対比」では、ビジョン懇の目指している方向性は確かであるとして、「神野委員会のように、これまでの経験として分権改革の困難さを踏まえつつ改革の成功を目指したものではなく、また現在の地方行財政制度のなかで、どのような分権的改革を、手順を踏んで進めるかに対する検討が十分でなく、成果を性急に求めすぎているといえるのではないか」と指摘し、その原因として、「地方行政制度や地方財政制度のこれまでの制度運営に対するイメージが、ビジョン懇の最終報告では共有されていない」ことを挙げています。
 著者は、「どこまで分権化すべきか、どのような分権改革ならば許容できるか、ということが今後具体的に詰められるべきであって、集権的なものを分権化すれば言いという単純な議論は、分権改革が緒に着いていない時点ではありえても、現在のような改革が一定程度進んだ状況ではすべきではない」と述べたうえで、「三位一体改革が終わった頃から、全国知事会に対するマスコミの風当たりが強くなっている」点について、「有り体に言えばもっと激しく闘えという声がマスコミにもつよく、その論調は根強い」が、「一定の花で改革が進んだ状況では、改革の具体的内容によっては、地方6団体の中で厳しく利害が対立する部分が出てくる」点を指摘しています。
 第10章「地方交付税における財源保障のあり方」では、「地域主権、あるいは地方主権」という言い方は、「一種の勢いのある言葉であって、それは論理的なものとは考えにくい」と指摘し、地方分権とは、「いかに統治する枠組みを作るか」という問題であり、「国が権限・権能をどこまで地方に配分すべきか、その結果として、国は地域バランスをどこまで図っていくかという観点で考えなければならない」と述べています。そして、「全国各地の自治体に、事務配分に相応しい財源を衡平に付与するかという問題意識で地方交付税のあり方を考えることは、統治の課題である」として、「地方交付税を理解しようと思えば、国の側に立って制度運営のあり方を考えることが必要になる」と述べています。
 また、現行の地方交付税の性格として、
(1)国税を財政力格差を勘案して配分する仕組み
(2)厳密に財源を保障する仕組み
(3)国庫補助負担金などの特定財源がなくても地方交付税だけでも財源保障はできる
(4)留保財源の部分を通じて、事実上の財政力格差を内在させ、完全には財政力を均てん化させない
(5)国が地方に原則一律に事務配分ができるフリーハンドを確保させている
の5点を挙げ、このうち(5)に関しては、「わが国の戦後の地方自治の展開では、トレンドとしては、基本的に地方に多くの行政サービスの提供を任せて、都道府県には権能差は原則としてなく、市町村では町村と一般市との間では権能差はほとんどない状態が続いている」ことを可能にしているのは、「地方交付税で財政調整ができるから」であり、その結果、「地方交付税の依存度が高い状態で推移してきた」と解説し、「事務配分の結果として地方交付税があることを基本に発想し、一律な事務配分を是とするかを含めて、今後は考えていくべきである」と述べています。
 第11章「地方交付税の真の問題点と改革のあり方」では、地方交付税について、「総務省がお手盛りで根拠を定めており、地方を甘やかせているという感情論」や「地方財政計画の歳出規模や地方交付税の規模が、総務省の省益に適うという批判」があるという印象論の背景に、「地方財政計画の内容についての無関心がある」と指摘しています。
 そして、地方交付税の制度運営の歴史を振り返った上で、「国税収入の一定割合と地方財政としての財政需要と一致させることは、極めて難しいことである」と述べ、「地方交付税制度の欠陥」は、「地方財政計画の歳出と歳入をリンクさせる仕組みが完全には確立されていないところにある」と指摘しています。
 著者は、「地方交付税制度には、制度としてそれほど瑕疵はない」が、「財政収支を均衡させるには、成長経済でない限りとても無理という現実がある」と指摘しています。
 第12章「税源移譲に伴なう地方税改革のあり方」では、「税源移譲に伴なって、所得税と個人住民税の改革を抜本的に進めることが問題提起されている」が、「地方財源の充実強化を行なう場合に最も深刻な問題は、税源の偏在であって、それを無視して地方税の増収を図ると、不交付団体に税収が集まりすぎて地方交付税で調整できなくなる『東京問題』」や、「財源に乏しい団体の交付税依存度が増してしまう懸念もある」と述べています。
 そして、「税源移譲が進んだことは、小泉政権における分権改革における輝かしい成果である」が、税制に関しては「国税と地方税における個人所得課税の役割分担の明確化と、所得課税としての制度の抜本的改革」、長期地方財政ビジョンにおける税負担率のあり方に関しては、「税源移譲ではない地方消費税の充実強化という総務大臣が打ち出したビジョンを実現させるかという問題」という「大きな課題を突きつけている」と述べています。
 第13章」「道州制・市町村合併と地方財政改革のあり方」では、「道州制などの今後の地方自治制度改革では、都道府県の性格づけを確定させることが要となる」として、「都道府県を法的には自治体都市ながら内実を伴なわなかった戦後的自治の枠組みを再考することから始めなければならない」と指摘しています。
 そして、「道州制とは『くにのかたち』を決めるものである」として、「道州制の必要性として行政改革の観点だけが前面に出ることは決して適切ではない。あくまでも、事務配分の変更を伴なう国家権力のあり方に関する議論として深めていくべきである」と述べています。
 第14章「地方債の協議制移行で何が変ったか」では、2006年度から急激に進んでいる地方債制度の改革として、
(1)許可制から協議制への移行と、それに伴なう実質公債比率という新しい財政指標で、協議制の下での許可団体の適用や起債制限が行われるようになった。
(2)公募債の統一条件交渉の廃止
の2点を挙げた上で、協議制移行をめぐって考えられるポイントとして、
(1)地方分権改革の文脈の中での意図
(2)自治体の起債環境をどのように変えるのか
(3)地方債の安全性はどのように変わるのか
(4)起債管理能力をどのように自己判断すべきか
(5)財政運営の長期的視点を確保する財政分析の手法をどのように確立すべきか
の5点を挙げています。
 第15章「金融市場の論理と地方債のあり方」では、地方債という金融的手段について、「資金がタイトであった時代の感覚が強く、地方債のメニューを細かく分けて、資金を割り当てることで財政措置とするという姿勢で制度運営がされているが、地方債引受けの政府資金のウェイトが小さくなればなるほど、実際に資金を割り当てている部分が小さくなっている」と指摘し、「調達の自由度が高まれば、むしろ地方債を総額として管理指定償還能力を維持し、調達期間を変えることなどを通じて、調達金利を下げたり償還のピークを低くするような地方債管理政策が必要となる」と述べています。」
 第16章「資金繰りと償還能力を踏まえた地方債の発行管理のあり方」では、「一般財政については、発生主義で場襤褸シートや行政コスト計算書を作成しても、新たにできる財政分析の範囲はそれほど多くないと言える」と述べた上で、「経常と投資を厳密に区分すると、いわゆるダブル・バジェットの形となる」と述べています。
 また、地方財政運営において用いられている、
・実質収支比率
・起債制限比率
・経常収支比率
の3つだけでは、「財政状況を網羅的に捉えるという意味では限界がある」と指摘し、「特に、ストック関連データを使った財政指標がほとんどない」と述べています。
 第17章「再生(破たん)法制導入の課題とその姿」では、夕張問題や、地方債制度改革によって、「実のところ厳しく問われるのは、総務省と自治体との関係である」と指摘し、総務省が、「自治体に対して法的権限の範囲で規制を行なう者」である一方で、「地方の利益を代表するものとして、地方の財政運営を可能にするように財源を確保するという側面」があることを指摘しています。
 また、再生法制(地方財政健全化法)の健全化判断比率である、
(1)実質赤字比率
(2)連結実質赤字比率
(3)実質公債費比率
(4)将来負担比率
の4つのうち、最も大きなインパクトを与えると予想されるのは、(2)の連結実質赤字比率であると述べています。
 第18章「これまでの地方分権改革を踏まえた地方財政改革のビジョン」では、著者が考える「改革の7つのポイント」として、
(1)地方財政計画:総額の収支均衡のメカニズムの導入
(2)国庫補助負担金:事務事業の見直しを深化させて
(3)地方交付税:マクロとミクロの財源保障の違いを明確に、算定はむしろ精緻に
(4)市町村の財政構造:財政力格差の容認と権能差の拡大
(5)都道府県の財政構造:市町村補完の観点と東京都のすがた
(6)地方税:移譲ではない負担率の引上げと超過課税の活用
(7)地方債:いっそうの市場化と発行管理能力の向上、財政再建団体制度の強化
の7点を挙げています。
 そして、新分権一括法が、「義務づけ・基準づけの見直しを通じて、地方財政計画や地方交付税の基礎となるものを弱めようとする効果が期待されているように思える」とした上で、「義務付け・基準づけが緩和されても、国が地方に事務配分をしている以上、地方財政計画も地方交付税もなくなることはない」との見方を示しています。
 「おわりに:時代的風潮との折り合いのなかで発想すれば」では、「地方に任せよ」という時代的風潮が、「中央省庁の官僚に対するバッシングと結びついている」と指摘した上で、「地方により多くの仕事を任せ、国から切り離していくことは都市を主役に農村を脇役にすることであって、都市と農村のバランスを分権改革の構図の下で変えることになる」と述べ、「少なくとも制度設計に関わる者は、改革が持っている効果への自覚が必要である」と指摘しています。
 本書は、地方分権がどのようなパワーバランスの下で進んでいるのかの理解の一助となる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書はさすがにボリュームもありましたが、読み応えもたっぷりでした。この4月に財政担当になってしまった人など、現在の地方財政が抱えているさまざまな問題を押さえておきたいという人にとっては、少しハードルは高いかもしれませんが、頑張って読んでみて損はない一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・現在の地方財政をめぐる諸問題を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 小西 砂千夫 『地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計』 2008年04月02日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月02日
 竹中 平蔵 『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』 2007年11月05日
 西尾 勝 『地方分権改革』 2008年04月01日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日


■ 百夜百マンガ

鋼鉄ジーグ【鋼鉄ジーグ 】

 外で関節のところが磁石になった鋼鉄ジーグのおもちゃで遊んでいると、いつの間にか磁石の周りに砂鉄が集まってしまい、関節が滑らかに動かなくなった記憶があります。

2008年4月 3日 (木)

市民社会と地方自治

■ 書籍情報

市民社会と地方自治   【市民社会と地方自治】(#1169)

  片山 善博
  価格: ¥3150 (税込)
  慶應義塾大学出版会(2007/08)

 本書は、前鳥取県知事で、現在は慶應義塾大学大学院教授である著者が、知事時代やそれ以前の自治官僚時代の経験を元に、「本来もっと重視されるべき」である「自治の主役である市民および納税者の意識」を中心にまとめたものです。
 序章「地方自治の現状と課題」では、厳しい財政状況などの現況を解説した上で、「今後の地方自治にとって最大の課題は、正常なチェック機能を作動させる議会を作り上げること」であると述べ、「政府にとっても地方自治体にとっても目下の急務は決して規模の拡大ではなく、質の向上、すなわち透明性の徹底とチェックシステムの確立である」と主張しています。
 第1章「納税者が主役の地方自治」では、「本ら、地方自治の真髄は、住民に身近な現場で生じた問題や課題をその現場に最も相応しいやり方で、しかも、住民の納得の得られる方法で解決することを可能にしている点にある」とした上で、「課題は常に現場にあり、その解決の糸口も現場にある」と述べ、「地方分権とは、巷間言われているような権限委譲や規制緩和のみをさすのではなく、現場と地方自治体、さらに中央政府との間の情報伝達や政策形成過程のベクトルを転換させることであり、それを自ら意識しながら実践することである」と主張しています。
 そして、財政の基本原則を、「出ずるを量って入るを制す。歳出が決まればそれに応じて税の負担も決まる」とした上で、わが国における地方財政運営の現状を、「量出制入ではなく、どちらかといえば量入制出に近い状態にある」と述べ、「この現実は正さなければならない。税に対する納税者の負担感ないし重税感をブレーキにしながら、必要にして無駄のない仕事の量を決め、決められた仕事の量に応じて税負担も変動するという課程が大切だ」と述べています。
 また、「税の使途についての情報公開を促し、支出に無駄がないように監視する役割を果たすのがオンブズマンだとすれば、本来、議会およびその構成員たる議員こそが正規のオンブズマンのはず」であり、さらに、「選挙を通じて住民の代表としての信託を受けている」と述べ、一般のオンブズマンが、一連の公金不正支出や不当流用などを摘示してきたことは、「納税者・住民を代表した正規のオンブズマンである議会が機能不全に陥っていたことと裏腹の関係にある」と指摘しています。
 第2章「税から見つめる地方自治」では、地方法人課税に関して、応益性に対する認識が希薄である原因として、「現在の地方自治の仕組みにおいて、タックスペイヤーとしての法人と行政との間に受益と負担の対応関係を議論する機会がないことがその一因ではないか」と指摘しています。
 第3章「分権時代の地方税制」では、今までの地方税制が、「地方自治の領域に属することであるにもかかわらずほとんど全ての事柄を国が決め、現場である地方自治体や納税者の意向は軽視されてきた」として、「あまりにも課税の現場から遠いところで税制が決まってしまい、現場でうまく機能しないことが少なからずあること」と指摘しています。
 そして、自ら自治省の固定資産税課長を務めた経験として、「固定資産税の仕組みについて一応は理解できたものの、いかなる理念と理由からそういう仕組みになっているのか自ら了解し第三者に説明することができなかった」と語り、「税制を担当する課長でさえも説明できないほどの複雑怪奇な税制であり、まして現場の担当者がそれを理解できず、納税者に説明できなかったからといって決して彼らを責めることはできない」と述べています。
 第5章「日韓地方資産課税比較論」では、「韓国の地方税制の基礎部分は、基本的にはわが国の制度と共通するところが多い」としながらも、韓国における土地政策の中心的理念である「土地公概念」について、「土地に関しては私益よりも公益を優先させるという考え方を基本とし、土地の所有、取引、利用行為などに対して強力な規制を加えることにより、土地登記の排除と地価の安定、さらには富の偏在を是正しようとする政策理念」であると解説し、この概念の由来や背後の思想としては、台湾における「平均地権」の理念および内容を把握することがたいへん便宜であると述べています。
 また、韓国の地価公示制度が、「全ての地目について、また、国公有地を除いた全ての土地について公示地価ないし個別公示地価が定められる」と述べた上で、わが国の地価公示制度との比較として、
(1)すべての地目について、基本的には国公有地を除いた全ての土地を対象としている。
(2)個別公示地価の決定ないし確定に際し、土地所有者からの意見提出と異議申請の権利が認められている
(3)土地評価の公開性とプライヴァシー保護の両立が図られている
の3点を挙げ、「韓国では、わが国のように情報の公開に関して守秘義務との関連で現場の職員が板ばさみになったり悩んだりすることはまずありえない」と述べています。
 第6章「法人事業税の再検討」では、1977年に全国知事会が、地方税法第72条の19(当時)に基づき、「全都道府県が条例で一斉に外形基準を導入することができるような具体的な実施案を提示した」ことについて、これに先立つ1975年に千葉県が、「同条の規定に基づき、一定の業種については所得によらず売上金額を課税標準とする構想を打ち出した」と述べ、同県が、「赤字企業が多い業種だけをねらい撃ちした『いいとこ取り』とも受け取られかねない内容であった」ことから実施を断念する結果を受けたものであったと解説しています。
 また、「外形基準の導入に関しては課税側と納税側の間で大きな見解の差」があるとして、課税側の立場には、
・赤字法人も含めて全ての法人に広く薄く税負担が分任され、より公平な課税の仕組みに近づく。
・都道府県の税収がより安定性を増す。
等の点から、「外形基準の導入は、それまでの課税の仕組みに比べてより望ましい税制」であるのに対し、納税者の側からは、
・所得のないときに負担することには抵抗感がある。
・変動費の固定化につながる。
・欠損法人には担税力がなく、税を支払う余地がない。
などの意見があることを紹介しています。
 第7章「地方議会改革の重要性」では、「従来の中央集権体制の下では、地方自治体に関する仕事の多くの部分を国が決めていたといっても過言ではない」と述べ、「このやり方に慣れ親しんでいると、職員はいろいろな問題が起こるたびに直ちに政府にお伺いを立てることになる」として、「そこでは現場主義という地方自治行政にとってもっとも重要なポイントが欠落していることは言うまでもない」と指摘しています。
 また、地方議会の実態について、「従来、わが国では理想的な議会というもののイメージが少々間違っていたのではなかろうか」と述べ、「議会というものは整然と混乱なく議案を通すべきもの」という固定観念が、「議会人にも住民の側にもあった」と指摘しています。そして、「質問の内容だけでなくその答弁までもがすでに出来上がっているような議会も珍しくない」と述べ、さらには、「それを受けての再質問も、それに対する再答弁さえもすでに出来上がっており、質問する議員も答弁する首長もひたすら原稿を読み合うという無様な有様は決して例外的なことではない」と、地方議会の実態を暴露しています。「ときには次の答弁をうっかり間違えて先に読み上げるような首長もいる」ような議会は、「誰も尊敬しないし、揶揄や嘲笑の対象でしかなかろう」と切って捨てています。
 著者は、知事就任直後の最初の議会で、「私は私が最善だと考える議案を準備して議会に提出する。しかし、私の考えと議員の皆さんの考え方に違いがあることは当然であって、異論や反論がある場合には遠慮なくそれを指摘していただきたい。議場において大いに議論をして、その上で最終結論を得るようにしたいと考える。修正や場合によっては否決があっても構わない。決してそのことを根に持ったりしない」という「脱根回し宣言」をしたと語り、「これが首長と議会とのあるべき関係のスタートであり、敢えて自らの信条を率直に吐露した」と述べています。さらに、「予め決められたセリフをやりとりするだけの議会」を「学芸会」に喩え、それをやらないことを宣言しています。
 そして、議会におけるオープンな議論を始めたことによって、「知らず知らずのうちに県庁という組織の体質にも変化が見られるようになる」として、「職員の間に従来にまして活気が出てきた」ことを挙げ、それまで瑣末な「注意事項や作法」に膨大なエネルギーをつぎ込んできた根回しを止め、オープンな議論によって透明性を保障し、徹底した情報公開を可能にしたことで、「ここまでは言うけれども、ここから先は言わない」という気苦労の多い秘め事に費やしてきた損失がなくなったと述べています。
 さらに、「市町村議会については多様性が存分に認められるべきである」として、「現在全国の市町村議会議員の資格要件は都道府県議会議員と同じであり、それはとりもなおさず国会議員ともほとんど同一である」ことを挙げ、「本当にこのことが必要かどうかはよく考えてみる必要がある」と述べ、「市町村議会の議員が画一的に国会議員などと同じく事実上職業政治家でなければ務められないという現行の仕組みが、果たして妥当するか」と指摘し、「普通の住民が自分や家族、身近な人たちの生活をより良くするために、もっと気楽に市区町村の行政に参画できる機会を得やすくすべきではなかろうか」と述べています。
 第8章「政策的課題I」では、「地方議会の現状は男女共同参画の状態にあるとは到底いえない」として、老若男女ではなく、「老男」に偏っていることを指摘し、老男中心の議会では、「『娑婆』の感覚からは大きくずれてしまう」ことを指摘しています。
 また、鳥取県庁の管理職が男性に偏りがちな原因として、人事システムの「作られた能力差」を挙げ、人事方針を変更して移行、「女性の管理職の数は急速に増えること」となり、「早晩管理職がほぼ男女のバランスの取れた組織になるものと思われる」と述べています。
 さらに、2000年10月6日の鳥取県西部地震の経験から、「大規模災害時における現行常備消防組織のあり方を見直す余地が少なからずあるのではないか」と述べ、県内を3つの圏域に分けた、一部事務組合方式による消防体制の弱点を挙げた上で、「中途半端に広域消防体制を設けて常備消防を強化したために、市町村の防災意識を弱めてしまったとしたら、なんとも皮肉なこと」であると指摘しています。
 そして、鳥取県が、
(1)県と市町村との広域連合方式
(2)市町村から県に対して常備消防の事務を委託してもらうやり方
の2つの消防防災体制を提案したことを述べ、さらに選択肢としては、市町村合併がさらに進み、一つの市町村が平均して合併前の3倍から4倍ほどの区域と人口を持つことになった場合に、「力量が備わった新しい市町村に、現在の一部事務組合に持ち寄っている常備消防の権能を戻す」方法を解説しています。
 第9章「政策的課題II」では、談合を、「いわば税金の『掠め取り』である」と述べ、「結果として、納税者は税金を必要以上に取られることになる」と述べています。そして、最も効果的な「体質改善措置」として、「発注システムを透明化し、チェック機能を作動させること」であると述べ、鳥取県では、「公共事業の発注システム、例えば、入札参加資格、いわゆる格付けの基準などのルールの設定および変更ならびにその運用について、外部の第三者によって構成されている審査会の点検を受けることにしている」と解説しています。
 また、福島県や和歌山県の現職知事が逮捕された事例を通じて、「入札のルール設定の権限が、単純に言えば首長一人の手に委ねられている現行地方自治法の仕組みで果たしていいのか」という問題意識から、「鳥取県では公共工事入札に関するルールづくりに県議会が事実上関与する仕組みを敢えて設定することとした」と述べています。
 さらに、人事・給与に関して、「給与問題について議会本来の機能が発揮されるようになれば、労使はこれまでのように安閑としてはいられない」と述べ、「もはやお手盛りなどが登場する余地はない」と述べ、人事に関しても、「2年連続で評価が最低だった職員のうち所定の改善プログラムによっても改善が見込めないものについて、退職を慫慂し辞めてもらうこととしている」と述べています。
 終章「地方分権時代の地域づくり」では、まちづくりに関する中央政府の数々の支援措置、助成制度が、「現場を熟知している者から見ると大きくずれているとの印象も強い」と述べ、「それは中央政府の各省庁が縦割りの蛸壺の中に閉じこもり、現場感覚に疎くなっていることの結果でもある」として、「このことを痛いほど思い知らされたのは、鳥取県西部地震の復興の時であった」と述べています。
 そして、「寸断された道路の復旧、橋の架け替えなど公共施設の復旧には手厚い補助制度があり、国はこうした復旧には金を惜しまない」が、「住宅の再建や修繕に対する助成制度は皆無に近かった」と述べ、その理由は、「道路がパブリックな領域であり、住宅はプライベートな領域だから」であるが、「住宅再建が叶わず肝心の住民がいなくなってしまったとしたら、そのパブリックなものへの投資は一体何の意味があるというのだろうか」と述べています。
 また、鳥取県が、住宅再建支援に乗り出すことに対して、霞が関の官僚が、「憲法違反だ」と激しく非難したが、「しからば憲法第何条に違反しているのか教えてもらいたい」との問いには沈黙したとして、「これまで霞が関の官僚が『財政上のルール』と素朴に信じ主張していたことが、実は何らの法律上の根拠もない、単なるマインドコントロールのようなものにすぎなかった」と指摘しています。
 本書は、鳥取県という人口60万人弱の都道府県でもっとも少ない人口の県の知事を務めた元自治官僚が、自らの経験を元に現場感覚から地方自治を語った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 人口60万人というと、千葉県内では船橋市とほぼ同じであり、船橋市は衆議院の小選挙区では千葉第4区であるのに対し、鳥取県は2つの区からなることなどから考えると、権能的には県知事ではあるものの、人口規模や組織の規模的には小回りが効く規模だったということもありそうです。だからこそ効果も早く出ようなのですが。


■ どんな人にオススメ?

・鳥取と島根の位置関係がわからない人。


■ 関連しそうな本

 田中 成之 『"改革"の技術―鳥取県知事・片山善博の挑戦』 2006年2月21日
 〈横浜改革〉特別取材班, 相川 俊英 『横浜改革中田市長1000日の闘い』 2005年10月19日
 埼玉新聞社 (編集) 『生き生きまちづくり 埼玉県志木市の挑戦』 2005年04月17日
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 逢坂誠二 『町長室日記―逢坂誠二の眼』 2005年05月27日
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日


■ 百夜百マンガ

ほのぼの君【ほのぼの君 】

 1955年の登場以来、「通算15451回」の「日本の新聞漫画の最長記録」とも言われている作品ですが、この次回作が「ちびまる子ちゃん」だということに時代の流れの速さを感じます。

2008年4月 2日 (水)

地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計

■ 書籍情報

地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計   【地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計】(#1168)

  小西 砂千夫
  価格: ¥2100 (税込)
  日本経済新聞社(2002/09)

 本書は、「いわゆる行革先進自治体のさまざまな試みを念頭に置きながら、地方財政を単に数字の上ではなく、システム全体として健全にするためには具体的に何をすればよいかを明らかにする」ことを目的としたものです。著者は、「役所はその気になれば、整合性の取れた意思決定ができる組織として蘇ることは可能である』との考えを示しています。
 序章「地方行財政は健全化できるか」では、「地方自治体の行財政システムはどうもうまく機能していない、もっと言えば不健全である」と前置きした上で、解決策は、「そのシステムの担い手が、地道に努力を積み重ねていく以外に決定的な方策はない」として、本書が、地方行財政システムの「あるべき改革の設計図」を示そうとするものであると述べています。
 また、著者が、「いくつかの自治体の行政改革に学んだ経験」を踏まえ、「これからの自治体の財政運営のあり方を検討し、改革の包括的プランを示す提言」を行うとしています。
 第1章「破綻に瀕する地方財政」では、小渕・森内閣時代に地方債残高が急増した理由として、
(1)地方税が伸び悩み、財源不足を地方債で賄った
(2)景気対策の後始末
の2点を挙げ、「国費を使わない景気対策として、地方団体に公共事業を担わせ、その財源として地方債を発行させ、その元利償還金の多くの部分(おおむね5割程度)を、当時は比較的余裕があった地方交付税の増額でまかなうこと」とした、「地方単独事業」という手法がとられたため、「地方はわずかな持ち出しで大きな事業ができるように」なり、地方自治体が競ってハコモノ(会館、美術館、音楽ホール、図書館等)を造り出したと解説しています。
 そして、竹中内閣の「ふるさと創生」の流れを汲むこれらの手法が、「その後の地方財政運営に2つの大きな禍根を残した」として、
(1)役所や議会において放漫財政に対する危機感が薄れ、財政規律の弱体化をもたらした。
(2)地方には無駄な公共事業が多く、都会の金にたかって無駄の限りを尽くしているというイメージが定着した。
の2点を挙げています。
 著者は、「地方財政制度は、結局のところ、主役は地方交付税であって、それが他の制度の変更を吸収する側面がある」と述べ、バブル崩壊後の財政運営によって、「交付税及び譲与税配付金特別会計」(交付税特会)は、平成13年度末で40兆円を超える借入金を抱え、「自治体にまったく交付税を配らずに交付税財源を借入金の返済だけに使ったとしても、3年近くかかる計算になる」という「制度としては、もはや崩壊したといっても過言ではない」状況にあることを解説し、「地方交付税は、長年の制度運営の中で、制度ができた当初とは違う部分がたくさん盛り込まれ、それが未整理なかたちでいまに至っている」が、「本来の形に制度を変えていけば」、「決して批判を浴びるような制度ではない」と述べています。
 そして、地方交付税の問題点として、「考え方が悪いわけではなく、量的に大きくなりすぎたことでナショナル・ミニマムの確保という本来の意味から実態として離れたこと」を挙げ、「実態として、最低限の財源保障と財政力の格差の2つの機能を、ときに使い分けて制度運用されてきた」ことが、「現在のように制度のあり方を考える場合の混乱要因となっている」と指摘しています。
 著者は、地方財政の本当の問題として、「行政運営の現場で、全体的に健全な財政運営が進められていくようにシステムが設計されていないこと」であると述べ、その原因として、「戦後の地方自治制度の発達のなかで、国の政策を地方を通じてやらせるというしくみに、させる側の国もさせられる地方も安住したことによるのではないか」と指摘しています。
 第2章「地方財政における『不健全さ』の源泉」では、「国の枠組みで歳入が固定されている状況では、出ずるに応じて入るはコントロールできない」ことから、「全国の自治体からもう交付税はいい、地方税源を充実させよ」という声が大きくなっていることについて、「その意味が全国一律での地方税の増収か、地方税収を増額する裁量権を高めろということなのかは、自治体間でも同床異夢のところがある」と指摘しています。
 そして、地方財政制度に存在する「2つのパターナリズム」として、
・財政再建団体制度
・地方債の発行許可制
の2点を挙げ、前者については、金融機関の護送船団方式のようなモラル・ハザードを生み、自治体の財政運営能力の向上という点でマイナスに働いたこと、後者については、「自治体は放っておくと借金を繰り返し、目先の事業量を確保し負担を後ろに送ってしまうために、財政状況が逼迫する自治体が続出するので、起債制限が必要という保護者意識」があることは否めない、と述べています。
 また、総務省が、自治体に報告を命じている、「経常収支比率、実質収支比率、実質単年度収支、起債制限比率、財政力指数などの財政指標」について、
・外郭団体や出資法人、債務負担行為の動きについては十分に反映されない。
・ストックベースの動きについては十分把握されない。
という問題点を指摘し、「そのような不完全な指標しか提供しなかった責任を、総務省の問題と指摘することができる」としています。
 さらに、財政運営に関して、「大きな金額を扱う割には金融的なノウハウを欠いている点」を指摘しています。
 第3章「地方財政健全化のためのシステム設計」では、薬害エイズ事件で、菅直人が厚生大臣に就任したとたんに、所在不明としていたファイルが出てきたエピソードを紹介した上で、「役所を動かすためには、役人の職責をはっきりさせ、その職務が役所としてやるべきであることを納得させ、結果についてトップは逃げないで責任をとるという信頼を得ることが必要である」と述べ、「役人は基本的に使命感を持っており、外から見えるほどには無気力でも無能力でもない」としています。
 また「政策評価を行えば、ただちに無駄な歳出が減る」という考えが、「科学万能主義に通じる落とし穴である」と述べた上で、「事務事業評価のなかで見過ごされがちであるのは、実は評価ではなく、コストの把握である」として、「人件費というコストを事業評価に際して見直していく作業は、実に有用である」と述べています。
 第4章「財政健全化のための発生主義会計の活用方法」では、発生主義会計を活用するときの方向性として、
(1)発生ベースでコストを把握する習慣や意識を醸成する。
(2)ハコモノの建設・運営コストのライフサイクルでの把握に用いる。
(3)バランスシートや行政コスト計算書を使って債務償還能力を分析し、それを使って地方債の適正な発行額を決める。
の3点を挙げています。
 そして、著者の経験から、「自治体の財政運営上で必要な情報は、バランスシートとは大いに関連はあるが、ぴったり同じではない」として、「完全なバランスシートを作ることは悪いことではないが、そこに記載されるべき情報の一部があれば十分である」と述べ、「バランスシートの導入を、自治体改革の戦略の一つとして結びつけていくためには、バランスシートが表現できる部分を過大に評価しないで、それを役所の財政運営に結びつける方向性と意図を明確にすることである」と述べています。
 また、これまでの地方財政制度が、「債務償還能力そのものを定義して、それを具体的な目標として財政運営をしていくという観点を欠いていた」ことを指摘し、起債制限比率という指標が、「いかにも制度に守られた財政運営という印象」を与え、「自治体としては、監督官庁に許可される範囲で地方債を発行していればいいという感覚で、債務償還能力を自己管理する発想すら持ってこなかった」と述べています。
 さらに、これまでの自治体の財政破綻が、「財政状態のよしあしをすべてフローの数値によって判定してきた」が、「真に財政力の分析」といえるものである「債務償還能力の分析」を行っていなかった点を指摘し、「自治体の場合には当面の資金繰りには困ることはない」ため、「債務償還能力の分析に集中すればよい」と述べています。
 第5章「健全化のための地方財政制度改革」では、「地方財政の健全化が進まないのは、地方交付税に多くの自治体が財源を依存しているからであり、地方交付税を地方税に振り替えていくことで、自治体の自助努力を引き出すべきだという見方」について、「相した奉公での改革は、やり方次第では、自治体間の財政力格差を助長し、地方財政の基盤を崩すような副作用がある」と指摘し、「当面は、地方交付税制度の枠組みや考え方は残した上で、財源保障すべき範囲を抜本的に制限縮小することが重要である」と述べています。
 そして、「地方交付税に期待されていること」として、
(1)交付税によって保障されているサービス水準を今後も下げない
(2)国税・地方税合わせた税負担はいまよりも増えない
(3)自治体間で提供されるサービス水準は財政力が違っても格差をできる限りつけない
の3点を挙げた上で、「地方交付税に対する理解は十分でない」最大の理由として、「どんな自治体でもナショナル・ミニマムを確保する」という交付税の基本的な性格が、「いまや実態とはかけ離れて、『国が用意した制度や政策を運営するに必要な財源を総額として保障する』といった一種のブロック補助金(財政力格差を反映した)になっているにもかかわらず、そのような説明が十分でないこと」であると指摘しています。著者は、「地方交付税はそこで想定されている標準行政が、ナショナル・ミニマムの範囲である間は望ましい制度であるが、それを超えるものになったとたんに、結局は総花的行政を保障し、奨励する手段となって、制度そのものが堕落する」と指摘しています。
 また、「地方交付税は、貧しい団体にぎりぎりの低い水準のナショナル・ミニマムを保障するときにのみ、正当性が主張できる。いわば目的税の文脈に近い」とした上で、「その税目の税収が伸びて、財政需要を上回ってしまうと、目的税ほど始末に負えないものはない。効率性の低い歳出を続ける権利を保証するからだ」と述べています。
 さらに、交付税改革の方向性として、
(1)地方財政計画のもとになっている政策メニューを見直すこと。
(2)地方交付税制度の発足当時の基本的な考え方に沿って、運用を本来の形に戻していくこと。
の2点を挙げ、「財源がないときには調整率をかけて無理をして配らない発想」が必要であり、そのためには、「交付税に盛り込まれた政策メニューを、必修科目と選択科目、すなわち自治体に義務づけられた政策(いわゆるナショナル・ミニマム)と、自主的に選択する部分に分けることが必要である」と述べています。
 終章「自治体に学び、国は財政改革を急げ」では、「地方の健全化を成功に導くノウハウは、国の財政システムの健全化に直接役立てることができる」として、「健全化のための確実な設計図を引くことが、政にも官にも、そして学にも求められている」と述べています。
 本書は、地方財政について、システム全体としての見地からの改革を論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の小西先生には勉強会などでお世話になっています。地方財政のフィールドである、地方自治体と総務省の2つの現場に精通されたうえでのお話は、どちらかに依拠した研究や、理論をベースにした研究にはない力強い説得力があります。


■ どんな人にオススメ?

・地方財政をどげんかせんといかんと思っている人。


■ 関連しそうな本

 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 赤井 伸郎 『行政組織とガバナンスの経済学―官民分担と統合システムを考える』 2006年11月24日
 平嶋 彰英, 植田 浩 『地方債』 2006年12月14日
 白川 一郎 『自治体破産―再生の鍵は何か』 2006年10月30日
 持田 信樹 『地方分権の財政学―原点からの再構築』 2007年03月15日


■ 百夜百マンガ

ブラブラバンバン【ブラブラバンバン 】

 「ブラバン」といえば吹奏楽というイメージがありますが、厳密にいうと「ブラスバンド」と「吹奏楽団」は違うものだそうです。

2008年4月 1日 (火)

地方分権改革

■ 書籍情報

地方分権改革   【地方分権改革】(#1167)

  西尾 勝
  価格: ¥2730 (税込)
  東京大学出版会(2007/7/20)

 本書は、「1993年の国会の衆参両院による地方分権推進決議を出発点とする現代日本の地方分権改革」について、現時点での著者の認識と評価を総括的に提示しているものです。著者は、本書の意図として、
(1)戦後日本の地方自治制度の特徴点を国際比較の観点から再確認する。
(2)地方分権推進委員会による調査審議と勧告を拘束していた諸条件を鮮明に浮き彫りにする。
(3)制度改革の構想には対象にメスを入れる切り口が必要であること、いいかえれば、有機的な複雑系の制度構造を明快に腑分けするキーワードの再構成が必要不可欠であることを指摘してみたい。
(4)地方分権改革と政治構造改革とは表裏一体の関係にあることを強調しておきたい。
の4点を挙げています。
 第1章「戦後日本の地方制度の特徴点」では、日本の地方自治制度について、「集権・分権と融合・分離の両軸を組み合わせた累計区分」において、「集権融合型の特徴を維持してきている」と規定していると述べ、「日本の行政システムを先進諸国並みのグローバル水準に近づけようとすれば、さしあたりまずは、先進諸国に類例を見ない日本に独特の機関委任事務制度を全面廃止し、国と自治体の融合の度合を大幅に緩和することが求められる」と述べています。
 また、明治維新以来の日本の地方制度の特徴点ともいうべき点として、「市町村横並び平等主義と呼ぶべき指向性」を挙げ、
・事務を自治体に移譲または委任する場合には、可能な限り、これを広域自治体である都道府県に対してではなく基礎自治体である市区町村に移譲または委任するという指向性
・市区町村に事務を移譲または委任する場合には、これをすべての市区町村に均等に行なおうとする指向性
の2点を挙げています。
 第2章「第一次分権改革の構図」では、地方分権推進委員会が、発足当初3ヶ月の自由討議において、今後の委員会運営についての基本戦略として、
(1)現行の都道府県・市区町村の地方自治制度を大きく再編成し、地方分権の新しい受け皿を構築しようとする百家争鳴の「受け皿」論議は棚上げにし、現行の地方自治制度の下で可能な限りの分権化を図る。
(2)地方三団体を通して、自治体側の改革要望事項の集約と提出を求め、これらの事項について関係省庁に一つ一つ譲歩を迫り、その積み重ねによって着実に分権化を図る。
の2点を固めていたことを解説しています。
 また、『中間報告』において、「委員会の調査審議の優先順位がかなり明瞭に暗示されていた」として、「機関委任事務制度及び国の関与を最優先し、必置規制と国庫補助負担金の改革を後回しにした」理由は、「後者の方がよりむずかしい課題と判断していたから」であると述べています。
 さらに、第一次分権改革を起動させる契機として、
(1)国会衆参両院による超党派の地方分権推進決議
(2)内閣不信任議決に続く解散総選挙と自民党の分裂
(3)非自民大連立政権であった細川内閣による第三次行革審最終答申の受理
の1993年の3つの事件を挙げています。
 著者は、「第一次分権改革の成果の範囲は、まず地方六団体の総意に依存したところで大きく限定づけられ、次いで関係省庁が同意した範囲内に限界づけられた」として、「まことに身も蓋もない言い方で恐縮であるが、これが厳然たる事実である」と述べています。そして、「自治体関係者は徹頭徹尾これを支援し続けてくれただであろうか。否である」として、「町村会、市長会、知事会に寄せられているのは首長を始め企画調整・総務系統の自治体トポクラートの意向である」のに対し、「自治体の事業部局系統の自治体テクノクラートは中央省庁の官僚と縦糸で結ばれたポリシー・コミュニティに属している」ため、「必置規制の緩和、国庫補助負担金の整理合理化、事務権限の移譲などについては、自治体内部の担当セクションの職員たちが反対に立ち上がることは決して珍しいことではなかった」と指摘しています。
 第3章「第一次分権改革の成果と限界」では、「第一次分権改革の最大の成果は機関委任事務制度を、整理合理化でも原則廃止でもなく、全面廃止したことである」と述べています。そして、委員会が、従前の機関委任事務の振り分け先として、
(1)この機会に事務そのものを廃止するもの
(2)国の直接執行事務に引き上げるもの
(3)自治体の法定受託事務にするもの
(4)自治体の自治事務にするもの
の四類型を設けたが、「ほとんどすべての機関委任事務は(3)の法定受託事務か(4)の自治事務とされた」と述べています。
 また、「機関委任事務制度の全面廃止によって生じる自治体の裁量の余地」について、
(1)条例制定の余地の拡大
(2)法令解釈の余地の拡大
の2つに分かれると解説し、「より重要なのはむしろ第2の法令解釈の余地の拡大の方である」と述べています。
 さらに、国地方係争処理委員会の誕生が「難産をきわめた」にもかかわらず、「ただの一回しか活用されず、それ以来長らくいたずらに開店休業状態を続けているのは、どうしたことか。自治体関係者には国と抗争してでも地方自治の地平を切り開こうとする気概が欠けているのではないか、、と慨嘆せざるを得ない」と嘆いています。
 地方税財政制度の改革については、『第二次勧告』に収録された改革について、
(1)国庫補助負担金の整理合理化
(2)存続する国庫補助負担金の運用・関与の改革
(3)地方税財源の充実確保
の3つの課題に分けられたと述べたうえで、「国庫補助負担金制度による関与には、これまでのような狭義の関与とはいささか性質の異なるもう一つの関与の側面、自治体政策を国の各省庁の期待する方向に『誘導』するというより広義の関与の側面があることに留意しておかなければならない」と指摘しています。
 また、当時の橋本首相から、「都道府県から市区町村への事務権限の更なる移譲」と「国の事務事業の地方移管」という2つの課題を特命として設定されたうち、後者について、「どこからどのように切り込むか」という切り口が、
(1)計画行政体系の見直し
(2)公共事業分野の国直轄事業の都道府県への移管
(3)公共事業分野の国庫補助負担金の整理合理化
の3点であったことを解説しています。
 著者は、地方分権推進委員会の活動の成果について、諸井委員長が、「地方分権改革の道程を登山にたとえ、ベースキャンプを設営した程度のことで、山頂に達するまでのこの先の道程は長く険しい」と語ったことを紹介し、「未完の分権改革」がこの先辿るべき道筋に残されている課題について、
(1)地方税財源の充実確保、いいかえれば地方財政秩序の再構築。
(2)法令などによる義務づけ、枠付けを緩和すること。
(3)事務権限の移譲。
(4)地方自治制度の再編成。
(5)住民自治の拡充。
(6)「地方自治の本旨」の具体化。
の6点を挙げています。
 第4章「第二次分権改革」では、著者の時期区分と用語法として、「2000年4月施行の地方分権一括法の結実した地方分権改革を持って第一次分権改革と称し」、「地方分権一括法が施行された時点以降の地方分権改革を第二次分権改革と称してきた」と述べています。
 そして、地方制度調査会専門小委員会の審議に資するため、2002年秋に、地方制度調査会の「お家芸」である、「事務当局である総務省としては提案しにくいような提案を総務省に代わって調査回復会長から個人的な試案として提出を求めるという方式」に沿って、「西尾試案」を提出した経緯が述べられています。
 また、市町村合併の進展が道州制論議に連動していく道筋として、
(1)市町村合併の進展によって都道府県内の市町村数が激減してしまう都道府県が生じると、都道府県の存在理由を問われる事態に立ち至る可能性がある。
(2)市町村合併の進展によって都道府県内の政令市、中核市、特例市の数が増え、都道府県の事務権限をこれらの市に大幅に移譲しなければならなくなる都道府県が生じると、これほどまでに事務権限が空洞化してしまった都道府県が果たして必要か、都道府県の存在理由を問われる事態に立ち至る可能性がある。
(3)市町村合併を期に、都道府県条例によって都道府県の事務権限を大幅に市区町村に自発的に移譲する都道府県が生じると、これらの都道府県では事務権限の空洞化が進む。
の3点を挙げています。
 さらに、道州成功沿うにっ衝いて論議する際に、「どのような道州制構想について論じ合っているのか、お互いに確認した上でのことにしなければならない」として、これまで提唱されてきた道州制の構想を、
(1)連邦制国家を構成する単位国家としての「州」、「邦」、「共和国」等を想定している構想。
(2)国の直下に位置する、国の第一級地方総合出先機関を想定している構想。
(3)国の第一級総合出先機関としての性格と広域自治体としての性格と併せ持つ融合団体を想定している構想。
(4)都道府県よりも原則として広域の、都道府県と並存する新しいもう一層の広域自治体を想定している構想。
(5)都道府県に変わる新しい広域自治体を想定している構想。
の5つに類型化し、第27次及び第28次地方制度調査会が示した道州制構想では、(1)ないし(3)の構想を却下し、(5)の構想を採用すべきとしたこと、自民党の道州制議連や道州制調査会での議論では、(3)の類型に属す構想が「大手を振ってまかり通っている」ことなどを解説しています。
 著者は、地方分権改革推進委員会に心していただきたいこととして、「先の地方分権推進委員会の調査審議の仕方を決して見習ってはならない」と述べ、その理由として、「各省庁の同意を得られるようなことはほとんどすべて第一次分権改革ですでに達成されてしまっている」ことを挙げ、「地方分権推進委員会には勧告として内閣に提出する改革案を次々に立案する作業に先進することとし、関係省庁を承服させて改革案を実現に移す作業は内閣の責任に属す、と割り切ってしまうべきである」と述べています。
 また、自治体関係者に望みたいこととして、
(1)地方六団体の結束
(2)個々の自治体と自治体職員が自ら最善と考える改革案を積極的に立案し提案していく
の2点を挙げています。
 第5章「集権分権理論の再構成」では、戦後日本の地方自治制度の位置づけについて、著者の教科書から、「日本の地方自治制度は、戦後改革によって、戦前のそれに比べれば大幅に分権化され分離化されたとはいえるのだけれども、以下のような諸点が戦前から戦後にそのまま継承されているので、依然として集権融合型の特徴点を色濃く残している」として、
(1)自治体に対する授権は概括例示方式である。
(2)自治体を国の下部機構として活用する方式、なかでも自治体の執行機関を「国の機関」としこれに「国の事務」の執行権限を委任する機関委任事務方式を多用している。
(3)都道府県と市区町村の間に上下の指揮監督のヒエラルヒー構造を残しているので、依然として集権融合型といわざるを得ない。
の3点を指摘しています。
 また、「第一次分権改革以降今日に至るまでの地方分権改革は、戦後改革移行の地方制度改革において繰り返し論じられてきた市町村優先で事務を再配分しようとする論議や、市町村合併、道州制、広域市町村県、広域連合といった地方自治制度を再編成しようとする論議」を「拡大し自治体の仕事を増やす量的な改革ではなしに、自治体に対する『義務付け』をできるだけ排除し自治体の自由度を高めようとする質的な改革であった」と述べ、「そのためには新しい概念の創出と新しい改革の切り口の発見とが必要であった」と述べています。
 さらに、「国民国家を構成する近代以降の地方自治制度において、自治体が自己責任に基づいて自己決定できる自律的領域(団体自治)の範囲を確定し安定させるため」には、
(1)国民国家の憲法で地方自治の制度保障がなされ、自治体の自律的領域(団体自治)の範囲が国の法律によって確定されなければならない。
(2)この自律的領域(団体自治)の範囲をめぐって国と自治体の間に係争が発生した際に、この係争を憲法と法律に基づいて国の行政府から独立した司法府が裁定する仕組みを確立すること。
の2つの要件が必要不可欠であると述べています。
 著者は、「地方分権改革を政治構造改革であると考えると、地方分権改革においてもっとも重要な論点は、国政と自治体政治を結び付けている陳情政治の構造の改革と自治体政治そのものの構造の改革であるともいえる」と指摘しています。
 本書は、地方分権改革の第一人者、そして当事者であった著者が語る、生々しい、というよりは、自身をしっかりと客観視して語った一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 2000年4月1日の分権一括法の施行から丸8年がすぎました。ちょうど、知事や市町村長などの首長の任期で言えば2期分が過ぎたわけですが、一括法以後、「改革派知事」が話題になったり、それまでの町おこし的な名物市町村長ではなく、全国のトップを走る先進的な改革に取り組む分権時代の申し子的な市町村長が次々と登場するなど、地方自治体の首長が脚光を浴びるようになった8年間だったのではないかと思います。
 『自治体トップの顔に見る分権時代』とかのタイトルで、評伝やインタビュー集を作ったら面白そうです。誰か手がけてくれたら絶対買います。


■ どんな人にオススメ?

・20世紀の自治体の姿はすでに遠い過去になっている人。


■ 関連しそうな本

 西尾 勝 『未完の分権改革―霞が関官僚と格闘した1300日』 2007年04月09日
 西尾 勝 『行政学』
 石見 豊 『戦後日本の地方分権―その論議を中心に』 2007年02月09日
 森田 朗 『会議の政治学』 2006年12月07日
 大森 彌 『官のシステム』 2007年07月30日
 金井 利之 『自治制度』 2007年10月24日


■ 百夜百マンガ

サイボーグ009【サイボーグ009 】

 先日、「とことん! 石ノ森章太郎」で古いテレビシリーズを放送していましたが、個人的には世代的に第2シリーズの「ふきす~さぶか~ぜ~が~」の主題歌が大好きです。当時は、歌詞が難しくてきちんと覚えられなかったのですが。「誰がために」って子どもには読めませんって。

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