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2014年7月

2014年7月18日 (金)

鉄道と刑法のはなし

■ 書籍情報

鉄道と刑法のはなし   【鉄道と刑法のはなし】(#2342)

  和田 俊憲
  価格: ¥842 (税込)
  NHK出版(2013/11/7)

 本書は、「一次元的に成約された閉じた体系であることを前提に、そこからさまざまな可能性を追求していくというあり方が共通」している鉄道と法について、「鉄道を舞台とした刑事事件や鉄道に関する犯罪を定めた法律を題材にして、刑法の観点から鉄道を眺め、鉄道という切り口で刑法を見つめる」という「法鉄学」書です。
 第1話「輝かしき鉄道刑法史の幕開け」では、「鉄道犯罪罰例から現行の鉄道営業法に至る鉄道刑法の系列は、犯罪と刑罰の基本法である旧刑法・現行刑法の系列からは終始独立し、鉄道にのみ焦点を当てた特別法として定められてきた」と述べています。
 第6話「国鉄三大事件こぼれ話」では、日本国有鉄道が発足した昭和24年の夏に相次いで発生した「国鉄三大事件」を取り上げ、三鷹事件について、「暴走させた電車が無人の場合でも往来危険による電車転覆致死罪は成立するのかという点」が議論になったとしています。
 また、松川事件に土江、「普段は目立たない犬釘であるが、それが抜かれることによって列車が脱線したということで、まさにその重要性が世に知らしめられた。鉄道と刑法の歴史上、犬釘が最も強く存在感を示した瞬間である」と述べています。
 第7話「テロリストは首都の鉄道を目指す」では、「国鉄が、砕石を敷いた上に枕木とレールを設置するバラスト軌道から、コンクリート路盤に設置したコンクリート製の枕木の上にレールを敷くスラブ軌道への転換を進めるきっかけとなった」のが、昭和43年の「新宿駅騒乱事件」での透析だたと述べています。
 第8話「キセル乗車と薩摩守」では、無賃乗車を「薩摩守」と呼ぶ理由について、「平清盛の末弟の平忠度がただ乗りとかけられ、その官名である薩摩守がただ乗りを指すようになった」として、「歴史上、薩摩守に任ぜられた者が大勢いる中で薩摩守といえば忠度であるとされてきたことが、この俗称が生まれ広まった所以であろう」と述べています。
 第10話「盗まれる鉄道」では、鉄道的要素が強い「サボ」(サインボード、サイドボード)の盗難について、「このような行為が窃盗罪であるのは間違いない」が、「さらに器物損壊罪にも該当することを主張したい」と述べています。
 第15話「罪を犯してでも開通させたい路線」では、「計画されたすべての路線が開業し、かつ、廃止されていなかったとしたら、我が国にはどれだけ充実した鉄道網があったであろうかと思う。その一方で、廃線と未成線の存在が我が国の鉄道文化に深みをもたらしていることも確かである」と述べています。
 第17話「国家としての国鉄」では、「鉄道公安職員の職務に関する法律」が、「国鉄の鉄道公安職員に鉄道施設内における犯罪とその業務に対する犯罪について捜査権を与えるもの」であり、「さらに、その捜査については通常の警察同様の規定を適用すること、小型の武器を携帯できること、やむを得ない場合は必要な範囲でその武器を使用できることなどが定められていた」と述べています。
 そして、国鉄を独立国家とみると、分割民営化時の国鉄の「国土面積」は約660平方キロメートルでシンガポールよりも少し狭い程度で、「人口」すなわち職員数は発足当時60万以上と言われルクセンブルクよりも多いとしています。
 第19話「無免許・無許可の鉄道」では、「鉄道事業は物理的に大がかりなので、当局に気づかれずに無免許・無許可で営業することは通常考えられない」が、「過去に一例だけ無免許営業の例がある」として、平成9年に北九州市の田浦臨港線が無免許であることが明るみになったと述べています。
 本書は、鉄道と刑法という2つの世界をマニアックにつないだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 鉄オタクと法律オタクというのは言われてみればずいぶん親和性が高いような気がするといいますか、それを言い出すとミリオタ、ガノタの皆さんも、細かいスペックや事例を暗記して人前で諳んじてみせたりするあたりが同じ穴のムジナのような気がして、たしかに複数の症状を併発している皆さんはよく見かけるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・細かいスペックにこだわりを持つ人。


2014年7月17日 (木)

自己が心にやってくる

■ 書籍情報

自己が心にやってくる   【自己が心にやってくる】(#2341)

  アントニオ・R. ダマシオ (著), 山形 浩生 (翻訳)
  価格: ¥3,132 (税込)
  早川書房(2013/11/22)

 本書は、「これまでのダマシオの議論を集大成し、進化論的に見た身体や脳から心(『デカルトの誤り』)、心から情動や感情(『感じる脳』)、感情から意識/自己(『無意識の脳 自己意識の脳』)、そしてさらには知性や文明へという流れを総括したもの」です。
 訳者あとがきでは、「ダマシオの議論の基本は、心も、情動や感情も、意識も自己も、進化の中で生存の有利がだから発達してきた」とした上で、「各種知覚機関からのデータを中心としてマッピングされた各種イメージの移動平均のようなもの」である「意識(つまりそれを意識する自己)」が生じ、恒常性の範囲から外れたことを検出して修正しようとするために「体内、体外からの情報を元に原自己ができて、そこからのずれは『何か対応しよう』という信号とそれに対応した行動」であるダマシオ的「情動」を生み出し、他の物体が、「各種の刺激を通じて各種のマップ&イメージを変化させ、その結果としてその移動平均のような原自己も変化」し、「各時点におけるその原自己の変化の集合がダマシオの言う中心自己」だとしています。
 第1章「目を覚ます」では、本書が、
(1)脳はどうやって心を構築するのか?
(2)脳はどうやってその心に意識を与えるのか?
の2つの質問の考察に専念するとした上で、「確かに自己はあるが、それはプロセスであってものではなく、そのプロセスはわれわれが意識のあるはずの状態では常に存在している」として自己プロセスを、
(1)動的な客体を観察している観察者の視点
(2)知る存在としての自己、体験に焦点を与えてその後にその体験を考察させてくれるプロセス
の2つの視点から捉え、「この2つの視点を組み合わせることで、本書で一貫して使われる二重概念が生み出される」と述べています。
 そして、「本書で提起されるアイデアのなかで、何よりも中心的なものは、肉体が意識ある心の基盤だというものだ。身体機能のもっとも安定した面が現れているのは脳で、それがマップの形態を取り、したがって心に対してイメージを提供しているのはわかっている。これを根拠として、肉体の中で生み出される肉体の心的イメージの中で特殊なものが原自己を構成し、それが来たる自己の先駆けとなるという仮説が出てくる」と述べ、「脳が意識ある心を構築し始めるのは、大脳皮質のレベルではなく、脳幹のレベルでのことだ。原初的な感情は脳が最初に生み出すイメージだというだけでなく、感覚力の直接の表現なのだ。それは自己のもっと複雑な水準のための、原自己の基板となる」としています。
 また、「意識ある心は生命制御の歴史の中で生じる。生命制御は、短縮形のホメオスタシス、恒常性で知られる動的なプロセスで、バクテリア細胞や単純なアメーバといった単細胞生物で始まる。それは単純な脳で行動管理される個体へと進歩する」と述べています。
 第2章「生命調整から生物学的価値へ」では、「われわれはしばしば、自分の大きな脳や複雑な意識こそは、高度な生命管理の背後にある態度、志向、戦略の起源だと思ってしまいがちだ」が、「意識ある心は基本的な生命管理ノウハウを、いわば知りうるものにしたというだけなのだ。これから見るように、意識ある心が進化に与えた貢献として決定的なものは、ずっと高い水準でやってくる。それは熟慮にもとづくオフラインの意思決定と文化想像に関連しているのだ」と述べています。
 また、「ニューロンは肉体のためのもので、この『ためのもの性』、この執拗な肉体への指向こそがニューロンやニューロン回路、脳を定義づける性質だ。この『ためのもの性』があればこそ、体内の細胞が持つ暗黙の生きる意思が、心ある意識を持った意思に変換され得たのだと私は信じている」と述べ、「個体全体にとって、価値のプリミティブは生存できる恒常性範囲内の生きた組織の生理状態だ。脳内の継続的な科学パラメータ表現は、意識を持たない脳装置に、恒常性範囲内からの逸脱を検出測定できるようにするので、それは内的ニーズの度合いに関するセンサーとして機能する。すると今度は、恒常性範囲からの計測された逸脱が、他の脳装置による強制行動を指令し、さらには反応の緊急性に応じて、その矯正のためのインセンティブや反インセンティブを促進する。こうした活動の単純な記録が、将来状態の予測の根拠となる」と述べています。
 そして、「人間の脳が意識を持った人間の心をこしらえ始めた時、話は大きく変わった。生命体の生存に専念した単純な統御から、だんだんもっと熟考を伴う統御に移行してきたのだ。それはアイデンティティと人格性を持つ心にもとづくもので、今や単なる生存を求めるだけでなく、ある範囲の福祉を活発に求めるようになった」と述べ、「生命と、それに不可欠な条件――生き延びよという抑圧不能の命令と、生命体の生存を管理するというう複雑な仕事――は脳(これは進化が組み立てた最も入念な管理装置だ)の発生と進化の根本原因であり、さらにはますます複雑な環境に暮らす、ますます入念な身体の中の、ますます入念な脳の発達から生じるあらゆるものの根本原因でもある」としています。
 第3章「マップづくりとイメージづくり」では、「われわれが持っているような脳の決定的な特徴は、マップを作るおそろしいほどの能力だ。マッピングは高度な管理には不可欠で、マッピングと生命管理は手を携えて進む。脳がマップを作るとき、それは自分自身に情報を与えている。マップに含まれる情報は意識せずに運動行動を効率よく導くのに使える」が、「脳がマップを作るとき、それは同時にイメージも作っている。イメージは心の主要な通貨だ。最終的に、意識はマップをイメージとして体験し、そのイメージを操作して、それに理性を適用できるようにしてくれるのだ」と述べています。
 そして、「脳のしつこいほどの動的なマッピングの結果が心だ。マッピングされたパターンは、意識ある生物たるわれわれが、視覚、音、食感、匂い、味、痛み、快楽などとして知るようになったもの――つまりはイメージを構成する。心のなかのイメージは、肉体の中だろうとその周囲だろうと具体的だろうと抽象的だろうと、現実だろうと以前に記憶に記録したものだろうと、ありとあらゆるものに関する脳の一時的なマップだ」と述べています。
 また、「心づくりは極めて選択的な仕事のようだ」として、「中枢神経系すべてが同じようにそのプロセスに参加しているのではない。一部の部位はまったく参加せず、一部は参加しても中心プレーヤーではなく、ごく一部が大半の作業を行っている。その関与の深い部位のうち一部は詳細なイメージを提供する、一部は単純ながらも基板となる、身体の感情といったイメージを提供する。心づくりに参加するあらゆる部位は、相互接続のパターンが極めて差別化されており、非常に複雑な信号統合を示唆している」と述べています。
 第4章「心の中の身体」では、「身体と脳の結びつきの背後にある理由」について、「生きることを管理するという仕事は、身体を管理するということであり、その管理は脳の存在のおかげで制度と効率性を獲得する――具体的には、管理を助けるニューロン回路を持つことでそれを助けるのだ」とした上で、脳の身体に対する『ためのもの性』は、他にも2つの驚異的な結果を持っており、これらも心身論争や意識論争の双方を解決するのに不可欠だ。身体の徹底した詳細なマッピングは、われわれが通常身体の決まった部位に置かれた、近くのための特殊装置もカバーしている」とした上で、「この面白い仕組みによって、身体の外部世界の表象は、身体そのもの、特にその表面を通じてのみ脳に入ってこられる。身体とそれを取り巻く環境は相互に作用を行い、その相互作用を通じて身体の内部に引き起こされた変化は脳にマッピングされる。心が外界について脳を通じて学ぶというのは全く正しいが、脳が身体を通じてのみ情報を得られるというのも同じく正しいのだ」と述べています。
 そして、「通称ミラーニューロンは、要するに、究極の『あたかも身体』装置なのだ。こうしたニューロンが埋め込まれているネットワークは、概念的には私が『あたかも身体ループシステム』として仮説化したものを実現している。つまり、脳の身体マップの中におけるその生命体では実際には起こっていない身体状態のシミュレーションだ」と述べています。
 第5章「情動と感情」では、「人間行動を理解しようとして、多くの人は情動を無視しようとしたが、無駄だった。情動と心(意識があろうとなかろうと)、それを生み出す脳は、情動(そしてその名のもとに隠れている多くの現象)まで含めて十分に考慮しない限り、その秘密を明してはくれない」とした上で、「情動は複雑で、おおむね自動化された行動のプログラムであり、進化によって造り上げられたものだ。こうした行動は、ある種のアイデアや認知モードを含む認知プログラムで補われているが、情動の世界はもっぱら体内で実行される行動の世界で、たとえば顔の表情や姿勢から、内臓や内部状態の変化などが含まれる」と述べ、「情動の感情は、情動が働いているときに心や身体の中で起こることについての、複合的な知覚だ。身体についていえば、感情は行動そのものではなく行動のイメージだ。感情の世界は、脳マップ内で実行される知覚の世界だ」としています。
 第6章「記憶のアーキテクチャ」では、「生命体(身体と脳)は物体と相互作用し、脳はその相互作用に反応する。物体の構造を記録するのではなく、脳は実は生命体がその物体と持つ相互作用のさまざまな帰結を記録しているのだ」と述べています。
 そして、「収斂分散ゾーン(CDZ)は、ニューロンの群れで、その中で多くのフィードフォワード/フィードバック・ループが接触している。CDZは信号処理の連鎖の中で『早期』に位置する感覚領域からの『フィードフォワード』接続を受ける。そうした早期の感覚領域は、大脳皮質における感覚信号のエントリーポイントから始まっている。CDZは双方向的なフィードバック当社をそうした起点領域に送る。CDZはまた、『フィードフォワード』投影を連鎖の中の次の接続レベルにある領域に送り、そこからお返しの投影を受け取る」とした上で、「CDZの枠組みは2つのある程度別れた『脳空間』を提起する」として、
(1)物体や出来事を知覚している間に明示的なマップを構築し、想起の間にそれを再構築する。知覚と想起の両方で、物体の性質とマップの性質との間には明らかな対応関係がある。
(2)マップではなく性向を保持している。性向とはつまり、イメージ空間にマップを再構築するための暗黙の方式だ。
の2つの空間を挙げています。
 第7章「意識を観察する」では、「意識というのは、自分自身の存在についての知識と、周辺が存在することについての知識がある心の状態である。意識とは心の状態だ――心がなければ意識はない。意識は心の特定の状態であり、心が活動している特定生命体についての豊かな感覚のことだ。そしてその心の状態は、その存在がどこかに置かれているという知識、その周辺を取り巻く物体や出来事があるという知識も含む意識というのは自己プロセスを追加した心の状態なのだ」とした上で、「なぜ意識は、選択肢として生命体に与えられて栄えたのだろうか? なぜ意識を作る脳が自然選択されたのか?」という問いに対し、「生命体のニーズに応じて身体と外界のイメージを作成し、方向付け、取りまとめるのは効率的な生命管理の可能性を高めて、結果として生存確率を高めた」と述べています。
 第8章「意識ある心を作る」では、「意識ある心の深みに沈降する中で、私はそれが各種イメージの複合物だということを発見したのだ。そうしたイメージの一群は、意識の中の物体を表す。別のイメージ群は自分を表し、その自分に含まれるのは以下のとおりだ」として、
(1)物体がマッピングされるときの視点(私の心が見たり触ったり聞いたりなどする際の立ち位置を持っているという事実と、その立ち位置というのが自分の身体だという事実)
(2)その物体が表象されているのは、自分に所属する心の中でのものであって、その心は他の誰にも属さないという感情(所有権)
(3)その物体に対して自分が発動力(agency)を持っており、自分の身体が実施する行動は心に命じられたものだという感情
(4)物体がどう関わってくるかとはまったく関係なしに、自分の生きた身体の存在を表す原初的感情
の4点を挙げ、これらの集合が「単純版の自己を構成する。自己集積体のイメージが非自己物体のイメージと合わせて折りたたまれると、その結果が意識ある心となる」と述べています。
 そして、「意識ある心の基本的な内容物は、覚醒状態とイメージだ。覚醒状態についていえば、それが脳幹被蓋と視床下部の一部核種の働きによるものだごわかっている」として、「脳幹核種の働きは、視床に支援を受けるが、一部の核は大脳皮質に直接作用する。視床下部の各種だと、もっぱら化学分子の放出により作用し、それが神経回路に作用してその働きを変えるのだ」と述べています。
 また、「原自己は、中核自己の構築に必要な踏み石だ。それは生命体の物理構造の最も安定した側面を、一瞬ごとにマッピングする別個の神経パターンを統合して集めたものだ。原自己マップはそれが身体イメージだけでなく感じられた身体イメージも生み出すという点に特色がある。こうした身体の原初的感情は、通常の目を覚ました脳には自発的に存在している」と述べた上で、原自己に貢献するものとして、
(1)マスター内知覚マップ:内部状態と内蔵から出てくる内知覚信号からコンテンツを組み立てられるマップやイメージ
(2)マスター生命体マップ:全身の模式図を主要コンポーネントつき――頭、体幹、四肢――で、落ち着いた状態で記述する
(3)外的に向けられた感覚ポータルのマップ:視点を構築し、心の質的な側面を構築する
の3点をあげています。
 第9章「自伝的な自己」では、「主要CD領域の一つ、後内側皮質(PMC)はどうやら他に比べて高い機能階層にあるらしく、他とは違った解剖学的、機能的な性質をいくつか示す」と述べた上で、「PMC活動は覚醒状態で最も高く、徐波睡眠で最も低い。レム睡眠中はPMCは中間の水準で機能する」として、「夢を見る睡眠中にあ、確かに『自己』に何かが起きている。夢の自己はもちろん通常の自己ではないが、それに伴う脳状態は、確かにPMCを動員しているらしい」と述べています。
 第10章「まとめあげる」では、「意識というショーをまとめるのは実に大規模な協調作業なので、その参加者のどれか一つを特出しするのは非現実だ。人間の意識を大きく定義づける、自己の自伝的な側面を生み出すためには、皮質の神経解剖学と神経生理学を支配する収斂分散領域のすさまじい成長を指摘しなければならない」とした上で、「大脳皮質の解剖学的、機能的な拡大があっても、脳幹の機能は皮質構造で複製されることはなかった。この経済的な役割分担の結果として、脳幹と皮質の運命的かつ完全な相互依存が生じた。両者は協力せざるをえないのだ」と述べています。
 そして、「意識の神経学に関する議論や、心脳問題の神経学に関する問題は、通常は2つの点を露骨に甘く見ている」として、
(1)身体そのものの詳細や組織をきちんと考慮しないこと。
(2)脳が何であり何をしているかについてしっかり理解されていると思うのは、まったくの妄想にすぎないが、それでも去年よりは今年のほうが知識は増えているし、そして10年前に比べれば知識量は雲泥の差だ。
の2点を指摘しています。
 第11章「意識と共に生きる」では、「意識プロセスと無意識プロセスとの関係は、共進化するプロセスの結果として生じた奇妙な機能的パートナーシップの新たな一例というわけだ。必然的に、意識と直接的な意識による行動コントロールは、意識のない心の後から発生したものだ」と述べています。
 そして、「神経系は、生命のマネージャ及び生物学的価値のキュレータとして発達し、当初は脳のない性向の支援を受けていたが、やがてイメージ、つまり心の支援を受けるようになった。心の発生は、無数の生物種にとって生命制御の驚異的な改善をもたらした」と述べています。
 また、「頑強な自己が心にやってきて、文化という生物学的な革命を生み出し始めたのがいつ、どこでのことだったのかを発見できたら実に素晴らしいことだろう」が、「自己がゆっくり段階的かつ不均等に成熟したのは確実で、そのプロセスは世界の数カ所で起こっていたし、しかも必ずしも同時にではなかった」として、「5000年ほど前の書字の発達は、確固たる証拠を色々与えてくれるし、ホメロスの詩の頃(3000年前よりは新しいらしい)になると自伝的な自己が間違いなく人間の心にやってきている。それでも、『イーリアス』で述べられた出来事の頃と、『オデュッセイア』との間の比較短期間の間に、何かとても重要なことが人間の心に起きたというジュリアン・ジェインズの主張に私は同意したい。人間と宇宙に関する知識が積み上がるにつれて、絶え間ない階層により自伝的自己の構造が変わり、心的処理の比較的バラバラだった側面をもっと密接に縫い合わせるようになった可能性は十分にある」と述べています。
 そして、「自伝的自己が脳回路や石、粘土、紙に刻まれた知識に基づいて機能できるようになれば、人間は個人的な生物学ニーズを累積した智恵に結び付けられるようになる。このようにして、探求、思索、反応などの長いプロセスが始まる。これは神話、宗教、芸術、そして社会行動を司るべく発明された各種の構造――構築された道徳性、司法体系、経済、政治、科学、技術――などに表現される。意識の究極的な結果は記憶を通じてやってくる。これは生物学的価値のフィルタを通じて獲得され、理性によって躍動する記憶なのだ」と述べています。
 また、「人間存在のドラマとその報いの可能性についての系統的な発見は、人間意識が全面的に発達した後でないと不可能だったとも考える。つまり、思索的な熟慮を導き、知識収集を導けるような自伝的自己を備えた心が必要だったはずだ」と述べ、「こうした文化的な発達の背後にある原動力は、恒常的衝動なのではないだろうか。大きく賢くなった脳のおかげで認知的拡大が大幅に実現したことだけに頼った説明は、文化のすさまじい発達の説明には不十分だ。文化的な発達はあれやこれやの形で、私が本書でずっと言及してきた自動化された恒常性を同じ目的を持つ。それは生命プロセスの不平衡/不均衡検出に反応し、それを人間の生物学や、物理社会環境の制約の中で矯正しようとする。道徳的なルールや法の複雑化とし法体系の発達は、個人と集団を危険にさらす社会行動による不均衡への対応だった」として、「生命体の進化的な設計は生命調整を核としたもので、恒常的均衡に向か傾向を持っていた。それが意識ある思索で武装したことにより、苦悶する者たちにとっての慰めや、苦しむ者を助ける者には報酬、害をなす者に対する介入、害の防止と善の促進を狙った行動規範、処罰と予防の混合物、罰則と賞賛の混合物が生み出された。こうした各種の知恵を理解でき、伝達できて、説得力あり矯正できるものにするにはどうすればいいか――つまりはそれが意味を持つようにするにはどうすればいいか――という問題に人々は取り組んで、解決策が見出された。その解決策は物語だった――物語とは、脳が自然かつ暗黙のうちに行うことだ。暗黙の物語がわれわれの各種自己を作り出したので、それが、人間社会や文化のあらゆる面に浸透しているのも無理はない」と述べ、「自分自身や社会の改良のためにそうした物語を発明したり使ったりできるような脳を持った個人や集団は、そうした脳のアーキテクチャ面の性質が個別にも集団的にも選択されるだけの成功を収め、おかげでその個体数は世代を追うにつれて増加したのだった」としています。
 著者は、「意識が人類に与えてくれた究極の贈り物とは何だろうか? それは想像力の中で未来への舵取りをする能力かもしれない。自己という船を、安全で生産的な港へと導くことだ。このあらゆる贈り物の中で最大のものは、これまた自己と記憶との交差に依存している。個人的な感情でメリハリのついた記憶こそは、人間が自分の厚生と社会全体の類型的な厚生をどちらも想像し、その厚生を実現して拡大する方向や手段の発明を可能にするものなのだ」と述べています。
 本書は、生物に心と自己が生まれるまでの過程を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 人類が「意識」を持ち始めたのはほんの3千年ほど前のことであり、それ以前の人類は「二分心」を持っていて、右脳からささやかれる「神々の声」に従って文明を築いた……という説はジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』でしたが、生物の進化の過程から「意識」の誕生をたどった本書との接点が面白いです。


■ どんな人にオススメ?

・自分には「意識」があるのがあたりまえだと思っている人。


2014年7月16日 (水)

日本人の「翻訳」――言語資本の形成をめぐって

■ 書籍情報

日本人の「翻訳」――言語資本の形成をめぐって   【日本人の「翻訳」――言語資本の形成をめぐって】(#2340)

  亀井 秀雄
  価格: ¥3,240 (税込)
  岩波書店(2014/3/26)

 本書は、「幕末から明治期、『翻訳』という営みを通じて、日本語の文体はどのような自己認識をもち、変化していったのか」を追ったものです。
 第1章「想像のアメリカ言葉」では、寛永7年頃に出たいくつかのかわら版が、戯作と考えられる「アメリカ言葉」を掲載していることについて、「幕末における『未知なる言葉』との出会いや、翻訳はこういう形で始まった」と述べた上で、「横浜居留地に発生した雑種(ハイブリッド)語」を取り上げ、「明治期の翻訳を通してみられる言語や文化の実装は、そういうところまで視野を広げなければ捉えられないであろう」と述べています。
 第2章「ヨコハマ雑種語」では、「このヨコハマ言葉の面白さは、一つには、ある事物を言い表すのに、由来の異なる言語をちゃんぽんに組み合わせた、文字通りの雑種語だったことである」として、マレー語などに由来していると述べています。
 第7章「ハジマリニ カシコイモノゴザル」では、1855(安政2)年4月に、函館に入港したイギリス遊撃艦隊にいた「リキ」と名乗る日本語通訳について、「生国での名は力松だ」と答え、「ホンコンに住んで日本人の漂流民の世話をしている。妻子もあり、唐国の取り扱いもよく、何一つ不自由していない。帰り度い気持ちはない」と答えたと述べています。
 第10章「音(コエ)の領略」では、「本居宣長は、外国語の音(コエ)を訳(ウツ)す上で、五十音図という日本の音システムに絶対的な信頼を置いていた」が、「実際に西洋人と交渉が始まってみれば、この自信は崩れざるをえない」として、「近代における翻訳の問題は、この音の葛藤と調整から始まった」と述べています。
 第16章「江戸口語の突出」では、「明治前期に至るまで、日本の口語のあり方を実体的に記述することは、極めてむずかしい」とした上で、アーネスト・サトウが明治6年に出版した『会話篇』が、「ある完成した形で口語的な言語世界を描き出すことに成功した、最初のテクストだった」として、「さまざまな身分関係から生まれた多様な言葉遣いのニュアンスをよくつかんで、総合的な地域語の活写に成功した」と述べています。
 第19章「翻訳行為のテクスト」では、「直訳」という方法が、「外国の言葉が表している事柄には、それに対応する事柄が日本にも存在するのだ、というオプティミスティックな信念」をぜんていにしていたとして、「この信念はときに滑稽な結果を生んだが、もしその前提がなかったならば、そもそも人は『翻訳』などということを思い立ちはしなかっただろう」と述べています。
 本書は、西洋と本格的に対面した幕末・明治期の日本人の四苦八苦の様子が感じ取れる一冊です。


■ 個人的な視点から

 現在でこそ、日本人は中学高校と6年間英語を学習しているはずではあるのですが、教科書的な内容で実際には使えないという話はよく聞きます。個人的には、幕末以来の「雑種語」が現在まで発達して、文法や発音はデタラメでも実用に耐える“シングリッシュ“みたいな日本独自の英語になったら面白いのにと想像してみます。


■ どんな人にオススメ?

・英語は正しく翻訳すべきと思っている人。


2014年7月15日 (火)

運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか

■ 書籍情報

運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか   【運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか】(#2339)

  中澤 篤史
  価格: ¥4,968 (税込)
  青弓社(2014/3/26)

 本書は、「運動部活動の戦後と現在を描き、なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのかを考える」として、「体育学・教育学をベースに社会学/歴史学の方法論も用いながら、運動部活動の戦後の拡大過程と現在の維持過程を分析し、それを通じてスポーツと学校教育の日本特殊的関係の構築プロセスを探求する」ものです。
 著者は、「カリキュラムに含まれない課外活動であるにもかかわらず、運動部活動は行われてきた。生徒や教師が必ずしも好き好んで参加しているわけではないにもかかわらず」、「運動部活動は過剰なほど大規模に成長し続けてきた」と指摘しています。
 序章「なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか」では、「運動部活動は、教育制度という面でみると、課外活動という曖昧で周辺的な位置にある」ため、「顧問配置や超過勤務や手当の問題などが解決されないままに残されていて、学校や教師にとっては教育問題でもあり続けた」にもかかわらず、「現在まで大規模なままで維持されているのはなぜなのか」として、「このスポーツと学校教育の日本特殊的関係の構築プロセスを、日本の大規模な運動部活動の拡大・維持過程の解明を通して考察する」と述べています。
 そして、「なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのかという問いを解くための補助線として、理念としての〈子どもの自主性〉に注目する」に注目し、「こうした理念としての〈子どもの自主性〉を媒介として、日本の学校教育はスポーツを取り込もうとしてきた、と仮説的に考える」と述べています。
 第1章「運動部活動を分析するための方法論」では、「少なくとも現在の運動部活動を成立させている中心的な原動力は、生徒の意思ではなく、学校と教師のかかわりである」とした上で、「青少年のスポーツの中心が運動部活動にあり、かつ、それが大規模に成立している日本は、国際的に特殊である」と述べています。
 また、日本教職員組合が、「1970年代から、教員手当を要求しながら、運動部活動は学校と教師が担うべき活動ではなく社会体育に属する活動であり、地域社会へと移行すべきだとの見解を示してきた」結果、「教員特殊業務手当」が設けられるなど、「運動部活動への従事に対する保障が部分的に整えられた」が、「こうした保障自体が、教師が運動部活動に従事し続けてきた現状を後追いする暫定的な措置に過ぎなかった」と述べています。
 第2章「戦後運動部活動の実態・政策・議論」では、戦前において、「各学校で運動部活動が設置されていても、そこに加入し実際に活動していた生徒の割合が多かったわけではなかった。また、中等教育機関への進学率そのものが低かった」ため、「戦前の運動部活動の広がりは、大規模化した戦後に比べるとやはり限定的だった」と述べています。
 そして、「終戦直後から1950年代前半で、すでに加入率は一定規模に達しており、地域住民に加えて一部の教師が部分的にかかわっていた。だが50年代後半から60年代前半にかけて、特に女子の加入率が減少したことで、運動部活動の規模は縮小した。60年代以降、加入率は一転して増加傾向を示し、その規模は拡大していった。それに合わせて、地域住民のかかわりは減り、教師のかかわりが増えていき、その教師のかかわり方も、顧問教師が指導から引率まで引き受けるという、現在と同じ教師のかかわり方が70年代後半には一般化した」と述べています。
 第2章「戦後運動部活動の実態・政策・議論」では、1970年代から80年代前半において、「スポーツを大衆化させるために、学校と教師が運動部活動に関わることが求められた」なかで、「運動部活動は拡大し、教師のかかわりも大きくなってきた。必修クラブ活動がスポーツに触れる機会を増やし、その延長として運動部活動を位置づける学校も出てきた」ことで、「運動部活動の加入率は増加していった。と同時に、教師が何らかの部の顧問に就くことが通例となってきた」と述べています。
 そして、教員手当問題や顧問教師の責任範囲の問題の中で、「運動部活動の社会体育化を模索する政策」につながり、「部分的あるいは全面的に運動部活動を社会体育化するケース」もでてきたが、「1978年に日本学校安全会の災害共済給付制度が大幅に改善された」ことで、「より充実した日本学校安全会の災害給付制度を受けるためには、教師が指導する運動部活動に戻る必要があった。こうした保障の手厚さの違いが一つの背景となり、社会体育化されつつあった運動部活動は、再び学校へ戻っていった」と述べています。
 また、「運動部活動の拡大とは、つまり、非行生徒をその生徒自身が好きなスポーツで更生させる、という実践が広がり、学校教育の隅々にまで及んでいった」うえに、「その実践は、対象を非行生徒から一般生徒へ広げ、目標も非行の更生からより広範囲な生徒指導へと広げていった。こうした実践の広がりによって、運動部活動は生徒指導の手段という、現在に続く運動部活動の捉え方が確立していった」として、「運動部活動が大規模化していく中で、学校と教師は、生徒自身の意思とは別に、教育的に必要な生徒指導のために、生徒に運動部活動の加入を推奨し、あるいは強制していくようになった。その結果、運動部活動は、強制的で管理主義的な性格を強めていった」と述べています。
 第3章「戦後運動部活動と日本教職員組合」では、「負担を被りながらも教師が運動部活動を手放さなかった歴史的背景」について述べるとした上で、1969年・70年の学習指導要領改訂により、「授業として全生徒を対象に実施する『必修クラブ活動』が特別活動内に設置された」ことについて、「日教組の理想とする民主教育の実現を阻害する」として、激しく批判したと述べ、「こうした必修クラブ活動の否定運動の流れのなかで、強制ではなく生徒が自ら参加し、教育課程外でありながら教師がかかわる、従来の運動部活動が再評価された」としています。
 また、「日教組にとって、社会体育は権力側が用意する『軍国主義の毒』であり、社会体育化とは『憲法改悪軍国主義化へと進むこと』であった。すなわち、日教組の見立てでは、学校外の社会は改革すべき日民主的な空間であり、そうした社会を改革する拠点が民主的な学校であり、その担い手が民主的な教師であった。こうした見立てからすると、社会体育化に賛成することは、教師にとって『教育的な責任を放棄した形』になってしまう。だから、『クラブ活動は学校教育のなかで行われてこそ意味がある』と、あくまで学校を拠点に教師の手によって運動部活動を編成しなければならないと考えられた」と述べています。
 第6章「運動部活動改革と学校-保護者関係」では、フィールドワークを行った「ヒガシ中」(仮称)において、「サッカー部で2年間にわたって進行した運動部活動改革の一連のプロセスを、〈要望〉と〈支援〉という保護者のかかわり方の影響に注目しながら分析する」としています。
 そして、運動部活動を肯定する理由として保護者が第1に上げたこととして、「子どもたちのためになる」として、「人間関係」「友人関係」「上下関係」「先生とのつながり」「成長できるところ」「コミュニケーション」「時間の使い方」「からだを動かす(こと)」「勝つ喜び」などを挙げたと述べています。
 そして、「部活動を存続することに対する保護者の要求や期待は大きかった」ため、「ヒガシ中は、運動部活動改革の方向性や内容を決定するとき、そうした保護者の要求や期待を強く意識せざるをえなかった」と述べた上で、「保護者のかかわりが『子どものため』であれば、学校はそれを受け止めざるを得ない」が、「保護者自身にとってさえうまく説明できない信念から生じる〈要望〉を理性的な対話によって退け、保護者から合意を得ることは、学校にとって困難を極める作業となる。そのあいまいさと非合理性のために、保護者のかかわりは学校側からすれば非常に制御しづらいものとなってしまう。そのために、学校は保護者を過剰に意識することになると考えられる」と述べ、「学校と保護者の間でやりとりされている『子どものため』の中身のすべてが、〈子どもの自主性〉の理念というわけではない」ことを「見逃してはらなない」と指摘しています。
 第7章「運動部活動に積極的な顧問教師」では、部活動に積極的な教師にとって、「生徒指導によって競技力が向上し、その結果勝利が得られ、さらにその勝利が新たな生徒指導に役立つと考えていた」と述べています。
 第8章「運動部活動に消極的な顧問教師」では、「教師は、できるだけ生徒の希望や願いに応えたいという態度を出発点にしながら、運動部活動を通じた教師-生徒関係が教育実践に有効であるとも認識していた」と述べた上で、「ヒガシ中学校の明文化された組織のあり方から見れば、教育目標を受けて校務分掌が設置され、担当者が取りまとめとなって、種々の運動部活動学校教育活動として位置づけられているわけである」として、「こうした教育目標や校務分掌上の位置づけによって、運動部活動を維持すること、そのために教師が顧問に就くことが、学校全体としてゆるやかに正当化されてきた」と述べています。
 終章「スポーツと学校教育」では、「運動部活動は、各時代の学校教育の背景のなかで、つまり民主主義のなかで確立し、平等主義のなかで拡張し、管理主義のなかでさらに拡張してきた」結果、「教師の負担は大きく膨らんでいき、日教組によって教育問題としても扱われた」一方で、「日教組によって民主主義の実現を追求するために、消極的ながら必要とされてきた」と述べています。
 そして、学校と教師のかかわりについて、「運動部活動は、まさに教育のために積極的に強く肯定されてきたのであり、それが教育とみなされるからこそ、消極的ながら完全に否定できなかった」と述べています。
 著者は、「スポーツと学校教育は、戦後日本社会という文脈で、〈子どもの自主性〉が価値づけられ、広がっていったことで、日本特殊的に結びついた。そして、その〈子どもの自主性〉を反省的に意味づけ直しながら、今もなお、スポーツと学校教育は結び付けられ続けている」と述べています。
 本書は、運動部活動と学校との微妙な緊張関係のなかで成り立っている関係を丁寧に追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 中高生にとっては「あって当たり前のもの」と考えられがちな部活動も、立ち位置的には微妙なところにいるというのが面白いです。PTAにも共通する点ですが、現在になって考えると「何でこんな制度になっているのか?」と思うようなグレーゾーンの仕組みの背景には、終戦後の「民主化」がキーワードになっているようです。


■ どんな人にオススメ?

・部活動はあってあたりまえだと思っている人。


2014年7月14日 (月)

「あいつらは自分たちとは違う」という病: 不毛な「世代論」からの脱却

■ 書籍情報

「あいつらは自分たちとは違う」という病: 不毛な「世代論」からの脱却   【「あいつらは自分たちとは違う」という病: 不毛な「世代論」からの脱却】(#2338)

  後藤 和智
  価格: ¥1,620 (税込)
  日本図書センター(2013/10/10)

 本書は、「現代の若者論というものは、古来繰り返されてきた『愚痴』を超えて、社会を、それもよろしくない方向に動かすものになっているのではないか」という問題意識のもと、「表面的にはバッシングの勢力が強まり、そして近年において問題の多い擁護論も台頭するようになった1990年代以降の状況について、それは戦後から現在に至る若者研究の系譜をたどれば、ある種の必然、運命として表れるものであったという認識」を示すものです。
 第1章「好き勝手に論じられる『子供』『若者』」では、「1990年代以降、現代の若年層は、自らの主張を押し通すためのお手軽なツールとして扱われ、容易にバッシングされる存在となって」いるとした上で、「多くの若者論者が、自分の言論領域に引き寄せて若年層を語っている」として、若者バッシング系の論客が、
(1)若年層を明確に劣化した存在として決めつけていること。
(2)そのような「劣化した」若年層を生み出した「諸悪の根源」を名指ししていること。
(3)そのようなイメージをもとに、若年層を自らの好きなように扱って、それがもたらす社会的な悪影響などを勘案している様子が少しもないこと。
という共通点をもっていると指摘しています。
 第2章「『あいつらは自分たちとは違う』」では、「現代の多くの若者論の世界観は、情報の受け手に対し、若年層をリアルな存在ではなく、どこかしらの問題点がデフォルメされた、バーチャルな存在として提供している」と述べた上で、「1960年代終わり頃からの若者研究は、労働などの分野から心理的なものに移行していったこと、そして高度経済成長によって経済的な問題が背景に追いやられていったことにより、日本における『若者』というものが上の世代とは文化的に切り離された存在であるという認識を生み出したという流れが確認」できるとしています。
 そして、現代の若者論が抱える「幻想」として、
(1)「上の世代とは違う若者」幻想
(2)「心理主義」幻想
(3)「消費」「メディア」幻想
(4)「宿命論」幻想
の4点を挙げています。
 第3章「世代の鎖」では、「社会病理学や心理学などが、現代社会を『理解』するための理論としての『最前線』としての地位を獲得したことは、1980年台において消費社会論や記号論などがマーケティング分析の『最前線』に使われるようになるということを予言しているように見え」るとしています。
 そして、「上の世代とは断絶された心性を持つが、最先端の時代の心性を持った日本人としてある種の好奇の目でみられる『若者』という存在が、ここに確立した」と述べています。
 第4章「消費社会とメディアの鎖」では、大塚英志を中心としたいくつかの論客の言説について、「彼らに共通しているのは、彼らがサブカルチャーを題材として、現代の若年層のコミュニケションや消費のあり方を描くことにより、現代社会の像を提示したことにある」と述べています。
 第5章「ポストモダンと劣化言説の鎖」では、「消費やサブカルチャー、コミュニケーションに関する、それこそ1980年代の消費社会論が述べていたような表層的な議論で、客観的な検証を行わずに、論者の立ち位置や社会的な『思想』が重視されていた議論が展開されていくと、若者論は現実の若年層の姿からはどんどん遊離していくものとなってしまいます」と述べています。
 そして、「若年層に『ポストモダン』を見出して、それをいいように扱ってきた1990年代の若者論客の態度が、若者論の3つ目の鎖、ポストモダンと劣化言説の鎖を形作った」と述べています。
 第6章「アイデンティティの鎖」では、「ポスト・ロスジェネ論客においては、それまでロスジェネ論客がアイデンティティとして獲得してきた『被害者』『被抑圧者』というものを、経済に縛られたものとして一蹴、否定し、現代の若年層はロスジェネが言うような『不幸』な存在ではないと主張、そして経済から自由になった自分たちの世代は『変革』『新しい働き方』ができる世代なのだということを、アイデンティティとして獲得しようとしている」と述べています。
 第8章「若者論に『社会』を取り戻す」では、「現代の若年層に関する劣化言説の多くは、彼らは大人たちとは違った『異常な』教育環境、コミュニケーション環境などの下で育った世代であり、何らかの『異常』を抱えているのだという認識に基づいています。またそれら劣化言説の多くは、現代の若年層に対して、客観的な調査やデータよりも、自分の主張を押し通すために都合のいい断片的な事例を全体化して述べる傾向にあります」とした上で、「そのような言論状況が、若い世代にとって、自分たちの世代は『異常』なのだという認識がアイデンティティとして植え付けられている可能性も否定しにくい」と述べています。
 本書は、現代の若者論をめぐる状況を戦後の若者論の流れの中に位置づけようとした一冊です。


■ 個人的な視点から

 古代シュメールの粘土板に「今どきの若い奴はなっとらん」ということが書いてあったとか、「子供叱るな、来た道だ、年寄り笑うな、行く道だ」とか色々言いますが、年齢が一緒というだけでひとまとめにまとめられるほど共通点なんかないと思うわけですよ。自分の中学時代の同級生たちを10人ピックアップして一言でまとめられる特徴なんて思いつかないですしね。


■ どんな人にオススメ?

・適当なラベルに対してしか物が言えない人。


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