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2016年1月10日 (日)

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち

■ 書籍情報

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち   【時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち】(#2503)

  中川 毅
  価格: ¥1,296 (税込)
  岩波書店(2015/9/10)

 本書は、「ハンマーをマイクロメーターに持ち帰ることで、泥から世界の標準時計をつくることを目指した地質学者たちの物語」です。
 第1章「奇跡の湖の発見」では、「日本における環境考古学の提唱者」として知られ、後に著者の恩師になった安田喜憲が、1980年に若狭湾岸に位置する三方湖の湖底を掘削し、「得られた堆積物資料に含まれる植物の化石を調べることで、過去の気候変動を復元」する際に、「湖底に直径10センチメートル弱の金属製のパイプを差し込む、ボーリングと呼ばれる手法」を用い、「パイプの中に回収される円柱状の資料は、ボーリングコア(あるいは単にコア)とよばれ、技術次第で本来の構造をほぼ完全に保持した美しいサンプルを採取することができる」と述べ、このときに採取したボーリングコアは、「全長32メートルに及び、時代でいうと過去およそ5万年をカバーしていた」としています。
 そして、1991年の三方湖の再切削で得られた32番めのコアの断面に「バーコードのような細かい縞模様がびっしりと並んでいた」ことについて、「1枚が1ミリメートルにも満たない薄い地層」であり、「1年に1枚ずつ、きわめて規則正しく堆積したもの」で、英語では「varve」と呼ばれ、日本語では安田によって「年縞」という訳語が創案されたと述べています。
 また、三方湖の隣の水月湖は、「直接流入する河川がなく、推進も30メートル以上と深い」ため、「水月湖の堆積物は、三方湖よりもさらに連続的に静かにたまっていることが期待できた」ことから、1993年にボーリングが行われ、「硬い岩石の基盤に当たるまでに、75メートルもの堆積物を採取することができ」、さらに、コアの断面には「美しい年縞が40メートル以上も連続していた」として、「日本の年縞研究はこのとき本格的に幕を開けた」と述べています。
 そして、水月湖の年縞について、「氷河期の寒い時代には1枚が0.6ミリメートル、その後の暖かい時代には1.2メートルほど」になり、「これが厚さにして45メートル、時間にしておよそ7万年分もたまっている」としt,え「これほどの長さが連続して発達している場所は世界でもほとんど例がなく、そのため水月湖は奇跡の湖と言われる」と述べ、安田の研究室に採用されたばかりの助手、北川浩之が「水月湖の年縞を使って、地質学的な時間を測るための『ものさし』をつくることを思いついた」ことで、「水月湖のその後の20年を決定づけることになった」と述べています。
 第2章「とても長い時間をはかる」では、「地質学的な資料の年代を決める方法の大半」は、
(1)少しずつ溜まっていくものの蓄積量を測る方法
(2)少しずつ減っていくものの残存量を測る方法
の2つに大別できるとした上で、(2)として、炭素の放射性同位体である炭素14(14C)を測る方法を挙げ、大気中の14Cの濃度が「時代によって不規則に変動する」ことから、「観測に基づいた巨大な換算表」をつくる「キャリブレーション(較正)」というアプローチが必要になると述べ、研究者たちはまず樹木の年輪に注目し、「半世紀に及ぶ努力の結果、いちばん長く連続した年輪の記録は1万2550年前にまで達している」が、「14C年大測定の適用限界がおよそ5万年前であるのに対し、樹木年輪によるキャリブレーションモデルは、現在でも1万2550年前までしか届いていない」理由として、「アルプス地方が氷河期に入ってしまう」ため、「それより古い埋もれ木がほとんど見つからなくなった」ためであると述べています。
 そして、「水月湖の年縞堆積物の中には、湖底に沈んだ落ち葉が分解されずに残っている」ため、「縞を数えることで暦年代が決まり、樹木の葉の化石を測定することで14C年代も得られる。両者を組み合わせれば14C年代の換算表、すなわちキャリブレーションデータが得られる」として、「大きなブレークスルーの鉱脈がそこに埋まっていた」と述べた上で、必要なこととして、
(1)何万枚もの年縞を数えること
(2)何百枚もの葉っぱの14C年代を測ること
の2点を挙げ、「シンプルといえばこの上なくシンプル」だが、「問題はその膨大な作業量だった」として、「ボーリングコアから細長く切り出した堆積物の表面をナイフできれいに成型、実体顕微鏡とデジタルカメラを組み合わせて撮影し、コンピュータで色の濃淡の変化を見る方法が中心的に採用された」と述べています。
 そして、北側のデータは1998年2月20日に「サイエンス」史上で発表されたが、「世界標準」のキャリブレーションデータである「IntCal98」には採用されず、ヒューエンらによるカリアコ海盆の年縞とサンゴのデータが採用されたと述べた上で、「いくつかの立場のちがいはあったものの、カリアコ海盆と水月湖のデータはいずれも、14C年代測定の歴史の中で、20世紀最後の数年を彩る金字塔だった」としています。
 第3章「より精密な『標準時計』を求めて」では、北川のデータに欠けているものとして、
(1)北川が研究に使った1993年コア(いわゆるSG93)の素材としての質の問題
(2)年縞の数え方の問題
の2点を挙げ、前者については、「コアの回収率は、およそ97%であると推定」され、「採取された短い資料の接続部分に、ほんの数センチメートルほどの未回収部分があった」と述べるとともに、北川が採用した方法が、「表面の色を丁寧に観察する」ものであり、「ひとりの研究者の能力だけに依存した方法は、いかにも心もとなく思えた」と述べ、この2つの問題を解決するためには、「新しい掘削資料と技術革新の両方が必要」であり、「あれほどの労力と時間を要した北川の仕事を、さらに高いレベルでやり直すこと」が必要だったと述べています。
 そして、コアの取りこぼし問題については、「掘削を複数回おこなうことで取りこぼしの深度をずらし、全体として欠落のないコアを採取することに成功した」と述べてます。
 また、縞数えの問題については、「縞数えの信頼性はつまるところ主観の問題」であるため、「その先に進むには、エキスパートを集めた国際チームをつくる以外にない」ことから、「ドイツとイギリスの研究機関に共同研究をもちかけた」と述べ、ドイツのポツダム地質学研究所では、「年縞堆積物を凍結乾燥させた後、粘土の低い特殊な樹脂を染み込ませて硬化剤で固めることで、硬いプラスチックのブロック」にし、「最後には数十マイクロメートルの薄さに加工」し、「できたプレパラートを偏光フィルターに挟んで顕微鏡観察すること」で、4年の時間を費やして全て数えきったとする一方、イギリスでは「蛍光X線スキャナ」のビームを細い線にすることによって、「水月湖の年縞堆積物の化学構造を0.06ミリメートル間隔ですべて分析した」と述べています。
 第4章「世界中の時計を合わせる」では、「年代測定のキャリブレーションモデルを整備することは、長い時間を測るための正確な目盛りをつくることと同義である」と述べた上で、2012年7月の世界放射性炭素会議の総会において、「水月湖のデータを中心にIntCalを更新すること」が支持され、「北川データがIntCal98の選に外れてから、14年目の復活劇だった」と述べています。
 本書は、5万年前までの時間を測る「ものさし」をつくることに情熱を費やした世界中の科学者の記録です。


■ 個人的な視点から

 世間では南極やグリーンランドの標柱コアの存在はよく知られているのではないかと思いますが、北陸の小さな湖の地層が世界の標準時計になっているとは知らない人も多いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・過去を知るための「時計」が欲しい人。


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