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2009年2月26日 (木)

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?

■ 書籍情報

選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?   【選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?】(#1498)

  ウィリアム パウンドストーン (著), 篠儀直子 (翻訳)
  価格: ¥2520 (税込)
  青土社(2008/6/25)

 本書は、「公正な投票方法、票割れに左右されない投票方法を編み出すことは可能だろうか」を問うものです。著者は、「よりよい投票方法が、いまほど必要とされているときはない」として、今日の政治コンサルタントたちが、「政府のソフト・ターゲット・リストを勝手に利用するテロリストたち」のように、「投票制度それ自体が持つ数学的脆弱さを利用している。彼らは有権者たちを、候補者への賛成票を投じる用にではなく、反対票を投じるよう説得する――そしてしばしば、そのことによって勝利を得る」と述べています。
 第1章「ゲーム理論」では、ゲーデルが、「憲法を、公理の集合であるかのように見ていた」として、第5条が「すべてを認めることは、何も保証しないのと同じだ」という「欠陥」を発見したと述べています。
 そして、投票のパラドクスが、「アローの論文執筆を混乱させた」として、彼が、「企業活動の合理的モデルにとって、これは乗り越えがたい障害になっていると考えた」と述べたうえで、アローの結論である「不可能性定理」が、「投票に関するいくつかの問題には、実際、解が存在しないと示すものだった」として、1948年の発表以来、「ただちにセンセーションを巻き起こした」と述べています。
 第2章「ビッグ・バン」では、「全員が意志を通すことのできない状況はたくさんある。集団は、その構成メンバー全てを拘束しうる選択に到達せねばならない。到達するための最良の方法は何だろうか?」という問題を、政治哲学者たちが、「長年にわたって問い続けてきた」が、「アローの斬新なアプローチは、これを純粋な論理の問題として問い直すものだった」と述べています。
 そして、アローの分析には、「投票がもつある重要な側面」、すなわち「戦略投票(strategic voting)」が含まれていないとした上で、「説得力あるケースを作り出すために、アローは特殊な条件を設定する必要があった」として、
(1)推移性
(2)全員一致
(3)非独裁制
(4)無関係な選択肢からの独立
の4点を挙げています。
 著者は、「20世紀という時代は、数学それ自体と同じくらい脆い基盤の上に、社会的契約が成り立っていることが初めて暴露され、衝撃を受けた時代であった」と述べ、「ある程度まで、アローの定理は『民意』の概念を否定している」と述べています。
 第3章「票割れ小史」では、「不可能性定理の最も有名な部分はストイシズムだ」として、投票の不完全さが一番顕著に見られるものとして、「スポイラーと票割れ」を挙げ、「スポイラーのせいで、『間違った』候補者が大統領選挙に勝利してしまうというというのは良くあることなのだろうか?」という問いが、「選挙人団のおかげでわかりにくくなっている」と述べています。
 そして、「南北戦争から大恐慌までのあいだに、民主党が大統領選挙で勝ったのは4回だけ」だが、「そのうち少なくとも2回、もしかすると3回は、スポイラーのおかげで勝っている」と指摘しています。
 また、ラルフ・ネーダーの選挙運動に携わった者たちが、「何週間ものあいだ否定の幻想を抱いていた。彼らはゴアの勝利を望んでいた。ブッシュは敗北し、ネーダーは何かしら胸を張ることのできる結果を残すはずだった」と述べています。
 さらに、「200年の大統領選の教訓は、票の科学的集計がどれほど不正確なものであるかということだった」としたうえで、「耐スポイラー効果のある投票システムの下であれば、ゴアが勝っていただろうことにほとんど疑いの余地はない」と述べています。
 第4章「アメリカで最も邪悪な男」では、「過去数回の選挙において、スポイラー効果の戦略的重要性は前例のないほど高まっている」として、アメリカで発明された職業である「政治コンサルタント」について解説しています。
 そして、「コンサルタントとして、科学とあくどさを結びつけた」のは、ハーヴィー・リロイ・アットウォーターであるとして、アットウォーターの「最も悪名高い発明」として、「操作的世論調査」(push-polling)を挙げ、「こうした調査の目的は、有権者の意見のサンプルを取ることではなく、その意見を変えることである」と述べています。
 また、1988年の大統領選への立候補のため、ジョージ・H・W・ブッシュが、選挙運動の指揮者にアットウォーターを選んだことについて、「アットウォーターは共和党の鬼才ではあるものの、そのダーティな南部政治工作が全国相手に通用するかは未知数であった」ため、「これは普通ではない選択である」と述べ、アットウォーターが、ブッシュの対立候補であるデュカキスの汚点を見つけだすことを専門とした「オッポ」(対立候補調査)のチームを結成し、6名の調査員が、25年分の地元紙のバックナンバーを熟読し、「マイケル・デュカキスか妻のキティかのどちらかが、何か弱点となるようなことを言ってはいないか調べ立てた」と解説しています。
 さらに、デュカキスが、「殺人罪で服役中の囚人に、週末外出許可を与えたこと」があり、1986年に一時帰郷で刑務所を出た受刑者が脱走し、若いカップルを恐喝し、「男は22回刺され、その婚約者は2回レイプされた」ことを見つけ、「以後のネガティブ広告のテンプレート」となった、「ウィリー・ホートン」コマーシャルについて解説しています。
 第5章「ラン、ラルフ、ラン!」では、2000年の大統領選挙が、「選挙運動技術の有効性に関する最初の全国的な、そして十分に科学的な検証となった」として、「共和党は、少なくとも大学院生レヴェルの心理学を統計学的に洗練し、それを用いて実験を」行い、これらの実験が「測定基準(メトリックス)」と呼ばれたと述べ、「広く公表された発見のひとつは、説得次第でどちらの政党にも投票しうる真の浮動票は、有権者のうちわずか6パーセントのみだということだった」として、政治コンサルタントのカール・ローヴは、この情報を「中間などというものはない」と要約したと述べています。
 そして、「ネーダーのための署名活動を共和党が行ったことは、すでにひとつの分岐点を成していた」として、「スポイラーへの援助は、選挙運動戦略におけるステロイド剤となった」と述べています。
 第6章「スポイラーの年」では、「二大政党がスポイラー効果を、政治戦略の道具として主流化してきたさま」を見た上で、「有効な法的強制策はなかなか考案できない」とした上で、「投票システムはソフトウェアなのだ」から、「使い勝手の良いソフトウェアであるためには、投票システムは、人の手が加わっても元々意図されたとおりに動くものでなければならない」と述べています。
 第7章「キリバスのトラブル」では、「3人以上で戦われる選挙はすべて、票割れの問題にさらされる」として、アカデミー賞の投票のケースを挙げたうえで、「ボルダ式投票」ヤ「コンドルセ投票」について解説しています。
 そして、「おそらくコンドルセは、のちにアローが再発見することになる、投票のパラドクスを初めて発見した人物であろう」として、「コンドルセ循環」等について解説しています。
 第9章「即時決選投票」では、「一名選出選挙に使用される形態」の「単記移譲式投票」(single transferable vote, STV)である 「即時決選投票」(instant-runoff voting, IRV)について解説した上で、「IRVと、ボルダおよびコンドルセ方式とが共有している特徴のひとつ」として、「ランキング投票」を挙げています。
 第10章「循環なんてこわくない」では、「投票者もまた、いつもほんとうのことを言うわけではない」として「自由社会における重要な決定は、このだまし合いから生まれている。このだまし合いをわれわれは投票と呼ぶ」と述べています。
 第11章「バックリーとクローンたち」では、「是認投票」(approval voting)について、「確かに単純だ」が、「いったん疑問を感じ始めたらこれはどんどん複雑になる」として、「政治においては、『是認可能性』は伸縮自在の物差しの上にある。われわれは相対評価で採点しているのであり、それがあまりに自然であるため、相対評価であることに気づきもしない」と述べ、「是認投票の第2の方法」である、「半戦略的方法」をとった場合、「実際の立候補者集団のなかで平均より上だと思える候補者すべてを、あなたは是認することになる」と述べています。
 第12章「バッド・サンタ」では、是認投票の批判者が見つけだした問題点として、
(1)投票者が不用意もしくは気まぐれにマークを記入する恐れがあること。
(2)「あるかなしか」である是認投票の性質は、政治及び政治家をずいぶん雑駁なものにしてしまうこと。
(3)他の人たちがどう投票するかを考え、その予想に基づいて自分の投票行動を決める戦略投票。
の3点を挙げています。
 そして、ロス・ペローが、「サーリとヴァン・ニューワナイゼンの言う『凡庸』なお化けの、生ける具現化、呼吸する実態となった」として、「政治スペクトルにおいて、中位に位置する、能力的にふさわしくない候補者が、勝利するに足る是認票を獲得してしまうというサーリの最悪の悪夢を、ペローは体現する」と述べています。
 第13章「ラスト・マン・スタンディング」では、「近年コンドルセ投票はブームである」として、「いまではソフトウェアが、電子投票をナノ秒単位で集計してくれる」と述べ、「コンドルセ方式のリヴァイヴァルには、リナックス[Linux]のオペレーティングシステムによる貢献が大きい」と解説しています。
 そして、「オンライン・プロジェクトは実質上、新投票システムの実験の場になっている」として、「コンドルセ方式はサイバースペースから、いわゆる現実世界へと移行しつつある」と述べたうえで、「コンドルセ投票の最大の障害は、おそらく単純か問題だろう」指摘しています。
 また、「投票理論という分野の急成長は、少数の、単純な、常識的特質を持ったシステムを、アローが見つけだそうとしたことに始まる」として、「このアプローチは今なお影響力を持っている」と述べています。
 第14章「ホット・オア・ノット?」では、投票機能を備えたSNSである「ホット・オア・ノット」で使われている投票形式が、「範囲投票」(range voting)と呼ばれているものであるとした上で、「範囲投票がなぜ上手く行くのか、理解することはそれほど難しくない」と述べています。
 そして、「投票者のパラドクスは、ゲーム理論家が研究している他の問題と類似している」として、
・「共有地の悲劇」(tragedy of the commons)
・「ヴォランティアのジレンマ」(volunteer's dilemma)
・「ただ乗りジレンマ」(free-rider dilemma)
等を挙げ、「これらは、十分な数の人々が、ヴォランディア的に利他的行為を行った場合、全員が恩恵を共有する状況を指している」と述べています。
 第15章「出席すれども投票せず」では、不可能性定理の意味について、「不可能性定理が伝えるメッセージ」は、「ランキング投票システムを使うな」というものであると述べています。
 第16章「民主主義の未来の姿」では、「2000年選挙の副産物として、あるひとつの投票システムの運動が実際推し進められている」として、ロブ・リッチーと彼が共同設立した組織である、「フェアヴォート──投票と民主主義のセンター」(FairVote: The Center for Voting and Democracy)が、「その努力の大半を担っている」と述べています。
 また、コンピュータ・シミュレーションの結果、「IRVは最良のシステムではないとしても、現在われわれが使用しているシステムよりはよいものだった」年ながらも、理論家はIRVの欠点として、「非単調性」、すなわち、「集めた票が多すぎたために敗北したり、支持者の一部が投票しないで家にいてくれたおかげで勝利したりということが起こりうる」ことを指摘しています。
 著者は、「民主的システムは、有権者と当選者とをよりよく折り合わせようとするもの」だとして、「重要なのは、政治的中庸を支持することではなく、政治的現実を唱導することだ」と述べたうえで、「投票者の考えと気持ちが本当に変わってこそ、国の行方は変わるのだとわれわれは思いたい」と述べています。
 第17章「ブルーマン大当たり」では、「科学と政治には大きな違いがある」
として、「確実性を装わないかぎり、政治変革の擁護などできないだろう」が、「現実が黒白はっきりしていることなどまれだ」と述べています。
 そして、「アメリカは、民主主義におけるコンドルセの『実験』となった。この国は独立革命以来ずっと、投票方法に手を加え続けている」として、「今日のアメリカ的文脈で、真剣に試されているのはIRVである」と述べています。
 本書は、私たちが当たり前だと思って使っている投票システムが、さまざまな課題を抱えていることを解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の320ページで、「tragedy of the commons」が「普通人の悲劇」と訳されていますが、これはさすがに「共有地の悲劇」ですね。せっかくいい本なのですが、もったいない。
 というか、青土社さんは、これまでにもウィリアム パウンドストーンの本を、松浦俊輔さんの訳でずいぶん出版されてきていて、「共有地の悲劇」にもずいぶん言及されてきているはずなので、もったいないです。


■ どんな人にオススメ?

・投票システムというソフトウェアの効能を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 土場 学, 佐藤 嘉倫, 三隅 一人, 小林 盾, 数土 直紀, 渡辺 勉, 日本数理社会学会 『社会を"モデル"でみる―数理社会学への招待』 2005年11月30日
 梶井 厚志, 松井 彰彦 『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』 2005年04月04日
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日


■ 百夜百マンガ

しあわせのかたち【しあわせのかたち 】

 現在のようにリアル路線だったり詳細に描きこまれているゲームのキャラクターと違って、当時のドット絵のキャラクターは想像力が入る余地があった気がします。

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コメント

この本を全部読みました。
とても分かりやすかったです。

・「個人的な視点から」のところで『普通人の悲劇』は『共有地の悲劇』の方が良いとおっしゃっていますが、それは他の本でそうなっているからなのでしょうか?
tragedy of the commons のcommons を共有地と訳してしまうと意味が分からなくなってしまいます。『共有地の悲劇』??っという感じでしょうか。
個人的にtragedy of commons は『普通人の悲劇』で良いと思います。

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