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2009年7月

2009年7月31日 (金)

漢字は日本語である

■ 書籍情報

漢字は日本語である   【漢字は日本語である】(#1653)

  小駒 勝美
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2008/03)

 本書は、「日本ではじめて、日本語のための漢字辞典という画期的辞典を編纂した著者による、日本語の素晴らしさを実感できる漢字の話」です。
 著者は、日本人が、「中国から伝来した漢字を、さまざまな工夫によって見事にカスタマイズし、『日本語の漢字』を作り出して」きたとして、
(1)訓読
(2)送り仮名
の2点を挙げ、「さらに、日本には独特の熟字訓の世界が花開きました」と述べています。
 第1章「漢和辞典はなぜ役に立たないのか」では、「現在、日本で使われている漢字は、長い歳月を経て、さまざまな日本式改良を施された、我が国独自のもの」だと述べた上で、「中国で約1900年前に決められた『部首』という概念と約300年前に決められた配列に、いまだに縛られ、不便なままでいるのが、日本の漢和辞典の現状」だと指摘し、「現代の日本人が使うための、漢字の辞典」、「漢和辞典と国語辞典のいいところを併せ持った辞典」が欲しいと思い、自ら、「用例と熟語を、あくまでも日本語を基準にして選んでいる」、『新潮日本語漢字辞典』を刊行したと述べています。
 第2章「斎藤さんと斉藤さん」では、「縦棒一本という大変珍しい字」で、「すすむ」さんと読む名前を紹介した上で、「下から上へ書かれていれば『進む』、上から下なら『退く』になる」と解説しています。
 また、戦前の新聞の見出しなどで使われる、「右横書き」に見えるものについて、「一文字×複数行」の縦書きだったと述べています。
 そして、熟字訓について、「就中」「所謂」「加之」「遮莫」「日外」などを紹介したうえで、「漢字で書けば、その言葉の意味がピンと来る」と述べています。
 第3章「三浦知良はなぜ『カズ』なのか」では、「明治以前の人の名前は、どう読むかが分かっているのはむしろ稀であって、たいていの人の名前は読み方がはっきりしない」とした上で、「とりあえずは音読しておくのが無難な作戦である」と述べ、「それに音読の方が、何とはなしに重みがあってカッコイイ」と語っています。
 第4章「日本の漢字は素晴らしい」では、「一つの字の音読が何種類もあるのは、日本だけである」として、「最初に伝わってきた読み方も、新しく入ってきた読み方も、並行して使いこなしてきたのが、日本語のスゴイところだ」と述べています。
 また、日本から中国に逆輸入された熟語を紹介した上で、「かの国の国名を構成する熟語である『人民』も『共和』も、そして国家の政治体制である『共産主義』も、日本から逆輸入されたものである」と述べています。
 第5章「分解すれば漢字が分かる」では、「漢字は元来、どの部分を左に書こうが右に書こうが、上に書こうが下に書こうが、かまわなかった。それがたまたま、多くの人がなんとなくバランスが良いと感じる位置関係に落ち着いただけ」だと述べています。
 第6章「常用漢字の秘密」では、「政府が常用漢字表或いは当用漢字表を作ってきたのは、漢字を制限し簡略化することが民主的であり、進歩にもつながる、との考え方にしたがっている」が、「方向は全く逆転し、漢字を制限も簡略化もしないことこそが自由を尊重し、進歩的であるようになってしまった」として、「皮肉なものである」と語っています。
 本書は、もはや日本語として不可欠になった漢字の役割を再認識させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 漢字字典自体は小中学生の時には難しくて、いかにも中国文化に触れているかのような錯覚に陥るのが楽しかったのですが、大人になってみると、やっぱり難しかったのかと気づきました。


■ どんな人にオススメ?

・漢字は中国のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 笹原宏之 『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』
 笹原 宏之 『日本の漢字』
 阿辻 哲次 『漢字を楽しむ』


■ 百夜百マンガ

俺はまだ本気出してないだけ【俺はまだ本気出してないだけ 】

 リアルにこの歳に近づいてくると、こういう漫画は身につまされるです。青木雄二が「ナニワ金融道」を書いたのは44歳だからまだ間に合うのか?

2009年7月30日 (木)

知の巨人 ドラッカー自伝

■ 書籍情報

知の巨人 ドラッカー自伝   【知の巨人 ドラッカー自伝】(#1652)

  ピーター F ドラッカー (著), 牧野 洋 (翻訳)
  価格: ¥750 (税込)
  日本経済新聞出版社(2009/7/1)

 本書は、日経の「私の履歴書」に連載された、ドラッカーの唯一の自伝です。この連載にあたり、ドラッカーは合計10時間のインタビューに応じ、「このインタビューを土台にして同氏は『履歴書』を執筆した」ことが紹介されています。
 第1章「基本は文筆家」では、原稿を仕上げる技術として、「まず手書きで全体像を描き、それをもとに口述で考えをテープに録音する。次にタイプライターで初稿を書く。通常は初稿と第二稿は捨て、第三稿で完成。要は、第三稿まで手書き、口述、タイプの繰り返しだ。これが一番速い」と語っています。
 第5章「最高の教師との出会い」では、市の中心にあった私立小学校で出会った、ミス・エルザとミス・ゾフィーから、「私は抜き去りがたい影響を受けた。学ぶ楽しさと教える喜びに救いがたいほど見せられてしまったのだ」と述べています。
 第6章「赤旗デモに誘われ先頭に」では、ギムナジウム時代の大きな転機として、14歳になる直前に「社会主義青年団の先頭に立ち、赤旗を掲げながら市内をデモ行進したこと」を挙げ、当初は、「今日は人生で一番幸せな日だ」と思ったが、「行進途中でふと『場違いだ』と感じ、赤旗を誰かに押し付けて隊列を離れてしまった」と語っています。
 第7章「退屈なウィーンを脱出」では、大学入試のために書いた論文「パナマ運河の世界貿易における役割」が、ドイツの経済季刊誌に掲載されたことについて、「私が書いたものが活字になったのはこれが最初だ」と語っています。
 第9章「ヒトラーに直接取材」では、22歳のときに、新聞社フランクフルター・ゲネラル・アンツザイガーの副編集長に昇格し、ヒトラーやゲッベルズに直接インタビューをする傍ら、フランクフルト大学法学部で博士号取得の勉強をしながら助手をするという「二足の草鞋」を履いていたと述べ、フランクフルト大学で得た大きな収穫として、「教授の代役を務めた関係で、後に妻となるドリスと出会えたこと」を挙げています。
 そして、大学からは助手から講師になることを打診されたが、「大学当局の任命職である講師になると、自動的にドイツの市民権を与えられる規定」があったため、「ドイツ市民になってヒトラーの臣下になるのは真っ平ごめん」と考えたため、「英国かどこかへ一刻も早く脱出しなければならない」と考えたと語っています。
 第11章「ドリスとの再会」では、1933年春にロンドンの地を踏んだドラッカーが、ドリスと再会した日について、
「地下鉄のピカデリーサーカス駅にある英国最長のエスカレーターの上りの側に乗っていると、下りの側に見覚えのある若い女性を見つけた。フランクフルト大学時代に知り合い、後に妻となるドリスだ。
 お互いに狂ったように手を振り合った。私は上りきると下りに乗り換え、彼女は下りきると上りに乗り換える。そんなことを4回も繰り返しただろうか。そこでようやく私が乗換えをやめて合流できた。私にとって人生最高の瞬間だったと思う」
と語っています。
 このエピソードについて、訳者は、「このエピソードはあまりに劇的だったので、『履歴書』の読者からは『作り話ではないのか?』といった疑問も寄せられた」と述べています。
 第15章「処女作にチャーチルの評価」では、処女作『経済人の終わり』の出版元が見つからなかったことについて、「これはファシズムから自由を守るという明確な目的を持つ『政治本』で、結論が尋常でなかったためだ。ナチスはユダヤ人の抹殺に踏み切り、さらにソ連と手を組むと予測した」と述べています。
 第17章「青天の霹靂」では、1943年の晩秋に、GMの広報部長から電話があり、「世界最大企業、GMの経営方針や構造について第三者の目で調査してくれないか」という依頼があったことを語っています。
 第19章「特異な経営者スローン」では、アルフレッド・スローンが、「あなたが仕事をしやすいようにしてあげることが私の義務です。経営委員会にもどんどん顔を出すのがいいでしょう。何を調べ、どんな結論を下すか。すべてあなたの自由です。注文は一つだけ。『こんな助言なら気に入ってもらえそう』などとけっして妥協しないでもらいたい」と語ったことについて、「経営者として注目すべきスローンの資質は市場を挟まないことだった。この点では異常なまでに徹底していた」と述べています。
 第22章「『知識労働者』を生涯のテーマに」では、「『会社という概念』によって、私はゼネラル・モーターズ(GM)から敵視されたのに、その後も同社のコンサルタントを続けた」とした上で、「GMの調査で得た結論で最も自信を持ったのは、『責任ある労働者』が運営する自治的な『工場共同体』をつくることだ。戦時下で管理者が不足する中で、労働者が責任感を持ち、連帯しながら品質改善に取り組む状況に感銘を受けたからだ」と述べ、「『責任ある労働者』はその後、『知識労働者』へ取って代わられて生涯の重要テーマになる」と述べています。
 第23章「『経営コンサルタント』を考案」では、親しい関係にあった、「近代的な経営コンサルタント業の創始者」、マービン・バウワーから、「マッキンゼーを何と呼んだらいいだろう?」と相談され、「経営コンサルタント」ということ言葉を提案したと述べています。
 そして、1954年にGEなどのコンサルタントを手がけた経験をもとにした『現代の経営』をしゅっぱんしたことで、「マネジメント(経営)が発明された」とも言われるようになったと語っています。
 第27章「NPOに傾注」では、「コンサルタントとしての時間の半分はプロボノ(無報酬の公益サービス)で、大学や病院、協会など非営利組織(NPO)へ振り向けてきた」として、「かねて指摘してきたように、マネジメントは企業の専売特許ではない」と語っています。
 そして、「分権化、目標管理、知識労働者、民営化――。みんな私の造語で、これからも使われ続けるかもしれない」と述べた上で、「有名になることだけが人生を測る物差しではない。これからもこのことを忘れないでいたい。最初に書いたように私には『引退』という言葉はない」と語っています。
 本書は、「現代の哲人」の生涯を自ら語った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、自伝という地味な形式ながら、もっともドラマティックなのは、ロンドンのピカデリー駅でのドリスとの再開のシーンでしょうか。本書を映画にするならば、ここが山場の一つになると思います。近いうちにドラッカーの生涯が映画になるのならばぜひ見に行きたいです。


■ どんな人にオススメ?

・現代の鉄人がどのように育ったのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 P.F.ドラッカー 『ドラッカー わが軌跡』 2009年7月22日
 P.F. ドラッカー (著), 窪田 恭子 (翻訳) 『ドラッカーの遺言』 2009年7月15日
 P.F.ドラッカー (著), 上田 淳生 (翻訳) 『イノベーションと企業家精神』 2009年6月29日
 P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳) 『ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる』 2005年07月21日


■ 百夜百マンガ

お茶にごす【お茶にごす 】

 書道漫画から茶道漫画まで小学館はサンデー出身の漫画形を、いったいどういう方向にもっていきたいのか不思議です。

2009年7月29日 (水)

ホワイトハウスの職人たち

■ 書籍情報

ホワイトハウスの職人たち   【ホワイトハウスの職人たち】(#1651)

  マイケル・ユー
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2006/10/14)

 本書は、「けっして表舞台に出ることはない職人達に焦点を当てて、ホワイトハウスと大統領一家の生活を解剖しよう」としたものです。
 第1章「菓子職人――ロラン・メスニエ」では、1979年から2004年までの25年間、5人の大統領と家族のためにデザートを作ったとした上で、「ホワイトハウスの菓子職人として一番肝心なことは、大統領の体重」だと述べています。
 そして、ペーストリーを作るときの留意点として、
(1)タブー:過去にゲストの目の前で火をつけるフレーミング・デザートがゲストに燃え移ったことがある。
(2)アレルギー
の2点を挙げています。
 第2章「学芸員――レックス・スカウテン」では、「アッシャー」について、「ホテルの支配人のようなもので、90人余りの職人達を統括して大統領一家の生活を支える仕事」だと解説した上で、「ホワイトハウスの職人達はすべて、アッシャーを通じてファーストレディーの指示のもとにある」と述べています。
 そして、ホワイトハウスの職人を採用する基準として、
(1)ホワイトハウスで働きたいという情熱
(2)世襲の信頼
の2点を挙げ、スカウテンが、「ホテルなどの支配人の経験もなくアッシャーに抜擢され、芸術の教育も受けないまま主席学芸員になった。黒子である彼らに必要なのは名声ではなく、始終一貫して黙々と働き、かつチームワークの仕事ができる能力」だと述べています。
 また、ホワイトハウスで最も有名なかぐとして、大統領執務室の机を挙げ、「レゾリュート・デスク」と呼ばれる大統領執務卓は、「赤ワイン色のオーク材で作られた幅182センチ、奥行き120センチ、高さ78センチという大きなもの」だと述べています。
 第3章「理髪師――ザヒラ・ザヒル」では、「ホワイトハウスは常勤職人として、理髪師を採用していない」が、「大統領は、理髪師をホワイトハウス3階の居住部分に呼ぶ」とした上で、「大統領の理髪師」であるザヒルの父が、アフガニスタン国務総理まで務めたアブドル・ザヒルの娘だと述べ、彼女が41代ブッシュに、カブールの女子英語学校ザルグーナを援助したいと考えていることを伝えたことをきっかけに、ブッシュの助力で慈善団体を設立し、「わずか2年で50万ドルを集めること」に成功したと述べています。
 第4章「料理人――ウォルター・シャイブ」では、大統領の健康のための料理の3大原則として、
(1)万病の根源となる脂肪、砂糖、コレステロールをなるべく減らすこと。
(2)季節の変化を感じることのできる新鮮な食材を使うこと。
(3)メイドインUSの食材を使うこと。
の3点を挙げ、「食材の予算は青天井」で、「ホワイトハウスでは、アメリカのどのレストランより品質のよい食材を使っている」と述べています。
 そして、43代ブッシュが晩餐会を最も苦手とする理由として、
(1)信仰心に篤いブッシュは、朝5時に起床し祈りを捧げることを日課としているため、夜7時15分から翌日まで続く晩餐会は苦手なのである。また、ある中の一歩手前から「宗教への目覚め」によって酒立ちに成功した過去があるため酒を口にしない。
(2)大統領就任1年目に起きた9・11同時多発テロ。
の2点を挙げています。
 また、ホワイトハウスの総料理長の公募に応じる物が少ない理由として、平均約8万ドルという低い年俸を挙げています。
 第5章「仕立屋――ジョルジュ・ド・パリ」では、「大統領のスーツを作る現役かつ最高級の仕立屋」で、1963年のジョンソンから43代ブッシュに至る、8人の大統領全員のスーツを仕立ててきたと述べています。
 そして、彼の作るスーツは最低でも1着4000ドルであるとしたうえで、「唯一の条件は、その人物に私の服の価値が分かること」だとして、ニュージャージーのタクシー運転手が、「大統領が着ているのと全く同じスーツが欲しいと店を訪れた」ことを挙げ、「私は"あなたを大統領にすることはできないが、あなたのために大統領の服を作ることはでき"と伝え」たというエピソードを紹介しています。
 本書は、テレビニュースには映らないホワイトハウスの生活を垣間見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本人はそれほど関心を持っていないかもしれませんが、ホワイトハウスといえば世界の政治の中心ということで、その晩餐会に招かれるってのは相当名誉なことなんだろうと思いますが、シェフの給料が8万ドルというのは安すぎやしませんかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・世界の王の暮らしを垣間見たい人。


■ 関連しそうな本

 ウォルター・シャイブ (著), 田村 明子 (翻訳) 『大統領の料理人』
 西川 恵 『ワインと外交』
 岸本 裕紀子 『ヒラリーとライス アメリカを動かす女たちの素顔』


■ 百夜百マンガ

格闘料理人ムサシ【格闘料理人ムサシ 】

 料理マンガでも何でも同じ「ヤンキーマンガテイスト」にしてしまうのは作者の特性なのか編集者の好みなのか。

2009年7月28日 (火)

日本にオバマは生まれるか

■ 書籍情報

日本にオバマは生まれるか   【日本にオバマは生まれるか】(#1650)

  横江 公美
  価格: ¥735 (税込)
  PHP研究所(2009/2/14)

 本書は、「どのようにして、オバマが準備を積み重ね、大統領に昇りつめたのか、その過程を丹念に」追ったものであり、「アメリカ大統領選挙を追いながら、日本の読者に、政治家と有権者のあるべき意関係について問いかけている」ものです。
 第1章「なぜオバマ大統領が誕生したか」では、黒人差別の歴史は、「民主主義を外交交渉に使うアメリカにとっては、最大の恥部」であり、「多くの人は心の中では、いつかは黒人大統領を誕生させなければ理想のアメリカは完成しない、と考えていた」と述べています。
 そして、歴代の大統領の共通項を、「アメリカ人の望む大統領像」だとすると、「アメリカを開拓したプロテスタントを信仰する頼りがいのある白人男性」だとして、人気テレビドラマ「大草原の小さな家」のお父さんと重なってくると述べ、「『大草原の小さな家』に隠されたアメリカ人の深層心理で大統領選挙の結果を見ると、ローラの家族に最も近づく選挙戦略を立てたオバマ候補が勝利したということが見えてくる」と述べています。
 また、オバマが、「黒人、ヒスパニック、カソリック信者、ユダヤ教信者、若者、労働者、女性といった既得権益を持たない人々の票を確実に積み上げていった」として、具体的には、「アイリッシュの血を引くカソリック信者」であるバイデンを副大統領に指名したことを挙げています。
 第2章「なぜオバマはシカゴを目指したのか」では、アフリカ系アメリカ人を代表する、ジェシー・ジャクソンとアプラ・ウィンフリーの2人を挙げ、「2人の活躍に象徴されるように、イリノイ州シカゴは、今でもアフリカ系アメリカ人にとって聖地のような場所」だと述べ、政治経験の短さと、黒人というハンディを持ちながらオバマ大統領が誕生したのは、「シカゴに結集する黒人エネルギーの結晶」だと述べています。
 そして、ミシェル・オバマ婦人について、「バラク・オバマのアイデンティティを体現する存在」だと述べ、ミシェル婦人が、新進デザイナーやカジュアル・ブランドの洋服を着こなすことで、「現代のアメリカを表現する新しいファースト・レディを模索している」と述べています。
 また、「シカゴは、全米でも有数の民主党の選挙マシーンが構築された地域である」として、オバマが、「サウス・サイドでコミュニティ・オーガナイザーとして働く過程で、シカゴの選挙マシーンの真髄を学び、カツ、選挙マシーンで繋がる縁も手に入れた」と述べた上で、「オバマを大統領まで育てたシカゴ・ポリティックスが、オバマ政権でうまく作用するのか、はたまた足を引っ張ってしまうのか。政権運営においてもシカゴ・ポリティックスは無視できない」と述べています。
 第3章「オバマはどんな大統領になるのか」では、「バラク・オバマの選挙運動はまさに、選挙の歴史を塗り替えた、といっていいほど芸術的だった」として、ネットを使い、「アメリカ史上初めて、公的資金を受け取ることなく自力で最高額を集めた」として、オバマが、「ネットを大々的に活用し、全体の約9割を個人からという、選挙の歴史を変える選挙資金を集めてしまった」と述べています。
 第4章「ヒラリー、ペイリンは日本にも登場するのか」では、ペイリン知事の登場が、「働く女性のイメージを根底から覆した」、「新しいタイプの働く女性が登場した」として、ペイリンが、「今までの働く女性とは異なり、目的を定めるというよりは、目の前にあるチャンスを着実に生かして登ってきたタイプだ」と述べています。
 そして、「地方の女性にとっては、アラスカ州というアメリカの中でも大いなる田舎出身のペイリンが活躍するのを見ることは、プライドをくすぐる。都会風をふかすキャリア女性に厭味を感じ、ペイリンの生き方に共鳴する」とする一方、「メディアで働く女性達は、反ペイリンの急先鋒となった。何から何まで気に入らない、といっても良かった」と述べています。
 第5章「日本にオバマは生まれるか」では、2008年大統領選挙が、日本でもかなりの時間を使って報道されたことについて、
(1)日本にとって最も関係が深いアメリカの大統領に誰がなるのか、という基本的な視点。
(2)閉塞感の在る日本の政治から見た憧れ。
の2つの意味で注目を集めていたと述べています。
 そして、「オバマ大統領は、選挙戦を通して数々の名演説を残した」として、歴史に残る演説には、
(1)政策に基づいていること
(2)それを的確で分かりやすい表現で伝えること
(3)有権者がその製作に納得しそれを望んでいること
の3要素が必要だとしています。
 また、「YouTubeの登場で、文章としての記録だけではなく、映像としても記録が残るようになった」ため、「アメリカの選挙ではますます演説が重要になった」と述べています。
 本書は、アメリカ大統領選挙を通して、日本の政治にかけているものを浮き彫りにしてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本でもYouTubeに候補者の演説がどんどん載れば、有権者が投票する政治家を選ぶ際の大事な情報になると思うのですが、残念ながら日本では演説よりも世襲候補のシカト映像の方が話題になってしまうようです。


■ どんな人にオススメ?

・日本の政治には何かが足りないと思う人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 横江 公美 『第五の権力 アメリカのシンクタンク』 2005年06月13日
 横江 公美 『アメリカのシンクタンク―第五の権力の実相』 2008年09月01日
 横江 公美 『Eポリティックス』 2005年02月11日


■ 百夜百マンガ

ゴクウ【ゴクウ 】

 ネットが全てを覆う世界を20年以上前に描きこんだ作品というのは、もしかすると続編が作られる「トロン」より面白いのかもしれません。

2009年7月27日 (月)

情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント

■ 書籍情報

情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント   【情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント】(#1649)

  外岡 秀俊
  価格: ¥756 (税込)
  朝日新聞社(2006/10)

 本書は、新聞記者生活30年の著者が、「体験から得た情報力を高めるヒントを、できるだけ具体的に」記したものです。
 著者は、情報をさばく技術の要点を、
(1)情報力の基本はインデックス情報である。
(2)次に重要な情報力の基本は自分の位置情報である。
(3)膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである。
(4)情報は現場や現物に当たり、判断に当たっては常に現場におろして考える。
(5)情報発信者の意図やメディアのからくりを知り、偏り(バイアス)を取り除く。
の5点にまとめています。
 第1章「情報をつかむ」では、個々の記者が、「ある分野で正確な情報を提供してくれる専門家の『インデックス情報』をもって」いるとしたうえで、「インデックス情報」で重要なことは、「物の形で情報を管理しようとしないこと」であり、「極端なことを言えば、記憶だけに頼るようにすること」だと述べています。
 そして、「自分がどのような位置にいるかを知ることが、偽情報や情報操作から身を護り、発信情報の偏りを正す基本」になると述べています。
 また、先輩から助言を受けたこととして、「人が持っている情報には深浅があり、深い人ほど離したがらないというもの」と述べたうえで、「人は、聞き手が知っている程度に応じて話をする」、「人は相手が知らなければ、話をしない」という原則を挙げています。
 第2章「情報をよむ」では、新聞記者のタイプとして、
(1)論理的で解析力に優れ、何か物事が起きると、たちどころにその背景や道筋を説き起こすことができる書斎派。
(2)分析は不得手でも、人並み外れたカンが働いて、いつもスポット・ライトが当たる事件の中心に先回りしている現場派の記者。
の2つのタイプを挙げ、この2つが両立しにくい理由として、「『すでに起きたこと』の分析と、『これからおきそうなこと』の予測には、違った手法、異なる能力が必要だからだ」と述べています。
 また、CIA出身者に聞いた「情報分析における要諦」として、
(1)政策決定や政策変更のために情報を利用しない。
(2)為政者や情報の提供先に有利な情報だけを流すのではなく、あえて不利な情報も流す。
(3)自分の希望的観測を、情勢分析に投影しないようにする。
(4)情報分析の結果は、つねにクロス・チェックする。
の4点の挙げています。
 そして、情報分析に当たって重要な点の一つとして、「『為政者』の情報操作や『流行発信者』の世論誘導にまどわされず、独自の視点で物事を観察して見るという姿勢」を挙げています。
 さらに、「権力が世論を一定方向に導く『からくり』」には、
(1)偽情報や偏りのある情報を流して規定の「事実」にしてしまったり、繰り返し特定のイメージを反復して先入観を醸成したりする方法。
(2)報道機関に「検閲」を課し、自分に不利な情報が流れないように制限する方法。
の2つの方法があると述べています。
 第3章「情報を伝える」では、「事実」を見極める基準として、
(1)検証が可能であること。
(2)当事者に反論の場を保証すること。
(3)「事実」を確認すること。
の3点を挙げています。
 そして、文章で情報を伝えるためには、「文章の3つの要素をいかにバランスよく調和させるかが基本」だとして、「事」と「理」、「情」の3つを挙げています。
 また、IT意j台において、「情報力をもつ職業集団が今後も生き残る余地」として、「膨大な情報の中から本当に必要な情報を選別し、検証した上で、分かりやすく伝える」という役回りを挙げています。
 本書は、新聞記者とは何をしている人なのかを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 新聞記者について知っているイメージというと、昼間は取材に行って、社に戻ったら締め切りに追われて記事を書く人、というものが一般的かと思いますが、彼らは取材したものを記事にするためにこんな作業をしていたということが分かるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・新聞記者は何をしているか気になる人。


■ 関連しそうな本

 柴田 鉄治 『新聞記者という仕事』
 大塚 将司 『スクープ 記者と企業の攻防戦』


■ 百夜百マンガ

エイリアン通り(ストリート)【エイリアン通り(ストリート) 】

 懐かしいくらいに80年代少女漫画な感じですが、当時は「少女漫画なんて読めるか!」という強がりや、深みにはまりそうな警戒感で手が出ませんでした。

2009年7月26日 (日)

誰にでもできる作曲講座―君も今日から作曲家

■ 書籍情報

誰にでもできる作曲講座―君も今日から作曲家   【誰にでもできる作曲講座―君も今日から作曲家】(#1648)

  奥平 ともあき
  価格: ¥1,575 (税込)
  ドレミ楽譜出版社(2003/3/20)

 本書は、作曲の方法を、「誰にでも分かる表現で、なるべく具体的に説明」しようとしたものです。元は、著者が、「誰にでも出来る作曲講座」というメール・マガジンとして配信したものを書籍化したものです。
 第1章「初級編 作曲するための基礎知識」では、「作曲において音符の読み書きが必要かどうか」について、「プロの作曲家を目指している方の場合、音符の読み書きは必須」だと述べ、「プロを目指していない方でも、譜面の読み書きは出来るに越したことがない」とする理由として、
(1)楽曲のクォリティを上げるため
(2)他の人に楽曲を伝えるため
(3)楽曲の情報を残すため
の3つの利用方法をあげて説明しています。
 また、「自分の書いた曲のメロディーがどこかで聴いたことがあるなと思ったら、そのメロディーは10代の頃に好きで聞いたメロディーに似て」いるケースが多いと述べ、それを逸脱しようとするには、今までに聞いたことのないようなジャンルの曲を聴くことを薦めています。
 そして、作曲法として、
(1)歌詞重視型
(2)メロディー先行型
(3)サビ先行型
(4)コード先行型
(5)メロディー・コード同時進行型
(6)アレンジ先行型
(7)アレンジ同時進行型
の7つのスタイルを挙げています。
 さらに、「作曲家になるため」には、なりたいジャンルの極を徹底的に研究すべきだとして、
・歌手の音域
・カラー
・主に担当している作詞家、作曲家は誰か
・さ行の発音に弱いか
・音が飛ぶと音程が不安定になってしまうか
等の項目を挙げています。
 また、「サビですごくいいメロディーを作ったにもかかわらず、すごく覚えにくい難しいメロディーが出来てしまった」ときには、「音の繰り返しがある」という手法を使い、「2小節、4小節の1つのかたまりで繰り返すことによって、意外と簡単なメロディーに感じてくる」と述べています。
 第2章「中級編 知って得する作曲の技法」では、「Bメロは、他の部分より弱めにしておく必要がある」とした上で、「Bメロからサビに移る過程では、徐々に盛り上げていく」役目があると述べています。
 また、「最近のディレクターやプロデューサーは、楽器で弾いたメロディーより、声の入ったデモ・テープを望みます」として、それもラララなどよりも、「でたらめでも歌詞が乗っている方がよい」と述べています。
 第3章「上級編 人に聴いてもらえるいい曲にするために」では、歌手の特徴をつかむために、
(1)一番声が伸びる音域はどこからどこまでか
(2)音飛びが激しいメロディーに対応できるか
(3)音程が常にフラット(♭)気味になっていないか
(4)リズムはしっかり取れているか
(5)ファルセット(裏声)の音域はどこからどこまでか
の5点を挙げています。
 また、ヒット曲の要因として、
(1)たくさんの人が歌えること
(2)詞のポイントを活かした
(3)歌いやすいメロディーの魅力がある
(4)印象に残るメロディーの魅力がある
(5)覚えやすい構成でまとめられている
(6)リズムや反復の面白さがある
(7)シンプルで明快なメロディーの魅力がある
の7点を挙げ、「これらのヒット曲の要因には、すべてカラオケが絡んでいる」と述べています。
 そして、「曲を書くためにはできる限り多くの引き出しを持つことが重要」だとして、ただ聞いただけではなく、「楽器を演奏したり、歌ったりすることで、身体にメロディーを覚えさせることが必要」だと述べています。
 本書は、実際に曲をつくる人に色々とヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 曲の作り方というかスタイルは人によって千差万別なのですが、個人的には曲先でも詞先でもなく、曲と詞が同時に出てくるときが一番いい曲になる気がします。そういうときには、アレンジや映像なんかが一緒に浮かんでくるのですが、それまでモヤモヤとしたあいまいなイメージが一気に具体化するときはいい曲が出来ます。


■ どんな人にオススメ?

・曲を作りたい人。


■ 関連しそうな本

 奥平 ともあき 『誰にでもできるアレンジ講座』
 奥平 ともあき 『君も今日から作詞家 誰にでもできる作詞講座』
 ヲノ サトル 『甘い作曲講座―すぐに使える珠玉のアイディア』


■ 百夜百音

evergreen【evergreen】 MY LITTLE LOVER オリジナル盤発売: 1995

 当時結構好きな音だったのですが、真似をしようと思ってもなかなか真似が出来ないものでした。「Hello, Again ~昔からある場所~」のBメロからサビに映るところは秀逸です。

2009年7月25日 (土)

科学・技術の二〇〇年をたどりなおす

■ 書籍情報

科学・技術の二〇〇年をたどりなおす   【科学・技術の二〇〇年をたどりなおす】(#1647)

  村上 陽一郎
  価格: ¥1,995 (税込)
  NTT出版(2008/02)

 本書は、「20世紀初めと21世紀初めの百年間の間には、人間の生き方において、驚くべき変化が世界的な規模で起こって」おり、「そうした変化のかなりの部分は、良くも悪くも、科学・技術と関連がある」として、「そうした事態のパノラマ的なスケッチを試みようとするもの」です。
 第1章「科学のきた道、技術のきた道」では、明治政府が東京大学と併せて技術学校として、工部大学校なる教育組織を誕生させたことについて、「欧米と違うところは、工部大学校に入学を希望した者の半数が、士族の子弟、言い換えれば、とにもかくにも知識階級ないしはその予備軍の子弟であったこと」の特異性を指摘し、さらに、明治19年にはこの工部大学校が東京大学の正式メンバーになったことについて、「この時期に世界の大学と名乗るところで、技術・工学を、完全に平等な正式メンバーとして抱えているところはなかったから、帝国大学は世界で最初の工学部を持った大学といわれるようになった」ことなどを挙げ、「日本では、近代化を通じて、常に技術・工学を重要視してきた」と述べています。
 また、「科学と技術とは20世紀後半において、『科学・技術』から、『科学技術』へと、大きな転換を経験した」として、「科学と技術は、この段階でかなり近づき、融合する方向を示し始めた」と述べています。
 第2章「〈力〉の謎にいどむ」では、「19世紀の物理学の展開は、一方でニュートン力学的な自然理解を根本的基礎におきながら、他方で、なお説明を要する現象を追及する、という形を取った」として、
(1)光の現象
(2)熱をめぐる問題
等が問題になったと述べたうえで、20世紀前半には、「ニュートン力学的世界像は2つの挑戦を受け、万能の地位から滑り落ちることになった。2つの新たな力学、すなわち量子力学と相対論力学 の出現によって、ニュートン力学は『古典力学』という名称で呼ばれることにもなった」と述べています。
 第3章「生物をどう捉えるか」では、『二重らせん』の著者であるワトソンが、この書の中で、「DNAの構造解析に成功すれば必ずノーベル賞が獲れることを予測し、他の研究者を出し抜いてでも一刻も早く然るべき結果に辿り着こうとするあからさまな心情と、それに伴う戦略的駆け引きなどを、恥ずかしげもなく公表」し、「かつての『科学者』のイメージを一変させるような新しい科学者像を示した」と述べています。
 第4章「0と1で世界を認識する」では、20世紀に、情報という概念が、「軍事的な意味合いを遥かに超えて、科学や技術の世界に、新しい枠組みを切り開く鍵概念になった」として、「20世紀は『情報の時代』であった、という理解は、決して誤ってはいないだろう」と述べています。
 そして、「第二次世界大戦中に情報の理論は新たな展開を見せることになった」として、サイバネティックスがウィーナーの手で開発されたことを挙げ、「通信と制御に関する一般的な理論」と定義し、「サイバネティックスでは、システムの中の構成要素の如何を問わず、そのなかでの情報の保管・蓄積、その流通、利用、さらには結果を判断に組み込むことによる情報の再利用(それが『フィード・バック』とよばれることになる)など、情報の流通と管理・制御に関する一般理論を問題とし、システム全体のインプットからアウトプットまでの効率化を図ろうとする」と述べています。
 そして、「人間の視覚における認知という行為は、視野に万華鏡の絵のように広がる色の多様体という視覚情報を満遍なく受け取るのではなく、大胆に切り落とすべきものは落とし、軽重を与え、さらに場合によっては存在しない情報まで付け加えて、連続的な情報を分節化し、そこに意味や構造を認める、という営みと解すべき」だとして、「ネッカーの隠れた線」や「カクテル・パーティ効果」などについて解説しています。
 第5章「科学・技術を外から見る視点」では、ドレイパーが著した「悪名高い書」である『宗教と科学の闘争史』について、「この書で描かれた歴史観は『ドレイパー・モデル』あるいは『闘争史観』(conflict thesis)というような表現が生まれるほど、その後の科学史の世界に大きな影響を与えた」として、その特徴を、
(1)徹底して、科学帯宗教(キリスト教)の闘争として科学史を描くこと。
(2)こうした闘争史の過去に、多くの「科学者」を見出していること。
の2点挙げています。
 そして、「もはや科学は、社会の一角にひっそりと物好きだけが集まって自分の好奇心を満足させるために活動する閉ざされた空間ではなく、政治、経済、軍事、産業、通信・交通、医療・福祉、外交、娯楽、芸術にいたる社会のあらゆる場面で、その成果が利用されるのを待っている、社会の中に取り込まれた活動領域となっている」と指摘しています。
 本書は、科学と技術を対比させながら、その全体像をパノラマ的に示すことを目指した一冊です。


■ 個人的な視点から

 いまだに「科学者」というと、どこか研究所の奥にこもったオタクという印象が強いですが、日本では大学の科学者よりも企業の研究所の科学者の方が一般的なような気もしますし、技術とも不可分の印象を持たれているので、著者の問題意識は日本ではそれほどインパクトがないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・科学者はオタクだと思う人。


■ 関連しそうな本

 マレイ ゲルマン (著), 野本 陽代 (翻訳) 『クォークとジャガー―たゆみなく進化する複雑系』 2009年5月22日
 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
 アイリック ニュート (著), 猪苗代 英徳 (翻訳) 『世界のたね―真理を追いもとめる科学の物語』 2009年02月23日
 ヨセフ アガシ (著), 立花 希一 (翻訳) 『科学の大発見はなぜ生まれたか―8歳の子供との対話で綴る科学の営み』 2009年6月28日


■ 百夜百音

25SUMMERS~1983-2008【25SUMMERS~1983-2008】 杉山清貴&オメガトライブ オリジナル盤発売: 2008

 もはや四半世紀前のナツメロになってしまったかと思うと感慨深いものがありますが、個人的には、「君のハートはマリンブルー」はいい曲だと思います。

2009年7月24日 (金)

公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日

■ 書籍情報

公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日   【公共空間としてのコンビニ 進化するシステム24時間365日】(#1646)

  鷲巣 力
  価格: ¥1,365 (税込)
  朝日新聞出版(2008/10/10)

 本書は、「公共空間としてのコンビニ」という機能と性格を追ったものです。著者は、コンビニが、「『便利な店』という機能を超え、いわば『暮らしのネットワークの拠点』としても利用されている」として、「ヨーロッパでいえば教会や広場のような機能を果たし始めている」と指摘しています。
 第1章「コンビニ24時」では、「地図帳を陳列棚から取り出して必要なページだけコピーして、また元に戻す人」や、「深夜に『タクシーを呼んでくれ』と頼まれ、『できません』と答えるとキレる人」など、コンビニが「なんでもありの便利な店」として認識されていると述べ、「近年、ソトの空間とウチの空間の境目がなくなっている」ことを指摘しています。
 また、コンビニにおける観察と女子大生のアンケート調査から、
(1)コンビニは時間帯によって、見せる「姿」がずいぶんと異なる。
(2)あらゆる世代の男女によって利用されている。
(3)コンビニは「和みの空間」「癒しの場」として機能している。
(4)コンビニは日本社会の縮図である。
の4点を指摘しています。
 第2章「なぜコンビニは日本社会に流行るのか」では、1974年に施行された大店法によって、大型店の出店を規制し、「出店の際には、開店日、売り場面積、閉店時間、休業日数などについて地元の商店街との調整を義務づけた」結果、スーパーマーケット業界の大型店出店計画に支障をきたしたため、「その問題を回避して、地元商店街との『共栄共存』を図るものとして加盟店方式によるコンビニエンスストアが構想され始めた」と述べています。
 そして、女性の家事労働が軽減され、家事の外注化が進む背景として、「女性の社会的進出が進むにかかわらず、夫婦の家事分担が進まないこと、それに家事労働に対する価値観が変わったこと」を挙げ、「豊かな社会が生んだ矛盾や問題点もひとりひとりが解決せざるを得なく、とりあえずの手っ取り早い解決の手段としてのコンビニが機能している」として、コンビニは、「豊かな社会の矛盾の貧しい解決」手段だと指摘しています。
 また、コンビニの経営を安定させ、利用客の信頼を高めるには、「安定した配送が不可欠」だとして、
(1)共同配送
(2)温度帯別配送
(3)小口配送
の「3つの革命的な変革」を挙げています。
 第4章「曲がり角を迎えたコンビニ」では、「コンビニは間違いなく『曲がり角』に差し掛かっている。この『曲がり角』をうまく曲がりきるためには、自らを『変化』させないとならない」として、
(1)利用者層の変化、すなわち利用客層の拡大。
(2)営業場所(ロケーション)の変化
(3)商品・サービスの変化
の3つの変化を挙げたうえで、「拡大」路線のローソン、ファミリーマートと、「深化」路線のセブン-イレブンを対比しています。
 そして、「コンビニ商品の地域性が前面に押し出されてくると、コンビニと提携して地方振興策を展開しようとする自治体も現れる」として、2003年度以降、自治体とコンビにとの包括提携協定の締結が進んだことを紹介しています。
 著者は、これらを踏まえ、「コンビニはさまざまな『中継点』として機能し、人々の暮らしの『拠点』になりつつある」と述べています。
 第5章「明日のコンビニ、または『暮らしのネットワーク』の拠点」では、「今日の加盟店方式では、各加盟店で食品廃棄が出ても、本部の不利益になりにくい決算方式」、すなわち、「廃棄損失のリスクは加盟店が負う」として、この問題に関するセブン-イレブンと加盟店との間の訴訟を紹介しています。
 本書は、いまや都市ばかりか農村でも不可欠な存在になりつつあるコンビニの現状と行く末を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 20年後、コンビニがどんな姿としているか、というのは結構興味深いものですが、テレワークやSOHOなどのビジネスの拠点としてのコンビニというのも、現在のようにオフィス街にあるのではなく、住宅街のコンビニがビジネス化したら面白いのに、と思います。


■ どんな人にオススメ?

・コンビニを愛用している人。


■ 関連しそうな本

 漆原 直行 『なぜ毎日コンビニで買ってしまうのか?』 2009年3月 2日
 笠井 清志 『ビジュアル図解 コンビニのしくみ』
 竹内 稔 『コンビニのレジから見た日本人』
 月刊「ベルダ」編集部 『コンビニ 不都合な真実』
 吉岡 秀子 『セブン-イレブンおでん部会―ヒット商品開発の裏側』


■ 百夜百マンガ

特命係長・只野仁【特命係長・只野仁 】

 テレビドラマがヒットして映画化もされている作品。やはりコテコテすぎるほどの定番の設定に安心して見てしまう人がいるということのようです。

2009年7月23日 (木)

マンガを解剖する

■ 書籍情報

マンガを解剖する   【マンガを解剖する】(#1645)

  布施 英利
  価格: ¥777 (税込)
  筑摩書房(2004/11/9)

 本書は、「美学と科学を貫く斬新な視点と鮮やかな手さばきで、特異なメディアである漫画の本質を解明する」と銘打たれたものです。
 第1章「吹き出し」では、「マンガの吹き出しとは、『呼吸』を映像的なイコンにしたもの」だとして、「息を吐く。それをビジュアル化したのが、吹き出しの形なのだ」と述べています。
 第2章「擬音語」では、「マンガは印刷物だから、物理的な音はどこからも聞こえてこない。しかし微妙なニュアンスを描き分けることで、ぼくたちは耳を澄ますようにして、大友克洋のマンガを読む」として、「大友克洋は、とても『耳が良い』マンガ家なのかもしれない」と述べています。
 第3章「日本語」では、解剖学者の養老孟司が、「マンガの構造は言語の構造と同じである」、とくに、「日本語の構造と同じ」だと考えたことについて、ここでの「日本語」とは、「日本人が使う言葉ということ」ではなく、「視覚言語と聴覚言語の組み合わせのダイナミズムが生み出す、一つの世界のこと」だとして、「日本語は、そんな感性を『磨く』のに最適な言語というに過ぎない」と述べています。
 第5章「記号」では、「才能とは、欠如が生み出すものだ」として、「手塚治虫のマンガには、絵としての『省略』がある。世界に満ちている情報の多くを欠落させ、残されたわずかのものでマンガ世界を作る。マンガの表現とは、このように情報を欠如・省略させるところから生まれる」と述べています。
 第6章「コマ割り」では、よく「マンガを読むとバカになる」といわれることについて、「実は、その反対だ。マンガを読むと、脳が鍛えられる。ここまで考えてきたように、マンガとは複雑な構造のメディアだ。それを読みこなしてバカになるはずがない」と述べています。
 第9章「光と影」では、「マンガでしか描けないものがある。それが『闇』だ。アニメが光のメディアだとしたら、マンガは闇のメディアである」と述べています。
 第15章「大人」では、「子供の世界を描くのは難しい」として、藤子・F・不二雄が、「自分は紛れもない子どもを描いているつもりであっても、ひどいときにはそれが子どもの姿をしたおとなであったり、おとなが外から観察し概念的に捉えた子どもであったり、そういう危険性が、往々にしてあります」と語っていることを紹介しています。
 第20章「進化」では、「『新世紀エヴァンゲリオン』が人気を得たのは、それが未来の生命を語る『受け皿』として機能したのが、一つの理由だろう」として、「エヴァンゲリオンは、自分の肉体を延長し、強化したもの」だと述べた上で、「この新世紀エヴァンゲリオン』のそこを流れているのは、まぎれもなく、進化への欲望だ」と指摘し、「こういうアニメ・マンガに接すると、『人間の進化』の最先端の意識を教えてくれるのは、科学者なのではなく、マンガなのではないか」として、「だから、人間の進化は、マンガから始まる」と述べています。
 第21章「ネオテニー」では、「アキラこそ、まさにその特徴を体現した『進化したヒト』だとして、「マンガ『AKIRA』は、そんな進化した未来のヒトを描いている」と述べています。
 本書は、マンガというメディアが持つ、複雑さ、高度さを、正面から解析する道筋を示した一冊です。


■ 個人的な視点から

 マンガを読みこなすには、本当は相当高度な脳内プロセスを必要とするのですが、若い人の中でもマンガを読むのが極端に遅い人というのも実在するようです。もしかしたら訓練の問題だけでなく、先天的な原因もあるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・マンガを読むとバカになると思う人。


■ 関連しそうな本

 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 しりあがり 寿 『表現したい人のためのマンガ入門』 2009年6月18日


■ 百夜百マンガ

研修医なな子【研修医なな子 】

 「なな子」と聞くと「SOS」の方を思い浮かべる人はもうすっかり減ったとは思いますが、最近、こういう職業系の取材に基づいたマンガは本当に多いという印象です。

2009年7月22日 (水)

ドラッカー わが軌跡

■ 書籍情報

ドラッカー わが軌跡   【ドラッカー わが軌跡】(#1644)

  P.F.ドラッカー
  価格: ¥1,890 (税込)
  ダイヤモンド社(2006/1/27)

 本書は、「二つの大戦の間のヨーロッパとアメリカという、過ぎ去った日々を伝えようとするもの」であり、著者自身についてではなく、「人について」書かれたものです。
 プロローグ「こうして観察者が生まれた」では、著者が自身を「観察者」と自覚したのは、1923年11月11日、13歳のときで、ウィーンの「自発的デモ行進」の先頭で赤旗を掲げて行進していて、「後に続く群集によって、強制された水溜り」を通り抜けさせられたことをきっかけに、隊列を離れたときに、「僕のいるところではないって分かった」、「自分は観察者だ」ということが分かったと語っています。
 第2章「シュワルツワルト家のサロンと『戦前』症候群」では、著者が「ごく若い頃から、本能的に『戦前』から逃れなければならないと思い続けていた」として、「私が早くウィーンを離れるであろうことを自覚していたのは、そのためだった」と語っています。
 第3章「エルザ先生とゾフィー先生」では、著者が長い愛亜楽しみとしている教師観察の結果、知ったこととして、
(1)生徒には一流の教師を見分ける力があるということ。
(2)教えることに一定の方式や正しい方法などないということ。
の2点を挙げています。
 第4章「フロイトの錯誤とその壮大な試み」では、「フロイトについては、3つの誤解が広がったまま」だとして、
(1)貧しかったということ。
(2)ユダヤ人として差別されていたということ。
(3)ウィーンの医学界に無視されたということ。
の3点を挙げ、「3つとも間違いである。彼は裕福だった。しかも医師になる早々多額の収入を得ていた」と述べ、(3)について、「彼はウィーンの医学界による否認を抑圧しなければならなかった。そのためには、彼らが彼を問題とせず、疑問とせず、拒絶せず、単に無視したとするしかなかった」と指摘しています。
 第6章「ポランニー一家と『社会の時代』の終焉」でひゃ、「私は、このポランニー兄妹ほどに優れた一家を知らない」として、「彼らの本当のすごさは、ビクトリア朝時代の父親から、1960年代のカールとマイケルに至る5人の兄妹の全員が、自由でありながらブルジョワ的でもリベラルでもない社会、反映しつつも経済に支配されない社会、共同体でありながら共産的ではない社会の実現という、同一の大義を奉じたというところにあった」と述べています。
 第8章「怪物ヘンシュと子羊シェイファーの運命」では、ナチスの幹部ヘンシュが、「頭がよくて、育ちがよくて、コネのある連中は、頭が固いし、汚い仕事ができない。今こそ僕の時代なんだ。よく見ていてくれよ。必ず僕の評判を耳にするようになるから」と語ったことについて、その晩、「これから起ころうとしていること、身の毛もよだつ血生臭い低劣な獣が、この世に襲い掛かる様が見えた」として、「そのときそこで、夢でも見るように見えたものが、やがて私の初めての本格的な著作、処女作『「経済人」の終わり』になったのだった」と語っています。
 そして、「ほとんどの場合、悪をなすのは平凡なものである。悪がヘンシュやシェイファーを通じて行われるのは、悪が巨大であって、人間が小さな存在だからに過ぎない」としたうえで、「おそらく最大の罪は、20世紀に特有の無関心という名の罪、すなわち、殺しもしなかったし嘘もつかなかった代わりに、賛美歌に言う『彼らが主を十字架につけたとき』、現実を直視することを拒否したあの学識ある生化学者による罪の方だったと考えるに至っている」と語っています。
 第14章「プロの経営者、アルフレッド・スローン」では、「私のマネジメントと産業秩序についての仕事の中では、職場コミュニティと責任ある従業員という考えが、もっとも独特であり、かつ最も重要だった」とした上で、「そのような私の考えは、マネジメントの権限を侵すものとして、GMの経営者から拒否された」と語っています。
 第15章「お人好しの時代のアメリカ」では、「アメリカとは、リンカーンのいう『最後にして最良の希望の地』だった」として、「惹きつけられてこの国へ来たヨーロッパ人のことごとくが、時を置くことなく、ヨーロッパ人であることを止めた」と語っています。
 そして、日本が真珠湾を攻撃した2時間後には、「お人好しの時代は終わったのだった」として、「その数週間後、アメリカは、その約束と心情を捨て、大国となる道を選んだ」と述べています。
 本書は、「現代社会最高の哲人」とされるドラッカーが、どのようにドラッカーになったのかを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 いわゆるドラッカーファンにとっては、ドラッカー自身のことが余り登場しないので、退屈に感じる人もいるかもしれませんが、ドラッカーの人となりを知る上で、本書は非常に大きな示唆を与えてくれるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・ドラッカーの人となりを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 P.F. ドラッカー (著), 窪田 恭子 (翻訳) 『ドラッカーの遺言』 2009年7月15日
 P.F.ドラッカー (著), 上田 淳生 (翻訳) 『イノベーションと企業家精神』 2009年6月29日
 P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳) 『ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる』 2005年07月21日


■ 百夜百マンガ

絶望に効くクスリ―ONE ON ONE【絶望に効くクスリ―ONE ON ONE 】

 いわゆる対談マンガなのですが、巻が進むにつれてだんだん登場人物が濃くなっていくような気がします。

2009年7月21日 (火)

民主主義への憎悪

■ 書籍情報

民主主義への憎悪   【民主主義への憎悪】(#1643)

  ジャック・ランシエール (著), 松葉 祥一 (翻訳)
  価格: ¥2940 (税込)
  インスクリプト(2008/7/7)

 本書は、「いまやデモクラシーは、行き過ぎた平等要求の別名でしかない」とするような、フランスで広がりつつある「デモクラシーへの憎悪」を批判したものです。
 著者は、「社会を混乱させるにもかかわらずデモクラシーが必要」だとする理由として、
(1)著者の考えるデモクラシーは政治制度ではない。
(2)著者の考えるデモクラシーは、何らかの理念ではない。
等の点を挙げています。
 第1章「勝利した民主主義から犯罪的な民主主義へ」では、「民主主義の『罪』に対する告発を支えている民主主義=無制約化=社会という等式」が、
(1)民主主義を社会の一形態に還元すること。
(2)この社会の一形態を、平等な個人の支配と同一視すること。
(3)民主主義と同一視される「個人主義的な大衆社会」の概念に、資本主義経済の論理に内在する無限の成長の追及という概念を付け加えること。
の三重の操作を前提としていることを指摘しています。
 第2章「政治あるいは失われた牧人」では、「物事には自然の秩序があって、それに従えば集まった人間たちは統治する資格を持った人によって統治される」として、歴史的に、人間を統治する主な資格であったものとして、
(1)人間か神の血統、すなわち生まれが優れていることによるもの。
(2)社会の生産活動や再生産活動の組織化によるもの、つまり富の権力。
の2点を挙げています。
 第3章「民主制、共和制、代表性」では、「公的領域の拡大は、歴史的には2つのことを意味した」として、
(1)国法によって劣等者としての私的生活に追いやられた人々に、平等という資格と、政治的主体という資格を認識させたこと。
(2)富の権力の裁量にゆだねられていた空間や関係の形式が、公的な性格を持っていることを認識させたこと。
の2点を挙げています。
 また、「共和主義の観念は、国家による社会の制限として定義することはできない。共和主義の観念は、法と良俗の調和を、制度の体系と社会体の配置の調和を、指導させたり復活させたりする教育の働きを常に含んでいる」とした上で、「国家と社会の均質性という共和主義の企て、そこに内在するこのような緊張関係をなくすことこそ、、実は新共和主義的イデオロギーが抹消する政治そのもの」だと述べています。
 第4章「憎悪の理由」では、「われわれは、民主主義の中に生きているわけではない。われわれは、われわれ全員が生政治(ビオ・ポリティーク)統治の排除法則にしたがっていると見る何人かの著者たちが請合うように、収容所の中に生きているわけでもない。われわれは寡頭制法治国家の中に生きているのである」と述べています。
 そして、「政治が完全に忘却されることによって、民主主義という語は、もはやその名で呼びたくないと思われている支配システムを示すための婉曲語法になると同時に、この消された名前の変わりに来る悪魔的な主体の名前になる。すなわちこの支配のシステムに服する個人とそれを告発する個人を混合した主体である」と述べています。
 第5章「デモクラシー、不合意、コミュニケーション」では、著者の狙いは、「デモクラシー、コンセンサス、コミュニケーション言語の間にあるこの支配的な関係を問い直すこと」だとして、「デモクラシーとは国家の呼称ではなく、あらゆる国家論理の代補(suppleent)だということ、この代補によって政治は政治として制定されるのだということを示そう」としていると述べています。
 本書は、民主儀とは何かを考えるきっかけを改めて与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 フランスの言論界の傾向には疎いので、最初はなかなか馴染めませんでしたが、2回3回と読んでいくと、だんだん著者の世界に入ってけるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・デモクラシーとは何かを考えたい人。


■ 関連しそうな本

 ジャック・ランシエール (著), 松葉 祥一, 大森 秀臣, 藤江 成夫 (翻訳) 『不和あるいは了解なき了解―政治の哲学は可能か』
 ドゥルシラ・コーネル (著), 仲正昌樹, 近藤真理子, 高橋慎一, 高原幸子 (翻訳) 『"理想"を擁護する――戦争・民主主義・政治闘争』


■ 百夜百マンガ

ZERO【ZERO 】

 どうしてものこの人の名前は最初に「ふゆめかげ」と脳内変換されてしまうのですが、デビュー当時のペンネームが「十目傾」ということを知ると覚えられそうです。

2009年7月20日 (月)

カー・デザインの潮流―風土が生む機能と形態

■ 書籍情報

カー・デザインの潮流―風土が生む機能と形態   【カー・デザインの潮流―風土が生む機能と形態】(#1642)

  森江 健二
  価格: ¥693 (税込)
  中央公論社(1992/07)

 本書は、私たちが気軽に楽しんでいる自動車のデザインについて、「その将来のあり方とは何なのだろうか。それはどんな流れの中で生まれて、揉まれてきたものだろうか」とテーマとしたものです。
 第1章「昭和から平成への流れに漂うデザイン」では、第1次オイルショックによって起こった省エネルギーという命題を、ヨーロッパの各メーカーが、「空気力学を通じての燃費節減、高速での走りの安定性・操作性・快適性の向上」というテーマに集中して結び付けたと述べています。
 そして、カー・デザインの良し悪しは、「簡単に言えばデザイナーをはじめとしてそれに関わる人たちのセンスのよさで決まる」として、「デザイナーは造形的センスの良さ、その他の部門の人たちはその専門分野でのセンス、そして全体でよい造詣センスを生み出すために協力しようというセンス」だと述べています。
 また、車が、「乗馬以上に豊富な現在のインターフェースの違いを可能にしてきたのは、車が、さまざまな時代にさまざまな場面で関わってきた社会との関わり合いの流れの中で培い育て上げてきた、その多様性遠くの深さ」だと述べています。
 第2章「デザインの源流を探って」では、「グランドツーリング」というジャンルについて、「日本ではこのジャンルも含めて呼び名は一般的な『スポーツカー』である」が、「ヨーロッパではこのジャンルの車はグランドツアラー、グラントゥリスモなどとも呼ばれ、もともとは貴族・上流階級の人々の旅行用の車だった」と述べています。
 第3章「時代を映すデザイン」では、「戦争やさまざまなレースを通して航空機が確立した形状は見るからに美しく、時代の先端技術を象徴するものだった」として、「デザイナーや技術者にとって、地上の乗り物のデザインの目標として、それはまさに挑戦に値するものだった」と述べ、最も空気抵抗の少ない形とされていた「ティアドロップ(涙の粒)=水滴」の形そのままの車である「ダイマオキシオン」と、現代の空力設計理論にもそのままつうじるクライスラーの「エアフロー」を紹介しています。
 そして、アメ車の流線型について、「エネルギーを節約するための手段ではなくて、逆にエネルギーを浪費する計画的モデルチェンジのための消費デザインあった」と指摘しています。
 第4章「アメリカのマーケットとデザイン」では、日本車について、「経済面での摩擦とは別に、デザインという文化面での摩擦につならがぬよう十分配慮することが必要になる」として、「戦後ほとんどゼロから出発してここまで成長して世界に影響力を持ってきた日本の車社会が世界に果たす責任はますます重くなりそう」だとしています。
 第5章「ヨーロッパのマーケットとデザイン」では、ヴォルヴォ社が、「衝突時の車体と人体に及ぼす影響」を知るために、車体の損傷の「5年間保証」を実施し、修理費が80米ドルを超える場合の全額保証、800から1000ドルを超える場合は新車と交換という制度によって、「修理費80米ドルを超える全ての事故について詳細なデータと、大事故については車体そのものを手に入れることができた」として、「ダミーモデルなど使わない生データを得て、『安全』というヴォルヴォ社のアイデンティティーを確立していくためにはなんと徹底したよい方法であることか」と述べています。
 第6章「日本のマーケットとデザイン」では、「1ボックスカー」と呼ばれる「運転席がエンジン・前輪上に位置する乗用車」について、「日本独自のファミリーカーとして長いこと人気を保っている」として、「軽自動車の成功と同様に、欧米生まれの自動車を日本独自のものに翻訳し直したよい例」だと述べています。
 第7章「デザインの地域特性とは何か」では、「今街で見かける車はどれも大変似通っている」としたうえで、「それぞれの生い立ちや作り出されてきた社会の持っている性格や伝統からよく見て見ると、こんなにも明らかに違ったローカリティーを持っている」と指摘しています。
 第8章「カー・デザインのゆくえ」では、世の中には「デザインの在り方」を無視して、「外観を重視した」品物が多すぎると指摘しています。
 そして、「カー・デザインを通して、世界の色々な地域の間で、それぞれの文化についての情報の交換ができる」として、「車ほど、世界の中で、人々の共通して興味をもたれているものはないのではないだろうか」と述べています。
 本書は、自動車デザインの歴史を通じて、デザインとは何かを論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 自動車のデザインにこだわりを持つ人は多いですが、個人的に謎なのは、何で車の後ろに羽がついているか、わざわざ後から付けるのか、という点です。ところが、本書からヒントを得た点は、アメ車のテールランプにジェット機のジェット噴出孔を模したりすることで、わざわざ空力特性を悪くしていたという故事に似ている気がしました。


■ どんな人にオススメ?

・自動車のデザインにこだわる人。


■ 関連しそうな本

 日本経済新聞社 (編集) 『俺たちはこうしてクルマをつくってきた―証言・自動車の世紀』 2005年07月05日
 中沢 孝夫, 赤池 学 『トヨタを知るということ』 2005年08月05日
 大野 耐一 『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』 2005年10月18日


■ 百夜百音

ゴールデン☆ベスト 大橋純子 シングルス【ゴールデン☆ベスト 大橋純子 シングルス】 大橋純子 オリジナル盤発売: 2003

 80年代を象徴するものといえば、来生兄弟のメロディということになるのでしょうか。そういえば来生作品のコンピレーションってあるのでしょうか。

2009年7月19日 (日)

霞ヶ関歴史散歩―もうひとつの近代建築史

■ 書籍情報

霞ヶ関歴史散歩―もうひとつの近代建築史   【霞ヶ関歴史散歩―もうひとつの近代建築史】(#1641)

  宮田 章
  価格: ¥756 (税込)
  中央公論新社(2002/07)

 本書は、「世界に例を見ない中央官庁街」である霞ヶ関について、「近代国家の象徴として官庁街建設に夢をかけた政治家や、様々な工夫を試行錯誤を繰り返した有名無名の建築家・技術者、異国に活躍の場を求めた明治期の『御雇外国人』など」の人間模様を描きながら、霞ヶ関の来歴を描き出したものです。
 第1章「江戸から東京へ」では、東京遷都に当たり、反政府感情が残っていた東京の民衆を和らげるため、「1町に1、2樽ずつ」の「賜酒」が配られ、「民衆は2日間、家業を休んで『天盃頂戴』といって酒を飲みあった」ことを紹介しています。
 第2章「江戸の武家地の行方」では、「政治の中心が京都から移りつつあった当時、江戸の町は実はゴーストタウンであった」とした上で、「政府の武家地に対する処理方針は、東京の政治的位置づけに応じてめまぐるしく変わっていった」と述べています。
 そして、廃藩置県後の明治5年3月に、政府が、「西の丸下に太政官はじめ諸官庁建設を決定し、建設を工部省に命じた」が、翌年5月に皇居が消失したことで、「この計画は実現を見なかった」と述べ、「各章の庁舎は各地に分散した状態にあり、霞が関に集中させる計画は井上馨の出現を待たねばならなかった」としています。
 第3章「官庁街の建設に馳せる井上馨の夢」では、「新国家の中央官庁街の建設は、政治の波に翻弄され続けた」として、「その中心にはつねに、強烈な個性を持つ井上馨の存在があった」としています。
 第4章「御雇外国人たち」では、ベックマンが、「石ではなくれんがを仕上げに選んだ」理由として、
(1)当時のベルリンでは、ネオ・ルネッサンス建築の台頭とともに、れんが壁に上塗り仕上げか、切石によるものが多かった。
(2)日本の石について、石材の色彩を問題にした。
等の点を挙げています。
 第5章「明治・大正期官庁街素描」では、「明治から大正にかけて、中央官庁は霞ヶ関だけでなく大手町にも集中していた」が、「大手町官庁街はほとんどが木造であっただけに、大震災には弱かった」ため、「大手町の官庁の多くは、霞ヶ関に移転した」と述べ、「大手町地区は丸の内と並び日本を代表するビジネス街となった」としています。
 第6章「関東大震災と官庁街の復興」では、関東大震災後に、官邸とともに、警視庁が早期に建設されたことについて、「首都東京の治安維持に当たる警視庁の庁舎は、震災前には現在の第一生命本社の場所にあったが、大震災で消失したのち、現在の皇居前広場の150メートルという長大な仮庁舎に移った」と述べ、「新しく建てられた庁舎は後にテレビドラマ『七人の刑事』のタイトルバックに流れ、霞ヶ関だけでなく東京の名物となった」としています。
 第7章「国会議事堂の建設」では、明治30年代に、議事堂の設計をめぐる動きが活発になったが、「つねに問題になったのは莫大な建設費用で、着工までに様々な紆余曲折があった」と述べています。
 第8章「戦時下の霞ヶ関」では、「太平洋戦争への突入とともに、霞ヶ関の建物も空襲に対する防御を固める必要に迫られるようになった」として、「中央官庁街の防空対策として、霞ヶ関でも防空壕の建設や対断層の設置が始まった」と述べ、中でも、「内務省庁舎は、敵襲下の業務にも支障の内容改修が図られた。建築構造上許される限度の対談層を屋上及び五回の会議室の床に設けた。また警視庁に隣接する北東の真下の地中深くに、ガス及び1トン爆弾の攻撃に耐える二層の非常用執務室の構築を始めた」と述べています。
 また、「空襲に備え、霞ヶ関の中央省庁の機能を確保する必要も生じた」として、「いざというときの政府首脳のための防空壕が、『中央防空壕』として計画された」と述べています。
 第9章「戦後の霞ヶ関」では、「内務省では終戦の日、文書を全部焼くようにという命令が出た」として、「選択なしで全部燃やせということで、内務省の裏庭で三日三晩、その炎は夜空を焦がして燃えた」と述べています。
 著者は、「霞ヶ関官庁街は、これまで多くの歴史の襞を刻んできた」とした上で、霞ヶ関が皇居や日比谷公園などの周辺環境との調和のもと、「一般の人々にも親しまれる官庁街になることを願ってやまない」と述べています。
 本書は、日本の官庁の中心部の歴史を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 霞ヶ関に用事があるときは、たいてい地下鉄で目的の省庁の近くの出口から出るのでそれほど坂の町という印象を持ちませんが、昔は入り江だったとは今では想像できません。


■ どんな人にオススメ?

・霞ヶ関に行ってみたい人。


■ 関連しそうな本

 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日
 百瀬 孝 『内務省―名門官庁はなぜ解体されたか』 2007年06月13日
 秋庭 俊 『帝都東京・隠された地下網の秘密』 2006年10月4日


■ 百夜百音

閉ざされた町【閉ざされた町】 CARMEN MAKI and SALAMANDRE オリジナル盤発売: 1976

 今聴くとそれほど抵抗なくかっこいいと思いますが、当時は抵抗ある人は相当多かったのではないかと思います。

2009年7月18日 (土)

もう牛を食べても安心か

■ 書籍情報

もう牛を食べても安心か   【もう牛を食べても安心か】(#1640)

  福岡 伸一
  価格: ¥756 (税込)
  文藝春秋(2004/12)

 本書は、「狂牛病の発生のプロセスを解析することによって、狂牛病禍が私たちに問いかけたものは何かを考える」ものです。
 第1章「狂牛病はなぜ広がったか」では、狂牛病の病原体の動きを追うことが、「食物連鎖網にそって循環しているミクロな分子のマクロな流れの存在に触れる大切な手がかりを与えてくれる」としています。
 そして、ヨーロッパでは、「従来より羊、牛、豚など家畜から食用肉を取り去った残りの部分の廃物やくず肉を集めて、加熱・脱脂し、これを乾燥させ粉末としたものを、タンパク質を含む家畜飼料として"リサイクル"することが行われ」ており、この工程を「レンダリング」、できた産物は「肉骨粉」と呼ばれていたとした上で、草食動物であるはずの牛が、「人為的に食物連鎖を組み替えられて肉食を強いられていた」ことを指摘しています。
 そして、1980年を境にレンダリングの方法が大きく変更され、「加熱温度、時間が減少し、有機溶剤による抽出が行われなくなったことが、スクレイピー病原体の不活性化・除去を不十分にし、そのことが肉骨粉の中に病原体がある一定レベル以上に残存してしまう結果を招いた」として、「イギリスの狂牛病アウトブレイクの裏には、このような経済効率からの要請を受けたレンダリング工程の簡略化があった」ことを指摘しています。
 第2章「私たちはなぜ食べ続けるのか」では、「なぜ、私たちは他の生命を奪ってまでたんぱく質をとり続けなければならないの」かについて、「食べた食物は瞬く間に、分子のレベル、ひいてはそれ以下のレベルまで分解される。一方、安定なはずの内燃機関たる生物体もまた驚くべき速度でつねに分子レベルで解体されている。そして食物中の分子と政体の分子は渾然一体となって入れ換わり続けている」として、「分子のレベル、原子のレベルでは、私たちの体は数日間のうちに入れ替わっており、『実体』と呼ばれるものは何もない。そこにあるのは流れだけなのである」ということを、シェーンハイマーが「発見」したと述べ、「それは、生物学史上のコペルニクス的革命であった」としています。
 そして、シェーンハイマーが、「肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子のゆるい『淀み』でしかない」という事実に、「身体の『動的平衡』という素敵な名前をつけた」と述べています。
 第3章「消化するとき何が起こっているか」では、「タンパク質の機能は、そのアミノ酸配列によって決定される。つまり、アミノ酸配列は情報を担っている」とした上で、消化とは、「食べ物を吸収しやすくするため細かくする、という機械的な作用よりも、もとの生物が持っていたタンパク質の情報を一旦解体して、自分の体内で自分に適合した形で情報を再構成するための出発点をつくる、という重要な意味を持っている」と述べ、「この情報解体のプロセスが十分でないと、本来、別の生物が持っていた情報が自分の身体に干渉することになる」としています。
 第4章「狂牛病はいかにして消化機構をすり抜けたか」では、「精密なバリアー兼ゲートとして機能する消化管をすり抜ける負の情報として狂牛病病原体がある。この病原体は、食物の中に潜み、加熱や乾燥に耐え、そして何より消化酵素の攻撃を免れて体内に侵入する。そして最終的には血液―脳関門と呼ばれる、脳を保護するバリアーを突破して脳内に入る」と述べた上で、この病原体の"システム破り"の方法について、イギリスでは、生まれたばかりの子牛に、「肉骨粉を水で溶いた、スターターと呼ばれる代替資料を与える」ことが一般的に行われていたと述べ、「子牛の消化管が母親から抗体を受け入れるため、武装を解き、門を開いているまさにそのとき、イギリスで行われていたことは、狂牛病病原体で汚染された肉骨粉を水溶きした飼料を、何も知らない子牛達に与えるという愚挙だった」と指摘しています。
 第6章「狂牛病病原体の正体は何か」では、スタンリー・プルシナーが、「サイエンス」1982年4月9日号に「新規のタンパク質性病原体がスクレイピーの病因である」と題した論文を掲載し、ここで、「微小な、タンパク質感染性粒子(proteinaceous infectious particle)の略称」である「プリオン」という用語を提案したことを紹介し、「この論文で、最もインパクトがあり、最も素晴らしい『発見』は、プリオンという言葉を造り出した、ということだった」と述べています。
 そして、「結局のところ、今の今に至るまで、プリオンタンパク質に関して」、「『精製したサンプルを接種し病気を起こさせる』という決定的要因が立証されてはいない」として、「現在いえることは、ただ一つ、ノーベル賞の後光に守護されているとはいえ、プリオン仮説は今なお極めて不完全な仮説だ」と述べています。
 第7章「日本における狂牛病」では、全頭検査の意義として、
(1)日本で狂牛病が発生した当初、発生原因が何であるのか全く分からなかったため、それに対して最大限の監視体制を敷いたということ。
(2)感染ルートや汚染の規模が不明であり、今も不明のままだということ。
(3)年齢特定の問題。
の3点を挙げ、「日本における感染ルートや汚染源は依然として全く判明していない」ので、「漏れのない全頭検査を行うことが、病原体の広がり方や伝達ルートを知る上で、すなわちリスク構造を解明する上で極めて重要であることは論を待たない」としています。
 そして、私たちが再考せねばならないこととして、
(1)環境が人間と対峙する操作対象ではなく、むしろ環境と生命は同じ分子を共有する動的な平衡の中にあるという視点。
(2)できるだけ人為的な組み換えや加速を最小限にとどめ、この平衡と流れを乱さないことが本当の意味で環境を考えることにつながるという認識。
の2点を挙げています。
 本書は、狂牛病を入り口に、肉を食べるということの本質に迫った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で示されている「動的平衡」という考え方は、昔どこかで読んだことがあると思ったら、藤子・F・不二雄の短編集で読んだのを思い出しました。当時としてはかなり画期的な考え方だったのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・肉を食べるのが好きな人。


■ 関連しそうな本

 福岡伸一 『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』
 福岡 伸一 『プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー』


■ 百夜百音

Live at LIVE INN【Live at LIVE INN】 ダディ竹千代&東京おとぼけCats オリジナル盤発売: 2006

 杓文字に始まり、大根、みかん、果ては豆腐まで何でも弾いちゃうチョッパーベースは今見てもインパクト大です。

2009年7月17日 (金)

鉄道ゲージが変えた現代史―列車は国家権力を乗せて走る

■ 書籍情報

鉄道ゲージが変えた現代史―列車は国家権力を乗せて走る   【鉄道ゲージが変えた現代史―列車は国家権力を乗せて走る】(#1639)

  井上 勇一
  価格: ¥612 (税込)
  中央公論社(1990/11)

 本書は、鉄道権益をめぐる国際紛争を取り上げたものです。著者は、紛争解決には、「列強の力関係がより直接的に反映されることとなり、鉄道権益をめぐる抗争は既存の国際関係に新しい状況の変化をもたらし、その結果、新しく成立する列強の勢力範囲によってさらに新しい国際関係が生まれることになる」と述べています。
 第1章「シベリア鉄道の脅威と京奉鉄道」では、1891年の大津事件について、「その後のシベリア鉄道に対抗するイギリスの京奉鉄道建設や日本の朝鮮半島銃弾鉄道敷設計画が東アジアの国際政治を動かし、日露戦争へと収斂してゆく出発点となっていた」と述べています。
 そして、1899年、ロシアが京奉鉄道のほぼ全線を占領する事態に妻子、「イギリスとしてはロシアが占領した京奉鉄道を通って北京に進出することを警戒しなければならず、それを防ぐためには、ロシアが京奉鉄道のゲージを東清鉄道と同じに改築し、東清鉄道の一支線に改造することを阻止しなければならなくなった」と述べています。
 第2章「朝鮮半島縦断鉄道の建設」では、日本が、1894年の日韓暫定合同条款の成立以来、「4年の歳月をかけ、ロシアの干渉を配して京釜鉄道の敷設権を獲得した」にもかかわらず、「ロシアは京釜鉄道のゲージを東清鉄道と同じ広軌とするよう要求してきた」ように、「決して京釜鉄道への関心を捨ててはいなかった」と述べています。
 そして、後に朝鮮半島南部における鉄道権益が京釜鉄道会社に集中されていった理由として、渋沢栄一の存在も大きかったが、「京釜鉄道会社が民間企業体でありながらも政府の特別な保護を受けることに成功し、いわば国策会社としての性格を持つようになった結果」だと述べています。
 第3章「軍用鉄道の建設を改修」では、「満鉄が南満州の鉄道を標準軌に改築して行ったことは、日露戦争の結果、ロシアが長春以北に撤退し、変わって日本が南満州に進出したことを明らかに示していた」と述べたうえで、満鉄の資金調達が主としてイギリスで行われたことについて、「満鉄が、日露戦争後においてもロシアのシベリア鉄道・東清鉄道による極東進出に対する防波堤としての任務を担っていたことを明らかにし、単にゲージの問題だけでなく、資金的にも満鉄を支えていたのは日本とイギリスであったことを示していた」と述べています。
 第4章「満韓連絡鉄道建設問題」では、「朝鮮半島を南北に縦断する幹線鉄道の建設は対露戦略上不可欠な兵站線であったが、日本は日露戦争開戦前までにこれを開通させることはできなかった」と述べた上で、「朝鮮半島のほぼ全域に独占的に鉄道網を拡大することによって、その後の日韓併合のための基礎となり、また日本と満州とを結ぶ動脈となってゆく」と述べています。
 エピローグでは、日露戦争以後の満州の鉄道圏について、「ポーツマス講和条約によって規定されたとおり、長春以北をロシアの広軌が、またその南は標準軌の鉄道が走っていた」として、「この広軌と標準機との対抗関係は、その後、何ら変わることなく続いていた」と述べています。
 そして、1935年に、東支鉄道譲渡に関するソ満間の協定と日本政府の支払い保証に関する日ソ間及び日満間の交換公文が成立したことで、「満州は標準軌の鉄道に一元化」され、「それはまた満州国の支配我慢州全域、特に北満にも及んでいったことを示していた」と述べています。
 本書は、鉄道ゲージという規格をめぐって国際社会がいかに戦ってきたかを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読む前は、日本の国内の狭軌と標準軌をめぐる話しかと思っていましたが、満州を舞台にした標準軌と広軌との戦いも興味深いものでした。


■ どんな人にオススメ?

・鉄道のゲージの話はマニアに任せておけば十分と思う人。


■ 関連しそうな本

 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日


■ 百夜百マンガ

STATION【STATION 】

 昔の漫画家は昔の漫画家なりに安心して読めるというメリットがあるのかと思います。特に人情話は。

2009年7月16日 (木)

地図もウソをつく

■ 書籍情報

地図もウソをつく   【地図もウソをつく】(#1638)

  竹内 正浩
  価格: ¥788 (税込)
  文藝春秋(2008/08)

 本書は、「贋情報を追加したり、国策宣伝に利用されたり、切れた鉄道が繋がったり」といった、「客観的で、寡黙に思われがちな地図が、実は雄弁にものを語り、時には人もだます」ことを紹介したエピソード集です。
 第1章「おしゃべりな地図」では、札幌の中心部と南西部のあたりで通りの角度がわずかにずれている原因について、「札幌本府が方位磁石を基準にしたためにしに9度ほど傾いているのに対し、山鼻屯田が、北極星を基準にしたため」といわれていることを紹介しています。
 また、合併前の村の数を足した数字がついた自治体の名前のうち、現在最多である千葉県富里市について、「十三里(とみさと)」の糸が込められていると解説しています。
 また、4日間しか存在しなかった宇島市を紹介した上で、2ヵ月半で柏市に改称してしまった千葉県東葛市を紹介しています。
 第2章「ウソつきな地図」では、悪名高い「戦時改描」について、「重要施設に対する軍事攻撃を防ぐために、地形図に偽の情報を描き加えること」だと述べています。
 また、京都が大規模な空襲に遭わなかった理由として、「広島、小倉、新潟とともに、原子爆弾の投下予定地候補とされたため」だったことを解説し、逆に当初原爆投下候補地に入っていなかった長崎は、「当日の投下目標だった小倉の上空が、前日の八幡空襲によって炎上した煙の影響もあってか視界不良だったため、目標を急遽変更したせい」だと述べています。
 また、房総半島の岩井~富浦間の鉄道トンネルが消されている理由として、「昭和初期、館山周辺には砲台施設や海軍航空基地が続々と建設され、南房総全体が要塞地帯へと変貌していった」ため、「国防上、わざとトンネル(岩富トンネル)を消した」のだと解説しています。
 第3章「気まぐれな地図」では、地形図を自由に購入できるという「日本では当然の常識が、東アジア各国では通用しない」として、鉄道以外にも、「横須賀港に碇泊する自衛隊のイージス艦を撮ったり、基地を離着陸する自衛隊機を撮影して、まったくとがめられない国なんて、少なくとも東アジアでは日本ぐらい」だと述べています。
 第4章「小悪魔な地図」では、「われわれは知らず知らずのうちに、身近な地図から、世界観や空間認識を形成しているものだ」として、「北が上」と考えてしまうことを挙げ、オーストラリアやニュージーランドの「南半球を上にした世界地図」や、富山県が作成した「環日本海諸国図」などを紹介し、「こうした地図を見るだけで、われわれの世界の認識がいかに一面的か理解できるだろう」と述べています。
 また、メルカトル図法では、緯度が高いほど広く表示されてしまうことに関して、この地図には「実像以上にソ連(ロシア)の脅威をあおる効果があった」と述べ、さらに、色使いでも、社会主義国を赤く見せることの効果についても言及しています。
 そして、台湾で入手できる「中華民国地図」について、「現実を無視した『そうあるべき姿』をこれほどあからさまに表現し、しかも政府がお墨付きを与えた地図は、世界的に見てもあまりない」と述べています。
 さらに、学研トイズの音声ガイド付地球儀「スマートグローブ」が、中国の周辺諸国との間の領土問題に関して、「中国政府の主張に沿った形で表記されている」ことについて、学研トイズ側が「当初は日本の学校教科書同様の表記をするつもりだったが、工場が中国にあり、中国政府から表記を変更しないと日本への輸出を認めないと迫られた」と説明していることを紹介し、同様に老舗パズルメーカーの「やのまん」の「3D球体地球儀」も同様に中国当局の指示に従った表記がなされていたことが明らかになったとしています。
 本書は、普段、当たり前のように見ている地図がどのようにできているかを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ここ20年で外国へのアウトソーシングが進みましたが、中国に仕事を発注することのリスクをこれほど感じさせる事例はないのではないかと思います。やはり地図は政治的なものなのだと感じさせる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・地図は正しいと思っている人。


■ 関連しそうな本

 マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年1月7日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年1月1日


■ 百夜百マンガ

帰ってきたハイスクール!奇面組【帰ってきたハイスクール!奇面組 】

 80年代の連載当時の面白さを今も続けているとは思いませんが、それでも今でも描き続けてくれることはなんだかうれしいです。

2009年7月15日 (水)

ドラッカーの遺言

■ 書籍情報

ドラッカーの遺言   【ドラッカーの遺言】(#1637)

  P.F. ドラッカー (著), 窪田 恭子 (翻訳)
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2006/1/20)

 本書は、2005年、ドラッカーが亡くなる4ヶ月前に、「講談社BIZ」の取材に応えて語った言葉をまとめたものです。
 第1章「世界はどこへ向かっているのか」では、経済において、
(1)グローバル経済
(2)トランスナショナル経済
(3)財・サービス・人から成る経済
の3つの異なる顔を持つ側面が、「互いに並行し、時に重なり合いながら、明確な世界経済としての姿を現しつつある」としています。
 そして、「真にグローバル化を成しえたものは、唯一つ、『情報』のみである」とした上で、「超大国が持つ『権力』ではなく、グローバル化した『情報』によって世界が強固に結びつく時代が来る」と語っています。
 また、「新しい秩序へ向かう、混迷した世界の中で、重要な役割を担う二つの国」として、イギリスと日本を挙げ、「イギリスには大西洋をはさんでヨーロッパとアメリカを、そして日本には太平洋を挟んでアジアとアメリカを結ぶ『橋』となることが求められて」いるとしています。
 第2章「日本の"いま"」では、「日本が今すぐ取り組まねばならない課題」として、「時代が変わったことを認め、その変化に対応していくための意識改革」を挙げ、その変化の一つは、「日本を成功に導いてきた原動力である『保護主義』が通用しなくなったこと」を挙げています。
 第3章「"仕事"に起こった変化」では、日本が直面しているもう一つの変化として、「労働市場で進行しつつある変化」を挙げ、「『戦略』を管理する経営構造の確立こそ、知識労働時代の最も重要な課題」だと述べています。
 そして、知識労働へのシフトは、「年功序列」という「日本が誇る伝統的な雇用形態に終止符を打つこと」になるとしつつも、「日本が誇るもう一つの伝統」である、「終身雇用制度については、むしろ残した方がいい」と語っています。
 第4章「日本が進むべき道」では、「日本の台頭とは、『和洋の統合に成功した企業の台頭』」だとした上で、「これからの日本にとって最も重要となるのは、情報技術におけるイノベーションをいかに達成していくかを学ぶこと」だと語っています。
 また、「日本人のものの考え方において大きなリスクとなりうる点」として、日本人の多くが、「問題重視型」の思考様式に囚われていて。「機会重視型」の発想を持っていないことを指摘しています。
 第5章「経営とは?リーダーとは?」では、「経営の本質とは何でしょうか?」という質問への回答として、
(1)あなたの事業は何か? 何を達成しようとしているのか? 何がほかの事業と異なるところなのか?
(2)あなたの事業の成果を、いかに定義するか?
(3)あなたのコア・コンピタンス(独自の強み)は何か?
の3点を挙げ、一言で言えば、「成果を得るために、どんな強みを活かして、何をしなければならないのか?」だと述べています。
 また、有能なリーダーに共通する習慣の一つとして、「やりたいことから始めることはない」ことを挙げ、彼らがまず、「何をする必要があるか」を問うと述べています。
 第6章「個人のイノベーション」では、個人のイノベーションという観点から、「この50年間でもっとも大きな変化」として、教育のレベルの変化を挙げ、「現在では、学校教育の終了時こそ、真の意味での学習の開始時期を指し示している」と語っています。
 また、日本の若い世代の人たちに向け、「20代から遅くとも30代前半のうちに、少なくとも2~3年は日本を離れて、他国で働く経験を積むこと」を勧めています。
 本書は、日本に向けたドラッカーのメッセージが詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 巻末に収められたジャック・ビーティ氏によるドラッカーの人物像には、ドラッカーがフランクフルト大学で、「ただ一度だけ代理で教師を務めた講義で、マインツ出身の若い女性、ドリス・シュミットと出会って」いることが紹介されています。70年近く連れ添うことになる奥さんをそういう場面で見つけてしまうというのは素晴らしいです。


■ どんな人にオススメ?

・ドラッカー好きな人。


■ 関連しそうな本

 P.F.ドラッカー (著), 上田 淳生 (翻訳) 『イノベーションと企業家精神』 2009年6月29日
 P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳) 『ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる』 2005年07月21日


■ 百夜百マンガ

トリツキくん【トリツキくん 】

 麻雀漫画にもかかわらず、幽霊が出てくるラブコメ、そして生まれ変わりを待ってのコールドスリープなど、後の高田ワールドを予感させる展開になっています。

2009年7月14日 (火)

「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活

■ 書籍情報

「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活   【「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活】(#1636)

  岩瀬 彰
  価格: ¥777 (税込)
  講談社(2006/09)

 本書は、「戦前日本の"ふつうの人"の生活感覚」をテーマとしたもので、「大企業サラリーマンや軍人、女性店員の平均的給料がいくらで、それでどの程度の生活ができたのか、東京の家賃はどの程度の水準で、娘を嫁にやればどの程度の費用がかかったのか」を調べたものです。
 第1章「お金の話」では、「戦前」が判りにくい最大の理由として、「現在価値との比較の尺度がまちまちなこと」を挙げた上で、「おおざっぱに言って、物価は二千倍上がったが、収入は五千倍上がっており、そのぶん日本人は豊かになったと考えればよいのではないか」と述べています。
 また、戦前と通じて収入のひとつの基準になっていた「月給百円」または「年収千二百円」について、大正15年の税制改正で、課税最低額が1200円に引き上げられたことを挙げ、「昭和ヒトケタ答辞は、千二百円以上か以下かは、単に生活水準だけを示すのではなく、社会的地位を表す指標でもあった」と述べています。
 第2章「戦前日本の『衣・食・住』」では、教科書で昭和初期を代表する風俗として取り上げられる「洋装のモダンガール」について、「圧倒的な和服の壁の前に彼女たちの旗色は悪く、総じて言えば『貧乏くさい』イメージから逃れられなかった」と述べています。
 また、戦前の家計調査に家賃収入が計上されている点について、「年金などの充実していない戦前には、貸家を持つのは庶民にとっても有力な老後対策のひとつだった」と述べています。
 第3章「就職するまで」では、「戦前社会では全体の3割から4割しかいない中学進学者の、そのまた1割しか旧制高校や大学予科に行かなかった」として、「小学校を出てすぐ働き出した圧倒的多数と大学まで進学した少数者の距離は、現在とは比較にならないほど大きかった」と述べています。
 第4章「サラリーと昇進の『大格差』」では、「実は役所においては、私学出や無学歴者は全く人ではないのだ。帝大派がかれらに与える圧迫は実にはなはだしいものがあり、そしてどんなに資格があっても、どんなに実力があっても、私学、無学歴とあったら、金輪際上へは昇れぬものと覚悟しなければならぬ状態なのだ」という雑誌の特集を紹介したうえで、外資系企業の給与水準を紹介し、「『ガイジン』は当時も破格の収入だった」と述べています。
 第5章「ホワイトカラー以外の都市生活」では、「戦前戦後を通じて、一つの型にはまった虚像が確固として出来上がっている」青年将校について、「悲憤慷慨し、国を憂え、世を憂えていたように見える将校も、実際は月給をもらって生活している普通のサラリーマンであり、さらに収入という点では当時の社会で最も恵まれない『ペエペエの貧乏サラリーマン』だった」とする山本七平の言葉を紹介しています。
 また、「モダンガール」についても、「なんといっても就業機会の少なさ」が、「貧乏くささの背後にあったのは否めない」と述べています。
 そして、「男の夜の行動は当時も今もおおむねこんな感じだが、昭和ヒトケタは、売春産業の全盛期だった」として、紀田順一郎が、「控えめに見ても76人に1人は売春に従っていたことになる」と書いていることを紹介しています。
 終章「暗黙の戦争支持」では、「当時のホワイトカラーも、極端な貧富の格差の存在や政財界の腐敗には内心怒りを感じてはいた」が、「多くのサラリーマンはただじっとしていた」と述べています。
 本書は、今では遠い外国の暮らし以上に見えにくい、戦前の日本の庶民の暮らしを追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 戦前の小説を読んでも、やはり金銭感覚の点でピンとこないところがあったのですが、最近の若い人は80年代のバブル景気を知らないので、当時のトレンディドラマとか小説を読んでも外国のことのように感じるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・戦前の暮らしは戦争一色だったと思っている人


■ 関連しそうな本

 菊池 信平 『昭和十二年の「週刊文春」』
 湯沢 雍彦 『大正期の家庭生活』 2008年10月08日
 速水 融, 小嶋 美代子 『大正デモグラフィ 歴史人口学でみた狭間の時代』 2008年10月29日


■ 百夜百マンガ

うしろの百太郎 平成版【うしろの百太郎 平成版 】

 二世もの漫画のブームではあるのですが、さすがにこの作品はメンツは変わらないようです。

2009年7月13日 (月)

電脳社会の日本語

■ 書籍情報

電脳社会の日本語   【電脳社会の日本語】(#1635)

  加藤 弘一
  価格: ¥746 (税込)
  文藝春秋(2000/03)

 本書は、「文部省もメディアも、ほとんど関心を払わなかったコンピュータの文字の登録簿=文字コード」について、「文系と理系の谷間に埋もれたその変転の歴史」を発掘したものです。
 第1章「電脳時代のS・カルマ氏」では、「社会を覆う文書の網の目は、今、コンピュータ・ネットワークの内部にそっくり飲み込まれようとしている」、「それも、神の文書よりもはるかに隙間なく、密に」とした上で、「ここで問題になるのは、文字の同一性である」として、「受け手側で表示される文字は受け手側のマシンに依存するので、送り手側のマシンと同一の文字が表示されるとは限らない」点に、「文字コード問題の重大性がある」と述べています。
 第3章「国際文字コードとしての漢字」では、1974年のJIS基本漢字の規格が、「『社会的に確立した』文字同定の範囲を示すもの」である「文字概念」という曖昧模糊とした考え方を取っている背景として、「当時の貧弱なハードウェアに対する配慮があったらしい」ことを挙げています。
 そして、「この融通無碍な規定」が、1983年会提示の混乱の遠因となったと述べています。
 第4章「漢字制限論争の亡霊」では、「日本は漢字を使っていたにもかかわらず近代化に成功したというより、漢字のおかげで成功したと考えた方がいい」として、「日本は漢字の造語力のおかげで西欧の概念を日本語文脈にたやすく取り込むことができた」ことを挙げています。
 そして、敗戦後のGHQの軍事占領下の日本で、GHQ民間情報教育局言語部で辣腕を振るったロバート・キング・ホールが起草した、「日本では漢字を禁止し、カタカナを使わせるべき」だとした勧告について、
(1)漢字の禁止は、戦前の政治宣伝との接触を禁じるのに大いに役立つ。
(2)カタカナによって、検閲が容易になる。
(3)カタカナの使用によって、児童たちが同程度の学力に達する時間を短縮できる。
(4)カタカナの使用は、日本でのビジネスの効率を増大させる。
の4点を紹介しています。
 また、1982年にパソコンの世界登場した「シフトJIS」について、「JIS基本漢字の文字セットに、JISとは異なる文字番号を振った文字コードだが、JIS基本漢字を押しのけて普及したのは、プログラマーにとって、シフトJISのほうが使いやすかったからに他ならない」と述べています。
 第5章「グローバル・スタンダードをめぐる攻防」では、ユニコードについて、「アメリカ西海岸の大手コンピュータ企業の有志が独自に開発を進めていた内部処理用コード」であり、「16ビットをフルに使って全世界の文字を符号化しようという文字コード」だと述べています。
 第6章「文字コードの現在」では、「情報化の波は近々アジアの隅々に及ぶ。コンピュータ利用者の裾野は急速に広がっていくだろう」として、「インターネットの普及が進み、世界が今よりもさらに緊密に結ばれるようになる」と、世界人口の3分の1がすんでいる、デーヴァナーガリ系文字・アラビア系文字文化圏の文字を含めた多言語処理が緊急の課題になると述べています。
 そして、「これまでの社会に文字文字の皮膜がかぶさっていたが、情報化社会はもう一段細かいところまで文字が入り込み、生活の内部にまで浸潤した社会なのである」として、「文字と人間の関係も変わらざるを得ない」と述べています。
 本書は、いまや社会に不可欠なインフラとなった文字コードの歴史をたどった一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近、ココログにブログの引越しをしたのですが、MTが書き出すバックアップ用のテキストはユニコードでした。それにしても、テキストファイルで18MBくらいの分量になってしまって移行は大変でした。


■ どんな人にオススメ?

・文字化けに悩まされている人。


■ 関連しそうな本

 深沢 千尋 『文字コード超研究』
 小林 竜生 『インターネット時代の文字コード』


■ 百夜百マンガ

地獄の子守唄【地獄の子守唄 】

 「わたしの赤ちゃん」は子供の頃読んで怖かったのを覚えています。それにしても夢に出たらうなされそうな話ばかりです。だれか『ほんとは怖い日野日出志』とか出してくれないでしょうか。

2009年7月12日 (日)

タイトルの魔力―作品・人名・商品のなまえ学

■ 書籍情報

タイトルの魔力―作品・人名・商品のなまえ学   【タイトルの魔力―作品・人名・商品のなまえ学】(#1634)

  佐々木 健一
  価格: ¥861 (税込)
  中央公論新社(2001/11)

 本書は、藝術作品のタイトルについて、「タイトルをなまえの一種として捉え、ひとの名前や商品のネーミングと引き較べながら、広い視野でゆったりと考え」たものです。
 第1章「タイトル、この気になるもの」では、本書の主題は、「藝術作品のタイトル、より具体的に言えば、絵画のタイトルを記したプレートが《気になる》存在であるという経験的な事実を糸口として、その背後に近代美学思想が横たわっていることを指摘すること」だと述べています。
 第3章「なまえの魔力」では、「まなえの魔力が端的に現れた現象」として、「なまえにまつわるタブー」として、「本当のなまえで呼ぶことを避けようとする風習」を挙げ、「本当の名はその人自身とほとんど変わるものではない。名に触れることは、そのひとの人格に触れることに他ならない」と述べています。
 第7章「タイトルの歴史学 その1」では、「古典的なタイトルの主流はオデュッセイア型、すなわち主人公の名前を用いたものであり、イリアス形は決して多くない」と述べています。
 第9章「タイトルの歴史学 その3」では、「タイトルへのこだわりのようなものは、徐々に形成されていったものと思われるが、そもそも、この説明書のシステムは相当早い時期に確立していたに相違ない」として、「目録に記載された画題もしくはタイトルは作家の側からの提案に基づいていたはずである」と述べています。
 第11章「タイトルのレトリック」では、「タイトルとは、作品『について』の観念である」として、「『について』の言語としてのタイトルは、おのづからレトリックへの道を開くものである」と述べています。
 第12章「理論としてのタイトル」では、「タイトルがなまえの一種であることは、疑念の余地がない」とした上で、「その作品『について』の説明である、という点で名前を超えている」と述べ、さらに、「鑑賞者の立場からその機能を問うならば、タイトルとは、『として見る』ことの命令なのである」と述べています。
 結び「タイトルの脱藝術化」では、「個々の作品のタイトルは、藝術において何が見所であり、何に注目すべきかを教える特殊理論であった」とした上で、「タイトルそのものの美学を、すなわち藝術作品をタイトルと一体のものとして考える思想のことを考えよう」と述べています。
 本書は、藝術におけるタイトルとは何かを解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 美術作品を見るときにタイトルがついているのが当たり前だと思っていましたが、中世の宗教画にはそもそもタイトルなどはついていなかったというのは、よく考えれば当たり前なのかもしれませんが新鮮でした。今度はそういう目で見れると楽しいです。


■ どんな人にオススメ?

・美術作品を見るのが好きな人。


■ 関連しそうな本

 橋本 治 『人はなぜ「美しい」がわかるのか』
 佐々木 健一 『美学への招待』
 佐藤 道信 『明治国家と近代美術―美の政治学』 2009年1月 8日
 北沢 憲昭 『境界の美術史―「美術」形成史ノート』 2009年2月21日


■ 百夜百音

the best selection of first moritaka 1987-1993【the best selection of first moritaka 1987-1993】 森高千里 オリジナル盤発売: 1999

 そういえば、後の方では結構バラード系のしっとりした曲が多いですが、初期の頃はユーロビート歌謡曲とかイロモノっぽいストレートな曲で知られていました。

2009年7月11日 (土)

アメリカの宗教右派

■ 書籍情報

アメリカの宗教右派   【アメリカの宗教右派】(#1633)

  飯山 雅史
  価格: ¥798 (税込)
  中央公論新社(2008/09)

 本書は、「宗教右派はどうして、短期間に巨大な勢力に成長したのだろうか」という観点から、「宗教右派と福音派について、やや歴史をさかのぼりながら、コンパクトにまとめたもの」です。
 第1章「プロテスタントとアメリカ」では、欧州大陸で発生した多数の教派が、「新大陸の発見後、これらの宗派は理想の信仰生活を夢見て、退去してアメリカに流れ込んでいった」と述べています。
 そして、「アメリカには現在、4600を超す教派があり、"自由市場競争主義"にしたがって、信徒獲得ににしのぎを削っている」と述べています。
 第2章「プロテスタント大分裂」では、現在のアメリカで宗教と政治を語る際に非常に重要になっている「主流派」と「福音は」について、「20世紀の初頭に、アメリカのプロテスタントを襲った大分裂の波によって、プロテスタント全体が2つの陣営に裂かれていった結果」だと述べています。
 そして、「プロテスタントの分裂は、近代化を受け入れた人と、伝統的な信仰を重んじる人との必然的なぶつかり合いだった」として、「原理主義者が、分裂と孤立にまで突き進んだ行動の背景」として、彼らの特異な聖書解釈である「前千年王国」などについて解説した上で、福音派について、「社会と折り合いをつけた穏健な原理主義者」だと述べています。
 第3章「リベラルの時代」では、福音派と保守的な人たちが、「リベラルの時代を、強い不満を抱きながら見つめていた」として、「福音はには、不満のマグマがたまって爆発寸前になっていた」のを、「反リベラルの政治運動にまとめ上げたのが、宗教右派運動だった」と述べています。
 第4章「宗教右派は何を求めているのか」では、「宗教右派は、リベラルの時代に覆された宗教的な価値観を復活させようとした」として、宗教右派運動の最大のテーマである、「人工妊娠中絶の禁止」について解説してます。
 また、宗教右派台頭の背景にある社会変化として、「南部が急速に発展していった」ことを挙げています。
 第7章「ブッシュ政権と宗教右派の絶頂期」では、1990年代末に、多くの評論家から「死亡宣告」を出されていた宗教右派が、2000年の大統領選挙で再び力を盛り返し、「近年では最も宗教的な大統領」といわれたブッシュ大統領が、「宗教右派とは"同志的"な関係を結んだ」と述べています。
 そして、「宗教右派は、もはや反逆者ではなく、共和党の権力維持と自分の地位が密接に絡み合う"運命共同体"となってしまった」と述べています。
 第9章「宗教右派の停滞と福音派の影響力」では、宿院母、「思われているほど排他的な集団ではない」とした上で、その特徴として、「国際的な人権問題と宗教の自由に対する強い関心」を挙げています。
 著者は、「結び」で、「宗教右派運動とは、1960年代から70年代の"リベラルの行き過ぎ"に対する強い反発のエネルギーを吸収して育った、モンスターのような存在」だと述べています。
 本書は、大統領選挙などで耳にしているがよく分からないアメリカの宗教事情を解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 どうしてもアメリカの宗教右派というと、アメリカの政治を影から操って、進化論を学校で教えないように仕組んでいる怪しい勢力という先入観にとらわれてしまいますが、リベラルへの反発という動機は分かりやすい期がします。


■ どんな人にオススメ?

・アメリカ人の宗教はワケワカランと思う人。


■ 関連しそうな本

 町田 宗鳳 『人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉』 2009年4月 5日
 石井 研士 『テレビと宗教―オウム以後を問い直す』 2009年7月 8日


■ 百夜百音

中森明菜シングルス27 ′82-91【中森明菜シングルス27 ′82-91】 中森明菜 オリジナル盤発売: 1994

 昭和の終わり頃を代表するアイドルでしたが、他のアイドルとは立ち位置というか雰囲気がぜんぜん違った気がします。

2009年7月10日 (金)

物理学者、ゴミと闘う

■ 書籍情報

物理学者、ゴミと闘う   【物理学者、ゴミと闘う】(#1632)

  広瀬 立成
  価格: ¥756 (税込)
  講談社(2007/4/19)

 本書は、もともと「高エネルギー物理学」の専門家であった著者が、ゴミの中間処理施設の建設に関する市民運動をきっかけに、「環境をエンジンにたとえて、環境の仕組みが物理学の基本法則によってどのように理解できるかを分かりやすく説明」したものです。
 著者は、「プラスチックを含むゴミ問題が、なぜもっと科学的に議論され合理的に解決できないのか、そして、市民も行政もともにゴミの排出者でありながら、なぜこのように真っ向から対立しなければならないか」という疑問が頭を離れなかったと述べています。
 第1章「地球を丸ごと把握する」では、「『科学者』として地域の活動に引っ張り出された」著者が、「物理学研究という『たこ壺』から這い出たことは、楽しいことばかりではなかった。世の中の『ホント』ばかりでなく、『ウソ』も見えるようになったから」だと述べた上で、「伝統的な科学研究が不要である」わけではないが、「『たこ壺思考』だけでは、環境の本質を理解することはできない」と述べ、「ふろしき思考」への転換を訴え、「『ふろしき思考』=包括的思考ということになれば、自然の最も基本的な性質を扱うことのできる物理学が得意とするところ」だとしています。
 また、1960年代に、当時の電通PRセンターが作った、「大量生産・大量消費・大量廃棄」の大号令である「戦略10訓」、
(1)もっと使わせろ
(2)捨てさせろ
(3)無駄遣いさせろ
(4)季節を忘れさせろ
(5)贈り物をさせろ
(6)組み合わせて買わせろ
(7)きっかけに投じろ
(8)流行遅れにさせろ
(9)気安く買わせろ
(10)混乱を作り出せ
を紹介した上で、すべての項目を消費者の立場から否定」した「もったいない10訓」として、
(1)もっと使わない
(2)捨てない
(3)無駄遣いしない
(4)季節を忘れない
(5)贈り物をしない
(6)組み合わせて買わない
(7)きっかけに投じない
(8)流行遅れにしない
(9)気安く買わない
(10)混乱を作り出さない
を挙げています。
 第2章「基本法則は教えてくれる」では、「環境エンジン」が、「たまねぎ(多重)構造になっていて、エネルギー・物質はたまねぎの層を流れていく」として、「もしこの流れが途切れると、そこに物質・エネルギーがたまることになり、もはや環境エンジンは開放システムとして機能しなくなる』と述べています。
 また、物理学から見た環境の基本法則として、
(1)質量保存の法則
(2)エネルギー保存の法則(熱力学第1法則)
(3)エントロピー増大の法則(熱力学第2法則)
の3点を挙げ、「熱は必ず低熱現に排気されなければならない」にもかかわらず、「利用し終わった資源、すなわち『ゴミ』についての認識はきわめて遅れている」と述べています。
 第3章「生命を宿す星、地球のしくみ」では、「地球エンジンが、低エントロピーの雨や雪を受け入れ、高エントロピーの水蒸気にして廃棄する」という仕組みが続く限り、「地球は『定常開放系』として存在できる」とした上で、「生命を含む環境エンジンが持続的であるためには、エンジンは定常開放系でなければならない」と述べています。
 第4章「『捨てる心得』――持続可能な地球のために」では、「焼却炉は、ダイオキシンなどの発生を抑えるために、高温での稼動を要求される」として、「ひとたび建設された大型焼却炉は、ゴミを減らすことを許されない」と述べています。
 そして、全国有数の不法投棄の常襲地帯である千葉県で、「産廃Gメン」という監視チームが組織されたことを紹介した上で、チームの一員である石渡正佳氏が、「不法投棄グループの巧妙で複雑なやり方は非難される駅であるが、正規ルートだけでは処理しきれない膨大な産廃の存在や制度上の不備があること、そして『おれたちがいなかったら、誰がこのゴミを片す(片付ける)んだ』という関係者の言葉を通して、産廃は現代社会が生んだ構造的な犯罪であることも指摘している」と述べています。
 第5章「『もったいない文明』の夜明け」では、「地球環境の基本的なしくみが、物理学の3つの法則、『質量保存の法則』『エネルギー保存の法則』『エントロピー増大の法則』によって包括的に理解できる」都市t、絵
(1)環境のたまねぎ構造
(2)環境エンジンの効率
(3)エントロピーの廃棄
(4)自然物質と人口物質
の4点にまとめたうえで、日本では容リ法ができたおかげで、「企業は『リサイクルするから環境にやさしい』という大義名分を振りかざし、大手を振って、多様な包装容器を生産し販売できるようになった」うえ、「市民は、『リサイクルは美徳』という謳い文句にまどわされ、リサイクルがどれだけ環境に付加を与えているかには注意を払うこともなく、汚れた容器をせっせと洗って分別している」ことを指摘しています。
 そして、「もったいない文明」の条件として、
(1)食料の自給率を高めること、遺伝子組み換えではない有機農法を拡大すること、多くの人が農に親しみ、農の文化を深めること。
(2)一人一人の潜在的な能力を実現できる機会が保証されること。
(3)人と人、人と自然を含む生命圏の健全な「つながり」を大切にすること。
の3点を挙げています。
 終章「『もったいない文明』はソフトランディングで」では、「大量のものを生産して排気するという石油文明を作ってきた大人たちこそ、率先して『もったいない文明』への舵取りを行うべきだ」と述べています。
 本書は、科学者の目を通して、妄信の多い環境問題を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は環境問題に引っ張り出された物理学者が書いたものでしたが、同じように象牙の塔にこもって研究をしていた研究者が社会と関わりを持つという話は面白いのではないかと思います。もちろん、テレビには多くの「科学者」がテレビで色々な解説をしていますが、それまで研究に没頭していた人が世間とかかわりを持つ本書のような話のほうがよりドラマティックなものになるのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・科学者は何でも知っていると思っている人。


■ 関連しそうな本

 下野新聞「鹿沼事件」取材班 『狙われた自治体 ゴミ行政の闇に消えた命』 2006年02月08日
 佐久間 充 『ああダンプ街道』 2007年10月03日
 石渡 正佳 『産廃コネクション―産廃Gメンが告発!不法投棄ビジネスの真相』 2006年03月28日
 石渡 正佳 『産廃ビジネスの経営学』 2006年04月11日
 石渡 正佳 『リサイクルアンダーワールド―産廃Gメンが告発!黒い循環ビジネス』 
  『』 


■ 百夜百マンガ

多重人格探偵サイコ【多重人格探偵サイコ 】

 タイトルは「サイコメトラー~」と似ていますが、こちらの作品のほうが内容的にサイコな感じです。

2009年7月 9日 (木)

『鉄腕アトム』の時代―映像産業の攻防

■ 書籍情報

『鉄腕アトム』の時代―映像産業の攻防   【『鉄腕アトム』の時代―映像産業の攻防】(#1631)

  古田 尚輝
  価格: ¥2100 (税込)
  世界思想社(2009/02)

 本書は、「『鉄腕アトム』の登場をひとつの時代の区切りとして捉え、1960年代前半までの日本のテレビ放送産業の発展過程を他の映像産業との関係で綴るもの」です。
 著者は、「映像産業史の上では、『鉄腕アトム』は最初の国産シリーズ・テレビ・アニメーションということに止まらず」、
(1)アニメーション製作における劇場用作品からテレビ放送用作品への転換を誘導したこと。
(2)3コマ撮りやバンク・システムに象徴される極端な省力化の技法を開発しその後のテレビ・アニメーション製作に継承されたこと
(3)放送局によって低く抑えられた放送権料とそれをはるかに上回る製作費との差をキャラクター商品の販売(マーチャンダイジング)と輸出で補填するというアニメ・ビジネスの原型を提示したこと。
の点においても先駆的であったとして、「『鉄腕アトム』は、日本の放送メディアと映像産業の発展形態の一つの位相と、時代の区切りを示す里程標になった」と述べています。
 第1章「テレビ放送産業の勃興」では、1958年から64年までの短期間でのテレビ局の大量開局の特徴として、
(1)NHKおよび民間企業のテレビ放送事業に対する旺盛な意欲が大量開局の底流をなしていること。
(2)この旺盛な意欲を追認する形で郵政省が大量のテレビ局免許を交付したこと。
の2点を挙げています。
 第2章「『映画』表記の消滅」では、NHKのテレビ放送における「映画」表記と内容の変遷として、
(1)フィルムで製作されたあらゆる映像作品、すなわちニュース映画・短編映画・漫画映画・劇映画が概括的に「映画」と表記される時期。
(2)NHKがフィルムニュースと短編映画の自主制作を始め、このうち前者を外部政策と区別して「映画ニュース」と名づけ、ついで「映画」表記を除いて「ニュース」として独立させる時期。
(3)1950年代後半から「テレビ劇映画」あるいは「テレビ映画」と呼ばれる新種の劇映画が登場し、1960年代前半にはアメリカ・テレビ映画、1960年代後半からは日本のテレビ映画が主に民法で大量に放送される時代。
(4)NHKが自主制作した短編映画から「映画」という表記が消滅し独自の番組名で放送される時期。
(5)「漫画映画」という表記が消え、「映画」がもっぱら外部製作の劇映画だけを指すようになる時期。
の5段階を挙げ、「これはテレビ放送における『映画』表記の解体過程でもあり、テレビ放送産業と映画産業・アニメーション産業との関係、それに放送局自信の番組製作能力の向上が関わっている」と述べています。
 そして、このような「映画」表記の変遷には、
(1)放送局の番組製作能力の向上
(2)番組編成の変化
(3)テレビ放送産業と映画産業・アニメーション産業との関係の変化
の3つの要素が相互の関連していると述べています。
 第3章「テレビ映画とアニメーションの国産化」では、「1960年代前半頃から進んだフィルム番組の国産化の進展について記す」とした上で、「1960年代前半までのテレビ編成でアメリカ・テレビ映画が比重を占めた要因として、当時の放送事業者と大手映画会社が置かれていた状況、それに経済的な要因が指摘される」として、
(1)テレビ放送局のいずれもが開局後間もない時期で番組自主制作能力が未熟であったため、中継と外部製作の「映画」に編成の多くを頼っていた。その一方で放送時間は年々拡充された。
(2)日本の大手映画会社のテレビ放送対策として、1958年10月から日本の大手映画会社6社が製作した劇映画は、新作・旧作を問わずにテレビ放送にいっさい提供されなくなった。
(3)アメリカ・テレビ映画の価格の安さと購入する側の日本の外貨事情の好転。
の3点を挙げています。
 そして、「海外漫画映画の放送は国産漫画映画の放送の助走の役割を果たし、国産化の促進要因になった」と述べています。
 さらに、大手映画会社がテレビ映画製作に着手した理由として、「1960年代に入って顕著になった映画産業の凋落」を挙げ、「これが大手映画会社をいやおうなくテレビ映画製作に向かわせた」と述べています。
 第4章「映画産業の暗転」では、1950年代後半から60年代初めに最盛期を迎えた日本の映画産業が、「わずか十数年の間に隆盛と凋落という対照的な局面を経験した」と述べています。
 そして、1960年にピークの547本を数えた劇映画の製作本数が、1962年には375本に減ったことに関して、こうした多作の原因として、
(1)戦後の生活難の中で娯楽が限られていたために映画に対する需要が旺盛で国内市場が成長途上にあったこと。
(2)大手映画会社がこれに対応できる製作から興行までの映画供給の一貫体制を整備していたこと。
(3)大手映画会社が1950年代後半から2本立て競争に走ったこと。
の3点を挙げています。
 第5章「テレビ放送の敵視と参入」では、「日本の映画産業は、テレビ放送に対して当初は敵視しその後は共存して参入を図るという両面性を見せた」として、敵視は、1958年10月から1964年10月までの「劇映画"空白の6年"」に集約的に現れているとした上で、「劇映画"空白の6年"の間にテレビ放送産業と映画産業の関係は劇的に変化」し、「かつて劇映画を編成の核として出発したテレビ放送は脆弱な揺籃期を脱してもはや劇映画を必要としないほどの自立し、逆に映画産業は当初蔑視していたテレビ放送の普及によって前例のない衰退を経験していた」と述べています。
 そして、「劇映画の空白はテレビ・ドラマとアメリカ・テレビ映画、後に日本のテレビ映画が加わって容易に埋められたという印象が強い」と述べています。
 第6章「ハリウッドとテレビ放送」では、1946年から1960年までのアメリカの映画館の急速な衰退の要因として、
(1)テレビ放送の急速な普及
(2)人口の郊外移動
(3)個人所得と余暇時間の増加に伴う映画以外の娯楽の享受とモータリゼーションなどによる生活スタイルの変化
の3点を挙げています。
 第7章「黄昏からの再生」では、ハリウッドのテレビへの対応策として、
(1)映画製作そのものの変革
(2)テレビ放送への対抗策
(3)テレビ映画の製作や旧作映画の放送権売却によるテレビ放送への進出
の3点を挙げています。
 そして、日米の映画界の対応を比較し、「1950年代には言って同様にテレビ放送の急速な普及によって危機に瀕し同時にテレビ映画の製作によってテレビ放送産業に参入しながら、日本の映画産業は凋落の趨勢を止めることができず、ハリウッドは事業の多様化によって再生の手がかりをつかんだ」と述べています。
 第8章「アニメーション産業の形成」では、戦前のアニメーション製作の特徴として、
(1)日本の漫画映画製作は海外の短編漫画映画の影響を受けて1917年に一挙に開花したと考えられる。
(2)最初の3作品の製作全てに映画会社が関与していること。
の2点を挙げています。
 そして、「戦時期には、皮肉なことに戦争が漫画映画の製作を促進し、軍の発注を受けて戦意高揚のための長編がかつてない規模の集団作業で製作された」として、中でも、最大の発注元は海軍省であったと述べ、「戦時期の日本の漫画映画製作は、アメリカとの競争から解放される中で、潤沢な軍需と製作者の創造性に支えられて水準の高い作品が製作され」、「軍需による製作には漫画映画製作の企業化の兆しも伺える」としています。
 また、1963年からの虫プロダクションによる『鉄腕アトム』の放送開始に当たり、「1話の動画枚数を当初の2,000枚からさらに減らして1,500~1800枚にすること」にするため、「可能な限り動画の枚数を節約した絵の動かし方が考案された」として、
・3コマ撮り
・トメ
・引きセル
・くりかえし
・部分
・口パク
・兼用
・ショート・カット
の8点を挙げ、3コマ撮りと「使用頻度の高い動画を蓄えて繰り返し利用あるいはほかの場面に兼用する方策」である"バンク・システム"は「アニメーション製作の省力化を象徴する画期的な技法を評された」と述べています。
 さらに、テレビ・アニメーションの企業化の要件として、
(1)可能な限り廉価で短期間に製作する効率的な製作体制の確立
(2)そのための省力化の技法の開発
(3)安定的で継続的な利益の計上
の3点を挙げ、第3の要件については、「テレビ漫画映画を継続して製作して単独の作品で生じた欠損や剰余を全体として遣り繰りすることによってどうにか満たしたのではないか」と述べています。
 第9章「『鉄腕アトム』の遺産」では、1962年当時、30分のアニメーションの製作費が1本250万円と言われていた中、1本55万円という廉価で製作したことで、手塚が、「あまりに安い製作費(放送権料)で受注してアニメーション業界を苦境に陥れた」という非難を長く浴びることになったが、「手塚が極めて現実的な判断をしている」という理由として、
(1)国産テレビ・アニメーションの製作は始めてであったため、虫プロダクションはすでに産業の形態を整えていたテレビ放送産業と対等な関係を保つのが困難であった。
(2)放送局にとっても国産テレビ・アニメーションの放送は初めてだったため、フジテレビは番組提供料以外に放送権料を決める基準を考えられなかったと推測される。
(3)テレビ・アニメーションは商品化などによる二次収入を期待できることから、放送局はアニメーションの製作費が割高であったにもかかわらず放送権料を番組提供料の範囲内にとどめたのではないかと考えられる。
の3点を挙げています。
 そして、日本のアニメーション産業の現状として、
(1)少数の劇場用アニメーションと膨大なテレビ・アニメーションの並存
(2)旺盛な輸出
(3)作品の幅広さと内容や描写のユニークさ
(4)少数の元受企業の元におびただしい下請けの零細企業が存在する産業構造
の4点を挙げ、「これらは『鉄腕アトム』の特徴とそれがもたらした結果を集約しているように考えられる」と述べています。
 本書は、現在の日本のアニメーション産業の現状の出発点を『鉄腕アトム』に求めた一冊です。


■ 個人的な視点から

 よく、「昔は映画が娯楽の主役だった」という話を聞くと、テレビが出てくるまでは長いこと映画が繁盛していたかのようですが、よくよく見ると、ある時期に一気に加熱して一気にしぼんだということのようです。伝聞やイメージというのも怪しいものです。


■ どんな人にオススメ?

・アニメーターの給料が安いのは手塚治虫のせいだと思う人。


■ 関連しそうな本

 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 うしお そうじ 『手塚治虫とボク』 39361
 堅 信之 『アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質』 39390
 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 39291


■ 百夜百マンガ

聖闘士星矢NEXT DIMENSION冥王神話【聖闘士星矢NEXT DIMENSION冥王神話 】

 やはり過去の遺産というのは大事だと思わざるを得ません。この人の漫画だと、見開きに「ドギャ!」って書いてあるだけでも、さもありなんと思ってしまいます。

2009年7月 8日 (水)

テレビと宗教―オウム以後を問い直す

■ 書籍情報

テレビと宗教―オウム以後を問い直す   【テレビと宗教―オウム以後を問い直す】(#1630)

  石井 研士
  価格: ¥882 (税込)
  中央公論新社(2008/10)

 本書は、「テレビという社会制度が精神文化としての宗教に現在、どのような影響を与えているのかを考察するもの」です。著者は、日本のテレビに霊能者や超能力者が登場する理由として、
(1)テレビ局が放送するから。
(2)視聴者がこうした番組を望むから。
の2点を挙げた上で、「テレビがわれわれの宗教的リアリティにかなりの影響を与えているという事実を十分に危惧しなければならない」と指摘しています。
 序章「宗教がバラエティ番組化する」では、「1974年以降のテレビでの超能力や心霊、占いへの関心の高まり」が、「信仰のある人の現象や宗教への関心の低下の真っ只中で生じた現象」だと指摘しています。
 第1章「今、放送されている心霊・超能力番組に危険性はないのか?」では、「日本のテレビ番組で霊視、霊能や、死者からのメッセージを受け取る能力があることを主張し、かつ一定程度の人気を博している人物」である「テレビ霊能者」について、「これらの人々を中核としながらも、もう少し広い現象(番組)を成立させている社会制度としてのテレビ」に関心があると述べています。
 そして、問題にしているのは「テレビ霊能者」そのものではなく、「占いや超能力、あるいは心霊番組を垂れ流しにしている放送局の態度」だと指摘しています。
 第2章「真実か、やらせか、はたまたはたまたバラエティか」では、「やらせ」について、渡辺武雄が挙げる、
(1)世論を誤導(ミスリード)する意図を持った番組の制作と放映
(2)全編の偏向
(3)編集上における意図的な削除、あるいは添加
(4)番組内の個別事項の間違いや虚偽
(5)番組内容の誇張表現
(6)ないことをつくりあげる捏造
(7)事実の脚色と歪曲
(8)事実や真実からの逸脱
(9)速報性と、映像だけが真実というテレビ・メディアの特性に起因するもの
の9点を紹介しています。
 そして、心霊番組や超能力番組の放送が可能な要因のひとつとして、「日本人の宗教性の特徴」を挙げ、「一連の宗教関連番組で前提とされている宗教性とは、現在でも日本の宗教文化のどこかに存在するもの」であると指摘しています。
 第3章「どうして規制はかからないのか」では、「テレビはなぜ心霊番組や超能力番組を放送できるのか、"制度"としての面を規定している放送法等を軸に考えてみたい」とした上で、「放送法、民放連放送基準、各局の番組基準、そして放送倫理基本香料が、現在実際にテレビで放送されている超能力番組、心霊番組等と矛盾することは明らか」だとして、「放送基準とは矛盾する番組がテレビで平然と放送され、しかも放送番組向上協議会や放送倫理検証委員会の問題となることがなかった」理由として、
(1)これらの番組が登場した1970年代いらい、これらの番組は数十年にわたって定着してきたこと。
(2)日本人の霊や超常現象に対する態度、そしてその背景にある日本人の宗教性の問題。
の2点を挙げています。
 第4章「テレビと宗教関連番組の60年史」では、テレビで放送される宗教関連番組を、
(1)教団提供の宗教番組
(2)教養番組としての宗教番組
(3)宗教に関するニュース報道
(4)バラエティ番組としての宗教番組
の4種類に分類しています。
 第5章「日本では嫌われる教団番組」では、アメリカで宗教団体の番組が放送可能になった理由として、
(1)放送局が宗教団体の番組を公共性を代表するもののひとつと考えているから。
(2)宗教団体への新来と評価の高さ。
等の点を挙げています。
 そして、日本において、「テレビでの宗教番組における集団性の排除は極端である」としています。
 第6章「集中報道される宗教団体事件」では、新宗教の引き起こす事件が、「古くからマスコミの好餌となってきた」として、新宗教のニュース性について、
(1)運動を率いる人物への関心
(2)新しく起こった運動であるという目新しさへの着目
(3)活動形態や教えの珍しさ
(4)たまたま生じた出来事への関心
の4点を挙げ、テレビで宗教団体が今日のような集中報道をされるきっかけとなった事件として、イエスの箱舟事件を取り上げ、また、「日本人全体が特に強烈な関心を抱き、食い入るように見つめた放送」として、オウム真理教事件を取り上げています。
 第7章「ステレオタイプ化する宗教」では、テレビが日本人の宗教性に与える影響について、「もっと早くから研究が始められていてしかるべきだった」と指摘したうえで、「現在は、共同性が弛緩し、共同性との関わりで成立してきた宗教性が急速に脆弱化している。日本人の宗教との関わりは、日常生活において、継続性を持ちえず、個人の必要に応じて断片化している」と述べています。
 終章「情報化社会と宗教のゆくえ」では、具体的な提言として、
(1)民間放送でのダブルスタンダードは解消されなくてはならない。
(2)宗教・宗教団体に対する偏見、偏向の排除がなされなければならない。
(3)第三者機関による評価機構が必要ではないか。
(4)影響力調査が必要である。
の4点を挙げています。
 本書は、日本人の宗教観の変化をテレビと関連付けて解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 70年代の胡散臭いオカルトモノのテレビ番組を当時の小学生たちはマジでビビって見ていたので、夜中にトイレにいけなくなる子どもとか、夜の空にUFOを呼んでしまう子どもとかがたくさんいたのですが、後から振り返るとそういった経験が現在の私たちの宗教観に与えた影響は少なくないとは思います。


■ どんな人にオススメ?

・宗教は胡散臭いと思う人。


■ 関連しそうな本

 小池 靖 『テレビ霊能者を斬る メディアとスピリチュアルの蜜月』
 磯村 健太郎 『<スピリチュアル>はなぜ流行るのか』
 飯山 雅史 『アメリカの宗教右派』


■ 百夜百マンガ

蔵人【蔵人 】

 これだけ漫画の世界も細分化が進んできているので、尾瀬あきら=日本酒漫画でも十分な気もしますが、いかがでしょうか。

2009年7月 7日 (火)

日本のなかの世界―つくられるイメージと対話する個性

■ 書籍情報

日本のなかの世界―つくられるイメージと対話する個性   【日本のなかの世界―つくられるイメージと対話する個性】(#1629)

  原尻 英樹
  価格: ¥1575 (税込)
  新幹社(2003/10)

 本書は、日本に暮らす外国人の姿を通じて日本社会を見つめたものです。
 第1章「在日外国人とはどんな人々か?」では、「外国国籍者のなかには日本で生活の基盤を築き、おそらく一生の間日本で生活を続ける人々が増えている」と述べた上で、「日本敗戦から日本独立(1952年)の過程で、日本の旧植民地(台湾と朝鮮)の人々の国籍が、『民主国家日本』における外国国籍者になったことで、近代日本の歴史上、初めて大量の外国人が日本に居住することになった」と述べています。
 そして、今日の在日外国人を、
(1)旧植民地出身者およびその子孫
(2)80年代以後、来日し、日本で就労している外国人
に大別できるとして、日本生まれの日本定住コリアンについて、「在日外国人一般についてのイメージとその実態はずれている」として、「たどたどしい日本語を話す、日本人らしくない人」というイメージは「固定観念以外のなにものでもない」と述べています。
 第2章「済州島からの人々と大阪への人々」では、「現在の日本国籍者の大半にとって、『日本人』であることは自明であるが、実はこの概念は明治になってから政治的に創り出されたもの」であり、「『日本人』意識が一般の人々に広がるには時間がかかった」と述べています。
 第3章「山下町一二六番地からみた横浜中華街」では、横浜中華街が、「元々居留地あるいは新開地であり、ここは干拓によって人工的につくられた町であった」ため、「この町の住人は全てが他所からの人々であり、ジノモノという概念は成立しない」と述べています。
 第4章「ゴーヤーと大阪ゼロメートル地帯」では、大阪大正区の沖縄系の人々が誇るエイサーを、料理以外では、沖縄文化の伝承のうちで極めつけだと述べ、「今からおよそ30年前、沖縄から集団就職できた若者の多くは、日本での生活になじめなかったが、労働者として厳しい環境条件で働かなければならなかった」として、一部の若者は自殺したり、犯罪に走ったりしていったので、「これらの若者が故郷に対するプライドを発見し、沖縄人としての誇りを回復するために大正区のエイサーは始められた。いわば、自分かおよびそれに基づくアイデンティティーの確認のためにはじめられた行事だ」と述べています。
 そして、戦前は、「ニッポンジンにも出身地域の違いがあったので、ニッポンジン間でも言葉が通じないことが日常的にあった」として、「言葉が通じるかどうかで言えば、沖縄であるか、済州島であるかだけでなく、ニッポンジンでも出身地が異なれば、言葉が通じなかった」が、「工場での人の分類によって朝鮮人、沖縄人に対するさまざまなイメージが付与されていた」と述べ、具体的には、沖縄の女工イメージは、「言葉違うだけじゃなくて、においがする」というものであったとして、「戦前、ヤマトに生活した沖縄の人々は、バブル期以降増加した現在の外国人労働者と同じように見られていた」と述べています。
 第5章「ガイコクジンにとっての日本社会」では、「この人に聞く」として、34年間日本で生活し、1979年の旧ソ連のアフガン侵攻で帰れなくなり、日本で医者として暮らしてきたレシャード・カレッドさんが、「私は、ここ27年間、一日も休まずに、緊張して生活を続けてきました。ガイコクジンとして日本で生活する場合、理想論を捨てて、現実の日本社会とその前提になっている考え方を理解し、それに基づいて、生きる戦略を立てなければならないでしょう」という言葉を紹介しています。
 また、日系ブラジル人のアンジェロ・イシさんが、福岡県出身の祖父母は「石井」だったが、「私の父がブラジルで生まれたときアルファベットで『ISHI』と登録されたので、私はそれをカタカナで書くときイシと書くことにしています。私はブラジル人ですから、石井ではなくてイシなのです。ところが外国人登録証には、『石井アンジェロ』とあります。市役所の外国人登録窓口の独断で、ご丁寧にも『石井』にされたのです。あちらは親切のつもりでしょうが、ブラジル人としての私ではなく、日本人の血を引く日系人、つまり『もともとは日本人』という基本的発想で登録証を出している」という言葉を紹介しています。
 エピローグでは、「ガイコクジンについて考えるためには、日本社会を再考しなければならない。なぜなら、ガイコクジンをめぐる問題はガイコクジンそれ自体の問題ではなく、日本社会の有様が在日外国人に投影しているからである」と述べています。
 本書は、日本人には見えていて見えていない日本の姿を明らかにする一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で一番驚いたのは、知り合いのインタビューが掲載されていたことでしょうか。よく「世間は狭い」と言いますが、「世界は狭い」ですね。It's a small world!


■ どんな人にオススメ?

・ガイコクジンは外国から来た人だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』 2006年08月06日
 宮本 常一 『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』
 宮本 常一 『忘れられた日本人』 2006年06月25日
 ハーバート・G. ポンティング 『英国人写真家の見た明治日本―この世の楽園・日本』 2006年08月13日
 アレックス カー 『犬と鬼―知られざる日本の肖像』 2007年10月04日


■ 百夜百マンガ

『坊っちゃん』の時代【『坊っちゃん』の時代 】

 明治を描いた漫画はたくさんありますが、フィクションと実話の中間くらいに位置するこういう立ち居地のものが一番面白いのかもしれません。

2009年7月 6日 (月)

怪異の風景学―妖怪文化の民俗地理

■ 書籍情報

怪異の風景学―妖怪文化の民俗地理   【怪異の風景学―妖怪文化の民俗地理】(#1628)

  佐々木 高弘
  価格: ¥2940 (税込)
  古今書院(2009/03)

 本書は、「『怪異の見える風景』を、私たちの外部にある世界と内部にある世界の、橋渡しの役割を演じる隠喩に位置づけ」、「口頭伝承のうち特に伝説、そして現代の怪異を描く、映画に焦点を当て、その実態を明らかに」するものです。
 第1章「怪異の見える風景」では、風景には、
(1)誰にでも見ることのできる風景
(2)ある人、あるときにしか見えない風景
(3)いつもみなが見ている風景だが、人や時によっては、そこに見えるはずのないものが見える風景
の3つがあるとして、「3つ目の風景は、第1と第2の、中間領域に位置する風景」だと述べています。
 そして、「怪異の見える風景」とは、「目撃者がある道に遭遇し、その内面にある主観的で、元型的な内容を、眼前の風景に投射し、その風景と同一化したものとして映じたもの」だと述べています。
 第3章「妖怪の走る風景」では、徳島県内に残る「クビナシウマ」の伝承を紹介した上で、「クビナシウマの伝承の大きな特徴は、その由来や、不思議な物語の展開などを語る比較的込み入った伝承がある一方で、出没場所や徘徊する道筋だけを明確に語る、比較的単純な方の伝承が数多く見られること」だと述べています。
 第5章「頭のなかの妖怪地図」では、「伝説は言語によって成立する。しかもその内容は、虚構を多く含む」として、「それが、近隣地域の実在の場所と手を結ぶ」ときに、「近隣地域に対するさまざまな感情が無意識に吐露されている可能性がある」ことを指摘しています。
 そして、「伝説を構造分析することによって、欠如された部分が浮かび上がり、この伝説の隠された意味が明示される」と述べています。
 第6章「妖怪の二つの場所」では、「異文化が向き合う協会部では、時間的にも空間的にも、つまり時代的にも、場所的にも、人々は緊張する。ストレスが加わり、フラストレーションもたまるだろう。そのような場所にある集落で、『首切れ馬』と餅なし正月の伝説が共存していたのは、大変興味深い」と述べています。
 第7章「『千と千尋の神隠し』に描かれた怪異世界の風景」では、著者が専門とする人文地理学が、「文化と風景や景観に、密接な相互関係があることを、古くから看取し、それらを文化景観と呼び、さまざまな研究を行ってきた。そして風景や景観は、地域の文化を映し出す、可視的な記録であると考えてきた」とした上で、「そのような視点に立ったとき、映画で描かれる風景や警官も、文化を読む、あるいは、そこから発せられるメッセージを、読み解く、人文地理学の研究対象となりうる」と述べています。
 第8章「怪異世界と心のなかの景観」では、今の私たちが、「昭和初期の都市風景に、怪異を連想する、何かを共有している」として、「このような建物郡の多くは現在、近代化遺産として」保存されるか、「あるいは、利用に耐えない不要なものとして解体されるか、廃墟として打ち捨てられている」と述べています。
 そして、「千尋の怪異世界での恐怖体験を整理してみると、この映画は、現代日本における子どもを中心とした、親や友人、地域社会、場所などとの関係を、前近代的なそれへと引き戻そうとしているとも取れる」と述べています。
 第9章「現代日本人の怪異世界イメージ」では、現代の日本映画に描かれた怪異世界を取り上げた上で、「これら選ばれた場所の特徴は、日本の近代化の過程で、それを象徴するかのような形で立てられた建造物であり、現在では使用されなくなり、一方で、近代化遺産として保存され、一方で、無用物として解体撤去され、また一方で、廃墟として撃ち捨てられている」建物群であると述べています。
 第11章「現代の廃墟と近代化遺産」では、「近代化遺産と廃墟は、どこか非常に似た性質を持っている」として、「現代の私たちから見れば、どこか懐かしい、人と人、人とモノ、人と場所がつながっているような、人文地理学的に言えば、場所のセンスを感じる建築物」だと述べ、同時に、「現代の私たちにとっては、もうすでに喪失してしまった、放置すればたちまち廃墟と化すような建築物でもあり、まったく別の世界、つまり怪異世界を感じる風景なのかも知れない」と述べています。
 本書は、聞きなれない「人文地理学」をキーワードに、私たちにとっての怪異の世界を読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「人文地理学」というジャンルは聞いたことがありませんでしたが、妖怪話をまじめに解明しようとする態度は面白そうです。


■ どんな人にオススメ?

・伝承は作り話だと思う人。


■ 関連しそうな本

 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 高野 慎三 『つげ義春を旅する』 2007年10月07日
 高野 慎三 『郷愁 nostalgia』
 宮本 和義 『和風旅館建築の美』 2007年09月30日
 鈴木 喜一 『日本辺境ふーらり紀行』 2008年03月20日
 山口 広, 日大山口研究室, 宮本 和義 『近代建築再見―生き続ける街角の主役たち』


■ 百夜百マンガ

片岡さんちのクリコちゃん【片岡さんちのクリコちゃん 】

 代表作ではパパだけでしたが、最新作では家族がたくさんいます。個人的には何が何でもパパに突き当たる感じが好きだったのですが。

2009年7月 5日 (日)

複数の日本語 方言からはじめる言語学

■ 書籍情報

複数の日本語 方言からはじめる言語学   【複数の日本語 方言からはじめる言語学】(#1627)

  八亀 裕美, 工藤 真由美
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2008/11/11)

 本書は、「方言の色々な表現を取り上げながら、標準語をみなおして」いるものです。著者は、「『美しい日本語、正しい文法』を裏切る『スティグマを追った日本語変種、多様な文法」の反国語的な活力を取り出してみようとした、ささやかな試み」だとして、「世界的に研究が進んでいる言語類型論」を参考に、「標準語の文法が実は完璧な文法ではなく、整った文法ともいえないという問題提起」をしています。
 第1章「『あっこに花子ちゃんがいてる』――存在をいかに言い表すか」では、
・太郎が走る
・太郎が走った
のように、「動きの内的な時間展開の違いについて、述語の形を変えて表す」場合である「アスペクト」(局面)について解説しています。
 第2章「『桜の花が散りよる/散っとる』――標準語は世界標準じゃない!」では、「世界の言語を言語学的に見てみると、『進行』と『変化の結果が残っていること』を示す文法的手段は、別々であるのが標準的な方である。アスペクトについては基本的な形と合わせると三項対立型になっている」としたうえで、「日本語でも、西日本の諸方言は、世界標準の三項対立型のシステムを持っている」として、「西日本諸方言のような三項対立型のアスペクトは、グローバルなレベルではスタンダードなので、極端なことをいうと、西日本母方言者のほうが、標準語母語話者よりも、英語などの外国語のアスペクトは習得しやすいはず」だと述べています。
 第3章「『落ちよった!』――目撃者の文法・エヴィデンシャリティー」では、沖縄県出身タレントなど沖縄県の若者たちが話している言葉は、「ウチナーヤマトグチ」と呼ばれ、「伝統方言と日本語との接触の中で生まれてきたと考えられている」と述べ、ウチナーヤマトグチがもつ、語彙・音声・文法の各面での独特の性質のうち、「シヨッタ」という形式について解説しています。
 そして、「落ちよった」が、「落ちるのを目撃した」という意味だとして、「話し手が情報のソース(源)をどこから(どのように)得たのかということを明示する形」を「エヴィデンシャリティー」と述べています。
 第4章「『生ちゅとーてーさやー』――テンスが伝えるのは時間だけじゃない」では、「話し手にとって予想もしない出来事であったことを聞き手に伝えるのには、いろいろな方法がある」として、「述語との形を変えて、これらの『意外だ』『予想外だ』『びっくりした』という話しての気持ちを伝える」ような「ムード的な意味を表す文法的なカテゴリー」として、「ミラティビティー」という言葉を解説しています。
 第6章「『おかあさん、干してある』――『シテアル』にひそむ地域差」では、「標準語だと信じていたものが地域限定で通じる表現だったと知って愕然とするのは語彙の面だけではない」として、沖縄県で使われる、
・おかあさんが洗濯物を干してある
という言い方を取り上げています。
 また、福岡では、「シテアル」が尊敬で使われるとして、
・先生、ビール、飲んである
・先生、負けてある
等の表現を使うことを紹介し、福岡出身の若者が、サークルの先輩に、「なんだかあなたよくアルアル言ってるね」といわれ、「自分の敬意が先輩に一切伝わっていなかったことにやっと気づいた」という逸話を紹介しています。
 そして、「標準語のアスペクト体系はかなり無理をしている」ため、その隙間を埋めるために、
・洗濯物が干してある
のような表現を生み出したことを指摘しています。
 第8章「『全部食べれれんかった』――可能をいかに言い表すか」では、日本語の文法をやっていると、「ら抜き言葉をどう思いますか?」とコメントを求められることについて、「この変化はある意味自然は変化であり、定着していく可能性が高い」として、「文法は、言語使用の中で変化するものであり、規範として人々の言語活動を縛るために存在しているものではない」と述べています。
 第9章「『ねえ花子、明日学校来る』――質問が尻上がりイントネーションとは限らない」では、、「方言の文法を観察していると、述語になる単語の形の変化は標準語に比べて豊かである。逆に言うと、標準語の形態論は貧弱である」と述べています。
 第10章「『みんなでシュラスカリア、アジェーダしよる』――言語接触と日本語」では、「日本語って、難しい言語なんですよね」や「日本語って、美しい言語ですよね」という質問について、「相手の頭の中にある『言語』『日本語』のイメージが、純粋で静的なもの」である点が共通していると述べています。
 そして、「言語活動というのは単に受身で言語を理解することではない。言語というものを使って、話し手が一生懸命伝えたいことを組み立てて話し、それを聞き手が理解しようとするという積極的な活動」だと述べています。
 そして、「日本語をさまざまなバリエーションの複合体とみなし、それぞれのバリエーションが提起する諸問題をグローバルな視点から再度捉えなおすことは、標準語の優位性に縛られた状態からの脱却を意味している」と述べています。
 本書は、「標準語」が持っている危うさを指摘し、「方言」が持つ豊かな世界を紹介した一冊です。


■ 個人的な視点から

 関東の人間にとっては、いわゆる「標準語」には抵抗感はないのですが、かえって自分では標準語のつもりで使っている言葉も少なくないです。栃木とか茨城の人が東京にきてもアクセントがそのままなのはそういうところがあるのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・日本語は標準語のことだと思う人。


■ 関連しそうな本

 金谷 武洋 『主語を抹殺した男/評伝三上章』 2008年01月19日
 金谷 武洋 『英語にも主語はなかった 日本語文法から言語千年史へ』 2008年02月03日
 月本 洋 『日本人の脳に主語はいらない』 2008年06月08日
 白石 良夫 『かなづかい入門―歴史的仮名遣VS現代仮名遣』 2008年10月31日
 デイヴィッド クリスタル (著), 斎藤 兆史, 三谷 裕美 (翻訳) 『消滅する言語―人類の知的遺産をいかに守るか』 2006年08月09日


■ 百夜百音

Maximum Arctic Monkeys【Maximum Arctic Monkeys】 Arctic Monkeys オリジナル盤発売: 2006

 そういえば「北限の猿」っていうのがありましたが、あれは確か下北半島かどこかだったような気がします。

2009年7月 4日 (土)

B級グルメが地方を救う

■ 書籍情報

B級グルメが地方を救う   【B級グルメが地方を救う】(#1626)

  田村 秀
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2008/9/17)

 本書は、「全国各地のローカルフードを紹介し、どのような特徴があるかを明らかにするとともに、ローカルフードを生かしてどうすれば地域が元気になれるか、その方策」を探るものです。
 第1章「各地で盛り上がるB級グルメフェスティバル」では、各地のB級グルメイベントを紹介した上で、「このような地域版のB-1グランプリは、地域住民の関心を高めるだけでなく、地域外の人々がB級グルメに目を向けるきっかけともなる」と述べています。
 第2章「三大焼きそばの街」では、
(1)静岡県富士宮市:戦後、中国から引き上げた日墓地簿などが大陸で食した麺類を見よう見真似で作り、表面を油でコーティングし、腰のある麺、ラードで炒め、肉かす、イワシの削り粉(だし粉)が特徴。純粋な民間団体である「富士宮やきそば学会」の活動で一躍有名に。
(2)秋田県横手市:甘口のソースに太めで柔らかな麺、面に載せる目玉焼きと福神漬けが特徴。
(3)群馬県太田市:「特徴がない」ことが特徴。地元有志による「上州太田焼きそばのれん会」を結成。
の3つの街を紹介し、2002年に開催された「三者麺談」や、「三国同麺」の協定などを紹介し、「マスコミからの注目も集めたことで焼きそばの街としての地位を不動のものにした」と述べています。
 第4章「餃子日本一はどこだ」では、餃子の街として知られる宇都宮市がブレイクしたきっかけは、「1990年に宇都宮市職員が、『日本一の消費量』を誇る餃子を通じて宇都宮市をPRする研究発表を行った」ことだとした上で、宇都宮市に餃子文化が根付いた理由として、餃子の本場といわれる中国東北部に駐屯していた陸軍第14師団の本部が置かれていたのが宇都宮市であり、「終戦とともに多くの軍人が宇都宮市に引き揚げ」、「彼らの多くは本場の餃子の味を覚えていたため、その味を懐かしんだ人たちが宇都宮市で餃子を広めていった」と述べています。
 第5章「とんカツ列伝」では、とんかつを使ったB急グルメとして、長崎市のトルコライスを取り上げ、「ドミグラスソースのかかったとんカツ、ピラフ、スパゲッティ、そしてサラダを一つの皿に載せたメニュー」だと紹介しています。
 また、とんカツ料理の東の雄として、「炒めたライスの上にとんカツを載せ、ドミグラスソースをかけたもので、ケチャップライスの赤エスカと、バターライスの白エスカ」がある、根室のエスカロップを紹介しています。
 第6章「はばたけやきとり達」では、「焼鳥(焼き鳥)」と「やきとり」の違いとして、焼鳥が「文字通り『鶏』を焼いたもの」であるのに対し、「やきとり」は「牛、豚などの臓物を串焼きにしたもの」だと開設しています。
 第8章「個性いっぱいのコナモン達」では、行田市のフライを取り上げ、「水溶き小麦粉に、ネギ、肉などの具を入れ、鉄板上で薄く香ばしく焼き上げた」ものだと解説した上で、同じ行田市の「「おからにじゃがいもや野菜を細かく切って混ぜ、油で揚げてソースにくぐらせて」作るゼリーフライを紹介しています。
 第9章「麺もいろいろ」では、「蒸した中華麺にマトンなどの肉と野菜を加えた」伊那ローメンを取り上げ、「当初は炒肉麺(チャーローメン)だったものが、炒めるを意味する『チャー』がとれて『ローメン』になった」と解説しています。
 第11章「まだまだあるぞB級グルメ」では、芦別の地元に愛されてきた料理として、「いろいろな具の入ったボリュームのある中華風スープ」であるガタタンを取り上げています。
 第12章「B級グルメを科学する?」では、全国のB級グルメの比較し、
(1)商工会議所、JCなど
(2)市民団体
(3)市町村、観光協会など
(4)同業組合など
など、主な活動主体別にまとめ、一番多く観られるのは、「市町村や観光協会など行政機関や関連団体が中心となって、B級グルメの普及、宣伝を進めているケース」だとしています。
 そして、「野口英世博士1枚分(1000円)でそれなりにお腹が膨れて、それでいて少しお釣りが返ってくるという庶民にとって心強い味方がB級グルメ」だとして、「一線(一千(円))を超えてしまうともはやB級グルメとはいえない」と述べています。
 第13章「B級グルメが地方を救う!」では、B級グルメで注目を集めている地域の共通点として、
(1)キーパーソンの存在
(2)まずは地元の人々の愛される食べ物であることが出発点
(3)ネーミングや遊び心といった柔軟性
の3点を挙げています。
 本書は、地域に元気を与えるB級グルメをまじめに考えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読んでまず思い浮かべたのは、『駅前の歩き方』の森田信吾でした。行田のゼリーフライや伊那のローメンなどネタがかぶる部分が多いのできっと目は通されているのではないかと思います。
 そういえば、ドリフの曲で、やきとりは牛か豚かそれとも鶏なのか、という曲がありました。


■ どんな人にオススメ?

・B級はおいしくないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 田村 秀 『自治体格差が国を滅ぼす』 2008年07月24日
 関 満博, 古川 一郎 『「B級グルメ」の地域ブランド戦略』
 関 満博, 古川 一郎 『中小都市の「B級グルメ」戦略―新たな価値の創造に挑む10地域』
 渡辺 英彦 『ヤ・キ・ソ・バ・イ・ブ・ル―面白くて役に立つまちづくりの聖書』


■ 百夜百音

THE VERY BEST OF ORIGINAL LOVE【THE VERY BEST OF ORIGINAL LOVE】 オリジナル・ラブ オリジナル盤発売: 1995

 この当時、ピチカートを離れて、聞き慣れた声をドライブ感のあるサウンドで聞けたのは楽しかったです。

2009年7月 3日 (金)

調べる技術・書く技術

■ 書籍情報

調べる技術・書く技術   【調べる技術・書く技術】(#1625)

  野村 進
  価格: ¥777 (税込)
  講談社(2008/4/18)

 本書は、「あるテーマを設定し、それについて調べ、人に話を聞き、最後にまとめる技術を紹介する」ことを目的としたものです。
 著者は、「学生時代から読んできた取材論やルポルタージュ論の大半は絶版もしくは品切れ状態」となっていることから、「それらのエッセンスだけでも"復刻"させておきたい気持ち」があると述べています。
 第1章「テーマを決める」では、チャップリンの道具立てが、「従来の喜劇でおなじみの代物にすぎなかった」が、「ステッキを取り入れた」ことで、「いままで見たこともないコメディアンが出現したと観客に印象づけた」として、「テーマを決めるときには、この『チャップリンのステッキ』を見つけさえすればよい」と述べ、完全に独創的なテーマなど滅多にないので、「自分なりの『チャップリンのステッキ』に当たるものを見つけるようにすればよい」と述べています。
 そして、「出発点はやはり自分自身」だとして「自分は何者なのか。なぜノンフィクションを書くのか。この2点だけは、若いうちに突き詰めて考えておこう」と述べています。
 第2章「資料を集める」では、「取材の時、絶対に避けたいのは、先方に『こいつは俺のことを何も知らないのだな』とか『この人、まるで無知じゃないか』と思われること」だとしています。
 また、「本には金を惜しむな」が、「昔から格言のようにいわれている物書きの心得」だとして、ノンフィクション作家・本田靖春が「自分に関心のある分野でひとかどの人間になりたかったら、1月に2、3冊でいいからその関連の本を読むことだ。それを3年続けたら、その分野ではオーソリティーになれる」と語っていることを紹介しています。
 そして、取材のための単行本収集とその読み方のこつとして、
(1)インタビュー集や対談集を手始めに読む。
(2)入門から出発し、徐々にレベルを上げていく。
(3)対象となる人物や出来事を様々な角度から論じている複数の本を読む。
(4)精読すべき本、通読する本、拾い読みでかまわない本を選別する。
(5)資料としての本は乱暴に扱う。
の5点を挙げ、資料収集の心構えは、「貪欲に、幅広く」だと述べています。
 第3章「人に会う」では、「一次情報の質が、ノンフィクション作品の質を決める」として、「一次情報の質は、これからどんな人たちに会うかにかかっている」と述べています。
 そして、共同通信の名記者として知られた斉藤茂男が、「恥をかく、いやな思いをする。そういう"税金"を納めなくては、良い仕事は出来ないぞ」と自分に言い聞かせても慣れるものではないと語っていることを紹介しています。
 第4章「話を聞く」では、「これは訊かない方がいいのではないか」、「このことを尋ねたら、失礼ではないか。失礼ではないか。先方の気分を害するのではないか。いや、それどころか相手を激怒させはしまいか」というためらいを抱かせる質問があったときには、「必ず訊くことだ。これは強調しておきたい」として、「ここで腰が引けてしまうと、絶対に後悔する」として、「そのとき相手がどのような反応を示し、どんな答えを返してくるかに、しばしばそのインタビューの核心部分がある」と述べています。
 第5章「原稿を書く」では、集中の儀式に役立つ材料として、「文章のカンを鈍らせないために読む本や、現行を書く前に読むお気に入りの文章」である「ペン・シャープナー」を紹介しています。
 また、「『私』はノンフィクション作品の中で極力目立つべきではない」として、多くは、「ライターの自己顕示欲が先立ってしまった」ケースが多いと述べています。
 第6章「人物を書く」では、「人物ノンフィクションは、すべてのノンフィクションの基本中の基本」だと述べています。
 第7章「事件を書く」では、「未知の分野の取材の際、私は真っ先に水先案内人をしてもらう人物を捜し出そうとする」として、その適任者は、「野に遺賢あり」と呼ばれるような「その分野の表も裏もよく知っていて、一目置かれている。だが、そこにどっぷり浸かっているのではなく、どこか超然としたところがある」人物だと述べています。
 そして、事件ノンフィクションを手がける際に、通常の取材以外にしておくべき作業として、
(1)地元特有の人間関係をきちんと把握する。
(2)地元の歴史を必ず調べておく。
(3)現地の風土や住民気質についても事前に調査し、さらに人口動態、産業構造、就業形態、事故や犯罪などのデータといった統計資料にも目を通しておく。
の3点を挙げています。
 第8章「体験を書く」では、「私はノンフィクションの手法を伝えるこの本で、豊かになるとはどういうことかを語ってきたような気がする」として、「人に会い、話を聞き、文章にする。たくさん読み、たくさん観、たくさん聴く。こんなことを繰り返すうち、知らず知らずに自分が豊かになっている」うえ、「他者や世の中から受けたもの」を、「お返しすることができる」ことが、ノンフィクションの仕事に携わる者の喜びではないかと述べています。
 本書は、ものを書く人にとって大事な取材について書かれた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ものを書く仕事をする人にとって取材は不可欠な行為だと思いますが、取材が文章に直結するルポルタージュの世界の人が語る取材への意気込みは相当のものを感じます。


■ どんな人にオススメ?

・ものを書く仕事をしたい人。


■ 関連しそうな本

 加藤 秀俊 『取材学―探求の技法』 2005年10月16日
 山口 文憲 『読ませる技術』 2006年04月01日
 梅棹 忠夫 (著) 『知的生産の技術』 2005年05月05日
 本多 勝一 『実戦・日本語の作文技術』
 中野 明 『書くためのパソコン』 2005年06月25日


■ 百夜百マンガ

ますらお【ますらお 】

 どうしてもラブコメの人という印象がぬぐえないのですが、歴史ものも書いているのです。

2009年7月 2日 (木)

創価学会の研究

■ 書籍情報

創価学会の研究   【創価学会の研究】(#1624)

  玉野 和志
  価格: ¥756 (税込)
  講談社(2008/10/17)

 本書は、「都市のローカル・コミュニティ(地域社会)を調査・研究してきた社会学者」である著者が、創価学会という宗教団体を通して、「支配的な意味での日本の社会や言論や学問のあり方」を明らかにしようとするものです。
 第1章「学会員たちの信仰生活」では、「創価学会に入会しようという人にはさまざまな集団的、社会的なサポートが与えられる」ことについて、「このような手厚いサポートそのものが、とりわけ孤立的であった人にとってはそれ自体『幸せ』であろうし、そのような支援に支えられて新たに生きていこうとした人に、たまたま幸運が訪れたとするならば、それはすぐさま信仰のおかげと解釈されるだろう」と述べたうえで、これまでの創価学会をめぐる多くの言説のように、教義の妥当性などを問題にするよりも、「創価学会が実は会員に対して毎日の具体的な行為を指し示し、そこに宗教的な信心の核心を置いてきた点にもっと注目すべき」だと指摘しています。
 そして、「実際に会員が何を行い、堂考えているかについての社会学的な検討こそが重要」だとして、「そのようなレベルから見た場合、創価学会の組織と運動の中に、『幸せにするシステム』とでもいうべき仕組みが存在している」と述べ、「勤行と座談会を中核としたこのような創価学会のシステムは、社会の中で孤立的な立場に置かれていた多くの人々にとって、まさに自らの運命を切り開いていく上で、大きな力を与えるものであった」と指摘し、創価学会が、「都市に流入私生活に困難を抱えた人々に、その困難に立ち向かい、前向きに人生を生き抜いていくために必要な生活のリズムと規律を与え、それを維持していけるだけの社会的なつながりと実践的な言語能力を獲得する機会を提供した」として、「そのような信仰に基づく社会的連帯の仕組みこそが、創価学会の『幸せにするシステム』に他ならない」が、「それはきわめて強固なつながりであるがゆえに、社会的な軋轢を生じさせるものでもあった」と述べています。
 第2章「創価学会の基礎知識」では、創設期における弾圧などの事情が、「創価学会に非常に重要な特質を与えることになる」として、「世間からの迫害に耐え、信仰を全うする極めて凝集性の強い信徒集団を形成したこと、日蓮の残した教えを学ぶという教学が重視されたこと、そして学会組織自体が事業としての側面、言い換えれば大衆の要求を捉え、それを組織する点に長けていた」ことなどを挙げています。
 また、言論出版妨害事件や「創共協定」などを紹介し、「創価学会が共産党と何らかの協定において合意したということが公になったときに、何よりもこれに重大な反応を示したのが、自民党のみならず公安当局であった」ことを指摘しています。
 第3章「創価学会についての研究」では、ごく初期の創価学会に関する研究を紹介した上で、「そのような真摯な探求とは対照的に、最終的な評価や結論には不自然なくらいお決まりの言説が使用される」として、「創価学会が多くの人々をひきつけるのは、独特の方策と工夫によって人々の心情にそれなりに訴えかけているからであることを評価しつつも、しかしそれは一般民衆の極めて通俗的で遅れた意識に基づくものであり、人生の深遠な意味を問う宗教としてはいささか難がある、それはけっして人々の意識を進歩的な方向に進めるものではない」というものであったと述べています。
 また、日本の社会学者による創価学会を対象とした本格的な社会調査として、鈴木広「都市下層の宗教集団」(1963、1964)を「ほとんど唯一といってよい日本の研究者による創価学会の本格的な社会学的調査研究」だとして紹介するとともに、アメリカの研究者による研究として、J・W・ホワイト『創価学会と大衆社会』(1970)を紹介しています。
 第4章「創価学会の変化」では、「800万世帯という数字の信憑性はさておき、ここでも70年代以降創価学会はそれ以前のような急激な会員の拡張期を終え、世帯としての再生産を中心とした段階に進んだということだけは確かである」と述べた上で、「かつて病人と貧乏人ばかりといわれた創価学会員の階層的な地位は、どの程度向上したと考えられる」かについて、一般的な印象では、「創価学会員の地位が上昇したことは明らか」だが、「統計的に優位な確率で社会的な地位の上昇を遂げているということを、厳密な客観的根拠をもって証明するものではない」としつつも、「少なくとも過去における実情に思いをはせたとき、創価学会員の社会的な地位がけっしてかつてと同じように低いままであるとは誰も言い切れないであろう」と述べています。
 また、1999年10月に公明党が自民党の政権与党に参加したことをきっかけに、「選挙協力などもあってか、創価学会員が地域社会の中に急激に組み込まれてきている」として、「いざ垣根が取り払われてしまうと、学会員のフットワークの軽さは、高齢化し慢性的な人手不足の状況にあった自治会・町内会にとっては、きわめて好都合な部分がある」と述べ、「地域における自公連立とでもいうべき事態の進行」を指摘しています。
 そして、「実は、地域における自民党の支持層と創価学会会員の社会構造上の位置が、非常に良く似ている」ことを指摘しています。
 第5章「これからの創価学会」では、「公明党と創価学会ないし学会幹部と一般学会員との関係が、池田大作という宗教的指導者を失った後も、どこまで維持されるのか」という点が重要であるとして、「学会員同士の関係が、例えその内部で現実に階層的な格差が存在し、不均等な援助関係が結ばれていたとしても、、あくまで平等な人間同士であるという理念が貫徹するのかどうかという点が問われてくる」と指摘しています。
 本書は、社会学者の視点から都市のコミュニティとしての創価学会に着目した一冊です。


■ 個人的な視点から

 創価学会については多数の告発本が出ています。宗教論争には関心がないですが、現実問題としてコミュニティを提供しているという成果について一定の評価を与えることにはやぶさかではないです。


■ どんな人にオススメ?

・創価学会について理解したい人。


■ 関連しそうな本

 別冊宝島編集部 『となりの創価学会』
 島田 裕巳 『創価学会』
 島田裕巳+山村明義+山田直樹+溝口敦 他 『創価学会Xデー』


■ 百夜百マンガ

地平線でダンス【地平線でダンス 】

 科学漫画といえば科学漫画なわけですが、それまでの青春モノとはちょっと毛色が変わった作品になった気がします。

2009年7月 1日 (水)

選挙報道―メディアが支持政党を明らかにする日

■ 書籍情報

選挙報道―メディアが支持政党を明らかにする日   【選挙報道―メディアが支持政党を明らかにする日】(#1623)

  小栗 泉
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論新社(2009/06)

 本書は、メディアが、「公正・中立を盾に、どの政党のことも褒めない」ことについて、「どの政党が、今の時代にもっともふさわしく、より的確な対応策を実行する用意があるかを見極め、その政党を積極的に支持すること」が、「必ずしも公正・中立に反することではない」ことを訴えたものです。
 第1章「批判はするが支持はしない日本のメディア」では、「メディアの中で仕事をしているうちに、単に政権批判をすればいい、というものではない」と思うようになったが、今のメディアには「政権を褒めていては仕事にならない」という意識があることを指摘しています。
 そして、「テレビ局が公正・中立を掲げているがゆえに、見た目の公平さを整えてさえいれば、たとえ内容が偏向していたとしても分かりづらい」と述べています。
 第2章「2008年アメリカ大統領選挙はどう報道されたか」では、投票日前日でも夜のトークショーのゲストに候補者の一人だけが招かれるのが、「アメリカのテレビでは当たり前の光景」だと述べ、「いずれの新聞も、支持表明した候補者への投票を、明確に読者に呼びかけていて、公正・中立、主観の排除を是とする日本の新聞を読みなれている身には、新鮮に映る」としています。
 第3章「日本ではメディアの『政党支持』は不可能なのか」では、「目先のニュースばかりを追いかけて、判断を全て読者や視聴者に丸投げするやり方を、客観報道だ、公正・中立だと言うのは、あまりにも安易ではないだろうか」と述べた上で、法律上は、「事実に基づいた報道であれば、たとえそれが政党を支持する内容であれ、『評論の自由』を認めている」として、「どうもこれに関して、メディア側の誤解、もしくは過度な萎縮があるのではないだろうか」と述べています。
 そして、「メディアが選挙報道において、自分たちが望ましいと思う政権の形、政策についてきちんと提示し、その理想にもっとも近い政党はどこか、ということを明確に表明することも、メディアの重要な役割のひとつとなりうる」と述べています。
 第4章「新聞社、テレビ局、政治家に聞く」では、2007年の東京都知事選挙で、告示後に放送された「サンデープロジェクト」に主要候補者のうち4人を招待し、ドクター中松氏を招かなかったことについて、ドクター中松氏が「テレビ朝日を公職選挙法違反で告訴、主要4候補に対しても告発状を送るなどの騒ぎとなった」ことを紹介しています。
 また、今の政治状況について、ある政治家が、「自民党はしょっちゅう食中毒を起こしている大衆食堂だ。メニューを頻繁に変えることで、これまで何とかしのいできたが、もうメニューも店主も変えられない」と自嘲気味に語ったことを紹介しています。
 第5章「メディアが支持政党を明らかにする日」では、「メディアに課せられた宿題を解くひとつのきっかけとして、私はメディアが選挙において支持政党を表明することを改めて提案する」としています。
 本書は、日本の選挙報道を当事者が感じた疑問から語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 選挙報道を実際に伝えているキャスター自身がこういう本を書くことは素晴らしいと思いますが、話の中に「私」が出てくる頻度が高いように感じるのは仕方がないことなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・日本の選挙報道は物足りないと感じる人。


■ 関連しそうな本

 鈴木 哲夫 『政党が操る選挙報道』 2008年01月18日
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』 2006年11月13日
 高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
 G.E. ラング, K.ラング(著), 荒木 功, 小笠原 博毅, 黒田 勇, 大石 裕, 神松 一三 (翻訳) 『政治とテレビ』 2007年04月04日
 星 浩, 逢坂 巌 『テレビ政治―国会報道からTVタックルまで』 2007年04月12日


■ 百夜百マンガ

あたらしい朝【あたらしい朝 】

 日本の今の漫画家の中でも相当に才能を感じる人。実は料理漫画が好きなので、嘉義鶏飯なんかは我が家の定番メニューになっています。

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