« ネット選挙とデジタル・デモクラシー | トップページ | エイズの起源 »

2014年2月22日 (土)

フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く

■ 書籍情報

フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く   【フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く】(#2287)

  ラグラム・ラジャン (著), 伏見威蕃, 月沢李歌子 (翻訳)
  価格: ¥1995 (税込)
  新潮社(2011/1/18)

 本書は、「経済に潜む『断層線(フォールト・ラインズ)』が、いまなお世界を脅かしていると警鐘を鳴らしつつ、サブプライム・ローンを主因とする金融危機はどうして起きてしまったのか、今後繰り返さないための処方箋は何かといったこと」を解説したものです。
 序章では、「世界経済には無数の深い断層線がある。国際社会が統合され、経済が統合されている今日では、個人投資家や企業にとって最善であることが、システムにとって最善であるとは限らない。そのことがこの断層線を広げていった」と述べた上で、
(1)国内政治、とりわけアメリカの国内政治から生まれるもの。
(2)それまでの成長パターンによって生じた多国間の貿易不均衡から生まれるもの。
(3)貿易不均衡を是正する資金供給の際に、様々なタイプの金融システムが接触するときに発生するもの。
の3つの「断層線」を挙げています。
 第1章「金がなければ借りればいい」では、「アメリカの教育の失敗、もっと言えば、自分には成功のチャンスがないという国民の不安の増大」に対して、政治家が「経済成長や技術の進歩に取り残された人びとが借りやすいローンの提供」という「万能薬」に手を出してしまったと述べ、「借金をしやすくすることで、コストを将来に持ち越せるために、ひろく、積極的に、即座に益を分配できる」として、「住宅融資が国民にあまりにも広く支持されたために、規制当局が反対することができなくなったことが、今回のアメリカの問題だった」と述べています。
 そして、「低金利によって世界中で住宅ブームが起こったが、アメリカの場合は、これまで審査に通らなかった層を対象にしたローンつまりサブプライムやオルトAの市場が急成長した」が、「破産さえ不可能なほど貧しいそうに集中した」点で「アメリカは特殊だった」としています。
 著者は、「すべての人に質の高い教育を受ける機会が与えられないことから所得格差が拡大し、それが住宅ローン拡大の政治的圧力となった。その圧力は、金融セクターのローンを歪める断層線(フォールト・ライン)を創りだした」と述べています。
 第2章「輸出による経済成長」では、「第2次世界大戦後、輸出主導で経済成長を達成する戦略は、うまく用いれば、貧困から抜け出すための主要な方法となった。初めのうちは規模もそれほど大きくないので、世界市場は消費を伸ばし、輸出を用意に吸収することができる。ところが、ドイツや日本などの成長し豊かになった輸出国でさえ、成長過程で得た習慣や制度のせいで、国内需要を強く継続的なものにし、経済成長をバランスのとれたものにすることはできなかった」と述べています。
 そして、「政府が一部の企業に有利な介入を行うこと」の問題点として
(1)フィリピンで起こったように、腐敗した政府が競争力のない友人や親類を優遇する自体は防ぎようがない。
(2)一部の企業を優遇する負担は家計に課せられるので、消費が伸び悩む→消費が抑制されるので企業が大きな国内市場を失ってしまう。
の2点を挙げています。
 第3章「逃げ足の早い外国資本」では、「国内の貯蓄から投資資金を調達できる国ほど成長が速い」一方で、「海外から資金を調達する国ほど成長が遅い」という「正の相関関係を確認した」と述べた上で、「アジアの国の政府は、融資の割り当てを決め、推進役となる国内企業を育てるという最初の役割を果たしたあとは、融資を配分することから手を引いてしまった。企業がより最先端の技術分野に参入していくにつれ、この役割が難しくなったからだ」と述べています。
 そして、「輸出志向の国々は重要な教訓を学んだ。安い商品と安易な融資に飛びつくのは愚かだということだ。借金をして消費を急拡大すれば、最後には泣くことになる。外国人投資家は、管理資本主義を理解することも操ることもできないので、株式や短期債などすぐに引き上げることができるものを買った。そして、その国のファンダメンタルズを十分に顧みることなく撤退した」と述べています。
 第4章「脆弱なセーフティネット」では、「アメリカが歴史的に欧州諸国の大半と大きく異なるのは、失業手当の水準である」として、ヨーロッパの国々より低い上に給付期間もずっと短いと述べた上で、「アングロ・アメリカンな対等で公正な企業のあり方」は、「経営資源がより収益性の高いものに素早く再配置される」として、「無慈悲であることは、効率性を向上させるだけでなく、技術革新につながる」と述べ、「アメリカの失業手当は、経済のシステムに適合したものである。契機が低迷すれば、傾きかけた企業を切り捨て、新しい企業に資金を提供して、早急に再編成を行うことに主眼が置かれている」としています。
 第5章「バブルからバブルへ」では、「海外のよりリスクの高い商品を求めてアメリカから流出した資金が、不動産担保証券のような一見安全性が高く、利回りの大きい物を求めてアメリカに再流入した」として、「ある意味でFRBの政策は、アメリカを、世界に向けて発行した債権を資金源として、世界中のリスクの大きな資産に投資する巨大なヘッジファンドに仕立て上げてしまった」と述べています。
 また、「02年から05年のFRBのの金融政策は、FRB理事や金融経済学者以外からは厳しく批判された」として、
(1)一向に改善しない高い失業率にこだわり続け、企業投資を奨励して雇用を増やそうとしたこと。
(2)経済理論上インフレ率が安定しているときは、中央銀行は何も心配をすることがないと考えられていること。
の2つの欠点を挙げています。
 第6章「金が万物の尺度になったとき」では、18世紀にフランス王室が売りだした年金公債の売り出しと債務不履行について、「今でも役立つ4つの大切なことが学べる」として、
(1)金儲けに鼻がきくのはやはりバンカーだということ。
(2)バンカーは常に、経験の浅い投資家や、金儲けにそれほどあくせくしない投資家よりも有利な位置を見つけるということ。
(3)バンカーの行動は少なくともしばらくのあいだは、自己強化型であるということ。
(4)赤信号も大勢で渡れば怖くないということ。
の4点を挙げています。
 第7章「銀行を賭ける」では、「蓋然性の分布では下位(テール)に属し、したがってめったに起こらないはず」だった「テールリスク」とみなされたローン担保証券のリスクについて、「それを引き起こすにはシステム全体に逆風となるできごとが必要」であるが、「発生したらきわめて高くつくから、確率が低いからといって無視するべきではない」と述べ、「不幸なことに、テールリスクがシステム的なものであったがゆえに、金融機関も市場も無視した。皮肉なことに、それによってリスクが発生する危険性が高まった」としています。
 そして、「総じて、攻撃な銀行がテールリスクを追うパターンは、かなり長い間成功を収めていた。こうした銀行の経営陣は、自分たちの行動がどれほど運に頼っていたかということに気付いておらず業界の集団的な行動が自分たちが恐れなければならないできごとを引き起こしたことも認識していなかった」と述べています。
 著者は、「テールリスクを負うことは、現代の金融システムではことに深刻な問題になっている。リスクを調整しつつ実績を上げるようにと、バンカーたちが常に圧力を受けているからだ。定期的に素晴らしい成績を収められる人間は滅多にいないが、それだけにそれができる人間への報酬は莫大なものになる。だから、二流のバンカーが、しばらくスーパースターに化けていたいためにテールリスクを負いたくなる気持ちは、きわめて強い」と述べています。
 第8章「金融改革」では、「私たちが取り組まなければならないのは、金融の発展から得られる利点をうまく使い、金融が不安定になるのを制限することだ」とした上で、「おおまかな言い方をすれば、たえず変化している世界経済では、静止状態がしばしば最大の不安定要因になる」として、「競争とイノベーションは、システムの順応を助け、正しい方向に向けてやれば、多様性と柔軟性を保つのに役立ちひいては動的な安定性をもたらす」が、「極度のリスクを取るインセンティブの一部は、銀行の内外のガバナンスの崩壊によって生じた。このメカニズムを修復する必要がある」と述べてます。
 そして、「できることなら、規制は絶対に必要なときだけ執行すべきであるたえず求められるのではなく、背反するできごとが起きたときに発動される方が良い」として、
(1)ときどきしか作動しないので、事が起きなくても働いている規制ほど窮屈ではない。
(2)規制が要求するレベルを必要に応じて変えられる。
の2つの利点を挙げています。
 また、「システム的に重要であるから破綻させられないといわれている企業体(エンティティ)は、インセンティブを歪めているだけでなく、そういう暗黙の保護を受けていない企業体よりも競争の面で有利だ」とした上で、こうした問題に対処する方法として、
(1)企業がシステム的に重要になるのを防ぐ。
(2)重要になってしまった場合には、民間セクターの緩衝装置を設けて、政府の介入の必要性を最小限にする。
(3)緩衝装置があっても深刻な経営難に陥ったならば、当局がそこを破綻させやすいようにする。
の3点を挙げています。
 著者は、「様々な問題は、民間セクターと政府との接点(インターフェイス)で生じている——そこに断層線がある——が、そのどちらも廃止するわけにはいかないから、現実的な改革は接点の管理ということになる」と述べています。
 第9章「アクセスの格差是正」では、「収入格差のすべての形が、経済的に有害なわけではない。秀でた才能があって一所懸命働くものは高い給料で報われるし、経済にあっても最も高い技倆を必要とする仕事がなんであるかが、それでわかる。自分自身の“人間資本(ヒューマンキャピタル)”に投資することの利点を若者に教える信号にもなる」と述べています。
 そして、「若者にとっての解決策は、人間資本を高めるような道筋を広げることだ。年配者に対しては、かつてのスキルが時代遅れになっても競争力を失わないように自己変革する方法を改善しなければならない」として、「アメリカ社会は、他者に依存しながら不満を抱く底辺層が生まれるリスクを抑えるために、同情と理解のバランスを取る必要がある」と述べています。
 第10章「蜂の寓話ふたたび」では、「多国間主義的な機構は、これまで2つの方面で機能してきた」として、
(1)世界貿易機関(WTO)がたどってきた法的機関としての役割で、加盟国間の貿易を規制してきた。
(2)国際マクロ経済の管理と連携にIMFが果たしてきた役割。
の2点を挙げ、後者については、「それほど有効ではなかった」として、「主に勧告という形をとるのだが、IMFの基金を必要としない国にはたいして効き目がない。問題はゲームのルールすらはっきりしないことだ」と述べています。
 そして、「マクロ経済政策の連携におけるIMFのの役割は、貿易促進におけるWTOの役割とは全く違っている」として、
(1)なにが許容され、なにが許容されないかというルールが明確ではないし、そういうルールを組み立てようとする試み自体が、多くの国に受け入れられない可能性が高い。
(2)その結果、改革は案件ごとに合意を得るという形を取り、各国政府は改革に自信を持って取り組むのに必要な国内政治の支援が得られない。
(3)本格的に取り組めないために、改革が長期的にはそれぞれの国の利益に結びつくとしても、各国による根本的な改革に必要な幅広い国際共役が成立する見込みは薄い。
の3点を挙げています。
 著者は、「多国間主義的な組織は、だれにも読まれない意味不明の文書ではなく現代のテクノロジーのツールを使って、地球市民的な経済行動とは何かをはっきりと示し、世界中の人々に考えるよう訴えるのに、きわめて大きな役割を果たすべきだ」と述べています。
 終章では、「諸外国は、世界経済の不均衡を是正し、世界経済の成長頼みの考えを改め、改革を実行しなければならない。それにあたり、世界が直面している他の重要課題にも取り組むのに、国際協力が必要になる。世界の大国は、先進国も新興国もともに、自分たちの政策が統一のとれた全体と噛み合っていないことを認識しなければならない」と述べています。
 本書は、アメリカ国内外に横たわる「断層線」を切り出してみせた一冊です。

■ 個人的な視点から

 リスクを追わなければ利益を得ることができない一方で、リスクを過小に評価して飛び込んでいく愚かさも一時的には夢を見させてくれるのかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・リスクを正しく評価できない人。


« ネット選挙とデジタル・デモクラシー | トップページ | エイズの起源 »

組織の経済学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244312/55036127

この記事へのトラックバック一覧です: フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く:

« ネット選挙とデジタル・デモクラシー | トップページ | エイズの起源 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ