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2010年1月15日 (金)

政治献金―実態と論理

■ 書籍情報

政治献金―実態と論理   【政治献金―実態と論理】(#1821)

  古賀 純一郎
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2004/05)

 本書は、「これまでほとんど知られることのなかった企業献金にスポットを当て、その現状、歴史、(出す側と受け取る側の)論理、変質、国際比較などの全体像を解明してみた、いわば政治献金の政治経済学的考察」です。
 第1章「いま、政治献金は」では、「5万円超が公開の対象となっている政党支部への企業・団体献金」が、「献金者名の非公表の枠が広いパーティー券のほうに自然とシフトしている」と述べ、企業名が公表されることを嫌がる理由として、
(1)特定の政治家と癒着していると誤解される。
(2)他の政治家から「自分とも是非」と付き合いを強要される。
の2点を挙げています。
 第2章「企業献金、半世紀の奇跡」では、戦後の企業献金の歴史を、
(1)経営者個人が政治家を選別、献金していた時代
(2)高度成長期から、非自民の細川政権誕生、自民党下野、旧経団連の斡旋廃止までの期間
(3)旧経団連斡旋廃止で企業が自主的な判断で献金し始めた1990年代初頭からの約10年間
(4)旧日経連、旧経団連の統合で日本経団連と衣替えしたのを機に、経団連が政策評価を軸に新型献金を再開する2004年以降
の4つの段階に分けています。
 そして、造船疑獄を受け、1955年1月に、新献金制度の受け皿となる「経済再建懇談会」が設立され、「主に合同前の日本民主党、自由党などに供与した」ことについて、「これが後の『経団連斡旋』の原型である」と述べています。
 また、ニクソンショック、石油ショック後に、経団連が、消費者団体などのデモ隊に取り囲まれたことを受け、「政治の金権化を憂いた時の財界総理、土光敏夫」が、「政治献金の集金の手伝いはやらない」という爆弾発言をしたことについて、「自民党を半ば恐慌状態に陥れた土光の決断は、世論をにらんだ絶妙なタイミングで行われた。土光は、経団連会長に就任する直前の記者会見でこの決意を表明、就任後、正式に機関決定足した。造船疑獄で拘置の憂き目に会った土光は、常々、『政治にはカネがかかるが、かけすぎると民主主義が滅びる』との持論を吐露していた」と述べています。
 さらに、政治資金規正法について、「疑獄との、いたちごっこの歴史だったと表現しても過言ではない」としながら、「どういうわけか、抜け道は、必ず残る。『政治家が自分の首を絞めるような規正法は作るはずがない』との陰口さえ聞かれる」と述べ、同法が、「規制」ではなく、「規正」となっているのは、「『規制』には、制限する意味合いがあるが、『規正』には、それがない。政治資金規正法が目指すのは、正すのが目的で、制限ではないのである」と述べ、総務省は、「それは表現の自由との関係」と説明しているとしています。
 第3章「企業献金の意味」では、族議員が改革に反対する理由について、「族議員になることが、いまや活動資金を捻出する政治家の"打ち出の小槌"化している」と述べています。
 第4章「献金の論理、拒否の論理」では、『企業献金の論理」について、かつて、「経済再建懇談会」を軸に、「旧経団連斡旋の原型作りに成功、政権党への政治献金を本格的に開始した財界」の大義名分は、ながら、「自由経済体制を守るための保険料」であったとした上で、「企業献金は、思いが実現すれば贈収賄、うまくいかなければ企業にとって背任行為」という「シニカルな見方」もあるとしています。
 また、1993年10月5日に明らかになった、業界団体である電気事業連合会が、「広告費の名目で自民党の機関紙『自由新報』(現『自由民主』)に年間10億円程度、供与していること」と、ガス業界では、「経団連の外郭団体の経済広報センターが、ガス業界の依頼でやはり自民党『自由新報』に広告費の形で年間2億円以上を提供していた」ことについて、「自民党のも害不出の最高機密は、元自民党の実力者、その重鎮でなければ決して持ち出せない」として、「辣腕、小沢一郎ならではの大胆な手法、そんな見方が大手町のビジネス街を駆け巡った」と述べています。
 第5章「受け取る側の論理」では、「カネのかかる現況が人件費」だとして、選挙で勝利するのに必要とされる「地盤(票田)、カバン(カネ)、看板(知名度)」が、「人件費と密接に関係している」と述べています。
 そして、後援会は、「解散にもそれなりのコストがかかる」として、「二世議員が減らないのは、後援会を解散するにも秘書の退職金などで相当のコストが要ることが背景にはあるようだ。後継を出さないのが地獄であれば、結局、二世は減らないのである」と述べています。
 第6章「姿を変えた献金」では、「企業側が購入に渋いため、政治家側でも企業側との出会いの機会の開拓に努力、名刺交換後に翌日に挨拶に出向くということも多くなった」ことから、「企業側は、最近は、会合で政治家に会っても簡単には名刺を渡さないとの涙ぐましい防衛努力をしている」と述べています。
 第7章「海外に見る政治献金」では、「政治献金関連の規制は、日本も抜け道が多くザル法と言われるが、米国でも同様に抜け道との批判が多い」として、その筆頭に、「企業・労組献金禁止の網をかいくぐって誕生した、言わば、間接の企業献金とも言える政治活動委員会(PAC)」の例を挙げています。
 また、「自由・博愛・平等」の国であるフランスで「企業献金が全面禁止されている」理由として、ミッテラン政権時のスキャンダル噴出がきっかけになったと述べています。
 さらにイギリスに着いて、「20世紀初頭に蔓延していた金権腐敗選挙への反省から、選挙費用に厳格な支出制限を設け、政党が全面に出て選挙を仕切る方式に転換した」としながらも、「それ以外の政治活動に支出される費用はもちろん、個人・企業献金の双方についても戦後長い間ほとんど規制が無く、驚くほど寛容だった」が、政治スキャンダルの噴出で、「20世紀が終了する直前、規制強化を余儀なくされた」と述べています。
 第8章「改革への道」では、「中選挙区時代に比べカネは要らなくなったという声は、政界・経済界・企業関係者に対する取材の中で、頻繁に耳にした」と述べています。
 また、政治資金規正法に関する収支報告書について、「IT(情報技術)時代だというのに、どういう訳か、この報告書はコピーが許されていない」としたうえで、2004年3月末からネット上で閲覧できるようにしたが、「プリントアウトを防ぐ特殊な技術が施されている」ことを指摘し、「やや時代錯誤的な印象は否めない。政治資金規正法の第1条が掲げる『国民の不断の監視と批判の下に』おくための最善策という視点はどこに行ったのだろう。これとは無縁の世界であるといわざるをえない」と述べています。
 そして、政治資金制度改革での今後のポイントとして、
(1)後援会組織への何らかの歯止め
(2)個人献金・党費拡大への政策誘導
(3)欧米を範とした独立機関の設立
の3点を挙げています。
 本書は、企業献金の歴史と現状を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書が出版された2004年時点では収支報告書の印刷はできなかったようですが、総務省のサイトの「なるほど!政治資金 改正政治資金規正法のポイント」によれば、2009年4月から印刷が可能になったようです。そりゃそうだとも思いますが。


■ どんな人にオススメ?

・企業献金がどのように行われているかを知りたい人。

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