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2015年5月

2015年5月31日 (日)

放射線~科学が開けたパンドラの箱~

■ 書籍情報

放射線~科学が開けたパンドラの箱~   【放射線~科学が開けたパンドラの箱~】(#2415)

  Claudio Tuniz(著), 酒井 一夫 (翻訳)
  価格: ¥1,080 (税込)
  丸善出版(2014/8/26)

 本書は、「国際的に活躍されている著者の幅広い活動の経歴に基づいて、放射線や放射能の発見から様々な利用について紹介」しているものです。
 「はじめに」では、「放射能にはさまざまな側面がある。光の部分もあれば、闇の部分もある」とした上で、「本ショアは、放射能や放射線の持つ、すばらしい、そしておそるべき力に関する短い物語である」と述べています。
 第1章「放射能というパンドラの箱を開く」では、「ストックホルムでノーベル賞を受賞した後、フェルミは米国に移り、原子炉の建設の仕事に着手した。これは、最初の原爆の製造を目指して1942年に開始されたマンハッタン計画の中でも重要な活動を位置づけられていた」として、「原子力というパンドラの箱は、このときに完全に開け放たれた。多様な放射性核種がつくり出され、環境中にもともと存在していた放射線源に追加されることとなった」と述べています
 第2章「無限のエネルギー?」では、「エネルギーの専門家は、原子力は世界的なエネルギーミックスの一部として、近い将来特筆されるべき役割を果たすと予測している。各国が温室効果ガスの排出目標の達成を目指す一方で、30億人が電気を使えない状況にあり、エネルギーの不均衡を是正することが決定的に重要である。アフリカに住む人々の4分の3が発展のために不可欠な電気を持たないことを考える必要がある」と述べています。
 そして、「第4世代の原子炉はまだ設計段階にあり、その大部分が実用化されるのは2030年以降になる」とした上で、「これに代わる、軽い原子核の融合による原子力エネルギーシステムも先の見通しが立っていない」として、「米国の科学者たちは、プラスのエネルギー収支が得られるような自己持続的核融合反応は2014年頃までに実現できると考えているが、役立つような形で電気を供給できるようになるには、おそらく30年はかかるだろう」と述べています。
 第4章「医学における放射能」では、「放射性核種は、医学生物学の分野で何十年にもわたって、特定の分子の中に取り込ませ、トレーサーとして利用されてきた」とした上で、「海馬において神経の新生がないこととアルツハイマー病の関係や、目のレンズにおける細胞のターンオーバーと白内障の関係、心臓における繊維上の物質の進展と心臓の機能の喪失など、病理的変化の起源も確認できるかもしれない」と述べています。
 第5章「放射線を利用した製品や装置」では、「X線撮影やCTなど、医療の現場で日常的に使われている技術が、産業の分野、特に非破壊検査の分野でますます用いられるようになっている」と述べています。
 そして、「20世紀の最初の10年間には放射能を利用した製品は広く普及したが、必ずしも有益な応用ばかりではなかった」として、「古きよき時代には、何も知らない大衆が放射能は無限のエネルギーを生み出すだけでなく、治療効果や美容に良い効果があると信じこまされており、さまざまな放射性製品が市場に登場した」と述べています。
 そして、「人類にとって重要な転機となる時期を正確に定めようという絶対年代測定の手法は、時間に依存した自然放射線の作用を利用している」とした上で、「放射性炭素による年代測定は、第四紀後半という時間スケールの中においても正確で直接的な測定結果を提供することによって、考古学に革命をもたらした」と述べています。
 第6章「放射能の脅威」では、「ピエール・キュリーは、すでにノーベル賞受賞講演で放射能の負の側面を言い当てていた」にもかかわらず、「その発見から1世紀あまりを経ても、放射能は脅威と疑念をもたらし続けている」と述べています。
 そして、「1960年代はじめから1990年代初頭までの間にIAEAが実施してきた国際的安全保障のしくみによって、あらかじめ宣言された用途以外に核物質が転用されないことが保障されるようになった。この伝統的な安全保障の手法は、核に関する数量管理に基礎を起き、封じ込めと監視技術がこれを補うかたちになっている」と述べています。
 第7章「地球の起源と進化を探る」では、「ガボン南東部で見つかった約21億年前の多細胞生物の画像」について、「多細胞生物の起源は、進化を理解する上で決定的に重要だ。ガボンの頁岩の中で、レントゲンとキュリーがダーウィンと出会うことになった」として、「150年の後に、X線と放射能が、ダーウィンの考えを裏づける重要な情報をもたらす基盤技術を提供することとなったのだ」と述べています。
 第8章「人類の起源を探る」では、「アウストラロピテクス類は400万年前から100万年前までの間に生息していた、非常に成功した種族である。当時は地質学的な、そして天文学的な力が地球の気候を大きく変化させており、彼らはアフリカで極端な環境の変化にさらされた」と述べています。
 また、「2010年にはネアンデルタール人のゲノム配列が明らかとなり、これに伴って極端な『アフリカ起源説』に大きな打撃が与えられた」として、「ネアンデルタール人のゲノムDNAは、アフリカの外の現生人類のゲノムの約4%まで寄与をしていることが最近になって明らかとなった」と述べています。
 著者は、「ヒトが展開していった様子の詳細を確認するには、いっそうの研究が必要である。すでに述べた放射性炭素、OSL、ウラン系列やESRなど放射能や放射線を利用して正確に時代を測定する技術を利用することで、これからも有用な情報が得られることであろう」と述べています。
 本書は、人類にとって光でもあり闇でもある放射能と放射線について、正しく理解することの大切さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 私たちは、子供の頃からヒロシマ・ナガサキと核兵器の恐ろしさを学校で刷り込まれてきているので、放射線をとにかく怖いもの、と考えてしまいがちであったり、逆に楽観視しすぎたりと、どちらかにバイアスがかかりやすいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・放射線をまっすぐ見れない人。


2015年5月30日 (土)

東国から読み解く古墳時代

■ 書籍情報

東国から読み解く古墳時代   【東国から読み解く古墳時代】(#2414)

  若狭 徹
  価格: ¥1,836 (税込)
  吉川弘文館(2015/1/20)

 本書は、「墳墓のみにとどまらない古墳時代の社会活動を明らかにし、そのシステムや人々の暮らしに接近していくことを目的」とするとともに、「彼・彼女らを束ねた首長の戦略を通じて、なぜ大型の古墳が350年にもわたって造られたのか、その社会的必要性についても目を向けて」いるものです。
 著者は、本書において、「古墳時代のリアルな社会様相を、『実証的かつ立体的』に解明するため、軸となる地域」として、「上毛野(かみつけの)」と称された群馬県地域を設定しています。
 第1章「古墳時代のムラをあるく」では、榛名山の最後の噴火が、「古墳時代に発生し、二ツ岳溶岩ドームを形成」し、その2回めの噴火で降下した軽石(FP)の直下から発見された古墳時代の集落跡について、「軽石下の古墳時代の旧地表には、竪穴建物のくぼみが多数みられ、前例のない保存状態の良さが確認できた」として、「噴火直前の地表に残された微細な遺構の痕跡や、軽石中に残された情報から古墳時代の集落像がいきいきとよみがえった」と述べています。
 第2章「地域開発と渡来人」では、「古墳時代は倭国の国際化が急速に進んだ時代であった」として、「百済からは倭への政治的な見返りとして王族が質として出され、学者・技術者の派遣がなされた。同時に、中国の混乱で亡命していた中国系知識人の渡来なども推定され、それらを取り込みながら倭の文明化・国際化が推進されていった」と述べ、「渡来人を取り込んだことにより、倭は東アジア世界で外交をこなせるまでに思想や知識を進展させ、合わせてさまざまなテクノロジーの伸長がうながされたのである」としています。
 そして、高崎市の剣崎長瀞西遺跡について、「積石塚+軟式土器+馬埋葬+耳飾という渡来系文物の複合から、周辺に渡来人が一定数実在し、この遺跡に葬られたことが確実視される」と述べた上で、「上毛野の首長の半島との交流は、5世紀以後も継続的に行われ、渡来人の移入や情報交流も数次におよんだろう。定着した渡来人の地位上昇は、新たな技術移入ならびに土地経営との関係で成されたと考えられ、たとえば火山災害を被った荒蕪地での馬生産へのシフトなど、地域再生への貢献もそのひとつであろう」と述べています。
 著者は、「王権中枢における渡来人の参画は、倭の古墳時代社会を文明化に導いた。同様に、渡来人は地域有力首長の参加においても技術的文化的集団として編成され、首長に従属しながら地位上昇を実現し、ついには『羊』のように郡領としての政治領域を保持するまでに成長していったのである」と述べています。
 第3章「首長による地域経営と農業政策」では、榛名山東南麓エリアに位置する三ツ寺I遺跡について、「榛名山東南麓の井野川流域の首長は水稲農業の刷新のため、水源の掌握と用水網の確立を企図し、湧水地に象徴施設の建設を計画した。築造にあたっては渡来系の治水・農業土木技術が投入され、小河川を制御し、築堤を行い、貯水池の機能が併設された。加えて、水源祭祀+井戸祭祀+流水(導水)祭祀をあわせて行う政治・祭祀センターとして整備されたのである」と述べています。
 そして、「上毛野では、榛名山や赤城山の山麓扇状地から湧きいずる豊かな水を管理して農業経営に当っていた。扇状地から流れ出たあまたの河川は、網流して低湿地を形成したが、大河川沿岸のように氾濫を起こすことも少なく、広く安定した農地が確保できたのである」と述べています。
 また、「集落や記念物が山麓部へ一気に移動する現象は、当時の社会政策と連動していたと考えるべき」だとして、「これを山麓水源の掌握によって農業水利を刷新し、水稲農耕の集約化を図る政策の実践であった」と述べ、「首長はあたかも首都機能移転のように開発目的地に社会中心を移動し、居館での祭祀によって人心を結集し、広域用水網の整備と水田域の拡大を断行した」としています。
 さらに、「古墳時代は、さまざまな手工業が勃興した時代であり、伝統の弥生系の技とともに、渡来系技術の導入がそれをいっそう増進させた」とした上で、「上毛野では保渡田古墳群の勢力がその旗振り役だったのであり、まさに産業王という呼び名がふさわしい活動を展開した」と述べています。
 第4章「モニュメントとしての前方後円墳」では、「上毛野の大首長は、それぞれの時期の大王墓の規格を用いることが許されたのであり、浅間山古墳は、佐紀陵山古墳(209メートル)の規格を5分の4に縮小して承認されたものとみられる」として、「墳丘規格はこのように王権との関わりを示す重要なアイテムであった。このため先に王権と結んだ浅間山古墳系の首長は、5世紀後半になっても百年遅れの設計を墨守し、伝統の家の誇りを持って存在したのであろう」と述べています。
 そして、「首長の大共立は5世紀半ばには終焉し、5世紀後半から列島各地の前方後円墳は小型化を辿る」理由として、「大首長の共立を背景にして、王権側から威信財を取得するために地域が結集する段階が終わり、先進ツールを取得した個別の首長が、それぞれに王権と結びつきを深め、地域経営に専心する段階にいたった」と述べています。
 また、「首長間関係で優位にあった井手二子山古墳であるが、これまで検討してきた事象からみると、榛名山麓湧水源に進出し、渡来人の移入・水利経営・手工業勃興を始めとする従来にない地域経営スタイルをこの地に誘引、実践したのは、まさにこの古墳の主であったと考えられる」と述べています。
 著者は、「古墳という巨大構造物の技術的背景、倭王権との政治的関係、上毛野地域内での大首長の共立関係、地域経営ツールの獲得による小エリアの開発指向、といった社会状況を明らか」にし、「つまり古墳とは、単なる首長の墓にとどまらず、そこに様々な社会の様相を投影する存在だった」と述べ、「古墳時代の社会にとって、古墳とはまさに『記念物』であった。ゆえに、その築造地や外観も政治的意味を持って企画されたのである」として、「こうした古墳づくりはおそらく苦役ではなく、集団を代表する首長の死後の憑代として、宗教的な要素も併せ持つ共同体的事業として取り組まれたのではなかろうか」と述べています。
 エピローグ「古墳時代首長の資質」では、「前方後円墳に埋葬されるような古墳時代首長の存立基盤は意外に脆弱なものであり、小首長らの利害、経済ネットワークのあり方、宗教的心理作用などによって生起し、または解消されるものだったようである」と述べています。
 本書は、古墳を築き上げた社会がどのようなものであったのかをうかがい知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 古墳時代というと、西日本のイメージが大きいですが、関東地方にも多数の古墳があり、千葉県内にも内裏塚古墳や龍角寺古墳群など大きな古墳が多数存在しています。


■ どんな人にオススメ?

・教科書に登場しない古墳に関心がある人。


2015年5月29日 (金)

名前と権力の中世史: 室町将軍の朝廷戦略

■ 書籍情報

名前と権力の中世史: 室町将軍の朝廷戦略   【名前と権力の中世史: 室町将軍の朝廷戦略】(#2413)

  水野 智之
  価格: ¥1,836 (税込)
  吉川弘文館(2014/10/20)

 本書は、かつて、「尊貴者・権力者を憚り、その名前を敬避したため」、通常の嘉字でも名前に使用できなかったことについて、「時代によって尊貴者・権力者の名前への敬避のあり方は変容したが、そこにはさまざまな人間関係が反映している」として、「その点に関わる人々の動向や思惑を探っていくもの」です。
 そして、命名にあたっての習慣として、
・「系字」:9世紀から10世紀にかけて、兄弟が実名のうちの一字を共有して、共通の父親を持つことを示したもの。
・「通字(とおりじ)」:11世紀半ばに起こったもので、一族の中で名前の一字が継承されたもの。
・「名字」:中世においては、現在の姓名といった意味で、個人名を記している。
・「実名」:個人名であり、諱(忌み名)といい、安易に人に教えるものではなかった。
・「偏諱」:実名のうち、通字でない方の文字を用いることを避け、その避けた方の一字を指す。次第に偏諱を避けるということよりも、偏諱を授けるということが広まっていった。
などを挙げ、「天皇・公家の存在意義とは何か、それに対して武家がどのように関わったのかという関心」から名前を分析していると述べています。
 第1部「古代・中世前期の命名と権力」では、「わが国では古来より天皇または皇族の実名を敬避することはなかったと考えられてきた」が、大正時代の穂積陳重の研究によって、「わが国でも世界の各国と同様に実名を敬避していたと考え直され、それ以降、日本も諸外国と同様に実名の敬避があったことがよく知られるようになった」と述べています。
 そして、平安時代の嵯峨天皇が「命名の仕方において後世に大きな影響を与えた」として、
(1)童名(幼名)の開始
(2)漢字2字の実名を開始したこと
(3)系字の風習を取り入れたこと
の3点を挙げた上で、「平安初期には命名の仕方や人名が成立し、天皇の皇子らの成人儀礼が整ってくると、貴族の子弟によってもそのような成人儀礼がなされるようになった。男子は元服をして冠を被り、童名(幼名)から成人名に改名し、叙爵されるようになった。女子は髪上げをして髪型を変え、裳を着した」と述べています。
 また、「嵯峨天皇以降、唐風の命名方法として系字が広まり、それは武士の二大勢力である平氏と源氏にも及んだ」として、「武士の中にも系字は広まっており、それは一族としてのまとまりを示すものであった。次第に通字として嫡子に用いるということもなされるようになった」と述べています。
 さらに、新田伴氏の子が「義貞」と名付けられ、「清和源氏の通字『義』字を用いており、注目される」ことについて、「かつてそれは新田氏が天下の野望を抱いていたことの表れであったかなどと説かれてきた」が、「新田義貞の名字は足利高義の偏諱『義』字を授かって名付けられたもの」とする近年の研究について、「興味深い見解」だとしています。
 第2部「将軍権力の確立」では、後醍醐天皇が足利高氏の倒幕の功労を称し、自らの実名「尊治(たかはる)」のうち「尊」を与えたとされていることについて、
(1)天子の諱を人臣に賜うことは例がないのに、足利高氏はいくら倒幕の大功があったとしても、関東の一武人に過ぎず、なぜ諱を賜ったのか。また、偏名を人に与えるのに、通常は実名の下の字を与えると聞くが、なぜ上の字を与えたのか。
(2)高氏が後に謀反を起こし、官位を剥奪されたにもかかわらず、その後も尊氏という実名が用いられ、偏諱は剥奪されなかったのか。
とする疑問について、「後醍醐天皇は綸旨や宣命などで『尊』字を正式に与えなかったので、尊氏という偏諱を含んだ名乗りを辞めさせられなかった」とする解釈を紹介し、「とても合理的であり、天皇の偏諱授与の実情を考える上で興味深い」と述べています。
 また、足利義満の実名が、「後光厳天皇の宸筆、つまり天皇が実名を決定して与えたものであった」ことであることについて、「事実上は義詮の主導のもと、将軍家の立場を高めるためになされたと思われる」と述べた上で、「義光は多くの公家衆や門跡衆に偏諱を与え、その名前から主従的な関係を示し、権力を誇示していたと思われる」としています。
 そして、「公家衆に対する家紋安堵は本来、『治天の君』という天皇家の家長の立場にある天皇、もしくは上皇によってなされていた。公家衆にとって自らの家と家領総体などの保有を認めてもらうことは、自身の基盤とその存在を保障してもらうことであった。よって、その安堵の主体者として、天皇もしくは上皇をいわば自らの主人として認識していたのである」が、「北朝に対する幕府の権力が強まってくると、将軍がその安堵に関わることが少しずつ確かめられるようになる」として、「政治的な対立で戦いに及んだり、家督相続が不安定であったりした場合などに、武家に安堵が求められた」と述べた上で、「家紋の相続で不安定で公家が将軍にその安堵を求めた際、諸郡は安堵する代わりに、自らの偏諱を受け入れる要素の公家に迫るのである」として、「室町将軍の偏諱とは私的で昵懇な関係に基づく場合に、また公家の家門が室町将軍によって安堵される場合に授けられたとみられる」と述べています。
 さらに、「鎌倉期以来、南都・北嶺を始めとする旧仏教系の門跡寺院には天皇や上流公家衆の子弟が入室しており、武家の子弟はまず入室することがなかったが、その状況は室町将軍によって変化がもたらされた」として、「義光は永和年間(1375~79)に自己の家格を摂関家と同等に位置付け、次第にその上昇を試みて、出家後は自らを上皇に准じた。そして義光はその身分秩序を子弟の入室にも当てはめたのである」と述べています。
 著者は、「足利尊氏、義詮による公家衆・僧侶に対する偏諱の授与、あるいは猶子関係を示す確定的な資料は見出されなかった」が、「義光の執政期には公家衆に対する偏諱の授与や義光の猶子が見られるようになった」と述べています。
 第3部「将軍権力の専制と同様」では、「室町将軍の猶子になると、将軍の一族として公家社会で厚遇されたことが知られる」として、「義教は猶子関係という擬制的な親子関係に依存して、門跡寺院を統制しようとする義光の目指した政策の達成を試みた」と述べています。
 そして、享徳2年(1453)6月13日に、義成が「義政」と改めたことについて、「のちの後土御門天皇の諱が『成仁(ふさひと)』に定まったため、『成』字を敬避する解明であった」として、「ここには天皇を敬う臣下としての室町将軍の立場を読み取ることができる」と述べた上で、「室町将軍の立場は公家社会の秩序の中で低下の兆しを見出すことができる」として、「この頃になると以前のように家門の存立が動揺したため室町将軍にその安堵を求め、その際将軍の偏諱を受けるよう要請した事例はあまり確認されtなくなる」と述べています。
 著者は、「門跡寺院への入室は義教、義政期に将軍家の実子による入室は達成され難くなり、次第に公家衆の子弟を将軍の猶子として入室させることが多くなった。これより室町将軍は擬制的な親権に基づきその統制を強化し得たが、反面、義光以前の状況への回帰が進行したといえる」と述べています。
 第4部「将軍権力の分立と抗争」では、「偏諱の授受には主従的な関係がもたらされ、主人の加護がなされる反面、その主人が政治的に失脚した場合に、改名したとしてもその認識が改まるのは容易でない」として、「公家衆・僧衆はこのような政変に巻き込まれる事態に陥らないよう警戒心を抱いたのではないだろうか。そのため公家社会において室町将軍の偏諱を嘉例とみなす意識は次第に失われていったと思われる」と述べています。
 そして、「義稙(義尹)、義澄の偏諱、猶子関係の検討から、偏諱の授受による室町将軍と公家の関係は以前と異なり、脆弱な関係となっていることが確かめられた」と述べています。
 本書は、命名をめぐる権力の動向を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 学生時代には、同じような字を使っている関係者が多いくらいにしか思っていませんでしたが、昔の名前や職名のメカニズムを理解すると日本史がもう一度楽しめるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・名前のルールを知らない人。


2015年5月28日 (木)

左翼はなぜ衰退したのか

■ 書籍情報

左翼はなぜ衰退したのか   【左翼はなぜ衰退したのか】(#2412)

  及川智洋
  価格: ¥864 (税込)
  祥伝社(2014/9/30)

 本書は、「日本において、急激に左翼が退潮したのはなぜか。どんな変化によって、それは起こったのだろうか」を経済外との関係性の中で分析したものです。
 第1章「消えてゆく左翼の需要」では、「国政選挙の結果を見れば、21世紀の日本で左翼が縮小していることは明白だ」とした上で、
(1)21世紀日本の基調となった経済の低迷
(2)隣国との外交:中国・韓国・北朝鮮とは冷え込んだ状態が当たり前になった
の2点を挙げています。
 第2章「尊皇攘夷と右翼の出発」では、「19世紀の日本が近代国家へと生まれ変わる出発点となった明治維新では、21世紀のイスラム過激派によく似た尊王攘夷運動の役割が欠かせなかった。今日的に言えば、右翼思想を統一と独立のテコにして、日本は近代化を実現したのだ」とした上で、幕末の知識人に大きな影響を与えた国学者・平田篤胤が著書で、「この国は神国だ、我々も神孫だ、何を毛唐人めが、夷狄どもが、何程のことを仕出かすものか、駆け散らしてやるがよい」という意見が国内でも有力だと紹介していると述べています。
 そして、「アジアでは日本だけが、開国した上で独立を確保し、近代国家として先進国からも認められることに何とか成功した」理由として、「潜在的な権威だった天皇と、尊王攘夷思想」が「大きくものを言った」ことを挙げ、「これが明治時代以後、右翼を大きな勢力にしてゆくことになる」と述べています。
 第3章「テロリストと啓蒙思想」では、伊藤博文に象徴されるように、「テロ行為をしていた連中が、あっという間に先進国に学んで技術文物をどんどん手に入れようという姿勢に転じた」一方で、「新政権の成立に大きなエネルギーを供給した尊皇攘夷思想は、その余熱を保ったまま行き場を失った」ことが、「明治最初の10年ほどの間は、いわゆる士族の反乱や政府要人へのテロリズムなどの形で吹き出す」と述べています。
 そして、ヨーロッパにおける左翼の誕生について、
「マルクスやエンゲルスのように、左翼思想は一定以上の教育を受けて、なおかつ経済的な余裕のある層がいないと牽引車が生まれない」が、「明治の日本では、維新後40~50くらいで次第にそうした『比較的金回りのいい知識人』が形成されてきた」と述べています。
 著者は、明治の日本が、「法制度や統治機構に関してはヨーロッパの先進国が200年くらいかけ、工業化については100年くらいかけて作り上げてきたことを、日本は50年弱で成し遂げた」ことで、「無理をして急いだという面もあった」ため、「代償となったのが近隣諸国との歴史問題であり、左翼の生育がいびつになった」と述べています。
 第4章「中国・韓国の恨み」では、「日本はアジアの中で唯一、西洋欧米の開国圧力を受け入れたうえで、近代化に成功した」ことの、「主な理由は日本人が(他のアジア人より)優秀だったこと」だとする右翼の現在までの立場について、「明治初年には芽生えていたこの考えは、江戸時代からの『神懸かり日本』論とミックスされて、昭和初期に至って『日本はどこの国よりも(欧米よりも)優秀なアジアの盟主』という誇大妄想がかった国粋主義に行き着く」と述べています。
 そして、「中国と韓国の領有権主張は、明治時代にいち早く近代化した日本の踏み台にされ、いろいろなものを失った、という恨みつらみの感情が多分に含まれていることは確か」だが、「明治時代に限っていえば『逆恨み』に近いのではないかと思われる部分も大いにある」として、「当時の国際的な常識に照らせば異常でも野蛮でもなかった」と述べ、「左翼によくある『明治以降の歴史を反省』する視点は、当時の国際環境を無視して20世紀、それも後半からのモラルで19世紀を非難する内容が多い。それはやはりおかしい」としています。
 第5章「輸入された左翼」では、「大逆事件は権力の左翼への嫌悪感、恐怖心を不必要に刺激したという意味で、自らの首を絞める行為であり、左翼の発育不全につながる失敗だった」と述べたうえで、「マルクス主義の需要が当時の日本でそう高かったとは、考えにくい」として、「特権的な立場にあった知識人や学制が、革命という幻想によっていただけといえる」と述べています。
 そして、「やや戯画的に言えば、『神懸かり日本教』と『マルクス革命救済教』が激突したのが昭和初年の日本で、政府は伝統に裏付けられた神懸かり日本強に支えられていたのだから、勝負は見えていた」と述べています。
 第6章「右翼の勝利と日本の破綻」では、日本が、「右傾化しつつ中国大陸への侵略を進め、欧米の有力国の顰蹙を買って経済的に行き詰まり、それを打開しようとして太平洋全域で戦争を始め、敗れて無条件降伏した」原因として、
(1)テロに寛容な風土
(2)国際ルールの軽視
(3)経済上の勘違い
(4)天皇の特殊性
の4点を挙げています。
 そして、1935年以降の世界経済について、「アメリカと中国という二大国との関係がおかしくならなければ、日本の産業は順調に伸びていった可能性は高い」が、「昭和前期の日本は、そうした当たり前の判断をするにはあまりに自信過剰になっていた」と述べています。
 第7章「敗戦の先送りと群・右翼への反発」では、「最終段階で、昭和天皇が降伏へのイニシアチブを取ったことは、戦後の左翼と右翼の勢力図にも大きく影響した」として、「45年夏まで敗戦を先送りして犠牲者を大きく増やしたことで、国民には広く反軍感情が共有されるようになり、これが戦後の左翼優位を下支えすることにもなった」と述べ、「とりわけ、知識層における右翼嫌悪は決定的になり、その分左翼の正当性が強調されることになる」としています。
 著者は、「戦争に至る過程で国民はむしろ積極的に右傾化を選び、軍の侵略行動を支持した。昭和初年は民主主義がほぼ担保されていたし、軍も、天皇ですらも世論というものを意識して動いていた。生活苦のため、というよりも豊かさを求めて国民の多くが軍に夢を託したと言っても間違いではない。そうした深刻な内省なしに左翼が隆盛の時代を迎えることになる。左翼はまたも『実力以上』の人気に乗って、長期的には地道な支持のないまま20世紀後半の黄金期を謳歌する」と述べています。
 第8章「左翼優位の戦後日本」では、「右傾化した戦前の日本が失敗したという『前科』は、戦後の左翼にとって大きな追い風となった。左翼が別に好きではない一般大衆は、戦前日本の失敗についてほとんど責任を感じてはいなかったが、敗戦1年前くらいからの悲惨な被害の記憶は生々しく、これが右翼を警戒させた」と述べています。
 また、GHQによる占領統治について、「当初はアメリカでも左派に属するニューディーラーと呼ばれた勢力の影響が強かった」として、農地解放、女性参政権、財閥解体、労働組合の促進など、実現まで10年以上かかるはずの左翼的な政策を「2、3年で決着させてしまった」上に、基本的人権や平和主義など、「当時の資本主義国としては極限に近いほど左翼的」な「社会民主主義的な憲法とも表現できる」日本国憲法の成立について、「アメリカの圧力と敗戦後の反軍・反右翼意識がなければ成立不可能な内容ではあった」と述べています。
 そして、「日本が最も『左傾化』した時期は、戦後の混乱期を別にすれば、60年の日米安全保障条約改定への反対運動が盛り上がった、いわゆる『60年安保』の際といえる」として、「非武装中立志向にも大きく影響し、それは日本の左翼の特殊性になっていく」と述べ、「『60年安保』は結果的に政府の意図どおりに条約が改定されたが、左翼的な政府批判をテーマにした大衆動員の成功という、左翼にとって貴重な体験をもたらした」一方で、「この成功体験は、後々まで左翼政党を『非武装中立』『反アメリカ』に安住させ、本格的な政権政党へ脱皮できない一因となった」としています。
 また、左翼発祥の地である西ヨーロッパの左翼政党が、「革命によらない社会主義を目指す構造改革派(後年の新自由主義による構造改革とは別物)や、より穏健な社会民主主義へと、徐々に移行してゆく」一方で、「構造改革も社会民主主義も日本の左翼には概して不評だった。資本主義はいずれ必然的に行き詰まって正しい社会主義政権が実現し、平等な社会が訪れる――いわゆるマルクス主義的な教条から抜け出すことができないまま、左翼は21世紀を迎えた」と述べています。
 さらに、「右翼に対する日本社会の嫌悪感は70年代にかけても依然として強く、左翼には有利だった」として、右翼が、「戦後に伸長した暴力団、ヤクザといった反社会的な勢力との結びつきを強めていた」結果、
・左翼=反戦平和、国を超えた連帯、弱者の味方
・右翼=暴力的、人権の否定、軍国主義・国粋主義回帰
というイメージが定着したと述べています。
 第9章「増税を否定する左翼」では、「ヨーロッパの福祉先進国にせよ、21世紀に入ると少子高齢化と税収不足に苦労しているところが多い」として、「日本の左翼政党はすでに周回遅れのランナー」であり、「税金はアメリカ並みに低く、福祉は北欧並みに手厚く、それが希望なら、もはや魔法使いでも連れてくるしかあるまい」と述べています。
 第10章「21世紀は右翼の時代か」では、21世紀の日本が右傾化している原因について、
(1)経済の不調
(2)いわゆるインテリ=知識層の変化
(3)左翼の目標喪失
(4)資本主義の再起動
(5)東アジアの勢力図の変化
の5点を挙げ、「21世紀日本の右傾化は、左翼が教条的に批判してきたような『いつか来た道』つまり20世紀前半までの左右対立の果ての右傾化→侵略戦争→敗戦とは明らかに異質のものとわかる。東アジアにおける国際政治力学の変化とリスクの増大、左翼的理念のある程度の達成とその後の行き詰まりが主な要因と言えよう」と述べています。
 本書は、日本における20世紀後半の「左翼バブル」が崩壊する過程を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 聞いた話ではあるんですが、左翼活動をしている人たちはとっても楽しそうにしているそうです。そう言われてみれば、活動内容とかはどこか宗教団体のイベントと似ているように思われます。そんな人達と「議論」することの有益性は考えてみたほうがいいかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・左翼があれほど高齢者を引きつける理由が理解できない人。


2015年5月27日 (水)

災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか

■ 書籍情報

災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか   【災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか】(#2411)

  トム・ウッテン (著), 保科京子 (翻訳)
  価格: ¥3,024 (税込)
  明石書店(2014/7/26)

 本書は、ハリケーン・カトリーナの被害からの、「ニューオリンズ復興の物語であると同時に、地域社会の物語」であり、「都会の地域社会に大きな想像力が眠っていること」を教えてくれるものです。
 第2章「無防備な街」では、「カトリーナの接近で多くの人が脱出を余儀なくされたが、その脱出の規模と速さは米国史上類を見ないものだった。8月27日土曜日から8月28日日曜日までの約40時間で、120万人ものルイジアナ州民がハリケーンの進路に当たる各郡を後にした。さrに、ミシシッピ州沿岸地域でも、何十万人者人たちが自宅を離れた」と述べています。
 そして、「この街の特徴である脆弱さは、300年にわたる変化に富んだ開発の歴史を経て形成された。そこには、民族、階級、地形の問題が複雑に絡み合っている。ミシシッピ川は自然にできた土手沿いに土地が盛り上がっており(洪水による被害が最も少ない場所)、定住が始まったのはそこからだ」ったが、「20世紀初頭になると、定住地が川沿いから低地へと進んでいく」とした上で、「ニューオリンズの各地区には街が誕生した当初からはっきりした違いがあり、次第にその特徴が際立っていった」と述べています。
 そして、「クレセント・シティが脆弱なのは地形だけではなかった。ニューオリンズでは住民の28パーセントが、貧困かどうかの判断基準となる貧困線以下の生活を送っていた。この数字は全米平均の3倍以上である。カトリーナが街に向かい進行しているときも、低所得者層はとてつもないリスクを被っていた」として、「カトリーナ接近時にオリンズ郡に残った何万人という住民はかなりの割合がこうした理由を抱えていた人だった」と述べています。
 さらに、「2005年8月、ニューオリンズ市とルイジアナ州と連邦の各政府はこの破壊的なハリケーンがもたらす被害に対して、短期であれ長期であれ、一切の準備を行っていなかった」として、2001年9月11日のテロ攻撃をきっかけに設立された「国土安全保障省」に統合された連邦緊急事態管理庁(FEMA)は「依然として新しい役割を模索している段階にあり、移行はスムーズに進んでいなかった。国土安全保障省の最優先事項はテロ対策であるため、災害対応を責務とするFEMAと同省は対立した」ため、「ハリケーンが牙をむいたそのとき、FEMAはそれまでの同庁の歴史の中で最も衰退していた」上に、「国土安全保障及び非常事態準備ルイジアナ州事務所が6000万ドルに及ぶ連邦政府資金を不正流用したという嫌疑で調査を受けていた」と述べ、さらに、改革を掲げる市長と議会の対立が続く「ニューオリンズには効果的に市を運営する体制が整っておらず、直面する無数の難題や課題に対して適切に対応できなかった」としています。
 第3章「『間借りした家のソファー』」では、「市内に残った人たちの多くは、救援を待つ間、地獄のような状況を経験した。市・州・連邦の各政府は、これほどまで広域な危機的自体に対する備えがなかった。ルイジアナ・スーパードームでは、トイレが溢れ、食糧や飲料水が底をついていたが、藁をもつかむ思いの住民がスタジアムに続々と押し寄せた」と述べ、「市のコンベンションセンターも似たり寄ったりの悲惨な状況だった。ハリケーンのあと、避難拠点に指定されたものの、殺到する避難者の支援を取りまとめる責任者もいなければ、インフラも整っていなかった」としています。
 第4章「『世界すべてが灰色』」では、「市長によるニューオリンズ再生(BNOB)委員会の発表は、同士の復興をとりまく不安の解消にはほとんど役に立たなかった」とした上で、「BNOBの都市計画審議会の報告書に関しては、メディアの取り上げ方も手伝って、世間から猛烈な抗議が上がった。市内はどこでも、市長と市の組織に対する信頼が薄れていた。報告書に、住民の懸念を緩和させるものが何も提示されていなかったのだ」と述べています。
 そして、「このBNOBの報告を受けて、各地区には優れたリーダーが何人も現れた。カトリーナの前からリーダーとして活動していた人もいたが、多くは、今自分がここで立ち上がらなければ他には誰も立ち上がらないだろうと気づいた人たちだ。復興計画作りは、こうしたリーダーたちが直面した数多くの難題の一つに過ぎなかった」として、「住民が地元の復興を望むのなら、住民自身の手で実現するしかなかった」と述べています。
 第7章「レイクビュー『邪魔するな』」では、レイクウッドに住んでいたデニスソーントンという女性が、「夫が携わるスタジアム事業の仲間にバスケットボールチーム、ニューオリンズ・ホーネッツのオーナーがいた」ため、「その人の援助で芝刈り機や草刈り機、高圧洗浄機を購入し、近隣住民に貸し出した。この新しい仕事はあっという間に拡大し、お金も取れるようになり、名称が必要になった」ことから、デニスは「ビーコン・オブ・ホープ(希望の灯)支援センター」の看板を掲げ、この支援センターのシステムが広がり、各地にビーコン・オブ・ホープ支援センターが拡大していったと述べています。
 そして、「どのビーコン・オブ・ホープもあっという間に、なかなか満たされない住民のニーズに対応するコツを習得していった。時の計画に伴い、ビーコンは、まだ地区に戻っていない住民に連絡を取るという一歩踏み込んだ活動も始めた」と述べています。
 また、「レイクビューがゆっくりと復旧していくにつれ、ビーコン・オブ・ホープは主眼を市外に住む住民の再建や支援に広げていった」と述べています。
 第10章「各地区と市全域の都市計画『約束はもらえど、守られず』」では、ニューオリンズ統合計画(UNOP)の計画の方法が、「住民の代表的な意見を幅広く聴くという点で高く評価されていたが、出された計画は期待はずれだった。140億ドルの値札がついた、とてつもなく長いほしいものリストに過ぎなかったからだ」と述べています。
 そして、「地区レベルであれ、市レベルであれ、いかなる計画も結果を出してこそ意味がある。災害復興計画とは、地域社会を喜ばせる復興のビジョンを描けばおしまいではない。そのビジョンを実現するための役割を地域社会に与えることも計画のうちなのだ」と述べています。
 第12章「ビラージ・デ・レスト『皆、つながっている』」では、ベトナム系コミュニティの指導者であるヴィエン神父が、エンタープライズ・コミュニティ・パートナーズという団体の代表と、「計画の実践方法を議論していく中で、地域開発組合(community development corpation)の設立を検討してはどうか」との提案を受け、カトリーナ襲来から8ヶ月足らずの2006年5月に、メアリー・クイーン・オブ・ベトナムCDCが法人化したと述べています。
 そして、「ビレージ・デ・レストはこの3年で目覚ましい進歩を遂げた」として、「この地区が成功したのは強い絆のおかげ」であると述べています。
 第16章「栄誉」では、「残念ながら、カトリーナ以前の状態よりも明らかによい状態になれる可能性がすべての地区にあったわけではない」とした上で、「ニューオリンズの各地区のリーダーたちがおそらく世界中の人達と共有できる、すばらしい気づき」である「暗黙の信条」が「決して、絶対、何があっても、あきらめない」であると述べています。
 本書は、世界中の被災地にとって、諦めないことの大切さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 カトリーナはアメリカの災害史を変えただけではなく、復興と災害対策の一つのモデルになっているのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ニューオリンズは遠いと思っている人。


2015年5月26日 (火)

情報法入門【第3版】:デジタル・ネットワークの法律

■ 書籍情報

情報法入門【第3版】:デジタル・ネットワークの法律   【情報法入門【第3版】:デジタル・ネットワークの法律】(#2410)

  小向 太郎
  価格: ¥3,024 (税込)
  エヌティティ出版; 第3版(2015/3/12)

 本書は、「デジタル・ネットワークの進展によって生じる法的問題全般について、問題が生じる背景、現在の法的位置付け、問題解決の取り組みなどを取り上げ」たものです。
 第1章「デジタル情報と法律」では、「問題が生じた場合に、世界中の雑多なサーバコンピュータの集合体であるインターネットでは、情報流通に対するコントロールが、従来のメディアと比べて相当に難しい面がある。インターネットの匿名性と表現されることが多い問題である。さらに、ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)等の情報媒介者の責任をどのように考えるかということも課題である」と述べています。
 そして、「インターネットが『匿名』だというのは、発信者などの情報が簡単にはわからないという限りにおいて言えることである」が、「犯罪を行えば逮捕されるし、損害賠償を請求されることもある、ネットの世界は、あくまで条件付きの『匿名』なのである」と述べています。
 第2章「情報化関連政策」では、「コンテンツ流通が健全に発展するためには、著作権が適切に保護されることに加えて、著作者以外の者が利用する際のルールが整備されることが不可欠である」と述べています。
 そして、「わが国の著作権法は、権利が認められる著作物の種類と権利内容を具体的に列挙している」ため、「法が想定していない新たな著作物が現れた場合には、規定を改正して対応する必要がある」ことから、「1997年の著作権法改正によって、『自動公衆送信権』等の権利に関する規定が整備」され、2014年の改正では、「紙媒体の出版物にのみ設定が認められていた出版権(複製権社と出版社との契約により設定することができる排他的権利)が、電子書籍についても設定できるようになった」と述べています。
 また、コンピュータ犯罪やサーバー攻撃に関する法律について、
(1)脅威となる行為を禁止する法律:加害行為、加害に繋がる行為
(2)法的救済のための手続きを定める法律:犯罪捜査、民事訴訟
(3)安全を確保する義務を課す法律:政府や事業者に対する規制、民事的責任
の3つに分類しています。
 第3章「通信と放送」では、通信と放送の融合について、
(1)伝送路の融合
(2)端末の融合
(3)サービスの融合
(4)事業者の融合
の4つに分類されることが多いが、「下部構造である伝送路と端末の技術がIPに統合されることで、上部構造であるコンテンツ(サービスとそれを提供する事業者)が融合すると考えるのが妥当であろう」と述べています。
 第4章「情報の取り扱いに起因する法的責任」では、「情報が取り扱われる過程を簡単に図式化すると、『情報の取得→情報の保有→情報の発信』のように理解することができる」とした上で、「従来の情報に対する法的制限は、情報の発信(提供)に関して制約を設けるものが中心であった」が、「情報の持ちうる影響力は、コンピュータ技術とインターネットの爆発的普及によって、日増しに大きくなっている」として、「デジタル・ネットワーク化は、情報の取り扱いに関するルールをより広く捉えるべきかどうかを問いかけているのだといえる」と述べています。
 また、情報セキュリティについて、
(1)機密性(Confidentiality)
(2)完全性(Integrity)
(3)可用性(Availability)
と定義されるとして、「システムに対する外的な脅威とシステム自体の脆弱性から生じるリスクについて、きちんとした対応をとることが求められることになる」と述べています。
 第5章「ネットワークにおける媒介者責任」では、名誉毀損に関して、「アメリカでは、当初ISP等が出版者(publisher)として責任を負うのか流通者(distributor)として責任を負うのかという形で議論されてきた」として、「出版者(新聞社や出版社)は、公表する情報の内容を編集し公表された表現にそのまま責任を負うのに対して、流通者(書店や図書館)は、その出版物を公衆に利用可能にするにとどまることから、その表現が違法であることを知っていた場合にのみ責任を負うと考えられてきた」と述べています。
 また、「アメリカの著作権法では、著作権者に対して、複製、配布、実演、展示、翻訳等を行う権利と、他者がこのような行為を行うことを許容(authorize)する権利が保障されている」ため、「直接の侵害者でなくとも、一定の関与を行った場合には、著作権侵害に対する責任が問われうると考えられている」と述べています。
 さらに、「プロバイダ責任制限法では、プロバイダが媒介する情報によって他人の権利が侵害されたことについてプロバイダの責任が問われる場面を限定している」として、プロバイダの責任が問われ得る場合として、
(1)情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき
(2)当該情報の存在を知っておりその情報によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足る相当な理由があるときであって、当該情報の送信を技術的の防止(送信防止措置)できるにもかかわらずそれを行わなかった場合
の2点を挙げています。
 第6章「個人情報保護」では、「アメリカでは、20世紀に入ると判例や各州の立法によってプライバシーの権利が認められるようになり、1960年には、プロッサーが判例上認められているプライバシーの権利障害を」、
(1)他人の干渉を受けずに送っている隔離された私生活への侵入
(2)他人に知られたくない事実の公表
(3)一般の人に誤った印象を与えるような事実の公表
(4)営利目的での氏名や肖像などの不正利用
の4類型に分類しているとしています。
 そして、「わが国の憲法においては、包括的基本権(第13条)を根拠とする新しい人権として、『プライバシー権』が保障されているという点ではほぼ争いがない」が、「憲法上のプライバシー権として、どのような内容の権利が保障されているかについては見解が分かれている」と述べています。
 また、「住基ネットに対して反対運動や訴訟があったことからもわかるように、国家による国民の番号管理に対しては、以前から懸念が示されてきた」として、「社会保障・税番号制度によって国民の間に生じうる懸念」について、「社会保障・税番号大綱」でまとめているものとして、
(1)国家管理への懸念
(2)個人情報の追跡・突合に対する懸念
(3)財産その他の被害への懸念
の3点を挙げ、「統一番号は、遺漏や重複がないという点で、他の識別手段にない優位性を持つ。こうした便利な番号があると本人確認や個人情報管理がすべてこれに紐づけて行われやすくなる」として、
(1)番号利用の拡散
(2)データベースの集中
などの懸念を挙げています。
 本書は、情報と法律の新しい関係を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 世の中の動きに対して、法律は常に後追いになってしまうのですが、世の中が変化し続ける以上、法律も常に変わり続けないといけないのだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・デジタルと法律は相性が悪いと思う人。


2015年5月25日 (月)

デジタル教育宣言 スマホで遊ぶ子ども、学ぶ子どもの未来

■ 書籍情報

デジタル教育宣言 スマホで遊ぶ子ども、学ぶ子どもの未来   【デジタル教育宣言 スマホで遊ぶ子ども、学ぶ子どもの未来】(#2409)

  石戸 奈々子
  価格: ¥1,512 (税込)
  KADOKAWA/中経出版(2014/12/9)

 本書は、「楽しく、つながって、便利になる」というメリットを持つ「デジタルを活用した学び」を通して、「詰め込み・暗記型」の教育から、「思考や創造、表現を重視」する教育への変化について語った一冊です。
 序章「子どもに『デジタルなおもちゃ』は必要なの?」では、スマートフォンやタブレットを、
・親子コミュニケーションのツールとして使うこと。
・創造・表現ツールとして使うこと。
・親子で使い方のルールを守りながら使うこと。
・外遊び、お絵かき、ねんど遊びなどさまざまな遊び・学びとのバランスをとりながら使うこと。
を推奨しています。
 そして、「学びの環境に適宜デジタルテクノロジーを用いる」ことのメリットとして、
(1)たのしい:理科や算数を映像でわかりやすく。学んだ内容をプレゼンする。
(2)つながる:教室・校庭・家庭でも先生・生徒がつながって、教えあい、学び合うことができる。
(3)べんり:個人の学習進度に合わせた学習が可能になる。
の3点を挙げています。
 第1章「デジタル時代の『ものづくり』」では、「情報があふれる社会では、たとえ多くの知識を得たとしても、それはすぐに陳腐化して」しまうため、「異なる文化、異なる価値観からつくられる世界規模の共同体の中」で、「あふれる情報の中から必要な情報を選択し、再構成して新しい価値を生みだす力」が求められれると述べています。
 そして、著者が設立したNPO法人「CANVAS」において、「これからのデジタル時代の子どもたちに必要な、『主体的で協働的で創造的な学びの場』をつくることに取り組んで」おり、「子どもたちの創作ワークショップを開発し、それらを普及させるため、国内外の科学館や教育工学系の研究者、アーティストや自治体、企業らが集うプラットフォームとして2002年末から活動を続けて」いると述べています。
 第2章「プログラミングが想像力と創造力を伸ばす」では、「MITメディアラボが開発した、子供向けプログラミング言語」である「スクラッチ」について、「キーボードからの文字入力を行うことなく、マウス操作でブロックをつなぐこととで積み木のようにプログラムを作成することができる」と述べた上で、「スクラッチのような新しい技術が生まれたことで、プログラミングは子どもたちのとって、とても身近なものになってきました。子どもたちは今までにはない、新しい表現手段を、プログラミングを通じて手に入れることができます」として、重要なことは、「プログラミング『を』学ぶことではなく、プログラミング『で』学ぶこと」であり、「コンピュータには決して代替できない『想像力とコミュニケーション力』」を身につける上で、「プログラミングは非常に有効な方法」だと述べています。
 そして、「プログラミングでは、課題を分析し、細分化し、順序立てて解を導き、コンピューターに対して過不足ない明確な表現で指示を出」すことから、「このようなプログラマーの思考法が、日常生活、趣味、ビジネス、まちづくりなどの他の分野での問題解決に有効である」とする「コンピューテーショナル・シンキング」について紹介し、「プログラミングを学ぶことにより、論理的に考え問題を解決する力が高まることが期待されて」いると述べています。
 また、スクラッチの開発者であるMITラボのミッチェル・レジニック教授の言葉として、「コードが書けるということは、文章を書くことと同じようなもの」であり、「文章が書けるからといってプロのライターになれるわけ」ではないが、「文章を書くことで、自分を表現し、それを世界中の人と共有することができる」こと、「創造的に考えることができる、新しい解決策を生みだすことができる。これ以上に大事なものはありません。その手段の一つがプログラミングなのです」と紹介しています。
 第3章「わずか数年後、あなたの町の学校はこう変わっている」では、教育の情報化のメリットとして、
(1)コンテンツやアプリケーションがデジタル化することのメリット:わかりやすくなる、楽しくなる、繰り返せる、創作・表現がしやすい
(2)情報端末とネットワークがもたらすメリット:共有できる、世界の知識が得られる、世界中の人達とコミュニケーションできる、どこでも学べる、個別に対応できる
ことなどを挙げています。
 そして、江戸時代の寺子屋の特徴として、
(1)個別学習であったこと
(2)生きる力を育んていたこと
(3)子どもたち同士の教えあい、学び合いが存在していたこと
の3点を挙げ、「工業社会から情報社会に切り替わるいま」こそ、「かつて寺子屋が実施していたような、個別学習で、年齢や習熟度に合わせた学びこそが求められている」と述べています。
 本書は、新しい学びの形を模索した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「教育とコンピュータ」の話は、過去から幾つもの論争になっていて、お互いに揚げ足を取り合うような論争には関わりたくないのですが、プログラミングに関しては無視できないものになると思います。
 今まではプログラミングは職業教育のカテゴリーで議論されることが多かったと思いますが、娘について入ったサイバーエージェントのプログラミングキャンプを見ていると、「プログラムを学ぶ」のではなく「プログラムで学ぶ」という意味が分かったような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・コンピュータを学ぶものだと思ってしまう人。


2015年5月24日 (日)

恐竜 化石記録が示す事実と謎

■ 書籍情報

恐竜 化石記録が示す事実と謎   【恐竜 化石記録が示す事実と謎】(#2408)

  David Norman(著), 冨田 幸光 (監修, 翻訳), 大橋 智之 (翻訳)
  価格: ¥1,080 (税込)
  丸善出版(2014/6/25)

本書は、小さな本であるにもかかわらず、「地層のでき方、地層記録の不完全さ、それゆえにそこに含まれる化石の記録がいかに不完全か」から始まり、著者の専門である「イグアノドン」を縦糸に、「恐竜化石の発見死と研究史から1970年代以降の恐竜研究の復活、動物学的な多様な視点からの恐竜の復元、系統と古生物地理、中国の羽毛恐竜と鳥類の起源、CTなどの先進技術を使った最新の研究まで」の多様な事柄を緯糸として、「恐竜のすべてを概観することができる」一冊です。
 序章「恐竜:その事実とフィクション」では、「恐竜」が1842年に、英国の解剖学者であり、「絶滅した英国の化石爬虫類の本当の姿を解明すべく、全力を注いできた」リチャード・オーウェンの優れた直感力の結果として、公式に「誕生」したと述べた上で、「恐竜は、想像もつかないほど大昔の世界に生きた、絶滅した住人であり、世間一般の伝説や神話に現れる竜の化身のようにも見える」として、「存在そのものが好奇心を刺激する恐竜というテーマは、多くの人々に、科学的な発見の興奮や科学の応用・使い方をより広く伝える手段として最適である」と述べています
 第1章「恐竜の概説」では、恐竜の化石が、2億4500万年前から6500万年前の幅がある「中生代」の地層から見つかり、中生代は、
(1)三畳紀:2億4500万~2億年前
(2)ジュラ紀:2億~1億4400万年前
(3)白亜紀:1億4400万~6500万年前
の3つの紀からなると述べた上で、「地球表面の比較的不安定な表面の層(地学用語で地殻という)は、大きな地質学的な力によって、数千万~数億年にわたって引き裂かれたり、押し付けられたりしながら、大陸を離合集散させている」結果、「化石が含まれている地層は地質時代を通じて、つねに侵食過程によって削られたり、ときには完全に破壊されたりしている」上、「その後の再堆積のような過程によって、惑わされることもある」ため、「古生物学者に残されるものは、あきれるほどさまざまな要因で、穴だらけになり、凹んで、壊された、戦場さながらのきわめて複雑な地層である」と述べています。
 そして、「イグアノドンについて語ることは、過去200年にわたる、恐竜を始めとした古生物学分野の科学研究の進展を図らずも説明することになる」と述べた上で、1825年にギデオン・アルジャーノン・マンテルという化石の探索に熱心な医師が、「当時南米で発見された、植物食爬虫類のイグアナ」の歯とよく似た形状の化石の発見を公表し、この動物に「イグアナの歯」を意味する「イグアノドン」と名づけたとしています。
 さらに、オーウェンが、「恐竜は、今日の地球で熱帯地方に棲息する巨大な哺乳類に似た、頑丈で、しかし(爬虫類であるため)卵生かつウロコを持った生物だ」として分類群としての「恐竜」を創設したと述べています。
 また、「進化生物学者は、本質的に二次元の世界(現在の空間という意味)に生きる現生動物にその研究範囲が制限されており、したがって、彼らは種を研究することはできるが、新種の出現は目撃できない」のに対し、「古生物学者は時間という軸も加えて、三次元の研究ができる」と述べた上で、「地質記録の詳細な調査から、化石(とくに殻を持った海洋生物)の豊富な連続性が実証され始めた」として、中でも注目すべきものとして、エルドリッジとグールドが提唱した「断続平衡」説について、「現代的な生物学から見た進化論は、化石記録の種に繰り返し見られる変化パターンを包含できるように、拡張あるいは改変される必要がある」とし、「これらは、種が相対的に小規模な変化をする停滞期間(『平衡』期間)と、逆に、とても短い期間に急激に変化(『断続』)する期間からなっている」と述べています。
 第2章「恐竜ルネサンス」では、20世紀初頭、「多くの一般書や学術書の中では、恐竜は湿地で転びまわる、もしくはその大きな体をかろうじて支えているかのようにうずくまると表現されていた」と述べ、「確たる疑いもなく『愚か』で『みすぼらしい』恐竜像が確立された」としています。
 そして、ロバート・バッカーが、「内温性動物は外温性動物の平均10倍の獲物を消費すると推定」し、「ベルム紀の動物群では、捕食者とその獲物だったと考えられる動物の数が同程度であった」ことから、「恐竜――すくなくとも捕食者の恐竜は、哺乳類により近い代謝機能を持っていたに違いないと示唆した」と述べています。
 第3章「イグアノドンの新視点」では、それまで、「尾と後肢の三脚を地につけた、カンガルーのような姿勢だった」とされていたイグアノドンの尾の化石証拠が、「通常、尾をまっすぐにしていたか、あるいは少し下向きに曲げていたことを示している」ことや、イグアノドンの手首の骨が「互いに接合し、骨の塊を形成して」おり、「肩の骨は大きく、腕が足として機能する上で完璧なつくりをしている」ことなどから、「イグアノドンの姿勢を再検討すると、背骨は水平で、体重のバランスは腰の位置で保たれ、太く強い後肢がそれを支えているのが普通の姿勢であることが明らかなように見える」として、「イグアノドンは、少なくとも一時的には、四本足でゆっくり動くこともあっただろう」と述べています。
 第4章「恐竜の系譜を解明する」でが、「化石記録の一つの特徴は、(現在の系統学者の研究範囲である)人類の数世代の歴史だけではなく、地質年代を通した数千、あるいは数百万という世代交代の、生命の系譜を提示することである」と述べた上で、「恐竜類は、直立した姿勢と、支柱のような脚の上に乗る体を効率的に支えるために、特別に強化された関節を脊柱と腰の間にもち、伝統的に(オーウェンが想定したように)爬虫類として認識される」として、恐竜はその中で、腰の骨の構造の違いによって、
(1)竜盤類(トカゲのような骨盤)
(2)鳥盤類(鳥のような骨盤)
の2つの基本的に異なるタイプに分けられると述べ、竜盤類のうち、「獣脚類に含まれるグループの中で最も興味深いものは、ドロマエオサウルス類と呼ばれるグループである」として、「近年、中国の遼寧省で素晴らしい保存状態の化石が発見されたことにより、ドロマエオサウルス類が、ケラチン質の繊維状の構造物か、原生鳥類と非常によくにちゃ羽毛で体を覆われていたことが明らかになった」と述べています。
 そして、「大陸が離れていく過程で避けられない生物学的影響は、かつて地球上に広く分布する種だった恐竜が、徐々に孤立した個別の種になっていくことだった」と述べ、「恐竜の化石記録の不完全さに起因する避けられない『雑音』にもかかわらず、ジュラ紀中期、ジュラ紀後期、白亜紀前期の合間に出現する、統計的に優位な一致パターンが見いだせた」ことは、「地殻変動のイベントが、推測どおりに、いつどこで特定の恐竜グループが反映するかを決める役割を担っていることを示唆している」と述べています。
 第5章「恐竜と温血」では、「恐竜はその姿勢から高血圧の循環系を持っており、原生生物ではない温性動物にのみ確認される、高く持続的な活動レベルと対応していると評価できる」と述べています。
 また、「体が大きという利点に加え」、「俊敏さや、頭が胸より高い位置にある姿勢から見ても、多くの恐竜が完全に区画化された心臓をもつ可能性が高い。区画化された心臓があれば、体中に酸素や栄養素、熱を素早く循環させると同時に、有害な老廃物を取り除くことができるだろう」と述べています。
第6章「もし……鳥が恐竜だとしたら?」では、「遼寧省の発見は、通常の恐竜が持つウロコ状の皮膚がわずかに変化することによって、毛のような繊維状構造物から完全な羽毛まで、さまざまな種類の断熱性構造物が発達したことを示唆している。飛ぶための優れた羽毛は、当初から飛行を目的に進化したのではなく、発端は平凡なものだったのだ」として、「滑空や飛行は鳥類起源の『必須条件』ではなく、後に『追加』された利点といえる」と述べています。
 そして、「地球史において恐竜は、真の内温性のようなコストをあまりかけずに体温を維持できた、巨大で高い活動性を持った動物である」という見方は、「遼寧省からの『ダイノバード』」によって間違いであった可能性を示唆されたとして、「小さく断熱性に優れた獣脚類は内温性だったはずで、内温性動物である鳥類と獣脚類が近縁であることはその証拠の一つといえる」と述べています。
 第7章「恐竜の研究:観察と演繹」では、「米国・シカゴのフィールド博物館に展示されている、『スー』という名の巨大な(おそらくメスの)ティラノサウルスは、たくさんの病理学的特徴があることで研究者たちの関心を集めている」として、関節部分に痛風による「滑らかな丸い穴」があることや、「肋骨が折れて治癒した痕」、「脊椎と尾にはたくさんの外傷」が残っていることについて、「これらの観察結果の驚くべき点は、ティラノサウルスのような動物が、病気や怪我から生き延びていたということである」と述べ、「このような動物はとても丈夫で、それゆえ重症であっても影響が小さかったこと、もしくは、この種の恐竜が、怪我をした個体を保護するような、社会性をもった集団をつくっていたことが示唆される」としています。
 そして、「古生物学者が直面した、最も悩ましいジレンマの一つは、できるだけ新しい化石で多くの研究をしつつ、同時に標本への損害は最小限にしたいという欲求である」として、「化石の内部を見るのにCTスキャンを用いるという選択肢は急速に広まっていった」と述べ、ハドロサウルス類の頭頂部に見られる「大きなトサカ状の骨の内部構造」が、「トロンボーンと同じような構造を形成していた」例などを挙げ、「CTスキャンが古生物学の研究に、さまざまな助けをもたらしたことは明白である」と述べています。
 また、CTスキャン画像とコンピュータを用いた解析の例として、アロサウルスの頭骨のCTスキャンデータをもとに、頭骨全体の詳細な三次元データを作成し、頭骨モデルの堅牢性を解析した結果、「アロサウルスの頭骨は、工学的に見て『高性能過ぎる』」上に、「頭骨の強度に比べると、噛む力はきわめて弱かった」がわかったとして、「最も合理的な説明は、頭骨は主たる攻撃用武器として、ナタのように用いられたということだろうということだ」と述べています。
 第8章「過去についての研究の未来」では、K-T大絶滅について、「生き残った生物は、なぜ生き延びることができたのか」という疑問が重要だとして、「現生する鳥類と哺乳水、トカゲ、ヘビ、ワニ、カメなどの爬虫類、魚類と他の多くの海洋生物は生き残った。それはたんに運がよかっただけなのだろうか?」と述べています。
 また、K-T境界をつくりだしたと言われるチチュルブ・クレーターについて、「衝撃帯の詳細な解析のために、地上から1.5キロメートル下のクレーターに掘削孔が掘られた」結果、「コアのデータの解釈の一つは、衝突クレーターがK-T境界のおよそ30万年前に作られたかもしれないと示唆した」として、「この証拠は、白亜紀末の絶滅事変が、単一の巨大な小惑星の衝突によるものではなく、K-T境界に向かうにつれて起こった、数回の巨大な衝突によるものであるという説の根拠になっている」と述べています。
 著者は、「大絶滅は、地球上の生命史における魅惑的な中断点として魅惑的であるが、それらを引き起こした原因を確定するのは、当然ながらとても困難なことである」と述べています。
 本書は、子供たちにも大人気の「恐竜」をきっかけとして、科学的なものの考え方を学ぶことへのイントロダクションになっている一冊です。


■ 個人的な視点から

 大人世代が「恐竜」に夢中だった20世紀と比べて、恐竜に関しては幾つもの新事実が明らかになっています。何しろ恐竜は現代にも生き残っているし……。「今さら恐竜なんて」という大人も夢中になれるのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・恐竜に夢中になるのは子どもくらいだと思っている人。


2015年5月23日 (土)

会議の政治学〈2〉

■ 書籍情報

会議の政治学〈2〉   【会議の政治学〈2〉】(#2407)

  森田 朗
  価格: ¥1,944 (税込)
  慈学社出版(2015/01)

 本署は、「ある意味で洗練された形態をもつ会議といいうる審議会について、その実態を、会議の場面だけでなく、その裏方の事務局の仕事ぶりを含めて」描いた前著『会議の政治学』の続編として、「ものごとを決定する場としての会議とはいかなるものか」について論じたものです。
 第1章「会議の作法」では、「一人で決めることの危険や欠陥をカバーすべく、決定権限を持つ者に助言する仕組として制度化されているのが、“審議会”のような諮問機関である」とした上で、会議においては、「仮にそれぞれの委員が合理的に行動したとしても、より正確には当人が合理的に行動していると思っていても、それで全体として皆が納得できるような結論に到達することは難しい」ことから、「会議において、限られた時間内に最終的な結論に到達するには、委員の間の論争において、いかに自己の主張を多数の委員に認めさせ、結論の一本化を図るか、という議論の仕方が重要になる」と述べています。
 そして、「賛否で意見が分かれるようなテーマに関する会議の場合、両者のバランスをとって人選を行うと、会議の結論をまとめるのが大変である」ことから、「人選を行う役所は、うまく多様性を偽装しつつ、上手に多数派を形成するように人選を行ってきた」と述べています。
 また、「座長の役割は、委員の様々な意見を整理し、一つの結論に導き、最終的にそれについて合意を得ること」だが、「場の空気を読めない『KY』な委員が多く、拡散傾向のある議論が続くと、それを収斂させることは難しい」と述べ、「事務局は、座長の選任、あるいは将来の座長候補の選任の場合には、一般の委員の場合を比べて、非常に気を使う」として、
・課題についての知識と経験
・中立的な立場
・忍耐力と威厳と温厚さを持ち合わせた性格
などの要素を考慮して、候補者を絞っていくと述べています。
 著者は、会議運営の制約について、
(1)時間の制約のため論点を絞りこまざるをえない。
(2)データが不足した不確実な状況
(3)委員の置かれた立場
の3点を挙げています。
 そして、委員の多数の支持を得るための意見主張のテクニックとして、前著で挙げた、
(1)論理の飛躍は気にしない
(2)論理の矛盾も気にしない
(3)部分的な主張をして、全体像には触れない
(4)都合のよい実例・調査結果だけを活用する
(5)論点をそらせて、質問をかわす
(6)一事例を一般化する
(7)シングル・イッシュー作戦
の7点に加え、
(1)言葉の定義を問う
(2)曖昧さを積極的に使う
(3)細部に宿る神を揺り起こせ
(4)原則論を振りかざす
(5)論点を封じる
(6)他人の懐を当てにする(第三者へのツケ回し)
(7)数字でたぶらかす
(8)演技力を武器に使う
(9)時間切れに持ち込む
の9つのテクニックを挙げています。
 また、会議の取りまとめフェーズにおける座長の役割について、「議論を効率的かつ蒸し返さずシステマティックに行うために、この段階になると、かずは多数の論点のうち、委員の間で意見の相違がないところ、要するに合意できているところを確認し、そうすることによって、何が争点か明確にすることが大切」だと述べています。
 さらに、「あくまでも自己の主張に固執して、抵抗する委員」に対しては、「座長としては、ある程度強硬な手段を取らざるをえない」として、「その主張の矛盾や弱点を指摘して、『あなたの主張にも難点があるのだよ。それを無視して、反対するのはいかがなものですか。』という趣旨のことをできるだけ優しく述べて、牽制球を投げる」こともあるが、「座長として、この策を上手に行うためには、すくなくとも議論を集中して聞き、論理の展開をしっかりフォローし、また議事進行の手続きをしっかりと把握して、論理の矛盾や手続違反を把握しておかなければならない」と述べています。
 著者は、座長に求められる資質として、「専門分野についての知識や課題について精通していることも必要であるが、それよりも、委員の意見を整理し、それをまとめる能力が重要」であり、「それには、そのときに論じられている課題についての意見の分布であるとか、個々の委員の性格、心理についての洞察が大事であり、それに加えて、全体状況を把握しながら、委員の発言や行動を導き、抑制する臨機応変の対応力が重要」だと述べています。
 第2章「『顔』の政治学」では、「自尊心の表れとしての『顔』」について、「他者との関係で、自分の存在意義を他者が認めてくれれば、『顔が立ち』、他者が否定をすれば『顔がつぶれる』ことになる」と述べ、「対決場面では、一方の『顔』が立つと、他方の『顔』が潰れることになりかねない」として、「相手の『顔』を立て、いかに潰さないようにするかが、会議においては、否、会議のみならず、社会の多くの場面において、重要なのである」と述べています。
 そして、「会議は座長の『顔』でもっていることから、委員は、会議で座長の『顔』を潰してはならない」として、「座長の『顔』を潰すと、その委員自身の『顔』も潰れることになる。それが、会議の暗黙のルールである」と述べた上で、「座長の制止や恫喝にもかかわらず、どうしても発言が止まらず、仁義なき議論が続くときは、座長は、自分が座長として会議の運営についての責任を全うできないことを理由として、辞職を宣言し、会議の場を去らざるをえない」としています。
 また、座長が、委員の「顔」を立てるために気を遣う点として、
(1)発言の順序:当然自分が発言者として指名してもらえると思っている者の「顔」を潰さない。
(2)発言時間のバランス:委員数が多い時には配分に気を遣う。
(3)委員への話しかけ方:人間偉くなればなるほど、腰は低く、言葉遣いは丁寧にしたほうがよい。
(4)「空気」の作り方:会議の途中で、議論が対立し、双方が沈黙してにらみ合い状態に陥った時こそ座長の出番であり、対立によって淀んでいた状況を打破し、新たな方向を示す「空気」を作り出す。
の4点を挙げ、「座長としては、限られた時間内に合意に達することが使命であり、そのために、委員の発言を管理することが任務である」と述べています。
 第3章「諮問会議と御前会議」では、「本来、国民の代表として選挙で選ばれた議員からなる議会の従たる地位にあるべき行政機関、お役所が、その権力を隠蔽影して、自分たちの目的達成や利益拡大の方法として審議会を用いているところがケシカラン」とする「隠れ蓑」批判について、「行革の流れの中で、それまで、各省の意向に、民意反映というお墨付きを与える『隠れ蓑』として機能してきた各省の審議会の改革、統合も実施され」、
「内閣レベルの制度・運用においても政治主導への舵は切られた」結果、
(1)各省にまたがる政策課題については、首相を長とする経済財政諮問会議と総合科学技術会議などが設置され、それ以外にもアドホックな有識者会議が多数設けられた。
(2)そのような会議や各省の審議会等に、政務三役が出席するケースが増えてきた。
として、「これまで論じてきた審議会の機能や役割にも大きな変化をもたらすことになった」と述べています。
 そして、「政治主導」のスローガンのもとで、決定権者が臨席するケースが「増加し定着した」ことについて、「そうでない審議会とは、なんとなく雰囲気が異なると感じている。役所の『隠れ蓑』たる性質は希薄になったのかもしれないが、今度は政治との距離が短くなったようにも感じる」と述べ、これまでの審議会が、「一方では専門家や関係者の間の議論を経て、可能な限り意見を一本化する。このことは、他面において、それでなくても多様な案件が山積し、決定の負担が重い政治にとって、『前さばき』として、その負担を肩代わりする役割を果たしている」として、「政治の世界で議論し決定したのでは、充分な専門的知識を反映できず、また利害調整においても、ステークホルダーの利害についてのきめ細かい配慮をする余裕もなく、さまざまな意味でバイアスを伴った荒い決定になりがちなので、審議会は、それに代わって事前にじっくり議論し、その結論を政治の場に提供することで、最終的な決定の質を担保している」と述べています。
 しかし、「現実に生じていることは、パートタイムの委員から構成され、独立した事務局を持たない多くの審議会が、政治、行政からの独立性、中立性を貫くことは困難であるということ」であり、「審議会に本来の機能を果たさせるためには、委員が役所の意向に影響をうけることなく、自ら考え議論をすることができる環境を作らなくてはならない」として、「まず、パートタイムではなく、また単なる『有識者』ではなく、審議会のために、必要な知識や能力をしっかりと身につけ、加えて、自ら資料を収集分析し、自らの考えをまとめるに充分な時間を割ける人物がいいんとなるべき」だとしながらも、そのような候補者を探すことは、「容易ならざること」だと述べています。
 本書は、あらゆる意思決定の場面で用いられている「会議」を動かしているメカニズムを解きほぐしていく一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で扱っている「会議」は、審議会という特殊な場ではありますが、職場や地域のあらゆる場所の「会議」にも多かれ少なかれ同じような力学は働いており、そのまま流用できるかどうかはともかく本書で紹介されている困った人やそれに対するテクニックには思い当たるところがあります。


■ どんな人にオススメ?

・多少なりとも「会議」に関わる人。


2015年5月22日 (金)

東日本大震災と地域産業復興 IV: 2013.9.11~2014.9.11 「所得、雇用、暮らし」を支える

■ 書籍情報

東日本大震災と地域産業復興 IV: 2013.9.11~2014.9.11 「所得、雇用、暮らし」を支える   【東日本大震災と地域産業復興 IV: 2013.9.11~2014.9.11 「所得、雇用、暮らし」を支える】(#2406)

  関 満博
  価格: ¥4,104 (税込)
  新評論(2014/12/5)

 本署は、「人がいなければ事業は成り立たない。仕事がなければ人は定住することは難しい」という視点に立ち、福島県を中心に、「所得、雇用、暮らし」を支えるという、地域産業の役割の原点を探求するものです。
 第1章「福島県浪江町/原子力災害地域で再編に向かう中小企業――2011年3月12日のままに残る」では、「2013年5月から2014年4月までの浪江の地域産業、中小企業に焦点を合わせ、その復旧、復興、そして帰還へ向けての取り組みと当面する課題等をみていく」としています。
 そして、「避難指示解除区域と居住制限区域では、事業再開に向けての条件が整いだしてきている。ただし、原発地域の各市町村のおかれている状況は様々であり、一律に判断はできない。ライフラインの整備、除染、土地利用の整理、都市計画との対応などにより、判断されていくことになる」と述べています。
 また、「今回の被災に対して、最も速く事業を再開した業種は運送業、建設業関連であろう。運送業と建設業の場合は、車両、重機が主要な設備であり、固定した工場などの用地、建物を必ずしも必要としない。また、復旧・復興に向けた運送、建設需要は一気に発生する」と述べています。
 さらに、原子力災害地域産業の復旧、復興の課題として、「事業者の再開するための環境として、除染、ガレキの撤去、電気、水道、下水の回復、浸水地域の嵩上げ、都市計画、住宅の高台移転などの進行が大きな鍵になる」と述べた上で、「地域の経営にとって、産業化には大きく3つの意味がある」として、
(1)雇用の確保
(2)域外からの所得(外貨)の獲得
(3)人々の生活支援
の3点を挙げ、「復旧の初期段階では、ハードな施設の再建に目が向きがちだが、それと同時に事業者の帰還を可能にする取り組みが不可欠である」と述べています。
 第2章「福島県南相馬市小高区/放射能災害と闘う地域産業――合併市旧町の中小企業の取り組み」では、「津波被災、放射能災害により人手不足、風評被害、取引停止等事業環境は極度に悪化しているが、南相馬市は機械金属系業種の優越的な地域であることがわかる」として、「機械金属工業は集積を深めることにより、全体の技術レベルが上がり、内面的な展開力を高めていく。さらに、多様な就業の場を提供し、また、外部から所得を引き出してくる地域にとっての基幹的なものなのである。その内面の充実が期待される」」と述べています。
 そして、「興味深い集積を示していた小高区の中小機械金属工業は、第一原発20キロ圏にあることから避難を余儀なくされた。その後、地域の中小機械工業の集まりである南相馬機械工業振興協議会を通じてグループ化し、グループ補助金を受けて再生に向かっている。そして、その方向はひとつには元も場所への復帰、仮設工場で様子見、さらに北の鹿島区、新地町での再建というものであった」と述べています。
 また、「南相馬の地域産業、中小企業復興については、大きな障害が幾つかある」として、
(1)放射の問題が最大のものであり、それは事業所の再開・進出、人材の調達、販売先の確保などに難しい問題を取り残している。
(2)合併後の日の浅い中で被災したことで、被害の程度や被災後の3つの旧市町が置かれている位置は大きく異なり、復旧、復興への温度差は相当に違う。
等の点を挙げています。
 第3章「福島県いわき市/復興支援拠点の地域産業、中小企業――自らも被災し、新たな方向に向かう」では、「いわき市は自ら大きく被災しながらも、双葉郡町村の人々、事業所、役場を受け入れ、双葉郡全体の復興に向けての支援拠点としての役割を演じている」とした上で、「戦後復興の担い手としての興行(石炭)の発展と閉鎖、高度成長を支える臨海部の基礎資材産業集積、産業構造高度化をリードする内陸の加工組立型産業集積、そして、津波、原子力災害からの復旧、復興拠点形成と、これほどドラスティックな課題に直面してきた都市は世界的に例がない」と述べています。
 そして、「被災後3年を経過した現在、『いわき市 復興事業計画』は第3次の段階に入ってきた。この間、中小機構による事業用仮設施設の無償供給、グループ補助金等による被災事業者の建物、設備などの回復が進められた」とした上で、
(1)食品を中心として工業製品にも「風評」が続いていること。
(2)第一原発への対応に関連して不手際が耐えず、漁業の本格再開の見通しが立たないこと。
(3)この震災を契機に食品、工業製品のアジア、中国移管が一層進み、日本の産業展開のあり方が大きく変わりつつあること。
(4)原発20キロ圏町村から避難してきた住民、事業者のいわきへの定着も見られるようになってきたこと。
等が明らかになったとしています。
 また、「今回の東日本大震災からの産業面の復旧、復興過程において、それまでの大災害の時に比べて大きな支援の措置があった」として、
(1)復旧に伴う設備投資に関して、建物、機械設備等について投資額の4分の3を補助するというグループ補助金の提供
(2)中小機構による事業用仮設施設の提供
の2点を挙げています。
 第4章「岩手県陸前高田市/津波で流出したまちの地域産業の復活と創出――仮設のまち、新たな水産食品加工団地、多様な支援産業」では、「陸前高田市は市街地のすべてを流出させ、湾岸の市街地について10~12メートルの嵩上げを進めている一方、郊外に新たな仮設のまちや水産食品加工団地を生み出し、新たなまちづくり、産業振興に踏み込みつつある」が、「一方で人口減少、高齢化の勢いは強く、高齢化が懸念される住宅の高台移転と新たな中心市街地の形成との関係、進出企業と雇用等、新たに乗り越えていかなくてはならない課題がみえ隠れする」と述べています。
 そして、「浸水した中心市街地が十数メートル嵩上げされるために手がつけられない状況の中で、いくつかの興味深い取り組みが重ねられてきた」として、
(1)JR竹駒駅の周辺にかけて、あたかも「仮設の街」というべきものが一気に形成されている点。
(2)陸前高田にはモノづくり系の進出企業は限られているのだが、その大半は高台に造成された場所に立地していたため被災を免れたという点。
(3)気仙沼市との境にある長部地区に一気に水産食品加工団地が形成されてきた点。
(4)陸前高田にはエアドームという革新的な農業施設が提供され、また、新たな雇用の場を創出するコールセンターが設置されるなど、地域にとっての新機軸となる事業が提供されたこと。
の4点を挙げています。
 また、「震災から2年以上も経つと、最大の課題の一つとして地域経済の活性化、雇用の拡大が意識されていく」と述べた上で、今後、高台の恒久住宅が提供されていくなかで、「人口減少、高齢化は陸前高田のこれからを考えていく場合の基礎的条件になりそうである。魅力的な就業の場がなければ、若者の流出は進む」と述べています。
 本署は、被災地における産業の復興を丹念に追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 まちおこしの話でも同様ですが、どれほど高い理想を掲げていようとも、成功と失敗を分けるのは結局は「食べていけるか」という点にかかっているというのは本質的に同じなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・復興と現実を知りたい人。


2015年5月21日 (木)

災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築

■ 書籍情報

災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築   【災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築】(#2405)

  D・P・アルドリッチ (著), 石田 祐, 藤澤由和 (翻訳)
  価格: ¥4,320 (税込)
  ミネルヴァ書房(2015/4/30)

本書は、「災害後の復興に社会的資源がどのように影響をあたえるのかを理解するため」、「20世紀に発生した4つの大災害に関する広範な調査を通じて、ソーシャル・ネットワークや人々のつながりが、どのように壊滅的な被害から復興するための原動力となるかについて」探ったものです。
 第1章「ソーシャル・キャピタル――災害復興後におけるその役割」では、「本書では、災害後の復興度合いの差を説明するために、ソーシャル・キャピタルが保つ役割、すなわち、人とのつながりをつじて利用できるネットワークや社会的資源が保つ役割に焦点を当てる。高い水準のソーシャル・キャピタルは、経済的資源や、政府や外部機関からの支援、また損害の低さなどの要因よりも、復興を促進する要因になること、そして被災者がより効果的な地域の再建のために協力し合うことを助長するという点を主張したい」と述べています。
 そして、被災後のレジリエンスの側面として、
(1)個人そして家族の社会心理的な幸福度の回復
(2)組織や制度の再稼働
(3)経済的・商業的なサービスおよび生産の再開
(4)インフラの完全な状態までの回復
(5)公的安寧と政府の運営上の秩序
の5点を挙げています。
 また、「ソーシャル・キャピタルと社会的資源のメカニズムについて」、「より強いソーシャル・キャピタルはネットワークのメンバー間にコンプライアンスや社会参加についての新しい規範を醸成したり、グループ内の人々への情報や知識を提供したり、信頼を築く」ことで、「より高水準のソーシャル・キャピタルを有する地域ほど、地域で掲げる目標の達成を阻みうる集団という障壁を打ち破ることができる」と述べています。
 一方で、新たに判明した知見として、「ソーシャル・キャピタルが常に公共財として機能し、すべての人々に恩恵を与えるものではない」どころか、それは「諸刃の剣」あるいは「二面性を持つ資源として捉えることができる」と述べ、「より強固なソーシャル・ネットワークは被災者の大多数にとって恩恵となるが、それが社会に存在する偏見の上に重ねられたときには、特定のグループ内における社会的な関係によってグループ外の人々の生活再建を遅くしてしまう可能性がある」上、「ソーシャル・キャピタルをあまり多く持たない、社会の周縁部あるいは末端に取り残された人々は、被災後にその恩恵に授かれないばかりか、強固なソーシャル・キャピタルを持つ人々のグループによって害されることすらある」と述べています。
 著者は、「社会経済的状況、人口密度、被害の大きさ、支援料といった一般的によく取り上げられる要因よりも、高い水準のソーシャル・キャピタルが復興の原動力としてより大きな影響を与える」と主張しています。
 第2章「ソーシャル・キャピタル――二面性を持つ復興資源」では、「ガバナンス、経済成長、開発、そして特に強調したい災害復興において不可欠の要素であるソーシャル・キャピタル」について、
(1)学問上の経緯を参照しながらこの用語を定義し、ソーシャル・キャピタルがどのように政策アウトカムに影響しうるかについて明確な説明を行う。
(2)曖昧で捉えにくいこの概念をどのように測定するかについて検討し、ソーシャル・キャピタルが正と負の両面の影響をおよぼすものであることを立証する。
(3)災害復興におけるソーシャル・キャピタルの果たす役割について議論する。
の3点により議論すると述べています。
 そして、パットナムによる、「人々の協調行動を促進することによって社会の効率性を高めることができる信頼、規範、そしてネットワーク」であるとするソーシャル・キャピタルの定義を紹介した上で、ソーシャル・キャピタルの類型として、
(1)結束型:社会における微妙な問題を飛び越えてしまう、コミュニティのメンバー内あるいはメンバー間のまるで同じ家族のような結束。
(2)橋渡し型:民族や人種、宗教といった垣根を超えて、ある集団やネットワークのメンバーとその外部にあるネットワークに属するメンバーとの間に関係を築く。
(3)連結型:社会における明確な権力や形式的な権力、また制度的な権力、もしくは権威勾配を超えて交流する人々の間の信頼関係によるネットワーク。
の3点を挙げています。
 また、ソーシャル・キャピタルが、「集合行動の問題、コモンズの悲劇、そして囚人のジレンマといった問題を克服するのに役立つであろう3つの主要な機能を持っている」として、
(1)ソーシャル・キャピタルは人々の他者の行動に関する期待を形作ることができる。
(2)ソーシャル・ネットワークはネットワークや集団の中にいる人々に対して、取り巻く環境や景気の動向、流行、またその他の様々な重要なこと柄に関する情報や知識を提供する。
(3)ソーシャル・キャピタルが信頼性の程度に関する情報をやりとりすることによって人々の間に信頼関係を築く。
の3点を挙げた上で、「高い水準のソーシャル・キャピタルは、これら3つの因果のメカニズムによって取引費用を下げ、人々の集合行動への参加確率を高め、そして個人間の協力をより一層促すことになる」と述べています。
 さらに、ソーシャル・キャピタルの災害復興への適用について、
(1)ソーシャル・キャピタルはインフォーマルな保険として機能し、情報や資金面での援助や、生活上必要とされる身体的支援を被災者へと提供することができる。
(2)組織化されたコミュニティは市民を活動へと効果的に動員し、集合行動の問題を打ち破ることができる。
(3)ソーシャル・ネットワークはコミュニティから退出することによる大小を大きくし、また住民らが「声」を発信していこうとする可能性を高める働きを持つ。
の3つの働きを挙げています。
 第3章「関東大震災(1923年)」では、「震災の大きな被害(1,000人あたり3人以上の死傷者)を受けた、愛宕や麹町、また築地といった地域の被災後10年間の人口増加の水準は、同程度の被害あるいはより小さな被害を受けた他の地域の水準よりも高くなっている。つまり、これらの地域では元の住民が戻り、また新しい居住者を呼び寄せたと言える」として、「これらの高いレジリエンスを持ったコミュニティが、市民活動への活発な参加という形を通して強い連帯を保持し、人口が減少したゴーストタウンとなるのを食い止めたことを論じたい」と述べています。
 そして、「20世紀初頭の東京における大災害後の人口回復に対して、被害の大きさや物的資本、人的資本、経済資本、そしてソーシャル・キャピタルがどのように関わっていたかということについて」、「検討を行った要因のなかでは、投票率やデモ活動といった市民活動への参加によって測定されたトーシャル・キャピタル指標が、なぜ被災後急速に地域の人口が回復したか、あるいは回復しなかったかという地域差を説明する最も影響力のある要因であった」と述べています。
 また、「地域の体制やソーシャル・キャピタルの保有量に対して、災害が与える短期的な影響の可能性」について、「1923年の関東大震災後には、日本全域で、特に東京で新たな市民グループや町内会などの集合組織が結成され、そこに多くの住民が参加した」として、「コミュニティを基盤とする組織の力が地域のソーシャル・キャピタルを醸成し、蓄えを作っていくという解釈は、近年の研究成果ともうまく噛み合うものである」と述べています。
 第4章「阪神・淡路大震災(1995年)」では、「この地震による被害は神戸市内のほぼ全域に及び、日本における災害史上最大級の経済被害を与えた」が、「被災直後の対応やレジリエンスは、同じ神戸市内でも地域によって大きな違いが存在した」と述べた上で、「阪神・淡路大震災として知られる1995年に発生した巨大地震後の神戸市の9つの国焦点を当て、この研究のために作成した新しいデータセットを使用して、地域レベルで見た災害後の復興スピードの遅速に影響を与えた要因について検証を行う」としています。
 そして、「災害後の復興に影響を与えると考えられる最も一般的な要因を取り上げて分析を行った結果、経済的条件や被害の大きさ、人口密度、貧富の差、あるいは地理的条件よりも、ソーシャル・キャピタルが長期的な観点でもっとも需要な役割を持つことが示された」として、「災害直後の消火活動だけでなく、地域の再建期間における市民による組織作りを含め、地域住民による自己組織化の能力を持つ地域こそが、人口増加という観点から早い復興を成し遂げることができる」と述べています。
 第5章「インド洋大津波(2004年)」では、「甚大な被害となった海岸部の村落の復興測度は地域によって大きな差が見られた」として、「高度の組織化された村や集落」では、「今も残るカースト制度の部族長老会議」である「パンチャヤット」が集団としての「結束型ソーシャル・キャピタル」と入手経路としての「連結型ソーシャル・キャピタル」の両方の役割を果たし、「住民同士を互いに結びつけると同時に、チキ住民の要望や必要な物資を取りまとめて、それらの情報をNGOや政府へと提供する役割を担う」一方で、「寡婦やダリット、またムスリムといった村のネットワークの周縁に位置する人々は、災害の発生によってさらに端へと追いやられ、国内外から流れこむ大量の支援の恩恵を直接的に受け取ることができなかった」と述べ、さらに、「このような組織化されたソーシャル・キャピタルや外部の組織とのつながりを持たない村では、復興は一向に進まない」と述べています。
 そして、「被災した60の村における調査の結果によると、そのうちの16%の村では、ダリットやアウトカースト、また他の非メンバーである約7,800人が、津波による被害を受けているという点から支援を受ける資格を持つと考えられたが、支援の受入窓口であるゲートキーパーの差別的扱いによって支援の一部、あるいは全部を受けられなかったとされている」と述べています。
 また、「発展途上の地域にとっては、また社会経済的な水準が低い人々にとっては、結束型ソーシャル・キャピタルが急場をしのぐための力となるが、外部組織とのつながりという連結型ソーシャル・キャピタルを持たないため、生活再建に困難を伴う」と述べています。
 著者は、「パンチャヤットのように強固な結束型と連結型のソーシャル・キャピタルを持つ組織体は、所属するメンバーの復興スピードを速めるであろうが、組織の外側にいる人々や地域社会の周縁に位置する人々の復興を遅らせる」ことを指摘し、「災害時の復興計画を創る上で政策担当者が取り組むべきであるとして提言できることの一つは、災害後においても住民が持つソーシャル・ネットワークを維持できるようにすること」であるとともに、「排除されているグループを包摂するために、どのようにして結束型と連結型のソーシャル・キャピタルを広げていくかの検討すること」だと述べています。
 第6章「ハリケーン・カトリーナ(2005年)」では、堤防決壊から6年後のニューオーリンズにおいて、ロウワー・ナインス・ワード地区では、「雑草が生い茂り、人の姿は見当たらず、まるで世界の終末語の荒れ果てた姿を描写する映画のカットに出てくるゴーストタウンのような姿のままであった」のに対し、「住民の大部分がベトナム人やベトナム系アメリカ人によって占められている」ビレッジ・デ・レスト地区では、「ハリケーンによる大きな被害を受けており、貧困率もロウワー・ナインス・ワード地区と同程度なのにもかかわらず、災害から2年が経過した時点で人口回復率は90%に達しており、商業施設も営業を再開している」と述べ、「早い復興を実現した地域では、避難の際においても、その後の再建過程においても、地域の活動家が住民同士をつなぐ結束型ソーシャル・キャピタルを維持するための行動をとっている」としています。
 そして、「カトリーナ後の復興に関する最近の研究から、ソーシャル・ネットワークの強さは地域によって異なり、複数のタイプの社会的資源の蓄えを持つ地域は高い復興力を示していることが明らかとなってきた。より正確に言うのであれば、ロウワー・ナインス・ワードのような地区は、強固な結束型ソーシャル・キャピタルを持っていたものの、連結型ソーシャル・キャピタルを十分に持っていなかったために、地区の行政が麻痺している間、外側からの支援を受けることができなかったと考えられる」と述べています。
 また、「ニューオーリンズ政府とFEMAの意思決定者がトレーラーの設置場所を選択する上で、組織化され強い結束を持った地域に対する脅威を深刻に捉えている」と述べ、「研究者の多くは、高い水準のソーシャル・キャピタルと市民社会が、より高い成果と優れたガバナンスへと無条件に繋がっていくと信じているかもしれないが、本書では地元住民が結束して政府の計画に反発するという市民社会の『カウンターウェイト』理論が支持されている」と述べています。
 第7章「国家と市場の狭間で――進むべき方向性」では、「時代背景や文化、政府のガバナンス能力、そして経済発展の度合いが異なるにもかかわらず、4つの事例すべてにおいてより高い水準のソーシャル・キャピタルを持つ地域が、協調した取り組みと結束した活動によって、災害からの効果的で効率的な復興を達成していることが示された」と述べ、そのメカニズムとして、
(1)高い水準のソーシャル・キャピタルは、災害後の状況においてインフォーマルな保険として機能し、地域住民間の相互支援を促進することになる。
(2)密接かつ数多くの社会的なつながりを持つことは、再建を阻むような集合行動の問題に直面した被災者がそれを解決しようとするときに有利に働く。
(3)社会における強固な絆は、被災者が声を上げる土壌を作ったり、地位位を離れる決断をする可能性を低下させたりする機能を持っている。
の3点を挙げています。
 著者は、「ソーシャル・キャピタルは、地域住民が自分たちの市民としての力の有効性を信じており、住民間の相互の信頼や政治への信頼が存在するなどの政治的かつ文化的な環境が整っている場において反映すると考えられる」と述べています。
 本書は、レジリエンスを支える原動力となっているソーシャル・キャピタルの正と負の役割に光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ソーシャル・キャピタルは普段は目に見えにくくいもので、むしろ煩わしいもの、役に立たないものと捉えている人も多いのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・近所づきあいは煩わしいと思う人。


2015年5月20日 (水)

マーケティング・インタビューのプロ モデレーター 聞き出す技術

■ 書籍情報

マーケティング・インタビューのプロ モデレーター 聞き出す技術   【マーケティング・インタビューのプロ モデレーター 聞き出す技術】(#2404)

  早尾 恭子
  価格: ¥1,620 (税込)
  すばる舎(2014/5/20)

 本書は、「商品開発などを目的とした調査で、一般の方々の生の声を聞き出す」仕事である「モデレーター」について、「相手に気持ちよくしゃべらせ、言葉を引っ張りだす」プロによる、「人の話を聞き出す技術」をまとめたものです。
 第1章「売れるヒント発見は聞き方しだい――『聞き出す』ことの重要性――」では、「聞き出す」ことを、
(1)相手の話がよく聞けるようになる
(2)質問がうまくなる
(3)相手の話を深堀りできる
(4)話が盛り上がる
(5)新しい情報などを発見できる
の5点に分解しています。
 そして「モデレーター」の役割は、「中庸」「緩和」「適度」という立ち位置にあると述べています。
 また、「話を聞き出すというのは、問われた相手が無意識に蓋をしている部分に働きかけ、『自分ってこういうふうに考えていたんだ』という発見をしてもらうこと」だと述べています。
 第2章「人の話を先入観で聞いていませんか?――『聞ける』マインドの育て方――」では、「聞き出す技術」の基本テクニックとして、
(1)話し始めは、「バクっと」大きな網を投げる
(2)相手が話し出したら、一区切りつくまで、黙って待つ:
(3)「これだ!」というキーワードが出たら、まずはオウム返し
(4)話があちこちしたら、「材料探しタイム」だと思えばいい
(5)相手がノッてきたら、「お囃子」に徹する
の5点を挙げています。
 第3章「相手のホンネ・ニーズを逃さずキャッチする――分析しながら聞く技術――」では、「調査の『目的と課題』に対してどんな知見が得られたのか、データをまとめていくことで報告書に落としこんでいく」と述べています。
 そして、分析のポイントとして、
(1)機能的価値
(2)情緒的価値
の2点を挙げた上で、「まだ明確に表には出てきていないけれど、その人の中に潜んでいる感覚値」について、「体内情報」と名づけていると述べています。
 第4章「さらに詳しく。相手の話を深堀りするには?――質問のプロセスとコツ――」では、「聞き出す」とは、
(1)話を聞く
(2)情報を整理・分析
(3)質問をする

(4)また話を聞く
(5)また情報を整理・分析
(6)質問をする
の3つのプロセスの繰り返しであると述べています。
 第5章「一瞬で誰もが話したくなる空気を作る――これがプロの現場テクニック――」では、「私たちモデレーターは、本当は答えを求めているわけではないのです。特にグループインタビューでは、一般生活者が集まったときに起こる『そうそう』『私も』『え、そうなの?』というやりとりから得られる発見こそが重要」だと述べています。
 第6章「提案できる人、伝えられる人になる――発見を価値創造へつなげるために――」では、「30秒の間隔」を体に刻みこむ理由として、
(1)人の話を聞ける時間には限界があり、それは30秒であること。
(2)ワンセンテンスで的確にコメントするため。
の2点を挙げています。
 本書は、「モデレーター」の技術をわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 人からお話を引き出す仕事の中でもマーケティングのインタビューは楽しそうです。こういう技術が使えるようになるといいですね。


■ どんな人にオススメ?

・人から話を聞きたい人。


2015年5月19日 (火)

発表会文化論: アマチュアの表現活動を問う

■ 書籍情報

発表会文化論: アマチュアの表現活動を問う   【発表会文化論: アマチュアの表現活動を問う】(#2403)

  宮入 恭平
  価格: ¥1,728 (税込)
  青弓社(2015/2/26)

 本書は、「日頃の練習成果を披露するために、おもにアマチュアの出演者自らが出資して出演する、興行として成立しない公演」である発表会について、「時代や経済、教育、制度、そして文化といった発表会をとりまく背景を踏まえながら、現代における発表会の展開を俯瞰し、これまで可視化されることが少なかった発表会について、様々な視座からの検討を試み」たものです。
 第1章「発表会の歴史」では、江戸時代の町人層の「発表会」思考を物語るものとして、「商家の主人などがなぐさみに習い覚えた芸事」である「旦那芸」という言葉について紹介しています。
 そして、「発表会」の要点として、
(1)「発表会」の出演者はそれを生業にしていない。
(2)発表会は古くから行われている祭りの延長上に捉えられる。
(3)発表会での個人は、自らの芸を発表することによって、聴衆や観衆の承認を、さらには賞賛を得ることを求めている。
の3点を挙げています。
 第2章「習い事産業と発表会」では、「半ば強制的に参加がうながされ、その際に参加費(+α)が必要になる発表会」について、「習い事をとりまく人々にとって『必要』なイベントなのである」とした上で、「日本では、しばしば発表会それ自体が、習い事をする、あるいは習い事を継続するうえでの目的にならざるをえないことが多い」と指摘し、「発表会は主催者にとって、習い事ビジネスを活性化・継続化させるための一つの手段でもある」としています。
 第3章「社会教育・生涯学習行政と地域アマチュア芸術文化活動」では、戦前の社会教育行政の特徴として、
(1)青年団・婦人会など国民を属性ごとに束ねる団体、その他宗教的・思想的教育のための強化団体の育成とその組織化
(2)多様な団体を動員して農村地域の復興や国民に対する思想宣伝・教育を目指す完成運動の推進
の2点を挙げています。
 第4章「学校教育と発表会」では、「軽音楽部の合宿が増えている」ことについて、「現実の社会では、しばしば耳にする『若者の音楽離れ』と逆行する現象が起こっていた」として、「『けいおん!』ブームは、軽音楽部の活性化に貢献したというよりはむしろ、軽音楽部の再認識を促したものとして評価すべきだろう」と述べています。
 そして、高校の軽音楽部の顧問が、「軽音部はアンプを通した吹奏楽部。ロックスピリットを教えようとは思っていない」と断言していることについて、「あくまでも『不健全なロック』を『健全な部活動』という文脈に書き換えているのだ」と述べています。
 第6章「合唱に親しむ人々」では、全国各地で年に一度開催される「合唱祭」について、「発表会の一方の雄と言っても過言ではない存在価値を持っている」と述べています。
 そして、「西洋音楽の特権性は音楽の大衆化とともに次第に薄まっていくが、唯一合唱だけはいまだにその特性を保持している」と述べています。
 第7章「誰のための公募展」では、「実際の公募展は、そのステレオタイプ化されたイメージとは異なり、必ずしも作品で生計を立てる専門職としての美術家だけに閉められてきたわけではなかった」、「むしろ公募展は、人生を豊かにしようと積極的に余暇を楽しむ日曜画家たちが、自身の成長を定期的に確認する場として見出されてきた」と述べています。
 第8章「発表会化するライブハウス」では、「日本のライブハウスに特有の文化を明らかに」するとして、ライブハウスのノルマ制について言及し、90年代前半までにライブハウスでは、「ノルマを達成できないのは自分自身の不甲斐なさであり、パフォーマンスのためにお金を支払うというよりはむしろ、ライブハウスへの不義理を感じて負債を返却するような気持ちが強かった」ため、「ノルマ制度を疑問視する声はあがらなかった」と述べています。
 そして、「ライブハウスの発表会化は、ライブハウスに導入されたノルマ制度が大きな要因になっている。正確にいうならば、ライブハウスそのものが発表会化しているというよりはむしろ、ライブハウスで行われるステージに発表会かが見られる」と述べています。
 本書は、日本の「発表会文化」に光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 芸事で生計を立てる上で「家元」制度というのはけっこう合理的な気がしていまして、学校を卒業した部活音楽家の受け皿として市民楽団以外にもブラバンや軽音楽の「家元」が登場するかもしれないです。


■ どんな人にオススメ?

・「学芸会」をバカにする人。


2015年5月18日 (月)

筆算をひろめた男 幕末明治の算数物語

■ 書籍情報

筆算をひろめた男 幕末明治の算数物語   【筆算をひろめた男 幕末明治の算数物語】(#2402)

  丸山 健夫
  価格: ¥2,592 (税込)
  臨川書店(2015/4/8)

 本書は、「江戸時代の大坂にあって、緒方洪庵と並び称される大学者」だった幕末から明治初めの数学者・福田理軒について、「幕末から明治の激動の時代に生きたひとりの学者であり教育者、そして経営者であった男の人生を通して、日本の社会の環境変化を追った」ものです。
 第1章「ペリーがやってきた!」では、福田理軒が出版した「測量集成」について、「どうしたら黒船をやっつけられるか?」をテーマとして、「黒船の来航で関心が高まった海の防衛、そのために、なくてはならない測量技術。そのテクニックを、黒船をテーマに論じてしまおうというわけだ」と述べ、「黒船ブームに乗った、実にうまい『教育本』である」としています。
 第2章「和算と大坂の街」では、「麻田剛立の直径の弟子に学んだ福田理軒と金塘の兄弟は、まさに浅田流の後継者の位置にいたことになる」とした上で、理軒が奉納した算額に師匠の武田眞元が「邪術である」と異議を申し立てたことで、「この争論は、福田派と武田派の深刻な対立にまで発展」し、世の人々からは「二田」の争論と呼ばれ、最終的には天文暦法の総元締である土御門家が小出兼政に判定を委ねられ、「理軒の問題は正当」との判定が下りたことで、「それまで大坂のトップクラスだった武田派に代わって、福田派が勢力を拡大した」と述べています。
 第3章「和算に挑戦してみよう」では、明の時代に「商人や庶民のための数学が盛ん」になり、その計算道具としてそろばんが普及したことから、「算木は支配者階級のための計算道具であり、そろばんは商人や一般庶民のための計算道具というイメージができあがった」と述べています。
 第4章「数学で攘夷だ!」では、福田理軒が、「測量集成」のなかで、「当時の測量機器を幾つか登場させている。『こんなもので距離が測れるの?』と思うような簡単な道具から、三角関数を使う本格的なものまである」と述べています。
 第5章「日本初の西洋数学書」では、安静4年(1857)に2冊出版された日本で初めての西洋数学書として、
(1)オランダ人から教えてもらった西洋数学をまとめた柳川春三の「洋算用法」
(2)中国に伝わった西洋数学をもとにした福田理研の「西算速知」
の2冊について、「中心は『筆算』である」として、「そろばんを使わず計算できる『筆算』が、西洋数学の象徴的存在だったのである」と述べています。
 そして、中国に西洋数学が伝わった時期について、
(1)モンゴル帝国が築かれた時期に、帝国が西へ拡大するとともに、アラビアの数字に触れる機会ができた。
(2)イエズス会の布教の時期に、「ユークリッド言論」の6巻までが伝えられた。
(3)イギリスとのアヘン戦争終結後、宣教師たちが西洋の科学書を中国人と協力して翻訳した。
の3つに大別しています。
 第6章「ふたりの友人」では、「測量集成」と「西算速知」の出版によって高名となった福田理研が、「幕末の有名人たちとも接点ができるように」なったとして、長崎海軍伝習所出身の佐藤政養と蕃書調所の教官だった神田孝平を紹介しています。
 第7章「静岡の二つの学校」では、「徳川家は、つぎの世は再び徳川の世にという意欲に燃え、まずは人材育成と、駿府に2つの学校を作った」として、「当時の日本で最高レベルの進歩的な学校」であった静岡学問所と、設立当初は「徳川兵学校」と名付けられた沼津兵学校を取り上げています。
 第8章「理軒の新しい学校」では、明治4年に福田理研が東京に創設した塾・順天求合社について、「和算洋算の区別なく、宇宙の普遍の真理である数学の研究と教育を行い、新しい文明を一緒に想像しよう!」という理念で設立され、全国各地に塾を作り、同じカリキュラムで同じ教科書を使う「筆算宇宙塾」の全国展開が、「理軒の夢だったように思える」と述べています。
 しかし、明治5年の学制発布によって、理軒の算術のマーケットは「完全に消滅してしまった」と述べています。
 第9章「文明開化と洋算ブーム」では、「学制の発布により、その存在自体が危ぶまれたのは、実は理軒の学校だけではなかった。徳川家が静岡に作った2つの先進的学校も同じ運命だったのである」として、「国家の教育は中央政府が決めるもので、地方や個人が勝手にカリキュラムを組んで教育を行うことは許されなかったわけだ」と述べています。
 第10章「和算の行く末」では、理軒が15年ぶりに大坂の町に帰ってきた明治18年ころ、ちょうど「和算が日本から消滅したとされる」と述べています。
 そして、「和算と洋算の本質はかわらない」と理軒が断言したとおり、和算の教科書は、「たとえ時代が変わっても、再版されたり流用されたりするほど、きらりと輝く本質があったに違いない」と述べるとともに、「実は理軒の精神は、生き続けている」として、「順天求合社は、私立順天中学校・高等学校となり、今でも東京都北区に現存する」としています。
 本書は、幕末・明治期の激動に翻弄された和算と数学者を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 子供の頃、そろばん教室に通っていた友達が羨ましかったですが、「筆算」が日本でこれほど歴史が浅いものだとは思いませんでした。やはりこれからは筆算の時代です。


■ どんな人にオススメ?

・筆算が苦手だった人。


2015年5月17日 (日)

「女子」の誕生

■ 書籍情報

「女子」の誕生   【「女子」の誕生】(#2401)

  米澤 泉
  価格: ¥2,808 (税込)
  勁草書房(2014/7/31)

 本書は、「腐女子や文化系女子といった少数派の女子ではなく、多数派であるがゆえに従来の研究対象からは毀れ落ちていたファッション誌の『女子』を正面から取り上げることで、ゼロ年代以降に急変していった女性たちの生き方社会意識を浮き彫りにするもの」です。
 序章「ファッション誌的『女子』論」では、「21世紀を迎えることからファッション誌では、少女ではなく成熟した女性に対して、『女子』と呼びかけるようになった」理由について、「女の欲望図鑑であるファッション誌を渉猟することでその答えを明らかにしていきたい」とした上で、「ファッション誌において『女子』という言葉を最初に使用したのは、人気マンガ家の安野モヨコだと言われている」として、安野が化粧情報誌『VoCE』誌上で連載していたエッセイ「美人画報」において、「安野が『女子』や『女子力』という言葉を頻繁に登場させたことがそもそも『女子』ブームの始まりなのだ」と述べています。
 そして、「日本初の実用ファッション誌である『JJ』が成功した」理由として、
(1)ターゲットを明確に絞り込み、階層意識を持たせたこと
(2)キャンパスという場に相応しい制服としてのファッションを提案したこと
(3)女子大生から専業主婦へというライフコースの生き方指南書としての側面を持っていたこと
の3点を挙げた上で、「この3つを機能させる最も有効な戦略として選ばれたのが、読者モデルであった」
と述べ、「団塊の世代以降の女性たちは、仕事や結婚や出産といった岐路に立ったとき、選択を迫られたとき、女性誌を片手に人生を選んできた」としています。
 第1章「『女子』の誕生」では、「ファッション誌で『女の子』や『女子』という言葉が従来とは異なる意味で使われだした」のは、「28歳、一生“女の子”宣言!」を掲げた宝島社の『Sweet』が登場した1999年だとして、「本来、女の子や女子と呼ばれる年齢を過ぎている女性に向けて、確信犯的に『女の子』と呼びかけたのはこれが端緒であると思われる」と述べています。
 そして、女性たちが青文字雑誌を支持するようになった理由として、
(1)女性たちが好かれる服よりも、自分が着たい服を選ぶようになったこと。
(2)従来の制服提案型雑誌に多くの女性たちが否を突き付けたということ。
(3)赤文字雑誌が描いてきたようなライフコースが崩壊しているということ。
の3点を挙げ、「赤文字雑誌は、脇役人生こそ女の花道であると説いてきた」が、青文字雑誌は「自分の好きな服を着て、好きに生きよと呼びかけた。それこそが『女子』なのだと主張した」結果、ファッション誌の「女子」は、「ファッションという極めて表層的な手段によって、軽やかに『常識』を飛び越え、良妻賢母規範を脱ぎ捨てようとしている」と述べています。
 第2章「『大人女子』という生き方」では、「ファッション誌における『女子』の誕生とその成長は宝島社の青文字雑誌とともにあったと言っても過言ではない」と述べています。
 そして、「80年代に少女時代を送った人ならば、『オリーブ少女』だった可能性が高い」とした上で、「『Olive』こそ、ファッション誌の『女子』にとっては根幹となっている、まさに血肉となっている雑誌である」と述べ、「80年代、90年代、ゼロ年代をファッション誌とともに駆け抜け、アラフォーと呼ばれる年齢になった彼女たちこそ、『欲張り女』を目指して突っ走ってきた世代である」としています。
 第3章「『VERY』な主婦は『幸せ』か」では、1995年に光文社から創刊された『VERY』の読者層は、「非常に明確に設定されていた」として、「『JJ』を読み、『幸せな結婚』をつかんだ、『幸せな専業主婦』のための雑誌として生み出された」と述べ、「『JJ』を教科書として『幸せな結婚』=上昇婚を見事に手に入れた勝者が『VERY』な妻なのだ」としています。
 そして、「そもそも『VERY』な妻に『幸せ』かどうかを当事自体が愚問なのである。なぜなら、彼女たちは自覚的に身も心も『幸せ』のコスプレを纏っているのだから。そうでなければ、『幸せな結婚』などありえないと誰よりも知っているのが、賢母ならぬ賢妻、『VERY』妻なのである」と述べています。
 第4章「ファッション誌の『女子力』」では、「宝島少女」のカリスマ的存在だった1961年生まれの戸川純について、「戸川純なくして、80年代の『宝島少女』は語れないであろう。それほど、彼女たちは戸川純に憧れ、戸川純になりたいと思ったのだ」とした上で、1980年代の均等法以前の少女は、「大人の女」になるしかなかったが、「『不思議ちゃん』になれば、そのライフコースを外れられるかも。新たな一歩を踏み出せるかも。戸川純に憧れて玉姫様を歌いながら、80年代の『宝島少女』は密かな希望を持ち続けた」と述べています。
 そして、「1993年生まれのきゃりーぱみゅぱみゅが、20歳を過ぎて、頭に巨大なリボンをつけたり、きぐるみのような服をファッショナブルに着こなすことができるのは、戸川純の『恩恵』を受けているからである。少女のまま年齢を重ねること。成熟を否定すること。今では、簡単にできることも、80年代には非常に大きな困難を伴ったのだ」と述べ、「結局、ファッション誌における『女子力』とは、『女子』を着て、『女子』を生きる力を指すのではないだろうか」として、「ファッション誌の『女子力』とは装いの持つ力なのだ」、「『女子』として生きていくための原動力となっているものである」と述べています。
 終章「仮装と武装」では、「『女子』たちがファッションや化粧によって美しくあろうとする」理由として、
(1)仮装による「人形的瞬間」のため、「私」に萌えるためであり、「外部からのまなざしを遮断し」たこの自己充足的でナルシスティックな空間で繭籠り(コクーニング)するため。
(2)化粧や装うことによってキレイになる、「なりたい自分になる」ということは、「女子」が世界に立ち向かうための武装でもある。
の2点を挙げ「ファッションや化粧が『女子』にとって不可欠なのは、仮装と武装――繭と鎧という一見アンビバレントな要素が、どちらも『女子』を守るための力、『女子』として好きに生きていくための力――ファッション誌の『女子力』になっているからである」と述べています。
 本書は、「女子」と「女子力」の誕生と本質を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 そういえば電車の中で雑誌を読んでいる人って本当に減りましたね。スポーツ新聞や週刊誌の読者層が高齢化するのと同じ問題なのでしょうか。週刊誌とかが「アラフィフ男子」とか使っちゃうのかもしれません。雑誌『SPA!』がよく「SPA世代」という言葉を使っていましたが、あれも「J-WAVEリスナー」と同じくらい高齢化しているように感じます。


■ どんな人にオススメ?

・いつまでも「女子」でいるつもりの人。


2015年5月16日 (土)

スピーチライター 言葉で世界を変える仕事

■ 書籍情報

スピーチライター 言葉で世界を変える仕事   【スピーチライター 言葉で世界を変える仕事】(#2400)

  蔭山洋介
  価格: ¥864 (税込)
  KADOKAWA/角川書店(2015/1/9)

 本書は、「スピーチ原稿を話して本人に代わって執筆する職業」である「スピーチライター」について、「スピーチライターとは何者で、どのように仕事をしているのかについて筆者の経験を交えながら解説し、その全貌を明らかに」しようとするものです。
 第1章「世界を動かすスピーチライター」では、「世界が大きく変わるとき、そこには歴史に残る名スピーチがあります。スピーチが世界を変えるのか、世界の変化が名スピーチを生みだすのか、それははっきりしませんが、世界の変化と共にスピーチがあることは確かです」とした上で、「スピーチは、人々を熱狂させ、行動に駆り立て、常識を書き換えます。そして、世界を変えるための原動力となるのです」と述べています.
 そして、世界で最初に大統領のスピーチライターになったジャーナリストのジャッドソン・ウェリヴァーについて、「1921年に大統領に就任したハーディングは、当時ジャーナリストとして有名だったウェリヴァーを、文章担当秘書官(Literary executive secretary)として採用」したのことがスピーチライターの始まりだとしています。
 第2章「スピーチライターの役割」では、スピーチライターに仕事を依頼する動機として、「スピーチやプレゼンテーションをより質の高いものにして、売上や人気を高めるため」だとした上で、スピーチライターは、
(1)政治を専門とする「政治系スピーチライター」
(2)ビジネスを専門とする「ビジネス系スピーチライター」
に大別できるとしています。
 第3章「スピーチライターの仕事」では、スピーチ原稿には、
(1)読み上げ原稿
(2)暗記原稿
の2種類があり、それぞれ書き方が異なってくると述べています。
 そして、スピートの基本的な戦略として、「広く浅い共感を徐々に積み上げながら深く共感を形成していく試み」であり、感動には、
(1)「そうなのか!」
(2)「よくやった!」
の2種類があると述べています。
 また、スピーチライティングの進め方として、
(1)初回ミーティング
(2)アウトライン
(3)仮原稿
(4)本原稿
の4つの段階について解説しています。
 さらに、シナリオのアウトラインとして、
(1)あいさつ
(2)アイスブレイクフレーミング
(3)事実
(4)意見
(5)まとめ
の5つの順序を挙げています。
 第4章「スピーチライティングの実際」では、「優れたスピーチには、必ずリアリティがあります」として、クライアントのスピーチに、「できるかぎりリアリティを込められるように、指導」を行うと述べています。
 そして、「スピーチライターは書く力も求められるのですが、第一にコミュニケーション力が求められる仕事」だとして、「自分の頭にあることを文章にするのではなく、クライアントが求めていることを聞き出し、具体化していかなければならない」上に、「何が話せて何が話せないかということを決めるために多くの関係者と調整に次ぐ調整を繰り返さなければ」ならないと述べています
 第5章「スピーチライターとして活動するために」では、フリーランスの政治系スピーチライターになるためには、
(1)作家やジャーナリストとして活躍しながら、政治家とのコネクションを確立し、スピーチライターとしてヘッドハンティングされる
(2)選挙コンサルタントとして街頭演説などの選挙演説の指導を行う専門家になる
(3)議会における代表質問などの代筆をする政策シンクタンクのコンサルタントになる
の3つのパターンがあるとしています。
 「おわりに スピーチライターは世界を変えられるのか?」では、スピーチは2つの方法で理想に働きかけることができるとして、
(1)理想そのものに働きかけること
(2)理想を達成できるのだという希望を与えること
の2点を挙げています。
 本書は、脚光を浴び始めたスピーチライターという職業をわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「スピーチライター」を使うことを「ゴーストライター」か何かのように感じる人もいるみたいですが、話す内容や話したいことをスピーチにしたり文章にしたりすることは、プロの能力としてもっと認められてもいいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・スピーチは自分で考えるべきだと思う人。


2015年5月15日 (金)

読む力が未来をひらく――小学生への読書支援

■ 書籍情報

読む力が未来をひらく――小学生への読書支援   【読む力が未来をひらく――小学生への読書支援】(#2399)

  脇 明子
  価格: ¥1,728 (税込)
  岩波書店(2014/7/31)

 本書は、「子どもたちが育っていく上で、本を読むということにいったいどんな意味があるのか」について、
(1)読書がなぜ必要か
(2)子どもたちに手渡して欲しいのはどんな本かということ、そして、どう知ればそれらが子どもたちの手に届くのか
(3)「岡山子供の本の会」の事例の紹介
を明らかにするものです。
 第1章「本を読むことで育つ力」では、「本を読む」ことをしないと得られないものとして、「思考力と想像力の働き」を挙げ、本を読むことで鍛えられた「記憶力や思考力、想像力は、生きていく上でおおいに役に立」つと述べています。
 そして、「絵本の読み聞かせはさかんですが、絵本から物語の本への高いハードルを超えるための援助は、小学校でも家庭でも、たいして行われてはいない」理由として、
(1)読書は趣味の一つであって教育の領域には含まれない、という通念
(2)国語の授業で事足りているという認識
の2点を挙げています。
 第2章「思春期にさしかかる前に」では、読書で育つプラス・アルファの力として、思考力、想像力、記憶力に続くものとして、「自分自身の行動や心の動きを、多少とも客観的、批評的に観察する力」である「自己認識力」を挙げ、「自己認識力と自己制御力を養うには、主人公に感情移入できて、同時に客観的な『読者の目』でも読めるような物語が役に立」つと述べています。
 第4章「昔話からもらえるもの」では、「昔話や創作物語が与えてくれる体験が、現実体験に勝るとも劣らないものとして経験の一部になるためには、読み手や聞き手が主人公に自分を重ね、出来事に一喜一憂しながら最後までついていけるようでなくてはなりません」と述べた上で、「昔話には、きちんとした挨拶、依頼、感謝、謝罪など、気楽な日常会話とは違って、相手との関係やその場の状況に応じて、言葉を選び選び行わなくてはならない『あらたまった会話』が、ずいぶんたくさん含まれている」と述べています。
 第6章「『生きる力』を育てる物語を」では、「『何度でも読める』というのは、児童文学作品の善し悪しを見分けるときに、とても役に立つチェック・ポイントの一つ」だとして、「いまの子どもたちがたいして勧めなくても自発的に手にとり、結構長いのにすらすらと読破して大人を安心させている本の中には、奇抜な『なぞ』や『ひみつ』で好奇心をそそり、『どうしてもその答えを知りたい』という一心で読ませてしまうものが多い」ことを指摘し、「そういう本を片っ端から『読み流す』子どもたちは、子ども全体が読書離れしているなかでは『読書家』として認められ、大人に称賛されることも多く、そこから抜け出すのはとても難しい」と述べています。
 第8章「読むことで開ける新たな地平」では、「あまり読書経験がないまま育ってきた大学生に、それぞれに合いそうな児童文学作品を紹介」した結果、「20歳を過ぎた学生たちが爆発的と言いたいほどの変身ぶりを見せてくれることに、何度となく驚かされて」来たと述べています。
 本書は、子どもにとっての「本を読むこと」の意味を考えなおさせる一冊です。


■ 個人的な視点から

 誰でも当たり前に「読書」ができると思われがちですが、習慣としての「読書」を身につけるためには家庭や学校の支援が必要なのは言うまでもありません。


■ どんな人にオススメ?

・「読書」なんて何もしなくても誰でもできると思っている人。


2015年5月14日 (木)

防災の心理学―ほんとうの安心とは何か

■ 書籍情報

防災の心理学―ほんとうの安心とは何か   【防災の心理学―ほんとうの安心とは何か】(#2398)

  仁平 義明 (編集)
  価格: ¥ (税込)
  東信堂; 初版第1刷版(2009/04)

 本書は、「防災の専門家なら知っていてほしい、心理学の視点からの問題」を扱ったものです。
 序章「ほんとうの安心とは何か」では、住民の安心には、地震や洪水などの「ハザードがどのような災害を引き起こすかについて、住民の頭の中にある個人的知識構造(メンタル・モデル)が影響する」として、「住民の素朴なメンタル・モデルは、現実のハザードや災害のメカニズム(しくみ)とは異なっているのが普通である」と述べています。
 そして、「安心感があれば、恐いものにも立ち向かうことができる。このことは、安心には、物理的な安全だけでなく、自分を守ってくれる信頼できる存在が必要であることを教えてくれる」として、「行政の役割は、災害に襲われた時にも、そこから復興しようとする心の回復力(レジリエンシー)を支える安心感と信頼感を住民に与えることにもある」と述べています。
 第1章「災害時の情報伝達と意思決定」では、「災害対策本部などの防災対応組織には、『情報受理』『状況判断・意思決定』『対応活動』という一連の情報処理を的確に行うことが求められている。しかし、これは必ずしも容易なものではない」とした上で、「災害時には、関係機関の間を大量の情報が行き交い防災対応に当たる人々は多くの業務に忙殺される」ため、「せっかく情報が届いているにもかかわらず、それが見落とされるなどして、活用できないこともある」と述べています。
 また、「市町村の行う避難勧告・指示の意思決定は、住民の生命を守る上では非常に重要な決断ではある」が、「人々に生活の拠点である自宅を離れるよう求めることは、社会的・経済的影響も大きく、容易に判断できるものではない」として、
(1)正常化の偏見
(2)不確実さの中での意思決定
(3)明確な判断基準の事前設定
(4)専門家との連携
の4点を挙げています。
 第2章「原子力防災と市民の心理」では、チェルノブイリ事故において、「想定をはるかに超えた規模の災害が、多数の原因によって発生している」として、「あえて後知恵で考えれば、市民感覚に真摯に向き合って、専門家の経験からは考えにくかった事故シナリオを思考実験的に想定し、その防止策を考えるような方策も検討されるべきではなかったか」と述べています。
 そして、「住民の方々が原子力施設に対して抱いている否定的な心象」である「負の想い」を「リスク認知マップ」として図式化表現し、「負の想い」は、
(1)技術的リスク認知要因
(2)社会的リスク認知要因
に大別できるとしています。
 第3章「災害とうわさ 特に地震の場合」では、噂とデマの違いについて、
・うわさ=自然発生的に流通したもの。誰かが意図して流したものではない。
・デマ=誰かが意図して流した情報が流通したもの。
と述べています。
 そして、「災害状況というのはうわさが発生しやすい状況」である理由として、「災害事態にはそれほど曖昧性はないが、その原因であるとか、その結果、また予後(将来の出来事)については何もかもが曖昧だといえるから」だと述べた上で、災害時に流れるうわさの類型として、
(1)災害予知流言:災害の発生を予知する情報
(2)災害再来流言:同種の災害が再び起きるという流言
(3)後予知流言:災害が来るのではないかという予測が存在した、という形で流れるもの
(4)被害流言:災害の後にその現場で起きたであろう様々な被害に関する流言
の4点を挙げています。
 また、1973年に千葉県館山市周辺で流れた地震予知流言について、「1973年6月11日午後11時38分、千葉県館山市を中心とする房総半島にマグニチュード8の地震が発生する」といううわさが、「これに先立つ4月頃から館山市内の小中学生の間でうわさになって」おり、「6月になって一気に広がり、ある小学校では放送部に所属している小学生が『地震が来る』という放送をしたことさえあった」ため、「千葉県の教育長が『根拠のないデマに惑わされないように』とする異例の通達を各校に送った」と述べています。
 第4章「風評被害の心理」では、「『風評被害』の実体とそのメカニズムを明らかにする」として、
(1)「風評被害」の社会的実体(事例とその構成要素)
(2)「風評被害」発生のメカニズム(心理的実態、うわさ・報道との関係、発生プロセス)
(3)自然災害の風評被害
の3点を挙げています。
 そして、「風評被害」の構成要素として、
(1)経済的被害
(2)事故・事件・環境汚染・災害の存在もしくは関連する報道の存在
(3)大量の報道量
(4)本来「安全」とされる食品・商品・土地の経済的被害
の4点を挙げています。
 また、心理学、社会心理学では、
(1)恐怖:具体的な脅威を認知したときに生じる恐れ
(2)危険:その対象物を指して使われる言葉
(3)不安:具体性に乏しく、曖昧さや不確実性の高い脅威を認知したときに生じる恐れ
を区別していると述べています。
 さらに、JOC臨界事故について、「臨界事故の《うわさ》が人口を膾炙し、伝達されていく心理的背景」が重要であり、「《うわさ》は、周辺住民が共通して持つ、様々な『不安』という心理の体現」だとした上で、
(1)ひょっとして住民には知らされていない汚染、現在科学的に理解されない後発的影響があるかもしれないという「漠然とした健康への不安」
(2)「子孫に影響があるかもしれないという不安」
(3)「放射能汚染があるかもしれないという不当な理由によって、周辺住民以外の人が自分たちを白眼視・差別するのではないかということへの不安」
の3点を挙げています。
 著者は、「風評被害」の発生メカニズムの特徴として、
(1)「人々は安全か危険かの判断つかない」「人々が不安に思い商品を買わないだろう」と市場関係者・流通業者が想定した時点で、取引拒否・価格下落という経済的被害が成立する。
(2)「経済的被害」「人々は安全か危険かの判断つかない」「人々の悪評」を政治家・事業関係者、科学者・評論家、市場関係者が考える時点で「風評被害」が成立する。この時点でいわば「『人々の心理・消費行動』を想像することによる被害」である。
(3)<1>経済的被害、<2>事業関係者・科学者・評論家・市場関係者の認識、<3>街頭インタビューの「人々の悪評」などが報道され、社会的に認知された「風評被害」となる。
(4)報道量の増大に伴い、多くの人々が「危険視」による「忌避」する消費行動をとる。事業関係者・市場関係者・流通業者の「想像上の『人々の心理・消費行動』」が実態に近づき、「風評被害」が実体化する。
の4点を挙げています。
 第5章「災害のフラッシュバルブメモリ」では、「驚嘆するような出来事を見聞きした時の状況を私たちははっきりと記憶している」現象である「フラッシュバルブメモリ(Flashbulb Memory)」について、「ショッキングな事件を見聞きした時の状況についての鮮明な記憶」であり、
(1)生々しい
(2)そのとき自分はどこにいたのか
(3)そのとき何をしていたのか
(4)どのようにして知ったのか
(5)その直後どうしたのか(何が起こったのか)
(6)自分はどのように感じたのか
(7)他の人はどのように感じたか
などを「はっきりと記憶している」という特徴を持つとしています。
 本書は、災害を心理学の観点から解き直した一冊です。


■ 個人的な視点から

 心理学の世界でも災害についての研究が蓄積されており、一通り概説されているのがありがたいです。


■ どんな人にオススメ?

・災害時の心理について考えたい人。


2015年5月13日 (水)

巨大災害のリスク・コミュニケーション: 災害情報の新しいかたち

■ 書籍情報

巨大災害のリスク・コミュニケーション: 災害情報の新しいかたち   【巨大災害のリスク・コミュニケーション: 災害情報の新しいかたち】(#2397)

  矢守 克也
  価格: ¥3,780 (税込)
  ミネルヴァ書房(2013/9/25)

 本書は、「災害リスク・コミュニケーションのパラドックスを繊細かつ入念に概念化し、その概念化の作業を踏まえた上で、真に有効かつ実践的な災害情報の生産・発信・共有を図る必要がある」という問題意識から書かれたものです。
 著者は、本書のタイトルである『巨大災害のリスク・コミュニケーション』について、
(1)災害リスクに関するコミュニケーションという通常の意味
(2)コミュニケーションというものに付随する大きなリスクという意味
の2つの意味を含めて持たせているとしています。
 第1章「災害情報のダブル・バインド」では、災害情報には、「メッセージに従うこと(第1の拘束)とメタ・メッセージに従うこと(第2の拘束)、この相矛盾する両者によって拘束され身動きができなくなることから、ダブル・バインド(二重の拘束)と呼ばれる」性質があるとしています。
 そして、「避難勧告や指示に係る災害情報をめぐるダブル・バインドは『情報待ち』が生じてしまう根源的な理由をよく説明してくれるように思われる」として、「多くの場合、災害の専門家が生成し、行政やマスメディアが発信する『避難せよ』との災害情報は、それが何度も反復される間に、このメッセージの文字通りの意味と同時に―いや、皮肉なことに、メッセージ本体よりも強力に―」、「『避難は災害情報を受け取ってから実施せよ』、さらには、『災害情報を受け取らなければ避難を控えよ』というメタ・メッセージ」を「住民に届け続けてきた」と指摘しています。
 また、「災害情報をトリガーとして何かを行うという構図が維持されている限り、メタ・メッセージの副作用によって、災害情報の発信者対受信者という構図から脱却できない」と指摘しています。
 第2章「参加を促す災害情報」では、「マニュアルは、防災・減災にとって不可欠ないくつかの実践を結合させ関連付けると同時に、分離させ離反させる働きももっている」と述べています。
 第3章「『安全・安心』と災害情報」では、「気遣いを専門家や行政職員に委ねお任せすることを通じて、自らの心理的な安心を確保する、という〈関係性〉をとっている」と述べた上で、「〈近代的な関係性〉は、そのベースに『リスク』をめぐる2つのムーブメントをともなっている」として、
(1)人間・社会に損害を及ぼす存在(ハザード)を「危険」から「リスク」へと転換しようとするムーブメント
(2)能動的な対応の実質を、専門家や行政職員に「外化」するという選択
の2点を挙げています。
 第4章「『津波てんでんこ』の4つの意味」では、「『てんでんこ』が有効に機能するためには、次の諸条件が満たされていることが望ましい」として、
(1)あなたが「てんでんこ」することを、私は信じている。
(2)私が「てんでんこ」することを、あながは信じている。
(3)「あなたが『てんでんこ』することを、私は信じている」と、あなたは信じている。
(4)「私が『てんでんこ』することを、あなたは信じている」と、私は信じている。
の4点を挙げ、「このように、『てんでんこ』は、その効果的な実現の前提条件として、ここでいう相互信頼が、家族で、隣近所で、あるいは地域社会で、多方面に、そして多段階で成立していることを要請している」と述べています。
 そして、「『てんでんこ』は、『おらに構わずお前は生きろと言ってくれた』という理解を生き残った者に許容する点で、亡くなった者が生き残った者へ届ける寛容と励ましのメッセージという一面をもっている」と述べています。
 第5章「『自然と社会』を分ける災害情報」では、「『自然』と『社会』の本質的な交絡と重視しつつ、かつ、上で述べたヒヤリ・ハット事例を効果的に活用していくため」には、
(1)地域での体験継承の必要性
(2)葛藤をともなったリスク・コミュニケーション
の2つの点が重視されなければならないと述べています。
 第7章「『あのとき』を伝える災害情報」では、「『リスク社会』において『災害史』を記述することは、一般に困難である」が、「『災害史』を記述する作業そのものを十分モニタリングすることが重要」だと述べています。
 本書は、災害情報をめぐるコミュニケーションの難しさを論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 災害情報や非難についての情報をどのように届けるべきか、という問題には答えがあるわけではないだけに、試行錯誤が必要になることも多いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・リスク・コミュニケーションについて考えたい人。


2015年5月12日 (火)

災害ボランティア―新しい社会へのグループ・ダイナミックス

■ 書籍情報

災害ボランティア―新しい社会へのグループ・ダイナミックス   【災害ボランティア―新しい社会へのグループ・ダイナミックス】(#2396)

  渥美 公秀
  価格: ¥1,944 (税込)
  弘文堂(2014/2/19)

 本書は、災害NPOの草分けであるNVNAD(日本災害救援ボランティアネットワーク)の理事長である著者が、「1995年に西宮市で阪神・淡路大震災に遭遇して以来、災害ボランティア活動の現場で考え続けてきたことをまとめたもの」です。
 著者は、本書執筆の動機として、東日本大震災時に、自粛ムードを原因として災害ボランティアの初動が遅れたことについて、「なぜ、こんなことが起こってしまったのだろうか? その原因を突き止めたい。何とかして、災害ボランティアをめぐる諸問題を解消し、災害ボランティアが、被災者の傍にいて、被災者に寄り添う姿を取り戻したい。そして、その先に、災害ボランティアが拓く新しい社会を構想し、そこに向かった確かな一歩を進めたい」と述べています。
 第1章「東日本大震災と災害ボランティア」では、「阪神・淡路大震災以来、災害救護活動や不幸支援活動を継続してきた一つの災害NPOが、東日本大震災に直面して、どのような意思決定を経て活動を開始し、現在も継続しているのかということを、その当事者となった筆者自身の体験として詳細に綴る」と述べています。
 そして、岩手県野田村を長期的に支援するネットワーク体制である「チーム北リアス」が共有していた基本的考え方として、
(1)被災された方々を常に中心に据えて、現場に寄り添う活動を展開すること。
(2)野田村の復興を見据えて活動を進めること。
(3)主要参加団体は、研究者と大学生が中心であることから野田村の将来に向けて役立つと判断すれば、研究も遂行すること。
の3点を挙げています。
 第2章「災害復興ボランティア研究」では、「災害ボランティアは、被災者の傍らにあって、あくまでも被災者を活動の中心に据え、臨機応変に、被災者や被災地の支援を行う」として、災害ボランティアの核心は、「ただ傍にいること」が最も肝要だとしています。
 そして、「グループ・ダイナミックス」について、「研究者自身が、様々なコミュニティや組織といった現場に入り込み、現場の当事者と一緒に現場の改善を行っていく実践的な学問」だと述べています。
 第3章「災害ボランティアの20年」では、「『ボランティア元年』と称された1995年から約10年の間に、災害NPOが全国各地に設立され、互いにネットワークを組んで日頃から情報交換をするようになった。どこかで災害が発生すれば、災害NPOが現地に向かい、地元の行政や社会福祉協議会との調整を経て、現地に災害ボランティアセンターを開設する。災害ボランティアセンターに関する情報は、マスメディアや災害NPOのネットワークを通じて広報され、全国から災害ボランティアが現地に駆けつける。災害ボランティアセンターでは、駆けつけた災害ボランティアを受け付け、被災家屋の片付けや避難所での物資配布の手伝いなどに参加してもらえるよう効率的なコーディネートを行う。こうして一定期間が経過すると、災害ボランティアは被災地を去り、災害ボランティアセンターも閉鎖される。これが災害ボランティアをめぐる被災地での標準的な動きであった」と述べています。
 そして、「阪神・淡路大震災から10年を迎えようとする頃には、災害ボランティアの周辺では、災害NPOへの組織化が行われたり、既存の体制との連携が確認されたり、災害ボランティアセンターの開設や効率的な運営といったことが訓練されるなど、災害ボランティアが秩序だって活動する基盤が整備されていった」としています。
 また、2007年の中越沖地震に際して、「これまで通り、被災地に災害ボランティアセンターが開設され、救援活動の経験を持つ人々を中心として効率のよい運営がなされようとした」が、「2つの契機が訪れた」として、
(1)災害ボランティアセンターで作業をしていたボランティアから、「被災者の顔を見なかった」という声が聞かれるほど、形式(だけ)を優先してきた災害ボランティアセンターのあり方を象徴するできごとが起きた。
(2)救援に当たる地元の人々が、着々と進む救援活動に取り残されるという字体の発生。
の2点を挙げています。
 さらに、「そもそも災害ボランティアは、被災者の安寧という目的に対する単なる手段の一つ」であったにもかかわらず、「東日本大震災の初動時を振り返れば、災害ボランティア活動それ自身が目的となってしまったかのようである」として、「大規模な災害の発生を前にして、何かしようと思った人々は、被災者の救援を考える前に、まずは、しっかりとマニュアルを読んでマスターし、それに従うことを考えてしまったようである」と述べ、「東日本大震災では、秩序化のドライブが露骨なまでに猛威を振るってしまった」として、「秩序化のドライブの対となる概念として、誘導化のドライブを措定」しています。
 第4章「救援活動と災害ボランティア」では、東日本大震災において、「なぜ、秩序化のドライブは猛威を振るったのだろうか?」という問いかけに対して、「秩序化のドライブを打破するには、相異なる2つの方略がある」として、
(1)災害ボランティアの原点に戻ること。
(2)秩序化のドライブを打ち消すように作用する誘導化のドライブの駆動。
の2点を挙げています。
 そして、「災害直後の災害ユートピア、パラダイスと称される事態で展開する即興の最前線は、秩序化のドライブをいかに排し、誘導化のドライブをいかに維持するかという問題」だと述べています。
 第5章「復興支援活動を災害ボランティア」では、「災害復興過程とは、被災地に住む人々が生活世界を意味づける文脈を創生、維持、変容していく動態」であり、「災害復興研究は、研究者と被災地にかかわる人々との共同的実践を通じて、被災地の生活世界の動態を明らかにし、当該被災地はもちろんのこと、時空間を隔てた社会について、さらには、社会一般について、その『社会心理』を明らかにする理論的な試み」だと述べています。
 そして、「長期にわたって、滞在を続けていると、住民と災害ボランティアとの間で、言わなくてもわかることが増大し、かえって、復興への道標を見失うことにもなりかねない」として、「復興過程を可視化しつつ、対話を重ねていくためのツール」として、「被災者の方々に、自分の気持の浮き沈み、地域の雰囲気の変化などについて、曲線を用いて描いてもらう手法」である「復興曲線」を挙げています。
 第6章「地域防災活動と災害ボランティア」では、「被災地という非日常を体験している災害ボランティアは、その新規性と経験によって、閉塞感のある地域防災活動を変革していく潜在力になろう」と述べています。
 第7章「災害ボランティアが拓く新しい社会」では、「災害ボランティアにとって、今必要なことは、秩序化のドライブから離脱し、誘導化のドライブに導かれた活動へと大胆に軌道修正していくことである。誘導化のドライブのもとでこそ、災害ボランティアは、被災者の傍らにあって、既存の秩序にとらわれることなく、被災者とともに良かれと思われたことに即興的に取り組み、被災者・被災地の安寧に寄与するという災害ボランティアの本来の姿へ戻ることができるからである」と述べています。
 そして、「阪神・淡路大震災の頃、災害ボランティアを取り巻いていた風景と、東日本大震災を経たことで見えてきた風景には、決定的に違う点がある」として、「災害ボランティア元年と称された阪神・淡路大震災の前には、災害ボランティア活動を体験したり、目の当たりに見たりした人々の数は圧倒的に少なかった」が、「東日本大震災に至るまでには、多くの人々が災害ボランティア活動に参加した経験をもち、それを語り、また、災害ボランティア活動を目の当たりにしたことのある被災地が、日本に点在したということ」だと述べています。
 そして、「災害ボランティアが拓く新しい社会という目的地に到達するには、超えなければならない関門が少なくとも2つある」として、
(1)風景の局所性
(2)泡沫性
の2点を挙げ、それぞれの問題に取り組むためのアクションリサーチとして、
(1)局所性については、ネットワーク論の知見を援用することで解決を図りたい。
(2)泡沫性については、一つ一つの風景は泡沫的であっても、それが時々生じることで、長期的に見れば、災害ボランティアが拓く新しい公共帯があちらこちらに現出するようにするという間歇的誘発という考えを導入してみる。
の2点を挙げています。
 本書は、災害ボランティアの過去と未来を語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会学の分野では「参与観察」の手法はよく知られていますが、「グループ・ダイナミクス」という手法は輪をかけて積極的な感じがします。


■ どんな人にオススメ?

・災害時のボランティアについて考えたい人。


2015年5月11日 (月)

巨大災害・リスクと経済

■ 書籍情報

巨大災害・リスクと経済   【巨大災害・リスクと経済】(#2395)

  澤田 康幸 (編集)
  価格: ¥2,808 (税込)
  日本経済新聞出版社(2014/1/11)

 本書は、「東日本大震災からの復興の只中にあり、さらなるグローバル化が進展しつつある今こそ、人びとが潜在的に直面するさまざまな巨大災害のリスクを多角的に、しかし徹底して研究し、有効な戦略を打ち立て、強靭な社会を創ることが求められている」という「強い動機と使命感」に基づいて編集されたものです。
 序章「本書の主眼と確証の要約」では、「本書には類書に見られない2つの具体的な特徴がある」として、
(1)従来議論されてきた「リスクコントロール」の視点に基づく防災・減災策にとどまらず、「リスクファイナンス」の視点から巨大災害の保険メカニズムの現状と展望を行っている。
(2)自然災害のみならず、様々な人的災害も含めたより広い見地から巨大災害・リスクが生みだす影響とそれらに対する政策のあり方を論じている。
の2点を挙げています。
 第1章「グローバル社会と巨大災害・リスク」では、大災害を、
(1)自然災害
(2)技術的災害
(3)経済危機
(4)暴力的紛争・戦争
の4つに定義付け、「グローバル化に伴い増大したと考えられる各災害が生みだす悪影響、予防・減災のあり方、新しいリスクファイナンスのしくみや公的な制度について議論」しています。
 そして、「先進国では、大災害がおきても財政を通じた異時点間の資源再配分によって、自国のキャパシティーである程度対処ができる。反面、多様な大災害のリスクを抱える途上国は財政基盤が脆弱であり、公的メカニズムに限界が有るため、そうした巨大リスクへの耐性が低い。また、東日本大震災のように大災害は複合して起こりうる。それだけに、グローバル化の進行の下、増大しつつある4つの大災害リスクを世界全体でプールするようなな備えのしくみは、途上国だけでなく先進国の大災害リスクの分散を図る上でも有効である可能性がある」と述べています。
 第2章「巨大災害の保険メカニズム」では、「『減災』に努めつつも、経済的な被害に対する保障の手段、すなわち保険や公的支援等、社会的なリスクシェアリングの手段を事前に講じておくことが重要」だと述べています。
 そして、「先進国においては、東日本大震災や阪神・淡路大震災のような多くの犠牲者を出してしまった場合もあるものの、概して自然災害による犠牲者が減少してきている反面、経済的被害が急増している」一方、「発展途上国においては、いまだに非常に多くの犠牲者をともなった自然災害が起きており、しかも頻度がより高くなってきているが、経済発展とともに経済的被害も増加している地域もある」と述べています。
 また、加入率に関する議論で重要な観点として、「危険度の高い者ばかり保険に加入し、危険度の低い者が加入せず、リスクシェアリングのメカニズムが働かなくなってしまう問題」である「逆選択の問題」と、「保険が無条件に安価に提供されると、減災に対するインセンティブが低下してしまう」という「モラル・ハザード」について言及しています。
 第3章「自然災害のマクロ経済への長期的インパクト」では、「もし自然災害がより他人との信頼を高める効果があるとした場合、自然災害は短期的に経済・社会を混乱させ、マクロ経済にマイナスの影響をもたらすが、長期的には『個人間のソーシャル・キャピタル』を高めることを通じてプラスの効果をもたらす可能性がある」と述べています。
 そして、「自然災害の回数が『信頼』および『政府の質』に与える影響は、ともにOECD諸国のほうが大きい」要因として、
(1)国民のモラル・道徳が、自然災害が発生した際に信頼や政府の質に与える効果に影響をもたらす可能性があるということ。
(2)自然災害の発生や状況を正確に伝えるメディアの役割。
の2つの解釈を挙げています。
 そして、「自然災害は『内部結束型ソーシャル・キャピタル』『橋渡し型ソーシャル・キャピタル(bridging social capital)』『連結型ソーシャル・キャピタル(linking social capital)』いずれをも国全体として強め、それをつじて経済全体の成長を押し上げる傾向がある」と述べています。
 第4章「自然災害からの復旧におけるサプライチェーン・ネットワークの功罪」では、「災害に対する経済的強靱性を左右するものとして、サプライチェーン・ネットワークに注目する」理由として、「サプライチェーンによって東日本大震災の経済的被害が拡大したとの議論がある」ことを挙げています。
 そして、「サプライチェーン・ネットワークが、大災害時において企業活動の復旧の妨げになるというよりも、むしろ復旧を早めることを明確に示している」、すなわち「サプライチェーン・ネットワークを深化させることは、企業の経済的強靱性を強化することにつながる」と述べた上で、「被害した企業からの部品・素材の供給が途絶えると、操業停止がサプライチェーンを伝わって伝播していくというマイナス面がある一方で、取引先から被災企業を代替したり」するプラス面もあるとしています。
 第5章「感染症:増大するリスクとその対処」では、「人を感染媒体とする感染症は、感染者の周囲の人々の負の外部性を及ぼす」理由として、
(1)感染者が発する病原体が他の誰かに感染した場合、その病原体を発した感染者を特定するのが困難である。
(2)仮に病原体排出者が特定できたとしても、その人に何らかの形で責任を追わせる制度的枠組みを現代社会が持っていない。
の2点を挙げています。
 そして、「感染症の負の外部性や、新薬・新ワクチンの成分や生産方法といった知識の公共財的性格が、感染症対策に関する政府介入を正当化する」と述べています。
 第6章「技術的災害としての原発危機」では、「なぜ、運転開始後40年を経過しようとしていた福島第一原発が2011年3月11日に“働き盛りの炉”として運転されていたのか」を明らかにするとしています。
 そして、「福島第一原発の事故は、民間経済主体が運営する巨大技術に対して、経済社会がどのように新陳代謝を促していくのかについて、大きな課題を投げかけた」と述べています。
 本書は、自然災害に限定せず、災害と経済社会のあり方を探った一冊です。


■ 個人的な視点から

 災害の話は、安心・安全の観点から論じられることが多いですが、経済の視点から論じられることも重要だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・経済の観点から災害を考えたい人。


2015年5月10日 (日)

防災の社会学―防災コミュニティの社会設計に向けて

■ 書籍情報

防災の社会学―防災コミュニティの社会設計に向けて   【防災の社会学―防災コミュニティの社会設計に向けて】(#2394)

  吉原 直樹 (編集)
  価格: ¥4,104 (税込)
  東信堂; 第二版(2012/11)

 本書は、「防災活動はまちづくりの一環であるという共通認識の上に、相互の守備範囲を踏まえながら、上からのリスク管理に対して市民がイニシアティブをとり、防災に関する共同業務を『市民の政府』とNPO・ボランタリー・アソシエーション等の『共』領域が協働して遂行し、そのことを通して」、「タテのリスク管理システム」とセーフティネット機能との間の「裂け目(デバイド)」を小さくしていくという問題意識のもとで、防災に関するアジェンダを社会学的に考究しようとするものです。
 序章「東日本大震災と『防災の社会学』」では、「防災の社会学」に関連して新たに考えなくてはならなくなったこととして、
(1)地震、そして津波は避け得ないものであるということがより現実味をもって認識されるようになったこと。
(2)いわゆるネット連携がこれまでになかったような速さと広がりで見られること。
の2点を挙げています。
 第1章「防災の思想」では、「防災思想の成り立ちやその軌跡に、ある意味でその認識枠組みや価値関心さらにはそれらを主導した理論構成にいたるまで、大きな影響を与えた、明治期の近代防災成立、関東大震災、戦後復興、阪神・淡路大震災の画期に焦点を当て、そこから防災をめぐる政策・計画思想の基本的問題の所在を明らかに」するとしています。
 そして、「防災思想の主体観は、『自助』(自己責任)、『共助』(近隣相互支援)、『公助』(行政・ライフラインの防災機関等の公共組織)、の3つの関係性の総合性が重視されている」として、「自助」、「共助」については、「最も脆弱性の高い領域である」とする一方、「『公助』についての主体観は、防災思想をテクノロジーと管理(マネジメント)に関心を集中している」と述べています。
 第2章「防災をめぐるローカル・ノレッジ」では、「1889年の町村制施行に伴い、明治政府は新たに誕生した行政町村レベルに、新たな消防組の設置を促したが、ほとんど進展しなかった」ため、「明治政府は国民の団結と意識の高揚を図る方策」として、「これまでむら独自の方法で組織・運営されてきたむら消防組を解体する政策」として、「消防組規則」を1894年に制定したとして、
(1)消防組織として市町村レベルに設立される「公設消防組」しか認めない。
(2)消防組を警察の補助機関と位置づけ、警察の監督下に置いた。
(3)消防組にかかる費用は市町村の負担とした。
の3点を挙げています。
 そして、「多くのむらでは、従前同様にむら消防組は存続し、運営にかかる諸費用もむら人の負担で賄われた」と述べ、消防組頭はむらの有力者として、「町村にあっては小学校長や町村長といった地方名望家と並んで地位は高く、県警部長から委任を受けた所轄の警察署長によって任命された」が、組頭は「財布に余裕がないとその役はなかなか務まらない」と言われ、「むらの消防組がかかわる諸行事の前後に行われる『寄り合い』での、半ば慣例化していた慰労会の飲食費用は、組頭が自腹を切って援助を行うこともしばしばであった」と述べています。
 また、終戦後の「消防団発足直後の団員数はおよそ200万人前後であり、その多くはかつての警防団員であった。消防団加入の有無については、警防団幹部を中心として本人の意向確認の手続きが取られたが、警防団の一部幹部についてはGHQの意向もあり、消防団員としての任命が見送られた」と述べています。
 さらに、「市町村合併により、新たな市町村消防団が成立したとしても、分団の統廃合には直結しない。それは、伝統行事として行われてきた火伏せの行事や神社祭典、あるいは通学路の雪かき、増水に伴う内水対策、水門や陸門の開閉といった特定分団が長年にわたって関わってきた役割を新たに誕生した分団が直ちに引き継ぐことには、分団のみならず、地域住民の側にも強い抵抗感があるからである」と述べています。
 そして、災害時において、「消防団のもつ『即時対応力』にまさる組織はない。人命救助に決定的意味をもつ『災害発生から72時間以内』ということからして、消防団は頼りになる存在であることを、地域住民は改めて知ったことはいうまでもない」として、東京都立大学・中林一樹教授が、「消防団がないと、東京二十三区直下の地震で発生する火災の4割は消し止められない」と指摘していることを紹介しています。
 第3章「防災コミュニティと町内会」では、「コミュニティの防災力は近隣関係や町内会の力量に大きく依存している。だから『いろんな小さい活動』を積み重ね、顔の見える関係を広げていくことが重要である」と述べています。
 また、東日本大震災において、「被害の大きかった地域では、自主防災組織への懐疑とでもいうべき状況が存在する」一方で、「被害の小さかった地域、また被害のなかった地域では、東日本大震災を受けて、むしろ自主防災組織の組織化を推進する動きが強くなっている」と述べた上で、盛岡市の「北松園自主防災隊」の事例について、
(1)緊急時には、自主防災組織の規約・組織体系を無視して作業が進められた。
(2)普段の町内会活動の活発さが、「自主防災組織」の活動ではなく、「自主的」な防災活動に結びついている。
(3)非常時に行政が期待していた「自主的」な活動がみられたにもかかわらず、行政側からとらえた場合、いくつかの問題点が存在する。
の3点を挙げています。
 第5章「震災ボランティアと支えあいのしくみづくり」では、「今回の東日本大震災後の3ヶ月半の間に災害ボランティア・センターを通じて活動したのは、延べ48万3千人で阪神大震災の40%にとどまっていた」理由として、「被害が広域に渡り、被災地に救援物資が十分に行き渡っていなかったり、食糧や宿泊先の確保が難しいこと、また発生当初のガソリン不足、交通事情の悪さなどに加え、自治体の対応が追いつかず、ボランティア受け入れを抑制した自治体が多かったことがある。交通手段、食糧、生活に必要なものをすべて持参する『自己完結型のボランティア』が求められ、大量のボランティアが押しかけることに対して、政府やNGOが注意を呼びかける場面が多く見られた」と述べています。
 また、生活再建期には、「ボランティア団体は市民活動団体として、それぞれの方向性を明確化するようになる」として、その特徴として、
(1)阪神大震災の経験を踏まえて、国内外で災害対応を中心に活動をする団体と、平常時のコミュニティづくりを担う団体にわかれた。
(2)市民活動をサポートし、情報面で支援する「中間支援組織」の増加。
の2点を挙げています。
 そして、「阪神大震災の経験から東日本大震災の復興に向けてのインプリケーションとなる課題」として、
(1)復興過程においてはインフラの復興というハード面だけでなく、高齢者などの災害弱者の孤立を防ぎ、お互いの「生」を支えるしくみをどのように形成していくのか、という点が重要となる。
(2)被災者が働ける場をどのように創出するか。
(3)復興を進める生きがいづくりや仕事づくりなどを可能とする地域コミュニティの財政的基盤の確立。
の3点を挙げています。
 第6章「被災者の生活再建の社会過程」では、住宅復興に必要なものとして、
(1)安全で快適な住空間の住宅そのものの回復
(2)個々の住宅をとりまくコミュニティ(様々な地域のつながり)の回復
(3)生活の糧をうるための地域における産業・生業(とりわけ農業、漁業、中小零細企業)の総体の回復
の「3つのレベルを満たすことが必要」だとしています。
 また、阪神・淡路大震災被災者の生活再建過程を通して浮かび上がってきた知見と今後の課題として、
(1)生活再建は復旧ではなく、適応の過程である。
(2)個人ベースの生活再建と行政レベルからの復興のズレの問題。
(3)社会的弱者の再生産の問題。
(4)中間集団の重要性。
(5)住宅再建、生活再建への中間集団による共助の可能性。
の5点を挙げています。
 第7章「災害弱者の支援と自立」では、災害時要援護者支援対策をめぐる問題として、
(1)災害弱者に対する支援を政策化するにあたっては、災害発生時の対応、避難の援助ばかりでなく、生活再建次の支援まで含めた総合的な視点が必要ではないか。
(2)いかにして実効性のある対策を立てていくのかという視点が必要ではないか。
の2点を挙げています。
 第8章「災害支援・防災と情報メディア環境」では、「3月11日に私たちが体験した」ことは、
(1)情報の途絶=“ブラックアウト”
(2)情報の麻痺=“ホワイトアウト”
とも呼ぶべき状況だったと述べています。
 第9章「防災ガバナンスの可能性と課題」では、日本の災害研究のアプローチとして、
(1)社会情報論的アプローチ
(2)組織論的アプローチ
(3)地域社会を対象とするアプローチ
の3点を挙げています。
 第10章「防災と地域セキュリティの論理」では、地域セキュリティの論理が、防災の分野において影響を及ぼしている点として、
(1)地域セキュリティの論理は、コミュニティやアクティヴな主体と結びつき、地域社会における諸活動の背景をなす点。
(2)自主防災組織の役割として、システム維持や「国民保護」の分野への動員と同時に、地域社会を方向づける役割が期待されている点。
(3)大規模災害発生後にあっては、治安維持の問題が不可避に立ち現れ、同時に、復興への動きの中で第一の点が再起する点。
の3点を挙げています。
 本書は、社会における防災対策のあり方を探った一冊です。


■ 個人的な視点から

 現在でも当たり前に存在する「消防団」がどういう歴史と経緯を持っているのかは知っておいて損はないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・コミュニティと防災の関係を考えたい人。


2015年5月 9日 (土)

災害社会学入門

■ 書籍情報

災害社会学入門   【災害社会学入門】(#2393)

  浦野 正樹, 吉井 博明, 大矢根 淳, 田中 淳 (編集)
  価格: ¥ (税込)
  弘文堂(2007/12/19)

 本書は、「1960年代以降の藩政期近い伝統と、実に豊かな知見を蓄積」し、「最近の災害をめぐる環境変化の中で、阪神・淡路大震災をはじめ、その後も続発する国内外の大災害に真摯に向き合うことで発展」してきた「災害の社会科学的研究」を概観するものです。
 第1章「災害社会学の系譜」では、災害の定義として、クワランテリによる「脆弱性や災害をよりソーシャルな側面に引き寄せた定義」として、
(1)突然に開始される事態であり、
(2)社会的集合体のルーティンに深刻な混乱を引き起こし、
(3)混乱に対応するために計画外の適応と、
(4)社会的空間や時間の中で予期せざる生活体験(生活歴)を強いられ、
(5)価値のある社会的事象が危機に晒される事態
の5点を挙げています。
 そして、「脆弱性概念とペアにして最近語られるようになる復元=回復力(Resilience)概念」に関して、脆弱性の進行は、
(1)根源的な原因(Root Causes)―貧困、権力構造や資源への限定的なアクセス、イデオロギー、経済システム、その他一般的でグローバルな要因―が、
(2)ダイナミックな圧力―〈地元の諸施設、教育、訓練、適切なスキル、地元の投資、地元市場、報道の自由など〉の欠如、および〈人口増加、都市化、環境悪化など〉のマクロ・ファクター―としての影響を及ぼし、それがさらに、
(3)危険な生活状況―壊れやすい物的環境(危険な立地、危険な建物やインフラストラクチャーなど)、脆弱な地元経済(危機に瀕した暮らし、低い収入水準)―
として具体的な生活場面に顕在化し、これが、「引き金となるイベント(地震、暴風、洪水、火山噴火、地すべり、基金、化学災害など)と結びつくことで災害が発生する」と述べています。
 そして、「大状況における脆弱性(Vulnerability)を促進させる根源的な原因(Root Causes)に着目するだけで、災害による深刻な影響を軽減させることができるのか、また、軽減させる有効な方策を考える糸口が提供できるのか」という疑問に対する回答の一つとして、「復元=回復力(Resilience)概念が浮上してくる」と述べ、「復元=回復力(Resilience)概念は、いわば大状況のなかでの客観的な環境と条件を見る過程では見逃しがちな、地域や集団の内部に蓄積された結束力やコミュニケート能力、問題解決能力などに目を向けていくための概念装置であり、それ故に地域を復元=回復していく原動力をその地域に埋め込まれ育まれていった文化の中に見ようとするものでもある」と述べています。
 第2章「災害と社会的対応の歴史」では、「同一の災害の外力が働いても、社会(或いは地域社会)によって被害の現れ方が異なる」として、
(1)発災以前の社会の状態のあり方によって、災害がもたらすモノ、ヒト、組織への影響の現れ方が異なる。
(2)社会システムの作動の不具合の程度と通常の社会的活動への障害の程度が異なり、最終的には、被災者の生存・生活の困難さの程度や様相が異なる。
(3)社会によって、発災時、あるいは、緊急時における社会の対応が異なる。
(4)回復過程が社会によって異なってくる。
の4点を挙げ、「その社会ごとの差異こそが、社会学的な災害研究を複雑なものにしている」と述べています。
 また、第2次世界大戦以降の災害関係法令の制定過程に関して、
(1)法令制定もしくは見直しは、実際に大災害が発生するか、大災害の発生が切迫しているという科学的根拠が示されることがきっかけになっている。
(2)大災害の発生や大災害の切迫情報はマス・メディアの集中豪雨的報道をもたらし、そのことが国民全体の災害への関心あるいは被災者への同情をかきたて、国民全体を何とか(支援)しなければいけないという気持ちにさせる。
(3)防災研究者や専門家などが、なぜ被害が拡大したのか、どうすれば被害を減らせるのか、被災者を支援することができるのか、について発言し、それがマス・メディアによって大きく報道される。
の3点を挙げています。
 第3章「災害における生命と心」では、「災害は、組織にとって、不確実かつ曖昧な事態に、組織の自立性が低下する中で対処しなければならない緊急事態である」として、
(1)不確実性の増大
(2)緊急性の増大
(3)一時的コンセンサスの成立
(4)自律性の低下
(5)参加・動員の調整基盤の変化
の5点を問題として挙げています。
 そして、「問題は、災害時に組織構造および機能が大きく変化するにもかかわらず、災害経験を持つ人や防災の専門家が少なく、継続性に乏しいことから、組織のコントロールや組織間調整が十分働かない市町村行政機関である」と述べています。
 第4章「災害と情報」では、「発災時の情報伝達にせよ、防災教育にせよ、関心の低い層をどのように巻き込むかという共通の課題を抱えており、しかもその層は重なっている可能性も高い」と述べています。
 そして、規範的な「災害文化」として、
(1)物語や口承による災害教訓の継承
(2)モニュメント
(3)防災対応としての文化
(4)都市計画的防災文化
の4点を挙げています。
 第5章「被災生活と生活再建」では、「災害のひとつの至言は、災害への対応は日常の地域社会の能力に規定され、日常できること以上はできないというものである」として、災害弱者問題について、「その解決には、防災対策だけではなく、災害発生前から地域の福祉サービス水準をも上げておかなければならないことになる」と述べています。
 また、避難者の生活問題として、
(1)生活機能:トイレ、水の確保が特に重要であるがその入手は難しい。
(2)生活環境:阪神・淡路大震災では、1人あたりの避難スペースは極めて狭く、就寝スペースが早い者勝ちで決められる場合もあった。
(3)災害時要援護者支援:避難所まで辿り着くのも難しく、また到着した頃にはすでに大勢の避難者で溢れており、通路や階段の踊場で飢えと寒さに震えるしかなかった。
(4)避難所運営:当初、教職員など施設管理者を中心に実施されたところが多く、徐々に、避難者自身による自主管理へと移行したところが多くなった。
の4点について論じています。
 第6章「新たなリスクに対峙して」では、「都市貧困層の集住とそれに伴う居住環境維持や社会問題への対応に典型的に見出だせる都市の古典的なリスクの回避のプロセス」として、
(1)都市貧困層の分解・解体と下層労働者の生活水準向上のプロセスとして
(2)都市への資本の蓄積により自律的で持続可能な経済発展を遂げるプロセスとして
(3)都市における専門機関の整備とそれへの依存度が高まるプロセスとして
の3点を挙げ、「これら3つのプロセスは歴史的には相互に関係し合い重層しあいながら展開していった」と述べています。
 また、「巨大災害は中小災害とまったく異なる社会的影響をもたらす」として、
(1)膨大な応急対応需要を発生させるが、
(2)防災機関の対応能力は防災関係施設・資機材が被害を受け、要員も被災するため弱体化し、
(3)応急対応需要の一部にしか対応できず、その結果、被害は拡大し一層深刻化する、
(4)防災関係機関の能力不足を被災者がカバーしようとするが、必要な資機材が不足したり、専門知識や組織力の欠如のため、その対応力には大きな限界がある
の4点を挙げ、「量(被災規模)は質(必要な対応システム)を変えるのである」と述べています。
 さらに、「日本の高度成長期とその後の経済的繁栄を支えてくれた、もうひとつの隠れた要因」として、「1960年から1995年の阪神・淡路大震災までの35年間に大災害が起きていないという自然条件の『幸運』」を挙げています。
 第7章「災害社会学の新たな視点・論点」では、「今我々に必要なことは、この半世紀で失ってきた〈地域の問題解決能力〉をもう一度取り戻すことである」として、「もう一度小さなシステムでの問題解決のあり方を見なおさねばならない」と述べています。
 そして、非常時・平常時のボランティアによる防災・減災の活動について、「他の関係主体の間をつなぎながらこうした活動を繰り返してきたことで、関係団体とのつながりが維持・強化されるとともに、災害対応のノウハウも蓄積・継承され、次の災害への備えが進められてきたことに注目したい」と述べた上で、「実際のボランティア活動の現場で気付かされること」は、「機能的な側面よりはむしろ、援助者、支援者としての側面である」として、「被災者の辛さを共有しようと努め、復旧・復興という目標に向かって、被災者に伴走する支援者である」と述べています。
 本書は、社会学の視点から災害にアプローチした一冊です。


■ 個人的な視点から

 災害は社会学の一大分野となっていて議論も盛んなのですが、いろいろな大学の研究者が被災地に大挙して押しかけるようなことがあると、インタビューやアンケートに答える被災者の皆さんも一苦労ですね。


■ どんな人にオススメ?

・災害が社会に与える影響を知りたい人。


2015年5月 8日 (金)

逐条解説災害対策基本法

■ 書籍情報

逐条解説災害対策基本法   【逐条解説災害対策基本法】(#2392)

  防災行政研究会
  価格: ¥ (税込)
  ぎょうせい; 第2次改訂版(2002/11/1)

 本書は、「我が国の災害対策の最も基本となる法律」である災害対策基本法の解説書です。
 第1編「総論」第1章「災害対策基本法の制定及び改正経緯」では、阪神・淡路大震災を契機とした平成7年12月に行われた22回目の改正において、
・災害緊急事態の布告がなくても著しく以上かつ激甚な非常災害の場合には、内閣総理大臣を本部長とする緊急災害対策本部を設置することができること。
・緊急災害対策本部長が指定行政機関の長等に指示をすることができること。
・非常災害対策本部及び緊急災害対策本部に現地対策本部を置くことができること。
・国及び地方公共団体は、自主防災組織の育成、ボランティアによる防災活動の環境の整備、高齢者・障害者等 に特に配慮すること。
・地方公共団体の相互応援に関する協定の締結に関する事項の実施に努めなければならないこと。
など、「防災対策全般にわたるものであった」と述べています。
 また、中央省庁等改革による平成11年の26回目の改正では、「中央防災会議の設置場所を、総理府から内閣府に変更し、中央防災会議の所掌事務として、防災に関する重要事項に関し内閣総理大臣や防災担当大臣に意見を述べること等を追加」したこと等を述べています。
 第2章「災害対策基本法の目的及び概要」では、「災害に関する法律は、極めてその数が多く、150ないし200にも及ぶといわれており、これらの法律はおおむねその都度必要に応じて制定されたものが多く、内容もそれぞれの法律の領域については整備されているが、他の法律との関係などについては十分考慮されているとはいえないものが多かった。そのため、災害が起きた場合にその対策がばらばらで、防災行政は十分な効果を上げることができなかったというのが災害対策基本法成立以前の状況であった」と述べたうえで、「災害対策基本法は、このような防災体制の根本的な不備、欠陥を是正し、災害対策全体の体系化を図り、総合性、計画性を与えることを目的として制定された」と述べ、災害対策基本法の主たる内容として、
(1)防災責任の明確化
(2)総合的防災行政の推進
(3)計画的防災行政の推進
(4)激甚災害等に対する財政援助
(5)災害緊急事態に対する措置
の5点を挙げています。
 第2編「逐条解説」第1章「総則」では、第1条(目的)について、「『責任の所在を明確にする』とは、国、都道府県、市町村、指定公共機関、指定地方公共機関及び住民等の防災に関する責務を明らかにすることである」と述べています。
 第3条(国の責務)では、「本法原案では、本項が設けられていなかったが、防災に関する国の積極的な姿勢を示すため追加された」として、「『責務』とは、通常は責任と同じ意味で用いられるが、この場合はこれより広く職務、任務といった意味をも含むものである」と述べた上で、「『災害に係る経費負担の適正化を図る』とは、被災者又は被災団体を他の災害を受けなかった者の負担において援助することが当然のことであるから、現行の国庫負担制度においてその適正化を図ることはもちろん、将来においても長期的かつ総合的視野に立って、防災に関する実施事業の種類、実施主体、その裏付けとなる財政負担の在り方等について、災害に係る経費負担の適正化を積極的に図っていくということである」としています。
 第5条の2(地方公共団体相互の協力)では、「第8条第2項第12号に定める相互応援協定の前提となるものである」と述べています。
 第7条(住民等の責務)では、「地域防災計画には、法規範としての性格、機能はなく、したがって罰則などにより計画の内容を担保することはできないが、本条第1項の規定により、地方公共団体の区域内の公共的団体、防災上重要な施設の管理者等は、地域防災計画に定めるところに従った活動をすべきこととされている」と述べています。
 第8条(施策における防災上の配慮等)では、「国及び地方公共団体が留意すべきこと及び努力目標を確認的に規定したものであり、これらは、国及び地方公共団体が防災上の責務を果たすために実施に努めなければならない事項である」と述べています。
 第2章「防災に関する組織」では、第14条(都道府県防災会議の設置及び所掌事務)について、「都道府県の区域内における防災に関する事務は、都道府県、国の地方歯分部局、日本赤十字社等の公共的機関等により処理されているが、従前は、これら相互間の連絡調整が十分でなかった。この欠陥を補うため、国において中央防災会議を設けて関係省庁間の連絡調整を図ったのと同様に、都道府県においても関係機関の間を連絡調整し、総合的、計画的な防災行政を行うため、本条で都道府県に防災会議を設置することとし、併せてその所掌事務を定めたものである」と述べています。
 第24条(非常災害対策本部の設置)では、「本法施行前においても、昭和33年の狩野川台風、昭和34年の伊勢湾台風、昭和35年のチリ地震津波に際し、閣議決定により現地に事実上の組織として災害対策本部が設置された例があり、本項はこれに所要の権限を与え、法律上のものとして制度化したものである」と述べています。
 第28条(非常災害対策本部長の権限)では、地方自治法における「指示」との関係について、「国は、地方自治法第245条の3第6項の規定により、原則としては、自治事務の処理に関し、普通地方公共団体が、普通地方公共団体に対する国又は都道府県の指示に従わなければならないこととすることのないようにしなければならないとされている」が、「例外として、『国民の生命、身体又は財産の保護のために緊急に自治事務の的確な処理を確保する場合等特に必要と認められる場合』を除くこととされている。本法における非常災害対策本部長の指示」は、これに該当すると考えられると述べています。
 第29条(職員の派遣の要請)では、「本条は、国の職員も地方公共団体に派遣できることにして災害応急対策又は災害復旧の強力な推進を図ったものである」と述べた上で、「自衛隊に対する都道府県知事の災害派遣要請は、自衛隊法第83条に特段の規定があるので、本条の規定によらず、自衛隊法により行うことになる」と述べています。
 第3章「防災計画」では、第34条(防災基本計画の作成及び公表等)について、「防災基本計画は、我が国における災害根絶の究極目的を思考しつつ、最近における災害の実情に照らし、災害の未然防止、被害の軽減及び災害復旧のための諸施策について、その基本を定めるとともに、防災業務計画及び地域防災計画の作成又は修正のための諸基準を定めたものであり、我が国の防災体制の前進を図ることを目的としている」と述べています。
 第47条(防災に関する組織の整備義務)では、あ「大規模災害発生時において被害を最小限にくい止めるため、地方公共団体が迅速かつ的確な対応を行うことが求められるが、地方公共団体の現状を見ると、必要性は感じているものの、応急体制に移行しなければならない頻度が少ないため、防災・危機管理体制を整備することの優先順位が低くみられ、現実的には、十分な体制を整えるには至っていない」ことから、「防災・危機管理能力の強化を目指す団体にあっては、危機管理監などの専任スタッフが首長等を補佐し、各部局を統括又は調整するといった方向で、組織の在り方を構築していくことが求められている」と述べています。
 第5章「災害応急対策」では、「本章は、災害応急対策における市町村の役割を重視し、市町村長に広範な権限を付与するとともに、国、都道府県及び市町村の責任とその相互関係を明らかにしている。また、訓示的規定に多い本法の中においては、実効的規定を多く規定している」と述べています。
 第65条(応急公用負担等)では、市町村長が人的公用負担の権限を行使できる対象は、「市町村の区域内の住民又は応急措置を実施すべき現場にある者」であるのに対し、消防法第29条第5項においては、「緊急であるとき(消火若しくは延焼の防止又は人命の救助その他の消防作業において)であることを要件とし、火災の現場付近にある者」としており、水防法第17条においては、「水防のためやむを得ない必要があるときであることを要件とし、水防管理団体の区域内に居住する者又は水防の現場にある者」を対象としていると述べています。
 第68条(都道府県知事等に対する応援の要求等)では、「遠隔市町村間の応援協定は、その実効性が乏しく、都道府県の協力がなければ、協定内容の実現は困難であり、また遠隔市町村の応援を受けなければならないような災害は、広域地方公共団体である都道府県又は国の責任で処理するのに適していると思われるので、遠隔市町村間の応援協定は、都道府県の間の相互の応援協定により処理することを第一次に考慮すべきである」と述べています。
 第76条の2(災害時における交通の規制等)では、「本条は、阪神・淡路大震災において交通規制に違反して通行する車両により、緊急通行車両の円滑な通行に支障を生じたことを踏まえて、第76条の規定による交通規制が行われた場合の車両の運転者の義務について定めた規定である」と述べた上で、第76条の3(災害時における交通の規制等)では、「本条は、阪神・淡路大震災において、放置車両が、緊急通行車両の通行の著しい支障となったことを踏まえて、緊急通行車両の通行の妨害となる車両その他の物件の占有者・所有者・管理者に対し、車両その他の物件の移動等の措置を命ずる権限を警察官が行使できることとするとともに、それができない場合に警察官等が自ら措置をとることができることとした規定である」と述べています。
 第81条(公用令書の交付)では、「公用負担は、特定の目的のために国民に作為、不作為、給付、受任を命ずる人的公用負担と、私人の財産権に対してこれに制限、変更を加える物的公用負担とがある」とした上で、「公用負担は、個人の自由権及び財産権に制限を課すものであるので法律上の根拠を要するとともに、これを行うためには慎重な手続きを必要とする」と述べています。
 第6章「災害復旧」では、第87条(災害復旧の実施責任)で、「本条は指定行政機関の長及び指定地方行政機関の長、地方公共団体の長その他の執行機関、指定公共機関及び指定地方公共機関その他法令の規定により災害復旧の実施について責任を有するものの実施責任を定めたものである」と述べています。
 第7章「財政金融措置」では、「本章は、激甚災害に際しての国の負担若しくは補助について、従来は災害の都度多くの特別立法がなされていた点を改め、恒久的な立法を行うこととし、その法律の中で掲げるべき事項を規定している」と述べています。
 第97条(激甚災害の応急措置及び災害復旧に関する経費の負担区分等)では、「本法制定当時(昭和36年)においても、すでに災害救助法、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法などに、応急措置、災害復旧が迅速かつ適切に行われるための諸規定及びそれらの災害対策に要する経費に対する国の補助、負担を定めた規定が多数存在しており、通常発生する程度の災害に関しては国による財政援助制度は一応整っていた。ところが、著しく激甚な災害が発生すると、被災地は壊滅的な打撃を受け、応急措置や災害復旧に要する経費は自治体にとって著しく過重となるばかりでなく、被災者も復興の意欲を失うほど疲弊してしまうことがしばしばである。このため、本条はそうした大きな災害については、国によるより手厚い財政措置等が行われるべきこととしている」と述べています。
 第8章「災害緊急事態」では、第106条(国会の承認及び布告の廃止)で、「緊急事態の布告がなされると法律によらず政令で私権の制限がなされること等の重大な効果が生じるので、本条は、災害緊急事態の布告についての国会の承認を要すること及び布告の廃止について定めたものである」と述べています。
 第109条(緊急措置)では、「緊急政令は、国民の財産権の制限に関するものであり、本来は法律を持って定めるべき内容のものであることから、本条は、その制限に厳格な条件を付している」のみならず、「事後においてもその取扱いに厳重な用件を付している」と述べています。
 本書は、災害対策について考える上で最も基本となる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、法律の考え方はよく分かるのですが、平成14年改訂版なので近年の法改正を反映していないのが残念なところ、早く改訂版が出るのが待ち望まれます。


■ どんな人にオススメ?

・災害対策の基本を学びたい人。


2015年5月 7日 (木)

日本の災害危機管理

■ 書籍情報

日本の災害危機管理   【日本の災害危機管理】(#2391)

  武田 文男
  価格: ¥ (税込)
  ぎょうせい(2006/10/1)

 本書は、「地震をはじめ津波・火山災害風水害・豪雪への対策や災害危機管理の各種課題についての取り組みを明らかに」することを目的としたものです。
 第1章「災害危機管理の現状」では、「国及び地方公共団体は、その施策が、直接的なものであると間接的なものであるとを問わず、一体として国土並びに国民の生命、身体及び財産の災害を無くすることに寄与することとなるように意を用いなければならない」と述べた上で、「災害対策基本法においては、災害対策に要する費用は、その災害対策の実施について責任を有するものが負担する、という実施責任者負担の原則を明らかにしている」が、「その例外として、法令に特別の定めがある場合または予算の範囲内において特別の措置が講じられている場合には、この限りではないこととされており、地方公共団体等の実施する災害予防及び災害応急対策等について、その実施を助成し、促進するなどの観点から、実施責任者負担原則の例外として、各種の国庫負担制度等が設けられている」と述べています。
 第2章「巨大地震の危機管理」では、「我が国において、地震への備えは重要であり、迫り来る巨大地震の脅威に対する備えは喫緊の課題である」として、「中央防災会議では、近い将来に起こりうる大規模地震である、東海地震、東南海・南海地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震及び首都直下地震について、想定される被害の実態を明らかにした」と述べた上で、「成果重視の行政運営の考え方を防災分野により明確かつ積極的に取り入れる『新たな防災行政の視点』から、特に喫緊の課題である迫り来る巨大地震対策において取り組んだ最初の試み」である「地震防災戦略」について解説し、「その基本的考え方は、『今後10年間で死者数を半減させる』等の減災目標のもと、住宅・建築物の耐震化や家具の固定、火災対策、急傾斜地対策、津波避難意識の向上、海岸保全施設の整備、企業の業務継続の取り組みの推進などを図ること」だと述べ、「最終的には、個人や企業、地域コミュニティ全体が、いつ起こるかわからない巨大地震により振りかかる被害を自らが直面するリスクととらえ、実際の行動に移さない限り、成果は現れない」としています。
 そして、「現在の地震よりは、プレスリップ(前兆滑り)という地震の直前現象をとらえるものであり、この直前現象をとらえるための体制整備を図ってきていること、また、プレスリップ以外の現象をもとに予知情報を出すのは難しいこと等東海地震やその予知について、さらには、東海地震で予想される被害についての正確な知識を広報、普及する」と述べています。
 また、首都直下地震について、「次のマグニチュード8クラスの地震が発生するのは100年以上先と考えられるが、これまで、マグニチュード8クラスの地震の間にマグニチュード7クラスの直下地震が数回発生しており、マグニチュード7クラスの直下地震の切迫性が指摘されている」とした上で、「首都直下地震による被害の特徴」として、
(1)首都中枢機能障害による影響
(2)膨大な人的・物的被害の発生
の2点を挙げ、「地震に強いまち」の形成を図るために、「都市計画の根本に“防災”を置き、地震発生前から地震発生時の被害量を軽減するためのミティゲーション策(減災対策)になる骨格的な都市基盤施設やオープンスペースが適切に配置されたまちづくりを進めるほか、特に危険性の高い木造住宅密集市街地の解消に向けて都市基盤整備を着実に進める」としています。
 さらに、「首都中枢機能は、特に発災後3日間程度の応急対策活動期においても、途絶することなく、継続性が確保されることが求められる」として、
(1)政治・行政機能:国会、中央省庁(災害対策実施部局及びその関連部局)、都庁、駐日外国公館等
(2)経済機能:中央銀行(日本銀行本店)、主要な金融機関及び決済システム、それぞれのオフィス・電算センター
の2点を挙げ、発災後3日間を念頭に置いた、これら首都中枢機関の機能継続性確保に不可欠なライフライン・インフラとして、
・電力(非常電源用燃料を含む)
・上水等
・通信・情報中央防災無線、電話、衛星通信、インターネット、放送)
・道路(高速自動車国道、首都高速道路、一般国道等の幹線的な道路)
・航空(空港、航空管制等)
・港湾
を挙げています。
 さらに、膨大な避難者、帰宅困難者への対応として、「避難所に収容する人数を大幅に減少させるために、国、地方公共団体は、一時的に被災地外に居住することにより避難所に依拠する者そのものを減らす疎開・帰省の奨励・斡旋や、避難所全体としての収容力を増強するためのホテル、空き家等、既存ストックの活用など多様な対策メニューをあらかじめ用意しておく」と述べた上で、「国、地方公共団体は、『むやみに移動を開始しない』という帰宅困難者に対する基本原則の周知・徹底を図る」としています。
 第3章「各種災害危機管理」では、我が国における水害による浸水面積(水害面積)が、昭和60年~平成元年の平均が58,774haであるのに対し、平成12年~16年の平均は30,026haと大幅に減少している一方で、「河川氾濫区域内への資産の集中・増大に伴い、近年、浸水面積あたりの一般資産被害額(水害密度)が急増している」と述べています。
 また、「集中豪雨時等における情報伝達及び高齢者等の避難支援」について、「災害時の避難勧告等の発令・伝達については、避難勧告等を適切なタイミングで対象地域に発令できていないこと、住民への迅速・確実な伝達が難しいこと、避難勧告等が伝わっても住民が避難しないことが課題として挙げられた」と述べています。
 第4章「災害危機管理の課題」では、「災害時要援護者の避難支援については自助・地域(近隣)の共助を基本とし、市町村は、要援護者への避難支援対策と対応した避難準備(要援護者避難)情報(以下『避難準備情報』という。)を発令するとともに、要援護者および避難支援者までの迅速・確実な伝達体制の整備が不可欠である」と述べています。
 そして、「これまで、防災への取り組みは、ともすれば専門家や防災担当者に任せて行うものと考えられていたが、最近、さまざまな主体の連携による新しい取り組みの萌芽が見られる。国民運動の展開にあたっては、防災活動のより広い層の参加を確保し、参加者に正しい知識をわかりやすく提供することが必要である」と述べています。
 本書は、我が国の防災対策と課題を概観した一冊です。


■ 個人的な視点から

 法律の解説というのは多いのですが、法律ではなく防災政策について概説しているのがありがたいです。


■ どんな人にオススメ?

・防災についての政策を概観したい人。


2015年5月 6日 (水)

防災の法と仕組み

■ 書籍情報

防災の法と仕組み   【防災の法と仕組み】(#2390)

  生田 長人 (編集)
  価格: ¥ (税込)
  東信堂(2010/04)

 本書は、「防災に関連する法制度が、全体としてどのような体系になっているかは意外に知られていない」という問題意識から、「できる限りわかりやすく防災に関する法制度の全体像を明らかに」しようとするものです。
 第1章「防災に関する法制度の体系」では、災害対策基本法について、「相当な規模の被害の発生につながる可能性のある自然現象や人為的事故を対象とすることが適切であるという考え方をとっており、被害の規模(社会的に見て重大な被害をもたらす程度)を一つのメルクマールとして災害を定義していると考えられる」と述べた上で、国の責務について、「ここで使われている責務という言葉は、次に続く義務と異なり、任務或いは職責という意味で用いられている」と述べています。
 そして、地域防災計画について、「都道府県地域防災計画の場合と市町村地域防災計画の場合とではその性格の違いを反映して少し異なっている」として、「都道府県地域防災計画の場合は、都道府県の行う防災業務だけでなく、県内の市町村、その区域を管轄する指定地方行政機関、指定公共機関等が行う防災に関する事務と業務の大綱が定められる仕組みになっている」のに対し、「市町村地域防災計画の場合は、このような各防災機関間の計画調整を行うことを目的としておらず、市町村お地域内で行われる具体的な防災措置の内容を明らかにすることが主たる役割とされている」と述べています。
 また、「災害対策における『公助』『自助』『共助』のあるべき区分とその考え方については、これまで十分な検討が行われてきておらず、このため、実際の災害対策の実施段階においても、十分な調整がなされないまま、それぞれが当面できることを実施するといった状況が依然として続いており、総合性や連続性や補完性にはなはだ欠けた防災対応が行われているのが現実である」と述べています。
 さらに、災害復旧の問題点として、「近年漸く被災した個人の生活の再建に目が向けられるようになってきたところであるが、単に、一定の要件に該当した被災者に対して一定の金銭を渡しきりにするというような対応では不十分であり、生活の基礎となる住宅や生業を失った被災者に対しては、その置かれている様々な状況を考慮に入れたきめ細かな被災後の生活再建を可能とする仕組みを整備すべきである」と述べています。
 著者は、わが国の防災に関する法制度について、「全体としてみた場合、災害予防、災害応急対策と比較して、災害復旧・災害復興の段階での法制度が手薄いという感は否めない」とした上で、「防災責任の所在に関連して、防災の諸活動における公助、自助、共助の区分が明確になっていない」として、「災害応急対策の段階では、限られた時間と人的資源の制約から、大規模な災害になるほど現実に実施できることは限られており、多くの応急対策が自助或いは共助の形で実施されているのが現実である」と指摘しています。
 第2章「災害予防に関する制度の仕組み」では、「都道府県地域防災計画が当該都道府県の地域における相応的な防災行政の運営を確保することを主たる目的としているのに対し、市町村地域防災計画は、災害対応の第一次的な役割を担う当該市町村を中心にその区域における防災活動の効果的かつ具体的な実施を図ることに重点が置かれる」と述べています。
 そして、「地域の防災は、自主防災組織のみが担っているわけではない。自主防災組織の他、常備消防や消防団、警察、自衛隊、婦人(女性)防火クラブ、青少年消防組織、企業、NPO、ボランティアなど様々な主体により担われている」として、「地域の防災力を高めていくためには、各々の担い手の充実強化に務めることは引き続き重要であるが、これら担い手間の連携を強化し、協力関係を構築していくことにより、地域の防災力を総合的に向上させていくことも重要な課題である」と述べています。
 第3章「災害発生時の応急対策のための制度の仕組み」では、「自衛隊法は、『第83条第2項の規定により派遣を命ぜられた部隊等の自衛官は、災害対策基本法(昭和36年法第223号)及びこれに基づく命令の定めるところにより、同法第5章第4節に規定する応急措置をとることができる』として、自衛隊の災害派遣次の権限を定めている」と述べ、「災害派遣中の部隊の自衛官は、当該規定を根拠に災害応急対策に必要な活動として、避難援助、遭難者の捜索救助、消防活動、応急医療、炊飯、給水等を行う」としています。
 そして、救助に関する制度の主要な問題点として、
(1)救助の程度、方法及び期間が、大規模災害を想定したものになっておらず、かつ、多様化する被災者のニーズに即したものにもなっていないこと。
(2)国が現物給付の原則に固執していること。
(3)特別基準の制定にある程度の時間を費やさざるをえないこと。
の3点を挙げています。
 また、実働組織に関する制度の主要な問題点として、
(1)現場での組織間の連携が十分に確立されていないこと。
(2)地域におけるコミュニティレベルでの住民等の活動に対して一定の公務性を認めるなど制度上の位置付けがないこと。
の2点を挙げています。
 第4章「災害復旧のための制度の仕組み」では、「戦後、シャウプ勧告(昭和24年)により公共施設の災害復旧は全額国庫負担とすべき性質のものとされ、とりあえず昭和25年度に限り特例法が制定されたが、その後、全額国庫負担では行政の責任主体と経費を負担する主体が分離するとの問題点も指摘され」、「地方公共団体の財政力に応じた負担割合とする『公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法』」その他の災害復旧制度が創設され、「さらに昭和37年には後述する激甚災害制度による国庫負担率のかさ上げが制度化されて今日に至っている」と述べています。
 そして、普通交付税が災害復旧に果たす役割として、「年度途中に発生し、また全国いたるところで発生する災害に係る復旧事業については、本来画一的な算定方法をとる普通交付税になじまないところである。そこで、災害復旧事業費そのものではなく、前述の災害復旧事業費の財源に当てた地方債の元利償還金について基準財政需要額へ算入することで、実質的に地方負担を軽減している」と述べています。
 第5章「災害復旧のための制度の在り方」では、「防災基本計画上『復興計画』は、一般的には地方公共団体がその作成を必要と認めた場合に作成する形となっていて、地域が壊滅するような大規模な災害のような場合には復興計画を策定して計画的復興を進める必要があるとされているので」あり、「復興計画の策定にあたっては、復旧の場合と異なり、被災地の住民の理解・コンセンサスを得ることが求められている」と述べています。
 そして、「災害直後については、その災害がある程度の規模以上である場合、被災後一定期間、被災者に対し生活支援として避難所の提供とともに、食料、水等最低限の生活を維持するための現物給付が行われるし、その後自力での住居区の確保が困難な一定の被災者には仮設住宅の供与などの支援が行われる。しかし、その後の復興段階では、被災者に対する公的支援はあまり多くなく、多くのものを失った被災者がもとの生活を再建することは容易なことではない」と述べています。
 また、「災害復興計画の主たる目的は、災害によって様々な外部環境条件が大きく変貌した被災地において、新たに安定した有機的集合体を作り出すことにあり、復興目標と復興後の姿、復興のために実施する必要のある諸施策の具体的内容、復興施策の実施の時期、実施主体、実施に必要な費用の確保などを定める必要があるが、これらの内容はそれぞれの被災地が復興にあたって何を重視するかによって大きく異る可能性が高い。このため、その計画内容は、基本的に被災地の自主的判断に基づいて定められるべきものである」と述べています。
 著者は、「突然の災害によって住居をはじめとして多くのものを失った被災者がもっとも強く望むのは、災害前の住み慣れた空間と旧知のつながりがある地域社会の中で、平穏な生活を取り戻すことである」が、「現行の災害復興制度を見る限り、個人のレベルでは被災者や被災地の側から要請されるきめの細かい公的支援に応えることが出来る仕組みはほとんど存在しないというのが現状である」と述べています。
 第6章「防災法制の展開と今後の法的課題」では、「かつての防災法制は、災害に対する個別領域ごとの組織法制なしその時々の法制度が積み重ねられたものであった。また、戦時体制、特に、防空法制は、住民(臣民)の生命・身体等の保護ではなく、戦力の維持・回復、そして、戦争の遂行と国家自体の保護を目的としたものであった」とした上で、「防災法制の歴史的展開は、個別的検討課題は残るものの、理念型としては対処療法的法制度の寄せ集めから予防という原因療法を含めたより総合性・計画性の確保及び科学的合理性の担保へ、集権的な緊急事態法制から分権的・地方自治に根差した民主的法制へ、そして、災害救助法性における恩恵・治安措置から権利保障としての給付へという性格の変化が認められる」と述べています。
 そして、「災害では、誘因・原因となる事象、地域特性や個別事情が色濃く反映される。そのため、ある時点での軽減予防できない部分(現状)をあらかじめ明らかにし(リスクアセスメントとしての防災アセスメント・被害想定)、規範的・社会的に求められる安全性水準(あるべき状態)と対比して、現状の改善に向けて軽減・予防策(リスク管理)を講じた上で、それでもなお発生しうる被害を軽減するための回避・避難等の応急対策(クライシス管理)を準備・整備するように、相互の管理手法を密接に有機的に関連付けることが危機管理にとって重要である」と述べています。
 また、「防災における共同原則ないし『共助』は、国家と社会の間の責任・役割分担にかかわる組織法的な性格を有するものと、防災という任務遂行・機能の発揮方法という作用法的な性格のものの二つに区分できる。そして、特別な組織編成をもって対応すべき災害と認められる事態発生するおそれがある場合、または、すでに発生した場合に、共助の主体とされる一定の住民集団ないし地域社会に一定の本来的役割を課すことができるかどうかの問題については、その実体のほか、安易な責任転嫁や『公助』機能の法規へとつながりうるなどの検討課題がある」と指摘した上で、「最近の自助・共助論では、前記のような『公助の限界』に対応し、その機能欠如を補填するという当初の意味内容とは異なり、構造改革など国内外の一連の変動の中で、防災対策における役割分担論が台頭してきている」と述べています。
 そして、「共助機能は、本来、主として発災直後に、災害の規模に応じて公助機能や自助機能の不全が見込まれる場合に、住民相互の協力によるその機能補填を意味するものであるから、それを法的に取り扱う場合には、注意が必要である」と述べています。
 本書は、防災に関する法制度を概観した一冊です。


■ 個人的な視点から

 法律の勉強には逐条解説が一番作りこんであるのですが、経緯や他の法律との関係などを概観するには概説書がありがたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・防災に関する法律を勉強したい人。


2015年5月 5日 (火)

日本の地方財政

■ 書籍情報

日本の地方財政   【日本の地方財政】(#2389)

  神野 直彦, 小西 砂千夫
  価格: ¥2,160 (税込)
  有斐閣(2014/10/18)

 本書は、「日本の地方財政に焦点を絞りながら、地方財政論の入門書としてまとめられ」たもので、「本書を学ぶことで、日本の地方財政を体系的に秩序立てて理解してもらうことを意図」したものです。
 第1章「地方自治の統治構造」では、「補完性の原理は、基礎自治体の基盤に、地域での生活機能が営まれるコミュニティが存在することを前提にしている」として、「人間の生活機能が営まれる『生活細胞』ともいうべきコミュニティがあり、同じような『生活細胞』が集まって『生活器官』ともいうべき地域社会が形成されていると想定している。こうした『生活細胞』を基盤に基礎自治体が、『生活器官』を基盤に広域自治体が経営されていると考えている」と述べた上で、「しかし、日本にはこうした認識は存在しない」と述べています。
 第4章「地方税の体系とそのあり方」では、「第2次対戦前の付加税主義に基づく地方税体系を、独立税主義を唱えて転換させることを提言したのがシャウプ勧告である。シャウプ勧告は所得税・法人税を基幹税とする租税体系を勧告し、独立税主義に基づいて、道府県税の基幹税には付加価値税、市町村税の基幹税には固定資産税という独立税を勧告した」が、「占領統治が終わった次期から段階的に手直しが加えられて」いったと述べています。
 また、「伝統的に唱えられてき地方税原則」として、
(1)応益原則
(2)安定性の原則
(3)普遍性の原則
(4)負担分任原則
(5)自主性の原則
の5点をあげています。
 さらに、「物税の母国はフランスであり、物税としての所得課税である収益税は、フランス革命によって誕生する」として、「フランス革命ではアンシャン・レジーム(旧制度)への反発から、免税特権を生み出しかねない『人税』に敵愾心が燃やされた。そのため誰が納税者であるかを問わず、租税客体に着目して課税する物税たる収益税が創り出されたという経緯がある」と述べています。
 そして、「固定資産税に統合された地租は、1873(明治6)年の日本における近代租税制度の誕生となる地租改正で、国税として導入される。1878(明治11)年には国税としての地租税に、府県で地租付加税が課税されるようになる。さらに1888(明治21)年には市町村でも、地租付加税が課税されるようになる」として、「大正期に入ると国税としての地租という本税よりも、付加税のほうが高くなるという事態」が生じたと述べています。
 第5章「地方交付税の考え方と総額決定」では、「地方交付税制度の運営においてもっとも深刻な問題は、地方交付税所要額に対して、国税5税の法定率分である財源が不足していることにある」として、「結局のところ中央政府または地方自治体の借入金等で埋めてしまっている」と指摘し、「こうした財源不足への対応は、折半ルールと呼ばれる考え方に沿って行われている」と述べています。
 第6章「地方交付税の算定」では、「地方交付税制度の仕組みは、地方財政計画の策定と財源不足の解消ルールを中心とする総額決定と、個別の地方自治体への配分方法に二分される。前者をマクロ、後者をミクロと呼ぶことがある」と述べた上で、「基準財政需要額の算定は、地方交付税法で定められている単位費用に、国勢調査人口などの客観性のある指標などから選ばれる測定単位と、それを補正する補正係数を乗じて計算される」と述べています。
 そして、「基準財政需要額が標準的な経費を表すという解釈は、ミスリーディングである。地方財政計画の歳入に依存して決まることからも明らかである。標準的な経費は、地方財政計画の歳出のうち不交付団体水準超経費(不交付団体は基準財政収入額が基準財政需要額を超えるが、その財源超過額にかかる地方税収入が充当される経費を意味する)を除いた部分と考えるべきである」と述べています。
 第7章「地方交付税の制度運営と地方自治体の予算編成」では、地方交付税の運営の実態を考察するには、留保財源の意義を理解することが重要である。地方交付税については、財源保障の程度が大きすぎて、地方自治体の非効率的な財政支出を促しているという過剰な批判が繰り返されている。しかし、標準的経費には留保財源が充当される財源需要も含まれることを理解すれば、それらの見方が妥当でないことは明らかである」と述べています。
 そして、「地方自治体の現場では、基準財政需要額の積み上げで、地方交付税の総額が決まるという誤った理解が一般的である」として、「地方財政計画の総額決定と基準財政需要額の関係が理解されていないことが、地方交付税への不信感を掻き立てる重要な要因となっている」と述べています。
 第8章「国庫支出金とその運用」では、「国庫支出金は、補助金の不正防止などを目的に、1955(昭和30)年に制定された補助金適正化法(補助金等に係る予算の適正化に関する法律)の規定に従って、地方自治体に交付される。そのため手続きが複雑であり、多くの事務処理を必要とする」と述べた上で、「国庫支出金にかかる業務が、煩雑であるにもかかわらず、各府省は基本的に、国庫支出金の廃止には反対である。各府省が目指す政策目的を達成するには、地方自治体が着実に政策目的に適う事業を、実施する必要があり、一般財源化してしまえば、それが確実でなくなるからである」と述べています。
 第9章「地方債の起債制限とその運用」では、「地方債の信用維持の対応には、中央政府レベルでの対応と、地方自治体レベルでの対応がある。総務省は中央政府による『制度的対応』として、(1)地方税、地方交付税制度に基づく、マクロ・ミクロ両面からの財源保障、(2)地方財政法に基づく、早期是正措置としての地方債許可制度、(3)自治体財政健全化法に基づく、財政の早期健全化・再生、の③点を挙げている」うえに、「地方自治体レベルの対応として、(1)行財政改革の推進、平成の合併、(2)地域活性化施策の推進による税源の確保、(3)財務情報の開示、IRの推進、の3点を指摘している」と述べています。
 第10章「地方自治体の予算・決算」では、「予算は単なる見積りでも計画でもない。予算は拘束力をもつ見積書である」として、「決定と執行が分離されている政府という経済主体では、予算は執行機関から決定機関への財政権限の許可要請書であり、ひとたび議決されれば、決定機関から執行機関への財政権限の付与書となる」と述べています。
 第11章「自治体財政健全化法と地方公開系改革」では、「健全化判断比率は、資金不足を示す2指標と、債務の重さをフローとストックで示す2指標からなる。そこでは、資金不足を示す指標が主たる指標であり、債務の重さを表す指標は、資金不足をもたらす蓋然性があるという意味で、従たる指標である」とした上で、「自治体財政健全化法の本格施行後、数年が経過すると健全化判断比率が早期健全化基準以上である地方自治体は、皆無に近い状態となり、うち財政再生基準以上の地方自治体は施行以来、夕張市のみである」として、「自治体財政健全化法の摘要は、例外的に財政状況が悪化した団体にのみでなければ、地方分権に反することになる。該当する地方自治体が少ないことが、むしろ妥当であるといえる」と述べています。
 そして、「地方自治体の公会計や地方公営企業会計の改革は、民間の会計基準に準拠して、財政活動を包括的開示するための条件整備という大きな意味がある。しかし、それをしなければ、真の財政状況が診断できないというわけではない。地方自治体の公会計や地方公営企業会計の改革の意義は、財政情報の開示手段の充実にある」と述べています。
 本書は、地方財政をその意義と仕組みの両面から見ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ガッツリ踏み込んだ内容ではないですが、便利そうな「入門書」よりもしっかりと勉強できる一冊だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・地方財政を勉強したい人。


2015年5月 4日 (月)

子どものネットトラブルに悩む親の法律知識Q&A

■ 書籍情報

子どものネットトラブルに悩む親の法律知識Q&A   【子どものネットトラブルに悩む親の法律知識Q&A】(#2388)

  牧野和夫 (編集)
  価格: ¥1,728 (税込)
  中央経済社(2015/2/27)

 本書は、「お子さんが具体的にトラブルに巻き込まれたときに、ご両親としてどのような対応をすべきか、あるいは、できるのかという視点から、法律の専門家がQ&A形式でわかりやすく説明したもの」です。
 第1章「子どものネット利用とリスク」では、「スマホを持たせなければ何も問題も起きないし、その利用について親が心配する必要がない」が、「子供も子供の世界では社会生活を送っていることになるので、使わせなければすべてが解決できるという考えや誤って」いるとして、「重要な点は、子供もスマホを持ち使用することでLINEなどのSNS(Social Networking Service)に参加することになり、その場合には、どのようなメリットがあるのか、反対にどのようなデメリットやリスクが有るかについて、具体的にきちんと子供へ説明して理解させた上で、子どもへスマホやアプリを使用させること」だとしています。
 第2章「学校・日常生活でのトラブル」では、誹謗中傷が書き込まれた場合に、「書き込みがなされたネット掲示板を運営している管理者やそのサイトが掲載せれているインターネット・サービス・プロバイダー(インターネットサービスの提供業者)に対して、誹謗中傷発言を削除して欲しいとか、あるいは、誰が発信しているのか発信者の記録情報(『ログ』といいます)を開示して欲しいとか、要求をすることが法的にでき」ると述べています。
 また、「小学校を卒業する12歳前後の年齢以上であれば、通常、責任能力あり」とされると述べています。
 第3章「損害賠償事件と親・学校の責任」では、「いじめの態様がおどしたり(脅迫)、被害生徒の身体を傷つけたり(障害)にあたるような場合には、少年事件」になり、そのような場合に至らなくても、「いじめにあった子ども・保護者から民事上の責任追及をされる可能性」があると述べています。
 第4章「契約をめぐるトラブルと親の責任」では、「親名義のクレジットカードでの支払いを登録するに際して親の同意があったものと評価され、結論として購入契約を取り消すことができない場合が多い」と述べています。
 また、バンジージャンプに挑戦する際に、「万が一事故が発生しても業者は一切責任を負わない」という誓約書にサインする行為について、「バンジージャンプを行う業者は、バンジージャンプを行うものに対して、ただバンジージャンプをさせるということにとどまらず、生命身体に重大な支障を生じることなく安全のうちにバンジージャンプを終了させる債務を負っていると解され」るとして、「消費者契約法8条において、事業者の債務不履行により消費者に生じた損害の全部を免除する条項等は無効とされており、仮に事業者と消費者との間でこの消費者契約法の条項に反する合意、誓約がなされていても消費者契約法の条項が優先される」と述べています。
 第5章「子どもと刑事責任」では、「補導については法律上明確に定められているわけ」ではなく、「国家公安委員会が定めた『少年警察活動規則』に具体的に定められて」いると述べています。
 本書は、子どもにネットを使わせる際の心配を一つひとつ具体的に解きほぐした一冊です。


■ 個人的な視点から

 子どもにネットを使いっぱなしにさせることも怖いですが、フィルタリングのかかっていない親のスマホを触らせておくのも怖いですね。課金できたりするし。


■ どんな人にオススメ?

・子どもにネットを使わせている人。


2015年5月 3日 (日)

「メジャー」を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち

■ 書籍情報

「メジャー」を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち   【「メジャー」を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち】(#2387)

  堀田 純司
  価格: ¥864 (税込)
  KADOKAWA/角川書店(2014/12/9)

 本書は、もはやマーケティングが、「特定のアイデンティティ集団の指示を機体することを意味するようにすらなってしまった」現代において見落とされがちな「若く、ふつうの人々」と向き合い続けて作品をつくっているクリエーターに取材したものです。
 第1章「言葉があふれ、言葉に意味がなくなっている」では、「OverTheDogs」の恒吉豊が、「変革者(ロックスターと歌われる)になって太く短く生きるよりも、“小さな世界(スモールワールド)”で、まず平穏に長生きしよう」と歌っていることに、「これは恐らく、かつてバンドメンバーを事故で喪ってしまったという恒吉さんの個人的な経験が反映されている言葉なのだと思う」と述べています。
 第2章「人間の『孤独感』は変化している」では、「現代の若者の成長過程からは、反抗期が見られなくなっている」として、「現代の家庭は親と子の関係が良好。子どもは親に反発するどころか、体力や知力、生活力などの項目で親の能力を越えがたいと感じていて、むしろ尊敬を感じることが多い」と述べています。
 第3章「生まれるなら、いつの時代がよかったか」では、「THE BOHEMIANS」の平田ぱんだが、「日本のロックバンドは歳をとってからかっこよくなる人が多い。それはたぶん『取り返しがつかなくなるからだろう』」と語っています。
 第4章「『理想』の世の中ではモラルだけが昂ぶっている」では、漫画家の浅野いにおが、「エンターテインメントとか、漫画のキャラクターとかに求められるものも、どんどんきれい事になってきて、現実の人間が持つ嫌な部分がほとんどない。非現実的なファンタジーをすごい勢いで消費している社会という感じがする」と語っています。
 第5章「半径3メートルの楽園の『外』を見せる」では、「いわゆるオタク分野はもとより、テレビのゴールデンタイム(この概念自体もう古いのだが)に放送されるような、広い層に向けたコンテンツに登場するタレントでさえ、AKB48やジャニーズのように『コアな特定のファンに向けてたくさん売る』という商業の人にシフトしてきている」と述べています。
 第6章「本当のところ大人社会は、実は大人ではない」では、漫画家の咲坂伊緒が、「もともと30歳になると、自分も大人になると思っていた」が、「いざ30歳になってみると、全然大人ではなかった」と語ったことについて、「死ぬまで永遠に自分がイメージしていた大人像に追いつかないのではないだろうか」と述べています。
 そして、「ただ私人として私的な、自分の興味だけに生きるのではなく、会社や自分の所属する組織、地域コミュニティや果ては国まで『公的な領域に参加している』という意識を持った人が、かつての大人だったのだと思う」と述べています。
 第7章「反発から継承へテーマは変わった」では、「現代社会では『メジャー』という大人社会のあり方が、再考を迫られている。かつて物がない時代は、物を大量に確保し、全国に流通させる力こそがメジャーだった。だが、物があることが普通になった現代では、ただ物があることだけでは満足されなくなり」、「細かい需要を掘り起こしている業態が注目されている」と述べています。
 第10章「中二病を研究する」では、「『ヤンキー』が、現代では『DQN』に置き換わった」理由について、小説家の桜坂洋が、「かつての社会では、国、会社、学校といった“大きな物語”が機能しており、不良やヤンキーといった言葉には、“その秩序に対する反逆者”というニュアンスがあった。しかし現代では大きな物語は消滅し、この時代の反社会層はただ単に自己の欲望を制御できない人になっている。そうした新しい反社会層を指す言葉を、世の中が必要としていた」と指摘しています。
 第10章「極端を排す」では、「人は自由になった分、精神的にも物質的にも、安定は自分で手に入れるしか亡くなった。そのためには『自分の見たいものだけ見ているのでは足りない』。自分の世界から出て、他の価値観も知る必要がある」と述べています。
 本書は、見失われつつある現代の「メジャー」を拾い集めようとした一冊です。


■ 個人的な視点から

 面白そうな人たちを紹介したいという意気込みはあるんだとは思いますが、一冊の本にまとめるには苦しい感じがしました。


■ どんな人にオススメ?

・インタビューに登場する人たちのファンの皆さん。


2015年5月 2日 (土)

確率の出現

■ 書籍情報

確率の出現   【確率の出現】(#2386)

  イアン・ハッキング (著), 広田 すみれ, 森元 良太 (翻訳)
  価格: ¥4,104 (税込)
  慶應義塾大学出版会(2013/12/21)

 本書は、「確率概念がどのようにして現在のような近代的な意味で使用されるようになったのかという問題」について、「近代的な意味で確率が使われるようになったのは1660年頃」であり、「なぜ確率は出現したのだろうか。そして、当時の出来事は現在の確率の理解にどんな影響を及ぼしているのだろうか」について、「確率が出現する前後に起こった出来事を丁寧に分析し、こうした問題に答えを与える」ものです。
 第1章「欠落していた考え」では、「おそらく、加法と乗法が容易にできる記号体系が、確率という高等な概念の必要条件なのだろう」という見解を支持すると思われる状況証拠として、
(1)確率数学が現在の数字体系と同じく、アラビア起源であることはほぼ間違いない。
(2)ヨーロッパでは、15世紀にサイコロ投げについての知がわずかに見られるが、依然として、これが賭博師以外の興味を引くものに適用される気配はかけらもなかった。
の2点を挙げています。
 そして、「確率が出現する前提条件は、確率ではないが、突然変異のようなものを通じて確率へと変化した何かに存在するだろう。この確率でないものの特徴が、現代の人びとが抱いている概念の特性を決定したのである」として、「パスカルの時期に出現した確率は本質的に二元論的である」ことがこの章の説明ではまったく無視されていると述べています。
 第2章「二元性」では、「通説によると、確率の研究が始まったのは、パスカルが二つの問題を解き、フェルマーに書簡をしたためた1654年とされる」が、「厳密にいえば、この説は誤っている。というのも、その二つの問題ははるか昔から知られており、それらを解決する主要な手がかり――算術三角形――はパスカルが学校で学ぶことができたもので、この1世紀前にはすでに講義で教えられていたからである」と述べた上で、「1660年前後の10年間が確率の誕生期である」として、「1660年前後に多くの人たちが独立に確立の基礎となる考えを思いついた。これらの出来事が一つにまとまるには時間を要したが、すべては同時期に起こったのである」と述べ、「注目すべきなのは、突如出現した確率にヤヌス的な二面性があるという点である」として、
(1)確率は統計的であり、偶然的な過程についてのストカスティックな法則に関連している。
(2)確率は認識論的であり、統計的な背景がまったくない命題についての合理的な信念の度合いを評価するために用いられている。
の2点を挙げています。
 第3章「臆見」では、「『プロバブル』という言葉にはこのように是認という意味が含まれているので、次のように予測するのは理に適っている。それは、古典作品の中で、ある命題を修飾するのに『プロバブル』という言葉が用いられているなら、その作者がいっているのは、その命題が真理を表しているか、あるいは他のどんな仮説よりも証拠に支えられているので『是認する価値』がある、ということである」と述べています。
 そして、「しるしとプロバビリティーのつながりは、アリストテレス的である。『しるし』はしかし、ルネサンス期に独自の使われ方をされており、それは現代の人びとにな奇妙で異質なものである。だが確率(プロバビリティー)の出現を把握しようとするなら、理解しなければならない使われ方である。昔のプロバビリティーは、これまで見てきたように、臆見の属性である。臆見が権威によって是認される場合や、大昔の書物によって証言され、また支持される場合には、その臆見は蓋然的(プロバブル)である。しかしフラカストロや他のルネサンス期の著作を読むと、起こりやすさ(プロバビリティー)を備えたしるしが見受けられる」と述べ、「自然とは、書かれた言葉であり、自然の作者(the Author og Nature)の公書である。しるしは、この究極の権威によってもたらされるので、プロバビリティーを備えている。私が確率(プロバビリティー)の出現と呼ぶ突然変異の原料が作られるのは、しるしというこの概念からである」と述べています。
 第5章「しるし」では、「経験によってしるしを捉えるということは、人びとが通常考える場合に、人々の間に知恵に関して違いがあるということであり、その違いによって人々は一般的にある人物の全体の能力や知的能力を理解する。しかしこれは誤りである。というのも、しるしは推測的にすぎないからである。そして、しるしがよく外れるか、あるいはめったに外れないかに応じて、その確かさ(assurance)は高低する。しかし、完全(full)で、かつ明証的に(evident)なることはけっしてない」と述べています。
 第6章「最初の計算」では、「カルダーノやチャンスについての他の研究者がサイコロに対して『傾向性』という態度をとっているとみなすこと、すなわちサイコロには6面がそれぞれ出る傾向があると理解しているということは、受け入れられるかもしれない。しかし、この『傾向』という概念を、現代哲学で最近地位を獲得した概念と同一視するのは極めて不適当である。傾向性は、最近の思想家たちによってランダムな現象を20世紀の因果性の概念の内部に位置づけるために導入されたものである」と指摘しています。
 第7章「ロアネーズ・サークル」では、「パスカルは、確率論の最初の重要人物として適切に記憶されている。だが私が思うに、これには一部誤った理由によるところがある。フェルマーとの書簡はそれ自体重要であり、それによりホイヘンスはその主題に取り組むようになった。しかし、確率という新しい概念を正しく認識する上で、パスカルが行った、まったく異なるもののより一般的な重要性をもった貢献が存在するそれは、確率の歴史家には一度もまともに取り上げられたことがなく、主に護教論者の領分のものであった。だがそれが意思決定理論と現在呼ばれているものに対する最初の貢献であり、そして次に示すように、極めて周到なものである」と述べています。
 第10章「確率と法」では、「ライプニッツは確率数学には寄与しなかったが、確率数学に関する彼の概念化は永続的な影響を与えた。同時代の人々の大半は、ランダムな現象、すなわち賭け事や死亡率から始め、そして想像力を多少飛躍させて、チャンスの理論は不確実な状況下での推論という別事例に移行できると推量した。一方ライプニッツは、素敵な確率を本来認識に関係する概念とみなした。確率の度合いとは確実性の度合いである。よって彼は、チャンスの理論は賭け事の装置の物理的特性に関するののではなく、その装置についての人間の知識に関するものだと考える」と述べています。
 第13章「年金」では、「インフレの影響を無視すれば、年金の公正な保険料率は次の2つの要因によって決まる」として、
(1)年金を購入する当該の人口集団の死亡曲線
(2)長期貸付の現行金利
の2点を挙げた上で、「人々にまともに取り上げられた最初の統計は、おそらく1780年のノーサンプトンの表で、リチャード・プライスによって考案されたものである」と述べています。
 そして、「グラントは、一様の死亡率という単純な過程に基づいて死亡表を発明した。ペティはよりよいものにしようとした。デ・ウィットは、壮年期の死亡率は一様であるが、54歳以降の死亡率は増加すると思っていた。ヒュッデは年金計算についての一様の死亡率を用いるべきだと強く主張した。ライプニッツは一様性を一度は批判したが、後にそれを認めた。〔だが、〕ハレーの表は一様性に反することを示している。そして、ド・モアブルは、役に立つことにハレーの曲線が平らにできることを示している。これらはすべて、確率を概念化するのにかなり重要である」と述べています。
 第15章「帰納論理」では、「ライプニッツは確率という知(science)が『新しい種類の論理』になるだろうと考えた」として、「〔ライプニッツが発案した〕プログラムの諸原理は以下のように簡潔に提示できる」と述べ、
(1)非演繹的証拠とでもいうようなものが存在する。
(2)「~を信じるよい理由がある」というのは命題間の関係である。
(3)この関係は、適切に形式化された言語上の文と文の間の関係から特徴づけられる必要がある。
(4)理由にはよいものから悪いものまで順序があり、実際のところ、rがpの理由であることの度合いの測度が存在する。
(5)この測度は自律的で、いかなる人の臆見からも独立である。
(6)この測度は大局的であり、それは組になった命題(r,p)であればどんなものにも適用され、単に命題の特定のクラスに適用されるのではない。
の6点を挙げています。
 そして、「『新しい種類の論理』には十分明白な始まりがある。帰納論理の一つの特徴――これはジェフリーズらが強烈に主張した――は、機能的な確率は証拠に相対的だということである」と述べています。
 また、「ライプニッツの新しい種類の論理」が、「3つのまったく異なる要素からなる複合体」だとして、
(1)チャンスの学説
(2)可能性の理論
(3)観念についての理論
の3点を挙げています。
 第19章「帰納」では、「帰納についての懐疑の問題が、臆見における変化を必要とする理由は明らか」だとして、「その変化がなければ、懐疑の対象となる内的証拠の概念が存在しない」上、「ヒュームが懐疑を始められるのは因果が知識から奪い取られたときに限ることの理由も明らかなはずである」と述べています。
 本書は、「確率」が誕生する前後のヨーロッパの様子を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 世間には確率について考えることが苦手な人も多いようなのですが、その歴史を振り返ると無理も無いことなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・当たり前に使っている「確率」がどのように生まれたのかを知りたい人。


2015年5月 1日 (金)

パラサイト・レックス―生命進化のカギは寄生生物が握っていた

■ 書籍情報

パラサイト・レックス―生命進化のカギは寄生生物が握っていた   【パラサイト・レックス―生命進化のカギは寄生生物が握っていた】(#2385)

  カール ジンマー (著), 長野 敬 (翻訳)
  価格: ¥ (税込)
  光文社(2001/03)

 本書は、「自由生活する種に対して4対1の比率で優勢」にある寄生生物について、「その内部世界に対して遂げている性向な適応」を垣間見せてくれるものです。
 第1章「自然界の犯罪者たち」では、イギリスの動物学者レー・ランケスターが、「寄生生物のうちに、人類にとっての重大な警告を見出した」として、「寄生生物が退化するのは、『ちょうど活動的で健康な人物が突然財産をもつようになったとき退化(堕落)することがあるのと同じで、あるいはローマが古代世界の富をもったとき退化したのと同じだ』」と指摘していると述べた上で、「ランケスターからロレンツまで、科学者は勘違いをしてきた。寄生生物は複雑で高度に適応を遂げた生物であり、生命の物語の中心を占めるのだ。もし生命を研究する科学者たち――動物学者、免疫学者、数理生物学者、生態学者――を隔てていたあのような高い塀がなかったならば、寄生生物はもっと早くに、忌み嫌うべきものではない、あるいは少なくとも単に忌み嫌うだけのものではないことが認められたのかもしれない」と述べています。
 第2章「未知の大陸」では、「寄生生物は外界を歪めたような別個の世界に住んでいて、この世界にはそれ自身の航行法や、食物探しや家作りの規則がある」とした上で、「寄生生物にとっては宿主が生きた孤島である。大型の宿主は小さい宿主よりも多数の規制生物の種を宿している傾向がある」が、「島として扱うには、宿主には特に違うところがある。寄生生物は宿主の体内にものすごく多数の生態学的なニチェ(住み場所)を見つけることができる。体内には、寄生生物が適応を遂げることのできる異なる場所が非常にたくさんあるからだ」と述べています。
 第3章「三十年戦争」では、「彼らは免疫系の手を逃れ、はぐらかし、使い果たさせ、さらに免疫系を支配してその信号を弱めた状態、あるいは必要とあれば強めた状態にすることさえできるのだ。こうした寄生虫の巧妙さのしるしの一つは、彼らに対してはいまだにワクチンが得られていないという事実からも窺われる」と述べています.
 第4章「精密な恐怖」では、レー・ランケスターが「あらゆる後退と怠惰のシンボル」に位置づけたフクロムシが、「寄生虫がどれほどまでの洗練に達することができるかという象徴であることが、いまではわかっている」と述べ、フクロムシが寄生することで、「カニは新しい種類の生物に姿を変え始める。寄生生物に奉仕するために生きてゆくようになるのだ。かにはもはやフクロムシの成長の邪魔になるようなことはしない。脱皮と成長もやめる。そうしたことは、寄生虫のためのエネルギーをよそに振り向けることになってしまうからだ」と述べ、「彼らや宿主を支配し、事実上その脳となり、相手を新しい生物に変えてしまう。まるで宿主はただの操り人形で、寄生虫がそれを内部から操る手であるかのようだ」としています。
 そして、「脳などのような致命的な器官へのエネルギー供給を断ってしまう寄生者は、愚か者ということになるだろう」として、「寄生者としては、それほど致命的でないものを狙う。寄生蜂が貯蔵脂肪をかすめ取ると、宿主は性器官の発達が止まってしまう」と述べ、「去勢という戦略は、色んな種類の多くの寄生生物が別個に探り当てている」として、「宿主は卵や精巣を作ったり、配偶相手を見つけたり、子を育てたりすることに対してエネルギーを浪費できなくなって、概して言えばゾンビになる。死んでいない死者として主人に仕えるのだ」と述べています。
 また、「寄生生物は、宿主が神経伝達物質やホルモンを使う用法をマスターしているのだ。実際そうであることに、寄生生物学者はかなり確信をもっている」と述べた上で、「我々は相変わらず、他の生物の上に立つものという建前で振舞っているが、しかし自分もまた、天使によってでなく科学的な信号によって調和を保ちながら作用しあっている細胞の集まりであることを知っている。もしある生物――寄生虫のようなもの――がこれらの信号を支配できれば、その生物を我々は支配できるのだ」と述べています。
 第5章「内への偉大な一歩」では、我々の祖先にとって、「当時彼らが食べたうちでウシとかブタにもっとも近かったのは、ライオンが殺して食い荒らした野生獣の死骸だろう」として、「すなわち人間のサナダムシと一番近縁のサナダムシの種は、ライオンとハイエナを最終宿主としているのだ」と述べ、「ライオンやヒョウの後をつけ回し、彼らの殺した死体を漁り、彼らのサナダムシも拾い上げてしまった」としています。
 そして、「数十億年にわたる寄生生物の歴史はようやく明らかになり始めたばかりだが、すでにこの歴史を導いてゆく力は『退化』などでないことが明らかになった。寄生生物はその進化の過程で、たしかに一部の形質を失ったかもしれないが、それをいうなら我々も自分の歴史の中で尾、毛皮、殻の固い卵を失っている」と述べた上で、「寄生生物は、宿主が遺伝子を伝えられないようにすることによって、強い自然選択を作り出している」として、「寄生生物は、多分生命そのもののあけぼの以来、ずっと進化を駆動する力だったのだろう」と述べています。
 また、「寄生生物が宿主をいっそう多様化に押しやっていることが、いま明らかになりつつある。寄生生物はひとつの種全体を、同じ方法で攻撃するものではない。特定地域の寄生生物はそこの宿主の集団に対して特殊化し、宿主遺伝子の局地的なセットに適応することができる。宿主もそれに反応して進化するが――ただし』種全体としてでなく、その地域の宿主としてである」と述べています。
 第7章「二本足の宿主」では、「アレルギーには何も役に立つ目的が見つからないので、免疫学者はIgEを、免疫系の珍しい欠陥の一つと見るほかはなかった」が、IgEは、腸内寄生虫や住血吸虫と戦う上で重要なことがわかってきたと述べています。
 そして、「何億年にわたって、寄生生物は我々の祖先生物の進化を形作ってきた。そして過去一万年の間も、止まるところがなかった」と述べてます。
 また、「寄生生物の根絶は、新しい病気を作り出すことさえある」として、腸内寄生虫が根絶されたために、大腸炎やクローン病が広がった可能性について述べています。
 第8章「寄生虫世界に生きる」では、「寄生虫であることは、何も恥ずべきことではない。我々もこの惑星のゆりかごの時代から、由緒正しい同業仲間に加わっていて、ここでの生命形態としてもっとも成功した者なのだ。しかし我々は、寄生虫流儀の生き方ではぎこちないところがある。寄生虫は宿主を非常な精密さをもって切り替え、特別の目的に向けて宿主を変化させてしまう」が、「彼ら寄生虫は、必要とするだけの害しか与えないことの専門家であり」、「もし我々人類が寄生虫として成功しようと思うならば、師に見習う必要があるだろう」と述べています。
 本書は、我々の「同業者」の活躍ぶりをうかがい知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 かなり古い本ではありますが、寄生生物の話は驚くべきことばかりです。


■ どんな人にオススメ?

・われわれの中の「同業者」の姿を知りたい人。


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