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2009年9月

2009年9月30日 (水)

アメリカ・スポーツビジネスに学ぶ経営戦略

■ 書籍情報

アメリカ・スポーツビジネスに学ぶ経営戦略   【アメリカ・スポーツビジネスに学ぶ経営戦略】(#)

  デビッド・M. カーター, ダレン ロベル (著), 原田 宗彦 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  大修館書店(2006/07)

 本書は、「一般的な企業経営者が、スポーツビジネスから学ぶべきエッセンス」をまとめたものです。著者は、「スポーツビジネスでおきた、時に非常識とも思える多くの事例や、それにもとづく教訓を紹介」することで、「行動を起こすときの、そして多くの場合、行動を起こさないときの明確な判断基準が示されたと期待している」と述べています。
 第1章「スポーツ界は、巨額の資金を市場から吸い上げ、ブランドを設立するために矢継ぎ早に投資するドット・コム・ビジネスに似ている。強力なウェブサイトの設立こそが重要で、利益は二の次である」と述べています。
 第2章「顧客の獲得」では、スポーツマーケティングの第1のゴールとして、「売り上げを伸ばし、株主の利益を増やすこと」を挙げ、「この方法は、膨大な広告を通して、ターゲットとなる顧客が期待するスポーツと密接に結びついた強力なブランドイメージを、潜在顧客に提供し続ける場合に効果的」だと述べています。
 第4章「パーソナル・ブランディングの過程」では、「エンドーサーとしてのアスリートたちのプロ選手としての人生を見ると、パーソナル・ブランディングの過程について多くのことを学ぶことができる」として、「ビジネスマンにとって重要なのは、自分のキャリアを、スターアスリートのように私人ではなく公的な人物としてマネジメントすること」だと述べ、「人目にあまり触れることのない企業重役と違い、有名アスリートからは、人々の話題に上る公的なパーソナル・ブランディングを学ぶことができる」としています。
 そして、「どの商品を、どのアスリーとがエンドースしているかを知り、なぜサービスや商品が彼らの支援を必要とするのかを学ぶことによって、アスリーとがどのようにブランドを確立し、発展させ、強化しているのかを理解することができる」と述べたうえで、「強力なパーソナル・ブランドを持ったアスリートたち」は、
・組織のブランドを確立する。
・組織の商品やサービスについての認知度を高める。
・特定の商品やサービスと消費者との結びつきを強める。
・小売業者との信頼関係を強化する。
・商品開発を支援する。
・顧客と企業の積極的な関係を生み出す。
などに役立つと述べています。
 第6章「同盟の構築」では、「スポーツの世界における同盟は、特に選手、TVネットワーク、リーグ、その他多くのステークホルダーを巻き込んで展開される」として、「事業目的に合致した同盟相手を探す基準」を持つことが必要だと述べ、
(1)補完的な利点
(2)1+1が3(あるいはそれ以上)になること
(3)相性のよさ
(4)両者ともに勝つ
(5)適合性
(6)定量化の機会
(7)明確なゲームプラン
(8)コミットメントとサポート
の8点を挙げています。
 第7章「危機管理」では、「守るべき10のルール」として、
(1)責任を取る。
(2)周囲の声を測る。
(3)痛みを感じる。
(4)数字に強くあれ。
(5)代弁者を使う。
(6)メディアを味方にする。
(7)法廷闘争に備える。
(8)コンピューターに精通しておくこと。
(9)タイミングがすべて。
(10)攻撃が最大の防御となる。
の10点を挙げています。
 本書は、ビジネスマンがスポーツから学べるエッセンスを凝縮した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、確かにスポーツ界の事例を使ってビジネスの解説しているものではあるのですが、アメリカのスポーツ界に疎い日本人読者にとってはあまりピンとこない点が多いのではないかと思います。
 日本で言えば、「プロ野球で学ぶ経営学」みたいなもので、スポーツビジネスそのものという感じではなく、皆さんにおなじみの事例を取り上げているところがポイントのようです。


■ どんな人にオススメ?

・アメリカのスポーツ事情に詳しくてビジネスを学びたい人。


■ 関連しそうな本

 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』 2009年9月20日
 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』 2009年9月19日
 広瀬 一郎 『スポーツ・マネジメント入門』 2009年9月29日


■ 百夜百マンガ

忍者パパ【忍者パパ 】

 うだつの上がらない平凡な一般人が、実は超人的な身体能力を発揮して、悪(というか読者をむかつかせる存在)をやっつけることでカタルシスを得るというおなじみの構造ですがさすがです。

2009年9月29日 (火)

スポーツ・マネジメント入門

■ 書籍情報

スポーツ・マネジメント入門   【スポーツ・マネジメント入門】(#)

  広瀬 一郎
  価格: ¥1890 (税込)
  東洋経済新報社(2005/3/25)

 本書は、「入場が有料な催し」である「興行」が可能なスポーツのマネジメントを論じたものです。著者は、「スポーツとビジネスを両立させる」ことが必要であり、「スポーツ至上主義経営は、むしろスポーツにとって避けるべき危険な発想」だと指摘しています。
 プロローグ「スポーツ産業と他産業との違い」では、スポーツ産業とほかの産業との違いとして、
(1)プロダクトの生産過程の違い
(2)ステークホルダー(特に顧客)が複雑
(3)公共性の問題
の3点を挙げています。
 第2章「スポーツ・マネジメントとは」では、スポーツ・マネジメントを、「入場料収入を取ってスポーツを見せる組織が、成果を得るための方法論」と定義したうえで、「勝敗を事業性とリンクさせない」などの特徴を挙げています。
 第9章「必要な『法務』の知識」では、スポーツ・マネジメントに携わる以上、少なくとも、「マネジメントをする上で、どのような事柄が法的な領域に関わることなのか」を理解しておく必要があると述べています。
 第12章「人事マネジメント」では、「スポーツでは、プロダクトのほとんどは『人』によって生み出され」る賭して、「『人』のマネジメントは、スポーツ組織の成果を左右する最大要因の1つ」だと述べた上で、スポーツ組織では、「自分が『やりたい仕事』が明確である人が多いので、『やらないといけない仕事』と『やりたい仕事(自分の満足度を高める仕事)』とがときに対立することがある」ことを指摘しています。
 第16章「ファンという『顧客』とサポーター組織」では、スポーツマネジメントにおけるサポーター組織の存在価値として、
(1)いかに経営のリスクを下げるか
(2)いかに経営上のリソース(資源)を増やすか
の2点に集約されると述べています。
 第18章「CS(顧客満足)とは」では、「まけてもそれなりの『価値/満足』を感じてもらえるような、エンターテイメント的な要素や付加価値を創出する必要」があるとして、肝心なのは、「事業をできる限り勝敗にリンクさせないこと」だと述べています。
 第21章「セカンドキャリア問題」では、「スポーツ選手のセカンドキャリア問題」は、「今後ますます重要度を増す」として、「日本におけるセカンドキャリアの最大の問題は、トップアスリートがセカンドキャリアに関して意識が低い」ことを指摘した上で、「Jリーグ」では、キャリアサポートセンターを設け、「選手のセカンドキャリア支援」を行い、PC教室受講費の補助や一般企業への「ジョブ・マッチング」のためのキャンペーンを行っていることを紹介しています。
 本書は、ビジネスとしてのスポーツのあり方を論じている一冊です。


■ 個人的な視点から

 Jリーガーに対するセカンドキャリアのための支援には非常に同意するところです。マンガの「我が家のささえ」なんかを見ると、将来のことを考えずスポーツに打ち込んできた結末を見てしまうような気がします。
 中学、高校、大学で指導してきた人たちは、運動選手の将来についてどう考えて指導しているのでしょうか。
 とはいえ、昔(特に学生運動が盛んな頃)は、社会主義にかぶれていない「体育会系」が就職しやすかったということはあったのですが。


■ どんな人にオススメ?

・スポーツ産業特有の構造に関心がある人。


■ 関連しそうな本

 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』 2009年9月20日
 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』 2009年9月19日
 武藤 泰明 『スポーツファイナンス』 2009年9月27日


■ 百夜百マンガ

鉄人奪還作戦【鉄人奪還作戦 】

 鉄人28号の派生作品。そういえば金田少年と金田一少年は名前が似ている気がします。

2009年9月28日 (月)

コミックマーケット創世記

■ 書籍情報

コミックマーケット創世記   【コミックマーケット創世記】(#)

  霜月 たかなか
  価格: ¥735 (税込)
  朝日新聞出版(2008/12/12)

 本書は、コミックマーケットの「創設当時を知る初代代表」である著者が、「コミックマーケット誕生のいきさつを今のうちに書き残しておくべきではないか」という動機から、「コミックマーケットの誕生と、その創設母胎となったまんが批評同人集団『迷宮』結成の物語」を記したものです。
 第1章「第1回コミックマーケット開催」では、1975年12月21日に開催された第1回コミックマーケットの様子を紹介した上で、「会場を確保し、参加者を集めるだけという最小限の負担ですむこのシンプルなシステムこそが、その後のコミックマーケットの存在と拡大を可能にする大きな要因となった」と述べています。
 そして、コミックマーケットが持続・発展を支えたボランティアの動機は、「なによりもコミックマーケットが『自分たちの作る場』であるという意識を共有したからであったはずだ」と述べています。
 また、同人誌の流通の制約を目の前にして、「それなら、自分たちで流通経路を作ればいい」という「単純極まりない発想」で始まったコミックマーケットが、「まんがを読むだけに飽き足らなかったファンの心」を、「鷲掴みにしてしまった」として、「まんが同人誌即売会という場を与えただけではなく、パロディ、アニメ化といった『まんがの遊び方』を教えてしまったこと」で、「コミックマーケットはさらに僕らの予想を遙かに超えて展開していくことになってしまった」と述べています。
 第2章「『COM』と『ぐら・こん』」では、雑誌『COM』の巻末の読者コーナー「ぐら・こん」が、投稿作品の採点や、「ぐら・こん」への参加呼びかけ、同人誌の紹介など、「まんが創作を志す読者を大いに刺激することになった」として、「当時のまんがファンにとって『COM』がそういう作品、即ち『驚き』との出会いの場であったことは紛れもない事実である」と述べています。
 第3章「ファンクラブからの出発」では、1972年、「第1回日本漫画大会」の案内を受け取った著者が、「まんがファンの手動で有名作家まで巻き込んだイベントが開かれるのだ」と知って「少なからず興奮した」と述べ、「僕が一番熱心に見て回ったのは、即売されていた同人誌の方だった」として、「とにかく商業誌とは違う、自分の知らない漫画の世界がそこにあるというのが、目にも新鮮に映った」と述べています。
 第4章「ファンに何ができるのか」では、1973年9月に評論サークル結成に踏み切った著者が、サークル名を「CPS(コミック・プランニング・サービス)」に、発行する漫画評論誌を『いちゃもん』に名付けたことなどを紹介したうえで、創刊号には、「まんがにおいて最もひんしゅくを買う部分、そうです、バカバカしさに居直ることによって(一般常識社会のもつまんがに対する偏見を)打ち破るためにCPSがあるのです」都期されていると述べています。
 そして、著者らが制作した萩尾望都の『11月のギムナジウム』を原作としたダイナビジョン作品について、「映像の形を取ったファンレター」であり、「読者はみずから働きかけることによって、与えられた作品世界をより楽しむことができるのだという、ささやかな挑戦だったといってもいい」と述べています。
 第5章「コミックマーケット発進!」では、高宮成河と亜庭じゅんによる『まんがジャーナル』創刊号に記された高宮の文章を読んだ著者が、「自分が考えに考えて言葉にできなかったものを、同じアマチュアで、かくも平明に言葉にしてしまったヤツがいる」という気持ちを抱き、「こういうとほうもない連中に対する対抗意識」が、「迷宮」結成を後押しする力になっていた」と述べています。
 また、第4回漫画大会への参加拒否問題をきっかけにした「漫画大会を告発する会」の活動を通して、「迷宮」は「『漫画大会』に代わるまんがファン自らの手になるイベントを模索せざるを得なくなり、将来の課題と考えていた『コミックマーケット』の実現に向けて大きく一歩を踏み出すことになる」と述べています。
 そして、「漫画大会がなくなると、同人誌が買えなくなる」から、「じゃあ、同人誌を売買する場所を作ればいいじゃん」という会話から、「あっという間にやることが決まってしまった」と述べています。
 第6章「コミックマーケットはどこへ行く」では、「自分たちの主義主張に縛られてがんじがらめになるよりは、それすらも『遊び』と捉えてより身軽にまんがと関わりた」かったとして、「『まんがのための僕ら』ではなく『僕らのためのまんが』こそが目指すものであったし、そこからまんがというものを相対化して、どれだけ真面目に『まんがと遊べるか』を試したかった」と述べています。
 本書は、今では巨大イベントになってしまったコミックマーケットがなぜ生まれてきたかを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 コミケはオタクが集まる場所だと思って同人誌とか読んだことなかったですが、そういう場を作り上げてきたエネルギーにはワクワクします。


■ どんな人にオススメ?

・コミケがあって当たり前だと思う人。


■ 関連しそうな本

 岩田 次夫 『同人誌バカ一代―イワえもんが残したもの』
 米沢 嘉博 『戦後SFマンガ史』
 米沢 嘉博 『戦後野球マンガ史―手塚治虫のいない風景』
 米沢 嘉博 『戦後ギャグマンガ史』
 米沢 嘉博 『戦後少女マンガ史』
 コミックマーケット準備会 『コミックマーケット30'sファイル―1975‐2005』


■ 百夜百マンガ

オデッセイ1966~2003―岡田史子作品集【オデッセイ1966~2003―岡田史子作品集 】

 この当時の漫画ファンを熱狂させた伝説の漫画家。絵柄をどんどん変える漫画家って個人的には好きです。

2009年9月27日 (日)

スポーツファイナンス

■ 書籍情報

スポーツファイナンス   【スポーツファイナンス】(#1711)

  武藤 泰明
  価格: ¥1890 (税込)
  大修館書店(2008/04)

 本書は、「ファイナンスという普遍的な枠組みの範囲にあり、その下部構造を形成している」一方で、権利ビジネスや移籍金などの固有の領域を持つ「スポーツファイナンス」について解説したものです。
 第1章「スポーツファイナンスとは」では、「スポーツをめぐるお金の流れは、近年大きく変化している」
として、
(1)企業スポーツからJリーグやbjリーグのようなプロスポーツへの流れ
(2)競技場建設・運営費をめぐる変化
の2点を挙げています。
 そして、スポーツファイナンスについて、「学問領域としては、ファイナンスの部分集合ないし『真下』に位置づけられるものではない」として、「いくつかの基礎科学、応用科学の成果・知見に負っている」と述べ、「スポーツファイナンスを理解しようと言う場合、その土台にあるいくつか(いくつも)の領域についての基本的な知見が必要であることを意味している」としています。
 第3章「スポーツ組織の収入構成と収入特性」では、スポーツ組織の特徴として、「収入の種類が多いだけでなく、収入をもたらす主体の種別も多いこと」及び「事業規模が小さい」ことを挙げ、このような収入特性を、「マイクロ・コングロマリット」と表現し、「スポーツ組織の財務運営は、収入特性の面から見る限り、かなり難易度が高い」ことを指摘しています。
 また、協賛金収入の問題として、製品取引と異なり、「どのようなメリットをどれだけ供与するのかについて、あらかじめ十分には決められていないことが多い」点を挙げるとともに、その大きなリスクとして、「ないかもしれない」点を挙げています。
 さらに、スポーツ全般を視野に入れると、「意外なことに、そして残念ながら、入場料はそれほど重要な収入ではない」としたうえで、入場料収入を得る主体は、一般的には「チーム出ではなく、競技団体である」理由として、
(1)個人競技の場合、競技会は団体が催行するため
(2)チーム競技であっても「ホーム・スタジアムという概念が確立されていない場合」「チームの競技会最高能力が量的・質的に不足する場合」には、チームが競技会の催行主体にならないため
の2点を挙げた上で、「収入がないということは、収入を得る、あるいは増やすことを真剣に考える主体が成立しないことを意味している」として、「マネジメントの主体は、競技団体なのである」と述べています。
 第4章「事業計画と予算(収支計画)」では、事業計画の策定目的として、
(1)その組織が今後どのような活動を実施しようとしているのかを提示すること
(2)収入と支出の計画の妥当性を検証すること
の2点を挙げています。
 また、スポーツ組織の特性について、「法人格のない任意団体は、団体が契約の当事者となることができないし、資産を持つこともできない」として、任意団体は、「収支が不正確になる」ことがありがちだと述べたうえで、スポーツ組織を任意団体から法人化する際に問題になる点として、「前身である任意団体からの債務の承継ができないこと」を挙げ、「任意団体の代表者には、返す手段のない借入れが残ることになる」ことを指摘し、その対応策として、「新法人が株式会社である場合、旧団体から営業権の譲渡を受けること」や「商標の譲渡」などを挙げています。
 第5章「資金調達」では、「銀行からの借入れに際して個人補償が一般的な慣行である」ならば、スポーツ組織の法人化について議論しておくべき点として、
(1)法人化しても経営者(代表者)責任が実質的に軽減されないという点
(2)ファミリービジネス(家業)ではないスポーツ活動について、経営者の個人補償が果たして妥当かどうかという点
の2点が生まれると述べ、公益的な法人では、「個人補償による問題が顕在化しやすい」ことを指摘しています。
 第6章「キャッシュフロー・マネジメント」では、資金繰りに関連して、特に問題になるのは、「デフォルト(債務不履行)」だと述べ、「ファイナンスの世界では、リスクは期間が長くなるほど高くなる」として、「これを同コントロールするかが課題」だと述べています。
 第7章「財務管理」では、公益穂人は、「収入と支出の関係は、株式会社と比べるとかなり厳格に管理される」と述べています。
 第8章「資本と資本政策」では、資本政策は、
・どれだけの自己資本を持つか
・どのような株主構成にするか
等について「企業の方針」であり、「株式会社の経営上の意思決定事項としてはきわめて重要なものの一つ」だと述べています。
 また、資金調達は、「成長のための投資を行う手段」だとして、「逆にいえば、投資を意図しない企業は、株式を上場してもあまり意味がない」と述べています。
 第9章「決算と情報開示」では、「決算の位置づけは、株式会社と公益法人とでは異なる」として、「公益法人では、事業活動を行うことが目的なので、事業の成果とは事業活動そのもの」だと述べています。
 第10章「財務リスクのマネジメント」では、「財務リスクのマネジメントについての知見が、事業経験に比して蓄積されるものではない」理由として、
(1)リスク顕在化の頻度が低いこと
(2)失敗情報は流布・共有が難しいこと
の2点を挙げています。
 第13章「無体財産とファイナンス」では、収入の源泉の一つである「無体財産権」について、
・意匠権(デザイン化されたもの)
・商標権
・著作権
・パブリシティ権
・周知の商品形態、ドメイン名等
・肖像権
・放映権
・施設などの命名権
・商品化権
等を挙げた上で、「スポーツに関わる収入機会の多くは、いわゆる『権利ビジネス』でなくても、権利を取引しているものが多い」として、ユニフォームにスポンサー名を載せるのは、「ユニフォームにスポンサー名を載せる権利」を販売しているということだと述べています。
 そして、権利ビジネスのビジネスモデルとして、
・商品化権
・商標の使用権
・肖像の使用権
等を挙げ、これらの共通する特徴として、「ビジネスの『拡張性』」を挙げています。
 また、命名権を売る問題点として、
(1)オーナー、チームスポンサー、施設スポンサー間の葛藤
(2)イベントスポンサーと施設スポンサーの競合
(3)施設スポンサーの不祥事
(4)施設スポンサーの名称の変更
(5)契約期間・・・理想は、健全な企業に10年単位で命名権を買ってもらうこと
の5点を挙げるとともに、日本の施設の商品価値が低い理由として、
・集客力(年間利用者数)
・露出機会(テレビなどでの放映回数や視聴率)
の2点を挙げています。
 本書は、まだ若い研究分野であるスポーツファイナンスを概観した一冊です。


■ 個人的な視点から

 スポーツファイナンスといっても、まったく新しい分野というわけではなく、本書を読むのには経営学やファイナンスの知識がまるでないと結構大変かもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・スポーツの世界のファイナンスを学びたい人。


■ 関連しそうな本

 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』 2009年9月20日
 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』 2009年9月19日
 川端 康生 『東京マラソンの舞台裏―東京を3万人が走るまで』 2009年9月21日


■ 百夜百音

GOLDEN☆BEST【GOLDEN☆BEST】 キャンディーズ オリジナル盤発売: 2009

 いまだに40代くらいの男性からは熱烈に支持されているだけあって、少しずつ収録曲を変えては新商品が出続けています。

2009年9月26日 (土)

アメリカ人の政治

■ 書籍情報

アメリカ人の政治   【アメリカ人の政治】(#1710)

  吉原 欽一
  価格: ¥756 (税込)
  PHP研究所(2008/10/16)

 本書は、アメリカ人の政治について、「人種も文化的背景もバラバラな移民が、世界中から集まってきてつくった国だから、何を正義と考えるかは、一人ひとり違う」ことを解説したものです。
 第1章「アメリカ人の正義」では、企業が何か過失を犯したときに、弁護料なしで訴訟を引き受け、「懲罰的賠償」による莫大な賠償金の成功報酬を求める「トライアル・ロイヤー」と呼ばれる民事訴訟専門のすご腕弁護士を取り上げ、トライアル・ロイヤーと企業の主張との、どちらが本当の「正義」であるかには答えがないとして、「『正義』の対立は裁判所に持ち込まれることになる」と述べています。
 また、アメリカの刑事裁判の重要なポイントとして「ルールを重視すること」を挙げ、「アメリカでは客観的な真実や正義を求めるよりも、正当な手続きで『正しいと決める』プロセスのほうに重きが置かれる」と述べています。
 さらに、非営利組織のアドボカシー活動に関して、アメリカでは、「あなたの正義、あるいはあなたが理想とする社会を実現する方法が、税制を中心に整備されている」、「さもないと、多様な背景を持つ人々が集まる国では、待っているだけではいつまでも個人が考える正義は実現されない」と述べています。
 第2章「アメリカ精神の源流」では、アメリカの独立と、その後の合衆国成立までの過程を、「たんにイギリスの支配を脱したというだけの出来事」ではなく、「自由な市民が集まって国家をつくり、政治を行うという、人類史上初めての実験であり、それゆえに『革命』と呼ばれる」と述べています。
 そして、アメリカ合衆国大統領が「プレジデント」と呼ばれることについて、「もともとは『親分』ぐらいの軽い意味だったが、追い出した国王の代わりとしておいた職に威厳を持たせると、国王になろうとする人物が出てくるかもしれない、ということで、この名称になったといわれる」と述べています。
 第3章「アメリカ外交の系譜」では、ローズヴェルトが、「平和ではなく正義が目的なのだ……もし正義と平和のどちらかを選ばなければならないとしたら、私は正義を選ぶ」と言い、「彼の時代に『アメリカ帝国』の建設が本格的に始まったこと」から、「現在のネオコン的外交政策の源流は彼にあると言う人もある」と述べています。
 また、ハーバード大学教授の政治哲学者ジョン・ロールズが、「無数の正義を取りまとめ、リベラリズムを再構築することを説いた」として、ロール図は、「『正義』の定義を、社会の資源や利益を構成に分配する手続きの問題であると転換」したうえで、「手続きとしての」正義に、
(1)良心の自由や言論の自由といった基本的自由は、ほかの人々の自由を侵害しない限り、平等に分配されるべき。
(2)社会的・経済的な不平等が許されるのは、(1)もっと恵まれない立場の人の利益を最大にする場合、(2)全員に平等な機会が与えられたという条件の下で(自由競争の結果により)生じた場合に限る。
の2つの原理を設けたと述べています。
 第4章「アメリカを動かしているのは誰か」では、レーガンのブレーンが、フーバー研究所やヘリテージ財団、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)といった保守系シンクタンクに所属していたとして、保守には、「アイディアは多くのものを生み出す」という信念があり、この「アイディア」とは、「たんなる『思想』や『政策案』のことではなく、アカデミズムには求めることができない、現実の政策を強く意識した『実践的叡智』のこと」だとしています。
 また、オバマについて、メディアを利用した「空中戦」でも、グラス・ルーツ団体を動員する「地上戦」でもなく、「ネットを使ったコミュニティの拠点に、現実世界の人々を自発的に参加させる『空挺作戦』のようなもの」だとして、「ここ数年で、飛躍的に発展したインターネットのテクノロジーを駆使して、『ボトムアップ型』と『トップダウン型』という双方向のアプローチで選挙態勢を構築していった」と述べています。
 本書は、アメリカ人が大事にする「正義」を解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 アメリカ企業に対する「懲罰的賠償」については、これまでは、「アメリカは訴訟社会だから」とか、「弁護士が多いから」といった文脈で語られることが多かったですが、本書のような解説をされると納得がいきます。


■ どんな人にオススメ?

・アメリカ人の正義観を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 堀田 佳男 『大統領はカネで買えるか?―5000億円米大統領選ビジネスの全貌』 2008年11月08日
 井上 篤夫 『ポリティカル・セックスアピール―米大統領とハリウッド』 2009年03月30日
 横江 公美 『日本にオバマは生まれるか』 2009年7月28日


■ 百夜百音

ちあきなおみ【ちあきなおみ】 ちあきなおみ全曲集 オリジナル盤発売: 2006

 子供の頃は、コロッケが物まねしているけど元ネタがわからない人、という認識でしたが、今聴くといい曲が多いです。

2009年9月25日 (金)

産業連関分析入門

■ 書籍情報

産業連関分析入門   【産業連関分析入門】(#)

  宮沢 健一
  価格: ¥903 (税込)
  日本経済新聞社(2002/06)

 本書は、産業連関分析の理論と実際についての手ごろな手引書を目指したものです。
 第1章「産業連関分析の考え方」では、産業連関分析の中心的なものの見方として、「相互に取引関係を結びながら生産活動を営み、複雑な相互依存関係の網の目を通じてつながって」いる現代の諸産業について、生産活動を通じる諸産業間の生産技術的な連結関係を正面に打ち出し、この関係を、支出面の需要構成と分配面の所得形成に結び付けて、「国民経済の構造を経済循環の姿というかたちの面と、その波及の動きというはたらきの面との、両面からとらえる」ものだとして、「産業相互間、及びそれを取り巻く国民経済の諸構造との全般的な関連をあらかじめ念頭に置かなければ解けない問題に対して、総合的な、つりあいのとれた解決方法を提供」すると述べています。
 そして、産業連関分析の道具立てとして、
(1)産業連関表:一国の経済活動の様相を、産業間の連結を主軸として一つの経済循環の統計数値の見取り図にまとめたもの
(2)投入係数表:産業間の「因果的」な連鎖を行うことができるもの
(3)逆行列係数表:波及効果の整数ともいてるもので、産業連関の乗数効果の表と見ることができる
の3点を挙げています。
 また、産業連関分析は、「経済現象の相互依存関係を方程式体系の形に最初に集約・究明したワルラスの一般均衡理論」を背景に持ち、「この理論を現実の場面に統計数値によって適用する意図のもとに、ロシア生まれのアメリカの経済学者レオンチェフによって開発されたもの」です。
 さらに、「統計数字によって経済循環の姿を具体的に組織化して表現する方式」が、「国民経済計算の方式」と呼ばれ、
(1)国民所得勘定
(2)産業連関表
(3)資金循環表
(4)国際収支表
(5)国民貸借対照表
の5つから構成されていると述べています。
 第2章「産業連関表の見方」では、部門間の物量的な取引をどのような価格で評価するかという問題について、
(1)生産者価格によるか購入者価格によるか
(2)統一価格によるか実際価格によるか
(3)商品税込みの価格によるか否か
の3つがあるとした上で、「利用面から見ると、経済取引の実態を示す取引表としては、実際価格評価表が有用なことは言うまでも」ないとした上で、「波及効果の測定を目的とする分析用の原表としては、明らかに統一価格評価表がすぐれて」いると述べています。
 第3章「基本モデルとその応用」では、「産業連関分析モデルの心臓部を構成し、最も重要な役割を担って」いる「レオンチェフ逆行列」を導出し、その意味と味方について解説し、「一般に産業連関表の公表と共に、逆行列係数表も公表されて」いると述べています。
 また、経済予測や経済計画を行うために、マクロ計量経済モデルが最も多く使用されているものの、「最終需要と各産業別の生産水準とを斉合性のある形で同時決定させることはかなり困難」であることから、「予測計画年次の最終需要を別途予測して、これに見合う産業別生産額、輸入額、必要雇用量などを求めよう」とする「予測や計画の用具」として、産業連関分析モデルが威力を発揮するとしています。
 第4章「地域および国際産業連関分析」では、1国経済についての産業連関表と産業連関分析の考え方は、「ほぼそのまま地域経済の場合についても適用」できるとして、「地域産業連関表」ないし「地域産業連関分析」について解説しています。
 そして、地域表固有の問題として、
(1)中間製品の取り扱い
(2)本社経費と委託加工の取り扱い
の2点を挙げています。
 第5章「産業連関分析モデルの拡充」では、「最終需要部門という、いわば経済体系の運動の解明にとって別個の情報源から外生的に与えられる部門」をもつ「オープン・モデル」に対して、「最終需要の動きも相互依存関係の体系内部で説明しようとするクローズド・モデルとよばれる体系の立て方」について解説しています。
 そして、家計部門をクローズド化することである「家計部門の内生化」あるいは「消費内生化」などについて解説しています。
 さらに、「資本ストックの増大が算出水準の時間的増大やその期待に応じて誘引される」とする「産業連関分析の動学化」および「動学モデル」について解説しています。
 本書は、産業連関分析の基礎の基礎を解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 この内容で「入門」かどうかは議論のあるところだと思いますが、用語の定義や意味をわかりやすくコンパクトにまとめているという点では入門書なのでしょう。あとは、数式部分はブラックボックスのままで使えるようにする表計算ソフトを使った入門書ということになるのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・産業連関分析を理解したい人。


■ 関連しそうな本

 藤川 清史 『産業連関分析入門―ExcelとVBAでらくらくIO分析』
 井出 真弘 『Excelによる産業連関分析入門―VBAのプログラミング手法をモデル構築で解説』


■ 百夜百マンガ

団地ともお【団地ともお 】

 巨大団地というのは結構な数の人間を育んできたにもかかわらず、なんとなく、仕方がないもの、早く出て行きたいもの、といったネガティブな捉え方をされているような気がします。

2009年9月24日 (木)

新聞・TVが消える日

■ 書籍情報

新聞・TVが消える日   【新聞・TVが消える日】(#)

  猪熊 建夫
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2009/02)

 本書は、「欧米では『放送と通信の融合』が本格化している。日本のテレビ界も、及び腰ではあるものの放送済み番組のネット配信に踏み切った」として、「テレビが消える日」について論じたものです。著者は、「コンテンツやコンテンツ産業の振興を、IT政策の一環として考えたら間違いである」と主張しています。
 第1章「テレビとネットは融合するか」では、「なぜ、今流れているテレビ番組をインターネットで見られないのか」という疑問に関して、放送と通信の「融合」論議を引っ張ってきたのは、「通信」サイドだったとしたうえで、ネットでテレビ番組を流せない理由として、
(1)ネットへの番組同時送信は視聴率の低下に直結すること。
(2)県域免許制が崩れること。
の2点を挙げています。
 そのうえで、「多くの人に瞬時に動画映像を送り届けることについては、現状のIT環境ではインターネットよりテレビのほうがはるかに優れている」として、「テレビの番組を同時にネットに流すことは、避けたほうが得策」だと述べています。
 また、「著作権や出演者の権利(実演者の著作隣接権)、あるいは肖像権という大きな壁が、立ちふさがっている」として、「20年前の番組制作プロデューサーやディレクターは『将来、ブロードバンドで二次利用されるかもしれない』などとは想像しようがなかった」と述べています。
 さらに、「ウェブ動画が大人気になったことは、日本のテレビ局にとって反省材料になった」として、「『見逃し番組』サービスの需要が大きいことが、Youtubeなどによって、はからずもわかってきた」と述べています。
 第2章「『紙離れ』はどこまで進むか」では、各種統計を紹介した上で、「どのデータも、若者層の『新聞離れ』が、急ピッチで進んでいることを物語っている」として、「『新聞が消える日』がひたひたと迫ってきているようだ」と述べています。
 そして、世界から評価されるようになった日本の漫画について、「賞賛の声と反比例するかのように、漫画市場はこの十余年で縮小している」と述べ、「若者や青年を『活字離れ』『文字離れ』と決め付けるのは、やめた方がいい。新聞、本、雑誌といった紙メディアから離れだしているのである」と述べています。
 また、新聞の一世帯あたりの発行部数が、10年で「1.68から0.98に落ちたが、それでも米国の新聞と比べればなかなかの数字」としながらも、「この数字を鵜呑みにするわけにはいかない」として、「新聞販売店が配る実売部数よりもかなり多い部数を、販売店が嫌がっているのに新聞社の本社販売局が無理やり押し付け、その代金も支払わせる」という「押し紙」を止めれば「発行部数はとたんに大幅に減ってしまう」と指摘しています。
 著者は、「ネットに侵食されても『紙の新聞』が全くなくなってしまうことはないだろう」としながらも、「今後10年で、『新聞離れ』がさらに一段と進行していることは確実」だと指摘しています。
 第3章「ネットになじむ音楽市場」では、インディーズ系の興隆や、音声合成ソフトを使った「初音ミク」作品のネット投稿などを、「デジタル革命」「インターネット時代」を象徴する動きだとした上で、ネットによる楽曲配信が急進している理由として、「映像や文字・図形情報などと比べて、音楽コンテンツはそもそもネットになじみやすい利点があった」として、
(1)CDの隆盛によりデジタル化をいち早く完了していた。
(2)動画映像と比べ、伝送路やコンピューターに載せるデータ量(情報量)が圧倒的に小さい。
(3)コンテンツ産業の中で著作権管理のシステムが最も出来上がっていた。
の3点を挙げています。
 第4章「転機を迎えたゲーム産業」では、2008年6月8日に起きた東京・秋葉原の通り魔事件の犠牲者の一人である宮本直樹さんという31歳の男性が、「ゲーム愛好家の間で『世界の宮本』と呼ばれる伝説的プレーヤーだった」と新聞で報じられたと述べています。
 そして、「ゲーム産業は確かに06年以降、目覚しい復活振りとなっているが、それはハードが絶好調だったということ」だとして、「ハード偏重のいびつな構造になってしまっている」と指摘しています。
 本書は、コンテンツ産業の変貌とメディアの主役交代を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 アナログ停波を前にして地デジテレビが売れているようなのですが、テレビを買うよりも、地デジチューナー付きモニターを買う方が安いようです。もちろんイオンの地デジチューナーを買ってアナログテレビを使い続けるほうが安いですが。


■ どんな人にオススメ?

・新聞とテレビが主なニュースソースの人。


■ 関連しそうな本

 国際社会経済研究所, 青木 日照, 湯川 鶴章 (著) 『ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア』 2008年02月29日
 池田 信夫 『電波利権』 2007年05月07日
 吉野 次郎 『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』 2008年05月03日
 歌川 令三 『新聞がなくなる日』 2008年03月29日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日


■ 百夜百マンガ

ナチュン【ナチュン 】

 現役の文化人類学者が描いている作品、ということでも話題。随所に出てくる進化ゲームの話とか人工知能とか、微妙に怪しげな雰囲気を醸し出しているのは専門外の分野での演出だからということか。

2009年9月23日 (水)

人はなぜ簡単に騙されるのか

■ 書籍情報

人はなぜ簡単に騙されるのか   【人はなぜ簡単に騙されるのか】(#1707)

  ゆうき とも
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2006/12/14)

 本書は、「多くの『騙し』のメカニズムについて、プロ奇術家としての観点からクロースアップ」しようとしているものです。
 第1章「まずはあなたを騙してみせます」では、「人間という動物は、いったん物事を受け入れてしまうと、次にそれをひるがえすのは難しい」としたうえで、「演じる側の明確な意図」がまずは重要だと述べています。
 第2章「自分の世界観が崩壊するとき」では、マジックが「指先の早技」と言われることについて、「本当はそんなものが幻想であることは当の奇術家自身が一番よく知って」いるとして、「そういった観客自身の頭の中における、ある種の『思いこみ』自体が、マジシャンの仕掛けた『ミスディレクション』"そのもの"である」と述べています。
 第3章「『信じる』ってなんだろう?」では、「何でも盲目的に信じてしまう人というのは困り者で、詐欺師たちの格好の餌食にされる」とする一方で、「ただただ『信じない』と、簡単に割り切ってしまえる人も少々危険」で、この手の人たちに多い「自分の目で見ないと信じない」というフレーズは、「自分の目で見たら信じる」ということで、「このタイプの人たちも、詐欺師たちにとっては願ってもないターゲット(カモ)」だと述べています。
 そして、マジックと詐欺では「その目的こそ全く(それこそ天と地ほどに)違いますが、対象となる相手を『騙す』という一転に関して言えば、その細かい手法や原理の部分での共通項が実はたくさん」あるとしています。
 第4章「マジックにおいて『騙す』とは」では、「そもそもマジックとは何だろうかという素朴な疑問、そこからマジックを演じる側、つまりだます側(時には詐欺師と言った人たちも含めた)に立つ人間の本音の部分にも迫ってみたい」としています。
 そして、「マジックの基本的な構成要素」として、「タネや仕掛け、指先の技術、もしくはある種の数理や科学原理を応用し、一見不思議に見えることを提示するだけ」では「トリック」にすぎず、これに加えて、「トークや所作といった最低限の状況説明能力や、それに伴って醸し出される雰囲気までをも含めた絶妙のバランスで構成され、観客の前で演じられたときに初めて『マジック』といえる」と述べています。
 第5章「人には『信じたい』という本能がある」では、「観客は、与えられた情報を信用しようと思う」という大原則があるとした上で、演じる側の条件として、「自分がマジシャンであることを自覚し、観客に対して明確に公言した上で、ショーの時間と空間を楽しんでもらう、そのことを心がけてもらえれば、それで十分」だとしています。
 そして、「観客をその気にさせる、そして『信じたい』と思う気持ちを持続させる、最大のコツ」は、「対象となる観客の幸せを本気で願うこと」につきると述べています。
 第6章「プロ奇術家が看破する犯罪詐欺」では、養老孟司氏がオウムを例に、「『身体』を忘れて脳だけで動くようになってしまった」と指摘していることの例として、著者の講習会を受講した現役東大生について、「頭の中で理屈をこねることだけは得意そうですが、実体験することが圧倒的に少なく、またそのわずかな実体験をしたらしたで、そこからすべての結論を引き出そうとする『厚かましさ』はある」と指摘しています。
 また、一番腹が立つ「オカルト番組」として、「超能力を使った行方不明者さがし」の番組を挙げ、「藁にもすがりたいと思う失踪者の身内の人々に対して、その心をただただもてあそぶ、本当に卑劣な行為」だと述べています。
 さらに、「"実は何の根拠もない自信に基づいた"『言い切り』といったものや、大胆な『ブラフ』(はったり)というものが、たまたま偶然にもターゲットに対してうまくハマッてしまった際、"その事実"がいかに劇的な効果を生みだし、また、それらを騙しのプロたちがいかに虎視眈々と狙っているのか」と述べた上で、「どんなにチープな嘘でも、百回言えば説得力を生」むとして、「オカルトや詐欺の世界ではもちろんのこと、多くの人々の日常生活の中や、一部のマジックの世界においても、この手法は確実に存在して」いると述べています。
 最終章「最後の挨拶」では、著者が一番言っておきたかったことは、「『マジックという芸能』の持つ"本来のすばらしさ"、そしてそれらを正しく啓蒙すべきマジシャン本来の役割」だと述べています。
 本書は、マジックに対する愛情溢れる一冊です。


■ 個人的な視点から

 どうしてもマジシャンと聞くと、こちらの考えていることを見透かされているようで警戒してしまいますが、あくまで人を楽しませることが目的だと考えれば安心できそうです。


■ どんな人にオススメ?

・マジシャンの考えていることを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 ゆうき とも 『一瞬で相手をリードするマジック心理術』
 ゆうき とも 『コミュニケーション力が身に付くクロースアップマジック23』
 庄司 タカヒト 『接客の魔法 プロマジシャンが明かすコミュニケーションの技術』
 スティーブ・コーエン 『カリスマ手品師(マジシャン)に学ぶ 超一流の心理術』


■ 百夜百音

ベスト オブ ベスト~ALL Singles Collection【ベスト オブ ベスト~ALL Singles Collection】 大黒摩季 オリジナル盤発売: 1999

 生バンド系のビーイングというか妙にざっくりした音とか歌詞は好みが分かれるところでした。

2009年9月22日 (火)

イベント学のすすめ

■ 書籍情報

イベント学のすすめ   【イベント学のすすめ】(#1706)

  イベント学会 会長 堺屋太一
  価格: ¥2600 (税込)
  ぎょうせい(2008/9/11)

 本書は、「日本の新しい知の体系」を目指し、
・統合の学
・創造の学
・人間学
の3つを掲げて10年間研究活動を続けてきたイベント学会の10周年記念事業として刊行されたものです。
 会長である堺屋太一氏は、「イベントとは、非日常的な情報環境を計画的に作ることで、人々により強烈な心理的効果を与える人間の営みである」と述べています。
 巻頭論文「イベント・オリエンテッド・ポリシー」では、堺屋氏が1963年に「日本で万国博覧会を開催しよう」という運動を始めた時の最大の問題は、「『万国博覧会』という行事の概念を知らせること」だったと述べています。
 第1部「イベント学の広がり」では、イベントの5つの必須条件として、
(1)非日常性
(2)目的
(3)場の創出
(4)コミュニケーション表現
(5)計画性
の5点を挙げ、イベント学の特性は、「諸科学横断的な知識と多様なノウハウを統合して、新しい価値を創造する人間学」であり、「理性と情感、論理と直感、イメージと行動など、人間や社会の持つ多元性や複雑性、不確定性を認めつつ、自ら係わり合い、新しい価値を作り出していく知と、そのプロセスを追う学」だと述べています。
 そして、経済活動の起爆剤としてのイベントについて、「オリンピックのような国の威信をかけた大規模なイベントは、実現に向けたプロセスの中で、さまざまな経済効果を誘発」すると述べています。
 また、スポーツイベントに関して、「スポーツイベントの主目的は、スポーツの振興と人々のスポーツ参与(スポーツに慣れ親しむ)の促進」だとした上で、その特性として、
(1)無形性と主観性
(2)非同一性と非予見性
(3)一過性(非保存性)
(4)流通形態と価格構造の特殊性
(5)複数マーケットの存在
(6)集団的消費者行動
(7)商品(イベント)がない状態での取引
の7点を挙げています。
 さらに、参加型スポーツイベント開催までのフローチャートを示した上で、「良質なイベントを開催」するための条件として、
・スポンサーやボランティアを持続的に獲得できること
・参加者を起点とした「あなたが主役!」というスタンス
の2点を挙げています。
 第2部「イベントの実務研究」では、イベントにおけるコンプライアンスについて、イベントにはさまざまな主体が参加するが、「イベントが終われば解散して」しまうため、「イベントにはつい統一した行動基準の策定をおろそかになりがち」であると指摘しています。
 また、イベント関連業界の人材育成に関して、「イベント開催形態(目的・規模・内容等)の多様性や非日常性」により、
(1)イベント政策に必要な専門業種・業態の多様性
(2)その結果としての外注による業務推進の必然性
(3)非定形的専門性の高さからくる小規模企業の多さ
(4)ひとつひとつがオーダーメードで、手づくりによって完成されるものであり、きわめて属人性の高い業務を担当する業界である
といった特性を挙げています。
 そして、自治体イベント評価の課題として、
(1)イベントの個別性:目的、規模、内容が個別なイベントを何らかの標準的な基準によって相互比較評価する
(2)イベント評価の業務能力:担当者がボランティアの協力を得て調査し、自分でパソコンを使って集計、書類作成できる程度のものではナイト用を足さない。
(3)イベント評価のための第三者:第三者期間を置くことで、公明公平な相互比較評価が保証される。
の3点を挙げています。
 第3部「イベント学会10年の歩み」では、イベント学の5特性として、
(1)統合の学
(2)非専門の学
(3)民間学
(4)地域経営の学
(5)人間学
の5点を挙げた上で、その社会的創造効果として、
・イベントは、新しい時代を創造する
・イベントは、新しいビジネスを創造する
・イベントは、次の時代の担い手を創造する
の3点を挙げています。
 本書は、イベントの意味を多様な視点から追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 堺屋太一さんと言えば「団塊の世代」という言葉を作った人とか大河ドラマの原作者として知られていますが、もともとは万博を成功させた通産官僚として名をはせた人なのでした。


■ どんな人にオススメ?

・イベントは何のためにやるのかを考えたい人。


■ 関連しそうな本

 小林 雄二 『イベント営業演出家―業界のプロが語る こんな素敵な仕事はない』
 コリン・マイケル ホール (著), 須田 直之 (翻訳) 『イベント観光学―イベントの効果、運営と企画』


■ 百夜百音

Y BEST COLLECTION【Y BEST COLLECTION】 大沢誉志幸 オリジナル盤発売: 1998

 シティハンターのテーマ曲ということでご存知の人も多いのではないかと思いますが。今聴いてもかっこいいです。


2009年9月21日 (月)

東京マラソンの舞台裏―東京を3万人が走るまで

■ 書籍情報

東京マラソンの舞台裏―東京を3万人が走るまで   【東京マラソンの舞台裏―東京を3万人が走るまで】(#1705)

  川端 康生
  価格: ¥1260 (税込)
  エイ出版社(2008/02)

 本書は、「東京マラソン開催のために尽力した関係者のインタビューを中心」に、「どのようにしてこの未曾有の市民マラソンが実現されたのかのプロセスを辿り直してみることで、このイベントの壮大さと緻密さを実感」してもらうことを目指したものです。
 第1章「マラソンの舞台は道路」では、「普段は自動車や歩行者が使用している道路を、ランナーのために開放してもらえるかどうか」が、「大会実現の成否」を握っていたとした上で、「制限時間を延ばすことで完走率を高めたかった」ため、制限時間は「7時間」にこだわり、2007年の第1回大会では、96.3%だったと述べています。
 また、東京マラソン事務局事業部長の早崎道晴氏のインタビューでは、「東京だからやりやすいという面」として、地下鉄を挙げ、地下道として利用できるほか、リタイヤしたランナーも地下鉄で異動出来るとして、マラソンコースを地図に落とすと、「地下鉄の路線図をなぞりながら、なおかつ立体交差があり、できれば歩道橋もある道路を探しながら決めたコース」だとして、コース決定に当たっては、「都心の主要な道路は自転車ですべて」走り、ママチャリを一台壊してしまったことなどが語られています。
 第2章「史上空前の大会運営」では、コース確定後、「影響を最小限に抑え、理解を得るための沿道対策、大会に関わる輸送や物流の確保など、多方面にわたる緻密な準備が不可欠」であり、交通規制のためにも警視庁はプロジェクトチームを立ち上げ、「大会当日には約6000人の警察官を動員して臨んだ」と述べています。
 また、東京マラソン事務局事業部主幹でシミズオクトからの出向者である田中治氏のインタビューでは、「普段の標識の上にカバーをつけて、進入禁止や迂回のサインに変えている」他、「ゴール地点の観客席のスタンド(2300席)を作ったり、トランシーバーからボールペンにいたるまで細かい備品を用意するのもシミズオクトの業務」で、シミズオクトから社員だけで約300人、全部で約4000人が従事したことなどが語られています。
 そして、警視庁への聞き取りでは、大会当日には、交通対策と雑踏警備の両面での対策をとったこと、一番の成功要因は、「事前にいろいろな形で広報をして、クルマの利用を控えてもらえたこと」などが語られ提案す。
 第3章「主役はランナーだけではない」では、東京マラソンに参加するのは、ランナー以外に、「沿道から声援を送る150万人近くの観衆や、『祭り』を盛り上げる約3000人の出演者といった一人一人が、このビッグイベントの参加者であり、当事者でもある」とした上で、1万2670人に上るボランティアについて、「支える喜び」と「役割を全うする達成感」を自ら感じようと、この大会に参加していると述べています。
 そして、東京マラソン事務局センター長西武ボランティア担当で、笹川スポーツ財団(SSF)からの出向者である浦久保和哉氏のインタビューでは、ボランティアを、「お客さんではなくスタッフの一員」と考える理由として、「このボランティアの仕組みを完成させたいと考えている」からだとして、「うまくいけばスポーツにとっても、ボランティアにとってもすばらしい世界を作り上げることができる」ことなどが語られています。
 第4章「都民をつなぐ新たな祭り」では、「2007年2月18日、市民マラソンの開催をきっかけにして、東京に新たな祭りが誕生した」と述べ、東京と生活文化スポーツ局スポーツ振興部副参事で、「東京大マラソン祭り担当」と名刺に刷り込んだ宮沢浩司氏のインタビューでは、「祭り」を作って行く上で苦労した点として、
(1)場所の選定
(2)地元参加型のイベントにすること
(3)お金がなかったこと
の3点等が語られています。
 第5章「スポンサーが大会を支える」では、第1回大会にかかる予算15億円のうち、3億円が出走者からの参加料でまかなわれ、東京都の補助金1億円、笹川スポーツ財団からの助成金が3億円、エキスポブース販売収入7500万円などの残り7億円を協賛企業からのスポンサー料である「協賛金」でまかなうとして、第1回大会では、「特別協賛の東京メトロをはじめ、スターツ、アシックス、大塚製薬、セイコー、トヨタ自動車、コナミスポーツ&ライフ、JTB、セブン・イレブン・ジャパン、東京ビッグサイト、フォトクリエイトが協賛に名を連ねた」と述べています。
 そして、東京マラソン事務局事業部副部長で、電通スポーツパートナーズからの出向者である坂牧政彦氏のインタビューでは、氏が海外のマラソンで目の当たりにした「3万人がスタートするあの光景」を、「東京で実現して、日本の人たちに見せたいというのが、この仕事に取り組む上で僕のモチベーションだった」と語られています。
 第6章「トップアスリートたちの真剣勝負」では、東京マラソン事務局競技運営推進部副部長で、この大会を主管する東京陸上競技協会(東京陸競)の理事を務める小松邦江氏のインタビューで、公認審判員は1000人ほどが参加し、これまで扱ってきたエリートマラソンと異なり、市民マラソンと一緒に行うため、ルール運用、あるいは線引きに真央よところが会ったとして、「エリートマラソン対応の審判の姿勢と、市民マラソン対応の審判の姿勢を、ある時間を区切りに変えてもいいのではないかという議論」もあったことなどが語られています。
 谷川真理氏のスペシャルインタビューでは、走り始めるときにランナーが脱ぎ捨てたジャンパーなどを発展途上国に送るチャリティマラソンのアイディアが語られています。
 第7章「スポーツイベントの新しい形」では、東京マラソン事務局広報部長の早野忠昭氏のインタビューで、「3万とおりのストーリーがあるということは、3万とおりのマーケティングができる」と言うことであり、スポーツメーカーなどに限らず、美容品やビール、旅行会社など「あらゆるマーケティングが展開できる」コンテンツであるとした上で、「東京という世界に冠たる大都市には人も文化も発信力も、ビジネスのバックグランドも全部」あるから「東京」であり、「達成感を得られるスポーツ」だから「マラソン」であることなどが語られています。
 第8章「スポーツ文化を創る」では、東京マラソン事務局総長であり、日本陸連名誉副会長を務めている佐々木秀幸氏のインタビューで、東京マラソンの話が最初にあったのは、1995年頃で、「非常に歴史のある話」だとした上で、東京マラソンのような大きなイベントでは、「長らく学校(部活動)や企業(実業団)の中で行われてきた日本のスポーツも、変革の時期を迎えて」いるという「社会の仕組みを理解していなければいけない」ことや、東京マラソンでスタンダードをつくって、「どこでも使えるようなマニュアルを提示したい」こと、「いまもマニュアルは公開している」ことなどが語られています。
 第9章「東京マラソンの可能性」では、「これまで警察が市民マラソン開催に対して消極的だったのは、1987年に出された『マラソン、駅伝、自転車ロードレースその他の路上における競技に関わる道路仕様許可の取り扱いについて』という警視庁通達に依拠していた」と述べた上で、「現在では『路上競技の公益性』、『地域住民、道路利用者などの合意』、『地方公共団体の関与』などを前提としつつ、この1987年通達は廃止されている」として、「潮目は変わりつつあるのかもしれない」として、「『東京』が発信地となり、道路の開放のうねりが全国に波及していくことを期待したい」と述べています。
 本書は、東京マラソンというイベントを通じて変わりつつある「東京」を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、東京マラソンが単なる都知事の思い付きではなく、10年以上の歴史を持ったプロジェクトであることがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・どうやって東京マラソンができたのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 遠藤 雅彦 『東京マラソン』 2009年9月13日
 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』 2009年9月19日
 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』 2009年9月20日


■ 百夜百音

ANGIE SUPER BEST【ANGIE SUPER BEST】 アンジー オリジナル盤発売: 2006

 相原コージが作品の中で「天井裏から愛を込めて」が頭の中でグルグル回ると書いていたのを覚えています。

2009年9月20日 (日)

スポーツ経営学

■ 書籍情報

スポーツ経営学   【スポーツ経営学】(#1704)

  山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博
  価格: ¥2940 (税込)
  大修館書店(2006/02)

 本書は、「スポーツ経営学の体系化を目指すと同時に、この新しい学問に初学者を導き入れるための教科書としての性格」を持たせたものです。
 序章「スポーツと経営学」では、「スポーツをめぐるさまざまな経営現象が近代産業としての市民権を獲得し、今日に至っている」として、「ますます専門的なマネジメント知識を要する時代になってきた」と述べています。
 そして、北米スポーツマネジメント学会(NASSM)による、「あらゆる方面の人々によって事業化が推進されているスポーツ、エクササイズ、ダンスおよび遊戯に関連したマネジメントの理論と実践」とするスポーツマネジメントの定義を紹介しています。
 第1章「スポーツ経営の主体と環境」では、スポーツ経営に基本的に欠かせない仕事として、
(1)スポーツサービスに必要な資源を調達すること
(2)スポーツサービスの企画と販売を可能にすること
(3)スポーツ活動を生産すること
の3点を挙げた上で、「これらの仕事の内容をすべて含んだスポーツ組織が完全な意味でのスポーツ経営の主体」だと述べています。
 第2章「スポーツ組織の顧客」では、体験的視点から見た「するスポーツ」の消費に関する特徴として、
(1)ファナティックな消費者からレクリエーショナルな消費者まで、消費行動には必ず行為(パフォーマンス)が付帯する。
(2)天候や自然環境、そして施設環境によって、得られる満足に差が生じる。
(3)消費者自身が体得している技術によって、満足や感動の深まりが強くなる。
の3点を挙げています。
 第7章「社会文化事業としてのスポーツイベント」では、スポーツイベントの地域活性化効果について、「多くの自治体がその効果を認めており、折に触れ、活用して成果を挙げている話を聞く」として、鹿児島県の指宿温泉の"いぶすき菜の花マラソン"が、「冬の最も観光客数の減少する1月に日本で一番早いマラソン大会を企画し、地域の活性化を図る目的で始められた」と解説しています。
 第12章「スポーツのプロ化とスポーツ経営」では、「スポーツという身体的パフォーマンスに狂信して、自らもファナティック(fanatic)になっていくスポーツファンは、もはやひとつのファン文化を作り出した」として、「スポーツ産業にとっては、スポーツをする人(participant)とも、単なるスポーツを見る人(spectator)ともちがった、第3の顧客となりうる」と述べています。
 また、「最近のスタジアム、とりわけプロ野球におけるドーム球場はアミューズメントパーク」だとして、「スタジアムは単にスポーツを観るという施設ではなく、そこに付加価値が必要」だと述べています。
 第13章「地域の発展とスポーツ経営」では、「サッカーのまち清水」が、「共通のアイデンティティとして市民に共有されている」例を取り上げ、「スポーツ健康都市宣言や地域振興方策では、往々にして『きっかけづくり』が強調されるが、まちづくりに必要なのはそれに留まらず、1人でも多くの地域住民を巻き込むためのこころづくりとそれを支える継続的な仕掛けの必要性」だと述べています。
 また、経済効果について、「『地域活性化』や『まちおこし』というイベント開催の意義やそれに協力・出資する組織に対して、スポーツイベントの成否を示す重要な指標の1つ」だとした上で、「その投資に見合うだけのソフトが展開されなければ、『宴の後の重いツケ』としての器づくりにかけた巨額の財政的負担は、『負の遺産』として地域住民に重くのしかかる」ことを指摘し、「まちづくりには、主体や客体という関係はなく、地域に住むすべての人々が主体となって取り組むべきものであり、そのため住民に求められるのは、自ら生産(produce)し、消費(consume)するという『生活者』(prosumer)としての視点」だと述べています。
 本書は、新しい経営学の分野を概観した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「サッカーのまち清水」と言えば「キャプテン翼」を思い出してしまうのはある世代だけかもしれませんが、漫画で刷り込まれる地域イメージというのは大きいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・経営学の対象としてスポーツを観たい人。


■ 関連しそうな本

 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』 2009年9月19日


■ 百夜百音

自己ベスト【自己ベスト】 小田和正 オリジナル盤発売: 2002

 曲自体が悪いわけではないのですが、もとの作品自体に結構イライラしていたせいでこの曲はだいぶ嫌いだったと思います。

2009年9月19日 (土)

スポーツマーケティング

■ 書籍情報

スポーツマーケティング   【スポーツマーケティング】(#1703)

  原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也
  価格: ¥1890 (税込)
  大修館書店(2004/04)

 本書は、「スポーツを事業として展開するスポーツ組織に対する、スポーツマーケティングという新しい市場活動の『マーケティング』」を目的としたものです。
 第1章「スポーツマーケティングとは」では、スポーツの、
(1)するスポーツ(participation sport)
(2)見るスポーツ(spectator sport)
の2つの側面を挙げ、1970年代後半にアメリカで行われた減税の影響で、予算カットのあおりを受けた「するスポーツ」を担当する「公園・レクリエーション局」が「マーケティングを重要な戦略に位置づけた」と解説しています。
 第4章「スポーツ消費者」では、スポーツ参加者のベネフィット(便益)について、
(1)個人的楽しみ
(2)個人的成長
(3)社会的調和
(4)社会的変化
の4点を挙げています。
 第5章「潜在的ターゲット・マーケットの発見」では、マーケットのセグメント化を試みる理由として、
(1)スポーツ消費者マーケットの異質性
(2)異なるセグメントはマーケティング・ミックスに対して異なる反応を示すため
の2点を挙げています。
 第6章「プロモーション」では、プロモーションを、「単なる宣伝広告活動ではなく、スポーツ消費者を製品・サービスの選択・消費行動まで導くためのプロセス」だと述べています。
 第7章「スポーツ・スポンサーシップ」では、「スポーツ・スポンサーシップ」を、「その企業が企業目的やマーケティング目的の達成を全般的にサポートするために、スポーツ組織やスポーツイベントに投資する活動」と定義した上で、スポーツイベントへ投資するビジネス価値を最初に見出したのは交通産業だったとして、「1890年代後半には、アメリカの多くの都市において路面電車や鉄道会社がプロ野球チーム・ファンのスタジアムまでの移動に注目し、サービス網の拡大と充実をはかって収益を伸ばした」と述べています。
 そして、スポンサーを獲得するスポーツ組織は、「企業が求める効果を理解することが重要」だとしたうえで、ターゲット企業の選定には、「多くの業種、企業の中から、ビジネス・パートナーとしてふさわしい企業を選択する」基準として、
(1)イメージの整合性
(2)ターゲット・マーケットの整合性
(3)ターゲット企業の分析
(4)企業が求めるベネフィットの確認
の4点を挙げ、「スポンサーは積極的に獲得するものであり、その手法はパートナーとしてふさわしい業種や企業に狙いを絞ったターゲット・マーケティング」だとして、「狙いを定め、その企業のためのパッケージを開発し、スポンサーシップ・プロポーザル(提案書)を用いて、投資額に対して十分な見返りが期待できることを説明する」というプロセスが重要だとしています。そして、スポンサーシップ・パッケージの内容として、テレビ中継での露出の程度、会場内の看板の数と大きさ、プログラム冊子への広告、予想来場者・感染者数、無料一般チケット数、VIP待遇チケット数、駐車場チケット数、商品・サービス展示用ブース数など、「企業がスポンサーとなることによって得られる便益と機会のすべてが含まれる」と述べています。
 第8章「ブランディングとライセンシング」では、「スポーツ組織にとって、いかにライセンシングを段階を経て実行するかは、収益の拡大にかかわる重要な仕事」だとしたうえで、「スポーツ組織は、ライセンシングそれ自体が目的ではなく、あくまでも組織の目標達成に必要なマーケティング・ツールであるということを忘れてはいけない」と述べています。
 本書は、スポーツマーケティングとは何かを概説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 スポーツ関連予算の削減がスポーツ経営学のイノベーションを呼んだということは、もしかしたら日本でもスポーツ関連予算の削減や指定管理者制度の導入が他国に例のないイノベーションを生むかもしれません。
 内容はマーケティングのさわりのような内容ですが、経営学には縁もゆかりもない体育学部の学生およびOB向けと思えばこんなものでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・スポーツに限らずマーケティングの基礎を学びたい人。


■ 関連しそうな本

 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』 2009年9月17日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』 2009年9月18日
 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』


■ 百夜百音

LINDBERG XX【LINDBERG XX】 LINDBERG オリジナル盤発売: 2009

 ある意味で90年代初期のバンドブームを知るにはちょうどいい曲・・・なのか?
 サウンド的にはいかにもな感じですが。

2009年9月18日 (金)

スポーツ産業論 第4版

■ 書籍情報

スポーツ産業論 第4版   【スポーツ産業論 第4版】(#1702)

  原田 宗彦
  価格: ¥2625 (税込)
  杏林書院(2007/04)

 本書は、「スポーツ産業の全体像を学ぶためにまとめられた本」です。
 第6章「スポーツ参加者を知る」では、「スポーツに親しむ機会や活動を行う場は、連続性や継続性の仕掛けはなく、一時的かつ分断化されており、中学校で部活動に所属し、初めて『クラブ』に入部した生徒は、やがて3年生の秋ごろに個人のスポーツニーズや欲求の度合いに関係なく、『引退』を余儀なくされる。そして高校入学までの数ヶ月間のブランクがスポーツ欲求を低下させてしまう」として、「ひとつのスパンが終われば、クラブから引退し、そして再び活動したいものだけが次のスパンで新たにクラブに入部をするという、入部と大部を何度も繰り返すという、スポーツから離脱しやすい仕組みになっている」上、「ひとつのスパンで短期的に成果や結果が求められ続けた子供たちは、バーンアウトやスポーツ障害などのさまざまな理由からスポーツから離脱しやすく」、「われわれはライフステージが進むに連れ、『クラブ』という組織あkら離脱する傾向が高まる」ことを指摘しています。
 第7章「スポーツファンを知る」では、「一般の消費者とは異なる点が多いスポーツファンをビジネスの対象とするプロスポーツやイベントのマーケティング担当者にとっては、ファンの基礎的なデータに加えて、ここで述べたようなスポーツファンや観戦者のユニークな心理や行動の把握が必要」だと述べています。
 第13章「スポーツとファイナンス」では、スポーツにおいてファイナンスが重視されるようになった理由として、「スポーツ組織が財務的な自立を指向するようになったこと」を挙げ、その背景として、
(1)消極的な背景:これまでスポーツを支えてくれていた主体(企業スポーツの母体組織など)が、バブル崩壊に伴う環境変化のなかで、コストセンターとしてのスポーツ組織を維持することが難しくなった。
(2)積極的な背景:他のスポーツ組織の廃止や窮状を見て、予防的に自立を検討せざるを得なかった。
の2つを挙げています。
 そして、スポーツ・ファイナンスの特性として、
(1)非営利性
(2)財務リスクに対する耐性の低さ
(3)事業収入をもつことによるボラティリティの上昇
(4)固定費比率の高さ
(5)事業構造の複雑性
(6)収入と支出の関係の適正性についての要請
(7)資金繰りと資金調達の制約
の7点を挙げています。
 第14章「スポーツ・スポンサーシップ」では、スポーツ・スポンサーシップについて、「スポーツイベントやクラブ、チームを経営するスポーツ組織と、それらに資金や資源を投資または支援する企業との相互交換(mutual exchange)関係」だとする定義を紹介した上で、企業がスポンサーになるか否かの意思決定基準として、
・気づき・認知度の向上
・イメージの改善と向上
・試験販売や直接販売の機会確保
・ホスピタリティ機会の確保
などの点を挙げています。
 そして、スポンサー獲得のプロセスで重要な点として、「獲得しようとするターゲット企業の選定・分析・決定」を挙げ、「スポンサーシップ契約を通してパートナーを組むのに適した企業は、その企業が自社製品やサービスを販売しようとするマーケットと、スポーツイベント来場者やスポーツファンのマーケットが一致している企業」だと述べたうえで、「スポンサー獲得において、『寄付をお願いし、期待する』のではなく、自らの価値を把握、認識、そして創造し、その価値に見合った企業からの投資と積極的に交換していく、という姿勢が重要」だとしています。
 第16章「日本のプロスポーツビジネス」では、地域密着型のクラブビジネスについて、「地域経営論や地域産業論の中で語られることの多い『コミュニティ・ビジネス』の文脈のなかで考えるとわかりやすい」として、コミュニティ・ビジネスの特徴である、
(1)住民主体の地域密着ビジネス
(2)必ずしも利益追求を第一としない適正規模、適正利益のビジネス
(3)営利を第一にするビジネスとボランティア活動の中間領域的なビジネス
(4)グローバルな視野の元に、行動はローカルの開放型のビジネス
の4点を挙げています。
 そして、Jリーグが成功を収めた理由の一つとして、「ホームタウン制度の採用」を挙げ、「ヨーロッパのサッカークラブのように、地域に根を張って、地域のスポーツ文化の振興に寄与するようなプロクラブ」について、「これまでの日本にはなかった制度」だと述べています。
 第20章「権利ビジネスとスポーツ」では、「企業がスポンサーとしてスポーツに関わる場合、一般に企業は、スポーツが所有するブランド資産を独占する権利を買い取り、スポーツの側は、その金額に見合った価値を提供する」と述べています。
 そして、「ライセンシング」について、「財産の権利所有者(property rights holder)である<ライセンサー>から、ライセンス商品の製造販売を行う<ライセンシー>企業に対して与えられる、商品やサービスに関するトレードマーク(商標)やトレードネーム(商標名)、そして著作権で保護されたデザインを使用できる権利」であり、日本語では、「商品化権許諾」と呼ばれると述べています。
 また、わが国でのネーミングライツ契約について、大規模スポーツ施設の多くは、「補助金で建設されたゆえに公園施設とみなされ、都市公園法の縛りを受ける」ため、「めいめい県の売買」が問題になるとした上で、2005年3月にネーミングライツを導入した横浜アリーナは、「法的に解釈が難しい権利と認めたうえで、地方自治法238条1項5号の公有財産の範囲および分類の規定に基づき、『商標権に順ずる権利』と位置づけ」、「日産スタジアム」という名称は、「施設の正式名称であり、企業名は含んでいるが、企業の広告物には該当せず、したがって、都市公園法にも抵触しないという解釈」(正式名称を命名する権利を、市が保有する普通財産として、一般私法の適用を受けて売却した)したと解説しています。
 第22章「スポーツと地域活性化」では、「スポーツイベントなどの開催が地域活性化に果たす役割」として、
(1)社会資本を蓄積する機能
(2)消費を誘導する機能
(3)地域の連帯性を向上する機能
(4)都市のイメージを向上する機能
の4点を挙げています。
 本書は、範囲の広いスポーツ産業を網羅的に解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 中学3年間、高校3年間で入部と引退を繰り返さないといけない「部活」の仕組みはエリートの選手を育成する仕組みとしてはある程度機能したのかもしれないですが、少なくともスポーツを楽しもうとする人の数を圧倒的に減らしてきたのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・産業としてのスポーツの姿を押さえたい人


■ 関連しそうな本

 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』
 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』


■ 百夜百マンガ

ロケットでつきぬけろ!【ロケットでつきぬけろ! 】

 ジャンプにおける打ち切りという行為自体を伝説にしてしまった作品。ジャンプを突き抜けました。

2009年9月17日 (木)

スポーツで地域をつくる

■ 書籍情報

スポーツで地域をつくる   【スポーツで地域をつくる】(#1701)

  堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟
  価格: ¥2940 (税込)
  東京大学出版会(2007/08)

 本書は、「スポーツとまちづくり」をテーマに、「地域が行うスポーツやスポーツイベントの企画・運営の検討時には、まちづくり、・地域づくりを視野に入れて行うことが大事だ」としたものです。
 第1章「スポーツのもつ可能性とまちづくり」では、「バードアイ、縦割り、中央の発想による諸問題を克服し、それぞれの地域がそれぞれに発想して、自分たちの生活と人生を豊かにする場を作っていく作業」である「まちづくり」のテーマの1つとして、「スポーツが重要な位置を占める」理由として、
(1)スポーツが健康と結びついていること
(2)スポーツの普遍性の高さ
(3)スポーツが「する」ことだけでなく、「観る」ことも楽しい点
の3点を挙げています。
 そして、「まちづくりの観点からはどこをスポーツの場としていくかが重要であり、人々の目に付きやすく、楽しくなりそうな場を見きわめることが大事だ」と述べています。
 第2章「理念実現への創造プロセス」では、Jリーグの3つの理念のうち、「豊かなスポーツ文化の振興および国民の心身の健全な発展への寄与」こそが、「最も重要であり、永遠の課題ともいえるミッション」だとした上で、Jリーグは単にサッカーの強化・普及を目標としているのではなく、「日本中に1つでも多くの芝生に覆われた広場やスポーツ施設ができ、地域の人々がスポーツを通じて交流を深めることや、日常の生活おなかであたり前にできるような環境をつくっていくことを目標としている」と述べています。
 そして、スポーツ施設面への影響として「芝生に対する認識(芝生は冬になると枯れるもの、芝生の中には入ってはいけないもの等)を大きく変えた」として、「今では、日本中のスタジアムの芝生は、世界中で最もすばらしい芝生の1つ」だと述べています。
 第3章「地域のもつ力を活かすスポーツ」では、いまやスポーツやスポーツイベントは、「地域住民一人ひとりが意識することなく地方分権化における地域住民の意識や地域への誇りなどを形成していくための有効な手段」となっていると述べています。 また、スポーツ導入タイプ別地域活性化効果として、
・プレー型
・ホームタウン型
・イベント型
・支援型
・スポーツリゾート型
・キャンプ・合宿型
・スポーツ関連産業型
などの類型を挙げています。
 第4章「スポーツイベントのもつ意味」では、「現代社会においてスポーツは、社会生活の一部となり、社会に何らかの影響を与え、スポーツ文化と呼ばれるまでになってきている」とした上で、「スポーツイベントの開催は多様な効果を有する」として、「公共投資とそれによる経済的効果や波及効果」のみならず、「地域アイデンティティの醸成、地域コミュニティの形成、各種交流の促進、地域情報の発信などの社会的効果」を挙げ、「今後の高齢社会におけるスポーツの果たす役割の重要度が増加することに伴って、地域の活性化に大いに資するものになる」と述べています。
 第5章「経済波及効果の可能性と限界」では、「これまでのスポーツにかかわる行政の取り組みは、概して一過型で、施設提供型で、その運営を体育協会などに委託する受身的な取り扱いが一般的」だったが、最近では、「地域アイデンティティの確保、メディアを解した地域イメージや知名度の向上、ボランティア活動や地域間での交流機会の確保といったさまざまな社会的効能を評価し、それらを通じて目的意識的に地域経済への波及をもくろむケースが多くなっている」と述べています。
 また、経済効果測定の考え方として、米国の経済学者ワシリー・レオンチェフ教授が開発した産業連関分析法について、「ある特定の地域で事業投資が起き行われたとき、その効果が、どこに、どの程度影響するか、その関数を示し、事業に伴う取引関係を広範に連携付け、お金の流れを波及効果として測定しようとするもの」だと解説したうえで、波及効果の見極めのポイントとして、
(1)地域主導で需要を丹念に積み上げること
(2)サポーターという観客の消費特性を理解すること
(3)身の丈の効果測定方法を身に付けること
(4)イベント効果の敬称・発展の手立て、仕掛けを用意すること。
の4点を挙げています。
 そして、「地域イベントは、地域主導で、地域完結型でありながら、開放型で進める必要がある」として、「域外に需要を運び出さないこと」が重要だとしています。
 第6章「世代を超える社会的効果の意味」では、「本来スポーツイベントが有していると考えられる効果の1つであるが、経済的効果に比べこれまであまり焦点が当たらなかった社会的効果」である、「人材の育成、スポーツの振興、地域アイデンティティの醸成、地域コミュニティの形成、各種交流促進、あるいは地域情報などの発信」などについて、「その背景は効果の定義、評価手法、あるいは効果発揮に向けた取り組みなど」にちうて解説するとしています。
 第7章「スポーツにおけるボランティアの役割」では、スポーツ・ボランティアにちうての、「地域におけるスポーツクラブやスポーツ団体において、報酬を目的としないで、倶楽部・団体の運営や指導活動を日常的に支えたり、また、国際評議大会や地域スポーツ大会などにおいて、専門能力や時間などを進んで提供し、大会の運営を支える人のこと」とする定義を紹介した上で、スポーツ・ボランティアは、「参加するスポーツ」や「観るスポーツ」のみならず「支援するスポーツ」としての貢献が望まれるとしています。
 第8章「地域のアイデンティティをつくる」では、フランスワールドカップにおけるナント市とサンテティエンヌ市の事例を挙げ、「両市とも当初から、ワールドカップの開催を単なる国際的スポーツイベントの開催とは考えておらず、地域の活性化、あるいは地域づくりの一手段として捉え、開催後のまちづくりに関わる活動に資する準備を行い、さまざまな活動を実施し、開催後も継続した地域活性化、あるいはまちづくりに向けた努力を惜しまず活動を行ってきているところに特徴がある」としています。
 そして、ワールドカップのような国際的スポーツイベント開催に当たって考慮すべき点として、
(1)地域の活性化の手段としてのスポーツイベントの開催
(2)開催地の地域活性化効果は多様
(3)キャンプ地であっても地域の活性化効果はある
(4)スポーツイベント開催効果は経済的効果のみならず社会的効果が大
(5)効果発揮には地域活性化の視点から多様な活動の実施が重要
(6)キャンプ準備期間とキャンプ中とでは活動内容が異なる。
(7)地域住民をも巻き込んだ活動としていく必要がある
の7点を挙げています。
 第9章「ワールドカップが導いた未来」では、「ワールドカップの日本大会の概要を整理すると共に、特に多くの問題が生じていたキャンプ地に焦点を当て、経済的効果以外のいわゆる社会的効果について、当初の立候補目的、キャンプ地の活性化に資する組織・体制、あるいは効果の閣員などについての検証を行うとともに、今後の類似大会におけるキャンプ地での地域活性化に向けた活動のあり方」などについて解説しています。
 そして、「キャンプ地となることを活用して経済的効果や青少年の人材育成、スポーツの振興、地域アイデンティティの醸成、地域コミュニティの形成、交流の促進、あるいは地域情報の発信などを発揮させる方策やそのための活動内容などは、確立しているとは言えず、日本大会においても手探り状態であった」と述べています。
 著者は、「現状のような財政的に苦しい時代」においては、「比較的経費が少なくてすむ社会的効果を如何に発揮させていくか、という視点を前面に建てていくこと」が必要だとしています。
 本書は、スポーツを地域活性化の手段として論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 スポーツでまちづくり、と言うと何やら市長が思いつきで言い出してスポーツ公園とかを整備して、というイメージがありますが、よく考えてみると、健康日本何とかよりもより市民の健康に直結した仕掛けになりうるものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・スポーツを地域づくりのきっかけにしたい人。


■ 関連しそうな本

 広瀬 一郎 『新スポーツマーケティング―制度変革に向けて』 2009年9月16日
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』
 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』


■ 百夜百マンガ

少年探偵Q【少年探偵Q 】

 当時のライバル誌での探偵物ブームにあやかったんだかパロディなのだかわかりませんが、ジャンプの読者層には合わなかったようです。

2009年9月16日 (水)

新スポーツマーケティング―制度変革に向けて

■ 書籍情報

新スポーツマーケティング―制度変革に向けて   【新スポーツマーケティング―制度変革に向けて】(#1700)

  広瀬 一郎
  価格: ¥2100 (税込)
  創文企画(2002/11)

 本書は、著者が「80年代から図らずも関わってきた『スポーツマーケティング』の世界を産業的な視点で俯瞰を試み、その理論化を提起した」上で、「筆者なりの問題認識とその解決案を示した」ものです。
 序章「スポーツマーケティングにおけるスポーツ概念」では、「今日のスポーツの隆盛は70年代のマスメディアの発達と深く関わっている」とした上で、「70年代は、大衆消費社会化が振興し、人々の欲望に追い立てられるようにメディアが発達し、メディアは人々の欲望をさらに刺激し開放していった。メディアは大衆の支持を得るために、大衆の好むソフトとしてのスポーツにスポットを当てていく」と述べ、「スポーツの世界化はスポーツの内部で通底していたアングロサクソンに由来する『アマチュアリズム』を、内と外の両方から破壊していったのである」と述べています。
 第1章「スポーツマーケティングの確立と理論化」では、スポーツビジネスの近代産業化を、「市場規模の拡大と、その原因であり結果でもある資金の安定的流通システムの確立とをいう」と述べた上で、「コミュニケーション側からのスポーツへの猛烈アプローチが70年代末から始まっていった」として、「オリンピックの商業化元年」として記憶されるロサンジェルス・オリンピックについて、「大会組織委員長のピーター・ユベロスの辣腕のもと、合衆国、カリフォルニア州、ロサンジェルス市、各々の税金を1セントも使わず、大会の収支は2億ドルを超える黒字を生み出した」として、収入の注目すべき点として、
(1)公式スポンサー、サプライヤー権の確立。
(2)公式マーク、ロゴなどのマーチャンダイジング。
(3)独占放映権販売方式による放送権料アップ。
の3点を挙げ、(1)のユベロス氏が展開したマーケティング方法は、「その後、オリンピックのみならずW杯あるいはサッカー全体、さらにはスポーツ界全体のお手本となって現在に至っている」と述べています。
 そして、ユベロス氏の「権利」概念の卓越したところは、「制限」するという発想にあるとして、「何かが制限されて初めてその『制限を制限すること』自体に、つまり『権利』に意味が生ずるのだ」と述べたうえで、「民間資本の導入(=スポンサーシップ)にあたって、十分な成果を上げるためには組織委員会だけの営業力では不可能であり、巨大広告代理店の協力を必要とした」と述べています。
 また、オリンピックとW杯という2大スポーツイベントによって確立された「スポーツビジネスの近代産業化の本質」は、
(1)スポーツマーケットの拡大
(2)スポーツのメディアヴァリューの向上
(3)巨額な資金の安定的確保需要の顕在化
(4)巨大マスメディアと資金力のある代理店による流入資金の制度化
(5)(1)~(4)の循環及び相乗作用によるシステム自体の拡大(or自己増殖)
の5点に要約できるとしています。
 さらに、スポーツ社会学では「スポーツマーケティング」を、
(1)マーケティング through スポーツ
(2)マーケティング of スポーツ
の2つに分けて考えるとしたうえで、「スポーツの特殊性に鑑み、新しいビジネスであるスポーツマーケティングにおけるスポーツの位置づけを、『of』の対象物でもあり同時に『through』の手法でもあると考える9」と述べています。
 著者は、「スポーツマーケティング」の定義を、「スポーツマーケティングとは競技団体、スポーツに関する企業、及び他の企業や組織がグローバルな視野に立ち、スポーツファンとの相互理解を経ながら、スポーツに関する深い理解に基づき公正な競争を通して行うスポーツ市場創造のための総合的活動である」としています。
 第2章「『メディア・スポーツ』の時代」では、「オリンピックやサッカーW杯といったビッグなスポーツイベントをめぐって、法曹界は大きな岐路に立たされている」として、「異常なまでの高騰を見せるテレビ放映権料とそれに拍車をかける有料放送の隆盛や放送デジタル化の波」を挙げ、「日本だけでなく、世界のメディア会とスポーツ界の関係は変質を余儀なくされ、スポーツの普及・発展を妨げるのではないかという議論も起きている」と指摘しています。
 そして、1990年代以降に起きたM&Aの多くが、「情報の中身であるコンテンツとそれをテレビ放送やインターネットなどの形で消費者に流す配信(デストリビューション)を結びつけることで、川上(コンテンツ)と川下(デストリビューション)をつなぐ垂直統合というビジネスモデルに基づくもの」だと述べた上で、「いまやメディア業界では急成長の期待が後退し、先行きへの不安感が漂う」と指摘しています。
 また、多チャンネル時代における問題として、現在高騰化を続けている権利料を支払って、
(1)スポーツの放映権は、テレビ局にとってペイするのか?
(2)市場の論理ではペイしないのであれば、なぜそれでも巨額な権利料を支払い続けるのか?
(3)それ(異常な事態)はいつまで続くのか?
(4)その点をスポーツ側はどう認識しているのか?
の4点を挙げたうえで、スポーツの放映権が高騰した理由として、マードック氏がたびたび指摘している、「スポーツはサブスクライバ(受信契約者)を確保するために、もっとも有効なソフト」であり、「熱狂的なファンが多く、他に代替するものがなく、いわばその番組を見るためならいかなるコストも惜しまないような魅力的のある番組」である「キラーコンテンツ」だと述べています。
 さらに、「現在スポーツが持つ価値の最大のものは、リアリティの共有である」として、「『現実(リアル)』と『擬似(バーチャル)』との差をはっきりさせ、現実の優位性を常に保つような価値構造を維持して行くこと」が重要であり、「さもないと、スポーツそのものが価値を失うだろうし、そうなれば、スポーツにとって理想的な映像という問題設定自体の意味がなくなってしまう」と指摘しています。
 また、「スポーツビジネスは、ビジネス中心では逆にビジネスにならないというパラドキシカル(逆説的)な構造を持って」いると指摘しています。
 第3章「スポーツマーケティングの新世紀」では、「W杯におけるメディアのアカウンタビリティー」を振り返るとしたうえで、「W杯とは何か」については、ステークホルダーによって異なり、
(1)競技:サッカーの国別世界一決定戦
(2)ビジネス
(3)祭り
の3つの見方で集約できるとしています。
 また、スポーツマーケティングの対象市場は、従来は、
(1)競技サイド
(2)メディア
(3)スポンサー
の3つのカテゴリーにおけるプレーヤーで構成されていたが、90年代に入り、「ビジネスを左右するかなりのプレーヤー」として、
(4)ファイナンス・サイド(投資家あるいは投機筋)
からの参入があったと述べています。
 さらに、「Doスポーツにもっとも必要な(サービス!)情報」として、
(1)自分の生活県内(場所)に、安価(コスト)で、同好の士(仲間)が集う、使い勝手の良い施設情報
(2)参加しやすいスポーツイベント/協議会情報
の2点を挙げています。
 第4章「21世紀のスポーツをめぐる問題」では、「スポーツというソフトが、『公共性』という概念を伴っている点については、依然としてリアリティーが存在している」として、「『公共性』という価値は、スポーツというソフトの商品力を他のソフトと比較した時、明確な差別化と、競合状況で大いなる優位を確保することを可能にしている」として、「この価値が減殺されたり喪失されたりすることは、スポーツ・マーケティングを行ううえで絶対的な優位性を失うこと」だと指摘しています。
 また、「スポーツが社会に対して提供できること」を「ソーシャル・パフォーマンス」と名づけ、「スポーツという装置は、それを通じ教師が生徒に、地域が児童に、親が子に、その社会の構成員たる人間として身に着けるべき基本的な価値観を伝えるもの」だとして、「今、スポーツ関係者に求められることは実はそういう類のことなのである」と述べています。
 本書は、大きく変貌してきたスポーツの世界を解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ロス五輪というとあのファンファーレがすごく印象に残っているのですが、他の五輪の音楽ももしかしたら感動的なのかもしれませんが、それだけテレビ映えがしたということなのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・スポーツをより感動的なq物にしたい人。


■ 関連しそうな本

 堀 繁, 薄井 充裕, 木田 悟 『スポーツで地域をつくる』
 原田 宗彦 『スポーツ産業論 第4版』
 原田 宗彦, 松岡 宏高, 藤本 淳也 『スポーツマーケティング』
 山下 秋二, 畑 攻, 中西 純司, 冨田 幸博 『スポーツ経営学』


■ 百夜百マンガ

真・異種格闘大戦【真・異種格闘大戦 】

 異「種」といったときに、異なった「種目」ではなく、異なった「種」だということなのでしょうか。

2009年9月15日 (火)

私はニッポンを洗濯したかった

■ 書籍情報

私はニッポンを洗濯したかった   【私はニッポンを洗濯したかった】(#1699)

  武村 正義
  価格: ¥1890 (税込)
  毎日新聞社(2006/01)

 本書は、八日市市長、滋賀県知事を経て、平成5年に「新党さきがけ」を結成し、細川内閣では官房長官、村山内閣では大蔵大臣を務めた著者が、公職を務めた30年間を語ったものです。
 第1章「びわ湖が危ない!」では、滋賀県知事時代に取り組んだリンの入った合成洗剤を禁止した琵琶湖条例の制定について、「びわ湖のしごとだけはつくづく躊躇も逡巡もしないで、まっすぐ突き進んで行ってよかったなあと思っている」と語っています。
 第2章「波乱の生い立ち」では、大学時代に学生結婚をして子供までいた著者が、自治省を受けた際に、面接したのは、「次官は、後に読売新聞社長となる小林與三次さん、局長は、後に副総理となった後藤田正晴さんや奥野誠亮さんだった」と述べ、この面接は、「後藤田さんもよくおぼえていてくれて」、20年後、著者が衆議院議員に初当選したときには、「あのときの変わった学生だな。俺は面白いから自治省に入れようと推薦したんだぞ」と語ったと述べています。
 また、田中角栄事務所に半年ほど通うことになり、「最終的には都市政策調査会がまとめる自民党の『都市政策大綱』をつくりあげること」になったとして、「結局は、昭和40年代初頭の内政全体をまとめる作業」のうち、「総論の部分や地方政策などの下書きを担当」したと述べています。
 第3章「町づくりに没頭、八日市場市長時代」では、埼玉県に赴任して地方課長を務めていた著者が、「市町村長というのは面白い仕事やなあ。こんなにバリバリとリーダーシップの発揮できる仕事はほかにあるだろうか」と思ったことから、人口3万の八日市の市長選にでて、「小さくても思う存分、若いうちに汗を流したい。手づくりの町の経営に全力投球をしたい」という思いが募るばかりだったと述べています。
 そして、「政治人生で最大の悔い」として、「八日市市長を1期未満で辞めたこと」を挙げ、「小さな町の市長なのに目立ちすぎる」という理由で滋賀県庁に嫌われ、補助金も削られ、式典にも知事に出席してもらえない、という状態になってしまったことから、推されて知事選に出馬することになってしまった経緯を語っています。
 第4章「草の根県政」では、武村県政1期目の4年間は、
(1)財政再建
(2)土地転がし事件の解決
(3)赤潮の発生によるびわ湖問題
の3つの課題に終始したとそてい、「いずれも選択の余地はなかった。政治生命をかけて戦う課題であった」と語っています。
 そして、土地ころがし問題では、解決の話し合いの中で田中角栄との交渉になったことについて、「私は当事者として、人間であり、政治家でもある角栄さんの生々しい姿を実体験した。一つの問題に対する鋭い直観力とエネルギッシュな集中力には敬服。しかも判断は岩のように強固でもあるし、水のように柔軟に状況に適応されて行く。自己主張は滔々とされるが、相手の声にも真剣に耳を傾ける」として、「角栄さんの最終決断によって、みんなが救われた」と語っています。
 第6章「自民党から新党さきがけへ」では、リクルート事件をきっかけに、「この国の政治を変えたい」という一念にこだわった著者は、「政治改革なくして、他の大きな政策がうまく進むはずがない、政治改革を避けては日本という国の再生はありえないという思い」だったと語っています。
 そして、著者らが立ち上げたユートピア政治研究会のメンバーが、「近県腐敗の根源は、中選挙区制度にある」と考え、選挙に勝つためには、自ら後援会組織を構築して地盤強化を図らなければならず、「この後援会を守るために多大の費用がかかっていた。そのお金を集めるために金権腐敗が後を絶たない」と考えていたと述べています。
 第7章「短命の細川政権」では、細川護煕氏について、「時代感覚の鋭い人」だとして、「世の中の動きを大局的に直感で見抜く力を持った人であった」と同時に、「行動する人」でもあり、「とにかく物事をまっすぐに見つめる人であったので、複雑な権謀術数にたけた政治家ではなかった」と評しています。
 また、「誰もが短命に終わると揶揄していた」自社さ政権が4年間も続いた理由として、
(1)自民党が謙虚だったこと。村山さんへの人間的信望と、社会党と新党さきがけへの感謝の念が強かった。
(2)「3・2・1」というルール(あらゆる決め事は自民党3、社会党2、さきがけ1の比率で採決する)を政権発足当初から導入したこと。
の2点を挙げた上で、「本心では、新党さきがけが、180度主張の違うこの古い二つの政党の間に立って、新しい政治感覚を注入する緩衝材として奔走し続けたことが、第三の理由に挙げられると思っている」と述べています。
 第8章「風雲のなかを行く大蔵大臣」では、平成7年の終わりごろには、「カメレオン政治家」「マキャベリスト」「バルカン政治家」などのニックネームを付けられたことについて、「身から出た錆なのかもしれないし、目立ちすぎた人間の宿命かもしれない」と述べています。
 第9章「さきがけが終わった」では、最初は10人、最大で27人という「少人数で政界のど真ん中を走り続けた」新党さきがけだったが、新しい小選挙区異例代表制度で次の選挙を戦わなければならない不安が、「多くのメンバーに影を落としていた」として、鳩山由紀夫氏が自ら立ち上げる新党に、「武村さんにはご遠慮していただきます」と発言したことについて、前日には鳩山氏と田中秀征氏と「分裂だけはしない」と真剣に話していたので「絶句した」と語っています。
 また、自らの師として、「歴代総理大臣の指南役といわれ、戦前戦後の政界のご意見番的存在」であった四元義隆氏の名を挙げ、「総理大臣の経験者でも、各界の有力者でも、ほとんどの人が四元先生を玄関先までお見送りされる」ことを、「そんな人物が日本国に存在する、それだけでも驚きであった」と語っています。
 第10章「ムーミンパパの旅はつづく」では、「人間には嫌なことがある」として、
(1)生死にかかわる大病
(2)政治家にとってもっともいやな選挙に落ちること
の2つを挙げ、平成12年2~7月の半年にかけて、「予想もしなかった最もつらい嫌なことが一挙に押し寄せてきた。二つの大病と落選である」と語っています。
 そして、「政治家にとって、引退ほど難しいものはない」として、「前に進むときよりも引くときに人間は真価を問われる」と述べています。
 本書は、1990年代の日本の政治の大転換期の中心にいた当事者が語った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 昨年7月に、武村氏の講演をお聞きする機会がありましたが、すっかりやせてしまっていたので、昔のイメージに比べてずいぶん老け込んだイメージを持ちました。
 病気をしたのだろうとは思ってましたが、2度の大病で生死の境をさまよったとは知りませんでした。それだけ哲人的な雰囲気は増したと思います。


■ どんな人にオススメ?

・90年代の政治の現場を見たい人。


■ 関連しそうな本

 村山 富市, 辻元 清美 『そうじゃのう…―村山富市「首相体験」のすべてを語る』
 五百旗頭 真, 薬師寺 克行, 伊藤 元重 『90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論』
 五百旗頭 真, 薬師寺 克行, 伊藤 元重 『90年代の証言 森喜朗 自民党と政権交代』


■ 百夜百マンガ

文化人類ぎゃぐ【文化人類ぎゃぐ 】

 勢いのあるときのギャグ漫画家は何を読んでも面白いのですが、みんなが面白がっているから面白いような気がする、という部分も否定できません。

2009年9月14日 (月)

人を見る目がない人

■ 書籍情報

人を見る目がない人   【人を見る目がない人】(#1698)

  植木 理恵
  価格: ¥1260 (税込)
  講談社(2008/04)

 本書は、「記憶」・「印象」・「欺瞞」などの現象にフォーカスを当て、「見誤りのメカニズムとそれを予防する対応策を、心理学の支店から徹底的に解明していこう」とするものです。
 第1章「人は、なぜ人を見誤るのか」では、私たちが、「常にトップダウン型(理論駆動型)に物を見ていることが、心理学では常識となっている」としたうえで、その理由は、心理学で脳の「節約原理」などと呼ばれる、「私たちの脳構造が、基本的にかなりの『ケチ』であることに由来する」からだと述べています。
 また、「それまで蓄えられていた情報が、いつの間にか歪められた形に変容して、記憶貯蔵庫からアウトプットされるという現象は、わりと頻繁に起きている」として、
(1)人間の「アウトプット」は、さほどアテにならない
(2)記憶はときとしてウソをつき、本人さえもそれに騙される
の2点は、「近年の心理学研究においては、当然の事実として扱われている」として、「2回目の見誤り」について、どこまで自覚的になれるかが、「人を見抜く力」を大きく左右すると述べています。
 そして、「偽りの記憶」がときに起きやすくなりシチュエーションとして、
(1)会話しながら思い出す
(2)集団心理
(3)繰り返し思い出す
などの点を挙げています。
 さらに、面接中にしない方が良いタブーとして、
(1)採用後に相手が働いているシーンなどを、頭の中でイメージすること・・・イメージ膨張
(2)相手の印象や評価について、その場で無理に「言語化」しようとすること・・・バーバル・オーバーシャドウイング(言語的隠蔽)
の2点を挙げています。
 第2章「こうして人は騙される」では、「社会心理学によって明らかにされている心理現象の中から、特に、今すぐに知っておいてほしいベスト30を厳選し、簡潔に紹介」しようとしています。
 そして、相手をおシャベルにする方法は、「こちらが『ボケ』に徹すること」だとする「ページング」、「いい話のときは大きな断定数値。悪い話のときは分析数値」を使うと信じやすいとする「フレーミング効果」、何かを食べているときには、「とても簡単に説得されやすく、騙されやすい状態になる」とする「ランチョン・テクニック」などを紹介しています。
 また、「一般的に、人は断定形の言葉を信じやすい」として、特に、「あなたには、内向性と外向性の両方があります」などのような、「ディレンマや二面性を指摘」されると、「大抵誰もが、完璧に言い当てられたような錯覚を感じる」として、「フォアラー効果」あるいは「バーナム効果」と呼ばれる心理現象について解説しています。
 第3章「さらば間違いだらけの『人選び』」では、人間の記憶には、短期記憶と長期記憶の2種類があるとした上で、「短期記憶は誰しも似たような構造になっており、ここで『頭の良し悪し』は測りえない」が、「長期記憶となると、どの程度すっきり明るく整理されているかということに、大きな個人差が現れてくる」として、「本当に頭のいい人とは、単なる『物知り』なのではなく、情報の整理整頓が極めてうまい人」だと述べ、このように、「類似したものを固めてカテゴライズする」技術を心理学では「チャンキング」」と呼ぶと解説しています。
 そして、バスケットボールの世界で、連続してシュートが決まる「ホットハンド」と呼ばれる現象について、「実際にはホットハンドやスランプといった現象は、確率論的には存在せず、一度シュートを決めた選手が次のシュートも決めるかどうかということは、ほとんど『偶然』の範囲である」とした上で、「物事の偶然や必然について頭でっかちに考えず、『誰がなんと言っても自分はこの流儀でやっていく』というゆるぎないセオリーを(それが間違いであったとしても)信じている人のほうが、実際に伸びていく可能性が高い」と述べています。
 また、「空気を読む力」には、
(1)その場で求められているリアクションを、的確にとる力
(2)「テーマ」の見えづらい状況において、いかに迅速に「テーマ」を把握することができるか、つまり、「今何が起きているのか」というキーワードを、自力で検索し、その答えを見つけられる能力。
の2種類があるとのべています。
 さらに、「身の回りで起きたことの原因を、とっさに『何か』に求めること」である「原因帰属」と呼ばれる行為について、「極めて大きな個人差がある」としたうえで、「失敗は偶然だけど、成功は必然」というような、「ご都合主義的な性格をもった人」ほど、「結果的には、最後までやりぬくタフネスを持っている」と述べ、さらにタフな種類の人として、そもそも「原因を探らない人、失敗の犯人探しをしない人」がいると述べ、「せっかく失敗したんだから、それを有意義に活かさないと損」という発想パターンを日常的に持っていると、「メンタル面の治癒が極めて早くなる上、自己洞察する力も育っていく」と解説しています。
 また、「大規模な事業を成功させたり、新基軸の発明をしたりする人」の共通点として、「アナロジーの力」が優れている点を挙げ、「成功者とは、恥もガイブンも捨てて何かをうまくまねし、それを自分の事業の中に取り込むという行為に、極めて優れた才能を発揮する人」だと述べています。
 本書は、「人を見る目」というなにやらヒミツの奥義のようなものの正体を心理学の視点から解剖した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第3章は、「できる人」ということで何やら「成功本」のような展開になってしまっていますが、「成功本」を読んで発奮してポジティブになってしまう人はもしかすると強いのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・人を見る目が欲しい人。


■ 関連しそうな本

 植木 理恵 『出会いをドラマに変える2分の法則―第一印象の心理術』
 植木 理恵 『シロクマのことだけは考えるな! 人生が急にオモシロくなる心理術』
 植木理恵 『困ったオンナを黙らせる技術』
 植木理恵 『ネガティブな自分をゆるす本―ポジティブ・シンキングのとらわれをはずそう!』


■ 百夜百マンガ

クレヨンしんちゃん【クレヨンしんちゃん 】

 だらくやストア物語が好きだったのですが、あの緩いギャグを国民的な漫画にしてきたセンスは偉大な業績だと思います。

2009年9月13日 (日)

東京マラソン

■ 書籍情報

東京マラソン   【東京マラソン】(#1697)

  遠藤 雅彦
  価格: ¥798 (税込)
  ベースボールマガジン社(2008/01)

 本書は、東京マラソン事務局の事務次長(東京都庁の東京マラソン担当参事)として、立ち上げに携わった当事者が東京マラソンの裏側を語ったものです。
 第1章「どう東京マラソンを作ったのか」では、3万人の出場定員にあわせるために、応募者のうちどのくらいの当選者を出すか(歩留まりをいくつにするか)を予測するノウハウは、「貴重なノウハウなので公表できません」とした上で、「最終的には、3万人を大きく超える当選者」と述べた上で、参加料を検討するにあたって、大会予算15億円を出場者3万人で割ると1人5万円となってしまい、募集パンフレットの印刷に時間がかかるため、スポンサーからどれだけ資金を集められるかがはっきりする前に参加料を決定する必要があったと述べています。
 また、「市民ランナーの世界では、マラソンのレース中にいろいろなものを食べるのは、ごく当たり前のこと」でありながら、「なんで飯を食いながら走っているようなやつのために、道路をふさがれなくちゃならないんだ」という抗議の電話があったことを紹介し、レース中に沿道のコンビニエンスストアで現地調達するランナーが多かったことも「都市型マラソンの一つの特徴」だと述べています。そして、市民マラソンではおなじみの、沿道からキャンディやクッキーなどを提供してくれる私設エイドへの対応についても、「いいですとはいえませんが、駄目ですともいいません」という立ち位置を取ったとしています。
 さらに、ランナーのシューズに装着したICチップによって、タイムを計測するだけでなく、「ランナーズアップデイトサービス」というランナーの位置を調べるサービスを導入したが、予想以上に利用が殺到し、サーバーの能力を超えてしまったと述べています。
 荷物の搬送に関しては、荷物の積み下ろしがしやすいガルウィングのトラックを38台使い、首都高速を使ってフィニッシュ地点に運んだが、荷物を予想タイムに基づくゼッケン順に並べてしまったため、「近い番号のランナーが同じ時間帯にどっとフィニッシュ」し、ある番号の近辺だけが異常に混雑してしまったと述べています。
 また、出場人数が多いマラソン大会では、集合から実際のスタートまで時間がかかるため、レースを走る服装では「かなり寒い思い」をするため、「メインスポンサーである東京メトロ提供のビニールポンチョ」を参加者全員に配ろうとしたところ、「当初考えていたものより白い色が濃く、上から着ると、ゼッケン番号が見えない」ことが納品段階でわかり、
(1)ゼッケンが見えにくくなるというルール上の問題
(2)ゼッケンのスポンサー名が見えなくなる問題
の2つの点で問題になったが、最終的には、「ランナーへのサービスを優先しよう」という判断で、スポンサーに了解してもらったと述べています。
 テレビ放映に関しては、フジテレビの中継は、23.6%の視聴率をたたき出したものの、「日本で初めての都市型市民マラソンだというのに、どうして従来どおりのエリートランナーしか映さない中継をしているんだ」という苦情があったことや、フィニッシュ地点の映像をネットで配信したことが好評だったとして、「テレビでは放映できなかった、もう一つの東京マラソンが、確かにそこには映し出されていた」と述べています。
 車椅子レースに関しては、海外のメジャー大会の感覚をよく知っている日本陸連名誉副会長でAIMS会長の帖佐寛章さんが、「車椅子が走らない大会なんか作ったら、世界中でばかにされるぞ」と発言したことが、「事務局が進むべき道を非常にすっきりと示してくれた」と述べています。
 エキスポ開催に関しては、「本格的なマラソンエキスポを開催したというのも東京マラソンが国内初」だとした上で、「大会に参加するランナーを主な対象にして、スポーツ用品や健康食品、オフィシャルグッズなどを転じ・販売する」エキスポは、「うまく育てば収益が大きく、それを運営資金に回せるという面も無視できませんでした」と述べるとともに、3万人の出場者に本人確認をしながらゼッケンを渡すのは大会当日には不可能だということがきっかけだったと述べています。そして、スポンサーを集めるときには、「エキスポでは同業者も出展することを前提にして話を進めることを広告代理店に提示」したと述べています。
 第2章「なぜ東京マラソンは成功したのか」では、事務局に集まった多くの仲間たちの共通の思いとして、「とにかく大会を開ければいい、3万人を走らせることができればいい」というものではなく、「世界一のマラソン大会にしたい」というものがあったことが、「とても重要だった」と述べた上で、事務局立ち上げ時には、東京都の職員は著者を含めて5名、日本陸上競技連盟から5人のメンバーの、「10人が常駐するという体制」でスタートし、さらに、『実務舞台として東京陸協にも加わって」もらい、広告代理店の電通スポーツパートナーズ、ランナーの募集や抽選を行う運営会社のランナーズ、スポーツイベントを得意とする警備会社のシミズオクト、スポンサーのアシックス、テレビ放送をするフジテレビなど、「事務局に集うメンバーはどんどん増えて」行き、最後の1週間くらいには、「誰がどこの社員なのか、誰が誰の部下なのか、といったこともわからなくなって」きたと語っています。
 また、東京マラソン実現までに、「突破しなければならない二つの壁」として、
(1)警視庁:東京のど真ん中で制限時間7時間のマラソンをやることを許可してもらう必要。
(2)既存のマラソン大会を抱えるメディア:東京国際マラソン(読売新聞・日本テレビグループとフジ・サンケイグループの輪番制)、東京国際女子マラソン(朝日新聞・テレビ朝日)、東京シティロードレース(東京新聞)
の2点を挙げています。
 そして、大会費用15億円の内訳は、東京都が2005年と2006年に出した2億円と、出場者からの参加料3億円以外の残り10億円については、スポンサー料などの資金でまかなったとして、「たった1日だけ、エキスポを入れてもわずか3日間のイベントとしては国内最高額の大会費用ではないか」といわれたが、広告代理店の資産では、東京都内で117億円、全国では183億円の経済波及効果があったとして、「投資効率は非常に良かった」と述べています。
 さらに、マラソンは、「1万人に1人くらいが生死にかかわるような事態に陥り、だいたい5万人に1人くらいが死亡する」といわれる「過酷な競技」だとして、東京マラソンでは「過去に例がないほどの手厚い救護体制」をとり、AEDは医療電子機器メーカーの日本光電にスポンサーになってもらい44台を用意し、2人のランナーが心配停止状態から救われたと述べています。そして、日本医師ジョガーズ連盟の会員約100人がドクターランナーとしてコースを走り、心配停止の2人のうち1人は、ドクターランナーが最初の処置にあたったと述べています。
 著者は、東京マラソンが成功した要因の1つとして、「東京という都市が持っている能力」を挙げ、出場者3万人規模の都市マラソンを実現できたのは、ホテルや警備体制など、「世界でも有数な大都市が持つさまざまなファンダメンタルがあったからこそ」だと述べています。
 本書は、東京という都市の魅力を示すマラソンを実現した当事者が語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 東京マラソンというとどうしても石原都知事の思い付き的な先入観を持ってしまいますが、本書は東京マラソン実現までのテクニカルな課題の部分を扱っている感じで、さすがに都政の政治状況は扱ってなかったです。そんな本もあれば面白いですが。


■ どんな人にオススメ?

・東京マラソンを走ってみたい人。


■ 関連しそうな本

 川端 康生 『東京マラソンの舞台裏―東京を3万人が走るまで』


■ 百夜百音

まるまるぜんぶちびまる子ちゃん【まるまるぜんぶちびまる子ちゃん】 TVサントラ オリジナル盤発売: 2004

 ManaKanaが歌う「じゃがバタコーンさん」は、これからサザエさんを見ようとする日曜日の夕方の平和な家庭には全然似つかわしくないですがいい曲です。

2009年9月12日 (土)

分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学

■ 書籍情報

分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学   【分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学】(#1696)

  トーマス・H・ダベンポート (著), ジェーン・G・ハリス (著), 村井 章子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  日経BP社(2008/7/24)

 本書は、経営者が、「誰のアイデアか、誰の意見かにはこだわらず、その中身だけを吟味し、事実の裏づけがあるかを確かめ」、「そうした姿勢を組織に浸透させ」、「データを収集・分析する環境を整え、その仕事を担当して冷徹な結論を導き出すスキルを備えた人材を採用する」ための指針です。
 第1章「データ分析で競争に勝つ」では、「データを多角的・多面的に活用して統計分析・定量分析を行い、説明モデル・予測モデルを作成し、事実に基づく意思決定・行動に結びつけるところ」までを「分析」と呼ぶとした上で、「最後の意思決定は、分析結果をあくまで判断材料として使い最終決定は人間が下すケース、分析結果に基づき意思決定を自動化するケースの2つがある」としています。
 そして、本書では、「データ分析と事実に基づく意思決定を前面に押し出し競争優位の中心にすえている企業」を紹介するとして、「彼らはデータ分析の威力を知り尽くしており、これを中心に戦略を組み立てている」と述べています。
 また、「分析力を磨き、それを競争優位にするにはどうしたらいいか」こそが、本書の終始一貫したテーマだと述べています。
 第2章「こんな企業が分析を武器にしている」では、分析力を武器にする企業の特徴として、
(1)分析力が戦略的優位性のベースになっている。
(2)分析に組織を挙げて取り組んでいる。
(3)経営幹部が分析力の活用に熱心である。
(4)分析力に社運を賭け戦略の中心に据えている。
の4点を挙げたうえで、「4本の柱のうち一番大事なのは、経営幹部の熱意と後押しだ」と述べています。
 第3章「データ分析を業績に結びつける」では、
・キャピタル・ワン・・・業界ではじめて、残高繰越のできるいわゆるリボルビング機能を搭載したカードを導入
・マリオット・・・全世界で2600以上のホテルやリゾート・クラブを展開
・プログレッシブ・・・オンラインで申し込んだ瞬間から発効する自動車保険を業界で初めて発売
の3社を挙げ、これらの企業の共通点は、「分析力を活用するだけにとどまらず、高い業績に結び付けていること」だと述べています。
 第4章「社内へデータ分析を活用する」では、「もともとデータ分析は、組織内の意思決定支援のために活用されたのが始まりで、社外に応用されるようになったのは最近のこと」だとした上で、社内プロセスでよく使われるデータ分析手法として、
・活動基準原価計算
・ベイズ推定
・組み合わせ最適化・バイオシミュレーション
・制約事項分析
・実験計画法
・将来価値分析
・モンテカルロ・シミュレーション
・重回帰分析
・ニューラル・ネットワーク分析
・テキスト解析
・収量分析
等の手法を紹介しています。
 また、人事分析に本腰を入れて取り組んでいる企業として、携帯電話大手のスプリントを挙げ、社員との関係管理を、
(1)社員はスプリントについて何を知っているか、それをどうやって知ったか。
(2)社員の能力をどのように開発し、適材適所を実現するか。
(3)社員の意欲をどうやって引き出し生産性を高めるか。
(4)最初の給与をいくら払い、社員に以下に満足感を与えるか。
(5)社員が不満や悩みを抱いたときに、いつどのように介入するか。
(6)マンネリにならず毎年意欲を高めるにはどうすればいいか。
の6つのステージで捕らえ、「これらの点をできる限り数値で測定し、その分析結果に基づいて、各ステージで社員との関係最適化を目指す」と述べています。
 第5章「社外へ向けてデータ分析を活用する」では、「データ分析は、顧客やサプライヤーとの関係管理といった社外のプロセスに活用されるようになってから、飛躍的な発展を遂げた」として、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)とサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)は、「かつては厳密に区別されていたが、需要・供給データの一元管理をするようになれば、両者の間に一線を引くのは難しくなるだろう」と述べています。
 第6章「分析力活用のためのロードマップと組織戦略」では、「分析力を武器に育てられれば見返りは大きい」として、そこにいたるためのロードマップとして、
(1)精度の高いデータを一貫して収集できる環境を整える。
(2)分析力の活用が限定的な場合は、部門単位で分析力の開発に取り組み、一定の成果を上げて経営陣の関心を引く。
(3)経営陣が分析力強化に力を入れ、そのためのリソースを配分し、具体的な計画を立てる。
(4)経営陣が戦略的な優先事項に分析力の強化を掲げ、全社的に分析力を開発している。
(5)分析力を組織的に活用して収益拡大につなげ、継続的な分析力強化に努めている。
の5つの段階を示しています。
 第7章「分析力を支える人材」では、「分析力を武器にする企業でもっとも貴重なリソースは、人間なのだ」として、「分析力を武器にする企業では、社内に大勢のアナリストを抱えていることが確かめられている」と述べた上で、分析スペシャリストの集団を生かすためのポイントとして、
・息長く続ける
・IT部門と連携する
・組織上の位置づけに配慮する
・確執を避ける
・使い手の身になる
等の点を挙げています。
 第8章「分析力を支える技術」では、「データを組織的かつ系統的に蓄積・分類・検索・分析・加工し、予測や最適化、さらには意思決定に役立てるという広い意味」を持つ「ビジネス・インテリジェンス(BI)」について、「それを可能にする組織横断型のシステムやアプリケーションを包括的に意味する」ものである、「ビジネス・インテリジェンス・アーキテクチャー(BIアーキテクチャー)」について、データの観点から、
(1)収集――収集すべきデータの定義、的確なデータの収集及び管理
(2)変換――データの前処理・変換
(3)保存――データ及びメタデータ(データに関するデータ)の保存
(4)分析――データの分析
(5)表示――データの可視化・加工
(6)運用――セキュリティ、エラー検出・処理、プライバシー保護など
の6つの要素を挙げています。
 第9章「分析競争の未来」では、「未来の分析力を武器とする企業で鍵を握るのは、やはり分析のプロフェッショナルであろう」として、「確実に言えるのは、今後もデータの量は増える一方」であり、「分析力を武器とする企業は、これからも後発企業から頭一つも二つも抜け出た存在であり続けるに違いない」と述べています。
 本書は、日本では比較的軽視されやすい分析の威力と、経営陣のコミットの重要性を説いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 企業に限らず、日本では分析が軽視されているのではないかという気がしてならないのは、過去のカリスマ経営者や戦国武将たちの評伝などで、直感的な判断のようなシーンをドラマチックに描きすぎたせいではないかと思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・分析はオタクっぽいと馬鹿にしている人。


■ 関連しそうな本

 イアン・エアーズ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『その数学が戦略を決める』 2009年1月27日
 ジェフリー フェファー, ロバート・I. サットン (著), 清水 勝彦 (翻訳) 『事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?』
 エリザベス ビット, ステイシア ミズナー, マイケル ルーコヴィッチ (著), 丹治 秀明, 千葉 憲昭 (翻訳) 『意思決定を支えるビジネスインテリジェンス―企業情報を見える化する実践的アプローチ』
 とつげき東北 『科学する麻雀』 2009年01月11日
 スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー (著), 望月衛 (翻訳) 『ヤバい経済学』 2008年02月13日
 ティム・ハーフォード (著), 遠藤 真美 (翻訳) 『まっとうな経済学』 2008年02月15日


■ 百夜百音

CD&DVD THE BEST【CD&DVD THE BEST】 フィンガー5 オリジナル盤発売: 2005

 学園天国はKYON^2の曲だと思っている人も少なくないと思いますが、実はこの人たちの曲です。

2009年9月11日 (金)

外資系企業で成功する人、失敗する人

■ 書籍情報

外資系企業で成功する人、失敗する人   【外資系企業で成功する人、失敗する人】(#1695)

  津田 倫男
  価格: ¥756 (税込)
  PHP研究所(2009/3/14)

 本書は、「外資で働いたことがあり、今でも外資との付き合いが多い」著者が、「現在、過去に外資系企業と関係のあった多くの知事、友人の声も参考にしながら綴った、外資系で気持ちよく仕事をし、可能ならば経済的、社会的成功を得るための手引書」です。
 第1章「日本企業は国際化しているのか」では、日本人が国際化を嫌う理由として、
(1)外国語に自信がないので、意思疎通を図れないのではないかと恐れる。
(2)日本人以外の発想やものの考え方の違う人と一緒に暮らす、仕事をするのが面倒、あるいは自信がない。
(3)外国人に自分の内なる聖域に踏み込まれたくない。
(4)自分の力量や経歴に自信がないので、外国人とビジネスを一緒にやりたくない。
(5)修羅場とも言われる外国人相手のビジネス環境の中で、狭い世界なので通用している自分の実績の底の浅さを周囲の人間に知られたくない。
の5点を挙げています。
 第2章「外資系企業で評価される人、されない人」では、外資系企業での評価ポイントとして、
(1)タイムスパン(時間軸)
(2)評価者
(3)実績に対する考え方
(4)プレゼンテーション能力
の4点を挙げ、評価されない人は、
(1)成果を上げるのに時間がかかる人
(2)直属の上司にゴマを上手にすれない人
(3)自分の功績を派手にアピールできない人
(4)まじめすぎて謙虚な人
であるのに対し、外資系で評価される「できる人」として、
(1)査定会議の直前に成果を上げられる人
(2)上司の出番を作ってあげられる人
(3)さりげなく他人の功績に便乗し、自分の失敗を隠せる人
(4)嘘でも相手を信じ込ませる人
の4点を挙げています。
 第3章「外資系で働くとはどういうことか?」では、外資系で成功を収める基準として、
(1)転職の可否
(2)顧客の支持
(3)勤続の年数
の3点を挙げています。
 そして、「外資系で協調型を仮に選び、5年といわず10年20年勤めようと思えば、それなりの処世術が必要になる」と述べています。
 第4章「あなたの会社が、明日から外資系になったら!?」では、自分の勤める会社が外資系企業となってしまった場合に起こる変化として、
(1)経営陣が外国人に入れ替わる。
(2)給与や待遇が、年功主義から成果主義の方向に変わる。
(3)株主や本社幹部の意向が唯一絶対の基準となる。
(4)「社員は仲間だ」という意識から、「誰もがライバル」に代わり、協働に損得勘定が強く入り込む。
(5)外国語のできる社員が突如、優遇されるようになり、言葉が苦手な社員は傍流になる。
(6)顧客の選別が進み、なあなあの営業や顧客とのもたれ合いが許されなくなる。
(7)「社会との共生」や「多様性の尊重」といった、従来はお題目に過ぎなかったテーマにまじめに取り組むように言われ、それを怠ると罰せられる。
(8)喫煙や飽食が戒められ、健康管理や自己規律の低い社員にはペナルティが与えられるようになる。
(9)無駄な会議は減り、会議時間が短くなるが、事前の準備が必要なものが増え、議題外のことも論議されるようになる。
の9点を挙げています。
 また、「外資系企業に転職あるいは就職して長く勤めるための心構え」として、「めだたず、おくれず、にくまれず」の「三つのず」を挙げています。
 第5章「外国人の上司とはナニモノか?」では、外国人上司が日本に赴任してきたパターンとして、
(1)必要とされて来日した
(2)左遷されて来日した
(3)経験を積むために来日した
(4)本人が望んで来日した
(5)特別任務を帯びている
の5つを挙げたうえで、「外資系では日本企業に比べて、敵味方を明らかにするという風土がある」と述べています。
 また、「上辺の追従や見え見えのゴマすりはバレるだろう」と思われるが、「賢い上司に対しても意外とこれが通用する」と述べています。
 第6章「外国人ビジネスマンにも色々ある」では、「米国には9つとも12とも言われる国内異文化圏がある」とした上で、「外資系でアメリカ人の上司や同僚、あるいは部下を持った場合、彼らのエスニック・バックグラウンドは極めて重要である」と述べています。
 本書は、これからも増えるであろう外資系企業での処世術を説いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 外資系というと社名は英語で外面もいかにも外資系という印象、極端に言えばIBMなどの印象が強いと思いますが、純和風のスーパーチェーン「つるかめランド」もイギリスの大手スーパーTECSOなんですね。昔店内で流れていた「つるかめ~♪」という曲は今でも流れているのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・外資系と聞くと身構えてしまう人。


■ 関連しそうな本

 梅森 浩一 『「クビ!」論。』 2005年06月02日
 奥井 規晶 『外資の3倍速仕事術―「できる自分」へのムダ消しレッスン!』 2007年09月17日


■ 百夜百マンガ

太臓もて王サーガ【太臓もて王サーガ 】

 パロディがたくさん詰まった漫画を楽しむには元ネタを知っていることが一番ですが、知らなくても「ここはパロディなんだろうな」と気づくことで作品に深みを感じたりすることもあります。究極超人あ~るの特撮ネタとか。

2009年9月10日 (木)

迷惑メールは誰が出す?

■ 書籍情報

迷惑メールは誰が出す?   【迷惑メールは誰が出す?】(#1694)

  岡嶋 裕史
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2008/10)

 本書は、「企業の通信システムを麻痺させ、人心をも破壊する迷惑メールの全貌を解明し、現代のネット社会の闇」に迫った一冊です。
 第1章「天災より怖い迷惑メール被害」では、世界で1日に送信されるメールが、1530億通であるのに対し、そこに含まれる迷惑メールの割合が85%を占めると述べています。
 また、迷惑メールで送られてくる三大内容として、
(1)広告
(2)詐欺
(3)ウイルス
の3点を挙げています。
 第2章「なにが迷惑なのか? なぜ迷惑なのか?」では、2002年に制定された「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」について、「欧米の法律では、事前に受信者の同意を義務付けていたり、性的な内容の広告メールに対する規制などがあることを考慮すると、かなり抜け道の多い法律」だと指摘しています。
 第3章「メールのメカニズムを知る」では、「メールサーバは人がいい」として、「メールサーバは自分の縄張りが送信元になっているメールしか出してあげない」のが建前ではありつつも、現実には、「どこの馬の骨かわからない人のメールを配送してあげている」ことに、スパマーがつけ込まないわけがないと述べています。
 第4章「誰が出すのか? なぜ送るのか?」では、「迷惑メールは大量に、一括して送られているように見えても、異なる送信者と受信者が書き込まれたメールが1通1通送信されている」として、「迷惑メールを送ろうとする人が最初に行う仕事は、メールアドレスの取得」だと述べ、コンピュータで自動的にホームページから収集する方法について解説しています。
 そして、「インターネットのトラフィックに占める迷惑メールの割合がすごい」原因として、「最も多いのはエラーで行ったり来たりしている到着しない迷惑メール」だと述べています。
 また、ウイルスを利用したスパムメールの送り方として、「コンピュータのメール送信機能を乗っ取ったり、内蔵している独自のメール送信機能を使ったりして迷惑メールの送信」を行う方式のいやらしいところとして、「迷惑メールの元を立とうとして送信ルートを辿って行くと、何も悪いことをしていない一般利用者のパソコンに行き着いてしまう点」を挙げています。
 第5章「迷惑メールは防げるか?」では、迷惑メールを防止する方法として、
(1)技術的なやり方・・・第三者中継の防止策
(2)環境的なやり方
の2点を挙げ、POP before SMTPやSMTP-AUTHなどについて解説しています。
 第6章「秘伝・迷惑メール対処法」では、現在、取り組みは普及が進みつつある技術として、OP25BやDomainKeys、SenderIDなどの技術について解説しています。
 本書は、日々私たちが慣れ親しんで(?)いる迷惑メールについて解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 毎日迷惑メールの処理をするのは面倒だと思って放っておいたらずいぶんたまってしまいました。ハードディスクの値段が安くなったとはいえもったいない気がします。


■ どんな人にオススメ?

・毎朝迷惑メールに辟易している人。


■ 関連しそうな本

 サエキ けんぞう 『スパムメール大賞』
 岡嶋 裕史 『郵便と糸電話でわかるインターネットのしくみ』


■ 百夜百マンガ

DOKURO -毒狼-【DOKURO -毒狼- 】

 暗殺者モノというとどうしてもブラックエンジェルスを思い出だしてしまいますが、やはり意識しているのでしょうか。

2009年9月 9日 (水)

よい世襲、悪い世襲

■ 書籍情報

よい世襲、悪い世襲   【よい世襲、悪い世襲】(#1693)

  荒 和雄
  価格: ¥735 (税込)
  朝日新聞出版(2009/3/13)

 本書は、「いまや大きな社会システム化した『世襲』」について、
(1)世襲を含む日本的な風土
(2)各界における世襲の現状・特色・問題点
(3)世襲のメリット
(4)世襲のデメリット
(5)揺れ動く世襲制
の5点について論じているものです。
 第2章「世襲の現状と特色・問題点」では、大企業の世襲経営者の特色として、
(1)後継者教育に、その候補者を比較的長期的な視野に立って「帝王学」を学ばせる。
(2)創業者の名を尊びながらも実際の経営の実験は番頭格の副社長や専務など専門能力を有した経営者に任せる。
(3)世襲の「中抜き」が可能である。
の3点を挙げています。
 また、世襲経営者の2代目、3代目が陥りやすい落とし穴として、
(1)「優柔不断」型
(2)「不調和」型
(3)「計数重視」型、「成果主義」型
(4)「守成一本槍」型
(5)「組織肥大」型
(6)「父離れしない」型
(7)「猪突猛進」型
の7点を挙げています。
 さらに、国の行政の最高責任者の首相が、「元首相の家系、さらには内閣を構成する大臣の半数が世襲議員である現状を見れば、現代日本の政治は、表面は近代民主国家ではあるけれども、中身は世襲議員により世襲議員や世襲一族のための世襲政治といわれてもいたしかたない」と述べています。
 また、実力主義といわれるキャリア官僚の世界にも「大物の父を持つ現役財務官僚」も多く、外交官も、「代表的な一族から多くの優れた外交官が輩出されている」として、この一族が、「娘をほかのエリート官僚に嫁がせたり、また子息の妻に同じ官僚からエリートの一族を迎えたりすることによって華麗なる門閥を意識的に作ってきた」ことを指摘しています。
 第3章「世襲のメリット」では、商家の老舗の家訓には、「代々きちんとした資料として創業者などの遺戒が残されていることが多い」ことを挙げ、「ここにハートのバトンタッチ、世襲経営のメリット、伝授への奥義がある」と述べています。
 第4章「世襲のデメリット」では、世襲のデメリットとして、「激しく世の中が動いている中でも古い組織の論理や掟によって常に守られている点」を挙げ、「そのためその組織を構成している個人の人格や権利などは無視され、時には虫けらのように葬り去られてしまう」と述べています。
 第5章「揺れ動く世襲制」では、地方の深刻な後継者不在について、「本来ならこれまで代々行われたであろう長子嫡男へのバトンタッチが、子供がいないため、あるいは子供がいても他の仕事に就き、東京で就職してそのまま帰郷がままならないための苦渋の選択」だと述べています。
 また、世襲議員に関しては、「政治改革の第一歩として世襲議員に対する立候補の規制を何らかの形でも受ける必要がある」と述べています。
 本書は、多くの世界でさまざまな悩みを抱えている「世襲」を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 選挙前には世襲問題はずいぶんクローズアップされましたが、選挙が終わった後は静かな感じです。中小企業の世襲問題と並べてはいますが、政治家の後援会組織と中小企業は似たようなものだという感じもします。


■ どんな人にオススメ?

・政治家と大企業の世襲は悪いことと思うこと。


■ 関連しそうな本

 上杉 隆 『世襲議員のからくり』
 江坂 彰 『世襲について―事業・経営篇』


■ 百夜百マンガ

おれはキャプテン【おれはキャプテン 】

 キャプテンといえば野球漫画の世界では名作中の名作ですが、こちらは代々の後輩がキャプテンを引き継ぐというものではないようです。むしろ中学卒業後に高校野球に続く展開はプレイボールを思い出させます。

2009年9月 8日 (火)

マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方

■ 書籍情報

マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方   【マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方】(#1692)

  トム佐藤
  価格: ¥756 (税込)
  新潮社(2009/01)

 本書は、マイクロソフトに身を置いていた著者が、ウインドウズの爆発的普及について、「科学的根拠を元に、どうやってデファクトスタンダードを作るか」を、自身の体験を交えながら解説したものです。
 第1部「パソコン草創期の挑戦」では、「最大多数の最大幸福」こそ、「世界最強の法則」であり、「これこそがウィンドウズの基本概念」だとした上で、デファクトスタンダードを作るためには、
(1)テクノロジーの波を理解する力。
(2)業界の動向を明確に理解し、関係者のソーシャルネットワークを介してデファクトスタンダードを売り込む戦略。
の2つの重要な能力が必要だと述べています。
 そして、MSXのヨーロッパでのデファクトスタンダード化のためにマイクロソフトに雇われた著者が、85年秋にはイギリスマイクロソフト内にMSXヨーロッパ事業部を発足させ、欧州全土のサポート体制を整える準備ができ、「MSAはこれでいけると思った」が、「歴史がそうはさせなかった」として、それまでMSXの業界ネットワークを保ってきたアスキーとマイクロソフトの一本のつながりが、プラザ合意の影響で「ぷっつりと絶たれて」しまったことで、「MSXというデファクトスタンダードは崩壊の道を辿る」と述べています。
 第2部「ウィンドウズ……OS勃興期の激戦」では、マイクロソフトは、「誰かがカッとならないと物事が先へ進まないところのある会社だった」として、「ゲイツが怒鳴り、プロジェクトを推し進める。スティーブ・バルマー(現CEO)もまた、癇癪を起こしながら、強引に仕事を進めるスタイル。しばしば喧嘩腰でビジネスを進めるのが社風だったし、私もそれに倣って仕事を進めようとしていた」と述べています。
 そして、ウィンドウズがデファクトスタンダードになり得た理由として、「競争相手が次々と墓穴を掘って消滅して行ったこと」を挙げ、「ウィンドウズに先行した数々のOSソフトは、まさにその先行ゆえのデメリットを被っていた」が、「ウィンドウズは最後にのこのこ登場したために、運よくIBMPC/ATのテクノロジーの波に乗ることになった」と述べています。
 また、「原子物理や会社同士の業界ネットワークだけでなく、さまざまなネットワークがスケールフリー型から、ある時点でスター型に集約されて行く」という「ボース・アインシュタイン凝縮」というプロセスについて解説し、「現在のパソコン業界は、そのネットワークはボース・アインシュタイン凝縮を経てスター型に集約された後であり、中心はIBMではなくマイクロソフトになった」と述べています。
 さらに、1988年9月に、マイケル・スミス米国通商代表部次席部長が、「日本が教育用コンピュータの基本ソフトの供給メーカーを(トロンを供給する)松下電器一社に決めたことは、米企業の同市場へのアクセスを不当に差別する」と抗議したことに、「マイクロソフトがトロンに脅威を感じて、米政府を動かしたのでは」との憶測が広がったことについて、「そんな映画もどきのことはなかったし、ウィンドウズの出荷作業に忙殺されていたため、それはミッション・インポッシブルであった」と述べています。
 第3部「デファクトスタンダード……業界全体を巻き込め」では、1989年7月に著者が担当した、マイクロソフトのシステムソフト戦略について説明するブリーフィングについて、「このブリーフィングは、手前味噌ながら、私が担当したセミナーの中では最高の出来だった」と述べ、著者が常に問うのは、「メッセージは何か」であり、「ビジネスでは、何事にもはっきりしたメッセージが必要であり、成功にも失敗にも、やはりその裏づけがあるようだ」と述べています。
 また、日本におけるウィンドウズの「ティッピング・ポイント」(流行が始まる瞬間のことで、要因が揃い、口コミで伝染的に広がって行くプロセス)として、ウィンドウズコンソーシアムの2つのセミナーを挙げ、1990年2月のウィンドウズコンソーシアム第2回テクニカルセミナーで、NECの高山本部長が、「NECのウィンドウズへのコミットメントを発表した」と述べています。
 そして、ウィンドウズ3.0のマーケティング戦略について、ウィンドウズ2.10のユーザーの3分の2を占める「業界内のパワーユーザー」いわゆる「ギーク」について、「人数は限られており、一般ユーザーの市場に比べるとはるかに小さい」が、「1人当たり百人の一般ユーザーを連れてくる」として、「ギークのように市場のユーザーを先導する人々を『メイブン(通人)』と呼んでいる」ことを紹介しています。
 さらに、「デファクトスタンダードを作り出す定石はないのだろうか」という問いに対して、「絶対作り出せるというような魔法は存在しないが、デファクトスタンダードを作り出すことを可能にする条件を挙げることはできる」として、
(1)核となるテクノロジーを持っていること
(2)ネットワークを正確に把握すること
(3)テクノロジーの波を理解し、少なくとも3波前から準備をしておくこと
等の点を挙げ、「はっきりしているのは、そのテクノロジーが、あるいは商品が『最大多数の最大幸福』をもたらすものでなくてはならない」と述べています。
 本書は、デファクトスタンダードが人間くさいネットワークで出来上がっていることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「科学的根拠」ということでネットワーク理論の用語をちりばめてはいますが、読み物としてはともかく「科学的」というにはやや無理があるように感じました。


■ どんな人にオススメ?

・どうしてみながウィンドウズを使っているのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 メアリー・ジョー フォリー (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『マイクロソフト ビル・ゲイツ不在の次の10年』
 マルコム グラッドウェル (著), 高橋 啓 (翻訳) 『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』 2005年02月12日
 アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日


■ 百夜百マンガ

おれは男だ!【おれは男だ! 】

 タイトルは「男」で、青春ドラマの代表作として知られていますが、原作は『セブンティーン』に連載された少女漫画だったと知っている人は少ないかと。
 原作者はレディコミの第一人者として知られています。

2009年9月 7日 (月)

グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン

■ 書籍情報

グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン   【グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン】(#1691)

  ニコラス ストレンジ (著), 酒井 泰介 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  ランダムハウス講談社(2008/8/21)

 本書は、「あからさまな嘘をつかずに、できるだけねらいどおりに相手を誤解させる図表づくりのテクニック」を伝授することを目的としたものです。
  第1章「チャートの魔力をあなどるなかれ」では、図式を利用しただまし方を、
(1)データの印象を歪める
(2)データ項目を歪める
(3)図表全体を歪める
の3タイプに大別したうえで、「特定の目的に最も適しただましのテクニック」を選ぶ上で、
(1)欺瞞の度合い
(2)バレやすさ
の2つの「えてして相反する配慮を念頭に置かなければならない」と述べています。
 第2章「図表が引き起こした大惨事」では、「図表やそれに類するものが情けないほど判断を誤らせた例」として、
(1)チャレンジャー号
(2)コロンビア号
(3)ソーホーのコレラ大流行
の3点について解説しています。
 第3章「値を歪める――データを手に入れる」では、「もし何かのデータを隠したければ、それを集団に入れてしまい、その平均の図表をつくってみよう」として、「たいていの人は、何かの平均値を見ると、その問題を考える上でもっとも適切な母集団の平均値を取っているはずと無邪気に思い込む」ことば「つけ込みどころだ」と述べています。
 そして、「自分の主張を強化するように、期間の設定や絶対単位か割合かなど都合のよりユニットを選べば、議論をほしいままに誘導できる」と述べています。
 第4章「値を歪める――図表化によるだまし」では、「円グラフや棒グラフは最もよく使われ、そして最も評判の悪いグラフ種別」だとして、「権威者の中にはすっかり禁止してしまえという人もいるし、使い方に変わった制限を課すよう主張する向きもある」と述べています。
 また、「チャートの構成要素そのものに手を加えて印象を変えるテクニック」として、
(1)グラフィック要素を立体化し、斜度をつけることによって、それが表す値の印象を変える。
(2)他の手段によって、棒グラフの棒の長さから視線をそらす。
(3)定量を表すグラフィック要素を付け加えたり、取り除いたりして、それら同士の違いを劇的にしたり、緩和したりする。
(4)近くにチャート・ジャンクと総称される吹き出しやロゴやらを配して、注意を逸らす。
の4点を挙げています。
 そして、対数目盛りの使用について、「実に数学的にもっともらしく見える巧妙なだましのテクニック」であり、「ニュートラルな図表よりもまっとうに見えるほどだ」と述べています。
 第5章「値を歪める――データ項目と時間」では、「円グラフには格好のつけ込みどころがある」として、「何が全体(100%)を構成しているのか」を見落とす人が多いことを挙げています。
 第7章「チャート全体を歪める」では、「棒グラフなどにどうでもいいイラストや写真、ロゴなどのチャート・ジャンクを配するのは、たいてい何の意味もない」としながらも、「真剣に人をだましたいときには、これがけっこうきくので、うまくやりたい」と述べています。
 本書は、ある意味でグラフ表現の「効果的な」使い方を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 泥棒に遭わないためには泥棒の手口を知るのが一番。ということで、グラフにだまされないためには、だましのテクニックを知るのが一番ということなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・数字は嘘をつかないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 デイヴィッド サルツブルグ (著), 竹内 惠行, 熊谷 悦生 『統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀』 2006年11月23日
 牧野 武文 『グラフはこう読む!悪魔の技法』
 上田 尚一 『統計グラフのウラ・オモテ』
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』


■ 百夜百マンガ

Ns'あおい【Ns'あおい 】

 テレビドラマ化されたことでリアル系の看護婦漫画として有名になりました。シンコソ頑張ってほしいものです。

2009年9月 6日 (日)

テレコミューターズ・ハンドブック―コンピュータ・ネットワークが可能にした「在宅勤務」の実態

■ 書籍情報

テレコミューターズ・ハンドブック―コンピュータ・ネットワークが可能にした「在宅勤務」の実態   【テレコミューターズ・ハンドブック―コンピュータ・ネットワークが可能にした「在宅勤務」の実態】(#1690)

  ブラッド シェップ (著), 清水 久美, 清水 真理 (翻訳)
  価格: ¥1890 (税込)
  HBJ出版局(1992/04)

 本書は、「雇い主のために自宅、または事務所から離れたほかの場所で働くこと」を指す「テレコミューティング」の指南書です。本書は、
・どうすればテレコミューターになれるか。
・どんな会社がテレコミューターを雇っているか。
などの疑問に答え、「テレコミューティングに関する疑問を解明する」としています。
 第1章「電子時代の就労形態『テレコミューティング』」では、テレコミューターとして働く人の数が、「1980年代半ばから毎年20~30%の割合で増え続けている」として、「低価格で高性能のコンピュータが出現し、企業よりも労働者を優先させようという社会の傾向のおかげで、低賃金労働を脱し、かつて人々が働いていた場所である家庭に戻ることで何百万人もの人々が失われた自由と時間を取り戻した」と述べる一方で、在宅勤務の欠点として、
・孤立
・孤独感
・軽視
・常に誘惑にさらされる
・自律心が必要
・出世街道から落ちこぼれる
などのデメリットを挙げています。
 第2章「生産性の向上、コストの節約、豊かな生活の実現」では、テレコミューティングの4大メリットとして、
(1)集中力アップで向上する生産性
(2)体内リズムに合わせてより効率的な仕事時間を選ぶ
(3)自分を管理することで得られる精神的充足
(4)通勤時間1分でゆとりの生活
の4点を挙げたうえで、「テレコミューティングは、より柔軟なワーキングスタイルにつながる」と述べています。
 第3章「どうして在宅勤務ができないのか、その要因と対処法」では、ほとんど自宅で仕事をしているというソロモン・ブラザーズの為替ディーラーが、「世界中のディーラーと常に連絡を取り合うため、彼は昼も夜も45分に1本の割合で電話を受けている。つまり、彼は長時間連続して眠ったことがないのだ」として、「明らかにこれは在宅勤務の極端に悪い例である」と述べる一方で、「自分の弱さに引きずられて、悪癖を身につけてしまう人もいる」として、過食やタバコ、ドラッグやアルコール中毒などの問題を挙げています。
 そして、「テレコミューティングとは、ある種の交換条件である」として、「会社への通勤の代わりに、家族と過ごす時間が増え、ハイヒールの代わりに楽なスリッパを履くことができる。一方、楽しい給湯室でのおしゃべりの代わりに、何時間も人と話を交わすことなくキーボードに向かう生活が待っている」と述べています。
 第4章「どうすればテレコミューターになれるか」では、「テレコミューティングは、必ずしも新しい仕事を意味するものではない。テレコミューティングとは、現在の仕事を別のアプローチで行うことなのだ」と述べています。
 第5章「テレコミューティングに適した七五の職種」では、テレコミューティングに適した職種として、
(1)あまり人と会う必要がない
(2)コンピュータや電話が主な道具である
(3)パフォーマンス〔目標達成度〕を簡単に測定できる
(4)会社に備えられた資料等を常時必要としない
の4つの共通点を挙げています。
 第6章「テレコミューターを採用している企業一〇〇社」では、テレコミューターを使っている企業を、
(1)多種多様な仕事がある大企業
(2)人材不足印悩み、経費節約に勤める小企業
の2つに大別しています。
 第7章「在宅勤務に欠かせないハイテク・ホームオフィス」では、「少し前までは、在宅勤務で"きちんとした"仕事などできるわけがない、と思われていた」が、「今ではそんなことを言ってられない」として、「違いは、ホームオフィスで、頼りになるこれらの道具類をどれだけ使いこなせるか」だと述べています。
 第8章「テレコミューティングと身障者」では、「テレコミューティングを導入すれば、身障者が1日2回の通勤地獄を苦しむ必要はなくなる」都市ながらも、「身障者をフルタイムの自宅就業者として採用すると、一種のゲットーを作ってしまう恐れがある」として、「それで彼らが社会から隔絶されたままになるなら、かえって身障者のためにはならない」と述べています。
 本書は、テレコミューティングへの希望と課題を20年前にまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔から、コンピュータネットワークが充実すれば、ブロードバンドが自宅に入れば在宅勤務が実現すると言われてきていますが、企業への浸透はやはり時間がかかりそうです。
 一方で、自宅で仕事をする個人事業主は相当増えているんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・自宅で仕事をしたい人。


■ 関連しそうな本

 小豆川 裕子, W.A. スピンクス 『企業テレワーク入門』 2005年9月12日
 ウェンディ・A スピンクス 『テレワーク世紀―働き方革命』


■ 百夜百音

戦争を知らない子供たち【戦争を知らない子供たち】 ジローズ オリジナル盤発売: 1971

 一時、「戦争を知りたい大人たち」というネタがありましたが、当時の「子供たち」がまさに現在の「大人たち」かと思うと時間の流れを感じます。

2009年9月 5日 (土)

そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生

■ 書籍情報

そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生   【そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生】(#1689)

  横石 知二
  価格: ¥1575 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2007/8/23)

 本書は、料理についてくる葉っぱ「つまもの」を商品化して開発してきた徳島県上勝町の「彩(いろどり)」事業がどうやって成り立ってきたのかを、著者が「初めて見ず知らずの上勝町に来た頃から、『彩』事業がいまのようにおおきくなるまでの歩み、異常寒波の襲来でどん底にあった上勝町が元気な町に再生されるまでの道のりを、自伝的な物語の形」で語ったものです。
 第1章「とんでもない町に来たなぁ」では、県庁の農業改良普及員を目指していた著者が、上勝町農協から営農指導員としての就職の話を受けた経緯について、当時の大久保町長が、「よそ者を入れて町の税金を使うとは、なんちゅうことだ」という反対に対して、「地元に新しい風を入れないかん」、「地元の者が新しい事業を推進していこうとしても無理がある」と主張して反対を押しのけたと述べています。
 そして、上勝に来て驚いたこととして、「山や田畑で働く60代から70代ぐらいの男衆の何人かが、朝っぱらから一升瓶を下げて農協や役場に集まり、酒を呑んで、くだを巻いていること」や、女の人は「嫁や誰かの悪口をずっと、大げさでなく朝から晩まで話していた」ことを挙げ、農家のお母さんは、中学生の子供に「あんたも勉強せんかったら、この町にずっと住むことになるんでよ」と説教していたと述べています。
 しかし、昭和56年2月に起こった「上勝の226事件」と呼ばれる異常寒波によって、特産であったミカンなどの柑橘類の木が壊滅状態になり、「このままではおれん、一家を上げて生き抜くぞ」という「打たれ強い農民魂が次第に沸き起こり、町全体が一丸となって復興に取り組んでいった」と述べると共に、「すぐに農家の現金収入になるものを作っていかないかん」と対策に取り組んだと述べています。
 第2章「そうだ、葉っぱを売ろう!」では、寒害の後、新しい作目に取り組む中で、「営農指導よりも販売することのほうがまず大事なのではないか」と気づいた著者が、「女の人やお年寄りにもできる仕事は何かないかなあ」と考えていた著者が、大阪難波の『がんこ寿司」で、若い女の子の3人連れが、「出てきた料理についている赤いモミジの葉っぱ」を「これ、かわいー」と持って帰ったのを見て、「こんな葉っぱ……上勝の山に行ったら、いっくらでもあるのに……」と思った瞬間、「そうだ、葉っぱだ! 葉っぱがあった! 葉っぱを売ろう!」、「葉っぱなら軽いから、女の人やお年寄りでも扱いやすいし、何より上勝の山にいくらでもある」とひらめき、このとき初めて「つまもの(妻物)」というk所と場を知ったと語っています。
 第3章「葉っぱがおカネに変わるまで」では、「彩」として葉っぱや花物を出荷し始めたものの、まったく売れず、「つまものの現場を全然知らないことに気がついた」著者が、「それならば現場を見てみよう」と、有名料亭にひとりで自腹で通い、当時、手取りで15万円くらいの給料をすべて料亭通いにつぎ込んだ経験に地打て、「一人で食べる、あの無味乾燥な食事というのは、一生忘れられない」と語っています。
 そして、「手取り15万円ぐらいの給料はすべてつぎこみ、家には1円も入れていなかった」理由として、「生活費をすべて両親に頼っていたから、やっていけたのだ」と述べ、連日のように料亭に通ったおかげで、体重は88キロにまでなり、「顔はぽっちゃり丸々とし、腹がぽっこりと出ていた」上、ある日、「突然足がしびれて体調が悪くなった」著者は、通風で車椅子に乗ることになったと語っています。
 第4章「彩ビジネス急成長」では、「おばあちゃんたちが出荷した商品が、高級料亭で会席料理に使われている」現場を見せる視察旅行を開催し、「そんな高級料亭で使われている自分たちの商品には、すごい値打ちがあるんだなあ」と実感したおばあちゃんたちが出す商品には、「一段と磨きやキレがかかってきた」と述べています。
 そして、「年金暮らしだったお年よりは、『彩』で収入ができて所得税を納めるようになり、毎日のように行っていた診療所やデイサービスも、忙しくなってそれどころではなくなった」として、「葉っぱが町を変えていった」と述べています。
 著者は、上勝町の農業が、
(1)異常寒波でミカンが全滅した後、短期決戦ですぐ現金収入になる季節物の野菜栽培を進めて成功したこと。
(2)一年中収穫できる周年体制が必要と考えて、シイタケの栽培で急成長したこと。
(3)女性や高齢者でも稼げる仕事をと考えて、「彩」を開発して成功を収めていること。
の3つのステップで伸びてきたと解説しています。
 第5章「転機の訪れ」では、37歳になった著者が、少ない給料に子供の将来の心配を考えて、転職に踏み切ったが、町中からの「嘆願書」によって、市役所への異例の転籍が実現したこと、著者がいなくなった後の農協の売り上げが「危機的なまでに急落」し、著者を現場に戻すために、第三セクターを作り、「会社の責任者に『横石』を据えるのが一番いいだろう」という結論に至ったことなどを語っています。
 第6章「彩とともに再生した町」では、実質的に一人で「株式会社いろどり」を切り盛りしていた著者に「完全に限界の状態が来ていた」ため、40代半ばで心筋梗塞で倒れたことを語っています。
 また、「おばあちゃんたちの収入は、今ではすごいことになっている」として、「多い月に売り上げが200万円とか、年収1000万円を超える農家も出てきた」として、「ここに生まれて、本当に良かった」と思える元気な町に上勝町が生まれ変わったとして、「上勝町はいま、日本で一番いい笑顔の町かもしれない」と述べています。
 第7章「成功のヒミツ」では、「彩」が成長するまでの間に著者が習得した「事業が成功に向かうためのヒミツ」として、
・現場主義
・女の人が変わらなければ、地域は変わらない
・的を射る
などの点を挙げています。
 第8章「上勝いろどりからの提言」では、「日本の社会がこうなればいいなあ」という思いとして、
(1)みんなが働ける社会をつくらなあかん
(2)産業が仕事を生み、仕事がおばあちゃんたちの生きがいになった→「産業福祉」
(3)田舎がビジネス力を持って、無料で手に入るすばらしい自然を全部活かすことができれば、絶対に田舎の方が有利
などの点を挙げています。
 本書は、絶望的な危機に瀕した過疎の村を、生き返らせた説得力のある一冊です。


■ 個人的な視点から

 横石さんのお噂はかねがね聞いているのですが、残念ながら実際にお話をお伺いしたことはありません。そう残念がっている方に朗報です。
 9月17日に横石さんが東京で講演されます。この本に興味をもたれた方はぜひ一度足をお運びください。
========セミナー「地域おこしで燃える」のご案内======================

NPO法人 地域産業おこしに燃える人の会 は、
プラットフォームサービス株式会社ほかと協力して、
セミナー「地域おこしで燃える」を開催します。
◎日 時 :2009年9月17日(木)
◎セミナー:
第1会場:農商工で燃える 第2会場:産学官で燃える
09:30 開場
09:50 開演 主催者挨拶 来賓挨拶
10:10~11:40(90分)
第1会場 金城利憲さん(有限会社ゆいまーる牧場 相談役)
第2会場 堀池喜一郎さん(NPO法人シニアSOHO普及サロン三鷹顧問)
13:00~14:30(90分)
第1会場 横石知二さん(株式会社 いろどり 代表取締役社長)
第2会場 同上
14:40~16:10(90分)
第1会場 久保裕史さん(北の起業広場協同組合専務理事)
第2会場 松田一敬さん(株式会社HVC 代表取締役社長)
16:15~17:15ゲストスピーチ(60分)
関満博先生(一橋大学教授)
(第1会場。第2会場で中継)
17:30~18:30交流会(地域の酒食で)
【会  場】:ちよだプラットフォームスクウェア(http://www.yamori.jp/)
セミナー会場:5階会議室   交流会会場:1階 
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-21  TEL: 03-3233-1511
【主  催】:特定非営利活動法人地域産業おこしに燃える人の会
【協  力】:プラットフォームサービス株式会社 ほか
【後  援】:内閣府・農林水産省・経済産業省・財団法人まちみらい千代田 (申請中含む)
【参 加 費】:セミナー・交流会5000円、セミナーのみ4000円、交流会のみ3000円
【参加申込】:事前申し込みをメールまたはFAXで受け付けます。
      (参加費は当日申し受けます。)
  (注:セミナーの内容等は変更される可能性がありますので、
   あらかじめご了承ください。)
セミナー・交流会 申し込み・問い合わせ先
特定非営利活動法人地域産業おこしに燃える人の会事務局(http://info.moeruhito.com/ )
〒101?0054 東京都千代田区神田錦町3-21 ちよだプラットフォームスクウェア1066
E-mail: info@moeruhito.com  FAX 03-3233-1501
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・該当に?してください。
□セミナー・交流会 □セミナーのみ □交流会のみ 
聴講希望 第1会場 □金城利憲 □横石知二 □久保裕史
第2会場 □堀池喜一郎 □横石知二 □松田一敬
会社・団体名                         
所属                     お名前          

御住所                    
TEL. FAX.         e-mail:        


■ どんな人にオススメ?

・田舎は何もないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 横石 知二 『生涯現役社会のつくり方』
 立木 さとみ 『いろどり おばあちゃんたちの葉っぱビジネス』
 ビーパル地域活性化総合研究所 『葉っぱで2億円稼ぐおばあちゃんたち―田舎で生まれた「元気ビジネス」成功法則25』
 農林水産省中国四国農政局 『葉っぱがお金に化ける?!』
 関 満博, 足利 亮太郎 『「村」が地域ブランドになる時代―個性を生かした10か村の取り組みから』
 笠松 和市, 佐藤 由美 『持続可能なまちは小さく、美しい 上勝町の挑戦』


■ 百夜百音

襟裳岬【襟裳岬】 森進一 オリジナル盤発売: 1974

 プロジェクトXで昆布を復活させるために植林する話しあがったのを思い出しました。


2009年9月 4日 (金)

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠

■ 書籍情報

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠   【すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠】(#1688)

  ダミアン・トンプソン (著), 矢沢 聖子 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  日経BP社(2008/12/11)

 本書は、「反知識(カウンターナレッジ)」が、「お金儲けの手段として使われること、そして科学的知識の権威をおとしめること」を警告しているものです。
 第1章「知識と反知識」では、「がせねた」である「反知識」が、「見せかけの巧妙さのおかげで」で、世界中に氾濫していることを指摘した上で、ヨーロッパ啓蒙思想の最大の遺産である、「正確な観察のための科学的方法」が、「危機に瀕している」として、その原因の一つは、「皮肉にも科学が発達したおかげでウソの情報がいくらでも入手できるようになったこと」だと述べています。
 そして、1997年に、著名な解説者でもあるフェミニズム学者のエレイン・ショーウォーターが、「一見関係のなさそうな症候群の怒れる『犠牲者』による、科学的には疑わしい主張をひとくくりに論じて物議をかもした」として、この本が出版されると、あちこちの圧力団体が、「自分たちと一緒にされた団体を見て激怒した」と述べています。
 また、出版社、テレビ、新聞などに大きな収益をもたらすカウンターナレッジとして、「代替医療」を挙げ、「代替医療の提唱者も、ベストセラーを出した出版社やそれをシリーズ化するテレビ局関係者も、そうしたデマ情報を本気で信じているわけではないだろう」が、彼らが売り込む「(がんを予防する)奇跡の食べ物や、彼らがあおる健康不安は、その因果関係やリスクを誤解させ、結果として科学的知識の価値を下落させることになっている」ことを指摘しています。
 第2章「新しい創造論とイスラム圏」では、「創造論の中でももっとも進歩的で洗練」された「知的設計論(インテリジェント・デザイン・ID)」について解説した上で、「IDはカウンターナレッジの例として大きな意味を持っている。堂々と正しいふりをしているだけでなく、はじめの素朴な形から次第に発展してきたからだ」と述べています。
 そして、ブッシュ大統領が、IDを、「科学理論として公立学校で教えるべきだと、愚かにも提唱した」ことを紹介した上で、アメリカ人の約45%が「1万年ほど前に神が人間を現在の姿で創造したと信じている」ことを指摘しています。
 著者は、「創造論はどんな形であれ、計り知れない被害を及ぼす」として、「これほど多くの科学的な発見をむしばむ疑似科学はほかにはないだろう」、「科学的な方法そのものを拒絶してしまっているわけであり、そうすることで未来の世代に物質的な貧困だけでなく知的な貧困をも運命づけてしまっている」と述べています。
 第3章「『ダ・ヴィンチ・コード』と『1421』」では、「しばらく前から、推測を事実と主張するような考古学や歴史の本が広く人気を集めるようになった」として、『ダ・ヴィンチ・コード』が、「カウンターナレッジの潜在的な商業価値に関して、作家や出版社や映画制作者の考えを大きく変えるきっかけとなった」と述べています。
 そして、「近代の歴史家はナショナリズムや民族的、政治的、宗教的偏見によって、過去の研究を潤色しないように努力してきた」が、「最近の疑似歴史家たちは、こうした古い偏見をまた復活させている」ことを指摘しています。
 第4章「サプリ、デトックス、ホメオパシー」では、「21世紀に入ってから、いんちき医療はますます健康管理に大きな影響を及ぼしつつある」として、「数億ポンドの一大産業」が、「カウンターナレッジを売っている」と指摘し、大半のいんちき医療が「補完代替医療(CAM)」という表看板を掲げているのは、「隠れ蓑としては理想的と言えるだろう」と述べています。
 そして、「代替医療や伝統医療は、プラシーボには勝てない」が、「プラシーボ効果はと気として非常に強力なのだ」として、「非正当的な薬品やサプリメントやセラピーが、プラシーボと同様の効果をもたらすのは、それがプラシーボだからだ」と指摘しています。
 また、「栄養セラピストをいんちき療法士と決めつけるのは難しい」理由として、「彼らの言っていることは、おおむね無害だからだ」と述べ、「CAMの根本的な危険を理解するには、根本的な問題に立ち返らなければならない」として、「CAMの主張は明らかに偽りだということ」を挙げています。
 第6章「巨大デマ産業の登場」では、いまをときめくデマ産業として、
(1)『ザ・シークレット』:そのことを考えるだけで物質的な豊かさが手には入るレシピを伝授するというもの。
(2)ロンドンに本拠を置く栄養セラピスト、パトリック・ホルフォードの小帝国。
(3)ギャビン・メンジーズの疑似歴史書『1421--中国が新大陸を発見した年』
の3つの例を挙げています。
 第6章「デマと生きていくには」では、「カウンターナレッジを食い止めるには、どこから出てきたかを突き止める必要があるが、調べていくと、閉鎖的なカルト環境にたどりつくことが珍しくない」と述べています。
 そして、カウンターナレッジに対する予防措置として、「ここ数年のうちに、カウンターナレッジがブログのゲリラ攻撃に驚くほど弱いことがわかってきた」ことを挙げ、「信頼できるデータで武装した実証的な真実を養護する人たちは、社会の共有財産に入り込んだ怪しげな療法士や詐欺師に壊滅的な奇襲攻撃を加えてきた」と述べています。
 本書は、身の回りでも驚くほど多くの人が信じ込んでいるカウンターナレッジの根の深さを指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 宗教的理由だったり、マルチだったり、単に騙されているだけだったり、いろいろな理由でデマに真剣に善意ではまり込んで行ってしまう人がいます。プルタブを集めたりペットボトルのキャップを集めたりといろいろな活動をしている人がいますが、少なくとも、「集めたんだから何とかしてくれ」という善意の押し売りにはならないように「善意は計画的に」と思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・カウンターナレッジの蔓延に辟易している人。


■ 関連しそうな本

 伊勢田 哲治 『疑似科学と科学の哲学』 2006年02月12日
 ロバート・L. パーク (著), 栗木 さつき (翻訳) 『わたしたちはなぜ科学にだまされるのか―インチキ!ブードゥー・サイエンス』 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日
 村上 宣寛 『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』 2007年02月28日


■ 百夜百マンガ

ド忠犬ハジ公【ド忠犬ハジ公 】

 漫画雑誌の立ち上げに当たっては、大抵過去にヒットした大御所漫画家たちが居並ぶものです。ところが、最初のうちこそ昔のネームバリューで昔の読者が買っても旬を過ぎていてすぐに離れていってしまいます。ポイントはこの時にどれだけイキのいい新人を暴れさせることができるかではないでしょうか。

2009年9月 3日 (木)

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す

■ 書籍情報

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す   【地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す】(#1687)

  ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2008/6/28)

 本書は、地球温暖化を巡る議論を、「子細に検討し、いまのCO2排出削減一辺倒の温暖化対策ではなく、本当に有効性のある対策を提唱する本」です。
 本書における著者のスタンスは、前著『環境危機をあおってはいけない』と同様、
・きちんと原データや原論文を参照する。
・解決策の有効性をきちんと考えて評価する。
という「ごくあたりまえのことで、これがいまさら何か新しい知見をもたらすとは思えない」ものだが、「実は温暖化防止について世の中に出回っている議論の相当部分は、かなり根拠レスなでたらめだということがわかる」としています。
 著者は、本書の題名には「二重の意味がある」として、
(1)長期的な地球温暖化に取り組むために、頭やリソースをいちばん効果的な方法に振り向けなくてはならない。
(2)現在の議論の状態について、物言いを冷静にして、前進する最前の方法について抑えの効いた議論ができるようにすべきだ。
の2点を挙げています。
 そして、本書の論旨として、
(1)地球温暖化は本当だし人為的なものだ。それは今世紀末にかけて、人類や環境に深刻な影響を与える。しかし、マスコミがしょっちゅう描くような、大災厄や文明の終焉じみた特徴は一つもでてこない。地球温暖化のすさまじい、邪悪で、即時的な影響についての発言は、しばしば極端に誇張されているので、良い政策をもたらすとは考えにくい。
(2)地球温暖化についてはもっと賢い解決策がいる。地球温暖化に対処しようとすると、気候系の変化がとてもゆっくりしているということと、大幅な排出削減はかなりお金がかかるという二重の問題に直面する。だから手早く高価な解決策を考えるのはやめて、低コストで長期的な研究開発に専念すべきだ。
(3)地球温暖化よりずっと重要な課題はたくさんある。気候変動にばかり注目するのは間違っている。世界には他にもっと緊急性の高い問題があるし、そっちならかなりの成果もあげられる。
などの点を挙げています。
 第1章「ホッキョクグマは警告のカナリアか?」では、ホッキョクグマのお話のポイントとして、
(1)やたらに誇張された感情的な主張は耳にするけれど、実はちっともデータの裏付けがない、
(2)環境を気にするなら、ホッキョクグマだけが心配の種じゃないはずだ。気候変動で恩恵を受ける生物も多いことは知るべきだ。
(3)心配の向かう先が間違っている。おそらく本当に重要な目的は、人間や環境の質を改善することじゃないだろうか。
の3点を挙げています。
 そして、地球温暖化を抑える上でも、「排出削減は人類や環境にとっていちばん役立たずな方法の一つらしいことはほぼ確実になるだろう」として期しています。
 第2章「熱を帯びて:手短に説明すると」では、「京都議定書の実行は、それがもたらす便益に比べて高くつきすぎる」として、減らすCO21トンあたり最大23ドルという「かなり大量のリソース」をかけて、「得られる便益はかなり小さい(およそ2ドル)」ことを指摘し、「その23ドルがあれば、世界の他のところでもっと役に立つことができたのでは」と述べています。
 また、全世界を見ると、暑さによる死者と寒さによる死者とを見ると、「実は世界全部で見ると、2050年に気候変動が直接与える影響は、死者がかえって減る」と述べています。
 そして、「いまの議論がはっきり疑問の余地なく示すもの」として、
(1)メディアや環境保護論者たちが形成した地球温暖化に関する理解は、かなり歪んでいる。
(2)地球温暖化について語るとき、みんなパラメーターのたった一つでしかないCO2削減にばかり血道を上げているようだ。
(3)人が対応すべき課題は地球温暖化だけじゃない。
の3点を挙げたうえで、通称「コペンハーゲンコンセンサス」と呼ばれる、「ノーベル経済学賞受賞者4名を含む、最高の経済学者によるパネル」が作成した、追加リソースをつかうための世界的優先順位一覧では、「とてもよい政策」として、伝染病、栄養失調、補助金と貿易、伝染病を挙げる一方で、「だめな政策」として、移民、気候(京都議定書や炭素税など)を挙げていることを紹介しています。
 第3章「地球温暖化:主な心配事」では、「今のCO2排出と温度が、『通常』の範囲を遙かに超えつつあるという指摘」について、「ある意味では正しいけれど、別の意味では絶対に正しくない」ことを指摘し、アル・ゴアが有名にした過去65万年の温度とCO2のグラフは、「まず温度が上がって、それに続いてCO2が上がる」ことを示しているとして、「このグラフはCO2の重要性を示すにはかなりまずい代物だ」と述べています。
 また、「今後100年で6.5メートルというハンセン/ゴアの主張は、2100年までに毎年海が12センチ上昇するという予想になる、と気がつくとなかなか考えさせられる」として、これが、「圧倒的に高いモデル推計よりも40倍も大きく、平均からは驚異の174倍」だと指摘しています。
 そして、地球温暖化によって、ハリケーンが強力で危険なものになるとする主張について、被害を10%未満しか減らせないような「気候つまみ」と、50%近く減らせる「社会政策つまみ」であれば、「気候政策よりも社会要因に注目した方針の方が、もっと大きな効果を発揮できそうだ」と指摘しています。
 さらに、「地球温暖化の費用が総世界経済との比較でどのくらいか」について、「将来消費総額に対する各種の政策を適用する総費用の割合」を見ると、「地球温暖化の総コストは総消費の0.5%」だとして、「この将来の総消費は、地球温暖化は世界で一番重要な問題にはほど遠いということを裏付けるものでもある。重要なのは発展途上国を豊かにして、先進国の市民たちに今よりもっと幅広い機会を与えることだ」としています。
 第4章「地球温暖化をとりまく政治」では、「要するに、今後40年で、ぼくたちは何を実現したいんだろうか?」について、「国連のもっとも楽観的なシナリオどおり、大規模な炭素排出を削減できたら、今世紀いっぱいで34センチだった海面上昇は22センチに減る。でもそれにより人類は2100年時点で手にするはずの豊かさが減ってしまうので、個人の平均的な富は30%も低くなる」として、l「本当にそんなのを僕たちの使命にしたいだろうか?」と述べ、「水不足について言えば、地球温暖化は実は水をもっと豊富にしてくれる」ことなどを挙げ、「むしろぼくたちは、今世紀半ば頃に向けてエネルギー源を改善するための、賢くて安上がりで魅力的な戦略に専念する必要がある」と述べています。
 そして、本当に問題なのは、「京都議定書があり得ないほどの目標をあげつつ、環境的には何の意味も持たない、ということだ」として、「高いのに役立たずで政治的にも不安定なCO2削減ばかりに目を向けた京都プロセスは放棄すべきだ」と主張しています。
 また、「多くの政治家たちにとって、地球温暖化は予算分配政策のつまらないいがみあいから抜けだし、自分を地球全体の生存というきわめて壮大な課題に取り組む国士として演出するための手段として採用されている」と指摘しています。
 著者は、「二つのことに正直になるべきだ」として、
(1)気候変動が文明崩壊につながる地球の危機なんかじゃないということ。それは確かに問題ではあるけれど、今世紀中に対処すべき数多くの問題のたった一つでしかない。
(2)この問題には短期的な解決策はないということ。
の2点を挙げています。
 結び「最優先事項をやるのがクールだ!」では、「論争があまりにCO2削減にこだわりすぎているために、たぶんぼくたちが本来目的としていたはずのもの」である「生活と環境の質を向上させること」が無視されていると指摘していまする
 そして、来る世代のために、「ファッショナブルだけれどあまり成果のないことをやったんじゃなくて、簡単で実証されたクールな戦略を通じ、世界を大幅かつ完全によい方へと変えたんだよ」、 「何か気分だけよくなれるようなことをしたいんじゃなくて、本当にいい成果をあげることをしたんだ」といえるようになりたいと述べています。
 本書は、加熱する炭素削減論議に冷や水をかける(かけられた方はさらに真っ赤に加熱する可能性はあるが)一冊です。


■ 個人的な視点から

 某新政権も二酸化炭素の削減には大変意欲的なようなのですが、本書で著者が指摘しているような「国士的な演出」のように見えてしまうのではないかと危惧してしまいます。本書の主張をそのまま受け入れるべきだとも思いませんが、少なくとも本書のスタンスは参考にはならないのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・白熊のぬいぐるみがテレビに登場すると可愛そうだと思ってしまう人。


■ 関連しそうな本

 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
 A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』 
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日
 ビル・マッキベン (著), 大槻敦子 (翻訳) 『ディープエコノミー 生命を育む経済へ』 2009年1月21日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日


■ 百夜百マンガ

ちょんまげどん【ちょんまげどん 】

 20世紀末の作品ですが、やっぱり「ハルマゲドン」にかけているのでしょう。昔、小岩で見かけた「うまかろう安かろう亭」にはコスモクリーナーもありましたが、春巻きが乗った「ハルマゲ丼」がありました。

2009年9月 2日 (水)

わが鐵路、長大なり 東急・五島慶太の生涯

■ 書籍情報

わが鐵路、長大なり 東急・五島慶太の生涯   【わが鐵路、長大なり 東急・五島慶太の生涯】(#1686)

  北原 遼三郎
  価格: ¥2415 (税込)
  現代書館(2008/07)

 本書は、「強盗慶太」とも呼ばれる強引な手法で一代で東急を築き上げた五島慶太の評伝です。
 第1章「箱根の山」では、五島慶太率いる東急と堤康次郎率いる西武が、鉄道での競合は少なかったが、「おもに観光・リゾート開発の展開」でぶつかったとして、箱根でのいさかいの様子を描いた上で、「慶太も、そして康次郎も、ともに攻撃的な戦略を得意とする事業家だった」として、「後塵を拝することは、心でもいやなことだった。常に前を向き、一歩でも二歩でも人より先に進む。それが、二人のやり方であり、生き方だった」と述べています。
 そして、慶太が、伊東―下田間に鉄道を敷設する伊豆の観光開発を手がけた理由を、「東京からわずか3、4時間の近くにあって、これほどの景勝の地はない。天城山系を中心に太平洋を望む雄大な景色、気候温暖であって、温泉はいたるところにある。大都市の行楽地としてこれほど立地条件がよく、また優れた景観をもったところはない」と語っていることを紹介してます。
 第2章「青木村」では、明治15年4月18日、長野県小県郡青木村に生まれた慶太が、代用教員をして金をため、東京高等師範学校に進み、嘉納治五郎校長から、「人間にとって何が一番大事か。それは『なあに』という精神である。どんなことにぶつかっても、なあにこれしきのこと、と跳ね返す精神が一番大事だ」と学んだと述べています。
 そして、東京帝国大法科大学政治学科撰科に進んだ慶太が富井政章と加藤高明という「当代を代表する男たち」の屋敷で家庭教師を務めたことが、「これからの慶太の人生を決定付けることとなる」と述べています。
 また、慶太の生家を訪ねた著者が「貧困からの脱出」という思いに、「少年慶太が強く駆られたことは想像に難くない」と述べています。
 そして、農商務省から鉄道院へと移った役人時代の慶太は、「一言でいえばあまりぱっとしなかった」が、「総務課長心得」に任命されても「心得」の二文字が邪魔だと、稟議書をいちいち「心得」の二字を消して上に回したというエピソードを紹介し、「役人をしている間は、これは偉い人だ、この人のいうことならなんでも聞かなくってはいけない、と思った人は一人もいなかった」という言葉を紹介しています。
 さらに、五島慶太と堤康次郎の「ふたりの少年・青年期には驚くほどの共通項がある」として、「出自はともに貧しい農家で、成績は常に優秀。そして、学校を終えると自らの故郷で職につく。それに飽き足らず、歳を重ねつつも大学への進学を果たす」という点を挙げています。
 第3章「鉄道王へ」では、慶太が目黒蒲田電鉄の取締役に就任し、実質的に会社を切り盛りすることになった大正11年9月2日が、東京急行電鉄の創立記念日とされたと述べ、翌、大正12年の関東大震災で目黒蒲田電鉄は最も早く復旧、開通させた電車として世間の多大な信用を手に入れ、また、それまで見向きもしなかった都心の住民が、「どおっと郊外に流れてきた」と述べています。
 そして、日吉への「学園誘致によって沿線の開発を行うという慶太の戦略」は、「犠牲的、献身的、超打算的な奉仕」と位置づけながらも、結果的には「従来比較的開発遅々タリシ社線ノ中央部日吉付近一帯ノ発展」に大きく寄与することとなったことを、「慶太の見識といって良いだろう」と述べています。
 第4章「ひとは"強盗"と呼ぶ」っでは、贈賄の疑いで半年に渡り獄中生活を余儀なくされた慶太に、師であり、また名優でもあった小林一三が、「真に実業人として成功するため」には、
(1)長い浪人生活
(2)長い闘病生活
(3)長い投獄生活
の3つが必要だといって励ましたことを紹介しています。
 また、新橋駅を舞台とした「地下鉄の父」早川徳次との戦いについて、新橋駅に現存する「隠れホーム」を紹介しています。
 第5章「わが鐵路、長大なり」では、1919年5月、ついに京王電鉄を手中に収めた慶太が、「三浦半島から首都圏全てを網羅する長大な鉄路」を有する「大東急」が誕生し、慶太は、「わが鐵路、長大なり」とつぶやいたと述べています。
 そして、「ときには強引と思えるような手法で引っ張っていく強いリーダーシップと、相手の懐に飛び込み親身になって理解しようとする姿」のふたつが「なんの違和感もなく同居していた」と述べています。
 また、戦後、公職追放によって慶太が投球を追われた後、GHQの方針もあり、「命をかけて作り上げた大東急が、いま瓦解しようとしていた。京王帝都、小田急、京浜急行と、各鉄道会社がみな慶太のもとを離れていく。慶太自身、まさに生木を引き裂かれる思いだった」と述べています。
 第6章「破天荒なり」では、良く工事現場に出向いていた慶太が、すでに重役会で承認を得た設計を急に変更すると言いだし、工事担当者が、慶太の判が押してあることを見せると、「右手親指にぺっと唾をつけると、その印のところをごし、ごしと擦り始めた」というエピソードを紹介しています。
 また、「慶太の人事は、常に激しい。使える人間はどんどん抜擢し、使いものにならないと烙印を押された男は、いわば放り出されるように幹部候補から外されていった」ことと、「官僚出身の人間を徴用した」ことを特徴として挙げ、「大学や高校出の人間を採った場合、社員教育にどうしても時間と費用がかかってしまう」が、「役所で鍛えられた人間を採れば即戦力として活用できる」として、錚々たるメンバーをヘッドハンティングしてきたと述べています。
 さらに、「意外なことに、慶太は幹部や社員の声に良く耳を傾けた」として、「ひとの意見など聞く耳を持たない」という「傲岸不遜でワンマンなイメージ」が強いが、実態は、「役員や社員に徹底的に議論させる。専門的な意見を謙虚に聞く。そして、それらの中から最終的に取捨選択をしていく。そんなやり方を慶太はしていた」と述べています。
 第7章「鬼が奔る」では、「これからは大衆を相手にした事業でなければ、成功はおぼつかない」という小林一三の言葉を思い出した慶太が、「戦争によってすさんだ大衆の心を癒やし、しかも日銭が入る」映画事業に進出した経緯を述べています。
 そして、東映の資金調達のため、息子の昇と住友銀行に交渉に当たった慶太が、孫子の代まで借金が残るとする個人保証を要求された際にも、全く動じず、昇はその姿に「事業の鬼」を見たと述べています。
 また、小林一三(阪急)、根津嘉一郎(東武)、早川得次(地下鉄)、堤康次郎(西武)、五島慶太(東急)と、「男たちはみな鉄道に見せられ、引き込まれていった。鉄道との関わり方は、みなさまざまだった。しかし、これらの男たちに共通していることは、高速でしかも大量輸送が可能な鉄道に夢を見たことだった」と述べています。
 第9章「伊豆はまだか」では、五島慶太と堤康次郎について、このふたりが、「急発進・急ブレーキ・急旋回の交通業者らしからぬ性格の持ち主」という点は共通していたが、際だった違いを見せたものとして「土地」を挙げ、「慶太にとっての土地は、あくまでも事業投資の手段であり、その目的ではなかった」が、康次郎の方は、「土地にしか関心がなかった、といっていい。彼の生涯は、ただひたすらに所有地を増やすことにあったといっても過言ではない」と述べ、この二人が「土地と鉄道」を巡って角を突き合わせたのが伊豆であったとしています。
 また、東急の知恵が遺憾なく発揮された例として、用途変更許可申請の処理を挙げ、「本来なら半年から一年ほど要する事務手続き」を、「農業委員会、町役場、賀茂支庁、静岡県庁、そして農林省と回る書類を持ち回りでやる」、すなわち、「本来なら役所同士が順送りに回していく書類を東急の社員が直接持参して決済をとって回った」ことを、「ある面で今日ではとても通用しそうにない荒っぽいやり方」だとしています。
 そして、上野毛の自宅の庭から武蔵野を望みながら、「あの山林と畑に道路や鉄道を通し、開発をすれば理想的な街づくりができる」と役員たちに指示した慶太の、「辣腕事業家としての非情な顔と、そして文化事業を仕切る柔和な顔と」の「どちらも、まちがいなく慶太のそれだった」と述べています。
 第10章「わが田園都市よ」では、慶太から事業を引き継いだ昇の基本理念・哲学は、「協力してくれた地主がどこかに行って行方が知れない、といったような開発はするな」というものであり、今でも東急の社員は彼らの冠婚葬祭には欠かさず顔を出しているとのべています。
 また、東急電鉄本社に建つ慶太と昇の胸像が、「隠すな、嘘をつくな」、「大衆の信頼なくして事業の成功などあり得ない」と言っているようだと述べています。
 本書は、自らの社会的使命としての鉄道開発に捧げた男の生涯を綴った一冊です


■ 個人的な視点から

 五島慶太に関する評伝はいくつも出ていますが、"事業の鬼"的な扱いや堤との対比で"強盗慶太"を前面に出したもの(もちろんそちらの方が面白いのですが)に比べて、文化事業への傾倒など人間臭い面を出しているように思います。


■ どんな人にオススメ?

・東急を作った男に会いたい人。


■ 関連しそうな本

 猪瀬 直樹 『土地の神話―東急王国の誕生』 2006年07月21日
 猪瀬 直樹 『ミカドの肖像』 2006年08月02日
 永井 弘 『戦後観光開発史』 2009年2月 2日
 坂西 哲 『東急・五島慶太の経営戦略―鉄道経営・土地経営』
 城山 三郎 『東急の挑戦―五島慶太から昇へ』


■ 百夜百マンガ

ヤスジのメッタメタガキ道講座―もうひとつの「少年マガジン黄金時代」【ヤスジのメッタメタガキ道講座―もうひとつの「少年マガジン黄金時代」 】

 一世代遅れた私にとっては、気づいたときには、「昔一代ブームを巻き起こした人」という感覚しかありませんでしたが、当時の衝撃はすごかったようです。

2009年9月 1日 (火)

自治体クライシス 赤字第三セクターとの闘い

■ 書籍情報

自治体クライシス 赤字第三セクターとの闘い   【自治体クライシス 赤字第三セクターとの闘い】(#1685)

  伯野 卓彦
  価格: ¥1680 (税込)
  講談社(2009/2/3)

 本書は、「第三セクター(および自治体病院)は、まさに自治体という国の基盤を根こそぎ腐らせ、国民の生活をどんどん追い詰めていこうとしている」として、
(1)信じられないほど多くの第三セクターが、身の丈をはるかに超えた巨額の赤字や借金を抱えていること。
(2)新たな法律が成立したため、第三セクターの赤字や借金が自治体のそれに計上されて、自治体の財政そのものを直撃するようになったこと。
(3)自治体の財政には厳しい会計基準が適用されるようになり、夕張市のように、財政再生団体に転落する危険が大きくなること。
等の問題を取り扱ったものです。
 第1章「市町村を追いつめる恐るべき法律」では、本来、「地域の人々の暮らしを支え、守ってくれるはず」の第三セクターや自治体病院が、「逆に地域と人々の暮らしを追い詰めている」原因として、2007年6月に成立した「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(自治体財政健全化法)について解説しています。
 そして、「生産もできない。再建もできない。ただ赤字ばかりが膨らんでいく」という進退窮まった構図が、第三セクターと全国の自治体病院でおきていると述べています。
 第2章「『赤字第三セクター』という底なし沼」では、バブル崩壊以降の第三セクターの倒産発生率が民間企業を下回っている背景として、
(1)第三セクターの破綻がもたらす地域経済への影響を、自治体が過度に恐れてきたこと
(2)第三セクターが金融機関から融資を受ける際に、自治体が金融機関と結んだ損失補償契約の存在。
の2点を挙げています。
 第3章「すべての悪夢はリゾート法から始まった」では、バブル絶頂期に多くの自治体でいわゆるリゾート法が「地域再生の切り札」と受け止められ、「誰もが熱に浮かされたように、血相を変えてリゾート開発に突進していく」という「狂乱時代が到来した」と述べた上で、青森県大鰐町が、国土庁やデベロッパー会社の「タウン開発」からの説明で、「このリゾート開発プロジェクトは、町にとってノーリスクだから安心」という認識を持っていたが、「それが町を復活させるどころか、地獄のそこに叩き落すことになろうとは、住民の誰一人として知る由もなかった」と述べています。
 そして、町長であり第三セクターの社長でもある油川にとって、融資契約書の多くの記されている「損失補償契約」の文字は、「その契約が町の財政に与える影響の大きさを考える」と「目の前が真っ暗になった」と述べています。
 第4章「廃墟と借金の山が残されて」では、「タウン開発の経営悪化が、大鰐町の屋台骨を大きく揺さぶり始めた」として、大鰐町が短期で第三セクターに貸し付けていた3億7400万円が返済されず、大鰐町が戦後初めての赤字決算に追い込まれたと述べた上で、「どんな危機に陥っても、最後は国が手を差し伸べてくれるはずだ――と他力本願的に考える姿勢。問題の本質から目をそらして、根本的な解決への努力を先送りしてしまう幹部たち」という「当時の地方自治体の多くが抱えていた宿痾」が、大鰐町を「瀬戸際まで追い込もうとしていた」と述べています。
 そして、リゾート開発を持ち込んできた国会議員は「残念だったな」の一言で逃げるように去り、前町長は「責任は油川君にあるんじゃないかな」と発言し、それまで後押ししてくれた町議からは「ちゃんとチェックしていなかったのか」といわれ、「リゾート開発を始めたときに積極的だった人は、皆、逃げましたね」という町長の言葉を紹介しています。
 また、金融機関にとって、「第三セクターへの融資に自治体が損失補償してくれるというのは、最優良の担保がついたことを意味していた」として、その裏には、「自治体には『破産法』がなく、破産できないという事情」があったと述べています。
 第5章「突然の返済要求を突きつけられた町」では、「ある日突然、金融機関から損失補償を発動され、第三セクターの借金全額を一括返済するよう、訴訟を起こされた」ケースとして、長野県飯綱町と飯綱開発リゾートの例を紹介し、「8億数千万円もの融資を受ける際、将来の返済を考えて恐怖心を覚えるようなことはなかったのだろうか」について、「金融機関が認めてくれた訳ですから。金融機関がバックアップしてくれたって」思ったという町長の言葉を紹介しています。
 第6章「金融機関との果てしない交渉」では、第三セクター問題と損失補償契約問題に関して取材に答えてくれた金融機関として、北海道最大の地方銀行、北洋銀行を挙げ、北洋銀行が、「一括返済を求めて芦別市を破綻の危機に追い込むことが、銀行にとって本当に最良の選択なのか」という疑問を持ち、「地域の生活と経済と雇用が維持できるような取引を目指す」という基本的スタンスをとっているという言葉を紹介しています。
 第7章「『旗を振った』国の重大な責任」では、「地方自治体は『保証人』になってはならないということが法律で定められている」が、「損失補償契約は結べるため、全国の自治体がこぞってそうした」が、2007年11月に、横浜地裁が、自治体が損失補償契約を結ぶこと自体を違法と認定した判決が出たことで、「今後、第三セクターが破綻したときに金融機関が損失補償を発動しても、融資したお金は自治体から返済されないことになる」ことになったと述べています。
 第8章「病院に蝕まれた瀕死の自治体」では、赤平市を「日本で最も過酷な日々を強いられている自治体の一つ」とした上で、「その姿は、まもなく自治体財政健全化法が施行される時代の、全国の地右方自治体の困難な未来を暗示している」と述べています。
 本書は、バブル期移行のつけを払わされることになった自治体の姿を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 第三セクターは本来、行政が持っている公共性と民間企業が持っている知恵というお互いの良いところを合わせた存在のはずだったのですが、結果は、両方の悪いところを合わせた組織になってしまったようです。


■ どんな人にオススメ?

・第三セクターや病院が潰れても自分には関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 読売新聞北海道支社夕張支局 『限界自治 夕張検証―女性記者が追った600日』 2009年4月17日
 鷲田 小彌太 『夕張問題』 2007年12月05日
 保母 武彦 『夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために』 2007年08月08日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日


■ 百夜百マンガ

酒とたたみいわしの日々【酒とたたみいわしの日々 】

 酒の席での武勇伝にことかかない人というのは結構いますが、隔週で連載できるほどの人はなかなかいないでしょう。

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