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2014年2月25日 (火)

海辺の恋と日本人: ひと夏の物語と近代

■ 書籍情報

海辺の恋と日本人: ひと夏の物語と近代   【海辺の恋と日本人: ひと夏の物語と近代】(#2289)

  瀬崎 圭二
  価格: ¥1680 (税込)
  青弓社(2013/8/1)

 本書は、「海辺と恋愛の100年にわたる物語をたどり、海辺がもつ独特の引力を描く文化史」です。
 「はじめに」では、「実はレジャーとしての海水浴の始まりを考えることは、海辺がセンチメンタル、ロマンチック、ドラマチックなイメージをもつことや、その場で男女が出会ったり、愛を深め合ったりすることと絡み合っている」としています。
 第1章「物語の発声」では、「海水浴場という場で海水浴が実践され始めた明治20年代」には、「海水浴場とは、男性たちが欲望を抱えながらも手を出すことをためらってしまうようなそうした女性の表象が、『荒波』や『塩風』によってその秩序を失い、『雪の肌を黒くし』たり、『意気な束髪』が『解け乱れて』しまうような場」であり、「その欲望を背景に、既にその場を支える重要な物語要素が胎動し始めていた」と述べています。
 そして、夏目漱石の「木屑録」において、「避暑地としての保田は、『余』にとって理想郷としてのイメージで捉えられている」と述べています。
 また、当時の小説の中からも、「旅先、避暑地での女性との出会いであり、水蔭の『海水浴』が、そのような欲望に駆られた男性の読者/消費者を海水浴へ誘おうとする力を含んでいることは言うまでもない」と述べています。
 第2章「明治後期の海辺の物語」では、「長く読み継がれ、様々な表現形態を通じて人びとに浸透していった『金色夜叉』の物語を代表するあの海岸の場面は、お宮に対する貫一の怒りの感情が凝縮されたあの足蹴のポーズゆえに、強いインパクトを残すことになった。その結果、舞台になっている熱海の浜辺は、強い感情を露呈する場、あるいは男女の劇的な別れが演出される場としてのイメージを練り上げていったのではないだろうか」と述べています。
 そして、「『金色夜叉』での熱海海岸の場面に見られるドラマチックなイメージ、あるいは、『不如帰』の浪子が逗子海岸で独り物思うようなセンチメンタルなイメージ、そして、後続の家庭小説によるそれらのイメージの反復、さらには、演劇など他の表現携帯によるこれらの物語の広まり——こうしたプロセスの中で、ドラマチックでセンチメンタルな場として海辺を捉える感性が育まれていったのではないだろうか」としています。
 第3章「男たちの海辺」では、「漱石の小説に特徴的な男性間のホモソーシャルな関係は、海辺という場にも表出していることが確認できるし、同時に、海辺という場そのものがすでにホモソーシャルな場だとも言える」として、「海辺でホモソーシャルな関係が表出するのは、そこで異性との出会いを期待させるロマンチシズムや異性愛のドラマ性とセンチメンタリズムが喚起されることの裏返しなのである」と述べています。
 第4章「映画・スポーツと〈肉体〉」では、「海水浴という習慣が余暇となり、さらには消費の対象となるにしたがって、その場に集う人々の身体に対するまなざしも少し異なったものになっていった。つまり、他者の視線を内面に取り込んだ身体意識があらかじめ一つの理想的な類型として意味づけられ、その類型を参照軸としたまなざしが生じるようになるのである」と述べています。
 そして、「大正末期ころからスクリーンに登場し始めた水着姿の女優たちは、それまでの海辺のイメージをいささか異なったものに変えていったのではないだろうか」として、「この時期の映画そのものが、現在以上に肉体、特に女性の肉体を表象するメディアとして意味づけられ、観客からもそのような期待が寄せられていたからでもある。そして、それが海辺という舞台を選びとったとき、女性の肉体の露呈と海辺とを密接に結びつけたイメージを形成していくことになるのである」と述べています。
 第5章「不良から太陽族へ」では、「大正期から昭和初期にかけて、海水浴場での不良たちの行動が問題になっていて、その一つに婦女子の誘惑という行為があったことが、これら当時の新聞記事から確認できる。海水浴場は、そのような場としてもイメージされ始めていたのである」と述べています。
 そして、『太陽の季節』に描かれている特徴的な青年男女の姿は、「不良たちがたむろする大正期以後の海水浴場イメージの延長上にあり、そのイメージを新たなものとしたという意味で、この小説や映画が果たした役割はきわめて大きい」と述べています。
 第6章「カリフォルニアと南の島」では、「『POPEYE』誌上で紹介したスポーツやレジャーを国内で実践している若者たちがほとんどいなかったような状況の中で、『元はいなかった人格を、『ポパイ』の編集者が、こんな奴がいてほしいという妄想をメッセージとして発信し、扇動し、押し切ることで、現実化した」のが『POPEYE』だった」と述べています。
 また、「鈴木英人、永井博、わたせせいぞうといった描き手はいずれも占領期の日本で幼少期を過ごし、アメリカに対するイメージをそれぞれに内面化していった。そうしたなかで、『POPEYE』などによってアメリカの若者文化が紹介されて、カリフォルニアや南国リゾートをほうふつとさせる海辺の表象が生産/再生産されていった」と述べています。
 そして、「1970年代の後半から80年代の海辺の表象を、雑誌メディア、小説、イラスト、ポップソングなどのなかに見てきたが、そこに漂っているのは、明るく乾いたカリフォルニアの海辺のイメージや、やや寂れたノスタルジックなイメージ、あるいは都市生活の疲弊を癒やす南国リゾートのイメージだ。こうした、いま・ここには存在しない場が様々な媒体の中で表象され、そのようなイメージがこの時期に大量に消費されていたことになる」と述べています。
 本書は、私たちが抱いている「海辺」に対するイメージがどのようにして形作られてきたかを追った一冊です。

■ 個人的な視点から

 最近は海水浴に行く人が減っているようです。そういえば海辺での出会いを舞台にしたストーリーが書かれることも減ってしまったような気がします。今や出会いの場はネットと合コンに取って代わられてしまったからなのか。「全部雪のせいだ」とは言いながらもいまどき出会いを求めてスキー場に行く人も減ってしまったのでしょうね。


■ どんな人にオススメ?

・海には出会いがあると思っている人。


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