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2015年4月 5日 (日)

絶対音感神話: 科学で解き明かすほんとうの姿

■ 書籍情報

絶対音感神話: 科学で解き明かすほんとうの姿   【絶対音感神話: 科学で解き明かすほんとうの姿】(#2359)

  宮崎 謙一
  価格: ¥2,052 (税込)
  化学同人(2014/7/10)

 本書は、「絶対音感についての真実を読者にわかってもらうこと」を目的として、絶対音感が「どのような能力なのかを明らかにする」とともに、「絶対音感があまり音楽とはいえない能力」であることを明らかにするものです。
 第1章「絶対音感とは何か――絶対音感の概念をめぐる神話」では、絶対音感とは、「絶対的に(ほかにくらべるものがないほどに)素晴らしいという意味に理解されること」が多いが、絶対音感の「絶対(absolute)」は、「ほかと比較することなしにという操作的な意味を表しているだけであり、それに特別に素晴らしいとか完全なとか言う価値的な意味はない」として、「絶対音感は音楽における音の高さ(『ピッチ』)を知覚する能力」であり、「『絶対音高』という言葉を用いるほうが学術用語としては適切である」と述べています。
 第2章「音楽的ピッチ――音楽を構成する基本要素」では、「処理の複雑さの点では低いレベルの単純な能力である絶対音感が、特別の訓練を受けた少数の人々しか持っていないのに、高いレベルの複雑な能力である相対音感が、音楽経験によって程度の違いはあるものの、ほとんどの人々に見られる」理由として、「人間にとっては絶対音感よりも相対音感のほうが大切だから」だと述べています。
 第3章「絶対音感の事実――実験から明らかになったこと」では、「不正確な絶対音感保有者は、白鍵音は比較的正しく答えることができるが、黒鍵音については間違いが多くなる」理由について、「通常、ピアノのレッスンは白鍵音だけで演奏されるハ長調から始まり、徐々にシャープやフラットが付いた音が加わっていく」ため、絶対音感の定着過程において、「黒鍵の音は遅れて徐々に加わってくるが、その分だけ訓練の総量は少なくなるため、白鍵音の正確さのレベルまでに達しない場合があると考えられる」と述べています。
 第4章「絶対音感をもつ人はどのくらいいるのか」では、「音楽学生の中での性格な絶対音感の割合は、アメリカやヨーロッパの音楽大学では多くても5~10%程度である」のに対して、「日本や中国、そしておそらく韓国でも、その割合は50%くらいもあり、絶対音感をもたない学生のほうがむしろ少数派という顕著な違いがある」ことについて、「絶対音感の獲得につながるようなこどもの頃からの音楽訓練が、日本や中国、韓国などで盛んに行われていること」を挙げています。
 第5章「絶対音感は音楽をするうえで役に立つか――〈絶対音感=音楽的才能〉という神話」では、「聞こえてきた音楽の相対音高を、時間と努力を費やして聞き取ることこそが、音楽を音楽として聴く(音楽的意味をとらえる)ことなのだが、絶対音感があるとそれをしないでも曲を楽譜に書き取ることができてしまう」と述べています。
 また、「絶対音感があると聴音テストではあまり苦労しないで済むかもしれない」が、「調整の枠組みの中でメロディや和製の音の動きを聞き取り、鳴り響く音の調整的な意味を他の音との関係の中で捉える能力を見るのが、その本来の目的」であり、「聴音課題は調性感や和声感、すなわち広い意味での相対音高をとらえる能力(相対音感の能力)を見る課題である。このような能力こそが、音楽においてはきわめて重要な能力だといえる」として、「絶対音感の能力があると、聴音テストでよい成績を取ることができるだろうが、音楽的な耳を持っていることにはならない」と述べています。
 第7章「絶対音感をもつ人の相対音感」では、「音楽にとって、絶対音感はなくてもかまわないものであり、それどころか状況によっては、音楽にとって不都合を生じる可能性さえ考えられる」と述べ、楽譜を見ながらメロディを聴く課題において、「絶対音感がある参加者は、非移調条件での判断は正確だが、移調条件では正答率が目立って低くなっている」として、「絶対音感を持つ参加者にとっては、標準メロディは音符が表す絶対音高に固定的に結びついているので、楽譜と違う調で聞こえる比較メロディを楽譜の標準メロディと直接比較することができないからである」と述べています。
 そして、「日本の音楽学生は、ヨーロッパやアメリカの音楽学生に比べて、絶対音感の点ではきわめて優れている反面、相対音感テストの成績はがっかりするくらい低い」ことについて、「音楽にとって、絶対音感はなくてもよいが、相対音感はないでは済まされないことを考えると、この結果は重大な問題を提起するものと言うことができる」と述べています。
 第8章「絶対音感はどのように生じるのか――遺伝と経験をめぐる神話」では、「訓練によっておとなに絶対音感を獲得させることは期待できないと考えるのが妥当」だとした上で、「絶対音感の学習に臨界期があるという見方」について、「ある行動や能力の発達において、特定の経験が最も顕著な効果を生じる年齢窓(発達上の期間)」を意味する「臨界期(critical period)」について、「臨界期仮説によると、臨界期の時間的制約はかなり厳格で、窓が開いている間は経験の効果はあるが、窓が閉じてしまうと効果はまったくなくなると考えられている」と述べ、「絶対音感の学習にも臨界期があるとする見方によると、それは2歳または3歳ころに開き、6~7歳頃に後じてしまう。臨界期の窓が閉じた後はいくら訓練しても何の効果もない」としています。
 また、「一般的な認知発達は、要素を個別にとらえる絶対的な処理から、全体の枠組みやコンテクストの中で捉える相対的な処理へ移行するという見方」から、「絶対音高を処理する能力は比較的単純な、ある意味では原始的なピッチ処理能力で発達初期からみられるのに対して、相対音高を処理する能力は、より複雑で高度な認知処理を前提とするので、発達が進んでから現れるということになる」と述べています。
 「おわりに」では、「絶対音感は音楽のいろいろな面でツールとして役に立つことはあるが、それらの利点は音楽的な観点から見ると皮相なものにすぎない」と述べ、「絶対音感を獲得させるためのレッスンは、相対音感の発達に拮抗する面がある。これでは音楽的な耳が発達するための基礎となる経験を犠牲にすることになる」としています。
 本書は、誤って信奉されている「神話」の実像に迫った一冊です。


■ 個人的な視点から

 絶対音感がない人は絶対音感を持っている人を羨ましがりがちですが、あればあったで大変なようです。


■ どんな人にオススメ?

・子どもに絶対音感を身につけさせようと思う人。


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