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2014年4月

2014年4月25日 (金)

拡張する脳

■ 書籍情報

拡張する脳   【拡張する脳】(#2322)

  藤井 直敬
  価格: ¥1,836 (税込)
  新潮社(2013/9/18)

 本書は、「複数の脳の活動を同時に計測して、脳と脳の関係――『社会脳』の研究」に取り組む著者が、「『現実』と『代替現実』を自在に切り替えるSRシステム、脳を直接刺激してその反応を調べる方法、そして研究で得られた大量の脳のデータを共有する試みについて」語ったものです。
 第1章「脳が現実を作る」では、「Substitutional Realityの略で、日本語では代替現実。ようするに、『もう一つの世界』」を意味する「SR」を冠した「SRシステム」について、「この世界」と「もう一つの世界」の間で、視覚と聴覚だけを切り替えることで、「目から入る情報と、耳から入る情報を自在に操作できる装置」だと述べています。
 そして、「これまでヒトの社会性を研究テーマとして扱っていたのは、心理学や社会学といった学問分野」だったため、「ヒトの社会性を脳の働きとして神経科学的に明らかにするにはどうすればよいのか」が、著者が研究室を持って以来の悩みだと述べ、社会脳を研究する際に乗り越えなければならない「一回性」の問題を克服するため、「本当は現実ではない現象を、現実と信じさせる」方法を探し始めたと述べています。
 第2章「新しい脳科学の方法」では、著者の研究スタイルは、「何が取れるかを考えずに、まずは取れるだけたくさんデータを取ってきた後、さまざまな条件でデータを解析する」という「バケツ型」だと述べ、通常の研究のやり方である「ある仮説を立て、実験で確かめる」という「サーチライト型の研究」では、「対象とする脳領域をあらかじめ絞っておくので、その範囲内での知見しか得られず、もしかしたら、他の場所に隠れているかもしれないもっと大事な機能に対して言及することができない」と述べています。
 第3章「社会脳とは」では、「社会性とは何か」という問題についての議論の取っかかりとして、「母子関係」と「他者関係」の2つの関係を軸に据えると「社会性のポイントが見えてくるんじゃないか」と述べています。
 そして、社会脳の定義として、「社会脳とは、瞬間的に変化する社会的ルールに対応して、適切に行動を切り替える脳の働きである」と述べた上で、著者が「人の目が気になって仕方がない人間」だという悩みを何とか軽くしたいことが「社会脳を研究している理由の一つ」だと述べています。
 第4章「脳はネットワーク」では、「脳のネットワーク構造、階層性をきちんととらえるためには、時間分解能、空間分解能とも一定以上の高い精度を持った脳活動記録装置を使う必要がある」が、従来の針状電極では、「実験動物が自由に体を動かすことができなかった」ため、「独自のマイクロマニピュレーターと微小電極からなる『慢性多電極記録手法』を開発」したと述べています。
 そして、「多次元生体情報記録手法による記録から、脳の頭頂葉という部位が相手の動きに強く反応していることを突き止め」たとした上で、「自分以外の他者と社会的なつながりができたときにはじめて発揮される機能」である「我慢」について、「強いサルに対して、自分の欲求を我慢する。それがサルの社会性の基本ではないか」と述べています。
 また、「利他的行動や協調行動ができなくても、社会で生きていくことは可能」だが、「我慢ができない人は社会から排除されて」しまうことが「僕たちの社会の実に面白い特徴」だと述べています。
 本書は、社会の中における脳の働きを追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者が脳について色々なアプローチをしている姿は面白いのですが、一冊の本としては散漫な印象を受けました。新しい知見でなくてもよいので何か中心となるテーマがあれば読みやすかったのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ネットワークとしての脳の機能を知りたい人。


2014年4月24日 (木)

盛り場はヤミ市から生まれた

■ 書籍情報

盛り場はヤミ市から生まれた   【盛り場はヤミ市から生まれた】(#2321)

  橋本 健二, 初田 香成
  価格: ¥3,024 (税込)
  青弓社(2013/12/20)

 本書は、「敗戦直後の日本を象徴する光景」の1つであるヤミ市(闇市)について、「戦後社会のこれまで正当な研究対象とみなされてこなかった部分に焦点を当て、今後の戦後史研究・ヤミ市研究に資することを最大の目的」としたものです。
 序章「ヤミ市」では、「配給網も流通機構も機能不全に陥っていたこの時代、ヤミ市を中心としたヤミ取引は、都市部住民の命綱だった」としたうえで、「ヤミ取引は『闇』の行為であり、犯罪である」が、「敗戦後になると、それは生き延びるために不可欠のものとして正当化されるようになっていく」と述べています。
 そして、「戦後ヤミ市は、わずか数年でほとんどが消滅した」が、「大規模なヤミ市が形成されたことが、その後の都市に与えた影響は小さくない」として、
(1)ヤミ市は大規模な社会移動のルートとなり、戦後の都市商業を担う自営業者層を形成する役割を果たした。
(2)ヤミ市は都市の空間構造を変化させ、ヤミ市を出発点として新しい商業地域や盛り場が形成された。
の2点を挙げ、「戦後ヤミ市は、今日では副都心と呼ばれているいくつかの町が商業の集積地として、また盛り場として発展する基礎になるとともに、後背地農村や郊外住宅地の存在を背景に新たな商業地域が形成される出発点となり、現代の東京の空間構造を決定づけた」と述べています。
 第1章「東京の戦後復興とヤミ市」では、「当時の人々がヤミ市を、いわゆる『闇市』と、テキ屋の親分によって統制がしっかり行き届いた『道路露店』とに区別していた」と述べたうえで、1945年10月16日に結成された「東京露天商同業組合」について、「終戦直後の東京の闇市の支配権を握った露天商の親分たちが結成した『露天商の最高監督協議機関』だった」とし、「東京都・警視庁は同組合を指導して露天商を統制し、本部の下に警察署管内ごとに支部を設けさせ、支部の下にテキヤの各組を配置させ」、「行政が不法状態にあった彼らを取り締まるのではなく、市場の組織化、秩序維持のためにその自主的な活動をむしろ積極的に認めていた点、また、それまで様々な出自を持っていた露天商たちを糾合した点で、当時のヤミ市の画期的な状況を端緒に示す組織だった」と述べています。
 そして、「ヤミ市では戦前からのテキヤの職能が色濃く生き続けており、東京露天商同業組合はテキヤの職分が規約として明文化され、行政の支援の下で全営業者を組織化しようとしたものだった」と述べています。
 また、ヤミ市のその後の権利関係の変遷について、「そこではもともと不法占拠できわめて不安定な立場にあったヤミ市の営業者が合法占有に転じ、ついにはビルの区分所有主にまでなっていくという、戦後の都市形成の興味深い過程が示されている」としています。
 第2章「戦後都市とヤミ市」では、新橋、新宿、渋谷、吉祥寺などの各地のヤミ市についてのケース・スタディを行っています。
 新橋については、「1946年春以降、警察は黙認から取り締まりに乗り出し」、「流通統制の取り締まりがおこなわれた他、出店地の利権をめぐる組織間抗争への取り締まりも強化されていく」と述べ、「一見、表層の都市空間が再開発されて現代的な空間になても、ニュー新橋ビルの内部にはヤミ市の雰囲気を残した空間が広がっているのであり、その意味でも新橋西口という場所を象徴するビルになっている」としています。
 新宿については、「戦後、東京の市街地に現れたヤミ市は、テキヤ、引揚者団体、あるいは戦中期に苛烈な支配を受けた朝鮮人・中国人などの外国人によって差配され、場所によってその性質が異なっていた」が、新宿駅周辺のヤミ市では、「とくに戦前から新宿周辺を庭場としていたテキヤの力が顕著だった」と述べています。
 渋谷については、際立った特徴があるとして、
(1)戦前の歓楽街の継承
(2)農・漁業地域との接続が弱い立地
(3)米軍施設の近接による商品構成の特異性
(4)テキ屋組織の非統制・乱立と台湾人グループの台頭
(5)私鉄資本の排他的優位性
の5点を挙げています。
 そして、「日本の国家権力と社会的抑圧から解放され、しかも実質的に治外法権とされたため、もともと日本人の『組』組織に組み込まれていた台湾人たちが、渋谷や新橋に集結して一団の勢力をなした。物資統制下の禁制品(米・食料品・ゴム製品など)を一時は自由に売買し、しかも税制とも無縁で、警察も手が出せなかったのだから、とても太刀打ち出来ない日本人露天商たちの不満は膨らんだ」と述べ、1946年7月19日に起きた台湾人と渋谷署の銃撃戦で巡査部長が殉職し、台湾人側にも死者5名を出した「渋谷事件」について、翌20日には警察が露天商幹部を集め、「(1)不許可の出店、(2)地域外の出店、(3)禁制品の販売」を徹底的に取り締まることを伝え、「都下201ヵ所の『露店市』に対して自粛を指示。渋谷・新橋に対しては『閉鎖』を命令した」と述べています。
 また、1953年に朝鮮戦争が終わり米兵の帰国が始まると、「渋谷の三角地帯には別れを惜しんだ女性たちが米兵との恋文の代書や代読を依頼する代書屋が並んだ」として、のちに「恋文横丁」の名がついたと述べています。
 吉祥寺については、「吉祥寺ヤミ市は、表向きはどこにでも存在した不法占拠によるものだったが、実際には月窓寺による“交通整理”が施されたことから、テキヤ同士の縄張り争いなどが比較的少なかった」ことが、「現在も吉祥寺駅前の一等地に3,000平方メートルにも及ぶヤミ市起源の商店街が存続できている要因の一つといえるのではないだろうか」と述べています。
 東京郊外のヤミ市については、「郊外のマーケット開発の経緯を見ていくと、2つの観点からそれぞれ大きく2つに分けることができる」として、建築の中心を担った人々という観点から、
(1)一人の有力者が中心となるタイプ
(2)ここの営業者が集合したタイプ
の2つに、また、戦前・戦後の関係という観点から、
(1)戦前からその場所に関係を持っていたタイプ
(2)戦後新たに現れたタイプ
の2つに分けることができるとしています。
 第3章「ヤミ市と戦後文化」では、「荷風が市川を終の棲み家としたのは、田園に囲まれた住宅地であるこの地に、昔の東京の面影を見たからだろう。そして浅草に通いつめたのは、昔の東京の盛り場の雰囲気を、最も濃厚に残す場所だったからだろう。荷風がヤミ市に親しんだのは、市川と浅草に古い東京の面影を求めて生きるという、晩年の生活スタイルが確立するまでの一時期だった」と述べています。
 そして、「ヤミ市を都市建築として見たときの系譜」として、「ヤミ市の建築は、終戦直後の復興過程で応急的に作られ、開発主体のもとに小資本の営業者たちが集合することで普及した建築であった」と述べ、
(1)バラック的な建築という特性
(2)マーケット的な建築という特性
という「ヤミ市の建築の2つの特性を示している」と述べています。
 第4章「ヤミ市研究を振り返る」では、松平誠氏へのインタビューの中で、「戦前のテキヤは、一般の市民と関わるようなことはしなかった」が、戦後になると、外国からいろんな人が引き上げてきたことで、「そういう人が入り込んできて、テキヤのもともとの形がうんと崩れてしまうんです。それで、一番崩れたのが渋谷と新橋。これはもう本当に、学生上がりとか引揚者とかそういうのが入り込んで、テキヤの神器みたいなものがめちゃくちゃになったんですね」と語られています。
 本書は、これまで振り返られることの少なかった終戦直後のヤミ市の実態を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 『麻雀放浪記』なんかを読んでいるとヤミ市の雰囲気には憧れなくもないですが、もし実際に当時のヤミ市に行くことになったとしたら、かなり恐ろしげなところだったに違いないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「ヤミ市」という言葉だけは聞いたことがある人。


2014年4月23日 (水)

町村合併から生まれた日本近代 明治の経験

■ 書籍情報

町村合併から生まれた日本近代 明治の経験   【町村合併から生まれた日本近代 明治の経験】(#2320)

  松沢 裕作
  価格: ¥1,728 (税込)
  講談社(2013/11/12)

 本書は、明治前半期に日本で行われた「町村合併」という減少に注目し、「境界を持たない人々の結びつきと、境界を持った政治権力とがともに成り立つような社会とはどのような社会なのか」を問う一冊です。
 「はじめに 境界を持たない社会・境界を持つ権力」では、「小学校が明治の大合併を生み、中学校が昭和の大合併を生んだという『神話』の根底には、2つの合併を、規模こそ違うものの、本質においては同じ『合併』だとする見方がある」と指摘し、「『三大合併』の単純な比較」は、「それぞれの合併の歴史的文脈を覆い隠してしまうが、それだけではなく、町村合併を研究することによって得られる豊かな認識を覆い隠してしまう」と述べています。
 そして、「問われているのは、同心円状の世界を前提にしたうえで、円弧を、どの位置に、何本引くか、という問題なのではなく、世界が同心円状であることそのものなのである。そのような世界の見方を前提とする『三大合併史観』は、市町村合併を論じることによって得られるかもしれないより深い問題群を見逃してしまう」と指摘しています。
 第1章「江戸時代の村と町」では「一面でいえば、近世の『村』とは、領主が年貢村受けの単位として認定した集団であるにすぎない。これは身分や身分集団が公的な位置づけを持つ、という側面から見た場合の村の位置づけである」と述べています。
 そして、「近世社会が、『はじめに』で触れたような『同心円状の世界』とはほど遠い世界だったことが明らかである。ある村の百姓にとって、その村の百姓であるというアイデンティティが、その村を支配する『藩』のアイデンティティに直結するというわけではないのである。いわば、近世社会とは、職能的な少共同体がモザイク状に織りなす社会だったと言える」と述べています。
 第2章「維新変革のなかで」では、明治5年から明治11年までの「大区小区制」について、「近世の人びとの基本的な生活の単位である町や村を無視して政府が中央集権的に設定した行政区画制度であり、そうした無理な制度であったから、政府は人びとの反発を考慮して、郡区町村編制法で再び町や村を地方制度の中に位置づけた」とする「旧村埋没論」について、「実際はそれほど単純ではない」として、
(1)「大区小区制」のあり方は府県によってばらばらである。
(2)「大区小区制」の前提として、近世の組合村の存在を考えなくてはならない。
(3)明治5年に成立した「大区小区制」は、各府県でまちまちであったばかりでなく、各府県でも一度制定された制度が安定することなくしばしば改変される。
の3点を挙げています。
 そして、この時期の合併について、
(1)従来から一村であったものを、実質に合わせて一村化したもの。
(2)政策的に推進されたもの。
(3)地租改正に伴う町村の性格の変化によるもの。
の3つの契機に大別して考えることができるとしています。
 第3章「制度改革の模索」では、「三新法は、内務省を代表する松田と、法制局を代表する井上の2つの路線の折衷の産物であった。松田は基本的に、町村を民費賦課の単位から排除しながら、それよりも広い空間に、住民の合意によって支えられる新しい単位を創出しようとした。一方、井上は、こうした『あるべき地方制度』の像を共有しながらも、根本的な制度改変事態に消極的であった」と述べています。
 第4章「地方と中央」では、「『地方』としてくくられた府県という団体には、具体的で切実な利害の共有はないのである。したがって、府県の境界線には具体的で切実な意味はない。現に、府県とは廃藩置県後に、多様な支配領域を便宜的に一定の規模でまとめた統治の単位に過ぎなかったはずのものであって、明治の初期には何度も分合をくりかえしていた、全く新しい地理的空間だった。そこに議会をおいて利害を共有する結合とするということは、その単位に切実で具体的な利害の共有がないことを前提にしなければならない」と述べています。
 第5章「市場という領域」では、「県庁は、予算案作成の権限をもっているから、どこに予算を配分するか、という計画をたてることで、県会議員たちをコントロールすることができるようになる。こういう仕組みが、明治後期に作り出され、これが近代日本の政治構造の基礎になった」と述べています。
 「むすび 境界的暴力と無境界的暴力」では、「本書がたどってきた明治前期の新しい秩序の形成過程は、いわば、『中央―地方関係』というものが誕生するプロセスであった、ということができるだろう。注意しなくてはいけないのは、『中央―地方関係』なるものが、超歴史的に、太古の昔から存在するわけではない、ということだ。幕府と藩の関係は、政府都府県の関係とはまったく別の性格のものだ。それは一定の歴史の所産であり、モザイク状の世界が同心円状の世界に作り替えられたときに現れる、政治権力の相互関係のことなのである」と述べたうえで、「国民国家は、単独で存在しているのではなく、国民国家を同心円の一つとする、複数の同心円によって成り立つ世界の秩序に支えられて存在している」と述べています。
 本書は、同心円状の現在の社会が成り立つ経過を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 明治の合併が小学校を作るための、昭和の合併が中学校を作るためのサイズで行われたという話は聞いたことがありますが、明治の合併を理解するには年貢を納めるための江戸時代の村の仕組みを理解しておく必要がありそうです。


■ どんな人にオススメ?

・明治時代も現在と同じ「同心円状」の世界だと思っている人。


2014年4月22日 (火)

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史

■ 書籍情報

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史   【私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史】(#2319)

  諸富 徹
  価格: ¥1,512 (税込)
  新潮社(2013/5/24)

 本書は、「過去400年にわたる世界の税制とそれを支えた租税思想の歴史をたどりながら、税とは何か、国家とは何か、資本主義とは何かを考え、またこの21世紀においてどのような税制が必要となるかを展望」するものです。
 第1章「近代は租税から始まった」では、「『租税』という視点から振り返ると、欧米の近代史のありようが従来とは違った姿で鮮明に浮かび上がってくる」と述べたうえで、17世紀にイギリスにおいて、「国家財政が逼迫して臨時税に頼る度合いが高まれば高まるほど、議会開催の頻度は増し、議会側の発言力も増大していった。租税問題は、国王権力に対する議会権力の地位を結果として高めることになった」としています。
 そして、「イギリス市民革命史の流れをたどると、租税問題の重要性がよくわかる」として、「17世紀になってなぜ、租税問題が国家を揺るがし、体制変革を引き起こしたのだろうか」と述べ、「この時期に生じた国家形態の変動、つまり『家産国家』から『租税国家』への移行に見出すことができる」としています。
 また、市民革命の流れがイギリスの財政システム、とりわけ租税制度を変化させたことについて、「もっとも大きな変化はやはり、1643年の2つの新税、すなわち直接課税である『査定課税』と、間接税である『内国消費税の導入である」と述べ、「17世紀革命機の長期議会によって導入された査定課税は、『週割査定税』から『月割査定税』へ、18世紀には『トリプル・アセスメント』から世界初の所得税へと発展を遂げ19世紀初頭には分離課税にもとづく『分類所得税』として自らを確率、以後、現代にまで至るイギリス税制に定着していくことになる」としています。
 第2章「国家にとって租税とは何か」では、「税金を納めることは『義務』なのか、それとも『権利』なのか」という問いについて、「市民革命後のイギリス社会では、それを『権利」とみなす『自発的納税倫理』が定着していった。自分たち市民が作り上げた社会を維持してゆくために、その必要経費として、あるいは国家による生命と財産の保護に対する対価として、市民自ら積極的に負担すべきだという理解である」と述べています。
 また、「19世紀ドイツにおける租税観の特徴を知るため」には、ロレンツ・フォン・シュタインとアドルフ・ワーグナーの著作を紐解くのがよいとしたうえで、「シュタインはヘーゲル的国家間とイギリス古典派経済学の強い影響下にありながらも、19世紀ヨーロッパの後進国ドイツに見合った、すなわち『現実の国家』における租税理論をつくりあげようとした」が、「現実的には、まだ不十分なところも少なくない」と述べています。
 そして、「純粋理論家というよりは政策思考が強く、制度、歴史、政策に関する深い知識に基づいてバランスのとれた思考を展開するワーグナーは、ピグーのように透徹した理論の構築を目指して没頭することはなかったかもしれない」が、「資本主義経済システムがあきらかに変調し、彼のいう『社会時代』に入った19世紀後半において、市場経済への国家介入手段として租税を用いることに、彼は疑いどころかますます革新を深めていったに違いない」と述べています。
 第3章「公平課税を求めて」では、「国家的危機の発生はいつの時代も租税構造に劇的な転換をもたらす。近代国家は税収なしには立ち行かないから、危機に直面すると、租税のシステムを、平時にはほとんど不可能と思えるくらい大きく転換しなければならなくなる。とりわけ所得税は、国家的危機の副産物として生まれると言ってもいいくらいだ」と述べたうえで、「アメリカにおいて特徴的なのは、ドイツのように所得税が社会改革を『上から』実施するための政策手段として国家主導で導入されるのではなく、所得の多寡に応じてより公平な税負担を求める『下から』の社会運動によって、そして政党を通じて、その導入が要求されるようになっていったことである」としています。
 第4章「大恐慌の後で」では、バーリとミーンズの『近代株式会社と私有財産』について、「当時のアメリカ経済の実情を、詳細な統計的分析によって、つまり『数字』によって有無を言わさず暴いてみせた」点で、「衝撃だった」と述べています。
 また、「課税的権力の問題は、『租税とは何か』について、これまでより広い視野のもとで考え直すきっかけを私たちに与えてくれる」として、国家・法人・市民という三者について、
(1)法人は資本主義経済を実際に動かしていく主導的役割を担っている。
(2)市民は、法人に対して直接働きかけるルートと、国家を通じて間接的に働きかけるルートの2つのルートで影響を与え、その私的行動を社会全体の最適性と合致させるよう誘導することができる。
を概念図で示しています。
 第5章「世界税制史の一里塚」では、「現在では、実需取引(貿易や対外直接投資の決裁のための通貨取引)をはるかに超える投機取引が行われており、全通貨取引の70~80%を占めるとすら言われるほどである」としたうえで、国際的な通貨取引に課税される税のことを、ジェームズ。トービンが提唱したことから「トービン税」と呼ぶと述べています。
 第6章「近未来の税制」では、「租税回避行動を抑制し、税源を自国内にとどめおくためにこそ、各国政府は所得税をフラット化せざるを得なくなっていったのである。それはいわば、『節税対策』への対策であり、『租税回避』の回避だった。法人税の引き下げについても事情は同様である」と述べています。
 そして、「経済のグローバル化は国家の規模を縮小させることこそなかったものの、課税権力としての国家は、移動性の高い所得減に対する課税能力を徐々に喪失しつつあり、移動性の低い税源への依存度を高めることによって、国家運営の源ともいうべき税収を何とか維持し、グローバル化に対抗してきたといえるだろう」と述べています。
 また、グローバルタックスのような税制構想が浮上し、その必要性や実施の具体案を巡る議論が活発化してきている背景として、
(1)国境を超えるグローバルな課題が出現し、それを解決するために国際社会が共同で資金拠出を行う必要性が高まってきた。
(2)経済のグローバル化の進展に伴う南北間格差の拡大。
(3)さまざまな形で展開されるグローバルな経済活動のうち、負の影響を与える活動をいかに制御するかという政策手段上の問題。
(4)経済のグローバル化を象徴する多国籍企業への対応という大問題。
の4点を挙げています。
 終章「国境を超えて」では、「租税を通じた経済のコントロール」という考え方が、「往々にして国民国家の枠組みを前提にしている」として、「法人が国境を超えて飛躍的に活動領域を広げたため、この枠組の中に囚われている限り、グローバル化した経済を租税によってコントロールすることはできない」と述べ、「この問題に対する根本的な解法は『課税権力のグローバル化』しかない」と指摘しています。
 本書は、租税をめぐる思想の変遷と21世紀の世界への対応を説いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 現代に住む私たちは、税金を払うことをあたり前の義務だと思っていますが、税金を払うことが「権利」だと思えるのは、国王の権利を制限するために戦い続けていたヨーロッパ人ならではだと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・税金を払うのは「義務」だと思っている人。


2014年4月21日 (月)

自閉症遺伝子 - 見つからない遺伝子をめぐって

■ 書籍情報

自閉症遺伝子 - 見つからない遺伝子をめぐって   【自閉症遺伝子 - 見つからない遺伝子をめぐって】(#2318)

  ベルトラン・ジョルダン (著), 坪子 理美 (監修), 林 昌宏 (翻訳)
  価格: ¥2,484 (税込)
  中央公論新社(2013/10/9)

 本書は、「原因が複雑な遺伝病の研究の概要と、『バイオテクノロジー』のタブーなき世界観」を著者自身の体験から語ったものです。
 第1章「驚きの記事」では、「現在では、遺伝子が自閉症に何らかの影響をおよぼしていること」には疑いの余地がないが、「自閉症は、他の遺伝子疾患で成功した枠組みによっては、基本的なリユから、永年にわたって解決できなかった」と述べています。
 第2章「遺伝学と精神医学の腐れ縁」では、「躁うつ病にしろ、統合失調症にしろ、これらは遺伝子の欠陥バージョンが深刻な影響をおよぼすような、『主要な遺伝子』というものが存在しない」と述べています。
 第4章「自閉症の外観――症状と原因」では、「自閉症が単一遺伝子疾患でないのは明らか」な理由として、「家族内における遺伝がメンデルの法則に従わない」ことを挙げています。
 そして、「自閉症の遺伝子研究には、ほとんど進展がなかった」ことが意味するのは、「自閉症に関係する遺伝子を個別に明らかにすることはきわめて難しく、関与している遺伝子の数が増えた」ことと、「利用する技術が不十分であったこと」だと述べています。
 第8章「ゲノミクスの第二の息吹」では、「個人の多様性はDNAの段階で様々な形で現れるが、主にスニップという限られた変異形式をとる。スニップは、SNP(一塩基多型――Single Nucleotide Polymophism)の略であり、単一箇所の塩基に対する多型(遺伝的多型)を意味する」としたうえで、「ある生物種の手段の一つ以上の形式が存在するとき、その種のDNAにおける一点が多型であることを一塩基多型という」としています。
 そして、「全塩基配列の読み取りにより、病人のDNAと健康な人物のDNAとの間には、違いがあることが明らかになるかもしれない。しかし、それらの違いは、数千個さらには数百万個の塩基によるものだろう」と述べています。
 第11章「アンテグラジャン社を再訪」では、「人びとが遺伝子検査に大いに期待する一方で、彼らが提案する遺伝子検査は、他の子どもよりも少しだけ自閉症になりやすい子どもを見つけ出すことに、ほんの少し貢献するだけであることを、どのように説明したら、わかってもらえるだろうか」と述べています。
 第12章「無駄な進歩か」では、「医療は、市場の『見えざる手』によって公益が担保されないどころか、危害が激化する分野」だとして、「規制当局の働きが悪いからといって、解体してしまうのではなく、逆にわれわれは、規制当局を強化して、十分な役割を果たせるようにしなければならない」と述べています。
 第13章「自閉症は遺伝学で解決できるか」では、「『生命について書かれた分厚い書物』ともいえる、われわれのDNAの読み取りは、生物学に大きな進歩をもたらした。だが、わかったことは、DNAに書き込まれた情報から、どのようにして生物がつくられるのかを解明しなければならない、ということだった」と述べています。
 本書は、遺伝学の成果と限界とを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 一時期は「バイオベンチャー」というだけでずいぶんな資金を集めていたような気がしますが、最近のSTAP細胞をめぐる騒動もその延長線上にある話なのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・DNAが分かれば何でも解決すると思っている人。


2014年4月 4日 (金)

放射能汚染 ほんとうの影響を考える:フクシマとチェルノブイリから何を学ぶか

■ 書籍情報

放射能汚染 ほんとうの影響を考える:フクシマとチェルノブイリから何を学ぶか   【放射能汚染 ほんとうの影響を考える:フクシマとチェルノブイリから何を学ぶか】(#2317)

  浦島 充佳
  価格: ¥1,995 (税込)
  化学同人(2011/7/31)

 本書は、「小児科医として白血病を含むがんの子供たちを放射線照射や骨髄移植を駆使しながら数多く診療してきた」著者が、「1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原発事故後の人びとの健康や環境に及ぼした影響データを詳細に読み解き、現在進行形の福島第一原発事故と比較し、現状を分析しながら将来を予測、そしていま何をするべきかを示唆すること」を目的としたものです。
 第1章「爆発」では、「チェルノブイリ原発事故は起こるべくして起こったとも取れる」として、「原発の安全性に異を唱えても、声を大にしていえない体質。その背景には国家権力が見え隠れする。東京電力にも共通な背景があるように感じられるのは私だけだろうか?」と述べています。
 そして、「どこの国で発生しようとも原発事故は周辺住人、国民、さらには隣国に『目に見えない恐怖』を与えるだろう。この恐怖を少しでも軽減するには『政府が事態をどう収束させるのか』にかかっていると言っても過言ではない」と述べています。
 また、政府の記者会見に関して、「全体を見ると、政府は人びとがパニックにならないように説明しようとしている。だが政府の説明とは裏腹に事態は徐々に悪化し、『東電と政府は現状をコントロールできていない』という印象を与えてしまった。また会見の随所に矛盾が含まれている。日本人が初めて体験する大規模な原発事故、先が見えない不安、これが人びとのパニックにむしろ拍車をかけた」と述べています。
 第2章「影響」では、「理論上わずかな線量の被曝でも発がんリスクは上がるのだが、実際これを被曝量とがん発生率の関係を調べることによって証明するのは難しい」と述べています。
 そして、チェルノブイリ原発事故の作業にあたった60万人の作業員の健康について、「結果を見ると、放射線被曝量に比例して、明らかにある特別ながんが増えたということはなかった。むしろ注目すべき点は、のちに心身症的な不定愁訴が増えたことだ」と述べています。
 第3章「飛散」では、チェルノブイリ原発事故の爆発時の放射性降下物(フォールアウト)について解説した上で、
(1)仮に福島第一原発で爆発があった場合、噴煙の高さにおける風向・風速の情報がわかれば、どの地点に何時間後に到達するかを計算することできる。
(2)放射能をもつ粉塵は細長くたなびく形で風に運ばれ、同心円状に広がるわけではない。
(3)風だけではなく雨も重要な気象条件である。
の3点を示唆していると述べています。
 そして、「事故後初期の段階で半径20kmの住人に対して避難勧告はやむを得ない判断だったと思う。しかし、今まで述べてきたように、爆発なのより最も多く放射性物質が放出されたタイミングでの風や雨の気象条件で汚染エリアは決まり、必ずしも同心円状にならない。そのため、なるべく早い段階で空中ならびに土壌の放射能を相当数のポイントを設けて測定し、環境汚染地図を作成すべきだ」と述べています。
 第4章「病気」では、疫学手法の一つである「エコロジカル研究」について、
(1)汚染地域では毎年甲状腺がんのスクリーニング検査を行い、非汚染地域ではまったくそのような検査を行わないため、本当は被曝によって甲状腺がんが増えていなくても、あたかも甲状腺がんが汚染地域で増えているように見えてしまうかもしない。
(2)個人のデータではなく亜集団のデータを観ているため、得られる結論は「被曝量が多くなると甲状腺リスクを上昇させるのではないか?」といった仮説設定に留まる。
ことから、「エコロジカル研究のエビデンスレベルは低い」と述べています。
 また、ECRRのバスビー教授について、「どうしても核反對論者の教授がECRRという仮面をかぶって感情的に回答しているようにしか思えない」として、「科学者としてバスビー教授の論文を読む限り、あるいはインタビューへの回答をきく限り論理の飛躍が甚だしいと感じる」と述べています。
 そして、「福島第一原発事故のフォールアウトによる被曝量は日本の多くの件で事故前のせいぜい数倍のレベルである。その胎児への影響を調べるには、日本の現状に近いチェルノブイリ事故後のヨーロッパ各国の状況が参考になるはずだ」として、「心理ストレスによる自然流産は増えたものの、奇形が増えるということはなかった」と述べています。
 さらに、「10年、20年といった長期の評価においてもチェルノブイリ原発事故は、小児の甲状腺がんを増やした以外に、精神面、社会面で長期間に渡りネガティブな影響をもたらした」として、「チェルノブイリ原発事故であれ、福島原発事故であれ、近隣住人は長く暮らしてきた土地を離れざるを得なくなった。とくに年配者にとって長い間かけて耕してきた田畑や手塩にかけて育てて家畜と離れるのはつらい。また友人や知人がいるコミュニティを崩壊させてしまったことも大きい」と述べた上で、「政府や社会にたいする不信感、汚染地域の孤立感、放射能という目に見えない恐怖、将来癌になるかもしれないという漠然とした不安、現状あるいは将来の不確実性に対するイライラ。このような要素が複雑に相互作用を起こして慢性的なストレス状態を引き起こし、頭痛、抑うつ、睡眠障害、集中力低下、感情失禁などにつながってしまう。それでヘビースモーカーやアルコール中毒に陥り、結局がんや他の病気になってしまう」と述べています。
 第6章「処方箋」では、「18歳以下の子供の父親だったら」どうするかの問いに、「一定期間いろいろ情報を集め今後どうするか決意する。その際優先されるべきことは家族で一緒に暮らすことであろう」と述べています。
 「まとめ」では、「現在多くの人、とくに子どもをもつ母親や妊婦が、水や食品への放射能の混入を心配している。政府にたいする不信感、ネット上で氾濫する情報、心配するのは当然の成り行きだと思う。ただ、チェルノブイリでも同じ現象が見られた」として、「チェルノブイリでは、両親の不安・慢性ストレスが、子どもの情緒障害、知能指数の低下を招き、思春期にさしかかることには社会適応性障害も増えた。信じられないような話だが事実である」と述べています。
 本書は、原発事故で一番恐れるべきことは何かを考えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 原発事故に関しては、いろいろな風説が出回っている中で、東北や関東には人は住めないと思い込んで西日本に引っ越していった人も少なくないようですが、反核運動の皆さんの思想的傾向から鑑みるに、PM2.5の情報は西に行った皆さんの耳には、あーあー聞こえない状態になってしまっているのではないかと心配が募ります。


■ どんな人にオススメ?

・放射のう汚染が心配される人。


2014年4月 2日 (水)

コンテンツと国家戦略 ソフトパワーと日本再興

■ 書籍情報

コンテンツと国家戦略 ソフトパワーと日本再興   【コンテンツと国家戦略 ソフトパワーと日本再興】(#2316)

  中村 伊知哉
  価格: ¥1,470 (税込)
  KADOKAWA/角川書店(2013/12/7)

 本書は、2003年に内閣につくられた「知的財産戦略本部」の下にある「コンテンツ強化専門調査会」の会長である著者が、会議における「委員のコメントを拾い上げ、政策をつくりだす現場の雰囲気、我々の危機感や焦燥感」を伝えようとしているものです。
 第1章「100年続けるべきコンテンツ政策」では、「知的財産推進計画2013」のコンテンツ部門の議論が、
(1)デジタル化・ネットワーク化(基盤整備)
(2)ソフトパワー(海外展開)
の2本を柱とすることで議論が進み、
(1)政策転換:一般の利用者が作成するコンテンツ、公共・教育、ビッグデータに力を入れる。
(2)優先順位の向上:「資源配分の重点化と政策資源の充実」の明記。
(3)推進体制の整備:「政府の一体的な取り組み、総合的な推進体制」を記述。
の3点の大きな方向付けが行われることとなったと述べています。
 第2章「新たなる可能性と課題」では、「ポップカルチャーは、デジタル技術の力によって、一部のプロフェッショナルが創作し、大衆が受け取るという一方通行の形から、大衆が自ら創作し、表現し、発信し、共有するものをも付け加えた双方向の有機体へと変貌しつつある」と述べています。
 また、「デジタル教科書」について、「そもそも、デジタル教科書は日本には存在しない。学校教育法、教科書発行法、著作権法の3法上、教科書は『図書』と定義されており、紙でないと認められないのだ。いくらデジタルが頑張っても教科書にはなれない」と述べています。
 第3章「著作権新時代の幕開け」では、「アメリカの大手IT企業の人たちと話をすると、日本の人たちはあまり来なくなったけれども、K-POPのヒロたちは、笑ってしまうぐらい、なんでもOKで売り込みに来る」、「著作権などはまったく気にせず、とにかく配信してくれ、と」と述べています。
 第4章「クラウド時代のビジネスの行方」では、「アナログダラー、デジタルセント」という言葉について、「アナログ時代はドル単位で商売していたのに、デジタル時代はセント単位で商売しなければいけない」という説明を紹介しています。
 本書は、日本のコンテンツ政策の行く末を語った一冊です。

■ 個人的な視点から

 日本で「クールジャパン」うんぬんをあれこれ話し合っている間に世界はそんなことを置き去りにしてきそうなのが怖いです。


■ どんな人にオススメ?

・日本はクールだと思っている人。


2014年4月 1日 (火)

生命(いのち)にぎわう青い星――生物の多様性と私たちのくらし

■ 書籍情報

生命(いのち)にぎわう青い星――生物の多様性と私たちのくらし   【生命(いのち)にぎわう青い星――生物の多様性と私たちのくらし】(#2315)

  樋口 広芳
  価格: ¥1680 (税込)
  化学同人(2010/1/30)

 本書は、「地球上の多様な生き物や自然は、どのような理由があって様々な存在となっているのだろうか。また、どのようにして多様であり得ているのだろうか」といった問題を解説したものです。
 第1章「いろいろな生きもの、さまざまな自然」では、「生物の世界、自然の世界に播種の多様性、種内の遺伝的多様性、生態系の多様性が存在し、それらは互いに密接に結びつきながら、ひるがえって生物の世界、自然の世界を成り立たせている」と述べています。
 第2章「なぜこんなにいろいろな生物がいるのか」では、「それぞれの種は、どこにすむかという『住』生活と、何をどうやってとって食べるかという『食』生活に、特殊化した専門家とみなすことができる」と述べています。
 そして、「いろいろな生き物が持つ多様な体のつくりや行動は、食うとともに食われないためのものとしてもできている」としています。
 第3章「どのようにして多様になってきたのか」では、「生物の世界は、ある種が複数の種に分かれる『種分化』によって多様になってきた。種分化とは、ある種が時代の流れの中で徐々に変化して別の種に移り変わっていくことではなく(一つの時代では常に一種)、一つの種が複数の主に枝分かれしていく過程のことである」と述べた上で、「種分化が最終的に成立するためには、遺伝的独立性を保つのに必要な生殖隔離と、独自の生活資源を確保するための固有の生態的地位の両方を発達させる必要がある」としています。
 そして、「ある生物が別の生物の出現をもたらす」という現象が、「生物界が構築される上で2つの側面から極めて重要だった」として、
(1)植物の存在そのものが、動物界全体の進化を可能にした。
(2)さまざまな植物や動物の出現にともなって、それらの死骸を食物あるいは栄養源として利用し分解する多数の菌類やバクテリア、あるいは土壌動物が出現した。
の2点を挙げています。
 第4章「生物多様性の価値——なぜ重要なのか——」では、「人間生活が生きものや自然から得るいろいろな恵み」である「生態系サービス」について、
(1)供給サービス
(2)調節サービス
(3)文化的サービス
(4)基盤サービス
の4点を挙げています。
 第6章「温暖化が生きもののくらしに及ぼす影響」では、「生態系がある安定状態から別の状態へと急激に変化する」という「レジームシフト」について、「そのような変化が生じると、多少の対応策では生態系を元の状態に戻すことはできない」としています。
 本書は、私たちの生活に密接に関係のある生物の多様性の重要性を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 やっぱり地球上の生物の多様性というのは欠かせないものなのだったと改めて考えさせられる一冊でした。


■ どんな人にオススメ?

・地球の多様性を目の前にして戸惑っている人。


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