ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興
■ 書籍情報
【ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興】(#2069)
武田 知弘
価格: ¥819 (税込)
祥伝社(2009/3/27)
本書は、「ヒトラーの経済政策を追求すること」をテーマとしたものです。後世において「全否定」に近い評価をされているアドルフ・ヒトラーやナチスについて、「一時的にせよ、ドイツ経済を崩壊から救い、ドイツ国民の圧倒的な支持を受けていたこともある」として、「ナチス・ドイツでは、労働者の環境が整えられ、医療、厚生、娯楽などは、当時の先進国の水準をはるかに超えていた」と述べ、「経済政策面だけに焦点を当てた場合、ヒトラーは類まれなる手腕の持ち主といううことになる」としています。
序章「ケインズも絶賛したヒトラーの経済政策とは」では、ヒトラーが「欧州新経済秩序」を発表したときに、イギリス政府が経済学者ケインズにこれを非難する論文を依頼したが、「私の意見では、ドイツの放送から引用した部分のおよそ4分の3は、もしもその中のドイツとか枢軸という言葉を、イギリスという言葉に置き換えるならば、全く優れたものになるでしょう」という回答だったと述べ、ケインズがナチスを褒めた理由は、「ケインズが提唱してきた経済理論をも、最も早く実行し、成果を上げてきたのがナチス・ドイツ」であったからだとしています。
第1章「600万人の失業問題を解消」では、ヒトラーが、大不況のさなか1933年1月に政権につき、その3年後には、560万人の失業者を160万人規模にまで減少させ、世界恐慌以前の1928年の状態にまでドイツ経済を回復させたと述べたうえで、政権獲得後の「第一次4カ年計画」の内容は、「底辺の人の生活を安定させる」というものであり、「これはナチスにとって結党当初からの一貫したテーマ」であったと述べています。
そして、ナチスの雇用政策について、「妻や子供がいる中高年の雇用を優先している」点を挙げ、「一家の大黒柱を雇用すれば、とりあえずその一家は飢えずにすむ。それは社会心理の上でも安定につながる」と述べています。
第2章「労働者の英雄」では、1933年にヒトラーが労働組合を解体し、「労働戦線」に統一したことについて、労働者によるストライキも工場閉鎖も廃止させられたが、失業者が大幅に減り、賃金率は下がったが操業時間の増加で賃金総額が増加したことで労働条件は向上したとして、「組合がなくなっても労働者は得をしたので、文句をいうものはあまりいなかった」と述べています。
そして、労働者に不満が起きなかった理由として、「大元の労働基準を大幅に改善した」ことを挙げ、ナチスが世界に先駆けて8時間労働を法的に実施し、「労働者には長期休暇が与えられなければならない」というナチス労働政策の理念を実現し、労働者の休日で年間で一週間程度延びたと述べています。
また、「フォルクス・ワーゲン」について、ナチスが労働者のためのクルマとして開発したものであり、ヒトラーがポルシェ博士に、
・最高時速100キロ
・100キロ走るためのガソリン消費は7リットル以下
・4~5人が乗れる
・空冷式
・価格は1千マルク以下
という条件を示し、中でも価格については、労働者が買えることに最も執着したと述べています。
そして、ヒトラーが、「国会議員やナチスの党員が私企業の役員になることを禁止し、退職した後に、私企業に再就職することも禁じた」ことについて、ヒトラーが青年の頃に、「ドナウ川輸送会社」という会社の不正を目の当たりにしたことから、政治家や公務員に厳しい目を持つようになったとして、「ヒトラーは若いころ感じた世の中の矛盾や不条理なことを、年令を重ねてからも忘れずに、それを是正しようとした。良くも悪くも、非常に純粋で、ストレートな人であったといえるだろう。そのストレートさが、また大きな災いをもたらすことにもなったのである」と述べています。
第3章「ヒトラーは経済の本質を知っていた」では、ヒトラーが独自の経済政策を打ち出せた要因として、当時のドイツの世相を挙げ、「第一次世界大戦が終わってから、ヒトラー政権が誕生する1933年までのドイツは、『ハイパーインフレ』『大不況』『財政破綻』『通貨危機』『大量失業』など資本主義で起こりうるありとあらゆる問題を経験していた」として、「それを20代後半から30代のヒトラーは肌身で体験した」からだと述べています。
第4章「転載財政家シャハトの錬金術」では、ナチス初期の経済政策の成功を支えた財政家・ヒャルマール・シャハトについて、「ナチス前半期の経済政策の多くはシャハトが発案、実行したもの」であり、「アウトバーンをはじめとする多額の公共事業費を捻出し、インフレが起きないように巧みに通過を調節し、ブロック経済で封鎖された世界経済に風穴を開けた新しい貿易システムを構築するなど、彼の功績を上げれば枚挙にいとまがない」と述べています。
そして、ドイツ国民の英雄シャハトが、『わが闘争』に深い感銘を受けてナチスについたことで、「あのシャハトが後ろ盾になっているんだから間違いはあるまい」として、ナチスの株も急上昇したと同時に、シャハトは、「ナチスを利用することで、ドイツの経済を立て直したい」と考えていたと述べています。
また、「インフレを起こさずに、経済を活性化させ失業もなくしたということは、シャハトが闇雲に通過もどきを作っていたのではなく、ドイツの経済状況を見極めながら、どの程度、信用創造をするべきかを調節していた」として、「この職人芸こそがシャハトの真骨頂であり、ドイツを救ったものといえる」と述べています。
さらに、シャハトの経済理念について、「理念がないのが理念」だとして、「経済政策は科学ではない、ひとつの技術である」と講演していることを紹介しています。
そして1936年に、原料輸入と外国為替に関する全権がゲーリングに渡されたことに抗議して、シャハトが経済省の辞表を提出したが、ヒトラーに突き返され、辞めることもできなかったと述べています。
第5章「ヒトラーの誤算」では、ヒトラーが、「公職からユダヤ人を追放し、やがて経済活動からも締め出し、最後には国外追放」しようと目論んでいたが、「ユダヤ人を追放しようとしても、ユダヤ人を受け入れてくれる国がなかった」というごさんに直面し、さらに、ユダヤ人の多い地域であるオーストリア、チェコスロバキア、ポーランドなどを支配下に収めたことで、「ユダヤ人を追い出そうとしているのに、行く先々で大量のユダヤ人を抱え込む羽目になってしまった」上に、「金持ちのユダヤ人たちは、早々に逃亡しているので、残っているのは貧しいユダヤ人ばかり」であり、「その結果、多くの罪もない貧しいユダヤ人たちがナチスの迫害の犠牲になった」と述べています。
本書は、ヒトラーの経済政策から学ぶべき教訓を探った一冊です。
■ 個人的な視点から
第二次大戦後の一連のプロパガンダの結果、ヒトラーとナチスについて、客観的に検証しようと思うこと自体もタブー視されているかのようで、全否定か逆に崇拝するかの偏った評価が主流になっているように思われます。少なくとも教育の現場ではナチスは『アンネの日記』とセットになって子どもたちに教え込まれているようです。
■ どんな人にオススメ?
・坊主憎けりゃ袈裟まで憎い人。
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