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2012年11月

2012年11月30日 (金)

ぼくは上陸している (上): 進化をめぐる旅の始まりの終わり

■ 書籍情報

ぼくは上陸している (上): 進化をめぐる旅の始まりの終わり   【ぼくは上陸している (上): 進化をめぐる旅の始まりの終わり】(#2157)

  スティーヴン・ジェイ・グールド (著), 渡辺 政隆 (翻訳)
  価格: ¥2625 (税込)
  早川書房(2011/8/10)

 本書は、進化生物学者である著者が『ナチュラル・ヒストリー』誌に書いた一般向けのエッセイをまとめたものです。著者は、「一般向けのエッセイでは専門用語を避けること」を除けば、「専門書でも一般書でも概念上の深みに差があるべきではない」という確信を得たと述べています。
 第2章「想像力なき科学も、事実なき芸術もありえない」では、『ロリータ』の著者ナボコフが、蝶の分類の専門家であったことについて、「ナボコフは鱗翅類研究に打ち込んだことで文学作品にかける時間はほぼ確実に減らされたものの、科学の研究から特別な知識や哲学的な生命観を得たことで、ナボコフ文学特有のスタイルと素晴らしさがまさに生み出された」と述べています。そして、「彼は、自分が従事する二つの専門分野に共通の基盤を説明し、総合的な見解に欠かせない対をなす要素を例示しようとしているのだ」と述べています。
 第3章「ジム・ボウイの書簡とビル・バックナーの股間」では、「アメリカ史の二大伝説において、重大な情報が規範的な物語に仕立てられることで、意外なことではないが、その意味が取り違えられたり無視されていることを明らかにしたい」と慕ういえで、「人間はパターンを求め、物語を作りたがる生きものである。そうした性癖は、一般には大いに役立っているのだが、しばしば、人間の歴史だけでなく、地質学的な変化や生物の進化などといった自然界のあらゆる種類の時間的経緯を骨抜きにしてしまう。そして、入り組んだ実際の歴史を、人間の物語が『進むべき』単純なコースに押し込めてしまう」と指摘しています。
 第6章「マルクスの葬儀に出席したダーウィン主義者の紳士」では、「1880年にランケスターと出会ったカール・マルクスを、人類史において最悪とも言うべき犯罪の数々の唱道者というレッテルと死後に冠されたカール・マルクスという人物と混同すべきではない」とした上で、「歴史を探求する研究は、人の伝記か生物学の進化的系統化を問わず、すべからく『現代人の視点』の誤謬を免れ得ない。現代から過去を振り返る者は、過去の出来事からは予測できない結果として、実際には進展しなかった結果を知っている。そのため、年代記をまとめようとする対象の動機や行為に対して当時の時点では知りようのなかった未来の出来事から判断を下すという不適切なことをしがちである」と述べています。
 本書は、生物学を題材にしながらも、私達の過去を見る目にかかっている曇りを指摘してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 古生物学者としての著者の業績はもちろん素晴らしいものでもあるのですが、ベストセラーとなった『ワンダフルライフ』に代表される一般読者向けに書かれた文章も素晴らしいものが多く、特に『ナチュラル・ヒストリー』誌に長年にわたって連載されたエッセイはお勧めです。


■ どんな人にオススメ?

・科学の世界の入口あたりで雰囲気を感じてみたい人。

2012年11月29日 (木)

イカの心を探る―知の世界に生きる海の霊長類

■ 書籍情報

イカの心を探る―知の世界に生きる海の霊長類   【イカの心を探る―知の世界に生きる海の霊長類】(#2156)

  池田 譲
  価格: ¥1365 (税込)
  NHK出版(2011/6/25)

 本書は、「イカは情報を伝達する細胞である神経が発達し、それを統合したところの脳が大きい」、つまり「巨大脳」の持ち主だとして、「イカの賢さは何のため」という問いかけに対して、「イカの知性基盤であるところの脳と、それをもとに醸し出されるユニークな行動を概観し、それらが織り成す妙を、他人と他人が出会い構成される『社会』ということばをキーワードとして」解釈したものです。
 第1章「イカの脳をさぐる」では、「イカの(そしてタコの)脳のサイズは脊椎動物と比べても堂々たるもの」であり、「サイズに加え、機能的にもそこが神経を介した働きの中枢部と呼べるほどに発達した構造になっていることから、まさしく脳と呼ぶにふさわしい」として、「無脊椎動物という一大グループにあってイカは極めて例外的な存在」だと述べています。
 そして、「形は随分と違うのに、後の章で見るように、イカの脳では脊椎動物と同じく記憶や学習といった高次の機能がきちんと処理される」として、「全く違う構造なのにやることは同じ。これがイカの脳の不思議であり、イカそのものの不思議でもある」と述べています。
 第2章「イカの社会性をさぐる」では、「イカにおける社会性はその系統に現れている」として、「複雑な環境に暮らすヤリイカは社会性が高く、それは彼らの示す統制のとれた群れ行動に現れている。一方のスルメイカは、群れという点ではヤリイカよりも構成員の数が多い大規模なものを作る。しかし、それは外洋を回遊する上で機能する集合体で、必ずしも統制がとれている必要はなく、同じ目的地に向かう者どうしが集まってさえいればよい」と述べています。
 そして、「群れという場面において、あるいは繁殖という場面において、イカは明瞭なやりとりを他個体と繰り広げているように見える。これはすなわち、彼らがそれまでの永い生物学的な歴史の中で、そのような交渉ごとを行い、生き抜いてきたことの一つの投影ではないだろうか」と述べています。
 第3章「イカの賢さをさぐる」では、「動物が想像以上に複雑で高度な学習を行いうることは、イヌやラットにとどまらず、今では様々な動物を対象に調べられている」とした上で、「日本人にしてみれば、イカもタコも同じように水産物であり、海の生き物の代表の一つであり、時に漫画でコミカルに描かれるキャラクターである」が、「学問にはたしてきた役割は両者で異なり、賢さは圧倒的にタコを使って解き明かされてきた」と述べています。
 第4章「イカのアイデンティティーをさぐる」では、「鏡に映った自分を自分であると認識する能力」である「鏡像自己認識」について、「自己同一性が理解できるというかなり高度な能力で、広い動物界ではむしろ稀な能力といったほうがよい」とした上で、「自己認識という能力は『発達した社会性』とそれを可能にする身体的な基盤の『大きな脳』という2つの要素がベースになる」と述べています。
 終章「イカの素顔をさぐる」では、「イカにあるかもしれない心を炙り出すために、イカの脳、社会性、賢さ、アイデンティティー、そして赤ちゃん学といった側面について、現在までに研究されているところ」と著者の研究から説明したと述べ、「そのような側面の総合システムとしてイカを理解しようとする試み」だと述べています。
 本書は、食べると美味しいイカが持っている心を探した一冊です。


■ 個人的な視点から

 普段美味しく食べているイカが、実は大きな「脳」を持っているというのには驚きました。その内に「地上を侵略しなイカ」とか言って上陸したりするのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・イカによる侵略に怯えている人。


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