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2014年3月27日 (木)

男の凶暴性はどこからきたか

■ 書籍情報

男の凶暴性はどこからきたか   【男の凶暴性はどこからきたか】(#2313)

  リチャード ランガム, デイル ピーターソン (著), 山下 篤子 (翻訳)
  価格: ¥ (税込)
  三田出版会(1998/01)

 本書は、「『男性の暴力的な気質はどこからきたのか』をテーマとして、霊長類学、人類学、考古学、フェミニズムなど、さまざまな角度から考察をくわえたもの」です。
 第1章「失楽園」では、「人間の行動は、ほかの動物の行動とはまったく異質なものだと考えられていた。人間の戦争には殺しがつきものであるから、人間はどこかで自然の法則を破ったのだと推測せざるを得なかった」としたうえで、「オスが結束した社会をもち、オス主導の激しいなわばり争いのシステムがあり、隣接集団に侵入襲撃をしかけ、攻撃しやすい敵をみつけて殺すという動物は2種しかない」として、チンパンジーと人間を挙げています。
 そして、「チンパンジーと人間は外見は違うが、2つの系統には同じ進化の力が作用し続けており、集団間の敵意や個人の暴力のシステムをずっと保ち続け、今もさらに磨きをかけているのではないだろうか。そして、その敵意や暴力は、約500万年前にチンパンジーと人間の共通祖先が乾燥していく東アフリカの森で最後の交尾をした頃からあったのではないだろうか」と述べています。
 第2章「タイム・マシン」では、「人間の社会が、男性が結束した戦争志向の強い社会に進化してきた理由は、チンパンジーの社会がそうなっている理由と同様に、共通祖先の時代かあるいはそれ以前にあると考えられる」と述べています。
 第4章「戦争と人間」では、「チンパンジーと人間にみられる同種間の殺しは、動物の原則から見て驚くべき例外である。われわれがチンパンジーと遺伝子的に近いことを考え合わせると、2つの種に見られる集団間の攻撃は起源が同じなのではないかと思える」と述べたうえで、ベネズエラ南部からブラジル北部にかけてのアマゾン低地の森に暮らすヤノマモ族の社会の事例を挙げ、「戦いをしたがる性向、襲撃部隊の興奮、密やかな襲撃、敵の発見とすばやい勝算のみきわめ、集団による殺しと逃走。これらは人間とチンパンジーの集団間暴力を構成する共通の要素である」としています。
 第6章「気質」では、「父権制の拘束力を弱めたいと願うフェミニストたちは、伝統的に、この制度は文化の産物に違いないという姿勢をとってきた」が、近年になって、「父権制が出現したのは生物としての人間の成り立ちと深い関係があるとみなす考え方」が生まれたと述べています。
 そして、「自尊心やイデオロギー、あるいは信念に邪魔されて、ホモ・サピエンスは単なる霊長類であり、数ある種の一つにすぎないという事実を認められない人がたくさんいる」としたうえで、「大部分の霊長類を除外して、比較の対象を大型類人猿にしぼれば、われわれの暴力のパターンは、ある意味でさほど珍しくはなくなる。対象をしぼっても、同種のおとなの殺しがチンパンジーと人間だけにみられるという点に変わりはない。だがチンパンジーと人間に共通する悪はほかにもある――謀殺、暴行、レイプなどだ」と述べ、オランウータンにレイプが普通に見られることや、ゴリラのオスが頻繁に子殺しをすることを挙げています。
 また、オランウータンにはメスに好まれる大型のオスと、メスと同じくらいの体格の小型のオスの2種類があり、「小型のオスはロングコールをしない。大きな物音もたてない。戦いをする様子もない。そしてメスをレイプする」と述べ、「進化論の見地から見ると、ある行動が反復あるいは持続してみられる場合は、その行動は何らかの点で繁殖に有利なものとして自然選択されてきたと考えられる」として、「レイプは、一部のオスが雌を妊娠させるために取る手段であり、ほかの意味はないということになる」と述べています。
 さらに、チンパンジーの暴行と人間の暴行の共通点として、
(1)両方とも圧倒的にオス(男)のメス(女)に対する暴力である。
(2)両方とも縁故関係の暴力である。
(3)きっかけは表面的なことである場合が多いが、その根底には支配やコントロールの問題がある。
の3点を挙げています。
 そして、ゴリラの子殺しについて、「子殺しがメスをオスのところに引き押せる。子どもを殺されたメスは伴侶のもとを去って殺害者と合流する。そしてそのオスと交尾し、そのオスの子供を生み、残りの生涯をともに過ごす。メスに選択を迫るのは暴力の論理であり、次の子どもに対する脅威だ」と述べています。
 第8章「自由の代償」では、「連合的な結束をし、さまざまな大きさのパーティを形成する種――ここでは『パーティ・ギャング』種と呼ぶ――は、隣接集団のおとなを殺す傾向がある」としたうえで、「なぜ人間の男性には相手を殺すほどの攻撃性が備わっているのか」について、「この悪習はわれわれの種のパーティ・ギャング的な特性に由来している。その特性とは、オス(男性)どうしが連合結束していること、拡張可能ななわばりをオスが支配していること、パーティの規模に多様性があることだ」と述べています。
 第11章「南の森からのメッセージ」では、「ボノボがチンパンジーよりも規模が大きく安定したパーティを作る余裕があるのは、ゴリラのいない世界に生息しているからなのだ」として、「安定したパーティがメスの力を生み出した」と述べています。
 第12章「デーモンを制御する」では、「パトリオティズムとは、人間が得意とし、チンパンジーやボノボも享受している『オスによる集団の防衛』にほかならない」としたうえで、「男性にはたくさんの子をもつという潜在的な報酬がかかっているため、いちかばちかの冒険を好む気質の男性が性選択されやすい」と述べています。
 そして、「男がデーモニックなオスとして進化してきた一方で、女はデーモニックなオス(あるいは紛い物のデーモニックなオス)を配偶者として選ぶように進化してきたのではないか」として、
(1)デーモニックなオスは、ほかのオスの暴力からメスや子を守ってくれる可能性が高い。
(2)デーモニックなオスは繁殖に最も成功するオスであるから、彼らを配偶者に選べばその息子も繁殖に成功する見込みが大きい。
の2点を挙げ、「女性は暴力を望んではいない。女性はデーモニックな男に特有の行動の多くを嫌っている。だが、これと矛盾することだが、男のデーモン性と関連する資質や行動がまとまったもの――巧みな攻撃、支配的な態度や支配力の誇示など――に、決まって魅力を感じる女性は多い。男性も女性も、デーモニックな男が成功し続けるシステムに積極的に加担しているのだ」と述べています。
 第13章「カカマの人形」では、「高度の知能と男のデーモン性が結びついているのは、それぞれ独立した因果の連鎖がたまたまtながった、偶然の悲劇であると思われるが、この2つの関連はそれだけではない。知能の発達によって、優れた記憶力や長期の社会的関係をもたない動物にはありえない、新しい形の攻撃性が生まれたのである」と述べたうえで、「われわれにとっての最大の危険は、デーモニックな男性がわれわれの種を支配していることではない。デーモニックなオスが支配者になっている他の種を見ても、結局のところ自らの手で種を危険に晒すことはしていないからだ。真の危険は、人類がデーモニックな男性と恐ろしいほどの知能を併せ持っていることだ」と述べています。
 本書は、人間の男がもつ暴力性のルーツを辿った一冊です。


■ 個人的な視点から

 暴力的であちこちに子供を作りたがる人は、現代の社会ではかなりろくでもない人と評価されるわけですが、そういう人の方が現実にはモテるということも事実です。
 そんな男に当ってしまった女の人個人にとっては不幸ではありますが、その息子が性質を受け継いでいれば子孫を残しやすいということもあるので、そんな部分で本能的に惹かれるところがあるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・凶暴な男が生き残ってきた理由を知りたい人。


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