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2014年2月18日 (火)

体罰はなぜなくならないのか

■ 書籍情報

体罰はなぜなくならないのか   【体罰はなぜなくならないのか】(#2283)

  藤井 誠二
  価格: ¥840 (税込)
  幻冬舎(2013/7/28)

 本書は、学校教育法第11条に「体罰を加えることはできない」と明記してあるにもかかわらず、「学校で子どもが教員の暴力による制裁を受け、まったく同じ悲劇が繰り返されているのはなぜなのか。体罰はなぜ、なくならないのか」を問うものです。
 第1章「繰り返される悲劇」では、1995年7月に福岡県飯塚市の近畿大学附属女子高校で起きた事件について、「事件後に加害教員の嘆願署名運動と期を同じくして、命を奪われた女子高校生や遺族に対する心ない噂や誹謗が地域に撒き散らされ、加害者が『被害者』となり、あたかも被害者が『加害者』のように扱われるという倒錯した現象が起きた」と述べています。
 第2章「学校という密室」では、「子どもが命を絶った周辺の『事実』を少しでも知ろうとする行為を、責任を学校にのみ帰し、遺族の責任等を免除するためにやっているのだという二項対立の構造でとらえてしまう風潮が私は悔しくてならない」と述べています。
 そして、「公文書に、十分に調査しないで誤った情報を記載したこと、勝手に捏造した情報を記載したこと、そして内海平君事件のケースのように、間違った情報を放置したことについても、ペナルティを与える制度をつくるべき」だと述べています。
 第3章「体罰は世論に支えられている」では、「スポーツとは関係ないところでも、子どもを一生懸命指導してくれる先生は『いい先生』だ。というのも、体育科の教員は生活指導を担当し、進路指導を兼ねていることが多い。そういう教員は就職先を見つけてきてくれたり、進学先を探してきてくれたり、子どものためによく動いてくれるので、保護者も本人も感謝することになる。頭が上がらない存在になるのだ」と述べています。
 また、「『体罰』という名称そのものが間違っている」として、「原則的にやりかえされることがない、特別な権力関係でふるわれる暴力。通常、人間はキレそうになっても我慢をする」が、「そういうキレる人びとが教育者を名乗ることができる。一体どれほど奇妙な空間なのか」と述べています。
 第4章「体罰でスポーツは強くなるのか」では、「部活動とドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)は似ているのではないか」として、「体罰依存の教員がほぼ間違いなく『熱心で、生徒思いの、いい先生』という高い評判を受けているのは、ドメスティックバイオレンスをふるう男が、ふだんは『優しい』男であることが多いということと共通している」と述べ、「暴力をふるうことにより、相手を恐怖によってコントロールし、無力感や絶望感を植え付けていく。そして、その次に一般的に『ハネムーン期』と呼ばれる時期がある」としています。
 また、「勝利至上主義はとくに捨てる必要はない」が、「体罰を伴った極端な勝利至上主義が間違っているのであり、体罰を伴わない勝利至上主義は成立する」と述べています。
 第5章「体罰はどうすればなくせるか」では、「なぜ教育現場に体罰が根付いてしまったか」について、1886(明治19)年に現在の中学校に当たる高等小学校の教材に「隊列運動」が採用され、「この教科を担った退役軍人が、軍隊的規律に従うことを求めるようになったこと」が源流となったのではないかとしています。
 また、「遺族が開示請求の黒塗り部分を、幾度にもわたる法的手続きや、訴訟によってしか知ることができないのはどう考えても理不尽」だとして、「文科省は、命を落とした子どもやその遺族の立場に立ち、遺族への開示に潰えは積極的な開示を促すべきではないか」と述べています。
 本書は、体罰に依存する学校の体質を衝いた一冊です。

■ 個人的な視点から

 「生徒思い」ゆえに本気で生徒を殴り、その一方で就職先を探してくれる先生というのは本当に悪気はないのかもしれませんが、DVにおける「ハネムーン期」的に生徒たちから絶対の信頼を得ることが癖になってしまっているのかもしれないと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・「生徒思いの先生」なら任せても大丈夫だと思っている人。


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