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2016年7月

2016年7月31日 (日)

砂糖の歴史

■ 書籍情報

砂糖の歴史   【砂糖の歴史】(#2555)

  アンドルー・F. スミス (著), 手嶋 由美子 (翻訳)
  価格: ¥2,160 (税込)
  原書房(2016/1/22)

 本書は、「砂糖の起源から、大航海時代後の新世界での大規模な製糖、砂糖を取り巻く今日の状況に至るまで、ダイナミックな砂糖の歴史」をたどったものです。
 序章「サトウキビ」では、「人間の舌の上面には1万もの味蕾[味覚を感じる器官]があり、そのすべてに甘味を感じ取る特別な働きがある」として、「甘いモノを食べると、味蕾は神経伝達物質を出し、それが脳内の快楽中枢を刺激する。それに反応した脳が内在性カンナビノイド[脳内に存在するマリファナ類似物質]をつくりだし、食欲が増す」と述べています。
 そして、「蔗糖はほとんどの植物に含まれるが、それを最も濃縮された形で含んでいるのが、丈が高くて竹によく似た、イネ科のサトウキビ(学名 Sccharum)である」と述べています。
 第1章「砂糖の起源」では、「サトウキビから甘い汁を絞り出し、砂糖の結晶へと変えるプロセスは複雑」であり、「約2500年前の東インドで始まった」と考えられていると述べ、「精製糖の利点を数え上げればきりがない。粒状、あるいは粉状にする他、結晶化させたり、溶かしたり、糸状にしたり、引き伸ばしたり、煮詰めたり、成形したりと、さまざまに加工できる」としています。
 そして、「砂糖の栽培や加工・調理の方法が飛躍的な進歩を遂げたのは中東だった」が、「11世紀末に始まる十字軍遠征によって、ヨーロッパの人々はイスラム教徒からクレタ島やシチリア島などの地中海沿岸の土地を奪還すると同時に、サトウキビの栽培法や製糖法を吸収していった」と述べています。
 第2章「新世界の砂糖づくり」では、「ポルトガルのサトウキビ栽培者は、きわめて重大な技術改良をいくつも考案し、広めたとされている」として、「ローラーあるいはシリンダーを縦に3つ重ね、その間でサトウキビを粉砕する新しい構造の圧搾機を取り入れた」他、「サトウキビの汁を過飽和状態[溶液中に限界量以上の物質が溶けている状態]まで煮詰める大釜」を複数備えたシステムをつくり出したと述べています。
 そして、「ヨーロッパの人々は砂糖の栽培と加工、そして製糖の仕事を切り離した」理由として、
(1)多額の資本を要する、最終的な精製をする現地工場を、植民地の栽培地域に作る必要がなくなった。
(2)熱帯地域から船で砂糖を運ぶのには時間を要し、母国へ帰る途中で傷まないようにするのは難しかった。
(3)ヨーロッパの年で製糖の仕上げをすることによって、精製業者は植民地のみならず、母国にも利益をもたらすことができた。
の3点を挙げています。
 また、「十分な奴隷労働の供給、輸入される砂糖に関税を課す合衆国政府の政策に支えられ、1820年台にはアメリカのサトウキビ栽培は脅威的に発展した」と述べています。
 さらに、「19世紀後半の真空釜、遠心分離器、蒸気動力を使った製糖所などの技術の発展によって多少は改善されたものの、政党には依然として多くの労働者が必要だった。奴隷解放後、自由になった奴隷たちは砂糖プランテーションで働くことを嫌がったため、労働力の需要を満たすために、政党業者はインドや中国から契約労働者を調達するようになる。何十万もの契約労働者が砂糖栽培地域に押し寄せ、その多くは契約期間満了後もそこに留まった」と述べています。
 著者は、「コロンブスが初めてカリブ海に航海した1492年から4世紀のあいだに、製糖業は大きく変化した。生産の中心は地中海や大西洋の島々から南北アメリカへと移り、プランテーションの労働力の基盤は奴隷から契約労働者へと変化した。おもに人の手によって行われていたサトウキビの収穫や粉砕、加工は、機械や科学が生み出した最新の技術を使った工業システムへと変わり、生産の舞台は小規模なプランテーションや製糖所から、多国籍企業を中心とした製糖工場へと移った。こうした進歩のすべてが、世界中で砂糖価格の急落と消費の急増を引き起こすことになったのである」と述べています。
 第4章「砂糖の用途」では、「精製糖を使って富や権力を見せつける方法はエジプトの裕福な家庭で頂点に達した」とした上で、「砂糖は贅沢の象徴、そして富の証で在り続けた。フランス国王でポーランドの王でもあったアンリ3世がベネチアを1574年に訪れた際、王に敬意を評して催された宴会の主役は砂糖だった。ナプキン、テーブルクロス、皿、そしてナイフやフォークなどのカトラリー――テーブルの上のあらゆるもの――が砂糖でつくられた」と述べています。
 第5章「菓子とキャンディ」では、「中世には、食後の消化剤としても砂糖が使われた。食事が終わって料理がすべて下げられると、砂糖で甘味をつけ、スパイスを加えたワインが果物と一緒に出された。これはデザート(『テーブルを片付ける』という意味のフランス語 desserviに由来する)と呼ばれるようになった」と述べています。
 そして、「お菓子やキャンディの多くは祭日、特にクリスマスやハヌカー[ユダヤ教のお祭り]、イースター、ハロウィーン、バレンタインデーなどと結びついている」理由として、「砂糖がまだ珍しくて高価だった時代、低所得者層がお菓子を食べられるのは、こうした特別な日に限られていたためだろう」と述べています。
 第6章「砂糖天国アメリカ」では、「イギリスのビスケットのレシピは、イギリス人入植者とともにアメリカに伝わったが、アメリカにはオランダ人が入植した地域もあり、小さなケーキを意味するオランダ語の「クオキエ」が、甘いビスケットを指す『クッキー』という言葉になった」と述べています。
 そして、「フィラデルフィアにある、政府機関や大企業が出資する独立非営利研究施設のモネル化学感覚研究所」では、「大人に比べて子供たちは特に甘い食品を好むという結論」を出し、「その後この施設で行われた実験から、甘みへの嗜好は子どもの生態の基本要素であることがわかり、子供向けの食べ物や飲みものに加える砂糖の至福ポイントが正確につかめるようになった」として、「これらの研究により、食品会社は売上を伸ばすために製品に加えるべき砂糖の量を把握できるようになった」と述べています。
 第7章「砂糖がもたらしたもの」では、「砂糖の摂取による健康への影響についての懸念は、過去4世紀にわたって取り沙汰されてきた」として、「最初おもに心配されたのは、佐藤の摂取と虫歯との関係」であり、「医療従事者も砂糖の摂取について、特に低血糖症(血液中の糖のレベルが低いこと)に対する影響を懸念していた」と述べています。
 第8章「砂糖の未来」では、「反砂糖の動きにもかかわらず、蔗糖はいまでも世界でもっとも重要な食べ物の一つである」として、「世界で摂取される総カロリーの約8パーセントは砂糖に由来すると推定されている」とした上で、「砂糖はこれからも人間にとって大切な食材であり続けるだろう」として、「節度を守りさえすれば、甘い食物と飲物は、今後もずっと私たちの生活に欠かせない大切な存在であり続けるであろう」と述べています。
 本書は、いまでは当たり前になった砂糖をめぐる歴史を辿ったものです。


■ 個人的な視点から

 古来人類にとって贅沢の象徴で在り続けた砂糖ですが、価格が暴落した現在となっては貧しい人たちを肥え太らせるジャンクフードと化してしまったことが残念でなりません。


■ どんな人にオススメ?

・砂糖が好きな人。


2016年7月30日 (土)

基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議

■ 書籍情報

基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議   【基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議】(#2554)

  服部 雅史, 小島 治幸, 北神 慎司
  価格: ¥1,944 (税込)
  有斐閣(2015/9/19)

 本書は、「人間がものごとを認識するしくみを科学的に明らかにする学問」である「認知心理学」の入門書です。
 第1章「『誤り』から見る認知心理学」では、「直感的な思考や印象形成は、すばやく効率的に実行されるが、同時に、それが誤った信念につながる危険性ももっている」として、「私たちの頭の中には、たくさんの知識が蓄えられて」おり、「この知識の総体(集まり)」を「スキーマ(schema)」といい、「適切なスキーマが活性化すると、理解や記憶は大きく促進する。一方、適切なスキーマが活性化しない場合や、別の不適切なスキーマが活性化する場合は、理解や記憶が悪くなる」と述べています。
 そして、「一旦知識を持ってしまうと、知識を持っていない状態(他者や過去の自分)を想像することが予想以上に困難」になる「知識の呪縛」(curse of knowledge)の例として、「自分の行動や外見が他人に気づかれている程度を、実際異常に過大に評価する傾向」である「スポットライト効果」や、「『こうなることは最初からわかっていた』という思いを生む」傾向にある「後知恵バイアス」などを挙げています。
 第2章「感じる」では、「匂いの感覚(嗅覚)は記憶と結びつきやすいことが知られている」として、フランスの作家プルーストが「紅茶にマドレーヌを浸した時、その香りから子供の頃の記憶が蘇った」という逸話から「プルースト効果(Proust phenomenon)」と呼ばれていると述べています。
 第3章「捉える」では、「私たちが振り分けることができる注意の総量(注意資源 attentional resourse)には限りがあり」、「それを分割して使うと効率や精度が下がる」と述べています。
 そして、「私たちが対象を見て、それが何であるのかを捉え、あるいは対象を探し見つけ出すためには、対象の属性(特徴)を分析抽出する処理と、注意による対象の絞込処理が必要である」と述べています。
 第4章「覚える」では、「短期記憶の容量は、正確には、覚えられる数字の桁数や単語の数そのものを意味するのではなく、チャンク(chunk)と呼ばれる単位を意味する」とした上で、「短期記憶は、一度にどれだけの情報が覚えられるかという情報の保持という機能を重視した概念」だが、「その後の研究において、短期記憶は、情報の保持だけでなく、学習や推論などの認知活動において、情報がいかに操作されるかという処理(prcessing)機能、あるいは、制御(control)機能をもつということが明らかになってきた」と述べています。
 そして、「情報の保持だけでなく、処理という機能を重視」した「ワーキングメモリ」という概念について、「ワーキングメモリの中でも中心的な役割を担う中央実行系(central excutive)のもとに、3種類の従属システムとして、視空間スケッチパッド(visuo-spatial sketchpad)、エピソードバッファ(episodic buffer)、音韻ループ(phonological loop)が存在すると仮定している」と述べています。
 第5章「忘れる」では、「知っているという内的な感覚を既知感(feeling of Knowing: FOK)と呼ぶが、人の名前に限らず、物の名前、一般的知識(クイズの答え)などは、既知感が高いにもかかわらず、なかなか答えが出てこず、もどかしい状態になることは、喉まで出かかっている(tip of the tongue:TOT)現象と呼ばれる」と述べています。
 第6章「わかる」では、「スキーマは、私たちの認知的な枠組み(例えば、視覚であれば、ものの見方)を形成する役割を担う。つまり、過去の経験が抽象化され、一般化される形で、私たちの知覚や記憶、原語や推論など様々な認知に影響を及ぼす」と述べています。
 そして、「認知についての認知」である「メタ認知(metacognition)」について、
(1)メタ認知的知識:人間の認知特性、課題、方略についての知識
(2)メタ認知的活動:モニタリングとコントロール
に大別されると述べています。
 第7章「考える」では、「認知心理学が行ってきたことは、ゲシュタルト学派による(重要ながら曖昧な)概念を情報処理のことばによって再解釈・最定式化することであった」と述べています。
 そして、「私たちは、何かを正しいと思うと、その考えをさらに強めるための心の仕組みをもっている」として、「自分の仮説に合う事例ばかりを探し、自分の仮説に合わない事例を探そうとしない傾向」である「確証バイアス(confirmation bias)」について解説しています。
 また、「何が誤りかは自動的に決まるわけではない。誤りを同定するためには正しさを決める必要がある」として、その基準である「規範(norm)」について、
(1)規範的合理性(normative retionality):論理や数学などの規範に一致していること
(2)適応的合理性(adaptive rationality):変化する環境のなかで適切に振る舞うこと
の2点を挙げています。
 第8章「決める」では、「自分の所有物を高く評価」する「保有効果(endowment effect)」について、「強い損失回避(loss aversion)の傾向を明らかにしている」と述べ、また、「現状維持バイアス(status quo bias)」の一因ともなるとしています。
 そして、「ものごとの起こりやすさを判断する時、人は想起しやすさを手がかりにする」傾向である「利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)」について解説した上で、「自己の行為は他人の行為より思い出しやすい」という「自己中心バイアス(egocentric bias)」についても「利用可能性によって説明することができる」としています。
 また、「私たちは、できるだけ簡単で、できるだけ役に立つ方法(ヒューリスティック)を使うが、その宿命として、場合によっては間違える」として、「使う手がかりによって誤る」ことについて、「代表性ヒューリスティック(representatibyness heristic)」を解説しています。
 さらに、「課題をどのような枠組みで捉えるか」によってバイアスが生じることについて、「フレーミング効果(framing effect)」として解説しています。
 そして、「後悔を左右する人格的要因」として、対極的な意思決定者像として、
(1)マキシマイザー:効用を最大化しようとし、最高のものを手にしないと十分な満足が得られない。
(2)サティスファイサー:ある程度のレベルで満足し、それ以上のものを求めようとしない。その結果、後悔することが少ない。
の2点を挙げています。
 第9章「気づかない」では、「資格情報の受容と『見える』という感覚との間の乖離については、脳損傷の事例からヒントが得られる」として、「盲視(blind sight)」の症状を示す人は、「目の前に差し出された対象が何であるか応えることができがない、あたかも『見えている』日のように振る舞う」ことについて、「このような患者は、大脳新皮質の視覚処理を行う領域(後頭葉の視覚野と呼ばれている領域)に障害があることが知られている。眼球網膜に映った視覚情報は後頭葉の視覚野へ伝えられ、対象が何でどこにあるのかが認識される」と述べています。
 そして、「私たちが手を動かす時には、普通、手を動かそうと意図してから手を動かす」が、リベットらは、「被験者が手を動かそうとした時(意図したとき=意志をもったとき)、その瞬間の数百ミリ秒前に脳が活動することを示した」ことについて、「その後の研究により、それは運動準備電位と呼ばれる類のもので、いまでは意志に先行する活動電位であるとは考えられていないが、この実験は意志(will)や意識(consciousness)の研究に大きな衝撃を与えた」と述べています。
 また、「近年の多くの理論形は、心が2つの過程からなると考えている」として、
(1)直感的ですばやく、認知資源が少なくてすむが、柔軟性のない無意識的過程
(2)理性的で遅く、認知資源が必要となるが、柔軟性の高い意識的過程
の2点を挙げ、「このような考え方は、二重過程理論(dual process theory)と総称されて」いると述べています。
 第10章「認知心理学の歩み」では、「脳に対する関心の高まりと知識の蓄積は、脳の計算モデルの進展も促した」として、「脳の神経細胞網を模した並列分散処理(parallel distributed processing: PDP)モデルによって、柔軟なパターン認識や、英語の動詞の過去形の学習、スキーマに基づく連想などが可能になること」が示されたと述べています。
 そして、「認知心理学は、現在も変化し続けている。近接領域の研究成果やアプローチを取り込むことによって、また、新しい技術を取り入れることによって、アプローチは多様化し、研究テーマは広がりと深まりを増している。さらに、研究成果は、現実世界に応用され、人々の生活を改善するのに役立っている。基礎研究が充実すればするほど、応用研究の幅が広がる。したがって、こうした動きは今後も進展し、衰えることはないであろう」と述べています。
 本書は、認知心理学の基礎と歩みをカバーした入門書です。


■ 個人的な視点から

 「心理学」というと昔の人達はやれフロイトだユングだといったオカルトっぽい印象を持っていたり、パブロフの犬がよだれを垂らしたりという印象を持っているようなのですが、認知心理学となるとすっかり脳科学の一分野かのようであります。


■ どんな人にオススメ?

・人間の心の仕組みを知りたい人。


2016年7月29日 (金)

〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい

■ 書籍情報

〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい   【〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい】(#2553)

  工藤保則, 西川知亨, 山田 容 (編集)
  価格: ¥2,592 (税込)
  ミネルヴァ書房(2016/5/30)

 本書は、「必要なのは、子育て場面で顕在化する夫婦間の溝にオトコが『気づき』『行動』すること」だとして、「オトコの子育ては、『協力』にとどまらない子育てのあり方と、より伸びやかな夫婦のかたちを創出していくだろう」ことを意図して企画されたものです。
 序章「生活の一部としての〈オトコの育児〉」では、「父親になる(なっていく)<というのは社会学の言葉を使うと、『父親の社会化』である」として、「父親は父親の役割をはたすことによって父になっていく。父親の本当の出番は子どもが大きくなってからと考える人もいるようだが、社会化のエージェントの一員としての父親と考えるなら、小さな子供にとっても父親は重要な他者にほかならない。そして父親自身にとっても子どもは重要な他者である」と述べています。
 そして、本書で採用する視点として、
(1)子どもとの遊びを中心としたイイトコどりの「オトコの育児」ではなく、「子どもの世話」や「家事」も含めた「生活」の一部としての「オトコの育児」をとらえる、という視点
(2)父親の方も子どもとの生活を通して社会化がされていく、つまり父親になっていく、という視点
の2点を挙げています。
 第1章「近代家族とライフコース」では「最大公約数として語られる近代家族の特質」として、
(1)家内領域と公共領域の分離
(2)愛情で結ばれた家族関係
(3)子ども中心主義
(4)性別役割分業
の4点を挙げています。
 第2章「社会規範と社会化」では、「しつけ」の基本について、
(1)早寝早起きや歯磨き、排便などの習慣、見知らぬ人にも挨拶をする習慣などの「しつけ」は、子ども自身が、その所属集団と文化のなかで健康かつ安全に暮らすために行うという点。
(2)他者に迷惑をかけたり不快な思いをさせたりしないということ。
の2点を挙げ、以上の2つの基本を踏まえるならば、父親と母親のうちどちらが『しつけ』を担うかということは問題ではなくなる」と述べています。
 そして、「母親同様、子育てによって父親が人間的に成長する」として、「育児や『しつけ』は、自分の価値観の表出であり、それを子どもとともに考え直すことで、自分も成長する」のであり、「子育ては、父親の人間としての発達支援という大きな意味を持っている」と述べています。
 第3章「性別役割分業とケア労働」では、男性の育児について、「同性からの評価を犠牲にしつつ、異性(配偶者)からの感謝に支えられながら、育児の喜びを享受するのである。それは、異性からの支援があるという点で『オンナの育児』のように『孤独』なものとなることは少ないが、同性から見放される可能性が高いという点で、『オンナの育児』とは異なる、『オトコの育児』特有の困難も抱えている」と述べています。
 第4章「夫婦のコミュニケーションとレスパイト」では、「離婚の多くが平均的な第1子の誕生期から育児に手間のかかる乳幼児期に重なること」について、「愛情低下だけでなく、裁判所に審判や調停を求める離婚申立も女性からの方が多いこと、結婚の満足度もまた妻のほうが低いことから、この時期のストレスは妻(母親)の側により強いことがわかる」と述べています。
 そして、「夫婦関係は、同じものはなにひとつといっていいほどなかったふたりが還元できない『私たち』になっていく過程であり、『さわれないもの』『わからないもの』の存在は関係を深めるものにも、遠くするものにもなるのだろう」と述べています。
 第5章「あそびと身体」では、「父親にとってみても、子どもと遊ぶ時間を設けることで『父親』としての自我が形成されると同時に、子どもという他者の態度を取得することで、子どもの目線に立って振る舞いができるようになる。世間を代表する確固とした理想的な父親がいて、子どもをしつけるのではなく、父親も子どもとの相互作用のなかで形成されていくのであり、そこには緩やかな関係性というか間のようなものがあるように思う」と述べています。
 第6章「メディアと文化資本」では、幼児の一日の生活時間について、「じつに自由時間の半分近くを幼児はテレビに費やしている」とともに、「おとなにとってのビデオ鑑賞が、好きな人だけが鑑賞する趣味である一方で、幼児にとってのそれが、好き嫌いに関係なく接触する日常の経験になっている」と指摘しています。
 そして、「アニメや特撮のキャラクターは、幼い子どもたちの想像力を形づくり、媒介する上で、ひときわ『重要な他者』であるといえよう」として、「子どもたちの生活世界は、映像メディアを中心としたテレビ的な想像力に、すっぽりとおおわれている」と述べています。
 また、「文化資本の概念で重要なのは、それが『相続』という比喩で捉えられている」として、「経済資本が親から子へと相続されるように、文化資本もまた、親の持つ資本が子へ継承されやすい」と述べています。
 第10章「少子化と育児不安」では、育児メディアの変遷と再生産戦略の変化について、
(1)垂直的育児知識の伝達から読者参加型の水平的知識の共有へ
(2)母親向け育児メディアから父親向け教育メディアへ
(3)育児に協力する父親像から積極的に育児に関与する「父親の主体化」へ
の3点を挙げています。
 第12章「子育て支援とネットワーク」では、「社会は子育てを家庭に委ね、父親は母親に任せるが、母親は最後の砦とされてしまい逃げることができない現実が生まれている。これに対し、自立した女性像や男女共同参画の理念を教育されてきた世代の女性が、結婚後に直面する負担を他律的に強いられる状況に疑問を持つのは当然であるが、かといって母親が自律的に振る舞うことは容易ではない。そこには現実的制約に加えて、規範の存在があると考えられる」と述べています。
 そして、「児童虐待対応の現場から感じることは、私的な関係のネットワークが弱い家族のもろさであり、いかなる家族も子育てには多くの支援が必要であるという現実である。同時に支援がもたらす家族への負荷も感じ取れることがある」と述べています。
 終章「〈オトコの育児〉のゆくえ」では、「〈オトコの育児〉の問題を改善していくためには、家族や親族関係以外にも、さまざまな社会資源が重要となる」が、「社会資源は一般的に不足気味であるし、人や家族によってこれらの資源にアクセスできる程度には差がある。社会資源へアクセスできる人とできない人の格差の存在を改善していくことは必須であるし、育児支援の様々な選択肢を共有し、社会のなかで組織化していくこともまた重要である」と述べています。
 本書は、〈オトコの育児〉を切り口として、育児と家族を取り巻く問題を読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、よくある企画先行の寄せ集め的な側面もあるのですが、こういう問題は一人の著者からまるまる一冊ご高説を賜るよりも、多くの著者が自分の体験と思想を持ち寄ってああだこうだ言っている方が読んでいて楽しいです。


■ どんな人にオススメ?

・オトコの育児を模索している人。


2016年7月28日 (木)

問いからはじめる教育学

■ 書籍情報

問いからはじめる教育学   【問いからはじめる教育学】(#2552)

  勝野 正章, 庄井 良信
  価格: ¥1,944 (税込)
  有斐閣(2015/2/25)

 本書は、「人が成長・発達し、変化していく過程やその意味を個人に即して詳らかにしようとすることもあれば、その子の育ちを遊び仲間やクラスメートなどの集団の中に位置づけてみたり、さらに視野を広げて経済や政治との考えてみることもできる、とてもエキサイティングな学問」である「教育学」の入門書です。
 第1章「よい教育ってどんな教育?」では、「教育学では、暗黙のうちに疑うことなく身体化してしまっている自分の知識を問い直しながら再構築すること」を、「学びほぐし」(un-learning)と「学び直し」(re-learning)と呼ぶとして、「このプロセスを他社と共有することを通して、私たちの経験は深く省察」され、「教育的思慮深さ」が磨かれると述べています。
 そして、「教育という営みの原点には、人間の命のケアと育みがあり、そこに文化・教養へのいざないという景気が胚胎している」とした上で、「教育は、一人ひとりの命のケアと育みにかかわる営みであると同時に、ある文化を持った社会やコミュニティの存続や発展にかかわる営み」でもあると述べ、「ある社会・文化状況のなかで、そこにある姿とそこであるべき姿との『間』を問わざるをえないのが教育学」であることから「教育学には、いつも価値をめぐるポリティクスが埋め込まれて」いるとしています。
 第2章「教育を社会の視点から考えてみよう」では、「教育の社会的機能に注目した代表人物」として、フランスの社会学者デュルケームを挙げ、「デュルケームにとって教育とは、まず何よりも社会の必要に応えるものであり、将来、生活することが予定されている社会環境に子どもを順応させることを目的とするもの」だったとして、「このような教育の社会的機能を、一般に、社会化(socialization)」と呼ぶとしています。
 第3章「子どもという存在/人間という存在」では、「子ども時代という概念は、近代以降に創造された世代概念だという見方」もできるとして、「このような社会環境が生まれることによって、子ども時代に、子どもらしく生きるということに積極的な価値が見出され、その育ちの時期に相応しいケアと発達援助とは何か、という教育学的な問いが生まれるようになった」と述べています。
 そして、日常用語としての「育ち」について、
(1)成長(growth):内発的で生物学的な変化。連続的で量的な変化を意味する。
(2)発達(development):外発的で社会・文化に媒介された変化。非連続的で質的な変化を意味する。
の2点を包摂する言葉であると述べています。
 また、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域(zone of proximal development:ZDP)」について、「人間の成熟した機能だけでなく、成熟しつつある機能に、つまり、すでに育っている部分だけでなく、いま、まさに育とうとしている部分にこそ着目すべき」だとしていると述べています。
 第4章「教え方は試行錯誤されてきた」では、コメニウスによる、「教師が教えたいことをしっかりともち、子どもが、楽しく、手応えを持って学べるような教育方法」につちえ、「合文化の原則」の最も基本的な様式だとする一方、「子どもの自然(本性)を理解し、そのかけがえのない人生に寄り添い、新たな文化の想像を希求する教育方法の原則」を「合自然の原則」というとしています。
 そして、「デューイが子どもの生活経験に根ざしたカリキュラムの構築を追求」し、クルプスカヤが「生活と教育の結合」という原則にたった「総合技術教育」を探求したのも、「社会に参入・参加しつつ成長する『生活者としての子ども』を教育することを大切にしようとしたから」だと述べています。
 第5章「教育を受ける権利」では、「教育を受ける権利は、人種、心情、性別、社会的身分、経済的地位、門地(家柄)、障がいなど、いかなる理由であっても差別されては」ならないとする「教育の機会均等の原則」について述べた上で、1994年にスペインで開催されたユネスコの「特別ニーズ教育世界会議」で採択された「サラマンカ宣言」について、「心身の障がいに限定するのではなく、社会、経済、文化、言語などの面でハンディキャップを負っている子どもたちが教育から排除されることを許さず、それぞれの特別な教育的ニーズに答えていくべきことが、インクルーシブ(包摂的)教育の実現という理念として」唱えられたとしています。
 第6章「子どもの学びを支える仕組み」では、「多くの国々ではかつて複線型学校体系となって」おり、「戦前の日本でも、旧制高等学校や大学まで進学する子どもだけが小学校から旧制中学校へ進学し、それ以外の子どもにとってはせいぜい高等小学校が最終学校というように、下級学校と上級学校の接続は部分的かつ閉鎖的なもの」である上、「性による差別もあり、女子には高等教育を受ける道が閉ざされて」いたと述べています。
 そして、「学校が評価により、保護者や地域住民に対して、教育活動について説明するだけでなく、保護者や地域住民が直接的に学校の運営や教育活動に参加する仕組みも整えられて」北として、「2000年度から保護者や地域住民が学校評議員となり、校長の求めに応じて学校運営に関する意見を述べることができるように」なった他、「2004年度からは、地域運営学校(コミュニティ・スクール)に指定された学校に保護者や地域住民から構成される学校運営協議会が置かれ、この学校運営協議会に学校運営の方針や教職員人事についての一定の権限が与えられて」いると述べています。
 第7章「子どもたちのための学校ってどんな学校?」では、「日本の学校は、戦後教育改革によって、道徳や価値観を一方的に教え込む教化(インドクトリネーション)ではなく、『人格の完成』」が目的とされたと述べてます。
 そして、「高校や大学など上級学校への進学率が短期間に上昇した」理由として、「学校が人材の社会的配分装置としての役割を果たしていたことと関係して」いるとして、学校の修了証書が、「その所有者が保持している能力の種類や程度を証明するもの」であるだけでなく、「所有者を様々な職業や社会的地位に振り分ける役割を果たして」いると述べています。
 第10章「どんなふうに子どもに接したらよいのか?」では、「1960年代の高度成長の時代になると、日本の多くの学校教育の現場は、激しい能力主義(メリトクラシー)が支配する競争社会へと変貌」し、「子どもの学びにおける他者との競争的環境がさらに助長され、自分という存在に自信をもって学べる子どもが、ますます少なくなって」いき、「学校の部活動や地域のスポーツ活動などでも、勝利至上主義による能力主義の風潮が強まり」、「急速な都市化が進むなかで、かつてはおおらかに見守り、支えあってきた家庭や地域の教育力も低下し続け」た結果、「学業成績の良い悪いにかかわらず、学校で何をやろうとしても自信がもてない子どもや、自尊感情を深く傷つけられ、著しい不安や緊張を強いられる子どもが急増」したと述べています。
 そして、「自己指導能力の形成」について、
・自己存在感を与えること
・共感的人間関係を育成すること
・自己決定の場を与え自己の可能性の開発を援助すること
などが例示され、「社会的自立の心棒となる『自己指導能力』は、社会参加の主人公(主権者)になるために必要ないくつかの要素によって構成されて」いるとして、「子どもが困ったり、不安になったりしたときに、自分には『心の浮き輪』や『帰るおひざ』(信頼できる他者)があると感じられること」である「安心と安全」の感覚を土台に、「自分が自分らしくあっても大丈夫だと実感できる自己感覚としての自己肯定感」が育ち、「自分の経験を振り返り、自分の言葉でじっくり考えられる『自己省察』の力や、自分の心と体に相談して決められる『自己決定』の力」が育つとしています。
 第12章「学校を卒業したら学ばなくてもよいのか?」では、「人間はどう学習しているのか、何をどう教えるのがよいかに関する体系的知識や科学」である「ペダゴジー」(pedagogy)について、「特に大人の学習に関する科学をアンドラゴジー(andragogy)」と呼ぶと述べています。
 本書は、誰もが必ず経験してきた「教育」を支えている学術的背景について知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 誰もが教育を受けていながら、その教育がどのような考えに基づいているのかは意外と知らいないものです。「◯◯教育法」みたいない突飛な思想やバズワードは耳にすることが多いですが、教育学を体系的に理解しておくことは、自分や家族の教育を考える上で重要なことです。


■ どんな人にオススメ?

・教育を受けたことがある人。


2016年7月27日 (水)

私たちはどのように働かされるのか

■ 書籍情報

私たちはどのように働かされるのか   【私たちはどのように働かされるのか】(#2551)

  伊原亮司
  価格: ¥2,376 (税込)
  こぶし書房(2015/2/28)

 本書は、「就職や働き方に関する言説の『混乱状態』に惑わされず、雇用や労働の実態に即して〈働くこと〉を考え直す」ことを目的としたものです。
 第1章「経営書・自己啓発本をつい読みたくなる人たちへ」では、「多くの日本人に愛読されてきたドラッカーの著書の中で、望ましい『働かせ方』に関する議論を紹介し、それらを日本社会の雇用状況と職場環境に照らし合わせて検証する」としています。
 そして、「彼の理論の根底にある社会観・人間観を明らかにし、マネジメントについての定義を確認した上で、それらから導き出される望ましい『働かせ方』を順序立てて示」すとして、
(1)「自由社会」とマネジメントの必要性:ドラッカーの理論の根底にある思想は、「ファシズム全体主義」に対する嫌悪と「自由社会」の擁護である。
(2)マネジメントとは:経済的資源を組織化し、経済の成長を達成して、「人類の福祉」と「社会正義」を守る、強力な原動力である。
(3)経営組織と「働かせ方」:マネジメントの必要性を認識し、マネジメントなしには健全な組織運営は不可能であると理解し、マネジメントは「プロフェッショナルな仕事」でなければならないと強調する一方、組織構造は「分権型」が望ましいと考えた。
(4)技術的な要請:「分権化」、柔軟な作業組織、質の高い労働は、オートメーションによる要請でもある。
の4点を挙げています。 
 そして、ドラッカーが「日本企業の労働者管理と労働観光を高く評価した」として、
(1)日本人の「合意」(コンセンサス)に基づく意思決定
(2)雇用の「保障」と「柔軟性」の両立
(3)「継続的訓練」と「人材育成」
の3点を挙げています。
 著者は、「ドラッカーは、日本の労働者管理を理想的な『働かせ方』として高く評価した。日本企業の現場は権限を移譲され、チーム単位で運営され、労働者の技能を高めていると理解した」が、「同じ『現場労働者』の中にも、格差、分業、棲み分け、差別が存在し、皆が同じように質の高い仕事に従事しているわけではない。さらには、現場と管理部門との間には力関係が存在し、現場の『自律的運営』には大きな限定が付く」と指摘しています。
 また、「ドラッカーの言説及びその読まれ方の変遷をたどると、ドラッカーの理論には変わらぬ魅力があることがわかる。理論の根底には、人間の『多面性』への理解がある。利益一辺倒の経済人モデルには基づかない、『人間中心』の経営学である。そこに多くの日本人を長きにわたって魅了してきた最大の理由があるのではないだろうか」と述べています。
 第2章「職場における『いじめ』」では、「働く者たちは、市場原理という『客観的なルール』にもとづいて競争し、『結果』を出し、勝ち残るようにと煽られている。しかし、働く場では他者との協働がなくなったわけではない。にもかかわらず、個人ベースの結果を強く求められると、労働者たちは『自分の足を引っ張る』同僚に敵意が募る。どこの職場でも労働負荷が高まり、労働者は余裕を失っている。そこかしこで個人間の対立が先鋭化し、『ハラスメント』が起きやすい状態になっているのである」と述べています。
 第3章「労働と『うつ病』」では、「階層が低いほど、労働条件が悪いほど、男性よりも女性のほうが、働くことに関してストレスと感じている」としつつも、「経営合理化があらゆる層に広がっており、単純に、ピラミッド構造の『上』から『下』に行くに従いメンタルヘルスが悪化しているわけではない。また、ストレス要因は多様化しており、階層や職種によってストレス要因が異なる点にも留意が必要」だと述べています。
 第4章「労働と『死』」では、「労働にまつわる死は、歴史の中で変化してきた」として、「物理的に劣悪な労働環境による死傷、組織内の激しい競争塗装後監視の下での働き過ぎによる脳・心臓疾患と突然死、雇用に不安定さと労働の過剰及び過少に耐えられない人たちの精神疾患と自殺である」と述べています。
 そして、「日本企業は、『日本的経営』論の擁護者が想定するような、文字通りに助けあう『生活共同体』ではなかった。職場はあくまで経営側主導で作られたものであり、だからこそ、構成員どうしの監視や牽制を生む場になっていたのである。また、組織の『周縁部』に位置する労働者たちは、『共同体』の構成員とは言いかねる、微妙な立ち位置に置かれていた」と指摘しています。
 第5章「『品質』の作り込みの低下」では、「トヨタの現場で一期間従業員として働いた」参与観察の結果について、「管理者は、正規と非正規の労働者の間の壁を取り払い、労働者内の風通しをよくする。この原理を人間関係にだけでなく、職場の物理的環境にも適用している」とした上で、「トヨタは、『視える化』を通して、労働者の持ち場、仕事ぶりや所作、作業結果を他者の眼差しにさらす。『視える化』が徹底された職場では、管理者の眼差しと織り合わさった『同僚の眼差し』を労働者は意識させられる」と述べています。
 そして、「異常処置に関しては、明確な分業が存在する。専門知識を擁する複雑な処置は専門工が行う。ルーティン化した単純な対応は自分の組の管理者や若手のリーダーが行う。期間従業員を含むその他大勢は、機械に触れることすら許されていない」と述べています。
 また、「トヨタの職場では、人間関係や職場フロアが可視化され、他者の眼差しが行き渡り、その辛抱強さが生み出されてきた」が、「そのような監視システムは、あくまで他者の眼差しを気にすることを前提として成り立つシステムであり、そもそも他者の眼差しや評価をあまり気にしない労働者が増えると、職場の相互監視システムは機能しにくくなり、場合によっては破綻する。それまでの教育システムや企業システムで『矯正』される度合いが低く、またトヨタで長く務めるつもりはない非正規労働者が増えると、その傾向が強まる」と指摘しています。
 第6章「『キャリア』ブームに煽られる人たちへ」では、「大規模組織の歯車にならず、学歴・性別・国籍は関係なくなり、年功的な序列に組み入れられる、仕事は会社にいる時間の長さではなく結果で評価されるようになると、将来の働き方を予見する言説が増えた」結果、「実際に、勤め先を変えたり、働く場や時間を自分で決めたり、自ら起業したりして、組織や規則の束縛から逃れた働き方を謳歌する人が出てきた」として、「組織や秩序に囚われない働き方や労働市場の流動化を勧める言説は、若者、中小企業の労働者、女性など、『企業社会』で『周辺』や『底辺』に位置づけられた人たちを惹きつけたのである」が、「雇用規制の緩和により実際に生じたことは、『企業社会』で『周辺部』に位置づけられた人たちの切り捨てであった」と述べ、「厳しい生き残り競争の現実が顕になると、今度は、’自分だけは’市場を生き抜けるようにと『能力』の形成が煽られるようになるのだ」と指摘しています。
 また、教育社会学者の本田由紀による「ハイパー・メリトクラシー」について、「手続き的な公正さという側面が切り捨てられ、場面場面における個々人の実質的・機能的な有用性に即して個々人を遇するという、『業績主義』が本来持っていた意味が全面に押し出される。こうして選抜の手続きという面が後退したことにより、ハイパー・メリトクラシーがその網に捉えようとする『業績』は、個々人の機能的有用性を構成する諸要素の中で、一定の手続きによって切り取られる限定的な一部分だけでなく、人間存在のより全体、ないし深部にまで及ぶものになる。言葉を換えれば、従来のメリトクラシーの『たてまえ』性ないしイデオロギー性が希薄化して、よりあからさまな機能的要請が突出したものがハイパー・メリトクラシーである」と紹介しています。
 そして、「『能力』論を展開する人たちのほとんどは、『人材』の需要側が負うべき負担や責任は問わずに、それらの要望を汲むことを一途に考えている節がある」として、「雇う側は教育コストの削減という主たる目的は隠したまま、その負担を『社会的責任』、『自己責任』という名目で教育機関や家庭に押し付け、個々人には市場での生き残りを煽っては課している点を見落としてはならない。これは、企業による人材育成費の転嫁である」と指摘しています。
 第7章「『社会貢献』に惹かれる『良い人』たちへ」では、「このような厳しい雇用環境の中で、『組織人』でも『自由人』でもなく、『社会』に貢献する仕事を希望し、自ら起業して社会を変えようとする人たち(社会起業家)が現れた」ことについて、「活動支援を受ける側に関して留意すべきは、経済的な貧困を克服しようとするだけではなく、働く場を確保し、社会での『居場所』を取り戻し、社会的に排除された状態から脱することを目的とした活動であるという点だ」と述べています。
 そして、増加の一途をたどってきたNPOが「ここに来て減少傾向にある」理由として、「維持運営の財政的な厳しさ」を挙げ、「営利を第一の目的にしていない組織であるので、『社会貢献』を謳い、崇高な理念を掲げることはたやすい」が、「その多くは、現実問題として財政難に直面している」と述べています。
 第8章「働くということを自分たちのものに取り戻す」では、「いかなる働き方を選ぶにせよ、“適度な労働”を保つためには、働く者たちの間でそして一人ひとりの中で労働の過剰と過少のバラツキをならし、働く場の秩序を自分たちで再構築することが欠かせない」とした上で、「ほとんどの者にとって、職の確保は切実な問題である。働くことは生きることに直結する。創造的に働きたい・生きたいという気持ちも理解できる。しかし、逆説的であるが、生活水準を維持し、職場生活を守るためには、そして仕事の誇りを失わないためにも、職探し(のアドバイス)や目の前の仕事(を促す言葉)に没入する(乗りかかる)だけではいけない。仕事にコミットすると同時に、職場の内と外に労働や活動を規制する足場を持ち、労働者生活を守る方法をいくつか備え、自らを強く緊迫してきた労働倫理を相対化し、半ば強制された労働―消費中心生活を見直すことが欠かせない」と述べています。
 本書は、数多ある労働やキャリアに関する言説を相対化しようとする一冊です。


■ 個人的な視点から

 この20年くらい「雇用流動化」や「キャリアデザイン」という言葉が注目をあびるなかで、多くの働く人たちが、「働くこと」とは何かについて考えてきたのですが、あれって結局何だったのでしょうか。何か変わったのかな、と。
 第5章の参与観察自体は良い取り組みだとは思いますが、取り立てて目新しい成果はなかったということなんですかね。


■ どんな人にオススメ?

・「はたらくこと」について考えたい人。


2016年7月26日 (火)

進化する遺伝子概念

■ 書籍情報

進化する遺伝子概念   【進化する遺伝子概念】(#2550)

  ジャン・ドゥーシュ (著), 佐藤 直樹 (翻訳)
  価格: ¥4,104 (税込)
  みすず書房(2015/9/26)

 本書は、「遺伝子概念の歴史」をテーマとしたもので、「遺伝情報とは何か」について、著者は「メッセージと情報とを区別」し、「メッセージとは、シグナルの集まりと定義されている。つまり一つひとつの文字をシグナルとすれば、それが並んでできた文章がメッセージである。そして情報とは、その文章の意味だ」と述べています。
 第1章「遺伝子概念以前」では、「近代的な意味での繁殖という概念を導入」したビュフォンについて、「動物にも植物にも共通の性質で、自分とよく似た子孫を生み出す能力」としていると述べています。
 そして、「遺伝的」という言葉を、「今日われわれが生物学的」と呼ぶ性質に関して体系的に使ったのは、「モーペルチュイが最初ではないかと私は思っている」と述べ、「彼によって、生物発生から遺伝への第一歩が踏み出されたのである」と述べています。
 また、「19世紀末には、2種類の考え方が併存していた」として、「メンデルにとって、将来人々が遺伝子と呼ぶことになるものは記号symboleでしかないものの、たしかに配偶子の中にある因子facteurを表していると見なされた。ヴァイスマンにとって、遺伝子は染色体に存在する仮想的な粒子particuleであった。この2つの考え方は、2つの異なるアプローチを反映していた」と述べています。
 第2章「遺伝子概念の誕生」では、「それ以前の研究者たちとは異なり、メンデルは、世代から世代へと伝播されるものが形質とは異なる別のものであることを示し、それを因子と呼んだ」として、「この区別がメンデルの最も重要な貢献であり、のちにメンデルの法則と呼ばれることになる分離比よりも重要なのである」と述べた上で、「メンデルの方法とはいかなるもので、それまでの研究者や同時代の研究者の方法とはどのように異なっていた」のかについて、
(1)幾つかの基準を決めてそれにもとづいて実験をしていること。
(2)研究する形質について、「確実で明白な特徴を示さない形質は、違いを判定するのが『多少とも』難しいため」、採用しなかった。
(3)徹底的に定量的で、その研究は大数の法則に則っていた。
(4)最初の交雑結果から、子孫の遺伝的性質(今日の言葉では遺伝子型)についての解釈を得て、その仮説を検証するための新たな実験を行ったこと。
(5)解釈の能力。彼の因子を、花粉や卵細胞といった生殖細胞にあるものとしたが、あらゆる生物は細胞からできているという細胞説は、当時はまだ新しかった。
の5点を挙げています。
 第3章「染色体上の遺伝子」では、「ブリッジズが現在でも使われている命名法を考案したことで、それによりそれぞれの染色体の各部位のバンドを同定し索引をつけることができるようになった」と述べています。
 第4章「分子レベルの遺伝子」では、「分子レベルの遺伝子概念、つまりコード領域DNAという考え方は、それが極めて単純であるという点で、大いに価値がある」が、「生物学においては何事も単純ではなく、この概念は最初から例外や疑問に直面していた」として、「1960年代に遺伝子の分子的概念ができたときから、その輪郭はファジーだったのである」と述べています。
 そして、「タンパク質合成のしくみの構築と解明において最終的に重要となった」のは、「DNA自体と、ヌクレオチド配列からタンパク質への翻訳という事象との間には、介在するものがある」とする「メッセンジャー仮説」だとして、「これにより、フランシス・クリックは分子生物学のセントラル・ドグマを提唱した。遺伝情報の伝達は一方向に行われる。つまりDNAからタンパク質に向かい、タンパク質からDNAへと『遡る』ことはない」と述べています。
 また、1961年にジャコブとモノーが「オペロンモデル」を提出したことについて、「ジャコブとモノーは変異体を解析すること」によって、
(1)構造遺伝子:タンパク質の合成をするための情報を担っているもの
(2)制御遺伝子:構造遺伝子の発言を調節するための情報を担っているもの
という、「機能的に重要な2種類のDNA配列を区別した」として、「遺伝子の発現制御が、それ自体遺伝学的に決定されていることを証明した」と述べ、「オペロンによって、ジャコブとモノーは遺伝学にプログラムという概念を持ち込んだ。この概念は発生遺伝学において大いに利用されることになる。遺伝的プログラムという概念も、それに先立つ遺伝情報という概念も、それらが生まれた時代と関係していることは明らか」だとして、「第二次世界大戦後、サイバネティクスや情報理論が生まれた時代である」と述べています。
 さらに、「最近の30年間を通じて、理論的にもまた技術的にも、生物学のあらゆる分野に分子レベルのアプローチが入りこんだ」として、「分子的なアプローチはきわめて実り多く、数多くの発見をもたらした」一方で、「これまで手工業的だった生物学が、一大産業的なものに変わり、農業・栄養産業や生物医学産業において、バイオテクノロジーが発展した。生物学の基礎的研究は、1930年代の物理学のように、しだいにビッグサイエンス的構造をとり始めた」と述べています。
 第5章「分子レベルの遺伝子概念の今日的危機」では、ヒトゲノムの基準配列を調べると、DNAのうちたった5パーセントだけがコード領域、つまり、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されうる領域である。非コード領域の一部はトランスポゾンによって占められているにしても、かなりの部分は遺伝子発現の制御領域である。これらは、1960年代にジャコブとモノーが大腸菌のラクトースオペロンについて明らかにしたオペレーターやプロモーターといった制御遺伝子と同じタイプのシスに働く配列ではあるが、ずっとスケールの大きなものであった」と述べています。
 第6章「あらためて遺伝子と遺伝情報を考える」では、「1960年代に教育を受けた遺伝学者」が、学生たちに伝えてきた「DNAは遺伝の担い手」という表現を、現在では、「批判的な目で見直すときにきている」と述べ、「20世紀中頃から、遺伝子は分子レベルで考えなければならなくなった。この考え方において、遺伝子はコードするDNA、つまり、転写され、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されるDNAでなければならなくなった」として、さらに、「遺伝暗号がデジタルコードだということ」について、「DNAに書かれたシグナルには、デジタル的なものばかりでなく、アナログ的なものもあることはすぐに説明した。これらのシグナルはDNAに書き込まれているが、翻訳されない。その場合、重要なことはDNA分子が取りうる形(一過的な形かも知れないが)である。こうしたシグナルは、構造的・幾何学的なもの、つまりアナログ的なものである」と述べています。
 そして、「siRNAによる制御が発見されると、アナログ的、すなわち幾何学的なシグナルが一層重要になった」とした上で、「さらに別の種類のものとして、現代的な意味でのエピジェネティックなシグナルの伝達が存在することにも疑いがない」と述べ、「以上のような理由を考えると、DNAのコード領域だけに限定された遺伝子の分子レベルでの定義は、選択的スプライシングや複数転写開始点などを考慮して範囲を広げたとしても、すでに古臭いものになっている。転写され、タンパク質へと翻訳されるDNA領域が数多くある以上、遺伝子の分子レベルの定義自体が誤りなのではなく、不十分なのである。すなわち、もともと古典遺伝学で遺伝子という言葉に期待されていた構造的・機能的な性質を満たすものではないからである」と述べています。
 また、「情報とメッセージとを区別した上で、生物の形態とは別に遺伝情報があるという考え方を保持することは大切である。情報は細胞が読んで解釈したメッセージであるが、多細胞生物の場合には発生過程にある生物全体がメッセージの解釈をする」として、「遺伝子とは、記号的かつ/またはアナログ的なタイプのメッセージで、クロマチンの核酸やタンパク質に書き込まれており、細胞から細胞へ、また、世代から世代へと伝達され、細胞や個体のもつ性質に基いて解釈されることにより、生物の形をつくり出すことを可能にする情報となるものである」と述べています。
 本書は、遺伝子をめぐって重ねられてきた数々の議論をおさらいした一冊です。


■ 個人的な視点から

 「遺伝」や「遺伝子」については、多くの人が中学や高校の生物の時間に「メンデルの法則」や「DNAの二重らせん構造」などを勉強してきたわけですが、じゃあ遺伝の仕組みはどうなっているのか、をきっちりと理解しようとするとまだまだわかっていないことが多いということがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・遺伝とは何かを知りたい人。


2016年7月25日 (月)

法と社会科学をつなぐ

■ 書籍情報

法と社会科学をつなぐ   【法と社会科学をつなぐ】(#2549)

  飯田 高
  価格: ¥2,268 (税込)
  有斐閣(2016/2/18)

 本書は、「社会科学(経済学、社会学、心理学など)における概念を題材として、社会科学と法の世界との接点を探っていく」ことを目的としたものです。
 第1章「個人の意思決定」では、「最適な意思決定を行うためには、総量や平均値ではなく『追加される微小量』に着目し、その際に生ずる追加的な便益(限界便益)と追加的な費用(限界費用)とが等しくなる点を探せばよい」と「限界効果(marginal effect)」について解説し、限界効果の考え方は、
(1)私たちの目を将来に向けさせること
(2)意思決定状況の多様性を私たちに認識させること
によって、「素朴な直感的判断や思い込みを多少なりとも修正してくれる」と述べています。
 そして、「誰かの満足度を犠牲にしない限り、できるだけ人々の満足度を高くする状態のほうが望ましい」とする「パレート効率性(Pareto efficiency)」の基準及び「ある状態から別の状態への移行によって利益を得る人が、移行によって損失を受ける人に補償する」という架空の補償によって「保証してもなお利益が余る場合は、その移行は望ましい」とする「カルドア=ヒックス効率性(Kaldor-Hicks efficiency)」について解説した上で、「法制度は、さまざまな望ましさの基準を持ち出すさまざまな人々の利益によって突き動かされてきた、と言える。効率性はその一つにすぎないが、交換が人間社会の原動力になっているのと並んで、効率性が法制度の推進力となっている」と述べています。
 第2章「複数の個人の意思決定」では、「複数の主体の意思決定が組み合わさって結果が生じる場面では、意思決定が相互依存の関係になっていることが多い」として、「自分にとって最良の意思決定は他者の意思決定に左右され、また、他者にとって最良の意思決定も自分の意思決定に左右される」という状況を「戦略的相互作用(strategic interaction)」が起きている状況だと述べています。
 そして、ルールは当事者間に「共有知識(common knowledge)」を形成する役割を果たし、「戦略的相互依存状況における推論の連鎖に歯止めをかけ、特定の均衡に落ち着かせることになる」として、ルールが、
(1)複数の均衡の中から特定の均衡を導くこともあれば(交通ルールの例)、
(2)均衡が存在しない状況で均衡をつくり出すこともある(野球ルールの例)、
(3)ある均衡から別の均衡へと移行させることもありうる、
と述べています。
 また、多人数バージョンの囚人のジレンマについて、「社会的ジレンマ(social dilenma)または集合行為(collective action)の問題」と呼ぶとした上で、「法制度は、いくつかの方法を使い分けながら社会的ジレンマが起こりうる状況に対処している」として、
(1)他者を益する協力行動を人々が取らざるを得なくなるような、あるいは、自然に協力行動に導かれるような物理的条件をつくり出す。
(2)選択的誘因(すなわちインセンティブ)を与えて協力行動を選択するよう仕向ける。
(3)社会的に有益な行動をより控えめに支援する方法(自由な言論の保証など)。
の3点を挙げています。
 さらに、「客観的には同一の状況であっても、人によって認知の仕方は異なりうる」として、「全く同じ場面を、条件付きの協力をするプレーヤーはスタグハントゲーム、純粋な経済人プレーヤーは囚人のジレンマとして見ているかもしれない」と述べています。
 著者は、「法をはじめとする社会的ルールには幾つかの異なる機能がある」として、
(1)人々に対してインセンティブを付与し、望ましくない均衡から望ましい均衡へと移行させるという機能。
(2)プレーヤー間の信頼ないし相互期待を醸成したり維持したりするという機能。
(3)複数のありうる候補があるときに、とにかくどれか特定にものに決めて均衡を導くという機能。
の3点を挙げています。
 第3章「意思決定から社会現象へ」では、「ある経済主体の活動が、市場での取引を経由することなく(すなわち、当事者間の合意によることなく)他の経済主体の意思決定や効用に影響をあたえること」である「外部性(externality)またはスピルオーバー効果(spillover effect)」というと述べてます。
 そして、「個人の意思決定や行動が『自分を取り巻く他者』に影響されるという事実には、少なくとも2つの重要な含意がある」として、
(1)個人の意思決定や行動は人々のつながり――社会ネットワークの構造――に強く依存しうる、ということ。
(2)個人レベルでの微小な変化が、社会レベルでの大きな変動を生み出す可能性がある、ということ。
の2点を挙げています。
 第4章「ルールを求める心」では、「社会秩序の形成・維持のメカニズム(法を含む)は、複雑かつ多種多様である。そのメカニズムの全体像を理解するためには、少なくとも3つの側面での検討が必要」だとして、
(1)タイムスパンの長い「進化」の側面:社会規範は、利他性・ご修正・公平性への欲求、あるいは規範に逸脱した人を処罰したいという感情を基礎としていることがあり、人間は社会規範を形作るための材料を生得的に持っていると考えられる。
(2)「文化」や「制度」の側面:生得的に持っている材料が同一であっても、具体的にどういう形を取るかは違ってくる。
(3)個人の「認知」ないし「解釈」の側面:ルールは多かれ少なかれ抽象的な表現形態を取る。抽象レベルでの社会規範が同一であったとしても、場面の認知や解釈が違えば、具体てレベルでの規範は変わってくる。
の3点を挙げています。
 そして、「道徳を構成しているのは互酬性だけではなく、単一の原理が道徳が説明し尽くせるわけではない」として、心理学者のジョナサン・ハイトらが提唱している「道徳基盤理論(moral foundations theory)」について、「さまざまな文化圏における道徳的ルール群から、普遍性をもつと言える認知的要素を特定する」という作業の結果、候補として、
(1)〈ケア/危害〉基盤:他者の苦痛を忌避する傾向。
(2)〈公正/欺瞞〉基盤:互酬性(特に正の互酬性)にほぼ相当する。
(3)〈忠誠/背信〉基盤:自分が所属する集団を尊重し、グループのためになる行為を求める傾向。
(4)〈権威/転覆〉基盤:地位・権力や上下関係を重視する傾向。
(5)〈神聖/堕落〉基盤:肉体的・精神的な純血を好み、「汚れ」や「穢れ」を嫌う傾向。
(6)〈自由/抑圧〉基盤:自律的な意思決定を好み、支配されるのを嫌がる傾向。
の6点を挙げ、「ハイトは、これらの道徳基盤を『味覚受容器』にたとえている」と述べています。
 また、「社会的ルールのうち、少なからぬ部分は人間の生得的な認知構造や感情と関係しているといわれる」が、「こうした性質が進化のプロセスを生き残るためには、ある特別な条件が必要である」として、「協力行動を取る傾向のある個体は、協力行動を取りやすい別の個体と交流している限り、多くの利得が得られるので反映することができる」が、「裏切り行動を取る個体が交流に加わってくると、協力行動を取る個体は相手に付け入る隙を与えることになるため、相対的に不利な立場に追いやられる」と述べています。
 さらに、「文明が発達した後の社会的ルールの基礎」にもなっている「心理的傾向がどこかの段階で発生」したとして、
(1)他の人がある行動をとっているから、それに従うのが適切だとする「同調」の傾向
(2)自分が扱われたように他者を扱うという「互酬」の傾向
(3)「処罰」を下したいと思う傾向。ことに第三者の視点から処罰を行う傾向
の3点を挙げています。
 第5章「人間=社会的動物の心理」では、「私たちは、およそ合理的とは言えない意思決定をしばしば行う」が、「興味深い点は、大半の人達に共通する誤り方の傾向――系統的(システマティック)なエラー――がある」として、「こうした認知や判断の偏りのパターン」である「認知バイアス(cognitive bias)」について、主なものとして、
(1)結果バイアス:過去の意思決定の質やプロセスに関する評価が、実際に生じた結果によって左右されてしまう、というバイアス。
(2)確証バイアス:自らの信念や仮説に沿った証拠だけを拾ったり、都合の良い形で情報や状況を解釈したりする、というバイアス。
(3)現状維持バイアス:現在の状態を基準線として設定し、そこからの変化を損失とみなす、というバイアス。
(4)アンカリング:特定の情報や数値(特に、初めに与えられた情報や数値)に過度に気を取られ、そちらに引きずられてしまう傾向。
の4点を挙げています。
 本書は、数ある社会科学の一つとしての「法」と他の分野との関係性を明らかにしようとした一冊です。


■ 個人的な視点から

 こうやって他の社会科学と並べてみると、「法学」という分野は理念や政策を実現するためのツールであって、経済学や社会学と並列にするようなものではないのではないかと思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・法律が依って立つ考え方を理解したい人。


2016年7月24日 (日)

Q&A非正規地方公務員の雇用実務

■ 書籍情報

Q&A非正規地方公務員の雇用実務   【Q&A非正規地方公務員の雇用実務】(#2548)

  鵜養 幸雄
  価格: ¥4,428 (税込)
  ぎょうせい(2015/12/1)

 本書は、非正規地方公務員について、「自治体・公務組織での『実務』や『現場』での制度運用を念頭におき」、「総務省発出の通知、公務員部の示した見解等をベースに必要に応じてそれらの内容の『解きほぐし』を加えたもの」です。
 第1章「総論」では、「『非正規公務員』という言葉は、『常勤』でない『職員』についての勤務条件(労働条件)などに関して実務上の取り扱いについて議論がなされる際に用いられて」いると述べた上で、「非常勤職員」が設けられてきた経緯について、
(1)嘱託制度
(2)臨時職員制度
(3)非常勤職員制度
の3点について解説しています。
 また、臨時的任用職員について、「緊急の場合、臨時の職の場合または任用候補者名簿がない場合において、6月を超えない期間で任用され、更新は1回のみで、1年を超えることはできないこととされて」いるとしています。
 また、総務省の「26年通知」について、「21年通知」の趣旨が必ずしも徹底されていないとして、
・制度趣旨との整合性が疑われる特別職非常勤の任用事例が散見された
・時間外勤務に対する報酬を法律上支給できないと考えていた
・年次有給休暇の付与について最低基準を満たしていない
などの実態があったと指摘されているとしています。
 第2章「臨時・非常勤職員」では、その給与・報酬の仕組みとして、
・非常勤→「報酬」と「費用弁償」
・常勤→「給与・旅費」と「手当」
が支給されることとなり、「地方公務員の給与に関する法律の規定」が読みにくくなっている理由として、
(1)規定する法律が自治法と地公法とに分かれている
(2)自治法では特別職・一般職に共通する仕組みが整理され、他方で地公法は一般職(職業公務員)に関する任免、勤務条件、服務等の根本基準を定め、その適用が適当でないものは「特別職」としてその適用を除外し、他方では、常勤・非常勤の別には敏感でない。また、給与以外の勤務条件については地公法の整理を待たなければならない。
(3)給与の要素である「手当」については、その種類が自治法において明示・列挙されている。
の3点を挙げています。
 第3章「任期付職員」では、「任期の定めのない常勤職員と同様の『本格的業務』に従事することが可能な制度として位置づけられ」ており、「任期・勤務時間を柔軟に設定できるもの」と述べています。
 また、任期付職員の給与について、「任期付運用通知において、その職に適用すべき各給料表の職務の級ごとに、職務の評価を基本とした単一号給を設けることが適当であるとされている」一方で、「公的な資格を有する者など一定の専門的な知識経験を有する人材の確保のため特に必要な事情が認められる場合については、任期付職員の給料表への号給の増設または同種の業務に従事する常勤職員が用いる給料表の使用を条例に規定することにより、昇給や過去の経験を踏まえた号給の決定を行うことも否定されていない」と述べています。
 本書は、非正規地方公務員に関する制度を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 非常勤の地方公務員に関する制度は根拠法令や通知などが入り乱れていてなおかつ現場での運用がバラバラということで本にまとめるのも難しかったのではないかと思います。

■ どんな人にオススメ?

・非正規職員の雇用に携わっている人。


2016年7月23日 (土)

ナチスと自然保護: 景観美・アウトバーン・森林と狩猟

■ 書籍情報

ナチスと自然保護: 景観美・アウトバーン・森林と狩猟   【ナチスと自然保護: 景観美・アウトバーン・森林と狩猟】(#2547)

  フランク ユケッター (著), 和田 佐規子 (翻訳)
  価格: ¥3,888 (税込)
  築地書館(2015/7/29)

 本書は、「ナチス時代のドイツにおける自然保護に関する議論を、広範囲にわたってまとめたもの」です。
 著者は、「自然保護主義者たちの政治的な特性は振り返ってみれば痛いほど明らかだ。自分たちの目指すものを手に入れるのに有利となれば、いかなる機会をも逃すまいと待ち構えていたのだ。彼らが支払った代償の大きさに気がつくのは、次の世代の自然保護主義者たちだった。彼らの全世代はナチスの大量虐殺の共犯者となったのだった」と述べています。
 第1章「ナチス時代の自然保護主義者たち」では、「ナチス党が自然保護活動を信奉していたのか――あるいはその逆――という問題は、好奇心をそそるが、結局無意味という以上の説明を、歴史上に補足してくれるのだろうか」と述べた上で、原書のタイトルの『緑と茶色』について、「『緑』と『茶色』は遠くはなれたところにある陣営ではなかった。多くの信念を共有し、驚くほど広範囲にわたって共同する2つの集団だったのである。緑は多くの点で茶色だったのだ。これから明らかになってくるのは、複雑で単純明快な説明を拒む物語である」と述べています。
 第2章「歪む愛国主義」では、「ナチス体験を踏まえれば、自然保護運動の政治的立場は特別な注意を要する。一般大衆の間の強い地域主義にもかかわらず、ドイツの自然保護運動はその時代の最もブルジョア的な運動であり、つねにナショナリストの集まりだった」と述べています。
 そして、「自然保護と国家社会主義との思想的な合流は思った以上に困難を伴った。ヒトラーの著作や演説のテーマは自然保護主義者の問題意識から遠く離れていただけでなく、注意深い読者には激しい環境破壊の含みも明らかだった」と述べ、「ヒトラーにとって、アルプスの景色は自分を目立たせるための背景に過ぎず、ベルリンでの政府の官僚仕事からの避難所の役割以上ではなかったのである」としています。
 また、「ナチス時代の自然保護の歴史について、その著しい特徴として、自然保護団体と真のナチス精神とでは異なった自然保護を提案していても、それぞれの思想家たちの間に対立抗争が全く無かったという点があげられる」と述べ、「ごく一般的に言って、自然保護主義者が力点を置いているのは人間と土地のつながりであり、これはナチスの『ゲルマンの民族性』と『血と土地』の思想とうまく同調した」と述べています。
 第3章「最高潮を迎えたドイツ自然保護」では、「もしも自然保護とナチスの思想の間の関係について要約するとすれば、緑(自然保護)と茶色(ナチス)の間の協調関係の中で行われる運動は、一般化して説明することはできないということになる。結局、さまざまな思想の複雑にすぎる混合物だったのである」と述べた上で、「ナチス政権の最初の2年間は自然保護運動にとって、不穏な均衡を保っていたと言える」としています。
 そして、「両陣営は1935年に劇的に接近し、ナチスに対して、熱狂とまではいかないまでも、強い献身へと心情は変化した」として、1935年の帝国自然保護法を挙げ、「この帝国自然保護法が真に革命的だった部分は、ドイツ自然保護の伝統的基準をはるかに超えて、重要な保護の目的として景観の保護を含んだことだ」と述べています。
 また、「1935年の初めの段階では、帝国自然保護法の先行きは芳しくないように見えた」が、「状況が大きく変わったのはヘルマン・ゲーリングがこの問題を取り上げ、立法を強力に推し進めたこと」によるものであり、「第三帝国における公式の森林管理理念」として知られるようになった「ダウアーヴァルト(Dauerwald)」について、「樹齢もまちまちでときとして樹種さえも異なる、森全体の生態系にも優しい、そんな森の継続的な利用を想定するものだった」と述べています。
 著者は、「結局のところ、ナチス時代、ドイツ自然保護運動に関係する団体間には揚力な同盟関係は発生しなかった」が、「3つの重心の周りに役者グループがかなり混沌とした状態で存在していた」と述べています。
 第4章「自然保護の可能性と限界」では、4つの事例を紹介し、「ナチス時代ドイツにおける保護活動の可能性と限界」が見えてくるとしています。
 そして、「ゲーリングの自然保護制作は2つの目的のために行われていた」として、「保護区は動物や植物にとっての天国を用意すると同時に、そこはカリンハル邸の完璧なる背景であり、かつ熱心なハンターの活動領域だったのである」と述べています。
 また、4つの事例について、「成功の度合いはそれぞれのケースで異なったが、自然保護主義者たちがとった戦略は驚くほど酷似していた。行政が内密に活動を行ったり交渉したりすることをナチス政権が積極的に支持していたことは明らかで、一般市民を巻き込んだ抵抗運動はどのようなものでも疑り深く監視された」として、「自然保護の活動が成功するとするなら、あるいは少なくともいくらかでも前進があるとすると、前身の道は行政内部での交渉だったのである」と述べています。
 第5章「ナチスとの蜜月の終わり」では、「多くの自然保護課にとって、帝国自然保護法は心躍る経験だったとした上で、「戦時中の資料を見ていて驚くのは、一般的に言って、自然保護活動の日々の活動の中でナチスのイデオロギーはごく周縁的な役割を果たしているだけだという点だ」と述べています。
 そして、「自然保護に携わった人々の間に広く共通したジレンマとは、ナチス時代の多くのドイツ人にもよく知られたものだった。許容と妥協という意味で全体主義政権にどこまでついていけるのかという問題である。しかし、自然保護主義者としてこのような大きな心情の変化に耐えることができたか、あるいは少なくとも外に表したグループはほとんどなかった」と述べ、「ナチスが政権を取ってからは、特に1935年の帝国自然保護法の成立以後は、自然保護団体の仲間たちはヘルマン・ゲーリングとアドルフ・ヒトラーの中核的目標であるとして自然保護を協力に売り込んでいったのだ。自然保護者たちがナチスとの友好関係へと入っていったことは、ある意味では、物質的利益を求めて精神的価値を犠牲にしたファウストの取引のようなものだった」と述べています。
 第6章「変貌を遂げた景観」では、「結論として、ナチス時代の環境に関する収支バランスを査定することは驚くほど困難のようにおもわれる」とした上で、「自然保護運動にナチスが正式に参入してくるということは、環境への壊滅的な被害をわずか一歩手前で食い止めたというだけだったかもしれないが、それでも多少はプラスの効果があったのではないか」と述べています。
 第7章「継続と沈黙と」では、「ナチス時代が終わった後の自然保護主義者の間で支配的になっていた感情」として、「ドイツ社会のどの部分をとっても同様だ。すなわち、『過去について語りすぎてはならない』というものだ」とした上で、「たとえ環境主義者たちが自身の歴史の存在を認めるとしても、語り出さないほうが望ましい重荷として見ていたのである。このように、ナチスの過去とは、なにか厄介な影のような存在、一斉に空気中に拡散してしまう、語ることが不可能なテーマとなった」と述べています。
 第8章「教訓」では、「イデオロギー問題ばかりに注目していては、近視眼的な捉え方になるだろう」として、「自然保護主義者たちの社会とナチスの間のイデオロギー上の友好関係は不完全なものにとどまっていた。自然保護主義者は、しばしばナチスのレトリックを借用するようになったが、両者の考え方が継ぎ目なしに一体となることは実現しなかった」と述べた上で、「ナチス時代に自然保護主義の社会に参加するために必要だったのは、ナチスの権威に対して喜んで協力する態度と、言うまでもないことだが、意見の相違する点についてはいつでも口をつぐむ準備ができていることだ。当時のドイツ自然保護主義者たちは、進んでこの対価を支払ったものが大多数だった」と指摘しています。
 本書は、戦後のドイツ社会において語られることのなかった「ナチスへの協力」問題を自然保護主義者について炙りだした一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ナチスへの協力」問題は戦後ドイツ社会の最大のタブーであったわけですが、普段世の中の一段高いところから高潔な主張をしている自然保護主義者とナチスの関係となればなおのことハードルは高かったのではないかと思います。特にドイツの環境政策を持ち上げまくる出羽守にとっては梯子を外される事態なのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・ドイツの自然保護は世界一ィィィ!!!と思う人。


2016年7月22日 (金)

はじめての流通

■ 書籍情報

はじめての流通   【はじめての流通】(#2546)

  崔 容熏, 原 頼利, 東 伸一
  価格: ¥2,052 (税込)
  有斐閣(2014/10/20)

 本書は、流通をはじめて学ぶ「大学の1~2年生(あるいは流通のことを勉強したことがない一般読者)」向けの教科書として企画されたものです。
 著者は、「商品流通の仕組みは、技術や法律・制度などの外部環境、商品、生産者、消費者、そして多くの流通業者が織りなす1つの『システム』として形作られ、維持・発展するとともに、時代や地域によって変化してきます」と述べています。
 第1章「流通の役割とはなんだろうか」では、「商品がその生産者から消費者や産業使用者に至るまでの経路、つまり流通チャネル(distribution channel)は、商品ごとに異なり」、
(1)直接流通:生産者が消費者などに直接販売する
(2)間接流通:何人かの商業者が加わる
の2つがあるとしています。
 そして、「流通における所有権、カネ、モノ、情報の流れは、流通を担う機関が遂行する様々な活動によって生じます」として、その機能を、
(1)所有権移転機能
(2)金融・危険負担機能
(3)物流機能
(4)情報伝達機能
の4つに分類して解説しています。
 第2章「商品を買う場を提供する」では、「『零細・過多・生業性』は、日本の社会・文化的背景から生じた小売流通の構造的な特徴」だとして、「日本では、専業主婦の構成比が高い、生鮮志向が強い、住宅が狭小で飲食料品の保管スペースが不足している、などの社会的特徴から買い物頻度は必然的に高くなり、自宅付近に多くの小売店が分散立地している必要があった」とともに、「初期費用が比較的少ない小売業」は戦後期に多くの人たちが開業する産業分野でもあったと述べています。
 そして、チェーンストアの狙いの1つとして、「仕入れと販売の分離」を挙げ、「商品の仕入を本部に一元化することで、商品の仕入れ数量と販売数量を大規模化し、取引相手となる消費財メーカー(生産者)の自チェーンに対する販売依存度を高めるように行動」することで、「購買支配力(buying power)と呼ばれる取引上のパワーを獲得することになり、メーカーに対して自社に有利な取引条件や物流条件を求めること」ができると述べています。
 第3章「商品を買う場の形」では、ホームセンターが、「第2次大戦で大きな空襲被害を受けたイギリスの復興運動において提唱された"Do It Yourself(DIY)"――自宅の内外装の修繕や補修、改良は自分の手で行う――の考えに沿って誕生しました」と述べています。
 第4章「プライベート・ブランドの意味を考える」では、プライベート・ブランドについて、「小売業者や卸売業者などの流通業者が自主企画をし、商標権を所有した上で自社店舗を中心に販売する専用商品を通商する概念」であり、アメリカではプライベート・レーベル、ヨーロッパではオウン・ブランドという表現が使われるとした上で、「ユニクロやZARAのように、近年アパレル業界でSPA(specialty store retailer of label apparel)と呼ばれる企業の躍進が目立っている」が、「PBのアパレル商品の専門小売店」という意味だと述べています。
 そして、小売業者がPBを積極的に導入する理由として、「PBが小売業者間の競争における差別的優位性を確保するための有効な手段になるという点」を挙げ、メーカーに対する交渉力について、「自分の目的を達成していくために、相手にどれだけ頼っているのかを表す概念」である「依存度(dependency)」について解説しています。
 一方で、メーカーがPBを受託する背景として、「PBをめぐるメーカー固有の複雑な事情」を挙げ、メーカーにとってのメリットとしては、
(1)生産設備を有効に活用できるチャンスになる
(2)小売業者との関係改善が図れる
(3)販売リスクがない
の3点がある一方、リスクとしては、
(1)自社製品とのカニバリゼーションの問題を引き起こす可能性がある
(2)他の小売業者からの反発
(3)NB製品の開発の力を損なう危険性
の3点を挙げています。
 第6章「メーカーはいかに製品を売り込むのか」では、マーケティング・マネジメントの対象として、4Pと呼ばれう、製品(product)、価格(price)、販売促進(promotion)、流通(place)の4点を挙げ、この4つの要素のまとまりを「マーケティング・ミックス」と呼ぶとしています。
 第7章「情報技術はいかに流通を変えるのか」では、「川下の小売業者から川上の供給業者まで複数の組織を通じて情報が伝達される場合」において、「消費者需要の変動が川上に行くほど増幅して伝わってしまうという現象」である「ブルウィップ効果(bullwhip effect)」について解説しています。
 第10章「サービスと流通を考える」ではサービスの一般的、基本的な特徴として、
・無形性
・不可分性(同時性)
・消滅性
・変動性
の4点について解説しています。
 第11章「ビジネスの現場でのやりとりをとらえる」では、「産業財メーカーが直接流通か間接流通かの選択を迫られる状況」について、「取引費用論(transaction cost theory)」を用いて解説しています。
 本書は、はじめて流通業について学んでみたい人に向けて解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 流通に関して、現状のしくみを解説する本はたくさんありましたが、きちんと理論的に解説してくれる入門書はありがたいと思います。おおっぴらにではないにしても理論的支柱として経済学が入っているのは頼もしいところです。


■ どんな人にオススメ?

・流通の仕組みを押さえておきたい人。


2016年7月21日 (木)

日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか

■ 書籍情報

日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか   【日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか】(#2545)

  山田 奨治
  価格: ¥1,944 (税込)
  人文書院(2016/4/19)

 本書は、「当初は個人的なものや家庭内での複製が広く許される、おおらかさのある条文だった」著作権法第30条に「つぎつぎと文言が付け加えられ、個人的なものや家庭内での複製であっても許されない場合や条件が増えていった」ことについて、「こうした法改正を、いたい誰がどのようにして進めているのだろうか? そのプロセスは本当に民主的といえるものなのだろうか? 誰かがどこかで話し合って著作権法を変えていることに関心を持たず、国民は法改正の結果をただ受け取るだけでよいのだろうか?」という問題意識にもとづいて2011年に書かれた著者の前著『日本の著作権法はなぜこんなに厳しいのか』以降のできごととして、「立法に携わる国会議員の言動、彼らを動かした人々のこと、そして自国のグローバル企業の利益のために働く米国政府の意向に焦点を当て」て書かれたものです。
 第1章「米国からの注文書」では、著作権法の改正には、「米国政府からの要望も影響を与えているのだ」とした上で、違法ダウンロード違法化・刑事罰化について、「本来ならば専門家を交えた議論を経て著作権法改正で望むべきことを、業界団体のロビイングによる議員立法で著作権法を上書きする法律を別に用意し、それをスピード成立させた手法には問題がある」と述べています。
 そして、「米国のようなフェアユースの法理を持たない日本では、保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償のいずれも、過去の作品の再利用、デジタル・アーカイビング、コンテンツの二次利用のあり方に大きな影響を及ぼす可能性がある」と述べています。
 第2章「米国を夢みた残がい」では、「米国は日本の著作権法を自国基準のものに作り変えようとしてきた」が、「そんな米国が絶対に輸出しようとしない規定がフェアユースだ。ハリウッドの権利者にとってフェアユースは『目の上のたんこぶ』であり、米国のITCHING企業にとっては先進的なコンテンツ・ビジネスに挑戦できる拠り所になっている。だから、どちらの勢力もフェアユースを海外に広げがらないのだろう」と述べています。
 第3章「ロビイングのままに」では、「現時点での違法ダウンロードの概念には、2つのポイントがある」として、
(1)対象が音楽と動画に限られること。
(2)そのダウンロードは違法にアップロードされたものと知りながら行われていなければならない。
の2点を挙げています。
 そして、「音楽の違法ファイルのダウンロードによる実際の被害額は、6683億円の数十分の1くらいと見るのが妥当だろう」と述べています。
 第4章「秘密交渉の惨敗」では、「偽造品の取引の防止に関する協定」(ACTA(Anti-Counterfeiting Trade Agreement アクタ)に関して、「個別の外交交渉によって著作権法が変えられていく実態」について述べるとしています。
 そして、「TPPがあるので、米国は明らかにACTAへの関心を失っている。TPPはACTAよりも高いレベルで知財を保護するからだ」と述べています。
 第5章「秘密交渉リターンズ」では、「著作権のような一国の文化のあり方と深く関わる決め事を、貿易自由化の文脈で、極意一握りの政治家と官僚が秘密裏に交渉することには強い違和感がある。しかも著作権がらみで大筋合意された保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償制度の『三点セット』は、ここ十年余りの国内議論でいずれも導入を否定、ないしは見送ってきたことばかりだ。それを秘密交渉で外国、すなわち米国に約束し、国内法を強引に変えるやり方は、民主的でないと断じざるを得ない」と述べています。
 そして、「FTAの発想は、『強い文化』を持つ国の経済活動にとって有利な方向に、他国の文化活動のルールを変えさせることにある。いわば、文化を経済に従属させる、おかしな発想だ」と述べています。
 附章「ネット権力の『法』」では、「ネットの調査力は、たしかにすごい」が、「もはや強大な権力と化したネット世論が、米国の西部開拓時代さながらに、かれらの『法』を苛烈に執行する現実を感化していて良いのだろうか」と述べています。
 本書は、日本の著作権を誰が変えようとしているかを示した一冊です。


■ 個人的な視点から

 著作権については、かなり無神経な扱われ方をしている一方で、根拠もなく著作権みたいなものを主張しているケースも多く、坂本龍馬の写真だとかトラブルになると面倒だからということで主張が通ってしまうという傾向があるのは問題ではないかと思うのです。


■ どんな人にオススメ?

・著作権は怖いと思う人。


2016年7月20日 (水)

源流からたどる翻訳法令用語の来歴

■ 書籍情報

源流からたどる翻訳法令用語の来歴   【源流からたどる翻訳法令用語の来歴】(#2544)

  古田裕清
  価格: ¥1,620 (税込)
  中央大学出版部(2015/12/7)

 本書は、「法律用語もほとんどがドイツ語やフランス語からの翻訳語である」ことから、「日本の法律用語統括に英訳すると、ローマ法と英米法という2つの異なる伝統が混戦して、誤解が発生しかねない」ため、「法律用語の欧州語原語からの来歴を辿りつつ、英文の法務文書に関わる企業関係者にとって有益な視点を提供」することを目的としたものです。
 第1話「債権と債務」では、「英語の法律用語はコモンロー(ゲルマン慣習法)の伝統に裏打ちされたものが多い」ため、「英文契約書の作成時には単なる翻訳のみならず、ローマ法とコモンローの伝統同士のぶつかり合いも生じる」と述べています。
 第4話「義務と責任」では、「現代的な理解では、責任と義務は異なる。責任とは、自由を行使した結果を自ら引き受けること(自己責任)」であるのに対し、「義務とは、自分の自由意志と独立に、何であれ規範(宗教的規範、道徳的規範ん、法的規範)が命ずるもの」だとした上で、「dutyとdebtは元来、同じ後であり、債務を意味する」が、「debtはいまも原意を保つが、dutyはより一般的な『義務』を表す語へと変質した」と述べています。
 第5話「善良なる管理者」では、「日本民法中の『善良な管理者』という語はボアソナードの置き土産で、その源はフランスにある」とした上で、「管理者の『善良さ』は過失がないことを意味するが、これもローマ法起源の考え方。管理者が善良かどうかの判断指針として、欧州大陸では伝統的に家父との類否が用いられる」と述べ、「英語圏の方には管理者を家父と類比的に捉える習慣がない」と述べています。
 第7話「事務と業務」では、「日本の法律用語には『義務』『債務』など『務』で終わるものが多い」ことについて、「『義務』はduty、『債務』はobligationの直訳語で、明治期の新造語。『事務』や『業務』は古くからの二次熟語だが、明治期に欧州の法律用語の直訳語へと転用され、現在に至っている」と述べています。
 第8話「請求と請求権」では、「明治以降、日本語はclaimの二重性格を律儀に分析し、事実としては『請求』、理念としては『請求権』、と訳し分けた」ため、「日本語の翻訳語彙(いわゆる専門用語)は飛躍的に増大した」一方、「日本語空間では理念と事実が分割・並列され、語彙に潜む欧州的なダイナミズムは平板化されてしまった」と述べています。
 第11話「瑕疵」では、「売買当事者の悪意・善意に応じて両者に責任と権利を割り振る日本民法の規定も、買主保護に力点を置くドイツ法の影響下にある」として、「こうした規定は当事者主義を原則とする英米法にはない」と述べ、この違いを、「英米法の原則は『買主注意せよ(Caveat emptor)』、ローマ法系のそれは『売り主注意せよ(Caveat venditor)』と形容されることもある」と述べています。
 第12話「危険について」では、「hazardはもともとアラビア語で『さいころ』の意。現代英語では『どう転ぶかわからない不確実性(不注意なまま放置すると事故やトラブル発生に繋がる)』、転じて『事前に注意を向けて対策を立てておくべき事態』を指す」と述べています。
 第14話「無効・解除・取消・撤回」では、「日本民法で無効・解除・取消・撤回は相互に異なる概念であり、その用語法は概してドイツ法に由来する」とした上で、「日本では、法的思考の基本は法的三段論法である、と教えられる。これは19世紀ドイツの概念法学が提唱したもので、法規範(大前提)と要件事実(小前提)から法的効果を演繹する操作。法規範は成文法の規定・解釈により与えられ、その要件に該当する事実があれば法的効果が必然的に発生する」と述べています。
 第15話「『約款』について」では、「欧米には約款規制の考え方に大きく2つの方向性がある」として、
(1)欧州のように制定法で規制する。
(2)当事者主義の米国型。
の2点を挙げています。
 第16話「公正」では、「カルテル(cartel)は約束事を書いた切れっ端(伊語cartello)が原意。騎士の決闘作法のメモ書きから転じて、企業連合や国家連合などを意味するようになった」と述べています。
 第21話「権原と権限」では、「『権原』はボアソナード民法が仏語titreに充てた訳語で、『権利の原因』の略語」であるのに対し、「権原があれば、それに基づき一定の範囲で何かをやってよい。その範囲を強調する表現が『権限』(『権利の限界』の略語)」だと述べています。
 本書は、日本の法律用語をその原語から読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 法律関係の用語は、一般的に使う言葉とは少しかけ離れていて、最初はとっつきにくいのですが、翻訳前の元の言葉の意味を知ると現在の形になっているのもやむなしと思ってしまうのです。


■ どんな人にオススメ?

・法律の言葉はわかりにくいと思う人。


2016年7月19日 (火)

行動情報処理: 自動運転システムとの共生を目指して

■ 書籍情報

行動情報処理: 自動運転システムとの共生を目指して   【行動情報処理: 自動運転システムとの共生を目指して】(#2543)

  武田 一哉 (著), 土井 美和子
  価格: ¥1,728 (税込)
  共立出版(2016/1/23)

 本書は、「ここ数年、大規模データ解析を活用した行動情報処理の研究が『ビッグデータ』の応用領域として注目を集めて」いることについて、「特に、人間の模範的な運転を再現する技術は『自動運転システム』の中心的な課題と認識されて」いるとして、行動情報処理の研究をまとめたものです。
 第1章「行動情報処理とは」では、「人間が自分自身を省みる『内観』に基づく方法に対して、客観的な観測が行えて、再現性を持って仮設を検証できることが行動主義の優れた点」であると述べています。
 そして、「本書では、人の生活活動の根本である『行動』を、データ中心科学として捉える新しい技術、『行動情報処理』を解説」するとともに、「人間を入力に応じて何かを出力する仕組みとして捉える立場」に立つとして、「行動に関わるデータを大量に収集することが可能になりつつあることを前提に、データ中心科学の方法論を使って、行動を予測したり、行動に内在する人間の個性・状態・意識を理解できることについて解説」すると述べています。
 第2章「行動情報処理のための基礎知識」では、「観測された信号と正しい分類結果の組(しばしば教師データと呼ばれます)を使って、最適な分類方法を機会的に決める方法が、現在盛んに研究されて」おり、「これらの研究は機械学習とよばれる研究分野の一部であり、データ中心科学の中心的研究分野として今後の大きな発展が期待されて」いると述べています。
 第3章「行動から個性を知る」では、「与えられた入力(上の句)と出力(中の句)の組み合わせから、システムの一般的な振る舞いを予測することは、信号処理の非常に基本的な問題」であり、「システム推定問題」と呼ばれ、「非常に単純な(しかし実用上、多くの現実を説明できる)システムである線形時不変システムに対して、この問題を一般的に得方法が知られて」いると述べています。
 第6章「行動情報処理の応用」では、「多くの交通事故が『漫然運転』により引き起こされていると考えられ」る点について、「運転行動と視行動の信号を同時に解析することで、漫然運転を検出できると考え」たとした上で、「視行動を手がかりに、運転にどれだけ意識を集中しているかを評価する技術は、自動運転システムへ過度に依存した過信状態を検出することにも使えるのではないでしょうか」と述べています。
 本書は、自動運転システムを支える行動情報処理について解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 自動運転は間違いなくこれからの交通システムの基本的なインフラになる技術ではあるのですが、まだまだ越えるべきハードルは高そうです。


■ どんな人にオススメ?

・自動運転車に乗ってみたい人。


2016年7月18日 (月)

ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント

■ 書籍情報

ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント   【ローカル志向の時代 働き方、産業、経済を考えるヒント】(#2542)

  松永 桂子
  価格: ¥799 (税込)
  光文社(2015/11/17)

 本書は、「現在の『ローカル志向』を解き明かすために、『地域』をベースにして、経済や消費、産業の領域から、個人と社会の方向性について考え」たものです。
 第1章「場所のフラット化」では、「人々の価値観そのものが多様化してきた今こそ、地方側では柔軟な発想で独自の取り組みを展開していく気構えが求められます。地元が定住、空き家活用、仕事の創出・企業などの枠組みをプラットフォーム化し、そこに内外の人々が集まるよう、仕掛けを自然に創出しているケースが功を奏しているようです」と述べています。
 第2章「『新たな自営』とローカル性の深まり」では、「かつて自営や生業は不安定就労で、都市下層の存在とされていました。戦前、例えば大阪市では、この都市下層や都市雑業について膨大な調査がなされ、その記録は現在でも残っています。戦前の都市問題は劣悪な労働環境である雑業の存在、そこで働く都市下層の住宅問題の解決が大きな焦点でした」と述べています。
 そして、いま注目を集めている「小商い」「ナリワイ」と呼ばれる「新たな自営」について、「これらは新技術・新聞屋の領域ではなく、従来型の産業の上にまたがる領域であるのが特徴です」と述べています。
 第3章「進化する都市のものづくり」では、「需要が飽和状態になったり、低コストの地を求めて生産拠点が海外に移行したりするなど産業経済は常に移ろいでゆくものです。そして、ポスト大量生産の時代に入ると、規模の経済によるメリットは薄れ、中小企業やスモールビジネスが主体性を持ってネットワークを構築し、『連結の経済性』や『ネットワークの経済性』といった新たな経済性が観察されるようになりました」と述べています。
 第4章「変わる地場産業とまちづくり」では、長崎県の「波佐見焼」について、「商品だけでなく、陶郷の窯元をめぐるツーリズムも展開していること」が興味深いとした上で、「産地問屋の形態は役割は大きく変わりつつ」あり、「産地問屋は、商品を集めて年に流すだけの役割から、デザインや企画、情報発信、ブランド構築を主体的に担うようになって」来たと述べています。
 そして、「地域ならではのデザイン志向を追求していくという点において、継承されてきた手仕事をベースに新たなデザインを織り込んでいく地場産業・伝統工芸と、近年、盛んに見られる古い建築をリノベーションして利活用していくまちづくりの動きは、相互に通じるものが」あると述べています。
 第5章「センスが問われる地域経営」では、「人口減少問題はマクロの視点で見れば、少子化対策を講じながらも、都市と地方の人口・資源バランスをどう図るのかという問題に帰着」するとして、「これまでの経済一辺倒の価値観だけによらない、複眼的な思想・理念の重要性が増しつつあるということ」だと主張しています。


■ 個人的な視点から

 うまく行っている事例に後追いで説明をつけるタイプの地域活性化本は経済産業省なんかがさんざんやっていると思っていたのですが、商品カタログとしては今でも需要があるようです。


■ どんな人にオススメ?

・地域を活性化する口実がほしい人。


2016年7月17日 (日)

ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち-

■ 書籍情報

ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち-   【ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち-】(#2541)

  高橋暁子
  価格: ¥840 (税込)
  幻冬舎(2014/12/3)

 本書は、「10代のソーシャルメディアの利用実態や実例、背景や問題を中心に取り上げた」ものであり、「ただ『使わない』『取り上げる』から一歩進んで、使う場合はどうしたらトラブルに合わずに済むのか、問題を解決できるのかという視点」で書かれています。
 第1章「今、若者のあいだで何が起きているのか?」では、「既読スルー」や「未読無視」について、「ティーンは、相手が自分をどう思っているのかを確認したいという思いに常にとらわれているため、いつまでも相手の反応が確認できないことも、やはり苛立ちの対象となってしまうのだ」と述べています。
 そして、「中学生は、セルフコントロールやコミュニケーション力などが未熟であり、可処分時間も多い。友達関係を何より重視する年頃であり、日常も学校と家の往復の繰り返しで世界が狭い。彼らにとってはLINEでつながり、関係性を確認しあうことが重要であり、それゆえに振り回され、LINEtyうしんのせいかtの生活になってしまう子どもがいるのだ」と述べています。
 また、SNSからトラブルが生まれる理由として、
(1)文章・画像のみのコミュニケーションは難易度が高い
(2)SNS自体の歴史が短く、共通のルールやマナーが定まっていない
(3)年代・サービスごとに利用の仕方が異なり、ローカルルールが存在する
(4)コミュニケーションの同期・非同期型、感情の伝わりやすさ・伝わりにくさが混在する
の4点を挙げています。
 第2章「止まらない承認欲求の連鎖」では、「認められたいけれど認められないティーン・そこにSNSという自己表現の場が誕生し、一人一端末が行き渡るようになった。ティーンの欲求にSNSがはまった瞬間だ」とした上で、「SNS内で自分の写真を頻繁に投稿するユーザーには、男性より女性のほうが圧倒位に多い」理由として、「自己愛や自意識の強い女性は、自分の容姿を高く評価しており、異性から魅力的と賞賛されることを期待している」と述べています。
 第3章「進化するネットいじめ」では、「ネットいじめは単独で行われることはほとんどなく、リアルいじめと平行して行われる傾向にある」が、「ネットいじめの数は、リアルいじめよりはずっと少ない」一方で、「リアルいじめを深刻化させたり、当人に深いダメージを与えたりするため、緊急な対処が必要となっている」と述べています。
 そして、「インターネットやSNSは、いじめる側に都合がいいツール」である理由として、「いじめる側は、手持ちの端末で自分は動かずに手軽にいじめができてしまう。相手が傷つく様子が見えないため罪悪感に駆られることもなく、匿名で安全な場所からいじめることも可能だ」とする一方、「その分、いじめられる側にはとてもきつくできている」と述べています。
 また、ネットいじめのパターンとして、
(1)フレーミング/挑発行為(敵意的言語表現)
(2)ハラスメント/迷惑行為…繰り返し、(特定の)他者に攻撃的なメッセージを送ること。
(3)サイバーストーキング/犯罪行為…ハラスメントがさらに悪質になり、脅迫と考えられる言動に達していたり、現実の具体的な危害が差し迫っている場合、特にサイバーストーキングと呼ぶ。
(4)デニグレーション/中傷行為…他人を中傷する(時に事実でない)情報や絵画、加工した写真などを書き込んだり、掲載すること。
(5)インパーソネーション/なりすまし…被害者になりすまして、他者にネガティブなメッセージを送ること。被害者のパスワードを盗んで、被害者になりすまし、さまざまなサイトに被害者が困惑する情報をオンライン上に書き込むなど。
(6)アウティング&トリックリー/個人情報の暴露…アウティングとは知り得た個人情報を、本人の了解なくオンライン上に公開すること。トリックリーとは、個人情報を得るため相手に近づき、個人情報を得た後に、それを了解なくオンライン上に公開すること。
(7)エクスクルーションまたはオストラシズム/仲間はずれ…オンライン上のグループから特定個人を無視したり、情報を回さない行為。
(8)ハッピースラッピング/暴力行為の撮影…個人または集団が見知らぬ相手を不意に襲い、その様子をカメラ付き携帯電話で撮影し、携帯電話で送り合ったりオンライン上に公開すること。
の8類型を挙げています。
 第4章「あらゆる人に迫るネット依存」では、「中高生の51万8千人、割合でいうと8%がネット依存傾向」というニュースについて、米国の心理学者キンバリー・ヤング博士の診断質問票において、「診断の必要あり」とされた数字であり、「ネット依存者が同数いるということにはならない」と述べています。
 そして、「実生活や心身への弊害で判断する」方法として、
(1)自己コントロールができない
(2)社会生活、人間関係、家族関係への悪影響が出る
(3)禁断症状が出る(取り上げるとパニック症状になる、何をしていいかわからなくなる、どんなことをしてでも手に入れたいと感じるなど)
(4)耐性ができて利用が長時間化する
の4点に該当すると問題となると述べています。
 著者は、「スマホは、明らかに普通の子どもたちから生活すべての時間を盗んでいる。経験や体験、地に足をつけて生きることをなくした状態で、子どもは無事に成長できるのだろうか」と述べています。
 第5章「大人社会に蔓延するSNSの闇と罠」では、「誰もが日常的に関係性によって数種類の顔(ペルソナ)を使い分けているはず」であるのに、フェイスブックが、「ペルソナを使い分けづらい仕組みを取り続けている」理由として、「仕事上の友達や同僚と、それ以外の知り合いとで異なるイメージを持つ時代は、もうすぐ終わる」というザッカーバーグの信念から始まっていると述べています。
 そして、「ネット住民たちは正義感、大義名分に則って、他人を攻撃することで自分の鬱憤を晴らす傾向にある」として、「あくまで満たされない自分の欲求不満や苛々を他人にぶつける口実として、大義名分が欲しいだけだ。その証拠に、罪の重さとその人が炎上で避難される度合いは全く比例していない」と述べています。
 第6章「『ソーシャル疲れ』が呼びこむうつと孤独」では、「調査によって、日本だけでなく世界中で同様の事態が起きていることがわかっている」とした上で、「自己愛は誰にでもあるものだからだが、SNSはこの自己愛性パーソナリティ障害を悪化させる可能性があると指摘されている」と述べています。
 第7章「SNSがもたらす違和感」では、「ティーンはオンラインの付き合いをとても大切にするので、オンラインでの自分をとても大切にする。すなわち、SNS内での自分のイメージ、仲間内でのポジション、ソーシャルゲームでの強い自分などだ。その挙句、リアルの生活をないがしろにして、オンラインに没頭することも多くなる」と述べています。
 第8章「ソーシャルメディア中毒への処方箋」では、「外部から講師を呼んで、講演や勉強会などを行っている学校も増えているが、情報リテラシー教育は現状に追いついていないというのが現実だ」として、「学校だけでは利用にまで口は出せず、対処が難しいというのが現状だ」と述べています。
 本書は、現実に子どもたちの生活時間を奪っているSNSにいかに対処するかを語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 いかに若者たちに無限の未来が開けていると言っても一日が24時間であることには変わりがないわけで、こんなのテレビなんて手も足も出ないんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・子どもたちのメディアへの関わり方を気にしている人


2016年7月16日 (土)

歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける

■ 書籍情報

歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける   【歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける】(#2540)

  田中 宏幸, 大城 道則
  価格: ¥886 (税込)
  PHP研究所(2016/1/16)

 本書は、「最新技術であるミュオグラフィの特徴を明確にするために、そしてその重要性と可能性とを知るために、比較として近年盛んとなってきているいくつかの科学的手法の歴史学・考古学分野への応用性を紹介」したものです。
 第1章「ミュオグラフィ――ピラミッドや火山を透視する」では、「ミュオンは100万分の2秒で崩壊してしまう非常に不安定な粒子であるにもかかわらず、重さは電子の20倍もあり、X線と比較すると桁違いに高い透過力を持って」おり、「1000万年かけて銀河を旅してきた陽子という素粒子が、地球の大気と反応してできるもの」であり、「常に地表に雨あられのごとく降り注いでいるにもかかわらず、われわれがその存在に気づくことはない」と述べています。
 そして、「火山観測でいち早くミュオグラフィの学術的な成果が上がった」理由として、「火山内部に大きな密度コンテクスト(密度の相違)があったこと、ミュオンの透過力が火山の透視に適していたこと」を挙げています。
 また、「遺蹟や歴史的建造物へも適用されつつある」として、イタリア北東部のアクイレイアやインドネシアのブランバナンの例を挙げています。
 さらに、「我々はこれまで入手不可能であったピラミッドの内部構造に関するまったく新しい情報を得ることができる可能性があることに気付かされる」と述べています。
 第2章「宇宙技術を用いた考古学――未発見の古代遺跡はどこにあるのか?」では、「空撮の最も進歩した形態」である「宇宙技術を用いた考古学」について、「この分野の先駆けとなったのは日本の東海大学」であり、「人工衛星を用いたリモートセンシング(人工衛星や航空機などを使用して、遠隔から地球の表面を測定・観測する手段。対象物が反射、放射する光[電磁波]の特性を把握する)を使えば、地面を掘ることなく、成果を上げることができる新しい考古学の道を切り開いた」と述べています。
 そして、「このような衛星を使用した考古学という分野が注目されている反面、例えばエジプトでは古代エジプトの都市を発見するために人力でドリルを継ぎ足しながら、数メートル地下のコアを抜き出し、そこに含まれている土器などから状況を推測しているのが現状なのである」と述べています。
 第3章「水中考古学――沈没船なら何がわかるのか?」では、「水中考古学を学問レヴェルに引き上げたのが、後に世界初となる水中考古学の講座をテキサスA&M大学で開講することとなる『水中考古学の父』ジョージ・バスであった」として、「地元漁師による半盗掘のような状況であった海中の遺蹟は、ゲラドニア岬以降、考古学者たちが自ら海に潜り、可能な限り陸上と同じ手法・基準で発掘を手掛ける新たな考古学のフィールドとなった」と述べ、「今や水中の発掘現場は、精緻な記録が取られ、過去の出来事を復元するという考古学本来の姿が展開されている」としています。
 第4章「生物学的技術を用いた考古学――ツタンカーメンとは何者か?」では、「1485年にイングランド中部レスターの西郊に位置するボズワースの戦いで、ヨーク朝にて期待するランカスターはが擁立したリッチモンド伯ヘンリー・チューダーと干戈を交えることと」なったリチャード3世について、「伝承・伝説では、その戦いの最中」に、「頭部に斧による打撃を受け戦死したと伝わっている」とした上で、「レスターで発見されたリチャード3性の遺骨には明らかに戦闘で被った痕跡が頭部に見られたのである。人骨の頭部には打撃痕と鋭利な武器で刺されたような傷跡があり、背中には鏃が刺さっていた」と述べ、「リチャード3世に関する伝承・伝説は、歴史的事実であったことが、発見された遺骨とそのDNA鑑定により明らかにされた」と述べています。
 そして、「ルイ17世のものだと伝わるミイラ化した心臓」について、DNA鑑定の結果、「ハプスブルク家の母方の親族の子どもであることを示しているに過ぎないが、その子供に該当する人物はルイ=シャルルしかいないことは歴史学が証明している」と述べています。
 本書は、最新の科学技術によって変貌する考古学の世界をのぞき見ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 私たちの体の中は常に色々なものが通過していらっしゃるようでそういうものをいかに捉えられるかというお話。
 スーパーカミオカンデみたいなのでピラミッドとか火山を通過したミュオンを捕捉しちゃうよ、っていう話ばかりかと思ったら、それは頭だけで、以降最新技術を使った分析手法が紹介されていました。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の謎を問いてみたい人。


2016年7月15日 (金)

銀河系惑星学の挑戦

■ 書籍情報

銀河系惑星学の挑戦   【銀河系惑星学の挑戦】(#2539)

  松井 孝典
  価格: ¥842 (税込)
  NHK出版(2015/12/9)

 本書は、「惑星研究の目的は、単に惑星そのものの成り立ちを探ることだけでは」なく、「惑星の研究を通じて、この宇宙の成り立ちを知る」意義や面白さを伝えようとするものです。
 第1章「SFに追いついた天文学」では、「21世紀になり、最もホットな話題は銀河系に惑星を探す、さらにいえばもうひとつの地球を探す試み」だとした上で、「生命を宿す可能性という観点では、生命が誕生するのに適した軌道領域『ハビタブルゾーン』(habitable zone 水が液体で存在できる領域。つまり生命が誕生するのに適した環境の領域)に、惑星が位置する必要」があると述べています。
 そして、「さまざまな系外惑星の存在がわかってきて」いるが、「まだ発見されてわずか20年で、全貌がわかったとはとてもいえない状況」と述べています。
 第2章「人と惑星」では、古代の人々が、「不規則な動き方をする惑星には、神の意志を表す特別な意味があると考えた」と述べた上で、「天動説から地動説への転換は、もちろんきわめて大きなもの」であったが、「ここで重要なのは『地球が動いている」ことだけ」ではなく、「人類の自然観に最強影響を与えたのは、『地球もほかの惑星と同じ』とした点」だと述べています。
 そして、アポロ計画による月面調査によって、「望遠鏡の時代にはできなかった研究が、できるように」なり、「地球を調べるのと同じように、月という天体を調べることができる。望遠鏡の時代には天文学の対象でしかなかった月が、物質科学の対象になった」と述べています。
 また、「月のクレーターの研究によって、地球の歴史をめぐる考え方も根本的なパラダイムの転換を迫られること」になり、「アポロ計画以降は、地球の歴史を斉一説ではなく、ある時天変地異が起きて、それまでの自然が劇的に変化するという『激変説』で語るのが当たり前」になったとして、アポロ計画は、「私たち科学者にとっては、地球科学や惑星額を大きく方向転換させる強いインパクト」があり、「アポロ計画の科学史における意義は、ガリレオの望遠鏡に匹敵するほど重い、といっても過言では」なく、「ここで初めて、惑星学は『科学』になった」と述べています。
 第3章「太陽系の誕生」では、「アポロ計画によって持ち帰られた月面資料の分析」が、「1990年代になって、格段に性能の向上した分析器を用いて、これらの資料の分析が」始まった結果、
(1)これまで岩石全体でしか分析できなかった化学組成や同位体組織、あるいは同位体年代(同位体比を使った年代測定)、鉱物相の同定(どんな鉱物が含まれているかの決定)などが、鉱物ごとに、あるいは鉱物結晶の特定の場所ごとに行えるようになった。
(2)分析精度の向上。
などを挙げ、「月のマントルに地球のマントルと同じくらいの水が含まれていること」や、「角礫岩に含まれる様々な鉱物の形成年代が、43.5億年前から38億万年前と、約5億年の期間に及ぶこと」などが明らかになったと述べています。
 また、「分析技術の発展にともなって大きな進歩を遂げたのが、隕石の科学」だとして、「できあがってから融けたことのない隕石には、太陽系の材料(星雲ガスや太陽系前駆物質)がそのままの状態で含まれている」ことから、「そういう隕石は、その形成年代が地球の岩石よりもはるかに古いため、太陽系が生まれた頃のことがわかる」と述べています。
 第4章「惑星系はこうして生まれる」では、太陽系にかぎらず、「惑星は太陽のような恒星の『残骸』をもとに形成」されるため、「惑星を知るためには、遠回りのように見えるかもしれませんが、まず恒星がどのように誕生し進化するのか、その問題から説明を」始めるとしています。
 そして、「誕生する天体も太陽のまわりを公転しているのでそれぞれ角運動量を持って」おり、「太陽系ではそのほとんどを惑星が持って」いることが、「太陽系の大きな特徴」であり、「原始星円盤から惑星系が誕生したと考えると、うまく説明が」つくと述べています。
 第5章「惑星の新しい定義とは」では、2006年に、国際天文学連合(IAU)が決議した太陽系の惑星の定義として、
(1)太陽を回る軌道上にある天体
(2)重力が物体の強度を上回るだけの質量を持ち、したがって静水圧平衡に近い形をしている天体
(3)その軌道の近くにはほかの大きな天体が存在しない
の3点を挙げ、「これらの定義にあてはまらず、衛星でないものは、『準惑星』あるいは『太陽系小天体』と区分される」と述べ、このうち(3)の条件を見たいしていないため、「冥王星が惑星ではなくなった」としています。
 そして、太陽系の惑星である、
(1)地球型惑星:水星から火星までの主に岩石でできた惑星
(2)巨大ガス惑星:主にガスでできた木星と土星
(3)巨大氷惑星:主に氷からできた天王星と海王星
の3つのタイプについて解説しています。
 また、「今から40億年くらい前」に、「隕石重爆撃期」とよばれる時代があったことが、「アポロ探査によって明らかに」されたとして、「水をもたらした以外にも、天体衝突は、初期の地球にさまざまな影響を与えたに違いありません」として、「アポロ計画をきっかけに『天体衝突の科学』が発展したことは、太陽系や地球の歴史を明らかにする上で、非常に大きな意義があった」と述べています。
 第6章「太陽系の惑星科学が主流だった時代が銀河系惑星額へと移ったターニングポイントは1995年」にあるとして、
(1)銀河系において、恒星はどこまでが恒星と呼べるのかを明らかにする褐色矮星の発見
(2)系外惑星の発見
の2点を挙げています。
 そして、系外惑星とは別に「小さくて暗い天体」が注目された理由として、
(1)20世紀半ば、海王星より外側の領域に、焦点大群があるのではないか、と考えられ始めたこと。
(2)赤外線検出装置が発達したことで、原始惑星円盤や、水素の核融合をせず、自らは明るく輝かない低音の天体の観測が、技術的にも可能になったこと。
(3)恒星と惑星の中間的な存在である「褐色矮星」と呼ばれる天体の存在を予言する理論が提唱されたこと。
の3点を挙げています。
 第6章「銀河系惑星学を拓いた二大発見」では、「太陽系は宇宙で特別な存在ではない」という前提で始まった系外惑星の探査によって、「太陽系のような、巨大ガス惑星が10年以上の公転周期を持つ惑星系は、まったく当たり前の存在ではなかった」ことが明らかになったとして、「銀河系の系外惑星では、中心星の近くを短期間で周回する、巨大ガス惑星のほうが『ありふれた存在』」だったと述べています。
 第7章「生命を宿す星はあるのか」では、アストロバイオロジーは、「生命が宇宙から運ばれてくるという考え方の総称」である「パンスペルミア説の検証」という大問題に取り組むべきだとした上で、「2001年にはインドで、2012年にはスリランカで、いわゆる『赤い雨』」が降ったとして、「インドの赤い雨については、その正体が細胞上の物質であることが判明」し、「その雨で降る前に大気中で大きな爆発音がしたことから、細胞状の物質を含んだ彗星が、上空で爆発したのではないかと推測されて」いると述べています。
 本書は、惑星を科学する面白さを伝える一冊です。


■ 個人的な視点から

 「惑星」といえば望遠鏡で外から眺めるものだと思っていたのですが、サンプルリターンと調査機器の投入によって、今や実際に分析することができる分野になっていました。
 こういう背景を知ると、『宇宙兄弟』読むのも楽しくなりますね。


■ どんな人にオススメ?

・星に手を届かせたい人。


2016年7月14日 (木)

代表の本質と民主制の形態変化

■ 書籍情報

代表の本質と民主制の形態変化   【代表の本質と民主制の形態変化】(#2538)

  ゲアハルト ライプホルツ (著), 渡辺 中 (翻訳)
  価格: ¥2,700 (税込)
  成文堂(2015/08)

 本書は、『法律の前の平等』(1925年)、『現代民主制の構造問題』(1958年)等とともに、戦後ドイツを代表する国法学者であるゲアハルト・ライプホルツの代表的著作の一つとされるものを訳出したものです。
 第1章「代表の言語分析的意味内容、その一般法的規定および限定」では、「支配的なドイツ国法学の代表(Reprasentation)概念が非常に曖昧なものになっている減員は、代表という言葉の多様な用語法にある。専門的文献もこの言葉をさまざまな用語法で使用している」とした上で、「代表の概念には、人という存在の二重性が内在しているということができる」と述べています。
 そして、「代表の概念は、精神科学的概念であって、これは、技術的な代理とは異なり、特殊理念的な価値領域に根ざしているということである。個人の統一体が代表される限り、この概念には、人という存在の二重性が内在している」ことから、
(1)このような二元性を本質必然的に有していない概念
(2)いずれにせよ被代表者を再現しないけれども、そのことによって実在化する概念
(3)代表者の人格の感覚的把握可能性を断念させる概念
などとも「区別されなければならない」と述べています。
 第2章「代表の一般国家論的意義」では、「すべての国民共同体は、同時に価値共同体である。すなわち、たとえそれぞれの国民にとって異なるものであっても、特に、理念的な価値という、ゆるぎない要素によって全体に統合される。すなわち、スメントの意味における『物的な』統一へと統合されるのである」と述べています。
 そして、「議会の多数決は、実際には議会の少数者の決定にすぎないことがしばしばあるが、この多数決の原則的な拘束力を原子論的・個人主義的な基本的立場によって説明することはできない。なぜならば、代理された能動的市民の多数派が、この決定を拒否することは、少なくとも排除されていないからである」とした上で、「人民が政治的・理念的な統一体としてのみ代表されうるならば、代表機能の一般的な憲法上の意義もまた明らかになる。この機能の意味は、精神的統一体として実存的に存在する具体的な人民共同体を、現実態において経験的に把えることができるようにすること、『多様体としての人民を越えた統一体としての人民の支配』を保障すること、人民を国家的統一体に統合することである」と述べ、「代表機能の特別な意義」は、「国家に統一された共同体が、『国家的意思共同体が生を表現し活動するための前提を継続的に想像するという意味において』、意思をもった国体として、常に新たに生産され、また実現されることを可能にする」と述べています。
 第3章「代表者の地位、その独立性」では、「現代における成文憲法の主たる狙いのひとつは、この意味で代表的『国家機関』の権限を詳細に規定し、かつ相互に限界付けることである」とした上で、「議員の独立が憲法上保証されていること」から、「現在においても、なお議員の任務の遂行方法について取り交わす法律行為は意見であり、したがって、ドイツ民法第134条に違反するために無効である、と見なさなければならない」と述べています。
 第4章「現代の民主制国家における憲法と現実との緊張関係」では、「政府と議会、すなわち近代民主制国家において、特に、国家の意思形成に参与する機関の憲法上の代表的地位は、時とともに問題化してきた」とした上で、「代表の本質の構造とその固有の法則性を認識すること」から、「憲法と法的現実の対立を構造的に調整し、それによって、規範と現実を相互に融和するという、さまざまな国家で行われている、互いに大幅に異なる試みは、失敗に終わらざるをえない」と述べています。
 そして、「民主制においても議会は必ずしも国民全体を代表する必要がない」理由として、「議会は、いわゆる直接民主制におけると同じように、現代大衆民主制の共同意思が、同一性の原理によって形成される場所でもありうる。同じ理由から、政治的・理念的統一体である国民を代表しない政府、すなわち、これらの大衆民主制国家において、憲法上統治の資格を与えられ、そのために交代する正当や正当多数派も存在する。それらは、政府の任務を担当することによっては、まだ国民全体の代表とならない」と述べています。
 第5章「代表と機関性」では、「なぜ国家の法的主体性と並んで、国民の固有の法的主体性について語ることができないのか、それゆえ国民の機関について語ることができないのか」という問題について、「政治的・理念的統一体である国民が、自己の法的組織を国家の内に見出してきたために、国家と国民はそもそも支配的学説の意味において、原則として分離することができない、という認識」を理由として挙げています。
 そして、「国家を機能的に政治的統一体へと統合するこれら集団に対立しているのが、全体として統合作用を果たさない人的範疇、すなわち、代理人、役員、官吏である。これらの範疇の者たちは、統合作用を果たす人的統一体の意味において活動せざるを得ず、したがって、国家を代理することをもって足り、それゆえに、国家を代表することはできない」と述べています。
 第6章「代表の正当化」では、「代表制的支配の生徒はすべて2つの要素を含んでいる」として、
(1)一人または多数の人間がある共同体または個人を代表することを主張し、この統一体の代表者として振る舞うことのできる権利。
(2)被代表者人民による代表のカリスマ的な正当化と、伝統的な要素が必然的に結びつく。
の2点を挙げています。
 そして、「議会制的代表制は、『本来は』まったく異なる選挙法制度と結びつく」として、「国家公民の政治的重要性によって投球付けられたダイナミックな選挙方法が、場合によっては、こんにちの国家実践によく見られる数学的・原子論的な普通・平等選挙権と同じように、議会による国民代表の基礎とされることがある」が、「これまで社会的に抑圧され政治の表面に出ることがなかった階層にまで広く選挙資格が拡大されたとしても、選挙を引き合いに出すことによって国民代表が説明されるわけではない」理由として、「選挙行為に参加するのは、比較的多いと言っても、つねに人口の一部に過ぎないにもかかわらず、議会は選挙人団ではなく国民を代表していると主張するからである」と述べています。
 第7章「代表の選択機能と公開性」では、「それぞれの代表者は、被代表者が本質的理念的な価値領域に埋もれているため、その人柄にとって特定の人格的な固有の価値を獲得する。これもまた代表の本質の一つである。そのつど代表される価値内容によって、強弱さまざまに代表者に付与されるこの『威厳の度合い』が、代表する人物の全本質と姿勢を決定づける」と述べた上で、「代表の本質に必要なのは、公開への原則的な傾向だけであり、そこから結果的に、政治的代表という事実すべての公法的構造も生まれる」ことから、「ときには特定の状況下で代表者の活動が公開の明かりから遠ざけられたり、また事情によっては、政治的に重要な問題が、閉ざされた扉の背後にいる代表の任務を持つ人達によって決定され、その決定が国民共同体を義務付けたりするようになることは、おそらく可能であろう」と述べています。
 第3編「20世紀における民主制の形態変化」では、「民主主義思想は、過去200年の間に政治的な影響力を協力に発揮した限りで、世俗的形態において具体化された」が、「世俗化された西欧的民主主義思想の赤にも、キリスト教の伝統は、力強く生き続けている。つまるところ、キリスト教の伝統が、人文主義的・古典主義的世界像、ルネッサンス、啓蒙主義、そして自然法の基礎を築いたのである」と述べています。
 そして、「前進的無差別化は、政治的なものと社会的なものにおいて、こんにち、広範な民主化と脱自由化をもたらした」として、「確かに、自由は、それが民主的平等を保障するために必要であるという限りにおいて、特殊民主的領域の範囲においても不可欠である」が、「自由民主的思想から見れば、平等は自由に組み込まれている。他の個々人の自由を確保するために制限が必要とされる限りでのみ、自由は制限されている」ことから、「なぜ平等が民主的意思形成の領域で非常に重要な役割を果たしてきたのか、また、なぜ民主主義を一連の同一性とみなすことができたのか、その理由を理解することもできる」と述べています。
 そして、「進展する徹底した無差別的な民主化は、現代の広域国家においては、政党の力を著しく強化させることになった」が、「この政党国家的民主制は、実は、その基本構造の点で自由主義的・代表議会制的民主制とは異なった形態の民主制である」として、「成文憲法が150年来標榜してきた古典的代表議会制には適合しないところのものが、現代の民主的政党国家に調和的に接合され、いわば、政党国家の内的論理および政党国家の政治的機能の前提をなしている」と指摘しています。
 また、「憲法制定者による自由主義的代表議会制の原則の標榜は、こんにちでは、政党国家のもたらすある種の最悪な事態を回避するという意味しか持ってない」理由として、「代表議会制の原則が、政党国家に内在する危険を自ら駆除するだけの創造的な力をもはや持っていない」ことを挙げています。
 著者は、「われわれは、あらゆる方面において変化してしまった政治的・法的現実を、いまだに、過去の時代、すなわち自由主義的代表民主制に由来し、変化した政治的・法的生活の現実に対して、自発的に、うまく対処できない観念や範疇、概念によって把握しようとしている」と指摘しています。
 第4編「憲法と憲法現実」では、「憲法制定者は、ボン基本法第38条に、なお古典的代表制を承認する一方で、同時にボン基本法第21条でこんにち、政治的現実となっている政党国家的民主制を憲法上、承認した」として、「ボン基本法は、結局、最終的な論理的帰結において、相互に両立することのできない民主制の2つの異なる構造原理を承認したのである。憲法解釈者の任務は、このような状況に直面して、いかにして、この2つの異質の構造原理を相互の融合させうるかについて、そのつど具体的に検討することである」と述べた上で、「規範的意味における憲法と憲法現実との間に存在する緊張関係は純規範主義的な意味においては、解消されない」と指摘しています。
 著者は、「憲法と憲法現実との間に存在する緊張状態は、結局は、現実の生活から惹起された緊張状態なのであり、規範性と実存性、当為と存在、道徳的理性と本性との間の緊張状態を反映したものにほかならない」ことから、「問題は、このような規範と現実との間に存在する弁証法的緊張状態を具体的に憲法の独創的な解釈によって解消することなのであるが、そうかといって、このような創造的な憲法解釈によって、たとえば、ボン基本法第38条のような精神史的にその内容が明確に確定されている規範は、政治的現実のために歪曲されてはならない」として、「憲法学者は、また政治的な物の本質や政治生活を形成している諸力を理解していなければならないし、憲法学者が同時に法規範の尊厳や固有価値を正当に評価しようとするならば、政治家以上のものでなければならないのである」と述べています。
 本書は、代表制と民主制の原則と実態の乖離を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 もともとが、19世紀と20世紀の話をしているものなので、当然時代を感じながら読まざるをえないものなのですが、時間を経て歴史的評価を参照しながら読むことができる点で、現在進行形の事態を考える上では参考になります。


■ どんな人にオススメ?

・代表とは何かを考えたい人。


2016年7月13日 (水)

時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理

■ 書籍情報

時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理   【時間を取り戻す 長時間労働を変える人事労務管理】(#2537)

  渡部 あさみ
  価格: ¥1,728 (税込)
  旬報社(2016/2/26)

 本書は、「1990年代以降、過労死・過労自殺に至るほどの長時間労働が、正規ホワイトカラー労働者に見られるようになった」として、「人事労務管理のフレキシブル化の下で、働く人々の懸命な努力にもかかわらず、労働時間が減らないのはなぜなのか。ワーク・ライフ・バランスが声高に叫ばれている今日、労働時間を短縮するにはどうすべきか」という問題意識により、「1990年代以降の正規ホワイトカラー労働者を対象に分析し解明する」ものです。
 第1章「長時間労働の現場で何が起きているのか」では、「1990年代以降の日本におけるホワイトカラー労働者の長時間労働問題と、人事労務管理のフレキシビリティの関係性を明らかにする」とした上で、「日本のホワイトカラー労働者の低い生産性」について、「ホワイトカラーの仕事の特徴は、多様性、個別性、『機械化』『標準化』の困難性にある」と述べています。
 そして、日本経営者団体連盟の「新時代の『日本的経営』」のベースとなったアトキンソンの「フレキシブルな企業」モデルにおけるフレキシビリティとして、
(1)機能的フレキシビリティ:市場環境や生産技術・方法の変化に応じて仕事内容や配置などを柔軟に調整できるようにすること
(2)数量的フレキシビリティ:市場動向に対応した労働力受給に応じて従業員の数を柔軟に調整できるようにすること
(3)財務的フレキシビリティ:市場の状況に合わせて人件費を自由に調整できるようにすること
の3点挙げています。
 また、「人事労務のフレキシビリティが目指す業務量(投入労働量)を市場動向に対応させるための人事労務のフレキシビリティ」として、
(1)人数:進む非正規化―容易に調達、容易に解雇
(2)スキルレベル:市場に必要な能力は自分の責任で身につける
(3)労働強度:成果主義化を通じた労働強化
(4)労働時間:労働時間管理の自己責任化
の4点について検討しています。
 第2章「労働時間の実態とその影響」では、「戦後日本の労働政策・労働行政は、先進諸外国からの圧力によって労働時間短縮政策を掲げつつも、企業側の事情を強く考慮しながら進められてきた」として、「積極的に労働時間を短縮させるのではなく、経済優先の後ろ向きでおずおずとした時間短縮であった」と述べています。
 そして、「『残業代を稼ぐために所定外労働をする』といった説がみられるが、それが『常識のウソ』であることは明らか」であり、「日本の長時間労働は、『業務量が多い』ことが大きな要因なのである」と述べています。
 また、過労死について、「仕事を原因とする過労・ストレスが誘因となった死亡や永久的労働不能を広く指す社会医学用語として定着」しているとして、その特徴は、
(1)性別では男性が圧倒的に多いが、女性も近年増加していること。
(2)被災者の年齢は40歳代、50歳代という働き盛りが多いは、その上下の年齢層にも広がっていること。
(3)被災者はホワイトカラー、ブルーカラーのいずれにも見られ、その職種は営業職と現業労働者が多いが、運転手、技術者、建設労働者等と実に幅広く、職場における彼らの地位はヒラ労働者が多数を占めるとはいえ、管理職にも分厚く広がっていること。
の3点であると述べた上で、「バブル期は、好況で仕事がたくさんありすぎたため過労死に至ったケースが多かったが、最近では、サービス業や営業部門等を中心に不況下での売上不振がストレスの原因となり、心筋梗塞等で過労死に至るケースが多い」としています。
 著者は、「日本の長時間労働の実態とそれをもたらす要因」について、
(1)先進諸国との国際比較の結果から見ても日本は長時間労働の国である。
(2)日本の労働時間の推移を見ていくと、1970年代以降、日本の総労働時間は減少傾向にあることが確認できたが、しかし所定外(時間外)について見てみると減少することはなく、90年代以降は拡大傾向にすらあることを確認した。
(3)総労働時間の減少は、週休二日制の浸透による影響もあるが、それ以上に非正規雇用労働者の急激な増加によるところが大きい。
(4)サービス残業が日本の経営者の体質になっている。
(5)所定労働時間の長さは、「多すぎる業務量」に原因があることが労使ともに認めているが、その問題が解決されない理由は、従業員を「自発的に」働かせる人事労務管理の構造にある。
(6)長期間労働が引き起こすメンタルヘルスの問題、過労死・過労自殺問題は、1990年代以降、正規雇用労働者の長時間労働問題の深刻化に伴い、さらに事態が悪化している。
の6点を挙げています。
 第3章「日本の労使は労働時間をどのように扱ってきたのか」では、「日本の経営者たちの労働時間管理の捉え方」は、「労働時間管理は、生産性向上を目的する合理化手段である。労働時間短縮という社会的要請にも、生産性の向上に伴う労働時間短縮でもって対応しようとする姿勢は変わらない」と述べています。
 そして、「所定外労働は、もともと一時的な性質のものであり、天災やその他臨時に事故が起こった場合とか、一時的な時期に発生する繁忙の場合などに限られているはずであるにもかかわらず、それが恒常化している」理由として、
(1)日本では、多くの場合、あらかじめ生産計画のうちに時間外労働を組み入れており、所定外労働が連続的に行われ、常態化している。
(2)低い賃金のもとにあって、生活を支えるため、どうしても残業や休日出勤を行うことによって収入を補わなければならない状況がある。
の2点を挙げています。
 また、2007年に連合によって打ち出された「年間総労働時間1800時間の実現に向けた時短方針―誰もが仕事と生活の調和のとれた働き方・暮らし方ができる労働時間をめざして―」において、労働時間短縮のための取り組みの指針として、
(1)時短意識の向上と職場風土の改善
(2)適正な労働時間管理の徹底と過重労働対策の強化
(3)年間所定労働時間の短縮
(4)時間外労働の削減
(5)年次有給休暇の完全取得、取得率の向上
(6)パートタイム労働者等の課題
(7)労働時間等設定改善法の活用
の7点が挙げられているとしています。
 第4章「労働時間短縮へ向けた企業の取組」では、「経営側にとって、労働時間短縮が生産性向上の一つの手段として考えられていた以上、労働時間短縮が労働強化によって達成されようとする危険性は、常につきまとうだろう。労働組合が労働時間短縮に介入することで、どのようにした労働強化が行われないような仕組みをつくるのか、この点で労働組合に期待される役割は大きいだろう」と述べています。
 そして、「現在の日本で展開されている人事労務管理のフレキシブル化は、もっぱら、企業競争力強化を図るためのものであった」ため、「より少ない正規ホワイトカラー労働者が、できるだけ多くの業務量を、そしてより長い時間働くような仕組み作りが行われてきた」と指摘した上で、
(1)労働時間短縮のために、まずは無駄な業務を洗い出し、業務の削減に取り組む必要がある。
(2)人数の増員を図ること。
(3)スキルレベルを上げていくこと。
(4)「自発性が強制されないように」人事考課のあり方の改善が必要である。
(5)労働時間に関してはフレキシブルな労働時間制の制限が必要である。
の5点を提言した上で、「これらすべてにわたって労働組合が適切に関与していくことの重要性」を強調しています。
 本書は、日本の長時間労働の原因と改善策を探った一冊です。


■ 個人的な視点から

 10人の正規ホワイトカラーでやっていた仕事を5人の正規社員と5人の非正規社員でやるようになれば、正規社員一人あたりの残業が増えるのは当たり前ですね。
 無駄をなくして生産性を上げていく、というのが答えだとは思いますが、号令だけかけて個人任せにしてもやるはずもないしやれるはずもないのですが、IT化の時のような目に見える人員削減効果がないと組織としては動けないもののようです。


■ どんな人にオススメ?

・時間を取り戻したい人。


2016年7月12日 (火)

日本の若者はなぜ希望を持てないのか: 日本と主要6ヵ国の国際比較

■ 書籍情報

日本の若者はなぜ希望を持てないのか: 日本と主要6ヵ国の国際比較   【日本の若者はなぜ希望を持てないのか: 日本と主要6ヵ国の国際比較】(#2536)

  鈴木賢志
  価格: ¥1,620 (税込)
  草思社(2015/11/18)

 本書は、「日本および6つの国(アメリカ、イギリス、スウェーデン、フランス、ドイツ、韓国)における13歳から29歳までの若者を対象に、共通の質問項目を用いて行われた国際世論調査」において、「4割近くの若者が『どちらかといえば希望がない』もしくは『希望がない』と回答している」状況について、「日本と諸外国の希望の差は一体どこから生まれるのだろうか」という問いから出発したものです。
 第1章「希望のメカニズム」では、「希望」には、「総合的希望」と「個別的希望」の2種類があるとした上で、「本書では、日本の若者がどのような形で総合的希望、つまり将来についての明るい希望を感じているのかについて分析することにより、日本社会における様々な問題が、若者たちにどのような影響を与えているのかを探っていく。さらに、そうした総合的希望の感じ方が日本と諸外国との間でどのように異なるのかを明らかにすることで、それらの国々のように、日本でも多くの若者が自分の将来に希望を持つようになるには、私たちが何をすべきかについて考察する」と述べています。
 そして、「日本において13~17歳と18~24歳の間で発生している『希望の落差』の大きさ」について気になるとした上で、「幸福感と総合的希望は大方で一致するが、そうでない部分があること、そして日本では、古市が指摘するような『現在は満足しているが将来に希望のない若者』が目立つのに対して、アメリカやスウェーデンでは『現在は満足していないが将来に希望のある若者』が多いことが明らかになった」と述べています。
 また、「日本において、自分の将来が心配なわけではないのに将来に明るい希望を持てないという若者の割合が24%にも達している」ことについて、「多くの日本の若者が希望を持てないのは、将来に不安があるからだ、と簡単にまとめてしまうことはできない」と述べています。
 第2章「経済状況と希望」では、「わが国の貧困率が高いのは、高齢化の進展や、それを含めた単身者世帯の増加といった人口学的な要因によるところが大きい」が、「子どものいる世帯においても、所得格差はじわじわと拡大している」と述べた上で、「日本のように、現在のお金に対する不安が将来の希望を大きく押し下げているというのは、けっして望ましい状況ではない」と述べています。
 そして、「多くの日本の若者は、自分の経済常用に不安があっても、それを社会における貧富の差とは別次元の問題として認識している」理由として、
(1)日本の絶対的な生活水準は高い。
(2)格差が表面化しにくい。
(3)日本人の間には根強い中流意識が存在する。
の3つの点を挙げています。
 また、「日本では、自分の努力には期待をかけているが、自分の才能にはそれほど期待をかけていない(希望度がマイナスにはなっていないので、全くかけていないというわけではない)」と述べています。
 第3章「家族・人間関係と希望」では、「親の愛情に満足していると回答している13~17歳の未婚の若者の割合が7カ国の中で最も低いのは日本である」とした上で、「父親もしくは母親が『自分のことをよく理解してくれる』と思っている若者は、そうでない若者と比べて将来に希望を持っている可能性がとても高い」と述べています。
 そして、「結婚しているか否か、また恋人がいるか否かで希望の持ち方に差があるか」について、「明らかなのは『恋人がいない』という人々の希望度が、他の人々よりも明らかに低い」ことについて、「将来に希望を持っている人の方が魅力的に映るので、結婚していたり恋人がいたりする確率が高いという、逆の因果関係が成立している可能性もある」と述べています。
 第4章「学歴と希望」では、「日本の方が若者の希望度が全体に低いというのはあるが、それにしても学校を中退・休学した人の希望の低さは極端である。やり直しが聞かないために一度失敗すると将来への希望が失せてしまう日本の姿が、ここにもよく現れている」と述べています。
 そして、「日本の多くの若者は、大学を知能や技能の習得の場とはとらえていない。にも関わらず、はじめに触れたように、日本の大学卒業者の割合は先進国の中で決して低くない。つまり、大学で何を習得したかは問われなくても、大学を卒業している方が、メリットがあるということだ」と述べた上で、「日本における大学進学の効果は、男性よりも女性のほうが高い」と述べています。
 第5章「仕事と希望」では、「フルタイムにせよパートタイムにせよ、働いている若者の中で希望を持っている者の割合」よりも、専業主婦の中で「希望を持っている者の割合のほうが高い」ことについて、
(1)金銭的な不安が解消もしくは軽減されたという可能性が考えられるが、必ずしもそうではない。
(2)結婚の効果(結婚・事実婚をしている若者は、そうでない若者よりも希望を持っている可能性が高い)。
等の点を検討しています。
 第6章「社会との関わりと希望」では、「彼らは新聞やテレビ以外の手段で、かなり多くの情報に接しているし、社会や政治に対する関心も持っている」が、「彼らにとって決定的に深刻な問題は、そうした情報や関心を政治的に読み解く能力、いわば政治的リテラシーが欠けていることなのだ」と述べています。
 そして、「日本では、自分の参加によって社会が少しでも変えられると思っている若者と、そうは思っていない若者との間で、希望の持ち方に大きなギャップがある」ことから、「若者の政治的リテラシーを向上させて、自分の参加が社会を変えていけるのだと思えるようにし、その無力感を解消することは、彼らの社会への関心の高まりに応えることでもあるし、また彼らの将来についての希望を高めることにもなるはずである」と述べています。
 また、「大多数の日本の若者は、日本人であることに誇りを持っている」とした上で、「自国で誇れる点として、過半数の若者が選んでいる『治安のよさ』や『歴史や文化遺産』については、それを選んでいる若者の方がそうでない若者よりも希望度が10ポイント以上高い」と述べています。
 終章「若者の希望は社会に何をもたらすのか」では、「若者は将来に希望がある方が、結婚や子づくりに対して積極的である」ことから、「極端なことを言えば、より多くの若者が希望を持つようにすることは、少子化対策にもなり得る」と述べています。
 そして、「希望が若者の社会意識にもたらす効果」として、「自国への奉仕意識」を挙げ、「政治に対する関心と同様に、将来に希望を持っているからこそ、今の社会を良くして将来につなげていきたいという意識が高まると見てよいだろう」と述べています。
 著者は、「将来について希望を持っている若者は、やる気とチャレンジ精神を持ち、結婚して子どもを多く持とうと考え、高等教育機関で積極的に学び、自分の興味と能力に基いて仕事を選び、政治に関心を持ち、積極的に自国の役に立とうと考える傾向があることがわかった」として、「そのどれもが、今の日本にとって必要とされていることである」と述べています。
 本書は、若者の希望に焦点を当てて、現代の日本社会を分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本の若者が他国に比べて希望を持っていないとか野心がないとか向上心がないとかいう話は昔から何度となく耳にしてきたのですが、一つには今よりも生活水準が向上すると考えるのが難しいからという理由もありますが、何より、なにかバチが当たったわけでもないのに、大量に長生きする団塊の世代をこれから養わなければならないと考えるだけで気が重くなってしまうものと思われます。


■ どんな人にオススメ?

・若者に希望を持たせたい人。


2016年7月11日 (月)

行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて

■ 書籍情報

行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて   【行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて】(#2535)

  山本 志乃
  価格: ¥1,944 (税込)
  創元社(2015/12/16)

 本書は、「とれたばかりの魚を詰めたブリキカンを担いで、集団で列車に乗る行商人――『カンカン部隊』」だった女たちを訪ね、また、「近鉄に残った最後の『鮮魚列車』をいまも利用する伊勢の行商人たち」を追った一冊です。
 「はじめに――鉄道と行商」では、平成22年春に、「行商人専用の列車が、今なお走っていること」を知ったことが、著者が「カンカン部隊の残影を求めるおっかけ」を始めるきっかけになったと述べています。
 そして、「カンカン部隊の痕跡を求めて、訪ね歩くことをくりかえした」ことで気づいたこととして、
(1)ローカルな鉄道網がいかに日本の隅々にまで行き渡り、正確に、毎日決まった時間に列車を走らせていたか、という、いとも単純な事実。
(2)カンカン部隊の多くが女性だったことも、改めて考えるべき問題だった。その稼ぎは、家族を養うに足るほど立派なものだった。
(3)カンカン部隊の活躍時期が、高度経済成長期の只中にあたることも、考えて見れば不思議なことだった。
(4)カンカン部隊が運んだものは、商品である食べ物に、「信頼」というなににもかえがたい包装をほどこして、彼女たちは客のもとへと届けた。
の4点を挙げています。
 第1章「大阪の『伊勢屋』」では、過去にマスコミ関係でトラブルがあったことで、行商人の組合の役員に取材を断られかけた著者が、ブリキのカンの話をきっかけに、連絡先を交換することができたエピソードが語られています。
 そして、鮮魚列車は、「伊勢志摩魚行商組合連合会」という団体の貸切で運行されており、その運行が始まった昭和38年9月21日に先立つ同年2月1日に組合が結成されたと述べ、「まだ暗いうちに起きて仕入れをし、120キロの道のりを移動して休むまもなく働き、そしてまたすっかり暗くなったことに帰ってくる」生活を、親の代から何十年と続けていることに「脱帽というしかない」と述べています。
 第2章「カンカン部隊の登場」では、「この地域で行商が盛んになっていく背景には、どうやら昭和30年代の伊勢湾の環境変化と、それにともなう漁業の変化があったようである」とした上で、終戦間際から戦後にかけて隆盛を誇った松阪のヤミ市には、県内外から大勢の買出人が集まり、「買出人は、ヤミ市だけでなく、食料生産地にも直接現れた」と述べていたが、昭和25年に水産物の全面的な配給統制が撤廃されたことを「大きな節目」として、「それまで、居ながらにして商売できていたものが、買出人が来なくなれば、こちらから売りに出るほかない」ようになったと述べています。
 第3章「魚アキンドの足跡」では、日本海沿岸を走る山陰本線は、「行商人の利用がとりわけ多かったことで知られる」として、「とくに鳥取県東部から中部にかけての周辺一帯では、行商人のことをアキンドと呼ぶ」と述べています。
 そして、「鳥取駅を利用するアキンドたちの組合」である「昭和会」こと「鳥取昭和商業協同組合」について、「旧国鉄の米子鉄道管理局所管の通商自治組合とよばれる組織のひとつ」であり、「行商人による組合は、米子鉄道管理局の開局時には、すでに各地に存在していた」が、「それらが統制されておらず、増えつつあった通勤・通学などの一般乗客との間で、混雑による問題も生じるようになっていた」ことから、「昭和31年4月26日、各通商組合を統合する米子鉄道管理局管内指定通商人組合連合会を結成し、規約を定めた」と述べています。
 また、「カンの利用と、鉄道の利用」について、「その相関性がどうも気になっていた」とした上で、「行商営業が登録許可制となった昭和25年の時点では、ブリキカンの仕様に関する明記はないものの、衛生管理上、使用する容器の条件が詳細に定められており、こうした条件にかなうもっとも適切な容器としてブリキカンが普及したと考えることができる」と述べています。
 第4章「アキンドに生きる――魚行商体験記」では、平成24年12月中旬に、「最後の魚アキンド体験者のひとり、伊藤増子さんを訪ねた」とした上で、「漁村からの行商というと、一般的には、漁師の夫がとった魚を妻が売り歩く、というような分業を思い浮かべがちである」が、「泊では戦前からすでにそうしたことはほとんどなく、地元の市や倉吉の市場で仕入れることが普通だった」と述べています。
 そして、「増子さんの場合、実の母親がアキンドだったことから、商売のノウハウを教えてもらうなど、さまざまなサポートを受けていたことがわかる」と述べ、アキンドをやる人は、たいていが「しょうからい」、すなわち「性が辛い。つまり、負けず嫌いで向こう気の強い人」であるが、「しょうのからいようなもんのほうが、情があってな」という話も耳にしたとして、「だからこそ、得意先とも信頼関係を結び、長く商売ができたのだろう」と述べています。
 また、「アキンドの稼ぎは、その場しのぎの現金収入ではなく、長期的な暮らしの構築を支える礎になっていた。しかもその商売は、自らの裁量次第でいかようにも展開させることが可能だった。だからこそ、そこに生きがいを見出し、長年にわたって従事することができたのだろう」と述べています。
 第5章「魚を食べる文化」では、カンカン部隊の足跡を追ってみると、「日々の暮らしの中で魚がいかに必要とされていたか、という事実に改めて気づかされる」が、「実のところ、魚が日常の食材となったのは、それほど古いことではない。沿岸部から内陸部へと魚を運ぶ流通網が整う近現代になってはじめて、それは可能になった」と述べています。
 そして、昭和30年代後半から現代にいたる「ダイニング・テーブルの時期」には、多くの家庭で肉料理や魚料理が登場するが、「それ以前のちゃぶ台の時期、あるいは明治から大正初めにかけての銘々膳の時期になると、状況が全く異なってくる」として、「まず、毎日の食事内容が、現代に比べて単調」であるが、「正月に海の魚を食べるという地域は、全国各地に広がって」おり、「中には、海から遠く離れた山間地であることも珍しくない」ことから、「正月と海の魚。この関係こそが、実のところ日本人にとって魚が大切な食材であることの原点なのである」と述べています。
 また、「現在では正月三が日を中心に用意されるごちそうは、本来は、年取りの膳として大晦日に食べるものだった」とした上で、「運ばれてきた年取りの魚は、まず神前に供えられることが重視されていた。ブリやサケに限らず、海産物を歳神様に供える習慣は、『懸けの魚(いお)』として、地域によっては現在でも行われている」と述べています。
 第6章「魚を待つ人々」では、「伊勢志摩地方からの魚行商が最盛期を迎えた昭和40~50年代には」、「仲卸業者を仲介として中央往路市売市場を経由するという、水産物流通の基本が徹底していた」なかで、「産地から直接魚を持参し、販売するという方法は、それ自体が極めて稀であり、消費者に大きなインパクトを与えたであろうことは容易に想像できる」として、「大阪でさほど定着していなかった産地直送を先駆的に実践したというところに、伊勢志摩地方からの行商が受け入れられた理由の一つがある」と述べています。
 「おわりに――消え行く行商列車」では、「千葉県北西部の北総とよばれる農村地域からは、野菜を背負った行商人が、列車を使って東京まで売りに来ていた」として、「昭和40年頃には、この周辺の大半の農家が行商に携わるまで」になり、「昭和39年当時、成田線と総武本線、京成電鉄の沿線地域にそれぞれ行商人の組合があり、人数は合わせて4000人にものぼっている」と述べています。
 そして、「行商というと、おしなべて全近代的な商売のように思いがちだが、もしかしたら当時の間関部隊は、時代の先を行く先鋭的で斬新な人たちだったのではないか。博物館に展示されていたあのカンやリヤカーは、それまでの行商スタイルを刷新する、革命的な道具だったとも考えられる」と述べています。
 本書は、現在ではすでに失われた「カンカン部隊」を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 今でこそ通勤で県境を超えることが当たり前になりましたが、昔は長距離を毎日移動する人の代表格は行商人だったようで、昔の東京人にとって千葉県のイメージは「アサリ売」などの行商人が浮かんだようです。


■ どんな人にオススメ?

・いまではすっかり行商人を見かけなくなった人。


2016年7月10日 (日)

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

■ 書籍情報

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」   【たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」】(#2534)

  ダン ロスステイン (著), ルース サンタナ (著), 吉田 新一郎 (翻訳)
  価格: ¥2,592 (税込)
  新評論(2015/9/4)

 本書は、
(1)すべての生徒は、自分で質問がつくれるようになる方法を学ぶべきであること。
(2)すべての教師は、生徒の質問づくりを授業の一環として教えられるようにすること。
の2点を提示しているものです。
 「はじめに」では、「自らの質問をつくり出すという方法を学ぶことで、生徒たちは自律的で主体的な学び手/考え手になる機会が提供された」と述べた上で、質問づくりの段階として、
(1)「質問の焦点」は教師によって考えられ、生徒たちがつくり出す質問の出発点となる。
(2)単純な4つのルールが紹介される。
(3)生徒たちが質問をつくり出す。
(4)生徒たちが「閉じた質問」と「開いた質問」を書き換える。
(5)生徒たちが優先順位の高い質問を選択する。
(6)優先順位の高い質問を使って、教師と生徒が次にすることを計画する。
(7)ここまでしたことを生徒たちが振り返る――学んだことは何か? どのようにして学んだか? 学んだことをどのように応用できそうか? など。
の7点を挙げています。
 第1章「質問づくりの全体像」では、「生徒たちにとってとても貴重なスキル」として、
(1)発散思考:多様なアイディアを考え出し、幅広く創造的に考えられる能力。
(2)収束思考:答えや結論に向けて、情報やアイディアを分析したり、統合したりする能力。
(3)メタ認知思考:自分が考えたことや学んだことについて振り返る能力。
の3点を挙げ、生徒たちが質問づくりの各段階を踏むことでこれらの思考力を練習することになると述べています。
 そして、質問の第2段階において、「生徒たちが自分たちで質問をつくるための枠組みないし手順」として、
(1)できるだけたくさんの質問を出す。
(2)(それらの質問について)話し合ったり、評価したり、答えを行ったりはしない。
(3)発言のとおりに質問を書き出す。
(4)肯定文として出されたものは疑問形に転換する。
の4点を挙げています。
 第2章「教師が『質問の焦点』を決める」では、「これまでのように、教師は『発問』をするのではなく、『質問の焦点』を示す」ことになるとして、「生徒たちが質問をつくり出すための引き金。生徒たちがそれをきっかけに考えて質問をつくり出せるものであれば、短い文章、あるいは写真や短い動画や表・図などの視聴覚教材など何でもかまわない。質問の焦点は、生徒たちの思考を喚起するために、従来使っていた教師からの発問の反対側に位置づけられるものである」と定義しています。
 そして、「効果的な質問の焦点を考える際の指針」として、
(1)明確な焦点をもっている
(2)質問ではない
(3)刺激によって新しい思考を誘発する
(4)教師の好みや偏見は表さない
の4点を挙げています。
 第5章「質問を書き換える」では、教師の役割として、「閉じた質問と開いた質問の定義を紹介し、それらについての話し合いを進め、一つの質問を別の質問に書き換えるときにサポートをすること」だとして、
(1)閉じた質問と開いた質問の定義を紹介します。
(2)自分たちがつくり出した質問のリストを見て、閉じた質問には△を、開いた質問には◯を、2~3分でつけるように指示します。
(3)閉じた質問と開いた質問の長所と短所についての話し合いを進行します。
(4)一つの質問を他の質問に書き換えるように指示します。
の4つの手順を示しています。
 そして、「生徒たちに習得して欲しいもっとも重要なポイント」として、「質問のつくり方と言い回し(表現法・言葉遣い)が、受け取りたいと思う情報の質を決定づける」ことだと述べています。
 第6章「質問に優先順位をつける」では、「優先順位をつける力で特徴づけられる意思決定に寄与する脳の部分は、青年期になっても発達していないことがわかって」いるとして、「生涯にわたって使い続けるスキルとして、生徒たちに脳のこの部分を発達させるチャンスをもっと提供するべき」だと述べています。
 そして、優先順位を決定するプロセスとして、
(1)優先順位をつけるための指示を与える
(2)優先順位の高い質問を選ぶ
(3)選んだ質問の理由を述べられるようにする
(4)グループ活動の成果を全体に報告する
の4つの段階を示しています。
 第7章「質問を使って何をするか考える」では、「すでに生徒たちに質問づくりをさせることに自信のある」教師の事例として、
(1)数学者のように考える
(2)生徒たちの質問が探求学習を推し進める
(3)生徒自らの質問が「スイッチを入れる」
の3つの例を挙げています。
 第8章「学んだことについて振り返る」では、「生徒たちが行ったことや学んだことを考えるため」には、
(1)自分たちが新しく知ったこと(知識)
(2)感じたこと(感情)
(3)できるようになったこと(行動)
について、「自らの言葉で語れるチャンスが必要」とした上で、具体的に使える質問として、
(1)知識レベルの変化を問う質問
 ・あなたは何を学びましたか?
 ・自分で質問できるように学ぶことはなぜ大切なのですか?
 ・学んでいる内容について何を学びましたか?
 ・どのように学んだのですか?
(2)感情レベルの影響について問う質問
 ・質問をする際はどんな感じがしましたか?
 ・自分たちが行ったことのなかで、よかったことは何ですか?
(3)行動レベルの変化を問う質問
 ・質問できるようになったわけですが、それを今後どのように使いますか?
などの質問を挙げています。
 第10章「生徒もクラスも変化する」では、「質問づくりを使うことで起きた変化は極めて顕著なもの」だとして、
(1)内容に関するより良い理解などの知識面。
(2)自信、主体性、より熱心な取り組みなどの態度面。
(3)生涯にわたって使える思考力を身につけたことなどの技能面。
の3つに分類しています。
 「おわりに」では、本書の結論として、
(1)どの学校のどのクラスでも、すべての生徒に質問ができるように教えることで、教育を改善することは今日からでもできる。
(2)生徒たちに質問ができるように教える教師は、より高い満足とより良い結果が得られる。
(3)自ら質問することをすべての生徒に教えることで、広い見識を持った市民と、市民中心で、力強く、より活気のある民主的な社会をつくり出すことができる。
の3点を挙げた上で、「私たちの民主的な社会においてさえ、市民が主体的に考え、自らの質問をする力を発達させているとはとても思えません」として、「オープンであるにもかかわらず綿密に構成されている質問づくりは、生徒たちに常に民主主義の習慣を練習させ、スキルを磨く機会を提供して」いると述べています。
 本書は、教育の場にかぎらず、民主主義社会における重要なスキルである「質問づくり」の重要性を述べた一冊です。


■ 個人的な視点から

 良い議論のスタートは良い質問にあり、良い企画のスタートも良い問題意識にあるわけで、質問こそがすべてなのかもしれません。
 そういえば自衛隊の作戦本部を見学したら「EEI」という言葉に出会ったのですが、「Essential Element of Information」という意味だそうで、意思決定する上で必要な「~とは」を決めることが良質な意思決定に必要だということのようです。


■ どんな人にオススメ?

・質問する力を身につけさせたい人。


2016年7月 9日 (土)

日本の少子化 百年の迷走: 人口をめぐる「静かなる戦争」

■ 書籍情報

日本の少子化 百年の迷走: 人口をめぐる「静かなる戦争」   【日本の少子化 百年の迷走: 人口をめぐる「静かなる戦争」】(#2533)

  河合 雅司
  価格: ¥1,512 (税込)
  新潮社(2015/12/22)

 本書は「戦前から戦後にかけての日本史を、『人口』の視点で新たに捉え直してみることで、なぜ、日本は戦争に突き進んでいくことになったのかを検証し、国際紛争の背景に必ずや『人口戦』が存在することを確認しよう」とするとともに、「現在の深刻な日本の少子化の根本原因を探ること」を目的としたものです。
 第1章「人口過剰論の擡頭」では、1872(明治5)年の3481万人が、わずか半世紀後の1920(大正9)年には5596万人を記録し、1935(昭和10)年には6925万人と「明治初期の2倍に膨れ上がった」として、「明治に始まった資本主義社会が、大正期にかけて急速に発展したことが理由であった」と述べています。
 そして、1927(昭和2)年に設置された人口と食糧の関係にかかわる調査機関「人口食糧問題調査会」の初会合において、田中義一首相が、「人口過剰の解決に意気込みを示すどころか、人口増加を奨励した」理由として、「ロシア革命などに刺激を受けて労働争議や小作紛争という形で広がりを見せていた社会主義運動を軍首脳部が危険視していたことの現れであった」と述べています。
 また、「産児制限がメジャーな存在となり、多くの日本人が知るようになったのは、1922(大正11)年のマーガレット・サンガーの来日がきっかけであった」が、「日本政府は危険思想を持ち込もうとしているとみて快く思っていなかった」と述べています。
 さらに、「日米開戦の10年以上も前に日本が戦争に踏み切ることを予言していた人物がいる」として、米国マイアミ大学人口研究所のW.S.タムソン博士が提示した「日本が取り得る4つの選択肢」として、
(1)生活程度の引下げ
(2)産児制限の普及
(3)国内移民と土地の一掃の集約的利用
(4)新領土の獲得
の4点を挙げています。
 第2章「『産めよ殖やせよ』への転換」では、日中戦争勃発後、政府は、「大東亜共栄圏の確立を目指す日本にとって、人口増強問題は国家の緊要事である」として、「陸軍省の強い要請で厚生省が設置」され、「人口増加政策とともに、医療の普及など衛生面を含めた国民の健康管理、体力向上をさせるための役割」を担い、「人口増加政策の中心的役割を果たしたのは附属機関として設置された人口問題研究所」であり、「国民動員政策を立案するため、国を挙げて基本的調査・研究が進められることになった」と述べています。
 そして、「産めよ殖やせよ」という言葉は、1939(昭和14)年に厚生省の民族衛生研究会がまとめた「結婚十訓」に見ることができる「産めよ育てよ国の為」という標語が転じたものであり、「厚生省の優勢結婚相談所をはじめ各地に結婚相談所ができるなど、国をあげて結婚を奨励する機運が広がっていた」と述べています。
 また、1941(昭和16)年には、「人口増加策のベースとなる政策集」である「人口政策確立要綱」が閣議決定され、具体的な数値目標として、「昭和三十五年総人口一億」が掲げられたことで、「産めよ殖やせよ」の機運が日本中に広がったして、「政府は厚生省人口局を実働部隊としてさまざまな手段を検討し、官民一丸となって出生数増大と適齢結婚の奨励策に突き進んでいった」と述べています。
 さらに、「人口政策確立要綱は、現在の社会保障政策の出発点としても大きな役割を果たしている」として、「家族の医療費、教育費などの負担軽減を目的とした家族手当制度や、保健所を中心とする保健指導の確立、健康保険制度の拡充供花予防医学の研究普及など」が見つかる他、「妊娠を届けさせ、定期検診を義務付け」ることで「死亡減少の実現」を目指した「妊産婦手帳」について、「『母子健康手帳』と呼び名を変えたが、いま何気なく使っている手帳は国家総力戦の一翼を担った戦争の遺物でもあるのだ」と述べています。
 そして、「政府や軍部が、戦火の拡大に伴う出生率の低下を極度に恐れたのには、明確な理由があった」として、「出生率の低いフランスが、人口増加に邁進したナチスドイツに敗れた」という「ヨーロッパ諸国における『人口戦』を目の当たりにしていた」ことを挙げ、「目の前に差し迫った課題である人口過剰の解消と、将来的な人口減少懸念とを同時に解決しなければならないところにこの時代の人口政策の難しさがあった」と述べています。
 第3章「敗戦後も続いていた“日米戦争”」でが、「日本の敗戦は、人口過剰の解決策を海外に求めた戦前の人口政策の破綻でもあった。日本の人口問題は振り出しに戻るどころか、より深刻な状況へと突き落とされたのである」とした上で、GHWが「占領下の日本の人口課題を的確に分析」し、日本の人口過剰問題に踏み込んだ理由として、「このまま放置すれば日本は共産国化するか、もしくは破れかぶれとなって再び海外に活路を見出しかねないとの警戒感があった」と述べています。
 そして、「日本の少子化の進み方は速すぎる」理由として、「産児制限」を「合法化し、国策として日本中に普及、浸透させた」ことを挙げ、「現在に至る日本の少子化は“政策”として引き起こされた『人災』であった」と指摘し、「人工妊娠中絶や避妊によって人為的に人間の生殖を管理するのだから、これほど直接的な出生数の削減手段はない」と述べています。
 また、「GHQがにらんだ通り、産児制限は出生数を減らすのに大きな役割を果すことになった。優生保護法を改正して『経済的理由』を加えたことが、劇的に人工妊娠中絶を増やしたのだ。第一次ベビーブームは、優生保護法施行の翌年の1949(昭和24)年をもって見事なまでにピタリと終焉した」と述べています。
 第4章「『家族計画』という少子化推進策」では、「国策として産児制限が進められるようになる」なかで、「政府は『家族計画』という言葉を普及させた」とした上で、「企業が家族計画運動に積極的に取り組んだ大きな狙いは、労務管理にあった。従業員の家庭が避妊の実行によって子供を計画的に出産するようになれば、家庭での負担が減って夫は仕事に専念できる。そうなれば、職場での事故も減り、巡り巡って生産性も向上し、会社は医療費や家族手当などの負担軽減にもつながる――という発想であった」と述べています。
 第5章「少子化進めたオウンゴール」では、「ベビーブームの到来は問題の所在を見えづらくした」結果、「人口過剰論が再び首をもたげ始めた」として、「日本政府は少子化を懸念していたはずなのに、まったく反対の道を歩み始めた」と述べ、「日本の出生数低下を加速させた理由がもう一つ」あり、「それは日本人自身によるオウンゴールともいえるものだ」として、「政府は自ら少子化を目指して大号令をかける“自爆”を起こした」と指摘しています。
 そして、「薄らぎ始めた『産めよ殖やせよ』へのアレルギーを再びクローズアップさせ、時計の針を逆方向に進めようとする動き」として、民主党政権による「少子化対策」の「全名否定」について、「日本は再び新たな『失政』の危機にさらされることになった」と述べています。
 第6章「ようやく動き出した人口政策」では、「日本の難しさは、出生数の減少、高齢者数の増加、勤労世代の減少というそれぞれ対策を異にする過大に同時に立ち向かわなければならず、その結果として人口減少編対応もしなければならないところにある」と述べています。
 終章「『静かなる戦争』を顧みる」では、「人口こそが世界史を動かしてきた」として、「ある国の急速な人口膨張は関係諸国には脅威として映る。不足する食糧や生活物資を確保しようとする動きは軋轢を生み、経済的な影響を及ぼす。人口増加スピードに社会体制が追いつかないことが貧困や格差を生じさせ、政治的混乱を招く。困窮した人々が他国に安住の地を求めて逃れ始めると周辺諸国は恐怖心に包まれ、しばしば紛争や戦争へとつながる。それは現在でも見られる光景だ」と述べています。
 本書は、日本の少子高齢化という現象を「人口戦」という観点から位置づけた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「人口戦」という観点から歴史を読み解いていくというやり方は面白かったです。
 さて、日本では当たり前のように定着している「母子手帳」も戦時中の人口増強政策に端を発しているとは知りませんでした。今では日本発の「母子手帳」が世界でも使われていることが美談とされていますが、その背景に「人口戦」があるかもしれないと考えると面白いです。


■ どんな人にオススメ?

・最近少子化が問題になったと思っている人。


2016年7月 8日 (金)

童謡の近代――メディアの変容と子ども文化

■ 書籍情報

童謡の近代――メディアの変容と子ども文化   【童謡の近代――メディアの変容と子ども文化】(#2532)

  周東 美材
  価格: ¥2,700 (税込)
  岩波書店(2015/10/22)

 本書は、「1920年代の近代日本」にとっての童謡とは何かを明らかにすることで、「童謡という子ども文化が、現代においても『国民的』なものとして信じられていることの意味を歴史的に闡明するための鍵にもなるだろう」として、「童謡から見る『声の文化』の再編」と「1920年年代における子どもとメディア変容の構造的関係の形成」について明らかにしようとするものです。
 第1章「『声の文化』としての童謡」では、「童謡は、1918(大正7)年7月に創刊された児童向け雑誌『赤い鳥』に始まる」として、「『赤い鳥』は、『子供の純性を保全開発』し、子どもに芸術的で純真な読み物を与えることを目的としていた」と述べ、「『赤い鳥』以降の童謡は、古代より受け継がれる伝統としての『わざうた』、在来の子どもの歌としての『わらべうた』、さらには媒介性とその改良とが目指された『はやりうた』という意味が重なりあうところに成立した」と述べています。
 そして「童謡は詩として創作された文芸であり、作曲されるもの、楽譜化されるものであるとは考えられていなかった」として、「『謡』という漢字には、字義的には、楽器を用いずにことばを調子付けて『うたう』という意味があった」と述べています。
 また、「白秋にとっての童心とは、自我の解体と恍惚と衝動を引き起こし、明滅する意識のなかで位置個体の生を超えた遠い過去を思い出させる霊魂のことであった」とのべています。
 第2章「歌声の『聖典』」では、「独自の童謡論を打ち立てた北原白秋は、童謡は学校唱歌のように作曲された楽曲を歌うのではなく、声に任せて自由に歌うべきものであると主張し続けた」が、「読者たちは、白秋が拒絶していたような、作曲された楽曲をしだいに求めるようになっていった」と述べた上で、「童謡が楽曲として成立していることは、現在でこそ自明であるが、当時としてはきわめて斬新なアイデアであった」として、「童謡雑誌は、近代詩と西洋音楽を出会わせる場になっていった」と述べています。
 そして、「あとから付けられる音楽は、ことばを主とするのが原則」とされたことで、「童謡の楽曲には言葉の影響力が色濃く刻印されることになった」として、「とりわけ、重視されたのは高低アクセント」であり、「日本語の高低アクセントが、旋律作法上の原則となるよう定められた」と述べています。
 第3章「子どもの上演」では、「西洋音楽を専門的に学んだ若手の音楽家が活動できる場が非常にかぎられていた当時、若手作曲家にとって、児童雑誌は、定期的に作品を発表でき、一定の受容者が見込める魅力的な媒体」であり、「エリートとアカデミズムのものだった西洋音楽が、大衆化していくうえでの画期的な媒体となった」と述べています。
 また、「文芸運動から生まれた童謡は、音楽として歌われるようになると、詩人の期待とは異なる軌道を描いていった」として、「童謡を歌うということは、作曲による楽譜化や音楽教育への導入、さらには舞台で歌う子どもの登場という技術性や身体性の問題を浮かび上がらせていった」と述べています。
 第4章「『令嬢』は歌う」では、「歌う身体」という問題を前に、「運動そのものが分裂しかねない状況にあった」同様が、「圧倒的なオーラを放つ特別な身体の出現によって、次第に水路づけられ、収束していった」として、作曲家・本居長世の三人の娘である本居みどり、貴美子、若葉について、「本居姉妹は、流動的だった同様のメディア状況を安定させ、新たなメディア環境へと適応していく道筋を示した」と述べています。
 そして、「長世の童謡もまた、多分に新しい日本の音楽を創作しようという機運のなかで創作されたもの」であり、「『赤い鳥』の鈴木三重吉や成田為三による音楽事業とはまったく異なる文脈から生まれたものだった」と述べています。
 また、「『令嬢』の登場により、童謡は、専門的な訓練を積み、確実な歌唱技術を持った子どもによって上演されるものに変わっていった」と述べています。
 第5章「童謡の機械化」では、「童謡運動が盛り上がりを見せていた1910年代末から1920年代は、レコード産業が本格的に形成され、大衆の日常を覆い始めていった時期でもあった」が、こうしたレコード産業の体制が確立する以前の「初期の録音技術をめぐるコミュニケーションのあり方が編成されていくプロセス」を負うことで、「近代日本における複製された声の文化、すなわち『二次的な声の文化』が、どのような条件に支えられながら生成していったのかを理解する手がかりが得られるだろう」と述べています。
 そして、「本居親子はレコード吹き込みをつうじて、レコードのために作られた子供の声のありようを生み出した」として、「黄色い」や「舌足らずな」という形容をされる童謡歌手たちの声について、「長世は、地声は子どもにとって自然な発声法であり頭声は不自由で苦痛を感じさせる歌い方であると考えていた」と述べた上で、、「洋楽では、裏声と地声とは明確に区別されるが、邦楽の歌では地声から裏声に映る際に変化がわからないようになめらかに使い分ける技術が求められる」として、「長世が少女の歌に地声を用いたのは、意識的なものだったように思われる」と述べています。
 第6章「命を吹き込むテクノロジー」では、「詩の律動やアクセントを重視することから生まれた童謡は、電気録音時代に至るなかで、ビビッドな音楽となりサウンド優位なものへと変容し、アニメーション化され、学校唱歌やお伽歌劇との区別を失った」と述べています。
 また、「レコード産業は、先行メディアである児童雑誌との結びつきを失ってはいなかった」として、「欧米ではあまり一般的ではない『歌詞カード』が封入されるようになったことは、文芸の影響力を色濃く残した日本のレコード産業の特徴といえるかもしれない」と述べています。
 終章「メディア変容のファンタジー」では、「童謡における印刷文化から二次的な声の文化へというメディア変容とは、『ある平面から別の平面へ』というようなかたちで直線的に推移していくものではなかった」として、「童謡は、擬制的な『一次的な声の文化』を伴いながら再現していた」がのであり、「声の複製やポピュラー音楽としての童謡の姿とは、当初の意図や目的とは異なる結果として、たどり着いたものだった」と述べています
 そして、「本書が童謡をつうじて明らかにしてきたのは、この国のメディア技術・産業のなかに子どもという存在が構造的に組み込まれていったこと」であり、「子どもが近代の産物であるならば、その価値意識は万古不易のものではなく変容するものなのであり、ときにグロテスクな姿をも顕す潜在性を秘めて」おり、「近代日本社会そのものが、自らを再編し解体しかねない子どもという他者性を、〈可能性〉として内面化しているのだ」と述べています。
 本書は、わが国の近代の産物である「童謡」の誕生と変容を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 今となっては遠い追憶のフィルターの向こうで語られることの多い「童謡」ですが、当時としては当然、野心や商売のなかでムーブメントが動いていたわけです。
 いつの日か、握手券商法なんかも遠い過去として振り返られる日が来るのかもしれません。「あの時は世の中がどうかしていた」とかなんとか言われながら。


■ どんな人にオススメ?

・童謡にノスタルジーを感じる人。


2016年7月 7日 (木)

地震前兆現象を科学する

■ 書籍情報

地震前兆現象を科学する   【地震前兆現象を科学する】(#2531)

  織原 義明, 長尾 年恭
  価格: ¥864 (税込)
  祥伝社(2015/12/2)

 本書は、民間の地震予知情報として世間で注目を集めている、
(1)地震科学探査機構のGPSデータ
(2)八ヶ岳南麓天文台のFM電波
(3)VLF電波伝搬の異常により地震を予測する地震解析ラボ
の3つについて、「できる限り客観的な検証」を行ったものです。
 第1章「東日本大震災は、本当に想定外だったのか?」では、「ある期間に発生した地震の数と、発生した地震のマグニチュードの頻度分布には、きわめて普遍的な関係が存在」するとして、「大きな地震と小さな地震の発生数の割合は一定」という「グーテンベルグ・リヒター則」について、「地震の発生に関するきわめて重要な統計的法則として広く認められて」いると述べています。
 そして、「阪神・淡路大震災は、観測については大きな変革と進歩をもたらし」たとして、「この地震を契機として、国が責任を持って、高精度かつ高密度の地震観測網を展開・維持することとなった」結果、「当時の科学技術庁参加の防災科学技術研究所に、全国およそ1000点の観測点で構成される高感度微小地震観測網(通称:Hi-net)が展開されることになり、ここに日本は世界最高水準の地震観測網を得るに至った」と述べています。
 また、「当時実用化が進んでいたカーナビゲーションでお馴染みのGPS連続観測システムが整備されることも決定し、これはGEONETと名付けられ」、「こちらも日本全国を約1200点の観測点で覆い、世界最高水準の地殻変動観測網となった」結果、「研究者が観測のための観測網の維持に忙殺され、肝心の研究が進まないという異常な状態が長く続いて」いたが、「このHi-netとGEONETの整備、および20年にわたるデータの蓄積により、地震予知研究は完全に新たな段階に入った」と述べています。
 第2章「地震予測情報のリテラシー」では、予知と予測の意味について、
(1)地震予知:時間・場所・規模の3要素が明確に示された決定論的なもの
(2)地震予測:前述の3要素は同じだが、確率論的なもの
と定義しています。
 そして、「地震に先行する異常現象の現れ方」のパターンとして、
(1)継続型:ある時点で異常が現れ、その状態が地震発生まで継続する。
(2)加速度型:異常が加速度的に増加し、地震に至る。
(3)過渡型:あるときに異常が短時間だけ現れ、その後正常に戻ってしばらくしてから地震が発生する。
(4)山型:ある時点で異常が現れ、その状態が一定期間継続し、その異常が収束したあとに地震が発生する。
の4つのパターンを挙げています。
 第3章「3つの民間地震予測情報を読み解く」では、「日本は建築物の基準も世界最高レベルであり、本当に“予知”が必要なのは、被害が出たり、鉄道が長時間止まるような可能性のある、陸域ではM6.5以上、海域ではM7以上の地震だけだ」と述べ、「このような予知情報は年に1回か2回しか出ないこと」になり、「民間の予知情報提供会社はそれでは経営が成り立たないと推察」されると述べています。
 第4章「地震は予知できる! その心理の背景にあるもの」では、「地震前兆現象として、その存在を少なからず信じる肯定派」は、
(1)動物の異常行動:86%
(2)地震雲:75%
(3)電気製品の異常:66%
であるが、これはインターネットによる調査で、「無作為抽出ではなく、そのテーマに関心のある人が、回答する傾向があるため」ではないかと述べています。
 そして、「自分に都合のいい情報だけを集めて、自己の先入観を補強することを、認知心理学では『確証バイアス』と呼んで」いると述べています。
 第5章「人が捉える前兆現象」では、動物異常行動や地震雲など、「人の目で判断することができる現象」を、「宏観異常現象」と言うと述べています。
 第6章「日本の地震予測研究の実情」では、「真の地震予知研究にあてられてきた国家予算は、さほど多くはありません」として、平成25年度の文部省地震・防災研究家の当初予算約171億円のうち、「予知」と名のつく研究はわずか4億円であり、「そのほとんどは地震観測や火山観測の維持・管理などで、真の意味で短期・直前予知研究にあてられた予算は、日本全体で年間1700万円足らず」であり、率にするとたったの0.1%だと述べています。
 そして、「大地震の前に自身が減る(静穏化)、または逆に増える(活性化)といったように、地震活動がそれまでと変わってくる可能性」について、「静穏化や活性化を際だたせる方法」として筆者らが開発した「RTM法」について、「 Rは距離(region)、Tは時間(time)、そしてMは地震の大きさ(magnitude)を表し」、「RTMは3つの値の積として定義され、過去一定期間内の地震活動の推移を示す指標」となると述べ、「RTM法は前兆現象抽出に有力な方法であることは確信して」いるが、「マグニチュード9クラスの地震では、その発生時期の推定に、5年から10年という大きな誤差がまだ生じて」しまうことから、「地下天気図だけでなく、電磁気学的手法や地下水などの、多角的な情報を重ね合わせて異常を抽出していくことが、実用的な予測実現への王道」だと述べています。
 第7章「馬鹿にできない地震発生のうわさ」では、地震流言の共通項として、
(1)発生日時は月日まで指定し、場合によっては時刻まで指定
(2)うわさの出処はもっともらしい権威を利用
(3)不安を助長するような出来事の存在
の3点を挙げて上で、「これらはうわさが流言化するための条件」だと述べています。
 そして、信州大学の菊池聡氏による「予言を的中させる方法」である、
(1)数多くの予言をする
(2)曖昧で多様に解釈できる予言をする
(3)悪いことを予言する
について、地震予測情報に当てはまるとしています。
 また、「地震予測を地震予言と混同されないようにするために、予測情報の発信者が心がけるべきこと」として、
(1)しばしば発生する地震ではなく、発生頻度の少ない地震を対象にする。
(2)曖昧さを少なくする。
(3)場合分けはやむを得ないが、検証を行う際は、場合分けされた予測すべてを全予測数に含める。
(4)予測情報は修正を加えることなく、原本のまま公開する。
の4点を挙げています。
 本書は、日本の「地震予知」と「地震予測」の現状を分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 耐震化したり備蓄したりっている地震に備えるっていうのは言ってみれば「保険」なわけで、地震が来なければその備えは「掛け捨て」になってしまう、というところが心理的なハードルになってしまいます。
 熊本県も近年地震が少ない地域ということだったり、台風に備えて瓦屋根が多かったり、ということが被害につながっていたようです。


■ どんな人にオススメ?

・地震を事前に察知したい人。


2016年7月 6日 (水)

サル:その歴史・文化・生態

■ 書籍情報

サル:その歴史・文化・生態   【サル:その歴史・文化・生態】(#2530)

  デズモンド・モリス (著), 伊達 淳 (翻訳)
  価格: ¥2,592 (税込)
  白水社(2015/8/26)

 本書は、人類の遠い祖先であるサルについて解説したものです。著者は、「なんでもとにかく探求したいというサルの先天敵な衝動がわたしたちの高度な技術革新の基礎となり、動きまわることを好むサルの性格が知識を探求しようとするわたしたちの勤勉さに繋がったのである」として、「ところかまわず駆けまわり、騒がしく鳴き、賢く、樹上で生活するこの動物から何百万年もかけて進化してきた人類は、スタート地点ですでに優位にあった」と述べています。
 第1章「聖なるサル」では、「雄のマントヒヒの堂々たる姿は、小立像から巨大な像まで、また色鮮やかな壁画から優美に彫られたレリーフまで、古代エジプトの様々な形式の技術に見ることができる」と述べています。
 そして、「インドでは、サルに与えられた名誉の最高位にあるのがハヌマーンである。神話の中でこれほど際立った役割を果たした伝説的なサルは存在したためしがない。ヒンドゥー教においてハヌマーンは猿神であり、高貴な英雄、勇気や希望、知識、知性、信心をもたらす存在、そして身体的な強さ、忍耐の象徴と見なされている」と述べています。
 また、バリ島において、「昔から、聖なるサルは悪霊から寺院を守ると信じられていて、だからこそ日常的に観光客に咬みついたり彼らから食べ物を奪ったりしても丁重に扱いべきとされている」が、「聖なる森から迷い出て近くの村や田んぼで略奪行為を始めた場合」には、「サルの地位はまったく異なるものとなり、地元の人達から害獣と見なされ、それ相応の扱いを受ける」と述べ、その理由として、聖なる動物は「善なる力も悪なる力も体現する」存在であるとされるからだとしています。
 第2部「部族にとってのサル」では、「部族社会、とくにアフリカの熱帯地方では、サルの仮面や像が頻繁に作られ、さまざまな集いや踊り、儀式の場で利用されている。森の天蓋の高いところを駆けまわる野生の猿を、その知性、俊敏性故に崇める部族は多い」と述べています。
 第3章「嫌われ者のサル」では、「西洋世界におけるサルは、チャールズ・ダーウィンがサルは人類と近縁関係にあるとして人々に敬意を表するよう説く以前は、邪悪で不道徳ないきもの、毛むくじゃらの好色な獣、あるいは愚かさの権化として見下されていた」と述べています。
 そして、「サルはヨーロッパにはほとんど生息していなかったため、どこまでも邪悪で有害な動物という役割も長くは続かなかった」として、数世紀が経過すると、「ユーモラスな芸術や文学の世界で、愚かしい人間の諷刺として頻繁に登場するようになった」と述べ、『罪深かったサルが、愚かなサルとなったのである」と述べています。
 第4章「好色なサル」では、サルの特徴には、「詳しい検証が必要なもの」があるとして、「想像で言い伝えられてきた、その精力の絶倫ぶり」について、「古来、サルが人間と交わるという野蛮な噂が耐えず、残酷にレイプすることもあれば、喜んで身を任せる人間の女性と情事を重ねることもあるとも言われてきた」と述べ、「実際のサルの性行動は過剰とは程遠い」という点でこうした妄想が皮肉だとしています。
 第5章「サルと娯楽」では、「人類は何世紀にもわたってサルとの関わりを楽しんできた。サルの賢さとお茶目なところが、身近にいる犬や猫よりも異国的な動物をそばに置きたいと思うペット愛好家たちを魅了してきたのだ」と述べた上で、「芸をするサルはインドネシアだけでなく、インドやパキスタン、ベトナム、中国、日本、韓国、タイでも相変わらず日常的に見かける光景である」と述べています。
 第6章「利用されるサル」では、サルが利用されてきた分野として、
(1)食糧を集める労働力
(2)宇宙開発における宇宙飛行士の代役
(3)医療研究所で実施される調査の対象
(4)身体に障害のある人たちの介添え
の4つを挙げています。
 そして、「1948年から97年までの間に、合計32頭のサルがロケットに乗せられ、宇宙に向けて打ち上げられた」と述べています。
 また、「ここ数年、従来とは異なる形でサルを利用する動きが見られるようになってきている」として、「身体的に重度の障害を負った人に尽くすように訓練する」ことについて、「はじめてこの役割を担ったのは、ヘリオンという名のオマキザル」であり、「車の衝突事故で四肢に麻痺が残り、手足の自由を奪われたロバート・フォスターの相棒になったのだ」と述べています。
 第7章「サルにまつわる表現」では、サルに関連する格言のなかで最も有名なものとして、「サルにタイプライターを渡してみるといい。それなりの時間を与えて適当にキーボードを叩かせれば、そのうちシェイクスピアの作品ができあがる」というものを挙げ、「この着想を面白思った数学者たちは、理論上は不可能ではないが、こんな偉業を達成するには宇宙の年齢の十万倍よりも長い時間を擁するだろうと述べている」としています。
 第8章「サルと芸術家」では、「サルはこれまで、創作の対象として芸術家にはそれほど好まれてこなかった」とした上で、「ピカソは長いキャリアを通じてかなり頻繁に猿の絵を描いている。サルに対して親近感を覚えていたことは明白である」と述べています。
 第9章「動物としてのサル」では、サルの「繁栄の秘訣おしてのいくつかの特徴」として、
(1)器用な手先:親指が他の4本の指と対置するように進化し、木から木へと飛び移るときに小さな枝を握ることができ、平で敏感な爪のおかげで小さいものをより性格につかめるようになっている。
(2)立体視野:顔の全面に回り込んでいるため、両目を使った立体視が可能であり、視覚が身の回りの世界を支配するようになって嗅覚の使い途が縮小した結果、顔が非常に平らになり、めまぐるしく変わるその時々の気分を様々な表情で表現できるようにもなった。
(3)腕力に優先する知能:脳が進化してかなり高度な知能を持つにいたり、腕力に頼らずとも生存に関わる諸問題を解決できるようになった。
の3点を挙げています。
 第10章「ちょっと変わったサル」では、「すべてのサルのなかで最北に生息するニホンザルは、他の種なら耐えられないような寒冷地でも暮らすこと」ができ、「スノーモンキー」と呼ばれることも納得で、「非常に毛深く、通常の毛の上にさらに毛皮のコートを着ているのかと思うほどだ。短い尾も毛でびっしりと覆われていて、体の中で冷たい外気に晒されているのは、赤い肌がむき出しになった顔だけである」と述べています。
 本書は、身近でありながら知られていないサルと人間との関わりを描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 サルは人間と近いがゆえに、東洋では神聖な存在とされ、西洋では邪悪なものとされてきた、というのが面白いです。
 日本人は雪山で温泉に使っているサルの映像を見慣れていますが、世界的には大変レアな存在なようです。


■ どんな人にオススメ?

・サルを身近に感じている人。


2016年7月 5日 (火)

横山源之助伝―下層社会からの叫び声

■ 書籍情報

横山源之助伝―下層社会からの叫び声   【横山源之助伝―下層社会からの叫び声】(#2529)

  立花 雄一
  価格: ¥4,860 (税込)
  日本経済評論社新版 (2015/10)

 本書は、「世に埋もれた、日本最初の労働運動者であり、底辺記録文学の樹立者である、横山源之助の生涯と業績」の記録です。横山源之助は、「『日本之下層社会』という一書によって、日本における近代創生期の、変革期のなまなましい冷酷な進行ぶりを、犠牲者のがわの下層民、下層労働者のがわから、広範にそして克明に記録した」としています。
 著者は、横山源之助に魅せられた理由として、
(1)特異な底辺性をもつこと。
(2)多くの業績を残しながら、ほとんど埋もれ、無視されていること。
の2点を挙げています。
 第1章「米騒動の浜辺で」では、「横山源之助はおのれの出生を語るにあたり、実父を生まれ故郷の網元とまで明かしていながら、ついにその名を口にしなかった」ことについて、「強烈ではあるがどこか孤独な、温かさをもちながら非妥協的な、そしてどことなく虚無的な感じをさせる横山源之助の生きざまは彼の不幸な出生に負うところが大きい」と述べています。
 そして、左官職人の倅でありながら、富山県ではじめて開校された中学に第一期生として入学した横山源之助が、数えで16歳の2月、「二人の友人とともに、とつぜん、東京へ出奔してしまう」と述べています。
 第2章「二葉亭四迷の門へ」では、法律家になることを夢見て、英吉利法律学校(後ち東京法学院今の中央大学)に入学するも、卒業期を迎える明治20年代は、「法律書生がそろそろ過剰化しはじめていた」時期であり、加えて、養家横山家の没落もあり、「社会からはみ出した失業書生が誕生し、横山源之助の放浪時代がはじまる」と述べています。
 そして、「政治万能時代に上京し、司法の座にいどんだ横山源之助であった。この国の権力機構はすでに完成期に入りつつあった。閉じられた門からしめだされ、余剰化した貧乏書生のひとりとして苦しみつつ、やがて権力機構のあり方を疑い、それに対立し挑戦していく青年がここに誕生するのである」として、「その頃まったく縁のなかった文学――二葉亭四迷の『浮雲』に共鳴したのも、権力機構の内側からはじき出され、余計者的境涯に煩悶する主人公文三のそれがあたかも横山自身のそれにどこか似ていたからに違いない」と述べています。
 また、「松原岩五郎の貧民窟ルポがきっかけとなって始まる、横山源之助のルポルタージュ発見の開眼がやがて明治30年代に始まるわが国の労働運動の前期活動となったのである」と述べています。
 第3章「下層社会ルポ作家としての出発」では、「横山源之助は学界のひとであったことはない。膨大な研究や作品が残されながら、学者ではなかった。一市井の文筆家、ある時は売文家に過ぎなかった。ここに横山源之助の障害の特異さがある」と述べています。
 そして、「毎日新聞社時代の数年間は、横山源之助の生涯中、もっともかがやかしいとき」であったが、「毎日新聞社としっくりいかなかったであろうことは想像に難くない」と述べています。
 また、樋口一葉に宛てた手紙から、「一葉という薄幸らしき、美人の、女流文学者に触れあうや、たちまち発する妖気にあてられたようである」として、「一葉との交渉が深まっている頃、やがて『日本之下層社会』の主要部を占めることになる大調査」をつぎつぎに構想していたが、「横山は一葉に対しては、どことなくしおらしげであり、人間の弱みをさらけだしている。苦労を二人でわけあっているつもりなのかもしれない。しかし歯車はどことなくかみあっていない」と述べています。
 そして、「半井桃水との失恋後の一葉に、もっとも熱をあげたのは斎藤緑雨(正直正太夫)と横山源之助であったろうか」として、「一葉をめぐってある、斎藤緑雨と横山源之助のたてひきはなかなかおもしろい。一種の三角関係にあったといえる。実はいずれも一葉から軽くいなされていたのだが」と述べ、「緑雨は一葉の文学を研究するのが目的で、一様のもとを訪れていた。源之助は下層社会文学への可能性を一様に託す宿望をもってか、あるいは下層社会、貧民救助、経論の同行者としてか。緑雨と源之助は一時一葉に特殊な感情をもって接していた。そういう二人が、一葉から、作品集編纂を遺言としてたくされるようなとくべつな『知己』としてうけいれられていたとしてもふしぎではなかったのであろう」としています。
 さらに、横山源之助の三大調査について、「第一次桐生・足利調査のときは、女衒的な人買い組織にとらえられ、格子なき牢獄のなかに鎖された無告の工女たちの実態が鋭く摘発され」、「第二次農民事情調査では、原始的資本の蓄積の犠牲となって、土地を奪われ、果ては流離せねばならない農民や、小作人へ転落していく実態が――、さいごの第三次阪神地方調査の成果は前二回の調査行のそれにおとらぬものであった」として、「三大調査を完了した、帰京後の横山源之助は二つの面で特徴づけることができる」として、
(1)日本の下層全階層をほぼ網羅する研究がようやく射程内に入ったこと。
(2)日本にはじめて登場する労働運動の開幕に接触し始めていくこと。
の2点を挙げています。
 また、「『日本之下層社会』は客観性・科学性という観点を主眼にして編まれた」として、「横山ははじめ文学的社会ルポから出発し、後しだいに科学敵観点をつよめていった」、「ルポルタージュという実証的な創作行為が文学的記録性よりも科学的記録性へと転化し、科学が優位にたったときに成立したのが『日本之下層社会』であった」と述べた上で、「『日本之下層社会』の出現――それは一言でいえば、日本の産業革命期にいどんだ最初の俯瞰図であったといえるだろう」として、「『日本之下層社会』のなかに、われわれは傑出した特質をいくつもつかみだすことができる。その科学性と綜合性において。時代感覚・状況感覚の鋭さにおいて。そして警世経論観のつよさにおいても。さらに階級観の高まりと人間愛の深さにおいて。真実を描き出す文学性において、等」と述べています。
 第4章「開幕期労働運動と横山源之助」では、「横山源之助の名は、労働運動史上、ほとんど忘れられている。あるいはほとんど無視されているといいなおしてもいい」が、「実は高野房太郎、片山潜にもおとらぬ先駆者であったようなのである」とした上で、「横山源之助が日本の労働運動、社会主義運動の主流に関係したのは、開幕期である」が、それ以後、「労働運動、社会主義運動の主流から離れ、傍流へまわっている」と述べています。
 そして、「労働運動の指導をかっていた知的集団側では、社会主義がすでに暗黙の諒解になっていた。社会主義は、この段階の日本では、まだ傷ついていない、新しい思想の衣装であったのである。横山源之助の社会主義も、知的集団側の新思想を代弁する意味を持って登場した。まだ汚れていない、新思想であった」と述べています。
 第5章「帰郷時代」では、「明治32(1899)年夏、開幕した労働運動隆盛のさなか、『日本之下層社会』『内地雑居後之日本』刊行直後、横山源之助は突如帰郷した」として、「労働運動に血道をあげ、他誌への執筆、おのれの著書への執筆があった。『毎日』の仕事はなおざりにされた。社会改良路線をいく毎日新聞社がいかに寛容であったとしても、『平らか』でなかったであろう。そしてついに横山は過労にたおれたのである。かくして毎日新聞社を引責辞任することになった」と述べています。
 第6章「労働運動への復帰」では、横山が運動に復帰した理由として、「『一書生』としてでなく、こんどこそ実際運動――労働者解放運動の渦中に身を投じるためであった。ところが、労働運動―労働者解放―弱者救済を総体に見ていた横山にとって、おのれの視野のなかにある労働者や職人層や人力車夫等は、一部インテリの突出した社会主義からはあまりにも後方にあったのである」と述べ、「横山の後半生は、歴史の主流をはなれた、歴史の傍流者の、漂流者にも似たそれであった」としています。
 そして、「横山源之助が大日本労働団体聯合本部、ならびに大井憲太郎と行をともにした期間は、聯合本部の創設が企画された明治34(1901)年9月頃から36(1903)年前半頃までであったとおもわれる。この期間、大日本労働団体聯合本部は右派労働運動機関として存在したのだ」と述べています。
 第7章「後半生の横山源之助」では、明治36(1903)年に、「横山源之助は本格的に文筆生活にはいっている。以来、一管の筆に生活を託すのである」と述べた上で、「この頃、横山源之助の身辺が容易でなかったことは事実だ」として、富山県魚津の養父母や親族10人が横山を頼って上京し、さらに横山源之助と松島やいとの間に、一女梢が生まれ、「労働運動から、文筆家へ戻ったのはそのため」であり、「否応なく、しだいに売文におちるしかなかったのだ」と述べています。
 そして、「横山源之助は大正4(1915)年6月3日世を去った」として、その晩年には、「内妻やいとの間に二子をなしながら、尾崎恒子との関係を持続」したことについて、「横山源之助は自分の暗い出生を悲憤していたという。網元の落とし子としてうまれ、母と自分をすてた父親を憎み、すてられた母に同情していた――。晩年、どうしてやいに寛大になりきれなかったのであろうか。より深い、この世のしがらみのなにかをにくむ、ジレンマがあったのであろうか」と述べ、「横山源之助の歿後、一家は離散している。娘梢は横山の遺言によって、尾崎恒子の養女に。博太郎は異父母のいる東京育成園にひきとられた。二人の母やいは天神町の育英舎へ。このように遺族は散り散りに生き別れにならなければならなかった。赤貧のなかに逝った横山を象徴しているかのようだ」と述べています。
 第8章「後期作品管見」では、「『日本之下層社会』完成直後の明治33年中小都市、中産階級研究への関心が、そして明治35年植民問題への関心が、それぞれ現れ、明治37、8年頃になると、人物評論、中小都市(宿場)、植民事情、富豪研究、明治裏面史もの等が混在する」と述べています。
 そして、「横山の人物評論の面白さ、特色は、社会の下積みの、陽のあたらぬところにいる名人(職人)を掘り起こし、人物評の照射を加えていること、あるいは政、財界にあって敗れたひとびと、あるいはその裏面にあるひとびと等、いわばその世界での表街道にはいない、社会の裏面のひとびとをとらえているところにある」と述べています。
 本書は、忘れられていた明治の下層社会を切り取っていた文筆家、労働運動家を掘り起こした一冊です。


■ 個人的な視点から

 『日本之下層社会』は今読んでも驚きと発見に満ちた必読書なわけですが、その作者の生涯を追った本書はやはり面白いわけです。
 そして、社会的に素晴らしい意見を表明している人だからといって、本人の人格が高潔で素晴らしいというわけではないというところもまた面白いのです。


■ どんな人にオススメ?

・社会の底辺は誰が見ているのかを知りたい人。


2016年7月 4日 (月)

社会政策 -- 福祉と労働の経済学

■ 書籍情報

社会政策 -- 福祉と労働の経済学   【社会政策 -- 福祉と労働の経済学】(#2528)

  駒村 康平, 山田 篤裕, 四方 理人, 田中 聡一郎, 丸山 桂
  価格: ¥2,700 (税込)
  有斐閣(2015/8/29)

 本書は、「社会保障制度と労働政策を個別に扱うのではなく有機的に連携したものとしてとらえて、経済学の手法で評価するテキスト」です。「初歩的なミクロ経済学の手法を使って社会政策を分析することにより、経済学部のみならず他学部の学生にも、社会政策に対する経済学的アプローチを共有することを目的」としています。
 序章「社会政策の射程」では、社会政策の主要テーマとして、「ビッグファイブ」と呼ばれる、
(1)所得保障
(2)保健サービス
(3)教育
(4)住宅
(5)ソーシャルワーク・サービス(対人福祉サービス)
の5点を挙げた上で、「本書が取り扱う範囲は、大きく社会保障制度と労働政策から構成される」と述べています。
 第1章「社会政策はなぜ必要か」では、「効率性と公平性との間にあるトレードオフをどのように比較考量するかが実際の政策選択には重要となり、どのような価値を評価基準にしているかを明確にして議論する必要がある」と述べています。
 第2章「社会政策の経済理論」では、民間保険市場が成立する条件として、
(1)各個人の保険事故の発生が独立事象であること
(2)保険事故の発生確率p、損害額Lが計算可能なこと
(3)保険事故の発生確率pが1に近くないこと
(4)逆選択が存在しないこと
(5)モラルハザードがないこと
の5点を挙げた上で、「社会保険は、先に述べた民間保険市場が直面する問題を軽減する手段の1つである」が、「社会保障制度を構成する公的扶助・社会福祉と比較した場合、いくつかの長所がある」として、
(1)保険料拠出及び保険事故発生を条件として給付が行われるため、受給時に恥ずかしさを感じるなど心理的コストによる受給抑制要因がない。
(2)保険料拠出と保険給付がリンクしているため、給付水準の引き上げに関し、政治的合意形成が容易である。
(3)保険料で財源がまかなわれているため、他の財源と競合することによる財政制約を受けることがない。
の3点をあげる一方で、問題点として、
(1)所得が不安定な人々が保険料を払えず保険適用されない、あるいは保険適用されても給付水準が低く生活困窮から脱出できない。
(2)保険事故として設定されるリスクが予め規定されているため、それ以外のリスクや不確実性に対応することはできない。
の2点を挙げ、「結局、社会保険がもつ上記問題を克服するため、公的扶助や社会福祉(児童・障害者・高齢者福祉、社会手当)が必要となる」と述べています。
 第3章「所得格差」では、「所得分配に対する価値判断を社会厚生関数として明示的に組み込んだ格差指標」である「アトキンソン指標(AI)」について、「不平等度を、現実の所得分配での社会的構成を達成できる平等な所得から定義する」として、「所得を平等化することで社会的厚生が増加するのであれば、同じ社会的構成を達成するための均等分配所得は、実際の所得分配における平均所得より小さくなる。均等分配所得は、同じ社会的厚生を達成するために、完全平等ではどれだけ1人あたり所得が低くてすむのかを示す。よって、より不平等が大きい、もしくは、小さな不平等でも社会的厚生が大きく損なわれる選好を持つ社会では、同じ社会的構成を達成する均等分配所得がより小さくなる。そのため、所得格差が大きく、均等分配所得が小さくなると、アトキンソン指標は1に近づく。アトキンソン指標は、所得の不平等によって社会的厚生が損なわれていく度合いを明示的に示した格差指標である」と述べています。
 第5章「貧困」では、「相対的剥奪や社会的排除は、相対的、客観的、多元的指標に基づく」として、「相対的剥奪では、自分が属する社会で最低限期待される生活様式からの排除、社会的に最低限必要とされる必需品の不足の有無に着目する。さらに、社会参加、属するコミュニティー、長期的状況にも着目する」と述べています。
 そして、「貧困線を設定することで、ようやく貧困計測が可能になる」が、実際の計算にあたっては、
(1)世帯規模、子どもの有無、世帯構成員の性別、年齢の相違、障害や疾病の有無などの異なる世帯属性ごとに、どのように貧困を設定すればよいのかという問題・
(2)貧困の深刻さをどのようにとらえるのかという問題。
(3)貧困の持続性をどのようにとらえるのかという問題。
の3つの問題を考慮する必要があるとしています。
 また、「最低所得保障水準(公的扶助)が充実していても、相対的貧困率が必ずしも低くならない理由」として、
(1)相対的貧困線以下の所得でも、一定額以上の資産があれば資力調査により公的扶助を受けられない。
(2)資力要件を満たしていても、扶助義務者への照会があるため親戚に申請を知られたくない、あるいは行きすぎた資力調査等があればスティグマにより申請自体を躊躇する、といった可能性。
(3)公的扶助制度以外の一般低所得世帯を対象とする住宅手当、雇用保険が切れた人々を対象とする失業扶助、各種社会保障給付の家族対象加算の有無、それらの給付水準、最低賃金水準など、公的扶助制度以外のさまざまな制度設計も貧困率に大きな影響をおよぼすこと。
の3点を挙げています。
 第9章「障害」では、障害の捉え方には、
(1)医学モデル:障害を個人の問題と捉え、病気・外傷等から直接生じるものと考える。
(2)社会モデル:障害を個人に帰属するものではなく、その多くが社会環境によって創りだされたものとしてとらえる。
の2つがあるとした上で、「国際生活機能分類は、障害の理解を従来の医療モデル中心から社会モデルを取り入れた構造的理解へと変化させたものとして評価されている」と述べています。
 第10章「育児」では、ワークライフバランス施策について「育児休業制度や企業内保育所の設置など子育て期の女性の就業支援策と受けとめられがちで、企業にとってはコストの扱いであった」が、「近年では仕事と生活のバランスを見直すことによる作業効率の推進、優秀な人材確保や従業員の就業意欲の換気などが注目されるようになり、人事戦略の1つとして位置づけられている」と述べています。
 第12章「健康」では、「医療保険加入による事後のモラルハザードや、供給者誘発需要の問題に対処するには、複数のアプローチが考えられ、現実の制度設計ではいくつかを組み合わせて対応している」として、
(1)医療サービスを真の価格に患者が直面していないことに対応するため、患者の一部負担金を導入する。価格に応じ需要量を大きく変化させる可能性のある疾病への医療サービスを保健の適用除外とする。
(2)供給者誘発需要の問題は、誘発された医療サービスが患者の健康水準に効果がない、あるいは有害な場合であるため、医療サービスの提供者(医療従事者)を免許制にし、所定の知識・技量がある人のみに限定し、さらに医学的に治療効果が確認された医療サービスのみが提供されるよう、提供可能な医療サービスの範囲の規制が必要となる。
(3)医療機関に対する診療報酬の支払い方式の変更。疾病の種類の応じて一定額の診療報酬しか支払わない包括払い方式、あるいは医療機関側に健康な時に予め登録料(会員費)を支払っておき、疾病にかかった場合に、追加的な費用負担なしに診療を受けられるような人頭払い方式などに変更することが考えられる。
(4)医療従事者が自分の利益ではなく、患者のために必要な医療サービスの判断と提供を行うよう、養成課程の中で職業倫理を刷り込むこと。
等が挙げられています
 第13章「介護」では、地域包括ケアシステムについて、「地域で要介護者が暮らし続けるために、病気の場合には医療サービス、要介護者には介護サービス、日常生活を送るための介護予防・住まい・生活支援を、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性にもとづいて構築を行うというもの」であるとしています。
 第14章「老齢」では、「これまで公的年金制度は、実質的な賦課方式のもとで、年金の給付水準、すなわち所得代替率(制度上は平均賃金で40年厚生年金に加入した専業主婦世帯÷男子の平均手取り賃金額)が59%(2004年改革後は約50%)を維持できるように、保険料水準が引き上げられてきた」とした上で、「長寿化によって高齢者数が増加し、少子化によって労働者数が長期的に減少する場合、賦課方式の年金財政を安定させるためには」、
(1)保険料の引上げ
(2)給付の引下げ
(3)労働者数を増加させる
(4)経済成長により賃金を引き上げる
といった政策が必要となると述べています。
 本書は、経済学の考え方をベースに社会政策を解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「社会政策」というタイトルでは色々なアプローチができ、特にこれまで意識高い系というか開明的な人たちというか活動家みたいな人たちが、「~べき」論を展開してきた分野なので、こういうのにかかわるのはちょっと、という人も多いかもしれませんが、こういう分野だからこそ経済学のツールを使って社会を捉え、政策を考えることが必要なのです。


■ どんな人にオススメ?

・「社会」という言葉に警戒心を持っている人。


2016年7月 3日 (日)

ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか

■ 書籍情報

ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか   【ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか】(#2527)

  危険地報道を考えるジャーナリストの会
  価格: ¥821 (税込)
  集英社(2015/12/17)

 本書は、「『イスラム国』による後藤健二氏、湯川遥菜氏の人質・殺害事件移行、『そんな危険な所へ行く必要があるのか』という世論に乗じて、政権は露骨な報道統制に踏み出し、メディアは萎縮してしまった」として、海外取材の最前線に立ってきたジャーナリストが集結し、「それでも、誰かが“そこ”へ行かなければならない」と訴えているものです。
 第1章「後藤健二氏の人質・殺害事件がもたらした影響」では、2015年に後藤健二氏と湯川遥菜氏が「橙色の囚人服を着せられ砂漠に跪かされた映像」が公開された時に、「衝撃を受けるとともに、日本の危険地報道とフリージャーナリストの活動が大きな打撃を受けるであろうことを予感した」と述べた上で、「ジャーナリストの無謀な危険地域取材のために、政府も国民も多大な迷惑を被った」とする世論が現れたとして、「日本の危険地域報道は、新聞社、放送局、出版社、フリー記者などによって半世紀以上続けられ、世界に誇るべき成果も多い」が、「その仕事がいま、権力に干渉され、迷惑者と指差されて大きく傷ついている」と述べています。
 そして「ジャーナリストの仕事とは、市民が世界の動きをしる耐えの目となり耳となることであり、民主主義のために不可欠なものだという意識が、日本社会に希薄であることが浮き彫りになった」とともに、「報道の独立性という原則が傷ついた」と指摘しています。
 第2章「ジャーナリストは『戦場』でどう行動したのか」では、「ジャーナリストにとって紛争の現実は現場にしかない」とした上で、「日本の組織ジャーナリズムには危険地取材については『どのような状況であれ、現場で取材する道を探る』というジャーナリズムとしての明確な基本方針が確立されていない」と指摘しています。
 そして、「中央は世界の事件現場である。世界のジャーナリストが中東に強い関心をもつのは、中東の地域事情を伝えるだけではなく、中東が世界の国々の利害や政策がぶつかる場所だからである」と述べています。
 また、イラク戦争にたくさんのフリーランスが現地に入ったが、「日本のフリージャーナリストを見ていると『活動家』が多いと感じることもしばしばある、活動家は『先に答えありき』になりがちだ」と述べています。
 第3章「戦争報道を続けるために」では、「ジャーナリストたちの過去の殺害状況を見ると、最期は驚くほど、あっけなく、『ポン』と何かを飛び越えるような形で亡くなっている」として、「ベテランで、経験豊富なジャーナリストやカメラマンほど、そんな死に方をしているようにも思える」と述べた上で、「戦争報道で、また同じような形で死者が出て、そして再び『追悼』するだけの繰り返しでは、軍隊組織のような精神論的な言い伝えしか受け継がれていかないだろう。そうではなく、戦争報道をこれからも続けるために、続けられる環境を維持するために、ジャーナリストたちが自己検証をする機会がこれまで無かったのではないか」と指摘しています。
 そして、「戦争報道は、職業的意識(プロフェッショナル・マインド)をもったさまざまな立場の人達が、入れ替わり立ち替わり、かつ継続的に携わることで、次の世代や社会に受け継がれていく」と述べています。
 第4章「米国メディアの危険地報道」では、「メディア各社が、紛争地などの危険地帯の取材を行う際、考慮すべきファクター」として、
(1)その会社がどれだけリスクを許容できるかという「体質面」
(2)取材費用にかかる「金銭面」
の2点を挙げています。
 第5章「危険地報道とジャーナリスト」では、「危険地を取材し殉職したジャーナリストたちの『英雄化』『聖人化』に私は違和感と後ろめたさを抱いている」として、著者がパレスチナ取材で、被害者の住民から、「お前たちは、私たちの悲劇を取材し撮影してテレビ局や雑誌に売って金儲けをする。お前のようなジャーナリストがこれまでもたくさん来て、たくさん撮影していったが、それで私たちの生活がよくなったか? 何も変わらないじゃないか。お前たちは私たちの悲劇を食い物にする“ハゲタカ”だ」という言葉を投げつけられたと述べています。
 そして、「私は、『戦場ジャーナリスト』『戦場カメラマン』という言葉に、ナルシシズム(自己陶酔)と『英雄気分』の匂いをかいでしまう。それを『英雄視』する社会の風潮もある」が、「ジャーナリストは、“伝え手”であり、『何を伝えるか』が勝負だ。だから映像や記事の中では『伝えるべきこと』だけを全面に出して、伝え手は“黒子”に徹すべきだと私は自分に言い聞かせている」と述べています。
 本書は、戦場ジャーナリストたちの主張と自己検証を掲載した一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ジャーナリスト」という言葉にはやはりかっこよさがあって男のロマンがあるとしか言いようがない。
 なにしろ「カメラマン」になるのは思いつきではできないが、「戦場カメラマン」だったらカメラを持って紛争地帯に飛び込めば「フリージャーナリスト」ができあがってしまう、というハードルの低さが原因の一つであることは間違いないでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・戦場にロマンを感じてしまう人。


2016年7月 2日 (土)

サイバーリスクの脅威に備える: 私たちに求められるセキュリティ三原則

■ 書籍情報

サイバーリスクの脅威に備える: 私たちに求められるセキュリティ三原則   【サイバーリスクの脅威に備える: 私たちに求められるセキュリティ三原則】(#2526)

  松浦幹太
  価格: ¥1,836 (税込)
  化学同人(2015/11/20)

 本書は、「仕事であるいはプライベートで、多かれ少なかれサイバーリスクの脅威と向き合って生きて」いる私たちが、「生産性を高め、活力を増し、競争力を養い、最終的には幸福をもたらすべきもの」とするために、サイバーセキュリティにいかに取り組むべきかを解説したものです。
 第1章「サイバーセキュリティとは何か」では、「情報セキュリティを確保する」とは、「情報セキュリティの基本要素に関する品質管理を徹底すること」であり、基本要素には、
(1)秘匿性
(2)完全性
(3)可用性
の3点が含まれるとしています。
 そして、サイバーセキュリティの計画段階で難しいこととして、「『なぜこのPDCAサイクルを開始するのか』という根源的な動機を計画全体に反映させること」だとしています。
 第2章「なぜ脅威が生じるか」では、「絶対に情報漏えいが起きない、理想の情報セキュリティを実現する」ためには、単なる理想としては、「NRU-NWD」(Not Read-Up, Not Write-Down)という多層セキュリティの考え方が古くから知られているが、「この理想は、一部の狭い世界(たとえば、計算機における特定のタイプのプロセッサ〔基本的な処理装置〕)を除けば、実現困難」だと述べています。
 そして、「サイバーセキュリティでは、さまざまな要素が絡み合う中で許容できる安全性が保たれている、という事例」をもかけるとして、「他要素」と言うことが重要なキーワードだとした上で、サイバーセキュリティにおける安全評価は本来、「攻撃者は防御手法を知っている」と仮定すべきであるとする「ケルクホフスの原則」について解説しています。
 第3章「どうすれば安全にできるか」では、「科学的な安全性評価」について、「第三者を納得させるだけの客観性と再現性」が必要であるとして、
(1)脅威が急激にかつ適応的に進化するという困難性
(2)理論的に安全性証明できる技術はまだ少なく、多くの技術が実験的な安全性評価に頼らざるをえないという困難性
(3)品質管理を徹底すべき情報セキュリティの三要素である秘匿性・完全性・可用性の間ですら、トレードオフがあるという困難性
の3つの本質的な困難性を持っていると述べています。
 第4章「どうすれば安心できるか」では、「たとえ事後的にでも相当程度インシデントの原因を究明できる可能性があれば、まったく手がかりを期待できない状態でサイバー空間を利用する場合と比べて、安心感は増す」として、「デジタル・フォレンジック」を「その鍵となる技術であり仕組み」だとしながら、
(1)手続きの正当性
(2)解析の正確性
(3)第三者検証可能性
の3点が求められると述べています。
 第5章「脅威への備え三箇条」では、「再現性を確保できるだけのくわしさと正確さで防御手法を明示して、安全性評価を行うべき」とする「明示性の原則」について、「どちらかといえばサイバーセキュリティの専門家や、サイバーセキュリティと業務上の関わりが強い人向けのもの」だとしながらも、一般ユーザにとっては、「IDやアドレスといった身元特定に関わる情報に対して注意深く行動すること」を規範とすべきと述べています。
 また、「PDCAサイクルの各サイクルにおいて、計画段階から評価検証段階までの間、脅威分析や適用範囲と要求要件を首尾一貫させ、評価検証の質を高め信頼できるものにするべき」とする「首尾一貫性の原則」について解説しています。
 第6章「サイバーセキュリティに革命は起こせるか」では、「サイバーセキュリティとその関連分野の英知を総動員し、研究・開発・実用化が織り成すPDCAサイクルの生産性を『インターネットを活用して生産性向上の革命が起きたといえるほどまでに』高める変革」である「ディフェンダー・ムーブメント(防御者革命)」について、その到達度として、
(1)直接的あるいは間接的な共同が研究者の間で広まっている状態
(2)実務家も含めて広まる状態
(3)一般ユーザも含めて広まる状態
の3つの段階を挙げています。
 第7章「コストか投資か」では、「課題に取り組むことがコスト要因に見える状態から、過大に取り組まないことがコスト要因に見える状態への変換が重要だ」と述べています。
 本書は、サイバーセキュリティについて体系的に考えたい人へのガイドとなる一冊です。


■ 個人的な視点から

 大人の作ったセキュリティをやすやすと破ってしまう高校生がいたりするくらいで、現時点で安心なものが明日も明後日も安心とは限らないネットの世界でセキュリティを維持するには、リアルの部分こそが大事なのでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・サイバーテロが怖い人。


2016年7月 1日 (金)

ピザの歴史

■ 書籍情報

ピザの歴史   【ピザの歴史】(#2525)

  キャロル ヘルストスキー (著), 田口 未和 (翻訳)
  価格: ¥2,160 (税込)
  原書房(2015/8/24)

 本書は、「18世紀のナポリ」に始まり、「貧しい民衆のための安くて便利な食べ物として重宝され」、「イタリア移民とともにアメリカに渡り、そこに第二の故郷を見出」し、アメリカで「独自の道」を歩み、チェーン店によって、世界中に広まったピザの歴史をたどるものです。
 序章「シンプルで複雑なピザ」でや、フランスの著述家であるアレクサンドル・デュマが1835年にイタリアのナポリを訪れ、「そこに住む貧しい人々の習慣と生活を観察」したとして、彼がこうした下層民衆を「ラッザローニ」と呼び、彼らが食べているピザについて、「ピザは見た目ほどシンプルな食べ物ではない。じつはとても複雑な食べ物」と語っていることを紹介しています。
 そして、「アメリカでは、ピザは単にイタリアを代表するエスニックフードではない。高級グルメであり、ノスタルジックな郷土料理であり、やみつきになる食べ物であり、家族の食事に欠かせないものであもある」と述べています。
 著者は、「ピザはグローバル化によって、逆に地域色の強い食べ物へと進化してきたように思える。その土地の消費者が自分たちの好みに合ったピザを作り出しているからだ」と述べています。
 第1章「イタリアのピザ」では、「ナポリではピザを食べることが貧しい人たちの文化の一部になっていた。住民のほとんどは十分な調理器具をもっていなかったので、通りで『ファストフード』を買うしかなかったのだ」と述べています。
 そして、「ピザが、大量生産されるフラットブレッドのファストフードになってしまったことへの批判や懸念の声は止むことがない」が、「ピザは時間と空間をまたいで広がりながら、ときにイタリアとの関係を失い、ときにそれを取り戻してきた。ピザの応用の幅広さがその人気を高めたという点では、民衆文化の遺産としてのピザの性質は受け継がれたことになる」と述べています。
 第2章「アメリカのピザ」では、「アメリカは世界中のどの国よりもピザの消費量が多い」とした上で、「アメリカの料理の歴史をたどってみると、さまざまな民族的背景をもつ消費者と起業家が一緒になって、移民が持ち込んだブリトー、春巻き、チーズフォンデュなどの食べ物を進化させ、大勢にアメリカ独自の料理として受け入れられるものにしてきたことがわかる」と述べています。
 そして、「ピザは19世紀後半にイタリア移民とともにアメリカにやってきた。南イタリアからの移民が多く住み着いた地域にピザが現れたのは偶然ではない。南部からの移民の多くは、非熟練労働者でも向上の仕事に就ける北東部の年に集まってきた。ピザは安上がりの食べ物として、移民たちが自分の家で作るものだった。あるいは、パン屋で作ったものをまるごとか、(通常は工場労働者か、金曜日に肉を買えない家庭の主婦が)買える分だけ切り売りしてもらっていた」と述べています。
 そして、「第二次世界大戦までは、ピザは北東部の州のイタリア系コミュニティの食べ物にとどまり、それ以外の地域のアメリカ人はピザという名前さえ聞いたことがなかった」が、「戦後になると、個人向けのピザが生まれ、自宅のキッチンやダイニングで自分一人で、あるいは家族だけでピザを食べるようになった。それを後押ししたのが冷凍ピザ技術の発達と宅配サービスの広まりだった」と述べています。
 第3章「ピザは世界を征服する」では、「アメリカのピザ好きたちは、『アメリカにピザを持ち込んだのはイタリア人かもしれないが、世界にピザを広めたのはアメリカだ』と思っている」とした上で、「規格化ピザの歴史を振り返ると、企業やナポリの実業家によって最初にピザが世界各地に伝えられたあとで、それぞれの土地で基本的なピザの形がさまざまに変化してきたことがわかる」として、「ほとんどのコミュニティがピザに自分たちのものとわかる特徴を付け加えた」と述べています。
 そして、「世界全体では、マクドナルドのハンバーガーより、ピザのほうが普及している」が、「おそらく、ピザへの抗議が少ないのは、ピザが今でもイタリアのルーツと結びついているからだろう」と述べています。
 また、「イタリア人はピザの退化を嘆いているかもしれないが、世界と出会い、ハイブリッドな食べ物となった今では、もうイタリアのピザだけを“本家”と呼ぶことはできなくなった。おそらくピザと同じように、世界も平らなのだ」と述べています。
 第4章「ピザの未来」では、「フラットブレッドに何らかの食材をのせたものをピザと呼ぶのなら、人々が自分の好きなものをのせて食べている限り、ピザの人気が衰えることはないように思える」と述べています。
 本書は、今や世界中で愛されているピザの歴史を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 今や「デブ」の代名詞ともなっているピザですが、こんなものに歴史などあるものかと思えば意外なドラマがあることに驚きました。
 寿司や餃子もそうですが、人の移動や戦争にともなって食文化は国境を越え、変貌を遂げ、オリジナルなものとは似ても似つかないものになることも含めての食文化なのでしょう。


■ どんな人にオススメ?

・ピザが食べたい人。


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