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2015年7月20日 (月)

科学革命

■ 書籍情報

科学革命   【科学革命】(#2465)

  Lawrence M.Principe(著), 菅谷 暁, 山田 俊弘 (翻訳)
  価格: ¥1,080 (税込)
  丸善出版(2014/8/26)

 本書は、「およそ1500年から1700年まで続いた『科学革命』は、科学の歴史において最も重要で最も語られることの多い時代」だとして、「初期近代の思想家たちが周囲の世界を思い描き、それとかかわりをもったいくつかの方法と、その世界に彼らが見出したものと、それらすべてが彼らにとって意味したもの」そして、「いかにして彼らが、現代の科学の知識と方法を支え続けている基盤の多くを設置したか、私たちを悩まし続けている問題と格闘したか、さらには私たちがどのようにしてみるかをしばしば忘れてしまっている、美と徴候に満ちた世界を入念につくりあげたか」を記述したものです。
 第1章「新しい世界と古い世界」では、「『科学革命』を理解するためには、まずはじめに、中世とルネサンスにおけるその背景を知る必要がある」としたうえで、「16、17世紀に生きる人々の世界」が、
(1)人文主義の興隆
(2)可動活字を用いた印刷術の発明
(3)「新世界」の発見
(4)キリスト教の改革
の「4つの主要な事件や運動によって根底からつくり変えられ」たと述べています。
 そして、イタリアン・ルネサンスよりも前に少なくとも2つの「ルネサンス」があったとして、
(1)カロリング・ルネサンス:シャルルマーニュが8世紀後期に軍事行動を行い、その結果中央ヨーロッパに9世紀いっぱい続く広範囲の安定をもたらした。
(2)11世紀に始まったヨーロッパの相対的な温暖化による「12世紀ルネサンス」
の2点を挙げています。
 第2章「結ばれた世界」では、「固く結ばれ目的を持った世界という概念」の源の中でも、「二人の欠くことのできない古代の巨人プラトンとアリストテレス、およびキリスト神学」を挙げています。
 そして、「直接的な観察や類比、テキストの権威や表徴を用いながら、初期近代の思想家たちは、連結していると思われる事物の膨大な集合を編纂しました」と述べています。
 また、「現代においても他の時代においても、科学を研究するためには無神論的な――あるいは婉曲な言い方では『懐疑論的な』――視点が必要であるという考えは、科学そのものを一つの宗教にしたいと望む人々」がつくりだした「20世紀の神話」だと指摘しています。
 著者は、「初期近代人は森羅万象が互いに結ばれた世界を様々な方法で見て」おり、「そこではすべてが、人間と神とすべての知識の分野が、全体のなかのほどけないほど連結した部分となって」いたと述べています。
 第3章「月より上の世界」では、「隠されていた天の構造が次第に明らかにされていくというのが、『科学革命』の主要な物語」だとしたうえで、「科学の歴史において、『ガリレオと教会』ほど神話と誤解に包まれやすいエピソードは他に」ないとして、「それは『科学対宗教』という単純な問題」ではなく、「ガリレオは教会組織の内と外に、支持者と反対者を持って」おり、「ガリレオは決して――民間伝承は別にして――異端として断罪されたのでも、投獄されたのでも、鎖に繋がれたのでもありませんでした」と述べています。
 第4章「月より下の世界」では、「ガリレオや運動の原因について思い悩むことなく、運動を数学的に記述することに満足して」いるとして、「ガリレオの研究のこの特徴は、真の知識は原因を知ることであるとするアリストテレス的科学から根本に外れて」いると述べています。
 また、「ロバート・ボイルは機械論哲学にその名前を与えただけでなく、それをとくにキミストリーに結びつけ、世界の働きを明らかにするキミストリーの特殊な能力を認め」他として、
(1)「錬金」
(2)医学
(3)商業
(4)自然哲学
のすべてを探求したと述べています。
 そして、「『科学革命』期に確実に起こったのは、アリストテレス主義が後期中世には遭遇しなかったような、深刻で根本的に異なった競争相手を得たこと」だったと述べ、「初期近代を通して、新しい世界観――磁気的、キミストリー的、数学的、自然魔術的、機械論的などの――が挑戦者として、またもっともらしい代案として登場する一方、スコラ哲学は新しい素材や考えを『アリストテレス的な』枠組みの内部に取り込もうと努め」たと述べています。
 第5章「ミクロコスモスと生きものの世界」では、「月上界と人体の間に存在すると考えられた多くの関係は、初期近代世界に特有の結びつきをものの見事に例示」するとして、「冷たく湿った器官である能は、冷たく湿った星である月から大きな影響を」受けるとされ、「こんにちでも脳が病んでいる者はlunatic――ラテン語で月を意味するlunaに由来」と言われると述べています。
 第6章「科学の世界を組み立てる」では、「科学は自然界についての研究や知識の蓄積以上のもの」であり、「後期中世からわたしたちの時代に至るまで、科学知識は自然界を変え、自然に対する人間の力を増大させ、新しい世界を想像するためにますます頻繁に使われて」きたと述べています。
 そして、「技術的な応用と科学的な発見とは分かちがたく結びついて」おり、「『純粋』科学と『応用』科学を対立させる考えは17世紀には当てはまりません――どこかの時代に当てはまるならの話ですが」と述べ、「科学革命」の発展の背後にあった推進力としての実際的な要請の重要性を軽視すると、「ものごとが現実にどのように起こったかについて、不自然で誤った叙述をしてしまう」と述べています。
 また、後期中世に自然哲学的探究の活動拠点であった大学や修道院などは、「新たな研究現場によって補われるように」なったとして、「ルネサンスの人文主義運動にとって不可欠だったのは、大学の外部に学識者のサークルが確立されること」であり、1700年以降には科学アカデミーが急増し、さらに、「科学の歴史にとって等しく重要なのが、個々人の意思の疎通を確かにする文通のネットワーク」だと述べています。
 さらに、「17世紀に科学アカデミーが設立され、技術的応用の重要性が増大したおかげで、続く数世紀には科学研究の専門化が徐々に進行し、『アマチュア』自然哲学者がゆっくりと消滅」したと述べています。
 エピローグでは、「初期近代の自然哲学者たちから私たちに伝えられてきたほぼすべての文書や人工物は、探索し、発明し、保存し、測定し、収集し、組織し、学習する彼らの情熱を表現しています」と述べたうえで、「『科学革命』期は連続と変化、革新と伝統双方の時代でした。初期近代の自然哲学に従事した人々は、ヨーロパのすべての地域、すべての宗派、すべての社会的背景から訪れ、挑発的な改革者から慎重な伝統主義者にまで及んでいました」と述べています。
 本書は、「科学革命」の底に流れている伝統と歴史を拾い上げた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ヨーロッパで科学革命が起きてから500年経った今でも、世の中の人たちが皆科学的に思考できるはずもなく、それでも一応は学校で教育を受けたことになっているため、科学的に考えているつもりの人たちが多いのには苦労されます。


■ どんな人にオススメ?

・世界を科学的に見たい人。


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