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2015年8月 5日 (水)

ウルフ・ウォーズ オオカミはこうしてイエローストーンに復活した

■ 書籍情報

ウルフ・ウォーズ オオカミはこうしてイエローストーンに復活した   【ウルフ・ウォーズ オオカミはこうしてイエローストーンに復活した】(#2481)

  ハンク・フィッシャー (著), 朝倉 裕 (翻訳), 南部 成美 (翻訳)
  価格: ¥2,808 (税込)
  白水社(2015/4/17)

 本書は、「時の政治情勢とも連動し、現在も流動的な、きわめて複雑なオオカミ復活問題」の全容を復活に携わった当事者が語ったものです。
 第1章「オオカミを誘拐せよ」では、1995年1月10日、「カナディアンロッキーの小さな丘に棲む、ごく普通の、目立たないオオカミの家族」が、「世界中で最も有名なオオカミになった」として、彼らが1000キロ以上南のイエローストーン国立公園とアイダホ州中央部に運び込まれたことについて、「もっと注目して欲しいのは、オオカミたちの旅を実現させるまでの70年の長きにわたる出来事の連続の方だ」と述べています。
 第2章「消えゆく西部」では、「西武の人々は19世紀の終わりまで、伝説的なオオカミを創作してきた。大型の狩猟対象動物を高速のライフルの弾丸よりも素早く殺戮する動物(アニマル)。家畜の群れを、ひとっ跳びですべて横たわる死骸に変えてしまう野獣(ビースト)。怪物的な残忍さと途方もない狡猾さを備えた生物(クリーチャー)」と述べた上で、「かつての世代の行き過ぎた行為が、ただ憎悪と卑劣な精神のせいだと決めつけるのは安直にすぎるだろう」としています。
 そして、「イエローストーン地域におけるオオカミ生息数の初期の見積もりは、3万5000頭以上だった」として、「この数値に比べたら、現代の我々のオオカミを復活させようという計画がいかに控えめなものかわかるだろう」と述べ、「オオカミの視点から見れば、1880年代初頭の膨大な家畜の群れの到来は天の恵みに思えたに違いない」と述べています。
 また、「もし、連邦生物調査局と公園局がなかったら、オオカミはイエローストーン公園内で生き残れていたかもしれない――この2つの連邦政府機関が狼を根絶やしにしようと力を合わせたのだ」と述べています。
 第4章」害獣からロックスターへ」では、L・デイヴィッド・ミッチについて、「オオカミ研究のためにロイヤル島で3年間過ごし、バデュー大学の博士号を得た。オオカミ研究のスター誕生だ」と述べています。
 そして、「オオカミについての広報が好意的なものになるにつれ、大衆のオオカミ保護への意識が変わるのも不思議はない」として、「今日ほとんどのアメリカ人はオオカミがこの世に存在するに値すると信じている」と述べ、「70年代に起こった環境保全上の2つの出来事が節目となり、そこからイエローストーン公園にオオカミが再導入される道が開かれていくことになった」として、
(1)捕食動物の毒殺の禁止
(2)議会が絶滅危惧種法(ESA)を可決したこと
の2点を挙げています。
 また、「一般大衆がオオカミについて知り、許容する度合いが格段に高まっていたにもかかわらず、オオカミ再導入が現実のものとなるまで、自然保護関係者たちはなおも険しい戦いの道を歩むことになる」と述べています。
 第6章「教えて、オオカミ博士」では、「大方の牧場主たちは、とげとげしい論争になりがちなグリズリー管理の議論に基づいてオオカミのことを考えていた」ため、オオカミとグリズリーの違いとして、
(1)オオカミは人を襲わない
(2)オオカミは人間の食べ物には誘引されない
(3)オオカミはグリズリーより繁殖率が高いため、家畜を襲うような個体は駆除が許される余地がある
の3点について説明したとして、「私は真実を知り尽くしていたが、彼らの信念を覆すことはできなかった」と述べています。
 第7章「波をつかむ」では、1985年6月にイエローストーン公園内で開催した「オオカミと人間」展が大当たりし、「市民の支持を集めることが私たちの最終目標だったが、その展示がもたらしたもっとも重要な変化は、公園局そのものだった。熱心な観客の質問に応え続けた3ヶ月の間に、公園局の従業員や管理者は時代の波をつかみ始めた」と述べています。
 第8章「善人、悪人、不可解な人」では、「地区産業界のリーダーたちが繰り返し持ちだす一つの論点」として、「彼らは1984年のアイダホ州セント・アンソニーの牧場主らと同じく、オオカミそのものは恐れていないといった。彼らが求めていたのは、適切な管理事業が用意されることと、連邦当局と環境活動家が公有地から畜産農家を締め出す口実に、オオカミを使わないという確約だった」と述べています。
 第10章「オオカミは面白い」では、オオカミ復活事業のリーダーに雇われたエド・バングスにとって、「仕事を引き受けた頃の連邦魚類野生生物局のオオカミ復活事業は、論争の真っ直中にあった。いざこざの解決に取り組むのが大好きな人物にとっては、まるでお祭りの真っ最中のようなものだ」と述べています。
 第12章「反オオカミ派が迫る」では、「モンタナ州のオオカミは数を増やし続けていた。畜産業界のリーダーたちはマクルーア上院議員のロジックを反芻した――オオカミが来てしまう前にオオカミ管理のルールをつくるほうが利口なのではないか。さもなくば交渉の余地なしだ。一度オオカミが自力で移動してきたら、環境保護活動家たちは絶滅危惧種法(ESA)が提供する完全な保護を要求するだろう……」と述べています。
 第13章「決戦の時」では、「1992年4月、魚類野生生物局は公園局・森林局と協力して、34回の会議を開」き、「型にはまった公聴会ではなく、市民と生物学者がざっくばらんに話し合う《オープンハウス》だった。この形式は、市民を教育し、環境影響評価書が何を課題として取り上げるかについて市民の意見を探るいい方法だった」が、「反オオカミ派の政治は怒り狂った。これは彼らが望んでいたような騒々しい市民参加の会議ではなかったからだ。協力ではなく摩擦を起こすことが彼らの望みだった」と述べています。
 そして、1992年8月に開かれた「反対派が扇動した、政治的な動機による公聴会は、皮肉なことに支持派に驚くべき勝利をもたらした」と述べています。
 第14章「野生への復帰」では、「イエローストーン公園へのオオカミの復活には、確かに幾つもの歴史の皮肉がある。70年近く前に公園からオオカミを絶滅させたまさにその機関――国立公園局と連邦魚類野生生物局の前身だった組織――が、今や最も強力な再導入支持派なのだ。また、政府当局がオオカミを根絶するのにかかった時間は偶然にも、同じ政府の役所がオオカミを復活させるのにかかった時間と同じだった――およそ20年だ」と述べています。
 そして、「1995年3月21日、公園局の生物学者は囲いからオオカミを放ち始めた。金属製の扉がいっせいに開かれ、イエローストーン公園はもう一度、《完全な自然》に戻る道へと踏み出した」と述べています。
 本書は、オオカミを失ってから再び取り戻すまでの70年を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 世界的大スターのシー・シェパードさんたちの活躍の影響か、環境活動家の皆さんというとなんとなくお友達にはなりたくない雰囲気を漂わせていますが、やはりオオカミというか頂点捕食者は森に必要だと思うのです。


■ どんな人にオススメ?

・オオカミは怖い人。


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