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2014年1月 8日 (水)

国家とインターネット

a■ 書籍情報

国家とインターネット   【国家とインターネット】(#2245)

  和田 伸一郎
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2013/4/11)

 本書は、「インターネット、ハード、サービスの利用において、〈国家〉、〈資本主義〉、〈創造的生産集団〉という三つの担い手がある組み合わせにおいて互いに連携をとることによって、〈社会〉に普及するという理論的構え」を持ったものです。
 序章「ネットを〈創造〉したのは誰か」では、「いまのインターネットを生み出したアーキテクチャはどのような努力、格闘の上に作られてきたものなのか」を考えるとして、「どんな技術上の衝突、企業の競合、国家との摩擦、大衆仕様にするための妥協があったのかを見ることで、今後のインターネットのありようについての見方を広く多様にできれば」と述べています。
 そして、インターネットの構築は、
(1)様々な人々
(2)いくつかの大きな力(国家などの)
(3)歴史的偶然
など多様にうごめく要素が、突如シンクロして、同じ方向を向き始めたとでも言うかのように誕生したと述べています。
 また、「20世紀型の大衆社会は、人々に想像させないことで自らを維持してきた。みんなが創造的になると、みんな同じで均質的で同質的な大衆社会は壊れてしまうからだ」と述べています。
 第1章「三つの担い手(創造的生産集団/資本主義/国家との関係性についての理論的枠組)」では、「私達が現在使用しているハードウェア、ソフトウェア、インターネットの一連の技術を〈ネット〉と呼んでおこう。ネットの現実化には3つのエイジェンシー(担い手)がある」として、
(1)創造的主体集団(研究者、プログラマ、倫理的ハッカーなど)
(2)資本主義
(3)国家
の3点を挙げています。
 そして、「ネットの先進性の実現をあきらめて妥協し、理想的水準を大幅に引き下げたからこそ、普及が現実のものとなった、つまり、メディア社会の向上(一般的ユーザーの底上げ)が実現された」と述べています。
 第2章「国家とイノベーション」では、「国家による強い管理の下に行われたイノベーションの例が、放送メディアであり、国家の管理が届かない領域が解放区となって、国家の思惑とは別の方向へと展開したイノベーションの例がインターネットである」と述べた上で、インターネットに採用されたパケット交換ネットワークが、「情報社会による妖精(早くて効率がよく便利だから)ではなく、軍事的要請によるものだったという点は重要である」と述べています。
 また、「国家による技術の所有、企業による独占といった締め付け、技術の自由な利用を大きく制限するアレンジメントは、絶対的なものではありえない。こうしたものはどこかで水漏れを起こしうる。というのも、技術のポテンシャルの縮減は、ポテンシャルそれ自体を消してしまうものではなく、それを抑圧するにすぎないからである」と述べています。
 第3章「国家とその《外部》」では、「もともと孤立した計算機として考案されたコンピュータが『対話型』コンピュータとして、すなわちコンピュータを一人一台というパーソナルなものにしつつ、互いに対話可能な通信手段として生まれ変わらせ」るにあたり、「初期のコンピュータはそれぞれが様々な企画を採用していて、それらの間に互換性がなかった」ため、これを解決することは、「ARPAネットの軍事利用の側からも利益になったが、逆の側にいる研究者、プログラマたちにとっても利益になった。というのも、コンピュータ開発はその性質上ネットワークを必要としたのであり、これによって互いに通信し合い、資源をシェアすることによって、コンピュータ科学の水準を劇的に向上させることが見込まれたからである」として、「ARPAネットは、防空システムとしても利用可能だったが、しかしARPAの研究者達はそれよりも、コンピュータ科学を向上させることの方に関心があった」と指摘しています。
 第4章「新自由主義国家とインターネット」では、1990年代初頭に、「国家と創造的生産集団が蓄積してきた技術が、市場へと流れこむことになった」ことで、「最後の軸である資本主義市場経済との接合が果たされ、この接合面に、世界中の一般的ユーザーがどっと雪崩れ込み、ここにイノベーションと社会形成が爆発的に進んだ」と述べています。
 そして、「FacebookやTwitterのようなソーシャル・メディアが、中東において独裁軍事政権の転覆に役割を果たし、ヨーロッパ、アメリカ、日本においても、大規模デモや抗議集会のためのコミュニケーション手段の役割を果たしているというところに、この技術が軍事的要請にかなっている場面を見ることができるかもしれない」と述べています。
 また、「『戦争の民営化』という口実は、国家が違法行為によってしかできないことを、民間企業にやらせて自らは関与を否定する、というやり方をやりやすくする。そうするとここに、民営化の隠れた利点を見出すことができる。民営化とは、資金的な国家の負担を減らすというような利点だけでなく、国家の非公式な活動、外部の闇の領域での活動を、自らの関与を否定しつつ、肩代わりしてくれる代行者に任せやすくするという利点がある」と述べています。
 第5章「アラブ動乱とソーシャル・メディア」では、アラブ動乱は、
(1)〈国家〉形態の人工性と、その形態に包摂されている/されきれずにいる伝統〈社会〉との〈内的〉競合関係
(2)人工的な国家と、欧米諸国との外交的・軍事的な〈外的〉競合関係
の両面に、インターネットがどう関わったかという視点を取る必要があると述べています。
 また、2009年に、強硬派のブッシュ大統領の共和党政権から代わったオバマ大統領の民主党政権が、「イランでインターネットの利用者を増やし、TwitterやYoutubeというアメリカ企業のサービスを用いさせることで、外側から軍事介入したりCIAなどの諜報機関を使わずに、自発的に反米政権に対して内側から暴動を起こさせるというやり方を取ったのではないか」として、「ここで起きているのは、(戦争の民営化に並ぶ)〈諜報活動の民営化〉ではないか」と述べ、「もしそうだとすると、これは中東からの石油安定確保のためのソフトな介入の仕方であり、軍事戦略の転換による帰結とみなすことができる」としています。
 著者は、「国際社会、国内社会に対して戦争の正当性をでっち上げることの困難から、戦争のあり方を、戦争という外見を取らないものへとシフトさせる動きが、1990年代後半、アメリカ軍に非公式に推進された」と指摘しています。
 第6章「インターネットの軍事化」では、「ネット(インターネット、コンピュータ端末)の軍事的ポテンシャルは、もともとこれらに備わっていたものに過ぎず、これがますます現実化されだしたということにすぎない」と述べた上で、「アメリカが、インターネットの非常に危険な部分を、軍事目的で利用するという新たな段階に踏み切った」のは、危険な度合いにまで高まっている核拡散を阻止するためという「歴史的要請によるもの」だと述べています。
 本書は、その出自に関してネットがもともともっている軍事的性質を指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 ベルリンの壁の崩壊は東ヨーロッパに届いてしまった衛星放送のせいだとも言われているわけですが、インターネットにももちろんそういった軍事的な戦略というのは込められているに違いないと思うのです。


■ どんな人にオススメ?

・インターネットがただの便利なサービスだと思っている人。


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