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2016年1月11日 (月)

フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男

■ 書籍情報

フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男   【フランシス・クリック: 遺伝暗号を発見した男】(#2504)

  マット リドレー
  価格: ¥2,592 (税込)
  勁草書房(2015/8/24)

 本書は、「ジェームズ・ワトソンとともにDNAの二重らせん構造を解明し、その構造から『遺伝情報の保持と複製』という生命の鍵となる機能を導き出し」たことで知られ、「遺伝暗号の解明に大きく寄与し、現在、分子生物学と呼ばれる学問を先導し、創設した人物」であるフランシス・クリックの評伝です。
 プロローグ「生命」では、1966年に、「クリックは、DNAという辞書に刻まれた三文字の言葉からタンパク質を正確に作りだす、いわば暗号表を完成させた」と述べた上で、クリックの心の中には、「解明すべき謎」として、「生命」と「意識」という2つの項目がリストになっていたと述べています。
 第1章「クラッカーズ」では、クリックは、「早熟な無神論者になり、事実と科学に魅せられ、確信をもって疑い、数学の確かな才能にあふれる」少年ではあったが、「神童ではなかった」として、「人生の最初の35年間に、少なくとも業績において注目すべきものはない」と述べ、学校の友達からは、「外交的で、適度に風変わり」で、「クラッカーズ[変人]」と呼ばれたとしています。
 第2章「三人の友だち」では、「戦争が終わる頃、フランシス・クリックの人生に3人の人物が関わってきた」として、「おそるべき数理論理学者であり、後年、証明論の研究で非常に大きな貢献をした」人物であり、クリックが、「自分に正しく考えることを教えたのは、この年下の男だった」と評しているゲオルク・クライゼル、クリックの二番目の妻となる女性、オディール・スピード、「ロンドンのキングスカレッジの新しい生物物理学の教授に任命されたジョン・ランドールのもとで助手となり、科学者としての前途有望なキャリアをスタート」していたモーリス・ウィルソンの3人について述べています。
 そして、「彼の人生のこの時期、最も特筆すべきは、空き時間に自分自身を包括的に再教育したということだ」と述べています。
 第3章「ケンブリッジ」では、「それまでクリックは研究室では役に立たず、物事の見極めもできない人間だったが、キャヴェンディッシュ研究所での最初の2年間で打ち立てた成果によって、ブラッグでさえも彼を優れた理論家であると認めるようになった」として、「クリックは、仮定を単純化することが必要であり、現実を解析するだけでなく可視化することが重要であるという、有益な教訓をここで学んだ」と述べ、「こうした積みかさねの一つひとつが、二重らせんの物語では決定的な意味をもつことになる」としています。
 第4章「ワトソン」では、1951年9月にケンブリッジに到着したジェームズ・ワトソンについて、「ワトソンはDNA、に取り憑かれていた。世界中をあちこち訪ね、遺伝子の構造を発見するのを手助けしてくれる人を辛抱強く探していた」とした上で、クリックについて、「クリックは間違いなく、これまで知っている中で最も聡明で、ポーリングに最も近い人物である。……彼は話すことも、また考えることも、決してやめない」と評している一方で、「クリックは、遺伝学を知っている人や遺伝学者に会うことにわくわくしていた。彼とワトソンは、お互いが知っていることを教えあいはじめた」と述べ、「科学の話をひっきりなしにする共通の情熱が、この二人の本質だった。どちらかが意味のはっきりしないことを話しても、不たしかで推論的な考えを共有してもまったくかまわない。事実の海岸から離れすぎることなく、未知の大海を探検することができた」と述べています。
 第5章「大勝利」では、「1952年になると、DNA構造の研究をまともに進めていたのは、もはや、ロザリンド・フランクリンと彼女の仕事を引き継いだ学生のレイモンド・ゴスリングだけだった」が、「キングスカレッジの連中が事実上DNAの研究を独占していたが、何も成果を出せていない」1年で、「ポーリングが追いついてきた」ことで、「もはやワトソンとクリックを自由にしなければならなかった」として、「2月の最初の週に、ワトソンはDNA模型を組み立てはじめた。クリックは疑っていたのだが、ワトソンはDNAが二本鎖だと主張した」と述べています。
 そして、クリックが、「キングスカレッジの短い研究報告書をマックス・べルーツから受け取った」中に、フランクリンによる、「A型の結晶は、C軸を繊維の軸と平行に配置した面心単斜晶の単位格子を基盤としている」と書かれていたことで、「視覚的にものごとを把握する能力に長けたクリックの出番だった」として、「これだ、36度の回転」という、ひとつ目の「ユーレカ・モーメント」がクリックにやってきたと述べています。
 また、ワトソンは、「一方の鎖のアデニンはもう一方の鎖のアデニンと対を作るという、厳密な組み合わせのアイディアに興奮していた」として、2月28日土曜日に、ワトソンは、「まったく突然、一度見たら忘れられない何かを見た。平行な水素結合の距離を保ってチミンと対を作ったアデニンは、グアニンと対を作ったシトシンと、完璧に同じ形を指定た。それぞれの塩基対はほかの塩基対と同じ形で、らせんの芯のどこにでも配置できた」と述べています。
 そして、「二重らせんの物語は、『だったかもしれない』に満たされている。参加者全員に、ぽかをしたり、好機を逃したりしたことを悔やむ理由があった」と述べています。
 第6章「暗号」では、「すべての発見がそうであるように、DNAの構造の発見は答えを与えた以上に、より大きな疑問を提示する結果となった。暗号はどのように使われるのか。何に対する暗号なのか。その後の13年間にわたり、クリックの人生はこれらの疑問に捧げられ、応え続けていくことによって大勝利がもたらされた。たしかに二重らせんがクリックを生み出した。そして次に、遺伝暗号がクリックを大科学者へと育てたのだ」と述べています。
 そして、「クリックには、暗号の話をする相手が必要だった」として、1954年遅くにシドニー・ブレナーを見つけ、「暗号は縮重しているかもしれない、つまり、それぞれのアミノ酸を指定する方法は2種類以上あるかもしれないという結論に導くよう、そっとクリックの背中を押したのがブレナーだった」と述べています。
 第7章「ブレナー」では、「クリックは、自分のために実験をしてくれ、考えを引き出し、存分に会話を楽しめるパートナーを必要としていたのだ。ブレナーは両方の役割を果すため、雇われることになった」としながら、「ブレナーが到着する前に、真のブレイクスルーが起こった。それまでまったく理論上の概念的存在に過ぎなかったアダプターが、実在のものとして現れたのだ」と述べています。
 そして、「クリックは、椅子に座り、証拠をふるいにかけ、紛らわしい手がかりを捨て去り、真実を引き出した。そうやってDNAからタンパク質への翻訳全体の様子を、ゼロから考え始めた。その成果が、1958年にカンタベリーでの実験生物学会議で出された、最も注目すべき論文だ」と述べ、「その論文で最も注目すべき部分は、クリックが引き出した2つの一般的な原理である」として、
(1)配列仮説:DNAのの塩基配列がアミノ酸配列を決定し、それ以外はタンパク質がどのように折り畳まるかを決めるのに必要ないという仮説。
(2)セントラルドグマ:核酸から核酸へ、あるいは核酸からタンパク質への情報の転移は可能かもしれないが、タンパク質からタンパク質、あるいはタンパク質から核酸への転移は不可能である。
の2点をあげています。
 第9章「賞」では、1962年10月18日、クリック、ワトソン、そしてウィルキンスが、「同時に、自分たちがノーベル医学生理学賞を受賞したことを知った」と述べています。
 そして、「すべての生物学の中心に単純な暗号が存在する可能性は、二重らせんの構造に裏打ちされて、今や確立された事実であった。小さな暗号表が生命の秘密だった」として、1966年10月遅くに、すべての暗号が解読され、「このときは13年前とはちがい、『ユーレカ・モーメント』はなかった。どこかのチームがほかのチームに勝利したということもなかった。ただ、5年にわたる厳しい協力的な研究が行われ、その後の8年にわたる挫折を伴った推論の仕事が完結されたのだった。その結果は、二重らせんと同様に、多くの点でとてつもなく大きな偉業だった」と述べています。
 第11章「宇宙」では、「暗号に続くクリックの焦点は、高等生物(すなわちバクテリアより高等)の染色体上の遺伝子の組織化に主に向けられた」と述べています。
 第12章「カリフォルニア」では、「クリックは長年の決心を実行し、自分の注意を人間の脳に向ける準備をはじめた。生涯、脳について考えてきたのだ」と述べ、「クリックが見つけたのは、1950年代初期の遺伝学と非常によく似た現場であった。豊富なデータがあるが、芯となる理論はなかった」として、「心理学者は、クリックの恩着せがましさに、畏れといらだちを入り混じらせながら反応した」と述べています。
 第13章「意識」では、「大きなブレイクスルーは来なかったが、クリックの意識に関する考えは、1990年代後半に進化した。そして2002年に、もし答えがないとしても、彼にとって問いの最終的な枠組みを準備した」と述べています。
 エピローグ「驚異なる仮説家」では、「その発見の重要性によって、フランシス・クリックは、やがて、全時代を通じて偉大な科学者の一人として、ガリレオ、ダーウィン、そしてアインシュタインと一緒に並び称されるに違いない。彼らのように、世界に不意打ちを食らわせるような偉大な真実を発見した」と述べています。
 そして、クリックの功績が、「中年期に入ってからゼロ発進でやり遂げたことを考えると、かえってますます、彼が若い頃に凡庸だったことが謎である」として、[彼をそんなにも成功させた」ものは、「三次元のトポロジーを視覚化する能力は、注目すべきであり、おそらく他に類を見ないレベルだった」が、「その他の点では、ある意味、知性に関しては平凡で単調であり、どの『事実』を除外するべきか推測し、残りを道理にかなった型に組み立てるといった、実用主義的で常識的な合理性に立脚していた」と述べています。
 本書は、生命の性質を発見した科学者の生涯を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 えげつない科学者キャラとして知られるワトソンの相方として語られることが多いクリックですが、ご本人の生涯も中年の星的な感じで非常に面白いです。


■ どんな人にオススメ?

・凡人が非凡になっていくさまを追いたい人。


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