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2016年1月

2016年1月31日 (日)

昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか

■ 書籍情報

昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか   【昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか】(#2524)

  鈴木 美潮
  価格: ¥1,500 (税込)
  集英社クリエイティブ(2015/6/26)

 本書は、「近年評価が高まってきたアニメと比べ、今ひとつ正当に評価されていない」特撮ヒーローについて、多くの人に素晴らしさを知ってもらうことを目的としたものです。
 序章「敗戦国日本にヒーロー現る」では、「いまでこそヒーローの代名詞として普通に使われる『正義の味方』というコンセプト」が、月光仮面で初めて考えだされたものであり、「戦うヒーローの元祖のように思われがちな月光仮面。だが、その作品の根底に込められたのが非戦の願いだったというのは、重い意味を持っていると言えよう」と述べています。
 第1章「巨大化したヒーロー」では、『ウルトラマン』や『マグマ大使』など、この時期にヒーローが巨大化した理由として、
(1)日本初の超高層ビルが建設されていたことに影響された
(2)古くからアジア圏には大仏像や大きな観音像が存在していること
の2点を挙げています。
 第2章「旋風巻き起こす『石ノ森ヒーロー』」では、『仮面ライダー』の主役を務めた藤岡弘が収録中に重症を負ったことで仮面ライダー2号が登場し、「二刀流と日本舞踊を合体させた『変身ポーズ』」が考案されたことについて、「窮余の一策と偶然の方針変更」の2つこそが『仮面ライダー』を「日本を代表するヒーロー番組に押し上げる要因となった」と述べています。
 そして、「仮面ライダーが戦う理由は、正義ではなく『人間の自由のため』と説明されている」理由として、「少年時代に第二次世界大戦を経験した平山らのこだわりで、もとは番組の企画会議に参画していたシナリオライターの市川森一の持論だった」と述べています。
 第3章「悪の組織の変遷」では、「ナチスドイツを髣髴とさせる悪の組織の描写は、ショッカーやその流れをくむゲルショッカーのみならず、1970年代の多くのヒーロー作品の特徴だ」とした上で、「かつての仮面ライダーとショッカーの対決の物語では、ショッカーを倒せば世界は平和になるはずだったし、視聴者は無邪気にそう信じていられた」が、「21世紀の悪はつかみどころがない」として、「ヒーローと倒すべき悪の境界は一層ぼやけ、物語は混沌としてきている」と述べています。
 第4章「豊かさの歪みが露呈する時代、『川内ヒーロー』再び」では、『レインボーマン』について、「番組の視聴率の行方を決めるとされ、通常より派手な演出が好まれる第1話と第2話で、派手な返信どころか、敵との戦いもないという、現在の放送業界だったらおそらく許されない、大胆なストーリー展開」が特徴と述べています。
 第5章「魅惑のカルトヒーローたち」では、「次々と繰り出される奇想天外なアイデア。BPO(放送倫理・番組向上機構)も存在しなければ、『コンプライアンス』という言葉もなかった頃のテレビには、そうしたアイデアを受け止められる、いい意味での『ゆるさ』があった」と述べています。
 そして、1976年に東映が製作した『忍者キャプター』と『ザ・カゲスター』において、初めて「八手三郎」がクレジットされたと述べ、「平山が使っていたペンネームで、後に東映テレビ部のペンネームとして広く使われるようになった」として、「やって候」から思いつき「やつで・さぶろう」と読むとしています。
 第6章「アブない魅力の『悪のヒーロー』」では、『人造人間キカイダー』に登場した「ハカイダー」について、「黒は戦闘員に代表されるように『ワルモノ』の色」だった時代に、「黒いのに強そうで、スマートでカッコいい『悪のヒーロー』が登場した時の衝撃度の高さは、今とは桁違いであった」と述べています。
 第7章「ヒロイン・前線に立つ」では、「特撮のヒロインの歴史は、そのまま日本における女性の社会進出の歴史と重なる」とした上で、『秘密戦隊ゴレンジャー』に「モモレンジャー」が登場した理由として、「ヒーローごっこをする子供たちのなかで、女の子がショッカーの女怪人(蜂女やドクダリアン)か、ショッカーにさらわれる人質しかできないのはかわいそう」と思ったことだと述べています。
 そして、「特撮ヒーローの世界で、実は、もともと女性がのびのびと大活躍していた場所」として、「悪の組織」を挙げ、「女性幹部たちは、皆、実に楽しそうに働いている」として、「趣味と実益を兼ねて悪さを重ねる人が大半」で、「組織内でもそれなりの地位についているから権力もあるし、ストレス解消はやりたい放題」だと述べています。
 第8章「ギネス級番組『スーパー戦隊シリーズ』の足跡」では、「約30分の特撮ドラマを毎週新たに作り出すなどという『クレイジー』なことをしているのは、世界中でも日本の東映だけ」だと述べた上で、ゴレンジャーの5人が勢揃いして名乗りを上げる場面は、「大野剣友会の殺陣師、高橋一俊が、歌舞伎の『白波五人男』の『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ) 稲瀬川勢揃いの場』での五人男の見得から思いついた」と述べています。
 第10章「ヒーローたちの応援歌」では、特撮ソングの大きな特徴として、「冒頭から謎の擬音を連発し、勢いで押しまくってくる歌が目立つこと」だとして、「一度聞いたら忘れられない印象的な擬音の繰り返しこそが、子供たちの頭に歌をすり込み、日本中で合唱されるような特撮ソングを作り上げた」と述べています。
 第11章「スーツアクターの矜持」では、「『誰が入っても同じ』どころではなく、スーツアクターというのは、演技力があり、さらに表情を封じられた環境で芝居をしてみせる特殊技能を持った人たち」だと述べています。
 第12章「平成の時代、ヒーローたちは…」では、「特撮番組の地位の低さは、役者の『ヒーロー(ヒロイン)歴隠し』を誘発している点でも残念だ」とした上で、「平成ヒーロー」と言っても、「どのヒーローも平成オリジナルではない」として、「そろそろ、平成オリジナルのヒーローを見たいと思うのは筆者だけだろうか」と述べています。
 終章「ヒーローたちの思いは実を結ぶか」では、弱者を守る、仲間を助けるなど、「大人向けのドラマでは『青臭い』とされ、ストレートに表現しづらいこうした正論を、真正面から説くところに、筆者はヒーロー作品の真髄があると思っている」と述べています。
 本書は、特撮ヒーローへの長年の熱い思いが詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 特撮ヒーローものという、実は日本人のメンタリティに大きな影響を与え続けてきたコンテンツ。大人になっても夢中なのは一部の大きなお友達だけなのかもしれませんが、ヒーローを見て育った元子どもたちの心の奥底には、製作者の熱い思いが残っているのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ヒーローたちに胸を熱くした人。


2016年1月30日 (土)

孤独病 寂しい日本人の正体

■ 書籍情報

孤独病 寂しい日本人の正体   【孤独病 寂しい日本人の正体】(#2523)

  片田 珠美
  価格: ¥756 (税込)
  集英社(2015/10/16)

 本書は、「社会構造の激変によって、人々を強くつなぎとめていたかつての血縁や地縁をベースにしたコミュニティが崩壊しつつあり」、「孤独というものが病理的な色彩を濃くしていけば、やがて紛れもない病になって」しまうとして、「孤独病」と名付けるこの病を「防いだり、癒やしたりする」方法を考えたものです。
 第1章「『孤独病』の時代」では、「目の前にいる肉体を持った人とのコミュニケーションよりも、ネットを通してヴァーチャルな存在とコミュニケーションし、その世界に浸るほう」を選んでしまう「その根底に潜んでいるのは、新しい時代の新しい形の孤独なのかもしれない」と述べています。
 そして、「人が個人という単位で完結し自由を謳歌する生き方は、血縁や地縁に束縛される不自由さを嫌い、そこから抜け出すことで得たもの」だた「現代人の孤独度は、もう目盛りがほぼいっぱいに振り切っているような状態なのではないか。孤独は時代の病であり、社会の病になってしまった」として「孤独病」と名づけています。
 また、「ゴミ屋敷の住人」について、「セルフネグレクトをすることで家族や社会に無意識に復讐しているのではないか」と述べています。
 さらに、「中世ヨーロッパでは、メメント・モリをテーマにした死神や骸骨が登場するキリスト教的な芸術作品が数多くつくられた。戦争、飢餓、そしてペストの大流行によって、中世は人々が日常的に死を意識して暮らさざるをえない時代だったのだ」と述べています。
 第2章「『孤独病』の構造」では、孤独の構造について、「自己愛」「自己承認欲求」「万能感」というキーワードから見ていくとした上で、「孤独病に掛かる人は概して自己愛のベクトルが強い」として、「自撮りをフェイスブックやツイッターに載せる人たちの心理」には、「他人から注目されたいとか、認められたいといった、自己顕示欲や承認欲求がしばしば潜んでいる」と述べています。
 そして、「孤独をひたすら深くさせるほどの強い自己愛を持ったタイプの人が増えている」理由として、
(1)家庭の問題:核家族化と少子化の進展
(2)万能感:能力はみな平等にあって頑張りさえすれば必ず夢や目標が実現するという悪しき平等主義
(3)グローバルに広がる過剰な消費社会が振りまく幻想
(4)過度の衛生思想を浸透させた社会環境
の4点を挙げ、もっとも重要なものとして、「万能感が膨らみすぎた社会は、原発事故に象徴されるように、失敗のリスクを深く考えない社会になる危険性をはらんでいる」と指摘しています。
 第3章「人を『孤独病』に追い込む思考習慣」では、「離婚件数がなかなか減らないのは、人は理解し合えるものであり、そうあるべきだという期待が強いことの裏返しのように思われる」として、「人は努力すれば理解し得るという期待が強いほど、必然的に失望することになる。失望して一層孤独や寂しさを感じる羽目になる」と述べています。
 そして、「一般的に『いい人』願望が強くなるほどメンタルをやられやすい」として、「『いい人』は周りの人間とつるんでいるときはいいが、自分がないから、いざとなると孤独にひどく弱い」と述べています。
 また、「孤独病にかかっている人はよく『誰も自分を愛してくれない』などと訴える」が、「そういう人に限って誰のことも愛していないものだ」として、「愛を貰えないと孤独に喘いでいる人は、自分が他人のために何かをしてあげることが損だと思っている」と指摘しています。
 さらに、「孤独な状況に陥ったとき、それを辛く思う人と、あまり悲観しない人」の二つを分けるものとして、「自己肯定感の差」を挙げ、「自己肯定感が強い人ほど孤独に対しては強く、反対に自己肯定感の弱い人ほど孤独に弱い」と述べています。
 第4章「『孤独病』、その暴走の果て」では、「妄想と孤独には密接な関係がある。妄想は得てして強い孤独感の中から生まれてくる」として、「妄想は自己愛を満たすことで、現実における不遇な境涯を慰めたり、孤独感を癒やしたりする“自己治癒的な試み”ともいえる」と述べています。
 そして、妄想の精神医学的な定義として、
(1)不合理な内容であること
(2)不合理な内容であるにもかかわらず、本人がそれを確信していること。
(3)周囲が訂正を試みても、本人は強く信じ込んでいて訂正不能であること。
の3点を挙げています。
 また、小保方晴子氏について、「妄想を抱いているわけではないが、空想虚言症であると私は思っている」として、「架空の事柄を細部にわたるまで本当のことらしく物語」り、「小保方さんにはまったく罪悪感がないように見えるが、これは自分の願望を投影した空想と現実を混同するせいであり、空想虚言症の特徴だ」と述べています。
 第5章「『孤独病』を癒やす処方箋」では、「引きこもりに陥る人は、総じてプライドが高く完全主義の傾向が強い。完全主義の人は100を目指してそれがかなわなければゼロでいい、というような極端な振れ方をする」と述べています。
 そして、「マイルドヤンキーと呼ばれる人たちは背伸びをせず、他人と比べない等身大の生き方をする。仲間や家族を大切にする。彼らの幸福度はきわめて高いといわれているが、それもむべなるかなである。彼らのような生き方は、おそらく老後に至るまで孤独とは無縁である可能性が高い」と述べています。
 本書は、現代人をむしばむ「孤独病」の原因と処方箋を考えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 作者は精神科医ということで、それらしい言葉などもいくらかは出てくるのですが、基本的には社会評論というかエッセイという感じです。
 そういえば昔から精神科医の本はこんなもんだったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・孤独じゃない人。


2016年1月29日 (金)

ワインの歴史

■ 書籍情報

ワインの歴史   【ワインの歴史】(#2522)

  マルク ミロン (著), 竹田 円 (翻訳)
  価格: ¥2,160 (税込)
  原書房(2015/11/20)

 本書は、「古代から現代まで世界のワインを幅広く丁寧に紹介した」ものです。
 序章「神からの贈りもの」では、「ワインの原産地、その歴史と伝統、無限ともいえる種類、ワインとワインの味わい方の文化、これらを理解すれば、この世の何よりも素晴らしい、複雑で魅力あふれる飲物をさらに深く理解し、楽しめるようになる」と述べています。
 第1章「ブドウ」では、「ヴィティス・ヴィニフェラ種は、適正な条件で栽培されれば、果実に含まれている天然の籐を自身の重さの3分の1にまで凝縮できること」ができ、「さらに酸味やタンニン、その他の風味化合物との自然のバランスによって保存性の高いワインを作ることができる」と述べています。
 そして、「19世紀中頃までのヨーロッパのブドウ畑は、規模の大小はあれどいずれも歴史は古く、中には古代ローマやギリシア、いや、さらに古い時代にまで起源をさかのぼるものもあった」が、「フィロキセラ」と名づけられた「大食いアブラムシ」によって、「ブドウ畑の根を次々と貪り、餌食となったブドウを枯らしてしまう」ことで、「1920年代には、ヨーロッパ全土に被害が拡大」し、「20世紀初頭の数十年間で、ヨーロッパの主要なブドウ畑では、ブドウがほぼ完全に植え替えられた」と述べています。
 また、「フランス人のワインに対する考え方の核」にある「テロワール」という言葉について、「ワインづくりに関わる特性――地理、気候、微細気候、そして歴史や人間――が組み合わさったものを指す言葉である」とし、「その根底にあるのは、強烈で際立った個性を持つワインだけが、その土地のテロワールと呼ばれているものの独自性を示すことができるのだから、上質なワインであるほど厳密に生産地を特定できるはずだという信念だ」と述べています。
 第2章「古代のワイン」では、「飲みものとして通用するようになるまで、栽培とその後の時間のかかる作業にこれほど神経をつかう農産物は他にない」として、「太古の昔から、この格別の飲みものは『聖なる飲みもの』と言われてきた」と述べています。
 そして、「古代ギリシア人が、ワインに何も混ぜずに飲むことはまれだった。ワインに混ぜ物をする儀式は重要で、おいしい一杯を作るコツは古代ギリシアの社会で重宝された」として、「ワインは水や海水で割り、香料、スパイス、ハーブやハチミツを足すこともあった」と述べています。
 また、「ローマ人にとって、ワインは文化と文明の心臓にも等しかった。貧富にかかわりなく、ワインは日常生活の中心だった」として、「ローマ帝国が版図を拡大するにつれ、ブドウも、西ローマ帝国領内の様々な地域に運ばれて、植えられるようになった」と述べています。
 第3章「ヨーロッパのワイン」では、「最初にメソポタミア地方に根を下ろしてから、ヴィティス・ヴィニフェラ種は長い歳月をかけて小アジアを抜け、東地中海へ着々と匍匐前進し、ギリシアの島々とイタリア半島にすみやかに広がり、ついに西ヨーロッパのほぼ全域に生い茂るようになった」と述べ、「こんにちでも、ヨーロッパのワインは、世界の他の地域のワインを評価する指標の役割を果たしている」と述べています。
 そして、「キリスト教は言うまでもなくワインの生産を奨励した。聖体拝礼の儀式にはワインが毎日必要だったからだ。さらに、新鮮できれいな水がいつでも飲めるとは限らないことが当たり前だった時代には、ワインは聖職者や金持ちや帰属だけでなく、庶民にとってもいわば生活必需品だった」と述べています。
 また、「木が生えていないスペイン内陸部で、木の樽や大樽が一般的な醗酵用容器でなかったように、ワインの輸送用容器も木の樽とは限らなかった」として、ヒツジヤブタやヤギの皮が、「脚を含む全身のなめし革からつくられた」と述べています。
 第4章「世界のワイン」では、「古代スカンジナビアの伝説によれば、コロンブスが出航するはるか昔、レイフ・エリクソンが大西洋を横断してアメリカ大陸に植民地を建設し、野生のブドウが生い茂っていたことにちなんでその土地をヴィンランド(ブドウの国)と名付けた」と述べています。
 そして、「フランスのブドウ畑がフィロキセラの被害にあったとき、フランスからワイン醸造家たちが新天地を求めてチリにやってきた」と述べています。
 第5章「ワインをつくる」では、「ワインの性格と品質は、原料となるぶどうの品質だけでなく、関連するさまざまな要因によって決定される」として、「このユニークな農産物の創造の土台となっているのが、ブドウを保存の効くアルコール飲料に変える工程だ」と述べています。
 そして、「ワインをガラスの瓶に入れてコルクで封ができるようになったことは、ワインの進化における大転換点だった」として、「技術的進歩はワインの品質向上だけでなく、さまざまな種類のワインの創造と進化をもたらした」と述べています。
 第6章「ワインの未来」では、「気候変動がワインの世界に今後劇的な影響を呼ぼすのはほぼ間違いない」として、「気候変動と地球温暖化によって恩恵をこうむる人がいる一方で、敗者が生まれることも避けられない」と述べています。
 そして、「人類の誕生とほぼ同時にはじまった息の長いワインの伝統と文化が途絶えることはない」と述べています。
 本書は、ワインをよりおいしく楽しむことができるようになる一冊です。


■ 個人的な視点から

 チリワインは安くておいしいのでありがたいのですが、フィロキセラがこれほどまでにヨーロッパのワインづくりにダメージを与えていたとは知りませんでした。


■ どんな人にオススメ?

・ワインが飲みたい人。


2016年1月28日 (木)

オンライン・バカ -常時接続の世界がわたしたちにしていること-

■ 書籍情報

オンライン・バカ -常時接続の世界がわたしたちにしていること-   【オンライン・バカ -常時接続の世界がわたしたちにしていること-】(#2521)

  マイケル・ハリス (著), 松浦俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2,376 (税込)
  青土社(2015/8/24)

 本書は、「ヘビーな常時接続の世界にいて、事実上ネット以前を知らない世代の直前の世代」の著者が、「自分がまさにそういう世代にいることを、気づいたり振り返ったりできる最後のチャンスととらえ」、「自分が今ここに居ることの、ビフォーとアフターからの意味を探る」という作業をするものです。
 第1章「入れ替わり」では、「もうあっという間に、インターネット以前の生活を覚えている人はいなくなる」として、「私たちがインターネット以前の生活を知っている史上最後の人類であるなら、これから、いわばどちらの言語も話す唯一のじんでもある」と述べています。
 第2章「今どきの子」では、「歴史上、二つの世代がこれほど際だった認知的不協和を体験したことがない。変化がこれほど急速に生じたことがないからだ」と述べた上で、「私たちの子ども世代の脳が、4万年前の先祖が生まれたときの脳と、そんなに違うわけではない」が、「ネットでの活動を経験する際の脳の活動を記録」したところ、「被験者に1日1時間、1周間だけインターネットの閲覧を実行したもらった」結果、「その『未経験』の人々の脳の、以前は神経活動がごくわずかだった前頭葉で、有意に活動が高まっていた」と述べています。
 第3章「告白」では、「私たちのほとんどは、匿名のインターネットに自分の命をすべて投げ出したいとは思わないが、それでも、自分を拡散しようとする困惑するほど強い思いがあって、それを私たちの多くがたたえることを学んでいる」と述べた上で、「回線を切断した世界の記憶がなければ、人間の感情をネットの管理システムのほうに委ねてしまうことは、最高の、最も便利な、きっといちばん易しい取引に見える」として、「私たちはこちらの環状を完璧に理解し、さらには自分に代わって感情を監督してくれる機械を求めているのだ」と述べています。
 第4章「みんなの意見」では、「ウィキペディアの本当の難点」は、「民主的な衝動」にあり、「『みんな版』の事実が等しく正しとされ、専門家の見解が片隅に押しやられるような舞台では、企業や政治的利害が権限を与えられかねない」と述べています。
 そして、「伝統的に、専門知識は一方通行」だったが、「ブロガーの言葉が『プロの』批評家の言葉と並べられているのを始めて見てしまえば、その後はダムが決壊したかのように当たり前のことになった」と述べ、「自分の声を広めるのはいいことだと信じて私たちはここまで進んできた――確かにいいことかもしれない――が、今や私たちの仕事は、その信じ方を第二の問い『私たちは意見の過多で苦しくなるのではないか』で和らげることだ」としています。
 また、「専門家の見解の価値を下げることの裏返しは、アマチュアの意見、世論の価値を――まさしくそのアマチュア性のために――過剰に見ることだ」と述べています。
 第6章「注目!」では、「何を信じたかろうと、脳そのものはマルチタスクができる装置ではない。そこから私たちの問題が始まる。人の脳は、聴覚と視覚の情報を総合して、身のまわりの世界についての理解を一つにまとめるために、一定量の並行処理はするが、脳の注意そのものは一点集中で、一度に一箇所しか照らせない」として、「次々と移動する小さな作業があり、痙攣的な努力の作業はあるが、残念ながらマルチタスキングというようなものはない」と述べ、「実はマルチ切替(スイッチング)をしている」としています。
 第7章「記憶(優れた誤り)」では、「ほとんど気づかないうちに、私達は重要な周辺脳機能を周囲のシリコンチップに外部委託している」と述べた上で、「古代ローマやアテネでは、人々が高度の個人化された『場所(ロキ)法』を用いて、自分の頭のなかに引き込む外部の情報を増やし、頭のなかで整理しておくようになった。要するにこれは精巧な暗記法で、頭のなかで詳細な建物――『記憶の館』と呼ばれることもある――を建設し、その中に記憶を『置く』ことができる」と述べています。
 第8章「結合」では、「中学2年生が自家製ポルノを送り合っているというマスコミ報道を読むと、デジタルライフはセックス過剰現実への誘惑に違いないと思いこむようになる」が、「インターネット以後の十代は、インターネット以前の十代に比べると、実際には肉体的なセックスが減っていた」と指摘しています。
 そして、世界最大の出会い系サイト「PlentyogFish」の背後で動いているアルゴリズムについて、「関心が共通なら、一緒にいつづける可能性が2倍になる」として、「共通の関心というのは結局、可処分所得がだいたい同じというところに行き着く」と述べています。
 第9章「いなくなる方法」では、著者は30日間ネットから離れた生活を実際に体験した上で、「空白は簡単には戻ってこない。私たちが貯めこむようにできている糖分や脂肪なのに、その摂取量を制限しようとするように、今、自分たちが崇めるようにできている接続でも、ときどき遮断することにしなければならない」と述べています。
 本書は、インターネット以後の世界とのつきあい方を考えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 翻訳モノはよっぽど有名な人でないとそうそう作者名で読んだりできるものではないのですし、同じ作者でも当たり外れがあったりしますので、その点で頼りになるのが翻訳者です。
 松浦俊輔さんや山形浩生さんの本だったらとりあえず読んでみてだいたい当たりのことが多いです。
 海外のレビューを読んだりして面白い本を探すのは骨が折れますが、代わりに探してくれる翻訳者さんはありがたいです。


■ どんな人にオススメ?

・ネットに繋がる前の生活を思い出せない人。


2016年1月27日 (水)

すべての若者が生きられる未来を――家族・教育・仕事からの排除に抗して

■ 書籍情報

すべての若者が生きられる未来を――家族・教育・仕事からの排除に抗して   【すべての若者が生きられる未来を――家族・教育・仕事からの排除に抗して】(#2520)

  本 みち子 (編集)
  価格: ¥1,728 (税込)
  岩波書店(2015/9/18)

 本書は、「20年以上前には校内暴力や暴走族や深夜徘徊する若者たちの姿が、若者問題の定番だったが、その後の光景は様変わりした。くらしの先行きが見えず、相談する友人や知人がいない、社会的に孤立した若者たちが非常に多くなった」ことについて、「成人期への移行に伴うリスクの時代」であるとして、「学校教育における不登校や中退、複雑な家族関係、心身の不調やハンディキャップ、希薄な友人関係、仕事を通した社会関係の不在という点で共通」した若者たちを対象に、「若者移行政策の定立」をめざすものです。
 序章「移行期の若者たちのいま」では、「成人期への移行の時期には特有の課題がある」として、
(1)安定した職業生活の基礎固めをすること
(2)親の家を出て、独立した生活基盤を築くこと
(3)社会のフルメンバーとしての権利を獲得し、義務を果たすことができるようになること
(4)社会関係を作り社会的役割を取得試写会に参画すること
の4点を挙げています。
 そして、「困難な若者たちをめぐる現代社会のリスク」として、
(1)リスクの多様化:安定した雇用と家族を前提に機能していた社会保障システムが機能しなくなった。
(2)リスクの階層化:リスクに対処する力は社会階層によって歴然とした差がある。
(3)リスクの普遍化:生活の安定を担保していた完全雇用と、稼ぎ手としての男性世帯主がいる核家族という構造が不安定になった。
の3点を挙げています。
 また、「日本で『成人期への移行』に対する社会的関心が高まった」原因として、
(1)若年雇用問題の発生
(2)非婚化による急激な出生率の低下
の2点を挙げています。
 第1章「教育のなかの困難」では、
(1)日本的雇用の人材戦略と組織編成原理を概観し、それに乗れない(就職できない=移行が困難な)人たちの排除の諸相を見る。
(2)学校教育に内包される排除の要因を「自己責任」「地域による格差」「カリキュラム」「社会経済海藻と家庭の文化」に注目して見ていく。
(3)教育、とくに学校教育に含まれる困難、中でも「中退」に象徴されるリスクについて考える。
(4)「困難を抱える個人を、情報を途切れさすことなく地域につなぎ見守り支援し続ける」学校を基点とするケアの発想に立つ包括的支援システムの構築と運用を社会的排除に抗する実践例として紹介する。
としています。
 そして、「日本的高卒修飾システム」について、「『推薦指定校制』『一人一社制』に基づき、高校と企業との継続的・安定的関係である『実績関係』の中で生徒が就職を決定していく仕組み」だとした上で、その特徴である、
(1)高校と企業との「実績関係」
(2)就職についての進路指導の対応
(3)「よい成績→よい就職先」というメリトクラティックな(業績主義的な)原理に基づく進路の水路づけ
の3点をもち機能していたとしています。
 また、「日本では専門高校でさえ移行を支えるカリキュラムとは言えないのだから、普通科の非進学校や進学中心でない総合高校は、カリキュラムには『移行』の発想が見られない」として、「生徒指導をきびしくすれば学校生活からの排除につながり、職業生活のエートスも専門的知識・技能もカリキュラムから見て得られるとは言えないので以降からも排除され、二重の意味での排除に至る」と指摘しています。
 第2章「学校から仕事への移行を支える」では、「若者を立ちすくませている心理的状況」として、
(1)コミュニケーションが築けず孤立している。
(2)評価的まなざしに縛られている。
(3)自信(自己肯定感情)が持てない。
(4)何かをやりたいという意欲が弱い。
の4点を挙げた上で、「若者の立ちすくみの背景には、仕事に就くこともなく無為な時間を送っている者は甘えているという社会一般の認識がある」と述べています。
 そして、戦後日本でほぼ初の若年就労政策である「若者自立・挑戦プラン」について、「企業の採用行動や政府の労働力政策といった社会の側の構造的要因を問うことが弱く、若者の側の意識や意欲といった主体的要因へ働きかけるという構図であり、そのことの問題性を突く議論は多く出されてきている。その上、この『生きる力』とか『人間力』といったものが、『コミュニケーション力』とか『協調力』といったようにきわめて抽象的であり、さわにはそれを実現する手段を具体的に提供することができているわけでもない」として、「結局は『自分で考えて自分で決めろ』というように、若者自身に投げ出すことに終わっている」と指摘しています。
 また、「労働市場へと移行していくのが困難な若者層への『中間的な働き場』が必要になってきている」として、「一般就労でも福祉的就労でもない『中間的労働市場』を提供する『社会的企業』」が、「若者に対する仕事への移行支援策の一つとして期待される」と述べています。
 さらに、「若者支援機関を訪れる若者たちの多くは、個人化した競争的関係のなかで教育課程から排除され、他社からの共感的承認を得ることもできぬまま自尊感情を著しく損傷し、仕事の世界に入っていく自身も意欲も持ち得ず立ちすくんでいる。若者支援とは、まずなによりも若者たちが承認欲求を充足しながら働く自信と意欲を醸成することのできる学び直しの機会を提供するものでなくてはならない」と述べています。
 第3章「若者支援の変遷と日本社会が直面する課題」では、「女子は家庭でも労働市場でも、あらゆる被害者になりやすい」として、「ネグレクト、非暴力・性被害、家族やバイト先からの搾取など、非常にリスクの高い彼女たちはいつの間にか目の前から消えていた。貧困と暴力がつながっていること、進路への絶望感を抱いていること、家族関係のしがらみから逃れることの困難さに衝撃を受けた。『就労支援』『相談支援』の限界を実感した経験だった」と述べ、「15歳にして将来を諦めている彼女たちには、『経済的自立は叶う、夢は実現できるんだ』と信じられる仕事との出会いが必要になる。そして若い彼女たちががんばり続けるには、『保護者が見守ってくれなくとも、地域の信頼できる大人が自分には付いていてくれる』という安心感と帰れる場所も必要だ」と述べています。
 また、男子の就労阻害に関して、「現場の実感としては、『発達障がい』が就労の阻害要因になっていることを年々感じている」として、「彼らは学齢期には変わり者、もしくは極端に大人しい子ではあるが、成績は良いし反社会的行動も起こさないからと見過ごされ、就労現場で初めて『仕事ができない人』として解雇されたり、適応障がいを起こしてメンタルダウンしてしまうケースも多い」と述べ、「学齢期にそのリスクが発見され、本人や家族が理解し、ソーシャルスキル・トレーニング(SST)などの適切な支援があれば、社会に出てからも本人の自覚と周囲の理解を得て、比較的うまくいくことが期待できる。また、本人の能力の凸凹に合わせて職場環境を整えられればもっと多くの人が継続就労できるだろう」としています。
 そして、「広がる貧困と子どもを襲う生活困窮、そして進路を断たれ連鎖する貧困に対して、今最も必要な施策」として、
(1)学校でリスクをキャッチし、
(2)外部機関・人材と役割分担を意識しつつ、
(3)地域で有機的・継続的に連携しサポートすること
の3点を挙げています。
 第4章「就労困難な若者の実像」では、「困難を抱えている若者にとって、合宿型・生活支援型のプログラムは有効な手段である」理由として、「当事者を包括的に見ることが可能であること」を挙げています。
 第5章「若者を支える自治体の挑戦」では、「こども青少年局が発足する以前の横浜市の青少年行政」が、「基本的に『青少年健全育成』と言われる薬物や深夜徘徊、不純異性交遊などの非行防止のための啓発活動と、地域での青少年交流・体験活動の促進など社会教育的アプローチが主なもの」だったが、横浜市が「こども青少年局」という新しい組織を設置した際の基本方針は、
(1)青少年行政の対象を主に十代の思春期をターゲットにしたものから、「青年期から成人期への移行」に焦点を当て15歳~34歳まで年齢層を広げる。
(2)これまでの健全育成や社会教育的アプローチに加えて、福祉・医療的なケアや就労相談や職業訓練など社会・経済的な自立支援の取り組みを行うことで包括的な若者施策を展開する。
の2点であったとしています。
 また、「中間的就労の主たる対象となる生活困窮者の中でも、『健常者』と『障害者』の境界域にいる人たちは、障害者のように企業の法定の雇用義務が無いだけに、かえって一般企業では就労が困難な状況にある」として、「このような境界域にいる人たちが、仕事を得て経済的に自立することを支援するためには、地域単位で、たとえ困難を抱えていても働くことのできる新たな労働市場を形成していく必要がある」と述べ、「中間労働市場」と呼んでいます。
 第7章「若者政策における所得保障と雇用サービスの国際比較」では、「若者が抱えるリスクへの対応策を所得保障と雇用サービスの2つの視点から検討する」とした上で、「仕事の従事していない失業者あるいは非労働力にとって、無業者に対する所得補償制度は自らの生活を維持する上で重要な役割を担っている」として、その給付方法として、
(1)失業保険(雇用保険)による給付
(2)失業保険の受給期間終了後や失業保険未加入者を対象とする失業扶助
(3)十分な資力のないものに対する社会扶助
の3点を挙げています。
 本書は、若者の「生きづらさ」を本人のやる気や責任だけに帰すことなく考えることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔は、若い頃に多少「ヤンチャ」(この表現を自分に対して免罪符代わりに使う人間は大嫌いですが)をしていても、「引退」して真面目に働く気になればなんとか食っていけるだけの社会的キャパがあったので、若気の至りに走る人もいたんじゃないかと思います。
 実際のところ、「改心」したところで一生ついてまわるもので、特に現在はそれがよく見えるようになったのかもしれません。
 まあ、中高年の雇用と老後を守るために若者の食い扶持を簒奪した結果であって、若者自身の責任ではないのですが。


■ どんな人にオススメ?

・最近の若者は不甲斐ないと思う人。


2016年1月26日 (火)

幕末の奇跡 《「黒船」を造ったサムライたち》

■ 書籍情報

幕末の奇跡 《「黒船」を造ったサムライたち》   【幕末の奇跡 《「黒船」を造ったサムライたち》】(#2519)

  松尾 龍之介
  価格: ¥2,376 (税込)
  弦書房(2015/6/24)

 本書は、「幕末という時間を『蒸気船を知った日本人が、自らの力でそれをつくりあげるまでの期間』と定義することも可能」であり、「日本が幕末を迎えた頃、ヨーロッパでは『海軍のルネサンス』が始まろうとしており、帆船から蒸気船へ、外輪からスクリューへ、木造船から鉄船へというような質的な大改革が行われ、日本は幸いにもこの時代の新しいうねりに乗るのに何とか間に合った」として、「明治十年代までは、日本の各分野で数多くの海軍伝習所出身の人々が日本を支え、その後幕末から明治に生まれた若い世代へとその技術が受け渡された」と述べ、「そんな長崎海軍伝習所に関わった人々の中から14名を選び出し、それぞれの生き方やエピソードに焦点を当ててみた」ものです。
 第1章「幕府とオランダ」では、阿部正弘について、「開国の扉を開くと同時に、近世の幕藩体制の崩壊にも手を貸したことになる。しかし、それを考慮に入れても、老中首座にあった彼が最初に日本の近代化へ舵を切ったことは特筆に値する。そして彼が1857年、数えの39歳で急死しなければ、幕末の歴史はまったく違った様相を見せたのは明らかである」と述べています。
 また、オランダ海軍のヘルハルドゥス=ファビウス中佐について、「長崎奉行大沢豊後守乗哲と水野筑後守忠徳の両名が出島に来て、幕府がこれまでの方針を改め、ヨーロッパ式の海軍を創設する意志があることを表明し、彼に意見を求めた」際に、ファビウスが作製した「幕府の海軍創立に関する専門的な意見書」が、「その後の海軍、ひいては日本の将来を決定づけたと言っても過言ではない}として、
(1)日本の地理的条件はイギリスと似ており、今こそ西洋式海軍を創立する絶好のチャンスである。
(2)軍艦は蒸気船の時代になったが、これからはスクリュー式の時代なので外輪式の蒸気船はつくらないほうが良い。
(3)戦隊は木造でも良いが、世界の大勢は鉄船の方向に向かっている。
(4)将来造船も手掛けるなら、修船所としてのドックや、造機工場が必要であること。
(5)士官・下士官・兵の乗組員の養成には学校(伝習所)が必要である。
(6)伝習所は、蒸気船の運行法、大砲の操法と製造法、蒸気機関の取り扱い方と製造法について教育する。そのため伝習生は少なくとも数学・天文学・物理学・化学並びに、測量術・期間術・造船術・砲術その他を学ぶ・
(7)この教育を受けるには、日本人はオランダ語を学び、予習させておくのが良い。
(8)以上に関してオランダの援助を受けるには、前提条件として日蘭両国間に条約を締結しておくのが必要である。
の8点を挙げ、「実は最後の項目にある日本との条約の締結(日蘭条約)こそがオランダ側の交換条件だった」と述べています。
 第2章「生涯の宿敵」では、「木村喜毅は幕末に海軍建設計画を参画し、幕府海軍に最も力を注いだ人物であったが、幕府瓦解の直前に自ら身を引き、明治になっても無位無官で通した。そのために海軍創立者は勝麟太郎とみられるようになったが、実は彼こそが海軍創立の心の立役者であった」と述べています。
 また、小野友五郎について、「1868年、産業革命を経験しなかった日本で、日本人だけの手になる蒸気船が竣工した」ことは、「幕末史のなかでほとんど無視されているが、日本が誇るべきことではないだろうか」と述べた上で、明治維新後、小野が東京・京都間鉄道線路の調査にあたり、「再三の実地踏査を行なった上で、東海道幹線説を上申」し、明治19年に東海道線が採用されたことや、東京・青森間のルートについても踏査・測量し、「それは現在のものとほぼ変わっていない」ことなどを挙げ、「日本のインフラの最重要部は小野が決めたことになる」と述べています。
 第3章「江戸から脱走した幕臣」では、松本良順について、海軍伝習所では、ユトレヒト陸軍軍医学校で学んだポンペ=ファン=メーアデルフォールトに学び、「ポンペの教育は西洋医学を総合的に教えるもので、それは日本人にとって初めての経験だった」として、「ポンペはそれまで日本人に混同されていた基礎医学と臨床医学とを区別して、学科のすべてを順を追って系統的に教えてくれた」と述べ、「ポンペの講義はそれまで困難を極めていた医術を、平明な言葉や図解を用いて単刀直入に解説し、辞書さえ不要と思われるほどやさしく説いたというのである」と述べています。
 また、長崎伝習所を突然閉鎖した井伊直弼が、「医学生一人くらい自分が忘れていたことにすれば何の問題もない。留学費その他一切今まで通りにせよ」と、松本の伝習を続けたことについて、松本は「井伊はまことに大老の器」と感激したと述べています。
 そして、池田屋事件や禁門の変で名を挙げた新選組隊長近藤勇が江戸に下った際に松本を訪ねたことについて、「勇は松本がポンペから直接医学を学んだ高名な医師であることを知り、自分が接したことのない外国人並びに海外事情について教えを乞いにやってきたのであった」として、松本が、「外国の学問、ことに天文地理・物理・化学・医学などが精密にして高度であること、陸海軍の兵力が格段の強力なことなど諄々に説いて聞かせた後、浪人たちの異人切りなどは思慮に欠最低の行為であることを諭した」ところ、「勇は大いに喜び、『今日までわだかまっていた疑問がたちどころに氷解した。貴殿がいずれ上洛したときにはまた会おう』と再開を約して去っていった」と述べ、1865年の長州征伐の際に、西本願寺の新選組屯所を訪れた際に、「松本はそのあまりに劣悪な環境と、病気になった隊士の数の多さに驚」き、「ポンペがつくった養生所の理念に従って、病室のようなものを設置させ、薬を調合し往診して治療を施した」と述べています。
 さらに、1866年、将軍家茂が危篤に陥った際に、奥医師として枕元に控えた松本が、20日間ほど交代を許されず、「自らの意識がもうろうとして、明暗も分かたぬようになった」ことから、「事情を将軍に告げ少しの休息をこうたところ」、「吾は汝を離したくはない。汝が吾の布団に入って一緒に眠れば良い」といわれ、将軍と同衾したエピソードが紹介されています。
 第5章「オランダ通詞の幕末」では、西吉十郎について、「西洋には『裁判』というものがあり、人々は公平な裁きが受けられる」と知った西が、「それを日本に持ち込むことができたら」という夢をもち、のちに、「英語のできた彼は海外の法律に学び、それを日本の法律へ受容してゆく過程で大いに役に立ったものと思われる」として、「現在の最高裁判所に当たる大審院の院長、すなわち司法官として頂点を極めた」と述べています。
 第6章「幕臣という呪縛」では、榎本武揚について、「箱館戦争の最後の段階で政府軍は五稜郭の榎本に降伏を勧めた。それを断った榎本は、帰っていく使者の手にオランダで購入した『海律全書』を贈った。それは海の国際法を説いたもので、これからの日本に必要な洋書で消失するには忍びなかったからである」と述べています。
 また、「幕末三傑」の一人に数えられる水野忠徳について、「彼は出自の良さではなく、野心を抱きつつ実力と努力を重ねることで出世したタイプである」として、強情な性格により、周囲から疎まれ左遷された先の、今で言う「陸軍」や「警察」の現場での働きが認められ、浦賀奉行を命じられるという「大変な出世」を成し遂げたと述べています。
 また、1858年に、井伊大老の下で日米修好通商条約が調印されると、日本で最初の外国奉行(外交官僚)を命じられるが、「井伊大老は彼らを好んで買ったわけではなく、自分の周囲に外交に明るいものがいなかったから残留させただけである」と述べています。
 さらに、水野が「窓際族」に転落された際にも、「井伊大老の幕閣たちは外交に疎く素人ばかりだったので、外国人との重要な会議の際にはその都度水野が呼びだされ、屏風の陰から助言を与えている」ことから「屏風水野」という異名をとったと述べています。
 最終章「製糸業から外国航路まで」では、「幕末に蓄積された人材や高度な知識は、一部は榎本艦隊へ、一部は駿府へと分かれたが、最終的にはいずれも明治政府に引き継がれている。幕府と新政府は、戊辰戦争によって断絶したわけでなく、継続していたのである」と述べています。
 本書は、幕末の多くの人材を輩出した長崎海軍伝習所に関わった面々に光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 幕末ファンの多い中、派手な「維新の志士」たちが注目されますが、明治の日本を実務面で支えたのは、日の当たらない幕臣や下級藩士であり、そういった人材の蓄積こそが日本の本当の力だったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・維新の志士にはそろそろ飽きてきた人。


2016年1月25日 (月)

三畳紀の生物

■ 書籍情報

三畳紀の生物   【三畳紀の生物】(#2518)

  土屋 健 (著), 群馬県立自然史博物館 (監修)
  価格: ¥2,894 (税込)
  技術評論社(2015/6/12)

 本書は、「ペルム紀末に発生した空前絶後の大量絶滅事件をこえて」、生態系を再構築した「三畳紀」の生き物を鮮やかなイラストともに解説したものです。
 第1章「大絶滅から一夜明けて」では、「今から2億5200万年前、ペルム紀末に起きた絶滅事件は強烈なものだった。この事件で、海棲動物種の約96%、陸上動物種の約69%が姿を消したといわれる。古生代がはじまって以来気づかれてきた生態系はリセットされた」と述べ、「中生代は、3つの「紀」で構成されている。その最初の時代である三畳紀は、ペルム紀の後、約2億5200万年前に始まり、約5100万年間続いた。この期間は、中生代の紀のなかで最も短い。『3つの畳』とは、変わった名前のように思われるかもしれないが、じつはかなり直接的な名称だ。19世紀に各地質時代の名前が次々に決められていったなかで、この時代についてはドイツに分布する3つの地層が注目され、名付けられてあのである」富んべています。
 そして、三畳紀の大きな特徴として、「最初と最後に大量絶滅が発生しているということ」を挙げています。
 第2章「再構築された海洋生態系」では、「三畳紀を含め、『中生代』を一言でいえば、それは『爬虫類の時代』である。陸・海・空のすべてで爬虫類が主導権を握ったのだ。そして、その先駆けは、まず海に現れた。海棲適応した爬虫類、『魚竜類』の登場である」として、「魚竜類は三畳紀に出現してジュラ紀に絶頂期を迎え、白亜紀の半ばに滅ぶことになる海生爬虫類である」と述べています。
 第4章「テイク・オフ!」では、「三畳紀になって登場した滑空性の爬虫類の一つ」であるクエネオサウルス類について、「いずれの種も短い首に小さな頭、長い尾をもち、肋骨に独特の特徴がある。背から腰にかけての肋骨は腹側に回りこまず、その先端から側方へ向かって細く長い骨が関節しているのだ」として、「各骨の間には、皮膜が張っていたと見られとり、これによって『翼』をつくっていたようだ」と述べています。
 また、「翼竜は三畳紀だけではなく、中生代全体を代表する『空飛ぶ爬虫類』だ」として、「そんな翼竜が最初に登場したのが、三畳紀後期に当たる約2億2500年前のことである」と述べています。
 第5章「クルロタルシ類、黄金期を築く」では、「ペルム紀末の大量絶滅から生態系が回復していくなかで、三畳紀諸島の陸上ではある爬虫類グループが台頭し始めていた。そのグループは一見すると現生のワニとよく似ている」が、「現生ワニ類は四肢が体の横方向に突き出していて、いわゆる『這い歩き』を主にする」のに対し、「クルロタルシ類は体の下に向かってまっすぐ四肢が伸びている」と述べています。
 また、「クルロタルシ類には、現生ワニ類とは似ても似つかないものもいた。その姿は全体的にスレンダーで、小さな頭と長い首、長い尾をもつ。前足は短く、後ろ足が長い。このため、二足歩行をしていたと見られている」として、ポポサウルス類を取り上げ、その一種「エフィギア」について、「1億年以上のちの時代に出現する、ある恐竜たちと似ている」として、「オルニトミモサウルス類」を挙げ、「この類似は、『速く走る』ということに対して起きた収斂進化であると見られている」と述べています。
 そして、ラウィスクス類について、「ティランノサウルス類との収斂といっても過言ではない」とされるとして、「幅のある頭部と鋭くて大きな歯は、たしかにティランノサウルス類とそっくりだ」と述べています。
 著者は、「サウロスクスやファソラスクスに代表されるラウィスクス類は、まさに『クルロタルシ類の黄金時代の象徴』といえるだろう。三畳紀において、クルロタルシ類は生態系の頂点に立ち、その一方で植物食性の獲得など、多様化も進めていた」と述べています。
 また、「この地における三つ巴の様相」として、「ペルム紀の支配者だった単弓類の生き残りと、三畳紀の支配者であるクルロタルシ類、そして、のちの時代の覇者となる恐竜類が同時期に同じ場所に存在し、苛烈な生存競争を繰り広げていた」と述べています。
 第6章「時代の先駆け」では、「恐竜形類」という聞き慣れない言葉について、「恐竜が誕生する直前の、恐竜とは別のグループである。いうなれば恐竜形類は、恐竜の祖先に当たる動物たちなのだ」と述べています。
 そして、「肉食動物にとっても植物食動物にとっても、大きいことは何かと都合がよい。一つは、自然界においては『大きいことは強い』という基本原則がある」とした上で、「巨大な動物は外温性であっても自分の体温を保てる」ことから、「巨大な体ほどエネルギーの節約になる」と述べています。
 第7章「第4の大量絶滅事件」では、「三畳紀の世界は、いうなればペルム紀末の大量絶滅事件で受けた壊滅からの再構築だった。しかし、三畳紀末、約2億100万年前。再び大量絶滅事件が勃発する」として、「前回の大量絶滅から5000万年後という間隔は、ビッグ・ファイブのなかで最短である」と述べた上で、「2012年、鹿児島大学の尾上哲治たちは今から2億1500万年前に巨大隕石が衝突していた証拠を岐阜県坂祝町から発見した。それは地球表層には本来極めて微量しか含まれないはずの白金族元素の濃集だった。尾上たちによれば、これはカナダ北東部ケベック州にある直径約100kmのマニクアガン・クレーターが作られたときのものだという」と述べています。
 エピローグでは、「『三畳紀末』という時期を境にして、陸と海では生物相の入れ替わりが生じた。陸上脊柱動物においては、三つ巴の戦いの勝者として恐竜だけが次の時代へと大きな一歩を踏み出すことになる」として、「それまでクルロタルシ類が支配していた生態系が、ほぼ空っぽの状態で提供されたのである。恐竜はその生態系を奪取することに成功し、自らの地位を確立していく」と述べています。
 本書は、恐竜ファンには今ひとつ馴染みの薄い三畳紀の素顔を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ジュラ紀、白亜紀といった花形に比べて、影が薄い感のある三畳紀ですが、本当の通は三畳紀に注目するらしいです。本当かどうか知りませんが。


■ どんな人にオススメ?

・細腕三畳紀とかが懐かしい人。


2016年1月24日 (日)

オーロラ!

■ 書籍情報

オーロラ!   【オーロラ!】(#2517)

  片岡 龍峰
  価格: ¥1,404 (税込)
  岩波書店(2015/10/8)

 本書は、「オーロラの不思議を、この小さな本にギュッと閉じ込めようとした挑戦」です。「前半では、オーロラの秘密のベールが剥がされてきた過去100年間を一気に振り返り、最近のコンピュータ・シミュレーションによって50年の常識が覆されつつあるオーロラの発電について紹介」し、「後半は、オーロラの『真の姿』に迫りつつあるオーロラ観測の最前線を紹介」しています。
 第1章「オーロラはなぜ光るのか?」では、高さ80kmから先の「空の終わり」において、「酸素原子がエネルギーを受けたときに、自然に出てくる色」だとした上で、「オーロラは『なぜ』光っているのだろうか。つまり、空の終わりの酸素原子や窒素分子たちを叩くエネルギーは何であり、どこから来るのだろうか」という問題について、「オーロラは、地球規模で『輪』を形作っている」いて「オーロラオーバル(オーバルは楕円形)」と呼ばれていると述べ、「地球から少し離れた近場の宇宙は、むしろ電気うなぎのように、10億kwもの電力を自分で発電していることがわかっている。そしてその電力は電流として、特にオーロラオーバルに集中的に流し込まれる。そう、空の終わりの酸素原子を叩くエネルギーの正体は、この電流なのだ。この大電流、すなわち猛スピードで流れる大量の電流が、酸素原子にぶつかることで、酸素原子が励起されていたのである
 著者は、「地球が地場をまとっていることによって、電子は地磁気に捕らえられ、オーロラオーバルの近くに輪のように電子が流れ込みやすい状況になっている。そこで、猛スピードで大気へ流れ込んだ電子が、空の終わりの酸素原子と衝突して、オーロラを光らせていたのである」と述べています。
 第2章「発電する宇宙空間」では、「どこまでも広がろうとするコロナを引き止めていくれるのは、太陽から離れるほどに弱まっていく、太陽の重力だけである。距離の自乗で後ろ髪を引かれながらも、その重力を振りきったコロナのプラズマは、いきなり音速を越えたスピードにまで加速して宇宙空間へ流れ出す。1958年にパーカーが理論的に予言して『太陽風』と名付けた、超音速のプラズマの流れだ。コロナは太陽風になり、太陽風はオーロラを光らせる源となる」と述べています。
 そして、「太陽風は、地球の表面はもちろん大気にすら、直接吹き付けることはできない」理由として、「太陽風のプラズマは、見えない地磁気をバリアのように感じて、その進路を曲げる性質があるからだ」と述べた上で、「この雷神としての磁気圏」は、「押さえつけてくる太陽風の持つエネルギーを巧みに利用して、オーロラのエネルギー源となっている電力を生み出す。そして、太陽風のスピードが速いほど、反発して磁気圏の発電量は多くなり、オーロラも活発になるのだ」と述べています。
 また、「オーロラオーバルを精密に再現する、磁気圏全体のコンピュータ・シミュレーション」の結果として、「オーロラオーバルに流れ込むビルケランド電流を、その電源側へと逆にたどること」によって、「立体的に発電が起きていたこと」が明らかになったと述べ、その概要として、
(1)南向きの地場が持つ太陽風が地磁気に吹き付けることで、開いた地場と閉じた地場の隙間にプラズマが渋滞して詰まってしまい、圧力が高い領域が生まれる。
(2)この圧力の高いところから低いところに向かってプラズマが流れている場所で発電、つまり電場と電流が生まれる。
(3)そうして発生した電流が地球大気に流れ込み、立体的な電流回路ができる。
の3点を挙げています。
 第3章「速すぎるオーロラを追え!」では、「電磁波をとらえるアンテナを使うと、宇宙からぴよぴよと鳥の鳴き声が聞こえる」として、「磁気圏という巨大電気うなぎが発生している電磁波をラジオに通すと、ぴよぴよと不思議な音が聞こえてくるのだ」として、「この電磁波は、小鳥たちのさえずりを表す『コーラス』野菜で呼ばれている。ディフューズオーロラを光らせる電子が、磁気圏の中に大量に貯めこまれるときに、その電子のサイクロトロン運動によって発生する電磁波だ」と述べています。
 第5章「オーロラの過去・現在・未来」では、「銀河宇宙線から地球上の生命を守るバリアとなっているのが、まさにオーロラを作る3大要素である太陽風、地磁気、大気である。つまり、オーロラを知るということは、宇宙に住むためのバリア機能を知る、ということでもあるのだ」と述べてます。
 そして、「オーロラは、宇宙と地球の接し方の秘密を、人間の目にも見える形で見せ続けてきた」として、「オーロラは、宇宙と接して生まれ、宇宙に生きている私たちの過去・現在・未来を知る道標となる光だったのだ」と述べています。
 本書は、オーロラの仕組みと魅力を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 残念ながら生まれてこの方オーロラを見たことはありませんが、一生に一度は眠い目をこすりながらオーロラを見てみたいと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・オーロラを見たことがない人。


2016年1月23日 (土)

ネット右翼の終わり──ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか

■ 書籍情報

ネット右翼の終わり──ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか   【ネット右翼の終わり──ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか】(#2516)

  古谷経衡
  価格: ¥1,620 (税込)
  晶文社(2015/7/10)

 本書は、「昨今『ヘイトスピーチ問題』などとして話題になっている、ネット上での差別的言説(ヘイトスピーチ)の大本を形成しているいわゆる『インターネット右翼(ネット右翼)』とはどのような人々であるか、その概要を解説する」とともに、「『ヘイトスピートを行うもの』と『保守主義者』が『本来』まったく別個のものであることを網羅的に説明するもの」です。
 著者は、「保守政権下で、その政権と思想的近似性があると考えられているネット右翼や保守界隈の勢いはどうなのかというと、実はかなり停滞状況にあり、実際にはじわり衰微している有様である」理由として、「第二次安倍政権が日本憲政史上、まれに見る強烈な保守政権であることは論を俟たないが、であるが故にその支持者であり後輩に控えていたネット右翼、保守陣営の中で、『敵失』による分裂と四散が表面化したのだ」と述べています。
 第1章「ネット右翼とはなにか? 保守とはなにか?」では、「フジサンケイグループ」について、「日本において戦後唯一の純然たるコンサバティブメディア(保守メディア)」として誕生した」として、「鹿内信隆時代に確立した『産経・正論路線(産経新聞と月刊誌正論)』の両輪の組み合わせこそ戦後保守論壇のプロトタイプである」と述べた上で、「『保守』の構造的特性とは、外部から孤立して自閉した空間の中に存在し、それは巨大資本のなかで庇護されてきた、ということだ」と述べています。
 また、「ネット右翼の三必須、七原則」として、
・必須1:嫌韓、嫌中の感情が旺盛であること
・必須2:1に関連して、在日コリアンに対し極めて強いネガティブな感情を有していること
・必須3:1,2に関連して既存の大手マスメディア(テレビ・新聞)が韓国・中国・在日コリアンに融和的であるとし、これらのメディアに対し激しい嫌悪感、敵愾心を抱いていること(ただしこれらの新聞の中には、産経新聞は含まない)
・4:先の日本の戦争(十五年戦争)を肯定的に捉え、いわゆる「東京裁判史観」を否定していること
・5:4に関連して、首相や大臣など、公人らの靖国神社公式参拝を支持し、容認していること
・6:外交・安全保障政策について「タカ派」的価値観を有していること(憲法9条の改正を含む)
・7:6に関連して、「タカ派」「保守色」が強い安倍晋三政権(第一次、第二次)を支持していること(また同時に、とりわけ2009年以降は、民主党政権に強い敵愾心を有しており、とりわけ2014年以降は「次世代の党」への指示が強烈なこと)
の7点を挙げています。
 第2章「ネット右翼 その発生と誕生」では、「2002年にインターネットに流れ込んだ」、「『韓国への不満』を基礎とした『メディアへの不信』を抱いた層こそが、『ネット右翼』のそもそもの起源であり、スターとである」として、この時期の「ネット右翼」を「前期ネット右翼」と呼称するとして、2001年8月に起こった「フジテレビ抗議デモ」では、「『嫌韓』を標榜しながらも、そのデモ隊が向かった先は韓国大使館ではなく民放テレビ局でアタという理由は、この『前期ネット右翼』が基本的に『アンチ・既存の大手マスメディア』という激烈な潮流から生まれた存在であるという背景を踏まえれば、その行動動機が自然と納得できる」と述べています。
 また、2007年以降、「チャンネル桜が『風穴』を開けた保守イデオロギーの強い影響に晒された」、「後期ネット右翼」について、当時の保守派にとっては、「ネットを駆使し、まして保守的な言動を取り交わしているネットの人々は、“まばゆい光に見えた”」として、「このまばゆい光という表現には明らかに『希望』のニュアンスが入り込んでいる」と指摘した上で、「『保守』の最大の読み誤りは、自らの『保守』的理論体系が、そのまますべて、その下流に位置する『ネット右翼』に到達している、と思い込んだその現状認識にこそあった」と述べています。
 第3章「『狭義のネット右翼』への分岐と『ヘッドライン寄生』」では、「『保守』が発した言葉は、そのまますべて下流に存在する『ネット右翼』が、肥料・養分として存分に吸収しているのではなく、実際にはほとんどザル、馬の耳に念仏のように流してしまっている層と、ほぼ額面通りしっかりと養分にしている層、この二種類へと分岐する」と指摘しています。
 そして、「狭義のネット右翼」の「実態であり正体」として、「『保守』から流される知識体系をその下流にある『狭義のネット右翼』が、『ヘッドライン寄生』して、そのタイトルと目次だけを寄生的に引用している」と述べています。
 第4章「『狭義のネット右翼』の実相」では、「『狭義のネット右翼』に特徴的な社会的特性」として、「大都市部に住む中年世代の中産階級」であり、「比較的安定的な勤務体系が生み出す時間的ゆとりと、経済的余裕。この2つがあればこそ『狭義のネット右翼』の活動は維持されている」と述べた上で、彼らが、愛国心に「覚醒める」という表現を「明らかに好んで使っている」ことについて、「ネット右翼」に特有に存在する世界観である「マトリックス史観」と名づけ、「大きな悪意によって真実が遮蔽されており、その悪意の謀略から覚醒めること」に力点を置いているという点で酷似しているだけでなく、映画『マトリックス』の主人公が、「30代そこそこ一流の大企業に勤務するホワイトカラーである」点も「ネット右翼」の性別、年齢、社会的地位などとおどろくほどそっくりであると指摘しています。
 そして、「『狭義のネット右翼』が依拠している『ネットで知った歴史の真実』『ネットで知った日本社会の真実』というものは、このように公教育の中で、特に政治経済の授業や近現代史のそれの中でなおざりにされてきた、そのニッチな間隙を突いたものがほとんどなのである」と指摘しています。
 第5章「土着化する保守王権」では、「本来、『狭義のネット右翼』とは独立した上位に体系的な知識を持っているはずの『保守王権』が、その下流域の『狭義のネット右翼』と時として一体となって、デマを拡散していく主因になっているというこの昨今の状況」を、「王権の劣化という意味で、『保守王権の土着化』と呼ぶ」と述べています。
 本書は、人によって違うものを指すであろう「ネット右翼」について、その誕生から思想的背景などをまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 一般に「ネトウヨ」という言葉が使われる場合には、高学歴で教養と常識があり進歩的な左翼の方々が、学もなく定職もなくネットに引きこもるダメな若者を「ネトウヨ」とレッテル貼りしているイメージがありますが、実際には「2ちゃんねる」に書き込んでる人たちがオッサンであるのと同じように、いい年をして仕事もしているオッサンが多いようです。とはいえ、左翼の方々の「われこそはインテリ」というアイデンティティは簡単には崩れそうにありません。


■ どんな人にオススメ?

・ネトウヨとは何かを知りたい人。


2016年1月22日 (金)

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機

■ 書籍情報

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機   【海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機】(#2515)

  山本智之
  価格: ¥1,728 (税込)
  朝日新聞出版(2015/12/10)

 本書は、「陸にくらべて海の中は、環境に変化が起きても見過ごされやすい」として、「海の生き物たちを脅かす乱獲や開発、汚染に加えて、『温暖化』『酸性化』『外来種化』といったキーワードに焦点を当てて」書かれたものです。
 第1章「食卓につながる海の異変」では、「外来種は、自然のバランスを崩し、本来の生態系を変えてしまうおそれがある」ため、「行政による駆除の対象になるケースもある」が、東京湾のホンビノスガイは、「あまりに数が増えたため、地元の漁師が本格的な漁業の対象にして、生計を立てるようになった」結果、「いつの間にか『江戸前の新名物』として市民権を得るまでになった」と述べ、その理由として、「この絵画酸素の少ない環境に強いこと」を挙げています。
 そして、「日本海近海では、海面水温の年平均値が過去100年あたりに1.08度高くなった」とした上で、「海水温の上昇が特に問題となるのは夏の時期だ」として、「日本のサケの回遊ルートは、こうした高水温の海域によって遮断されてしまう恐れがある」と指摘しています。
 第2章「ウナギが食べられなくなる?」では、「ウナギの資源量は急激に減っており、このままでは危ない」と研究者の間では20年以上前から心配されていたが、2014年6月、「国際版のレッドリストで絶滅危惧種に指定された」とした上で、「現在のウナギ養殖は、天然の稚魚に100パーセント依存して」おり、「養殖といっても、実際は、野生の稚魚を大量に取る漁業だ」とのべています。
 そして、1990年代に、「スーパーに安いウナギの蒲焼が大量に並ぶようになり、ウナギは『普通のおかず』のような感覚で買えるようになった」が、このカラクリとして、「人件費の安い中国ではニホンウナギの養殖も盛んだが、この時期、フランスなど欧州産のヨーロッパ鰻の稚魚を中国の養鰻場に運んで育て、それを日本向けに出荷するというビジネスが盛んに行われるようになった」結果、ヨーロッパウナギは、「ごく近く将来に絶滅の危険性が極めて高い」とされる「絶滅危惧IA類」に指定されたとして、「私たち日本人は、『中国産』の安い蒲焼きを食べ続けたことで、結果的に、ヨーロッパウナギを激減させた乱獲漁業に手を貸してしまったのだ」と述べています。
 また、ウナギの蒲焼のDNAを調査した結果、「ある牛丼チェーンの神奈川県内の店舗では、一杯の『うな丼』に、ヨーロッパウナギとアメリカウナギの蒲焼が一緒に並んでごはんの上に乗っていた」として、「日本の蒲焼きの流通がいかに複雑化しているかを示すエピソードだ」としています。
 第3章「日本のワカメは悪名高い『外来種』」では、「日本の海にやってきた外来種の中でも、定着後の歴史が比較的長い」ものとして、地中海などが原産の「ムラサキイガイ」、いわゆる「ムール貝」について、国際自然保護連合(IUCN)が「世界の侵略的外来種ワースト100」に選んでいると述べています。
 第4章「日本列島を北上するサンゴ」では、石西礁湖について、「日本最大のサンゴ礁域で、わずか5年の間に生きたサンゴが7割近くも失われていた」理由として、「2007年の白化現象の影響が大きい」と述べています。
 また、「日本のサンゴの分布の北限は現在、太平洋側は房総半島、日本海側は佐渡とされている」が、「温暖化が進む将来は、さらに北へ広がりそうだ」として、「海底の岩の上にサンゴがたくさん育てば、その分、海藻は減る」と指摘しています。
 第5章「もう始まっている『海の酸性化』」では、「CO2は水に溶けると酸として働く。このため、大気中のCO2濃度が高まるにつれて、海水の酸性度が強まってゆく」という「海の酸性化」について、「海水の化学的なバランスが崩れることで、海の生態系に将来、広範囲に悪影響が及ぶ恐れがある」と指摘しています。
 そして、「『海の酸性化』が進むと、貝類は炭酸カルシウムの殻を作りにくくなる」ことから、アワビやウニの生育に悪影響が出る恐れがあるとしています。
 また、「海によるCO2の吸収作用はこれまで、CO2が大気中で増える速度を抑え、温暖化を緩和してくれる『良い現象』だと思われていた」が、「そこに落とし穴があった」と述べています。
 第6章「南極海のウニ、ガラパゴスのナマコ」では、南極海で、「すでに乱獲が指摘されている生物もいる」として、「かつては『銀ムツ』という名前で流通していた魚で、たっぷりと脂を含んだ白身は非常においしい」白身魚の「メロ」について、その正体は、「スズキ目ナンキョクカジカ科の大型魚」である「マジェランアイナメ」とその近縁種の「ライギョダマシ」だと述べ、ともに大型魚ではあるが成長が非常に遅いことを指摘しています。
 また、「かつてアマモの宝庫だった東京湾」の面影を残す貴重な「アマモ場」が千葉県富津市の沿岸にあるとして、「アマモの茂みは魚や貝類、甲殻類を育み、海の豊かさを生み出す」ことから、近年、「国内各地の海域で、漁協やNGOがアマモの種子や苗を海底に移植し、『アマモ場』を再生させる取り組みを進めている」が、「遺伝的な違いを無視して、異なる海域のアマモを人の手で植えてしまうと、交雑が起きるなど、それぞれの海域に固有なアマモの遺伝的な多様性が失われる恐れがある」都市的sています。
 第7章「深海魚が語る海のごみ汚染」では、東京湾に毎年現れる「酸素が極めて少ない『貧酸素水塊』」について、「毎年6月ごろから発生が目立ち、ピークは9月ごろ。東京湾の湾奥部を中心に出現し、横浜市の本牧沖あたりまで広がる年もある」と述べた上で、「風が吹いて低層の貧酸素水塊が海の表面に湧き上がると、悪名高い『青潮』となり、多くの人々の注目を集めることになる」と述べています。
 また、「アカウミガメ」が、「エサの海藻や海草を食べるとき」に、プラスチックゴミを「一緒に口にいれてしまう傾向が強い」として、「プラスチックゴミによって消化管の閉塞を起こしたウミガメは、体がやせていたり、消化管に炎症が起きて黒ずんでいたりする。死亡との因果関係を示すのは難しいが、プラスチックゴミを食べたことが原因で死んでしまう個体も、おそらくいるだろう」とする、ウミガメ研究者で岡山理科大学教授の亀崎直樹氏の言葉を紹介しています。
 本書は、海をめぐる自然破壊を叫んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 「プラスチックゴミがウミガメの腸に詰まって死んでしまう」という話は色々なところで耳にしますが、本当にゴミが詰まって死んでいるのかどうかはよくわからないようです。


■ どんな人にオススメ?

・末永く魚を食べ続けたい人。


2016年1月21日 (木)

食 90億人が食べていくために

■ 書籍情報

食 90億人が食べていくために   【食 90億人が食べていくために】(#2514)

  John Krebs (著), 伊藤 佑子 (翻訳), 伊藤 俊洋 (翻訳)
  価格: ¥1,080 (税込)
  丸善出版(2015/6/26)

 本書は、「食」に関して、「サイエンス、歴史、文化の視点から総合的に書かれた入門書」です。
 第1章「食いしん坊の裸のサル」では、「古代人の食事、人類の化石の中に残された食生活の様子、そして今日の食事に繋がる重大な変化をもたらしたいくつかの出来事」について述べています。
 そして、「狩猟採集の生活から、現在の生活までの旅の過程で、私達が食べてきた食事」には、3つの大きな変化があったとして、
(1)「調理」することの発見
(2)「栽培」をはじめたこと
(3)食物の「保存と加工」
の3点を挙げています。
 また、「過去180万年の間に、私たちの祖先の形態や生理学的な特徴が劇的に変化して、調理した食べ物を食べるのに都合よく変わったことは、疑いようがありません」として、
・顎はあまりに弱く、歯や口は小さく、消化管はあまりに短く、野生の生の食物を食べることはできそうにない
・脳は、調理された食べ物から供給される豊富なエネルギーを必要とする
・人類以外の動物なら食べられる動物の死骸の肉を食べれば食中毒を起こす
などの点を挙げ、「このような、野生の食物を生で食べて健康に生きられるという能力を失うことは、生物の形態や生理機能のなかで不要なものは消滅していくという、自然選択による進化の一例」だと述べています。
 さらに、農耕が生き残り、広がってきた理由の一つとして、「私たちが過去1万年の間、ことのほか温暖で安定した気候のもとで生活してきたこと」を挙げています。
 第2章「好き、好き、だ~い好き!」では、「私たちが『味覚』とよぶものは、実際には、多くの場合その食べ物の風味」であり、「幾つかの間隔が刺激されて信号が入力された複合的な結果」だと述べた上で、「風味を与える匂いは、いわゆる鼻孔の後方で感じる匂いといわれるもので、鼻の穴から吸い込んだ匂いのついた空気ではありません。口の奥で口と鼻の二つの通路が繋がっているので、鼻の後方に繋がる通路を移動してきた匂いが風味を与えている」と述べています。
 また、「世界の大人のおよそ4分の3が、個人差はありますが乳糖を分解」できないが、「北ヨーロッパでは95パーセント以上の大人が乳糖を分解できるのに対し、アジアのいくつかの地域では乳糖を分解できる人は10パーセントに達しません」と述べ、「食料生産の一つの方法として家畜が農場で飼われるようになると、ラクターゼ存続遺伝子の頻度が急速に増加」し、「これらの人々にとって、ウシ、ヒツジ、ヤギや、その他の動物のミルクは、新しい栄養豊富な食物であり、それを分解する能力を持つことは、生物学的に極めて有利だったので、ラクターゼ存続の進化に急速な自然淘汰が起こった」と述べています。
 第3章「何が悪かったんだろう?」では、「肉骨粉をウシに与えることは世界中の多くの場所で広く行われていたのに、なぜUKがBSE問題の世界の中心になってしまった」のかについて、
(1)肉骨粉製造過程の殺菌温度が変わったこと
(2)1970年代のUKの畜産農家が、肉骨粉を若い乳牛に与え始めたが、若いウシは成牛に比べてこの病気に対する感受性がより高かったと思われること
(3)UKには非常に多くのヒツジがおり、毎年5000~1万件のスクレイピーが発生していること
の3つの要因を挙げています。
 まあた、「現在では、法律が制定されて施行されたことにより、豊かな国の食品規制は19世紀半ばに比べ、比較にならないほど厳密になって」いるが、「食品の危険性がなくなったわけではありません」と述べています。
 第4章「あなた=あなたが食べた物」では、「19世紀の終わりまでに英国は歴史上最も大きな帝国を擁する、世界で最も豊かな国となりましたが、最も貧しい人々の栄養状態は、依然ひどいものでした」として、1899年に、ボーア戦争のための兵隊を募集したが、「40パーセント近くの兵士は健康状態が悪くて兵役につけず、80パーセントは戦闘に不的確だと思われ」たとして、「兵士の体格は現在の標準に比べると小さく、18歳の平均身長が162.6センチメートルでしたので、兵隊の採用基準の身長が160センチメートル以上から152.4センチメートル以上に引き下げられました」と述べています。
 また、ビタミンについて、その「発見の歴史は、新しい化学的な証拠が、それまでに科学界や医学会で確立していたドグマを否定するものであった場合に、どれほど無視されるものなのか」を示すとともに、「最終的には証拠と実験法が、それまでの世間の常識と偏見を覆すことができること」も示しているとした上で、「たぶん、示された証拠に対する抵抗が最も激しかったのは、壊血病の歴史でしょう」と述べています。
 そして、「多くの先進国では、今日、平均寿命と病気に対する感受性に、最富裕層と最貧困層の間で大きな格差が生じて」いるとして、「UKでは、最富裕層と最貧困層の間の平均寿命は、およそ13年も違い」、「この違いの多くは、住居と食事と生活様式の貧しさが原因」かもしれないとしています。
 第5章「90億人の『食』」では、「1960年から2000年の間に、世界の人口は30億人から60億人へと約2倍になりましたが、1人あたりの食糧生産量は25パーセント増えました。これは『緑の革命』の結果です」として、アジアと南アメリカを中心に、
(1)おもな穀物の種類をより多くする食物の品種改良
(2)灌漑
(3)農薬の適用
(4)機械化
の4項目の組み合わせで農地の生産性が劇的に上昇したと述べています。
 そして、「緑の革命が20世紀後半の人類に莫大な利益をもたらし、開発途上国の数十億人の人々を飢餓から救ったことは、疑う余地もありません」としつつも、「緑の革命はコストがかかります」として、
(1)水のような少ない天然資源を使い尽くしてしまう
(2)集約的な農業では、化学肥料の生産や灌漑用水を組み上げるためや農機具に大量のエネルギーを使う
(3)私たちが消費するために、より多くの物を土地から搾り取ることで農業を強化すると、残っている自然から食べ物を取り去り、集約的に耕作された景観からは、豊富にあった野生の植物や動物が急速に数を減らしていることが明らかになっている
の3点を挙げた他、「緑の革命による生産性の向上は、頭打ちになってきているかもしれません」と述べています。
 著者は、「21世紀前半の地球規模での挑戦は、エネルギーと水と農薬をもっと有効に使って食料を増産することと同時に、温室効果ガスの放出を減らし、気候変動にうまく対処し、自然環境と生物多様性の破壊を防ぐこと」だと述べています。
 本書は、「食」をめぐるヒトの関わりの変化を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 「食」に関する本はたくさん出ていますが、進化論を含めた幅広い科学分野と絡めた話はなかなかないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・科学の目で食について考えたい人。


2016年1月20日 (水)

国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志

■ 書籍情報

国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志   【国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志】(#2513)

  レネー・C・フォックス (著), 坂川 雅子 (翻訳)
  価格: ¥5,832 (税込)
  みすず書房(2015/12/25)

 本書は、「相互に関連する2つの『追求』」、すなわち、
(1)国境なき医師団(MSF)の絶えざる追求
(2)長期に渡る社会学的リサーチを通して、国境なき医師団の任務と、活動と、その特有の文化を理解し、記録し、考察し、分析しようとする著者自身の追求
の2つを扱ったものです。
 著者は、「社会学的見地から、MSFの理念、価値観、文化、元気活動について、また、その人道的活動によって絶えず生み出される医学的・道徳的課題について、考察する」としています。
 第1章「現地からの声」では、「フィールドブログは急速に発展し、MSFのウェブサイトのなかで最も頻繁に訪問されるサイトとなった。多くの人々が現場の報告やエピソードを熱心に読み、心からそれに応えた」と述べた上で、ブロガーたちが、「前向きな証言」を行う一方で、「自分たちのことを、『揺るがぬ信念をもって事態の改善をめざすMSFのの活動に邁進する人間』として、英雄視したり、他人から英雄視されることを、一様に拒否する。彼らは『ぞっとするような』苦しみや、傷を負った人々を前にしたときの、心身を疲弊させるフラストレーションや苦悩や怒りについて、また、自分たちが目撃した死――病気や自然災害だけではなく、貧困、暴力、不正、強制退去、破綻した医療制度によって引き起こされるすべての死――の詳細を、感情につき動かされて書く。ブロガーたちは、このような事態を改善するための能力が足りないことを嘆き、自分を責めるのである」と述べています。
 そして、「あらゆるブロガーによって、任務を終え、別れを告げ、現地から引き上げることは、彼らに『喪失感』をもたらし、『ある種の服喪期間を必要とする』辛い経験である」と述べています。
 第2章「発端、分裂、危機」では、「MSF設立の経緯をたどると、MSFが少数の若いフランス人医師によって創設されたことの必然性が浮き彫りになる」として、1967年から1970年のナイジェリア内戦の際にボランティアとして赴いた彼らが、「自分たちが直接目にした『飢餓に苦しむイボ族の窮状』は、食料の配布を妨害することで『集団殺りく』をしようとしたナイジェリア政府の責任である」と考えたが、「彼らは、公然と政府を避難したいと思ったが、『沈黙の原則』を守るという誓約書に署名していたために、それが果たせなかった」ことから、「この義務づけられた沈黙」に対する「激しい道徳的怒り」が、「行動と発言」ならびに「治療と証言」という「2つの柱をおいたMSF」の創設につながったと述べています。
 第3章「ノーベルか反抗者(レベル)か」では、「1999年10月15日に、ノルウェー・ノーベル委員会は、『この組織がいくつかの大陸で行なってきた先駆的な人道支援活動』の功績により、1999年のノーベル平和賞を国境なき医師団に授与することが決定したと発表した」ことについて、「ノーベル賞は、MSF、内部に『成功がもたらす危機』を生むきっかけとなった」として、「その後行われた組織全体の現状調査は、MSF、の人道活動の理念や、『運動である』という自己認識、そしてその文化に、深く結びついたものだった。この自己検討は、各国の支部同士の――とくにMSF、フランスとその他の支部との――緊張を表面化させることとなった」と述べています。
 第4章「MSFギリシャの除名」では、1999年のMSFギリシャの除名は、「組織の構成、管理体制、意思決定、そして『作戦上・人道上の理念の実行』において幾度と無く繰り返されるMSFの取り組みにとって、大きな意味を持つものであった」と述べています。
 第6章「ラ・マンチャ」では、「2004年の11月、MSF、国際評議会と『EXDIR』(全19支部の事務局長からなる団体)は、ラ・マンチャ会議と呼ばれる検討会の開催に向けて、準備に取りかかった。ラ・マンチャ会議の目的は、MSFの『基本的存在理由(レゾンデーテル)』、『役割と限界』、そして『管理方法』をより明確にするこおであった。ラ・マンチャ会議は、MSFに大きな影響を与えつつある『外部からの刺激や内部の変化』に対応する試みだった」と述べています。
 そして、「MSFの発展、MSFが取り組んでいる健康と医療の問題、そして『ノーベル賞の受賞』によって、管理体制は強化され、そしてまた同時に新たな問題をかかえた、ということについて、ラ・マンチャ会議では意見の一致が見られた」とした上で、「その構造や管理に関する、MSFの絶え間ない問題意識の根底には、自分たちが『単なる組織ではなく』道筋を作る運動であるという自己認識がある。MSFは、自分たちを、社会的・医学的使命のために、医学的・人道的な理念と行動を求めて『ボランティア精神』をもって集まり、対等な人々の集まりとして結集した、個々人の『組合』であると考えている」と述べています。
 第7章「HIV/エイズと闘う」では、「2000~2001年に、MSFは、抗レトロウイルス剤によるHIV/エイズの治療をプログラムに組み込み、治療に不可欠なこの薬剤を手頃な価格で入手できるようにするために、集中的な証言とアドボカシーをはじめた。しかしそれを行うための決定は、容易になはされなかった。MSF全体で時間をかけて少しずつその決定に到達したのである」と述べています。
 第8章「カエリチャで」では、「MSFやTACの活動を妨害する政府のエイズ否定主義は、さまざまな形で表された。たとえば、南アフリカで広がっているエイズの危険性を軽視したり、エイズは、この社会における多くの医療問題や公衆衛生問題の一つに過ぎないと主張したり、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の存在自体を疑問視したり、存在したとしても、それが感染性のウイルスなのか、エイズの原因となる決定的な因子なのかを疑ったり、性交渉とこの病の感染には関わりがないかのような主張をしたり、抗レトロウイルス薬の有効性を認めないばかりでなく、その毒性を強調し、ARV自体が有害ですらあるかのように人々に印象付けようとしたり、これらの薬剤の代わりに、栄養療法やアフリカの伝統的医術を用いることを奨励したり、そして欧米の科学界が唱えているエイズの原因論、予防、治療に関する考え方を、アパルトヘイト体制を支えていた人種差別的考えにたとえたり、といった形で」と述べています。
 そして、「南アフリカでは、HIV/エイズの悪化が深刻化していたが、MSFのような人道医療団体には、このような政治的・社会経済的状況を改善する国際的権限も能力もなかった」と述べています。
 第10章「モスクワホームレスとストリートチルドレンに手を差し伸べる」では、「ソ連崩壊後の1991年に、MSFベルギーは、そのモスクワ事務局の周辺に人道的危機が存在していることを知った。モスクワで、非常に多くのホームレスの人々が、外来診療を受けられず、医療現場から完全に閉めだされていたのである」と述べています。
 そして、「MSFは、ホームレスの問題に対するアプローチは、純粋に学的なものだけでは不十分であると考えた。MSFが援助している人々を社会に復帰させるためには、社会的援助が必要となる。そのため、MSFは、チームにソーシャルワーカーを参加させた。彼らの役割は、ホームレスの人々に、居住権や年金の権利について教え、食料や衣服の調達を助け、そして何よりも、彼らが身分証明書や国内パスポートを取得できるようにサポートすることだった」と述べています。
 また、「モスクワにおける成人のホームレスのためのプロジェクトも、ストリートチルドレンのためのプロジェクトも、それを立ち上げ、それに参加した人々によれば、その成果を評価することは非常に難しい。なぜなら、目に見える形での好ましい結果は確かに出ているが、それに反して、ロシアにおけるホームレスに関わる問題は根深く、喜ぶ気には到底なれないような状況が続いているからである」と述べています。
 第11章「シベリアの刑事施設で結核に取り組む」では、「過密状態で、換気がわるく、不衛生なロシアの刑事施設で、この病気はもっとも猛威をふるった。不衛生な衣服をまとった、栄養不良の囚人たちは、ロシアでこの時期に新たに感染した結核患者の、実に3分の1を占めていた」と述べた上で、「MSFの『外国人医師たち』は研究している薬剤の人体実験を行うためにこの収容所にやってきたのではないか、という疑いが、当初、囚人たちのあいだに広まっていた」と述べています。
 そして、「MSFベルギーの、ロシア連邦の刑事施設における結核プロジェクトに見られたいくつかのパターンは、MSFが行なったその他の人道的プロジェクトにも、繰り返し見られる。たとえばMSFは『政治的中立を守る』という理念にも拘わらず、しばしば地元や国家の政治権力と戦わなければならなかった」とする一方で、「ロシアにおける活動のパターンには、MSFの他のプロジェクトとは異なる、独自の側面もいくつか見られた。その一つは、非常に複雑な社会構造のかせに絡め取られたことである」と述べるとともに、「MSFベルギーがシベリアにおけるプロジェクトを中止した理由も、通常MSFが活動を中止する場合を明らかに異なっていた」として、「MSFベルギーのケメロヴァ州からの撤退は、決定的なものであった」と述べています。
 終章「過去を思い起こし、将来を思い描く」では、「MSFは、『運動』としての精神を失わない。何度でも何度でもその理想をくり返し呼び起こし、過度な組織化を避けようとする」と述べています。
 本書は、誰もがその名前を聞いたことのある世界的組織の実態と精神を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「国境なき医師団」の名前は多くの人が知っていますが、それがどういう理念で作られた組織で、どんな活動をしているのかを具体的に知っている人は少ないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・世界の医療現場を知りたい人。


2016年1月19日 (火)

情報法概説

■ 書籍情報

情報法概説   【情報法概説】(#2512)

  曽我部 真裕, 林 秀弥, 栗田 昌裕
  価格: ¥3,564 (税込)
  弘文堂(2015/12/22)

 本書は、「情報法を『情報の生産・流通・消費に関する法』と捉えたうえで、それに属するさまざまなテーマを概説するもの」です。
 第1章「情報法とその基本理念」では、「情報法の基本理念は、抽象的には『情報に対する権利』であるとしても、解釈論や政策論においてはむしろ、その概念の要素とされた内容」を、
(1)自由かつ多様な情報流通の確保
(2)情報の保護
(3)ユニバーサル・サービスの実現
の3点に整理したうえで、「遡って参照すべき情報法の基本理念として捉えるべきである」と述べています。
 第3章「通信と放送」では、日本の放送法においては、「放送事業者の自律を義務づけることによって番組内容の適正を図るという考え方」を採用しており、「自主規制を義務づけられている」ことについて、「規律された自主規制」と言うことができるとしています。
 第4章「情報基盤をめぐる競争と規制」では、情報流通における競争基盤としてのプラットフォームについて、それが「二面市場(two-sided market)」を成立させることが重要であるとして、ネットワーク効果が存在する市場ではしばしば、「相互にネットワーク効果を及ぼしあうにもかかわらず、直接的な契約関係にないものがプラットフォームを介して連結されている市場構造を生む」と述べています。
 そして、「二面市場を取引型市場と無取引型市場に分類し、取引型市場の場合、両サイドの顧客群を包括的に捉えた1つの市場を関連市場として考えればよいが、無取引型市場の場合、2つの顧客群のそれぞれを別の関連市場として捉えることで足りると思われる」と述べています。
 また、「今後の電波利用の動向等を踏まえて、電波利用料のあり方について一定の見直しは避けられないと思われる」として、
(1)電波法103条の2第4項柱書に定める「電波の適正な利用の確保に関し総務大臣が無線局全体の受益を直接の目的として行う事務の処理に要する費用」という定義に即した議論が必要ではないか。
(2)電波利用料の出発点から離れて、政策的必要があるとの理由から、累次、使途を拡大してきたことが、かえって一般財源論を呼び込んでいるのではないか。
(3)電波法103条の2第4項に規定される電波利用料の性格に関して、「無線局全体の受益」における「無線局」とは、現在の無線局であるか、それとも将来の無線局をも含むのか。
の3点を挙げています。
 第5章「媒介者責任」では、「情報の媒介者が違法有害情報の流通によって刑事責任を負うべき場合は限定的である。刑罰の威嚇によって情報の媒介者に違法有害情報を削除するように求めれば、刑事責任を回避するために、疑わしい情報や争いのある情報をすべて削除するという対応を招きかねない。これは、表現の自由や知る権利にとって、極めて深刻な結果をもたらすおそれがある」と指摘しています。
 第6章「個人情報保護」では、「個人情報のコンピュータによる管理の有用性を認めつつ、取り扱いについて一定の規律を行うことが要請されるようになった」として、個人情報の取扱に関する規律の基本原則を示したものとして、1980年のいわゆる「OECD8原則」として、
(1)収集制限の原則
(2)データ内容の原則
(3)目的明確化の原則
(4)利用制限の原則
(5)安全保護の原則
(6)公開の原則
(7)個人参加の原則
(8)責任の原則
の8点を挙げています。
 そして、「自己情報コントロール権」について、「本来的な保護の対象を思想・信条などのセンシティブ情報に限定するかどうかによって、大きく2つに」立場を分けることができるとして、
(1)限定説――道徳的自立性に関わる情報のコントロール権
(2)非限定説――一般的情報コントロール権
の2点を挙げています。
 第7章「わいせつ表現、児童ポルノ」では、「わいせつ」の定義について、判例上、
(1)いたずらに性欲を興奮または刺激させ、
(2)普通人の正常な性的羞恥心を害し、
(3)善良な性的道義観念に反するもの
とされているが、「これは一応定義らしい体裁をとっているが、実際にはかなり曖昧なものであり、最高裁自身も、結局のところ各種の事情を総合考慮し、その時代の健全な社会通念に照らしてこの3要件への該当性を判断すべきものとしている」と述べています。
 また、児童ポルノの定義について、「3号ポルノの範囲が不明確で、したがって性的搾取・性的虐待とは無縁のものにまで及びかねない(過度に広汎である)」ことを指摘したうえで、「性欲の興奮・刺激という要件が付加されているのであるが、この要件はほとんど限定になっていないという批判がある」として、「性欲の興奮刺激の基準となる主体については、小児性愛者等ではなく一般人が基準だとされるが、一般人が乳幼児や小学校低学年の児童の裸体に性的な興奮・刺激を覚えることはないだろう。そうだとすれば、少なくとも乳幼児等の児童については3号ポルノに該当するものはほとんど想定できないということになるが、そうするとより手厚い保護を要するはずの乳幼児等の方が実際には保護が薄いということになってしまう。そこで、裁判例は、一般人基準とは言いながら、乳幼児等の入浴写真等についても児童ポルノ該当性を認めている」と述べています。
 第8章「青少年保護」では、青少年の情報行動に関わるリスクとして、
(1)コンテント(コンテンツ)・リスク:有害情報の接触することによる健全育成の阻害のリスク
(2)コンタクト・リスク:インターネットの交流サイトなどの発達によるトラブルが発生
の2点を挙げています。
 第9章「名誉毀損・プライバシー」では、「人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和を図ったもの」として、「公共の利害に関する場合の特例」を挙げ、その免責要件として、
(1)公共性:公共の利害に関する事実であること。
(2)公共目的:もっぱら公益を図る目的であったこと。
(3)真実性:真実であることの証明があったこと。
の3点を挙げ、「これらの要件が充足されれば、違法性が阻却され、名誉毀損罪は不可罰となる(真実性の抗弁)」と述べています。
 本書は、インターネットを巡る法律の状況を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 一昔前は、インターネットと法律、情報と法律、というようなテーマは未開の分野、フロンティアといった感じだったのですが、法律の対応も進み、判例も蓄積されてくると、なんだか法律の本を読んでいるかのようです。


■ どんな人にオススメ?

・情報をめぐる法律の実務を押さえたい人。


2016年1月18日 (月)

インターネット法

■ 書籍情報

インターネット法   【インターネット法】(#2511)

  松井 茂記, 鈴木 秀美, 山口 いつ子 (編集)
  価格: ¥3,132 (税込)
  有斐閣(2015/12/21)

 本書は、「インターネットが果たす重要な機能にもかかわらず、インターネットが提起する法律問題には、今なお多くの論点が残されている」という問題意識に基づいた、「インターネットを巡る法の現状と課題を概観した教科書」です。
 第1章「インターネット法の発達と特色」では、「ローレンツ・レッシグのコード論は、インターネット法を理解する上で不可欠の視点を提供してくれる」として、「レッシグは、インターネットの世界を規律するものに、議会が制定した法律以外に、インターネットを構成し、その作用を定め、限界を設けているコードが有るとしてき」し、「それは連邦議会のあるワシントン特別区の東部の法に対し、コンピューターメーカーやソフトウェア業界が存在するシリコンバレーなどの西武の法であり、それはコンピューターの活動を定め限界を設定し、そのコンピューターの作動を統制するオペレーティング・システムを開発し提供する業界などによる制約である」と述べています。
 第2章「インターネットにおける表現の自由」では、「インターネットという技術ないし媒体の特性を端的にまとめる」として、
(1)従来の印刷・疱瘡・コモンキャリッジが有していた特性を複合的に併せ持つこと。
(2)同時に、インターネットを形作っているソフトウェアやハードウェアの技術を縦横に組み合わせることによって、自らの特性をも柔軟に変えられるという固有の存在構造(アーキテクチャ)を持っていること。
の2点を挙げています。
 第4章「インターネットにおけるわいせつな表現・児童ポルノ」では、「猥褻表現規制の害悪を強調する見解の1つとして、フェミニズムの立場からの『ポルノグラフィー』規制の主張に触れておく」として、「ポルノは女性を、虐待され、暴行され、支配されるもの、そしてそのことに喜びを感じるものとして描き、規定し、それによって女性を差別するものであり、男性の支配・女性の従属という形で構造化されている社会的関係を維持強化するのに核心的役割を果たしているがゆえに、規制されなければならない」とする考えを紹介しています。
 また、「児童ポルノ規制の保護法益として、純然たる個人的法益にはとどまらず、たとえば、児童を性的対象として扱う風潮の阻止、児童の健全育成などといった社会的法益も含まれるとする見解もある」と述べています。
 そして、「児童ポルノの定義については、厳しい批判がある」として、「もっとも重要なものは、3号ポルノの範囲が不明確で、したがって性的搾取・性的虐待とは無縁のものにまで及びかねない(過度に広汎である)というもの」を挙げ、「入浴や水浴びをしている乳幼児の自然な姿を撮影した家族写真のようなものも含まれ」、ここに付加される「性欲の興奮・刺激」という要件が、「ほとんど限定になっていないという批判がある」としています。
 第6章「インターネット上の差別的表現・ヘイトスピーチ」では、「我が国の憲法学説は、アメリカの判例理論に強い影響を受けていることもあり、特定の個人・団体に向けられたものではなく、ある属性を持った集団に向けられた差別的表現に対する法規制については、否定的あるいは慎重な立場を取るものが多い」と述べています。
 第9章「インターネットと刑法」では、「科学技術の発展に対して、刑法は、往々にして無力である」理由として、「刑法の世界には、罪刑法定主義という大原則が存在する」ため、「いかなる行為に対していかなる刑罰を課すのかは、予め法律に規定しておかなければならず、法律に規定されていない行為を『犯罪』と呼び、刑罰を課すことが禁じられている」と述べています。
 そして、インターネットを利用した犯罪についての立法の必要性の観点から、
(1)既存の刑罰法規に包摂可能であり、何ら新たな論点を生じない行為がある。
(2)既存の刑罰法規に包摂可能かが争われ、新たな論点を生じる行為がある。
(3)既存の刑罰法規にはおよそ包摂可能ではない行為がある。
の3つに大別しています。
 第11章「インターネット上の個人情報保護」では、「日本のオンライン・プライバシー保護も本人同意に頼る部分が少なくないことから、公表・告知と同意・選択をどのように意味あるものにしていくかが重要なポイントとなる」と述べています。
 本書は、インターネットを巡る法的な議論に一定の前提知識と理解を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 インターネットと法律の話といえば、やはりレッシグ教授を読んでおいてほしいわけですが、これだけネットが現実社会の中で重要な役割を果すようになると、ネットが絡んだ法律問題も増えてきたものだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・未だにネットの世界は無法地帯だと思っている人。


2016年1月17日 (日)

政治学基本講義

■ 書籍情報

政治学基本講義   【政治学基本講義】(#2510)

  河田潤一
  価格: ¥2,700 (税込)
  法律文化社(2015/9/28)

 本書は、「政治という『闘争舞台』への参加に必要な政治知識や知的素養の鍛錬の一助」となることを目的に書かれたものです。
 序章「『政治』と政治学」では、「政治を語る者」について、
(1)知識人:哲学的・規範的方法に支配的であり、人類、社会が直面する最重要課題に関して、哲学的・規範的観点から、政治リーダーに提言を行い、国民には市民意識の成熟・深化をめざす政治教育の必要性を説く。
(2)政治家:政治家の現実主義的政治観に近く、権力の実用性、実効性を重視、指示調達に向けての有権者の手段視に特徴がある。
(3)専門家:政治行動のパターン・症候群に専門的・職業的に関心を示し、「政治的なるもの」を、実証された科学的知識の一群として捉えるところに特徴がある。
の3つに大別しています。
 第1章「民主主義とポリアーキー」では、アメリカの政治学者ダールが、「『責任ある政府』と『民衆の支配』を実現しうる民主的な政治体制」を「ポリアーキー」と呼び、その条件として、
(1)自由化:公的異議の申立て。どの程度政治的競争があるか。
(2)包括化:選挙に参加し公職に就く権利が全員にどの程度拡大されているか。
の2点を置いたとしています。
 第2章「資本主義と民主主義」では、アメリカの弱い社会主義の要因として、
(1)政治的民主主義が資本主義の発展に先行した点。
(2)南北戦争後の白人自由労働の保護が人種的敵意を増大させ、さらには、新移民が労働市場に流れ込み、労働者がプロテスタントとカトリック、熟練工と未熟練工に分断された。
(3)職場に「小福祉」を埋め込んだ企業が牽引する南北戦争後の好況期における急速な生産性向上が労働者を〈アップル・パイ〉の上で頓挫させ、全米的な労働組合や社会主義の発達を阻害した。
の3点を挙げています。
 第5章「現代国家における権力の諸相」では、「20世紀における先進諸国の政治的な権力は、もはや国家や統治機構、あるいは政党に限定しては考えられない。資本主義の急速な発展は、社会の機能・システム分化を促進し、それに対応するがごとく、企業、労働組合、さまざまな職能団体、消費者団体、市民団体、メディア等が、顕在的、潜在的に政治過程に影響を与えるようになったのである」と述べています。
 第7章「The Civic Cultureの世界」では、「政治や社会内における市民の政治的役割に対するアプローチを特徴づける広く共有された政治的な態度や信念である政治文化は、政治参加の頻度や方法、政治装填についての意識や政治的有力感といった態度や信念、政治全体に対する市民の思考を規定する」とした上で、政治文化の型として、
(1)未分化型(parochial):住民は地元や地域と一体感をもち、地方的な範囲を越えた政治的対象の存在と活動にはほとんど知識や関心がなく、政治的な事柄について話し合うことも少ない。
(2)臣民型(subject):政治への関わり方は国民が意識しているよりは受身的で、有効性を感じる政治も地方公官吏との接触を通じてのものが多く、市民的な有力感とは形容しにくい。
(3)参加型(participant):政治システムの成員の大半が政治システム全体、インプットとアウトプット、そして各自の政治的役割に積極的に関心を持っている。
の3点を挙げています。
 第9章「社会資本」では、アメリカの政治学者パットナムによるイタリア研究『哲学する民主主義』(Making Democracy Work)以来、数多くの研究者、政治家、政策担当者、活動家が「社会資本」という言葉に感心を持ってきたとした上で、「社会資本」論における記念碑的大作『哲学する民主主義』は、「イタリアで1970年に実現した地方制度改革が、各州政府の制度パフォーマンスに与えた影響を分析し、歴史的に蓄積されてきた社会的な関係的資本の質と量が民主主義の実効性と応答性に多大な影響を及ぼすことを明らかにした」と述べ、「隔週の政治パフォーマンスの校庭の規定要因」として、「隔週の制度パフォーマンスは、州政府の職員安定度や統治政党の色、あるいは地域の都市化や教育レベル、工業化や公衆衛生の普及といった経済的近代化水準とほとんど関係なく、〈市民共同体〉度と強く関連しているという発見であった」と述べています。
 第11章「政治参加の理論的系譜」では、ネルソンによれば、「政治参加はデモクラシーとの関係で次の2つの観点から捉えられてきた」として、
(1)政府の構成の変更や政策決定への影響を制度的な投票参加を中心に考え、抗議や暴力を政治参加に含めない。
(2)安定的なデモクラシーをア・プリオリに前提としないで、スト(合法、非合法を問わない)やデモなどの抗議活動や暴力も政治参加の一形態として考える。
の2点を挙げています。
 本書は、現代の政治学を考えるキーワードを解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 選挙権が18歳まで引下げられたことで、大人としては子どもたちに「政治とは何か」を池上彰さんのようにわかりやすく説明できないといけないとは思うのですが、そのためにはまず大人が体系的に学ばないといけないですね。


■ どんな人にオススメ?

・子どもたちに政治を教えられるようになりたい人。


2016年1月16日 (土)

ドラグネット 監視網社会――オンライン・プライバシーの守り方

■ 書籍情報

ドラグネット 監視網社会――オンライン・プライバシーの守り方   【ドラグネット 監視網社会――オンライン・プライバシーの守り方】(#2509)

  ジュリア・アングウィン (著), 三浦 和子 (翻訳)
  価格: ¥1,782 (税込)
  祥伝社(2015/4/25)

 本書は、「全市民の情報を無差別にかき集めるドラグネット(監視網)」の実態と私たち自身ができる対処法を語ったものです。
 第1章「情報は盗まれている」では、『誰でもいつでも監視される可能性がある」として、「自宅の写真を撮るグーグル・ストリートビューの車、ウェブサイトを閲覧すると追跡するスポンサー、あるいは、アメリカ市民の通話記録を集める国家安全保障局(NSA)」を挙げ、「この国はドラグネット国家なのだ。無差別のトラッキングが行われ、前例のない速さで組織が個人データを蓄積する世界である」と述べています。
 そして、「巨大組織、すなわち政府と企業の双方が、私達の日常的側面に関わる膨大な量の情報をトラッキングすることにより、情報戦争で優勢となっている」と述べています。
 第2章「トラッキングというビジネス」では、「9月11日のテロ攻撃の後、アメリカ政府はおそらく違法な広範囲の監視網を張り巡らせ、ほぼすべてのアメリカ人の通話や電子メールのやり取りを傍受したのである」と述べ、「NSAに集められている情報が世界の最も抑圧的な秘密警察体制のゲシュタポやシュタージ、KGBよりも『桁違い』に大きい」と述べています。
 第6章「データの場所を知る」では、著者が「フリースタイル企業」と呼ぶグーグル、フェイスブック、ツイッターについて、「全体として、フリースタイル企業はこの数年間の私の生活をはっきり描いたデータを集めていて、それはシュタージ・アーカイブで調べたどの文書よりもあるかに包括的だった」が、「その多くにノスタルジアを感じた。これは私の人生のデジタル記録だった」と述べています。
 また、海外旅行の詳細な予約情報で、乗客名簿を意味するPNRというデータベースには、「私の全桁のクレジットカード番号が何回か記録されていたし、Eメールアドレス、生年月日、パスポート番号、それに会社、家庭、携帯の全ての電話番号が記載されていた。また私が一緒に旅行する者の情報――夫のEメールアドレス、子供の誕生日や全員のパスポート番号もあった」と述べています。
 第7章「パスワードは防御の最前線」では、「覚えられないパスワードを選び、それを書きとめるな」というパスワード対策に対して、「パスワードを書きとめてもそれを安全な場所に保管しておく限りまったく問題はない」というセキュリティ専門家の言葉を挙げ、学ぶべき教訓はシンプルで、「文字列を長くして、単純な辞書掲載語やよく知られたパスワード(「password1」など)は避けること」だとしています。
 第9章「イーダ――架空の自分」では、「架空のアイデンティティをつくることは私のデータ偽装戦略の核心部分だった」とした上で、「匿名によるデジタル取引を調べれば調べるほど、嫌いになった。それは犯罪の温床のように思われた」と述べ、「自分が本当に欲しいのは、匿名性ではなく免除である」として、「私は取るに足りない取引の影響から免除されたかった」と述べています。
 第11章「オプトアウト――ブローカーのデータを削除する」では、「個人データ市場では、悪役のほうが収益を上げると考えざるを得ない。もし私が、利用できるすべてのデータベースからオプトアウトすれば、それは私のデータにこだわる者にとって、そのデータがもっと希少で価値あるものになるだけなのである」と述べています。
 第12章「鏡の間」では、「ウェブ閲覧傾向を知ることによってある人を特定できることが、証拠によっていっそう明らかになっている」と述べ、「さらに、ウェブサイトの多くで、いつの間にか訪問者の名前が追跡型広告会社に流出している」としています。
 第15章「不公平の原則」では、「個人データがいたるところにあることでデータ価格が値下がりし、普通の人の年齢、性別、所在地の情報は1セントの何分の1かの価値しかない」として、「私の情報は28セント(約30円)の価値しかないことが分かった」と述べています。
 本書は、個人の情報が国家や企業に蓄積される時代を警告した一冊です。


■ 個人的な視点から

 これだけネット接続ありきの生活を送っていると、いざ切断しようと思ってもできないですね、もはや。


■ どんな人にオススメ?

・自分はネットで監視されていると思う人。


2016年1月15日 (金)

なぜ人類のIQは上がり続けているのか? --人種、性別、老化と知能指数

■ 書籍情報

なぜ人類のIQは上がり続けているのか? --人種、性別、老化と知能指数   【なぜ人類のIQは上がり続けているのか? --人種、性別、老化と知能指数】(#2508)

  ジェームズ・R・フリン (著), 水田賢政 (翻訳)
  価格: ¥2,700 (税込)
  太田出版(2015/5/28)

 本書は、「知能指数(IQ)のスコアが、過去100年にわたって上昇を続けている」という「フリン効果」と呼ばれる現象について、「私たちは、経済発展にともなって増加する諸問題をはじめ、今日の複雑な世界に対処する知的能力を進化させてきた」として、「時代や場所が人の知性にどんな影響を与えているのかを解き明かして」いくものです。
 第2章「知能指数と知能」では、「20世紀のあいだに人の知能は高まってきたか」という問いについては議論の余地があるとした上で、
(1)IQの上昇パターンを調べ
(2)その歴史的・社会的な意味を考え、
(3)そこから生まれる知能についての新たなアプローチを示し、
(4)IQの上昇傾向を理解することは、IQ上昇を知能の上昇か否かに分けるよりも重要だと強く訴えたい。
としています。
 そして、知能検査の下位検査の中には、「ある下位検査の成績をもとに、ほかの下位検査で好成績をあげそうな人をどれだけ正確に予測できるか」を表す数値である「g負荷量」の高いものもあれば低いものもあるとしています。
 また、「あくまでも私の予想だが、人々が『科学的見方』を身につけるなどして(これについては後述する)、社会が発展すると、分類――〈類似〉下位検査で測定できる――の能力は高まっても、日常の語彙力や一般的な知識量はあまり変わらないということなのかもしれない」と述べています。
 さらに、「IQの著しい上昇は、私達が祖先よりも知能が高いということなのか?」という問いに対して、「祖先よりも多様な認知的課題を負わされる時代に私たちは生きており、そうした諸々の問題に対処できるように、新たな認知能力や脳の領域を進化させてきたのか」という意味ならそうだ、と述べています。
 第3章「途上国」では、「ほとんどの途上国のIQは現在の標準にもとづいて計算した1900年当時のアメリカの平均よりも高い」と述べています。
 第4章「死刑、記憶喪失、政治」では、「アメリカの最高裁判所は、知能検査でIQ70(人口の下位2.27%)以下の人の死刑を免除している」ことについて、「知能検査を受けるだけで、人を天才とか、正常とか、知的障碍に分類できると考えるのは以ての外だ。分類するなら標準化された検査を使う。これが鉄則だ。そして誤った結果にならないように定期的に標準化作業をする」と述べています。
 第5章「若さと老い」では、「1972から2006年にかけて、アメリカ成人の表現語彙力は8.00ポイント上がったのに対し、理解語彙力は2.25ポイントしか上がっていない」と述べています。
 そして、「環境と生理というふたつの原因は両立する。高齢になって訓練が減ることとメンテナンスが減ることの両方が影響するのかもしれない。ただ、環境説のほうが理論上は証明しやすい」と述べた上で、「老化は脳に重大な影響をおよぼす。ニューロンが柔軟性を失い、その修復と発達を促すドーパミンの効果が下がる。くわえて、ニューロン間の情報通信システムの効率も落ちる」と述べています。
 第8章「進化と謎」では、「高等教育の普及と、複雑な認知能力を要する仕事が増えたことで、1950年以降、アメリカ成人の日常的な語彙力は劇的に上がってきた」が、「〈単語〉下位検査の傾向をWISCとWAISで比べると、成人の表現語彙力の伸びは児童に比べて標準偏差の0.90倍弱大きい」として、「大人は子供を育てて社会に適応させていくのだから、本当なら子供の表現語彙力も大人と同じだけ上がっていかなければおかしい」と指摘しています。
 また、「gを認知能力全般の指標ととらえることは、弊害が大きい」として、
(1)gを利用するにしても、社会的な考え方を忘れてしまってはならない。
(2)時代による認知能力の変化の歴史を理解する上で、gはまったくあてにならない。
の2点をあげています。
 本書は、知能指数と人類をめぐる進化の歴史をたどった一冊です。


■ 個人的な視点から

 IQというと何か絶対的な指標か何かのようにとらえられがちですが、あくまでも社会の要請で検査している一側面でしかないわけですよね。


■ どんな人にオススメ?

・知能指数が高いと思っている人。


2016年1月14日 (木)

平成の家族と食

■ 書籍情報

平成の家族と食   【平成の家族と食】(#2507)

  野田 潤 (著), 畠山 洋輔 (著), 品田 知美 (編集)
  価格: ¥1,836 (税込)
  晶文社(2015/12/21)

 本書は、「女性を対象として食生活の考えや行動について調査する目的」で、「味の素株式会社広報部が1978年より数年おきに実施している」全国規模の社会調査である「Ajinomoto Monitoring Consumer調査」という「質の高い貴重な量的データ」をもとに、「自分たちがとらわれているかもしれない食と家族に関する常識を、いま一度疑ってみたい」という目的意識から編纂されたものです。
 序章「家族と食をめぐって」では、「一汁三菜という形式が人々の食卓に浸透した歴史は浅く短い」として、「昭和の初めから終戦までの約20年ほどを通じて、日常的な和食の形式は一汁一菜であった」との指摘を紹介しています。
 また、「実は日本の伝統的な食事回数が3食であったとも言えないらしい」として、江戸時代の武士が1日あたり玄米5合を2回に分けて食べていたことや、激しい運動する農民などが、定食の間に間食をはさみ4回位食べることも普通であったと述べています。
 そして、「食は多様な視座から語られながらも、食卓を共有する家族はいつもその議論の傍らに添え置かれてきた」として、「平成時代の食の現在を、計量的なデータから捉えると同時に、比較社会学的に歴史的変遷という文脈に置きながら解釈していく」と述べています。
 基礎編「平成の食卓から見える現実(リアル)」では、「歴史的に見ると、日本人すべてが常に白米食だったわけではなく、地域差と階層差と時代差が非常に大きい」とした上で、「主食と汁物と飲物においては、現在も伝統的な品目が圧倒的に好まれていることを考慮すれば、日本人の食卓は一概に『和食離れ』が進んでいるとも言い切れず、むしろ『ご飯・味噌汁』のラインをゆるく守りながらの多様化と再編成が進んでいる、というところが正確かもしれない」と述べています。
 また、「コンビニエンスストアの利用頻度が年収と関連している」として、「ほとんど使わない」または「全く使わない」ひとは400万円未満と1000万円以上に多いと述べています。
 そして、「現代日本の夫たちは、全体的に日々の食事づくりを実践する機会が極めて乏しい」と述べ、「成人前の子の炊事能力には男女差がないのに、結婚後の食事づくりは圧倒的に女性に求められるというのが、現代日本の状況ともいえる」としています。
 さらに、「食品・原材料の産地は3・11後に気にするようになっておらず、逆に気にしない方向に変化していた」と述べています。
 分析編「家族と食からみえる平成の社会」では、「近代社会では、『情緒的な強い絆で結びついていること』が、家族の理想とされるようになった。身分や上下関係ではない純粋な親しみの感情が、社会レベルで家族に期待されるというのは、実は前近代にはなかった現象である」とした上で、「日本でちゃぶ台を囲んでの食事が銘々膳よりも多くなったのは、大正末期のこと」だと述べています。
 また、「社会学的な先行研究からは、子どもの年齢が低いほど、父母と関係が良好なほど夕食の教職頻度が多いという指摘がある」とした上で、「子どものいる核家族では、全員がそろって共食する家族が1988年から2012年にかけて、ほぼ半減した」が、「妻が無職であることは、『家族が食卓にそろう団らん生活』の成就を意味せず、逆説的にフルタイム職についていることが、共食の機会を多くしている」ことから、「女性が社会進出をしたから家族の団らんが失われて食卓を囲まなくなったのではないか」というイメージは「間違っている」と指摘しています。
 本書は、平成の家族と食の姿を切り取った一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本の食卓の風景は昔とそれほど変わっていないような気がしていて変化になかなか気づかないのは、進学や就職、結婚など個人としての生活の変化の大きさの中で見失ってしまうからなのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・四半世紀の食の変化を追いたい人。


2016年1月13日 (水)

将門伝説の歴史

■ 書籍情報

将門伝説の歴史   【将門伝説の歴史】(#2506)

  樋口 州男
  価格: ¥1,836 (税込)
  吉川弘文館(2015/7/21)

 本書は、「平安時代中期(10世紀前半)、下総北部を本拠地として勢力を張り、坂東諸国の国司を追放して自ら新皇と称し、坂東の地に王城(都)までも建設しようとしたが、一族の平貞盛や下野の豪族藤原秀郷らに攻められ、敗死した武将」である平将門について、「将門伝説が生み出され語られた時代、およびそれぞれの地域に焦点をあてて、この将門伝説の世界の一端に触れようとするもの」です。
 第1部「平将門の乱と『将門記』」では、『将門記』における「八幡大菩薩と菅原道真の霊魂が将門への皇位授与者として現れてくる」という記述について、「明治期に将門弁護の立場から、これを娼妓を招いて開いた宴席での茶番狂言・余興にすぎないと論じた」織田完之の『平将門故蹟考』をはじめ、「早くからさまざまな意見が出されている」とのべています。
 また、「将門滅亡後における、その残党追求は厳しいものがあった」が、「追及の手を逃れた人々もいた」として、「こうした生存者への関心が、やがた落人や将門子孫にまつわる話へと発展していった」と述べています。
 そして、「房総三国を荒廃させた忠常の乱に際し、乱鎮圧の92年前に起こった将門の乱を題材にして戦争の愚かさを訴えた『将門記』に共感した加筆者(「里の無名」)が、これからも続くであろう険悪な世相の中で、戦いの無意味さを訴えたものこそ、この『或る本に云はく』の以下の加筆箇所ではないか」と述べています。
 第2部「伝説の中の将門」では、『将門記』には、「乱後、あいついで語られるようになっていく、多数の将門にまつわる伝説の芽がいくつも見出だせる」とした上で、「東国における『将門びいき』の伝説成立の要因を探ろうとする時、京都から下ってきた巨利をむさぼる国司に対し、敢然と立ち向かっていった将門の行動へ寄せる東国の人々の共感こそ、その最大のものとなってくる」と述べています。
 また、「治承・寿永の内乱のさい、千葉氏が妙見神を氏神として信仰していることについて、その由来を尋ねる源頼朝に対し、千葉常胤――頼朝にしたがって鎌倉幕府草創に貢献した、下総を拠点とする東国御家人の有力者――が、妙見神はもともと将門の守護神であったが、のちに千葉氏の祖良文のもとに移ってきたのだと答えた」ことについて、「千葉氏は、甥の将門をわざわざ伯父の良文の養子とすることによって、強引に――しかも良文は『将門記』などのその名が見えないものの、将門の乱では鎮圧者の側に加わっていたことが明らかにされている」――その家系に取り込んでいると述べています。
 そして、「今日、都内3か所に分かれている将門首塚・神田明神・日輪寺(芝崎道場)は、いずれも、中世の柴崎村における将門の亡霊譚に由来すること、言いかえれば、芝崎村は中世以降における江戸の将門伝説の出発点とも言える地だった」と述べています。
 第3部「近世文芸の中の将門伝説」では、曲亭(滝沢)馬琴について、「各作品において伝奇性に富む内容を保ちながらも、一方で徹底した考証家として定評のある馬琴らしく、『事実(まこと)』=史実と『虚事(そらごと)』=俗説とを明確に区別すべきであるとの立場から、厳しい将門伝説批判を展開した読本『昔語質屋庫(むかしがたりしちやのくら)』」の解説をしています。
 また、江戸幕府の崩壊によって、「江戸の惣鎮守神田明神・御霊神将門がうけた打撃は実に厳しいものがあった」とした上で、「教部省・東京府の許可により、将門霊神が神田神社本殿から境内の大国主神社へ仮遷座されたのは明治7年8月、さらに氏子からの寄付によって落成した摂社将門神社へ遷座されたのは明治11年11月のことであった」と述べ、祭神改変後の最初の神田祭においては、氏子をはじめとする地元の人々の反発・動揺があり、この混乱を、「明治政府もそのままにしておくことはできなかった」として、「祭礼日直後の9月19日における明治天皇の神田神社行幸」が執り行われたと述べています。
 そして、「将門を皇位をうかがった国史上唯一の叛臣(朝敵)とする見方が、歴史教育の場などを中心に広く展開される中にあって、明治40年前後の頃から、その雪冤運動、すなわち将門=叛臣論が冤罪であることを明らかにし、将門の潔白を示そうとすることに奔走した人物がいた」として、明治38年刊行の真福寺本『将門記』の注釈書『国宝将門記伝』や、「当時の大蔵省構内にあった古塚=伝将門墳墓の由来を説き、関東各地の将門ゆかりの遺跡・伝説を調査・記録した明治40年刊行の『平将門故蹟考』の著者織田完之」について取り上げています。
 さらに、織田の多大な事績のうち特筆すべき者として、「結局、成し遂げることはできなかったが、利根川下流右岸、千葉県北部の印旛沼開発事業に対する尽力」を挙げ、「挫折したとはいえ、この印旛沼地方との出会いは後述するように、その後、織田と将門を結ぶ大きな要因となっていく」として、「若き日に尊攘運動と深い関わりを持ったがゆえの明治新政府への複雑な思い、農政官吏としての実践的な活動からうかがわれる農漁民へのあたたかい目、さらに関東近県における調査・出張先での将門伝説との出会いなど」をあげています。
 本書は、将門伝説をめぐる様々な考察を論証した一冊です。


■ 個人的な視点から

 関東地方には将門にちなんだ地名や寺社仏閣がいっぱいあるので住んでる人は基礎知識として知っておいて損はないと思います。


■ どんな人にオススメ?

・将門をただの反逆者だと思っている人。


2016年1月12日 (火)

マンガ原作 感動をつくる法則

■ 書籍情報

マンガ原作 感動をつくる法則   【マンガ原作 感動をつくる法則】(#2505)

  大石 賢一
  価格: ¥1,620 (税込)
  言視舎(2015/6/25)

 本書は、「マンガ原作の書き方」講座で話された「キャラクター創作の秘訣」と「感動のつくり方の法則」の2点を抽出したものです。
 第1章「キャラクターってなんだ?」では、マンガ業界には「マンガはキャラクターがすべて」という「厳しいキャラクター定義」があるとした上で、「キャラクターを浸透させなければヒットは生まれない」と述べています。
 第2章「キャラクターに必要な条件」では、「キャラクターづくりに必要な5つの条件」として、
(1)主人公は応援したくなる人物だ
(2)主人公は目的を身近に感じている
(3)主人公は他人と違う個性を持っている
(4)主人公は生活、行動の好き嫌いがハッキリしている
(5)主人公は正義感や優しさを持っている
の5点を挙げています。
 第4章「キャラクターづくりに重要 2」では、「マンガの場合、読者が主人公に感情移入する力が非常に強い」として、「この目的意識がハッキリしていることがマンガの特徴」だと述べています。
 第6章「キャラクターづくりに重要 4」では、マンガでは、「ストーリーをつくるのではなく、キャラクターを歩かせる」と述べ、「独自の主人公キャラクターが歩くことによって、オリジナル展開」になる状態を「はねる」と言うとしています。
 第8章「キャラクターづくり。これはダメ!」では、「感情移入とは、読者が主人公になりかわってマンガのストーリーを体験する」ことであり、「マンガの読者は自分から運命を切り開いてゆく人を体験してみたい」のだと述べています。
 第12章「『感情移入』させるテクニック編 1」では、マンガ単行本の第1巻、第1話には、
・読書を巻き込むパワー
・同じ立場に立たせる設定
・一緒に考えさせる追い込み
というキャラ立ての要素が詰まっていると述べています。
 第17章「『感動をつくる』テクニック編 4」では、「主人公を酷使」し、「主人公を一歩も退けられない場所へ追い込み、そこから脱出する姿を面白いと思っていい」と述べています。
 第22章「プロテクニック編 4」では、主人公には「決断」が必要であり、「全責任を主人公がかぶる窮地に追い込む。いったいどうやって切り抜けるのか」を書くのがマンガであると述べ、「決断に関する約束事」として、
(1)決断をするには「目的」が必要
(2)決断をする主人公は「応援したくなる」人物
(3)決断は「個性的」でなければならない
(4)決断の結論は「正義」や「優しさ」につながっていなければならない
の4点を挙げています。
 本書は、面白いマンガに不可欠な主人公のキャラクターづくりの秘訣を伝える一冊です。


■ 個人的な視点から

 面白いマンガやラノベはストーリー展開にいくら意外性があってもキャラクターの行動は「さもありなん」と納得できないと気持ち悪いですよね。


■ どんな人にオススメ?

・面白いキャラクターを作りたい人。


2016年1月11日 (月)

フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男

■ 書籍情報

フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男   【フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男】(#2504)

  マット リドレー
  価格: ¥2,592 (税込)
  勁草書房(2015/8/24)

 本書は、「ジェームズ・ワトソンとともにDNAの二重らせん構造を解明し、その構造から『遺伝情報の保持と複製』という生命の鍵となる機能を導き出し」たことで知られ、「遺伝暗号の解明に大きく寄与し、現在、分子生物学と呼ばれる学問を先導し、創設した人物」であるフランシス・クリックの評伝です。
 プロローグ「生命」では、1966年に、「クリックは、DNAという辞書に刻まれた三文字の言葉からタンパク質を正確に作りだす、いわば暗号表を完成させた」と述べた上で、クリックの心の中には、「解明すべき謎」として、「生命」と「意識」という2つの項目がリストになっていたと述べています。
 第1章「クラッカーズ」では、クリックは、「早熟な無神論者になり、事実と科学に魅せられ、確信をもって疑い、数学の確かな才能にあふれる」少年ではあったが、「神童ではなかった」として、「人生の最初の35年間に、少なくとも業績において注目すべきものはない」と述べ、学校の友達からは、「外交的で、適度に風変わり」で、「クラッカーズ[変人]」と呼ばれたとしています。
 第2章「三人の友だち」では、「戦争が終わる頃、フランシス・クリックの人生に3人の人物が関わってきた」として、「おそるべき数理論理学者であり、後年、証明論の研究で非常に大きな貢献をした」人物であり、クリックが、「自分に正しく考えることを教えたのは、この年下の男だった」と評しているゲオルク・クライゼル、クリックの二番目の妻となる女性、オディール・スピード、「ロンドンのキングスカレッジの新しい生物物理学の教授に任命されたジョン・ランドールのもとで助手となり、科学者としての前途有望なキャリアをスタート」していたモーリス・ウィルソンの3人について述べています。
 そして、「彼の人生のこの時期、最も特筆すべきは、空き時間に自分自身を包括的に再教育したということだ」と述べています。
 第3章「ケンブリッジ」では、「それまでクリックは研究室では役に立たず、物事の見極めもできない人間だったが、キャヴェンディッシュ研究所での最初の2年間で打ち立てた成果によって、ブラッグでさえも彼を優れた理論家であると認めるようになった」として、「クリックは、仮定を単純化することが必要であり、現実を解析するだけでなく可視化することが重要であるという、有益な教訓をここで学んだ」と述べ、「こうした積みかさねの一つひとつが、二重らせんの物語では決定的な意味をもつことになる」としています。
 第4章「ワトソン」では、1951年9月にケンブリッジに到着したジェームズ・ワトソンについて、「ワトソンはDNA、に取り憑かれていた。世界中をあちこち訪ね、遺伝子の構造を発見するのを手助けしてくれる人を辛抱強く探していた」とした上で、クリックについて、「クリックは間違いなく、これまで知っている中で最も聡明で、ポーリングに最も近い人物である。……彼は話すことも、また考えることも、決してやめない」と評している一方で、「クリックは、遺伝学を知っている人や遺伝学者に会うことにわくわくしていた。彼とワトソンは、お互いが知っていることを教えあいはじめた」と述べ、「科学の話をひっきりなしにする共通の情熱が、この二人の本質だった。どちらかが意味のはっきりしないことを話しても、不たしかで推論的な考えを共有してもまったくかまわない。事実の海岸から離れすぎることなく、未知の大海を探検することができた」と述べています。
 第5章「大勝利」では、「1952年になると、DNA構造の研究をまともに進めていたのは、もはや、ロザリンド・フランクリンと彼女の仕事を引き継いだ学生のレイモンド・ゴスリングだけだった」が、「キングスカレッジの連中が事実上DNAの研究を独占していたが、何も成果を出せていない」1年で、「ポーリングが追いついてきた」ことで、「もはやワトソンとクリックを自由にしなければならなかった」として、「2月の最初の週に、ワトソンはDNA模型を組み立てはじめた。クリックは疑っていたのだが、ワトソンはDNAが二本鎖だと主張した」と述べています。
 そして、クリックが、「キングスカレッジの短い研究報告書をマックス・べルーツから受け取った」中に、フランクリンによる、「A型の結晶は、C軸を繊維の軸と平行に配置した面心単斜晶の単位格子を基盤としている」と書かれていたことで、「視覚的にものごとを把握する能力に長けたクリックの出番だった」として、「これだ、36度の回転」という、ひとつ目の「ユーレカ・モーメント」がクリックにやってきたと述べています。
 また、ワトソンは、「一方の鎖のアデニンはもう一方の鎖のアデニンと対を作るという、厳密な組み合わせのアイディアに興奮していた」として、2月28日土曜日に、ワトソンは、「まったく突然、一度見たら忘れられない何かを見た。平行な水素結合の距離を保ってチミンと対を作ったアデニンは、グアニンと対を作ったシトシンと、完璧に同じ形を指定た。それぞれの塩基対はほかの塩基対と同じ形で、らせんの芯のどこにでも配置できた」と述べています。
 そして、「二重らせんの物語は、『だったかもしれない』に満たされている。参加者全員に、ぽかをしたり、好機を逃したりしたことを悔やむ理由があった」と述べています。
 第6章「暗号」では、「すべての発見がそうであるように、DNAの構造の発見は答えを与えた以上に、より大きな疑問を提示する結果となった。暗号はどのように使われるのか。何に対する暗号なのか。その後の13年間にわたり、クリックの人生はこれらの疑問に捧げられ、応え続けていくことによって大勝利がもたらされた。たしかに二重らせんがクリックを生み出した。そして次に、遺伝暗号がクリックを大科学者へと育てたのだ」と述べています。
 そして、「クリックには、暗号の話をする相手が必要だった」として、1954年遅くにシドニー・ブレナーを見つけ、「暗号は縮重しているかもしれない、つまり、それぞれのアミノ酸を指定する方法は2種類以上あるかもしれないという結論に導くよう、そっとクリックの背中を押したのがブレナーだった」と述べています。
 第7章「ブレナー」では、「クリックは、自分のために実験をしてくれ、考えを引き出し、存分に会話を楽しめるパートナーを必要としていたのだ。ブレナーは両方の役割を果すため、雇われることになった」としながら、「ブレナーが到着する前に、真のブレイクスルーが起こった。それまでまったく理論上の概念的存在に過ぎなかったアダプターが、実在のものとして現れたのだ」と述べています。
 そして、「クリックは、椅子に座り、証拠をふるいにかけ、紛らわしい手がかりを捨て去り、真実を引き出した。そうやってDNAからタンパク質への翻訳全体の様子を、ゼロから考え始めた。その成果が、1958年にカンタベリーでの実験生物学会議で出された、最も注目すべき論文だ」と述べ、「その論文で最も注目すべき部分は、クリックが引き出した2つの一般的な原理である」として、
(1)配列仮説:DNAのの塩基配列がアミノ酸配列を決定し、それ以外はタンパク質がどのように折り畳まるかを決めるのに必要ないという仮説。
(2)セントラルドグマ:核酸から核酸へ、あるいは核酸からタンパク質への情報の転移は可能かもしれないが、タンパク質からタンパク質、あるいはタンパク質から核酸への転移は不可能である。
の2点をあげています。
 第9章「賞」では、1962年10月18日、クリック、ワトソン、そしてウィルキンスが、「同時に、自分たちがノーベル医学生理学賞を受賞したことを知った」と述べています。
 そして、「すべての生物学の中心に単純な暗号が存在する可能性は、二重らせんの構造に裏打ちされて、今や確立された事実であった。小さな暗号表が生命の秘密だった」として、1966年10月遅くに、すべての暗号が解読され、「このときは13年前とはちがい、『ユーレカ・モーメント』はなかった。どこかのチームがほかのチームに勝利したということもなかった。ただ、5年にわたる厳しい協力的な研究が行われ、その後の8年にわたる挫折を伴った推論の仕事が完結されたのだった。その結果は、二重らせんと同様に、多くの点でとてつもなく大きな偉業だった」と述べています。
 第11章「宇宙」では、「暗号に続くクリックの焦点は、高等生物(すなわちバクテリアより高等)の染色体上の遺伝子の組織化に主に向けられた」と述べています。
 第12章「カリフォルニア」では、「クリックは長年の決心を実行し、自分の注意を人間の脳に向ける準備をはじめた。生涯、脳について考えてきたのだ」と述べ、「クリックが見つけたのは、1950年代初期の遺伝学と非常によく似た現場であった。豊富なデータがあるが、芯となる理論はなかった」として、「心理学者は、クリックの恩着せがましさに、畏れといらだちを入り混じらせながら反応した」と述べています。
 第13章「意識」では、「大きなブレイクスルーは来なかったが、クリックの意識に関する考えは、1990年代後半に進化した。そして2002年に、もし答えがないとしても、彼にとって問いの最終的な枠組みを準備した」と述べています。
 エピローグ「驚異なる仮説家」では、「その発見の重要性によって、フランシス・クリックは、やがて、全時代を通じて偉大な科学者の一人として、ガリレオ、ダーウィン、そしてアインシュタインと一緒に並び称されるに違いない。彼らのように、世界に不意打ちを食らわせるような偉大な真実を発見した」と述べています。
 そして、クリックの功績が、「中年期に入ってからゼロ発進でやり遂げたことを考えると、かえってますます、彼が若い頃に凡庸だったことが謎である」として、[彼をそんなにも成功させた」ものは、「三次元のトポロジーを視覚化する能力は、注目すべきであり、おそらく他に類を見ないレベルだった」が、「その他の点では、ある意味、知性に関しては平凡で単調であり、どの『事実』を除外するべきか推測し、残りを道理にかなった型に組み立てるといった、実用主義的で常識的な合理性に立脚していた」と述べています。
 本書は、生命の性質を発見した科学者の生涯を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 えげつない科学者キャラとして知られるワトソンの相方として語られることが多いクリックですが、ご本人の生涯も中年の星的な感じで非常に面白いです。


■ どんな人にオススメ?

・凡人が非凡になっていくさまを追いたい人。


2016年1月10日 (日)

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち

■ 書籍情報

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち   【時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち】(#2503)

  中川 毅
  価格: ¥1,296 (税込)
  岩波書店(2015/9/10)

 本書は、「ハンマーをマイクロメーターに持ち帰ることで、泥から世界の標準時計をつくることを目指した地質学者たちの物語」です。
 第1章「奇跡の湖の発見」では、「日本における環境考古学の提唱者」として知られ、後に著者の恩師になった安田喜憲が、1980年に若狭湾岸に位置する三方湖の湖底を掘削し、「得られた堆積物資料に含まれる植物の化石を調べることで、過去の気候変動を復元」する際に、「湖底に直径10センチメートル弱の金属製のパイプを差し込む、ボーリングと呼ばれる手法」を用い、「パイプの中に回収される円柱状の資料は、ボーリングコア(あるいは単にコア)とよばれ、技術次第で本来の構造をほぼ完全に保持した美しいサンプルを採取することができる」と述べ、このときに採取したボーリングコアは、「全長32メートルに及び、時代でいうと過去およそ5万年をカバーしていた」としています。
 そして、1991年の三方湖の再切削で得られた32番めのコアの断面に「バーコードのような細かい縞模様がびっしりと並んでいた」ことについて、「1枚が1ミリメートルにも満たない薄い地層」であり、「1年に1枚ずつ、きわめて規則正しく堆積したもの」で、英語では「varve」と呼ばれ、日本語では安田によって「年縞」という訳語が創案されたと述べています。
 また、三方湖の隣の水月湖は、「直接流入する河川がなく、推進も30メートル以上と深い」ため、「水月湖の堆積物は、三方湖よりもさらに連続的に静かにたまっていることが期待できた」ことから、1993年にボーリングが行われ、「硬い岩石の基盤に当たるまでに、75メートルもの堆積物を採取することができ」、さらに、コアの断面には「美しい年縞が40メートル以上も連続していた」として、「日本の年縞研究はこのとき本格的に幕を開けた」と述べています。
 そして、水月湖の年縞について、「氷河期の寒い時代には1枚が0.6ミリメートル、その後の暖かい時代には1.2メートルほど」になり、「これが厚さにして45メートル、時間にしておよそ7万年分もたまっている」としt,え「これほどの長さが連続して発達している場所は世界でもほとんど例がなく、そのため水月湖は奇跡の湖と言われる」と述べ、安田の研究室に採用されたばかりの助手、北川浩之が「水月湖の年縞を使って、地質学的な時間を測るための『ものさし』をつくることを思いついた」ことで、「水月湖のその後の20年を決定づけることになった」と述べています。
 第2章「とても長い時間をはかる」では、「地質学的な資料の年代を決める方法の大半」は、
(1)少しずつ溜まっていくものの蓄積量を測る方法
(2)少しずつ減っていくものの残存量を測る方法
の2つに大別できるとした上で、(2)として、炭素の放射性同位体である炭素14(14C)を測る方法を挙げ、大気中の14Cの濃度が「時代によって不規則に変動する」ことから、「観測に基づいた巨大な換算表」をつくる「キャリブレーション(較正)」というアプローチが必要になると述べ、研究者たちはまず樹木の年輪に注目し、「半世紀に及ぶ努力の結果、いちばん長く連続した年輪の記録は1万2550年前にまで達している」が、「14C年大測定の適用限界がおよそ5万年前であるのに対し、樹木年輪によるキャリブレーションモデルは、現在でも1万2550年前までしか届いていない」理由として、「アルプス地方が氷河期に入ってしまう」ため、「それより古い埋もれ木がほとんど見つからなくなった」ためであると述べています。
 そして、「水月湖の年縞堆積物の中には、湖底に沈んだ落ち葉が分解されずに残っている」ため、「縞を数えることで暦年代が決まり、樹木の葉の化石を測定することで14C年代も得られる。両者を組み合わせれば14C年代の換算表、すなわちキャリブレーションデータが得られる」として、「大きなブレークスルーの鉱脈がそこに埋まっていた」と述べた上で、必要なこととして、
(1)何万枚もの年縞を数えること
(2)何百枚もの葉っぱの14C年代を測ること
の2点を挙げ、「シンプルといえばこの上なくシンプル」だが、「問題はその膨大な作業量だった」として、「ボーリングコアから細長く切り出した堆積物の表面をナイフできれいに成型、実体顕微鏡とデジタルカメラを組み合わせて撮影し、コンピュータで色の濃淡の変化を見る方法が中心的に採用された」と述べています。
 そして、北側のデータは1998年2月20日に「サイエンス」史上で発表されたが、「世界標準」のキャリブレーションデータである「IntCal98」には採用されず、ヒューエンらによるカリアコ海盆の年縞とサンゴのデータが採用されたと述べた上で、「いくつかの立場のちがいはあったものの、カリアコ海盆と水月湖のデータはいずれも、14C年代測定の歴史の中で、20世紀最後の数年を彩る金字塔だった」としています。
 第3章「より精密な『標準時計』を求めて」では、北川のデータに欠けているものとして、
(1)北川が研究に使った1993年コア(いわゆるSG93)の素材としての質の問題
(2)年縞の数え方の問題
の2点を挙げ、前者については、「コアの回収率は、およそ97%であると推定」され、「採取された短い資料の接続部分に、ほんの数センチメートルほどの未回収部分があった」と述べるとともに、北川が採用した方法が、「表面の色を丁寧に観察する」ものであり、「ひとりの研究者の能力だけに依存した方法は、いかにも心もとなく思えた」と述べ、この2つの問題を解決するためには、「新しい掘削資料と技術革新の両方が必要」であり、「あれほどの労力と時間を要した北川の仕事を、さらに高いレベルでやり直すこと」が必要だったと述べています。
 そして、コアの取りこぼし問題については、「掘削を複数回おこなうことで取りこぼしの深度をずらし、全体として欠落のないコアを採取することに成功した」と述べてます。
 また、縞数えの問題については、「縞数えの信頼性はつまるところ主観の問題」であるため、「その先に進むには、エキスパートを集めた国際チームをつくる以外にない」ことから、「ドイツとイギリスの研究機関に共同研究をもちかけた」と述べ、ドイツのポツダム地質学研究所では、「年縞堆積物を凍結乾燥させた後、粘土の低い特殊な樹脂を染み込ませて硬化剤で固めることで、硬いプラスチックのブロック」にし、「最後には数十マイクロメートルの薄さに加工」し、「できたプレパラートを偏光フィルターに挟んで顕微鏡観察すること」で、4年の時間を費やして全て数えきったとする一方、イギリスでは「蛍光X線スキャナ」のビームを細い線にすることによって、「水月湖の年縞堆積物の化学構造を0.06ミリメートル間隔ですべて分析した」と述べています。
 第4章「世界中の時計を合わせる」では、「年代測定のキャリブレーションモデルを整備することは、長い時間を測るための正確な目盛りをつくることと同義である」と述べた上で、2012年7月の世界放射性炭素会議の総会において、「水月湖のデータを中心にIntCalを更新すること」が支持され、「北川データがIntCal98の選に外れてから、14年目の復活劇だった」と述べています。
 本書は、5万年前までの時間を測る「ものさし」をつくることに情熱を費やした世界中の科学者の記録です。


■ 個人的な視点から

 世間では南極やグリーンランドの標柱コアの存在はよく知られているのではないかと思いますが、北陸の小さな湖の地層が世界の標準時計になっているとは知らない人も多いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・過去を知るための「時計」が欲しい人。


2016年1月 9日 (土)

若者の戦後史: 軍国少年からロスジェネまで

■ 書籍情報

若者の戦後史: 軍国少年からロスジェネまで   【若者の戦後史: 軍国少年からロスジェネまで】(#2502)

  片瀬 一男
  価格: ¥3,240 (税込)
  ミネルヴァ書房(2015/9/30)

 本書は、「若者の戦後史を『社会階層と社会移動全国調査』(SSM調査)のデータを用いて実証的に論究する」ものです。
 序章「若者をめぐる言説と研究の変遷」では、ホネットによる「人間は一般の3つの領域で承認を求める」として、
(1)情緒的気づかい:親密な人間関係例えば愛情(男女関係、家族など)や友情の領域
(2)認知的尊重:法的圏域での個人の平等な法的権利が求められる領域
(3)社会的価値評価:労働の領域における「個人的業績」に対する社会的評価
の3点を挙げています。
 第1章「軍国少年たちの戦前・戦後」では、「1975年SSM調査における職業アスピレーションの設問に『職業軍人』と答えた者、すなわち義務教育終了時点で軍人志望であった者について、その出身背景を探る。次いで、彼らの戦前・戦後における教育・職業達成とともに、高度経済成長期の只中であった1975年時点の社会意識の特徴を検討した」としています。
 そして、「立身出世主義は、陸軍士官学校生が戦時体制の担い手層として参戦していった際のある種の『自発性』の源泉であった」とした上で、「軍人志望者の戦後は、大企業や地方の官公庁の管理職を中心とした社会の中上層を占めていた」として、「戦前には上昇意欲の強い、比較的能力ある少年」であった可能性を確認することができたとしています。
 また、「彼らは貧しい出身背景から少年兵を志願し、戦後はおそらくは軍隊経験で得た技能なり知識を元に職業世界に参入し、その地位達成意欲の強さをバネに日本の高度経済成長を下支えしてきた人々であったと考えられる」と述べています。
 第2章「集団就職者の高度成長期」では、「『集団就職』すなわち『広域的職業紹介制度と計画的輸送制度』の統合によって成立した『新規学卒者の制度化された大規模な労働移動』は、すでに戦時期の計画経済下にその萌芽があり、それが高度経済成長期に『ローカル労働市場の広域的労働市場への制度的統合』として再編成された」としています。
 そして、「1960年の東京SSM調査データを分析することで、東京という都市が東京出身者と地方からの流入者の階層分化を伴いつつ成立した」として、「1950年台は戦間期に進学率が停滞していた農民層や都市自営業層でも進学率が上昇し始めたが、農村部では高校までが限度であったのに対して、都市自営業層では大学・短大と、都市部の高学歴化が先行していた。その結果、戦後世代では上層雇用労働者の過半数を東京出身者で充足でき、高学歴化が進まなかった農村部からの流入者は下層雇用労働者になった」と述べています。
 また、「高度経済成長期に、集団就職した若者」には、「自営業への憧憬が強かったとされる」が、「集団就職者のなかで『自分の店』をもった者はほとんどいなかった」として、「実際には『自分の店』をもてたのは、転職を否定してきた職人型労働者ではなく、転職によって『腕を磨く』ことを思考していた技能型労働者であった」と述べています。
 第3章「モラトリアム人間の就職事情」では、「『モラトリアム人間の時代』は、1960年代前半に大学進学期を迎えた『団塊の世代』のために大学入学定員が増員された結果、大学進学率が急増していった一方で、70年代の高度経済成長の終焉に伴う不景気によって、大卒者の就職難をもたらしていた時期であった」として、「1970年代の若者について展開された『モラトリアム人間論』は、この時期の大学生に貼られた精神分析の『ラベル』出会った可能性も高い」と指摘しています。
 第4章「新人類の情報格差(デジタルデバイド)」では、「情報新人類」と呼ばれる世代にも、「情報コンシャス層」と「非コンシャス層」の間の「情報格差」が存在し、「『情報コンシャス層』は出身階層という点でも上層出身者が多かった。そして、客体化された文化資本や身体化された文化資本にも恵まれていた。その結果、学歴が高く、職業も専門職、大企業ホワイトカラーが多くなっていた。これに対して、『非コンシャス層』は、経済的・文化的にも下層出身者が多く、学歴や職業的地位も低かった」と述べています。
 第5章「もう一つのロスジェネ」では、現代の日本社会では、「成人期初期の発達課題の達成がきわめて困難になっている」として、「とくに1990年代初期のバブル経済崩壊後の長期不況、さらに2008年の世界同時不況による『就職氷河期』の再来によって、将来に展望を持てない無業者や、非正規雇用のため非婚を強いられる若者が増える一方で、絞り込まれた正規雇用者には過労死や過労自殺にもつながりかねない長時間労働が常態化している」と指摘しています。
 そして、「『ロスジェネ(失われた世代)』という語は、これまで『安定した仕事』を奪われた無業や非正規雇用の若者を指す言葉として使われることが多かったが、その対極には長期雇用の代償として、私的な時間や親密な『愛』を奪われた『もう一つのロスジェネ』たちがいることを忘れてはならない」と述べています。
 第6章「若者文化の行方」で、内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、「1970年代から80年代にかけては、若年層の満足度が最も低く、年齢が上がるにつれて満足度が高まっていたが、2000年代後半に入ると、20歳代で最も満足度が高く、40歳から50歳にかけて低下し、60歳代以降になると再び満足度が上昇するというV字型の満足度のグラフになる」として、「現代の若者(男性)は、長時間労働によってワークライフバランスを失い、動物化した私生活のなかで孤立しながらも、生活満足度を高めている」と述べています。
 そして、「若者のコンサマトリー化」として、「何らかの目的達成のために禁欲的に努力するより、『今、ここ』の『小さな』世界の幸福で充足することを重視する生き方」だと述べるとともに、「仲間集団における相対的剥奪」について、もともとアメリカ軍兵士の研究から提起した概念だとして、「昇進率の低い集団(憲兵隊)の方が、昇進率の高い集団(航空隊)よりも、昇進機会に関する不満が低い」現象について、「昇進率が高い集団にいると昇進への期待が過大になって、昇進率に厳しい評価を下すために不満を持つ、というメカニズムによって説明された」と述べています。
 本書は、戦後の若者を語った言説について、SSM調査による裏付けを試みた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「戦後」が遠くなるにつれ、戦後と若者をテーマとした本が何冊も出ていますが、もしかすると現代においては、文化の中心、消費の中心としての「若者」に注目するということ自体が意味を失ってきているのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「若者」を見かけなくなったと思っている人。


2016年1月 8日 (金)

鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民主主義・ナショナリズム

■ 書籍情報

鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民主主義・ナショナリズム   【鉄道への夢が日本人を作った 資本主義・民主主義・ナショナリズム】(#2501)

  張彧暋 (著), 山岡由美 (翻訳)
  価格: ¥1,728 (税込)
  朝日新聞出版(2015/10/9)

 本書は、「『集合的・文化的な「制度」』であり、鉄道をめぐる言説、行為、想像の集まり」である「鉄道信仰」という「制度」を通じて、「『日本』が形成された歴史を描くこと」を主題としたものです。
 序章「鉄道という夢と謎――日本の読者に向けて」では、「本書は歴史社会学からの視点、ないし歴史人類学の手法で鉄道を調べることで近代日本の世界観の成立を明らかにしようとしたものだ」と述べた上で、「この本で最も申し上げたいこと」として、「鉄道の機能への期待と信念は、もともと『でっちあげ』、偶然に誕生した、単なる作り話に近い迷信でしかなかった」が、「さまざまな人が、色々な思惑、別々の理由で、鉄道は重要だと言い続け、実際、鉄道が役に立つかどうかはわからないものの、建設が進められ、実際にレールが敷かれていようがいなかろうが、だんだん『鉄道建設』は一種の『信仰』になっていった」と述べています。
 そして、本書は、「近代日本において、『鉄道信仰』の正体はどんなものか、集合的・文化的な『制度』として捉える。鉄道は文明近代化の機種と言われてきたが、本書は鉄道を単なる経済インフラでもなく、近代国家の装置だけでもなく、ある種の集合的な『夢』として捉える。鉄道(あるいはその建設計画)は、誰によって、どんな理由でつくられ、『でっちあげ』られてきたか、『制度化』の過程を解き明かす。この鉄道への信念と夢は、どうやって強化され、社会の他の制度にどのような影響があるのか、そしてこのような信念はどんな効果があったのか、歴史・文化社会学の観点で検証してみた。日本の『近代』への期待と不安の中で、『鉄道』への信念と効果が固まっていき、『日本』ないし『日本人』はつくられた」と述べています。
 第1章「資本主義の誕生と鉄道の敷設(1868-1906年)」では、「鉄道は文明を体現する偶像として扱われるようになった。そして鉄道の魔力は政治の新時代を象徴するものとなり、時代と鉄道は同一視されるに至った」と述べた上で、「1870年代から80年代にかけての鉄道敷設事業には、新たに登場した資本家と政府との関係が大きく影響している。明治政府は資本家の資源を鉄道事業に誘導する目的で彼らと手を結んだ」と述べています。
 そして、「大型金融取引の仕組みがようやくつくられ、資本が鉄道事業に流れていくようになった」として、「政治的な影響力を拡大した明治政府は、金融業者という社会の新しい成員を監督下において協力関係を結び、資金集めの新しい道具を与えることによって鉄道を敷設させた」と述べています。
 第2章「近代国家と民主主義と鉄道(1880-1936年)」では、「近代国家の力を理解するには、地方の社会がどのように近代国家へ組み込まれ、国(ネイション)の名のもとに統合されていったかを考えねばならない」として、「鉄道事業によって地方が刺激され、誘致のために意見書を書くという行動様式が各地に共通して見られるようになった。それが近代的な意味での国を具体的なものにしていった」と述べています。
 そして、「地元の政治家を後ろ盾に鉄道の敷設を求めることが各地で一般化し、庶民はそれによって国政に参加できるようになったのだ」として、「鉄道誘致活動は、庶民による政治参加を形にしたものなのかもしれない」と述べています。
 また、「大正デモクラシーにおける地方の鉄道敷設問題を利益誘導型政治という観点だけから捉えると、この問題が重要な国政課題に変わり、選挙という全く新しい政治的行為によって争点として認められるに至った複雑な過程を説明できなくなる」として、「鉄道は役立つという揺るぎない信念と、国家の資源を地方に誘導するという政治家の約束に対する期待。両者は互いに作用しあっていた」と述べています。
 さらに、「1920年代から30年代はじめの日本」には
(1)経済不況と緊縮財政
(2)二大政党制
という二つの特徴が見られ、「地方に鉄道を敷設すべきか否かという議論は、政治を離れて再び金融をめぐる問題になったのだ」と述べています。
 第3章「国民意識と鉄道(1890-1937年)」では、「皇室の権威と支配を根づかせるのに、鉄道はどのように利用されたのか」について、「1900年代に全国津々浦々を鉄道で回り、各地の国民にあった明治天皇と嘉仁親王(のちの大正天皇)は、最初の『日本人』と言うことができるだろう」と述べています。
 そして、原武史の『可視化された帝国』が提示している論点として、
(1)近代に入って政治的権威や制度に大きな変化が生じたにもかかわらず、日本では視覚的支配が統制のメカニズムとして依然重要な位置を占めていた。
(2)視覚的支配のなかに見られる神秘政略は物神崇拝に支えられていた。
の2点を挙げ、「問題は、江戸期における視覚的支配が後の時代にどの程度温存され、どんな形につくり直されたのかということ」だと述べています。
 また、皇太子嘉仁による1900年代の鉄道旅行について、「皇太子時代に鉄道で全国を回ったことと、それが及ぼした社会的影響」として、「明治天皇の名代として、1900年代に皇太子が旅をしたことは庶民の間に国民意識を呼び覚まし、強めていった」と述べています。
 第4章「結論――国民の夢を乗せて、列車は走る」では、「日本の近代化はナショナリズムの3つの原理を真似損ねたといってもよいであろう」として、「制度の原理を無理解、または勘違いし、鏡像化された近代性が展開したのであった」と指摘しています。
 本書は、鉄道に象徴される日本の近代化を鉄道から読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 鉄道の敷設による日本社会の変化をどのように読み解いていくか、大きく国の形が変わっていく過程にどこまで鉄道の貢献を認めるかは多くの異論があろうかと思いますが、社会の変容と鉄道の敷設がシンクロしていたことは間違いないことではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・鉄道にロマンを感じてしまう人。


2016年1月 7日 (木)

野生動物は何を見ているのか―バイオロギング奮闘記

■ 書籍情報

野生動物は何を見ているのか―バイオロギング奮闘記   【野生動物は何を見ているのか―バイオロギング奮闘記】(#2500)

  佐藤 克文, 青木 かがり, 中村 乙水, 渡辺 伸一
  価格: ¥1,620 (税込)
  丸善プラネット(2015/12)

 本書は、「小型の記録計を動物に取り付けて、観察が難しい動物の行動や生態を調べるやり方」である「バイオロギング」の研究成果を取りまとめたものです。
 第1章「動物目線の理由」では、「バイオロギング」という言葉について、「日本発祥の造語が世界に広がっていった」ものだと述べた上で、「動物の生態を調べている同業者からの評判はなぜだか今ひとつよろしくない」理由として、「ハイテクに頼りすぎているという印象があるようだ」と述べています。
 そして、「これまでバイオロギングによって達成された発見は、狙っていた仮説が検証されたというよりも、皆が『きっとこうなっているはず』とか思い込んでいた常識をひっくり返してしまうような、まるでちゃぶ台返しするかのごとき、想定外のものが多い」と述べています。
 第2章「浦島太郎の目線で調べるウミガメの生態」では、「世間ではウミガメ類がプラスチックゴミを摂取して、それが消化管内に詰まってしまうために死ぬという話が広く信じられている」が、「多くのウミガメがプラスチックゴミを摂取しているのは事実」ではあるが、「ゴミが腸の途中で詰まっている個体は1頭もいなかった」として、「まだ世の中にレジ袋などのプラスチックゴミが存在していなかった時代から、ウミガメ類は海洋に浮かぶ餌を大雑把に捕り、可食部と非可食部を一緒に飲み込んでいたのだろう」と述べ、「ゴミを食べたウミガメが死ぬという思い込みが世の中に広がってしまうと、ウミガメ類を絶滅の危機に追い込んでいる真の要因が見えにくくなってしまう」と指摘しています。
 第3章「冷たい深海でクラゲを食べるマンボウ」では、マンボウが「深いところで何をしているかまではずっとわかっていなかった。研究者たちは餌を食べているという予想をしてきたが、もちろんそんな深いところでマンボウを目撃した人はいない」とした上で、著者が、「マンボウにカメラを取り付けることで、マンボウが深いところでクダクラゲ類という変わった形のクラゲを食べていることを世界ではじめて明らかにした」と述べています。
 また、マンボウに体温計を取り付けることで「マンボウの体温の挙動を測って」みた結果として、「マンボウの体温は深いところの水温と同じ温度まで下がることはなく、ある程度体温が下がるとマンボウは海面に戻り、下がった体温は海面で浮いている間に回復していた」と述べた上で、「温度差に対する体温の変化は、体温を回復するときのほうが大きい」として、「温まる時には冷える時よりも熱交換効率が3倍以上大きい」として、「表面積の大きい鰓がラジエーターのように働き、鰓を通る血液の流量を多くすることで周りの海水との熱の交換を活発にしているのではないか」との仮説を挙げています。
 第4章「樹に登らなくても飛べるオオミズナギドリ」では、「樹に登らないと飛べないから」と言われていたオオミズナギドリについて、「実際のオオミズナギドリは、やすやすと空中に飛び上がり、何度も着水と飛翔を繰り返していた」と述べています。
 第5章「マッコウクジラの頭を狙え」では、マッコウクジラの捕食行動を撮影するために解決しなければならない問題として、
(1)光源
(2)カメラをどこにどうやって付けるか
の2点を挙げた上で、マッコウクジラの口元を撮影するための曳航式のタグをマッコウクジラに取り付けたところ、「タグを取り付けたマッコウクジラは勢いよく体をひねって、ローリングし始め」、カメラ部分を切り離してしまったと述べています。
 第6章「ブッシュに潜むチーターの狩り」では、チーターにカメラ付きの首輪をつけたところ、「もともとは海鳥研究用に開発されたカメラだけに、強度より軽さが優先され、水中で抵抗を受けにくいよう細長い計上に設計されている」ため、「おそらく狩りで疾走した際に茂みに引っかかり、カメラがへし折れた」と述べています。
 また、「『ブッシュに潜むチーター』の狩りは、走る速度も食べ方も、『サバンナを走るチーター』とは随分と違っていた。こうした違いは、植生や餌動物、競争者の密度といった生息環境の違いにチーターが適応した結果なのだろう」と述べています。
 本書は、これまで見ることができなかった動物の世界を覗き込んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 バイオロギングは日本が世界をリードしている分野ということですが、今後センサーデバイスの進化によって、体温だけではなく脈拍や血中の化学変化などを含めた分析が進むとともに、人間の医療分野でも活用が進むかもしれません。

■ どんな人にオススメ?

・動物が何を見ているのかを知りたい人。


2016年1月 6日 (水)

社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門

■ 書籍情報

社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門   【社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門】(#2499)

  駒崎 弘樹
  価格: ¥886 (税込)
  PHP研究所(2015/12/16)

 本書は、「いまではNPOや社会問題を解決する事業(以下、ソーシャルビジネス)に対する関心は高まり、社会的ステージも上がった」として、社会起業家の第一世代と呼ばれる著者が「経験した様々なことを詰め込み、日本で類例のない、NPO/ソーシャルビジネスの企業と経営に関する実践的なノウハウ」を公開するものです。
 序章「なぜ、いまソーシャルビジネスなのか?」では、「人びとの社会への参加や、新たに『公共』をつくっていくための、受け皿のひとつとなり得るのが、NPOであり、何らかの『仕事』によって社会課題を解決するソーシャルビジネスである」と述べています。
 第1章「ソーシャルビジネスを始める前に考えておくべきこと」では、「社会問題に対し、『なぜ』を繰り返し、その『構造』を把握すること」で、「ここを押せば問題が解決できるかも」という「スイッチ」が得られ、そのスイッチを軸にして、仮説として、「こういうソーシャルビジネスをつくってみてはどうか」を考えていけばよいと述べた上で、
・「可能である」ことをベースに仮説を立てる。
・もし「よく分からない」要素が出てきたら、ヒアリングや書籍、現場に入る等の方法で検証する。
・「こうすれば」に対して反証できる要素が出てきたら、「では、どうすれば可能か」を繰り返し、代替案を考え、繰り返す。
としています。
 第2章「ソーシャルビジネスの『仕組みづくり』(事業プラン)をどうするか」では、「NPO等の行うソーシャルビジネスが通常の企業のマネタイズと最も異なる点」として、「モノやサービスの受け手(『受益者』という)からお金がもらえないことが多い」ことを挙げた上で、「ソーシャルビジネスで考え得る、いくつかのお金を生み出す仕組み」として、「縦軸にモノやサービスの受け手の支払い能力(payability) をとり、横軸にそのビジネスがどれだけ共感され、寄付を得やすいかという共感可能性(sympathizability)」をとった「マネタイズ・マトリックス」を示しています。
 そして、寄付マーケティングが持つ「企業とは異なる強み」として、マスメディアやSNSに「その社会性ゆえに取り上げてもらいやすい」という「広報力」を挙げています。
 また、「ビジネスモデル(利益を生み出すための事業の仕組み)を考える作業」には、「絵」にすることが欠かせないとして、「四角や丸でプレーヤーを列挙して、矢印で誰が誰に何を提供するのかを描く」と述べた上で、「駒崎式・事業計画書」として、
・どんな人を助けたいのか?[ターゲット]
・助けを必要としている人は、どれくらいいるのか?[市場規模]
・どのような仕組みで助けるのか?[モデル]
・お金は誰が払うのか? 助けたい人から、いくらもらうのか?[マネタイズ]
・ほかに、似たような事業を行う人や団体は存在するのか?[競合]
・上記の人や団体と、自分たちとの違いは?[差別化]
・どういう組織にするのか?[組織デザイン]
・今後、どのようにして広がっていくのか?[スケールアウト]
の7点を挙げています。
 さらに、適切な価格を出していく方法として、「利用する見込みのある人を対象に、価格の高い・低いについての感情を調査し、そこから適切な価格を導いていく方法」である「価格感度測定法」を挙げています。
 第3章「さあ、ソーシャルビジネスを始動させよう」では、まずは、「ミニチュア(縮小)版」でりあるにやってみるという「テストを繰り返しながらモノ・サービスの完成形(最終プロジェクト)を作っていく手法」である「リーンスタートアップ」について、「資金の少ないNPOやソーシャルビジネスにとっても非常に有効な方法」だと述べ、「テストは、本番前の『学び』の時間。体験を重ね、利用見込者たちの意見をどんどんヒアリングし、実際にソーシャルビジネスとして成り立つ形になるように試行錯誤していく」としています。
 そして、「事業を回していく資金を集めることは、どの企業においても容易ではない」が、「確固とした『パーソナルWHY』があり、それをきちんとストーリーにして人に語り続けていけば、お金は不思議と集まる。ある程度は」と述べています。
 また、「初期の段階では、基本的には固定費を最小限に」するために、「たちあげをボランティアで手伝ってくれる人を募り、ボランタリーチーム(ボランティアの人達で構成されたチーム)」をつくる「スタートアップ・ボランティア」の活用として、
(1)学生インターン
(2)プロボノ(職業上持っている知識や経験を活かして、ボランティアで社会貢献を行う人)
の2種類を挙げています。 
 さらに、あちあげ期のボランティアマネジメントにおいて、コミュニケーションとともに重要な点として、チームが回り続けるための「仕組み化」を挙げ、「経営者は彼らが入れ替わることを前提に、それでもチームが回っていくように仕組み化していく必要がある」と述べています。
 また、オフィスについては、「仕事はスターバックでやれ!」は極論としながらも、「お金をあまりかけずに、自分にとってテンションが上がる場所をオフィスに選ぼう」と述べています。
 第4章「準備は整った。大海へ漕ぎ出そう!」では、ようやく実際のサービスがスタートできる「サービスイン」段階には、「知ってもらうこと」が必要となり、そのための大きな武器となる「プレスリリース」について、
(1)関係省庁の記者室
(2)都道府県庁の記者室
(3)地方新聞に直接連絡
の3つのルートを挙げた上で、「新聞掲載された事実をウェブページに掲載したり、紙のパンフレットに記事の一部を載せたり、『掲載記事集』をつくってパンフレットに一緒に挟みこんだりなどして、取材実績を見える形にしておく」ことで、「自分たちへの信頼をアーカイブ(記録し蓄積すること)できる」と述べています。
 そして、「顧客の満足度をできるだけ正確につかみ、それをもとに、顧客にもっと満足してもらえる現場を整えていく」ために、「あなたは、このサービスを友人にすすめますか?」という質問に対する0~10の十一段階の評価を、
・10~9:推奨者
・8~7:中立者
・6~0:批判者
の3つのグループに分ける「ネットプロモーター・スコア」(NPS)の活用をすすめています。
 また、改善にあたっておこなう点として、
(1)現場が日常的に行なっている仕事の仕方や制度を改定していくこと。
(2)不満の感想をもらった個々のスタッフレベルで改善を促していくこと。
の2点を挙げています。
 さらに、「経営者の独断と偏見で採用していた初期の頃と異なり、複数の人間が採用に関わるとなると、やはり組織の中に『採用の仕組み』をつくっていかなければならない」としています。
 そして、NPSの指標をスタッフの満足度調査に応用した「eNPS」について、「フローレンスでも結果は目を覆いたくなるようなものだった」が、「とりあえずできそうなことから、どんどん手をつけていけば良い」として、「『ちょっとずつだけど、よくなっている』という感触が職場の中に生まれてくることで、まだ大幅にはよくなっていなかったとしても、希望が持てるようになっていく」と述べています。
 第5章「事業を大きくし、より大きな社会変革を目指す」では、「自分たちが追求するテーマで社会をよくすることにどれだけ貢献できるか」を優先する点が、ソーシャルビジネスが一般企業とは大きく異る点だとして、「自分たちのモデルやノウハウを他の地域や国にリプリケイト(複製)し、より広範囲に困っている人を助けていこう」という「スケールアウト」という「NPOやソーシャルビジネス独特の拡大方法」として、
(1)ブランチ(支社)型
(2)アフィリエイト(ブランド連携)型
(3)ディスセミネーション(種まき)型
の3つの方法を挙げ、「自分たちの『ソーシャル』ビジネスモデルと戦略に鑑みながら、どのタイプのスケールアウトが適しているのかを検討するといいだろう」と述べています。
 第6章「『制度化』という社会変革の方法」では、「自分たちのノウハウをわざと国に『パクらせる』」方法である「政策化」に関して、政治家や官僚の「視察」への心構えとして、
(1)視察に来た政治家や官僚を「敵」とみなさないこと。
(2)紙で資料をきちんと準備しておくこと。
の2点を挙げています。
 そして、「制度化後も、モデルケースを続ける理由」として、
(1)「お手本」の重要性
(2)制度は生き物だということ
(3)パイオニアとして業界リーダーとなり、その業界の健全性を保つ必要
の3点を挙げ、「制度化後は、自らで生み出した業界を、今度は育てていく役回りが重要だろう」と述べています。
 また、「社会企業のトラブルあるある」では、
(1)こちらの夢を殺いでいく「ドリームキラー」の意見の中にも1~2割ほど役に立つものがある。
(2)初期メンバーが辞める際にもなるべく温かく送り出す。
(3)「困っている人たち」のために「個人商店」を脱する。
などの点を挙げています。
 本書は、ソーシャルビジネスを開拓してきた本人による生のノウハウと苦労の跡が詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の元になっている読売新聞の連載を読んだことのある人もいるかもしれませんが、社会を変える原動力は(もしかしらた根拠がないかもしれない)「社会を変えることができる」という自信です。この辺りは「できると思うからできる」という自己成就予言的な部分があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・社会を変えられたらいいのになと思う人。


2016年1月 5日 (火)

アリの社会: 小さな虫の大きな知恵

■ 書籍情報

アリの社会: 小さな虫の大きな知恵   【アリの社会: 小さな虫の大きな知恵】(#2498)

  坂本 洋典, 東 正剛, 村上 貴弘
  価格: ¥3,456 (税込)
  東海大学出版部(2015/9/17)

 本書は、「アリと、アリと共に暮らす生物(好蟻性生物)が構築している、人間社会と異なったもう一つの社会の話」です。
 第1章「アリに学ぶ」では、「アリの社会では、生殖可能な個体はごく一部に限られ、他の個体は子どもを残せず、一生、生殖以外の労働に従事する。生物にとっての聖域ともいえる生殖にまで分業を広げてしまったのである。これを『繁殖分業』という」と述べた上で、「利他行動が進化しやすい条件」として、
(1)血縁度が大きい場合
(2)利他行動の効率がよく、少ない(援助者の)コストで大きな(被援助者の)利益が得られる場合
の2点を挙げています。
 そして、アリの女王が「交尾後にはみずから脱翅」し、「ワーカーは翅を完全に失った」ことについて、「いったん地上生活に適応すると翅の喪失は思いもよらない2つの大きな贈り物をもたらしてくれた」として、
(1)長寿を手に入れた
(2)多様な形態を獲得した。
の2点を挙げ、「いったん地上適応に成功すると、長寿と多型が労働分業の幅を広げ、高度な分業社会の進化を促した」と述べています。
 第2章「アリのグローバル戦略」では、南米のアルゼンチンとブラジル国境付近の亜熱帯域を原産とする「ヒアリ」が「悪夢(nightmare)」といわれる理由として、その凶暴性とともに「分類がひじょうに難しい種」であることを挙げています。
 そして、「侵入地のヒアリの血縁度がほぼ0という事実は、真社会性生物の進化の道筋を考えると矛盾になる。なぜ侵入地のヒアリは、血縁度がほとんど0になってしまっても高度な社会性が維持されるのだろうか?」と述べています。
 第3章「アリのメガコロニーが世界を乗っとる」では、外来種であるアルゼンチンアリが、
(1)生態系の撹乱
(2)農業環境におけるアブラムシ類の大繁殖
(3)生活環境への侵入
の3つの災いをもたらすと述べています。
 そして、「アルゼンチンアリが高い繁殖力を持つ一因は、スーパーコロニーを作ることにある」として、多くのアリが「近所の同種コロニーで小競り合いをしている」のに対し、「コロニーの大きなアルゼンチンアリではそのような小競り合いにかかるコストが少なく、その分繁殖に投資できる」と述べ、「ヨーロッパの地中海沿岸には、スペイン北部からイタリアまで、6,000kmにわたってヨーロピアン/メインと呼ばれる長大なスーパーコロニーが分布する」としています。
 第4章「アリカンパニーの成功の秘訣」では、「コロニー営巣初期において重要になるのが、労働を担うワーカーカーストの存在であり、その際ワーカーを生産するための資源をいかにして確保するか」であるとして、「女王アリが単独で営巣した場合」には、
(1)前もって資源を準備し営巣場所へ移動する(蟄居型)
(2)移動した後女王アリみずからが資源を集める(非蟄居型)
のどちらかの方法を採用していると述べています。
 そして、南西諸島に生息するトゲオオハリアリについて、「特殊な社会構造をもっている」として、「女王カーストが二次的に退化しているため、社会はワーカーカーストのみから構成され(無女王制)、受精したワーカー(ガマゲイト)が女王アリの代わりに繁殖を行う」と述べ、「繁殖個体は後天的に決定され、羽化後、翅の痕跡器官である翅芽をもつ個体だけがオスと交尾することができ、ガマゲイトとなる。その他の個体は、羽化時にガマゲイトによって翅芽を切り取られてしまい、ワーカーとしての運命をたどる」としています。
 また、「ワーカーは女王アリに比べて弱い立場のようだが、実際には女王とワーカーはけっして主従関係などではない。たとえば、外来種として有名なアルゼンチンアリの多女王性コロニーでは、毎年春先に最大で90%もの多くの女王アリがワーカーによって殺される」と述べた上で、「ある個体(またはカースト)を生産・維持するかどうかの決定には、血縁選択上の利害(オス生産、性比の偏り、働動効率等)にくわえ、生産するのに要した資源量や個体維持に必要と予測される資源量といった資源配分的視点が不可欠と考えられる」と述べています。
 第5章「新規参入者の選択」では、アリの群れの中で「茶色くて丸い姿をした虫がすばしっこく駆けまわる」アリの巣に棲むコウロギ「アリヅカコウロギ」について、「アリの卵を食べる、アリの体表を舐める、アリどうしの栄養交換中に割り込んでエサをかすめ取る、口移しでアリから給餌されるなどの生態が明らかになっている」と述べ、「アリヅカコウロギ類は素早い動きでアリとの物理的接触を繰り返すことにより、アリの体表炭化水素を剥ぎとって自分の体表に吸着させる『化学擬態 chemical mimicry』をおこなっていることが示された」と述べています。
 第9章「アリ社会の最新男女事情」では、「とくにアリ類を中心にその特殊な繁殖様式を解説し、それから提出される新たな社会生物学上の問題について紹介する」として、「集団中の遺伝的多様性の維持・増加という点では、無性生殖は有性生殖よりもどうしても劣る。だが、無性生殖の発生機構は有性生殖より複雑であり、その機構によっては親から子へ受け継がれる遺伝子構成にある程度の多様性をもたらせることができる」と述べています。
 そして、「社会性昆虫、とくにハチ目昆虫では未受精卵からオスが発生するため、そもそも無性的に発生する潜在力は高い。また多くのハチ類や、アリの一部の系統群ではワーカーカーストにも卵巣があり、無性的な繁殖が恒常的におこなわれている」とした上で、「繁殖者と生産する対象、さらにそれに依存して発達した特徴」によって、
(1)ワーカーによる無性生殖
(2)未交尾女王による無性生殖
(3)交尾女王による無性生殖と有性生殖
(4)交尾女王とオスの無性生殖
の4つに大別できるとしています。
 また、「無性生殖による特殊繁殖様式は性の意義と機能についても新たな視点を与える」として、「女王アリによる無性生殖は生活史上の利点にくわえ、個体が自己の遺伝子の子孫への受け継ぎを最大化する戦略として進化してきたと推測される」が、「極端な無性生殖への依存は集団、特にコロニーを支えるワーカー集団の遺伝的多様性を低下させ、無性生殖のコストを被りやすい。そのため、ワーカーの遺伝的多様性を維持する機構も同時に進化し、それはオスの特徴によく現れていた」と述べています。
 第10章「遺伝子からみたアリの社会」では、「多くの社会性昆虫では、同じ遺伝子型の個体が異なる表現型を示しながらも機能的に統合されており、コロニー全体を一つの生命体と見ることもでき、しばしば『超個体』と呼ばれている」と述べた上で、セイヨウミツバチにつちえ、「数千のワーカーが育児や採餌をおこなうのに対して、繁殖を担うのはわずか1個体の女王バチ」であり、「女王バチはワーカーに比べて、卵巣が著しく発達し、体サイズは1.5倍ほど大きく、寿命は約20倍も長い。この女王バチとワーカーはどちらも受精卵から生じるメスだが、幼虫の時期に異なる条件下で育てられることで、どちらのカーストに発生(分化)するのかが決まる」と述べています。
 そして、「ゲノムDNAの配列の変化を伴わずに遺伝子発現のパターンを変えることで、細胞や個体の形質を変化させる機構」である「エピジェネティック制御」について、これまで「DNAやヒストンへの化学的な修飾(メチル基やアセチル基といった化学修飾の付加や除去)によってもたらされるエピジェネティック制御は環境条件に応じて迅速に変化すること、そして次世代にも継承されうることが示されて」おり、「昆虫にはこれらの制御がないとされてきた」が、「現在では昆虫でも普遍的に存在する機構であることがわかってきた」と述べた上で、「ロイヤルゼリーからはエピジェネティック制御に関わるヒストン脱アセチル化抑制物質が見つかっており、ヒストンへの脱アセチル化を抑制するとともにDNA、のメチル化にも補助的な役割を果すことも示された」と述べています。
 また、「社会性昆虫のコロニーは血縁者からなる『超個体』であるが、ただ一個の受精卵に由来する遺伝的にまったく同じ細胞からなる『個体』と異なり、内部にさまざまな対立を抱え込んでいる」と述べています。
 本書は、人間とはまた異なった「社会」を構成しているアリの世界を覗き込んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 アリが現在の姿を手に入れるまでに失ったもの(諦めたもの)について考えることは、人間の現在の姿、そして人間社会の姿を考える上で大きな示唆があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・アリにも社会のルールがあることを知りたい人。


2016年1月 4日 (月)

地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み:関東(3)京成・京急・相鉄

■ 書籍情報

地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み:関東(3)京成・京急・相鉄   【地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み:関東(3)京成・京急・相鉄】(#2497)

  今尾 恵介
  価格: ¥1,944 (税込)
  白水社(2015/8/18)

 本書は、国立公文書館に収蔵されている「鉄道や軌道の許認可に関する戦前の公文書」である「鉄道省(鉄道院)文書」から関東の私鉄の「黎明期から現在に至るまでの総体的な歩み」を浮かび上がらせようとしたものです。
 第1部「京成電鉄」、「成田山新勝寺を目指す軌道」では、明治36年の成田といえば、「新勝寺の純然たる門前町」で、「1313世帯4892人という小さな町に過ぎなかった」上に、「東京から京成が敷いた線路は千葉を通らないルートで、特に船橋の先は広漠たる下総台地の雑木林と印旛沼の周囲に広がる田んぼといった閑散たる沿線」で、「そこに延々60キロメートルに及ぶ線路を敷設しようというのは、現代的な感覚では理解しにくい」と述べる一方で、「江戸期の『観光』といえば神社仏閣巡りが中心であった歴史が基層としてあり、その後に登場した近代的交通機関の鉄道・起動が人の流れの多い経路に沿って敷設された明治期の状況を考えれば、東京都成田の間に鉄道や軌道が敷設されるのは当然の流れであった」と述べています。
 そして、「もともと馬車鉄道またはそれに準ずる存在を対象に明治23年(1890)に施行された『軌道条例』では、軌道は原則として道路に敷設することになっており、道路上を通行することが不都合な場合のみ専用軌道(新設軌道)を敷設する建前となっていた」と述べています。
 「まずは近場の帝釈天で稼ぎつつ線路延伸」では、当時の総武本線が、「片道ほぼ一時間おきに列車を運転していたが、市川~船橋間に途中駅が下総中山駅ひとつだけであったのに対し、京成の市川(現国府台)~船橋間には市川新田(現市川真間)、菅野、八幡(現京成八幡の東寄り)、中山(現京成中山)、葛飾(現京成西船)と5か所も設けられていた。しかも日中は16分間隔という頻繁運転が行われていたので、資料は見当たらなかったが、総武本線の乗客をだいぶごっそりさらっていったのは間違いなさそうだ」と述べています。
 「先行した千葉線の開業」では、船橋開業後、「いよいよ次は成田を目指して延伸したいところであるが」、「建設費を捻出するためにはむしろ県都・千葉を目指すのが得策ということで、船橋開業の前年にあたる大正4年(1915)2月18日、船橋から千葉に至る軌道特許の出願を行なった」が、「千葉への支線敷設の特許出願」は、「国鉄と平行線であること」を理由に却下されてしまうものの、「発展する沿道では京成の沿線を待望する声が大きく」、大正6年12月には、「千葉県会議長を筆頭に、千葉町長、幕張町長、津田沼町長、検見川町長、千葉郡会議員、各町会議員など合計82名が連署」した嘆願書が、寺内正毅首相と内務大臣・後藤新平宛に提出されたと述べています。
 そして、「公共交通機関の柱である鉄道・軌道が特定の区間にダブって敷設されるのは無駄、という考え方が従来の監督官庁である鉄道院と内務省にはあったが、京浜間や阪神間にはすでに京浜電気鉄道(現京急)や阪神電気鉄道が明治期に開業して利便性の高い交通を実現させており、千葉レベルの『小都市』への軌道であっても、平行線排除を墨守するのは時代にそぐわなくなってきたのだろう」として、京成電気軌道の船橋~千葉間の軌道敷設特許が大正7年12月28日に与えられたと述べています。
 また、「千葉開業の少し前の大正10年(1921)7月には谷津海岸で『夏の楽園』が開園、これが後に常設の谷津遊園に発展していく」として、「『余暇』を急速に身近なものとして捉え始めた市民の足・京成電気軌道は、従来の神社仏閣だけでない観光に敏感に対応した」と述べています。
 「成田開業と谷津の観光開発」では、京成電気軌道が、大正14年(1925)6月6日に谷津海岸一体の27万坪(約89ヘクタール)の広大な土地を買収し、このうち9万坪(約30ヘクタール)に谷津遊園地を開園したと述べています。
 そして、昭和5年(1930)4月24日に成田停留場までが開業し、「スピードと列車の本数の点で国鉄に対して大きく優位に立った」として、押上~成田間の55.7キロメートルを1時間で結び、押上~千葉間は休校で45分で結んでおり、現在の51分よりも速いと述べています。
 「都心乗り入れルートの模索」では、「京成電気軌道は震災の4ヶ月ほど前の大正12年(1923)4月28日以来、計6回にも及ぶ都心乗り入れの特許申請を行なったとされるが、まったく埒が明かない中でやむにやまれず『政界工作』を行なった」として、「京成から16万円(現代なら3億円程度)が東京市会議員や衆議院議員に流れたことが発覚」したいわゆる「京成電車疑獄事件」について述べています。
 一方で、昭和7年7月1日に国鉄の御茶ノ水~両国間が開業し、同10年には千葉までの電化も完成し、「御茶ノ水~千葉間が50分で結ばれ、しかも頻繁に運転されるようになったため、京成には大きな打撃を与えた」として、「その昔、京成にあらかた客を奪われた鉄道省の『逆襲』がいよいよ現実のものとなりつつあった」と述べています。
 第2部「京浜急行電鉄」、「関東初の電車――大師電気鉄道」では、「東京(新橋)~横浜間は日本で最初に官営鉄道が開業したところで、国内では最も交通が頻繁な区間であるため、電気鉄道というものが世に知られてから、京浜間にこれを敷設しようとする軌道敷設特許の出願が相次いでいた」として、「最初にこの区間に敷設された私鉄が京急の前身の京浜電気鉄道」であり、「このルーツが大師電気鉄道である」と述べています。
 「都市間電車(インタアーバン)への変貌」では、「関東初の電車として川崎~大師間でスタートした対し電気鉄道は、その名の通りの参詣客輸送が主目的であったが、会社は京浜間の都市間電気鉄道、いわゆるインタアーバン(interurban rail system)を目指していた」と述べた上で、「軌道条例はそもそも市内交通を担当する輸送力の小さな低速の馬車鉄道や路面電車を想定したものであって、京浜間のような中距離を専用軌道で通すのは筋が違う」という「当時の内務省の公式見解であった」が、「急速な電車の近代化に直面していた内務省の考え方は揺れていたようで、明治38年(1905)に開業した阪神電気鉄道が阪神間の大半を専用軌道で突っ走る軌道特許を求めた際に、内務省の初代技監・古市公威は『線路のどこかが道路についていればいい』と、きわめて柔軟に対応している」と述べています。
 「横浜中心部へどう乗り入れるか」では、「日中10分間隔という電車の頻繁運転、それに加えてきめ細かく設けられた停留場を沿線住民は歓迎」した結果、「品川~神奈川間の官営鉄道の乗客数が京浜全通の直前と比べて開業翌年にあたる明治39年(1906)9月には実に63%の減少」と推計されており、「駅が少なく、たまにしか来ない『汽車』の惨憺たる敗北を示している」と述べています。
 「参拝電車から空港アクセス線へ」では、「敗戦から5週間ほど経った9月21日に連合軍総司令部(GHQ)は、飛行場の近くにあった穴守稲荷とその門前町など、海老取川より東側の住民に対して『48時間以内の退去』を求めた」とした上で、「穴守稲荷の門前にある大鳥居を撤去するのは難しかった。ロープを掛けて引き倒そうとしたところロープが切れ、死傷者が出たのである。その後も作業をしようとすると工事関係者の事故や発病が続いたことから、これは『お稲荷さんの祟り』と恐れられ、結局はこの鳥居だけが残されることになった」と述べています。
 第3部「相模鉄道」、「細道を行く『田舎軌道』構想」では、「全国の幹線鉄道から外れた地域では、その鉄道と『おらが町・村』を結ぶ軽便な企画の軌道を敷設し、地域の振興を図ろうとする素封家たちが多数に及んでいた」と述べ、「この軌道計画を立ち上げたのが、相模鉄道の前身に当たる神中軌道株式会社」であり、その由来は、「おそらく神奈川県の中央部を通ることからであろう」と紹介しています。
 「戦時の輸送力増強と海軍施設」では、「相模原方面では昭和10年頃から密かに『軍都計画』が進められており、現相模原市域の村長らがこの頃に集められ、郡部から広大な土地を収容する話がもたらされていた。この軍都計画は現相模原市を中心として陸海軍の施設を大々的に整備するもので、北側には陸軍、南側の現座間・大和・綾瀬市に加えて横浜市の一部にかけてのエリアに海軍がそれぞれの施設を建設することになったのである」と述べています。
 本書は、私鉄の成り立ちを通じて、明治から昭和にかけての首都圏の成り立ちが伝わってくる一冊です。


■ 個人的な視点から

 現代に暮らす私達は、鉄道を「昔から当たり前にそこにあるもの」として捉えがちですが、その成り立ちを知ることで、どうして今の状態になったのかを理解することができ、将来の姿を考えられるようになるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・鉄道がなぜそこにあるのかを知りたい人。


2016年1月 3日 (日)

地方議会の政務活動費

■ 書籍情報

地方議会の政務活動費   【地方議会の政務活動費】(#2496)

  勢旗 了三
  価格: ¥4,104 (税込)
  学陽書房(2015/10/17)

 本書は、「政務活動費の改正の経緯と地方議会の対応並びに訴訟事件と近年の主要な判例を追求し、あわせて議会三団体による政務活動費条例案を収載した」ものです。
 第1編「政務活動費概説」第1章「政務調査費の創設と政務活動費への改正」では、1956の地方自治法の改正によって、「常勤・非常勤または特別職・一般職の区別を問わず、給与その他の給付は、法律ないし条例に基づかないかぎりいかなる支給でもできないとして禁止した」ことから、「かつて議員個人に対して給付されていた調査研究費は認められなくなり、今後は会派に対して支給すること」に改まったとした上で、「1956年の地方自治法改正とこれに関わる自治省行政課長の回答によって、その後、会hに対する調査活動費の補助が支出されるようになり、これが政務調査費法制化への転機となった」と述べています。
 第2章「政務活動費交付条例案と運用基準」では、2012年の法改正によって「政務活動費の経費の範囲を条例で定めることになったことから、従前の政務調査費においては規程において別表で定めていたしと基準を条例に引き上げる必要が生じたことである」と述べています。
 そして、「議会が内部規定として定める運用基準には、細部の説明の前に、政務活動費の執行の前提として基本的な原則を掲げていることが特色となっている」と述べています。
 第3章「政務活動費の現状と課題」では、「都道府県・指定都市群と市区・町村群とは交付額に大きな差があり、政務活動費の活用が二極化傾向にあることを示している。同様の傾向は議員報酬額においても見られることである」と述べています。
 そして、「情報開示の対応窓口となるのは議会事務局である。今後、政務活動費の使徒について事前・事後の相談ともに可否判断を求められるケースが増えざるを得ない。今では領収書などはほぼ情報公開化されたが、それらを含め収支報告書など内容の一層厳しい点検が求められる」と述べています。
 また、「政務調査費制度の根底にある問題は議員の位置づけといってもよい。さかのぼていえば、それは地方自治法制定依頼、一貫して抱えてきた問題でもある」と述べています。
 第2編「訴訟と判例」第1章「議会と訴訟法務」では、「係属中の住民訴訟の案件に関して、議会の議決による権利放棄が各地で相次ぎ問題視された」と述べています。
 第2章「主要判例解説」では、最高裁判所平成26年10月29日第二小法定決定「県議会に交付された政務調査費の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿が民事訴訟法220条4号2所定の『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』に当たらないとされた事例」について、「条例に基づく規程においては、領収書その他の証拠書類等の整理保管及び保存が義務付けられ、さらに会計帳簿の調整及び保存も義務付けられている」ことから、「外部の者に開示することが予定されていない文書であるとは認められないと断じた」として、それまでの判例とは異なる判断となったと述べています。
 また、仙台高等裁判所平成22年7月22日判決「費用弁償の支給が政務調査費との重複支給に当たり不合理であるとはいい難いとされた事例」について解説しています。
 本書は、政務活動費について丁寧に概説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 政務活動費については、その自由度の高さから、「政活費」ならぬ「生活費」と揶揄され、号泣会見などの不祥事も引き起こしていますが、不用意に足を引っ張られないためにもその成り立ちを理解しておいたほうがいいかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「生活費」は自由に使えると誤解してしまいそうな人。


2016年1月 2日 (土)

大震災に学ぶ社会科学 第4巻 震災と経済

■ 書籍情報

大震災に学ぶ社会科学 第4巻 震災と経済   【大震災に学ぶ社会科学 第4巻 震災と経済】(#2495)

  齊藤 誠 (編集)
  価格: ¥3,780 (税込)
  東洋経済新報社(2015/5/1)

 本書は、「東日本大震災学術調査マクロ経済班」が「3年間にわたって行なった東日本大震災の経済的な影響に関する調査研究の成果をまとめたもの」であり、マクロ経済班の報告書「東日本大震災の社会経済的な影響について」では、
(1)津波被災による建物被害規模が阪神・淡路大震災のそれと大きく変わらなかったこと
(2)津波被災地域における生産活動への影響(ただし、福島第一原子力発電所の災害を除く)が軽微でサプライチェーンの復旧も迅速であったこと
(3)津波被災地域では、大震災前から経済的な衰退が進行していたこと
などが実証的に明らかにされたとしています。
 著者は、本書の8本の論文が実証的に明らかにしたこととして、「大震災直後に政策当局を中心に『認識されていたこと』と、『現実のありよう』との大きなギャップ」を挙げ、「大震災直後に影響が甚大だと思われていたことが、実は軽微であり(たとえば、阪神・淡路大震災の建物被害をはるかに凌駕すると考えられたが、実はそれと同程度であった)、逆に直後には影響が軽微だと思われていたことが、実は甚大であった(たとえば、便乗値上げによる価格調整が軽微であった背後で深刻な数量調整が生じていた)という震災直後における状況把握の深刻な失敗」を指摘しています。
 第1章「東日本大震災の復興予算はどのように作られたのか?」では、「阪神・淡路大震災に比べた東日本大震災の被災地域人口あたりの被害程度は、人的被害で9倍以上、建物被害で3倍以上になった」とした上で、「内閣府(経済財政分析担当)が2011年3月23日に公表した16兆円から25兆円に上るという被害額推計も、内閣府(防災担当)が同年6月24日に公表した16.9兆円という被害額推計も、過大な推計であるという批判が少なからずあったものの多くの人々の間で当然の被害額として受け入れられたようである」と述べ、一方で、「東日本大震災で津波被災を受けた人口は、阪神・淡路大震災で激震を被った人口にはるかに及ばなかった」として、被害額の中核を占めた建物被害についても、「消防庁が大震災における全壊住家は10万棟強であり、阪神・淡路大震災における全壊住家10.5万棟(全国)と大きくかけ離れていなかった」うえ、「津波被災地域で1棟当たりの世帯数が多い共同住宅が極端に少なかったことを考慮すれば、世帯数ベースで見て阪神・淡路大震災の建物被害の方がより甚大であったと考えるほうがむしろ適切だったであろう」と述べ、それにもかかわらず、「阪神・淡路大震災に比べて膨大となった東日本大震災の被害額推計(16兆円から25兆円)が大きな引き金となって、発災後5年間の復興予算規模も、阪神・淡路大震災の同予算規模(9.5兆円)を大きく上回った)としています。
 そして、「『復興の基本方針』の復興事業規模を実現した2012年度予算までの予算規模は、その執行段階において次の2点で深刻な問題を抱えることになった」として、
(1)復興事業の進捗が芳しくなかった。
(2)発災後との社会経済状況を踏まえて、復興事業の対象や希望を再検討する必要が生じた。
の2点を挙げた上で、「阪神・淡路大震災で9.9兆円の被害に対して5年で9.5兆円の財政負担を講じたという経験を踏まえて、『向こう5年間の復興予算規模は、被害概算額とほぼ同等になる必要がある』という考え方が広く定着したのであろう」が、「被災地域人口一人当たりで見た予算規模が阪神・淡路大震災の4倍以上になるという事態は、著しく妥当性を欠いたものであろう」と述べています。
 また、「内閣府(経済財政分析担当)が、建物被害が甚大だった阪神・淡路大震災の事例を参照した方法」について、
(1)今般の大津波による建物被害規模は、阪神・淡路大震災による建物被害規模よりもはるかに甚大であると想定してしまった。
(2)津波の被害を受けなかった地域においても、阪神・淡路大震災と同程度の建物被害を想定してしまった。
(3)被災3県の津波被災市町村の建物損壊率について、過大な想定をしてしまった。
の3つの意味でミスリーディングだったと指摘し、「建物被害額推計6.7兆円をその上限として用いて、他のストック機損額(ライフライン1兆円、社会基盤施設2兆円、その他2兆円)について当初の推計を用いたとしても、『被害額推計の下限が16兆円』から『被害額推計の上限が11.7兆円』と仕切りなおしをすることができた」としています。
 著者は、「震災直後の混乱の中で被災地域の経済社会状況や被害状況の把握に錯誤があったのは、致し方がない面があったのだろう。ここでもっとも重要なことは、そうした錯誤を、放置することなく、現在進行形で得られるデータから、できるだけすみやかに訂正していくことである」として、「この論点こそ、今般の東日本大震災への政策対応から得られるもっとも重要な教訓の一つである」と指摘しています。
 第2章「東日本大震災が消費支出と物価に与えた短期的影響」では、「経済学でも利用が進みつつあるスキャナデータ(商人のバーコード情報をスキャナで読み取ることによって得られる高頻度の販売・購買データ)を駆使して、東日本大震災が消費者の購買行動と商品価格に与えた影響を初めて定量的に明らかにしたい」としています。
 そして、主要な発見として、
(1)首都圏を中心とする東日本では、需要ショックと供給ショックの双方から震災直後に一部の消費財に大きな超過需要が発生した。しかし、小売店における商品価格の上昇は(特売減少の効果を含めても)数%にとどまり、超過需要は主に数量調整によって解消された。
(2)数量割当が起こった結果、震災直後には家計間の購買結果の差が広がり、平時よりも多くの食料を購入した世帯とまったく購入できなかった世帯に二極化する傾向が見られた。
(3)同一店舗における同一商品の価格上昇は確かに限定的だったが、震災後には品切れで購買可能な商品の種類が激減し、多くの家計はより価格の高い代替的商品を購入したため、家計にとっての実質的な価格上昇率は通常の価格指数が示すよりも大きかった可能性が高い。
の3点を挙げています。
 著者は、「非常時の資源配分メカニズムとして価格調整と数量調整のどちらかが優れているのかは自明ではなく、理論的にも解明すべき点が多く残されている」と述べています。
 第3章「東日本大震災の家計消費への影響について:恒常所得仮説再訪」では「東日本大震災がマクロ経済の消費に与えた永続的な影響とともに、東北地方の消費に与えた一時的な影響を推計すること」を目的とするとした上で、「東日本大震災は、東北地方の消費を経済全体の消費動向から18%以上の起きさで引き下げるインパクトがあった」一方で、「経済全体の消費のトレンドを2%から3%の大きさで永続的に引き下げた」と述べ、その理由として、「現在から将来にかけての所得の割引現在価値、すなわち、恒常所得が2%から3%のオーダーで減少したと解釈するのが自然であろう」としています。
 第4章「労働市場から見た震災直後。復興過程における経済状況」では、阪神・淡路大震災の場合における、震災から復興までに労働市場のプロセスについて、
(1)混乱期:震災直後に求人シェア・求職者シェアともに一時的な低下が生じる。
(2)参入期:被災のために職を失った人びとが求職者として労働市場に参入するとともに求人も増大し、双方のサーチ活動が活発化する時期。
(3)回復期:増加した求人に求職者が順次就職していくことで、求職者シェアが低下する時期。
(4)調整期:高い労働需要の下、求職者シェアが震災直前を下回るようになるが、求人シェアが低下するとともに求職者シェアも震災直前水準を目指して調整されていく時期。
の4点を挙げています。
 そして、東日本大震災の労働面から見た影響として、
(1)東北3県の賃金に関しては、宮城県や福島県で全般的に賃金上昇が観察されており、男性の「鉱業、採石業、砂利採取業」では賃金の持続的上昇が見られる一方で、福島県の「電気・ガス・熱供給・水道業」では震災後の賃金低下が持続している。総じて、一部の産業では賃金や労働時間に震災の影響が残っているものの、全般的には強い影響を脱している。
(2)求人・求職統計からは、東日本大震災のショックに対する地域労働市場の反応は、阪神・淡路大震災の時と類似している。
(3)人口移動の点からは、震災によって被災地域では人口の転出超過が生じた。
(4)被災離職者は、その他の要因による離職者よりも再就職が困難となっていたが、男性の場合には徐々にキャッチアップしている。
の4点を挙げ、「東日本大震災の痕跡は今では失業や賃金統計といった一般の労働市場統計にはほとんど見えなくなりつつある。しかし大震災は、被災離職者の男性の非正規化、女性の労働市場からの撤退、被災地域からの若年層の転出、避難生活をせざるを得なかった人びとの就業割合の低下といったさまざまな側面において、被災地の人びとの生活に大きな影響を及ぼしたことも確かである」と述べています。
 第5章「決済システムから見た震災直後の金融経済状況」では、「東日本大震災直後の金融・決済面のデータを整理し、震災当時の状況を客観的に振り返る上で有用な情報を集約しておくこと」を目的とするとした上で、分析を通じて浮かび上がった重要なポイントとして、
(1)短期金融市場の安定性確保と金融機関における資金決済機能の維持
(2)現金供給体制の維持
(3)企業間決済機能の維持・回復と被災地金融機関による資金繰り支援
(4)金融取引の急増に対処しうるだけのシステム処理能力
の4点を挙げています。
 第6章「大震災と企業行動・企業金融」では、「東日本大震災後の被災地においては、震災後に倒産、つまり借金あるいは支払いが滞ったことを契機とする企業の退出が減少し、廃業あるいは休業、つまり債務が払えないこととは少なくとも直接関係のない退出が増加したことがわかる」と述べています。
 そして、「企業によって影響の大小に違いはあるものの、大多数の企業については震災のもたらした負の影響が比較的短期に解消されている」と述べています。
 第7章「災害と自治体間の協力関係」では、「
(1)被災自治体(福島県を除く)からの災害瓦礫の受入の是非を各自治体がどのように判断したのか。
(2)震災前に締結されていた災害協定(支援物資の提供や被災者の受け入れ、職員の派遣を含む)に実効性があったのかどうか。
の2点について、独自に収集したデータにもとづいて検証していくとしています。
 そして、「他の自治体が災害瓦礫の受入・処理に積極的」であれば、「当該自治体にも同様にせえっ曲的姿勢を示すことになる」として、「自治体間の地厚的な協力関係=互助には限界があるのかもしれない」と述べています。
 また、「アンケート調査からは東日本大震災において災害協定や必ずしも十分に機能しなかったことが分かった。とくに被災者の受入や職員の派遣などは、協定通りに実施した自治体は少なかった」と述べ、その理由として、「協定先の選択が適切ではないことがあるかもしれない」としています。
 第8章「東日本大震災が日本人の経済的選好に与えた影響」では、
(1)質的な質問、数量的な質問ともに、時間割引率は日本人全体では低下したこと、特に現在バイアスが小さくなったことが観察された。
(2)危険回避度については、震災後、津波被害・震度5以上の揺れ・計画停電を経験という条件では、震災前後及び被災地とそれ以外の地域で、変化は観察されなかった。
(3)日本人全体で、震災前後で利他性は低下する傾向が見られた。
の3点を結論として挙げています。
 本書は、東日本大震災の姿を経済学の多角的な視点から分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 死者数が大きいことから東日本大震災の被害規模を過剰に見積もった傾向があるという話については、災害の様相によってどんな原因で人的被害、物的被害が発生するかが全く異なるので単純に比較できないという当たり前の話なのかもしれません。

■ どんな人にオススメ?

・災害の多面的な見方を身につけたい人。


2016年1月 1日 (金)

地方創生の正体: なぜ地域政策は失敗するのか

■ 書籍情報

地方創生の正体: なぜ地域政策は失敗するのか   【地方創生の正体: なぜ地域政策は失敗するのか】(#2494)

  山下 祐介, 金井 利之
  価格: ¥972 (税込)
  筑摩書房(2015/10/5)

 本書は、行政学者・金井利之と社会学者・山下祐介の対談を中心に、「地域社会の統治構造」を読み解こうとするものです。
 第1章「『国―自治体―市民』の構造を問いなおす」では、本書の狙いについて、山下が抱く「今、日本の地域社会や自治体のゆくえにおいて大きな岐路にある」という「憂国の予想」を金井にぶつけ、「深く掘り下げていく機会をつくりたい」と述べています。
 金井の講演録「『地方創生』で自治体は困り果てる」では、「『地方創生』の具体策は国にはアイデアがありません。そこで、全国の自治体にアイデアを供出せよという、総合員令が下命されます。こうして、自治体は、バタバタと『地方創生事業』を国に申請して、補助金を獲得しなければならなくなりました」と述べた上で、国の設定した「地方創生」とは、「日本全体の人口減少が予想されていますし、自治体によっては人口が大幅に減って『消滅』が危惧されるほどです。そこで、各自治体は人口を増やす必要がある、となります。人口を増やすには、仕事が必要です人口と仕事が増えればまちは活性化します。そこで、各自治体に、仕事と人口を増やして活性化する地方創生となるよう、国は各自治体に、創意工夫と努力を求めるのです」と述べ、「自治体にとって必要なのは、自分の頭で考えて、国の定めた『地方創生』という土俵に上がらないこと」であり、「黙って『地方創生』を真面目にやっているふりをして、国の『地方創生』という企てからは逃げ」ながら、「本当の地方創生は、国とは無関係に、自分たちで自主・自立して考える」べきだとしています。
そして、「国から何かしらの政策を押し付けられたとき、決然と声を上げたほうがいい場合と、適当に受け流したほうがいい場合」があり、「『平均的自治体』にとっては、国に逆らっても、おもねっても、ろくなことにはならない場合もある」として、「目立たないように、適当に受け流すという舵取りの選択肢も大事だ」と述べています。
 また、金井の講演録「『震災復興』で何が起きているのか」では、「首長・議員・職員という市町村の為政者は、常日頃、国・県からのさまざまな圧力・影響にさらされて」おり、「住民が力強くバックアップしなければ、首長・議員・職員は途中でへこたれてしまう」と述べています。
 そして、山下の講演録「『地方創生』は地域への侵略である」では、「自立という意味では、たとえば一見産業のない過疎地域の限界集落のお年寄りたちはある意味自立しています」として、「限界集落のお年寄りたちは、車がなくても昔ながらの足で通う道も知っていますし、水道が切れても水がちゃんと飲める沢や泉を知っています。山菜やキノコのある場所もわかっているし、石油が切れても山林があります。そういうわけで、生活が自立しているので、たとえば年金が100万円しかなくても暮らせたりするわけです」と語っています。
 そして、「現代日本におけるナショナリズムの正体は天皇制ではなく、大国経済になってしまった」として、「大国経済を守るためには、小さな地域なんか吹き飛んでもいいとさえ考えられているようです」と語っています。
 第2章「いかにして地域政策は失敗するのか」では、金井が、「現実を無視した空疎な前提の上に国の政策が成り立ち、それにしたがって自治体の復興計画が進行しているから、地域再建も生活再建も進まないのです」と語るのに対し、山下は、ある町で、「この先5年間は帰らない」ことを前提として災害復興計画の改訂を議論していたところ、[復興庁からクレームが来て、その改訂ができなくなった」と語っています。
 また、金井は、「県から出向している副市町村長が、ずっと市町村長に考えを吹き込んでいると、市町村著はだんだん副市町村長の言うことに従順になります」と語っています。
 一方で、山下は、ある町で、県外避難者の生活支援プログラムを、県外のNPOに委託する自治体もある中、「避難者の当事者グループができていたので、そこに県外の生活支援を委託しようと当初予算に乗せた」ところ、「一部の議員が、そのような団体に委託をすれば若年層を町長側に取られてしまい選挙にならないと、そんな理由で否決されて」しまったと語っています。
 そして、「原発事故の問題をめぐって際立って見えてくるのは、国・県・自治体・住民の間の思惑のズレです。このズレが調整されないままにある方向からの政策意思が強く働いて、ものすごくお金をかけているのに――むしろ予算を多大につぎ込むことによって――本来の復旧・復興とは縁遠い政策遂行が進められている」と指摘しています。
 第3章「地域にとって国家とは何か」では、山下が、「国と地方の関係に現れつつある以前とは違う新しい事態と見ている点」として、
(1)「お前はもう死んでいる」という脅しを国が地域にかけ始めたこと。
(2)復興、環境、財政などの金科玉条に向けて、地方の当事者が文句を言えずに黙って従わざるを得なくなっている構造がある。
(3)そこに科学と大学が重要な役割を果たしていること。
(4)技術と科学が入り込むことによって、暮らしのサイボーグ化とも言える事態が生じている。
(5)自治体に対して、財政外し、インフラ外しを、国は露骨に言い始めた。
(6)自治体や地域組織が、自分たちのためにではなく、国や市場のために利用され始めていること。
の6点を挙げ、「こういう文脈の中で見ると、原発事故は今を照らす重要な鏡だという気がする」と述べています。
 これに対して金井は、「旧来の政治学・行政学の理論枠組み」では、
(A)集権国家
(B)水平的競争
と整理できるとした上で、「山下さんがおっしゃるように、1990年代頃から、大きなタイプの変異が起きているのかもしれません」としつつも、「そうしたインフルエンザ・ウィルスに多くの実体が影響(インフルエンス)されて、発生・拡散する構造自体はまったく変化していない」と指摘しています。
 また、山下が、「いま80歳代、90歳代になっている世代は、公共事業をどんどん入れればそれで仕事にありつき、生計を立てるというライフスタイル」で、「そういう時代であれば、国が被災地に大金をつぎ込むことによって、助かる人も大勢いたでしょう」が、「今やすでに各地域におけるそういった構造は壊れており、どんなに公共事業を入れても地元にお金が吸収されていかない現状がある」と指摘した点について、金井は、「高齢化の影響も相まって、土木・建築業が弱体化していて、消化能力が著しく低下して」いるとのべています。
 そして、金井は、「1994年の選挙制度改革で衆議院に小選挙区・比例代表並立制が導入」された際に、「地方圏における定数配分を一気に下げ」、「このとき、国は地方圏重視を放棄した」として、「一見すると地方拠点重視で同種に見える新産業都市と『地方創生』の間には明らかに、選挙制度の変化に基づく断絶面」があると指摘し、「票の少ないところに向けて地域を重視する政策を進めていくというのは、あり得ません」として、「『地方創生』は、地方拠点に梃子入れをするという地域間格差是正ではなく、地方消滅・地方早逝の煙幕として、地方中枢拠点を重視している素振りをしているだけだ」と述べています。
 金井はさらに、「今回の『地方創生』のアイデアは、2つの矛盾する顔を貼り合わせる努力」だとして、
(1)定数是正を背景とする地方切り捨て(地方消滅・地方早逝)うぃ円滑に進めるためのカモフラージュ。
(2)地方切り捨てをする国の政権を、切り捨てられる側の地方圏によって支持させようという作戦。
の2点を挙げています。
 第4章「市民にとって、国家にとって自治体とは何か」では、金井は、「これまでも地域活性化に多くの自治体や地域住民は取り組んでいました」が、「『日本創生会議』は、日本全体や東京目線で、地方消滅や自治体消滅を提起」し、「その提言に自治体為政者がショックを受けたということは、自治体た住民のために存在しているとはいえなかったという実態を表面化させました。自治体は、国や東京のために存在しているのに、その国や東京側から、『消滅』を宣告されたので慌てたのです」として、「建前と実体の解離の問題を炙り出した」と指摘しています。
 また、山下は、自治体とは何かという問いに対する金井の解説を、「自治体は自己決定権を持つ一方で、国家統治機構の末端として機能している。自治体を介しない国家統治は不可能である。それゆえ自治体・地域住民は何を考えるかわからないし、どう転ぶかもわからないので、国は彼らを自分たちの意図通りにコントロールしていこうとする、そうしたがっているのだ」とまとめています。
 さらに、科学技術について、金井は、「原子力は特異ではありませんが、高額である以上、権力性を帯びていますし、制御不可能性を内在的に持っています。そして、その規模が人間サイズから見て、単発でもあまりに巨大であることが大きな特徴」だと述べています。
 そして、山下が、「小さな単位での意思決定――それを尊重することがこの日本という巨大なシステムの中でどんなふうに可能なのか」という問題を考えるためには、「コミュニティとがガバメントを切り離して議論していてはダメだということ」であるにもかかわらず、「そうした地域・自治体をつくるには、国による統治のあり方が深く関わって」くると指摘しているのに対し、金井は、「原発事故から見えていることは、そうした決断を誤ったことによる統治の失敗」だと述べています。
 本書は、「地方創生」と「復興」を題材に、行政学者と社会学者がそれぞれの切り口から切り結んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 流派にもよるのかもしれませんが、社会学者が社会を考える時に、社会の一アクターである「国」は一つのまとまった主体に見えているように感じられました。経済学の世界でも長らく企業は「企業」という一つの主体とみなされることが多かったですが、コースやウィリアムソン以降、企業を「契約の束」として捉える見方は定着しましたし、「国」や「政府」についても、公共選択論など、政府の中の個々のアクターのインセンティブを検討する見方が一般的になっているように思うのですが気のせいでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・地方創生がなんだかよくわからないと思っている人。


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