« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

2008年7月31日 (木)

論理と心理で攻める 人を動かす交渉術

■ 書籍情報

論理と心理で攻める 人を動かす交渉術   【論理と心理で攻める 人を動かす交渉術】(#1288)

  荘司雅彦
  価格: ¥735 (税込)
  平凡社(2007/8/11)

 本書は、交渉術について、著者が学んできた「理論」に、著者自身の「経験知」を融合させ、「それを誰にでも理解できるように、分かりやすく噛み砕いて説明したもの」です。
 著者は、「交渉術」を、「究極的に社会全体の利益を高めることを目的としたスキルで、理論と実際の経験知の融合によって生み出されるスキルである」と定義しています。
 第1章「相手の心をつかむ――交渉の心理学」では、交渉理論について、「1980年代にアメリカで一つの重要な学問分野となり、近年は経済的利益だけでなく、人間の感情や心理面にもスポットが当てられるようになってきた」と述べています。
 そして、交渉に当たって重要なこととして、
(1)交渉相手は「常識を備えた対等な人間」であることを前提とすること
(2)相手の主張にはそれなりの意味があることを認識し、しっかり耳を傾けることで以下の効果が期待できる。
 (a)ガス抜き効果
 (b)自分が話を「聴く姿勢」をもっていることを、相手にはっきり示す
 (c)相手の主張を全部聴いてしまって、「隠し球」や「後出し」を封じてしまう
 (d)どんどん相手に話をしてもらうことは、相手を自発的に自分御側の情報を次々と開示していくことになる。
などの点を挙げています。
 また、古典的な交渉テクニックとして、
(1)ドア・イン・ザ・フェース・テクニック:最初に大きな要求をして、譲歩という「貸し」をつくってから目的を果たす。
(2)フット・イン・ザ・ドア・テクニック:小さなコミットメントから始めて、大きな要求をしていく。
(3)権威のある材料:交渉のイニシアティブを握りやすくなる。
などの点を挙げています。
 第2章「心を揺さぶる、感性の交渉――ストーリー理論」では、「パワーポイントでの数字や図表の羅列ではなく、優れたストーリーによってこそ人を説得できる」という「ストーリーテリング」について解説し、その最終目的は、「理屈抜きに、観る者、聴く者の『心情』や『感情』を大きく揺さぶることにある」と述べています。
 そして、「交渉」の場において、「相手の『心情』に訴える『具体的事実の提示』は極めて有効」であると述べています。
 第3章「落としどころを見極める――ゲーム理論」では、「交渉というものは、相手の戦略を予想して自分の戦略を立て、相対する形をとるものですから、『ゲーム理論』の理解なくして戦略立案はできない」と述べています。
 また、交渉の落としどころとして、
(1)成立の落としどころ:双方の利益が重なり合う場合、その範囲内であれば必ず「落としどころ」がある。
(2)絶対に成立しない双方の利益が重なり合わない。
の2種類があると述べた上で、「『落としどころ』というのは、交渉の場合、双方が持っている情報を基準にして、どちらも完全な満足は得られないが、成立させないよりははるかにいい。と判断できる条件」であると解説しています。
 さらに、「交渉の武器」となるものとして、
(1)代替的選択肢(BATNA: Best Alternative to a Negotiated Agreement)
(2)オプション:オプションをたくさん持っていることを相手に示すことは、相手をして一目置かせる効果がある。
(3)時間的コスト:合意にかかる時間価値が、他方より安いほうが交渉では有利
の3点を挙げています。
 第4章「確実に攻めるためのツール――クリティカル・シンキング」では、クリティカル・シンキングについて、「論理を最重要としているのではなく、論理を使って検証するように物事を見る」ことであると解説しています。
 そして、クリティカル・シンキングのツールである「演繹法」と「帰納法」について、「この2つのツールを用いることによって、最低限、筋の通った説明ができる」上、「論理的に破綻のない文書を書く基本」でもあると述べています。
 また、帰納法が、「発見した『事象』の質や量、そして『結論』にいたるまでの因果関係が、主観に左右されやすいという欠点」を指摘しています。
 さらに、「もれなく、ダブりなく」という「MECE」(Mutually Exclusive and Collective Exhaustive)について、「極論すれば、ピラミッド構造にならないような主張は、理由のない感情論か、論理破綻を来たした主張ということ」にあると指摘しています。
 第5章「機先を制する交渉のスタイル」では、交渉のときの服装について、「交渉の場では、できるだけきちんとした服装が好ましい」ことについて、「『権威への服従』という心理学的な効果を相手に与える」と述べています。
 また、「相手の情報はなるべくたくさん収集したほうがよい」として、「こちらの情報をまず出させることが大切」だと述べています。
 本書は、交渉理論の基本をコンパクトにまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「交渉術」というと労務交渉の専門家とかビジネス交渉の専門家とかが書いているイメージがありますが、日本の弁護士がこういう本を書いてくれること自体が価値があると思います。内容的には特に目新しいところはないのですが。


■ どんな人にオススメ?

・「交渉術」が実際の交渉で使われているか疑問がある人。


■ 関連しそうな本

 マックス H・ベイザーマン (著), マーガレット A・ニール (著), 奥村 哲史 『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』 2005年07月04日
 ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』 『説得と影響―交渉のための社会心理学』 2006年02月23日
 フランク・ベトガー (著), 土屋 健 『私はどうして販売外交に成功したか』 2006年11月17日
 印南 一路 『ビジネス交渉と意思決定―脱“あいまいさ”の戦略思考』 2005年6月28日
 鈴木 有香 (著), 八代 京子(監修) 『交渉とミディエーション―協調的問題解決のためのコミュニケーション』 2005年09月30日


■ 百夜百マンガ

ラーメン発見伝【ラーメン発見伝 】

 ラーメン王が関わっているからかリアリティのある作品というものになっていますが、ラーメンというものに対する日本人のこだわりの強さを感じる作品です。

2008年7月30日 (水)

合コンの社会学

■ 書籍情報

合コンの社会学   【合コンの社会学】(#1287)

  北村 文, 阿部 真大
  価格: ¥735 (税込)
  光文社(2007/12/13)

 本書は、「合コンという、現代の私たちの出会いを語る上で欠かせない奇妙な装置」を社会学の視点から切り込んだものです。
 第1章「出会いはもはや突然ではない――合コンの社会学・序」では、合コンの魅力の一つとして、「その確実性」を挙げ、個人の私的ネットワークに基づく「友縁」を「最大限に活用」使用と摺る合コンこそ、「現代の社会経済的事情にかなったかたちで創発した新たなシステムだと言えるだろう」と述べ、「そう考えるならが、親が合コンへ行けというのも上司が合コンをしろというのも、実はきわめて自然なこと」だと指摘しています。
 そして、「合コンという場で、自発的な集まりの中で、誰からの干渉も受けずに、出逢おうとしたはずの私たちは、実は、決して自由ではない」として、「合コンでの出逢いにも、階層ファクターが介入する」ことを指摘し、
「私たちは、合コンを通して恋愛すべき相手と恋愛し、結婚すべき相手と結婚することで、社会構造の維持に貢献することになる。
 合コンは、現代の私たちが出逢うために創りだした、そして今や私たちを取り込もうとする、まごうことなき『制度』である」
と述べています。
 また、「合コンのいっそう複雑な矛盾」として、「突然に訪れるはずの出会いを、人為的につくりだしたうえで、さらにその『出逢い』というなまなましい目的を隠す、それも参加者全員で」という点を挙げています。
 第2章「運命を演出するために――相互行為儀礼としての合コン」では、「酔ってばか笑いをしていたとしても、合コンは、規律に従って粛々となされる聖なる儀式だ」として、
(1)よく似たタイプを集める――ジェンダー間/内の均一性
(2)がっつかない、和を保つ――「自然な出逢い」の演出
(3)核心には触れない――階層性の隠蔽
(4)「合コン」よりも「飲み会」――偽装のためのレトリック
などの「基本ルール」を解説し、「合コンはこうして、みんなが楽しめる飲み会を、その中で運命の出逢いを、偽装する」と述べています。
 第3章「運命の出会いは訪れない――合コンの矛盾」では、「合コンでは、目の前の相手に対して二つの異なるメッセージが送られる」として、
(1)「あなたが気に入っている」というメッセージ
(2)個人的な好みには関係なく、「私は合コンの場において適切に振舞える」というメッセージ
の2点を挙げています。
 そして、「合コンにおいて必要な、特殊なコミュニケイション――初対面の男女が軽い話題で盛り上がる――が、特異な人もいれば苦手な人もいる」として、「儀礼はつねに、私たちを拘束するものでもある」と述べています。
 第4章「運命の相手を射止めるために――女の戦術、男の戦略」では、「合コンは、男性が『男』を演じ、女性が『女』を演じる場だ。そしてこのジェンダー・パフォーマンスにおいてこそ、男女は魅力を発揮しようとする」と述べています。
 著者は、「合コンがジェンダー・パフォーマンスの競演の場である以上、男女の出逢いは限りなく虚構に近い」ことを指摘しています。
 第6章「それでも運命は訪れる――合コン時代の恋愛と結婚」では、「合コンで出会い結婚したという経緯」を現実的に捉える人もいるとして、「結婚してよかったのは、もう合コンっていう場にいかなくて済むっていうこと。それぐらい、合コンに疲れてた」という(女性・30代・会社員)の言葉を紹介しています。
 著者は、「かつての村祭りがそうであったように、合コンは、若者がはめをはずして『ハレ(非日常)』を味わい、しかしその後おとなしく『ケ(日常)』に帰っていく、限定的な自由が許された場として機能している」として、「合コンで誰もが味わうあの緊張感や高揚感は、祝祭的なものに他ならない。合コンは、奔放でカオティックにも見えるけれど、実は村祭り同様しっかりと既存の秩序の中に位置づけられている。度が過ぎて秩序を崩壊させないように、囲い込まれた遊びの場だ」と述べています。
 そして、合コンから「降りる」人たちのタイプとして、
(1)物語としての美しさを手放し、現実的に目的達成を果たそうとする人たち
(2)真実の運命の出逢いのため、という理想の物語に固執する人たち
の2つのタイプを挙げています。
 第7章「偶然でなくても、突然でなくても――合コンの社会学・結び」では、「合コンの社会学」が、氾濫する「合コン必勝の法則」を疑い、「社会的経済的格差を超える『性愛の可能性』が発現する場であったはず」の合コンが、「可能にしたのは階層性の隠蔽であって階層性の無効化ではない」ことを指摘しています。
 著者は、「合コンが何かを知ろう。その複雑な力学を、ミクロにマクロに絡まった構図を、わかっていれば飲み込まれることはない」として、「私たちの物語――自分探し――は、合コンの内部にとどまるものではなく、結婚で完結するものでもない」と述べています。
 本書は、大人に縛られない「自由」な仕組みだと思われていた合コンが、社会に組み込まれた「制度」であることを明らかにしてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「合コンの席で適切に振舞える男」っていうのがかっこいいのかどうか微妙な感じがしますが、かつての「村祭り」のような「囲い込まれた遊びの場」だとすると、「盆踊りで粋に太鼓を叩く」とか「山車の上で見事に踊る」とかに近いものなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・合コンの必勝法にかけている人。


■ 関連しそうな本

 山田 昌弘, 白河 桃子 『「婚活」時代』
 赤坂 真理 『モテたい理由』
 白河 桃子 『「キャリモテ」の時代』
 鈴木 由加里 『「モテ」の構造―若者は何をモテないと見ているのか』
 樋口康彦 『崖っぷち高齢独身者』
 土井 隆義 『友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル』


■ 百夜百マンガ

たいまんぶるうす【たいまんぶるうす 】

 暴走族を題材にしたマンガの中でも古典の部類なのですが、問題が、「古典」と変わらないような作品が、このジャンルでは現在も再生産されていることでしょうか。もはや剣豪もののようです。

2008年7月29日 (火)

ブログがジャーナリズムを変える

■ 書籍情報

ブログがジャーナリズムを変える   【ブログがジャーナリズムを変える】(#1286)

  湯川 鶴章
  価格: ¥1785 (税込)
  NTT出版(2006/6/24)

 本書は、前著『ネットは新聞を殺すのか』の続編で、著者のブログ「ネットは新聞を殺すのかblog」をまとめたものです。
 第1章「未来からの予測」では、「放送と通信が融合した場合の究極のサービス形態」として、
(1)ビデオ・オン・デマンド:時間の制約からの解放
(2)モバイル:空間の制約からの解放
(3)参加型メディア:音楽やビデオの制作も流通も一般市民
の3点を挙げています。
 第5章「メディアの定義が変わる」では、「つながるための仕組み」である「融合メディアの近未来」が、「SNSの進化したもの」になると述べた上で、「つながりのメディアによって、ジャーナリズムは今、市民参加型になろうとしている」と述べています。
 第6章「ジャーナリズムとは」では、「今ネット上で起こっている事象の中には、ジャーナリズムとしか形容できないものがある」とした上で、「21世紀のジャーナリズムとは、社会をよくしよう、真実をつかもうとする言論活動のことである」と定義しています。
 第8章「ニュースビジネスの今」では、グーグルニュースについて、「一度離れた報道機関が、いずれはまたグーグルニュースに戻ってくる」と述べ、その理由として、
・グーグルが協力を拒否していた大手報道機関に配信料を支払うことにした。
・グーグルからリンクの見返りに何らかの恩恵を報道機関側が受けているという正式な説明を受けた。
などの、「いろいろな噂が耳に入ってきた」ことを紹介しています。
 第10章「二十一世紀の新しいジャーナリズムの形」では、著者が、米国で受けたジャーナリズム教育の中で、「記者として、してはならないこと十箇条」のうち、
・発表文を元に原稿を書いて、仕事をしている気になるな。
・明日発表される予定のものを、今日スクープして喜ぶな。
の2つだけを憶えていると述べています。
 また、参加型ジャーナリズムの課題、問題点として、「あらゆる情報がネット上に氾濫する中で、伝えるべき情報が伝わらない状況になっている」ことを指摘し、「多くの人にとって必要な情報を流す」という「マスメディア的な機能を残すカギ」は、「一般市民が社会の舵取りにどれだけ参加できるか、一般市民の側にどれだけパワーが移行するのか、にかかっている」と指摘しています。
 さらに、「信頼できる情報の発信という既存メディアの役割」について、
(1)今のところ既存メディアの方が平均点では上だが、今後、ブログなどを通じた優れた情報発信が増え、技術革新によって簡単にアクセスできるようになる。
(2)玉石混交の情報の中でこそメディアリテラシーが育つ。
(3)どれだけ個人の情報発信が盛んになっても、表に出てこない情報というのが存在し続ける。
の3点を挙げています。
 第11章「日本における参加型ジャーナリズムは」では、「日本の参加型ジャーナリズムの近未来像は、市民記者サイトといった一つのサイトの中でだけ盛り上がるという形はとらない」として、「どこかで誰かが発信した情報がネット上の口コミで広がり始め」、「ブログ検索エンジンなどのネット上の話題を見つけ出す仕組み」を通じて「伝播し始めた情報を、既存メディアや、マスメディア並みの影響力を持つブログやサイトが取り上げることによって、その情報はさらに広く伝播する」という形が、「参加型ジャーナリズムの情報伝播の基本的な形」ではないかと述べています。
 第12章「記者ブログ炎上」では、著者と交流のある記者のブログが、「時事問題に関してはっきりと自分の意見を主張していた」もので、これに対する反対意見のコメントに対し、「冷静であれば、誹謗中傷を無視するのか、削除するのか、謝罪すべきところは謝罪すべきなのか、判断できたはず」だったが、「気が動転してしまい、冷静さを失ってしまった」と紹介し、記者の「本名、住所などの個人情報」から、「運転免許証のコピーまでネット上に晒された」ことについて、「よくいえば、無数のネットユーザーが手分けして真実を探り出す分散型の市民ジャーナリズムだった。悪く言えば、ネットユーザーが暴徒と化した魔女狩りだった」と述べています。
 著者は、「マスコミ関係者向けの原稿や講演の中で、視聴者、読者との対話を始めることの重要性」を説いてきたと述べ、ニュースサイトをブログ化した神奈川新聞社の試みについて、「読者、視聴者ともっと対話しなければならないという思いは、マスコミ関係者の間に静かに広がりつつある」と述べています。
 第13章「既存メディアのビジネスモデルは」では、「新聞は牛丼のようなものである」という説を紹介し、「便利さ、サービスも含めて」牛丼であるように、「新聞も牛丼もサービスまで含めたパッケージに価値がある」と述べています。
 第14章「動き出した『恐竜』」では、「ネット全体、社会全体の情報の門番の役割はグーグルなどのネット企業に奪われる可能性が高いとしても、特定の情報ニーズに特化した情報ハブを形成することで多くの報道機関は生き延びることが可能だろう」と述べています。
 本書は、ネットを過大評価も過小評価もすることなく中立な目で見ることを心がけながら、既存メディアの行く末を論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ブログ」という言葉と「ジャーナリズム」という言葉が何となくうまく結びつかないのは、日本の新聞記事の多くが記者クラブへの記者発表を流している、単なる情報伝達手段に徹しているように見えるからでしょうか。
 一方で、週刊誌などの雑誌の記事は当たりはもちろんあるにしても、外れの記事があまりにも多く、「探偵ファイル」と大差ないもののように見えてしまうからなのかもしれません。むしろ、「サイバッチ」の方が、「ジャーナリズム」的な雰囲気を漂わせているような気さえしてしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・「ブログ」に「ジャーナリズム」を感じてしまう人。


■ 関連しそうな本

 ダン・ギルモア (著), 平 和博 (翻訳) 『ブログ 世界を変える個人メディア』 2006年06月22日 06:00
 湯川 鶴章 『爆発するソーシャルメディア セカンドライフからモバゲータウンまで グーグルを超えるウェブの新潮流』 2008年01月25日
 国際社会経済研究所, 青木 日照, 湯川 鶴章 (著) 『ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア』 2008年02月29日
 吉野 次郎 『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』 2008年05月03日
 神田 敏晶 『YouTube革命 テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ』 2008年05月15日
 歌川 令三 『新聞がなくなる日』 2008年03月29日


■ 百夜百マンガ

お水の花道【お水の花道 】

 ドラマ化もされ、「夜の世界」をお茶の間に持ち込んだ作品。これを見て夜の世界に憧れてしまったために「聞いて極楽、見て地獄」を味わった人も少なくないのではないでしょうか。

2008年7月28日 (月)

津波てんでんこ―近代日本の津波史

■ 書籍情報

津波てんでんこ―近代日本の津波史   【津波てんでんこ―近代日本の津波史】(#1285)

  山下 文男
  価格: ¥1,680 (税込)
  新日本出版社(2008/01)

 本書は、「明治以来の近代日本を襲った津波のうち、死者100人以上を数えた8つの津波被害について振り返り、それぞれの津波のときの社会背景と津波の概況、さらには津波防災上の、今日的な教訓」などを論じているものです。
 タイトルの「てんでんこ」とは、明治三陸津波の体験から、「津波のときは、親でも子でも人のことなどは構わず、銘々ばらばらに一時も早く逃げなさい」という意味であると解説されています。
 第1章「節句の賑わいを直撃した狂瀾怒涛」では、1896年6月15日の明治三陸大津波を取り上げ、岩手県の被害は「壊滅的」で、「全半壊流出を合わせて約6,000戸のうち、1人の生き残りもない全滅戸数が728個に上るなど、被災地人口の23.9%に当たる1万8158人が溺死する大惨事となったと述べ、その要因として、
(1)想像を絶するようなものすごい大津波、巨大津波であった綾里村の白浜では、38.2mの地点まで津波が駆け上がり(波高)、記録にある本州津波史上の最高波である。
(2)事前の地震の震度が2~3という弱震であったため、津波を予想したものがなく、しかも端午の節句の夜でにぎわっていたところを完全に不意打ちされた。
(3)当時の三陸沿岸の住民たちが、40年前の1856年にあった安政3年8月の津波の体験から、津波を割りと甘く考えていた。
の3点を挙げています。
 また、当時の新聞、雑誌の記事などから、
・宮城県十五浜村の刑務所から解放された囚人が、逃げる途中、波に浚われて気息奄々としている娘を救助するなど、人命救助に活躍したものがおり「囚人また義気あり」と賞賛された。
・宮城県気仙沼市では、19歳の女性が入浴中に風呂桶のまま流され、翌日、潰れた我が家から2歳になる乳飲み子を、死んだものと諦め、死体を掘り出すために捜したところ、幸運にもみどり児は生存していた。
などの逸話を紹介しています。
 そして、「津波てんでんこ」という言葉について、「凄まじいスピードと破壊力の塊である津波から逃れて助かるためには、薄情なようではあっても、親でも子でも兄弟でも、人のことなどは構わずに、てんでんばらばらに、分、秒を争うようにして素早く、しかも急いで早く逃げなさい、これがひとりでも多くの人が津波から身を守り、犠牲者を少なくする方法せす」という「哀しい教え」であると述べています。
 第2章「海と山から津波攻めの相模湾岸」では、1923年9月1日の関東大地震津波を取り上げ、「東京や横浜での大火の恐怖と記録が繰り返して再現、再録され、年ごとに充実されていったのとは裏腹に、津波の記録は、神奈川、静岡、千葉などの『震災誌』に書き込まれただけで、ほとんど再録されることもなく、掘り起こす努力も全体としてなされてこなかった」ことを指摘しています。
 また、山津波に関しては、根府川駅において、「停車中の列車と乗客らが、列車もろともが消したに転落したところへ海からの津波が押し寄せ、集落は山と海からの津波攻めに遭って、ここだけでも約300人が死亡したといわれている」と述べています。
 第3章「被災地の息子たちは中国の最前線に」では、1933年3月3日の昭和三陸津波を取り上げ、午前3時ころの、氷点下4度から10度という極寒の夜明け前のことであり、「季節的にも時刻的にも、さらには農山漁村の疲弊と貧困の中での戦争突入という社会背景の上でも最悪のタイミングであった」と述べています。
 また、「明治の津波で1800人あまりが溺死した田老村」の場合、「前の津波での死亡者があまりにも多く、生存者があまりにも少なかったために体験を語り継ぐべき人が少なかったこと」や「俗説の類に属する『語り継ぎ』なども被害を増幅させる要素の一つ」になっていると述べています。
 第4章「大戦末期、極秘にされた被害情況」では、1944年12月7日の東南海地震津波について、「開戦記念日」の前日のことであり、厳しい報道管制の下、「被害の詳しい情況はほとんどなく、ただ断片的に『疎開学童は無事』『震害にめげず元気な疎開学童』『日頃の防空訓練の賜物で火事も消し止め』と、勇ましく伝えていた」が、実態は、5万7000戸以上の住宅が全半壊、流出し、1200余の人々が死亡行方不明になっていた」だけではなく、「日本航空産業の心臓部であった東海地方、特に愛知県では、飛行機工場の密集する名古屋の南部が大被害を受け、海軍の主力戦闘機、いわゆるゼロ戦を製作している三菱航空の道徳工場や、海軍の攻撃機などを製作していた半田市の中島飛行機山方工場などが倒壊し、動員されていた少年、少女たちが多数圧死する大惨事にもなっていた」と述べています。
 一方で、「軍による報道管制は日本国民を欺いただけのこと」で、アメリカでは、地震観測網により、「日本の中部で大地震」「軍需工場に壊滅的打撃」などの記事がトップ扱いで報じられ、「震源が日本の遠州灘であることも、被害の中心が東海地方であることも、その被害が並大抵のものでないことも即座に判った」として、「実態は敵方にほぼ筒抜けだった」と述べています。
 第5章「敗戦後の混乱と激震の最中に」では、1946年12月21日の南海地震津波を取り上げ、「太平洋戦争敗戦直後の混乱と激動の最中に襲ってきたこの大地震と大津波も、甚大な被害にもかかわらず、当時、あまり国民的な救援を得られなかった」と述べています。
 第6章「地球の裏側から遙々と」では、1960年5月23~24日の昭和のチリ津波について、「世界の地震史上も最大級の巨大地震にともなって発生した大津波」であるとして、「ジェット機並みのスピードで走りきって日本列島の太平洋岸に襲い掛かった」と述べています。
 そして、その押し寄せ方も、昭和三陸津波のときの引き潮は、あっという間のことであったが、チリ津波は「延々と1時間近くも、あるいは、それ以上物長時間に渡って引き潮が続いた」とともに、「波が押し寄せてくるとき」も、「初めは徐々に水かさがなしてくる程度だが、そのうちにむくむくと、急速に水面が盛り上がってくるような押し寄せ方」であったと述べ、さらにその周期も、三陸津波が「10分からせいぜい15分程度」で遭ったのに対し、「チリ津波の周期は40分ほど、あるいはそれ以上に長く、早朝から夕方まで、延々と引いたり押したりをくりかえした」と述べています。
 第7章「激浪のなかに消えた学童たち」でjは、1983年5月26日の日本海中部地震津波を取り上げ、「被災地である日本海沿岸の人々の津波についての『認識不足』と心の『無防備』が、この津波被害を大きくした重大要因といわれた」と述べ、「土地の古老も、この歳になるまで津波なんてまったく知らなかったと話している」と伝えられたことを紹介しています。
 第8章「際立った『震災弱者』の犠牲」では、1993年7月12日の北海道南西沖地震津波について、「一度は高台に逃げて助かったのに、とたんに欲が出て、金品などを持ち出すべく、避難場所から下がって家に戻るケース」が見受けられたことを指摘しています。
 エピローグ「自分の命は自分で守る」では、「命より大切なものはこの世にない。津波のときの物欲は命の敵、自分自身の敵と心得よう」と述べています。
 本書は、体験した人にしか骨身にしみてわからない津波の怖さを、伝えるべくまとめられた力作の一冊です。


■ 個人的な視点から

 「TSUNAMI」という言葉は、世界的な言葉になったり、歌謡曲のタイトルになったりしましたが、実際の津波の怖さを知っている人は、「津波」という言葉自体に抱く嫌悪感が大きいかもしれません。
 本書の著者も幼少時に体験した、昭和の三陸津波が、「津波への恨みと津波防災への執念として本書に結実したと語っています。


■ どんな人にオススメ?

・「津波」は過去の災害だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 山下 文男 『津波の恐怖―三陸津波伝承録』
 戸石 四郎 『津波とたたかった人―浜口梧陵伝』
 伊藤 和明 『津波防災を考える 「稲むらの火」が語るもの』
 力武 常次 『新版 日本の危険地帯―地震と津波』
 首藤 伸夫 『津波の事典』


■ 百夜百マンガ

守ってあげたい【守ってあげたい 】

 自衛隊モノのマンガと言えば、『右向け左』などが有名ですが、女性ものは少なく、だからこそ映画化に取り上げられたのではないかと思います。

2008年7月27日 (日)

日本の地籍―その歴史と展望

■ 書籍情報

日本の地籍―その歴史と展望   【日本の地籍―その歴史と展望】(#1284)

  鮫島 信行
  価格: ¥2940 (税込)
  古今書院(2004/05)

 本書は、「一筆ごとの土地の所有者、地番、地目(土地の用途)、境界、面積を調査し、その結果を地籍簿と地籍図にまとめる作業」である「地籍調査」について、その「歴史と現状」を知ってもらうことで、「国民理解の一助となり、その促進に」貢献することを目的としたものです。
 そして、「日本の地籍調査は平成14年度末でまだ45%しか進んでおらず、登記所に備え付けられている約600万枚の図面の半分近くは公図と呼ばれる、明治時代に遡るもの」であるとして、「公図のもつさまざまな問題を理解してもらい、地籍調査の促進が国土の利用保全や都市の再生にとって不可欠であることを知ってもらうこと」を、もう一つの目的としたものです。公図は、明治初期の地租改正の際に、「土地所有者が役人の指導を受けながら作った地引絵図」を基に作られたもので、「正確には現地と一致しない」と述べ、「明治政府は地租改正に当たり一間を六尺とする基準を定めたが、地方によっては太閤検地以来の六尺三寸や、さらに古い六尺五寸が使われたところがあり、また田の長さも畦(あぜ)の中心ではなく縁から図られたというようなこともあり、地籍(土地の面積)が実際よりも小さめに記録されることになった」として、これを「縄伸び(なわのび)」といって、「現在の調査で地籍を測りなおすと登記簿より増えることが多く、過去に行なわれた調査結果では、地籍調査完了地区で平均2割程度の縄伸びが報告されている」と述べています。
 序章「検地の時代」では、江戸時代の検地において、
・1間を6尺、1反を300坪(歩)とし、検測は6寸(10分の1間)単位で行い、6寸未満の端数は切り捨て
・陰地は検測の際に差し引く
・検測は田の畦際(あぜぎわ)から1尺置いた位置から行う
・縄だるみ(縄のたるみを補正する目安)
・縄心(なわごころ、過酷な年貢に対する配慮で、検測あたりを割り引いて記録した慣例、一般的には長辺2割引、短辺1割引だった。割り引かれた数字は実測地の隣に朱書きされたため、この慣例を「朱間を切る」といった)
・四壁引き(屋敷地の広さに応じ四方の境から1尺~1間をおいて検測する慣習で、四方引きともいった)
などの旧例を紹介しています。
 第1章「地租改正と地図」では、明治5年、明治政府が、「全ての私有地に地券を交付し、所有権の公証を行なうこと」を決め、これを「壬申地券」と呼び、「地券の交付のためには、土地の位置の明示と一筆ごとの反別(面積)、地目、地価及び所有者の確認が必要」であるとして、「地番の付与と土地調査が実施された」と述べています。
 そして、改租作業について、「郡村の境界を更正し、土地の広狭を丈量し、其所有を定め、其名称を区別し、地価を定め、地券を渡す」ことであったと述べています。
 また、丈量(測量)の基準として、地租改正事務局が、「1間を曲尺の6尺、1反を300歩とする基準」を定め、「調査に使用する間棹(けんざお)は6尺に砂摺(すなずり、摩擦シロのこと)1分(約3ミリ、両端に5厘ずつ)を加えた6尺1分棹とすることが規定された」が、この通達が遅れたため、
・太閤検地以来の中検(6尺3寸)
・古検(6尺5寸)
・1反を360歩とするような太閤検地以前の旧慣
が使用された府県もあったと述べています。
 さらに、地籍編成事業について、地租改正事業とほぼ同時期の明治6年12月に、「土地に関する基礎資料を整備するための地籍編成事業を行う旨、各府県に布達した」が、「まさに改租事業の真っ只中」であったため、多くの府県で地籍編成事業は先送りされ、西南戦争の影響による中断などを経て、「10年以上の歳月をかけてもなお完成に至らず」、明治23年に「内務省地理局が廃止されるにおよび取り止めとなった」と解説しています。この地籍編成事業の目的は、「官民を問わず全国全ての土地の境界を正し、地籍・所有を詳細に明示し、外に対しては国境を括弧たるものとし、内に対しては百般の施策の基本となし、国民に対しては境界争いを防止するもの」とされ、「これは現在の地籍調査の目的に通ずる」と述べています。
 また、区画整理事業について、「地籍の明確化という点で区画整理事業にまさる手法はない」が、「地籍の混乱が区画整理事業の実施を阻んでいるケースも多い」と述べています。
 第2章「地籍調査の時代」では、昭和25年の国土調査法について、その「制定に最も熱心だったのは農林省だった。背景には昭和22年(1947)より開始された農地改革があった。農地改革では、国が農地を買い上げ小作人に譲渡したが、登記簿上の面積や土地台帳附属地図の位置表示が不正確だったことから配分に混乱が生じ、地籍の明確化が求められていた」と述べています。
 そして、「法定外公共物」と呼ばれる、「法律上の管理の対象となっていない公共物の総称」について、「通常普通河川(青線)や里道(赤線)等と呼ばれ」、其起源は、「明治時代の地租改正で官有地(国有地)と民有地が区別されたことに遡る」と述べ、「法定外公共物の管理は公に土地法の二元管理となっていた上、機能管理について定めた法律がなく、経費の負担や管理責任が明確でないなど、数々の問題があるとされてきた」と述べています。
 第3章「地籍調査の現状と課題」では、「一筆地調査で最も大事なこと」として、「修正主義の採用」を挙げ、「地籍調査はもともと存在した筆界を現地で再確認し明確化するもの」であり、「権利関係や現地の筆界を変えることなく、地図を修正する作業」であるのであって、「過去に確認された境界ではなく、現に存在する境界を新たな筆界として調査すること」を意味する「現況主義」を用いると「権利の侵害が生じる恐れがある」ことを指摘しています。
 そして、昭和26年の開始以来、既に半世紀以上が経過した地籍調査事業が、平成14年度末の全国進捗率は45%にとどまり、「中でも都市部の進捗率は18%と送れば目立ち、とりわけ三大都市圏周辺部の遅れが著しい」ことを指摘しています。
 また、一筆地調査では、「土地所有者の立会いが必須なため、相続登記が行われていなくても、調査実施者は相続人を追跡しなければならない。何代も相続登記が行われていないときは、一筆当たりの法定相続が数十人に上るようなケースも生じ、地籍調査にとって大きな障害となる」と述べています。
 第4章「諸外国の地籍調査」では、「世界史的にみて、19世紀は地籍調査の時代だったといえる」として、フランスの「ナポレオン地籍」をはじめとして、ドイツ、オーストリアならびにイギリスの地籍図の現状を紹介しています。
 そして、フランスにおいて、1808年から1850年に実施された地籍調査の成果を、ナポレオンの名をとって「ナポレオン地籍」と呼ばれていると述べています。
 また、イギリスについて、厳密な意味では、「わが国や他のヨーロッパ諸国のような境界確認に基づいた地籍はない」が、「見方を変えると地図はあくまでも参考で、実際の境界は当事者が管理するという英国流見識の流れと見えないこともない」と述べています。
 終章「地籍システムの構築に向けて」では、「国家座標(三角点網)に基づく測量によって作られたヨーロッパ諸国の地籍図と、農民自らが図って作った地引絵図では、策定目的は同じでも地図の有用性という点でまったく異なる」ことを指摘した上で、地籍調査事業が、「今のペースで行けば完了までにまだ100年以上を要する」と述べ、「関係各省庁・団体、地方自治体、国民が連携し、こうした地籍システムを一日も早く作り上げていくことがこの国のさらなる発展の礎となる」と述べています。
 本書は、私たちの暮らしている土地が、意外ともろい基礎(明治時代の農民と村役場の役人による図面)の上にあることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 GISとかいろいろ地図をめぐる技術は進んでいて行政の中にも取り入れられているのですが、その基礎となる境界をめぐる権利関係はGISとかを導入してそうな都市部の方が進んでいないというのは難しいところです。
 学生時代に測量のバイトをしたことがありますが、ポールを真っ直ぐ(上部の丸の中から泡が収まるように)持っていなければならず、塀の上とかでは結構苦しかったような記憶があります。


■ どんな人にオススメ?

・土地の境界は決まっていると思う人。


■ 関連しそうな本

 藤原 勇喜 『公図の研究』 2007年12月07日
 佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日
 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 滝島 功 『都市と地租改正』 2008年03月13日


■ 百夜百音

エッセンシャル・ベスト リンリン・ランラン【エッセンシャル・ベスト リンリン・ランラン】 リンリン・ランラン オリジナル盤発売: 1974

 右と左のどちらがリンリンかわかりますか?
 香港出身で、インディアンにもインド人にもまったく縁はないですが、なんでこんなコンセプトが出てきたのでしょうか。
 それはともかく、筒見サウンドはやはりよいわけです。

『筒美京平 ULTLA BEST TRACKS / SOUL & DISCO』筒美京平 ULTLA BEST TRACKS / SOUL & DISCO

2008年7月26日 (土)

治安はほんとうに悪化しているのか


■ 書籍情報

治安はほんとうに悪化しているのか   【治安はほんとうに悪化しているのか】(#1283)

  久保 大
  価格: ¥2520 (税込)
  公人社(2006/06)

 本書は、
(1)<治安>とは何なのか?
(2)「治安が悪い」ことの根拠として出されたデータは、どこまでそのことを説明できるのか?
(3)なぜ、最近になって、「治安が悪い」と熱心に語られるようになったのか?
の3つの疑問を元に、「<治安の悪化>という言説を生み出し、かくも広めることになった背景には何があったのか」について、
・ひとつには、警察の組織防衛本能に基づく行動(propaganda)があり、
・そして、あらゆる出来事をわかりやすい枠組みの中で語ろうとするマス・メディアの習性が、<治安の悪化>という既視(deja vu)の物語を呼び出してきたこと、
・さらには、受け手の側にいる人々も、自らが感じている社会不安の因ってくるところの何かを表象、つまりは形にして説明してくれるものを求めていたこと、
などの要素が結びついた構造を見出そうとしたものです。
 第1章「『治安が悪化している』と皆がいう」では、「私たちの周囲でも、たくさんの人が、『凶悪犯罪が頻発し、今までになかったような犯罪も起こっている。日本の治安はどうかなってしまった』という不安を盛んに口にする」ようになったが、「治安の悪化」は、
(1)客観的な統計データを示すことによって
(2)人々の主観的な意識を表現すること、場合によってはそれを統計化することによって
の2種類の方法で語られていることを指摘しています。
 著者は、これらから、「公式的な統計データと犯罪報道、それに漠然とした不安感の相乗効果として、人々の間に『治安の悪化』という言説が浸透するようになった」ことを指摘しています。
 また、「治安」という言葉について、
(1)「治安」と「防犯」とはどう違うのか、同じ意味なのか?
(2)もし違うとしたら、なぜ最近になって、「防犯」という言葉に代わって、「治安」という言葉が一斉に使われるようになったのか?
の2点を考えるべきであると述べ、「『治安』という視点を適用することによって、人々の個人的な責任だけではない問題、もっと大きな力によって規制すべき対象として、<犯罪>が浮かび上がってきた」と指摘しています。
 第2章「『治安』はどんなふうに悪化しているというのか」では、「(犯罪)認知件数」という用語に関して、
・まず犯罪について、被害に遭ったという届け出や告訴、あるいは殺人事件であれば死体の発見などの事実行為があること。
・これに対して警察が犯罪の発生として公式に認める行為があること。
の「2つが合わさったときに、認知件数としてカウント」されると解説しています。
 そして、犯罪の認知件数の増加理由について、
(1)警察が信頼回復のために市民からの相談にきちんと乗るようになった結果、証拠不十分な事件も受理するようになった。
(2)自動車数の増加と保険の発達によって、車の盗難や破損、荷物の盗難などの被害を保険により処理するために、警察に届け出ることが多くなった。
の2点が挙げられることを紹介し、「一つは警察という企業の営業方針・営業戦略の変更であり、もう一つは顧客の側の意識や消費行動の変化ということ」であると述べています。
 また、「犯罪の凶悪化=治安の悪化」をめぐる議論について、
(1)「凶悪犯」の認知件数の増加(率)が著しいという点に着目
(2)犯罪の手口の暴力化傾向に着目
(3)一般の人々や家庭が、無差別殺人や押し込み強盗などに遭遇する危険が増えていると主張
の3つのタイプに分類しています。
 その上で、『犯罪白書(平成15年版)』に掲載された、約30年間の犯罪の認知件数の推移を元に、
(1)長期的に見れば、殺人事件の死亡者数は、20数年前と比べてほぼ半減に近い。
(2)平成8年以降、強盗事件による重軽傷者が顕著に増加しているが、死亡者は比例して伸びてはいない。
(3)平成14年の死亡者数1,368人のうち、殺人が662人、強盗殺人で71人となり、残りの600人余りは、ほぼ傷害致死事件に該当すると推測される。
の3点を指摘しています。
 第3章「少年による犯罪は増加し、凶悪化し、低年齢化しているのか」では、少年の凶悪犯のうち「強盗」が増加している要因について、
(1)少年側の行動態様の変化・・・同じ「カツアゲ」であっても、加害者側に集団で、あるいは刃物をちらつかせるなどの傾向が生まれれば、恐喝ではなく、強盗のカテゴリーとして処断されやすくなる。
(2)取締り側の対応の変化・・・温情主義から厳罰主義へ、バイクによる引ったくりで被害者が怪我をした場合には窃盗+傷害ではなく強盗の名目で検挙するようになった。
の2点を挙げています。
 著者は、「これまでも、およそ子供たちの粗暴な振る舞いが目につく時代には、繰り返しこうした『(少年による犯罪の)増加・凶暴化・低年齢化』が三点セットとして語られてきたのだが、そのふるまいが粗暴化して見えるということと、彼らによる犯罪が凶悪化しているということとは、別種の問題なのではないか」と述べています。
 第4章「外国人犯罪は治安を脅かす主因か」では、外国人犯罪を問題にする場合には、
・人口が増えれば犯罪の絶対数も増加する可能性があることを前として認めた上で、単に外国人による犯罪が増加しているという事実を語りたいのか。
・日本人に比べて犯罪を行いやすい(あるいは、残忍な手口も厭わない)性向を持つ外国人というカテゴリーを設定して、身近にそうした外国人がいることの危険性を訴えようとしているのか。
を区別して考える必要性を指摘しています。
 第5章「『治安の悪化』否定論はなぜ説得力をもたないのか」では、近年よく耳にするようになった「体感治安」という言葉について、「客観的状況というより、犯罪不安と同じ主観的な判断であるらしいのですが、被害の可能性にしてもずっと漠然としたものでもいいし、自分が現実に直面するかどうかですら無関係、どこかで誰かが被害に遭うかもしれないといった程度の可能性までも包含するものとして理解されている」と指摘しています。
 そして、「『自分の周囲の環境に対する不安』と『日本全域にわたる漠然とした不安』とを『体感治安』という言葉で一括りにすることは、あまりにも粗雑な議論になってしまう」と述べています。
 また、体感治安の性格に関して、「ある事件や出来事が、行政、マス・メディア、識者などによって、社会的な価値(道徳)や公共の利益に対する脅威、危機として描き出され、場合によっては対応策が講じられるに至る一連の過程」をさす、「モラル・パニック」の可能性を指摘しています。
 著者は、「要するに、体感治安の悪化とは、実は、『人々が日頃感じている別の不安感の代替』『象徴としての不安』なのではないか」と述べています。
 本書は、社会を語る際の枕詞として当然視されようとしている「治安の悪化」について、そこに隠されたさまざまな思惑や錯覚を指摘しようとした意欲的な一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、東京都の知事本局治安対策担当部長などを歴任された都庁OBの人ですが、当然視され、都民からの要望も強い「治安対策」に携わる中で、「治安」とはいったい何か、を深く考えた結論というか、疑問を提示しているのが本書なのではないかと思います。
 自分の仕事を、所与のものと考えず、より深く考えていくことが本質的な問題解決に繋がるという姿勢を示した一冊と捉えることもできるのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「治安は悪化している」と信じている人。


■ 関連しそうな本

 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日


■ 百夜百音

燃えよ ドラゴンズ!'99 優勝記念盤【燃えよ ドラゴンズ!'99 優勝記念盤】 山本正之 ナレーション 久野誠 オリジナル盤発売: 1999

 やっぱりこの人の出世作というかカラーが一番出た作品なのでしょうか。
 歌ってて楽しそうなのが何よりです。

2008年7月25日 (金)

コミュニティ鉄道論

■ 書籍情報

コミュニティ鉄道論   【コミュニティ鉄道論】(#1282)

  佐藤 信之
  価格: ¥2000 (税込)
  交通新聞社(2007/12)

 本書は、「コミュニティバス」のアナロジーとしての造語である「コミュニティ鉄道」について論じたもので、著者は、「コミュニティという言葉を、地方公共団体という形で狭く捉えるのではなく、住民組織や市民団体・NPOといった利益を共有する地域社会の自発的な組織まで拡大すると、コミュニティバスという概念も拡大され、むしろ現在の地域交通の実態にふさわしくなる」と述べ、「市民主体のコミュニティ鉄道論は現在進行中のこと」であり、「本書が新しい鉄道論の原点になれば」と述べています。
 第1章「コミュニティ社会と鉄道」では、明治41年に千葉県知事として赴任した有吉忠一が、「千葉県では、当時道路の修繕に適した砂利が産出せず、輸送費のかかる割高な県外産の砂利を購入する必要があった」ため、「道路改築よりも割安な軌道・軽便鉄道に着目した」と述べています。
 そして、「木更津~久留里間」が、明治44年7月18日に軽便鉄道法により免許、「大原~大多喜間」が、同月15日に軌道法により特許となったと述べています。
 また、東葛人車鉄道について「明治40年に設立された全線単線の人車鉄道(軌道条例)である」として、
・第1期:中山村鬼越~鎌ヶ谷村間
・第2期:中山駅前~行徳川原間
の路線であったが、「大正7年には早くも廃止の憂き目に合い、ごく短命に終わってしまった」と述べ、運行中止は、「大正7年2月ごろというだけで、正確な日付もわからない」と述べています。
 さらに、「茂原・長南間軌道運輸車両組合」について、「県が同区間に敷設した軌道設備を利用して運行された人車の押夫たちの組合」であり、「明治42年から大正14年まで存在した」と述べ、ピークの大正2年には、1年間に4万3508人の旅客(1日平均119人)を運んだとして、「かなりの盛況振りであったと察せられる」としています。
 「千葉県営大原・大多喜人車軌道線」については、「千葉県が建設して運営した唯一の人車軌道である」とした上で、「大正10年に夷隅軌道に譲渡されるまでの10年間にわたって運行された」と述べています。
 第2章「鉄道の中間経営形態」では、「第三セクターにおける上下分離の現状を紹介した上で、とくにと紙が多第三セクターに絞って経営問題となっている資本火の負担について整理し、建設費にかかる元利償還に対する公的主体による支援措置の状況ないし経営形態の変更をともなう再建策について検討を加える」としています。
 著者は、イギリスでは公共部門主体の都市鉄道整備への民間活力導入手法として導入されたPPP方式が、「日本では逆に民間主体の分野への公共側からのアプローチとして意義がある」として、「もともと民間が主として整備に当たってきた大都市内における鉄道路線の増設や新設については、近年民間が単独で事業化することが難しくなっている。それに対して、政府は第三セクターを設立することで建設財源に公的資金を投入する枠組みを整備しているところである」と述べています。
 第3章「都市鉄道」では、「都市型第三セクター鉄道の経営形態の変更」として、「千葉急行電鉄」を取り上げ、「もともと小湊鉄道が計画した千葉延伸線を京成電鉄が引き取り、新たに京成電鉄と小湊鉄道が出資して設立された」が、「平成6年度には次期繰越損失が30億円に達することになり、開業3年目で早くも債務超過に陥ることになった」として、平成10年6月3日、出資者による「第2回緊急対策会議」において、「京成電鉄への営業譲渡により自主廃業すること」が決定されたことを解説しています。
 第4章「ローカル鉄道」では、1990年代に、「公共施設や商業施設が郊外に立地するようになって、地方での生活には自家用車がなくてはならない必需品となった」ほか、「見落とされがちだがさらに重要な動きがあった」として、「自転車の利用の増加」を挙げています。
 そして、近年のローカル鉄道が、「既に多くが廃止されてしまい、現在廃止が検討されている路線も少なくない」が、「その社会的便益に着目し、公的な経営支援によって維持しようという動きが出てきたことは心強い」と述べ、その公的支援の根拠となる「費用効果分析」については、「現在まだ試行段階であり、確立されたものとはなっていない」などの課題を指摘しています。
 また、「762mm軌間」について、「ヤード・ポンド法で2フィート6インチにあたることから『ニブロク』という愛称で呼ばれ、かつては全国各地で見られた規格である」として、「もともと地形が厳しい場合や、地域の資本力の乏しいケースで、建設費用が安く建設が容易なより軽便な鉄道システムとして選択された」と解説しています。
 さらに、「えちぜん鉄道」の再建に関して、「運賃の引き下げを敢行」したことについて注目し、「売れない商品は値下げして売れ残りが出ないようにするのが製造業の常道であるが、鉄道サービスは貯蔵できないために売れ残りという感覚がなく、安売りしようという動機も生まれなかった」と述べ、「鉄道経営者には値引はかなり勇気のいる問題であった」が、「えちぜん鉄道の場合は、設備投資のすべてを県が負担することになっていたために減価償却費の計上が必要なく、その文、値引が可能になったという特殊事情もあった」と解説しています。
 また、「富山ライトレール」が、「計画の発表から3年という驚異的な短期間で実現できた」背景には、「国のLRT整備に対する支援制度の創設、JR西日本の協力、公安委員会の協力、地元の人々の理解があった」として、「特に富山市による地元説明会では、市の担当者が拍手で迎えられるという光景が見られた」と述べています。
 第6章「最近の鉄道問題への取り組み」について、平成17年11月28日に、千葉県知事と千葉市長が会談して大筋合意した「千葉都市モノレールの会社再建と路線延伸計画」について、「自治体からの負債を株式化して財務内容を健全化する一方、自治体に資産の一部を譲渡して単年度の損益をも健全化するという、全国における第三セクター再建策の集大成といった形となった」と述べています。
 第6章「提言」では、「第三セクターが行政目的と密接に関連しているという理由で、自治体の影響力を保つために設立されるケースが多いこと」を指摘し、「採算ベースに乗るならば、むしろ民間の方が効率的に運営することが可能である」として、「独立採算が可能ならば公営企業のまま残す意味はなく、完全民営企業に経営形態を転換すればよい」と述べ、「このような問題は、結局は公共部門と民間部門の役割の所在が明確にされていないことに起因するのではないだろうか」と指摘しています。
 また、ローカル鉄道の問題解決には、「さまざまな交通機関との連携も必要である」として、「本来連携して初めて大きな効果が生み出されるプロジェクトに対して、縦割り行政にしばられることなく、一元的に計画を策定して実施するための支援制度の確立が必要である」と述べ、県単位での「地域交通整備基金」を低減しています。
 そして、「地域の公共交通のあり方についてコミュニティの合意形成を前提とし、鉄道を存続させる決定をした場合には将来にわたって安定した経営が可能となる仕組みを用意することが必要である」と述べています。
 本書は、コミュニティを支える重要なインフラである鉄道のさまざまなあり方を論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ローカル線の廃線を惜しむのは、全国から集まる「鉄」な人たち、という印象がありますが、廃線による影響は、普段鉄道を使わない人を含めて、じわじわ効いてくるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・ローカル線は鉄ヲタの郷愁だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 吉田 一紀 (著), ビーコム (編集) 『モハようございます。 あの人はなぜ、鉄道にハマるのか?』 2008年07月06日
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 一坂 太郎 『東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫』 2008年04月30日
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日


■ 百夜百マンガ

僕といっしょ【僕といっしょ 】

 別に『ホームレス中学生』のネタ元というわけでもないようですが、ある意味で、家出物っていうのも子どもたちの憧れのストーリーのような気もします。『家なき子』とか。

2008年7月24日 (木)

自治体格差が国を滅ぼす

■ 書籍情報

自治体格差が国を滅ぼす   【自治体格差が国を滅ぼす】(#1281)

  田村 秀
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2007/12/14)

 本書は、「中央と地方のあり方、その中でも地方自治体の現状と課題について、具体的な事例を数多く挙げて問題提起を行ったもの」です。著者は、執筆の動機を、「地方自治体の関係者はもとより、これまで地方自治体とのかかわりをあまり持っていなかった方々にも、地域や地方自治体のこと、そして中央と地方の関係などについて、身近な事柄としても関心を持ってもらえれば」と語っています。
 第1章「拡大を続ける地域間格差」では、「大都市と地方」という対立軸以外に、「新たな対立軸」として、
(1)人口増加自治体と人口減少自治体
(2)豊かな自治体と貧しい自治体
(3)その自治体の住民の経済状況
などの対立字句を見出すことができると述べ、「それだけに地域の問題は深刻化している」と解説しています。
 また、「人口が減少し、大規模災害の危険性も指摘される状況下では、地域と地域が助け合う、共助の精神を持つことが必要だ」と述べています。
 第2章「勝ち組自治体?」では、千葉県浦安市について、「東京に隣接する小さな漁村」であったが、1958年の本州製紙江戸川工場の悪水放流に対して、浦安の漁民が同工場に乱入するという事件が起きたように、東京湾岸の海域汚染が進み、漁民の漁業の先行きに対する不安は高まり、浦安の漁業は衰退し始めた」ところに、「ある企業から浦安町に対し、海の一部を埋立て、東洋一の遊園地を造りたい」という申し出があり、町が千葉県に埋立て事業の促進を要望した結果、
・住宅地の造成
・大規模遊園地の誘致
・鉄鋼流通基地の形成
の3点を基本方針として、県の事業として埋立て事業が実施されることとなった経緯を解説しています。
 そして、埋立て前には、面積が4.43平方キロメートルだった町の面積が、1981年には16.98平方キロメートルと、約4倍にまで拡張されたと述べています。
 また、浦安市の公共施設の中でも有名な図書館について、「同規模の都市の中では日本一充実しているという評判」だとして、蔵書数は、同規模の市の平均の45万冊の倍以上である100万冊を超え、市民一人当たりの年間貸出冊数も、動機思しの平均値の倍以上である約12冊、市は年間7億円以上の経費をかけていることも、「全国的に見てもトップクラスの豊かな財政だからこそ」であると述べています。
 さらに、愛知県豊田市について、その税収は、2005年度には1000億円を超え、人口100万人未満の県はもちろん、宮崎県よりも多く、人口121万人をかかえる山形県の税収に匹敵すると解説しています。
 第3章「負け組自治体?」では、夕張市の財政が破綻した責任について、地方分権時代のキーワードである「自己決定・自己責任」に照らせば、決算を偽装する「自転車操業」を続けて来た夕張市に最大の責任があり、「それをしっかりとチェックできなかった夕張市議会の責任もきわめて大きい」としながらも、「夕張市の財政破綻のきっかけは炭鉱の閉山である」として、「国のエネルギー政策の転換という意味では、国自身にまったく責任がないとするのはちょっと無理がある」と述べるとともに、「国と同様に北海道の責任というのも忘れてはならない。市町村の地方債の許可権限は都道府県」にあり、「市町村財政に関しては長年北海道が指導を行ってきた」と述べています。
 また、千葉県木更津市については、「木更津市ほど、地価の乱高下に踊らされた自治体もない」として、「1987年に1平米当たり82万円だったのが、ピークの1991年には385万円とわずか4年で4.7倍に資産価値が膨れ上がった」にもかかわらず、「バブルの崩壊と足並みをそろえるかのごとく、毎年20%前後地価を下げ続け、2006年には11万4000円とピーク時のわずか3%の額にまで下落してしまった」と述べています。
 さらに、大阪市西成区について、「格差社会の縮図の街」であるとして、全国平均よりも6歳以上と「飛びぬけて男性の平均寿命が短い地域」であると紹介した上で、大阪市の生活保護率の高さについて、「離婚率や失業率、特に日雇い労働者の割合が保護率の格差に与える影響が大きい」として、1996年から2003年にかけて、生活保護世帯数は、「あいりん地域だけに限ると4倍を超えている。また、市全体の国民年金の未納率は5割を超えている」と述べています。
 第4章「模索する自治体」では、群馬県大泉町について、「外国人の割合が群を抜いて、全国一大会ことで知られている」と述べた上で、その原因は、「不足する単純労働者を補うために町と中小企業が積極的に働きかけた結果である」と述べています。
 また、三重県亀山市について、シャープ亀山工場の誘致成功のポイントとして、「総額135億円という国内では破格の補助金」を大きな要因の1つと挙げた上で、
(1)三重県の熱心な支援・協力体制
(2)三重県に地の利があったこと
(3)世紀の変わり目のさまざまな変化を絶好の時期と捉えて、異例ともいえる巨額の補助金交付を迅速に決定した北川前知事の行政手腕
の3点を挙げています。
 さらに、徳島県上勝町について、高齢化率48.5%と「限界自治体の仲間入りをもうすぐしてしまいそうな小さな山間の町」であるが、「いろどり事業」と名付けられた「いわゆる葉っぱビジネスの成功によって、全国の自治体から注目され、マスコミでも再三取り上げられるようになった」と述べ、その成功の秘訣として、「何と言っても、高齢者パワーの活用」を挙げ、「"つまもの"の生産に携わる農家の平均年齢は67歳、それも女性が中心であるが、この人たちがまさに元気印なのである」として、「今では、月に100万円を稼ぐお年よりも珍しくなく、中には年間で1000万円以上稼ぐ人も出てきた」と述べています。
 第5章「新潟から見た格差」では、「明治の初期は新潟県が一番人口の多い県だった」が、現在までに、日本全体で人口が3倍以上となっているのに、新潟県では1.5倍程度にとどまっていることを指摘しています。
 そして、2014年問題として、「北陸新幹線の開通によって上越新幹線のポテンシャルが低下し、場合によってはローカル線化し、結果として新潟県経済が地盤沈下してしまうのではないか」という指摘を取り上げています。
 また、新潟県で以前から課題となっていた、大学進学率の低さについて、1990年代以降、こうせつ民営の大学が相次いで設立された結果、それまで最下位付近であった進学率が、全国で36番目にまで順位を上げたが、「大学進学率が低いのは、新潟が専門学校王国ということの裏返しとも言える」と述べています。
 第6章「中央と地方、対立か、それとも共存か」では、「地方あっての中央」であるとして、
・電気はどこからくるのか:首都圏の生活は新潟や福島県にある東京電力の原子力発電所に支えられている。
・水はどこからくるのか:利根川水系の水源の多くは群馬県の山々によって守られている。
・食べ物はどこからくるのか:東京都の自給率はわずかに1%にとどまる。
などの点を指摘しています。
 そして、として、「中央と地方の関係は人間の血管にたとえるとわかりやすい」として、「中央のエネルギーの源は、地方によって供給される水や電力、空気や食べ物、そして若い人材だ」と、「これらは地方から中央への動脈の流れのようだ」と述べる一方で、「中央から地方へと産業廃棄物が大型トラックなどによってあたかも静脈のように運ばれていく」と述べています。
 著者は、「自治体生き残りのための十ヵ条」として、
(1)情報公開を徹底させること
(2)国際化、高齢化を素直に受け入れること
(3)地域の素材で勝負すること
(4)国頼み、都道府県頼みから脱却すること
(5)官も民も、総力戦で地域の生き残りを模索すること
(6)安全、安心の地域社会を構築すること
(7)中央と地方のつながりを深めること
(8)公共事業頼りから環境保全、国土保全に力を注ぐこと
(9)住民自治の仕組みを充実させること
(10)共助の地域社会を構築すること
の10点を挙げています。
 本書は、一口に「自治体」という言葉では括りきれない多様性を持つ、全国のさまざまな地域を紹介してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 営業戦略上ということもあってか、「格差」が、「国を滅ぼす」と銘打たれてはいるものの特徴的な自治体のさまざまな境遇を解説してはいるものの、なぜそれが「国
を滅ぼす」のかはよく分かりませんでした。
 まあ、キャッチコピーだから、と言われてしまえばそれまでですが。


■ どんな人にオススメ?

・自治体間の格差は問題だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 日本経済新聞社 『地方崩壊再生の道はあるか』 2007年10月09日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 三浦 展 『下流社会 新たな階層集団の出現』 2007年11月14日
 山田 昌弘 『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』 2006年01月11日
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日


■ 百夜百マンガ

ハッピーマニア【ハッピーマニア 】

 ドラマとしては『ショムニ』の後番組だったというのも不思議な縁ですが、仲人さんはポニョポニョの宮崎師匠なのだそうです。
 そう言えば『働きマン』の主題歌はユニコーンでしたが、作者自身が『ヒゲとボイン』を描いている人の姪に当たるというのは偶然なのでしょうか。

2008年7月23日 (水)

情報検索の考え方

■ 書籍情報

情報検索の考え方   【情報検索の考え方】(#1280)

  緑川 信之
  価格: ¥1890 (税込)
  勉誠出版(1999/10)

 本書は、著者の「情報検索の考え方」を考察したものです。著者は、「情報検索」では、「それを見ることによって、情報の発生を促進したり、特定の情報の発生を選択的に侵攻させるもの」を意味する著者の造語である「情報触媒」を検索していると述べています。
 第1章「検索とは何か」では、「検索」について、「検索とは、ある観点に基づいて分類されたいくつかのグループの中から、特定のグループを取り出す行為である」と定義しています。
 また、「検索を容易にする準備」として、
(1)あらかじめ分類しておく。
(2)分類されてできるグループに見出しをつける。
(3)各グループを一定の順序に並べる。
(4)グループの性質が確認できるようにしておく。
の4点を挙げた上で、「このような準備をしておくとかえって困ることもある」として、「分類する人と検索する人が異なる場合には、注目する性質を判断基準に関する認識を一致させるように工夫する必要がある」と述べています。
 さらに、「他の人が行った準備(分類など)に頼らずに、自分で行いながら検索すること」を、「拾い読みする」という意味の「ブラウジング」と呼ぶことを紹介しています。
 第2章「情報検索は『情報』の検索か」では、「もとの知識状態が異なれば、同じものを見ても知識状態の変化の仕方が床なり、それが反応の違いとなる」と述べたうえで、情報の定義を、「情報とは、知識状態が変化したときの、変化分のことである」と述べています。
 そして、文字を見ても、
(1)何が書かれているか理解できない
(2)書かれていることをすでに知っている
(3)書かれていることに関心がない
のいずれかの場合には、「こそから情報を得ない」と述べています。
 また、「情報の定義」を、
「定義1:情報とは、知識状態が変化したときの、変化分である
 定義2:情報とは、知識状態を変化させるものである」
として、「『知識状態を変化させるもの』としての情報は文字の中に存在し、それを得ることによって知識状態に変化が引き起こされる」と述べています。
 さらに、「文字が文字として役立つのは、それを書く人と読む人が同じ規約を共有している場合である」として、
「文字の書き手が読み手(の頭の中)に発生させようとした情報と、読み手が文字を見て(頭の中に)発生させた情報とが一致するのは、文字(背景となる慣習や文化も含む)に関わる規約が両者の間で一致している場合である。文字は規約がある程度一致しなければ理解できないので、文字を理解できる人が見た場合は、情報についても一致することが多い」
と述べています。
 著者は、「化学反応の進行が可能である物質系に、比較的少量を添加して反応を促進させ、あるいはいくつかの可能な反応のうちで特定のものを選択的に進行させる物質」である科学用語の「触媒」を借用し、「それを見ることによって、情報の発生を促進したり、特定の情報の発生を選択的に進行させるが、自分自身は変化しないもの」を意味する「情報触媒」という言葉を導入しています。
 そして、これらの定義から、「情報検索は、『情報』の検索ではなく、『情報触媒』の検索である」という結論を示しています。
 第3章「情報検索システムの課題」では、情報検索システムの「効率」について、
・再現率:データベース中の適合文献のうち、検索されて出てくる適合文献の割合
・制度:検索されて出てきた文献のうち、適合文献の割合
の「2種類の意味で使われる」と述べています。
 また、「検索者に代わって検索を行う、あるいは適切な検索の方法を考える」検索代行者が、「検索者の検索要求を把握しなければならない」ため、その家庭を「プレサーチ・インタビュー」と呼ぶとして、「医者の問診に似ているように思われる」と述べています。その上で、「検索代行者にとって最も重要なことは、ただ検索者に代行して検索をすればよいという」のではなく、「検索者の知識状態を変えるもの、つまり、情報触媒を検索しなければならない」と述べています。
 さらに、「論文の一部分だけをデータベース中で探すためには、論文が構造化されていなければならない」と述べ、構造化は、「索引語の重み付けにも役立てることができる」と述べています。
 本書は、日頃何気なく使っている「検索」を論理立てて解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「検索」というとインターネットの検索サイトがまず頭に浮かびますが、日々さまざまな情報の中に暮らす私たちにとって、オフラインでも「情報触媒」という考え方は有用なのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「検索」はネット上のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 嶋田 淑之, 中村 元一 『Google―なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか』 2005年08月18日
 梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
 ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳) 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』 2006年06月20日
 佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』 2007年11月20日
 ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳) 『アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』 2007年11月26日


■ 百夜百マンガ

ワイルド7【ワイルド7 】

 不良、というより犯罪者を集めて警察の特殊部隊を作ってしまう、という設定は、なんとなく「特攻野郎Aチーム」を彷彿とさせます。

2008年7月22日 (火)

舞台ウラの選挙―"人の心"を最後に動かす決め手とは!

■ 書籍情報

舞台ウラの選挙―   【舞台ウラの選挙―"人の心"を最後に動かす決め手とは!】(#1279)

  三浦 博史
  価格: ¥767 (税込)
  青春出版社(2007/06)

 本書は、選挙プランナーである著者が、「現実の選挙で繰り広げられているウラ・オモテの攻防戦を通して垣間見える、"人を動かす"ことの本質を浮かび上がらせ」たものです。
 第1章「選挙にはいくらかかるのか?―選挙の収支決算ウラ・オモテ」では、「誰でも政治家になれば金儲けができる」というのは幻想であると述べた上で、「地方議員の選挙では、お金がないならないなりにやっていけることもあるということだが、いずれにしても地方議員の場合でも、選挙費用はピンからキリまである」と述べています。
 そして、選挙プランナーとしての経験から、「どの選挙のレベルでも、選挙費用は法定費用の2倍以上が平均相場」だと述べています。
 第2章「票はこうして集まる~小選挙区制で変わった当選事情」では、「参議院比例で後援会名簿を100万人分集めても、実際の得票は8万、9万で落選という候補者がザラにいる」として、「その候補者の組織が後援会名簿をフル活用できるほどには動かなかった」ケースを挙げています。
 第3章「そのお金は"誰が"出す?~選挙とお金と利権の相関関係」では、よくある例として、「県の副知事や幹部、中央官僚出身者などが知事選に担ぎ出される」場合に、「有力な支持者から、運動員や資金面まで全面的に面倒を見てもらう」こともあるが、「どうしても借りができる」ことを指摘しています。
 また、「金持ち議員とたくさんのお金を使う議員とは必ずしも一致しない」として、「金権政治家と言われた田中角栄氏は多くのお金を集めたが、他人に対しても多くのお金を使った」として、「要は収入源と資金使途、どう集め、何に使ったかが重要」だと述べています。
 さらに、いわゆる「選挙ブローカー」がいなくなった要因として、「候補者が選挙にかけるお金は少なくてすむようになってきた」こと、「世代交代が進んだこと」などを挙げています。
 第4章「PR上手が心をつかむ~イメージ戦略とメディア」では、商業PRが「売れるもの」を売るためのものであるのに対して、政治PR・宗教PRは、「必要としていない人にも必要と思わせる」点が異なると述べ、商業PRの発想によるやりかたを「迎合型選挙」と呼ぶ一方で、食べたことのない人にニンニクを食べさせるやり方を「啓蒙型選挙」と呼ぶと述べています。
 そして、「イメージ選挙」について、「その人(候補者)がもっている魅力的な部分を最大公約数的に、特定の有権者層をターゲットに抽出して、選挙運動に用いること」だと述べています。
 また、候補者の発言のブレについて、男性は多少のブレにも比較的鷹揚だが、女性は、「ブレる人が大嫌いなのだ。なぜ発言がブレたのかを理解する前に、ブレたこと自体に嫌悪感を持つ人が多い」と述べています。
 さらに、「ディベート」と「ディスカッション(討論)」は違うとして、「『ディベート』は議論で相手に勝たなければならないが、『ディスカッション』はどちらの候補者が観客に好感度を与えるかが重要」だと述べています。
 この他、インターネットが選挙運動に解禁された場合に変化として、
(1)政策を伝えるための量的制限がなくなる。
(2)選挙関係の情報の告知が楽になる。
(3)異なる複数の場所をつないでリアルタイムに双方向の交流ができる。
(4)イシュー(関心事)ごとのサイトが開設され、そこで同じイシューに興味をもっている人同士が交流できる。
(5)インターネット版の怪文書が出てくる。
の5点を挙げています。
 第5章「人を動かす決め手とは~人を巻き込む熱エネルギーの起こし方」では、選挙プランナーである著者が、「この選挙区には○○という特殊事情があるんですよ」といわれたときに、「違う点を10いってみてください。私は似てる点を11いいますから」と切り返すとして、「選挙の手法というものはどこでもそう変わらない」と述べています。
 そして、「人や集団を動かす基本は1つしかない。古今東西を問わず"熱伝導"だ」と述べ、「事実に基づいた心温まるエピソードでしか伝わっていかない」として、浜田幸一元衆議院議員が、「選挙期間中は車の中にピカピカに磨いた革靴が何足も置いて」あり、「農村を回るときは、そのピカピカの革靴で車を降り、どんどん田んぼの中に入っていく」、「農作業の人たちはその姿を見て驚くとともに、いたく感動する」と述べ、土下座をし、涙を流しながら「お母さんの歌」を熱唱するという「泥臭いことに心を動かされるものなのだ」と述べています。
 第6章「こんな人が最後に勝つ~時代とともに変わるもの、変わらないもの」では、田中角栄氏のすごいところとして、「越山会会員や会員以外でも田中氏に投票している人たちが、自分の言葉で『田中先生のここが好き! ここがすごい!』と具体的にはなせること」を挙げています。
 そして、著者が、全米1位の選挙コンサルタントから、「勝算率1位の秘訣」として、「運がよくて当選しそうな人しかクライアントにしない」ことを教えられ、著者の考えでは、、
(1)初めて会ったときの第一印象でオーラを感じる人
(2)熱伝導の熱源を持っている人
の2つのポイントを満たしていなければならないと述べています。
 また、著者自身が「直接選挙に直接関わった」中で、「運がよくて当選しそうな人」として、「青春の巨匠」森田健作氏を挙げ、「会った第一印象でオーラを感じる人」であり、話をしてみると、「熱伝導の熱源を持っている人」であり「運がよくて当選しそうな人」であったと述べています。
 さらに、そのまんま東(東国原英夫)氏について、「最大の勝因の一つは『郷土愛』」であったと述べ、「宮崎命というメッセージが、県民にきちんと伝わった結果である」と述べています。
 著者は、「イメージ選挙といわれるが、何といっても候補者の熱い思いが一番」だとして、「選挙キャンペーンの手法もその真価が問われる時代に突入した」と述べています。
 本書は、怪しげなイメージを持つ人もいる「選挙プランナー」の役割と選挙の面白さを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「選挙プランナー」という肩書きには、著者なりの思い入れが相当あることも伝わってきましたが、やはり、どこか陰で糸を操る「黒幕」的なイメージが浮かんでしまいます。とは言え、「選挙コンサルタント」、「選挙アドバイザー」、「選挙請負人」、「選挙仕事人」などの他の呼び方もピンとこないのですが。


■ どんな人にオススメ?

・選挙は怪しげだと思う人。


■ 関連しそうな本

 三浦 博史 『最新選挙立候補マニュアル―選挙参謀はいりません』
 三浦 博史 『洗脳選挙』
 三浦 博史, 前田 和男 『選挙の裏側ってこんなに面白いんだ!スペシャル』
 井上 和子 『選挙裏物語―「当選確率80%」スゴ腕選挙コーディネーターが明かす選挙のすべて』 2007年10月30日
 季武 嘉也 『選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年』 2007年10月02日
 藤谷 治 『いなかのせんきょ』 2006年10月28日


■ 百夜百マンガ

エースをねらえ!【エースをねらえ! 】

 この作品を読んでいないと、『トップをねらえ』を見ても面白さが半減する?かどうかは分かりませんが、女子スポ根ものの定番中の定番です。

2008年7月21日 (月)

迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか


■ 書籍情報

迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか   【迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか】(#1278)

  シャロン・モアレム, ジョナサン・プリンス (著), 矢野 真千子 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  日本放送出版協会(2007/8/25)

 本書は、著者の祖父と著者自身が「体の中に鉄が蓄積してしまう」珍しい病気である「ヘモクロマトーシス」をきっかけに生物学の道に進んだ著者が、「なぜこんな、体によくない病気の遺伝子がこれほど多くの人に受け継がれてしまったんだろう?」という疑問に対して、「そもそもなぜこんな病気が起こり、それが広がってきたのかを、進化のカーテンの裏側から」店得てくれるものです。
 第1章「血中の鉄分は多いほうがいい?」では、「つねに鉄が足りないと思い込み、吸収し続ける」ことで、「体中に広がり、関節や主要な臓器を傷つけ、体全体の化学反応を狂わせる」ヘモクロマトーシスが、「西ヨーロッパ系の人々によくある変異」で、3人に1人か4人に1人の割合で「ヘモクロマトーシス遺伝子の少なくとも1つを保有している」ことを述べた上で、「ヘモクロマトーシスの変異を受け継いだ人は、鉄を含まないマクロファージのおかげでペストを生き延び、子を作るため、変異遺伝子を次世代に伝えることができた」と述べています。
 その上で、この「新しい発見」が、「地を抜く療法」である瀉血と、「貧血予防を目的とした鉄剤投与療法という2種類の治療を、「関係者たちに考え直させるきっかけとなった」と述べています。そして、「瀉血は床屋でおこなわれていた」ため、「現代でも床屋の看板である縞模様のポールは、瀉血の行為を象徴している」として、「赤と白の螺旋ストライプは、洗い終わった包帯を木の棒に引っ掛けて乾かすという中世時代の習慣が由来となっている」と解説しています。
 第2章「糖尿病は氷河期の生き残り?」では、「1型糖尿病」が「ヨーロッパの人々の極端に多い」ことについて、「北ヨーロッパ人の祖先は糖尿病とひきかえにどんなメリットを受け取っていたのだろうかと述べています。
 そして、1万2000年前の急激な気候変動である、「ヤンガー・ドリアス」について、「年平均気温が10年かそこらで16度近くも下がった」ため、「人類には、とりわけ北に移住した集団にはこの時期に集中して壊滅的な被害が出た」として、「この時期の北ヨーロッパの人口が激減したことが明らかになっている」と述べています。
 著者は、冷凍されても生き残ることができるアメリカアカガエルの例を挙げ、「寒さに『適応』した人びと」が、「血糖値を挙げて血液の氷点を下げるため」、「一年中凍えるような低温の中で過ごすうち、体内でインスリンを作るのをやめたのだろう」と述べています。
 第3章「コレステロールは日光浴で減る?」では、「移住速度という点で人類は過去500年間は急行列車に乗ってきた」として、「世界の別々の場所で生きてきた人々が出会い、交わり、子供を作り、人類集団ごとの遺伝子的区別はどんどんあいまいになってきた」と述べるとともに、「淘汰圧というものは、条件さえ整っていれば立った一世代か二世代で、ある集団の遺伝子プールにひとつの形質を加えたり消したりもしてしまうほど強力なのだ」として、アフリカ系アメリカ人に高血圧の発症率が高い理由は、奴隷貿易でアフリカ人がアメリカに連れてこられたときに、「体に余分な塩があったおかげで致死的な脱水症状に陥らずに住んだ」ため、「たまたま生まれながらに体内の塩分濃度を保つことができる人は生き延びた」結果、「その子孫が現代の塩分の多い食生活に接すると、あっという間に高血圧になる」とする説を紹介しています。
 第4章「ソラマメ中毒はなぜ起きる?」では、「ソラマメには抗マラリア薬の成分に似た作用をする物質が入っている」ため、「ソラマメを食べると、マラリアに対して一時的に耐性をつけることができる」ことは、「いわゆるバックアップシステムだ」として、「とくに、G6PDが部分的に欠損している人がソラマメを食べると、マラリアを二重に寄せ付けない」と述べた上で、「この遺伝子変異が広まっている集団の女性の多くは、半分普通の赤血球を、半分G6PD欠損の赤血球を作ることになる」ので、「この状態は、マラリアに対抗しやすくなる上に、ソラマメを食べても極端な反応は出ない」ため、「女性が半分ソラマメ中毒症で、なおかつソラマメを食べるのは二重にマラリアを予防することになる」と解説しています。
 第5章「僕たちはウイルスにあやつられている?」では、「アフリカとアジアで何千年にもわたって人類を脅かしてきた」メジナ虫という寄生虫について、人間の体内で皮下組織に移動したメジナ虫が酸を分泌すると、「分泌された酸で『火傷』を負った人間」が、「冷たい水を浴びたく」なり、すると、「メジナ虫は水を感知するや否や」、何千という幼虫が入った白い液体を吐き出す、と述べています。
 また、ネコの体内でしか「種の保存を確実にする」活動を行わないトキソプラズマという寄生原虫について、ネコの糞に混ぜて胞子嚢が輩出され、それを食べた、ネズミか鳥、その他の動物に感染すると述べ、トキソプラズマがネコの体内に戻るために、「宿主であるネズミを少しばかり操作する」として、「ネズミの筋肉細胞と脳細胞に入り」こみ、「そのネズミは太り、動きが鈍くなる。つぎに、捕食者であるネコを怖がらなくなる」と述べ、「太っていて動きが鈍くてネコを怖がらないネズミ」すなわち、キャットフードに宿主を変えようとしている、と解説しています。
 さらに、「風邪をひいたときに出るくしゃみはあなたを守るためではなく、ウイルスの利益のための反応だ」と述べ、「それは人間に取りついた細菌やウイルスが、つぎの宿主に乗り移るための手助けをするよう宿主操作をした結果なのかもしれない」と述べています。
 この他、ギョウチュウは感染した子どもにお尻をかかせるために、お尻の周辺の皮膚に「かゆみを生じさせるアレルゲン」を置いていくことや、コレラは新しい宿主に乗り移るために、別の水源に潜り込まなければならず、「みずからの『移動手段』のために下痢を引き起こしている」こと、マラリアは他の蚊に宿主の血を吸わせるために「ひどい高熱と悪寒を繰り返し、はげしく衰弱」させることなどを解説しています。
 著者は、「宿主から別の宿主に移動する方法」として、
・宿主どうしが直接接触するか、近づいたときに空気を介して移る。ふつうの風邪や性行為感染症など。
・中間媒体の生物(蚊やハエ、ノミなど)に乗せて運んでもらう。マラリア、チフス、黄熱病など。
・汚染された食品や飲料水を介して移動する。コレラ、腸チフス、A型肝炎など。
の3種類を挙げた上で、「抗生物質による『軍拡競争』で細菌をより強く、より危険にしてしまうのでなく、細菌を僕たちに合わせるよう変える方法をとったほうがいい」と述べています。
 第6章「僕たちは日々少しずつ進化している?」では、「自然淘汰は環境の影響を受けるが、変異が環境の影響を受けることはぜったいにない。変異は偶然の産物で、自然淘汰はその偶然が有利に働いたときにのみそれを助ける」と科学者たちは考えていたが、この間が得方は、「進化が進化圧力と切り離されてしまう」という問題があることを指摘し、科学者たちが、遺伝子を、「個々の指示が集められたものではなく、何か変化が起こればそれに組織的に対応する複雑な情報ネットワークと捉えるようになった」と述べています。
 そして、マクリントックによる「ジャンピング遺伝子」の発見によって、「でたらめでめったに起きない微小な変異という思い込みから、もっと力強い変異の可能性に通じる扉を開いた」として、「ヒップホップ系ミュージシャンのように、ゲノムは自分自身を『サンプリング』して、似ているけれどまったく新しい『リフ』を作り出す力がある」と述べています。
 著者は、「パーティ好きのジャンピング遺伝子も、おそらくウイルス由来なのだろう」として、ジャンピング遺伝子には、「カット&ペーストでジャンプ」する「DNAトランスポゾン」と、「コピー&ペーストでジャンプ」する「レトロトランスポゾン」の二種類があり、「レトロトランスポゾンは、レトロウイルスと恐ろしいほどよく似ていることがわかった」ため、「レトロウイルス由来の遺伝子だと十分に考えられるのではないか」と述べています。
 そして、「過去数百万年のあいだに、おそらく人間はウイルスに『ただ乗り』をさせてやり、ウイルスはその莫大な遺伝子図書館から人間に遺伝子コードを貸し出してきた」として、「ウイルスと共同作業をしているおかげで人間は、独力ではとても達成不可能な速さで複雑な生き物に進化できたのだろう」と述べ、「アフリカの霊長類に『別のウイルスに延々と感染する』能力がついたことで、人類は進化の『早送り』ボタンを手に入れた」とするヴィラリアルの説を紹介しています。
 第7章「親がジャンクフード好きだと子どもが太る?」では、「親、とりわけ母親の妊娠初期の食習慣が生まれてくる子どもの代謝作用に影響する」という研究結果が報告されたことについて、遺伝学の下に、「親から受け継いだDNAを変えずに親が獲得した形質を子がどう発現するのかを研究する学問」である「アピジェネティクス(後成遺伝学)」というまとまった学問分野ができたと述べています。
 そして、「メチル基という化合物が遺伝子に結合することで、その結果、DNA配列を変えずに遺伝子の発現作用だけがオフになる」改変であるDNAの「メチル化」について、ビタミン・サプリメントの成分中に、「発現抑制を引き起こすメチル基由来の分子が入っている」と述べています。
 また、エピジェネティクス研究の衝撃について、「遺伝子設計図は消えないインクで書かれているとされていた常識を、エピジェネティクスは消してしまった。それ以降の科学は、遺伝子は不変でも指示は変わりうるという概念を考慮しなければならなくなった」上、「環境要因はベビー・マウスが受け継いだDNAを変えてはいないが、DNAの発現の仕方を変えている以上、やはり遺伝を変えていることになる」と述べています。
 著者は、「メチル化による改変が世代ごとに消去されないのなら、それは結局、進化になる」として、「あるいは、親や祖父母が獲得した形質はその子孫にずっと遺伝する、と言い替えてもいい」と述べています。
 さらに科学者たちが、「抗癌遺伝子のメチル化と癌を誘発する行動に明白な関連性を認めている」として、「癌になりやすいとされる生活習慣を長期間続けた人には、抗癌遺伝子の周りにメチル化を示す指標が大量に集まって」いて、「この状態をハイパーメチル化という」と述べています。
 また、9・11テロ後にカリフォルニア州で後期流産の件数が跳ね上がり、「流産が増えたのは男の胎児ばかりだった」ことについて、「妊婦の心の状態がエピジェネティックな事象または生理学的な事象を引き起こし、それが妊娠状態と男女の出生率を調整しているらしい」と述べています。
 第8章「あなたとiPodは壊れるようにできている」では、細胞分裂には、「ヘイフリック限界」と呼ばれる回数制限があることについて、「細胞分裂に限界を設けるよう進化した」理由として、癌を挙げ、「ヘイフリック限界はあなたを癌から守る。細胞がおかしくなって癌化しても、ヘイフリック限界がその増殖を断つことで、それ以上広がるのを防いでくれる」と述べたうえで、「人間の癌性腫瘍細胞の90パーセント以上は、テロメラーゼの助けを借りて勢力を伸ばす」として、「優秀な癌細胞は――僕たちにとっては最悪の癌細胞という意味だが――プログラムされた細胞死、つまりアポトーシスを回避する道を見つけるのだ」と述べています。
 そして、「老化がプログラムされていることは個人にとって有益なのではなく、種にとって進化上有益なのだろう。老化は『計画された旧式化』の生物版だといえないだろうか」と述べ、「第一に、老化は旧モデルを片付けて新モデルのための余地、つまり進化による変化を生み出せる余地を作る。第二に、老化は寄生生物がどっさりいる旧世代の固体を消して、新世代を守る」点を挙げています。
 さらに、「他の哺乳類に比べて人間の出産はリスクが高く、時間がかかり、痛みが大きい」ことが、「大きな脳と二足歩行」という人間の重要な特徴に関係したものであるとした上で、エレイン・モーガンの「水生類人猿説(アクア説)」を取り上げています。
 そして、「アクア説をめぐる議論はまだ、まともな議論にもなっていない」が、「人類の祖先がクジラのようにほとんど水中生活をしていてごくたまに水面に顔を出す、というイメージを思い浮かべるから感情的にシャットアウトしてしまう」のだとして、「ともかく、すべては疑問を投げかけることから始まる。それなしに解決策は見つからない」と述べています。
 「結び」では、この本の読者が、
(1)生き物は完成品ではなく、つねに『創造中』の状態であるということ
(2)この世に単独で存在しているものはないということ
(3)人間と病気の関係は、これまで考えていたよりずっと複雑だということ
の3つの認識を新たにしていることだろうとして、「命の発生と発達のしくみ」を、「永遠に解かれることのない奇跡のしくみのようだ」と述べています。
 本書は、人間の病気をきっかけに、生物学に対する理解を深めるヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のラストに、まさか「アクア説」が登場するとは思いもよりませんでした。もちろん、著者のスタンスは、アクア説を全面的に支持するというものではなく、「すべては疑問を投げかけることから始まる」という文脈の中での取り上げ方なのですが、そのスタンスには共感します。
 そう言えば、『ヒトは食べられて進化した』はダイレクトにアクア説を支持するものではありませんが、狩猟のために二足歩行になったわけではない、という点では、「サバンナ説」に新たな疑問を投げかけているのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・遺伝で決まったものは運命だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 エレイン モーガン (著), 望月 弘子 (翻訳) 『人は海辺で進化した―人類進化の新理論』 2005年05月08日
 エレイン モーガン (著), 望月 弘子 (翻訳) 『人類の起源論争―アクア説はなぜ異端なのか?』 2005年12月10日
 ドナ・ハート, ロバート W.サスマン (著), 伊藤 伸子 (翻訳) 『ヒトは食べられて進化した』 2008年07月16日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日


■ 百夜百音

ダブル・ファンタジー【ダブル・ファンタジー】 キララとウララ オリジナル盤発売: 1985

 「胸のモールス信号乱れ打ち」ってみだれちゃったら信号は伝わらないような気もしますが、一部ではカルト的な人気を誇り、小室ファンにとっても必須アイテムです。

2008年7月20日 (日)

ウェブを変える10の破壊的トレンド


■ 書籍情報

ウェブを変える10の破壊的トレンド   【ウェブを変える10の破壊的トレンド】(#1277)

  渡辺 弘美
  価格: ¥1680 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2007/12/22)

 本書は、「2007年6月までニューヨークにおいて、米国のIT分野のビジネス動向や技術動向を調査する仕事』についていた著者が、「IT分野の新たな潮流が日本にも迫っているという危機感と、日本からも新たな潮流を生み出せる可能性への期待についてもっと広く知っていただきたい」という思いから書かれたものです。
 ProLogue「破壊的トレンドとは何か?」では、ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』を取り上げ、「現在の顧客の意見に耳を傾ける結果、『持続的技術』への投資を維持し、結果として『破壊的技術』へのリーダーシップを取り損なう。だから、優良企業ほど誤った道を歩むことになるというジレンマが生じる」と述べています。
 そして、本書で取り上げる破壊的トレンドの代表例として、
・ダイレクト(Direct)
・フリー(Free)
・クラウドソーシング(Crowdsourcing)
・プレゼンス(Presence)
・ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)
・バーチャル&リアル(Virtual and Real)
・ビデオ(Video)
・インターフェイス(Interface)
・サーチ(Search)
・セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)
の10のキーワードを挙げています。
 第1章「ダイレクト(Direct)」では、「RSS」「ATOM」などで知られる「フィード(Feed)」と呼ばれる「ダイレクト」な技術について、単に「サイトの更新情報を配信する技術」にとどまらず、「マーケティングの観点から見てもきわめて注目すべきテクノロジーである」として、「鮮度の高い情報をユーザーに直接届けることができる」とともに、「一旦登録してしまえば、基本的にはユーザーがコレを自ら削除しようとすることはまれで、そのままフィード・リーダーに残り続ける」という「ロックイン効果」こそが「ダイレクト」の「トレンドの本質である」と述べています。
 また、「米国で最もホット」な技術として、「ウィジェット(Widget)」を挙げ、米国のSNSであるフェイスブック(Facebook)や、グーグルが発表した「これまで個々のSNSが提供してきたAPIを共通化するオープンソーシャル(OpenSocial)プロジェクト」などを取り上げています
 さらに、「アイ・グーグル」と呼ばれる、「ユーザーが自由にカスタマイズ」できる「パーソナライズド・スタートページ」を挙げ、「グーグルもユーザーの囲い込みに余念がない」と述べています。
 著者は、インターネットの登場を「ネット革命第1楽章」、検索技術の登場を「ネット革命第2楽章」とすれば、「フィード、ウィジェット、パーソナライズド・スタートページといったユーザーに情報を直接届ける『ダイレクト』というトレンドは、検索をせずとも自分の欲しい情報が手元に届くという意味で、ネット革命第3楽章とも言える破壊的な変革を意味する」と述べています。
 第2章「フリー(Free)」では、「ムーアの法則により、メモリであれば1ビット当たりの価格はどんどん『フリー』に近づきつつある」とのべています。
 そして、クリス・アンダーソンが、「これまでの経済モデルを『希少経済(Economy of Scarcity)』、『フリー』の時代の経済モデルを『潤沢経済(Economy of Abundance)』と名づけて比較していることを取り上げ、「ベータ版的アプローチ」、「禁止されない限り原則自由」、「あなたが最も良いものを知っているという立場」、「ボトムアップ方式」、「管理不能」などへのビジネス・ルールの変化を挙げています。
 第3章「クラウドソーシング(Croudsourcing)」では、「集合知すなわち多くの人の知恵を取り入れることでより良いサービスを提供することができる」と述べ、「いまや、インターネット上のランク付けのノウハウは、企業のビジネスを左右する重要なファクター」であるとして、「投票システムの結果によりランク付けするディグの仕組みはグーグルとは対極の位置にある』と述べています。
 そして、「集合知を取り入れれば取り入れるほどにサービスが賢くなっていく仕組み」である「クラウドソーシング」においては、「プラットホームを押さえ、いち早くユーザーの囲い込みに成功した企業ほど、その優位性を維持できる」と述べています。
 第4章「プレゼンス(Presence)」では、「最もソーシャルな関係が強く、時間的にもリアルタイムな情報交換を要求する場合に使うテクノロジー」として、インスタント・メッセージングを挙げる一方、「最もソーシャルな関係が弱く、時間的にもさほどリアルタイム性が要求されない場合に用いられる」ブログや、「ブログよりもソーシャルな関係を強く求めた」SNSを挙げ、「IMほどではないが、SNSよりもリアルタイム性を重視し、緩やかな友達関係を構築するテクノロジーが注目を浴びている」として、その代表格として、「今、何をしているの?(What are you doing?)」という問いかけに「2、3行の短い文で友達に情報発信するツール」であるトゥイッター(Twitter)を挙げています。
 第5章「ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)」では、「ソフトウェアは不要(No Software)」のロゴを社是とする、「オンデマンドCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)のサービスを中心に提供するセールスフォース・ドットコム」を取り上げ、「オンデマンド・アプリケーションの一大世界を広げようとしている」と述べています。
 そして、「今やソフトウェアもハードウェアもすべてサービスとして外部からその都度購入する時代になった」として、「いわば、エブリシング・アズ・ア・サービス(Everithing as a Service : EaaS)の時代」だと述べています。
 また、「ウェブ・オリエンテッド」の潮流により、「ユーザー側の企業のビジネス・スタイルも破壊的に大きく変わる」として、
(1)コア・ビジネスへの特化
(2)業務プロセスの改善
(3)企業の生産性向上
を挙げ、「『ウェブ・オリエンテッド』な破壊的トレンドを乗り越えることは、コア・ビジネスへの特化、業務プロセスの改善、社内の生産性向上を果たせるかどうかの試金石となる」と述べています。
 第6章「バーチャル&リアル(Virtual and Real)」では、グーグル・マップ(Google Maps)では、大都市圏であれば、「ストリート・ビューの機能で360度方向の風景写真を表示できる』ことについて、「ポイント・グレイ・リサーチ(Point Grey Research)」が開発した、「CCDを6個持つ球面撮影対応のデジタルカメラを車の天井に載せて、全米各地で写真撮影していることで可能になった」と述べています。
 第7章「ビデオ(Video)」では、「ベオTV(VeohTV)」について、「インターネット上に存在するすべての動画を、1つのインターフェイスで検索、ブラウズ、視聴できるアグリゲーション型のIPTVである」と述べています。
 第8章「インターフェイス(Interface)」では、「インターフェイス技術がますます身近なものになってきている」として、「多くの家庭で3次元加速度センサーが身近になったのは任天堂Wiiリモコン(海外ではWii RemoteやWiimoteと呼ばれる)であろう」と述べています。
 第9章「サーチ(Search)」では、進行検索エンジンの特徴として、
(1)自然言語での検索を可能にしたり、人力を活用して検索したりする「より人間が使いやすい検索テクノロジー(Better Technology)」の使用
(2)検索結果のプレビューや、クラスター分け、視覚化技術の使用など「より良いユーザー・インターフェイス(Better UI)」の使用
(3)ブログ、不動産情報、医療情報など特定の情報分野や専門領域の検索を得意とする「垂直型の検索エンジン(Virtical Search)
の3点を挙げています。
 また、ユーザーに優しい検索技術として、「検索+人力(Search + Brainpower)」を標榜する「チャチャ(ChaCha)」について、「自分の探したい事柄をガイドにチャットで伝えれば、次から次へと検索結果に導いてくれる」と述べています。
 第10章「セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)」では、「セマンティック技術の必要性が叫ばれてからずいぶん時間がたってる割に、依然として本格利用に耐えうる技術が少ない」としながらも、「破壊的トレンドが萌芽する兆しは見え始めている」として、「セマンティック技術は、我々を『情報化社会』から『関連性社会』へと導く破壊的トレンドなのだ」と述べています。
 EpiLogue「破壊的トレンド対処法」では、「日本からはなぜ米国のように次々と破壊的トレンドに繋がるテクノロジーやサービスが生まれてこないのかという疑問」に対して、あえて、「エンジニアを信頼する環境」の不足を指摘し、「エンジニアが創造性を最大限発揮できるように環境を整えるべきだ」と述べています。
 本書は、個別には日本にも伝えられているウェブのトレンドを、ビジネスを変革させるものとしての視点からわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 『イノベーションのジレンマ』で取り上げられていたのは、ハードの話が中心ですが、それがいよいよウェブ中心になってきたような印象を受けました。その意味でもイノベーションの世界も「Web-Oriented」なのかも知れません。


■ どんな人にオススメ?

・ウェブの世界のイノベーションの次のステップを見たい人。


■ 関連しそうな本

 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳) 『民主化するイノベーションの時代』 2006年10月16日
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳) 『アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』 2007年11月26日
 ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳) 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』 2006年06月20日
 ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日


■ 百夜百音

スターボーI たんぽぽ畑でつかまえて【スターボーI たんぽぽ畑でつかまえて】 スターボー オリジナル盤発売: 1983

 一部ではカルト的な人気を誇るアイドルグループ。当時は、「宇宙からやってきた」、「性別不明」という設定に子供ながらに無理を感じていましたが、やっぱり当時から多くの人が変だと思っていたようです。
http://youtube.com/watch?v=q_laxO4tVOI

2008年7月19日 (土)

マニラ好き


■ 書籍情報

マニラ好き   【マニラ好き】(#1276)

  日名子 暁
  価格: ¥1400 (税込)
  太田出版(2007/04)

 本書は、「日本の男たちが、なぜフィリピーナにはまるのか、入れあげるのかを分析」したものです。著者は、フィリピーナをめぐる状況を、「売春」から「結婚」へと「大きく流れが変わってきた」と述べています。
 第1章「正しい『追っかけ』」では、フィリピーナのホステスに入れあげて、マニラを訪れた、「真面目」で「真剣」と「肩ヒジを張ったタイプ」に、「なぜか全国のフィリピンクラブでよく会う」と述べた上で、迎えに来るといっていた彼女は、言い訳をして、「謝らない・悪びれない・自分は悪くない」の「これまたフィリピンスタイル」であると語っています。
 第2章「正しい『追っかけ』」では、04年をピークに、「フィリピーナを雇用する店、来日するフィリピーナ、ともに大幅に減少している」理由として、「国連の小委員会が、いまだに人身売買を続けている国として日本を挙げた」ことを挙げています。
 そして、「人生のピークは過ぎ、良きも悪きも人生の黄昏を迎えた年齢」の男たちについて、「彼らは心がさびしいからフィリピンクラブに通う。したがって、フィリピンクラブは病院であり、フィリピーナは医者兼看護婦なのである」と述べています。
 また、「フィリピンクラブに通う日本の中・高年の客の大半が、フィリピーナの国での暮らしぶりを聞くと過ぎ去りし日々を思い出し、郷愁を感じる。そして、目の前にいるフィリピーナと過去の自分とがオーバーラップし、それが渾然一体となって胸がいっぱいになる」と述べています。
 さらに、「フィリピンにおける家族の絆は、日本人の想像を超える強固なものだ」として、「家族の中から誰か、日本に出稼ぎに行くフィリピーナのような働き手が出れば、そのフィリピーナの稼ぎに、残った家族は依存する」と述べています。
 第3章「正しい『愛人』」では、「ヤクザとフィリピンの関係は古くて深い」として、ジャパゆきビジネスや拳銃などのシノギを挙げた上で「フィリピンでは『YAKUZA』は一般名詞となっていて、フィリピンの新聞、テレビ、雑誌などにもしばしば登場」すると述べ、この他、「自称ヤクザ」が、「マニラ周辺には百名前後いる」と述べています。
 また、「ヤクザ社会における地位、貫禄などのヤクザとしての格の違いは日本国内でのもの」であり、「フィリピンでは、そんな格の違いは通用しない」として、「フィリピーナも"フリーヤクザ"も、フィリピンという土俵の上に上がれば日本のヤクザには負けない、と思っている」と述べています。
 そして、フィリピーナの愛人にコケにされた日本のヤクザが、復讐を試みるも、地元ギャングの連中や、警察署長クラスをボディガードに連れた軍への強いコネクションをカラオケ店の店長にあしらわれ、その後、「ヤクザが愛人にしてやられた、という話はマニラ界隈では格好の話題として広が」ったと述べています。
 第4章「正しい『愛人』――2』では、フィリピーナ2人を囲う元ヤクザの男が、年に2回、「愛人をたずねての極楽旅」を楽しみ、その「フィリピーナ愛人確保術は、彼の属するヤクザ業界で評判となった」と述べています。
 また、「若いころにヤクザを経験し、三十代で足を洗い、個人運動家になったと自称」する男が、「日本人の男に捨てられたフィリピーナの代理人をつとめ」、フィリピーナの愛人トラブルの中から、「これなら金になる、というケースをピックアップ」し、「このフィリピーナの愛人話が表ざたになると困る社会的な立場にいる男たち」をターゲットにしたことを解説しています。
 第5章「正しい結婚」では、80年代から90年代にかけての農村の「フィリピン花嫁」に関わった結婚ブローカーが、百万円を超す金を得ていたことや、その手続きが非常に煩雑なこと、日本各地にフィリピンクラブが誕生した結果、「日本とフィリピンのカップル誕生は集団見合いから、個人へと変わっていった」ことなどを解説しています。
 本書は、当事者でないと気持ちが想像しにくい、フィリピーナに入れあげる中高年の諸事情と心理をわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 フィリピンパブに行きたがる人というのは、どこの世界にも一定数いるようで、人それぞれな趣味・嗜好・性癖の一カテゴリーくらいに思っていましたが、もっと人生の重みを背負った根の深いものであることを垣間見たような気がします。そういう意味では、遊びではなく、人生をかけてのフィリピン通いと言ってもいいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・フィリピン人は単なる外国の人種のうちの一つと思っている人。


■ 関連しそうな本

 日名子 暁 『マニラ通』
 白野 慎也 『フィリピーナはどこへ行った―日本から消えた彼女たちの「その後」』
 福沢 諭 『ザ・フィリピン妻―雇われ店長が溺れたディープすぎる世界』
 浜 なつ子 『死んでもいい―マニラ行きの男たち』
 浜 なつ子 『マニラ行き―男たちの片道切符』


■ 百夜百音

モダン・レコーディングの冒険【モダン・レコーディングの冒険】 バグルズ オリジナル盤発売: 1981

 「ラジオスターの悲劇」は誰もが知っていますが、色々ゴタゴタあったすえのセカンドアルバムは通好みだったせいか、パクっても一般にはばれなかったそうです。

2008年7月18日 (金)

PR!―世論操作の社会史

■ 書籍情報

PR!―世論操作の社会史   【PR!―世論操作の社会史】(#1275)

  スチュアート ユーウェン (著), 平野 秀秋, 挟本 佳代, 左古 輝人 (翻訳)
  価格: ¥7245 (税込)
  法政大学出版局(2003/10)

 本書は、「現代人が、まるで空気のように呼吸させられている広告・広報という企ての誕生・成長・肥大の物語、その生理と病理の真相、人間と現代社会に対してこのことが及ぼしている影響」について、論じた大作(600ページ超!)です。
 第1章「エドワード・バーネーズを訪ねて」では、エドワード・バーネーズについて、「1910年代初めにアメリカの広告の最も有力な開拓者となった人」と述べた上で、ジグムント・フロイトの二重の甥に当たり、「近代的な宣伝技術の先見性に富む開拓者でもあり、1920年代初頭以来、大衆心理学諸理論と産業界・政界が必要とした大衆説得の方策との、運命的な結婚の仲人をつとめた」と述べています。
 そして、当時100歳のバーネーズの自宅を訪ねてのインタビューでは、「わたしたちはイメージを扱っているのではない……リアリティを扱っているのだ」という発言を引き出すとともに、「広告は古来からある目的のために発展してきた技術の、洗練されたもの」だという彼の考えを明らかにする一方で、「彼は自分の人生や関心領域が、ある特定の時代の刻印をもっているとは、ほとんど考えたことがないようだった」ことに、「少しがっかり」したと語っています。
 また、バーネーズが、彼が「むっつりジャック」と呼ぶ一人の運転手について、「このような運転手を雇う方が、こんにちくうこうまでのタクシー料金一回を払うよりまし」で「悪くない取引だった」が、「しかし、これもひとびとが社会意識を持つ前のことだった」と語ったことを紹介しています。
 第2章「リアリティの売買」では、バーネーズが、「その長い経歴を通じて、広告とは『状況を作り出す』科学であり、できごとを『ニュースに値する』ように計算して作り、しかもそれが作られたように見えないようにする科学だと主張し続けた」と述べています。
 そして、「広告とは、単にニュース報道を操作したり、世論に影響を与えたりする、価値とは無関係なテクニックのことだと、単純に理解するわけには行かない。わたしたちの世界における広告の成立とそれがもたらす結果は、まさに権力そのものの動機や仮定や歴史との関連で語られなければならない」と述べています。
 また、「デモクラシーの社会においては、権力者の利害と公衆の利害とは、しばしば矛盾対立する」として、「広告は、20世紀の全期間を通じて、制度化された既得権益が、その利益を公共の利益の名を借りて正当化する必要が生じた事実を雄弁に告白するものである」と述べています。
 第3章「真理は生成する」では、「20世紀の幕開けと前後して、不安のとりことなった中産階級の立場を代弁し、また彼等のために発言する著述家やジャーナリストのサークルが、拡大していった」として、「事実探求型のジャーナリズムが、批判的で問題提起的で改革志向の世論の奔流を形づくり、民衆生活における言論のあり方を形づくり始めた」と述べています。
 しかし、「力強く社会と噛み合おうとする公衆の存在を考えることが出来なくなった進歩派出版人たち」が、「曇りない事実の力と公衆の理性に対する自分たちの信仰を、疑い始めることとなった」として、「大衆ジャーナリズムと、原子化した不安な中産階級との、この運命的な交差点において、合理的な公衆の対話に基礎づけられた真理という概念の代わり」に、「個人の感情に対して、図式化して訴えかける真理概念」が現れることになった、と述べています。
 第4章「混沌のコントロール」では、「20世紀初期の改革派たちの第一世代にとっては、科学的な経験的データの収集、言い換えると社会調査こそ、社会改革の万能薬だと考えられた」が、傑出した進歩派知識人であったウォルター・リップマンたちにとっては、「社会科学の理性的な公衆を作り出す能力より、社会統制を実現する能力の方に、より魅力を感じるようになってきた」として、「グループ・ダイナミクス研究や、人々の主観的生活を背後から支える客観的土台の究明の試みが、しだいに社会分析の内容を形づくるようになっていた」として、この傾向の中心となっていたフランスの社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンを取り上げています。
 そして、「アメリカ企業広告史の最初期を担うこととなったジャーナリスト」であるアイヴィー・リーが、ル・ボンを引用しつつ、「現代は民衆が支配する時代だ。王達の神権が多数者の神権に取って代わられたのだ」と結論付けたことについて、「この状況下では、企業家たちは彼等の利益と口うるさい民衆の利益との共同戦線をつくって群衆に対抗することがぜひとも必要だ」と主張したことを紹介しています。
 第5章「『民衆を教育せよ!』」では、AT&T社の広告部門を担当する重役に就任したセオドア・ニュートン・ヴェイルを取り上げ、「ヴェイルの広告戦略に基本要素を提供したのは、変化に神経質になっている民衆の姿であった」と述べ、「人々に進歩の方向にむかって進んでいるのだというイメージを与え、彼らを安心させることがヴェイルの広告の計算であった」と解説しています。
 著者は、「ヴェイルが見抜いた現代の民衆に独特の構造と、その構造を前提にした広告の重要性とは、現代の社会思想家、ジャーナリストなど、新しい消費者という生活様式の展開を認識できた位置にいたものたちの共通認識を反映していた」として、「ヴェイルがこの新たなパブリックの存在と、彼らが知識を獲得する手段について認識したとき、どうすればこの情報手段を操作できるかについても彼は認識した」と述べています。
 第6章「真理の館」では、1918年9月27日の夜8時に、メイン州ポートランドの映画館の休憩時間に、地元の地方銀行頭取ヴァージル・ウィリアムズが、約150人の地域住民に対して始めた短い演説について、「周到に計画され、全国各地で同時に実行された特殊任務の一環だった」として、「全米各地の映画館にいた何万ものひとびとが、同じ警告を聞かされていた」として、ウィリアムズが、「フォー・ミニットメン」という名で知られる、団員7万50000人を要する全国的民兵組織の支部長であり、「米国の第一次世界大戦参戦に際して、国内で臨戦態勢を作るために動員されたものたちであった」と述べ、「毎週15万回近いペースで、ウィリアムズのような団員たちが、アメリカの戦争努力の高邁さについて、反戦思想の誤りについて、それぞれの地域のひとびとに向けて説教していた」と解説しています。
 その上で、この活動は、「氷山の一角」にすぎず、「連邦広報委員会(CPI)の指揮の下に展開された、前代未聞の広告・広報作戦の一側面に過ぎなかった」として、CPIが、1917年4月、米国がドイツに宣戦布告してからちょうど一週間後にウィルソン大統領によって設立された巨大な宣伝機関であったと述べています。
 そして、「中産階級民衆の世論が極めて移ろいやすく、大衆の反逆の可能性があると考えた多くの著名な社会分析家たちが、ウィルソン大統領にロビー活動を開始し、戦争の大義を体系的に宣伝するイデオロギー装置を作ることを要求し始めた」結果、ウィルソン大統領が、1917年4月14日、「国内の防衛線を固める」ため、CPI(米国広報委員会)の設立を明治、「消息通の進歩派ジャーナリスト、ジョージ・クリールを文民CPI議長に任命した」と述べ、「クリールは全国の進歩派ジャーナスとたちと親交を保っていたので、ウィルソンは彼がこれらの潜在的な『オピニオン・リーダーたち』を取り込み、彼等のリベラルな理想と政府の戦争政策との間の橋渡し役になってくれることを期待した」として、「大局的に、ウィルソンのこの目論見は図に当たった」と述べています。
 著者は、「ある意味では、CPIは19世紀末から米国において進化し、進歩派の時代になって明確に姿を現した広告戦略を基盤にしてつくられたものである」と述べています。
 また、CPIのこの活動が、「どの週にも影響力ある人々が、同じ話題で全国中で一斉に規格化された演説と同じ話題を隣人に向かって演説し、熱狂に自発的に参加するように計算されていた」ものであり、その使命は、「映画の観衆が思想や話題をコミュニティ全体に持ち帰り、『広報』のある号の表現を借りると『会話の無限連鎖』を誘発するようにさせることにあった」と解説しています。
 さらに、クリールが否認したが、「『真理の館』は事実という基礎の上ではなく、感情という沼地の上に建造されていた」として、「CPIは、世論の製造の実験を行う巨大研究所として、初期の合理主義的な、主にジャーナリズムの中で形成された理性に働きかけようとするコミュにケーション戦略とは、まったく別の方向へと変化していった」と述べています。
 そして、「20年代にも批判的なインテリはいたが、広告思想のその後の発達を方向づけたのは、新思想を身につけたインテリたちであった」として、「彼等の視座を特徴づけたのは、民衆とは誰であり、その民衆に最も効果的に影響を与えるにはどうすればよいかという問題であった」と解説しています。
 著者は、「CPIの活動を通して得られた知識と、民衆の心の領域の管理にかんする教訓は、次に来る広告専門家たちによって受け継がれ、のちのアメリカ文化の輪郭に深い影響を与えることになった」と述べています。
 また、「全体として、20世紀に広告が発達する過程の中でCPIは、かつてなかった仕方でマスメディアを捉え、動員した。各部局の活動を織りあわせてみると、マスメディアを人々の近くを取り巻く環境として捉える思想が浮かび上がる。近くのありとあらゆる領域に戦争遂行のためのメッセージを植えつけることが、CPIの至上の目標であった」と述べています。
 第7章「社会心理学と民衆心理の探求」では、「戦争とCPIは、まぎれもなくアメリカのインテリ世代に対して説得における心理学的要素の重要性を強調した」として、「『民衆精神』というものは生来、理性的な訴えよりも感情的な哀願の方に影響されやすい」という思想が、インテリの思想の中に出現したと述べています。
 そして、「かつて『公衆』と『群衆』の間にもうけられた区別は、ほとんど感情のみによって駆り立てられる観客としての大衆という、すべてを包括する概念によって取って代わられた」と述べています。
 また、1920年代に、「民衆心理に内在する非合理性を誘導するために社会科学を道具として使用すべきだとする」傾向が広がった背景として、
(1)非合理性は人間性という最も一般的な存在を見るときにさえ習慣的に援用されるフィルターになっていた。
(2)民衆とは本能によって、駆り立てられるものだとする見方が、刺激的なシンボルが説得の手段として与えられる劇場こそ相応しいと考えた。
の2つの重大な変化を挙げています。
 第8章「姿なき技術者」では、「1920年代初頭までに、戦争がもたらした実際的な教訓と、広く普及し続ける社会心理学の知識が結合」して、アメリカのインテリたちを、
(1)合衆国のような大規模な近代社会は、世論の分析と管理を専門とする専門家集団による助けを必要としているという信条。
(2)これら「姿なき技術者」は、民衆の態度と思考に最も強い影響を及ぼすことができるコミュニケーション技術は何かを学習し、それに習熟しなければならないという信念。
の2つの結論へと誘導することになった、と述べています。
 そして、「広告専門家とは、個々のクライアントからの狭い要請にこたえるばかりでなく、『民衆の心を操縦する糸』を手繰ってプロパガンダを行うことを専門とする人間であった」として、バーネーズが、「広告・広報顧問を、擬似環境を想像する達人として記述した」と述べ、広告・広報の専門家が、「状況の創造者になる」ための訓練方法として、
(1)広告・広報専門家は、大多数の人間が世界全般について彼らなりの「構図」を体得するために通過するメディアや組織化されたコミュニケーション・ネットワークの、注意深い研究家でなければならない。
(2)世論形成に関わる人間は社会学や人類学を学ぶべきであり、世論が個人間でつくられることに影響する社会構造や文化的慣習について、詳しく学ぶ必要がある。
(3)広告・広報顧問は民衆心理の注意深い研究家でなければならない。
などの、「実用的な要綱を描き始めていた」と述べています。
 また、バーネーズが「民衆の本能を結集する広告専門家の才能」として、「民衆が進んで反応してくるシンボルを作り出す能力民衆がどのような反応を返してくるかを予知し分析する能力、好ましい反応を引き起こすであろう個人や団体のステレオタイプを見つける能力、聴衆にわかる言葉で話し好感を持って受け入れさせる能力、などにかかっている。本能と、誰にもある欲望への訴求こそ、彼が好む結果を引き出す基本的な方法である」と語っていることを紹介しています。
 第9章「近代の民衆説得パイプライン」では、「巨大な経済的発展と、それにともなう経済破綻をふくんでいた1920年代から1930年代という時代」に「広告・広報が、もっと広義には宣伝キャンペーン計画が、飛躍的に成長」し、「アメリカの社会構造に基本的変化が起きた」と述べています。
 そして、第一次世界大戦前に、「ビジネス分析家が、社会調査を商業的に友好的な手段と考えはじめ」、「20年代の末になると、民衆の態度研究は広告やマーケティングそれ自体の関心をこえて、企業思想により包括的な展望を与えようとするものに変化した」と述べています。
 また、著名なアメリカの社会学者、ロバート・リンドが、「世論調査そのものがニュースとして扱われることに、懸念を表明」し、「新聞紙上で報道されたりラジオで引用されたりする場合、世論調査あg党系による喝采のBGMとなって中立の立場のひとびとを群衆に巻き込む『宣伝のための効率よい操作手段』になっている」と指摘したことを紹介しています。
 第10章「視覚的な錯覚」では、社会調査ニュースクールの著名な社会心理学者のハリー・オーバーストリートが、「学生が通暁すべき2つのイメージ」として、
(1)模倣的映像:目に見える「リアリティ」が複製されたもの、もしくは複製しようとつくられたもの
(2)選択的映像:見ている人間の注意を、邪魔なものを排除しながらリアリティの特定の部分に焦点を合わさせることにより、見るものに特定の心理的経験を歓喜させることができるもの。
の2つを挙げたことを解説しています。
 第11章「銀の鎖と友好的な巨人たち」では、「1920年代後半までには、ビジネス社会は民衆の不信感という足かせを振り払ったという確信が広まった」として、「『友好的な巨人』としての企業というイメージが、多くの会社の広告活動の中心にすえられていた」と述べています。
 しかし、1929年10月の暴落によって、「何百万人にとって、反映のイメージはほぼ一瞬のうちに洗い流された。彼らは、もともと経済にずっと内在していたが効果的に視界から隠蔽されていたものを、力ずくで認識させられた」結果、「友好的な巨人たち」は、「一気に人食い鬼に戻った」と述べています。
 第12章「公益をめざして」では、ニューディール計画の立案者たちに影響したのは、ケインズ学派経済学者だけではなく、「進歩派時代の記憶によって描かれた、よりアメリカ的な思想にも刺激を受けていた」として、「消費志向の『よい生活』像が、新しいアメリカ人の生得権の核心として提案され、人々の希望を刺激しようとしていた」と述べています。
 そして、フランクリン・D・ルーズベルトが、ルイス・マックヘンリー・ハウの「専門知識を通して事実やできごとや状況からどのように『ニュース』と呼ばれるものが出現してゆくかにかんする、実際的な理解を獲得しつづけた」として、「知事の政策計画表を記者たちに公表するときはそれをひとつひとつ練って、数日から数週間かけて整理しやすいような形態で配付していった」として、「このテクニックは、政策を簡単に報道しやすくし、報道される期間を長くし、最も重要なことには読者がより簡単に理解できるものにした」と述べています。
 また、「ハウの指導が、『言葉』を通した広報家としてのルーズベルトを誕生させた鍵であったとすれば、ポリオに罹患するという生活史上の危機は、彼のイメージの作り手としての技量を鍛錬させるものであった」として、39歳のとき以来、闘病にもかかわらず、「両足は永久に麻痺した」が、「記者団から精力的な協力を得ることができた」ため、「彼が車に乗せられたり、運ばれたり、車椅子を押されたりする」映像を撮らないことは、「ホワイトハウスの写真記者団によっても守られる暗黙の掟」となり、「記者団の誰かが約束を破って写真を盗み撮りしようとすると……別の古参の記者の誰かが『偶然に』カメラを地面に叩き落したり、撮影の妨害をしたりした」として、この「自主的な検閲システムは滅多に破られること」はなかったと述べています。
 著者は、「およそ25年に及んで発揮された、活動的な人間というスペクタクルを作り上げることにかけてのルーズベルトの天才ぶりは、彼の政治的優越の本質をなし、不朽の個人的な強靭さの証明であった。自分の体力を万全に見せかける彼の能力は、身体の麻痺を重要ではない些細な問題にしてしまい、彼の政府を、ひいてはニューディール全体を広く特徴づける、はるかに有意義で包括的な政治的宣伝広報キャンペーンを彼が展開する道を開いた」と述べています。
 第13章「ニューディールと社会事業の広報」では、ニューディール政権が、「世論に直接影響を及ぼす時間外業務もこなす、精巧な広報機関の機能を備えていた」として、「その最も顕著なひとつ」は、「新たにラジオを利用すること」であり、「広報手段としては新聞より優る」とされ、「メッセージ伝達では範囲がはるかに広いし同時放送できる」とされたと述べています。
 そして、ルーズベルトのラジオ使用が、「慈愛にあふれたスタイルで聴衆とのスタイルで聴衆とのあいだに親密な関係を樹立させただけでなく、彼自身のジェファーソン主義の信念を裏付けるものでもあった」と述べています。
 また、ニューディールを、「単に一連の政策やこの目的に向う個人の集合であっただけでなく、規模において巨大であり、またはるかに効果的で、しかも支持された広報機関であった」と述べています。
 さらに、タグウィルとストライカーが「『記述的経済学』に使用した広報の手法」が、「アメリカの政治文化のあり方そのものに影響を及ぼし始めた」とした上で、「企業上層部の多くや政治的右派にとって、ニューディール政策の広報の複合的影響は恐るべきものであり、進歩派時代のその前兆異常に憂慮すべきものだった」と述べています。
 第14章「金にものをいわせる」では、「企業からなる顧客に大衆の心理をより良く理解させる目的で、それまでは小さな存在であった世論調査産業が発達しはじめ、やがてアメリカ人の生活を診断する装置であるかのような状態になりはじめた」と述べています。
 そして、「中産階級の企業に対する批判の成長を和らげるため、」に、全米製造業者協会(NAM)が広報活動でまず行ったこととして、「アメリカの企業社会と普通のアメリカ人大多数とのあいだには、利害関係の調和があるという宣伝」を挙げ、この中で、「『自由企業』という経済原則と『デモクラシー』という政治原則とが『たがいに関連し不可分だ』という観念連合を作り出し、広告テクニックを駆使して人々の中に心理的に固定させること」が鍵となったと述べています。
 また、「アメリカン・ウェーほどいい生活はない」「産業によいことはあなたによいこと」というテーマ・スローガンを掲げて展開されたNAMの全国的広告キャンペーンについて、「2つの点で示唆的なものだった」として、
(1)NAMの広告キャンペーンは、この協会だけの活動ではなく、さらに協会の各種業種別構成団体の中でも、協会を事実上取り仕切っていたのは、アメリカの巨大企業の指導者たちであった。
(2)キャンペーン活動が、大衆の意識を変化させることに成功したといえるかどうかには議論の余地があるとしても、この中で展開された企業中心主義の社会観が、第二次世界大戦後のアメリカで次第に拡大していった。
の2点を挙げています。
 第15章「公衆の究極決断」では、戦時の広告において、消費物資は戦時統制のために不足していたが、「企業は、会社がどれほど戦争努力に貢献しているかという『広報広告』を作成し、同時に戦争後のアメリカについて、ありとあらゆる素晴らしい新消費財(たとえばテレビ、皿洗い機、その他のモダンな機器類)を持つことがアメリカ人の生まれながらの権利であるかのような社会として描いていた」と述べています。
 また、「ビジネスマンにとって最も手強い政治上の障碍」として、ゼネラル・フード社長のハワード・チェースが、「恐慌の時代を通じて、民衆が社会的・経済的問題について次第に知識を持つようになった」と分析していることを紹介しています。
 第16章「世論操作の技術」では、「デモクラシーの価値を肯定することと、民衆の感情を捜査するといういまわしい思想の間にある緊張は、広告マンたちが視覚イメージを、大戦直後の時期にどのように扱ったかという問題にも、反映していた」として、FSA(農業安定局)の使用した写真などの、ニューディールの使用した文書が、「きわめて効果的」であったため、「企業の広告映像は、あたかもニューディールの手法を直接模倣しているかのようであった」と述べています。
 そして、広告専門家の中に、「テレビ戦略が、人を集める能力が必須の資格になる政治の世界で、とくに有効だと確信するものが出てきた」として、ジェームズ・ケラーが、「これからは政治家のプレゼンテーションは意図的に『全体にわたって概括的なイメージを作ることであり、特定の問題点を力説することではない』と公言した」ことについて、「すくなくとも一人の人物が、一連の専門家のチームに支えられながら、企業広告の中で造成されたケラーのいうような理論を現実政治において実行に移そうとしていた」とロナルド・レーガンを取り上げ、「レーガンの政治経歴は、1920年代から発展した企業広告の思想を体現したものであった」と述べています。
 著者は、「レーガンが政治の舞台に登場したことは、端的に彼の時代を象徴するものであった」として、「彼は、広告が不可欠になり、ますます普及し、権力の手段となった社会に固有の事件であった」と述べ、「デモクラシーと、その対立物である富裕なエリートによる公領域の支配とが、こうしてひとつの妥協へと融合した」と解説しています。
 終結「現代の公衆にとっての問題」では、「1990年秋にバーネーズを訪問したとき、わたしはに種類の異なった人物に出会った」として、「『公衆の領域』とは、意識が次第に高い水準になり、要求を主張するようになった批判的公衆が、その声を上げている現場」だと考えるバーネーズと、「公衆とはどのようにでも加工できる原形質の塊のようなものであり、熟練した世論捜査の手にかかれば思いのままに加工することができる原料にすぎない」とみるバーネーズの両方を挙げた上で、「こうした矛盾を、彼だけに特有の問題とするのは誤りである」として、この「分裂的な暗い不協和音は、20世紀を通じて広告史全体を特徴づけるものであった」と述べています。
 著者は、「他のあらゆる変化の前提条件として、われわれは社会統計的なアイデンティティの枠組みに疑義をさしはさむ必要がある」として、「社会統計という手段で武装したコンセンサスの製造屋が、公衆の行動計画支配し続けている」と述べ、「区別の意識が共通性の意識とバランスを取り戻さなければ、デモクラシーのための公衆は出現できないだろう。より大きな善が実現されるためには、われわれ自身がより大きな公衆であることを思うべきである」と主張しています。
 本書は、広告やPRという言葉が、単に商品の売り込みのためにあるものではなく、権力そのものの在り方であることを再認識させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 PRというと、一般的な「売り込み」というイメージがありますが、それがいかに人間の心理や政治と深く関わり、確立されつつある科学であるということが、本書を読むとわかるのではないかと思います。それにしても何しろ厚いですが。


■ どんな人にオススメ?

・広告とは「売り込み」のことだと思う人。


■ 関連しそうな本

 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日
 アンヌ・モレリ (著), 永田 千奈 (翻訳) 『戦争プロパガンダ 10の法則』 2007年11月01日
 デイヴィッド・オグルヴィ (著), 山内 あゆ子 (翻訳) 『ある広告人の告白』 2007年01月02日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 ジャック・セゲラ (著), 小田切 慎平, 菊地 有子 (翻訳) 『広告に恋した男』 2007年09月20日
 G.E. ラング, K.ラング(著), 荒木 功, 小笠原 博毅, 黒田 勇, 大石 裕, 神松 一三 (翻訳) 『政治とテレビ』 2007年04月04日


■ 百夜百マンガ

とめはねっ! 鈴里高校書道部【とめはねっ! 鈴里高校書道部 】

 柔道、競艇と、他の人が扱わない題材を使って、爽やかなドラマを創ってしまう達人。ヤングサンデー休刊ということですが、引越し先は決まったのでしょうか。

2008年7月17日 (木)

パックマンのゲーム学入門

■ 書籍情報

パックマンのゲーム学入門   【パックマンのゲーム学入門】(#1274)

  岩谷 徹
  価格: ¥1575 (税込)
  エンターブレイン(2005/9/17)

 本書は、名作ゲーム『パックマン』を世に送り出した著者が、ゲーム業界を担う次世代に向け、「ゲームはクリエイターの経験や人間性が現れるもの」という「想いやゲームづくりのノウハウを託すこと」を目的としたものです。
 第1章「パックマンズ・メソッド 1955-1980」では、東京に生まれ、幼少時を秋田で過ごした著者が、自然の中で、「落とし穴をつくったり、草を結んでおいてみんなを呼んで、引っ掛けたり」という「他愛もないイタズラ」のなかで、「ゲームデザイナーとしての原点ともいうべき『仕掛け』への愛着」が始まったことや、雪の中で「肥だめ」という「人糞の底なし沼に落ちた恐怖の経験」が、「罠(トラップ)の持つ驚きの経験」が、「ゲームのシステムを考える際に『トラップ(仕掛け)』にこだわる」ことの原体験であったと語っています。
 そして、高校、大学と「ピンボール」にはまっていた著者が、"『遊び』をクリエイトする"というナムコのキャッチフレーズに、「ここなら自分にも何かできそうだし、ピンボールをつくれるかもしれない」とひらめいたこと、入社直後に、先輩から「特許が一杯あってなかなかつくれないんだよ」とピンボールつくりの夢を一蹴されてしまったこと、ナムコのドライブゲームマシン『F-1』のデッドコピー品を訴えるために某倉庫に証拠写真を撮りに忍び込んだところで警察に通報され、建造物不法侵入で逮捕された経験などを語っています。
 また、1979年、『スペース・インベーダー』の大ヒットの影響で、各社が、「エイリアンを打ち殺す殺伐としたゲームを大量にリリースした」ため、「ゲームセンターも女性が足を踏み入れてはいけない雰囲気」になってしまったことに「危機的状況を察知」し、「女性やカップルでも楽しめるゲームを作れないか?」と考え、「一切れだけ食べた残りのピザの形が、口を開けているキャラクターに見えた」ことから『パックマン』のアイディアが誕生した瞬間を語っています。
 さらに、ナムコが「第一次黄金期」を迎えた1980年代について、当時のナムコが、「まだ上場していない会社で、予算もはっきりしないような状況」の中で開発していて、「ある意味、ゲーム制作者たちにとっては、非常に恵まれた環境」だったとして、「まさに、真っ白なキャンバスに自由に絵を描けた時代だった」と語っています。
 第2章「ゲーム学」では、「ゲームの題材やテーマのインプットの対象は、おおよそ人間が関わる広大な世界全体に及び、ゲームという媒体を用いてどんなことも表現できる可能性を秘めている」として、「あらゆる分野にもゲームの題材を求めることができる」と語っています。
 また、ゲームをプレイしたいという動機を与えるための第一の条件として、「ゲームに注目」してもらうことを挙げ、その要素として、
(1)新奇性(しばらくあるいは今までに一度も経験していない)
(2)不確定性(わからない事柄や、試行錯誤の後、疑問を解いていくもの)
(3)複雑性(構成要素の種類や数が多いほど複雑)
の3点を挙げた上で、第二の条件として、「ゲーム目的がはっきりしている」ことを挙げ、
(1)ルールとゲームクリアー(勝敗)が悩まずに分かる
(2)ひと目でそのゲームの持っている特長(遊び・奥行き)が理解できる
の2点を挙げています。
 さらに、ゲームの難易度設定について、「設定する難易度カーブの上昇具合が急すぎたり、大きな壁があったりするとプレイヤーの支持が得られず、プレイヤーの技術達成の予測を誤り、難易度カーブの飽和点を低く設定していた場合は、プレイヤーには手ごたえのないゲームになってしまう」ため、「クリアごとに徐々に難易度も上がっていくことが、プレイヤーをホットにさせ、初心者でも上級者でも、ある程度、継続したプレイに導くことが可能になる」と述べています。
 第3章「ゲーム開発の実際」では、企画担当者に求められている能力として、
(1)発想力:生まれてから、現時点に至るまでに得た後天的な知識・情報を選択し、掛け合わせて、「絶妙なもの」をつくり出す
(2)情報を収集・整理する能力
(3)関係者を動員していく能力
(4)臨機応変に問題に立ち向かい、対応する能力
の4点を挙げています。
 また、プロデューサーに求められる能力として、
(1)千差万別な問題に「気づき、分析する力」
(2)問題を解決するための「構想力」
(3)人心を動かす「説得力」
(4)対立する利害関係をまとめる「折衝・交渉力」
(5)「人情の機敏を知る力」
などを挙げ、なかでも「問題に気づく」能力について、「これが欠落していると、俗にいう『マニュアル人間』になってしまい、そうなってしまっては、自らが企画し、また問題を解決していかなければならないプロデューサーとしては失格」だと述べています。
 さらに、「ゲームソフトは、映画や書籍と同様、大衆に対するつよいメッセージ性を持ったメディアのひとつ」であるため、「その表現の方向を誤ってしまった場合、社会問題・人種問題といった重大問題にも発展しやすく、最悪の事態が起こる可能性もある」と述べ、「クリエイターは常に自らが社会の中の一員であるという意識を持ち、独りよがりな発想や自分本位に偏らないよう留意する努力が必要だ」と語っています。
 第4章「対談 宮本茂」では、宮本が、「ハッピーエンドのゲームクリアーは、たくさんの選択肢の一つでしかないけれど、バッドエンドのゲームオーバーには理由が必要」だと語っています。
 また、宮本は、いまのゲームが、「昔のゲームにあった『わかりやすく面白い』という方向性から、『複雑化し多様化したシステムでユーザーを満足させる』というものになって」きたと語っています。
 第5章「対談 小口久雄」では、『パックマン』や『リブルラブル』が、「これ以上何も足せないし消せない」ゲームだと語っています。
 本書は、本来のターゲットである、ゲームのクリエイターを目指す人はもちろん、『パックマン』を懐かしいと感じる人にとっても、お薦めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読んで、久しぶりにパックマンがやりたくなって、ネット上のフラッシュ版のゲームをやって見ましたが、簡単だと思ってもなかなか簡単にはクリアさせてもらえないゲームバランスは見事だと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・パックマンに青春を思い出してしまう人。


■ 関連しそうな本

 坂村 健 『痛快!コンピュータ学』 2005年07月02日
 相田 洋 『電子立国日本の自叙伝』
 山形 浩生 『コンピュータのきもち 新教養としてのパソコン入門』 2005年07月23日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
 アラン・C. ケイ (著), 鶴岡 雄二 (翻訳) 『アラン・ケイ』
 西田 宗千佳 『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』 2008年07月09日


■ 百夜百マンガ

坊主戦隊ジュゲム【坊主戦隊ジュゲム 】

 月刊誌の『アフタヌーン』の四コマで認められ(?)、よりメジャーな『モーニング』でストーリーものの連載を持つも、その設定の特異さゆえに幅広いファンをつかむことができなかった作品。超ニッチなファンの心は鷲づかみしたかもしれません。

2008年7月16日 (水)

ヒトは食べられて進化した

■ 書籍情報

ヒトは食べられて進化した   【ヒトは食べられて進化した】(#1273)

  ドナ・ハート, ロバート W.サスマン (著), 伊藤 伸子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  化学同人(2007/6/28)

 本書は、私たちの祖先の立場が、「狩るヒト(Man the Hunter)」であったのか、「狩られるヒト(Man the Hunted)」であったのか、という問題について、「筋の通った判断」を下し、「その結論と、特異な性質をもつホモ・サピエンスが今日見せている行動様式との間」との関連性をテーマとしたものです。
 第1章「ありふれた献立の一つ」では、「700万~1000万年にわたるヒト科の進化の中で、捕食者は進化形成要因として働いていた」と考えられ、「このときの捕食者-被食者相互関係は、今の時代にも影響を残す」として、「そのたぐいの話を見聞きするたびに、何とはなしに背筋が寒くなる。この心理的な作用を引き起こしているのも、わが種の祖先が野生動物の前に屈してきたことの名残なのである」と述べています。
 第2章「『狩るヒト』の正体を暴く」では、「人は何故に人なのか」という聖書以来の課題について、1970年代に広く読まれたロバート・アードレイが、「肉食動物として進化したからだ」という答えを展開してきたことについて、「タウングチャイルド」が、「狩るヒト」説の鍵を握っているとして、レイモンド・ダートが、「初期人類はしとめた動物の骨、は、角を使ってさらなる獲物を殺していた」という「骨歯角文化」説を展開し、「キラーエイプが血なまぐさい行為を成し遂げた方法を説明した」が、初期ヒト科の頭骨化石に見られる、「ヒョウの犬歯と完璧に重なる丸い穴」から、「アウストラロピテクスはおそらく狩る側ではなく狩られる側にいたと思われる」と述べています。
 第3章「誰が誰を食べているのか」では、動物行動学者で捕食に関する第一人者であるjハンス・クルークによる、「人食いにまつわるむごい話に嫌悪や好奇心あるいは何らかの関心を示すのは、全人類にとってとても恐ろしい――社会の中にいるあからさまな殺人者よりも恐ろしいことと本能で感じるからだ」と説を紹介し、「なんといっても人間は何百万年もの間、動物に狩られ、食べられて進化した」ためであると述べています。
 そして、「人類には、格好のごちそうと舌鼓を打たれて攻撃を受けやすい存在だった何百万年があった。だがあっという間に、捕食者に対して支配を及ぼすようになった」にもかかわらず、「いまだに自分たちが被食者であるかのようにふるまったりもする」と述べています。
 第4章「ライオンにトラにクマ、なんてことだ!」では、「100万年前から比較的最近まで、ネコ科やその祖先に当たる膨大な数の動物が地球上を駆けていた」として、ヒト科を含む霊長類が、「体も歯も大きなこれほどたくさんのネコ科動物を相手にどうやって生き抜いてきたのだろうか」と述べ、「霊長類と哺乳動物捕食者との間に長期(5000万年あるいはそれ以上)にわたる共進化があったことを支持する化石証拠はめったに見つからない」が、「そのわずかな化石証拠を元に、『霊長類のルーツは肉食動物による襲撃という出来事の中に隠されている』とする仮説が十分に成り立つ」としています。
 第5章「狩りをするハイエナに腹をすかせたイヌ」では、ヨーロッパに生息するオオカミが、「雌が子供のために余分の食物を求める夏にとりわけ人間を襲う」と述べ、「過去において人間、特に小柄な子供は、オオカミにとって最も捕まえやすい手頃な獲物だった」と述べています。
 そして、「オオカミの襲撃で北アメリカではゼロ、ユーラシア大陸では無数にあるという相反するデータを説明するため」、「最初に出会ったときから北アメリカのオオカミにとって人類とは、動物の群れをめぐって競合する危険な相手だった」が、「ユーラシアでは、オオカミは最低でも170万年にわたってヒト科とかかわってきた」と述べています。
 また、中国で発見された北京原人の化石が、「頭骨の数が、全身の骨の数と同じどころか圧倒的に多かった」だけではなく、「顔の骨は取り去られ、頭骨の一番下の開口部が割広げられていた」ため、「人肉嗜食(と脳の脂肪組織に対する特異な食欲)が唯一つのもっともらしい説明と思われた」ため、「人肉嗜食、とくに仲間の脳みそを食べるという野蛮なならわしもあった」という説が出されたが、後に、「周口店のホモ・エレクトスの頭骨には、大型のハイエナが噛んで、砕いて、処理した形跡がすべて残って」いたことが明らかになり、「現生ハイエナ類の食習性に見られる、噛む、砕く、処理するという一連の段階が再現された」と解説しています。
 第6章「ヘビにのみ込まれたときの心得」では、「昔も今も変わらず人間を襲い続けている脊椎動物のグループ」として、爬虫類を挙げ、「ヘビ類は獲物を丸ごと飲み込む」ため、「今考えに入れなければならないヘビ類は、初期ヒト科ほどの食物を放り込めるような(すなわち大きく開くあごを持つ)大きさのヘビだけだ」と述べています。
 また、コモドオオトカゲについて、「何万年をかけて霊長類ヒト科の脳の中に作り上げられたと思われるおそれゆえにひるんでしまう」として、「色は灰色、長さ20センチメートルの二股に分かれた下がよだれを垂らしながら人間の臭いを嗅ぎ取り、後を追いかけ、はらわたを抜きにくる。もう死は避けられない」と述べています。
 さらに、「人間を捕食するワニ類の逸話の出所は、ほとんどがインド太平洋だ」として、「とくに身の毛がよだつ話」として、第二次世界大戦中、イギリス軍によるビルマ奪還の軍事作戦で、マングローブの沼地に一晩閉じ込められた1000人の日本兵が、ワニの襲撃を受け、「日本兵はワニのあごで押しつぶされるたびに悲鳴を上げた」として、「日が昇るころには、恐怖の一夜を語れる生存者はわずか20人しかいなかった」、「生き残った兵の話」では、「仲間の大半はワニに殺された」と伝えています。
 第7章「空からの恐怖」では、猛禽類の実質的な殺戮装置として、その足を挙げ、「その威力は並外れている」と述べ、
(1)獲物の体に食い込む
(2)縮めて閉じる
(3)圧縮圧を加える
の3つが一斉に作用する、と述べています。
 また、カンムリクマタカが、「並外れて強い力」があるため「サルを林床で殺したあと、死体をつかんだままほぼ垂直に飛び上がる」と述べています。
 第8章「私たちは食べられるのをぼうっと待っているだけではなかった」では、「霊長類は樹上性捕食者よりも大きくなることで、その多くを避けられるようになった可能性が示唆される」が、「地上性捕食者についてはそのかぎりではない」と述べています。
 そして、「人類の長い進化の歴史の中で、もし集団での防御がなかったなら、間違いなく死に絶えていただろう。よりたくさんの目と耳と鼻があったからこそ、舌なめずりしながら音もにおいも出さずに忍び寄ってくる捕食者の危険を減らせたのだ」と述べています。
 また、「二足動物になることによってはるかに安全になった」として、「二足歩行によって両手が自由になり、人類は防御者として成功した」とともに、「より大きく見えるようになったことが、戦略としても功を奏した」と述べています。
 著者は、人類進化過程の大部分で使われた防御方法として、「大型化、社会形成、発生、二足歩行、脳の複雑化、相手を混乱させるような積極的防御行動」などを挙げています。
 第9章「気高い未開人か、血に餓えた野獣か」では、「人類進化の中にアウストラロピテクスが受け入れられて以来、ほぼ十年ごとにあるテーマが現れては消え、また現れている」として、根本に「狩るヒト」説(狩猟仮説)をおいた、「凶暴性の進化とその生物学的基礎」についてのたくさんの筋書きが考え出されたと述べています。
 著者は、「彼らは社会的動物だった。霊長類だった。必ずしもあらかじめ決められた方向に進むのではなく、自分自身の能力で生きる複雑な生き物だった」として、「初期ヒト科は、大きくどう猛で腹をすかせたものすごい数の動物の餌の一つだった」と述べています。
 第10章「狩られるヒト」では、ロバート・アードレイの狩猟仮説が、「化石証拠よりも、現生人類の悲観的な見通しと、『原罪』というキリスト教の理論的枠組みを根拠にしていた」と指摘しています。
 そして、「狩るヒト」説がすんなり受け入れられた理由として、
(1)19世紀に見つかった最初のヒト科の化石が年齢にして10万歳に満たないヨーロッパの標本だったこと。
(2)動物をばらすのに使われた槍や道具などの人口遺物が一緒に発見され、しかもとても精巧に作られていたこと。
の2点を指摘しています。
 また、「疑いを挟む余地がない話」として、「火を自在に操れるようになるまでは、大がかりな狩りをするヒト科はいなかった」として、「人間は肉食動物のような歯も消化器官も持ち合わせていない」ことを強調し、「調理という技術」を手に入れるまでこの問題は解決されなかったと述べています。
 さらに、「狩られる人」とした人類が出発し、「どのような戦略で捕食から身を守っていた」のかについて、
・戦略その1:25~75個体からなる比較的大きな集団で暮らしていた。
・戦略その2:多才な移動様式を持っていた。
・戦略その3:柔軟性のある社会組織を作る。
・戦略その4:社会集団の中には間違いなく男がいる。
・戦略その5:男を見張りとして使う。
・戦略その6:泊まり場を注意深く選ぶ。
・戦略その7:賢くあれ、そして相手より一歩先んじること。
の7つの戦略を挙げています。
 本書は、我々自身を、改めて食物連鎖の中に捉えて見ることができる目を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 自分が生きたまま食べられる光景というのは想像したくないですが、ネコ科の捕食者に一撃で急所を仕留められて、絶命した後で食べられるというのは、病気で長く苦しむのよりも幸せなのかもしれません。というより、そもそも肉食動物は、逃げられない病気の個体から食べていくことを考えると、昔は、病気になったら長く苦しむよりも食べられてしまう方が当然だったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・自分は「狩る側」だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 西田 利貞 『人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ』 2008年03月09日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
 ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
 山極 寿一 『暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る』 2008年04月13日
 リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日


■ 百夜百マンガ

GOLDEN BOY【GOLDEN BOY 】

 このタイトルだから、「きんたろう」という主人公の名前だというのもすごく安易に感じますが、他の作品の登場人物も「ささにしき」とか「こしひかり」とかなので、あまり違和感ないのかもしれません。

2008年7月15日 (火)

粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯

■ 書籍情報

粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯   【粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯】(#1272)

  城山 三郎
  価格: ¥470 (税込)
  文藝春秋(1992/06)

 本書は、タイトルである「粗にして野だが卑ではない」という「会心のライフ・スタイル」を貫いた第5代国鉄総裁石田禮助の評伝です。
 序章では石田が、生前、「どうしてももらってもらえ」との池田総理の強い意向にもかかわらず、「おれはマンキーだよ。マンキーが勲章下げた姿見られるか。見られやせんよ、キミ」と受け付けず、ただし、ただのマンキーではなく、国鉄総裁になって、初めて国会へ呼ばれたときには、代議士たちを前に、「粗にして野だが卑ではないつもり」という心意気を示したと述べています。
 第1章「若き兵士の如く」では、総理大臣池田勇人が、国鉄総裁への財界人起用に執念を燃やしていたが、小林一三が「何ひとつ権限のない仕事をやらせる気か」と初代総裁のポストをはねつけたように、「統率力の限界」を超えた従業員数46万人に加え、「政府の指揮監督、国会の監督と手枷足枷をはめられての仕事」であり、「経営サイドに当事者能力がまるで与えられていない」なかで、「加えて、巨大な労働組合の壁」があり、「これでは誰がなろうとうまく行くはずが」ないと考えられていたと述べています。
 しかし、第4代総裁の十河と同じ国府津の住人であり、2期に渡って国鉄監査委員長をつとめたのち、諮問委員をしていた石田は、国鉄総裁就任の依頼に、「これでパスポート・フォア・ヘブン(天国への旅券)を与えられた」と語り、「商売に徹して生きた後は、『パブリック・サービス』。世の中のために尽くす。そこではじめて天国へ行ける」と考えていたと述べています。
 また、初の記者会見で有名になった、「体に自信はある。気持ちはヤング・ソルジャーだ」と語ったことについて、「ソルジャー」という言葉には、「自分が犠牲になり、耐えて耐え抜く人」との意味を持っていたのではないかと述べています。
 第2章「ひとつのロマン」では、三井物産の中で石田が頭角を現したのが、「大正5年、数え31歳でシアトルの支店長(正式には出張員主席)に起用されてからである」と述べ、また、シアトルに向う太平洋の半月あまりの船旅で同質となった第一生命の石坂泰三と気が合い、「生涯の親友」となったと述べています。
 また、シアトル時代の証言として、「ミスター・イシダは本当に公平だった」という部下の女性の証言や、「きびしい人、自分にも厳しい人でした。仕事も早く、決断も早かった。たいへん威厳があり、笑顔など見たこともない」という部下の男性の証言を紹介しています。
 第3章「動くものが好き」では、「石田が目をつける部下の条件」として、
(1)ヤング
(2)アグレッシブ
(3)イクスピアリアンスト
の3点を挙げ、大連時代にラグビーの試合での「トライの仕方」を見込まれた北原一造が、ニューヨークの金物部に呼び寄せられ、「きみ、運動やってるだろうな、やめちゃいかんよ」と言われたことを紹介しています。
 さらに、「部下を評価する石田の言葉」として、「エイブル」という言葉を挙げています。
 第5章「『非戦闘員』のクラブ」では、国府津に居を構えた石田の元に、「石坂泰三、加納久朗(後の千葉県知事)、安川雄之助ら戌年同士で集まることもあり、加納がわざわざ国府津まで犬を持ってきたりした」と述べています。
 そして、昭和21年から10年間にわたる石田禮助の60歳代を、「石田は単なる『石田農園主』であって、公職を含むこれといった職に就いていない」と述べています。
 第6章「ミスター鬼瓦」では、昭和31年に、「同じ国府津の住人である十河信二国鉄総裁に頼まれ、石田が国鉄監査委員、そして初代委員長になった」ことを述べ、6年間にわたる監査委員長の期間、国府津の石田家では、養子房之助に志寿子を娶り、「室町のライオン」とも言われた石田が、孫を得たとたん、「孫を抱いたり、揺り籠の子守りをしている」ことに、石田の妻つゆの友人たちが、「想像できない。ぜひ見せて」と言ってつゆを困らせたと述べています。
 第7章「降りかかる火の粉」では、石田にとっての「人生の秋、颯爽の出番であった」国鉄総裁職への就任について、
「それまでの人生の中から、スタンスはすでに決まっていた。
 粗にして野だが卑ではない。正々堂々とやる――。
 私心といえば、そうすることで『天国への旅券(パスポート・フォア・ヘブン)』を得たいという願いだけ、こわいもの知らずでもあった」
と述べています。
 そして、石田が、通勤対策については、
「地域の問題であり、政府や地方自治体が対策を考えるべきである。
 国鉄はもともと全国を対象とし、地域と地域を結ぶなど国土の平均的開発に役立つのが使命である」
との考えを持っていたが、「朝の通勤ラッシュの新宿、赤羽、上野、さらに大阪の各駅ホーム」に立ったことで、「これまでのそうした考え方を『悔い改めた』」と語ったと述べています。
 しかし、石田の"神よ、願わくは安全を守り給え"という祈りは神に届かず、昭和38年11月9日、死者161名を出した鶴見事故が起き、葬儀では「嗚咽して、用意した弔辞をろくに読めなかった」ことが述べられています。
 第8章「人生の達人」では、鶴見事故後、「総裁職は金をもらってやるべきではない」との思いを強くした石田は、給与全額を受け取らぬことにし、「一年ブランデー一本頂戴出来レベ仕合ワセデス」と文書で申し出たと述べています。
 また、国会答弁では、離れた席とマイクとの往復をする石田を見かねた田中角栄から、「空いている総理大臣席に坐るように」と進められ、「遠慮なく、そこに腰を下した」石田が、官房長官から「低姿勢、低姿勢」というメモを渡されたが、
「私は低姿勢はきらいだなあ。低姿勢をとる必要もないもんな。私の柄に合わないですよ。へんに威張るなんということはないけれども、なにも自分を卑下して下げなくてもいいところを下げるなんてことはできませんよ」
というスタンスであったと述べています。
 さらに、昼夜なく「命を賭けて」働く運転士と専売公社の従業員の給与が変わらぬことを指摘し、「タバコ巻き」呼ばわりはけしからぬと講義してきた全専売労働組合に対しても総裁室のドアを開け放ったまま、
「だって、きみィ、タバコ巻いてるじゃないか」
「ぼくはヘビィ・スモーカーだったが、いまはやめてる。あんなに体に悪いものはない。きみらがつくったら、外国で売りたまえ。ぼくが売ってやるよ」
と抗議団を煙に巻いたと述べています。
 そして、石田が、国会議員たちに対しても臆することなく、
「国会に行くことなんか、ぜんぜん苦にならんな。よろこんで行くよ。気を使うことなんかありゃせん。ワシは国会はおもしろいし、エンジョイすることすらあるよ」
とコメントしてることを紹介しています。
 第12章「首を切られた気持ち」では、石田が、「総評傘下の巨大な戦闘集団」の順法闘争には激しい憤りを見せ、「指導した組合執行部に対して、解雇もふくめた厳しい処分」を打ち出したことに対し、組合員たちが総裁質に押しかけると、
「どうかねキミたち、首を切られた気持ちは?」
と語り、「これにはさすがの組合の猛者もグッとつまってひとこともなかった」と、その様子を紹介しています。
 そして、昭和44年5月27日、「石田はまる6年にわたる国鉄総裁職を辞し」、「その離任は国鉄の内外から惜しまれた」と述べています。
 第14章「毎日の遺言」では、病に倒れた石田が、「自分の葬儀のことを口にするように」なり、「思いついた、遺言だぞ」といって、
○死亡通知を出す必要はない。
○こちらは死んでしまったのに、第一線で働いている人がやってくる必要はない。気持はもう頂いている。
○物産や国鉄が社葬にしようと言ってくるかも知れぬが、おれは現職ではない。彼等の費用を使うなんて、もってのほか。葬式は家族だけで営め。
○香奠や花輪は一切断れ。
○祭壇は最高も最低もいやだ。下から二番目ぐらいにせよ。
○坊さんは一人でたくさんだ。
○戒名はなくてもいい。天国で戒名がないからといって差別されることもないだろう。
○葬式が終わった後、「内々で済ませました」との通知だけ出せ。
○ママは世間があるからと言うかも知れぬが、納骨以後もすべて家族だけだ。
○何回忌だからといって、親族を呼ぶな。通知をもらえば、先方は無理をする。
○それより、家族だけで寺へ行け。形見分けをするな。つゆが死んでも同じだ。
などの「遺言」を「毎日のように志寿子に指示して書取らせた」ことを紹介しています。
 そして、「家族に見守られて、生まれた。死ぬときも、家族に見守られて死ぬ。それがおれの希望だ」と「くり返し言った」と述べています。
 本書は、本当の意味での「パブリック」とは何かを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の表紙は、国府津駅のホームに立つ石田の写真があしらわれていますが、そう言えば、「一等車」「二等車」という呼び名を「グリーン車」「普通車」に変えさせたのは石田なのだそうです。国府津から東京までの通勤はたいへんそうですが、写真を見る感じでは、席を譲ったりすると、「年寄り扱いするな」と怒り出しそうな印象を受けます。とは言え、海外生活が長い合理主義者でもあったので、「リーズナブル」と思えばすんなり席に座りそうな気もしますが。


■ どんな人にオススメ?

・気持ちのよい年寄になりたい人。


■ 関連しそうな本

 城山 三郎 『花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方』 2008年03月27日
 城山 三郎 『もう、きみには頼まない―石坂泰三の世界』
 城山 三郎 『落日燃ゆ』
 城山 三郎 『男子の本懐』
 城山 三郎 『雄気堂々〈上〉』
 城山 三郎 『官僚たちの夏』


■ 百夜百マンガ

究極変態仮面【究極変態仮面 】

 当時の小中学生なら誰しも、パンツをかぶって「フォオオオ!」と叫んだかどうかは定かではありません。

2008年7月14日 (月)

女子の本懐―市ヶ谷の55日

■ 書籍情報

女子の本懐―市ヶ谷の55日   【女子の本懐―市ヶ谷の55日】(#1271)

  小池 百合子
  価格: ¥788 (税込)
  文藝春秋(2007/10/17)

 本書は、2007年7月4日から8月27日までの55日間、日本初の女性防衛大臣を務めた著者の「大臣日記」です。
 第1章「いざ防衛省へ」では、「世界でも女性の防衛大臣、国防大臣」は「数少ないことも事実」だが、「誰もが記憶ことなく、女性国防大臣の務めを果たしたことだろう。女性大臣だからできること、女性、男性に限らず、なすべきことの両方をこなしている」として、「女性の側は、特に肩肘張って国防に挑むわけではない。むしろ肩肘張って女性のトップを迎え入れるのは、男性側ではないだろうか」と述べています。
 そして、着任時の記者会見場のカーテンが「くすんだ水色」だったものを、「これでは『どこの役所かも、わからない』」からと、「大臣室にかかっていた世界地図を、間に合わせに」吊るしたことなどのエピソードを述べています。
 また、天候によってヘリを飛ばすか陸路を使うかの見きわめを、海上自衛隊では「決心」という言葉を使い、陸自、空自では「決断」という言葉を使うことを紹介し、「陸海空のそれぞれの伝統と、『俺たちは、他とは違うぞ』という強い自負が存在することも、おさえておかなければいけないポイント」だと述べています。
 さらに、7月19日の第4回地震災害対策本部会議で、1973年に著者がカイロで経験した第四次中東戦争の思い出話を披露したが、「灯火管制を経験した人が誰もいないこと」に気づき、「防衛省・自衛隊の幹部が、ただ一人として有事を体験していない。決して悪いことではない。それは平和な日本の証明でもあった」と述べています。
 第2章「『ひとり二・二六』との攻防」では、8月6日に、守屋次官からの人事案が、「米軍再編、テロ特措法への対応、廃止する防衛施設庁に代わって、防衛省内に置くこととなっている新ポスト、地方協力局長の人事など、かなり大掛かりな変更とされたが、次官ポストだけはそのままという案」に、「あっ」と「この人は、ずっと居続けるつもりなのだ」ということに気づき、「このまま『はい、そうですか』と受けるつもりはなかった」と述べています。
 そして、その日の夜、著者が、「水面下で進めてきた防衛省の人事案が、もうマスコミに漏れているという情報」が入り、「情報漏洩に神経を尖らせ、そのための保全策に取り組もうというのに、新聞に抜かれては示しがつかない」として、守屋次官本人の携帯に電話したが、「待てど、暮らせど、返事はなかった」と述べ、翌8月7日の毎日新聞の3面に、「防衛省:守屋次官退任へ 後任は西川官房長」という「メガトン級の記事」が掲載されたとして、「事務次官人事をめぐり、防衛省内はマグニチュード10の地震が襲ったような騒ぎとなっていた」と述べ、「役人にとっては人事がすべてだというが、役所の仕事は国を守ることである」と述べています。
 8月9日のワシントンでのライス国務長官との面談後のCSIS(戦略国際問題研究所)での講演では、冒頭、「私を"日本のライス長官"と呼ぶ人もいる。どうぞ『マダム寿司』と呼んでください」とのジョークをはさんだことを述べています。
 事務次官人事をめぐる問題では、「肝心の塩崎官房長官とのアポがなかなかとれない」ことについて、「どうやら小池包囲網が構築されていたようだった」が、「そもそも防衛大臣である私が人事案を練り、安倍総理自信が納得したものだ。真の任免権者は誰なのか。答は一つだった」と述べています。
 そして、守屋次官が「官邸を自由に泳ぎまわり」、著者の人事案阻止を訴えていたことについて、「たとえ『人事検討会議』なる装置があるとしても、大臣である私の人事案に、法律的には自衛隊員である時間、それも本人が異を唱えるのは、シビリアン・コントロールに反しないか」として、「これでは『ひとり二・二六』である」と述べ、「そもそも大臣の人事案に、次官が反対し、阻止に躍起となるなど、考えられない」、「上官の命令に、部下が反抗し、それが成功するようでは、ヒエラルキーの典型である組織がもたないではないか。シビリアン・コントロールが破られる前例を作るわけにはいかなかった」と述べています。
 また、8月24日の記者会見では、「新しい大臣にしっかり任せていきたい」と明言しているのに、「記者たちはいまだに理解していなかった」ことにいらだち、「だから私は辞めると言っているのよ」と記者たちに解説をしたことで「はじめて記者たちがざわめいた」と述べています。
 第3章「一兵卒として」では、原油価格の高騰について、「日本というくには、二度のオイルショックで経験したように、国家的な危機意識を企業や国民が共有したときに、驚異的な力を発揮する」と述べ、「今こそ、世界をリードするためにもグランド・デザインが必要だ」として、「『不都合な真実』を直視し、『好都合な真実』に転換することこそ、日本のお家芸なのだ」と述べています。
 また、少子化問題については、「結婚、出産が、ご褒美につながるような環境を作ることが求められている」として、そのために、「社会全体の意識変革を促さなくてはいけない」と、クールビズ導入のように、「子育ての分野で、『大義』と『共感』の両方を満たすような手法がないものだろうか」と述べています。
 さらに、「国力の方程式」として、元CIA副長官でジョージタウン大学教授のレイ・クライン氏による、
「国力=(人口と領土+経済力+軍事力)×(戦略+実行する意思)」
という方程式を紹介しています。
 本書は、短いだけに濃密な大臣としての日々を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 先月、著者が千葉大で特別講義をしたときには、愛車のプリウスで千葉まで来たそうですが、日産のカルロス・ゴーン氏と対談したときに、一緒に写真を撮ろうと言ったら、それだけは勘弁してくれと言われたそうです。


■ どんな人にオススメ?

・初の女性防衛相の目から見た「市ヶ谷」を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 小池 百合子 『小池式コンセプト・ノート―プロジェクトは「大義と共感」で決まる!』
 ワンガリ・マータイ (著), 小池 百合子 (翻訳) 『UNBOWEDへこたれない ~ワンガリ・マータイ自伝』
 飯島 勲 『小泉官邸秘録』 2008年01月30日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 清水 真人 『官邸主導―小泉純一郎の革命』 2007年03月19日


■ 百夜百マンガ

百鬼夜行抄【百鬼夜行抄 】

 ホラー名作品の割にはペンネームはふざけているのですが、そういえば、現在は日光市になっている旧今市市で起きた殺人事件について、和歌山市長が「イマイチなまち」と発言して問題になったことがありました。

2008年7月13日 (日)

江戸の宿―三都・街道宿泊事情

■ 書籍情報

江戸の宿―三都・街道宿泊事情   【江戸の宿―三都・街道宿泊事情】(#1270)

  深井 甚三
  価格: ¥756 (税込)
  平凡社(2000/08)

 本書は、「町人・農民など庶民の宿である旅籠屋を中心にしてさまざまな宿について」解説したもので、「今日の日本旅館の始まりとなる、朝夕の食事も提供し、風呂も用意し、床の間つきの座敷をもつ旗小屋が成立したのは江戸時代のこと」であるとして、これらのやども、「大名に参勤交代をさせ、その宿を沿道の宿屋につとめさせた江戸時代の社会の支配のあり方や、またこの社会の文化に規定されて」成立し、発展したと述べています。
 第1章「三都と城下町、街道の宿をみる」では、「特定の町への旅籠屋集中」が、「17世紀中頃に城下町反映策としてとられたことが豊田武氏により指摘されている」ことを紹介しています。
 第2章「貴人の宿ともてなし」では、本陣を利用する大名が、「自身の賄いを家臣にさせる木賃方式での宿利用のため、座敷利用代にあたる、下され物・宿入りなどといわれる宿料を支払った」が、「別に家臣らへの食事を依頼すれば旅籠代を支払うこと」になり、また、本人は、宿泊する大名に「献上品を差し上げていた」と述べています。
 また、貿易のみ関係を持ったオランダの長崎出島商館の館長、カピタンたちが、宿を利用する際には、「ベッドはともかく、寝具も旅に持参していた」として、「オランダ商館の名誉を汚さぬように、絢爛豪華なものを選んだ」と解説しています。
 第3章「庶民の宿泊事情」では、17世紀後期のいわゆる元禄時代に、商用のための旅のほか、「商品経済の展開を基礎にして、農民も町人も遠方の自社へ参詣に出かけるゆとりも生まれてきた」と述べています。
 そして、江戸時代の庶民の宿を代表する旅籠屋と木賃宿について、
・旅籠屋:朝・夕の食事を提供し、「旅籠」は食事自体も意味して使用された。
・木賃宿:宿泊客が持参した食料を煮炊きするために薪を提供したことから名付けられた。
と解説し、「江戸時代の初めには木賃宿が宿屋の主流であり、旅籠屋が一般化するのは遅」かったとする説もあったが、「旅籠屋の一般的成立については今のところ定説がない」と述べています。
 また、幕府がたびたび宿場町に遊女を置くことを厳禁したが、「宿泊客に食事を提供するだけでは旅籠屋の収入は限られ、また伝馬役・御用宿の負担が宿場町の住民にはある」ため、「飯盛女・飯売女として抱えた下女に売女をさせる動きは止められなかった」と述べています。
 第4章「江戸の宿さまざま」では、「本陣その他の領主の宿や、商人のための商人宿」、庶民の旅である旅籠屋などのほか、「行き暮れた旅人や僧侶・巡礼・廻国修行者などに提供される善根宿をはじめとして各種の宿を取り上げ」ています。
 また、武者修行者の宿は「修行人宿・修行者宿・修行人定宿などとよばれていた」と述べ、「江戸など三都以外となると武者修行の場は、当然ながら城下町となった」として、その宿として旅籠のほか、本陣が指定されていたことを紹介しています。
 第5章「旅人から見た旅籠屋」では、「さまざまな身分の人々の宿泊を受け入れなければならない旅籠屋」が、「相宿利用をその特徴としていた」上、「壁ではなく、ふすまや障子だけで隣室を仕切る旅籠屋では、他の客と相宿になるといっても、厳密にはともかく、プライバシーが保てないことではそう差があるものではなかった」が、「当時の人といえども相宿の相手については不安に思うものである」と述べています。
 第6章「旅籠屋の施設・経営とサービス」では、旅籠屋の建築に地打て、建築史家大熊喜邦氏による、「旅籠屋の構造はどれも大同小異で、表間口の真ん中に一間(約1.8メートル)の入口をとり、その左右のどちらかに駕籠・長持その他の荷物などを置く大きな板の間と家族の住居の間を置いた。この板の間の通りに面したところにはめた障子には屋号が筆太に書き付けられ、家内の大黒柱には家の名前を書いた看板をかけていた。二回のある家は雨戸の戸袋に屋号の看板を出し、あるいは漆喰で屋号を塗りだしたものもあるという。部屋は板の間の奥に数室から、大きいところは十数室の座敷が建具仕切りで配置されたものである」という指摘を紹介しています。
 また、旅籠屋の看板のマークが、「人目で判別できるように、簡略なマークや文字一字を図案化したものが用いられた」と解説しています。
 第7章「旅籠屋に生きる人びと」では、「旅籠屋など宿屋とのかかわりで暮らしを立てている人々も多い」として、「按摩、髪結、そして商人などの物売りや、また『損料屋』など旅籠屋が必要とする物品その他を提供する商売の人たちもいた」と述べ、「損料屋」については、「御用通行などのときに宿つとめに必要となる諸道具を貸す商売」だと解説しています。
 また、盗難事件が珍しくなかったとして、「関東の治安の悪化していた天保頃にやはり盗難の記録が多い」ことや、「宿屋の出来事として盗難などとともに見落とせない」こととして、「奉公人の下女に対する夜ばい」を挙げ、『東海道中膝栗毛』や『成田道中膝栗毛』でも「ともに夜ばいで恥をかく弥次・喜多を登場させて笑いを誘っている」と述べ、「旅籠屋が夜ばいの起きやすい場としての条件を持っていたために生じたといえよう」と解説しています。
 本書は、江戸の昔に思いを馳せるとともに、現在の日本旅館のサービスの原型を見ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔、彦一ばなしか吉四六ばはしなにかの昔話で、「ごまのはい」の話があり、旅籠で相宿した「ごまのはい」(泥棒)をやりこめる話があったのを憶えています。子供の頃なので、相宿とかにリアリティはなく、そんなもんなんだぐらいに思ってましたが。


■ どんな人にオススメ?

・江戸時代の旅に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 金森 敦子 『江戸庶民の旅―旅のかたち・関所と女』
 高橋 千劔破 『江戸の旅人―大名から逃亡者まで30人の旅』
 神崎 宣武 『江戸の旅文化』
 金森 敦子 『伊勢詣と江戸の旅』
  『旅篭に泊まる』 2007年10月08日
 宇佐美 ミサ子 『宿場の日本史―街道に生きる』 2008年03月06日


■ 百夜百音

そんなヒロシに騙されて/潮騒のメロディー【そんなヒロシに騙されて/潮騒のメロディー】 高田みづえ オリジナル盤発売: 1983

 個人的には競作したジューシーフルーツの方がなじみがあります。ちなみに「ヒロシ」はサザンのメンバーの松田弘からとっていますが、騙したわけではないそうです。

『THE BEST』THE BEST

2008年7月12日 (土)

現代日本の行政と地方自治

■ 書籍情報

現代日本の行政と地方自治   【現代日本の行政と地方自治】(#1269)

  本田 弘
  価格: ¥2940 (税込)
  法律文化社(2006/05)

 本書は、「国と地方自治体の行政の動向なかんずく現在もなお推進されている改革のそれを解明したもの」であり、「現代のわが国における行政にかかわる基本的認識に加えて政治と行政の相互関連の理解を一層深める意図を持つもの」です。
 序章「現代行政の動向と課題」では、「行政の透明性の向上や説明責任を遂行するために、直接的にか間接的にか行政情報の公開の制度化が必要と考えて条例その他により公開制度の設置に踏み切った地方公共団体」が、
(1)住民の知る権利の保障を可能にするものだから
(2)住民の行政への参加の促進に作用するものだから
(3)住民の行政に対する信頼の確保
(4)住民の生活における充実と向上
のいずれかの理由を強調していると述べています。
 また、地方分権について、「国家全体に関わる事務事業を国家が行うとし、その他の国の権限や事務事業などを地方公共団体に移譲するだけで実現しうるものでは」なく、「従来までのいわゆる国と地方との関係の重要な要素であった機関委任事務制度や補助金制度を媒介として、あたかも国と地方が上下・主従の関係にあったものを対等・協力の関係へ転換せしめてはじめて、真に地方分権が機能する」と述べています。
 第1章「国と地方の政府間関係」では、戦後の地方制度改革が、
(1)第一次地方制度改革:日本国憲法や地方自治法の施行に先立ち、1946年7月の第90帝国議会に提案され、同年9月に成立し、翌10月から施行されたもの。――知事、市町村長の直接公選制の実現、条例制定や長・議員の解職請求などを含む直接請求制度の制定など
(2)第二次地方制度改革:地方自治法の制定、知事の身分が公吏(地方公務員)に改められ、都道府県が完全自治体化したこと、警察や教育の分権化など
の二段階に分けて進められたと解説しています。
 また、「戦後改革から行政改革に至る時代に展開された、国と地方の政府間関係の変遷」について、
(1)戦後改革の時代を別にして、逆コース、高度成長、行政改革の次代とともに集権化に向けて徐々にその傾向が強まってきた。
(2)逆コースと高度成長の時代を境に、国と地方の捉え方が分離型から融合型へ変化した。
(3)逆コースと高度成長の時代を境に、分権の狙い(目的)とするものが、民主化から効率性に大きく変化した。
の3つの特徴を指摘しています。
 第2章「政策評価とアカウンタビリティ」では、田辺国昭による、諸外国と比較した日本の政策評価制度の特徴として、
(1)評価制度が法律によって義務づけられていること(拘束性)
(2)包括的なフレームになっている
(3)各府省が自主的、柔軟性を持って評価システムを構築する
(4)各府省による自己評価と総務省による評価との二段階から構成されている
(5)政策評価と予算編成の担当組織が、総務相と財務省に分かれているため、予算とのリンクが弱い。
の5点を挙げ、「これらの特徴が長所であると同時に、問題も惹起している」と述べています。
 第4章「行政改革と特殊法人の合理化」では、戦後の日本の行政において、「ほとんど切れ目なく行政改革のための審議会等が設置され、行政改革の方策が審議されている」として、「日本の行政は行政改革の歴史」であったとともに、「行政改革の必要性とその改革の困難性を証左する」と述べています。
 そして、中曾根行革において、「財政再建が目的ではなく、国家の機能、活動を考えた上での行革」が目的とされたこと、橋本行革の目玉は中央省庁の再編であり、「明治以来130年間続いてきた官僚主導の政治システムを徹底的に解体し、政治主導の政治・行政システムを構築すること」にあったこと、小泉行革の最大のセールスポイントが郵政事業の民営化であったこと、等を解説しています。
 第5章「人事行政と公務員制度の改革方向」では、「一般的に優れた国家は優れた公務員制度を持ち、劣った国家は劣った公務員制度しか持っていない」として、「公務員制度の良否はその国家の運命を左右し、国民の幸・不幸に直接繋がるとされる」と述べています。
 第7章「行政施策のアウトソーシング」では、日本で行われてきたさまざまな行政改革が、
(1)行政の効率化・コスト計算
(2)民間委託
(3)民営化
(4)規制緩和
(5)指定管理者制度
などのアウトソーシングなどの方法によって行われてきたと述べています。
 また、自治体における民間委託の理由として、
(1)経済性の要因
(2)能率性の要因
(3)住民サービスの要因
(4)行政責任の要因
の4点を挙げ、「住民サービスは、経費の削減や能率性だけが重要なのではなく、サービスの質の向上や行政責任を確保することが前提条件」であることを強調しています。
 第10章「地方行政に置ける広報活動」では、「日本の行政広報の20世紀の総括ということは、20世紀後半の半世紀(50年)の総括ということになる。行政広報は、第二次大戦後、上からの、実質的には外部からの啓蒙の第一段階(GHQの指導など)、続いて経験の第二段階(高度経済成長に便乗など)、さらに安全保障条約改定以降の新展開の第三段階(経済安定成長に便乗など)を克服してきた。つまり、この第三段階には行って行政広報は本格的な展開を見せるようになった」との三浦恵次の研究報告を紹介した上で、「これからの地方分権下の行政広報を第四段階と位置づけることは可能であろう」と述べています。
 そして、「高度生活社会で展開される行政の広報活動の基本的な方向付け」として、
(1)個人レベルの生活情報の広報
(2)危機管理情報の広報
(3)文化行政にかかわる情報の広報
(4)パブリシティ活用情報の積極的取組の方向
の4つの特徴を挙げています。
 また、「地方行政の実施する広報活動に、マス・メディアなどいわば外部媒体の活用が考えられるのは言うまでもない」とした上で、パブリシティの特色として、
(1)行政の政策、計画、意向、展望、行事、報告などをはじめとして、住民にとって問題提起型の内容の事項までも伝達することがパブリいティによって可能であるということ。
(2)パブリシティによる伝達の速報性。
(3)民間報道機関などとの接触による民間パブリック・リレーションズの手法からの影響。
の3点を挙げる一方で、「パブリシティについての最小限度の政策留意点」として、
(1)パブリシティ効果の予測
(2)パブリシティ媒体の選択
(3)パブリシティ活動実施の計画化
(4)パブリシティ媒体側民間報道機関との打合せ
(5)全庁職員のパブリシティによる広報活動の熱意と行動意欲の効用
の5点を挙げています。
 さらに、コラム「広報研究会と全国広報研究会の設立」では、「一部では、行政広報は占領政策の"落し子"とも見られていた」広報において、連合軍総司令部が去った後の占領政策見直し機運の中で「予算、人員とも削減された」と述べ、「行政広報の危機は、特に地方自治体で著しかった」が、全国の広報担当有志が、「この冬の時代を力を結集して乗り切る」ため、昭和29年5月に、「広報に関する研究および後方関係者相互の連絡し協力を促進し、広報行政の向上発展に寄与すること」と目的に、全国広報研究会が発足したことを解説しています。
 この他、首長の立場として、
(1)行政運営についての全般管理、すなわち、庁内での指導力発揮が全職員を広報活動への認識効用に向わしめる立場
(2)首長の持つ庁外を含む多様な役職が広報活動の実質的な場を醸しだしている。
(3)首長にとって広聴機会こそ広報機会でもある。
の3点を挙げた上で、「広報マンとしての首長に期待されるべきもの」として、
(1)住民に対する自治意識を地方自治の重要性を認識させる広報パフォーマンス
(2)国等への広報活動
(3)当該地方公共団体の設定した将来目標の実現への期待
の3点を挙げています。
 本書は、行政の動向をサッと見るにはお手軽な一冊です。


■ 個人的な視点から

 行政や地方自治体に関する本というのも、各論の本は結構充実したのですが、総論となると、公務員試験や昇進試験向けの本が多く、試験の傾向とかに関係なくざっと概括したような本は意外と少ないのではないかと思います。
 本書は、各章ごとに著者が異なる寄せ集め本にありがちなレベルのばらつきは結構ありますが、これだけざくっとコンパクトにまとまった本は、各章ごとに読んでいけばなかなか面白いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・行政と地方自治体をザックリと概括したい人。


■ 関連しそうな本

 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 天川 晃 『GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政』 2007年02月15日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』 2007年03月07日
 井之上パブリックリレーションズ (著), 井之上 喬 (編集) 『入門 パブリックリレーションズ―双方向コミュニケーションを可能にする新広報戦略』 2006年12月13日
 大嶽 秀夫 『日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅』 2007年05月29日


■ 百夜百音

炎神戦隊ゴーオンジャー【炎神戦隊ゴーオンジャー】 オリジナルアルバム オリジナル盤発売: 2008

 戦隊ものの主題歌としては初めてオリコンベスト10にランキング入りした作品。「エンジン戦隊」とは言っても「猿の軍団」のことではないです。それから「轟音ジャー」と聞こえてもジザメリのようなサウンドは期待できません。

2008年7月11日 (金)

ウィキペディアで何が起こっているのか―変わり始めるソーシャルメディア信仰

■ 書籍情報

ウィキペディアで何が起こっているのか―変わり始めるソーシャルメディア信仰   【ウィキペディアで何が起こっているのか―変わり始めるソーシャルメディア信仰】(#1268)

  山本 まさき, 古田 雄介
  価格: ¥1995 (税込)
  九天社(2008/05)

 本書は、「ウィキペディアにまつわる疑問を明らかにし、日本語版ウィキペディアが抱える問題を多くの方々に知って」もらうことを目的とするとともに、「ウィキペディアのライトユーザー、ヘビーユーザー、管理者、そしてウィキペディアを利用するあらゆる人たちの対話と情報公開の場所とすることを目標と」したものです。
 第1章「ウィキペディアとは」では、「ウィキペディアの仕組みは複雑である。ちょっと大げさに言えば、まるで法律の勉強をしているみたいだ」と述べています。
 そして、ウィキペディアが、2001年に創始され、「日本語版のユーザーが現実的な数に増え始めたのは2003年1月頃からだ」と述べています。
 また、ウィキペディアの参加者が、
(1)IPユーザー:ウィキペディアに何ら情報を登録せず、匿名掲示板に書き込むような感覚で参加する。
(2)ログインユーザー:ウィキペディアの利用者として登録した利用者名でログインする。
の2種類に分けられることを解説しています。
 さらに、ウィキペディアには、
・みんなが守るべきものである。
・その量が膨大義テ、すべてを理解することが困難を極める。
という点で法律に似た、「基本方針とガイドライン」があると述べ、「すべてのユーザーが理解して実践すべき最低限の方針」として、
・偏見を避ける。
・独自の調査を載せない。
・著作権を侵害しない。
・ウィキペディアは百科事典。
・他の参加者に敬意を払う。
という「五本の柱」が存在することを解説しています。
 第2章「ウィキペディアで起きた事件」では、
・楽天証券の当事者編集事件
・「西和彦」ページの大幅削除問題
などのトラブルや、IPユーザーの所属が明らかになった、
・省庁によるウィキペディア編集問題
などの問題を紹介しているほか、「特定の個人が頻繁に問題を惹き起こすケース」として、「ウィキペディア日本語版の2008年02月現在において、確認できる最大級の迷惑ユーザーである」「排除にあらゆる手を試みるも現在のWikipediaシステム上このユーザーを完全に排除することが不可能なのが現状である」と言われ、「全ウィキプロジェクトで最大とされる1043もの多重アカウントを所有」し、「ソックパペットによって公正な議論を妨害したり、編集合戦を起こしたり」するユーザー「Peace」等について解説しています。
 第3章「ウィキペディアの管理は問題山積み」では、「ウィキペディアの成長の歴史を調べてみる」と、「人類が何千年という時間をかけて獲得してきた、統治システム、政治システムといった"システム"を得る過程を、ウィキペディアはわずか数年で達成している」として、「まさに社会学の縮図といってもいい」と述べています。
 そして、ネット訴訟の問題で例に挙げられる「2ちゃんねる」と対比し、「訴状の送り先にすら困るウィキペディアと、訴訟を起こしても責任者が裁判にすら出廷せず損害賠償金も支払わない2ちゃんねる、いったいどっちがマシなのか、ある意味、難しい話といえなくもない」と述べています。
 また、「現在、ウィキペディアの管理者は、多くを求められ過ぎているのかもしれない」として、
・コミュニティを統率しうるのに十分な人格
・日々の項目の編集作業
・荒らし対策
・悪質ユーザーのブロック作業
などを挙げ、「実質的には一ユーザーでしかないにもかかわらず、ウィキペディアを代表するものとすら見なされる」ため、「これでは管理者がなかなか増えないのも無理はない」と述べています。
 さらに、多くのソーシャルメディアが持つ、「一発目はノーチェック」という性質について、「ウィキペディアは既存メディアに比べても、誤報や名誉毀損のリスクが高い」と指摘しています。
 第4章「それぞれが考えるウィキペディア日本語版」では、「ウィキペディアの管理者」とは、「2ちゃんねるでいう『削除人』みたいなもので、『サイトの管理人』ではない」にもかかわらず、「『管理者=管理人』という誤解が常について回」ることが語られています。
 また、アンチウィキペディアの立場を取る「Beyondo(吉本敏洋)」は、「ウィキペディアの危うさ」として、「悪意のある参加者を排除できないシステムであること」を挙げ、「目立って活動している『荒らし』ならブロックできるけど、こっそりと複数アカウントをとって、少しずつ恣意的な編集を行うような人は見つけることが難しい」ことを指摘しています。
 第5章「変わり始めるソーシャルメディア信仰」では、「ソーシャルメディアではユーザーが消費者であり、かつ生産者である」という特徴を挙げた上で、マスコミに対するアンチメディアとして、
(1)リアルタイム性
(2)黙殺することはできない
の2つの特徴を持つインターネットの登場によって、「マスコミの側で報道の誤りを握りつぶすことができなくなった」ことを指摘しています。
 著者は、ソーシャルメディアが、「単なる反権力としての立場を終え、次のステージに進みつつある」として、「それは反権力としての力を維持しながら、同時に政治、企業、マスコミといった権力との融和も見せる、第二のステージだ」と述べ、「もはやネットは社会の一部分にある」と述べています。
 本書は、単なる便利なネット百科事典ではないウィキペディア日本語版に起こっている現象を分かりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近では、ウィキペディアを丸写しした卒論が問題になって、ウィキペディアからの引用を禁止したり、自動的にネット上のパクリかどうかをチェックするソフトができたりしているようですが、国の外郭団体の中にはウィキペディアをそのままコピペして調査事業の報告書にしてしまうところもあるようなので、学生のことを笑えません。


■ どんな人にオススメ?

・ウィキペディアは単なる便利な無料の事典だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 アンドリュー・キーン (著), 田中 じゅん (翻訳) 『グーグルとウィキペディアとYouTubeに未来はあるのか?―Web2.0によって世界を狂わすシリコンバレーのユートピアンたち』
 吉沢 英明 『Wikipedia ウィキペディア 完全活用ガイド』
 ポストメディア編集部 『笑うウィキペディア』
 ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日
 鎌滝 雅久 『MediaWiki使いこなしガイド―あなたもWikipediaが作れる!』
 西田 圭介 『Googleを支える技術 ~巨大システムの内側の世界』


■ 百夜百マンガ

さそり【さそり 】

 水野美紀主演の香港映画でリメイクされるらしい1970年代の映画の原作がこれです。どの作品も同じに見える独特の世界を受け継いだ人はいないものでしょうか。

2008年7月10日 (木)

災害防衛論

■ 書籍情報

災害防衛論   【災害防衛論】(#1267)

  広瀬 弘忠
  価格: ¥756 (税込)
  集英社(2007/11/16)

 本書は、「人類に絶滅をもたらさないまでも、きわめて大きな打撃を与えるにちがいない現代の災害やリスクを取り上げ、いかに対処すべきか、現時点で考えうる最善の方向性と方法」とを、「受動的安全」と「災害弾力性」の2つのキーワードとともに述べているものです。
 第1章「鉄壁の災害防衛線を築く」では、「災害を予防する力と災害に耐える力を合わせたもの」を「災害抵抗力」と、そして、災害抵抗力に「被害からの回復力を加えた総合力」を「災害弾力性」と名付け、災害弾力性の要素として、
(1)災害への抵抗力
(2)災害から回復する力
の2点を挙げた上で、この2つを軸に、
 
        災害への抵抗力
      ある       ない
災 
害 あ  弾力型社会   虚弱適応型社会
か る


復 な 防衛鈍重型社会   ぜい弱型社会
す い


 
の4つの災害への反応タイプを分類しています。
 また、「深刻な危険のなかにおかれた人間」が、「全体が見えないために、どうでもよい些細なことにこだわる」という「瑣末主義と危機状況の無視の同居」の原因として、
(1)脅威を与えるかもしれない情報に対する恐怖と蔑視
(2)自分自身も他の人間も、基本的には「生き物」だという認識が欠けていること
の2点を挙げています。
 第2章「災害をビンの中の魔神とする」では、「完全に予知できる災害など存在しない」ので、「受動的安全をまず第一に考えなければならない」と述べています。
 また、緊急地震速報の一般利用が遅れた原因として、
(1)誤報が起こる可能性
(2)自身自体の大きさ(マグニチュード)と各地の揺れの大きさ(震度)の予測精度に限界があること
の2点を挙げた上で、最大の理由として、「地下街や駅での大勢の人が出口に殺到するパニックの発生へのおそれ」を挙げ、「このおそれは何の根拠もない」、「災害の発生までに数秒から十数秒間しかない状態は、パニックが発生するための時間的余裕さえ与えない」と述べ、「あいかわらず『パニック神話』を信奉している人々が行政の中にもメディアにも多いことに、改めて驚いた」と指摘しています。
 第3章「災害をはねかえし、災害からはねかえる力」では、「都市には、災害弾力性がある」として、「都市は本質的に災害に弱いといわれることが多いが、これはウソである。事実はその反対だ」、「災害が都市のアキレス腱を切断した場合には、都市の機能は麻痺してしまう」が、「アキレス腱の断裂が命を奪うことはない」として、「豊かに発展、成長した都市は、滅亡するかに見えるほど破壊されても、フェニックスのように自らの体を焼いたその灰の中から蘇る」と述べています。
 そして、「災害弾力性」について、
(1)災害に出会ってもそれをプラスに変える能力
(2)常に楽観主義的態度と持続的エネルギーを持ち続け、プラス思考で、災害の新たな展開を予想して予防し、被害を最小限に抑え、被害を受けた地域への救援活動を効果的に続ける能力
(3)災害による重大な破壊を被っても、すみやかに回復することができる能力
の3点を挙げています。
 また、災害弾力性がある状態を、
(1)豊富で多様な政治的、社会的、経済的な資源を持っているということ
(2)実行能力
(3)普段に行動方針を見直し吟味する、柔軟で想像的な立案・検証能力
(4)楽観主義と忍耐力
の4つの要素から成り立っていると解説しています。
 さらに、現代の災害が、変幻自在な「プロテウス性」を持っているとして、「われわれもまたプロテウスのような融通無碍の変身の術を身につけよう」と述べています。
 第5章「情報を収集し、分析し、判断する力を磨く」では、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが、「図と地の関係」として、「『図』は明瞭な形を持つものとして、前方に出てくるように見えるのに対して、『地』はうしろに退き、単なる背景を作るに過ぎない」ため、「我々の意識の中では『地』は形をなさない」、「『図』はより強い印象を与えて記憶されるのに対して、『地』は印象が薄く、記憶されにくい」と述べています。
 そして、「すべての陰謀や不意打ちは、『図と地』の関係を利用して、意図的に謀略を『地』のなかに埋め込むことによって成功する」と述べています。
 本書は、災害に強い社会づくりのヒントを与えてくれるかもしれない一冊です。


■ 個人的な視点から

 同じ著者による『人はなぜ逃げおくれるのか』は、「パニック神話」が神話に過ぎないことを指摘する点で読み応えがありましたが、本書は、災害に弱いと言われている都市の「災害弾力性」について言及している点が特色でしょうか。ただし、その根拠がわかりにくいので思い付きっぽい印象を受けてしまうのが残念です。


■ どんな人にオススメ?

・都市は災害に弱いと思っている人。


■ 関連しそうな本

 広瀬 弘忠 『人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学』 2006年08月16日
 山村 武彦 『人は皆「自分だけは死なない」と思っている -防災オンチの日本人-』
 広瀬 弘忠 『無防備な日本人』
 藤本 建夫 『甲南大学の阪神大震災』
 藤本 建夫 『阪神大震災と経済再建』 2006年09月01日
 広瀬 弘忠 『心の潜在力 プラシーボ効果』


■ 百夜百マンガ

クロサギ【クロサギ 】

 テレビドラマや映画にもなった作品。詐欺師をだます詐欺師を本当に「クロサギ」と呼ぶのかどうかは知りませんが。
 そういえば、海外ドラマの『華麗なるペテン師たち』の2つ目のシリーズが昨日から始まったようです。

2008年7月 9日 (水)

美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史

■ 書籍情報

美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史   【美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史】(#1266)

  西田 宗千佳
  価格: ¥1890 (税込)
  講談社(2008/2/22)

 本書は、「家電の雄・ソニーをゲーム業界に参入させ、デジタル家電と半導体の世界に、計り知れない影響を及ぼした人物」である、久夛良木健に率いられた、「美学」を追求する「ロマンの会社」ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の15年間の歴史と、「久夛良木健は何を見て、何を感じ、どう考えてきたのか? 彼と夢を共有し、その美学を支えてきたチーム久夛良木のメンバーは、どういうもの作りをしてきたのか?」を追ったものです。
 第1章「『久夛良木健』ができるまで」では、1992年6月24日、当時のソニー社長、大賀典雄が久夛良木を前にして叫んだ、「実現できるかどうか、証明してみろ! DO it!」の一言から、「リスクの大きい家庭用ゲーム機への本格的参入」が決まったこと、そして、久夛良木には、「任天堂のプラットフォームの盲点をソニー流に革新していけば、十分に勝機がある」という「革新ともいえるほどの自信があった」ことが述べられています。
 また、久夛良木が、「液晶」からキャリアをスタートした、「ソニーには珍しい『デジタルの人』であった」ことが、「大きな自信」になっていたと述べています。
 第2章「任天堂の逆を張れ!」では、1993年11月にソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の子会社として設立されたSCEに、「『アンチソニー』とはいわないまでも、『ソニー何するものぞ』みたいな勢い」があったとして、SCEで設立以来一貫して宣伝戦略を統括する佐伯雅司が、
「俺たちは、『金太郎飴』になる必要なんてない。むしろ、一人一人とがった『金平糖』になろう」
を宣伝スタッフの合言葉にしていたと述べています。
 また、久夛良木が、「ボタンを押せばすぐ反応する即応性、すなわち『リアルタイム性』」にこだわり、その条件を、ソニーが持っていた「システムG」という技術を使うことで、「三次元CGでもできる限り実現すること」が久夛良木の狙いだったと解説しています。
 さらに、クリエーターにとってのプレイステーションの魅力が、「三次元CGと、CD-ROMを両方採用していたこと」によって、「リアルなCGに、CDと同等の音質のサウンドを重ね、リッチなゲームを作り上げることが可能となった」ことを挙げ、スーパーファンミコン向けの人気ゲーム「ファイナルファンタジー」がプレイステーションを選択したのは、「まさに、三次元CGとCD-ROMがあったからだ」と解説しています。
 そして、久夛良木が、1992年の任天堂との交渉決裂の日に、「都内に戻る新幹線の中」で、「任天堂の逆を行こう」と決断し、その象徴が、「CD-ROMの採用」であったと述べています。
 第3章「『インテル』を凌ぐビジネスモデル」では、プレイステーションの成功を受けたプレイステーション2(PS2)の開発に当り、「PS2は、発売から5年間は現役ということになるだろう。ならが、今から見て、10年後にも見劣りしない技術をぶち込もう」とぶち上げられ、その一つは、「ゲーム内の世界をすべて計算で生成するところまで行きたい」として、「人の手でなくコンピュータが生成したもので、人の感情を揺さぶるような作品」を生み出す「感情生成」(エモーショナル・シンセシス)がコンセプトとされ、そのCPUは「エモーショナル・エンジン」、グラフィックチップは、「グラフィック・シンセサイザー」と命名されたことが述べられています。
 また、家電やパソコンとは異なる「『専用コンピュータ』として最適な設計を追及することが製品の魅力につながり、そして製品の販売量と製品寿命が、最適設計にかかるコストを支える」という「真理」が久夛良木の「ビジネスモデルの根本」であったと解説しています。そして、その根拠は、「インテルのビジネスを支え、サムスン電子を世界最大のメモリーメーカーに押し上げた必勝の法則」である、「ムーアの法則」と呼ばれる、「半導体の集積度は、およそ18ヶ月で倍になる」という半導体に関する経験則であったと述べています。
 著者は、
「ハードで黒字化しない限り、健全なビジネスになんかならないんです。ゲーム機の歴史において、ハードで黒字を出せなかったところは、みんな失敗していきましたよ」
という久夛良木の言葉を紹介し、プレイステーションのビジネスモデルが、「ハードウェアの赤字の期間をいかに短くするかにより、ハードとソフトの両方から収益を得る」構造であると解説しています。
 さらに、久夛良木が、
「僕が入社した頃のソニーには、やんちゃな人間が多かった。でも、最近はおとなしい」
というコメントを紹介し、「おそらく久夛良木は、ソニーから距離を置いたSCEで、『自分が理想とするソニー』を作り上げようとしていたのではないだろうか」と述べています。
 第4章「ソニー×SCE」では、「ウェブとは違うテレビのためのインターネットを創造すること」を狙った「PS2、第二の誕生」と意気込んだPSBBが、「プロバイダーが決済し、PSBBの機材は決済プロバイダーから提供される」という複雑なビジネスモデルのため、「結果的に大きな失敗に終わった」ことを解説しています。
 また、「エモーショナル・エンジンとグラフィック・シンセサイザーを使えば、ゲーム機並みのユーザーインターフェースを備えた、ハイレベルなデジタル家電ができる」という目論見で投入されたPSXが、「久夛良木たちSCEチームの『もの造りのスピード感』に、ソニー本体のチームがついていけなかった」という、開発スタイルの違いから、「開発は難航し、短時間での開発にともなう不具合修正や機能の積み残しをカバーするため、発売後にソフトを書き換えて対応するという状況」に陥り、DVDへの書き込み速度が「四倍速」から「二倍速」に落ちたことも、「消費者にとって不手際と解釈され、販売不調の原因となった」と解説しています。
 第5章「手の平サイズ・スーパーコンピュータ」では、PS3向けプロセッサ開発が、エモーショナル・エンジン、グラフィック・シンセサイザーの製造・開発をともにした東芝に加え、「圧倒的に計算が速いプロセッサ」を作るために不可欠な「マルチプロセッサ」のトップレベルの技術を持っていた「第三の企業」IBMが登場したと述べ、その開発会議は、「四方の壁面はすべてホワイトボード」になっている会議室で行われたため、「会議室に入って、まず度肝を抜かれましたよ」というものであり、半年にわたる「濃密な会議の結果、強烈なコンセプトが生み出され、それから実作業にかかる」という「IBMのカルチャー」で進められたことで「非常にうまくいった」と述べられています。
 そして、「CELL Broadband Engine」(通称「CELL」(セル))と名付けられた次世代PS用プロセッサとPS3の開発が、「SCE技術陣にとって、『リアルタイムに動き、高度な演算を行えるコンピュータにとって、理想的な姿は何か』を追及する場であった」ため、久夛良木は、「エンジニアの意見を殺してしまわず、皆が適切と納得できるものを考え続けること」ができる場を作ることを目指したのではないかと述べています。
 第6章「逆を張られたSCE」では、「最初は70人弱から始めた」SCEのスタッフが、「いつの間にか2000人を超え、PS1を立ち上げた頃の、挑戦者だったときのことを知らない人間」が多くなったことで、「いかにPS3を売るのか」に「チャレンジする気持ちを失いつつある」のではないかとの苦悩が語られています。
 また、400ドル程度と予想されたPS3が、「高くならざるを得なくなった」理由として、
(1)ブルーレイ・ディスクに使われる半導体レーザー・ダイオードが、思ったほど低価格にならなかった。
(2)「エンターテインメント・コンピュータ」として完全なものとするため、ハードディスクを標準搭載することを決めた。
ことなどを挙げています。
 そして、2006年12月1日、久夛良木がSCEの代表取締役社長兼CEOから会長兼CEOに「昇格」した人事について、「新型ゲーム機立ち上げの時期に製品そのもののコンセプトを作った人物が、主導権を握る立場ではなくなった」ことに、
「久夛良木は、ソニーから更迭された。PS3立ち上げ失敗の責任を取らされたのだ」
とゲー業界内で噂されたと述べ、ソニー会長兼CEOのストリンガーが、
「ケン(久夛良木)の知見は、得難い重要なものだ。彼がソニー・グループにとって不要などということは決してない。でも、ケンはケンでありすぎるんだ」
という「意味深なコメント」を残していることを紹介しています。
 また、久夛良木は、プレイステーションに、「コンピュータ・エンターテインメントを追求する機械」という「おぼろげな姿」を込めたが、「市場はそれをゲーム機と受け止めていた」と述べています。
 第7章「ソニーから消えるセル」では、久夛良木が去った後のSCEについて、「新しいSCEと以前のSCEの違い」が、「一極集中から合議制へ」の「一言に集約される」と述べています。
 また、2007年3月22日のアップデートで追加された、「米スタンフォード大学が主導で行なっている医療向けのタンパク質構造解析プロジェクト」である「Folding@Home」(F@H)について、「分散コンピューティング」という手法について、F@Hに参加している常時25万台のコンピュータのうち、PS3が占める割合は、約16%にすぎないが、「PS3が生み出す演算能力は、全体の80パーセントを占める」ことで、「セルの演算能力が、F@Hの処理速度を劇的に高めたのは、疑いようのない事実」であると述べています。
 本書は、単なるゲームの開発ストーリーにとどまらず、イノベーションと組織について深く考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 個人的にはゲームをしないので、ソニーにも任天堂にも肩入れする気はないのですが、本書を読むと、プレステを所有したい気がしてきます。ゲーム機を入口に培われた技術が生活を変えていくことが楽しみです。


■ どんな人にオススメ?

・プレステは誰が創ったのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 麻倉 怜士 『久多良木健のプレステ革命』
 多根 清史 『プレステ3はなぜ失敗したのか?』
 浜村 弘一 『ゲーム産業で何が起こったか?』
 前田 圭士 (著), 桝田 省治 (監修) 『ゲームデザイナーの仕事 プロが教えるゲーム制作の技術』
 サイトウ アキヒロ, 小野 憲史 『ニンテンドーDSが売れる理由―ゲームニクスでインターフェースが変わる』
 細川 敦 『なぜ大人がDSにハマルのか?』


■ 百夜百マンガ

銀牙伝説ウィード【銀牙伝説ウィード 】

 二世モノ・続編モノ流行のなか、こういう荒唐無稽なストーリーのほうが、話が広げやすいのかも知れません。ロシア軍の北海道侵攻なんかは、人間だと生々しすぎて楽しめないのかもしれませんが、犬の話だとストーリーに入り込めるのかもしれません。

2008年7月 8日 (火)

カラオケ化する世界

■ 書籍情報

カラオケ化する世界   【カラオケ化する世界】(#1265)

  ジョウ・シュン, フランチェスカ・タロッコ (著), 松田 和也 (翻訳)
  価格: ¥2520 (税込)
  青土社(2007/12)

 本書は、「カラオケの複雑性の記述の試み」であり、「戦後に日本におけるその誕生と発達から、現代世界への拡散、そしてグローバルな現象となっていく過程を」追ったものです。著者は、「カラオケというとどうしても日本特有の製品と考えられがち」だが、「一般に『グローバル』と称される多くの現象がそうであるように、カラオケもまた複雑な現象である」と述べ、「フィリピンの島々からカナダの高地まで、人々は絶えることなく自分たちの既存の文化伝統や生活様式の中にカラオケを採り入れ続けているのだ」と述べています。
 第1章「誰がカラオケを発明したのか?」では、兵庫県西宮市に住む井上大祐を、「カラオケの『お祖父ちゃん』である」と述べ、1971年、「神戸のバーのバックバンドのキーボード/ヴィブラフォーン奏者としてあまりぱっとしない日々と送っていた」井上が、「どんな下手な歌に対しても音を合わせて演奏することができた」ために、「多くの素人歌手からは大人気」で、「常に引っ張りだこの人気者であった井上は、自分自身のクローンを創る必要に迫られた」と述べています。そして、客の一人から社員旅行への同行を依頼された井上が、「伴奏曲をテープに録音してその客に与えた」ことをきっかけに、「機械あったらラクできんのちゃうか思いましてん。まあゆうたら、ズボラで新曲憶えんのイヤやよって、何とかならんか、ちうて出来よったもんなんですわ!」と、「エレクトロニクスの専門家、指物師、塗り師」の3人の友人に相談し、「マイクとエコーのついた、より洗練された井上クローン」が出来上がった、と紹介しています。井上は、1999年には、『タイム』誌の「20世紀におけるもっとも影響力のあったアジア人の一人」に数えられ、「彼はそれまで声を出す術を知らなかった多くの人々の解放を促進した。毛沢東やモハンダス・ガンディがアジアの昼を変えたのと同様、井上はアジアの夜を変えたのである」と評されたことを紹介しています。
 第2章「カラオケ・フィーヴァー――日本と韓国」では、日本で1982年には、「合衆国におけるガス器具の市場」を上回る売上げを記録した家庭用カラオケ・セットが、騒音問題によるトラブルの原因となったことから、「1980年代後半に日本の起業家たちは『カラオケ・ボックス』を創り出した」ことを紹介しています。
 また、韓国では、「歌の部屋」を意味する「歌房」について、
(1)家族向けで、アルコールは厳禁。家族全員が「一緒になって流行のポップソングを合唱し、ティーンエイジャーはロマンティックなアイドルの最新の曲で盛り上がり、子供たちは韓国の子守唄を好き放題に改ざんする」。
(2)アルコールが供され、歌い手の「扁桃腺を滑らかにし、お気に入りのトム・ジョーンズやビートルズ、フランク・シナトラなどの名曲を歌うのに適切な状態にする」。
の2つのタイプがあることを解説しています。
 第3章「カラオケ・ワンダーランド――東南アジア」では、「東南アジアではカラオケ・バーで女を『引っかける』ことはごく普通に行われている」として、「タイでは1000軒以上のカラオケ私設がセックスワーカーを雇っていた」と述べています。そして、バンコクには「自動カラオケ機」があり、「薄暗い照明のついた自動ブースで、大きさは2人用から6人用まで様々」であり、「たった10バーツで、この箱の中にオイルサーディンのように詰め込まれ、一緒に歌を歌う親密さを楽しむことができる」と解説しています。
 また、「日本人はカラオケを発明したかもしれないが、フィリピン人はそれを支配している!」と自称するフィリピン人にとって、「カラオケは国家の威信である」と述べ、フィリピン政府が、「電気代節約のため、すべての刑務所において夜間のカラオケを禁じた」ことを取り上げ、「フィリピン人のカラオケを楽しむ権利を否定することは、その人の心臓を止めるに等しい」と述べています。そして、「マニラでは、カラオケは単に歌うことではない。それは日常生活に関する共有体験である」と述べています。
 第4章「カラオケ宮殿のディズニーランド――中国」では、「今日の中国において完全に『ハズれてる』人間とは、KTV(カラオケTV) は単なる娯楽にすぎないと考えている者である。KTVは現代中国の人間的・文化的体験の不可欠の部分となっている」と述べ、「開放政策後の中国に、ディズニーランド化とカラオケ熱は手に手を携えてやってきた」と解説しています。
 また、1980年代後半に最も人気のあった歌が、愛国的な「龍的傳人」であったが、1990年代以来、「人民の夢の歌」は、山口淑子/李香蘭によって1940年代に有名になった「夜来香」であり、「戦時中の上海の頽廃を反映した『夜来香』は皮肉にも、革命後の中国における最大の人気曲となった」と解説しています。
 さらに、カラオケを「何百万という中国の家庭に導入」した、広西出身の陳秀宏について、「彼の機械は一夜にして大ヒットとなった。突如、カラオケ危機は何百万という中国家庭の必需品となった」ため、「大都市の家庭にとっては、KTV(カラオケTV)を保有しないことはほとんど恥辱と見なされ」、「辺鄙な内陸部の村人にとっては、巨大なカラオケ機器が生み出す魔法の音は『科学』と『近代』の象徴となった」と解説しています。
 第5章「魂のカラオケ――カラオケと宗教」では、2004年にカンボジア政府によって放送禁止となった人気ラブソングとして、「女に恋して僧服を脱ぐ決意をした仏僧の歌」である「恋して還俗(シ・ホ・プロ・スネ)」を紹介し、「発売1ヵ月で大ヒットを飛ばしたが、仏教を蔑ろにするという非難も浴びた」と解説しています。
 一方で、台湾の仏教団体である国際佛光会(BLIA)が製作・販売したカラオケ・ヴィデオを紹介し、「そこには中国語の日々の勤行の声明が一通り収められている」と述べています。
 また、カラオケ・テクノロジーが、「保守的な英国聖公会の中にも取り込まれている」として、「ノッティンガムシャーの教会、賛美歌歌唱力向上のためにカラオケ機器を設置」という記事を取り上げ、この機器が、「おそらく、元来のオルガンが100年前にやっていたのと同じ形で聖ヨハネ教会の名を高らしめています」という関係者のコメントを紹介しています。
 著者は、「社会一般においてカラオケがどのように行われているか」が、「カラオケに対する宗教団体の態度を決める決定的要因とは言わぬまでも、極めて重要なものであることは間違いない」と述べています。
 第6章「『全裸カラオケ』とカウボーイ――北米」では、1990年代初頭に、「アジアからのカラオケ熱がトロントを直撃した」が、「それに対する反感はほとんどなく、むしろ地元の多くのミュージシャンはこれを気に入り、既存の音楽シーンに組み込んだ」として、「芽を出しつつある才能の『背中を押す』こと」ができると述べています。
 そして、1996年、フロリダのタンパ地区で、「多くのヌーディストが地元のカラオケ施設の常連となり、ヌードでステージに上がって思いの丈を歌っている」と報じられたことについて、「彼らに言わせれば、カラオケはまさにヌーディストのためにあるようなもので、何故なら公衆の面前で自らをさらけ出すことに慣れている彼らは、ステージに上がるのに何の問題もないから」であると述べています。
 著者は、「アジアのほとんどの国においてはカラオケは家族を結びつける紐帯であるが、アメリカではカラオケはホームパーティと同じ機能を果たし、友人や近隣住民と親しむ機会となっている」と述べています。
 第7章「カラオケ人――英国」では、「カラオケ文化は現代社会全体の縮図である」として、デニス・ポッターが「彼の最後の戯曲のタイトルにこの隠喩を選んだこと」について、彼が、「私はそれをカラオケと呼ぶ。何故なら――嗚呼、御存知のように、歌も我々の人生の物語も、出来合いのものにすぎないのだ」と語っていることを紹介しています。
 第8章「カラオケよ永遠に――ヨーロッパ」では、「フィンランドの凄まじい大会からTV番組、そしてサマー・キャンプまで、ヨーロッパのカラオケにはいくつかの、一見互いに矛盾するような顔がある」が、「さまざまな場所や活動においてカラオケが繁盛しているのは、ヨーロッパ人がカラオケを真に評価していることを示している」として、「ヨーロッパはカラオケを愛している」と述べています。
 第9章「ブラジルのカラオケ――ニッケイジンの物語」では、「ブラジルにおいては、カラオケをはじめとする『日本的』活動は、日系ブラジル人にとって自らの民族的アイデンティティを確認する方法である」のに対し、「日本では対照的に、心を込めてブラジルの歌を歌う」のだと述べています。
 第10章「カラオケ革命――カラオケのテクノロジー」では、「1970年代のエイトジュークの発明以来、技術革新は常にカラオケという減少の中心にあった」と述べています。
 また、「カラオケ施設で歌う人々にとって、マイクは特別のオーラを発している」として、「殊に日本のカラオケ教祖は、マイク・エチケットに関するべし・べからず集を創りたがる」と述べています。
 本書は、カラオケという娯楽を切り口に、世界の隣人との文化を切り取った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 カラオケがアジアで人気なのは知っていましたが、アメリカやヨーロッパでも浸透しているということには驚きました。
 しかし、歌を歌うことと、楽器を演奏することのハードルの高さの差を考えると、カラオケ自体は世界中に広がる余地があるアイデアではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・カラオケは日本の文化だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 Zhou Xun, Francesca Tarocco 『Karaoke: The Global Phenomenon』
 野口 恒 『カラオケ文化産業論 21世紀の「生きがい社会」をつくる』
 中村 伊知哉, 小野打 恵 『日本のポップパワー―世界を変えるコンテンツの実像』 2006年11月29日
 堀淵 清治 『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』 2007年04月15日
 杉山 知之 『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』 2007年08月19日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日


■ 百夜百マンガ

シャーマンキング【シャーマンキング 】

 昔から少年マンガの世界ではスピリチュアルな世界というか霊の世界は重要な一ジャンルだったわけですが、そういう大きな目で見ると21世紀のマンガの世界も見えやすくなる気がします。

2008年7月 7日 (月)

新書365冊

■ 書籍情報

新書365冊   【新書365冊】(#1264)

  宮崎 哲弥
  価格: ¥840 (税込)
  朝日新聞社(2006/10

 本書は、『諸君!』市場で連載された2つの新書評をまとめたもので、そのうちの一つ、「『今月の新書』完全読破」は、「毎月20日までに発売された新書を完全読破する」というコンセプトだったため、「少ないときでも六十冊、多いときは百冊」の新書を手にしたとしています。
 第1章「教養」では、竹内洋の『教養主義の没落』を取り上げ、「日本近代の教養主義には、大正時代に全盛期を迎える旧制高校という泉源があった」が、「戦後の学制改革による旧制高校の消滅でこの流れは杜絶する」としています。
 また、高澤秀次の『戦後日本の論点』では、山本七平がライフワークとして取り組んだ「天皇制の歴史的、イデオロギー的な構造分析」について、イザヤ・ベンダサン=山本七平のターゲットが、「『天皇制国家』そのものではなく、むしろ天皇を天皇たらしめた『日本教』の精神風土にあった」ことを紹介しています。
 第2章「哲学・論理学・数学」では、伊勢田哲治の『哲学思考トレーニング』において、「アメリカでは大学で哲学を専攻した者は就職の際に企業から歓迎される」理由として、「全体的な状況をよくとらえて分析する能力が身についている」可能性が高いからだと紹介しています。
 第3章「政治・国際問題」では、中岡望の『アメリカ保守革命』について、「前進的なイメージのアメリカの国柄に『保守』的な思潮は似つかわしくないし、『保守』という政治態度におよそ『革命』はそぐわない」が、「『保守革命としかいいようのない政治変革が、実際アメリカで起こった」ことを紹介するものであると述べています。
 また、鄭大均『在日・強制連行の神話』では、「強制連行が在日コリアンの経験談として流布されることになった」理由として、「それをよく語ったのは一世自身ではなく、幼少期に親とともに渡日した一・五世のほうだった。子が親の世代の苦難の物語を代弁したのだ。だが、その証言は一世の記憶や実感とは懸け離れた『神話』であった」と紹介しています。
 さらに、横江公美の『判断力はどうすれば身につくのか――アメリカの有権者教育レポート』では、アメリカの公民教育について、「争点の見極め、判断のための情報収集、比較衡量、討議など、意思決定の技術を徹底的に叩き込む教育法を知れば、少なからぬ人が抵抗を覚えるかもしれない。あるいは、日本的風土にそぐわしくないやり方だと斥けたくなるかもしれない」という違和感が「脳裏を掠めた」が、「斥けただけで済むはずがない」と「次々に疑問が湧き出」したと述べています。
 第4章「経済と金融・会計」では、赤川学の『子どもが減って何が悪いか!』を取り上げ、「世に蔓延る少子化言説の欺瞞性を徹底的に暴く告発の書だ。同時に、少子化問題を事例として、社会統計の正しい使い方、読み方を伝授する啓蒙書でもある」と紹介しています。
 第6章「歴史・文学・ことば」では、永山靖生の『日露戦争』を取り上げ、この新書ほど、「日露戦争のなかに現在や未来を感じさせるものはない」として、「『マスメディアによって供給される戦争情報を享受し消費する大衆』という、勝れて今日的な構図が、すでに日露戦争において浮かび上がっていた」ことを指摘するものとして紹介しています。
 第7章「社会・会社」では、三浦展の『ファスト風土化する日本』を取り上げ、三浦が、「郊外の特性として(1)生まれ育った地域が異なる人々が住むことによる『故郷喪失性』、(2)それ故コミュニティとしてのまとまりに欠ける『共同性の欠如』、(3)住民の年齢、所得、家族構成が似通っている『均質性』を挙げている」ことを紹介しています。
 第8章「若者・教育」では、山田昌弘『パラサイト社会のゆくえ』を取り上げ、本書が、「ライフコースの不確実化の諸相を、各種統計データの分析や事例研究などを通して明らかに」するものであると紹介しています。
 第10章「生きる・死ぬ」では、広井良典の『死生観を問いなおす』を取り上げ、「数年に一回くらいの確率で、真に本質的なことだけが説かれている書物に出会う」として、本書が、「間違いなくその一冊である」と述べています。
 第13章「メディア」では、武田徹の『戦争報道』について、「原理論の展開がやや甘い」という弱さを「補って余りあるのが、従来のジャーナリズム史への疑義をたっぷり含んだ各論である」であると紹介しています。
 第14章「文化」では、坪内祐三の『新書百冊』を取り上げ、「同じ『新書読み』としては驚きの内容だった」理由として、「坪内によって選ばれた百冊と私が選ばされたらリストアップするであろう百冊」とが、「ほとんど重ならないだろうと思えた」点を挙げています。
 また、岡田暁生の『西洋音楽史』では、「技法や様式が変われば、聞き手の感覚も変わる」として、「中世においては『ドミソ』は不協和音だった」、「ミ(三度)は悪魔の響きとして斥けられた」ことや、「中世においては、二拍子のリズムを導入することは『紙への冒とく』に他ならなかった。教会は三位一体を表す三拍子しか認めなかった」ことを紹介しています。
 第15章「宗教」では、小川忠の『原理主義とは何か』を取り上げ、「シカゴ大学原理主義研究プロジェクト」が、原理主義のイデオロギー的特徴として、
(1)近代化による宗教危機に対する反応
(2)選択的な教義の構築
(3)善悪に言論的な世界観
(4)聖典の無謬性の主張
(5)終末観的世界認識と救世思想
の5点に集約されることを紹介しています。
 また、島田裕巳の『創価学会』では、戦後の高度成長期に創価学会が教勢を急速に伸長させた背景として、「地方から都市への人口流入」を挙げ、「そのとき生家を後にしたのは、祭祀権を持たない次男や三男たちだった。彼らは生まれ育った村落から都会に移ることで、郷里の紐帯から遊離したばかりでなく、伝統的な先祖供養からも切り離された」と紹介しています。
 第14章「問題な新書」では、村上和雄の生命のバカ力』について、本書が、「科学者が『特異な』信念や信仰の虜になること」の「悪質な例」だと紹介しています。
 また、持田鋼一郎の『世界が認めた和食の知恵――マクロビオティック物語』では、「マクロビオティックは科学的な食餌療法ではない。易学を応用した『無双原理』という独自の世界観に基づく、事実上の宗教」であることを指摘しています。
 最終章「≪緊急インタヴュー≫その後の『新書完全読破』」では、政治・法律分野のお薦めとして、白田秀彰の『インターネットの法と慣習』を、経済では、大竹文雄の『経済学的思考のセンス』を推薦しています。
 その上で、「新書ブーム」と呼ばれる現状について、「新書ブームはもう終わったんじゃないか」と述べ、最近の新書が、「ビジネスマンの生き方指南書、人生論みたいなものが主流」になり、「学問知を伝えるにしても、その入口くらいで終わっている、『入門書』ならぬ『門前書』がほとんど」であると指摘しています。
 そして、「学者が書いたエッセイ風の入門書や人生論」にも、「昔は背後にしっかりした学問の体系があり、それをあえて表に出さずに易しくものを解き明かすというスタンス」だったが、「最近は、そういう学問的基礎もなしに、単なる思いつきを書きつらねたような本が多い」ことを指摘しています。
 本書は、新書ファンには、楽しみな出会いを増やす機会を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 新書とはいえ、月に60~100冊となると、1日2~4冊読まないといけないといけないわけで、人気評論家としては相当時間のやりくりが厳しかったのではないかと思います。読むだけだったら新書を月100冊はわけないと思いますが、アウトプットを求められるのが辛いところです。それ以上に、読みたくもない本を読まなきゃいけないのは相当たいへんだったと思います。


■ どんな人にオススメ?

・月100冊はともかく、年に100冊くらいは読んでおきたい人。


■ 関連しそうな本

 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日


■ 百夜百マンガ

35歳で独身で【35歳で独身で 】

 元々のシリーズは、29歳独身だったのですが、今では35歳になってしまったようです。30歳では切迫感がないし、ということで、35歳くらいがギャグにできるエリアなのでしょうか。『ラブやん』のカズフサがついに魔法使いの仲間入りをしましたが、これも後10年経つと笑えなくなるのか、そういう世の中になっているのか、微妙なところです。

2008年7月 6日 (日)

モハようございます。 あの人はなぜ、鉄道にハマるのか?

■ 書籍情報

モハようございます。 あの人はなぜ、鉄道にハマるのか?   【モハようございます。 あの人はなぜ、鉄道にハマるのか?】(#1263)

  吉田 一紀 (著), ビーコム (編集)
  価格: ¥1260 (税込)
  オーム社(2008/4/26)

 本書は、「近年稀に見る鉄道ブーム」の中、「まだまだ鉄道、そして鉄道ファンに対して色眼鏡で見ている雰囲気」を感じている著者が、「鉄道を趣味にするのは特別なことではないことをお伝えし、またその溢れる魅力を正面から解説しようと企画したもの」です。
 第1章「キロポスト」では、満員電車での通勤に対する「心の混雑緩和策」として、線路脇に立っている、「基点駅からの距離がわかるようになって」いる「キロポスト」探しを提案し、「満員電車に揺られて頑張っているあなたを、いつも遠くからそっとやさしく見守ってくれる――そのさまは、まるでお地蔵様のよう」だと語っています。
 第2章「カーブの美しい風景」では、著者が「特にハマる鉄道写真」として「カーブを疾走する姿」を挙げ、「鉄道はどんな姿でもカッコイイのですが、カーブを雄大に走り抜ける様は本当にハマります」と語っています。
 第3章「分岐器」では、「分岐器」の読みが、「ぶんきき」ではなく、「ぶんぎき」であることなど豆知識が語られています。
 第9章「音を楽しむポイント」では、「毎日の通勤通学で楽しむことのできるポイントの最終章」として、「VVVF(可変電圧可変周波数)インバータ」という「モーターの制御方式のひとつ」を挙げ、特に有名なものとして、京浜急行の「♪ドレミファソラシド~」と聞こえる車両を紹介しています。
 また、各駅ごとに特徴のある「発車メロディ」を挙げ、著者の個人的な好みとして、山手線恵比寿駅の「ヱビスビールのCMソング」を紹介しています(この曲は、1949年製作の『第三の男』の主題歌ですね)。
 第11章「青春18きっぷ」では、青春18きっぷが「JRの普通列車・快速の普通自由席」という制限があり、「もちろん私鉄・第3セクターには乗ることが」できないが、かつて東北本線であった、盛岡~八戸間が、IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道による運行に変わったために、「東北本線だった頃の印象があり間違えやすく、運賃を請求されて逆ギレしてしまう方もいる」として、「JRと接続している路線を利用するときに間違うケースが多い」と述べています。
 第12章「鉄道で飲む楽しさ」では、学生時代に見た「チビチビ飲むわびしいサラリーマン」の姿が頭をよぎってしまうために、「こんなところで絶対に飲みたくない」と思っていた著者が、甲府出張の帰りの特急『かいじ』の中で上司と飲んだカップ酒とチーカマをきっかけに、列車の中での「チビチビ飲み」にハマってしまったと語っています。そして、「モハよう流チビ飲みの鉄則」として、
(1)飲むのはカップ酒。ビール・缶酎ハイなら350ミリリットル缶1本!
(2)つまみは笹蒲鉾、チーカマ、柿ピー
(3)飲む席はボックス型クロスシートの窓際
(4)マナー厳守
の4か条を掲げています。
 第14章「国鉄車両に乗る」では、「昭和に作られたものは、現代のようなデザイン性の要素は少なく、機能面を重視して設計されていた」と述べる一方で、「現代はすべてに合理化が優先され、それが車両のデザインにも現れているように」思うが、「国鉄の車両には、余裕というか、人間の息遣いを感じることが」できると語っています。
 第16章「SLと触れ合う」では、『キハ048保存会」のホームページを運営している「やまてつ」さんのお話として、「どこかの町で、保存SLを今年の暮れまでに解体してしまうという話」を耳にして、「すぐさま町の担当者に連絡をし、保存をお願いした」が、「他からはまったく意見は出てきていないよう」で、町の担当者が、「誰にも愛されていないSLを残すことはできない」と話していたことを紹介しています。
 第19章「絶滅車両を保存せよ!」では、「路線廃止を撤回して欲しい、国鉄時代に製造された旧型車両は保存して後世に残すべきだ」という理想を、「実際の行動に起こしただけでなく、後世に鉄道文化を残すという大きな実績を残した鉄道愛好家グループ」として、『キハ048保存会』を紹介しています。そして、「そのお一人お一人の熱意がなければ、我々は鉄道博物館で『初の大型ガソリンカー』に触れることはなかった」と語っています。
 第20章「ブルーとレインの乗り方」では、ブルートレイン『富士』に乗る基本知識として、
(1)乗車券・特急券のほか寝台券を購入
(2)洗面用具は自分で用意
(3)車内販売は押さえと考えて
の3点を挙げた上で、「戦前戦後、そして平成を走り抜けてきた『富士』の雄姿をぜひ実際に乗車して記憶に焼き付けておきましょう」と語っています。
 第21章「鉄道模型/人車鉄道」では、著者の母校である千葉大学の鉄道研究会を取り上げ、文化祭での「鉄道研究会最大の展示」として、「図書館前広場にレールを敷設し、箱型の車両を人が押す」という「人車鉄道」を取り上げ、さらに、「人車鉄道の乗車券に硬券を採用していること」に「感動した」と語っています。
 第24章「全国にある鉄道関連博物館」では、4コママンガで「東京都昭島市に使わなくなった新幹線を再利用して作られた図書館があります」として、昭島市民図書館つつじが丘分室を紹介しています。
http://www.library.akishima.tokyo.jp/guide/index.html
 本書は鉄道ファンはもちろん、本書の本来のターゲットである、鉄道に興味のない人、「鉄」を色眼鏡で見てしまう人にもお勧めできる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、各章ごとに4コママンガがついているのですが、第1章の「キロポスト」で描かれているキロポストは、1コマ目が「200」、2コマ目が「400」、3コマ目が「500」で、これに笠がかけられていることが落ちになっているのですが、考えてみると、毎日満員電車で200キロ以上を立ったまま通勤するっていうのは相当無理があるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・「鉄」は特殊な人種だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 一坂 太郎 『東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫』 2008年04月30日
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 クリスチャン ウルマー 『折れたレール―イギリス国鉄民営化の失敗』 2006年08月03日


■ 百夜百音

魅せられて【魅せられて】 ジュディ・オング オリジナル盤発売: 2001

 年代的には、この曲の衣装のインパクトばかりが強くて、頭の中では志村けんのイメージとだぶってしまうのは仕方がないのでしょうか。

2008年7月 5日 (土)

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待

■ 書籍情報

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待   【ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待】(#1262)

  佐藤 克文
  価格: ¥882 (税込)
  光文社(2007/08)

 本書は、日本の研究グループが先導的役割を果たしている「バイオロギングサイエンス」という生物研究のフロンティアを紹介してるものです。これは、日本初のハイテク機器である「データロガー」という小型化した記録計を動物に直接取り付けることで、「これまで人々が直接観察できなかった水中の動物について、色々調べられるようになった」新しい学問分野です。
 第1章「カメが定温動物でトリが変温動物」では、「自然環境下を自由に泳ぎまわる動物たちから、体温や経験水温を連続的に記録したところ」、「爬虫類は変温動物。鳥類は定温動物」という常識を「ひっくり返すような結果が得られてしまった」と述べ、著者自身、「はじめから水中に大きなフロンティアがあると確信していたわけではなかった」が、「図らずも陸上動物の大原則に反するデータを目の当たりにして、否応なしにこの世界に引き込まれていった」と語っています。
 そして、ウミガメにとって、「体温を外部水温よりも高くある程度一定に保つメリット」として、「潜水する際に、水温の一時的低下を経験する」が、「これに対して体温が一定に保たれるのはウミガメにとって嬉しいはずだ」と述べています。
 一方ペンギンが、「せっかく暖かく保っている体温」を――水中に下げてしまう理由として、「いったん水の中に入ると、えらを持たない彼らは息を止めている必要がある」ため、「潜水中の体温を下げてしまうという戦略」を選択した結果、「腹腔内の温度は一時的に下がったところで特に困ることはない」として、「結果的に10度以上も腹腔内の温度が下がっていることがわかった」と解説しています。
 第2章「浮かび上がるペンギンと落ちていくアザラシ」では、水中を泳ぐペンギンに加速度計をつけることで、「世界で初めて得られた加速度データ」を見て、「ペンギンが前ひれを動かさずに浮上する間、背中に取り付けた装置で測定した遊泳速度が、秒速2メートルから3メートル近くまで加速していたこと」について、「ペンギンが水面に向って浮上を開始すると、今度はいったん圧縮された空気は、水面に近づき圧力が低下していくのにともなって膨張していく」と述べ、「体内の空気が膨張すると、ペンギンの体が押しのける海水の体積は大きくなる」ことが、「水面が近づくほど速度が大きくなるという現象をうまく説明できるような気がした」と解説しています。また、ペンギンがななめに浮上することで、「飛ぶ鳥と同じように羽を広げて下向きに揚力を生みだしているのではないだろうか」と仮定しています。
 そして、「ペンギンが体内に蓄えた空気によってもたらされる浮力を使って、前ひれを動かすことなくグライディングによって水面まで浮上していく」のに対し、「ウェッデルアザラシは逆に、重力を使って水面から落下するように潜降していた」と述べています。
 著者は、「動物搭載型の加速度計が生み出されたことによって、野外実験が可能となった水棲動物の遊泳行動研究は、今後大きな成果が期待される研究分野である」と述べています。
 第3章「研究を支えるハイテクとローテク」では、動物搭載型の記録計である「データロガー」について、「この新しい装置がいかに生まれ、そして発展してきたかといった手法論について紹介する」としています。
 そして、データロガー以前には、「機械式に記録フィルムを巻き取り、センサーに連動した極小針がその上に線を刻んでいくアナログ式の装置であった」として、「精密に組み合わされた微小な歯車や振り子が動く様子は、あたかも高級時計のごとき機能美を有していた」と解説しています。
 第4章「アザラシは何のために潜るのか?」では、母アザラシのデータを解析した結果、100メートル以上深くまでの潜水の他に、「5メートル前後の浅い潜水も長時間行っていること」もわかり、「同時に得られている子供の深度時系列データと、重ねて表示してみた」結果、「ぴたりと一致した」ため、母アザラシの背中に後ろ向きにカメラを装着すると、「プロのカメラマンでも無理だろうと思えるほどの完璧な構図で、母親の後ろを泳いで付いてくる子どもの様子が映っていた」ことから、「母アザラシは、子供と一緒に浅いところを泳いでいた」という予感は的中したと語っています。
 また、「太陽光は普通表層200メートルまでしか到達しないので、200メートルより浅いところにこそ、高次捕食動物の餌となるオキアミや小型の魚類などの小動物が数多く生息していると考えれていた」が、「アザラシカメラによって得られた画像から把握された餌の鉛直分布」から、「予想とは反対に、250メートルよりも深いところに餌が多くなる傾向が得られてしまった」として、「当初私たちが思っていたよりも、南極海の生態系は複雑であるようだ」と述べています。
 第5章「ペンギンの潜水行動を左右するもの」では、ペンギンが「水の中に入るタイミングと、出てくるタイミングがぴたりと一致している」理由について、「食われる可能性のある弱い動物ほど、よく群れることが知られている。集団となって一糸乱れぬ行動をしているときは、捕食者にとって襲い難いようである」と推測しています。
 また、野生動物の潜水生理学における、2つの大きな謎として、
(1)アザラシやペンギンといった肺呼吸動物が、どうやって長時間潜っていられるのだろうか。
(2)動物たちはそんなに深く潜って大丈夫なのか。
の2点を挙げています。
 第6章「ペンギンたちはなぜ一列になって歩くのか?」では、ペンギンたちの後を歩いていった著者が、「表現にはあちこちに割れ目があり、その上に雪が積もっていると、どこに割れ目があるのか一目見ただけでは分からない」ため、「前の者が歩いた後を忠実になぞ」っていくのが、安全は方法であるからではないかと述べています。
 第7章「教科書のウソとホント」では、データロガーで動物の速度を観測しているうちに、「どうもすべての動物が同じ速さで泳いでいるような気がする。その場合、推進力を得るためのひれの動きの頻度は、どうなっているのだろうか?」という疑問をもった著者が、同じデータロガーを使う研究者たちに、データ提供を提案し、「最大は30トンのマッコウクジラ、宰相は500グラムの海鳥まで、合計25種類の動物のデータ」が集まり、哺乳類と鳥類の遊泳速度を見たところ、予想通り秒速1メートルから2メートルの間に収まっており、体サイズによって左右されないという結果」になったことや、「遊泳時のひれの動きの頻度を調べたところ、大きな動物ほどゆっくりと低周波で動かす傾向があり、平均的な周波数が体重のマイナス0.29乗に比例するという結果になった」と述べています。
 また、「バイオロギング bio-loging」という言葉について、「データロガーを対象動物に取り付けるやり方で、動物の行動や整理、それを取り巻く環境を調べるといった研究が、さまざまな動物を対象に進められていた」が、「そのやり方を用いる研究者の数は少なかった」ので、「いっそデータロガーを使った研究者で集まってはどうか」ということで、シンポジウムを実施し、シンポジウム後には、「バイオロギング科学とは、人の視界や認識限界を超えた現場において、動物自身やそれを取り巻く周辺環境の現象を調べるものではなかろうか」という定義が、「ひかえめに記述された」と解説しています。
 そして、「できたてほやほやの新しい分野で研究を進めていく過程では、困難を前に窮する自体が頻発する」としたうえで、未来の研究者たちに、
「求む男女。ケータイ圏外。わずかな報酬。極貧。失敗の日々。絶えざるプレッシャー。就職の保証なし。ただし、成功の暁には、知的興奮を得る」
と呼びかけています。
 本書は、新しい生物学のフロンティアを分かりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の最後の呼びかけ部分のネタ元は、
「求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と称賛を得る」
"Men wanted for Hazardous Journey. Small wages, bitter cold, long months of complete darkness, constant danger, safe return doubtful. Honour and recognition in case of success."
というアーネスト・シャクルトンが1900年に南極探検隊員を募集したときの新聞広告です。
 このときには5千人の応募があったそうですが、本書の呼びかけには何人の人が応えてくれたのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・ペンギンとアザラシが好きな人。


■ 関連しそうな本

 エドマンド・ブレア ボウルズ (著), 中村 正明 (翻訳) 『氷河期の「発見」―地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家』 2007年02月04日
 リチャード・ドーキンス (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上』 2007年06月30日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』 2007年03月03日
 アンドリュー・パーカー (著), 渡辺 政隆, 今西 康子 (翻訳) 『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』 39312
 ユージン・カプラン (著), 土屋 晶子 (翻訳) 『奇妙でセクシーな海の生きものたち』 39611


■ 百夜百音

NHKむしまるQゴールド 水の中の小さなクマ【NHKむしまるQゴールド 水の中の小さなクマ】 TVサントラ オリジナル盤発売: 2002

 「はっぴいえんど」好きの人には聞いていて心地よいサウンドというか、こういう風にリスペクトされるのはうれしいんじゃないかと思います。

2008年7月 4日 (金)

鉛筆と人間

■ 書籍情報

鉛筆と人間   【鉛筆と人間】(#1261)

  ヘンリー ペトロスキー (著), 渡辺 潤, 岡田 朋之 (翻訳)
  価格: ¥3873 (税込)
  晶文社(1993/11)

 本書は、「ありふれた鉛筆の歴史や鉛筆によって象徴されるものを通した工学技術の研究」です。
 第1章「忘れられた道具」では、「木製の鉛筆は日用品として価値が高かった」が、「このような鉛筆が忘れられたという話は興味深い」として、鉛筆が、「特筆すべきものではなく、当たり前すぎるもの」と考えられ、「あまりにありふれていて、安価で、話すことと同じぐらいなじみぶかいものと思われている」と述べたうえで、「鉛筆の歴史はそれ自体工学についてもっと学ぶ素晴らしい機会を提供するはずである」と述べています。
 第2章「『鉛の筆』の謎」では、「ペンシル」という言葉が、ラテン語の「ペニシラム」という「筆に似ていたところにちなんで」名付けられ、「その名前は筆を表すもっと一般的なラテン語の短縮形、『ペニキュラス』に由来するが、そのことば自体がその短縮形で、ラテン語でしっぽをあらわす『ペニス』からきている」と述べ、「最初の鉛筆は、実際、動物のしっぽに似せてつくられた」として、「ペンシルは文字どおり『小さなしっぽ』であり、細線を書いたり描いたりするために使われた」と述べています。
 そして、「鉛の鉛筆」が、「乾いた薄いしるしをつける金属の鉛の尖筆と、細くて黒い線を引く筆鉛筆にかわって、一本の道具で乾いた感じと黒さという二つの望ましい特徴を持つものとして登場した」と述べ、「その名は、実際にはほとんど含まれていない一つの原料に由来してつけられた」と解説した上で、「日常つかわれるモノの名は、食べられるものであろうとなかろうと、それらが最初につくられた原料に由来する場合が多い」と述べています。
 第4章「木製鉛筆の登場」では、「最初に、いつ、どこで、石墨の鉛筆がつくられ、使われたのかは、多くの技術に関する年表と同様、記録されていない」が、「早ければ1500年頃、おそくとも1565年と主張することはできる」と述べています。
 第5章「イギリスの石墨発見」では、カンバーランドで黒鉛が発見されたことで、「鉛筆の進化には拍車がかか」り、「黒鉛の化学的な性質は、本当のところはつきとめられていなかったけれども、16、7世紀の鉛筆製造者と使用者は、その理想の物質を書いたり描いたりする便利で効果的な道具につくりかえることに熱中した」と述べています。
 そして、木製の鉛筆が、「17世紀の終わりにはつかわれはじめていたようである」と述べています。
 第6章「現代の鉛筆はフランスでつくられた」では、「大陸では、ボローデール産は供給が不安定で値段も高かったし、他からやってきた石墨は質が悪かったから、工程の革新はイギリスよりもずっと切実で、この時代から発展していった」と述べ、1973年にフランスとイギリスの間の戦争が始まったことで、「フランスではボローデール産の石墨が使えなくなってしまった」ため、代替方法を探すため、「39歳の技術者で発明家でもあったニコラ・ジャック・コンテ」に白羽の矢が立てられ、「粉状の石墨から不純物を取り除き、丹念に陶器用の粘土と水で混ぜる。濡れたノリをこすりつけた長い方形の鋳型にそれを詰める。芯が乾いたら、鋳型からとりだして、木炭をまぶし、陶器の箱に密閉する。そして高温で熱する」という革新的な工程が生み出されたことを解説しています。
 そして、コンテの工程が、「減少するボローデール産石墨の供給に依存しなければいけなかったヨーロッパの鉛筆製造者にとって、ある程度の自立をもたらした」と述べ、クレヨン・コンテが、「粘土と石墨の割合をかえることによって、品質をかえずにさまざまな濃さの鉛筆をつくることができるという利点もあった」と解説しています。
 第7章「ドイツの鉛筆職人」では、「19世紀初頭のドイツの鉛筆製造業衰退の主要な原因」として、「商業上の伝統とギルド的な慣行」を挙げています。
 第8章「アメリカの鉛筆開拓者」では、「1800年頃のアメリカには鉛筆をつくるための組織だった商売はなかった」として、「当時、黒鉛の鉛筆の『一番の競争相手』になったのは『羽根ペン』だった」と述べています。
 そして、1812年に、家具製造を仕事にしていたウィリアム・モンローが、「プランバゴをハンマーで砕き、それをスプーンの中で粘着性のある物質と混ぜ」、「混ぜあわせたものをシダーの木のさやにつめた」として、「新しい産業がここにはじまったのである」と述べています。
 第9章「森の職人 H・D・ソロー」では、「ソローの鉛筆製造にみられるように、技術的な工夫と伝達は口と鉛筆で実践され、19世紀のなかごろまではほとんど書き残されることはなかった」と述べています。
 第11章「ドイツのブランド合戦」では、「筆跡の黒さを示すために鉛筆を段階付けしたのは、実際には、石墨と粘土の比率によって新の固さを加減する方法を開発したフランスだった」が、「表記の仕方にはあいまいさがあった」と述べ、「文字を最初に使ったのは19世紀のはじめのロンドンの鉛筆製造業者ブルックマンで、ブラックのBとハードのHをつかい、それぞれの段階はBとHをくりかえすことであらわそうとした」と解説し、「画家が求める濃い鉛筆と製図者が好む固い鉛筆がBとHという明らかに不釣合いな表示のもとに一本化された」と述べています。
 第14章「芯を支える木」では、「実際の鉛筆につかわれる木は、鉛筆をつかうために必要なものである」として、鉛筆の木のさやや橋の鋼鉄のケーブルが、「鉛筆や橋それ自体の心理的、視覚的特長を左右し、『頑丈さや見た目の良さ』をつくりだすものである」と述べ、「なかの芯がどれほど品質の良いものであろうと、木というインフラストラクチャーが弱ければ、芯は折れてしまう。ちょうど虫に食われた木の杭で立てた橋が壊れてしまうのと同じである」と解説しています。
 第16章「折れない芯」では、「新しく削った芯先は、できるだけ尖ったままで簡単に折れないほうが望ましい」として、「汚れることなくスムーズに書け、消すこともできて、ほどよい一定の濃さの跡が残ることはもちろん、できるかぎり鋭く尖らすことができて、つよく押さえつけてもってもポッキリとたやすく折れてしまわないようなじょうぶな鉛筆」が、鉛筆製造業者に求められたと解説しています。
 そして、鉛筆の先端強度の問題が、「芯先が紙に押さえつけられるという意味で荷重が梁の一端にかかるガリレオの片もち梁と本質的に同じである」と述べ、「弱い軸木に鉛筆の芯がいい加減についたものでは、芯は木から剥がれて、ある製造業者が『圧点』と呼んだ部分から折れてしまう」と解説しています。
 第19章「競争、恐慌、そして戦争」では、1941年12月8日、パールハーバーの影響で、「『ミカド』鉛筆は『ミラド』と改名されることになった」と述べています。
 第22章「どこにでもあるモノの物語」では、「小さくて安価ではあるが、また力強く欠くことのできない鉛筆と、それをつくりだした産業の物語は、まさに小宇宙の物語である」と述べ、「イギリス製鉛筆の比類なき卓越性は過去の話である。また、フランス製鉛筆については、研究と開発の重要性を思い知らされる」としたうえで、「19世紀の鉛筆の歴史は、テクノロジーをつかった逃れることのできないビジネスの場だった。世紀半ばにはドイツ製鉛筆が世界の市場を制覇したが、最後に勝利し、未来へ向う望みをふくらませたのはアメリカ製鉛筆だった」と結んでいます。
 本書は、鉛筆というありふれた道具をテーマに、技術の壮大な歴史を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近ではシャーペンは使っても鉛筆を使う機会は相当減りましたが、くっきりとした線を引くためにクルクルと回転させて紙に当てる角を変えながら書くテクニックは変わらないような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・鉛筆は21世紀に入ってから使ったことがない人。


■ 関連しそうな本

 ヘンリー ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論』 2005年12月31日
 ヘンリー ペトロスキー (著), 池田 栄一 (翻訳) 『本棚の歴史』 2006年03月12日
 ヘンリー・ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで』 2008年04月17日
 ヘンリー ペトロスキー (著), 中島 秀人, 綾野 博之 (翻訳) 『橋はなぜ落ちたのか―設計の失敗学』
 ヘンリー ペトロスキー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『もっと長い橋、もっと丈夫なビル―未知の領域に挑んだ技術者たちの物語』


■ 百夜百マンガ

どーでもいいけど―不景気な暮らしの手帖【どーでもいいけど―不景気な暮らしの手帖 】

 どんな切羽詰った問題も、緑茶を飲んでゆったりしたときのような落ち着いた視線で物事を見られるのがこの人の強みでしょうか。

2008年7月 3日 (木)

量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる

■ 書籍情報

量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる   【量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる】(#1260)

  石井 茂
  価格: ¥1890 (税込)
  日経BP社(2007/10/25)

 本書は、「量子というミクロの世界の自然法則を利用することにより、決して解読されないことを保証しようとする暗号」である「量子暗号」について、「それがいかに生まれ育ってきたかという歴史を背景としつつ、解説しようとするもの」です。著者は、「量子暗号には、道の可能性を探るサイエンスとしての魅力と、実際に使えることを目指して開発するテクノロジとしての将来性が同居している」と語っています。
 第1章「量子暗号とは何か」では、量子暗号が、「古代から現代に至るすべての種類の暗号とは異なり、そもそも盗み見ることや、傍受すること自体を難しくしてしまう」ものであり、「これまでの暗号がすべて『古典力学』で説明できる世界を前提としていたのに対し、量子暗号は『量子力学』でなければ説明できない世界を前提とする」と述べています。
 そして、「量子暗号とは、信号を傍受すること自体によって、その信号がどんな情報を運んでいるかが決められなくなってしまう、という量子の性質を利用した暗号である」と解説しています。
 第3章「解読できない暗号とは」では、ギルバート・バーナムが考案した「自動暗号化装置」と、ジョセフ・モーボーンが考案した、「一度使った鍵は一回限りで捨ててしまう」「ワンタイム・システム」の考え方を組み合わせれば、「絶対に解読できない暗号が出来上がる」として、このような暗号システムを「バーナム暗号」と呼ぶことを紹介した上で、「鍵として使う文字の量が送信する平文の文字量と同じかそれよりも多く、また鍵の並びが不規則であれば、解読は不可能であること」がクロード・シャノンによって証明されたと述べ、「今日に至っても、解読が不可能であることが証明できるのはバーナム暗号だけである」と解説しています。
 第5章「最初の量子暗号」では、チャールズ・ベネットとジブ・ブラサールが提案した量子暗号方式「BB84」について、「送信者と受信者の間で任意の量の秘密鍵を共有する手段をもたらした」と述べています。
 また、「通信分野の慣例」として、
・「アリス」:正規の送信者
・「ボブ」:受信者
・「イブ」:盗聴者
と表記することを紹介しています。
 そして、1989年に、ベネットとブラサールが、BB84の実験システムを作り上げ、伝送距離わずか32センチメートルにとどまったが、量子暗号の伝送実験に成功したことを紹介しています。
 第7章「量子がからみ合う暗号」では、「いったん関係が生じると、その後は遠く離れても互いに影響しあうという量子エンタングルメントの状態にある光子のペア(EPR光子対)」について、「一方を測定すると、もう一方に影響が出る」という性質が、「傍受されたことを検地するという量子暗号の特徴を実現するのにぴったりである」と述べ、アルトゥツ・エカートが、「E91」と呼ばれる、「EPR現象を使って、安全に秘密鍵を配布できる量子暗号方式を提案した」ことを解説しています。
 そして、1999年に、ウィーン大学等によって、E91方式による量子暗号の実験に成功したことを紹介しています。
 第8章「量子暗号を中継する」では、光ファイバ通信において、「通信距離が伸びるとファイバ内を伝わっていく信号は距離に応じて劣化する」が、「単一光子をつかうことが前提の量子暗号では、普通の光通信と同じような増幅などの概念は考えられない」ため、「信号を増幅するのではなく、移動するうちに壊れていく光子の状態を何らかの方法で回復してやる必要がある」と述べています。
 第11章「おとり捜査をする量子暗号」では、「現実的な通信環境を使うことを前提に、通信距離や伝送速度を改善する方法」として、ホワン・ウォン・ヤンが、「鍵のデータを送る本当の信号光のほかに、おとりの信号光を紛れ込ませることによって、イブの存在をあぶり出す」方法である「デコイ法」を提案したことを解説しています。
 第16章「量子コンピュータでも解けない量子公開鍵暗号」では、「量子暗号の背景には、サイエンスとして追求すべき未知の領域がまだ残っている。その一方では、現状のネットワークを前提とする現実的なテクノロジとしての研究が進んでいる」として、量子暗号が「量子の直接的な応用を開く」先駆けとなると語っています。
 本書は、一般には馴染みの薄いものの、インターネットなどを使う上では欠かすことの出来ない暗号技術をわかりやすく解説するとともに、最先端の科学のワクワクを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 暗号もののポピュラーサイエンスを読んだからといって、暗号そのものについての理解が深まるというわけではないのですが、メアリー・ステュアートの話にしても、暗号にまつわる様々なドラマは読み応えがあります。


■ どんな人にオススメ?

・暗号なんて自分に関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 サイモン シン (著), 青木 薫 (翻訳) 『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』 2006年05月03日
 ゲリー ケネディ, ロブ チャーチル (著), 松田 和也 (翻訳) 『ヴォイニッチ写本の謎』 2006年09月10日
 手嶋 龍一, 佐藤 優 『インテリジェンス 武器なき戦争』 2008年02月06日
 川成 洋 『紳士の国のインテリジェンス』 2008年02月16日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日


■ 百夜百マンガ

花より男子(だんご)【花より男子(だんご) 】

 台湾でもテレビドラマ化された少女マンガの超大ヒット作。『有閑倶楽部』にしてもそうですが、少女マンガの学園ものの舞台に超お金持ち学校が多いのは、女の子には小さい頃からセレブへの憧れがあるからなのでしょうか。

2008年7月 2日 (水)

近代日本の農村的起源

■ 書籍情報

近代日本の農村的起源   【近代日本の農村的起源】(#1259)

  トマス C.スミス
  価格: ¥3990 (税込)
  岩波書店(2007/11)

 本書は、「日本農業に見られる変化の少なさ」が、「ときには誇大視されている」ため、「本質的な点でも何の変化もなかったというような印象さえ受ける」が、「その諸変化は日本の歴史にとってきわめて重要な意味をもつもの」であることを示したもので、「こうした諸変化の輪郭を素描し、それが近代日本にとってどのような意義をもっているかを示そうと試みたもの」です。
 第1章「土地制度」では、「後進地域における大規模保有地の農耕組織」が、「拡大家族を通じて、徳川期農民社会の2つの主要な階級、すなわち、土地を保有する階級とそうでない階級、おこの両者をつなぎ合わせていた」と述べています。
 第2章「農業奉公人」では、「大保有地における労働力を形作っていた拡大家族」が、
(1)中心には核家族
(2)次の円内には血縁及び姻戚
(3)第三の円には奉公人と名子
の三者から構成されていたと解説しています。
 第3章「賦役」では、「徳川時代を通じて、名子が独立の家族へ、また自立的な土地保有者の身分へと上昇していく史実が見出されることになる」と述べながらも、「このような上昇が大規模に進行していたかのように想像してはならない」、また、「これによって名子の親方に対する関係が大きく変化したなどと想定してもならない。両者の関係は法的であると同時に、社会・経済的なものだったからである」と解説しています。
 第4章「小保有地」では、「耕地面積が絶え間なく拡張されているような時期には、きわめて頻繁に既存の保有地が分与されて、新保有地をつくりだしていった」ことが、「村落の成長の根本要因」であったともに、「村の階級構造の形成を大きく推進した」と解説しています。
 第5章「政治的権力の組織」では、17世紀の村落が、「数多くの自立的な農耕単位から成り立っていたのではなく、相互に依存しあう農耕諸単位でできているいくつかの集合体から成り立っていた」として、このような集合体が、「一つの大保有地と多数の従属的な小保有地」から成り立っていたと解説しています。
 そして、この集団の「特に注目に値する一つの機能」として、「田植えのためにまとめて大量の労働を提供する」ことを挙げ、田植えを、「ごく短期間のうちにやってしまわなければ」ならず、「割り当てられた時間のうちに田植えをやってしまうには、個々の家族ではとうてい狩り集められないような大量の労働力を必要とする」ため、「村内のさまざまな親族関係――本家・分家・擬制分家――が、この決定的に重要な仕事を行うための安定した枠組みを提供した」と解説しています。
 また、血族集団の首長が、「村の内部で強力な政治的地位を占めていた」明白な理由として、「この集団は、村落内のあらゆる種類の組織を包括する自立的な完全体を形づくっており、集団を代表して発言する家族は恐ろしく強力であった」ことを挙げ、「村の役職は一定の名望家にだけ限られていたが、そのなかには当然に血縁集団の首長たちが含まれていたし、場合によると彼らだけ、ということもあった」と解説しています。
 さらに、庄屋を決める方法として、通常は、
(1)選出
(2)輪番
(3)世襲
の3つの方法があり、後ろに行くほど「排他性が強くなっていく」と解説しています。
 第6章「市場の成長」では、「1600年以後の2世紀間に都市の人口は驚異的な速度で増大し、それ以前の1千年にもまさる増加を見せた」として、「1590年には一漁村に過ぎなかった江戸が、1731年ごろには人口50万を超える巨大で人口稠密な都市に成長し、おそらくは当時世界最大の大都市となっていた」と述べ、大坂と京都についても、「近接する堺や伏見を合わせると、100万に近い人口を持つ位置大都市圏を形成していた」として、「このように増大していく都市人口の衣食住をささえるために、大量の穀物・魚・木材・繊維品が必要になった」と述べています。
 第7章「農業技術」では、「われわれは、日本の農業が最近に至るまで静態的であるか、あるいは、それに近い状態であったと考えがち」であるが、「実際には、日本の農業は近代に入るよりもはるか以前に、注目すべき技術的諸変化」を既に経験していたとして、「1600年から1850年までのあいだに、そうした複雑に絡み合った諸変化が土地の生産性を大いに上昇させ、特殊な作業においてもまた作業全般においても労働の生産性を変化させて、農業制度の根深い変化をもたらしていた」ことを指摘しています。
 そして、「農耕における重要な技術革新はどれもみな、土地の生産性あるいは労働の生産性、あるいはその両者を高めた」として、「干鰯(ほしか)、油粕それから大小の都市で集められた下肥」等から成る「金肥」を、「収量の上昇をもたらすすべての技術革新の中で、おそらく最も重要なものであった」と述べ、新しい肥料が、「作物の収量を引き上げただけではなく、土地のいっそう集約的な利用をも可能にした」ことを指摘しています。
 この他、「作物の品種の増加」や「灌漑の拡大」、「作物の特化が可能になったこと」などを、重要な技術的発展として挙げています。
 また、技術革新が、「徳川時代を通じて、単位面積当たりの収量を増加させたが、そればかりでなく、単位面積当たりの必要労働量をも増加させた」ことを指摘し、「一つ一つは労働節約的な技術革新であっても、究極の効果として、しばしば労働の使用を集約化する結果を生じた」と述べ、金肥の使用や千把扱きの例を挙げています。
 第8章「労働の変貌」では、奉公人のタイプとして、
(1)借金の返済として、家族がその成員を奉公人として他人に無期限で提供した場合。
(2)労働がいくらかの報酬を受けるという点を除いては、第一の方とまったく同じ。
(3)返済の期日まで債務によって拘束されてはいたが、その間の労働で債務は完全に返済される。
の3つのタイプを挙げ、第三の奉公人の出現が、「自由な労働の発展に向って巨大な一歩を記すものであった」と解説しています。
 第9章「名子の変貌」では、「商工業が発達し、名子たちにも、小作人として土地を経営するという仕方で新たな機会が開かれてくるとともに、名子階級――法制的範疇としての――は全国の多くの地方で消滅していった」と述べています。
 第10章「協同集団の衰退」では、
(1)金肥
(2)千把扱き
(3)多毛作
(4)作物の組合せにおける選択の範囲が広げられたこと
の4つの技術革新が、「年間の労働の需要曲線を顕著に変化させた」として、「こうしたさまざまな理由のために、諸家族間で共同の行われうる範囲は、時の経つにつれて、次第に狭められていった」とともに、「大多数の家族は専業化の進展によって、ほぼ自給自足というような状態からますます遠ざかっていった」と述べています。
 また、協同関係の衰退は、協同集団の衰退をもたらした原因の一つに過ぎず、「いま一つ、新しい型の経済的諸関係が、しばしば同一の協同集団に属する人々のあいだにも成長しつつあった」ことを挙げ、「こうした新しい経済的諸関係がとりわけ、旧来の諸関係のまさしく独自な分野をなすような経済的諸階級の別々の側に属する人々のあいだに成長してきた」ことは「きわめて重要である」と指摘しています。
 そして、小作料の類型として、
(1)刈分(かりわけ):小作人の収穫のうち或るパーセンテージを地代として納める分益小作制(シェア・クロッピング)
(2)検見(けんみ):地代は現物で支払われるが、収穫の一定のパーセンテージではなくて、毎年収穫の量をあらかじめ査定し、その年のパーセンテージが定められた。
(3)定免(じょうめん):収穫の或るパーセンテージというより、むしろ約定された額の現物支払いで、その額は年々定められずに、ほぼ5カ年間固定されていた。
(4)代金納(だいきんのう):いわば擬似貨幣地代で、実際には貨幣で支払われるが、その額は現物の一定量に固定されていた。
(5)真実の貨幣地代:貨幣で支払われるばかりでなく、その額も一定の貨幣額に定められていた。
の5つの類型について解説しています。
 第11章「新しい階級関係」では、土地の獲得方法として、
(1)開墾
(2)他人からの購入
(3)質地の取得
の3つの方法を挙げ、第2と第3の方法が、「一方の保有地を拡大圧せ、他方の保有地を縮小させることになったために、階級関係にこのうえもなく鋭い衝撃を与えたことは明白である」として、このうち、「質地取得の方が普通に見られたもので、かつ社会的に破壊的な性質を持っていた」と述べ、「残存している質地証文は、どれも下層農民からの土地収奪の悲惨な物語をあまりにも生々しく伝えている」」と解説しています。
 そして、「土地所有の集中がもたらした最も重要な結果の一つ」として、「無高(むたか)とよばれる、文字通り高(たか)すなわち収穫量が零であるような人々、つまり、そうした土地を持たぬ階級を作り出したことであった」と述べ、「無高の出現は、何よりもまず、先に見たような耕作様式の変化によって崩れつつある大規模拡大家族の解体を意味した」と解説しています。
 さらに、「名実ともに権力に結びつく武士の役職までが、しだいに農民の手に落ちていった」として、不在領主が、「一つには、経費節減のために、しかし主として年貢の徴収や地方での借入金、御用金の増収を容易にするために、この伝統的に武士に属し、権限のきわめて大きかった役職に富裕な農民たちをしばしば任命した」と解説しています。
 第12章「村落内の政治闘争」では、「家族数が約2,000にも達する村落で13の家族が政治を独占する、といった事態に対して反対が起こってきたとしても何ら驚くには当たるまい」として、村落における紛争の例を紹介しています。
 第13章「農村の変化と近代日本」では、「1850年当時の日本のような後進国が、その後の日本に見られたような速さで近代化しなければならぬとすれば」、
(1)その国には、過去と根本的に異なった未来についてのヴィジョンを伴なう指導力がなければならない。
(2)そうした指導力が幾十年に渡り、高い権威と強い安定性をもって政府を統御できなければならない。
(3)経済がかなりの規模の投資力を持っていなければならない。
(4)産業にとって労働の供給が十分でなければならない
の4つの条件を最低限満たす必要があると述べたうえで、「19世紀後半の日本でこうした諸条件を充たすことができたのは、それに先立つ1世紀半のあいだの農村の変化に負うところが少なくなかった」と述べています。
 また、「日本の農村が大都市のために貢献したのは、単に労働力についてだけではなかった」として、「農村生まれの多くの人々(そのうちの幾人かは女性)は小・中学校へ進み、大学を卒業して、金融・産業・政治・教育・文学・官界などの分野で重要な地位を占めるにいたった」と述べ、「これは、農村地域における文化的達成と向上心の高い水準を示しているが、また、そこでは成功の機会がいかに少なかったかを示している」と指摘し、「日本における農村から都市への人口移動は、社会的淘汰の過程であった。人々が故郷を去ったのは、活動的で野心に燃えていたからであり、またかなたには出世への道が見えているのに、自分の住んでいるところにはそれを阻むような障壁が立ちはだかっていたからであった」と解説しています。
 本書は、主に19世紀までの日本の農村について解説しているにもかかわらず、少なからず、20世紀、また現代の日本の農村について考える上での連続性を気づかせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 明治維新以降、急激に国力が増強したかのように日本史を教わってきましたが、むしろ、徳川政権時に、農村の生産性が向上したことが、諸藩の国力を高め、明治維新に結びついたのではないかと思うほどです。


■ どんな人にオススメ?

・江戸時代の農民は武士の支配の下で青色吐息だったと思っている人。


■ 関連しそうな本

 田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日
 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
 高橋 敏 『博徒の幕末維新』 2007年10月18日
 谷川 彰英 『東京・江戸 地名の由来を歩く』 2007年12月29日
 速水 融 『歴史人口学で見た日本』 2007年12月26日


■ 百夜百マンガ

愚か者の楽園【愚か者の楽園 】

 温泉というと「まんだら屋の良太」を思い出してしまいますが、プラス「百八の恋」の中年版という感じなのでしょうか。

2008年7月 1日 (火)

一番やさしい自治体政策法務の本

■ 書籍情報

一番やさしい自治体政策法務の本   【一番やさしい自治体政策法務の本】(#1258)

  田口 一博
  価格: ¥1890 (税込)
  学陽書房(2005/10)

 本書は、「政策法務という土俵の上に、一人でも多くの人が乗ること」を目指したもので、読者が、「政策法務を21世紀の自治体、日本、そして世界や地球環境をも、自分の問題として考える道具として使いこなして」いくことを意図しているものです。
 第1章「政策法務、超入門!」では、政策法務を、「財務における戦略会計と同じように、『政策実現のための道具として使う法務』のこと」であると述べ、「法務もまた、政策の表現」であると解説しています。
 そして、政策法務の考え方の基本が、
(1)政策は問題に一番近いところでつくろう
(2)政策の実施方法をきちんと法的な言葉で表現しよう
の2点であると述べています。
 第2章「『政策』+『法務』→『?』」では、政策法務の「学派」について、鈴木庸夫・千葉大学法科大学院教授による整理として、
(1)武蔵野学派:自治体が地域づくりのため、独自の政策を展開しようとするとき、そのよりどころとして法務を利用しよう、という考え方。
(2)行政法学改革派:法政策学として、法システムを改革しようとする。
(3)研修改革派:行政の実務者ばかりでなく、議員や市民も含めた研修を行うことで、政策法務を進めて行こうとする。
の3つの「学派」を紹介しています。
 第3章「法の種類と法環境」では、「条例の位置づけが中央省庁の発する省令の下請け、落ち穂拾い」にすぎないという「自治体の閉塞状況」が、第一次地方分権改革によって、
(1)法解釈は中央省庁の「有権解釈」によるものだ、という考えを改めて、自治体には独自の法解釈権があることを明らかにした。
(2)条例制定の範囲の飛躍的な拡大→法定受託事務と自治事務について、どちらでも自治体の事務であるのだから、自治体の条例制定権は原則どちらにも可能であり、かつ、条例制定ができるのだから、自治体議会もまた検査権等を持つ。
の2点で大きく変化したことを解説しています。
 また、「地方分権改革後に現れた自治体条例をめぐる変化」として、
(1)自治体の憲章としての自治基本条例や住民投票条例
(2)落ち穂拾いから脱却しようとする「串刺し」条例
の2点をその代表として挙げています。
 第4章「地方分権改革と政策法務」では、「最近、政策法務が注目されるワケ」として、「30年以上前に理論的に説明されていた政策法務」が、「今日、一部の先進自治体だけのものから、普遍的にすべての自治体において実施段階に入っている」と述べています。
 第5章の「行政職員のための政策法務」では、「条例案の起案が難しい理由」として、
(1)法令案の作成を通じた一般的な理由:条例案そのものを法律の言葉として練り上げる難しさ、既存の法・条例体系の中に矛盾なく収めていく目配り
(2)その自治体に固有な理由:条文の書き方や用字などのローカル・ルールの存在、規則・執行体制の作り方
の2点を挙げて解説しています。
 第6章「議員のための政策法務」では、「自治体の基本的なことがらは条例で決めていこう」という「自治基本条例」について、「自治体の憲章として扱うためには、議会審議において他の条例との整序をきちんとつけなければ」ならないと解説しています。
 第7章「市民のための政策法務」では、条例を含んだ法令の解釈が、「誰にでも開かれたもの」であるとして、「法令を執行する立場の行政機関に属するものでないことはもちろん、目的と照らして妥当かどうかというのは、市民一人ひとりもまた、判断しなければならないこと」であると述べています。
 第8章「政策法務研修(1) 筋肉トレーニング編」では、政策法務研修の類型として、講師の出身が、「実務家←→研究者」という軸と、「政治学に属する行政学系←→法律学に属する行政法学系」の軸とで4つに分けられるとして、政策法務研修の「入口」が、
              実務家      研究者
行政学系=政策重点 (1)政策実施過程研究  (2)政策形成過程研究
法律学系=法務重点 (3)条例立案      (4)訴訟=判例研究
のように分類できるとしています。
 また、「筋肉トレーニング後の政策法務の『使用上の注意』」として、
(1)政策法務は、ことの善悪に中立
(2)政策法務は、誰にでも、立場にかかわらず使用可能
(3)政策法務は、ケンカにも、和解にも使用可能
(4)政策法務は、現実を知らなくても使用可能
(5)政策法務の活動から得られる結果は、政策法務の方法によらなくても得ることができる
の5点を挙げています。
 第9章「政策法務研修(2) 自治力トレーニング編」では、「分権改革後の条例のライフ・サイクル」として、
(1)問題発見
(2)問題の絞り込み
(3)行政内調整
(4)解決策の条例案要項
(5)パブリック・コメント
(6)条例案作成
(7)規則案等作成
(8)執行体制の検討
(9)説明資料作成
(10)議会審議
(11)条例交付
(12)予算決定
(13)執行体制確立
(14)施行 →(1)(に循環)
というサイクルを挙げています。
 第10章「法務のいろいろ」では、「法務」の種類として、
(1)訴訟法務:企業でも自治体でも、もっとも古典的な法務
(2)解釈法務:抽象的に書かれている法律や条例をどのように具体化して適用するか
(3)法制執務:用語や用字、「てにをは」までも一手に引き受ける。
(4)立法法務:連綿と行われてきた「秘技」が、ようやく一般に公開されるようになってきた
などについて解説しています。
 第11章「政策法務の支援組織」では、自治体行政機構に「政策法務課」というセクションを置くべきか、という問題に関して、政策法務課の果たすべき機能として、
(1)事前介入型
(2)事後監視型
の2つの機能を挙げて解説しています。
 本書は、「政策法務」という奥の深い世界の入り口を、自治体職員に限定せず分かりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の田口さんには、色々な勉強会等でお世話になっています。自治体職員として、アカデミックな世界と両方に軸足を持ちながら、現場と研究の世界を橋渡ししている姿には頭が下がります。


■ どんな人にオススメ?

・「政策法務」はマニアのためものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 山本 博史 『行政手法ガイドブック―政策法務のツールを学ぼう』 2008年04月15日
 東京都市町村職員研修所 『これだけは知っておきたい政策法務の基礎』
 太田 雅幸, 吉田 利宏 『政策立案者のための条例づくり入門』
 木村 純一 『行政マンの政策立案入門―キャリア・アップ!』
 兼子 仁 『自治体行政法入門―法務研修・学習テキスト』
 鈴木 庸夫 『自治体法務改革の理論』


■ 百夜百マンガ

いつも心に太陽を【いつも心に太陽を 】

 自画像がヘビメタなマンガ家だったことが印象に残っているのですが、この人も今年50歳になるかと思うと時の流れの速さを感じます。

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ