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2009年3月16日 (月)

アンディ・グローブ[下]―シリコンバレーを征したパラノイア

■ 書籍情報

アンディ・グローブ[下]―シリコンバレーを征したパラノイア   【アンディ・グローブ[下]―シリコンバレーを征したパラノイア】(#1516)

  リチャード・S.テドロー (著), 有賀裕子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  ダイヤモンド社(2008/6/27)

 本書は、シリコンバレーを代表する企業であり、「半導体業界に秩序をもたらした」インテルの経営者であったアンディ・グローブの評伝です。
 第13章「インテル・インサイド」では、「1990年の時点でグローブは、単なる技術者から脱皮して、技術に精通するだけでなく経営者としても円熟の境地に達していた」と述べています。
 そして、「インテル・インサイド」のスローガンが、「インテル:ザ・コンピュータ・インサイド」が簡略化されたものであるとしたうえで、日本法人の「インテル入ってる」というスローガンから「着想を得たのだという神話が根強くあり、幹部の中にもそう信じている人がいる」と紹介し、「『インテル・インサイド』というスローガンは、計り知れない価値をもたらした」と述べています。
 第14章「『あと一歩で会社を破滅させるところだった』」では、「アンディ・グローブがインテルのCEOを務めていたおよそ11年間は、ふたつの時期に分けると分かりやすい」として、
(1)第1期:1987年から93年前後まで
(2)第2期:以後、98年春の退任まで
の2期に分け、「93年を分岐点としたのは、その頃までに、インテルは将来の道筋を3つの選択肢のうちの一つに明確に絞り込んでいた」と述べ、
(1)従来どおりx86アーキテクチャーを土台に、マイクロプロセッサの開発を進めるというもの。
(2)世の中がしきりに注目する新しいアーキテクチャーに軸足を移すというもの。
(3)両方を並行して開発するというもの。
の3点を挙げています。
 そして「『非情』で『必然的』な技術の世代交代は、後からそうと気づくのは簡単だが、あらかじめ予見するのは難しい」と述べ、RISCアーキテクチャーとCISCアーキテクチャーの間で揺れるインテルの苦悩を解説しています。
 また、グローブの見解として、「彼の見たところ、インテルは誤った方向に進もうとしており、それは会社の歴史上、致命傷になりかねない失策だった」として、「RISCは、ある程度の市場があったとしても、x86アーキテクチャー対応の既存ソフトウェアを犠牲にするほどの価値は、どう考えてもない」と述べ、
(1)経営力では世界でも定評のあるインテルが、なぜ崖っぷちに追い詰められたのか。
(2)自殺に近い行いをなぜ止めることができたのか。
の2つの疑問が浮かび上がってくるとしています。
 第17章「パソコン業界の覇者──ビル・ゲイツとアンディ・グローブ」では、「ゲイツのような人物にとって、長く付き合える仲間を見つけるのは難しい」として、「臨むものをすべて手に入れ、頭が切れ、恐れを知らず、野心に満ち溢れた人物についていける人は限られる」として、レイクサイド校で出会ったポール・アレンと、スティーブン・バルマーの2人を挙げています。
 そして、1993年に、「インテルとマイクロソフトは手錠でつながれていた」として、「2社独占を通して、史上稀に見るほどの利益を稼ぎ出していた」と述べ、「月並みな表現」として、「一緒に生きるのは不可能だが、相手がいなければ生きていけない」と述べています。
 第18章「ウィンテル」では、グローブがゲイツに、「独立企業なのだから、堂々と意見を述べて、自分たちにとって正しいことをすべきだろう」と諭したことについて、「業界の脅威となる人物に、愚かにも発破をかけてしまった」と述べています。
 第19章「ペンティアム発売──インテルとインターネットの遭遇」では、1994年10月30日に端を発した一連の出来事が、「警告を雑音と取り違えるとどうなるかを、まざまざと示している」として、「ペンティアムのFPU(浮動小数点数演算ユニット)の欠陥」に関して、IBMが出荷停止措置を取ったことについて、「IBMによる出荷停止の発表は、サンタクララのインテル本社に痛打を浴びせるよう仕組まれていた」と述べ、このときの試練について、「インテルが変わり、インテルに対する世の中の見方が変わり、その伝達手段が変わったにもかかわらず、インテルの自己認識がそれについていけずにいた」と指摘しています。
 そして、IBMの電撃発表から1週間後、グローブが「お客様からの製品交換のご要望には、すべて対応することに決めました」と発表したものの、「製品交換の具体的な段取りは何も整っていなかった」と述べています。
 著者は、「ペンティアム騒動はインターネットの威力を示す出来事だった」として、「インターネットは雑音ではなく警告だった。ペンティアムの欠陥騒動は、インテルの沿革やグローブの伝記はもとより、インターネットの歴史上も、決して見逃せないひとこまである」と述べています。
 第20章「人生とは思いどおりにいかないもの」では、「手記を発表したことで、グローブは前立腺がんの『患者代表』となった」として、「グローブがこの手記を書いたのは、伝えたいことがあったからだ」と述べ、「彼が訴えたかったのは、50歳以上の男性はすべて、PSA検査を受けておくべきだということ」だとしています。
 そして、この前立腺がんのエピソードが、「グローブの問題との取り組み方を知る貴重な手がかり」だとして、
(1)現実から目をそらすまいと自分に言い聞かせている。
(2)多大な労力を費やして、世の中で「事実」とされている事柄が本当にその名に値するのか確かめる。
(3)事実を知るためなら、あらゆる手だてを尽くす。
(4)状況から自分を切り離し、客観的な視点を持つという人並み外れた能力を示した。
の4点を挙げています。
 第24章「『シリコン上のソフトウェア』」では、1998年3月26日に、「シリコンバレーの生みの親アンディ・グローブ、インテルのCEOを退く」という正式発表のときが訪れたとしたうえで、「『グローブ対策』の秘訣を掴んだ人物は、会社ではなく彼、つまりグローブ個人に傾倒する」と述べ、「彼らにとって、グローブはまさにカリスマ的存在だった。理性の奥底にある琴線に触れたのだ。互いに馬が合わないとしても、グローブへの忠誠心」によって「結びついていた」と述べています。
 第25章「CEO退任後のアンディ・グローブ」では、後にパーキンソン病と診断されたグローブが、「それまでの人生においても、障害にぶつかるたびにそれに立ち向かい、幸福を掴んできたが、PDにも同じように立ち向かった。行動を起こしたのだ」と述べています。
 第29章「インテルを去って」では、「グローブは前立腺がんにも、PDにも、『実り多い天真爛漫さ』で向き合っている。ただ手をこまねいてやがて屈服せざるを得なくなるのを嫌い、何もかもに挑戦するつもりなのだ」と述べています。
 そして、「グローブ基金は臨機応変さを持ち味としている」として、「全体を貫くテーマはあるだろうか」という問いに対し、
・アメリカンドリームを甦らせ、守り育くむ。
・政教分離、移民支援、個人の自由、科学への政治の介入を防ぐために戦う。
の2点が「答えとして導き出された」と述べています。
 第30章「アンディ・グローブはいまなお泳ぎ続けている」では、「彼は決して諦めない。戦うことを好む。そして頑固である」として、本書にふさわしい結びの言葉に、アンディの自伝『僕の企業は亡命から始まった!』の結びから、「僕はいまなお泳ぎ続けている」という言葉を挙げています。
 本書は、技術者としても経営者としても、シリコンバレーを産み育てた生き証人であるグローブの半生を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 上下巻ものの評伝です。上巻のクライマックスが、ハンガリーからアメリカへの亡命であるのに対し、下巻の方は普通のビジネス書的な部分が半分くらいでドラマティックさに関してはやや浅い気がしました。その中で、引き込まれたのは前立腺がんに関する部分でしょうか。
 こうした違いはどこにあるのか。確かにアンディ・グローブの人生の前半は第二次大戦やハンガリー動乱、アメリカへの亡命とドラマティックな要素はたっぷりありますが、後半生がドラマティックでなかったかといえばそんなこともないでしょう。おそらく、グローブ自身が、自伝などで自らの内心を語った部分については人間臭く迫力のある記述ができるものの、本人が語っていない部分、特にインテルの経営に関する部分はまだ語れない部分も多く、その部分については表面的な記述に終わってしまったのかもしれません。
 その意味で、下巻の部分は、グローブがやがて書くであろう次の自伝によって、生き生きとしたものとして補完されるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・インテルの経営者の実像に迫りたい人。


■ 関連しそうな本

 リチャード・S.テドロー (著), 有賀 裕子 (翻訳) 『アンディ・グローブ[上]―修羅場がつくった経営の巨人』 2009年01月23日
 アンドリュー・S・グローブ (著), 樫村 志保 (翻訳) 『僕の起業は亡命から始まった!―アンドリュー・グローブ半生の自伝―』 2009年02月07日
 ケビン・メイニー (著), 有賀 裕子 (翻訳) 『貫徹の志 トーマス・ワトソン・シニア―IBMを発明した男』 2007年01月29日
 ルイス・V・ガースナー (著), 山岡 洋一, 高遠 裕子 (翻訳) 『巨象も踊る』 2005年03月21日
 ノーマン マクレイ 『フォン・ノイマンの生涯』 2006年11月21日
 ジョン・L. カスティ (著), 寺嶋 英志 (翻訳) 『プリンストン高等研究所物語』 2007年02月18日


■ 百夜百マンガ

カッパの飼い方【カッパの飼い方 】

 河童の名前が「かあたん」ってピンポンパンな世界ですね。でも飼ってみたいかもしれません。しりこだま抜かれる恐れもありますが。

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