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2014年2月16日 (日)

エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇

■ 書籍情報

エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇   【エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇】(#2281)

  S. C. Kalichman (著), 野中香方子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  化学同人(2011/1/29)

 本書は、「HIVは無害であり、むしろ治療に用いた抗レトロウイルス薬がエイズの症状を引き起こしているのだと主張」する「エイズ否認主義者」が、「どのような人びとで、何を同期として破壊的な活動を繰り広げている」のかという問題に取り組んでいるものです。
 第1章「生き延びるHIV/エイズ否認主義」では、「残念ながらHIV/エイズの問題に取り組んでいる人びとでさえ、否認主義がきわめて深刻な問題であり、そのせいでエイズに侵された人が必要な治療を受けなくなる危険性があるということに気づいていない」と述べたうえで、「否認」について、「信じがたいことを信じまいとする無意識の作用の表れ」という「受動的な対処反応」であるとしながらも、「当初はトラウマに対処するための合理的な戦略だった心理的否認が、危険なものに変貌し、ひいては有害なものになるように、熱心で積極的な患者になりたいという健全で有益な欲求が、疑惑ゆえに、望ましくない非生産的な欲求へと変わることがある」と述べています。
 そして、「否認主義は、科学や医学を完全に拒絶する」として、「否認主義の中心には強い不信がある」と述べ、彼らが信奉する陰謀説の大半は、「堕落した政府、産業、科学界、医学会が共謀し、大きく邪悪な計画を進めているらしい、という疑念から生まれる」と述べています。
 また、「否認主義はあらゆる形でエイズの疑似科学と複雑に絡み合っている」として、エイズ疑似科学が、「書籍や雑誌、インターネットなど、規制のない非科学的な発表の場を通して否認主義者の作り話を伝えるだけでなく、投書や批評といった査読を経由しない方法によって、権威ある科学雑誌にそうしたつくり話を巧みに掲載させている」と述べています。
 第2章「デューズバーグとHIV/エイズ否認主義の起源」では、ピーター・デューズバーグについて、「否認主義を正当な科学のように仕立て上げ、ゆえにそれは今日まで生き延びてきた」として、「この傑出した科学者は、なぜ、がんの研究上きわめて有望な道を発見しておきながら、その考えを捨て去り、生産的であったはずの研究の流れを急停止させたのだろう? なぜ、発見者から反対派に変貌したのだろう?」と述べています。
 そして、「デューズバーグが主流派から相手にされなくなったのは、エイズについてまちがっているからというより、むしろ、その極端で排他的な考え方と、重要で、しかも説得力のある他者の見解を押しのけて持論を押し通す、科学に背を向けた態度を嫌われてのことなのだ」としています。
 第3章「エイズ疑似科学」では、「疑似科学について、「本物の科学のように見えるが、いくつかの致命的欠点ゆえに、科学にはなりえないもの」だとして、「最も重大な欠点は、科学の基礎である厳密な実験が行われていないことだ」と述べています。
 そして、疑似科学が、「HIV/エイズの原因についていくつもの独自の仮説を立てている」ことから、「疑似科学独自の治療法があっても、驚くほどのことではない」としたうえで、「おそらく最大の悲劇をもたらしたのは、エイズ疑似科学者がこの不合理な理屈を振りかざして妊婦から胎児へのHIV感染を防ぐ治療に反対したことだ」として、「南アフリカで妊婦のHIV治療が普及しなかったのは、保健省が疑似科学者の影響を受けていたためだ」と述べています。
 また、エイズ疑似科学者の中には、「確実に悪意を持って動いている邪悪な疑似科学者もいる」として、「彼らはいかさま治療で儲けたり、HIV感染という診断結果を受け入れられずにいる人の心の弱みにつけこんだりする。特に、効き目の不確かな薬やビタミン剤や水薬を売りつけるために、HIV感染者をそそのかし、効果の確かな治療をやめさせるような疑似科学者は、言論の自由として許される範囲を超えて、公衆衛生に害を及ぼしている」と述べ、「怪しげな治療薬のために貧しい人々から金をだまし取るのは、れっきとした犯罪だ。ネス湖の怪獣や友好的な宇宙人の誘拐者は人の命を奪ったりしないが、ビタミン剤を押し売りする人やエイズいかさま療法士は、否認主義によって人びとを死に至らしめる」と指摘しています。
 第4章「否認主義者のジャーナリズムと陰謀説」では、「否認主義を広めるジャーナリストにとって一番捕まえやすいのは、科学や医学や政府を信用しない人びとだ」と述べ、「なにも知らない人がインターネットでエイズの情報を探していて否認主義のサイトを見つけたら、頭が混乱するだろうし、悪くすればその主張をすっかり信じこんでしまうだろう。悲しむべきことに、否認主義に一番引っかかりやすいのは、HIV検査で陽性と診断されたばかりの人や、知り合いがそう診断された人なのだ」としています。
 そして、「ひとつの科学的研究がなにかを『証明』したことはない」として、「ロケットが月まで飛べることを証明する単独の物理学実験があるだろうか? そのような実験はない。だからといって、ロケットは月まで飛べないことになるだろうか? ロケットが月まで飛べることの証拠は、数限りない物理学の実験と、実際の月までの飛行によって得られた」と述べています。
 第5章「否認主義の政治」では、「滅菌注射器と針の提供を合法化させなかったのは、完全に政治的配慮によるもので、すべての科学的証拠と公衆衛生の利益に反していた」として、
・注射器を交換することで麻薬の使用は増えない。
・注射器交換プログラムのせいで、薬物常習者でない人場薬物を使うようにはならない。
・プログラムは、地域社会に捨てられる注射器の数を増やさない。
と述べています。
 また、「エイズ予防の科学に照らせば、禁欲のみに頼って成功による感染のリスクを減らすことなど、とうてい無理であることがわかっている。禁欲のみを強調する政策は、科学に合致しない」と指摘しています。
 さらに、「南アフリカはとりわけ否認主義が入り込みやすい国だったのだろう」として、ムベキ大統領が、「HIVをエイズの原因にしようとする陰謀が存在すると信じ、その疑念を公表」したとして、彼の伝記には、「ネルソン・マンデラや労働組合やエイズ学者など、HIVがエイズの原因だとする正統派の考えを支持する南アフリカ人は、製薬会社から金銭的な恩恵を得ていると思い込んでいる」と書かれているとしています。
 著者は、「自らの知性に自信を持ち、西側諸国や医学、巨大製薬会社が流す情報に不信感を抱いて痛むべきは、デューズバーグのエイズ観をきわめて受け入れやすい状態にあった」として、「ムベキが否認主義に惹かれた理由のひとつは、エイズは性行為を通じて感染するという見方を、それが否定していたからだった」と述べています。
 第6章「否認から抜け出す」では、「否認主義者が書いたものを大量に読み、何人かの否認主義者と直接話しをしてきて思うのは、彼らのうちどれだけの人が、エイズとエイズ患者のことを本当に心配しているのかということだ」としたうえで、「否認主義を打ち砕くには、言うまでもなく、エイズの基本的な事実を人々に教えることが鍵となるが、教えるだけでは不十分」だとして、「エイズ学者は、仲間の科学者だけでなく、世間の人ともっとしっかりコミュニケーションをとるべきだ」と述べています。
 本書は、本人の思想信条の問題だけでは済まない命に関わる問題としてのエイズ否認主義の問題をとらえた一冊です。

■ 個人的な視点から

 自分がかかった病気を信じたくないという心理自体は当たり前のものだと思いますが、それにつけ込んでニセ薬を売る商売、怪しげな健康食品や砂糖玉を売りつける商売は、それ自体には薬効も害もないかもしれませんが、本来受けられるべきだった治療を受けさせないという意味で毒と同じなのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「◯◯でがんが治った」とかいう本を読んじゃう人。


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