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2016年7月11日 (月)

行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて

■ 書籍情報

行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて   【行商列車:〈カンカン部隊〉を追いかけて】(#2535)

  山本 志乃
  価格: ¥1,944 (税込)
  創元社(2015/12/16)

 本書は、「とれたばかりの魚を詰めたブリキカンを担いで、集団で列車に乗る行商人――『カンカン部隊』」だった女たちを訪ね、また、「近鉄に残った最後の『鮮魚列車』をいまも利用する伊勢の行商人たち」を追った一冊です。
 「はじめに――鉄道と行商」では、平成22年春に、「行商人専用の列車が、今なお走っていること」を知ったことが、著者が「カンカン部隊の残影を求めるおっかけ」を始めるきっかけになったと述べています。
 そして、「カンカン部隊の痕跡を求めて、訪ね歩くことをくりかえした」ことで気づいたこととして、
(1)ローカルな鉄道網がいかに日本の隅々にまで行き渡り、正確に、毎日決まった時間に列車を走らせていたか、という、いとも単純な事実。
(2)カンカン部隊の多くが女性だったことも、改めて考えるべき問題だった。その稼ぎは、家族を養うに足るほど立派なものだった。
(3)カンカン部隊の活躍時期が、高度経済成長期の只中にあたることも、考えて見れば不思議なことだった。
(4)カンカン部隊が運んだものは、商品である食べ物に、「信頼」というなににもかえがたい包装をほどこして、彼女たちは客のもとへと届けた。
の4点を挙げています。
 第1章「大阪の『伊勢屋』」では、過去にマスコミ関係でトラブルがあったことで、行商人の組合の役員に取材を断られかけた著者が、ブリキのカンの話をきっかけに、連絡先を交換することができたエピソードが語られています。
 そして、鮮魚列車は、「伊勢志摩魚行商組合連合会」という団体の貸切で運行されており、その運行が始まった昭和38年9月21日に先立つ同年2月1日に組合が結成されたと述べ、「まだ暗いうちに起きて仕入れをし、120キロの道のりを移動して休むまもなく働き、そしてまたすっかり暗くなったことに帰ってくる」生活を、親の代から何十年と続けていることに「脱帽というしかない」と述べています。
 第2章「カンカン部隊の登場」では、「この地域で行商が盛んになっていく背景には、どうやら昭和30年代の伊勢湾の環境変化と、それにともなう漁業の変化があったようである」とした上で、終戦間際から戦後にかけて隆盛を誇った松阪のヤミ市には、県内外から大勢の買出人が集まり、「買出人は、ヤミ市だけでなく、食料生産地にも直接現れた」と述べていたが、昭和25年に水産物の全面的な配給統制が撤廃されたことを「大きな節目」として、「それまで、居ながらにして商売できていたものが、買出人が来なくなれば、こちらから売りに出るほかない」ようになったと述べています。
 第3章「魚アキンドの足跡」では、日本海沿岸を走る山陰本線は、「行商人の利用がとりわけ多かったことで知られる」として、「とくに鳥取県東部から中部にかけての周辺一帯では、行商人のことをアキンドと呼ぶ」と述べています。
 そして、「鳥取駅を利用するアキンドたちの組合」である「昭和会」こと「鳥取昭和商業協同組合」について、「旧国鉄の米子鉄道管理局所管の通商自治組合とよばれる組織のひとつ」であり、「行商人による組合は、米子鉄道管理局の開局時には、すでに各地に存在していた」が、「それらが統制されておらず、増えつつあった通勤・通学などの一般乗客との間で、混雑による問題も生じるようになっていた」ことから、「昭和31年4月26日、各通商組合を統合する米子鉄道管理局管内指定通商人組合連合会を結成し、規約を定めた」と述べています。
 また、「カンの利用と、鉄道の利用」について、「その相関性がどうも気になっていた」とした上で、「行商営業が登録許可制となった昭和25年の時点では、ブリキカンの仕様に関する明記はないものの、衛生管理上、使用する容器の条件が詳細に定められており、こうした条件にかなうもっとも適切な容器としてブリキカンが普及したと考えることができる」と述べています。
 第4章「アキンドに生きる――魚行商体験記」では、平成24年12月中旬に、「最後の魚アキンド体験者のひとり、伊藤増子さんを訪ねた」とした上で、「漁村からの行商というと、一般的には、漁師の夫がとった魚を妻が売り歩く、というような分業を思い浮かべがちである」が、「泊では戦前からすでにそうしたことはほとんどなく、地元の市や倉吉の市場で仕入れることが普通だった」と述べています。
 そして、「増子さんの場合、実の母親がアキンドだったことから、商売のノウハウを教えてもらうなど、さまざまなサポートを受けていたことがわかる」と述べ、アキンドをやる人は、たいていが「しょうからい」、すなわち「性が辛い。つまり、負けず嫌いで向こう気の強い人」であるが、「しょうのからいようなもんのほうが、情があってな」という話も耳にしたとして、「だからこそ、得意先とも信頼関係を結び、長く商売ができたのだろう」と述べています。
 また、「アキンドの稼ぎは、その場しのぎの現金収入ではなく、長期的な暮らしの構築を支える礎になっていた。しかもその商売は、自らの裁量次第でいかようにも展開させることが可能だった。だからこそ、そこに生きがいを見出し、長年にわたって従事することができたのだろう」と述べています。
 第5章「魚を食べる文化」では、カンカン部隊の足跡を追ってみると、「日々の暮らしの中で魚がいかに必要とされていたか、という事実に改めて気づかされる」が、「実のところ、魚が日常の食材となったのは、それほど古いことではない。沿岸部から内陸部へと魚を運ぶ流通網が整う近現代になってはじめて、それは可能になった」と述べています。
 そして、昭和30年代後半から現代にいたる「ダイニング・テーブルの時期」には、多くの家庭で肉料理や魚料理が登場するが、「それ以前のちゃぶ台の時期、あるいは明治から大正初めにかけての銘々膳の時期になると、状況が全く異なってくる」として、「まず、毎日の食事内容が、現代に比べて単調」であるが、「正月に海の魚を食べるという地域は、全国各地に広がって」おり、「中には、海から遠く離れた山間地であることも珍しくない」ことから、「正月と海の魚。この関係こそが、実のところ日本人にとって魚が大切な食材であることの原点なのである」と述べています。
 また、「現在では正月三が日を中心に用意されるごちそうは、本来は、年取りの膳として大晦日に食べるものだった」とした上で、「運ばれてきた年取りの魚は、まず神前に供えられることが重視されていた。ブリやサケに限らず、海産物を歳神様に供える習慣は、『懸けの魚(いお)』として、地域によっては現在でも行われている」と述べています。
 第6章「魚を待つ人々」では、「伊勢志摩地方からの魚行商が最盛期を迎えた昭和40~50年代には」、「仲卸業者を仲介として中央往路市売市場を経由するという、水産物流通の基本が徹底していた」なかで、「産地から直接魚を持参し、販売するという方法は、それ自体が極めて稀であり、消費者に大きなインパクトを与えたであろうことは容易に想像できる」として、「大阪でさほど定着していなかった産地直送を先駆的に実践したというところに、伊勢志摩地方からの行商が受け入れられた理由の一つがある」と述べています。
 「おわりに――消え行く行商列車」では、「千葉県北西部の北総とよばれる農村地域からは、野菜を背負った行商人が、列車を使って東京まで売りに来ていた」として、「昭和40年頃には、この周辺の大半の農家が行商に携わるまで」になり、「昭和39年当時、成田線と総武本線、京成電鉄の沿線地域にそれぞれ行商人の組合があり、人数は合わせて4000人にものぼっている」と述べています。
 そして、「行商というと、おしなべて全近代的な商売のように思いがちだが、もしかしたら当時の間関部隊は、時代の先を行く先鋭的で斬新な人たちだったのではないか。博物館に展示されていたあのカンやリヤカーは、それまでの行商スタイルを刷新する、革命的な道具だったとも考えられる」と述べています。
 本書は、現在ではすでに失われた「カンカン部隊」を追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 今でこそ通勤で県境を超えることが当たり前になりましたが、昔は長距離を毎日移動する人の代表格は行商人だったようで、昔の東京人にとって千葉県のイメージは「アサリ売」などの行商人が浮かんだようです。


■ どんな人にオススメ?

・いまではすっかり行商人を見かけなくなった人。


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