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2012年6月

2012年6月28日 (木)

数の不思議

■ 書籍情報

数の不思議   【数の不思議】(#2151)

  ミランダ・ランディ (著), 桃山 まや (翻訳)
  価格: ¥1,260 (税込)
  創元社(2010/6/4)

 本書は、「魔術的な数に関する初心者向けのガイドブックとして『―なるもの』の中に含まれる数の本質と、その秘密の一端を明らかにしようと」したものです。
 第1章「モナド」では、「1を定義することなどできない」として、「1を語るということは、1を対象として見ること、つまり1から離れてしまうことになるからで、それではこの摩訶不思議な1の本質を、根本から見誤ることになってしまうのである」とした上で、「1は円であり、中心であり、そして最も純粋な音である」と述べています。
 第5章「命そのもの」では、「5は男性と女性を結びつける数である。2を男性、3を女性と考える文化もあれば、3を男性、2を女性と考える文化もあり、5は一般に再生や命を表す数とされている」と述べています。
 第6章「六角形」では、6について、「6自身を除いたすべての約数(1と2と3)の和が6となる」ことについて、「その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数」である「完全数」に関して、「6は最小の完全数である」と述べています。
 第8章「二つの四角」では、「8は2を3回掛けたもの、すなわち1の次に小さな立方数である」と述べています。
 第11章「月と測量」では、「古代人は測量に熱心だった。その際に中心になった数が11である。月の大きさと地球の大きさの比率が3:11になるという、驚くべき発見」が示されていると述べています。
 第12章「天空と地球」では、「ある数の約数をすべて足したものが、そのある数よりも大きくなる数を過剰数と呼ぶ」とした上で、12は「最小の過剰数である」と述べています。
 第15章「グノモンズ」では、アリストテレスが、「大きさ以外には形を変えずに成長していくもの」である、ギリシア人が「グノモン成長」と呼ぶものの中に、「ある法則を見出した」と述べています。
 第23章「ゼロ」では、「ゼロを表す記号は、少なくとも3つの場所で別々に生み出された」として、
(1)バビロニア人は紀元前400年に、「空位」を表す記号として、2つの楔形を粘土に押すようになった。
(2)それからおよそ1000年後に、地球の反対側に住んでいたマヤ人達が、「空位」を表すために貝殻の形を用いるようになった。
(3)5世紀頃のインドで、「何もない」ことを意味する丸は、インド人達が数を数えるために使っていた小石を砂の上から取り除いたあとに残された丸い凹みに由来している
と述べています。
 本書は、数が本来持っている魔術的な力の片鱗を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 数字には本来魔術的な力が宿っている、とずっと信じられていたせいで、考えてみると数字に関係ある言い伝えは結構多い気がします。


■ どんな人にオススメ?

・数字には不思議な力があると思う人。


2012年6月27日 (水)

政治家はなぜ「粛々」を好むのか―漢字の擬態語あれこれ

■ 書籍情報

政治家はなぜ「粛々」を好むのか―漢字の擬態語あれこれ   【政治家はなぜ「粛々」を好むのか―漢字の擬態語あれこれ】(#2150)

  円満字 二郎
  価格: ¥1260 (税込)
  新潮社(2011/10)

 本書は、「“漢字の擬態語”が中国から日本へと渡ってきた道筋」について、事例を挙げながら分析したものです。
 第1章「“漢字の擬態語”入門」では、擬態語について、「何かの状態を直接、ことばの”響き”に移し換えて表現しようとする、極めて感覚的なことばである」とした上で、「堂々」という言葉について、古代中国でもダ行音で発音されていたとして、「『重々しさ』から受ける感覚を、ことばで直接的に表そうとした時、現代日本の読み方でいえば『どうどう』になるような擬態語が誕生した」と述べ、私達が使う現代日本語の中に、「ものごとの状態を表すことば」が沢山あり、その中には、「『堂々』のように、その表す内容が漢字の“意味”だけからでは理解し難い表現を、見つけることができる」と述べています。
 そして、「丁寧」について、「本来、鐘の音を表す擬態語」だったものが、「鐘そのものを表す名詞」になり、さらに、「鐘を鳴らして知らせる」という好意を示す動詞となり、さらにもう少し一般的に「繰り返し伝える」という意味へと広がっていったと考えることができる、としています。
 また、「すらすら」「こつこつ」など、「同じ発音を繰り返すことばを、専門的には『畳語』と呼ぶ」ことや、「丁寧」のように、「音読みの“終わり方”が同じ感じを重ねたことばを、『畳韻語』という」と述べ、「“漢字の擬態語”には、畳語だけでなく、畳韻語も含まれる」としています。
 さらに、“漢字の擬態語”を定義する条件として、
(1)何らかの状態を表すことば=擬態語であること。
(2)漢字の“意味”だけからは解釈しきれないことばであること。
(3)畳語・畳韻語・双声語のいずれかであること。
の3点を挙げた上で、“漢字の擬態語”については、百数十語をリストアップしています。
 第2章「中国語から日本語へ」では、「歩きまわる」を意味する「逍遥」について、畳韻語であることから“漢字の擬態語”だと述べた上で、「古代日本の知識人たちは、中国の古典を熱心に勉強した。その中で、何度も出てくる表現、しかも一定のイメージを背負って使われる表現は、そのイメージとともに“実体験”として彼らの心に積み重なっていく。その結果、彼らはその表現を自分たちのものとして消化し、自分たちの文章の中でも使いこなすようになるのだ」と述べています。
 第3章「受け継がれる“ことば”」では、「かつて日本人たちは、中国古典を読みながら、そこに出てくる表現を取捨選択して身に着けていった。それを“好み”と呼ぶのは適当ではないかもしれないが、少なくとも、日本人は中国の文化を機械的に受容していったわけではないのだ」と述べた上で、「“漢字の擬態語”からは、中国古典の擬態語が持っていた何かが確かに“失われて”いる。しかし、“失われた”あとにこそ、新しいものが芽吹くのだ。日本人は中国の古典から学んだことを血や肉にしつつも、やがてその中から、独自の文化を築き始めるのである」と述べています。
 そして、“漢字の擬態語”が教えてくれることとして、
(1)かつて日本人は中国の古典と一生懸命に取り組み、それを自分たちの血や肉とした、ということ。
(2)にもかかわらず、日本人の中国文化理解には限界があったということ。
(3)日本人は限られた中国文化理解の上に立ちつつも、そこから自分たち独自の文化の芽を育てていった、ということ。
の3点を挙げています。
 本書は、普段知らずに使っている中国語由来のことばが本来持っていた意味を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近こそ、語学としての中国語は人気ですが、考えてみれば昔の日本の知識人は「漢文」という形で中国語の文章を読むことができたということはすごいことだと思います。漢文を読める人は中国語を覚えるのに約に夏の下記になるところですが。


■ どんな人にオススメ?

・知らず知らずのうちに中国語に親しんでいる人。


2012年6月26日 (火)

惑星気象学入門――金星に吹く風の謎

■ 書籍情報

惑星気象学入門――金星に吹く風の謎   【惑星気象学入門――金星に吹く風の謎】(#2149)

  松田 佳久
  価格: ¥1365 (税込)
  岩波書店(2011/8/26)

 本書は、太陽系の他の惑星の大気の研究を、惑星気象学という形という形で体系化することで、「われわれの済む地球の気象が惑星徽章全体の中で位置づけられ、地球の気象に対する理解も深まる」ことを目的としたものです。
 第1章「灼熱地獄の世界――金星」では、金星について、固体部分は地球と似ていて、「双子星」と呼ばれることがあるが、「大気に関しては、地表面気圧、温度分布、風の分布などが地球からかけ離れている」として、「金星の地表面の異常な高温、スーパーローテーションとよばれる高速で吹く風などが、地球の常識では考えられない金星気象の代表的な現象である」と述べています。
 そして、「金星を外から見ると、固体部分がゆっくり回転していて、その周りの大気が約60倍の速さで同じ方向に回転している」ことを、「きわめて異常な状態である」と述べています。
 また、地面付近で730K(セ氏457度)にも達している金星大気の高温について、「金星気象の第一の謎」だとしています。
 第2章「中庸を得た温暖な世界――地球」では、地球の温室効果の特徴として、
(1)太陽光が大部分、地表面で吸収される。
(2)最重要な温室効果気体が水蒸気であり、次に重要なのが二酸化炭素である。
の2点を挙げています。
 また、対流圏における東西方向に平均した子午面内の空気の流れとして、「子午面循環が各半球で3つの目玉(循環)からなっている」ことを指摘し、
(1)ハドレー循環:低緯度地方の循環、南北の温度差によって生ずる水平対流
(2)極循環:弱い循環
(3)フェレル循環:注意度地方にあり、温度の低い高緯度側で上昇し、温度の高い低緯度側で下降するため、水平対流としては理解することができない。
の3点を挙げています。
 また、過去15万年の大気中の二酸化炭素濃度に関して、「産業革命以後、大気中の二酸化炭素濃度の人間活動による増大が原因で、地球の温暖化が進んでいるという説が近年、広く流布している」ことについて、「両者のあいだに相関があることは広く認められている」と述べています。
 第3章「酷寒と乾燥の世界――火星」では、「火星表面は、灼熱地獄の金星表面(約730K)はもちろん、地球と比べても温度がかなり低い」と述べ、その理由として、
・太陽から遠く太陽光が弱いこと
・温室効果気体である水蒸気が極端に少なく、二酸化炭素も十分にない
ことを挙げた上で、「火星の地表では、夜昼間で100度、(昼の)極赤道間で150度もの温度差」がついており、「火星は寒いだけではなく、温度変化が激しい惑星なのである」と述べています。
 また、火星探査機マーズ・エクスプレスの電波観測の結果として、火星の極域にある二酸化炭素の氷(ドライアイス)の下には、「9割以上がH2Oの氷からなる1~2キロメートルの厚さの凍土層があるらしい」と述べています。
 第4章「底なしの大気――木星」では、気象に関連した木星型惑星の特徴として、
(1)地球のような地面がないこと
(2)大気のエネルギー源として、内部からのエネルギーが太陽エネルギーと同程度あり、無視することができない
(3)大気の主成分が軽い元素からなっていること
の3点を挙げています。
 また、「東西風分布を伴った帯状構造(バンド構造)の説明が、木星気象学の基本問題と現在、考えられている」ことについて、
(1)このような現象は木星の表面に限定されているだろうから、木星表面の現象として説明すべきであるというもの。
(2)この木星の表面の現象は木星深部での現象の表面での現れにすぎないので、木星深部での流体の運動を研究する必要があるというもの。
の2つの根本的に異なった研究の立場があるとしています。
 本書は、地球を含めた惑星の気象についての治験を深めようとする一冊です。


■ 個人的な視点から

 火星や金星の大気というのもなかなか想像がつかないのですが、灼熱や酷寒に比べれば、大気がなくても太陽からの距離的に月の環境は過ごしやすいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・他の惑星の地面を踏んでみたい人。


2012年6月25日 (月)

砂糖の通った道《菓子から見た社会史》

■ 書籍情報

砂糖の通った道《菓子から見た社会史》   【砂糖の通った道《菓子から見た社会史》】(#2148)

  八百 啓介
  価格: ¥1890 (税込)
  弦書房(2011/12/12)

 本書は、「江戸時代からの近代にかけての長崎・佐賀・福岡県域の北部九州は、世界的に見ても菓子の王国ともいうべき地域であった」として、「江戸時代の長崎を中心とする砂糖の流通を菓子の視点から」分析したものです。
 第1章「『鎖国』体制と菓子文化」では、パン・デ・ローやフィアシュ・デ・オボスやケイジャーダなどの豊富なポルトガル菓子こそが、「かつてザビエルや天正遣欧少年使節のたどった南蛮の地からの世界史の『シュガーロード』を経て九州に伝えられ、様々な南蛮菓子を生んだ」と述べています。
 また、出島オランダ商館の帳簿を元にした計算で、「オランダ商館から役人への贈り物砂糖は年間200トンを超えており、これら商品以外の砂糖の量は、個人の贈答の範囲を超えて、明らかに転売を目的としていた」ほか、「長崎の遊女がなじみのオランダ人や唐人体砂糖を贈られていたこと」について、「長崎で買い集められたこれら年間数百トンにのぼる『闇ルート』の砂糖は、有明海沿岸の水路と長崎街道の陸路を巧みに利用して、佐賀、熊本に運ばれた他、船で平戸を経由して遠くは広島、大阪にもたらされた」と述べています。
 また、「当時、砂糖の輸入量の3分の1が菓子の材料として用いられていたものの、残りの3分の2は『下賤の食用』であった」として、「江戸時代の広範囲なると、裕福な人々よりもむしろ菓子も口にできないようなその日暮らしの貧しい人々が、砂糖を嘗めたり、米やうどんに混ぜたりして空腹をしのいでいた」と述べています。
 さらに、南蛮菓子の特徴として、「その材料の多くに、砂糖と鶏卵が用いられていること」を挙げ、「南蛮料理や南蛮菓子は、砂糖のみならず鶏卵や鶏肉を食べる文化を九州から日本全国へと伝えたのである」と述べています。
 第2章「近世長崎の社会と菓子」では、「長崎から佐賀に伝わった南蛮菓子には、ポルトガルの菓子のみならず中華菓子の影響が見られる。またポルトガル人が長崎に伝えた南蛮菓子が他の地域へ伝来するにあたっては、長崎在住の唐人(中国人)が大きな役割を果たしていた」と述べた上で、「江戸時代の長崎における菓子の製造に唐人が大きな役割を果たした理由は、なんといっても南蛮菓子の主原料である砂糖の供給を唐船に依存していたこと」だとしています。
 そして、「長崎では戦前までは、重病人が出た時には船で上海の病院に連れて行った」として、当時、長崎から上海まで汽船で26時間あまりかかったが、東京までは汽車を乗り継いで36時間以上かかったと述べ、「時代がさかのぼるほど、長崎が中国の玄関口といえるほど近かった」としています。
 また、「江戸時代の長崎において、砂糖は出島のオランダ人と国内社会とを結ぶ国際通貨であった」としています。
 第4章「福岡・佐賀の餅飴文化」では、長崎街道の菓子文化圏は大きく3つに分けられるとして、
(1)豊前から筑前にいたる北部の飴文化圏
(2)筑後から佐賀平野にいたる中部の餅文化圏
(3)佐賀から長崎にいたる南部の砂糖・南蛮菓子文化圏
の3点を挙げています。
 第5章「近世・近代の小倉と菓子」では、江戸時代に砂糖を用いた菓子が作られるようになるまで、「日本人にとっての甘味はもち米を原料とし、麦芽酵素(麦もやし)を加えて糖化させた飴(麦芽飴・湿飴)であった」と述べています。
 本書は、実はお菓子の王国であった江戸時代の北九州の様子を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 お菓子が、あれだけ文化と財力が蓄積したヨーロッパの菓子が、日本では、「和菓子」と「洋菓子」というかたちで対等に並べられてしまうことに今まで違和感をもっていませんでしたが、江戸時代の日本の菓子というのは、世界的に見てもすごい水準にあったようです。


■ どんな人にオススメ?

・和菓子が何だか古臭いものに感じられてしまう人。


2012年6月22日 (金)

ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ

■ 書籍情報

ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ~   【ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ~】(#2147)

  筒井 信介 (著), 伊福部 達 (監修)
  価格: ¥1470 (税込)
  ヤマハミュージックメディア(2011/12/22)

 本書は、緊急地震速報のチャイム音をつくった北海道大学名誉教授の伊福部達氏とその叔父に当たる作曲家の伊福部昭氏を軸に、一般には知られていない研究分野である「福祉工学」を紹介している一冊です。
 本書のタイトルになっている緊急地震速報のチャイム音については、「伊福部達教授の叔父で作曲家である伊福部昭氏が作曲した交響曲《シンフォニア・タプカーラ》の、第三楽章『Vivace』の冒頭に当たる和音の部分」を元にして、2007年に伊福部教授がNHKからの依頼で制作したものだと解説しています。
 第1章「ゴジラ音楽と映像音楽四原則」では、伊福部昭氏が映像につける音楽の機能を、
(1)状況の設定:音楽によって映像の時代や状況を説明する手法
(2)エンファシス:感情表現を音楽によって増幅する手法
(3)シークエンスの明確化:ストーリーの流れ(シークエンス)を音楽によって表現する手法
(4)フォトジェニー:ストーリーとは関係なく、映像と音楽によって新たな美的価値を生み出す手法
の4つに分類し、「その原則に則って音楽設計をした」点が、他の映画音楽の作曲家と異なっている点だとしています。
 そして、甥の伊福部達氏が緊急地震速報チャイムの製作依頼を受けた際に、「地震の起きる状況を映画として捉え、チャイム音に映画音楽のようなメッセージ性を持たせたら、速やかに避難行動に移れるのではないか」と考えたことについて、四原則のうちの「(3)シークエンスの明確化」を応用したものだと述べています。
 第2章「聴覚の不思議」では、緊急地震速報チャイムの製作依頼が、福祉工学を専門とする伊福部教授に来た理由について、チャイムの製作が、「音楽と科学の両方の要素を兼ね備えていなくてはならない」ためだと述べています。
 そして、「緊急地震速報チャイムのように『危ない、逃げろ』というメッセージを伝える場合、あまり安定的な美しいメロディーは適さない」が、「あまり怖いメロディーにしてしまうと、恐怖心が強すぎて体がすくんでしまう」ことから、「緊急事態であることを察知して、速やかに避難行動を取れるようなメロディー、これが緊急地震速報チャイムの基本コンセプトとなった」と述べています。
 第5章「チャイム音の製作――課題と検証」では、NHKの会議に招かれた伊福部教授が、緊急地震速報のチャイム音に求められる条件として、
(1)注意を喚起させる音であること
(2)すぐに行動したくなるような音であること
(3)既存音いかなる警報音やチャイム音とも異なること
(4)極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと
(5)できるだけ多くの聴覚障害者に聴こえること
の5項目を提案したと述べています。
 そして、チャイム音が、「素材である《シンフォニア・タプカーラ》の音楽の要素を、メッセージ性を失わない程度に薄めて、チャイム音としての機能を高める微妙な作業」が必要であったと述べた上で、7種類のチャイム音が製作され、比較実験を行った際には、
(1)緊急性を感じるか
(2)不快感(不安感)を感じるか
(3)どこかで聴いたことがないか(ゲームの効果音や形態の着信音など)
(4)ノイズ環境下で聞き取りやすさはどうか
(5)チャイム音の速さはどうか
の5つの質問を被験者に行ったと述べています。
 第6章「福祉工学が秘める可能性」では、「緊急地震速報チャイムは福祉工学のスピンオフ(派生技術)の産物だが、結果として福祉工学を世に広めるきっかけとなった」とした上で、これをきっかけに、「大震災の危機からいち早く逃れるための警報音の役割を改めて知ってもらい、そしてその背景となる福祉工学に興味をもち、この分野に挑戦してみたいという若者が一人でも増えることを願ってやまない」と述べています。
 本書は、福祉工学という分野の面白さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 緊急地震速報の和音そのものはいわゆるジミヘンコードそのものでもあるのですが、ギターで実際に弾いてみるとなかなか気持ちが悪いものです。携帯の着信音にしている人は周りの人に迷惑なのでやめたほうがいいと思います。


■ どんな人にオススメ?

・自信とゴジラの怖さを結びつけてしまっている人。


2012年6月21日 (木)

恐竜の世界へ。 ここまでわかった!恐竜研究の最前線

■ 書籍情報

恐竜の世界へ。 ここまでわかった!恐竜研究の最前線   【恐竜の世界へ。 ここまでわかった!恐竜研究の最前線】(#2146)

  真鍋 真 (監修), ペン編集部 (編集)
  価格: ¥1680 (税込)
  阪急コミュニケーションズ(2011/7/1)

 本書は、「恐ろしいトカゲ」と名付けられ、子供から大人まで絶大な人気を誇る恐竜研究の「最新の姿」を紹介するものです。
 「恐竜・古生物たちの、『最新の姿』を追う。」では、「始祖鳥が発見された当時、あらゆる生物は羽毛さえあれば即座に鳥に分類された」とした上で、研究者が鳥のことを「Avian Theropod(鳥的獣脚類)」と呼ぶとして、「彼らは生きた恐竜なのだ」と述べています。
 また、ブラキオサウルスなどで知られる竜脚類について、「首関節の上下の可動性の幅が意外に狭い」ことが明らかになったとして、従来の復元画に描かれていたような、首を高く掲げることは不可能であったと述べています。
 さらに、恐竜だと思われがちなプテラノドンなどの翼竜について、「同じ爬虫類ではあるが、恐竜すべてに共通する骨格上の特徴」がないことから、「恐竜でも鳥類でもない、空飛ぶ爬虫類が翼竜なのである」と述べるとともに、水中生活に順応した首長竜についても、「恐竜と首長竜はちょうど、互いに哺乳類でありながら陸生と海生とに分かれた牛とクジラのように、爬虫類の親戚同士。首長竜は恐竜とは遠縁で、むしろトカゲに近い」と述べています。
 「最新技術が解き明かす、恐竜の『真実』」では、2005年3月に、ティラノサウルスの化石内部から、「血管や細胞などの軟組織」が見つかったことについて、「細胞の核にはDNAが存在し、理論上はそこからクローンを作ることができる」と述べています。
 また、2000年に、白亜紀の植物食恐竜ハドロサウルス類のほぼ完全なミイラが発見されたことについて、この歴史的な発見に貢献した地表スキャナー「ライダー」について解説しています。
 本書は、これまでの恐竜に関する知識を最前線までアップデートしてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 恐竜に関する研究が日々進展するおかげではあるのですが、毎年夏休みの恐竜博のイラストが既にフワフワとした羽毛が生えていたりします。そのせいか、道端でカラスを見ると恐竜のように見えてしまって仕方ありません。


■ どんな人にオススメ?

・恐竜研究の今の姿を見たい人。


2012年6月20日 (水)

ゲーム理論による社会科学の統合

■ 書籍情報

ゲーム理論による社会科学の統合   【ゲーム理論による社会科学の統合】(#2145)

  ハーバート・ギンタス (著), 小川 一仁, 川越 敏司, 佐々木 俊一郎, 成田 悠輔 (翻訳)
  価格: ¥5880 (税込)
  エヌティティ出版(2011/7/14)

 本書は、「行動科学各分野の分析力や視野の拡張に加え、行動科学諸分野の統合・調和・シナジーに関与しようとするもの」です。著者は、「人間が合理的である限り、あらゆる人間社会の実存を説明するに当たって、ゲーム理論は十分な理論である」とする「現代のゲーム理論を導いているさまざまな偏見のうちのひとつ」に反対し、「ゲーム理論は素敵な金槌であり、実際打ち出の小槌である。しかし、それは単なる金槌であって、社会科学者の道具箱に収まっている唯一の道具なのではない」と述べた上で、「ゲーム理論における最も根本的な欠陥は、いつどのようにして合理的な主体たちが精神的構築物を共有するかに関する理論を欠いている点である」としています。
 第1章「意思決定理論と人間行動」では、「選択問題のモデルかにおいていかに信念が重要であるかを強調するため」に、「合理的個人モデルを信念(Beliefs)・選好(Preferences)・制約(Constrains)のモデルまたはBPCモデル」と記述するとしています。
 また、プロスペクト理論について、「人々は、現在の状態から比較して利益(gain)を得たか損失(loss)を被ったかという基準に従って価値判断をしていることが示されている」として、「主観的な幸福度は所得の水準(level)そのものよりも、そのへんか(change)により深く関係している」と述べた上で、プロスペクト理論の別の解釈として、「人々はたとえ同じものでも自分が所有していないものより自分が所有しているものにより高い価値を感じる」とする「賦存効果(endowment effect)」があると述べています。
 第3章「ゲーム理論と人間行動」では、「戦略的相互作用に関わっている諸個人の行動を理解することを目的とした実験計画に対するゲーム理論の貢献」について、「行動ゲーム理論(behaviorl game theory)」と述べた上で、行動ゲーム理論において得られた主要な結果として、
(1)需要供給や市場取引における契約方式を、ダブル・オークション方式や寡占市場のようにしっかりと特定化するなら、広範な社会的設定の下で、自己のみを考慮する行為者を仮定するゲーム理論の予測は正確なものである。
(2)契約が不完備で、諸個人が、他の諸個人の行動を罰したり、報奨を与えたりする力を持って戦略的相互作用に関与しているときには、自己のみを考慮する行為者モデルに基づくゲーム理論的予測は一般に当てはまらない。
の2点を挙げています。
 そして、「行動ゲーム理論によって明らかにされている、社会的ジレンマ」における際立った行動として、
(1)強い意味の互恵性
(2)不平等会回避
2点を挙げています。
 第8章「共有知識とナッシュ均衡」では、「認識論的ゲーム理論」について、
人々がナッシュ均衡をプレイすることを保証する条件は、彼らの個人としての特徴には限られず、むしろ共通事前分布と共有知識という形式をとった共有された特徴をも含むものであることを示唆する」と述べています。
 第10章「人間の社会性に関する分析」では、「自己のみを考慮する主体の間の協力に関するもっともらしいゲーム理論的モデルを提供すること」で、方法論的個人主義に正当性を与え、「経済理論が他の行動主義的学問から独立し、それらに対する基礎理論となる可能性がある」とする試みについて、「実際にはこの試みは成功していない」とした上で、「最も有望なアプローチに必要」なものとして、
(1)社会的選好を取り入れた心理学的モデル
(2)社会的認識論
(3)多くのナッシュ均衡の中から1つを選び出し、異質な主体たちに調和のとれた形で行動させることができる関連付け装置としての社会規範分析を行うこと
の3点を挙げています。
 第12章「行動科学の統合に向けて」では、経済学、人類学、社会学、心理学、政治科学および生物学が行動科学に含まれるとした上で、これらが、心理学、社会学、生物学、経済学に根ざした4つのモデルを含んでいると述べ、「これらの4つのモデルは、説明したいことが違っているために異なっているだけでなく、両立もできない(incompatible)」だと述べています。
 そして、著者が考える「統合の枠組み」には、
(1)遺伝子と文化の共進化
(2)規範に関する社会心理学理論
(3)ゲーム理論
(4)合理的主体のモデル
(5)複雑系の理論
の5つの概念的単位があると述べています。
 そして、「ルーティンに従った選択を扱う場合の合理的主体モデルと人間の複雑な考え、ゴール形成、学習を説明するために心理学者が開発したモデルの間には基本的な相乗効果があるはずだ」と述べています。
 さらに、「心理学と経済学がもつ、意思決定に関する両者の対立を解決するため」として、
(1)心理学と経済学は慎重な意思決定とルーティン意思決定の間の違いを認識すべきである。
(2)心理学は、脳が適応度を挙げるように適応するという原理に基づいていて、ルーティン意思決定の進化を学問的枠組みの核心に取り入れるべきである。
(3)慎重な意思決定は、ほ乳類と人間の集団の社会的複雑性が高まったこのに適応した結果である。
(4)不十分にしか知られていないが人間の選択を理解する際に潜在的に大変重要な条件の下では、ルーティン意思決定は次第に慎重な意思決定に変化する。
の4点を挙げています。
 第13章「要約」では、本書の主要な主張として、
・合理的主体モデルには、諸個人間の信念の共通性を引き起こすような原理は含まれていない。
・社会システムは複雑・適応的な力学系である。社会規範は、そうしたシステムにおいて創発する性質の1つである。
・信念の共通性と相関均衡を調整する社会規範があっても、自己のみを考慮する個人は相関均衡をプレイするインセンティブを持たない。むしろ、人間は他者をも考慮する存在であることが重要なのである。
などの点を挙げています。
 本書は、互いに別々の「島」のように存在している社会科学の諸分野を結ぶ共通の原理を追った一冊です。

■ 個人的な視点から

 「ゲーム理論」自体は経済学の一分野として認識されているわけですが、その適用分野は多くの分野に渡り、生物学にとってはなくてはならないものになっていますし、多くの社会分野にとっては「経済学帝国主義」の原動力に感じられているところではないかと思います。こういう形できちんと総括することは必要です。


■ どんな人にオススメ?

・ゲーム理論で社会科学全体を見てみたいと思う人。

2012年6月19日 (火)

テクノロジーとイノベーション―― 進化/生成の理論

■ 書籍情報

テクノロジーとイノベーション―― 進化/生成の理論   【テクノロジーとイノベーション―― 進化/生成の理論】(#2144)

  W・ブライアン・アーサー (著), 有賀 裕二 (監修), 日暮 雅通 (翻訳)
  価格: ¥3885 (税込)
  みすず書房(2011/9/23)

 本書は、「テクノロジーとは何か、そしてそれがいかに進化するかを論証した」ものです。著者は、「テクノロジーの全体を扱った理論」、「テクノロジーの背後にある原理や、テクノロジーを構造化しその発展の仕方を決定づける共通のロジックに関する議論」が欲しかったと述べています。
 第1章「疑問」では、「『テクノロジー』という言葉が意味するものについての合意も、テクノロジーがどのようにして生まれたのかという総合理論も、『イノベーション』を構成するものについての深い理解も、テクノロジーにとっての進化理論も持ち合わせがない」として、「テクノロジーの理論――テクノロジーの『学(オロジー)』が存在しない」と指摘しています。
 そして、「私が解明したい問題のひとつは、確実にテクノロジーについての最大の疑問のひとつである、『どのように進化するか』だ」として、「進化を理解することができれば、この経過の中で最も神秘的な部分である、イノベーションを理解できるのだ」と述べています。
 第2章「組み合わせと構造」及び第3章「現象」では、テクノロジーについての定義として、
(1)人間の目的を達成する手段
(2)実践方法とコンポーネントの組み立て
(3)文化に役立てることが出来る装置と工学の集合体
の3つの定義を使うと述べた上で、テクノロジーの三原理として、
(1)組み合わせ原理
(2)再帰性
(3)現象を利用
の3点を挙げています。
 第4章「ドメイン――目的を達成させる世界」では、テクノロジーがまとまっているクラスターを「ドメイン」と名づけ、「ドメインはコンポーネントの任意のクラスターであり、実践法と知識の収集、組み合わせのルール、関連した思考様式とともに、装置や手法を形作るために抽出されたものだ」と述べています。
 そして、テクノロジーのドメインもしくは本体が、「言語を提供しており、そこから設計者は語句と、コンポーネントと実践法の語彙を取り出すことができる」と述べています。
 第5章「エンジニアリングとその解決法」では、「テクノロジーをひとかたまりで存在している単独の対象物としてではなく、内部構造を持つもの」だと捉えることで、「私達のテクノロジーの理解に違いをもたらす」として、
(1)どのようにしてテクノロジーはその寿命の間に自らを変化させるのかに関係するもの。
(2)私達がテクノロジーの可能性をどう見るかに関係してくるもの。
の2点を挙げています。
 そして、「設計とは、解決法を選ぶことだ。したがって、それは選択の問題」であり、「テクノロジーのすべての部分が重量や性能、コストなどによって厳しく縛られている」にも関わらず、「制限は解決すべき問題をより複雑にするため、その仕事を果たすためにより多くの部分が必要になる」と述べています。
 また、「エンジニアリングにおける問題解決のプロセスは、斬新な解決法を――斬新な組み合わせを――生み出」し、「その後、この中からよりよいものが選択され、実際のテクノロジーを通じてダーウィン流に広まっていく。その中には、次のテクノロジーの構成要素になるものもある」と述べています。
 第6章「テクノロジーの起源」では、「発明がどのように生み出されるのか」について、「テクノロジー形成の中核にあり、経済機構と繁栄の基盤を築きあげてきた何十年にも渡る過程の中核にあるものは、謎のままである」とした上で、「科学における、あるいは数学における発見が基本的にテクノロジーにおける発明」に共通する理由として、「3つとも目的のある体系――広く解釈すれば、目的のための手段――であり、それゆえ同じ論理に従うからである」と述べています。
 第7章「構造の深化」では、テクノロジーが限界を乗り越えるには、
(1)基本性能を高め、
(2)変更や例外的な環境を検討して対応することが可能で、
(3)幅広いタスクに適応し、
(4)安全性と信頼性を強化するような下位システムやアセンブリを追加するの4点が必要だと述べています。
 第9章「進化のメカニズム」では、「テクノロジーを取りまとめるという作業そのものに細かく眼を配っていくと、テクノロジーが自己創出する過程の縮図をみることができる」と述べています。
 第10章「テクノロジーの進化に伴う経済の進化」では、「経済」を「社会が自身のニーズを満たすための調整と活動の集合」と定義した上で、「経済とは、そこにあるテクノロジーから出現する(あるいは湧き上がる)のだ」として、「経済はテクノロジーの変化に応じて再調整を図るだけではなく、テクノロジーが変化するのに応じて連続的に形成と再形成を行うのである」と述べています。
 第11章「テクノロジー――この創造物とどう共存するか」では、「テクノロジーは人間の生活の方向を定めるという見解と、私達の生活を恵まれたものにするという見解は、同時に成り立つ」が、「両者は不安や継続的な緊張感を引き起こし、私達のテクノロジーに対する姿勢やテクノロジーを取り巻く政治にまで及ぶ」と述べています。
 本書は、「テクノロジー」と一言でくくられてしまうものが、どのような構造を持っているのかを突き詰めた一冊です。


■ 個人的な視点から

 多くの人にとってはテクノロジーやイノベーションは所与のものとして考えられがちですが、それがどのように生まれて発展していくのかをまじめに考えだすと結構骨だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・イノベーションがどのように生まれるのかを知りたい人。


2012年6月18日 (月)

「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる

■ 書籍情報

「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる   【「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる】(#2143)

  藤田 一郎
  価格: ¥1680 (税込)
  化学同人(2007/5/20)

 本書は、「『見ること(視覚)』の本質は、眼底に写った像を網膜の細胞が生体の電気信号に変換した」後、「脳が、網膜から送られてきた情報に基づいて、目の前にどのような世界があるかを知る過程」であるとして、「視覚という心のできごとの本質」を追ったものです。
 第1章「見るなんて、心のうち?」では、「『見る』ことは現象としてふしぎで複雑であり、また、『見る』ことを実現するためには脳によるとてつもなくたくさんの仕事が必要とされている」と述べています。
 第2章「知覚と行動のつじつま」では、盲斑、視覚物体失認、相貌失認、視覚性運動失行などの症例を挙げた上で、視覚について、
(1)「見たものが何であるかがわかる」という家庭と、「見たものに対して働きかける」という過程は別であり、脳の別の場所で担われている。
(2)近く意識と行動の乖離が起きている
の2点を挙げています。
 第3章「見るための脳の仕事」では、「脳がものを見ているときにどのような情報処理をしなくてはならないか」について、「『見える』という主観経験をつくりだすこと」に関しては、「情報処理の内容との関係がいっこうに明らかではない」と述べています。
 第4章「見る脳を覗く」では、「網膜で捉えられた視覚情報が活動電位列として、外側膝状体、V1野」そして、「視覚経路を脳の奥へと伝わっていくにつれ、どのように変換されていくのか、これらの領域それぞれの中でどのようなことが起きているのか、それらの出来事が私達や猿の視知覚や視覚認識にどう関わっているのかを追求しているのが視覚脳科学である」と述べています。
 そして、頭頂葉経路と側頭葉経路の「2つの視覚経路で見つかるニューロンの性質には明白なちがいがある」として、前者には、「視覚刺激の動きや自身の動作に反応するニューロンがある一方、形や色にはあまり選択性を示さない」一方で、後者には、「形や色などの物体の特徴に反応するニューロンが多く含まれる」と述べています。
 第5章「心をつかさどるニューロン活動を求めて」では、「網膜に投影された刺激像だけでは説明できず、心の中で生じている『主観的見え』を考慮して初めて説明がつくようなニューロン活動は、『意識の神経相関(neural correlate of consciousness)』と呼ばれる」と述べています。
 本書は、「見る」とは一体どういうことなのかを、解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 一般的には「見る」ことは簡単なことだと考えられていますが、どうやら人間の眼と脳はビデオカメラとはぜんぜん違うものを見ているようです。


■ どんな人にオススメ?

・物を見るとはどういうことかを知りたい人。


2012年6月15日 (金)

瞬間説得―その気にさせる究極の方法

■ 書籍情報

瞬間説得―その気にさせる究極の方法   【瞬間説得―その気にさせる究極の方法】(#2142)

  ケヴィン・ダットン (著), 雨沢 泰 (翻訳)
  価格: ¥2,835 (税込)
  NHK出版(2011/6/23)

 本書は、「たちまち相手の注意をひきつけたり、こちらの言うなりにしたりする」といった「瞬間説得」、すなわち、「時間のかからない変化の仕組みを生物の本能に即して」調べるとともに、「多くの研究者が進めてきた影響力の研究から、『人の気持ちが変化する』部分に着目してエッセンスを取り出し」たものです。
 第1章「本能に注目しよう」では、「瞬間説得者」を目指すなら、「正しい種類の資質を見せる必要」があるとして、「自信と共感」を挙げています。
 そして、動物の説得の秘密として、「影響力の基本ユニットは動物行動学者が鍵刺激と呼ぶもの」だと述べ、「先天的で、即効性があり、鋭利で、たちまち状況を決定し、認知に与える影響も最小限で」済ませるとしています。
 第2章「赤ちゃんには逆らえない」では、「生まれたばかりの赤ん坊は説得マシンです」として、「新生児が小さな指で人に捕まって影響を及ぼし、人を意のままに動かす能力には誰もかないません」と述ベた上で、
(1)すぐれた音響効果の鳴き声を出す能力
(2)悪魔的な愛らしさ
(3)視線を合わせたときに催眠術をかける能力
の3点を挙げています。
 第3章「脳の衝動性を利用する」では、「高レベルの"代表性および利用可能性ヒューリスティック"が含まれた"概念的な"鍵刺激に本能的に反応し、結論に飛びついてしまうわたしたちの頑固な傾向は、社会的影響力を自在に操る危険な男たちに、あっさり利用されてしまいます」と述べています。
 そして、「進化は、一方では、わたしたちの脳に追い越し車線をプログラミングしました。"代表性もしくは利用可能性ヒューリスティック"といった認知の働きによって」と述べた上で、「進化はまた別の、さらに専門的な種類のプログラムを脳に装備しました。組み込んだのは、世界を理解するため、データを意味に、偶然や不揃いなものをパターンに変換する装置です」と述べています。
 第6章「瞬間説得のメカニズム」では、「すべての影響力を統合する影響力」として、
(1)単純性(simplicity)
(2)私的利益感(perceived self-interest)
(3)意外性(incongruity)
(4)自信(confidence)
(5)共感(empathy)
の5点を挙げ、それぞれの頭文字をつないで「スパイス」と述べ、この中で、「光り輝く中心を占めるのは意外性です」としています。
 第7章「サイコパスの能力」では、共感には、
・熱い共感:感情を伴い、"共有する"体外感覚(ソマトセンサリー)の脳回路と扁桃体を、私たち自身が仕事を遂行する場合と全く同じように動かす。
・冷たい共感:他の人が考えていることを、認識的に冷静に、測る能力であり、前頭傍帯状皮質、側頭極と上側頭溝に作用する。
の2種類があると述べています。
 また、「サイコパスが全て刑務所に入っているわけではない」として、「多くは職場にいて、法律を遵守する人々」であり、彼らが、「訴訟、大事業、武力を行使する集団、マスコミといったハイリスクな世界で優れた力を発揮」している理由として、普通の人なら過酷な耐え難い重圧を感じる局面を、楽しみ自信があるから」だと述べています。
 そして、「重圧下の冷静さ、いわば頭に高性能のエアコンを装備しているサイコパスは、完璧に説得に向いています。感情を処理する脳の扁桃体があまり機能せず、それに伴う恐怖心が欠如していることがリスクを取らせます。彼らは因習に妨害されずに結果に集中し、私達には想像もつかない手を打つのです」と述べています。
 本書は、生物としての脳の機能の観点から、説得の秘密を明らかにした一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、タイトルを見るとなにやら交渉術のように見えますが、本書を読んで直接、交渉の場面に応用できる人は僅かではないかと思います。とは言え、人間の脳の仕組みを知るのは人を説得する上でいつかは役に立つのではないかと思いますが。


■ どんな人にオススメ?

・人の気持ちを思いどおりに操りたい人。


2012年6月14日 (木)

マンガの遺伝子

■ 書籍情報

マンガの遺伝子   【マンガの遺伝子】(#2141)

  斎藤 宣彦
  価格: ¥798 (税込)
  講談社(2011/12/16)

 本書は、戦後日本の複数のマンガ作品に対して、いくつかの「モノサシ」または「補助線」を当てることで、「かけ離れて見える複数の作品」をつないだものです。
 第3章「ギャグは突出する」では、さくらももこの『ちびまる子ちゃん』について、「幼年向けマンガにおける鉄則をいくつか破っている」として、
(1)主人公にはかっこよさ・かわいらしさなどの魅力があること
(2)人物の見分けがつきやすいように
(3)絵はくっきりと、閉じた線で描く
(4)主人公の視線に寄り添う。急に視点を切り替えない
(5)複雑なコマ構成にしない
の5つの鉄則を挙げています。
 第4章「速度の表象、アロマの輪舞」では、手塚治虫が、「自分の活気となるような作品(約10年ごと)を、クルマの疾走シーンから始めた作家」だとしたうえで、『新寶島』『新宝島』遺骸は、「どれもその疾走が悲劇に結びついているところも興味深い」と述べています。
 第5章「少女誌と『青女』誌と青年誌 たとえば『ヤンマガらしい』描線とは何か」では、「少女は花を背負う。花を吐く乙女もいる」、「少年・青年は迫力に応じて巨大化する」として、「マンガでは、空間の詐術が多用される。簡単に空間が歪むのだ」と述べています。
 また、太宰治の『人間失格』の主人公がマンガ家であることについて、「日本の純文学分野において、マンガ家を主人公に据えて一番売れている作品」だと述べています。
 本書は、日本のマンガ作品の進化の系譜をたどった一冊です。


■ 個人的な視点から

 太宰治の『人間失格』の主人公が漫画家だということを初めて知りました。ちょっと読んでみたいです、「セッカチピンチャン」。50年くらい後の世界の人から見ると、全て手描きで書いている「漫画家」という職業はどんなものに見えるのか想像がつきません。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の眼で漫画を見てみたい人。


2012年6月13日 (水)

でこぼこした発達の子どもたち

■ 書籍情報

でこぼこした発達の子どもたち   【でこぼこした発達の子どもたち】(#2140)

  Carol Stock Kranowitz (著), 土田玲子 (監修), 高松綾子 (翻訳)
  価格: ¥2,520 (税込)
  すばる舎(2011/6/22)

 本書は、「感覚統合障害」について、「様々な視点から理解すること」が、「障害を抱える子どもや生徒たちのことをさらによく理解することにつながる」ことを目的としたものです。
 第1章「まわりで、こんな子みかけませんか?」では、感覚統合障害について、「体の様々な感覚から受け取る情報をうまく使うことができないために、日常生活のできごとに対して、スムーズに対応できない障害」だと定義し、
・ビクビクちゃん:感覚が非常に敏感
・ノンビリちゃん:感覚が非常に鈍感
・モットちゃん:感覚の刺激を非常に求める
・ワカンナイちゃん:感覚刺激の識別が難しい
・グニャグニャちゃん:姿勢の問題を持つ
・モタモタちゃん:器用さの問題を持つ
などの例を挙げています。
 第2章「感覚と体の動きは、どうつながっているの?」では、「感覚情報処理」について、「からだの感覚器官を通して体内や周囲の世界から取り入れた『日常生活に必要な感覚情報』を整理する機能」だと述べた上で、「感覚統合障害がある」ことは、「脳に損傷や病気がある」という意味ではなく、「脳が消化不良を起こしている」、または「脳の中が交通渋滞になっている」状況を言うと述べています。
 第4章「前庭感覚の情報処理がうまくいかないと…」では、前庭感覚(平衡感覚)を、「『どちらが上でどちらが下か』、『今、自分は直立しているのかどうか』といったことを私達に教える感覚」だとした上で、「すべての感覚の基盤となる前提感覚系を通して、私たちはこの世界の中で、自分の存在や自分の立場というものを感じることができる」と述べています。
 第8章「診断とセラピーを受ける」では、「こんな場合は間違いなく支援が必要」だとして、
(1)子どもの抱える問題が、その子自身の生活の妨げとなっている場合
(2)子どもの抱える問題が、周りの人の迷惑となっている場合
(3)園や学校の先生、小児科医、友人から支援を求めるようにアドバイスされた場合
の3つの診断基準を挙げています。
 第9章「家庭生活をよりよくするために」では、「感覚統合障害を持つ子に対して、その子の神経系の問題に対処したり、神経系が必要とする特定の感覚を満たしてあげたりする活動のこと」である「感覚統合ダイエット」似つて、「気分が高まり機敏になる活動」と「調和のとれた行動を促す活動」の組み合わせでできていると述べています。
 本書は、家庭生活や学校生活の中で現れる感覚統合障害について、事例を挙げながらわかり易く解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 小さな子供の不安定な発達を、感覚の情報処理がうまくできない状態、と説明しているのはすごく納得がいきました。今まで「個性」の一言で片付けられていた子供の様々な問題を冷静に見るためには必要な視点なのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・子供のいろいろな問題に頭を悩ませている人。


2012年6月12日 (火)

アニマルスピリット

■ 書籍情報

アニマルスピリット   【アニマルスピリット】(#2139)

  ジョージ・A・アカロフ, ロバート・シラー (著), 山形 浩生 (翻訳)
  価格: ¥2,310 (税込)
  東洋経済新報社(2009/5/29)

 本書は、「行動経済学という新興分野を活用して、経済の本当の仕組みを記述する」ものです。著者は、ケインズが、「ほとんどの経済活動が合理的な経済動機から生じることは認めた」が、「多くの経済活動がアニマルスピリットによって動かされていることも指摘した。人々には経済遺骸の動機もあるのだ。そして人々は、自分の経済的利益を常に合理的に追求しているわけでもない」と述べています。
 「はじめに」では、「経済の仕組みと、それを管理して反映する方法を理解するには、人々の考え方や感情を律する思考パターン、つまりアニマルスピリットに注目しなければならない。重要な経済的できごとを本当に理解するには、その原因が専ら心理的な性質のものだという事実を直視するしかない」と述べた上で、本書の第1部において、「アニマルスピリットの5つの側面について、またそれが経済的意思決定にどう影響するかを記述する」として、
(1)安心
(2)公平さ
(3)腐敗と背信
(4)貨幣錯覚
(5)物語
の5点を挙げています。
 第2章「公平さ」では、「公平さの研究は、公平さに対する配慮の影響が合理的な経済動機の影響よりも大きいという可能性を強く示唆している」と述べた上で、「衡平理論」と呼ばれる「交換の社会心理学理論」が、「取引のどちら側でも、投入した分と得られる分とは等しくなるべきだ」と主張していると述べています。
 そして、「公平さへの配慮は、経済的意思決定における大きな動機付けとなっていて、我々の安心感や、みんなと一緒にうまく働ける能力と関わっている」として、「われわれは、こうした動機付けが経済的議論で低い地位しか与えられないなら、それを正当化する理由を出せとしつこく主張する」と述べています。
 第3章「腐敗と背信」では、「一部の経済的な変動の原因は、明らかな腐敗の普及度とその容認度の変化に求めることができる。もっと重要な点として、背信の蔓延度も時間とともに変化する。背信とは、形式的には合法でも悪い動機を保つ経済活動のことだ」と述べています。
 第4章「貨幣錯覚」では、「現代マクロ経済学で最も重要な想定の一つは、人々がインフレのヴェールを見通すというもの」だが、「これはかなり極端な想定のようだ」とした上で、「賃金契約、価格設定、債権契約、会計の性質を考えると、全く納得の行かない想定でもある」と述べ、「こうした契約は、物価スライド制にすればインフレのヴェールを簡単にぬぐい去れる」が、「そうした契約の当事者たちは、ほとんどの場合はそうしたがらない」と述べています。
 第5章「物語」では、人類が、「内的な論理や力学をもったひと続きの事象で統合された全体として見えるようなものに頼りたがる」ため、「人間の動機の相当部分は、自分の人生の物語を生きることから生じている。それは自分が自分に言い聞かせる物語であり、それが動機の枠組みとなるわけだ」と述べています。
 第6章「なぜ経済は不況に陥るのか」では、「アメリカ史上最大の2つの不況を特徴づけていたのは、経済における安心感の根本的な変化、反社会的なレベルまで利益追求を推し進める意欲、貨幣錯覚、経済的な公平さについての認識の変化だった」と述べています。
 第8章「なぜ仕事の見つからない人がいるのか?」では、労働市場についての物の見方が、「伝統的な経済的議論より単純であると同時にもっと複雑だ」として、「これが複雑なのは、厳密に経済学的なモデルよりも、従業員のやる気をもっと現実的な形で扱っているからだ。そして単純なのは、賃金が少なくとも部分的には従業員たちが公平だと思うものに依存していることを表現できるし、その公平な賃金はほぼ確実に、市場のさばける賃金よりも高いからだ。それはまた、なかなか変わらない」と述べています。
 第10章「なぜ未来のための貯蓄はこれほどいい加減なのか?」では、「一見すると落ち着かない貯蓄の性質、人々が貯蓄できないこと、貯蓄が枠組み次第で敏感に変わること」は、「すべて、経済学者たちが現在、貯蓄判断について語っていることから逸脱しているという点でおどろくべきものだ」と述べています。
 第11章「なぜ金融価格と企業投資はこんなに変動が激しいのか?」では、「事業者たちは、未来について根本的な不確実性を抱えたまま決断を下す」とした上で、「事業――少なくとも成功事業――の原動力は、未来を創り出す興奮だ。そして経済全体にとって重要なのは、成功事業だ。成功事業を創り出した投資判断は、そのビジョンにとっては偶発的なものでしかない」と述べています。
 第14章「結論」では、「本当の問題は、これまで何度も見たように、現在の経済学の相当部分が根底に持っている通念だ。マクロ経済やファイナンスの専門家のあまりに多くが、『合理的期待』や『効率市場』の方向性を推し進めすぎて、経済危機の根底にある最も重要な力学を考えなくなっている。アニマルスピリットをモデルに導入しないと、問題の本当の原因が見えなくなってしまうのだ」と述べた上で、「こうしたアニマルスピリットの世界は、政府が踏み込む機会を与えてくれる。政府の役割は、アニマルスピリットを創造的に活用して、もっと大きな善に奉仕させることだ。政府はゲームのルールを設定しなくてはならない」と述べています。
 本書は、経済を動かす根源的な動機は何かを見つめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「レモンの経済学」で有名なアカロフ先生が、最新の行動経済学を使って不況の原因を分析している本書は、さすがに昔ほど野心的な内容ではないにしても安心して読める安定感があります。踏み込みが物足りないという人は若い人がこの分野でどんどん書いていますのでそちらを読んでみてはいかがでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・手堅く最新の経済学をキャッチアップしたい人。


2012年6月11日 (月)

スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実

■ 書籍情報

スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実   【スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実】(#2138)

  有元裕美子
  価格: ¥1,890 (税込)
  東洋経済新報社(2011/4/22)

 本書は、「スピリチュアルや関連ビジネスについては肯定も否定も」せず、「すでにスピリチュアル市場が顕在化しており、かつ、急速に拡大しているという現状から、ビジネスとしてもはや無視できないという立場」からスピリチュアル・ビジネスを解説したものです。
 第1章「スピリチュアルとは?」では、スピリチュアルを宗教や超自然現象に現地せず幅広く捉えるとして、「目に見えず、測定も可視化もできないエネルギーや、それが引き起こす現象の総称」であるとしています。
 そして、日本人が、「スピリチュアルなことのすべてを否定しているわけではないが、かと言って、信じきっているわけではない」とした上で、「スピリチュアル消費には、スピリチュアリティ(霊性)やスピリチュアルな現象を信じることや、スピリチュアル・ビジネスの効果を期待する想像力が前提となる」と述べています。
 第2章「急成長するスピリチュアル・ビジネス」では、スピリチュアル・ビジネスを、「現代科学では説明のできない超越的な作用による精神的満足を訴求するビジネス」と定義した上で、「個々の事業者(施術者)を組織化する動き」が出始めているとして、
(1)コンベンション(展示会)
(2)紹介・斡旋など占い師やヒーラーと利用者の仲介ビジネス
の2点を挙げています。
 そして、「CAM(相補・代替医療)の中でも、合理的な米国人に特に受け入れられやすいもの」として、「理論体系が比較的整備されている中医学の鍼灸や風水」を挙げ、風水が米国において浸透した理由として、
(1)中国の文革時の人材の放出
(2)アジア系住民の人口増大、消費者としての存在感の増大、社会での影響力の増大
(3)風水の認知が進んだ結果、風水鑑定が店舗開発などの経費の一環として企業の会計から支出される
の3点を挙げています。
 第3章「データに見るスピリチュアル・コンシューマー」では、スピリチュアル・ビジネスを利用する際に念頭に置いている悩みとして、商品・サービスによって、
・「恋愛、結婚」が特に多いもの
・「心身の不調、疲れ、エネルギーの乱れの改善」が特に多いもの
に大別できるとして、「人間関係やライフステージ上の決定などについて相談する人が周囲にいない場合、その代替需要が高まる」と述べています。
 そして、「人の目が気になる」ヒトのスピリチュアル・ビジネス利用が多いことから、「スピリチュアル・ビジネスが、高い理想と実際の自分とのギャップを埋めるための手段として用いられている」と述べています。
 また、スピリチュアル・マーケットの消費パターンとして、
(1)御利益期待層
(2)暇つぶし・気晴らし層
(3)恋愛相談層
(4)疲労・不調回復層
(5)精神性重視層
の5つを挙げ、その情報流通チャネルとして、インターネット、口コミ、スピリチュアル系雑誌等を挙げています。
 さらに、スピリチュアル消費につながる需要側の主な要因として、
(1)利用者の性格や精神的要因
(2)利用のきっかけ
(3)それらに影響を与える社会的要因等
の3点を挙げるとともに、供給側の要因として、「スピリチュアル・ビジネスのカジュアル化や、厳しい競争の中から生まれた商品力の高いコンテンツの投入などが、消費をこれまで以上に喚起した」と述べています。
 第4章「スピリチュアル・ビジネスのゆくえ」では、「スピリチュアル・ビジネスには、メカニズムが解明されていない、それゆえにエビデンスがないという根本的な課題があるため、現状では、業界全体の信頼性がまだ高まっておらず、企業がなかなか参入しづらい分野である」ため、「よほどエンターテイメント的な訴求をしないと、企業やブランドのイメージが低下するおそれがある」とともに、「過大な効果を謳って多額の報酬を要求する悪徳業者も問題となっている」と指摘しています。
 本書は、スピリチュアル・ビジネスを比較的冷静に分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 テレビ番組とか電車のドア横の広告とかでお馴染みのスピリチュアルもの。根拠のなさとどういう人が買っているか、という点では『片付けの何とか』などと買っている人は同じなのでしょうが、本書のように、「いかにしてそういうカモからお金を引き出すか」という戦略を立てる上でのデータを提供してくれる本は貴重だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・スピリチュアルにかこつけてお金を稼ぎたい人。


2012年6月 8日 (金)

文化遺産の眠る海: 水中考古学入門

■ 書籍情報

文化遺産の眠る海: 水中考古学入門   【文化遺産の眠る海: 水中考古学入門】(#2137)

  岩淵 聡文
  価格: ¥1890 (税込)
  化学同人(2012/3/28)

 本書は、「沈没船や海底都市などに代表されるような水中文化遺産を研究する学問」である「水中考古学」を解説したものです。これは、「考古学や人類学だけではなく、歴史学、地理学、法学、工学、化学、海洋学など非常に多岐にわたる学際的な学問領域にまたがる複合研究分野」であるとしています。
 第1章「水中文化遺産と水中考古学」では、ユネスコの「水中文化遺産保護条約」によれば、「水中文化遺産とは文化的、歴史的、または考古学的な性質を有する人類の存在のすべての痕跡であり、その一部または全部が定期的あるいは恒常的に、少なくとも100年間水中にあった次の3つのもの」だとして、
(1)遺跡、構築物、建造物、人工物および人間の遺骸で、考古学的及び自然的な背景を有するもの・・・元来は陸上にあったそれが何らかの理由により海底や湖底に沈降してしまったもの、元からその場所に存在していたもの
(2)船舶、航空機、その他の乗り物もしくはその一部、その貨物あるいはその他の積載物で、考古学的及び自然的な背景を有するもの・・・沈没船
(3)先史学的な性格を有するもの・・・海没してしまった古代人の貝塚や石切丁場址
の3点を挙げています。
 そして、「水中文化遺産に対して地方自治体や国の保護が行き届いていないことを逆手にとって、これら遺構の破壊を虎視眈々と狙うトレジャー・ハンターやサルベージ業者が常に見え隠れしている」と述べています。
 また、水中考古学に最も期待されている部分として、「船舶の構造史への寄与」を挙げ、「昔の船の構造はよくわかっていない」ことを指摘しています。
 さらに、「水中文化遺産の起源国の優先的権利」が複雑な状況を生み出すとして、海底資源探査をした際に、その付近で他国を起源国とする水中文化遺産が発見された場合には、「その他国の権利を尊重し、その他国の意見をも聞きながら、その水中文化遺産の調査が開始される」ことを指摘しています。
 第2章「水中遺産は誰のもの?」では、ユネスコの「水中文化遺産保護条約」が「水中文化遺産の商業的な利用を厳禁している」ことを挙げています。
 そして、「伝統社会の慣習では、難破船からの漂流物や積荷などは、その難破船が自国のものであろうが他国のものであろうが、その発見者や獲得者に所有権が付与されるというのが一般的であった」として、「17世紀初頭に、千葉の御宿にスペインのガレオン船が漂着した際にも、地元の人々による積荷の略奪が行われた」と述べています。
 また、「日本では、100年前以前の水中文化遺産であろうがなかろうが、地元の教育委員会が文化財ではないと判断すれば、当該水中文化遺産は水難救護法でいうところの沈没品となってしまう」と指摘しています。
 第3章「水中考古学の方法」では、「研究者とは全く関係のない、漁業関係者や海岸付近の住民などからの通報によって、まずは水中文化遺産の存在が確認されるという例がほとんど」であり、「水中文化遺産の発見が必然よりもむしろ偶然の産物となっている」と述べています。
 そして、水底に存在する水中文化遺産の確認方法として、
(1)直接観察
(2)音響観察
(3)画像観察
の3点を挙げています。
 第4章「世界の水中考古学」では、中国が、「国医をあげて海洋における次異国の権益拡大に邁進している」として、「その海洋政策の中心の一つに水中文化遺産研究を打ち立て、自国の沈没船が存在する他国の領海に対しても一定の発言権を持つという立場を明確にしつつある」と述べています。
 第5章「日本の水中考古学」では、日本の水中考古学研究が、1990年代に一時的な停滞期を迎えた背景として、
(1)トレジャー・ハンターの影
(2)日本国内の大学もしくは大学院において水中考古学あるいはそれに関連した講座が一つも開設されなかった
の2点を挙げています。
 本書は、学術研究以上に生臭さがある水中考古学を解説した一冊です。

■ 個人的な視点から

 スチーブンソンの『宝島』を読んできた、または東京ムービーのアニメを見て育った世界の人間にとっては、失われた海底の秘宝を探すトレジャーハンターは憧れの職業でもあるのですが、文化財保護という観点からは海底の金塊は勝手に見つけてはいけないようです。


■ どんな人にオススメ?

・海底の沈没船からお宝を見つけることを夢見ている人。


2012年6月 7日 (木)

脳とセックスの生物学

■ 書籍情報

脳とセックスの生物学   【脳とセックスの生物学】(#2136)

  ローワン・フーバー, 調所 あきら
  価格: ¥1575 (税込)
  新潮社(2004/2/27)

 本書は、「The Japan Times」紙に連載されたコラム「Natural Selections」を元に加筆訂正を経て訳出されたものです。
 第1章「性と生殖」では、マメゾウムシのオスのペニスに「恐ろしいトゲが何本も並んでいて、交尾中にメスの生殖管をひどく傷つける」こpとについて、「メスの卵子を受精させる競争では、特定のオスの精子を使うようメスに仕向ける仕組みがあれば、たとえどんなものであれ、その仕組が自然選択によって選ばれていく」として、「メスを傷つけることで、オスは、メスが次に交尾するまでの間隔を長引かせているようだ」としています。
 また、「脊椎動物の免疫システムで特に重要な遺伝子群は、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)と呼ばれるグループに属している」として、被験者の女性たちに、別々の男性の汗が染み付いたTシャツの匂いを選ばせた実験で、「女性たちが選んだのは、自分と最も異なるMHC遺伝子を持つ男性が着たTシャツの匂いだった」と述べています。
 第3章「ヒトの妊娠」では、「老化とは、生存のチャンスと生殖のポテンシャルが歳を重ねるにつれて下落することである。それにはさまざまな理由がある。年をとるに従って"悪い遺伝子"(科学の用語では、"有害遺伝子"という)がスイッチオンになるため。あるいは生殖にエネルギーを費やした結果、オイルに従って、擦り切れ傷んだ組織を修復するのに使えるエネルギーが少なくなるため」と述べています。
 第6章「人類進化」では、「男性は背が高ければ高いほど」配偶者と子どもを獲得しやすいのに対し、「平均より背の低い女性」にも同じ傾向が当てはまることについて、「男性が平均身長より低い女性を好む傾向があるのは、彼女たちがより多産であることを(潜在意識的に)理解するからだ。サバンナでアンテロープ狩りをしながら暮らしていた時代にも、背の低い女性はすでに性的成熟に達している可能性が高かったのである」と述べています。
 本書は、ヒトにとっても、それ以外の生き物にとっても重要なトッピックスをたくさん紹介してくれる一撮です。


■ 個人的な視点から

 人間が避けがちな話題である「性」に着目して人間を見ると、この部分こそ、他の生き物と並べた時に人間を理解する鍵になるかもしれないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・人間は「獣」とは違うものだと思う人。


2012年6月 6日 (水)

発達障害のいま

■ 書籍情報

発達障害のいま   【発達障害のいま】(#2135)

  杉山 登志郎
  価格: ¥798 (税込)
  講談社(2011/7/15)

 本書は、「一臨床医が子ども臨床という狭い視野の中から見出した、これまで専門家にすら十分に知悉されていなかった新たなテーマを取り上げ、まとめたもの」です。
 序章「母子並行治療をおこなったヒナコ」では、本書で検討するテーマについて、
・自閉症スペクトラム障害と診断された子どもの親に、非常に質的に似たところがある人がしばしば見られること。
・お父さんも、お母さんも、社会的な苦手さをはじめとして、子どもとよく似た部分はたくさん持っているが、明らかに○○障害といった診断基準を満たすだけのはっきりとした所見は、幼児期までさかのぼっても認められないこと。
・ふたりともうつ病になったこと。
・ふたりとも、これまでの人生の中で、今日なら子ども虐待と判定されてもおかしくない体験を抱えていること。
などの点を挙げています。
 第1章「発達障害はなぜ増えているのか」では、「自閉症スペクトラムにおいても、複数の原因によって発病する『多因子モデル』が適合することは疫学調査の中で示されている」とした上で、「低出生体重は様々な発達障害、後で述べる発達凸凹の要因になる。低出生体重にもっとも関係するのは胎盤の重さである。この胎盤の重さに関係が認められるのは、母親の年齢ではなく、父親の年齢なのだ」として、「自閉症スペクトラムをはじめとする認知の凸凹は年齢が高い父親においてリスクが上がるのである」と述べています。
 第2章「発達凸凹とは」では、「発達凸凹とは、認知に高い峰と低い谷の両者を持つ子どもと大人である。そして、協議の発達障害とは、発達凸凹に適応障害が加算されたグループである」と述べています。
 第3章「発達凸凹の可能性」では、「天才や偉人を自閉症スペクトラムという視点から見ると、少なからずの人がこのグループに入るかかもしれないということは、一般人口のなかのアスペルガー症候群の予想以上の広がりが認識されるにつれて、最初は密かに、徐々に堂々と言われるようになってきた」と述べています。
 そして、「言語を中心とした認知機能が優位なグループを聴覚言語優位型と呼び、映像イメージによる認知のほうが優位なグループを、視覚映像優位型と呼ぼう。すべての人は、このどちらかのグループに属するが、視覚映像優位型は発達凸凹をともないやすい」と述べた上で、「聴覚言語優位型の人々の中にも発達凸凹の人がいて、その場合には独特の視覚映像認知の欠落を抱えることがある。その代表は人の顔の識別が苦手という『相貌失認』である」としています。
 また、「確かに『アスペ』系の人は本当に多い。とても優秀で、記憶力と操作力に優れ、社会性に少し問題があり、一方悪意はない」として、「我が国においても、『アスペ』系の人々によって、世の中が進んでいる部分があるのではないか」と述べています。
 第4章「トラウマの衝撃」では、「トラウマこそが糖尿病における肥満に相当する、発達障害の最大の増悪因子なのだ」とした上で、知的に高い自閉症スペクトラム障害が子ども虐待の高リスクになる要因として、
(1)診断が遅れやすいこと、そして未診断の状況での愛着形成の遅れは、養育者側に非常に強い欲求不満を作ること。
(2)親もまた自閉症スペクトラムという場合が少なくないこと。
の2点を挙げています。
 そして、被虐待児にとって、虐待の体験が、対人関係の基盤を作る記憶となってしまうことを「虐待的絆」と述べ、父親のDVが錠剤化した家庭に育った娘が、結婚をすると、かつての父親のような暴力的な夫と一緒になり、今度は自分がDVを受け、子どもたちを虐待する側になってしまうとして、「いくら忌避される記憶であっても、子どもたちにはそれこそが生きる基盤になっているからなのだ」と述べています。
 第5章「トラウマ処理」では、「一番の難物は、実は被虐待の子どもではない。加虐側の親で、解離性障害を伴ったグループである」として、親も多くが元被虐待児であり、きちんとした治療を受けていないと述べています。
 第9章「未診断の発達障害、発達凸凹への対応」では、「未診断の大人の発達障害という問題が混乱する理由は、発達障害と発達凸凹の混同から来ている」とした上で、「凸凹レベルであっても、凸凹レベルであればなおのこと、健常と呼ばれている人々とは異なった戦略で、いわば脳の中にバイパスを作って、適応を図るということを行なっている」が、「しばしば誤学習が入り込み、本人はそれに気づかないといったことが実にしばしば起こる」と述べています。
 そして、大人の発達凸凹レベルの人達に特徴的な問題として、
(1)二つのことが一度にできない。
(2)予定の変更ができない。
(3)スケジュール管理ができない。
(4)整理整頓ができない。
(5)興味の偏りが著しい。
(6)細かなことに著しくこだわる。
(7)人の気持ちが読めない。
(8)過敏性をめぐる諸々の問題。
(9)特定の精神科的疾患の注意。
(10)クレーマーになる。
の10点を挙げています。
 本書は、まさに子どもこそが「親の鏡」であることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 個人的には、今になって自分の子供の頃を振り返ると、「アスペ」っぽい傾向が相当に当てはまるのではないかと思ってしまい、翻って現在の自分を客観的に見るとそういう傾向は色濃くありつつも、長年の生活の中で色々と知恵をつけて社会生活上で困らないための工夫をしてみたり、一方で、大丈夫そうな分野にはこだわりの強さを隠さずに発揮したりとしてるようにも思えます。
 自分の周囲で「この人はすごい!」と思える人をひとりひとり思い浮かべてみると、「人間として非の打ちようがない完璧な人」というよりも、自分の得意な方面には突出した集中力を見せるけれど、その他の部分はなんとなく変な人、という人が多いような気がします。
 人と違うということは、学校ではいじめられる要素ではあるわけですが、社会に出ればそれこそが強みになりうるわけで、あまり悲観しなくてもいいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・自分が人と違うことを気にしている人。


2012年6月 1日 (金)

Amazonランキングの謎を解く: 確率的な順位付けが教える売上の構造

■ 書籍情報

Amazonランキングの謎を解く: 確率的な順位付けが教える売上の構造   【Amazonランキングの謎を解く: 確率的な順位付けが教える売上の構造】(#2134)

  服部 哲弥
  価格: ¥1785 (税込)
  化学同人(2011/5/30)

 本書は、「いたるところにあふれ、当事者が敏感にもなる『順位』という単語」について、「そうした耳目を集める部分には背を向けて、インターネット上で目立つようになった、数学的に調べることのできる、ある側面に注目」したものです。
 第1章「謎順位」では、アマゾン書店のランキングについて、「ランキングの大原則」として、
・毎時1回更新
・全部で約100万いないし数百万位まである
・誰かがアマゾン書店で注文すると、直後のその次の更新で一気に上位へ(数値が減る)
・それ以外は下位へ(数値が増える)
・最近の売れ行きを考慮
・同一時刻に一つの順位の本は1点限りで、順位の数値に欠落はない
の6点を挙げ、「アマゾン書店のランキングは流行を反映する大規模な順位であり、下位から上位への極端な時間変化が特徴的な現象として見られる」と述べています。
 そして、「ランキングが持っていなければならない最小限の性質を満たす一番単純で安易な順位の決め方は何か?」という発想から、「順位降下を(自然科学に現れる中ではさほど難しくない)数式で近似的に表すことができた」と述べています。
 第2章「ランキング」では、「ランキングの大原則」を満たす単純な数理モデルとして、根幹は「最後に売れた順に並べる」とした上で、「めったに売れない本は1冊売れて1位になっても、よく売れる書籍があっという間に売れて、すぐに順位を落とす」ことや、「1時間の間の各書籍の総注文冊数を順位に反映させている」のではないかと述べています。
 第4章「模型と現実」では、「順位という、人間社会に古くからあって注目されてきたテーマについて、今になってこのような単純な理論で説明できる現象がはっきり見えるようになったのは、インターネット自体になって、膨大な数の商品を並べるオンライン小売業が成立し、たくさんの消費者が購入活動をする様子が即座に情報処理されて見ることができる、という20世紀終盤に起きた小売業における大きな技術の進歩による」と述べています。
 第7章「ロングテール」では、「数としては大部分を占めるロングテールからの売上への寄与は小さい」として、「アマゾン書店はロングテールに非ず」と述べています。
 本書は、多くの人が利用しているサイト上の順位を単純な数理モデルで解き明かそうとした一冊です。


■ 個人的な視点から

 アマゾンのランキングも数が大きすぎるとそもそも参考になるものかどうかあまりあてにしていなかったのですが、1万とか10万とかの世界でもきちんとしたルールがあるらしいことは驚きでした。


■ どんな人にオススメ?

・アマゾンの順位にあまり注目していなかった人。


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