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2015年6月 4日 (木)

ネムリユスリカのふしぎな世界

■ 書籍情報

ネムリユスリカのふしぎな世界   【ネムリユスリカのふしぎな世界】(#2419)

  黄川田 隆洋
  価格: ¥1,728 (税込)
  ウェッジ(2014/12/24)

 本書は、
・カラカラに干からびても、水をかけるだけでたちまち息を吹き返す。
・100℃近い高温にも、マイナス270℃の超低温にも、人が耐えられる量の1000倍違い放射線にも、アルコールに1周間も浸しても、全然平気。
・宇宙に放り出しても死なない状態で存在し続ける。
という「驚異の能力をもつ生き物」であるネムリユスリカの研究成果を一般向けにわかりやすく解説したものです。
 第1部「ネムリユスリカのふしぎな世界」第1章「水がなくても生きてゆくには」では、「どんな生物でも、乾燥に対して対向する戦略」である「乾燥耐性」を進化の過程で編み出してきたとして、
(1)乾燥回避:体の中の水が体から出ないようにして乾燥を防ぐ。
(2)乾燥許容:体から水がなくなっても大丈夫な状態にしてしまう。
の2つを挙げた上で、後者の中でも、「完全に干からびても死なないような状態に変化する」方法である「アンヒドロビオシス」または「クリプロビオシス」について、
(1)感想によってもたらされる休眠の状態
(2)体の中の水分がほぼ0%である
(3)水に入れてやると元通りに生き返る
(4)乾燥以外にもいろんなさまざまなストレスに強くなる
の4項目が当てはまる状態だと述べています。
 そして、アンヒドロビオシスの状態とは、「死んでも生きてもいない状態」として考えることができると述べています。
 第2章「ネムリユスリカとはなにか」では、ネムリユスリカが、アフリカ大陸にのみ生息し、「1年の半分近くまったく雨がふらなくて、残りの半分は雨が多い。乾季と雨季が明確に分かれている地域にしかいない」と述べた上で、「アンヒドロビオシスを発揮するためには、最低でも2日間、通常であれば約1週間の準備が必要」だとしています。
 そして、ネムリユスリカの脳を取り外しても生き返ることから、「ネムリユスリカは体を構成する様々な細胞のすべてが乾燥という情報を受け取り、そして乾燥の準備をする」、つまり、「この乾燥耐性のメカニズムは、生物個体全体でできているのではなく、1つの細胞の中だけの自己完結的なメカニズムで実現できている」ことから、「思いのほかシンプルなメカニズムで乾燥耐性が発揮できているのではないか」と述べています。
 第3章「細胞のなかで何が起きているのか」では、細胞を構成する三大要素である、「脂質」、「炭水化物」、「たんぱく質」のうち、乾燥する前と乾燥した後の細胞を比較すると、「顕著に違っていたのは炭水化物、なかでも糖の類が大きく変わって」いたとして、「『トレハロース』という糖の一種が、乾燥した幼虫にやたらに溜まっている」として、乾燥重量の約2割がトレハロースで構成されていたと述べています。
 そして、トレハロースの特筆すべき能力として、
(1)たんぱく質や細胞膜、油の成分の表面に取り付いて、水の代わりの役割をする
(2)水がもともとあった空間の領域も自分がガラス化することで空間を埋めてやる
の2点を挙げ、「水が持っていたある程度の性質をすべてトレハロースが代行することによって、細胞のなかの水がなくなっても大丈夫な状態にしている」と考えられると述べています。
 また、ネムリユスリカに、「乾燥というシグナルあるいはストレスが来て初めてグリコーゲンを分解してトレハロースに変えてやる、というメカニズムが動き出」すことから、グリコーゲンを全部分解してトレハロースに入れ替えるのにちょうど2日間かかると述べています。
 さらに、もうひとつの成分として、「LEA(late embryogenesis abundant:レア)たんぱく質」を挙げ、「たんぱく質同士がくっついて大きな塊になる」という固まるメカニズムに対して、「たんぱく質同士が近づくとバネのような構造になったレアたんぱく質が間に挟まって、たんぱく質同士がくっつくのを防」ぐ上に、「水が入るとバネがほぐれてたんぱく質同士が剥がれやすくなり、凝固化を防ぐ」と述べています。
 そして、「ネムリユスリカの乾燥の過程を見ると、核のなかのDNAがほぼ100%断片化、ボロボロになって」いるが、「水を入れて1日後はまだ傷ついた状態できるのですが、72時間から96時間も経つと、驚くことにほぼすべての細胞のDNAが元通りに戻って」いたと述べています。
 第4章「ネムリユスリカはなぜ死なないのか」では、「乾燥耐性に重要な遺伝子のコピーがつながっている領域」である「アリッド:ARId:Anhydrobiosis-Rilated gene IslanDs」について、「アリッドの領域を持つか持たないか、ということが乾燥耐性能力の獲得という観点で重要だった」と述べています。
 第5章「ネムリユスリカ、宇宙へ行く」では、ロシアのプロジェクト「バイオリスク(BIORISK)」とヨーロッパのプロジェクト「エクスポーズ-R(EXPOSE-R)」について、「ネムリユスリカに関しては、地球外の環境でも、人工衛星が周る程度の距離とか、ISSぐらいの距離(高度400km)であれば耐えることができた」と述べています。
 そして、「ネムリユスリカの研究は、医療面で役立つというだけではなく、宇宙空間での生物学的な研究や地球環境の改善にも役立つだろうし、教育や科学、趣味、食品での利用にいたるまで、さまざまな応用展開、また貢献ができるのではないか」と述べています。
 第2部「無限の可能性に向かって」第1章「研究者に志した頃」では、カイコの卵の中の糖分の分析をする過程で、糖の分析技術を手に入れた著者が、ネムリユスリカのトレハロース分析の依頼を受け、「生き返ったあとで量ると、トレハロースはほぼなくなっていて、カチカチの時は体の中の2割ぐらいをトレハロースが占めている」ことがわかり、「これほど驚くような結果が出た実験というのは初めて」だったので、「この虫を調べれば、『生と死との狭間に何があるのか』を知ることができる、という啓示のようなものに、その瞬間、ガツンとやられた」と述べています。
 第2章「生死のはざまを生きる昆虫」では、ネムリユスリカの研究という「未知の世界は単なる未知の世界じゃなくて、非常に明るい世界につながっている」として、「これまでないような新たな技術とか、新たな発見。その指針に向かってちょっとずつやるべきことを進めていくと、どんどんその光が大きくなっていって、最終的には我々が考えられなかった方法論とか事実とかいうのを突きつけてくると思う」と述べています。
そして、「人間は昆虫を『虫けら』と言うけれども、ネムリユスリカが生命力という尺度でいえば、人間の1000倍、1万倍も高い能力を持っている」と述べています。
 第3章「いかにして蘇生するか」では、ネムリユスリカが、乾燥した状態では、「完全に縮こまっているんですが、口を開けた状態で固まってるんですね。水を入れてやると、口の中に水が侵入してくる。それで口の周りの筋肉が最初に膨張していって、筋肉が蘇生するんです。組成すると、今度は喉をごくごくと、まさに水を飲むようなかたちで動かしだすんですよ」と述べています。
 そして、ユスリカという種が、せいぜい5000万年前とかの新しい時期に進化してきた生物なので、「居場所が限られている」ために、「ほとんど誰も居ないところを狙うしかない」ので、「氷河の上とか、酸っぱい湖の中とか、高温の湯の中とか、砂漠とか」で生きられるように進化してきたと述べています。
 本書は、人間をはるかに超えた生命力を持った不思議な生き物を通じて、生と死の狭間を考える一冊です。


■ 個人的な視点から

 ここのところ、若い研究者のマニアックな研究対象を扱ったポピュラーサイエンス本が多くなった気がします。最新の旬な研究を読めることは楽しいです。
 以前は研究者が新書を書くというと、その道では大御所の先生が、広く浅く入門書を書いたりするものが多かった気がしますし、大抵は「あとがき」に編集者から企画を持ちかけられてから執筆に何年もかかってしまい申し訳ない、的な裏話なども書いてありました。
 その意味では、近年の新書ブームや雑誌の休刊ブームで、この分野にも編集者や編プロが多数投入されるようになったせいかなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・マニアックな研究分野に足を踏み入れてみたい人。


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